~とある英霊の独白~ (萃夢想天)
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【英霊召喚】~とある数学教授の独白~

あまりに行き詰まり、SSを書く息抜きの為にSSを書く。
なんだか業が深いなぁと思いつつも、FGOでQP周回を続ける
自分自身を振り返って「あ、同じか」と真理に至る私でした。

現在FGOの1.5部をクリアしていないマスターの皆様に警告します。
このお話は、亜種特異点「悪性隔絶魔境・新宿」の重大なネタバレが
書かれています。ご覧になる際は自己責任でお願い致します。


注意)このお話は筆者の別のFGO作品からの移植です。
これからはこちらの方でシリーズ化していく予定です。
ご迷惑をおかけします。





 

 

 

 

今日という日を、きっと私は忘れる事が出来ないだろう。

 

 

同様に、私という存在を根底から覆そうとした君のことも。

 

 

完敗だヨ、少女(少年)

 

 

私が、私達が、持てる総てを注ぎ込んで組み上げた「世界を用いた密室殺人」は失敗に終わった。

 

 

使えるものは何でも使った。

 

 

富も、名声も、権力も、人脈も、虚偽も、真実も、そして____________私自身すらも。

 

 

認めよう(・・・・)、カルデアのマスター。人理修復を成し遂げた、只の人間よ。

 

 

この【新宿のアーチャー】こと、【ジェームズ・モリアーティ】を此処まで追い詰められたのは。

 

 

君だけなのだと、ネ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうせ君にはバレてしまっているのだから、包み隠さず話そうじゃないか。

 

私という存在は、結局のところ『悪』以外の何者でもなく、最も『悪』に相応しい者だった。

いや、相応しいと表現するより的確な表現がある。私は、『悪である』事を誰かに願われたのだ。

 

御伽噺(フェアリーテイル)都市伝説(アーバンレジェンド)とは少し違うが、本質は然程変わらぬ近しい物から私は生み出された。

 

君、「勧善懲悪」って言葉を知ってるかネ? 分かりやすく言えば、「弱きを助け強きを挫く」で

お決まりのアレさ。誰しもが好み待ち焦がれる、『正義の味方が悪を討つ』王道ストーリーだヨ。

さて、ここで数学教授らしく問題を出そう。なに、そう警戒しなくてもいい。簡単な問いだから。

 

先程私が挙げた「勧善懲悪」のお話を進める時、必要になる登場人物は大きく分けると二種類。

物語(ストーリー)の主人公である正義の味方ともう一人。サァ、答えてみたまえ。

え? いや、馬鹿にしてるんじゃないとも。この場で君には、正しく認識してほしいだけなのサ。

 

フフ、その通り。答えは『正義の味方に倒されるべき悪』!

 

正義を成す為には悪が必要不可欠であり、この関係性は数学の方程式と同じように不変なのだヨ。

順序が仮に逆転したとしても、方程式の解は変わらない。正義の裏にこそ、悪は潜むのさフフフ。

 

何が言いたいのかって? これからが面白くなるってところなのに、急かすねぇ君は。

いやいや、私はあの憎き鹿討帽の安楽椅子野郎とは違うとも。望む時に解答を示そうじゃないか。

 

要するに私は単なる『悪』じゃなく『必要悪』という存在であれと、そう定められたのさ。

無論、この世界にだとも。今や数十億に膨れ上がった総人口を囲む世界に、指名されたって訳サ。

 

世界からの指定ってのはまぁ厄介でネ! 因果の逆転でも起こさない限り、何が起きようと世界の

筋書き通りに事が進行する。所謂『ご都合主義』と呼ばれる展開も、編集担当の世界の匙加減で

どうとでもなってしまう。私はその為に、『倒されるべき悪』であれと、世界から望まれた。

 

私を倒す正義の味方? 忌々しいあの男だヨ。パイプで紫煙燻らせてカッコつけてるつもりか⁉

知ってるんだからな私は! そのパイプの中身は煙草じゃなく、人様に言えないお薬だってネ!

生前の当時ならまだしも、今の時代でそんなもん公然と吸ってたら国家権力と優雅な午後の時間を

過ごす事になるような代物サ! 若々しい年齢で召喚されたくせしてあの野郎マジ許せネー‼

 

あぁ、話が逸れちゃったネ。ゴメンゴメン。

 

とにかく、私は確かに『悪』であったし、これからも私は『悪』として語り継がれていくだろう。

それについては気にしてない。だって、実際にあくどい犯罪計画を立案してやらせてたからネェ。

仮に世界の半分が空想上の出来事(フィクション)だと笑っても、残りの半分はそうもいかないのだヨ。

現実に「お話」として世界に刻まれてしまっている以上、それは世界にとっての『事実』なのサ。

 

世界が正義の味方を必要とし、正義の味方には倒すべき悪が不可欠。とすると、フフフ。

実に興味深い事が分かるんだ。それが何かは分かるかな? 今度は早めに正解発表といこう。

 

答えは___________世界は『正義』と『悪』の双方を望んでいる! という『真実』だヨ!

 

どちらか片方だけでは世界は成り立たず、立ち行かない。それこそが『世界』の方程式サ。

この方程式に気付いた時は腹が立ったものだ。なにせ、絶対に勝てない事の証明でもある。

この私が『倒されるべき悪』である以上は、決して『悪を倒す正義の味方』には勝てないのだと!

 

___________難し過ぎる? そ、そうかナ? そうかも………。

 

まぁどんなに言葉を繕おうとも、変わらない事実がある。私は『悪』、君は私を倒す『善』。

君が私を倒した時のように、相手が『悪』であるのであれば、君は阻む総てを倒すだろう。

絶望の渦中といってもいい状況の連続を生き延び、そして人理を修復せしめた君ならば、ネ。

 

だがもしも君が『別の正義』と相対する事になったのなら、その時は迷わず私を呼びたまえ。

決して曲がらず諦めない善である君を倒す可能性があるとすれば、それはより強大な『善』だ。

奪われたものを取り返そうとした君と同じように、奪われた者(・・・・・)奪い返しにくる(・・・・・・・)だろう。

 

『善』と『善』が戦っても、強大な方が勝ち残るという生存競争の縮図が出来上がるのみ。

そんなものは獣のルールだ。理知的に歴史を紡ぐ人間の辿るべき道筋とは掛け離れている。

だからこそ、そういう場合にこそ、私のような『世界から望まれた悪』が本領を発揮しよう。

 

正しい理想と意思を背負って立つ者を、実に『悪』らしく絡め取り、魔弾で幕を降ろそう。

 

フフフ、ハァーッハッハッハ‼ なぁーに、だぁーいじょーぶ! 心配する事は何も無いサ!

ちょっと驚かせてみただけだヨ、本気にしなくてもいい。そんな未来など、訪れないとも!

 

………そうサ、君が心配する事は何も無い。だって君には、この私がついているのだからネ‼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ、君ならきっと大丈夫。

 

 

私は今まで何人もの人間を見て、知って、使って、操ってきた。

 

 

だから分かってしまうのさ。

 

 

君がこの先に待ち受ける未来で、絶望に膝を屈してしまう事も。

 

 

そして、そう。そして君ならば、私の知っている君ならば。

 

 

その絶望から何度だって立ち上がり、苦難の道を歩み続ける事も。

 

 

悪に対する素養が皆無な君の事だ、知る由もなく消えた世界を知って涙を流すだろう。

 

 

顔も名も知らぬ誰かが望むというだけで、『正義』と『悪』の双方を望む醜悪な世界の。

 

 

如何に残酷な可能性の先を歩んでいたのかを、いつか君は知る事になるのだろう。

 

 

でもネ、大丈夫だよ。

 

 

君は諦める事を知っていても、選択しようとしない。

 

 

相手を知ろうとする行為の罪深さを知っていても、無知である己の罪深さを許さない。

 

 

戦う事への恐怖から逃げ出したくても、失ってしまう事への恐怖に歯を食い縛り耐える。

 

 

そんな紛れもない『善』である君だからこそ、世界はあの隔絶された悪の魔境に誘った。

 

 

『倒されるべき悪』である私達を止めるべく、恐れを捨てられないまま立ちはだかった。

 

 

滅びゆく悪の都で君は何を見た? 何を知った? 何を学んだ? 何と、戦った?

 

 

絢爛の光に眼を焼かれ、ついに愛する者が愛した全てを奪った、創作戯曲の悪を処し。

 

 

栄枯盛衰の供物にされ、やがて己を失い他を映す虚栄と化した、都市伝説の悪を討ち。

 

 

発展という傲慢に貪られ、既に故郷も懐古も置き去りに駆けた、御伽噺の悪を止めて。

 

 

対なす正義の標的に定められ、個を捨ててもなお応報を望んだ、推理小説の悪を解き。

 

 

それら全ての『悪』を知り、あの隔絶魔境の謎を解き明かした唯一の人間である君は。

 

 

あらゆる逆境、艱難辛苦を乗り越えて突き進み、唯一無二の解答(未来)を導き出すだろう。

 

 

誇りを胸に、ちっぽけな若者よ。

 

 

君が望む未来を勝ち取る確率は極めて高い。

 

 

何故かって? そりゃあ勿論、君だからだよ(・・・・・・)

 

 

この【新宿のアーチャー】こと、【ジェームズ・モリアーティ】の犯罪を暴く事が出来たのは。

 

 

あの世界有数の名探偵、シャーロック・ホームズですら成し得なかった名推理を成した。

 

 

それだけで、私が君を仕えるべき主人(マスター)として仰ぐには、充分過ぎる理由になるのサ。

 

 

巧く私を使いこなしてくれることを祈るヨ、マイマスター。

 

 

私という『悪』を過程に『善』を成す、君にとっての最高の切札(ジョーカー)になってみせるからネ。

 

 

 

 






イケオジのアラフィフが悪い顔しながらぐだを褒める姿が書きたかった‼




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【英霊召喚】~とある鉄心弓兵の独白~

正直な話、悪の犯罪教授とこの鉄心弓兵のお話がどうしても書きたかった。


というわけでこちらもFGOの1.5部未クリアのマスターに警告します。
このお話は、亜種特異点「悪性隔絶魔境・新宿」並びに「深海電脳楽土SERAPH」
の重大なネタバレが書かれています。ご覧になる際は自己責任でお願い致します。





 

 

 

今日という日を、きっと俺は思い出す(忘れる)事が出来ないんだろう。

 

あれほどに爽快(不快)な結末を迎えたのは、守護者としての仕事の中ではあれっきりだからな。

 

最高(最悪)だよ、人類最後のマスター。

 

俺が最期の最後に間に合ったのは、他でもない弱卒ながらも足掻きに足掻いた君らの功績だ。

 

この歪み切った霊基でも、やれる限りを尽くしてやったさ。

 

常に俺を動かす【何者か(総人類)の意思】が求める、最終的な最善に至る帳尻合わせの為だけに。

 

俺は殺した。

 

能書きを垂れ続ける腑抜けた凡夫も、唯々助けを求め続けた果てに奪い尽くされた女も。

 

どいつもこいつも、惨めで呆気ない最後だったよ。

 

生憎と顔すら覚えてはいないがね。

 

だが、それでも俺は____________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___________悪を討つ為に、正義を強いた故の犠牲を、忘れちゃいけない気がするんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ん? どうしたマスター、わざわざこんな辺鄙な所に来ても面白い物などありはしないぞ?

 

……ああ、仕事の依頼か? ふっ、昨日も全身鉄屑まみれの騎士くずれから、騎士勲章を奪いに

行ったばかりだったはずだが。まぁ、カルデアは持ち直したと言えどまだまだ慢性的資材不足に

悩まされているからな。報酬さえ支払われるなら、幾らでもこの身を振り回すがいいさ。

 

違う? 騎士勲章狩りは四日前だった?

 

………………そう、だったな。いや、俺の記憶違いだ、君が正しいよマスター。

 

では何の話だ? 君の方から訪ねて来るんだ、よっぽどの大事なのだろう?

 

バレンタインデーのチョコのお返し? 俺が? 君に?

 

壊れていない俺と間違えていないかマスター。君が俺にチョコを渡す理由など無いだろう。

日頃のお礼……感謝の気持ち……あぁ、納得したよ。そういうヤツだったな、マスターは。

 

だがマスター。知らないかもしれないが、俺は気の利いた贈り物などをしてやれるような

タイプじゃあない。そういった物が欲しければ、それこそ厨房の紅い弓兵にでも頼むがいい。

 

俺に変な期待はしないでくれ、と言っておくが、少なくとも合理性に富んだ品はくれてやる。

無粋な投影品でしかないが、役に立たないわけではないだろうからな。不要なら捨ててくれ。

 

………どうしたマスター。そんなにワイヤーが珍しいのか?

 

最大で5キロメートルの長さかつ1000キロの荷重なら耐えられる特別製だ、使い時なぞ無かろう。

まぁ、そうだな。もし仮に、君が深い地の底へでも落ちそうにでもなったら、使えるかもな。

本当にそうなれば引き上げてやろう。遠慮も呵責もなく、無様を曝す羽目になるだろうが。

 

尤も、君の周囲は常に優秀な英霊共が取り巻いている。

俺のような半端な英霊の手助けが必要になる場面など、それこそ真っ当な状況ではないさ。

 

………………あの海での出来事を覚えているのか、だと?

 

何か勘違いをしているようだが、俺は海に行ったことなど英霊となってからは一度も無いぞ。

君は俺が呑気に海辺でバカンスを楽しむ様なガラだと思っているのか? だとしたら傑作だ。

よほど見る目が無いらしい。そういうのは、やたらアロハシャツの似合う野犬のような男こそ

本領だろう。槍の代わりにみすぼらしい釣り竿でも垂らしている情けない姿が目に浮かぶ。

 

それで、用件はこれで終わりか? 用が済んだならさっさと本来の仕事をしに行くんだな。

 

君は人理修復が叶った今なお人類最後のマスターの責を負う者だ。なら、勤めは果たし給え。

不貞腐れた顔をしても駄目だ。励ましの言葉でも望んでいるのなら、相手を間違えているぞ。

せいぜいその酷い面構えを元に戻してから、本日分の任務に取り掛かるんだな。

 

 

________________________________行ったか。

 

 

ふん。四日前どころか昨日の記憶ですらあやふやな俺に、約束を取り付ける事自体が無価値と

そろそろ学ぶべきだろうに。未だに一般人としての感性が抜けきっていないとは恐れ入る。

 

しかし、まずいな。ここのところ記憶の混濁や欠落が酷くなってきている気がする。

念の為にと日々書き連ねている日記に、何か理由か、原因に類する記述があればいいが……。

 

…………ついでに、他にもマスターと交わした約束がないか、確認しておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某月 某日 【カルデアに召喚される】

 

 

カルデアに召喚された。とはいえ俺の何かが変わるわけじゃない。雇用主が変わっただけだ。

ただ漠然とした最善の結果を求める大きな意思が、弱く頼りない人類最後のマスターへと。

単なる鞍替えでしかない。これまでに何度も経験がある………のか? 手慣れた感覚はあるが。

 

これもマスターや他の英霊共に話す必要が無いから言っていないが、俺は歪な霊基構造を

している影響か、それとも何か別の要因があるのか。とにかく記憶の混濁や欠落が激しい。

故にこれからカルデア、ひいてはマスターとの契約において致命的な齟齬を起こさない為の

合理的判断として、日記をつける事にした。万が一の為の保険程度だが、無いよりマシだろう。

 

カルデアに召喚されて早速、マスターにカルデア内部を案内された。

有事の際に一早く行動を起こす為には、地理を頭に叩き込む必要があるが、俺の場合は最悪

それすらも忘れかねない。なので、日記の最後のページにカルデア施設内マップを記載する。

 

厨房兼スタッフの食事スペースなど俺には不要だったが、マスターに喜々として案内された。

そこには俺が最も良く知る男の姿があった。成程、随分と悪趣味なマスターだな。

どうしても引き合わせたかったらしい。だが、それは余計なお世話というものだった。

俺としてはあちらの俺への興味は無いが、向こうからしてみれば抹殺対象もいいところだ。

 

今後俺は厨房には近付かないとマスターに伝えておいた。

英霊には本来食事は不要。霊的存在である英霊は、カルデアの電力を還元した魔力の供給に

よって現界している。余計なリソースを割くほどの余裕がこのカルデアにあるとは思えんが。

それに、今の俺には味覚など意味を成さない。仮に栄養を摂取するなら携帯食(レーション)で事足りる。

 

結論。このカルデアには、無駄が多過ぎる。だが不思議と成り立っている。奇妙で危うい所だ。

 

 

 

 

某月 某日 【あの女が召喚された】

 

 

カルデアの召喚術式は恐ろしく不安定でなおかつ選り好みしない。窓口が広過ぎるらしい。

基本的には人理修復という偉業を成すマスターを支える、という行いを良しとする英霊たちが

『座』と呼ばれる空間から喚び出される。そこには、これまでマスターが踏破してきた数々の

特異点や夢の中で出逢い、縁を紡いだサーヴァントたちも含まれる。かくいう俺もそうだ。

 

カルデアの召喚術式にとって、マスターと出逢った時点で縁として召喚の楔に固定化されて

いるらしく、逆説的にマスターと出逢った事によって英霊として『座』に登録された者もいる。

 

故に、本来であれば『座』に登録されるはずもないような、とんでもない連中も紛れ込む。

 

先日、言動にいささか不可解な部分が見られたとして、現カルデア所長代理として統率を担う

レオナルド・ダ・ヴィンチによって、マスターの検査が行われた。結果はシロだったが。

どうやらまたマスターがどこかしらと繋がったらしく、知る由も無い事を知っていたり、

召喚された記録の無い『BB』を名乗る不愉快極まりない英霊もいつの間にかやってきていた。

 

そして検査を終えたマスターが徐にカルデアの召喚術式を起動。

これまでカルデアでは観測されていなかったはずの、【アルターエゴ】なるクラスの英霊を

召喚してみせた。『パッションリップ』と『メルトリリス』、どうにもあの二騎を見ていると

空っぽになったはずの胸や頭の奥がざわつくような、不快な感覚に苛まれる。原因は不明。

 

すると、さらにアルターエゴが召喚された。だが、そこにいたのは紛れもないあの女だった。

 

視る者総てを蕩かし惑わし誑かす、真性の魔性。この世の総てを飲み込むほど膨大な自己愛。

生きとし生ける総ての生命を犯し、飽きれば捨てる欲望の坩堝。純粋過ぎる不純の完成形。

 

そう。この俺が、■■の■■に成り損なった俺が、鉄の心を嘲笑う無銘となった元凶が。

 

 

人類()・ビーストⅢ/R(ラプチャー) 【殺生院 キアラ】が、悍ましい微笑を携え現れた。

 

 

 

 

 

某月 某日 【バレンタインデーにチョコをもらう】

 

 

記憶が薄れ出した頃に読み返せば、恐らく目を疑うような書き込みになっていることだろう。

 

無銘の執行者として正義を断行するはずの俺が、『日頃の感謝』の証を貰ったなどと。

 

笑い話にしても粗末な展開だと、作家系の英霊たちから鼻で笑われる事請け合いだろうな。

 

おまけに現在は営倉入り、所謂懲罰房送りのような措置を受けているというのだからなおのこと

始末に負えない。記憶が剥がれ落ちていって後々この日の項目を見た時の俺の顔が想像できん。

 

今日記を書き込もうとしてこれまでの数日間を振り返り、俺はようやくこの独房に押し込まれた

理由を知ることができた。否応なく記憶が消失していくというのも、良し悪しだと再認識する。

簡単な話だ。このカルデアに、あの真性魔性菩薩が、殺生院キアラが召喚されたからだ。

 

この俺、反転した無銘(エミヤ・オルタ)という英霊が、『座』に登録される羽目になった元凶といえる女。

それこそがあの菩薩の如き慈悲の心を己にしか向けられない怪物(おんな)、七つからなる人類悪の三番目、

【愛欲】の理を抱き、深海へと沈みゆく電脳の楽土にて生まれ落ちんとした、擬人化された災厄。

 

生前も死後も、守護者としての時間ですらもところどころ剥がれ落ち続けるようになった俺でも、

根底に焼き付いて消える事のない記憶が残っている。いや、それすら忘れる事があるようならば、

おそらく出来損ないのこんな状態の俺ですら、一丁前の霊基として確立されなくなるはずだ。

 

それほどまでに、あの女と俺の因縁は根深い。

 

生前に出逢った時から時代を馳せた今でも、その思いに些かの変化もない。向こうも同じだろう。

だから俺は俺に命ずる大いなる意思によってではなく、伽藍の洞になったはずの胸の最奥から

沸き起こる衝動に突き動かされるままに、召喚されて間もないあの女へと攻撃を仕掛けたのだ。

 

それがいけなかった。何故かマスターはあの女と何処ぞで繋がりを得ていたらしく、こうして

召喚に応じて来てくれたのだから害は無い、などと宣ってくれた。拍子抜けもいいところだよ。

英霊として召喚に応じた以上、今の俺の雇い主はこのマスター。仕事の内容にケチなどつけず、

報酬を渋る事も無い優良物件、素直に従うのが合理的判断として最適だと頭は結論付けていた。

 

だというのに、俺の意思を無視するように、俺の空虚な身体は躊躇なくあの魔性に銃を向けた。

 

その後の顛末など言うに及ばん。マスターの身を守る護衛として侍る英霊共によって拘束され、

念の為の検査等を受けさせられてから、この独房に放り込まれた。なんとも御粗末な結果さ。

あれから何日経ったのか、時計も無い部屋では分からない。気付けば夜が明けるなどざらにある。

 

大人しくしていると、マスターがやってきて小包みを手渡された。

 

何事かと思えば、今日はバレンタインデーだという。カルデア内では男女問わず英霊人間問わず

お祭り騒ぎの様になっているらしい。マスターは特に厄介な英霊共から好かれやすいからな。

そして何を思ったか、こんな俺にもわざわざチョコを用意したのだという。随分な御人好しだ。

 

自分という存在の価値は、誰より自身が理解している。俺は他の英霊共とは事情が異なる(・・・・・・)

同じ臭いのする赫いフードの暗殺者(アサシン)と同類だから、非合理的行動は不要だとマスターには再三に

わたって伝えておいたはずだが。人の姿形を取っていても、所詮英霊は総じて強大な兵器なのだ。

 

そう言ってやったが、凡人ここに極まれり。困ったような笑顔を浮かべて包みを差し出してくる。

 

どこまでも滑稽で救いようのない馬鹿なのだ、コイツは。きっと死んでも直りはしないだろう。

目の前に立っているのが、腐り溶け堕ちた硝子の代わりに、腐ることなく錆びる鉄の心を持った

空っぽな男の写し身だというのに。そんな俺にコイツは、『心からのお礼』を用意したのだ。

 

だから、俺はその思いの詰まった品を受け取ってやった。その時のマスターの歓喜の顔ときたら。

 

生ける屍のようになった俺へ贈り物をする様な阿呆だ。せめて、役立つ品でも見繕ってやろう。

 

 

 

 

 

味覚すら死んでいる俺が初めて味わうことの出来た、どこまでも普通で温かな、甘さの礼だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________________________________________________________________

 

 

 

 

 

~サーヴァント・アーチャー 【エミヤ・オルタ】の情報が更新されました~

 

 

 

 

 

 

 

【クラス/セイバー アルトリア・オルタ】

 

「クククク…………ハァーッハッハッハッハ‼ これが嗤わずにいられるか‼

ああ、そうか。そうだよな。如何な『聖剣を携えし理想の王』であっても、こうして黒に染まる

こともあるんだ。あぁ、なら………俺がこんな風に成り果てるのも、道理というものだろう」

 

 

 

 

【クラス/アヴェンジャー ゴルゴーン】

 

「形のない島で英雄に屠られた本来の姿か。思っていたよりは見ていられる有り様だったな。

反英雄よりもさらに悪性の強い怪物としての側面が色濃いその姿の方が、この俺には好ましい」

 

 

 

 

【クラス/アサシン カーマ】

 

「奴を見ていると、どうしようもなく不快な心地になる。何故か、思い出したくもないはずの

女の顔が思い浮かぶんだ。…………いや、違う。思い出さなければならないはず、だったんだ。

抱いた理想の総てを捨ててでも、救わなくては、ならなかった。そうは、ならなかったがな」

 

 

 

 

【クラス/ランサー ジャガーマン】

 

「テスカトリポカ………アステカの名高い悪神の分霊か。カルデアの召喚術式もまたぞろ厄介な

ものを喚び寄せたものだ。そう易々と神霊に連なる存在を召喚して、何のリスクも無い訳が……?

おいマスター。何故あの女はあんな悲し気な目で俺を見つめてくる? 生憎面識はないはずだが」

 

 





________『正義の味方』が反転すれば、それは『悪の敵』である。


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