月光に導きを求めたのは間違っていたのだろうか (いくらう)
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00:人物紹介

ダンまち原作に登場しないキャラの出典等の紹介です。
現在21話分まで。出典元の作品、及び作中のネタバレがあります。


21話の更新に際して【ゴブニュ・ファミリア】の項目に追記を行いました。


キャラクターについては原作での説明、拙作における設定の順で書かせていただきます。

両原作に関わる部分もありますが基本的に独自設定、独自解釈マシマシとなりますのでご了承ください。

 

21話現在、

 

・【エリス・ファミリア】

・【ゴブニュ・ファミリア】

・【ギルド】

・【鴉の止り木】亭

・【鴉の止り木】亭の常連

・冒険者達

・オラリオの人々

・古狩人達

 

の順で並んでいます。

 

 

 

・【エリス・ファミリア】

女神エリスが運営する探索系ファミリア。ランクは最低のI。15年ほど前までは中堅上位程度のファミリアだったが、【隻眼の竜】討伐の折など近年のオラリオで何かが起きるたびに巻き添えに近い形で団員を減らし続け、5年前にエリス以外の全ての構成員を失いルドウイークの加入まで主神のみを残した名前だけのファミリアとなっていた。

 

 

・ルドウイーク

出典:Bloodborne、Bloodborne The Old Hunters

 

かつてのヤーナムで英雄と呼ばれた教会最初の狩人。<聖剣のルドウイーク>。

彼の使っていた装備は以降の狩人達の装備の基礎となったものも多い。

 

主人公。<最後の狩人>によって葬送された後<月光の聖剣>と共にオラリオで目を覚ました彼は、なし崩し的にその場に居合わせたエリスと約定を結び、【エリス・ファミリア】の一員となった。

その後は他の神に目を付けられないようにと言うエリスの配慮に従い、新参の冒険者を装ってオラリオでヤーナム帰還の為の手がかりを捜している。

 

エリスにはファミリアに入る際ヤーナムについての多くの知識を差し出しているが、自身や<月光>についてや<獣の病>など曖昧な説明で済ませている者もある。

特に<上位者>に関する事は真実の一端すら語っていない。危険だからだ。

 

 

【ステイタス】(17話現在)

 

【名前:ルドウイーク】

【Lv:―(書類上2)】

【二つ名:無し】

【所属:エリス・ファミリア】

【種族:人間】

【職業:冒険者、狩人】

【到達階層:18階層】

 

【スキル(狩人の業)】

・<加速>

 

【装備】

・<月光の聖剣>

 

・<ルドウイークの聖剣>、あるいは【仕掛け大剣(ギミック・ブレイド)

 

<教会>の狩人が用いた<仕掛け武器>の一つ。銀の長剣と長大な金属製の重い鞘で構成されており、状況に応じて使いやすい長剣と威力のある大剣を切り替えて使用される。

 

鍛冶師【エド】の手による<ルドウイークの聖剣>の再現品。オリジナルと同様長剣と大剣の形態を使い分けて使用される武器で、最低品質品は一振り20万ヴァリス(希望小売価格)。

ルドウイークの手に渡った試作第一号はミスリル、アダマンタイト、オリハルコン(エドが倉庫からちょろまかした最上質品)などの上質な素材が惜しげなく使用されており、材質等の違いもあり完全な再現品と言う訳では無いがむしろ基礎的な性能自体は上がっている。

契約上無償でルドウイークの手に渡ったが、素材の品質からその価値を金額に換算すれば一億ヴァリスは下らない。

 

・短刀

 

【防具】

・ルドウイークの狩装束

・ルドウイークの手甲

・ルドウイークのズボン

 

【秘儀】

・<エーブリエタースの先触れ>

・<精霊の抜け殻>

・<夜空の瞳>

・<聖歌の鐘>

・<彼方への呼びかけ>

・<使者の贈り物>(未装備)

・<小さなトニトルス>(未装備)

 

 

 

・エリス

出典:ギリシャ神話

 

ギリシャ神話における争いと不和の女神。トロイア戦争の火種を作った。

 

【エリス・ファミリア】の主神。嘗ては原典に違わぬ争いを嗤いその為に策謀を巡らせる女神であったが、ここ15年ほどで不幸が重なり他者に頭を下げなければならない生活を送り続けたため以前の酷薄さや計算高さなどはすっかり抜け落ち随分と丸くなってしまった。

よく笑い、よく驚き、よく怒る感情豊かな女神。

突如自らの家に現れたルドウイークを即戦力兼最高に珍しいおもちゃとして認識し自らのファミリアに引き入れたが、その常識の差と人間性の違いに振り回されている。

 

最近は如何に彼をエリス・ファミリアに留め置くかについて考えているが、今の所妙案が浮かばずにいる。

 

得意料理は玉葱のスープ。好きな物は甘いもの、嫌いな物は竜とセクハラジジイとエルフ、さらに最近苦手だったナメクジが決定的にダメになった。

苦手な神はヘスティアとフレイヤとヘファイストス。

 

【鴉の止り木】亭における地位は【黒い鳥】と同じくらい低い。

 

 

・<先触れ>

出典:Bloodborne

 

<星の娘>エーブリエタースの先触れたる軟体生物。ヤーナムにおいては精霊と呼ばれた存在。見た目は青白いナメクジ。

資質にもよるが、所有者は<エーブリエタースの先触れ>なる秘儀の使用が可能となる。

 

ルドウイークが所持している<秘儀>の一つ。外見上は体長20センチほどの大ナメクジ。

所有中に触媒の消費を行う事で、<エーブリエタース>の体の一部を顕現させる事が可能。

普段はルドウイークの持つ雑嚢の一つに収まっているが、エリスの家を自身の縄張りであると認識しており時折雑嚢から抜けだして徘徊している。

 

お気に入りの場所はエリスのベッドの横の小棚の上、寝る時に彼女が眼鏡を置く所のそば。

 

 

 

・【ゴブニュ・ファミリア】の鍛冶師たち

 

・アンドレイ

出典:DARK SOULSシリーズ(無印、3)

 

DARK SOULSシリーズにおける鍛冶(装備強化を行う者達)の一人。

無印、3ともに序盤から終盤通して世話になる鍛冶師。

ぶっきらぼうだが、不死者たる主人公に対して確かな信頼とその身を心配する言葉をかける良識人。

 

【ゴブニュ・ファミリア】頭領。二つ名は【薪の鍛冶(シンダー・スミス)】。年齢不詳。

かつては名実ともにオラリオ最高の鍛冶師だったが、近年は【ヘファイストス・ファミリア】の【単眼の巨師(キュクロプス)】にその座を譲り、半引退状態にある。

しかしその腕前はいまだ健在で、後進の指導に当たりながら時折専属契約を結んでいる冒険者に対して武器を提供している。

現在オラリオに居るファミリア構成員の中でも最年長であると専らの噂。

 

 

・エド・ワイズ

出典:ARMORED CORE LAST RAVEN、Demon's Souls

 

ARMORED CORE LAST RAVENにおいては主人公らの雇った辛辣な語り口が特徴の諜報屋(リサーチャー)として、Demon's Soulsにおいては最後まで世話になる凄腕の鍛冶師として登場。

 

【ゴブニュ・ファミリア】構成員。二つ名は【ひねくれ(シニカル)】。三十代前半の人間(ヒューマン)

常に黒いグラスで目元を隠した男。その皮膚は所々が鱗じみた硬質化現象を見せている。

鍛冶師としての腕は確かだが口が悪い上性格に問題があり、弱みを握ったうえで直接契約を結んでいる数名の冒険者以外の為に装備を作る事は無い。

 

主な顧客は【黒い鳥】。

 

 

・リッケルト

出典:DARK SOULS

 

ヴィンハイムのリッケルト。不死となったのち小ロンド遺跡の檻の中に閉じこもって鍛冶を行っている青年。鍛冶は脳にいいとしており、武器に魔法属性を付与する強化などを行っている。

 

【ゴブニュ・ファミリア】構成員。【魔剣屋】の二つ名を持つ魔剣専門の鍛冶師。黒い鍛冶衣に身を包んだ、黒いポニーテールの青年。低威力ではあるが、均一の品質の魔剣を量産して市場へと卸しており、一時期魔剣自体の平均価格を大きく下落させた。その事でギルドからは要注意人物と見做されている。

その魔剣は何よりも使用回数が明記されているのが特徴で、上位下位を問わず幅広い層の冒険者の人気を得ている。

 

 

・真改

出典:ARMORED CORE 4、ARMORED CORE for Answer

 

レイレナード社所属のリンクス。<スプリットムーン>と言う名の機動力特化の格闘機を操り単語のみを話す寡黙な男。

アンジェの死後、その代名詞とも言えるレーザーブレードを受け継いだ。

 

【ゴブニュ・ファミリア】構成員。刀剣を専門に製造する鍛冶師で、特に刀を作る腕前はオラリオでも最上級のもの。寡黙で人との関わりを殆ど持たないが、仕事には誠実でありオラリオの刀使いの多くが彼の元へと通っている。

主な専属顧客はアンジェ。

 

 

・シーラ・コードウェル

出典:ARMORED CORE LAST RAVEN

 

ACLRにおける主人公のオペレータ。元ミラージュ社所属でそちらでもオペレータ業に携わっていた。

何かと賞金や報酬を気にする守銭奴じみたセリフが多いものの、一方で主人公を親身に心配する一面も見せる。

 

【ゴブニュ・ファミリア】経理担当の女人間(ヒューマン)。元ギルド職員であり、恩恵を持たぬ一般人。

悪人ではないが非常に金の管理に厳しく、彼女が来てからゴブニュ・ファミリアの財政状況は一気に改善された。

エド、そして【黒い鳥】とは浅からぬ因縁を持ち、二人の現在の借金総額を把握、管理している。

 

 

 

・【ギルド】

 

・ラナ・ニールセン

出典:ARMORED CORE MASTER OF ARENA

 

ACMoAにおいて主人公を傭兵(レイヴン)へと誘い、そのマネージャーとなった女性。

作中ではメールや通信でのやり取りのみで姿を見せる事は無い。

 

ギルドの職員の一人。30歳過ぎ。人間(ヒューマン)秩序(ルール)に厳格でそれを破る者には容赦しない苛烈な性格の為、担当の冒険者や同じギルドの後輩職員からも恐れられている。

 

 

・ジャック

出典:ARMORED CORE NEXUS、LAST RAVEN

 

ジャック・O。ACNX及び、ACLRに登場するレイヴン。

NXではトップランカーと言えレイヴンの一人でありながら所属する傭兵斡旋組織の態勢を変革させるなど政治面での辣腕を見せ、LRにおいては『傭兵による新たな秩序の創出』を掲げ<バーテックス>を結成。企業連合である<アライアンス>を相手に、例のない大戦争を仕掛けるに至った。

 

ギルドの職員の一人。40代の狐人(ルナール)。特に恩恵を持たぬ身でありながら、その卓越した危機管理能力と傑出した観察力、知の神にさえ比肩する知性を備え一部では【黒幕(フィクサー)】とも呼ばれる男。建前上は一般職員ではあるがその影響力はギルドだけに留まらない。嘗ては【黒い鳥】の担当アドバイザーでもあった。

 

 

 

・【鴉の止り木】亭

出典:強いて言えばARMORED COREにおける傭兵斡旋組織《レイヴンズ・ネスト》。

 

オラリオの西大通りから少し入った場所に居を構える酒場兼宿屋。あるファミリアによって運営されており、店員は皆そのファミリアの所属で殆どが冒険者か元冒険者。

程々の価格と大食いの者も満足させる食事の量、悪く無い味の料理を出し、独特の雰囲気を持つため冒険者が良く集まる。

現在は店主が滅多に姿を現さないため、マギーと店主代理が店を管理している。

 

 

・マグノリア・カーチス(マギー)

出典:ARMORED CORE VERDICT DAY

 

ACVDにおける主人公の仲間の一人。他の作品におけるオペレータに相当する。

一見冷静に見えるが割と短気で喧嘩っ早い。過去の出来事によって左腕を欠損している。

 

【鴉の止り木】亭の店員。元冒険者。人間(ヒューマン)。年齢は二十代中盤。

かつては【青木蓮(ブルー・マグノリア)】の二つ名を取った新進気鋭の冒険者だったが、ダンジョンで左腕を失う大怪我を負って以前所属していたファミリアを脱退。その後【鴉の止り木】亭を運営するファミリアに拾われ今に至る。

店では店主に次ぐ権限を振りかざし、出禁の判断も任されているため常連達には手を出してはいけない相手と認知されている。

 

 

・フレーキ

出典:Demon's Souls

 

Demon's Soulsにおいて魔術を伝授してくれるNPC。

最初はある場所に囚われているが、救出後は特別なアイテムと引き換えに魔術を教えてくれる。

 

冒険者。狼人(ウェアウルフ)。現在の二つ名は【啓くもの】。嘗ての二つ名は【書庫(ライブラリー)】。一応【鴉の止り木】亭の店員ではあるが、人手が足りないなどの非常時以外はダンジョンか部屋に籠って【神秘】アビリティの研鑽を行っている。術師の少ない狼人の生まれでありながら魔術師としては凄腕で、主な仕事は暴走しがちな【彼】のお目付け役。

魔導書(グリモア)を作れると噂されている他、魔導書を読んでスロット増加の判定に成功した際、限界数の3を越えてスロットを増やす事の出来るスキルを保有している。

 

 

【魔法】

・【ヤーン(望郷)】出典:DARK SOULSⅡ

 

波紋を放つ球を打ち出し、着弾点に敵を惹きつける魔術。

直接的な殺傷力は無いが、使い方次第では下手な攻撃魔法など及びもつかぬ効力を発揮する。

 

魔力を発散させモンスターを惹きつける球を生み出す魔法。

それが生み出す波紋はあたたかく、人が触れた場合、どこか懐かしさを感じさせる。

主にモンスターを集め、そこを一網打尽にするのに使われるが、逃走時の陽動や前方の安全確認など用途は幅広い。

高い知性を持つ相手には基本的に通じるものではないが、場合によっては何よりもよく効く技となりえる。

 

 

・【ソウル・ストリーム(ソウルの奔流)】出典:DARK SOULSⅢ

 

凄まじいソウルの奔流を放つ魔術。

長い射程と即座に着弾する攻撃速度、何より高い威力と長い攻撃判定を誇る魔術であり、

魔術師ビルドの不死人達の切り札の一つとして認知される大技。

 

魔力を収束させ、轟音と共に光線として打ち放つフレーキの魔法。

彼の持つ魔法の中でも最大の威力を誇り、切り札として幾度と無く彼の窮地を救っている。

部屋同士が通路で繋がるダンジョンの構造上、非常に有効な場面の多い魔法だが、負荷が大きいため彼は安易に放ちたがらない。

 

 

・【プロテクション(防護)】出典:Demon's Souls

 

物理攻撃のダメージを半分近く削減する防護魔術。上位種に『完全なる防護』がある。

 

泡状の形を成す魔力を付与し、物理防御力を飛躍的に高める魔法。領域系の防御魔法とは違い、付与した相手にしか効果が無いものの対象は自由に動けるという利点がある。

 

 

 

・【彼】

出典:ARMORED COREシリーズ

 

ARMORED COREシリーズの主人公。拙作においては「彼」だが、殆どの作品で性別も年齢も人種も決まっていない。

 

年齢二十代(マギーより年下、ベート・ローガと同世代)。【黒い鳥】の二つ名を取る冒険者であり【鴉の止り木】亭の用心棒。身内からは【フギン】あるいは【ムニン】と呼ばれ、それ以外にも過去の実績から【闘技場の覇者(マスターオブアリーナ)】、【沈黙させるもの(サイレントライン)】、【九頭竜破り(ナインブレイカー)】などと呼ばれており、創作じみた逸話に事欠かない。

あらゆる武具に適性があり、状況に応じて幾種もの武器を使い分ける事で有名だが、真に頼る得物は盟友の一人であるエドの手による【闇屠り】と銘打たれた一振りの剣。

 

ギルドや他のファミリアからの依頼を受けてダンジョンに潜る事もあるが、仕事の無い日は基本的には気ままにダンジョンを探索しており、単独での到達階数はオラリオ最強の冒険者である【フレイヤ・ファミリア】の【猛者(おうじゃ)】に匹敵する。

 

フレイヤからはたびたび誘いをかけられているが、本人は『【猛者】と戦えなくなりそうだから』とその誘いを固辞している。

 

店主とマギーには頭が上がらない。

 

【装備】

・【引き合う石の剣】出典:DARK SOULSⅡ

 

刀身が幾つにも割れた石の剣。

振った勢いを利用して刀身が分離する特殊な長剣で、モーションの優秀さが光る武器。

 

【黒い鳥】が愛用する得物の一つ。

ダンジョンの特定階層の更に特定の場所で採取できる特殊な鉱石をエドが加工した逸品。

磁力に似た力で引きつけ合っており、腕の振り具合を使って刀身を分離させて剣としては考えられない程の広範囲を攻撃できる。

 

 

 

 

 

 

・【鴉の止り木】亭の常連たち

 

・ハベル

出典:DARK SOULSシリーズ

 

<太陽の光の王>グウィンの盟友である大戦士。

作中には名前のみで本人は登場せず、その信奉者である<ハベルの戦士>達が登場する。

彼らは信奉対象であるハベルの二つ名に違わぬ作中最重クラスの鎧を装備しており、その防御力と高い攻撃力で数多の不死人を葬って来た。

 

岩のような(ザ・ロック)】ハベルと呼ばれる第一級冒険者。『【アンフィス・バエナ】の【焼夷蒼炎(ブルーナパーム)】を浴びて無事だった』、『【ブラッド・サウルス】に噛み付かれたが相手の歯の方が砕け散った』と言われるほど異常に防御力が高く、モンスターの攻勢をものともせず竜の牙を加工した大槌【大竜牙】で真正面から相手を叩き潰す戦闘スタイルの持ち主。

最近はギルドからの依頼で単独で深層に出向いており、マッピングに勤しんでいる。

 

 

・ジークバルト

出典:DARK SOULSⅢ

 

主人公と同じくロスリックを旅し<薪の王>を連れ戻す使命を負った<火の無い灰>の一人。

前々作に登場していた<ジークマイヤー>あるいは<ジークリンデ>と同じく全身を<カタリナ一式>で固めており、その見た目や作中での行動から人気の高いキャラクター。

火の無い灰としての使命とは別に、ある約束の為に動く。

 

嵐の剣(ストームルーラー)】と呼ばれる第一級冒険者。その肩書きに似合わぬ陽気な男で、ファミリアの垣根を越えて敬愛するものの多い人格者。昼寝と宴が大好き。主に両手遣いの特大剣と棘付きの盾を操るが、切り札として嵐を放つ旧い魔剣を持つ。

 

何かと巨人と因縁があるほか、彼と同じ鎧を身に付けた破天荒なパーティが目撃されている。

 

 

 

・冒険者達

 

・アンリとホレイス

出典:DARK SOULSⅢ

 

主人公の行く先々に現れる二人組の騎士。アンリは人当たりが良い一方、ホレイスは終始無口。ある<薪の王>と因縁を持つ。

アンリは主人公の性別によって性別が変化する。

 

ルドウイークと行動を共にした二人組の冒険者。アンリはエルフ、ホレイスはドワーフであるが特に仲が悪い様子は見受けられない。

双方ともにレベル1だが、素質はある。

 

 

・心折れた戦士

出典:DARK SOULS

 

物語の拠点となる<火継ぎの祭祀場>で座り込み、試練に挑む事を諦めた戦士。

皮肉めいた言葉を主人公に掛けて来る。

彼の装備するチェインメイルは本来鉄色であるが、青空の色を映し出していて青く見える。

 

ある零細ファミリアに所属する専業サポーター。他の冒険者達との実力差に心折れ冒険者としては廃業しているが、アンリとホレイスの専属となりサポーターとして冒険を続けている。

 

 

・ロザリィ、RD

出典:ARMORED CORE V

 

主人公と同様に雇われ、彼の輸送や弾薬の補給を行う運び屋の女性とその部下である臆病者の男。

ロザリィは金にがめつく明るい。対してRDは危険を本能的に察知する才能の持ち主で、わざわざ危険に飛び込んでいく周囲に置いてきぼりにされがち。

 

冒険者のアマゾネスとサポーターの小人(パルゥム)の二人組。それぞれレベルは2と1。

主に地上からリヴィラに対して物資を運ぶことで生計を立てている。

RDは冒険者達の間でもビビリとして有名であり、余りのビビりっぷりに【ビビリ(チキンハート)】なるあだ名さえ付けられている稀有な存在。彼の恐れ具合でその時々の危険度が分かる、とさえ言われ逆に恐れられている。

 

 

・パッチ

出典:ARMORED CORE for Answer、Demon's Souls、Bloodborne、DARK SOULSシリーズ

 

【ハイエナ】【不屈】など幾つかの異名を持ち、ACfA以降多くのフロム作品に出演するキャラクター。

ソウルシリーズでは共通したビジュアルと性格の持ち主で、いいも悪いも多くの感情をプレイヤーたちから受けている。

 

【黒い鳥】の専属サポーター、【ハイエナ】のパッチ。オラリオの専業サポーターの中では

最強の一角と称されながらもその素行から評判は非常に悪い。

専属と言えば聞こえはいいが、彼を喜んで雇用するのが【黒い鳥】のみと言うだけ。ただ、【黒い鳥】自身は彼との間柄を【腐れ縁】と評するなど関係はそれほど悪く無いらしい。

 

 

・アンジェ

出典:ARMORED CORE 4

 

<国家解体戦争>で多大なる戦果を上げたレイレナード社所属のリンクスNo.3。多くの<レイヴン>を討ち取ったことから<烏殺し>とも呼ばれる。

愛機<オルレア>は専用装備を多数装備した高機動格闘戦仕様。

AC4では珍しい登場時演出持ちで、戦闘シチュエーションも相まって多くの傭兵の心にその姿を刻みこんだ。

 

かつて【黒い鳥】に勝利した経験から<烏殺し(レイヴンキラー)>の異名を取る女傑。抜刀術の使い手で、その剣速は【剣姫】に並んでオラリオ最速とも。強者に挑む黒い鳥に逆に挑む命知らずとしても知られている。

【ゴブニュ・ファミリア】の【真改】と専属契約を結んでいる。

 

 

・フォグシャドウ

出典:ARMORED CORE 3 SILENT LINE

 

AC3SLにおけるランク3レイヴン。アリーナ上位に見られる特別な措置を受けた強化人間では無いにも拘らずその圧倒的な操縦技術でそのランクに相応しい能力を見せる超実力者。

その紳士的なメールのやり取りやミッションに同行した際の口調も相まってファンの多いレイヴンの一人。

 

霧影(フォグシャドウ)】の異名を取る第一級冒険者。本名不詳。男性。

相手の死角に回り込み一方的に撃破する戦闘スタイルで対人戦の名手として恐れられており、ダンジョン探索よりも賞金首の確保でその名を挙げて来た。

近年はギルドの依頼を積極的に受け、その存在をアピールしている。

 

 

・【仮面巨人】

出典:DARK SOULS

 

DARK SOULSにおいて流行った装備の組み合わせの一つ。

対人戦に興じるプレイヤーの多くに愛用されたこの装備は、仮面を被り重厚な鎧を着てバック転や側転を繰り返しその姿は多くのプレイヤーから親しみと憎しみを持たれている。

 

オラリオの上級冒険者達の前に姿を現す正体不明の冒険者。

大抵出会った相手を挑発して戦闘に持ち込み、その実力を計るような戦い方をする事で知られている。

ギルドからも追われる危険人物ではあるが、出没の度に違う得物を操る事からその姿を装う人物は一人ではなく、数人の第一級冒険者による愉快犯だとされている。

 

 

・ロートレク

出典:DARK SOULS

 

黄金の鎧に身を包んだ騎士。ただその言動は騎士らしい物では無く、持っている武器もショーテルとDemon's Soulsの<沈黙の長、ユルト>を思わせる。

最初は道中で捕まっており、解放することで祭祀場の火守女の元へと移動する。

 

【フレイヤ・ファミリア】に所属する冒険者。二つ名は【女神の騎士】。

フレイヤからの寵愛を受けるためならば汚れ仕事も辞さない過激派で、ショーテルを使った幻惑的な太刀筋を持ち味とし対人を得手とする。

同ファミリアの第二級冒険者である術師と戦士とパーティを組みダンジョンに潜っていることもあると言う。

 

 

・バンホルト

出典:DARK SOULSⅡ

 

ウーゴのバンホルト。各地を遍歴し己を鍛える騎士であり、言葉遣いは堅いものの、気さくな武人。

蒼く輝く美しい刀身の大剣を持ち、それとともに各地を放浪しているため共闘の機会も多い。

 

蒼大剣士(ブルーブレイダー)】の二つ名を持つ【ガネーシャ・ファミリア】所属のレベル4冒険者。その二つ名の由来となった家に伝わる蒼い大剣を武器にした豪快な戦闘スタイルを持つ。

気さくな人柄から交友関係も広く、良くジークバルトと酒を交わしているのを目撃される。

ただ、余り装備を脱がないため彼の防具は少し臭うらしい。

 

 

・トーマス

出典:DARK SOULSⅡ

 

道化師の格好をした呪術使い。特定の場所で助っ人として召喚可能であるが、その余りの強さにダークソウル2のNPCの中では最強との呼び声も高い。

 

道化(ピエロ)】のトーマス。状況に応じて大きさを変える火球投擲の魔法と周囲に火柱を挙げる範囲攻撃魔法など、炎の魔法に特化した人間の魔法使い。時間当たりの火力に関してはオラリオでも最高の魔法使いとも呼ばれている。

その余りの火力にモンスターの魔石やドロップアイテムも焼却してしまうらしく。ダンジョンに潜っていない時、特に祭りが開催されている時期などは観光客の前で大道芸人として芸を披露して日銭を稼いでいる。

 

 

・チェスター

出典:DARK SOULS

 

過去のウーラシールで主人公の前に姿を現した黒づくめの男。

主人公同様の過程を経てこの時代に現れたらしく、主人公を私と同じと評する。

多少割高ではあるがアイテムの売買を行ってくれるNPCであると同時に、道中敵として襲い掛かってくることもある特殊なNPC。その際に倒しても特に敵対せず、引き続き物の売買は行ってくれる。

クロスボウと体術を組み合わせて戦う、一般のNPCとは一味違う戦闘スタイルを持つ。

 

素晴らしい(マーヴェラス)】チェスター。所属不明、出自不明の冒険者。

二つ名も自称ではあるが、その実力に疑いの余地はない。

ダンジョン内でふらりと現れ、消耗したパーティにアイテムを割高で販売したり高額で護衛を買って出るなど、そのがめつさは良く知られている。

専用のクロスボウでの射撃は正確無比。攻撃力に関して実力での補正が効かない武器でありながら、体術を組み合わせたその独特の戦闘スタイルで戦う。

 

 

・グレイラット

出典:DARK SOULSⅢ

 

<高壁>に盗みに入ったが、牢に囚われていた老いた義賊。

頼みを聞き牢から助け出す事で、彼が収集していた品をソウルと引き換えに譲ってくれる。

物語の進行とともに幾度か盗みに出かけ、その度に新たな商品を入荷して戻ってくる。

 

【リヴィラ】を拠点に活動する老いた冒険者。本名、年齢不詳。二つ名は【灰鼠(グレイラット)】。

主に地上では出回らない非合法な品を扱っているが、それに反し筋を通す性質から意外な人物にまで一目置かれている腕利き。

オラリオで妻が暮らしているが、しばらく顔を合わせていない。

 

 

・ミヒャエル

出典:ARMORED CORE 4

 

リンクスナンバーNo.27。元レイヴンであり、ネクストACの実験部隊にも在籍した経験を持つ準オリジナルと呼ぶべき存在。冷静沈着な男で、トラブルにも動じず安定した戦果を挙げる。

 

爆散(イクスプロード)】のミヒャエル。攻撃した相手に魔力を付与し、蓄積された魔力量が一定を超えると爆発を発生させる特殊な付与魔法の使い手。周囲に被害を与えかねない魔法を的確に使いこなす冷静沈着さを持つ。父親は発泡酒の職人。

 

 

・タルカス

出典:DARK SOULS

 

黒鉄のタルカス。大力で知られた重装の騎士。DARK SOULSで召喚可能な味方NPCの中では屈指の能力を誇り、凄まじい攻撃力で多くの不死に頼られた。

 

黒鉄(ブラックアイアン)】のタルカス。オラリオの重装前衛の中でも五本の指に入るとされる実力者。敏捷には劣るものの圧倒的な筋力と頑強を誇る重装騎士のお手本のような戦士であり、巨大な特大剣と大盾、そして二つ名の由来となる黒鉄製の鎧で身を固めている。

 

 

・ジョシュア・オブライエン

出典:ARMORED CORE 4

 

AC4の主人公と同様、ネクストACを駆る傭兵として自らの故郷であるコロニーの為戦い続ける男。天才アーキテクト『アブ・マーシュ』の携わった高速機『ホワイト・グリント』を駆り、人の域を越えた機動を見せる。

 

閃光(グリント)】ジョシュア・オブライエン。壮年も近い、人間の男冒険者。レベルは6。ギルドからオラリオ外での活動を特別に許可され、【ゼウス・ファミリア】や【ヘラ・ファミリア】の後を継ぐ任務――――【黒竜追跡】の特別重要任務(エクストラ・ミッション)を請けて、十年以上オラリオを離れている。

 

 

・ラップ

出典:DARK SOULSⅢ

 

記憶を無くしたラップ。時代の果てに現れた吹き溜まりに辿り着いた不死人であるが、余りに長い時間の経過に自らの記憶を失い、それを取り戻す旅を続けて来た。

自らと同様に果てに辿り着いた<灰>に親し気に対応する気のいい男。

その実力は作中のNPCの中でも相当な物であり、呼び出す事の出来る戦いでは凄まじいタフネスと攻撃力によって八面六臂の活躍を見せる。

 

不屈(アンブレイカブル)】のラップ。レベル6。オラリオ最高の重装前衛の一人であり、どれほどの攻撃を受けても立ち上がるその耐久はオラリオでも一二を争う。

人当たりの良い対応を行う事で知られるが、意外と金にはシビア。

 

 

 

・オラリオの人々

 

・狼、竜胤の御子

出典:SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE

 

隻狼と呼ばれる義手の忍びと、彼の仕える特別な血筋の御子。

 

極東から渡って来た少年とそれに仕える隻腕義手の男。

茶屋を開くため、まずは屋台で故郷の甘味を売り資金を稼いでいる。

 

 

・ンジャムジ

出典:ARMORED CORE NEXUS、LAST RAVEN

 

NXにおいてはアリーナに登録しているレイヴンらが戦死した際、補充として追加されるレイヴンの一人。LRにおいてはジャック・Oの率いる武装組織『バーテックス』の一員であり、彼とは強い友情で結ばれているとされる男。

 

ジャックの経営する酒場【箱舟(アーク)】唯一の店員。元は非常に低い身分の出ではあったがジャックに見出されオラリオへとやって来た。その為、彼への忠誠にも似た強い友情を持つ。

店員としてちゃんと客達に酒を供しては居るものの、そもそも共通語(コイネー)が良く分かっていないため、何か難しい話をしていると言った程度しか理解できていない。

 

 

 

・古狩人達

ルドウイークのかつての同輩達。全員出典はBloodborne。

 

 

・ゲールマン

 

<最初の狩人>。多くの狩人達に教えを授けた狩人達の祖。

既に年老いて一線を退いており、作中では助言者として時折主人公の前に姿を現す。

 

ルドウイークら最初期の狩人達を鍛えた狩人達の祖。

ある時期を境に失踪するが、その時まで最初にして最強の狩人であり続けた。

 

 

・マリア

 

ゲールマンの弟子の一人。卓越した技量を誇る双刀使いの女狩人。とても美しい容姿を持ち、時計塔の最上階である秘密を守っている。

 

ゲールマンの元へと身を寄せた女傑。その美しさと強さはあらゆる狩人の尊敬と畏怖の対象だった。しかし獣と化した初代教区長を狩った後に失踪したゲールマンを追い姿を消す。

その後死んだと思われていたが、獣の病の根源を暴くために悪夢に挑んだルドウイークと対峙し、友に対して月光を抜けぬ彼の首を抉り殺害した。

その生まれから、ゲールマンの直弟子たちの中では特に舌が肥えていて料理が上手い。

 

 

・<加速>

 

<古い狩人の遺骨>の主。作中には登場しない。

 

自身の速度を大幅に上昇させる<加速>という業を編み出したゲールマンの高弟。

その後一部の古狩人達にこの業は広まり、獣狩りの大きな助けとなった。

<銃槍>の卓越した使い手で、それと加速を組み合わせた多彩な技を持っていた。

最後は<カインハースト>においてカインハースト最強の騎士<流血鴉>との一騎打ちを演じるが腕を切り落とされて敗北。しかしその間に<殉教者ローゲリウス>率いる<処刑隊>が血族の殲滅には成功した。

 

その骨の大きな部分はそのまま流血鴉が後の時代まで受け継ぎ、残りの一部は彼自身がゲールマン派の拠点である古工房へと持ち帰る。その後しばらくして、流血鴉の武器に含まれていた毒によって世を去った。

 

口の上手い男で、良くも悪くも個性的だったゲールマンの弟子たちの間を良く取り持っていた。数多のヤーナムの女性に声をかけていた軟派者で、口の上手さはそこから培ったもの。

 

 

・<烏>

 

血に酔った狩人を狩る<狩人狩り>最初の一人。異邦人。作中には登場せず。

 

ゲールマンの弟子の一人。何を考えているのか良く分からないと評される自由人で、狩人達の中ではトラブルメーカーとして知られていた。ただその実力はゲールマンに迫る物があり、それ故に<慈悲の刃>を手にして血に酔った狩人達を狩る狩人狩りの祖となった。

 

その後しばらくは狩人狩りとしての役目を良くこなしたが、元々ある時期に故郷へと帰ると決めており、その予定通りにヤーナムを去った。その帰郷の道中カインハーストに立ち寄り、一人の騎士を指導して<流血鴉>へと成長させてしまうなどヤーナムを去ってなお幾つかの騒動の種を残している。

 

 

・シモン

 

市井に紛れ、獣の兆候をいち早く見つけ出す任を負った<やつし>と呼ばれる<教会>最初期の狩人。

銃では無く弓矢を得物として用いることから、その特異さを嘲笑の的にされていた。

 

嘗ての教会における数少ないルドウイークの友の一人。常識的な人物で、ルドウイークの事を英雄と称した。ルドウイークが悪夢に消えた後、彼もまた悪夢に挑んでいる。

 

 

・<狩人>

Bloodborneの主人公。病の治療の為にヤーナムを訪れ、それに寄ってこの街の悪夢に巻き込まれる事になった。その結末はプレイヤー次第。

 

醜い獣と化したルドウイークを狩り、葬送した狩人。自身を狂っていると嘯くが、人間性を強く残している。ルドウイークは<最後の狩人>と呼んではいるが、実際に最後の狩人となるのかは定かではない。

 




新話の投稿と同時に追記を行います。
気まぐれに追記したりもします。


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01:再起

死んだはずのキャラクターが別世界に飛ばされてそこでカルチャーショックを受ける話が大好物なのと他の人の作品を見て描きたくなったのと友人との約定の履行を兼ねて初投稿です。
19000字くらいです。戦闘シーンはありません。


 …………私の生涯は、血と肉と呪詛に彩られたものであった。

 

 

 唐突に故郷を襲った、人が獣と化す<獣の病>の蔓延。その被害を僅かでも食い止めんが為<最初の狩人>へと師事し、かの地に<血の医療>を広め獣の病へと対抗せんとした<教会>に与した。

 

 そうして市井の人々から同胞たる<狩人>を募り、共に獣と化した人々を狩り、一人でも多くの人々を救わんと奔走する日々。

 

 その中で得難き師と、僅かばかりの友を得た。ゲールマン翁、ローレンス殿、ローゲリウス殿、マリア、<加速の狩人>、<(からす)>、そしてシモン。彼らと過ごした日々に、喜びや温もりを感じていなかったと言えば嘘になる。

 

 だが、そんな日々は長くは続かなかった。いつしか、元々陰気で排他的なヤーナム人の間に、狩人こそが獣を生むのだと、そんな根も葉もない噂話が流れるようになったのだ。

 

 そこからは早かった。彼らから投げかけられる余りに多くの嘲り、侮蔑、そして罵倒。多くの狩人がその前に心折れ、一人、また一人と姿を消して行く。それでも、それでも私達は人々の為に獣を滅ぼした。滅ぼし続けた。しかしその返り血に濡れた我らの姿をこそ、彼らは獣だと恐れたのだ。

 

 だがそれも、間違っているとは言えなかっただろう。私が募った狩人達の多くがその歓びと血に溺れ、酔い痴れ、人と獣の境無く獲物を狩り続けるだけの殺害者と化した。それだけではなく、我らの内よりも真に獣と化すものが現れ始める。ローレンス殿に始まって、多くの者たちが悍ましき獣と化しその前に多くの狩人達が散って行った。

 

 そうして、私の知る者達も表舞台から姿を消して行く。故郷へと戻った<烏>。ローレンス殿を狩ったゲールマン翁は古工房を残して失踪し、その後を追ったマリアもいつしか行方知れずとなった。ローゲリウス殿と共に裏切りの<カインハースト>に挑んだ<加速>は烏の残した<流血鴉>と痛み分けとなって一線を退き、僅かな間夜を共にした市井の人々は自らも獣と化しかけている事に気づかない。

 

 それでも、私は一つの導きと共にあった。我が師、秘されるべき煌めき、宇宙からの色――――背に負った月光と共に、私は狩人であり続けた。そうして最後には、獣の病の始まりを求めてヤーナムを離れたのだ。トゥメルの王墓へ潜り、イズの深奥に見え、ローランの果てを越え……そしてビルゲンワースの罪、秘匿されし狩人達の悪夢へと辿り付いた。

 

 そこで立ちはだかったのは、時計塔に座したかつての友。罪の前に立ち塞がる彼女に私は最後まで剣を向ける事が出来ず、無惨に屍を晒す事となる。

 

 だが、私の生涯はそこで終わらなかった。救い? 否。その血に宿した罪が、呪いが私に死ぬ事を許さなかった。悪夢で導きの真実を垣間見た私を待っていたのは獣の発露。自らも獣と化し、呪われた悪夢の屍山血河をひたすらに彷徨い続け、悪夢に囚われし古狩人達と喰らい合うだけの日々。

 

 人間性などとうに失い、永延と獣として生き続ける思えた血みどろの獣としての生。悪夢の中でそれを永久(とこしえ)に続けるかと見えた<醜い獣>も、最後には引導を渡される事になる。

 

 有り触れた格好の名も知れぬ狩人。異形の狩り道具を操る官憲衣装の怪人。

 

 二人の狩人の前に醜い獣は斃れ、再び人を取り戻した私さえも狩人達は打ち倒して見せた。そこで、真に私の生涯は幕を閉じる事となる。

 

 結局、後悔だらけの人生だった。一時は英雄などと称されながら、禍根を断つことも出来ず、後進の狩人達に全てを託す事になってしまった。だが、誇りある剣たる、かの者達なら大丈夫だろう。彼女を、私の暴けなかった罪を……そして、真に秘匿されし<青ざめた血>を知り、その元へと辿りつけるはずだ。

 

 これでようやく、ゆっくりと眠れる。獣の遠吠えに悩まされる事も無く、罪に悔いる事も無く、自らの休息の内に誰かの命が脅かされているのだと、恐れる事さえも無い。それをどれほど望んだ事か。どれほどの狩人が、ヤーナムの人々がそれを求め、獣狩りの夜の内に人を失って行った事か。

 

 それを最後に手にする事が出来た私は、間違いなく恵まれた最期を迎える事が出来たのだろう。

 

 だが、最後に心残りがあるとすれば、一つ。

 

 

 

 

 

 

 私があの輝きに、暗い夜に見た月光に導きを求めたのは――――――果たして、間違っていたのだろうか?

 

 

 

 

 

 

<◎>

 

 

 

 板張りの床に寝そべったまま、私はこの現状とは何ら関係の無い事を茫とした頭で思案し続けていた。

 

 ――――宇宙は空にある。かつて<医療教会>の上位会派が一つ、<聖歌隊>が見出した真理の一つだ。地底には墓があり、海の底には呪いがあり、そのどちらにも星は無かった。ならば、星がある空こそが宇宙であり、真に<上>にたどり着くための道筋なのではないか?

 

 学も無く、ただ只管に狩りを続けていた私には結局理解する事は出来なかったが、聖歌隊の(ともがら)や<メンシス>の学徒たちは熱心にそれを探求していた様だ。

 

 彼らが求めていた<瞳>とは、結局何を意味していたのかも私は知る事は出来なかった。その一端に足を踏み入れかけていたであろう事だけは辛うじて解ってはいたのだが……ビルゲンワースのウィレーム学長に謁見することも出来れば、また違った景色が見えていたのやもしれぬ。

 

 …………いや。所詮私は因果に挑み敗れ去り、獣と化して狩り殺された愚か者だ。そんな私が更に啓蒙を得た所で結末は変わらなかっただろう。

 

 だが、そんな私でも分かる事が一つだけある。

 

「――――何故、私は生きている?」

 

 この状況の、余りの不可解さだ。

 

 

 

 嘗て獣と化した私の最後は、文字通り凄惨たる有様であったはずだ。最早四本に収まらぬ四肢を投げ出し、その首を落とされ、引導を渡された。その私がこうして生きて、現状を認識している。それだけでは無い。今の私には、人間の肉体がある。頭と、両手と、両足。獣と化した時に失われたはずのヤーナム人の平均より些か大柄で、狩人らの中でも際立って頑強であった五体が嘗てのその姿を持って存在している。

 

 服装も、嘗ての私が纏っていた装束そのままだ。<処刑隊>のそれを改良して作られた厚手の白装束。その上に同色の外套を纏い、夜霧漂うヤーナムの冷気を、一部の獣が生みだす毒を、そして上位者の操りし有り得べからざる神秘にさえ僅かながらの耐性を持つ優れ物。獣へと変態し引き千切られてもなお失われなかった教会の聖布さえも過去のまま、ここに存在してしまっている。

 

 何よりも驚くべきは、最後に私が手放したはずの師たる導き――――<月光の聖剣>が私の横に無造作に転がっている事だ。

 

 今のそれは真の姿たる輝きに満ちてはおらず、芯とも言うべき武骨な大剣の姿を取って乱雑に布が巻き付けられている。しかし私がこれを抜き、そしてそれに相応しき場ともなればこの大剣は再び宇宙よりの色を放ち、如何なる夜闇の中でも我が道を照らすであろう。

 

 …………だが、今は少なくともその必要は無さそうだ。己の状態と、とりあえずの身の安全を確認し終えた私は、その集中力の矛先を自身の内側から外側へと向け直した。

 

 今私がこうして寝そべっているのは、何処かの民家の一室だろう。私は上体を起こし、床に座り込みながら部屋の様子を確かめる。ベッドと机、その上の未知の文字で書かれた本と小さなランプ、窓にかけられた無地のカーテン…………そのどれもが使い古された、年季の入ったものだ。だがどれも愛着を持って使われていると言う感じではない。質素倹約――――そう言えば聞こえはいいが、椅子の足の擦り減り具合やカーテンの(ほつ)れ具合を見るに、満足に家具を買い替えることも出来ていないのかもしれぬ。

 

 しかし、それでもこの部屋には生活感が漂っている。掃除はしっかりされているようではあるし、人が住んでいないという事は無いだろう。そこで一度私は目を閉じ、部屋の空気を鼻で幾度か吸いこんでみる。

 

 ヤーナムでの狩りの中、そしてかの<死体溜り>で獣臭と人血の匂いにやられて久しいかと思っていた私の鼻は、意外にも鋭敏さを保っていた様だ。この部屋の空気から、多少の埃臭さと、ほんの僅かな女性の芳香を伝えて来る。まず間違いなく、部屋の主は女性だろう。

 

 で、あればまずいな……。私は顎に拳を添えるように手をやってしばし思案した。

 

 この部屋の様子や埃の溜り具合からして、それなりに短い間隔、日常的な頻度で人の出入りがあるのが分かる。つまり、このままここに居ればそう遠からず部屋の主が現れるだろう。そしてそうなった時――――女性が自らの部屋で座り込んでいる剣を持った見知らぬ大男の姿を見た時、一体如何なる反応を示すのか。それは想像力に乏しい私にも容易く予想出来た。

 

 ならば、とりあえず外へと抜け出すしかあるまい。窓から差し込む灯りは暗く、外ではただの日常的な一夜が巡っているのか、あるいは未だに<獣狩りの夜>の最中なのか……その判断はつきそうに無い。だが狩りの最中であるならば、この私にも出来る事はあるはずだ。

 

 私は覚悟を決めた。再び獣狩りの夜に身を投じる覚悟を。まだそうなると決まった訳では無いはずだが、私は構わず心を狩人としてあるべきそれへと切り替えてゆく。もしも夜が明けていたのであれば、それはまた後で考えればいい。今この時もこの街の民が獣に脅かされているのであれば…………私の成すべき事は、嘗てと何も変わらん。私は立ち上がり、月光を拾い上げ背に帯びる。

 

「夢から覚めても、まだ狩人とはな」

 

 そう独りごちて、私は扉の取っ手に手をかけた。

 

 …………その時、下方から扉の開く音。それに次いで何者かがこの家へと上がり込んでくる。耳を澄ましてみれば、足音の主は足早にこの部屋へと向かってきているようだ。獣か、或いは人か。それを探る手段も無ければ、判断に要する猶予もない。もし獣であれば狩れば済むが、それで人であった場合は取り返しがつかぬ。

 

 この部屋が恐らく二階ほどの高さに位置していると状況から判断した私は正規の道程で家を出る事を諦め一つある窓へと向かう。まずは一旦この家を後にし、街の状態を把握する事を最優先としたのだ。獣狩りの夜の最中であればこの家を再び訪れ、状況を問うなり狩り殺すなりできる。そうで無ければ、後程謝罪の品を携え勝手に侵入した謝罪をせねばならぬ。

 

 だが一先ずは後回しだ。急ぎ、私は窓の前に立って鍵を開け放とうとして――――

 

 

 

 ――――遠景に巨大な塔が一つ聳え立つ、ヤーナムとは比べ物にならぬ程賑やかな街並みを見た。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 ――――そうさね。

 

 それは、遠い遠い、遥か昔の出来事さ。

 

 いつか、ずっと上から世界を見下ろしていた神様たち。

 

 彼らはいつかその代わり映えのしない暮らしに飽きて、私達の住む世界、所謂【下界】に降りて来た。

 

 楽園じみた上での暮らしに飽きて、不自由で無駄だらけな、それでも営みを育み続ける子供たち――――下界に住む私達とこの世界を、より間近で目にしたかったのだと。

 

 何の為に? 娯楽さね。全知全能の【超越存在(デウスデア)】たる自分達、その力に制限をかけて、子供()たちと(おんな)じ視点で物を見て、(おな)じ尺度で生きて見る。上で決して味わえぬその時間が、彼らは甚く気に入ったのだと。

 

 最初は旅行気分か何かだったのかもしれないが、彼らが地上に居つくのに、長い時間はかからなかったそうだよ。まるで、子供が新しい御伽噺に夢中になったみたいにね。

 

 それから千年くらいかね。彼らはまだ飽きずにここに居る。子供たちを慈しんだり、嘲笑ったり、恋してみたり、見下したり――――やり方は神それぞれだけれど、彼らは彼らなりにこの世界を楽しみ、人々はその恩恵に(あずか)って生きている。

 

 その仕組みが、いちばん顕著なのがこの街さ。

 

 ここは、迷宮都市オラリオ。神の降臨以前より怪物(モンスター)蔓延る【迷宮(ダンジョン)】を有し、今やそこにある全てを求めて人々が集まる地。

 (そび)える【摩天楼(バベル)】、その下にある迷宮。そこにまだ見ぬ栄光や希望を求めて挑む者たちを眺める為に、数多の神が住まう街。

 

 

 今日もどこかで、見知らぬ新たな英雄が、静かに産声を上げる場所。

 

 

 けれどね。栄光を掴める者なんて、ほんの一握りの者だけさ。きっと多くは名も知れぬ脇役止まり、英雄になるどころかこの街に骨を埋める者も五万といる。

 

 そういう意味じゃあ、世界は悲劇に満ちていると言えるかもしれない。

 

 だからこそ、皆がこの街を気に入るのさね。

 

 

 

 

 

 

 

 月も昇った時間だというのに、道の隅で木箱に腰掛けた老婆が何やら子供に言い聞かせるのを横目に、年明けのお祭りムードもなりを潜め始めたオラリオの街路はしかし行き交う人々で溢れかえっていた。

 

 人間(ヒューマン)犬人(シアンスロープ)猫人(キャットピープル)、エルフ、ドワーフ、アマゾネス。彼らだけではなく、ありとあらゆる人種の人々がすれ違う街路。その服装も多種多様だ。

 

 市民、商人、職人。そして、明らかに物騒な装備を身に付けた冒険者。そんな彼らが混然一体となって、元より雑然としたこの街に消えない喧騒を生みだしている。

 

 その中を、一人の女性が歩み行く……否、一人の女性、と言うのは正しくない。この街に住む者ならば、行き交う人々の中にあって彼女の周囲にだけは人が寄り付かないのを見て、容易くその答えを理解するはずだ。

 

 ――――そう。彼女は人ではない。嘗て天よりこの世界に降り立った全能存在の一柱、正真正銘の女神である。一目見れば、その整った美貌と常に発する神威がそれを嫌でも知らしめす。

 

 美しい金の長髪をうなじで纏め、その体は特筆するべき所は無いものの完璧な比率を保ち、供物と思しき眼鏡の奥より覗く瞳は翡翠の如し。だが、本来色褪せぬはずのその美貌には、ありありと疲労の色が滲み出ていた。

 

 基本的に神とは不変不滅の存在である。しかし、地上に降りた神はその【神の力(アルカナム)】に禁をかけ、地上の人々と同等の能力を持って暮らしている。故に疲労もするし、怪我もするし、病にだって罹りうる。当然、死に至る事すらも。

 

 ただし、神が地上で死んだところで、それは消滅を意味しない。それが意味するのは送還だ。この地上を離れ、再び天にてその力に相応しい役目をこなし続ける日々。しかし、何処に好き好んで娯楽から遠ざかる神が居ようか。

 

 故に地上で神がする事は多くの場合二つ。その生活を大いに楽しむ事と、この地上に居つくために必要な物――――有り体に言えば、金を稼ぐことである。

 

 だがほとんどの神は自ら疲労困憊してまで金を稼ぐことは無い。なぜなら彼らの多くは自身の【神の眷族(ファミリア)】を有し、そこに所属する子供達(人々)に金銭の工面などを任せているからである。

 

 当然、何の対価も無く従うほど信心深い者は少ない。むしろ信心とは、神に仕える内に培うものである。故に神は自らの【眷族】に対して【恩恵(ファルナ)】を授ける。それは、ただの喩えや比喩ではない。【恩恵】を受けた者は実際に並の人間を凌駕する力を得て、多くはこのオラリオの中央に聳える摩天楼の地下に広がる【迷宮(ダンジョン)】へ潜り、そこで怪物どもを狩り屠り、迷宮を探索し、その成果として怪物どもの体の一部やその核たる魔石を持ち帰って莫大な金と代え難い名誉、そして神からの寵愛と己の成長を得るのだ。

 

 そうして、子供たちの協力を得る事によって、多くの神は娯楽を楽しむ事に注力し、正にこの下界を謳歌する事に成功している。だが、全ての神がそうで無いのも確かな事で。

 

 それぞれの事情を以って、【眷族】を得る事の叶わなかった――――或いは【眷族】を失った――――神の在り様とは憐れな物である。全能なる【超越存在】の身でありながら、最高の娯楽たる地上に留まるべくそれぞれの身一つで日銭を稼ぐ日々だ。それこそ、まるで下界の子ら()の様に。

 

 例えば、神としての己の技術を子らに授け、その対価として金銭を要求する者。ひっそりと都市の片隅で自給自足の生活を送る者。同郷の神の元に身を寄せる者。そして、この女神の様に他の神が経営する酒場で給仕まがいの仕事をし日銭を稼ぐ者もいる。

 

「はぁ……」

 

 とぼとぼと歩く彼女は、この世の幸運と云う幸運が素足で逃げ出したくなるであろう程の昏い昏い溜息を吐いた。彼女は十五年ほど前まで、オラリオでもそれなりに名を知られたファミリアの主神であった。そんな自分が今やこの様な有り様で、人々でごった返すオラリオの大通りを一人寂しく帰路に着いている。

 

 以前の自分であれば、今頃の時間には眷族より献上された美酒に舌鼓を打ち、その酔いに任せて寝床に潜り込んでいるころだろう。昔は良かった。あの頃の自分は、頂点には立てずともこの様な労働や疲労や困窮や貧困とは無縁の存在であった。

 全てはあの【黒竜】と、忌々しい道化師気取りのせいだ。特に道化師気取り、奴の口がもう少し堅い物であったならば――――――――そんな事を時折考えては、こうして嫌気が差して溜息を吐いているのである。

 

 そんなふらふらと下を向いて歩く彼女も、神であるが故に誰かにぶつかるとか、躓くなどと言った災難に見舞われる事は無い。それはその身より溢れる神威が無意識の内に人々を忌避させているからである。だが、彼女が生粋の神である以上、その事実に喜ぶような事はことはまず無いだろう。

 

 しばらくすると、彼女は大通りから外れ、それまでとは対照的な人通り無き道を歩き始める。オラリオの東と南東、二つの大通りに挟まれたここ【ダイダロス通り】はオラリオの中でも貧しい者が集まる住宅街だ。嘗て奇人と呼ばれた<ダイダロス>によって設計され、完成後度重なる区画整理が行われたそこはもはやもう一つの迷宮と呼ばれるほどに複雑化しており、知らぬ者が足を踏み入れれば自力で外に抜け出すのは困難とされている。

 

 そのダイダロス通りの外れ、南東の大通りからごく近い位置に、彼女の家――――かつて彼女の眷属が住まい、元々の【本拠地(ホーム)】と持ち主を失ってからは彼女のものとなっている二階建ての小さな建物はあった。その外装は、建てられた当時の持ち主の羽振りの良さを所々に偲ばせるものの、今や装飾を失い塗装も剥がれ、その内から頑丈であろう外壁が露わとなっている。

 

 それを見上げ、壁に入った僅かな亀裂に気が付いた彼女はまたしてもどんよりとした溜息を吐き、最近立て付けの悪くなってきた扉を開いて家の中に足を踏み入れた。

 

「ただいま戻りました……」

 

 そう呟く彼女に応える者は誰一人としていない。彼女の眷属たちはもはや一人として残っておらず、この家に住むのは彼女ただ一柱であるからだ。故に、彼女は習慣的に帰宅の挨拶を口にした自身へと虚しさを覚え、虚ろな目で自室へと向かって階段を昇り行く。

 

 そして、彼女はそのまま無造作に自室の扉を開いた。もはや何年も変わり映えのしない部屋。ほつれたカーテン、擦り減った床、足の一つが浮いた椅子、大剣を背負った人間(ヒューマン)の大男、薄汚れたベッド。その見慣れた光景に疲れ切った彼女は何ら心動かされる事無く、机に手荷物と今日の給金を放り出して無造作にベッドに飛び込んだ。

 

 そして仰向けになって古ぼけた天井を眺めながら、彼女は思う。一体、いつまで自分はこのような暮らしを続けていればいいのだろう。以前のように眷族を集めようにも、不和と争いの女神であり、実際に『美の女神への果実』事件を初めとした幾つかの騒動で悪名を馳せた自身の元に今更やってくる物好きなどいない。

 

 少なくとも、一人でも腕の立つ眷族が出来ればずっとマシにはなるのでしょうけど…………。

 

 そう考えて彼女は寝返りを打ち、窓際で外を向き立ち尽くす大男に目を向ける。

 

 うん、丁度あんな感じの、いかにも強そうって感じで、出来ればそれなりに見た目もよくて、あと私に忠誠を誓ってくれるような………………。

 

 そこまで考えた彼女は、ふと上体を起こし、近くにあった布で眼鏡を拭いてかけ直し、大男を見て、眼鏡を外して眉間を押さえ、もう一度大男を見て、少し考え込んで、眼鏡を放り投げて布団に顔を埋めた。

 

「もうダメだ…………」

 

 少し涙ぐんで、彼女はそう呟いた。仕事で疲れ切った頭ではロクに判断もつかなかったが、まさか幻覚を見てしまうほどに疲労困憊しているとは。いや、幻覚ではないのかもしれない。ならば尚の事タチが悪い。他者の家に無断で踏み込むのはズバリ犯罪者のやる事であるからだ。つまり自身は今大剣を背負った正体不明の大男の前に無防備な姿を晒しているという事になる。

 

 【神殺し】はオラリオにおいて一族郎党まで罪に問われる重罪中の重罪だ。故に、彼女が殺される事は無い――――訳ではない。千年ほどの神と人の時代において、実際に今まで幾度かそういう事は有った。故の重罪である。そんな事をするのは当然余程の命知らずか向こう見ず、詰まる所極まった愚か者だけであるのだが、そこの大男が愚か者でない保証などどこにも無い。

 むしろ、一般的な常識のある者であれば不在の他神(たにん)の家に無断で上がり込むような真似はしないだろう。それも、これほど困窮した零細ファミリアの主神の元へなど。そう思うと、彼女はもうどうしようもなく絶望的な気持ちになるのだった。

 

 ああ、こんな形で地上での暮らしを終える事になるなんて……。

 

 そう嘆き、布団により深く顔を埋める彼女。その脳裏に、地上での楽しかった思い出が走馬灯の如く駆け抜けては過ぎ去ってゆく。おいしかったディナー、眷族からの供物、己の策に嵌って相争う神々の滑稽な姿…………。

 

 心残りが無いはずなど無い。もっと、もっとこの地上と言う最高の娯楽を謳歌したかったのに!

 

 悔やんでも悔やみきれず、彼女は布団に顔を埋めながら寝返りを打って、そのまま布団を巻き込み簀巻きめいた姿へと変貌してしまう。もはやすべてを拒絶する構えである。

 

 ――――これは悪夢だ。仕事疲れが引き起こした、意味不明で手ひどく、無駄に現実感のある悪夢。ならばいっそ眠ってしまおう。夢の中で眠れば、きっと目が覚めるはず!

 

 もはや現実から目を背け、簀巻きの中で目を閉じ眠りに落ちんとする彼女。だが無慈悲にも、目を閉じた事で鋭敏となった聴覚は(くだん)の大男が振り返り、ぎしりと床を鳴らして此方に歩み寄ってくるのをハッキリと感じ取ってしまった。

 

 簀巻きになっているせいで耳を塞ぐことも出来ない。簀巻きになっているせいで沸き上がる恐怖から逃れることも出来ない。せめて布団に顔を埋めたままなら、部屋から飛び出して逃げ出す事も出来たというのに。

 

 その事実に彼女は改めて打ちのめされ、そして完全に諦めきった。今から自身はあの神威の如き神秘を漂わせる(つるぎ)によって断ち切られ、まな板で調理される食材の如く輪切りにされてしまうのだろう。ああ、何故簀巻きになってしまったのか。余りにも神らしくない、間抜けすぎる最後ではないか。ならばいっそのこと【神の力】を用いて――――

 

「……すまない、無粋な訪問を許して欲しい。ここの住人の方とお見受けするが、少し話を聞かせては貰えないか? 不躾な話だとは自分でも思うが……」

「……………………えっ?」

 

 実際気の抜けた声を上げ、彼女は簀巻きの端から器用に顔だけを表に出してベッドの横に立つ男の顔を見据えた。男は困惑したような、目の前の彼女をどうしたものかと計りかねるような、そんな顔をしていた。

 

「……殺さないのですか?」

「…………いや、そのようなつもりは毛頭ないが…………」

 

 震えて聞く彼女に、男は努めて穏やかな声色で答える。

 

「殺さないんですね?」

「……貴方の不安も当然だ。此度は本当に申し訳なかった。どうか、話だけでも聞いていただきたい」

 

 重ねて確認する彼女に、男は背に負った大剣を手の届かぬ机の上へと置き、改めてベッドの前にやってきて床に座り込んだ。

 

 それを見て、ようやく彼女は男に敵意や悪意、そう言った此方に害を成そうとする意思がない事を理解した。神ゆえに地上の子らの嘘を見抜く事が出来るのは彼女も同様だったのだが、あの異様な大剣から感じとれる神秘がその眼を曇らせていたのやも知れぬ。

 

 それは気になるが、今は目の前の男だ。

 

「……じゃあ、とりあえずまずは名前を聞かせてください、剣士さん。自己紹介から始めましょう」

「そうだな。私は――――――――」

 

 

 

<◎>

 

 

 

「大体分かりました。ひとまず整理しましょう。……ええと、貴方は<ヤーナム>と言う街から来た狩人で、名前は…………」

「<ルドウイーク>だ」

「ルドウ()ーク」

「ルドウ()ークだ」

「言いづらいですね」

「皆、そう言う」

 

 諦めたように苦笑いして返すルドウイークを前に、彼女は少し難しい顔をした。

 

「…………やはり聞いたことありませんね、ヤーナムなど。余程田舎の街だったのでしょうか」

「確かに排他的で、周辺とは隔絶した谷あいの街ではあったが、言うほど田舎という事は無いと思う」

「ですが<医療教会>に<狩人>、そして<獣>……聞いたことの無い事柄ばかりです」

「ううむ……」

 

 その味気ない反応に、ルドウイークは先ほどの彼女の様に難しい顔をする。全てを説明したわけでは無いとは言え、自身の持つ知識がこの【オラリオ】なる街では一切通用しないのだという事を、彼女の反応と説明から十二分に悟ったからだ。

 

「すまないが、少し考えさせてもらいたい。その間に、もう一度ここについて聞かせてくれないか?」

「分かりました、整理します。ここは【オラリオ】と言う街で、私は神です」

「…………やはり、にわかには信じ難い。貴女が真っ当な人間とは違う、かといって<上位者>とも違う、別の存在である事は解るのだが……」

「まぁ神なので。と言うか、<上位者>とは?」

「<獣>以上の力を備えた未知の存在だ。一応上位者と名付けられてはいたが、詳しい事は私も知らない」

 

 ルドウイークは慎重に言葉を選び、嘘を吐かぬよう、だが決定的な真実も語らぬようにして彼女の問いに答えた。聞けば、神は人の嘘を見抜く力を持つと言う。

 知識がどれほどの狂気をもたらすか知らぬルドウイークでは無い。故に、彼は煙に巻くような不明瞭な説明で誤魔化そうとした。自身もそれほど上位者に詳しくなかったのは僥倖(ぎょうこう)と言える。実際嘘にはなりえぬからだ。そして幸いにもその欺瞞に彼女は気づいた様子も無く、納得したように次の問いへと話を進めた。

 

「まあ、それは置いておいて……私の説明した事に一つも心当たりがないのは、ルドウイークも同じですよね?」

「ああ。【オラリオ】と言う街の名前、【神】なる存在、【ギルド】に【ファミリア】…………【迷宮(ダンジョン)】と言う言葉には覚えがない訳では無いのだが、私の知る<ダンジョン>(聖杯ダンジョン)とこの街にあると云う【迷宮】が同じものだとは到底思えん。私の知る<ダンジョン>は、深くても5層ほどしか無かったしな」

「浅いダンジョンですねえ。こっちの【迷宮】なんて50階層とか普通にあるっていうのに」

「50か…………まったく、驚きしかないな」

 

 50と言うその数字に、ルドウイークは心底で恐怖した。それほどの階層のダンジョンともなれば、一体いかなる獣やトゥメル人、未知の上位者が現れるのか想像もつかぬ。同輩であった墓暴きや<地底人>とも揶揄された一部の狩人であれば、喜々として突撃していたであろうが……。

 

 彼らが我先にと【迷宮】に飛び込む姿を想像して、ルドウイークは思わず小さく笑った。それをちらと見て、彼女はルドウイークに懐疑的な視線を向ける。

 

「ともかく、貴方はその、ヤーナムとやらで死んで、気づいたらここに居たって……嘘ついて無いのは分かるんですけど、ちょっと信じられないですね…………あと、死んだのヤーナムじゃないですよね? そこだけちょっと嘘入ってません?」

「すまない。正直、何と説明したらよいか私にもわからない。ヤーナムと言えばヤーナムなのだが…………」

「なのだが?」

「説明しづらいんだ。何と言うか、悪夢と言うべきか…………」

「分かりませんね……」

 

 腕を組んで唸るルドウイークの様子に、彼女も腕を組んで首を傾げる。そうして、しばらくお互いうんうん唸って、どちらともなく諦めた。実にならない話だと本能的に直感したからだ。そしてルドウイークに先んじて彼女はこの話題を締め、次の話に移る事を提案した。

 

「…………何となく、互いによく分からないという事が解りました。それはもう、いっそ置いときましょう」

「置いて、どうするのだね? それに他にわかる事も――――」

「貴方がどうしたいか。それを聞かせてください、ルドウイーク」

 

 その言葉に、ルドウイークははっとしたように顔を上げた。彼女は真剣そのものの、真贋を見通す神の瞳で彼の答えを待っている。その視線を受けたルドウイークはしかし、即答に近い速さでその答えを口にした。

 

「ヤーナムへと戻る。こうして私が生きているならば、出来る事があるはずだ」

「それほどまでに<獣狩りの夜>とやらは深刻なのですか?」

「…………あの<狩人>なら、きっと何とかしてくれているとは思う。だが、夜が明けているかどうかは定かでは無い。如何にヤーナムが悍ましき街とは言え、故郷である事には代わりは無い…………案じずには、居られないんだ」

 

 絞り出すようにヤーナムへの思いの丈を継げるルドウイーク。彼女はその選択の重みを知らぬ。だが、ルドウイークがどれほどの想いを持ってその判断を下したのか、そこに込められた重みを多少なりとも感じ取る事が出来た。ゆえに、彼女は重苦しく口を開く。

 

「…………一つ、提案があるのですが」

「何だ?」

「私の【ファミリア】に入りませんか? ルドウイーク」

 

 その言葉に、ルドウイークは驚きを隠せなかった。何故、この神物(じんぶつ)は今宵、突如として己の部屋に現れた人物にそのような提案が出来るのか。自身の如き愚か者に対して、何故手を差し伸べるのか。その理由が分からず、彼は困惑した。

 

「何故、私に手を差し伸べる? 私のような愚か者を抱えた所で、貴女に利する事などそうは無いと思うが……」

 

 彼女の置かれた現状を知らぬルドウイークは皆目見当もつかぬといった顔で彼女に問うた。その質問を聞いて、大事な部分の説明を意図的に避けていた彼女は待ってましたとまるで善神じみて穏やかな顔で笑う。

 

「単純な事です。ここで会ったのも何かの縁、その貴方が困っているのであれば少しを手を差し伸べて上げるのが神の慈悲と言う物です」

「……だが、それほど貴女の手を煩わせるようなことでは無い。ヤーナムの場所さえ解れば後は如何様にも――――」

 

 それでもなお申し訳なさそうに遠慮するルドウイークに対して、彼女は決定的な言葉を口にした。

 

「私の考えでは、おそらくこの世界にヤーナムと言う街はありません」

「………………何?」

「この世界には、今はあらゆる場所に多くの神々が降りてきています。その一柱にさえ会ったことも無く、我々の間の常識も、オラリオという名前すらも知らない。小さな村の一人二人なら世間知らずで済むかもしれません。ですがそれほど大きな街で誰も知らないとなれば………………」

「……………………」

 

 彼女の言葉に、自身の置かれた状況の深刻さを突きつけられたか、ルドウイークは俯きぶつぶつと何やら呟いている。それを見た彼女は、今こそ攻め時だと言わんばかりに自らの推論を捲し立てた。

 

「いいですか、結論から言います。ルドウイーク……貴方は、別の世界から来たんじゃあありませんか? 我々の知らぬ異世界。全く別の法則で成り立つ、未知の世界。で、あれば貴方がオラリオの事を何一つ知らないというのも、かつて全知の存在であった私がそちらの事を一切知らないのも納得できます。……どうですか?」

「………………すまない、流石に想定外だ。<共鳴>を用いた渡りの経験はあるが、まさか別世界とは……」

「<共鳴>?」

 

 苦悩するように頭を抱えるルドウイークがつぶやいた言葉を彼女は聞き逃さなかった。だが、ルドウイークがそれを説明する事は無かった。

 

「……一つ聞きたいのだが、そもそもその【迷宮】とやらを調べるのに貴女の【ファミリア】に入る必要性はあるのか? 【ギルド】とやらの許可を得る事さえ出来れば、【迷宮】に足を踏み入れる事は出来るのだろう?」

「その許可を得るのに【ファミリア】に入る必要が、【恩恵】を授かる必要があるんですよ! 【恩恵】を持たない人間が【迷宮】に潜った所で無駄死にするだけですから…………黙って潜ろうなんて考えてませんよね? 【迷宮】に無断で潜るなんて、そんな事したら貴方はこの街のお尋ね者ですよ。それこそ地上から追い立てられて、【迷宮】で屍を晒すだけです! ……それに5階層のダンジョンとやらで唸っている貴方が、50階層以上もあるオラリオの【迷宮】をどう探索しようって言うんですか?」

「反論の材料が見当たらん…………」

「それに身一つ――――いえ、その剣もですけど、そんな状態でこのオラリオにほっぽり出された貴方なんて、ヤーナムに戻る方法を見つける前にのたれ死ぬか、結局何の手がかりも得られず年老いて死ぬかしかありませんよ」

 

 無慈悲な現実を突きつけられたルドウイークは、その大柄な背丈が頭一つ分縮んだかと思うほどにあからさまに肩を落とし俯きながら溜息を吐いた。

 

 ……確かに、彼女の言う通りなのだろう。ヤーナムにて悪夢の深奥へと歩みを進め、そこで屍を晒した己が今こうして真っ当な人間として在る事が完全に異常な事態なのだ。そして恐らく、ここは悪夢など比べ物にならぬ程ヤーナムから遠い。<共鳴>による世界渡りとは異なり、帰還する手段など、それこそ上位者の深淵なる知啓でも無ければ知る事も出来まい。そして、この世界に上位者はいない、あるいはまったく知られてはいない。詰みだ。

 

 もはや打つ手無しかと、手で目元を覆うルドウイーク。その姿を見て、神としての嗜虐心を抑えるのに苦労していた彼女は、ですが。と、切り出した。

 

「ですが……きっと、【迷宮】にはその秘密が隠されているでしょう。そう思えるだけの謎が、あそこにはあります。逆に言えば、この世界にヤーナムの、ひいては貴方の転移の手がかりがあるとすれば、あそこ以外に考えられないというのが本音なのですが…………」

「それ以外、無いか…………」

 

 ルドウイークは彼女の推論に、俯いたまま疲れ切ったような声色で呟く。実際、この世界の事など、彼女に知らされた程度の事しか知らぬのも事実。見当もつかぬ未知が溢れる世を単独で生き延びるのは、ヤーナムの<獣狩りの夜>とどちらが困難なのだろうか。彼はしばらくそうして思案していたが、そのうちふと顔を上げ開き直ったかの様に、彼女の誘いに首を縦に振るのだった。

 

「わかった。どっちにしろ、私一人で出来る事など限られている。この様な異常事態も初めてだし、手を貸してくれるというなら、甘んじてその提案を受けるべきだろう…………それに、この世界の文字も読めぬ私では、結局単独での探索はできんからな」

「話が早くて助かります……よかった……」

 

 ついに折れ、彼女の提案に乗ったルドウイークに彼女は安堵した表情を浮かべ、ほっと一息つく。その様子に一瞬疑問を感じたルドウイークだったが、それよりも彼女の【ファミリア】に身を置く上での『条件』について話し合うのが先だと考え視線を彼女へと向けた。

 

「それでだが…………協力と言っても、余り、長い事厄介になる訳にもいかぬだろうし、だからと言って、すぐ手がかりを見つけられた所で直後に【ファミリア】を抜けさせてもらう訳にも行かんだろう…………結局の所、どれほどの間貴女の【ファミリア】に置いて貰えるんだ?」

「ああ、それでしたら『ヤーナムへの帰還の方法が見つかるまで』で構いませんよ」

 

 慎重に落とし所を模索するルドウイークに対し、彼女はやけにあっさりと事実上無期限の在籍、そして彼自身の一存での脱退を許した。その余りに破格の条件にルドウイークは驚愕を禁じえない。

 

「…………本当にいいのか?」

「ええ。それが分かったら、帰ってもらっても大丈夫です。最後の挨拶くらいには来てほしいですけど、ね」

 

 念を押すように聴くルドウイークに、彼女は小さくはにかんで答えた。その笑顔に、ルドウイークは後ろめたさを感じ黙り込む。その間に彼女はベッドから降りてルドウイークの前に立ち、緊張を抑えるかの如く深呼吸してからぴしりと姿勢を正して彼へと相対して、【ファミリア】の主神として新たなる眷族を迎えるのだった。

 

「では改めまして…………ようこそ、【エリス・ファミリア】へ。ルドウイーク、この神<エリス>が貴方を歓迎します。これから、よろしくお願いしますね」

「…………このルドウイーク、約定に従い貴殿の剣となり、鋸となりて戦う事を誓おう。どれほどの間、世話となるかは定かでは無いが…………」

「私は構いませんよ。その間、キッチリ働いてくれるのでしたら!」

 

 格式ばった言葉で歓迎の意を示すエリスに、しばしの沈黙の後狩人の礼を以って誓約を示しながらも、どこか煮え切らぬルドウイーク。だが、その彼の態度を気にした様子も無く、エリスは満面の笑みを浮かべて手を差し伸べた。

 

 その手を見て、ルドウイークは一瞬逡巡する。しかし、曲者揃いの狩人の中では比較的穏やかで真っ当な人間性の持ち主であったルドウイークは、この世界についての情報を提供し、衣食住を保証してくれ、更にはヤーナムへの帰還の手助けをしてくれるというこの女神への恩義と、勝手に家に上がり込んだと言う引け目を今更ながら感じ、結局はその手を取り、握手に応じるのだった。

 

 

 

 

<◎>

 

 

 

「して、これからどうするエリス神。早速【迷宮】とやらに潜ればいいのかね?」

「……とりあえず、明日の朝になったら【恩恵】を刻んで、用意が出来次第【ギルド】へと向かいましょう。一応、朝までに()()を考えておきます」

「……設定?」

 

 鸚鵡返しに訝しむルドウイークに、エリスは呆れたように肩を竦めた。

 

「だって、突然別の世界から現れたなんて言っても誰も信じてくれるわけないじゃあないですか。とりあえず【ファミリア】の加入希望者っぽい話を作っておくので、そういう事にしておいてください」

「……神に嘘は通じないのでは?」

「ギルドの職員に神はいませんし、それに嘘は通じなくても隠してる内容まで見抜けるわけでは無いので。まぁ任せてくださいよ。私、こう見えて結構やり手なんですから」

 

 言ってエリスは誇らしげに両手を腰にやり、ふふんと胸を張った。その胸は標準的である。しかしルドウイークにはそれに目をくれる事も無く机の上にあった大剣を手に取り、再びそれを背に負う。その態度にエリスは少々機嫌を損ねかけたものの、気を取り直して部屋の扉へと向かい、ルドウイークを手招きした。

 

「とりあえず、ここは私の部屋なので今日は居間で寝てください。貴方には小さいかもですが、一応ソファーもありますので」

「恩に着る」

 

 壁に大剣がぶつからぬよう気を付けながら、ルドウイークはエリスの後に続いて階段を降り、普段はあまり使用されていないであろう居間に足を踏み入れた。

 

「それでは、私はちょっと疲れてるので今日はこれで。おやすみなさい」

「ああ、ありがとう…………貴公のような神が初めて出会う神で良かった。礼を言わせてくれ」

「いえいえ、そんな畏まらないで下さいよ。明日から忙しくなりますから。それでは……」

 

 就寝の挨拶を終えドアの向こうに去ってゆくエリス。それを見送った後、ルドウイークはソファーへと<月光の聖剣>を立てかけ、自身もその柔らかさに身を任せた。

 

 ……激動ともいえる時間だった。ルドウイークは天井に向け、深く長い息をつく。

 

 悪夢より目覚め、再びヤーナムの夜に身を躍らせようとすればここはそもヤーナムでは無く。【神】なる存在が跋扈(ばっこ)し、多くの人々がその【恩恵】に(あずか)って【迷宮】へと挑む街だと言う。何という、己の知る世界とかけ離れた世界であろうか。

 

「――――まるで、夢でも見ているようじゃないか。それとも、これも君の計らいなのか?  <最後の狩人>よ」

 

 <醜い獣>へと身を堕とした己を狩り、引導を渡したあの狩人。あの狩人が最後に己に掛けた言葉が、実際に形となっているのだろうか。少なくとも、今の所<悪夢>とは言えまい。そこで、一つの疑念がルドウイークの中に沸き上がる。

 

 もし、この世界に今在る事が狩人の計らいによる物なのであれば、その私が自ら悪夢の如きヤーナムへと帰還しようとするのは、狩人の厚意を踏みにじる行為なのではないだろうか? ならば甘んじて、この未知なる世界の事を謳歌するべきではないのか? その程度なら、許されるのではないだろうか。

 

 …………だが、それを確かめる術など無い。ヤーナムの無事を知る手段も無い。なら、それこそあの狩人は許してくれるだろう。そこで、彼は自身が存外故郷の事を愛していた事に今更気づいて、小さく笑った。

 

 さて、明日は【ギルド】へと向かい、あわよくば【迷宮】へと足を踏み入れその程を確かめておきたいものだ。それに【ギルド】には少なからず世界に関する資料程度は存在するはず。そこでヤーナムの名を見つける事が出来れば、それもまた僥倖だ。

 

 そう考えている内に、ルドウイークは自身の瞼が重くなるのを感じた。眠気など、何時ぶりに感じるものであろうか? おそらく、悪夢に囚われるずっと前……市井の狩人達を率い、獣を狩っていた頃には疾うに忘れ去った感覚だった覚えがある。

 

 うむ。あれは、一体何時の事だったか……確か<烏>が大橋のど真ん中で眠っていて、マリアと共にそれを広場に放り出し、随分と疲労困憊した時――――いや、もっと前の事だったか? あれも<烏>が…………。

 

 そんな、懐かしい思い出を想起している内にルドウイークは目を閉じた。それはヤーナムの狩人達が、どれほど求めても手に入ることの無かった穏やかな時間。

 それを取り戻した躰がルドウイークを安らかな眠りへといざなうのに、そうさして時間はかからなかった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 足早に階段を昇り自室へと戻った私は、今宵同様に帰宅した際とは真逆のベクトルの感情をもって勢い良くベッドへと飛び込み、ついつい快哉の叫びをあげた。 

 

「やっ、たぁ!」

 

 仰向けになって天井に向け手を突き出すと、そのまま力を抜いてベッドの上で大の字になって私は笑う。

 

 まさか、まさかあんなに素晴らしい【眷族】を手に入れる事が出来るなんて!

 

 まだ【恩恵】こそ刻んではいないが、それでもあのルドウ()……ルドウイークは間違いなく腕の立つ男だ。今まで多くの冒険者たちを眺めてきたからこそ、それが分かる。

 しかも彼はこの【オラリオ】について殆ど知識を持たない。故に、私のような神の眷属になる事を受け入れてもらう事が出来た。

 

 何より、彼は恐らく、本物の異界人。この【オラリオ】の歴史にも、一人として現れた事が無いであろう稀有なる存在。そんな最高の玩具、絶対に手放してなる物ですか。

 

 彼は見た所、そこまで知恵を回すようなタイプには見えない。どちらかと言うと、あの少しばかり血生臭さを感じさせる雰囲気に似合わず真面目で良識的な人間なのだろう。誓約の内容だって、それを物語っている。

 確かに私は帰れるようになるまで居てもいいと言ったし、帰れるようになったら帰ってもいいと言った。だが、ヤーナムなる都市の手がかりなど、そう簡単に見つかるはずが無い。彼の世界へ戻る方法だって、同様だ。なにせこの千年、そんな話はこの【オラリオ】でさえ聞いた事が無いのだから。

 

 なんか、騙しちゃったようなのは少しだけ気が引けるけど…………いいじゃないですか。私は、【神】なのだから。

 

 まあ、お陰様でこれからの立ち振る舞いには気を付けて、しっかり彼からの信頼を手に入れていかなきゃいけなくなったのと、他の神々にばれない様にしなきゃいけなくなったんだけれど…………多分大丈夫でしょう! 私は無根拠な確信をもって、また満面の笑みを浮かべた。

 

 だって、別の世界から現れる人がいるなんて思っている神なんか居るはずが無いのだから! 私だってそうだったんだから、他の神も真実を知るまでは想像すらつかないはずだ。

 

 ああ楽しみだ。早く彼の背に【恩恵】を刻んで、どれほどの【ステイタス】が現れるのかを見たい! もしかしたら、彼には特別な【スキル】が発現するかもしれない。異世界人なのだからそれくらいのことはあって然るべきだろう。

 

 ……それに、あの剣。神威じみた神秘を感じさせるあれは、一体何なのだろう。【魔剣】? いや、あの剣を扱う彼の手付きには、発動の際にしか振るわれぬ【魔剣】に対するそれとは違って確かな慣れと信頼があった。

 おそらくは、向こうの世界から彼が持ち込んだ物なんだろうけれど…………この十年ほどで培った庶民的感覚が、私の好奇心に対して『アレには触れるな』と小さな警告を送ってくる。

 

 ――――まぁ、信頼を得ていけばそのうち彼から聞く機会も出来るでしょう。

 

 そう結論付けた私は、ひとまず机に向かってノートを開きペンを取ると、さらさらと彼の素性に関する設定を書き上げ始めた。

 

 生まれは……【ラキア王国】あたりでいいかな。<アレス>のやり口に耐えかねて出奔したって感じで。【レベル】は……いや、そこは【ステイタス】を見てからだ。もしかしたら最初から高い【レベル】を持っているかもしれない。普通ならありえないことだけど、彼は異世界人。常識なんて通じない。家族は……うーん……とりあえず父と母が遠くに居るって事にしておこう。この辺あんまりハッキリさせちゃうと後がめんどくさいし。うーん、後は…………。

 

 そうして彼の設定を考えている内に、私は何だか眠くなって来た。そう言えば今日は、そもそも普段の倍くらい店に客が来て散々あの太っちょにこき使われたのだった。それを思い出して、私はちょっと不機嫌になる。

 

 今日はこの辺にしとくかな。どうせ、この【オラリオ】に居る冒険者の出自なんて気にする者なんか多くない。ただでさえ人々の坩堝ともいえるこの都市だ。一人くらい異世界人が紛れ込んだところで、気に留めるような者も居ないだろう。

 

 そうして、私は新たなる眷族を得てようやくの再スタートを切れる事に安堵し、穏やかにベッドに入る。その頭の中ではルドウイークをいかにうまく扱いつつ、自身のファミリアを再興させオラリオに名だたるファミリアとして返り咲かせるか、そればかりを考えていた。

 

 彼の力を元手にいずれは【本拠地(ホーム)】も取り戻し、多くの【眷属】を再び得て、いつか私に憐みの視線さえ向けた神々を見返してやるんだ。特にあの道化師気取り……の鼻を明かすのはちょっと難しいかもしれないが。向こうの【ファミリア】の規模的に。

 いやいや、何を弱気になる必要がある。もしかしたらルドウイークがレベル6、いや7、いやもしかしたら8かもしれない! それなら十分に勝ち目はある!

 

 そんな風に暫く鼻息を荒くしていた私も、しばらくすると疲れには抗えず、ゆっくりと瞼を閉じて夢の世界へと旅立って行く。そうして、私はこの十年近く感じていなかったほどの穏やかさで希望に溢れた眠りへと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 ――――私が、ルドウイークがどれほど常識の通じぬ場所からやって来た男で、どれほど自身の手には持て余す存在かを理解するのは、もう少し後の事である。

 

 

 

 




Bloodborneで好きなボスはルドウイーク(すごいすき)、ゴースの遺子(老いた赤子と言う見た目が考えた人天才だと思うし戦ってて楽しいのですき)、エーブリエタース(見た目がすき。喉裏のひげ状器官推し)です。

読んでいただき、ありがとうございました。


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02:【恩恵】

初続投稿です。【恩恵】周りだけで約11000字行ってしまいました。まさかこんなに文章量感じるとは思わなかったんで……独自設定ありでお送りします。

早々に赤評価ついてたり400お気に入り頂いてたりして凄いビックリしました。両原作の偉大さをひしひしと感じております。

改めまして、感想評価お気に入り誤字報告等して下さった皆様、ありがとうございました。


 オラリオの朝は早い。……いや、それは不正確な表現だ。

 

 ギルドは昼夜を問わず常に開いているし、夜には眠る者が殆どとは言え、深夜であろうと迷宮へと潜っていく冒険者は少なくない。その理由は様々だ。ただ冒険へと出るのに朝を待ちきれないもの、冒険者の増える昼を避け早い内に浅い階層を抜けたいと考える者、ただ夜でなければ力の出ない者。

 

 そう言った者達が、それぞれの理由で街路を行き交っている時間。その間も惰眠を貪っていたエリスは、陽が既に半ばほどまで登り街も賑わいを見せ始めた時間帯になって、ようやくベッドから起き上がった。

 

「ふぁ………………」

 

 着替えを終えたエリスは、盛大にあくびをしながら階段を降りルドウイークの元へと向かった。そう、昨夜いつの間にやら家に上がり込んでいた、自称狩人の異世界人。今日は彼に【恩恵(ファルナ)】を与え、真に【ファミリア】の一員となって貰わねばならぬのだ。

 

 だが、それも楽しみではある。【眷族】が増えるというのは、今も昔も変わらず嬉しい物だ。そんな逸る心とは裏腹に未だに疲れの取り切れぬ体を引きずるようにして居間の扉を開くと、そこではルドウイークが元在った机やソファーを押しのけ、床に様々な道具と思しきものを並べていた。

 

「…………何してるんですか?」

「ああ、おはよう、エリス神。少し場所を借りている」

「いえ、だから何してるんですか?」

「いや、だから場所を借りている。今の手持ちを整理したくてな……」

「……はぁ」

 

 少し、話の噛みあわぬルドウイークにしばし呆れてから、エリスは床に並べられたものに目を向けた。

 

 まず目についたのは、彼の背負っていた大剣。そこからは変わらず、神威じみた神秘が滲み出ているのを感じる。これは、外に持ち出すならば何かしらで隠すなりしなければなるまい。他の神が見れば、興味を持つのは明らかだ。

 

 その次に彼女が目を向けたのは、皿の上に転がされたやけに刺々しい形をした結晶。放射状の物と、三角形の物と、三日月型の物があり、さらに斑の様に毒々しい泡が浮かんだ物とそうでない物がある。魔石の一種であろうか? だが、それからは何やら不吉な気配を感じる。ただの魔石では無さそうだ。

 

「ルドウイーク。この、なんだか触ると痛そうなとげとげは何ですか?」

「それは<血晶石(けっしょうせき)>だ」

「<血晶石>?」

「ああ。獣たちの体内で凝固した成分で、武器に捻じり込む事でその――――」

「あ、なんだかやっぱいいです。こっちの瓶の青いやつは何です?」

 

 いやな予感がしたエリスは、ルドウイークの説明を遮り咄嗟にその横に置かれた青い液体の入った小瓶を指差した。自身の説明を無理やり中断させられたルドウイークは少し残念そうな顔をしたが、エリスの要求に律儀に説明を口にする。

 

「それは、見た目そのままに<青い秘薬>と呼ばれている」

「……まんまですねえ。ポーションみたいなものですか?」

「そのポーションとやらが良く分からないが、これは一種の麻酔薬でな。本来は被験者の脳を麻痺させるのに使うらしい」

 

 ルドウイークの呟いた被験者と言う言葉に、エリスは思わずその薬から距離を取った。

 

「えっなんですかそれ……被験者って……」

「さあな。少なくともロクな物では無いと思うが。だが、これは狩人の強い意志を持って服用する事で、一時的にその存在を希薄に出来る。何かと便利な薬だよ」

「自分からそんなのを飲んでいくんですか…………」

 

 話を聞いて恐怖したように、実際声を震わせてエリスはルドウイークからも距離を取った。それを見たルドウイークは、何故これが恐怖されるのかわからないという顔をして、それから少しだけ悲しそうな目をして再び道具の整理に戻った。

 

 エリスはそんなルドウイークの様子に気づく事無く、床に並べられたものを少し震えながら眺めて行った。正直、神としてあるまじき姿ではあるが、そこにあるものを見れば彼女が怯えるのも当然の事だろう。

 

 何せ、そこにあるのはオラリオではとても見た事が出来ぬような奇怪な狩り道具の数々。赤黒い丸薬、毒々しい液体の付着したメス、明らかに真っ当では無い骨刀、鉛色の湯気の滲み出す小瓶、異様な色の何かの血、眼球じみた石ころ、謎の骨、眼球にしか見えないもの、そして――――

 

「ナメクジ!?!?」

 

 素っ頓狂な声を上げて飛びあがったエリスにルドウイークが驚いて鉛色の小瓶を転がし、その大きさからは考えられぬほど重苦しい音を立てた小瓶にナメクジも驚いて触角を引っ込ませた。

 

「……エリス神。突然声を荒げないでくれ。獣の怒号かと思った」

「いやいやいや! 何ですかそのでっかいナメクジ!? なんでそんなのが?!」

 

 うんざりしたように首を巡らせたルドウイークに、部屋の隅に押しこまれたソファーの影に転がり込んだエリスが錯乱したかのように叫ぶ。その様子を見て、ルドウイークは優しくナメクジを手に取りエリスの元へと歩み寄った。

 

「ナメクジでは無い。これは<精霊>。<エーブリエタース>――――上位者の先触れであり…………いや、私も詳しくは知らんのだが…………まぁ、そこまで嫌悪するほどの物では無いさ。そもそも、獣どもに比べればなかなか可愛いものだと思うがね」

 

 言って、ルドウイークは手の上の精霊に笑いかけた。すると、精霊は周囲を伺うようにゆっくりと触角を伸ばして、見渡すように頭をもたげる。そうしてキョロキョロと周りを観察していた精霊はソファの陰で怯えるエリスに気づくと、興味深そうに首をそちらに伸ばした。エリスは悲鳴を上げた。

 

「ああああああダメですダメです!!!! こっち近づけないで下さい殺す気ですかイジメですか!? 無理無理!!! 早く仕舞ってくださいルドウイーク何でもしますから!!!」

「むう…………」

 

 その神とは思えぬ憐れな姿を見て、理不尽だとは思うが申し訳なくも思い始めたルドウイークは、外套の裏に縫い付けられた<秘儀>の数々を収納した袋の一つに<精霊>を滑り込ませた。そして、これ以上整理をしていれば更なるエリス神の不興を買うと直感して、テキパキと床に広げられた品々を仕舞い始めるのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「では、これから【恩恵(ファルナ)】を授けますので……うう……」

「……大丈夫か? もし辛いのであれば、無理はしないでくれ。また後でも――――」

「いえ、大丈夫です……。とりあえず、上半身の服を全部脱いでください」

 

 ルドウイークは荷物を仕舞い終えた後、「ナメクジの跡が残った部屋でなんて嫌です!」と駄々をこねたエリスに従い、【恩恵】を授ける儀式の為にエリスの部屋にまで上がってきていた。

 精霊を見てから、暫くひどい頭痛に悩まされていたエリスもようやく調子を取り戻してきたようで、ベッドにルドウイークを腰かけさせその後ろで膝立ちとなり、机の奥に仕舞い込まれていた針を取り出して自身の指先にそれを近づける。

 

 しかし、針を持つ指先が随分と震えるのを見るに、本調子にまで体調が戻ったわけでは無いようだ。

 

 それを見たルドウイークは純粋に彼女の事を心配してその様子を横目に見ていたが、ふんすと鼻を鳴らしてから指に思いっきり針を突き刺し悲鳴と共に蹲った彼女を見て、諦めたかのように前を向いた。

 

「で、では行きますよ……動かないでくださいね……」

「エリス神、少し落ち着け。儀式は久々なのだろう?」

「大丈夫です、任せてくださいよ……何せ私、こう見えて地上歴3ケタのベテラン女神なので……!」

「…………慎重に頼む」

 

 ――――未だ【恩恵】を持たぬ【眷族】に対して【恩恵】を与えるのは【ファミリア】の主神がまず行うべき事であり、それを経て初めて【眷族】は【ファミリア】の団員としてのスタートを切ったと言える。何せ、【恩恵】の有無はその力に天と地ほどの差異をもたらす。それが無ければ、【ギルド】に冒険者であるとは認められぬ程に。

 

 指先の痛みを何とか克服したエリスは、ようやく起き上がってルドウイークの背中を見る。そこには大小の傷。一体、如何なる戦いを彼は経てきたのか。それに思いを馳せずにはいられぬような痛ましい背中であった。

 だが、彼女の視線をもっとも集めたのはその首元の二つの傷。首半ばまで凄まじい一撃で抉られたような火傷を伴う大きな傷と、まるで断頭台でも経験してきたかのような――――だがしかし見たことがないほどに綺麗な――――明らかに首を切り離していたであろう傷。そんな傷を受けて、彼はいかにして生き延びたのだろうか。

 

「…………どうかしたかね?」

「あっ、いえ……それでは、行きますよ」

 

 ルドウイークの背をじっと見つめていたエリスは彼の声に気を取り直し、血の滲む指を彼の背の上にやった。

 

 【恩恵】を与える儀式と言うのは、神の血――――【神血(イコル)】を媒介に神々の文字【神聖文字(ヒエログリフ)】を対象に刻み込む事を指す。人々がその身に得た経験の記憶……【経験値(エクセリア)】。本来、不可視であり利用など出来るはずも無いそれを神々は見通して抜き出し、【神聖文字】としてその背に刻み込む事で力を上乗せし、塗り替え【ステイタス】を、【位階(レベル)】を上げる。それは【神の力(アルカナム)】を封じた神々が地上にて操れる、数少ない神の御業だ。

 

 それにより人々は様々な分野にて今までとは比べ物にならぬほどの力を発揮して、凄まじい発展を遂げてきた。そして、エリスの差し出した指から一滴の【神血】が滴り、ルドウイークの背に触れる。

 

「……があっ!?」

「きゃあ!?」

 

 瞬間、ルドウイークの背に触れた血は、じゅっと言う嫌な音を立てて弾けてその背に吸いこまれて行った。同時にルドウイークはまるで熱した鉄でも押しつけられたかのような熱と激しい痛み、そしてその裏に生半な血とは比べ物にならぬ強い<酔い>を感じて飛び退き床に叩きつけられ、エリスもその衝撃でひっくり返ってベッドから転げ落ちた。

 

「ああ、もう! なんなんですかもう……! 頭痛い……」

 

 打った頭を抑えながら立ち上がって口を尖らせるエリス。打ち所が悪くなかっただけ幸運だったが、お陰で先程の頭痛がまたぶり返してきた。おまけにぴちゃぴちゃと、水滴が落ちるような音まで聞こえてくる。過労で耳までやられたのかと一瞬顔を歪ませたエリスだったが、目の前で床に突っ伏すルドウイークを見て慌てて彼の元へと駆け寄ろうとした。

 

「ルドウイーク!? どこか、変な所でも打ち――――」

「近づくな!!!」

 

 今までとは打って変わって乱暴に叫んだルドウイークに、エリスは思わず立ちすくんで足を止める。その眼前でルドウイークは顔を上げ、そして止める間もなく思い切り頭を床へと打ち付けた。

 

「なっ!?」

 

 驚くエリスの前で、ルドウイークは更に一度、更にもう一度床に頭を打ち付け、そこまでしてようやく落ち着いたように顔を上げ、そのまま背中から床に倒れ込んだ。

 

「……ハアッ……すまない…………床が割れた様な気がするのだが……」

「そこ心配する所じゃあないでしょう!?」

 

 足を止めていたエリスは慌ててルドウイークの元へと駆け寄り、一瞬逡巡した後近くにあった自身のハンカチを手にとって、彼の血を流す額の傷にそれを押しあてた。

 

「一体どうしたんですか突然!? 変に飛び跳ねたと思ったら頭を床に打ち付けるなんて! 何なんですか!?」

「……すまない、油断した」

 

 自身の額をハンカチで抑えつけるエリスの腕をそっと除けて、自身の手でハンカチを抑え直したルドウイークは上体を起こし確認するように言った。

 

「我々狩人が『血に酔う』と言う話はしていたな?」

「えっ? いやそれ聞いて無いですけど。どう言う事ですかルドウイーク!?」

「そうか、うっかりしていた」

 

 狼狽するエリスに対して彼は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。

 

「我々狩人は<血の医療>を受けたのち、返り血を浴びるなどして血を摂取する事で傷を癒す業を身に付けていた。それについては伝えていたと思うが……」

「ええ、そこは聞いてますよ。貴方の故郷を牛耳っていた、えー、<医療教会>でしたか? そこが生んだ技術で、<ヤーナム>では当たり前に用いられていた技術だと」

「その通りだ」

 

 エリスの言葉を肯定して、ルドウイークは一度額をハンカチで拭う。しかし先ほどの自傷行為によってどこかに切り傷でも負ったか、その額からはすぐに再び血が滴り始めた。

 

「だが、その医療には一つ、副作用があってな…………血の摂取には多かれ少なかれ、快感が伴う。少量を常習するくらいなら問題は無いのだが、我々狩人の様に<獣狩り>に伴って大量の血を浴びる者達の中にはその快感に酔い痴れる者が現れた。そう言った者はいずれ人間性を失い、本当の意味で獣へと成り下がる」

「でも、さっきのは一滴ですよ!?」

「血の質、<血質(けっしつ)>によって、血の齎す効果も、それに伴う快感も大きく変わる……エリス神、貴女の血は私の知るどんな血よりも特別だ。それこそ、私でさえ一瞬意識が飛ぶ程には」

「いや、特別なのは当然なんですよ神なんですから……じゃなくて、それじゃあどうするんですか!? 血を垂らす度にあんなふうに暴れられたんじゃ、とても【恩恵】なんか刻めませんよ!?」

「その外套の内側、右の三段目、その一番外側に入っている赤黒い液の入った瓶。それを取ってくれ」

 

 ルドウイークの指示に従ってエリスは未だに狼狽しながらも椅子に掛けられた外套の内側の雑嚢を調べてゆく。その内の一つが、妙に湿った感触と共に妙に柔らかい弾力を伝えてきたが、彼女はむしろそのお陰で一気にクールダウンして、むしろ素早く目的の物の入った雑嚢を探し当てることに成功した。

 

「これですか? なんですこれ?」

「ああ、それだ……そいつは<鎮静剤>と言ってな。狂気を抑える効能を持つ。覚悟の上でやれば耐えられるはずだが、念のためこれも服用しておきたい」

「…………大丈夫なんですか?」

「そのはずだ」

 

 短く応えたルドウイークは<鎮静剤>の蓋を開き、一気にそれを飲み干した。すると荒かった息はすぐに落ち着きを見せ、脂汗を流し紅潮していた肌からもスッと赤みが引いていく。ルドウイークはその後しばらく息を整えていたが、意を決したように立ち上がり、ベッドの先程まで自身が腰掛けていたのと同じ場所に座り込んだ。

 

「……大丈夫なんですね?」

「ああ。頼む」

 

 それを聞いて、エリスは先ほどと同様に――――しかし可能な限り少量となるように――――ルドウイークの背へと一滴の血を垂らした。するとその血も先ほどと同様に焼けるような音を立てて弾け、そうしてから彼の背に吸いこまれて行った。ルドウイークはそれに耐えるべく俯き、目を閉じて歯を食いしばっている。

 それを見て、エリスは慌ててその背に指を這わせて【神聖文字】を刻もうとした。だが――――

 

 

 

 

「……【恩恵】が刻めません」

 

 ――――そう、絶望的な顔で声を上げるのだった。

 

 

 

 

「…………何だと?」

 

 先程よりも早く血の齎す感覚が引いたのか、眼を見開いて首を巡らせたルドウイーク。額の傷は、いつの間にか塞がったのか既に血も止まっている。だがその視線に少なからず驚愕が込められているのをエリスは悟って、自身の潔白を主張するかのように両の掌を彼に向けた。

 

「いや、冗談とかじゃないんですよホントに! 【神聖文字】が書けないんですよ、貴方の背中!!」

「どういうことだ……? 手順を間違ったりは――――」

「してませんよ!!」

 

 訝しむルドウイークに対して狼狽して叫ぶエリス。そして揃って考えては見るがその理由は共に分からず、二人で俯いて考え込む。

 

「…………えっと、とりあえず整理しましょう。何故【神血】があんな反応を見せたのか、何故貴方の背中に痛みが走ったのか、何故貴方に【恩恵】を与える事が出来ないのか!」

「私にはさっぱりだぞ」

「うむむむ…………」

 

 その時、エリスは突然何かを閃いたかのように、不安に凍り付いた表情で顔を上げた。

 

「あの、ルドウイーク。正直に答えてください」

「何だ?」

「…………貴方、もう【恩恵】を受けたりしてないですか?」

「いや、馬鹿な。私がこの街――――いや、この世界に来たのは昨晩の事だ。その間私は貴女以外の神は愚か、貴女以外には誰とも出会ってはいない。【恩恵】を受けるタイミングなどどこにも……」

「――――<血の医療>」

 

 エリスはぼそりと、極めて複雑そうな顔でその単語を呟いた。

 

「貴方の住んでいた<ヤーナム>では、特別な血を使った医療が発展していたと言っていましたね?」

「ああ、そうだ…………いや、待て。まさか、そのような事が……?」

「多分、きっと、そのもしかしてだったりしませんか?」

 

 エリスの言わんとする事を理解したルドウイークは、口を抑え眼を見開き、先程とは全く違う理由で脂汗を流した。

 

 まさか。そのような事があってなるものか。だがしかし、<血の医療>と【恩恵】、どちらも血を用いるという共通点がある。もしもそれが、我々ヤーナム人の血に混じる<呪い>と関係しているとすれば――――――

 

「――――――――ありうる」

「ああ~…………」

 

 愕然としながら肯定したルドウイークの前で、気の抜けるような声を上げてエリスはベッドに崩れ落ちた。

 

 ……その後しばらくして、なんとか気を取り直したエリスの語った推理はこうだ。

 

 ルドウイークら、ヤーナムの民が受けた<血の医療>。それは本質的に【神の恩恵】と類似した行為であり、故にエリスは彼に【恩恵】を与える事が出来ずに弾かれたのだろう。【恩恵】を二重に施すことなど出来ようがないからだ。

 

 それを聞いて、ルドウイークはますます頭を抱えた。確かに、神の血を受けてこの額の傷が治癒している事もそれを裏付ける現象の一つではないか……? しかしまずい。【恩恵】が無ければ【迷宮】に潜る事は出来ぬ。【迷宮】に潜れなければ<ヤーナム>への、ひいてはあの世界への帰還の方法を探す事さえ叶わぬ。彼女への恩も返せぬ。

 

「だめか……すまない、エリス神。まさかこのような事態になるとは…………」

 

 もはや頭を下げるよりないルドウイーク。だがしかし、そんな彼を尻目にエリスはむしろほんの少し希望を持った表情でその絶望を否定した。

 

「いえ…………でもそれでしたら、もともと【恩恵】に近い物を持っているという事ですよね? だったら何とか誤魔化せるかもしれません」

「……本当か?」

「ええ。念のため聞きますけど、貴方が戦っていたと言う<獣>とやらのなかで、一番弱いと思うものと一番強かったと思うものについて教えてくれませんか?」

「…………? ああ、すまない。そうだな……」

 

 エリスの言葉に少しばかり絶望から脱したルドウイークは、自らの記憶の中から彼女の要求に相応しいものを引き出し、伝え始める。

 

「弱かった者だが、あれは単に<患者>と呼ばれていた。<獣>へと成り立ての者をそう呼んでいた。恐らく、駆け出しの狩人でも一対一ならば遅れを取る程の物では無かったはずだ」

「えーっと……じゃあ、ここにある物ではどれを壊せそうですか……?」

「ふむ……それなら、ドアを何とか破れる位だろう。時間はかかるだろうが」

「なるほど……聞く限りでは【コボルト】などと同レベル……かな? まあ、多分同じくらいだと思います。それじゃあ、強かった者はどんな感じでしたか?」

「強かった者、か――――」

 

 その言葉に、ルドウイークは自らがもっとも窮地に追い込まれた一つの狩りを思い出す。

 

 ――――あれは、<最初の狩人>最後の狩り。マリアを打ち据え、決死の彼女が生んだ隙に左眼を頭蓋ごと破壊し勝利を確信したルドウイークを容易く吹き飛ばし咆哮した、あの獣。地に伏したルドウイークには目もくれず、()は自身の最も信頼した知己であった、一人の狩人に目を向ける。

 

 燃え盛る大聖堂の中対峙する二()。汗さえも煮え立つような熱を放つその獣と、その灼熱にも、殺意にも動じず、手に持った大曲剣を背に負った仕掛けと結合させ大鎌へと転じさせた老狩人。獣の肥大化した腕に膨大な炎が集まると同時に老狩人は<加速>に乗って飛び出し、そして――――

 

「――――私の知る最も強かった獣は、炎を操る獣だった。少なくとも、この家ぐらいは容易く破壊出来るであろう膂力の持ち主でもあったよ」

「うえっ…………でしたらレベルは少なく見積もっても5……いや6は行ってますかね……」

 

 ルドウイークの言葉を聞いて何かを想像したのか、身をぶるりと震わせて呟くエリス。その様子に、ルドウイークは少々不安げに疑問を口にした。

 

「その……レベル、とやらがこの世界における強さの指標なのか?」

「ええ。多分詳しい事は【ギルド】で教えて貰えると思いますが………………ああ、でもですね! とりあえず、そんな<獣>とやり合って生きている貴方もレベル5か6くらいはあると思っていいと思いますよ!」

 

 先程までの怯えっぷりが嘘の様に、大喜びで立ち上がったエリス。それを前にしてルドウイークは首を傾げるばかりだ。

 

「それは、それほど喜ぶべき事なのか?」

「当たり前じゃあないですか! レベル5や6なんて並の冒険者には一生届かない領域! 5でも十分に第一級冒険者、6であればこの【オラリオ】でも最上位の実力者と言ってもいいんですよ!」

「そう言う物なのか?」

「そう言うものなんです!」

 

 喜びを露わにしたエリスは拳を握ってルドウイークに向き直った。それは当然の反応である。あれ程求めた眷族が手に入り、しかもそれが並の冒険者とは一線を画する最上級冒険者に匹敵する実力者だと分かったのだ。

 そして、その勢いのまま眼を細めるルドウイークを尻目にエリスは楽し気にこれからの予定をルドウイークに語り始める。

 

「ともかく、それなら多分【迷宮】でも十分に通用しますから、早速ギルドに向かって登録を済ませてしまいましょう!」

「……【恩恵】が無ければ【ギルド】の承認は得られないのではなかったのか?」

「えっ? いや言いましたけど、アレはあくまで【恩恵】を持っているっていうのが最低限の能力基準ってだけであって、それよりずっと強いのであればきっと誤魔化せますから……とにかく大丈夫ですよ!」

 

 言ってエリスは満面の笑みでサムズアップした。もはやすべて解決したと言わんばかりの笑みである。それを見て、ルドウイークは何やら嫌な予感がするのを禁じえなかった。

 

 しかし、この世界については自分はエリス神には到底及ばぬ程に無知なのだ。従う他あるまい…………導きの糸も、見えぬしな。そう自身を納得させ、ルドウイークは肩を竦めた。

 

「まあ、大丈夫なのは分かった。では、早めに【ギルド】とやらに顔を出してしまおう。手続きがどれほどかかるかも分からんし……」

「ああ、ではちょっと待ってください。地図を書きますので……」

 

 言ってエリスは机に飛びついていそいそとノートにペンを走らせ始めた。だがしかし、上着を纏い終えたルドウイークはその肩を掴んで顔を寄せ、息が掛かる程の距離で凄んだ。

 

「エリス神。まさか私一人で【ギルド】に向かわせるつもりではなかろうな?」

「えっ……いや、神である私がわざわざ【ギルド】にまで出向くってなんだかみっともないし……」

「私はこの世界の文字一つ読めないんだぞ? 野垂れ死にさせる気かね?」

「あっそっかぁそうでした…………そっかぁそうでしたねえ…………」

 

 興奮に今までルドウイークがこの世界に来て二日目の新参者であるという事実をすっかり忘れていたのか、エリスは心の底から【ギルド】に向かいたくないと誰が見てもわかるような気だるげな表情を浮かべた。しかし、それをルドウイークは許さぬ。

 

「分かったら貴女も準備をしてくれ。出来る事なら、今日中に一度【迷宮】をこの目で確認しておきたい」

「ええ……うう、【ギルド】、いくのやだなぁ……」

「困った神様だな……」

 

 ――――彼は知らぬことであったが、この家がある【ダイダロス通り】は知らぬ者が迷いこめば抜け出すことは叶わぬ、とさえ言われるほどに複雑な作りをしており、幾ら大通りに近い場所にあるとは言え、この家の周囲も例外とは言えぬものであった。

 故にエリスを無理やりにでも同行させようとする判断は間違いなく正しいものであったし、それを理解しているエリスも渋々ながら外出着の袖に手を通し始めた。

 

「そういえば、【ギルド】の手続きとやらはどれほどかかる物だ? 夜までには終わるのか?」

「……多分、昼の内には手続き終わると思いますけど。年明けで人も居ないでしょうし」

「ならば尚更だ。普通は【迷宮】にはそれなりに長く籠る物なのだろう? どこまで潜れるか、と言うのにも興味がある」

「それはダメですよ!」

「何?」

 

 意気込むルドウイークの言葉をいきなり遮ったエリス。それに眉を顰めるルドウイークであったが、エリスはその視線に気付いた様子も無く必死な顔で力説し始めた。

 

「いいですか? 登録したばかりの冒険者がいきなりそんな深い階層まで潜ったりしたら絶対に目を付けられます! 【レベル】だってそう! 最初っから強い人なんて本当は居ないんですから、貴方にはレベル1だって【ギルド】には申告してもらいますし、しばらくは浅い階層から始めてもらって、【オラリオ】の常識を理解してもらいますからね!」

「……私も、最初から強かったわけでは無いのだが。というか、それはまずい事なのか?」

 

 その捲し立てるような言葉にルドウイークがどこか憮然とした様子で対応すると、先程までの力強さが嘘の様に、エリスは身を縮こまらせ、弱弱しい声になって言った。

 

「それは……えっと、割と本気でマズいので、ここに関しては従って貰えませんか……?」

「………………わかった。他でもない主神の言葉だ、従おう。その代わり、【ギルド】での手続きには同行してもらえるな?」

「わかりましたよ、だからあんまり力をひけらかしたりしないで下さいね?」

 

 そう、ルドウイークがエリスの頼みを了承すると、安堵したかのように彼女は胸に手をやって小さく溜息を吐いた。そして、もう一度悪目立ちしないよう念押しをすると、部屋を出て階段を降りていき、ルドウイークもそれに続く。

 

「しかし、ヤーナム以外の都市を見るのは初めてだな……正直、楽しみだよ」

「そうなんですか? だったら幸運ですよルドウイーク。【オラリオ】はとてもいい所ですからね!」

「ああ。期待している」

「驚いてひっくり返ったりしないで下さいね? ……ささ、行きましょう!」

 

 そう言って玄関から出て行ったエリスに続いて、ルドウイークはオラリオの街路へと足を踏み出す。その顔を、殆ど登り切った太陽が照らした。

 何時振りかも知れぬその眩しさに彼は思わず眼を細め、感極まって立ち尽くすルドウイーク。なんと、暖かい光だ。この光を、あの悪夢の中でどれほど求めたことか。

 

 ――――思えば、長い長い夜だった。ゲールマン翁も、同輩の狩人達もそのほとんどが姿を消し、己一人で市井の狩人達を率いて獣どもへの対処を続ける日々。あの頃の私は、まさかこれほど穏やかに陽の光を浴びる日が来るなどと、想像する事も出来なかっただろう。

 

 ルドウイークは何となく、ずっとここで立ち止まっていたい、そんな気分に襲われた。いや、ずっととは言わぬ。本当にもう少しだけ、この日の光を意味もなく浴びていたい。それほどまでに、彼にとって陽というものは久しく味わっていない物だった。

 

「どうしたんですかルドウイーク、こっちですよ!」

 

 そんな彼に、既に先を行っていたエリスがちゃんと付いてくるように促すべく手を振った。……先程まであれ程嫌がっていたと言うのに。神と言うものは、果たしてああも気まぐれなものなのだろうか?

 

 打って変わって明るく振る舞うエリスの姿に、そんな疑問を一瞬浮かべるルドウイーク。だが、すぐに彼はそれを無為な物だと判断して歩き出した。それも、この街で自分が知るべき事の一つなのだろう。だがまずは【迷宮】だ。あそこに踏み出さぬ事には、ヤーナムへの帰還など夢のまた夢。

 

 だが、それに至るまでの道程……この【オラリオ】が、そして待ち受ける【迷宮】とやらに向かうのが、今は少し楽しみであった。一体どのような場所なのか。どのような者達が居るのか。どのような文化が息づいているのか。

 それはまるで、正しく世を知らぬ少年が抱くような冒険心だ。血に濡れた狩人であり、青年すら疾うに通り越した年齢の自身が、余り抱くような物ではないのだろうが……。

 

「あの悪夢に足を踏み入れる時よりは、よっぽど悪く無い気分だな」

 

 ルドウイークはそう独りごちて、年甲斐も無く新たなる景色への期待を胸に秘めながら石畳に靴音を鳴らし出すのだった。

 

 

 

 




次回はギルド行って手続きこなしてダンジョンに潜るとこまで行くと思います(書くとは言ってない)

すきな仕掛け武器を3つ挙げるなら王道を往くノコギリ鉈、重みを感じずにはいられない葬送の刃、金切り声のような咆哮がすきな獣の爪です(月光は殿堂入り)

今話も読んで下さって、ありがとうございました。



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03:【ギルド】

【ギルド】周り、突貫ですが丁度10000字くらいです。

UA10000!? お気に入り750!? 嘘でしょ!?
息抜きのつもりで書いたものが伸びてて盛大にビビっております。

感想評価お気に入りありがとうございます。そして誤字報告等して下さる皆様、大いに助かっております。


「エリス神。あそこで何やら運んでいるのは何と言う種族だ?」

犬人(シアンスロープ)の男性ですね」

「あちらの女性は……耳の形からして、狐人(ルナール)とやらか?」

「そうですね……と言うかそれ、さっきも話しませんでした?」

「いや、とても興味深い。何度でも聞きたいほどだ。ヤーナムでは、ああ言った獣の特徴を持つ人々など存在しえなかった……何がどうなってああなったのか、実に興味がある」

「……『獣』って彼らにとってはひどい侮辱なので、程々にしといてくださいね?」

「そうか……デリカシーという奴が足りないと昔からよく言われてはいたが……すまない」

「分かればよろしいです」

 

 初めて見るオラリオの街路は、ルドウイークにとって驚きの連続であった。

 

 見た事も無い数多の人種、<ヤーナム>では決してありえぬ人々の活気、ひそひそと言葉を交わすヤーナム民とは対照的な、ざわざわと言う喧騒。その全てが、ルドウイークに新たな経験を与えてゆく。

 それを、彼は心の底から楽しんでいた。あのヤーナムでのみ暮らしていた自身の見識の狭さを痛感しながらも、世にこれほどのものが存在したのだという驚き。そこには少しの羨望も含まれていたが、それを時折見上げるエリスもどこか誇らしそうに微笑んでいた。

 

「そう言えばエリス神」

「なんです?」

「<月光>をこうまで隠す必要が、果たしてあったのか?」

 

 そう言うルドウイークの背に負われた<月光の聖剣>は、それをすっぽりと覆う革袋の中に封ぜられていた。最初、そのままの姿で家を出た彼らだったが、思い出したようにエリスが家から革袋を持ちだして月光に被せて隠したのだ。

 それを疑問に思わざるを得ないルドウイークに、エリスはその外套の襟を掴んで顔を引き寄せた後、周囲の誰にも聞こえぬよう小声でつぶやいた。

 

「大アリですよ……! この剣が特別な物だってのは、私にだって一目で分かりました……! だったら他の神だってわかるはずです。覚えておいてください。この【オラリオ】で特別であるっていう事は、ロクでも無い神様に目を付けられる理由になるって事を……!」

 

 自分の事を棚に上げてエリスは特別である事の危険性をルドウイークに力説した。それを聞いて、彼は納得するように小さく頷く。

 

「なるほど……だからまずはレベル1とやらからのスタートなのだな」

「そうです!」

「分かったから、苦しいので離してくれ。息が詰まる」

 

 ルドウイークが嫌そうに言うと、渋々といった様子でエリスは彼の外套から手を離して少し不機嫌そうに歩き始めた。彼はその様子を見て訝しんだ後、大人しくその後に付いて歩き始める。

 

 道中、朝食をすっかり忘れていたエリスが腹を空かせて屋台へと引き寄せられていった以外は、彼らの歩みは順調なものだった。ルドウイークは歩きながら視線を巡らせる。その先にあるのは巨大な塔。【摩天楼(バベル)】。【迷宮(ダンジョン)】の真上に立てられた50階建ての巨大な塔であり、そこには公共施設、商業施設、神々の住まう階層などがひしめく正しくオラリオの中心とも言える存在である。

 それを横目にした北西第七区。そこに、【ギルド】の本部は存在した。白い柱に囲まれた荘厳な雰囲気とは裏腹に、誰もが足を踏み入れる事の出来る開かれた場所だ。

 

 その手前に辿り付いた二人は、すぐにギルドの門を潜り――――はしなかった。ひそひそと話し合い、冒険者として【ギルド】の認可を受けるための最後の確認を始めるのだった。

 

「ではルドウイーク、()()は覚えてますね?」

「…………私はルドウイーク。【ラキア王国】の生まれで、徒に戦火を広げる【アレス】のやり方に耐えきれずに出奔してきた元兵士。レベルは1で、【恩恵】を受けたのは25の頃。【スキル】は無し。先週【オラリオ】にやってきて、【エリス・ファミリア】へと【改宗(コンバージョン)】した……他に何かあったかね?」

「よろしい。大体分かってるみたいですね」

 

 ルドウイークの語る設定が自身の伝えたそれと相違ないのを確認して、エリスは満足そうに頷いた。そして、今度こそ二人はギルドの門を潜ろうとして、エリスが慌ててルドウイークの前にさっと立ち、その外套の襟を掴んで自身の視線の高さにまで顔を引き寄せた。

 

「一つ、言うのを忘れてました」

「人の服の襟を引っ掴んでまで言わねばならぬことかね、エリス神」

「……うちの【ファミリア】担当の職員、ロクでも無い奴なので……不在なのが一番なのですが、もし出てきた時は気を付けてくださいね」

「……わかった。わかったから、手を離してくれ。息苦しい」

 

 

 

<◎>

 

 

 

「へっきし!」

 

 【ギルド】本部に設けられた冒険者達の窓口。そこで働く受付嬢、【エイナ・チュール】は突然の鼻のむず痒さに襲われ、盛大なくしゃみの音を待合室に響かせていた。

 

「どしたの~エイナ~? 風邪でも引いた~?」

 

 彼女の居る窓口の隣で、のんびりと書類にペンを走らせていた同僚が仕切りの影から顔を出して不思議そうに彼女に声をかけた。それを聞いたエイナは大丈夫だとジェスチャーを送り、小さく洟を啜る。

 

 今日の【ギルド】では、盛大に閑古鳥が鳴いていた。普段であれば換金等の為に昼夜問わず訪問者のあるこの窓口ではあるが、まだ年明けムードが残っているのか冒険者たちの足取りはほとんど無い。その為、彼女を初めとした職員達はそれぞれ何かの業務を探して時間を潰しているのだった。

 

 かく言うエイナも自身の分の書類の始末を終わらせた後は暇を持て余し、手慰みに各【ファミリア】の情報を整理している最中であった。急ぎでもない仕事だが、なんだかんだで日々睨み合っているそれぞれの【ファミリア】では、時折小競り合いが起きたりもする。

 その時のために、こうして各【ファミリア】の事をしっかりと頭に入れておくことはこの暇な時間を潰すのには打ってつけの仕事であった。

 

「エイナ~暇~」

「……いや、仕事しなさいよ。書類溜まってるんだから。それが嫌なら、普段から書類はちゃんと処理しておいたほうがいいわよ」

「代わってよ~エイナ~もう終わったんでしょエイナの分~」

 

 先ほどの同僚が無数の書類にひたすらサインを書き連ねる事に耐えかねたか、自身の仕事をエイナに丸投げするべく彼女へとすり寄って来た。エイナはその頬を思いっきり押し返して、心底嫌そうに同僚へと白い目を向ける。

 

「もう……いいけど、そしたらあなたはどうするのよ。()()()と一緒に資料の整理でもする?」

「え゛っ、やだ。あの人怖いし、厳しいし」

「だったらさっさと書類片付けちゃいなさいよ。そしたらもうやる事ってそんなにないんだし」

「先日みたいに、新しい【ファミリア】の創設願いとか来れば、いい感じに時間潰せるんだけどね~」

 

 遠回しに仕事の丸投げを咎めたエイナに、同僚はのんびりとした口調で今日の本業の少なさを嘆いた。

 

 確かに、今日は異様にお客さんが少ないのはわかるけど、もうちょっとしゃんとしなさいよ…………。エイナがそんな考えを思いっきり顔に滲ませた瞬間、同僚ははっと顔を上げ、【ギルド】の入り口へと目を向けた。

 

「ありゃ、こりゃ珍しいお客さん」

「ん?」

 

 同僚のちょっと驚いたような声にエイナも釣られるように視線を向けると、そこには此方へと向かってくる一人と一柱の姿が目に映った。

 

 一人は背の丈2(メドル)近い大男。波打つ灰色の長髪と恵まれた体格、そして頑なそうな表情。首から下は露出の皆無な白装束で覆い、さらに厚手の外套を着こんでいる。何より目を引くのがその背中に背負った革袋だ。恐らくは、あそこに彼の得物が仕舞い込まれているのだろう。正しく、歴戦の戦士と言った雰囲気だ。

 

 一柱は彼女が初めて見る女神だ。その背丈は隣の男よりは頭二つほど小さく、しかし神特有の美貌を持ち、その体からはハッキリと神威が滲みだしている。

 

「ここが【ギルド】で間違い無いかね?」

 

 エイナが一人と一柱を観察している内に、彼らは窓口へとやってきて、男がエイナの前に立つ。その身長と醸し出す雰囲気に一瞬気圧されるエイナだったが、そこはプロの受付嬢。すぐさま気持ちを切り替えて営業スマイルを浮かべ、男に対して応対し始めた。

 

「ようこそ【ギルド】へ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「ああ、すまない。冒険者としての申請をしたくてね」

「神様が付き添って下さっているなんて珍しいですね。どちらの【ファミリア】ですか?」

「【エリス・ファミリア】だ」

「少々お待ちくださいね……えーっと担当は……」

 

 彼の言葉を聞きエイナは先程までめくっていた資料に手を伸ばす。

 しかし、神様が新規の【眷族】の申請にこうしてギルドに顔を出すというのは珍しい。神様が【ギルド】に顔を出すというのは何らかの手続きが必要な時や【ギルド】からの依頼をこなした時くらいで、新たな【眷族】の登録に【ギルド】まで同行してくるのは『保護者みたいでみっともない』とかそんな理由で稀である。神様とは、そういう所でメンツを気にする生き物なのだ。

 

 そんな事を考えている内にエイナは目当ての資料を見つけ、そこに書いてある担当者の名前を見つけた。そして、隣で暇そうにしていた同僚に声をかける。

 

「ねえちょっと、資料室に行ってあの人呼んで来てくれない? 私、この人と神様に話聞かなきゃいけないし」

「ええっ!? やだよ! あの人の仕事の邪魔したら何言われるか分かんないじゃん!」

「これも仕事だからそんな事言う訳無いでしょ! 怖がり過ぎよ」

「ええ~……ハイハイ了解、ちょっと待っててもらってね~」

 

 それだけ言い残すと、同僚は足早に受付の奥へと消えて行った。その姿を見送って、エイナは資料の履歴と、大男の隣に立つ女神へと目を向けた。

 

「【エリス・ファミリア】への加入者はしばらくぶりですね。【恩恵】はもう?」

「授けてあります! 彼は【ラキア王国】の出身で、【アレス】のやり方についていけなくなって出奔してきた……」

「エリス神。聞かれても無いのにそんなことまで話す必要があるのかね?」

「……そうですね」

 

 そんなやり取りをする一人と一柱を見て、エイナは仲の良さそうな人達だなと少しほっこりした。そう思っていると、受付の奥から同僚が顔を出してエイナの元へと駆け寄ってくる。

 

「えっとね、すぐ行くから2番の応接室で待っててもらってくれって」

「あ、了解。……と言う訳ですので、応接室にご案内します」

「ああ、よろしく頼む。行こう、エリス神」

「やっぱ行かなきゃなんですかね……」

「当然だろう」

「はぁ~…………」

 

 随分と応接室に向かうのを渋るエリス神であったが、男に促されて嫌々と言った具合で歩き出し、その後を男が追う。そんな二人をエイナは部屋へと案内してお茶を出すと、あとを訪れるであろう担当者に任せ、自身の仕事へと戻るのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 応接室のソファーに並んで座り込んだエリスとルドウイークは、担当者が来るまでの間、これからの展望について話を重ねていた。

 

「で、ここで認可が得られれば私はもう【迷宮(ダンジョン)】へと潜れると言う訳だな?」

「そうですね。ただ【迷宮】への出入りはキッチリチェックされますから、どうあがいてもギルドに無断で【迷宮】に潜るのは無理ですよ」

「無断で潜る必要もあるまい。出入り自体を隠す理由は私には無いからな」

「まぁそうですけどね…………あと、許可がもらえても最初は【迷宮】についてのレクチャーがあると思いますから、それはキッチリ受けてもらう事になりますね」

「基礎的な知識は既に貴方に教えてもらっているから問題は無いと思うが……丁度いいか。私も【オラリオ】の常識(ルール)はキッチリと理解しておきたいし――――」

 

 そう話していると、ドアの取っ手が捻られ一人の人間(ヒューマン)の女性が部屋へと足を踏み入れて来た。

 

 先ほどこの部屋に案内してくれた受付嬢より少し短い黒髪に、血のように赤い瞳を持つ女。【ギルド】の制服を一部の隙も無く着こなし、その身長はちょうどエリスとルドウイークの中間程で、おおよそ170(セルチ)程度か。脇には幾つもの資料を抱えており、それを机の上に置くとルドウイーク達の向かい側のソファへと腰掛け、まずエリスへとその怜悧な視線を向けた。

 

「久しいな。まさか、お前が新しい【眷族】を連れてくることに成功するとは。少々驚いたよ」

「久しい、って3日くらい前に会ったばっか……っていやいや、神様に対してお前ってちょっと生意気じゃないですか!? 私貴方の神様じゃありませんしー!?」

「3日前と言っても、それはお前の職場での話だろう。こうしてお前と【ギルド】で出会うのが久しい、と言ってるんだ。後、神らしく崇めてほしいなら昔のお前に文句を言っておく事だな」

「むう……」

 

 唸るエリスにその女職員は皮肉っぽく笑いかけ、ついでルドウイークの方へと目を向けて立ち上がり、手を差し出して自己紹介した。

 

「ああ、失礼したな。私はニールセン。【エリス・ファミリア】担当の【ラナ・ニールセン】だ。この【ファミリア】にとっては10年近くいなかった新規加入者だが……お前がエリス神の新しい【眷族】か? 名前を聞こう」

「<ルドウイーク>だ」

「ルドウ()ーク?」

「ルドウ()ークだ」

「言いづらいな」

「よく言われる」

 

 立ち上がって自己紹介を返しながらその手を握り返すルドウイークに、ニールセンはどこかで聞いたような反応を返してからその頭の先からつま先までを眺めるように視線を動かし、それからまたソファーに腰掛けて資料を開いた。

 

「そうか……ふむ、最近見た新米の中では、一番真っ当な顔をしているな。悪くない。あんまりすぐに死なれてしまうと、私も寝ざめが悪いからな」

「そうなんですよ! 【ステイタス】もそれなりですし、きっとこの先彼は大きく名を――――」

「お前は少し黙っていてくれ。さて、ルドウイークと言ったか。冒険者になりたいとの話だったが、【恩恵】はもう受けてきているんだろうな?」

 

 来たか、とルドウイークの膝の上に置く手に力が籠った。設定自体は頭に入れて来てはいるが、自身はこうして嘘を吐くのに慣れていないのが実情だ。元来他者には誠実に接するように心がけてきたし、マリアや<加速>には何度『ルドウイークは腹芸に向かない』と笑われたことか。

 だがしかし、今回はそうは行かぬ。自身の為にも、エリス神の恩に報いるためにも、この嘘は必ず吐き通さねば。先程まで騒いでいたエリスも今や固唾を飲んでその様子を伺っている。それを見てルドウイークは自身に喝を入れて、自然体を心掛けながらニールセンの質問に答えていった。

 

「…………ああ。今朝【エリス・ファミリア】への【改宗】を終えて、後は【ギルド】の認可を待つばかりだ」

「【改宗】? すると元々別の【ファミリア】に居たのか?」

「【ラキア王国】……いや、【アレス・ファミリア】の所属でな。戦争という奴に疲れてね」

「ああ……私もあそこは好かん。徒に戦火を広げ、秩序を乱す愚か者どもだ。まぁ、全盛期の戦力も失った今、その内痛いしっぺ返しを食らうだろうがな。そこから抜けたのは賢明な判断だと評価しておこう」

「そう言ってくれると助かる」

 

 資料にルドウイークの証言を書きこみながらも疑う様子を見せないニールセン。覚悟していたよりも些かあっさりと窮地を切り抜けたルドウイークは、大物狩りとも呼べる激戦を制したかのような安堵を感じ、心中で胸を撫で下ろした。

 エリスもルドウイークの嘘をニールセンが疑わなかったのを見て、安心しきったようにソファにへたり込んでいる。だが、ニールセンはそんなエリスにちらと目を向けると、資料に視線を戻しつつどこか気遣うように言った。

 

「ところで、いいのかエリス神?」

「えっ!? えーっと……何がですかね?」

「もう昼を過ぎるぞ。もし遅刻したら、またマギーの奴に説教を食らうんじゃあないか?」

「…………あっえっもうそんな時間!? すみませんニールセン後お願いしちゃっていいですか!?」

 

 一瞬前までの訝しんでいた顔から一転、急に顔面蒼白となってあたふたしだすエリス。それを見てニールセンは口元を歪め、愉快でたまらないといった風な顔をして一度茶を口にした。

 

「ふぅ……いいだろう。だが、タダと言う訳には行かん。今度【鴉の止り木】で何か奢れ」

「えっ!? そんな事したらまた給料から天引きされちゃうじゃないですか!?」

「秩序を守るには多少の犠牲は必要だ。今回はそれが、お前の所持金だったと言うだけだ。それとも黙っていればよかったか? その時は手ひどく大目玉を食う事になっただろうが……」

「あーっやっぱ来るんじゃ無かった! ルドウイーク私は行きますからね!? 後はとにかくなんとかしてください!! じゃ!」

 

 それだけ言い残すと、エリスは脱兎の如く駆け出して部屋を飛び出し、あっという間に居なくなってしまった。その場に一人残されたルドウイークは、どう対応していいか分からず開けっ放しのドアを見つめるばかり。一方その姿を見たニールセンは、愉快でたまらないと言う風に口元を隠して笑った。

 

「まったく……お前も苦労するだろう? あのような主神では」

「………………付き合いがそう長いわけでは無いが、彼女には大恩がある。あまり悪くは言わないで貰いたい」

「律儀な男だな、良いだろう。ではそうだな……」

 

 その返答に満足そうに頷くと、ニールセンは開けっ放しのドアを閉めてから資料を一枚取り出し、ルドウイークへと差し出してソファーに座り机に両肘を立てて指を組んだ。

 

「まずは、【迷宮】についてお前がどれほどの知識を持っているか。それから試させてもらおうか」

 

 

 

<◎>

 

 

 

「成程、それなりの知識はあるようだ……認めよう、その資格を。今この瞬間からお前は冒険者だ」

 

 昨日(さくじつ)エリスから教えられた知識を総動員してニールセンの質問攻めを何とか捌き切ったルドウイークは、体をそう動かしたわけでもないと言うのに肩で息をしながら机に置かれた茶を一気に飲み干した。それを見てニールセンは楽しげに笑い、傍らのポットの茶をカップに注いでやる。

 

「すまない、礼を言う」

 

 そう言ってその二杯目もすぐさま空にしたルドウイーク。ニールセンはそれを見て三杯目を注ぐことはせず、代わり机の資料を何枚か手に取って自身の目の前に広げて見せる。

 

「ふむ……エリスの奴も最初は浅い階層までにしておけ、と言っていたのだったな? とりあえずその程度の知識があるならば、私も最低限の安全は保障できる」

「そうか…………安心した」

「だが、これからすぐに【迷宮】に潜る気か? 確かに戦闘向けの服ではあるようだが……鎧などの用意はしてあるのか?」

「ああ。だが鎧やらを用意するのはひとまずは浅い階層でどんなものか試してみてからだな。昔からこの装束を着て戦って来たもので、鎧と言う物には不慣れなんだ」

「鎧に不慣れとは、本当に戦士だったのか? 珍しい男だ」

 

 ニールセンは知らぬことではあったが、ルドウイークが渡り合ってきた<ヤーナム>の獣たちは多くが恐るべき膂力を誇り、生半な鎧や盾など容易く引き裂くほどの怪物であった。故に<ヤーナム>の<狩人>達はその爪牙を躱すための軽装を重視し、鎧と言った重装の防具を身に付けることは無かったのだ。

 

 この世界特有の、特別な鉱石とやらで作られた防具であればまた違うのかもしれないが――――

 

 エリスから伝えられた知識から、ルドウイークは幾つかの可能性を思案する。だが、それでもルドウイークは慣れ親しみ、そして十二分な性能を持つこの装束を鎧に着替えようなどと言う考えを持ってはいない。

 しかしそれを揶揄されたことが自身の素性の露呈に繋がるのではという可能性に気づいて、彼は慌てて取り繕った。

 

「いや、私は鎧を着て自由に動けるほどの力を持っていなくてね。それについては置いておいて欲しい。ともかく、この装束が気に入っているんだ。なので問題は無い」

「あ、ああ……まぁ、どのような服装で冒険に出るかまでは、ルールに無い事だ。好きにするといい」

 

 その剣幕に押されたニールセンがあっさりとそれを認めるのを見て、ルドウイークは胸中で安堵した。しかし、ニールセンは更に質問を重ねて来る。

 

「それで武器は? その……大剣か? とにかく、その大きさの得物一つでは取り回しが悪いだろう。何か買っていくつもりなのか?」

「いや……あー……実は、【オラリオ】に来るために路銀は使い果たしてしまってな。今はほとんど無一文なんだ」

「ほう? 主神と揃って貧乏人か。悲しい話だ」

 

 そう皮肉るニールセンにルドウイークは曖昧な愛想笑いを返す事しか出来ない。すると、ニールセンは何かを思いついたかのように立ち上がって一度部屋を後にする。

 

 そして数分ほどして帰ってきた彼女は幾つかの包みを抱えており、早速机の上に包みを並べ出した。そこには短刀や軽防具を初めとした装備と、安物の治療薬(ポーション)を初めとした幾つかの消耗品が用意されている。

 

「これは餞別だ。持っていくといい」

「いいのか?」

 

 驚いたようにその品々を検めるルドウイーク。確かに、この装備があれば駆け出しの冒険者もある程度安定した狩りが見込めるのだろう。しかし、この世界に渡ってきたばかりの彼にこの装備の代金を返す余裕も保証もない。それをニールセンに伝えようとルドウイークが口を開こうとすると、それを察したかのように彼女は肩を竦めた。

 

「何、案ずることは無い。冒険を始める者への、ギルドからの支給品さ。だが、慈善事業でやっているわけでは無いからな。可能な限り返済してくれ。その代金の内訳は、今度エリス神に奢ってもらう時にそれと無く伝えておくよ」

「いや……ここまでしてもらえるとは、驚きだ。礼を言う、ニールセン。……もし私が死んだりしたら、その借金はどうなる?」

「理想としては生きて全額返済してくれる事だが、死んでしまったならある程度をエリス神に請求してそこまでだな…………まぁ、奴の懐事情は私も知っている。つまるところ、お前の頑張り次第、と言う事だ」

 

 あくまでドライに生死を語るニールセン。その姿勢にむしろ好感を抱いて、ルドウイークは彼女に対し出会った時とは逆に握手を求めた。ニールセンはそれを見てほんの一瞬呆気に取られるが、すぐに微笑を浮かべてその手を握り返した。

 

「ニールセン、貴方が担当で助かった。お陰で、何とかこの街でもやっていけそうだよ」

「それほどの事はしていないさ。お前の冒険に幸運がある事を…………そうだ、最後に警句を一つ伝えておこう」

「警句?」

 

 『警句』と聞いて、ルドウイークの体に緊張が走る。嘗て、<ビルゲンワース>の<ウィレーム学長>からゲールマン翁とローレンス殿に伝えられたという、ある『警句』が脳裏を過ぎったからだ。初代教区長ともなったローレンス殿が獣の愚かに呑まれたのも、その警句を見失ったからだとされている。

 

 しかし、当然の事ながら、ニールセンの語った警句はそれとは全く異なるものであった。

 

「――――『冒険者は、冒険してはいけない』。矛盾しているが、まぁ、死んだら終わり、と言う事だな。未来ある駆け出しに徒に死なれると、それだけこの街の秩序が乱れる。それを常に胸にして、冒険を謳歌するといい」

「承知した……では、私はここで失礼する。本当に助かった」

「ああ。早速死なぬよう、精々気を付けるといい」

 

 そう言って大仰な礼を見せるルドウイークに、腕を組んでいたニールセンは小さく手を振った。満足そうに顔を上げてルドウイークはニールセンに背を向けて部屋を後にして、彼女はそれを追い、荷物を持って応接室を後にする。

 

 すると、ギルドの入り口から外に抜けようとしていたルドウイークが速足でこちらへと戻ってきた。何事かと身構えるニールセン。その目前にまで迫ったルドウイークは自身の無知さを恥じるように少し顔を赤くして、ニールセンに頭を下げた。

 

「…………すまない。【迷宮】への道筋を教えてもらってもいいか? 如何せん、この街にはまだ不慣れでな……」

「そう言う事は先に言え……主神同様、世話の焼ける男だ」

 

 とんぼ返りして申し訳なさそうに言うルドウイークにひとしきり呆れた後、ニールセンはメモとペンを取って机に向かうのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

【名前:ルドウイーク】

【Lv:―(1)】

【二つ名:無し】

【所属:エリス・ファミリア】

【種族:人間】

【職業:冒険者、狩人】

【到達階層:0階層】

 

【スキル(狩人の業)】

・<加速>

 

【装備】

・<月光の聖剣>

・短刀

 

【防具】

・ルドウイークの狩装束

・ルドウイークの手甲

・ルドウイークのズボン

 

【アイテム】

・ポーション×1

・青い秘薬×3

・鎮静剤×1

・石ころ×10

・鉛の秘薬×2

 

・水銀弾×0

 

【秘儀】

・<エーブリエタースの先触れ>

・<精霊の抜け殻>

・<夜空の瞳>

・<聖歌の鐘>

・<彼方への呼びかけ>

 

 

 




原作勢で初めての登場となったのはエイナさんでした。

今回一人と名前だけ一人出ましたけど、今後もちょくちょく(?)フロムキャラを出してくつもりです。

好きなオペレータはファットマンとマギー、セレン姉貴、2AAのオペレータです。

今話も読んで下さって、ありがとうございました。


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04:【迷宮一層】

初【迷宮】とか、14000字ちょいです。

何かもう見たことのないような評価の仕方されてこれ以上無くビビリ散らしております。

感想評価お気に入りしていただいた皆様ありがとうございます。そして誤字報告等して下さる皆様、ご苦労様です。



 【迷宮(ダンジョン)】。神が降臨する以前よりこの地にあり、このオラリオを【迷宮都市】として成り立たせている世界に唯一の存在。

 嘗てはここからモンスターたちが地上へと進出し、人々はそれを防ぐためにこの大穴を囲うように街を築いた。オラリオの原型である。

 

 それから千年以上、ここオラリオでは人々とモンスターたちの終わりなき戦いが続いていた。数多の階層が攻略され、それとは比にならぬ程の冒険者が陽の届かぬ場所で命を落とし、それでも【迷宮】は底を見せず、挑戦する人々が途絶える事も無い。

 

 新たなる年が明け、そう日が立たぬ今日もそれは変わらず、幾人もの冒険者達が各々の思いを胸にバベルの地下一階からダンジョンの入口に向かい、そしてその中へと消えて行く。それがまるで、怪物の口へと自ら飛び込むかのように思え、ルドウイークは地下へと向かう列の中に紛れ、唸るように溜息を吐いた。

 

 そうして俗に『始まりの道』と呼ばれる大通路、そして巨大な縦穴を螺旋階段で降りている内に、ルドウイークは階段の石の感触ではなく、土のような、石のような、どちらともつかぬ物へと足場が変化した事に気づく。それは【魔石】と似た素材で形作られた、ダンジョン特有の表面だ。

 

 この物質で構築されているダンジョンは、驚くべき事に生きているのだとエリスもニールセンも語っていた。まあ、生きていると言っても突如動き出したり、ダンジョンそのものが冒険者を押し潰そうなどとしてくることは無い。

 だがしかし、例えどれほど傷つけられようと原理不明の再構築現象を見せるその表面は、正しく生きていると呼ぶに相応しいのだろう。

 

 ――――このような現象は、聖杯ダンジョンではまずありえない事だったな。

 

 そう、ルドウイークは短刀で傷つけた壁が修復するのをまじまじと見つめながら思案した。それを周囲の冒険者が訝しげに、あるいは不思議そうに眺めつつ通り過ぎてゆく。その視線も大して気にせず、ルドウイークは『始まりの道』と第二層を繋ぐ最短ルート上から外れて、第一層の探索を開始した。

 

 

 

 

 

 ダンジョンの天井は、多くの階層で灯りが必要ないほど明るく輝き、冒険者とモンスターの区別なく彼らを照らしている。故に冒険者たちはランタンといった照明を携帯する事は普通無い。

 ルドウイークにとってのダンジョンとは薄暗く、あらゆる物陰にこちらを殺しうる獣が潜んでいる危険地帯であったため、その差異に些か違和感を覚え、星空の如く所々に燐光を輝かせるその天井を興味深そうに眺めていた。

 

 そして、彼が歩き始めて20分ほど。ニールセンからの餞別の中に紛れていた第一層の地図を広げ、自らの位置を確認するルドウイーク。既に『始まりの道』へと繋がる道からは十二分に離れ、周囲には冒険者は愚か、モンスターの一匹も見かける事が出来ない。

 本来であれば、ルドウイークは既にモンスターとの交戦を経験しているつもりであった。だが今日はいかなる理由によってか、人間に問答無用の殺意を向けるというモンスターの姿が鳴りを潜め、彼は些か肩透かしにされたような徒労感を覚える。

 

 しかしそれならばと、ルドウイークは一つの確認をするべく、左手を正面へと伸ばした。

 

 そして外套へと仕舞い込んだ<エーブリエタースの先触れ>を意識して小さな<交信>を行い、その左腕にまるで花が咲くような、神秘の噴出をイメージ。そして力を込める。

 

 ……だがしかし、ルドウイークの左腕には何の変化も無い。

 

 本来<エーブリエタースの先触れ>を用いた<秘儀>は<先触れ>を通じて<エーブリエタース>本体と交信し、その力を借り受けて無数の触手を出現させるものだ。ルドウイークは数ある秘儀の中でも最も顕著に空間を超えるこの秘儀に、自らがヤーナムへと帰還するヒントがあるのではないかと考えた。

 

 しかし、実際の所はその試みは不発と言う形で失敗に終わった。すぐさま、ルドウイークはその失敗の理由を考察し始める。

 

 一つ。時間的、空間的にあまりにも隔絶していたが故。これはもはや根本的問題であり、これが原因だった場合解決の手段は無い。

 

 二つ。触媒の不足。本来、秘儀には触媒――――血液を練り込んだ水銀弾が、秘儀に応じた数だけ必要だ。正確に言えば、神秘に対する強い適性を持つ血液が必要で、水銀弾とは体外でそれを手っ取り早く用意する手段に過ぎない。

 

 そして、狩人達には自らの血と意志を触媒として水銀弾の代用として扱う事の出来る血液製の弾丸を用意する技能が存在する。当然、それはルドウイークも修めている業だが、その血液弾は時間が経つと崩れて使いものにならなくなってしまったり、その為に自身の体力を大きく削る必要があったりと何のリスクも無しに使用できる業では無い。

 

 故にルドウイークは、そこまでして()()()触媒を用意しようとは考えていなかった。むしろ彼は、何かこの世界の品で水銀弾の代わりの触媒となる物が無いか、その可能性を模索している。

 

 その第一候補がダンジョンにてもっとも一般的な資源――――【魔石】だ。

 

 魔石はモンスター達が存在するための核となっている魔力の詰まった結晶の総称で、その大きさや内封されている魔力に差はあるが、おおよそ、強いモンスターであればある程その大きさも内包される魔力も跳ねあがってゆく。

 

 故に、強いモンスターが現れる下層に向かう事が出来る様になるに従って、魔石の換金を主な金銭の入手手段とする冒険者たちの稼ぎの量は飛躍的に高まって行くのだそうだ。さらに、モンスターは魔石を抜きとられたり、破壊されたりするとその場で黒い塵となって消滅する。その現象こそが魔石が彼らの核であるという説の証明にもなっている。

 

 それゆえに、窮地に陥った冒険者が全てを賭けた一撃でモンスターの魔石を破壊し、それによって奇跡的に生還する――――そんな類の話はオラリオでは有り触れた話だ。もっとも、実際にはそれを成せず死んでいった冒険者の方が遥かに多いのだろうが。

 

 そう言った情報をエリスやニールセンから得たルドウイークが、ひとまずその魔石を触媒にして秘儀の発動か可能かどうか試そうとするのは、ある意味自然な発想だったと言えるだろう。

 

 ルドウイークは精霊との交信を丁寧に切断し、今度はモンスターの姿を探してダンジョンを歩き出した。まずは、彼らのその強さの程を丁寧に確かめる必要がある。今朝のエリスの喜びようからして遅れなど取らないはずであるが、あの獣の跳梁跋扈するヤーナム、そして未知のひしめく聖杯ダンジョンを踏破したルドウイークは格上が格下によって無惨に殺される事など、よくある事だと知っている。

 

 むしろ、格上に勝つのが相当難しい事だとされるこのオラリオの常識はルドウイークの肌に余り馴染むものでは無かった。何せ彼ら狩人は時に、人を遥かに上回る膂力、狩人さえ到底及ばぬ敏捷性、恐るべき能力による搦め手と言った、自身よりも遥かに強大な能力を持つ獣を相手に打ち勝ってきたのだから。

 

 するとその時、ルドウイークの目前で壁が崩れ、中から一匹の【ゴブリン】が生まれ落ちた。壁から転がり出たそのゴブリンは起き上がると、近くに居たルドウイークに対して大きな口を開け、咆哮して見せる。それをルドウイークは光纏わぬ月光で頭から真っ二つにして殺した。

 

 幸運にも、何が起こったかさえ理解できなかったであろうゴブリンの死体は、ルドウイークが剣を振り下ろし終えてからしばらくして思い出したかのように重力に引かれて崩れ落ちる。

 

 その様を真剣に見届けたルドウイークはその体から魔石を取り出そうと短刀を抜き屈みこんだが、その前にゴブリンの死体は黒いすすのように崩れ落ちて消えてしまい、そこには粒ほどまで砕かれた魔石の欠片のみが残された。それを見たルドウイークは、複雑そうな顔で顎に手をやって少し悩んだ。

 

 ――――輝きを纏ってはいなかったが、それでも強すぎたか。

 

 次はもう少し力を抜こうと決心したルドウイークは、曲がり角から現れた【コボルト】の胴体を光纏わぬ月光で貫き、胸ごと魔石を吹き飛ばして殺した。

 

「ふむ……」

 

 上手く行かぬ。嘗て獣と戦っている時は、いかにして素早くその命を奪い葬送を成すかが肝要であり、わざわざ弱点へ攻撃せずに戦うなどと言う発想自体が想像の埒外であった。故に、どうしても致命に足る一撃を放とうとしてしまい、それが災いして入手するべき魔石を破壊してしまっている。

 

 ……ならば、次は剣の背を打ち付ける事による撲殺を狙うべきか。真剣に悩むルドウイークの前に、今度は二体のゴブリンが姿を現す。ルドウイークは月光を構え、無慈悲に無知なる彼らへと飛びかかった。『試行錯誤』が始まった。

 

 

 

 

<◎>

 

 

 

 それから四時間ほど経って、両手の手甲を血で真っ赤に染めたルドウイークは第一階層の更に端を目指していた。

 

 そもそも、輝きを纏わせずともこの階層の敵に対して<月光>による攻撃は威力過剰であると気づく頃には、その背嚢にはモンスター達が低確率で落とす素材、俗にいう所の【ドロップアイテム】がそれなりに溜まり、初めてダンジョンに潜る冒険者が稼ぐ金額としては十分過ぎるほどの稼ぎを得る事が出来ていた。

 

 故にルドウイークは今回の探索をこの程度にして帰還する事を選択する。本来であれば、魔石を使っての秘儀の発動の可否を試すつもりであったのだが、明らかに切迫していたエリス神の金銭事情を鑑みて、今回は金銭的な報酬の入手へと彼は舵を取ったのだ。

 が、その前に秘儀とは別にもう一つ試さねばならぬ事を思い立ち、より人目の無いであろう場所を目指してルドウイークは歩みを進めている。

 

『ガアアアッ!』

 

 飛びかかって来たゴブリンの頭蓋にかつての同業、<のろま>と呼ばれた女狩人の如き拳を叩き込んで昏倒させたルドウイークは、その胸元に短刀を突き刺し魔石を引き抜いてからまた歩き出す。その後ろで、ゴブリンの骸がまた黒いすすのような物へと変わって崩れ落ちた。

 

 この第一層の危険性は、ルドウイークからすれば聖杯の一つ、<トゥメル>の最も浅い層にも等しいものであった。ゴブリン、コボルト、彼にとってはどちらも恐るるに足るものでは無い。

 

 また、本来ルドウイークは月光の聖剣以外にも自らの名を冠した長剣を有し、平時はそれを操る事で月光の露出を極力抑えてきた。しかし、此度は全くの未知なる世界における初めての狩り。

 故に彼は狩人の鉄則の一つである『獣に対し手を抜くべからず』と言う警句に忠実に、真の姿こそ晒さぬものの月光を振るいながら迷宮を駆け抜ける事で既に百に届こうかという数のモンスターを殺害していた。

 

 最終的に、彼はこの第一層においては月光を抜く必要性は無く、鍛え抜かれた狩人の身体能力のみで如何様にもなると判断した。その為、既に一時間以上月光はその背に負われたままだ。

 

 そのうちルドウイークの歩みは行き止まりへと辿り付いた事で終わりを告げる。そこで彼は周囲を注意深く観察して近くに誰も居ない事を確認すると、月光を抜いて、その背をゆっくりと掌で撫ぜた。

 

 だが、そこに導きたる光刃が現れる事は無い。月光は担い手であるルドウイークの意思以上に、時と場所、そして相手を選ぶ。かつてもそうであった。月光がその真の姿を晒すのを許すのは多くの場合、凄まじき強敵と対峙した時や、それを振るう以外に切り抜けようが無い窮地など、ごく僅かな機会のみであった。

 

 しかし、それでもルドウイークはこの月光の聖剣を深く使いこなしている。それはその導きゆえか、あるいは、彼が探索の中で得てきた啓蒙がそうさせるのか。その答えはルドウイークさえも知らぬ。

 

 分かっているのは、宇宙よりの色、翡翠色の光刃を纏った月光は正しく純粋な神秘の塊であり、物理に拠らぬ何らかの法則で敵を薙ぐ力を得る事。そして<秘儀>に類似した数多の技の発動を可能とする、と言う事だ。この数多の技……<戦技>とも呼ぶべきそれは、秘儀と良く似たものであるにもかかわらず、ルドウイークが触媒を必要とする事は無かった。

 

 ルドウイークはその理由を、自らの強く神秘への適性を持つ血の成せる業か、あるいは昏い夜の中でこの月光と結んだ(えにし)による物だと考えている。だが、真実はまたしても不明瞭なままだ。それだけではない、この月光の聖剣は、持ち主であるルドウイークでさえ知らぬ秘密が無数にある。

 

 だが、未知の塊であるはずの月光の聖剣に対し、ルドウイークは絶大な信頼を置いて来た。

 しかしあの<時計塔>或いは<実験棟>での探索で事情は変わってしまった。あの、<医療教会>の闇の中で垣間見た導きの真実の一端。それによって心の軋んだルドウイークは時計塔の頂点に座した友に自らの長銃を砕かれ、長剣を折られ、最後には首を抉られて<死体溜り>へと落ちる事になったのだ。

 

 それでも、導きの月光は彼と共にあり、あの悪夢の中でも人を取り戻した獣によって確かに振るわれた。故に、ルドウイークは未だに月光を背負いゆく。それが正しかったのか、間違っていたのか。未だにその答えは暗い夜の中に隠れて見通せぬ。

 

 しかし、その導きを信じたが故に救えたものが、確かにあったのだから。

 

 しばらくその場で月光の聖剣、その芯たる大剣を眺めていたルドウイークは、輝きを見せることの無かったそれを流れるように背に戻して、帰路に就くべく踵を返した。

 

 ――――その時、突然彼の周囲を囲むように四体のコボルトが生まれ落ちる。その瞬間から既に目の前のルドウイークを認識していたコボルトたちは着地と同時に間髪入れず、それぞれの鋭い爪を閃かせルドウイークに飛びかかった。

 

 しかし、それをルドウイークは容易く把握して回避する。彼は最も近くのコボルトへと跳ね飛び、その爪が振り下ろされる前に手首を掴み取って思い切り地面に叩きつけた。

 次に真正面から迫るコボルトが爪を振るうがその瞬間にはルドウイークは爪の軌跡より一歩外側に立っており、爪が振り抜かれ隙が生まれた時には低空の跳躍を見せたルドウイークの槍じみた蹴りがその顔面を射抜いていた。

 

『ギャンッ!』

 

 その蹴りの威力に宙を舞ったコボルトが壁に叩きつけられ悲鳴を上げる。それを見て激昂したもう二体はここぞとばかりに前後から同時に襲い掛かった。

 

 そこでルドウイークは左足を大きく後ろに下げつつその勢いで上体を回転させ、後方のコボルトの下あごに思い切り裏拳を叩き込んて空中できりもみ回転させた後、自身の回転の勢いをさらに強め、正面に居たコボルトの肋に後ろ回し蹴りじみて踵を叩き込んだ。

 悲鳴を上げることも出来ずに二体のコボルトは勢い良く地面に叩きつけられ、ピクピクと泡を吹いて痙攣する。

 

 その様子を見てルドウイークは淡々と短刀を取り出して彼らから魔石を抜き取ると、それを背嚢へと放り込んで何事も無かったかのようにその場を後にするのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 地上に出たルドウイークは、夕暮れの陽を浴び景色の一変したオラリオで早速道に迷い、本来かかる時間の倍の時間をかけてようやく【ギルド】への帰還を果たした。そこには昼と違って、換金の順番を待つ者やそれぞれの相手と談笑するもの、ソファーで居眠りをする者など、多くの冒険者がたむろしていた。

 

 彼らに見咎められぬよう手甲を外し背嚢に放り込んだ後、周囲を興味深そうに眺めながらルドウイークも此度の探索の成果を換金するために換金所に並ぶ列の後ろへと並ぼうとした。しかしその前に一人の受付嬢が立ち塞がる。

 

「戻ったかルドウイーク。壮健そうで何よりだ」

「お陰様でな、ニールセン。あの短刀と地図は大層役に立った。改めて、礼を言わせてもらおう」

 

 そう言って、ルドウイークは大仰な礼をして感謝の意を示した。しかし、それが一気に衆目の視線を集めた事でニールセンは何とも言えぬ気持ちになって、ルドウイークの襟を引っ掴んで受付の隅にあるソファーへと引きずって行った。

 

「……まったく。お前には羞恥心という奴が無いのか? 目立つ事に無頓着すぎる。巻き込まれる身にもなってみろ、生きた心地がしなかったぞ」

 

 ルドウイークはその言葉に、かつてヤーナムの市井より募った狩人達の先頭に立って、彼らを指揮していた時代の事を思い出した。あの時代、獣の叫びに負けぬ程の大声を上げつつも自ら先頭に立って彼らを鼓舞し、そして皆で多くの獣を狩っていた。当時が恐らく、狩人達の犠牲が最も少なかった時代に違いない。

 

「生きた心地、か…………実際に死ぬよりはマシだろう。とりあえず、まずは換金に行かせてくれ。魔石の引き取り額によっては、この短刀やらの借金をそれなりに返せるかもしれない」

「ほう? 初めてのダンジョン、しかも半日程しか潜っていなかった割には言うじゃないか」

「いや、運が良かったお陰だ。次はこうもうまくは行かないだろう」

「ふむ……謙虚なのは良い事だ。これからもその調子で、うまい事やっていってくれ。それ、人も捌け始めたし、さっさと換金を終えてくるといい。引き留めて悪かったな」

 

 それだけ言い残すと、ニールセンは立ち上がって受付の奥へと向かって行く。だが、昼のルドウイークがそうしたように途中で踵を返して戻ってくると、その厳格そうな雰囲気とは打って変わって、何処かいたずらっぽく笑って言った。

 

「一つ言い忘れていたがな、エリスにはどれだけ稼げたか…………そうだな、5000ヴァリス以上稼げていたようなら、少し少なめの金額を申告しておくといい。正直に伝えると泡を吹いて倒れて、しまいには自分も冒険者になるだとか騒ぎだすぞ」

「…………忠告、痛み入る。一応、心に留めておこう」

 

 ルドウイークの返答を聞いて満足そうにしたニールセンは、今度こそ受付の奥へと消えて行った。ルドウイークもそれを見送った後すぐに立ち上がると先程から随分と短くなった換金所の列へと並んで、黙って自身の順番を待つのであった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 ギルドから出たルドウイークは、真っ直ぐエリスの家に戻る事は無く、当てもなく大通りやその一つ裏の通りをうろつくなど、何処か気ままにその日の夜を過ごしていた。

 

 その理由はギルドで行った換金にあった。ニールセンは5000と言っていたが、実際にはドロップアイテムが大層手に入ったおかげで合計した金額は7000を越え、このままの金額を丸々持ち帰るとエリスの精神衛生上に良くない影響を与えるとルドウイークは判断したからだ。

 

 この金をどうしたものか。その使い道を考えながら、ルドウイークはオラリオの通りを当ても無く彷徨う。だがしかし、自身がオラリオに詳しくも無く、かつ文字を読めないことをすっかり失念していたルドウイークは結局上手い使い道を思いつくことも無く、かといって人に聞くことも出来ずにただただ街の喧騒をすり抜け、時に立ち止まってそれを眺めるばかりだ。

 

 確かに、こうして夜となっても人々の活気が溢れる街と言うのは、とても新鮮で、いいものだとは思うのだが……ニールセンに【鴉の止り木】とやらの場所だけでも確認しておくべきだったな……。

 

 彼がそう一人ごちて、一旦ギルドへ戻ってそこからエリスの家へと向かおうかとした時、行き交う人々を捉えていたその視界の端に、ありうべからざる細い光が映る。

 

 ――――光の糸。月光の齎す、導きの輝き。

 

 その導きは、今までルドウイークが見た導きの中でも最も緩く、か細い糸であった。

 真に必要な時、導きの糸はルドウイークを強く強くそちらへと導き、運命へと手繰り寄せる。だが今宵見たそれは、そんな抗いがたいようなモノなどどこにも無い、揺蕩う一本の細い糸であった。

 

 しかし、それをルドウイークは追わずには居られない。

 

 その先に何があるのか、誰かが自分を待っているのか。あるいは何かが起こるのか、起こっているのか。誰かが助けを求めていたこともあった。自身が戦わねばならぬ獣が待ち受けていた事もあった。故に、ルドウイークは導きを追う。

 窮地に陥って居る者がいるのか、あるいは、ヤーナムへの帰還の他がかりがそこにあるのやも知れぬ……!

 

 そんな焦燥感と共にルドウイークは足早に人ごみをかき分けて、大通りから路地へと飛び込む。しかし、その時には既に導きは姿を消し、そこに残されたのは大通りの魔石灯に僅かに照らされる自身のみであった。彼は首を巡らせ導きの糸を探してみるが、最早影も形も無い。

 

 その事実にようやく気付いて、認めて、ルドウイークは残念そうに肩を落とした。

 

「ヘイ! そこの上から下まで真っ白な服の君! ちょっといいかい!?」

 

 その落胆した背中に間髪入れず、場違いとも言えるほどに明るい少女の声がかけられた。だがルドウイークはそれを自分に向けてのものとは考えず、そちらへ振り向きはしない。それに痺れを切らしてか、声の主はどこか切実な声色でルドウイークへと呼びかけた。

 

「君だよ君、そこのビックリするくらいガタイのいい君!」

「……私かね?」

 

 そこまで言われて、ようやくルドウイークは首を巡らせる。その視線の先に居たのは、小柄な人影。大通りの魔石灯の光が逆光になって、その姿は判別しづらい。だが、その身から溢れる神威と先ほどの声から、辛うじてその人影が女神である事はルドウイークにも理解できた。

 

「君さ、さっきからその辺を行ったり来たり! と思ったら突然走り出してこんな路地に飛び込んじゃって! 何か悩みでもあるのかい? ボクでよければ、話し相手になってあげてもいいぜ!」

 

 そう、朗らかに言う女神は嘘をついているようにはルドウイークには思えなかった。だが真実を語る訳には行かぬ。故にルドウイークはその女神を誤魔化そうと、出まかせを口にする事にした。

 

「…………いや、特に何も。人混みは苦手でね、少し落ち着きたくなっただけだ」

「嘘だね」

 

 そのルドウイークの杜撰な嘘は、即座に看破された。

 

「流石に、そこまであからさまに嘘吐かれるとは思わなかったよ! でも、ボクはただの女の子じゃなくて神様だからね、それくらいすぐ解っちゃうのさ」

「…………しまったな」

 

 そこでようやく神に嘘が通じぬ事をルドウイークは思い出し、苦々しく眉間に皺を寄せた。そんな彼の様子を見かねて、その小柄な神はルドウイークの元へとぱたぱたと足音を立てて走り寄って来た。

 

 近くに来て、ルドウイークの目にもその女神の姿形がようやく見出す事が出来た。エリス神とは対照的な黒い髪を左右対称に結い、またしても彼女と真逆の肌を多く露出した丈の短い白のドレス。そして、二の腕に結ばれた青いリボンに支えられたその胸は、エリス神とは比べ物にならぬ程豊満であった。

 その女神はまた一歩ルドウイークの方へと近寄って、上目遣いにその眼を見て笑いながら自己紹介した。

 

「まぁ、いきなり声を掛けたのも悪かったかな? ボクは【ヘスティア】。【ヘスティア・ファミリア】の主神をやってるんだ。君は?」

「<ルドウイーク>だ」

「ルドウ()ーク?」

「ルドウ()ークだ」

「ああ、ごめんごめん。ちょっと言いづらくてさ」

「……何故なんだかな。皆、同じ事を言う」

 

 このオラリオに来て僅かな間に全く同じやり取りを何度も経験したルドウイークは、流石にそろそろうんざりして悩ましげに呟いた。しかし、ヘスティアはそんな彼のつぶやきも気にする事無くさらに彼に歩み寄り、彼を見上げて小首を傾げた。

 

「ところで、話は戻るけどさ。こんな所で何してたんだい? 路地裏って、何だかんだ危ないからね。夜踏み込むのはやめた方がいいぜ」

「…………少し、探し物があってな。内容は言えないが、大事なものなんだ」

「ふぅん。それって、すぐ見つかるような物なのかい?」

「いや、そうそう見つかるようなものでも無い。ともすれば、永遠にな」

 

 神は嘘を見抜くが、その裏にある真実までは見通せぬ。そのルールを既に理解していたルドウイークは、先ほどの二の轍を踏まぬよう皮肉めいた言葉廻しで、嘘を吐かぬように慎重に答える。その彼の言葉に、ヘスティアは何の違和感も持たなかったように腕を組んでうんうんと唸った。

 

「探し物かー……ある意味じゃあ、ボクと同じだね」

「同じ?」

「実はボクは今、【ファミリア】に入ってくれる子を探しててね…………もし君さえ良ければ、ウチの【ファミリア】に来ないかい? まだ作ったばっかの【ファミリア】なんだけど、寝床くらいは保証してあげられるぜ?」

 

 悪意の欠片も見せず、ウインクをして親指を立てるヘスティア。その誠実さの伝わる有りようは、ルドウイークにとって実に好ましい物だった。しかし、既にエリスと言う主神を戴くルドウイークはその誘いに残念そうに首を振る。

 

「申し出はあり難いが……私は既に【ファミリア】に所属していてね。残念だが、主神の許可も得ずに他の【ファミリア】の【本拠地(ホーム)】に足を踏み入れるのもまずいだろう」

「えっ、君、もう【ファミリア】には入ってるのかい!? 当てもなくふらついてる感じだったから、オラリオに来て日が浅くてどの【ファミリア】に入ろうか迷ってるのかな、って思ったんだけど………………」

「……確かに、私は今日でこの街は二日目だ。ヘスティア神、貴女は素晴らしい慧眼を持っていると言っていいだろう」

「えっ、そうかい? いやー、そう褒められると照れちゃうなぁ~」

 

 心からの賛美を受け取って、本当に照れくさそうに頭に手をやりどこか誇らしげにするヘスティア。それを見て、ルドウイークはどこか自身の主神に通じるものを感じ、思わず小さく笑った。

 

「神々と言うのは、本当に楽し気で愉快な者たちだな。ウチのエリス神も、貴女のようにもっと素直ならいいのだが」

「エリスぅ?」

 

 ルドウイークの口から出た名前にヘスティアは一瞬眉を寄せて、それから何がしかを思案するように口元に手をやり小さく唸った。

 

「そっかぁ、エリスかぁ…………ルドウイーク君、良ければあいつに、よろしく言っておいてもらっていいかな? 実はあいつとは同郷でさ。ボクよりずっと先に地上に降りたのは知ってたんだけど、あいつもオラリオで【ファミリア】の主神やってたんだね」

「ふむ……わかった。彼女にはヘスティア神がよろしく言っておいてくれと言っていたと伝えておく」

「うん、頼んだよ。じゃ、ボクはここで失礼させてもらおうかな。早くボクの【ファミリア】に入ってくれる子を探さないと! それじゃあね!」

 

 それだけ言い残すと彼女は手を大きく振りながら大通りへと向け小走りに立ち去って行った。その姿が視界から消えるのを待ってルドウイークは小さく振っていた手を下ろし、つぶやく。

 

「ヘスティア神、か…………」

 

 エリス神とは違う意味で、愉快な神だったな。人混みに紛れて行ったその後姿を想起しながら、ルドウイークはそんな事を考える。そして、その裏にあるもう一つの思考。もしや、彼女との出会いが、導きの意図したものだったのだろうか?

 

 だとすれば、今私とヘスティア神が出会った事に、何の意味がある?

 

 立ち尽くしながら、しばらく幾つもの可能性を脳裏に巡らせていたルドウイーク。しかし、結局は有力そうな答えを思いつかず、一先ずギルドへと戻る事にするのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「あ、ルドウイーク! おかえりなさい、ずいぶん遅かったですね」

 

 ダイダロス通りの端、大通りからすぐの場所にある家の居間で、エリスはルドウイークの帰りを歓迎した。しかしそれに対して、ルドウイークは困惑したような視線を向け、彼女の目を睨みつける。その視線に押されて、エリス神は一歩後ずさった。

 

「えっと……私の顔にゴミでも付いてます?」

「エリス神」

「はい?」

「ここから通りまで、朝は五分ほどで辿りついたな?」

「ええ、はい。それが何か?」

「通りからここまで、三十分以上かかった。これは一体いかなる神秘だ? もし理由を知っているのなら、その秘密を教えて貰えるかね?」

 

 不思議そうに、しかしどこか威圧的に尋ねるルドウイークに、エリス神はしまったと言わんばかりに口元を隠した。

 

 ダイダロス通りはその設計者である奇人ダイダロスによる度重なる区画整理によってもはや複雑怪奇な真なる迷宮と化しており、慣れ親しんだ者でなければまず遭難する。むしろ、ルドウイークが三十分程度で辿り付けたのが奇跡的な事なのだ。

 

 だが、その真実を伝えようと言う想いなどエリスには無く。彼女はこの後の事を考え、ルドウイークに糾弾されるのは少し嫌だなと考えて姑息にも開き直って誤魔化す事にした。

 

「いえ知りませんけど? ルドウイーク、単に道を間違えたんじゃないですかね? 仕方ない人ですねえ、明日、私がこの辺を案内してあげますのであり難く思ってください」

「ぬう……わかった。地理を知らぬというのは、間違いなく困るからな……よろしく頼む」

「ええ。分かればよろしいです」

 

 普段と変わらぬ顔でそう答え、咄嗟に恩を売る事にまで成功したエリスは心の底で盛大にガッツポーズした。一方ルドウイークは、不服そうな顔でソファに腰掛け背負っていた背嚢を机の上に放り、そして月光の聖剣を下ろしてソファの後ろに立てかけた。

 

「おっと、それが今日の収穫ですか? 拝見しても?」

「ああ」

 

 心うきうきと言った様子で、エリスは背嚢を開き、机の上に詰められていたヴァリス硬貨をざらざらと放り出す。その大きさを揃え、重ね、そして数え終えたエリスは、満足そうな満面の笑みを浮かべ、硬貨を別の袋にジャラジャラと移し替えた。

 

「4000ヴァリスとは……初めてにしてはすごいですよ! まあ、ちょっと時間の割には少ないんですけど、最初の探索でこれなら十分です! あーよかった、これでしばらく食いつなげますよ……」

 

 どこか安堵したようにエリスは胸を撫で下ろす。ルドウイークはその姿を見て、ニールセンの言葉を思い出す。彼は自身の外套の雑嚢の一つに本来の換金額との差額、3000ヴァリスを仕舞い込んで誤魔化していたのだが、今回はそれをエリス神に教えるつもりは無かった。

 

 その内、実際の報酬に小出しに足していけばいいだろう。そう独りごちている内に、エリス神は部屋の隅に置かれていた包みを手に取って、また彼の向かいのソファーに腰を掛けた。

 

「エリス神、何だねその包みは?」

「気になりますか? ふふふ、実はですね……」

 

 ルドウイークに問われたエリスはその反応を待っていたとばかりに笑い、包みの結び目に手をかけ一気にそれを解いた。

 

「おお、これは……」

「ええ、見てください! 【鴉の止り木】亭自慢の品の数々です!」

 

 そこには、湯気こそ立っていないものの、<ヤーナム>ではまず見る事の出来なかった美味であろう料理の数々がひしめいていた。

 

「この揚げ物は何だね?」

「それは【じゃが丸くん】です! それだけは私が買ってきました!」

「この肉は? ここまで脂の滴る肉はヤーナムには無かった」

「これは【鴉の止り木】亭名物の……名前は忘れちゃったんですけど、豚肉をなんかいろんなものを入れた脂の中で何かいろいろして、表面をきれいに焦がした物です! 味に関しては保証しますよ!」

「説明が下手では?」

「はいそこ茶々を入れないで下さい! ……それで、こちらのパンは【鴉の止り木】で料理やってる神が丹精込めて焼いた品で、第二の名物と呼ばれています! 正直私も頂けるなんて思ってませんでした!」

「神の作った食事か、興味があるな…………しかしエリス神。懐が寂しかっただろうに、どうやってこれほどの品を?」

 

 ルドウイークがそうエリスに尋ねると、彼女は誇らし気に腕を組んで笑い、その顛末を語り出した。

 

「いえ、実は今日働いてる時に、私の【眷族】が初めてのダンジョン探索に出かけたって言うのをそれとなく同僚の子に伝えたんですよ。そしたら彼は私の目論見通り、料理担当に話を通してくれたみたいで帰りに頂いたんです! 持つべきものは情の深い知り合いですね…………」

「……………………エリス神。いろいろ言いたい事は有るが、とりあえず後で【鴉の止り木】の場所を教えてくれ。謝罪したい」

「なんでですか!?」

「当然だろう……」

 

 呆れたように呟くルドウイークに、エリスは全く訳が分からないという風に声を荒げた。それを見て、ダンジョンに潜る前にニールセンが『苦労するだろう?』と言っていた事を思い出してルドウイークは顔を覆う。その様子を見て、しかしエリスは気にせず机の上に皿を並べ、上機嫌そうにルドウイークの分の料理を取り分け彼の前に差し出した。

 

「そんな複雑そうな顔しないで下さい! とりあえず、今夜は貴方がダンジョンから無事帰ってきたお祝いです! お酒は無いのが残念ですが、とりあえず食べて食べて食べまくりましょう! あ、でも明日のご飯もこれでどうにかするので食べ切りはしないようにして下さいね!」

 

 その満面の笑みに、先程まで憮然としていたルドウイークは一つ溜息を吐き、それから素直にその皿を手にとって、小さく微笑んだ。

 

「…………ああ、そうだな。ありがとうエリス神。私の為にこの食事を用意してくれたのは、素直に嬉しいよ」

「いやぁ~それほどでも…………さ、いただきますして、食べ始めましょう?」

「ああ……いや、そう言えば一つ伝えるのを忘れていた」

「なんです?」

「ヘスティア神からの言伝でな、『エリスによろしく伝えておいてくれ』と」

「んなっ!?」

 

 それを聞いて、エリスの顔にさっと朱が差す。そして、彼女はルドウイークを問い詰めるように身を乗り出し、矢継ぎ早に質問を繰りだして来た。

 

「何処で会ったんですか!?」

「確か、ギルドのある通りと、酒場や宿が密集している通りの近くだったかね」

「あいつ、【ヘファイストス】の所でぐーたらしてるんじゃなかったんですか!?」

「知らんが、【ファミリア】を作ったと言っていたぞ」

「なんですって!? あのおせっかい焼きめ……! 天界では、何度あいつに私の楽しみを阻止されたことか……! ずっとヘファイストスの所で駄女神やってればよかったのに!」

「何でも【ファミリア】にまだ誰も所属していないらしくてな。【眷族】にならないか誘われたよ」

「なんて答えたんですか!?」

「断ったよ。私の神はエリス神だからな」

 

 それを聞いてエリスは一瞬顔を真っ赤にした後、自身の頬を両手で張って少しクールダウンし、胸を撫で下ろしながらソファに戻った。

 

「で、ですよね……と言うか、あいつ誰も【眷族】が居ないんですって?」

「本人はそう言っていたよ」

「あっ、ふーん…………じゃあいいです。今度会ったら鼻で笑ってやりますので」

「……まぁ、それは貴女たちの問題だ、好きにしてくれ」

 

 呆れてぞんざいな答えを返したルドウイークに気付く事も無く、エリスは熱の籠った瞳でぶつぶつと何やら呟いている。それを見たルドウイークは、今度はこれ見よがしに大きな溜息を吐いた。

 

「エリス神、そろそろ食事にしてもいいかね? これ以上冷めるのはちとうまくないぞ」

「……えっ、あっすみません。それじゃあ食事にしましょう!」

 

 言ってエリスは目を閉じ、食事に対して小さく祈りを捧げた。ルドウイークもそれに倣って目を閉じる。

 

 その瞼の裏に、この世界に来てからのいくつかの光景が浮かんでは消えて行った。初めて窓から眺めた、この街の賑やかな夜景。コロコロ表情を変える【ファミリア】の主神エリス。人々の行き交う大通り。皮肉っぽい笑みの【ギルド】の受付嬢ニールセン。星空の如く煌めく【迷宮】の天井。見ず知らずの相手にも明るく振る舞うヘスティア神。

 

 ヤーナムに居た頃は、この様な友好的な人付き合いなどほんの限られた者としか出来ないのだと思っていた。しかし、まだ二度目の夜も越えぬうちにこうなのだ。これから、自分はこの街で、どのような経験をしてゆくのだろう? どのような者達と出会って行くのだろう? そして、ヤーナムへと戻る事は出来るのだろうか……いや。

 

 ――――その時が来たとして、自分はヤーナムに戻りたいと思うのだろうか?

 

 ルドウイークは頭を振ってその考えを脳裏から追い出した。その姿に既にパンを頬張ろうとしていたエリスが不思議そうな目で彼を見つめている。

 

 ……ひとまず、エリス神に出会えたのは幸運だったな。

 

 彼女の顔を見たルドウイークは何となく満足げに笑い、自らも食事へと手を伸ばすのだった。

 

 

 




やっぱ原作キャラの口調エミュレイションが甘い気がする……もっと読み込まなきゃ(使命感)

それはそうととりあえず一区切りです。
考えてはあるので筆が乗れば続きも書くと思います(気分次第)

好きなフロムゲーのおじいちゃんはファットマン(すべてがすき)、一心様(宗教上の理由で声にやられた)、ゲールマン(とても楽しかった)です。

今話も読んでいただき、ありがとうございました。


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05:【サポーター】

冒険したり街をふらついたり、12000字くらいです。

投稿から一週間でお気に入り1700とか総合評価3000到達とかもうどうビビればいいか分からんですね……。


感想評価お気に入り誤字報告等して下さった皆様、ありがとうございました。
特に誤字報告してくださった方ね! 前回キャラ名間違えてましたからね!
本当にありがとうございました!


 ――――ルドウイークが初めてダンジョンに潜ってから、二週間が経とうとしていたその日。変わらず、彼は【迷宮】に居た。階層は第三階層。

 既に探索の開始から3時間を過ぎたそこで、彼はエリスの精神に手ひどい傷を負わせぬために外套の雑嚢に隠す事で溜め込んでいた12000ヴァリスを使いようやく手に入れた長剣、それを天井や壁を縦横無尽に移動するトカゲ型のモンスター、【ダンジョン・リザード】相手に振るっている最中であった。

 

 茶色の鱗を持つダンジョン・リザードが天井から跳躍しルドウイークを狙うも、彼は横にステップを踏んでそれを回避し地面に叩きつけられたそのトカゲの首を横薙ぎに切断する。さらに壁を走り抜け、彼の後ろへとすり抜けようとした個体の背に杭じみた蹴りを放ってその胴体を踏みつぶし、またしても容赦なく首を切断した。

 その首が転がるのも気に留めず素早く正面を向いたルドウイークの前には既に跳躍したダンジョン・リザードが2体。しかしルドウイークはその2体の間に出来た間隙をすり抜けるように跳ね抜け、それと同時に放っていた横薙ぎによってその双方を一息に殺害せしめる。

 

 その2体を最後に、彼が相手をしていたダンジョン・リザードは全て殲滅された。だが彼は止まらぬ。すぐさま踵を返すと、後方で7体ものコボルトを相手にしていた二人組の元へと馳せ参じ、その内の一人、ルドウイークと同じく――――と、行っても明らかにあちらの方が『良い』ものであったが――――長剣を握りしめたエルフの少女に襲い掛かろうとしていたコボルトの顔面に一閃を食らわせてたたらを踏ませると、そのまま胸の魔石を切っ先で貫いて灰へと帰した。

 

「ルドウイークさん!」

「後6匹、切り抜けるぞ!」

「はい!」

 

 二人のそんなやり取りに応じるように、残り6体の内4体のコボルトを相手取っていたドワーフの青年が斧槍(ハルバード)を構えて回転し周囲のコボルトたちを弾き飛ばす。それに乗じてルドウイークは一体のコボルトに肉薄し、エルフの少女は逆にコボルトを迎え撃った。

 

 ルドウイークは爪の届かぬ距離から剣を振るいコボルトを追い立て、反撃しようと相手が前傾姿勢になった瞬間にその胸を斬りつけて怯ませた後、懐に潜り込み傷口に右腕を突き立て、返り血を浴びぬよう丁寧に魔石を摘出して殺す。そしてすぐさまドワーフの青年の援護へと向かった。

 

 エルフの少女はコボルトの攻撃に合わせて後ろへと下がる事で間合いを調整しつつ機を伺う。一回、二回、三回。立て続けに攻撃を回避され焦れたコボルトは踏み込みつつの大振りな爪の薙ぎ払いで決着をつけようとした。

 その瞬間、少女は目を見開き爪を紙一重で回避、伸びきったその腕を大上段から振り下ろした長剣で切断する。そしてがら空きの懐に飛び込んで下からその頭蓋を串刺しにしてコボルトを絶命させ、素早く蹴り飛ばし床へと放り出して死体を前に残心した。

 

 少女が踵を返す頃には、ドワーフの青年とルドウイークは残りのコボルトを殲滅しており、二人の無事を走り寄って確かめた少女は安堵の溜息と共に、緊張が解かれた反動で思わず尻餅を付いた。

 

「ハァ、ハァッ…………ふうっ! あの、少し休憩、しましょうか…………」

「ああ」

 

 ルドウイークが短く応えると、彼は青年と共にダンジョンの壁に武器で傷を付けてゆく。それは冒険者達の間では常識的な行動だ。ダンジョンには、自身が傷つけられた場合モンスターの生成を後回しにし、自身の修復を優先するという()()がある。

その為、冒険者は休憩中に自身が背を預けていた壁からモンスターが生まれ落ちると言う事故を防止するためにこの様にダンジョンを傷つけ、その修復が済むまでを休憩時間とするのである。

 

「怪我はないかね、【アンリ】」

「ああ、ええ……私は大丈夫です。それよりも、【ホレイス】は大丈夫?」

「………………」

「そう……彼も大丈夫みたいです」

「そうか」

 

 無言のままのドワーフの青年、ホレイスの様子をいかにしてか確認したエルフの少女、アンリは安心したように微笑んでルドウイークに告げた。それを聞いた彼は見張りの為に立ち上がって周囲を警戒する。

 

 

 

 ルドウイークが彼女らと行動を共にしているのは、昨日(さくじつ)のエリス神の言葉による物だった。ルドウイークはこの二週間常に単独(ソロ)でダンジョンへと潜り、そしてそれなりの成果を出している。だがそのやり方は人目の無い場所で自身の強さに任せモンスター達を蹴散らし、それでもって成果を出すある意味強引なものであった。

 

 それを彼から聞いたエリスはいつかその姿を他の冒険者達に見咎められ、他の神の元にルドウイークの強さの噂が届いてしまうのではと急に心配になり、他の冒険者と合同でダンジョンに向かう事で知識だけではなく『レベル1冒険者のあるべき姿』をルドウイークに学ばせようと画策したのだ。

 

 そしてルドウイークはその後、ギルドのニールセンの元に向かい他の冒険者と協力してダンジョンに挑む為の【パーティ】を組む際の注意点についての説明を受け、そして、思案の末冒険者では無く【サポーター】として探索を共にするものを探したのである。

 

 

 

 【サポーター】。読んで字のごとくの存在である彼らは、矢面に立って戦う冒険者達を補助する荷物持ち兼雑用係である。その仕事は装備の運搬、アイテムの使用、マッピングなどと言ったありふれたものから、戦闘中に死体から魔石を回収しての場の整理まで多岐に渡り、冒険者たちの探索の中で重要な役目を担っている。

 

 その重要度は上位【ファミリア】が時折行う深層探索にレベル3やレベル4と言った高レベル冒険者がサポーターとして集められることもある程で、とても軽視出来る物では無い。だが一方で、冒険者稼業から脱落した低レベルの専業サポーターたちは冒険者達に負け犬、役立たずだなどと蔑まれ、奴隷じみた扱いを受ける事も多々あるという。

 

 そんなサポーターについての情報の内、『駆け出しの冒険者が勉強の為ベテラン冒険者のサポーターを務める事がある』という話を聞いたルドウイークはその日の内に大型の背嚢(バックパック)を用意して【摩天楼(バベル)】周囲の中央広場(セントラルパーク)に赴き、『自分は腕利きのサポーターである』とでも言いたげな顔を演じて冒険者からの勧誘を待ち受けたのだ。

 

 しかし、ルドウイークはそう言った行為が行われるのはまず同じファミリアの身内同士である事を知らなかったうえ、その演技は嘗ての同輩たる狩人達が見れば一生ものの笑い話にしていたであろう程お粗末な物だった。が、しかしどこにでもそのような事を気に留めない者と言うのは居るもので。

 

 丁度普段雇っているサポーターが負傷し雇う事が出来ず、代わりのサポーターを探していた二人組、アンリとホレイスが朝から昼まで難しい顔で仁王立ちしていたルドウイークを見かけ、サポーターとして雇い入れたのだった。

 

 彼らに雇われ自己紹介を済ませて『始まりの道』の大階段を降りている時、ルドウイークは随分と安堵していた。それは彼を雇った二人組の冒険者が巷で語られるようなサポーターに対して手酷い扱いをする類の物では無かった事もそうだったが――――ルドウイークはそれがどれほどの幸運だったのかを知らぬ――――かつて<加速>が語った<カインハースト>の<古の落とし子>、いわゆるガーゴイルの如く、あのまま不動の立ち姿を続けずに済んだ安堵だった。

 

 ともあれ、これで間近から『普通』の冒険者達の姿を見て、自身がどれほどの節度を保つべきなのかを知る事が出来るだろう。

 

 だが、そんなルドウイークの展望虚しく、彼は途中からサポーターとしての役割を放り出して剣を振るう事になってしまっている。ルドウイークは人のいい男であった。故に、利害の一致にすぎぬとは言え、共に(くつわ)を並べた冒険者達の窮地を見過ごす事が出来なかったのである。

 

「しかし、『サポーターなりに動けるつもりだ』とは言っていましたが、随分と腕が立つのですね」

「偶然さ」

 

 一息つきながら、純粋にルドウイークの事を称賛するべく笑うアンリに、背を向けて警戒に当たっていたルドウイークは苦々しい顔をした。しかしそれに気づかず、アンリはあくまでルドウイークを称賛し続ける。

 

「まさか! あれ程動ける『サポーター』さんは初めてですよ! 良ければ、今度は冒険者としてパーティを組みませんか?」

「有り難い申し出だ。だが、主神から釘を刺されていてね。しばらくはサポーターに徹するつもりだ」

「そうですか。でしたら、もし冒険者としてダンジョンに潜る時は一声かけてください。ホレイスも楽しみにしているそうです」

「ああ。その時は是非、頼むよ」

 

 とは言うものの、彼らは互いに自身の主神すら明らかにしていない。それは知らぬ者同士でパーティを組む際に好まれるやり方の一つだ。互いの所属を知らせぬ事で、無用な軋轢や対立を避け円滑に冒険を行う。有名な冒険者ともなればそうは行かないだろうが、レベル1の無名冒険者が野良のパーティを組む際はむしろ当然の考えだろう。

 仲間同士で争っている所をモンスターに襲われるなど、ダンジョンでの死に方の中でも下から数えた方に入るというのは皆重々承知しているからだ。

 

「……今日は、まだ行きますか?」

 

 先程までの快活さとは打って変わって、ぼそりとアンリが呟いた。判断に迷う所ではある。実力を詐称している自身はともかく、10体近いモンスターを退けたアンリやホレイスの疲労はそれなり以上に溜まって居るはずだ。しかし、彼女が意思決定の権利を此方に投げてきたのは、それなりに重みを増し始めたこの背嚢の事も気遣ってだろう。

 

 ――――危険を冒す必要は無い、な。

 

 これ以上探索を続けたところで持てる魔石やドロップアイテムの限界も近い。それに何より、また二人が窮地に陥れば自分は間違いなく彼らを救うため剣を振るうだろう。

 それでは意味が無いし、彼女ら――――いや、ホレイスは良く分からないが、アンリから私についての話が広まってしまう可能性もある。そうなれば、エリス神はいい顔をしないはずだ。

 

 そう判断したルドウイークは今日の探索を切り上げることを提案し、アンリとホレイスもあっさりとそれに同意するのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「では、本日はどうもありがとうございました。是非また、一緒に冒険しましょう」

「そうだな、君たちのような相手に雇って貰えると、私も助かる。また、声を掛けてくれ」

「それはもう是非! では…………ほら、行くよホレイス」

「………………」

 

 夕刻。魔石やドロップアイテムを分配した後手を振るアンリと小さく頭を下げるホレイスと別れたルドウイークは、すぐに【ギルド】には向かわず中央広場(セントラルパーク)を少し歩き、ダンジョンへと向かう摩天楼(バベル)の入り口にほど近い馴染のベンチに座り込み、のんびりと行き交う冒険者達を眺め始めた。

 

 今日は小人(パルゥム)が目立つな。

 

 彼らはルドウイークからすれば幼い子供ほどにしか見えないが、その実立派に成人しているものである事が殆どだ。そんな彼らが時に身の丈に合った、あるいはその背丈を大きく超える武器を持ちダンジョンへと潜っていく様は、ここ数日ダンジョンでの探索帰りにここで休憩を取っているルドウイークにとっても眺めていて未だに新鮮なものであった。

 

 このオラリオには、数多の人種が(ひし)めいている。ルドウイークと同様の人間(ヒューマン)だけではなく、小人(パルゥム)を初めとしたエルフ、ドワーフ、アマゾネスと言った異種族。あるいは犬人(シアンスロープ)猫人(キャットピープル)を初めとする獣人たち。彼らの殆どはルドウイークにとって未知の存在であり、故に彼らを眺めるのは新たな知啓を得る良い機会であった。

 

 特に、ルドウイークの目を引いたのは獣人たちだ。その名から、最初ルドウイークは<獣憑き>の如き人型の獣を想像したが、実際の彼らはより人に近く、どちらかと言えば獣の部位を持つ人間、とも言うべき存在であり、ルドウイークはその事実に全く安堵したものだ。

 

 ――――獣の如き姿をされていれば、殺意を向けずにはいられなかったやも知れんからな。

 

 それが、ルドウイークの取り繕う事無き本心であった。本来、狩人達にとって獣とは姿形だけではなく、その有り様までもを表す言葉だ。だがそれでも、多くの狩人は獣の姿をしたものに対して強い拒絶感を覚える。本人の嗜好以前に、日々そんな姿をした者と殺し合いを続けていればそうなるのも当然であろう。

 

 ただ、人の姿をしていても、その内面が獣に堕ち切ったものも存在するのは確かだが。

 

 そう言った者を『始末』するのが役目のものも居た。異邦の狩人、<(からす)>を始祖とする<狩人狩り>達である。彼らは獣では無く、その名の通りに狩人達を狩る特殊な立ち位置に居る狩人達だった。

 度重なる<獣狩り>の中では、如何様にしても狩りの喜び、血を浴びる歓喜に溺れ、いつしか人をも手にかける者、人間性を喪い、<獣>へと堕ちる者が現れ始める。それを処理するのが彼らの生業であり、故に彼らは獣相手では無く『対人戦』に特化した<仕掛け武器>や業を身に付けていたのだ。

 

 だが、故にそんな彼らの中から獣に堕ちた者が現れると、それは例外無く凄惨なる過程と結末を迎える事になる。

 

 狩人狩りに優れるという事は、すなわち人狩りに優れる事と同義であり。並の狩人がなまじ獣狩りに優れるが故に、狩るために全く違うやり方を要し手に負えぬ彼ら、いつしかそんな堕ちた狩人狩りを狩るのが<烏>の役目となっていた。

 

 <烏>は他の狩人と比べ、何を考えているのかよく分からない奴だった。

 

 ルドウイークは嘗て共にゲールマンに学んだかの狩人の事を想起する。誰よりも自由であったが故に、誰よりも重い、人狩りの役目を請け負った狩人。だがあれは最後まで心折れる事も無く、当初予定していた通りの期日を以って、自らの故郷へと帰って行った。

 

 あれが去った後は、その意志を継いだ幾人かの狩人がその羽根装束と<慈悲の刃>を受け継ぎ、連綿と狩人狩りの業を伝えていた。かの<最後の狩人>の時代も、その伝統は残っていたのだろうか? せめて、最後に問うておくべきだったか…………。

 

 ルドウイークがそんな思案に浸っていると、広場の冒険者達の間から争う声が聞こえて来た。そちらに目を向ければ、大柄なドワーフと背の高いエルフが互いにいがみ合い、今にもそれぞれの武器を抜き放とうとしている。

 

 ドワーフとエルフは古くからのいざこざからして、種族レベルの対立関係にあるらしい。詳しい事はルドウイークも知らぬが、同じファミリアの所属であろうと罵り合う彼らが強い友誼を結ぶのは、極めて珍しい事なのだと何故か楽しげに語るエリスには聞かされていた。

 だが、そう言った者はかのオラリオ最大派閥【ロキ・ファミリア】に所属する【リヴェリア・リヨス・アールヴ】と【ガレス・ランドロック】などを初めとした、ほんの一部にしかいないと言う。

 

 そう言えば、先程のアンリとホレイスもエルフとドワーフと言う組み合わせだったが、彼女らからはそう言った嫌悪感だとかは一切感じ取れなかった。一体、どう言った関係だったのだろうか。

 

 ――――詮無き事だな。

 

 他者の関係を無為に覗きこもうとする思考を頭を振ってかき消したルドウイークは、争うドワーフとエルフをそれぞれ幾人かの冒険者が羽交い絞めにしているのを見て、少し安心してから立ち去ろうとした。

 

「そこの方、そこの方。白い外套のお兄さん」

 

 その声にルドウイークが正面を向くと、彼の前には小柄な人影。身長はルドウイークの半分より大きい程度。クリーム色の少し色褪せたローブを身に付け、そこからは明らかな軽装が垣間見える。そのフードの隙間からは栗色の前髪が覗き、その大きく丸い瞳が、その背丈以上に幼い印象を見るものに与えて来る。

 何より、その体の二倍、あるいは三倍はあろうかという巨大な背嚢(バックパック)。それが彼女がどのような役目を負っているかを、ルドウイークにはっきりと認識させた。

 

「……私に何か用かね?」

「突然申し訳ありません。この様な所で独りでぼうとしているものですから、サポーターでもお探しではないかと思いまして」

 

 その少女はあくまで穏やかに、ルドウイークの腰の長剣を指差して言った。

 

「あなた、冒険者様ですよね? でしたら、是非とも今宵の探索に、この【リリルカ・アーデ】をお供させて頂けないでしょうか?」

 

 リリルカは小首を傾げて、満面の笑みで彼に提案した。しかしそれに対して、ルドウイークは申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「すまないが、それは出来ない」

「何故ですか? もしや、リリに何か落ち度でも――――」

「いや、そう言う訳ではないさ」

 

 ルドウイークは言って、自身の膝の上の背嚢を指で指し示した。今回の冒険ではアンリとホレイスはルドウイークの貢献の大きさを考え、当初の契約より多くの取り分を渡してくれていた。おかげで、分配した魔石やドロップアイテムがそれなりに詰まっている。

 

「私はもう、今日の冒険を終えていてね。帰りがけ、ここで休息をとっていたんだ」

「ああ……そういう事でしたか。でしたら、落ち度も何もありませんね」

 

 リリルカはそれを聞いて背嚢にちらと目をやり、残念そうに――――或いはどこか安心したように溜息を吐いた。それを見てルドウイークは改めて立ち上がり、背に背嚢と<月光>の隠された袋を背負う。

 

「すまないな、時間を無駄に使わせて」

「いえいえ、こちらこそすみませんでした。ですが次リリを見かけたら、ぜひお声がけを」

 

 ぺこりと頭を下げ、リリルカはそのまま彼の前から去って行った。小柄なその背中は冒険者達の喧騒にあっという間に紛れて見えなくなる。

 

 訳アリか。

 

 ルドウイークは彼女をそう評した。表情こそ明るい物だったが、所作の所々から不安、あるいは不満のような物が滲み出ていて、彼女が自身の現状を快く思っていない事をルドウイークは見抜いていた。

 だが、それよりも彼が興味深いと考えたのは、彼女に纏わりついていた、一本の光の糸。その糸は強く、強く、それでいて何処へも伸ばされていない、まるで何かを待ち望むかのような導きであった。

 

 そのような他者の導きを見たのは、ルドウイークにとっても初めての事であった。今まで見た導きとは、例外無くルドウイークの前に現れ彼の道を指し示すものであり、どんなものでも彼は少なからずそれに引き寄せられる引力のような物を感じていた。

 

 だが彼女のそれからは、そう言った引力を一切感じぬ。まるで、ルドウイークではなく、他の誰かに惹かれるべき運命があるとでも言うように。

 

 彼女を追うべきだったか? そう一瞬考えたルドウイークであったが、すぐにその発想を否定する。確かに、彼女の纏う導きは珍しい物だ。だがそれが別の誰かによって成されるべきだと言うのなら、私が自ら干渉する意義もあるまい。

 

 一人納得したルドウイークはそれ以降振り返ることもなく、確固たる足取りで薄闇の広がり始めたオラリオをギルドに向かって歩み始めた。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 ギルドでの換金を終え、3900ヴァリスを手にしたルドウイークはニールセンとの世間話もそこそこに、エリスの待つ家へと向かって街路を歩んでいた。

 ルドウイークの収支は基本的に、同階層で戦う冒険者達よりずっと良い。まず傷を負わぬので摩天楼(バベル)の治療施設やポーションの世話にならず、一人であれば素手で事足りるために武具の消耗も無いからだ。

 

 そのため、徐々にではあるが懐事情が上向いてきたと言うエリスは今日珍しく休みを取り、家でルドウイークの帰りを待っているとのことだ。サポーターとしての活動であれば、命の危険もそうないだろうとタカを括っているのだろう。

 

 そこまで、甘いものではないのだがな。

 

 ルドウイークはダンジョンの危険性を思い、そう結論付けた。目の前の敵と戦うのに集中する冒険者に比べ、サポーターの仕事は細かく、多岐に渡る。この稼業をこなし続けるには、ダンジョンやモンスター、冒険者の装備に至るまでの深い知識に広い視野、何よりもそれらの情報を整理し、その時々に何をするべきかを冷静に見極め実行する判断力が必要となるだろう。

 

 ともすれば、それは補助者と言うよりパーティのリーダーとして必要な資質であるようにも思える。

 が、実際には戦闘を受け持つ――――より直接的に危険に晒される冒険者達の方がパーティ内での地位が高く、サポーターはあくまで補助者、あるいは小間使いめいた存在であり、最悪の場合には冒険者達が生き残るための囮として、モンスターにその身を差し出された、と言う話まであるというのをルドウイークは先ほどニールセンより聞かされていた。

 

 そのため、余計なリスクを回避するために明日からは冒険者としてパーティを探そうとルドウイークが考えていると、目の前を一条の光がちらついた。

 

 光の糸、導き。先日【ヘスティア】と出会った時のそれに良く似た、か細く淡い輝きを放つそれはすぐ先の角を曲がった先へと続いてゆく。

 それは先ほどリリルカに見たような何かを待つ糸ではなく、弱いが、確かにルドウイークを手繰り寄せる導きであった。

 

 先日とは違い、ルドウイークは慎重にその後を追う。余り派手に動いてヘスティアに見咎められた時のような事は避けたいからだ。

 あの時は彼女が善良と言える神であったから助かったものの、ろくでなしの神や良識の無い冒険者に遭遇してしまえば、余計なトラブルになる事も考えられる。そうなれば、限りなく低いとは言え、自身の素性が明らかになる可能性も危惧しなければならない。

 

 そうで無くても、エリスに目立つことは避けるよう、ルドウイークは言いつけられている。故に、ルドウイークは周囲の人々の様子を伺いながら、慎重にその光の糸を追った。

 

 

 行き交う人々の間をすり抜けてゆらゆらと揺れる糸。それは通りを曲がり裏路地に出て、しばらくするとまた通りへと戻る――――何か作為的な物を感じる軌跡で、ルドウイークを導いていた。

 これも、先程のリリルカの導きと同様、ルドウイークにとっては初めての現象だ。

 

 導きは常に、彼の向かうべき場所に最短の距離で導いてきた。故に、このように彼に遠回りを強いるというのは、全く想像だにしなかった事だ。まるで時間を稼ぐような、あるいは、この道順でなければダメなのか……。ルドウイークには、その意図ははっきりしない。

 

 ――――そうして、導きを追っている内またしても通りから路地に入った所の十字路で、導きは途切れていた。

 

 ルドウイークはその結末に顔をしかめた。導きが何をさせようとしているのか、それが全く読めぬ。<ヤーナム>で見た導きは、その向かう先には善い物であれ悪い物であれ何かがあった。しかし、此度、そしてヘスティア神との邂逅の際はその先には何も無い。それが、ルドウイークには分からぬ。

 

 何故ここに私を導いた? ここで何か起こるのか? あるいは、ここに私が居るというのが導きの意図した事だと言うのか。

 ヤーナムで見た、自らを手繰り寄せる光の糸だけではなく、このような形での導きが起こるのは一体何故か? 世界を渡った事で、導きが何かしかの変質を見せているのか?

 

 ――――あるいは、変わっているのは己自身か?

 

 そんな思考の海に潜っていたルドウイークの背に、誰かがぶつかったような衝撃があった。彼はそれに驚いて飛び退き<月光>に手を伸ばす。

 このように後ろを取られ背に触れられるとは、ルドウイークにとって初めての経験であった。今のが獣による物であれば、彼はまずこの場で屍を晒していただろう。

 

 …………だが、振り向いたルドウイークが見下ろす先に居たのは、尻餅を付き、驚愕に顔をこわばらせた白髪の人間(ヒューマン)の少年であった。

 

 それを見て、ルドウイークは過剰に反応した己を恥じ、月光から手を離した。そして、その少年の元へと歩み寄り彼へと手を差し出す。

 

「大丈夫か? 立てるかね?」

「えっ……あっ、はい、すみません…………」

 

 少年がおずおずとその手を取ると、ルドウイークは力強く彼を引っ張り上げる。その手の力はお世辞にも強いとは言えず、体も軽い。白い髪と赤い瞳は、ヤーナムでは図鑑の中でのみ語られた兎のそれを思わせ、さらに今し方の『事故』に際しての物であろう申し訳なさそうな表情が、その小動物めいた印象を加速させた。

 

「えっと……すみません、ぼうっとしてて。前見てなくて……すみません」

「いや、道のど真ん中に突っ立っていた私の方に非があると言えるだろう。すまない」

 

 頭を下げ謝罪をする少年に、ルドウイークも小さく謝罪を返した。そして、自身がこの少年の接近に気づかなかったのは、少年の方もルドウイークに気づいていなかったからだと納得し、少し安堵した。

 しかしルドウイークがそう安堵している前で、少年は一度、ルドウイークが腰に()いた長剣を少し見つめ、それから意を決したように力を振り絞って口を開いた。

 

「あ、あの……!」

「ん?」

「えっと、あの、冒険者の方……ですよね?」

「……そうだが?」

「あの、良ければどこの【ファミリア】か教えて貰えませんか……?」

「……【エリス・ファミリア】だ。それがどうかしたかね?」

 

 おずおずとルドウイークに問いを投げていた少年は、彼の所属ファミリアを聞くと、突如機敏に頭を下げ、それまでの様子が嘘のような大声で叫んだ。

 

「いきなりですみませんが、お願いがあります! どうか、どうか僕を【ファミリア】に入れてください!!」

「…………何だと?」

 

 その大声に、驚愕したルドウイークは思わずたじろいだ。これは初めてのケースだ。彼は判断に悩む。

 見た所、田舎からオラリオに出てきて、所属する【ファミリア】を探している…………そんな所だろう。そして、まだこの少年はエリス神の所には顔を出していない。それも当然か。あの様なただの民家に神が住んでいるなど、普通はわからないはずだ。

 それに【ダイダロス通り】はそこに住まうルドウイーク自身も辟易するほどの複雑怪奇な構造をしている。知っていれば、オラリオに来たばかりの人間がそんなところに足を踏み入れるはずも無い。

 

 そう判断した彼は、次に頭を下げたままの状態で硬直し答えを待つ彼の体をまじまじと眺めた。それほど大きいわけでもなく、線の細い体。素質があるとは思えない。もしルドウイークが狩人達を率いていた時代に彼がその仲間入りを志望して来ても、ルドウイークは断固として認めなかっただろう。

 

 だが、今ルドウイークは【エリス・ファミリア】の唯一の団員であり、そしてこの判断は彼の権限だけでどうにかなる物では無いことを重々承知していた。

 

「それは、私の一存では何とも言えない」

 

 その一言に少年は息を飲み、拳を強く握り締める。しかしルドウイークは、そんな彼の様子を目に留めて、更に言葉を続けた。

 

「だが、君さえ良ければ主神に掛け合ってみよう。その上で彼女がどう判断するかはわからないが……」

 

 その言葉に少年はばっと顔を上げ、凄まじい剣幕でルドウイークに詰め寄った。

 

「神様と会わせてくれるんですか?!」

「あ、ああ……」

 

 その剣幕にまたしてもルドウイークはたじろぎ、それだけでは無く一歩引きさがる。しかし少年はそれに気づいた様子も無く、まさに子供のように両手を握りしめ感極まったように叫んだ。

 

「ありがとうございます……! 僕、今日オラリオに来てからいろんな【ファミリア】のところに行ってきたんですけど、どこも門前払いばかりで、今夜の宿もないしどうしよっかって困ってて……!」

「…………喜ぶのはいいが、少年。まだ私の主神が君の入団に許可を出したわけでは無いぞ」

「あっ、そっか……」

 

 ルドウイークの指摘に、少年は一気にクールダウンして肩を落とした。その表情をコロコロ変える様子がエリスのそれに重なって、ルドウイークは小さく笑い、少年の肩を軽く叩いた。

 

「まぁ、先に言っておくがウチは零細【ファミリア】でな。もし入れたとしても、酷く苦労すると思うぞ? それでもいいのか?」

「構いません! 僕には、『夢』がありますので!」

 

 今し方落ち着いたのが嘘の様にそう力強く宣言する少年を見て、今度はルドウイークは笑って首を縦に振るだけだ。

 この子は、恐らくその夢の為に、覚悟を決めてこの迷宮都市(オラリオ)に足を踏み入れたのだろう。ならば、私がそれに対してどうこう言うべきではない。そう考えて、ルドウイークは彼の肩に置いていた手を下ろし穏やかに笑いかける。

 

「分かった。その前に…………私は<ルドウイーク>と言う。【エリス・ファミリア】所属の、レベル1の冒険者だ。少年、君の名前を聞かせてもらっても構わないか?」

「ルドウ()ークさんですか、分かりました! 僕はベル、【ベル・クラネル】です! ……って言うか、レベル1なんですかルドウイークさん!? そんな強そうなのに!?」

「クラネル少年。このオラリオで、見た目と強さに関係性を求めない方がいい。君もすぐに分かる」

「そ、そうですか……」

 

 引きつったように笑うベルを見てルドウイークもふっと笑った。そして付いてくるよう彼を手招きし、二人で並んで歩き始める。

 

 ――――【ベル()】、か。

 

 隣で様々な事を質問してくるベルに答えを返しながら、彼は懐にしまい込んだヤーナムの<狩り道具>、<狩人呼びの鐘>に意識を向ける。他の世界の狩人と繋がりその協力を得るその道具。実際の所彼とは無関係ではあるのだろうが、どうしても連想せずにはいられない。

 

 彼もこのオラリオで、<鐘>を用いた狩人達と同様、多くの出会いを経験するのだろうか? 多くの別れを経験するのだろうか。数多の狩人達を募り、教え、共に戦ったルドウイークは、そんな想像をせずにはいられない。

 

 ――――ともあれ、まずはエリス神との出会いが良いものになればよいのだが。

 

 そう独りごちたルドウイークとそれに気づかず楽しげに話を続けるベルは、そのままエリスの待つ家に向かって街路を進んでいくのだった。

 

 




ダクソから彼女や彼が登場したり原作から彼女や彼が出ました。
原作のストーリーは大きく変わらないです(再三の宣言)

早くあのキャラとかあのキャラも書きたいな……。
でももし今後の原作と被ったりしたら怖いけど、完結まだの作品の二次創作ってそんなもんだし(別作品でもそう言う経験あったし)
とりあえず原作も読み進めないと……。

今話も読んで下さって、ありがとうございました。



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06:英雄志望

ルドウイークのベル君勧誘の顛末、19000字くらいです。
ちょっとベル君がショックうけるシーン有るので苦手な方はご注意を。


2000お気に入り総合評価3000、本当にありがとうございます。
同様に感想の投稿、及び誤字報告して下さる皆さま。励みになりますし、助かっております。
良ければこれからもよろしくお願いします。


 ――――初めてその人を見た時、僕は『まるで英雄みたいだ』なんて、場違いもいい所の感想を抱いた。

 

 それは僕と同じ人間(ヒューマン)の男性だった。だが、その姿はひ弱な僕とは大違いだ。2M(メドル)近いがっしりとした体格に、波打つような白、あるいは灰の長髪に白装束を着込み、その上に外套を重ね腰には一本の長剣を()いている。何よりも、その背に負った大きな包み。咄嗟にそちらに手をやったという事は、きっと何らかの武器なのだろう。

 

 その姿は、僕が祖父に幾度となく聞かされた御伽噺に出てくる英雄のような姿だった。

 

 道の真ん中に居たであろうその人に気づかず、思いっきりその背中にぶつかった僕は尻餅をついたまま動けない。驚愕半分、恐怖半分、後羨望がちょっと。そんな感情が渦巻いて尻餅を付いたまま動けぬ僕に、その人は背の包みから手を離して、目の前まで歩み寄ってそっと手を伸ばす。

 

「立てるかね?」

「えっ……あっ、はい、すみません…………」

 

 僕は震えながらその手を取ると、その人はぎゅっと手を握りしめ一気に引っぱり、立ち上がらせてくれた。そして慄く僕に、厳めしい顔から感じる印象とはどこかちぐはぐに、心から安堵するように微笑んだ。

 

「えっと……すみません、ぼうっとしてて。前見てなくて……すみません」

「いや、道のど真ん中に突っ立っていた私の方に非があると言えるだろう。すまない」

 

 その笑顔を見て少し安堵した僕は頭を下げて謝罪する。すると、それを否定するようにその人も謝罪した。

 

 よかった。どうやら、この人はそんな怖い人じゃあないらしい。そう思って顔を上げようとした僕は、その人が腰に佩いた長剣を改めて見つめる。それは、何の変哲もない長剣だ。咄嗟に背中の包みに手を伸ばしてたし、きっとこの人の本命の武器はそっちなんだろう。……やっぱり、冒険者なんだろうか。

 

 その時、僕の脳裏に一つの考えが過ぎった。少し不躾かもしれないけど、もう背に腹は代えられない。この人も冒険者なら、何処かの【ファミリア】に所属している筈。それが、僕がまだ訪れていない【ファミリア】なら……!

 

「あ、あの……!」

「ん?」

「えっと、あの、冒険者の方……ですよね?」

「……そうだが?」

「あの、良ければどこの【ファミリア】か教えて貰えませんか……?」

「……【エリス・ファミリア】だ。それがどうかしたかね?」

 

 【エリス・ファミリア】。その名前は未だに耳にした事の無い、未知のファミリアだ。

 

 ――――きっとここが、今日僕が挑む事の出来る最後のチャンス。

 

 そこからは早かった。僕は一度上げた頭を再び勢い良く下げて、その人に向けて大声で叫ぶ。

 

「いきなりですみませんが、お願いがあります! どうか、どうか僕を【ファミリア】に入れてください!!」

「…………何だと?」

 

 その人は驚きに目を丸くして、それから僕の事を上から下まで推し量るように眺めた。今までの【ファミリア】でも、何度も浴びた視線だ。相手を値踏みするその視線を僕は黙って受け続ける。せめて、もっと体を鍛えてくるべきだったんだろうか。でも、今までの【ファミリア】にもっと体を鍛えて訪れたとして、彼らはきっと僕を受け入れてくれないだろうと言うネガティブな自信がある。

 

「それは、私の一存では何とも言えない」

 

 その自信を裏付けてしまうような、否定のニュアンスを含んだ言葉。やっぱり駄目なのか。僕は思わず拳を強く握りしめる。でも、この人の言葉はそれで終わらなかった。

 

「だが、君さえ良ければ主神に掛け合ってみよう。その上で彼女がどう判断するかはわからないが……」

 

 その言葉に僕はバッと顔を上げて、その人に勢い良く詰め寄る。

 

「神様と会わせてくれるんですか?!」

「あ、ああ……」

 

 その人は驚いたように仰け反ってそのまま一歩後ずさる。だが僕はそれを追うように距離を詰め、両手を握りしめて叫んだ。

 

「ありがとうございます……! 僕、今日オラリオに来てからいろんな【ファミリア】のところに行ってきたんですけど、どこも門前払いばかりで、今夜の宿もないしどうしよっかって困ってて……!」

「…………喜ぶのはいいが、少年。まだ私の主神が君の入団に許可を出したわけでは無いぞ」

「あっ、そっか……」

 

 唐突に現実を突きつけられ、興奮していた自分に気が付いた僕は溜息を吐いた。……でも、これはやっと巡ってきた大チャンスだ。それを逃すわけにはいかない!

 

 僕はそう自信を奮い立たせて気合を入れた。すると、その人はそんな僕を見てどこか楽しげに笑い、肩を軽く叩いて言った。

 

「まぁ、先に言っておくがウチは零細【ファミリア】でな。もし入れたとしても、酷く苦労すると思うぞ? それでもいいのか?」

「構いません! 僕には、『夢』がありますので!」

 

 その人の優しげな忠告に、僕は怯む事無く力強く宣言した。そう、夢だ。かつて祖父の語っていた夢。そして僕が心に懐いた、大切な夢。その為に、僕はこのオラリオにやって来た。

 村を出てからここまでも、平坦な道程じゃあ無かった。でも、これからはもっと険しい道のはずなんだ。こんな所で躓いちゃあいられない!

 

 そんな僕の意気込みを感じてかその人は僕の肩に置いたままの手を下ろして、どこか懐かしい物を見るかのように微笑んだ。

 

「分かった。その前に…………私は<ルドウイーク>と言う。【エリス・ファミリア】所属の、レベル1の冒険者だ。少年、君の名前を聞かせてもらっても構わないか?」

「ルドウイークさんですか、分かりました! 僕はベル、【ベル・クラネル】です! ……って言うか、レベル1なんですかルドウイークさん!? そんな強そうなのに!?」

「クラネル少年。このオラリオで、見た目と強さに関係性を求めない方がいい。君もすぐに分かる」

「そ、そうですか……」

 

 目の前の英雄じみたこの人――――ルドウイークさんがレベル1、と言う事実に僕は驚愕して、そんな僕にルドウイークさんは窘めるように肩を竦めた。オラリオは世界有数の冒険者が集うって聞いてたけど、やっぱレベルが違うって事なのかな……。一瞬不安になる僕を他所にルドウイークさんは歩き出して、小さく手招きをした。

 

 僕は慌てて彼に小走りに追いつき、並んで歩き始める。そして、いろいろと気になっていた事を質問してみた。

 

「えっと、ルドウイークさん」

「何だね?」

「【エリス・ファミリア】って零細って言ってましたけど、実際どんな感じなんですか?」

「…………何でも、ここ十年ほどは新規の入団も無かったらしい。今では、団員は私一人だよ」

「じゃあルドウイークさんって団長さんなんですか?!」

「……いや? エリス神とも、そういう話はした事が無いな」

「へぇ~……そう言うものなんですかね?」

「【ファミリア】によるのだろうな。私は他のファミリアの事をよく知らんから何とも言えないが……」

「そうなんですね……」

 

「ルドウイークさんって、ダンジョンには潜ってるんですよね? どのくらいの階層まで行ったんですか?」

「4階層だな。何でも6階層以降は敵のレベルも構造の複雑さも跳ね上がるらしい。お陰でエリス神にはそこへの進出は止められている」

「【眷族】想いの神様なんですね」

「……ああ、そうだな。少なくとも悪い神ではないよ」

 

 ルドウイークさんは何やら考え事をしているみたいだったが、それでも僕の質問にはちゃんと答えてくれた。……もし、この人とダンジョンに一緒に潜れたなら、心強いだろうなぁ。レベル1だとは言っていたし、そこまで深い階まで行った事が無いらしいけれど、単独(ソロ)でダンジョンに挑むのと仲間がいるのでは、その生存率は段違いだ。

 

 前後を挟まれた時でもそれぞれが片方の対応に集中できるし、状態異常になってしまっても治療してもらう事だって出来る。だから、浅い層ならともかく深い層まで行くには仲間の存在は必要不可欠だ。一人でどうにかなるほど、【迷宮】は甘くない。

 

 もし一人でどうにかなってしまうなら、とっくの昔に踏破されてるはずだしね。

 

 何せダンジョンの深層など、有力な【ファミリア】が準備に準備を重ねて大規模なパーティを組み、数週間単位で挑むものだ。いかに能力があっても、単独で辿り付くなんか夢のまた夢。まぁ、【ファミリア】に入れるかどうかも怪しい僕には夢以上に非現実的なレベルの話なんだけれど。

 

 

 

 

 そうこうしている内に、どれほどの距離を歩いたのだろう。僕とルドウイークさんは通りを抜けて何度も曲がり路を通り、そして一軒の民家の前へと辿り付いた。

 

「……ここが【エリス・ファミリア】の今の拠点だ。少し古めかしいが、ガタが来ているわけじゃあない。そこは安心してくれ」

「えっと……じゃあ、ここが【本拠地(ホーム)】って事ですよね?」

「エリス神はそう言いたがらないが、実際にはそう思ってもらって構わないだろう」

 

 ……え? これが【本拠地(ホーム)】?

 

  僕はその、年季の入った一軒家を見てそんな感想を抱く。今まで見た【ファミリア】の【本拠地】は、規模の違いこそあれ、そのどれもが最低限ここはどこの【ファミリア】の【本拠地】か分かる様に看板なり、モニュメントなりが設置されていた。だけどここは違う。どう見てもただの民家だ。

 

 驚愕している僕を尻目に、ルドウイークさんは玄関の脇にある鉢植えの前でしゃがみこんでその裏から鍵を摘み出す。そして扉の鍵を空けると僕を手招きした。……なに驚いてるんだ僕は。零細【ファミリア】だって話は、最初にしてくれてたじゃあないか。

 

 僕は意を決して家へとお邪魔した。その内装も、何の変哲もない普通の家だ。だけど一つ。神様の放っているであろう【神威】か、ピリピリとした存在感を感じる。そうだ。僕は神様に会って、【ファミリア】に入れてもらう為にここに来たんだ。

 

 緊張する僕の前にルドウイークさんが立って、奥の扉を開く。すると、美味しそうな香りが僕の鼻を擽った。なんだろう。スープか何かだろうか。そこで僕は自分がお昼から何も口にしていなかった事に気づいて、溢れた涎を喉を鳴らして飲みこむ。その様子を緊張の表れと捉えたのか、ルドウイークさんが少し腰をかがめて僕に笑いかけた。

 

「……一つアドバイスだが、エリス神は割と感情の起伏が激しい所がある。気まぐれと言うべきか何と言うか……ともかく、何か言われた時には返答には気を付けてくれ。フォローはする」

「ハ、ハイ……!」

「では、少し待っていてくれ。話を付けて来る」

 

 そう言うと、ルドウイークさんは部屋の中へと消えて行った。

 

 うう、緊張してきた。一体どんな神様なんだろう。女神って言ってたけど……そういえばおじいちゃんが言ってたな…………昔このオラリオには【ヘラ】というとんでもなく怖い女神さまがいたらしい。何でも地獄耳って言われるくらい情報通な上滅茶苦茶女性関係に厳しく、ある老神は大変酷い目に合わされていたって。

 

 そんな、怖い女神さまじゃあなきゃいいなぁ……。

 

 僕がそう祈っていると、目の前の扉が開きルドウイークさんが顔を出した。

 

「クラネル少年。エリス神がお会いになって下さるそうだ。……神は嘘を見抜く。気を付けてくれ」

「は、はぃ!」

 

 ルドウイークさんの忠告に、僕は緊張して変な調子で答えてしまう。しかし、それをルドウイークさんは笑う事も無く、何事も無かったかのように真顔で手招きした。

 

 

 

 

 部屋の中に僕が足を踏み入れると、そこにはルドウイークさんと、ソファに腰掛けた一柱の女神さまが待っていた。

 

 美しい金髪を首の後ろでまとめ、ファッションだろうか、掛けた眼鏡の奥からは翡翠色の瞳がこちらを見つめていた。肩には精緻な刺繍の施されたケープを羽織っており、首元でそれを留めているブローチに填められている宝石――――多分魔石だ――――が僕の目を強く惹く。

 間違いなく、僕が今まで見てきた女性の中でも一番綺麗だと言ってもいいと思う。神様なんだから、当然と言えば当然なんだけど。

 

 そんな風にその女神さまの事を目を皿にして見つめていると、僕の横に立ったルドウイークさんが、促すように女神さまに声を掛けた。

 

「エリス神、黙っていては始まらない。折角の入団希望者を無下にするつもりかね?」

「むう…………今、何て話し始めるか考えてたんです」

「そうか。では頼む」

 

 どこか咎めるような言葉をかけられた女神さまは、何やら難しそうな顔で唸ってルドウイークさんに反論する。だが、それを言質と取ったルドウイークさんが笑って言うと、また難しい顔で少し考えてから、諦めたように溜息を吐いて僕へと視線を向けた。

 

「…………どうも、初めまして。貴方が【エリス・ファミリア】への入団を希望したと言う子ですか?」

「は、はい! 【ベル・クラネル】と言います! ほ、本日はお日柄も良く……」

「お日柄?」

 

 混乱した僕の様子に、女神さまは小首を傾げた。その姿がいちいち綺麗で、僕はよりどぎまぎする。すると、肩をポンと叩かれて、思わず僕はそちらを振り向いた。

 

「クラネル少年、落ち着け。君には夢があるんだろう?」

 

 その一言にはっとさせられて、僕はルドウイークさんを見上げる。その顔は小さく微笑み僕の事を鼓舞していた。

 

 ……そうだ。僕には夢がある。その為にここまで来たのに、神様に会っただけでビビってる場合じゃない。僕は拳をぐっと握りしめて神様の方へと向き直る。その様子に、神様は少し驚いているようだった。でもそんな事お構いなしに、僕は早口でまくしたてた。

 

「すみません! もう一度やらせてください! 僕は【ベル・クラネル】、歳は14で種族は人間(ヒューマン)! 『夢』を叶えるために今日、このオラリオにやってきました! その為に色んな【ファミリア】に入れてもらおうとしたんですけど、何処も取り合って貰えなくて……でもそんな時、ルドウイークさんが僕に声を掛けてくれたんです! 自分自身、頼りなさそうなのは知っています! でも、きっとこの【ファミリア】の役に立って見せます! ですからどうか、僕をこの【ファミリア】に――――」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 その静止の声に驚いて口をつぐむと、神様は驚いたような、あるいは少し苛立ったような顔で僕の事を睨んでいた。

 

「あの、熱意は感じるんですけど、物事には順序という奴があります! 貴方が名乗った以上、私にも自己紹介のタイミングを頂くのが段取りじゃあないですか!?」

「あ、すみません……つい……」

「それくらい許してやってもいいだろうに」

「ルドウイークさん茶々を入れない!」

「失礼した」

 

 謝る僕。一方で、僕を叱咤した神さまをルドウイークさんが咎めると神さまはムッとした顔でルドウイークさんを注意した。それを受けルドウイークさんはあっさりと引き下がる。

 僕はそんな【エリス・ファミリア】の一人と一柱を見て、本当に仲がいいんだろうなぁ、なんて些か場違いなことを考えてしまう。……この人達にも、色んな苦労とかあったのかなあ。零細【ファミリア】とそれに所属する唯一の団員なんて、『いかにも』って感じだ。もしかして、ルドウイークさんと神様は僕が思うよりずっと仲が深かったりして。

 

 ――――それこそ、別ち難い愛で結ばれてるとか。

 

「……オッホン! ま、まぁいいでしょう。私が【エリス】。【エリス・ファミリア】の主神です。よろしくお願いしますね」

「あっ、はい! こ、こちらこそよろしくお願いします!」

 

 そう僕がルドウイークさん達の関係についてちょっと邪な考えを巡らせていると、改めて神さま――――エリス様は名乗った。僕はすぐさま姿勢を正して、勢い良く頭を下げる。それをエリス様はちょっと満足げに眺めると、すぐに頭を上げさせて話し始めた。

 

「では、クラネルくん……でしたね? 貴方には、これから幾つか質問をさせてもらいます。その返答によって、貴方が我が【エリス・ファミリア】に相応しい人材か否か……それを確かめさせてもらうとしましょう。よろしいですね?」

「はい、エリス様!」

 

 エリス様の言葉に、僕は声を張り上げて返事した。するとエリス様は我慢しきれず、と言った様子で口角を上げ、すぐに口元を隠してからルドウイークさんに話しかけた。

 

「聞きました? エリス『様』ですよ……? やっぱり神様って言うのは、こうすごい勢いで崇拝してもらわないとだと思うんですよね……なんだか懐かしいなぁ……」

「そういうものなのかね、エリス神? 私には、良くわからないのだが」

「そういうものなんです! 全く、デリカシーの無い人ですね貴方は!」

「そういうものなのか……」

 

 本当に良く分からない、と言ったルドウイークさんとは対照的にエリス神は先ほどから随分と上機嫌だ。これなら、いけるかもしれない……! 少なからず光明を見出した僕は、一体これからどんな質問をされるのか、思いつく限りのそれを頭の中で必死にシミュレートする。その内、ルドウイークさんに向けてちょっとムッとした視線を向けていたエリス様は一度小さく溜息を吐くと、僕へと視線を向け直して微笑みながら質問を始めるのだった。

 

「まぁ、大体の事は貴方が一気にしゃべってしまったのでそう幾つも聞く事はありませんがね。とりあえずはまず一つ。ウチは一応、『探索系』に属する【ファミリア】です。その認識は間違っていませんね?」

「はい!」

 

 ……【ファミリア】には、基本的に様々な種別がある。このオラリオにおいて最もメジャーな、ダンジョンを探索してその成果を得る『探索系』、物を売って財を成す、文字通りの『商業系』、魔石製品を初めとした様々なアイテムを作り出す『製作系』、冒険者達の傷を癒したり、製作系の中でも医薬品――――ポーション作りを生業にしたりする『医療系』などだ。

 果てには数多の人々を集め、国と呼べる規模にまで巨大化した『国家系』なんてのもあるみたいだけど、この群雄割拠のオラリオでそこまで突出した勢力のある【ファミリア】はいない。まぁ、【ロキ】と【フレイヤ】の二つが今のオラリオの頂点に君臨する【ファミリア】だなんて僕でも知ってる事なんだけど。ちなみにその二つも『探索系』の【ファミリア】だ。

 

「……うん、そこは分かってたみたいですね。では次ですが、モンスターと出会った事は有りますか?」

「昔にちょっと……『ゴブリン』に。殺されかけちゃって……」

 

 苦い思い出だ。英雄に憧れていた頃の僕が、たった一匹のゴブリンにも太刀打ちできずに殺されかけた。村の外を探検してみようなんて思って、ゴブリンにボコボコにされて、それで結局助けられたんだっけ。その話をすると、エリス様は少し悲し気に目を伏せた。

 

「…………それは辛かったでしょう。ですが、ダンジョンにはゴブリンは愚か、それよりも恐ろしい力を持ったモンスターがそれはもううじゃうじゃと存在します。それに立ち向かう『勇気』はお持ちですか? 困難を乗り越えるのに、必要不可欠な勇気は」

 

 同情を見せつつ、エリス様はそんな試練がダンジョンには数多に存在するのだと、それに立ち向かう気概があるのかと僕に問いかけた。その質問に、絞り出すように僕は答える。

 

「……それは、ちょっとわかりません。地上の弱いゴブリン一匹にどうにもならなかったくらい、僕が弱かったのは事実ですから。でも、御伽噺の英雄にはなれなくても、『夢』を叶えるために、必要なだけの勇気は胸に抱いていたい。そうでありたいとは、思ってます」

「…………なるほど。そういうの、嫌いじゃあないです」

 

 僕の答えに、エリス様はどこか満足そうに頷いた。その様子に僕は内心胸を撫で下ろす。ここでゴブリンにも勝てないような人はお断りだ、なんて言われたらどうしようかと思った。そんな僕の前でエリス神はそれまでの微笑みをスッと引っ込め、これまでに無い真剣な視線で僕の事を射抜いた。

 

「では、最後の質問です」

 

 その言葉に僕の全身が強張る。目の前の神様から放たれる神威が、その圧をぐっと増したからだ。

 

「――――貴方が、そうまでして追い求める『夢』とは一体何なんですか? 私は、それが知りたい………………秘密にしたいのなら、いいんですけど」

「僕の『夢』は――――」

 

 少しソファから身を乗り出して、エリス様がその続きを待ちわびる。それを前にして、僕の脳裏に過ぎるのは嘗ての祖父の白い歯を見せた笑顔。

 

 ――――そうだ。幼い頃から抱いていた、あの夢。背が伸びるに従って萎んでしまった英雄へのあこがれとは裏腹に、心の内に懐き続けた、大切な夢。それを僕は、胸を張ってエリス様に向けて叫んだ。

 

「――――僕の夢はこのオラリオでたくさんの女の子と出会って、仲良くなって、『ハーレム』を作る事です!!!」

「………………へっ?」

 

 僕の叫びと共に、エリス様は呆気に取られたように目を丸くした。……言ってやった。言っちゃった。少し自分の顔が熱くなって、頬が赤くなるのが分かる。その眼の前でエリス様は、唖然としたまま二の句を次げずにいた。

 

 失敗したかな。少しゾッとして、段々と僕は紅潮していた頬を青褪めさせ始める。すると、僕の横に立っていたルドウイークさんが物珍しそうな声色で僕に尋ねて来た。

 

「すまない。その『ハーレム』…………とやらは何かね? 聞いたことの無い単語だ。もし、それが私の学の足りなさゆえであれば謝るが」

 

 申し訳なさげに尋ねるルドウイークさんを前に、僕は心底驚いていた。ルドウイークさん程の人がハーレムを知らないなんて! これは教えてあげないと!

 

「ご存知ないんですか!? ……えっとですね、ハーレムって言うのは、なんて言うんですかね、その、一人の男の人がいっぱいの女の子と仲良くして、えっとその…………そうだ! ハーレムって言うのはとどのつまり、『男のロマン』です!」

「…………『男のロマン』? では、爆発するのかね。そのハーレムと言う奴は」

「爆発?! なんでハーレムが爆発するんですか?!」

「……いや? 男のロマンとは詰まる所爆発だと、知り合い達(火薬庫の狩人)が語っていたが」

「絶対騙されてますよ! 男のロマンっていうのはもっとこう、満たされてて、おっきくて……うーん、なんて言えばいいのか……」

 

 どこか的外れな事を語るルドウイークさん。この人は、一体今までどんな生活をしてきたんだろう。とりあえず、男のロマンと爆発が直結するのはおかしい。もしかしてこのひと、僕が考えてるよりずっととんでもない人なんじゃあなかろうか――――

 

「………………です」

 

 その時、何事かをエリス様が呟いた。それに気づいて、僕とルドウイークさんはエリス様の方へと目を向ける。すると彼女はいつの間にか立ち上がっており、顔を赤くして、わなわなと体を震わせていた。

 

「……エリス神? どうしたのかね? 何か、ハーレムとやらに嫌な思い出でも――――」

 

 ルドウイークさんがエリス神をなだめるようにそう声を掛けた瞬間、エリス神は僕をきっと僕を睨みつけ、こちらに人差し指を向けて思いっきり叫んだ。

 

 

「――――不採用、ですッ!!!!」

 

 

 その言葉に、僕は口をあんぐりと開けたまま呆然とするより無かった。横に立っていたルドウイークさんも驚愕に目を丸くして、だけどすぐにエリス様を問い詰めようと彼女に歩み寄った。

 

「突然どうしたエリス神!? クラネル少年に何かよからぬところでもあったか!?」

「だーっ! ありましたとも! ハーレムですよハーレム!? 私はね、ハーレムと言う奴を聞くと、昔の大っ嫌いな知り合いの事を思い出すんですよ!!!」

「何を言うエリス神!? それはクラネル少年とは関係あるまい!」

「無いですとも! でもね、ダメな物はダメなんです!! あー今思いだしただけでも腹が立つ……! あのセクハラエロジジィめ!」

「それほどまでに嫌な思い出があるのかね、エリス神」

「大アリですよ! 事あるごとに尻撫でやがって、その挙句に『尻はいいけど、もうちょい、【デメテル】くらい胸が大きけりゃあなぁ……』とか宣うんですよ!? 最後には私の【ファミリア】の主力貸し出させた挙句全滅させてくれちゃったりしてぇ! 【黒竜】も死ぬほど嫌いだけど、あのジジィは殺したいほどに嫌い! あーもー!! ムカつきます!!!」

 

 顔を真っ赤にして地団駄を踏むエリス様にどう対応するべきか分からぬといった風にその前で困惑するルドウイークさん。その一方で、僕は唖然としていた所から、ようやく状況を理解できる所にまで自身を取り戻していた。…………どんよりとした、冷え切った諦観と一緒に。

 

 ――――また、ダメだった。しかも、途中までは悪く無かったのに、僕の最大の動機である『夢』のせいでエリス様に受け入れて貰えなかった。僕は泣きたくなりそうになる自身を堪えながら、がっくりと肩を落とした。すると、それを見たエリス様がしまったというような顔で慌てて僕の前まで駆け寄って来た。

 

「あ……えっと…………あの、クラネルくん。本当に申し訳ないとは思います。君に悪い所は、何処にも無かったです。……でも私、ハーレムは、昔の事を思い出して、ダメなんです。………………ごめんなさい」

「いえ…………それなら、仕方ないですよ」

 

 そう取り繕いながらも、僕は震えていた。僕の夢が、良くなかったのだろうか。でも、僕にとって夢は、とても大事な物で。それを、エリス様とルドウイークさんが心配そうに見つめている。それが、僕にはむしろ耐えられなくて。

 

「…………すみません、ありがとうございました。それじゃあ、僕はここで失礼します。……お邪魔しました」

 

 僕はそれだけ言い残して、【エリス・ファミリア】の本拠地(ホーム)を後にするのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 彼らの前から姿を消すベルの背中を見送ってから、ルドウイークはエリスへと鋭い視線を向けた。それを受け、エリスは気まずそうに視線を彷徨わせる。

 

「エリス神」

「……何ですか?」

「もう少し、言い方という奴は無かったのかね? あれでは、余りにもあんまりだろう」

「…………そうですね、私の浅慮だったかもしれません」

 

 珍しく、心底落ち込んで口にするエリスの姿に、ルドウイークはそれ以上の批難をやめ小さく溜息を吐いた後、壁に立てかけられた<月光>の入った袋を再び担ぐとドアへと手を掛けた。

 

「何処か行くんですか、ルドウイーク」

「クラネル少年を放って置く訳にもいくまい。今日オラリオに来たばかりの少年が【ダイダロス通り】から抜けれるとは思えんしな」

「そうですね、そうしてください。…………あの、ご飯とか、どうします?」

「心配せずとも、適当に済ませてくるさ。いつ戻るか分からんから、戸締りだけは気を付けてくれ」

「分かりました。いってらっしゃい」

「ああ」

 

 短く返すと、ルドウイークは足早に部屋を出て行った。そうしてしばらく、エリスは部屋のドアに寂し気な視線を向けていたが、その内台所へ向かい、今夜ルドウイークと食べるはずだった二人分の玉葱スープを温め始めた。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 僕は【エリス・ファミリア】のホームから出た後、とぼとぼと来た道を戻ろうとしていた。これから、どうしようか。空はもう真っ暗で魔石灯も見当たらないけど、満月の光のお陰で最低限道を歩くのには不自由しなかった。でも、今の僕は文字通りお先真っ暗で、そんな事は何の慰めにもならない。

 

 考えて見れば、当たり前の事だ。どんな夢でも、それを応援してくれる人がいれば、同様にそれを嫌う人だっている。

 

 きっと受け入れてくれると、胸を張って答えた僕が悪かったのだろうか。そんな事は無い、と思う。ただ偶然、エリス様がハーレムに嫌な思い出があっただけだ。だからこそ、僕はどうしようもなくやるせなくなって、涙が零れそうになるのを我慢しながらただただ歩く。

 

 そのうち、どっちに行けば通りに出れるのかさっぱりわからなくなっているのに気付いて、僕は途方に暮れて空を見上げた。

 

「クラネル少年」

「ひゃいぃ!?」

 

 突然後ろからかけられた声に、僕は驚きのあまり情けない声を上げてひっくり返った。その声の主も僕の行動に驚きを隠せなかったようで、少しの間仰天してたけど、その内、初めて会った時と同じように尻餅を付いた僕に優しく手を差し伸べた。

 

「立てるかね?」

「あ……ありがとうございます、ルドウイークさん」

 

 また初めて会った時と同じようにその手を取って立たせてもらうと、それからすぐにルドウイークさんは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「クラネル少年、此度はすまなかった。まさか、エリス神にそんな過去があるとは思いもしなくてな…………」

「いえ、ルドウイークさんは悪くないですよ…………強いて言うなら、僕の夢が悪かったんだと思います」

 

 そう言って僕はまた下を向いて、石畳の網目に視線を彷徨わせる。そんな僕を見かねたか、ルドウイークさんは小さく笑って、その大きな掌を僕の肩に置いた。

 

「そんな事は無い。君の夢はとても立派な物だ。ただ、それがたまたま彼女に合わなかったというだけさ。君の夢の価値は、君にしか付けることはできない……私も多くの若者を見てきたが、君はその中でも特に希望溢れる、良い少年だ。そんな君が抱いた夢なんだ、きっと、それは素晴らしい物なのだろう。だから、胸を張ってくれ。自分の夢の価値を疑わないでくれ」

「ルドウイークさん…………」

 

 その励ましに、僕は何故だかさっきとは違う理由で涙が出そうになって、それを寸での所でぐっとこらえる。ルドウイークさんはそんな僕の顔を見る事も無く肩から手を離すと、背を向けて少し歩いて、僕の事を手招きした。

 

「道に迷っていたんだろう? 【ダイダロス通り】は酷く複雑な作りだからな。私も最初は随分と迷ったものだ」

「そうなんですか? 確かに、なんだか曲がり角が多くてよくわかんない道だなって思ったんですけど……」

「ああ。この通りを作ったという【ダイダロス】が奇人と呼ばれるのも素直に納得できるよ」

「あはは……」

 

 そうして並んで二人で歩いていると、3分も立たずに僕らは通りへと出た。なんでも、僕がルドウイークさんと合流した所は通りからほど近い所で、すぐにでも表へ出られる所だったとのことだ。全然表の喧騒も聞こえなかったのに……。僕はしばらく【ダイダロス通り】に近づくのは止そうと、心に決めるのだった。

 

「さて、こっちだクラネル少年。はぐれるなよ」

「えっ? ルドウイークさん、帰らないんですか?」

「食事もまだ、泊まる所も無いのだろう? ウチに泊められれば良かったんだが、エリス神がいる以上、そうも行かぬしなあ……」

「で、でもそんな! ルドウイークさんにそこまでお世話になる訳には……」

 

 そこまでしてもらうなんて、流石に悪い。だが焦って捲し立てるばかりの僕を見て、振り返りながらルドウイークさんは困ったように笑った。

 

「そう言うなクラネル少年。本当なら、君は今頃暖かいベッドに身を躍らせていてもおかしく無かったのだからな。それに、これは謝罪でもあるんだ。エリス神も気まずそうにしていたし、今夜の食事と一泊を私がどうにかするから、どうか彼女の事を嫌いにならないでやってくれ」

「そ、そんなにしてもらわなくても僕は別に気にしてないですし、お金も……あんまりないですけどどうにかなりますし、エリス様の事だって嫌いになりませんよ!」

「いや、私が気にする。君が首を縦に振ってくれるまで、私は梃子でも動かないぞ」

「ええ……」

 

 僕が断らないと確信しているのか、何処か茶目っ気を感じさせる笑顔でそう言うルドウイークさんに僕は困惑した。でも、この提案は実際渡りに船だ。お腹だってもうペコペコでスープのおいしそうな匂いで涎がやばかったし、寝る所だって最悪野宿を覚悟してた。

 

 ……他に無いかぁ。割と短い時間でその結論に達した僕は、早々に諦めてルドウイークさんに頭を下げた。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「凄い賑わいですね」

「君もそう思うかね? 私も、初めてオラリオの人混みを見たときは随分慄いたものだよ」

 

 人混みの中を、ルドウイークさんを見失わないように僕は急ぎ足で歩いていた。オラリオの西大通り(メインストリート)。一般の市民の住居や酒場や宿屋がたくさん見受けられるここは、今の僕達が来るのにピッタリなところだったと思う。僕はルドウイークさんの背中を追いながら軒を連ねる酒場や宿屋の看板を眺めて行った。

 

 ……【豊穣の女主人】亭、【黒い象牙】亭、【赤い宝玉】亭……どこもすごそうなお店だなぁ……。

 

 僕の故郷の村では想像もつかぬ程に賑わい、煌びやかな姿を見せるそう言った店に視線を向けていれば、ルドウイークさんは途中で一本の横道に逸れその先に進んでゆく。僕が慌ててその姿を走って追いかけると意外とルドウイークさんはすぐに足を止めて、僕を手招きしていた。

 

「あの、ここですか……?」

「ああ」

 

 彼が足を止めたのは二階建ての建物だった。壁にかけられた看板を見上げると、酒場と宿屋それぞれの看板が吊り下げられており、もう一つ、樹にとまって羽を休める鳥の絵が描かれた看板がある。名前は【鴉の止り木】亭。

 …………酒場と宿屋、両方やってるって事なのかな? 僕は少し首を傾げたけど、ルドウイークさんがドアを開けて中へと足を踏み入れるのを見て、慌ててお店へと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 店に入ると、ランプの淡い光に包まれた店内が僕らを出迎えた。全体的に木目が目立つ内装で、法則無く並べられた四人掛けの丸テーブルとカウンター席、それと奥の階段が目につく。多分、満員になれば30人くらいは入れるだろうか。

 そんな店内の中には僕ら以外にお客さんは片手で数えれる程度しかおらず、少し寂れた様な雰囲気を感じさせる。店の隅でお酒を飲んでいる二人組の片方が何やら弦楽器の物悲し気な音色を響かせていて、それもこの雰囲気の原因なのかな、と僕は思った。

 

「いらっしゃい」

 

 店内を眺めていると、テーブル席の一つに腰掛けていた女性が僕らの顔を見て立ち上がりそう言った。青黒い髪とどこか鋭い目をしているその人は、カラスと思われる黒い鳥のアップリケが縫い付けられた無地のエプロンを掛けていて、テーブルに座っていなければ一目で店員さんだとわかっただろう。でも一番目を引くのは首元からその強気そうな顔の左頬あたりにまである火傷の跡と、肩口より少し先で縛られたシャツの、中身の無い左袖だった。

 

「やあ【マギー】。ここまで客がいないとは珍しいな、今日はどうした?」

「さぁ? そういう日なんでしょ。……貴方こそどうしたの? 今日はエリス神は休みだけど。喧嘩でもした?」

「いや、そう言う訳ではないがね。いろいろあったのさ」

「ふぅん……」

 

 【マギー】と呼ばれたその人は、ルドウイークさんと話し終えると次は僕の方に目を向けた。その気の強そうな美貌に僕はちょっとドギマギして、慌てて頭を下げて自己紹介した。

 

「は、初めまして! 僕は【ベル・クラネル】と言います! よろしくお願いします」

「…………ウチは初めてでしょ? なら自己紹介なんか必要ないわ。何度かウチに来てくれれば、自然と覚えるから」

「おうマギー、折角の客なんだ。そういう事言うもんじゃあねえぜ」

 

 僕の自己紹介にドライな対応を返したマギーさんを咎めるように、カウンター裏の厨房から一人の男性が顔を出した。歳を感じさせる白髪の短髪、少し恰幅のいい体と片目を覆う黒い眼帯。でもその姿に不潔さは無く、にっこりと笑うその顔の皺からは人の良さと温かみが溢れている。

 

「簡単に言うじゃない。ただでさえ癖の強い常連が山ほど居るっていうのに、一見さんの名前なんて覚えてらんないわよ」

「ハハ、それもそうだがな。とりあえずお冷くらい出してやれ。仕事だぜ?」

「ハイハイ了解。それじゃ、すぐ持ってくから好きな席に座っていいわよ」

 

 そう言い残し、カウンターの裏へとマギーさんは消えて行った。ルドウイークさんと僕はそれを追うようにカウンター席に付きメニューを眺める。

 

「好きなものを食べてくれ。私の奢りだ」

「いいんですか?!」

「ああ。見た所、随分と腹を空かせているようだしな」

「で、ではお言葉に甘えて……」

 

 笑うルドウイークさんに、僕は遠慮していたことなんてすっかり忘れて食い入るようにメニューを眺め始めた。どれもお手ごろな値段で、僕一人でも気兼ねなく頼めそうだ。と、なると量と味はどうなのか……そんな事を考えていると、目の前に良く冷えていそうな水の入ったグラスがコトンと置かれて、僕は顔を上げてお礼を言った。

 

「ありがとうございます!」

「ありがとうマギー…………そう言えば今日は姿が見えないが、【彼】はどうした? まさか、喧嘩でもしたのかね?」

 

 先ほどの仕返しとばかりにルドウイークさんが笑って言うと、マギーさんはあからさまに不機嫌そうな顔をしてルドウイークさんを睨んだ。それに彼がまあまあとジェスチャーで返すと、マギーさんは溜息を吐いて苛立たしげに話し出す。

 

「別に。喧嘩なんかしてないわよ。彼が急に休みやがっただけ…………ねぇ! 彼がどこ行くとか聞いてた!?」

「んー? 【フギン】か? アイツならそうだな……」

「昨日は【ムニン】とか呼んでなかった? ちゃんと本名で呼んでやりなさいよ」

「俺はどっちでもいいけどなぁ……奴なら【リヴィラ】に用があるとか言ってたぜ。飲みにでも行ってんじゃねえか?」

「ふぅん。人が仕事してるのを尻目にサボって宴会か。笑わせてくれるじゃない……」

 

 厨房の男性と会話し、怒りに満ち溢れた口調とは裏腹に笑顔を見せるマギーさん。その姿は、今まで見たどの女性よりも恐ろしく、僕はその【彼】という人が今後どんな目に合ってしまうのか、想像するだけでぶるりと身震いする。

 しかし、そんなマギーさんに対して物怖じせずにルドウイークさんが話しかけたせいで、僕の緊張は更に高まった。

 

「お怒りの所悪いがねマギー。部屋は一つ空いてないか?」

「……やっぱりエリスと喧嘩したんじゃないの?」

「違う、そうじゃない。実は訳あってクラネル少年の寝床を探していてね。ここなら、食事と寝床が同時に確保できると思って来たのだが……」

 

 その言葉に、明らかに苛立ったマギーさんは口をへの字に曲げながらカウンターにあった帳簿を手に取って紙を幾枚か捲る。そして目当てのページに目を通した後、近くの棚に掛けられていた鍵の一つを手に取って言った。

 

「二番の部屋は今日誰も使ってないわ。好きにして」

「恩に着るよ」

 

 下手に投げられた鍵を片手でキャッチしてルドウイークさんは礼を言う。しかし、マギーさんはそれに目もくれず厨房へと引っ込んでいった。それを見たルドウイークさんは少し苦笑いして、そしてその鍵を僕にそっと手渡す。

 

「よし、これで君の寝床の問題もクリアだ。寝室は二階にあるから、食事が終わったら向かうといい」

「……珍しいですね。酒場と宿が併設されてるなんて」

「酔い潰れるヤツが多かったからな、ウチの客は」

 

 マギーさんと入れ替わりに厨房から顔を出した眼帯のお爺さんが楽し気に僕らの話に割り込んで来た。しかしその笑顔のおかげか不快感は無く、むしろその語り口に興味を持った僕は更にその人に向けて質問をぶつけてみた。

 

「酔い潰れるって、そんなになるまで飲んじゃうんですか?」

「そりゃあ坊主、冒険者ってのはそう言う奴らが多いからな。そいつらに店の中でグダられてもめんどくさいから、空き部屋に放り込んで後から金を取ってたのさ。いい商売だろ?」

「…………凄い商売だと思います」

 

 そのおじいさんがニカッと歯を見せて笑うのを見て、僕は苦笑いしながらそれに応えた。商売の上手い人だな……でも、この人の笑顔を見てると、何だか祖父を思い出す。全然顔は似てないんだけど、雰囲気と言うか明るさと言うか……そう言うものが、何処か似通っているように感じるのだ。

 

「さて、クラネル少年。お喋りもいいが、そろそろこちらの方にも仕事をして頂こう。私はコショウと鶏肉のスープ、後バゲットを」

「了解。坊主は?」

「えーっと……悩みますね……」

「ちなみに俺のオススメは『テイク・ザット・ユー・フィーンド』ランチだ。後悔はさせねえぜ?」

「じゃ、じゃあそれでお願いします!」

「了解。じゃ、ちょっと世間話でもして待っててくれ」

 

 ルドウイークさんに促された僕がメニューを眺めれば、お爺さんがオススメのメニューを教えてくれたので僕はそれに決めた。しかし変な名前だなあ。勢いでつい頼んじゃったけど、変な物じゃあなきゃいいな…………。

 

「……しかし、今日はすまなかったね、クラネル少年」

「えっ?」

「【ファミリア】入団の事さ。君はあれだけ期待していたのに、それを裏切るような事になってしまったからな……」

 

 また、ルドウイークさんは寂しそうに先ほどの事を話し出した。僕はそんなルドウイークさんを慰めるように、慌ててその話を遮った。

 

「もう大丈夫です。僕は気にしてないですから……」

「そう言ってくれると助かる……ああ、そう言えば【ファミリア】の事なんだが…………【ヘスティア】と言う女神が先日、新設したファミリアの団員を募集していた」

「それ本当ですか!?」

 

 ルドウイークさんの話を聞いて、僕は一気にその話に食いついた。思ったよりも大きい声が出て、僕は自分でも驚いて周囲を見回した。しかし、今は僕ら以外のお客さんは店の隅の弦楽器をかき鳴らす詩人と陰気そうな剣士の二人だけで、その二人もさして此方を気にしていないようだった。僕はそれにホッとして、少し声を抑えてルドウイークさんに話しかける。

 

「そ、それって本当の話なんですか……?」

「ああ。前もこの近くで姿を見たから、明日は彼女を探してみるといい」

「ありがとうございます……! 本当に何から何まで……!」

 

 僕はもうルドウイークさんに頭が上がらず、ただ頭を下げるばかりだ。それをルドウイークさんは一度嫌味なく笑って、それから穏やかな口調で話し始めた。

 

「いや、気にしないでくれ。これは謝罪の気持ちと……あとは、未来への投資かな」

「投資、ですか?」

「ああ…………私には、君がきっと『英雄』になる素質の持ち主だと思えてね。そういう<導き>が、君には見えるんだ」

「そ、そんな! 僕が、英雄なんて……」

「本音さ」

 

 否定する僕に、ルドウイークさんはあくまで真剣な面持ちで対応する。でも、いくらルドウイークさんの言う事でも、僕が英雄になれるなんて流石に言いすぎだと思う。僕はあれだけいろんな【ファミリア】に拒否されて、今日の寝床にも苦労するくらいだったのに……。でも僕のそんな沈んだ気持ちを他所にルドウイークさんは真剣な顔を崩さず、だがどこか寂しそうな顔をして呟いた。

 

「だが、気を付けるといい。英雄と言う奴は、『なるまで』よりも『なった後』の方が難しい…………らしいからな」

「それって――――」

 

 その言葉に僕がどう言う事なんだろうと尋ねようとしたとき、

 

「よう、待たせたな。そんじゃ『これでも喰らえ!(Take That, You Fiend!)』」

「わっ、凄い量ですね!」

 

 ドン、と大きな音を立てて僕の前に置かれた皿の上には、ライスとソースのたっぷりかかったハンバーグ、瑞々しいサラダに切られたオレンジと彩り豊かな品々だ。それがお皿の上にこれでもかと乗せられていて、正しくより取り見取りと言った感じだ。でも、量が流石に多い。これ食べ切れるのかな……?

 

「そいつはとにかく『腹一杯食いたい』って奴向けのメニューでな。俺の気分次第で、とにかくたんまりと皿に乗せてやるんだ。好きなように食って、好きなように味わうといいぜ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 その威容に僕が恐れおののき、何処から手を付けたものかと悩んでいると隣のルドウイークさんの元へとマギーさんが片手で器用にお皿を運んできた。そのお皿には、琥珀色のスープの中に幾切れかの鶏肉が沈んでおり、散らされているコショウの香りが隣の僕の食欲までもをそそった。

 

 ……何だか、いける気がする! 僕はルドウイークさんと一緒に手を合わせ、食材へと祈りを捧げる。

 

「……それでは、食べるとしよう」

「はい。じゃあ、いただきます!」

「いただきます」

 

 祈りを終えた僕達は、それぞれの食器を手に取ってそれぞれの食事に手を付け始めた。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「では、私はここらで失礼させてもらおう」

「もご……んがっぐ…………ごく、ごく……ぷはっ! 今日はありがとうございました、ルドウイークさん!」

「ああ。それではクラネル少年、またどこかで会ったらその時はよろしく頼む」

「はい!」

「それではまた、な」

 

 早々に食事を終えたルドウイークさんは僕の食事代や宿泊費を含めたお金をマギーさんに支払うと、足早に店を去って行った。

 

 凄い人だったなぁ。ルドウイークさんに対する僕の感想は、結局そんなところだった。冒険者としての腕前は知らないけれども、良く気遣いが出来て、誰を相手にも物怖じしない。少し顔は怖いけど、その笑ってる所はむしろ親しみが持てるし……。多分、モテるんだろうなあ。

 

 僕はそんな羨望を胸に少し物思いに耽った後、再び目の前の『これでも喰らえ』ランチに目をやる。その皿の上の食事は最初出てきた時の威容をとうに失ってはいたけど、それでもまだ四分の一くらいは残っていた。

 

 お腹の調子を鑑みて、僕はその力の前に屈服するべきか本気で悩んだ。だけど明日は、ルドウイークさんの言っていた【ヘスティア】様と言う神さまを探してここらを駆けずり回らなくちゃいけない。なら、こんな所で食べ物相手に降参してる場合じゃあ無いはずだ!

 

 僕は気合を入れ、一気にその残りを口の中に流し込んだ。バター風味の付いたライス、濃厚なソースのかかったハンバーグ、そして瑞々しいシャキシャキ感のあるサラダが僕に強い満足感を与え、元から得ていたそれとお腹の中で激突して一瞬戻ってくるような感覚を感じるがそれを何とか抑え込んで口の中の残りを飲みこんだ。

 

「おお、やるじゃあねえか坊主。正直食いきれないと思ったぜ」

「冒険者は、体が資本、ですから…………!」

 

 僕は、脂汗の浮かんだ顔で苦々しいサムズアップをお爺さんに向けた。するとお爺さんは、満面の笑みでにかっと笑い、お皿の上に乗った分厚い豚肉を差し出してきた。

 

「気に入ったぜ。こいつはサービスだ! もう好きなだけ食いやがれ!」

「ウワーッ!?」

 

 叩きつけられた暴力的な善意に、僕は思わずその場でカウンターに突っ伏した。流石にもう無理だ。残りのオレンジの清涼感で何とかやり過ごす僕の計画が、根底から覆された。

 しかし次の瞬間、苦悩にまみれた僕の脳細胞が突如としてなんかすごい勢いで回転し、ダンジョン内で起きるというモンスターの同時多数発生、【怪物の宴(モンスターパーティ)】とその豚肉を瞬時に結び付ける。

 

 ――――追いつめられたところからの敵の増援。これはきっとダンジョンでも遭遇する事象だ。だったら、これはその時の予行演習! 負けてなる物か!

 

 僕は全ての力を振り絞って起き上がり、その豚肉の塊と睨み合う。そしてそこから溢れる湯気が一瞬揺らいだ瞬間隙を突くようにナイフを手に取り、一気に豚肉を真っ二つ。それを口に運んですさまじい速度で咀嚼し呑み込んだ。

 

「うお、すげえ食いっぷりだな……ま、無理すんなよ」

 

 そんな僕を他所にお爺さんはさっさと厨房へと引っ込んでしまった。それに気づく事も無く豚肉を切っては食べ、切っては食べて行く僕。そして五分近い格闘の末、僕は恐るべきモンスター級の肉料理を討伐する事に成功していた。

 

 

 

 

 

 

 ――――次の日、僕はお腹の痛みでお昼前までベッドから出る事が出来ず、【ヘスティア】様と出会うのも予定よりずっと時間がかかってしまい、それは結局夕方あたりの事になってしまうのだった。

 

 




・【彼】:二つ名は【黒い鳥】。


ベル君はこの後無事【ヘスティア・ファミリア】初の団員となります。
マギーとか彼とかあの人とかいろんな人を出すの楽しいです。
逆にベル君のキャラをしっかりつかめてるか不安ではありますが……。

ルドウイークとベル君のコンビで迷宮浅層とかやりたいですね。

今話も読んで下さり、ありがとうございました。


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07:同行者

ギルドでの会話とか。戦闘はないです。本当はその後の冒険パートとかも書きたかったけど10000字行ったりやりたい事があったので一旦投稿です。

感想が100件いきました。とてもうれしいです。
皆様の反応が小説更新の大きなモチベーションとなっております。ありがたいです。
評価お気に入り誤字報告してくださる皆さまもありがとうございます。
これからも読んでいただければ幸いです。



「ニールセン」

「何だ?」

「『ハーレム』……と言うのは、一体何だ?」

「は?」

 

 その日のオラリオは雲一つ無い快晴で、とても清々しい一日を迎えていた。既に年明けから一月が経ち、北西第七区の【ギルド】本部も年明けごろが嘘のような忙しさで賑わっている。

 しかし太陽が真上に昇り切った昼食時。幾人かの職員や冒険者達が昼食の為に席を立ちギルド本部を離れてゆく傍らで、ソファーに座ったルドウイークはニールセンの顔をひどく不機嫌に歪めさせていた。

 

「……突然どうした? その様な秩序に反するような物言いを」

「いや。先日知り合った少年がやたら『ハーレム』について拘っていてな。それが如何なるものなのか、物事をよく知る君なら知っているのではと思ったんだ」

「こいつをくれてやる」

 

 眼前の大男を射殺さんばかりの眼差しを湛えながらそう言うと、ニールセンはカバンの中から一冊の分厚い本を取り出しルドウイークに向けて放り出した。それは10C(セルチ)を優に超えようかと言う厚みと頑強さを伺わせる革の表紙を持っており、少なくとも、片手間の読書に用いるような書ではない。その存在感にルドウイークは少し首を傾げて、ニールセンに問いかける。

 

「これは何だねニールセン。辞書か?」

「そうだ。そいつでその秩序を乱しうる小僧の頭に清く正しい恋愛という奴を叩き込んでやれ。物理的に」

「…………物理的に?」

「その通りだ」

「……………………良く分からないが、それは私の『ハーレムとは何か』と言う質問の答えにはなっていないのでは?」

 

 その反論にニールセンはカバンの中からもう一冊の辞書(鈍器)を取り出して凄んだ。

 

「聞くな。次に聞いたらお前の頭にもそいつを叩き込むぞ」

「…………わかった。この話は忘れてくれ」

 

 彼女の余りの剣幕にルドウイークは参ったと諸手を上げて、そのままソファに深く寄りかかった。ニールセンはそれを見て二冊の辞書を再びカバンの中に放り込んで、机に置かれていたグラスを手に取りその中身を口にする。

 

「……ハァ。それで、今日お前は6階層へと挑戦するんだろう? 大丈夫なのか?」

「恐らくは。予習は、君にしっかりと叩き込んでもらったしな」

「知識だけでどうにかなるなら、ダンジョンで死ぬ奴などいるものか」

「そうだな」

 

 どこか捨て鉢に、吐き捨てるかのように言うニールセンの言葉に同意し、ルドウイークも用意されていた水を口にした。そして机に肘を突き、顔の前で両手の指を組んで先ほど聞かされた第6階層についての情報を整理し始める。

 

「6階層からは、モンスターの顔触れが変わると言っていたが……」

「ああ。覚えているだろうな? 言ってみてくれ」

「………………【ウォーシャドウ】。通称【新米殺し(ルーキーキラー)】。影じみた異形の人型モンスターで、頭部は謎の円盤、そして両手に備わった三本の指がそれぞれ短刀のような形状をしており、並のレベル1冒険者以上の剣戟を繰り出す…………合ってるか?」

「まあ、概ね正解だ」

 

 腕を組みルドウイークの解説を聞いていたニールセンは、その内容に満足そうに頷いた。ルドウイークはそれを見て口角を上げ小さく肩を竦める。

 

「やはり、講師の腕が良かったからだろうな」

「……フン、当然だ。今まで何人にこの説明をしたと思ってる」

 

 その返答にルドウイークは苦笑いして、冗談とも本気とも取れないような称賛を送った。一方、ニールセンはどこか遠い目をしてから小さく鼻を鳴らすと、一抹の寂しさじみた物を滲ませながら答える。

 そこにルドウイークは彼女が今までこの知識を授けて来た者達の後姿を僅かに見出して、その者達が如何なる道を歩んだのか……それに興味を持ちはしたが、彼女に問い質そうと考える事は無かった。

 

「…………さて、では私は行くとしよう。6階層までは、短い道程では無いしな」

「ああ。精々気をつけろ」

「分かっているとも」

 

 笑って言うニールセンに皮肉めいた笑みを返すと、ルドウイークはグラスの水を飲み干し<月光>を隠した革袋と背嚢(バックパック)を背負って席を立った。その腰に()いた長剣が白装束に括りつけられた巾着とぶつかって音を鳴らす。

 

 この巾着の中には、先日の探索の際換金しなかった【魔石】が幾つか詰められていた。今回、ルドウイークの大目的は第6階層への到達と調査ではあるが、同時に魔石を用いた<秘儀>の使用の可否も成すべき事の内に入っている。

 元より、水銀弾を用いるための形状に最適化された<小さなトニトルス>は持ち込んではいないが、<エーブリエタースの先触れ>を初めとした純粋な神秘のいくつか、それをルドウイークはダンジョンの中で試してみる腹積もりだ。

 

 ――――上手く行けばいいが。

 

 ルドウイークは外套の裏に縫い付けられた雑嚢の内、神秘を潜めた幾つかのそれに意識を向けた。秘儀の使用において最も重要な要素は神秘に強い適性を持つ<血>である。だが、神秘に良く似た要素である【魔力】を内包する魔石であればその代用となりうるのではないかという仮説は、当初からルドウイークの内に在った。

 当然、使用できればそこから<ヤーナム>への帰還の手掛かりを探るのが最も肝要ではある。しかしそれに並ぶ程度には、秘儀が使えるという事実は大切だ。

 

 何せ、それは<宇宙>に繋がる生粋の神秘。自由に月光の真を振るえず、全力を出す事の叶わぬルドウイークにとって、その力はとてつもなく有用な物だ。

 それにこの世界には個々人に発現する【魔法】なる業があると言う。その効力は千差万別であり、故に秘儀を他者に目撃されてもそれは彼の習得した魔法であると言い訳できるとルドウイークは踏んでいた。

 

 そしてヤーナムへの手がかりは秘儀のみならず、ダンジョンそのものからも見いだせるかもしれない。ルドウイークは常にその可能性を頭の隅に置いている。そして5階層までの調査が終わった以上、彼が6階層にその焦点を合わせるのは当然の帰結であった。

 

 しかし、既に上層の調査(マッピング)などは過去の冒険者達によって成されている場合が殆どだ。<啓蒙>無き彼らとは言えその情報は幾度と無く検証され、具体的な信頼性を持っている。故に、上層では啓蒙無き彼らが手がかりを見落としていることに賭けるしかルドウイークには無い。

 中層ともなれば未知の区域も出てくると言うが、ダンジョンは下層に向かうほどその面積を増す。であるからして、ダンジョンの調査を進めるほどそれにかかる労力も加速度的に増えていくだろう。

 

 前途多難だなと、ルドウイークは少しげんなりした。

 

 ヤーナムへと繋がる<導き>も未だに見える事は無い。結局、この迷宮都市の人波に紛れ一歩一歩やるしかないと言う訳だ。<聖歌隊>や<メンシス>、そして<ビルゲンワース>の者たちもこの様な果て無き探索を己に課していたのであろうか。で、あればそれは間違いなく狂熱と言うより無いだろう。

 

 …………彼らからすれば、私の持つヤーナムへの帰還の動機も、きっと似たものなのだろうが。

 

 その諦観を一旦脇に置き、立ち上がったルドウイークはニールセンに小さく会釈すると彼女に背を向けてギルド本部の出口へと歩を進め始める。その時、彼らが座していたテーブルの傍に設けられた応接室の扉。そこから見覚えのある白髪紅目の少年と、初めてギルドに来た際に応対に当たった受付の女性が姿を見せた。

 

「――――ベル君。確かに君は【神の恩恵(ファルナ)】を身に付けて冒険者になったけど、でも、だからこそ気を付けなきゃダメだからね? 最初の冒険が、最期の冒険になっちゃった人だって居るんだから」

「は、はい……」

 

 恐らく、その受付嬢が何度も何度も口にしたであろう戒めを改めて受けた少年は、目に見えて緊張しながら彼女の言葉にブンブンと首を縦に振っている。真新しいギルド支給の軽防具にこれまたギルド支給のルドウイークも未だに携帯する短刀を身に付け、小さな背嚢を背負った姿はまさしく駆け出し冒険者の典型と言った所か。

 

 それを見てルドウイークは、初めてこのギルドの門を潜った時の事を思い出して小さく笑う。一方、おどおどと縮こまりながら受付嬢と共に歩いていた少年はルドウイークの姿をその視界に認めると、それまでの不安げな顔が嘘の様に満面の笑顔を浮かべてルドウイークに向けて大きく手を振った。

 

「ルドウイークさん!!」

「おっと」

 

 彼と彼女の邪魔をしては悪いだろうと思い、早々にこの場を立ち去る腹積もりであったルドウイークはその声に足を止め改めてそちらへと向き直った。その彼の元に白髪の少年が小動物めいて駆け寄ってきて、元気良く頭を下げる。

 

「お久しぶりです! 先日はどうもありがとうございました!」

「ああ。と言っても二日ぶりだが……その様子を見るに、【ファミリア】には入る事が出来たようだね、クラネル少年」

「はい! ルドウイークさんが教えてくれたおかげです! お陰様で無事【ヘスティア・ファミリア】に入れて頂く事が出来ました!!」

「それは喜ばしい事だ。それで、今日はギルドで何を?」

「えっと、昨日【ヘスティア】様と登録には来たんですけど、今日まで【エイナ】さんにダンジョンについての講習を受けてまして。ようやくダンジョン挑戦にOKが出た所です」

「成程……で、これからダンジョンに向かおうと言った所か」

「はい!」

 

 元気よく事情を詳らかにするベルに、納得したようにルドウイークは頷く。そして、こちらに歩み寄って来たハーフエルフの受付嬢へと視線を向け小さく会釈をした。

 

「どうも、先日は世話になりました。<ルドウイーク>です」

「ああ、どうも。ニールセンさんからお話は伺ってます。【エイナ・チュール】です」

「よろしく」

「こちらこそ」

 

 そのまま二人は友好的な笑顔を浮かべたまま軽く握手をした。それをベルは横から少し不思議そうに見つめている。

 

「ルドウイークさんとエイナさん、お知り合いだったんですか?」

「私がギルドに来たときに最初に応対してくれたのが彼女でね。顔は覚えていたが、まぁ名前は今まで知らなかった」

「私はニールセンさんから聞かされてましたけどね。『この数年で担当した冒険者の中では一番死ななそうだ』、と珍しく褒めてましたよ」

「チュール、余計な事を言うな」

 

 エイナがルドウイークへのニールセンの言葉を暴露すると、三人の様子を眺めていたニールセンが不機嫌そうな顔で会話へと割り込んで来た。それにルドウイークとエイナは実に意外そうな顔をし、ベルは突然の乱入者に目を白黒させる。

 

「え、えっと、どちら様ですか……?」

「【ラナ・ニールセン】。【エリス・ファミリア】の担当だ。それよりお前、短刀以外に武器が無いなら腰の後ろではなく左右どちらかに身に付けろ。背嚢が邪魔になるし、今のままでは右手でしか掴めんぞ。左手しか空いてなかったらその時如何するつもりだ?」

「あっ……はい、仰る通りです、すみません…………」

 

 勇気を持って彼女に名前を聞いたベル。だがしかし、端正な顔から繰り出されるその苛烈な物言いにあっという間に委縮し、先ほどの元気さも見る影なくしょんぼりと肩を落とした。それを見て、エイナが少しムッとした表情でニールセンに口を尖らせる。

 

「ニールセンさん、言いすぎです。ベル君はまだダンジョンに潜った事無いんですよ」

「ならばむしろ幸運だったな。怒られただけで死から遠ざかる事が出来たのだから」

 

 しかしニールセンはその反論もどこ吹く風と言った様子でベルを睨むような目つきで見据え、更に鋭く彼に向け口を開いた。

 

「クラネルと言ったか。チュールにも聞いただろうが、ダンジョンで最も近しい隣人とは死そのものだ。だからこそ常に最適化は怠るな。初期は可能な限り短い間隔で【ステイタス】を更新し、それに合わせて装備や動きを最善のものに組み直せ。これは装備の交換だけじゃなく、そもそもの装備位置、持ち込むアイテムの配置、自身のステイタスに即した行動選択肢の模索と言った物も含まれる。ダンジョンの中だけでなく、地上ですらやるべき事は多い。その事を忘れれば、死はすぐにでもお前の首に手をかけるぞ」

「………………むぅ」

 

 ニールセンの論を聞き終えたエイナは、納得は行かなそうな顔ではあったが反論する事は無かった。一方ベルは最初こそ下を向いて暗い顔をしていたものの、彼女の話を聞き終えるや否やまず短刀の位置を腰の横へと直して他の装備の位置を確かめ始めた。

 

 確かにニールセンの物言いはお世辞にも褒められた口調では無かっただろう。しかし、それは新人に向け経験から導き出した彼女なりの激励であるのだろうと、ルドウイークは好意的に考えた。そして、場の空気を取り成そうと穏やかに笑って、苛立ち気味のニールセンに声をかける。

 

「ニールセン、随分とクラネル少年には手厚いな。君は私に対して、そこまでしっかりとしたアドバイスはしてくれなかった気がしたが」

「心配が必要か? 今までロクに傷一つ負ってきた事も無いお前に?」

「………………ぬぅ」

 

 どこか冗談っぽさを交えて言ったルドウイークは、帰ってきた言葉と視線の冷たさに気まずそうに顔を歪め、何かを誤魔化すかのように視線を彷徨わせた。

 事実、ルドウイークは未だにダンジョンで手傷を負った事は無い。迷宮上層のモンスター達では、とてもではないが彼に太刀打ちする事など出来ぬ。

 それ以上に、ヤーナムでの経験が彼にそれを許さない。熟練の狩人が僅かな傷から調子を狂わせ、獣に貪り食われる姿をルドウイークは幾度と無く目撃してきた。そして、彼自身もそうなりかける事などもはや数え切れぬ程経験してきた身である。

 

 故に、回避に特化した軽装の装束を狩人達は好む。無事に帰還するには、無傷が一番の近道だからだ。…………実際の所は、そもそも獣ども相手に重装の防具など何の頼りにもならぬと言うのが最大の理由なのだが。

 

 ふと、今まで相対してきた獣どもをルドウイークは想起する。ヤーナムに跋扈する異形の怪物ども、<聖杯>を用いて<地下>へと潜った先で待ち受けていた<トゥメル>の<番人>たち。そして、現実とも悪夢ともつかぬ深奥にて見えた、真なる<上位者>ら。

 

 ――――この【迷宮(ダンジョン)】の奥にも、彼らの如き存在が居るのだろうか。

 

 その思索に、ルドウイークは未だに果てを見せぬという迷宮都市(オラリオ)のダンジョンへの畏怖を新たにした。この様な神秘がヤーナムに存在すれば、それこそ<教会>は屍の山を築いてでもその深淵へと手を伸ばしたであろう。だが、この世界ではそうはなっていない。

 未だに陽の目を見ぬ秘密は数多にあるのであろうが、少なくとも、表向きはそれが取りざたされる事も無い。故にこのオラリオは、ヤーナムに比べてずっと気楽に過ごす事が出来るのだろう。ルドウイークはそのように納得した。

 

「ルドウイークさん、ダンジョンで傷一つ負わないってホントですか?」

 

 その時、不意に投げかけられた声にルドウイークは振り返った。視線の先にはベル。ルドウイークが思案を重ねている内に調整をしていたのか、その装いは先程までの見かけの物とは違い最適な物へと近づいている。

 

 この短い間に、よく調整したものだ。素直であるのは彼の美点だろう。ルドウイークは感心し、そして質問にどう答えるべきか策を巡らせた。無視するのは悪い。だが正直に『出会った敵は大抵一撃で殴り殺すなりしているからな』などと答える訳にも行かぬ。何と答えるべきか………彼はこの時、自身が<ローレンス>や<加速>程に頭の回る人間であればと少しばかり悩んだ。

 

「この男は確かにお前と同じレベル1だが、全くの新米と言う訳ではないからな」

「そうなんですか?」

 

 眉間に皺を寄せ、何と答えるべきか思案していたルドウイークの心中など知らずにニールセンが助け舟を出した。その言葉にルドウイークは内心で安堵し、一方ベルは首を傾げる。

 その姿を見かねたニールセンは、淡々とエリスがルドウイークに与えた『設定』通りの話をベルにも教え始めた。

 

「こいつは【ラキア王国】……【アレス・ファミリア】の元団員でな。戦場での経験は10年近くあるはずだ。幾らオラリオ外でのレベルアップが困難な物だとしても、それだけの経験があれば迷宮上層の内更に浅い階層なぞ片手間で切り抜けられるはずだ。そうだろう?」

「ああ、その通りだニールセン。助かるよ」

「これで一つ貸しだな。今度何か奢れ」

「喜んで」

 

 ニールセンのフォローにいたく感動したルドウイークはその厳めしい顔に似合わずバツの悪そうな苦笑いを見せた。それを見たニールセンは腕を組み、どこか楽しげに笑う。しかしベルはその説明を聞いて、少し不思議そうに首を傾げた。

 

「…………あれ? でもルドウイークさん、確か前に『他のファミリアの事はよく知らない』って……」

 

 ベルのそのつぶやきを捉えて、ルドウイークは彼と初めて出会った日の会話を即座に思い出し絶句した。そう言えばそんな事を語っていた気がする。完全に考え事をしながらの雑談であったので、真実を何気なく口にしてしまったのだろう。ルドウイークには演技が分からぬ。彼は誠実な男であった。眉間の皺を更に深くし、どうやってこの状況を脱するべきか必死に思索を巡らせる。

 

 しかし、あの時雑談で語った事をキッチリ覚えているとは……素直で吸収が早い彼の美点を、ルドウイークは小さく恨んだ。そして先程よりも悪化したこの状況を自身の拙い演技力でいかに乗り切るか――――<導き>は何も示さない。

 

 …………もはや、万事休すか。活路を見いだせず、ルドウイークが勝手に深刻さを増していたその時、蚊帳の外にいたエイナがふと時計を見て口を開いた。

 

「……ねぇ、ベル君。そろそろ出発してもいいんじゃない? 早くしないとお昼を終えた人達が一気に戻ってくるから、その前に行こうって話だったよね?」

「っそうでした!」

 

 彼女の言葉に、ベルは慌てて時計に目を向けた。まだギルドの職員達は戻ってきてはいないものの、ここからダンジョンに向かう間にその状況は一変するだろう時間帯だ。彼は慌てて装備の調整のため降ろしていた背嚢を背負い直す。その様子に、ふとルドウイークは疑問を感じて横のエイナへと問いかけた。

 

「なぜそれほど急ぐのかね? 他の冒険者が多い時間の方が、安全は安全だろう?」

「他の冒険者さんたちが居たら【経験値(エクセリア)】が溜まらない……経験になりませんからね。確かに冒険者の半数はレベル1ですが、ダンジョンの第1階層に苦しむ人と言うのは流石にその中でも多くありません。ベル君くらい駆け出しだと、他の冒険者さんたちに先にモンスターを倒されてロクに戦う事も出来ずお金だけが減っていくなんて事もあるんですよ。まぁ、周りに人が居ればいるだけ、助けて貰える可能性は上がりますけどね」

「成程。それは、確かに世知辛い――――」

 

 同意を口にしたその時。ルドウイークは導きではない、閃きとでも呼ぶべき思索を見出した。

 自身が逆の立場であれば、詮索を止める理由は何がある? 思い出せ。アレは確か<マリア>が<ゲールマン>翁の元へと転がり込んでから、そう経っていなかった頃だ。彼女はいかにして、自身の出自への詮索をかわしていたか。

 

「…………なら、折角だ。君の初挑戦に、私も同行させてもらえないか?」

「いいんですか!? ぜひお願いしたいんですが!」

「おい待てルドウイーク。お前、今日は6階層に挑む予定だったはずだろう」

 

 驚愕し、そして喜ぶベルに対して、ニールセンは予定の変更を強く咎めて来る。しかし、ルドウイークはその追及に肩を竦め、それが的外れの物であるとでも言いたげに笑った。

 

「ニールセン。そう慌てずとも、ダンジョンは逃げも隠れもしないだろう?」

「確かに……そうだがな」

「それにこれも何かの縁、という奴だ。あとは――――」

 

 そこで一度言葉を切ってから、ルドウイークは少し寂しそうな目をしてベルを見た。

 

「――――顔見知りに死なれてしまうかもしれないと思うとな」

「下らんセンチメント(感傷)だ」

「君が言うかね」

 

 不満げに、しかし満足に反論できなかったニールセンの姿に目を細めた後、ルドウイークは改めてベルに向き直る。そしてその顔を真っ向から見据えてから、自身を納得させるかのように一度頷いた。

 

「……ついでに言えば、彼に【ヘスティア・ファミリア】について教えたのは私だからな。ある程度責任は取っておかねば、かの女神にも示しがつかん…………まぁ、そう言う訳だ。構わないかね、チュール嬢?」

「えっ。あ、いえ、私からすれば、願ったり叶ったりではありますが……」

「決まりだな」

 

 彼女の同意に頷いて、ルドウイークはベルの前に歩み寄った。その体格差にベルは僅かに気圧されたようだったが、彼が自分に向けて手を差し出すと、少しだけ迷った後にしっかりと握手を返して、力強い目でルドウイークを見上げた。

 

「ではクラネル少年、よろしく頼むよ」

「はい、こちらこそよろしくお願いします!」

 

 ルドウイークは彼の手を握りながら小さく笑いかけ、ベルもそれに笑顔を返す。そうして二人は見送るエイナとニールセンを背に、ギルドを後にしてダンジョンへの道を歩み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………やっぱり、緊張しますね」

 

 ダンジョンへ向かう道すがら、通りすがる冒険者達の威容をまじまじと見てベルが呟いた。すれ違う彼らは皆が皆それぞれ全く違う装備で身を固めており、更にはその多くが使いこまれた物である事が見て取れる。

 その姿は、今だ傷一つ無い新品の装備を手にしたばかりのベルにとっては緊張を持って見据えるべきものなのだろう。それを横目に、ルドウイークは神妙な顔で呟いた。

 

「私も最初は緊張したものだ。不必要に気合を入れすぎて、やる気ばかりが空回りしてしまったものだよ」

「ルドウイークさんでもそうなんですか?」

「ああ」

 

 ルドウイークは目を伏せ、ベルの言葉に小さく頷く。

 

「何せ、初めての冒険と言うのは初めての事だらけだ。命だってかかっているし、緊張するのは当然の事だろう」

「そうですよね…………ちょっと安心しました」

 

 胸をなでおろすベル。その姿を眺めながら、ルドウイークは幾つかの思案を並行して進めていた。この同行で、本当の意味でのルーキーの立ち回りを見て覚える事が出来るという打算。ベルへの同行による<秘儀>の試運用の中断。6層から1層への挑戦階層の変更による今日のスケジュールの変更。

 

 ――――そして、彼に詮索をさせぬ方法。実の所、ルドウイークのベルによる詮索に対する警戒は些か過剰に値するものであったのだが、彼はエリス神の指示を律儀に守ろうと考える余りその事に気づいてはいなかった。

 そんな発想に至らぬルドウイークは、かつての同輩である<マリア>がその素性を探られずに済むために取った方法に今一度思いを馳せる。

 

 マリアがその秘密を守るべく取った方法は、これ以上無く穏やかな物だった。それは詰まる所単純に『恩を売る』事である。かつて彼女は自身の素性を探ろうとする者達を尻目に、狩人達へ余りに多くの貢献を成していった。<加速>や<烏>と共に挑んだ<双黒獣>との戦い、突如現れた<銀獣群>の殲滅、<僻墓>の最深における<番人長>との壮絶な剣戟戦………………彼女の逸話は語り始めればきりが無い。

 その内、その美しさも相まって彼女を支持するものの数は加速度的に増えて行った。小さな疑念などそれが霞むほどの功績の前には余りにも無力で、いつのまにか彼女を訝しむ声も聞かれなくなったものだ。

 

 

 

 だが、時を経て時計塔の最上部で相対した彼女は秘密を守るためならば他者の殺害さえも躊躇せぬ番人と化しており、その刃の前にルドウイークは死を迎える事となったのだが。

 

 

 

 ルドウイークは嘗ての彼女の行動に倣い、自身を疑ったベルに対して誠意を持って対応し続けようと考えていた。

 それで疑念が消えるわけではない。それは疑念を『どうでもいい』と思わせる類のやり方だ。本来であれば何らかの方法で彼に詮索しない方がいいのだと理解させるのが良いのであろうが、ルドウイークにはそれの上手いやり方は自身がやりたくないと思えるものしか思いつかず、結局はこうしてベルと並んでダンジョンを目指している。

 

 だが、ルドウイークはそれを悪く無い事だと捉えていた。確かに彼にとって無用な詮索は避けねばならぬ。しかし同時に、同じ道の先達故の後進を思いやる心もある。それが自ら導いた結果であるのならなおさらだ。

 

 畢竟(ひっきょう)、ベルの詮索を止めさせる事が出来ればいいのだ。ならば、善意によってそれを成す事が出来れば、それは正しく最良の結果であろう。

 

 ルドウイークはそう、ベルの疑念に対する対応への結論を出して、次にこれから始まる彼の初めての冒険に対し、自身がどう関わっていくべきかを考えはじめた。

 

 ……あまり、私が前線に立ちすぎても意味が無い。実力から更なる疑念を持たれる危険もあるし、彼の『経験』にもならないだろう。やはり程よく彼を窮地に追い込むべきか…………いや、彼は<狩人>では無い。とりあえずは、【ゴブリン】あたりと戦わせて様子を見るとするか。

 

 かつて<ヤーナム>にて市井の物から狩人を募り彼らを鍛えた経験から、ルドウイークはベルに対してどこまで戦わせるかを慎重に計画してゆく。本来、ルドウイークは後進の命を心配するあまり少しばかり訓練が過度になるという悪癖があったが、ここはオラリオ。ヤーナムと違い<血の医療>も無く、<輸血液>の手持ちも無い。

 せめてポーションでも大量に持っていれば話は違ったのだろうが、元来一人でダンジョンに潜る予定だったルドウイークの手持ちには大した在庫は用意されていなかった。

 

 慎重を期してやるより無いか。ルドウイークがそう結論付ける頃、二人は摩天楼(バベル)直下の中央広場(セントラルパーク)へと辿り付く。目前には、幾人もの冒険者が姿を消して行くバベルの入口。それを見たベルが緊張につばを飲み込み、一方ルドウイークはどれほどの間地下に潜り続けるべきかを思案している。

 

 二人の冒険は、今まさに始まろうとしていた。

 




やっぱ原作主人公とパーティ組ませるのは二次創作の醍醐味だと思うでございます。
ベルくんビビらせたい(小学生的発想)

フロムの新作ダークファンタジー発表ありましたね。
宮崎さんと『氷と炎の歌』のマーティン氏とか完全に覇権でベストマッチでグランドクロス現象でしょ……。
ニンジャヘッズとしても見逃せない(逆噴射クラスタ)
絶対買うからそのお金をアーマードコア6の開発費に回して(懇願)

あと活動報告で少しリクエストとかアンケート的な物をやっております、良ければご協力ください。

今話も読んで下さって、ありがとうございました。


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08:挑戦と再会と

ベル君の初ダンジョンに同行、19000字くらいです。

感想評価、お気に入りに誤字報告、何時もお世話になっております。


 【始まりの道】を抜けダンジョンの第一層に到達したベルとルドウイークは、しばし足を止めその光を放つ天井をしばし見据えていた。

 

「ダンジョンって、こんな風になってるんですね……話には聞いてましたけど」

「上層の殆どはこのような明るい洞窟じみた場所らしい。ただ、下の層に行けば大きく景色も変わると言うが」

「ふーん……」

「何でも大樹の(うろ)や湖じみた場所もあるらしい。私は、そこまで潜った事は無いがね」

 

 そこで一度言葉を切るとルドウイークは周囲を見渡す。第一層に到着したばかりの二人のそばを何組もの冒険者が通過してゆく。昼を過ぎ、腹ごしらえを終えた者が殺到し始める時間帯ともなれば、この辺りの混雑具合は今の比ではなくなるだろう。

 

「まずは、2層に向かう人達の通らない場所へ向かおう。モンスターが生まれてもここではすぐに倒されてしまうからな」

「はい!」

 

 当面の目標を決めたルドウイークはこのルートを離れるべく歩き出し、ベルはその後に続いた。彼らは少し進んだ後脇道に逸れ、そのまま奥へと進んでゆく。

 前を行くルドウイークの歩みは慎重そのものだ。警戒を怠らず、時折後方の様子も見ながらモンスターを探している。しかし、そこにベルは一つおかしな点を見つけて小さく首を傾げた。

 

「あの、ルドウイークさん?」

「む?」

「どうしてそんなに壁際を歩くんですか? エイナさんは『モンスターの出現があるから道は壁際より真ん中を歩いた方がいい』って言ってたんですけど…………」

「…………………………」

 

 その問いにルドウイークは何かに気づいたように目を丸くして、しばし額に手を当てて考え込んだ。

 

「いや、そうだな……盲点だった…………ここでは、足元のトラップに気を付ける必要性も薄かったな……」

「ルドウイークさん?」

 

 顔を伏せ何やらぶつぶつと呟くルドウイークに、ベルは何かよからぬことを聞いてしまったのかと申し訳なさげに声をかける。しかしルドウイークはそれに対し誤魔化すように笑って、取って付けた様な答えを返した。

 

「いや、昔は道の真ん中を歩くと良からぬ事になったものでね……その時の癖が抜けないんだ」

「あ、そうなんですか……」

 

 その返しに何となく、これは聞かない方がいい事なんだなと直感したベルは苦笑いしながら前を向く。するとかなり先で所在なさげにうろつく一匹の【ゴブリン】が目に入った。そのゴブリンは二人の見ている前で道を曲がり、姿を消してしまう。

 

「丁度いいな」

「そうですね」

 

 二人は顔を見合わせて頷くとそのゴブリンの後を追い、辿りついたT字路から顔を出して様子を伺う。そこでは先ほどの個体と思われるものを含め三体のゴブリンがたむろしており、ベルは過去のトラウマに身をぶるりと震わせた。

 

「や、やっぱりこうしてまじまじと見ると怖いですね……」

「一体ならともかく、三体相手は余りしたくないな」

「ならどうするんですか?」

 

 疑問を浮かべるベルに対し、ルドウイークは小さく笑いかけた。

 

「アレは私がやる。クラネル少年は、一先ず見ておいてくれ」

「……はい! お願いします!」

 

 元気の良いベルの返答を聞き届けたルドウイークは外套に縫い付けられた雑嚢の一つに手をやり何かを取り出した。何らかのアイテムであろうか? 一体何を取り出したか気になって仕方のないベルは、それを間近に見ようと身を乗り出す。

 少なくとも武器では無い。ルドウイークの持つ武器は背負った革袋に隠された何か、腰に佩いた長剣、そして自分と同じ短刀である事は見て理解していたからだ。その為、どんな道具が飛び出すのかと彼は目を皿のようにしてルドウイークの手元を注視していたが、彼が握っていたのはそんなベルの予想を大きく裏切るものだった。

 

「…………石?」

「ああ、<石ころ>だ」

 

 ベルの拍子抜けしたような声に、ルドウイークは手に握りしめたそれを良く見えるよう彼に差し出した。それは、どう見てもただの石であった。ただ、妙に綺麗な球形をしているのがベルには引っかかったが、まじまじと見つめてもそれは石以外の何物でもない。

 

「それで、どうするんです?」

「見ていたまえ」

 

 ベルが首を傾げる前で、ルドウイークは綺麗なフォームで振りかぶって握りしめた石を思いっきり放り投げた。そのまますぐに壁の陰に身を滑り込ませて彼は気配を殺す。次の瞬間何かがぶつかる音と共にゴブリンの『ギャン!』という短い悲鳴。それを聞いたベルは、納得したようにルドウイークに話しかけた。

 

「……もしかして、ゴブリンの注意を引くために?」

「可能な限り、有利な状況で戦うのは狩りの基本だ。三匹を同時に相手するより、一匹を相手する方が容易い…………あくまで我々は【レベル1】。御伽噺に出てくるような英雄では()()()()からね」

 

 笑って言うルドウイークに、ベルは何故か一抹の寂しさと言うか、予想が空振りしたような感覚を覚える。自分をこのダンジョンに導いてくれた眼前の人物に何か期待でもしていたのだろうか。英雄じみたルドウイークと言う男に、実際に英雄らしくあってほしかったのか……。

 そんな子供じみた思いを身勝手なわがままだと振り払って、ベルも気配を殺してゴブリンの接近を待った。5秒、10秒、30秒…………まるでその時間が、無限遠じみた長さに感じ、息を飲む。かつて自分を殺しかけたゴブリン、その一体が今まさに目の前に現れようとしているのだ。ルドウイークが相手をすると言うが、いざとなったら自身も戦わねばならない。

 

 もし、ルドウイークさんじゃ無くて僕の方に襲い掛かってきたら。ベルは短刀を抜いて、万が一の事態の事も考える。そして緊張に滲んだ汗を袖で拭った。

 

 一方、ルドウイークは神妙そうな顔をして、首を傾げて口を開く。

 

「……………………遅いな」

「えっ?」

 

 その言葉に、錯覚ではなく実際にそこそこの時間が経っているのだとベルは気づいてルドウイークへと目を向けた。眼前のルドウイークは長剣に手を掛けつつ、難しい顔をしてゴブリンを待っている。しかし、当のゴブリンが近づいてくる気配はない。

 そこで、ルドウイークは手ぶりで様子を見るようにベルに促した。それに従い、ベルは顔を曲がり角から覗かせて様子を見る。

 

「………………あっ」

 

 そこには二匹のゴブリンと、その間に倒れ伏して後頭部から血を流す一匹のゴブリンを見る事が出来た。

 

「どうだね?」

 

 ルドウイークの問いに、ベルは難しい顔で振り向いて気まずそうに口だけを歪ませた。

 

「えっと……当たり所が悪かったみたいで……倒れちゃってますね、ゴブリン」

「本当か?」

 

 訝しむような声色で返したルドウイークは自身も角から顔を出しその光景を確認して、頭に手を当て溜息を吐く。そしてすぐさま意識を切り替え、長剣を手に取り曲がり角へと姿を晒した。

 そしてちらと、横目にベルに目を向けるルドウイーク。その試すような視線に、ベルは強く短刀を握りしめた。

 

「クラネル少年、右のは私がやる。左は任せても構わないか?」

「……分かりました」

 

 ルドウイークの指示にベルもまた道へと姿を晒した。しかし、倒れた同胞に気を取られているゴブリン達は未だにこちらに気づいた様子はない。そんな彼らの元へ、一歩、また一歩距離を詰めて行く。

 

 ベルの短刀を握った手に更に力が籠った。イメージは出来ている、練習もした。しかし、実際に命懸けで戦うとなれば話は別だ。一番安全なのはこの場から踵を返しすぐさま立ち去る事なのだろう。だが、彼がそれを選択する事は無い。

 それは、自身の用事を取りやめ付き合ってくれたルドウイークへの義理。ずぶの素人であった自身に知識を与えてくれたエイナへの恩。冒険者として、これが自らが抱いた夢の為の第一歩だと理解している自分自身。

 

 何より、自身を受け入れてくれた大切な神様(ヘスティア)の為に。

 

 ベルは眼前のゴブリンに気づかれぬよう慎重に歩みを進め、その首に狙いを定める。モンスター最大の弱点は魔石だ。だが、それ以外にも生き物を殺すためのやり方は大抵通用する。首を切るのもその一つ。しかし自身の腕では、一撃でゴブリンの首を刎ねられるかと言うと、まだまだ不安が残る。

 だからこそベルは更に慎重を期して彼らへと忍び寄った。もっと。あと五歩。そこまで行ったら、飛び出して首を、あるいは心臓を――――――――彼がそう思案した瞬間、隣で白い影が翻った。

 

 眼を見開いたベルの横から、ルドウイークが先んじて駆け出した。まだ、ベルの間合いには幾分遠い。それに驚き彼もその後を追って走り出そうとする。だが、寸での所で気づく。その疾走の静かさに。

 そして、思わずベルが足を止めている間に気付かれる事無くゴブリンへと肉薄したルドウイークは、自身が狙うと宣言したゴブリンに対し杭じみた勢いの飛び蹴りを撃ち込んで二体を分断するように盛大に吹き飛ばした。

 

『ギギィッ!?』

 

 目前で同胞を蹴り飛ばされたもう一匹のゴブリンが、勢いそのままに自身の前を通り過ぎるルドウイークに気を取られ彼を追おうとベルに背を向ける。それが、ルドウイークのお膳立てした好機である事にベルが気づくのに、それ程の思案は不要だった。

 

 瞬間、ベルは一気に駆け出す。これほど最高の形で迎えられる『一撃目』が他にあろうか。短刀を振りかざし、一気にゴブリンへと肉薄する。その一歩一歩の速度も、オラリオに来る以前の自分よりも確かに速くなっていると確信できた。

 

 それこそ、地上で許された数少ない神の御業。人々の可能性を引き出し、開花させる【恩恵(ファルナ)】の(もたら)す力だ。それを得てからの経験など数えるほどしか無いのかもしれないが、今までの人生で得てきた経験を元にして、恩恵は確実にベルを成長させ始めている。

 

「うおおおーっ!」

 

 そして、混乱するゴブリンの背後へと肉薄したベルは雄叫びと共に短刀を一気に振り抜く。声に反応したゴブリンは、振り向いてその声の主の姿を見据えようとするが、その時には既に短刀の切っ先が喉の皮膚を破り、かき分け、そして血飛沫と共に、首の半ばまでを斬り裂いていた。

 

『ァ……!』

 

 短刀を振り抜きその場で残心するベルの前で口をパクパクと動かして声にならぬ悲鳴を上げたゴブリンは、しばし手を虚空に彷徨わせてから糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。それを見て短刀を振り抜いた姿勢のままで硬直していたベルは一気に緊張を切らせて、思わずその場に座り込んでしまった。

 

「はぁ、はぁっ…………!」

 

 座り込んだまま、ベルは荒い息を吐く。そして、手に握った刃渡り20C(セルチ)程のナイフにこびり付いた血を眺めてから、先ほどの斬撃の手応えを反復するかのようにぐっと手に力を込めた。

 

「無事かね、クラネル少年」

 

 その声にベルが顔を上げれば、そこには悠々と歩み寄るルドウイークの姿。最初の不意打ち(アンブッシュ)で決着が着いていたのか剣を抜いた様子も無く、代わりにその手は気絶しているらしきゴブリンを引きずっている。ベルと違い彼は普段と顔色一つ変わっておらず、息切れ一つ無い。

 

 しかし、彼のそんな様子も今のベルにとってそんな事は些末な事で。今はただ、胸の中にこみ上げるこの想いを伝えたいという気持ちで一杯だった。

 

「やりました……僕、やりましたよ! モンスターを倒したんです! 僕はやったんだ!」

「ああ、いい一撃だった」

 

 快哉の叫びを挙げてガッツポーズを決めるベルにルドウイークは短い、しかし心からの賛辞を送った。それにベルは気を良くして短刀の刀身をまた眺めてから勝利の美酒を味わうように眼を閉じ、ついには嬉しくてたまらないと言うように表情をほころばせる。

 その様子を横目にルドウイークは身を屈めて、自身が引きずっていたゴブリンの胸元に短刀を突き立てて肉を抉り、そしてその傷口から魔石を取り出した。

 

「それ、これが【魔石】だ」

「わっ!?」

 

 ゴブリンから抜き出した魔石をベルにルドウイークは投げ渡した。それは小指の爪ほどの小さなものであったが紛れもない魔石であり、核たるそれを失ったゴブリンの死体は、すぐさま色を失い灰の様に崩れ去ってしまう。それを見たベルは、興味深そうにその現象をまじまじと見つめていた。

 

「うわ、ホントに崩れちゃうんですね……」

「私も初めて見た時は驚いたよ」

 

 ベルの驚きに、本当に驚愕したのか疑わしくなるような平然とした態度で答えると、ルドウイークは先ほどベルが倒したゴブリンを顎で指し示す。

 

「折角だ、クラネル少年も魔石を取り出して見るといい」

「いいんですか?」

「もちろん。これからダンジョンを潜るうち、魔石を抜き出す機会など幾らでもあるだろうからな」

 

 それだけ言うとルドウイークは差し出すように脇に避け、ベルの眼前に彼自身が倒したゴブリンの死体が良く見えるように位置取った。先程まで喜びに震えていたベルもスッと落ち着きを取り戻し、死体の前に屈みこんで逆手に短刀を構えてルドウイークに問う。

 

「えっと……胸のどの辺にありますかね、魔石」

「なんだ、チュール嬢から聞いて無いのかね?」

「いや聞いてはいますけど、ちょっと自信が……」

「そうか……。魔石があるのは心臓より少し浅い部位だ。血が付着すると武器の劣化が早まるから、深く刺し過ぎて心臓を破らないように気をつけ」

「わぷっ!?」

 

 忠告したルドウイークの配慮も虚しく、無理に短刀を押しこんだ傷口から血が勢い良く吹き出しベルの顔面を直撃した。そのままベルはまたしても尻餅をつき、真っ白な頭が真っ赤に染まって一見重傷でも負ったような姿になり果てている。

 そんなベルの姿を見たルドウイークは仕方がないと言いたげに小さく息を吐くと、懐から手拭いを取り出してベルの頭をわしゃわしゃと拭き始めた。

 

「あはは……すいません……」

「気にする事は無い。誰しも失敗はある物だ」

「はい…………あ、後は自分で拭きますから」

「そうかね?」

 

 ルドウイークが彼の元から離れると、そのままベルは手拭いを被ったままそれを頭にこすり付け、血を拭ってゆく。その姿を見ながらルドウイークはこの後、いかに行動するべきかを思案し始めた。

 

「クラネル少年、この後もまだ行けそうかね?」

「えっ? あ、大丈夫です! ゴブリン相手も意外と何とかなるってわかったんで……まだまだ行けますよ!」

「そうか、それは良かった」

 

 ――――無事、自信をつけてくれたようだな。

 

 冒険者と言う、死と隣り合わせの職に就くのであれば、まずは自分に何が出来て、何ができないかを把握する事が最も肝要だとルドウイークは考えていた。その為には、まずは挑戦してもらう事が必要だ。障害に挑まずして、自身の能力を見極める事など出来ようはずもない。これは、かつてルドウイークが市井の狩人達を育成する際にも取っていた手法だ。

 

 まずは、自分たちが『戦える』のだと理解させる。それは自信に繋がり、更には成長へと直結している。どんな者でも、スタートラインの地点で大きく他を引き離しているという事は少ない。故に同様の手法が異世界の人間であるベルにも通用すると考えたルドウイークだったが、幸いにもその想像は的外れと言う訳でもなかったようだ。

 

 だが、自信は慢心に、慢心は増長に、そして油断と死にも繋がっている。自身の力を過信して格上の獣へと挑み、その胃袋の中へと収まった――――或いは、ヤーナムの路地裏に転がる死体の一つとなった――――狩人は数知れない。ならばそんな自信のみを手にした彼らに、『上には上がいる』と言う残酷なこの世のルール(根本原理)を教えるためにはどうするか。自信だけではなく、自戒をも身に付けさせるにはどうするのか。その方法にも、ルドウイークは心当たりがあった。

 

「…………さて、クラネル少年。そろそろ出発して大丈夫かね?」

「あ、ちょっと待ってください。この手拭い、思いっきり汚しちゃいましたけど……」

「正直君に譲ってもいいんだが、もし気が引けるのであれば洗って返してくれ。また後でも構わない」

「了解です!」

 

 ベルが取り出し損ねた魔石をゴブリンの死体から手早く取り出すと、ルドウイークは彼にそろそろ出発する旨を伝え魔石を背嚢の中へと放り込んだ。それにベルは元気な返事を返し、手拭いを自身の背嚢に放り込んで立ち上がる。そして二人は、第一層の更に奥へと歩みを進め始めた。

 

 ……さて、と。丁度よく集まってくれていればいいが。

 

 ルドウイークはベルに気づかれぬよう、軽く周囲を見渡す。しかしその視線がモンスターを捉える事は無かった。今日はやけにモンスターの出現が少ない。最悪の場合、口での注意だけに留める事にもなりかねないだろう。

 

 それは良くない。自戒と言う奴は、その身で体感してもらった方が間違いなく身につく。

その為にルドウイークは【コボルト】を探している。ゴブリンよりも手足のリーチが長く、ベルにとっては不利になるであろうモンスター。可能であれば、10匹近い集団が望ましい。

 何故なら、ルドウイークの考える自戒を身に付けさせる手段とは『適度に痛い目に合わせる』事だからだ。

 

 勝利を経て自信を身に付けるのであれば、自戒を身に付けるには敗北を味わうのが手っ取り早い。ニールセンも『冒険者は冒険してはいけない』とルドウイークへと警句を授けていた。故に、ルドウイークもベルに無謀な選択肢を選ぶ無知の愚かを冒さぬよう、あからさまな危険を危険だと判断する能力を身に付けさせるつもりだ。

 

 だが、その為にはそれなりに危険となる敵が居なければな……。

 

 ルドウイークはそう独りごちて、少し悩んで眉間に皺を寄せる。今のベルであれば、コボルトが2体もいれば窮地には陥るだろう。だが、それをただ眺めているわけにもいかないので、ルドウイーク自身が戦うべき相手も同時に用意する必要がある。彼が助けてくれる、と言う意識があっては本当の意味でベルが窮地に陥る事は無い。

 

 しかし、この試み自体に死の危険が伴うというリスクがある。故にルドウイークは細心の注意を払い、万一の場合には必ず助けに入る事が出来る様な状況を作り出すべく苦心していた。

 ルドウイーク個人としては、そのような手痛い敗北を無垢なベルに味合わせるのは心が引ける所だ。だが、自信だけを付けて慢心し増長すれば、この先いつかベルは無謀な冒険に挑み、そこで屍を晒すだろう。

 

 故にルドウイークは我が子を谷底へと突き落とす獅子めいて心を鬼と化し、自身の運命を知らぬベルを連れてモンスターの集団を捜索した。だがそう都合よく集団でモンスターが現れる事も無く、しばらく彼らは遭遇した少数のモンスターを指したる危険も無く倒して回るのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「……それで、結局どうなったんだい?」

「最初のゴブリンを倒した後はルドウイークさんに付いて回って、コボルトとも戦いました。けど本当に凄かったですよ! ルドウイークさん、現れるモンスターを片っ端からささっと倒してっちゃうんですもん。同じレベル1でもここまで差があるんだなあ、ってビックリしちゃいました!」

「……そうじゃなくて、ベルくんの戦いはどうだったのかって話!」

 

 ムッとして怒る神様に、僕は初めての挑戦となったダンジョンでの自分をどんなふうに彼女に伝えればいいか少しばかり頭を悩ませた。

 

「僕の戦いかぁ……」

 

 呟いて、ダンジョンでの出来事を思い出す。脳裏に浮かぶのは、ルドウイークさんとの実力差を痛感したシーンが殆どだ。最初の頃こそモンスターに自分の攻撃が通用するのが嬉しかったのだけど、僕が一体のコボルトとにらみ合っている間にコボルト二匹の魔石取りまで終わらせられてると気づいた後は、モンスターと戦う事よりルドウイークさんの動きを見る事の方がメインになっていた。

 

 まずはともかく攻撃力。ルドウイークさんの長剣は何の変哲もない数打ちの品で、質としては僕の短刀とそう変わらないと思う。ただどの攻撃も的確に急所を狙っていたみたいで、モンスター一匹に対して一回の攻撃であっという間に仕留めていた。

 

 次にその見切りの巧さ。僕がゴブリンなんかと組み合って引っかかれたりしている一方、ルドウイークさんはニールセンさんの言っていた通り最後まで傷一つ負う事も無くダンジョンを後にしてる。そういえば、探索の途中で一回だけルドウイークさんの戦いを注視出来たタイミングがあったけど、動きのレベルが違うのかびっくりするくらい良く分からなかった。

 僕が見たのはコボルトが降りかぶった爪が間違いなく当たると思った次の瞬間、ルドウイークさんはその爪の届かない位置に下がっていて、眼前で攻撃を空振った相手に対して斬撃を放って勝負を決めるという流れ。正直、これは経験もあるんだと思う。相手の攻撃がどこまで届くのかをちゃんと理解できてなきゃああいう避け方は出来ない。

 

 後、一番驚いたのはそのいわゆる『気配』ってやつの少なさ。ルドウイークさんはあんないろんな装備を身に着けてるのに、軽装の僕よりずっと静かに動く。走ってる時も全然音がしないから不意打ち(アンブッシュ)の成功率だってめちゃくちゃ高い。

 多分あれはレベルとかは関係ない、ルドウイークさん自身の技術だと思う。あれは、ぶっちゃけ僕も欲しい。手足が長いわけでもなく、武器も短刀で間合い(リーチ)の短い僕にとって、敵にどう接近するかと言うのは死活問題だ。

 ……そこに来てあの静かな動き。あれを体得できれば、生き残るチャンスもぐっと増えるだろう。

 

 今度、時間ある時に教えて貰えないかなぁ。

 

 そんな事を考えて上の空になる僕にしびれを切らしたのか、ヘスティア様は顔を上げ、ちょっと不機嫌そうな表情で僕の手首を掴んで引っ張り始めた。

 

「もう! そろそろ急ぐぞベル君! このままじゃ待ち合わせに遅れちゃうぜ!?」

「わわっ?! ちょっと神様!?」

 

 女の子――――それも女神さまに手を引っ張られるなんて生涯初の事態に直面して、僕は顔が赤くなりそうになる自分を懸命に抑えた。これが普通の女の子だったら心置きなく顔真っ赤にしていたのかもしれないけど、何せ相手は神様だ。そんな事したら流石に不敬が過ぎる。

 

 でも、自分からその手を振り払うなんてことは僕には出来なかった。そんな畏れ多い事なんかできないと言うのが最大の理由だったけど、曲がりなりにも女の子と手を繋いでいるという状況が僕にとって魅力的に過ぎたというのもあっただろう。そのまま僕らは、待ち合わせの場所である中央広場(セントラルパーク)へ向かい、そして相手の姿を探す。

 

 分かりやすい風体(ふうてい)の人だからすぐ見つかると思うけど……。そう僕が首を巡らせるのと、ヘスティア様がその人を見つけて僕を引っ張るのはほとんど同時だった。

 

「おーい、ルドウイークくーん!」

 

 僕を引っ張ったまま、神様は空いた手でその人――――ルドウイークさんに向けて大きく手を振った。ベンチに腰掛けていたルドウイークさんはその声を聞いて立ちあがり、こちらへと歩み寄ってくる。そして僕たちの前で足を止めた彼は、まず神様の姿を見て丁寧な礼の姿勢を取った。

 

「どうも。ご無沙汰しております、ヘスティア神」

「やぁ! 半月ぶり…………かな? 元気そうで安心したよ。エリスも元気かい?」

「ええ、お陰様で。少し仕事疲れを見せる事はありますが、基本的には健康そのものですよ」

「仕事かぁ……アイツも大変なんだなぁ……」

 

 出会い頭、何やら世間話を始める二人。以前からの知り合いが互いの近況を確認するその会話の内容に、僕は少し困惑して神様に声を掛けた。

 

「神様、ルドウイークさんとお知り合いだったんですか?」

「ん? ああ、前にちょっとね。彼の事をファミリアに勧誘したんだけど、断られちゃってさ」

「あ、それで神様が入団者募集してるって知ってたんですね……」

 

 肩を竦める神様の説明に、僕は納得して頷いた。それはルドウイークさんも同様だったようで、ついこの間の事をどこか懐かしむように語り始める。

 

「その通りだ。あの時はいろいろあったし、クラネル少年も結局宿無しとなりそうだったからな……あの時ヘスティア神の事を思い出したのは正に<導き>とでも――――」

「ちょっと待った!」

 

 ルドウイークさんの言葉を、何かに気づいたような顔の神様が大声を出して遮った。そしてすぐ、何故かちょっと震えながらルドウイークさんを問いただすように何事かを尋ねはじめる。

 

「……えっとだね、ルドウイーク君。つまりだよ? ベル君は人づてに聞いてボクのファミリアに来てくれたって言ってたけど、それってもしかして……」

「ええ。ルドウイークさんに教えてもらって僕は【ヘスティア・ファミリア】に入ろうって決めたんです」

「なんだって!? それは本当かい!?」

「ヘスティア神。貴方も神ならば、嘘かどうかはお分かりになるでしょうに」

「いやそうだけど、そうだけどね!?」

 

 僕らの言葉に神様は落ち着きを失い大声を上げ、その後下を向いて何かぶつぶつ言い始めた。その声を僕は聞きとる事が出来ず、仕方なくそっとルドウイークさんに耳打ちする。

 

「あの、ルドウイークさん?」

「何だね」

「とりあえず、行きませんか?」

「…………それがいいか」

「僕はそう思います…………神様、行きますよ!」

「へっ?」

 

 僕の呼びかけにようやく気付いた神様は、驚いたように目を丸くして顔を上げた。それを僕は手招きして、ルドウイークさんと並んで歩き始める。それから、10M(メドル)くらい歩いた頃には神様がパタパタと駆け足で追いついてきたので、僕達三人はそのまま並んで中央広場を後にした。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 そうしてベルとルドウイーク、そしてヘスティアの二人と一柱が揃って辿りついたのは【鴉の止り木】亭。元々は、無事に帰還したお祝いとしてルドウイークがベルを誘ったのだが、彼はヘスティアが帰りを待っているとのことで一度は断った。

 

 …………のだが、「だったらヘスティア神も連れてきては?」と言うルドウイークの言葉と、ノリノリで付いてきたヘスティアに押し切られる形で彼らは今に至っている。

 

「へぇ、こんな所に店なんてあったんだね。結構駆けずり回ってたのに全然気づかなかったぜ」

 

 その軒先まで来て、店の構えを眺めながらヘスティアが呟いた。確かに、【鴉の止り木】は大通りから少し入った所にあり、表の数々の料理屋に比べれば知名度は低い。しかし、そこそこの味と食事の量、そして駆け出しの冒険者にも手の届く価格と、この街の主役である冒険者達にはあり難い店として知られている。

 

 そんな【鴉の止り木】の中からは先日ベルとルドウイークが訪れた時とは打って変わって賑やかな喧騒が聞こえてくる。どうやら、冒険を終えた者達がその帰りに立ち寄り、半ば宴会と化しているようだ。

 

「とりあえず中へ。席が空いていればいいんですが」

 

 そう言ってまずルドウイークが店の戸を潜り、ベルとヘスティアもその後に続いて入店した。

 

 外まで聞こえる喧騒からも予想出来ていたが、店内は多くの冒険者達でごった返していた。私服である者も多いが、それ以上に防具、あるいは鎧を身に付けたままの物の姿が目立つ。そんな店内の様子を彼らが見渡していると、酒瓶とジョッキを運んでいた一人の店員……術師めいたローブとフードを身に着け、その上から無地のエプロンを雑に身に付けた壮年の男が悠然と彼らの元へと歩み寄って来た。

 

「おお、済まない。お客様方、何名かね?」

「三名だ。しかし【フレーキ】殿、貴方まで駆り出されているとは、今宵は随分とお忙しいようで」

 

 気遣うようなルドウイークの言葉に【フレーキ】と呼ばれた男性はどこか諦めたようにふっと笑って、これ見よがしに肩を竦めた。

 

「何、これも一つの探求と言えるだろう。それに放っておけば後でマグノリアに何を言われるか分からんし、【フギン】の奴のような目に合わされるのも御免なのでな。……カウンター席でも構わないかね? ちょうど、三人分の空きがある」

 

 彼の言葉にルドウイーク達は顔を見合わせて頷き、案内されるまま並んでカウンターに着く。

 

「ごゆっくり」

 

 彼らを案内し終えたフレーキはそのまま注文を待つ客の元へと去って行ってしまう。そして残された二人と一柱は、ひとまず注文を決めようとメニューを手に取った。

 

「ヘスティア神、クラネル少年。私は何を頼むか決まっているので、じっくり考えてもらって構わない」

「あ、ありがとうございます」

「むう」

 

 そう言ってルドウイークは隣のベルへとメニューを手渡し、ベルはそれをじっくり眺め始める。一方、ベルと一緒にメニューを眺めるべく表を手に取っていたヘスティアはその空気を読めぬルドウイークの行動に人知れず頬を膨らませた。

 

 その時、人数分の水の入ったグラスを乗せたトレイを持って店員が三人の元へとたどり着いた。美しい金の長髪をうなじのあたりで結った彼女は、まず一番近くのルドウイークの前に良く冷えた水の注がれたグラスをコトリと置く。

 

「お冷です、お客様……なんちゃって。思ったよりずっと早く戻ってきたみたいですね、ルドウイーク」

「ああ、少し予定に変更があってね」

 

 畏まった応対を見せたかと思えば、すぐに茶目っ気を覗かせ普段通りの口調でエリスはルドウイークに笑いかけた。そのエリスに、ルドウイークも普段通りの態度で対応する。

 

「とりあえず、こちらの方々にもお冷を頼めるか?」

「ええ、仕事ですから」

 

 ルドウイークの言葉に嫌な顔一つせず対応して、エリスはまずベルの前に水を置こうとした。しかし、彼女を気遣ってかベルはそれをさっと受け取って小さく頭を下げる。

 

「ありがとうございます!」

「いえ、その……元気そうで、安心しました」

 

 にっこりと笑顔で答えたベルに対し、エリスはこれ以上無くやりづらそうだ。彼女の中では先日の叱咤が気まずく残ってしまっているらしい。その為か、彼女はベルの視線から逃れるように最後のグラスを手に取って、ヘスティアの顔も見ずカウンターへとそれを置こうとした。

 

「どうぞ、お客様。ごゆっくり――――」

「エリス!」

「えっ」

 

 その時、ヘスティアが彼女の名前を呼び、それに気づいてエリスは顔を上げた。そして、目の前の神物(じんぶつ)が一体誰なのかにようやく気付いて、驚愕に顔をこわばらせながら震える声でヘスティアを指差した。

 

「な、なななな、あな、貴女は……!」

「久しぶりじゃあないか! ボクだよボク! もう百年以上ぶりじゃないかい!? とりあえず、元気そうで安心したよ!」

「ヘスティア?! な、なんでこんな所に居るんですか!?」

「実はルドウイーク君の発案で、ベル君と誘われてね!」

「ルドウイーク!?」

 

 ヘスティアの告白にエリスは怒りも露わにルドウイークを睨みつけた。しかし、当のルドウイークはその視線もどこ吹く風と言った様子でグラスを傾け水でのどを潤す。それを見たエリスはさらに怒りを迸らせてルドウイークの外套の襟を掴み、額がぶつかりそうな距離まで彼の顔を引き寄せた。

 

「どういうことですか!? 何で貴方がヘスティアと一緒に!? どう言う関係ですか!?」

「待てエリス神。顔が近い」

 

 ルドウイークがその剣幕にうんざりしたように言うと、エリスは外套の襟を離してしかしルドウイークの事を眉間にしわ寄せ睨み続ける。それを見て、ルドウイークは薄く笑って事情を説明しようとした。だがその時、席を立ったヘスティアがエリスの背中に抱きつき、驚いた彼女は手に持っていたトレイを盛大に取り落とした。

 

「ひゃあっ!? 何するんですか?!」

「いやいやぁ、ちょっと説明をね? 実は今日、ボクのベル君の初めての冒険にルドウイーク君が同行してくれたみたいでさ! その上、無事生還したお祝いも兼ねて一緒に食事でもどうかなって提案してくれたんだよ!」

「ルドウイーク、貴方何よりにもよってヘスティアのファミリアに塩送っちゃってるんですか!? それと抱きつくな! 離れてください!! 無駄に大きい胸押し付けるな!!!」

 

 苦笑いを浮かべるルドウイークに声を荒げながら、エリスは無理矢理にヘスティアを振り払う。その勢いでヘスティアは足をもつれさせ、床に尻餅をついてしまった。それを助け起こそうと、ベルが慌てて彼女の元へと駆け寄る。しかしヘスティアはそんなベルの手をやんわりと押し返した後、そのまま手を口元に持っていき眼に涙を浮かべてよよよと泣き真似をした。

 

「ううっ、酷いぜエリス……【天界】じゃあんなに仲のいい、誰もが認める神友(しんゆう)同士だったじゃあないか……」

「私と貴女が!? まさか! いっつもいっつも貴方がおせっかい掛けてくるせいで、何度私の計画が崩されたことか……!」

「まぁまぁ、最後は皆笑顔で終わってたんだからいいじゃないか。終わり良ければ全て良し!」

「私が良くない! この際だからはっきりさせちゃいますがね、私は貴女の事が――――」

「エーリースー?」

 

 その時、エリスの肩に手が置かれ、同時に声がかけられた。それは深淵の底から相手を引きずり込まんとするかのごとき、底冷えのする声だった。瞬間エリスは全身の毛を総毛立てびくりと縮み上がり、震えながら後ろを振り向いて、声の主をその視界にとらえて呻いた。

 

「マ、マ、マギー……!」

「ねぇエリス? 私はね、一応あなたの事を神として最低限の敬意を払っているつもりよ。でもね…………」

 

 恐るべき満面の笑みを見せたマギーは、そのまま流れるようにエリスの肩に乗せていた手を滑らせて、有無を言わせずその首根っこを引っ掴んだ。

 

「仕事中は別!! 知り合いが来たからってサボるな!!! 行くわよ!!」

「くっ首ーッ! 締まる締まる……! ルド、助け…………」

 

 一瞬でその顔を怒りの表情に変貌させたマギーに引きずられ、苦し気にルドウイークに助けを求めようと手を伸ばすエリス。しかしルドウイークは一度すまなそうに謝るそぶりを見せた後、再びグラスを手に取って水でのどを潤した。

 

「いいんですか、ルドウイークさん?」

「何がかね?」

「いや、エリス様、めっちゃ助け求めてましたけど……」

 

 そのままマギーによって連行され客達の喧騒の中に姿を消したエリスを見て、ベルが恐る恐るルドウイークに尋ねた。しかしベルの心配をよそに、ルドウイークは落ち付いた様子で、特段あの光景を気にしているという風ではない。

 

「私が手を出した所でどうにかなる訳では無いさ。それに、これも彼女の仕事だからね。それは、ちゃんとこなして貰わなければ…………ですよね、ヘスティア神?」

「そうだよ。当たり前の事だぜベル君。知らなかったかい? 仕事からは逃げられないって……!」

 

 至極真っ当に、しかし主神を敬愛する眷族らしからぬことを言ってルドウイークはヘスティアに同意を求めた。それに便乗した後、大魔王めいた悪い顔をして薄ら笑いを浮かべるヘスティアにベルは苦笑いを浮かべるしかない。

 すると、カウンター裏の厨房から眼帯を掛けた老いた男が顔を出し、二人と一柱に向け白い歯を見せて笑いかけた。

 

「おう、そこの。注文は決まったか? 今日は大繁盛だからよ、早く決めねえと、どんどん後回しになっちまうぜ?」

 

 その言葉に、ベルとヘスティアは慌ててメニューへと目を走らせた。一方注文を既に決めていたルドウイークは、落ち着き払って彼に自身の注文を伝える。

 

「玉葱のスープとバゲット、後、この店で一番弱い酒を」

「おいおい、いっつも思うが、もうちっと食わねえと力出ねえぞ?」

「そう言ってくれるな店主、私はこれが良いんだ」

「それじゃ、俺から口出しする事は無えな」

 

 ルドウイークの言葉に諦めたように笑った店主は、次いでベルとヘスティアに目を向けた。彼らはメニューを見て、何やかんやと慌てて、しかし楽しげに語らっている。

 

「神様! この『これでも喰らえ!(Take That, You Fiend!)ランチ』はお勧めですよ! 値段の割にすごい量が多くて、その上普通に美味しいんです!」

「なんだって、それは本当かい!? 店主! この店、お持ち帰りは!?」

「んー、容器さえ持参してくれりゃ構わんぜ」

「なっ!? し、しまったよベル君! 容器を忘れて来た!」

「えっ!? じゃあどうします?」

「安心しな、容器ならある。特別に100ヴァリスでどうだ?」

「しょ、商売が上手い……!!」

 

 店主の抜け目ない商人の眼とその語り口に愕然とするヘスティアの姿にベルは笑って、自分はバゲットと旬のサラダ、そして『ニダヴェリール牛の秘伝たれステーキ』なる注文を店主へと伝えた。それを見たヘスティアも意を決したようにメニューに指を差して店主へ注文を伝え始める。

 

「じゃあボクは『これでも喰らえランチ』を一つ。それとね、デザートにプリンを四つ頂けるかな!」

「四つぅ? おいおい、ふたつで充分だろ?」

「いーや、ボクは四つがいいんだ!」

「解ってくれよ……」

 

 呆れたような店主に対して、ヘスティアはその注文をゴリ押した。…………結局店主の方が折れ、ヘスティアの注文を了承して厨房へと引っ込んでゆく。それを見届けた後、ルドウイーク達は食事が来るのを待ちつつ世間話に興じるのであった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「ま、待てカーチス殿! 私は冒険者の中ではかなり控えめでこの店にも迷惑はかけていない! その私が何故!」

「椅子潰しといて何を言う! 今後、鎧を着ての入店はNG! と言うか、自分が何て呼ばれてるか知らない訳じゃないでしょうね!? 【オラリオ一重い奴】、【脳筋権化大戦士】、つーか二つ名【岩のような(ザ・ロック)】!!」

「知っているがまさか、座っただけで椅子が潰れるとは……」

「当たり前だ!」

 

 誰がどう見ても重厚極まりない鎧の戦士に対して切れ散らかすマギーの姿を、かき入れ時を過ぎ人も疎らになり始めた店内で既に食事を終えたルドウイークとベルはそれぞれ酒やデザートを口にしながらのんびりと眺めていた。

 

「……あの戦士さんも、やっぱ凄い人なんですか?」

「ああ。【岩のような(ザ・ロック)】こと【ハベル】。オラリオでも随一と言われる耐久性から、ソロでの深層探索を幾度と無く繰り返す大戦士だ。30層あたりから出現する【ブラッド・サウルス】に噛み付かれたが、結局歯が立たずに退散させたという噂もある。……しかしその彼も、マギーの逆鱗に触れてはそうも行かなかったようだが」

 

 怒り狂うマギーを前にすごすごと退散していく大戦士の姿を見て、ルドウイークは苦笑いした。ベルもそれに倣い、小さく愛想笑いを浮かべる。その横で、調子に乗って店で一番強い酒を口にしたヘスティアは幸せそうな顔で寝息を立てていた。

 

 それにベルは一度暖かい目を向けてから、また店で騒ぐ冒険者達に目を向ける。そしてその視界に映った内の一人、大きなテーブルについた冒険者達をまとめて乾杯の音頭を取る一人を指差し、その者についてルドウイークに尋ねてみた。

 

「じゃあルドウイークさん、あそこで乾杯の音頭取ってるあの人、タマネギみたいな……」

「シッ。クラネル少年、あの鎧を着ている者達はその形を揶揄されるのを猛烈に嫌う。トラブルを避けたいなら覚えておくんだ」

 

 何やら深刻な顔で話すルドウイークにその様子を見て、ベルは少し畏怖の混じった眼で陽気に自前の木製ジョッキを振りかざす戦士に目を向ける。それを見たルドウイークは一度咳払いをすると、ベルの要望に応えてその玉葱めいた鎧の戦士について話し始めた。

 

「……話を戻すが、彼は【嵐の剣(ストームルーラー)】こと【ジークバルト】。見た目はああだが、神は愚か、ファミリアの枠を超えて彼を敬愛する者達が現れるほどに人の良い、オラリオ屈指の人格者だ。たまに彼と同じ鎧を着たパーティがダンジョンに潜って行くのを見た事がある。本人の強さも折り紙付きで、何でも深層で出会った身の丈数十M(メドル)の巨人の相手を単独で引き受けて、その後無事に生還した事もあるらしい」

「……このお店、凄い人多すぎじゃあないですか?」

「私も来るたびそう思うよ」

 

 ルドウイークの説明を聞き、その畏怖をさらに強めたベルが息を飲みながらルドウイークに問う。それに笑って酒を口にして、ルドウイークはどこか諦観めいた言葉をつぶやく。

 

 冒険者達をおもにターゲットとした【鴉の止り木】亭には、当然の事ながら冒険者たちが集う。料理の味、量、値段、そこに不満に思う点も無く、更にその店の店主やスタッフたちの持つ独特の雰囲気を気に入って常連となる者は数多い。エリスがこの店に勤めている、という理由もあるがルドウイークもその一人だ。

 

「……そうだな、確かにこの店に訪れる高レベル冒険者の数は驚くべき所だろう。多分、常連の【レベル】の高さはここか【豊穣の女主人】が一番ではないかね?」

 

 ルドウイークは、未だ店に残る者達の顔を手早く眺めてから考え込むように口にした。実際、この店の中においてはオラリオの冒険者達の半数を占めるというレベル1の冒険者はごく少数だ。今居る者達も殆どがレベル3や4。中にはレベル5以上の【第一級冒険者】さえも紛れている。そこで、ベルは一つの危険性に気づいた。

 

「あの、ルドウイークさん。このお店で喧嘩とか起きたら、凄い事になるんじゃあないですか? だって皆、凄いレベル高い人達ですし……」

 

 そのベルの懸念は確かな物だ。ここに居る者達の何人かは、比喩無くこの店を滅茶苦茶にするだけの力を秘めている。そんな者達が揃って喧嘩など始めれば、この店どころか周辺の民家や店舗にも被害が及ぶだろう。

 だが、ルドウイークはその懸念に対して、それは無いと言わんばかりに小さく笑うだけだった。

 

「…………何か、大丈夫な秘密でもあるんですか?」

「ああ。この店には優秀な用心棒が居てね。【彼】が居る限り、この店は平和そのものさ」

 

 不思議そうにその様子に首を傾げるベルに、ルドウイークは店の隅を指差した。ベルがそちらに目を向けると、そこには椅子に縛り上げられた上に紙袋で顔を隠され、首からは『私は二日連続で仕事をサボりました。助けないで下さい』と荒々しく書かれた板を下げている青年と思しき男の姿。その姿をベルが見て困惑していると、またルドウイークは笑って、【彼】についての話を語り始めた。

 

「……【彼】がこの店の用心棒兼店員、ついでに冒険者でもある【黒い鳥】の二つ名を持つ男だ。本名は知らないが、店の者からは【フギン】や【ムニン】と呼ばれている」

「……やっぱり、強いんですか?」

「【闘技場の覇者(マスターオブアリーナ)】、【沈黙させるもの(サイレントライン)】、【九頭竜破り(ナインブレイカー)】…………そんな、二つ名以外の異名だけでも分かる程度には強いらしい」

「…………きっと、本当の意味での英雄なんですね」

「【彼】自身、英雄と呼べる人物であるかは些か疑問符がつくらしいがね」

 

 そう言ってルドウイークは酒の入ったグラスを傾け、僅かにその中身を口にする。その様子はどこか楽し気で、ベルも無意識にヘスティアから貰ったプリンの残りをスプーンですくい取って口に含んだ。そこに、エプロンを脱ぎ普段通りの服装に戻ったエリスが疲れ切った顔で歩み寄って来た。

 

「おや、エリス神。仕事は終わったのかね?」

「ええ……まったく……【彼】があのザマじゃあなければ、もう少し楽できたんですがね……」

「お疲れさまです」

 

 愚痴を言う彼女にベルは苦笑いしながら頭を下げる。それにエリスもぺこりと小さく頭を下げた。そしてルドウイークの元へと近づくと、彼が手を付けていなかったプリンの皿を取ってあっという間に食べ尽くし、幸せそうに机に突っ伏すヘスティアを見て一度鼻を鳴らしてからルドウイークに席を立つように促した。

 

「さ、帰りますよルドウイーク。私疲れましたので……」

「おや、ヘスティア神を放っておくのかね? 神友なのだろう?」

「ち・が・い・ま・す! …………クラネル君が居るなら彼に任せればいいじゃないですか。眷族なんですし」

 

 言って、エリスは無遠慮にヘスティアの事を指差した。それに対し、ルドウイークは少し申し訳なさそうにベルへと口を開こうとしたが、それに先んじてベルが立ちあがり胸を張ってエリスに応える。

 

「大丈夫ですよ! 神様は僕が家まで送るのでご心配なく! 今日はお世話になりました!」

「ほら、クラネル君もこう言ってますから。帰りましょう?」

「むう」

 

 我が意を得たりと笑うエリスに、少し納得の行かないようにルドウイークは唸る。だがそれもしばしの事で、彼も諦めたように席を立ち、伝票を手に取って歩き始めた。

 

「では、クラネル少年。ヘスティア神は任せた」

「はい! 今日は本当にありがとうございました! また、よろしくお願いします!」

「ああ、こちらこそまた頼むよ」

 

 手を振るベルに片手を上げて答えたルドウイークはカウンター越しにフレーキへと代金を支払って、そのままエリスの後を追い【鴉の止り木】を後にした。

 

 

 

 

 外へ出れば、もうすぐ日を跨ごうかと言う時間帯だ。そんな街の中を、エリスは早急に家に戻るべく速足で歩んでゆく。ルドウイークはその背に小走りで追いつくと、彼女の横に並んで、帰路につき始めた。その途中、エリスが少し不機嫌そうに、憮然として口を開く。

 

「ルドウイーク」

「何かね?」

「仲良くするのはいいんですけど……万一【ヘスティア・ファミリア】に負けるような事があれば、私怒っちゃいますからね」

 

 ――――負けるも何もあるまいに。その、子供の意地のような言葉にルドウイークは思わず小さく吹き出して、エリスの視線から身を逸らした。それを見たエリスはますます苛立って彼に突っかかってゆく。

 

「ルドウイーク! 何で笑うんですか! バカにしてませんか!?」

「いや、エリス神が随分可愛らしい事を言うのだと思って、ついな」

「なっ……!」

 

 少し身を震わせて、涙目になりながら笑うルドウイークにエリスも顔を赤くして、怒りに顔を歪ませるように彼の外套の襟を引っ掴んだ。

 

「あのですね、私は神様ですよ!? 神がメンツを大事にするのは当然! だから、私はぽっと出のファミリアに過ぎないヘスティアのとこなんかに負ける訳には行かないんですよ! クラネル君には悪いですけど!」

「わかった、わかったとも。だから、苦しいから手を離してくれ」

「…………ふん!」

 

 ルドウイークの懇願に、エリスは不機嫌そうに鼻を鳴らして彼を突き飛ばすように手を離した。しかし彼女の腕力では大柄なルドウイークをどうこうする事など出来ず、彼はさほど動じずにまたエリスの横に並んで歩き出す。

 へそを曲げてしまったエリスはそれからルドウイークに話しかける事も無く、ずんずんと大股で帰路を急いだ。しかし元々の歩幅が違うためにルドウイークを置き去りにする事は出来ず、その位置関係が帰宅まで変わる事は無い。その歩みの中で、ルドウイークは空に浮かぶ月に目を細め、そしてベルとヘスティアを結んでいた、強い強い<導き>の糸に思いを馳せる。

 

 ――――やはり、彼らの事は気に留めておくべきなのだろうな。

 

 あの自身の関連の無い導きの糸。ヤーナムでは見る事の出来なかったそれに何らかの光明がある事を期待して、ルドウイークは今後の方針を一つ決定した。

 

 自身の素性が知られぬよう、程々に彼らと友好的な関係を築いてゆく。ヘスティア神と因縁のあるエリス神には悪いが、彼女もヤーナム帰還の為には協力してくれるという言質は取っているし、いざとなればそれを盾に彼女を説き伏せることも出来るだろう。

 

 後は、そろそろ武具の調達も必要だな。

 

 彼が腰に佩いた長剣も、かなり酷使していたが故に少しずつ劣化が見られてきた。それに、これも所詮は数打ちの品。ルドウイークには難なく使える物ではあったが、真に彼に符合した武器だとは言い難い。

 ならば、自身に合った武器を探すためにはどうするのか……。一応の案が、ルドウイークの内には既に有る。溜め込んだヴァリスも一週間程度ダンジョンに潜らずとも問題無い量には到達していたし、故に明日から数日は、その案の実行に邁進しようとルドウイークはまた一つ今後の方針を決定した。

 

 そしてしばらくの帰路の後、家に到着した一人と一柱は短い就寝の挨拶を交わすとそれぞれ寝室とリビングに分かれ、その日の予定を終える。

 だが、ルドウイークはすぐにソファーに横になる事は無く、ベルたちとの合流前に購入しておいた製図紙とペンにインク、そして定規を背嚢から取り出すと机に向かい、そこに何やら複雑な図面を描き始めるのだった。

 

 





原作主人公との同行は二次創作の醍醐味。
戦闘シーンはやっぱ難しいです。二人の間に実力差があるのでなおさら。

まあエリスとヘスティアの絡み書けたしいいか……。

登場キャラのリクエストとかはまだ活動報告で受け付けております。良ければご協力お願いします。

今話も読んで下さって、ありがとうございました。


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09:鍛冶師

鍛冶屋回、13000字くらいです。

100000UA行きました。多くの皆様に読んでいただけてありがたい限りです。
感想評価お気に入り、誤字報告もいつもありがとうございます。


「………………むぅ」

 

 オラリオに日が昇り、それが天頂に近づいてきた時刻。エリスは夢の世界から半分ほど現実世界に意識を戻して、ベッドに横になったままむにゃむにゃと口を動かした。

 

「んん……」

 

 そこに、雲が晴れたかカーテンの隙間から日光が差し込んできて、彼女の寝顔を一筋照らす。しかし、彼女はそれを嫌う様に寝返りを打ってから僅かに眼を開き、眼を閉じて枕に抱き着いて、次の瞬間突如覚醒してベッドから転げ落ちた。

 

「遅刻!!!!」

 

 叫んだ彼女は弾けるように立ちあがって着ていた寝間着を脱ぎ散らかすと、手早くハンガーに掛けてあった普段着に袖を通し度の入っていない眼鏡をかけ椅子に掛けてあったケープを引っ掴み――――そして今日が休みである事を思い出して、衝動的に手に持ったケープをベッドに向けて叩きつけた。

 

 ……それから、彼女は酷く落胆して肩を落とす。せっかくの休日の始まりをこの様な形でスタートさせてしまった悔しさゆえだ。しかし、自身に喝を入れて飛び起きた彼女は今更ベッドに飛び込もうという気分では無く…………結局、彼女はベッドの上のケープを肩にかけると遅い朝食を取るべく部屋を出て階段を降り、リビングへと足を踏み入れた。

 

「おっと、おはようエリス神……いや、もう昼か。今日は仕事は休みかね?」

 

 エリスが戸を閉めると、その物音に気づいたルドウイークが顔を上げて穏やかに笑いかける。机に向かう彼は目前に大きな製図紙を広げており、そこには何やら二本の剣と思しき図が描かれ、その各所に細かく説明文が記されている。

 

「おはようございます、ルドウイーク…………何書いてるんですか?」

「いや、新しく武器を用立てようと思っていてな。その図面作りだ」

 

 そう言うと、彼は図面の上に乗っていた筆記用具を避けてエリスが座れるようにとソファの端へと寄った。その空いたスペースにエリスは腰を下ろして、図面をまじまじと見つめる。

 

 それは一見、何の変哲もない長剣である。いや、実際その長剣()()特別な物は無い。問題はそれを仕舞うべき鞘の方だ。

 

「…………長剣の鞘にしては、大きくないですか?」

 

 そう言って、エリスは長剣と共に描かれた長大な刃じみたそれを指差した。実際、それは腰に()くものとは思えない大きさだ。図面によれば、それは1.5M(メドル)に迫る大きさを持つと言う。そんな鞘を持ち運ぶことに、意義があるとは思えない。エリスはそう考えて、ルドウイークに少し冷たい視線を向ける。

 しかしその視線を受けたルドウイークはその反応を予想していたと言わんばかりに頷き、身を乗り出して図面の長剣に指を滑らせた。

 

「これは、私がヤーナムで使っていた武器でね。貴女の反応から察するに……どうやらオラリオには無い物のようだな。安心した」

「えっと、つまり……つまりこれ、異世界の武器ですか?!」

 

 ルドウイークの言葉を飲みこんだエリスは彼の耳元でひどく驚き、突如耳元で大声を出されたルドウイークは珍しく、心底驚いたように目を丸くした。一方エリスはそんな彼の様子にも気付く事無く、驚愕したまま図面に食い入る様に顔を近づけ説明文に視線を走らせる。

 

「んん……えっとこれ……長剣を鞘に入れると固定されて…………? これもしかして、鞘ごと振るうんですか!?」

「その通りだ」

 

 この短時間で武具の概要を正しく理解したエリスの驚愕をルドウイークは首肯を持って迎え、そして再び身を乗り出して図面を指差し補足を始めた。

 

「これはヤーナムで私が考案した武器の一つでね。扱いやすい長剣と攻撃力の高い大剣、二つの側面を持った<仕掛け武器>だ。他の仕掛け武器に比べれば単純な構造ではあるが、その分耐久性に優れ整備も行いやすい。それにオラリオの鍛冶師たちの腕を聞く限りでは再現も困難と言うほどの物ではないように思えるし、何よりも私にとって慣れ親しんだ武器だ」

「成程……じゃあ、この図面を元にこの武器を誰かに作ってもらうつもりって事ですね?」

「ああ。後の問題は、どの【ファミリア】にこの図面を持ち込むかだが――――」

 

 ――――やはり【ヘファイストス】か。ルドウイークはこのオラリオでも最大規模の鍛冶【ファミリア】の名前を思い浮かべて口に出そうとした。しかしそれに先んじて、エリスが悩まし気に腕を組んで口を開く。

 

「……【ヘファイストス】の所に頼むのはちょっと怖いので、まずは【ゴブニュ】の所に持ち込んでみませんか?」

「【ヘファイストス】はダメなのかね?」

「えーっと…………昔、ちょっといろいろあって、彼女には少しばかり借りがありまして……」

 

 ルドウイークの疑問に、エリスはバツの悪そうな顔で答えた。それを見たルドウイークはその借りとやらが『少しばかり』では済まない物なのだろうと看破して、しかしそれを指摘するような事はせずに納得し、図面を巻いて机の横に置いてあった背嚢へと放り込んだ。

 

「ならば、まずは【ゴブニュ・ファミリア】だな」

 

 そう言うと彼は席を立ち、壁に立てかけてあった<月光>を革袋に仕舞い込んで背負いその上から背嚢も背負いこむ。それを見て、エリスは眉を顰めた。

 

「鍛冶屋さんに<月光>も持っていくんですか? それはちょっとまずいんじゃ……」

「家に置いておく訳にもいくまい。心配せずとも、鍛冶師たちには見せぬよ」

 

 エリスの疑問にあっさりとした口調でルドウイークは答えると、そのまま部屋を出て行こうとする。しかし、エリスはそんな彼の背を快く送り出す事はせず、むしろいくつかの心配事で頭がいっぱいだった。

 

 万一、あの<月光>がゴブニュに一目見られでもしたら。それは正しく大問題だ。自分でも容易く察知できたあの大剣の異常性を、鍛冶の神たるゴブニュが見抜けぬはずはない。

 それにルドウイーク、彼は意外に頭も回る男だが、交渉事があまり得意でないのは知っている。ゴブニュの所の職人たちに限ってまず無いとは思うが、もし偉い金額を吹っ掛けられてもあっさりと首を縦に振るだろう。それは良くない。ようやく日常生活が真っ当に送れる様になってきたのだ。ここでの余計な出費は致命的である。

 

 ――――もう、休み無しで出ずっぱりはこりごりです!

 

 一時期の超過労働ぶりを思い出したエリスは、もう二度とそのような目に合って堪るかという、強い決意に満ちた瞳でルドウイークの事を呼び留めた。

 

「ルドウイーク! 五分くらい待っててください! 私も行きますので!」

「突然どうしたのかね? せっかくの休日だろうに」

「そりゃ、ルドウイークさんって割とお人よしなので、不利な取引になったりしないか心配だからですよ! 私の目の黒いうちは断じて無駄遣いは許しませんからね!」

「交渉事が苦手なのは否定しないが…………まぁ、私は構わない。休日をどう使うかは、貴方の自由だからな…………」

 

 

 

<◎>

 

 

 

 オラリオの大通りは、相も変わらず多種多様な人種、職種の人々でごった返していた。丁度昼時と言う事もあってあちこちにある食堂は人々で賑わっており、道に立ち並ぶ屋台の中には行列が出来ているものもいくつかある。

 

 その一つ、ジャガ丸くんなる惣菜を売る屋台にヘスティアらしき店員の姿を見かけたルドウイークは、エリスと彼女の関係性から鑑みてそれを見なかった事にして、隣を歩くエリスに目を向けた。

 

「エリス神」

「……………………」

「エリス神?」

「…………むぐっ?」

「無駄遣いは許さないのでは無かったのかね?」

 

 ルドウイークの冷ややかな視線を受けて、エリスは口の中に詰め込んだ甘味――――『おはぎ』なる、極東の出と思しき少年と義手の男が売り歩いていた品だ――――を一気に飲みこんでから、知らぬ存ぜぬと言わんばかりに視線を逸らす。その様を見たルドウイークは頭痛を堪えるかのように額に手をやって、溜息を吐きながら苦言を呈した。

 

「まったく。我々にそこまでの経済的余裕がないのは、貴女は良く分かっているだろう。無駄遣いは避けるべきだ」

「わ、分かってますよ! でも私は神なので、もっとこう奔放に過ごしていたいというか……」

「口の周りが真っ黒だが。それでは神の威厳も何もなかろうに」

 

 そうルドウイークが指摘すると、エリスは顔を逸らして懐からハンカチを取り出して口元を拭き、それから何事も無かったかのように歩き出す。ルドウイークは聞き分けの無い子供を見るような目で彼女の背を眺めてからその後を追った。

 

 そうして二人並んで歩いていると、ふとエリスが思い出したように口を開く。

 

「…………そう言えばルドウイーク。あの図面の説明はこちらの共通語で書かれていましたが、いつの間にこの世界の文字を?」

「ニールセンに頭を下げて教えてもらったんだ。何分、読み書きが出来ないというのは些か以上に不便でね」

「ニールセンに……それなら、何で私に聞いてくれなかったんですか? 言ってくれれば一からキッチリ教えてあげたのに」

「エリス神の多忙さを知っていれば、そんな事は言えんよ。毎日夜遅くまで給仕の仕事など……神たるあなたには耐え難い物なのではないか?」

「えっいや……確かにキツイですけど、そこまで嫌いではないんですよあの仕事。いろんなお客さんが居て楽しいですしね」

 

 喧嘩してるところとか、【黒い鳥】やマギーに店の外に放り出されたりするところとか……。

 

 そんな争いの女神としての本音をエリスは飲みこんで、張りつけた笑みをルドウイークに向けた。彼はそれを疑う事は無かったようで、少し安心したかのように微笑むと、また周囲の喧騒に目を向ける。

 

 まだ、彼はこのオラリオの雰囲気に慣れ切ってはいないのだろう。

 

 きょろきょろと様々な店や人に目を向け、時に考え込み、時に目を輝かせるルドウイークを眺めて、エリスは争いを見たときとは別の楽しさをしばしの間感じていた。

 

 

 

 

 そうして歩き続けた彼と彼女は北と北西、それぞれの大通りに挟まれた区画へと足を踏み入れた。更に立ち並ぶ民家の間を潜り抜け、複雑に入り組んだ区画をしばらく進んでいった先で、彼らの前に石造りの平屋とも言える建物が姿を現す。その入り口には、誇らし気に三つの鎚の刻まれたエンブレムが掛けられていた。

 

「ここがそうかね?」

「ええ。知名度や規模は劣る物の職人たちの腕に関しては【ヘファイストス・ファミリア】に並ぶという鍛冶の古豪。神【ゴブニュ】の率いる【ゴブニュ・ファミリア】の本拠地(ホーム)ですよ」

 

 その姿を眺めながら尋ねたルドウイークに、その横顔を覗き込みながらエリスは答えた。彼女の顔には、彼の驚きや好奇心を楽しむ笑顔が浮かんでいる。暫く一人と一柱はそこで足を止めていたが、すぐに意を決し、その入り口をくぐってゆく。

 

 入り口をくぐればそこは正しく鍛冶屋の工房、それをファミリア単位に相応しい規模へと拡大したとでも言うべき巨大な空間へとすぐに辿りついた。

 そこには炉の前で火の粉が散る中赤熱したインゴットに鎚を振るうドワーフ、完成した武具を荷車に乗せ運搬する猪人(ボアズ)、火の気配から離れた位置に無造作に置かれたテーブルに向かって、冒険者と何やら交渉を行う人間(ヒューマン)と、鍛冶仕事全般に従事する者達が(ひし)めいていて、まさしく鍛冶ファミリアの本拠と呼ぶに相応しい場所である。

 

 そんな場所へ足を踏み入れたエリスとルドウイークだが、そんな彼らの作業風景を前に誰に話しかけるべきか分からず、しばらく入り口近くにただ立ち尽くしていた。

 

「…………どこもかしこも、鍛冶師ばかりだ。受付とかは居ないのかね?」

「さぁ……? 私も、ここに来るのは初めてな物で…………」

 

 彼らは顔を見合わせ、そしてきょろきょろと誰か手の空いている者が居ないかを探し始めた。すると、工房の全てを見渡せるであろう場所にあるテーブルで全体を眺めていた一人の老人が、彼らに気づくと立ち上がって歩み寄って来た。

 

 その老人は、周囲の鍛冶と比べても明らかに一線を画した風格を放っていた。何処が境かも分からぬ白い髭と頭髪を長く伸ばし、髪は頭の後ろで一つに纏めている。上半身裸のその赤銅色に焼けた肉体はまさしく筋骨隆々と呼ぶしかないほどに鍛え上げられており、所々に痛々しい火傷の跡。だがその古傷はまさしく鍛冶屋の勲章とも言うべきものであり、それだけで彼の鍛冶屋としての経歴の長さを示していた。

 

 ルドウイークは彼から感じる圧に、一瞬彼こそがこのファミリアの主神【ゴブニュ】では無いかと訝しんだ。しかしすぐに神威を感じぬ事に気が付いてその考えを振り払う。

 そんな彼を気にも留めず、老人はその威厳すら感じる風貌とは裏腹にどこか親しみやすささえ感じるような仕草で尋ねた。

 

「おう、お客さんかい? ちと、もうすぐ【ロキ】の所の奴らが帰ってくるんでよ、皆奴らの武器を修理するための準備に忙しいんだ」

 

 そう言った彼は、【ロキ】という名に一瞬げえっと言わんばかりの顔をしたエリスの姿に人の良さげな笑顔を向けた後、自身が先程まで腰掛けていたテーブルを肩越しに親指で指し示した。

 

「商談か何かなら、とりあえず俺が話を聞くぜ? けど、立ったまま話すのもなんだし、ひとまず座れるところに移動しようや」

 

 エリスとルドウイークはその提案に従い、そのテーブルに向かってそれぞれ席に腰掛ける。そして老人は彼らの向かい側の席に腰掛け、テーブルの隅に置かれていた水筒からコップに水を注いて二人の前に差し出し、それから豪快に自身の分を飲み干してから己の名をどこか楽しげに明かし始めた。

 

「そんじゃ、まずは自己紹介と行こうぜ…………俺は【アンドレイ】。ここの親方衆の頭領をやってる。ま、他のファミリアで言ったら団長みたいなもんか……」

「アンドレイ……貴方があの噂に名高い【薪の鍛冶(シンダー・スミス)】ですか!? お目にかかれて光栄です!」

「ハハッ、よせよ女神さま。俺はこの通りただの口うるさい爺さんだ。とりあえず座りな。んで、あんたらも自己紹介頼むぜ」

 

 立ち上がり、驚くエリスにアンドレイは席に着くように言うと自己紹介をするように促す。それに応じて、ルドウイークとエリスは自身等の素性を明かし始めた。

 

「私はルドウイーク、冒険者だ。こちらが私の主神である【エリス】神」

「どうも、エリスです」

「エリス……【エリス・ファミリア】か、久しく聞くな! てっきり五年前の時に潰れちまったもんだと思ってたが……」

「五年前?」

 

 アンドレイの発言を捉えて首をかしげるルドウイーク。しかしその疑問にアンドレイが答える素振りを見せる間もなく、エリスが会話に割り込んで、別の疑問をアンドレイに投げかけた。

 

「お気になさらず。それより、何故団長である貴方がいきなりやって来た私達に対応してくれるんですか? うれしいですけど、他の者に任せてもいいでしょうに」

「ああ、あんたらウチは初見だろ? そういう奴は、まず俺が見る事に決めてる。で、それから誰に仕事を回すか、或いは叩き出すかを考えるわけだ」

 

 にっこりと歯を見せて笑うアンドレイのその言葉に、エリスは緊張で体を強張らせた。つまり、ここで彼のお眼鏡にかなわなければゴブニュ・ファミリアを利用できない。それだけではなく、今後の依頼を行う際の優先順位やらにも影響するだろう。

 

 何としてもいい印象を得てもらわないと……!

 

 エリスは膝の上に置いた手を握りしめ、緊迫した視線をルドウイークに向ける。彼もエリスと同様、緊張した面持ちでアンドレイの動向を見つめていた。

 

「とりあえず、まずは注文を貰うとするか。何がお望みだい、お客様方?」

 

 そんな彼と彼女とは対照的に、あくまで明るく振る舞うアンドレイ。その言葉にルドウイークが降ろしていた背嚢を開き、中から一枚の図面を取り出してアンドレイの前に差し出した。

 

「……武器の制作を頼みたいのだが、ここに私の書いた図面がある。それを見て、まずは見積もりを立ててほしい」

「おいおい大丈夫かよ。そう言ってくだらねえ落書きを自慢げに見せつけてくる奴、年に両手で数えきれんほど居るぜ?」

「と、とりあえず見てみてください! お願いします!」

「はいよ。じゃ、ちょっと時間くれ」

 

 現れた図面を一瞬アンドレイは訝しんだが、切羽詰まって迫るエリスの剣幕に応えるように図面を広げ、そこに描かれた図に視線を走らせた。

 

「ふーん、ほうほう。成程……んん? こいつは…………」

 

 老鍛冶は図面を見て何やらぶつぶつと呟きながら、それを食い入る様に見つめている。その様子をエリスはガチガチに緊張して見守り、隣に座したルドウイークも顔こそ平静を装っているが、手に汗握り彼の反応を待ちわびていた。

 

 そうしてしばらく彼らがアンドレイの様子を見つめていると彼は突然立ち上がり、近くの壁に設置されていたラッパじみた口を開けたパイプの一つに歩み寄って、その口に向けて工房中に響き渡るような大声で叫んだ。

 

「俺だ!! テメェ暇してるだろ!! ちょっと工房に来い!!!」

 

 体を強張らせた一人と一柱を他所に、何処かへの連絡を終えたアンドレイは椅子にどっかと腰掛け自身のコップに水を注ぎ、それを一息に飲み干してから腕を組んで沈黙した。

 

 ルドウイークとエリスは彼が何者かをこの場に呼びつけたのだとすぐに理解して、片や固唾を飲み、片や周囲をせわしなく見渡してその何者かの到着に備える。そして、すぐにそれらしき男は現れた。

 

 黒いレンズのグラスを掛けた、一見何処にでも居そうな人間(ヒューマン)の男だ。歳はルドウイークと同世代だろうか。しかし良く見ればその肌の一部は鱗じみて硬質化しており、本当に真っ当な人間なのか不安が過ぎる。だがその男はルドウイークとエリスの怪訝そうな視線を無視して、アンドレイに対して不機嫌そうに食って掛かった。

 

「老いぼれめ、人の昼寝を邪魔して一体どうしたんだ」

「いいから見てみろよ。こいつは中々面白いぜ」

「…………ふむ…………ほう?」

 

 図面を投げ渡された男はつまらなそうにそれに目を走らせた後、アンドレイの座る椅子の隣に腰掛けてそれをまじまじと見つめ始めた。その様子を横目に見た後、アンドレイはルドウイークとエリスに向き直って、その男について紹介し始める。

 

「こいつは【エド】。腕は立つんだが、俺以上に偏屈な野郎でな。片手で数えるくらいの冒険者にしか武器を作ってやってねえんだ。あんまりタダ飯食わせるのも癪なんで呼び出したんだが…………おいエド! どうだ? 仕事する気にはなったかよ」

「………………」

 

 しかしエドは黙して答えず、図面に視線を向けたままだ。それを見て、エリスは口元を隠してルドウイークの傍に寄りながら図面を眺め続ける男に訝し気な視線を向けた。

 

「あの……大丈夫なんでしょうか。めっちゃ図面睨んでますけど……」

「私に聞かないでくれ。ひとまず、彼の反応を待つしかなかろう」

「アンドレイ」

 

 ルドウイークがそう呟いた瞬間エドが顔を上げ、隣に座るアンドレイに向け声を掛けた。机に肘を突きその行く末を見守っていた老鍛冶が顔を上げると、エドは不機嫌そうに、しかしどこか興奮した目で図面を見せつける。

 

「何だこの武器は? 今までに見た事の無い発想だ。これを考えた奴は妄想癖があるか、よっぽどろくでもない状況に追い込まれたか、あるいは頭の狂った奴だろう」

「褒められてますよ」

「褒められてないだろう」

 

 苛立ちのような物を見せつつアンドレイに詰め寄るエドの言を聞いて、エリスは先程までとは打って変わりにやにやと楽し気にルドウイークに笑いかけた。それをルドウイークがうんざりと言った様子で受け流していると、エドは不機嫌そうに彼らを睨みつけた。

 

「お前達がこの武器を考えたのか? それほど賢い発想が出来る部類の奴らには見えないが」

「……言いますね、この子。かつては謀略で鳴らした私に、頭のよさで喧嘩を売るとは――――」

 

 瞬間、いつの間にか立ち上がっていたアンドレイがその拳骨をエドの頭に叩きつけテーブルに盛大にキスをさせた。その様子を見たエリスは一瞬呆気に取られたが、すぐにそれを腹を抱えて笑い出す。一方それに驚いて目を丸くしていたルドウイークは、案ずるようにエドへと声を掛けた。

 

「…………無事かね? 貴公」

「無事に見えるか…………!?」

 

 その言葉に、顔を上げたエドは鬼のような形相で額から血を流しつつ答える。そして歪んだグラスを無理やりに曲げ直して掛け直すと、ルドウイークに睨みつけるような視線を向けて尊大に腕を組んだ。

 

「……お前がこの武器の考案者か。今日来たのは、これを形にしてほしいという認識で構わないか?」

「あ、ああ。そう思ってもらって構わない。だが、まずは見積もり……いや、先に怪我をどうにかした方が」

「怪我はどうでもいい。代金もタダでいいぞ」

「タダですか!?」

 

 エドの予想外に都合のいい発言に、今まで彼を笑い続けていたエリスがそれを止めテーブルに身を乗り出して声を上げた。それにエドはアンドレイに対して一度目を向け、彼が黙したままなのを確認するとテーブルに肘を立てて指を組み、エリスの言葉に頷いた。

 

「ああ、タダだ。しかし、何の対価も無しと言う訳では無い」

 

 その言葉にエリスとルドウイークの目に緊張が走った。一体何の対価を彼は要求しようと言うのか。素材集め……それなら分かる。だがその必要な素材がルドウイークに手の出せぬ階層にて出土するものであれば、一気に道は閉ざされてしまう。他にもいくつかの対価の可能性は考えられたが、もっともあり得そうで、もっとも彼らが心配するのはそれであった。

 

 しかし、エドの口から語られたものは彼らの予想とは全く別の物だった。

 

「…………その図面の権利をよこせ。そして、他のファミリアにこの武器の構造を口外しないことを誓ってもらおう。そうすれば、この武器の試作や完成品をタダでお前に卸してやる」

「えっ? そんなのでいいんですか?」

「そんなのとは何だ。新武器の図面など鍛冶ファミリアが欲しがるのは当然だろう。それにこの武器、図面では大剣だが、先端をメイスや鎚のような物に変えたなら斬撃と打撃攻撃の切り替えなども出来るだろう……そう言った意味では将来性も見込める。俺としては、まずここで手に入れておくべき品だと思うが…………お前もそう思うだろ、アンドレイ」

「ああ、俺もそう思うぜ…………って訳で、こっちとしてはそう言う感じで話を進めたいんだが、どうだ?」

 

 このオラリオにおいては、数々のファミリアが切磋琢磨し、成長を続けている。

 

 …………と言えば聞こえはいいが、実際には互いのファミリア同士で争う事で結果としてそれぞれの勢力を、そしてオラリオ全体の技術を伸ばしてきていた。このゴブニュ・ファミリアも例外ではなく、日夜鍛冶と言う面で他のファミリアとの競争を続けているのだ。

 そんな彼らが市場に無かった新種の装備に興味を示すのは至極当然な流れと言えるだろう…………しかし何よりも、エドの推論にルドウイークは驚きを隠せなかった。何せ、ヤーナムにはそう言った武器が実在していたからだ。

 

 <教会の石鎚>と呼ばれるそれは、今回ルドウイークがエドやアンドレイに見せた大剣と同様、長剣を元に大槌型の装備を装着する事で巨大な石槌とする武器である。

 教会、という言葉が示す通り教会の狩人達に愛用されたそれは、扱いやすい長剣で様々な状況に対応し、一方巨大で頑強な肉体を持つ相手に対して破壊力の高い石槌で対抗するというコンセプトの武器だ。

 

 それと同様の武器をすぐさま考え付いたエドの頭脳はルドウイークを感嘆させるには十分だった。そしてそれは彼らとの取引を肯定的に進めたいと思う格好の材料となり、ルドウイークはエドとアンドレイの提案に、何ら異論なく首を縦に振る。

 

「私としては、それで構わない…………エリス神はどうかね?」

「いや、タダで作ってもらえるって言うなら文句ないです! ぜひぜひ!」

「ハッハッハ! 決まりだな!」

 

 エリスとルドウイークの反応に気を良くして、アンドレイは白い歯を見せて豪快に笑った。そして、未だに額から血を垂らしながらも尊大そうに眼を細めるエドの肩を今度は軽く叩く。

 

「じゃ、頼むぜエド」

「…………俺が? お前がやれよアンドレイ。引退考えてるからって、人に仕事を丸投げするな」

「俺はロキ・ファミリアが帰ってきた時の準備に忙しいんだよ。お前も仕事しなきゃそろそろマジで怒るぜ?」

「チッ…………おい、移動するぞ」

 

 アンドレイに食って掛かるもあっさりと言いくるめられて、エドは席を立ち、人気のない工房の隅に置いてある円卓を顎で指し示した。それに従いルドウイークとエリスはアンドレイに礼を言ってからエドの後に続き、彼と共にテーブルの上に広げられた図面を囲むのだった。

 

「…………改めて自己紹介と行くか。俺は【エド・ワイズ】、鍛冶師だ。そっちの女神は?」

「【エリス】です。そしてこちらが<ルドウイーク>」

「よろしく頼む」

「ああ、とりあえずルドウ()ーク。その腰の剣、そいつを見せてくれ。冒険者の人となりを知るなら、話を聞くより武器を見る方が早い」

「私はルドウ()ークだよ」

「フン、紛らわしい名前だな」

 

 自身が名前を間違えても悪びれる様子も無く、あまつさえその名の判別のしにくさに口を尖らせるエドにルドウイークはただ苦笑いを返し、エリスもムッとして彼を睨みつける。

 だがエドはそんな彼らの反応もどこ吹く風と言わんばかりに鞘ごと剣を受け取って、それを抜いてみたり柄を握り手に力を込めてみたりと慎重に剣を検めていた。

 

 そしてそれが一通り終わると、彼は剣を抜き放ったままにルドウイークに確認するように尋ねる。

 

「…………数打ちの、普通の剣だな。アンタレベルは?」

「1だ」

「嘘つけ」

 

 ルドウイークの答えに瞬時に否定を叩きつけ、エドは苦虫を噛み潰したような顔で彼を睨みつけた。確かに、ルドウイークの実力は到底レベル1に収まる物ではない。だが看破されていいものでも無い。万一ギルドにレベルの偽装の件が露呈すれば、まず間違いなく多額の徴税など大きなペナルティを受ける事になるだろう。

 故にそれを聞いたエリスは内心の動揺や驚愕を一歳表に出さず、ふてぶてしい態度を保ったままにその否定に対して否定で受けて立つ。

 

「何を言ってるんですか? ルドウイークは正真正銘レベル1の冒険者ですよ?」

「謀略で鳴らしてた割に三文芝居だな、エリス神」

 

 しかしエドはエリスの悪あがきをバッサリと切り捨てて、抜き身の剣を二人に向けて見せつけた。

 

「隠そうとしてるとこ悪いが、レベル1の腕力じゃこう言う摩耗の仕方はしないんだよ。普通剣ってのは相手を切り裂く刃から摩耗するもんだが、こいつはそれより先に柄の方がイカれ始めてる。持ち主が身の丈に合わない――――自分の力を大きく下回る武器を加減抜きに使うとこう言うガタが来るんだ。心当たり、あるだろう?」

 

 その武器職人の見地からの物言いに、エリスとルドウイークは一つの反論もする事が出来なかった。実際にルドウイークは武器の摩耗を感じてこの場へと足を踏み入れており、むしろ彼の指摘に対して舌を巻く思いであった。エリスに至っては渾身の演技を三文芝居と評価されたことで怒りで眉間に皺を寄せていてとても理性的な反論ができるような雰囲気ではない。

 

 そんな二人の様子を見て自身の見解への自信をさらに強めたエドは、しかし一度溜息を吐くと今までに無かった友好的な表情を浮かべて、一人納得するように頷いた。

 

「だが、悪くない」

「……何がですか?」

 

 そんな彼の様子に、怪訝そうに眉を顰めたエリスが声を掛けた。それに対して、彼はまたどこか楽しげに、安心したように椅子へと深く寄りかかりコップに入った水を口にする。

 

「…………何。俺は、武器を作ってやる相手に一つ条件を課しててな。偶然だが、アンタ合格だ」

「……すみません。あの、条件って?」

「『弱み』だよ」

 

 もう一度コップに口をつけて中身を飲み干したエドは、エリスの問いにひねくれた笑みを見せながらに言った。

 

「『俺に弱みを一つ握らせる事』。それが俺が武器を作ってやる相手に求める条件だ」

「この男……初めて見た時から思ってましたけど、マジでロクでも無い男ですね……!」

「俺の武器で下手な事されちゃあ堪らんからな。そうならないように釘を刺しとくのは当然。悪趣味って言うよりも、ちゃんと責任感が強いって言ってほしいね」

 

 怒り心頭のエリスの恨み言をあっさりと竦めた肩でいなしたエドは、自身が絶対的優位にあるという確信を持った笑みを彼女に向ける。それがもう限界近くにまで癪に障ったのか、エリスはそっぽを向いてもはやエドの顔を見ようとしない。

 

「まあ、そう邪険にするなよ。折角やる気になったんだ。あんたらが気に入ろうが入るまいが、俺はこの図面の武器を完璧に仕上げてやる。それでいいだろう? ビジネスライクに、ドライに行こうぜ。【黒い鳥】の奴みたいにな」

 

 言ってエドは心なしか非協力的になりかけている二人の意向を一切無視して立ちあがると近くの棚から紐を取り出して、まずルドウイークの手の大きさを計る所から作業を始めるのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 【ゴブニュ・ファミリア】の本拠に足を踏み入れてから五時間後。どこか疲労に染まった表情でエリスとルドウイークは石造りの平屋から外へと踏み出した。

 既に夕方も近い時間帯ではある筈だが、いつの間にやら暖かい日の光は消え、空を灰色の雲が覆い隠している。

 

 これは降るな。

 

 指先をすり合わせて湿気の度合いを計ったルドウイークが今後天気が崩れるだろうと言う事を予測していると、それよりも早く怒りのタガが外れたエリスは口から大声で八つ当たりの雷を放った。

 

「あーもう何なんですかねあの鍛冶師! ほんっっとムカつきます! 確かに武器の問題も解決してゴブニュ・ファミリアの鍛冶師とのコネも出来ましたけど、それがあんな奴ってのは腹立ちますよ!」

「……そうだな。だが、武器が工面出来たのはあまりに大きい。彼も私の本当の実情を知っているわけでもないし、言いふらす気も無いようだからな。我慢のしどころだろう」

 

 確かに、エドはルドウイークの真実を知らぬ。まさか、レベル1ではありえない戦闘力を持つこの男が実際には【恩恵(ファルナ)】も得ていないなどと、このオラリオの人間であればまず夢にも思わないだろう。だがエリスはそんなルドウイークの意見を楽観視だと溜息を吐く。

 実際の所恩恵があろうとなかろうとレベルの偽装がばれれば結果は同じなのだ。故にエリスはどうにもあの鍛冶師に対して納得しきれぬようで、思い付く限りの辛辣な言葉を口にした後、溜息を吐くようにして言った。

 

「うー、しかも武器の完成まで半月ちょっとかかるなんて……それまでどうしましょうか……」

 

 エドは、武器の完成まで半月以上…………丁度月の半ばを過ぎて数日経った日に行われるという【怪物祭(モンスターフィリア)】なる催しの辺りまではかかるとルドウイークに告げていた。

 彼はその言葉に嘘は混じっていないかと一瞬訝しんだが、嘘を見抜けるエリスが特に反応を見せなかった事、そしていつか自身達であの武器――――<ルドウイークの聖剣>――――を試作した際はその倍近い期間がかかった事を思い出して、その言葉をひとまずは受け入れたのだ。

 

 しかし、余計な作業も要求した以上、予定よりは遅れるかもしれないな……。

 

 ルドウイークはエドとの会話の中で設計図には書いていなかった要望(リクエスト)を一つエドに伝えていた。それは細かい作業であり、実際成功するかも分からぬものだ。

 彼はその内容を想起しながら、懐の雑嚢に入れていた刺々しい石――――<血晶石>を摘みだして指先で転がす。

 

 ……彼がエドに要求したのは、血晶石を捻じ込むための(スロット)を武器に細工する事だ。成功すれば、かつて自身が使用していた武器とほぼ同じ性能の物が手に入る。

 エドには彫刻(エングレーブ)の一種だと説明しておいたし、失敗時のリスクも無いに等しいとあればその要求は理にかなったものであったろう。まぁ、成功した所でこの世界の素材が血晶石と適合するかどうかはわからないのだが……。

 

 その時、血晶石を弄んでいたルドウイークの手にぽつりと冷たい感触。それを受けた彼が血晶石を仕舞い両掌を上に向けてみると、少しずつではあったが、雨粒が降り始めるのを感じる事が出来た。

 

「雨か。早く戻ろう、エリス神」

 

 そう言ってルドウイークが歩き出そうとすると、いつの間にか落ち着きを取り戻していたエリスは足を止めたまま、申し訳なさそうにルドウイークに謝る仕草を見せた。

 

「あ、すみません。私ちょっと寄りたい所があるので、ルドウイークは先に戻っててください! ご飯も食べちゃって構いませんよ!」

「何処へ行くのかね?」

「ふふ、秘密です。それじゃ!」

 

 それだけ言い残してエリスは走り出し、ルドウイークに一度大きく手を振ってから街の中へと消えて行った。一方、その場に残され彼女の後姿を見送ったルドウイークも、今宵の食事や、そもそもこれからの時間をどうするかなどと考えながら大通りへと向かって歩みを進めて行く。

 

 ――――とりあえず、替えの長剣を用意しておくとするか。

 

 そう思い立ったルドウイークは大通りに出た後、一先ずギルドの本部へと足を向けて歩き出すのだった。

 




ルド聖剣の血晶石強化の幅本当にすき。
お気に入りの他の武器もそうだけど各属性分揃えて使ってました。

エドはラストレイヴンの彼とデモンズソウルの彼の折半です。

登場キャラのリクエストとかはまだまだ活動報告で受け付けております。良ければご協力お願いします。

今話も読んで下さって、ありがとうございました。


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10:運命の陰で

ようやく原作一巻冒頭に追いつきました。13000字くらいです。

お気に入り2500到達しました。
投稿してる別の小説のお気に入り数超えちゃった……予想外に見ていただけていて困惑しつつも喜ばしいです。ありがとうございます。

そのほか、評価感想誤字報告してくださっても居る皆さま、いつもありがとうございます。
これからも応援していただければ幸いです。


 二月も半ばを迎え、【怪物祭(モンスターフィリア)】まで残り一週間を切ったこの日。ダンジョンに潜るべく中央広場(セントラルパーク)へと現れたルドウイークは、しかしすぐにダンジョンに潜る事は無く、いつものベンチに腰掛けて空に流れる雲を見上げている。

 

 彼がそうして時間を浪費し、休息に充てている理由は二つほどあった。

 

 まず一つ、【ゴブニュ・ファミリア】の【エド】に頼んでいた装備の進捗度合いだ。今朝彼らの工房へと足を運びその様子を確かめたルドウイークであったが、そこで目にしたのは想定外の状況であった。

 

 何かの襲撃でも有ったかと勘繰るような有り様の工房と、そこら中で倒れ伏す鍛冶師達、そして顔中を殴打され気絶していたエド・ワイズその人の姿である。

 

 その様を見てすぐにルドウイークは周囲の者達の介抱を始めようとしたが、すぐに彼らから漂う酷い酒臭さに気づいた。後に目を覚ましたエドによれば、ルドウイークの依頼した<仕掛け武器>、それを巡っての一悶着があったのだと言う。

 

『……俺が設計図に手を加えようとしたらあの馬鹿ども、やれ設計図通りやれだの、どうせならもっと長剣の固定機構を複雑化しろだの好き勝手な事をぬかしやがって。それで結局殴り合いになってあのザマだ。割に合わん』

 

 そう言い捨て流した血を服の袖で苛立たしげに拭き取るエドは、殺意すら込めた視線を周囲の鍛冶たちに向けていた。

 

 …………彼の言を疑ったルドウイークが後々他の者に聞けば、そうして喧嘩になった後、騒ぎを聞き駆け付けて堪忍袋の緒が切れたアンドレイによってその場の全員が成敗され、結果としてあの様な有り様になったのだそうだ。ルドウイークには装備の構造一つでそこまでいがみ合う精神は良く分からなかったが、職人と言う生き物は『そう言うモノ』である事は何となくであるが分かっていた。

 嘗ての<火薬庫>など、意見の対立を発端として結果的に爆発事故を起こした事は一度や二度では無い。つまりどこの世界でも、鍛冶やら職人やらの性根は変わらないらしいとルドウイークは少し呆れ気味に納得した。

 

『とりあえず、お前に渡す一本目の完成予定は【怪物祭】当日だ。本当なら後二日もあれば作れるんだが、素材の手配の都合上でな。しばらくは、その粗製の長剣でも使っているといい』

 

 ルドウイークはそう言い捨てたエドに半ば追い出されるようにしてゴブニュ・ファミリアを後にした。どうやら、まだこの長剣を使って行かなければならないようだと悩みながら。

 

 既に一本目の長剣は摩耗しきって処分したため、今使っているのは都合二本目の長剣となる。だがこの一週間で既にこの剣も相当ガタが来ており、今日の冒険の帰りには、また新しい剣を工面するべきだろうとルドウイークは考えていた。

 

 

 もう一つの理由は単純に昨晩からほぼダンジョンに籠っていた事だ。狩人たるルドウイークはこの世界に来てから久しく安らかな眠りを手に入れていたものの、それでも常人よりも睡眠の必要性は薄い。

 その為彼は昨晩、ダンジョンに比較的人気(ひとけ)の無い深夜にダンジョンへと潜り、集めた【魔石】を使っての<秘儀>の発動の可否をようやく試していたのであった。

 

 今、ルドウイークは5つの秘儀を装備している。

 

 <星の娘、エーブリエタース>の一部を召喚する<エーブリエタースの先触れ>、内の夜空から隕石を撃ち放つ<夜空の瞳>、その身に残された粘液を装備に塗りたくる事で神秘を付与する<精霊の抜け殻>、周囲の者の生命力を回復する<聖歌の鐘>、そして精霊を媒介にして『上』への交信を試み、副次的に星の小爆発を伴う<彼方への呼びかけ>。

 

 それ以外にも夢の内の<使者>の姿を借りる<使者の贈り物>と<アーチボルト>の手による傑作、<小さなトニトルス>も所持してはいるが、前者はこの世界の者達に一見悍ましき使者の姿を晒せばどのような啓蒙を与えてしまうか分からぬ危険性、後者は<水銀弾>の使用を前提とした構造故に魔石での代用が効かぬので使用していない。

 

 そして、結果だけ言えば――――この内、<エーブリエタースの先触れ>と<夜空の瞳>の発動に、ルドウイークは成功していた。

 

 ダンジョンの5階層、その内の人気の無い場所まで進み秘儀を試用していたルドウイーク。彼が発動に成功したその二つの秘儀は、かつて<ヤーナム>で彼が操ったそれと寸分たがわぬものであった。だが何故、『二つだけ』発動に成功したのか。

 

 成功した理由はルドウイークにも終ぞ理解できなかったのだが、失敗した理由は明白である。空を見上げていたルドウイークは懐から雑嚢を一つ取り出して、その中に詰まった『色を失った魔石』を空に透かして見た。

 

 <先触れ>と<夜空の瞳>以外の秘儀の発動が失敗したその理由…………それは単純に『触媒が足りなかったから』である。

 

 かつて、ヤーナムにおいて秘儀を発動する時にも、必要とされた触媒の数――――用いる水銀弾の数はそれぞれ異なっていた。1つで済むものもあれば、10近い水銀弾を要求するものもあり、使用する秘儀によっては『銃』に使用する分の銃弾との兼ね合いを常に考えなければならない。

 そして今回使用できた二つの秘儀――――水銀弾を1つ用いれば扱う事の出来たこの二つに必要となった魔石の数は、ルドウイークの想像を大きく超える物だった。

 

 たった一度先触れを用いただけで、50体近いモンスターから集めたはずの魔石は瞬時に色も魔力も失い、ただの透き通った石に成り下がってしまったのだ。

 

 一度家へと戻り就寝中のエリスを起こし見せてみてもなにも感じぬただの石、という評価であったし、睡眠を邪魔された怒りを彼女がぶつけたらあっさりと砕けるほどのもろい物体でもあった。価値は無い。

 処分に困り、殆どは家へと置いてきたが、その内一袋だけは何かに使えぬかと持って来てみた。しかし、いくら思案してみてもこれと言ったものは思いつかなかった。

 

 そして今、ルドウイークは集めていた魔石を幾つかの袋に小分けにして持ち歩いている。彼は幾度かの試用の末に水銀弾一発分の量で袋を分けているのだが、それで用意出来たのは三発分、三袋だけだ。これ以上は持ち運びの邪魔でしか無く、普段の狩りに支障が出る。

 

 ――――やはり、血が介在していないのが問題か。そう考えて自身の血を塗ってみたりもしたが、芳しい結果は得られない。

 最終的には、魔石の質の問題であるとの仮説を立てるに至った。ルドウイークが持っていた魔石は5層までの弱小モンスターの物にすぎない。より『下』に住まう強力なモンスターの魔石であれば少ない量で多くの水銀弾の代替となりうるかもしれぬ。

 

 ただ、それには冒険者としての直接的な収入源である魔石を諦める必要が出てくるというジレンマを抱えていた。色を失った魔石は換金できるとは思えぬし、それ以上に出所を聞かれるのは危険だ。

 故に、今しばらくは現状維持。もう少し時間が経ち、レベルを上げた事にしてより深い階層に潜れるようになってからそれぞれの秘儀については確認するべきだと、ルドウイークは判断した。

 

 そして、失った分の稼ぎ(魔石)を取り戻す為に、ルドウイークは今ここでダンジョンに挑む前の小休止を取っていたのだ。

 

 その周囲では人影疎らだった中央広場にも少しずつ冒険者達が集まり始め、ダンジョンへと向かう姿がそこらで見受けられる。彼らは意気揚々とダンジョンに向かう者もいれば、逆に心底憂鬱そうに歩む者もおり、否応なくそれぞれの事情をうかがわせる。

 

 そうして彼らの喧騒を眺めていると、ルドウイークは行き交う人々の中に一人、迷う事無くこちらに向かってくる人物を見出した。

 

 疲れ切ったような顔の人間(ヒューマン)の男だ。青みがかったチェインメイルを身に着け、長剣と盾、そして大きな背嚢(バックパック)を装備している。

 その男は真っ直ぐにルドウイークの元へと向かいその前で一度立ち止まると、彼に顔を向け、何処か申し訳なさそうに口を開いた。

 

「隣、いいかい?」

「どうぞ」

 

 彼の言葉にルドウイークはベンチの端へと体をずらした。それに男は小さく会釈すると、ルドウイークと逆側の端に座って、誰かを探すように一度周囲を見渡す。そしてしばらくそうしていたが、目当ての人物が見つからなかったようで、どこかつまらなそうにルドウイークに対して声を掛けて来た。

 

「…………あんた、冒険には行かないのかい? 心折れたわけじゃあないだろうに、こんなとこに座ってても意味ないぜ?」

 

 大いに自虐的な含みを持った言葉を、それに相応しくどんよりとした口調で話しだす戦士。その視線は行き交う冒険者達に向けられてはいるものの、どこか遠くを見ている様な眼差しであった。それを横目に見て、ルドウイークは同じように人ごみに視線を向けたまま穏やかに答えた。

 

「……いや、実は朝方までダンジョンに居たんだが、手持ちがいっぱいになってしまってね。換金を終えたついでに、小休止を取ってからダンジョンに挑もうと思ったんだ」

「なるほど。単独(ソロ)かい?」

「ああ」

「レベル1には見えないが……サポーター位雇った方がいいぜ。効率が段違いだ」

「はは、売り込みが上手いな。ならば何かの縁だ、貴公に頼むのもいいかもしれん」

「ああ、いや、そう言うつもりじゃ無くてだな……俺はもう先約があるんだ。悪いな」

 

 そう言うと、彼はそれきり黙り込んでしまう。気まずい沈黙が流れる。それに耐えかねたか、今度はルドウイークの方からその戦士に向けて話しかけた。

 

「……貴公、見たところサポーターのようだが、この一月ほど広場では見なかった顔だ。何か事情でも?」

「………………実は、前にちょっと怪我をこさえちまってね。まぁ、怪我自体は先週には治ってたんだが……引退するか悩んでたのさ。ただ、いつも雇ってくれてる奴らが良い奴らで、まだ雇ってくれるらしくてね。それで復帰してきた、って訳だ」

「ふむ……」

 

 彼のその物言いに、何処か諦めを感じるルドウイーク。恐らく、彼は所謂専業サポーター……それも、一般の冒険者達の中から脱落(ドロップアウト)した者の一人なのだろう。

 運良く雇い主には恵まれていてそのお陰で帰還出来たのだろうが、それでも諦観が強くその表情に現れている。そんな彼がこのオラリオと言う街をどう思っているのか、それがルドウイークは気になって、周りに聞こえぬよう少し小声で彼に問いかけてみた。

 

「私は、オラリオに来て一月と半分ほどだが……貴公は、この街についてどう思う?」

「生き辛い街さ」

 

 ルドウイークの問いに、男は皮肉めいた笑みを浮かべ小さく肩を竦めた。

 

「強ければ神々に目を付けられ、弱けりゃ歯牙にもかけられねえ。上位ファミリアの横暴のツケを払うのは何時だって俺らみたいな弱小ファミリアか市民たちだ。【ギルド】の連中も市民のガス抜きの為に【怪物祭】なんてやるみたいだが、本当に意味があるのか俺には良くは分からんね…………まぁ、神と共に生きる以上、多少の理不尽はあるもんだとはわかっちゃ居るんだけどよ」

「……そうだな。ダンジョンと言う大目標があるにもかかわらず、ここの人々は少々いがみ合いが多いように感じる。オラリオの最上位ファミリアが力を合わせれば、ダンジョン攻略ももっとスムーズに行くだろうに」

「そう言う時代がない訳でも無かっただろ、【ゼウス】と【ヘラ】が手を組んでの【三大クエスト】への挑戦。あれが最後までうまく行ってりゃ……って、俺は今でも思っちまう」

「世知辛いな」

「まったくだよ」

 

 話し終えた直後、半ば呆れたように同時に溜息を吐いて彼らは顔を見合わせておかしそうに笑った。そしてルドウイークは背嚢を背負い直すと、ベンチを立ち、彼に別れの挨拶をする。

 

「……さて、私は行くよ。暗い話に付き合わせて、すまなかったな」

「なぁに、愚痴の一つたまに言わなきゃ、人は擦り切れて折れちまう。アンタ、その内出世しそうだしな。精々頑張ってくれよ」

「ああ。では失礼する」

 

 そう挨拶して、ルドウイークは喧騒の中に消えて行った。彼の後姿を、その戦士はどこか羨ましそうに眺めている。すると、ルドウイークの消えた方向と逆側から二人組――――エルフとドワーフと言うオラリオでも珍しい組み合わせの冒険者が戦士の元へと歩いてきた。

 

「どうも、お久しぶりです。お元気そうで安心しました……ほら、ホレイスも」

「……………………」

「すみません、こう言う奴なので……」

「知ってるよ。ま、それじゃ行こうぜ……前みたいに欲かかんでくれよ」

「アハハ……とりあえず、今日は3層くらいまでにしておきますか。我々も少し強くなっているので、大船に乗ったつもりでいてもらっていいですよ」

「だといいけどな」

 

 

 

<◎>

 

 

 

 ダンジョンに潜って2時間ほど。第5階層で魔石集めを続けていたルドウイークは最後のコボルトの頭に握り拳を落とし頭蓋を凹ませて昏倒させると、素早くその魔石を抉り出して雑嚢へと放り入れた。

 

 既に水銀弾一発分に等しい量の魔石を収集し、目的は達成したと言える状態にはなっていたが、ルドウイークは普段よりも更に気を張り絶え間なく周囲を警戒している。

 

 ――――今日のモンスター達は、明らかに緊張しているな。

 

 ルドウイークは普段とのモンスター達の雰囲気の差異に、強い警戒を向けていた。どうにもモンスター達も何やら不穏な気配を感じ取っているようで、しきりに周囲を警戒し、明らかに苛立ちを持ってダンジョンを徘徊している。

 

 頭上から襲い掛かったダンジョン・リザードの顔面に振り払うように裏拳を与え首を270度回転させつつ、ルドウイークは今日の雰囲気を訝しむ事を止められなかった。

 

 今日はもう切り上げるか。

 

 第5階層の端まで来ていたルドウイークは最大限のリスクを考慮して、今日の探索を切り上げることを決定する。既にひと月以上親しんだとはいえ、彼にとってダンジョンはまだまだ未知の塊である。<聖杯ダンジョン>の如き悪辣さをこの場所が見せる事はまだ無いが、もう少し下層に行けば天然の(トラップ)じみた構造や、陰湿なモンスターも出現するとはニールセンからよく聞かされていた。

 だが、ここから第4階層に戻るには少しばかり離れすぎてしまっている。あまり端に来すぎるべきでは無かったかとルドウイークは後悔した。

 

 ――――その時、ルドウイークの聴覚は遠方からの、誰かの叫び声を察知した。入り組んだヤーナムで助けを求める者を素早く発見するために鍛えられた彼の聴覚は、このダンジョンでも遺憾なくその力を発揮している。

 ルドウイークは即座にその場を駆け出し、声のする方に向かった。通り掛けに徘徊していたモンスターを鎧袖一触の勢いで処理して、凄まじい勢いで声の元へと向かってゆく。

 

 その内、悲鳴の声がどんどん近づいてきた。何やら喚き散らすその声は、最早この世の終わりだと言わんばかりな悲痛な響きを持って、支離滅裂に現状の危険性を叫んでいる。

 ルドウイークは更に速度を上げ、その声の元へと迫る。すると、声に近づくにつれてその叫んでいる言葉も明確になって来た。

 

「ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイ! 姐さん今日はマジで帰りましょうって!!! 何かすごいヤバイのが来るんですよ!!」

「今日はまた一段とうるっさいねぇ…………【RD(アールディ)】、もーちょっとシャンとしなよ」

「無理無理無理!! 何で姐さん解ってくれないんですか!!! ああもう来る! 来ます! 来てます!」

「なんかの宣伝かい? まったく……」

「無事か貴公ら!?」

 

 彼らの元へとルドウイークは飛び出し、その姿を視界に捉えた。そこに居たのはうんざりとした表情の赤毛のアマゾネスと、その足に縋りついて涙を流す頼りない小人(パルゥム)の男。ルドウイークの声にその二人は揃って振り向いて、次の瞬間小人の方が絶望したかのように目を見開き、今までで一番大きな叫びを上げた。

 

「ギャ――――――――ッ!!!!!! ヤバ、ヤバーイ!!!!! 姐さん無理です、もう無理! 俺ら終わりです!! 何でこんな人がここに居るんですか!? 死ぬ!! 今死ぬ! 俺死んだ! 死体ですから!! 俺死体なんで殺さないで!!! 死ぬーッ!!!」

「ちょっと黙ってなRD!!!!」

 

 ギャン! と言う悲鳴と共に、振り下ろされた拳によって小人は沈黙させられその場に死体じみて倒れこんだ。

 

「……悪いね。コイツ、普段はここまでならないんだけど、今日は一段と騒がしくて」

「いや…………ひとまず、無事で何よりだ」

 

 気まずそうに、見せたくないものを見せてしまったと表情を歪めるアマゾネスにルドウイークは苦笑いを浮かべる。そして、僅かに沈黙した後、思い出したように雰囲気の違和感を伝え始めた。

 

「だが、彼の言っていた事にも一理ある。今日は何かおかしい。私も冒険を切り上げた所なんだが、君達も戻った方がいいと思う」

「そうさね……こいつもそんな事を叫んでたし、多分今日がヤバイのは間違いないみたいだ」

 

 溜息を吐き、アマゾネスはピクリとも動かぬ小人を雑に指差した。その仕草に、だが確かな信頼をルドウイークは見て取って眼を閉じ、腕を組んでしばし思案する。そこに、アマゾネスの女が待ちきれぬという風に一つの提案を投げかけた。

 

「アンタも帰るって言うのならどうだい? 即席のパーティを組んで上を目指すのは? 一人で動くより、よっぽど安全だと思うけど」

 

 そうだな……。と、ルドウイークは彼女の提案に乗ろうとして眼を開いた瞬間、視界に一筋の光を見る。

 

「……すまない、用事が出来た。君たちだけでも戻ってくれ。失礼する!」

「ちょっとアンタ!?」

 

 言い終えた瞬間、ルドウイークは呼び留めるアマゾネスの声も無視してこれまで以上の速度で駆け始めた。光の糸、<導き>。このような状況下で現れるのであれば、間違いなく何かが起きている!

 

 ルドウイークは覚悟を決め、走りながら背の<月光>を仕舞い込んだ袋の口を開いた。緊急となれば、これを振るう事もあるやも知れん。エリス神との関係の為にも、抜かずに済むのがもっとも良いのは間違いないが。

 そう思案するルドウイークの耳に、今までこの階層では聞いた事も無い何かの叫び声が届く。正しく、ルドウイークが知る獣の如き咆哮。それに危機感を新たにしながら、彼は導きに従いダンジョンを駆け抜けて行った。

 

 

 

<◎>

 

 

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!』

「ほああああああああああああああ!?!?!?」

 

 その時、ベルはルドウイークと同じ5階層の隅で、この階層に居るはずもない中層のモンスター、【ミノタウロス】の脅威を前に、絶体絶命のピンチに陥っていた。

 

 レベル1、それもまだ駆け出しのベルとギルドからレベル2に認定されたミノタウロスの間には、文字通り天と地ほどの差がある。

 それだけではなく、ミノタウロスは階層ごとに評価されるモンスターの危険度の評価で、当該層である15階層での最高ランク、星三つの危険度を有する強力なモンスターだ。同じレベル2の冒険者でもそう容易く無い相手がレベル1のベルとぶつかればどうなるか…………その答えは、火を見るよりも明白な物であった。

 

『ヴモオッ!』

「うわぁっ!?」

 

 その筋骨隆々の腕がベルの先瞬まで居た場所の地面を易々と殴り砕き、触れても無いのに衝撃だけでベルを放り出して無様に地面を転げさせる。そして壁にぶつかり、動きを止めたベルの前でミノタウロスは彼をヒトから肉塊へと変じさせるであろう拳を引き絞った。

 

「ひいっ!?」

 

 ベルは咄嗟に腕で防御の姿勢を取る。だが、そんな物が何の助けになろうか。その腕ごと彼を叩き潰さんとしてミノタウロスが拳を放とうとして――――

 

 ――――瞬間、一筋の白閃が閃いた。

 

『ヴォ?』

「へっ?」

 

 その身に感じた違和感にミノタウロスが、次いでその声を聞いたベルが怪訝そうに疑問の声を上げる。するとその閃光――――余りにも研ぎ澄まされた斬撃が、胴体、腕、大腿、首、全身を奔り抜け、次の瞬間にはミノタウロスは断末魔の叫びと共に、盛大に血を撒き散らしながら肉塊へと変じていた。

 

「…………大丈夫ですか?」

 

 血のシャワーを浴び、その白い髪だけではなく上半身を真っ赤に染めたベルに、鈴がなるような可憐な声で斬撃を放った少女は話しかけた。

 

 女神にも引けを取らぬ美貌、光をそのまま形にしたかのごとき金の長髪、あどけなさを残す表情、宝石にも劣らぬ金色の瞳、なにより、圧倒的なまでの剣の冴え。都市最強の一角、【ロキ・ファミリア】の幹部にして【剣姫(けんき)】の異名を取るレベル5、【アイズ・ヴァレンシュタイン】がそこに居た。

 

「…………ぁ」

 

 その彼女を前に、真っ赤になったベルは何も口にする事が出来ず、ただ呆けたように目を丸くして彼女を見上げるばかりだ。

 

「………………大丈夫、ですか?」

 

 念を押すように問いかける彼女の言葉も、呆然自失としたベルには届かない。それを訝しんで、より一歩ベルに近づくアイズ。瞬間、少年は血塗れの顔を更に赤くして、震える唇で何か声にならない声を上げた。

 

「――――だ」

「……だ?」

 

 アイズが形の良い眉を顰めると、尻餅をついていたベルはがばっと跳ね起き、そして。

 

「だあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

 

 叫びながら、脱兎のごとく彼女から逃げ出してしまった。

 

「………………」

 

 それを見たアイズは、ベルと立場が逆転したかのように口をぽかんと空け、その後姿を見届ける。すると、その後ろからくぐもった笑い声と足元が聞こえ、アイズは其方へと振り向くと、そこには灰色の髪の狼人(ウェアウルフ)の青年が立っていた。

 

「くっ……くくっ……お前、あんなチビにビビられちまって……折角助けてやったのに、ひでえ仕打ちだなぁ、おい。くくっ……」

「…………ベートさん」

 

 彼女の前にいたのは、同じくミノタウロスを追跡してきたロキ・ファミリアのレベル5。【凶狼(ヴァナルガンド)】こと【ベート・ローガ】だ。先程の一部始終を目撃していたのか、おかしくてたまらぬと言った彼の姿にアイズはその形の良い眉を顰めて、咎めるように呟いた。

 

「…………笑わないで、ください」

「ハッ、笑わずにいられるかってんだ。……ともかく、ミノタウロスは後一匹残ってんだ。雑魚どもがくたばらねえうちに、さっさと叩き潰すぞ」

「…………うん」

 

 アイズの返事が終わらぬうちに、狼人の優れた嗅覚を生かしてミノタウロスを追跡し始めたベートに彼女は続いた。先ほどの少年の姿に、少し、後ろ髪を引かれるような思いを感じながら。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「成程。実際、上層のモンスターとは比べ物にならないな」

 

 そう呟きながらルドウイークは一歩身を引き、眼前を通過するミノタウロスの拳をじっくりと観察した。

 

 光の糸に導かれルドウイークがたどり着いた小部屋(ルーム)では、この階層に居るはずもないミノタウロスが獲物を探すように、或いは何かを警戒するように周囲を見渡していたが、ルドウイークを見つけるなり咆哮を上げ襲い掛かってきたのだ。

 

 その攻撃能力はこの階層のモンスターとは比べ物にならず、それだけではなく、耐久性も比べ物にならない。その証拠にルドウイークの握りしめた長剣は柄の部分だけとなっており、その刃はミノタウロスの脇腹に深々と食い込んでいた。

 

 ルドウイークはまず、襲撃してきたミノタウロスに自身の肉体だけで対応するのは軽率と考え、その耐久力を試すため長剣でその脇腹に一撃を加えた。だがそれさえも軽率であったようで、摩耗した長剣はミノタウロスの筋肉に食いこんで、彼の手元には柄だけが残ってしまったのだった。

 

 さて、どうしたものか……。

 

 その後、ルドウイークはミノタウロス相手に月光を抜くべきかを思案しながら、その動きを淡々と『解剖』し続けている。動きも力も、確かにレベル1とは比べ物にならない。だが、それを更に上回るルドウイークにとっては問題が無く、故に悩みどころでもあった。

 

 『狩人は油断してはならぬ』。当然の警句である。そして狩人は同時に『相手を獲物とせねばならない』。故にルドウイークは慎重に、ミノタウロスの力を推し量っていた。

 

 ――――おそらくは、自分自身の身体能力でまだ対応できる範囲。だが、万一と言う事もある。

 

 そして、回避の繰り返しの中でルドウイークはいかにしてこのモンスターを殺害するかについてを決定した。拳でも倒す事は出来るだろうが、耐久力の程までは分からぬ。無為に反撃を食らえばそれが元となり死亡する可能性はいくらでもある。それゆえ一撃で殺す。

 

 真面目腐った顔でそう結論付けたルドウイークは、眼前をミノタウロスの大振りな右フックが通りすぎた瞬間一歩前に出る。それに反応して、ミノタウロスは拳の動きを留め、反転させ、強烈な裏拳をルドウイークへと叩き込もうとした。

 

 それを、ルドウイークは容易く足掛かりにする。跳躍し、自身の下を通り過ぎる拳を踏んで瞬時に再跳躍した彼はそのままミノタウロスの左肩に着地すると、そっと左掌をミノタウロスの側頭部に向けて開いた。

 ミノタウロスはその行為を手酷い挑発だと判断して振り抜いた右手を戻し彼を握りつぶそうと鼻息を荒くする。そして、その眼は向けられたルドウイークの左掌を見た。

 

 ――――それが、そのミノタウロスが知覚出来た最後の光景となる。

 

 直後、ルドウイークの掌から爆発的に触手の奔流が躍り出てミノタウロスの顔面を破壊した。眼窩を貫き、鼻孔をこじ開け、耳から脳をぶちまける。そしてその威力に耐える事など敵わぬその頭部はまるで爆ぜるように吹き飛んで、ダンジョンへと盛大に脳漿を撒き散らした。

 

 頭部を失ったミノタウロスが、力を失いあっけなく崩れ落ちる。その転倒に巻き込まれぬよう離脱し着地したルドウイークの背後で、ミノタウロスの死体は地面に叩きつけられて盛大な轟音を響かせるのだった。

 

 振り向いたルドウイークはさも当然の光景だという風に動揺も無く、その魔石を抉り出そうと短刀を抜いた。彼にとって、自身の挑めぬ階層のモンスターがこうして現れたのは幸運であった。秘儀の触媒として、よりよい物を手に入れる事が出来るからである。

 それに魔石を抜いてしまえば死体も残らず、彼が暴れた証拠も残らない。

 

 まこと、都合のいいものだ。そうルドウイークが一人ごちた瞬間。

 

「オイそこの白装束!」

 

 背後からかけられた声に、ルドウイークは焦って振り返った。

 

 そこに居たのは苛立たし気な狼人の青年と、人形めいた美しい人間(ヒューマン)の少女。その身に纏う雰囲気と血の匂いから、ルドウイークは彼らがミノタウロスなど比べ物にならない強者だと判断し、緊張を持って正対する。すると、青年の後ろに控えていた少女が、表情を動かさずにルドウイークに問いかけて来た。

 

「…………大丈夫ですか?」

「………………あ、ああ。何とかね」

 

 その質問の意図を一瞬理解できなかったルドウイークだったが、ふとここは5階層でミノタウロスはここには存在しえぬモンスター、そして自身がレベル1を装っているのだと今更ながらに気が付いた。

 

 ――――まずい。見られたか? ルドウイークは適当な答えを返しながら冷や汗を流す。恐らく、彼らはこのミノタウロスを追ってきた冒険者だ。そのレベルは最低でも3はあるだろう。

 そんな彼らからすれば、レベル1であるはずの自分がレベル2のミノタウロスを手玉に取る、と言うのは些か不自然な事態である。怪しまれても無理はない。

 

 いかにしてこの状況を切り抜けるか、ルドウイークは友好的な顔の裏で必死に思案してゆく。だがこう言った状況に滅法弱い彼はいい方法を思いつく事が出来ぬ。その内、悩んでいるのが顔に出て、それに気づかぬままルドウイークはうんうん唸り始めた。それを見た狼人の青年は苛立って声を上げる。

 

「おいそこのテメェ。お前がミノタウロスを()ったのか? 所属はどこだ?」

 

 その言葉を聞いて、彼らが事の一部始終を見ていたわけではないと理解したルドウイークは、咄嗟に手ひどい嘘を吐いた。

 

「…………いや? 私ではない。私が来た時にはもうミノタウロスは斃れていたよ。大方、どこかの高レベル冒険者が通りがかりに始末していったのではないかね?」

 

 折れたままの剣の柄を雑嚢に滑り込ませつつ、ルドウイークはあっけらかんと言い放った。それを聞いて少女はミノタウルスの死体を検め始めたが、一方で青年の方が納得が行かないと言った顔でルドウイークを睨みつける。

 

「あン? 適当な事言いやがって。他に誰の匂いも感じねえぞ! つーかやたら……何の匂いだか分からねえが…………あー、面倒くせえから、何がありやがったか正直に答えろよ」

 

 そう言って、青年は前かがみになって凄んだ。必要とあれば何時でも飛びかかれる態勢だ。それを見たルドウイークは、どうやって彼を欺くべきかさらに思案を重ねる。すると、死体を検めていた少女が座り込んだまま、青年に声を掛けた。

 

「ベートさん、ちょっと」

「あン? んだよアイズ」

「この死体、凄い事になってます」

「はぁ?」

 

 青年はそれを聞き、一度ルドウイークに睨みを効かせると少女の元へと歩み寄って、その横に屈みこんだ。

 

「ンだよ、今忙しいってのに」

「この傷、凄い力で、頭を打ち抜いたみたい。それも同時に、原型が無くなるくらいの回数を。よっぽど特殊な武器か魔法じゃなきゃ、こういうのは出来ないです」

「…………何が言いてえんだよ」

「多分、あの人じゃない。変な武器も持ってなかったし、マナの残滓も無かった」

 

 そこまで言って、少女はルドウイークの方に目を向ける。青年もそれに釣られてそちらを向けば、そこには既にルドウイークの姿は無く、まるで最初から誰も居なかったかのような空間があるだけであった。

 

「クソッ、あの野郎いつの間に……!」

 

 怒りに顔を歪め歯ぎしりする青年。その姿を見て、少女は少し愉快そうに笑った。

 

「ふふ、ベートさんも逃げられた」

「うるせえ!」

「ビビらせる、からですよ」

「うるせえぞ、何度も言わせんな! ……畜生、とりあえず戻るぞ!」

 

 少女――――アイズの言葉にいきり立って言い返すと、彼――――ベートはミノタウロスの魔石を手早く抜き出して、その場を後にするのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「ふぅ……追っては来なかったな…………」

 

 地上へ戻り、中央広場のいつものベンチに疲労困憊して寄り掛かったルドウイークは、此度の冒険での成果を頭の中で整理した。

 

 ミノタウロスの魔石を得る事は出来なかったが、そのミノタウロスの戦闘能力を学習でき、更に<先触れ>にはレベル2のモンスターを容易く殺害できる程度の威力がある事を知れたのは決して悪い成果ではない。ただ、まさかあれ程の有名冒険者に出くわすとは思わなかったが……。

 

 【ベート・ローガ】、そして【アイズ・ヴァレンシュタイン】。このオラリオで最強とされる探索系ファミリアの一角【ロキ・ファミリア】の中核メンバーだ。エリスがロキの名にあからさまに嫌な反応を示していたことからして、出会ったと知れればエリスはいい顔をしないだろう。

 

 とりあえず、しばらく休んだら換金して、家に戻るか……。

 

 そう考えたルドウイークの思索を、大歓声が遮る。何事かと思ってそちらに視線を向ければ、冒険者たちがある集団に道を開け、彼らを羨望の眼差しで眺めているのが見えた。

 

 小人の男性を筆頭にしたその集団は、誇らしげにファミリアのエンブレムを掲げて中央広場を横切ってゆく。その中には今し方ルドウイークが想起していた灰髪の狼人と金髪の少女の姿も含まれていた。

 

 ロキ・ファミリア。しばらくギルドの遠征クエストによってダンジョンに潜っていた彼らが、この度地上へと凱旋(がいせん)したのだ。その威容は長い戦いの後とは思えぬほどに誇り高く、周囲の冒険者達に熱を持たせるには十分過ぎた。

 そして同時に彼らに対していい想いを持っていないであろう者たちが、確かに緊張感をあらわにするのをルドウイークは感じ取る。

 

 ――――これから、少し騒がしくなりそうだな。

 

 彼らの姿を見て、ルドウイークはこの先のオラリオに何らかの波乱が待ち受けているような言いようのない予感を抱きつつ、その場を後にしてギルドへと向かうのだった。




原作の時系列に突入しました。ここまで長かった……。
ロキ・ファミリアも登場し始めたし、ルドウイークにも原作キャラの皆と程々に絡ませたいですね。

今回も何人か顔を出しましたが、フロムキャラの登場リクエストを活動報告で受け付けております。
その他のご要望共々、良ければご協力お願いします。(遂行できるとは言ってない)

今話も読んで下さって、ありがとうございました。


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11:【豊穣の女主人】

16000字ちょいです。

感想150、ありがとうございます。
皆様からの感想、特に濃い物は読ませていただくのを大いに楽しみにしております。
また評価お気に入り誤字報告などをして下さる方々、誠にありがとうございます。
これからも応援していただければ幸いです。


 【ロキ・ファミリア】がダンジョン【深層】への遠征から帰還した翌日、昼下がり。人々の行き交う南東の大通り(メインストリート)を歩くルドウイークの横を、ガラガラと車輪の音を鳴らしながら馬車が駆け抜けて行った。

 

 馬車がその音の聞こえぬところまで遠ざかる事には、人々が馬車の生んだ間隙を埋めてごった返す。その騒がしさは、ルドウイークがオラリオに来てから一番の物だ。

 

 それはやはり、【怪物祭(モンスターフィリア)】を目前に控え外部から来訪した者も混じっているから――――だけではない。おそらく、オラリオ最強の一角【ロキ・ファミリア】の帰還が市民や冒険者達に与えている影響も少なくないのだろうとルドウイークは推測していた。

 

 思案を続ける一方で、ルドウイークは物資の買い出しのためにいくつかの店舗を回っている。火の車であった【エリス・ファミリア】の財政事情はルドウイークの尽力により、彼とエリスが日常生活を送るには不足の無い程度には改善の兆しを見せていた。

 ルドウイークは大通りに立ち並ぶ店に足を踏み入れ、生活必需品などを購入し、背嚢へと放り込んでまた次の店へと向かう。そしてその内最後に訪れる予定だった雑貨屋で今朝エリスが取り落とし砕いた皿の替えを買うと、ついでに店頭に並んでいたギルド発行の新聞を一つ手に取った。

 

 そして買い物を終えたルドウイークはすぐには家へと戻らず、そのまましばらく歩いて中央広場(セントラルパーク)へと向かい、そこのいつも座っているベンチに腰掛けて新聞を広げて紙面に視線を向け始める。

 

 その第一面には、まずロキ・ファミリアの文字。そしてそれには彼らの無事の帰還を喜ぶ文章が続いて――――は居なかった。そこにあったのは、ロキ・ファミリアが今回の遠征において未踏査階層への進出に失敗したという客観的な成果についてと、彼らに撤退を決断させる原因となったらしい新種のモンスターについて。

 

 そして彼らの失態として、ミノタウロスを上層にまで逃がしてしまった件が簡素に記されていた。

 

 ギルドの新聞はオラリオの情勢だけではなく、こう言った冒険者向けのニュースも掲載される事もある。他には新たに決まった冒険者達の【二つ名】だったり、神々の会合のお知らせだったりだが……。

 

 ルドウイークはその新種モンスターについての情報に素早く目を走らせる。芋虫型で、極彩色(ごくさいしき)の魔石を持つそのモンスターとロキ・ファミリアの遠征隊は51階層、及び50階層で激突し、遠征隊に殲滅されるもその特殊な溶解液によって甚大な被害をもたらしたとのことだ。

 ギルドは一応の注意を呼び掛けているが、そもそもその階層にまで到達できる者自体がオラリオでもごく稀なため、注意喚起としては意味を成さないだろう。

 

 そして、ルドウイークも遭遇したミノタウロスの上層への逃亡の件。これは、当のロキ・ファミリアにとっても想定外の案件で、幸いにも犠牲者は居なかったとのことで文量はそれほど割かれていないが…………もし犠牲が出ていたならかなりの批判、そしてギルドからのペナルティなどもあったはずだ。

 

 ――――上位ファミリアにも、それなりの気苦労はある物なのだな。

 

 オラリオにおける権力闘争の一端を推察したルドウイークは一通り第一面を読み切った後、第二面に目を向けた。そこには【怪物祭】の開幕まで一週間を切っている旨とその開催スケジュール、当日の交通規制についてなどが事細かに記されている。

 だが、それがルドウイークの興味を引く事は無かった。怪物祭当日は【エド】の元へ新たな武器を受け取りに行く手はずになっている。その為、彼は怪物祭にそこまで強い参加の意志を持つ事が出来なかったからだ。

 

 そのままルドウイークは新聞を矢継ぎ早にめくって、それぞれの面に目を通していった。

 

 しかし、そのほとんどは彼の興味を引くような物では無かった。新製品の宣伝や加入者を募集するファミリアの広告、ギルド職員によるコラム、商業系ギルドによる会合のお知らせなど…………。

 

 『【ゴブニュ・ファミリア】、新製品開発中との噂』『料理店組合会合のお知らせ』『【ガネーシャ・ファミリア】のモンスター捕縛隊、【仮面巨人】と遭遇。一触即発か』『【ディアンケヒト・ファミリア】、ポーション大安売り開催中!』。

 

 それらの記事に軽く目を通したルドウイークは【ゴブニュ】の新製品とは己の依頼した仕掛け武器の事なのだろうな、とどこか他人事のように思案する。そして新聞を畳んで背嚢に放り込むと、ベンチから立ち上がって帰路につくのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「おかえりなさい、ルドウイーク」

「ああ。買い出しの品はこれで良かったかね」

「んー、オッケーです。そっち置いといてください」

「分かった。何か手伝えることはあるかね?」

「えーっと……もう終わるんでだいじょぶです。休んでてもらっていいですよ」

 

 家に戻ったルドウイークは荷をエリスの指定した場所に並べると、衣服を畳む彼女に、何か手伝う事は無いかと尋ねた。しかしエリスがその提案に大丈夫だと笑いかけると、ルドウイークはソファに座って<月光>の手入れをし始めた。

 

 光を反射するその刀身は、しかしここしばらく戦いの場で抜き放たれたことは無い。単純に必要がないからだ。ルドウイークにとって今まで戦ったモンスターの殆どは数打ちの長剣、あるいは徒手空拳で対応出来る相手であり、特別な装備である月光を抜くほどの相手ではなかった。

 

 唯一、ミノタウロスは長剣では対応できなかったものの、それでも月光を振るうには至らない。更に<ルドウイークの聖剣>が完成してしまえば月光を用いる機会はさらに減る事になるだろう。

 だが、振るう機会がない訳でもない。それ以降、更なる下層に向かえば月光の力を要する事はあるだろうし、月光自身が輝く事を要求する場面もない訳では無いはずだ。

 

 それに、オラリオに居る第一級冒険者と呼ばれる者達。彼らと渡り合うのであれば、ルドウイークの聖剣だけでは足りぬ事もあるだろう。先日ダンジョンで出会った狼人(ウェアウルフ)の青年と人間(ヒューマン)の少女の姿を想起してルドウイークはそう結論付けた。

 

 基本的にルドウイークが『人』に対して月光の<輝き>を見せる事はまず無く、それを向ける事もまた同様だ。ただ、月光の芯たる大剣のみであれば戦いに用いる事はあったし、それだけでも彼の実力は十二分に強大なる物である。

 

 ――――ただ、時と場合によっては『人』に対して月光を開帳する事もある。あの悪夢の中で、<最後の狩人>を相手にそうしたように。

 

「そうだルドウイーク、ちょっといいですか?」

「何だね、エリス神」

 

 思案の海に沈みかけていたルドウイークに、衣服を片付け終えたエリスが声を掛けた。それに首を巡らし、何事かと目を向けるルドウイーク。その彼に、エリスはどこか申し訳なさそうに笑いかけた。

 

「いえ、実は昨晩【鴉の止り木】亭で喧嘩がありまして。その後始末で今日は休み……なんですが、私は後片付けに行かなきゃなんですよ」

「…………昼の内に片付けて夜は営業、ではないのかね? 仮にも商売だろう」

「元々店主の道楽でやってますからねぇ、あそこ。まぁそういう訳で私夜はいないので、今夜の食事はどうにかしてください」

「了解だ。しかしあの眼帯の店主、割と抜け目ない方だと思っていたが」

「んー、実はあの人、店主の代理なんですよねー。店主本人はパン作りに夢中で、別の場所に工房作ってそこであーだーこーだやってるらしいですよ。直接会った事無いんですけど」

 

 どこか不思議そうに答えるエリスに、一方ルドウイークは今宵の食事をどうするか早くも思案し始めていた。そこにエリスが別の話題を、世間話のように気軽に口にする。

 

「所でルドウイーク、一つ提案があるのですが」

「なんだね?」

「そろそろ【レベルアップ】するつもりはありませんか?」

 

 そのエリスの提案に、ルドウイークは一瞬きょとんとした顔をした。

 

 【レベルアップ】。読んで字の如く、冒険者達の強さを明確に示す【恩恵(ファルナ)】の数値だ。彼らは自身の【ステイタス】を鍛え上げ、その上で自身の限界を突破するような特別な経験――――【偉業】を経ることで自身のレベルを上昇させる事が出来る。

 当然、レベルを上げずともステイタスを伸ばす事は出来るが、それだけではいずれ頭打ちになってしまうために、より上を目指すのであればレベルを上げるため何らかの困難に挑む事が冒険者には必要となってくるのだ。

 

 だが、それは一般の冒険者の話だ。レベルは愚か恩恵さえも持たず、その身一つで冒険者を装っているルドウイークにレベルアップという概念は無い。その為、思案したルドウイークは一層首を傾げた。

 

「レベルの無い私にレベルを上げろとは、一体どういうことだ? 何か理由が?」

「ありますとも。基本的に冒険者のステイタス……と言うのは部外秘なのですが、レベルだけは【ギルド】への公開と申告が義務付けられているんです」

「成程。その義務への違反のペナルティが大きいからこそ、【エド】に欺瞞を見抜かれた時に焦った訳か」

「そう言う事ですけど、あんまりアイツの名前出さないで下さい。きらいなので」

 

 今も仕掛け武器の製造に汗を流しているであろう嫌味な鍛冶師の名を出されエリスは眉を顰めた後、至極面倒くさそうに、ギルドがレベルの申告を要求するその思惑について推察した。

 

「ともかく、ギルドはレベルだけに関しては大真面目に申告義務を要求してきます。オラリオの秩序を担う者達として、全体のパワーバランスは常に把握しておきたいのでしょうね。そう言った努力があったからこそ、【ゼウス】と【ヘラ】の退場後もファミリア同士の内戦なんて事にならずに済んでいるんでしょう。ですけど、レベル2になればもう少し下層まで行っても疑われる事がありませんし、貴方にとっても悪い話では無い……って私は思いますけどね。どうですか?」

「ああ、それはいい。本当にいい話だ」

 

 ルドウイークはエリスの補足に実に嬉しそうに頷く。実際、もっと下へと進出しなければならないとは感じていた。何せ、今彼が探索している上層の前半より更に下に居るはずのミノタウロスを容易く撃破出来るのだ。

 それにレベル1の身ではあまり突飛な事も出来なかったが……レベル2ともなれば13階層以降、レベル2以上が適正とされる区域にも進出出来、今までよりも遥かに行動可能な範囲も広がる。

 

 故に、レベルアップはルドウイークにとって非常に喜ばしい事であった。彼はまだ、ヤーナム帰還への希望を捨ててはいない。その為に出来る事があるならば、それが己の矜持に反せぬ限り彼は喜んでそれを成すだろう。

 

 そのルドウイークの有り様を見てエリスはちょっとだけ憮然とした表情を作った後、ギルドに対して如何なる虚偽の報告を行うかについてを、メモに記し始めた。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 そうして、エリスの承認を受けたルドウイークはレベルが上がったという虚偽の報告を行うため、数日ぶりにギルド本部を訪れた。そこには多くの冒険者がたむろしており、皆が何やら一所(ひとところ)に集まっている。

 何事かとルドウイークもその人垣の後ろへとつけば、奥の扉から大柄な狐人(ルナール)の男性職員が現れ、人垣の前に置かれた台に登壇して深々と頭を下げた。

 

「お集まりいただき、恐縮です。それでは今回の『ミノタウロスの上層進出』の件についてですが――――」

 

 頭を上げたギルド職員が話し出す。だが、それはすぐに聴衆の罵声じみた叫びによってあえなくかき消された。

 

「どうなってんだ5層にミノタウロスって!! 俺達もう下に潜れねえぞ!!!」

「ギルドは何か対策をしたんですか!? ロキ・ファミリアは!?」

「奴らにペナルティは無ぇのかよ! せめてすぐにミノタウロスが残ってねえか調べさせろ!!!」

 

 怒号が飛び交い、聴衆の中には丸めたチラシを放り投げる者もいる。しかしギルド職員はそれを首だけを動かして回避すると、落ち着き払ったまま説明の続きを話しだした。

 

「皆様ご安心ください。既にギルドは数名の冒険者に依頼を出し、ダンジョン内のモンスター分布の再調査と掃討を行わせております」

「誰が出たんだ!?」

「まずは【黒い鳥】です」

 

 その名を挙げられた聴衆は、一種の諦めを持って静まり返った。【黒い鳥】。オラリオ最強の冒険者である【猛者(おうじゃ)】に次ぐとされる実力者。そんな彼がレベル2モンスターであるミノタウロスを相手にするためにダンジョンに潜っていると聞いて、誰もが過剰な戦力だと思わざるを得ない。

 

「次に彼のサポーターとして【ハイエナ】のパッチ、それ以外にも【嵐の剣(ストームルーラー)】ジークバルト、【烏殺し(レイヴンキラー)】アンジェ、更に【霧影(フォグシャドウ)】らを初めとした第一級冒険者らが現在【上層】を調査中です。この調査は18時まで行われる予定ですので、それまでミノタウロスに対して応じる事の出来ない冒険者の方々はダンジョンへの侵入はお控えください。後、【象神の杖(アンクーシャ)】こと【シャクティ・ヴァルマ】率いる【ガネーシャ・ファミリア】のモンスター捕縛隊にも同様の依頼を出しましたので、調査は予定よりも早く終わると考えられます。以上ですが、何かご質問等あれば」

 

 ギルド職員の口から語られた錚々たる面々の名を聞いて、一人また一人と聴衆はその場を後にした。それだけの面々が動いているとなれば、下級冒険者である彼らに出来る事は無い。精々良い報告を待つ事くらいだろう。

 そして、殆どの聴衆が去って行ったのを確認し終えてから、ギルドの職員は台を降りて忌々し気に溜息を吐いた。そんな彼に、一人の女性職員がコップに入った茶を手渡す。

 

「ご苦労な事だな、ジャック。私ならば怒鳴り散らしている所だが」

「もしこれ以上の策を打て、などと言われれば私も怒りを覚えただろうな。アレだけの面々を動かすのに私がどれだけ駆け回ったか」

「確かによくもまあ集めたなと言わざるを得ないメンツだ…………本当に良く請け負ってくれたな」

「実際に仕事をしているのは【嵐の剣】と【霧影】だけだろうがね。【黒い鳥】と【烏殺し】はあからさまにダンジョン内でやりあう心算のようだった。昨晩いざこざがあったらしい。…………それでも、夜が来るまでには済むはずだが」

 

 肩を竦めるジャックなる男の言を女性職員は一笑に付した。残っていた僅かな聴衆の中に混じっていたルドウイークは、そんな女性職員――――ニールセンの元へと歩み寄った。

 

「やあニールセン。用事があってきたのだが、構わないかね?」

「ルドウイークか。何の用だ?」

「レベルアップの申請にな」

「ほう……? 応接室9番で待っていろ。書類を用意してくる」

「承知した」

 

 彼女の言葉に従ってルドウイークが応接室へと向かうと、ニールセンはジャックと別れ奥の資料室へ一度引っ込む。ルドウイークは彼女のその動きを横目に見ながら応接室のドアを開けて、そこにあるソファへと腰を下ろした。

 

 すると、それからそう時間も経たずに書類を抱えたニールセンが入室してきた。彼女はルドウイークの向かいのソファに腰掛け机の上に書類を置くと、尊大に腕を組んでソファに寄り掛かった。

 

「さて……私の予想よりも随分早かったが…………レベルアップか」

「ああ、お陰様でね」

「ふん、どんな魔法を使ったのやら」

「短いにしろ長いにしろ、結局は積み重ねだよ。何一つせずに変われる奴は居ない」

「知ったような口を」

 

 朗らかに答えるルドウイークに、辛辣ながらも口角を上げてニールセンは言った。しかしすぐに彼女はその表情を神妙な物にして、腕を組んだままその視線を所在なさげに天井に向ける。

 

「…………まぁ、【ラキア】に居た頃からの経験を考えれば遅いくらいか。お前の様に他所(よそ)で経験を積んでいた奴がオラリオに来た途端それを開花させるというのは良くある話だ」

「そうらしいな。エリス神も同じようなことを言っていた」

「まぁ、それはどうでもいい話だ。とりあえずお前の戦歴を教えろ。どんなモンスターと戦ったか、ダンジョンのどこまで潜ったか、どんな【冒険者依頼(クエスト)】を受けたのか……思い出せる範囲でいい」

「オラリオに来てからので構わないか?」

「ああ」

「ふむ…………」

 

 考え込むような仕草の裏で、ルドウイークは正直安堵していた。これが【ラキア】……【アレス・ファミリア】時代の事まで教えろとなれば多くの嘘が必要になる。彼は過去、他のファミリアに居た事は無いのだから。

 

「モンスターか……やはり直近で言えばミノタウロスだろうな」

「やりあったのか? レベル1のお前が? ミノタウロスと?」

「いや、逃げただけだ。ミノタウロスと遭遇して無傷で逃げ切った――――恩恵やレベルの仕組みなど把握出来よう筈も無いが、それだけでも十分偉業に値すると判断されたのではないかね?」

 

 訝しむニールセンに対して、ルドウイークは必死のイメージトレーニングとエリスの指導によって培った演技力で以って真顔で嘘を吐いた。『嘘とか間違いでも自信満々で言えば実際疑われにくい』、エリスの教えである。

 その教えに従ったルドウイークの演技は、今までのそれとは質の違うものであった。どちらにせよその道に長けた者が見れば大根役者の域を出ないものではあったのだが。

 

「…………まぁいい。恩恵やレベルアップの条件に付いて神ならぬ我々がいくら議論しても徒労にすぎんからな。それで到達階層は?」

 

 しかしルドウイーク渾身の演技を受けたニールセンは、結局その出来に殆ど目を向ける事も無く書類に目を通しながらに言った。それを見た彼はどこか残念そうな表情を一瞬浮かべた後、気を取り直して自身の戦歴をでっちあげ始める。

 

「ミノタウロス以外はパッとしない物さ。結局6階層にも少し顔を出した程度だし、冒険者依頼も受けた事は無い」

「…………良くそれでレベルアップできたものだな。それではステイタスの伸びもまだまだだろうに」

「エリス神の意向だ。彼女としては一刻も早く戦力が欲しいようだからな」

「私個人としては、もっとステイタスを伸ばしてからの方がいいと思うがね」

 

 レベルアップを果たした場合、その者が今まで鍛えたステイタスは表記上0にリセットされるのだという。だが、前のレベルで鍛えたステイタスは未表示の数値として確かに能力に反映される。その為可能な限りステイタスを高め、その上でレベルを上げるのがこのオラリオでは常道とされている。

 

 だがそれは常なる道を行くものの話だ。そこから大いに外れたルドウイークにとってそのような前提など意味が無い。故に彼は、ニールセンの指摘に対して苦笑いを浮かべるだけであった。

 

「…………まぁ、大体わかった。【エリス・ファミリア】のルドウイーク。お前のレベルアップをこのラナ・ニールセンがギルドを代表して承認した。これからも冒険者としてダンジョンでの探索に善く励むように」

 

 そんなルドウイークを他所に、書類への記入を終えたニールセンは事務的な、しかし確かな激励を以ってこの件を締める。それを受けたルドウイークはニールセンに先んじて席を立ち、ドアの取っ手に手を掛けた。

 

「礼を言う、ニールセン。君のお陰で、これからも何とかやっていけそうだよ」

「私の事より、お前はこれからの身の振り方…………そうだな、妙な【二つ名】を付けられる事でも覚悟しておけよ。今のエリスでは、真っ当な名前を付けさせるのは難しいだろうからな」

「肝に銘じておくよ」

 

 ニールセンの忠告にルドウイークは笑顔で応じて、その場を後にした。残されたニールセンも書類の幾枚かにサインをすると、ドアを開け他の書類の作成へと向かう。

 

 そうしてこの日、ルドウイークはレベル2――――上級冒険者と呼ばれる者達の一人となった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 星々の輝く夜空の元、ルドウイークは一人西大通り(メインストリート)を当てもなく歩いていた。

 月の無い夜だ。空を見上げたルドウイークは煌めく星々の悍ましさと暗黒の空の広大さに眉を(しか)めて、それを振り払うように速足でまた歩き出す。

 

 レベルアップの申請を終え手持ち無沙汰となった彼は、少し前まで【ゴブニュ・ファミリア】の本拠地(ホーム)に依頼の進捗度合いを確認するため顔を出していた。そこでエドとの会話や製作中の品を確認し、更には実際の作業を手伝う―――とは言ってもエドに小間使いめいた事をさせられただけだが――――などして時間を過ごしていた。

 

 そしてゴブニュの本拠地を離れた後、食事をどうするかに悩んで、こうして西大通りまでフラフラと歩いて来てしまっていたのだ。

 

 既に夕食と言う時間は過ぎ去り、宴会の喧騒が多くの店から聞こえてくる。しかし、【鴉の止り木】も開いていない以上、ルドウイークにはこれと言って突出して戸を潜ろうと思える店は見つかっていないのが現状だ。

 

 ――――せめて、何か他と違う、特筆すべき店でもあればいいのだが。

 

 半ば無気力に大通りを進みながら思案するルドウイーク。そんな彼の前に、その店は現れた。

 

 作りはその他の店とも変わらない。ルドウイークも幾度か通りすがった大通りに面した店。だが、その店がその他の店と違って彼の目を引いたのは、店先に灰髪の狼人(ウェアウルフ)――――ロキ・ファミリアの幹部である【ベート・ローガ】が縛られ吊るされていたからだろう。

 

 それを見てまず、ルドウイークは彼の縄を解き降ろすべきか逡巡した。だが、縛り上げられた彼に『下ろすな!』という張り紙が張られていたことで、何らかの訳があってこの状態になっているのを理解したルドウイークは、それに興味を惹かれて店の看板を見上げる。

 

 【豊穣の女主人】亭。ルドウイークは好奇心に屈するように、その店の戸を潜った。

 

 店は、【鴉の止り木】とは比べようも無く盛況であった。数多の冒険者達が各々食事に勤しんでおり、幾人かの店員――――全員女性だ――――が忙しなくテーブルの間を行き交っている。特に目に付いたのは、店の奥側半分と外のテラスを領有している一団だ。

 外にベート・ローガが居た地点で予想出来ていたが、あの赤毛の少女めいた神を中心に宴会を楽しんでいるのがロキ・ファミリアなのだろう。

 

 ルドウイークがその神や幹部と思しき者たちの顔と名前を一致させていると、ウェイトレスの一人、エルフの女性が彼を視界に捉えその前まで歩み寄ってくる。

 

「いらっしゃいませ。お客様、一名でよろしいですか?」

「ああ」

「でしたら……カウンターの空いてるお席へ。ご案内します」

 

 事務的に言う金髪のエルフの背中を追いながらルドウイークは訝しんだ。只者では無い。見れば、この店で働く少女たちはその殆どが常人とは違う、冒険者に似た――――それも良くある下級では無く、一線級の実力者じみた――――雰囲気を纏っていることを彼の瞳は見抜く。

 

 だがルドウイークはそれに何の感慨も抱かなかった。彼女らには彼女らの事情がある。それほどの実力を備えながらにこうして酒場で働いているとなれば、何らかの理由あっての事なのだろう。

 そんな、何故料理店の店員をしているのか良く分からない者達が集まる店には十分に慣れ親しんでいた彼はこの店も同様なのだろうと考えて、一先ず警戒は保ちつつ食事に集中する事にした。

 

「いらっしゃい、初めて見る顔だねえ! たんまり食ってってくれよ!」

 

 席に着くなり、カウンター内の厨房で料理を作っていた大柄な女性――――この店の中でも、明らかに一線を画した実力を持つであろう――――がルドウイークの内心の警戒など知らぬ風に話かけて来た。その彼女に対してルドウイークはにこやかに程々にしておくと返した後、置いてあったメニューに目を通す。

 

 【鴉の止り木】に比べ全体的に高額なメニューばかりだな、と言うのが彼の第一印象だった。だがそれも店の性格の範疇だ。そこまで顔を青くするほどのものでもない。ルドウイークは手早くメニューを選び終えると顔を上げ、カウンター内の大柄な女性…………は調理中だったため取りやめ、からの食器を抱えて傍を通りかかった猫人(キャットピープル)のウェイトレスに声を掛けた。

 

「すまない、注文いいかね?」

「はいニャ少々お待ちください!」

 

 慌てた様子のウェイトレスは素早く食器をカウンターの裏に置いてくると、伝票を取り出しルドウイークの前に戻ってくる。そんな彼女に向け、ルドウイークは淡々とメニューに指差し自身の注文を伝えた。

 

「『タマネギと鶏肉のスープ』とバゲットを一つずつ。後この店で一番弱い酒を頼む」

「承知いたしましたニャ! ごゆっくりどうぞ!」

 

 猫人のウエイトレスは注文を聞き終えると早足に厨房へと引っ込んでいく。一方、ルドウイークは彼女の『ニャ』と言う言葉遣いに、それが彼女個人の癖なのか、あるいは種族ごとに特定の言葉を会話中に差し込まねばならぬ文化があるのだろうかと真剣に考え始めた。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「もうダメやこれ以上呑めん! 誰かこのドワーフ止めたってやー!!」

「応、応。ワシは誰の挑戦でも受けるぞ! 次の酒はまだか!」

「団長、これ以上あの人(ガレスさん)に大きい顔させるのはまずいです。ここは是非威厳を!」

「ティオネ、幾らなんでもそれは無謀だよ。それに僕はもう君に十分飲まされてるし……」

「アイズた~んウチ負けてもうた~ナデナデして慰めてや~」

「…………」

「あーん拒否られたー! でもそんな所もマジ萌え~~!!」

 

 【豊穣の女主人】の閉店も見え始めた夜分。客も少しずつ店を出て、店の中の喧騒もロキ・ファミリアの面々が起こすそればかりになってきていた。彼ら彼女らの起こす喧騒をどこか楽しみながらちびちびとスープに浸したパンを食らうルドウイークに、【ミア】と呼ばれた店主と思しき大柄な女性が声をかける。

 

「アンタ、そんな少しで良かったのかい? 懐が寂しいなら少しくらいサービスしとくよ?」

「いや、私は大いに満足している。これくらいで丁度いいんだ」

「少食だねえ。そんなんじゃダンジョン生き残れないよ」

「ダンジョンに潜るならそれなりの用意をするさ……それよりも酒がまだなのだが」

「あー……そいつはすまないね。【アーニャ】! こっちのお客さんにお酒がまだだよ!!」

「申し訳ありませんニャー!!!」

 

 店主であるミアの叱咤に、アーニャと呼ばれた猫人のウェイトレス――――最初にルドウイークが注文をした者だ――――が幾つもの酒瓶を携え、その内の一つをルドウイークの前に置き、そのまま大急ぎで残りの酒瓶をロキ・ファミリアの面々に供するべく走り去ってしまった。

 

「ったく、落ち着きのない子だよ」

「まぁまぁ、元気でいいじゃあないか。客としても、アレ位微笑ましい方がいいと私は思うよ」

 

 そう言ってルドウイークは酒を自身のグラスに注いで一息に飲み干した。それを見たミアは何か言いたげな顔をしたが、エルフの店員から注文を伝えられ調理へと戻ってゆく。

 その姿に目を向ける事も無く、矢継ぎ早にルドウイークは酒を注ぎ、そして飲み干して行った。

 

 狩人は酒に酔わぬ。血と狩りにのみ酔うものだ。既に【鴉の止り木】でも幾度と無く酒を注文し、睡眠同様に酒による酔いをも取り戻してはいないかと試していたルドウイークだったが、そちらに関しては店を変える意味も何らなく、無縁なままであるようだと何杯かグラスを空けた頃には結論付けていた。

 

 これを飲み終えたら帰るか。

 

 彼はどこかつまらなそうに、虚空を見つめながらそう思案した。するとその時、ロキ・ファミリアの面々の方から驚きに満ちた声が聞こえてくる。

 

「おおっ!? 急に薄くなったと思ったら、この酒は注文しとらんぞ!? 『ドワーフの火酒』が足らん!!」

「ニャんだって!?」

 

 叫ぶ老ドワーフの声にアーニャが慌てて駆け寄ると、彼女は酒に張られたラベルを見てサッと顔を青褪めさせた。そして彼女は何かを思い出したようにルドウイークの元へと駆け寄って彼が更に注ごうとしていた酒瓶を奪い取ると、そのラベルを見て、蒼白となった顔面をより一層真っ青にしてよろめいた。

 

「やっちゃったニャー!? 出す酒間違えたー!!!」

 

 この世の終わりだとばかりに叫ぶアーニャを前にルドウイークは目を丸くする。一方、彼の目の前で崩れ落ちそうになったアーニャの襟をいつの間にやら現れたミアがむんずと掴み、その顔に向けすさまじい剣幕で凄んで見せた。

 

「アンタねぇ……ちょっと慌てたらこれだ……忙しい時こそ落ち着いて仕事しろっていつも言ってるでしょうが!!」

「ごめんなさいニャー!!」

 

 目の前で繰り広げられる叱咤を目にして、ルドウイークはただ驚くばかりだ。その二人の元に何人かのウェイトレスが駆け寄って事態を収拾しようとしている。そしてそのうちの一人、人間(ヒューマン)と思しき少女が慌ててルドウイークの元へと駆け寄り、深々と頭を下げた。

 

「申し訳ありません! すぐにお下げいたします! それと、お体は大丈夫ですか!?」

「いや、問題ない。だからだね、そこまで彼女を責めないでやって――――」

「『ドワーフの火酒』ですよ!? これってドワーフの皆さんしか飲めないくらい強いお酒で、とてもじゃないですが人間が平気な顔して飲めるモノじゃ…………いえまさか、もうそれ程に深刻に酔ってしまって……!」

「いや、私は別に……」

「本当に申し訳ありません! すぐに代わりの……じゃなくて、お水をお持ちいたしますので! 少々お待ちを!」

 

 ルドウイークは、微塵も酔ってはいない。だがそれは正しく慮外の異常事態であるようで、その少女は彼の言葉を聞く余裕も無く一刻も早く対処する案件だと見做しているようであった。

 確かに、店で一番弱い酒を要求した彼に特別強い酒を供したのは大失態と言っても過言ではないだろう。ただルドウイークにとっては本来頼むべきだった酒とこの火酒の間にそれ程の違いは無く、それ以上にロキ・ファミリアの居る場で騒がれる事の方がよほど迷惑であった。

 

 その彼の願いも虚しく、アーニャはミアに引きずられて店の奥へと姿を消し、人間の少女は足をもつれさせてすっ転び、エルフの店員に助け起こされる。お手本のような負の連鎖にルドウイークは嘗ての友人である<やつし>の如く、頭痛を堪えるように額に手をやった。

 

「おう、隣失礼するぞ」

 

 そんな彼の隣の席に、一人の老ドワーフが腰掛けた。酒精の匂いを滲ませるそのドワーフは、それ以上に体格に見合わぬ凄まじい存在感を醸し出している。

 

「『火酒』を飲んでそうまで平然としているとは、オヌシ相当『イケる口』じゃな?」

「…………いや、そういう訳では無いのですが」

 

 そのドワーフは酒に酔わぬルドウイークの顔を見て、楽し気に酒を飲むジェスチャーを見せる。ルドウイークはその言葉を否定したが、しかしドワーフはそれを豪快に笑い飛ばしてその肩を強烈に叩いた。

 

「なぁに謙遜するな……どうじゃ? わしと呑み比べをせんか? もうウチのファミリアで相手になる奴は居なくてのう……何、タダとは言わん。相手してくれるなら、今日の代金は儂が全額払おう」

「いや、しかしですな……」

「そう言うなて。老人の道楽に付き合うと思って、少し付き合ってはくれんか?」

 

 その老ドワーフの少し寂し気な笑顔に、ルドウイークは口をつぐみ、そして小さく溜息を吐いてグラスに残った火酒を一息に飲み干した。それを肯定と受け取ってその老ドワーフは水を持ってきた店員に火酒のお代わりを持ってくるように伝えて追い返す。そして、ルドウイークの顔を見てにんまりと人の良い笑みを見せた。

 

「自己紹介がまだだったの。わしはガレス。【ガレス・ランドロック】じゃ」

「【ロキ・ファミリア】三傑の一人、【重傑(エルガルム)】ことガレス殿。お目にかかれて光栄です」

「ほう、わしを知っておるか」

「知らない方がおかしいでしょう…………」

 

 呆れたように言うルドウイークに老ドワーフ――――ガレスは心の底から楽し気に笑い、それではと逆にルドウイークの名を聞くべく彼をその穏やかささえ湛えた目で見据えた。

 

「して、オヌシは? あまり見た事無い顔じゃが、何処のファミリアに所属しておる? ぜひ聞いておきたいものじゃ」

「…………【エリス・ファミリア】の<ルドウイーク>と言います。以後、お見知りおきを」

 

 その言葉にガレスはどこか思い出すような仕草を見せ、そして懐かし気に目を細める。一方、カウンターの奥に居たエルフの店員が【エリス】の名を聞いて手にしていた皿を取り落しそうになっていたが、二人がそれに気づく事は無かった。

 

「……【エリス】か……何やら懐かしい名前だのう。あやつ、ようやく表舞台に戻ってくる気になったか」

「ご存知で?」

「まぁ、うちの神が随分と迷惑を掛けたからのう……とりあえずまずは一杯」

 

 言って、ガレスはルドウイークのグラスに火酒を注ぎ、次いで自身のグラスには並々とそれを注いだ。そして、ルドウイークに向けてそのグラスを掲げる。

 彼はそれが乾杯を求めているのだとすぐに気づいた。そして、このオラリオ最強の一角に類する老ドワーフと酒を飲み交わす理由も見出していた。

 

 エリスは、ルドウイークに対して自身と自身のファミリアの過去を語りたがらない。聞いてみてもそれとなく話題を逸らしてしまう。故に、自身の属するファミリアの事をルドウイークは未だに良く知らずにいた。

 それは彼にとって不本意な事である。いずれヤーナムへと戻るつもりのルドウイークではあるが、この世界での寄る辺となってくれた彼女への恩を返すべく、自身の帰還の前にこのファミリアを可能な限り再起、あるいは発展させる事を心に決めているのだ。

 

 少々失礼ながら、ガレス殿から過去エリス神に何があったかを聞き出せるかもしれぬ。

 

 ルドウイークは一抹の申し訳なさを感じながら、いかにこの老人の口を割るかを胸にその乾杯に応じるのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「――――それでのう、わしはロキに言ってやったんじゃ。『アイズの服を買ってやるのはいいが、せめて着て貰えるデザインにしろ』とな……それを聞いたロキの奴は…………」

「ああ、ああ……それは大変ですね…………」

 

 その話は既に四度目だとルドウイークは心の中で頭を抱え、同時に自身の見立ての甘さが足りなかったと呪わしく思った。

 初めこそ細やかに、怪しまれぬよう日常的な話題を続けていたのだが、酒が五杯目を越えた辺りからガレスの言葉に愚痴が混じり始め、十杯を越えた辺りから話が一方的になり、二十を越えた所で同じ話を繰り返すに至ったのだ。

 

 おそらく、こちらに来るまでに相当な量の酒を飲んでいたのだろう。彼の空になったグラスに酒を注ぐばかりで自身は十杯ほどから殆ど酒を口にしていないルドウイークはそう結論付けて、既に彼からエリスの過去を聞き出す事を諦め聞き役に徹している。

 

 こんな時間まで帰れぬとなれば、流石にエリス神に何を言われるか分からんな……。

 

 この状況から脱する術も無く、ガレスが再び語り出した主神や団員たちの話に適切に返事を返していると、厨房から現れたミアが大きな声を張って残った者達の注目を集めた。

 

「さあさあ、そろそろ店閉めるよ!! 【フィン】、そこの爺さんどうにかしな!」

 

 その声に応じて、ロキ・ファミリアの面々は荷を整理して、ある者はふらつきながら席を立ち、またある者は酔い潰れた者に肩を貸して店の外へと退出してゆく。そして、ルドウイークの隣のガレスの元へも一人の小人(パルゥム)が歩いてくる。

 

「ほらガレス、もう行くよ。立てるかい?」

「んー、もう時間か。呑み足りんのじゃがのぉ…………」

 

 ガレス以上に小柄なその小人は、一度ルドウイークに軽く会釈すると、小さな体でガレスを軽々と支え歩き出す。その背中をルドウイークは難しい顔をしながら見送って、ふむ、と顎に手をやり思案した。

 

 ――――あれがロキ・ファミリア団長。【勇者(ブレイバー)】こと【フィン・ディムナ】か。

 

 その幼くさえ見える体に見合わぬ風格をルドウイークはひしひしと感じ取ってグラスを握る手に込めた力を僅かに強くした。彼の見ている前で、フィンはガレスを支えて店の出口へと向かうが一人のアマゾネスが彼に走り寄るとガレスの支えられて居ない側に肩を貸して共に歩き出す。二人の間に身長差がありすぎてむしろフィンの負担は増したようにも思えるが、彼は笑顔で礼を言うとアマゾネスは顔を赤くして俯く。

 

「そこの。<ルドウ()ーク>と言ったか」

 

 そんな二人を眺めていたルドウイークは駆けられた声に振り向いた。そこに居たのは豊かな緑の長髪を持つ、気品ある一人の女エルフだ。彼女は振り向いたルドウイークに対して小さく頭を下げると、懐から硬貨の入った袋を取り出して彼の前に置く。

 

「ガレスの相手をしてくれていた様だな、礼を言う。奴の呑み相手が出来る者はウチのファミリアにも居なくてな。手間が省けたよ」

「いや……私も都市屈指の実力者の話が聞けて大いに参考になりました。礼を言うなら私の方です」

 

 ルドウイークは彼女に向け、出来うる限り優雅な礼を見せた。それを前にして、そのエルフはどこか感心したような顔を見せる。

 

「ほう。大抵の冒険者は、我々を見れば大抵委縮するものだが……」

「敵に回すならばともかく、ここは地上の酒場で互いに客でしかありませんので」

「確かにそうだ……その硬貨だが、ガレスの言っていた呑み代だ。良ければまた相手してやってくれ。では失礼する」

 

 自身を恐れぬルドウイークの言葉に納得したように微笑んだ彼女は、ガレスの代わりに代金を渡すとそのまま店外へと出て行った。その後を何人かのエルフが追い、その内の幾人かがルドウイークに剣呑な視線を向けて来る。

 

 オラリオ最強の魔法使い。【九魔姫(ナイン・ヘル)】の名を持つ【リヴェリア・リヨス・アールヴ】か。噂通り、随分とほかのエルフに慕われているようだ。

 

 ルドウイークはそんな彼女らの敵対的な視線にどこかいじましさを感じて小さく笑う。そして店の中に誰が残っているのかを見渡した。彼の目に映ったのは幾人かの無名の団員。そして金糸の如く煌めく髪を持つ人間の少女と、それにべったりとすり寄る赤毛の女神。

 

 【アイズ・ヴァレンシュタイン】と【ロキ】神か。ルドウイークは、彼女らと顔を合わせるのはエリスとの関係も鑑みてまずいと直感的に考え、机の上の硬貨袋を手にして人間の少女の店員に代金を支払うと早々に店の戸を潜って大通りに踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 月の無い空の元を、酒の酔いも無くルドウイークは歩く。『導かれた』訳でもないのにとても収穫の多い時間であったと、彼は【豊穣の女主人】での出来事を想起した。

 

 オラリオ最強と謳われる、二つのファミリアの片割れ。そこに所属する強者たちを『見て』理解したが、彼らの実力は凄まじい物だ。<月光>以外に真っ当な武具も無く<秘儀>も十二分に扱えぬ今の自身では、勝利をもぎ取るのは簡単な事ではないだろう。

 

 幾ら彼が己より強大な敵を相手取って来た狩人とは言え、ルドウイークは『対人』に関しては経験はあるとは言え専門ではない。その上、『獣』でない『人』相手に月光を抜く事が()()無い以上、彼らに対して全力で相対する事自体が有り得ぬ事だ。

 

 出来るだけ、敵に回らぬよう……そして、万一にも月光の事を知られぬよう努力するしかない。だがしかしルドウイークの目的はヤーナムへの帰還であり、彼らがその邪魔をする理由も無いはず。

 

 ただ、心配事があるとすればエリス神だ。彼女がロキ神に対してあからさまに拒絶的な反応を見せていた以上、そちらの方面で利害が発生する可能性がある。そうなれば、私はエリス神に従い、彼らと刃を交えねばならなくなるだろう。

 

 ――――出来れば、そうはならぬといいのだが。例え彼らのうちの一人を討ったとて、ファミリアの規模に差がありすぎる以上エリス・ファミリアがロキ・ファミリアに勝る可能性は一切ない。そのような何も残せぬ戦いは彼の本分では無かったし、同時に彼の目的、自身の帰還までにエリス・ファミリアを再興する事にとっては最悪の結末と言ってもいい。

 

 帰ったら、エリス神に釘を刺しておくとするか……。だが、もう眠ってしまっているだろうな。明日起きたら、彼女に今宵の事を伝えるとしよう。そんな事を考えながら、ルドウイークはオラリオの夜闇の中を歩いて行く。

 

 

 

 ルドウイークの帰りを待ちわび、眠たげな眼をこすっていたエリスに夜遅くの帰宅を果たした彼が叱咤されるのは、もう半刻ほど後の事であった。




ルドウイークが酒飲んでいるころ、ベル君はダンジョンで特攻中です。

エリス・ファミリアの再興云々言ってるけど新規の団員これっぽっちもアイデアないんですよね。
皆様に募集とかかけた方が手っ取り早いかしら。どちらにせよ暫くはルドウイークにソロで頑張ってもらうつもりですけど。

しかし難産だった……ロキ・ファミリアの面々の口調エミュレイションが甘いですね……外伝の方も早く買って読破しなきゃ(危機感)

あとフロムキャラのゲストについてはまだ募集中です。
よろしければ活動報告からリクエストください。

今話も読んで下さって、ありがとうございました。


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12:鍛錬

17000字ほどです。

総合評価が4500を超えました。これもひとえに評価お気に入り等して下さる皆さまのお陰です。
また感想の投稿および誤字報告してくださる皆さまありがとうございます、毎回目を通させて頂いております。
これからもこの作品を楽しんでいただければ幸いです。


 ――――【オラリオ】。世界で唯一【迷宮(ダンジョン)】をその中心に保有し、娯楽を求めた数多の神と栄光を求める数多の冒険者が集う街。

 

 その周囲は【市壁】と呼ばれる巨大な壁に囲われている。嘗て、神無き頃にはこの壁こそがダンジョンより溢れるモンスター達を逃がさぬよう『柵』の役割を果たしていたというが、それはもはや神々の記憶にのみ留まる時代の話だ。

 しかし過去には内側に対する備えであったこの壁は今や【ラキア王国】を始めとした外敵への備えとなっており、幾度もの改修を経てその堅牢さはより一層強固な物となっていた。

 

 この市壁に迫る規模の建物ともなればオラリオにもそう多くはないが、幾つかのギルドの本拠地(ホーム)巨大闘技場(コロッセオ)、そして高さでは優に上回る【摩天楼(バベル)】と存在しない訳では無い。

 しかしほとんどの建物がここからの視界を遮る事は無く、故にここからオラリオを見下ろす景色は雄大そのものでもある。観光に来たものが街を見下ろし、感嘆の溜息を吐くことなどよくある話だ。

 

 そんな、全てを見下ろすバベル以外からの視線を通さぬこの場所で、二人の冒険者が戦闘を繰り広げていた。

 

 一人は【ヘスティア・ファミリア】の白兎、【ベル・クラネル】。それに対するは【エリス・ファミリア】の白装束、<ルドウイーク>。彼らは本来の得物ではない武器を用いて幾度と無く激しくぶつかり合っている。

 

 ――――いや。ベルがルドウイークに挑み続けている、と言った方が正確か。

 

「はあっ!」

 

 優れた『敏捷』を生かしてルドウイークに肉薄したベルが気迫と共に木製の短剣を振りかぶった。訓練用の武器とはいえ、当たれば無傷では済まない鋭さの一撃。

 しかしルドウイークはそれを一歩分飛び退いて悠々と回避。その眼と鼻の先をベルの短剣が振り抜かれ、次の瞬間跳ね返るように跳躍したルドウイークの槍じみた蹴りがベルの腹に叩きこまれた。その威力に彼の小さな体は吹っ飛ばされ市壁の上を盛大に転がる。

 

「すまないクラネル少年、無事か?」

 

 心配げなその言葉とは裏腹に自然体で立ちベルを眺めるルドウイーク。そんなルドウイークに対してベルは素早く立ち上がると、短剣を構えて腰を落とす。

 

「大丈夫です! 続けてください!」

「そうか。なら、次はこちらから行くぞ」

 

 言って、ルドウイークは木剣を抜く。そして先程のベルとほぼ同じ速度で彼に接近。それに対してベルは自分からその間合いの内側に踏み込んで短剣を振り上げた。それはルドウイークの突撃に合わせてカウンターを狙った一撃だ。

 ベルのリーチの短さでは待って攻撃を捌くだけでは防御一辺倒になり、反撃の余地がなくなって押しつぶされる。それを彼は幾度かの激突を経て既に学んでいた。

 

 故の、攻めによる防御。だがルドウイークはそれに対して横から斬撃に剣をぶつけるようにして弾き、体勢を崩した彼の胸倉を掴んで引き落とす。更にはその倒れた背に剣の切っ先を当て押さえつけるとベルを見下ろして小さく笑った。

 

「良い反撃だ…………が、一手に賭けすぎたな」

「レベル1の差って、大きいですね……」

 

 それに呼応して、うつ伏せのまま首だけを巡らせたベルも疲れたように笑う。そんな様子を見てルドウイークは剣を引き、市壁の端に歩み寄って腰を下ろしベルに笑いかけた。

 

「もう昼だ。そろそろ休憩にしよう…………ポーションが幾つかある。使ってくれ」

「ありがとうございます!」

 

 駆け寄ってきたベルはルドウイークからポーションを受け取るとそれを痛む場所に振りかけ、それから自身のバックパックを手に取ってルドウイークの横へと座り込んだ。

 

 何故、今二人がこのような場所で対峙しているのか。それは、今朝の事に(さかのぼ)る。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 おとといの夜。酔いはせずとも、酒臭さに塗れて遅くの帰宅をしたルドウイークはエリスに今までで一番こっぴどく叱られた。ルドウイークとしてはそれほどの落ち度は無かったように思っていたが、彼女はそうは思わなかったらしい。

 そして、<秘儀>によって色を失った【魔石】に八つ当たりしながら彼女は『酒を飲むときは自分も呼べ』、『【ロキ】の所の団員とあんまり仲良くしないで』『不安になるから遅くなる時は言って』と自らも安酒の瓶を開けながら喚き散らしていた。

 

 最終的に彼女は『お酒臭い!』と自分を棚に上げて叫び、『何日か朝からダンジョンに潜ってとにかくどうにかして来てください!』とルドウイークに主語の無い支離滅裂な命令を下したのだ。そんな彼女は今頃職場(鴉の止り木亭)に向かうか二日酔いに苦しんでいるだろう。

 

 そして、当のルドウイークはそんな酔いどれ女神の要望に応え、律儀にもダンジョンの前までやってきていた。

 

 しかしその足取りは重い…………当然の事である。あれ程呑んだのは彼の生涯においても初めての事だ。例え酔いはせずとも、酒ばかり口にしていれば狩人と言えど体調を崩すのは自明の理。

 

 『狩人は常に最善の状態で狩りに赴くべし』――――そうでなければ、獣どもに狩られるのは自身らである――――その、<最初の狩人>がかつて語った警句の一つに従い、懐の魔石を詰めた雑嚢の一つ、数千ヴァリスにはなろうかというそれを換金の犠牲とする事で今日の探索に向かわないことをルドウイークは選択した。

 

 そうして彼は、エリスに若干の申し訳なさを感じつつも中央広場(セントラルパーク)のいつものベンチに腰掛けて、何をするでもなく広場を行き交う人々を眺め続けていた。

 

 その様にルドウイークが一所で人々を眺め続けるのは今に始まった事ではない。彼は<ヤーナム>にて英雄と呼ばれるそれ以前から、教会の大聖堂を降りた先にある広場にて人々の営みをつぶさに観察していた。そうして彼は己の守るべきものとそれらが享受する平穏の価値を自らの中で定義していたのだ。その習慣が、今もこうして彼の中には残っている。

 

 

 

 

 そうして彼がベンチで人々を眺め、穏やかな時間を自身の休息に充てていると、その視界に一人の見知った顔が現れた。

 

 ベル・クラネル。ルドウイークがこのオラリオに来てから幾度と無く関わってきた冒険者であり、何よりも彼の知るそれとは異なる<導き>を纏う少年。そんな彼が自分を見つけると慌てて駆け寄ってくるものだから、ルドウイークは少し怪訝そうな顔をした。

 

「おはようございます、ルドウイークさん!」

「ああ、おはようクラネル少年。ダンジョンに行くのかね?」

「あ、いえ……」

 

 彼の装備を見て問うたルドウイークの言葉に、ベルは答え辛そうに僅かに視線を彷徨わせる。何かを迷うようなその表情にルドウイークは僅かに眉を顰めた。だが、その逡巡もわずかの間の事。ルドウイークがベルに対して何かを尋ねる前に、彼は決意したような瞳でルドウイークに対して口を開いた。

 

「あの、ルドウイークさん」

「何かね?」

「……実は、お願いしたい事がありまして。僕にルドウイークさんの技を……技術を教えて貰えないでしょうか」

「…………何かあったのか?」

「目標が出来たんです」

 

 驚いたような顔のルドウイークの問いに、ベルは拳を握りしめながら絞り出すように答える。

 

「実はおとといの夜、一人でダンジョンの6階層まで潜って……酷い目に合って……神様といろいろ話をしまして。それから…………いろいろ考えたんです。前、ニールセンさんに言われたみたいに、ダンジョンの中だけじゃなくて地上でも……何か出来る事は無いのかって」

「………………」

「それで、ルドウイークさんの【ステイタス】に因らない戦う技術……静かに走る技とか、的確なカウンターとか、そういうのを思い出してですね」

「その、私の持つ技術を習得したい……と言う訳か」

「……はい」

 

 答えるベルの眼を、ルドウイークは半ば睨むように見つめる。しかし、その眼はルドウイークの知るどこか相手の様子を伺う小動物めいたものではなく、決意を秘める戦士の物であった。それを見て取ったルドウイークは、厳しい目をしたまま口角だけを僅かに上げて諭すように口にする。

 

「なるほど、大体わかった。結論から言えば、私個人としてはそれは構わない」

「本当ですか!? じゃあ――――」

「だが」

 

 喜ぶベルに水を差すようにそこで一度言葉を切り、息を飲むベルの顔をちらと見てからまるで重苦しいかのような表情でルドウイークは口を開く。

 

「だがね……君も知ってはいるだろうが、エリス神はヘスティア神の事を――正直そうは見えないが――嫌っておられる。ある意味では【エリス・ファミリア】と【ヘスティア・ファミリア】は敵対していると言ってもいいだろう」

「それって……」

「ああ。これがエリス神に知れれば背信行為とみなされ……私はひどい目に遭うだろうな」

「そんな!」

 

 そう、何処か笑いをこらえるかのように言うルドウイーク。それにも気づかずに、ベルは青い顔をして狼狽した。自身の頼みごとのせいで、恩人でもあるルドウイークが窮地に立たされる。それはベルの望むところではない。なら、どうすればいいのか…………それをベルが必死に考えていると、ルドウイークは何処か申し訳なさを感じさせるように肩を竦めた。

 

「冗談だ。冗談だよクラネル少年。時間も持て余していた事だし、その頼み受けさせてもらおう。すぐ始めるかね?」

「えっ……えーっと…………はい、ありがとうございます?」

 

 未だに困惑しっぱなしのベルを他所に、ルドウイークはベンチを立って背嚢を改めて背負い、そして中央公園を後にするべく歩き出す。その背中を立ち尽くしていたベルは慌てて追いかけ、その横に並んだ。

 

「ルドウイークさん……えっと、これからどうするんですか?」

「とりあえずは、君の今の実力が見たい。どこか邪魔の入らない所に心当たりはないかね?」

「うーん……市壁の上とか?」

「いい案だ。行ってみよう」

 

 ベルの提案に頷くと、ルドウイークはその肯定の意とは反するようにギルド本部のある方へと足を向けた。それにベルはすぐに気づいて、ルドウイークを引き留めた。

 

「あの、ルドウイークさん。市壁は逆方向ですよ? 何か訳が?」

「まずは、訓練用の武器を調達しようと思ってね。流石に真剣でやりあう訳にはいかないだろう。ヘスティア神に迷惑をかける訳には行かないし、エリス神を心配もさせたくない。ギルドにちょうどいい武器があればいいが、無くてもそう言った物を用立てられる店の場所くらい聞けるはずだ」

「なるほど……」

 

 ルドウイークの説明は確かに筋の通ったものであった。それにベルは目的こそ明確になったものの、時間に追われているわけじゃあない。何より、また怪我をして神様に心配かけるなんてのは御免だとベルは思った。そして、彼はルドウイークの横に並んで、共にギルドへの道を歩き出す。

 

「それにしても……ルドウイークさんも冗談なんて言うんですね」

「ははは、そうだな。もしや、エリス神に影響されたか。だが存外に悪く無い気分だよ」

「こっちはヒヤヒヤしましたけどね……」

 

 そんな他愛のない話をしながら彼らはギルドに向かい、そこで訓練用の武器を貸し出してもらうと市壁へと昇り、人目に付かぬそこで訓練を始めるのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 そうして、訓練を開始して数時間。ルドウイークとベルは市壁の上で座り込み、それぞれの背嚢(バックパック)から昼食をそれぞれ取り出して食事を始めていた。

 

 ルドウイークが取り出したのは紙に包まれたサンドイッチ。間に玉子のサラダが挟まれているそれを、彼は大きく口を開け手早く腹に収めてゆく。

 一方、ベルが取り出したのは丁寧に包装された弁当箱だ。誰かの手作りと思しきそれの中身は綺麗に整えられたもので、それをベルは幸せそうに頬張りながらちらとルドウイークの方に視線を向けた。

 

「そのサンドイッチ、美味しそうですね。ルドウイークさんが作ったんですか?」

「いや、エリス神が持たせてくれた……と言うか、背嚢の中にいつの間にか突っ込んであったんだ。彼女なりの気遣いだと思うよ」

「なんていうか、エリス様らしいですね」

 

 感情豊かな女神の姿を想起してベルが言うとルドウイークは同意するように首を縦に振り、水筒の水で喉を潤してから小さく笑う。

 

「そう言う君のそれは、ヘスティア神が?」

「いえ。えっと、【豊穣の女主人】亭って言う酒場の店員さんが渡してくれたんです。『ダンジョン探索頑張ってきてください』って。今日は探索してないんですけどね」

「そうと知ったら、ヘスティア神がむくれそうなものだが」

「神様が……?」

「いや、何でもない。忘れてくれ」

 

 ルドウイークはそう言って話題を打ち切ると、また一口サンドイッチを口にした。彼は既に、昼食をほとんど食べ終える勢いだ。ベルもまた、その持たせてもらった弁当の出来に舌鼓を打ちつつ、穏やかに時間を過ごして行く。

 

 そうしてしばらく経った時、唐突にルドウイークが口を開いた。

 

「ところでクラネル少年」

「何ですか?」

「6階層まで降りたと言っていたが……何があった?」

 

 そう問いかけたルドウイークの眼は今までベルの見てきたそれとは比にならぬ程に真剣な物だ。真剣に心配している。

 

 それは彼自身、6階層以降の危険度を重々承知しているからだろう、とベルは考えた。道中聞いた話では、彼がレベル2になった偉業は、おそらく6階層から逃げ帰った後のミノタウロスからの逃走劇であろうと語っていた。

 最初は自分と同じ目に遭っていたのかと共感を込めた視線を送っていたベルだったが、自身が逃げきれなかったミノタウロスから結局無傷で逃げ延びたと聞いて、そんな所でも差を感じてしまう。

 

 そのちょっとした屈辱感にも似た感情とルドウイークの真剣極まりない視線に、ベルはしどろもどろになりながら言葉を選んで答えた。

 

「えっとですね……ちょっと、思い知らされるって言うか……なんて言えばいいのかな、悔しい目って言うか……」

「……言いづらいなら構わないが」

「いえ、うーんと……とにかく、今のままじゃ目標に辿り着けないって、ハッキリ突きつけられたんです。それで、居てもたっても居られなくなって……」

「勢いに任せて6階層まで降りたという訳か」

「……はい」

 

 言いにくい事を遠慮なしに口にしたルドウイークの見解に、ベルは小さく返事をして、それ以降黙りこくった。気まずい空気が二人の間に流れる。

 

 ベルは既にこの事について、ヘスティアと話し合いを重ねており、答えは既に見出していた。思い知った自身の無力さ、分かってしまった彼我の距離の大きさ。それでも、あの人の居る場所に少しでも近づくために『強くなりたい』。その為にベルは、自身に出来る事を必死に探している。

 今ここでルドウイークと共に居るのもその一環だ。自身の知る冒険者達の中で近しいステイタスの持ち主でありながらその個人の技術によってベルの遥か先を行く男。

 

 そんな彼に技の教えを受ける事でステイタスだけでなく、自分自身を鍛える事に繋がるのだと考えてベルは今ここに居る。そんな彼がベルのした無茶に対してどんな厳しい言葉を口にするのか……ベルはそれが気が気では無く、ルドウイークの様子を伏し目がちに伺った。

 

 そんなベルにとって、どこか予想通りの言葉がルドウイークの口から発せられる。

 

「流石に、それは擁護できないな」

 

 そのルドウイークの言葉に、ベルは目を伏せて俯いた。自身の主神であるヘスティアを悲しませたことを想起したからだ。そして実際にルドウイークは、何処か諭すような穏やかな口調でありながら、ベルのミスを明確に指摘する。

 

「君の、その強くなりたいという願いは間違っていない。けれど、少々前のめり過ぎさ。試練に挑むにはそれに相応しい備えが要ると私は考えていてね…………一時(いっとき)の衝動に任せて探索に望むのは、挑戦でも冒険でもなくただの自殺だよ。それでヘスティア神を悲しませるのは君の本意では無いはずだ。チュール嬢も似たような事を言ってはいなかったかね? 『冒険者は冒険してはいけない』と」

「…………はい。仰るとおりです」

 

 俯いたまま、苦々しく声を絞り出すベル。ルドウイークはそんな彼を見て、対照的に肩の力を抜きふっと笑って言った。

 

「…………だが、口ではそうは言っても試練の側がこちらに配慮してくれる訳では無い。冒険せざるを得ない時も、必ず来るはずだ。だからこそ、我々はその時の為に鍛錬を重ね、それに備えてゆく……今日この日のようにな。だろう、クラネル少年?」

「……そうですね」

 

 ベルだけではなく、自身にも言い聞かせるようなルドウイークの言葉。それに短く答えると、ベルも食事を終えて弁当箱を背嚢へと仕舞い、短剣を握りしめ立ち上がる。

 

「お待たせしました……始めましょう、ルドウイークさん」

「もういいのかね? 食事後に運動すると、体調を崩しかねないぞ?」

「ダンジョンの中では、そうも言ってられませんから」

 

 決意に満ち溢れたベルの表情に気を良くしたか、ルドウイークは楽しげに口角を上げると自身の木剣を手に立ち上がった。その背に、思い出したかのようにベルが声をかける。

 

「あ、そうだルドウイークさん。一つだけいいですか?」

「何かね?」

「あの……『クラネル少年』、って言うの、なんだかむず痒いんですよね。僕、呼び捨てでも構いませんよ?」

「…………私個人としては、『クラネル少年』も悪くはないと思うのだが……分かった、善処しよう」

 

 困ったように呟いたルドウイークは、そのまま数歩先まで歩いて行ってそして振り向き、ベルにその木剣の切っ先を向けて、彼に訓練の再開を宣言した。

 

「ではベル。始めよう。食後で悪いが、頑張ってくれ」

「はいっ!」

 

 

 

<◎>

 

 

 

 迫るベルの短剣を、私は一歩引いて空振らせた。生まれた隙に蹴りを叩き込もうとしたものの、彼はむしろ体勢を大きく崩す事で体をズラして私の蹴りを回避。低い姿勢のまま私の軸足を薙ぎ払おうとする。

 

 昼前の戦いから学んだか。悪く無い。私はその一撃を片足のみでの跳躍で回避し、たたらを踏むように距離を取る。その隙に素早く立ち上がり態勢の整わない私にベルが飛びかかった。勢い良く迫るベル。しかし空中で身動きの取れない彼の胸に向け、私は木剣を突き入れて撃墜。地面に叩きつけられ手放された短剣を蹴り飛ばしてからうつ伏せの彼の背に切っ先を突きつける。

 

「……少し、上半身ばかりが(はや)ってしまっているな。倒れかけの体勢からの攻撃は見事だったが、そもあのようなリスクを冒すべきではないよ」

「あはは……結構いい線行ってたと思ったんですけど」

「行っていたとも」

 

 言いながら、私は彼の背に落ち着けていた切っ先を引き、その手を引いて助け起こす。

 

「だが、リーチの短さがどうしても出てしまう事が多いな。やはり踏み込みの改善だろう……その点、私が退がってからの追撃は良かった。今までで一番の速度だ」

「本当ですか!?」

 

 良かった点を私が挙げると、ベルは食いつくように私ににじり寄って来た。そのきらきらと輝く瞳に押されて私は一歩距離を取る。

 

「あ、ああ。だが勢いに任せて跳躍したのが良くない。空中では身動きが取れないからね」

 

 それを聞くと、ベルは委縮したように目に見えて大人しくなった。私も多くの狩人の育成に携わったが、これほど分かりやすいのは初めてだ。私はそんな彼の姿に少しばかり苦笑を隠しきれないながらも、そのやる気を引き出すべく彼自身の長所について語り始めた。

 

「君の強みはその脚力……いや、『敏捷』だ。それも、直線の速さでは無く跳ねまわるような機敏さ。真っ直ぐ目標に迫ろうとする気概は認めるが、前のめりになりすぎれば強みが生かせないぞ」

「うーん……ルドウイークさんがダンジョンでやってたようなステップ、アレが出来ればいいんですけど」

 

 言って、ベルは試すようにその場で左右に跳び始めた。だがそれはただの跳躍であり、我々狩人の行う歩法の足元にも及ばぬものだ。

 

 しかしそれも致し方ない事だろう。我ら狩人の歩法は<獣>と対し、その爪牙を掻い潜り狩り殺すための血塗られた業の一つ。流石に、今のベルに習得するのは難しいだろう。

 だが、彼には何らかの素質がある。将来何かの役には立つかもしれない。そんな風に私は少し考え込んでから、とりあえずアドバイスだけはしておくことにした。

 

「コツは焦らず余裕を持って跳び、着地も含めて動きを止めないこと。それと『一回の跳躍』では無く『一歩』だと意識すること。後これは実戦で使う時の話だが、敵の攻撃を良く見極めることだな」

「うーん、『ピョーン』じゃなくて『トッ』って感じなのかなあ」

「そこは鍛錬を重ねるしかあるまい。私も師に睨まれながら横跳びを只管繰り返したものだよ」

 

 言いながら、嘗ての鍛錬を私は想起する。<ゲールマン翁>の元、狩人の道を志し集まった者達。それぞれが生半な者達では無かったが、それが揃ってゲールマン師の元で跳躍の訓練に勤しんでいたとは……今思えば中々に滑稽だったと思う。

 

 目前のベルも無理な姿勢で飛んでみては足をもつれさせたりと、危なっかしいことこの上ない。私は見ていられず、訓練の再開を以って彼の跳躍を止めさせる事にした。

 

「さて、続けようベル。今度は私は守りに徹するから、好きなだけ打ってきてくれ」

「わかりました!」

 

 元気のいい返事と共に、ベルは短剣を構えて一気に飛び出す。4M(メドル)程の距離を一気に詰めた彼による短剣の振り下ろし。それを私は半身を引き回避するが、ベルはそれにすぐさま反応して、振り下ろした短剣を弾かれるかのように跳ね上げそのまま切り上げを狙う。

 

 攻めに躊躇が無い。それに、踏み込みが良い。先程私の言った事をもう反映してきたか! ベルの見せた適応能力に舌を巻きながらも、私は立ち回りと長剣を用いて丁寧にその技を逸らしてゆく。突きをすれ違う様に躱し、振り上げを長剣で弾き、横薙ぎを後方への跳躍(ステップ)で回避する。

 それはさほど難しい作業ではない。何せ私と彼の間には、彼に知らせているよりずっと大きな力の差がある。

 

 だが、これがもし同格だったらと思うと背筋の凍る思いだ。ベルの速度は、明らかに冒険を始めたばかりの新人(ルーキー)とは思えない領域に達している。かつて見た同格のレベル1である【アンリ】や【ホレイス】と比べてもなお速い。

 おそらく『敏捷』に特化したステイタスを持っているか、あるいは何らかの【スキル】を発現しているのだと見るのが自然だろう。だが、冒険を初めてから僅かな期間でこれだけの速度とは――――

 

「はあっ!」

 

 そんな思案を重ねる私の目と鼻の先をベルの短剣が通過した。これは、認識を改めねば。彼は私が見積もっていたよりもずっと速い。既に訓練の開始時とさえ別物だ。

 恩恵によるステイタスの更新もしていない以上、この短時間に何らかのコツを掴みつつあるのだろう。更には、『私が守りに徹する』と言った事で攻撃に専念しているのが大きいか。

 

 やはり、素晴らしい素質だ。初めて見た時頼りなさげな小動物めいた印象を抱いたのが今では遥か昔の事にさえ思える。この調子で実戦の場でも気負わずのびのびと戦う事が出来れば、すぐにでも彼は『化ける』だろう。

 

 私の思索を他所にそのままベルの連続攻撃は続いてゆく。今度は軽い前方跳躍からの突き、と見せかけ身を反らしながらの回転切り。更にはそこからの回し蹴り。それを私は長剣で受けつつ、念のため余計に一歩分距離を取って退き下がった。

 

 技同士の連結を意識できていて隙を大幅に減じているな…………悪く無い。ともかく一度仕切り直すか。剣を構え、私は反撃の構えを取る。

 

 

 

 ――――瞬間、私は何者かの視線を受け全身に悪寒を奔らせた。

 

 

 

 他に誰もおらず、視線も通るはずの無いこの場所で、そのような物を感じるなどありうべからざることだ。幸いにも<上位者>の(かも)すそれに似た気配を感じたのは一瞬の事で、その感覚はたちどころに消え失せていたが、私は鋭く視線を巡らせ、その出所を探る。

 

 下か? ありえぬ。そもそも視線が通らない。ならば同じ市壁の上か? それはありえる。双眼鏡などを用いれば、遠方からでも我々を――――否。ただの文明の利器による物であれば、あれ程の悪寒を感じるはずもない。今のは魔法か、あるいはスキルか。ともかく、何らかの特別な能力の行使の結果による物だろう。

 

 私は更に注意深く周囲を警戒し……一つの建造物を捉えた。【摩天楼(バベル)】。オラリオの中心部に聳えたつ、巨大なる塔。そこから僅かながらの引力を感じ取る。

 

 バベルから? 神か? まさか。彼らは地上においては、人とそう変わらぬ力しか持たぬはず…………。

 

 その思索を断ち切るように、視界の端を影が過ぎる。しまった。完全に意識を他所に向けていた私にベルの攻撃が迫る。

 だがその攻撃に対し私は反射的に剣を振るって彼の得物である短剣を腕ごと弾き、体に染みついた動きのままにがら空きになった胸へと抜き手を突き込み――――そうになって、咄嗟に掌底へと技を変じさせて彼を突き飛ばすに留める事に成功した。

 

「げほーっ!!」

 

 胸を打たれ、肺から空気を押し出されながら突き飛ばされた彼はごろごろと転がった後市壁上の胸壁にぶつかって動きを止め、そして立ちあがろうとしてへたり込んだ。

 

 やってしまったか。私は彼の元へと急いで走り寄り懐からポーション瓶を二つ取り出して、一つを彼に振りかけもう一つを口に含ませる。そうするとすぐに彼は調子を取り戻したようで、ごほごほと咳き込みながら悔しそうに頭をかいた。

 

「今の、は、いけたと、思ったんだけど、ゲホッ……」

 

 俯き咳き込みながら呟くベル。その様子からとりあえず死んではいないと判断した私は安堵の溜息を吐く。それから、一度遥か遠くに聳えるバベルを見た。もう既にあの視線はなりを顰め、その気配も何も感じない。

 

 ……上位者では無いはずだ。彼らの視線であれば、あのような怖気では無くもっと名状しがたき物を感じるはずであった。それよりもあの視線は品定めするような、多分に楽しさを含んだものだ。

 

 ――――この街も、ヤーナム同様一筋縄ではいかないのかも知れないな。

 

 私はオラリオへの、そしてそこに在る者達への警戒を新たにするとひとまずバベルから眼を逸らし、痛そうに胸をさするベルの手当てに移るために背嚢の中の医療品を漁り始めた。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 市壁の上で訓練するベルとルドウイーク。そんな彼らの様子を、遥か高みから見下ろすものが居た。

 

 オラリオの中心、ダンジョンの真上に聳えたつバベルの最上階。その窓際で彼女は立ち尽くし、遥か遠方より剣を交える二人――の片割れである白髪(はくはつ)の少年の事を熱心に見つめている。

 大理石さえもくすませる白い肌、黄金の比を持ちながらにして柔らかくシルエットを変えるその肢体。長い銀髪は揺らめく光の如く輝き、そのかんばせは咲く花の如く他者の視線を惹きつけて止まない。彼女の持つ美麗極まりない立ち姿を目にすれば、百人の画家が居れば皆(こぞ)って筆を執り、詩人が居ればその美しさを讃える詩を謡い出すだろう。

 

 彼女の名は【フレイヤ】。オラリオに君臨する二大ファミリアの片割れ【フレイヤ・ファミリア】の主神であり、このオラリオで並ぶものの無い【美の女神】の代名詞とされる存在。そして、その下界の子供たちに対する手癖の悪さでよく知られる、神らしい神である。

 

 彼女が、ベルに視線を向けるのにはもかねがねそう言った理由だ。彼女はある日街中を歩くベルを見かけ、その魂を『視て』大いに興味を惹かれた。一目惚れの様に。

 そして先日の【神の宴】に顔を出す事でベルの所属するファミリアを知り得た彼女は、それから一層その神の瞳を彼に向け、惜しげなくその麗しい視線を注いでいたのだった。

 

 ふぅ、と一度息を吐いて朱の差した頬に手をやった彼女は目を細め、再び剣を取り立ち上がったベルをじっくりと見つめる。普通のヒトであれば捉える事など出来よう筈も無い距離。しかしそれも、フレイヤの魂の色を見通す『(ひとみ)』の前では目と鼻の先のような物だ。

 

 彼女はベルへと向けた眼を良く凝らす。そうすれば彼の魂の色が、その神の眼にはありありと見て取れた。

 

 透明。透き通り、そして輝くその魂の色は、今まで数多の子供たちを見てきたフレイヤでさえ、一度たりとも見た事の無いような物だった。それは、特別な物を大いに好む神にとっては大いに喜ばしい物で、この美の女神にとっても例外では無かった。

 

 それゆえに、彼女はベルへと惜しみなく感心を寄せる。今はまだ小さいその輝きが、いずれ素晴らしい物になる。してみせる。そんな神らしい思いを胸に抱きながら。

 

 ふと、彼女はそのベルと剣を交える男に気取られぬよう慎重に眼を向けた。彼もまた、フレイヤの見た事の無い、特別な魂を持った子供だ。

 

 ――――だが、その魂の姿はベルとは真逆の、直視するのも悍ましい物だ。まるでこの世の全てに呪われ、ねじれ狂ったような歪んだ魂。赤黒く穢れたその色は、だが不思議な翡翠色の光に縁どられている。

 それは熱せられたガラスの塊が溶けて偶然芸術品の形を取ったような、何故人としてある事が出来るのか不思議でならないような魂であった。どれほど危険と称された戦士たちを見ても、これほど異常な魂を見た事は無い。

 

 フレイヤは堪えきれずに、すぐに彼に視線を向ける事を止めた。その魂を見ていると、何故か頭が小さく痛む。あの魂にはあまり関わり合いになりたくはないと彼女は結論付けた。

 

 ――――あの無色透明な魂が、穢れた魂に影響されてしまわないといいのだけれど。

 

 関係のある者の魂によって他の者の魂がねじ曲がるなど、見たためしはない。だが、前例がないからと言ってあり得ないという訳では無い。彼女はそんな未来が訪れてしまわないか少し不安になって、近くのテーブルに向かい椅子へと腰掛けた。その時、部屋のドアが軽くノックされる。

 

「どうぞ」

「失礼致します」

 

 彼女の許可を待って部屋に足を踏み入れたのは、身長2M(メドル)を超える猪人(ボアズ)の偉丈夫。その重厚な存在感に、並の冒険者では彼に視線を向ける事さえ躊躇するだろう。

 

 彼の名は【オッタル】。この迷宮都市オラリオの頂()に立つ冒険者であり、【猛者(おうじゃ)】の名を持つレベル7。そして【フレイヤ・ファミリア】の団長であり、同時にフレイヤの懐刀でもある。

 

 そんなオッタルの接近に、フレイヤは眉一つ顰めず、むしろ心待ちにしていた様に顔をほころばせた。そんな彼女の前にオッタルは跪くと懐から一つの書簡を取り出し、彼女へと恭しく差し出した。

 

「【フィリア祭】の【ガネーシャ・ファミリア】が行う調教(テイミング)、その催しの予定表です」

「ご苦労様。でも良く手に入れられたわね。お祭りの中身なんて、きっと大変な秘密のはずなのに」

「いえ。偶然ガネーシャ様にお会いできまして。『楽しみにしています』と伝えた所快く渡して頂けました」

「あら。彼らしいけど、しょうがないわね」

 

 ふふ、とフレイヤは上品に唇を隠して笑った。しかしオッタルは微動だにせず跪いたままである。そんな彼の様子を見てさらに機嫌を良くしたフレイヤは、椅子から腰を上げてその書簡に目を通した。

 

「あら、今回はレベル1だけじゃなく、レベル2のモンスターも連れてきてるのね」

「先日のミノタウロスの上層進出に関連して、捕縛隊が少し下の層まで向かったのが要因かと。ここ数年の中では、特に盛り上がると思われます」

「そう…………でも残念。昨日ロキに呼び出されちゃったのよ。断る訳にもいかないし、フィリア祭には行けないかも」

「それは……残念です」

 

 どこか楽しげな表情を崩さないフレイヤに対して、あくまでオッタルは真剣な面持ちで跪いたままだ。それを見て、フレイヤは少し生真面目なその猪人をからかってやろうと口を開こうとした。

 

 その時、またドアがノックされる。オッタルへの悪戯を中断したフレイヤが声をかければ、彼女の身の回りの世話役として常駐しているメイドの一人が顔を出し、申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「お取込み中失礼します。オッタル様、よろしいでしょうか」

「どうした、何かあったか?」

「いえ、来客がありまして…………」

 

 立ち上がったオッタルの姿にますます委縮しながらも、メイドはオッタルに対して簡潔に用件を伝えた。それを聞いてオッタルはちらとフレイヤへと目を向ける。

 

「急ぎの話でも無いし、行ってきて構わないわよ」

「……ご配慮痛み入ります」

 

 その視線に応じてフレイヤが頷くとオッタルは敬服したように頭を下げ、そしてメイドの元へと歩み寄った。そしてメイドの前に立つと、落ち着いた様子で要件を問いただす。

 

「で、誰だ? その来客と言うのは」

「えっと、その………………【黒い鳥】様です」

「不在だ」

「えっ?」

「私は不在だ。そう、奴に伝えてくれ」

「…………畏まりました」

 

 その来客の名を聞いた途端、冷静沈着で知られるオッタルはあからさまに眉を顰めて居留守を使った。それに驚いたメイドが目を丸くするが、有無を言わせぬ剣幕でオッタルは指示の履行を命じ、あくまでメイドにすぎぬ彼女は事情が分からぬと言った顔でその場を後にした。

 

「……あら、つれないわねオッタル。貴方目当てに来たのだから、少しは顔くらい出してあげればいいのに」

 

 書類に目を通しながらその顛末を眺めていたフレイヤが、揶揄うようにオッタルに柔らかな笑みを向けた。しかしそれに対して、彼女の命とあらばどのような苦労をも厭わぬ武人は珍しく眉間に皺を寄せた。

 

「…………奴の相手をするのは疲れるのです。戦いであろうが、あるまいが。どうせまた、何かロクでもない事でも思いついたのでしょう」

 

 溜息を吐きながら、心底嫌そうに【黒い鳥】について語るオッタルに、フレイヤはますますその笑みを深くする。

 

「でも、彼と戦っている時の貴方、とっても楽しそうだったわ。私が嫉妬しちゃいそうになるくらいに。それに彼自身も中々面白い子よ。強さもそうだけど、なかなか話も通じるし……」

「お戯れを。奴は確かに紛れもない強者ではありますが、何を考えているかは理解しようのない危険人物です。あまり好意的に評価するのは――――」

「失礼致します!」

 

 本当に珍しくフレイヤの言に眉を顰めたオッタルの言葉を遮り、先程とは別のメイドが部屋に飛び込んできた。その様子にオッタルは素早く何らかの緊急事態である事を判断し、そして絨毯(じゅうたん)に爪先をひっかけて転びそうになったメイドを紳士的に支えて助け起こすと鋭い目で彼女を問いただした。

 

「どうした? 一体何があった?」

「も、申し訳ありません! 【黒い鳥】様にオッタル様の不在をお知らせした所、突然バベルの壁をよじ登り始めまして……!!」

 

 その報告にオッタルは苦悶の表情を浮かべて額に手をやる。

 

「またか……! 【アレン】は居ないのか?」

「フローメル様は現在装備の受け取りで不在、それと【ガリバー兄弟】の方々に【ロートレク】様も今は不在で…………」

「………………仕方あるまい、私が出る。君は【ギルド】に向かい、奴の元担当の【ジャック】と言う職員に苦情を伝えておいてくれ」

「は、はい! 畏まりました!」

 

 急ぎ足でメイドは部屋を後にし、オッタルはその背中を追い――――はしなかった。彼はメイドが開けっ放しにしたドアを丁寧に閉めると、そのまま踵を返して最寄りの窓へと向かう。その彼を、フレイヤは名前を呼んで呼び留めた。

 

「オッタル」

「はい」

「頑張ってね」

 

 その言葉に立ち止まっていたオッタルは改めてフレイヤに振り返ると恭しく一礼して、その後窓を開け放ち、そこからオラリオの市街へと無造作に身を翻した。

 

「ふふっ」

 

 そして窓から姿を消したオッタルを見送ったフレイヤは、これから【猛者】と【黒い鳥】の間でどのようないざこざが起こるのか想像して楽し気に笑う。そして棚からグラスと白ワインを取り出すと、元居たテーブルに向かいグラスにほんの少しだけワインを注ぎ、先ほどの書類を眺めながら誰ともなく呟いた。

 

「二人の喧嘩を眺めるのもいいけれど…………フィリア祭、楽しい思い出になるといいわね」

 

 

 

<◎>

 

 

 

 夕刻。ベルとの訓練を終えたルドウイークはギルドでの換金を済ませてエリスの待つ家へと帰宅した。しかし、彼が戸を潜ってもその神特有の神威を感じない。

 

 外出中か。そう判断した彼は、後ろ手にドアを閉め、家の鍵をかけようとする。

 

「ちょーっと待ったぁー!!!」

 

 その声にルドウイークが振り向くと、エリスが全速力で家の中へと滑り込んできた。

 

「セーフ! いやあ危ない所でした!」

 

 息を切らしながらもどこか楽しげに言うエリスを前に、半開きのドアに駆けこむのは危ないだとか、そもそも鍵があるから閉められても大丈夫だろうとか、そんな注意をしようと言う気概はルドウイークの中から消え失せた。代わりに一度溜息を吐いて、そしてリビングへと向かう。

 

「あっ、ちょっと待ってくださいよルドウイーク! ダンジョンはどうでしたか!」

 

 エリスは今日の成果が気になるようで小走りに彼の背に追いすがった。そんな彼女にルドウイークは換金したヴァリスの入った雑嚢を手渡すと、ソファに座り込んで背嚢と<月光>を傍に降ろす。

 

「とりあえず、その金で大目に見てくれ。すこぶる調子が悪かった」

 

 ルドウイークは嘘を見抜く神特有の眼力を警戒して、ダンジョンがどうだったかについての返答は避けた。サボっていたと知れれば、間違いなく彼女は怒るだろう。故に早々に金だけを渡して、視線を逸らす事で追加の質問を受け付けまいとした。

 

「ふーん、3600ヴァリスですか……まあいいでしょう」

 

 だが、彼女はそれで納得してくれた様で、金額を検めるとそのヴァリスを袋の中へと仕舞い込んで棚に入れた。その様子を見てルドウイークは何とか誤魔化せたかと小さく安堵する。するとエリスが振り返りルドウイークの向かい側にあるソファへと腰掛け、鋭い目で彼の顔に視線を向けた。

 

「……それで? ダンジョンに潜っていなかったときは何してたんですか?」

「……なんのことかよくわからんな」

「演技が下手ァ!」

 

 エリスはバン! と両手でテーブルを叩きながら立ち上がるとルドウイークに人差し指を突きつけて得意顔で彼を見下ろして言う。

 

「貴方が朝から夕方まで潜ってこれだけしか稼げない訳無いんですよ! 一体どこで油売ってたんですか? 正直に話してもらいます!!」

「…………しくじったな」

「しくじったぁ?」

 

 ルドウイークがぽろりと零した言葉に、エリスは身を乗り出してこれでもかと睨みつける。それに観念したかのように諸手を上げて、ルドウイークは身を引くようにソファの背もたれに深く寄りかかってから今日あった事を正直に話し始めた。

 

 

 

 

「ダンジョン行ってない上に、ベル君に手ほどきしてたんですか!? ヘスティアに塩送るなってこの前も言ったじゃあないですか!!!」

 

 叫ぶエリスの声量に、思わずルドウイークは身を仰け反らせた。正直、ダンジョンに行かなかった事で怒られて、ベルの相手をしていた事は多少なりとも許されるのではないかと彼は考えていた。

 しかし『ヘスティアに』と苛立ったように口を尖らせるその姿に、実はエリス神は本当にヘスティア神の事が苦手で嫌いなのではないかと、彼は少しばかり疑い始めた。

 

「ベル君に頼まれてっていうのは百歩譲っても……うーん……ベル君かぁ…………とにかくルドウイーク、貴方には罰を受けてもらいましょうか!」

「罰?」

 

 ルドウイークはエリスの宣言に、どうしようもなく嫌な予感がして鸚鵡返しに首を傾げた。それに対してエリスは胸を張り、そして勢い良く台所を指差してあくどい笑みを浮かべる。

 

「今回の罰はずばり、今日の夕飯作ってください! 私疲れたので!」

「なっ!?」

 

 それを聞いたルドウイークは酷く狼狽した。その姿に、言い出しっぺのエリスはむしろきょとんとしてその顔を見つめる。

 

 何かまずい事があったのだろうか……。ちょっと不安になったエリスは、一瞬その宣言を取り下げるべきか思案する。するとルドウイークは、悩ましげに眉間に皺を寄せながら苦々しく声を絞り出した。

 

「エリス神。私は料理が苦手だ…………もう一度言う。私は、料理が、苦手だ。私に料理などさせないでくれ。例えこの世界での料理経験が無いとは言え、絶対にロクな物は作れない」

 

 そのありきたりな発言を聞いて、委縮しかけていたエリスは優位を取ったとすぐさま気を取り直しその笑みをますます悪い物に変えてルドウイークの事にねめつけるような視線を送った。

 

「へぇ~じゃあ丁度いいですねえ! やりたくないと抵抗する相手にそれをやらせるのは罰として最も普遍的な物ですからね! 本当にぴったりです!」

「すまない。恐らく、この世界には私の知らない食材や調味料がある。せめてレシピを見せてくれ」

「ダメです! 貴方の独創性を私は楽しみにしてますので! 満足させてくれるまでやらせますからね! 毒……じゃなくて、味見もしてから出してくださいよ!! ではどうぞ!」

 

 その言葉に、ルドウイークは愕然として頭を抱えた。これはエリスには話していなかった事ではあるが、かつてゲールマン翁に師事した狩人達の中で、最も料理の心得が無かったのがルドウイークだ。

 

 彼の料理は軟派で女性たちの料理を幾度と無く堪能していた<加速>や元々尊い生まれであった<マリア>のそれとは当然の様に比べ物にはならず、適当で雑な癖してそれなりに食えるものを作っていた<烏>の料理にさえ水を開けられていたと言う認めがたい事実がある。

 

 <教会>の狩人達の中で最も仲の良かった<シモン>でさえ『ゲールマン殿には食わせるな。寿命が縮む』とまで言わせたその腕前は、この世界に来て更に知らぬ食材というハンデキャップを背負い恐らくもう手に負えないことになっているだろう。

 

 そんな自身がぶっつけ本番で見た事の無い食材で料理を作る…………絶対にそれはロクな事にはならないとルドウイークは直感し、同時にエリスの胃袋が強靭である事を願わずには居られなかった。

 

 

 

 

 ――――その後、ルドウイークの料理により、エリスは深刻な出血を強いられる。見た目も、味も意外とそれなりだったその料理は、彼女が地上に降りてきて史上最もひどい腹痛をもたらした料理となった。

 

 

 




フレイヤ様に啓蒙+1です。

次で怪物祭に入れそう。


ゲストキャラとして採用するフロムキャラについてはまだ募集中です。
よろしければ活動報告から注意事項をお読みの上リクエストください。

今話も読んで下さって、ありがとうございました。


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13:【怪物祭】(前)

怪物祭前半、13000字ちょっとです。原作キャラの言動エミュレイション難しい……難しくない?

総合評価5000に到達しました。これも感想評価お気に入り、誤字報告等して下さる皆さまのお陰です。
今後ものんびりやって行きますので、良ければ応援していただければ幸いです。


 その日のオラリオの喧騒は、ルドウイークの知るあらゆる人混みを遥かに上回っていた。

 

 空では花火と思しき破裂音が断続的に続き、人々はそれを耳にしながら顔を上げる事も無く思い思いに街を歩んでゆく。そしてこの大通り(メインストリート)に並ぶ店の幾つもが、そう言った潜在客達の眼を少しでも引くために普段よりも店先の構えを派手な物にし、店員に声を張らせていた。

 

 今日は、かねてより準備の進んでいた【怪物祭(モンスターフィリア)】当日。その人々の流れの間に紛れるようにエリスとルドウイークは並び歩いている。

 ルドウイークにとっては、今日はどちらかと言えばかねてより依頼していた装備――嘗てのヤーナムにおいて<ルドウイークの聖剣>と呼ばれたそれの再現品――の完成日である、という意味合いの方が強い。

 

 だが、あくまでも自身は図面を引いただけで、実際の完成品がどのような物になるかはこの武器を製作している【エド】次第だ。あの男、腕は間違いないようだが、性格が致命的に良くない。既に素材や機構などに無断で調整を加えているようで、それをルドウイークが問い詰めても答える事は無いと言う性悪ぶりだ。

 

『そういうのは、受け取ってからのお楽しみの方が俺が楽しい。だから調整については当日説明してやる。お前も楽しみにしとくといい』

 

 仕掛けの部品を調整しながらそんな事を言って自身を適当にあしらったエドの姿を想起して、ルドウイークは少し顔を顰めた。その後『だが要望があるならそれは言え』と言ってきてはいたが、正直心配である。

 

 その心配の表れか、彼らは速足に【ゴブニュ・ファミリア】のホームへと向かっていた。実際の所剣を受け取って多少話をするだけなので、それ程急ぎの用事でもないのだが……それでも彼らが急ぐのには理由がある。エリスが怪物祭を見て回るのを実に楽しみにしているからだ。

 

 何でも、ここ十年ほどは貧困故にこう言った催し事をただ眺めている事しか出来なかったらしく、彼女は安定した収入を得て久しく祭りを満喫できそうなこの機会を心底楽しみにしていたのだ。それこそ、先日酷い腹痛に襲われながらも祭り行きたさからそれを気合で克服するほどに。

 

 その自身の欲望への忠実さにルドウイークも正直舌を巻くと同時に、多少安堵しても居た。自身の料理を食べた後のエリスの苦しみ様は、余りにも痛ましい物だったからだ。偶然<先触れ>の精霊が彼女を気絶させなければきっと一日中彼女は呻いていた事だろう。

 

「どうしたんですかルドウイーク、難しい顔して」

 

 そんな事を考えながら歩いていたルドウイークに、エリスがその顔を見上げながらに言った。それを聞いて、自分はそこまでの顔をしていたのだろうか、とルドウイークは一瞬だけ考えてからその問いに応じる。

 

「いや、エリス神が回復してよかったとね。今日を随分楽しみにしていた様だからな」

「まったくですよ! 主神にあんな料理食べさせるなんて……正直死ぬかと思ったんですからね!」

「いや、確かに作ったのは私だが、作らせたのは貴女だろう」

「さあルドウイークさっさと武器を受け取って街に繰り出しましょう! なんたって折角のお祭りですからね!!」

 

 自身の責任を指摘された途端、エリスはそっぽを向いて速度を速めた。その後姿に、都合のいい主神だとルドウイークは首に手をやって、それから彼女の後を追う。しかし、人混みが邪魔でうまく彼女と距離を詰める事が出来ない。

 

 2M(メドル)近い身長とそれに相応しい体格を持つ彼からすれば、行き交う人々の間を抜けるのは中々に難行であった。それに、基本的に閑散としていたヤーナムより来たった彼には到底人混みを抜ける技術への慣れなど期待出来よう筈も無い。

 一方で、160C(セルチ)半ばのエリスは人々の間をすいすいと抜けて行く。神の放つ特有の神威によって、人々は無意識的に彼女に道を譲るからだ。そんな自身の優位に気付いているのかいないのか足を止める事の無い彼女の姿が少しずつ離れていくもので、ルドウイークは少しげんなりする。

 

 だが、そこは彼もあのヤーナムの夜を戦った古狩人。気を取り直すと、すぐに人々の流れの中に空いた間隙へと体を滑り込ませ、素早く歩く技術をこの経験の中で習得してゆく。

 

 それには彼自身の資質も関係していることだ。その背の高さと、<獣狩りの夜>の内に置いて数多の狩人を指揮する事を可能にした視野の広さ。同期の他の者には無かったその能力を持って人々を率いた彼は、今その能力を人々を避けるために活用している。

 

 向かって来るものの正面に立たぬように立ち位置を調整しつつ、歩く速度の緩急を利用して同じ方へと流れる人々の間を横に流れて追い越してゆく。その途中で、彼の眼にはすれ違う人々が皆程度の差はあれこの祭りを楽しんでいるように映った。

 

 ――――祭りなど、私には無縁だと思っていたが。

 

 脳裏を過ぎったそんな考えに自嘲した笑みを浮かべると、ルドウイークはそのまま、少しずつ近づきつつあるエリスの金色の髪を目印にその背中を追うのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 二人がゴブニュ・ファミリアの本拠地(ホーム)にたどり着くと、そこでは団員の鍛冶師と思しき者たちが忙しそうに右往左往していた。聞く所によれば、本日は彼らのファミリアが新たに開発した武器を発表する場を設けているらしい。それは十中八九ルドウイークの注文した仕掛け武器の事だろう。

 

 そんな彼らを眺めながら、ルドウイークとエリスは首を巡らせて当の制作者であるエドの姿を見出そうとした。しかし行き交う鍛冶師たちの中に彼の姿は見えない。

 まだ、工房に籠っているのだろうか――――そんな事を考えてエリスがルドウイークの事を見上げた時、後ろから声をかけられて二人は揃って振り返った。

 

「なんだ、お前ら揃って突っ立ちやがって。武器を受け取りに来たんじゃあねえのか?」

 

 振り返った先に居た男――――ルドウイークの武器製作を請け負った鍛冶師である【エド・ワイズ】は、どこか気だるげに言って腕を組み工房を顎で指した。その体からは、僅かに酒の匂いが漂っている。

 

「安心しな、武器なら出来てる。中に置いてあるから、付いて来いよ」

 

 それだけ言い残すと、エドは二人には目もくれずふらついた足取りで工房へと向かって歩き出す……その後姿を見て、エリスは不満げな顔でルドウイークの事を見上げた。

 

「私、行きたくないんですけど……」

「はは、気持ちは分からなくも無い。だが必要な事だ」

「…………こんな事なら、大人しくヘファイストスの所行った方が良かったのかなぁ」

 

 ぼやくエリスに苦笑いを向けた後、ルドウイークは諦め気味にエドの後を追う。その背中を、エリスが小走りに追いかけて二人は工房の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 この日のゴブニュ・ファミリアの工房では、殆どの炉に火は入っておらず、それでいて多くの団員が外と同様に方々(ほうぼう)を駆けずり回っている。どうにも昼の新武器発表に向け、慌ただしく準備を進めているようだ。その中にあって、その最大の当事者の一人であるはずのこの性悪な鍛冶師はどこ吹く風と言った様子で歩いてゆく。

 

 そしていつだかの打ち合わせに使った工房の隅にある卓にたどり着くと、彼はその上に置かれた、布にくるまれた物を指示した。

 

「コイツだ。アンタの設計図のもんより、ずっといいもんに仕上げてやった。あとリクエストにも応えたし、崇めてもらっても構わんぜ」

「検討しておこう」

 

 ルドウイークはエドの言葉に対して極めてぞんざいに返すと、布を取り払いその内に隠された品を皆の視線の元へと晒す。

 

 そこに在ったのは銀の長剣と、それを仕舞うには些か大型すぎる金属製の鞘だ。剣は刀身をランプの橙色の反射に煌めかせ、鞘には余すことなく技巧の粋を尽くした装飾が彫り込まれている。その美麗な彫刻(レリーフ)を見て、エリスが思わず感嘆の声を上げた。

 

「うわ、まるで美術品じゃないですか……凄いですね。このデザイン、ルドウイークが考えたんですか?」

「いや。私は書いてはいないよ。エド、これも君の独自調整の成果かね?」

「あー、ぶっちゃけ暇つぶしだ。仕掛け部分に使う素材の納品まで時間があってな。折角だしかっこよくしてやろうかと」

「いや暇つぶしで付ける装飾じゃあないですよねこれ……性格と腕前に差がありすぎる……」

「聞こえてるぞ」

 

 エリスがボソッと呟いた本音にエドは蔑むように凄むが、対する彼女はエドに視線を合わせようともしない。それを見たルドウイークは一瞬笑ってしまいそうになるが、すぐにそれを気の迷いだと振り払う。

 一方、エリスを睨んでいたエドはその内反応する気の無い彼女に興味を失ったか、机の上で指を組んでルドウイークにどこか伺うような視線を向けた。

 

「それで、折り入って相談なんだがな。この武器……こう言った変形機構を備えた武器の名前の案は何かないか? 考案者の意見を聞きたい」

「私としてはそれよりも武器そのものに対する意見交換をしてほしかったがね…………」

 

 そう言うエドは椅子に寄り掛かって尊大に腕を組み、質問している側とは思えない態度である。そんな彼に対しルドウイークがらしくなく口を尖らせていると、何かを閃いたのかエリスが勢い良く手を上げ立ち上がった。

 

「はいはい! それじゃあ、考案者の名前を取って【ルドウイークの大剣】なんてどうですか?」

「却下だ」

「ねえな」

 

 勇ましく手を上げたエリスの案を、二人はバッサリと切り捨てる。その余りの息の合いように、エリスは唖然とした後真っ赤な顔でがなり立てた。

 

「な、何なんですか二人そろって! 私割と真面目に考えたんですけど!?」

「あのなぁ、人名つけたら分かりにくいし後でややこしいんだよ。それに『ルドウイークの大剣』じゃあどう言う武器かピンと来ねえだろうが。そもそも俺が名前付けたいのは武器の種類にだよ。客に分かりやすいようにしたいからな」

「確かに、新しい装備に相応しい名を付けるのは重要だな……ふむ」

 

 地団駄を踏むエリスに対してエドは呆れたように指摘をし、一方のルドウイークは顎に手をやって少し真剣な面持ちで思案し始めた。

 

 エドが求めているのは武器の種別名……つまりは『剣』や『斧』と言った大きな範囲での名前だ。今回用意した<ルドウイークの聖剣>は『長剣』や『大剣』の性格を切り替える武器ではあるが、確かにどちらかとして発表するのは難があるだろう。

 もし長剣として売り出せば大剣の部分に客は疑問を持つだろうし、逆であっても同じ事だ。素晴らしい武器である事に間違いはないのだが……いい物が(あまね)く売れる訳では無いと言うのを、いつだか<教会>に籍を置いていた雷に魅せられた工匠が嘆いていたのを覚えている。

 

 故に、武器を作り販売する側にとっては分かりやすさと言うのは非常に大事な事である様に考えられた。ならば、この武器を体現するに相応しい名前とは……。

 目を閉じ、神妙な顔で考えようとしたルドウイーク。しかし彼は、そもそもこう言った武器を表す名は最初から付いていたことに気づいて、にも拘らず真面目に悩んでいた自分が愚かしくて小さく笑った。

 

「一つ案がある…………<仕掛け武器>と言うのはどうだね?」

「ほう……? <仕掛け武器>……【ギミック・ウェポン】ってとこか? いいな、それで行こう」

「随分とまぁあっさりと決めますね……」

 

 ルドウイークの案にエドは彼らしくなく素直に眼を輝かせ首を縦に振る。それに怪訝な視線を向けるエリスに、エドはまた尊大にふんぞり返ってフンと鼻を鳴らした。

 

「お前に分かるかなんか期待しちゃいないが、物作り(クリエイター)には咄嗟のインスピレーション(閃き)が大事なんだよ。他人からいいアイデアをもらえるなら万々歳――――」

「おいエド、話は済んだか?」

 

 エリスを見下すように講釈を述べるエドの所に、一人の鍛冶師がやってきて声をかけた。黒い長髪を後ろで結んだ、不健康そうな顔色の青年である。その青年の問いにエドは振り返ると、一度笑ってからそれに答えた。

 

「ああ。まだ途中だが……この武器種は【仕掛け武器(ギミック・ウェポン)】って種別名にしようと思う。ついでに言うなら、こいつは【仕掛け大剣(ギミック・ブレイド)】ってとこか」

「ギリギリまで待たせただけあって悪く無い名前だな。誰からパクった?」

「うるせえな。とりあえずこれでアンドレイも納得するだろ?」

「多分な。俺が旦那だったらOK出すけど」

「そうか…………安心したら気ィ抜けたわ。トイレ」

 

 青年の返答に一人納得したエドは、会話を打ち切り席を立ってその場を離れる。残された者達は少しの間その後姿を眺めていたが、ふと苛立たしげにエリスが口を開いた。

 

「…………女神の前で堂々とトイレ宣言とか、下品にも程がありすぎじゃないですかね……?」

「アイツはああ言う奴なので……。許して頂きたい、美しい女神殿」

「美しい…………まぁいいでしょう。貴方は?」

 

 あからさまなお世辞に、しかしエリスは機嫌を少し直して青年に視線を向けた。ルドウイークも彼の事を推し測るように観察している。それに気づいた青年は、何処か慇懃に礼を取って見せた。

 

「ああ、紹介遅れた。俺は【リッケルト】。今回の発表の進行役をやらされる事になってるんだ。ホントは出てくるつもりなかったんだけど、たまには陽に当たれってアンドレイの旦那に引っ張り出されちまって……」

「リッケルト殿か。名うての職人と見たが」

「ええ。【魔剣屋】リッケルト。ひたすら【魔剣】ばっか作って市場に流しまくって、魔剣自体の市場平均価格を1割くらい落としたって方です。その魔剣も品質の均一さには定評があって……今では逆に彼自身の魔剣はちょっと価値上がっちゃったんですけど、多くの冒険者達が愛用しているんです」

「的確な説明助かる、エリス神」

 

 その言葉に、ルドウイークはリッケルトなる眼前の青年をかなりの鍛冶師なのだと推測した。そして次に、未だ直接触れた事の無い【魔剣】について思案する。

 

 ――――【魔剣】。

 

 『疑似的に魔法を放つ事の出来る剣』。その名を唱えそれを振るえば、いかに魔法の才の無い者であれ、剣に封ぜられた魔法を放つ事の出来る特別な剣の総称だ。

 

 その威力は製作者や品質によって大きく上下し、また数回使えば壊れてしまう使い切りの代物。故に信頼性は高いとは言えないのだが、それを差し引いても長い詠唱も必要とせず魔法に類似した攻撃を扱う事が出来るとあって、その有用性は筆舌に尽くしがたい。

 

 ちなみに、常に発動しているような特殊な性質を秘めた武器については【特殊武器(スペリオルズ)】と呼ぶらしい。ならば、<血晶石>を捻じ込んで属性を得た装備もそう呼ばれる種別に入るのだろうか。<月光の聖剣>は、そのどちらの性質も併せ持つという事になるのか……? そう思案を重ねるルドウイークを他所に、リッケルトはエリスに対してバツが悪そうな笑みを見せた。

 

「いや、言いすぎですよ神エリス。俺の打つ魔剣は性能を落として値段を下げた廉価品で、皆のイメージするような威力は無い最低等級品です。褒められるようなもんじゃありませんよ」

「そんな事ありませんよ! 貴方の打つ魔剣……均一の安定した品質を持つ魔剣が、どれだけ冒険者達の助けになっているか! あの値段が何よりの証明ですよ!」

「それに、一日にあれだけの本数の魔剣を生産する等人間業では無いだろう。かの【鍛冶貴族】でも、ああはいかんと手前は思うがな」

 

 謙遜するリッケルトの言葉を否定するエリスの声に、その場にいた誰とも違う女性の声が続いた。皆の視線がそちらへと向けば、いつの間にかそこに立っていた女性は少し意外そうに目を見開く。

 

「……どうした? 手前の顔に何か?」

「いやいや、何でアンタがここに居るんだ【コルブランド】。ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」

 

 リッケルトに咎められ、コルブランドと呼ばれた彼女はふむと顎に手をやり悩むような仕草を見せた。白いリボンで一本に纏められた黒髪を揺らしながら、眼帯に隠された左とは対照的に赤い右目は鋭く、しかし楽しげに周囲の顔色を眺めている。その腰には相当な業物であろう刀を一本佩いており、佇まいも併せて剣士としての高い実力も伺わせていた。

 

 そしてその火に焼けた鍛冶師特有の肌の上に雑に上着を羽織っており、その間から垣間見えるサラシに包まれたその胸は抑えつけられている現状の大きさで評しても十分に豊満である。

 

「何、【ゴブニュ・ファミリア】――――アンドレイ殿の新製品と聞いたら居ても立っても居られんでな。こうして呼ばれても無いのに馳せ参じたわけだ!」

 

 彼女はそう呵々大笑してから、止める間もなく卓の空いている椅子に腰を下ろした。そこに悪びれた様子などなく、しかしそれがどうにも悪い印象に結びつかない不思議な魅力の持ち主でもあった。そんな彼女に探るような視線を向けていたルドウイークは、対応に困っていたエリスに顔を寄せてそっと耳打ちした。

 

「エリス神、こちらは?」

「えっとですね………………こちらは【単眼の巨師(キュクロプス)】こと【椿・コルブランド】。【ヘファイストス・ファミリア】の団長であり、十人ほどしか存在しない最上級鍛冶師(マスタースミス)の一人…………そして、今のオラリオで名実ともに最高の鍛冶師と呼ばれる方です」

「おっと、他はともかく最後のだけは有名無実だ。手前は()()アンドレイ殿を越えたとは思っておらんからな」

 

 エリスの評を耳ざとく聞き取り、だが変わらずコルブランド――――椿は楽し気に笑うばかりだ。その言葉からは、既に最上級鍛冶師(マスタースミス)と呼ばれる彼女がその領域に至ってなお尽きぬ向上心の持ち主であることが伺える。そして、そのまますぐに会話を打ちきった彼女は勇ましく卓に身を乗り出し、机の上に寝かされた<ルドウイークの聖剣>――――あるいは【仕掛け大剣】を指差した。

 

「それよりも新製品だ! 昼に発表と聞いたがもう待ちきれん、早く見せてくれ! 長剣と大剣の合いの子だと聞いたぞ!」

「いやいや、あと何時間か待ってくれって。今から場所取っとけば最前列で見れるぜ?」

「いいや、もう限界だ。手前がどれだけこの日の発表を楽しみにしていたと思ってる」

「…………発表が終わるまでは口外しないでくれよ?」

「『鍛冶の神』に誓って」

「どっちのだよ」

 

 その言を咎めたリッケルトに対して諦めなど微塵も垣間見せずに食らいつく椿。それにあっさりとリッケルトは折れ、一度口止めした後どうぞと手の平で許可を出す。そしてその合図が出された瞬間彼女は飛びかかるように長剣を手に持って、興味深そうにその刀身を眺め始めた。

 

「うむ、これは…………ミスリル製か……いや、偏執的なまでに強靭性に拘り鍛え抜かれた刀身、もはや並のミスリルと比較するのもおこがましい。大剣部分にもミスリルが……いや、縁の部分は超硬金属(アダマンタイト)か。長剣と大剣二つの性格を併せ持つというのは、そう言う事だったのか。そしてこれが結合部分…………この部品最硬精製金属(オリハルコン)製か。あのオリハルコンをこれほどの部品に加工するとは生半な労力では無い……しかし一般の市場に流通するものにはこれほどの素材は使われないだろうが……いや、そもそもこの構造なら十二分過ぎる強度を確保できるはず……そうか! あくまでオリハルコンの使用は更に念を入れてという事だな……!? 流石はアンドレイ殿……武器自体の品質も紛れもなく第一等級品でありながら、使い手によってはその性能限界を更に引き上げうる可能性、更には複雑な機構部分に最高品質の素材を使う事で強度を底上げし信頼性までも高めているとは…………何たる生半可な鍛冶師には到底到達できぬ領域に立つ者にのみ生み出す事の出来る逸品か! かの二つ名に相応しい業前と感嘆せざるを得ない…………!」

 

 武器のあらゆる部分を穴が開くほどに眺めまわし、椿は炉にくべられた鉄の如くに熱の入った様子でこの品の持つ要素を徹底的に精査してゆく。そしてしばらくの間一人で捲し立てていた彼女は、最終的に素晴らしく満足した様子で溜息を吐いた。

 

 エリスはその剣幕に若干引いていたが、彼女のお陰でルドウイークもこの武器に対する評価をある程度定める事が出来た。その言を聞く限り、武器としては素晴らしいことこの上ない物であると言うのは間違いないだろう。特に強度については折り紙付きとのことだ。それは元来からのこの武器の特徴である頑強さを更に改良した結果得たものなのだと彼は推測した。

 

 ――――エドの腕はなんだかんだで確かだったという事か。

 

 らしく無く皮肉めいてエドを称賛しながら、ルドウイークはさらに思案を進めた。

 

 この強度があれば数打ちの長剣では成し切れなかった自身の筋力を生かした戦い方も出来るだろう。そしてもう一つ、この武器には椿にも思考の及ばぬであろう特別な要素がある。

 

 彼は目立たぬように剣に刻まれた、何かを(よじ)り込むために(しつら)えられた3つの穴に目を向けた。それは、彼の持つヤーナムより持ち込んだ品の一つ、<血晶石>を装着するための箇所(スロット)である。

 

 血晶石。獣や眷族どもの血の中に生まれる血石の一種であるそれは、武器に取り付ける事でそれぞれの石に対応した能力を付与する事が出来る。火や雷と言ったいわゆる属性や、特定の対象に付ける傷が深くなる、手にしているだけで体力を回復する等だ。その原理については嘗ての狩人達も随分と調べ回ったものだが、結局それを暴く事は出来なかった。当然、ルドウイークの知る所でもない。

 

 しかしその原理を知らぬままでも、その力は確かに振るう事の出来るものだ。多くの戦士が、自らの武器が如何様にして生み出されているのかを知らぬのと同様に。

 

 そんな事をルドウイークが考えている間にも、椿は興奮冷めやらぬという風に何度も武器を調べ上げ、ついには仕掛けの起動を試みようと金属製の鞘に長剣を押しこみガチャガチャとやり始める。

 だが、初めて触れる仕掛け武器の変形機構に彼女は苦戦し始め、その内腕を組んで武器に対してどこか怪訝な視線を向け始めた。

 

「むう……意外と難しいな。アンドレイ殿らしくない。あの人ならば、もう少し簡易な機構にする気もしてきたが……」

「そりゃそうだ…………コルブランド。盛り上がってる所悪いけど、それ作ったのアンドレイの旦那じゃあないぞ」

 

 変形が上手く行かずに首を傾げる椿に、リッケルトが呆れたように話しかける。すると椿はその眼を訝しげに細めて、思案するような仕草を見せた。

 

「何? しかしあの人以外にここまでの物を作れる者と言えば……」

「俺だぜ」

 

 その声に皆が振り返ると、手布で濡れた手を拭いながらエドが戻ってきていた。その姿を見て椿の顔が隠しきれない嫌悪に歪む。それはエドも同様だったようで、グラスの奥から覗く瞳は実に攻撃的であった。その二人の視線が空中でぶつかり、火花を散らすかのようにルドウイークとエリスは錯覚する。

 

「……何故お前がここに居るのだ、【ねじくれ】エド公」

「俺の二つ名は【ひねくれ(シニカル)】だ。……お前こそ何でここに居やがる鍛冶狂い(キチ)女。またアンドレイ目当てに人んちのファミリアの敷地に勝手に上がり込んだのか? 常識ねえのかよ……」

「むむ……実際間違っていないが…………お前に言われると腹が立つ!」

 

 そう言い切ると椿は席を立ちエドの前に仁王立った。その威圧感はすさまじい物で、咄嗟にエドはファイティングポーズを取って身を引く。

 

「待て暴力反対だ。俺は弱い!」

「だったら態度を改めろ。それだけの腕があるのだから、少しは真面目に鍛冶仕事に精を出せ!」

「知るか! 俺は好きに武器を作るんだよ! つかテメェこそ見境なしにぽこじゃか第一等級品量産しやがって!! お前と比較されたせいで俺がどんだけなぁ!!」

「何を言うか! お前なら手前に及ばずともそれなりの評価をされただろう!?」

「テメェのそう言う自分が上である事を信じて疑わねえところが嫌いなんだよ露出過多鍛冶女!!!」

「何だと貴様!?」

「ハッ、折角だしここらで白黒つけてやろうか!? かかって来やが――――あっ待て今の嘘おいマジでグーはやめろ!!!」

 

 互いが互いの言に耐えきれなくなったか、エドの挑発を皮切りに二人の鍛冶師の取っ組み合いが始まった。突然の喧嘩に慌ててリッケルトが止めに入ろうとするものの、工房の隅だったこともあってか、溜まっていた灰が巻き上がってその子細な様子を覆い隠してしまう。

 だがどうやら二人の間には致命的までに力の差があったらしくすぐに取っ組み合いは終わり、舞っていた灰が晴れるとボロボロになって突っ伏すエドとその上に跨って腕を組み鼻を鳴らす椿の姿が露わとなった。その姿に、呆れたようにリッケルトは溜息を吐く。

 

 すると、大柄な一人の人影が呆れたような表情で彼らの元へと歩いてきた。

 

「…………何やってんだ、お前ら?」

「げっ」

「アンドレイ殿!?」

 

 彼と彼女の起こした騒ぎを聞きつけたか、その場にのそりと現れたのはゴブニュ・ファミリア頭領、【薪の鍛冶】アンドレイ。彼の視線を受けた椿のそこからの動きは早かった。

 

「げっふぁ!?」

 

 情けない悲鳴をあげてエドが転がる。椿が即座に馬乗りになっていたエドを壁際に蹴り飛ばしたのだ。そして彼女は何事も無かったかのようにアンドレイの前に仰々しく正座し、両手を膝の上に置いて深々と頭を下げた。

 

「お久しぶりです。突然の訪問の上、見苦しい所をお見せしてしまい誠に申し訳ありません。椿・コルブランド、ゴブニュ・ファミリアの新武器が完成したと聞いて居ても立っても居られず、こうして参上した次第です。アンドレイ殿も、相変わらずご健勝のようで何より」

「おう。ウチのエドが迷惑かけちまったみてえだな」

「クソが…………! 迷惑かけてるのはどう考えてもこのグワーッ!?」

 

 吹き飛ばされていたもののしぶとく復帰したエドが彼ら二人の最上級鍛冶師(マスタースミス)の会話に割り込もうとした瞬間、突如として凄まじい衝撃により視界外へと吹っ飛ばされた。そうして消えて行ったエドの軌跡をアンドレイは裏拳を戻しながら横目に見て、腕を組んで椿にどこか呆れたような目を向ける。

 

「ま、事情は大体わかった。……新製品を楽しみにしてくれたのはうれしいけどよ、お前だって今やファミリアの団長なんだ。もうちっと落ち着いた方がいいと思うぜ、お転婆め。ハハハ」

「はい、ご忠告痛み入ります」

 

 エドに対するそれとは180度違う態度を見せる椿と、娘を見る様な面持ちでそれに対するアンドレイ。ルドウイークが、どこか楽し気にその様を眺めていると、何やら我慢の限界を迎えたように焦るエリスが彼にそっと耳打ちしてきた。

 

「あの、ルドウイーク。そろそろですね、時間が本格的にですね……」

「本格的? 何かあったかね?」

「ガネーシャ・ファミリアの公開モンスター調教(テイミング)の時間ですよ! 確か昼過ぎからスタートですから、まだ何とか席を確保できるかもしれません」

「そうか。失念していたな」

 

 その言葉にエリスがちょっとムッとするのを見て、ルドウイークはすぐに行動に移った。会話を続ける椿やアンドレイの脇を抜けて素早く仕掛け武器を布に包み背負い込んだ彼は、その場の鍛冶師たちと相対して礼儀正しく頭を下げる。

 

「それでは、我々はそろそろお暇させてもらおう。エドに世話になったと伝えて置いていただきたい」

「おう。その試作品、後で使い心地を教えてくれ。流通品にフィードバックさせてくからな。刃こぼれとかがあったらあの野郎に頼むぜ」

「了解した」

「エド公でなくとも、手前の所に持ち込んでくれても構わんぞ」

「ご厚意は嬉しい限りだが……契約上難しいな」

 

 首を横に振るアンドレイを見て、ルドウイークは椿に対して申し訳なさげに否定を返した。それに対して椿はアンドレイに視線を向けるが、彼はダメだと言わんばかりに首を振り椿はあからさまに肩を落とした。すると、その様子を伺っていたルドウイークを見て我慢できなくなったか、エリスがルドウイークの腕を引っ掴む。

 

「ほら! もう行きましょうルドウイーク! 祭りですよ、祭り!」

「そう急がずとも祭りは逃げんよ、エリス神」

「何言ってるんですか! 時間は待ってくれませんよ!」

「……そうだな」

 

 そうして引きずられるまま、一人と一柱は工房を後にしようとする。だがその背に思い出したようにアンドレイが声をかけ、ルドウイークに楽しげな顔で話しかけた。

 

「そうだルドウイーク、アンタすげえ()()なんだってな。ガレスの奴といい勝負したって聞いたぜ。良ければ俺とも今度どうだ?」

「勝負したつもりは無かったが……それについてはまた後で詳しく話しましょう」

「応。それじゃ、祭り楽しんで来いよ!」

 

 

 

<◎>

 

 

 

 ゴブニュ・ファミリアを後にしたエリスとルドウイークは、このフィリア祭の最大のイベントであるガネーシャ・ファミリアによるモンスターの公開調教を目撃するべく、一路闘技場へと向かっていた。その道中、いつぞやの少年と従者の屋台でおはぎを購入したエリスは、甘いそれを時折幸せそうに頬張って、そしてルドウイークに楽し気な感情を隠さぬ笑顔を向ける。

 

「うーん、おいしい! やっぱり、食べ歩きは祭りの華ですね!」

「あまり食べ過ぎない方が良いのでは? 折角の催しを前にしてお腹を壊してしまえば、悲しいぞ?」

「確かにそうですけど……楽しく無いはずがないじゃないですか! それにやっと、ルドウイークもちゃんとした武器が手に入ったんですから、もっと楽しそうにしましょうよ!!」

「そうだな……これで探索もやりやすくなる。と言っても、深度が進むにつれてダンジョンは著しく高難易度化すると言うから、そう容易い話ではないのだろうが」

「そう……ですね」

 

 祭りが終わった後の事、ヤーナムへの帰還へと邁進しようという意思を隠さぬルドウイークに、エリスは少しだけ寂しそうな顔で俯いた。しかし、彼女はそんな顔をすぐに笑顔で覆い隠して普段通りの態度で彼の前に回り込み、上目使いに(たず)ねる。

 

「……ね、ルドウイーク。一つ相談があるんですけど」

「何かね?」

「新しい武器も手に入って、格好もついてきたことですし……そろそろウチの団長の肩書き、名乗るつもりはないですか?」

「いや、それは私には相応しくない看板だよ」

 

 その団長と言う地位への誘いを、ルドウイークは即座に辞した。その答えに……と言うより、その逡巡の無さに驚いたように目を丸くするエリスに、彼はどこか申し訳なさそうに笑って腕を組んだ。

 

「……なんだかんだで、私にはファミリアへの忠誠心は無いに等しい。貴女への恩義で動いているだけだ…………このファミリアに何があったのかという事情も、未だに知らないしな」

 

 その言葉に、笑顔を浮かべていたエリスは一瞬呻いて痛い所を突かれたとばかりに表情を歪める。一方ルドウイークはそれを見て少し笑みを浮かべた後、一転して真剣極まりない顔で首を横に振った。

 

「それに、結局私は異邦人だ。いずれ去る者に重要な役職を任せてしまうと、後が面倒だと思うよ」

「じゃあ、ダメですか?」

「……ああ。それよりも、新入団員を募集して、その者に団長を任せた方がよっぽどいいだろう。第一、私は人の上に立てるような()()()()()()よ」

「……………………そっか」

 

 下界の子らの嘘を見抜く力を持つ神であるエリスは、ルドウイークの言葉に一切の偽りがない事を本能的に見抜いてしまい、少し悲しそうに呟いた。

 

 彼の言う事は、実際に正しい。もしも彼が団長となったとして、エリス・ファミリアを軌道に乗せた後ヤーナムへと戻ってしまえば、団長の席は空席となる。それはつまり、穏便であろうとなかろうと、他に団長の座に相応しい者を選出しなければならないことを意味している。その為の人員は彼女の元には居ない。

 

 彼の言う通り、新しい眷族を増やすのが賢明な判断なのだろう。だが、ルドウイークに団長と言う座を与える事で万一ヤーナム帰還の術が見つかった時に引き留めるための口実を作っておきたかったエリスは、彼の意思の強さを再び見せつけられたことで心の中で肩を落とした。

 

 ――――まあ、そう簡単には見つからないと思いますけど。でも、万一の為に彼を捕まえておく手をまた考える必要がありますね……。

 

 そう自分に言い聞かせてすぐにエリスは気を取り直したように手を叩き、その心中の企みをルドウイークに悟られぬよう、普段よりも三割増しの笑顔を見せた。

 

「解りました! それでは団長云々は忘れまして、今日はフィリア祭を楽しみましょう! なんたって、一年に一度のお祭りですからね!」

 

 その時、街を歩く人々の間に大きな声が沸き上がった。一瞬、歓声だと思えたそれにエリスは闘技場での公開調教が早くも開始されたのかと驚きに困惑した表情を見せる。だが、必死の形相で道を戻ってくる市民や観光客の姿を見て、ルドウイークは苦虫を噛み潰したような顔で背の【仕掛け大剣】――――<ルドウイークの聖剣>に手をかけた。

 

「お祭りのー…………アトラクションですかね?」

「……そう言う感じでは無さそうだ。エリス神、一先ず戻っていてくれ」

「ええっ!? それじゃあ祭りはどうするんですか!? 公開調教(テイミング)は!? それに私が戻った所で、ルドウイークはどうするんです!?」

「言ってる場合では無さそうだ。恐らく、ロクでも無い事が起きているぞ……!」

 

 そう言うとルドウイークはまずはエリスを逃がすべく腕を引っ掴んで走り出――――そうとして、それでは彼女に大いに負担をかけると判断し、その体を素早く小脇に抱えると、それに対する抗議の声も無視して路地裏へと飛び込んで走り出すのだった。

 

 




後半は明日までにはあげられると思います。


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14:【怪物祭】(後)

怪物祭後半、18000字無いくらいです。


 事態は、切迫していた。

 

 ガネーシャ・ファミリアの行っていたモンスター調教の会場、オラリオ屈指の大きさを誇る建造物である闘技場から、突如モンスターが脱走したのだ。

 

 彼らは何故か積極的に人を襲うような事はしなかったが、血走った眼で街路を跳梁跋扈し、何かを探すように邪魔な屋台などを破壊して暴れ回る。

 

 当然、観光に来ていた多くの一般人に彼らに抗う力は無い。人々はあっという間にパニックとなり、蜘蛛の子を散らすように混乱が広がって行った。

 

「くそっ、どうなっておる……! 我がファミリアの調教師(テイマー)達は何をしているのだ!!」

 

 毒づきながら、コロッセオへの道筋を示す看板を武器代わりに振り回して【蒼大剣士(ブルーブレイダー)】の【バンホルト】は逃げ惑う市民たちの盾となりモンスター達を迎え撃つ。後方では大道芸人として道端で芸を披露していた【道化(ピエロ)】の【トーマス】が彼の代名詞とも言える巨大火球の連続投擲では無く、避難者達を巻き込まぬ規模の小さな火球を放り投げていた。

 

 普段通りのダンジョン内であれば彼らはその実力を発揮し、レベル1や2のモンスターであれば圧倒していただろう。だが今日は地上、それも戦闘など考慮されぬ祭りの日だ。バンホルトのような戦士たちの殆どは愛用の武器を持ち歩く事も無く、トーマスのように強大な魔法を操る者はその破壊力が仇となって満足にそれを振るう事が出来ない。

 

 だが、彼らもこのオラリオで二つ名を得るほどに名を挙げた冒険者達だ。今の自身等が振るえる範囲の力で何とかモンスターを排除し、市民たちを安全と思える方角へ誘導してゆく。

 

 その時、街路に在った屋台の一つが盛大に吹き飛ばされ、一匹のモンスターが姿を現した。

 

 【ソードスタッグ】。中層の最深部分、24階層付近に出現する雄鹿のモンスターであり、凄まじい突進力とその名の由来たる鋭く強靭な角で数多の冒険者を突き殺してきた強力な敵である。だが、本来なら単独でバンホルトとトーマス、二人の相手をできるモンスターでは無い。その突進攻撃こそレベル3にも通用するとされているが、彼らはさらに上の位階に相当する冒険者であるからだ。

 

 しかしそれも、この状況下では大いに話が違う。守るべき市民たちを背にした彼らはその突進に対して回避という選択肢を取る事が出来ず、同時に全力の迎撃も行えない。更に彼らに状況を打開するための思案を与える暇も無く、ソードスタッグは街路の真ん中に固まる彼らに対して邪魔だと言わんばかりに角を突き出して突進を開始した。

 

 本来の武器では無い今の得物(看板)では、防御は困難。市民たちを挟んで反対側に居るトーマスの位置からは援護は期待できない。万事休すか。そうバンホルトが歯ぎしりした瞬間、突進の最中に在ったソードスタッグの前に路地から飛び出してきた一人の女が立ちふさがった。

 

 次瞬、彼女は腰に差した刀に手をやって一切の躊躇なくその暴走と交錯する。そして彼女が刀を鞘に納め小さく音を鳴らした瞬間、ソードスタッグの全身が切り刻まれ盛大に肉と血と臓物が街路にぶちまけられた。その姿を見て、返り血を多少浴びたバンホルトが市民を気遣い呻く。

 

「【烏殺し(レイヴンキラー)】か、助かった! だが少し周囲に気を遣ってくれ!! 救ってくれたのは間違いないのだが、市民たちを怖がらせんで欲しい!!」

「それはすまない事をした。普段の愛剣があれば、もっと綺麗にやれたのだが」

「常在戦場」

 

 【烏殺し】と呼ばれた彼女――――オラリオ一の剣速を【剣姫】と争うとされる女冒険者【アンジェ】の後に続いて、いくつもの刀や剣を突っ込んだ背嚢を背負った白い衣服の男が現れた。アンジェは刃の欠けた刀を彼に放り渡すと、男は背嚢から新たに刀を引き抜いて逆にアンジェに差し出す。

 

「そう怖い顔をするな【真改(しんかい)】。お前と合流出来たのは実際僥倖だった。【蒼大剣士】に剣をくれてやってくれ」

「承知」

 

 そのやり取りの後真改と呼ばれた男はバンホルトの元へと向かい、その背に在った物の内最も大きな剣を彼に手渡した。

 

「いいのか? 今は手持ちも無いが」

 

 バンホルトが尋ねると、真改はアンジェを後ろ手に指差して彼女に支払ってもらう旨を伝える。バンホルトはその答えに安心して剣を受け取ると、市民たちの方を向き腹の底から声を上げた。

 

「皆、安心してくれ! これより我々が皆を護衛し、安全な所まで離脱する! まずはギルドの詰め所に向かおう! さあ、着いて来てくれ!」

「私もか?」

「協力」

「仕方ないな」

 

 バンホルトが剣を掲げて叫ぶと、市民たちが安心したような声をあげる。アンジェは自らも護衛に組み込まれたのが少し不満そうではあったが、真改の言に諦めたように小さく笑った。

 一方、後方にいたトーマスも周囲の安全を確認できたようで片手を挙げバンホルトに合図を送り、それを受けた彼は市民を先導してまず最寄りのギルドの詰め所へと向かおうと思案する。

 

 その時、突如として地鳴りと共に地面が揺らいだ。

 

 直後、いくつか先の区画で凄まじい音を立てて土煙が上がり、そこから女性の悲鳴とも似た、けたたましい叫びが聞こえて来た。その土煙の中から、巨大な大蛇じみたモンスターが一瞬姿を見せ、市民たちの間に酷く動揺が伝播する。

 同じように、バンホルトも一瞬だけ垣間見えた知りもしない怪物に対して呻き、そんな彼に流石に切迫した顔のアンジェが並び立って、武者震いに小さく震えた。

 

「随分な物が出て来たな。あれも、お前達の所(ガネーシャ・ファミリア)のか?」

「そんな訳なかろう……! 一体、何が起こっているというのだ……!?」

 

 

 

<◎>

 

 

 

 エリスの前を走るルドウイークがミスリルの長剣を振るう度、立ち塞がるモンスターは致命的な一撃を受け、その命を終わらせてゆく。その死骸の魔石に即座に切っ先を突き立て死体を崩壊させ、ルドウイークは周囲の騒ぎに耳を傾けた。

 

「どうなっている……何かを探しているのか?」

 

 そう呟いて剣を振るい血を払いながらに、ルドウイークは視線を後ろに向けた。そこでは、はぁはぁと息を切らしながらエリスが俯いている。

 

「はぁ、はぁっ……ちょ、ちょっと待ってください……! 死ぬ……!」

「抱えられるのは神としてのプライドが許さないと言うから降ろしたのだが……辛ければ」

「大丈夫です!! それはそれで、死ぬほど恥ずかしいので!!!」

 

 大声を上げ、それによって更に息を切らしつつ胸を張るエリスの様子を見て、見栄を張っている場合か? とルドウイークは眉を顰める。だがすぐに彼は彼女を先導し路地裏から通りへと躍り出た。

 

 その眼前には、目を血走らせた虎のモンスター。ルドウイークはその外見から、ニールセンによる講義の一端を即座に想起する。名は【ライガーファング】。確か、15階層付近に出現するレベル2相当のモンスターだったはずだ。

 

 瞬間、ライガーファングはルドウイークの白っぽい髪を見咎めると咆哮し、勢い良く飛びかかって来た。その名の通りの牙による攻撃では無く、爪による薙ぎ払い。しかし、その爪による旋風に巻き上げられる木の葉のようにルドウイークは穏やかに跳躍、空中で体を捻るとその背に馬乗りとなる。そして剣で首筋を傷つけた後、生物の生命維持において最も重要な場所の一つである脳幹に対して後頭部から抜き手を突き込んで徹底的に破壊しその大虎をあっさりと殺害した。

 

 生命活動を停止し、崩れ落ちるライガーファング。その転倒に巻き込まれる前に背から飛び降りたルドウイークは再び躊躇なく魔石を剣で貫いて、死体を崩壊させる事を選んだ。その様を見ていたエリスが、顔面蒼白になって片手を真っ赤に染めたルドウイークに声をかける。

 

「よ、容赦なさすぎですね……いつもそんな事してるんですか……!?」

「いつもではないがね。絶対に殺しておきたい相手は脳を破壊するのが間違いない」

「ヤーナムの狩人ってそんなのばっかなんですか?」

「いや? 皆は大抵臓物をぶちまける方を好んだよ」

「なにそれこわっ…………そんな精神性が求められるなんて、絶対やばい街ですよね……」

 

 ルドウイークは恐れを露わにしたエリスに対して、何も答える事は無い。しかし何かを感じ取ったか、周囲の様子をくまなく警戒してゆく。その時。

 

『オオオオオオオオオオオオッッ!!!!』

 

 聞くものを恐怖させる、けたたましい咆哮。それが、ごく近い区画から全身に振動が走る程の音量で聞こえてくる。

 

「ひえええっ!? な、何ですか今の!?」

「…………!」

 

 思わずその場にへたり込んで耳を塞いだエリスを他所に、ルドウイークはオラリオに来て以来最悪の状況であると現在の自身等を認識した。今の咆哮を行ったのは、まずヒトでは無い、モンスターだ。そして、姿は見えずともかのヤーナムで数多の獣と対峙したルドウイークは、その声の主が持つ強大さを総身でひしひしと感じ取っていた。

 

 ――――この状況は、拙い。自身だけならばその咆哮の主の元へと向かい一刻も早く葬送を成すべきなのであろうが、エリス神がまだこの場に居る以上それは叶わない。だが、このままでは街の被害は大変な物になるだろう。それを許す事など出来はしない。ならば、やはりまずは彼女を安全な所に送り届けるのが最善……!

 

 幸いにも既に避難したか、周囲に他の人影は無い。だがその代わりとでも言うように、路地から四体のモンスターが姿を現した。

 

 【トロル】、【シルバーバック】、【オーク】、【バグベアー】。いずれも上層の中でも強力なモンスターであったり、中層以降に出現するレベル2相当のモンスター達だ。それを見たルドウイークはどこか諦めたように溜息を吐いて手にしたミスリルの長剣を背の鞘へと仕舞い込んだ。

 

「どうしたんですかルドウイーク!? あ、もしかしてその仕掛け武器の力を……!?」

「見た目こそ似ているが、これにはまだ私は馴染んでいない。新武器など本来修練を経て馴染ませるものだし、何よりまだ『石』を入れていないからな……」

 

 眼前のモンスター達を睨みつけて牽制しながら、ルドウイークはエリスとモンスター達の間を遮るように立ち位置を調整する。そしてルドウイークの聖剣を握りしめていた手を離し、もう一つの彼の武器――――革袋の中に隠された<月光の聖剣>の柄へと手をかけた。

 

「『使う』ぞ、エリス神。状況が状況だ。許可を」

「っ…………わかりました! でも、最速で終わらせてくださいよ!!」

「了解」

 

 <月光>に手をかけ腰を落としたルドウイークの周囲で、突如土ぼこりが舞った。<加速>。ヤーナムの古狩人達に伝わる業であり、己の速度を大きく上昇させて、跳躍(ステップ)の際には夢との境にまで至り己の存在をズラす事さえ可能とする<秘儀>。それを発動させたルドウイークは、モンスター達が一歩踏み出した瞬間既にその懐にまで迫っていた。

 

「オオッ!!」

 

 裂帛の気合と共に、縦一閃。背の革袋から抜かれ、片手で握られた光纏わぬ月光によってシルバーバックの正中線を真っ二つに叩き割る。そしてルドウイークはそのまま横回転。軽く跳躍しながらの回転切りでオークの胸に刃を振るいその上と下であっさりと両断した。一瞬の交錯で四体の内二体のモンスターが殺害され、驚愕に反応の遅れるトロルとバグベアー。その内、素早さに長けるバグベアーが振り向こうとしたときには既に月光による突きがその頭蓋を吹き飛ばしており、その返り血が振りかかるよりも早くトロルの首はねじ切られていた。

 

 一瞬で四体のモンスターを殺害し、その死体達の只中に立ったルドウイークは月光を振るって血を払い落して、なお周囲への警戒を続ける。振動、咆哮。近隣区画でルドウイークの察知した強大なモンスターがどうやら戦闘を始めていたようだ。その声の響き方からして恐らく一体では無い。二体、あるいは三体。それほどのモンスターを相手に一体誰が戦っているのか。彼はすぐさまその場に救援へと赴きたい衝動に駆られたが、まずはへたり込んだままのエリスの元へと駆け寄り、彼女を助け起こす。

 

「無事かね、エリス神。ひとまずモンスターは排除した。行こう」

 

 そう言ってエリスの手を引き立ち上がらせたルドウイークに、彼女はどこか興奮したような様子で目を輝かせて声を上げた。

 

「ルドウイーク、貴方強いとは思ってましたけど、予想よりずっと強くないですか!? すごいですよ! これなら、エリス・ファミリアの再興も夢じゃ……!」

「言ってる場合ではあるまい。とりあえず早くこの場を――――」

 

 その時、ルドウイークの全身を貫くような寒気が走った。ヤーナムでは感じ得なかったそれに、彼は全身を強張らせてその感覚が示す方向――――かの咆哮が響き、強大な何かが暴れ回っているであろう近隣区画へと警戒を向ける。

 

 瞬間、何らかの力の炸裂の感覚と共に、街路を伝って寒波がルドウイークらの居る場所へと吹き荒れて来た。ルドウイークは咄嗟にエリスを抱き寄せて彼女を守るべく背中を冷気へと向け、足に力を込めてそれが通過するのを待った。そして、その背に霜が張り付き白い装束が更に白く日の光に輝くときには先ほどの方向や振動は嘘の様に収まっている。

 

「…………無事かね、エリス神」

 

 白い息を吐きながら、ルドウイークは懐のエリスに対して問いかけた。当の彼女は少し顔を赤くして彼を見上げた後、慌ててその身を彼から離して気丈に振る舞った。

 

「だ、大丈夫です! それよりも今の【魔法】、噂に聞く【九魔姫(ナイン・ヘル)】の【ウィン・フィンブルヴェトル】じゃあないですか!? 余波でこんな事になる程の冷気魔法、他に聞いたことありません」

「今のが、魔法……」

 

 ルドウイークは薄く霜に覆われ気温すらも落ち込んだ周囲に目を向けて、寒気とは別の理由でぶるりと震えた。だがすぐに彼は気を取り直して周囲にモンスターが居ないかを確認すると、月光を握っていない方の手でエリスの手を引き、その場を離れようとする。

 

 しかしその瞬間、地震かとも思えるほどの振動と共に眼前の地面が吹き飛ばされ、その土煙と霜によって日光が遮られる中から巨大な蛇じみた何かが姿を現した。

 

「なっ……!?」

 

 その威容に、驚愕とともにエリスが立ちすくんだ。周囲の家屋すら凌駕する長い体躯。その長さに比べて細いと言えるものの、それでも大樹の如き太さを誇る胴体。太陽の光を反射する艶めいた体表は生半なモンスターとは一線を画す耐久性を想起させ、頭部は花の蕾のような形状で、目や鼻と言った感覚器は存在していない。

 

 そして、淡い黄緑色を帯びたその蛇じみたモンスターは、ルドウイークとエリスが驚く暇も無くその頭部を花の如く開いて凄まじい勢いで飛びかかって来た。

 

「エリス神!」

 

 ルドウイークは叫び、エリスの手を引いてその突進を回避しようとする。だが立ち竦んだ彼女が逃げ出すよりも、明らかに大蛇の突進の方が早い。加速の影響下か、あるいは走馬灯じみた遅延現象か、迫る大蛇の動きが泥のように遅く見える。その引き伸ばされた時間の中でルドウイークはエリスの手を離し、月光を両手で持ち頭の横へと構え、その切っ先を迫りくる大蛇へと向けた。

 

 ――――我が師。

 

 その心中のつぶやきに、月光が応えて震える。その刀身へと、虚空から現れた光の粒子が集い宇宙色の刀身を形成していく。

 

 ……それこそ、月光の聖剣の神髄。翡翠色の輝きに縁どられた、形成す宇宙。嘗てのルドウイークを英雄と称させた、導きの月光。本来秘されるべきそれを、自らの隣に在る恩神を守るために、ルドウイークは躊躇なく開帳した。

 

 ――――導きの月光よ!!!

 

 炸裂。突き出された月光の光が弾け、そこから膨大な光の奔流が放たれる。斜め上へと放たれたその奔流とぶつかり合った大蛇は一瞬でその光の中に呑まれて消し飛び、それが晴れた時には残った体が力を失い轟音とともに地に倒れ伏した。

 

 それを見届けたルドウイークはすぐさま月光を振るい、その光を払い散らした。そして急いでエリスの方へと振り返る。だが、そこに居たエリスは瞳を見開いたままの姿勢で固まっていた。

 

「エリス神? どうした!?」

 

 月光を仕舞い込んだルドウイークがその肩を揺らすも、その瞳は光を失い、呆けたように虚空に目を向けたままだ。ルドウイークは焦る。まさか、月光から何らかの啓蒙を得てしまったのか? ひとまずルドウイークは前後不覚となったままの彼女を小脇に抱えて、その場を疾く離れようとした。

 

「おーいそこの白装束、大丈夫!? 今のは何、魔剣!? ちょっとー!?!?」

 

 そんな彼らにどこか場違いな、とても明るい声がかけられる。今の月光の輝きを見て駆け付けたか、屋根の上に一人のアマゾネスの少女と、嘗てダンジョンで遭遇した金髪金眼の少女の姿をルドウイークは認めた。

 

 アレは確か【剣姫】、【アイズ・ヴァレンシュタイン】。ならばその隣に居る少女も【ロキ・ファミリア】の者か……!

 

 ルドウイークは普段からのエリスの言動を考慮して、その声に反応する事無くエリスを抱えて走り出した。その背にアマゾネスが大声で静止を呼びかけるものの、彼はそれに反応する事も無く、昏い路地裏へと飛び込んでいった。

 

 

 

<●>

 

 

 

 …………気づいた時、私は中央広場のど真ん中で、一人立ち尽くしていた。

 

 周囲を見渡しても人っ子一人いないその広場は、心なしか幕が下りたかのように赤く染まって見え、私はふと空を見上げてみる。

 

 そこに広がっていたのは青ざめた、血のような空。そして、驚くほど大きな満月。そんな異様な光景を前に、私はどうしてこの場所に自分が居るのかを、どうにか思い出そうと頭を抱えた。

 

 そう、あれは怪物祭の途中、モンスター達が街に溢れてきて。それからルドウイークが手にした【仕掛け大剣】を、そして<月光の聖剣>を振るい私を守っている最中、地中から巨大な蛇が現れて私達を食らうべく襲い掛かった。

 

 そしてその事態を打開するべく彼は常から秘匿していた<月光>の真の力を垣間見せ、翡翠色の光の奔流の中にかのモンスターを消し飛ばしたのだ。

 

 そこまで思い出して、私は違和感に眉を顰める。あの月光は、本当に()()()()()()()()()()? 私は何か、別の物を見た気がする。あの月光の奔流の向こうに隠されたもの……宇宙色。煌めく星々の輝き。広がる無限遠の暗黒。

 

 …………そして、向こうからこちらを覗き込んでいた、何かの視線。

 

 それを思い出した私は、全身を奔る怖気に体を震わせた。あの時、確かに向こう側から何かが私を見ていたのだ。この世界ではない、別の宇宙からこちらを覗き込むだけの(すべ)を備えた何か。そして、その瞳が私を捉えた事に思い当たって、私は恐怖のあまり自分の体を抱きしめるかのように腕を回した。

 

「……ルドウイーク?」

 

 無意識にこぼれた私の声に応える者はいない。

 

「居ないんですか、ルドウイーク……?」

 

 恐る恐る、周囲を見回しながら人に呼び掛けているとは思えない小声で私は呟く。大きな声を出せば、見つかってしまいそうな気がしたからだ。

 

 ――――何に?

 

 思考がまとまらない。頭が痛む。水滴が落ちるような音が、何処からともなく聞こえて来る。

 

 私は走り出した。とにかく、ここに居るのはまずい。家に戻らないと。そんな強迫観念じみた思いに縛られて、脇目も振らずにオラリオの街区を駆け抜ける。

 

 べちゃべちゃ、ぐちゃぐちゃ。堅い地面の上を走っているはずなのに変な音がする。考えるな。踏んでいるのはただの水たまりだ。そのはずだ。慣れ親しんだオラリオの通りが、そんな水っぽい音を立てるはずがない。

 

 耳を塞いで街を行けば、いつの間にかオラリオには無かった時計塔がその視界に映り、そこに一瞬、何かが張り付いていたように見えて、私は足元だけに目を向ける。あれはなんだ。蜘蛛? いや、もっと悍ましい――――

 

 見るな。理解しようとするな。知ってはいけない。

 

 その時、路地裏から何かが飛び出した。薄汚い襤褸(ぼろ)を纏った、浮浪者じみた人影。私は一瞬、人が居たのかと足を止めそうになったが、その手足の病的なまでの白さと細さ、そして被った襤褸の顔の部分から覗く(ひげ)じみた触手を見て、泣き出しそうになりながら足を速める。

 

 あの蠢くものは何だ。考えるな、走り続けろ。

 

 息を切らしながら、ただ走る事に集中し、何一つ考えないようにして私はオラリオの大通りを駆け抜けた。そして私がダイダロス通りに飛び込むと、すぐに見慣れた背中を見出せる。大剣を背負った白装束。ルドウイーク。私は躊躇なく、その背中に飛びついた。

 

「ルドウイーク! 無事だったんですね!? 心配させないで下さいよ! と言うか、一体何がどうなってるんですかこれ!? とりあえず、早く家に戻りましょう! そこら中、変なのがうようよしていて……」

 

 私は、無意識に見栄を張って、心配するように彼に捲し立てた。自分から飛びついていた時点で、誤魔化せてなどいなかったろうに。またきっと、どこか呆れたような優しい視線と言葉を向けてくるのだと思って、私は彼から身をもぎ離して一歩離れる。だが、彼は微動だにせずに立ち尽くしたままだ。

 

「……ルドウイーク?」

 

 私はそんな彼の様子に、無意識に一歩足を引いた。この狂ったオラリオで、唯一真っ当な姿を見せた目の前の彼。だがそれがうわべだけの物でしかないように感じて、私は涙を浮かべながら目の前のモノの動きを注視する。すると、彼はそれまでの不動が嘘の様にあっさりと振り向いて、私のささやかな抵抗を粉々に打ち砕いた。

 

 先程見た襤褸の如き、病的に白い肌。変形し、歪み狂った恐るべき顔。馬を悪意を持って百倍醜くした様だとも言えるその顔の横に、首から生えた口だけの器官が蠢いている。そしていつのまにか彼はズタズタになった白装束を纏う、四本を大きく超えた本数の手足を生やした巨体の獣へと変じており、その本来の口から薄汚れた息を吐いて腰を抜かした私の事を見下ろしていた。

 

 ――――<醜い獣>。そんな言葉が私の脳裏に思い浮かぶ。そして、それを前にして、私はその恐ろしさに涙をこぼしてただ震える事しか出来ない。

 

 どうして、こんな事になっているのだろう。あの月光の輝きの向こうに居た何かが、私にこんなものを見せているのか。あるいは、この目の前の怪物が、本当のルドウイークだとでも言うのか。わからない。なにも、わからない。

 

 その時、何かの影が目の前に落ちる。月の光を浴びながら、何かが私の後ろに降りて来たのが分かった。振り返る間もなくそれは私の背中に寄り添うと、そっと首に腕を絡めて来る。その感触は、一瞬ぬめる触手じみた悍ましい物に感じたものの、すぐに人肌の優しい感触に取って代わった。そして、私が凍り付いた顔で僅かに首を巡らせ振り向こうとして見たのは――――私そのものの姿をした何かだった。

 

「……つらい? こわい? 逃げ出したい? それなら、いいですよ……わたしが助けてあげます」

 

 私にそっくりな彼女は、そう囁くとぎゅっと抱きしめる力を強めた。でもそれは苦しい物では無く、柔らかいその肢体の感触が、私を少し安心させる。

 

「眼をとじて。こうして、怖いものから瞳をそらしていればいいんです。見なくていいの。ずっと、そうしていればいいんですよ」

 

 そう囁きながら、彼女は私の眼鏡を外して、両目を撫でるように掌で覆った。その慈しむような感触と自分と同じ声に、こんな意味不明な状況にも関わらず私はぼんやりと安心して、言うがままに瞼を閉じる。

 

「ほら、まっくらですけど、怖いものは見えないですよね……? さぁ力をぬいて……眠ってしまいましょう……。そうすれば、怖いものの声も、聞こえなくなりますから……。ずっと頑張ってきたんですし…………夢の中でくらい、ゆっくり休んでいていいんですよ……。さあ、力をぬいて……深呼吸して……手足をだらんと投げだして……そのまま、昏くてあたたかいところで、ぼーっとしていましょうね…………」

「ぁ…………」

 

 私の耳元でぼそぼそと囁くその声に誘導されるようにして、私は全身の力を抜いて彼女に寄り掛かるように身を預ける。彼女はそんな私の様子に満足げに笑うと、その柔らかい掌で髪を梳くように頭を撫でた。それが心地良くて、私は半開きの口から呆けた声を上げて安心感に溺れて行く。

 

 揺蕩(たゆた)う意識の中で、私は自分の思考が薄れて行くのを知覚していた。私と言う灯が、ふっと消え入りそうな小さなものになってゆく。「でも、それでいいんですよ。何も、こわくなくなるし、とっても安心できて、きもちいいんですから」。もう、それが自分の心の悲鳴なのか、私を抱き留める彼女の声なのかの区別もつかない。相変わらず頭を撫でる手が、頬に降りてきてぬるりと粘液の跡を残す。そして沈んでゆく意識の中で、彼女が楽しげにつぶやくのが聞こえた。

 

「いいこいいこ……ふふ。そのまま、休んでいていいですよ………………その間、わたしが私をしていてあげるから」

「…………っ!!」

 

 その言葉を聞いた途端、私は瞑っていた目を見開き、四肢に鞭打ってその抱擁から力づくで抜け出した。転げるように前に出れば、いつの間にかそこにいたはずの醜い獣は消えている。私はふらつく足取りで獣が――ルドウイークが――居た所までよろめいてから、浮遊感の抜けない頭を巡らせて振り向いた。

 

 そして、ソイツと相対する。私そっくり、いえ、まったく同じ顔の何か。私の行動に驚いていたそいつはしばらくどこか驚いたような顔をしていたけど、すぐに立ち上がって服の埃を払い、そしてにっこりと微笑んだ。

 

「うふふ。おはよう、私。どうして起きちゃったの? もう少しで、私の代わりに、私になれそうだったのに……ちょっと残念です」

「何ですか……何なんですか、あなたは!?」

「んー……? 見ての通りですよ?」

「ちゃんと質問に答えなさい!!」

 

 私はまるで怒ったようにそいつに向けて叫ぶ。いや、確かに怒りはある。だがそれ以上に私の心を占めていたのは恐怖だ。この狂ったオラリオの街。怪物となったルドウイーク、あの異様にも程がある満月。その全てがこの目の前にいる何かに繋がっている気がして、その底知れぬ何かを少しでも払拭しようとしての叫びなのだ。

 

 だがそんな私を前にして、それは微笑ましい物を見たようににっこり笑い、そして小首を傾げて、質問の意図が良く分からない、とでも言いたげに答えた。

 

「わたしはエリス……ですよ?」

「エリスは私です!!」

「そうですよ? だから、わたしもエリス」

 

 意味不明なことを言ってからそいつは少し考えるように頬に人差し指を当てて、ちょっとだけ悩んだような仕草を見せながら言葉を続けた。

 

「んー、なんて言うんですかね……わたしは貴方に見出されたから、私になった……だからわたしは私。でも私にとってはそうじゃないかもしれない……だから、わたしは私になりたいんです」

「意味が……分からない……!」

「むむっ、結構頑張って説明してるんだけどなぁ。えっとですね、だって、私が、あの宇宙からわたしを見出してくれたので。元々のわたしは、<あの人>に狩られて取り込まれて、悪夢の宇宙に消え散ってしまいましたから…………だから、何か収まりのいい形が欲しかったんです」

 

 まるで、ヒトの形になった自身を楽しむかのように、そいつはその場でくるりと回った。神の美貌を持つその私と同じ姿に少し身惚れそうになって、けれど己に喝を入れて目の前の物を睨みつける。だけどそいつはそれを意にも介していないのか、ぱんぱんと私の着ているのと同じ服の埃を払うと、ぐるりと首を巡らせて、青ざめた空の月を見上げる。

 

「そう。彼の導きの月光が、ほんの(かす)かに私とこの世界の(よすが)を繋いでくれた。ルドウイーク自身が、あの人と月光の導きによってこの世界にやってきたみたいに…………それは本当はありうべからざることなんですけど、でも、それだけじゃ本当はダメだったんです。あの導きの光の向こう側……こっちを覗き込める人が、この世界にはいなかったから」

 

 そこまで言い切ったそいつは、首を巡らせるのを止めて私の方へと振り返る。その眼は、あの月と同じように、青ざめた血の色に染まっていた。

 

「でも私には出来た…………ふふ、聖剣のルドウイークに感謝ですね。夢に招待した事も無い彼が、こんな形でわたしを導いてくれるなんて……ね」

「何者ですか、あなたは……」

 

 もはや怒りすらも萎び切り、震えるような声で私は呻く。それさえも楽し気にそいつは笑うとぺこりと丁寧なお辞儀をして、そして話し始めた。

 

「えっとね、わたしは…………わたしは<繝輔Ο繝シ繝ゥ>。あるいは<髱偵*繧√◆縺。>。<繝ュ繝シ繝ャ繝ウ繧ケ>達の<譛医?鬲皮黄>。あの人に狩り殺されたモノの、わずかに残ったそのかけら…………ふふ、聞き取れました? もし聞き取れたなら、私も立派にこっち側なんですけど」

 

 目の前のそれの発した言葉。そのうちのいくつか、それ自身の事を指し示す音は、確かに私の耳に届いていた。だが、それが何と言う意味なのか分からない。理解してはいけないと、私の全てが私に懇願しているようだった。そんな戦慄に身を竦ませる私にそいつは上目遣いに尋ねて来る。

 

「……ね、私。一応聞いておきたいんですけど、全部わたしに譲ってくれるつもりって、無いですか?」

「ふざけるな!!!」

 

 その傲慢極まりない言葉は私の逆鱗に触れ、それによって息を僅かに吹き返した怒りに火を付ける事で、私は何とか大声を上げてそいつを拒絶した。そして、今はもういなくなってしまった者達の事をまた思い返して、全力で啖呵を切る。

 

「誰が譲ってやるモンですか……! 私はエリス・ファミリアを必ず再興させるって、皆に約束したんです……! 私の下界での生は、もう私だけの物じゃあないんですよ!!」

「ふぅん…………じゃ、いいです」

 

 私の言葉を聞いてそいつはあっさりと背中を見せて諦めの言葉を口にした。そして首だけを此方へ巡らせて微笑んで見せる。

 

「今回は、私の気丈さに免じて諦めます。でも、わたしは常に私と共にありますから、全部から逃げ出したくなった時はいつでも呼んでくださいね。目を覚ました私が、この夢で見た事をちゃんと覚えていてくれるかはわからないけど…………」

 

 また、訳の分からないことを目の前のそいつが話している内に、街の景色が歪み始め、全てがねじ曲がり、薄れ、ぼやけ、真っ白になって消えてゆく。

 と同時に私は強い眠気を覚えてその場で酔っ払いのようにふらふらとたたらを踏み、慌てて家屋の壁に寄り掛かろうとした。ところがその瞬間その家は薄れ消えてしまい、支えを失った私は呆気無くその場に倒れ込む。

 

 結構な勢いで倒れたと思ったけれど、不思議と痛みは無い。それよりも眠気に抗えず瞼がどんどん閉じて来る。

 

 真っ白になる視界と対照的に、瞼は私の意思に反してゆっくりと目を塞いでいった。その僅かに残った隙間から目の前の女がこちらに歩み寄ってくるのが見える。そいつは私の事を覗き込んだ後、満面の笑みを浮かべてしゃがみこみ、半ば意識を手放しかける私の頬を楽しげにつついていた。

 

「ふふ。それじゃあおやすみ、私…………また来てね」

 

 その声を聞いたのを最後に、私の意識は真っ白な闇の中に暗転した。

 

 

 

<●>

 

 

 

 暖かい、ふかふかとした感触の中。目を覚ましたエリスは、自分が家のベッドに横たわり、天井を見上げていることをまず知覚した。

 

「目が覚めたかね、エリス神」

 

 エリスがその声に首を巡らせると、そのベッドの隣で椅子に座ったルドウイークが心底安心したかのように彼女に笑いかける。

 

「正直心配したよ。月光の<奔流>を見た途端、意識を失ってしまうのだから。何か、良く無いものを見なかったかね? もしそうであれば、少し話を……む?」

 

 穏やかに、しかし淡々とエリスに状況を問いただすルドウイーク。しかし彼のその心配から来る行動は、エリスの不可解な様子によって止められてしまう。

 

 彼女は、その翡翠色の瞳からぽろぽろと涙をこぼしていた。

 

「どうした、エリス神……」

 

 彼が身を乗り出してその様を訝しんだ時、エリスは必死な様子で彼を引き寄せてその胸に顔を埋めて必死に叫んだ。

 

「ああ、ルドウイーク! 良かった無事で! 本当に良かったです、私、貴方が……あれ?」

 

 有無を言わせぬ剣幕で泣き叫び、彼に縋りついていたエリスはそこでふと彼から身をもぎ離し、何かに気づいたようにきょとんと悩ましげな顔をした。

 

「私、貴方の何を心配してたんでしたっけ……?」

 

 小首を傾げ、真剣に訳が分からぬと困惑するエリス。その普段通りの様子に、ルドウイークはまた安心したような溜息を吐くと立ち上がって扉の取っ手に手をかけた。

 

「ひとまず、喉が渇いていないか? 水を取ってこよう。貴女はそこで休んでいてくれ」

「あ……」

 

 エリスの見ている前で、ルドウイークは扉を開いて部屋から出て行ってしまう。その背に手を伸ばして引き留めようとしたエリスは、何故か声をかける事が出来ずに泣きそうな顔で俯く。

 

 その時彼女の脳裏に過ぎったのは、振り向いた姿、覚えのない怪物。醜い獣。彼に声をかけて振り向いた時、そこにルドウイークではない怪物が現れてしまうのではないかと言う出所の分からぬ不安を抱いてしまい、彼女はベッドのシーツをぎゅっと握りしめる。

 

 眠っていたのでしょうか、私は。

 

 彼女はふとベッドから降りて、カーテンの開かれた窓から景色を見た。そこからは既に日の沈んだオラリオの夜景が広がっており、普段見るそれと変わらぬ光景に、彼女は少し安心して溜息を吐く。

 

 そして彼女は忘れていたかのようにベッドに戻って、枕の横に置かれていた度の入っていない眼鏡をかけた。

 

「失礼する」

 

 その時、声と共にルドウイークが戻って来た。その手の上には木製の御盆と水の注がれた二つのコップ。エリスは手渡された一つ目のそれを一気に傾けて流し込むと、もう一つの方にも少し口をつけてベッドの横の小棚の上に置く。

 

「少し落ち着いたかね?」

「……はい。お陰様で」

「そうか」

 

 息を整えたエリスを前にして、ルドウイークは安心したように頷き再び椅子に腰掛けた。

そして、エリスが落ち付いてきたのを見計らって、昼の大蛇との戦いの中で何があったのかを問い始める。

 

「……エリス神。貴方は私の振るった月光の奔流を目にした後、魂が抜けたかのように気を失っていた。何か、月光に見出してしまったのか? 良ければ、小さなことで構わない。深く考えないようにして聞かせてくれ」

「うーん、何か見出したか、ですか……」

 

 エリスは首を傾げて、真面目にその時の光景を思い出そうとした。だがダメだった。その時の記憶が何やらぼんやりとしていて、霧を掴もうとするかのように憶測無いのだ。そして、深く考えないように、と言うルドウイークの言葉。その言葉が何を危惧しているのかわからなかったが、その記憶にかかった霧を晴らそうと集中すると、全身が総毛立つような不安に襲われる。

 

「……すみません。どうにも、思い出せないです」

「そうか……」

 

 それを聞いたルドウイークは、神妙な顔で腕を組み、少しの間思案した。だがすぐに首を振って、諦めたかのように席を立つ。

 

「いや、すまない。変な事を聞いた。もし思い出したらでも構わない。何かあれば聞かせてくれ」

「……はい。わかりました」

「それでは、もう寝た方がいい。祭りに参加できなかったのは残念だが、貴女の体の方が大事だからな……では、失礼する」

「あ、ルドウイーク!」

「何かね?」

 

 部屋を去ろうとしたルドウイークを、エリスは今度こそ呼び留めた。その声におかしい事も無くルドウイークは振り向いて、エリスの元へと戻ってくる。そんな彼に対して、エリスは心底申し訳なさそうに、小さな声で呟いた。

 

「その……なんだか、ちょっと怖いので…………私が寝るまでの間でいいので、そこに居て貰えませんか…………?」

 

 その言葉に、一瞬ルドウイークは驚いたように目を丸くする。そして、その後彼らしくなく、肩を震わせて笑い出した。

 

「ふふふ、はははは!」

「な、何ですかルドウイーク、突然笑い出して……」

「いや、らしくないと思ってね。エリス神。普段の貴女であれば、そこは見栄を張って私を追い出している所だろうに」

「なっ、なんて事言うんですかルドウイーク! 見栄を張るだなんて! ちょっと最近不敬じゃあないですか!?」

「親愛の表れと受け取って欲しい物だ」

 

 肩を竦めて、楽し気に笑うルドウイーク。その皮肉じみた笑顔にエリスがムッとした視線を向けていると彼はベッドへとまた歩み寄って、椅子にゆっくりと腰かけ微笑んだ。

 

「安心してくれ。私はここに居るよ」

「そう、ですか……」

 

 その笑みに毒気を抜かれたか、エリスは眼鏡を外してぼふりと上体を倒し頭を枕に預ける。そして目を閉じると、すぐにすぅすぅと心地よさそうな寝息を立て始めた。その様を微笑ましげに見てまた一度笑った後、ルドウイークはしばらく、そこで彼女の事を見守っていた。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 怪物祭での混乱もある程度収まった、その日の夜。後始末に右往左往する職員たちの騒ぎとは裏腹に、静寂を湛えたギルド本部の地下祭壇。

 常に祈祷を捧げ、地上へのモンスターの進出を抑え込んでいるギルド――――否、【ウラノス・ファミリア】の主神たる老神【ウラノス】の元に、三人の人影が集まっていた。

 

 一人は黒いローブに身を隠し、徹底的なまでに露出を減らした男か女かの判断もつかぬ者。一人はギルドの制服に身を包み、書類をめくる狐人(ルナール)。そしてもう一人、部屋の隅で暇そうに座り込んでいるのは何処にでも居そうな黒髪の青年であった。

 

「……以上が、今回のフィリア祭におけるモンスター脱走の顛末です」

 

 話を終えた狐人の男が書類を眼前に抱えていた手を下ろすと、ローブの者とウラノスは、忌々し気に溜息を吐く。

 

「負傷者が少なかったことが幸いだな。だが、これで市民から我々への心証は大いに悪化するだろう」

「由々しい事態ですね」

「まったくだ。ダンジョンでの異変調査も行わなければならんと言うのに…………ひとまず、これについては後で【ガネーシャ】と相談する事にしよう。【ジャック】、次を頼む」

 

 頭痛を堪えるように眉間を抑えたウラノスの言葉にローブの人影が追従する。そして、ウラノスはジャックへと次の報告を催促した。そしてそれに応じてジャックは新たな報告書をめくり上げる。

 

「それでは次の報告ですが……モンスターの脱走と時を同じくして街区に出現した計五体の巨大モンスター、仮称【大蛇花】についてです」

 

 その名を聞き、ウラノスと黒衣の人物は緊張も露わに報告へと耳を傾けた。一方、部屋の隅で所在なさげにしていた青年は退屈そうに欠伸をして、眠たげに目をこすっている。それを無視して、ジャックによる報告はつつがなく進行した。

 

「……まず、最初に現れた三体はロキ・ファミリアの【剣姫】【怒蛇(ヨルムンガンド)】【大切断(アマゾン)】そして【千の妖精(サウザンド・エルフ)】による連携で撃破されました。【千の妖精】が用いた魔法による損害も……まぁ、軽微なようです。それと同時期に出現した一体。それは【黒い鳥】の手で討伐されました」

 

 そこまで男が言い終えると、部屋の隅に座り込んでいた青年――――【黒い鳥】がアピールするように片手を上げた。一瞬その場にいた者達は彼に視線を向けるが、すぐに興味が無いとでも言いたげに視線を戻して報告を再開する。

 

「残りの一体は?」

「はい。ロキ・ファミリアの面々が対処に当たった三体の付近に新たに現れた一体は、目撃者によれば何らかの第一等級以上の魔剣によって討伐された模様です」

「ほう、魔剣か…………どのような魔剣だ? その使用者は?」

 

 黒衣の人物が興味深そうに尋ねるとジャックは手元の報告書に目を向ける。

 

「どうやら使用された魔剣はすさまじい光を放つ物だったようです。使用者については現在捜索していますが、発見できておりません」

「あれ程のモンスターを討伐するとは……もしや【鍛冶貴族】の手による物か?」

「鍛冶貴族と言えば、炎の魔剣というイメージがあるが」

「ヘファイストスの所に一人、未だに魔剣を打てる血族の者が所属しているとの事です。その者がその場に居たのかも知れません」

 

 その報告を聞いた黒衣の人物は考え込むように腕を組み、ウラノスも興味深そうに己の意見を口にした。そんな一人と一柱に対し自身の知る情報を開示して話題を終わらせた後に、ジャックは報告を再開する。

 

「それとガネーシャ・ファミリアの者によれば、アレは彼らが地上に連れて来たモンスターでは無く実際無関係であるとのことです。実際、その戦闘能力は予定にあったレベル1や2のモンスターとは別次元の物でした」

「市民はそうは思わんだろうな。やはり、何らかのペナルティが必要か……?」

「それについても、ガネーシャ様と話し合った方がよろしいかと思われますな」

 

 この事件を如何に穏便に終息させるかに対して、ウラノスは心を砕く。彼はこのオラリオの統治の中心となるギルドの長であり、同時に各ファミリア間の諍いを調停し、秩序を守るべき立場にある。

 そんな彼がオラリオの中でもかなりの上位ファミリアであり、かつ市民にも友好的でギルドとも協力関係にあるガネーシャ・ファミリアの戦力を大きく削るような事態を避けたいと考えるのは当然の事であった。

 

「ひとまず、ガネーシャ殿とは明日会談の予定を取りつけてあります。その場で、じっくりと話すのが良いかと」

「そうだな…………よし、ジャック。報告ご苦労であった。下がってよいぞ」

「はい」

 

 ウラノスが退室を促すと、ジャックはそこで一度礼をして祭壇から立ち去って行った。その姿を見届けると、ウラノスと黒衣の人物はまた新たな話題について会話を始める。

 

「下層を調査中の冒険者……【ハシャーナ】と【ハベル】から何か報告はあったか?」

「ハベルからは何も。ですが、ハシャーナは数日中に18層、【リヴィラ】に戻るとのことです。何か発見があったのかもしれません」

「良い発見であればいいが」

「悪い発見でも、それを元に対策を立てる事が出来ますので……」

「そうだな……」

 

 ウラノスは黒衣の人物の言葉に深く思案し、これからの展望に当たりを付けた。

 

 まずは、調査の報告を確認し、そして動く事の出来るファミリアか冒険者へと依頼して、その問題を追及する――――中立を示すためにギルド員たちに【恩恵(ファルナ)】を刻んでおらず、更には数多の秘密を抱え表舞台に立つ事の出来ぬウラノスは、そうしてこれまでも数多の問題を解決してきた。

 

 嘗て、【ゼウス】や【ヘラ】の協力を得ていた時期であれば、この様な歯がゆい思いをする事も無かったのだが……今では彼が真に信頼できる戦力はこの黒衣の人物だけだ。ジャックが退室した後も退屈そうに部屋に残る黒い鳥のような傭兵気質の冒険者を使う事もあったが、ウラノスとしてはあまり彼らに依存したくはないというのが本音である。

 

 そこで黒い鳥の顔を見たウラノスは、ふと思い出したように黒衣の人物へと視線を向けた。

 

「そう言えば、件のモンスターの魔石はどうした?」

「それならば一つ確保してあります……黒い鳥。例の魔石を」

 

 黒衣の人物の声に反応して、黒い鳥は懐から取り出した魔石をウラノスに向けて無造作に放り投げた。その軌跡の先に黒衣の人物が立ちふさがってそれをキャッチすると、ウラノスに対して恭しく魔石を差し出した。

 

 その魔石は中心が毒々しい極彩色(ごくさいしき)に染まっており、他の魔石とは違う忌まわしい雰囲気を纏っている。今まで発見されたことの無い――――否。先日、遠征から戻ったロキ・ファミリアの報告にあった深層で遭遇したモンスター。この手の内に在るモノと酷似した魔石を、それらが持っていたという話をウラノスは思い出す。

 

 一体、ダンジョンで何が起ころうとしているのか……。

 

 ウラノスはその魔石を明かりに透かすように掲げた後、ダンジョンで起き始めている異変に如何に対処してゆくのが最善か、それを思案して難しい顔で溜息を吐くのであった。




お待たせしてしまいました。
椿さんやフェルズさんのキャラがつかめず、滅茶苦茶苦労しました。
違和感あったらごめんなさい……それほどまでにエドが嫌いと言う事で、一つ。登場部分しっかり読み直したら改稿するかも。

あと軽くではありますがルドの全力が書けて楽しかったしやっぱもっと戦闘させたいな……。第一巻終わったけど、原作二巻と外伝二巻、次からはどっちを元にしようかな……。

ゲストとしてのフロムキャラの募集については次話の投稿を一区切りにして、一旦打ち切ろうかと思います。
まだ外伝2巻を手に入れてないので次の投稿までちょっとかかるかと思いますが、よろしければ活動報告の該当記事から注意事項をお読みの上リクエストください。

今話も読んで下さって、ありがとうございました。


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15:【エリス】

エリスとルドのコミュ回、13000字くらいです。

お気に入り3000、感想200、評価数150に到達しました。ありがとうございます。

お陰様で何とか投稿にこぎつけました。
やっぱ感想いただけるとうれしいですね……モチベにも参考にもなる……。
また誤字報告してくださる方々、誠に感謝しております。

良ければ今話も楽しんでいただければ幸いです。




 【怪物祭(モンスターフィリア)】でのモンスター脱走騒動の、翌日。

 

 ガネーシャ・ファミリアを初めとした幾つかのファミリアは後始末に多くの団員を駆り出しているようであったが、かの事案に無関係なファミリアであるエリス・ファミリアの本拠地(ホーム)ではルドウイークが静かに朝を過ごしていた。

 

 普段通りリビングのソファに腰掛けた彼は時折目を瞑り、何かを考え込むような仕草を見せている。

 

 それは憂い故だ。あの日、<月光>を開帳した事が生んだいくつかの懸念。

 

 まずは何よりも、エリスの様子だ。あの時間近(まぢか)で導きに触れた彼女の様子は全くもって平常では無かった。月光は形を成した神秘。生半に啓蒙を得ていたものであれば、少なからず影響を受ける事はありえる。故に彼はヤーナムでも月光を秘匿(ひとく)し人目に触れぬようにしてきたのだが……。

 

 まさか、ヤーナムの血を持たぬエリス神があそこまで月光に強い反応を示すとは。

 

 ルドウイークは頭を抱えた。あの状況、彼女を守るために咄嗟に導きを振るったが、それが却って彼女に害を成そうとは思いもしなかった。更に、彼女があれ程の影響を受けた理由が彼には分からぬ。

 <先触れ>の精霊との接触やルドウイークによるヤーナムの情報開示によって多少なりとも啓蒙を得ていた可能性も考えられたが、その程度で前後不覚となる程かと言えば疑問が残る。

 

 ……何かがあるはずだ。彼女が、決定的にこちら側に()()()原因が。

 

 ルドウイークは再び真剣に唸り始めたが、しばらくの苦悩も虚しく結局彼にその要因が思いつく事は無い。そして悔しそうに唇を噛みながら、別の懸念に思考の矛先を向けた。

 

 次に彼が想起したのは、月光の輝きを察知して現場に駆けつけてきた二人の少女。【ロキ・ファミリア】の【剣姫】こと【アイズ・ヴァレンシュタイン】。そして、彼女と共に現れた一人のアマゾネス。

 

 もしかしたら、彼女らも月光の輝きを目にして駆け付けたのやも知れぬ。だが、彼女らにエリス神のような症状は見られなかった。ならば、やはりエリス神に特別な要因が――――

 

 ルドウイークはそこまで考えて一度頭を横に振った。思考がひどく横に逸れている。子を心配する親か、全く。

 

 ……ともかく、あの時アマゾネスの少女が『今のは何だ、<魔剣>か?』、と言うような事を言っていた気がする。それ自体は好都合だ。月光の<奔流>だけを見れば魔剣と勘違いするのは恐らく自然な事だろう。

 

 だがそこで、彼は一つの違和感に気づいた。彼女が口にしたのが『今の魔剣は何だ』と言う問いでは無かったことだ。

 

 本当の意味で魔剣だと彼女が考えたのであれば今彼が考えたように『その魔剣は何か』について尋ねてきていたはずだ。しかし彼女は実際には『魔剣なのかどうか』について尋ねて来た。それは、月光が彼女の知る既存の魔剣の枠組みからは多少外れている、と言う事を暗に示している。

 

 ……マズいな。ルドウイークは歯噛みした。エリスは、明らかに【ロキ】に対して警戒を向けていた。知啓に優れたトリックスター。オラリオ最強の二大ファミリアの片割れ、その主神。そんな女神の眷属に僅かでも月光の情報を与えてしまったのは、明らかに失敗であったのだと彼にも理解できる。

 さらにはあの場に居たアイズ・ヴァレンシュタインとは初対面と言う訳では無い。以前のミノタウロス騒動で、ルドウイークは彼女と一度対面している。あの時彼女はルドウイークの事を怪しむ素振りを見せてはいなかったが、二度目ともなれば怪しむのが道理だろう。

 

 考えれば考えるほど、ルドウイークは自身の知性がかつての友たちほど高くないことを少し呪った。<(からす)>は論外だが、口の達者な<加速>や聡明な<マリア>であればこの状況を打開する名案でも思いついていたであろうに。

 

 悩む彼に、月光が導きを示す事は無い。当然の事なのだが、ルドウイークは思わずその刃に写り込んだ自身の顔を眺めていた事に気づいて一度溜息を吐いた後、再び思索に戻ろうとする。その時。

 

「いぃやあああああああああーーーーーっ!?!?!?!?!?」

 

 悲鳴。上階から、エリスの絶望的な叫びがルドウイークの耳に入った。次瞬、彼の表情は悩む男の顔から一人の狩人のものへと切り替わり、月光を携えて急ぎ部屋を後にする。そして一息(ひといき)に階段を昇り切ると、破壊せんばかりの勢いでエリスの部屋のドアを開いた。

 

「エリス神!?」

 

 叫びながら月光に手をかけ突入したルドウイーク。そんな彼の前には、部屋の隅で恐怖に打ち震えて被った布団で身を守るエリスと、彼女の視線の先、ベッドの横の小棚の上で威嚇するように首をもたげる<先触れ>の精霊。

 

 それを見たルドウイークは呆れたように肩の力を抜き、精霊の元へと歩み寄ってそれをひょいと掴み上げた。

 

「……何かと思えば。朝からあまり叫ぶのは体に良くないだろう、エリス神」

「叫ばずにいられますかこれが!! ちゃんと管理しといてくださいよそのナメクジィ!!!」

「精霊だよ」

 

 苦言を呈するルドウイークに対して、エリスは布団の中から顔だけを出して喚き散らす。その彼女に向けて精霊を向ける事で黙らせると、ルドウイークは雑嚢の中に精霊を放り込んだ。そして腕を組み、エリスに対して諭すように声をかける。

 

「さてエリス神。脅威は去った。もう、布団から出てきてもいいんじゃないかね」

「ほんっとにもう……朝一番に遭遇すると心臓がヤバイので、あんまり放し飼いにしないで下さいよ」

「……飼っているわけではないんだが」

「知りませんよそんな事……」

 

 腕を組んだまま納得しかねると言った表情を見せるルドウイーク。しかしエリスはそれを意に介した様子も無く、纏っていた掛け布団を八つ当たりするかの如くベッドに向けて放り投げる。そしてそれで機嫌を少し直した彼女は眼鏡を直しながらに彼に尋ねた。

 

「…………あ、そうだ。ルドウイークは、今日はどう言う予定ですか? 迷宮(ダンジョン)探索には行きます?」

「そうだな、上層の最深部……12階層までは行くつもりだ。あわよくば13階層にも顔を出そうと思う。<聖剣>の試し切りも兼ねてね」

 

 言って、ルドウイークはリビングに置いてきた【エド】の手による<ルドウイークの聖剣>の姿を脳裏に浮かべた。

 

 あの武器は、長剣こそ嘗てのそれとほとんど変わらない物の、変形後の大剣の形態は以前の物とは同じとは言い難い調整を施されている。先日【椿】が語っていた内容を信じるならば【ミスリル】なる銀に良く似た金属と【超硬金属(アダマンタイト)】という金属、二つの素材が各部位に使用されているとのことであった。それ故か、重量のバランスがかなり異なってしまっているのだ。

 そうなれば、以前の聖剣と同様に扱う事は出来ない。再度の慣れが必要であるというのが彼の出した結論である。

 

 ただ、武器としての品質自体は文句の付けようが無い。それどころか此方の素材による物か性能自体は以前の物を上回っている。少々疑ってはいたが、実際にあのエドの腕前は確かな物であったのだと今ならば断言できた。

 

 その上、この武器には<血晶石>による更なる強化が可能だ。ルドウイークの持っていた最高の石はマリアとの戦いで破壊された聖剣と共に在ったために紛失しているが、聖剣自体の性能向上を加味すればほぼ同等の能力を得る事が出来るはずだ。

 

 ――――そのためにも、まずは血晶石を武器に捩り込むために必要な<血晶石の工房道具>を調達せねばな。

 

 血晶石自体はこのオラリオで入手できるものではないが、かの工房道具はありふれた木や鉄などで作られた品だ。作り方は頭に入っているし、材料さえ入手できればルドウイーク自身で製作する事が出来るだろう。

 

 そこまで考えた所で、彼は自身がエリスとの会話の只中にあった事を思い出して彼女へと視線を戻した。だがエリスも同様に何かを考えていた様で難しい顔で俯いていて、暫くそれを眺めていたルドウイークが声をかけようとした時になってようやく顔を上げる。

 

「……わかりました。それじゃあ、その前にちょっと手伝ってほしい事があるんですけど」

「ふむ、手伝ってほしい事とは?」

 

 興味深そうに問い返したルドウイーク。そんな彼に向けてエリスは皮肉たっぷりに口を尖らせる。

 

「朝ご飯食べながらでもいいですか? 折角早起き『させられた』んですし」

「……そこで私を睨むのかね?」

「当然じゃないですか。あのナメクジちゃんと面倒見てっていつも言ってるのに!」

 

 溜息を吐きながら、忌々しいという考えを隠さずにエリスは毒づいた。それも当然。彼女が精霊によって被害を負うのはこれが初めてではない。

 

 ルドウイークが彼女の元に現れて二か月半余り。あの荷物整理の際の初対面で絶叫させられたのに始まり、ある時は卒倒させられ、またある時は恐怖に震えさせられた彼女からの精霊への印象は最悪そのものだ。しかしそれを知りながら、ルドウイークはお手上げと言わんばかりの諦め顔で肩を竦める。

 

「そう言われてもね……確かに、やたらと貴女の部屋に侵入するのは憂慮すべきだと思うが」

「ほんっとに何なんでしょうか……」

「まぁ、精霊の思考など我々には到底想像の及ぶ所ではないからな…………とりあえず、スープを温めてこよう。構わないかね?」

「……大丈夫ですか?」

 

 以前の嫌な思い出を想起したか、疑る様な眼差しでルドウイークを見つめるエリス。それに対して彼は心外だと言わんばかりに眉を顰めた。

 

「酷いな。幾らなんでも完成品のスープを温める程度は出来る。一から作るとどうしようもなくなるんだ」

「はいはい、お願いします。じゃ、着替えるんで出てってください」

「了解した」

 

 そうしてルドウイークは部屋を出て、台所へと向かう。その姿を見送ったエリスは姿見の前に立つと眼鏡を外し、寝間着を脱ぎ放り投げて着替えると、その長い髪を結い始めた。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 エリスの家は、貧民の多いダイダロス通りにある家としてはそこそこの規模を誇っている。と、言ってもその大きさは二階建ての一般の民家とそう変わらない。

 一階にはリビングと台所、階段とその下の物置。二階には部屋が四つ。その内の一つはエリスの部屋だが、残りの三つはほぼ倉庫と化している。

 

 これは嘗ての本拠地(ホーム)を失った際団員たちの荷物をこの家に引き揚げたためで、この家に住まう者がエリス一人となっていた間には手に負えずもはや埃を被った荷物の山が連なっていた。そんな部屋のうちの一つ。

 

「エリス神、この荷物は?」

「んー……うわ、使用期限3年前のポーション!? よくこんなの取ってありましたねえ……廃棄で。とりあえず廊下にお願いします」

「了解」

 

 そこでは、外套を脱ぎ軽装となったルドウイークとエプロンをかけ頭巾を被り手袋を填めたエリスが詰め込まれた荷物を一つ一つ整理していた。

 

 事の始まりは、怪物祭の日にルドウイークの発言した『新入団員を募集した方がいい』との言葉である。それを聞いたエリスはとりあえず新入団員を受け入れる事が出来る場所を確保するため、いつまでもリビングに居座るルドウイークを(ともな)って荷物の整理に乗り出したのだ。

 

 ちなみに、今片付けているのは二部屋目だ。一つ目の部屋は数年前まで人が居たとの事で他の部屋に比べ荷物が少なく比較的短時間で掃除を終える事が出来ていた。と、言っても既に時刻は正午になろうとしている。

 

「…………まさか、今日中に全ての片付けを終える気では無いだろうな」

 

 作業の進捗具合を見てまだまだ完了まで時間がかかると悟ったルドウイークは、危機感を覚えてエリスを見た。彼女はもはや使い物にならぬ錆び付いた剣をしばらく眺めていたが、それを赤塗りの鞘に納めて放り出すとルドウイークに視線を向ける。

 

「流石に無理ですよ。この部屋の片づけがある程度済んだらまた後日にします。今日は私もお仕事ですしね」

「そうか、安心した」

 

 その返事にルドウイークも一安心して作業に戻った。彼自身、ずっとリビングのソファを領有しているのはいかがなものかと思っていた事もあり、この提案には随分と乗り気である。彼の助けが無ければ、エリスは一部屋目に鎮座していた不気味な美術像の下敷きになったまま出勤の機会を逸し、様子を見に来たマギーによって助け出されその後こっぴどく叱られていただろう。

 

 そんな有り得た可能性など知る由も無い一人と一柱は暫く、黙々と作業を続けて行く。

 

 そうして二つ目の部屋の片付けがちょうど半分程度まで進んだ頃。息も絶え絶えなエリスが顔色一つ変えないルドウイークの様子を盗み見て作業中断のタイミングを伺っていると、小さな箱を抱えようとしたルドウイークがその想像を遥かに上回る重さに箱を取り落とし、落下した箱が盛大な音を立てて床にひびを入れた。

 

「あ―――――っ!?!?!??!」

 

 ちらちらと彼の様子を伺っていたエリスはその出来事に大声を上げて彼を思いっきり指差した。その次に床を指差し、そしてまたルドウイークを指差して口をパクパクと動かす。一方、当のルドウイークはあくまで冷静に再度箱を持ち上げると、床のひび割れを難しい顔で見聞してからエリスに向けて頭を下げた。

 

「すまない、エリス神。随分重い荷物だな……」

「なぁーにしてるんですかウチ貧乏だって知ってるでしょうが! これじゃあ床の補修費用まで……うぇっ!?」

 

 ルドウイークを糾弾しようと勇ましく近づいてきたエリス。だが彼女はその箱を良く見ると驚いたように飛び退いて、そしてだらだらと嫌な汗を流し始めた。

 

「……エリス神?」

 

 甘んじて彼女の怒りを受け入れるべく粛々と姿勢を正していたルドウイークは、想定とはいささか異なる彼女の様子に訝し気な視線を向ける。それを受けたエリスは、明らかに誤魔化すように引きつった笑みを浮かべてわたわたと両手を不格好なダンスの様に振り回した。

 

「いえ、何でもない何でもないのですよ! それよりルドウイークそろそろ休憩にしましょうか! ちょっと先に下行っててもらえますかちょっとやるべき事がありますので!!」

 

 しかし、それに対するルドウイークの反応は冷ややかな物であった。

 

「…………………………エリス神」

「はひぃ!?」

「言いたくない事があるのと同様、見せたくないものがあるのは分からなくもないが……そろそろこのファミリアの過去について教えてしてくれてもいいんじゃないかね?」

「せ、『詮索好きの犬人(シアンスロープ)が早死にした*1』ってコトワザがありまして……」

「『好奇心は猫をも殺す(Curiosity killed the cat)』か。どの世界にもある物なのだな、似た(ことわざ)と言う奴は」

 

 溜息を吐きながらルドウイークは言って箱のふたに手をかけた。それを止めようとエリスが一歩踏み出すが、それを彼は視線だけで封じ込め苛立たし気に口を開く。

 

「…………私はあくまで部外者で、いずれ居なくなる者だとも確かに言ったよ。だが、エリス・ファミリアを立て直すという目的は一致している筈だ。それに必要な情報の提供位求める権利はあると思っている。それに……貴女に限って無いとは思うが……上の者の思惑も知る事無く、ただ都合良く使われると言うのは……もう懲り懲りなんだ」

 

 ルドウイークは語気を強めながら、最後はどこか悲し気に遠い目で呟いた。英雄と称されかのヤーナムで人々を率いながら、自身が身を置いていた<教会>こそがあの街の悲劇の原因、その一端を担っていた事に気付く事の出来なかった過去への悔恨。あの時の二の轍を踏みたくはないと言う、彼のネガティブな望み。そしてそれはこの世界でエリスの元に付いて以来、初めてルドウイークが心底から見せた不満であった。

 

 一方で、その視線を受けたエリスは致命的に難しい顔で頭を抱えていた。ルドウイークは、彼女のその唸り様にそれほどまでに重要な事なのかと推理して恐る恐る声をかける。

 

「エリス神、もし気を悪くしたなら謝る。だが…………」

「いや。えーっとですね…………それは無関係な……いや、そうじゃない、そうじゃなくてですね……それは何と言うか、言いたくないのは同じなんですけど、それはエリス・ファミリアの傷と言うより、私個(じん)のやらかしのアレで…………」

 

 絞り出すように言葉を選んでエリスは答える。その内容はルドウイークが予想していたような語り難い苦悩、傷を開くような苦悶を感じ取れたが、同時に何かを誤魔化そうとする彼女の往生際の悪さをも感じ取れた。そんな彼女の様子を見て、彼は何かに気づいたような顔で困ったような視線を向ける。

 

「エリス神、まさか……この箱の中身とエリス・ファミリアの没落には関係が無く、貴女の個人的な知られたくない過去、と言う事か?」

 

 やってしまった。そんな心中をがありありと見て取れるような申し訳なさそうな顔でルドウイークは尋ねた。嘗てマリアの素性を暴こうとした者達と同様の事を自らもしてしまっていたのか。

 ルドウイークは自らの愚かさと主神たる彼女を信じきれなかった信心の無さに愕然とする。一方で、エリスは彼の心中などこれっぽっちも知らず、言葉の内容からそれに便乗するのが最善だと閃いて、また彼に向けて勢い良く人差し指を向けた。

 

「そう! それ! それが言いたかったんですよ! それは私の過去に関係ある物なので見せたくないんです!! ……いやまぁ、ウチのファミリアの零落に無関係って訳でもないんですけど」

「…………無関係ならば不躾だったと頭を下げ謝る所だったのだが、無関係ではないのだな」

「あっ」

 

 一旦は頭を下げ、深刻な顔で女性の秘密に土足で踏み入ろうとした責を受け止めんとしていたルドウイークは彼女が最後に小声でぽろりと零した言葉を聞き逃さなかった。一方エリスは、しまったという顔をした。

 

 言い逃れはもう出来なかった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「…………整理しよう」

 

 リビングのソファに腰掛けたルドウイークが普段とそう変わらぬ声で告げる。その前では、自主的に床に正座したエリスがバツの悪そうな顔で俯いていた。

 

「つまり、『これ』は嘗てエリス神が他の神々――――所謂『美の女神』達に対してちょっかいをかける為に【ヘファイストス】神に頼んで作ってもらった物で……その際の負債が15年前の団員の減少で支払えなくなって、本拠(ホーム)を引き払うなどファミリアを大幅に縮小せざるを得なくなった…………この理解で間違ってないかね?」

 

 尋ね終えたルドウイークは手に持ったそれ――――黄金に輝く林檎を弄びながらエリスに視線を向ける。一方俯いていたエリスはおずおずと片手を上げ、それにルドウイークが頷くと沈んだ顔で補足の説明をし始めた。

 

「えっと……ヘファイストスには正式に頼んだというより、個人で飾りたいって嘘ついて作ってもらったので……その後めっちゃくちゃ怒られました…………」

「それに加えてこれの代金は未だに払い切れてないんだろう? それで良く【エド】とヘファイストス神を天秤にかけて『ヘファイストスの方が良かったかな』などと言えたものだ」

 

 呆れて物も言えぬルドウイークは、改めてその果実と箱を見聞し始めた。どうやら果実自体は見た目通りの材質では無いらしく、軽々しく持ち上げられる程度の重さしかない。そして、箱の中には神聖文字(ヒエログリフ)で説明が記されていると思しき一枚の紙と、この箱の予想外の重さの原因であろう、重厚な鋳塊(インゴット)。その内紙をルドウイークは摘み出すと、エリスにそれを差し出した。

 

「読んでもらっても?」

「えっ……ルドウイーク、読み書きは勉強したんじゃ?」

共通語(コイネー)はな。神聖文字は分からん」

「あはは、左様で……」

 

 愛想笑いしながら紙を受け取ったエリスは、ルドウイークの睨みを受け慌ててその内容に目を走らせる。そして少しだけその顔を歪ませた後、その内容を口にし始めた。

 

「えーっと……『エリス神へ。この度のご注文ありがとうございました。少々遅くなりましたが、貴女の美貌に相応しい品が完成したと――――』」

「エリス神。本当にそんな事が書いてあるのか?」

「…………『エリスへ。今回は注文ありがとう。一応だけどサンプルを送るわ。重さの確認の為に同じ程度の重さの鋳塊を付けておいたから、持ち運ぶ時は気をつけて。当然本物を運ぶ時もだけれど……それは希望通り、今度の【神の宴】の日に会場に届ける事になってるから、そこで受け取って頂戴。でも、あんまり自慢しちゃダメよ? 追伸:今度こそローンの払い忘れが無いように。ヘファイストス』………………以上です」

 

 読み終えたエリスは、神聖文字の書かれた紙を箱へと戻した。それを神妙な顔で聞いていたルドウイークは、首を傾け睨むように彼女を見下ろす。

 

「……それで?」

「それで、宴に到着する寸前の包みに張ってあった宛先の紙を『オラリオで一番美しい女神へ』って改竄(かいざん)しまして。その後はあの果実を巡って醜く争ってる美の女神たちを眺めて大笑いしてました」

「いい趣味だな」

「褒めてませんよねそれ」

「当然だとも」

 

 溜息を吐いてエリスを皮肉るルドウイーク。そしてそれに肩を落とす彼女に、彼は更に質問を投げかけた。

 

「……それで、その後はどうなった? 事は丸く収まったのか?」

「神の宴では。【フレイヤ】が果実を手にして、彼女の名は美の女神の代名詞となりました」

「……なるほど。美の女神が何人もいるであろうはずのこのオラリオで、彼女が特別扱いされているのはそう言う理由か。てっきり、一番勢力の強いファミリアを率いているからだと思っていたが」

「当時から彼女は美の女神最強でしたけどね。ただ、この話はここで終わりじゃなくて……」

 

 エリスはそこで一度言葉を切ると、傍のテーブルに置かれたグラスを手に取りその中身を飲み干してのどを潤し、そしてつらつらと話の続きを語り出す。

 

「……【イシュタル】。同じく美の女神の一柱にして、その中でもフレイヤに次ぐ権勢を誇るオラリオ繁華街の主。元よりオラリオにおける美の女神の頂点に立とうと目論んでいた彼女が、フレイヤの躍進に目くじらを立てるのは当然の事でした」

「神の宴でフレイヤ神に負けたイシュタル神が納得いかずに突っかかっているわけか」

「あ、いえ。イシュタルはその時は宴を偶然欠席してたんです。それで『自分の不在の間に決めるなんて何のつもりだ!』って」

「……当然の考えだな。むしろそういう事情なら、貴女こそイシュタル神に恨まれているのではないか?」

「それは私も危惧しました。実際に喧嘩吹っ掛けられそうにもなったんですけど……なんでかフレイヤがフォローしてくれたんです。『それは美しくないわよ』ってフレイヤがイシュタルに言ったら彼女もう私には目もくれなくなりました」

「フォローと言えるのか、それは?」

「うーん、結果的には……」

 

 疑問を呈したルドウイークに、同じく疑問符を頭の上に浮かべるエリス。彼女はそうして少し考え込む仕草を見せた後、諦めたように溜息を吐いて首を横に振った。

 

「……はぁ、私、彼女(フレイヤ)苦手なんですよねー。何考えてるか分かんなくて」

「ふむ。私も美の女神と類される者達には、多少気をつけておくとしよう。フレイヤ神の健在は知っているが、イシュタル神もまだオラリオに居るのだろう?」

「ええ。ですからルドウイークも南の繁華街には近づかないようにしてくださいよ。イシュタル本(にん)は兎も角、あそこの団長も構成員も、いい男には目がありませんから」

「何だエリス神。褒めてくれているのか?」

「そーゆー意味じゃないです!! 危ないからですよっ!!!」

「冗談だよ」

「ったく……! なんか最近口が達者になってきてませんか貴方……!?」

「ははは、私もオラリオに来て少し変わったかな。こういうのは元々、<加速>の役だというのに」

 

 ひとしきり笑うと、ルドウイークは立ち上がって外套を纏い、<ルドウイークの聖剣>と<月光の聖剣>を背に負った。そしていくつかの狩り道具を身に付けるとその具合を確かめ、そしてドアの取っ手に手をかける。その後姿を、エリスはきょとんとした顔で見上げた。

 

「……あれ、ルドウイーク。もう怒らないんです?」

「貴女も正直に話してくれたしな、必要ないだろう。それにもう時間だ。これ以上貴方にかまけていては帰りがどうしようもなく遅くなる」

「あ、ダンジョンですか……そう言えばそういう予定でしたね」

 

 思い出したように頷くエリス。彼女は立ち上がって膝の埃をぱんぱんと払うと、ダンジョンに向かうべく部屋を後にしようとしたルドウイークの背に声をかける。

 

「そうだ。私今夜は居ないので、食事はとにかく何とかしてください」

「わかった。仕事が長くなるのかね?」

「いえ、別件です。仕事が終わり次第用事があるんで。多分ルドウイークより帰りは遅くなりますよ」

「ふむ……ひとまず夕食は【鴉の止り木】にするつもりだが」

「居るかどうかは微妙なラインですね……ま、頑張ってください。おーかーね、期待してますから!」

 

 言ってエリスはルドウイークに向けてウインクし、片手を突き出して親指を立てた。そんなエリスの稼いで来いアピールに、しかしルドウイークは素気無く肩を竦める。

 

「現金な主神殿だ。期待しないで待っていてくれ」

「えーっ、頑張ってくださいよ! ルドウイーク、多分深層に行ける程度には強いんですから」

「今回の目的はそれではないからな……まぁ、幸運に恵まれる様に努力はする。ではな」

 

 それだけ言い残して、ルドウイークは家を後にする。残されたエリスは少しの間不満げに頬を膨らませていたが、その内諦めて、廃棄する予定の品の幾つかを片付けてから服を着替え、そして家の戸締りをして出勤して行った。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「――――()()ているのか、いないのか」

 

 迷宮、12階層。中層の第一階層たる13階層で幾体かのモンスターの実力を検証し、問題なしと判断して上層の最深部である12階層へと戻ってきたルドウイークは、11階層へと向かう途中の空間(ルーム)でミスリルの長剣を握りしめたままうんざりとしたように呟いた。

 彼の前には、琥珀色の鱗を持つ、体長4M(メドル)はあろうかと言う(ドラゴン)のモンスター。

 

 【インファント・ドラゴン】。上層に存在するモンスターの内、最強の名を(ほしいまま)にする小竜。下級(Lv.1)冒険者のパーティであれば単独で殲滅しうる力を持つ希少種(レアモンスター)だ。希少種、という括りは伊達では無く、生息域である11、12階層に多くて5匹ほどしか存在せず、他の階層へと階を跨いでくることも無い。

 

『ゴガアアアアアアッッ!!!』

『オオオオオ――――ッ!!!』

 

 それが、2体。

 

 もはや遭遇する事は不幸を通り越して幸運だとさえ呼ばれるモンスターによる挟み撃ち(サイドアタック)を受けて、ルドウイークは出発時にエリスに向けて軽口を叩いた自身を軽く呪った。

 

 瞬間、後方のインファント・ドラゴンが動く。咆哮と共に一歩後ずさり、そのまま激しく体を回転させた。その勢いによってその体の末端――――尻尾の先端が勢いをつけ、ルドウイークの体を粉砕するべく迫る。しかしルドウイークは振り向く事も無く。

 

「ハァッ!」

 

 彼の声と共に、迫ったインファント・ドラゴンの尾が切断される。その尾が届かぬ高さまで跳躍しつつその足元へ向け振り抜いた長剣による斬撃だ。回避と攻撃を両立させる狩人の業の片鱗とも言える一撃だった。

 

『ゴオオッ!?』

 

 悲鳴をあげるインファント・ドラゴン。しかしルドウイークはその巨体が振り返る暇を与える事も無く、既にその体に迫りながら背の鞘に長剣を結合させ、大剣と化したそれを小竜の胴へと振り下ろした。

 

 その一撃で、体高1.5Mはあろうかと言う丸太のような太さと下級冒険者の剣戟など容易く弾く鱗に覆われた胴体が一撃で両断される。即座にルドウイークは飛び退いて、吹き出す血飛沫を極力浴びぬ様に距離を取った。

 過剰に血を浴びる事による酔いへの恐れとも言えるその動きだが、それによって彼は倒れ込む小竜の死骸を回避して残る一体へと殺意を向け走り出す。

 

 その途中で対応力に優れた長剣に武器を切り替えようとするルドウイーク。しかし、剣を結合させている仕掛けの機構がガチガチと音を鳴らし、噛み合ったまま離れない。ルドウイークはエドへの文句(クレーム)を脳裏に浮かべながら舌打ち一つ、迫りくる竜の爪撃をその軌跡の外へと跳躍(ステップ)して回避し、すれ違いざまに腕を斬り飛ばした。

 

『ガアッ!?』

 

 瞬時に切断された腕に悲鳴を上げ狼狽するインファント・ドラゴン。ルドウイークはその隙を見逃さぬ。痛みにのたうち回ろうとする小竜の動きを察知して一旦距離を取ると、普段は高く上げられた頭部、それが振り回され高度を下げた瞬間に狙い澄ました突きでその頭蓋を貫いた。

 

『ガ……ア……』

 

 頭部を破壊され、断末魔のうめきと共に倒れ伏すインファント・ドラゴン。それを慈悲深く看取ると、ルドウイークは鞘に納められたままの<ルドウイークの聖剣>を背に負って、腰の短刀を抜き彼らの死体から魔石を取り出そうとする。

 

 だが、ギルド支給の短刀では彼らの鱗には刃が立たず。結局、面倒になったルドウイークは勢い良くその胸に腕を突き立てて魔石を摘出した。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 既に夜分遅くとなった、オラリオのとある一角。不自然に人気の無いその通りを、仕事帰りのエリスは歩いていた。周囲をしきりに確認し、誰にも見咎められていない事を念入りに確かめている。

 

 その内、ついに魔石灯すらなくなった区画まで彼女は踏み込むと、するりと人がすれ違う事も難しいであろう小道に身を滑り込ませ、その先のあまり大きくない、ありふれた扉の一つをコン、コン、コンと規則正しいリズムで三度ノックした。

 

「……どちら、さん?」

 

 扉ののぞき穴――それも、内側に金網の仕込まれた防犯性の高い物――が僅かに開かれると、そこからたどたどしい、強い訛りを持った男の声。その声には、強い警戒感が露わとなっていた。相手が神であるエリスであっても、一切緩められる事の無いその鋭い視線。しかし彼女は、普段の様にそれに怖気づく事も無く、こともなげに口を開いた。

 

「『こんにちは。狐さんに、ここでいいお仕事があると聞いて伺ったのですが』」

「………………」

 

 しばらくの沈黙の後、扉の鍵がガチャリと音を立てた。エリスはそれを聞き、取っ手に手をかけ力を込めると、大した抵抗も無く扉は内側に開く。そして彼女が戸を潜ると、そこには髪を編み込んだ、浅黒い肌の精悍な男。彼は彼女の空けた扉を閉じて鍵を閉めると、訛りの酷い共通語で彼女を奥へと案内した。

 

 そこは建物の外観に相応しい、小さな酒場であった。淡い橙色の魔石灯に照らされた店内にはカウンター席しか無く、店員と思しき者も、彼女を案内した浅黒の男以外には居ない。だが、客の姿がない訳では無かった。フードを目深にかぶり外套でその姿を画した人影――――エリスが今宵この隠された店を訪れた目的である()物が、彼女を待ちわびるようにグラスを揺らしていた。

 

「おっ、ようやくお出ましかいな」

 

 その人物は、場にそぐわぬあっけらかんとした態度で身を反らしエリスを出迎えた。一瞬、その姿勢のせいで重心を崩してぐらりと後ろに倒れかかるが、膝をカウンターに引っ掛けて何とか踏み留まる。そして力を込めて姿勢を立て直すと、エリスを手招きして隣の席に座らせ、そして手にしたグラスの中身を一気に飲み干すと身を乗り出して彼女に笑いかけた。

 

(ひっさ)しぶりやん。しっかし相変わらず地味な恰好しとるなぁ自分。もったいない」

「貴女こそ相変わらず無駄に露出の高い服を着て……【剣姫】にも似たような格好させてるって聞きましたけど」

「アイズたんは何着せても似合うからなぁ~。自分で言うのも何やけどウチの趣味(センス)とベストマッチしてまうんよ。最近、ちょっと選り好みされてるのは悲しいんやけど、そこもまた萌えポイントや」

「ふっつーに興味無いですね」

「何や何や冷たいわ~。ウチと自分の仲やん。愚痴くらい聞いたってぇな」

「私、昔貴女が口滑らせたせいで酷い目に遭ったのはまだ許してないですからね…………って言うか何ですか『ゼウスとヘラの失敗に私が一枚噛んでる』って。あれ信じてマジで動いちゃった奴ら全員スカポンタンですよ」

「いやなぁ、まさかウチも『エリスが何かやらかしたんとちゃうん?』って酒の席で()ーただけであんな騒動になるとはなぁ……自分どんだけ恨まれとったんって話やん?」

「それよりも自身の発言力を自覚してくださいよ。当時でさえ、【勇者(ブレイバー)】を擁した貴女の発言力は十分大きいものでしたよね? あれでウチ、主力失った挙句にギルドにめっちゃ睨まれて酷い目に遭ったんですけど」

「あーあー、やめたってぇな説教は。あの時はウチも割と本気で反省して、一月くらい禁酒したんや」

「へぇ、それは初耳ですね」

「あの時は皆にめっちゃ心配されたんやで。ガレスも飲み相手居らんくて暇そうにしとったなぁ」

「それでも禁酒できたのは一か月……ってそれはどうでもいいんです。今日はそんな思い出話をしに来たんじゃないんですから」

「あらうっかり。忘れとったわ! いやー、久々に友(じん)と話すとなると、ついな」

「友神、ねぇ…………まぁいいです」

 

 溜息を吐いてその女神を一瞥すると、エリスはカウンター裏で佇む男に棚の酒の一つを注ぐように促した。男はそれに片言で答え、エリスに新しいグラスと豊潤なスタウト酒を、隣の女神のグラスには彼女が今まで飲んでいたものと思しき琥珀色のミード酒を注ぐ。

 

 そして彼女らはそのグラスを互いに掲げると、にこやかな笑顔と共に剣呑な神威を交わしながら、小気味いい音を立ててグラス同士をぶつけ合った。

 

 

 

*1いくら鼻の効く犬人でも、事あるごとに首を突っ込めば絶対にロクな事にならない。転じて、弁えろと言う意味の警句




実はここ1週間位風邪ひいてズッタンボロンでした。
とりあえず本編外伝両方7巻まで揃えたんで読むフェーズを挟むために次はまた遅れそうです。

ゲストキャラの募集は一旦終えましたが、それとは別の、新入団員に関するアンケートを設置しました。
こちらの数値を見て、何人の新入団員を入れるか、その内訳をどうするかなどを検討します。(あくまでサブキャラになるとは思いますが)
たぶん次話投稿くらいまでは置いておくと思います。
良ければ投票していただけると幸いです。

お試しで注釈とか触ってみたりしたけど個人的には楽しかった。

今話も読んで下さって、ありがとうございました。



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16:嵐が(きた)るその前に

18000字ほどです。

UA20万行きました、ありがとうございます。
多くの方に見て頂けるというのはそれだけで嬉しく、またあり難いものです。

感想を送ってくださったり評価お気に入り誤字報告してくださる皆さまもありがとうございます。お陰様でモチベーションを保つ事が出来ます。

良ければ今話も楽しんでいただければ幸いです。


 日付が変わり、オラリオの街並みから多くの灯りが消え失せた時間帯。ダンジョンの13階層まで到達した後問題なく帰還したルドウイークは幾つかの寄り道を経て本拠(ホーム)へと戻り、リビングで作業に(いそ)しんでいた。

 

 机の上には幾つかの木製の部品。彼は作られたばかりと(おぼ)しきそれらにヤスリをかけ、その接合部分を丁寧に整えて行く。そして出来上がった部品を組み合わせ、木槌で叩いて()め込んだ。

 

 完成したのは、三本の足で立ち中央に何かを抑えつける為のハンドルが取りつけられた、万力めいた代物。ルドウイークはそれの各部の出来栄えを確認した後、おもむろに自身の短刀を取り出して、その下へ慎重に設置。そして三つの足を回しがっちりと短刀を固定する。

 

 その短刀の刀身、根元部分には一つの彫刻めいた放射状の穴が開いている。そこにルドウイークは懐から取り出した海栗(ウニ)毬栗(いがぐり)めいた形状の<血晶石>を置くと、ゆっくりとハンドルを回し始めた。それに連動してハンドルの逆側に備えられた皿めいた物を押さえつける機能を持つ部分、万力で言う口金がゆっくりと下降してゆく。

 

 そして、口金が短刀との間に置かれた血晶石を押し潰すかのようにしながら短刀を押さえつけた。しかしルドウイークは手を緩めず、器具が動かないように押さえつけながら更に力を加えて行く。

 短刀の刀身がミシリと音を立てるまでの数分間、ルドウイークはそうして圧力を加え続けていた。

 

 しばらくして彼はハンドルを戻し、短刀を手に取って血晶石のあった場所、放射状の穴が開いている部分を確認する。果たして、そこには穴を埋めるように()じ込まれ、扁平となった血晶石が鈍く光を反射している。

 

 ――――これでよし。

 

 その状態に満足した視線を向けたルドウイークは、短刀を鞘に仕舞い込む。そして懐からさらに3つの血晶石を取り出すと、机の横に寝かせてあった<ルドウイークの聖剣>……その長剣部分を取り出した。そのミスリルの刀身には、穴が3つ。その3つ空いた穴にも、それぞれの形に適合する血晶石を短刀と同様の手順で彼は捩じ込んでいった。

 

 

 

 石の捩じ込みを終えたルドウイークは、改めて装備を観察する。

 

 短刀に対しては、石を一つ。狩人らの間では『脈動』と呼ばれた種の血晶石で、装備者の体力をゆっくりと回復する力を持つ。<輸血液>を持たぬ今、ただ持つだけで傷を癒せるこれはルドウイークにとっては実に重宝する品だ。

 当然、こんなものの存在が知れれば他の冒険者達に目を付けられてしまうだろうが……そこは彼は心配していない。あくまで体力の回復は遅々とした物であり、さらに元となった武具が何の変哲もない短刀とあっては万一他者の手に渡っても効果を自覚する前に手放してしまうだろう。

 

 一方<ルドウイークの聖剣>に対しては、手持ちで最も効果の高い『物理攻撃強化』の石を3つ捩じ込んである。嘗てはもっと効果の高い石も持ってはいたが、今の手持ちではこれがもっとも良い。単純に攻撃性能が高く、さらに炎や雷といった全く違う能力を武器に付与する石に比べ圧倒的に怪しまれにくいというのが利点だ。ここはヤーナムではないのだから、そのあたりには可能な限り気を遣わなければならない。

 

 ……開帳した<月光>まで目撃されてしまった今、これ以上怪しまれるのは危険だからな。

 

 ルドウイークは苦虫を噛み潰したような顔で一度溜息を吐くも、すぐに気を取り直して血石をそれぞれの武器に捩じ込んだ箇所へと目を向ける。

 

 何故短刀には一つの石しか装着せず、ルドウイークの聖剣に対しては3つの石を捻じ込んだのか。それは単純に武器の強度の問題であった。嘗てのヤーナムにおいても武器に血晶石を捻じ込む事で強化を図るのはありふれたやり方であったが、その中でもある程度の強化が成され、強度の確保された武器でなければ石を捻じ込む事が出来ないと言う事実は、狩人らには周知の物である。

 

 ちなみにではあるが、ヤーナムにおける武器の強化には<血石(けっせき)>と呼ばれる血晶石とはまた違う血中結晶が使用されていた。『欠片』を使って一度強化した武器には一つ。三度強化したものに二つ。更に『二欠片』を用いて三度、都合六度の強化を重ねる事で三つ目の血晶石の装着に耐えうる強度を得る。

 

 強化段階としては二欠片での強化で終了する訳では無く、そこから『塊』や『岩』を用いる事でさらに強化を行う事が出来るのだが…………その際には血晶石を装着可能な限界数が増える事は無い。それ以上の数を捻じ込もうとすれば、石は大きく力を減じ最悪武器や石自体が破損してしまう。恐らくは石同士の干渉に因る物とされてはいるが実情は不明だ。

 

 そして今回の短刀とルドウイークの聖剣には、ルドウイークの眼から見て許容範囲であろう数の石が埋め込まれている。彼からすれば、このオラリオの武器の質の高さには舌を巻く思いだ。数打ちの品であろう短刀にさえ一つ、更にエドと言う相当の腕前であろう鍛冶による物とは言え、ルドウイークの聖剣に三つの石を埋め込んでみたのは一種の賭けでもあった。

 

 これが実際にどのような効果をもたらすか、剣が耐えきれるかどうかについてはこれから試す事になる。だが、実際に使用してみたその感触からして恐らく問題無いだろうと彼は判断していた。ともすれば、元となった武器よりも強靭やも知れぬ代物だ。

 

 欲を出して、更に一つの穴を増やしてもらうべきかという考えも一応ではあるが彼にはあった。ヤーナムには存在しなかった超硬金属(アダマンタイト)、そしてこの世界におけるもっとも強靭な金属である【最硬精製金属(オリハルコン)】製の装備などであれば、三つを上回る数の血晶石を装着しても使用できるほどの強度があるかも知れない。

 

 だが、それを試すだけの余裕(資金)は彼には無かった。

 

 ――――そう言えば、いつの事だったか。<加速>が自身の<銃槍(じゅうそう)>に間違えて捩り込んだ『神秘』に類する血晶石を<(からす)>と共に無理矢理に外そうとして槍をへし折った事があった。以来それを見ていた<マリア>に嫌がられて、彼らはマリアの愛刀を触らせてもらえなくなったのだったか。

 

 何時だかの思い出を想起して、ルドウイークはふっと懐かしんで笑った。その時、肌に感じる神威と共に玄関の扉が開かれた音に彼は気づく。そして彼がミスリルの長剣を鞘に納めるのと同時に、リビングのドアが開いてエリスが部屋へと入ってくる。それを見たルドウイークは大剣となった<聖剣>を脇に置いて、短刀を手にしたままエリスに笑いかけようとした。

 

「遅かったじゃないか、エリス神。こんな時間まで一体どこで――――」

 

 何をしていたのかね。そう言いかけたルドウイークは、彼女の疲労困憊した顔を見て硬直した。目は虚ろで顔は赤く、眼鏡はずれ足元もおぼつかない。更に、部屋に彼女が踏み込んだ途端漂ってきた強烈な酒精の匂い。それにルドウイークは顔をしかめて、彼女を急ぎ部屋に送るべく腰を上げる。

 

 だがその時、エリスは既にルドウイークの懐へと迫っていた。

 

「ルドウイーク~~~~!!」

「ぐおっ!?」

 

 反応の遅れたルドウイークに飛びかかるようにして、ぐずるエリスは彼の鳩尾(みぞおち)に顔を突っ込ませた。その勢いたるや、体格や身体能力に著しい差のあるルドウイークを数歩後ずさらせ、腹へのダメージで僅かに吐き気を催させるほどのものだ。

 

 今回のダンジョン探索も無傷で済ませたルドウイークは、想定外のタイミングで受けたダメージによって苦悶に顔を歪ませる。その時彼は、いつだかベルに背後を取られた時の事を思わず想起した。

 

 今まで、凶暴極まりない獣や血に酔った狩人らと相対してきたルドウイークは殺意や敵意と言う物に非常に敏感だ。だが、そう言ったものの無い『結果として自身がダメージを受ける行動』に対してはその警戒も流石に及ばぬ。鞘に収まっているとはいえ、手に持っていた短刀が万一にも彼女に刃を立てぬよう可能な限り遠くへ手を掲げたことも、エリスの突進攻撃を許した原因だろう。

 

 ひとまず腹に力を入れ吐き気を何とか抑え込んだルドウイークは腹に顔を埋めたままのエリスを無理やり引き剥がす。そうして距離を取らされた彼女は目を真っ赤にして涙を流しており、ルドウイークはそれを見て心中に生まれていた苛立ちを呆れたように忘れ去った。

 

「……ひとまず、水を用意しよう。事情を聞くのはそれからでも遅くない」

「はい…………」

 

 意外にも、ルドウイークの言葉にあっさりと従うエリス。彼女はルドウイークに言われるままソファに腰掛けて(うつむ)き、そして涙を拭った。

 

 ――――この様子。一体、何があったのだ?

 

 ルドウイークはそんなエリスの様を見て思わずひどく(いぶか)しむ。だがどうにも、本人にとっても望まぬ目に遭ったのであろうことは察しが付いたため、とりあえず多少落ち付いてきた様子の彼女から話を聞き出すべく台所へと向かってコップに水を用意し始めた。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 ルドウイークが戻って来た時、エリスは変わらずソファに腰掛け俯いたままだ。それだけ見れば、普段の申し訳なさを感じていそうな時と変わりないのだが、その眼は潤み時折鼻を(すす)る様子も見られる。更に既に部屋中で感じる酒の匂い。息だけでこれほど匂う事はないはずなので、恐らくは服に酒を零したのだろう。

 

 彼はそんな推測を経て溜息一つ。そして彼女の向かいのソファに腰掛けて水を差し出した。エリスはそれを少しの間見つめた後おずおずと手に取って一息に飲み干し、ぷはぁと一息ついてコップを置く。ルドウイークはそれを見届けてから、彼女に穏やかに声をかけた。

 

「……少し、気分は良くなったかね?」

「お陰様で……」

 

 本人は苦笑いでも浮かべているつもりなのか、引きつった顔でエリスは肯定の意を示す。だが、その様子を見て持ち直したなどと鵜呑みにするルドウイークでは無い。上半身を少し乗り出したまま、エリスの目を見て案じるように声をかける。

 

「なぁ、エリス神。一体何があった? 貴方がそのザマでは、心配でダンジョンにも潜れん。出来れば教えて貰えると助かるんだが」

「………………実は仕事帰り、【ロキ】と会ってきたんです」

「ロキ神だと?」

 

 か細いエリスの返答に、ルドウイークは驚愕に目を見開いた。日頃からエリスはロキに対する嫌悪感を剥き出しにしていた。そんな彼女がロキと会って何をすると言うのか。それが彼にはどうにも思いつかず、再び彼女に質問をぶつける。

 

「……どう言う事だ? ロキ神とは仲が悪いものとばかり思っていたが」

「多分、向こうも良いとは思ってないでしょうけど……ただ、お互い謀略やら陰謀やら好きでしたから、ある程度の付き合いはありました。それにあいつよりちゃんと損得勘定できる神ってオラリオに殆ど居ないですし…………こちらに損の無い形で交渉できるんじゃないかと思ったんです…………」

 

 向けられた質問に、エリスは今の現状とは裏腹にしっかりとした口調で答えて見せた。そして語られたその内容に付いてルドウイークはしばし沈思黙考する。

 

 ……つまり、普段言っているほど彼女らはいがみ合っているわけではないという事か。むしろエリス神はロキ神の能力についてはかなり評価しているようだ。それ故の警戒だったとも言える。それだけならば、最上位ファミリアの主神とのコネと言うのは好ましい事だとは思うが……彼女の言う『交渉』、それについて詳しく聞いてみる必要があるな。

 

「……交渉か……ちなみに、何を要求するつもりだったのかね?」

「今度の【神会(デナトゥス)】……神々の会合でルドウイークに付けられる二つ名、出来れば目立たなくてかつダサくないのにしたくて…………今どう言うの付けられそうになってるか知ってます!? 【地獄白装束(フロムヘル・ホワイトマン)】ですよ!? 誰が地獄ですか! ふざけてる!!!」

「その名を考えた神…………誰だか知らんが、余程の慧眼(けいがん)を有していると見ていいな」

 

 エリスの口から出た自身の二つ名候補を聞いて、ルドウイークは呆れたように口角を上げ肩を(すく)めた。疲れたような笑みを見せる様は、心底下らないと思っているのが明らかな姿である。しかし酔いからかエリスはそんなルドウイークの様子に気づかず突っかかって、怒りに満ちた顔で吠えた。

 

「褒めてる場合ですか!? 貴方が良くても私が許せませんよそんなダッサい二つ名!!」

「エリス神が嫌だというのであれば私は従うがね。それで、ロキ神との交渉はうまく行ったのか?」

 

 怒り心頭と言った様子でテーブルを両手で叩き身を乗り出したエリス。しかしルドウイークが核心に触れると、怒りを見せていた姿が嘘の様に縮こまって俯き、ぼそぼそと呟く。

 

「えっと……それがですね……あいつ、『そンくらい構へんけど、代わりにそのルド何とかと一対一(サシ)(はなし)させてもらえへん?』とか言い出して……」

「それは、マズいな」

「ですよねえ? 私も、まさかアイツがルドウイークを怪しむくらいにまで情報収集やってるとは思ってなくて…………」

 

 困った顔で言うエリスに応じるように、ルドウイークも顎を撫でながら難しい顔で思案し始めた。

 

 ――――恐らく、ロキ神の目的は私の素性を(あらた)める事。そして月光の正体を確かめる事も入っているかもしれん。嘘を見抜く神に対面で質問されるなど、考えただけでゾッとする。もしそうなった時は言葉を慎重に選ばねばならん。下手をすれば、エリス・ファミリア自体の消滅を招く可能性すらありうるな。

 

「……ロキ神の評判は方々(ほうぼう)で聞くが、相当な切れ者なのだろう?」

「多分、オラリオでも三本の指には入るかと」

「そんなかの神が私との接触を求めるとは……既に私の怪しさにある程度確証を持っていると見ていいだろうな。あの日<月光>を見た団員からの報告を聞いてのものかもしれん」

「だとしたらマズイですよ……あいつ、<月光>の事を知ったら絶対興味持ちますもん。『寄越せ』って脅してきたり――――」

「それはダメだ」

 

 断じるように語気を強めたルドウイークに、エリスは少し驚いたように目を丸くした。一方彼はそんな彼女の様子にも気付く事無く、忌々し気な視線を虚空に向ける。

 

「月光は好奇心や興味で触れていい物ではない。そうすれば、必ず災禍が降りかかる」

「貴方がそう言うのなら本当にやばいんでしょうね、その大剣。でも、そういうのが通じる相手じゃないですよ。むしろ、余計興味持つタイプです」

「であれば、最悪ロキ神を手にかける事になるかもしれないな」

 

 眉間に皺をよせ、冗談ともとられかねない程の発言を口にするルドウイーク。しかしその言葉に一切の嘘や虚飾が無い事を見抜くエリスは、驚愕を隠さずに彼に尋ねた。

 

「…………それ、本気(マジ)で言ってます?」

「月光の――――神秘の(もたら)す超思索と狂気。それの生みかねん災禍の程を考えれば、神一柱の首程度釣りが来るくらいだ」

「……あの、その剣とかそのヤーナムとか、私が思ってるよりずっとずっとヤバイやつじゃないですか? って言うか本当に『聖剣』なんですかそれ?」

「事実<聖剣>だとも。ただ、これがもたらす導きが良いものばかりではないというのは、貴女はもう垣間見たはずだ」

「…………何があったか、未だに思い出せませんけど……そのせいで今回遅れ取ったんですが」

「事ここに至っては思い出さない方がいいかもしれないな」

 

 言って、ルドウイークはコップの水を一息に飲み干した。そしてエリスに対して懸念するような視線を向けて核心に迫る問いを投げた。

 

「……で、そのロキ神の提案にどう答えたのだ?」

「いやですね、向こうが足元見やがりましてねぇ! …………ぶっちゃけ昔ならいざ知らず、今の勢力差で交渉かけようとした私が間違ってました。ごめんなさい」

 

 一瞬、誤魔化すようにエリスは声を荒げたが、その後すぐに大袈裟な所作を納めて頭を下げた。そこに嘘が含まれていない事を直感的に読み取ったルドウイークは、一度小さく溜息を吐くと眉間に手をやって一度二度揉み(ほぐ)し、それから諦めたかのような顔でエリスの顔を見る。

 

「分かった、これ以上は責めん。その結果に至るまでの経緯もこの際脇に置いておこう。それで私の二つ名とやらに対してロキ神の協力は得られたのか?」

「……一応、貴方がロキと会うことを条件に名付けへの介入はやってくれるとのことです」

「そうか。期限は?」

「少なくとも、来月半ば過ぎに行われる次の神会の少し前までには。二つ名決まった後に顔出してもこっちにメリット……あっちょ待っ吐き気が…………」

 

 ルドウイークの質問に答えていたエリスは突如として顔を青くした後立ち上がり、そのまま部屋から立ち去ってしまった。

 

 ……しばらくして戻ってきた彼女は先程会話していたときとは比べ物にならぬほど顔を青ざめさせ、フラフラとしたおぼつかない足取りでソファへと歩いてくる。ルドウイークはその有り様に居てもたっても居られずに彼女の元へと歩み寄ってその体を支えてやった。

 

「……今日はもう寝たまえ。幸い期限までにはしばらく時間がある。それまでに策を考えてくれればいい。……私には、そう言った戦いは向かんからな」

「うぅ……すいません……」

「歩けるか? 何なら部屋まで送るが」

「私は神ですので……それくらい……だいじょぶです……」

 

 エリスはルドウイークの提案を意地で断ると、そのまま部屋を後にして自室へ戻って行った。ルドウイークはしばらく立ったまま彼女の様子に聞き耳を立てていたが、ベッドに飛び込んだと思しき音と振動を聞きとって、安心したようにソファに戻った。

 

 そしてソファに腰掛けた彼は短刀や聖剣の具合を再び検めて、更には手持ちの消耗品や狩り道具、<秘儀>の数々をテーブルの上に並べ始めた。そして十分以上かけてそこに抜けや不具合のある物が無い事を確認すると、それを再び外套の雑嚢や背嚢(バックパック)へと仕舞い込み、<月光の聖剣>と<ルドウイークの聖剣>、そして<脈動の血晶石>を捩じり込んだ短刀を装備して腰を上げた。

 

 本来であれば、ダンジョン13層の確認を行った後の彼は休息に入る予定であった。だがしかし、ロキ神の目が自身に迫っていると知った彼は、予定を少し早め次の探索に早々に向かう事にした。

 目指すはダンジョン18層。ダンジョンにおける最初の【安全階層(セーフティポイント)】、モンスターの出現がほぼ無い特殊な階層であり、冒険者らによって築かれた【リヴィラの街】と呼ばれる冒険者達の拠点が存在する場所だ。

 

 ルドウイークは今しばらく、13層から始まる中層序盤の探索を行うつもりであった。だがしかし、ロキ神に怪しまれているとなれば余りゆっくりとはしていられないやも知れぬ。いざとなればダンジョン内で時間を過ごし、それを口実に彼女との接触を避ける必要がある……そんな想定も彼は考えていた。

 

 その為に、ダンジョン内で安全に長期の滞在を行う事の出来るリヴィラの様子、そしてそこへ向かうルートを確認しようと彼は思い立ったのだ。どちらにせよ、それ以降の階層を探索するのであればかの街には身を置かねばならぬ時はあるだろう。

 

 故に、今の誰にも関心を持たれていない内にリヴィラへと向かうというのが急遽彼の立てた計画であった。用意を終えたルドウイークは出発するべく席を立ち、部屋を出ようとする。しかしそこで彼は一つ、やり残した事に気が付いた。

 

 

 ――――エリス神に、何も言わずに出て行く事になるな。

 

 

 ルドウイークにとってはそれはあまり好ましい選択肢では無かった。彼女には恩があり、形だけとは言え主神とそのファミリアの構成員と言う関係上、一応許可くらいは取っておきたい。しかし自分から部屋に戻る事を進めた手前、今から彼女を起こすのも忍びない。

 仕方なく彼女が起きて来るまで時間を潰そうかとルドウイークは考えて、月光を磨くための道具を用意しようとした。

 

 その時である。部屋の扉が開いて、眠りについたとばかり思っていたエリスが戻ってきた。その顔色は先ほどと違い普段通りの血色で表情も落ち付いている。多少足元が怪しかったが先の様子に比べればずっとマシだ。それと、実際寝ようとしていたのか眼鏡を外し髪も解いて下ろしている。そんな彼女に、ルドウイークは驚いたような視線を向けつつ尋ねた。

 

「どうしたエリス神? 何か忘れ物でもあったか?」

「あ、いえ……何だかやり忘れた事があった気がしたんですけど…………階段降りてる間に忘れちゃいました。あはは……」

 

 苦笑いしながら、朗らかに答えるエリス。その普段通りの様子にルドウイークは肩の力を抜いて、小さく笑いかける。

 

「ならば、さっさと寝た方がいい。明日の仕事に差し支えるぞ」

「ふふ。ご安心ください。こんな事もあろうかと明日は休みにしてもらいました。二日酔いでも大丈夫ですよ!」

「そうか……しかし最近休みすぎではないかね? 幾ら私が稼いでいるとは言え、ヘファイストス神に対する借金返済の事もある」

「んー、そこはまぁうまい事やりますから……それよりルドウイーク、こんな時間からまたダンジョンに行くんですか?」

「ああ、そうだ。私もそれを伝え忘れていたんだが……18階層を一目見に行きたくてね。恐らく戻るのは早くとも夜になるだろう」

「そうですか…………」

 

 納得したように頷くエリスを見て、ルドウイークは安心したように席を立つ。しかしそこで家を出てダンジョンに向かおうとする彼をエリスが声をかけて引き留めた。

 

「そうだルドウイーク、一つ渡すものがあるんですよ」

「何かね?」

「これです!」

 

 彼女は懐から、一本の試験管を取り出した。中には赤い液体が揺れている。その正体をルドウイークは一目で見て取った。

 

「……血かね?」

「はい。私の血です」

「まさか【神血(イコル)】か!?」

 

 彼の確認にあっさりと自身の血であると答えたエリスに対し、ルドウイークは目を見開き問い質した。

 その脳裏に、以前【恩恵(ファルナ)】を与えて貰うべく血を受けた時の出来事が蘇る。あれが皮膚に触れた瞬間の、焼けつくような熱と痛み、そして途方もない酩酊(めいてい)感。

 

 あれは、ヤーナムの民であるルドウイークにとってあまりいい物ではない。普段通り精神を強く持っていれば問題は無いだろうが、状況によっては――――そのような回復手段が必要になるまで追いつめられた時に使用すれば、取り返しがつかぬ程に酔う可能性もある。彼がそうなれば、このオラリオでも多くの悲劇が生まれるだろう。当然それは彼の本意ではない。

 

 だが、<輸血液>の無い今、強力な回復手段は獣が手を伸ばす様ほどに欲しい物だ。その需要にあの血は間違いなく合致する。

 

 ……少し考え込んでから、ルドウイークは仕方なく、といった顔でその試験管を受け取った。そしてそれを目の前に持ってくると、くるくると振って揺れ動く血の様子を確かめる。

 

「…………これだけの量を使うのは流石に怖いな。一滴ですらあれ程の酔いをもたらしたのだから」

「そのあたりはうまい事調整してください。ちょっとだけ口にするとかちょっと傷に塗るとか皮膚に垂らすとか…………一応言っておきますけど、傷口にかけたり一気飲みしたりはお勧めしませんよ」

「同感だ」

 

 エリスの意見に同意を示して、ルドウイークは神血の入った試験管を空いた雑嚢の一つにしまい込んだ。

 これからの中層へと向かう探索の中……あるいは、それ以降の階層を調査する中でこれは切り札にすらなりうる。まるで噂に聞く【エリクサー】めいて、例え致命傷であろうと回復する事が可能だろう。だが、だからこそ扱いには気を付けねばならない。

 

 ――――万一私が再び獣となれば、どのような事になるか分からぬのだからな。

 

 彼は獣と化し、悪夢の中を彷徨っていた自分が振るっていたであろう暴威を想像して少し嫌な気分になった。そしてそれを心の中の脇に置き、いくつかの疑問をエリスに尋ねるべく彼女に視線を合わせる。

 

「しかしエリス神。こんな物いつの間に用意したのだ?」

「えーっと……何日か前ですね。私も何とか貴方の力になれないかと思って、こっそり用意してたみたいです。前の反応からして、渡すのには慎重になってたみたいですけど……18階層まで潜るって言うなら、一応渡しておいた方がいいかなぁって」

 

 ルドウイークの問いに心配そうに応えるエリス。その様子を見た彼は、彼女を元気づけるかのように自信に満ちた態度で笑いかけた。

 

「そうか。ならばうまい事使わせてもらおう。あるに越した事は無いからな……安心して待っていてくれ」

「あんまり遅かったら、先にご飯食べちゃいますからね!」

「そうしてくれると私も心配が無くて助かるよ」

 

 そう答えるルドウイークにエリスはニコニコと屈託のない微笑みを向ける。それを受けて彼は何かをほんの少し訝しんだが、改めて雑嚢の状態を検めるとダンジョンに向かうべくエリスに背を向けた。

 

「では、行ってくる。留守は頼んだぞ、エリス神」

「んー……あ、いえ。お任せください! 探索頑張ってくださいね!」

「ああ。それではな」

 

 そう言うとルドウイークは部屋を後にし、そのまま家を出てダンジョンへの道程を歩き始めた。それを玄関までついていって見送ったエリスは。後ろ手に扉を閉めて施錠し、部屋へと戻ろうと歩き出す。

 

 しかし何歩か踏み出して、彼女はふらりと足をもつれさせて壁に寄り掛かった。そしてなぜか、面白くてしょうがないという風に笑い出し、また自室に向けて歩き出しながら、誰ともなく独り言をつぶやき始めた。

 

「ふふ、ふふっ、ふふふ…………まったくもう。()にも困っちゃうなぁ。こんなに酔ってたら、真っ直ぐ歩けないよ……気持ち悪いの誤魔化すのだって苦労するし……でもまぁ、お陰様でちょっとだけ表に出てこれてるし大目に見て上げようかな」

 

 どこか他人事のように呟いた彼女は、階段を少しだけ苦労して登り切り自室に入る。そしてベッドの前を通り過ぎて窓を開き、空に浮かぶ月をどこか懐かしそうに見上げて笑った。

 

「ルドウイーク……悪くなさそうだなぁ。彼にはいろいろお礼しなきゃ。折角、()()()を素晴らしいこの世界に導いてくれたんだもの。何かしてあげるのが道理ってものだよね。()もそう思…………ああ、もう寝ちゃってるんだっけ? お酒がすきって大変だなぁ……そのままずっと寝てればいいのに。ふふっ」

 

 誰ともなく彼女は笑うと、眼を細めて月を見上げる。その青ざめた瞳は確かに空に浮かぶ月を見てはいたが、そこにある月をそのまま見ているわけでも無かった。それは上に居る者にのみ知覚できる高次元宇宙、超思索。それを以って、この世界の色を楽しげに眺めるその上位者のなれの果ては子供のように無邪気に笑みを浮かべた。それからどこか眠たげに眼をこすり、窓を閉じて鍵を閉めてから自身に語り掛ける。

 

「うーん……今日はそろそろおしまいかな……。ありがと私。短い間だったけど、楽しかったよ。じゃ、おやすみ……」

 

 彼女は自分の中で眠る誰かに向けて呟いた後、ふらついた足取りでベッドに入り、そして何事も無かったかのようにすぅすぅと寝息を立て始めた。それは普段と何ら変わらぬ、女神エリスの寝姿。だが彼女に起き始めている異変を知る者は、この地点では誰一人として存在しなかった。

 

 

 

<●>

 

 

 

 ――――【最初の死線(ファーストライン)】。上層を超え、中層の序盤に辿り着いた冒険者達はそう呼ばれ畏れられる領域の猛威をすぐさま味わう事になる。岩石に覆われた洞窟じみた構造は相も変わらずだが、明らかに光量を減じた薄闇の中に上層とは比べ物にならぬ能力を備えたモンスター達が跋扈(ばっこ)している。

 

 その最たる物が【ヘルハウンド】と呼ばれる犬型のモンスターだ。仔牛ほどの体躯を持つ彼らは殆どの場合集団で現れ、その高い敏捷性で冒険者たちを素早く射程に捉える。そして口から吐く火炎によって無知な、或いは熟練の冒険者さえも焼き殺してしまう、【放火魔(パスカヴィル)】なる異名さえ持つ危険極まりない敵だ。間違っても、レベル2の冒険者が単独で挑んで良い相手ではない。

 

 それ以外にも新たに出現するモンスターはいる。上層にも出現したゴブリンの亜種、【アルミラージ】。小人(パルゥム)程の体躯を持ったその一本角の小獣人たちは、かわいらしい見た目に反し非常に攻撃的で、特に集団での攻撃を得意とする。その見た目に油断した冒険者が【天然武器(ネイチャーウェポン)】の手斧によって頭をカチ割られた話など、全くもってありふれたものだ。

 

 他にも、11階層でも出現したアルマジロめいて丸まって転がるモンスター、【ハード・アーマード】なども薄暗く見通しの悪い中層においてはその危険度は段違いだ。特に明るい上層から中層へと降りてきたばかりの目が慣れていない冒険者にとってモンスターとの突発的な遭遇が増えるというのは命の危険と直結する事態だ。故に、この中層序盤の13、14階層は全くもって【最初の死線】と呼ばれるに相応しい危険地帯なのである。

 

 その中層14層。四匹のアルミラージの群れがダンジョン内を行進していた。冒険者と対峙すればすぐさま凶暴性を露わにする彼らも、同族以外誰も居ないとなれば牙を向く必要も無い。ダンジョンへと足を踏みこんだ愚か者を探すかのように、のんびりと通路を進んでゆく。

 

 彼らが曲がり角を曲がると、いくつもの岩石が転がる部屋(ルーム)に出た。中層ともなれば、部屋と部屋を繋げる通路も長い距離がある場所があり、そこに踏み込んだ結果壁から生まれ出たモンスターによって前後から挟み撃ちに合う冒険者と言うのも良く見られる光景だ。その為中層ともなれば無為に通路で長い時間を過ごす事は半ば自殺行為と取られる事さえある。

 

 だが、モンスターである彼らにとってそれは関係ない話だ。()匹のアルミラージは意気揚々と岩石から取り出した【天然武器】の手斧を手に、部屋を後にして更に奥へと進んでゆく。しかし今は地上では誰もが眠る時間帯。当然冒険者の数も少なく、彼らはその力を持て余していた。

 

 彼らは再び曲がり角を曲がり、苛立ち始めながら襲うべき冒険者の姿を探す。だが無情にも殆ど冒険者の居ないこの時間帯に獲物を見つける事は出来ず、()匹は苛立ちを紛らわせるように手斧を振り回したり、ダンジョンの床にガリガリと傷をつけながら歩いて行った。

 

 ……この時間帯に冒険者が少ないのは何も地上の彼らが眠りについているからではない。当然、夜も眠っていない冒険者も数多くいる。だが彼らがそれでもこの時間帯にダンジョンに踏み入らぬのは、単純に『モンスターが多い』からだ。

 一つの階に出現するモンスターの最大数は決まっていると言われる。故に冒険者が少ない時間帯ともなれば、それだけ少ない数の冒険者で多くのモンスターを相手取る機会が増えるのだ。単純に多くのモンスターの相手をせねばならない状況とは、冒険者の死に様として最も一般的な物だろう。

 

 特にこの中層序盤で出現するモンスターは集団戦に秀でた者が多く、一対多となってしまえばレベル3の冒険者すら危うい事もある。その為、ギルドではレベル2に至った冒険者らには複数人での探索を推奨している。

 

 一方、二匹のアルミラージは苛立ちの余り来た道を戻ろうとしていた。彼らはダンジョンに生まれ落ちてからしばらく経った個体であり、本能的に今まで向かっていた方向……14層の奥地に冒険者が少ない事を知っていた。

 

 だがそこで、ようやく自身等の後ろに居た二体の姿が無い事に彼らは気づく。彼らは慌ただしく鳴き声を交わし、二手に分かれて走り出した。片方は階層の奥へ、もう片方は今まで歩いてきた方へ。文字通り脱兎のごとく、しかしその凶暴性を隠さず走り出した。

 鬱憤が溜まっていた彼らの様子は正に獲物を見つけた獣のごとし。姿の無い二匹が気まぐれに群れを離れた可能性も考慮せず、敵による事態と決めつけて通路を駆け始める。

 

 しかし階層の奥へと向かおうとしたアルミラージは、来た道を戻ろうとしたもう一体が通路の角を曲がった途端に上げた短い断末魔を聞き取った事で足を止めた。

 

 もはや、敵の仕業であることに間違いない。最後の一体となったアルミラージは急ぎ道を戻り、同胞が悲鳴を上げた曲がり角へと飛び出した。

 

 

 ――――そこに在ったのは、無残な姿となった同胞の死体。角を無理やりにへし折られ、それによって喉を貫かれダンジョンの壁に縫い止められている。顔は恐怖で硬直し、まだ暖かな血が折られた角と喉の傷から垂れ流されっぱなしだ。

 

 アルミラージは周囲を警戒しながら死体へと一歩一歩近づいてゆく。死体の出血からして、その内匂いを嗅ぎ付けたヘルハウンドが現れるだろう。この場を離れなければ、彼らの狩りに巻き込まれるかもしれぬ。

 だが、そんな事実も同胞を無惨に殺された彼の頭の中には無かった。そこには怒りだけがあり、一刻も早く同胞に手をかけた冒険者を見つけ出して、殺してやるという復讐心だけがあった。

 

 故に、彼はその背後に音も無く現れた白装束の冒険者の存在に最後まで気づく事は出来なかった。

 

 

 

 アルミラージは死んだ。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 四体のアルミラージを執拗なまでに丁寧に殲滅した白装束の冒険者――――ルドウイークは、最後に殺害したアルミラージを手早く解体してその肉体の構造を頭に叩き込むと魔石を引き抜いて死体を処理。そのまま、ニールセンに伝え聞いた15階層へ向かうルートへと急ぎ移動を開始する。

 

 道中、彼は何度かモンスターとすれ違った。先程のアルミラージの血の匂いを嗅ぎ付けた数体のヘルハウンド、別のアルミラージの群れ、転がり続けるハードアーマードに、大猿のモンスターであるシルバーバック。

 

 しかし彼はそのどれとも戦闘を回避し、澱み無く15層へと迫って行く。……本来であればモンスターが冒険者をこうも見逃すなどありえない。だがルドウイークがそれを可能にしたのは、上層以上に高さを増した天井、方々に突き出した岩の物陰、薄暗く視界の通らぬ闇……そう言ったダンジョン内の環境を十全に利用したためであった。

 

 だがそれは、誰にでも出来る事ではない。ルドウイークの持つ、ヤーナムで培った戦闘経験と気配の消し方の上手さ。そして薄暗い空間――――<夜>における、闇の利用方法に関する知見の厚みからだ。

 

 確かに、暗く先の見えぬ闇はモンスター……獣たちの姿を覆い隠す、恐るべき帳である。だが、そんな彼らを狩るべく数多の夜を駆け抜けた狩人達にとってもそれは同じ事。夜は獣と狩人、遍くその隣人であり、そのどちらにも牙を剥きうる存在なのだ。

 

 特にルドウイークは、あの語られるべきでない夜を幾度と無く超えてきた手練れ中の手練れだ。獣相手に、夜闇の力を幾度借り受けたかなど数え切れぬ。それに、ダンジョンに侵入する冒険者達を敵視し襲い掛かるモンスター達とただ己の内の獣性に支配され只管に喰らい殺すばかりの獣どもでは脅威の方向性が違う。

 

 ルドウイークにとっては、理不尽な凶暴性と暴力の化身とも思えるヤーナムの獣どもより、どのような形であれ営みと言う物を少なからず持つオラリオのモンスター達の方が幾分真っ当に見える存在であった。

 

 そんな彼らの習性や思考を読み解く事で、出来うる限り戦闘を避け進むルドウイーク。異形の怪物であったヤーナムの獣どもにはこのような手法は殆ど通用しない。

 彼らは視界に映る者に襲い掛かり殺害する一種の暴力装置。時に諦めが早く単純であるが、時にどうしようも無く執拗かつ予測のつかぬ存在だ。だからこそ、多少なりとも生物らしい振舞いをするモンスター達の方が彼としては多少気が楽である。

 

 しかし、彼と言えども戦闘を避ける事の出来ない状況と言うものは必ずある物であり。前方から横並びに歩いてきた二体のヘルハウンドが、ついに物陰を渡り歩くルドウイークの姿を捉えた。

 

『オオオオオオオッ!!!』

 

 雄叫びをあげると同時に、二体のヘルハウンドは疾駆し、一気にルドウイークとの距離を詰める。そして一体が先に飛び出し跳躍、彼の顔を食いちぎるべく飛びかかった。

 

 しかし、それを甘んじて受けるルドウイークでは無い。喉の奥から火の粉を散らしつつ大口空けて迫るヘルハウンドを、素早く抜いた長剣で迎え撃つ。接近の瞬間、ルドウイークは足をもつれさせるようにして上体の姿勢を保ちながら一人分横にズレる事でヘルハウンドの飛びかかりの軌道から体を逃れさせ、そして長剣を横薙ぎに振り抜いた。

 

 大きく開いた口に長剣が振るい込まれると、ヘルハウンドの肉体は速度を保ったままその刃を受け入れまるで引き裂かれるかのように上下で真っ二つに断ち切られた。その二つに増えた死体が、勢い良く彼の背後に叩きつけられ血や臓物を巻き散らす。

 ルドウイークはその様を確認一つしない。何故なら、眼前で身構えたもう一体のヘルハウンドは口の中に炎を溜め、今まさにルドウイークへとそれを吐きかけようとしていたからだ。

 

 正に一瞬の猶予も無い状況。しかし、長剣を握った右手をだらりと下ろしたルドウイークは落ち着き払った様子で左手の親指と人差し指を使って輪を作り、眼前に掲げたそれを通してヘルハウンドを見つめる。その理解しがたい行動の間に口内に炎を溜め込んだヘルハウンドが、自身の最も恐るべき能力である火炎放射を放つべく勢い良く口を開いた。

 

 ヘルハウンドの火炎放射は高い温度とその10M(メドル)程にまで達する事もあると言う射程によって、多くの冒険者達を消し炭にしてきた。数匹で同時に炎を吐きかけられれば例えレベル3、時にはレベル4の冒険者でさえ致命打となりうる。今は一匹だけではあるが、それでもその火力は専用の装備でも無ければレベル2の冒険者に受け切れるものではない。ヘルハウンドの前で何の行動も見せずに立つルドウイークも、数瞬後には全身を焼き尽くされ死に至るだろう。

 

 だが、そうはならなかった。ルドウイークは何の行動も見せていなかった訳では無く。数多の<秘儀>に精通した彼は、既にヘルハウンドを殺すための手を打っていたのだ。

 

 ルドウイークの視線を通す指の輪に虚空より青白い光の粒子が集まる。そしてその輪の中にヘルハウンドが広がる暗黒宇宙を垣間見た瞬間、そこから飛び出した拳大の隕石が光の尾を引きながら火を放たんとするその口の中へと直撃。隕石は魔法とも異なる<神秘>の力を放ちながら玉砕し、その衝撃に耐えきれなかったヘルハウンドの肉体を破壊して体内に溜めた炎を周囲に爆発的に撒き散らした。

 

 これこそ、彼の持つ秘儀の一つ<夜空の瞳>。隕石渦巻く宇宙を内包したその眼球は、外部からの刺激と触媒の消費によって内の宇宙から隕石を外部へと飛び出させる。<エーブリエタースの先触れ>と同量の触媒(魔石)を消費して放たれたそれは、先触れに比べれば威力は低いものの射程においては遥かに上回る。

 

 ヘルハウンドがルドウイークの視線だと思っていたのは、実際のところこの眼球のものであった。そして、それほど高くない筈の威力も神秘への強い適性を持つルドウイークが用いれば中層序盤程度のモンスターを容易く殺害せしめる威力を持つ。

 

 その神秘的な接触によって死亡したヘルハウンドが溜め込んでいた炎と爆風を外套で顔を覆い受けるルドウイーク。爆発によって撒き上がった土が払われて視界が戻れば、肉どころか血も魔石も焼け消えた黒ずんだ爆発痕を残してヘルハウンドは消滅していた。それを見て取って、ルドウイークはすぐさま走り出した。僅かな間を置いて、音を察知した数体のヘルハウンドが爆発跡を踏みしめて走り出した彼の背を追う。

 

 ルドウイークは自身を追うヘルハウンドの群れを肩越しにちらりと確認して15階層への階段へと全速力で急いだ。だが、階段も目前かと思われたところで曲がり角からごろごろと転がる岩石じみた影が現れる。

 

 【ハード・アーマード】。上層の最終盤から現れる鎧鼠(アルマジロ)のモンスターで、その防御力はこの階層においても圧倒的に高く、体を丸め転がっている間はほぼ無敵状態とさえ言われるモンスター。そんなモンスターがルドウイークを押し潰すべく、その後ろに同胞のモンスター達が居るなどと考えてもいないように加速を開始した。

 

 前方からは圧倒的な防御力で敵を押し潰さんとするハード・アーマード。後方からはいきり立ち、ルドウイークを焼き殺すべく迫るヘルハウンドの群れ。間違いなく、14層で遭遇する交戦(エンカウント)の中でも最悪に近い状況だ。レベル2にランクアップしたばかりの冒険者では成す術も無く()き潰されるか、後方のヘルハウンド達に焼き殺される事になるだろう。

 

 だが、それに対してルドウイークは速度を緩める事無くハード・アーマードへと向かってゆく。そして、背にしたルドウイークの聖剣を鞘ごと手にすると、接触する寸前で裂帛の気合と共に振り下ろした。

 

「ハアッ!!」

 

 ハード・アーマードの突進とルドウイークの聖剣。二つの暴力がぶつかり合った瞬間凄まじい激突音が鳴り響き、甲殻と刃が(しのぎ)を削り合い火花を散らす。

 

 だが、それも長くは続かない。

 

 超硬金属(アダマンタイト)に縁どられ、更に血晶による強化を成された刃がその甲殻を削り、内部まで傷を到達させ、柔らかい肉に触れる。瞬間、ルドウイークは今までオラリオで出す事の無かった己の全力を以って刃を押しこんだ。その威力は、肉を、骨を容易く切り裂き、ハード・アーマードが持っていた速度が減衰する間もなくその肉体を縦一線に両断する。

 結果、半分に分かたれたハード・アーマードはそのままの勢いでしばらく転がり続け、ルドウイークの後続として彼を追い込まんとしていたヘルハウンドの群れを轢き潰していった。

 

 全滅に等しい状態へ追い込まれたヘルハウンド達。だが、それでも真横を通り過ぎた恐るべき半球体に臆せずルドウイークに迫る個体が居た。幸運にもルドウイークの真後ろに位置取っていたために轢殺(れきさつ)に巻き込まれなかった最後の一体。

 

 そいつは更なる敵意に目をぎらつかせ、放出寸前の状態となった炎を口に蓄えたままルドウイークに飛びかかる。

 空中から飛びかかっての火炎放射、或いは噛み付いてからの零距離火炎放射。例え迎撃され切り裂かれても、溜めに溜めた炎の爆裂に巻き込まれればルドウイークは無事では済まないだろう。

 

 ヘルハウンドにそれを意図するほどの知性があったかは定かではないが、どう転んでも多大な痛手を負わせうる状況。ヘルハウンドは同胞を殺された怒りか、あるいは獲物を焼き殺す喜びか、そんな感情に目を光らせ獰猛に牙を向く。

 

 だがその時、ヘルハウンドの下顎をしたたかに衝撃が襲った。かち上げられるように体勢を崩すヘルハウンド。その下顎には、ルドウイークが懐から取り出し投げつけた何の変哲もない石がめり込んでいる。そしてその攻撃をヘルハウンドが知覚した時には胸の魔石をミスリルの切っ先が過たず貫き、魔石を破壊された体が灰になる時にはルドウイークはその数歩先で既に炎の炸裂に備えていた。

 

 しかしルドウイークの警戒とは裏腹に、魔石を破壊されたことでモンスターの持つ魔力が四散したか炎は一瞬虚空を照らしただけで消え失せ、後には僅かに灰が残るばかり。

 未だに警戒を解かず周囲を観察していた彼はその灰溜まりに歩み寄ってそれを見聞した後、すぐ興味を無くしたように立ち上がってまた走り出した。

 

 彼としては、これ以上この階層の敵に関わっている理由は無い。何時現れるとも知れぬモンスターを警戒しながら15階層を目指してひた走る。岩を回避し、闇に紛れ、穴を飛び越え――――

 

 そこでルドウイークは足を止めた。振り返ったその背後には、ぽっかりと口を開けた大穴。慣れ親しんだ方のダンジョン(聖杯ダンジョン)でも時折見かけた落とし穴の一種だろうか。無意識に回避したそれを見ながら、ルドウイークはニールセンに教授された知識を思い出す。

 

 中層以降では、こうした危険な落とし穴が時折出現するのだという。ダンジョンが生きているという事実に基づくよう無作為に出現するそれは見た目通りの落とし穴であり、下の階層に直接繋がっている。

 

『いざと言う時は逃走に使え』

 

 彼女はそう言っていた。だが、ダンジョンにおいてはそのような行動を取れば、それはすなわち博打に等しいのだとも。

 

 何せ、ダンジョンは広大だ。階層間の昇降に使った場所を起点に現在位置を把握するやり方が一般的なここにおいて、想定外の上下階層の移動はすなわち遭難する事と同義である。そして方位磁針も効かぬこのダンジョンにおいて、遭難する事はもはや死に直結した事象だ。

 

 上下に入り組んだかのヤーナム市街で戦ってきたルドウイークも、自身の現在位置を把握する事の重要性は身に滲みるほど知っていた。一人仲間からはぐれた事で、獣に食い殺された狩人など数えきれぬ程に居るのだから。

 

 故に、彼は落とし穴に身を躍らせて道中をショートカットするという選択肢を素気無く振り払う。そして、未だに距離のある15層への階段を目指して、振り返る事無くダンジョンの闇へと飛び込んでいった。

 

 

 




やっぱ戦闘シーンは難しいけど書くの楽しい……欲を言えば両原作の描写をうまい事落とし込んで説得力や躍動感のあるホンが書けるようになりたいもんです。

新入団員の出典についてのアンケですが、フロムキャラがぶっちぎりなのでフロムキャラにする事になるかと思います。
一人は考えてあるけど……何人にするかもきっちり決めないとですね。

今話も読んで下さって、ありがとうございました。


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17:【リヴィラ】

18000字くらいです。

評価6000! 未知のエリアに踏み込んだ感があります。
何はともあれ感想評価お気に入り、誤字報告してくださる皆さまのお力によって作者のモチベは成り立っております。
本当にあり難いです。

やっと原作にまた絡めそうですが、今話も楽しんでいただければうれしいです。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

 オラリオの街路を駆ける、影が一つ。

 

 時刻はようやく空も白み始め、夜明けを迎えようとしている時だ。だが、とても朝とは言えるタイミングではない。そんな魔石灯もいまだに煌々と灯り街路を照らす薄闇の元を、彼女は足元も見ず走り抜けていく。

 

 目指す場所は一つ。自らの住まうダイダロス通りから西の大通り(メインストリート)まで一度も足を止める事無く走り続けた彼女は、この時間にも拘らず明かりが灯ったままの一件の店の前に辿り着くとロクに確認もせずにその戸を派手に蹴り開いた。

 

「ルドウイークッ!!」

 

 店内に飛び込んだエリスはあらん限りの声を上げて叫んだ。店内にその声が響き渡る。

 

 ……だが、そこに居たのは一つのテーブルに着きコーヒーを飲もうとしていたマグノリア・カーチスと干し肉を齧っている【黒い鳥】のみ。故に自身の眷属を呼ぶその声に応える者はなく、【鴉の止り木】亭に奇妙な沈黙が訪れた。

 

「……………………」

 

 その場に居る三人の内、元より店内に居たマギーと黒い鳥はエリスの方を見て硬直している。まず、この夜明け前の時間帯にこうして揃って起きているというのも奇妙な話ではあるが、そこに突然女神エリスが乱入してきたのだ。二人の内心の驚きは相当の物だっただろう。

 

 一方エリスは、ルドウイークが居ない事に気づいて、恥ずかしくて死にたくなって、一瞬後それよりも姿の無いルドウイークを探す方が大事だと思って、何事も無かったかのように愛想笑いを浮かべて後ずさり、そのまま店から立ち去ろうとした。マギーがそれを許す筈も無かった。

 

「エリス?」

 

 マギーはエリスに対して、無表情で呼びかける。基本的に、彼女が激怒した時は口汚い言葉で相手に怒鳴り散らすものだ。それはエリスも良く知っていた。そして、それを更に上回るほど怒った時はどう言う顔をするかと言うのを、エリスは今日まで知らなかった。

 

「ご、ごめんなさい……今私、ちょっと気が動転してまして…………」

「説明」

 

 その平坦な表情に途方もない恐怖を感じたエリスは慌てて平謝りしようとする。しかしマギーはそんな彼女の言葉に耳を貸す事も無く、変わる事の無い無表情を向けながら端的な要求を突きつけた。凄まじい圧力に、エリスは短い悲鳴を上げて冷や汗を流す。その後ろで、いつの間にか扉の前に立っていた黒い鳥が後ろ手に戸を閉め、ついでとばかりに鍵をかけた。

 

「こんな時間に何? どうしてウチに来たの? 今ドアぶち開けた時に取っ手が壁に当たって凹んだんだけど弁償は? それより私のコーヒータイムをどうしてくれるわけ?」

 

 エリスが逃げ場を失ったのを見て、マギーは矢継ぎ早に質問を繰り出した。下手な弁明など許さぬという意思を隠さないその眼に見つめられ、しかし余裕のないエリスは必死に身振り手振りを交えて、一刻も早くこの場を切り抜けるために話し始める。

 

「えっと、実はルドウイークが起きたら見当たらなくて、でも彼が私に黙ってどっか行くなんて考えられないし、でも実際いない訳で、それでとりあえずまずこの店に来たんだけど、彼はいないし迷惑かけるしで、本当にごめんなさいなんですけど、とりあえず彼を探しに行きたくて……」

 

 自分でも何を言っているのかわからないと言った具合のエリス。すると、その肩を軽く叩いて黒い鳥はおどけたように笑って見せた。それを見てエリスは何度か吸って吐いてを繰り返し、そして先より多少落ち着いた口調で再び話し始める。

 

「とにかくですね、ここにルドウイークは来てないですか? 私、心配で心配で……!」

「少し落ち着いて考えてみた方がいいんじゃない? そういう話だったら、まずはギルドに顔出して見るべきだと思うけど」

「あっ……」

 

 失念していたのがはっきり分かる声色で、エリスは呆気に取られた顔を見せた。それに対して、事情を理解したマギーは先程までの圧力を嘘の様に収めて呆れたように溜息を吐く。そして困ったように肩を竦めた黒い鳥に一度目を向けると、頭痛を堪えるかのように額を掌で抑えた。

 

「まぁ、事情は分かったわ……。貴女の過去の事を考えれば、確かに同情の余地がある。さっさと出て行きなさい」

「えっ。いいんですか!?」

「そんな都合のいい話私がすると思う?」

 

 一瞬安堵に目を輝かせたエリスに射殺さんばかりの視線を向けてマギーは言った。そのまま彼女は机に頬杖を突くと、怒りを堪えるかのようにエリスを睨みつける。

 

「……ねぇエリス。アンタがルドウイークを探しに行きたいのは分かるし、早く行かせてもあげたいわ。でもね、それじゃ私の怒りが収まらないの。ぶっちゃけ、あの律儀さの塊みたいな男がアンタを放り出して逃げ出すとも思えないし、多分、昨日呑みすぎて覚えてないとかそう言うオチじゃないの? …………だから、私としては今ここでそれなりのお仕置きをしておきたいの。分かる?」

「わ、私の記憶が飛んでる可能性があるのは正直有り得ないとは言い切れないんですが、でも何でそれがお仕置きに繋がるんですか!? 意味わかんない……っていうかそれ、ルドウイークが帰ってきた後じゃだめなんですかね……?」

「ダメ。お仕置き。それも、私の怒りが収まるような奴」

 

 震える声で後ずさろうとするエリスに辛辣に言い切って如何なる罰をエリスに加えるべきか、マギーは思案する。しかし、そこでエリスの後ろに立つ黒い鳥が『本(にん)も反省してるみたいだし、いいんじゃないか?』とマギーを諭すように声をかけた。

 

「ちょっと黙っててフギン。これは私とエリスの問題よ」

 

 だが、マギーの圧はそれを許さない。そして何か名案を思い付いたか、自身を諫めようとする黒い鳥を制しつつ、震え、怯えるばかりのエリスに対して、彼女は右手を伸ばしてその左の頬を摘んだ。

 

「ふぇ? ふぇっと、なんです、これ……」

「フギン。逆お願い」

 

 マギーの突然の行為に困惑するエリス。彼女はマギーによるお仕置きは、きっと普段黒い鳥が喰らっているような無情極まりない鉄拳制裁だとばかり思っていたため、頭が付いていけず混乱する。だが、マギーはそれに反応を返す事も無く、難しい顔でその様を眺めていた黒い鳥に指示を出した。すると彼はその簡潔な言葉だけで言わんとする事を理解して、マギーに倣ってエリスの頬を摘む。そして。

 

「せー、のっ!」

「にぎゃあああああ!!!!」

 

 二人によって頬を千切れんばかりに引っ張られたエリスの情けない悲鳴が、夜明け前のオラリオ西大通りに響き渡った。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 エリスがマギーと黒い鳥による折檻(せっかん)を受けている丁度その時。

 

 当のルドウイークはダンジョンの17階層にまで到達していた。彼のオラリオでの評価を考えれば脅威的な速度である。少なくともレベル2の冒険者が単独で行う事の出来る所業では無い。

 もし同様の事を成した冒険者がこのまま地上に帰還することが出来れば、ステイタスによってはその者はランクアップを目前とする、あるいはレベル3に手をかける事が出来るだろう。

 

 だが残念ながらルドウイークはレベルの概念に囚われぬ存在であり、同時にそのような偉業を成しても、何ら糧と出来るわけでもない存在でもある。故に彼はそのような事に思考を浪費する事も無く、今はただ目の前の煌めく壁に手を触れながら自身の担当アドバイザーに教えられた情報を頭の中で反復していた。

 

 他の歪な部屋(ルーム)とは異なる、広い広い大広間。ヤーナムの大聖堂下広場よりも広いそこに聳える継ぎ目のない一枚板の如き真っ平らな巨大な壁。それこそが、安全階層(セーフゾーン)である18層への道を遮る正真正銘最後にして最大の壁。

 

 ――――【嘆きの大壁(たいへき)】。

 

 数階層ごとに君臨する【階層主】、正式には【迷宮の孤王(モンスターレックス)】と呼称される別格の怪物の一体を……その一体のみを生み出す壁だ。しかし、本来生み出されたその【階層主】はこの部屋の奥にある18層への入り口の前に陣取っているとのことだが、今はその姿は無い。

 

 ニールセンの言によれば、17層の階層主である巨人のモンスター【ゴライアス】の再出現にかかる時間は、約二週間ごと。つまり、今は前回ゴライアスが倒されてから再出現までの時間を満たしていないのだと考えられた。

 

 何でも、ゴライアスはこの部屋に居座る事で地上と18層にある【リヴィラ】の間の物流を停止させてしまうため、定期的に有志の冒険者達によって討伐されているらしい。確かにそれは憂慮すべき事態であり、定期的に討伐されるのも止む無しだとルドウイークは一人納得した。

 

 ただ、聞けばこのゴライアスのように次階層への昇降路前に立ちふさがる様に待ち受ける者も居れば、自ら階層を縦横無尽に移動し暴威を振るうタイプの階層主も居るらしい。下層最初の関門である27階層に現れるという【アンフィス・バエナ】なる双頭竜は、流れ落ちる滝を昇る事で幾つかの階層を股にかける事もあるという話だ。

 

 だが、強大な階層主になればなるほど、再出現までの次産時期は長くなる。それを見極めて行動すれば、無用な危険を避ける事が出来るだろう。ルドウイークはニールセンから与えられた知識をしっかりと記憶に刻み込むと、かつてモンスターであった灰の跡をそこら中に残したまま大広間奥の洞窟から18階層へと降りて行った。

 

 

 

 

 

 18層に降り立ったルドウイークの頭上をうすぼんやりとした明かりが照らす。彼が上を見上げれば、まばらに生えた木々の隙間から見える天井には少しずつ光量を増し始めた水晶の群れ。天井を隙間なく覆ったそれは時間の経過によって光量を変化させ、朝昼夜と地上のそれに似たサイクルをこの18層にもたらしている。

 

 もっとも、その時間配分は地上と同一では無く、時に小さく、時に大きくずれたりはするのだが……今日のリヴィラの時間進行は、地上とそれほど変わりが無いようであった。

 

 上を見上げていたルドウイークは、天井の白み具合を見てから森の中を歩き始めた。連絡路の木々の中を行く彼は、ダンジョンの中とは思えないその穏やかさに驚いたように周囲を見渡しながら進んでゆく。これほど安全な森と言うのは、彼にとっては初体験の環境だった。

 

 ヤーナムに僅かにあった森というのはいずれも暗く陰鬱(いんうつ)で、狂った住人達、彼らの仕掛けた罠、そして獣となり果てた者達までもがうろつく一瞬の油断すら許さない危険地帯だ。そんな場所で気が休まる事など無い。

 そのような過去の経験との齟齬(そご)(もたら)した違和感からか、安全地帯とされる18階層の森の中でありながらルドウイークはどうにも落ち着かず、早々に森を抜けようと足を速める。

 

 所々に薄く光を放つ結晶が生える森の中を彼は進んでいった。その足が止まる事は無く、道に迷う事も無い。それは多くの人の出入りの痕跡を地面の様子から読み取る、狩人としての追跡技能の応用だ。その業によって彼は森の中で一度も足を止める事無く歩を進める。そしてその森が小規模な物であったが故にルドウイークの視界はすぐに開け、この階層の全貌が彼の前に露わとなった。

 

「……絶景だな」

 

 その景色を見たルドウイークは、見て感じたそのままを思わず呟いていた。

 

 小高い丘となった森の出口からは、眼下に広がる大草原が目に入った。階層の中心を覆い尽くすそこには、天井などから生えている物と同質の水晶が所々に点在し、淡い光を放っている。その中心には読んで字の如くである【中央樹】と呼ばれる巨木が生えており、その根元が19層への入り口となっているとの事だ。

 

 北側には手つかずの湿地帯が広がり、そこは南から東に広がる森の南端に位置するここからでもその大きさがはっきりと分かるほど雄大だ。そして西に見えるは湖と呼んで差支えの無い広大な水辺と、その中央に浮かぶ島。そこには人造の建造物が幾つか立ち並び、人の息遣いを感じさせる。

 

 あれが【リヴィラ】か。ルドウイークはそこと今居る場所の位置関係を記憶すると、再び周囲に目を向ける。彼の目に映ったのは、オラリオの半分近い面積を誇る広大なこの階層の至る所に生える水晶。それらも今の夜明け時に合わせて柔らかい光を放ち、同様の水晶に埋め尽くされた天井からの光も合わせて、この階層の絶景を素晴らしく演出している。

 

 正に【迷宮の楽園(アンダーリゾート)】の名に相応しい、壮大極まる光景であった。

 

 皆がこの光景を見たならば、何と言っただろうか。この景色を前にしたルドウイークはそんな想像をせずには居られなかった。

 シモンであれば、私同様に感嘆の意を示していただろうか。<加速>やマリアならば、何か気の効いた比喩でも口にしていただろう。<(からす)>はダメだな。ただでさえ自由人なあの男のことだ。こんなものを目にすれば、この階層を隅々まで探索せずには居られないだろう。

 

 まぁ、奴ならば最後には中央樹の上で眠っていそうなものだがな。ルドウイークは嘗てヤーナムの時計塔に無断で入り込み寝床としていた男の有り様を思い出して、呆れたように口元を歪めた。

 

 そんな、懐かしさに浸るような思索をしながらも、彼の足は着実にリヴィラへと向かっていた。モンスターのまず出現しない階層であると言う情報通り、道中のような戦闘の起こる気配も無い。一応、ルドウイークは警戒を常に怠る事は無かった物の、結局それは杞憂に終わり、無事リヴィラの街の膝元、湖畔に架けられた大木の橋の元へとたどり着いた。

 

 湖畔から架けられた橋を渡って島へと上陸すると、ルドウイークの前に木柱と旗で作られた簡素なアーチ門が姿を現した。そこに記された名は【リヴィラの街】。嘗てダンジョン内に中継拠点を築こうとしたギルドの計画を冒険者らが勝手に引き継ぎ今日に至るまで維持発展させて来た。

 

 そのアーチ門には街の名とは別に、三百三十四と数が記載されている。ニールセンによればこれは現在のリヴィラの街が何代目の街であるかを示す数字であるとの事だ。つまり、この街は過去三百回以上壊滅しながらもそれを上回る回数の復興を遂げている。同時にそれは、安全地帯と呼ばれるこの階層でも街が壊滅するような事態は起こりうるという事を暗に示していた。

 

 その門を潜ると、遠目にはわからなかった街の細部がはっきりと見て取れるようになった。街は隣接階層からやってくるモンスターの襲撃に備えてかこの階層に点在する水晶や岩を利用した半天然の外壁によって取り囲まれている。

 既に湖に浮かぶ島であると言う要素に加え東部を除き200(メドル)近い断崖に囲まれた防衛という観点からはこの上なく強固な立地のこの街だが、それでも更にこうした守りを固めているのはルドウイークにとっては驚くべき事であった。それほどの事態も起こりうるのかと、彼はダンジョンへの警戒を新たにする。

 

 そして、その内側に足を踏み入れたルドウイークの前にまず姿を現したのは簡素な天幕や木製のあばら家、露天じみた数多の商店だ。ここは冒険者達の休息地であると同時に、余剰の素材や魔石を売却したり不足した消耗品を補充するための補給地点でもある。

 当然、商品の仕入れも困難であることからその価格は地上の比ではないが、それでもこのように店が立ち並ぶほどの活気が冒険者の出入りによってはあるのだろう。ただ今は地上も、ここも夜が明けた程度の時間だ。街に人の気配はあまりなく、開いている商店も見当たらない。

 

 だが、全ての店が戸を閉じているという事は無いだろう。他の商店が店を閉めた時間に顔を出す客を相手にする店があるのは、地上もここもそう変わらないはずだ。出来れば、どの店がこの時間帯にも開いているかと言うのは知っておきたい。潜伏するともなれば、その程度の情報は持っていなければ。

 

 ある程度この世界に馴染んで来たルドウイークはそう考える。それは夜であれば狩人のみが出歩くヤーナムでの経験だけではありえなかった思考だ。彼もまた、この世界へ順応し始めているのだろう。

 

 だがしかし、このリヴィラに初めての来訪となったルドウイークに土地勘など一切ない。どこから見て回るか。彼は思案し始める。

 

 すると、ルドウイークの元へ一人、何者かが歩み寄って来た。彼を観察でもしていたのか。気配を隠さぬその歩みをルドウイークはすぐに察知して、ちらと視線を向ける。

 

 その男は、他の冒険者とは一線を画した装いを――――どちらかと言えばヤーナムにでも居そうな類の格好をしていた。背の高いハットに丈の長いロングコート。黒く染め抜かれたその胸元には赤い一輪の薔薇。背には巨大な石弓(クロスボウ)を背負い、足にはそれに装填されるボルトを幾つも身に付けている。そしてその顔は仮面に隠され判然としないものの紳士めいた口髭が描かれており、何処か諧謔(かいぎゃく)的な人格を予感させた。

 

「おや、貴様は……もしや、私と同じか?」

 

 その背の高い男は視線を向けたルドウイークに目をやると、謎めいた言葉をまず彼に投げかける。それにルドウイークは訝し気に眉を顰めるが、すぐに気を取り直し問い返した。

 

「ふむ。同じとは?」

「いや何、こんな時間に街の入り口で思案しているなど随分な変わり者が居たと思ってな。それに、私の記憶には無い顔だ」

「ああ。今し方、初めてここに辿り着いたばかりでね……どちらから見て回ろうか、迷っていた所さ」

 

 はぐらかすように答えた男の言葉に、ルドウイークは探るような視線を向けながら会話を繋ぐ。その表情は仮面に覆われ定かではないが、向こうもこちらを何やら探っているらしい。彼はそんな相手に警戒を行いながらも自身の事情を包み隠さず答える。すると、男はくっくっと喉を鳴らしてから、ルドウイークを歓迎するかのように大仰な礼を示した。

 

「それはそれは、道中さぞかし苦難もあったろう。ようこそ【リヴィラ】へ。一人かね? ぜひ名を聞いておきたいものだ」

 

 礼を終えて顔を上げた男は、ルドウイークに名を問うた。それに対してルドウイークは可能な限り警戒を隠しながら慎重に名を名乗る。

 

「二つ名は無い。<ルドウイーク>だ。貴公は?」

「私か。私は【チェスター】。【素晴らしい(マーヴェラス)】チェスターだ。主神は……おっと、それは語るべきではないか。お互いの友好の為に」

「同感だ」

 

 相手の名を聞き出す事に成功したルドウイークは、改めてその佇まいを見つめ直す。チェスターは彼の前に立ちながらもその立ち姿は斜に構えていて、一見気障(キザ)な紳士、あるいは伊達男と言った具合だ。それだけであれば別に構わないのだが、背に負った石弓や醸し出す雰囲気からして恐らく生半(なまなか)な腕前では無い。その不気味さを、顔に貼り付けた仮面がさらに助長している。

 

 話を早々に切り上げて去るべきか。ルドウイークはチェスターを信頼してはおらず、その場を去るべきか思案する。だが当のチェスターは、そんな彼に対して何でもないように話を振って来た。

 

「しかし二つ名が無いとは、まさかレベル1かね? だとすれば驚くべき事だが」

「いや、私は一応レベル2だ。ただ、まだ二つ名が決まっていなくてね」

「ほう! それはそれは、ますます驚きだとも! 二つ名が無いのであれば、ランクアップしてからまだそう長くないのだろう? それでこのリヴィラまで降りてくるとは、いやはや対したルーキーが現れたものだ」

「ルーキーと言う歳でもないが。それにここに辿り着いたのも、どちらかと言えば不幸が重なっての事でね。降りて来たと言うよりは落ちて来た、と言う方が正しいだろう」

 

 自身に対する視線が、レベルを聞いて品定めするようなそれに代わったのを感じ取って、ルドウイークは内心焦りながら話を逸らそうとする。そんな彼に、チェスターは表情を見せずに腕を組んで頷く仕草を見せた。

 

「なるほど、例の落とし穴か。良くある話だ。しかしその割には身綺麗(みぎれい)だが、そういう事もある物かね?」

「かもしれん。だが私も初めての体験だ、正確には答えられんよ」

「それもそうだ」

 

 一瞬訝しむような視線を向けたチェスターだが、ルドウイークの返答にまるで納得したかのように肩を竦めた。その仕草にルドウイークは演技めいた雰囲気を、うっすらと感じ取る。だが、それを偽りだと断じる事は、そう言った方面の能力に乏しい彼には出来なかった。

 

 そんな彼の考えを表情の読めぬ仮面の奥で見透かしたようにくっくっと喉を鳴らしたチェスターは、その油断ならぬ雰囲気とは裏腹に実に友好的にルドウイークの間合いに踏み入って、今後の展開を予想するかのように腕を組み一つの提案をする。

 

「さて、ルドウ()ーク。ここで顔を合わせたのも何かの縁だ。貴様が望むのなら、私がこの街を案内してやろう。無論タダとは言わんが」

「……いくらだ?」

「そうだな、ここまでに入手した魔石……その七割でどうだね? 破格だと思うが」

 

 無論、高い方にである。だがそれを聞いたルドウイークは懐から雑嚢を二つ取り出すと、無造作にそれをチェスターに投げ渡した。

 

「正確には確認していないが、恐らくそれでここまでに入手したものの三分の二、約七割だ。構わないか?」

「………………」

 

 チェスターは仮面の下で驚きに目を見開いていた。こう言った時の金額交渉は、基本的にお互い吹っ掛け合う所から始まる。それをこうもあっさり了承するとは……彼は訝しんだ。

 単にまだ経験が浅く、交渉慣れしていないのか。それとも何らかの思惑があるのか。実際には前者なのだが、それは雑嚢の内の魔石の重みと合わせて彼にひとまずルドウイークに対して友好的な振舞いをさせておくのに十分な不安要素であった。

 

「…………ふむ、交渉成立だな。今この時を以ってこのチェスターが、リヴィラにおける貴様の道先案内人となろう」

「助かるよ。実際、何処から回るか悩んでいた所だったからな」

「何、礼には及ばん。このダンジョンにおいて、ヒトはすべからく異邦人だ。お互い、助け合って行こうじゃあないか。まず何を知りたい?」

 

 その問いに、ルドウイークはまずリヴィラにおける商店や換金所の位置を知りたいと答えた。ここに長期滞在するのであれば、生活物資の補給は必要不可欠と判断したからだ。それを聞いたチェスターはならば人通りの少ない内だと、今居る通りのいくつかの店を指差す。

 

 そしてルドウイークは、チェスターを先導としてリヴィラの街を回り始めた。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 陽も十分に昇り、少しずつ人通りも賑やかになり始めた地上の、西大通り。その一本裏の道に店を構える【鴉の止り木】亭では、苛立ちを隠せず歩き回るエリスとそれを呆れたような目で眺めるマギーが朝を過ごしていた。

 

「ああ……大丈夫かなルドウイーク……何で突然……ああもう……」

「ねえエリス、少し落ち着きなさいよ。あんまりウロウロされるとこっちがイライラする」

 

 ぶつぶつと何やら呟きながら落ち着かぬエリスに、珍しく厨房に立ったマギーが苦言を呈しながら、フライパンに卵を落とし目玉焼きを作り始めた。

 

 店内には今や二人だけ。そこに【黒い鳥】の姿は無い。彼はギルドにルドウイーク捜索の【冒険者依頼(クエスト)】を掲示しに行こうとしたエリスから書類を奪い取って、早々にダンジョンへと向かったからだ。

 

 【黒い鳥】ほどの冒険者が依頼を請けたとなれば、普通は安心して成果が出るのを待つ事が出来るだろう。だがそうならぬ事情が彼女にはあった。

 

「ねえエリス。貴方もファミリアの主神なんだから、眷族の生死くらいわかるでしょ?」

「えっ。あ、そりゃそうですけど……」

 

 …………分かるはずもない。本来、【恩恵(ファルナ)】を与えた眷族(子供)の生死を神は感じ取る事が出来る。だが、恩恵を与えていない相手の事を感知できる神などいない。故にエリスにルドウイークの生死を判断する術はないのだ。

 

 普通の神であれば眷族の生死を判断した上でそう言った捜索の依頼を出す。だがエリスとルドウイークは特別だ。彼と彼女の間に恩恵による繋がりは無い。普通の神であれば生存か死亡か、どちらにせよそれを感知できるが彼女には出来ない。それが【黒い鳥】が動いているにも拘らず彼女が一切安心できない理由であった。

 

 そんな事は露知らず、落ち着かぬエリスにマギーはパンと目玉焼きの乗った皿を運びながら声をかける。その表情は、どこか予想外の物を見たとでも言いたげな顔であった。

 

「しかし、貴方がそこまで彼に入れ込んでるなんてね。ちょっと意外」

「入れ込んでる……ってそれは違いますよ。彼は唯一の眷属なんですから、死んでもらっちゃ困るに決まってるじゃないですか」

 

 それだけではない。彼はオラリオでただ一人の異世界人だ。そんな珍しいものが自身の元に来るなんて、もう二度とない事だと彼女は考えている。同様に、ルドウイーク個人の有り様も彼女にとっては好ましい物だった。更にあの実力と、冒険者としては真っ当な人間性。時折価値観の違いを露呈するのとナメクジが家の中を這い回るようになったのを除けば、彼は実に理想に近い眷族だとエリスは考えている。

 

 だが、そんな真実どうして他人に明かせようか。言った所でメリットは何一つ無い。まず正気を疑われるだろうし、よしんば信じられたとしても争いの火種にしかならぬ。故にエリスは苛立ちながらも、真実に繋がる言葉を漏らさぬように配慮していた。

 

 目の前のマギーと言う女性は本来思慮深いタイプではない。だがその直感は侮りがたい。それに救われたことも幾度かある。

 そんな友人であり、同僚であるはずの彼女に対して欺くような配慮をしなければならない事で更に苛立つエリスを他所に、マギーはコーヒーを作りつつテーブルの上に置かれた料理を指差した。

 

「とりあえずさ、朝飯でも食べたらどう? その様子じゃ、起きてから何も食べてないんでしょ?」

「えっ」

 

 呆れかえったような様子で提案するマギーに、エリスは目を丸くした。そして彼女が指差すパンと目玉焼きの姿を見て、あからさまに動揺を隠せずに問い返す。

 

「い、いいんですか? 突然押しかけていろいろ迷惑かけたのに……」

「別に。情けない顔してるのが居るとこっちの気まで滅入るから」

「店の準備そっちのけで作ってくれたんですか? 私の為に?」

「アンタがその様子でアイツ(黒い鳥)もフレーキも不在、店主代理の野郎だっていつ来るかわからないし、私一人で店回せるわけないじゃない。今日は臨時休業よ」

 

 エプロンの紐をほどきながら溜息を吐くマギー。そんな彼女に対して、エリスは眼に涙を溜めながら勢い良く飛びついた。

 

「マギー! この際言っちゃいますけど割と本気で大好きです! ありがとうございます!!」

「はぁ!? 突然何……いや抱きつくなうっとおしい! 冷める前に食べちゃいなさいよ折角作ったんだから!!」

「はい……! うう、優しい味がする……!」

 

 突然大胆な告白をかましたエリスを当惑しながらも無理やり引き剥がして離れるマギー。引き剥がされたエリスは彼女に従って大人しく席につき、涙を滲ませながらにパンと目玉焼きをもぐもぐと貪り始めた。それを見たマギーは自身もテーブルの向かいに着くと頬杖を突き、そして夢中で朝食を咀嚼するエリスを眺めながらほんの少しだけ笑みを浮かべる。

 

 そして自身も今し方入れたばかりのコーヒーを入れたカップを手に取ると、外に視線を向けながらそれを傾けるのだった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

「……さて。大体は案内し終えたか。他に何かあるかね、ルドウィーク?」

「そうだな……」

 

 チェスターの問いに、ルドウイークは顎に手をやって考え込むような仕草を見せた。

 

 現在のリヴィラはルドウイークが訪れた当時とは違い、天井の水晶の光に明るく照らされ、戸を開く店も増え始めている。既に朝と呼べる時刻は過ぎたのだろう。それと共に街には少しずつ活気が感じられ始め、訪れる冒険者、あるいは探索に向かう者の姿もちらほらと見受けられる。

 

 そんな街で黒と白の二人の冒険者は、明らかに人目を集めていた。最初から目立つ格好のチェスターはともかく、白装束に身を包み防具を殆ど身に着けていないルドウイークも十二分に目立つ存在だ。それ故の好奇の視線に晒されながらも、彼は思索を進めて行く。

 

 商店や換金所の場所はあらかた記憶した。どの店がどのような品を好むか、そしてこのリヴィラにおける物品の相場もある程度は。この街の金銭事情は地上に比べて遥かにシビアだ。ダンジョン内で補給が出来るとなれば当然の事ではあるが、長期滞在にはそもそも向かないのかもしれん。

 その情報も、このチェスターと言う男の言が正しければであればだが、そこまで嘘をついているようには思えない。素直に要求を呑んだのが功を奏したか。

 

 ルドウイークはそこで一度チェスターの方をちらと見た。目深にハットを被り、仮面で顔を隠した彼からは感情を読み取る事が出来ない。ルドウイークは心中でお手上げと言わんばかりに溜息を吐くと、すぐに彼の感情を伺うのを止めて思索に戻る。

 

 恐らく、この階層で自身が潜伏するならば野宿がメインになるだろう。だが、一応街にある宿屋も確認しておくか。そう決断して、彼はチェスターへと向き直った。

 

「なら、次は宿だ」

「ふむ?」

「この街の宿屋をいくつか教えてくれ。寝床は重要だ」

 

 真面目腐った顔で頼むルドウイーク。対してチェスターは肩を竦めると、懐から一枚の紙を取り出した。そして更にインクと羽ペンを取り出してそこに幾つか印を書き込んでいき、それが済むと紙をルドウイークに対して差し出してくる。

 

「ほれ、宿についてはこの紙に書いてやった。これで構わないかね?」

 

 その紙には簡易なリヴィラの地図が記されており、そこに宿があると思しき場所に名前と印がつけられている。確かに、これでも十分過ぎるほど宿の位置が分かる。だが今まで自分の足で街を案内していたにも拘らず突然このような形に切り替えたチェスターの思惑を読めず、ルドウイークは少々困惑した。

 

「……この地図でも確かに分かるが、突然どうしたね? 今までは、その足で実際に案内してくれたろうに」

 

 尋ねたルドウイークに対して、チェスターは腕を組み、そして片方の手で天井を指した。その先では、天井より生えた大水晶が煌々と輝いており、朝日の如き明るさを18階層全体にもたらしている。

 

「すまないが時間切れ(タイムアップ)だ。そろそろ別の用事の時間でね、ここらでお暇させて頂きたい。報酬分は十分に働いたと思うが……」

 

 上を見上げるルドウイークに、申し訳なさなど一片も見えぬ声色で答えるチェスター。その言葉が真実かルドウイークは訝しんだ。だが、一瞬して考え直す。

 

 確かにこの男は怪しい。だがそれは、その多くが外見の占める要素ではないか? もし本当の事を言っているとしたら失礼にも程があるやも知れぬ。実際彼の案内は有用な物だった。

 

 ――――引き留める理由も無いか。既に宿屋の場所についての情報は自身の手元にある。

 

「ああ。随分助けられた。後は私だけで構わんよ」

「そうか。では、私はここらで失礼させてもらおう。ではな」

 

 チェスターはそれだけ言うとすぐさま踵を返し、大股でその場を去って行った。後ろ手に手をひらひらと振るその背中を見送って、ルドウイークもまたその場を離れ、地図にある宿を巡るため歩き出す。

 

 あばら家めいた建築といくつもの水晶の突き出た通りには既に、幾人かの冒険者が姿を現している。それらとすれ違いながら地図を読み、一件目の宿を目指すルドウイーク。地図には宿の場所だけではなく共通語(コイネー)によって店の名まで記されていたが、その多くが経営者の名と思しき人名が含まれている。

 

 どうやら、この街では自身の店に己の名を付けるのが通例になっているようだ。その例に漏れる店は当然いくつも存在したが、店の区別を付きやすくするために人名が付けられているのだろうか。ルドウイークはそんな事を思いながらも、向かおうとしている宿の名をぼそりと呟く。

 

「ふむ……【ヴィリーの宿】、か……」

「呼んだか?」

 

 突然横からかけられた声に、ルドウイークは思わず飛び退きそうになった。

 

 そこに居たのは、先程から同じ方へ向かって歩いていた獣人の青年。中肉中背、ぼさぼさの髪の彼は、ルドウイークとは対照的に興味深そうにルドウイークを見つめている。

 

「俺の宿に何か用なのかい、兄さん」

 

 首を傾げて尋ねる男。その口調からして、彼こそが今から向かおうとしていた宿の主である【ヴィリー】なのだろう。ルドウイークはこの偶然に動揺しながらも、偽る事も無いと考え正直に事情を話した。

 

「あ、いや……この街に来るのは初めてでね。宿を見て回ろうとしていた所なんだ」

「おー、そうかいそうかい。だったら案内するぜ。ウチはリヴィラの中でもかなり上等な宿だから期待してくれよな」

 

 ルドウイークが答えるとヴィリーはどこか嬉しそうに、積極的に案内を買って出た。それを幸運と取るべきか少し悩みつつも、ルドウイークはそれを了承して彼の後を追い始める。

 

「しっかし、こんな時間に辿り着くとはなぁ。兄さんアンタ、夜通しダンジョンを降りてきたのかい?」

「いや、本当は朝から潜る予定だったんだが、今後忙しくなりそうでね。今後の予定との兼ね合いもあって、今降りざるを得なかったというか」

「オイオイ良く生きて辿りつけたな。そういう風に浮足立った奴ってのは、たいてい死んじまうもんだぜ?」

「幸運……だろうな。それ以外あるまい」

「ふぅん……そういやアンタ、もしかして単独(ソロ)かい? 地上までどうやって戻るつもりなんだ? まさか一人で昇ろうってんじゃねえだろうな」

「物流の運び手たちが居るだろう? うまい事、そこに同行させてもらえればと思っている」

「あー、そいつら丁度今日出る予定だな。腕がありゃ同行も許されると思うが、早くした方がいいぜ」

「そうか」

 

 二人は他愛のない話を続けながら、街の中心を過ぎたあたりにあるというヴィリーの宿に向かう。リヴィラの街がある島は湖側に向かい昇る傾斜があり、道も坂道気味になっていて時折段差もある。その複雑さはまるでヤーナムのようだと、ルドウイークがどこか懐かし気に目を細めながら余り広さの無い路地を歩いていると、先導していたヴィリーが立ち止まり片手で前を指した。

 

「着いたぜ、あそこがウチの宿だ」

 

 上げた腕の先には、整えられた洞窟の入口。天然の洞窟をそのまま利用しているのか、半ば無理矢理に据え付けられた看板や飾り布が妙にルドウイークの目を引く。その少し斜めに傾いた看板には、彼の持つ地図同様共通語(コイネー)で【ヴィリーの宿】と記されていた。

 

「さて……中も見せてやっから、ちょっとここで待っててくれ。今貸し切りの客がいてよ……ま、もうチェックアウトしてるだろうが、万一って事もある」

「何か問題があるのか?」

「そいつら、男女の二人組でよ……わかるだろ?」

「ああ、そうか。では待っていよう」

 

 ヴィリーの伝えんとした事を言外に感じ取ったルドウイークはヴィリーに首肯一つ返して送り出した。そして彼は近場の石段に腰を下ろすと、疲れからか大きく溜息を吐き深呼吸する。だがそこで、彼は平和なはずのこの階層にそぐわぬ臭いに眉を顰めた。

 

 ――――――血の匂い? ルドウイークが訝しんだ、その時。

 

「うわあああああっ!?!?」

 

 洞窟の中からヴィリーの悲鳴が鳴り響く。その悲鳴にルドウイークはすぐさま反応して宿へと飛び込み、広々とした通路を駆け抜け尻餅を付いたヴィリーの元へと辿りついた。

 

「ヴィリー、どうした!」

「あ、ああ……! あれを……!」

 

 部屋の前で腰を抜かしたヴィリーが指差す先、そこにルドウイークは視線を向ける。

 

 そこに有ったのは、無惨にも頭を砕かれた死体。部屋中がぶちまけられた血と脳漿(のうしょう)で汚され、床に力なく横たわり下半身のみに衣服を纏ったその死体の周りには血溜まりが出来、異臭を放っている。更には部屋中の調度品が引き裂かれ、死体の物と思われる荷物は酷く散らかされ荒らされていた。

 

「なんだ……? 殺しか……?」

 

 眉を顰め、その様を観察するルドウイーク。すると一人、悲鳴を聞きつけたか外から一人の犬人(シアンスロープ)の女が走り込んで来た。

 

「おいヴィリー何があった!? クソ血生(グセ)ェぞ!?」

「こ、殺しだ! 殺されてんだよ人が!」

「あァ!? っておいおいマジか……う゛えっ……! ひっでぇなこりゃ……!」

「【ボールス】を、あの野郎を呼んできてくれ! 頼む!!」

()ーった、ちっと待ってろ! そっちの白いの、ヴィリーを頼んだ!」

「ああ、任せてくれ」

 

 その犬人の女はルドウイークにヴィリーを任せるとあっという間にその場を離れ姿を消してしまう。現場にはルドウイークとヴィリー、そして無惨に殺害された死体のみが残される事となった。

 

 

 

<◎>

 

 

 

 部屋の惨状に吐き気を催したヴィリーを表に連れ出し、介抱していたルドウイークの元に先の女に連れられた幾人かの冒険者が到着したのは、それからしばらくしての事だった。既に騒ぎを聞きつけたか、大して広くも無い路地には野次馬が集まり始めている。

 

 先頭に立つのは強面の眼帯をかけた筋骨隆々とした中年の男、【ボールス】。自身も換金所を経営する彼はこのリヴィラでも最も強いレベル3の冒険者であり、同時に街の顔役でもある。ギルドによる統治が及ばぬこの街で、他のファミリアとの折衝(せっしょう)を一手に担っているのが彼だ。

 

 無論、それも善意からでは無く、利益を求める強欲な冒険者の(さが)から来るものだが……それでも彼はこのリヴィラの顔役としてよくやっている。そんな彼が久方ぶりにここで起きた殺しの話を聞いてこの場に現れるのは、至極当然の事であった。

 

「おう、ヴィリー。殺しがあったってな、どうなってる?」

「ああ……」

 

 尊大に尋ねるボールスに、多少動揺の収まって来たヴィリーが立ち上がり、事情を説明し始めた。

 

「昨晩、二人組の冒険者が来てよ……全身鎧(フルプレート)の男とローブの女、両方顔を隠してたんで、何処の誰かはわからねえ。くたばってやがったのは男の方だ。頭をぶっ潰されて、中身ぶちまけられてやがる」

 

 それを聞いてボールスは、周囲に居た内の一人に中を確認してくるよう指示した。そしてその者が現場の部屋の場所を聞いて中へと入って行くのを見送ると、ヴィリーに話の続きをするように促した。

 

「そんで? 女の方はどうした?」

「朝来た時には、どこにも。影も形もありゃしねえ」

「って事は、そいつが犯人って事か」

「いや、事件に巻き込まれて(さら)われた可能性もある。早合点は良くないだろう」

 

 早々に結論を出そうとしたボールスに、ルドウイークが口を挟んだ。それに対してボールスは不愉快そうにルドウイークを睨みつけ、ヴィリーに対して素性を訪ねる。

 

「おいヴィリー、この白い野郎は何だ?」

「ああ、偶然俺と一緒に死体を見つけたんだ。名前は……」

「<ルドウイーク>だ。ルドウィークでは無い」

「細かい奴だな。そんでルドウイーク、テメェの言う事に筋は通ってんのか?」

「いや。それはこれからだ…………私もある程度死体は見慣れている。良ければ協力させてくれ」

「勝手にしやがれ」

 

 ルドウイークの申し出に一度周囲の者たちに目を向けた後、吐き捨てるように言うボールス。その彼の元に、先程宿の中に消えて行った者が青ざめた顔で耳打ちをした。それを受けたボールスはすぐさま周囲の何人かに指示を出す。

 

「よしテメェら、とりあえず街から出てく奴を足止めしとけ! 少なくとも、よっぽどの有名人でもなきゃ外に出すんじゃあねえぞ! おいヴィリー、お前は俺と来い。中を見せろ。それと二人ぐらい、宿の入り口を見張っとけ!」

 

 指示を終えると、ボールスは部下とヴィリーを引き連れ洞窟の中へと足を踏み入れた。その後にルドウイークも続き、事件の有った部屋へと向かって歩いてゆく。

 

「チッ、随分と派手にやられてやがるな」

 

 その部屋の惨状を見て悪態をつき、ボールスは強まった異臭に鼻を摘む。部屋の状態は発見時のままであり、相も変わらず凄惨だ。ボールスはそこに無遠慮に踏みこむと死体の前にしゃがみこんでその体を検めだす。しかし直接死体に触れるのは(はばか)られるのか手を出す事は無い。

 

 暫くそうして死体を眺めていたボールスは、再びヴィリーに目を向けて幾つかの質問を尋ね始めた。

 

「なぁヴィリー、こいつの正体に繋がるモンはねえのか? 身元不明の死体じゃ調べ様が無えぞ」

「俺だって知らねえよ。こいつら、破格の値段で部屋を借りたいって言ってやがったからな。どっさり現物の魔石渡されて、俺もろくに確認せず通しちまった」

「バカ野郎、せめて証文ぐらい作れよ……」

「いや、こいつらのお楽しみを聞いて愉しむ趣味もねえし、魔石だけ貰ってさっさと離れちまったんだ。くたばっちまえとは思ってたけど、あの時はこんな事になるなんて……」

 

 ボールスの指摘に、困ったように頭をかくヴィリー。するとその後ろに控えていたルドウイークが慎重に部屋に上がり込んで、死体に触れぬように検め始めた。その手慣れた様子に、ボールスはヴィリーに耳打ちする。

 

「おい、この野郎なんなんだ? 随分と慣れてるみてえだが」

「いや、俺も知らねえ……今日リヴィラに来たばっからしいが、宿を案内してくれって頼まれてよ……」

「今日来たばっかなのにお前のこと知ってたのか? 怪しいとは思わなかったのかよ?」

「いや、偶然俺から話しかけたんだ。それに死体見て随分と驚いてたし、殺しとは無関係だと思うぜ」

 

 そんな二人の会話を他所に、死体を検めていたルドウイークは立ち上がって部屋を見渡す。そして得心が行ったように一度頷くと、腕を組んで何事かを思案し始めた。それを見て、恐る恐るヴィリーが声をかける。

 

「なぁルドウイーク、何か分かったのか?」

「ああ……先ほどは巻き込まれたのではないかなどと言ったが、どうやらその女が下手人のようだ」

「だから言ったじゃねえか。そんで、その理由は?」

「見てくれ」

 

 ルドウイークは二人を手招きして、まず死体の首を指差した。そこにははっきりと、強い力で締め付けられた跡が刻まれている。

 

「まず、この男は首を絞められ、へし折られて殺害されている。この跡を見ればわかるだろう」

「確かにな。んで、これで何が分かるんだ?」

「痕の様子からして素手での絞殺だな。その大きさからして、少なくとも大男では無い事が解る。そして、同時に下手人はこの男よりも数段上の実力の持ち主だ。そうでも無ければ素手での絞殺など難しいだろう」

「じゃあよ、こいつの実力が分かればあの女のレベルも予想できるのか?」

「可能性はあるな。だが、それだけの魔石を持って来た男を殺しているんだ。間違っても弱くはあるまい」

「確かにな……おい、誰か【開錠薬(ステイタス・シーフ)】持って来い! 急げ!」

 

 ボールスが声を張り上げると、外に居た冒険者の一人が慌ててその場を離れる足音が聞こえて来た。それを聞き届けたボールスは、先程疑念を向けていたのが嘘の様に真剣な面持ちでルドウイークに続きを促す。

 

「そんで、他には何がある?」

「ああ、次はこれだ」

 

 言ってルドウイークは床を指差した。そこには血溜まりを踏んだと思しき一つの足跡。ここに居る三人の誰のものでもないそれは、そこに居る誰の者よりも小さいものであった。

 

「この足跡。大きさと靴の形からして、少なくともこの男の物ではあるまい。まぁ既に靴は履き替えているだろうから、手掛かりにはならないと思うが……まず間違いなく女の物だろう」

「なるほど……そんじゃあ、とりあえずその女を探させるか。重要参考人、って奴だな…………ヴィリー、女の特徴はなんかねえか?」

「いや、ローブを着てて顔ははっきりと見てねえ。だが、体つきだけ見ても相当良い女だったぜ。身長は……俺より少し小さいくらいだったかな」

「十分だ。リヴィラの奴らは美人に目がねえからな。目撃情報の一つや二つあるはずだぜ」

 

 話を聞き、そこから犯人像を割り出して捜索の算段を付ける二人。それを他所に、ルドウイークはぶちまけられた頭の欠片を眺めていたが、そこで一つの違和感に気づいた。

 

 ――――少ない。頭の中身は盛大にぶちまけられているにも拘らず、顔の表面に当たる部分が見当たらない。まさか顔を剥がしでもしたのか? そうなれば、その女が高い実力だけではなく、危険な精神性の持ち主でもある可能性が出て来る。それに剥がした顔をどうしたというのか…………殺しの証拠として持ち去ったならば、そもそも殺しを生業とする者の仕業と言う線もあった。

 

 恐るべき可能性に思い至って、ゾッとするルドウイーク。その時外の野次馬たちが妙にざわつき出した。何事かと部屋の入り口に目を向けると、何人かの足音が部屋の前で立ち止まって、見張りをしていた者達を説き伏せて入り口にかけられた布を潜って来た。

 

「――――ッ!」

 

 まず入って来た三人が、部屋の中の惨状に息を飲む。皆、まだ歳若い少女たちだ。良く似た顔の造形をした二人のアマゾネス、そして金髪金眼の、女神にも匹敵する美貌の持ち主――――

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン?」

 

 訝しむように呟いたルドウイーク。その後ろにいつだか【豊穣の女主人】亭で見た小人(パルゥム)の団長とハイエルフの副団長、知らぬエルフの少女が続く。

 

 資金調達のため、深層に向かおうとしていた【ロキ・ファミリア】の到着、そして介入。それを機として、この殺人事件は更なる波乱をこのリヴィラに齎そうとしていた。

 




二巻分への関わりは外伝側です。

身を隠す算段の為にダンジョンに潜ったのに善人さが災いして騒動を見て見ぬふりできず巻き込まれるなんて、やっぱ慣れない事するもんじゃ無い(確信)
原作から大筋が変わる事は無いとは思いますが、彼にはこの騒動にも頑張って望んでもらいたいです。


今話も読んで下さって、ありがとうございました。


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18:嵐、(きた)

19000字くらいです。

感想の投稿、お気に入り評価、誤字報告して下さる皆さま。何時もあり難く思っております。
今話もお楽しみいただければ幸いです。


 ロキ・ファミリアの面々の登場に、ルドウイークは大層面食らっていた。

 

 そもそも、彼が18階層まで降りてきたのも彼らの主神であるロキの目を掻い潜るための下準備であり、己の持つ危険な情報がかの女神、ひいてはその眷族達に渡るのを防ぐためである。

 自身の持つヤーナムや獣に関する数々の知識がこの世界に流布する危険を予測できぬ程、彼は愚かでは無かった。

 

 ただ、ロキとの遭遇自体は既に約束された出来事であると言ってもいい。周囲から目立たせぬため地味な二つ名を付けようとしたエリスの根回しによって、既にロキと会う事は決定事項となってしまっている。

 その期日までにはそれなりに猶予がある――――とは言え、時間とは思いのほか早く過ぎ去るものだ。万一ロキ神の思惑が危険極まりない物だった場合の備えを早くに用意しておくべく、こうしてルドウイークはここまでやって来ていたのだ。

 

 だが実際の状況はどうか。偶然ではあろうが、彼が下準備と捉えていたこの段階で既にロキ・ファミリアの面々と遭遇する羽目になっている。

 

 確かに、よくよく考えて見ればロキ・ファミリアはオラリオ屈指の大ファミリアであり、ルドウイークが滞在しているタイミングでこのリヴィラにも顔を出す者が居るのも不思議ではない。

 

 だがまさか、己と直接の接触がある何人かが揃いも揃って、しかも団長や副団長と言ったオラリオ全体で見ても屈指の大物を(ともな)って現れるとは…………。

 

 この状況に名案も思い浮かばず、とりあえずルドウイークはロキ・ファミリアの面々の顔と名前を一致させようと視線を巡らせた。

 

 まず部屋に踏み込んできた三人。二人のアマゾネスの少女らについては詳しくないが、短髪の方は確か怪物祭で月光の開帳を目撃したものの一人だ。同じ黒い髪に良く似た顔立ちからして、長髪の方とは血縁関係にあるのと思われる。それに同行者らの顔ぶれから見て彼女らもそれに準ずる実力者なのだろう。

 更に【剣姫】。彼女とはミノタウロスの上層進出の際と怪物祭の折、合わせて既に二度遭遇している。その噂や名声はあまり情勢に聡いとは言えぬルドウイークの耳にも届くほどだ。既にレベル5の、このオラリオに置いて最上位一歩手前と言える者達の中でも最強とされ、レベル6へのランクアップを控えているとさえ噂される。出来ればそんな有名人とはかかわり合いになりたくないと彼は考えた。

 

 三人の背後で部屋の惨状に目を覆っているのはあからさまに魔法使いめいたエルフの少女。彼女についてはルドウイークも良く知らない。先日、【豊穣の女主人】で食事をした際にも特に気にしていなかった。恐らく、向こうも私の事など目に入っていなかっただろう。そう願いたい。

 

 そして最大の問題である、彼女らの更に後ろで様子を伺う二人。ロキ・ファミリア団長、オラリオ最高の(やり)使いであり、数多の英雄を輩出したこの街にあって【勇者(ブレイバー)】の二つ名を(いただ)小人(パルゥム)、【フィン・ディムナ】。同じく副団長であるオラリオ最強の魔法使い、ハイエルフの王族にして【九魔姫(ナイン・ヘル)】と呼ばれ畏れられる【リヴェリア・リヨス・アールヴ】。

 

 この二人は【猛者】(おうじゃ)を初めとする片手の指も余るほどの例外、それらを除いて都市最強とされるレベル6の内でも更に上位に位置する戦闘能力を持ち、それだけではなくリヴェリアとは【豊穣の女主人】で【ガレス・ランドロック】を相手にした際に言葉も交わしてしまっている。流石に名前までは覚えていなくとも、以前遭遇した事くらいは記憶に残っているだろう。

 

 …………いや、だが彼女らは所謂(いわゆる)大ファミリアの人間だ。自分で言うのも何だが、数多の零細の一角であるエリス・ファミリアの、それも一構成員の事をいちいち記憶しているだろうか? 普通は無いはずだ。だから、頼むから忘れていてくれ。

 

 一通り彼女らの顔を確認し終えたルドウイークは死体を注視するふりをして顔を伏せた。そして、足元に横たわるそれを調べて回るかのように少しずつ体を回転させて完全に顔を死角にする。だが彼のいじましい努力をぶち壊す、驚いたような声を短髪のアマゾネスの少女が投げかけた。

 

「あ! そこの人、もしかして怪物祭の時に滅茶苦茶な魔剣ぶっ(ぱな)した人じゃない!? ね、アイズ、そうだよね!?」

「……うん。ミノタウロスの時に名前を聞いた……確か、ルドウ()ーク?」

「いや、こいつはルドウイークだ。てかルドお前、【剣姫】や【大切断(アマゾン)】と知り合いなのかよ?」

「……………………そう言う訳でも無い」

 

 剣姫の間違いを訂正しつつ訝し気に尋ねるヴィリーに長い沈黙のあと否定を向けるルドウイーク。不満気なその様子に剣姫とアマゾネスは不思議そうに首を傾げる。その時、後ろで様子を見ていたフィン・ディムナが彼女らの間をかき分けるようにして部屋の中へと踏み込んでくる。その顔を目にしたボールスは眉間に皺を寄せて忌々しげな表情を作った。

 

「あぁ? ロキ・ファミリア? テメェら、ここは今取り込み中だぞ! 見張りは何してやがる!」

「やぁボールス。忙しい所すまない。実は、数日この街に滞在してダンジョンに潜ろうと思ったんだけど、来てみたら随分慌ただしいじゃないか。これじゃおちおち休息も取れないし、事件解決に協力させてもらいたい。どうかな?」

 

 至極真っ当な動機での提案ではあったが、ボールスはそれこそが気に入らないという風に眉間に皺を寄せ、吐き捨てるかのように口を尖らせる。

 

「チッ、物は言いようじゃあねえか。テメェらといい、【フレイヤ・ファミリア】といい、事件と見れば首突っ込みやがって…………強けりゃ何しても許されるとでも思ってんのか?」

「は?」

 

 喧嘩腰のボールスの言葉に、長髪のアマゾネスが苛立ちを露わにドスの効いた声で反応した。今すぐにでもボールスを殴り飛ばしそうなその剣幕に短髪のアマゾネスとエルフの少女が間に割り込み、長髪のアマゾネスをまぁまぁと静止する。

 

 一方で彼女らへの信頼の表れかそちらに一瞥をくれる事も無く、フィンはボールスに現状について問いただし始めた。

 

「……それで、一体どういう状況だい? この冒険者の身元やら、事件のあらましやら、分かっていることがあれば聞かせてくれないか?」

「チッ……そうだな、ヴィリー、教えてやれ」

「あいよ」

 

 ボールスの呼びかけに前に出たヴィリーが、フィンを初めとするロキ・ファミリアの面々へと今ある情報を話し始めた。ルドウイークは現状を整理するためにも、その話にともに耳を傾ける。

 

「死んでるのは昨晩ウチを貸し切った冒険者の男だ。全身鎧で顔まで隠してやがったもんで、素性はさっぱりわからねえ。んで、こいつがローブの女と一緒に宿に入ったもんで俺は昨夜はさっさとここを離れちまったんだが、朝戻ってみたらこの有り様だよ」

「え、何で店離れちゃったんですか?」

「そりゃあなぁ、男と女が宿貸し切りにしてまでヤることっつったら一つだろうが。俺は覗きの趣味はねえ」

「あっ……」

 

 疑問をすぐさま口に出したエルフの少女の質問にヴィリーがそっけなく返すと、少女は答えに思い至ったか顔を真っ赤にして俯いてしまった。エルフや小人は外見から年齢が把握しづらいが、彼女は見た目相応の年齢なのだろうかとルドウイークは一人思案する。それを他所に、遺体の顔に布をかけて黙祷をしばし捧げていたリヴェリアが顔を上げ訝しむように眉を顰めた。

 

「ローブを着ていたというその女、顔は見ていないのか?」

「全く。フードを目深にかぶっててよ。メチャクチャいい女だってのは、体つきで何と無く分かったんだが……」

「そんなすげえ女だってんなら、俺も一目お目にかかりたかったぜ。チェスターの奴との商談で忙しくてよォ」

 

 こんな時だというのに、少なからず助平心を覗かせるヴィリーとボールスに周囲の冷たい視線が殺到する。だがそんな浮つきかけた雰囲気を戻そうとするかのように小首を傾げながら短髪のアマゾネスが尋ねた。

 

「それじゃあ、やっぱその女の人が犯人なの?」

「多分、間違いねえぜ。俺はあの二人が入った後は宿閉めちまったし、こっちのルドウイークもそう言ってる」

 

 そうヴィリーはルドウイークを指差し答える。すると周囲の視線が自身に集中し、居心地悪くなったルドウイークは腕を組みかえ質問に備えた。そして彼の想像通りに、フィンが穏やかに口を開く。

 

「ふむ。根拠はあるのかい?」

「そうだな……」

 

 尋ねられると、ルドウイークは先ほどボールスやヴィリーに対して行った物と同じ説明をロキ・ファミリアの面々にも繰り返した。その際、死体の顔にかけられた布を一度剥ぎ取ったためにエルフの少女が短く悲鳴を上げたが、それ以外のものは彼の説明に真剣に耳を傾けている。

 

 その状況こそが、ルドウイークにとっては好ましくないことこの上なかった。だが事ここに至っては今更逃げ出す事など出来ない。今彼に出来るのは、ただ早くこの事件を収束させる事。それによって、堂々とロキ・ファミリアの幹部陣から離れる事だ。

 

 …………そう言えば、ヴィリーの言っていた物資の輸送隊はどうなったのか。やはり今頃、運悪く街で足止めを食らっているのか……。ルドウイークは出来ればそうであってくれと祈らずには居られない。それを他所に、フィンは提案するかのようにボールスに視線を向ける。

 

「で、あればまずその女性に話を聞くのが間違いないね。もう聞き込みとかは……?」

「やってるぜ。子分どもを総動員してる。だがまぁ、今んところ(かんば)しくはねえな」

「ふむ……そう広いわけじゃないここで証言が無いというのは、厄介だね…………ヴィリー、代金の取引に使った証文は残ってないのかい?」

「いやぁ、それがどっさり現物の魔石渡されたもんで、それで納得して作んなかったんだ。釣りもいらないなんて言うもんだしさ…………よっぽど楽しみだったか、あるいは時間が惜しかったのかもな」

 

 リヴィラの街において、現物での取引が成される事は意外と少ない。そもそも並以上の実力者でなければ辿りつけぬこの場所では物資の流通に難があり、品々を効率的に搬送するためにヴァリス貨幣さえも切り詰められる物品の範疇に入る。

 

 同じくかさばる物であれば実際に使い道のある道具か、或いは実際に求められている『商品』の方が優先されるのだ。その為、このリヴィラにはそもそもヴァリスでの取引自体が少ない。では何を使って物資のやり取りを行っているのか……その為の証文である。

 

 彼らは取引の際、その対象の物品や金額、自身の所属を記した証文を用意して、それを地上に持ち帰る事で相手のファミリアに改めてヴァリスを要求するという形を取っているのだ。証文が今回も作られていれば、被害者の身元も早々に割れていたに違いない。

 

 だが今回のような、あるいはルドウイークとチェスターの間の取引のような例外もあるにはある。理由はそれぞれ違うものだが……腕を組んで、事情をヴィリーは推理する。しかし彼に、不満気に顔を歪ませて短髪のアマゾネスが叫んだ。

 

「えーっ! 証文は作らないし店は離れちゃうしで、ヴィリー全然だめじゃん! 少なくとも残ってれば何時出てったかくらいわかるかもしれなかったのに!」

「いや、そうは行かなかったと思うが」

 

 しかしそのアマゾネスの不満を諭すようにルドウイークが首を横に振る。

 

「……その女が犯人であるなら、彼が宿に残っていれば躊躇なく殺していただろう。顔を隠していたとはいえ、二人で宿に入ったのを把握されているわけだからな。生かしておく理由が無い……そういう意味では、ヴィリーは命拾いしたと言える」

「確かにそうだね。むしろ、死体が二つ無かったのは幸運と言うべきかな……ヴィリーが死んでしまっていたら、現状その女の情報はゼロだったんだからね」

「おいおいやめてくれよ只でさえ気が滅入ってんのに!!」

 

 ルドウイークの推察に賛同を示すフィン。彼らの物言いに、自身の有り得たかもしれない結末を幻視したヴィリーが青ざめた顔で悲鳴を上げる。その時、外で見張りをしていた人間(ヒューマン)の男を伴って、頭巾めいた粗末な布袋で顔を隠した小男が布を潜って部屋に踏み込んできた。その手には透き通った赤い液体の収められた小瓶。ボールスはそれを見て、ようやくかと言わんばかりに歯を見せて笑った。

 

「おう、来やがったか! そらどけどけ! 今からこいつのステイタスを開錠するぞ!」

 

 ボールスが手を振って邪魔だと示すのを見て、ルドウイークとロキ・ファミリアの面々は死体から離れてその様子を伺う。ボールスは皆が死体から離れたのを見ると無遠慮に死体をひっくり返し、そこに屈みこんだ小男は背中に付着した血を拭きとり清めると、小瓶の蓋を引き抜いてその中身を背中に垂らし、それを文様を描くように塗り広げ始めた。

 

「ええと……『開錠薬(ステイタス・シーフ)』って確か……」

眷族(われわれ)のステイタスを暴くための道具(アイテム)だな。正しい手順を踏まなければ、それだけでは神々の(ロック)を解除できないが……」

 

 素性を知る程度ならば十分だろう、とエルフの少女に対して言うリヴェリアの説明にルドウイークは横合いから耳を傾けた。

 

 ……どうやら、余り褒められた物ではないようだな。

 

 ルドウイークは僅かに感じる匂いから、それが【神血(イコル)】を原材料としていることに気が付いた。同時に彼女らの視線から神の血を材料としたその薬があまり受け入れられる物でない事にも。事実、開錠薬は地上で出回る事の無い非合法な品であり、『神秘』の発展アビリティを習得した僅かな者だけが作成できる希少品だ。そんな物さえ必要に応じてすぐさま顔を出すのが、このリヴィラと言う街の一側面を端的に表している。

 

 ルドウイークがそんな考察をしている間にも作業は進み、数分間指を躍らせていた小男は最後に指を手布で拭き取ると、目元の覗き穴から部屋の者達を睥睨(へいげい)して、低いしわがれ声でボールスに言った。

 

「済んだぞ、ボールス」

「ああ、すんません【灰鼠(グレイラット)】の旦那。貴重な『開錠薬』まで使わせちまって」

「ま、事が事だからなぁ。(わし)もこの街で楽させてもらっとる以上、協力はさせて貰うとも」

「どうも。今度の仕入れ、安くしときやす」

「期待しとるよ」

 

 小男はそれだけ言うと、立ち上がってさっさとその場を去って行ってしまった。それを見送った後、ボールスは死体の背の文字を読み取ろうとそれに近づき、しかし困ったように額に手をやって呻いた。

 

「ああくそっ、神聖文字(ヒエログリフ)か! おい誰か、外行って頭良さげなエルフを一人二人――――」

「いや待て、エルフならここに二人いるだろう」

 

 神聖文字が読めず、苦悶するボールスにルドウイークがその場に居る二人のエルフ――――リヴェリアと少女を指差した。それを聞いてリヴェリアが首を縦に振り、続いて剣姫がそれに続いた。

 

「任せてくれ。神聖文字なら私は読める」

「私も」

 

 学に精通していることの多いエルフの中でも殊更高貴な血筋にあるというリヴェリアが神聖文字を読めるのはオラリオで学んだ知識からある程度予測していたルドウイークだが、剣姫までがその手を挙げたのには内心驚きを隠せなかった。だが少し考えて、リヴェリアから学んだのだろうかと勝手に納得すると、己も誰かから学ぶべきなのだろうかなどと思案していた。

 

 その間に、リヴェリアとアイズによるステイタスの解読は進んでゆく。二人が小言で内容を照らし合わせるのを、周囲は固唾をのんで見守るばかり。その内、彼女らは困惑するように顔を見合わせると、皆の方に向かって読み取ったその名を口にした。

 

「……名前はハシャーナ。【ハシャーナ・ドルリア】」

「所属は……【ガネーシャ・ファミリア】」

「【ガネーシャ】だと!?」

 

 その名と所属を聞いて皆が静まり返る中、唯一ボールスが驚愕のあまりに声を荒げる。それも当然の事だ。【ガネーシャ・ファミリア】はオラリオに在する【ファミリア】の内でも【ロキ】や【フレイヤ】に次ぐ勢力を誇る大ファミリアであり、なおかつ都市屈指の穏健派として知られている。その団員がここで殺されているというのは、明らかに【ファミリア】同士の勢力争いでは片付けられない、憂慮すべき問題だ。

 

 故に、ボールスは今までの落ち着きが嘘の様に顔を青褪めさせ、あからさまに慌て出した。

 

「クソが……よりにもよって【ガネーシャ】!? それもハシャーナっつったらレベル4、【剛拳闘士】じゃねえか!? つまり――――」

「――――下手人の女は少なくともレベル5を超える実力者で…………」

「……相当な訳アリ、って事だね。まだ街に潜んでいる可能性も、大きいだろう」

 

 動揺したボールスの言葉を、ルドウイークとフィンがそれぞれ継ぐ。つまり、このリヴィラに、正体も、動機も知れぬ第一級冒険者に匹敵する人殺しがまだ潜んでいるというのだ。その可能性に、彼らを含めた部屋の者達は一様に顔を強張らせた。

 

「ほ、本当に間違いないんですか? そんなレベルの高い人が、こんな殺され方をするなんて……毒とか使われたって事は……」

「毒とかじゃ、ないと思う。彼は『耐異常』のアビリティも持ってるから……」

「ハシャーナほどの『耐異常』なら、劇毒を受けてもそう効かないだろうな」

 

 震えてその惨状を観察していたエルフの少女が尋ねるも、剣姫とリヴェリアが首を振ってそれを否定した。

 

 『耐異常』は【発展アビリティ】と呼ばれるレベルアップごとに発現する可能性のある能力の一つで、多岐に渡るそれの中でも『耐異常』は読んで字の如く毒を初めとした状態異常を軽減、無効化するものだ。それもレベルやステイタスの様に等級で効力の強さが示されていると言うが、彼女らの物言いからして彼のそれは相当な等級であったのだろう。

 

 ただ、そうなると下手人は情事という状況下で相手が油断していたとはいえ、自らの実力でレベル4のハシャーナを殺害した事になる。それ程の実力者――――レベル5を超える者はそもそもオラリオにもそういないはずだ。

 

「……ひとまずは、街の高レベル女性冒険者を集めて話を聞くのが一番だろう。それだけで、かなり数を絞れるはずだ」

 

 だからこそ、それ自体が一つの手がかりとなる。ルドウイークは提案して皆の顔を見た。彼女らも少し思案した後、納得した様に首を縦に振る。

 

「その辺は任せとけ。おい、聞いてたか? とりあえず街中のレベル2以上の女冒険者を集めて来い!」

「は、はい!」

 

 ボールスにとってもその提案は納得できるものだったようで、彼はすぐさま先ほどの小男を連れて来た男に向かって指示を出し、彼を走らせた。

 

 こんな所か。

 

 ルドウイークは他に出来る事が無いか思案する。……ただ、上手く考えがまとまらない。表面的には違和感がないが、流石に疲れが溜まっているのだろうか……。この事件の捜査が一段落したタイミングで、多少なりとも休息を取るべきかもしれないと彼は一人ごちた。

 

「すまないけど、少しいいかな。ハシャーナの荷物を調べたい」

 

 その思考を遮る様にフィンが提案する。確かに、遺体は検めたが、遺留品まではまだ調べていない。彼が許可を求める様にボールスに一度視線を向けると、ボールスも少し納得いかなそうではあったが首を縦に振った。

 

「確かに、遺留品はまだだ。構わねえぜ」

「ありがとう、それじゃ失礼して――――」

「待ってください!」

 

 礼を告げ、リヴェリアを伴って遺体の周囲を整理しようとするフィンを、長髪のアマゾネスが突如制止した。

 

「団長がわざわざお手を汚す事はありません! そのような雑務、どうか私にお任せください!」

 

 彼女は心の底からフィンが遺留品に触れるのが我慢ならぬとばかりに、素早く彼の手を取って力強く主張する。対して、フィンはその対応にしばし困ったような表情を浮かべた後、彼女を諭すように優しく笑いかけた。

 

「ありがとうティオネ。でもこれは僕が直接見ておきたいんだ。今は、ちょっと任せてくれるかな?」

「あ、はい……申し訳ありません、出過ぎた真似を……」

 

 フィンの言葉を受けたティオネなるアマゾネスは、その笑顔に一度顔を赤らめた後、眼を伏せて身を引いた。

 

 その後、フィンとリヴェリアが破壊された調度品や破損した携帯品などを手早く整理し死体の周りを片付けた。そこには元々ハシャーナが装備していたと思しき装備と背嚢(バックパック)などが残され、まず装備を検めたフィンが訝しむように眉を顰める。

 

「……これは少し、おかしいね」

「何かあったか、フィン」

「見てくれ。彼の装備だが、何処にも【ガネーシャ・ファミリア】を示す(しるし)が無い。あそこほどの【ファミリア】になれば、余計ないざこざを避けるためにも自身の所属は明らかにしている筈だ」

「そういやハシャーナの奴、普段は主神(ガネーシャ)のと似たような兜を被ってた……ような気がするぜ」

「ハシャーナ自身も正体を隠していたと言う事か」

「だろうね。リヴィラに何人か滞在しているだろう【ガネーシャ】の者が、この騒ぎに首を突っ込んでこないから不思議には思ってたんだ」

 

 彼の発言にルドウイークはなるほどと唸った。流石に大ファミリアの団長を務めるだけはある。ルドウイークには遺留品から被害者の事情から知ろうという発想は思いつかなかった。ヤーナムでの<検証>では殺害者が如何なる獣かであったかを知る事が肝要であり、獣に相手を区別するほどの理性も無い以上、被害者について必要以上に知る理由が無かったからだ。

 

「ティオネ、背嚢を。彼がダンジョンに居た動機について、何か手掛かりがあるかもしれない」

「はい!」

 

 フィンが指示を出すと、ティオネと呼ばれた長髪のアマゾネスは喜び勇んで血の汚れも気にせず背嚢を漁り始める。その手付きは控えめに言っても雑で、無造作に中身をベッドの上に放り出して行くのを見てリヴェリアが少々苦い顔をした。

 

「あっ!」

 

 割れた回復薬の瓶やら血の滲みた携帯食料など、荒らされた形跡を感じさせるものを次々と掘り当てていたティオネが突如声を上げた。その手が摘んでいるのは酷く血に汚れた羊皮紙。彼女が素早く差し出したそれをフィンは受け取り書面に目を走らせた。

 

「なんですか、それ?」

冒険者依頼(クエスト)の依頼書?」

「み、見えない……」

 

 その後ろからリヴェリアと剣姫、短髪のアマゾネスが書面を覗き込み、更に彼らに視線を遮られたエルフの少女が背伸びをしている。ルドウイークも彼女らの背後へと回って、その頭越しに文面を垣間見ようとした。

 

「『30階層』……『単独』、『回収』、『秘密裏』…………」

「やはり、何らかの単独依頼(クエスト)を受けていたのか?」

「らしいね。それも、彼ほどの冒険者を使うあたり相当な品のようだ。それを狙われて襲われた、と見るのが筋じゃないかな」

 

 フィンのつぶやきに考え込むように問うたリヴェリアに、彼は首を縦に振って、懸念を示すようにハシャーナの死体へと目を向けた。確かにその通りであれば、ハシャーナを狙った犯人の動機にも筋道が通る。で、あれば次の問題となるのは当の犯人の行方であるが……。

 

「部屋の様子を見るに、犯人がまだこの街に潜んでいる可能性は高いだろうな」

 

 ルドウイークのつぶやきに、死体を前にしていたロキ・ファミリアの面々は驚いたように振り返った。リヴェリアが射抜くような視線でルドウイークの目を見ながらに尋ねる。

 

「良ければ、その推察の理由を聞かせてもらいたい」

「……あくまで状況証拠だが、もし目的の品が見つかったならこれほど部屋を荒らす必要はあるまい。わざわざ証拠を残す危険も冒さず、早々にこの場を後にしている筈だ。それに、犯人にとってはハシャーナ殿ほどの相手を殺してまで探している物だ。手に入れないまま街を去るのは考えにくい」

 

 彼の説明に、リヴェリアは考え込むように顎に手をやってしばし唸る。そしてしばらくすると、否定する材料が無かったようでフィンに向けて一度視線をやった。フィンはそれを見ると立ち上がって深く頷く。

 

「うん、僕もその意見に同意だね。多分相手は、まだこの街でその品を探しているか、こちらの様子を伺っているか……どちらにせよどこかに潜んでいる筈だ」

 

 重苦しく言った彼は周囲の者達に目を向ける。その緊張した表情に、ロキ・ファミリアの面々の顔が一様に険しくなった。一方、それを見たルドウイークは彼がオラリオの最大派閥と呼ばれるファミリアの頂点に位置するのに相応しい者なのだと警戒を新たにする。

 

 凄まじい物だ。これ程の面々にここまで慕われ、信頼されている。更に、彼自身の風格……もし敵に回せば、勝てるかどうかわからんな。

 

 万が一、ロキ・ファミリアと対立する事になった時の絶望的な結末をルドウイークは明確に脳裏に描いた。このフィン・ディムナ一人で、おそらく自分と同等かそれ以上の戦力になる。更には周囲の第一級と思しき実力者たち。彼女らまで率いられれば、まず間違いなくルドウイークに――――エリスに勝利の目はないだろう。

 

 だが、未来に目を向ける考えはこの場にそぐわぬ物だ。今想定するべき相手は、正体不明の女殺人者なのだから。ルドウイークは首を振って未来への不安を脳裏から追い出すと、皆に指示を伝えるフィンの言葉に耳を傾ける。

 

「よし。ボールス、改めてになるが今回の件に関しては僕らも全面的に協力しよう。是非使ってくれ」

「ちっ……分かったよ。とりあえず、そろそろ冒険者を集めるのが終わるはずだ。そいつらの尋問やらに人数を貸してもらうぜ」

「分かった、それについては僕も行こう。オラリオの第一級冒険者の顔はおおむね記憶してるつもりだ。リヴェリア、君もいいかな? 無理に集めた街の皆を抑えるには、僕らの『顔』が要る」

「ああ。異論はない」

「ありがとう。次にティオナ、ア