エルフと私、時々抹茶パフェ (裃 左右)
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第1話 エルフ少年と抹茶パフェを食べた

 自分が生まれ変わったらしい。

 

 その事実を受け入れるのに、時間がかかった。

 

 

 

 私は赤ん坊だった。

 

 自由に動かないからだ、はっきりと見えない目。

 

 

 

 母親らしき人物に抱き上げられて、無力で居続けることは不安だった。精神が安定せず、本当の赤ん坊のように私は泣きじゃくるばかりだった。

 

 

 

 だが、私はなぜ死んだのだろうか。

 

 思い返して、ひどく体調が悪かったことは覚えている。休憩時間もなく、法的に無理なことを職場に強要され、それを上司に訴えても改善されることなく働き続けていた。

 

 痛み止めや胃薬を毎日のように服用し、働き続けていた。

 

 

 

 ……過労死だろうか。

 

 

 

 自分を必要としてくれる人を見捨てられないという、使命感で私は職場を辞めることが出来なかった。

 

 

 

 いや、単純に臆病だったのだろうな。

 

 頑張り続けていたことが全て無になって、虚しさを覚えた。より精神が不安定になる。日夜問わず、泣きわめき続けた。

 

 

 

 体に精神が引きずられている以上に、現実を分析すればするほど正気が保てなかった。

 

 

 

 私はなぜ生前の記憶を保ったまま、生まれ変わったのだろう。

 

すべて忘れてしまえばよかったのに。

 

 

 

 両親はまだ若い男女だった。

 

 年齢は二十代前半といった所か、生前の私と比較しても若い。

 

 周囲の会話やTVから聞こえる内容を聞くに、私が生まれ変わった場所は住んでいた地元からそう離れていなかった。

 

 

 

 ほぼ地名もなにもかも知っている内容、時折知らない人物の名前や地名も聞こえなくはないが、つまりは日本のままである。

 

 海外で暮らすよりは、言葉の壁を感じずにいられるので気楽だと言えるだろうか。

 

 

 

 しかし、私はすぐに知る。

 

 ここは私がいた日本ではないと。

 

 

 

 ……母親に抱かれて、外に出た時に見かけたのは耳の長い美しい人。角の生えた屈強な大男。ヒゲを蓄えたやや頭身の小さな成人男性。

 

 

 

 ここは……どこだ?

 

 私の理性は崩壊しそうだった。

 

 

 

 

 *

 

 

生前は、野郎のエルフと抹茶パフェ食べることになるとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。

ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。

それはさておき私の知る限り、エルフはみな美しい。

それはもちろん、同席するこの男にも言えることだった。

 

「人間が作ったとは思えないほど美味だな」

 

 エルフの男は差別意識を露わにして、パフェを評した。

 いや、男というには、少し幼すぎたか。そう、私と一緒にパフェを食べているのは少年のエルフだった。それでも店内の女性たちの目線をくぎ付けにしているのだから、将来が恐ろしいものである。

 古来より、イケメンはモテるものだ。エルフなんて街中を歩けば、女性が列をなしてついてきそうなものである。なんの大名行列だ、それは。

 

「聞いているのか、陽介」

「もちろん聞いているよ」

「ふん、どうだかな。 ただでさえ人間は寿命が短いんだ、ぼーっと生きて無駄にするほど余裕があると思うなよ」

「耳が痛い忠告だね、気を付けるよ」

「ああ、そうしろ。 僕が人間に忠告することなんてそうはない」

 

 彼は何かと人間に対して差別的意識があることを、人間である私にすら明言してくる。

と言っても、彼に悪意はない。非常に差別的でエルフが最もこの世で優れていると思っているだけで、基本的に善意の人(エルフ?)である。

毒舌なのは機嫌が悪いからではなく、これが素だ。むしろ今は、彼の機嫌は良いくらいだった。

 いつもは口をへの字に曲げ、眉をしかめている様なのだが、今は穏やかに眉毛がアーチを描いている。まあ、どんな表情をしていても美形は様になるのだからうらやましい。

 私もそんな上機嫌な彼を見て、嬉しくなった。

 

「そうかい? 君に気に入ってもらえて何よりだよ」

 

 私は彼に微笑みかけた。

 

「せっかく一緒に食べるのだから、君にも楽しんでもらえないとね」

「ふん。 最初はどんな粗末な場所に連れていかれるかと思ったが、悪くない店だ。 ……それに、この抹茶といったか」

 

 スプーンでパフェを掬うたびに、彼は満足そうにうなづく。

 

「実に素晴らしい。 ぜひ、父上にも食べさせてやりたいものだ」

 

この尊大な少年エルフ、その名もファルグリン。

古いエルフの言葉で、運命を司る精霊を意味するのだそうだ。

なおフルネームはもっと長い。エルフは祖先を大事にしていて、尊敬する人の名前をいくつも受け継ぐルールがあるそうなので。

もっともフルネームを名乗るなんて人前でみだりにする習慣でなく、大事な儀式の際に口にすることがある程度の頻度らしい。

なので、ファルグリンと私は良き友人であるのだけどフルネームは知らなかった。

 

「にしても、この国の和風スイーツとやらは、実に罪深い」

 

 ファルグリンは真剣な表情で、そう和風スイーツについて考察した。

何言ってるんだ、このエルフ。

 

「罪深い? それは……なんというか、未知の見解だね」

 

 和風スイーツが罪深いとは、生前生後を含めて初めて聞いた。

 

「ああ、人間にはわからぬ感覚だろうが、な」

「それはエルフの文化に関係することなのかな」

「まあ、そうだな。 原初のエルフは『始まりの大樹』より産み落とされた。 いわば、世界樹とも言える存在を母体としている」

「なるほど。 授業でエルフ史について、すこし聞いた気がするよ」

 

 ファルグリンとは、同じ学校の同級生だった。

 エルフは見た目で年がわからないものだが、ファルグリンは見た目通りの年齢である。

 見た目通りじゃないのは、ある意味むしろ私の方だった。なにせ一度死んでやり直している身である。

 

「ならば話は早いだろう。 エルフにとってすれば、植物こそが血肉だ」

「ああ、そうなる……のか?」

 

 いまいち感覚的に納得できなかった。

 

「僕らの感覚からしてみれば、サラダなんて人間の食事の仕方は非常に野蛮だ」

「え、本当に?」

「ああ。 僕や父上は食べるがね、古代じゃあるまいし」

「へえ、君はなかなか革新的なエルフなんだね」

 

 サラダを食べるエルフは、革新的。自分で言っていて、意味が分からないね。

 

「それはそうだ、こちらの世界に留学するくらいだからな」

「文化的ギャップが激しそうで、世界を超えてくるなんて尊敬に値すると思うよ」

 

 そう、生前との大きな違いはそれだった。

 歴史があちこち改変されて、第二次世界大戦のさなかに日本は異世界とつながっていたのである。他にも、アメリカやドイツがつながっている。

 ここだけ聞けば夢がありそうなものだが、異世界の事情は深刻であり、異世界とこちらが繋がった理由も悲劇的なものだった。それには核兵器が関係しているのだから。

 

「なにより、最初は言葉が不自由だったな。 今となっては造作もないことだが」

「突然、異世界に飛ばされた日には、すごく苦労しそうだ」

「それは大事件だな」

 

 わりと小説やアニメの中だと、よくありそうな大事件である。

 

「話を戻すが。 僕はばかばかしいと思うが、頭の古い連中の中には、植物食をなるべく避けようとする考えもある」

「あー。 昔の日本は、食肉を避ける文化だったよ」

「それはかなり野蛮だな、野菜ばかり食べるのか」

「それを君が言うのか。 いや、魚や鳥は良かったからそれを食べてたんだよ。 魚が一番一般的だった」

「随分と中途半端な考えなんだな」

「たしか宗教的な理由だったんだ、動物の殺生を禁じるとかで」

「植物はいいのか、変な考えだな」

「だから、君がそれを言うのか」

 

 サラダをばりばり食べるエルフに言われたくないところである。

 でもこの考えからいくと、いろいろと面白いことが考えられる。たとえばエルフからしてみると、ベジタリアンなんて相当な野蛮人に違いない。

 ダメだしをしている割に、ファルグリンは興味深そうだった。

 

「この国の宗教に関する話も面白そうだな、実のところエルフでも一部の僧は完全に植物食を禁じている」

「それは……大変だな」

「ああ。 実際に行うのは、かなりの苦行だな」

 

 そういいながら、ファルグリンは抹茶ドリンクを飲み始めた。

 抹茶ドリンクは、人間でいう牛乳に当たるのか、それともステーキジュースみたいなやばい飲み物になるのか、はたまた豚骨スープ的なものになるのか。ちょっと面白い。

 

「エルフは『始まりの大樹』を信仰してるんだっけ」

「信仰というか……基本的には『それ』になるのを目指すのが、僧だな」

「『それ』って?」

「大樹になるんだ。 エルフの僧は、『始まりの大樹』と同じものに変化しようとする」

「エルフが木になるの?!」

「何が不思議なんだ? 元がそうなんだ、難しいが成れないこともないさ」

 

 はじめて聞いた話だった。

 

「大樹を目指す僧は、植物を断つ。 それに対する欲を捨てるんだな」

「じゃ、家畜の肉でも食べるの? 牛とか、ブタとか」

「……僧に言わせれば、人間の文化で一番野蛮なのは、木を伐採することでも、野菜を育ててサラダを食べることでもない。 家畜を育てることだぞ」

「え、なんで?」

「動物を育てるのに、餌に大量の植物を消費するだろうが」

「ああ、なるほど」

 

 と、なるとベジタリアンはエルフのなかでアリなのか、ナシなのか。考えるのに困るところである。

 

「って、あれ? それだと食事がままならないんじゃ?」

「自然の中で生きるのが、エルフの僧だ。 狩りをするのさ」

「あ、それっぽい」

「ぽい?」

「狩りの名手って、エルフっぽい」

「……今時、そんなことをしているのは、大樹に寄り添って生きてる連中だけだがな」

「そういうものか」

「お前たちだって、普段から狩りをしてるわけでもないだろう」

「うん、そうだね」

 

 こうやって、抹茶パフェ食べてるくらいだもんな。

 

「その理屈で行くと、畑で野菜を育てて食べるのは、わりとエルフとしてはありなのか」

「全部がありという訳じゃないがな。 人間でいうと、家畜を食べる程度の概念に当たるんじゃないか。 少なくともこの国だと、犬や猫はあまり食べないだろう?」

 

 当のエルフであるファルグリンは、自信なさそうに言った。

 

「なんか、はっきりしないね。 どの野菜が犬や猫なのか、まるでわからないし」

「……僕は別に全エルフを代表してるわけじゃない」

「そりゃそうだ」

 

 至極まっとうなことを言われてしまった。

 私だって、全人類や日本人を代表しているわけでもなかった。人間の文化だって地域差があるものだし、考え方だってそれぞれ違う。

 きっとファルグリンと話をした内容だって、大樹に寄り添うエルフや、エルフの僧に直接聞いてみれば違った答えが返ってくるはずだった。

 

「でも、そういった文化があったのを考えると、確かに和風スイーツは罪深いね」

「ああ、背徳的な快感をもたらしてくれるともいえる」

 

 変態か、このエルフ。

 そんなわけで、彼と和風スイーツを食べてまわりながら、とりとめのない話をするのが今後の日課になるのだった。

 

 

 



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第2話 エルフ少年と雪まつりにでかけた

生前は、野郎のエルフと雪まつりを見に行くことになるとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。

 いや、まあ、私が誘ったのだけれどね。

 

「雪で雪像を作るなど、この世界には奇妙な風習があるものだ」

「別にどこでもやってるわけじゃないよ」

 

 と、言いつつも「海の向こう側でも、こういう催しものがたくさんあるんじゃないか」とスマホで調べる私。あ、あれ? 意外と見つからないぞ。

 あ、雪まつりって世界三大氷祭りのひとつなのか。へえ、そんなものがあるとは知らなかった。地元のことなのに。

 

「海外からの観光客も少なくないようだ」

 

言葉や風貌から、そう察するエルフの少年。彼の名はファルグリン。古いエルフの言葉で、運命を司る精霊を意味するのだそうだ。ちなみに本名はもっと長い。

 美形ぞろいのエルフにたがわず、彼自身の美貌も雪像の迫力に勝るとも劣らずである。空からちらつく雪と相まって非常に絵になる様子だった。

 

 女の子だったらよかったのに。

 

「……そうだね、毎年ながら観光客が多い。逆に地元の人間は、あんまりいかないよね」

「そういうものか?」

「あまり珍しくないからね、寒いし」

 

 わざわざ寒い思いをしてまで雪像を眺めたり、屋台で購入した暖かい食べ物があっという間に冷めるのを楽しむ趣味はないのである。

毎回、この時期になるとインフルエンザも流行するし、人混みは多いし、暖かい部屋でぬくぬくしている方が私は性に合っている。

 

「そうは言っても、年々豪華になっているけどね。 プロジェクションマッピングとかの催しは今年の目玉だし、屋台の内容も充実したね」

 

 私の子供の頃は……というか、生前の記憶だと、もっと規模の小さい感じだったと思う。あまりおいしくないお汁粉とかがせいぜいだったような。海外からの観光客もここまで多くなかった気もする。

 

「ああ、プロジェクションなんたら、な。 夜になると、あの巨大な戦士の雪像とドラゴンの雪像が戦うという奴だろう? なかなか壮大な話だな」

「迫力ある雪像だったねえ」

 

 残念ながら、夜は外出禁止なので私たちがそれを見るには、すこしシビアになるかもしれない。魔術学校の寮は規則が厳しいのだ。

 

「あれは、この世界の伝説を再現したものか?」

「いや、そうじゃないよ。 何と言ったらいいかな、TVゲームはわかる?」

「ああ、存在は知っている。 だが、父上はそういうものに厳しくてな。 僕はあまり詳しくはない」

「うーん、私も詳しいわけじゃないけどね。 その中での話みたいだよ」

「なるほど、フィクション……というやつか」

 

 そういいながら、ファルグリンは先ほどまで湯気が立っていた甘酒に口を付けた。彼は猫舌なのだが、同時に比較的寒がりでもあった。今日の気温だと、暖かい飲み物を買ったところで、あっという間に冷たくなってしまう。

 少々、彼には酷な環境かもしれない。

 

「……こんなに寒いのに、盛況なものだ」

 

 その声の呆れの中に、どこか感心が入り混じっていたことに気付く。ファルグリンは人間を見下しているが、その感性は豊かで素直だった。

 

「昔はもっと観光客は少なかったよ。 それに海外の出店もあまりなかったんじゃないかな? 食べられるものも種類が少なかった気がする、それもどこのお祭りも同じようなものばかりだった」

「そうなのか。 ……こちらの世界に来る者も、少なかっただろうしな」

「それは……よくわからないけど、そうだろうね。 徐々に流入しているとはいえ、今でも頻度は限られているし」

 

 生前の記憶ではわからない部分だった。前に私が経験した人生に、異世界など存在していなかったのだから。パラレルワールドの歴史を教科書などから学んだとはいえ、地元がどのような変遷をたどったかなど細かく知るのは、私にとっては難しかった。

 もっと私が賢ければ調べようがあるのだろうけど。

「それにしても、陽介。 お前は年齢の割に古いことにも詳しいのだな」

「また聞きを話しているだけさ、あまり正確さには期待しないでくれ」

 

 この記憶はあくまで元の世界での話だ。類似しているとはいえ、歴史の流れも違うものである以上は、信頼がおける記憶とは言えないだろう。

 実際、こちらの世界の雪まつりでは外国人どころか、異世界のドワーフやエルフ、オーク、ハイドラ、妖精たちが少なからずうろうろと歩き回っているのだし。

 

 催しにも異世界からの出店で、エルフ料理やドワーフ料理はもちろんのこと。アマゾニス料理、北方戦士料理、魔術を技法としてシェフが取り入れた魔法料理なんてのもちらほら見受けられる。イベントで魔術を披露する者もいれば、舞台装置として使われている節もある。

 

 姉妹都市として、異世界の都市『リューン』とも提携している関係もあって、そちらでの文化は流入してきやすい印象だ。

 私たちは歩き回りながら、雪像の話に花を咲かせる。

 

「あれはこの世界の寺院ではないか」

「この世界のっていうか、仏教の寺院だね。 ……薬師寺か」

「どんな由来の寺院だ?」

 

 どこかワクワクした様子で、ファルグリンは私に尋ねた。彼は美しい代わりに、どこか冷たくキツく見えてしまうところがある。だが、今は年相応に見えた。

 寺で子供らしくなるって、あまり理解できない感性だ。

 

「あそこの看板に色々解説が書いてると思うけど」

 

 私は雪像の横にあるパネルを指した。

 

「漢字が多すぎる」

「……君があまりにも流暢だから、漢字が苦手なのを忘れていたよ」

「苦手なのではない、漢字が多すぎることが理不尽なのだ」

「まあ、漢字も日本人でも読めないことあるけどね」

「そうだろうな」

 

ファルグリンはどや顔である。今の会話に、君が威張る要素はなかったはずなんだけど。

 パネルは人混みで見えないので、適当にあいまいな知識で話した。この時の私は、それが大して重要なことに思えなかったのだった。

 

「ええと、奈良にある寺院でね。平安時代くらい……いや、たぶん奈良時代くらいかな。 そのころに当時の天皇が建築したお寺だね。 世界遺産に登録されてて、有名なんだよ」

 

 実際は、奈良時代じゃなくて飛鳥時代だった。のちにファルグリンに罵倒されることになるとは、思いもよらなかった。

 

「なんだか、あいまいな物言いだな」

「あー、あんまり歴史には詳しくなくてね」

「頼りにならん奴だ、それで世界遺産とはなんだ?」

「そ、そこから!?」

「その様子だと、学んだことがあるのだろう。 どんなものか教えてくれ」

 

 当然のことだが、異世界に世界遺産なんて概念はなかった。

説明に非常に悩んだので、スマホで調べて棒読みしてみせると「陽介よりスマホとやらの方がよほど優秀なのだな」とか「機械に尋ねるなら、僕にも出来る。 僕はお前に聞いたのだがな」などと怒られてしまった。そんなこと言われても。

 私は必死に話題をそらす。

 

「そういえば、エルフは寒さに弱いのかい?」

「……なんだと?」

「いやさ。 エルフはもともとは『始まりの大樹』と一緒に暮らしてたんでしょう。 暖かくて自然が豊かな場所なイメージなんだけど」

「お前は……なんというか、仕方のない奴だな」

 

 なんというか、ファルグリンに哀れまれた。

 彼は顔だけでなく、記憶力が良い。知らないことはあっても、一度得た知識を忘れるなんてことはありないことだったので、話から逃げるしかない私を呆れるどころか、可哀そうにしか思えないようだった。

馬鹿にされた方がマシな反応だったので、私はやるせない気持ちでいっぱいである。

 

「そうだな。 お前に言う通り、かつて原初のエルフは豊かで温暖な土地に住んでいた」

 

 そして、それ以上触れずに話をそらしてくれた。優しさが痛い。

 

「かといって、寒さに弱いのかと言えば、北方での戦いでも十分に活躍できた。 敵に地の利があるとき、雪に足をとられ苦戦したり、吹雪に惑わされ敗北した歴史があるのも否めないがな」

「寒さへの強さは戦争が基準なのか」

「他に何がある?」

「寒い地域に住んでいたか、とか」

「スノーエルフと呼ばれる氏族がいると聞いたことがある。 が、一切の交流もなく、いまだに現存しているかどうかすら不明だ」

「スノーエルフ?」

「ああ。 オークとエルフの大戦後に、エルフとドワーフの間でも戦争が起きてな。 その戦いを嫌ったもののなかに、極寒の地に旅立ち、そこに隠れ住んだエルフの一派がいたという話がある」

「そうなんだ……戦争が多かったんだね」

「そうだな。 特にオークとの戦いは神話に近いところがあり、そのころの記憶を持つ者は非常に少ない。 一方で、ドワーフとの戦争は比較的最近にもあったほどで、当時を語ることが出来る者も多い。 有名なのは『ヒゲ戦争』と呼ばれる泥沼の戦いだな」

「なに、その前衛的な戦争の名前」

「話を端的にすると、ドワーフとは戦争をしては停戦協定を結んで、また戦う準備と動機が出来たら戦争をするのを繰り返しているわけだ」

「まず、そこからなんとかしようよ!」

 

 エルフの歴史も、なかなかひどい歴史観である。ただ一方的にエルフが正義であると言わない辺りが、ファルグリンの公平さを表している気もした。

 

「その中でも『ヒゲ戦争』は、互いに戦争を望まない時期に発生した上に、のちに他種族の介入も許し、ドワーフとエルフの双方に悪影響を及ぼしたろくでもない戦いでな」

「戦争自体、ロクでもない気がするんですが」

 

 私は平和主義者です。

 

「戦争のきっかけとなったのが、ドワーフのヒゲだ」

「なんでだ」

「そもそもドワーフのヒゲは、ドワーフにとって誇りともいうべきものでな」

「なんとなくイメージはわかるよ、ドワーフと言えばヒゲだもの」

「停戦している期間中でも、互いに使者を立てて話し合うことがあったのだが。 その使者同士が口論に発展してな」

「なんとなく話が見えてきたぞ」

「どちらが先にどんなことを言ったか、どちらが暴力的な手段に出たかは双方言い分が違うので明言しないが。 結果だけいうと、その使者であるドワーフのヒゲをエルフが切り落としたわけだ」

「まさかそれで戦争に!?」

「そう、そのまさかだ。 互いに頭を下げることもせず、そのまま泥沼の戦いになり、エルフは食料不足から餓死者を出し、ドワーフは流行り病の死者を出しながら殺しあった」

「そりゃスノーエルフさんたちも国を去るよ」

 

 たぶん私が同じ立場でも、同じことをするかもしれない。いや、それでも故郷は捨てられないだろうか。

 

「……正直なところ、僕はここに来るまで寒さにはあまり縁がなかった。 それに寒い土地にあまり良い印象がなかったのもある。 そういう場所は寂しい場所に違いないと思ってた」

「故郷を捨てて、赴くような場所だから?」

「そうだ」

 

 愁いを帯びるファルグリンの目。長い時を生きるエルフは、戦争の生き証人が多い。それだけに悲惨な話も聞くのだろう。

 今、この国にはそんな生き証人はいなくなりつつある。

 

 私はエルフをうらやましがるべきなのか、そうするべきではないのかがわからなかった。ファルグリンが年齢よりも、時々大人びて見えるのは周囲の環境によるものだったのだろうか。

 

「だからというわけではないが。 ……僕はこの世界にきて、その印象が変わってよかったと思うぞ」

「それは……一緒に回る甲斐があるねえ」

「ああ、光栄に思え」

 

 そういいながら、彼は空になった紙コップをゴミ箱に捨てた。

 

「とはいえ、飲み物がすぐ冷めるのはいただけないがな」

「夜はもっと寒いよ」

「……プロジェクションなんとやらは、来年でもいいんじゃないか」

「残念ながら、内容は来年になると変わると思う」

「一年という短い期間で、催事の内容を変える人間の感性が理解できん」

「一年は短いけど、長いんだよ。 ファルグリン」

 

 それが彼に理解できるかはわからないけれど、私は彼にそういった。

 



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第3話 エルフ少年とバレンタインは憂鬱

生前は、バレンタインデーに期待したことなかった気がするけれど、次の人生でも期待できないとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。

 いや、まあ、別に欲しいわけじゃないんだけどね。本当だよ。

 

「その点、君はたくさんもらっているよね。 ファルグリン?」

「なんだ、うらやましいのか。 くだらん、風習だ」

 

 完全にモテるからこそ、いえるセリフである。

 持たざる者がそれを言っても、単なる負け惜しみに過ぎない。全然悔しくなんかないんだからね。うそ、本当は困るくらいもらってみたい。せめて二度の人生に一回くらい。

 

 何の因果か、私は記憶を持ったまま、よく似た異世界に生まれ変わったわけだけど。

前世では学生時代にチョコレートをもらったことは一度もなかった。今もそんな経験はない。生まれ変わったくらいで、モテないやつがモテるようになるなんてあるわけない。

 

しかして、エルフの少年はそんな心境など理解もできない。彼の名はファルグリン。古いエルフの言葉で、運命を司る精霊を意味するのだそうだ。ちなみに本名はもっと長い。

 

私が自室で紅茶を飲みながら過ごしていると、紙袋にたくさん荷物を入れたルームメイトである彼がちょうど今、入室してきたのだった。

……その紙袋はデパ地下で手に入る銘柄だった。

とてもファルグリンのものとは思えないので、荷物を抱える彼の様子を見るに見かねた人物が彼に渡したのだろう。

そう、おそらく食堂で働く年配のお姉さまあたりだろうか。彼は年齢に関係なく、女性受けしている。私はそう推理した。

 別にやっかんでいるわけではないけれど、私はからかうように声をかけた。

 

「バレンタインは初めてかい? ファルグリン」

 

 彼は意図的に、私の質問を無視した。不機嫌そうだった。

 

「人間とは理解できんものだな、バレンタインデーとは、な」

 

 ファルグリンは人間が愚かだと言いたげだった。

 ファルグリンはエルフだけど、年齢は見た目と相応だった。今の私の肉体年齢と同じ、11歳である。まだ、彼は恋愛には興味がなさそうだった。

 女の子の方が早熟なのはエルフも共通らしい。

 私は少し、話題を広げることにする。

 

「バレンタインね。 海外だとまた違うんだけどね、元はこの国の風習じゃないし」

「そうなのか?」

「ええと、男性から女性への、愛の告白の日だったかな? 性別に関係ないという話も聞いたことあるような」

「……別に、そういった習慣が身近になかったわけではないが。 しかし、わからない。 それがどうして、チョコレートを配る話になる?」

「それはあれですよ、チョコレート業界の陰謀ですよ」

「陰謀?」

「チョコレートを扱っている業界が、告白の時に自社製品を贈るように宣伝したんだよ。 それがそのままブームになっているみたいな。 特にチョコレートそのものには愛を意味する習慣はないね。 聡明な君のために付け足すけど、錬金術の授業でカカオが媚薬として扱われたことがあるという話もあったけど、それとも関係ないね」

「……理解できん」

 

 ファルグリンは理解することを放棄したようだった。

 世の中、美形と言うのはモテるものだが、その例にエルフはもちろん漏れることはない。

 むしろ人間だと、愛想の一つもないと敬遠されるものだが、エルフはエルフと言うだけでこの国ではモテるのだった。女子の中ではエルフとお付き合い出来るだけでステータスだとかなんとか。

 まあ、憤りを感じなくもないけれど。たぶんそれって、きっと男子も変わらないよね。エルフの恋人に対する期待感って。

 私だって、エルフの女性と付き合ってみたいもの。100歳年上だろうが全然かまわない。

 

 ファルグリンはチョコレートをおっくうそうに机に置いた。私はねぎらいながら、彼にお茶を淹れてあげると少し機嫌が良くなったようだった。

 

「にしても、お前はそういうことにも詳しいのだな」

「べ、べつにバレンタインデーになんか詳しくないよ。 全然、興味なんかないし」

「ん? あ、ああ。 ……そうか?」

 

 あまりに貰えないから、否定するために理論武装したくて調べているわけでもないもん。

 ファルグリンはすこし不思議そうにした。

 

「ところで何をしているんだ、陽介」

 

 陽介は今の私の名前だった。

 

「もちろん研究だよ。 ちょうど今実験をしていたところでね」

「……そういえば、お前は特待生だったな」

「今は、ね」

 

 私は正常に魔術の使えない欠陥品、よく言えば劣等生である。火も出せなければ、何かを凍らせることも、稲妻を走らせることもできない。

しかし、言い換えれば、魔術による戦闘技能はあまり望めない程度で済んでいるともいえる。私はみんなとは違った方法で、常に成果を出し続けねばならなかった。

 

 ファルグリンは人間に対して差別的ではあるけれど、探求心が旺盛でプライドが高く、それ故に勤勉で努力家でもあった。自分が人間よりも劣っていることが許せないからだ。

 だから、彼はいつも私の研究に興味津々だった。

 

「ちなみに、今はなにを研究している?」

「言えないよ、ファルグリン。 私の研究は秘匿指定だ」

「それ以外にも研究しているだろう」

「……よくわかるね」

「いつも机の上の、研究の資料がちがうからな」

 

 彼の言うとおりだった。

 私の一番大切な研究は時間がかかり過ぎた。だけど、成果を出すことを求められている以上、他の研究で補うしかなかった。

 

「今は記憶の研究をしているよ」

「人の精神を操る研究ならば、禁忌だぞ。 そう言いながら、どこの研究機関でも調べているだろうけどな」

「少し違う。 私の研究はもっとソフトだよ、自分の頭の中を整理したいだけさ。 自分の記憶をコントロールできるようになったら色々と捗るだろう」

 

 自分がなぜ、この脳には存在しえない記憶を持っているのか。それが私の疑問だ。

 私が持っているのは、いわば死者の記憶なのだから。それもこの世界にはありえない記憶。

 そして、私はこの記憶のせいでろくに魔術が使えないのだと思っている。古い大人の記憶が、子供の脳に柔軟性を与えることが出来ないせいで、発達を阻害してしまって魔術に対応しきれなくなってしまったと思うのだ。

 

「それと、物の感じ方や捉え方をすこし誘導できるようになりたいね。 将来的には死者の記憶を蘇らせるようになれば、きっと分析できて目標に近づけると思うんだ」

「それのどこがソフトなんだ?」

「他人をどうこうしたいわけじゃないから」

 

 私は自分が得るはずだった当たり前の権利を欲している。

 

「そう簡単にできるとは思えないがな」

「自分の精神や肉体の改造は、人間の魔術師の基本だよ。 ファルグリン、君たちエルフと違ってね」

 

 人間は肉体の強度も、魔術で扱える能力もエルフと比較して劣っている。

 人間にとって魔術とは、人間を超えるためのもの。だけど、エルフにとっては自分たちが扱える本来の力だ。

 そもそも魔術の強さは、生命力の強さに比例するので、不老不死であるエルフとは扱える出力がそもそも違う。それよりも強大なモンスターが扱う魔術には一個人では勝ち目がないのが前提だった。

 

 だから、魔術師は少しでも人間以上の力を持つために、人間以外の何かを取り入れようとする。例えば、神や天使とか。例えば、悪魔やドラゴンとか。

 もう少し画期的な手段が、古いヒーローものの定番である改造人間的な手段だった。少しソフトだと、訓練や投薬程度で済んだりする。こう言ってしまうと非人道的だけど、文献で調べる限り仙人の修行も似たようなものだ。

 

「最初はネズミを追いかけまわしているだけの鈍間だと思ったが、話してみると実に魔術師らしいのだから、人間とはわからないものだな」

「魔術師らしい、ね」

 

 魔術師としては、欠陥なのだが。

 

「にしても、ネズミを追いかけているとはひどいな。 彼にはれっきとした名前があるんだよ。」

「ああ、一応あれはお前の使い魔か?」

「使い魔じゃない。 テイラーは私のパートナーさ」

 

 テイラーは使い魔専用のショップで購入したネズミである。一応、学園には使い魔として届けている。彼は少々特別なネズミで、気難しいところがある。

ショップでは脱走の常習犯と、しわくちゃな顔をした店員に言われた。罠を仕掛けても引っかからず、普通の檻だと歯で噛み切ってしまうのだそうだ。

それを聞いて、買うなら彼しかいないと思った。

 

色々あって彼とはすぐに打ち解けて、今では愛称でテイラーと呼んでいる。

 

「そのテイラーとやらの姿が見えんのだが?」

「テイラーも忙しいんだよ、何かとね」

 

 私はそう言って、にやりと笑った。

 

「でも、君もすぐに忙しくなるよ。 ファルグリン」

「なんだと?」

「君はまだ、今日貰う予定のチョコレートの3分の1も貰っていないからね」

 

 それを聞いて、ファルグリンは心底うんざりした顔をして見せた。

 私の予言は百発百中との評判だからだ。彼自身もその精度を何度も体験していた。

 

「お前と言う奴は、占星術の成績も大してよくないくせに」

「占星術の授業は結果が的中するかどうかよりも、それまでの解釈や考え方を重視するからね。 正解が導けても、方程式があってないとならないなんて理解できないね。 それに占いなんて非科学的だし非論理的だよ」

「お前自身が大概、非科学的だし非論理的な人間だと気づけ」

 

 ファルグリンは冷たくそう言い返してきた。なので、私は話題を戻す。

 

「相手が人間とはいえね。 女性の気持ちをないがしろにするなんて、紳士的じゃないし余裕がない振る舞いだよ。 プレゼントをもらって、迷惑そうにするとか優雅じゃないと思うね」

「くっ……」

 

 悔しそうに、ファルグリンは紅茶を飲んで黙りこむ。

それを見て、私も黙った。ひとまずファルグリンには、ホワイトデーと言うお返しをする習慣については、このまま黙っておくことにした。これはあくまでルームメイトに心労をかけないためにしていることです。

 特に悪意はない。

 



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第4話 エルフ少年と食堂でびっくりランチを食べた

 廿日陽介(はつかようすけ)と言う少年は、監視対象である。

 

 当初の評価と相反して、彼は大きな才能を秘めた学生と評価するとともに、その危険性について大きく考慮するべき人物である。

 

 当初、彼の将来性は非常に低いものと判断していた。理解力は低くはないが魔術においては、ある種の障害を抱える劣等生である。

それは魔術構成障害のなかでも、魔術による事象を引き起こす際に、イメージを伴うものに大きな障害を有するものであり、彼の生み出す多くの魔法は有形力を持たない。

実際のケースを例に出すと、もし彼が燃え盛る炎を具象化した場合、それは熱のない炎となる。何かを燃やすことはできないし、もちろん何かを傷つけることもない。

魔術を使った戦闘において、彼の才能は最低レベルということが出来る。

他にも様々な魔術の実技において、数多くの失敗を繰り返している。

 

だが、その評価は早期に覆ることになった。

 彼は入学1年目にして、第2級指定秘匿魔術を修得している。

そのレベルは高いとは言えず類似する魔術も多くあるものの、その魔術が完成した暁には第1級の指定を受けるうるものであり重要性は高い。

 しかしながらその魔術は年齢に対して、見合わない成果であり、またあり方であった。

 

 その魔術の名を、彼は『ハーメルン』と名付けている。

 

『ハーメルン』は非常に有用な能力であり、完成すればその価値ははかりしれない。

しかし、それを構築しようと計画する頭脳と人格は、どちらの側にでも傾きうるものである。彼の魔術師としての今後のありように注目し、逸脱する恐れがあれば拘束、あるいは処理する必要性も考慮するべきである。

 

 

 *

 

 

生前は、またこんなに大盛りでゴハンを食べることになるとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。

 基本的にある程度の年齢になると、大盛りゴハンが重たく感じるものなのだから、再び若いころの食事量を経験できる人間は、とても珍しいに違いない。

 

ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。

大盛りゴハンを楽しめるようになったことだけが、私にとって唯一、生まれ変わって良かったことと言えるだろう。

たいていの場合、一度死んだら死んだままの方が気楽なはずである。

 

それはさておき、私はゴハンを食べることが好きである。

もちろん同席するこの少年もそうだった。

 

「君は細いのに、よく食べるよねえ。 ファルグリン」

 

彼の名はファルグリン。古いエルフの言葉で、運命を司る精霊を意味するのだそうだ。ちなみに本名はもっと長い。私のルームメイトだ。

 

私は、使う前の食器を裏側までじっくりと観察したまま、彼に話しかけていた。きちんと汚れがないか、ひとつひとつ確認しないと食事に取り掛かれないたちなのである。

ファルグリンは慣れたもので、私の変わったその癖には無関心だった。

 

「お前こそ、いつも机にかじりついているくせによく食べる」

「机をかじっても、腹は膨れないからねえ」

「……お前は、慣用句という言葉を知っているか?」

 

 ファルグリンは呆れたように、私を見た。

 異世界人のくせに、日本語に詳しい奴である。

前世はクラスメイトに慣用句を使った会話をすると、通じないことの方が多かった。

彼との会話は感動を通り越して、同じ日本人に泣けてくる今日この頃。

 

 それにしても、目の前のエルフの少年はよく食べた。

 メインはザンギ(鶏のから揚げ)にハンバーグ。ゴハンの上には目玉焼き、添えてあるナポリタンにエビフライ……。申し訳程度に乗せてある、野菜。

 学生たちに大人気、びっくりランチである。注文され過ぎて、今さら誰もびっくりしてない。

 

 私たち二人は、午前中の授業を終えて、学生食堂にて食事をとっていた。なかなかにぎやかで騒がしく、何名も連れだって食事をするグループが大半だった。

 そのなかで、私たちは二人でゴハンを食べている。

 

 ファルグリンがエルフにありがちな容姿をしているせいで、以前は女子生徒からの視線が気になっていたが、私も慣れたものだ。

考えてみれば、私を見ている視線なんてほとんどないのだから、気にするだけ損である。

 

 ふと、私は気になって、エルフの少年に話を掛けた。

 目の前の彼は、おいしそうに大きなハンバーグにかじりついていた。

 

「きみは、あれだ。 前にエルフにとっての血肉は、植物がそうだみたいな話をしていなかった?」

 

 その割に、植物の割合が少なくないだろうか。育ち盛りだろうに。

 

「それがどうした、人間のポンコツな記憶力がまたうつろなのか」

「本当に君は日本語が達者だよね!」

「……お前ごときに褒められてもな」

 

 本気で憂鬱そうに、言われてしまった。私に褒められるのが恥ともいわんばかりである。

 まあ、植物食の話はいいや。追及すると面倒そうだった。

 お腹をすかせた私はハンバーグより先に、目玉焼きの乗ったライスに手を付けた。ここは醤油をかけるのが正義である。異論は認めない。

 

 聴いたところによれば、エルフはあまり食事をとらなくても、効率よく動くことも出来る。だが、基本的にはよく食べて生活している。

 理由は簡単な話で、消費するエネルギー量が多いからだ。彼らはもともと狩猟をする民族である。その身体能力も当然ながら高い。

そして、エルフの使う魔法の力も、結局は彼ら自身の生命力が、力を発揮するために必要なガソリンとなっている。

 

そうはいっても、ファルグリンは育ち盛りである。そんな理屈なんて関係ないのだろう。人間である私だってそうなのだから。

とろけるような半熟卵と醤油の組み合わせは、いつだって私を裏切ることがない。コメの一粒一粒をくるみ、まったりとした深みのある味わいで舌を楽しませる。

 

噛み締めたエビフライは香ばしく、サクサクだった。エビの大きさのわりには衣が厚い気もするが、エビフライは衣が美味いのである。

 

「にしても、午前中の授業はハードだったね」

「白兵戦の訓練なんて、あまり魔術師に必要じゃない気もするがな」

 

 ファルグリンの言葉はある意味で当然だった。本来の魔術師は研究者であり、戦闘を生業にする兵士ではなかった。

彼はよほど腹を空かせているのか、ハシが止まらない様子だった。上品ながらもホカホカで湯気の立つコメをかき込むような勢いで食べながら、ナポリタンも器用につまんだ。

ファルグリンのハシさばきは本当は、日本人なのではないかといつも疑う。

 

「そうは言っても、同学年には負けなしの癖によく言うよね」

「人間ごときに、僕が負けるはずもない」

「担当のロドキヌス師には、ボコボコにされたけどね」

「あんな化け物に勝てるわけがないだろう!」

 

 化け物だなんて失礼だな、あの先生、一応種族だけは人間だよ。冴えない眼鏡で身長が170cmでひょろりとした体型のくせに、体重が200kg近くになるような肉体改造を施してるけどね。

昔の魔女裁判であった『魔女は水に浮かぶ』なんてのは、嘘だ。本物は絶対に浮かんでこないし、沈められたところで死なないだろう。

 

「魔女裁判か、それも人間の愚かさの象徴だな」

「味噌汁のおふじゃあるまいし、ね。 浮かぶ浮かばないで裁くとは意味不明だよ」

 

 ズズっと音を立てると、ファルグリンに睨まれた。テーブルマナーにうるさい奴である。

 

 ロドキヌス師は、本物の戦闘魔術師(ウォーデン)だ。

生徒どころか、教師陣のなかでも勝てる人間はいないかもしれない。戦うことに特化した魔術師は人間を逸脱しているからだ。

エルフであるファルグリンを、まさに子供扱い出来る人間はあまりいないだろう。

 

一方で、ロドキヌス師自身は毎年、学園長に担当を変えるよう希望を出していると、もっぱらの噂だ。白兵戦の授業担当の癖に、初授業の第一声が「破壊の魔術に傾倒する無粋な奴は俺のところに来るな」と言う変わった先生である。

錬金術の薬学や、魔術理論の担当になることを望んでいるようだけど、残念ながらその希望が叶う兆しはない。

 

私はハンバーグは香ばしい方が好きなのだが、食堂のハンバーグはしっとり系だった。しっかりと焼いてある感じがしないのが気に入らないところである。

でも、ソースはおいしい。ケチャップとソースを混ぜ合わせた味は好きだった。

 

まあ、自分が食事に夢中なのはいいのだが、友人が夢中だと水を差したくなるものだ。

ふと思い出して、ロドキヌス師の口調をまねてみせた。

 

「毎年、必ずいる。 破壊の魔術を入学前に覚えて、教員に叩きこんでくる奴がな。 先に言っておくぞ、その破壊力がどれだけ巨大だろうが例外なくぶち殺す」

 

 ファルグリンは恐怖にぶるりと震えた。というか、ファルグリンだけじゃなくて、周囲の学生みんなが私に注目して、青ざめている。

 思った以上に、私の物まねは似ていたらしい。

 

「そんなに喜ばれるとは思わなかったな」

「誰も喜ばないぞ! 頭おかしいんじゃないか!」

 

 必死な形相のファルグリンに同調している空気が、食堂で流れた。

 私はその反応に肩をすくめる。

 

「だって、私はロドキヌス師にぶっ飛ばされたことないもの」

 

 逆に言うと、ファルグリンは何度もぶっ飛ばされている。

 ファルグリン自身が『毎年、必ずいる。 破壊の魔術を入学前に覚えて、教員に叩きこんでくる奴』だったからだ。

 

「あ、そのエビフライ。 食べないならくれないかな?」

「誰が! 僕は最後に好きなものをとっておきたいんだ!」

「なんというか、一人っ子にありがちな奴だな」

 

 

 ファルグリンは私の言葉を無視した。そんなに怒らなくてもいいだろうに。

 

 ロドキヌス師に言わせると「破壊の魔術に関心を持ち、修得に至る者は二種類いる」そうだ。一つが「まともな育ちをしなかった者」で、二つ目が「死ぬほど幼稚な精神の持ち主」であるということ。

 これが真実だとすれば、私の知る限りさまざまな物語の主人公は、みな何かしらの問題を抱えていることになる。

 

 これを挑発ととらえた生徒たちは、みんなロドキヌス師に戦いを挑んだ。

 結果は推して知るべし、というやつである。

 

「陽介、ロドキヌス師が怖くないのか? 食堂で物まねなんかしたと言ったら、どんなことをされるか」

「怖がり過ぎだよ、ファルグリン。 私は先生の話には、きちんとした意味を感じるけどね。 頭で考えただけで人を殺せるなんて、それこそ頭がおかしくなりそうだもの」

 

 人を殺せる魔術を修得するというのは、そういうことである。それは、いつでも引き金を引けば殺せる銃を、頭の中に抱えておくということだ。

実際、破壊の魔術を覚えた魔術師が、「つい、カッとなって人を殺してしまう」なんて、探せばわりとあること。今までに、なかった事件じゃない。

 

時に魔術は、指さすだけで人を病にすることすらできるのだから。

だからこそ、この世界で魔術師が行う罪は、普通の人間よりも遥かに重い。

 

「それに、ファルグリン。 君がロドキヌス師とよく模擬戦をすることになるのは、君が優秀だからだよ。 他の生徒じゃ相手にならないからね」

「この件については、何ひとつ嬉しくない」

「わがままだなあ」

「なら、一度くらい代わってみせろ」

「私には、ファルグリンの代わりは務まらないね」

 

 白兵戦の模擬戦だって何度挑んでも、今までに1度しか勝った試しがないのだ。

 戦いだけじゃなく他のことでも、このルームメイトの足元にしも及ばない。

 

「代わりが務まらない……ね。 まあ、いい」

 

なにか、納得いかなさそうな様子のファルグリン。

 彼は味噌汁を飲み干す。味噌汁もまた、彼が言うところのある種の罪深い飲み物だった。

 

「そういえば、陽介。 来年から試練の塔に挑むというのは本気か?」

「そうだよ、前から言っているじゃないか」

 

 『試練の塔』とは、この魔術学院において2年生から挑戦することが許される迷宮である。100階層から成り立ち、様々な多様な環境が用意され、無数の動植物や魔物が放たれている。

 挑戦者はこの塔の頂上を目指し、ひたすら迷宮となった建物を歩き回る。そして、凶悪な魔物と対決し、謎を解き、食料や飲み水、体力の管理をしながらサバイバルすることを強制される。

 力だけではなく、勇気と知恵。苦難を耐え抜く精神力。五感。魔術師に対して求められる、あらゆる能力が試されるのだ。

 

 ある程度の安全措置は施されていて緊急時には脱出することもできるが、命を落とす危険性もある。この学園が『異世界にあった頃』には、実際に亡くなった生徒もいるそうだ。

 

 学院に入学する際、生徒および保護者は必ず、契約書に署名することになる。

 死の責任を問わないという、契約書に。

 例え、この塔に挑戦しない者であったとしても。

 

「なんのために? あんなものに挑戦するなんて、本当に、なんというか意味がないことだ」

「それは私が持たざるものだからだよ」

 

 私が塔に挑戦を希望しているのは、ひとえに実力に自信があるから。ではなく、実力に自信がないからだ。己の価値を高めざるを得ないからである。

 

 この挑戦は義務ではない。

 多くの生徒は、この塔に入ることなく卒業していく。

 

「最近、研究があまり捗らないんだ」

「だから? だったら、研究への時間を費やせばいい」

「家族を養うには、私は特待生でいたいんだよ。 万が一、成果が出ないままだと困る」

 

 私の父親はすでに死んでいる。母だけで幼い弟妹を養うのは、難しい。

 私が魔術師になることで、少なからず補助金は入っているはずだけど、お金が潤沢に足りているなんてこともないわけで。

 

「愚かな選択だ。 人間はすべからく愚かなものだが、お前は特に愚かだよ。 ろくに戦う力もないだろうに」

 

 いつもより、強い口調でファルグリンは私に言った。

 だからこそだ。

 私は自分が持たざるものであることを自覚している。魔術師として欠陥品の私は、普通以上に努力していることを示さねばならない。

 

 魔術を使うことに支障がある魔術師なんて、衣のない鶏肉をザンギと言い張るようなものだ。そんな料理は、ばかばかしくって見てられない。

 おいしいとは思うけど。

 

「とはいえ、魔術師のための試練なんだ。 戦うことが全てじゃないだろうさ」

「戦うことはすべてじゃないだろうが、試練の中では出来て当たり前のことの一部だろうさ」

 

 ファルグリンは私の口調をまねて見せながら、ザンギをほうばる。

 揚げたてを一口で食べるとは、なかなか贅沢だ。私なら、かならず一個につき二口だ。

 

「君の言う通りかもね。 ちなみに、君は挑戦しないのかい? ファルグリン」

「僕が? ふん、ありえないね。 あんな試練なんて時代遅れの遺物だよ、挑む人間の気が知れないね」

「確かに」

 

 私が同意してみせると、ファルグリンはますます不機嫌になったが、そのまま最後のひとくちを平らげて見せた。エビフライをしっぽごと食べるのは、エルフの作法だろうか。

 私も含めて、お互い食事も終わったので、タイミングを計って立ち上がる。

 にしても、今日のびっくりランチも美味しかったが、放課後には、そろそろ珈琲でも飲みに行きたいものである。ファルグリンは珈琲よりも、甘いものが好きなようだが。

 私も甘いものは大好きけどね、きっとおいしいケーキのある店がいいだろう。

 少し楽しみになった私は、ファルグリンの不機嫌さとは反対に、少し陽気になったのだった。



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第5話 エルフ少年は授業中つめたい

 生前は、ふたたび子供たちと一緒に机を並べることになるとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。

 というか、そんなことを考えるやつは例外なく変態である。

 

 今日は使い魔に関する授業だった。

 隣の席に座るのは、いつも通りエルフのファルグリンである。

 

 さて、魔術師に使い魔は付き物。

 とは言うけれど、生徒が『使い魔』を保有していることは少ない。なぜならそれは、少なからず危険だからだった。

 とはいえ、あれば便利なものである。色々な意味で。

 

 魔法理論を私たちに教えるベファーナ師は、鋭くも穏やかな魔女だ。

それしか知らない。

 年齢や背格好は彼女の気分で時々変わる。本当の年齢や容姿は、生徒の誰も知らなかった。

 おそらく名前も偽名だろう。実に魔女らしい魔女である。

 

 今日の彼女は絵本に出てくる魔女、鷲鼻の老婆だった。さすがに作り過ぎな外見じゃないだろうか。ハロウィンじゃあるまいし。

 

 ベファーナ師は、まず授業の一環として、使い魔を持っている生徒を探し始めた。

自分の使い魔を取り出そうともしない辺り、なかなか狡猾な魔女なんじゃないかと思う。

 魔術師って怖い。

 

 私がそんなことを考えていると、ベファーナ師は私を指した。

 

「ミスター・ハツカ。 あなたの使い魔はネズミでしたね? 今、連れていますか?」

 

 廿日(ハツカ)は今の私の苗字だ、フルネームで廿日陽介である。

 

「いいえ、ミス・ベファーナ。 私のタイラーは使い魔ではなく、パートナーですよ」

 

 私は微笑んで、ベファーナ師に言葉を返した。すると、クラスメイトがくすくすと笑う声が聞こえた。いつものことである。

 まともに魔術の使えない出来損ないが、ネズミの使い魔をパートナーと呼ぶ姿は、多くの生徒にとっては滑稽だった。

 

 私の言葉は、師に反抗するような物言いではあったが、彼女は気を悪くはしなかった。

 

「使い魔を大切にしているのね、それが貴方の在り方なら大事にするべきよ。 ミスター・ハツカ。 それで、タイラーはここに連れてきていますか?」

 

 タイラーは私にとって使い魔ではないし、ここに連れてきてもいなかった。

 ネズミの中でも、彼は特に忙しいのである。

 

「いいえ、ミス・ベファーナ。 タイラーはいつも忙しいので、あまり私のそばにはいないのですよ」

 

 またクラスメイトの忍ぶ笑い声。

 すると、ベファーナ師の目が鋭く光る。その光の向き先は、忍び笑いをするクラスメイトではなく、あくまで私だった。

 

「あら、貴方は有能な魔術師ね。 真に有能な魔術師の使い魔はいつだって、忙しいものよ? ミスター・ハツカ?」

 

 くぎを刺すような物言いだった。

 余計なことをクラスメイトの前で言われたので、危うく私は舌打ちをするところだった。

 しかし、私は逆に力を抜いて肩をすくめてみせた。とっさに機転が利くのは年の考と言うものだろうか。

 

 いや、美化しすぎた。私は年をとっても、この程度のごまかししかできないので、油断しないで気を付けたほうがいい。

 

「有能な魔術師は、私の瞳の中に映り、壇上で教鞭をとっていますよ」

 

 クラスメイトは私の物言いにピンと来ていないような顔をしていた。私はいつだって空気に水を差し、しらけさせるのが得意だった。

 考えてみれば、空気を読んだり、空気に水を差すなんて芸当は、神様にだってできやしないだろう。物理的に不可能なしゃれた慣用句だと思った。

 恥じるよりは、誇りに思うべきだろう。

 

 ベファーナ師はなにかを諦めるような顔をして、他の生徒に声をかけた。

 

「では、誰か。 ほかに使い魔と契約している人はおりませんか?」

 

 すぐに手を挙げる。

 

「では、わたしが!」

 

 マリンカは真面目な学生だ。いつだって、教師の期待に応えようとしている。

 なかなかまぶしい学生だった。真似をしようと思っても、私にはできないだろう。

 

「では、ミス・マリンカ。 壇上にきて」

「はい」

 

 きりっと姿勢の良い、真面目そうな女の子が歩いていく。

 眼鏡をかけ、乱れなくきちんと三つ編みに結ばれた髪。すこし、鼻の上あたりが荒れている様子ではあるが、可愛らしい見た目と言える。

 年配の親戚によく可愛がられるタイプの可愛らしさ、と言うべきか。

 

 なぜか、そんな彼女に睨まれた。

 

「なにか私は彼女に悪いことをしたかな、ファルグリン」

 

 私がそうファルグリンに尋ねると、関心がなさそうに返答された。

 

「僕が知るか」

 

 ファルグリンが冷たい。どうも私の友人は、必ず協調性に欠ける。

 これで、なぜファルグリンと一緒にいるのかと言えば、彼が私の友人の中でもっとも協調性があって、素直な話しやすい人物だからだ。

 他の友人はもっとひどい。少しは私を見習うべきである。

 

 壇上の上では、誇らしげにマリンカが歌うように呪文を唱え、魔法陣を隠す発光と共に、鷹を出して見せた。

 瞬時に魔力を形作り、魔法陣を作ってみせたのだろう。光は魔法陣を読み解かせないための目くらましだ。相変わらず、優等生である。

 

 自分だけの魔術の構築内容は基本的に秘匿するべきものだ。手の内がばれてしまえば、技術や知識が盗まれたり対策される危険性がある。特殊な発光により隠すのは、わりとポピュラーな隠し方と言えた。

 

 マリンカの使い魔、純白の鷹のペラフォルンは主を守る騎士であるかのように、彼女の腕の上で美しく佇んだ。

 ああ、いつ見ても見事なものだ。羽を一枚もらえないかと思うほど、見事だった。

 羽を何に使うかは内緒である。

 

 そういえば私のパートナー、ネズミのタイラーは「いけ好かない奴」とペラフォルンのことを指して言っていた。仲があまり良くないらしい。ネズミと鷹だし仕方ないな。

 

「あなたの使い魔は、いつも綺麗ね。 ミス・マリンカ」

「ありがとうございます、ベファーナ師」

 

 魔術師が使役する手下のようなもの……というイメージだが、少し違う。

 いくつかのパターンや方法があるが、単純になんらかの方法で洗脳したり、支配した生物を使うのは使い魔とは言わない。

 使い魔とは、魔術師の一部だ。様々な形態のものがあれば本質はそれだ。

 

 一方で、役割としての使い魔は、魔術師の仕事を代行するために存在する助手である。

 つまり、知性において、魔術師と同等の判断力、かつ、同質の価値観を有していることが必要とされる。

 そうでなければ、使い魔の判断した内容が、魔術師の利益に反することがありえるからだ。

 

 とてもわかりやすく言えば、魔術師の同じ知性と価値観で動いてくれるので、宿題を代わりにやってもらっても、特に内容が本人のレベルとかけ離れたりしないという、すごく便利な存在だ。魔術師ってすごい。

 

「でも、いいのかしら。 貴女の使い魔を教材替わりにさせてもらうのは」

「いいんです、ベファーナ師。 ペラフォルンは我が家のシンボルともいうべきもの。 今さら秘匿することに意味はありません」

「そうね、魔女マリンカのペラフォルンは私も知っているわ」

 

 マリンカの使う、ペラフォルンは普通の使い魔よりも、より強い意味がある。

 聴いたところによれば、代々継いできた存在で歴史が深い使い魔だ。魔術における歴史と言うのは、その長さが強さの源になる。

 年月をかければかけるほど、魔術は強くなる。彼女の使い魔は、通常のものより強靭で、彼女がより強い魔術を使うときに強力な触媒となりうる。

 

 名門の魔術師はこういったケースが多い。魔術を引き継ぐことで、子孫の力をどんどん高めていくのだ。こうなると一代で築いた魔術師程度の腕前では、基本的には勝てない。

 

 戦力比で言うと、私の場合まともな戦闘方法がそもそもないからなあ。

下手すると自転車と戦車くらいの差だ。技量の話をする前に、エンジンも装甲も武装も違う。乗り手の技術でカバーできるレベルじゃない。

 

 もし将来、魔女マリンカが私の敵になったのなら、まずはなんとかして使い魔と彼女を引き離すだろう。それでも優位に立てる気がしないが。

 

 まあ、そんな彼女の使い魔は例外として、本来の使い魔は大抵の場合は術者よりは弱い。

 そりゃそうだ、自分の分身なんだから普通は強かったら成立しない。

 

「この通り、ペラフォルンは例外として。 もし、皆さんが使い魔のもっとも普遍的な取得方法。 『ファミリア』を行使するなら、原則としてこういった使い魔になります」

 

 ベファーナ師はテキストと、写真などを見本に説明していく。

 例として出されたのは、カラスや猫、フクロウ、そしてカエルとネズミだった。これらは使い魔としてはかなりポピュラーな方に当たる。

 

 使い魔の作成法の一つ、『ファミリア』は動物を使い魔にするための手法だ。

 

 さて、使い魔を作成する際に、既にあるなんらかの生物を使用する場合、それを主体として、使い魔に魔術師の身体の一部や魂の一部を掛け合わせる。この場合、魔術師の方が強ければ、魔術師が主体となる。

 

 では、逆に魔術師の方が弱い場合はどうなるのか?

 

「仮に皆さんがドラゴンを従えようとして、この方法を使ったとしましょう。 その場合、分け与えた部位は永久に、しかも無駄に失われることになるでしょうね。 それで済めば、運が良い方で、逆に魔術師がドラゴンに従属させられる可能性すらあります」

 

ほら、やっぱり魔術って怖い。

 

「おそらく、ペラフォルンも元々はこの方法で取得されたのでしょう。 ただ年季が違いますけれどね」

 

 ペラフォルンは誇らしげに翼を広げて見せた。『自らこそが歴代の魔女マリンカにふさわしい』と言いたげな自身のある仕草である。

 

 使い魔は、魔術師の一部と融合しているため、時間と共に魔術師と同等の知恵を兼ね備えていく。人語を解し、個体差はあるが人語を話すことすらできる。また知覚を共有し情報を伝えることも可能だ。

 最終的には、魔術師の使える魔術を行使できる。

 これらの特性を総合して考えれば、力のない獣も年月を束ねれば、歴代魔女の化身とも言えた。

 

「こうまで言ってしまうと、使い魔が非常に強く思えるでしょうが。 よく考えてください。 あくまでこれらは人間に扱えるレベルの魔術……魔物には通用しません」

 

 鍛え上げたからといって、人間は力比べでクマに勝てることはまずないのだ。

 いかに強力な魔術師となったとしても、そこを勘違いしてはいけない。魔術師は単独の魔術で魔物にはかなわない。クマを人間が安全に倒すには、銃を持たねばならないように。

 魔物を魔術師が倒すには、相応の装備や準備が必要なのだ。

 

 私は強力な魔術師には、なりえないわけだけど。

 

「ねえ、ファルグリン。 エルフには使い魔っているの?」

「使い魔は、弱い人間のための魔術だ。 僕たちが使うことなどありえない」

「そういうものかね」

「それにアレは己の在り方を歪めるだろう? 自身の魂や体の一部を与えるなんて、ありえないね。 それが爪のひとかけら、髪の毛一本だったとしても」

「ああ、なるほど」

 

 使い魔は魔術師の一部。自分の一部が、自分じゃない何かになることに一歩近づく。

 そして、使い魔を失うことは、体の一部を失うことと等しくなる。敵の使いようによっては、使い魔は魔術師にとって大きな弱点となる。

 

 その一方で、魔術師が死ぬとき使い魔は死ぬ。

 使い魔になる生物にとって、その立場はあまりに不平等で理不尽すぎる。

 

 これをファルグリンは、己の在り方を歪めると言っているんだろう。

 やはり、ファルグリンはエルフだな。その価値観はわからないでもなかった。

 

「ファルグリンが、私がテイラーと一緒にいることに拒否的なのは。 きっと私の一部が、ネズミになると思ってるからなんだね」

「……別にお前がどうなろうが、知ったことではないがな」

 

 基本的にはファルグリンは優しいのだ。物事は自然であるべきという考えが根強い。

 人間の魔術師と、エルフは根本的に違うのだろう。

 

 持たざる者は『あるがまま』でいたくないから、きっと魔術師になるのだ。

 今のままでは嫌だ、と。

 

 あるいは『知らないまま』でいたくないから、魔術師になるのかな。

 

 かくあるべき、それが自然だ。

 そう感じて魔術師になるのは、マリンカのように家が代々魔女だったり、ファルグリンのように生まれ持った力が優れている人だけじゃないかな。

 

 ファルグリンにとって自然なことと、マリンカにとって自然なこと。それはそれぞれ違うけれど、本質的には同じように私には感じるよ。

 

 マリンカは壇上でいくつかの実演を、使い魔として見せた。

 知覚の共有、過去に魔術師が読んだ文献の情報(データ)を適切な状況で引き出す記憶力、魔術の力を強める能力、魔術師が使える魔術を自ら使う能力、今までの知識から問題を解く力。実演はそれだけでは収まらなかった。

 

 ペラフォルンと、その連携は見事なもので、魔術師と使い魔にとって必要な役割をそれぞれ果たす実演としては、十分すぎるものだった。芸術的と言ってもいい。

 

 ペラフォルンはいたずらに主人に手を貸そうとはしない。

 魔術師としての彼女の見解に、より深みを増すようにその視野を広げるような助言を行うのだ。

 

 矛盾するようだが、使い魔は完璧に同じ価値観だと二流なのだ。

 自分のコピーがもう一人いても、研究ははかどらない。時に違った目線から、物を見る本当の意味での助手としての実力が求められる。

 それが使い魔に求められる最高の機能。魔術師の考えに反しない、適度な範囲内での個性だ。命令を聞くだけなら、人形で構わないのだから。

 

 マリンカは自らが優れた魔女、その力を十分に秘めた生徒であることを証明してみせると、壇上から席に戻っていった。

 

 席に戻るまでの間、マリンカは私を見ていた。

 

 その目は蔑むわけでもなく、見下すわけでもなく、さっき見た使い魔を誇ったり、自慢するような目でもなく。

 どこか挑戦するような目だった。

 

 私にはそんな目で、私を見ることが理解できなかった。

 

 残りの時間、私は上の空だった。

 今回の人生で、そんな目で見られたことはなかった、ような気がしたのだ。

 どうしても、私はそれが気になった。

 

「なあ。 なにか私は彼女に悪いことをしたかな、ファルグリン」

 

 私がそうファルグリンに尋ねると、やっぱり関心がなさそうに返答された。

 

「僕が知るか」

 

 冷たいな、ファルグリンは。

 そうは思うけれど、私に対して一番寛大な態度をとっているのは彼なように思う。

 なぜかは知らないけど、私は人に嫌われるからな。

 

「ただ、まあ。 強いて言うなら、そういうところだと思うがな」

「え?」

 

 私は首を傾げた。

 ファルグリンはそれ以上、教えてくれなかった。



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第6話 エルフ少年とカフェで試験勉強

生前は、カフェで試験勉強することになるとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。

ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。

 

いや、考えてみれば試験勉強なんて学生時代以来、いや、資格を取るための勉強もしていたか。思い返してみると、社会人になっても勉強漬けだった。

というか、もう生まれ変わってからずっと勉強させられている。わざわざカフェでしたことはなかったけど。

 

意外としてカフェでする勉強も良いものだ、おいしいコーヒーが飲めるし。

カフェの入り口に、『参考書を広げての利用は、ご遠慮願います』と書いてあったけど気にしない。他にもしている子たちいるし。

と言うか、ノートパソコン広げてるのはなぜ良いのか、はなはだ疑問である。

 

子供の頃は、大人になったら死んでも勉強したくないと思っていたんだけど、死んでもなお勉強している私がいる。残念なんだか恵まれているのかわからないものだ。

 

「おい、上の空だぞ。 きちんと計算しろ」

「はい、すみません」

 

 この春限定メニューであるドリンクを飲みながら、私に指示をするエルフの少年。

その名もファルグリン。古いエルフの言葉で、運命を司る精霊を意味するのだそうだ。

 甘党エルフのくせに偉そうである。

 

「なんだ、その反抗的な目は? 誰に勉強を教えてもらってるのかわかっているのか?」

「偉大なエルフのファルグリン様です」

「……それはさすがに途端に卑屈になり過ぎだろう」

 

 素直にへりくだったら、むしろファルグリンにドン引きされた。げせぬ。

 私は、試験勉強のためにルームメイトに頭を下げて、カフェに来てまで勉強を見てもらっているのだった。

と言うか、なんだ「勉強を見てやるから、春メニューをおごれ」って。こっちの社会になじみ過ぎだろう。このエルフ。

 

「陽介は口先だけは、すぐ卑屈になれるわりに態度は改善せんな」

 

 ファルグリンは呆れて、私を見た。

 

「口だけでなら何とでも言えるし、頭なんかいくらでも下げれるのが私の良いところ。 というか、頭を下げるのなんて実質無料」

「それは本当に長所なのか?」

「なんなら土下座して靴だって舐めてやるっ!! ……私にはその覚悟がある」

「もうなんか、お前、気持ち悪い。 ひたすら気持ち悪い」

 

 赤ん坊になって、おむつを替えてもらう経験をするとプライドとか馬鹿バカしくなる。

どんなに偉そうにしたって、便尿垂れ流して泣きわめいてるだけの生き物からスタートしてるんだぞ。カッコつけるのなんてアホみたいじゃないか?

 

 人間は都合の悪いことを忘れているから、偉そうにできる恥知らずな生き物なんだな、と今回の人生で思い知らされたよ。

 

「なぜ、どことなく遠くを見るような目になる」

「人間にはいろいろあるんだよ」

「……それを言うなら、(エルフ)にだって色々あるが」

 

 不服そうなファルグリン。

 ちなみに、ファルグリンはトップクラスの成績だが勉強はしない。エルフの記憶能力には欠落が存在しえない。そのため復習するという概念があまりない。

 憎たらしいくらい、完璧な種族である。

 

 私はカフェモカを飲みながら、なんとか頭を活性化させようとする。

 チョコレートとエスプレッソの苦みと甘さが、絶秒な味わいを醸し出している。

特に私が好ましいのが、この苦みだ。このチョコレート自体が甘すぎず、カカオの苦みがエスプレッソと組み合わせさることでその深みを増している。

私の特にお気に入りである。

 

 なお、ファルグリンはコーヒーの苦みよりも、抹茶の方が好きと言う味覚の持ち主なので、コーヒーが売りのカフェに来ても基本的に頼もうとしないやつである。

 個人の好き好きだから、うるさくは言わないがいまいち納得できん。

 

「ラーメン屋に来て、カレーしか頼まないようなものだと思うんだけどな」

「そういいながらも、陽介。 お前はこの間、ソバ屋でカレーを頼んでいたと思うが」

「ソバ屋のカレーは、出汁が利いててうまいんだよ!」

「僕だって、春限定メニューを飲んでいる。 これは今しか頼めない奴だろう?」

「うぬぬ、一理ある」

「そこは納得するのか」

 

 今は春限定で桜味のドリンクなどがあるのである。

 外はまだ雪が降る時期なのだが、本州ではもう春メニューが出てもおかしくないのだろう。全国チェーン店にありがちな、北海道での季節感を無視する商品展開。

 

「そういえば、異世界に桜ってあるの?」

「馬鹿にするな、多少見た目は違うがそれくらいはある。 しかし、僕は実を食べたことはあるんだがな。 さすがに花を食べたことはないな……桜もちとやらもない」

「桜に実とかあるのか」

「たわけ。 サクランボなどと言うじゃないか」

 

 なるほど、サクランボは桜の実なのか。考えたこともなかった。

 

「ただあれだよね、異世界に似た植物がある時点でびっくりしない?」

「類似点が多いのは、きっとはるか昔にも繋がってたことがあるんだろう」

「ああ、そうか。 今繋がってるんだもん、過去にそういうことがあったとしてもおかしくないのか」

「研究によれば、いずれ繋がっている門も閉じてしまうらしいからな」

「不思議だなあ」

 

にしても、不憫である。

普通は桜もちを先に食べてるから、桜の味がわかるし楽しめるわけで、春限定メニューを飲んでも、桜味がよくわからないじゃないか。

 

「しかし、陽介。 異世界とは言うが。 僕からしてみたら、こっちが異世界だからな」

「君も細かいエルフだねえ」

「お前はいい加減な人間だな」

「そう褒めるなよ、照れる」

「その言語への理解力のなさが、ここで勉強をしている原因と思わないか?」

 

 むしろファルグリンはエルフのくせに、日本語が堪能過ぎるのである。

 エルフは種として、言語能力が高いのでうらやましい限り。なんでも『世界の源たる女神』に『あらゆる言葉を束ねる視点を許されている』とかなんとか。

 ライトノベルで言う、公式チートというものだろうか。ぜひ、クレームを入れたい。

 

「だいたいお前は特待生なのに、成績があまり良くないのはどういうことなんだ?」

「あー、いや、ねえ? 試験が難しすぎるんだよ」

 

二度目の人生だし試験なんて余裕だと思っていたが、その自信は入学までだった。

出席してるだけで卒業できるならよかったのに、そんなに甘くなかった。

この学校でしか学べない科目があることを差し引いても、ここの学園の試験は難しい。

 

「正直、この年齢であの勉強についていけるなんて、まともじゃないよ」

「陽介以外にも、こちらの世界で特に事前の教育も受けていない生徒はいるだろう」

「いるけどさ、みんな必死だと思うよ。 さすがに」

 

問題がどれだけ難しいのか。1つ、例を出そう。

わかりやすく物語でありがちな強力な火の玉をうち出す呪文だ。そう、巨大な怪物(モンスター)にも対抗できるようなそんな規模の破壊力があるものを想定してみよう。

 

もちろん、私は使えないけど。

というか、そんな規模になると個人レベルではまず使えないけど。

 

今解いている問題は、おおよそこうだ。

『文章で指定された怪物に的確にダメージを与えることのできる規模の火の玉を計算し、指定された環境と距離において、命中させるための計算を行い、必要なエネルギーと相応する道具や儀式を書き記せ。 なお、事前に資料を参考に使用しても良い』

 

まず、そんな怪物に対抗できるほどの破壊力をたたき出せるだけのエネルギーを決める。それには、まず設定された対象をきちんと知らないといけない。

サイクロプスとか、グリフォンとかそういったものの耐久力をその体の構造と、指定された規模の大きさから考える。この値には計算式と根拠が必要だ。

 

次に、そのエネルギーをたたき出せるだすために必要な道具や儀式を考えるわけだけど、これは言わば大砲を打つのに、どれだけの火薬量とどれだけ重さの砲弾があれば、打ち出せるかを考えることになる。なお、これらの数字は距離や風向きによって威力が減衰されることも想定する。相手によっては、どれだけ魔術に抵抗して威力を削られるかも考える。

 

基本的に魔術が使える場合は、人間よりも怪物(モンスター)の方が有利なので、生半可な魔術では威力が削られるどころか、完全に無効化される。

 

また、魔術を打ち出すときには、ほぼあらゆる魔術は程度の差こそあれ、放物線を描くことが多い。簡単に言うと、魔術は重力の影響を受ける。魔術なのに。

 

そのため、打ち出す角度や速度も計算しないと当たらなくなる。そこすらも、考えないといけない。

 

こんなことを決められた時間内に計算するのは、私からしてみれば無理だ。

これで問題としては単純な方なんだから、笑えてくる。

そこまで厳密な数字は要求されないにしても、子供に要求する難易度じゃない。

 

「ねえ、これ時間内に本当に解けるの?」

「ああ、陽介。 お前は出題者の意図を勘違いしている」

「どういうことさ」

「1発で何とかしようとするから、破たんするんだ。 どれくらいの確率で当たるか、おおよそ分かれば……」

「え、この問題。 山ほど火の玉撃っていいの?」

「駄目とは書いてないだろう。 お前が思いついた中でそれしかないのなら、そうしたらいい」

「ないけどさ! すごいコストかかるじゃん!」

「だから、そういう問題だろう。 そのコストを割り出せ」

 

 当然すぎてファルグリンは馬鹿につける薬はないと、言わんばかりである。

 

「与えられた問題に、与えられた時間で出した解答を採点されるだけの話だ。 答えの質が低かったり、無駄が多すぎれば落とされるがな」

「そんな問題、事実上絶対の正解がないようなものじゃないか……」

「魔術師のくせに何を言っている。 そういった問題に取り組むのが、仕事だろうが」

 

 今の年齢、11歳なんだけど要求しすぎである。

 前世の年齢足したら、もっとあるけどさ。

 

「この科目は、春までに何とかできる気がしない」

「なら、その科目は来年に賭けるんだな。 極端な話、卒業までに何とかなればいい」

「……ファルグリンが冷たい」

 

確かに、授業でも生徒にこんだけ計算させといて、担当のエッシャー師は「この方式だと、ほぼ初弾は当たらない」と断言していた気がする。苦労するだけの科目かよ。

 

「基本的にあれなんだな。 これは問題だけの話だけど、人間が怪物(モンスター)を倒すのって割に合わないんだな」

「当たり前だ、人間は脆弱だからな。 この問題の想定そのものが非効率なのは否めないが、小さな生存圏を得るために、同族同士で日夜殺しあうのが人間の歴史と言って過言じゃない」

「……よくそっちの世界で滅びなかったな、人間」

 

 頭痛くなりそう、もっと糖分がないと死んじゃう。

 なんか追加注文しないと死んじゃう、マフィンかドーナツが食べたい。

 

「ってか、だいたいなんだよ。 そもそも答えが『魔術がだいたい当たらない』って」

 

いっそ現代の兵器を使った方が、かなり早いんじゃないかな。誘導ミサイルみたいな。

 魔術も規模によっては、様々な方法で命中率に補正を掛けられるみたいだけど、それはまだ学んでいない。

 

「でも、一応あれなんでしょう。 空を飛ぶものを自動で迎撃するシステムは異世界にあるんでしょう?」

「ああ、あるな。 その辺りはかなり研究されているな、空を飛ぶことはほぼ無効化できている。 成層圏まで行くと条件が変わるが」

 

有名なのは『飛竜落とし』だ。

 地面に描く魔法陣から、多数の砲弾を打ち出して、遥か空を飛ぶワイバーンを自動追尾で撃墜するとかいうわけのわからない魔術である。

魔術でどうやってるんだよ、そんなの。異世界、天才がゴロゴロいすぎだろ。

 

「というか、もうさ。 瞬間移動の魔術があるんだから、パッと爆弾みたいのを飛ばして全部消し飛ばせばいいじゃん」

「それも無効化できる」

「……出来るのか」

「と言うより転移魔術は使える条件も厳しいし、妨害が簡単な部類だな」

「ファルグリンってそういうことには異常に詳しいよね」

 

魔術って、こう、念じて適当にイメージすれば良かったんじゃないのか!

何度こう思ったか、わからない。だが、そうじゃないからこそ、私が欠陥魔術師なのだ。

 

魔術の引き金はイメージとなるが、多くの魔術の基礎にはそういった計算が必要なのだ。

計算を簡略化する技法や公式はたくさんあるが、基本としての考え方をまず考えるとなると、すべて膨大な計算が必要になる。

それらの計算を何かに代替えさせる方法もいくらでもあるが、基礎としてそういった知識がある人物と、ない人物とではその応用力に差が出る。

 

 そして、魔術の引き金となるイメージにすら、かなり繊細な感覚が必要になる。

それを学習するには子供の頃からの訓練が必要になる。それでも10歳くらいからきちんと訓練すれば、その感覚を修得するのに間に合うらしい。

……残念ながらここに私は当てはまれない。

 

 生まれ変わりという、最悪の条件が私を苦しめた。

 ほとんど計算が要らないレベルの簡単な魔術にすら、失敗してしまった。不完全な形でしか発動できなかった。だから、私は魔術師として欠陥なのである。

 

「お前、本当にそれで大丈夫なのか?」

「んー……自分でも自信がないなあ」

「2年生になったら、試練の塔に挑むとか言っているけど、それが出来るとは僕には思えないね」

 

 ファルグリンは容赦がない、私だって出来るとは思えないのに。

 でも、やるしかないんだから。

 

「今月中には、学園長とも面談する予定だよ。 挑戦するって言ったら通達が来てさ」

「この学年で挑戦するなんて言う生徒は、そういないからな」

「何人かはいるらしいけどね」

「どうせ馬鹿ばかりだ。 人間はみんな愚かなものだが」

「いつも手厳しいなあ、ファルグリンは。 これがひと段落したら、攻略方法を考えるよ。 必死になれば……そう、必死になればなんとかなるよ、きっと」

 

 私がそう言うと、とたんにファルグリンは真剣な表情になった。

 

「本当に? お前、僕がいなくなってもきちんとやれるのか?」

「いなくなるなんて。 今は頼りきりだけど、それこそ卒業するまでにはなんとかするさ」

「そうはいかない」

「え?」

 

 ファルグリンは一瞬、躊躇った。

 でも、はっきりとこう言った。

 

「僕は2年生になる頃には、あの部屋にはいないから」

 



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第7話 ヒゲ校長とコーラを飲みながら面談

生前は、校長室に呼ばれたことなんて一度もなかった。今、似たようなことになっていて、初めての経験に緊張感を覚えている。

 人生とはわからぬものである。

ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。

 

おおよそ校長室に呼ばれたなどとなれば、悪いことをした人間ばかりのように思うのは、私の偏見と言う奴だろう。

私の偏見のコレクションはかなり充実している。これは自慢になるかもしれない。

 

 私が教室に残って、勉強をしているとそこにモリン女史が現れた。

 

廿日(ハツカ)陽介さんですね」

 

 すぐに用件がわかった、私はそのために待っていたからだ。

 試練の塔に挑む生徒は、校長との面談があるのである。今日がその日だった。

 

「はい、モリン女史。 とうとう私の番が来たわけですか」

「校長がお呼びです。 このままわたくしに着いてきてくださる?」

「問題ありませんよ」

 

 モリン女史は校長の秘書である

 校長は有名な人物で多忙なだけあって、秘書を雇い入れているのだった。そして、秘書である女もまた多忙な人だった。

 

モリン女史は、いつも一見地味な外見をしている。

服装はいつも茶色などの暗い色であるし、常にかっちりと髪を結い上げている。いつも分厚い眼鏡をかけており、それでもなお目が悪いのかしかめることも相まって目つきは鋭い。

そして、部屋をいつも薄暗くしている。年齢はおそらく30代。

 

ただ時々、いくつかアンティークな鼻眼鏡(耳に掛けるためのツルがなく、鼻を挟む形で掛けることのできる眼鏡)やハーフリムの新しいカラフルな眼鏡を隠し持っている。

誰もいないところで、休憩中、掛けて楽しんでるようだ。

 

「……なにか?」

 

 私がモリン女史の眼鏡を見ていると、彼女は視線に気づいた。

 

「いえ。 いつも眼鏡が似合っていると思いまして」

「……それはありがとうございます」

 

特に表情に感情を浮かべず、機械的にそう返答された。不思議そうに思ったようにも見えないし、怪訝そうにもしない。完全に無感情に見えた。

 

モリン女史は教師ではないので、生徒を叱ることもないし、優しく何かを教えることもない。生徒とのかかわりは、事務的なものばかり。

 私は彼女の笑顔や怒る顔を、一度も見たことがなかった。

 

しかし、私はひそかに彼女のファンである。

ちょっと話せてうれしい。

 

「試練の塔に挑む生徒と、全員面談するんですよね? 何人くらいになります?」

「個人的な情報にもなりますので、私の一存では話せません」

「でも、モリン女史も大変ですね、生徒一人ひとり呼びに来るなんて」

「仕事ですから」

「来期の準備もあって大変でしょう。 新入生を迎えないといけないですから」

「毎年のことです」

 

そっけなく返されるが、私は気にしなかった。そのまま話し続ける。

いつも友人たちに冷たくされているのは、伊達じゃない。

友人以外にも、たくさんの生徒に冷たくされてるけど。

 

 モリン女史が足を止めた。

 

「廿日さんは……」

「はい?」

「なんだか年相応ではない……年配の方みたいな話し方をしますね」

 

 そして、再び歩き出すモリン女史。

 

ここ最近、一番傷ついたセリフだった。

私はまだ11歳ですけど。嘘偽りなく生後11年ですけど。気持ちもまだ若いですけど!

 

 校長室の手前には、モリン女史がいつも詰めているオフィスがある。

 彼女はその扉を開けて、私を誘導した。

 

 そんなオフィスはすこし暗かった。そこまで窓から日が差すわけでもなく、照明もそこまで強くないせいである。

 

その部屋でモリン女史は、書類を見ながらパソコンを入力していた。また、あるいは本棚の整理をし、またあるいは手紙の封を切りながら中身を確認していた。

そして、私を校長室の前まで案内した。

 

 まるでモリン女史が複数の仕事を同時にしているみたいだって?

それは正しい、事実だ。

 

 オフィスで作業していたのは、3人のモリン女史である。

 

「いつ、見てもびっくりしますね」

「……別に珍しくもないでしょう、使い魔としては」

 

彼女は優秀な魔女なのである。

 

モリン女史が分身をしてるのではなく、それらすべてが彼女の作り上げた使い魔だ。

モリン女史は、自分と同じ形の使い魔を作り上げた。さながらクローン人間のようにコピーを作り出し、自らの助手としていたのだった。

 

動物を基にする使い魔『ファミリア』とは、異なる使い魔の製法。

 

たぶん人造人間である『ホムンクルス』を使っているのだと、私は推測している。

ファミリアよりも、お金と時間、設備、そして維持のコストを使う難易度の高いものだけど、それを可能と出来るだけの力がモリン女史にあるのだろう。

 

 にしても、だ。

 

「自分と同じ姿の『使い魔』って怖くないです?」

 

 思わず、そう私はモリン女史に尋ねた。

 すると、当然のように彼女は言う。

 

「なぜ? 作るまでの手間はありますが、一番使い勝手がいいでしょうに」

 

優秀な使い魔は、魔術師の助手となり、同じ価値観を共有し判断できる存在であることは、以前の授業で説明したとおりだ。

それを最適な形で無駄なく実行しようとしたのが、モリン女史の形式(スタイル)である。

 

彼女は、ほぼ自分自身に等しい使い魔と仕事を進める。

同時に、彼女の使い魔は、それぞれモリン女史とは少しだけ違った価値観も持たされてもいる。そのため違った視点で物を考え、複数の思考を共有しながら仕事が進められる。

良き相談相手となり、良き同僚となり、良き助手となる使い魔。

 

「あー、私がたぶん自分を信用してないだけなんですかね。 あんまりこういう仕事の仕方はしたくないです。 あくまで私の価値観ですけど」

 

使い魔は魔術師の一部、とは言うが、モリン女史の使い魔は『己の複製品』だった。

それも都合の良いように、調整し最適化された複製品だ。

まるでロボットのようだ、と思ってしまう。それに自分と同じ顔が並んでいるのを想像すると、気持ち悪い。正直なところ、そこまで割り切れなかった。

 

「ちなみに、私を案内してくれたあなたは本物ですか。 モリン女史?」

「そんなことよりも、校長がお待ちですから」

 

 そう言って校長室の扉をノックし、上司に合図を送るモリン女史。

 実にそっけないものである。慣れてるけど。

 

 入室を促され、一人だけで校長室に入る。

 

 そこにいたのは、長身の老人だった。

 銀色にも近い、長く蓄えられたヒゲと、これまた長い手入れのされた髪が印象的だった。ちょうどサンタクロースを思い出すような容姿である。

 そう思ったのは、その青い瞳が優しげだったからだろう。

不思議と、すごい人にはあまり見えなかった。

 

「こうして二人だけで話すのは、はじめてかの?」

 

 なにかを楽し気に面白がるような声だった。

 

本棚だらけの部屋にたたずむ、魔術学校校長。

アンブロシウス・オージン・ウィスルト・オブ・ペンドラゴン。

様々な文献に名を連ねる、生ける伝説。

 

「以前……特待生になるときに、すこしだけ」

 

 あっという間に喉が渇いた。

だが、不思議といつもの声が出た。

 

「そうじゃの、君の魔術である『ハーメルン』の件でじゃな」

「あの時は緊張しましたね」

「今はもう緊張しなくてよさそうじゃな、無事に特待生にもなれたしの」

「いやあ、そうだったらいいんですけど。 今も緊張します」

 

 「ふふふ」と含み笑い。ペンドラゴン校長はよく笑う。

 ヒゲを整えながら、彼は笑った。

 

しかし、こう見えてペンドラゴン校長は優秀な研究者にして、いくつもの戦いの英雄でもある。つまり、勇猛果敢な戦闘魔術師(ウォーデン)でもあるということだ。

その偉大さは異世界だけでなく、こちらの世界でさえも、有名である。なぜなら、彼がこちらの科学を取り入れ、自ら研究する魔術を飛躍的に成長させた結果、数多くの分野が発展を遂げたのだから。

 

前世のノーベル賞に当たるエイブラハム賞をいくつか受賞しているとは言えば、そのネームバリューもわかろうというものだろう。(こちらの人生では、いくつもの事柄が以前の名称と違ったり、歴史に誤差が生じている)

 

「そう緊張しては、喉が渇くじゃろう。 どれ、お茶でも淹れてやろう」

「いえ、そう、お気遣いなくても……」

「なあに、少々長話になろうからの」

 

 出来るだけ、短い方がいい。

とは、さすがに言えそうになかった。

 

「紅茶は好きかの? それともハーブで入れたお茶か……緑茶はあるが」

「正直、コーヒーか玄米茶だと嬉しいです」

「残念だが、その、どちらもないんじゃな」

 

 あえて、なさそうなやつを頼んでみたら、やっぱりなかった。

 緊張してても、自分が妙なところに気が回ることに気付く。

 と言うよりは、緊張しているせいで、妙なことを考えるのかな。

 

「冷蔵庫に麦茶とコーラならあるんじゃが」

「逆にそれがあることが、意外なんですけど」

 

 麦茶とかコーラとか、飲むんだ。

 と言うか、この部屋のどこに冷蔵庫があるというのか。

 

「お茶を淹れるのが、面倒なこともある。 ハンバーガーとコーラは地球に来て、感動したものの一つじゃな」

「体に悪そうなものも食べるんですね」

「コーラはある種の水薬(ポーション)じゃよ。 よく出来ておる、考えた者は優秀な魔術師になれるじゃろうな」

「そう、なんですか……?」

 

 そう言いながらペンドラゴン校長は、本棚を左右に開く。なんと扉のような構造になっていたらしい。その奥はコンポや冷蔵庫などの家電製品が並んでいた。

 なぜ、わざわざ本棚で隠してあるのか。

 

 結局、コーラを出されてしまった。

 と言うか、さっきの水薬(ポーション)の話はジョークだったんだろうか。まったくクスリと笑うことも出来なかったけど。(クスリ)だけに。

 

「おや、コーラは嫌いじゃったか?」

「いえ、そういうわけでは」

「そうじゃよな、友人とファストフード店に行くくらいじゃしな」

「なんで、そんなこと知ってるんですか」

 

 ペンドラゴン校長、また「ふふふ」と含み笑い。

 いや、こっちは笑えないんですけど。

 

 仕方ないので、大人しくコーラを飲んでおくことにする。

 だが、校長室でなぜコーラを私は飲んでいるんだろう。

 

「あの、試練の塔に挑むときの面談って何を話すんですか?」

「うーむ、内容はあってなきがごとし。 挑む理由をたずねたりはするがの」

 

 ふわっとごまかされた気がする。まだ質問されないし。

生前は、そんな有名人と出会うことさえなかったのだから、ある意味ではこうして有名な方と会うこと自体、光栄なことかもしれないけど、楽しむ気分になれないのはなぜだ。

 

 ふと気づく。

ペンドラゴン校長の青い瞳、微妙に左目だけ色が薄く灰色に近かった。

そんな視線にペンドラゴン校長は反応した。なんでもないことのように。

 

「ああ、これかね。 好奇心の代償と言う奴じゃよ、こちらの言葉でなんじゃったかな」

「好奇心は猫をも殺す、ですか?」

「そう、そのやつじゃな。 ワシらの世界では『開かず扉は、人の知恵』と言う。 いや、あるいは『秘密と好奇心は甘い毒』の方が近いのかの」

「おもしろいですね、どういう由来なんですか?」

「誰も触らないものは、触らないだけの理由があるということじゃな。 だが、触らないことを我慢できない愚かさがあるからこそ、わかるものもある」

「痛みからしか学べないことがある、と?」

「少しだけ違うのう。 傷つくことは痛いということを、たまには思い出さねばならないということじゃ。 人は……すぐに痛みを忘れるからの」

 

よく手入れされていたヒゲを、ペンドラゴン校長は触る。

何かと触り、整えるのが癖のようだった。

 

ペンドラゴン校長は、多くの戦いに参加したと聞く。

左目は、そのなかでの戦傷かなにかだろうか? 

 

ペンドラゴン校長は、コーラを飲みながら口を開いた。

 

「では、聞いておくとするかの。 なぜ、試練の塔に挑む?」

「は、はい。 ……まるで、何かのついでのように尋ねるんですね」

「ついで、じゃからの。 特に君に関しては、の」

「そう、なんですか?」

「ワシが知りたいのは、生徒の人間性の方じゃからな。 さあ、質問に答えてくれい」

 

 理由や動機なんてわかり切ってると思うんだけど。

 私も、コーラを飲んで口の中を湿らせてから話した。

 

「自分が特待生に値する生徒であると、示したいからです」

「君は『ハーメルン』によって、もう示したと思うがの」

「そうは言いますが、あれから成果も上がってませんし」

「そんなもの、多少なりとも卒業までに進めばよい。 魔術師の寿命を考えればの、長い年月がかかることも視野に入れてよいと思うが」

「完成まで急ぐことはない、と?」

「そういうことじゃ。 ましてや、まだ君は11歳の子供じゃしの。 その年齢で上げた成果として、将来に期待が持てるから特待生なんじゃ。 研究者として、今から名を上げろとは思わんよ」

 

 うーん、そうは言われてもな。

 自分は欠陥魔術なのだ。成績自体も良いわけではない。

 

「自分の出した成果が、自分の出した失点を補えているとは思えないんですよ」

「それは生徒という立場なら、考えなくてよいと思うがの。 そして、ワシら教師の仕事は、生徒が十分に学べるように考えること。 子供に成果を強要したり、失点を叱責することではない」

「とは、言いますけど。 私は欠陥魔術師なのに、特待生になりましたよね。 特待生になった理由は『秘匿魔術』を開発したからです。 中身が何かは知らない人も多くいます。 教師にも、もちろん生徒にも」

 

 私の魔術は秘匿されるべき、と公表されないものになってしまった。

 誰が、そんな功績を納得するというのか。

 

「……誰かになにかされたり、言われるのかの?」

「なくはないです、暴力とかじゃないですけど」

 

 教師からの当たりすらも、ちょっと違和感あるし。

 

「魔術師の功績が秘匿されるのは、本来は珍しいことじゃないはずなのじゃが、な。 特に古い家系に伝わる秘伝魔術などの多くはそうじゃ」

「魔女のマリンカみたいな?」

「そうじゃな。 彼女は秘匿することの重要性を知っている、優秀な生徒じゃ。 それに、自分の使う魔術の内容がばれてしまえば、戦いにおいて命取りになることもあろう」

「魔術師の家系の人が納得できないのは、私が欠陥だからだと思いますよ」

 

 同じ学校に通っているのすらも、気に入らないかもしれない。

 それだけの差はあるわけだから。

 

「それに……私と同じ、一般家庭からきている人はもっと納得できないですよね。 そんな秘匿するべきなんて常識、今までなかったんだから。 頭ではわかってても、実感なんてないですよ」

 

 前の人生でもそうだけど、一番厳しく攻撃してくるのは『同じ立場の人間』だ。

 「なぜ、お前だけが?」と言う強い気持ちが、攻撃に転じる。

 

「……先ほどから思っていたが、自分を欠陥などと卑下するものじゃない」

「事実ですから」

 

 生まれ変わったのは、失敗だったと思う。

本音を言えば、記憶が残ったのまま、赤ん坊になったこと自体が私の人生における欠陥だ。でも、今さらやり直せはしない。

 

「あの、もしかして、私が試練の塔に挑んじゃダメなんですか?」

「……いや、ワシに君を止める理由はないのう 特待生である君の挑戦は、その力を計るにことにも繋がる。学園としては望ましいことじゃろう」

「それは良かったです」

「しかし、ワシには挑む必要がないように見えるがのう」

「でも、挑戦していいんですよね?」

「……それはもちろんじゃ」

 

ふたたびよく手入れされていたヒゲを、ペンドラゴン校長は触る。

今度はどこか厳しい表情をしていたが、口調は優しいままだった。

 

「そういえば、あの『ハーメルン』はどうして思いついたのかの?」

「それはハーメルンについて記した文書に書いたとおりですけど」

「いや、違うな。 そうではない。 ワシが聞きたいのは、なぜあんな危険なことをしようと思ったのかということじゃ」

「……別に。 必要だと思ったからですよ」

 

 一度死んでいるだから、なにをしても構わないと思った。

 それで何かのバランスがとれる、とすら思った。生まれついてしまったことに対して、何かをすることでバランスをとれたらすっきりすると思った。

 完全に自暴自棄によるものだ。

 

 結局、すっきりはあんまりしなかったけど、私にはパートナーと目的が出来た。

 

「いつでも辞めたくなったら、やめていいんじゃからな」

「わかりました」

「それと……経験者から事前に、試練の内容を聞くことは許されん。 経験したことを誰かに話すことも許されん、その秘密を守ることもまた試練なのじゃ」

「互いに経験している範囲の内容を、挑戦者同士で共有するのは?」

「それは試練に挑めば、いずれわかる。 試練のなかで許された範囲のことであれば、問題はないぞ」

 

 試練に挑めば、その中でわかる……?

 いまだに試練の具体的な内容もわからないからイメージが付かない、知っているのはたくさんの魔物がいるくらいなものだ。

 まあ、挑戦してみればわかるか。

 

「挑戦者には指導教官がつくからの。 教師からの助言は限られたものにはなるが、必ず相談しながら挑むのじゃ。 ああ、指導教官ではないが相談相手はもちろんワシでも構わないぞ。 試練のことに限らずな」

「ありがとうございます」

 

 たぶん、恐れ多くて相談はしないと思うけど、気持ちは受け取って聞いておこう

 私はコーラを飲み干してから、退室した。

 

 去り際に、モリン女史をお茶に誘ってみる。

本物かはわからないけど、考えたらきりがないのでやめた。

 

「ところで、モリン女史。 この間、良い雰囲気の喫茶店を見つけまして。 静かに落ち着いて過ごすには良いところなので、ぜひ紹介したいのですけど。 ……ご一緒にどうですか?」

 

 すると、迷惑そうな顔も、嬉しそうな顔もせずに。

 

「あなた、本当に11歳ですか?」

 

と、モリン女史に尋ねられた。

生後11歳なのは間違いない話である。今のところ、生前の年齢を足すようにしろと言われたことはない。

 

「見た目の年齢と、振る舞いが一致しないのは、魔術師には珍しくないでしょう」

「本当に年齢が相応じゃないなら、そうでしょうね。 もちろん、お断りします」

 

 結局、断られた。

 そっけないものである。

 



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第8話 イケメン先輩とチョコを食べた

生前は、また黙々と再び図書館で勉強することになるとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。

ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。

 

 今日は、ファルグリンは傍にない。たまには離れて考えるのも必要だろう、少し距離を置きたくなることもある。

 この間、彼と話をしたら切り出されたのだ。

近々、ルームメイトを解消せねばならない、と。

 

「ちょっといきなり過ぎるよな」

 

 思わず、ぼやいてしまう。

 私はこんなにも親しくなれた友人と離れたくないのだった。

 

「君が廿日(ハツカ)くんだよね」

 

 さわやかな銀髪の少年が話しかけてきた。それもイケメンである。

涼し気な青い瞳に、サラサラの髪。整った顔立ち。ファルグリンとは、また違ったタイプのイケメンだった。別に嬉しくない。

落ち着いていて余裕がある声と、様子からすぐに自分より上の学年だと気づいた。

 

 ……そして、どこかで見覚えのある風貌である。

 

「はじめまして、なのかな? 俺は3年生のフォルセティ・アンブロシウス・ウィスルト」

「……なぜか聞き覚えのある名前ですね」

「それはそうだろうね、ペンドラゴン校長は俺の祖父だよ」

「ああ、通りで」

 

 銀髪だけでなく、どことなくやわらかい印象の青い瞳も似ている。

 わりとあったばかりの人物の親族だった。言われてみれば、校内で見かけたことがあるし、噂もいくつか聞いたことがある。

 ペンドラゴン校長の孫は、私とはそこまで関りはないが有名人だった。

 

「ところで、ウィスルト先輩は私に何か用なんですか?」

「フォルセティでいいんだけど。 祖父とか、他の親戚と被るし」

「へえ、他にも親戚の方が通っているんですか」

 

 それは初耳である。

 ペンドラゴン校長の孫がいる、という話しか聞いたことがなかった。

 

「あー、なんというか一応ね。 親戚の生徒が他にもいるよ、ウィスルト姓のね。 とはいえ、ペンドラゴンの名は一族でも祖父だけのものだけど」

「……子が名を継ぐということはなかったんですね」

「ペンドラゴンは特別な意味を持つからね。 そして、なによりも祖父に匹敵するほどの魔術師は一族に存在しない」

「それだけペンドラゴン校長が偉大と言うことですか」

 

 世界的に規格外の人だろうな、とあいまいな理解をしていたけど、もっと認識について上方修正した方がいいのだろうか。

 だが、ウィスルト先輩はどこか不満そうだった。

 

「祖父が偉大ね。 それはそうかもしれないが、理由としてはちょっと違う」

「それはつまり、どういうことです?」

「祖父は、自分の息子や娘が魔術を修得することにあまり意欲的でなかったんだ。 率先してなにかを教えることも、魔術の知識を与えることもなかった」

「……魔術師の家系は、誰もが、魔女マリンカのように受け継ぐものかと」

「そうだね、俺もそれがまっとうだと思う」

 

 ウィスルト先輩は、私の言葉に頷いた。

 

「普通は自分の知識を、代々受け継がせて高めていくものだ。 どんどん強めていって、世代を重ねて高みを目指せるようにね。 じゃないと、自分の得たものが無駄になってしまう」  

 

地球の感覚だと、ある意味、遺産相続や伝統技術のようなものなのだろうか。

子孫代々なにかを受け継いでいく、ということは本人が嫌でないならば、私は悪いことではないと思うのだけど。

 

「祖父が魔術を引き継がせなかった理由は、なんとなくわかるけどね」

 

 どうやら確証はないようだが、私の持つ疑問への答えを、ウィスルト先輩は持っているようだった。

 

「それって、私が聞いてもいいやつですか?」

「別に隠すことでもないから」

 

 ウィスルト先輩は、片方の眉を寄せながら言った。

ちょっと複雑な心境のことらしい。

 初対面に近いのに、なんでも話してくる先輩だな。家庭のいざこざなんて、話したがらないものだと思うけど。

 

「祖父のペンドラゴン校長は、ウィスルト家の正当な後継者ではなかったんだ。 長男でなかったせいなのか、代々の魔術を継承しないまま魔術を学んでいる」

「複数の子供には、継がせることができないものなんですか?」

「そういうわけじゃないけど、一番素質がある子供に継がせるのが一般的かな。 才能がない子供には、あまり熱心に教えようとも思わないだろうし、魔術の機材や道具だって限りがある。 そういうのをそれぞれに分けちゃったら、使えなくなる魔術もあるよね」

「ああ、そうか。 魔術ってお金がかかるし。 使う物も貴重なものが多いですもんね」

「財宝といっても過言じゃないね。 もしかしたら、子供の頃の祖父はあまりぱっとしなかったのかな、そういう話は聞かなかったけどな」

 

 名家の魔術師で、お宝鑑定団とかしたらすごいことになりそうだな。

 鑑定士のなかに魔術師がいる必要があるかもしれないけど。

 ただ、そうなるとペンドラゴン校長は、あまり教育や財産、後ろ盾に恵まれなかったことになる。生活に困っていたわけじゃないだろうけど。

 

「では、ペンドラゴン校長の功績は自分の代だけで達成したものなんですね?」

「そうなるね。 おかげで本家のウィスルト家とは、関係があまり良くない。 いや、もしかしたら祖父が生まれたのが遅かったのかもしれないね、誰かが受け継いだ後だったのかも。 おかしな話だけど、ウィスルト家自体が、近年に高い功績を出したと聞いたこともないんだ」 

 

 それは立場がないだろうな、代々の力を継いだ人間からしてみれば。

 正当な力を継いだウィスルト家も、ペンドラゴン校長と比較されるだろうし。

 

孫である本人が知らないと言うからには当然だけど、ウィスルト家がどれくらいの功績を過去に残した家系なのか、私はまるで知らないのだった。

どこかには書いてあるんだろうけど、今のところ文献に出てきた記憶もない。

 

「その辺りのことは、きちんと聞いたことがないんですね?」

「わかるだろう? 祖父は親族のいざこざの理由を話したがらないんだ、その気持ちはわからないでもないから強くは聞いていない。 気にはなるけど、無理に聞いたところで今更何か解決するわけじゃないし」

「それはそうですね」

 

 家同士が、かなり隔たりのある関係と見た。

 殴り合いするほど険悪なのか、それとも互いに関わろうとしないだけなのかは不明だが。

 ウィスルト先輩は、あごに指を添えすこし憂いを帯びた目で考え込む。

 

「結局のところ祖父は、自分と同じ状況を乗り越えることを、子供たちに望んだと思う。 自分のレベルに匹敵するくらいの成果を出せば、継承する相手に選んだかもしれない」

「そこまでの実力者にはなれなかった、と?」

「俺の父は魔術師としては平々凡々な人でね、その兄弟もそこまでではなかった。 英才教育をうけなかったせいもあると思うよ? でも、下手に魔術を継いでいれば、不幸になったかもしれない」

「不幸にって……魔女マリンカを見る限り、そういうことは想像できないですけど」

 

 一般生徒と、魔術師生まれの生徒は明らかに差がある。

でも、名家で親から力を受け継いだ生徒は、さらに開きがある。次元が違うと言ってもいいくらいだ。たぶん、一代限り学園で頑張ったくらいじゃ追いつけないと思う。

 その例外が、ペンドラゴン校長だったんだろうけど。

 

「校長はそういう事情も含めて、規格外と言うことなんですね」

「ああ。 だから、祖父であるペンドラゴン校長の力や魔術を少しでも使えれば、その知識は十分に狙われると思うよ。 それに周りからの期待や要求も大きいだろうし」

「そこまでのものですか」

「ちょっと規格外なことをし過ぎたし、広まり過ぎた。 俺が思うに、祖父は力を秘匿することの重要性を知っているけど、その成果は隠しきれるほどのものじゃなかったんだな」

「秘匿の重要性については、よく授業で言われますね。 あまりピンとこないこともありますが」

 

 魔術師の知識や力は、秘匿するべきものが多い。

 それは一般人に教えてはいけないことが多いという意味でもあるけど、同じ立場の生徒にすら教えてはならないということもあった。

 私の魔術である『ハーメルン』がそうだった。

 

「地球の人々は、知識に関しては無責任だと思うね」

 

 すこし話の切り口を変えるように、ウィスルト先輩は言った。

 やや力が入った口調だった。取りようによっては、やや挑戦的にも聞こえた。

 

「それはどういうことですか?」

「自分の知識を広めることで、悲劇が起こるかもしれない。 俺がこちらの歴史を見たところ、科学者たちは簡単にいろいろなことを公表するよね。 それでたくさん人を殺せるかもしれないのに」

「それは……兵器とか、そういうことですか」

「そういう風にも使えたり、身近にあるものでも毒ガスやウィルスをばら撒けたりもするよね。 本の内容やインターネット、新聞に書いてあることもそうだ。 もっと自分が何かを広めることに、責任を持たねばならないよ」

「……それはなかなか難しいことですよ、それに誰になって好きなことを言う自由とか権利がある」

「自制が出来ない人は、知識を知るべきではないね。 そして、魔術師にそれは許されない」

 

 ウィスルト先輩はそうはっきりと言った。

 

 彼は見下したり侮蔑する心ではなく、正義感や倫理観によって一般人と魔術師を区別している。そして、同時にある種の人間を強く区別するべきだという差別主義者でもあった。

 もちろん、それは誰かを傷つけたりするためのものではなく、守ろうとするためのものだけど、自由意志に反対するものでもある。

かなりはっきりとした意見の持ち主だった。

 

「どうかした? もしかして、悪い気分にさせちゃったかな」

「いえ、そういうことでは。 ただ、はっきりと物をいう人だなと思いました」

「ああ、ごめんね。 地球に来て、色んなニュースを見るけど……納得いかないことが多いんだ。 法を守れない人が、乱暴に車を運転して人を傷つけたり。 たくさんの人を誹謗中傷したり、嘘をばら撒いても罰せられなかったり」

「気持ちはわかりますけどね」

 

 まだ、こちらに来て純真さを失ってない人なのかもしれない。

 本当に世間ずれしていない人なんだろう。こちらの世界にまだ染まってないと言うことでもあるし、おそらく向こうの世界でも悪いものに染まらなかった。

 

「向こうではそういうことはなかったんですか?」

「ゼロではなかったけど、知識には制約があるから。 あと、何かを広めることも」

「ああ、情報媒体(メディア)や報道があまり発達していないんですね」

「と言うよりは、制限をかけているに近い」

「……それは私の感覚だと、良いとも悪いとも言えないです」

「そうかな? どちらも俺からしてみたら無責任に見えるよ」

 

 それは確かに否定できないんだけど。

 

 異世界では、一部の人しか情報媒体(メディア)に触れて知識を得たり、報道することが出来ないような状況と、私は理解した。

 地球にもそういう国はあるけど、あまり良いイメージがない。未開の地に行ったら、全部そういう感じなんだろうけど。

 

「それで、ウィスルト先輩はどうして私に話しかけたんですか?」

「ああ、その要件が大事だったね」

 

 ちょっと話が横道にそれ過ぎた。

 甘いものがほしくなったので、ナッツ入りのチョコレイトを食べる。

 

「あ、先輩も食べます?」

「ありがとう、遠慮なくいただくよ」

「これ、おいしいですよ」

 

 ウィスルト先輩は嬉しそうにチョコレイトを頬張った。

 

「君は祖父に似てるね」

「そうですか?」

 

 似ても似つかないと思うけど。

 

「祖父に何か食べ物か、飲み物をもらわなかったかい?」

「ペンドラゴン校長にですか? あー、確かコーラをいただきましたけど」

「祖父はね、よく人を試すんだ。 自分が与えた食物に手を付けない相手は信用しない」

「あれにそんな意味が……」

「出されたものに手を付けるのは、最低限の礼儀でもある。 同時に相手が警戒しているかどうかを計るための物差しにもなる」

「確かに。 私も自分が出したものを、食べてもらえなかったら悲しいですね」

 

 わりとよくあるやつだった。

 生前、研修や勉強会で同じグループの人にお菓子をすすめ、箱を開けといたんだが、誰も食べなかった。けっこう寂しい。

 

「本題だけどね、実は次のルームメイト。 来年は俺と君なのさ」

「え、学年違いますけど」

「今年のルームメイトは、俺は1年生とだったよ。 そいつとは来年には解消だけど」

「なんだ。 わりと、学年違いと同室なんてよくある話なんですね」

「いや、あんまりないかな。 何か事情があるとそうなるけど」

 

 ウィスルト先輩、訳ありなのか。

 そう思っていたら、すぐに先輩は何かを察したようだった。

 

「むしろ、訳ありは君の方もだからね? 俺だって校長の孫だから、持てあまされ気味なのは否めないけど」

「なんか、そっちも苦労してるんですね」

「祖父が祖父だからね。 良い意味でも悪い意味でも注目される」

 

 正直な話、私は自分が一番苦労してると思ってた。

 話を聞いている限りは、先輩も甲乙つけがたいくらい色々ありそうだ。

 

「君のところはどうして、ルームメイトを解消することになったの?」

 

 ウィスルト先輩は、そう尋ねた。

特に隠す必要もないので、正直に話す。同室のファルグリンは私にこういったのだ。

 

「2年生になったら、僕は一般寮を出る。 ……研究サークルの寮に入るんだ」

 

 それを聞いて、ウィスルト先輩は納得した。

 

「なんだ、そっちもか。 こっちの1年生も同じ理由だった」

「……私はサークル入りとは、正直うらやましいです」

「まあ、俺もなんだけど。 うらやましい」

 

 学園にはいくつか、サークルが存在する。

 魔術学園におけるサークルとは、魔術師としての研究を行うための集団(コミュニティ)と言う意味だが、有力なサークルに入りそのなかで研究することは、私にとっても目標の一つだった。

 

 有力なサークルに入れることは、それ自体が一種のステータスとなる。

将来にプラスになるだけに、望む者は多い。研究スペースや機材、予算も与えられるため、純粋に研究をしたい生徒にとっても目標だ。

その中でも、有力な5つのサークルには独立した研究施設と寮まで与えられている。

 

ファルグリンはサークルの中でも、上位の場所へ入ることが約束されていたようだった。

 

「と言うか、ウィスルト先輩もサークルに入りたいんですね」

「そうなんだけど……俺はペンドラゴン校長の孫って立場もあって、逆に基準が厳しくなってるところがあるかな。 立場を理由に入りやすくなるというのを、祖父から許されなくて」

「校長先生って身内に厳しいんですね」

「俺に祖父が厳しいというより、やや政治的な側面もあるよね、間接的に特定のサークルをひいきすることになりかねないから」

「先輩が入るとひいき?」

「なぜか、俺がいることで宣伝になるみたい。 なにかもう一押し功績を上げれば、さすがにどこかに入れると思うけど、状況によるよね。 有力サークル同士のバランスとかさ」

 

 すごい面倒そうなお話である。

 魔術師の家系には、貴族的な要素もあるみたいで権力のお話なんかもついてまわるようだった。

ただ、それでも思う。

 

「なんか、ずるいなあ……」

 

 思わず、小声でぼやいてしまった。

 私も連れて行ってくれたらいいのに。

 ファルグリンはやっぱりエルフだもの、ウィスルト先輩も結局は引く手あまたなのだ。

 

 私も特待生ではあるけど、問題も抱えているし後ろ盾がない一般生徒だ。

 勧誘の声もかからない辺り、1年生で入るには、まだまだハードルが高いのだろう。

 

 そんな私の様子を見て、ウィスルト先輩はなにか思うところがあるようだった。

 

「でも、まあ、ほら。 俺が君に何かを教える機会も出来たじゃないか」

「え?」

「ファルグリンくんとやらは、確かに優秀な生徒と聞くけどエルフだろう? 仲は良くても、あまり参考にならなかったんじゃないか」

「それは、確かにそうですね」

 

 エルフを参考に努力にしても、なにもはかどらないんだよね。

もともと持ってる力が違うから。

 

「俺はその点、魔術師の家系でありながら君に近い視点で比較的ものが見れると思う。 君の同室になるのは、その辺りが理由だと思う。 君を育てるために」

「そういうことなんですか?」

「うん、俺のルームメイトも訳ありで……なんていうのかな、魔術師としての家系に生まれながらも、その教育を受けていない子だったんだ。 でも、今年サークル入りするんだから。 そこはある意味で俺の実績と思ってもらっていいと思うよ」

「おお、なるほど。 ちょっと希望が湧いてきました」

 

 実力さえつけば、ファルグリンのいるサークルに入ることも出来るかもしれないな。

 試練の塔に挑むわけだし、協力してくれる人がいるだけで朗報かもしれない。ファルグリンとは授業でも会えるだろうし。

 

「でも、ウィスルト先輩はそれでいいんですか? 先輩は得をしていないですよね」

「うーん、そうかな」

「先輩から知識を教えてもらうにしても、貴重な時間をもらうわけだし。 それにそれこそ秘匿したいこととかないんです?」

「たぶん、これは祖父からの俺への課題でもあると思うんだよ、後輩を育てるっていうのは。 弟子をとるとか、そういう経験を積むことだよね。 これってサークルに入った後や、卒業した後でも役に立つと思う」

「そう言われたら、そうなんでしょうけど」

 

 随分と前向きな人である。

 なんかあまりにフレンドリーすぎて、そのうえキラキラしてる。

ここまでくると、一周回って苦手な気がしてきた。

 

「俺が秘匿したいこともなくはないけど、それを踏まえて物を教えるのは去年で慣れたからなあ」

「あー、個人的にはウィスルト先輩の、勉強の邪魔にならないかが一番の心配ですね」

「迷惑ではないし、支障は特にないけどね。 あ、もしかして俺の実力が気になるのかい? 祖父は自分の子供たちを評価しなかったけど、俺に課題を与えようとしている辺り、少しは見所があるということだと思ってよ」

「先輩、押しが強いって言われません?」

「そういう君は頑固だとか、折れないって言われてるでしょう?」

 

 あたりである。

 

「というか、どう足掻いても同室になるんだから、どうせだったら勉強教えてもらえた方がなにより楽じゃない? 気分とか、いろいろ、ぜんたいてきに」

「なんて、いい口説き文句なんだ」

 

 楽になるって、私のすごい好きなニュアンスの言葉である。

 この人、かなり人を見抜くのが上手なのでは。

 

 そう私が考えた瞬間、彼はにっこりとわらった。

 

「と言う訳で、今後の授業料にもういっこチョコをくれたまえよ。 陽介くん」

「え……あ、はい。 どうぞ、ウィスルト先輩」

「いや、今後はフォルセティね。 そっちで呼んでよ、どのウィスルトかわからないし」

 

 ペンドラゴン校長の孫、フォルセティ・アンブロシウス・ウィスルト。

 遠目に見ていたころとは違い、一筋縄ではいかなそうな、かなり癖の強い先輩であるようだった。

 

今の状況にこの出会いが光明をもたらしてくれるのかは、まだこの時の私には判断が付かないことだった。

 



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第9話 エルフ少年とネズミが香る部屋

~訂正~
7話目と8話目の間に、間違えて21話を投稿してしまいました。
失礼しました。
代わりに、続きを投稿します!


 監視対象、廿日陽介(はつかようすけ)について。

 

 彼の修得した、第2級指定秘匿魔術、仮称『ハーメルン』について。

 現状、一部から彼自身が考案したものではないのではないか、という疑問が出ている。検討の結果、その真偽を確かめることは必要だと判断する。

 

 対象は、『試練の塔』への挑戦を希望している。

 そのためペンドラゴン校長との面談を経て、真偽を確認。

 

 校長によれば対象自身が考案し、その意志によって実行したものと判断している。

 ペンドラゴン校長の魔術を突破できる能力が、対象にない限りは嘘を突き通すことや、心の内を隠すことはできないものと思われる。

 少なくとも、彼が何者かに操られている可能性は非常に低い。

 当然、そのような形跡をペンドラゴン校長が見逃すはずはない。

 

 『試練の塔』への挑戦を許可。

対象の資質や、その能力を探るには良い試金石となると判断。

 

 なお、ペンドラゴン校長からの聞き取りによれば、対象の精神性は異常である。

 「少なくとも、11歳の子供が持ちうるものではない」とのことである。

 信念や正義以外の理由ですら、自分の精神や命を簡単に犠牲にできる性質が読み取れたと言うこともあり、危険性を秘めていることについては継続して留意すること。

 

 もしも、彼がなんらかの組織によって、影響を受けていることが示唆されたり、あるいはその支配下にあるとなれば、その魔術の特性上事態は深刻となりかねない。

 

なお、いかに一般教員が集団で訴えたとしても、第2級指定秘匿魔術ハーメルンについての詳細な情報は絶対に公開しない。その内容をあらゆる方法で探ることもまた禁ずる。

もし、違反した教員がいた場合は、この一件に関する記憶除去だけでなく、それ以上の罰則が与えられる可能性があることをここに明記する。

 

 

追記:監視対象に、3年生フォルセティ・アンブロシウス・ウィスルトを付ける。

   同時に、英雄セデンの息子である北村翔悟からの護衛役、兼監視を解任。

北村翔悟をサークル『炎の番人』へ入会させることで、身柄の把握を測る。

 

 

 *

 

 

 夜に女性が、繁華街(ススキノ)でトラブルに巻き込まれた時。

 ちょっと強引なキャッチに絡まれた時。

 ネズミがさっそうと現れ、その男にかみつき女性を救った。そんな噂がある。

 

「それって君じゃないだろうね、テイラー?」

「知らんな、なぜ余が人間の雌ごときを気にかけるのか」

 

 机の上で灰色のネズミがふんぞり返りながら言った。

 

「正直、数ある繁華街でも安全だとは思うけどね。 女性1人でも歩けるし……キャッチが強引なのを除けば、ね」

 

 この間、風俗のスカウトグループとやらが逮捕されたとの話があったばかりである。

 なんでも不法に女性をスカウトし、風俗に紹介したらしい。1年間で200人を超える紹介をしているというのだから、なかなか安全だと油断ばかり出来ないものだ。

 正直なところ、自分の住んでいる地域でそういったニュースが流れるのは良い気分じゃない。

 

「そう考えると、別に君を責めているわけじゃないんだよ。 ただ、君かどうかを確認したいだけなんだ」

「……とうとうネズミに話しかけるようになったか、友人がいなさ過ぎて寂しさのあまり頭がおかしくなったのか? それとも幻聴が聞こえるほどに、脳みそが安いチーズのようにスカスカになってしまったのか。 まあ、それは元からだな、今始まったことでもあるまい」

「幻聴じゃなくて、君はちゃんと私に話しかけてるよね? どうしてそんなに辛辣なの!?」

 

 私だって生前は、ネズミに話しかけるようになるとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。

 ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。

 それはさておき、このネズミはテイラー。私のパートナーである。

 なお、これは愛称であり本名ではない。

 

「あまりわめくな。 其方(そのほう)が無様なのは今に始まったことではないが、ヒステリックなのは見るに堪えん」

「私は日本でも有数の温和な人間だと、自負している。 けれど、ネズミにそこまで罵倒されるいわれはないと抗議する権利くらいはあると思うんだ」

「ネズミだからと言って差別するのは良くない。 ネズミだって立派に生きている」

「私だって立派に生きているよ」

「立派……? 余の知らない間に、立派と言う言葉の意味が変わったのか? 少し辞書で引いてみてくれ、そして説明してくれ。 陽介、其方のどこが立派なのか、を」

「……負けを認めるから、君のボキャブラリーを私に分けてくれ。 そこまで人を罵倒できる語彙力(ごいりょく)だったら欲しい」

「余の爪の垢でも煎じて飲むかね?」

「それは衛生的に勘弁願いたい」

 

 それを聞くと、テイラーは不満げにカップの中に入る。

 なかにはお湯と香料が入っており、ふわりとした花の香りがただようのだった。

 

「失敬な事だ、こうして入浴も欠かさぬというのにな。 そうだ、爪が伸びたのでヤスリがほしい」

「猫じゃあるまいし……というか、ネズミの爪にヤスリと必要あるの?」

「忠告してやろう。 猫などと言う、凶暴で品のない残虐冷酷無比な生物を引き合いに出すのはやめたほうがよい。 知的能力のなさと品格の欠如、下劣さが露呈することになる」

「さすがに猫を嫌い過ぎだろ」

 

 ネズミにとっては、死活問題なんだろうけど。

 

「死活問題と言えば、余にも重要な問題があってな」

「なんだい、テイラー。 私にできることなら、なんでもするけど」

「いやなに、ことは単純(シンプル)にして明確だ。 実は、最近かじりがいのあるものがなくてな」

「かじりがい?」

「知ってはいたが、人間の足はかじりがいがなさすぎる。 やわらかすぎるのだな」

「なに、物騒なこと言ってるんだこのネズミ。 というか、やっぱり君が犯人じゃないか」

「何を言う、そんなことよりも深刻な問題だぞ。 このままだと、前歯が伸びてしまうぞ」

「それの何が問題なのさ」

「前歯伸びすぎると、余が食べ物を噛めなくなって餓死する」

「思いのほか、本気で死活問題だった!?」

 

 そう言いながらも、テイラーはのんびりとカップの中でお湯につかっている。まるで深刻そうに見えない。こう見えて、風呂が好きなのだった。

 

「しかし、なかなか天下泰平の世とはいかぬな」

「そういうものだよね、世の中。 完璧に平和だった時代なんてないし」

「其方の身の回りのことを話しているのだがな、陽介」

「え?」

「知らぬは本人ばかりか、まあ、いい。 其方の滑稽さは見てて愉快だ、もう少し足掻け」

「なんで、私はこんなにディスられているのか」

 

 ここまでネズミに馬鹿にされている人間と言うのも、珍しいと思わなくもないが特に光栄に思えないあたり、私の気持ちはまだ振り切れていないらしい。

 そうなってしまったら、人間としておしまいな気もするけれど。

 

「なにをブツブツ話していると思ったら、お前ネズミと話をしていたのか」

 

 呆れた様子のファルグリンが、部屋に帰ってきた。

 学年を上がると部屋を移す予定ではあるが、もう少し先のことである。今はまだ私とゆっくり紅茶を飲んだりする時間を大事にしていた。

 

「ネズミに話しかけるなんて、大丈夫か? いくら僕がいなくなるからって、そこまで動揺されると心配するのを通り越して、一緒にいることが気持ち悪くなるぞ?」

「なんで、君まで私をディスってくるんですかねえ!?」

 

 いくら私でも心が折れそうである。

 

「それより、お前にいくつか相談がしたい」

「……いいよ、代わりに今日は君がお茶を淹れてくれるかい?」

「お安い御用だ」

 

 数少ないファルグリンを顎で使える瞬間である。

 たまにはこういう時間がないと、不公平である。

 

「準備しながらで話をすすめていいか?」

「どうぞ」

 

 ファルグリンはエルフの割には、せっかちである。これも若さゆえか。

というか、多くの文献で指すように、長命な種族は気が長いイメージがある。

 

「僕が所属する予定のサークルの話なんだが」

「次のサークル長は上級生のクルラクだよ、ほぼ間違いなく。 なに、彼の性格が問題なのかい?」

「……お前、僕の質問を予測していたのか?」

 

 私はファルグリンの手が止まったのを見て、せかした。

 早くお茶が飲みたかったのだ、イケメンエルフを見て喜ぶ趣味もなければ、ネズミの入浴シーンを眺めて楽しむ時間を持ちたいわけでもなかった。

 

「早く、紅茶を淹れてくれよ。 別に大した理由があって言ったわけじゃない。 君の今の悩みは、だいたい新しい環境の変化。 つまり、サークル寮に入ることだろう? それに、今日君はサークルに顔を出しに行ったはずだ」

「なぜ、わかる?」

「ズボンの裾に少し泥が跳ねている、でも服装は濡れていない」

「それで?」

「今日は午前中から雨だった。 君は外出したんだ。 でも君が外に出たときは止んでいたんだろう、雨が止んだ時間はそれほど長くない。 となると、行先は学園の敷地内かそう離れていない場所だ」

「そこまではわかった。 それでどうしてサークルに行ったとなる?」

「君の所属予定サークルである『青き一角獣《ラース》』のある寮に行くには、学園の外に出ないといけないけど、通り道には水溜まりが出来そうな場所がいくつかある。 そういう道を歩かなければ、裾は汚れないだろう。 交友関係から考えて、ちょっと他の場所に行ったとは思えない。 あと、少し注意すると君から、なにか香りがする。 魔除けにも集中力を高めるのにも使う、高級な香木の香りだ、たまに先生の研究室で嗅ぐけど。 サークルの談話室(サロン)でお香でも炊いてたのかい?」

「正解だ、今先輩たちが研究している(インセンス)だ。 魔術の儀式に使うために開発しているらしい」

「だいたい成分はわかるかも、うーん開発ってレベルじゃないね。 似たようなものなら、もうあるだろうに。 ああ、それでサークル内で起きたことで悩みになりそうなことと言うと、新年度に替わって、すぐサークル長を決めるだろうからね。 その辺りの人間関係かと思った」

「確かにそれは、僕が気になっていたことの一つだけど」

「まだあるの? うーん、なんだろう。 サークル内の派閥争いの話と、良く対立しているサークルである、『炎の番人(ウォッチャー)』の新リーダーの話かな」

「まあ、だいたいそれで聞きたいことは終わるが」

 

 ファルグリンが納得いかなそうに、紅茶を淹れる。まだポットの中で蒸している段階なので、数分待たなければいけなかった。

 この時間が暇である。

 

「お前のその情報源はどこから来るんだ?」

「ちょっと考えるだけ。 あとは予言術だよ」

 

 間髪入れずに、そう返すがファルグリンは胡散臭そうに私を見た。

 

「その割に、占星術の試験は点数が低いがな」

 

 私はファルグリンの物言いに肩をすくめた。

 私は賢明なので自分が余計なことを言うと、ぼろが出るのを知っている。

 自己評価が低いことは、時々役に立つ。慢心せずに済むからだ。

 

 一方のテイラーは何も言わずに、カップのお湯を堪能している。気軽に入浴できる辺り、ネズミのサイズは時々うらやましい。

 このネズミは贅沢なことに、時折ワイン風呂や牛乳風呂を要求してくるのだ。それも低脂肪乳じゃないやつを。

 

「つくづく思うが、この部屋で見るお前のネズミは大体風呂に入ってるな」

「テイラーは風呂に入るために、私の部屋に帰ってくるからね」

「この部屋、銭湯かなにかと勘違いされていないか?」

「……可能性はある」

 

 私はテイラーを見るが、何も答えようとしない。

 こいつ、普段は人前で無口なのである。たまに話を始めたかと思えば、目の前にいるにもかかわらず、テレパシーで脳内に直接話しかけてくる芸当を最近覚えた。

 明らかに私より、魔術に関して有能である。

 

 なお、身近にいない魔術師にテレパシーで話しかけたり、見たもの聞いたものをリアルタイムで共有するのは、使い魔の基本的な能力の一つである。

 

「でも、わざわざ私にそんなことを聞いてこなくても。 もっと他の有能な人に聞きなよ」

「お前の予言の精度は間違いなく当てになるからな」

「そりゃそうだろうね」

 

 種明かしたらなんだが、基本的にテイラーからの情報である。

 彼の情報網は相当なものだ、学園内の動きを知るには十分すぎる。ただし、彼には隠しごとも多いので、私が知らされていないこともある。

 もう少し時間を掛ければ、市内のあちこちの情報も自由に得ることが出来そうだった。

 

(湯が温いぞ、陽介)

 

 テイラーが私に文句を言った。

 わざわざテレパシーを使って、命令してきたのである。

 

「君は文句しか言わないね、テイラー」

 

 その言葉に、ファルグリンが反応する。

 

「なんだ、お前。 自分の使い魔に使われているのか」

「テイラーは使い魔じゃなくて、パートナーだよ。 まだ、お湯は残っているかい?」

「少しだけな」

 

 仕方がないので、テイラーの入るカップにお湯を注いでやることにする。

 彼に言葉を教えたのは、たまに間違いだったんじゃないかとすら思う。

 

「にしても、陽介。 実際に予言術を使っているかはさておいても、その精度に関しては、本当に驚かされるな。 それに物覚えは悪いが、察しがいい」

 

 たまに褒めたと思ったら、セットでけなしてくるのをやめてくれませんかね。

 私は最近、よく私を叱る師の言葉を流用することにした。

 

「魔術の本質は自然の働きを予見し、災いを予防することである」

「土御門師の授業だったな、あの言葉には感じ入るものがあった。 彼は人間にして置くには惜しい。 エルフに生まれたらよかっただろうに」

 

 ファルグリンが感慨深そうにつぶやいた。

 そして、ようやくお茶を淹れ始める。カップに注がれた紅茶の香りを確かめたいが、ファルグリンに付いた香と、テイラーの入浴剤のせいで、香りが混ざってしまった。

 あまりおいしく飲めなさそうである。

 

「ほら、お前の分だ」

「あれ? ファルグリンも飲むの?」

「当然だろう、自分で淹れたものを飲む権利くらいある」

「お茶くらい、サークルの談話室(サロン)で飲んだだろうに」

「上級生ばかりの部屋で、気なんか緩められるか!」

「エルフにしては、殊勝なセリフだね」

「僕にだって、年長者への敬意くらいはある。 土御門師に対しても、な」

 

 占星術の最初の授業で、担当の土御門師が教えた内容が「魔術の本質は予見と予防」という言葉である。占星術は天体を観測することから始まり、予言術や暦法(1年の暦を作るための方法を学ぶ)なども含まれるけれど、土御門師の魔術に対する姿勢は独自のものだった。

 彼は教師の中では若いながらも、いくつか研究論文も発表し、尊敬するべき魔術師である。

 

 しかしながら、私は占星術を使い未来を占う際に、きちんと習った計算式を使わず、テイラーから得た情報や観察して考え付いたことを並べるので、答えが当たっていても叱られるのである。げせぬ。

 

「私も、土御門師の話には感じ入るものはあるよ。 自然の摂理を曲げるのではなく、悪いものから当たらないように離れ、未然に不幸に合うことを防ぐための方法を考える、それが魔術の役割。 ……ちょっと医学的なものの見方に近いかも。 インフルエンザが流行っているから、人混みに行かないとか。 マスクをつけるとか」

「アベノセイメイを流れとする魔術師だったな、陰陽道だったか?」

「私はあんまり詳しくないけどね、日本の魔術師としては名家だろうね。 ただ、歴史的に考えると不遇の時期も長いけど」

 

 陰陽師は時代の流れに翻弄されている。

 平安時代以降、戦乱の世から近代まで、その時代のリーダーの考えによって、何度もその在り方の変更を余儀なくされてきた。

 

「我々の世界でもあったが、魔術を排斥するこちらのものの見方は理解できない」

 

 ファルグリンの世界では、為政者は必ず魔術師を傍らに置いていたようだ。文明的に貧しい国以外は。つまり、彼らの世界にとっての科学者でもあり医学者でもある魔術師の知性は、なくてはならないものだったようだ。

 とはいえ、魔女狩りがなかったわけではない。

 とある国では権力者に与する魔術師以外は、邪魔でしかないと害されることもあったようだ。それはもちろんエルフといった人間以外の種族も含めて。

 

「現代でも魔女狩りのために人を殺す人はいるみたいだからね。 この間の歴史でちらっと習ったよ、いまだにアフリカでは魔女だと疑われた人が何百人も毎年殺されるって」

「終わらない魔女狩りか。 本物の魔術師が、普通の人間に殺せるはずはないだろうに」

「あの辺りは地域によっては、人を生贄にする黒魔術信仰が残る場所もあるみたいだしね。 それも不信感の理由なのかも」

「そんな低次魔術以下の風習が、残っているのも度し難い。 我々のような魔術師と一緒にするべきではないな。 ……人間の社会と言うのは、本当に愚かの極みだ」

「それだね、まあ、人間は愚かだね」

 

 特に否定する理由がないので、頷いた。

 エルフの歴史を聞く限り、エルフが賢い生き方ばかりしている気はしないけど。

 

(他者を愚かだと断言できるほどの賢者が、お茶をすすりあいながら上から目線で批判するのを何百年も続けている結果が、魔女狩りが行われる現実なのだな。 実に興味深い)

 

 タイラーが人類史に皮肉を述べ始めている。無駄に高機能なネズミだ。

 無視して、すこしお茶で口を潤す。

 

「そういえば、『医学的なものの見方』という繋がりで思い出した。 私は、魔術師に選ばれる前は医者を目指そうと思ってたんだ」

「ほう、お前がか……想像できんな。 なぜ、目指そうと思った?」

 

 人生2週目だと、医者を目指すのは簡単だと思ったから。

 それはファルグリンには言えなかった、実際簡単にはいかなかったし。

 勉強が思うようにいくなんて、そう人生甘くない。私が今回生まれた環境にもよるところはあるとは思うけど。

 

 それに今思えば、前世で死んだことを意識してしまい、どうも自分の命すらも軽く見過ぎてしまうところが私にはある。どうせ死んだ身だと思ってしまうのだ。

 そうなると他人の命も、同じように軽く見てしまいがちになりそうで怖い。いや、心の底からそれを怖いと思えない自分がいる。やっぱり私は医者には向いていない。

 

「……だって、人間って簡単に死んじゃうものなあ」

「そうだな、もしかして医者を目指そうと思ったことを後悔しているのか?」

「だってまあ、ね。 父親も死んでるもの、それも過労死だった」

 

 たぶん私自身も過労死だ。

 厳密にいえば、過労を原因にした心不全とかになるのかもしれない。

 

「……それは、なんというか」

 

 ファルグリンがいたたまれないような、表情を見せた。

 

「いいよ、気にしなくて。 別に車にはねられる必要もなく、人間って死んじゃうんだよね。 トラックである必要もないし、包丁で刺される必要もない」

 

 私は特別に記憶を引き継いで、生まれ変わったわけだけど。

 その記憶にいったい何の意味があるのかね、今のところ邪魔にしか感じない。人が悩まなくていいことや、考えなくていいことになぜ苦痛を感じないといけないのか。

 

「ひょっとしたら何かの罰なのか……?」

「罰だと?」

「いや、独り言だよファルグリン。 偉大なる神様とやらがいちいち、たかが人間ごときに目を掛けるなんて、思い上がりも甚だしい話なんだから。 自意識過剰すぎる」

 

 この世に神様がいると信じている人はたくさんいるだろうけど、仮にいるとしてそれが自分を見ていると考える人はだいたい自意識過剰だと思うんだよな。

 などと、考えてしまうあたり私はむしろ不遜なのだろうか。

 異世界の方は神様が実際にいて、時折目に見える即物的な加護を与えてくれているようだけど。

 

 そのせいか、こちらの宗教と異世界の宗教観は仲が悪い。というか、エルフなどの非人間的な種族はだいたいの宗教や文化から排斥されている。

 多くの宗教は数あれど、聖書やら経典に、人間が住む他の世界や異種族は載っていないことが大半なのだから。宗教の力が強い国ほど、多くの場合は異世界からの来訪者に批判的なのだ。

 もちろん、異世界に住まう神が、その世界の住人に直に触れたり、目に見える恩恵を与えているなんて信じたいはずもなく。

 自分たちの神々は、多くの人々にとって目の前に姿を現してくれるわけではないとなると、間接的な否定にも繋がりうる。

 

 とは言え、日本で異世界人に対する差別がないわけじゃない。

 残念なことに、こちらの世界で彼らの安住と言える土地はほとんどないだろう。こちらの人間同士だってそうなんだから。

 

(まあ、それを言うのならば、ネズミのことを何とも其方は思っていないだろうな。 ないがしろにされたネズミは其方らを足蹴にする権利がある。 そろそろタオルをよこせ。 余は、風呂から上がる)

 

 私は返事もせずに、ポケットからハンカチを出し、テイラーに放り投げる。

 

(もう少し上品に振舞えないのか、育ちが知れるぞ。 余をもっと敬うが良い)

 

 これも私が両親とうまくいっていないのを分かってて言っているのだから、テイラーの罵倒も容赦がない。遠慮はなくてもいいが、容赦くらいはしてほしい。

 

「さすがにネズミに言われたくはないよ、君はどうなのさ」

(ネズミはちゃんと育つまで、子育てするぞ。 たまに母親に食われることもあるがな。 まあ、運が悪かったらそういうこともある)

「……運が悪いで片付けたくない死に方を聞いてしまった」

(気にするな、其方もその不徳な生き方では今回も長生きできんだろうし。 ネズミの生き死によりも自分の心配をした方が良いだろう)

「余計なお世話だ」

 

 私とテイラーが言い合いをしていると、紅茶を飲んでいるファルグリンは何とも言えない表情だった。可哀そうなものを見る目である。

 

「僕からしてみたら完全に独り言だぞ、陽介。 お前、大丈夫か?」

「そう見えるのはわかってるけど、テイラーと話が通じることくらい知ってるでしょう」

「他の魔術師は使い魔に振り回されたりしない」

「……振り回されていること自体は否定できない」

 

 テイラーは風呂から上がると、またどこかに消えてしまった。

 脱走の常習犯と使い魔ショップで言われるだけのことはある。どこの隙間を使って移動しているかすらわからないような、俊敏さだった。

 

「本当に大人しくしてないな、あのネズミ」

「そうだねえ、確かに」

「お前、飼い主だろう。 あれでいいのか?」

「いやあ、テイラーもあれで忙しいからね」

 

 まだまだ頑張ってもらわないと、ね。

 さて、魔術書の続きでも読むとするかな。

 

「さて、ファルグリン。 本を読みながらでいいかな、話の続きは」

「それは構わないが、なにを読んでいるんだ?」

 

 それは、私が戦闘に使える数少ない魔術。

 そして、それは今後の『試練の塔』を攻略する際にも必要になるだろう。あらゆる状況で役に立つ、重要な手札ともいうべき存在。

 

「……ルーン魔術かな」

 



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第10話 魔女とお茶会するときの誘い方

生前は、野郎のエルフと抹茶パフェ食べることになるとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。

 今日も、エルフの友人であるファルグリンと抹茶パフェを食べる予定だ。

 

「そろそろ行くぞ、陽介」

「少し待ってくれ、薬の時間だ」

 

 私は定期的に目に点眼薬を指す。

 

 この点眼薬は、私が錬金術で作った特製の魔法薬である。

 私は数ある科目の中でも、力を発揮するのが錬金術だ。薬品の調合や、化学物質に携わるのに私の持つ障害はさほど問題にならない。なので、重点的に履修し研究に精を出している。

 私が持つ戦闘手段や、多くの魔術はこの錬金術に依存するものが多い。

 

 錬金術と言うと、普段の生活からかけ離れている言葉なだけに、イメージしづらいかもしれないが、これが色んな所で役に立つ。なにせテイラーの入浴剤も私が作ったものだし、普段飲んでいるお茶も調合したりしている。

 

 今、点眼しているこの目薬は、視力を落とさないための予防薬でもあり、同時にゆっくりと時間をかけて目を変容させるための変異薬でもある。

 

 つまり、これは肉体改造の一環だ。

私は自分の身体を何年もかけて少しずつ、作り変えて優秀な力を持った身体にしようとしている。

今のところ、私の技術で出来ることは少ないし、私の肉体の強度が弱くてなかなか進められないが、成長期ならではの改造の方法もある。楽しみだ。

 

「おい、陽介」

「なんだい、ファルグリン。 この後、行くお店ならもう決めてるけど」

「その話じゃない、見てみろ」

 

 私達のもとに一歩一歩確実に近づいてくる、女子がいる。

 魔女マリンカだ。

彼女は私をキッと力強く睨みつけながら、肩を怒らせて迫ってくる。

 

「え、彼女、なにかあったのかな?」

「なにかあったのかな、じゃなくて。 どう見ても、お前を見ているだろうが」

「いや、君じゃないの? いつも女子は君に用事がある」

 

ファルグリンもエルフの例にもれず、非常に美しい容姿をしている。

美を愛する彫刻家なら、喜んで彫像のモデルにしたがるだろう。

 

「いいや、よく見ろ。 僕と彼女の目が合わない」

 

「そんな馬鹿な」と思っていたけど、確かにずっと魔女マリンカと目が合うのである。まるで私をじっと見ているかのようだ。瞬きもしないのでちょっと怖い。

 

とうとうマリンカは私の目前で立ち止まる。

そして、私にはっきりと強い口調でこう言った。

 

「ちょっと貴方、顔を貸しなさい」

「そんな日本語、どこで覚えたのさ」

 

 どこぞの番長かよ。

 

「あー、ファルグリン。 助けてくれない?」

「僕を巻き込むな」

「ルームメイトとしてのよしみでそこをなんとか」

「エルフは人間の争いには、関わらないことにしている」

「キノコ山とタケノコ里の紛争には、喜んで参戦するくせに」

「バカを言うな」

 

 ファルグリンは私の言葉を鼻で笑う。

 

「あれは正義の戦い……いわば聖戦だ、世界には種の垣根を超えて戦うべき時がある」

 

 イケメンが突然、決め顔でほざきだしたぞ。このエルフも俗世に染まるのも、たいがいにした方がいいと思う。これは、ちょっと危ないところまで来ているんじゃないだろうか。

別に全然、全くすこしも私のせいじゃないと思うけど、なぜか申し訳ない気がしてきた。

 

「じゃ、話がまとまったところで借りていくわよ」

「いっそくれてやる、別に返さなくていい。 部屋が広くなるからな」

「あと、ちょっとしか一緒にいられない友人によくそんなことが言えるね!」

「別に僕の部屋が変わったところで、今生の別れでもあるまい」

 

 ファルグリンが冷たい、いつものことだけど。

 

「わたしもいい加減、腹が立っているのよね」

「僕には関係ないが、おおむね同意する。 だいたい陽介が悪い」

「ねえ、私は君たちに何かしたかい?」

 

 私は誰からも助けてもらえず、そのまま引きずられるように中庭に連れていかれた。

 世間はいつも私に冷たい。

 

 この校舎にある中庭は、言ってしまえば年がら年中春である。

 ベンチに座って昼寝をしていても、風邪をひかないほど暖かい。いったいどんな魔法で調整しているのか、非常に快適で緑に囲まれた癒しの空間だ。

おおよそ植物にとっても、安定した環境は快適なのだろう。授業で使う安全な方の植物を育てるためにもつかわれている。

 

 昼食をここで食べる生徒も、ときどき見かける。

だが、ここは飲食禁止である。中庭でお弁当を広げる生徒(カップル)は、派手に爆ぜろ。出来ることなら、可能な限りの厳罰に処してほしい。

 

 さて、そんな生徒の憩いの場である中庭で、魔女マリンカは私にこう聞いてきた。。

 

「貴方、わたしを見てたでしょう」

 

 そう聞かれたら、まるで私がストーカーでもしてるみたいじゃないか。

 

「別に追いかけまわしてるつもりはないけど、いったいいつの話をしてるの?」

「今日の魔術の実演の時、この間は『使い魔』の授業の時。 さらに、その前も」

「そりゃ、君がみんなの手本になって実演するからさ」

 

 魔女マリンカは優秀な生徒なので、たびたびみんなの手本に指名される。

 逆に、先生たちが手本を探すときに、率先して立候補するほどに彼女は勤勉で意欲的でもある。それで彼女を見るのは必然じゃないかな。

 

「そうじゃないわ」

 

 しかし、彼女は私の言葉をはっきりと否定した。

 

「別に私は嘘は言っていないよ?」

「確かに、貴方は実演のときによく観察しているわ。 逆に普段のわたしには見向きもしない」

「なら、それでいいじゃないか」

「わたしは、貴方の目が気に入らないわ」

 

 またまた、この言われようである。

 いったいどんな罪を犯したら、こんな待遇を受けねばならないのか。

 

「目が気に入らないなんて、なかなかひどい罵倒だと思うけど」

「ひどいのは貴方よ。 貴方、わたしを倒そうとしているでしょう」

 

 想定外のことを言われた。

 一瞬、頭のなかが真っ白になるほど驚いた。とっさに言葉が返せなかったほどだ。

 

「それも明確な敵意ならまだわかる、わたしをライバルとして見ているとかね。 でも、貴方は違うわ。 観察対象としてしかわたしを見ていない、なのに勝負になったらどう勝つかを考えている」

「それは……よくわからないな。 まず、私には覚えがない話だ。 正直、そんなことを言われても混乱しちゃうよ」

「しらばっくれても無駄よ、わかるもの」

「仮にそうだとしても、代々の魔術を継承している君にだよ。 戦闘に使う魔術すらも覚束ない私が、もともと君に敵うはずないよね?」

「わたしの方が有利ね、ただそれだけでしかないわ。 力が下でも勝つ方法なんて、いくらでもあるもの。 むしろ、だからこそ観察しているのよね。 そして、実際貴方自身もいくらでも方法があると思ってる」

 

 やけに授業中に挑むような目で見てくると思ったら、こういうことか。

 つまり、あれはこういう意味だったのだ。

単なる優等生に見えていた魔女マリンカは、私の想像以上に好戦的な女の子だったわけだ。「いつでもかかって来い、相手になってやる」とでも考えていたに違いない。

 

「探る眼で見られるのには慣れているわ、わたしだって魔女の娘だもの。 それに同じ魔術師同士だったら、互いの魔術を探ろうとだってするわ」

「じゃ、問題ないじゃないか」

「ただし、貴方は魔術師の家系じゃない。 元は普通の人よ。 それもなぜか特待生の地位を経て、その内容は秘匿されている」

「……それだと何がまずいの?」

「謎が多すぎる。 貴方のことがまるでわからない、不気味なくらいに」

 

 もしかして、素性が怪しいと思われて警戒されているのか?

 別に普通の人であってるんだけど。

 

「困ったな、私はどうしたら君を満足させてあげられるんだろう」

「白々しいとは、こういうことを言うのね。 勉強になるわ」

「実際、君になにかしたわけでもないよね」

「貴方がわたしを実験動物に対するものと、そう変わらない目で見ているのが気に入らないの」

「君はずいぶん、こう……視線に敏感なんだね。 それと決して褒めているわけじゃないけど、人を見る目に自信があるらしい」

「目には知性が宿るわ、そこから得られる情報は多い。 ……ペラフォルンが教えてくれたわ、あなたの目がどういうものなのか」

 

私は納得する。

この子は、間接的に代々の魔女マリンカとしての経験則を得ている。やっぱり厄介だ。

これが英才教育を受けた魔術師か、とても同じ年齢とは思えない。

 

 実際のところ、魔女マリンカの考えは合っている。

 でも、別にいやらしい目で見ているわけでもないんだから、いいじゃないか。

そちらの方が問題だと思うし。

 

「わかったよ、魔女マリンカ。 君を倒さねばならない対象と考えていたことを認めよう。 でも、それは君に害意があるわけでもないし、ましてや嫌いというわけじゃない。 私の能力で、きちんとした家系の魔術師に勝つにはどうしたらいいのかを考えていただけだ」

「わかってるわ、だから気に入らないのよ」

「そう言われると困るな、どうしてほしいの?」

「わたしは人間よ、『魔女マリンカ』という単なる情報や記号じゃないわ。 もちろん、魔女マリンカを継ぐと言う誇りはあるけれど、わたしはわたしよ!」

「あー……」

 

 魔術師出身の魔女という記号ではなく、自分と言う個人を見ろ、と言っているわけだ。

 

 正直な話、私は魔女マリンカの人格なんてわりとどうでもよくて、このレベルの相手を超えるにはどうしたらいいのか、倒すにはどんな手段が必要なのかにしか興味がないのである。

同級生の中でも優秀である彼女を、仮想敵というやつにして、物事を考えたり整理する時の参考にさせてもらっているので注目しているのに過ぎない。

参考になる魔術があるなら、ぜひとも盗んでしまいたい。と言う意味では興味津々だが。

 

 しかし、魔女マリンカはそれが気に入らないらしい。

 

「別に攻撃を仕掛けているわけでもなし、君に迷惑はかけてないと思うんだけどな」

「そういう問題じゃないわ。 わたしにとって、わたしを見てもらえないことはすごい嫌なことだもの。 それって迷惑だし、もしかしたら、それよりひどいでしょう」

 

 たぶんこういうところがまだ若いんだろうな。いや、まだ11歳だものな。

素直な感情を、ストレートに言葉と共にを叩きつけてくるなんて、私ならできない。

 彼女の中でも、あまり頭の中でも論理的にまとまってることじゃなくて、生理的な拒絶感が先立っているんだと思う。

 

「でも、さっき聞いた話だと君が問題にしているのは、私の情報が表に出ていないことじゃなかった?」

「それはそれで気に入らないけど、それも貴方の技量でしょ」

「技量?」

「自分の情報を秘匿する技術もまた、魔術師には必要な技量でしょ。 ペンドラゴン校長だって、その力の全貌を誰かに明かしたことなんてないわ」

「ああ、名家の魔術師ってそういう考え方なんだ」

「ほら、それよ!」

「あー、うん、ごめん」

「心がこもってないわ。 貴方、適当に謝って頭をさげて、わたしが満足すればいいと思ってるでしょう!」

「……まさかそれもペラフォルンからの情報かい?」

「違うわ、ママに怒られているときのパパそっくりだもの」

 

 他人の家庭事情にあまり興味はないけど、ちょっと魔術師の家系に親近感が沸きつつも、どこかいたたまれなくなる情報である。

 こんなところで話していいのか、それは。

 

「じゃ、本音を言わせてもらってもいいかな」

「どうぞ。 そのために来たんですもの」

「うーん、ならお言葉に甘えるよ。 正直な話ね。 私のような欠陥魔術師がどうしたところで、君のような優秀な魔女にとってはとるに足りないことだと思うんだよ。 私はそう思っているから、なぜ君がここまで怒りを抱えるのかがあまりピンとこないんだ」

 

 私がこうして本音を話している間にも、 魔女マリンカの目はいまだに挑戦的なままだ。

 なにかと必死に焦りながら試行錯誤したり、危険にも『試練の塔』へしたりするのは、私が自分に自信がないからである。慢心するほどの実力もないのだから当然だけど。

 

「ふうん。 なら、こちらもはっきりと本音で言わせてもらうけど」

 

 魔女マリンカは一息、大きく吸ってから大きな声で言った。

 

「わたしは、魔術師である廿日陽介を評価してるわ!」

 

 また、思考が止まってしまった。

 今、何を言われたんだろう。

 

「ええと、意味が分からないんだけど」

「貴方は、内容はわからないけど、実績を出した研究者よ。 そして、ハンディキャップを背負いながらも、戦いにおいても私と並び立とうとしているわ。 それなのに、こちらは貴方の実力を掴めていない。 これは由々しき事態よ!」

「はあ、まあ……それはどうも?」

 

 褒められているのか、これは?

 褒められているのだろうな、たぶん。

 

「貴方がどれだけ自分を卑下しようとも、わたしは貴方が実力あるライバルだと思ってる。 だから、あなたにそういう目で見られるのは気に食わないわ」

「……えー?」

 

 今回の人生で初めてそんなことを言われたというか、前の人生でも言われたことがないようなことを言われてしまった。

 

「逆に貴方が、わたしを魔女の家系で名家であること以外の価値がない、とるに足りない存在だと思っているならとんだ侮辱よ!」

「そこまでは思ってないけどなあ……。 大きな誤解があると思うんだ」

「なに? まだ、なにか文句があるの?」

「いやあ、文句と言うか」

 

 さすがにここまでストレートにされると、好感を持ってしまうな。

 これが彼女の計算された手腕なら、脱帽するしかない。計算されていないなら、されていないでそれはそれで厄介だ。使い魔であるペラフォルンが、彼女にとって冷静なブレインとなりえるなら、どれほどの可能性を発揮するかちょっと測れない。

 

「うん、君にとっては今さらかもしれないが。 私も君にがぜん興味がわいてきたな、今までとは違う意味で」

「そう! それならいいのよ! わかればいいのよ、わかれば」

 

 素直だなあ、ここまで素直だとうらやましい。

 親御さんの教育が良いに違いない。

 

「ちなみに、ペラフォルンには止められなかったのかい? こうして、私に話しかけるの」

 

 胡散臭い感じで思われてそうだから、普通は止めるんじゃないかな。

 だとしたら、なんでこの子、私に話しかけてきたんだろう。

 

「なんかゴチャゴチャ言われそうだから、相談しなかったわ」

「それは……そうだね。 止められそうだものね」

「そうね、わたしはわたしの中で結論が出ているのだからそれでいいと思うのよ。 ペラフォルンの意見はいつも参考になると思うけど。 使い魔に行動や考えを左右される魔女なんて、大成しないと思うわ」

「なるほど」

 

 これは、ちょっとまだまだ判断が難しいな。この気質がどう働くか、長所成りえるのか、短所でしかないのか。それはちょっと評価しようがない。

 でも、すごく芯が強い子なのはわかった。

 

「ところで、魔女マリンカは」

「普通にマリンカと呼びなさい」

「……マリンカはこの後ヒマかい?」

「ヒマではないけれど、要件によっては空けてあげてもいいわ」

「それはそれは。 ならば、そんな君の好奇心に火をつけてあげよう」

「言ってみなさい」

「エルフにとって罪深いデザートに興味ないかい?」

「ある!」

 

 こうして私はもう一人、お茶に誘う友人を得ることが出来たのだった。

 なんだかんだ、ちょろい。

 

「なら、ファルグリンと合流しないとね」

「ファルグリン? 彼なら帰ったんじゃないの?」

「仮に帰ったとしてもルームメイトだから、会うのは簡単だけど。 なんだかんだ、彼は付き合いがからね。 さっきの場所で待ってるさ」

「へえ、お高くとまったエルフのくせに意外だわ」

 

 問題は、ファルグリンと仲良くできるかどうかだな。

 私の友人は、みんな癖が強い気がするので、いつも気を遣うし苦労する。まともなのは、私くらいのものだからね。

 



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第11話 欠陥魔術師と魔術師の決闘

生前は、痛い思いをしながら戦うことに熱意を燃やすことになるとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。

 

ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。

自分が傷つくことや、死ぬこと。何かを失うことがそんなに怖くないと思えるのは、もう1度でも死んでいるからだろうか。

 

 さて、魔術学園には訓練場と言うものがある。

 多少なら壊しても、しばらくすると修復されているという便利な場所だ。その外周はアスレチックになっており、これをどれだけ早い速度で周回することが、訓練の一環になることもある。

 障害物を配置したうえで模擬戦することもあるし、何もない場所で決闘まがいのこともするけど、一番多いのは組手や基礎的な訓練だった。

 

 今、私は耐衝撃機能を備えた訓練用のコートを羽織り、いくつかの種類の装備を所持している。特に目立つのは、腰に付けた剣だろう。街中でこの格好は出来そうもない。

 

 さて、やる気なさそうにも聞こえるが、活舌のしっかりした口調で喝が入る。

 生徒の誰もが恐れるロドキヌス師、その人の声である。

 普段なら生徒がたくさんいるが、今は私を含めてもたった二人。ロドキヌス師の声はとてもよく響いた。

 

「時間通り、今から始めるぞ。 集中しろ!」

 

 そこにいたのは、眼鏡でひょろっとした体形の冴えないおっさんだった。

 しかし、騙されてはいけない。一見わからないが、その服の下は筋骨隆々だし、身長が170cmに対して体重が200kg近くある改造人間だ。冴えないおっさんの姿をした未来から来た戦闘用サイボーグか何かだと思った方がいい。

 

 破壊の魔術を嫌うくせに、白兵戦の担当である辺り、納得いかないところもあるのだろうが、だからといって授業に手を抜くことは辺り真面目である。

 手を抜けば、担当から外れられるかもしれないのに損な性格だ。

 

「『試練の塔』に挑戦するお前たちの、指導教官だ」

 

 この人が、私を指導する立場になったというのは幸運だったかもしれない。

 まだ、話が通じる方の教師でもあるし、実際、思考は酷く論理的だ。白兵戦担当の癖に、体育会系のような精神論や努力を強いるところはまったくない。

 いわく「強くなるために必要なのは、正しい訓練と正しい理解、そして正しい思考だ」と言う人なのだから。

 

ただし「筋肉を鍛えるために最も必要なのは、論理的な思考」だとか言いだしたりと、ちょっと頭のおかしいところがある。

しかも、生易しい対応が全く期待できないのが、非常に痛い泣き所ではある。

 

「今後、試練に挑むにあたり、相談役になったり、必要に応じて訓練に付き合うことになる。 返事は?」

「はい」

「はーいっ!」

 

 勢いよく返事したのは、私と同じく『試練の塔』に挑戦しようとする変わり者だった。

 明るい髪に、いつも元気な様子で友達に囲まれている。にぎやかな印象の同級生だった。

 深くは知らない、かかわりがないからだ。

 

「始める前に、お前たちの動機が知りたい。 なぜ、『試練の塔』に挑む? 言ってしまえば、冒す必要のない危険だろう。 動機はモチベーションに直結する、はっきりとここで述べられないなら取りやめた方がいい」

 

 容赦がない先生である。ある意味は、

実は優しさなのかもしれないが、この人の「やめろ」は本当にやめさせる時の言葉だ。生徒が「NO」を言うことを期待するような間抜けな嘘は言わない。

 

「廿日陽介(はつかようすけ) お前はなぜ、挑戦する?」

 

 まずは、私を指した。

 隠すことでもないので、はっきりと言わせてもらう。

 

「自分の将来のためでもあるけど、生活のためです」

「……お前なりの将来設計があるなら、何も言わん」

 

 あっさりと私の言葉を深く追求するわけでもなく、受け入れるロドキヌス師。

 なんだかんだ、寛大である。

 なんか流されただけの気もするが。

 

「では、吉田純希(よしだじゅんき)。 お前はなぜ、挑戦する?」

 

 促された少年、吉田くんは何かを思い出すように地面をわずかに見つめる。

 だが、次の瞬間にはロドキヌス師の言葉に、はっきりと力強い目で断言する。

 

「オレは勝ちたい奴がいるんだ。 強くなりたい……だから、塔に挑戦したい」

 

 勝ちたい奴……。

「なんか、熱い子だな」とこの時は思った。私にとっては他人事でしかない。

彼は、私と同じ地球出身の生徒だ。魔術師の名家の後ろ盾はない。

 とは言え、彼のことを私はあまり詳しく知らない。クラスは別だし、自分の意志で受講できる科目については、会ったことがあるような気もするけどあまり記憶にない。

 

というか、基本的にファルグリンと一緒にいるとき以外は、ボッチに近い私と関わりがあるはずもない。時折発生するグループ授業は『きまずい』の一言である。

 

「試練に挑むにあたっては、戦い方ばかりを教えるわけじゃない。 必要な知識は、サバイバル術であったり、緊急時の心構えだ」

「サバイバル術?」

「『試練の塔』と現実世界は、時間の流れが違う。 こちらの時間で数時間、挑むにしても、塔の中では数日が経過する」

「……魔物のいるダンジョンと聞きましたが、その中で数日過ごすと?」

「ああ、そうだ。 それも何度も繰り返す羽目になる。 1度の挑戦ですべてを制覇できるほど、『試練の塔』は甘くない。 なにせ、100階層からなる施設だからな。 卒業までの残り7年をかけると思え」

 

 予想と違った意味でハードになりそうだった。かなりの長丁場を腰据えて取り掛からないといけないらしい。覚悟はしていたつもりだったが、確かにそれなりの心構えを教えてもらわないと冷静でいられる自信がない。

 吉田くんの顔色も変わる。が、なんとか冷静にロドキヌス師に尋ねる。

 

「な、7年もかかるんですか?」

「そうだが? どうだ、嫌になったか」

「あの、万が一の時は助けてもらえるんすか?」

「いつでも帰還できるようなアイテムは貸し出す。 緊急時には、『試練の塔』から吐き出されるはずだ」

「吐き出される……?」

「強制的に離脱させられるわけだな」

「それなら、危なくないんですよね」

「残念ながら、完璧に働くわけじゃない。 多少の怪我は付き物だし、死亡事故がないわけではない。 向こうの世界で実地した頃の話になるが、死者も出ている。 それも、当時お前たちより、実力のある上の学年だった生徒だな。 だからこそ、万が一死亡した場合に備えて誓約書を書かせている」

 

 吉田くんの顔がいっそう青ざめたものになる。

 何を想像したのかはわからないが、少し震えているようだった。

 わかる、私も怖いもん。

 

「別に挑戦は取りやめて構わないぞ、強制はしない。 途中であきらめても構わないどころか、今から諦めても構わん」

「諦めませんっ!」

「なら別に今挑戦することもない。 お前たちはまだ11歳だろう? もっと何年か経ってから挑戦してもいい」

「それだと遅すぎるんです!」

 

 あくまで吉田くんは折れるつもりはないようだった。

 ロドキヌス師は、ため息をつく。

 

「お前の事情は、少しはわかっているつもりだがな……。 本人にやる気があるものを止めるのは……そうだな、俺の仕事ではないな。 俺の仕事はお前たちを手助けすることだ」

 

 吉田くんを心配しているらしい、ロドキヌス師。

 私の心配はしてくれているのか、少し気になる。そう思ってみていると、ロドキヌス師は視線に気づいたようだった。

 

「別に、お前もやめてかまわんぞ。 陽介」

「いえ、そうやって言われてみたかっただけで辞める気は一切ないです」

「めんどくさい奴だな、お前は」

 

 ひどい言われようである。

 いいじゃん、少しくらい優しくしてくれても罰は当たらないと思うんだ。

 

「ちなみに興味本位で聞きますけど、ロドキヌス師は『試練の塔』に挑戦したことありますか?」

「興味本位で聞くな、馬鹿もんが。 あるにはあるが、すぐに辞めた」

「……え?」

「聞こえなかったか? 当時、生徒だった私は、途中で断念したと言ったんだ」

 

 それってあれか……?

ロドキヌス師が当時どんな生徒だったかは知らないが、魔術師の家系であるはずの人物が達成できないほどの課題だったというのか。

 

「他に質問はあるか? ないなら話を進めるが」

 

 いつもより丁寧に質問を許し、話をしてくれる辺りあれだ。

 ロドキヌス師はおそらく、私達を諦めさせようとしているようにも見える。

 

「いえ、私は特に。 話を進めていただいて大丈夫です」

「……オレも! オレも大丈夫です!」

 

 ロドキヌス師は自らのこめかみを、人差し指と中指で軽くたたくように考え込む。

 

「そうか。 なら、俺が出来る範囲のことは教えよう」

 

 そこで何を考えたのか、ロドキヌス師はこう言った。

 

「その前にちょうど二人いるんだ。 少しやりあってみろ、いつもと同じ形式の模擬戦だ」

「え……?」

 

 少し予想外の提案だった。

 訓練場に呼ばれただけあって、どちらも戦闘の準備はしていたけど。

 

「コイツと? でも、コイツはまともに魔術が使えないんじゃないですか?」

「問題ない。 最低限、試合にはなるレベルだ」

「問題ない……ってたってよ?」

 

 吉田くんは私をじろじろと見た。

 あれか、一人前に心配しているのか、それとも弱い者いじめになるとでも思っているのか。

 

「いいよ、やろうよ」

「……いいのかよ、手加減はしねえぞ。 わざと負けたりなんかしねえからな」

「かまわないよ、こっちも全力だ」

「なら、後悔させてやる」

 

 吉田くんは少し準備があるのか、いったん訓練所の脇に小走りで駆けていった。

 準備って言っても、最低限の戦闘用ローブは着ていたように思うけど。

 空いた時間で、軽くロドキヌス師に質問する。

 

「ちなみにロドキヌス師。 吉田くんの実力はいかほどですか?」

「詳しく教える気はない。 だが、そうだな……実技ではトップクラスだろうな。 ただし、あくまで一般家庭から出ている魔術師の中では、な」

「なるほど、普通にやれば私より上ですね」

「普通にやれば、おおよそみんなお前より上だろうよ」

 

……ロドキヌス師が辛口評価である。

 

「ちなみに、魔装具はどこまで使っていいんですかね」

 

 魔装具とは、魔術が込められた装身具などの装備のことだ。これがないと、私はまともに戦えない。なお、基本的に杖はここに含めないことが多い。杖は魔術を使うための基本的な触媒であり、普段から持ち歩く日常品だからだ。

 

「授業と同様の制限とする、魔術も殺傷能力が高いものはなし」

「なるほど?」

「だから、その条件は向こうもだな。 授業で使っているものと同様の装備だ」

 

 吉田くんの方を指す、ロドキヌス師。

 彼が持っている杖は、片手で持てる小さな触媒(つえ)ではなかった。両手で持つ、槍のような大きさの戦闘用大型杖(ロッド)。当然、ある程度の安全装置(セーフティ)はついているが、出力は普段の生活で使っている杖より、当然ながら強い。

 彼の使用している大型杖(ロッド)は、殴り合いにも使えそうな頑丈そうなものだった。

 

「あれぐらいは使っていい」

「わお、ガチじゃないですか。 あれって私物ですか?」

「……なめとるのか、貴様は」

 

 ロドキヌス師に怒られた。

 別にふざけているわけじゃないのだが。

 

 私は吉田くんのいる方向へと向かう、私の抱えるハンデを考えても厳しい勝負になりそうだった。

 

「ロドキヌス師と何を話したんだ?」

 

 吉田くんは、大型杖(ロッド)を軽く振り回している。槍を扱うような動きで、体に馴らしていた。

 

「吉田くんがどれくらい強いのか聞いてみたのさ」

「……なんて言ってた?」

「一般生徒の中では、トップクラスに強いってさ」

「……へえ」

 

 予想に反して吉田くんは、あまりうれしそうじゃなかった。

 むしろ、くやしそうにすらしている。

 

「おや? なんだか納得いかなそうだね」

「べつに。 はやくお前をぶったおして、はやく先生に強くしてもらうんだ」

「もう勝ったつもりなの?」

「オマエが、まともに魔術が使えないのは知ってるんだよ」

「それはそれは。 私は知らない間に、有名になってしまったんだな」

 

 いらいらした表情で、吉田くんは私をにらみつけ始めた。

 どうやら神経を逆なですることに成功したらしい。

 

「おしゃべりはそこまでだ。 用意っ!」

 

 私は腰に差してある剣を引き抜く。刃渡り30cmほどの小ぶりな刀剣である。

 そして、左手に触媒(つえ)を構えた。指揮者の使うタクトに近いものだ。一般的なものは、主に木材を使うことが多いが、私の触媒(つえ)は金属でできていた。

魔術の出力が出づらく、また繊細なコントロールもしづらくなるが、耐久精度に優れておりトラブルの際の信頼性が高いのが特徴である。

 

 しかし、私がちっぽけな剣を構えているのをみて、吉田くんは顔をしかめた。

 

「それでやるのかよ」

「ああ、そうだよ。 甘く見るなよ、これで一度だけエルフから一本取った」

 

 わざと私はそういった。彼の少し相手の警戒度を上げてやろうと思った。

 私は剣先を前に突き出し、牽制する。左手の触媒(つえ)はベルトに回し、羽織る耐衝撃コートで隠された試験管を叩く。

 

 私の数少ない手札だ、錬金術で作られた媒体と魔術式が予め仕込まれている。化学反応と融合した疑似的な魔術だ。使い方さえ知っていれば誰にでも使えるが故に、私にも使える。

 

「嘘つきだろ、オマエ」

「本当だよ、先生から君の強さを教えてもらったからね。 言わないと卑怯に思ったのさ」

 

 そのまま吉田くんは返事をせずに、話さなくなる。

 集中し始めたのだ、ロドキヌス師の合図を待つ姿勢。信じたのかはわからないが、これで手加減しようなんて様子は完全に消えたようだった。

 

「始めっ!」

 

 ロドキヌス師の合図と共に、吉田くんの大型杖(ロッド)の先から衝撃が飛ぶ。

 打ち出されるのは、(フォース)の塊だ。

 

最も簡単にして、基本の魔術。その系統が力場(フォースフィールド)と呼ばれる魔術だ。

無詠唱で使うことが出来、自分と距離が近ければ近いほど強力な反発や吸引する力を発生させる力場魔術は、ほとんど才能が要らない努力の魔術と言われている。

極度に微細なコントロールをすることには、才能が必要な場合もあるが、地道な努力によってのみ、その力の自在な扱いが可能となると言われる。

 

一方で、魔術の最大出力は生命力が強ければ強いほど上がる原則も適用されるため、基本的に子供と大人であれば大人の方が有利、さらに言えば怪物(モンスター)などの人外が有利になることには変わりない。

 

 ともかく、彼の魔術は早業だった。ここまで正確にかつ、力のある魔術を飛ばすのはそう簡単にできることではないだろう。生半可な魔術であれば、相手に届く前に力を失い威力が半減しているはずだ。

 だが、吉田くんの魔術は正確に私を捉えていたし、かつ、人間の身体を吹き飛ばせるくらいの衝撃力を保っていた。

 

「吹っ飛んじまえ!」

 

 しかし、瞬時に試験管から噴き出す白い煙が私を包み込む。

 同時に私が触媒(つえ)を振るうと、吉田くんが放つ(フォース)は逸れていく。この私が身に纏う煙のその表面を伝うかのように。

 

「なんだとっ!?」

 

 同時に、私が再び触媒(つえ)を振るうと、新たな試験管が飛び出し吉田くんに目掛けて飛び出した。矢のような勢いで、彼に迫る。

 

 成績優秀なだけはあり、彼は反応してみせた。

 大型杖(ロッド)に魔力を纏わせ、試験管を弾き飛ばしたのだ。普通なら思わず避けるか、反応できないところだろう。しかし、それがいけなかった。

 

 試験管は彼の魔力に触れた瞬間に激しく反応する。

 迸る閃光が辺りを包む。1秒に満たないながらも、それは光輝く太陽のようですらあった。

 

「ぐああっ」

 

 吉田くんは予想外の強烈な光に、目を焼かれたようだった。

 一方で、あらかじめ予想していた私は、白い煙を操り光を遮蔽。まぶしさから逃れた。

 

 そして剣を捨てた私は、3つ目の試験管を自分の足元に落とす。

 途端に地面が隆起し、私を勢いよく吹き飛ばす。標的となる進行方向は、吉田くんだ。自分自身を弾丸として、体当たりをぶちかます。

 ファルグリン相手なら、訓練用の剣を使って攻撃を加えているが、相手は一般生徒、怪我で済まない可能性があるのでやめておいた。

 

 ともかく、眩しさに悶え苦しむ同級生に体当たり。無防備な彼は短い悲鳴のようなものを上げ、地面に転がる。

 私自身も衝撃に苦しみ、やや視界がぐらつくが慣れている。体当たりが外れていれば別だが、この場合つらいのは私のクッションになった彼の方だ。そんな彼を一方的に殴りつけ、大型杖(ロッド)を奪いにかかった。

 

「すまないねっ、これも勝負だから」

 

 反射的にか、大型杖(ロッド)にしがみつこうとする動作が見られたので、頭突きをかましながら取り上げるようと試みる。続けて、鳩尾に金属製の触媒(つえ)をねじ込むと、たまらず力が抜けたので、すかさず両手で大型杖を奪い取った。

 私の触媒(つえ)も転がり落ちるが、なりふり構っていられない。

 

距離をとって、大型杖を彼に向ける。

 油断はしない。私にはろくに使えない武器ではあるが、槍のように構えれば有利に立てるだろう。必要なら、もう2つほど試験管を使用する余裕はある。

 使用には自分の触媒(つえ)を再び拾わないといけないし、残りはどちらも少々痛い目にあってもらう奴だから、加減が出来なくなるけど。

 

 しかし、もうすでに吉田くんはほぼ無抵抗だった。

 

「……あれ?」

 

 なぜか、吉田くんが泣き出しているように見えるんだが。

 なんでだろう?

 

「……やり過ぎだ、馬鹿もん」

 

 呆れたように、ロドキヌス師は頭を抱えた。

 

 吉田くんが立ち直った後に、再戦したらめちゃくちゃボコボコにされた。手の内がばれているし、戦えば戦うほど私の手持ちがなくなるので勝ち目がなかった。げせぬ。

 たぶん、次は手持ちを補充して万全にしても勝てないかもしれない。

 

 吉田くんの大型杖(ロッド)は近接戦闘でも十分に戦えるものだった。杖の先に触れるだけで、相手を吹き飛ばせるのだ。

 落ち着いて戦えるなら、障壁のように力場(フォースフィールド)を上手く展開できるので、多少の衝撃ではびくともしない。私がまた体当たりをかましたところで、弾き飛ばされてまうのはこっちだろう。

 なにより最初の攻撃が早い。まともな早撃ち勝負ならそうそう負けないんじゃないだろうか。スタートと同時に、(フォース)をぶつけて勝ちをとるのは、今の学年ではスタンダードな戦い方だった。おおよそ、初手であっさり決まる勝負の方が多い。

 

 何戦かして、ロドキヌス師は私達に休憩を言い渡した。

 不思議と、吉田くんと会話することになる。

 

「オマエ……思ってたより、強ええじゃん」

「強いっていうか、小賢しいんだと思うけど」

 

 ファルグリンにはそう言われる。

 その代わりと言っては何だが、彼に対しては手加減を一切しないので、全力で全部叩き込んでいる。吉田くんに今回やった手口は、まだまだ温い方だ。あの3倍はえぐいことにしないとエルフである彼にはまるで通用しなかった。

 しかし、やるとキレられる。げせぬ。

 

 模擬戦となると、私の場合は初見では対応できなさそうな手口で攻撃を仕掛ければ、1度限りならなんとかなる。卑怯なんてレベルじゃないけど。

逆に言うと、私はそれ以上の引き出しがないので、そういった初見殺しを繰り返せないのが問題だった。えぐい手口を連発できるようになるのが、今後の課題である。

 

「もうちょっとなんとかしたいんだけど、道具の補助がないと魔術が使えないしね」

「そういや、最初の奴。 どうやってオレの攻撃を防いだんだよ」

「ああ、あの(フォース)の早撃ちね」

 

 それには私の持つ、白い煙の試験管について説明しないとならない。

 これは秘匿した方がいいんだろうけど、まあ、クラスメイトにはおおよそバレてるし、この辺りまでは話していいんじゃないだろうか。

 

「あれは、私に纏わりつくように設定してある煙でね。 『馬鹿には見えない服』って名前を付けているアイテムだよ。 私が魔術式を考えて、錬金術で作ったんだ」

「『馬鹿には見えない服』だって?」

「そう。 ほら、私って魔術が使えないからね。 それでも一番簡単な力場(フォースフィールド)はまだぎりぎり使える方なんだよ、何かの補助があれば」

「……よくわかんねえ」

「あの煙が自転車の補助輪みたいに、力場魔術(フォースフィールド)を使うときの手助けをしてくれるんだ。 だから、物を投げたり、避けたりっていうのだけはあの煙があれば何とか使えるんだよ」

「じゃあ、あれか。 オレの攻撃を防いだのは……」

「結局は、君と同じ系統の魔術だったのさ。 私には(あれ)がないと使えないから、ちょっと奇抜に見えるだけ。 試験管を狙ったところに飛ばすのもあれでなんとかなるけど、正確にぶつけるのはちょっと無理」

「残りの魔術は?」

「全部、私が錬金術で作ったアイテムを使ったんだけど、そこまで詳しくは言えないね。 ただ教科書に載っているものが大半だよ。 あの閃光を放つ奴は『太陽の破片』と言うもので、まあ、調べたらわかるよ。 後も大体なんか元がある」

「なるほどなー、オレにも出来るかな」

「作るなり、用意してもらうなりすれば使えるとは思うけど、問題は容器の方だね。 意図した時に割れなかったり、事故で割れちゃうようなら困るわけで」

「それも自分で考えたのか?」

「店で売ってるのもあるけど、自作しないほうが安いかなと思ったら高くついたりしてさ。 最終的には最低限の仕掛けだけ、自分で考えて作って、あとはその辺のものを使ってる」

「仕掛けの内容は?」

「それは教えない」

「ケチー!」

 

 ケチと言われても困る。

 

 アイディア料に特許料金でもくれるならまだしも、自分が考えたものを苦労せずに提供できるほど余裕はないし、何か対策をされても困る。

 最近の子は、と言うか、大人もそうだけど、知恵で絞り出し物に金を払いたがらないよね。元手がかかってないと思い込んでる。掛けた時間の時給分くらいは払ってほしいものだ。

 

「金でも払えって本当に、ケチくせえな」

 

 正直気に入らないけど、こんなことを11歳の子供に思うのは、さすがに酷なのかな。

 でも、この子、さんざん私をボコボコにしてるしな。

 

「そういや、オマエ。 試練の塔に挑むのは生活のためなんだっけ?」

「そう」

「そんなに困ってるの?」

「まあね、父親が死んでてさ、弟たちの生活もあるしね。 母親は働いていると思うけど、今は一緒にいないから知らない。 でも、私がこの学校に来てるから家計は助かってるんじゃない? 少なくとも、特待生の間は大丈夫だと思うよ」

「え……あ……なんか、ごめん」

「なにが?」

「オマエのこと、誤解してたわ」

「そう? 人間なんて、話したこともない相手のことをボロクソに言ったりするもんじゃない? 昔からそんなもんだったよ」

「……苦労してんだな」

 

 そうかな、前世に過労死して、赤ん坊から人生やり直して今まで積み上げたものが全部パーになって、赤ん坊としての生活を強制された挙句、両親や身の回りの人間と不仲な幼少期を送って、父親が死んで生活苦に気をまわしている程度の苦労だけど。

 あれ……十分、苦労してるような気がしてきたぞ?

 

「まあ、そんなことはどうでもいいじゃないか」

 

 あんまり考えたら、立ち直れなさそうなので深く考えないことにした。

 興味はないけど、他のことに話を変えよう。

 

「そういう君は、勝ちたい相手がいるんだって?」

「ああ、そうだぜ」

「どんなやつさ、それ」

 

 少し、吉田くんは迷ったようなそぶりを見せたが、結局話し出した。

 これだけ、身の上話をオープンにされて自分だけ黙っておくなんてやりづらかったんだろう。

 

「北村翔悟、オレやオマエと同じ地球出身の魔術師だったはずのヤツだよ」

「知らないな……」

「そいつとは、もともと友達だったんだ。 この学校に入る前から」

「同じ小学校から、ここに入ったの?」

「そうだぜ」

 

 うーん、考えてみたらあれなのか。

 気にしたことなかったけど、もしかしたら、私と同じ小学校だった生徒もいたりするのか? 別に気にもならないんだけど。

 

「それがどうして、勝ちたい相手に?」

「オレとアイツは、そんなに差はなかったんだ。 最初の頃はな」

「まあ、みんなスタートラインは同じだよね」

「でも、途中から校長の孫とか言う先輩と同室になってさ。 色んな先生に色々教えてもらえたらしくて、2年になったらサークルの寮に入るらしいんだ」

「……へえ」

 

 それは、何ともうらやましい話だな。興味深い。

 それに校長の孫だって? フォルセティ先輩がここで話に関係してくるとは。

 

「つまり、その北村くんとかいうのが、ひいきされているから気に入らないってこと?」

「まあ、それもないわけじゃないけどよ。 それでも、オレは友達だと思ってた」

「うん」

「でも、白兵戦の授業でさ。 いくら模擬戦(しょうぶ)しても勝てなくなってさ」

「あー、まあ、私も友達には負けてばかりだな」

 

 と言うか、誰と勝負しても手札を全力で切らない限りは負けると思う。

 連戦とかしたらもうだめ。

 

「それでもオレ、必死になって頑張ってさ。 それでも全然勝てなくて。 そしたら、ある時、アイツわざとオレに負けやがったんだ」

「わざと負ける?」

「ああ、手抜きしやがった。 頭にきて、なんでこんなことしたのか聞いたらよ。 アイツ、オレのこと『可哀そうだから』って言いやがったんだ!」

 

 吉田くんは、涙をぽろぽろ流し始める。

 

「オレ、くやしくってよう……くやしくて、しかたなくて。 でも、どうしたらいいかわからなくて……」

 

 大粒の涙が、地面を濡らす。思い出すだけでも、その時の悔しさがこみあげてきて仕方ないのだろう。それを我慢して抑えるには、まだ彼は幼い。

 でも、私はそれを抑えるべきだとは思わなかった。

 

 息をつく間を測れぬほどに、感情がいっぱいになっている様はそう悪いものじゃない。大人になれ、と我慢させるにはもったいないくらいに貴いことだ。そう私には思えた。

 自分にはもう出来そうにないだけに。

 

「なるほど。 私はあんまり他人に共感する方じゃないけど、君の気持ちはわかった」

「……あんだと?」

 

 息を何とか整えようとしながらも、ようやく出てきた吉田くんの言葉はとげとげしい。

 なんでちょっとケンカ腰なんだ。

 

「私は君に協力したいってことだ。 手助けがしたい」

「……オマエ」

「勝負して分かった、君はたくさん頑張ってる。 すごい強いよ、君は『可哀そう』なんかじゃない。 君のような奴は、報われるべきだ。 というか、報われてほしい」

「なんか、ちょっと回りくどいけどよ。 オマエ、良い奴なんだな」

「別に良い奴ってわけじゃないけど、なんだかこう他人事に思えなくて」

 

 努力はなかなか報われないものだけど、だからってそれで納得がいくわけじゃない。

 いくら頑張っても、物事がうまく進まなくて無力感を味わうくやしさや、つらさはよくわかる。同じスタートラインにいた人に置いて行かれる時の空虚さも。

 私は、大人の目線から11歳の子供である彼に寄り添ってあげたいと思ったし、ただそれだけじゃなくて、何か力になってあげたくなるような気持ちが自分の中にあった。

 

「どちらにしろ、試練の塔に挑む仲間なんだ。 協力するに越したことはないだろ」

「そりゃ、確かにそうだな」

 

 そう言うと、吉田くんは頷いた。

 と、そこで私は気付く。

 

「ロドキヌス師、さてはこれが狙いだったな……?」

 

 『試練の塔』に挑む、私達の距離が少しでも近くなるように、スポコン漫画みたいな計画を画策したに違いない。考えてみれば、ここで二人が決闘する理由なんてないはずだ。

……なんかそういう意図が透けて見えるのは、気に食わないな。

別に吉田くんには、罪がないわけだが。

 

「お前ら、そろそろ休憩終わるぞ」

 

 狙ったように現れるロドキヌス師。

 眼鏡の冴えないおっさんなくせして、小癪に頭が回る男である。

 私、そういうのきらいだなー。

 

 しかし、私の目線を一切無視して、ロドキヌス師はペットボトルを私たちに放り投げる。

 

「飲み物を買ってきてやったから、飲みながら聞け」

 

 渡されたのはスポーツジュース。しかし、私はボカリスエット派なのだが、なぜ、他の銘柄を買ってくるのか。センスが足りんな。

 

「……ロドキヌス師、訓練所って飲食禁止じゃないんですか?」

「いらんのか?」

「貰えるものは貰いますが、もちろん」

「意地汚い奴だな」

 

 吉田くんは、ペットボトルをすぐに開けて飲み始めているし。

 ここで意地を張ったら、逆に私が空気を読めてない奴みたいになるので、仕方なく折れてあげることにする。

 

「空気読めてるとか、読めてないとか、お前は気にする性格じゃないと思うんだがな」

「さあ! ロドキヌス師、私はやる気満々なので話を進めてください!」

「わかったわかった……ったく、本当にめんどくさいやつだな」

 

 何にせよ、目標があると言うのは良いことだ。

 何をするのかが明確な時ほど、幸福なことはない。

 などと思ってしまうあたり、今回の人生も過労死を免れないような気がしてきたが、考えないようにしながら、ロドキヌス師の授業に耳を傾け始めるのであった。

 



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第12話 試練の塔 最初の攻略 ~その1

 生前は、文字通り命を仕事に捧げた身だが、命を賭けて何かを為そうとするなんて考えたこともなかった。そんなことを考えなくても人は死ねる。

 人生とはわからぬものである。

 

 試練の塔に入った時の、最初の記憶は真っ白だった。

 

 私がまず目にしたのは、斬りつけてくるような鋭い真昼の太陽だったのだ。

 肌をじりじりと焼く熱を伴って、強烈な眩しい光。

それがすべての色彩を奪い取って真っ白にした。

 

 自分の放り込まれた状況を、認識することが出来なかった。

 いったいどうなっているのか?

 

「これが本当に試練の塔……迷宮(ダンジョン)だって言うのか?」

 

 慣れた目が見たのは、燃えるような青空だった。

 果ては地平線が揺れ動いている、陽炎に映りかえる広大な荒野があった。

 

 何の現実感も伴って来ない、単調に砂漠にも似た光景が、果てしなく何kmとも続いている。遠い熱霧のなかにぼやけた様子の低い丘陵だけが、味気のないアクセントだった。

 

 乾いた草がカサカサと揺れた。

 まるで湿気のない熱風が、荒々しく頭を撫でてきた。

 

「こんなことに挑戦するなんて、やるんじゃなかった……」

 

 現状を把握する前に出てきた言葉はそれだった。

 現状なんか把握したって良いことがないのは、すでに見えていた。

 私がわかるのは、最初の試練ですらこの果てしないわけのわからないもので、それに単身で挑まないといけないということだった。

 

「見苦しいぞ、陽介。 見苦しいのは普段からだが、覚悟を決めてみせろ」

 

 マントの中に隠れた一匹のネズミが、胸のあたりから私に説教をした。

 私のパートナーであるテイラーだった。なお、これは愛称であり本名ではない。

 

 試練の塔に、使い魔を連れてくるのは許されていた。今回の冒険は彼が唯一の仲間であり、あるいは嫌味な姑である

 

 ちなみに、さきほど生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。過労死した挙句に、二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろろうか。

 なぜ、過労死するまで働かされて、生まれ変わったらネズミに説教をされるのか。

 

「少しくらい現実逃避しても許してくれないかな、テイラー。 普通、迷宮と聞けば、屋内を予想するものだろう?」

 

 にしても、自分が傷つくことや、死ぬことなんてもう怖いとは思わなかったのに、苦境に立たされると足を踏み出すことに躊躇いたくなるのは、私が臆病だからか?

 いや、そうかもしれないけど、それだけじゃないと思う。

 きちんと常識が備わっているからだ、と思う。

 

 これのどこが試練の塔なのか、最低でも1時間は問い詰めてクレームを言いたい。

 

「フム? ……別に屋内ではない、とも言っていなかったがな」

「いや、『塔』と聞いて『屋内ではない可能性もあるな』と考えるやつがいたら、もう言葉が不自由な狂人(バカ)だと思うんだ」

「では、ここは塔の中なのだろう」

 

 荒野の熱さが、剥き出しの刃のように襲ってきている。有無を言わせない拷問。

 ここが、塔の中? そうとはまるで思えない。

 

 この大空の下でそう思える人間は、既に発狂している。

 正直なところ、私自身が既に発狂しかかっている気がした。

 

 ここには魔法陣で転移させられてきた。

 学院の地下に、試練の間があり。挑戦の意思を再確認する簡単な問答をしたあと、およそ5分おきに1人がそれによって転移させられた。

 最低限の心の準備は、その時に済ませたつもりだった。

 

 しかし、こう来るとは全くの予想外。

 とりあえず、辺りを見回してみる。

 

「ストーンヘンジ……?」

「それに石碑だな、かなり大きい」

 

 石で作られた鳥居のようなものが背後にあった。

 その奥には枯れた木々の間に、巨大な石碑が据え付けられている。街中で見かける2tトラックほどはあろうかという、巨大なものだった。

 調べようと思う前に、日陰になっているから少しは涼めるかもと思ってしまった。

 

其方(そのほう)の怠け癖を直す方法がある。 余の観察によれば、人間はネズミに足をかじられると居ても立っても居られなくなるようなのだ。 とても忙しく動き出す」

「それを有用な研究だと思ったら間違いだよ、テイラー。 かじればかじる分だけ人が勤勉になると思ったら大間違いだからね」

「いや、かじり過ぎると動かなくなる」

「聞きたくない、聞きたくない」

 

 恐ろしい実験をしているな、このネズミ。

 

 近づいて調べてみると。石碑に彫られているのは文字ではないように見えた。

 記号は彫られているが、それは山を表しているように見えるし、あるいは谷を表現しているようにも見えた。様々な記号、そう言ったものが、広い面積にちらほらと彫られている。

 その中に一つ、階段のような記号が見て取れた。

 

「これは地図?」

「そう見えないこともないが……はてさて」

「試練の塔は100階層からなる塔だ、上の階を目指さなければならないはず。 となると、この階段を昇ればいいんじゃないか?」

「しかし、どこぞの欠陥魔術師が『ここが塔の内部とは信じられない』と主張していたような気がしていてな。 うーむ、余にはわからんなー」

「いやいやいや、すこしは協力的に考えてよ。 なんでそんなにやる気がないんだよ」

「さっきまで怠けていた人間のセリフとは思えんな」

 

 ああ、まったく。ああ言えばこう言う。

 困ったネズミだ、まったく。誰がこいつに言葉を教えたんだ。

 

「仮に地図だと仮定しよう。 だとすると方角が不明になる」

「そう? 太陽の位置からわかるさ」

 

 方位磁石(コンパス)は手元になかった。

 と言うよりは試練の塔では、普通の方位磁石は正常に働かないらしかった。

 迷宮の中で正確に方角を把握することに、困難さを感じていた身としては、かえってこれで良かったのかもしれない。

 

「つまり、今、この上空にある照りつける太陽を見ながら方角を知る、と?」

「他に良い方法があるかい?」

「……まあ、やってみせるがいい」

 

 偉そうなネズミである。

 

「ただ、心配なのはこの地図が偽の情報なんじゃないかと言うことなんだよな」

「それはなかろう」

「どうして?」

「試練の塔は、達成困難な試練ではあるだろう。 しかし、達成不可能にはしていないはずだ、そうでなければする意味がないからな。 あくまで生徒の力を計るための装置であるはずだ。 ある種のゲームだな、ゲームはクリアされるために存在する」

「……それは、まあ、さすがにそうだろうね」

「だとすると、だ。 これが仮に地図だとすると、それを嘘の情報にしてしまえば、クリアは不可能となりゲームが成立しなくなるわけだ。 少なくとも、余はこれが手掛かりであることは確定だと考える」

「なるほどね、そりゃそうか」

 

 私は納得して、紙とペンを出した。

多少時間がかかったとしても、その石碑の内容を書き写すことにしたのだった。

 

「ほう、準備が良いことだな」

「迷宮をマッピングする可能性も考えていたからね、内部構造を全部書く必要があると思ってたし」

 

 まさか、それがこんな風になっているとは思わなかったけれど。

ここにスマホがあれば、石碑を写真で撮影して一発で終わったところなんだけど、通信したり、映像を残せるものを持ち込むのは許可されていなかった。

 

「石碑の裏には何かないのか?」

「……ああ、そうか。 そうだね、その可能性も見ておこうか」

 

 石でできた鳥居のようなものにも、石碑の裏にも他に変ったものはなかった。ただ、転移に対応するためであろう魔法陣や座標を示す印は存在していた。いわば、舞台装置になるもの以外はなかった。

 

「ある意味では、脱出ゲームというやつかもしれないな」

「なんだそれは」

「密室に閉じ込められてね、いかにパズルめいた仕掛けを解いて脱出するかと言う遊びさ。 実際にやったことはないけれど、パソコンでそういうゲームをしたことがある」

「其方(そのほう)は……いや、人間は実に奇妙な生き物だな、そのゲームのどこが面白いのだ?」

「さすがにネズミに面白さを伝えられる自信がないね、強いて言うならパズル出題者との知恵比べが面白さにつながっているのかもね。 謎を解くことは、快感だから」

「ネズミの日常は、人間との命を賭けた知恵比べだが」

「人間はそこに命を賭けたくないんだよ」

「ネズミだってそうなのだ、生きるための延長線上に必要と言うだけだ。 人間がそれを楽しめるのは、十分に知恵を使わずとも生きていけるからではないのか? 普段、全力で知恵を振るい真摯に生きていないから、パズルなどと言う遊戯に戯れるのだろう?」

「パズルに興味がない人間もいるよ」

「なお、愚かだ。 生きるために必要ないからと、知恵を絞ることすらも忘れたのだ」

 

 私はそれには答えず、紙に黙々と書き記すことにした。

 すでに10分は経過しているが、私の後に続いて他の生徒が来る気配はない。

 送られてくる座標が違うのか、それともそれぞれ別の空間や試練を用意されているのか。はたまた何か仕掛けでもあるのか。

 謎は尽きることがないが、考えても仕方ないことを考える必要はないだろう。

 

「なるほど、知恵を絞らずとも生きていけることが、豊かであるということかもしれん」

 

 ぽつり、とテイラーが思いついたことを呟いた。

 だとすると、私はまるで豊かではない。困窮しているわけではないのかもしれないが、余裕があるとはまったく言えない人生を送っているように思った。

 

「テイラーは謎を解くことに快感を覚えるかい?」

「余か? 当然だ、知的生物の業であろう。 『好奇心は猫をも殺す』と言うが、好奇心は死ぬのに値する理由だ。 まさに、知りたいこと知るためならば命を賭けても良い」

「そうか、ならテイラーもパズルを楽しめるんじゃないか?」

「全力で生きることはパズルより面白い。 それは、常に解き明かすべき問題に立ち向かうことと同義であろう。 そんなことよりも余は『好奇心で猫を殺す方法』を知りたいものだ」

「……左様でございますか」

 

 テイラーとは分かり合えそうにないな。

 私はこう見えて、知恵の輪が得意だった。

 前世では、父に秘蔵の品を何点か譲られて、何度も難しいパズルに繰り返し挑戦したものだった。パズルが好きだったというよりは、何かに黙々と集中するのが好きだった。

 

 じりじりと熱気が迫る。

 分厚いローブを羽織り、直射日光を避けるがひどく暑い。いや、熱いと言うべきか。

 

 ダラダラと汗をかきそうなものだが、まるでそんなことはなかった。

 乾燥しているせいか、あっという間に蒸発しているのかもしれない。

 ただ、喉の渇きがひどかった。

 

 昼間に出発するべきではなかった、と後悔する。

 そして、すぐに思いなおす。現実の時間と、この試練の塔の時間は連動していないのだ。

 たまたま昼間に出発して、この試練の塔もそうだっただけ、だ。

 

 ふと気が付いて、空を見上げる。

 

「太陽がさっきよりも傾いている……?」

「そのようだな」

「まさか夜になるのか」

「ずっと昼間であるよりは自然だろう」

「試練の塔の内部なのに?」

「陽介よ、その問答はもはや無駄ではないか。 わかっていながらも、確認せずにはいられないか。 なるほど、其方(そのほう)はよくわかっている」

 

 夜はおそらく危険だ。

 直感的にそう思ったし、知識もそれを裏付けた。

 この空間は、異世界の土地である『どこか』を再現している可能性に思い当っていた。向こう側の世界は、人間の生存域は狭い。そして、夜はこちらの世界よりも危険だった。

 

 私は急いで地図を書き写した。

 



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第13話 試練の塔 最初の攻略 ~その2

 石碑を書き写した私は、周囲の風景を見渡した。

 いくら考察を重ねても、情報があまりに足りなさ過ぎたのだ、もちろん早く動けばいいことはわかっていたが。

 

「さて、地図を書き写したはいいけれど……縮尺がわからないね」

「ついでに目印もないのだな、どこまで行っても似た光景が続いている」

 

 近隣に明確に目印と言えるものがなかった。

 どこまで見ても暑苦しい乾いた荒野が続き、小さな丘がちらほらと見える程度だった。それも陽炎のせいではっきりとは見えないものも多い。

 方向は太陽で決められるとしても、地図に対しての目印がなければ距離が測れない。

 

「空が飛べる使い魔がいれば、簡単に行くのだろうけれど」

 

 そう、例えば魔女マリンカの『賢鷹ペラフォルン』であれば、目印となる記号の位置も確認しに行けるのかもしれないし、危険があるか見に行くことも出来るだろう。

 

「さて、そう簡単にいくかな」

「おや、テイラー……君はなにか思うところでも?」

「さあな。 ひとまずネズミは空が飛べぬ、人間もそうだろう。 しかし、高所から見ると言うのは良いアイディアかもしれん。 体力の消耗はあるだろうがな」

「それは……まあ、そうだろうね」

 

 私は書き写した地図を頼りに、歩き出した。

 今は正午を過ぎ、日が傾いているように見える。なんとなく、南がどっちかはわかる。

 

 腕時計は身に付けていたが、学院にいた時からの時間を指し示しているため、何の参考にもならない。仮に今を1時半として、時計を動かしておこう。

 時計と太陽を使えば、少なくとも方向がわかる。短針を太陽の方向に向けて、12時の方向の間を見れば、ちょうどそこが南に位置する……のだったかな。

 ただ、正確なここでの時間がわかるわけでもないし、頼りにはならないかもしれない。

 

 まあ、ひとまず歩いていこう。

 階段を目指す。その間にあると思われる水場をまずは目標にすれば、明確なはずだ。

 

 風と共に塵埃が舞う。

 あまり吸込まないほうがよさそうだと、ローブに付属されているマスクをずらして口を覆った。これは訓練の時にも使っている、耐衝撃機能を備えたコートだ。

 火炎や多少の毒ガスも想定されたマスクが付属されている。

 そういった装備を貸し与えられている以上、これからの道中に何が待っているかはわかろうというものだ。

 

自作で持ってきた魔装具は、模擬戦で使っている物以上の、火力が高いものを揃えている。

 普通の人間ならば、1ダースは木っ端みじんにできる程度の魔装具だ。テロリストになった気分である。

 

「魔術師と言う生き物は、簡単に大量殺りく兵器が用意できるから、恐ろしいよねえ」

其方(そのほう)も魔術師だろうが。 欠陥だらけにしても、な」

「まあね、それでもなお手軽に人をいくらで殺せる力がある。 これは本当に恐ろしいことなんだよ、テイラー」

 

 魔術師が犯罪を起こした場合、普通の人間よりも遥かに重い罪に問われることになっている。それは、魔術師が何らかの犯罪を起こした場合のその被害が、とんでもないものになるからだろう。

 

 それに、一般市民の魔術師に対する感情も相当悪化するだろうし。

 私から見ても、魔術師なんて化け物とそう変わらない。

頭で考えるだけで、人を殺せる技を好き好んで学ぼうと言うのだ。それで正気を保てるなんて異常者としか思えなかった。

 

私がもし前世と同様の精神だったら、『いつでも人を殺せる』と言う重圧に耐えきれなかったはずだ。

 

しかし、死ぬまで働き続けた結果が、努力して築いた人生を奪われたという結末。

さらに、突然に赤ん坊をやらされるのを続けて体験をしてみれば、幸なのか不幸なのか、大抵のことには耐えることが出来るようになるというものだ。

引き換えに、命の重みを認識する繊細さは失われつつあった。

 

「私は自分の感覚がいずれ麻痺してしまったとしても、理性としての常識を持っていたいね。 可能な限り、常識に囚われていたい」

「軟弱薄志……いや、人間と言うのはずいぶんと繊細にできているのだな。 ネズミは大量虐殺を平気でしてくる巨大な生き物が隣人にいてな、必死に生きるので精いっぱいなのだ。 そんな些細なことを気にする情緒や余裕はまるでない。 いやあ、人間のように感受性豊かでいられたらな」

「遠回しに私を責めてるのかい?」

 

 なかなか難解な言い回しで、ネズミに対する人間の態度を責め立てているようだった。

 しかし、そうは言うけれども、テイラーの物言いに本気を私は感じなかった。

 なので、言い直した。

 

「本気で責める気はなんてないくせに、よくすらすらと皮肉が言えるねテイラー」

「ああ、余は人間を責める気などないとも。 強いと言うことは、己の我儘や傲慢さを貫き通せるということなのだ、陽介」

 

 皮肉屋のテイラーは、よくネズミから見た視点で人間を責め立てることを言う。

 だがそれは、彼が心の内を出してくれたわけではない。テイラーにとっては、ネズミの命も人間の命もさして変わることのない数字でしかなかった。

 魔術の恩恵を受けたネズミである彼は、本当の同胞などこの世にいないのだ。

 

 私はテイラーと話しているうちに、喉の渇きが限界に来つつあった。たまらず水筒を開き、喉を鳴らすように水を飲みこんでいく。

 荒野の熱さと渇きは、この旅路をひどく過酷なものにしていた。

 

「余はネズミだが、ネズミには戻れぬ。 後悔などはないがな、余自身が望んだことだ」

「私も君に同情したことはないよ」

「余に同情して良い者など、この世におらぬ。 ネズミは逞しく、ずる賢くしぶとい。 しかし、相反するように簡単に死ぬ」

「人間だって簡単に死ぬさ」

「ああ、そうだ。 お前たちも結局は獣に過ぎない。 あの忌まわしき邪悪な猫もそうだ、絶対者気取りで面白半分に殺すくせに最後には死ぬ。 それならそれで構わない」

「テイラー、君の死生観は人間からしてみれば、ただの地獄だよ」

 

実際、彼はこの世が地獄であることを受け入れているのだろう。

ネズミのくせに孤高なのだ。魔術師と一緒にいながら人に拠らず、ネズミにも拠らない。

 私が魔術師を人間の化け物と見ているのと同様に、彼は自分をネズミの化け物として受け入れていた。そうあるべきとすら考えている。

 

 彼の精神性と、私の精神性は酷く似通っていた。それは魔術による繋がりを得てしまったために発生した副作用なのかもしれなかった。どちらが原因かはわからないけれど。

 

 テイラーは奇妙な含み笑いをした。「キュキュキュ……」と器用に音量を殺しながら鳴らすのだ。

 

「代わりと言っては何だがな。 人間もいずれ蹂躙される側になった時に、素直に受け入れてくれると公正(フェア)で良いと思っているところだ」

「それは無理な相談だね」

 

 そう、それは無理な相談だった。

 人間はそんなことを受け入れない。言ってしまえば、それは世界の終末だ。古くから世界の終末を訪れることを願う人間は数多くいるが、そのなかで自分が特別に選ばれると思っているからこその結論だ。

 人間は、神様に「人間と言う生き物が特別だと認識されている」と思いこんでいるからこそ、その神を信仰することができる傲慢な生き物なのだ。

 

「まて、陽介」

 

 私はテイラーの声に反応して、立ち止まった。

 私よりも、ネズミであるテイラーは遥かに索敵能力に優れている。私も少しずつ肉体改造を始めてはいるけれど、動物に比較できるほどのレベルにはなっていない。

 

 しかし、そこに何かがあるとわかっても、なお分析できないほど劣ってもいないし、そこまで間抜けでもないつもりだ。

 

「あれはなんだ?」

 

 私は小声で疑問の声をあげた。

 

 それは遠目で見て、明かるグレーの犬にそっくりだった。強いて言うなら、少し大きめのコリー犬に似ていた。しっぽはふさふさと丸みをおびていて、見ようによっては可愛らしく思えたかもしれない。

 

それらが三匹ほど、動物の死骸を食い漁っていたのだ。

牙と器用に、二本の前足……いや、発達した手を使って。

 

私の眼球は魔術の発動と共に、その小さなシルエットを拡大してみせた。

それ前足はなにかを掴むのに適した形をしていて、ある種のサルの手にも見えた。

ムシャムシャとかがみ、体を猫背に曲げて獲物を食らう様子からは、はっきりとは見えないものの、その生物の小さな頭は、丸みを帯び、それもまたサルにようにも見えた。

 

「近づかないほうがよさそうだぞ、陽介。 こちらは風下だ、大人しく迂回しろ」

「ああ、あえて危険に挑む必要性はない」

 

 得体のしれない怪物(モンスター)を相手に嬉々として挑むような神経は、私には備わっていない。

 戦って得られるものなど何もないのだから。

 

 十分な距離をとったまま、迂回する。それだけで危険は避けられる。

 ……そのはずだった。

 

 何かの遠吠えが聞こえた。

 目の前にいる生き物からではない。

 

 陽炎でぼやけるほど、遠くにある丘陵からだ。

 

 その遠吠えに、奇妙なコリー犬にも似た生物たちは反応した。

奴らは私達に気付き、しっぽがふくらみ、水平に持った。そして、黄色く汚れた牙をむいたのだ。サルのように思えた小さな頭は、思った以上に歪んだ人間の頭蓋骨に近かった。

それどころかその顔は人間が作り出す、嘲笑する表情に近い類似性を見せていた。人間が自分よりも力の弱いに対して、強い態度を出すときのようなそんな醜い姿。ひどく嫌悪感が湧き出す。

 

「戦いは避けられぬな」

 

 テイラーは淡々と言った。

 彼の冷静さに相反して、私は感情を抑えきれてなかった、

 

「ちょうどいいさ……あの生物は癇に障る」

 

 目の前のコレが存在することは、人類に対する嫌がらせだった。

 

 異世界の地において、人間は弱い。傲慢さや我儘を貫けるような存在じゃないことは知っている。恐らくこの『試練の塔』においてもそうなのだろう。

 

「それでも、私はアレが不愉快だ!」

 

 私は、剣と触媒(つえ)を抜いた。

 

 歯引きなどされていない真剣、それを引き抜くのは久しぶりだった。

利き手に刃渡り30cmほどの小ぶりな刀剣と、左手に指揮者の金属製タクトのような触媒(つえ)を構える。私の普段通りの戦闘スタイルだ。

 

 猫背に腰を折り曲げたその3匹の生物は、私に目掛けて駆け寄ってくる。

私は一応、逃げることも視野に入れたがその考えを破棄した。獣と足の速さで競うのは、バカバカしいし、追跡されれば面倒だった。

獲物を何十キロも追跡し続け、弱ったところを狙える獣もこの世にはいる。

 

ここは力を抑えるべきか?

 

 一瞬だけ、私は冷静になり逡巡した。

余力を残すべきではないかと、悩んだのだ。

 

 しかし、ここで私のパートナーは即座に断言し、迷いを断ち切った。

 

「出し惜しみするな。 全力で行け、陽介!」

「承知したっ!」

 

 『馬鹿には見えない服(コモンセンス)』を展開。

力場を使用し迫りくる獣の目前に、一本の試験管を投擲。

 

地面に衝突する前に、破裂した試験管は内容物をまき散らし、錬金術を発動する。悪臭を伴う紫の煙と共に、不毛な乾いた荒野に出現したのは、巨大なイバラである。

それも金属でできた強度の高い頑強なイバラだ。

 

鋭い槍を蓄えたソレは出現と同時に鞭のようにしなり、強烈な一撃を獣たちに叩き込む。

 

加速した獣は避けきれず、一匹に直撃しもう一匹をかすめた。直撃した獣は、肉体が四散し五体がバラバラに転がる。かすめた獣も手足を失い、動きを封じられた。

 

巨大なイバラはそのまま数秒ほど暴れると役目を終えて、すぐに塵と化す。その形を長くとどめてはおけるほどの技量を私は持たない。しかし、結果を見るまでもなく、足をもがれた獣も原型を留めていないことは明らかだろう。

 

対魔術師用の攻撃魔術、『潔癖症のイバラ姫(オールドメイド)』だ。爆風や熱は力場で弾かれかねないので、それ以上の強大な質量でたたき潰すことを目的としている。実際に魔術師を殺すには確実性が低い失敗作ではあるが、私にとっては切り札の1つだ。

 

 すり抜けた一匹が駆け抜けてくる。私は力場を応用し、私自身に推力を与えた。

自分自身を投げ飛ばす要領で加速させる。自身を中心とする力ではないので、本来の使い方よりも難しいが、エルフであるファルグリンとの戦闘をこなすには必要なスキルだった。

 

 この魔術を失敗すると、まさに車から投げ出された子供みたいに、悲惨なことになる。魔術にはブレーキやエアバックなんて安全機構がないのだから当然、加速には危険を伴う。

 

 急速に加速させた身体とともに剣を振るう。

なんと獣はそれを反射的に避けて見せた、驚くべき身体能力である。私は身をひるがえし、一回転。舞うように剣を返した、それも宙返りと共に避けられる。

 だが、二度目の回避を私は予測していた。ファルグリンと比べたらなんと無駄のない直線的な動きだろう。獣の不規則性など、頭脳戦に長けたエルフの動きに比べたら、相手取るのは難しくない。

 私の剣が変形する、刃がぐにゃりと曲がり敵を捉えた。それは一枚の紙が曲げられた時の動きのようにも見えるし、つかみどころがない液体のようですらあった。

 

両断することはできなかったが、獣に手傷を負わせることに成功。子供の腕力では、致命傷は与えられないことは計算済みだった。私の剣術は、何度も同じ動きを繰り返すことで連続攻撃が出来ることが想定されている。

これはロドキヌス師直伝の実践剣術だ。

すかさず動きが鈍くなったところに、再度攻撃を仕掛ける。なお、闘志を見せて私に食らいつこうと獣は抵抗するが、『馬鹿には見えない服(コモンセンス)』によって働く力場(フォースフィールド)はそれ以上の力を加えられない限りは、鉄壁の壁となる。攻撃は防がれた。

ひるんだチャンスを逃さない、剣の重さを遠心力にして加速、力場(フォースフィールド)によってそれをさらに加速、寸分たがわず、人間によく似た醜悪な表情を見せるその首を跳ね飛ばした。

 

「まだ終わってないぞ、間抜けめ。 さっきのヤツだ!」

 

 周辺を警戒していたテイラーが、すかさず叱咤する。

 手足を吹き飛ばされたはずの一匹が、ボロボロの肉体を動かしながら、私に向かって突進していた。思った以上の生命力だ。よだれを口から垂れ流しながら、黄色い牙を突き立てようとしている。

 

 すかさず左手の触媒(つえ)を鋭利な刃に錬成。

獣の顎から突きあげるように刺した。対人なら十分に殺せているだろうが、化け物相手にはやり過ぎるくらいでちょうどいい、右手の剣を逆手に持ちそのまま突き刺すようにして、振り下ろす。動かなくなるまで、何度も。何度も。

 

 ……今度こそ終わった。

 呼吸を整える。乾燥した空気と、暑さもあいまって喉にずいぶんと負担をかけてくる。

 

 私には白兵戦術だけならば、魔術の使える同じ学年の生徒に負けることは確実にないと自信がある。殴り合いならば、負ける気がしなかった。

 

 私は、気色悪さに顔を歪めた。

 そして、反射的にコートの裾で顔をぬぐう。

 

「しまった、これだとコートが汚れたな」

 

 剣も手入れした方が良いだろうし、戦いは面倒だ。

 体力も消耗するし、出来る限り避けたほうがよかったのに。

 

 私は遠方の、小高い丘の連なりに目を向ける。

 先ほど、この獣たちを遠吠えでけし掛けた奴がいたはずだった。

 

「どうやらもういないようだな、逃げ足の速いことだ」

 

 テイラーがそう言った。

 

「こいつらは……いや、それよりもさっきの遠吠えは何なんだ?」

「どうやら、声の主はこの人面犬どもを操ることが出来ると見える」

「なるほど人面犬ね、言い得て妙だ。 個人的には昔、写真で見たチュパカブラにも似ていた気がするが」

「なんだそれは?」

「実在の怪しい謎の生物だよ」

「それはよかったな。 ほら、実在していることが証明されたぞ」

 

 私はテイラーの言葉を無視して、剣と触媒(つえ)を点検した。

 

私の剣はあらかじめ、16パターンの変形が出来るように組み込んである。代わりに、この魔術を使うたびに劣化する。刀身が微妙に歪んだり、耐久性が衰えていくのだ。

元は学校から私個人に貸与されている備品であるが、別に構わないだろう。いずれ形あるものは壊れるものだ。

 

 なお、剣の形状は16パターンも用意しているが、実際に使うのは片手で事足りる。実戦においては、有効に使える場面で適正に判断できる瞬間と言うのは意外に限られる。

無数の技を使える剣士よりも、基礎を可能な限り高めたほうがシンプルで強い。私が手数にこだわるのは弱いからである。

 

「あまり何度もこんな戦い方は出来ないな、装備が使えなくなる」

 

 模擬戦で吉田くんに使われた大型杖(ロッド)はその点、便利そうだった。本体が頑丈にできているだけでなくて、相手に触れずに戦える。間合いがとれるから防御にも攻撃にも優れる。

 

 私の触媒(つえ)が耐久性を重視した作りなのは、無茶苦茶に扱っても壊れずに使えるからだった。多少変形させても、劣化はするが触媒としての機能に一応問題はなかった。

 なお、暴発する危険性も高まるはずなので、他の人には進めない。

 

「ひとまずは大儀である。 まあまあの手際だった、一応及第点だな」

「命賭けてるんだから、もう少し褒めてくれない?」

「スマートさと余裕がなさすぎる。 一言で言ってしまえば、其方の戦い方には優雅さが足りぬのだ。 それでもよく出来たほうであろうな、普段の模擬戦もこうやってみせたらいいものを」

「いつ、私の授業なんか見てるのさ。 だいたい、こんなもの模擬戦で使ったら殺しちゃうよ」

 

 授業では絶対に使用できない魔術や戦術だらけだった。

 私は錬金術による爆発物や毒物、あるいは鉱物の錬成を得意とはする。そして、同様に植物も多少なりとも操ることもできる。

いや、錬金術が得意と言うより、それしか使えないのが正しいわけだがその大半は殺傷能力が高すぎて、ほぼ人間には使用できないものだった。

 

 それに初見で使った方が成功率はいい。授業や教師には見せずにおいた方が良いと、私は思っていた。同じ条件でなんでもありなら、相手だってそうなるはずだし。

魔術師の家系連中ならかなりド派手に決めてくるはずだから、不意を討つ必要があった。

 

鼻をひくひくさせながら、テイラーは言った。

 

「フム、どうやら遠吠えの主は本当に何もしかけてこないつもりらしいぞ」

「みたいだね。 どんなやつかも目的もよくわからないままだ……力を隠した方が良かったかな」

「いや、少しでも見せつけて牽制した方がよかろう。 立て続けに襲われた時の方が厄介だった。 獣相手なら自分を大きく見せたほうが良い、それが鉄則というものだ」

「なるほど、確かにその通りだね」

 

すこし様子を見てみたが、遠吠えの主は気になるものの、今はこれ以上のちょっかいを出してこないつもりらしい。

人面犬を倒したわけだし、この場から離れるのが正しいだろう。死臭目掛けて、別の怪物が集まって来ても困る。

 

私は少しだけ死体を観察するのに、わずかに時間を割いてから歩き出した。

 



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第14話 試練の塔 最初の攻略 ~その3

 まず、私が観察したのは、人面犬の骨格だった。

 最初にコリー犬のようだと思った印象は間違ってなかった。大きさも1m程度でそれほど大きくもない。体重も20㎏ほどだろう。

 

しかしコリー犬に似ているのはもちろん、頭と手を除いてだ。後ろ足は四本指で犬のそれであるのに対して、手は五本指で人間よりもサルに似ていた。

 

「まるで可愛らしさの欠片もない不愉快な生物だな……」

 

 観察して、つくづくそう思う。

 顔面も正面から見れば、歪んでいる猿か、醜悪な人間のようにも見えた。

けれど、横顔は犬のそれに近い。顔が長いのだ。

 

 冷静に見てみると、実に奇妙な生き物だ。

衛生的に良さそうな生物とも思えない。さらに言えば、人間も含めてだけど、動物の口内と言うのは清潔とはいいがたいものだ。

コイツの黄色い牙に噛みつかれたら、それは毒を受けたのと同様かそれ以上の危険があるだろう。狂犬病のような、感染性の病気を持っているかもしれない。

狂犬病は発症すれば、ほぼ必ず死ぬ不治の病である。

 

「この大きさの怪物(モンスター)でも、人間を殺すには十分だろうね」

「ネズミもひとたまりもないな」

「……うん、そりゃそうだろうね」

 

嘘か本当かはわからないが、犬と人間とを戦わせたら10㎏級の犬でも成人男性より強いと言う実験結果が出たなんて雑学を聞いたことがある。なんともひどい実験だ。

 実際に素手の人間と犬を、命賭けで戦わせたのだろうか?

 

 それはさておいても、この怪物(モンスター)の出所はわからないが「趣味の悪いオブジェだなあ」などと暢気に考えることは出来そうにない。生命力はもちろん、戦闘中に見せた瞬発力を考えると、油断は出来そうにない。

 

私はその場を離れ、もう一匹の観察対象に移った。

 人面犬に食われていたナニカを確認しようと思ったのだ。

 

 人面犬に食われていたのは、角の生えた屈強な黒いヤギに見えた。

食われたまま虚空を見つめるその動物の姿は、哀れにも思った。だが、自然の摂理とみればそうなのだろう。

 

「とはいえ、人面犬が死んでいても哀れには思わないが、ヤギが死んでいる分には可哀そうなものだなあ……」

「人間の動物愛護精神とやらは、醜い動物に働きにくい現状があることを考えると、それは本当に動物愛護と言えるのかはなはだ疑問なのだが」

「可愛いは正義だから仕方ないね」

「ほう、其方(そのほう)は自分が可愛い生き物だと思っているのか?」

 

 聞こえない、聞こえない。

 人間が可愛いか正義かどうかなんて、私にとってはどうでもいいことだし。

 

観察によって得られた情報は、非常に有用だった。

ヤギは激しく食い散らかされていたものの、確認できるほどに範囲の大きく深い爪痕と歯型があった。骨に残るほどの跡だったので、痕跡としては明確だった。

 

この野生の頑強な獣の肉体を貫き、実に深く深く食い込むほどの傷を与えたということだろう。

 

血の跡がどこかに続いていることから、一撃で仕留められた訳ではなく、傷を負ったままこの場所に辿り着いたことは明白だ。

毛が辺りに散らばっているため、相当にもがいたことがわかる。噛みつかれて逃れようと、もがいたのかもしれない。

 

これらを総合的に考えると、人面犬がこのヤギを狩ったのではないように思えた。

もしかしたら他の動物の食べ残しなのかもしれない。

 

人面犬はそこまで大きい爪を持っていないし、この屈強なヤギのもがきを止められるほど強靭なアゴをしているはずもなかった。人面犬は、人間やあるいはサルに似ている頭部、つまりその小さな頭蓋骨に見合った、アゴのサイズでしかなくそれをしたと考えるのは無理があると思ったのだ。

 

より強大な肉食獣が仕留めたと考える方が自然だった。このサイズの獣を仕留めるほどの大きさの肉食獣とは、どれほどのものか。まさしく怪物(モンスター)である。

 すこし勘を働かせる。

 

「これは、あの遠吠えの主と何か関係があるのか?」

「飛躍しているように思うが、まるで関係がないとする根拠はないであろうな。 人面犬どもと遠吠え主がなんらかの共生関係にあると言うのは、あり得るかもしれぬ」

「可能性の一つとして、考慮しておこう。 だとしたら……このヤギの大きさは成人男性を優に超える重量はある。 爪や歯型の大きさからしても、遠吠えの主は、それ以上の大物だ」

 

 普通、獣は自分の体格と同等かそれ以上の獲物は狙わない。反撃を受けて、ケガを負ってしまえば、自然界では死に直結するからだ。

 異世界の怪物(モンスター)と言えど、その原則は基本的に適用されるだろう。驚異的な再生能力や、魔術を行使できる力を有していれば別だろうが、そうであれば既に私を襲ってきてもいいはずだ。

 

 私はふと気づいて、かがむ。

 

「これは……赤い毛? いや針か?」

 

これは、襲われた黒いヤギのものではなさそうだ。その赤い毛とも針ともつかないものは、辺りにちらばるだけでなく、何とヤギの死骸に刺さってすらいた。

 

「そんな怪物(モンスター)なんていたかな……?」

 

 私の知識など底が浅いものだが、あまり記憶に思い当るものがない。

だが、おそらく硬質化した毛などを、針として飛ばすことが出来るか、あるいはハリネズミのように針で身を固めることが出来るなどの能力があると予想は出来る。となると、予想される巨体、パワーを含めて近接戦闘は難しい。

 

「赤いサボテンの怪物(モンスター)だったら、ちょっと面白いな」

「だとすると、サボテンが吠えることになるのだが?」

「なにそれ、笑える。 ……怖くて」

「呆れたものだ、真剣に考えろ。 肉食性の凶暴なサボテンなどは余も想像したくない」

「サボテンも食べられるらしいけどね、物に拠るけど」

「肉食サボテンのステーキを、ネズミが好んで食べると思ったら大間違いだぞ」

「家の壁だろうがかじるくせに、グルメなことだ」

「壁や配線コードの方が幾分かマシである」

「やめてくれ、けっこう困るんだよ……それ」

 

 さすがに肉食サボテンが正体だとは思わないが、現状を分析してみれば、未成年の生徒に、最初に与えられる試練としては「過酷過ぎる」の一言だった。

 この荒野の地が最初の階層だとすると、のちに与えられる試練はいかほどのものか。想像するだけでめんどうだった。

 

「2年生になってから事に当たるのは早すぎる、と言うのは思った以上に賢明な助言だったのかもしれないねえ」

 

 つい、ボヤいしてしまった。

 さきほどから状況が想定以上に悪い。

「迷宮とは言え、子どもが挑むものだ」などと、少々なめていたのは否めない。この試練は子供に突破させる気があるのか、どう考えても怪しいものだ。

 

 私がその場を去ろうとすると、テイラーが呼び止めた。

 

「|其方(そのほう)いいのか? 豊富な食料が目の前に転がっているのだぞ」

「いや、それはちょっと……」

 

 テイラーは、目の前に転がっている死体を指していたのだった。

 持参した食料はあることを差し引いても、怪物(モンスター)の食べ残しや、人面犬を食べる気にもなれなかった。

でも、考えてみれば野生動物を解体して、調理できるくらいの技術は必要なのかもしれない。今の私にそれが出来る能力はなかったし、適した道具も持っていなかった。

 

「今後の課題かもしれないね、サバイバル技術は」

「魔術師のくせに……まさか其方(そのほう)は猟師にでもなるのか?」

「それは私が聞きたい。 魔術師への課題にしては、野性味が溢れすぎているように思う」

 

 テイラーの軽口に応対しながら、私は歩き出す。

乾いた荒野と言えど、植物がまるでないわけでもない。

 

 短い藪が点在しているし、時折みられる棘の付いた丸みを帯びた植物には、なんとハチが止まっていた。

その棘だらけの植物も変わった形をしていた。先端から、いくつも芋虫のような鮮やかな黄緑色をしたコブが飛び出ており、芋虫の口に当たる部分からは赤みを帯びた触手のようなものが生えていたのだった。

 

その触手をむさぼるかのように、ハチがせわしなく動いている。

恐らくこれはサボテンの一種なのだろう。芋虫と触手に見えるものは、花弁なのかもしれなかった。

 

もっとはっきりとサボテンに見える植物もある。

それを注意深く観察してみると、硬そうなその幹に穴をあけ、その空洞に鳥が巣くっていた。小鳥からしてみれば、安全なねぐらなのだろう。

 

「やはり、ここは異世界のどこかを再現しているかもしれない。 もしかしたら、生態系までも……」

「面白い考察だ。 試練を作る側の立場から考えてみよ。 作り手はなにを試したいのか? 生徒の知識か、対応力か? だとしたら、そう間違ってもいないかもしれぬな」

「元は異世界にあった学院の試練だからね。 そう考えると、一度帰って調べてみるのはありかもしれない。 攻略の糸口になる」

 

 私の通う学院は、異世界から移植されたものだ。

 設備から文献、人員に至るまで、そっくりそのままこちらに移されている。

正確には、日本語化された書籍も数多くあるわけだし、パソコンやら冷蔵庫などの機材も搬入しているわけだから、設備としては増えているのだろうけれど。

 

「仮に調べるにしても、明確な手掛かりがなければ無理難題であろう。 荒野であると言うだけでは、絞り切れぬ。 特徴的な植物や動物を見つけることが、解決の糸口となろう」

「手掛かりねえ……いまいち、ピンと来ないな。 名前がわからなくても、調べられるくらいメジャーな生き物とかってどんなのさ?」

「ネズミにそんなことを聞くとは、その若さでもう耄碌したのか? ネズミが本を開いて、読むとでも? 幼いころから童話を読み、『長靴を履いた猫』をたしなむとでも?」

「そんなことは言ってないけど」

「ああ、忌々しいことだ。 ともかく、帰るのであればそれなりに成果がほしいところだ」

 

 ルール上、『試練の塔』から帰るだけならば、実はそう難しいことでもなかった。

 この『試練の塔』は特異な空間である。

 

 魔術には『門の創造』と言うものがある。対応した空間と空間を繋ぐ、移動手段だ。

 いわば、ワープとかテレポートをするための魔術である。実に夢がある。

 とは言え決して便利なものではなく、事故率が高い危険な移動方法で、また非効率である。

 

入口と出口の双方に、巨大施設と人員でも用意しない限りは、空間の狭間に行方不明になったりしかねない。

 

 よって個人レベルの力しか持たない魔術師は、地球ではいまだに飛行機や船に乗って旅行に出かける。非常に残念な話である。

 

 しかし、『試練の塔』では、事前に与えられた『灼蝋石(しゃくろうせき)』で地面にサインを刻むことでそれが行使できる。

この『試練の塔』では、生徒でも手間さえかければ簡単に、入口に帰還することが出来るようになっているのだ。

 

 授業で習った限りだと『門の創造』は、創った門を起動するときに移動する距離に比例して、魔力の源……すなわち、魔術師の生命力を奪うはずだが、なぜかここに来る時にはほとんど消耗はなかった。よほど特別な場なのだろう。

 

「これを通勤とかでも使えたら、渋滞とか満員電車がなくなって便利だろうに」

「……随分と立派な野望の魔術師だな」

「そう褒めるなよ、テイラー」

「褒めているように聞こえるのならば、其方(そのほう)の中ではそうなのだろうな」

 

 呆れたようにテイラーが私に言った。

 どこからどう見ても、いつも魔術師に寄り添う理想的なパートナー像である。いっそ猫に食われたらいいのに。

 

「でも、気軽には帰りたくないね。 1度帰ってしまうと、半月は再挑戦してはならないルールになっているそうだし」

「ふむ、そうか。 それは面倒なことだな、帰還させることを躊躇わせるためか?」

「いやあ、こんな試練を経験するとなれば、私はむしろ納得だよ。 これは間をあけて、生徒の様子を観察する期間が必要だよ。 トラウマの1つや2つ、受けてもおかしくないもの」

 

 テイラーは気にならないのかもしれないが、準備整えたからって翌日に再度挑戦なんてできる人は、だいぶ頭がおかしいと思う。この状況下を経験させられるとなると。

 

 暑さを我慢して歩き続けてきたが、日が暮れ始めている。

 しかし、一向に中継地点となるだろう、水場にはたどり着けなかった。

 

 うすうすその可能性には思い当っていたが、なにかしらの判断を間違えている可能性が高くなってきている。しかし、果たして何を間違えたのか。

 

にしても、道がデコボコなのが、長い時間続くと体にこたえる。なぜこんなにも道がなだらかではないのだろうか。少しは整備してほしい。

 

「そろそろ、休むことを考えよう」

 

私は荒野において、少しでも窪みになりそうな場所を探した。

幸い、そこまで冷え込むことはなさそうではあったが、寒暖差は激しかった。昼間の熱さに反して、夜は涼しい部類になりそうである。

汗もかけないほどの渇きに暑さ、一転して嘘のように涼しい夜。寒暖差によって、疲労は確実に体に蓄積していくだろう。

 

「学院生活から一転して、こんな環境だと自覚しているよりもひどい消耗をしてそうだ」

「わかっているのであれば、まずは其方(そのほう)も休息をとれ。 栄養補給も必要だぞ」

 

 しかし、そうもいかなかった。

 少しずつ、私達を観察する目が増えている。

 遠吠えの主だけではなく、人面犬が徐々に集まり、私達を追跡し始めているのに気付いていた。安らかに休息はとれそうにないが、この常に緊張を強いられた状態で移動し続ける方が危険である。

 

「わかってはいるけど、このままだと安心できないよ。 まずは安全確保だ」

 

 魔術で砂を固めても、うずもれてしまいそうな気もするので、少し時間がかかってでもしっかりした地盤を選んだ。

 身を守るための警戒用の魔術を張り、野営地を自分の陣地として固める。魔術師は総じて、自分の陣地として仕掛けを施した場所で戦う方が強いのだ。

 

「……仕方のない奴だな、余は好きにさせてもらう」

 

 テイラーは私にすべてを任せて、荷物を漁る。

私が持参したヒマワリの種をかじりながら、暇をつぶすつもりなのだ。

 

「残念ながら、乾燥チーズはないよテイラー」

 

 私が笑顔で嫌味を言うと、テイラーは鼻で笑ったものの、どこか空虚に言葉を返した。その目は、心底可哀そうなものを見るような様子ですらあった。

 

「ハッ。 そんな凝り固まるほどに腐った獣の乳など、誰が食うものか。 よく考えて我が身を振り返るがいい、そんな腐臭の漂うおぞましいゲテモノを好んで食べる人間は、実に哀れなものだ。 それを常食するまでに、お前たちはどれほどの空腹と苦痛に耐えたのだ?」

「きみ、本当にチーズ嫌いだよね」

 

 さすがの私もそこまでガチで人類が哀れまれると、ドン引きである。

テイラーはチーズを食べなかった、ネズミの癖に。

エルフであるファルグリンもチーズを嫌うので、身の回りにはチーズ嫌いが多い印象である。私が知る限り偏食が少ない非人間族の友人は、ドワーフくらいなものである。

 ふと思い返すと、人外の友人の方が多い気がしなくもないが、あまり深く考えないことにしよう。

 

 思った以上に時間がかかってしまったが、ようやく腰を落ち着ける。

 

見上げれば、天空の夜闇に美しく月が輝いた。

仮に異世界を模しているにしても、普段見ている月とは別物ではないかと疑いたくなるほどに大きく輝く。威風堂々としたその様は、虚空に佇む王だとすら思えた。

 

「今夜は満月なのか」

 

 空を見回すと、いくつか大きい月が存在した。

 遠くに小さく見える青白い月、さらに小さいほのかに赤い月。

そして、私の良く知る白く、大きく輝く月。

 

「ああ、やはりここは地球を再現したものではないのか。 向こう側の世界を再現したものである説が強いな」

 

満ちる月が荒野を照らす、それは驚くほどの明るさだった。

人工的な灯りがないこの空間を、月は照らす。

 星々を眺めながら、私は何とか記憶をたどろうとする。

 

「占星術の授業で、彼らの『世界(ムンド)』における夜空を習ったはずなのだがな」

 

我々の世界で『地球』を指すような言葉は、異世界にはない。

だが、それに近しく彼らの神話観の中では、『次元』を指す概念を『ムンド』と言うのだそうだ。奇妙にも、スペイン語に類似している。

 

人のムンド、精霊のムンド、冥界のムンド、天界のムンド……それぞれ、いくつも分けられる多層に重ねられた巨大な世界。

遮られた次元と次元の多層サンドイッチ、あるいは巨大ミルフィーユが彼らにとってのいわば『地球』だ。我ながら、おなかが空く例えである。

 

「うーん、よくわかんなー」

其方(そのほう)はいつもそんなことを言っているな」

「だって、いつもそうなんだもんなー」

 

 空を見上げてぼやく、いまいちピンとこない。

星図で見るものと、実物に近いこの光景はまるで受ける印象が違う。

 地平線から頭上の星々まで、すべてがくっきりと見える。

 

彼らのムンドでは北半球・南半球の概念がないはずで、星々はどこにいても、同じものが見える世界である。にもかかわらず、うろおぼえな私の知識は今一つ目の前の現実にハマらない。テストの点数はとれたが、実力にはなっていないらしかった。

軸となる北極星のような星は、異世界には存在しない。それがより一層、星見の困難さに拍車をかける。ただその美しさに圧倒されるばかりだ、前世も含めて私の見たことのない光景である。

 

「さすがに星図表は持ってきてないからなあ。 テイラーはわかる?」

「ネズミが星を見上げるとでも?」

「そうだよねえ」

 

 溜息を吐きながら、一気に脱力し寝っ転がる。なかなか上手くいかないものだ。社会人になったばかりの頃を思い出した。今は、仕事を教えてくれる先輩すらいないわけだが。

寝たまま、空を見上げるのは気分が良いものだ。視界のすべてが満天の星空である。

 

……なんだか、ぼーっとする。

ああ、いや、これはまずいな。ひどい脱力感だ、立ち眩みに近いくらいの。

私はそんなに疲れているのか。頭ははっきりしているのに、体がいまいち動かなくなってきた。

 

「陽介。 無防備すぎるぞ、常に敵に姿を監視されているのだぞ」

 

 テイラーが私を叱咤する。

 でも、上手く体が動かない。

 

「あれ?? ……やばい、なんでこんなに体が動かないんだ?」

 

 子供の体力だからか?

だから、こんなに動けない?

 

「陽介っ! 早く動け、態勢を整えろ」

 

 そうは言っても、動けないものは動けないのだ。

 その姿を見て、気付いたテイラーが小さなその手で持ってきたのは、ヒマワリの種やキャンディだった。

 

「この痴れ者め、エネルギー補給を怠ったな!」

「そうか……これはハンガーノックと言う奴か」

 

激しく長時間にスポーツなどに打ち込んだ場合、人体におけるガス欠状態に陥ることがある。極度にエネルギー、つまり糖分が欠乏すると人間は体を動かすことが出来なくなるのだ。それがハンガーノック。

 

前世で登山部の先輩は、これをシャリバテなどと呼んでいたような気がする。

激しいスポーツをしなくても、登山にような長時間の険しい移動は相当のエネルギーを消費するため、専門用語として定着している。

 

「陣地構築の前に、エネルギー補給をすればよかったのか」

 

今回は、この環境下での移動だけでなく、魔術の連続使用によるものも原因として上乗せされているだろう。

ロドキヌス師に聞いたことがある「魔術もまた人体のエネルギーを大幅に消費する。魔術による作業を続けたり、激しい戦闘を繰り広げると、行動不能になる者は少なくない」と。

 

また子供の身体は未発達でエネルギーを蓄えにくい。そのため、大人よりかなり早く低血糖を引き起こしてしまう危険性が高い。

 肉体改造すら完成していない、新米魔術師がまず避けるべき状態だった。

 

「そこまで来ているぞ、」

 

 闇夜に輝く無数の双眸が、私を観察している。

昼間に見た人面犬が集まってきているのだろう。

 

 必死にエネルギー源になりそうなものを口に頬張り水で飲み下すが、焼け石に水である。

 摂取した食物がエネルギーに変換されるには時間がかかるのだ。

 

「くそ、エネルギー配分や管理なんて基本中の基本じゃないか」

 

ハンガーノック自らの意志とは関係なく、体が動きを停止してしまう。脳へのエネルギー供給量も減少するため、思考や意識が低下していく。

 

剣と杖を引き抜き、警戒に当たろうとするがあまり力が入らない。

 すぐにでも奴らは襲ってきそうな殺気である、事態は深刻であることを嫌でも実感した。

 



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第15話 試練の塔 最初の攻略 ~その4

 絶体絶命の危機である。

 しかし、思いのほか私は冷静だった。安全弁が存在するとはいえ、強烈に死のプレッシャーを感じる状況。本来であれば、いつパニックになってもおかしくない。

 

「単純にパニックになれるほどのまともな神経が、私に残っていないだけだ」と言われたらそれを否定することはできない。

転生などと言った、拷問ともいえるほどのストレスを、強制的にそれも年単位で与えられてきたのだから。

 

だが、私が冷静でいられたのは、この状況下でもそれなりの自信があったからである。

 

 ここは既に私の陣地である。

 キャンプ地と定めた時に、施した数々の仕掛け。

無計画にそれをして消耗することになってしまったことを考えれば、ある意味では窮地の原因ですらあるのだが、今やそれが私にとっての希望であり、アドバンテージである。

 

 事前に仕掛けを施した地で戦うことが、どれほど魔術師を優位にするか。

今の私が不調で、仕掛けに限りがあるとはいえ、ただの獣風情に苦戦することなどありえない。

 

 それにもう一つ、私が得意とする錬金術で作り出した秘蔵のポーションもある。

錬金術は本当に幅の広い学問だ。当然ながら肉体改造のためだけではなく、ドーピングや治療を目的とした薬品にも備えがある。

 副作用が強いため常用は出来ないが、最悪の場合はこれを飲んで、万全の態勢で迎え撃てばよい。

 

 そういった根拠があるからこそ、自分自身に勝利を信じ込ませることが出来た。

私は意図的にわざとらしくも余裕めいた態度を演出する。そう、全力で虚勢を張ったのだ。

 

「来るなら来てみろ! 犬ッコロが!」

 

不安がないわけではないが、弱みを見せたら負けである。

少しでも自信を持てる要素があるのなら、それを信じるしかないのだ。

 

 だが、予想と違い私を囲う人面犬たちは、唸るばかりで襲ってこようとはしなかった。

 試しに私が一歩前に出れば、急いで飛び退く。

 

それを見て私は、彼らが戦うのを躊躇っているのだとわかった。

どういうわけか人面犬たちは、私をただの子供とみなしていない。

ある程度の知性があることは明らかだ。どこかで見ていたのか、先ほどの戦いで見せた私の魔術が、彼らにとって恐怖に値したのかもしれない。

使っている側からすれば、制限だらけで使いづらいものなのだが、はたから見ていれば摩訶不思議な万能兵器に見えるのは事実だろう。

人間に限らず、得体のしれないものを恐れるのはいわば生物の本能である。

 

 なるほど、それは好都合。ならば、脅かすだけでよいかもしれない。

 相手のやる気をくじくことが出来れば、仕掛けを無駄打ちすることもないし、これ以上、消耗せずに済む。

 

 もし、この時、私の判断がもうすこし迅速であれば、そこで話は終わっていたのかもしれない。だが、そうはならなかった。

 

 瞬間、遠い丘から影が飛び立つ。

それは巨体に似つかわしくなく、軽やかに木の葉が落ちるかの如き静かな着地音をたてた。降り立ったのは、柔軟でしなやかな漆黒のシルエット。

……それを一言で言ってしまえば、巨大な化け猫のようだった。

 

 途端に、人面犬たちは怯え出した。尻尾を体の内側にしまい込むように動かし、姿勢を低くしながら耳をも伏せだした。その上、ガタガタと震えてすらいる。

 そして、それを見たテイラーは慄き、動揺を隠せず叫び出した。

 

「悪夢の具現化、まさに殺戮と邪悪の化身か! 禍々しいほどに底知れぬ深淵に等しき漆黒の毛並み! 試練の塔はなんと過酷で、恐ろしく冒涜的で残虐なのだ!」

「……テイラー、君がその反応をするのは本当に今ここでいいのかい?」

 

 猫を恐れ過ぎだろう、今にも発狂しそうな勢いじゃないか。

 私はそこまでプレッシャーを感じずにいる、正直なところ想定していたほど恐ろし気な相手ではない。怪物染みているにしても、単なる巨大な黒猫にしか見えないのである。

 

 私が無警戒に佇んでいるのを見て、巨大な黒猫は吠えた。

 それを号令として、人面犬どもが私に襲い掛かる。

が、私が手をかざせば地面に仕掛けられたルーンが光り、熱を伴う閃光を放ち、人面犬の眼と毛皮を焼いた。続いて足を踏み鳴らせば、地面から隆起した鋭い矢のごとき岩石が一頭を串刺しにする。

 

ルーンとは、力ある文様を刻むことにより発動可能にする魔術の形式である。

私の世界にも同じ名称で伝わるこの魔術は、異世界においても古き時代に、わが身を犠牲にして賢者が神から授かったとされている。

 

 当時のものとはかけ離れているほどに発展したため、多くの手法・技術に分化されたが、直接的になにかに刻む手法ですら、今もなお手間さえかければ、初心者にも失敗しづらい類の確実性のある手法として重宝される。

 

欠陥魔術師の私ですら、あらかじめ罠として仕掛けることで、他の魔術師の真似事すら可能にできる。『馬鹿には見えない服(コモンセンス)』を使用せずに、仕掛けたルーンを消費して、それに応じた力を発揮することが出来るのだ。

 

「欠陥品でも、下等な獣を相手取るには十分だ!」

 

そう自分を鼓舞しつつも、結局のところ私は剣を振るう。触媒(つえ)を鋭い刃に変え、突進する相手を牽制する。私が敵をひるませたうえで、適度に間合いをとると、冷静に観察するテイラーがいななきルーンを発動。強烈な衝撃により吹き飛ばす。

 

パートナーであるテイラーはその身に宿す力こそ弱いが、私と同等以上の魔術が使える。ガス欠が私より早いことにさえ、気を付ければ十分な戦力である。ルーンを仕掛けた私が、あらかじめコストを先払いしたことを考えれば、テイラーとルーンを使った戦術の相性は良いと言える。

 

 剣で人面犬の頭をかち割るも、見た目ほど深く刃が通らないのか、そいつは再び襲い掛かる。すると、テイラーは私のいる地面を隆起させて打ち上げる。人面犬は隆起した岩に激突し、私は体をひねりながら落下したエネルギーをそのまま剣に与えて、一閃。その首を斬り飛ばす。その首は敵の群れの真っただ中に飛んだ。

 

敵にとって予想外の動きを繰り返しつづけることで、動揺させ混乱させ続けることで、無理やり隙を作る。同胞の首に注目するのは、獣も一緒か。それこそが隙である。

 

服の汚れも気にせず、隆起させた岩の影に私は伏せる。途端、群れの中心地、地面が破裂する。岩石のツブテが大量にまき散らされ群れはそれを浴びた。さながら破片爆弾(フラググレネード)の爆発、無慈悲にツブテに身を引き裂かれる人面犬たち。さらにそこに、畳みかけるように私は切り込む。

 

こうした乱戦に近い戦いだと、破片が飛び散ったり、爆発力ある攻撃は自分をまきこむ恐れがあるので使いづらい。かといって、狙いを定めようとすると計算に時間がかかる。

それを私たちは互いに分業することで、凌いだ。簡単にまとめて始末することが出来ない以上、結局のところ身を守る必要なのは近接戦闘、剣と杖を使った肉弾戦だと言うのは魔術師としては皮肉な話ではある。

 

 自分たちの使う魔術の余波で、額が切れた。

頭部からの血は浅くとも、思った以上に激しく流れる。

 

「ネズミのように地面に這いつくばり、血を流しながら戦うのも悪くなかろう」

「こんなの100年に1度すれば、十分だ。 早くシャワーを浴びたいね」

 

 少しでも冷静さを保つために、軽口を叩きあう。

 戦いに、興奮に飲まれたら、まともに魔術が使えなくなる。怒りと熱に任せて、戦えるならなんて楽だろう。でも、少なからず興奮しているからこそ疲労感を感じずに済むわけだ、だからそれをコントロールしないといけない。

 魔術師は感情を失くすのではなく、自分の都合の良いように制御する。

 

そうして何度かいなすと、予想通り再び人面犬どもは臆病な様を見せた。

それでも逃げ出すさまを見せないのは、さきほどから私を観察しているあの化け猫のせいだろう。なぜか安全な位置から観察し続けて、攻撃しようとしてこないが。

 

「ふん、手下に襲わせて高みの見物か」

「大方、其方(そのほう)の様に不快感を抱いて近寄りたくないのであろう」

「私は猫にすらドン引きされてるのか。 にしても、コイツ……猫のくせに、犬のような遠吠えをするのか。 ちょっと面白いな」

 

 一方で納得できるところではある。

 猫は本来、単独で狩猟をするが故に、他の生物よりも体臭を抑え、獲物に悟られないようにすると言う。遠吠えは、単独で狩猟をする生物はしないものだろうが、強力な怪物(モンスター)であるほどに、高い知性を有し、さらには他の怪物(モンスター)を従わせることが出来る支配能力を持つことが多いとされる。

 

「……だが、毛並みが赤くない」

 

 先ほどの黒ヤギを観察した時に得た情報とは違っていたことが気になった。

 

「悠長なやつだな。 陽介、もっと警戒しろ」

「そうは言っても、いくら巨大と言っても猫だしな」

 

 口でそうは言うが、言うほどもう余裕はない。

 仕掛けたルーンは使い切りつつある。体力が残っているかは怪しい、ここで退いてもらえないのなら、後先考えずにドーピングするしかない。

 

 私は剣を肩に担ぐように構える。

別に恰好を付けているわけではない、腕の握力がそろそろ落ちることが心配だった。子供の身で長く戦い過ぎている。重さを肩にかけて少しでも、負担を減らしたかった。

私の体力が尽きた段階で戦ったのだ、余力などすでにない。

 

 その時、化け猫が。

 にやり、と笑ったような気がした。

 

 奴はいまだに私が扱えるルーン魔術の安全圏から、私を見ていた。

 

 それなのに背筋がゾクッとした。鳥肌が立つ。

 来る! 来る! 来る! 絶対に来るっ!

 

 私はすぐに自作の合法魔法薬(デスマーチ)を飲み干した。残るルーンをほぼすべて起動、試験管も使い潰す、周囲を『馬鹿には見えない服(コモンセンス)』と悪臭放つガスで覆う。あの化け猫を、目も潰し、鼻も潰し、動きも止め、そのうえで仕留める。それが必要で最善だとしか思えなかった、この時の私はそれしか考えてなかった。

 『馬鹿には見えない服(コモンセンス)』を伴うガスは、どんどん周囲を覆っていく。だが、屋外で使った以上これはそんなに長く持たないだろう。

 私自身、こんなに大量の『馬鹿には見えない服(コモンセンス)』を掌握維持し続けることはできない。

 

 人面犬たちはとうとう逃げまどい、この場から離れていったようだった。それでもなお、化け猫は悪臭を伴うガスの、あくまで外にいる。それがわかった。

 ガスの中には入る気がないようだった、それは私の予想通りである。

 

 しかし、これは化け猫には予想しようがないはずだ。

私の『馬鹿には見えない服(コモンセンス)』はその目に見えるガスよりも、広い範囲に散布されている。私が『馬鹿には見えない服(コモンセンス)』を使い、意図的にこのガスを抑え込んだのだから。そして、私の『馬鹿には見えない服(コモンセンス)』は肉眼で不可視にすることも出来る!

 私の服の中にいる限り、お前の行動や位置はすべて私に筒抜けだ。ぎりぎり安全な位置を測りいつでも攻撃するつもりでいたんだろうが、それが間違いだ!

 

 残った試験管はたったの二つ、これで終わらせてやる。

 

「待て、陽介! なにをするつもりだ!」

「あとは任せたよ、テイラー!」

 

化け猫の背後に気付かれないように、試験管を飛ばす。落下音をほとんどさせないように正確なコントロールで私はそれを動かした。『馬鹿には見えない服(コモンセンス)』の中だけのみ、私は精密な魔術動作を可能にする。

 

私は錬金術を発動する。

私が使えるなかでは、もっとも強力なパワーを持つ錬金術を。

 

金属でできた強度の頑強なイバラ、巨大なそれが化け猫の退路を覆うように出現する。鋭い槍を無数に蓄えたイバラはしなり、大地ごと化け猫を叩き割ろうと動く。

不意打ちを背後からされた以上、とっさに逃げるには前方しかない。背後を防がれた以上、左右に柔軟に動くのは、あの骨格構造上は難しいはずだ。

 

イバラが強烈な一撃を地面に叩きつけ、そのまま暴れ出そうとするさなか、最後の試験管が破裂。悪臭を伴うガスと交じりあい、化合し酸素と結びつく。それは人間が観測できるほどの時間を伴わない。すなわち、瞬きする間もなく発火。そのまますべてを焼き尽くす。おそらく、とてつもない爆音がしただろう、すべてを吹き飛ばすほどの衝撃と火力が発生したに違いない。私はそれがどれほどのものか、ロクに計算もしなかった。

 

私はイバラが命中したかも知らないし、その爆発に化け猫が巻き込まれたかも知らない。

 それでもなお、私はそれが確実に生物を殺すのに十分な破壊力があると確信していた。

 

 この魔術に名前などない、ただの爆破だ。いつでも私個人の手持ちで使え、爆破範囲を制御できると言う点以外、何の価値もなく、そんなもの(ネーミング)が必要ほど高等な技術も一切ない。そも使った時点でその場にいた相手を全員殺すつもりなのだから、名を与える必要もない。

 

 確実に今ここで死ね、化け猫。

 私がリスクを侵してでも、ここでお前を消す意味はある。

 

 そうして、私はすべてを吹き飛ばした。

 真っ暗な荒野、そこにあるのは静寂のみ。

 地面がわずかに盛り上がる。手足が地面から生え、なにかがそこから起き上がる。

 

 そう、私は土の中に埋められていた。

 わずか残った最後のルーンを使い、テイラーが私たちの安全を確保したのだった。

 

 ぺっ、ぺっ、と口の中の土を吐き出す。

 

「こんなモノ食べるくらいなら、ファミレスでハンバーグでも食べたい」

「……貴様ぁあああっ! 最初にいうことはそれかぁああっ!」

「え、なに怒ってるの?」

 

 なぜかテイラーがブチ切れた。

 なんで怒ってるんだ、このネズミ。

 

「なにだとっ!? よくもまあ、そのような口が利けたものだ。 馬鹿だ、愚鈍だ、低能だと思ってはいたがな! 死ぬなら、余を危険に晒さず勝手に死ぬがよい! 最低限、こんな方法をとるなら、相談せんか!」

「いや、テレパシーで繋がってるし全部わかるでしょ。 それに私が死んだら、君も死ぬし」

「余は、其方(そのほう)の策を了承した記憶は一切ないがなっ」

「了承なんていらないでしょう、テレパシーあるんだから。 それに猫、怖がってたし、始末するなら喜ぶかなって」

「そういう問題かぁあああっ!」

 

 ネズミに怒鳴られた。

 目的は一致しているはずなのに、げせぬ。

 

「まあまあ、安全は確保できたんだしいいんじゃない……ぁ」

「あ?」

 

 奴は現れた。

 漆黒の柔軟でしなやかなシルエットではなく、真っ赤な硬質化した毛並みがハリネズミのように逆立ち、全身を覆っていた。

その頭部で逆立つ毛並みは、さならが(たてがみ)のようですらあり、真っ赤な獅子とも思える様相ですらあった。

 

奴はにやりと笑う。

無力になった獲物を見て。

 

「……マンティコア」

 

 私はようやくわかった。

 ネコなんて可愛いもんじゃない。この今の状態が、伝説に伝わる本来の姿。

あれは人食いの怪物、マンティコアだ。

 

 いつもは口うるさいテイラーが、絶句していたのが滑稽だった。

 



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第16話 エルフと魔女のティータイム

廿日陽介が試練の塔に挑んでいる間のことである。

彼の友人であるエルフのファルグリンと、魔女マリンカは勝手知ったると言うように、彼の自室で紅茶を飲みながら時間を潰していた。

完全に、談話室扱いである。

 

とは言え、この二人は打ち解けているとはいいがたい関係だった。

廿日陽介という人間を通し交流し、少なからず繋がっている関係ではあるものの、親しい間柄と言えるまでには至っていなかった。

 エルフと古い血筋の魔女、元よりあまり相性が良いとはいいがたい。

 

 基本的に廿日陽介が関わらない限りは、比較的保守的な二人である。

 弾むような会話があるはずもなく、沈黙が部屋を支配する。部屋主のお茶菓子を勝手に取り出し食べる音や、暇つぶしにめくられる本や、書きまとめられるノートのカリカリという硬質な音が響く。

 

 しかし、待てども家主は帰ってくる気配がない。

 二人とも、比較的、早く戻ると思っていたのである。

 初回の試練の塔への挑戦は、様子見程度ですぐに帰ってくるだろうと。

廿日陽介と言う少年が、いくら好戦的な気質の持ち主(二人はそう捉えている)であったとしても、最初は挑むべき難題について、情報を分析するためにすぐに帰るはずだと。

 

 沈黙に耐えるにも限界があり、必然的に共通の話題は部屋主である廿日陽介に関することだった。最初に耐えかねた魔女マリンカが口を開き、今の状況を話題にした。

 

「どうして貴方は彼を止めなかったの?」

 

 魔女マリンカとしても、試練の塔に彼が挑むのは反対だった。

 どう考えても、冒す必要のない危険である。

 

「ふん、別に僕はアレを止めなかったわけじゃないさ」

 

 ファルグリンはそのバランスの取れた美しい造形の顔を、すこし歪ませた。

 それは、彼にとってあまり楽しい話題ではなかった。

 

「止めたってどうしようもないよ。 アレは……」

「アレは?」

「ああ、そうか。 君はアレと戦ったことがなかったんだったね、それなら納得も出来る」

「幸いなことに、ね」

 

 魔女マリンカは、爪にヤスリを掛けながら相槌を打つ。

 そこに感情と呼べるものは、一見含まれてはいなかった。彼女はあくまで、魔術師と言う見地から事実を淡々と述べているように見えた。

 

「試しに戦ってみたいとも思わないし、彼を屈服させたいとすら思わない」

 

 魔女にとって、武勇を誇るなど愚の骨頂である。

 戦いや危険は避けるべきもの。決闘のように同じ土俵で、誰かと戦おうとすること自体、理解の外だ。あれは戦士といった、高尚な文化や学問の価値を知らぬ蛮族の風習である。

 魔女とは、己の魔術をより高みに昇華させ、あるべき到達点を目指す探求者である。

 よって、わざわざ敵を増やす必要も、命を狙う相手と戦う必要などない。

 

もちろん、魔女の流儀に従えば、敵に情けも慈悲も必要ない。殺すのならば呪いでも、毒でも使い暗殺すればよい。それが、作法だ。

でも、魔女マリンカにとって、廿日陽介は殺すべき相手ではなかった。少なくとも今は。

 

「だから、正直な話、わたしなら戦うことを徹底的に避けるわ」

 

 ファルグリンは、そんなマリンカの様子を気にも留めていない。

彼は魔女マリンカに興味がなく、自身の過去を振り返る。つまりは、自分自身と陽介との模擬戦での対決を思い浮かべたのだった。

 

「ああ、そうだろうね。 その方がいい」

 

 多くの同級生は、エルフであるファルグリンとの戦いを避けた。

人間が普通に戦って、エルフに打ち勝つなどありえないのは明白だった。

 

人間は、エルフと違い脆弱な生物だ。

肉体を改造でもしない限りは、炎や吹雪を生身で弾くことも出来ない。馬車に轢かれたり、崖から落ちた程度の衝撃で死ぬ。寿命が短いだけでなく、すぐ病になるし毒に対する耐性も低い。

 無数の怪物の生きる地で、狩人を生業にしていたエルフとは、生物としての格が違うのだ。

科学や魔術に頼らねば、まともに生きることすらできないだろう。

 

 これは自然の道理である。同じ条件で、人間はエルフに勝てない。

よって模擬戦においてファルグリンと戦うのは、多くの場合、教師か卓越した技量の上級生だけだった。相応の経験、装備などのハンディキャップが必要だ。

 

 最初は物珍し気だったこちらの世界の子供たちも、今ではファルグリンに関わろうとしない。サークルに入団できるような有望な魔術師だけが、ファルグリンと対等に会話できた。

 

唯一、廿日 陽介(はつか ようすけ)を除けば。

 

彼だけが、率先してファルグリンと対決しようとした。どれだけ恐ろしい目に合っても、圧倒的な力でたたき潰されても、痛みを与えられ傷だらけになろうとも。骨が砕け、腕がちぎれようとも怒りや対抗意識、使命感ではなく、嬉々として対決に臨んできた。

 

科学であっても、魔術であっても。

あらゆる治療行為に、傷相応の痛みは伴うのだ。

誰が好き好んで、傷つきたがる?

 

 振り返って、ファルグリンは思った。

 

「……アレは、まともじゃない」

 

 マリンカはその言葉に同意した。

 

「そんなこと、わかってるわ。 彼はわたしを殺す気だったもの」

 

 かつて、マリンカは自分を見ていた、あの無機質な目を思い出し、身震いした。

 廿日 陽介(はつか ようすけ)と言う少年は、本質的に異常者である。魔女であるマリンカを以てしても、そう認識せざるをえなかった。

 

単純に廿日陽介が好戦的であるとか、魔術師としての人並外れた探求心があると言うことではなく。彼には倫理観と言うものが欠如していると、そう考えていた。

 そう、命に対する尊厳と言う感覚が備わっていないとしか思えなかった。

 

 確かに魔術師と言うものは、倫理観と言うものが欠如しがちである。人命を軽視した実験や、その尊厳を踏みにじる冒涜的行為も珍しくない。過去をさかのぼれば、そう言った実例は枚挙の暇がないほどだ。

 だが、それらは自分の研究や理想を、実現するためという手段である。

手当たり次第に、自分より強い人間をどう殺すかなんて算段を付け始めるのは、異常者でしかない。魔術師は戦士ではなく、殺し屋でもない。必要のないことはしない。

 

「それに、この世界の子供は、同じ学校で学ぶ生徒を『どうしたら殺せるか』なんて考えないわ。 彼は自分より、強い相手を見るとそれしか考えていない。 ……私を単なる『同年代の強い魔女』と言う記号でしか考えないで、殺し方を考えていた」

 

 マリンカはそう言って、ファルグリンに同意した。

 

ファルグリンも魔術師とは違った目線ではあったが、結論としては同じだった。

ファルグリンは、陽介が生物として不自然な戦闘狂だと感じた。

魔女マリンカは、陽介が魔術師ではなく危険な異常者だと感じた。だから、正直なことを言えば、危険を避けるために取り入ろうとする気持ちもあって、友好的に接触しようと思った。

どちらにせよ、戦う相手としては避けるべきだ。

 

 ただファルグリンは、フォローなのか、よくわからない言葉を口にした。

 

「それでも、アレは手当たり次第に殺すような人間でもない」

 

 そこには少なからず、複雑な感情が含まれているようだった。

 

 マリンカは物珍しいものを見たように、少し驚いた。

人間を『管理するべき下等種族』として見るエルフらしくない、とそう思ったのだ。

 しかし、賢明な魔女であるマリンカは、それを指摘するのはあえて避けた。あまり他者の内面に踏み込むべきではあるまい、それも気位の高いエルフが相手ならば。

 

 マリンカは話を軌道修正することにした。

 

「それで? わたし、質問の答えを聞いてないのだけれど。 どうして貴方は彼を止めなかったの?」

 

 ファルグリンの返答はそっけなかった。

 

「……別に僕は、君となれ合う気はないのだけれどね」

 

 ファルグリンは、魔女マリンカを友人として認めた覚えはないと示した。

 魔女マリンカもそれは弁えてはいたので、納得の表情を見せる。

 

「つまり、彼はべつ。 陽介には一目置いてるってことよね」

「……その言い方は気に入らないが、どうでもいい人間と一緒にいてやる理由はエルフ(僕ら)にはないだろうな」

 

「魔女と話すのは面倒だ」と、内心でファルグリンは呟いた。

ファルグリンには、魔女と言うものについて、他のエルフから良い話を聞いた覚えがなかったから、もともと良い印象はなかった。

彼女たち(魔女)は身内には甘いが、同時に嫉妬深く厄介ごとの種なのが常識である。魔女マリンカはその中でも、古くからの強力な血筋を引いている。

つまり、その性質も古い時代からの厄介な素養を強く受け継いでいるとすら言えた。

 

なぜ、こうも廿日陽介と言う少年は、厄介ごとを持ち込む天才なのか。

どんどん厄介ごとを抱え込まなければ、死んでしまう体質なのかもしれないが、出来る限り巻き込まないでほしいものである。

古い魔女を友人に持つ者は、なにかしら厄介なことに巻き込まれると言うのは、約束事と言ってもいいだろうに。ただでさえ、彼が多くの問題を有しているのは、その様子を見る限り明白である。

 

「とは言うものの、僕も恐らくはもう手遅れなのだろうな」

「なにがかしら?」

「いや、独り言さ……エルフは運命を受け入れると言うだけの話さ。 一度始めたことを、投げ捨てるのは性に合わないし。 知ってしまったことをなかったことにはできない」

「あら、森を捨てた帝国(インペリアル)エルフらしくないわね」

「僕らが、帝国を築き、他種族を管理するのはあるべき運命だよ。 今までも。 そして、これからもね。 運命から逃げているのは、森にしがみついた『生きた化石』どもだ」

「あら、その慣用句は誰に教わったのかしら」

 

 マリンカは皮肉めいた笑みを浮かべたが、可憐な印象しか与えないものだった。

 しかし、ファルグリンは彼女に興味を持たない。それよりも、自身の奇妙な友人に思いをはせる。

 

「アレは確かに命を軽視しているところがある。 まるでいくらでも替えがある……いや、違うな。 命を失っても、いくらでもやり直せると思い込んでいるかのようだ」

 

 うまく言葉にできなかったが、ファルグリンは廿日陽介の在り方を、そう形容した。

 

「アレは殺そうとすると同時に、傷つくことや死ぬことをそれほど恐れていない。 本人はそこに多少無自覚な面があるけれど、ね」

「無自覚? わたしから見て、そうは見えないけれど。 彼は好き好んで、自ら率先して傷つくし、命を天秤にかけようとしているわ。 自分の命を使ったギャンブルを楽しんでいる節もある。 自覚がないはずなんてないわ」

「いや、それでも、だ。 彼自身は傷つくこと嫌い、危険(リスク)を冒したくない。 と、自分をそういう人間だと認識しているみたいだ。 本質的には真逆なのだが」

「……ふうん、随分となんというか、自己分析に欠けているのね。 彼って」

「魔術師としては致命的だな。 己の在り様を理解できない者は、どこかで間違いを犯す」

 

 魔術師の扱う魔術とは、己の本質であるとされる。自分の本質に合った力こそが、その魔術師にとって最も力の発揮できるものであるというのが、いわば常識だ。

 自己の本質を見失う者は、真の力を発揮することはできない。

 

 しかし、一方でファルグリンは、陽介の目的のために手段を選ばない様と、狂気めいた探求意欲については……魔術師にふさわしいのではないか、と感じている。

 

 なにをどうしたら、あのような人間の子供が生まれるのか。単なる自暴自棄な人間ならば、治安の悪い過酷な環境ではよく見るのだが。

 廿日陽介は、どちらの世界でも異質な存在であった。

 

「とは言え、アレはアレで、気遣いもできるし情に厚いところもある。 僕はそういういった面をよく知っている」

「それはわかっているわ、彼はある意味で『魔女(わたしたち)』寄りの人間よ。 それに魔術師として欠けている才能があったとしても、評価するべき技量がある」

「そう、そこが厄介だ」

 

 だからこそ、あり方が歪んでしまっているのかもしれない。

 『あるべきものが、あるべき姿に』と考えるエルフとしては、廿日陽介という少年の在り方は不幸に思えた。

 

「僕が思うに、彼の不幸は、こちらの世界に普通の人間として生まれてしまったことなのかもしれない。 才能が欠けていたとしても、魔術師の家に生まれて、魔術師としての常識を身に付けておけば、もっと生きやすかっただろうに」

 

 異端として育ってしまったから、異端になってしまったのだ。

 同族に恵まれなかったことは、きっと不幸だった。

 自分と同じ価値観や立場の存在が傍いなかったら、きっと誰しも異端になるしかない。それが普通の事だ。

 自分だって、エルフの家族と一緒に過ごせなかったら、今とは何かが違っていたはずだ。

 

「なぜ、僕がアレを止めなかったのか。 簡単なことだ」

 

 ファルグリンの目は、痛々しいものを眺めているかのようだった。その表情は吐き出せないものを、吐き出そうかとするかのように苦しそうだった。

 

「僕は止めたんだよ。 だけど、いくら止めても止まらない。 聞く耳を持たない。 彼は、自分に対する助言を、素直に助言として受け止めることが出来ない」

「それは、彼の理解力の問題ではなく?」

「さあね。 でも、きっと彼には世界が歪んで見えているはずさ。 言われた通りの言葉に、言われた通り認識することなんて出来ないんだ。 僕らの意図は届かない」

 

 彼は生まれる場所を間違えた。

 

「そう、あの魔術師の匂いがする獣は……誰にもきっと、止められない」

「獣ですって?」

「そう、獣だ」

 

 ファルグリンは、自分の口から出た表現が、しっくりきた。

 

「あれは、きっと獣になるしかなかったんだ」

 

 彼にはきっと、常識と言う枷が必要だった。

 でも、なにかがそれをとっぱらってしまった。そのなにかが、きっと同族がいなかったからだ。

 

「知ってるかい? 彼の父親は、もう過労死とやらで死んでいるそうだが……その父親は、彼を虐待していたそうだよ。 母親も一緒になってね。 両親になじめなかった彼を誰も助けなかった」

 

 ファルグリンは、決断した。

「魔女マリンカを、こちらに引きずりこんでしまえ」と、心の声がそう告げたからだ。

彼は自分自身には正直だった。

 

 好奇心で嗅ぎまわるこの魔女を見ていたら、いつまでも自分が一人で抱え込んでいるのが愚かしく思えた。誠実さには欠ける行動かもしれないが、この行動は彼のためになりえる。

 ファルグリンは、独善的にそう断じた。

 

「なんですって?」

 

 驚きの表情を見せる魔女マリンカに、ファルグリンは成功を確信した。

 「魔女に勝利する方法は、不意を突くことだ」と、彼は自分の父親に教わったことを思い出した。

 

「でも、彼は幼い弟妹の生活費のために、この学校に来た。 家には、金銭が支給されるからだそうだ。 彼はそれをなんでもないことのかのように言って、むしろ、両親になじめなかた自分を当然のように『悪』だと、そう言ったんだ」

「……それをわたしに言っていいのかしら?」

「いいんだよ、聞けば君は裏切らないからさ」

「あなたが言いづらそうにした時点で、聞くのをやめておくべきだったわ。 いえ、わたしはエルフが他人の秘密を軽々しく口にすると思わなかった、知識不足だったわね」

「秘密の約定を交わした覚えは、僕にはないね。 それに君が言わなければいい、そうしたら彼の過去がこれ以上、広まることもない」

「あなたの友情には、礼節というものが欠けていると思うわ!」

「僕は自分が彼にどう思われたとしても、友人の利益になるならばなんだってするさ」

 

 魔女マリンカは後悔した。

 魔女としては、いちいち他人の不幸話に同情するなどありえない。

でも、少なからず友情を感じている相手の過去を、意図せず掘り起こしてしまったことへは負い目を感じざるを得ない。

他人の秘密を探るのは、魔女の生業。だが、今回に限ればその覚悟はなかったし、魔女として彼女はまだ幼かった。

 

しかし、マリンカは腹立たしいと感じた。

軽々しく、過去を口にしたことにも。自分の幼さを見抜いたことにも。

余裕を見せるそぶりを投げ捨てて、彼女は感情を露わにした。

 

「わたしが聞いたのは、なぜあなたが止めなかったか! それだけなのに!」

「だから、別にいいだろう? 君は自分のルールを曲げてない。 僕がなにを言ったかはどうでもいい。 君は君の中での礼節を保つことができた、それでいいだろう?」

「そういう問題じゃないわ、わたしはあなたが許せないもの」

「ふん、いつもそうしていればいいのさ、少なくとも陽介の前ではそうしているだろうに。 『お高くとまったエルフ』のまえで、より『お高くとまったそぶり』を見せるのも変な話さ」

「……なにがいいたいのよ」

「陽介に、『魔女マリンカ』としてではなく、自分個人として認められたいんだろう? それなら、今回の情報は別にジャマにはならないさ。 魔女なんだから、合理的に考えたらどうだい?」

「あなた! 聞いていたのね!」

「エルフの耳は、人間みたいに性能が悪くないんだ。 だいたい、この問題に関して、僕ばかりが悩んでいるのもいい加減飽き飽きだ。 不公平だ、こんなことを軽々しく僕に話した彼が悪い。 アイツは紅茶を楽しみながら、ついでのように僕に話したんだ。 お茶がまずくなるったらなかったね」

 

 ファルグリンはエルフではあるが、精神的には未だに子供である。

 両親や同族から愛情を受けて育った彼にとって、陽介の過去は重すぎた。

 

「そうさ。 この間からアイツは、こういうことをどんどん話すようになった。 自分が医者を目指していただの、父親が過労死しただの。 そこでやめておけばいいのに、どんどん自分の過去について話してくるんだ」

「それって、もしかして試練の塔に挑むのが近づいてから?」

「ああ、遺言のつもりなのか、心残りでも減らすつもりなのか。 正直、やめてほしいね。 吸い込む空気すら重くて仕方ない、でも、突き離すわけにもいかないだろう」

 

 そこまで赤裸々に話されて、マリンカとしても同情的な気持ちが沸いた。

 たしかに同じ立場だったら、誰かに話したくなるものだ。

 掘った穴に王の秘密を叫ぶ伝承を聞いた覚えがあるが、似たようなものだろう。秘密を抱え込むのは、想像以上につらいことだ(こちらにも似た伝承があるのは知っていた)

 

 自分の魔術を秘匿することには慣れていても、友人の過去を秘めたままでいるのは、マリンカにとっても経験があまりないことだった。もちろん、過去の魔女マリンカとして経験も含めれば別ではあるのだが。

 

「いてもいなくても、厄介ごとを振りまくのね。 ……彼は」

 

 魔女マリンカが思わず口にした感想に、ファルグリンは共感した。

 ファルグリンからしてみれば、悪いのは自分ではなく彼である。他人の過去を吹聴するのは、ファルグリンだってしたくはない。だが、そうさせたのは廿日陽介本人だと思った。

 

 そこに、扉を開く音。

 

二人は部屋主が帰還したと思い、期待して振り向く。

それは間違っていなかったが、期待は裏切られた。

 

「やっぱり、君たちはここにいたんだね」

 

想像している人物とは似ても似つかない。

銀髪で青い瞳、優し気な少年がそこにいた。

 

「フォルセティか」

 

 ファルグリンは、不遜に己の先輩を呼び捨てた。

 彼はその人物(校長の孫)が好きではなかった。

 

「あ、あれ? 随分と棘があるなあ……」

 

そこいたのは、4年生のフォルセティ・アンブロシウス・ウィスルト。

ペンドラゴン校長の孫として、有名な人物である。

 

「なんのようでしょうか、ウィスルト先輩。 用事がないのでしたら、あとにしてもらっても良いですか?」

 

 魔女マリンカの反応も、冷たいものだった。

 待ち望んでいる人物と別人が来たために失望を隠せないし、校長自身ならまだしも、その孫に興味は持てなかった。ウィスルト家そのものには、たいして注目していないのである。

 

「あとにしろって、そもそも! ここ、俺の部屋なんだけどね!」

 

 2年にあがって、廿日陽介とルームメイトになったのは、予定通り4年生のフォルセティ・アンブロシウス・ウィスルトである。

 校長の孫である彼は多忙で、色々な生徒のフォローに回っていることもあり、部屋でゆっくりと過ごせないことも多い。そのために、この部屋が一部の生徒のたまり場になっていることを許容していた。

比較的、寛大な先輩とも言えるが、この部屋をたまり場にしている人物たちは、その彼に対して感謝の欠片すらなかった。

 

「なんか俺の扱い悪すぎて、悲しくなるよ。 ……って、そんなことより! 二人とも! 陽介くんが試練の塔から戻ったんだよ!」

「なに!」

「しかも、陽介くんはかなりの怪我を負っているんだ! 命に別状はないけど、早く駆けつけてあげるといい」

「もうっ、どうしてそれを早く言わないんですか!」

「……あ、あれ? なんで俺、ちょっと怒られてるの?」

 

 ショックを受けているフォルセティを置いて、ファルグリンとマリンカは駆けていく。

 フォルセティは半ば呆然としながら、見送った。

 

 その場から二人が離れる後ろ姿が、見えなくなると「ほっ」と息を吐きだした。

そして、目を細める。非左右対称に、片方の顔だけで笑うかのように。

 

「二人とも、本当にお友達思いだなあ……」

 

 でも、と一言。

 まったりとして、のほほんと落ち着いた声色だった。

 

「彼が史上最悪の秩序の敵(テロリスト)候補だとしても、今と変わらずにいられるのかなあ?」

 

 そう言いながら、自分の部屋を片付け始めた。

 まだ暖かいティーカップと、お茶菓子をゆっくりと丁寧に。

 



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第17話 エルフ少年と欠陥魔術師のインターバル

 どこからか、声がする。

 

《いつまで、そのままでいるつもりだ》

《本当にそれでいいと思っているのか?》

 

誰だ? 私に語り掛けるのは、誰なんだ?

 誰かが、いや、何かが私に問いかける。

 

《そんな偽りごと(ままごと)を興じているのが、楽しいかね?》

 

 私は遊んでいるつもりなんかない、必死に生きているだけだ。

 私はすべてを失った。

 かつて努力して築き上げたものが、崩壊してしまった。

 尊敬するべき父を失い、親しき友人をも失った。

 

 ながい恥辱に耐え、見知らぬ若い男女を、父母と呼び。

 まともに動かない体を、いちから万全に動かすまでに整えすらした。

 

 血しか繋がっていない、何の愛着もない弟や妹のためだけに、私は魔術師であり続けようとしている。自分の常識や、住んでいた世界を捨ててまで、守ろうとしている。

それのなにが、ままごとだと言うんだ!

 

《生温い》

 

 は?

 

《お前はそんなことをしている場合ではないはずだ》

《忘れたままでいいと思っているのかね?》

《己の本当の望みを。 生きる意味を》

 

 私はなにも忘れてなんかいない。

 目的を見失ってなどいない。

 

 お前はいったい……なんなんだ!

 

《答えがほしいのならば、世界を焼き払え》

《すべてを焦土と化せ》

《そうすれば、本当に欲しいものが手に入る》

 

 馬鹿な、それこそ幻想だ。

 私には……私には安らかな時間さえあれば、それがあればいい。

 それこそが今となっては救いなんだ。

 

《やはり、忘却こそが望みか》

《さもありなん、それこそが救いなのだから》

《いずれにせよ。 お前が何もせずとも、望みは叶うだろう》

 

 これは……ただの妄想だ。

 私の妄想に過ぎない。

 過去にしがみつく、未練の現れにしか過ぎない。

 どれだけ努力しようとも、何を犠牲にしようとも、あの人生が戻るはずはない。

 

《なれば、そのまま眠っていたまえ》

《何もしてくれるなよ、廿日陽介》

《お前は、永久に廿日陽介のままでいるがよい》

 

 ふざけるな……。

 お前に何がわかる。

 私が好きで「廿日陽介」に甘んじていると思っているのか。

 

 すべてを壊すことで、すべてが元通りになるのなら、いくらだってそうしてやるさ!

 でも、それで解決なんかするわけないだろう!

 

 そう叫ぶ私を、何かが嘲け笑った。

 

 

 

 妙な夢を見た気がした。

 きっとそれは――腹立たしい夢だった。

 

 私がベッドで目を覚ますと、そこには友人であるファルグリンがいた。

生前は、寝起きに野郎のエルフが心配そうに立っているとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。

 

生前とは言ったものの、きっと私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけのはずである。いわばこれは来世ともいえるだろうか。

 

しかし、それでもどこか既視感があった。

心配そうに、ベッドで横たわる誰かを待つその姿。そこに私は懐かしさを覚えた。

生前にそんな経験をした記憶は……ないような気がするのだが。

 

私は過去を忘れているのだろうか?

そうかもしれない、もう、はるか昔の事のように思える。

 

ファルグリンは、思いにふける私を怪訝そうに見た。

 

「ようやく、まともに目を覚ました……のか?」

 

私の知る限り、エルフはみな美しい。

それはもちろん、この男にも言えることではあるのだが、おおむね不満だった。

 

「どうせ美人なら、女性に待っていてほしかったな」

「もう一度、寝かせてやろうか? なんなら永久に」

 

 ふん、とファルグリンは鼻を鳴らした。

 彼は異性に興味がないらしく、私がこういうネタを振ると辛辣になる。

 観察する限りこの年代のエルフにおいて、恋愛感情と言うのはとても限定的で希少なものらしかった。とはいえ、同年代のエルフ女子など見たことがないので、エルフ全体がこうなのか、これが男女の差によるものかは判断がつかないのだけど。

 

「私は正直な話だけど、いつまでも寝られることに魅力を感じなくもないなあ」

「……ああ、どうやら今度は『まとも』らしい。 元々、お前は『まとも』とは言い難いけれど」

「褒めてくれてありがとう」

「ああ、どういたしまして」

 

 ファルグリンが、私の冗談に慣れきってしまっていた。

 反応が退屈である。

 

「それより『まとも』とは何のことだい?」

「覚えてないならいい。 僕の父上に言わせれば、忘れることは人間に許された最大の幸福だそうだからな」

「君たちのように長生き出来て、物忘れとは無縁な生物が言うからにはそうなんだろうね」

 

 エルフは物忘れをしないらしい。羨ましいことだ。

 私も、長生きと言う点については、近いものになりつつあるかもしれないが、忘却が許されない生物にはなりたいとは思えなかった。

 

「目覚めたばかりにしては、きちんと頭が回っているようだな」

 

 ファルグリンが呆れと感心が混じったような様子でそう言った。

 

「まあ……そう、みたいだね」

 

 今、なぜ、ここで寝ているかいまいち記憶にないけれど。

 マンティコアと、戦ったところまでは覚えている。そして、おそらく……。

 

「私は勝ったんだろうね」

「おや、覚えていたのか?」

「覚えてはいないけど、そういうことなんだろう。 とは言え、相打ちに近かったのかもしれないが。 なにせ、相手がマンティコア……人喰いだからね。 いわば、人類の天敵だ」

 

 私の右腕には、包帯が分厚く巻かれていた。

 魔術治療を受けてもなお、傷が塞がり切ってはいないらしい。

 おそらくは相応の深手なのだろう。大きすぎる傷は、一気に魔術で元通りにしようとすると、人体を歪ませることになりかねないと聞いた。後遺症を避けるために、段階的に塞ぐのだそうだ。

 

 よほどの激戦だったのは確かだ。

だが、それは逆に「戦いが拮抗した」と言うことなのではないだろうか。試練の塔は「戦闘不能」になる際に、排出されるルールなのだから、あっさり一撃なりで負けたのであれば、ケガを負う前に離脱している可能性が高い。

 

 そして、拮抗した戦いをした以上、私は自分が負けたとは思えなかった。

 

 ファルグリンは、私の考えを肯定してみせた。

 

「お前自身が言ったことだ。 『目にものを見せてやったぞ』とな」

「ああ、なら一応は勝ったんだな」

「相手がマンティコアだとは言ってなかったがな。 本気か?」

「まあね。 人の身で勝つのは、栄誉に値するんじゃないかい」

「残念ながらその通りだ。 事実なら、勇者として讃えてもいい」

「どうやったかは、覚えてないけどね」

「問題はそこだ、この抜け作め」

 

 聞こえてきた声は、ファルグリンとは違う威圧的な声だった。

 と言うか、抜け作ってなんだ。

 

「まったく……随分とやらかしてくれたな」

 

 そこに現れたのは、眼鏡でひょろっとした体形の冴えないおっさんだった。

 つまり、ロドキヌス師である。

 

「お前、俺に対して、失礼な事を考えているだろう」

「……さてはロドキヌス師は、それを言えば毎回必ず当たると思ってませんか?」

「なんだ、違うのか?」

 

 違わないけど、絶対に肯定しない。

 

「それよりも、問題って何の話です? 私は普通に試練に挑んでいるだけですが」

「どこが普通だ、自分の有り様を見ろ。 それに、あれもだ」

 

 ロドキヌス師は、壁に掛けてあるボロボロのコートや、机の上に合った、尖端が欠け刃こぼれした剣、ずたずたになった私の装備類を指した。銀の触媒(タクト)も折れ曲がってる。

 

「この状況下で、どこが普通だと言うんだ。 お前は覚えていないだろうが、最初に目を覚ました時には、正気じゃなかったんだぞ」

「正気じゃないことには、幼少期から定評があるので、今さらなんですが」

「……おかしくて堪らないとでも言うように、異常に笑い続けて、戦果を誇り。 腕も上がらないのに、『良いアイディア』を思いついたから、ペンと紙をよこせと叫んでいたんだ」

「それは、最高にハイテンションですね」

 

 よほど気分が良かったんだろうな。

 

「反省する気はないようだがな。 駆けつけたマリンカ嬢やアンジェリカ嬢には、さすがに見せるわけにはいかず、すぐに退室してもらったが、心配そうにしていたんだぞ」

 

 それはマリンカ嬢には申し訳なかったな。

いや、と言うか、アンジェリカ嬢って誰だ?

 

「でも、帰ったら次に挑むのに2週間は間を空けるルールだったはずですよ。 そんなすぐに戻るわけにもいかないじゃないですか」

「だいたいの生徒は、試練に挑んですぐに戻ってきたぞ。 準備を整えるためにな。 実に冷静で良い判断だと思わないか。 予想外のことが起きれば、危険を冒さず、安全に分析後にすぐに撤退。 魔術師にあるべき姿だな」

「なん……だと……」

 

 それだと、まるで私の判断が普通じゃないみたいじゃないか。

 

「みんな効率悪いなあ。 それに、ほら、帰還の準備が魔法陣書いたりしないと行けなくてめんどくさいですし」

「生徒の帰還手段簡略化は、少し考えたほうが良いのではないかと思ったが、それ以前の問題だったな。 初回の挑戦で、マンティコアに挑んだ馬鹿が出たのは、今回が初めてだった」

「それは……教師として貴重な体験でしたね」

「あはは、面白いな。 あまりに面白いから、褒美にその怪我が治ったらすぐに殺す」

 

 目がマジだ。

 教師の癖に、生徒に殺害宣言したぞ。助けて、PTA。

 しかし、残念ながら今世における北海道は、日本国の法律が必ずしも適用されない治外法権であり、特に魔術学院はその傾向が強かった。

 なにせ、北海道は世界唯一の異世界人自治区であり、そのトップは人外である。

 

まったく気に入らない。今の気持ちをハイカラに言うと、ふぁっくと言う奴である。

 ため息が止まらないとは、まさにこのことだ。

 

 私が非道な事件の被害者となることに悲しみ、世を儚んでいると、あからさまにため息をロドキヌス師がついた。同時に、ファルグリンもため息をついた。

 なんだ、その態度は。気に障るから、やめてほしい。

 

「お前の馬鹿話に付き合うのはたくさんだ。 いいか、よく聞け。 お前にはいくつか、制限がつくことになった」

「制限?」

 

 制限と言うか、どちらかと言えば補償とか見舞金とかほしい。

 お金はあって困らないし。

 

「まず、お前は少なくとも三カ月。 試練の塔に挑戦することを禁ずる」

「……えー?」

「えー、じゃない。 お前たちのような攻略方針の人間を、自由にさせていたら、それは認めているのと同じことだ。 他の生徒にどんな悪影響が出るか、わかったものじゃない」

「私は他の生徒の手本としても、問題がないと思うんですが。 あ、いや、それはこの際置いておくとして、他にも攻略停止処分の生徒がいるんですか?」

 

「今、僕たちの顔色を見て、話題を見事に変えたな」

 

 ファルグリンとロドキヌス師が、じと目になっているけど、なんのことか全然わからないので、さっさと私の疑問に答えてほしい。

 私が無言でいると、ロドキヌス師は口を開き始めた。この教師、気が短いのでさっさと話を進めたがるきらいがある。教育者としては欠点だと思うのだけど、私にとって都合がいいから指摘はしない。

 

「……お前のほかには、北村がマンティコアと一戦したようだな」

「北村って、北村翔悟ですよね」

「ああ、そうだが」

「ふむ……?」

 

 北村翔悟ね。最近、よく聞く名前だが、どんな人物だったかな。少し調べてみるか。

 

 それにしても、試練の塔での情報は、原則秘匿されるはずだったと思うけど、今回の事態は例外的処置と言うことなのだろうか。ファルグリンがいるこの場ですら、ロドキヌス師の口が軽い。

 この分だと他の挑戦者にも、ある程度情報がばらまかれているのかもしれない。手ぬるいことである。

 

 逆に考えれば、序盤でマンティコアと戦うことは、かなりのイレギュラーと言うことになるけど、私はなにか選択を間違えていたと考えることも出来る。

 

 これは少々、情報分析が必要だな。教師たちはどのように試練について想定しているのか。そこから攻略手段を考えることも出来そうだ。アイテムは消費したし腕も使えないが、それほど悪くはない結果かもしれない。

 この試練には、必ず想定されたクリア方法が存在するはずだ。

 

 休止期間の3カ月は有意義に使えそうだった。

 

「廿日……お前、何をそんなに笑っている?」

「え……?」

 

 笑っていた? 私が?

 

「今、私は笑っていましたかね」

「ああ」

「そう、ですか……」

 

 そうか、今、私は笑っていたのか。

 でも、何をと言われても、理由は思いつかない。

 

「さあ、よくわかりません」

 

 なぜ、自分が笑っているのかはわからなかったが。

今、感じているものがあった。

 

生前もいつしか感じなくなった感覚、それがあった。

それは「私はいま生きている」と言うことだ。

 

「ただ……すこし、何かがわかった気がします」

 

 私は今まで、どうも生きていることに喜びを持てなかった。

 作り物めいたよく似た世界、作り物めいた家族、作り物めいた魔術と言う存在や人外たち。

 何が楽しくて、こんな世界で生きなくてはならないのか。出来る悪い夢、悪夢でしかない。

 

「本当に? 本当に大丈夫なのか、陽介。」

 

 ファルグリンが心配そうにのぞき込んでいる。

 彼は良い友人だ。でも、きっと本物じゃない。

 私の生きていた世界と同じではない。そうとしか思えない。

 

「ありがとう、ファルグリン。 でも、私は今、気分がとてもいいんだ」

 

 でも、私は今、生きているという実感がある。

 どうして、私が傷だらけになりながらも、強者に挑むのか。

 それを自覚出来た気がする。

 

生きているという実感、それが死に直面することで得られたのだ。

一度死んだ人間に命を吹き込むのに、必要なもの……それはきっと「死」なのだ。

私は「迫りくる死」と対峙することによって、「確かな生」を実感できる。

 

「私は今ようやく、生きている気がするよ」

 

 そんな晴れやかな気持ちの私とは、裏腹にファルグリンの目が、ロドキヌス師の目が――。

 どうしようもなく、痛々しい何かを見ているように……そう見えた。

 



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第18話 試練の塔 最初の攻略 ~その5

 マンティコアは、漆黒の柔軟でしなやかなシルエットから変容していた。

逆立つ真っ赤な毛並みがハリネズミの如く、全身を覆う。それは堅牢な鎧と言っても差し支えない。真っ赤な獅子とも思えるその姿は、強烈な威圧感を伴った。

 

そんな無傷のマンティコアを見てもなお、陽介の心は折れなかった。

ただ、納得しただけだった。

 

「魔獣とは、真に『巨大な魔術師にして獣』であるのか」

 

 彼の口から出た声は、ひどく冷たく、また無機質だった。

 その口調は、不思議と彼自身の使い魔に似通っていた。

 

「であれば、削り『斬る』しかあるまい」

 

魔術師であれば、通常の爆発だけでは殺せないだろう。

 マンティコアとは、人を食らう獣と言うだけではなく、魔術師が存在する異世界においてすらもなお、『人食い』と呼ばれるに値するモンスターだったのだ。

 

 万人はこう思うだろう、11歳の子供に過ぎない廿日陽介少年に万事打つ手なし、と。

マンティコアは無慈悲に、攻撃を畳みかけた。

 

 全身の逆立つ毛を、無数の針として飛ばした。それらすべてが、廿日陽介少年に殺到する。

 地面に仕掛けたルーンは既に尽きている。彼の補助となりうる罠はもうない。

 

 しかし、廿日陽介は一歩踏み込み、マントを翻す。

 身にまとう『馬鹿には見えない服(コモン・センス)』を発動。磁力(フォース)が針の速度を減衰。さらにその軌道を捻じ曲げ、全ての攻撃を彼から逸らす。

 勢い削がれた針の側面に、マントを叩きつけ薙ぎ払った。

 

「魔術師を飛び道具で殺すのは、至難の業だぞ。 特に、針程度の重さの攻撃ではな」

 

 廿日陽介は、そのまま一閃。刀を振るう。

 

「まずは一手」

 

  廿日陽介の振るう刀剣が、うねるように伸び、マンティコアの体毛を削ぐ。鋼と変わらぬ、強度に刃は弾かれるも、数本の確かに削った。

 刀剣にわずかな刃こぼれを負うのと引き換えに。

 

「たいしたものだな、刃が通らぬ」

 

 廿日陽介少年の瞳が、赤く染まる。

 人であることを捨てるかのように。

 

 近寄ろうとしないマンティコアは何度も針を飛ばす。それをすべて防ぎながら、廿日陽介少年は切り込んでいく。伸縮自在の剣を、マンティコアは回避しきれない。

 

 そして、先ほどよりも多くの体毛が、ごっそりと削られた。

 

「そぎ落し削り取る刃『ヒイラギ』。 この剣のもう一つの姿だ、化け猫よ」

 

 廿日陽介少年の刀剣にもまた、逆立つ無数の刃が顕現した。

 それは剣ではなく、卸し金(おろしがね)(かんな)の役割を果たす武器だった。

 

「思った以上に、防げぬだろう? 『ヒイラギ』はお前の魔力をもそぎ落とす」

 

 マンティコアが爆風を防いだ種は、堅牢な毛皮だけではなく、魔術を併せたもったからこそだった。廿日陽介少年が、マントや身にまとう力場(フォース)で攻撃を防いだように。

 

「魔術師の剣は、魔術師を殺すための武器。 結界を斬るための刃だ。 だが、それ以上に、私の剣は魔力を削る。 これは一太刀で殺せぬ相手を弱らせるための武器なのだ」

 

 マンティコアは巨大である。削られた魔力は、すぐにその生命力により補充される。

 だが、魔力が削られた瞬間に、攻撃を仕掛ければどうなるか?

 

 一太刀目で、マンティコアの体毛と魔力を削る。二太刀、三太刀と切り結び、同じ個所に再度、魔剣ヒイラギの逆立つ刃が触れた。その瞬間、逆立つ刃の一つが炸裂した。

 

「ヒイラギの葉は、鬼の目を刺す。 鬼の目突きと呼ばれる魔除けだぞ、魔獣よ」

 

 悲痛な叫びをマンティコアは上げた。

 逆上し、近づく。離れれば、刃で削られるのならば、直に爪で仕留めればいい。

 そう、マンティコアが思ったのかは定かではない。

 

「それは悪手だ、化け猫」

 

 廿日陽介少年は体をひねり、宙を蹴り飛ばした。なにもないはずの空を蹴り、巧みにマンティコアの攻撃を回避。さらに宙を蹴り、何度も軌道を変えてみせる。

 

「人は空を飛べぬ。 ネズミも飛べぬ。 だが、人とネズミの合いの子はどうだろうな」

 

 すれ違いざま、マンティコアは左目を焼かれた。

 

 悲痛に悶え、暴れ出すマンティコア。

 廿日陽介少年は、一度距離をとる。刀を肩に乗せ、左でのタクトのごとき銀色の触媒《つえ》をマンティコアへと指すように構えた。

 

 その左手に構えた銀色のタクトから、煙が立ち上る。

 

 手持ちに錬金術の材料が尽きていたために、触媒(つえ)そのものを燃やし、至近距離で爆炎としたのだった。だが、それと引き換えに、銀色の触媒(つえ)は焦げ付き、折れ曲がってさえいた。

 もはや同じ攻撃には、二度と使えまい。

 

 だが、そんなことはマンティコアにはわからない。

 

 廿日陽介少年に余力がなく、使える武器がほぼ尽きているなどとはまるでわからない。

 『ヒイラギ』と呼ばれた逆立つ刃も、刃こぼれし続けている。今の攻防も、そう長く続けられはしないのだ。

 

 しかし、この少年の様子を見て、誰がそう思うだろうか?

 怪しげに赤く光る眼光は、マンティコアと対峙してなお揺らぎはしない。

 

「さあ、狩りを続けよう。 ネズミの恐ろしさを知れ、化け猫」

 

マンティコアはさらに飛び退いた。

少年から負わされた傷は、たいした痛手ではない。時間さえあれば、回復できる範囲だ。しかし、この子供は未だなお厄介だ。だからこそ、吠え、命じた。

 

 「この子供を殺せ」と。マンティコアは吠えた。

 

 人面犬はほぼ、爆炎に焼かれて死に絶えたが、それでもわずかな数の人面犬が生き残っている。爆発の範囲外にいたものが残っている。

 

「なめるなよ、犬コロ。 追い込まれたネズミは、手ごわいぞ」

 

 廿日陽介少年は、人面犬たちに怯えの色を感じ取った。

 先ほどの爆風、今までの攻防。人面犬たちは少年と戦うことで、死ぬのは自分たちであると未来を予想している。

 

「テイラー……、今がチャンスだ」

 

 少年の声に返答はない、その必要もない。彼らは精神が繋がっている。

 廿日陽介少年と、ネズミのテイラーは二体にして一心同体である。

 

 いら立ち、マンティコアは、再度吠え命令を下した。

 そこに便乗する、テイラー。テイラーは同じ声で吠えた。声を媒体にし、力を発動させる。

 

「我に従え、我が名は『絶対君主(テュランノス)』。 恐怖によって、お前たちを支配する者である」

 

 テイラーの瞳もまた、赤く光る。

 その声を聴いた、人面犬たちの瞳もまた、同じ光を宿す。

 

そして、動き出した人面犬たちが食らいついたのは、マンティコアの方だった。

 

 その牙は、硬質化した毛並みを通さない。その上、むしろ毛ばりによって傷ついたのは、人面犬たちの方である。それでもなお、人面犬たちは食らいついた。

 マンティコアは動揺し、暴れる。食らいつく己の配下を引き離そうとする。この意味不明な状況に恐慌状態にすらなっていたかもしれない。

 

 だから、わからなかった。

 

 ネズミに過ぎないはずのテイラーの魔力が、先ほどのよりもはるかに上昇していたこと。

 その目前に、廿日陽介少年が迫っていたこと。

 

「我が身を灼き、天より墜とせ。 灯滅せよ、天身滅燼(へーリオス)

 

 テイラーが呪文を詠唱するのと同時に、廿日陽介少年が必殺の突きを放つ。

 爆炎がその突きだされた太刀に纏わりつき、同時に、ヒイラギはマンティコアの魔力や装甲を削った。その隙間を抜き、爆炎が突き刺さる。白熱と共に爆ぜた。

 あらゆる音を、影を、物体を、消し飛ばす白い光。熱き炎。

 

 廿日陽介少年は、自身を魔術の生贄とし、その体が焼かれるのと引き換えに、錬金術で発生させた以上の火力を生み出した。その炎を魔力削る斬撃に上乗せして放ったのだ。

 魔術を使う材料がないのなら、自分自身を使えばいい。

 自分が魔術をろくに使えないのなら、テイラーに使わせればいい。

 

 後に残ったのは、残骸ともいうべき姿になった廿日少年。

 彼は、淡い青白い光に包まれ、徐々に姿を消していく。

 

 荒野からは砂煙が立ち上る。

 それが風によって吹き消えた時には、黒いシルエットとなったマンティコアがいた。

 

 しかし、息があるものの、もはや動くことも敵わない。

 すべての魔力を防御に回し直撃こそ避けたが、体の表面が焼かれ、強靭な毛並みは吹き飛ばされた。その損傷は深刻だった。

 もしも、魔力をさらに削られていれば、魔術が直撃し、肉体は消し炭と化していただろう。 

 

 そして、配下である人面犬は全滅してしまった。

 勢力としては、壊滅と言わざるを得ない。

 

 それでもなお、息があるマンティコアは、まだ生きていただろう。廿日少年への復讐心を燃やそうとした。

 

 ただ、それは叶わなかった。

 

 砂中を泳ぐ巨大な影。それが集まっていく。

 

 瀕死の獣を放っておくほど、荒野は甘くない。

 無数の影がどんどん集まっていく。砂の中にどんな怪物が潜んでいるのか。少なくとも、マンティコアの未来はそこで決まり、映像はそこで途切れた。

 

 場所は移り変わり、そこは魔術学園の会議室である。

 会議室と言うには広すぎる空間か、一般教師たちとは高さによる敷居が存在する者の、大広間とも言うべき場所に、教師たちはいた。

 

「さて、どうじゃったかな。 皆の衆」

 

 ペンドラゴン校長がそう声をかけると、教師たちが息を漏らす。

 まさか、あの能力的に欠陥を抱えた生徒が、ここまでの戦いを繰り広げるとは思わなかったのだ。

 

 しばし、沈黙が場を支配したが、一人が口を開くと途端に騒がしくなる。

 

「彼は、あの戦闘術はいったいどこで学んだのか。 いや、それよりも、彼は本当に2年生なのか……。 怪しいものだ」

「ねえ、第2級指定秘匿魔術の『ハーメルン』とは、怪物を操る魔術ということかしら。 それとも、あの使い魔の魔力を増大させた火炎魔術の事なの?」

「こらこら。 秘匿対象となっている魔術について、追及するものではない。 ただ、今回使用されたかどうかくらいは教えてもらわねば、どこを追及してはならないかもわからんなあ」

「あの火炎魔術は、自身を犠牲にして発動するものだろう。 あんな魔術を生徒に使わせていて、問題はないのか」

「その程度であれば、誰しも多かれ少なかれ通る道だ」

 

 会議室は、まとまりがない状態である。

 もとより魔術師というのは、知的好奇心が旺盛な研究者だ。

本来であれば、誰かに統率されたり、秩序だって動きをとるのは性に合わないのが当然と言えば当然だった。

 

 仮に魔術を使うことを目的とする魔術使いと、研究者である魔術師を分けるとすれば、その大きな差は、知的好奇心と探求心の差にあると言えるかもしれない。当然のことながら、おおむね教師たちは、研究者肌の魔術師に属するものが大半だった。

 

 その半ば、収拾がつかなくなりそうな状況を見て、ペンドラゴン校長は満足そうに笑った。

 ペンドラゴン校長にとっては、これが望ましい状況だった。自由に魔術師が交流し、情報を得る。教師たちが研究者として、自由に活動できるようにすることが目的だった。

 

 生徒たちによる試練の塔への挑戦。

その情報を一部の者にとっての秘密にするよりも、公開することで刺激を与えたかった。それがペンドラゴン校長の会合の目的の一つだった。

 

「フム、今回の生徒たちは、なかなか個性的であるようじゃしな」

 

 だが、それに賛成する者ばかりではない。

 

「暢気なことですな、ペンドラゴン校長」

 

 のんびりとした口調で話すペンドラゴン校長に対し、バルモドア教授はモノクルを嵌めた目を更にしかめ、眉のしわを深めた。

 教授は、タクト状の触媒(つえ)を軽く振るい、会話の内容が漏れないように術を掛けた。幸い、教師たちは自分たちの会話に夢中である。

 

「あの廿日陽介でしたか」

「魔術師としてはいびつじゃが、優秀な生徒じゃ」

「ええ、でしょうな。 彼が研究している『ハーメルン』、第2級指定秘匿魔術となっているほどですからね」

 

 バルモドア教授は皮肉気にそう言った。

 

「その秘匿魔術に指定するほどの情報規制をせっかく行っていると言うのに、試練の塔での戦闘状況を公開するとは正気の沙汰とは思えませんな」

「隠し過ぎれば、より教師たちの好奇心を煽るだけじゃよ。 適度に見せることも必要じゃ」 

「子供に玩具や菓子を与えるのと同じように考えてもらいたくはないのですが?」

「彼らは教師である前に魔術師なのじゃ。 研究者である彼らの好奇心を一定のルール内に縛り付けるのは、強制魔術(ギアス)でも使わない限り無理じゃよ」

「ならば、使えばよろしい」

 

 強制魔術(ギアス)は、約束を相手に守らせる魔術だ。

 魔術師はこれを使われるのを、ひどく嫌う。その約束をどんなふうに悪用されるかわからないからだ。一見、無害な約束でも絶対に破れないとなると、命にかかわることもあった。

 

「それは難しいと思うがの」

「秘密を守るとは、それほどに大切なことだと思いますが」

「時と場合によるじゃろう」

「それをペンドラゴン校長! あなた一個人が判断することに、わずかでも知性があれば、いささか以上の危険性を感じるのが当然! ……そう言わざるを得ませんな」

 

バルモドア教授は、とげとげしい口調、攻撃的な態度を隠そうともしない。

ペンドラゴン校長のさじ加減で、秘匿すると決めた魔術の扱いを、勝手に相談も左右されることを、バルモドア教授は危険に感じていた、

 

一つの秘密を軽々しく扱うの許せば、他の秘密も軽々しく扱われるかもしれない。

それが、きちんと話し合いのうえで行われたことならばまだしも、ペンドラゴン校長はみんなに望まれているからとどんどん推し進めてしまう。これは危険としか思えなかった。

 

バルモドア教授は、後退しかけたその白髪を、オイルで綺麗に一部の乱れもなく常にオールバックにまとめており、その険しい顔つきと相まって、非常に神経質そうな印象を与える。

 

そして、バルモドア教授のその第一印象は裏切られることがない。

神経質で気難しく、情報管理に関して彼は人一倍気を遣っていた。

 

バルモドア教授は確信していた。

教師たちの魔術師としての信条は理解できるが、教師たちは潜在的にテロリスト候補である。と。

 

あまりにも自由にさせれば、地球を舞台にどんな非道な実験を行うか、わかったものではない。

使い魔は、悪用すればどんな場所にも忍び込めるスパイとなるし、大規模な実験を行う助手にもなる。

たった一人の魔術師を野放しにするだけで、大変な混乱を起こすことが出来る。

 

教師たちを自由奔放してしまうよりも、きちんと強固なルールのなかで縛ることが、秩序を管理するために必要だと、バルモドア教授は確信している。

 

「ともすれば、秘密を大事にしない人間ほど、最後の一線をたやすく超えがちです。 それを理解してほしいものですな」

「ワシが秘密を大事にしていないと?」

「さてね。 しかし、私は自分が魔術師だからこそわかります、魔術師を自由にすることは危険だと。 あなたも魔術師のはずなのですがね、ペンドラゴン校長?」

「魔術師だからこそわかるとも。 研究者を束縛することは、時代の後退だと」

地球人(マリトワラル)に与える悪影響も考慮しないで、情報を振りまく理由としては、実にお粗末ですな」

 

勤勉なバルモドア教授は、地球(マトリワラル)の歴史についても熱心に学んでいる。

 

そのなかで出た結論は「いつの日か、この未開の地の原始人どもは、魔術を悪用してとんでもないことをしでかす」と言うことだった。すでに原爆などと言う爆弾で、同士討ちした歴史すらあるのだから。

 

その地球人と魔術師が結びつくことも、バルモドア教授は危険視していた。

 

「バルモドア教授の言う通りです、ペンドラゴン校長。 ご再考を」

 

 土御門師は、バルモドア教授の背後に現れた。

そして、地球人でありながら、土御門師はバルモドア教授に賛同した。

 

 土御門師は陰陽師の流れをくむ、日本古来からの魔術師の家系になる。彼は日本政府から、魔術学園に派遣された立場であった。

 

 しかし、土御門師は日本政府の意に反し、魔術が日本に流れることには反対していた。

 

「教師陣のなかには地球人もいますし、より秘匿は厳密に行うべきです」

「おや、おぬしも地球人じゃろう?」

「ええ、その通りです。 だからこそ思います。 地球人には、魔術の英知は過去の存在であった方が望ましかった、と」

失われた世界(ロストワールド)にあるべきものを与え、復活させる。 それのなにが不満かね? 元から地球には、魔術や神話があったようじゃないか」

「神話は神話のままが美しかったのですよ」

「……結論は変わらないようじゃの」

「ええ、私が言うのもなんですが、地球人、ひいては日本人への魔術情報開示、交流はもっと制限するべきです」

 

 土御門師は、日本政府側から学園に送り込まれた魔術師であるが、保守派であるバルモドア教授に賛成だった。地球側は理解していないが、異世界(ニーダ)人からすれば、ここは閉ざされた植民地候補のようなものだ。

 

 未開人がうようよいる平和な土地など、多くの魔術師にとっては広大な実験場でしかない。彼らは身内には情が深いが、肉親にすら実験台にするのが魔術師と言う生き物だ。

 

 土御門師は、魔術師が日本に存在することに恐怖すら感じている。自由な気風などまっぴらだった。

 

異世界(ニーダ)の魔術を学んだからこそ、私は確信したのです。 この知識や技術……思想は、私達には早すぎる。 そして、恐ろしいものです」

 

 しかし、ペンドラゴン校長は、笑って答えるだけだ。

 

「ならば、地球人には十分な知識を持たせて、何らかの形で対抗させるべきじゃよ」

「そんなことは不可能ですな。 ここの人間たちはあまりに無力だ」

 

 バルモドア教授は断言した。

 

「魔術師に対して、地球人は脆弱過ぎる。勝負にすらならない」

「廿日陽介少年は、地球人じゃがの」

「ですが、まだ子供ですな。 優秀な人材が、まだ育ち切ってすらいない」

 

バルモドア教授に言わせれば、地球には、この無防備で頭の悪い惰弱な人間たちしかいなかった。魔術に対して無知で、生物として未熟と言うしかない。

 

「本気で魔術師たちが暴れ出したら、地球人の誰がそれを万全に止められると言うのです」

 

この世界(マトリワラル)で、魔術師を縛り付けるものはあまりない。

元の世界(ニーダ)は、魔術師たちが増長できるほど、平和な環境ではなかった。

常に人類は滅亡の危機に瀕し、油断すれば異種族や怪物たちに滅ぼされる可能性があった。

 

だが、それが今はどうだろう?

 なにかの気まぐれによって、人類が滅びる可能性もない。

魔術を使ったことを、規制する警察機構も存在しない。裁く機関すら、魔術師を捕らえられるか怪しい。

 

「日本政府は、軍隊の魔術化を開始しておる。 警察機構にも、それを取り入れ始めている」

「それが未成熟なのが問題なのですよ、おわかりでしょう」

 

自由になった魔術師たちは、必ずなにかをやらかすか。あるいは、すでに何かをしでかしている者もいるに違いない。

 

恐らく地球人のなかには、それに協力するものすらいるはずだ。

魔術はこの世界(マトリワラル)の住人にとって魅力的すぎる餌だ。

 

「わからんの。 万全なんてものは、この世にない。 その様子では、バルモドア教授は、空が落ちてくるかもしれないと、恐れるものがいたとしても笑い物にはできそうにないのう」

「ええ、それで結構です。 それほどの心配をしてもまだ足りない。 地球人は人類を超越した存在の気まぐれで、人間が滅びかねないなんて思っておらぬのです。 滅びの危機に直面し、それに抗うことで我らはようやく生存できた。 地球人には、その経験がない!」

「それがどうかしたかの。 滅びの危機を乗り越えた経験は、尊いものだと思っておるが、それが全てと言う訳でもあるまい」

「彼がどれだけ無知なのか、わかっていて目をそらしておりますな? 恐ろしいことに、地球人は、エルフもドワーフも形が違う人間だと思っておるのです」

「だからなんじゃ。 危険性だけを見ていれば、何も出来ぬ。 ましてや、おぬしたちは秘匿し続けることについての危険性についてどう対処するか、その手段すらない」

「だとしてもです。 今は、監視体制を確立することを重視するべきです。 地球人にも、我々に対しても!」

「悲しいことじゃな。 どうやら我々はこの件に関しては、話が合わぬようじゃ」

 

バルモドア教授に言わせてみれば、ペンドラゴン校長の様は、秩序の崩壊を早めようとしているようにしか見えないのである。

その懸念を、ペンドラゴン校長は歯牙に掛けない。

 

「本当にわからんのかの? 魔術学校での成果は、日本国にとっても、軍事政治面で重要なものじゃ」

 

 魔術師たちの中には、日本政府から派遣された者もいる。

 魔術学校で発見された成果は、日本政府に報告されることになっていた。

 

「ましてや、こたびは日本側に将来属するであろう生徒の成果じゃ。 この場での発表は、それぞれの勢力にとっての判断材料になり、アピール材料にもなりえる。 そうじゃな、土御門師」

「……ええ。 日本政府にとっては、優秀な地球人の人材がいることは、力を示すことにつながる。 それは日本側にとっても、交渉のカードになりえるでしょう」

「その通りじゃ。 そして、ここに来ている者は、日本政府勢力だけではない」

 

 校長は目線を向けた先には、エルフの紳士たちが幾人か佇んでいる。

 

「一つはインペリアルエルフを筆頭とする、他の種族」

 

 また、肌にウロコの生えた官吏たちが、その席に相対するように立っていた。

 

「また、北海道を支配する辺境伯の手勢もここにおるわけじゃ。 本当にこのような場が必要ないと言うのかね?」

 

 様々な勢力が、札幌の魔術学園で行われる会合に集結し、それぞれの思惑で、その情報を分析している。そこであえて、ペンドラゴン校長は『試練の塔』での挑戦者の状況を公開していた。

 

「まあ、おぬしたちが反対したとしても、じゃ。 ワシ個人を説得したところで、どうにもならぬがの」

「これは奇妙なことを。 貴方が本気で反対すれば、辺境伯も耳を傾けざるを得ませぬ」

「それはあり得ぬことじゃよ、バルモドア教授。 あり得ぬことじゃ」

「……聞く耳は持っていただけぬと言うことですな」

 

バルモドア教授の考えに賛同する魔術師たちは少なくはなかった。

秘密を守り、管理することで秩序を守ろうとする保守派である。

 

だが、それ以上に、自由な研究を行う場を欲する魔術師こそ大勢いた。

ペンドラゴン校長を筆頭に、自由な研究や秘匿性の緩和を求める、自由派の魔術師である。彼らは大勢を占めている。

 

さらに筆頭であるペンドラゴン校長は名高い実力者だ。

どっちつかずの日和見派の多くは、実力のあるものに従う。それらを抑えることは難しい。

 

結果的にではあるが、地球を守りたい土御門師と言った一部の人々。

そして、魔術師の暴走を食い止めたい保守派のバルモドア教授はそれぞれが同じ結論を持っていた。

 

 すなわち、異世界(ニーダ)の影響から、地球の環境を保全する。すなわち、魔術師と言う名の外来種から、地球と名のガラパゴスを守るべきであるという見解である。

 

 しかし、その二人が直談判しても、ペンドラゴン校長は、まともに取り合わない。

 そのまま何事もなかったかのように、会合を進めていく。

 

「皆の衆、論議も白熱しているようじゃが……次は、英雄の息子である『北村翔悟少年』の試練の塔での様子について公開したい。 彼もまた、マンティコアと対峙した生徒じゃ」

 

 しかし、ここで誰もが見落としていた部分がある。

 自由派も保守派も見落としていた。

 

 魔術師の多くは倫理観を持っていないわけではないが、自身の探究心の天秤にかければ軽視しがちである。

 

 だが、魔術師は身内に甘い。

 なかには生徒に情を持ち、それを優先させる者もいる。

 

なかには普段は自由な研究を望み、自由派を支持していたとしても。

生徒を見世物扱いしたり、政治や権力争いの道具扱いすることに不満を持つ教師も、ゼロではなかった。

 

 魔術師たちは縛られることを嫌う。

 それは、利益や私利私欲のためだけに働くことではない。

 

 いや、もしかしたら、自分の大切な生徒を守りたいと言う気持ちも、ある意味では私欲なのかもしれないが、そんな倫理観や情をもつことさえも、縛られたくない一面なのだった。

 

自由派も、保守派も、そんな一面は魔術師にないと思い込んでいた。

人間の倫理観において当然の部分こそを、彼らは魔術師だからこそ見逃していたのだった。

 



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第19話 イケメン先輩と豚角煮ラーメンを食べた

生前は、マンティコアと戦って意識不明になるとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。

 

ちなみに生前とは言ったものの、もちろん私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。

 

それはさておき、右手が使えないのは、やはり生活に支障がある。

美味しくご飯を食べるのも、一苦労だ。

 

魔術医師に、右手が使いにくいように、包帯とギプスですっかり固定されてしまったのである。特にラーメンを食べるなんてことをしたら、左手では、麺がつるつると逃げてしまう。

 

私はあっさり系ラーメンも嫌いではないが、こってり系ラーメンこそ、もっともラーメンらしいと思っているのだがどうだろう。

なかでも角煮ラーメンなんて特に好物である。角煮ラーメンに合うのは、醤油味。ただ左手箸では非常に食べづらく、やや麺が伸びてしまったのが残念だった。

 

「……いや、十分器用だと思うよ? 利き手でもないのに」

「そうですか? 前世でも、左手で箸を使う練習していた甲斐がありましたね」

 

さわやかな銀髪の少年が私の目の前にいた。

涼し気な青い瞳に、サラサラの髪。整った顔立ち。

 

 そう、最近、学食を食べようとすると、校長の孫であるウィスルト先輩がついてくるのである。彼も学年が上がり、今は4年生になった。それなりに忙しいだろうに。

 

まあ、別にいいんだけど。

どうせファルグリンもマリンカも、最近お昼に時間が合わないことが多い。

 

「前世っておおげさだな」

 

私の物言いに、ウィスルト先輩が笑顔を見せた。彼の声は、落ち着いていて余裕がある印象を与えてくる。

あまりにもキラキラしていて、ちょっとイラっとした。

 

「まあ、本当は昔、骨折したことがありましてね。 その関係もあって、多少は左手でも箸が使えますね」

「へえ、事故とか?」

「ああ、そうとも言えますね。 父親を怒らせたときにちょっと、ね」

 

 ウィスルト先輩の表情が固まる。

 

「右手が使えない間、フォークやスプーンを使えばよかったんでしょうけど、あまり素直な方ではないので箸の練習を兼ねて、これで食べてましたね」

「……あー、冗談ではないんだな」

「とろくさそうに、左手で箸を使って食べてるのも、なかなか気に障るみたいですよ。 骨折させた方としては」

「なんというか、わりとあっけらかんと話すんだな」

 

ウィスルト先輩に、片方の眉を寄せるようにして聞くんじゃなかったみたいな顔をされてしまった。実は、こういうネガティブな表情を、ウィスルト先輩が見せるのは珍しかった。

 ポジティブにしているか、やんわりとなんでも受けとめるのが彼のスタイルである。

 

「私にとっては別に過ぎたことなんですよ。 意外ですね、ウィスルト先輩なら表面上は普通に受け止めると思ってました」

「……そうありたかったし、冷静に考えるとそうあるべきだと思う。 でも、心の準備が出来てなかったみたいだ、俺もまだ14歳の子供ということだなあ」

「ウィスルト先輩だって初対面から、親族のごたごた話をはじめたくせに」

「あれは君から信頼を得るためだろう? ……フォルセティと呼んでくれ、と何度も言ってるじゃないか」

「そういうものですかねえ」

 

 私は、角煮を食べる際には七味と辛子がほしいのだけど、食堂には辛子がない。

 ラーメン屋で食べる時にも思うけど、角煮ラーメンに辛子をつけてほしいものである。

 

「そういう話題、ファルグリンやマリンカにも、話したことある?」

「ありますよ」

「俺から見てだけど、あの子たちは君に過保護に見えていたんだよね。 でも、君は今回、試練の塔でいろいろやらかしてたしさ」

「やらかしたとは、それこそ、おおげさですね」

「君がマンティコアと戦ったのは、学校中の話題だよ。 試練の塔に挑まなかった生徒も、マンティコアが試練の塔に出てくるのは、今じゃみんな知っている」

「前は、試練の塔の内容は秘密にされていたのに。 先生たちも、いい加減だなあ」

「誰のせいだと思ってるんだよ」

 

 私のせいと言うほど、誰かに迷惑をかけた記憶はないのだが。

 そんな私を、困ったものを見るかのような目で見るウィスルト先輩。

 

「……色んな面で危ういところが見えるから、あの子たちは君に過保護なのかなあ」

「私って、危ういですか?」

「危ういなんてもんじゃないかもだけどね。 見ててハラハラする、そりゃ過保護にもなるわけだよ」

 

そうは言うものの、最近ではファルグリンも自分のサークルである『青き一角獣(ラース)』によくお呼ばれしているので、一緒にいないことも多い。同室じゃなくなったし。

それに、マリンカも新たにサークルに所属する魔術師になったのだ。それもあって、私と昼食を食べたり過ごす時間が減りつつある。

 

うがった見方なんだろうけど、身の周りの交友関係と引き離されつつある気がするなあ。

 

「だとしても、狙いがわからない」

「君ってたまに脳内で完結して、話が飛ぶよな」

 

 ウィスルト先輩が、私の言葉にすかさず突っ込むが無視した。

 そして、無視されたことを気にも留めないウィスルト先輩は、ふと思い出したようにそれを口にした。

 

「そういえば、『ネズミの王』って知ってる?」

「ネズミの王、聞いた覚えはないですね。 ……なにかの文献に出てくるんですか」

 

 私はそう答えた。

 

「『嘘ではない』と。 いや、俺の学年で噂があっただけだよ」

「噂?」

「ネズミの王を名乗る男が、魔術を悪用する人間に罰を下して回ってるってね」

「へえ、それは初耳ですね」

 

 それはさておき食べ終わったので、食器を片付けることにする。

 

「いや、俺がやっておくよ。 片手だと大変だろ」

「うーん……。 そこまで病人じゃないですよ」

「嘘つけ。 君、実は今でも痛むんだろう」

 

 そうなのである。右手が使えないばかりか、体のあちこちが痛む。

 魔術医師によれば、相当むちゃな魔術の使い方をしたらしくて、全身の神経がひどく病む。具体的には、全身が動かすたびに常に痛むのだ。

医者には、かなり怒られた。

 

 しかも、未だに魔術を使おうとすると、頭痛や眩暈がひどい。どうやらこれも、脳に相当な負荷をかけたのが原因らしい。

 

脳や神経へのダメージは、すぐに直せないものらしく、魔術とは不便だなあと思った。

魔術って、やっぱり何でもできる万能ではないんだね。

 

「いや、君がどうおもってるかはわからないけど、どこの世界でも、万能な医学はありえないから!」

「私の表情から、考えを読み取るのやめてもらえます? ……じゃ、お言葉に甘えて、これで失礼しますね。 ちょっと行くところがあるので」

「また隠れて魔術を使おうとするんじゃないぞ!」

「あはは、そんなことするわけじゃないですか」

「この間、試そうとしたばかりだろ!」

 

 すっかりファルグリンみたく、口うるさくなったな。ウィスルト先輩。

 

動けるようになる前も、お見舞いに来た人、みんなに口うるさく言われていた。

そういえば、モリン女史も来てくれた。彼女が、お見舞いに来てくれるとは思わなかったので、とても嬉しかった。

 

モリン女史は、校長秘書のあの人である。彼女はああ見えて、自分と同じ姿かたちの(ホムンクルス)を作れる魔術師だけあって、人体研究においても第一人者だった。

そんなモリン女史からは、私の惨状を見て「分析の結果ですが、馬鹿の所業ですね」と、真顔で言われた。いや、だいたいいつも真顔だけど。

 

モリン女史が魔術医師になれるほどの技量だったとその時に知り、惚れ直したのはごく個人的な話である。

 

ああいう人になりたい。

……いや、なりたかったものだ。

 



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第20話  アンジェリカさんとの再会と忘却と

 昼食を終え、ウィスルト先輩と別れた。

 私は、目的の場所へと急いだのである。

 

「どこかに行くところなのです?」

 

 道中、ふと呼び止められた。

 絹のような光沢のある金の髪、青い瞳。見覚えはないはずなのに、すごく親し気に話しかけてきた。

 

 いや、どこかで見覚えがある気もする。

ずっと長く一緒にいた誰かに似てたかも、と思うほどに。

でも、そんな誰かに心当たりはない。

 

「ああ。 まあ、ね」

 

 私は戸惑った。

 自分の中にある感情に、困惑を隠しきれなかった。

 

 彼女は首をかしげてみせる。

 私は焦った。どうしたらいいか、わからなかったから。

 

 だから、ストレートに聞いてしまった。

 

「ごめん、私達は知り合いなのかな」

「え……?」

「本当にごめんね、君に見覚えはあるのだけど会った記憶がなくて」

 

 言ってしまってから、しまったと思った。

てっきり、悲しませるかと思った。

 

でも、彼女はすこし考えてみせた。

 思った以上に冷静な反応で、その事実を受け止めてみせた。

 

「もしかして、廿日くん。 キミは最近ひどくなるほど魔術を使いマシタカ?」

 

 やや、言葉の発音に特徴があった。

 異世界語なまりだった。知人にネイティヴな人が多いので錯覚するけど、世界が違えば、言葉も違うのである。

言葉に類似性があるとはいえ、なにか魔術でも使っていない限りは、独力で言葉を覚えるのは大変なはずだった。

 

「ああ、そうだね」

「ソレと、とても強い魔法薬を使いマシタカ?」

「ああ、それもしたね」

 

 すると、アンジェリカは困ったような顔をして見せた。

 そうだ、この娘はアンジェリカだった。どこで出会ったんだっけ?

 いや、最後に会ったのもいつだった?

 

 困惑する私を他所に、彼女は物忘れの原因を指摘する。

 

「それがゲーインですよ、タブン? 魔術の使い過ぎ、魔法薬の副作用で思い出せないのはよくあることです。 あ、違う、よくあってはいけないんです」

「……大丈夫、意味は伝わっているから」

 

 日本語って難しいよね。

 

「そうじゃなくて! そういうことをしたら、いけないんですよ!」

「ああ、ごめんごめん。 気を付けるよ」

 

 私だって、好き好んでひどい目にあってるわけじゃないからね。

 戦闘だってケガするのだって、本当は嫌いだし。なぜか誰も信じないけど。

 

「にしても、けっこう副作用って色々あるんだね。 体があちこち痛むし、魔術を使おうとすると吐き気やら眩暈やらあるしで、その上、記憶まであちこち飛んでいるとは」

「思ったより、重症じゃないですか!?」

「魔術って何でも治ると思ったんだけど、すぐには治らないんだね」

「脳は簡単には、治せないのです」

「へえ、すごく難しいの?」

「あー。 治せるには、治せる? でも、元通りではないです」

「うーん? そうなんだ」

「何回も治そうとすると、コーイショーが、どんどんひどくなってハイジンになります」

 

 ところどころ発音があやしいアンジェリカ嬢である。だが、まあ話は通じている。

 それって、私の場合、どれくらい回復が保証されてるんだろう。

 

「あと何回、同じことが出来るだろうか」と思う私と。

「試練の塔で、無駄打ちするべきではなかったな」と判断する私が内心にいた。

 

 それはさておき謝ろう。

 

「それにしても失礼したね、お見舞いにも来てくれたみたいだったのに」

「いえ、たくさん負担になってはいけないと思いましたのです」

「負担だなんてそんなことないのになー」

「こんなに重症なのに、説得力ありません」

「あはは」

 

 とても親し気に話しかけてくるアンジェリカさん。

 私とは、いったいどんな関係だったんだろうか。

 

「あの、これってそのまま忘れたままなのかな」

「……わかりません。 ずっとかもしれない。 違うかもしれません。 でも、そのうち思い出すかもです」

「だと、いいけどね」

 

 でも、忘れてしまったのは、アンジェリカさんのことだけだろうか?

 他にも大事なことを忘れてはいやしないか?

 

「アンジェリカさんは、他にもこういう人を見たの? とても慣れているけど」

「はい。 おじいちゃんが物忘れひどかったです」

 

それは、むしろ年齢的なものではないのか。

 

「廿日くんは、どうしてここにいましたか?」

「剣と杖を失ってしまってね、知人に修理を頼まないといけなくて」

「ああ……。 『試練の塔への挑戦(イニシエイト・ヴィーゾフ)』ですね。 マンティコアと戦ったから」

「……そうだね、マンティコアと戦って、手持ちの装備をすべて壊してしまったんだ」

「もうそんな戦いをしてはいけません。 次の戦いのことも考えるのです」

「そうだね、次はきちんと余力を残さないと」

 

なにをするにしても、武器をすべて失ったのは痛い。

薬剤や錬金術の材料はまだ備蓄はあるが、このペースで使っていたら、どう考えても持たない。予定ではもっと余裕があるはずだったんだけど。

 

「杖も壊れマシタカ?」

「うん、もう使える状態じゃない」

 

 私は、アンジェリカ嬢に見せた。

銀のタクトである、触媒(つえ)も折れ曲がってしまった。

無茶過ぎる使い方をしたせいで、耐久性の高い金属製の杖なのに、もうまともに魔術を発動させることはできないだろう。

 

修理と言うよりは、買い替える方が早そうだった。

 

「いったいどんな使い方をしたら、こんな風に折れ曲がるんだか……」

 

 正直、よく覚えていない。

でも、考えてみると触媒(つえ)を変形させて、小刀のように使っていたこともあったので、いつか折れ曲がるのも当たり前と言わざるをえなかった。

 

「うーん、どういう風に使ってますか?」

「え? ええと、錬金術の応用で、近接戦闘に備えて短刀に変化させたりしてるね」

「それなら、この形は合ってないかもしれません。 もっと違う形のものを使うのがいいと思います」

「それはそうだね。 ただ、普段使い用のと、戦闘用の触媒(つえ)を分けてなくてね」

 

 手持ちでは、これしか持ってなかったのである。

 私は、小声でつぶやいた。

 

「せめて来世では、もっと物を大事に扱おう」

 

 ただし、来世があればだけど。

 

刀剣も、元は学校から借りている備品だったのだけど壊れてしまった。

また、許可を得て借りればいいだけなのだけど、かなりの改造を加えていたため、同じものを用意するのも中々めんどくさい。

 

「武器は剣でしたね」

「ああ、その通りだけど。 どうして知ってるの?」

「ワタシが剣術を教えましたから!」

「ええっ!?」

「すこし、ね」

 

 私は驚いた。

 かなり深い関りをもっているじゃないか。

 

「そんなにお世話になってたのに、忘れるなんて」

「そういうこともありますよー、タブン? でも、お医者さんにかかるんですよ」

「……はい」

 

 必要性を今、ひしひしと感じている。

 

「剣はどんな剣ですか?」

「形が変わって伸びたり、縮んだりする機能が付いてるよ。 いや、ついていた、だな」

地球製(マトリワラル)の『飛燕』ですね。 こちら(ニーダ)だと『蛇剣《ズミェイ》』です」

 

 『飛燕』は規格化された一般的な魔導器(セレクター)だった。

日本刀の形をした変型魔剣で、日本自衛軍の魔術部隊でも使われていた経緯がある。

 

 ただし、全員が使うには、訓練やコツが必要で勝手が悪かった。

そのため、使う人間は少数派に留まっている。

 

 だって変型剣って、伸びたり縮んだりするときに反動があるから、上手く使わないと、剣が跳ねてどっかに飛んで行っちゃうんだもん。

 私が愛剣、特に『ヒイラギ形態』を使えるようになるのも、大変だった。

 

「廿日くんは、すごいですね。 すごい器用です!」

 

 私が、苦労話をこぼすと、アンジェリカさんは、手放しで褒めてくれた。

 こんなに素直に褒められることがないので、居心地が悪い自分がいる。

 あれ? 褒められて、こんな気持ちになるなんて、普段の私って可哀そうなのでは?

 

「『蛇剣《ズミェイ》』も使うのが難しいですよー、私は使えないです」

「ああ、ズミェイね。 ……どこかで聞いたことがあるな」

 

異世界では、『蛇剣《ズミェイ》』と呼ばれる似た武器があるらしい。刃が分厚く重量がある。そのため耐久性と破壊力に優れており、モンスターとの戦いにも使える。

 また剣の挙動に差があるらしく、遠心力を生かした一撃の重さや、集団戦にも使えるような動きをするらしい。

 

 ちなみに私の愛剣は、対人戦に特化していて、また1対1を想定していた。モンスターとの戦いには、本当は向いていない剣だったのである。

 

 って、あれ? もしかして……。

 

「ズミェイについて、前に教えてくれたことある? 私に、その知識を教えてくれたのは、もしかしてアンジェリカさんだったりする?」

「はい、ありますよー! 私が教えました! 覚えてましたか!」

「いや、ごめん。 なんとなくそう思っただけ。 ズミェイのことは覚えてたけど」

「よかったですー」

 

 いや、喜んでくれてるけど。

 私は君のことを忘れてたんだよ? 本当にそれでいいの?

 

「それで、剣と杖を直してもらいますか?」

「そうだね……。 めんどくさいけど」

 

何がめんどくさいかって言うと、また、ドワーフのナールにお願いしなきゃならない。

金属加工を扱う錬金科にあまり知り合いがいないものだから、お願いするのなら知人のドワーフ一択である。

 

前使っていた私の剣……『ヒイラギ形態』も含めて、16パターンの変形が出来るように組み込んであった。

それだけ手の込んでいた武器だったのである。

 

おおよそ、全部、ドワーフにナールにやらせただけなんだけど。

それをまた頼むとなると、苦労を押し付けるみたいで、さすがに気が引ける。

作ったものをぶっ壊したわけだし、その負い目もある。

 

「すごいです! 廿日くんは、ドワーフとも友達なのですね」

「すごいのは、ナールが凄いんだけどね。 錬金科の金属加工でも、彼に勝てる人はそういないと思うから」

 

 日が昇る前から金属にさわり、日が沈んだ後でも金属にさわっている。

そんな男なのである。ちなみに、趣味は折り紙だ。

 

「良い剣だったのに、壊れて残念ですね……」

「うーん、そうだね。 ただ正直、使いこなせてはいなかったなあ」

 

普段は、剣が伸び縮みして曲がって伸びたりする程度のことしかしてないし、実際、使っていたパターンは片手に収まる程度だった。

16パターンも仕込んであったのは、ひとえにロマン重視だからである。

 

初見殺しを狙っていたのもあるけど、まず滅多に使わない。

滅多に使わないのは、秘密にしておきたいのもあるけど、本番で成功させる自信がないからだ。滅多に使わない技なんか、実戦で成功するわけもない。

 

「でも、練習してたんですよね?」

「そうだけど、練習と本番は違うよ。 それに弱点も多いんだ。」

 

欠陥だらけの剣だった。

学校の備品を無理やり改造した代償に、耐久性に問題があったんだ。

 

この変形させるたびに劣化して、刀身が微妙に歪んだり、どんどん衰えていく。

だから、どうせ寿命は短い武器なのである。すぐ刃こぼれするし。

 

 だけど……。

 

「あー……、それでも愛着はあったなあ」

 

 アンジェリカ嬢と話をして、わかった。

 私は、すごくあの剣に愛着があった。その場では、勢いに任せて使ってしまったけど、色々こだわって作ってもらったんだ。

 

 たくさん練習して、刃こぼれした。

刃こぼれするたびに、メンテナンスしてもらっていた。

壊れてほしくなかった。

 

「……そうでしたか。 やっぱり残念でしたね」

「うん。 ありがとう、アンジェリカさん」

「え、なんですか?」

「いや、気付けて良かった。 私はあの剣を気に入ってたんだ」

 

 自覚がないだけで。

 感情が鈍くなっているだけで。

私は、自分の愛用品が壊れたことに、ショックを受けていたらしい。

 

「だから、次はもっと大事にしようと思う。 また無理はするだろうけど」

「はい! それがいいと思います!」

 

 それから、別れ際まで元気に手を振ってくれるアンジェリカさん。

彼女に見送られながら、私はドワーフのナールのもとまで歩いて行った。

 

どうして、こんなに印象的な彼女のことを忘れてしまったんだろう。

そう思った。

 

そして、ナールと話して、私はなおさら思うことになる。

私は一体何を忘れているんだ、と。

 



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第21話  髭無しドワーフとタコ焼きを食べた

生前は、ドワーフに手土産もって頼みごとをしに行くことになるとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。

 

ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。

 

それはさておき私の知る限り、ドワーフはおおむね髭面だ。

だが、知人であるナールは、ドワーフのなかでも特徴的だ。

 

なにせ、髭が生えていないのだから。

それでも頭身が低い小男にしては、体が屈強で石のように硬そうに見えるけれど。

 

一般に、ドワーフは例外なくみんな髭が生えていて、若者と年寄りの区別がつきにくいと言うのがよくあるイメージだ。少なくとも、人間からしてみれば区別がつかない。

しかし、ナールはヒゲの一本も生えていない。

 

ナールになぜ髭がないかと言えば、それだけ彼が若いからだ。

その上、ヒゲが生えて揃う時期も個人差があって、ナールは遅い方ではあるらしい。

実際、幾人か、ドワーフでもヒゲがない者。あるいはヒゲが薄い者を見かけた。

 

ナールが「炎の取り扱いを間違えて、ヒゲを焼いてしまったから、ヒゲが生えない」なんて噂もあるが、それは嘘だろう。

 

ドワーフは、ヒゲを含め毛髪は火に強いと言うのが、よく知られている事実だ。

異世界の書籍、『火吹き山の竜退治』によれば、ドワーフの毛髪で編まれた防火マントを羽織って、炎の山を通り抜けるなんて物語も私は読んだことがある。

事実に基づいているのかは不明だが、非常に興味深い素材だ。

 

とにかく、彼はそんな事情もあって『ヒゲなしナール』と影で、綽名されることもあった。

当然ながら、ナール本人はそれをとても嫌がっているが。

 

工房に入ると、ドワーフのナールはいつも通りだった。

安全ゴーグルを嵌め、金属を槌で叩いて、加工していたのである。

 

いつもと言っても、ドワーフのナールが工房で扱うのは、伝統的な槌などの鍛冶道具に限らない。近代的な電動工具を使っていることもある。

 

珍しく違うことをしているかと思えば、完成品をうっとりと眺めている。結局、金属を触っていることには変わりない。

それ以外は、飲み食いして下品にガハハと笑っているか、寝ている。

 

「やあ、遊びに来たよ。 ナール」

 

 私は、いつものように声を掛けた。

 彼は集中していて聞こえないか、もしくは聞こえなかったフリをした。

 

これもいつものことだった。

彼は集中している時間を大事にしていて、それを乱されることを嫌う。常に邪魔されたくないのだ。

 

だからこそ、もっと大きな声で私は声を掛けた。

 

「やあ! 遊びに来たよ!」

「うるせえなっ! 聞こえてるよ、人間っ!」

 

 ドワーフのナールは、ようやく返事をして見せた。

 

 前世の私ならまだしも、だ。

今の私は誰かの時間を邪魔することに、それほど抵抗がない。

 

「少しは気を遣って見せろってんだ」

「これでも気を遣ってる方だよ、ナール。 めんどくさいとは思ってるけど、気が難しい相手とコミュニケーションをとるのは本当に大変だからね。 自分をほめてあげたい」

「考えてるのは全部、自分の都合だけじゃねえか!?」

「あはは、その通りだよ。 言わないけど」

「言ってるじゃねえか!」

「口だけでなら何とでも言えるし、頭なんかいくらでも下げれるのが私の良いところでね。 というか、頭を下げるのなんて実質無料だと思っているから、なんなら頭を下げようか?」

「もういらねえよ!」

 

私はどうせ一度、死んだ身である。

生まれ変わることが前提だとして。どれだけ苦労しても死ねばリセットされるのに、必死に人間関係に気を遣ってしがみついて頑張る意味が分からない。

 

「時間は有限なんだよ、ナール。 残りの人生、使える時間は限られている。 人間なんていつ死ぬかもわからないんだ。 時間の希少さを考えれば、気を遣うだけ損だよ」

「まあ、ドワーフは人間より、長生きで頑丈といえばそうだがな」

「私たち人間が、多少生き急いだところで微笑ましい限りだろう。 納得こそすれ、妨げるものでもないはずだよ」

「まあ、そうかもしれねえな……。 いや、待て。 また俺を煙に巻いて、適当に使おうとしてやがるな?」

「いやいや、全部私の本音だよ」

 

これから先、寿命を全うできるにしても人生は我慢し続けるには長い。1分1秒たりとも、出来れば我慢したくない。

なのに、そこまで相手に気を遣うメリットがどこにあるだろうか。

 

現実的な話、自分のペースに巻き込まないと話が進まないからね。

 出来るなら、みんな私のペースに合わせて生きてほしい。

 

 などと言いつつも、買ってきた手土産を見せると、ナールは舌打ち混じりに「そろそろ休憩も悪くねえな」と言い出した。

 11歳の子供が手土産を買ってくるのは、金銭的になかなかの負担なのだが、頼みごとをする以上、致し方がない部分である。

 

 ドワーフのナールは手をぬぐうと、ビニール袋を受け取った。

 そして、私をテーブルはさんで着席するように促す。遠慮は当然しない。

 

 ビニール袋の中身は、タコ焼きである。味はチーズのものと、タラコソースのものだった。

 ドワーフはおおむね、なぜかソースの味を好む。それにビールやハイボールを流し込むのが、彼らの札幌での作法だ。

 

 ススキノ辺りに、タコ焼きとハイボールを楽しむ店があるが、そこは観光客とドワーフの人気店である。

 

「たまには、美味い物を食わねえとやってられねえな」

「普段何食べてるんだか知らないけど、きちんと栄養は取った方がいいよ」

「まあ、な。 たくさん食わねば働けねえからな」

 

 ドワーフは飢えには強い方ではあるが、食べねば筋肉がしぼむ。食べた脂肪を蓄えるかのように、筋肉が膨れ上がるのである。

 

「たまには故郷の料理も食いたいもんだが、そうもかなくてなあ……」

 

 ドワーフの食文化は、地球だと不便である。

 彼らの主な生活領域は、地下世界。

 

そこに生えるキノコを製粉し、パンに焼く。それを彼らはナフと呼んでいる。

 

また、キノコや食用ゴケを繁殖させ、それを餌にトカゲや蝙蝠を飼育し、食べている。

昆虫も食材の範囲と言うのだから、なかなかワイルドである。

 

「キノコもコケも、こちらでは手に入りにくいだろうしねえ」

「茸粉もこっちに輸入する時は、厳しくてな。 なかなか、パンも焼けねえな」

「君たちが食べる食材の中には、人体に悪影響なのもあるし。 異世界からの外来種が、下手にこっちで繁殖するとマズいからね」

 

 異世界の門なんて、外来種の宝庫である。

 

「向こうの酒や、果実も食いてえんだがなあ……」

「酒はともかく、生の食材はなおのこと持ち込むの難しいだろうね」

 

ドワーフたちは、地下世界なので希少ではあるが、野菜や果実も食べることがあるらしい。

地下に眠る巨大な鉱石、『地界の太陽』なるものが、光と熱をもたらし、風をもたらし、多様な植物を繁殖させると言う。

 

「それはともかく、このたこ焼きってのは、ソースが美味い。 トロトロしてて、深みのあるしょっぱさと甘さが良く絡む。 生地も旨味があっていい。 出汁が利いてるんだな」

茸パン(ナフ)も出汁が利いてそうだけどね、ある意味」

「なんだ? 食いてえのか?」

「いや、もういい。 私にはタコ焼きが合っているみたいだ」

 

なかなか独特の風味だった。焼きたての匂いが特に独特だ。

食べれなくはないが、パンだと思って食べるとひどく裏切られた気分になる。

 

「にしても、俺たちは魚卵のソースはあまり食ったことがねえな」

「故郷に魚はいないのかい?」

「もちろんいるが、こういう食べ方はしない。 海じゃねえしな」

 

 なんだろう、地底湖になるんだろうか。

 

「でかくて高級なのだと塩漬けにするかな。 たまに釣り人が食われたりするから、油断も出来ねえけどな!」

「……それ、モンスターじゃん」

 

 同胞を食うような魚の卵とか、食べていいんですかね、普通。

 

「んで? どうせ頼みごとがあるんだろう、陽介」

「まあ、そうなんだよね。 剣と杖が壊れちゃってさ」

「……その腕がやられた相手に壊されたのか」

「おや、聞いてない? マンティコアにやられたのさ、たぶん相打ちで引き分けだね」

「ほほおぅ。 マンティコア相手に相打ちたぁ、人間にしてはやるじゃねえか。 あとで他の連中にも教えてやらねえとな」

「こんな話で良ければ、ぜひ酒のつまみにでもしてよ。 で、この通りなのさ」

 

 大きな革袋から、剣や触媒(つえ)を取り出す。

 すると、ナールのまぶたがピクピクと動いた。

 

「ひでえな。 どんな使い方したんだ?」

「あまり覚えてない、必死だったからね」

「そりゃ、マンティコアを相手にするような武器じゃねえからな。 剣も怪物退治用じゃねえし、触媒(つえ)だって戦闘向きじゃねえよ」

 

 身軽さを重視したのが、アダになった。

 つけ狙われるよりいいと思ったのだが、戦うには装備自体に問題があると言う。

 

「剣の方は……これ、無理やり突き刺しただろう。 その上、魔術を上乗せしやがったな。 無理な方向から力が掛かってやがる。 見た目、折れてるだけに見えるだろうが、だいぶ歪んでるぞ」

「あー、となると修理できない?」

「折れたものは、直すのはなあ。 見た目だけなら、継ぎ足して同じに出来るが、以前と同じにはならねえよ」

「そっか……」

 

 やはり、もう治せないらしかった。

 

「この触媒(つえ)だってそうだ。 折れ曲がるような魔術の使い方をしたんだろう? 形が変わるだけじゃなくて、中身だってボロボロだ。 もうまともに魔術は撃てねえよ」

「曲がったのを元に戻して、終わりじゃないんだね」

「多少歪んだり、曲がったくらいならまだしもな。 昔から、触媒(つえ)の限界を超えて、魔術を使用する技術ってのは、存在はしてる。 だが、それは例外なく、触媒(つえ)と引き換えになんのさ」

 

 「お前さんが知ってて使ったとは思えないがな」と、淡々と言われてしまった。

 となると、完全に装備を失ったことになる。

 

「剣は代わりのものを用意するにしても、学園に申請して取り寄せたうえで、仕立てるわけだから時間はかかる」

「まあ、それは仕方ないね」

「ただ、それなら、決戦競技用(ディシプリン)の規格化された魔導器(セレクター)を用意した方がいい」

 

 決戦競技(ディシプリン)とは、生徒同士が行う集団戦闘の競技だった。

 ルールで決められた魔術を使い、相手に掛けられたシールド魔法を先に破壊することで勝利を得る。

 

「でも、決戦競技(ディシプリン)用じゃ決められた魔術しか使えないんだじゃないの?」

決戦競技(ディシプリン)では使える魔術は規定通りに限られるが、ようは競技中は使わなきゃいいように制限すりゃんだ。 制限機能(リミッター)を掛けてやる」

「わかった。 それで、競技用の方は具合がいいのかい?」

「剣術練習用よりはな、性能はいい。 乱暴に使うなら、剣術練習用と分けたほうはいいが」

「慣れたい魔導器(セレクター)で練習しないと意味がないよ。 用意してもらえるなら、それで練習も実践もこなすさ」

「……ったく、ちゃんとメンテナンスに来いよ」

 

 これで、剣は問題ないか。

 重要なのは、触媒(つえ)の方か。

 

「その件だがなあ。 陽介、お前は杖を使うよりも、もう一本、短剣を使って二刀流にした方がいい。 できれば、魔術短剣(クリスナイフ)が良いだろうな」

触媒(つえ)としても性能がある剣の事かい? それは高いんじゃない? とてもじゃないけど、私には買えないよ」

「まあ、であれば、なにかの規格化された魔導器(セレクター)でもいいだろうな」

決戦競技(ディシプリン)用で武器を2本ね、扱えなくもないだろうけど」

 

 二刀流は練習し続けている戦い方なので、可能と言えば可能だ。二刀流の型も、この1年で身についてきてはいる。

 

「ただ、魔術を使うための触媒は必要だよ。 磁力(フォース)の起点になる」

 

 錬金術アイテムの『馬鹿には見えない服(コモンセンス)』が必須だけど、磁力(フォース)は戦闘では必要な武器になりえる。

 

「それだが、頼まれたブツを預かっているのだが……出すべきか?」

「頼まれたブツ?」

 

 ドワーフのナールは、困ったような顔をした。

 そして、棚から木でできた箱を取り出した。

 

「これのことだよ」

 

 私は受け渡された木の箱を開く。

 丁重に布にくるまれた中身を開いてみると、そこには金属で出来たグローブ状の魔導器(セレクター)があった。ところどころ、金色に光り輝いている。

 

「これは……?」

「やはり、覚えていないか。 お前の様子を見て、そうではないかと思っていた」

 

 ナールは、納得したように頷いた。

 

「これは以前、俺がお前に頼まれて作ったものだ。 そして再び俺に、これを預けた『自分が同じものを望んだ時に、渡してやれ』と言った。 今がその時なのか、わからんがな」

「私が言ったのかい?」

「『その時には、自分は忘れている』とも言っていた。 そして、それは俺にとっても好都合だった」

「どうして?」

「さあな、今のお前に教えてやるつもりもないよ」

 

 調べてみると、グローブは私の左手にハマるサイズだった。

そして、魔導器(セレクター)に、異世界の古語で何かが刻まれているの気付いた。

 

『汝、触れるものは死なり 死中に生を求めん』

 

 ドワーフのナールは、文字が読めない私にそう告げた。

 

「その名を死者の手(デッドハンド)と言う」

「死者の手か、陰気な名だな」

「お前の注文通りの品だ。 『敵に恐怖と痛みを与える、鞭のような魔導器(セレクター)が必要だ』とな。 触媒としての機能も併せ持てばいいと言われていた」

「出来上がったのがこれか? このグローブで殴れとでも?」

「効果としては、一定の特殊な電撃を生み出し、範囲内に撃ち出す魔導器(セレクター)だよ。 敵を打倒する能力は一切ない。 脳に直接、作用させる」

 

 とは言え、巨大な怪物と戦うには向いていない。

 どう考えても、これは対人用の装備だ。

 

「……原則、人の精神を操るのは禁忌と聞いたことがあるけど。 これ、法律で禁止されてないだろうね」

「さあ、な。 少なくとも、地球では禁止されようがないんじゃないのか」

「なんで、そんなに投げやりなんだ」

「『電流を発生させたら、結果的に偶然、脳を刺激されているだけだよ』と言い張ったのは、お前だから」

 

 全くそんな記憶はない。

 だが、その物言いは非常に私らしい。

 

「私は本当に、何を忘れてるんだ……?」

 

 なにか恐ろしいものを感じる。

 私は、なにか大切なことをたくさん忘れているのではないだろうか。

 



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第22話 ネズミの王降臨

 都市伝説と言うものがある。

 人々の中で、噂になっている信じられない嘘みたいな出来事。

 

 「知り合いから聞いた」と言う程度の信憑性しかない、妙なストーリー。

 

 ニュースにもなってもいないが、ここ最近、何件か起きていることがある。

 

 ある男は、自身に与えられた魔術で、何か騒ぎを起こしてやろうと思った。

 女にフラれた復讐か、はたまた社会へに不満をぶちまけたいのか。

 理由はどうでもいい。

 

 偶然、手にすることが出来た人を傷つける手段。

 魔術の素養をわずかでも持っていたからこそ、使える凶器。

 

 それを彼は手に入れることが出来た。

そして、彼は信じた、それが証拠が残らない凶器であると。

 

 夜道、それを振るうべく、彼は公園に潜んでいる。

 今か今かと、凶行の時を、そのチャンスの瞬間を待ち望んだ。

 

 そんな中、まだ冷たい風が吹く、春の夜、灰色のローブを着た男が降り立った。

 

「……お前か。 この辺りで悪さをしている者は」

「誰だ!」

「いや、なに。 『魔術の残り香』に気付いてな、居てもたっても居られなかっただけの一般市民よ」

 

 不敵に、灰色の男が笑う。

 

「『魔術の残り香』だと?」

「なんだ知らんのか、無能なだけでなく脳が貧困なのか」

 

 灰色の男は、呆れたように言った。

 

「ふむ、魔術師にとっては常識なのだがな……。 どんな魔術も必ずその痕跡を残すのだ。 調べれば一目瞭然、指紋のように犯人の見分けはつくのだよ。 『魔術の残り香』とはそれを指す、物の例えよ」

「そ、そんなものがあるだと。 アイツはそんなこと一言も!」

「貴様もどこぞの馬鹿に騙されたか口か、下衆め」

 

 灰色の男は、当てが外れたというような世数を見せた。

犯行に及ぼうとした者の動揺する姿に、うんざりしてこめかみをさすった。

 

「魔術で行われた犯罪に、完全犯罪はあり得ない。 むしろ、明確な証拠となる。 なにせ、誰の魔術からすら特定できるのだからな。 大方、魔術を使えば誰にも罪には問えないなどと、適当な妄言を鵜呑みにしたのだろう?」 

「う、うるさいっ。 お前に何が分かるっ。 オレは何も悪くない、悪くないんだ!」

 

 灰色の男は、侮蔑の目を罪人に向けた。

 これからどんな凶行を犯そうとしたにせよ、そのたくらみ。既にそれ自体が罪である。

 

「罪に問われないと考えて、喜び勇んで他者を傷つけることを選んだか。 それほど醜い行いはそうあるまいな」

「くそ、正義の味方気取りか」

「全知全能を気取る犯罪者よりはよかろうよ。 しかし、あれか。 魔術と言う力を得ても、することはその程度か。 つまらん人間よな」

「なんだと……」

「与えられた力を使って行うことが、憂さや恨みを晴らす程度。 他者を傷つけて、悦に至る。 愚劣蒙昧無知なのを許したとしても、あまりにも見苦しいとは思わんか?」

「オレは選ばれたんだっ!」

 

 激高した男は突然、ナイフを振るう。

その瞬間、刃先から見えない風の刃が飛び出した。

 

見えない刃が、雪や泥を巻き上げ、空を裂き、木々を切り裂き、凄まじい勢いで灰色の男に迫る。

 

人体などたやすく、紙のように真っ二つにできる力があるのは明白だった。

 だが、その刃は灰色の男には当たらない。抵抗もなく、逸れていく。

 

「は……?」

 

 一瞬、呆けたような様子だが、すぐに気をとり戻し、何度もナイフを振るう。そのたびに風の刃が放たれ、公園の木々が切り刻まれる。

 飛び散る葉が舞う。解けかけた雪やぬかるんだ泥に、舞った葉がふわりふわりと上積みされていった。

 

灰色の男は平然と立っているだけである。

傷一つ負うこともなく、その服に汚れすら見あたらなかった。

 

「なぜだっ! なぜ当たらねえっ」

「……そもそも風の刃など、そう簡単に当たるものでもあるまい?」

「そんなはずはない、そんなはずはないんだっ」

 

 灰色の男は、当然のように佇むだけ。

 

「術者の身から離れた魔術は、他者からの干渉を受けやすいものだ。 特に、手元で起こした風を対象に上手く当てるなどと言う曲芸はな」

 

 灰色の男はため息をつく。

 いざ成敗しようと向かってみれば、思った以上にお粗末な敵だった。もう少し、手ごたえのある敵であればよいものを、と。嘆いていたのだ。

 

「やはり、その力……もともと持っていたものではないな。 知識も技も伴っていない。 いや、かえって朗報か?」

 

 灰色の男は何かを思いついたようだった。

 

 もしかしたら、利用価値があるかもしれないと見出したのだった。

運がよかったか悪かったのか、愚かな悪党は即座に殺されることを免れたのだ。

 

「どうやってその力を得た? 素直に言えば、生かしておいてやる」

 

 しかし、悪党はそれが理解できない。

 

「ふざけるな、オレは選ばれたんだぞ! 特別な力を振るうことが許されたんだ!」

「選ばれた……か。 何のリスクもなく、代償も努力もなく、新たな力を得ることなど本当にあると思うのか」

「なんだと?」

「人格の変容、理性の欠如……少なくとも、その副作用は間違いなくあるようだな。 思い返せ、元からこのようなことが出来た人間ではあるまい」

「オレはオレの望んだことをしているだけだっ」

「そう、それよ。 それが問題よな、力を与えられた者は例外なく力に酔うものだ。 余も例外ではないが……」

 

 噂はもう一つあった。

 スマホのアプリで『不思議なチート能力が得られる』と言う。

 

 何の代価もなしに、苦労もなしに、簡単に力を得るのが当たり前だと思っている人間にとっては、なんと甘い蜜だろう。

 無料より高いものはないと言うのに。

 

 自分が支払った代償よりも、良いものが簡単に手に入るなど、詐欺以外の何物でもない。そう思うのが当然だろうに、自分がいざその身になれば、冷静な判断など出来ないものだ。

 人間は、幸運や運命を信じたがる生き物なのだから。

 

「いいや、お前に聞いても時間の無駄か。 重要なことは知らされていないのだろう、それに殺すための覚悟が見えん」

「うるせぇ、殺すくらいがなんだ! もう何人も傷つけてきたぜ、覚悟なんて馬鹿にするな」

「いいや、そうではない」

 

 灰色の男はとうとう一歩を踏み込んだ。

 

「結果を背負うという覚悟だ」

 

 灰色の男、その目が赤く輝いた。

 その冷たい双眸が、悪党を射抜く。

 

 迷わず悪党は、その場から逃げ出した。

 踏み込んできた灰色の男には、容赦と言うものが抜け落ちていたのだ。

 

「ああ、まてまて。 逃げるな」

 

 逃げようとした男の足に何かが一斉に、黒い影がとびかかる。

 悪党はたまらず、その場に倒れこんだ。

 

「ぐあっ」

 

 痛みと共に、反射的に男の視線は足に向かう。それはネズミだった。

 ネズミが男の足に食らいつき、その肉をむさぼっているのだ。

 

「あああああっ、オレのっ。 オレの足があああ」

「あまり騒ぐな、足の一本や二本くれてやれ。 どうせ、また生えて来るのだろう? ……人間とはそういう生き物ではなかったか? 違ったかな?」

「やめろっ、やめろおっ」

「よせよせ、暴れるな……暴れるだけ無駄だ。 殺すなとは命じてあるが、反撃するなとは命じておらん。 より深く傷つくだけだぞ」

 

 しかし、悪党は必死なあまりネズミを追い払おうとして、より深い手傷を負い始めている。

理不尽への怒りの叫びか、あるいは悲鳴か。

払いのけようとした、手のひらまで食われているのだった。

 

悪党はパニックに陥り、もはや言葉が通じそうにない。

 

「……聞いてないか。 なぜ、こうも人間と言うのは話を聞かないのか。 特にすぐに攻撃的になる者は、警告に耳を傾けない者が多いな。 知性が足りないから暴力に走るのだろうか。 ネズミとて、機会をうかがうためならば耐えることを知ると言うのに」

「そこまでです!」

 

 そこにローブを着込んだ、10代の若者たちが立ちふさがる。

 先頭に立つのは、アンジェリカだった。

 

 灰色の男は、薄く笑う。

 

「ようやく来たか、警邏(けいら)騎士団とやら。 遅いぞ」

 

 灰色の男はネズミに命じて、悪党を黙らせた。

 一層強烈な悲鳴を上げて、悪党は泡を吹いて大人しくなる。

 ネズミたちも、どこをどのように噛めば、痛みが強くなるのか十分に心得ていた。

 

「ネズミ使い! 今夜こそ、捕まってもらいます」

「ふむ、また剣の乙女(アンジェリカ)とやらか。 懲りぬ娘よな」

 

 呆れと感心が混じったような声色で、灰色の男は呟いた。

 

「何度言えばわかる? 余はネズミ使いではなく、ネズミの王なのだ」

 

 灰色の男はため息を吐いた。

 人間は本当に物分かりが悪い、とそう言いたげだった。

 

「だが、余が名乗らぬことにも責任はあるか。 だが、名乗ってやっても良いが、魔術師とは力を秘匿し、時に名すらも秘するものと聞く。 であれば、余がここで名乗るのは無粋だろうな」

「ふざけるな!」

 

一番、若い騎士が憤る。

 

「ああ、そういえば。 この悪党のことだが。 確か魔術師が犯した罪は、より重くなるはずだったな。 聞きたいのだが、この場合は死刑でよいのか?」

「お前に刑を執行する資格はない!」

「今は、な。 ……まあ、良い。 この悪党は貴様らにくれてやろう、せいぜい治安の維持に励めよ」

「偉そうにぬかすな、犯罪者め」

「余が罪びとだと言うのならば、何の罪もない人びとを、悪人から守ることのできなかったお前たちはさぞかし立派な正義の味方なのだろう。 いや、まさか、いつの間やら犠牲者を多く出すことがこの世の正義になったのかね? ならば、さすがに余が謝罪せねばならないが?」

「まさか俺たちを馬鹿にしているのか!」

「わかりにくかったかね? おお、やはり謝るべきだった。 すまんな。 馬鹿にされていることを確認せねばならないほど、白痴だったとは気づかなんだ。 お前たちに知性がひとかけらでもあると過信していた、余の痛恨のミスであることをここに認めよう」

 

 憤る若い騎士を、眼鏡の騎士が差し止めた。

 

「冷静になれ、オグレナス」

 

 そして、眼鏡の男は、灰色の男に話しかける。

 

「いいか、確かにそこの男の罪は重い。 罪もなき人々を、魔術で傷つけた罪がある。 しかし、お前自身にも、許可なく他者に魔術による攻撃を仕掛けた罪がある」

「正当防衛……とやらにはならんのかね?」

「それを判断するのは、捕まえて話を聞いたうえで、だな。 ここは大人しく付いてきてもらおうか」

「それはごめんこうむる。 余はそれほど暇ではない。 悪を見逃しのさばらせた挙句、新たな犯行をするまで出遅れ、さらに既に犯人が無力化された後で駆けつける。 ……そのように生活しているわけではないからな」

 

 眼鏡の男は皮肉に対して、無反応だった。

 ただ、冷静であることに努めた。

 

「……では、大人しく同行する気はないのだな?」

「当然だ」

「では、私たちが相手をしましょう」

 

 アンジェリカが前に出た。

 眼鏡の男も、オグナレスと呼ばれた若手の騎士も武器を構える。

 眼鏡の男は燃え盛る槍を構え、オグナレスは電撃が迸る弓を構えてみせた。

 

 そして、最後にアンジェリカは剣を構え、名を告げる。

 

「我が名は、アンジェリカ・スキルヴィンク。 今代の『剣の乙女(レヴィアラタ)』にして、『炎の監視者(ウォッチャー)』警邏騎士が一人」

「ふむ。 さすがに名乗られたら、名乗り返すが礼儀か。 しかし、本来の名を明かせぬことは許せよ」

 

 わずかに考えて、灰色の男は告げた。

 

「……そうさな、今まで通りネズミの王とでも呼ぶがいい。 あるいは、そう、灰色歩き(グレイウォーカー)とでも名乗ろうか」

 

 そして、戦いが始まった。

 オグナレスが弓を構え、電撃を纏った矢をたちまち三連射してみせる。

 

「まさかそれで余を殺せると思っているのか? その矢弾は、少々軽すぎる」

 

 だが、そのすべてを灰色歩きは回避した。いや、矢が彼に命中しても、すり抜けるように貫き、一切の損傷を与えない。

 

「くっ、幻術の類か!」

 

 オグナレスが叫ぶ。

 一切、攻撃が通用しないのだ。

 

 眼鏡の槍使いは燃え盛る炎を、己の得物と共に叩きつける。

 だが、それは灰色歩きに片手で弾かれた。

 

「いや、幻術などではない。 そもそも保有している能力(ポテンシャル)に差があるのだ。 一個人の魔術では、余を傷つけることは出来ん」

 

二度三度と連撃を叩き込むが、片手で弾かれる。

 灰色歩きは、さらにもう片方の手を、眼鏡の男に振るう。

眼鏡の槍使いは己の武器で、攻撃を受け止めたがそのまま吹き飛ばされてしまった。

 

「人の子が一人で挑めば、例外なくこうなる」

「なら、これならどう!」

 

 アンジェリカが、光輝く剣を魔力により生み出す。その剣は意思があるかのように、灰色歩きに向かい、飛びかかる。その軌跡に残光。

 

「ふむ、これは避けられんか」

 

 灰色の男が手をかざすと、公園の樹木が幾重にも伸び、硬質化した盾となる。

 光る剣は、盾を貫通するが、数枚を貫き勢いが止まった。

 

「剣を飛ばすとは、いつ見ても変わった曲芸よな」

「曲芸じゃない! 魔術よ!」

 

 眼鏡の槍使いと、アンジェリカが連携。剣撃と槍を叩き込む。

 それが命中したかと思えば、灰色歩きの身体はネズミとなり、全てがすり抜けてしまった。

 

 そして、灰色の男は笑う。

 

「ほら、まずは一人目だ」

 

 オグナレスと呼ばれていた弓使いが倒れた。

 いつの間にか、その後ろに灰色歩きは立っていたのだ。

 

「仲間が静かになったことにも気づかぬ。 だから、付け入られる。 貴様たちは自分が冷静でいるつもりだろうが、事実はそうではない」

 

 残った眼鏡の槍使いが構えるが、動けない。

 目を離したつもりはなかったのにも関わらず、完全に出し抜かれたのだ。

 

 アンジェリカは、それでもなお剣を構えなおした。

 より、深く踏み込むために。

 

「本当に、人間は理解できん。 なぜ、か弱きものを虐げるものを殺さない? その悪党は力を使い、多くのものを傷つけた。 己の欲望を満たすために、か弱い婦女子を襲うこともあった。 なぜ、それを許す?」

「許したわけじゃない! ただ、私には裁く権利がないだけ」

 

 アンジェリカは剣を振るう。光の剣を繰り出し、幾重にも追撃を行う。

 それらがすべてすり抜ける。時に、片手で弾かれる。

 

「隙を見せたな! 灰色歩き(グレイウォーカー)!」

 

 背後から、眼鏡の槍使いが奇襲をかける。

 

「隙だと? 笑えるな、道化」

 

 槍使いは無数にはい出る樹木の蔦により、手足を絡めとられた。

 

「ミハイル!」

 

 アンジェリカが、眼鏡の槍使いに向かって叫ぶ。

 完全にアンジェリカに目が向いていたはずなのに。

 

「すべて見えている。 わが眼は数百にも及ぶと知れ」

「くぅ…… う、動けんっ!」

「いくら炎の槍と言っても、手足が使えなければ振るえぬだろう?」

 

 アンジェリカの視界が真っ赤に染まる。

そして、その身体に衝撃が走り、空中へと吹き飛ばされた。

 いつの間にか、灰色歩きは目前にいたのだ。さらに、空中で殴られ地面へと叩きつけられる。アンジェリカは反射的にシールド魔術で衝撃を緩和するも、倒れた先に大量のネズミたちが待ち構えていたことに、抵抗する意思を失った。

 

 動いたら、殺される。

 ネズミの群れからは、殺気が、強い意志が感じられる。

 それぞれが、なにかのモンスターであるかのようだ。

 

「そして、余の姿が見えていると思ったならば、それは勘違いだ。 余の姿を捉えているのではない。 余がその姿を晒しているだけなのだ」

 

 灰色歩きが手をかざすと、ミハイルを縛る蔦はさらに強烈に縛り付けた。

ミハイルの身体はミシミシと音を立てると、彼は呼吸が出来なくなり、意識を暗転させる。

 

「だが、不敬な者たちよ、余はお前たちを許そう。 余は寛大ゆえにな、いずれはお前たちは余の臣民となるのだから。 いやはや、今夜は思った程度には楽しめた」

 

 そして、灰色のローブを男は翻す。

 

「せいぜい励めよ、街の治安を守るがいい。 そこの悪党はお前たちに任せよう」

 

 灰色歩きは、全身をネズミに変えた。

 そのまま、ネズミたちは街のどこかへと、木々の茂みへと消えていく。

 灰色歩き(グレイウォーカー)がいた形跡はなに一つ残らない。

 

 あとに残されたアンジェリカたちは、無力をかみしめた。

 

「どうして……。 どうして、私達はあの男に勝てないの?」

 

 アンジェリカは、それでも立ち上がろうと力を振り絞った。

 

 街で広がりつつある、都市伝説。

 それは「悪党を懲らしめる、ネズミの王が存在する」と言うものだった。

 

 悪事を為す者は、ネズミに食われる、と。

 



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第23話 欠陥魔術師と魔術師の再戦

生前は、剣を振るうことに一生懸命になるなんて思わなかった。

 人生とはわからぬものである。

 

ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。

 

 かつては、全力を尽くすことに面白みを感じることはあったけど、誰かを傷つけるのなんて性に合わなかった。ましてや、傷つくことに身を晒したいとも思わなかった。

 それが、私だったはずなんだけどね。

 

 さて、魔術学園には訓練場と言う場所がある。

 

身体が治るまでは座学一辺倒だったが、そこそこ動けるようになった最近は、ここでの修練が日課になっている。

 

 以前から、個人的に模擬戦を行うことも、自主練習を行うこともあったけどね。やはり、恒常的に戦う相手がいると言うのは良い。

 初見殺しの技を磨くのが私の基本だけど、練習相手がいなければ、それも磨きようがない。

 

 私の目の前には、吉田純希がいた。

 それを見守るのは、指導教官であるロドキヌス師。

 

私たちは、以前、試練の塔を攻略するための訓練のために引き合わされた。

当初は、大した付き合いにならないだろうと思っていたのに、今や、連日連戦。毎日のように私たちは戦い競いあっている。

 

「どうしたよ? 今日は、そっちから掛かってこないのかよ」

 

 吉田くんは、警戒しながら私にそう尋ねた。

 以前と同様に、吉田くんの装備は大型杖のままだが、今やその姿に油断も感じ取れない。

 

「逆に、聞きたいんだけど。 君からは来ないの?」

「オレからは絶対、お前に近づかないからな!」

 

初日の件がトラウマになったのか、警戒の度合いがすごかった。

そのあとも、必ず1日に1回はひどい不意打ちを叩き込むことにしているので、それも原因かもしれない。

 

「そう? 先手くらい譲るけどなあ。 刀もありあわせの訓練武器じゃなくて、新しいのが用意できたから。 ちょっといろいろ試してみたいからね」

「なおさら嫌な予感しかしねえんだよ!」

 

 この疑われようである。

 私は肩をすくめて、刀を引き抜いた。

 

 飛燕(ひえん)と言う魔導器(セレクター)を元にした武器。

飛燕改、あえて名前を付けるとしたら、刃を黒塗りに染めたから『黒燕(クロツバメ)』と言ったところか。

 

飛燕は伸縮自在の刃を持つ刀剣だ。

魔術師の防護結界を貫通する性能がある。

さらに、基本的な伸縮変形パターンをあらかじめ8パターン登録している、日本の魔術化部隊でも採用されていた魔術兵装だ。廃れ気味だけど。

 

その飛燕の刀身を、あえて見づらくするために黒く染め(カッコいいからと言う理由もあるけど)、以前と同じく、本来のパターンよりも多い2倍の伸縮変形パターンを搭載してある。

前回の戦いを経て、『ヒイラギ形態』を含む、いざと言う時の仕込みもしているがそれはそうそう使うものでもない。

 

「どっちみち本調子じゃないし。 今回は、『馬鹿には見えない服(コモン・センス)』も、使わないって言っているのにねえ」

「お前がなんでもないような顔をしているときは、だいたいなんか企んでんだよ!」

 

 吉田くんにはひどい言われようである。

 何度か素手でボコボコにしたくらいで、なぜここまで言われるのか。

 

「仕方ないな。 でも、今回はいつもと条件が違うからね」

「じょ、条件だあ?」

「きみ、あれだろ。 北村翔悟とやらに勝ちたいんだろ」

 

 その名前を聞いた瞬間、吉田くんの目の色が変わる。

 

「ああ、そうだ! あいつには負けねえ!」

「熱いなぁ。 まあ、そういうのは嫌いじゃない。 そういう風にするのは趣味じゃないけどさ」

 

 それなら、私も手加減する理由はなかった。

 そこまで覚悟を決めている相手に、どうして手加減が出来ようか。

 

「それなら、今日は……本気で斬るぞ」

 

 吉田くんが半歩間合いを取り、槍のように大型杖(ロッド)を構えた。

 

 伸縮する刃が、吉田くんに迫る。

 『飛燕』はあらかじめ設定された一定のパターンでしか伸縮しないが、どんな軌道であれ、間合いの外から迫りくる刃は脅威だ。

 

 吉田くんは、冷静に大型杖(ロッド)を巧みに使い、刃を弾く。

 彼の立ち回りは、懐に入られることを警戒した防御的な立ち回りだ。

 

 私に格闘戦を挑まれるのが常になり、短剣を装備するようになったが、いまだに格闘戦となれば私に一日の長がある。

 

 だが、私には伸縮自在の剣がある。

 大型杖(ロッド)の間合いに優れた要素は、私に対しては必ずしもアドバンテージにならない。

 

 私の連続攻撃に、吉田くんは対応しきれなくなっていく。

 

「く、お前、飛燕だとか、なんでこんなに使いにくい武器が扱えんだよ!」

「そりゃ先生に恵まれたんだよ」

 

 魔術がまともに使えないので、それに割り振れる時間が長かったのもある。

 

 とはいえ、1年生のころにはほとんど目が出なかった。

 一朝一夕では、武術は身につかない。毎日の反復練習を積み重ねて、ようやく実践でとっさに使えるようになる。

 

 飛燕は、伸縮時に反動があるので、とっさに武器が跳ねてしまい、手の中で暴れて思わぬ動きをしたり、そのままどこかへ飛んで行ってしまうような事故も発生しやすい。

 だから、日本の魔術化部隊ではあまりはやらなかった。今、使われている魔剣は、もっぱら虎徹(コテツ)と言う名の魔導器(セレクター)である。

 

「飛燕は便利だよ。 確かに、一癖あるじゃじゃ馬だけど、慣れればかわいい奴だ」

「なにが、くぁわいいやつだ!」

 

 吉田くんは、私の攻撃をいなした瞬間に、大型杖(ロッド)から火炎の弾丸を打ち出した。一般的な炸裂魔術、『爆炎の槍(ブラストゴア)』の魔術式である。

 

飛燕による連続攻撃には、どうしても距離があるほど隙間ができる。そこを突かれた。

 だが、私にとっては、予想の範囲だ。

 

とっさに空中に足場を作り出し、蹴るようにして飛び跳ねるように回避する。兎跳び(バニーホップ)と呼ばれる魔動器(セレクター)を起動したのだ。

何もない空間に、加速可能なジャンプ台を作り出すことができる。

先読みして急加速さえすれば、そうそう当たるものでもない。

 

熱気はかすめることもなく、すれ違い、私のはるか後方で炸裂する。

 

 無防備に直撃すれば、一撃で仕留められてしまうだろうが、当たらなければいい。

 

「これで終わりじゃねえぜっ」

 

 大型杖(ロッド)から雷撃が走る。

それはそのまま鞭のようにしなり、私の動きを追い襲ってきた。

 

 『雷撃鞭』の魔術式だ。

電撃で編まれた鞭を作り出し、一定の範囲で操ることができる。これも伸縮自在で、飛燕に近い攻撃手段だ。

 

電撃に、刃で直接触れると、こちらが感電させられる羽目になる。

直撃しても、雷撃鞭で攻撃を受けとめられても危険……かなり面倒だ。

 

兎跳び(バニーホップ)を連続起動。何度も、空中飛びを高速で繰り返す。

より不規則な加速を繰り返すことで、雷撃鞭を回避し続ける。

 

 雷撃鞭の速度は、恐ろしいほどだ。だが、それを操る吉田くんの方が、高速で不規則に動く標的に、対応できるかと言えばそれは別の話である。

 

その合間を縫い、距離を詰めた。

空中で身体をひねりながら、『飛燕』を繰り出す。

 

「くっ」

 

 吉田くんの左肩に刃が命中。

 吉田くんを守る防護結界、ディフェンス(D)フィールド(F)が削られた。鈍い衝撃が走り、疑似的に発生した痺れが、その動きを鈍らせる。

 

 吉田くんは、左肩に攻撃を受けたため、両手で扱う大型杖(ロッド)の使用を維持できなくなった。杖を投げ出し、魔導器(セレクター)『ムラクモ』を右手で抜き起動。

ここぞとばかりに、近接戦闘を挑む私の一撃を受け止めた。

 

「負けてたまるかぁあああ!」

 

 『ムラクモ』は魔力をブレードに変換する魔導器(セレクター)。その込めた魔力が強大であるほどに、大きなブレードを形成する。

 

 飛び退こうとする私に向けて、巨大なブレードが生成された。

 ムラクモの刀身は大きさ問わず重さがなく、常に最速で振るわれる。

 

「――っ、受け止めきれないっ」

 

 勢いに負けて跳ね飛ばされる。

 

 吉田くんは、兎跳び(バニーホップ)で加速したのかそのまま、体勢を崩した私を追撃。

 そのまま、私に『ムラクモ』のブレードが私に突き刺さる……。

 

 そう思われた瞬間に、吉田くんの首にめがけて、飛燕が側面から炸裂した。

 

「ぐぁあああっ!?」

 

『吉田純希 DF残量ゼロ。 戦線を離脱します』

 

 無機質なアナウンスが耳元に流れる。

 実際には、目の前で倒れたままだけど。

 

 刃の縮む反動を、両手で受け止め、鞘に納める。

 ちょっと無茶な軌道で、長い曲線で伸ばしたせいで反動が大きい。

 片手で使える程度の反動で収まるように、軌道を修正しておかないと、実践では致命的な隙になるな、これ。

 

 飛燕は、伸ばした距離が長ければ長いほど、伸縮の反動が大きくなる。

 そのため、連続攻撃にどんどん支障が出る仕様になっている。

 

「本当にじゃじゃ馬だ」

 

 だからこそ、使いこなせたときの感動が大きいのだけど。

 

「ぜ、全然軌道が見えなかったぞ。 なんだ、今の」

「君の攻撃を受け止めた瞬間に、刃を伸ばしたんだよ。 君が追撃してくるであろうポイントにめがけて、時間差でね」

「俺の動きを予想してたのか」

「あの状況なら、絶対追撃してくるでしょ。 私がバランスを崩しながら退けばね」

 

 自分自身をおとりにするように、そのまま死角となる側面から刃を伸ばせばいい。

 黒く染め上げてるのもあるが、真横というのは、人間にとっては死角だ。

 ましてや、窮地がチャンスに変わった瞬間は、視界が狭まるだろう。

 

「くそ、近接戦闘になったらお前の方が分がある」

「そこは修練した期間の差だね。 それに、大型杖(ロッド)がそもそも近接戦闘に向かないんだよ。 接近できなければ、私が負ける」

「だけど、これは俺の魔力が尽きたら撃てなくなるぜ」

「そうだね。 だから、私は君の(たま)切れまでしのげばいい。 それまでに、私を接近させずに、仕留めれば君の勝ち」

 

 他にも、剣を使う生徒はいるようだが、ほとんど『飛燕』を使わない。飛び道具は、普通に魔術を使えばいいだけだからだ。

 それでも、大型杖(ロッド)相手に射撃戦闘を挑むのは避けたいところだろう。

 

 大型杖(ロッド)は、中距離戦に特化にした武装だ。

 シールドも展開できるし、登録した魔術式を発動させることで、強力な射撃戦闘が可能だ。

 燃費が大きいことを除けば、強力な武器だろう。

 

 まあ、私には使えないんだけどね。

 

「俺が不利じゃねえの?」

「回避動作だって魔力を使ってるし、攻撃権はそっちにあるよ。 私に先制をとらせるのが間違ってる。 吉田くんなにやら、私の言う通りにすることに拒否感があるみたいだけど、君が先手をとり主導権を握り続ければ、君が勝つんだから」

 

 ロドキヌス師が、私に同意した。

 

「その通りだ、吉田。 お前は相手に先手を譲るべきではなかったな」

「でも、コイツの言うとおりにしたら、嫌な予感がするんですよ」

「それが、すでにコイツのペースに乗せられてるんだ!」

 

 まるで、私が悪い知恵を働かせてるみたいに言うのはやめてもらえませんかね。

 

 ちなみに、ロドキヌス師は、一見、眼鏡でひょろっとした体形の冴えないおっさんである。

 しかし、その服の下は筋骨隆々だし、身長が170cmに対して体重が200kg近くある改造人間だ。絶対水に浮かばないと思う。

 

 生徒の白兵戦担当教官で、私達が『試練の塔』に挑むにあたって、指導をしてくれている。

この人が、私たちを指導する立場になったというのは、今考えても幸運だった。

 

生徒には厳しいが、論理派なだけあって理不尽なことは言わないし、きちんと指導もしてくれる。積極的に、自分を伸ばそうとする生徒にとっては良い先生だろう。

 

「こんなんで、翔悟に勝てるのかなあ」

「勝つとは、決戦競技(ディシプリン)ということか?」

「そうです!」

「うーん、決戦競技(ディシプリン)か……」

 

 ロドキヌス師が考え込む。

 私は首を傾げた。

 

「私は、あんまり決戦競技(ディシプリン)って詳しくないんだけど」

「要するに、チーム組んで戦うんだよ。 1チーム、3~4人くらいかな。 で、いくつかのチームでお互い同時に戦いあうの。 生き残ったもの勝ちのバトルロワイヤルだよ」

「なるほど?」

 

決戦競技(ディシプリン)とは、生徒が部隊を組み行う、模擬戦争である。

生徒たちは3~4名程度の部隊を組み、複数のチームの乱戦状態で戦力をぶつけ合う。

 

ルールは、簡単。

時間切れまで戦いあう。

生き残った部隊の中から、もっと多くの敵を倒した部隊が勝利する。

ただ、それだけだ。

 

安全面も考慮されていて、自分に掛けられた防護結界、ディフェンス(D)フィールド(F)を破壊された人間は失格となり、戦場の外に離脱(ワープ)する。

 

心臓や頭、首は致命的な部位として、ダメージを問わず失格となり、これも離脱(ワープ)させられる。

 

なお、破壊までいかずとも、ダメージを受けた部位に、疑似的に衝撃や痺れなどの悪影響(バッドステータス)を受けるため、なるべくダメージを避けるのが望ましい。

さっき吉田くんは私から攻撃を、左肩に受けたため、片腕が使えなくなったわけだ。

 

「それで、そんな戦争競技の(たぐい)にわざわざどうして?」

「翔悟の奴、部隊を結成したんだ。 これから『炎の監視者(ウォッチャー)』の代表になれるように、特訓するんだって!」

「代表?」

「ああ。 学校で大会をしてるのくらい知ってるだろ。 優勝とかいい成績出したら、施設とか貴重な素材とか、優先的に使わせてもらえるんだよ。 すごいサークルだと、シード権があるから」

「へえ…… それはいいね」

 

 北村翔悟、名前だけは知っている。

 同じ2年生で、私以外にマンティコアを初回の攻略で撃退した人物。

 

 1年の頃に関わりはなかったから、どんな人物かは詳しくは知らない。

ただ、地球人であるにもかかわらず、2年生に上がった瞬間、メジャーサークルである『炎の監視者(ウォッチャー)』に、なぜか2年に上がった瞬間に入会。

 

 噂によれば、彼は地球人ではあるものの、異世界の英雄の末裔であると言う。

いわば、血統主義(特別扱い)の申し子と言うやつだ。

 

どうでもいいと言えばいい。

でも、そういうものが個人的に気に入らないと言えば、その通りだ。

 

「だけどさ、吉田くん。 チームを組まないと出場できないよ」

「……まあ、それはそうなんだけどさ」

「友達同士で組んで出るの?」

「それはちょっとなあ。 友達の中に、あんまり真剣に戦う奴いないもん」

 

そりゃ、みんな遊び気分だから真剣に取り組む生徒は少ないだろう。

特に、地球の生徒だと、基本的に頑張る理由があまりない。

 

「でも、仲良くなれる人同士でやったほうがいいんじゃないの? とりあえず、友達誘ってみたら?」

「甘く見るな、決戦競技(ディシプリン)は戦争だ。 比喩ではなくな」

 

 ロドキヌス師が、そこにストップをかけた。

 

「あれは地球(マトリワラル)異世界(ニーダ)の戦力を、疑似的にぶつけ合うためのものだ。 お前たち生徒を、互いの世界の新兵と見立てて、戦い合わせることで、今後の戦力を互いに分析している」

「……ずいぶんと物騒な話ですね」

「一般的な生徒はそうでもないが、一部の生徒が取り組んでいるのは事実上、軍事訓練だろう。 特定の科目にある計算式も、戦闘におけるコストを計算するためのものだ」

 

 それ、生徒に行っていい話なんだろうか?

 

「あ、と言うことは! 真剣に一緒にやってくれる生徒もいますか!」

「……正直、そういった事情のある生徒たちは、もうすでに部隊を固めているだろう。 だから、新規でツテがない生徒が入り込む余地があまりないのが現実だ」

「と言うことは難しい?」

「残念ながらな……」

「そっかぁ」

 

 ロドキヌス師が申し訳なさそうにしている。

 簡単に手が貸せる話でも出ないようだ。

 

 でも、良い成績を残せば、施設の優先権とか、研究の支援を受けられるのはいいな。

 サークル単位で受けられる話を、個人で受けることが出来れば、研究もはかどりそうだ。

 

「先生、どっかの部隊(チーム)に入れてもらうとか無理なんスか?」

「一応、優秀な生徒をヘッドハントしている部隊もあるだろうが。 そこに上手く目を向けてもらえるかと言うと……な」

「うーん……」

「ひとまず、何らかの形で人を集めて、試合に出てみてだな。 そこで活躍することで、ヘッドハントされるかもしれない」

「どっちみち、簡単にはいかないんスね……」

 

 話を聞いている限り、ますますその北村翔悟くんとやらに与えられた境遇はずるいな。

 やる気がそこまでない仲間をかき集めて、活躍すると言うのもなかなか難しいだろうし。

 そもそも、他にメンバーを探している部隊とやらがあったとしても、活躍したところで、求めているメンバーかにもよるだろう。

 

狙撃手を探している部隊が、大型杖(ロッド)使いである吉田くんを見つけても、スカウトしようとは思わないよな。

 

「いっそやってみるか?」

 

私の中で、一つの選択肢が提示されつつあった。

 



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第24話 ひさしぶりのティータイム

生前は、野郎のエルフと抹茶パフェ食べることになるとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。

 

ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。

 

それはさておき相変わらず、エルフは美しい。

魔女も、おおよその場合、美しい。職業柄、美しい方が都合の良いこともあるのだろうけど、なにか美肌ケアとかしてるのだろうか。

どんな世界であろうと、美人=美肌、健康。

異世界であったとしても、肌が汚いことは、美人の条件にはなりえない。

 

これらはもちろん、同席しているこの男と女の子の話だ。

 

 久しぶりに、エルフのファルグリンと、魔女マリンカとお茶会をしているのである。

 彼らはサークルでの活動も忙しいようで、その中で発生した気になる出来事や、問題について、いくつか意見を交わすことになった。

 

 魔術師のサークルとは、基本的に研究や意見交換のための集まりである。

 

それぞれのサークルでは、互いの研究や活動を助ける自助活動も行われており、自分の研究を支援してもらえることの効果は大きい。

 特に彼らの所属するメジャーサークルでは、学校からの支援も望めるとあって、研究を志す魔術師にとっては、羨望の的だ。

 

「なんだかんだ、お前の意見は参考になるな」

「察しも悪くない……どころか。 見ていないことも、まるで見てきたかのように話すしね」

「大方、ここにいないパートナーとやらの働きなのだろうが」

 

 そう言って、ファルグリンは何かを探るように、部屋を見渡した。

 

「さて、なんのことやら」

 

 私は紅茶に口を付けた。

 下手なことは言わない方がよいだろう。

 

「にしても、少しは片づけたらどうだ?」

 

 ファルグリンは、部屋の惨状にあきれ気味だった。

 

 私の部屋は、スクロールや標本、採取した素材が瓶詰めにされているような有様だ。机には参考文献が山のように積み重なっている。

 どの書籍も、高価で買えないので、資料室から借りてきたものばかりだ。

 その書籍の山の横に、金色の『死者の手』が放置されている。触媒としても使える優れものだが、それが何にどこまで使えるものなのか、いまだに調査中だった。

 

 正直、最近では、同室のウィスルト先輩の領域まで、こういった資料が侵食しつつある。

 

「うーん、本当に散らかってるわね。 研究がはかどっていないのかしら?」

「逆だな。 こいつは研究に行き詰まりだすと、掃除をする癖がある」

「……掃除をすると、頭がすっきりするからね」

「研究は進まないがな」

 

 その通り。

部屋を整理整頓するのは、気分転換にはなるけど作業は進まない。

 ついつい勉強や研究がはかどらないと、掃除に逃げたくなってしまう。

 

「だから、こいつはこれで調子が良いのだろう」

 

 そう、エルフのファルグリンはすまし顔で言った。

 こういう態度が似合うあたり、美形と言うのは徳である。

 

なお、ファルグリンとは、古いエルフの言葉で、運命を司る精霊を意味するのだそうだ。

 フルネームはかなり長いらしい。興味もないけど。

 

「まあ、そうだね。 最近、私はやりたいことが出来てるかな」

「やりたいこと?」

「そう。 手に入った魔導器(セレクター)が、非常に好都合でね。 とても面白いんだ、これが」

 

 ドワーフのナールから譲り受けた『死者の手』だった。

 これは私の秘術『ハーメルン』にも、相性が非常によかった。

 最近までは、魔術が医者に止められていたので、実験はできなかったものの、いくつか幅広い使い方ができるものと判明している。

 

「今度、ネズミで実験しようと思ってる。 実験用のネズミの都合は、テイラーに任せればなんとかなるだろう」

 

 私がこういうと、二人にありえないことを言ったかのように糾弾された。

 

「お前、それ、ネズミの使い魔に頼むのか? 同族を実験台にするから、連れて来いと」

「そうだよ? なんか変?」

「……あなた、本当に恐ろしいわね」

「今までも実験してきたから、テイラーも慣れたもんだよ」

「そういうところだからな? お前、本当にそういうところが問題だからな!」

 

 私は首をかしげる。

 

「マリンカは、賢鷹ペラフォルンに実験用の鳥をねだったことはないの?」

 

 賢鷹ペラフォルンは、魔女マリンカが代々継承する使い魔。すさまじい魔力を秘めた、賢者の如く賢い鷹である。

 マリンカは強い剣幕で、否定した。

 

「そんなことを頼むなんて、あるわけないでしょう!」

「ふーん。 じゃ、ネズミで実験したことは?」

「そ、それはあるけど……」

「なら、いいじゃない。 なにが違うの?」

「なにかが違うわよ、なにかが!」

 

 それに対し、ファルグリンはクッキーを口にしつつも、マリンカを制止した。

 

「諦めておけ、マリンカ。 こいつは、そのあたりの感覚を読まない。 読めないんじゃなくて読まない。 時間の無駄だ」

 

 ひどい言われようである。

 まったくなにに、こだわっているのやら。

 

「なんていうか、あなた、わたしのママにそっくり」

「君のママに?」

「ええ、ママは魔女らしい魔女だったわ」

「……それは、ありがとう」

 

 一般に、母親に似てると言われるのは、誉め言葉だろうか。

 女性は「ママが褒めてたわ」なんて、母親の言葉を借りる人がいるけど。

うん、あれもいまいち理解できない習性である。

 

「あ、紅茶のお代りはいるかい?」

「いえ、今は結構よ」

 

 即座に断られた。

どうして、さっきからマリンカが疲れ気味なんだろう。

 

「あ、そういえば。 私も決戦競技(ディシプリン)とやらに興味があってね。 参加してみようと思うんだけど、どう思う?」

 

 突然の問いに、二人は困惑した。

 思いもよらないといった風だった。

 

「どう思うと言われてもな……」

決戦競技(ディシプリン)なんて、あなたの性に合わなそうだけどね」

 

 それはどういう意味なんだろう。

 

「と言うよりも、お前は『魔術障害』の持ち主だろう。 そうそも戦えるのか?」

「うーん、なんか調べてみたらルールが結構、厳密なんだよね」

 

 決戦競技(ディシプリン)では、決められた規格(レギュレーション)の範囲で、装備や魔術を使い戦わねばならないようだった。

 

「私の『馬鹿には見えない服(コモン・センス)』とか、錬金術のアイテムがだいたい使えないんだよね」

「想定されてないからな。 魔術が普通に使える人間用のルールだ」

「だから、試練の塔で戦ったやり方だと失格になっちゃうね」

 

 戦闘スタイルは、必然的に『黒燕(クロツバメ)』で飛燕を起動して、敵を斬る。

 兎跳び(バニーホップ)でどんどん飛び込んでいく。みたいになる。

 

 吉田くんとは一応それでやりあえたけど、部隊だとどうだろうか?

 

「うーん、ただね。 あなた、マンティコアを倒したんだもの。 戦えるなら、喜んで部隊に入れてくるところもあるかもよ?」

「それって、どこかのサークルに所属するとか? それは有難いけど、どうせやるなら、優勝でもらえる特権とか総取りしたい」

「……発想が海賊ね」

「それは冗談だけど、ね。 私は競技には素人だから、まだそれ以前の問題だよ」

「それなら、なおさらどこかに入れてもらった方がいいと思うけど」

「うーん……」

 

 決戦競技(ディシプリン)はあくまで競技。

 ルール上は、各チーム、同様の規格(レギュレーション)にのっとり装備を使い同条件で争うことになる。

 つまり、とてつもなく強い魔導器(セレクター)を持ち出したり、破壊力が大きすぎたり、競技性を損ねるような魔術は使われないし、使わない。

 

「どうせやるなら、自分でチームを組みたいけど、定石(セオリー)もわからないんだよね」

「わたしは、それはいきなり高望みしすぎだと思うわ」

 

 マリンカは、あくまでどこかのチームに入れてもらうことを推奨したいようだった。

 

「ファルグリンはどう思う?」

部隊(チーム)を組む際に、きちんと戦術や定石(セオリー)を理解しているものを引き入れるならありなんじゃないか」

「ちなみに、ファルグリンはやらない?」

「やらない。 『青き一角獣(ラース)』でも誘われたが、魔力制御装置(リミッター)を付けようと思わない」

「……魔力制御装置(リミッター)?」

 

 突然知らない言葉が飛び出した。

 

「僕はエルフだからね。 魔力制御装置(リミッター)を付ける必要があるんだよ。 もともとの魔力が、人間とは違いすぎるからね」

「……エルフが付けるためのリミッター? そんなのあるの?」

「ピアスやリングのようなアクセサリー状で、簡単に付けるものなら一般的だな」

「一般的って?」

 

 私が疑問を声に出すと、マリンカが答えた。

 すこし、お姉さんぶっているように見えた。

 

「エルフに限らないけど、魔力が高すぎて、生活に支障がある場合とかもあるわ。 それに無意識に魔術を使ってしまう体質とかだと、取り付けることがあるわね」

「そんな簡単に無意識に発動することなんてありえるのかい?」

「思ったことが、無意識に常に発動するまで行くと稀だけど、ゼロではないわ。 あと、ほら、感情的になると魔術が発動しちゃうとか……それを放置するなんてありえないでしょ」

「頭で考えただけで、魔術が発動するとか怖すぎるんだけど」

「完全に歩く凶器よ。 高い素養を持つ子供が、教育を受けないまま、魔術を暴発させる事件もあるわ」

「それは、人が亡くなったりすることもある?」

「そこまでの惨事は少ないけど、誰かが怪我を負うことは珍しくない……かな。 そういうことが起きるだけに、未開の地では、魔術師に恐怖を抱くことも多いの」

「……なら、意外と魔力制御装置(リミッター)って需要があるものなんだね」

 

 なぜかファルグリンは皮肉気に笑った。

 

「寝ている間に、魔術を発動させて家をめちゃくちゃにする者もいるみたいだからな」

「それは、下手に寝ぼけられないね……怖いなあ」

「心配しなくても、お前は大丈夫だよ」

「はいはい。 どうせ、私は欠陥魔術師ですよ」

 

 なるほど、結局のところ、ファルグリンは魔力制御装置(リミッター)を付けたくないから、決戦競技(ディシプリン)には出たくないわけだ。

 となると……。

 

「それなら、マリンカは? マリンカは出ないの?」

「そんなついでみたいに、聞かれても……」

「ついでじゃないよ、マリンカなら一緒に部隊組みたいな」

「……わ、わたしもサークルに所属してるし」

「そんなの関係ないよ。 君のサークルって、研究成果の権利にはうるさいけど、あとは自由でしょ」

 

マリンカが所属しているサークルは、『孤高の夜鳴鶯(ナイチンゲール)』。

 

5つあるメジャーサークルの1つであり、徹底した個人自由主義のサークルだ。

『個人の研究成果は、サークルにも五分の条件で権利が帰属する』と言う条件は付くが、個人が研究に没頭できるよう全面的に支援してくれる。

 

私が所属できる可能性が高いとしたら、ここだった。

ただし、残念ながら、私の研究内容が秘匿対象であるがために、サークルの条件から外れてしまっている。

 

「『孤高の夜鳴鶯(ナイチンゲール)』も代表部隊を選抜してるけど、そこに加わることにこだわらなければいいよね。 そしたら、他のサークルじゃない人と部隊組んでも問題ないよね」

「そ、そういうところには詳しいんだからっ」

「あたりまえだよ! サークルに入りたいもん」

 

 私は、自分の欲望には正直である。

 

「じゃ、さっきのわたしの案は? どこかのサークルの部隊に入る!」

「私はマリンカと一緒がいいな」

 

 こういう時、相手の言葉に少しでも耳を傾けると、ダメである。

 相手を全面肯定しつつ、意見には一切耳を傾けない。

 

「どこかのサークルとかじゃなくて。 私は君と一緒に組みたいな」

「……言っとくけど、ペラフォルンは試合に出せないからね」

 

 いや、そりゃ、まあ、賢鷹ペラフォルンはいてくれると戦力になると思うけど。

 

決戦競技(ディシプリン)は、使い魔の使用も制限されるわよ」

「そうなの?」

 

 ファルグリンは頷いた。

 

「ルール上は、使い魔は部隊メンバーに含めなきゃならない」

 

 だとすると、もし私がテイラーを試合中に使おうとしたら、部隊の人数にテイラーを含める必要があった。

 

「でも、私は、『使い魔なんだから数に含めなくてもいい』と思うけど」

「よく考えてみて。 それだと、無制限に使い魔が使えることになる。 使い魔が多いチームが数の暴力で勝てちゃうわ」

「じゃ、例えば、1チーム1匹とか」

「そもそも使い魔を持ってない人もいるわよね。 不公平じゃない?」

 

 完全に論破されてしまった。

 

「あと、使い魔を部隊に入れるとしても、魔力の強い個体は制限(リミッター)を掛けなきゃいけないわ。 単騎での戦闘力が高すぎるものは、完全に禁止されてる」

「めんどくさいなー」

「使い魔の中には、魔獣に匹敵するものを使う人もいるから、下手したら勝負にならないわよ。 だから、私のペラフォルンとか、完全に規格(レギュレーション)に引っかかるもの」

「それでペラフォルンも?!」

 

 賢鷹ペラフォルンは、確かに見事な使い魔だけど。

 あれが、そこまで強いとは思っていなかった。

 

「代々引き継いでるんだもの。 今までの歴代の魔女マリンカを補佐していただけあって、普通のやり方じゃ使い魔にできないほどの力を秘めてるわよ」

「やっぱり、血筋がしっかりしている魔術師の家系ってそれだけでも強いな」

「それに、ありえないけど、ドラゴンみたいな使い魔を用意したら競技にならないし」

そんなもの(ドラゴン)を認めてる競技があったら、頭がおかしすぎるよ!?」

 

 確かに、競技として勝負をするんだから、無制限なわけはない。

 一方的に、ずるいやり方で勝ちが決まってしまうものは、競技として成立しないだろう。

 あまりにも公正(フェア)じゃない。

 

「じゃ、やっぱりマリンカがいてくれた方がいいじゃん」

「なんでそうなるの」

「詳しいし、いてくれると助かる」

 

 マリンカは嫌そうな顔をした。

 

「結局、詳しそうなら誰でもいいんでしょ」

「いや、そんなことはない。 それにペラフォルンがいないとしても、君がいてほしいのは変わらない」

「なんか調子いいなあ……」

「そうかな?」

 

 都合がいいように言ってるのは、否定しないけど。

 マリンカを味方にできたら、どう考えても強いと思うんだけど。

 

「すこし考えさせてもらっていい? ……あんまり気乗りしないから」

「まあ、考えてもらえるだけいいや。 あ、お茶がぬるくなったね、新しく淹れる?」

 

 ファルグリンは、空のカップを差し出した。

 

「頼む」

「……任せるわ」

 

 私は頷いて、受け取った。

 なんだかマリンカが、どっと疲れた顔をしたのが印象的なお茶会だった。

 

 ウィスルト先輩が、入口の扉をうっすら開けて言う。

 

「あの、ここ、俺の部屋なんだけど。 入ってもいいんだよね?」

 

 誰も返事をしなかった。

 



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第25話 吉田少年 ~決意の日~

オレが……つまり、吉田 純希(オレ)があいつを意識したのは必然だった。

それこそ、普通から考えてみれば、オレは決して出来が悪いわけじゃなかったと思う。

 

勉強だって頑張ってたし、運動だって頑張った。

幼稚園では、いつだってかけっこで一番だった。

どんなに友達が走るのが遅くっても、おれがその分、速く走った。

 

ひらがなだって、すぐに覚えたのが自慢だった。

絵をかくのとか、苦手だったけど、それはもっとすごいやつがいるから、それでよかった。

オレは、自分にはできないことを、丁寧にやり遂げる友達が自慢だった。

 

だけど、そんな考えも、小学校に上がってそれが全部変わった。

 

「翔悟くん、すごーい!」

「なんでも一番だもんね」

「……いや、別に普通にしてるだけだよ。 みんあ大げさだな」

 

どれだけ頑張っても届かない。

オレがいなくても、あいつはなにも困らない。

みんながあいつを、持ち上げて。いつだって望まれる。

 

 それでも、あいつは優しくていい奴だった。

 

あいつは、困ってるやつを見つけたら、放っておけない。

そんな奴を嫌うなんておかしいだろ。

だから、オレは嫌えなかった。

 

「え、純希。 手伝ってくれんの?」

「べつに。 友達を助けるなんて、普通のことだろ」

「そうだなっ! ありがとう!」

 

だから、憎みたくなかった。

……オレはあいつを友達だと思っていた。

対等な仲間だって!

でも、あいつはそうじゃなかった。

 

「なんで、お前、そんなに運動もできるの?」

「今まで、家で鍛え上げられてきたからな。 こんなもの遊びみたいなもんだ」

 

あいつはいつだって、そうだ。

 いつも、オレよりずっと先にいる。

 どれだけ頑張っても、ずっと先にいる。

 泥だらけになっても、傷だらけになるくらい頑張っても。

 

「あいつは特別だからな」

「張り合うのがばかばかしくなっちゃうぜ」

「やめとけよ、頑張るなんてやるだけ無駄だって」

 

 何言ってんだよ。

 それでいいわけがないだろ。

 オレは諦めきれなかった。

 

 でも、あいつは言うんだ。

「別に、ただ普通にやってるだけだよ」って。

 

「特別なことは何もしてないんだけどな」

「そんことねえよ。 いつだって目立ってて……お前は、翔悟はすごいよな」

「……ええ。 おれ、目立つとか、そんなつもりなかったんだけどな」

 

 くやしかった。

 くやしかったけど、オレは友達だから。

 あいつはオレの仲間だから!

 

 そう思って、何とか頑張ってきた。

 頑張っても、追いつけないのはわかっていたけど。

 

 でも、オレは選ばれた。

 魔術が使える素質があるって、ここに来ることが出来た。

 ようやく、オレだって特別になれるんだって思った。

 

 ……そこにも、あいつはいた。

 

「ええっ? みんな驚いたって……それって予想よりも弱すぎるってことだよな?」

 

 いつもみたいに、あいつは言い続けた。

 自分は普通にやってるだけだって。

 『当たり前にしているだけ』なのに、おおげさすぎるって。

 

「……触媒(つえ)? そんなものがなくても魔術なんて使えるだろ」

「そんなこと、誰にもできないよ……」

「そんなことないって。 ちょっと練習すれば、誰にだってできるよ」

 

 どんな時だって、一番なのは魔術を学んでからも変わらない。

 あいつは、すごいやつだ。

 

「すごいだって? これでも加減したんだけど」

 

 理解できなかった。

 なにをいっているのか、まるでわからない。

 あいつは、いっこうに認めようとしない。

 自分が普通で、俺たちが『間違ってる』っていう。

 

 ……それでも、オレは対等な友達でいたかった。

 

「……なんで怒ってるんだよ」

「今の試合! わざと負けただろう!」

「……いや、それは」

 

 オレは泣きそうだった。

 こいつは、悪い奴じゃない。そう思ってた。

 

「なんで手加減したんだっ!」

「だって……、お前があまりにも必死だから『     』だろう?」

 

 ぜんぶ。

 ぜんぶ、ぶっ壊れた。

 オレが必死になって頑張っても、それはまるで届いてなかった。

 翔悟(あいつ)の心に届いてなかったんだ。

 

 諦められないオレは、それでも変わらないまま。

 『試練の塔』を目指した。

 あいつが行くって、言ってたから。

 そこで結果を出せれば、あいつだって考えを変えるはずだ。

 

 手は抜けないって。

 人一倍頑張って追いつこうとする、それに意味はあるって。

 オレを対等に見ようとするはずだった。

 

 だけど、ちょっとオレも勘違いしてた。

 オレも相手をちゃんと見るべきだった。

 

 魔術がろくに使えない同級生。

廿日陽介(はつか ようすけ)と言う変わり者。

『試練の塔』を目指すにあたって、最初に戦うことになったのは、自分より弱いと思ってた相手だった。

 

「コイツと? でも、コイツはまともに魔術が使えないんじゃないですか?」

 

 こんなの弱い者いじめだ。

 オレは、ロドキヌス師が言うことに、驚きを隠せなかった。

 こんなことしちゃいけない。

 

 でも、ロドキヌス師は言った。

 

「問題ない。 最低限、試合にはなるレベルだ」

「問題ない……ってたってよ?」

 

 オレは、廿日を見た。

 俺より背が低くて、なよってしてる。

 全然強そうには見えない。

 

 こいつは魔術が苦手だから、戦闘訓練も剣ばかり。

 それで、よくみんなに負けてるって聞いた。

 それなのに、何度もエルフに勝負を挑んでボコボコにされてるって。

 

 みんなにも馬鹿にされてて、かわいそうなやつって思った。

 

 そんなことを思ってたら、なんでもないことのように廿日は言うんだ。

「いいよ、やろうよ」って。

 

 でも、オレは手加減は絶対にしない。

 わざと負けたりなんかしない。

 

「……いいのかよ、手加減はしねえぞ。 わざと負けたりなんかしねえからな」

「かまわないよ、こっちも全力だ」

「なら、後悔させてやる」

 

 オレは試合でそうそう負けたことがない。

 同じように、異世界出身じゃない相手にはまず負けない。

 大型杖(ロッド)の使い方には、誰にも負けない自信があった。

 どんな奴だって、近づく前にやっつけてやる。それだけの練習は重ねた。

 

 ……翔悟には、一度も勝てなかったけど。

 それどころか、相手にもされてなかったけど。

 

 試合の直前、廿日はロドキヌス師と何かを話していた。

オレには、いつも厳しいあの先生と、どこか親しげに見えた。

 すごい年が離れてるはずなのに、まるで友人みたいに話しているように見えた。

 

 オレは気になって、聞いた。

 試合前の準備運動、大型杖(ロッド)を慣らし、いつでも戦える態勢を整えながら。

 

「ロドキヌス師と何を話したんだ?」

 

 あいつは隠そうともしなかった。

 

「吉田くんがどれくらい強いのか聞いてみたのさ」

 

 今思えば、どこか年上みたいな空気を、廿日はまとっていたかもしれない。

 あまりにもあっけらかんに、オレの話をしてたと言った。

 

「……なんて言ってた?」

「一般生徒の中では、トップクラスに強いってさ」

「……へえ」

 

 一般生徒の中では、トップクラスに強い。

 翔悟は、一般生徒じゃないってことだ。

 『普通にしてるだけ』と。

 

 それに、こいつにも腹が立った。

 自分より、相手が褒められてるのに、全然悔しそうにしないなんて。

 最初から、勝つ気がないんじゃないのか。

 

「おや? なんだか納得いかなそうだね」

「べつに。 はやくお前をぶったおして、はやく先生に強くしてもらうんだ」

「もう勝ったつもりなの?」

 

 廿日は、ごく自然にそういった。

 勝ち敗けはまだ決まってないと、そう言ったんだ。

 

 馬鹿にするなよ、オレは知っている。

 

「オマエが、まともに魔術が使えないのは知ってるんだよ」

「それはそれは。 私は知らない間に、有名になってしまったんだな」

 

オレは絶対に手加減しない。

 でも、廿日は言うんだ。

 

「甘く見るなよ、これで一度だけエルフから一本取ったんだ」

 

 そんなこと、あるわけなかった。

 エルフのファルグリンくらいオレだって知っている。

 

 エルフは特別だ。

誰だってエルフには勝てない。それこそ……翔悟と同じくらいかもしれない。

 オレは、いつか勝つつもりだけど、廿日が一本取ったなんてありえない。

 

「……嘘つきだろ、オマエ」

「本当だよ、先生から君の強さを教えてもらったからね。 言わないと卑怯に思ったのさ」

 

 どうして、あの時、廿日を見てると。

 あんなに腹が立ったんだろう。

 今思えば、信じられないくらいだった。絶対にぶちのめしてやろうと思った。

 

 でも、結果は逆に、オレが負けたんだ。

 そう、惨敗だった。

 油断していたのかもしれない。まともに魔術を使えないって、決めつけてた。

 

 それじゃだめだったんだよな。

 それじゃ翔悟(あいつ)と同じだ。

 オレは廿日に教えてもらった。きちんと相手を見ようって。

 

 その日は、そのあと負けなかったけど。

 今じゃ、たくさん負けてる。たくさん勝ってもいるけど。

 全然、お互い武器も得意なことも違うから、勝ったり負けたりだ。

 自分の思うとおりにできた方が勝つかんじ。

 

 試合の後、ゆっくり話してみたら、すごいやつだってわかった。

 

「そういや、オマエ。 試練の塔に挑むのは生活のためなんだっけ?」

「そう」

「そんなに困ってるの?」

「まあね、父親が死んでてさ、弟たちの生活もあるしね」

 

 びっくりした。

 そんな話、聞いたこともなかった。

 確かに、魔術学園に入るとお金が入るっていうけど、それで生活を何とかしてるなんて思ってもみなかった。

 でも、よくよく周りから話を聞いたら、そういう家って結構あるんだよな。

 

 廿日は『普通のことをしてる』みたいに言うんだ。

 

「母親は働いていると思うけど、今は一緒にいないから知らない。 でも、私がこの学校に来てるから家計は助かってるんじゃない? 少なくとも、特待生の間は大丈夫だと思うよ」

 

 オレは謝りたくなった。

 オレも、どこかでコイツのことを馬鹿にしていたところがあった。

 そんな気がした。

 

 だけど、廿日は変わり者だから、またわけわかんないこと言うんだ。

 

「そう? 人間なんて、話したこともない相手のことをボロクソに言ったりするもんじゃない? 昔からそんなもんだったよ」

 

 もしかして、廿日は昔から誤解されてたんじゃないだろうか。

 たくさん誤解されて、たくさん馬鹿にされた。

 でも、きちんと受け止めて前を向いてる。

 

 廿日もオレの話を聞いてくれた。

 

「そういう君は、勝ちたい相手がいるんだって?」

「ああ、そうだぜ」

「どんなやつさ、それ」

 

 本当は黙っておこうと思ったけど、廿日があまりにもいろいろ話してくれるから。

 黙ってるのも、ちょっとやだった。

 

「オレと翔悟のやつとは、そんなに差はなかったんだ。 最初の頃はな」

「まあ、みんなスタートラインは同じだよね」

 

 魔術学園に入った時、スタートラインは同じだった。

 でも、急に様子が変わったんだ。

 

「途中から校長の孫とか言う先輩と同室になってさ」

 

特別扱いされて、個別に一人だけ色んな先生に教えてもらえるようになった。

急激に力をつけた翔悟は、試合じゃ負けなしだった。すぐに他の生徒と一緒には、戦わなくなった。

 

触媒(つえ)なしで魔術も使えると言っていた。

 2年に上がる前には、メジャーサークルだかってところに入るのが決まった。

なんでも、あいつは英雄の息子だから特別らしい。意味わかんねえよ。

 

「それでもオレ、必死になって頑張ってさ。 それでも全然勝てなくて。 そしたら、ある時、アイツわざとオレに負けやがったんだ」

「わざと負ける?」

「ああ、手抜きしやがった。 頭にきて、なんでこんなことしたのか聞いたらよ。 アイツ、オレのこと『可哀そうだから』って言いやがったんだ!」

 

 オレは涙がこらえきれなかった。

我慢しようとしても、次から次に、ぽろぽろこぼれ始めた。

 

「オレ、くやしくってよう……くやしくて、しかたなくて。 でも、どうしたらいいかわからなくて……」

 

 次から次に涙がこぼれて、我慢できない。

 なんで、オレはこんなにかっこ悪いんだろう。

 頑張っても『可哀そう』に思われるだけ。

 オレはそんなに可哀そうなやつか? オレは……。

 

「君の気持ちはわかった」

 

 お前に何がわかるんだって、怒りたくなった。

 自分に腹が立って、廿日の言葉に『お前に何がわかるって言いたくなった』

 

「私は君に協力したいってことだ。 手助けがしたい」

 

 廿日は、オレを認めてくれた。

 

「勝負して分かった、君はたくさん頑張ってる」

 

 一番、言ってほしかったことを言ってくれた。

 

「すごい強いよ、君は『可哀そう』なんかじゃない。 君のような奴は、報われるべきだ。 というか、報われてほしい」

 

 廿日は苦笑する。

 そして、困ったような表情で、言った。

 

「……なんだかこう他人事に思えなくて」

 

 こいつも、勝てないエルフに挑んだ。

 それで、一本取ったんだ。

 オレは信じる。

 たぶん、廿日は本当に一本エルフからとったんだ。

 

「どちらにしろ、試練の塔に挑む仲間なんだ。 協力するに越したことはないだろ」

「そりゃ、確かにそうだな」

 

 それから、廿日はオレの仲間になった。

 この日から、本当に仲間になった。

 

 廿日陽介もすごいやつだった。

 翔悟が『マンティコア』をやっつけたって聞いた時、オレは「またか」って思った。

 オレは試練の塔の様子をある程度見たら、抜けて準備に走ったのに。

 

 でも、すごいよな。

 廿日陽介。あいつも『マンティコア』をやっつけたっていうんだ。

 オレは、悔しい気持ちの方がいっぱいだったけど、ちょっと嬉しかった。

 

馬鹿にされていた廿日が、それだけじゃなくなる。

 でも、オレの方が早く気づいてたんだぜ。あいつはすごいって。

 

 廿日は、オレと頑張って勝負してるのに、それでもやっつけたんだ。

 だから、オレも頑張ればそこまでいける。

 廿日は、同じ仲間だからな。オレくらいは、信じて喜んでやらなきゃな。

 

 ただ、焦る気持ちもすごくあって、それでロドキヌス師に怒られたりもした。

 ロドキヌス師は、オレのことをよく見ていて、焦る気持ちをすぐに見抜いた。

 

「お前には、お前のやり方がある。 お前にしかできないこともたくさんある。 焦るとそれが出来なくなるかもしれない、それはもったいないぞ」って。

 ロドキヌス師は、じっくりオレの話を聞きながら、そう教えてくれた。

 

 それっていつのことなのって、そういう気持ちも強かったけど、それはすぐに訪れた。

 それでも、びっくりしたけどな。

 

「吉田くん。 私と部隊を組む気はないかい?」

「ええっ!?」

 

 確かに、一緒に組む相手は探していたけど。

 声をかけてくる奴がいるとは、思ってなかった。

 だって、それは翔悟とも戦うってことだ。

 

「お前、本気かよ?」

「本気だけど、君はいやなの?」

「いやじゃねえぜ、ぜんぜん」

 

 こいつなら、どんなに負けても立ち上がってくれる。

 そういう信頼があった。

 俺たちは、もう何度もやりあってるから、お互いの戦い方もわかるし。ばっちりだ。

 

「前向きに考えてくれるならよかった」

「前向きっていうか、オレは陽介と部隊組むのは全然ありだぜ」

「そうかい?」

「ああ、陽介は訓練も手を抜かねえし、変わってるけどマジメだかんな」

「マジメなのはまだしも、変わってるのは誉め言葉なのかなあ」

「実際、変わってるだろ」

 

 いつのまにか、オレは廿日のことを『陽介』って名前で呼んでいた。

 

「むしろ、お前こそ俺でいいのかよ」

「……いいから誘ってるんだけど、どうして?」

「お前だったら、もっと強い奴誘うんじゃないかって」

「そりゃ本音を言えば、正当な魔術師の家系で跡継ぎの人を誘うなり、エルフのファルグリン誘えたら最強だと思うけど」

「……堂々過ぎて身も蓋もねえ、ってまさにこのことだな。 オレが言うのもなんだけど、もうすこし気を遣えよ」

 

 開いた口がふさがらない。

 本人を目の前にして、よく言うぜ。

 

「でも、君は北村翔悟を倒したいんだろ」

 

 そうだ、オレはあいつを倒したい。

 

「……だからさ。 私は君の力になりたいし。 君がそう言う気持ちがあるなら、私は君を信頼できる」

「信頼?」

「そうさ。 だって、君が『北村翔悟』に勝ちたいって気持ちは……誰にも負けないだろ」

 

 そうだ。

 その気持ちだけは、絶対誰にも負けない。

 

「絶対、君は諦めない。 何度、負けても立ち上がるっていうなら、ぜひ一緒に戦ってほしい」

 

 オレが断る理由なんてなかった。

 



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第26話 剣の乙女アンジェリカ、郊外の戦い ~その1

札幌市は、人口こそ日本の中でもかなり多い。

だが、都市部を少し外れ、郊外に入れば、農業をしている地域も近く、すぐに山中に入ることになる。

 そうなれば、夜ともなれば明かりも少なくなる。

 

そんな中、ここに、魔術学園が誇る警邏(けいら)騎士たちは、次々にそんな郊外へと急いでいた。

 

 剣の乙女、アンジェリカ・スキルヴィンクもまたその騎士の一人だ。

 警邏騎士。それは街をパトロールし、魔術事件に対応するための魔術学園の戦力である。

 その戦力の多くが、戦闘技能を修めた生徒たちから選抜された者たちだった。

 

アンジェリカは、鞘に納めた剣の感触を確かめながら、心を落ち着けた。

 彼女は、仲間である槍使いミハイルに尋ねた。

 

「本当に、ここで集会が?」

 

 そこは、木々に囲われた倉庫だった。

 何人もの人間の気配がいるのがわかった。

倉庫の目の前にある駐車場に、見張りが二人ほど立っている。

 

 ミハイルは、眼鏡のズレを指先で直した。

 

「ええ、少なくとも奴ら(チーター)が集まっているのは確かです」

 

チーター。

 一般にチートを行う者だ。チートとは、「騙す」「不正をする」「イカサマをする」などを意味する言葉である。

ゲームにおいては、プログラムなどによるゲーム内容の改変などを意味し、当然ながら、対戦やオンラインゲームにおいて、嫌悪されるだけではなく、明確な犯罪行為である。

 

 そう地球の役人から説明されたのを、思い返してアンジェリカは頷く。

 

「……不正者(チーター)とはよくいったものですね」

 

 街に流れる噂は真実だった。

 都市伝説。スマホのアプリで、『不思議なチート能力が得られる』と言う他愛もない噂。

 スマホアプリ『世界改変(チェンジ・ザ・ワールド)』は、時折、望む人々の前に現れる不思議な存在であり、本当に力を与えるものだった。

 

人々を引き付けるキャッチコピーは「このくだらない世界を、思い通りに改変する」だ。

それを利用したものは、不思議な力を得ると共に、次第に善悪のタガが外れる。

 

与えられた(チート)に酔うのだ。

それを振るうことに、喜びを見出すようになる。

 

 そして、アプリから与えられた目的(クエスト)を果たそうとすることになる。

 より、多くの力を得るために。

 そんな偽りの力(チート)に憑りつかれた人間を指して、不正者(チーター)と呼んだ。

 

「力とは……そんなにも魅力的なものでしょうか。 なにも努力していないのに、与えられる偽りの力なんて」

「それが偽りかどうかなんて、手に入るなら関係ないんですよ、お嬢」

「ミハイル?」

「何も持たない者は、その区別がつかないんです。 自ら努力し、得たなにかがあるから。 あるいは元々すでに天から恩恵を受けているからこそ、その区別がつくんです」

「わたしがそうだとしても、わたしは努力していますよ」

「もちろんですよ、お嬢。 私はそれを知っています」

 

 そう同情するような言葉を言いつつも、ミハイルのその眼は、ガラスの向こう側からも感じ取れるほど冷たかった。

 己の欲望のために、人々を傷つけるような罪人に温情はない。

 

 だが、ミハイルは安易にそれ(チート)に手を出してしまったこと自体を責めるつもりはなかった。

 あのアプリ(チェンジ・ザ・ワールド)は、麻薬のような存在である。

 少しでも関われば引き返せなくなる毒だ。それも、半信半疑で手を出してしまえる毒だ。

 

 いくらでも手に入る力自体(チート)が、人間を酔わせる最高の快感を与える美酒だと、ミハイルは認識していた。

未熟な人間ほど惑わされやすいにしても、抵抗できるほど強靭な人間はそういない。

 犯罪者となった不正者(チーター)に情けも容赦も必要ないが、より明確な悪はそれを与えた『なに者か』だ。

 

 そんな思慮するミハイルを、オグレナスは鼻で笑った。

 

「へっ、そんなものにひっかる奴は、心が弱いんですよ」

 

 弓兵のオグレナスは、侮蔑の色を隠そうとしない。

 心の弱さは、本人の責任だとそう言った。

 

「惰弱だから、そんなものに惑わされるんです。 お嬢。 ミハイルの言うことに、いちいち気を留める必要はありません」

「……たしかに。 今は、考えるべき時ではありませんね」

 

 アンジェリカはそう同意した。

 不正者(チーター)たちが、なぜか街のはずれに集まる行動を始めた。

 

しかし、その集結した地点は複数あったのだ。

普段、街をパトロールする警邏騎士たちは、それに対応するために分散していて対応せざるを得なかった。

 

 必然的に、戦力はそれぞれ分けられることになる。

1つ1つの戦力は、限られることになってしまっていた。

 

アンジェリカ達は、ほぼ孤立する形で現在の場所を担当していたのである。

 

再び、アンジェリカは、鞘に納めた剣の感触を確かめながら、心を落ち着ける。

 磨き続けてきた刃は、いつだって彼女の信頼を裏切らない。

 

 『剣の乙女(レヴィアラタ)』の称号を持つ彼女は、剣こそが最も共にある信じるに足る存在だった。その剣への信頼は、彼女の自信を支える。

今まで続けてきた自身の努力の結晶だからだ。

 

 その時、一同が、潜み様子をうかがっていると、状況に変化があった。

 エンジン音が聞こえたかと思えば、新たに白いバンが駐車場に止まる。

 

「新手か……」

 

 槍使いのミハイルは、眼鏡を抑えながら計算をし直していた。

 今の人数で、太刀打ちできるほどの数だろうか。

 本部へ、援軍を要請した方がよいのではないか、そう思い始めた。

 

 さらに、敵が増えるのは、たった三人しかいない彼らには脅威だ。

 車内から、さらに数名の不正者(チーター)たちが現れる。

 

 だが、それだけではなかった。

 

「いやっ、やめてよっ! 離してっ」

「なあっ! 勘弁してくれよ……聞こえてるんだろ、返事をしてくれぇ!」

 

同時に、車内から悲鳴を上げる男女が引きずり出される。

 

「あっ、あれは!?」

 

 アンジェリカは、すぐに助けに飛び込みたい衝動かられた。

 罪のない民間人が、危険にさらされている。

 だが、このまま戦闘に突入すれば、より危険な状況になる。

 

「あいつら、いったいどうするつもりだ?」

「迷ってる暇はないです! オグレナス、狙撃できる配置について。 速やかに、見張りを制圧します。 ミハイル、援護を」

「……お嬢、冷静に頼みますよ」

 

「時間が経てば経つほど、彼らが危険です」

 

 事実だった。

 力にのまれた不正者(チーター)は罪もない人々を、些細な理由で殺傷する。

 このままでは、連れ込まれた2人も無残な姿で見つかることになるだろう。

 

「諦めろ、オグレナス。 決めるのは、お嬢だ」

「俺だって、見捨てていいとは思ってねえけどよ」

 

 そう三人が話し合いをしている間にも、状況は悪化する。

 

「この女っ! いい加減、抵抗するな! ……ボーナスキャラのくせに調子にのりやがって!」

 

 連行していた男が、女性を激しく殴りつけた。

 拘束から逃れようと暴れた女性を、何度も殴り続けている。

 

 もう、アンジェリカ・スキルヴィンクは我慢ならなかった。

 

交戦開始(エンゲージ)! 続けっ、ミハイル」

 

 アンジェリカ・スキルヴィンクは、叫び、突撃した。

 魔導器(セレクター)『兎飛び』による急加速を行い、舞うように人質の持ちに駆け付けると、人質を引きずっていた男たちへ立ち向かった。

 

「ぐぁああああっ」

「な、なんだこいつ!」

 

 迷いのない真っ直ぐな剣閃が、激しく悪党の身体を灼き斬る。

 剣が光り輝き、郊外の夜闇もろともに切り裂いた。

 

弓兵オグレナスは舌打ちした。

 

「お嬢、相変わらず、牛鬼姫(猪突猛進)だな」

 

 愚痴を口にしながらも、すぐに反応し周囲の木々に溶け込む。

 狙撃できる場所へ、移動することにしたのだ。

 

 槍使いミハイルもまたアンジェリカに続き、他の不正者(チーター)たちに対し間に入るように突撃。

 槍を振り回すと、炎が尾を引くようにその動きを追尾。いくつもの生物のように、飛び回る炎が生み出される。

 

 それらは、近くにいる不正者(チーター)たちを標的として、襲い掛かる。

 反撃しようとした不正者(チーター)たちを、炎でかく乱し、アンジェリカへ攻撃が集中することを防いだ。

 

「ここから乱戦に入れば、同士討ちを恐れて敵は数の利を生かせない」

 

 槍使いミハイルは、そうつぶやいた。

 眼鏡のズレを直しながら、すかさず敵の配置を再分析する。

 

 彼は、アンジェリカが戦いやすいように、なるべく多くの敵をかく乱するつもりだった。

 

「魔術を悪用化した人間が、捕縛に対し抵抗した場合。 殺傷の判断は、現場の騎士に委ねられる。 抵抗しないことを奨める」

「は、何が騎士だ。 ガキのくせによ」

「……そうか」

 

 ミハイルは男たちに勧告するが、当然、聞く耳を持たない。

 

槍使いミハイルは、迷わず、魔術式を構成。燃え盛る槍から炎を撃ちだす。

『爆炎の槍』の魔術式だ。

着弾した炎が加速、放射線状に飛来し、着弾と同時に爆発する。

 

 燃え盛る炎が一帯を包むが、森林を焼くことはない。

 魔術によって制御された炎は、術者がプログラミングした通りの動きをとる。

 

火炎槍(サラマンダー)は、中距離戦用の魔導器(セレクター)であり、火炎魔術に特化している。

事前にプログラミングされた火炎魔術を数種類にわたり、行使できる。

この魔導器(セレクター)を使いこなす者にかかれば、炎に生命を吹き込むがごとく、術者の意図通りに燃焼と言う現象が動き出すのだ。

 

目立つ動きをしているミハイルに向かって、不正者(チーター)たちから、雷撃や衝撃が次々に飛んでくるが、それらすべてを障壁によって弾く。

 

不正者(チーター)たちは、魔術に近い能力を扱うが、それは知識や技術によって得られたものではない。

理論や基礎が確立されていない力は、密度や精度が甘い。きちんと制御されることのない力は、魔術師の芯を捉えることなく、力場魔術(フォース)によって簡単に弾かれる。

 

その力場魔術(フォース)の強度は、銃弾ですら、不意打ちでもない限りは魔術師を打ち倒すことが叶わない。

 

「魔術の構成が甘い……。 それでは、俺には届かない」

 

 再度火炎で薙ぎ払うと、不正者(チーター)たちからの反撃は沈黙した。

だが、一人だけ無事な人影がいた、

 

屈強な男だった。

その男は、平然と炎の中を突き進んでくる。

 

「次弾装填完了。 ……爆炎の槍っ」

 

 槍使いミハイルは、その男に向かい、爆裂する火炎弾を撃ちだす。

 

 だが、その火炎弾は炸裂することなく、男の右手によってかき消される。

 光の塵となって、火炎は霧消した。

 

「ククク…… 効かんなあ」

「ほう」

 

 槍使いミハイルは、眼鏡を抑えた。

 火炎や爆裂が効かないのではない。

 そもそも、火炎魔術そのものがかき消されている。

 

「魔術を消す能力者か」

「惜しいな」

 

 屈強な男は、その野太い腕を動かす。曲げ伸ばす動作を繰り返しながら、徐々に近づいてくる。

 堂々とした態度には、その自信がうかがえた。

 

「このオレのチート能力は、触れたものを分解する『破壊者(デストロイヤー)』だ。 お前がどんな能力を使おうが、オレが分解してやるっ!」

「そうか」

 

 槍使いミハイルは、再度、火炎を撃ちだす。

 屈強な男は、手を突き出した。

 

 当然ながら、火炎がかき消される。

 

「無駄だ、無駄だ!」

 

 次々に、槍使いミハイルは火炎を撃ちだしていく。

 浮遊する炎が、ミハイルの命じるままに突き進み、屈強な男の二本の腕に落とされる。

 炎は霧散し、攻撃が届かない。

 

 その間にも屈強な男は、徐々に槍使いミハイルに近づいていく。

 

「この腕は、人間の身体も分解するっ! オレが近づいた時が、お前の最後……っ」

 

 次の瞬間だった。

 屈強な男の背中に衝撃と熱が走る、男は爆発に巻き込まれたのだ。

 

「説明ありがとう、助かった」

 

 ミハイルは、無感動にそう言った。

 あえて屈強な男の正面から、火炎弾を複数飛ばした。当然、それはかき消されたが、そのいくつかを意図的に外し、背後に跳ね返るようにバウンドさせたのだ。

 

「案の定、手のひら以外では攻撃を消せないらしいな。 左右の腕で魔術をかき消せるとは、なるほど、興味深い」

 

 屈強な男は、まだ立っていた。

 だが、無傷では済まなかったようで、ひどい火傷を負っていた。

 

「……な、なんだ今の攻撃は?」

「なんだ、まだ動けるのか。 不正者(チーター)たちの言うところの、レベルが高いと言うやつか」

「いま、俺に何をしたぁああっ!」

 

 屈強な男は、叫ぶ。

 今ある現実が信じられない、と。

 

 だが、槍使いミハイルは一向に、相手の問いに答えない。

 まるで興味を抱いていないかのようなふるまいだった。

 

「フム……では、いくつあれば足りるのか。 試してみるとしよう」

 

 槍使いミハイルが、炎を纏った槍を振るう。

 すると、浮遊する火炎弾が次々に生み出された。

 

「魔術式『鬼火(ジャックランタン)』。 先ほどの礼だ、こちらも教えよう」

 

 次々に生み出される鬼火が、屈強な男を囲んでいく。

 

「この炎は、それぞれ俺が命じた通りの挙動を行う。 『爆炎の槍』よりも威力は下がるが、自在に操れるわけだ」

「おい……やめろ」

 

 その生み出された炎の数は、十を超え。

 

「やめろっ!」

 

 二十を超え……。

 

「お前が二本の腕で、かき消すのならば。 俺は、それ以上の炎でお前を叩き潰すのみだ」

 

 とうとう三十を超えた。

 

「やめろぉおおおっ!」

「……先ほど、人体ですら分解できると言ってたな」

 

 ミハイルは槍を突き出し、火傷を負った男へと矛先を向けた。

 それを振り下ろす。

 

「それを試した時、相手は何と言っていた?」

 

 そして、轟音が鳴り響いた。

 

 



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第27話 剣の乙女アンジェリカ、郊外の戦い ~その2

  アンジェリカ・スキルヴィンクは、苦戦していた。

疲労と、追い詰められた精神状況ゆえに息が上がる。

それでも諦めまいと、険しい表情で、唇を強く結んだ。

 

彼女は一方的に攻撃されていた。

力場魔術(フォース)防護魔術(シールド)を使い、未だなお、不正者(チーター)から放たれる衝撃波に耐え続ける。

反撃に、多数の光の剣を空中に展開し、射出。迫る不正者(チーター)をけん制した。

 

「くっ、キリがないっ!」

 

だが、助けた人質を抱えたままでは、防御に回るしかない。

民間人を、倉庫のコンテナを盾に庇い続ける。

 

顔面から血を流し、意識を失った女性。

 男性は、両手で顔を覆いガタガタ震えながらうずくまっていた。

まともに動ける状態ではない。

 

 ひたすら倉庫の中から現れた不正者(チーター)を一手に、食い止める。

 

 不正者(チーター)の一人、スーツ姿の若い男が手をかざした。

 

「消し飛べっ、グラビティボム!」

 

 その不正者(チーター)の遊びじみた掛け声とともに、生み出されたのは、漆黒の球体。

それが、放物線を描いて飛来する。

 

アンジェリカは、その攻撃が重力による空間ごと押し潰す攻撃と推測。防ぐのではなく、剣を射出し撃ち落とすべきだと判断。

浮遊させていた光の剣を、漆黒の球体に向かって射出した。

 

 放物線を描いていた漆黒の球体は、光の剣がぶつかった。

瞬間、急激に膨張し破裂。光の剣は相殺しきれず、消し飛ぶ。

破裂した球体は重力波を生み出し、周囲の空間を歪曲させて、圧殺したのだ。

 直撃すれば、力場魔術(フォース)を貫通していただろう。

 

「へえ。 俺のグラビティボムを相殺するとか……びっくり。 こいつが、今回のボスキャラってとこ?」

「ボスか、倒せば経験値がたくさん入るな!」

 

 まるでゲームをしているかのように、不正者(チーター)たちは話し合う。

 彼らには、現実感や命を懸けているという危機感が欠如していた。

 

「なら、好都合だ。 今まで貯めていた魔力を、全部叩きつけてやるぜ!」

 

 呼応した不正者(チーター)が真っ青に輝く剣を振るう。

その斬撃が、巨大なエネルギー波となり放たれた。

 

「これは相殺しきれない。 わたしを守って、護法剱鎧(ごほうけんがい)!」

 

アンジェリカは、自身の周囲に浮遊させていた剣を操る。

エネルギー波に対し、盾のように割り込ませた。並び立つ剣は結界を作り出し、放たれた、攻撃を防いでいく。

だが、その引き換えに魔力を急速に消耗していく。

 

 アンジェリカの額を汗が伝う。

 

「……このままだと持ちませんね」

 

 彼女の本来の戦闘スタイルは、兎跳びを使用しての高速戦闘。

 光の剣をけん制用の射撃武器として使いながら、敵の懐に潜り込み、両断する。

 生粋の強襲兵(アタッカー)である。

 

 当然、誰かを庇いながら戦えば、本領は発揮できない。

 

 そんななか、灰色の影が現れる。

 夜空から降り立つように、その人物は現れた。

 

「今宵もご苦労なことだな、『剣の乙女(レヴィアラタ)』とやら」

 

 赤き眼に、灰色のローブ。

 静かに音もなく忍び寄る、顔もわからぬ者。

再び、アンジェリカとネズミの王『灰色歩き(グレイウォーカー)』は相まみえたのである。

 

 灰色歩き(グレイウォーカー)が、不正者(チーター)たちの群れに身を投じる。灰色歩き(グレイウォーカー)は腕を振い不正者(チーター)に向かって、叩きつけるように振るう。

だが、不正者(チーター)たちはとっさに防護魔術(シールド)を形成。振るわれた素手による攻撃を、防ごうとする。だが、その振るわれたその右手は、易々と紙を破り捨てるが如くシールドを突き破る。

 

「こいつ、シールドが効かねえっ」

「やられる前に仕留めろ、シールド無効化能力者だ!」

 

 シールド無効化能力者などという、意味不明な断定を不正者(チーター)たちは下した。

 

 青い剣を持った不正者(チーター)が、反撃に転ずる。

 剣が振るわれるたびに、斬撃が増大しエネルギー波となって放たれる。

 だが、先ほどより、そのエネルギーとなった斬撃のサイズは小さかった。

 

「ちっ。 溜めが足りてねえな。 それでも直撃だぜぇ!」

 

その斬撃が、灰色歩き(グレイウォーカー)に直撃した。

……かように見えたが、エネルギー波はすり抜けように避けられる。

 

「なっ、嘘だろ。 当たったはずだ!」

「ふむ。 戯言はいい。 その剣……なにか仕掛けがあるようだな」

「寄るんじゃねえ!」

 

 不正者(チーター)は激高し、青く輝く剣を振るおうとする。

しかし、灰色歩き(グレイウォーカー)は、不正者(チーター)が振りぬ前にその刀身を掴んだ。

 

「その剣、振り切らねば斬撃を放てぬか。 つまり、近づけば、結局はただのブレードにすぎんのだな」

 

 刀身を握る力が、どんどん強くなっていく。

 不正者(チーター)は剣を振るおうとするが、微動だにしない。

その握力に耐え切れず、剣にひびが張っていく。

 

「剣自体は立派なものだが、ただそれだけではな」

 

 とうとう刀身が耐え切れなくなり、剣が砕け散った。

 

「覚えておけ。 敵を殺すのは、剣ではない。 ……使い手だ」

 

 そのまま青い剣を使う不正者(チーター)を、一撃で殴り倒した。

 灰色歩き(グレイウォーカー)を攻撃する余裕は、他の不正者(チーター)にもなかった。

 阿鼻叫喚、不正者(チーター)たちは悲鳴を上げる。

 

「ぐぁあああああっ」

「なん、なんだこれはっ!?」

 

 無数のネズミたちが、不正者(チーター)を襲う。

 チート能力による攻撃で薙ぎ払っても、数の多いネズミを始末しきれない。シールドを無効化し、手足を食いちぎる。口内へと侵入し、窒息させようとすらしてくる。

 

 そのすべてのネズミの眼が、赤く発光していた。

 

「……なかなか見ものよな」

 

 灰色歩き(グレイウォーカー)は堂々と佇んでいる。

 この世に、自分に立ちはだかりえる者など、ありえないというかのように。

 

アンジェリカは、愛剣を握りしめた。

表面上は、平静を取り繕った。

 

「なぜ、今現れたのです!」

 

 アンジェリカは、灰色歩き(グレイウォーカー)に剣を向けた。

 必要ならば、相討ちの覚悟だった。

 

「ほう、元気がいいことだ」

 

 面白いものを見たかのように、灰色歩き(グレイウォーカー)は笑った。

 何度、叩き潰しても、この娘とその部下は刃向かってくる。

 

 どこかで見た連中だ、と灰色歩き(グレイウォーカー)は興味を持っていた。

 

他の警邏騎士は、一度叩き伏せれば、まともに戦おうとしなくなる。

警戒して、逃げに徹するか戦闘を避けるのが当たり前だった。

 

「お前たちはいつだって、余を倒すために全力を振り絞ろうとするな」

「当然です。 我々は、貴方には屈しませんっ!」

 

 アンジェリカは、そう言い切った。

 恐怖を感じていないわけではない。

 それでも、彼女には矜持があった。

 

「わたしたちは、力なき人々の最後の盾にして剣なのです」

 

 強い意志を感じる瞳だった。

 今の生き方が最善である、と。今生きることが全力である、と。

そう言わんばかりに。

 

「いい眼だ。 そのような眼をしている人間を叩き潰すのは、確かになかなかに面白い」

 

 アンジェリカは、武器を持つ手に力を籠める。

 

 だが、同時に灰色歩き(グレイウォーカー)から、アンジェリカは間合いを取った。

そのままの距離で戦えば勝ち目はないと、今までの経験から踏んでいる、

 灰色歩き(グレイウォーカー)は、冷ややかだった。

 

「しかし、無謀に過ぎると言うものだ。 余に害意があれば、すでに何度も無残な死体となっているはずだ。 それがわからぬ、其方ではあるまい」

 

 その通りだ。

 灰色歩き(グレイウォーカー)が本気になれば、いつでも自分たちを殺せる。

 それは、アンジェリカにもわかっていた。

 

「威勢が良いのは非常に結構。 だが、此度は戯れるために来たわけではない」

「では、なんのために来たのですか?」

 

 アンジェリカ・スキルヴィンクは、ひるまない。

 

「其の方に助力にしに来たのだよ」

「……どういうことですか」

「足手まといを抱えてなお、この苦境を潜り抜けられるとは思ってはいまい」

 

 アンジェリカ・スキルヴィンクにはわかっていた。

 ミハイルは時間を稼ぎ、かく乱をし続けている。それでもなお、数の利は覆しがたい。

 自分自身も戦い終える前に、魔力が尽きるかもしれない。

 

 民間人を助けることを考えれば、灰色歩き(グレイウォーカー)の助力は必須だ。

 

 迎撃の隙を見て、火炎使いの不正者(チーター)が、炎を放つ。

 まずは襲い掛かるネズミたちを、焼き尽くすことにしたのだ。

 

「こいつらなんて燃やし尽くしてやるぜぇ!」

「失せろ」

 

 迫りくる火炎に対し、ネズミたちは集まり束となっていく。

 そのままネズミの群れは、火炎使いの不正者(チーター)に無謀に突っ込んでいく。そのまま焼き払われるかと思えば、途端、炎はネズミたちを逸れ、真っ二つに引き裂かれていく。

 炎はネズミ一匹焼くことはない。

 

「な、これは魔術か? ネズミが魔術を使うだと!?」

「人間だけが特別だと思ったか。 たかだが、二本足で歩けるだけが取り柄であろうが」

 

 灰色歩き(グレイウォーカー)が、手をかざす

 ネズミたちを焼くために放たれた炎は、真っ二つに分かれている。その炎が、時間を巻き戻されるかのように逆流していく。

真っ赤にうねる炎は、巨大な双頭の蛇となり不正者(チーター)を飲み込んでいく。

 

「ぁあああっ!」

「黙れ。 貴様の悲鳴は聞くに堪えん。 まだ、あのおぞましい発情した猫の方がマシなほどだ。 せいぜい、ネズミにでも生まれ直せ」

 

 他の不正者(チーター)が、衝撃波を飛ばしてくるも、片手でそれを弾き返した。

 いつもなら巧みに回避するが、本当に人質を守るつもりなのか、攻撃からかばうように、行動している。

 

 その合間に、アンジェリカが光剣を飛ばし反撃した。

 幾重にも連射される剣が、次々に不正者(チーター)を貫いていく。

 

「そうだ、防御は余が対応してやろう。 雑魚は其方に任せる」

 

 灰色歩き(グレイウォーカー)は、次々に不正者(チーター)たちから放たれる攻撃に対処する。

 ネズミたちを動かし、攻撃をそらし。

正面から飛んできた魔術を、直接、腕で殴りつけるように弾き飛ばす。

 

「にしても、あの|不正者(チーター)《チーター》ども。 なぜ、こんなところに集まっている? それも、ここだけではない。 なぜ、分散した?」

「……そこまで情報を掴んでいるのですね」

「この街で、余の知らぬことなど、そう多くはない。 何度も言わせるな、たわけめ」

「相変わらず、得体のしれない人です」

 

 その話し合う、二人の背後。

 倉庫のコンテナ上に、突然、不正者(チーター)が現れた。

 

「いつの間に!」

「ふん、透明化か。 自分の仲間をおとりにするとは、少しは頭が回るではないか」

 

 灰色歩き(グレイウォーカー)は、その不正者(チーター)がどんな手を使ったか見抜いた。

そのトリックは、透明になり気配を隠すチート能力によるもの。

 いくら警戒していても、肉眼では簡単には捉えきれない。

 

 襲撃をかけた不正者(チーター)は、人質にするべく、身動きのできない民間人に襲い掛かる。

 その凶行を阻むことは、灰色歩き(グレイウォーカー)にもアンジェリカにもできない。

 そう思われた。

 

 ――三条の光が走る。

光線が、襲撃者の手足を貫いた。

 

飛び掛かった空中で射抜かれた不正者(チーター)は、そのまま無防備な態勢で無様に地に落ちる。

 

「オグレナスの『三点必中(スナイプ)』……。 やはり外しませんね」

 

 アンジェリカは、確信していた。

 必ずや、弓兵(アーチャー)のオグナレスが、敵の凶行を止めることを。

 攻撃の正体は、弓兵(アーチャー)である彼による狙撃である。

 

 オグナレスの射撃精度は恐るべきものだが、その特筆するべきは瞬間的な連射火力だ。

 

 狙撃魔術は、通常よりも精度が求められる。

当然ながら、本来、一度に一射が限界である。

それを一度に、魔弓による狙撃三射行い、そのすべてを標的に的中させる神業。

 

彼の三射必中の構えから繰り出される、狙撃魔術の乱れ撃ち。

本来なら当たらないはずのそれを、成功させるほどの魔術精度、その制御能力。

 

それがオグナレスの『三点必中(スナイプ)』だ。

 次々に、弓兵のオグレナスによる狙撃が行われ始める。

 徐々に状況が打開されていく。

 

「これなら、なんとか凌ぎ切れるかもです」

「凌ぎ切る? そんな甘い状況ではない…… すぐに、その足手まといを連れて離脱するがいい。 いや、もう遅いか」

「えっ、どういう意味です?」

 

 そこに二人の不正者(チーター)が現れる。

 先ほど、グラビティボムとやらを作り出した不正者(チーター)。スーツ姿の若者だ。

それと、もう一人。

 

「鬼安さん、こいつらやりますね」

「……ああ、思った以上だな。 だが、うまい具合に他のプレイヤーを消してくれた」

 

 サングラスを掛けた坊主頭の男。

 鬼安と呼ばれた男は、他の地に伏した不正者(チーター)を見て、そう言った。

 

「あなたたちは……いったい、どういうつもりなのです!」

「あら。 お嬢ちゃん、まだわかってないの?」

 

 スーツ姿の若者は、軽薄な口調でせせら笑う。

 

その一方で、鬼安と呼ばれた男は、感情を見せない。

 ただ、ゆっくりと静かに話す。

 

「この状況こそが……実に、好都合だ。とそう言ったのだ」

 

 それを合図にスーツ姿の若者は、指を鳴らす。

 地に伏せた不正者(チーター)たちから、なにやら煌めく煙のようなものが抜けていく。その勢いは、どんどんと増していき、その煙がスーツ姿の若者の手元に集い満ちていく。

煌めく煙は輪へと変じる。

 

「門よ、開け。 我が前にいでよ」

 

 煙で描かれた円環は暗黒に染まり、空間が歪む。

その向こう側から、唸り声。爛々とした双眸。

 巨大な大鷲の翼が、羽ばたく。

 研がれたような鋭い爪が、地を踏みしめた。

 

「殺戮しろ、グラシャラボラス」

 

 顕現したるは、翼を持つ大狼。

 ……獣は吠えた。

 空気を震わせ、心身へと伝播する。

本能が相対することを拒絶する、精神を切り刻む。

 

 喉が絞まり、手が震える。

 声が出ない。息が出来ない。

 意識が遠くなる。

 

「しっかりしろ、娘。 意識を保て」

 

 アンジェリカは、灰色歩き(グレイウォーカー)の声で意識を取り戻した。

 危うく、気を失う寸前だった。

 

「……あ、あれはデーモン?」

「やはり、異世界の存在か。 こちらの生物ではないな」

 

 デーモンは異世界(ニーダ)でも、恐れられている存在だ。

 強力なデーモンを筆頭に、一定の能力を超えた怪物は、人間を恐怖に陥れる強力な精神干渉能力と、下位となる怪物を操る統率能力を有する。

 その精神干渉能力の前には、普通の人間ではまず太刀打ちすることが出来ない。まず精神干渉能力に抵抗する能力を身に付けねば、魔術師であっても戦うことすらままならないのだ。

 

 灰色歩き(グレイウォーカー)は、アンジェリカの盾になるかのように前に立つ。

 大狼グラシャラボラス。その隣に立つ、二人の不正者(チーター)

 

 いつも飄々としていた灰色歩き(グレイウォーカー)の声には、焦りが滲んでいた。

 

「さっさと逃げるがいい」

「逃げる……なんて」

「最初は似ていると思っていた。 だが、全て勘違いだった、 これは似てるんじゃない、アレそのものだ。 ……お前たちには手に負えぬ」

「わたしは逃げません!」

 

 どんなに勝ち目がない相手でも、彼女はメジャーサークルである『炎の監視者(ウォッチャー)』に所属する魔術師だ。

 

 『炎の監視者(ウォッチャー)』は、研究者である魔術師の流れを持つサークルに非ず。騎士や軍人の家系が集まる軍事系サークルである。

 恵まれた環境にある彼らだが、いざと言う時に命を賭して、人民を守り率先して死ぬのが自分たちの仕事だと、幼いころから教育されている者たちだった。

 人類の滅亡を防ぐため、その存続のために死ぬのが責務なのである。

 

 地球(マトリワラル)にいる平和な世界で生きている人々とは、心構えが違った。

 

「愚かな、死ぬのならば一人で死ね。 だが、無辜の民衆を巻き込むな」

 

 だが、灰色歩き(グレイウォーカー)は吐き捨てるように言った。

 死ぬための覚悟など、邪魔でしかない、そう断じた。

 

 アンジェリカは言葉に詰まる。

 

剣の乙女(レヴィアラタ)。 其方にも、できることがある。 廿日陽介に伝えろ、戯けたことに、この事件に『ハーメルン』が使われている……とな」

「廿日くんがなぜ、関係あるのですか! ハーメルンって……」

 

 スーツの男が漆黒の球体、グラビティボムを放つ。

 グラビティボムが放物線を描いて飛来。灰色歩き(グレイウォーカー)は、片手で弾こうとする。

 

しかし、灰色歩き(グレイウォーカー)の右手が触れた瞬間、球体は急激に膨張。右腕を巻き込んで破裂。そのまま肩から先が消し飛ぶ。空間ごと重力波が圧殺した。

 

 右肩から先をなくし、呆然と立ったままの灰色の男。

 

「あれれー。 まさか俺たちが逃がすと思ってるのー?」

 

スーツ姿の若者は、それが愉快だと言わんばかりに笑う。

……しかし、その笑いは凍り付いた。

 

 灰色歩き(グレイウォーカー)は、首をかしげるような動作をした。

自身の消え去った右腕を、観察している。

 

「ふむ、なんだこの攻撃は。 魔力を乗せた攻撃でも、防げないとは驚いた」

「あ、いや、なんでアンタ……腕もげてるのにピンピンしてんだよ」

 

 スーツ姿の若者は目を見開いた。

 灰色歩き(グレイウォーカー)は腕を失ってもなお、平然としている。

 

「驚くのは、まだ早い」

 

 灰色歩き(グレイウォーカー)は、こともなげに腕を振るう。何事もなかったかのように、そこには再び右腕が存在していた。

 

「……こういうこともできる」

 

スーツ姿の若者は、口とぽかんとあけたままだった。

 

 坊主頭の男、鬼安が左右の革手袋を嵌めなおす。

 拳を確かめるように握りしめて、構えた。

 

「ほう。 どうやらコイツも、正真正銘の化け物ののようだな」

「あー、やだやだ。 マジで、はずれ引いたわ……」

 

 スーツの若者は、うんざりしたような様子を見せてから、手のひらをかざす。十数個にも渡る漆黒の球体を生み出した。

 

「早く行け、剣の乙女(レヴィアラタ)! 余とて、そう長くはもたぬぞ」

「わ、わたしはっ……」

「いいから行け!」

 

 アンジェリカには、無力な民間人たちを抱え、その場から離れるしか選択なかった。

 彼女は、必死に駆けだした。

 



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第28話 魔女マリンカの実力

生前は、女の子とガチンコバトルすることになるとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。

 

ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。

それはさておき私が知る限り、魔女が近接戦闘をするイメージはない。

それはもちろん、今対峙している同級生、魔女マリンカにも言えることだった。

 

「見せてあげるわ、生粋の……魔女の戦い方をね」

 

 私が今回、学んだのは、魔女は敵に回すと厄介極まりないという事実だった。

 時は遡る。

 

 いつも通り、私の部屋でお茶会をしているところに、吉田くんがやってきたのだ。

 ファルグリンは、騒がしい吉田くんを見て、一瞬その形の良い眉をひそめたが、その後は何も見ていなかったかのように振舞っている。

 

 興味がないのか、関わりたくないのかのどちらかだろう。

 いや、あるいは両方なのかもしれない。

 彼は騒がしいのがあまり好きじゃないからね。

 

 エルフならではなのかはわからないが、ファルグリンは11歳にしては落ち着いている。

そのせいなのか、あまり同年代と打ち解けようとはしない。彼から見たら同年代の子供は幼稚に見えるのだろうとは思う。

ファルグリンは、おそらく大人に囲まれて幼少期を過ごしたのだろう。エルフは、同年代の子供が少ないのかもしれない。

 

とはいえ私も、同年代の子供に馴染むのは困難だった。

そもそも、私は前世でも同年代とは上手く馴染めなかったので、それを繰り返す羽目になってしまった。

 

子供は大人が思うほど無邪気ではない。差別的で理屈が通じず、隙があらば、弱く孤立している人間を責め立てるきらいがある。

今も昔も、大人と会話している方が、正直なところ気楽だった。

なので、ファルグリンの気持ちはわからなくもない。

 

 

 それはさておき、吉田くんは実に情熱的だった。

 

「オレたちと組んでくれよ!」

 

 熱心に、マリンカ嬢を部隊に引き入れようと、勧誘し始めたのである。

 常なら、他人事の顔をして眺めているのが、私のスタンスなのだ。だが、こうなった原因は、私がマリンカを部隊に誘おうとしていることを、吉田くんにこぼしたからである。

 つまり、私のせいだ。

 

 その吉田くんによる強い勧誘に対して、マリンカ嬢は冷ややかだった

 

「いやよ」

 

 マリンカは、吉田くんを見ようとせずに返答した。ありありと拒絶の感情が見てとれ、むしろ頑なな態度が強まったようだった。

 私が個人的に勧誘していたときは、もう少し態度が柔らかかったような気がしたのだが、これは下手にばらすべきではなかったかもしれない。

 人間関係とは難しいものである。

 

 にしても、吉田くんの年代とは、こんなにも直情的だっただろうか。

 この頃の自分は、もっと落ち着いていた気がする。年のわりに老けていたの間違いかもしれないが。

 

 吉田くんは、いまだにひたすら同じようにマリンカに声をかけている。

 

「なあ、考えるって言ったんだろ。 頼むぜ」

「考えると言っただけで、組むとは言ってないわ」

 

 私は思わず頷いた。

 

「まあ、それはその通りなんだけどね」

 

 確かに、彼女は「考える」と言っただけである。

 そこに嘘はない。

 

「お前、どっちの味方なんだよ!」

 

 吉田くんに怒られてしまったが、これは吉田くんの誘い方にも問題があるのではなかろうか。一度頑なになった相手に、同じ誘い方をするだけより意固地にするだけだろう。

 とはいえ、11歳の子供にそこまで期待することでもないはずだ。それはさすがに酷と言うもの。

 

吉田くんはどうにも悪い子ではないのだが、どんなことにも真正面からぶつかっていく気質らしく、マリンカ嬢との相性はあまりよくないようである。

 

 マリンカ嬢も、かなりストレートなタイプではあるのだが、負けん気が強く、また我が強い方だ。同じぶつかり方をしても上手くはいくまい。

 

 そんな中、ファルグリンは、我関せずと言った風。カップを私に差し出す。

 

「おかわりが欲しいんだが」

「なに、淹れてほしいの?」

 

 ファルグリンの物言いに、私は苦笑する。

 彼は、どこかいつもよりも、すこしだけ甘えているようにも見えた。

 私は立ち上がって、お茶を淹れに立つ。

 

 最近、ファルグリン達とのお茶会代が、私の財布へ深刻なダメージを与えだした。

そのため、彼らから茶話会代を徴収するようになった。おかげで、お菓子のやりくりも考えずに済むようになったので助かっている。

 ファルグリンも、マリンカも、私より随分とお金持ちみたいで有難い。

 

 代金徴収を提案したら、可哀そうなものをみるような目で見られただけで、素直に受け入れてもらえたので非常にうれしかった。

 

「と言うか、わたし。 吉田だっけ? あなたを部隊に誘う予定だったとは知らなかったんだけど」

 

 マリンカの態度が冷たい。

 なぜ、こうも吉田くんに冷たいのか。

 

「陽介……あなたにも言ってるんだけど?」

 

 いや、なぜか私にも怒ってるな。

 うーん、無断で話を進めてほしくなかったのかな。

 

「これには、谷よりも高く、山よりも深い事情がね」

「その計算だと、事情が計算上マイナスに振り切れてるけどいいのかしら」

「吉田くんを仲間にしようと思ったのは、彼が同年代で一番、動機があったからだよ」

「動機?」

 

 私は頷いた。

 

「やる気がある人間なら、掃いて捨てるほどいる。 でも、やる気なんてものは、いつ消えてもおかしくないような、すぐ破られる約束みたいなものだと思ってる」

「……それで?」

「やる気がある人間は、それがなくなればすぐ裏切るし、投げ出す。 でも、動機がある人間は、例え私が諦めても、苦難が起きたとしても、途中で投げ出したりはしない」

 

 私は今まで前世も含め、何度も裏切られてきたから知っている。

 やる気があるなんて、その時、気分が乗っているだけに過ぎない。だから、自分の気分が乗らなくなれば投げ出してしまう。

 一度組んだ人間が、途中で目標を投げ出してしまうなんて珍しくなかった。

 

 何より必要なのは、動機。

 それも他人から、与えられた報酬などの動機ではダメだ。

内面から強く沸き起こるような強い興味や関心。確固たる感動によるものでなければならない。

 

「……あなたは、それが他のチームに入るよりも、良い条件だと思うの? わたしは、彼は力不足だと思うわ。 それなら、いっそどこかの部隊に入隊した方がいいと思う」

「いやいや、今は力がなかったとしても、吉田くんはどんどん努力してくれるはずさ」

「ふうん」

 

 マリンカはまったく納得していないのか、じとっとした目を向けてきた。

 やめてくれ、そんな目で見られて喜ぶ趣味はない。

 

「……まあ、いいわ。 それで、彼の動機って?」

 

 私は、吉田くんを一瞥し合図を送った。

 吉田くんは、強く頷く。

 そして、はっきりと宣言した。

 

「オレは、翔悟に勝つ! 絶対にあいつだけには負けない!」

 

 マリンカは、愛らしいその目を丸くした。

 思ってもみない話だったようで、吉田くんと私の顔を見比べるようにそのまま見つめたのだった。

 しばらくして、我に返ったのか。

はっとした後に眉間にしわを寄せて、私をにらむ。

 

「え、どういうことなの」

「ね、面白いだろう?」

「面白いとかじゃなくて、説明してくれない?」

「吉田くんは、北村翔悟を見返したくて、一人で部隊を組んでくれる相手を探すほどの意気込みを見せた子なんだよ。 そういう同級生なんて、他にはいないだろう」

「北村翔悟って、あの北村翔悟?」

「どの北村翔悟かは知らないけれど、なんだか有名な人らしいね」

「……相変わらずね、あなた。 正直、挑むなんて無謀よ。 最近、急速に力をつけたことを差し引いても、数十年に一人の人材よ、あの人」

「え、そんなに強いの?」

「魔術師としては落第だけど、戦士の卵としてはナンバーワンの資質ね。 そうね、ロドキヌス師に言わせれば、頭のイカれた天才よ。 わたしも彼が天才であることは否定しないわ」

「……へえ、それはたいしたものだ」

 

 ロドキヌス師にそう言われるってことは、研究者としては向いていないのだろう。

 ロドキヌス師は、魔術師の本分は研究者であるという考えの持ち主だから。あの先生、自分が白兵戦担当の戦闘魔術師(ウォーデン)くせに、白兵戦に傾倒している生徒が嫌いなんだよなあ。

 しかし、逆を言えば、北村翔悟の戦闘の才能は限りなく高いということでもある。

 

 私自身も、ロドキヌス師には、戦闘訓練に熱中していること自体は、あまりよく思われていないところがある。

 別に、戦いが好きと言うわけでもないのだがなあ。

 戦いは目的だと思ってないけど、使える手段としては大変便利だというだけだ。

 暴力は、人生における必修科目である。傾向と対策はしておくにこしたことはない。

 

 北村翔悟には私も興味がある。

それだけの力量と才能がある相手なら、私が試しに挑むにもちょうどいい。できる限り、強い相手を仮想敵として訓練したいものだ。

 

「ちょうどよい逸材が身近にいたものだね」

 

 思わず、そんな言葉が口に出た。

 マリンカが怪訝な表情を見せたので、「なんでもないよ」と首を振って見せた。

 

「……なんにせよ、だ。 吉田くんは、その北村翔悟に勝つんだろう?」

「ああ、絶対勝つ!」

 

 吉田くんは、再びそう言い切った。

 気持ちがよいくらいの断言だった、

 

 マリンカは頭を抱え始めた。

一方のファルグリンは、肩をゆらしながら、声も出さずに笑いだしている。なにがそんなに愉快なのだろうか。

 

 困り顔のマリンカは、諭すように話し始める。

 

「わたしだって、決戦競技に詳しいわけでもないし。 トレーニングを積んできたわけでもない。 それでも、わたしは貴方たちより強いわ」

「それは頼もしいね」

「そうじゃなくね。 部隊を組んでる人たちは、専門の訓練を積んでいる人たちなのよ。 個人の力量もさることながら、チームワークもとれている。 それに対して、付け焼刃で対抗できるとは思わないわ」

「でも、マリンカは魔女としても専門教育を受けてるじゃないか」

「魔術の力量が、必ずしも競技の力量の差に繋がらないと言う話よ。 それに戦術は、個人の実力を覆すものだし」

「私達はまだ二年生だよ。 なにかに挑戦すると言う、フレッシュな試みをしても罰は当たらないと思うんだけどね」

「そうだ、そうだー」

 

 吉田くんが訳も分からず、同意する。

 なんとなく雰囲気で話に参加してるな、この子。

 

「口で言うだけじゃダメみたいね」

 

 出来の悪い弟をみるような態度で、マリンカはため息をついた。

 

「いいわ、ついてきて。 少し試してみればいいわ」

 

 マリンカは、飲みかけのカップをソーサーの上に置き、立ち上がる。

 ふわっと肩にかけてあるケープを翻した。

 彼女と共に向かった先は、いつもの訓練所だった。

 

 戦闘用の魔術兵装、ローブを模した戦闘服に身を包んだマリンカ。

 幼く愛らしい風貌ながらも、キリっとした表情を見せている。

 

「ところで。 どうして、あなたがいるのかしら。 ファルグリン?」

「僕がどこで何をしてようが、僕の勝手だろう」

 

 ファルグリンが見物人として、同行していた。

 なんだかんだ、付き合いのいい奴である。

 もしかしたら、ヒマなだけかもしれないけど。

 

「決戦競技での戦い方……。 と言うより、魔術師の決戦競技での戦い方は、それぞれの出自で癖があるの」

「メジャーサークルの特色のような?」

「そう。 サークルの代表部隊は、その色が濃いの」

 

 例えば、『炎の監視者(ウォッチャー)』は魔術師の研究サークルでありながら、その実態は軍事系の出自者が集まるサークルである。異世界において、軍人や騎士の家系である魔術師が多く所属している。

 対照的に、『青き一角獣(ラース)』は伝統的な貴族や、権力を持つ富豪魔術師などの家系が集まる。エルフであるファルグリンが所属しているのも、彼が権力に近しい立場であることを意味するのだろう。

 それぞれ例外的に優秀な生徒を取り込んではいるが、主な傾向はそのようになっている。

 

「競技と実戦。 その形式を問わず、騎士や戦士の戦い方と、純粋な魔術師は戦い方そのものが違うわ」

「どっちの方が強いんだ?」

 

 吉田くんが、無邪気にマリンカにそう尋ねた。

 

「さあ? でも、わたしだったら純粋な魔術師は相手にしたくないわ。 特に、魔女は敵に回したくないわね」

「へえ……私は、魔女と戦ったことがないなあ」

「なら、わたしがはじめてね」

 

 マリンカが笑みを見せたが、それがもう怖い。

 彼女は手をかざして、もったいぶったように小さな箱を取り出す。それは小さな箱と言うよりも、模様がついた藍色のサイコロのように見えた。

 

「これは妖精の匣(ピクシーボックス)。 魔力によって妖精を生み出し、操る魔導器(セレクター)よ」

「……で、それがどう役に立つんだよ?」

 

 吉田くんは、大型杖(ロッド)で魔法を撃ちだす戦い方しかしない。

 他に、使う魔導器(セレクター)は、防壁(シールド)くらいなものである。

 

「やってみればわかるわ」

 

 マリンカは、強気に言い放った。

 

 私たちは、対決することになった。

 マリンカは、私たちにそう簡単には上手くいかない現実を教えたいらしい。

 ずいぶんと親切なことである。

 

 試合の形式は、私、吉田くん、マリンカがそれぞれ敵対しているルール。

 敵味方関係なしに、とにかく最後に残った一人が勝つシンプルなゲームだ。

 

 試合が始まった。

 真っ先に狙われたのは、マリンカだ。

 吉田くんは、すぐにマリンカに大型杖(ロッド)照準を合わせたようだった。私もマリンカを倒すべく動き出す。

一番のライバルを最初に蹴落とすのは、当たり前だった。

 2対1に持ち込めるなら、それが一番望ましい。

 

 しかし、戦闘が始まった瞬間に、マリンカは白煙を生み出した。

 魔導器(セレクター)煙使い(スモーキン)』の能力だ。肉眼だけでなく、魔術で見通すことを阻害する特殊な煙幕を張る。術者の技量によっては、その煙を操ることすらが出来るため、応用も聞くと言う。

 

 真っ先に、私は兎跳び(バニーホップ)でその場から移動し、隙を見てマリンカを落とすつもりだったが断念する。

 下手に煙の中で、格闘戦に持ち込むのはリスクが高い。

 

 吉田くんは、爆裂魔術式である『爆炎の槍(ブラストゴア)』を白煙の中に撃ち込む。

 撃ちこまれた火炎弾が、弾着と同時に炸裂するも、それがダメージを与えているかはわからないままだ。

 吉田くんは何度も連射しながら、私も合わせて倒すべく、狙い撃ちしていく。

 

 私は、それをいつものように兎跳び(バニーホップ)で回避。

 火炎弾の合間を縫うように、空中を跳ねまわる。白煙から一定の距離をとりながら、周回し様子を見ていく。

 先に、吉田くんを倒してもいいが、その隙を狙われたくない。

 

 理想的には、マリンカと吉田くんが戦っている最中に仕留めるか、生き残った方を安全に倒したい。

 吉田くんとしては、どちらも同時に爆裂魔術で倒したいみたいだけど、白煙で狙いが付けられない以上はそれも難しいだろう。

 

 手ごたえがなかったのか、吉田くんは射撃を止めた。

 魔力がなくなれば、弾切れで戦えなくなる。特に爆裂魔術は必殺の威力と、範囲を誇るものの消耗が激しい。そう何度も繰り返せないだろう。

 そろそろ、吉田くんを狙うのもありか。

 

 吉田くんと何度も対戦していてわかった。魔力切れが近い魔術射手(キャスター)は、シールドも有効活用できないし、機動力も低く無力だ。

 魔術射手(キャスター)を仕留めるには、何度か魔術を空振りさせてから、近接戦闘に持ち込めれば相当有利に戦える。

 なにより剣型魔導器(セレクター)の直接攻撃は、シールドを貫通できる。

 

 そう考え始めたところで、白煙の中に動きがあった。

 うっすらと人影が見えたのだ。

 それを視認した途端、吉田くんがさらに魔術式『爆炎の槍』を投合。大型杖(ロッド)による射撃を繰り返す。

 

 私も、身構えた。地面に着地し、いつでも兎跳び(バニーホップ)が使えるように準備をする。

さすがに無傷では済まないはずだ。爆裂の範囲から逃れるために、飛び出してくるはず。

そこを飛燕で斬ってしまえばいい。

 

 そう心に決めたとき、身体に衝撃が走った。

 

「――え?」

 

 理解したときには、遅かった。

真後ろから斬撃を受けたのだ。

 

「どこを見ているの? そこにわたしはいないわ」

 

 鞘から抜き放たれた飛ぶ斬撃。

剣型魔導器(セレクター)『虎徹』による能力、『斬空閃』である。

遠く離れた位置からの不意打ちに、私は一撃のもと切り捨てられた。

 

『致命的なダメージ、DF残量ゼロ。 戦線離脱を宣言します』

 

無機質な機械音声に、自身の敗北をようやく自覚する。

全身を痺れが襲い、体が動かせなくなる。無力感、私はそのまま地に伏した。

 

完全にやられた!

しかし、あの白煙の中に、確かに人影がいたはず……?

 

マリンカは抜き放った刃を、日光に煌めかせると再び鞘に納める。

そして、すぐに兎跳び(バニーホップ)でその場を飛び立つ。吉田くんが射撃魔術で追撃しようとするも、照準が合わずに断念したようだった。

 

 吉田くんが、制圧力を重視し連射系魔術に切り替える。

 魔術式『飯綱狩り(ウィールズアウト)』だ。複数の光線が、標的を自動追尾する連射力の高い攻撃。数十にも放たれた閃光が、飛来する。

 

「いつもかく乱されっぱなしだと思うなよ! 無駄に、陽介と戦ってるわけじゃないぜ!」

 

 吉田くんは、私と何度も戦っているうちに対策をとり始めたようだ。

 新たに習得した魔術を、あえてここで切り札として持ってきたつもりのようだ。

 

 完全に、勝ちに来てるな。

 

「甘いわ……。 妖精(ピクシー)……デコイよ」

 

 魔導器(セレクター)妖精の匣(ピクシーボックス)』から小さな光が出現。

 それが、マリンカと瓜二つの姿に変化し、マリンカの隣に並走。いや、やや突出して現れる。『飯綱狩り(ウィールズアウト)』によって、幾重にも放たれた光線群が殺到。

 妖精が変化した偽物、デコイに降りかかりそのすべてが集約される。

 

 私は気付く。

 あの妖精が変身したデコイ、あれが白煙の中に現れた人影だ。

 私はあの『妖精の匣(ピクシーボックス)』によって、騙されたんだ。

 

 マリンカによって作り出されたデコイは、数十もの光線に貫かれて発光。撃破され消滅した。デコイの耐久力は低いようだった。

 

そのさなか、『飯綱狩り(ウィールズアウト)』へのカウンターとして、マリンカが一直線に剣閃を放つ。

 再び、収められた鞘から解き放たれた剣型魔導器(セレクター)、虎徹である。

そこから穿つように、強烈な魔力斬撃、『斬空閃』が撃たれた。それも、鞘で増幅され威力の高められた『斬空抜刀閃』と呼ばれる一撃である。

 

マリンカが使用した『虎徹』は剣型魔導器(セレクター)のなかでも、折れぬ、曲がらぬ刀身の頑丈さを持つ。だが、虎徹に秘められた能力は、それだけではない。

魔力を引き金にし、斬撃を飛ばす能力『斬空』が備わっているのだ。

 

それでも、『斬空』だけの威力ではシールドで容易く防がれてしまうが、虎徹と対になる鞘を使えば、それすらも突破しうる。鞘は魔力増幅機能を備えている。

その鞘から抜かれた瞬間に放たれる『斬空閃』、すなわち『斬空抜刀閃』は生半可なシールドでは防ぎきれない破壊力を誇る。

 

虎徹は日本が制作した剣型魔導器(セレクター)としては、傑作と言われており、日本の魔術化部隊が正式採用しているだけあって隙がない性能を持つ。

 

 吉田くんは、大型杖(ロッド)の演算能力を攻撃ではなく、防御に。シールドに回す。

 全力で、シールドを増幅し展開。『斬空抜刀閃』を防ぎきるつもりだ。

 

 しかし、吉田くんが『斬空抜刀閃』を防いでいる最中にも、マリンカは近接の間合いに持ち込もうとする。近接で直接放たれる刃には、シールドを貫通する能力があるからだ。

 すでに吉田くんが、『斬空抜刀閃』を防ぎきることを見越しているのだ。

 

 そんなマリンカへ、背後から数本の光線が迫った。

 少しでも足止めをしようと、マリンカへと追いすがる。

 

「あら、やるわね」

 

 先ほど吉田くんが放った『飯綱狩り(ウィールズアウト)』の残りだった。

吉田くんは、一度にすべての攻撃をマリンカに向けて撃ちだしたのではなかったのだ。彼は、一部の光線を空中で一時停止させることで、二段構えの追尾攻撃を演出した。

 

あらかじめ、時間差でマリンカを攻撃させる心づもりだったのだろう。抜け目のない一手である。

 

誰の影響かは知らないが、ずいぶんとらしくない。小狡い技を使うものだ。いつのまに、あんなに吉田くんの性格はこざかしくなってしまったのだろう。

 

 マリンカは走りながらも、シールドで『飯綱狩り(ウィールズアウト)』を弾き返す。

 威力はそれほど高くないにしても、直撃すれば戦闘不能はまのがれない。

 だが、シールドと兎跳び(バニーホップ)を併用することを避けたのか、機動力が一気に下がった。吉田くんを倒しきる間合いまで、あと一歩をだったが間に合わない。

 

 態勢を整えた吉田くんは、新たな魔術式を構成。迎撃の準備を整えた。

 

「近づけさせねえぜ! 『雷撃鞭(レイザー)』!」

 

大型杖(ロッド)の先端から、電撃で形作られた鞭が形成され、うねり薙ぎ払うようにマリンカへと襲い来る。

 生きた雷蛇ともいうべき動きを見せ、より凶悪に、より執念深く、マリンカの機動を阻害。その身体に食らいつこうと、襲い掛かった。

 

 しかし、虎徹の鞘の増幅機能は応用性が高い。

 マリンカは防護魔術を構成、鞘による増幅機能を併用し、シールドを強化して発動した。

 

「ずいぶんと……動く相手に狙いをつけるのが慣れてるじゃない」

 

 必殺と思われた一撃は、強化シールドによって簡単にいなされる。

 『雷撃鞭(レイザー)』では、虎徹の鞘によって強化されたシールドを突破できないのだ。

 

 さらに、マリンカは握りしめた虎徹に魔力を籠め、『斬空』を起動。

 迫る『雷撃鞭(レイザー)』を魔力で形成された剣圧により弾き、斬り飛ばしながら、吉田くんに近づこうとする。

 直接、刃で弾こうとすれば電撃により、感電してダメージを受けることになる。剣で『雷撃鞭(レイザー)』を防ぐには、『斬空閃』を連続で放ち圧倒すればよい。

 

 それでも吉田くんの執拗な攻撃は、接近の隙を与えない。

 

「オレは……強くなったんだぁああっ」

 

 精一杯の意地か、凄まじい集中力だった。マリンカの接近を許さぬように、機動を制限するための牽制を繰り返す。連撃につぐ、連撃。これだけの猛攻であれば、マリンカは虎徹を再度、鞘に納めることもできなかった。

 

 納刀した虎徹からの一撃、『斬空抜刀閃』を繰り出すことが出来れば、マリンカの勝ちは決まるはずだ。なにせ、吉田くんの魔力は尽き欠けている。

 

 一見、魔術の撃ちあいは拮抗しているように見えた。

 しかし、持久戦となれば、マリンカが有利だろう。この吉田くんの猛攻が続くのも、今だけだ。

 私が、マリンカの立場なら、もう少し攻勢に出るのを待つだろう。

 

 そう……もし私がマリンカなら、そうした。

 

 観戦していたファルグリンが、呟く。

 小さなつぶやきだったが、人体改造によって調整された私の聴覚は、それを確かに聞き取った。

 

「僕が思ったより粘ったが……ここまでだったな」

 

 ファルグリンの視線の先には、吉田くん。

そして、吉田くんのすぐそばにある、小さな淡い光。

あれは……妖精の匣(ピクシーボックス)により作られた妖精。

 

一気にその妖精が輝きを増し、破裂する。内包されていた魔力を爆発力に変換し、自爆したのだ。その爆発の瞬間に、強烈な光を発する。吉田くんの眼を焼き視力を奪い、また爆発の衝撃がその全身を襲う。

 

妖精(ピクシー)にはこういう使い方もあるのよ」

 

 その爆発に合わせて、魔導器(セレクター)兎跳び(バニーホップ)』を起動。

 一足で、吉田くんの懐に飛び込むと、防ぎようのない一太刀を浴びせかけた。

 

「くっそぉ……」

 

 無機質なアナウンスが、吉田くんの敗北を告げる。

 それを聞くまでもなく、刀を薙ぐと、マリンカはそのまま納刀した。

 

「……きっとたくさん頑張ったのね。 でも、残念だけど相手にならないわ」

 

 マリンカは、圧倒的だった。

 それも、わざわざ日本製の剣型魔導器(セレクター)を使い、彼女は戦って見せたのだ。

 

 勝ち方も、手加減や調整されたのは、はっきりわかった。

 

 私は、魔力障害により、魔力でシールドを形成できない。

 にもかかわらず、シールドで防ぎようのない一撃で、真っ先に私を仕留めた。

 

『もし、私にシールドが使えたら防げた』

 

そんな言い訳をさせないために。

 

 吉田くんに対しては、彼の得意な戦闘距離から戦いを開始し、正面から圧倒。勝ちの見えた持久戦をあえてせず、そのまま短期決戦を決め込み、剣の間合いまで接近して見せた。

 

 マリンカは……彼女は、私たちに言い訳のしようがないほど、圧倒的な勝利を収めたのだ。

 それは明らかに意図的なものだった。

 

 彼女は真剣な目で、私を見つめた。

 



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第29話 魔女はイチゴラテを飲む

 戦いが終えたマリンカがまず言ったのは、こんな言葉だった。

 

「思ったより悪くなかったわ。 でも、正直に言えば、決戦競技(ディシプリン)をするには戦術はもちろん、戦い方そのものがなってないわね」

 

 根本的な指摘。

 良いか悪いかを論じる以前に、私達はそのスタートラインにいないかの言うように言われたのだった。

 吉田くんは憤慨していたが、自分に勝った相手に言い返そうとはしなかった。

 

 私は場所を移すことを、提案した。

 魔力も消耗したことだし、二人は休息した方がよかろうと思ったのだ。

 

「お前は、くやしくないのかよ」

 

 吉田くんにそう聞かれたが、私にはそんな気持ちはなかった。

 それに、マリンカの指摘をきちん聞いた上で努力した方が、効率がいいに違いない。

 

「べつに。 何も知らないまま努力しても、上手くいかないよ」

 

 私がそう答えたのを見ると、マリンカは強くにらみつけてきたような気がした。

 マリンカには、なにか私の態度に気に入らないところがあるのだろう。

 どうもなにかと、時折、マリンカからはお叱りを受けてしまう。

 

 マリンカは、私に歩み寄る。

 ぐっ、と襟元を掴まれ、はっきりとした口調で言った。

 

「ちゃんとわたしを見ろ」

 

 言うだけ言って、彼女は手を離す。

 私は苦笑する。

きちんと、マリンカのことを見てるつもりなんだけどな……。

 

 私たち向かったのは、近くにある休憩室だ。

 ベンチに座り、ドリンクサーバーから飲み物を受け取り始める。

 

「お前、コーヒーとか飲むのかよ」

 

 吉田くんがぎょっとして、私に尋ねた。

 

「そりゃ、コーヒーくらい飲むよ」

「……へー。 なんか大人だな」

 

 子供になってから、苦みがより強く感じるようになった。

 昔、そう、前世で飲んだ時よりも、ブラックコーヒーが苦く感じる。

 それでも、私は比較的苦みを好んだ。

 私室の茶話会では、もっぱら紅茶だけどね。

 

「ファルグリンは抹茶ラテでいいんだよね?」

「ああ、それで構わないよ」

「構わないと言って。 本当は大好きなくせに~」

「うるさい。 僕は別に嫌いとは言ってない」

 

 ファルグリンは、コーヒーを飲まない。

ここのドリンクサーバーだと、よく好んで、あまい抹茶ラテを飲んでいる。

それかイチゴラテも飲んだりもするが、それはマリンカがよく飲む奴だ。

 

「と言うわけで、はい。 イチゴラテ」

「……どうも」

 

 不本意そうに、マリンカは差し出したイチゴラテを受け取る。

 いまだに、私を不機嫌そうに睨んでいるのだ。

 

「なんで、ムスッとしてるのさ?」

「どうしても、なにも。 ……と言うか、あなたは気にしてないの?」

「え? なにを?」

「そう、なら好きにすればいいわ!」

 

 やけにマリンカがぷりぷり怒っている。

 その割に、イチゴオレは受け取ってくれたので、本気で嫌がってるわけではないのだろう。

 うーん、まあ、とりあえず、そっとしておこう。

 

 マリンカは、気を取り直して席に座る。

 そして、他のみんなにも座ることを促した。

 

 マリンカは、一度ラテを両手で包み込むように飲み始める。

 息を吹いて、表面を冷まそうとしているようだった。

 

「吉田と言ったわね」

「ああ」

 

 マリンカは、イチゴラテに口を付けるよりも早く口火を切った。

 吉田くんも、すぐに話を始めたいと言わんばかりに、目線を返す。

 

「あなたの戦い方は、固定砲台。 完全に足を止めての撃ち合いよね」

「ああ、そうだぜ」

「魔術師の戦闘形式はいくつも種類があるけど。 あなたの戦闘スタイルは、授業の中で生まれたものね」

「……確かにそうだな、授業でやった模擬戦だ」

 

 授業における模擬戦は、西部劇の決闘のようなもの。

一対一で向き合い、教師の合図と主に魔術を撃ち合うものだ。何もない場所で、足を止めたまま、正面から魔術をひたすら撃ち合う。

 

「その形式の模擬戦だと、『早撃ち』の速さ。 相手の魔術を圧倒し、シールドを破る『火力』 止まった相手にきちんと命中させる『正確さ』が重視されるわ」

「1年の授業では、シールドは使わなかったよ。 とにかく、反応するよりも早く相手を撃てばよかった。 2年生になってからは、そうもいかなくなったけどな」

 

 シールドの取り扱いを、模擬戦で併用しないといけなくなったのは、授業だとつい最近だ。

 早撃ちに優れているだけだと、シールドに弾かれるので、必然的に火力は高くなる。

 

 シールドは、銃弾規模であれば、そうそう破られはしないだけの強度も有するため、必然的に『爆炎の槍』などの爆裂魔術に傾倒する生徒が増える。

 1年前は、フォースの早撃ちがメインだったけど、今はそうはいかなくなった。

 一般生徒に決戦競技(ディシプリン)をやらせれば、大半が『爆炎の槍』の撃ち合いを狙うだろう。

 

 私のような魔術を扱うことが苦手な人間か、変わり者だけが、『兎跳び(バニーホップ)』で懐に潜り込み白兵戦を挑むのだ。それは1年目からずっとだけど。

 私はずっとそれだけをやり続けてきた。

 

「吉田、あなたが模擬戦でどんな風に頑張ってるかは、わかるわ。 その点だと、あなた。 けっこう授業では優秀でしょう?」

「まあ、そうそう負けねえな……」

「ええ。 判断も早いし、器用だわ」

「……アンタには、負けたけどな」

 

 吉田くんは、不満そうである。

 もともと一般生徒の中では、トップクラスと言われているのが彼である。

 ロドキヌス師からのお墨付きもあって、学業でもそう悪くない成績なのだろう。

 

「正直なところ、予想以上にあなたは強かったわ。 それに戦闘慣れもしてた。 誰かさんの影響もあってか、機動力で翻弄されたときの対処能力もあったしね」

「誰かさんって、誰だろうなあ……」

「そこ、茶化さないの」

 

 言い出したのマリンカなのに、私が乗ってあげたら怒られた。解せぬ。

 とはいえ冗談ではなく、吉田くんは、新しい魔術まで習得していたし、今回の戦いには私も感心させられている。

 

「ただ、残念だけど。 授業と実戦は違うの。 あなたの戦い方は、決戦競技(ディシプリン)にあってないのよ」

「……じゃ、オレはどうすればいいんだよ」

「それを説明してあげるわ」

 

 こほん、とマリンカは息を整える。

 まるで、家庭教師でもしてあげてるみたいだ。

 

「魔術師における戦闘の基本は、大きく二つに分けられるわ」

 

 マリンカは、ノートに図を描いて見せる。

 

「1つは、流れを意識すること」

「流れ?」

「そう。 流れを操り、状況をコントロールするの。 あなたは、わたしと陽介、二人をまとめて『爆炎の槍』で倒そうとしたわね」

「ああ。 爆裂魔術なら、上手くいけば二人とも吹き飛ばせるからな」

「相手の立場に立ってみて? もし、あなたがわたしや、陽介だとして。 それをされたら誰が一番邪魔になる?」

「え……? うーん、わかんない。 一番近い、陽介とマリンカはお互いが邪魔だろ」

 

 マリンカは、視線を左右に動かした。言葉を探しているようだった。

 もっとスムーズに返答が返ってくるのを、予想していたのだろう。

 

「いいえ。 この場合、わたしと陽介からすれば、最も邪魔なのはあなたよ。 だって、一方的に魔術を撃ってくるんですもの」

「うん…… そう言われたら、そうかも」

 

 私も本音を言えば、マリンカは要注意せねばならない対象だったが、その中でも常に吉田くんの攻撃の動向には強く意識をさせられた。

 爆裂魔術を使われ、吉田くんが消耗したのを見て仕留めようと思った。それは、マリンカにとってもそうだったのだろう。

 

「こうなると、わたしと陽介、二人がかりであなたを倒す可能性もあったわね」

「そ、そうなのか?」

「まとめて倒したいなら、下手に注目を集めずに、当てられると確信がある時だけにするべきだったわね。 爆炎の槍は、確実に当てられる自信があった?」

「ない、けど……」

「最も消費が多い攻撃を、効果的でないのに撃つのは良くなかったわね。 攻撃には、狙いが必要よ。 きちんと意味や効果。 そこから起きる流れを考えなきゃ」

「そんな難しいことを言われても、わかんねえよ……」

「そ、そうなの……?」

 

 マリンカは困っているようだった。

 思ったように、吉田くんに話が通じないのだろう。吉田くんが悪いと言うよりは、年相応なだけなのだろうが、マリンカにはそこが理解できないのだ。

 

「うーん。 試しに、わたしがしたことを説明するとね」

「おう」

「まず、『煙使い』の能力で煙をだしたわ。 そして、妖精を召喚して、煙の中に待機させて……そのあとは、透明になって煙から離れたの」

「透明になった?」

「そう。 『姿隠し』と言うマントよ。 これを使えば、魔力を消費して透明になれるわ。 魔力を探知しようとされると、すぐにバレちゃうけどね」

「ああ、そういうのがあるのは、なんか見たことあったな。 注意してみようとすれば、すぐ見抜けるし、全然意味ないと思ってた」

 

 吉田くんは、あっけらかんとした様子でそう答えた。

 

 なるほど、透明化して煙から抜けたのか。通りで見抜けなかったわけだ。

 私は、そういうものがあるとすら知らなかったけどな!

 

 決戦競技(ディシプリン)自体、そんなに知らないからな。どんな魔導器(セレクター)が選択としてあるかも、調べている最中だから、まだ知らない魔導器(セレクター)も多い。

 透明化できる『姿隠し』は、私にも使えるだろうか?

 

 マリンカは、魔力の煙で覆い隠すことで、透明化の瞬間がばれないようにしたらしい。

 弱点を補強する方法としては、基本的なものらしかった。

 

「わたしが煙から離れた後は、妖精にデコイに変身してもらって、二人の注意が逸らしたの」

「あー。 煙の中に見えた影って、デコイだったんだな」

 

 今気づいたのか、吉田くん。

 てっきり、もう気付いていたものだと思った。

 

「気を逸らしてから、陽介を不意打ちで倒したけど……別に、あなたを先に倒してもよかったけどね」

「なんで、陽介から倒したんだ?」

「陽介の方が、残しておくと面倒そうだったからね。 わたしは剣の扱いが得意ってわけでもないし、接近戦同士の戦いになったら、さすがに陽介の方が分があるでしょ?」

「え? ああ、さすがに負けないね」

 

 私は当然のことを、普通に言った。

 

「はぁあ? 調子に乗らないでくれる?」

 

 そしたら、普通にマリンカに怒られた。げせぬ。

 マリンカの言ったことを、肯定しただけなのに。

 

「じゃ、陽介より、オレの方が弱いってことかよ」

 

 吉田くんは、不満げだった。

 実際に戦えば、吉田くんが勝つこともあるが、私の方が有利だろう。

 

 ただ……吉田くんが使ったあの新技。『飯綱狩り(ウィールズアウト)』と言う魔術があれば、状況は傾くかもしれない。あれを上手く使えるなら、吉田くんは私に勝てる。

 

 マリンカは、イチゴラテを飲んだ。

 吉田くんの理解力に合わせて、話そうとしているのだろう。

 どう返事するか、迷っているようだった。

 

「……今はそうね。 魔術射手(キャスター)であるあなたが、もし勝ちたいのなら『早撃ち』『火力』『正確さ』だけでは戦えないわ」

「他にどうすりゃいいんだよ」

「一撃で決められない以上、流れを意識して追い込むしかないわ。 それには『戦況読む力』『連射による制圧力』。 この二つで最後まで、詰め切るしかない」

「それって、さっきマリンカが言ったみたいな作戦だろ?」

「ええ、そうね。 状況を分析して、流れを作る。 そして、最後に敵を仕留める状況にまで導くの」

「……わかんねえよ、そんなの。 言われても、そんな考えつかねえもん」

 

 吉田くんは、否定的だった。

 自分には出来ないとそう断じていた。

 

「それに戦ってる最中だろ。 オレは魔術を操るのに真剣だし、すげえ集中力いるんだぜ。 他のことを考えるのなんて無理だろ」

「わたしは実際に、やってみせたわよ?」

「ぐ…… そう言われてもな」

 

 吉田くんには、無理だと言う意識が強いようだった。

 確かに、戦闘の流れを読みながら、戦うのは簡単ではない。

魔術師にとっては、そのための使い魔でもある。

 

人面犬やマンティコアとの戦いでは、テイラーに役割分担をした。

テイラーに魔術の発動を任せて、私は目の前の戦闘に集中した。もちろんそれでも、簡単ではなかったけど、そんな最中でも、勝ちきるまでの流れはある程度、見えるように戦っていたと思う。

 

 マリンカはため息をついた。

 

「なら、一対一で勝つのは難しいと自覚して。 自分の力不足をきちんと把握することは大事よ」

 

 あくまで、冷静に一歩引いたような様子のマリンカ。

 それに苛立ちを見せる吉田くんは、叫んだ、。

 彼は必死だった。

 

「でも、オレ勝ちたいんだよっ!」

「すぐに出来ないとか、なんでもかんでも無理とか。 そんなので勝てるほど、甘くないわ。 勝ちたいなら、それを乗り越える。 それが出来ないなら、別の手を考える!」

 

 マリンカは、それだけではダメだと言う。

 彼女は、今日、初めて声を荒げた。

 

「……勝利ってのはね、指くわえてヨダレ垂らして、『ほしい』『ほしい』って待ってるだけでもらえるもんじゃないのよ!」

 

 誰も何も返せなかった。

 そこには、マリンカの努力してきた重みと言うものが感じられた。

 彼女には、魔女マリンカの名を継ぐ、魔女として背負ってきたものがあるのだろう。

 

「ちょっと日を改めようか」

 

 私は、あっさりと間に入った。

 誰も発言しようとしない、その重い空気の中。

 

「吉田くんは、今回の話を持ち帰ってゆっくり考えてみると良い。 アドバイスをもらってるのに、無理、出来ないばかりじゃ北村翔悟には勝てないよ」

「……お前までそんなこと言うのかよ」

「マリンカは、君に勝ったんだ。 その意味がわかるね? どんなに負けても、どんな努力でもする覚悟があるんだろう?」

「お前だって負けたくせに」

「私は1年間、負けっぱなしだったけど私は諦めなかった。 今では『普通の生徒』には負けない。 今まで以上に努力して、『選ばれた生徒』にも勝てるようになって見せるさ」

「な、なにを偉そうに……」

 

 吉田くんは、泣きそうな顔をしていた。

 それでも、私は微笑みかけた。

 

「ごめんね、マリンカ。 アドバイスの途中だったのに」

「……いいわ、べつに」

 

 マリンカもまた不満げな表情をしている。

 吉田くんと合わないのもあるだろうけど、私自身の振る舞いにも不満があるんだろうな。

 でも、私にだって言いたいことはある。

 

「日本製の剣型魔導器(セレクター)を使ったのは、こちらの参考になるように合わせたつもりだったんだよね? それなら、私や吉田くんにも扱えそうだと思ったんだよね?」

「えっ。 ……そうよ」

「たださ。 勝負と名を付けた以上は、本気でやってほしいな」

 

 マリンカは、目を見開き、はっとしたような表情を見せる。

 彼女は、私がないがしろにしたように思ったのだろう。

 だが、それはこちらのセリフである。

 

「マリンカ。 次、勝負で手を抜いたら許さないからね」

 

 それで、この場はお開きとなった。

 

 その後、私はファルグリンとカフェに出かけた。

 彼は、機嫌が良さそうに、抹茶パフェを食べる。

 

「身内に甘いのは、魔女の伝統だけどな。 マリンカもそのあたりは、引き継いでいるらしい」

「ああ、親切だったね。 参考になったよ」

「助言を求めに来た人間に、それを与えるのも魔女の役割だろうな。 勝ち負けに熱いのは、まだ若さゆえなんだろうけどね」

 

 ファルグリンは饒舌だった。

 わりと我慢していたのだろう、みんなの前では口数が少なかった。

 気を遣っていたと言うよりは、認めていない人間に、気安い態度がとれないのだ。

 エルフは、なにかとプライドが高いみたいだから。

 

「それで。 どうするんだ、陽介」

「なにが?」

 

 私は餡みつをつまむ。

 興味がないように装いながら、私はその甘味を楽しむ。

 黒蜜のコク、独特な風味の甘み。

餡はそれと比べるとサッパリしているが、どっしりとしている。

 

 やはり甘いものは、脳にいい。良い刺激になる。

 

「僕が何を言いたいかはわかってるだろ? 決戦競技(ディシプリン)に参戦するにしても、マリンカは厳しいんじゃないかってことだ」

「ふふ。 実は今回は、あんまり期待してないんだ」

「……そうなのか?」

「そう。 吉田くんの誘いがこじれた時点で、勧誘は厳しいと思ってた。 でも、まさか試合までしてくれるとは思ってなかったけど」

「……魔女は情が深いからな」

「うん、マリンカはよくしてくれたよ。 それで、吉田くんに良い刺激になると思ってた」

 

 ファルグリンは、意外そうに瞬きをした。

 

「随分と、吉田とやらに期待してるのだな」

「あー、いや、そうでもないな。 ただ、吉田くんは、吉田くんなりに頑張ってる。 応援してあげたくもなるじゃないか」

「入れ込む理由はそれだけか? お前は他人に興味なんてなさそうだけどな」

「そこまで言うかい? まあ……私の本音を言えば、強い相手。 北村翔悟と戦うのに、一番、都合がいいってだけかもしれない」

「北村翔悟?」

「ああ。 彼は強いらしいから」

 

 この世界における天才。

 戦闘における選ばれし者。そう言った人間がどれだけ強いかに興味がある。

 どうしたら、そんな人間を倒せるか、にも。

 

「なるほど。 強い……強い、ね」

「なにさ?」

「いや。 それはそれとして、マリンカの戦い方は参考になったか?」

「うーん。 『姿隠し』は使えるかも。 煙幕は、魔術で再現できないけど、錬金術で真似をすればいい」

「それだと、決戦競技(ディシプリン)では使えないな」

「それは仕方ないさ。 それを言うなら、そもそも私はシールドも使えない」

 

魔力で盾を形成することもできない私は、シールドが使えない。

 

「今日の戦いでも思ったけど、決戦競技(ディシプリン)ではハンデだろうね。 吉田くんの撃った『飯綱狩り(ウィールズアウト)』で弾幕を張られたら防ぎきれないね」

「なんにせよ、攻撃を防ぐ方法は必要だ。 なにか考えた方がいい」

「そうだねえ。 ルールをもっと見て、使える魔導器(セレクター)のリストを調べるさ」

「ただし、手に入る範囲で、だな。 ルール上、可能にしても異世界(ニーダ)にある魔導器(セレクター)はそうそう手に入らないものも多い」

「そうだね。 となると、日本製の魔導器(セレクター)だと都合がいいけど…… まず、虎徹はなしだ」

 

 同じ剣型魔導器(セレクター)でも、飛燕と虎徹では別ものだった。

 虎徹は、私にとっては相性が悪すぎる。

虎徹の持つ機能、魔力で斬撃を放つ『斬空』は私には起動できなかった。増幅器である鞘も活用できない。

 

「空中を高速で飛び跳ねることが出来る兎跳び(バニーホップ)だけは、相性が良かったのか活用できたんだけどね」

「似たような魔導器(セレクター)は、異世界(ニーダ)にもあるから、マリンカとしても扱いやすかっただろう」

「そうなの?」

「空を飛んだり、空中を歩行するための魔導器(セレクター)は、誰もが発想しうる範囲のものだろう?」

「まあ、確かに」

 

 魔術で何をしたいかって話になれば、必ず飛行は話に上がるだろう。

 長い間の人類の夢だ。世界は違えど、人類共通の思考と言えるかもしれない。

 

 ファルグリンは、抹茶パフェの白玉を飲み込んだ。

 餅は、彼の好物だ。米の餅は、エルフの食文化にはないものらしかった。

 根菜をつぶしたニョッキのようなものならば、存在したようだが。

 

「陽介。 なぜ、わざと負けた?」

 

 さっきのマリンカとの対決の件を言ってるんだろう。

 私は、あっさりマリンカに落とされた。

 でも、あれは仕方がないんじゃないかと思う。

 

「……べつに、わざと負けたわけじゃないよ。 本当にマリンカは強かったよ」

 

 私はそう答えた。

 

「背後から不意打ちされたら、やられるしかないさ」

「嘘をつけ。 普段のお前なら、簡単に背後をとらせたりはしないだろう?」

 

 ……確かにいつもなら、もっと警戒してる。

 いつもなら、あの状況で足を止めることもない。徹底的に安全策に出る。

 強敵には、持久戦から分析に入り、隙を見ての一撃。

 それが、私のスタイルだ。

 

「確かに、らしくなかったかもね」

「ああ。 徹底的に機動力を生かし、剣の射程に持ち込むのが、お前の常道だとしたら。 射撃攻撃が弱点となり、まとも対抗に出来ないことが、常に課題となる。 お前は理解してるし、無防備な方向へは警戒してるだろう?」

「もともと決戦競技(ディシプリン)のルールじゃ、私は全力では戦えないよ。 使える武器も少ないしね」

「マリンカは、そんな答えでは納得しないと思うがな」

 

 ……確かに、マリンカには失礼だったかもしれない。

 でも、あそこでマリンカと全力で当たるのは、抵抗があった。

 なにせ、マリンカ自身が全身全霊の本気じゃない。

 

「あれはマリンカが悪いよ。 彼女は、あえて日本製の魔導器(セレクター)をメインに装備してきた。 そんな相手に勝ったところで、なんの価値もない」

「マリンカが本気なら、本気で勝負したと?」

「そうだね、それはそうだよ。 でも、そうじゃなさそうだから、別のことに興味がわいたんだ」

「別のことだって? 確かに、陽介には、たまに様子見で手を抜く癖がある。 その情報収取の一環か?」

「どうかな……。 そんな癖あったかな」

「陽介は、事前の情報収集は欠かさないよ。 逆に倒す方に踏み切れば、それは執拗なくらいに粘着的だ。 事前に情報がなければ、戦いの中で情報を集めようとするか。 できる限り、短期決戦で敵を倒すかだ」

 

 私は笑ってしまった。

 そんなところ、ファルグリンに見せたかな。

 

「手を抜いていたわけじゃないけど、マリンカがどう戦うかに興味があったのは否定しないよ。 それに、吉田くんがそれに対してどう対抗しようとするか、にも」

「本気を出す価値はなかったと?」

「それ以上に、見たいものがあったのさ。 その価値はあったよ」

「ずいぶんと、冷めてるんだな。 ……そのわりに決戦競技(ディシプリン)への参加に、こだわってるが」

「それは……吉田くんに力を貸したいと思ってる、それは本当だよ。 それに、私にとってもいい経験になる」

「経験だって?」

「……今、強さの壁を感じていてね。 正々堂々、誰かと戦える理由が欲しいんだ」

 

 ファルグリンは、怪訝そうに表情を歪ませる。

 

「それこそ、わからないな。 陽介、お前はなんのために強さを求めるんだ?」

 

 改めて考えたら、なぜだろう。

 なぜかはわからないが、私が自分の望みをかなえるために、それが必要だった気がする。

 ……また、すごく大事なことを忘れている気がする。

 

 私の中で、いろんなものが抜け落ちている。

 でも、どうしてなんだろう。

 

「ただ、強くなりたい。 それだけじゃだめかな」

「そんな漠然とした理由で、そこまで努力できるはずがないだろう」

「……自分でもよくわからないんだ。 ただ、強くならないといけない気がする」

 

 答えは出ない。

 なぜ、私は強くなろうと努力しているんだろうか。

 



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第30話 心揺さぶらるる時

 アンジェリカは、困惑していた。

 

「これは大変なことになりました……」

 

 魔術学園の円卓の間、警邏騎士団団長からの通達。

 

警邏騎士団は、深刻な状態下にあった。

前回の不正者(チーター)一斉捕縛作戦で、人員に甚大な被害が出てしまったのだ。

 

 各地に不正者が集まっていたため、手薄になりながらも、それぞれに騎士団は部隊を分散して派遣した。

 

 謎の力を得た不正者と言えど、何の訓練も受けていない素人。

敵は、覚悟も戦闘経験や知識もない一般人に過ぎなかった。

訓練された騎士の統率力の前では、数は多くとも問題にはならない。

集った不正者を各地で、捕縛することさえできれば、この騒ぎも収束に向かうはずだった。

 

 しかし、それはすべて罠だった。

 

 各地で倒したはずの不正者は、生贄となった。

そう、謎の力により、転移門をこじ開けるかのように、何もない空間から怪物が現れたのだ。その力の源は、自分たちが倒した不正者たち。

首謀者は、騎士たちにあえて不正者たちを倒させることで、その人間たちを生贄とし、怪物を召喚するための礎にせんとしたのだ。

 

 一部の不正者と、出現した怪物達。

騎士たちは、それを同時に相手取ることになった。

 

「わたし達は、灰色歩き(グレイウォーカー)の力もあって無事でしたが……」

 

 その被害は甚大なものとなり、特に層としては厚い経験の少なかった下級騎士たちが大きな被害を被ることになった。

 

「あの時、灰色歩き(グレイウォーカー)はこの事件が『ハーメルン』によるものだと言っていました。 それを知るのは、廿日くんだとも……」

 

アンジェリカは、廿日陽介が、第2級指定秘匿魔術の保持者であることは知っていた。

その詳細は知らなかったが、それが『ハーメルン』だとすれば、話は合う。

だが、だとすると、なぜその魔術が事件に関わることになるのだろうか。

 

現地で起きた怪物の召喚。

それが『ハーメルン』だとでも言うのだろうか。

 

「だとすれば、廿日くんが事件に関与している?」

 

 ……その判断は、まだ早い。

 仮にそう断定したとしても、なぜ灰色歩き(グレイウォーカー)がそれを知っているのかと言う疑問がわくのだ。

 

「まずは、廿日くんに会わないと……」

 

 だが、彼は自室にいなかった。

 

 なぜか、その場にいたのは、彼の同級生のエルフと魔女。

 廿日陽介の所在、それを知るために彼女は不愛想なエルフに尋ねたのだ。

 ファルグリンと言う名のエルフは、不本意そうに答えた。

 

 「奴に用だと? ……あれなら今の時間、剣を振るっているだろう」

 

 アンジェリカが、彼を探しに向かった先は、その自室ではなく訓練所だった。

 廿日陽介は、欠かさず鍛錬を日課とする。

 

 彼を知る者であれば、それを知っている。

 己の弱さを自覚する彼は、自身に誰よりも努力を課している、と。

 

 見つけた。

 黙々と剣を振るう小さな体の少年。

 廿日は、小さくつぶやく。

 

「……呼吸を整えろ」

 

 アンジェリカは、それを見た瞬間。廿日陽介らしくないものだと思った。

 自分が教えたものとは、違う。

 1年生のころ、彼に軽く剣を教えたことがある。

 でも、それとは似ても似つかない。

 

 これは、なんだ?

 アンジェリカは、そう自問した。

 

 廿日陽介の口から呪文のように呟かれるのは、己自身が脳内で描く剣閃。

暗く重い、血なまぐさく湿った想い。

 

「一太刀でも多く……」

 

 荒々しい太刀筋。

 洗練されているというより、野性的で獰猛。

 どんな体勢からでも、攻撃を繰り出そうとする。より多く、一撃でも多く、何度でも繰り出そうとする血と肉に飢えた餓狼のような剣技。

 

 喉元、頚椎、右手首、左足首、左肘後部、右膝、剣を握る指、左上腕骨の隙間、肝臓、右目、腎ぞう、右足の腱……。

 わずかでも狙える箇所を見逃さないかのように、その眼が動く。

 

 吸い込んだ息を吐き切るように。

 すべてを吐きだそうとするかのように、廿日は絶叫する。

 

「より早く、より疾く――っ!」

 

 空中を跳ね、描かれる軌道を見ればわかる。

 敵の攻撃を回避する目的ではなく、より深く切り込むための前進。

 無傷で切り抜けるのではなく、受けるダメージを最小限に留める。血を流しながらも、相手に致命傷を与えるために飛翔する。

 攻めに偏重しているどころか、敵を倒すことしか考えない。やられる前に殺ると言う、一撃必殺狙いの歩み。それを何度も繰り返す。

 

 廿日陽介が想定している人物は、それをすべて防ぎ、なお、まだ立っている。

 彼は誰もいないこの訓練所に、誰かを想像している。

 自分よりも強い、誰かを。

 

「その死角斬り裂け……斬月っ」

 

 伸縮する刃は、変幻自在に空中を薙ぐ。

 円を描くように、弧を描くように。

 その技を彼は、『斬月』と呼んだ。

 

 アンジェリカには見える。

 あの剣と相対する自分が。

 もし、あの場で廿日陽介と剣を交えたら、どうなるかを。

 

 その剣の軌道は、相手の視界の外、死角から殺そうとするものだ。

 シールドで防ぐことも、剣で弾くこともさせないように、認識の外から首を断とうとする。

 戦闘中は、視界が狭まるものだ。

側面から刃が伸びれば、反応はできない。

 

 あれは対人の魔剣術だ。

 剣型魔導器、すなわち魔剣を怪物ではなく、人間を殺すために特化した動きだ。

 

「そして……穿てっ」

 

 一番、深く踏み込んだ。

 伸ばされた右腕から、それは放たれた。

 今日、もっとも遠い間合いから、振るわれた一刀。剣術の間合いからかけ離れた位置から、狙い穿つように、刃は飛んだ。

 伸縮自在の刃を持って、敵を串刺しにしようとする瞬即の突きである。

 

 一秒足らず、数えることすらできず、瞬きの間に剣が伸縮した。

 反動が抑えきれず、剣が跳ねる。

抑え込むが、確かに剣はブレた。

 

 狙い通りの位置に、突きが放たれなかったのだろう。

 廿日陽介は、その苦々しい表情を崩さなかった。

 

「まだ……遅い」

 

 汗を止まらないようだった。

 目に入り、視界が歪むの避け、ぬぐう。

 

 姿勢を直し、ひとまず剣を鞘に納め、抜き放つ。その己の動きを反芻する。

 今度は、ゆっくりと剣を振るい、正確さを追求する。

 自身の動きに、揺らぎがあると気付いたのだ。

 

 早く振るおうとすれば、するほどに、その揺らぎが大きくなる。

 ひとつひとつを確かめるように、少しずつ、型を確認していく。

 自身の未熟さを噛み締めるように、剣を振るうのだ。

 

 と、その表情から、険が解かれた。

 ふわっと和らいで、にこやかになる。

 

「……なにか?」

 

 廿日陽介がそこで止まった。

 ゆるやかな小川のように、穏やかな雰囲気を身にまとっている。

 

 どこか、人間らしさを感じさせない。

 人間臭さを匂わせない無味無臭な穏やかさだった。

 

「わたしに気付いていたんですね……」

「まあ、途中からね」

 

 廿日陽介は、ほほ笑む。

 先ほどまでの獰猛さが嘘であるかのように。

 

「てっきり集中してるものだと思ってました」

「たまに見に来る人はいるけど。 それを把握できないなら、奇襲にも気づけないよ」

 

 当たり前のことを、当たり前に言うように廿日陽介はそう言った。

 

「あなたがこんなタンレンをしてるなんて、その、意外でした」

「努力してないように見えた?」

「いえ。 いえ! そういうわけじゃなくて……こんな剣の振り方? を、してるなんて思わなくて……」

「あれ、やっぱり下手だったかな?」

「そうではなく。 すごく荒々しくて、とても響くような…… どんどん迫ってくるようなケンサバキでした」

「……褒めてくれてるんだよね? ありがとう?」

 

 いまいちピンと来ていない様子で、廿日陽介は自身の頭を撫でつけた。

 

「でも、どれだけ頑張っても足りないよ。 私は持たざるものだから」

「持たざる者ですか……」

「私は、満足に魔術が使えないからね。 錬金術で作った魔法薬(ポーション)や、なにか手助けする道具がなければ魔術が使えない」

「だから、こんなにネッシンにタンレンを?」

「それはちょっと違う。 私が才能に恵まれていたとしても、形は違えど鍛錬はしたよ」

「……恵まれていたとしても?」

「ああ。 だって、私は強くなりたいだけだからね」

 

 その声に熱はなかった。

 覚悟や決意も、熱い気持ちは一切なしに、淡々と自然体だった。

 なにか喪失感が内包されているのかとすら、アンジェリカは思った。

 本来、あるべきなにかが抜け落ちているかのような、そんな声色。

 

「廿日くんは、強くなりたいのです?」

「そうだよ」

「……どうしてなのです?」

 

 急に、廿日陽介は頭を抱える。

 痛みをこらえるように、顔をゆがめた。

 

「……大丈夫ですか?」

「あ……。 い、いや。 大丈夫だよ、急に痛くなってね」

 

 目を細めて、アンジェリカの顔を見る廿日陽介。

 何かを思い出そうとするかのように。

 

「不思議だな。 君を見ていると、私は大事なことを忘れている気がする。 何か思い出せそうな気もしてくる」

「大事なこと……ですか」

「ああ。 でも、やっぱり理由はよく思い出せない。 なぜ、自分が強くなりたいのか。 ただ、確かにそう思ってるんだ。 私は強くなりたい」

「でも、だとしたら……。 廿日くんの求める強さって、誰か……人間を斬るためのものなのですか?」

「え? ……うーん、たぶんそう」

「そんなに斬りたい相手がいるのです?」

「いいや、いない。 そんな相手はいない」

「でも、誰かを斬るためのタンレンをしているのですね」

「そうだね。 私はきっと誰かを…… あるいは、誰であったとしても斬らねばならないのかもしれない。 理由は思い出せないけど、ね」

 

 そんなあやふやなまま、廿日陽介は人を斬ると言った。

 

 それは確かに異常だった。

 彼はなにの熱もなく、人を斬るために努力すると言ったのだ。

 ただ、ひたすらに強くなりたい、と。

 

 アンジェリカは違和感を覚えた。

普通なら、隠そうとしていたとしても、少なからず、そこに気迫や決意が混じるもの。

 それは、廿日陽介自身にも説明がつかない衝動じみたものらしかった。

 

「廿日くんは……変わっていますね」

「そうかな? よく言われるけど」

「はい。 あなたは『なにか』がちがいます」

 

 もしかしたら、恐ろしい人なのかもしれない。

アンジェリカは、そう思った。

 

アンジェリカは生まれながらの剣士である。

剣の乙女(レヴィアラタ)』の称号。その名を継ぐ、異能の持ち主だ。

 魔力によって形成した剣を作り出し、戦うことのできる能力者。

 剣の力を持って生まれ、それを振るうことを望まれ、そのために生きてきた。

 

 アンジェリカは、かつて剣を知らなかった廿日陽介にその握り方を教えた。

 その時には、感じられなかった。

 恐る恐る戸惑いながら、剣を握っていた彼とはまるで別人。

 

 人格が変わったかとすら思える振る舞い、鬼気迫る光景。

 あれは、間違いなく人を殺すための剣術だった。

 

 でも、今の廿日陽介もまた、そうは見えない。

 剣を握っていない穏やかな彼は、悪人には見えなかった。

 

 つい、アンジェリカは尋ねていた。

 

「……なにかあったのですか?」

「なにか? ……よく質問の意味が分からないけど」

「剣を握るあなたが。 その、前とは、すごく違っていたから、そう思いました」

「その前と言うのが、全然思い出せないんだけどね……。 君に、剣を教えてもらった時のことだろう?」

「わたしが教えたのは、剣の握り方とか、基本的なことだけですから」

 

 もしかしたら。

 もしかしたら、本当に別人なのかもしれない。

 アンジェリカは、思う。廿日陽介少年は、自分との関りや思い出を忘れたのではなく、本当に別人と入れ替わったのかもしれない。

 今の彼と、その時の彼は別人なのかも。

 

 そんなこと、ありえるのだろうか?

 

 今の穏やかな彼は、以前の彼と同様にも見えるし、そうではないようにも見えた。

 アンジェリカは、廿日陽介をそれほど深く知らないのだ。

 

「廿日くんは、その剣を誰に教えてもらったのですか?」

「これかい? ……ロドキヌス師からの紹介でね、会わせてもらえたんだよ。 すごい人にね」

「すごい人……ですか」

「ああ。 日本の魔術化部隊を鍛えた人がいたんだ。 ほら、こちらの世界では、すでに実戦には剣術が使われなかったのは知ってるかい?」

「いえ。 『銃』と言うものが、たくさん使われる武器になっていたのは知っていますが」

 

 アンジェリカは知っていた。

 日本の魔術化部隊は、『銃』を模した魔導器が使われていると言う。

 銃型魔導器は、魔術を操ったり、構築する才覚や技術がなくても、簡単に扱える武器であるらしかった。

 

 魔術を扱う経験の少ない、日本政府では重宝していると言う。

 日本には、魔術師が少ない。戦闘に魔術使う兵士がいるだけである。

 言うならば、魔術使いとでもいうべきか。

 

 銃型魔導器は、それなりの欠点があるものとも聞いていた。

 

「それと、銃型魔導器があることは知っていますですよ」

「そうか。 誰にでも使える魔導器と言われているらしいね。 本物の銃もそれくらいすごかったんだ。 魔術より簡単な訓練で使えるようになる」

「へえ、そうなんですね」

 

 それがすごいものなのかは、よくわからなかった。

 元の世界では、武力は限定されていた。

 怪物と対抗するには、魔術が必須だったのだ。

 ただの人間のままでは、過酷な生存競争に打ち勝つことはできない。

 

「その銃もあって……こちらでは剣術はすでに実戦に使う技術としては、廃れたものだったんだ。 だから、スポーツとして存在していた。 人を殺傷する技としては、もはや扱われなかった」

「そうだったのですね……」

「うん。 でも、何事にも例外とはいるものでね。 世にその例外が残ってたんだよ、本当に存在するかは怪しいが…… 『鬼狩り』とやらを生業にする剣士が存在していたんだ」

 

 嘘か本当か。

 地球(マトリワラル)には、古くから鬼と呼ばれる怪物が存在していたと言う。

 それは人間そのものでもあり、人間の負の感情から生まれいでたものでもあり、陰の気から生まれたものでもあると言う。

 

「とはいえ、私は鬼なんて見たこともないけどね」

「その鬼というのを倒すために、剣術が本当に使われるワザとして残っていたと?」

「そう説明されたね。 私は正直、信じたくないけど」

「どうしてですか?」

「だって、もしそんな化け物が昔からいたんだとしたら。 ……まるで、ここが異世界みたいじゃないか」

「わたしにとっては、地球にも怪物(モンスター)がいることは変ではないです……」

「君たちはそうだろうけど、ね」

 

 廿日陽介は、遠くを見るように空を見上げた。

 そこには昼間の真っ白な明るい月があった。

青空の中に、漂う月を彼は見上げる。

 

「月はどの世界でも……月なのに」

「――え?」

「いいや、なんでもないよ」

 

 寂しげに、廿日陽介は笑った。

 どこか突き放すような笑みだった。

 

「私に主に剣を教えたのは、雨竜一斎。 そんな古来から『鬼狩り』を脈々と続けてきた集団、その剣士の一人だそうだ」

「……主に、とは?」

「そうそう同じ人に教わるのは、難しくてね。 立ち替わり何人かに教えてもらったのさ、その『鬼狩り』にね」

「『鬼狩り』ですか。 でも、それにしては…… あなたの剣術は」

 

 アンジェリカの戸惑うような表情。

 廿日陽介は、アンジェリカのその疑問を読み取った。

 

「わたしの剣技は、あまりにも対人戦に特化してる、かい?」

「……はい」

「鬼とは人のことでもあるんだよ。 人が変化した怪物でもあり、人が生み出した怪物でもある。 急所は人間に酷似しているだ、それに……」

「それに?」

「日本は昔から、この島国の中で人間同士、殺し合っていたんだ。 戦国時代というものがあってね、この島を国々として分かち、土地や覇権をめぐって争っていた」

「わたしの世界でも、人間が土地をめぐって殺し合うのは、ありましたのです。 ただ、国家規模と言うのは少なかったのです」

「それは意外だな、人間の歴史なんて戦争の歴史だろうに」

 

 アンジェリカは、笑う。

 地球人は、本当に平和ボケしている。

 

「人間同士争う余裕はないですよ、いつ滅ぼされるかわからないですから」

「――え?」

「人間はいつ滅びてもおかしくないのです、わたしの世界では」

「それは怪物がいるから?」

「それよりもっと恐ろしい。 大地や空を支配する主がいるのです。 それは、怪物をたくさん命令できます。 生み出すこともあります」

 

 アンジェリカが言う世界観は、出来の悪い冗談のようだ。

 いうなれば、現代人にとって悪夢そのものなのだから。

 だが、アンジェリカにとってはそれが当たり前だった。

 

「この世界では、人間は王です。 でも、それは勘違いですよ」

 

 アンジェリカは、人類存続のためならば、死すら厭わない騎士なのだから。

 『剣の乙女(レヴィアラタ)』は飾りではなく、その宿命を生まれながらに背負うと言うことだった。

 

「だから、必要ならば、わたしは死にます。 いつか死んで、人間を救わねばなりません」

 

 そう、彼女は自らの死を言い聞かせられて、育ってきたのだ。

 それが果たされるべき義務として。

 

「そんなのダメだ!」

「……廿日くん?」

「死なせない! 私が絶対に君を死なせないからな!」

 

 廿日陽介は叫ぶ、それはあってはならない、と。

 目には涙がこぼれんばかりに、溢れようとしている。

 いつも穏やかで飄々としている彼が、決して誰にも見せない表情だった。

 年相応の子供のように泣き叫んでいる。

 

 アンジェリカには理解できない。彼が、どうして、そんなにも感情を揺るがされているのか。

そして、アンジェリカには、その目が自分自身ではなく、別の誰かを映しだししているように得た。別の誰かに向けて、言っているようにすら見えた。

 

 彼は、はっと我に返った。

 そして、赤面する。

 

「あっ…… いや、ごめん。 すまない。 すまない、本当に」

「えっと、いいえ。 謝らないでください」

「いや、本当に忘れてくれ。 私は、私はこんなつもりじゃなかったんだ」

 

 慌てふためていて、廿日陽介は取り繕うとした。

 アンジェリカは、どうしたらいいかわからなくなった。

 

それでもアンジェリカは、こう思った。

きっと、廿日陽介は悪い人ではないんだ。優しい人なのだろう。

 なにか欠落したように見えても、優しい人に違いない。

もしかしたら、なにか大きなものを抱えているのかもしれない、とも思った。

 

「廿日くん」

「な、なんだ?」

「あなたは『ハーメルン』と言うものを知っていますか?」

 

 廿日陽介少年の顔色が豹変した。

 さっきまで赤色ばんでいた、その顔が蒼白になったのだ。

 

「それをどこから?」

 

 声がふるえてすらいる。

 彼は、乾いた唇をなめた。

 

「もし、あなたが協力してくれるのなら教えてほしい」

「……協力? なにに?」

「この街で大変なことが起きました、それは『ハーメルン』が関係しているかもしれません」

 

 廿日陽介は首を左右に振った。

 

「それはありえない」

「……どうして?」

「ハーメルンは秘匿されている。 あれは、私だけの魔術だ」

「やっぱり。 あなたの秘匿魔術だったのですね」

 

 アンジェリカの想像の通りだった。

 『ハーメルン』は廿日陽介の研究する秘匿魔術である。

 彼が直接、関わってないとしても、重要な手掛かりになるに違いない。

 灰色歩き(グレイウォーカー)と、どんな関りがあるのかもわからないが、なにか繋がりがあるはずだ。

 

「……いちから説明します。 話はうまくありません。 でも、わたしの話をきいてもらえますか? 出来ることなら、助けてください。 助けてほしいのです」

 

 廿日陽介は、それを聞いて黙り込んだ。

 その瞳は震えていた。

 



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第31話 エルフ少年とタピオカる

ファルグリンは愉快そうに笑った。

店員から受け取ったばかりのタピオカドリンクを片手に、高らかに。

 

「それで僕のところに来たわけか」

 

私だって、生前は、野郎のエルフに悩み相談したりすることになるとは思わなかったよ。

それもタピオカドリンクとやらが流行るとも思わなかった。

 

 人生とはわからぬものである。

ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。

 

それはさておき私の知る限り、エルフはみな美しいわけで。

それは当然、同席するこの男にも言えることだった。

 

相変わらず、周囲の女性たちの視線を独り占めである。たまに男性ですら、エルフの美貌はその視線を奪い去る。

タピオカドリンクは、最近、流行している飲み物であるようで、若い女性たちが行列をなしているのだ。

 

そんな中、不本意なことに注目を浴びているのが、私たちである。

主に、ファルグリンのせいだ。

 

「な、なんだ。 この感触は? と言うか、なぜ飲み物にこんな異物を?」

 

 ファルグリンは、タピオカドリンクを口に含んだ途端、そう言った。

 

「なんだか、僕が思った以上に弾力を感じるぞ」

「おや、ファルグリン。 いったい、どんな感じだと思ったんだい?」

「もっとゼリーのようなものかと思った。 ゼリードリンクなら、飲んだことがあるからな。 あれはスライムに似ていて、食感もいい」

「ああ、それも珍しくないよね」

 

 と言うか、スライムって食べれるんだな。

 にしても、エルフ的にタピオカドリンクはありなのだろうか。

 少し興味がわいて連れてきたが、ファルグリンとしては口に残るタピオカに違和感を抱いたようだった。

 

「これはなんだ?」

「キャッサバと言う、芋で作った……なんだろう。 団子のようなものかな?」

「なにかこう、生物の卵ではないのだな」

「気持ちはわからないでもないが、違うよ」

 

 カエルの卵に見えなくもないが、全然違うのである。

 違うったら、違うのである。

 海外に生息するという、タピオカガエルなどとは一切関係がないのである。

 

「陽介、おかしくないか? ……団子をストローで飲むのか?」

「まあ、そういうものみたいだよ」

「このミルクティーそのものは、僕もなかなか美味だと思うが……」

「ミルクティーとか、ミルクセーキとか好きだもんね」

「……ミルクティーとミルクセーキは違うぞ」

 

 なお、乳製品を本来エルフはあまり食べないらしい。

 原始的な生活を営むエルフは、畜産を行わないからだ。家畜から肉をとることも、乳をとることもしない。狩猟だけで生きるのが、エルフである。

 

 ファルグリン自身は、先進的な生活をする帝国エルフらしいので、その例には当てはまらない。むしろ、乳製品たっぷりの飲み物が好きなようだ。

 本来食べないからといって、嫌いなわけではないらしい。

 

「ううむ…… ぷにゅぷにゅしている……」

 

 ファルグリンは神妙な表情で、咀嚼している。

 

「あれ? 団子は嫌いじゃないよね?」

「ああ、白玉は好きだ。 もちもち食感は嫌いじゃない、むしろ好きだ」

「タピオカはダメそう?」

「いや、そんなことはない。 だが、なんというか……」

「うん」

「これは普通に、スイーツとしてパフェとかに入れたらダメなのか? なぜ、ミルクティーに入れたんだ?」

 

 つまり、ファルグリンは、飲み物になぜタピオカを入れて、ストローで飲むのか。

そんな、その根本的なところをこだわっているようだった。

 

「これ自体は良い食感だと思うが、ストローで吸い込んだら危ないじゃないか。 そのまま、スルッと入ってしまいそうじゃないか?」

「あー。 まあね」

 

 それは一理ある。

 気管に入る危険性は、確かにある。

 

「僕は、スイーツとかにトッピングとして入れた方がよいと思うぞ」

「……トッピングと言う言葉も使いこなすようになったね」

「ふふん。 その程度、僕にとって造作もないことだ」

 

 何を威張っているんだ、このエルフは。

 私はあきれながらも、スマートフォンを片手に情報を調べる。

 

「ああ。 タピオカ自体、けっこうスイーツには使われてるみたいだよ、もちもちしたドーナツとかそういうスイーツ作るのに使われてるみたい」

「もちもちドーナツ?」

「うん、有名なチェーン店のドーナツ屋で売ってる……」

「ああ、なんとなくわかったぞ。 確かに、モソモソしてないドーナツはあるな」

「あと、プリンの材料にしたりとかもしてるみたいだね」

「む、この食感のプリンなら美味しいんじゃないか? いいな、それは!」

「ココナッツミルクに入れたり、ぜんざいの様にして食べることもあるらしいね」

「それでいいじゃないか! なぜ、そうしない!」

 

 このエルフ、変なところが保守派である。

 ストローで団子を食べるのは変だ、そんなイメージが強いらしい。

シェイクや、生クリームは何度も啜ったことがあるくせに。

 

「と言うか、あれ? ストローを知ったのは、こっちに来てからかい?」

「馬鹿にするな、ストローくらいある」

「え、そうなんだ」

「ああ、太古の昔からあるぞ。 こういう形状の植物があるからな、それでドリンクを飲む。 ……詳しくは知らないが、もともと酒を飲むのに使っていたらしい」

「へえ、お酒を飲むのにどう使うの?」

「知らん。 まあ、僕には関係ないからな」

「そりゃ未成年だしね」

 

 エルフは、何歳から飲酒可能なんだろうか。

 思い返せば、私自身、禁酒してから人生が長いので、少々恋しくなる。

 今回の人生では、未だに酒を飲んだことがない。あたりまえだけど。

 

「お酒か……。 早く、大人になりたいような。 なりたくないような?」

「なんだ、飲みたいのか」

「まあ、飲めないよりは、飲めた方がいいさ」

「ふうん。 人間やドワーフは酒が好きだからな。 エルフも酒を嗜むけど、あまり酒に酔うと言うことがないな」

「酒に酔わない?」

「その気になれば、酒の毒を無害に出来るらしい。 酔おうと思えば酔えるけど、いつでも無害に出来る。 だから、水やジュースと変わらない」

「羨ましいような、それはなんだかつまらないような」

「何を言う。 アルコールの無毒化くらい、魔術師にはそう難しくないだろうに」

「それは習得したくないな」

 

 意図的に酔おうとしない限り、いつまでも酔えないのも不便そうだ。

 酒で気晴らしすると言うのも、意図せず酔えるからこそ、酒に甘えられる気がするんだけど。でも、依存症とか酒におぼれることもないだろうから、その点では良いのだろうな。

 

 私がそんなことを考えている間ですら、ファルグリンは、未だに険しい顔をしてドリンクを飲んでいる。

 

「ううむ。 ぷにゅぷにゅだな……」

「結構気に入ってるじゃん」

「タピオカはいいんだ、タピオカは……」

「……なんというか、ずいぶん難儀な感性をしているね、君は」

 

 私は、美味しければそれでいいじゃないか、と言う感性の持ち主である。

 どちらかと言うと、ミルクティー自体がそこまで好きじゃないので、スイーツにトッピングしてくれた方が嬉しいと言う意見には一理あると思っている。

 

 コーヒーは好きなんだけど、コーヒーに入れられるのはさすがにどうかと思うし。

それよりも甘い味で食べたいところだしなあ。

 

「って、ファルグリン。 ちゃんと、私の悩みを聞いてくれ」

「聞いている、聞いている」

「適当だな!」

「他人の悩みにこちらまで深刻になっていたら、身が持たない。 適度に距離をとるようにして、話を聞いたほうが、余裕がある助言が出来るものだ」

「……そういうものかねえ」

「少なくとも、僕は父上にそう教わったよ」

 

 それは随分と、性格のよろしいお父様である。

聞いている限り、ファルグリンの父親とは、上手くやれる気がしない。

 だが、少なくとも、ファルグリンにとってはよい親であるようだった。

 

 いくら転生した私でも、子の父になった経験はまだない。

 子供は嫌いではないが、未だに理解できないままだ。

 そもそも前世の私は、子供のころから浮いていた。同年代と話をしても、いまいち話が通じにくかった。

そのせいか、大人たちと会話する方が楽しかったのだ。

 

「私の悩みはさっき話した通りだよ」

「アンジェリカ嬢に、他の人と違った接し方をしてしまうのだっけ?」

「それは……そうだけど。 そこまで悩んでるわけじゃない」

 

 どうも彼女と話していると、忘れていた何かがあるような気がして仕方なくなる。

 本当ならしないような、自分らしくない言動までしそうになる。

 それがなぜだかわからない。

 ただ、どうにもアンジェリカのことを、昔から知っていたような……そんな錯覚を覚えるのだ。でも、そんなことはありえない。

 

 ふうん、とファルグリンはタピオカドリンクを飲んだ。

 もぐもぐ、と口を動かす。

 呑気にそれを飲み下すまで、口を開こうとしなかった。

 

「なら、秘匿魔術の情報が漏れていることか?」

「そう、それが問題だ。 第二秘匿指定魔術(ハーメルン)のね」

「僕は吹聴なんかしてないぞ、わかってるとは思うが」

「そうだね、君はそういうやつじゃない」

「そうさ、エルフは口が堅いんだ。 痛みにも強いから、拷問されても口を割らないね」

 

 自信満々にファルグリンは、口の端をゆがめた。

 

「それに、その魔術のことは、僕もよく知らないしな。 強いて言うなら、名前くらいだ」

「……もう少し知っているだろう?」

「ああ、そうだな。 テイラーを起点としていること。 大量のネズミを使うこと。 でも、それがなんだっていうんだ? それで、なにが出来るかも知らないんだ」

「そう、君でもそこまでしか知らない。 だけど、漏れてる情報はもっと具体的だ」

「へえ」

「最近起きたテロ事件に、私の第二秘匿魔術(ハーメルン)が使われていると言うんだ」

「……テロ事件、郊外のあちこちで起きた爆発やらのアレか」

 

 最近、マスコミにも報道され、この街でももちきりの話だ。

一般に流れている情報としては、学園からも人員を出している警邏騎士団が、各地でテロリスト鎮圧を行ったらしい。

 

その犯人は誰なのか、それも噂の的だった。

 

報道によれば、カルト的宗教団体。

それらに操られた、一般市民が正体だと言う。

自爆テロを敢行し、警邏騎士団にも相応の被害が出た。無関係な人々にも、少なからず被害が出ており、そのカルト的宗教団体と警邏騎士団双方に非難が集中している。

 

「その宗教団体が、『世界変革の時(チェンジ・ザ・ワールド)』。 どういう目的かは知らないが、アンジェリカの言うことが本当なら……」

「お前の第二秘匿魔術(ハーメルン)が使われてるって?」

「……ああ、そうなる」

「不可解だね。 それに、だ。 僕が思うに、魔術師である警邏騎士団を手こずらせるテロ集団なんて、ありえないと思うが」

「魔術師はスーパーマンじゃないよ、ファルグリン」

「民間人の被害はいいさ。 それは仕方ない。 でも、人員不足で生徒を引き抜いているとはいえ、警邏騎士団は素人じゃないんだ。 ただの爆発物で怪我をするほどマヌケでもないし、銃火器程度で傷つくほどでもないだろうさ」

戦闘魔術師(ウォーデン)と言うのは、そんなにも優れているの?」

「まさに人間戦車だよ、陽介。 こっちの世界では、魔術師に対抗するために戦車が運用されているんだ。 そういう規模の戦いなのさ」

 

 深くは聞いたことがなかった。

 そうだ、異世界(ニーダ)でも戦争はあるはずだ。

 それがどんなものか、想像したことがなかったけど。

 

「魔術師を倒すために、戦車が?」

「ああ、魔術師は高速で飛び回る人間戦車みたいなものなのなんだ。 だから、どんどんそれを制するための戦車も重量化してる。 爆裂魔術を防ぐために、ね」

「戦闘機は?」

「空はモンスターの領域だから、安全じゃなくてね。 高高度を飛ぶ飛行機械は、あまり使われない。 大気圏を支配する帝空竜(タイクーン)たちに吹き飛ばされるからな」

「……じゃ、旅客機とかは飛ばせないのかい?」

「技術的には可能だが、安全は保障できない。 少なくとも、高度百キロあたりまではなにか化け物がいるらしい。 ドラゴンだけじゃなく、ね」

「信じられないな」

 

 そこで、私は思い出した。

 アンジェリカの話した内容を。

 

「大地や空を支配する主と言うやつか。 たくさんの怪物に命令し、生み出すと言う……」

「……なんだ、知ってたのか」

「つい最近、聞いたばかりでね」

「そういう存在(バケモノ)があちこちにいるのさ。 エルフと言えど、太刀打ちできない奴がね」

 

 アンジェリカが話していたことは、本当らしかった。

 人類の存続は危うく、人類を生かすために死を覚悟する必要すらある。

 この地球では、人類は王だ。

だが、異世界においては、それは勘違いに過ぎない。と言う。

 

「それでも、人類存続のために犠牲になるなんて間違ってる」

「そんな深刻になるな、どうせ別の世界の話だ。 お前には関係ない」

「……そんな割り切れないよ」

「こっちでも、人間同士でも殺し合ってる。 ただでさえ、少ない生存圏を得るためにな。 資源を安定して入手できる土地が少ないんだ。 そこまで考えたら、キリがない」

「……それは、確かに考えるだけキリがないかもだけど」

 

 人間同士の殺し合いもあるのか。

 それも、国が富みを得るためでもなく、純粋に生きるか死ぬかの生存競争のために。

 

「こっちでもそうそう変わらないだろ」

「どうなんだろう……」

「戦争でも、空を飛ぶのは鬼門だ。 デカい的だと対空魔術で吹き飛ばされる。 街を守るために、対空魔術で固めてるんだ。 魔術で飛翔するにも相応の装備があったほうがいい」

「……人間が空を飛んで戦うのか?」

「空戦魔術師は、どこの国だっているさ。 飛ぶ場所を間違えたら、すぐ落とされるけどな」

 

 異世界(ニーダ)には、行きたいとは思わないな。

 

 でも、こういう話を聞いたことがある。

 

 異世界(ニーダ)の空気は、地球人にとって中毒性があると。

 多くの場合、異世界に長くいすぎると、地球に帰りたくなくなるらしい。家族すら置いて、戻りたくなくなるそうだ。

 都市伝説に過ぎないが、今では異世界に人員を送るのは、かなり慎重にされている。

 適性者しか、地球に戻る意思を無くさずにいるのは、難しいそうだ。

 

「いずれにせよ、そんな過酷な状況で戦い抜いてきた戦士もいるわけだよ。 いくら不意打ちを受けたからって、そんなに大きな被害が出るか、僕は疑問だね」

「なるほど……君が言うからにはそうなんだろうね」

 

だとすると、今回のテロ事件には裏がある。

 その裏がある事件に、『ハーメルン』が関わっているとしたら、不味い状況だ。

 私としても、情報が欲しいのが正直なところだ。

 

「陽介。 お前の情報網には、『世界変革の時(チェンジ・ザ・ワールド)』とか言う、カルト集団の情報は入ってないのか?」

「妙な連中が動いていることは、テイラーから報告があるよ。 でも、『世界変革の時(チェンジ・ザ・ワールド)』なんてカルト集団が本当に存在するのか、掴んだことはない」

 

 いるとしたら、なにを信仰しているんだ?

 まったくもって、私にはわからない。

 わかるのは、妙な連中がいると言う事実だけである。

 

「だとするなら。 僕が思うに、アンジェリカとやらの提案に乗るのはありかもしれないな」

「やはり、ファルグリンもそう思う?」

「ああ。 確かに、自分の秘密をばらしてまで、協力する判断をとるかは難しいところだ。

 でも、事実なら『正体不明の集団』に、自分の秘密がもれていることになる」

「そちらの方がまずい、か」

「そうさ。 今のところ、どこから情報が不明だし、その事実関係も突き止めなきゃ、ね」

 

 私は、ミルクティーを飲み干した。

 結局のところ、私の選択肢はそれほど多くないのだ。

 

 それは理解している。

 

 だが、私は流されて何かを選択したとは思いたくない。

 選択肢が少ないながらも、自分の意志で選び取る。

 それが、どんなに悪い選択だったとしても。

 

 何者かが決めた運命に縛られるなんて、ごめんだ。

そんな無力感を味わうつもりはない。

私は、私の生きる道を切り開くつもりだ。

 

「まあ、なにかあれば……出来る範囲で、助けてやるくらいはするから心配するな」

「ありがとう、ファルグリン」

 

 少なくとも、今の私は一人ではないのだから。

 これから待ち受ける困難にも、耐えられると思う。

 ただ、苦しみを耐えるだけの日々は、もう嫌だから。

 



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第32話 エルフ少年は友達が大事

 生前では、想像だにしなかったものが、今では当たり前にいる。

 

 人生とはわからぬものである。

ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。

 

それはさておき私が思うに、だ。何かが延々と機械的に動く姿と言うのは、ある種の魅力が生じるものだ。

 

 ふよふよと浮かぶ、小さな球体上のゴーレム。

それらが中庭の手入れをしているのを眺めた。

 

 ベンチに座り、ただそれを眺める。

強い日差しを避けて、木陰からそれらを眺める分には、永遠と続けられそうだった。

 ゴーレムが働く様子と言うのは、ヒマな時間に、ぼうっと眺めることが苦にならない程度には、適度に夢中になれた。

 

 隣にいるエルフのファルグリンも、また沈黙を続けていた。

 同じように、その光景を眺める。

 彫像のように無表情で、感情が読み取れないが、不満を口にすることはなかった。

 

ふと、幼いころに、アリの群れを観察したことを思い出す。

 今世では、一度たりとも昆虫観察などした記憶がないが。

 今となっては昆虫と言う存在には、嫌悪感と言わないまでも、邪魔であると言う拒絶的な感情しか沸かない。

 

「何を眺めているのですか?」

 

 アンジェリカさんが、私達にそう声をかけた。

 なぜかファルグリンが無言を貫いたので、私が口を開いた。

 

「ゴーレムだよ」

 

 あまりにも機械的で無感動な返答。

 だけど、アンジェリカさんは、笑顔で私の発言を肯定した。

 

「面白いですよねっ! わたしも、子供のころ、良く眺めてましタ」

 

 嬉しそうに話すアンジェリカさんに、そういうものか、と頷く。

 異世界人にとって、ゴーレムのいる生活はそう珍しくもないはずだが、子供が興味を抱く対象と言うのは、世界の壁を越えて共通であるらしかった。

 

 今でこそ見慣れてきたが、魔術学園では円盤型の多目的ゴーレムが、廊下を這いゴミを吸引し、飛行しながら花壇に水を与え、窓ガラスに張り付いて汚れをふき取る。

 それが当たり前に行われているのだ。

私からしてみれば、元の世界よりもやや進んだSFに見えている。

 ファンタジーの魔法技術であるはずが、科学とまるで区別がつかない。

 

「君はゴーレムが好きなの?」

「好きですね、働き者さんですから。 見ていたら、わたしも頑張ろうと思います」

「向こうでは、たくさんゴーレムがいるんだっけ?」

「わたしが住んでいた都市ではそうでした。 もしかしたら、人間よりも多いですヨ」

「そこまでか……」

 

 想像だに出来ない世界だった。

 思わず、無数の円盤が空を飛び、屋根や壁を這いまわる世界を幻視した。

 

 私の表情を見て何を考えたのか、アンジェリカさんが説明した。

 

「ゴーレムさんは、自分で増えます。 ええと、仕事があったら、どんどん増えますヨ。 仕事がなくなったら……減りますネ」

「自己生産機能があるのか。 しかも、状況を分析して数まで自分で調整する……?」

 

 ゴーレムの頭脳、言わばAIが搭載されていると解釈できる。

その頭脳を作り出す手法と言うのは、今の私には理解できないが、もしかしたらプログラミングに非常に類似しているのかもしれないと思った。

少なくとも、異世界人にとっては、当たり前に存在する技術のようであった。

 

 ゴーレム……私たちにとってのSF、ロボットによく似ている。

彼らは人類にとっての友か。それとも奴隷と解釈するべきか。

 そんなに便利だったら、人間の仕事がなくなりそうだな。

 

 

「少しずつ、街にもこういう光景が増えるんだろうな」

「いいことですネ」

「……そうだね」

 

 一部では、すでにゴーレム技術は、地球で転用されているらしかった。

 異世界(ニーダ)における技術は、ひんぱんに地球の技術を塗り替えていた。

 それは多くの場合は日用品にも使われるし、義手と言った医療に携わる製品にも使われている。もちろん、それだけでなく軍事的にも使われつつあった。

 

「僕は、ゴーレムは好きじゃないけどね。 エルフには必要ない」

 

 エルフのファルグリンは、当然のようにそう言った。

 

「道具は使うものであって、使われるものじゃない。 こんなの人間が支配されているのと、そう変わらないさ」

 

 私もある程度は、その理屈に納得した。

 正直なところ、今ですら人類は機械に頼って生活しているわけで、それがゴーレムによってどこまで自動化されるかという点については、私からしてみれば今更過ぎる話だ。

 だとしても、それが機械やゴーレムへの依存や支配に至らないかという危惧は、おそらく現代人にもそう考える層はいるだろう。

 

一方のアンジェリカさんとしては、納得できない様子で、不満げな表情を見せた。

私は、あえてファルグリンに、反論しておく。

 

「根本的に、道具は道具にしかすぎないよ。 道具は人間を支配しないと思う」

「本当にそう思うのか、陽介。 それがなければ、生活が成り立たなくなってしまうのは、それに依存していると言えないかい?」

「かもしれない。 でも、それは悪いことかな? せっかく自分で便利なものを、作り出したのに。 だから、それは人間の力だし、手柄と言うものだよ」

「僕だって別に悪いとまでは思ってない。 あえて言うなら、『仕方ない』とも思うよ。 便利な道具がなければ生きていけないのは、人間がぜい弱だからさ」

 

 ファルグリンは、人間を哀れんでいた。

 心の底から、そう思っているようだった。

 

 エルフの中で、革新的であることを自負する彼ですら、人間は技術に依存していると表現した。彼らエルフはゴーレムに頼らない文明を築いているのだろう。

 あくまでファルグリンは、エルフの価値観の中で革新的なのであって、人間寄りの考えを持っていると言うわけでもないのだ。

 

 つまり、彼のいう革新的なエルフというのは、エルフの古い宗教観を重視していない、というのに過ぎないのかもしれない。

 

「人間は、そんなに弱いかな」

「ああ。 でも、陽介。 弱いことや愚かなことは罪ではないぞ」

 

 ファルグリンは、そう言ってほほ笑む。

 

 彼ら種族が見せる特有の笑み。

エルフらしい、嫌な含みを持たない、慈愛のある美しい笑みだった。

 

 彼ら種族は、人間を対等だと思っていない。だが、むしろ博愛の対象とすら捉えている節がある。それゆえに、無力な幼子のように扱うことがある。

 人間を見下しながらも、保護し導くべき対象であるとは考えているのが、エルフだった。

 

「かつて原初なるエルフ、すなわちグランエルフは、人間を保護し魔術の知識を与えたそうだ。 それが、とある魔術師たちの始祖であるとも言われている」

「エルフが人間を生かそうとした、そういうこと?」

「ああ」

 

 その言葉にアンジェリカさんは同意する。

そして、彼女は知っている語彙のなかで、なんとか説明しようと口を開いた。

 

「人間に、魔術を与えたグランエルフは、神話になっています。 エルフではなく、神として……ええと、祈っている人々がいます」

「なるほど。 逆に言えば、そういう人たちは、エルフとしては認めてないわけだ」

「エルフ帝国を、認めたくない人がいっぱいいますカラ」

 

 エルフ帝国……聞いたことがあった。

 かつて、エルフが多様な種族を統一し、管理しようとしていた時代があったらしい。

 その一派が、インペリアルエルフと呼ばれるエルフたちだった。

 ファルグリンは、その一派の末裔である。

 

「人間が、そのグランエルフの行動をどう思っていようが、庇護した事実は変わらないさ」

「なぜ、人間を庇護しようとなんかしたんだろうね」

「さあ? 僕にもわからない。 でも、そうだな。 ただ、見ていられなかっただけじゃないかな」

「見てられなかった? 純粋に善意ってこと?」

「善意と呼ぶのかはわからないが。 でも、ある程度会話が通じる種族が、他種族に一方的に虐殺されるのは、見ていて気持ちの良いものではなかったと思うぞ」

 

 独自の種族観が強かったり、独善的な部分もあるが、彼らエルフが慈悲深いのも間違いないのだろう。

 そういう意味では、現地の人間たちはよい隣人を持ったと言えるのだろうか。

 

「まあ、あくまで僕が思うにだけどね。 ただ、僕も便利なのは構わないと思うよ。 色んな美味しいものも食べられるし。 でも、それがなければ生きていけないのだとしたら、弱いからに他ならないね」

 

 エルフの理論は、強者の理論だった。

 彼らは、生物として強いがゆえに、科学に頼らずして過酷な環境に適応してきた。モンスターだらけの世界ですら、原始的な生活を行うことが未だに可能なのだった。

 

現代人のような脆弱性を、彼らは有さないまま、文明を営んでいる。

 普通は、文明が発展するほどに、そこに住まうものはそれに頼りきりになるものだと思うのだけど、エルフはどうやら例外らしい。

 

 それは、生物としての強さだけか。

あるいは、長寿類としての価値観の問題か。

単純に考えても、技術の発展速度に対して、世代交代が遅い種族は、明らかに人間とは違う文化を有するだろう。いつの時代も、最先端の技術に飛びつくのは若者たちだ。

 

「そういえば、生物は寿命が延びると、進化や適応が緩やかになるらしいね」

「なにがいいたい?」

「君たちは、完成されている代りに、もしかしたら変化がしづらい存在なのかもしれない」

「それなら、寿命がどんどん長くなっている君たち人間は、どんどん進化も適応もできなくなって、最終的に生きた化石にでも変化するのかい?」

 

 相変わらず、ファルグリンは毒舌である。

 うすうす私も、そう思わなくもない。何とも言えないところだ。

 

「僕らエルフは君たちと違って、長命であり、それでいながら様々な環境に適応する能力と、英知と強度を合わせて備えている。 人間の矮小な頭脳で、理解できると思ってほしくないね」

 

 そうファルグリンが、いつものように高圧的に言った。

 それに、我慢ならないのが、アンジェリカさんだった。

 

「なら、貴方たちエルフもまた、魔術に頼っていませんカ?」

 

 彼女にとって、人間が弱いと言われるのは、あまり納得したくないことのようだった。

 ファルグリンは、それをあざ笑う。

 

「君は、生きる上で自分が呼吸することに頼っていると思う? 酸素に頼ってるって? 目で物を見るときに、光に頼ってると思うか?」

「……いいえ、思いません」

「そういうことさ。 魔術の行使は、エルフの生まれ持った能力であり、鍛えることができる機能に過ぎない」

 

 エルフは、魔術の使用そのものを否定したりはしない。

 彼らにとって、魔術は身一つで活用することのできる生理現象のようなものだ。

 鳥が空を飛ぶときに、なぜ空を飛べるのか、その原理を疑問に持つことはないだろう。

 

 だが、人間が魔術を十全に扱うには、発動の起点や触媒が必要になる。さらに、蓄積された知識や技術が必要になる。

 生物としてのスタートラインが違うのだった。

 これでよく、グランエルフとやらは人間に魔術を教えることができたものだ。種族としての構造も、理解の土台が違うのに、普通に考えたら知識を与えるのなど至難の業である。

 

 私はあくまで一般論の範囲で、利点を述べることにした。

 

「でも、便利な道具って言うのは、時間の節約にはなるよ。 それにゴーレムは、自分達が大変な仕事をしなくて済むようになる」

「君たちにとってはそうだろうね。 すぐ死ぬから。 でも、文化的な暮らしって言うのは、ひとえに自分で手間をかけることだよ。 なにかボタンを押したり、命じるだけですべてが片付く作業を、君たちは文化的で豊かな暮らしと呼ぶのかい?」

 

 古典的な懐中時計を扱うのと、同じ心境かなと思った。あれも、こまめにネジを巻くなどの手間をかけねばならない。

 

「なるほど。 エルフの価値観では時間や手間をかけることに価値がある、と?」

「陽介だって、効率的に必要なことだけされるよりも、時間や手間をかけて配慮される方を好むだろう? それが非効率だとしても、そこに思いやりを感じるだろ?」

「そりゃ、まあ、そうだね。 論理的ではないけれど、手間に思いやりを感じるかもね」

「君たちと比較して、僕たちエルフが一生に使える時間は多い。 だからこそ、その掛けた時間や手間こそが唯一無二の共通の価値なのさ」

「時間や手間こそが価値、とそこまで断言するのかい。 人間のなかには、『時は金なり』と時間を金銭と等しく、価値を付けた人がいるけどね」

「それ以上に友情や信頼は、時間と手間で表現する価値があるものだよ」

 「お金も大事だよ」と言うフレーズが、つい頭に浮かんでしまった。

 それは本心だったが、私は常識がある人間なので、それを口にはしなかった。

 

「君たちエルフの友情や恋愛観は、気が遠くなりな時間をかけてそうだね」

「人間が短絡的すぎるのさ。 ただ、そうだな。 それほど、生きる時間が長くなければそうならざるを得ないのだろうとは思うよ」

 

 人間は生き急いで見えるのだろうか。

 実際、人間から見て、エルフは果てしない間、愛を紡ぎ続けることになるはずだ。

それであれば、その愛を向ける相手を選ぶ過程にすら時間をかけうるのは納得できるかもしれない。

 

 なれば、人間とエルフが恋人同士になるなどと言う、おとぎ話めいた物語は、なかなかに難しいものがあるのかもしれない。

 実際に、そういう例があるのかは、ファルグリンに聞いたことはなかった。

 

 そんな会話をする私達を見て、アンジェリカさんは笑った。

 先ほどまで、不満げな表情を見せていた彼女は、そんなことがなかったかのように、にこやかだった。

 ファルグリンは、アンジェリカさんをジロと見る。

 

「……なんだ?」

「いいえ。 二人とも仲がいいのですね」

 

 アンジェリカさんに対して、ファルグリンは何も答えない。

ムスっと不満げに睨むだけだ。

 基本的に、フレンドリーとは言い難い態度なのが、彼の個性である。

 

「わたしは、廿日くんだけがここで待っていると思っていました。 まさか、あなたまでいたなんて」

「僕が一緒にいたら、何か問題でもあるのか?」

「いいえ。 でも、意外です」

「……フン」

 

 そう、私はアンジェリカさんと、待ち合わせをしていたのだった。

まず情報交換を約束したのだ。

協力といっても、状況がわからなければどうしようもない。

 

 と言っても、私の持つ、第2指定秘匿魔術『ハーメルン』のすべてを話すつもりはない。

『ハーメルン』が事件に関係しているのか。それを判断するためのアドバイザーとなることをまずは約束しただけだ。

 ファルグリンは、そんな私に付き添ってくれたのだった。

 

「廿日くん。 わたしからの話を、受けてくれて嬉しいです」

「私にとってもメリットがないわけではないからね」

 

今回の事件を引き起こしたと言う、『世界変革の時(チェンジ・ザ・ワールド)』なる組織が、もし『ハーメルン』の情報を握っているのだとしたら、それは大問題だ。

決して、放置はできない事態である。

詳細を把握することは、間違いなく必要だった。

 

「協力する前に、君からの情報提供が必要だ」

「はい、もちろんです。 わたしが知っていることであれば、お話しします」

 

 アンジェリカさんは、言葉が時々不自由だったが、ファルグリンがいてくれたおかげで上手く彼女から情報を聞き出すことが出来た。

 

「携帯端末のアプリ?」

「そうです。 あの『アプリ』というのがすべての元凶です」

「そんな馬鹿な。 一般人が、何の訓練も代償もなしで魔術が行使できると?」

「はい、それが事実です」

「じゃ、私のしている苦労はなんなんだよ」

 

 なんでも今回の事件は、携帯端末に、インストールできるアプリによって、引き起こされた事件だと言うことだった。

そのアプリを利用した者は、チートと呼ばれる『異能』に目覚める。

その『異能』に魅入られた人々、即ちチーターは、日夜、凶悪な事件を街で引き起こしていたと言う。

 

そのアプリの名前こそが、『チェンジ・ザ・ワールド』であり、対外的には宗教団体の名前としてダミーの情報が広まっているということらしかった。

 

 ファルグリンは、その話を聞いた時に首を傾げた。

 

「アプリ? なんだ、それは。 ……よくわからないな」

「携帯端末の機能みたいなものだよ。 本当なら、それによって魔術のような力を得るなんて、不可能なはずだけどね」

「それでチートとはなんだ?」

「普通に考えれば、TVゲームにおける反則行為を指す言葉、かな?」

「自分で反則行為を名乗っているのか? 馬鹿みたいな話だな」

「『馬鹿にハサミを持たせるな』とは昔の慣用句でもあったけどね。 まさか、魔術がそれに当たるようになるとは、『生前』の私は想像もしていなかったよ」

「……お前は、時々、真剣な顔でわけのわからない冗談を言う」

「面白かった?」

「僕の感想が聞きたいのか? 『陽介は、馬鹿みたいなんじゃなくて、馬鹿なんだな』と、そう思ったよ」

 

 ファルグリンは、相変わらずキツいリアクションをとった。

 もう少し、私に優しくてもいいのに。

 

 いずれにせよ、この情報だけでは、まだ判断がつかないところだった。

 だが、ただの人間に異能を与える方法には心当たりはあった。

 

「なにか気になることでもあるのですか?」

 

 アンジェリカの質問に、私は答えなかった。

 

「まだ、可能性にしか過ぎない。 話を続けてもらっていいかい?」

 

 アンジェリカは頷く。

 

 彼女によれば、不正者(チーター)と名付けられた異能者に妙な動きがあったとのことだった。

 理由は不明だが、複数の地点に、集合し始めたのだ。

 両手の指では、収まらないほどの地点への移動を観測したことで、アンジェリカが所属する警邏騎士団は動き出した。

 

「警邏騎士団……ね」

「僕も将来の候補としてスカウトされたことがある。 もちろん、断ったが」

「君はどこでも引く手あまただなあ……」

 

警邏騎士団は、魔術犯罪に対抗するための治安維持組織だ。

魔術の犯罪への対抗策として結成された組織であり、異世界人を主要メンバーとして、魔術犯罪捜査・治安維持を行っている。

 

「そうは言うけど、魔術学園の生徒を起用するのはどうかと思うけどね」

「……地球にいる魔術師は、そう多くないですから」

 

 私の言葉にアンジェリカが、そう答えた。

 なぜか、地球に越境している魔術師はそう多くなく、それももっとも多い魔術師は子供だった。必然的に戦力とされる魔術師たちは、子供が多くなる。

 

「いくら北海道が、異世界人(わたしたち)の自治区と言っても、こちらに来る人は限られているのです」

「北海道を支配するレギンレイヴ辺境伯は、性急な移民を嫌っているようだしね」

 

レギンレイヴ辺境伯は、異世界人による自治を北海道で勝ち取った人物だ。

 

1945年、つまり日本に原爆が投下された後、ソ連が北海道へ侵略した。その際に、当時の日本軍にレギンレイヴ辺境伯は彼らに協力した。

異世界人でありながら、北海道を守ったのだ。

それはこの世界において、歴史の教科書に載っている出来事である。

 

レギンレイヴ辺境伯が、北海道自治の代表者となるまでには、紆余曲折があるのだが、少なくとも彼が日本において果たした功績は、非常に大きいものだったと言える。

 

 そんな生ける偉人であるレギンレイヴ辺境伯ですら、移民の選定や技術の流入には慎重だ。実際、こうして魔術によるテロ・犯罪も起きているのだから、問題がないわけでもないのだろう。

 

 傾向として、強い力をもつ種族ほど、越境は制限されているようだ。

 必然的に、エルフは北海道でも希少である。

 

「警察組織の特殊部隊は、まだ魔術化がそれほど進んでいない。 自衛軍でも、まだ一部が魔術を扱うだけだ。 確かに、異世界人による治安維持組織は必要だっただろうけど」

 

 魔術という技術の侵入経路は、日本だけじゃない。

 少なくとも、異世界へ通じる門は、海外に他に2つ存在している。

 向こう側の人間も、こちら側の人間も、善人だらけじゃない。必ず、何か問題が起きる。

 

 それでも、子供をテロリストと戦わせるような真似は、気に入らなかった。

 今では、私自身が子供なわけだけど、それは大人がしていけないことなんじゃないか?

 

 そんな怒りを抑えながら、私はアンジェリカの話に耳を傾けた。

 

 分散した警邏騎士団は、数の多い不正者(チーター)に苦戦を強いられたようだ。

 不正者(チーター)は、民間人を拉致したり、殺傷する行動もみられており、現地で人質に取られていたケースもあったとのこと。

なんとか各所で鎮圧が成功したと思いきや、事態は急変。

倒したはずの不正者(チーター)を生贄に、異世界よりモンスターが召喚され、それによって騎士団に被害が出た。

 

「それで、どうなのでしょうか? 事件は、『ハーメルン』によるものですか?」

 

 アンジェリカさんは、真剣な表情で私に尋ねた。

 だが、私は納得できていない。

 

「うーん、その前に一つ聞きたいんだけど」

「はい、なんでしょうカ」

「まだ、話していないことがあるよね。 それだと、私の『ハーメルン』の情報にたどり着かないと思うのだけど」

 

 困ったように、口ごもるアンジェリカさん。

 

「……話さねばなりませんカ?」

「秘匿指定された魔術の情報が漏れるのは、私個人にとって損失なのは間違いないけど。 でも、それだけの問題じゃ済まないからね」

 

 安易に情報流出させると、問題が起きかねないから秘匿指定なのである。

 そう私が匂わせると、アンジェリカさんも頷いた。問題の重要性は、彼女も理解しているのだろう。

人類を守る戦士として、教育を受けた彼女は、恐らく魔術師よりも軍人に近い立場や思考を持っているはずだ。

 軍事においても、情報の秘匿性は重要視されるものである。

 

「灰色歩きを名乗る人物を知っていますか?」

「いや」

「あるいは、ネズミの王と言う名称は知っていますか?」

「あー……噂なら聞いたことがある」

「その人物は、民間人に行使し私刑を行う、魔術犯罪者です。 その彼から直接、聞きましタ」

「……それは信頼できるの?」

「わかりません。 ですが、対象は常に犯罪者であるか、違法な魔術技術を所持した人物でしタ」

「では、正義の味方と言える?」

「法を侵す者を正義とは、私は言えませんです」

「まあ、そうかもね」

 

 そこをあまり論じることに意味が見いだせなかったので、置いておく。

 つまり、情報をまとめると、犯罪者から犯罪に、私の秘匿技術が使われているとリークがあったと言う訳だ。不愉快な話である。

 

 私は思わず、ため息をついた。

 

「それで、『ハーメルン』ならば、そのこの事態を引き起こすことが可能ですか?」

「正直、アプリで魔術を使わせるのは、まったく理解できない。 私は自分の『ハーメルン』をアプリ媒体にする実験をしたこともないし、技術的に可能かも理解できない」

「……そうですか」

「しかし、『ハーメルン』ならば、確かに民間人に魔術を使わせることはできる。 副産物としてだけど」

「!? それでは……!」

「でも、代償はある。 チートなんて便利そうな名称つけやがっているけど、私の技術がそんなに便利ならこんなに苦労してないし、現実にそんな万能薬があるわけない。 なんの苦労もなしに、私の技術を悪用している『チーター』とやらは対価を払うことになる」

 

 そんな便利なものがあるなら、万人がすでに魔術師になって地球にもっと技術が普及しているだろう。異世界人ですら万人が魔術師じゃないらしいのに。

 チーターとやらは、みんな想像力が欠如しているらしい。

 

 端的に言ってバカだろう。苦労もなく力が手に入ることに疑問を持たない。

知性が害悪の極みだ。

 自分の身体に何が起きるかわからないものを、なんのテストもなしに、口に入れているようなものだ。みんな頭がおかしい。

 

「端的に言うと、全員一人残らず、『人間をやめる』ことになるか、いずれ『致命的な損傷』を負って死ぬ」

 

 私がそういうと、アンジェリカさんだけでなく、ファルグリンまで驚愕の表情を見せた。

 君まで驚くことじゃないと思うのだけど。

 

「ああ、そうか。 ごめん、大げさにだいぶ極端に言った。 たぶん、ケアなしだと、その手前でなんらかの機能不全を起こすことになるから、日常生活に支障が出るんじゃない? 一度でも、使っているならいずれそうなると思うけど」

 

 ファルグリンが、突然、私の襟元をつかむ。

 

「君は! そんな危険なものを使っていたのか!」

「……びっくりしたなあ。 そんなに怒らないでよ、用法・用量をきちんと適正に守って、専門的な管理すれば、すぐに死ぬことはないよ。 第一被験体の私が生きてるでしょ」

「びっくりしたのはこっちだ! 自分の命を粗末に扱いすぎだ」

「あのね、ファルグリン。 戦闘魔術師(ウォーデン)が人体改造を己に行うのは、一般的なことだと聞いているよ。 それと全く変わらないさ」

「専門家によらずに、自己改造をする子供がどこにいる!」

「ここにいるよ。 残念ながら、私に後ろ盾はないからね。 金も設備も実験体も用意できないし、その上、才能もないわけだ。 私自身が正真正銘、一代目の魔術師だから、先祖からの贈り物もない」

「それがなんだというんだ!」

「私はね、ファルグリン。 強くあらねばならないんだよ。 いつでも必要な目的を達せられるくらいに。 例え、どんな手を使ってでもだ」

 

 ファルグリンが、私をにらみつける。

 彼と友人になってよくわかったが、美形の怒った表情はそれは恐ろしいものだが、なかなか見ごたえがある。ただ、幼い彼だと少々迫力が足りない。

 どうやら、すこし涙ぐんでいるようだった。本当に彼は慈悲深い。

 

「なあに、心配するなよ。 私は死ぬつもりはないからね」

 

 嘘はついていない。

 死んだところで、次の転生があるかもしれないし、どうせ一度した経験だ。どうでもいいといえばどうでもいいが、死にたいとまでは思っていないのは事実だった。

 

「陽介、お前は大丈夫なんだな?」

「少なくとも、今のところはね」

「今のところは、だと?」

「あー、あれだよ。 定期的に、魔術医師(エイル)の診察は受けているよ。 それにほら、この間だって、塔でボロボロになったじゃない? 何かあったら、言われてるって」

「あまり不愉快にさせるな。 嘘だったら、僕は君を許さないぞ」

「私は、嘘はつかないよ」

 

 本当のことを全部、洗いざらい言ったりしないだけで、嘘をつこうとは思ってない。

 嘘をつくなんて、よくないことだからね。特に、効率とかが。

 

 アンジェリカさんも、また心配そうに私を見ていたのに気づく。

 どうやら、この娘もまた慈悲深いらしい。

 でも、あえて、私はそこに触れたくなかった。

 

「捕縛したチーターとやら。 身体検査はしたのかな? 体に異変はない?」

「……それは、わたしにはアリません」

「ふうん、教えてもらってないんだね」

「はい、そうです」

 

 なるほど、大体理解した。

 身体上、何もないなら、何もないと言われてそうなものだ。

 だって、一般人が戦闘レベルの魔術を容易く行使できるわけないんだから、絶対に気になるはずだし、もし、身体上の変化がないのなら……。

 

「ちなみに、チーターたちの携帯端末を確保しろと言われてたりする? 例えば、無傷で、とか」

「捕まえたら、とるようには言われてはいますが、大事ではないです」

「やっぱりね。 主体は、携帯端末そのものではないな。 それは単なる媒介にしか過ぎず、それも尻尾切りできる部類のアイテムだ」

 

 必然的に、チーターとやらの肉体の方に手掛かりがあるんだろう。

 解剖した結果とかを、情報提供してくれないかな。もし『ハーメルン』なんだとしたら、だいぶ研究が進みそうなんだけど。

 

「にしても、めんどうなことをしてくれている奴がいる」

「……チーターについてはわかりました。 デーモンやマジュウの召喚は、説明できますか?」

「ああ、出来る」

 

 私は即座に断言した。

 悩むまでもないことだった。

 

「『ハーメルン』には、対象を触媒として、つまり生贄のような使い方をして、別の魔術を使う機能がある。 だから、一般人に魔術を使わせた上に、召喚の材料にするという一連の流れも、事実上は可能と言える」

「……なんて、ひどい」

「技術は使い方だからね。 可能にはもちろんなりえるけれど、そう使うかは、使い手しだいだ。 だから、私は『ハーメルン』の技術流出を避けたかった。 第2級指定秘匿魔術なのも納得だろう?」

 

 アンジェリカも、ファルグリンも迷わず肯定した。

 完全にテロリストご用達になる魔術である。だって、この魔術、丸腰で世界中で自爆テロ起こせちゃうんだもん。

 明らかに、子供たちが戦わねばならない域を超えているのだ。

 

 しかし、あれだ。これだけ危険な魔術で、第2級指定な辺り、第1級だとどれくらい問題を孕んでいるのか、異世界の闇の深さが怖い。

 いやあ、本当に恐ろしいよ、異世界の魔術。できれば、ちょっと教えてほしい。

 

 なにかを納得したように、アンジェリカは何度か一人で頷き、口を開いた。

 

「お願いします、陽介くん! 警邏騎士団に協力してください」

「え、今してるじゃない?」

「今、騎士団は人が足りていません……。 それに、『ハーメルン』のことも知りません」

「いや、あれだよ。 私もべらべら話してるけど、秘匿義務はあるから、これ以上の情報が欲しかったら、情報管理局に行ってよ」

「ぜったい、陽介くんの力があれば、たすかりマス!」

「……私の話聞いてる?」

 

 そりゃ、勝手に使われているなら、もちろん嫌だけど。

 別に、チーター共がどうなろうと私には関係ないし、無関係な人々が巻き込まれているはすごい可哀そうだけど、私ってば今は子供だし。

 

こう見えてこれで忙しいので、大規模実験レポートみたいな感じで提出してくれるなら、大変ありがたいくらいなのだけど。

 もちろん、子供が戦いに巻き込まれたり、被害者に出るのは大変気に入らないのだが。

 

「うーん……どうしよう、ファルグリン」

「僕を巻き込むな。 警邏騎士に入るのを断った身だぞ」

「でも、君はあれだよね。 無辜の人民が巻き込まれたり、秩序が崩れるのは、嫌だよね」

「……はあ。 それをわざわざ喜ぶエルフがいると思うのか? だが、人間の問題は、人間で片づけるべきだろう。 少なくとも、基本的には」

 

 つくづく根は善良だなあ。

 人間見下してるくせに、目の前で死んだりするのは嫌みたいだよねえ。

 

「まあ、治安が悪くなったら、カフェでフラペチーノも飲めなくなっちゃうしねえ」

「それは一大事だな」

 

 うん、そういうと思った。

 でも、残念ながら、私の方に動機がなくてだな。今、大変忙しいから。

 

「うーん、アンジェリカさん。 すごい残念なんだけど、私も生活がかかっている身だし、研究や訓練を積むのを最優先にする義務があってさ……」

「あ! もし、よかったら警邏騎士団で訓練したり、『炎の監視者(ウォッチャー)』のメンバーから教えてもらうこともできますヨ」

「よし、条件を聞こうか」

 

 私がそう答えた瞬間、ファルグリンが不機嫌そうに、見てきた。

 いいじゃん、君とは利害一致したんだから。

 

 ファルグリンから、目をそらすと。

 視界の端に、ゴーレムがふよふよと浮かぶが見えた。

うーん、ゴーレムはいいなあ。

 



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第33話 欠陥魔術師とハーメルンの正体

生前は、自分より賢い人間と話すなんて、そう多くない経験だった。それ故に、その数少ない対談時には気合を入れて臨んだものだ。

そう考えると、今はその頻度が明らかに多くなっている。

 

 人生とはわからぬものである。

ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。

 

 ただ、そんな私の人生経験をもってしても、歴戦の軍人と対話するなどなかったことである。さて、どんなふうに話をすればいいやら。

 

 アンジェリカさんに連れられて来たのは、『炎の監視者(ウォッチャー)』のサークル室ではなく、警邏騎士団の本部だった。考えてみたら、当たり前である。

 到着したと思ったら、本部のお偉いさんと一対一で対談することになってしまった。

 これは騙されたといっても過言ではないんじゃなかろうか。

 

 付き添ってくれたファルグリンは、なぜか終始不機嫌そうで、きっとあとで私が機嫌取りをしなければならないのは明白だったので、ちょっと憂鬱である。

 

 さて、私が面談室のようなところに通されてみれば、そこにいたのは、眼帯をした壮年の男だった。

 

「私の名前は、マクベス。 家名もなにもない、ただのマクベスだ」

 

 外見は50代くらいの男性だろうか。

 屈強な肉体を持つ、歴戦の戦士。

 大地のようなどっしりと安定感ある落ち着きと、大樹のような力強い静けさ。

 

 ロドキヌス師と、どこか同じ匂いがする人物でありながら、よりはっきりと強者を思わせた。なにが『ただの』だ。

 私が知らないだけで、語り切れない逸話やらがゴロゴロありそうである。

 

「はじめまして。 廿日陽介です」

「ああ、もちろん知っているよ。 私はここで総隊長をしている者だ、よろしく頼むよ」

 

 お飾りの総隊長じゃないのは、明白だった。

 人類絶滅規模の魔獣と戦っている世界からきているだけあって、戦力を率いる人間には相応の実績と戦闘力が求められるんだろうか。

 くそ、脳筋世界の脳筋国家め! 明らかに人種が私と違うぞ!

 

「まあ、あまり緊張しないでくれたまえ。 ひとまず、すわるがいい」

「はい」

 

 緊張しないはずがないのである。

 

 ペンドラゴンの校長に負けず劣らずの迫力だ、などと私は思った。

 校長は、一見、すごい人には見えない雰囲気だったけど、実際はまるで隙を見せない所作だった。自分より頭が良い人間と話すのは、なかなか緊張感がある。

 あれは油断を誘ってるだけだ。擬態の一種である。

 転生前から数える人生経験、いわば第6感のようなものが緊張を崩させなかった。

 

 そう考えたら、目の前のマクベス氏は、完全に正反対だ。

 擬態など一切なく、質実剛健。虚飾も一切ない。

 ただただ、長きに渡り戦い続けてきた武人としての迫力だ。

 

「きみの名前は、以前から聞いているよ」

 

 若い騎士団員と思わしき、若者が紅茶を運んできた。

 一瞬、目が合ったが、すぐに彼は退出した。

 ここにきてから、いささか注目を集めている気がして居心地が悪い。普段は気にならないのだが、やや好意的なものが混じっている気がするのだ。

 

「そうですか……。 私の名前を? うーん、悪い噂でなければよいですが」

「悪い噂なものかね」

 

 彼は、口の端をわずかに緩めて、否定した。

 

「後ろ盾のない地球人でありながら、その年齢で、第二級秘匿魔術である『ハーメルン』を考案。 試練の塔への挑戦(イニシエイト・ヴィ―ゾフ)の初日挑戦にして、人食いの魔獣である『マンティコア』を撃退。 将来、有望な少年ではないか」

「高評価が恐ろしいと思ったのは、初めてではないですが、ちょっと今回は度を越してますね」

「日本国特有の文化である謙遜というやつかね」

「どちらかと言えば、身の保身というやつです。 身に余る評価は、時に己を滅ぼします」

「賢明であろうとする姿勢は評価に値するが、若くして保身が真っ先に思い浮かぶのは、良い傾向とはいいがたいな。 月並みだが、若さがあるうちに挑戦することは、能力の伸びしろを増やすことになる」

「肝に銘じます」

「……あまり、11歳らしくないな。 君は」

「自分でもそう思ってますよ、おかげで両親には気味悪がられました」

「苦労したと見える。 まあ、私もその類の人間ではあったがね」

 

 おや、この人も転生者かしら。

 いや、そんな馬鹿な。単に成熟が早すぎたという話なんだろう、私は前の人生でも、比較的早熟だったので、同級生と仲良くやれた経験があまりない。

 今回は、家族とすらうまくやれないとは不幸に過ぎたが。

 

「それで、アンジェリカから話は聞いている。 我々の協力者となってくれるそうだな」

「あれ? もしかして、私って期待されてます?」

「もちろんだとも。 今回のことに関して言えば、君は専門家である可能性すらあるのだからね」

「……ネズミの王を名乗る犯罪者の証言を信じる、と?」

「信じてはいない。 だが、専門家である君が、その真偽を明確にしてくれる可能性はとても価値があるものだ」

「そこまで期待されても困りますね。 正直、アプリで魔術を使うとか、さっぱりだ」

「わかる範囲でいい。 ご教授願えないかな? もちろん、ここでの話は機密としておこう。 誰にも口外はしない、団員にですら、だ」

「うーむ。 私には秘匿義務があるんですが」

「ここで君が話したとして、だ。 君がここで話したという事実を誰にも言わなかったら、それは問題になりえるのかね?」

「……弱ったなあ」

「我々の仕事は、この地の守護。 そして魔術犯罪から、人々を守ることだ。 それに協力してはいただけないかね。 その目的に嘘いつわりはないことは明言しよう」

 

 私は、紅茶を口に含んだ。

 ここのお茶は出来が悪い、淹れ方がなってないな。

 

「……そうですね。 どこまでお話しするべきかな」

「簡単な概略でいい。 魔術の概要を教えてくれれば、対策は私が考える」

「本当に『ハーメルン』が使われているかは、断言できませんよ」

「かまわない」

 

 マクベス氏は、自身の頭を指さした。

 

「今、実はとてもよい予感がしていてね」

「はあ」

「君の話が、事件解決のきっかけになる気がしてならない。 そして、私はこの手の直感を外したことがないんだ」

「それは大変便利ですね」

「ああ。 おかげで未だにこうして生きているよ、何度も死ぬ目にあったがね」

 

 再び、私は紅茶を口にした。本当まずい。

 なにより香りがよくない。

警邏騎士団は、メジャーサークルである『炎の監視者(ウォッチャー)』の支持母体だ。軍事家系者の集団と聞いていたが、お茶を軽視するとは、これだから軍人というやつは、情緒のかけらもないと言わざるを得ない。

 

 それは、さておき、ここで情報を隠す意味はどれくらいあるだろうか。

 少なくとも、もし悪用されているのなら、犯人には内容がばれているわけだ。細かいシステムまで、説明する必要はないのであれば、専門家に任せてみてもよいだろう。

 事件に関係ないとしても、だ。

 

「まず、私の身体能力や思考速度は、『ハーメルン』に起因しているところがあります」

 

 説明の仕方には、少し工夫がいる。

 私はそう思い、個人的な事情からお話しすることにした。

 幸い、マクベス氏はそこに疑問を挟まないでくれた。大変ありがたい。

 

「私のような欠陥魔術師が、矢弾のような魔術をくぐり抜けて、敵である魔術師に一太刀を浴びせるなんて言うのは、考えるまでもなく至難の業です」

「ふむ。 君は魔術障害だったね」

「ええ。 私はシールドも張れないし、射撃系の魔術を形成することもできない。 いわゆる地球人が大人になってから、魔術師になろうとした人間にありがちな『魔術障害』ですよ」 「なるほど。 子供だと比較的珍しいらしいが、例がないわけでもない」

 

 魔術障害。

なんらかの理由によって、素養があるにもかかわらず、魔術行使に問題を抱えてしまう事象。これそのものは、異世界でも珍しくない現象だそうだ。

 

 ただ、私に関して言えば、地球人には珍しくないタイプの障害であると言える。

一説によると、今までの人生経験や、映画やアニメといったフィクション作品による映像イメージが強すぎて、魔術を使うイメージが薄っぺらくなってしまうらしい。

 

魔術を使うイメージをしても、そこに熱量や衝撃、硬度を感覚的に上乗せできなかったり、平面的な映像しか作り出すことができなかったりしてしまうらしい。

確かに、私も平面的な映像を作り出す魔術については、魔導器(セレクター)の補助があれば使用することができた。

簡単に言えば、転生した記憶が邪魔になっているのだろう。がっでむ。

 

「つまり、あれかね。 君の『ハーメルン』には、能力をブーストさせる機能がある、と。 それによって、ハンディキャップを乗り越えることができている、と言うのだな?」

「十全にとは言えませんが、その通りです」

 

 マクベス氏は、私が結論を言う前に察してくれた。

 

「基本コンセプトとして、『ハーメルン』は欠陥魔術師が、魔術師と五分に戦うために作り出した戦闘能力向上システムであるということなんです」

 

 私は、明らかに普通の人間と比較すれば、超人の類である。

 だが、魔術師は銃火器では傷つけることすら難しいシールドを、簡単に張ることができるし、安易に爆発炎上させる凶器を連射することが出来る。

 技術を身に着ければ、文字通り姿を消せるし、丸腰で人を暗殺することすら容易だ。

 

 そんな化け物を相手取る状況に対して、私が出した結論は、単独で戦闘せざるを得ないならば、自分も人間を超えるしかないということだった。

 それも、対人技能に特化して習得すれば、なおよい。

 

「本質的に魔術師の戦闘は、すなわち脳の処理速度と状況把握の競争です。 本当の闘いは、思考の上でこそ行われている」

「その通りだ。 様々な補助は存在するが、魔術は術者の脳処理に依存する」

「であるならば、それを拡張してしまえばいい」

 

 矢弾のような魔術が来るならば、その軌道や規模をすべて計算して回避すればいい。

 間合いを詰めねばならないのなら、その間に発生する問題を事前にシミュレートできればいい。

 可能なら、広く状況把握し、あらゆる敵の動きを観測できればいい。

 

「だが、それは人間の脳、単独では不可能です」

「……君は正気かね?」

 

 やはり、マクベス氏は非常に頭がいい。

 すぐに私の出した結論を理解した。この人は、1を聞いて10を予測できるタイプらしい。

 私はその返答に満足して、笑みを浮かべた。

 

「ええ、ひどく。 非常に簡単な論理帰結でした」

 

 人間の脳、一つで処理できない出来事が存在するのであれば。

 そのリソースやメモリが不足しているのならば。

 ほかの脳を繋げて使えばいい。それもできる限りたくさん。

 

「これを利用すれば、私が魔術を使えずとも、魔術が使える脳があればいいわけです」

「それで自我が保てるというのかね……?」

「『使い魔』は魔術師との回線(パス)を持っています。 すでに実例がある話ですよ。 魔術師と使い魔は、離れていても会話ができるし、魔力の受け渡しもできる」

「理屈上はわかる。 大規模魔術を使う際には、使い魔に魔術演算を並列して行わせることも少なくはない。 だが……」

「もちろん、使い魔そのものにもリスクがありますよね。 使い魔にしようとした対象が強ければ、その回線(パス)を悪用され、主従が逆転し、魔術師が操られることになる」

「それだけではない。 接続を強くし、相手の記憶が入ってくれば、術者もまたそれに影響される。 最悪、魔術師は自我を失い、精神崩壊や奴隷にされてしまことすらありえる」

「ええ。 当然、脳を多数の生物に接続するということは、必然的にそのリスクが高まるわけです。 ですが、私はそれをクリアした」

「いったいどうやって?」

「私が情報として出せる限界点はここまでです。 ですが、同じことを他人に試せば、非人道的であることは疑いようもないでしょう。 自分自身だからこそ、試せたわけです」

 

 当然ながら、私の場合、ネズミであるテイラーがその重要な起点となっているわけだけど、ネズミと脳を接続し、自我崩壊の危険性を抱えることを良しとする人間はいない。

 この『ハーメルン』の危険な点は、私が考案したシステムを流用すれば、比較的誰にでも再現できてしまうことだった。

 うまく使えば、一般人を大量に魔術師に出来るといったのは誇張ではない。

 

「副作用はあるのかね?」

「恩恵を受けている身体機能や脳処理速度……その部分に付随し、大きく影響を受けます」

「と、言うと?」

「体は人間よりも、繋げている対象の特性に近づくし、それによる不具合も起きます。  感情のブレ幅も増えるし、最近では記憶障害も観測されており、正直、他人にお勧めできませんね」

「狂気の沙汰だ」

「魔術師はみな、そうでしょう」

「11歳でその境地に至る精神性を指摘しているのだよ……なぜそこまでできる?」

「当然の疑問かと思いますが、どうやら、すでに私はそれを忘れている可能性が高い」

 

 最近、うすうす感じていたことだ。

 私は非常に重要なことを忘れてしまっている。

 それはかけがえのないものだった気がしてならない。

 

「哀れなことだ……。 そして、口惜しい。 子供をそんな状況にまで駆り立ててしまったとはな」

「あなたが責任を感じることではありませんよ。 私は恐らく、自身の命や自我を天秤にかけてもなお、何か果たさねばならないことがあったはずですから。 後悔はしてません」

 

 ただ、その大切な目的を知りたい。

 だが、それが前世の記憶に連なる理由であるならば、もはや知るものは誰もいないはずだ。

 なんとしてでも、その願いは取り戻さねばならない。

 

「……その記憶も、いつか思い出すかもしれないならば、研鑽をやめる気はまったくないのですよ。 思い出したときに、力がないのではすべてが無駄になる」

「ふむ。 ……あい、わかった。 できる範囲での協力はしよう」

 

 おや。それはありがたい。

 訓練設備でも使わせてくれるという話だろうか。

 

「だが、君も察していると思うが、こういう場所だ。 団員からの尊敬は、おおむねその力を証明することで得られる場であってね」

「はい?」

「幸い君も使える方だろう。 ある程度、力を見せたほうがやりやすいというものだ」

「ご存じだとは思いますが、私は研究者でして」

「文武両道とは、我々の国にもある概念なのだよ。 非常に素晴らしいことだ」

「……左様ですか」

 

 私の話を聞く気ないですね、この人。

 

「それで、なにをすればいいんです?」

「なに、簡単なことだ」

 

 マクベス氏は、一息で紅茶を飲みほした。

 味わう気が一切ない、のどの渇きをいやすことだけが目的のようだった。

 

「これから、この拠点に魔獣が侵入してくるようだ。 相手してくれたまえ」

「はあ?」

 

 その時、基地内のサイレンが鳴りだした。

 



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第34話 欠陥魔術師の力量証明

生前は、なにかを殺そうとすること自体、そう多くない経験だった。

……せいぜい、虫を殺したくらいかもしれない。あるいは魚さばいた時くらいか。

 

躊躇いなく、それが出来るようになったのは、いつからだっただろう?

始まりは、実験動物を手に掛けたことだろうか。

生物の生き死にを、利益を出すという目的のために左右するなんて、思いもしなかった。

 

 もし、私が医者になっていたら、そんな葛藤はとうに通り過ぎていたのか、それともそれでもなお、今の状況に思案する余地があったのか。

 人生とは、結局のところわからぬものである。

 

ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。

 

 さて、そんな私の人生経験をもってしても、唐突に怪物と刃を交えるのは、少々気が引けるのが正直なところである。

 

 ここは警邏騎士団の本部。

 魔術犯罪に対抗するための札幌防衛の牙城。

 様々な種族と、戦力が集うための場所のはずだ。

 

 だがそこに、今は化け物がいた。

 長い手足に、白っぽくも黄色みがかったゴム質の薄汚れた皮膚。

 人のような姿かたちをしているが、明らかに生きた人間の皮膚の色ではなかった。

その顔は、犬のようにも、人のようにも見えた。耳まで裂けた真っ赤な口が、大きく開く。

獲物を見据えるように、その瞳孔が細まった。

 

「来る!」

 

 すかさず飛び退きながら、反射的に、いくつか試験管を射出して破壊。

己に『馬鹿には見えない服(コモン・センス)』を展開し、いつでも力場を使えるように準備しながら、煙幕を展開。

 

化け物の長く伸びた爪が空を切る。

数は、五体。自分だけで相手をするには、分が悪そうではあった。

抜刀し、刀を振りぬく。髭なしナールに、用意してもらった決戦競技用の剣。『飛燕』である。

 

あざ笑うかのように、人型の化け物は身をよじる。まるでかすりもしない。

かと思いきや、振られた刃は伸縮し変形。弧を描くように、その背後にいる怪物を真っ二つに切り裂いた。

 

「ほら、まずは一匹だ」

 

 群れに動揺が見えた。

 動きが乱れ、一秒足らずの間に互いを見合わせる動き。

さらに、そこにつけ込む。敵が群れをなしていることを利用し、煙に紛れながら斬撃を加える。兎跳びを起動し、空中で身をよじり、連続斬撃を叩き込む。

 

先頭にいる化け物は、その動きに合わせて回避しようとするが、私の狙いは常に、動きを見切ることのできないその背後の敵のいずれかである。

一太刀、二太刀、それらはすべておとりの攻撃。伸縮するのは三太刀目だ。

 

「味方が多すぎると、見えるものも見えないだろう?」

 

2匹目の化け物の首が、ひゅるりと刎ねられ宙を舞う。

 奴は回避行動すらとることができず、なにがおきたかわからないまま死んだ。

 

 『ハーメルン』によって、周囲に潜ませたネズミから周辺情報が脳に送られてくる。私からは死角に見えても、ネズミたちから見ればすべて丸見えだ。

 敵の配置も、動きも全部わかっているのだ。

 

 だから、変化にもすぐ気付いた。

 残った三体は、煙幕から距離をとったかと思えば、体色がどんどん変化していくのである。周辺の色に擬態を始めた。

また手足を伸び縮めさせ、より俊敏に動き始めた。

 

「――これがグールか」

 

 こいつは、少々面倒そうな状況だった。

 グールの特性は聞いたことがある。奴らは砂漠に生息し、旅人を食らうという。

それも、体色を自在に変える保護色と、姿かたちを自在に変えてあらゆる人間に化ける擬態能力を持ちいて、だ。

 

 つまり、体の作りをある程度、自由に変化させることすらできるのである。

 戦況に合わせて、より特化した形状になって戦えるのだろう。

 

 この醜悪な腐肉食らいどもは、私だけでは手に余った。

 けん制に、ナイフをいくつか投射。グールたちにとっては遅く過ぎる攻撃でしかなく、それは地面や木々に突き刺さるだけ。

 弾丸か魔術でもなければ、そう簡単に当たりはしまい。

 

「テイラー、いるんだろ。 いい加減、私に力を貸してくれ!」

 

 私が声を掛ける瞬間か、あるいはその前か。

 羽のように軽い小さな影が、軽やかに肩に飛び乗った。

 

「ああ、もちろんだ。 我らは『パートナー』とやらだからな」

「……見計らったように来やがって」

 

 その態度に、思わず私は毒気づいた。

 余裕があるなら、もっと早く駆けつけてほしい。

 

 だが、近くにいるのはわかっていた。『ハーメルン』による情報は、テイラーがいてくれないと取り扱いできない。

彼が、無数にいるネズミの情報から、必要なものを取捨選択し、私が扱えるレベルにまで落とし込んでくれているのだ。

 

テイラーは、不遜に笑う。

 

「余はこの街のどこにでもいる、いつでも其方の醜態を見守っているだろう」

 

 テイラーが、魔力探知の魔術を発動。

 保護色によって、かなり見えづらくなっているグールも、その魔力反応は隠せない。

 私の目に、彼らの姿かたちがはっきりと映る。見たくもないほどに醜いが。

 

 迫りくるグールの爪を、私は剣でいなす。

 残りの2体も、私の背後に回りながら、攻撃を仕掛けてくる。

 すでに煙は晴れており、挟み撃ちにされているこの構図では、圧倒的に不利だった。

 

 兎跳びを使い、空中機動。空を蹴り、加速し離脱。

 挟み撃ちの状態から逃れやすくなるように、戦場を誘導し続ける。

 

「そうだ、余の指示通り動け。 もう少し、奥の茂みで戦うのだ」

「だが、そこは視界がとりにくい!」

「なあに、視界は確保してやる」

 

 あくまで尊大な態度を崩さないテイラー、彼は常に自信に満ち溢れている。

 この状況でも何とかなるような気がしてくるから、不思議だ。

 

 正直、不愉快な物体に囲まれて戦うのは、非常に苛々する。

 しかも、今回は試練と違って、死にかけて引き戻される保証なんて存在していない。

 一切、油断の余地もなく、命がかかっている。

 

 そんな苛烈な戦況下ですら、私は軽口を叩き続ける。

 

「テイラーめ、いつも肝心な時にはいなくせに偉そうに。 とは思うが、あえてそこには触れないでおこう。 私は大人だから」

「その通りだな、思ったことをすぐに口にするのは、阿呆の振る舞いだからな。 可能なら口を噤んだ方が賢かろうな。 本当に賢いなら、な?」

 

 互いに皮肉を飛ばしあいながら、臨戦態勢をとり続ける。

 幾分か、私の心には余裕があった。

 テイラーがいれば、魔術の発動を代行してもらえる安心感がそこにあった。

 

片方の攻撃をいなすのに、精いっぱいな私に対し、二匹目は背後に回ろうとする。

さらに三体目は、その攻防の隙を見て飛び掛かり、一気に仕留めようと気をうかがってくる。プレッシャーが強い。

 

ちっ、このままではさすがに攻撃をさばききれない。

悪態でも、つきたくなろうというものだ。

 

しかし、その状況を変えたのはテイラーだ。

 

「その動きは予測済みだ、愚か者め」

 

 私が投げつけたナイフを媒体に、『串刺し公(ツェペシュ)』を発動。

 ナイフは巨大な槍のごとき金属体へと変化、飛び掛かったグールは、串刺しにされた。

 奴らは生命力が高く、再生能力もある程度持つが、串刺しにされて身動きできるほど、強大でもない。

 

 よし、敵の数が減った!

 これで均衡が崩れる。あとは私が剣を使い、敵を追撃すればいい。

 

 形勢不利として、グールは即座に逃げ回ろうとし始めた。

私は、グールたちに追いすがる。

だが、私の刀剣『飛燕』には変形パターンが16も仕込まれている。私の趣味で刃を黒塗りにしているだけではない。

 

「つまり……私の攻撃は初見じゃ、回避しきれないほどのバリエーションが存在しているということだっ!」

 

 息をつかせない移動しながらの連続攻撃は、得意分野だ。

どんどん順番に手足を切り落とし、動けなくなったところで、とどめを刺す。

よしんば、回避できたところで……。

 

「余が磔にしてやろう、光栄に思うのだな!」

 

 投げナイフを仕込んだ地点に追い込めばいい。

もはや周辺は罠だらけだ。逃げ込んだ先にある木々から、巨大な槍が出現。肉を貫く音とともにグールは息絶えた。

 

そう、テイラーの指示通りに、私が敵を追い込めさえすれば、最善のタイミングでテイラーが『串刺し公(ツェペシュ)』を発動してくれる。

彼は最高の知性を持ったネズミだ、その判断に寸分の狂いもない。

 

 残り一体。奴は、罠を恐れて一瞬、足を止めた。それが命取りだ。

一撃目を叩き込むも、浅い。浅すぎる。瞬時に回復された。

返す刃で仕留める。

 

「ガァッ」

 

 グールは真っ赤な口で叫ぶ。

腕を交差させ、防御壁を発生。魔術の力は一般に生命力に比例し、ただの人間が張るよりも、比較的強固なシールドが形成される。

 

だが、それがどうした。

力強く踏み込み、両手で剣を振りぬいた。

わずかな抵抗の感触。

 

「グ……ガガガ……ッ」

 

 私は、刀剣を鞘に納めた。

 

「残念だが……君は、すでに私に斬られている」

 

 崩れ落ちる醜い、化け物。

 テイラーが救援に来て、逃げ場を失ったグールたちが、全滅するのに1分すらも必要ではなかった。

 

 まずは呼吸を整える。

 連続攻撃を放つには、酸素が不足しがちだ。いくら肉体改造をして、通常の赤血球よりも酸素が運べるようになっているとは言え、無茶な機動をしすぎている。

 

 私は、斬ったグールが蘇生しないか警戒しながらも、深く息を吸い込んだ。

 

 すると頭に響く声。

 それは、警邏騎士団の総隊長マクベスの声だった。

 

(やはり、きみは手際が良いな。 期待通りだよ、陽介くん)

 

 思念波を送って、受信させる技術。

 いわゆるテレパシーによる通信である。

 

(前に見た動きよりさらに早いね。 その『馬鹿には見えない服(コモン・センス)』が使えることによって、力場を発生させて、機動の補助をしているのだね?)

「そんなことはいい! この怪物は何なのです?」

(時々、世界と世界の距離が近くなると、イレギュラーな門が発生する。 これは周期的な問題でね。 向こう側から地球(マトリワラル)に、何かが来てしまうのだ)

「距離ですって?」

(ああ、君たちで言えば潮の満ち引きといえば良いか? 実は普段、通行している大規模門ですら、距離が近い時期でなければ実は使用できず、物資や人材のやり取りができないのだ。 だから、距離が近づくこと自体はよいことなのだが……)

「しかし、距離が近くなりすぎるとイレギュラーな門が発生する、と」

(その通りだよ、実に呑み込みが早いね。 その通り、大規模門の周囲、この場合は札幌のどこかにイレギュラーな門が発生することになる)

 

 褒められても、素直に喜べない。

 なにせ、戦場に駆り出されているのだ。

 

「それがどうして、警邏騎士団の本部に門が出来るんですか?」

(ここにできるよう誘導しているのだよ。 外来種ならぬ、外界種が地球(マトリワラル)で繁殖したり、人々を殺傷してしまったら困るだろう?)

「誘導……そんなことが可能なのですか」

(厄除けではなく、厄寄せの呪いがここにはあってだね。 かつ、入ることは容易いが、出ることは難しい結界まで有事には張られる仕掛けだ)

「なるほど。一般人の出入りを警邏騎士団が禁じているのは、それが理由ですか」

(それもある。 市民を戦いに巻き込むわけにはいかないし、出られないと苦情が来ても困るだろう?)

「私は冗談が聞きたいわけじゃないんですよ」

(おや、それは残念だね。 だが、きみは戦闘中も冗談を言える程度には余裕があったように思えるがね)

 

 どうやらマクベス総隊長は、この戦闘を監視していたようだ。

 これは、踊らされている気がするな。思わず、舌打ちしたくなるぞ。

 

 テイラーが私たちの会話を聞いて、あざ笑う。

 

「気にするな、陽介。 人間(お前)も結局は獣に過ぎない」

「まさか、それで私をなぐさめているつもりかい」

「なあに、ただの事実だ。 お前たちはすぐに忘れる、己が足掻く獣でしかないことを」

 

 私は、改めて背筋に寒気を感じた。

 テイラーはいつだって、人間とネズミを等価に見ている。

 

 端的に、彼の価値観は地獄である。すべての生き物が実験動物となっても構わないし、弱肉強食の糧となったとしても許されるという考えなのだ。

 誰もが、自分を優位な生物だと思い込んでいるだけで、いずれは骨となり、地に帰ると思っている。事実そうなのだけど、それを常に突き付けてくるのだ。

 

 彼は、私に同族ネズミを実験動物として差し出すけれど、それは人間だとしても、彼は用意できるなら同じことをするだろう。

 彼にとっては、自分かそれ以外かしか存在していないのだから。

 

(君がテイラーくんか。 ……『ハーメルン』のカギであり、彼にとっての魔術発動を代行する存在なわけだね?)

 

 総隊長マクベスが、念波で語りかけてくる。

 

「ふん、気安く語り掛けるでない。 余に話しかけたければ、まずはそこの道化を通せ」

「誰が道化だ、誰が!」

 

 パートナーを道化扱いとは、さすがにひどいのである。

 

(すまないが、まだ仕事は終わっていないのだ。 このまま協力を継続してほしい)

「なんですって?」

(ほかの場所にも、怪物が侵入している。 警邏騎士団で対処できていない地点がある)

 

 ぞろぞろと奥から、グールが歩いて来るのを見つけた。

 相当な数だ、少なくとも10匹は超えている。

 

……まだ、働かせる気か。この人。

さすがにこの数を一度に相手には、できないぞ。

 

 すると、テイラーが顔を掻きながら、静かに告げた。

 

「問題はない」

 

 テイラーにはすべてが見えていた。

 この街で起こることで、把握できないことなどそう多くない。

 彼は、この街中にいるネズミから得られる情報を統括している。

 

「余が直々に指示を出した。 その念話とやらでな」

 

幾重にも放たれた光線群が、グールたちに殺到。避けようとするが追尾し、どんどん直撃していく。

 防護魔術に弾かれ、一撃で仕留め切れてはいないが、確実にグールたちを削っていた。

これは吉田くんの『飯綱狩り(ウィールズアウト)』!?

 

「助けに来たぜ、陽介!」

「吉田くん!? なぜここに?」

「水くさいぜ、仲間なんだから純希って呼べよ!」

 

 吉田くんは、私をかばうようにして立ちはだかる。

 連射される『飯綱狩り(ウィールズアウト)』によって、彼らは足止めされているが、それでもなお、ゆっくり前進してくるグールたち。

 

「オラオラオラァ! どんどんいくぜっ!」

 

 かなりの量の射撃量が弾幕を形成しているが、防護魔法であるシールドを突破するには至らない。

 魔術射手(キャスター)がシールドを破るには、少なくとも爆裂術式相当の破壊力が必要になってくる。

 

 グールたちは、己の肉体を操作し装甲を厚くしながら、防護魔術を使用しじりじりと迫ってくる。さっきのような高機動に移行することは、不可能なようだがいまだに健在である。

これがグールか、知性も有しており戦況に応じた戦い方をしてくる。やはり面倒な敵には違いないと再確認した。

 

「なかなかやるぜ、こいつら!」

「だが、足は止めれている! いいぞ、吉田くん」

「さすがに純希と呼べよ!?」

 

 状況はわからないが、やはり私がとどめを刺すしかない。

 私は抜刀する構えをとる。一匹ずつ仕留めるしかない。

 

 しかし、その時だった。

 突然、輝く数羽の鷹がグールの群れを駆け抜けたのは!

 

「いいわね、吉田! そのまま食い止めなさい!」

 

 そして、そのグールの群れが次々に切り裂かれていった。

 

 私が驚きのあまり、固まっているとバサッバサッと羽ばたく音が天から聞こえてくる。

 空から、天使のように翼をはやしたマリンカが、舞い降りてきたのだ。

 

「一応言っとくけど、これ当てるの難しいんだから」

 

 マリンカがウインクしながら、そう言った。

 

「ええと、知らなかったんだけど……君は天使だったのかい」

「あら、天使がなにかわからないけど、それって多分褒めてるのよね?」

「あー、まあ、一般に美しいものをそうやって言うね」

「……正面から言われると、さすがにわたしも照れるわね」

 

 正直、言えば頭が真っ白だ。

 なぜ、みんなが揃っている。

 

「ちなみにファルグリンだが、彼は単独でグールの群れを撃破させている」

 

 テイラーは、退屈そうにあくびをした。

 そんな指示をするように、テイラーに依頼した記憶はない。

 まさか、この状況もテイラーの指示なのか?

 

「なにはともあれ無事でよかったわ、陽介」

「ああ、最初に念話が来たときにはビックリしたけどな! 本当にマジでピンチだったじゃねえか。 ごめんな、準備に手間取って」

 

 こぶしを私に向けてくる吉田くん。

 思わず、こぶしをぶつけるように重ねた。

 

 彼は満足そうに笑った。

 

「ほら! オレ、めっちゃ役に立つだろ!」

「……いつだって君は一生懸命だし、努力の人だと思ってるよ」

「なんだよ、なら最初からそう言えよ! ばか!」

「え、何で怒られてるの? 私?」

 

 すると、さらにマリンカにも私は怒られた。

 

「あなたねえ、自分のチームメイトのメンタルケアくらいしなさいよ。 彼、ものすっごく落ち込んでたんだからね!」

「いや。 それ、原因は君との試合でしょ」

「発破かけるのに、わたしを使ったのは理解したけど、ケアするのはあなたの役目でしょ!」

「え……、ええー……?」

 

 私にそんなこと求められても困るのだが。

 正直、誰かをリーダーとして、引っ張った経験はないのだ。

 前世でも、後輩の指導をしたことはあったが、書記のように話をとりまとめることはしても、何かを仕切って生きてきたことなんて一度もない。

 

 そこに水を差すように、総隊長マクベスの声が響いてきた。

 

(……ファルグリンはさておき、他の二人はこの場所にいなかったはずだが)

「何を言う。 出ることは叶わずとも、侵入可能だと言ったのはお前自身であろう」

 

 ごく当然のように、テイラーはそう言い返した。

 自然と僕の肩の上に、みんなの視線が集まる。

 

「ええっ!? マジでネズミがしゃべってるぜ!」

「あー……まあ、使い魔なんだし、別に驚きはしないけど。 考えてみたら、わたし、初めて話すところを見たわね」

「陽介の部屋で、風呂入ってるイメージしかねえぜ」

「まあ、わたしもよ」

 

 テイラーはあきれたように、周囲を見渡す。

 

「小うるさい子人間どもだ。 これだから、人間の前で話すのは面倒なのだ」

「いや、テイラー、君は他に誰かの前で話したことないでしょ?」

「まったく、人間とは困ったものだなあ……」

「ないんだよね!?」

 

 なんで、返事してくれないのか謎すぎるんですが。

 そこ隠さなくてもいいでしょ。

 

(これは、驚いたな……。 テイラーくん、君は想像以上に有能であるようだ。 それこそが『ハーメルン』の効果なのかね?)

「我が名を気安く呼ぶな」

(……いやはや、気が利かなくて申し訳ないね。 良ければ、無知な私に答えてほしいのだよ、許してもらえないだろうか)

「ふん、まあよかろう。 余は寛大である。 まず、教えてやろう、余が有能なのは余の能力ゆえである。 『ハーメルン』とは関わりない」

(『串刺し公(ツェペシュ)』なる魔術の発動、並びに今回の作戦指揮は君が行ったのだね?)

「そうさな、まず此度は余が魔術発動を代行した。 この者には荷が重すぎる故にな、あのナイフにはルーンが刻まれており、魔術発動の触媒となるのだ」

(ルーン魔術とは、ずいぶん古式な方法だな)

「その通りだ、ルーン魔術は古臭いが信頼性も高い。 あれは、文字を刻めさえすれば使えるからな。 そして、作戦指揮はすべて余の采配である」

(……やはりか、本当に信じられん)

「とはいえ、この者たちが従ったのは、廿日陽介を心配するが故だ。 それを忘れるな」

 

 それを聞いて、照れくさそうにする吉田くんとマリンカ。

 二人は、私のために駆けつけてくれたらしかった。

 

「あの、私が一番、話が見えないんだけどさ。 なにがあったの?」

「なあに、オレたちは念話で呼ばれたんだよ。 テイラーによ」

「わたしは、吉田があまりに落ち込んでいたから話を聞いてあげてたのよ。 それで一緒にいたのね」

「なっ!? 言うんじゃねえよ、そういうことはよぉ!」

「はあ? 言わないからダメなんでしょ、お互いに。 悩んだら、まずは話し合いなさいよ、男子ってそうやって意味不明にかっこつけてるからこじれるのよ」

「……なんか、マリンカって本当に、私たちのことよく考えてくれてたんだね。 ごめんね、なんかいろいろと申し訳ないね」

「かといって、あなたにそんなに神妙にされると気持ち悪いのよね」

「ええっ!? じゃ、どうしろと!?」

 

 素直に謝ったら、気持ち悪いと言われた。げせぬ。

 

「でも、そう簡単に駆けつけられるものなの?」

「わかっておらぬな、陽介。 余がすべて予想したのだ」

「……なんだって?」

「周期的にイレギュラーな門が発生していることは、知っていた。 大規模門の周期に合わせて、学園内で結界を発動している場所があるのだからな。 少々、知恵が回り、調査する意識があれば明白である」

「はあ」

「お前たちは、本当にもう少し頭を使え。 そして、陽介。 お前が呼ばれたタイミングが、その周期にぴたりと当てはまるのだ。 対策をとって当然であろう」

「あの、それ、本人が教えてもらってないんだけど」

「言えば、何かできるのか?」

「……いえ」

「正直、余からしてみれば、マクベスとやらが何かを画策しているのは明らか。 どうせ、お前に戦力をぶつけ、さらなる『ハーメルン』の情報と事件の関連性について調査をしようとしたのだろう。 しかも、遠目に監視役まで用意してな」

 

 総隊長マクベスから、唸るような声。

 

(うむぅ、そこまで見抜かれていたとはな。 監視役のオグナレスまで知られているとは)

「何かあれば助けに入るつもりだったのではあろうがな」

 

 テイラーは遥か遠くの本部に建立された塔を一瞥する。

 どうやら、そこに狙撃手かなにかがいるらしい。

 

「しかし、だ。 人を試すならば、堂々とするがいい。 謀りごとは信を損ねるぞ、本当に協力を得たいなら、覚えておくことだな」

(……あい、わかった。 肝に銘じよう)

「ふん、つまらぬことするなよ」

 

 テイラーは対等に、マクベス総隊長とやりあっている。

 我が、パートナーながらここまで頭がいいなんて思わなかったな。

 まあ、私の推理なんて、大半、テイラーの受け売りなんだけどね。

 

「ふん、どうやら無事だったみたいだな」

 

 現れたのは、エルフのファルグリンだ。

 やや、とげとげしい態度である。

 

「勘違いするなよ、別に僕は君を心配していたわけじゃない。 ただ、成り行きでグール退治をするはめになったことに、不機嫌なだけだ」

「君って本当に素直だなあ……」

 

 私が危険にさらされたのに、直接向かいに来れなくて、心配で仕方なかったに違いない。

 あとで、三倍くらい優しくしてあげようと思う。

 

「さて、マクベス総隊長殿。 これで団員からの尊敬とやらを得るための、力の証明とやらにはなりましたかね?」

 

 私は、気を取り直してそう微笑んだ。

 念話で響いてくるのは、大笑いする渋い声。

 

(ああ、もちろんだとも。 我々、警邏騎士団。 ならびに『炎の監視者(ウォッチャー)』は君たちを歓迎しようじゃないか!)

 

 これで、私の人生を順風満帆にするという目的の第一歩が果たせそうである。

 ……いろいろあったけれどね。

 



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第35話 欠陥魔術師の得た果実

 私たちは、マクベス総隊長の執務室に集まった。

 今回の件について、彼から褒章なり評価なりをしてくれるのだろう。

 

 正直言えば、今回、与えられる特典に非常に興味はあった。

 なにせ、あの『炎の監視者(ウォッチャー)』と警邏騎士団から協力を得られるのである。今まで個人で研究や訓練をしていた状況から、大きく前進するはずだ。

 

そも、生前から、私はご褒美というものが大好きである。嫌いなはずがあるだろうか。

 人間は誰しも、己の努力を評価し、認められることが大好きなはずである。

 

 しかし、同時に理不尽な扱いというものも、非常に嫌いで不愉快である。

 人生とは、結局のところそれが表裏一体となっている。

 それが難しいところだ。

 

ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。

 

 さて、そんな私の人生経験から察するに、ここは恐らく重要な場面と言えた。

 

「君たち、よくやってくれた」

 

 威厳をもって、堂々とマクベス氏は私たちに声を掛けた。

 

 ここに集ったのは、まずは私とテイラー。

 そして、協力してくれた吉田純希、マリンカ嬢、エルフのファルグリン。

 最後に、今回に私へ依頼を持ってきたアンジェリカ嬢である。

 

「とはいえ、招かれていない人物が、警邏騎士団の本部に侵入しているというのは……もちろん、あまり褒められたことではないがね」

 

 まず、マクベス氏から出てきたのは、そんな言葉だった。

 ファルグリンも含め、一同は顔をしかめた。

 ほう、それをそちらから持ち出すなら、私からも言いたいことがある。

 私は、無意識にみんなを手で制した。

 

ここにいる全員が、激高しかねない性格だと思った。

 今なら信じられる、彼らは私のためにきっと怒ってくれる、と。

 でも、ここで話すのは私の役目だ。嫌われ役は、私がやろう。

 

「おや、外部侵入者にも警戒していると思ったんですけど、そうでもないんですかね?」

「もちろん、把握は出来ているがね。 騎士団の情報統括部では、一般生徒が紛れ込んだことに混乱していたようだよ。 私に報告が来たのは、君たちが合流した後だったわけだ」

「ああ、それは大変でしたねえ」

 

 マクベス氏も本当に大変だろう。

 いやあ、管理職って苦労が多そうだね、私はなりたくないなあ。

 

「……まるで、きみは他人事だな?」

「まあ、みんな私のためにしてくれたわけで、助かったのは事実ですし。 必要なことでした、重要なのは危機をおさめることです。 そして、やったのはテイラーですしね」

「きみの使い魔だな」

「いえ、彼は私の『パートナー』で、それぞれ独立権のある関係です。 まったく主従関係はないので、互いが互いの行動に責任をとったりはしないんですよ」

「ここ最近で、一番、無責任な言葉を聞いた気がするよ」

 

 マクベス氏は、ため息をついた。

 

 しかし、ため息をつきたいのはこっちの方だ。

正直、私の中でこの人の株は下がり続けている。

 せっかく、協力を申し出てあげたのに、このような危険にさらされるとなると、まったくもって良い気分ではない。

 

「責任ですって? 私は英雄志向の戦士ではありません。 勝手に試練を与えられて喜ぶ性癖もないですし、仲間や己の身を危険にさらすことにも、何かを殺すことに喜びを見出してもいません」

 

 彼らは勘違いしている。

 力を示すことに、誰もが価値感じている、と。

 それは彼らが戦士であるからなのかもしれないが、私は物語の主人公でもヒーローでもない! そんなことで、うやむやに出来ると思うな!

 

「私の果たすべき責任は、仲間たちをこれ以上危険にさらさないこと。 それと、不必要に心配をかけないことです」

 

 私なんかのために、彼らはここまでしてくれる。そんな人々を、なぜ火の中に飛び込ませるような危険に、わざわざさらそうと出来るのか。

むしろ、私の方が彼らに出来る限りどんなことだってしよう。

 

 私が強い口調で抗議していると、隣で、申し訳なさそうにアンジェリカはたたずんでいたのが目に入った。目を潤ませて、悲しそうに顔を伏せている。

そうだ、間に入って、私に依頼を繋げたアンジェリカの立場だってないだろう。

私は彼女を恨んだりはしていないけれど、実際に不愉快な思いをしたのは事実なのだ。

 

「そもそも、貴方は部下のメンツをつぶしています」

「ふむ?」

 

 マクベス氏は興味深そうに、目を動かした。

 場の空気の圧が増すが、私はまるで気にも留めなかった。

 

「私は、貴方の部下の依頼によって、善意で協力を申し出たのです。 最初に依頼のために私のもとへ来てくれたのは、貴方じゃない。 なのに、その信頼を無にしようとしている。 これを無責任、かつ理不尽と言わずに何と言いましょうか!」

 

 つい口調に怒りがこもった。

 正直、熱くなっているのは自覚しているが、不当な扱いに立ち向かわずにして、何のために生きるというのか。

 

 仮に、これで彼らからの支援が打ち切りになるとしても構わなかった。

 この人生の幼少期ですら、他人の顔色を窺ってきた。これ以上は御免である。

 

 言いたいことは言った。

 なにも後悔はない。思い切り、息を吸い込んでやった。

 

 マクベス氏は口元に手を当てて、そんな私を観察した。

 そして、一人ひとり、その場にいる人間の表情を見ているようだ。

 

 私は、まっすぐとマクベス氏から目をそらさなかった。

 だから、みんながどんな顔をしているかは、知らない。

私が見るべきは、目前のマクベス氏だった。

 マクベス氏は、ふむ、と息を漏らした。

 

「きみは、かなり今、私に対して正直に話をしてくれたようだ」

 

 そして、マクベス氏は髪をかき上げ、姿勢を正す。

 

「だから、私自身もきみへ誠実になろう。 正直、きみの力量は予想の範囲内ではあった。 なぜなら、きみが試練の塔で戦った姿は、教員や関係者に公開されているからだ」

 

 私は絶句した。

 いや、私以外もそうだったろう。

 特に、吉田くんもまた試練に挑戦している。

 

「……それは、私だけですか?」

「いや、参加者全員の公開すら行われてすらいる。 しかし、君についてはより念入りに詳細をくまなく、公開されていた。 だからこそ、人喰い(マンティコア)を撃退した一部始終は、広く知れ渡っている」

「第2級秘匿魔術の使い手であるのに……ですか」

「そうだ。 公開された際にも、君の秘匿魔術内容には興味が集まった。 その魔術の内容はもちろん伝えられないわけだが、その一端はすでに見ていた」

「ずいぶんと不公正(アンフェア)ですね」

「私もそう思う。 だが、警邏騎士団としては非常に興味がそそられる内容だった」

 

 試練の塔への挑戦は、私の情報流出を意味していた。

 ある程度は危惧していたが、思った以上の範囲で、私に注目が集まっている。

 この状況を、うまく私は処理できなかった。これをどう捉えたらいい。

 

 はっきり言って、混乱していた。

 

「きみの戦いぶりは……気を悪くしたらすまない。 まさに、獣のようであったよ。 それも獰猛で理性のない、いつ暴走してもおかしくないような危険な存在も見えた」

「……それは、そうでしょうね。 力を使いすぎれば、理性を容易く持ってかれます」

「命の危機へのストレスに弱いのは、今回の戦いぶりからも見て取れた。 怒りの感情が徐々に沸き起こっているのが見えた。 おそらくこのままいけば、同様の暴走が発生しただろう」

「それが見たかったと?」

「誤解はしないでほしい。 戦力が見たかったのももちろんある。 それは嘘ではない。 だが、きみ自身の安全性を確認したかった、必要なら『ハーメルン』は封印するべきだと考えた」

「余計なお世話です」

「……言い訳を許してくれるなら、今回の戦いで追い込まれてもなお、己を失わずに済むのなら、その力を制御するための鍛錬に協力しようとも思った」

 

 それは……私にとっても望ましいことだった。

 感情の暴走を抑え、記憶を失わずに済むのなら、それに越したことはない。

 

「そして、必要なら……ええと、オグナレスさんでしたか? 狙撃手に私の救援をさせるつもりだったんですね?」

「その通り。 彼は、騎士団の中でも特に優秀な狙撃手で、遠距離から確実にグールを仕留められるほどの戦力だった。 それは保証しよう」

「私の命はあくまで安全が確保されていた。 その上での実験だった、と?」

「実験。 ああ、そうだな、実験といえるだろう」

 

 そこで、ファルグリンと吉田くんが激高した。

 とうとう抑えられなくなったのだ。

 

「そんな勝手な話があるものか!」

「そうだぜっ、もしかしたら怪我したり死んじゃうかもしれないだろ!」

 

 私は、みんなを手を挙げて抑える。

 きっと見えないけど、他の二人も起こってくれてるはずだ。

 

「みんなありがとう、まだ……そう、まずは話を聞いてみよう」

「冷静な対応、有難く思う」

 

 マクベス氏は軽く両目をつむるようにして、礼を述べた。

 

「此度の問題、実はかなり切迫している状況だった。 きみは、いくつかの勢力に狙われており、また『ハーメルン』自体がテロに使われている可能性のある秘術だ」

「いくつかの勢力?」

「学院は、魔術師の規制を緩め、技術や研究を広く進めようとする『自由派』と、それを食い止め、地球(マトリワラル)の環境を守ろうとする『保守派』。 そして、北海道を守護しようとする『辺境伯派』、あとは様々な種族集団の各々思惑がある」

「ちなみに、マクベス氏。 貴方自身はどこの派閥なんです?」

「私は、警邏騎士団として中立を保つつもりだ。 北海道を守護するレギンレイヴ辺境伯とは、札幌を守るという一点で協力関係にあるがね」

「なるほど……それで、狙われると言ってもそこに私が何の役に立つと言うんですかね」

地球(マトリワラル)で力のある魔術師は、希少なのだろう」

 

 そこで、ファルグリンが意見を述べた。

 彼の美しい顔は、険しく眉間にしわが寄っていた。

 

「結局のところ、地球では多くの魔術師は力を制限されている。 門をくぐる時に、制限を受けてしまうようだ。 僕たちエルフも、大規模門をくぐった際に、多くの力を封印されていて全力が出せない」

「……そんなに強いのに?」

 

 私は驚いた。

 ファルグリンの力は、よく知っている。

しかも、今回だってグールの群れを単独で相手していたはずだ。

 

「僕は、まだ子供だったから、ほとんど影響を受けてない。 でも、父たちは、相当な能力の持ち主だったがために、封印の影響を大きく受けた」

「子供は封印の影響を受けづらい?」

「ああ、力が強いほど封印を受ける。 こちらに越境してから、力を伸ばす分には問題ないみたいなんだ。 だから、僕のようにたくさんの子供がこちらに送られている」

 

 マリンカは力なく、笑った。

 

「そう、だから私もこちら側に来ることになったのよ。 今までの魔女マリンカが築き上げてきた力ある土地や財、そのすべてを捨ててね」

 

 彼女は、生徒の中でも数少ない歴代の魔術師の力を受け継ぎ続けた存在だ。

 確実に力を発揮できるであろう才覚を持った子供として、特別に選ばれたのだろう。

 マリンカがどこかまとっている、追い込まれたかのような空気感。その理由の一部が分かったような気がした。

 

「そのー、あれだ? 封印ってのは、絶対受けるものなのかよ。 先生方とかも? ロドキヌス先生とか、すごい強いように感じるんだけど」

 

 吉田くんが、気になったのか疑問を投げかけた。

 

「概ね、教師たちも封印を受けているが、例外はいくつかある。 例えば、大規模門が発生した直後に越境した人間や、イレギュラーな門からの越境は封印を受けずに済む」

「イレギュラー? って、さっきの化け物がでてきたやつ?」

「そうだ、先ほどのグールたちは封印を受けていない」

「まあ、そこそこ強かったもんなあ……」

「だが、イレギュラーな門で強大な存在を連れてくることは難しい。 偶発的なイレギュラーな門は、数は多くともサイズが小さくてね。 僕たち(エルフ)のような強い存在はそうそう通れない」

「そう、それこそが二つ目の問題なのだ」

 

 そこで、再度マクベス氏が会話を遮った。

 

「力のある若い魔術師は、地球(マトリワラル)では希少だ。 だからこそ、権力争いの道具になりかねない。 それがまず一つ」

 

 マクベス氏は、指を一本上げて見せる。

 そして、二本目を上げて見せた。

 

「だが、それ以上に、だ。 今回の『世界変革の時(チェンジ・ザ・ワールド)』によるテロでは、イレギュラーな門を人為的に作り出し、デーモンを召喚した実例が起きてしまった」

「ふむふむ、ようやく理解できたぞ。 余はてっきり、『ハーメルン』にて手軽に戦力を量産できることが問題かと思ったが、そうではないのだな?」

 

 テイラーは、ヒゲをふりふりさせながら胸を張った。

 すべての謎は解けたといわんばかりに。

 

「大方、こういうことであろう? 『ハーメルン』は2点の期待を受けている。 魔術障害者にすら大きな力を与えることから、封印された魔術師たちに元の力を取り戻させることができるやもしれぬ、とな」

 

 なるほど、それが先ほどの話に繋がるのか。

 大人の魔術師たちの多くが、封印されてしまっているのであれば、その力を取り戻す方法を探すのはごくごく自然なことだ。

 

「そして、今回のテロ事件だ。 イレギュラーな門を任意に作り出す方法として、『ハーメルン』が使われたのではないか? だとすると、巨大な人工門を作ることさえできれば、封印されることなく、強力な魔術師を連れて来れるのではないか?」

 

 ふん、とテイラーは鼻を鳴らす。

 獣にすぎない人間どもの考えなどお見通しと言わんばかりに。

 

「大方、そんなところであろう?」

「……ああ、まさに。 その通りだよ、テイラー殿」

 

 いつのまにか、マクベス氏のテイラーへの呼び方が殿付けになってるんだけど。

 え、これ突っ込んだ方がいいやつなのか?

 

「周りくどい話をしおって。 たいしたことではない、我々は陰謀に巻き込まれつつある。身を守る、そのためには警邏騎士団への所属はよい隠れ蓑になる」

 

 マクベス氏は絶句している。

 

「其方は余たちに、こう提案するのであろう? 警邏騎士団に所属してほしい、と。  少なくとも、廿日陽介に関して言えば、それがこの者を守ることにも繋がる、と。 堂々と支援もできるし、成果に見合った褒賞も与えられる、と」

 

 しかし、沈黙。マクベス氏は、二の句を告げなくなっているのだ。

 どうやら歴戦の戦士は、目の前でネズミに偉そうにされる経験がなかったらしい。

 気持ちはわかる、とてつもない違和感に負けそうになっているのだろう。

 

「どうした? これはそういう取引なのであろう?」

 

 テイラーは、私の頭の上まで駆け上がった。

そして、周囲を見渡しながら言い放つ。

 

「なにをしている? 喜べ、お前たち。 我らは試金石に打ち勝ったのだ、予想以上の結果を叩き出して見せたのだよ」

 

 全員が呆けている。

 私たちは、ネズミに鼓舞されているのだ。

 

「余が断言しよう! 此度の働き、見事であったと。 お前たちは、大人たちの思惑を超え、活躍し友を救い、力を示したのだ! 誇れ! その日々の努力は、今まさに一つの果実となったぞ!」

 

 人間とエルフが、ネズミを将か王のように仰いでる。

 歓声は上がらなかったが、わかる。私たちは今、笑みを浮かべている。

 それぞれ求めるもの、与えられた状況は違えど、今は仲間としてネズミに称えられていた。

 

 マクベス氏は、思わず拍手を送った。

 

「ああ、想像以上だった。 ――そうだな、特に陽介くん。 きみの人格。 それに人望というべきか、思った以上に孤独な存在ではないのだと、そう思った。 きみの仲間たちは強く、義に満ち溢れ、そして勇敢だった」

 

 すると、アンジェリカも拍手を送る。

 

「ワタシもデス! ワタシもそう思ったのデス! そして、ごめんなさい。 ワタシが戦わせてしまいマシタ。 でも、すごいとおもったのデス」

 

 普段、こんなものに乗せられる私ではない。

 でも、なんだろう。

 手放しで、素直に褒められる経験をあまりしてこなかった気がする。

 そして、それは悪い気分ではなかった。

 

 ――この日、廿日陽介は、警邏騎士団への入団を決めた。

 テイラーと、そして仲間である吉田純希と共に。

 




私は、仕事やなにかと健康上の問題を抱えており、
なかなか更新が難しい状態にありました。
今現在も、病院へ通院しながら生活している状況です。

しかしながら、根強く読者の方がついてくださっていることは、
私にとって、心強く感じている部分であります。
ブックマーク登録や評価くださっていること、非常に喜びを感じています。

時折、届くメッセージ。感想は非常にうれしいです。
いつも、応援ありがとうございます。

もしよろしければ、Twitterアカウントを用意させていただきました。
ぜひとも、繋がりいただけたらと思いますので、よろしくお願いいたします。
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第36話 騎士としての誇り、魔女の心

 マクベス氏の執務室を出て本部の廊下を歩き始めると、吉田くんはしびれを切らしたかのように騒ぎ出した。

 マリンカ嬢への勧誘を再び始めたのだ。

 

「マリンカー、やっぱりオレの仲間になってくれよ。 一緒にチーム組もうぜ」

 

 これは、決闘競技のチームに入れということだけでなくて、警邏騎士団に入団するメンバーになれと言う意味も含まれているのだろう。

 

 それを聞いて、あからさまに迷惑そうにするマリンカ嬢。

 わざわざ、落ち込んでいた吉田くんを慰めに行ったはずだろうに、面倒見が良いわりにツンツンしている。

まさかこれがツンデレというやつか。

 

 マリンカは、吉田くんの申し出を拒絶した。

 

「少なくとも、警邏騎士団に入るつもりはないわ。 わたしは『孤高の夜啼鳥(ナイチンゲール)』のサークルに入ってるんだもの」

「それが何の問題があるんだよ」

「警邏騎士団は、同じくメジャーサークルである『炎の監視者(ウォッチャー)』の支持母体だもの。 わたしが入るには、立場が良くないわ」

「なんだよそれ! みんなを守るのに、立場もなんもないだろー」

 

 吉田くんは不満そうに、マリンカにそうぼやく。

 だが、私は悲観していなかった。

 

「でも、なにかあったらマリンカに手伝ってほしいな。 それくらい、いいでしょ?」

 

 私がそう言うと、マリンカは迷いを見せた。

 そう、わずかな時間、逡巡したように見えてはいる。

 だが、私には確信があった。答えは最初から決まっているのだと。

 

「そ、そうね……。 あなたたちが助けてほしいって言うなら、手伝うくらいはするかもね」

「そっか! ありがとうな!」

「かも、よ! あくまで、かもだから! 約束はしないわよ!」

「大丈夫だよ、マリンカは優しいからね」

 

 マリンカが顔を真っ赤に染めて、そっぽを向くが照れ隠しなのは明白だ。

 なんだかんだ、彼女は私たちを見捨てられない。

 なんていっても、吉田くんのフォローをしていたくらいだからね。

 

 吉田くんも、返答をもらえて満足そうにしている。

 マリンカのことを疑ってすらいないのだ。

 必ず、なにかあれば助けてくれると信じている。

 

 みんな、素直でいい子ばかりだなー。と思った。

 

 特にマリンカってば、この子、既成事実さえ積み重ねたら、そのままずるずると情に引きずられるタイプに違いない。

将来、悪い男に引っかかったりしないか心配になっちゃうところである。

 

 すると、ククク……、とファルグリンが含み笑いをする。

 

「魔女はなんだかんだ、身内に対しては情に厚い……か」

「なによ、ファルグリン! あなた、わたしに何か文句でもあるの?」

「いや、僕はどうもしないさ。 僕はね」

 

 ファルグリンは、してやったりと言わんばかりにドヤ顔をした。

 美形なので様になっているのが、むかつくところだが、マリンカは一層腹を立てている様子だった。

 

 しかし、あえて相手にせず、ぷいっとファルグリンから思い切り視線を外して見せる。

 やはり、この年齢は女子の方が大人なんだなあ、と思った。

 というか、この二人、仲悪いのか良いのか、いまいちわからない。

 

 歩きながら、何を思ったのか。

マリンカは、自分の長い髪を指先でもてあそび始める。

 やや憂鬱そうな表情だった。

 

「……にしても、色んな見方があるものね」

 

マリンカは私を、流し目で観察する。

どこか悩んでいるようにも見えた。

 

「どうかした? マリンカ」

 

 そんな風にされると、さすがに私も心配になる。

特に裏があるわけではなく、心配になる。本当に裏はない。

 

「いえ……その、ね?」

 

 やや、言おうか言うまいか迷うそぶり。

 

「あなた……さっきマクベスさんに『命の危機へのストレスに弱いのは、今回の戦いぶりからも見て取れた』って言われてたけど、実際そう思う?」

「ええ?」

 

 まさかの私の内面に関する質問だった。

 んー、私は自己分析が得意な方とは言えなかった。いまいち自信がわかない。

 

「……さあ? 自分じゃわからないよ、確かにすっごい苛々したけどね」

「わたしからしてみたら、あなたは己の命を顧みないようにしか見えないんだけど」

「うーん、私は私自身を臆病者だと思ってるけどね。 でも実際、苛々したらどんどん突っ込んじゃってるかもね……」

 

 マリンカは少し考えこんで、ため息をついた。

 

「物の見え方って、思った以上にいろいろあるものね。 知識では知っていたけど、実感はなかったわ。 これが人生経験ってものなのね」

「まあ、人生ってそういうものじゃない? よくわからないけど」

 

 そんな話を私に言われても困る。

 客観的な事実と、主観的な状況や判断はまるで違うものだ。

 私が内心何を考えていたとしても、はたから見てどうなのかは私にはわからない。

 すごい努力しているつもりだけど、みんなかしてみたらサボっているのかもしれない。

 

 ただ、マリンカは普通の子とは違う。それが悩みの理由かもしれないと思った。

代々の魔女から知識やら経験やらを受け継いでいるわけで、実感できている部分とそうじゃない部分がちぐはぐなのかもしれない。

 彼女は、大人びている部分と、幼い部分が非常に混在しているところがあった。

 

 私はマリンカと、見つめ合う。

 何を考えているのか、私にはわからないが、真剣な目だった。

 

 ふと、思う。

マリンカは、いつからこんなに私をまっすぐに見るようになったのだろう?

 

「それより、陽介。 貴方はよかったの? 警邏騎士団に入るってことは、軍人派閥の『炎の監視者(ウォッチャー)』寄りに属することだし、きっと監視もされるわ」

「どこに入ろうが、入るまいが、私は監視されてるよ。 おそらく今も、ね」

 

 それは、たぶん事実だ。

 あの中で聞いた話はすごく納得がいったし、実際、マクベス氏の言う通りなのだろう。

 私は、いろんな人々に狙われている。

 

「貴方、軍人になるつもり? ……きっと似合わないわよ」

「もちろん、そんなつもりはないさ。 私は研究者だもの」

「だとしたら……警邏騎士団に入ること自体、意に反するじゃない。 実力を認められた証明にはなるけど、それって、もう立場としては戦う兵士よ」

「うーん、事態はもっと深刻だと思うんだよ。 君が思うよりも、って意味だけど」

「どういうこと?」

「マクベス氏はああ言っていたけれど……実際のところ、私はテロリスト集団にすらも狙われる可能性あるだろ。 派閥関係の問題だけじゃ、もはやないかもよ」

「え?」

「だって、事件に『ハーメルン』が使われているにしろ、してないにしろ、魔術が使えない人に魔術を使わせることができるのは事実なんだよ。 利用価値あるじゃない。 下手したら、イレギュラーな門を作るのにも使えるかもしれない訳だし、たぶんかなり私の立場は危ういよ」

 

 まともな人間だけが私を狙っているわけじゃないのは、もはや明らかだ。個人でも、集団でも、『ハーメルン』は利用価値があると思われてしまっている。

そうならないための第二秘匿指定だったはずなのに。

 

マクベス氏が、私の『ハーメルン』を封印しようとしたのも理解できる。

私が単に暴走して、記憶を失ったりするからというだけではなく、誰にその能力を悪用されるかわからないからだ。

己を律する力がない人間に、持たせておくには危険すぎる技術だと判断したに違いない。

 

私の『ハーメルン』は、再現可能な技術であって、才能によるものじゃない。だからこそ広く知られてはならない、悪用されるとまずいからこその秘匿なのだ。

 

 しかし、現実にはもうこうなってしまった。

だったら、ある程度、割り切るしかない。

 なぜ、学院が私の情報を軽々しく広めるような真似をしたのか、よくわからないし、実に腹立たしいけれど。

 

「貴方はそこまで考えて、入団を決めたの?」

「んー、まあ、ね」

 

 単純に利益になると思ったのも否定しないし、もっと力が欲しいと思ったのも事実だ。

 でも、それ以前に、私は力を証明し続けなければならない。

 だって、私が活躍している限り、家は生活に困らないんだから。

 

「ほら、ものは考えようだよ。 警邏騎士団って、倒した怪物の分だけお金も入るんだってね。 よかったよ、お金があれば弟や妹も将来、大学に行ったりできるだろ?」

「――っ。 貴方って、本当に……」

「ん? なに?」

 

 マリンカの表情は、怒りに満ちているようにも見えたし、悲しみに満ち溢れているようにも見えた。でも、彼女はそれ以上、言葉を続けなかった。

 

「いいえ、なんでもないわ」

 

 結局、内心を吐露しないまま、マリンカは私に言う。

 

「貴方が悪いんだからね、後悔しても遅いんだから」

「ううんー? よくわからないけれど、わかった?」

 

 なぜか、脅かされた気がする。

 私は彼女に何かしただろうか。

 

 ふっ、とファルグリンが笑う。

 

「そういうところだからな、君は。 いや、本当にそういうところ、だ」

 

 仕方ないなあ、という風体でファルグリンがそう言った。

 しかし、彼も多くは語らないのだ。

 

 吉田君は、よくわかってないようなそぶりで、終始にやにやしている。

 自分が騎士団の一員になったという響きが、もう嬉しくて仕方ないらしい。

 気持ちは、まあ、わからないでもない。男の子ってそういうの好きだからね。

 

 そのまま廊下を歩いていると、前方から金髪の青年が歩いてきた。

 恐らくは、上級生だろう。彼が気安そうに話しかけてくる。

 

「よお、お前が廿日陽介か?」

「……そうだけど、あなたは?」

 

 私を値踏みするように、彼は上から下で観察する。

 にやり、と面白いと言わんばかりに笑って見せた。

 

「俺は、オグナレス。 家名はない。 弓兵(アーチャー)として、警邏騎士団に所属してる。 お前のそうだな……4つ上の先輩ってやつだ」

「つまり、16歳と」

「そういうことだ。 実は、お前のことを塔から監視してたのは俺だ」

 

 私は驚いた。

 塔の上から、救援と監視のため待機していた狙撃手だというのか。

 

「まさか、わざわざそれを言いに?」

「ああ、それもある。 あの戦いぶりと、俺の位置に気付いたことに関心してさ。 お前に興味を持ったって言うのが正しいかな」

 

 そう言うと、彼は手を差し伸べてくる。

 

「お前がリーダーなんだろ?」

「え……?」

「力のある人間を、俺は歓迎する」

 

 思わず、私は手を取り握手をした。

 

「ですが、私はリーダーではないですよ、そういう器の人間とはいいがたい」

「じゃ、誰がお前のチームのリーダーなんだよ」

「……テイラーですかね?」

「テイラー?」

「うちのネズミです」

 

 なぜか、すでに身の回りにテイラーはいなかったが、私はそう答えた。

 すると、彼はやや顔をしかめた。

 

「別に他意はないんだが、俺はネズミが嫌いでね」

「まあ、気持ちはわかりますよ。 そういう人もいるでしょうね」

「だが、念話である程度、話は理解してる。 使い魔が、その判断で人を集めたんだろうけど、その中心となる繋ぎを担ったのはお前だ。 胸を張れよ」

「そう、なんでしょうか……?」

「自分に自信を持て。 常に、その誇りを忘れるな」

「誇り?」

「ああ、お前は警邏騎士団の団員なんだ。 だから、騎士としての誇りを忘れるな。 お前の活躍がいつだって誰かを守ってる、そういうことなんだぜ」

 

 オグナレスは、人懐っこい笑みを浮かべて、私たちを見渡す。

 

「お前らだって同じことだ、誇っていい。 あのグールは人間に化けて人を食う。 あんなのが一匹でも街に出ていったら大変なことになる。 お前らは人命を救ったんだよ」

「オレたちが誰かを救った……?」

 

 吉田くんは目をキラキラさせている。

 改めて言われて、実感し始めているらしい。

 確かに、あんな怪物、一般人どころか普通の軍隊じゃまともに戦えないだろう。

 

「そうさ! 俺たちの世界は、ああいう化け物がうようよいる。 力のない人々は、いつも恐怖に脅かされているんだ。 だから、戦える人間が必要だ」

 

 本当に過酷な世界なんだな、としみじみ思う。

 魔術師としての才能がある人間は、向こう側では本当に重宝されるのだろう。

 戦力としても、研究者としても。

 

「だからさ。 俺から言えんのは、騎士であることに誇りを持て! 殺すために戦うんじゃないんだ、守るために騎士が必要なんだよ。 もし、何かあったら、守りたい誰かを、救わないといけない誰かがいることを思い出すんだ」

「騎士としての誇り……」

 

 アンジェリカも……そのために死ぬつもりなのだろうか。

必要ならば、彼女は死を選ぶと言った。

いつかの日か死ぬことになっても、人間を救う、と。

 

それこそが、騎士の誇りというものなのだろうか。

 

私が思案していると、イグナレスは人差し指を左右に振った。

明るい表情で、おどけるような仕草だった。

 

「これ、全部、先輩騎士からの受け売りな。 でも、いい言葉だったろ?」

「はい!」

 

 吉田くんはいたく気に入ったらしい。

 根が単純でよいことだ。

 でも、そうだな。守りたい誰かを思い出す。それって大事なことかもしれないな。

 私は、いったい……だれを守りたいんだろう。

 

「――守りたい誰かがいた気がする」

 

 私は思わず、そう小声でそうつぶやいてしまった。

 オグナレスが首を傾げる。

 

「今、なにかいったか?」

「いえ。 先輩の言葉、胸にしみましたよ」

「そいつはよかった。 これからよろしく頼むぜ、長い付き合いになるだろうからな。 特に、お前はお嬢のお気に入りだ」

「お嬢?」

「まあ、そのうちわかるって。」

 

 じゃあな、とオグナレスは立ち去っていく。

 なんというか気さくで、裏表を感じさせない人だったな。

 

「なんか、すごい人だったなあ」

 

 警邏騎士団でも有数の狙撃手……なんだったか。

 今のオグナレスさんという人は。

 

「ああいう人がたくさんいるのかもね」

「すごいところに来ちまったなあ……」

 

 そんな会話をする私たちを見て、ファルグリンは肩をすくめる。

 

「まあ、僕には肌が合わない話だね」

「そうだろうけど、ね」

「無力な人間たちは守ってあげてもいいけど、自己犠牲までしてやるつもりもないし」

「なんだよ、ファルリンってば素直じゃねえなあ」

「誰が、ファルリンだ!」

 

 吉田くんのあだ名センスがさく裂した。

 ファルリンすごいな。一文字しか、減ってないぞ。

 

「……なあ、マリンカ」

「なによ、陽介」

「ちょっと気が変わったんだ。 やっぱり、一緒のチームに来てほしい」

「はあっ!?」

「すぐにでも、強くなりたいと思った。 そうしないとって」

「それが、わたしと何の関係があるのよ」

「よくわかった。 私は一人じゃ、強くなれないんだ。 それだけだと全然足りない、チームとしての強さがきっと必要になる。 じゃないとまた私はボロボロになっちゃう」

「……確かに、試練の塔の時とか、すっごく心配したけど」

「だから、私はチームとして、誰かと一緒に戦う強さが欲しい」

 

 あれが、私の限界なんだ。

 きっと、今回、グールたちと戦っても同じことだったと思う。

 あの数を相手に、いつかは限界を迎えて、死ぬかもしれない戦い方をしなければならなかった。

 

でも、それじゃアンジェリカと同じになっちゃう。

 私は、生き残って誰かを守らないといけない。

 忘れてしまったけど、たぶんそのためにたたかっているはずなんだ。

 

「誰かと一緒に戦うなら、私は君と一緒がいい。 私に力を貸してほしいんだ」

「……わ、わたしは。 別にいやってわけじゃないんだけど」

「わかってる、なにかけじめが必要だよね」

 

 私たちは対決を避けてきた。

 彼女は、きっと魔女としては直接戦う選択肢を考えるのは、本当は筋じゃないはずだ。魔女は戦士じゃない。

 だから、本当は私と勝負して競うのは、変な話なんだと思う。

 

 でも、彼女は私と正面からぶつかってきた。勝負したり、言葉をぶつけたり。

 時には、吉田くんへのフォローまでしてくれた。

 

「なあ、マリンカ」

「……なあに?」

「あの時の決闘競技(ディシプリン)さ。 やり直さないか」

 

 あの時の戦い、あれはきっと間違いだった。

 私のあの判断、彼女のあの判断、吉田くんのあの判断。

 きっと、それぞれがそれぞれに間違いだった。

 

 だから、やり直したい。

 

「私は、自分がどうするべきだったのか。 わかったから、君は君で手加減をしないで、許す範囲で全力を出してほしい」

「全力で?」

「そう。 気遣いもなんもなし、君がルールの範囲で本気を出す。 リミッターとやらを使って、ペラフォルンも使っていい」

 

 お互いに全力でぶつかろう。

 そして、その時にどうしたいかを、考えよう。

 たぶん、私はまた彼女にお願いすると思うけど。

 

「もう一度、もう一度だけ……勝負しよう」

 

 マリンカは、またまっすぐに私を見た。

 私も、まっすぐに彼女を見返した。

 気恥ずかしさなんて、そこにはなかった。

 




いつも応援・感想ありがとうございます。

今、空いた時間を使って体を休めながら、創作活動に励んでいます。



皆さんが読んでくださっていることが力になっています。

これからもよろしくお願いいたします。


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第37話 吉田少年 ~己との決闘~

オレ、つまり吉田純希はよく単純なやつと言われる。

考えなしとか、なんかいつもそんな感じの事を言われる。

 

 そんなオレは、試合が始まって真っ先に柱に隠れた。

 

 今回の決闘競技(ディシプリン)は、警邏騎士団に場所を用意してもらった。

 だから、騎士団に参加している連中が、試合を見てたりするらしい。

 

「やったろうじゃねえか。 いずれ大会とか、大舞台には出るんだからな」

 

 ある程度の自由自在にフィールドの状態を、変えられるらしい。

 今回は、柱が立ち並ぶ、遺跡のようないで立ちだった。

 障害物だらけで、身を隠すところがたくさんある。

 

 そして、息を殺した。なるべく魔術探知に引っかからないように、シールドも使わないようにする。完全な無防備だ。

 

 すると、雪のように真っ白な鷹が空へ飛びあがった。

 フィールドを見渡しながら、魔術探知を使っているのだろう。

 

――賢鷹ペラフォルン。

魔女であるマリンカの使い魔、だ。

 

きっと、見つかったらただじゃすまない。

 

オレは、普通の授業でやる摸擬戦(しょうぶ)では、ほとんど負けたことがない。

たぶん、オレは普通考えたら強いんだろう。

でも、そんな自信はいつだって、木っ端みじんってやつだ。

 

 この間、マリンカにも負けたばかりだ。

 ペラフォルンと、マリンカが揃えば、きっと勝ち目はないのはわかってる。

 

 オレは、大型杖(ロッド)を強く握りしめた。

今、唯一、頼りになるオレの大事な相棒だ。

準備時間中に、今回の試合に備えてカスタマイズし直した。

 

 今回の試合は、マリンカも陽介も使い魔あり。

 お互いに本気だ。全身全霊ってやつ、手加減抜き。

 

 オレだけが、使い魔なし。確かに、これは不利なのかもしれねえ。

 

「でも、そうだよ。 オレが望んだ戦いってこういうことだったじゃねえか」

 

 手加減されたくなくて、可哀そうって思われたくなくて、それに不満でチーム組むって決めたんだ。

 

「今度こそ……今度こそ、オレは負けねえ……」

 

 オレは、本気のあいつらを相手にして勝つ!

 こんなところで負けてられない。

 オレは、どんどんもっと強くならないといけない。

 

「オレは……北村翔悟にぜってぇに勝つんだからな」

 

 状況に動きがあった。

 ペラフォルンが、空から絶え間なく光線を撃ちはなった。

 それは、オレが使う『飯綱狩り(ウィールズ・アウト)』を思わせるほどの弾幕。

 

 陽介の位置が、ばれたに違いない。

 

 状況はわからないが、魔術を互いに使っている反応がする。

 障害物をうまく使いながら、攻撃を避け続けているんだと思った。

 

「陽介のやつ、わざと位置をばらしたな」

 

 きっと、オレの位置がばれる前に、わざとペラフォルンに姿を見せたに違いなかった。

 隠れようと思えば、圧倒的にアイツの方が上手だからだ。

 

 オレは、魔術を使った。

 いつもみたいな派手なやつではなく、『自在の弾丸(マジック・バレット)』というオレの思った通りの筋道で、相手にぶち当たる光の玉だ。

 

 柱とかの障害物の影から、影を通って、ペラフォルンにぶち当てる。

 それをいくつも放ちながら、オレはこっそりと移動を続けた。

 

 ペラフォルンは、その攻撃をすべてシールドで弾いていく。

 ペラフォルンの注意がいったんこっちに逸れるが、陽介が飛び上がって、隙あれば飛燕の刃を伸ばして斬ろうとけん制していく。

 

 それに対して、近づけさせまいと再び、弾幕を張るペラフォルン。だが、ペラフォルンの攻撃は、ほとんど当たったりしなかったみたいだ。

 

 陽介は、足音を立てることなく、かなりの速さで動き回ることもできる。

 そうやって正体を現したり、隠れたりしながら、色んな場所を動き回っているみたいだった。本当にネズミみたいなやつだ。

 

でも、鷹とネズミじゃ、どう考えても鷹の方が強いだろう。

ほっといたら、陽介のやつも勝てないに違いない。

 

 ペラフォルンが、『爆炎の槍』を攻撃に織り交ぜ始めた。

 障害物を吹き飛ばしながら、陽介の逃げ場を減らすつもりのようだった。

 

「これは……長くは持たねえだろうな」

 

 ペラフォルンの魔力力がどれくらいかはわからないが、魔力切れを待つなんて、そんな悠長なことはできねえのはわかる。

 

 オレは時折、魔術探知を起動しながら様子を伺いつつ。

 ペラフォルンに嫌がらせの攻撃をし続けた。何度も何度も、『自在の弾丸』で光の玉を作り出し、相手にぶつけていく。

 

 繰り返し、繰り返し。

 ペラフォルンは、こちらを気にするようだったが、結局はシールドで防げる攻撃でしかない。徐々に注意は、陽介に向いて行った。

 

全ての攻撃がシールドに難なく弾かれる。

 

だが、そのうちの一つがぶつかった瞬間だった。

突然、ペラフォルンが爆発に巻き込まれた!

 

「へへ……、これはちったぁ効くだろ?」

 

 オレの合成魔術が、火を噴いた瞬間だった。

 爆裂魔術の『爆炎の槍』と『自在の弾丸』を合成し、『自在の爆炎弾』を作り出したんだ。何度も撃ち出す、普通の弾丸の中に紛れ込ませて、そのうちの一つを破壊力のある爆裂魔術にする。

 

 完全に、不意打ちが決まった!

 さすがのペラフォルンも、爆裂魔術が直撃したらただじゃすまないぜ。

 

 そう、これはすべてオレと陽介の作戦だった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 試合の準備で、1時間の猶予が与えられたとき。

 試合には、乗り気だったオレも、正直悩んでいた。

 どうやったら、勝てるのかって。

 この間、オレに勝ったマリンカに……。そして、陽介に。

 

 陽介とは、勝ったり負けたりだけど、実はアイツだってすごい奴だ。

陽介は自分の事を『持たざる者』という時がある。

アイツは魔術障害持ちで、まともに魔術が使えないからだ。

 

でも、同い年とは思えなくらいに、めちゃくちゃ頭が良くて。

『秘匿魔術』とかに、なるくらいのすごい魔術を考えたらしい。

よくわからないけど、大人でもそうそう出来ることじゃないみたいだ。

そんなこと、クラスの誰も言ってなかった(みんな難しくて、よくわかんなかったに違いない)

 

その上、剣術も出来て、殴る蹴るの喧嘩も強い。

あれだけ、弱い弱いと、『出来損ないの魔術師』なんて言われていたけど、魔術の撃ち合いじゃなくて、喧嘩だったらほとんど誰も勝てないはずだ。

 

 だけど、そんな陽介はオレに言ってくれる。

 

「勝負して分かった。 君はたくさん頑張ってる、すごい強いよ」

「いつだって君は一生懸命だし、努力の人だと思ってるよ」

 

 アイツは、オレをちゃんと見てくれる。

 オレを、『可哀そう』とか言った翔悟のやつとは違ってな。

 

 ただ、オレだってアイツの事はちゃんと見てんだ。

 

アイツは、まったく諦めてないんだ。

すげー奴だよ、魔術がまともに使えないからって、戦うことを諦めたことなんかない。

その気になれば、誰だってわかるはずだ。

アイツが、どれだけ剣術の練習をしているのか。

どれだけ常に自分より、強い相手に挑み続けているのか。

 

アイツは変わってて、いっつも飄々とした態度だ。そのくせにまじめで、勉強も戦いも努力してる。

だから、あんなに頭がいいんだって思う。

 

 そんな陽介や、明らかにオレより強いマリンカと前に戦った時のことを思い出しながら、オレは戦闘用の大型杖(ロッド)を整備していた。

 

「あれ……絶対、あの戦い方は良くなかったよなあ……」

 

 二人まとめて爆発でぶっ飛ばそうなんて、完全になめてかかってた動きだったと思う。

 そんな簡単に勝てる相手じゃねえって、わかってんだろ? オレってばよ。

 オレの中でも、焦りがあったんだと思った。

 

 自分の力を早く示したかったんだ。

でも、考えてみりゃ、オレは陽介との最初の試合もそうだった。

焦って、アイツを嘗めてかかって、ぼこぼこにされちまったんだ。

 

「だから、今度はぜってぇ負けねえ」

 

 この大型杖も使い続けて、けっこう長い気がする。

 立派なオレの相棒だ。陽介が髭なしナールとかいう、ドワーフを紹介してくれたおかげでますます使いやすくなってきている。

 

「セットする魔術は、これとこれだ。 そんで……これは……どうするかな」

 

 作戦がうまく浮かばない。

 そういうのは苦手なんだ。

 考えるより、体を動かす方が全然楽しいし、楽だ。

 

 できれば、こういうことは考えねえで、目の前のことに集中したい。

 頭がまとまらなくなる。

 

「……これは、オレ、逃げてんのかな。自分の苦手ってやつから」

 

 思わず、口からそんな弱音がこぼれる。

 

「そうは思わないよ」

 

 ぱっと、顔を向けると陽介だった。

 いつものように、にこにことしていてどこか掴みどころのない感じ。

 だけど、目は常にぎらついてて、しっかりとしているんだ。

 

「私達には、お互いに得意分野や苦手分野がある。 君は、魔術でも『早さ』と『正確さ』はぴか一だ。 いつだって早撃ちには自信がある。 その上、新しい魔術を使いこなすだけのセンスもあって、魔力量も平均以上だ」

「ど、どうしたんだよ。 いきなり……」

「私に出来ないことが、君にはできる。 代わりに、君に出来ないことが私にはできる。 そうだよね?

「ま、まあ。 ……だな、確かにそう思うぜ」

「ああ、私たちはチームだからね。 それでいいんだと思うよ、互いを補っていける」

「でも、今回はお互い敵の摸擬戦(しょうぶ)なんだろ? そうはいかないぜ」

「そんなことはないさ。 実際のところ、今回の戦い。 圧倒的に有利なのは、マリンカだ」

「あー、そりゃそうだろうけどよ」

 

 賢鷹ペラフォルンだったか、あれはすごい使い魔らしい。

 制限があるんだとしても、実質的に、向こうだけ魔術師が二人チームみたいなもんだ。

 

「と、なれば、だ。 普通に戦えば、私たちに勝ち目はない」

「んー、一応、お前も使い魔いるじゃん」

「私のテイラーも使い魔ではあるが、直接的な戦闘力はないからね。 仮に戦えても、魔力量は生命力に比例する。 ただの(・・・)ネズミには限界があるだろ」

「おう、そうだな。 結局、向こうだけ、二人チームなのはずりいな」

「そこで、提案があるんだ。 私の話、聞いてみる気はないかい?」

 

 オレは首をかしげる。

 

「なんだよ、作戦ってことか?」

「そうだよ、今回の戦い。 私がおとりになる」

「……なんだよ、それ。 オマエが不利じゃん」

「ああ、君が協力してくれなかったら、そうだね」

「そうだねじゃねえよ。 もし、オレが裏切ったらどうんすんだよ、負けちまうぞ!」

「なんだよ、純希。 君は、私を裏切らないだろ?」

「オマエ、オレの名前!」

 

 陽介が、初めてオレの名前を呼んだ。

 そして、協力してくれって、自分がおとりになるからって、頼みに来た。

 

「で? どうするの? ……やるのか、やらないのか」

 

 オレはにやり、と笑う。

 自然と口元がにやついてきた。オレは歯をむき出しにしながら笑ったんだ。

 

「これで、やらないって言ったら……男じゃねえよな!」

「じゃ、決まりだ」

 

 オレたちは、こぶしを互いに突き合せた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 爆発に巻き込まれたペラフォルン。

それに対して、陽介は追い打ちをかけようと飛び掛かった。

 爆煙が晴れるまえから、ペラフォルンがまだ無事だと確信しているようだった。

 

 完全にここで仕留めようとしたに違いなかった。

 だけど、そうはいかなかった。そこにマリンカが割り込んだ。

 光り輝く鳥を数羽飛ばして、陽介にぶつけようとする。

 それを陽介は、次々に斬り飛ばし、空中を蹴りながら方向転換。

 

マリンカはサーベル抜刀し、陽介と切り結んだ。互いにぶつかった剣から火花が散る。

 

「待ってたよ、マリンカ。 君が出てくるのをね」

「あら、お待たせして悪かったわね。 お茶代はわたしのおごりかしら」

「いいさ、女性を待つのは紳士の仕事だろ?」

 

 マリンカは剣術で接近しながら、光り輝く鳥を2羽召喚。

 その鳥たちが、光線を飛ばし、陽介の隙をつこうとする。

 なんとか、陽介は避け続けるが、苦悶の表情を浮かべた。

 

「これはキツいね。 自立行動する攻撃召喚魔術だって……?」

「魔女の名を、甘く見ないでもらえる? これこそが本当の私の『妖精の匣(ピクシーボックス)』の使い方よ」

「つくづく規格外だな!」

 

 マリンカと陽介は、一対一で戦っている。明らかに陽介が不利だった。

 ということは、こっちの相手は……。

 

 『爆炎の槍』の魔術。炎で形作られた槍が3本がオレの周辺に目掛けて、放たれる。

 オレはとっさにシールドで防ぎながら、物陰を移動した。

柱を破壊し、物陰となる岩を砕く。障害物を一掃。

 

「なるほど、そこだね?」

 

 すかさず、オレに向けて、いくつもの光線が殺到。

正確で鋭い攻撃。シールドで弾きながら、次の物陰に隠れる。

……何度も防ぎ続けてたたら、そのうち魔力切れで削りきられるぞ。

 

 コイツ、オレ以上に『早く』て『正確』な魔術が使えるってわけだ。

 自分の長所を明らかに、こう、超えて来られるとどうしようもねえな。

 

「フム、先ほどのは称賛に値するぞ。 なかなか面白い手を使うではないか……少年よ」

 

 純白の鷹は、翼を広げながら空に君臨していた。

 まるで、自分が王様みたいに威厳をだして、語り掛けてきやがった。

 

「今さら、鷹がしゃべったからって驚きはしないけどよ。 なんだよ、全然無事なのかよ」

「いや、私とてダメージは受けている。 あいにく致命的ではなかったというだけだよ」

 

 となると、オレが爆裂魔術を直撃させたとしても、単発ではペラフォルンのシールドをぶち抜き切れないってことだった。

 少なくとも、数発以上は当てないといけないらしい。

 

「少年、君の相手はこの私が務めよう」

「くそ、オレの場所もしっかりばれちまったみたいだな」

「元より。 今までの攻撃から、君の位置はおおよそ掴んでいた」

「まあ、いずれはばれると思ってたけどな」

 

 オレは大型杖(ロッド)を握りなおす。

 これから起きるのは、魔術の撃ち合いだ。

 どうしたらいい? どうしたら、オレは戦える。

 

「そもそも潜んでいたマリンカは、何もしていなかったわけではない。 裏から君を捜索していたのだよ」

「二人がかりで、オレを見つけ出そうとしてたってわけか」

「もう少し、君が仕掛けてくるのが遅ければ、ばっさりと脱落していただろうね。 良いタイミング・判断だったと言わざるを得ない」

 

 つまり、オレは泳がされてたってわけだ。

 だけど、オレが合成魔術を使えるって思ってなかったから、引っかかってくれたわけだ。

 

「絶体絶命ってやつだな……」

「観念するのかね、少年」

「いや、ワクワクしてきたぜ。 ようやく、オレはこういう戦いができるくらいに、駆け上がってきたってことなんだなって、実感できたぜ」

「勇ましいことだ。 確かに『騎士団』は少年に合っているのだろう」

 

 そう言うと、ペラフォルンは『爆炎の槍』を再度、複数準備し始める。

 炎の塊が宙に5つ浮かんでいた。

 

「おいおい、その数……マジかよ」

「しかし、残念なことに少年よ。 制限されているとはいえ、今の私と戦うには、あと数年早い……」

「そう言われて、諦めると思うかよ?」

 

 純白の翼をペラフォルンは、羽ばたかせる。

 その表情は目を細め、口を大きく開き、どこか笑みを思わせるものだった。

 

 ――オレはのちに知る。

 

「思わないからこそ、全力で叩きつぶすのだよ」

 

 笑みとは、自然界において威嚇を現す、攻撃的な表情なのだと。

 圧倒的に不利な戦いが幕を開けた。

 




いつも応援・感想ありがとうございます。

久しぶりに、吉田くん視点で作品を描いてみました。
やはり、主人公以外からの視点というのは、なかなか新鮮味がありますね。

今後とも応援よろしくお願いたします。


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第38話 欠陥魔術師の決闘作法

まさか、女の子と二度もガチンコバトルすることになるとは思わなかった。

 嘘である。本当は、2度目の戦いは予見していた。

 全て予定通りである。

 

 にしても、純希くんは十分に役割を果たしてくれた。

 残念ながら、賢鷹ペラフォルンを削りきることは出来なかったが、ある程度のダメージを与えることができたし、マリンカを戦場に引っ張り出すこともできた。

 

 最悪のシナリオは、ペラフォルンが圧倒的な火力で私たちを圧倒。その合間に、マリンカが裏で暗躍し、一人ひとり落とされることである。

 

「少なくとも、私が想定する限り、最悪は避けられたわけだ」

 

 だが、純希君の方からは爆裂魔術による爆音が鳴り響いてくる。

 それもいくつもの、だ。圧倒的に不利な状況なのが伝わってくる。

 ペラフォルンを一対一で相手にして、勝てるはずがない。

 

 正直言えば、焦りはある。

 だけど、それをマリンカに見せる訳にはいかなかった。

 

背に翼を生やしたマリンカは、空から射撃魔術を斉射。連なった光弾が迫りくる。

それをテイラーがシールドで弾く。彼は、魔導器(セレクター)への適正がそれなりにあり、シールドなどの基本的な魔術であれば発動可能だった。

 

 魔力量は少なく、頼りにするには心もとないが、それは仕方がない。

 

マリンカは射撃魔術で威嚇した後、高速で接近。

2羽の輝く小鳥と連携して、サーベルを振りぬいてくる。

 

 にしても空中で自由自在に機動を取ってくるのは、今までにない敵であり、非常に戦いにくい相手だった。今までの経験が通用しにくい。

 

 かつ、彼女は『自在の弾丸(マジック・バレット)』といった射撃魔術も活用してくる。距離が離れれば、魔術射手(キャスター)として戦ってくるのだ。

 

「接近戦、射撃戦の双方が可能なオールラウンダー。 かつ、召喚術で数の差をも作り出せるわけか……。 手強いね」

「その割には、余裕そうじゃない!」

「まあ、ね」

「気に入らないわ! その態度!」

 

 マリンカ自身が突撃して、サーベルを振るう。

 小鳥との連携を警戒して、避けようとすると、サーベルから魔力が射出されて刃が飛んできた。

 

「良い不意打ちだね」

 

 私は突きを放つ。

刃を伸縮させ、魔力の刃を粉砕し、そのまま飛んでいた小鳥を串刺しにし破壊した。

相手の攻撃をつぶしながら、手数を減らす一手。

 

残りの一羽の小鳥も、返す刃で撃墜。

突きからの変形斬撃。私の得意技の1つだった。

 

 マリンカは驚愕を隠し切れないようだった。

 飛ぶ斬撃は、隠し玉だったのだろう。私の不意を打てたと思ったはずだ。にも関わらず、攻撃は防がれ、次から次に小鳥が撃墜されていく。

 彼女は、動揺しながらも、改めて輝く小鳥を召喚しなおす。

 

テイラーが、キュキュキュキュと独特な含み笑いをする。

 

「正直なところ、マリンカの手の内は読めている」

 

 テイラーの声は聞こえていないだろうが、どこかマリンカの声は震えていた。

 自信のあった攻撃パターンを防ぎ切られたのは、メンタルに来るはずだ。

 

「……よく今のをさばき切ったわね」

「君は前回の決闘でも、使った近接武器は斬撃を飛ばす剣だった」

 

つまり、マリンカはあのタイプの武器に慣れていると、私とテイラーは判断した。

私たちに合わせて、日本製の武器に変えてたとは言っても、簡単に使いこなすには訓練が必要なはずだからだ。

 

「使い慣れない武器にしては、それなりにパターンに対応できてたからね。 つまり彼女が使う剣も、同じ特性を秘めている可能性が高い……」

「あの無様に倒れてる時間も、わたしの動きを分析してたってわけね」

「ああ、そうだよ。 あの時の戦いは、私にとって布石でしかない」

 

 マリンカが怒気を放ち、私を威圧してくる。

 

「そんな目で見ないでよ、怖いったら仕方ないさ」

「よく言うわね!」

 

 小鳥と合わせて一斉に、射撃魔術を放ち始める。

 それなら、私は機動力と隠密能力を生かして、隠れて走り回るだけだ。

 同じ状況を繰り返すなら、消耗するのは彼女の魔力の方だろう。

 

 だが、魔術を扱う実力は明らかに彼女が上だ。

 使える手札の枚数も、戦える時間も、圧倒的に向こうが有利である。

 それを冷静に判断されると困るので、私は彼女を煽り倒して、ガンガンイラつかせてやろうと思う。

 

「いやあ、君はすごいね。 剣術もできるし、射撃魔術もできる。 その上、召喚まで使ってくるなんて思わなかった。 これぞ本当の才女だね」

「思ってもいないことを!」

「いやいや、本気で感心しているのさ。 ここまで出来る人なんていないって」

「ずいぶんと、よく口が回るわね。 私を馬鹿にしてるんでしょ」

「いや、違う。 油断してないからこそさ。 普通に戦ったら、勝てないだろうさ」

 

マリンカの剣術自体は、そこまで脅威じゃない。

あの輝く小鳥の攻撃と、連携を取ってくるから討ち取れないものの、攻撃を防ぐ分には苦労しなかった。おかげで状況は拮抗していると言ってもいい。

彼女の剣術は、どちらかと言えば防御のための護身剣術だ。

 

それも当然と言えるだろう。歴代魔女マリンカの経験が積みあがっているとはいえ、彼女は戦士じゃない。

魔女は本来戦いのために、生きているのではない。その道を探求する研究者だ。

それにマリンカ自身、剣術訓練も十分になされているわけではないのだろう。

 

 剣術勝負だけなら、私が勝る。

 だから、何の仕込みもないのなら、突撃してくる方が対応はしやすい。

 

だが、まるで仕留め切れない。

そんな隙が一切ない。

 

 飛燕で刃を伸縮させて、一撃を叩き込む。

 しかし、すぐにサーベルでいなされる。シールドよりも、魔力が込められた剣の方がより堅固だ。まるで打ち崩せない。

 

 連撃を叩き込もうにも、輝く小鳥たちが応戦してくる。

 私が、連撃を打ち込むには、小鳥をすべて排除したうえで追い込まないといけないが、それはマリンカもわかっている。

 

魔力をまとわせたサーベルでああも、的確に防御をされては攻めあぐねる。なにか、決め手が必要だった。

 

「吉田に、合成魔術を仕込んだのは貴方かしら? 陽介!」

「いいや、あれは彼の努力のたまものさ。 強いて言うなら、ロドキヌス師との鍛錬だね」

 

 指導教官たるロドキヌス師との訓練は継続している。

 私も強くなっているが、純希くんも努力しどんどん実力を伸ばしていたのだった。

 

「私にはまともに魔術が使えないんだ。 純希くんに魔術を教えられるわけないだろ」

「あら、いつから名前呼びになったのかしらね!」

 

 刃を交えると、左右から挟み込むように輝く小鳥が光線を放ってくる。

 2羽の小鳥は、マリンカと連携して私を追い込もうとしていた。

 これじゃ、実質3対1といったところかな。

 

 だけど、その輝く小鳥にも弱点がないわけじゃない。

 

 私は、マリンカに一太刀狙うと見せかけて、刃の形状をさらに変化。

 小鳥のうち一羽を、真っ二つに切り裂いた。その隙をついて、マリンカが追撃してくるが、『兎跳び』を発動させて、一気にその連携の間を駆け抜ける。

 

「そうだ。 そちらの包囲網が薄いぞ、陽介! 有利な位置取りで、相手の連携を崩せ!」

 

 テイラーが私に語り掛けてくる声に、耳を傾けながら私は攻撃をさばいた。

 

 私の身体能力は、ずいぶんとネズミ寄りになってきている。

 動体視力、とっさの判断。その機敏な動きはそう簡単に追いつけるものじゃない。

 それに加えて、テイラーの状況把握と指揮。

 簡単につかまるはずはなかった。

 

「その小鳥、ずいぶんと厄介だけど。 耐久力は低いね、剣でなら簡単に落とせる」

「ふざけないで! 飛ぶ鳥を落とす剣技なんて、想定外すぎるでしょ!」

「そして、エネルギー量に限界があるみたいだね」

 

 もう一羽いた小鳥は、輝く残滓を残し、突然消失した。

 魔力を使い切ったのだ。

 

 そこで一気に叩きこみを掛けようとするが、マリンカはいくつも光弾を射出しながら距離を取る。回避しながらでは、連撃に移れない。

 巧みに、攻撃の起点がずらされ、追いすがることができない。

 

「……召喚される小鳥は、最初に召喚される時に、与えられた魔力しか使えない。 それが弱点だ、時間経過か魔術の使いすぎでいずれは消えてなくなる!」

 

 本来なら、そこを狙えばいいのだが、彼女自身その弱点は把握している。

 

「そんなもの、いくらでも作り出せばいいのよ!」

 

 マリンカは、再度、2羽の輝く小鳥を召喚する。

 私に光線を放ちながら、左右に分かれて接近してくる。

 

 左右からの攻撃なんて、これ、私一人だったら、絶対に処理しきれなかったな。

 情報処理能力がすぐに限界になるなんて、目に見えている。

 

「いくらでも作り出す? そんなことは不可能だろ、君の魔力量にだって限界がある」

「そんなもの、貴方の限界の方が早いわよ。 魔力量に差があるんだからね」

「射撃魔術も召喚魔術も、明らかに接近戦するより消費が激しそうだけどねえ」

「今、貴方に心配されるいわれはないわ!」

 

 正直、私も余裕がない。

 このままだと、削りきられるのは私だ。

 彼女がもう少し冷静になったり、私の知らない手札を出してくれば、いつ負けてもおかしくない。

 

 だけど、そう思わせてはいけなかった。

 少しでも、時間を稼ぐ必要があった。

 

 遠くから声が聞こえる。

 純希君の声だ。

 

「オレは、早撃ちで負けたことがねえんだよ!」

 

 たくさんの光弾がまき散らされる。

 そのいくつかは、私たちの周囲にも飛んできた。

 

 そのどれもが、ペラフォルンに当たることもない。

 

「あっちは勝負が決まりそうね、陽介?」

「……それはどうかな?」

 

 光弾が付近の地面に、着弾していく。

 その途端、煙が噴出。辺りに充満していく。

 

「これは!?」

 

 マリンカは周囲を見渡す。

 自立式の輝く小鳥も、標的を見失った。

 そして、彼女自身たちも、煙に包まれていく。

 

 純希くんの合成魔術、『煙使い』と『自在の弾丸』の合わせ技。『自在の煙幕弾』だ。

 彼との作戦、2つ目だった。

 

 『煙使い』によって生み出された煙は、魔術探知をも阻害する。

 マリンカはもはや、私の位置を把握することなんてできない。

 

「わたしをここで仕留める気ね……。 来るなら来なさい!」

 

 私は『兎跳び』と『姿隠し』を同時起動し、姿を透明にしながら一気に宙を駆け抜ける。

 音で周囲の状況を判断、ネズミは超音波を聞き取れるほどの五感の鋭さを持つ。

 

(そうだ、敵は向こうにいるぞ)

 

 テイラーとの念話で、情報を把握。

 この状況下ですべてを把握できるのは、私達だけだ。

 

一方、ペラフォルンは羽ばたきを利用し、煙を吹き飛ばしたようだ。

 

「こしゃくな仕掛けだな、少年。 だが、それは私には通用せんぞ!」

 

 そう言いながら、純希くんに向かって警戒を怠らない。

 いつ、不意に射撃魔術が飛んできても、防ぎきる自信があっただろう。

 

「――だからこそ、引っかかるんだよなあ」

 

 私は刃を振るう。

 空を舞い回転。すべての力を持って振りぬいた。

 

「何っ!?」

 

 真っ二つになる純白の賢鷹ペラフォルン。

 最強の敵が、輝きと共に散る。

 

「私の狙いは、最初から君の方だよ。 ペラフォルン!」

 

 すかさず、マリンカが私に向かって一斉射撃。

 読んでいたために、宙を蹴り回避。しかし、避けきれない。

かなりダメージを負い削られていく。

 

 煙から、現れた翼を生やしたマリンカ。

 私は、刃を振りかざし斬ろうする。

 

 だが、斬撃が、彼女をとらえた瞬間、残像がブレた。

 召喚した妖精を変化させた『デコイ』だ。

 彼女は、偽物の分身を作り出したのだ。

 

「前と同じ手か……」

「そうよ。 でも、引っかかったわね」

 

 私は彼女のサーベルで斬られていた。

 マリンカもまた、姿隠しで私の背後を付けていたのである。

 背後からの奇襲に対応しきれなかった私は、その一撃をまともに受けた。

 

「そして、結末も同じ。 わたしの剣で落ちるのよ」

「まあ、それは構わないのだけど」

「……なんですって?」

 

 私の体から、力が抜けて落下していく。

 だが、今、私の肩にテイラーはいなかった。

 

 ――では、どこにいるのか?

 

「今だ、純希くん! 私たちごと吹きとばせっ!」

「おうよ!」

 

 煙の中から現れた純希君。

その肩には、テイラーがいた。

 彼が叫ぶ。

 

「今だ、純希! 撃ち抜け!」

 

 焦るマリンカ。

 

「させないわ!」

 

 1羽の小鳥が光線を放ち、純希君を止めようとする。

 だが、テイラーが全力でシールドによる防御。攻撃をはじいた。

 

 純希くんだけなら、攻撃は当てられないかもしれない。

 マリンカからの、攻撃も防げなかったかもしれない。

 テイラーが揃ってこそ、この煙だらけの戦場で、純希くんは力を発揮できた。

 

「食らいやがれ!」

 

 『飯綱狩り(ウィールズアウト)』による一斉射撃。

 何十という光線が殺到し、輝く小鳥ごと、マリンカを射抜く。

 それをマリンカはシールドで防いでいく。

 

「くっ、こんな攻撃でっ!」

 

 私は最後の力を振り絞り、左手にはめられた金色の小手を発動。

 髭なしナールから、受け取った『死者の手(デッドハンド)』の魔導器だ。

 

 殺傷能力はなく射程も短い。特殊な電撃を撃ち出すだけの装置だ。

 ただ、脳に直接作用し、ひたすらに相手に痛みと恐怖を与える効果しかない。

 私は左手をマリンカに向け、電撃を打ち出した。

 

「きゃぁあああああああっ!」

 

 突然の予期しない刺激に、マリンカは絶叫する。

 それを最後に、私は完全に力を失う。

 

 そこに『爆炎の槍』が着弾した。

 爆音。マリンカと私は、そのまま爆炎に包まれたのだ。

 

 正確無比、隙を見逃さない早撃ち。

 

「オレの早撃ちは誰にも負けねえんだぜ……」

 

 フィールドの煙が晴れていく。

 ……最後に立っていたのは、ボロボロになった少年。

 吉田純希くんだけだった。

 




いつも感想・評価ありがとうございます!

頭脳戦とは、なかなか難しいですね。
頑張って書いたので、楽しんで読んでくれたなら嬉しいです。

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励みになりますのでよろしくお願いいたします。

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第39話 勝利の美酒ならぬお茶

  人生には汗水を流して、全力を尽くす時間が必要だ。

 だけど、同級生の女の子と斬り合いをすることは、人生に必要だっただろうか。

 必要だと言う大人には、ちょっとなりたくない気もした。

 

「いずれにせよ、さすがに疲れた。 しばらく動きたくない……」

 

 私は袖で額をぬぐいながら、ベンチに座り込んだ。

 

 遠目に吉田くん、もとい、純希くんを眺める。

 彼は、警邏騎士団のメンバーにもみくちゃにされていた。

 なんなら、先輩方に部隊(チーム)にスカウトされてすらいる。

 

「まあ、正直、あれだけ戦えていれば引く手あまただよなあ」

 

 純希くんも、あれだ。春に2年生に上がったばかり、年齢で言えば11歳。

後ろ盾も、事前の教育もなかったにも関わらず、あれだけの射撃魔術をこの若さで使いこなせるとなると、のちのちのエースになることは約束されていると言っても、過言ではない。

その上、試練の塔への挑戦者でもある。

挑戦的な気風や、あの感情に正直な素直なさまは、軍人派閥である『炎の監視者』としても、警邏騎士団としても、好感を抱くような在り方なのだろう。

 

 これは、喜ぶべき光景なのだろうな。

 私がそう思いながら、遠巻きに見ていると、頭にふわっとしたやわらかい布の感触が降りた。

 

「いいの? 彼、スカウトされちゃうわよ」

 

 マリンカが、私の頭にタオルを載せたのだった。

 どこかあきれたような表情である。

 

「……それはそれでいいんじゃないかな」

 

 私が純希くんと部隊を組んだのは、彼が「諦めないから」と思ったけど。

 純希くんの方が、私を離れる可能性もあったんだな、と考えが抜け落ちていたことに気付かされた。

 

「純希くんが、それだけの実力があって、それが彼にとって良い事なら納得するよ」

「……本当に貴方って馬鹿ね」

「納得してないけど、それ、なぜかよく言われるんだよね」

 

 ファルグリンにも、テイラーにも馬鹿って言われるもんな。

 そういえば、テイラーどこ行ったんだろ。

 

「ねえ、陽介。 どうして、あんな戦い方したの?」

「あれ、ちょっと怒ってる?」

「いいから、答えなさいよ」

「……やっぱり、なんか怒ってるな」

 

 ややむすっとした声のマリンカ。

 

「かわいらしさが台無しだよ、マリンカ。 あ、いや、なんでもないです。 だから、そんなに睨まないでってば」

 

 実際のところは、多少むすっとしたからって台無しになるようなレベルじゃないくらい、可愛らしい顔をしていると思っているけど、あまり言うともっと怒られそうなのでやめた。

 

「貴方、あれなの? 自分を犠牲にしないで戦う方法知らないんじゃないの?」

「すごい否定したいところなんだけど、否定出来る根拠を示せないことに気付いたよ。 あれ、私は毎回、ボロボロになってるなあ」

 

 戦うスタイルが、周りが射撃戦に対して、近接戦闘なんだから仕方ない気もするけど。

 なんで、毎回ボロボロなんだろうね。

 

「あー、いや。 私がおとりになるほうが、君を倒せる確実性が高かったからなんだけどさ」

「本当にそれだけ?」

「うーん、まず君が私達にしてほしかったことは、互いに協力することなんだろうなって思った。 それが前回の戦いの反省点だった」

「まあ、それはね。 確かにわたしはそう思ってたわ」

「うん。 決闘競技は、部隊(チーム)で戦う競技だよね」

「ええ、チームワークの技術が絶対に必要になる。 正直、前回の戦いでは勝ち負け自体よりも、やみくもに戦ったことが問題だと思ってたわ」

「だから、それを改善する姿勢を見せたかったんだよ」

「……前回なんて、本気じゃなかったくせに」

「ははっ。 まだ、根にも持ってるね? あ、いや、ごめん。 なんでもするから、そろそろ許してよ」

 

 魔女の恨みは、数百年単位で続くのが伝統らしいけど、マリンカ嬢もその雰囲気はある。

 彼女、絶対されたこと忘れないもん。

 

「だから、互いにおとりになるって、チームメイトを信じなきゃ成立しない作戦だからさ。 成功率の意味でも意味もあるし、やるしかないって思った」

「それだけ?」

「……それ以上に、純希くんに自信を持ってほしかったし、活躍する機会を与えたかった」

「やっぱりそんなこと考えてたのね」

「うん」

 

 最後に、純希くんが一番華々しく戦えるような結果を作りたかった。

 そのために、全力を尽くした。

 これが、本当の狙いだった。

 

「ほら、見てよ」

 

 私たちの視線の先には、まんざらでもなさそうな純希くんが、先輩たちから褒められたり、指導を受けていた。

 素直で感情豊かな後輩と言うのは、好かれやすい。

 

「警邏騎士団はさ。 というか、『炎の監視者』は軍人派閥で、純粋な魔術師家系が必ずしもいるわけではないじゃない?」

「そうね。 上手に魔導器が使えて、戦えれば認めてもらえるわ」

「そう。 調べたら、地球出身の生徒も、サークルに入れたりするみたいじゃないか」

 

 私には合わないけど、『炎の監視者』は地球出身の生徒が目指すには、そう悪い条件じゃないサークルだった。

 実際、歴史的に見て、魔術師家系じゃないけど素養のある子供たちが、魔導器の使い方を学び、戦闘に適性があれば、教えを受けられる場所だった。

 研究者に向かない庶民が、出世を目指すルートとしては有望だったらしい。

 

「純希くんは、活躍できる道が限られてるからさ。 いや、私だって余裕があるわけじゃないけど……」

「だから、犠牲になろうと思ったの? 自己犠牲なんて……」

「いやいや、それだけじゃないって。 本当の理由は別にある」

「本当の理由?」

「あれ、わかんないの?」

 

 マリンカ嬢は、すっかり忘れてるようだ。

 これは、思い出させてあげないとならないね。

 

「マリンカ、思い出してよ、その優秀な記憶力でさ」

「……なにを?」

「前に、君が私に言ったじゃないか。 『わたしは彼は力不足だと思う』ってさ」

 

 マリンカ嬢は、目を見開いた。

 すぐさま彼女の頭脳は過去の会話を、思い浮かべることができたのだろう。

 信じられないようなものを、見るかのように私を見つめながら口を開いた。

 

「そしたら、私は君に何と言ったかな?」

「……貴方は私にこう言ったわね。 『いやいや、今は力がなかったとしても、吉田くんはどんどん努力してくれるはずさ』と」

「あはは、君は信じられないような様子だったけどね。 断固、そんなことするよりも、マリンカは私にどこかのチームに入れてもらう道を探せと言わんばかりだったね」

 

 私は、最高の気分だった。

 その条件を満たした瞬間は、楽しくって仕方なかった。体の痛みも苦しみも感じなくなるくらい、楽しくって仕方なかった。

 

「ねえ、マリンカ。 見ただろ、見たよね」

 

 私は彼女を見る。

 マリンカ嬢は、私から目を離せなかった。

 

「ほら、私は証明して見せたよ」

 

 その瞳に、勝ち誇る私の顔が映っている。

 この瞬間くらいは、調子に乗ることも許されるだろう。

 

「マリンカ、私の勝利条件はね。 君を倒すことなんかじゃなかったんだよ」

 

 今回、絶対に覆してやろうと思ってた。

 私は、本当の意味で勝とうと思った。

 

「純希くんが努力をして、この競技で君に実力を見せつける。 そして、彼が周囲に実力を認められる。 それが、私にとっての勝利条件だった」

 

 どやあ。

 私は胸を張って、勝利宣言をした。

 これ以上ないくらいの勝ちだったと思う。

 

 私があの時の戦いで、するべき判断。その答え。

 純希くんと一緒に部隊を組もうとすることは、間違いなんかじゃない。そう証明する。

 それが、私がするべきことだった。

 そのために全力を尽くした。

 

「貴方って人は……」

 

 マリンカ嬢はうつむく。

その拳が、ふるふると震えている。

 

「……うん?」

「本当に、ばっかじゃないの!」

 

 え、怒られた。

 なんで? げせぬ。

 

「それで、こんなことして……。 吉田が部隊から抜けるって言ったらどうするのよ」

「うーん、考えてなかったんだよね。 どうしようか」

「つくづく馬鹿ね」

「そうなったら、マリンカ、助けてくれる?」

「知らないわよ」

「そっかー」

「やっぱり、貴方もどこかの部隊に入れてもらったら? 可能性あるでしょ」

「それはさすがに無理だね、私の競技の性能はテイラーありきだから。 さすがに使い魔の枠まで、とらせてくれないでしょ」

 

 使い魔もチームメイトの人数に入れるとなると、その分の人数を削らないといけない。

 彼の有用性は、簡単に目に見えるものでもないから、証明することが難しい。

その指揮能力はもちろん、状況判断や計算力を念話で伝えてくれるのは、私にとっては必要だし、シールドとかの支援もないと射撃が防ぎきれない。

 

 でも、それって既存の部隊には、いらないよね。と言うか、指揮官ネズミって、普通はさすがに据えたくないでしょ。

 その上、私がテイラーとの情報やりとりがスムーズなのは、互いに契約があることによる影響もあるし、普段からやり取りしている慣れもある。たぶん、私以外の人間に関しては、テイラーを仲間に入れたところでたかが知れてる。

 

「一つ聞きたいんだけど、貴方のあの戦いの動きって……」

「うん。 実はあれは、テイラーがすべて計算してくれている前提で動いているんだよね。 なんなら、剣の伸縮タイミングや、変形のパターンの選択とかも、私の脳だけだと処理しきれないので、剣技にも影響するから戦力半減どころじゃないかもしれないね」

「じゃあ、わたしの攻撃をあれだけ回避できたのは……」

「テイラーの補助ありきだね」

「……サーベルから飛ばした魔力の刃と小鳥を、同時に落としたのも……」

「もちろん、テイラーの補助ありきだね」

 

 あんなの、普通の人間の脳だけで出来る訳ないじゃん。

 撃ちだされた攻撃を避けられるかも怪しいよ。銃弾を回避するようなものじゃないか、そんな人間がいたら、もうスーパーマンかなんかでしょ。

 なんだよ、鳥を落としながら、弾丸を貫くって。どんな剣技だよ。

 

 と言うかマリンカは、ペラフォルンと別行動それぞれ魔術を使ってるのに、あれだけ戦えてるんだから、やっぱりおかしいんだよ。

 私がおかしいんじゃなくて、マリンカの方がおかしいんだよ。

 

「だから、結論を言うと、私がまともに試合したかったら、テイラーを……ネズミ一匹を部隊人数に含めてもよい人と組まないといけないんだよね」

「……き」

「ん?」

「き、競技に向いてない……」

「ああ、それ言っちゃう?」

 

 それは思わなくもない。

 と言うか、普通の魔術に向いてないのだから、仕方ない。

 

「貴方って本当に、何考えてるのか全然わからないわ」

「よく言われる」

 

 本当に昔からよく言われる。

 たぶん、生前もよく言われていた気がするなあ。

 

「でも、ほら。 男女は、互いに価値観が理解できないって言うし」

「そういう次元じゃない気がするのだけど」

「次元って意味では、私達は出身の世界も違うから」

「それ以上の違いを感じて、仕方がないという話をしているのだけど」

 

 マリンカは、話しても仕方がないというかのように溜息をついた。

 そして、そのまま私の隣に座った。

 

「なんだか、わたし疲れちゃったわ」

「私もだよ、ゆっくり休息したいね」

「もう、休んでるでしょ」

「それもそうだ」

 

 純希くんは、若いだけあって(同い年である)、まだはしゃぎまわっている。

 時々、こちらを見て、手振っているので振り返してあげた。

 

「話は済んだか」

 

 ファルグリンが、そのシミ一つない手を伸ばして、背後からペットボトルのお茶を二本、手渡してきた。

 わざわざ買ってきてくれたらしい。

 

「おや、ファルグリン。 いつもすまないね」

「いつもと言うほど、差し入れしているか?」

「そうでもないけど、エルフが自販機つかいこなしてる事実が面白いから、印象に残りやすい」

「一年以上、一緒に過ごしているんだから、さすがに慣れろ」

「それもそうだ」

 

 もらった片方のお茶を、マリンカに手渡す。

 マリンカは、ちら、とファルグリンを見ながら、小さな声で「ありがと」と礼を言った。

 

 ファルグリンは、ふん、と鼻をならし、席を詰めるように促してくる。

 自信満々な態度が似合うのは、美形の特権である。もちろん、素直に従い、三人横並びになって座った。

 三人並ぶと、ベンチもぎりぎりである。

 

「で、どうだった?」

 

 お茶で喉を潤しながら、私はファルグリンに問うた。

 マリンカは、「何の話?」と言いたげに、不可解そうにしているが、構わずファルグリンは答える。

 

「まず、一般の隊員は、素直に試合を見ていたな。 陽介、お前への評価もそう悪くはないぞ」

「そう? その割にスカウトは来ないけど」

「技術は評価されているが、部隊の一員にするには思わしくない。 前衛は、射撃攻撃を防ぎながら戦うことを望まれているからな」

「ほほう、そいつは厳しいよねえ」

「単独でシールドがとっさに使えないのは、致命的だな。 集中砲火を受けたら、ひとたまりもないからな。 片手で盾型の魔導器を持つ選択肢もあるが、お前の戦闘スタイルとは反する」

「そうね。 動きを変えるにしても、少なくとも今の体格だと無理だね」

「お前の戦闘スタイルだと、一人でエース級を抑える働きが出来ないときついだろうな。 なにせ近接戦闘しかできない」

「うん、論理的にボコボコにしてくれてありがとう」

 

 本当に容赦ねえな、このエルフ。

 少しは気を遣って欲しい。顔がいいからって調子にのるなよ。

 

「ただ、試合ではまだしも、実践での需要なら陽介もありそうだったな。 追加人員として、と言う意味でだけど、2年生にしては戦える人材だと思われているよ」

「それはグールとの戦いを評価されてるってこと?」

「ああ、敷地内での戦闘はすべて記録されているようだ。 侵入者への監視体制があるくらいだしな、もちろん僕の戦いはもっと評価されていたけどね」

「わかった、わかった。 で、他の話を聞きたいね」

 

 私は先を促す。

 一般生徒から、どう思われているかはそれほど重要じゃない。

 ファルグリンが指をふると、辺りの音が静かになった。

 消音魔術を発動させたのだろう、これで会話を周囲から聞き取るのは出来なくなったはずだ。

 

「教員も含め、警邏騎士団の所属ではない人間や、他種族がいたな」

「……おっと。 いや、でも他の用事かもしれないよね」

「そうだといいがな、消音魔術を使われると会話の内容もわからない」

「会話中、消音魔術使うとか、怪しすぎるじゃないですか」

「それ、僕らが言えたことか?」

 

 マリンカ嬢が、ようやく腑に落ちたようだった。

 

「貴方、試合になったのを利用して、周りの様子を調べてたのね」

「そう。 私も、テイラーの手下を使って情報を集めてたけど、確かに妙な連中がいる。 エルフの耳と目でも確かめてもらえたのは助かったけど……」

「ここの設備からすると、僕が見回ってたのはばれてるな」

「結構な監視体制なんだねえ。 やらないほうが良かったか。 いや、今わかってよかったかな……」

「……もしかして、ここで話さないほうが良かったか?」

「いやあ、もう、同じことでしょ……」

 

 子供の魔術師が多少小細工したからって、どうにかなる気がしない。

 なにせ、相手は専門家だ。

 

「正直、魔術で隠匿されている範囲は、僕も誰がいるかはわからないけれど。 鱗の生えた連中は間違いなくいたし、僕と同じエルフもいたな」

「鱗の生えた連中って?」

「レギンレイヴ辺境伯の手の者だろう、彼の眷属だ」

「北海道で一番偉い人じゃないですか……」

「二人とも疑心暗鬼になりすぎ! ここは警邏騎士団の本部なんだから、街を守る施設なんだし、いてもおかしくない種族よ?」

 

 待ったをかけるマリンカ嬢。

 当然、正論ではあるし、それはファルグリンも私もわかってはいる。

 

「でも、マクベス騎士団長の話を前提にすると、みんな怪しく見えてきちゃうんだよね」

「さすがにあの話を聞くと、僕も疑心暗鬼になってくるぞ」

 

 さすがにやるせなくなってきた。

 

「気にしても仕方ないんじゃない?」

 

 マリンカが慰めるように言った。

 

「ここの学院なら、どの種族がいてもおかしくないわよ」

「まあ、そうなんだけど。 裏はとっておきたいじゃない」

「正直、僕たちはマクベス騎士団長を信用してないぞ」

「と言うか、あの人が本当のことを言ってるかも怪しいよね」

「……そんな状態で、よく入団を決めたわね」

「いや、だって。 研究にも訓練にもメリットあるし、立場が宙ぶらりんなのが一番まずいかなって」

 

 実際、怪しいからって話を蹴るのはデメリットしかない。

 そんなことをしてたら、何もできないし。

 

「……陽介。 詳細は全く聞きたくないんだが、お前のハーメルン、どれだけ危なかっしい魔術なんだ? ネズミを使って、計算力を高めてるだけじゃないのか? そんなもの、どこまでいっても、個人の戦闘力を引き上げてるだけだろう?」

「いや、もう、これ以上は聞かないほうがいいよ。 まったくもって」

 

 察してくれ、と言う態度で言うとファルグリンは、その端正な造形をゆがませながら、天を仰いだ。

 

「……つくづく、なんでそんなものを開発したんだ」

「私は魔術使えない状況を、なんとかしたかっただけなんだよ……」

 

 そして、すでに同じ魔術も考案されてるだろうと思ってたし、似たようなものならたくさんあるから、別に問題ないだろうと思ってたんだよ。

 確かに、ちょっといじれば、まずいことになるのは気づいていたけど、そこは伏せれば問題ないと思ってたのに。

 

「せめて、研究結果を提出しなければよかったんじゃないのか? 個人で使う魔術を、秘匿するのは珍しくないぞ」

「そんな風になるとは思わないじゃん、私だって特待生になりたかったんだよ……。 それに研究費ほしかったし……私が使えるレベルまで、実用化するにはお金が必要だったんだよ……」

 

 ファルグリンは頭を抱え、憐れむような目でマリンカが私を見ている。

 やめて、そんな目で見ないで。お金は大事なんだよ。

 

「終わったことは仕方がない。 それで、この後のプランはどうするんだ、陽介」

「うん、前向きに考えよう。 もうすぐ夏休みなわけだが、直前位に『試練の塔』への挑戦禁止期間が明ける。 私は安全に取り組めるよう対策を練りたい」

「あの、いっそ挑戦をやめたらどうなの? 情報集められちゃってるんでしょ」

「確かに一理あるか。 危険なんだし、こだわる必要性もないだろう」

 

 ファルグリンも、マリンカに同意するそぶりを見せる。

 が、私は二人の言葉に、首をふった。

 

「あのね、下手に情報収集の機会を奪ったら、他の方法で収集してくるでしょ。 過激な手段で来る可能性もなくはないでしょ」

「……ほら、護衛を要求するとか」

 

 ファルグリンが、小声で提案してくる。

 が、自信がないのは、明らかだった。

 

「直ちに危険がある証拠もないのに? それに誰なら信用できるの?」

「うーん、こっちの通例で行くと……いっそどこかの派閥に入ってしまって、守ってもらうのが早いと言えば早い気もするわね」

「それって、今の状況とそんなに変わらない気がしない?」

「……まあ、そうね」

「ああ、ようやく僕は理解したぞ。 なんでお前に限ってこんなに問題になるのかと思ったが。 今までの秘匿魔術研究者は、こちらの世界出身だから、派閥や身元がしっかりしていて、権威やルールでしっかりと守られていたんだな」

「遠回しに、私が何も守られてないのを、再確認するのをやめてくれない? あ、やめて。 どこか諦めたかのように遠い目をしないで」

「そっか。 わたしもわかった。 技術や知識が後進の国だと、研究成果も発表者も正しく守られないのね。 ……勉強になったわ、本当に。 前例とか、秘匿主義って大事なのね」

 

 マリンカも、何かを諦めた顔をした。

 その諦めたのって、私の命じゃないよね?

 「未開の地って、大変ね」って、失礼だな! それよりも、その話、気になるんですけど。

 

「……あの、マリンカ。 前例だの、秘匿主義って何の話なの?」

「恐らくだけど地球(マトリワラル)出身者が1年で一般教養おさめて、秘匿指定を受ける魔術を発表するって、こっちだと想定されてないと思うのよね」

「うん? ちなみに、その場合、異世界(ニーダ)だとどうなるのさ」

「国によると思うけど、それぞれのより厳重な研究機関に連れていかれて、簡単には出られないんじゃないかしら。 そこで残りの教育を受けることになるんじゃ?」

「え、街には出られないの?」

「国の情勢次第だけど出られるにしても、こっちだと魔獣対策で、都市自体がそれぞれのやり方で外界から隔離されているから、出入りは徹底的に管理されてるわよ。 だから、そもそも環境が違うと言うか……」

「もはや監禁じゃん」

「だって、秘匿指定ってそういうことだし……」

「ええっ…… 」

「嫌なら、発表しないわよ」

「誰も発表しなくなるじゃん」

「好きなだけ研究できるなら、受け入れる人もたくさんいるでしょ」

 

 ちなみに、私が市外に出る場合には、道の了解を得る必要があることになっているとは、説明を受けていたのだが、実際に許可が下りるのか試したことは一度もなかった。

 え、可能なら時間を巻き戻したいことこの上ない。

 

 いずれにしても、ひとまず、警邏騎士団に所属して、可能な限り支援してくれるというマクベス氏の様子を見ながら、任せてみるというのが現実的なわけで。

 ただ、本当に、私の魔術の情報が洩れてるんだとしたら、それは管理体制に非常に問題があると思うので、どこかにクレームを入れたいところである。

 

 日本政府はなにをしてるんだろう。

 いや、でも、北海道に関しては、トップが異世界出身だからなあ。どこをどうしたらいいのか、さっぱりだ。

 

「とにかく! 警邏騎士団で情報を集めながら、なんとか状況を把握していくしかない。 そのためにも、私は自分自身の有用性を証明して、取引価値を高めていくことで保身と地位向上を図る!」

「それって今までと変わらないわけだが……。 それが現実的か」

 

 そうと決まれば、もう少し鍛えなおそうかな。

 体が冷えてきちゃうし。

 

「さあ、マリンカ。 早速付き合ってよ」

「え? なにに?」

「訓練だよ。 近接戦闘と、射撃魔術を使いこなしてくる相手の対策練りたいし。 軽く手合わせしてよ」

「……それはいいけど、仕方ないわね」

「助かるよ、対魔術師戦の対策だと、頼りになるの君だけだし。 あ、決闘競技仕様じゃなくていいから。 実践に近いやり方で、教えてほしい」

「え、競技のためじゃないの?」

「うん。 単純に自衛のためってのも、あるんだけどさ」

 

 私には、どうしても気になる点があった。

 視線を伸ばす先には、純希くんが魔術弾を操りながら、近接戦闘の組手を先輩たちとしていた。非常に熱心に、取り組んでいる。一見、何の問題もない姿ではあるのだが。

 その周囲に足を止め、鋭い視線で観察している生徒がいる。同じ学年くらいに見える彼らは、まるで、動きを覚えようとしているかのような、そんな真剣な目だ。

 

「純希くん、すごく強くなったじゃない?」

「……そうね、びっくりしたわ」

「それはもちろん、ロドキヌス師の鍛錬もあるんだけどさ」

 

 どうにも気になる点があった。

 私にはなくて、純希くんにはある要素。それが問題だった。

 

「彼が急激に強くなったの、試練の塔に挑戦してからなんだよね」

「――え?」

 

 試練の塔で何があったかは、わからない。

 魔獣と戦うには、専用の戦い方が必要なことは前回分かった。対人を想定した攻撃は、巨大な怪物には全く通用しない。しかし、だ。

 

「理由は教えてくれないんだけど。 試練の塔から戻るたびに、戦闘の精度が上がってるし、熱意も上がってる……だよね」

 

 なぜ、純希くんは対人戦で強くなったのか。

 人間の魔術師を想定した戦いと、魔獣との戦いは全然違うのに。

 

 ファルグリンは、納得したように頷いた。

 

「……なるほど、言われてみれば」

「どうしたの、ファルグリン」

「周囲の様子を見ていて、違和感があったんだが」

 

 ファルグリンは、あごに手を添え。

 なにかを思い返すように、右下へと視線を動かす。

 

「今回の試合を眺めていた中で、試練の塔へ挑んでいる生徒がいたのを幾人か知っているのだが。 試合への見入り方が、どことなく違ったような気がする」

 

 ――やっぱりか。

 マリンカも、危機感を覚えたように私を見た。

 

「陽介。 あなたが試練の塔に挑戦できなかった三か月。 結構、深刻な問題になるかもしれないわ」

 

 私もそんな気がしてならなかった。

 



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第40話 試練の塔 第二の攻略 ~その1

 私は、自身の装備を確認していた。

 愛用の魔導器(セレクター)達。片手剣の改造飛燕である『黒燕(クロツバメ)』、黄金の小手『死者の手(デッドハンド)』、空中を駆け跳ねるための『兎跳び(バニーホップ)』。それにルーンを刻んだナイフや、錬金術の触媒を圧縮した試験管など諸々。

 いざという時の、木製の触媒(つえ)

 そして、身を守るための戦闘防護服(コート)

 

 一つ一つ、最終点検を行っていく。

そんな私の姿を見て、銀髪の少年は顎に手を添えながら、いぶかしむ。

その涼し気な青い瞳を、細めながら私に問いかけた。

 

「ちゃんと主治医には許可をとってあるんだろうね」

 

 私は、はっきりと頷く。

 何も後ろめたいところはない。

 手を止めることもなく、答える。

 

「もちろんですよ、きちんと魔術医師(エイル)の定期診察も受けていましたし」

「隠れて魔術を使っていたり、過度な訓練。 それどころか、戦闘行為を行ったりしているひどい問題児と聞いていたけどね」

「あはは」

「いや、笑ってごまかせないからね」

 

 魔術による医療の発展は、多くの不可能を可能にしてきた。

 地球の医療技術だけでは、魔術による人体への負荷を回復する術はほぼない。強大な魔術は人間の限界を超え、脳を含めた神経を酷使し、時に重大な障害を残す。

 

 とは言え、一般人で有名なのは、人体再生技術や内臓を複製する技術だろう。

 たくさんの不治の病が、異世界からもたらされた医療によって、救われてきた。

一方で、違法な魔術治療を受けた人間が、とんでもない事故や事件を引き起こすことがあるらしく、必ずしも評判が良いわけでもない。

ルールに従わない人間は幾らでもいる。

私にとっては知ったことじゃないけど。

 

「そういえば、ウィスルト先輩は、学園の魔術医師(エイル)にまで顔が利くんですねえ」

「フォルセティと呼んでくれ、と何度も言っているんだけどなあ。 俺は本当に色んなところに顔を出しているからね」

「学園の孫だからですか?」

「それだけが理由ってわけでもないのだけど、ね」

「ふーん。 色々と事情があって、忙しいんですね」

「最近は、まるで話を聞いてくれない後輩が、まったく大人しくしてくれないので、すごい困っているのだけどね」

「確かに、ウィスルト先輩は、なぜか私と話すときは難しい顔してますねえ。 ほかの人には、いつも笑顔じゃないですか。 差別ですよ、それ」

「あれ? さては、まったく反省する気ないな?」

 

 いや、大変、申し訳ないと思っている。

 特に、同室のウィスルト先輩がいる中で、ファルグリンやマリンカとお茶会を開いて、のけ者にしたりとか。

私が、研究資料や機材を運び込んで、生活スペースをどんどん侵食していることに関して、特に申し訳ないと思っている。

 

「また何かやらかす気じゃないだろうね?」

「そんな、まさか。 私ほど、品行方正な人間はいないですよ。 問題なんて、起こそうと思ったこともありません」

 

 わざわざ、トラブルを起こして楽しむような趣味は、私にはないのだ。

 必要なことをして、問題が起きたとしたら、それは仕方ないとは思ってるけども。

 

「……『嘘ではない』と。 君、本気でそれ、言っているよね」

「そりゃそうですよ。 いちいち嘘なんかついてたら、めんどくさいじゃないですか」

「俺は今まで色んな人を見てきたけれどね。 嘘をつかない理由に、面倒であることを言い放ったのは、君が初めてだよ」

「私が知る限り、嘘なんて苦労に見合うものじゃないと言うだけですよ。 人生経験から、そんな結論に至る人は少なくないと思うんですけどねえ」

「……苦労ね。 君は好き好んで苦労しようとしているように見えるけど」

「そんなことはないですよ」

「これから、君はまた『試練の塔』に挑もうとしているのに?」

 

 ああ、そうだ。

 私は、また今日、試練の塔に挑む。

 前回の挑戦を糧にして、今までの遅れを取り戻す。

 

「ええ、必要なことですからね」

「死にかけたって言うのに?」

「そんなのもの、私にとっては別に過ぎたことなんですよ」

「……わかっていたけど、コイツは重症だなあ」

 

 ウィスルト先輩が、小声でつぶやきながら天を仰いだ。

 よくわからないけど問題児のお目付け役も、大変そうだなあ(他人事)

 私は、ウィスルト先輩に勉強を教えてもらったり、同室の人間に全く気を遣わずに、都合の良いように使わせてもらっているので、現状に何も不満はないから、別にどうでもいいけど。

 

「準備は出来たのか、陽介」

 

 そこに、ファルグリンとマリンカが現れた。

 私の迎えに来てくれたのだ。

 

「ああ、すまないね。 わざわざ来てくれるなんて」

「ふん。 今度は醜態をさらすなよ、僕の格まで疑われる」

「考えもなしに、ズタボロになってくるなんて、魔術師として恥以外のなんでもないからね!」

 

今回、二人は私が挑むのを見送るってくれるらしい。

本当に、心配をかけてしまったんだなと思う。

そして、良い友人に恵まれたのだな、と。

 

 ファルグリンは、その美しい顔を引き締めた。

ウィスルト先輩をにらみつける。

 

「ああ、そこの二枚舌に引き留められていたのか」

「二枚舌とは、ひどい言いようだなあ」

 

 どうも、ファルグリンはウィスルト先輩が嫌いらしい。

 いや、正確に言うとマリンカも、先輩が好きではないようだった。

 マリンカは、私の手を引っ張るように、先へと促す。

 

「ほら、行きましょう。 陽介、あなたには注意しておきたいことがいっぱいあるし」

「ええ……」

 

 それ、聞かなきゃ、ダメなやつですか。

 どうして、みんなして私を問題児扱いするのだろうか。

 

 私たちが、その場を去ろうとした時、ウィスルト先輩は口を開いた。

 

「なあ、運命へ介入する者(ファルグリン)よ。 君はどうして、人間にそこまで入れ込むんだ?」

 

 それに対し、ファルグリンは熱のこもらない目を向けた。

 

「黙れ、お前なんかに語るべき言葉などない」

君たち(エルフ)にとっては、俺たち(人間)なんて寿命の短いネズミ(ペット)みたいなものだろうにな」

 

 そのまま、ファルグリンは無視をして歩き去る。

 私たちは、彼の後を追うように、試練の塔の入り口まで向かっていった。

 私は、彼らの種族間に隔たる強烈な壁のようなものを感じた。

 そこに、どんな背景があるのか、今の私にはわからなかった。

 

 さて、私が試練の塔への入り口が用意されている『試練の間』と呼ばれる部屋の前に付くと、マリンカはその入り口で散々『良い子がしてはならない、ダンジョン探索で100のこと(物の例えである)』をくどくどと幼稚園児にでも言い聞かせるように話し始めた。

 私が返事をする度に、マリンカはそのみつあみが舞うように跳ねるほどの勢いある剣幕で、詰め寄る。いい加減、疲れて他の事を考えようとすると、むきになって耳を引っ張ったりするものだから、本当に参った。

 

 ほかの挑戦者である生徒が、何とも言えない表情で横切っていくのを見るたびに、保護者が受験会場で応援している姿を見られたかの如く、恥ずかしかった。

 

ファルグリンに助けを求めるも、その都度、彼が家畜を見る目でめんどくさそうに鼻で笑い聞き流すので、この世の友情の実在性について疑う。

君たち、私の友達だよね?

さすがに嫌になって抗議した。

 

「あの、こういうのって、純希くんの時にはしてなかったじゃん。 なんで、私はこんな扱いなの?」

「当り前じゃないか。 純希(アイツ)が、大けがをして帰ってきたことなんて一度もなかっただろう。 どこぞのバカと違ってな」

「……なにも否定できない」

 

 私のチームメイトである吉田純希くんは、すでに出発している。

 純希くんは、私よりも数回挑戦回数が多いだけあって、準備も早いし迷いもない。決して明言はしなかったが、攻略も相当進んでいるであろうことが予想された。

 「先に行ってるぜ」と、さらっと私に声を掛けて、ためらいもなく当たり前のように挑む彼は、以前よりも頼もしくすらあった。

 実際に戦ってみても、近接戦や心理戦では私が上を行くが、距離をとっての戦闘が始まれば、最初に必ず優勢になるのは、純希くんの方である。

 

 私がため息をつくと、マリンカは眉を吊り上げて一層不機嫌そうに口をとがらせる。

 あ、もうちょっとわからないように、ため息をつくべきだった。油断した。

 

「なに、そんなに迷惑?」

「迷惑ってわけじゃなくて……ほら、人前でこんなに叱られながら出発するの、恥ずかしいじゃないか」

「なら、わたしにこうやって言われるのが嫌なら、きちんと反省して」

「いや、反省してないわけじゃないんだよ?」

「全然、態度に出てないし、振る舞いも変わってないのが問題なの!」

「そ、そうかなあ」

「わたしだって、口うるさく言いたくない。 でも、いつだって、あなたは自分がボロボロになるようなやり方しかしないんだもん」

「……好きでそうしてるわけでもないだけどね」

 

 たまたま、そういう手段でしか目的が達成できないだけである。

 それでも、多少の犠牲で済むなら、それはそれでよい気がしているのだけど。

 

「言い訳なんかいらない」

 

 ああいえば、こう言う。

 女子のこういうところが、昔から苦手だ。

 

「じゃ、私にどうしろってさ」

「結果で示してほしい」

 

 とたん、彼女は不安そうな表情を見せる。

 そのメガネの奥にある瞳を、潤ませる。

 

 それを見て、息が詰まった。胸のあたりが重くなった。

 

「どんな技術も万能じゃないの。 人間はいつ死んじゃうかわからないし、取り返しがつかないことなの。 あなたの世界だと、あまり死は身近じゃないのかもしれないけど……」

 

 そんなことはない、私の世界でだって人は死ぬ。

 そりゃ、戦争のある国とは全然ちがうかもしれないけど。

 

「死んじゃったら、もう話せないんだよ」

 

 仮に、生まれ変わりがまたあるんだとしても。

 マリンカとも、ファルグリンとも、純希くんとももう話せないのかもしれない。

 もう会えないのかもしれない。

 

「生きてても、元の通りに話せるかどうかもわからないんだよ」

 

 そりゃそうだ。

 そんな保証もない。

 

「だから、もうこんな心配は必要ないって、わたしに思わせて?」

 

 そんな顔されたら、何も言えない。

 これは、そう、確かに、間違いなく、私が悪い。

 人生をリセットされて、ひどい目にあったって、それで誰かを悲しませて良いわけでもない。それは当たり前のことだった。

 私は、居心地が悪くなった。今、この世界に存在していることに対して、落ち着かない気持ちになった。

 ここにいることが嫌なんじゃなく、ここにいることに対して、投げやりになっていたことに、前世を踏まえても、遥かに幼いはずの子から指摘を受けて、どうしようもなく罪悪感に向き合わされた。

 私はやるせない状況かもしれないけれど、誰かの気持ちを傷つけていいわけじゃなかった。

 

 マリンカはいつも私を、まっすぐに見る。

 その後ろにいるファルグリンも、素直じゃないながら、私をまっすぐに見ている。

 みんなそうだ。斜に構えているのは、いつだって私の方だ。

 

「わかったよ、もっと真剣に考える」

 

 私には、これくらいの約束しかできなかった。

 心配かけないなんて言えないし、絶対無事でいるなんて、出来るかどうかもしれない約束なんてできない。

 だって、たぶん前世の私はなにかの理由で死んだんだから。

 死のうと思ったわけでもなく、きっと唐突に何かの理由で、やりたいこともあったし、積み上げてきたものもあったのに理不尽に死んでしまったのだ。

 

「気を付ける……くらいしか言えないけど、真面目に気を付けるから。 だから、今はそれで許してほしい」

 

 そんな弱弱しい私の返答を、ふん、と強く弾き飛ばすマリンカ。

 

「だめ! 許さないから。 だから、ちゃんと帰ってきてね」

「せいぜい戻ったら、お茶係としてこき使われることを覚悟しておくんだな。 僕にこんな手間をかけさせたのだから」

 

 そんな戦場に友人を見送るみたいな、仰々しい雰囲気で見送らないでほしいな。

 私達だけだよ、そんなことしてるの。

 私は、やるせなくて頭を掻いた。

 

「それじゃ、行って来るよ」

 

 見計らったように、テイラーが駆け寄ってきて懐に潜り込む。

 相当待たせてしまったことは疑いないので、急いでその場を発つことにした。

 

 私は、再びあの燃えるように暑い、灼熱の荒野へ戻る。

 

 強烈な太陽の光。顔の表面が熱くなる。

すべての色彩を真っ白に奪い去り、目が慣れてきたころに広がるのは、果てしない青い空と、カゲロウに揺れる地平線。

果てしない荒野が、私を待っていた。

 

「しばらくぶりに戻ってきたな」

 

 テイラーはそれに答えない。

 私の独り言を聞き流した。

 ずいぶん長い間、またここに来られる日が来るのを待っていた気もする。

 

 私が、遠くを眺めている時間を、少しだけ与えてくれたテイラーは、問いかけてきた。

 

「今度は、覚悟は決まっているのだろうな」

「ああ、決まっているよ。 ここがどんな所であろうとも、生きて帰って見せるとも」

 

 怠けたりなんかしないさ。

 同じ過ちを、無意味に繰り返したりはしない。

 

 私はさっそく背後にある、石で作られた鳥居に似た何かに向き直った。

奥を見れば、枯れた木々の間に、巨大な石碑が据え付けられている。

 

「其方、あの地図の謎は解けたのか」

「ああ、たぶんね」

 

 改めて、石碑に近づき、刻まれている様々な文様を観察する。

 手早く、それをノートに書き写していく。以前のメモは焼失してしまって残っていなかった。私が持って帰ることが出来たのは、穴だらけの記憶くらいなものだった。

 だが、それだけでも、考察する余地はあった。

 

「ここにあるものだけで、ここの謎は解ける。 君の言う通りだよ、テイラー」

 

 私は、自分の考えを反復する。

 一つ一つ再確認するように。

 

「これは、あくまで生徒の力を計るための装置。 ある種のゲーム。 そして、ゲームはクリアされるために存在する」

「ああ、余が前回、言った言葉だな」

「そう考えたとき、事前に何かの知識が必要となることは、基本的には考えにくい。 状況によってはクリアできない挑戦をした生徒も出てきてしまう」

「フム、その通りだな。 知識を知るために戻る必要があるとなると、さらに2週間再挑戦までの期間を無意味に開ける必要がある」

 

 無駄な挑戦が発生してしまう状況を、試練と言う生徒の力量を試すための内容で発生させてしまうのは、私に言わせてみれば造りが甘いゲームであると言わざるを得ない。

 よって、前提条件として基本的に、間違いを犯さない限り詰みの状況はなく、途中で帰還を選ぶ形でギブアップすれば、いくらでもやり直せるはずだ。

 

「さて、まず書き写した地図を見直してみよう」

「おや、それは地図と言うことでよいのか」

「まあ、そういう仮定で話をさせてくれ」

 

その地図は、記号のように見えた。文字ではない。

それらは様々な形をしていて、山を表しているように見えるし、あるいは谷を表現しているようにも見えた。そう言った色々な形ものが、広い面積にちらほらと彫られている。

 その中に一つだけ、階段のような記号が見て取れた。

 

「一見して、まず言えること。 ここに書いてある階段の記号は、他の記号のようなものよりもはっきりとそれが『何か』であると……つまり、階段であると認識できる形だけど、他のものはいまいち何がなんだかさっぱりわからない」

「その通りだな。 ほかの線は、それがなんであるかさえ、いまいちつかみどころがない」

「でも、私はこれに似たものを見たことがある」

 

 実は、前回の冒険である程度の考察までは、行きついていたのだと思う。

 考えに至らなかったのは、時間が足りなかったのもあるが、ひとえに考えに時間を回すための安全確保と、エネルギー配分を前提に動いてなかったからだろう。

 もう少し、ゆっくりと周りを見る時間があれば、解けたはずだ。

 

 日が傾き始めている。

 この試練の塔の内部は、日の傾きが早い。

 

「よいのか。 このままだと、夜になってしまうぞ」

「いいのさ、私はそれを待っているんだ」

 

 焦ることもなかった。

 最初のスタート地点では、妙な気配が周囲に感じ取れない。

 ここは安全である可能性が高そうに思えた。

 

 私は適当な場所に腰掛け、試験管を一つ摘まんで取り出すと、金色の小手『死者の手』が嵌められた左手をかざした。

 この小手は、触媒(つえ)としての機能をも併せ持つ、利便性の高い魔導器(セレクター)だ。

 

 発動したのは、『水精の羽衣(ベール)』の魔術だ。私はこれを錬金術のよる圧縮した素材を用いて再現する。

 これは、魔力を伴う水膜が術者を覆い、守護する魔術である。

炎への対抗手段でもあるが、実際のところ、外気の熱量や光を遮り、快適な温度や環境を維持するために使われることが多いものであるらしかった。

ベールとは名前がついているものの、羽織る日傘と呼ぶ方が、実態を表しているのかもしれない。非常に完成度が高い魔術で、他の魔術による干渉に弱いことを覗けば、維持コストも低くて使いやすいものだった。

 

今回の私は寒さ対策も、暑さ対策も準備万端だった。

 

「この場所が奇妙なのは、昼夜の概念があること。 特に、こちらに来て、そう時間が経たずにすぐに日没することであることが不思議だった」

「日が暮れるのが早いことに、疑問を抱いたのか」

「まあね。 それが何のために必要なんだろうって思った。 暗いと地図も見づらいしさ……サバイバルをさせたいのかなとも思ったけど」

「そうではない、と」

「それなら、昼間と言う時間を長くとらせるんじゃないかな。 朝とかから始めさせてさ、夜になるまでに準備をさせた方が、試験としてはフェアだよ」

 

 私はおしゃべりしながら、喉の渇きを感じた。

カップを取り出すと、適当に圧縮した物質から水を生成する。

 魔術師の強みは、持つ荷物の量に対して、使用できる物資が多い事なのかもしれないな、と今更ながらに思った。

 普通の人間だったら、こうはいかないだろう。

 水と言うのは、持ち運ぶとなったら、重くてかさばる。端的に邪魔だ。

 

「まず、この荒野と言う場所は、あまりにも手掛かりも少ないよね」

「そうだな、謎解き……其方の言葉を借りれば、『脱出ゲーム』だったか? それをする材料としては不足している舞台だ」

「ああ。 地図を使おうにも、目印になるものもなくて何の機能もしなかった。 だから、私は空を見て、太陽で方角を知ろうとしたり、星空を見て役立てようとした」

 

 考える材料が少なすぎて、私は前回困惑した。

 なんて意地悪な試練なんだと思った。

 

「でも、逆だったんだ。 材料が少なく見える事こそが、答えへの誘導だった」

「つまり、出題者の目線に立って考えてみれば、合理的な舞台設計だったのだな」

「その通り。 これが森であれば、木々や植物に一層目が行ったかもしれない。 謎の記号と地形を勝手に符合させていたかもしれない。 それが出来ない荒野であるからこそ、謎解きが成立した」

 

 日が暮れていく、だんだんと星々が空に露になる。

 白い強烈な光で覆い隠されていた、小さな煌めきたちが浮かんできた。

 

「古来より、船乗りたちは大海原で星々を頼りにし航海をした。 何もない海の上では、空こそが方向を指し示す、地図でありコンパスだった」

「仮に、ここが木々生い茂る森の中であれば、空を見上げるには支障があったであろうな」

「空を見上げるまでは、正しかったんだ。 重要なのは、何をもとにして見上げるかだ」

 

 私は前回、異世界での星空に関する知識を基にして、夜空を見上げた。

 だけど、記憶には何一つ合致せず、戸惑うばかりで、結局自分の知識があいまいで間違っているのではないか、と結論をつけた。

 だが、真実は違う。

 

「この夜空は……本物とは違う」

 

 私は、手元にある手帳に書かれた地図と見る。

 そこに描かれていた記号は、この夜空……試練の塔一階『荒野』の星々と合致していた。

つまり、意味不明にしか見えなかった地図の記号は、全て星座だったのだ。

私は石碑に描かれていた天体図をもとに、夜空を見上げて方向を確認する。

 

そして、階段の形を記号の位置……そこに星はなかった。

その階段の方向に向けて歩みを進める。

それが、この階層から脱出するための答えだ。

 

「さしずめ、この荒野の階層で問われていたのは、知識に囚われずに『ありのままを見よ』と言うことか」

「私には、難しい試練だったよ」

 

 ずっと、過去に囚われ続けていた自分にとって、ありのまま世界を見るなんてことは出来ていなかった。

 だけど、ここに来た若き魔術師たちにとっては、そう難しくない試練だったに違いない。

 私は、暮れてきた空を見ながら、歩き出す。

 

「荒野で夜空を見上げながら歩くか……」

 

 前世の私では、考えもつかない経験をしている。

 いや、そもそも、ゆっくりと空を見上げながら歩くなんてことを、したことがあっただろうか。忘れているのかもしれないが、自分がそういったことをしていたようには全く思えない。

 日々の忙しさに忙殺されていたんじゃなかろうか。

 

「陽介、正しい方向へと歩む分には、危険性はそれほどないようだ。 獣たちの気配をあまり感じない」

「……前回のは、間違った方向に進んだ場合のペナルティでもあったのかもな」

 

 ほかの生徒も、道を間違えただろうが戦闘を避け、安全な道を探しながら謎を解こうとしたに違いない。

 危険に飛び込んで、目的を達成しようなんて、魔術師にはありえない思考だろうから。

 

「陽介。 今度は、休息と栄養補給を忘れるなよ」

「わかっているよ。 ……消耗した時には、特に気を付けるようにする」

 

 風と共に、砂塵が舞う。

 いつもより、気持ちが落ち着いている気がした。

 

冷気漂い始めた荒野は、息が白くなるほどに寒い。

だが、『水精の羽衣(ベール)』はその冷たい外気からすら、私を隔ててくれている。前回の失敗はちゃんと生かされている。

それを実感すれば、いっそう自信にもなった。

そうして己の感覚を確かめてから、手の力を抜いた。

 

暗くどんな危険が待っているかもわからない、この迷宮。

決して油断が許されることはないだろう。

それでも、私は確かに今回は前へと進んでいる。

 

 遠くに小さく見える青白い月、さらに小さいほのかに赤い月。

白く、大きく輝く月。

そんな幻想的に美しくたたずむ、星々のきらめきを導きとして歩くのだった。

 



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第41話 試練の塔 第二の攻略 ~その2

 天にきらめく地図を手掛かりに荒野を進むと、夜空に星々の光を浴びながら、発光する球体が現れ始めた。

 それは木々だった。

 

 360度を覆うように、全方位に枝を伸ばし、葉を生い茂らせる。遠目に見れば、マリモのようにも見えるが、近づけばそれが網目のように、幹と枝を張り巡らせていることに気づいた。

 月光を浴び、淡く青白く葉が光り輝いている。

 

そう、浮遊樹と呼ばれる『浮遊植物』の一種だった。

 根を持たず、空を漂う植物があるとは聞いていた。

 星々から降り注ぐ魔力を糧とし、空気中の水分や窒素を吸収する。実際に、見たのは初めてだった。地球の環境には一切適応しないからだ。

 

 目的地に近づけば、近づくほどに浮遊樹が増えていく。肉眼には急に、それらが現れたかのように見えたが、それは錯覚である。

 浮遊樹には、幻惑の力が宿り、遠目には観測できない。その力は天敵から逃れるためだという。そんな浮遊樹の周囲に、蛍のような発光物が漂い、吸い寄せているにも見えた。

 

 それらをついばむように、小魚の群れが夜空を泳ぐ。

 浮遊樹と浮遊樹の間を行きかい、謎の発光物をついばむ。

小魚にとって、浮遊樹は隠れ家であり、えさ場でもあった。

 

 異世界では、空を浮遊し泳ぐ生物が数多く存在する。

 特に夜は、それらの生物が活発化し、人間を超越する生物たちが星空を支配するのだ。

 

 幻想的でありながら、人間にはどうにもならない隔絶した壁を悟らされる。

 魔術師として鍛えられた観測能力によれば、浮遊樹の全長は15m近い。

 

 そして、今まさにその浮遊樹を巨大なクジラにも似た牙を持つ生物が、小魚ごと一飲みに砕き、飲み込んだ。浮遊樹にとっての天敵は、その大きさすらも喰らいつくせるのだ。

 

 逃げ回る小魚の群れを、気にすることなく、雄大に巨大クジラは遊泳する。

 

 飛行魔術は、異世界では移動手段として多用されないという。

 それは、空は人類にとって危険地帯に他ならないからだろう。

 

「恐ろしい世界だ」

 

 私は、この試練の塔が嫌いだ。

 ここは幻想的で美しさすら感じる。

 だが、それ以上に、私にとってこの地球ですらも、異世界であることを思い知らされる。もう私は元の世界に、前世の世界に帰ることが出来ないことを実感させる。

 

 恐ろしいほどの孤独感、ひどい無力感。

 私は早く帰りたいのだ。

 こんな怪物だらけの世界から。魔術などという異端な力にあふれる世界から。

 

「あまり飲み込まれるなよ、陽介」

 

 テイラーがそう言った。

ネズミがしゃべるということも、非現実的ではあるのだが。

そうは思っても、テイラーの声に安心感を覚える。そんな自分自身が、嫌いになりそうだった。

 

 ああ、駄目だな。

どうも試練の塔の中は、私の精神を不安定にさせる。

 それはきちんと自覚したほうがいい、と己を見つめなおすことにした。

 

「そうだね、テイラー。 私は自分のなすべきことに集中するべきだ」

 

 たどり着いたのは、遺跡に見えた。

 石造りの階段が小高い丘を形つく入り、その周囲を加工用に鳥居のようなものが立てられる。さらに墓石にも似たオブジェや、朽ち果てた柱や壁が散在していた。

 スタート地点にも、よく似ている。

 

 だが、これは……。

 

「遅かったね」

 

 青い外套に身を包んだ男が、たたずんでいた。

 肌は浅黒く、ターバンのように巻かれた青い布から、漆黒の髪がわずかに見えた。なにより、印象的だったのが、その瞳もまた海のように深く、底の見えないような青さを有していた。

 

 違和感があった。

 満月が3つも並ぶ夜といえど、人の顔がこうもはっきり見えるものかと。

 そして、どこかで見た顔だった。長年のなじみを見たかのような、しかし、まるで名前が出てこないような奇妙な気持ち悪さがあった。

 

「……人間ではないな」

 

 テイラーがつぶやいた。

 亡霊の類のかもしれないと、直感的に思った。

 異世界では、死者は亡霊として力を有し、害をなす。

 

「おや、警戒をさせてしまったようだね」

 

 青い外套をまとった男は、かすかにほほ笑んだ。

 注意深く見なければ、わからない程度に、わずかな差異だった。

 

「ここに来たものは皆そうだ。 これから、何が始まるかを考え、己の出来ることを考える。 しかし、心配はいらないよ、私が君を傷つけることなどないのだから」

 

 試練の塔にきて、初めて人間のような何かに出会えた。

 少なくとも、言葉を交わせる存在は、この男が初めてだった。

 

「あなたは何者だ?」

 

 ありきたりな問いだった。

だが、独創性を発揮するより、目の前の男が敵かどうかを、はっきりさせておくべきなのは明らかだった。

 

「私は、この迷宮の管理者の一人にして、君の試練の案内人」

 

 その言葉に先に反応したのは、テイラーだ。

 

「迷宮の管理者だと?」

「ああ、そうだ。 『(あお)』と呼んでほしい」

 

 テイラーは考え込み、沈黙した。

信用に足らないが、疑う必要もない。私は理性ではそう考えた。

これを試練の塔における案内人として捉えたときに、罠として設定するのは、試験として不自然(アンフェア)だし、破綻が大きいように思えた。一方で、理性以外の、自分自身の何か直感というべきものが、蒼と名乗るこの男に不快感を抱かせた。

 

「あなたのような案内人が、全員につくのか?」

「ああ……。 まあ、そう言える。 少なくとも、正規の挑戦者には、ふさわしい案内人の役割を持つ幻影がつくだろう」

「幻影?」

「実態のある幻影。 それは過去にいた誰か。 あるいは、あったかもしれない出来事。 いたかもしれない可能性。 そういったものが、ここでは現れる」

「言っていることがよくわからない」

「ここは現実であって、現実ではない。 過去を再現しているように見えても、過去そのものではない。 言ってしまえば、ここ自体が幻のようなものだ」

「そんな馬鹿な。 暑さ寒さ、この喉の渇きが偽物だと? 前回来た時には、傷を負って治療まで受けたんだ」

「そうだ。 ここの幻影は人を喰らい殺す」

 

 蒼がそういうと、次々と巨大なクジラが夜空に現れ、浮遊樹を喰らいつくしたのだ。

 いつでも、人間ですらこのように殺せると見せしめにしたのだ。

 

 蒼は、その間、まばたきひとつしなかった。

 そうだ、先ほどからこの男は呼吸もしていない。

 作り物めいた人間なのではなく、人の形をしているだけの作り物なのだ。

 

「可能な限り、そうならないように我々管理者が存在する。 だが、あまり無謀なことはしないことだね。 我々とて、万能ではないのだから」

 

 私は、その蒼の言葉を鼻で笑った。

 

「今さら、死など怖くない」

 

 既に経験していることに過ぎない。

 ただ、また赤ん坊から意識をもってやり直すことは恐ろしかった。実際なところ、強がりは多分に含まれていた。

 

 結果から言えば、その強がりは無意味だった。

 

「だが、君はこれ以上、『前世の記憶』とやらを失うことを恐れているだろう?」

 

 私は、すぐに言葉を紡ぐのをやめた。

 心の中を見透かす仕掛けがあるようだと、そう考えたからだ。何もかも見透かしたうえで、会話をされているように思った。ならば、言葉を口にする意味などない。

 

 すると、蒼はその考えを否定した。

 

「厳密には違うよ。 こちらも全てを読めるわけではない、なので出来れば言葉を使ってほしい」

 

 やはり、蒼は不愉快な男だった。

 そこかで見たその顔と、人を人とも思わぬその態度が気に入らなかった。

 

「君の欲しいものは、この迷宮。 今は『試練の塔』と呼ばれるこの場所にある」

「……私の欲しいものだって?」

「そうだ。 君は『前世の記憶』と考えている、その頭の中に眠る情報が欲しいのだろう?」

「ああ、そうだ」

「ならば、この迷宮にそれはある。 迷宮は挑戦者の能力や精神に反応し、ふさわしい試練を与える。 誰にとっても、困難な道のりとなる。 同時に、その過程で眠る記憶にも共鳴することだろう」

「つまり、ここの試練をこなすほどに記憶がよみがえると?」

「深い階層であればあるほど、その効果は望める。 古き英雄や神々の血を持つ者は、この迷宮で力と記憶に目覚めた。 ……君の場合は、特にその『前世の記憶』として認識する情報に、影響が及ぶことだろう」

 

 それは、私にとって図らずも望み通りのことではあった。

 同時に、この『試練の塔』への疑問を深くすることにもなった。ここは一体、何のための施設で、なにによって作られたものなのか?

 

「だが、気を付けることだ。 死に近い状態から、回復することを続ければ、記憶や精神……情動がどんどん失われることになる。 行きつく果ては、何も感じなくなった抜け殻のような自分だ」

 

 私は、冷たい液体が血管に注ぎ込まれたかのような悪寒に襲われた。

 それは、本当の意味での死なのではないか。

 いや、死ぬことよりも、恐ろしいなにかだ。

 

「前回の挑戦で、君はマンティコアと戦ったね。 あの時の戦いもまた、君の記憶や精神を深く傷つけている」

「……じ、じゃあ、私の記憶に大きな欠損があるのは」

「すまないが、その先の真実は、君がその手でつかむべきものだ」

 

 蒼は、私を祭壇へと促した。

 それは、見覚えのあるものだった。

 うすうす感じていた。先ほどから、この遺跡の雰囲気に既視感があったが、その祭壇は、私が『試練の迷宮』に入るときの魔法陣が、よく似ていたものが描かれていた。

 

「この魔法陣に触れ、念じると良い。 『先に進みたい』とね」

 

 私の望みが、この先で叶う。

 重要な点は、もはやその部分だけだった。

 蒼とこれ以上話しても、有用な情報が得られるとも思えない。

 

 だが、私の肩に座るテイラーは、尋ねた。

 

「ひとつ、聞きたい。 ここはそもそも『塔』ではないのか?」

 

 蒼は、またかすかにほほ笑んだ。

 

「その問いには答えられない」

 

 やはり、ここではこれ以上、情報は得られないのだ。そう確信した。

 私は、自身の記憶を取り戻すために、歩みだした。テイラーもまた、蒼の返答に抗議することもなかった。

 

 私が魔法陣に触れると、輝きが辺りを包み込む。

 光が収まったと認識した時には、石造りに囲われた小部屋にいた。

 

 辺りを見回す、入り口は一か所のみ。ひび割れた壁から植物の根が突き出し、葉に覆われている。明かりが用意されているわけではないが、植物が淡く発光することにより、視界を確保できていた。

 どことなく、エジプトのピラミッドを思い出させるような内装である。

 

「フム、一瞬であったな」

「変に時間がかかっても、面倒くさいだけだからね」

 

 そう答えながら、転移による影響の可能性も踏まえ、体に変化がないか確認する。

妙な違和感があった。利き手を握りしめては、開く動作を繰り返す。いつもと何かが違う。そう考えていると、何かが頭に流れ込んできた。

 

『この階層では、死は訪れない』

『体の傷が限界を迎えるとき、この部屋に戻される』

 

 頭に声が響いたというよりは、その認識そのものを入力されたような感覚だった。

 なぜなら、その情報を疑おうとは、全く思えなかったからだ。

 

「これは……、ここで死んだとしても、リスクはない。 ということかな?」

 

 テイラーは、私の指示を待たずに解析を始めていた。

 自身の肉体はもちろん、私の装備にも目を向けている。いや、それだけではなく、周囲の物体にも目を向けた。

 解析能力や探知能力は、魔術における基礎中の基礎だ。私も単独である程度は可能だが、その能力は圧倒的にテイラーが勝っている。

 

「どうやら、魔力体(アストラル)に近い状態になっているようだな」

 

 テイラーが出した答えは、私と同じだった。

 

魔力体(アストラル)……、亡霊(ゴースト)とほぼ同じ肉体のアレか」

 

 魔力で再現構成された肉体。それが魔力体(アストラル)

 死者の魂が実体化した亡霊(ゴースト)は、普通の物理攻撃は一切通用しない。魔力を伴う攻撃でなければ、一切傷を負わせることは不可能だ。

 さらに、亡霊(ゴースト)は破壊しても、原因を取り除かない限りは時間とともに再構築される。故に不死身の怪物として、恐れられている。

 

 極端な話、魔術文明が地球を征服するには、大量の亡霊を連れてくればいいという話もある。実際、ヨーロッパやアメリカでは、亡霊(ゴースト)との戦いが起きているという話もあった。

 

 そして、一定のレベルを超えた魔術師は、その肉体の在り方をほぼ再現できる。

 地球の文明・技術だけでは、魔術師を討伐出来ない理由の一つが、この魔術体(アストラル)化のテクノロジーだった。

 地球の兵器では、一定レベルを超えた魔術師に傷をつけることはほとんど出来ず、例えその肉体を破壊しても、時と共に再生を許してしまう。

殺傷せしめるには、やはり亡霊(ゴースト)に対してと同じく、魔力を伴う攻撃により、その魔術を発動させている核を破壊する必要がある。

 

 その魔術体(アストラル)化の技術は、私もぜひ習得したいものではあったのだけれど……。

 

「今の私は、幽霊みたいなものということかい?」

「フ―ム、どうかな。 余の見立てでは、一定の条件付けが行われているように見えるが」

 

 テイラーの情報分析能力は驚異的だ。その演算は、彼の脳だけで行われているのではない。支配下に置いているネズミの群れ全てを、計算に使用している。

 常に無数のCPUを利用しているコンピュータのようなものだ。彼は、ネズミの群れを計算機器として利用し、任意に必要な情報を処理させ、自身の判断に有効に活用しているのだ。

 それこそが、第二秘匿魔術『ハーメルン』の基礎となっている。

 

 私は遺跡の石壁を触る。

 どうやら、すり抜けることは出来ないようだ。

 

「ええと、魔力体(アストラル)だと石壁ってすり抜けられるんだっけ?」

「なぜ、其方はその知識をネズミが持っていると考えたのだ?」

「だってきみ、物知りじゃん」

 

ネズミに聞こうとする魔術師とは、間抜けな構図だが、プライドは頼りにならないので捨てた。テイラーの記憶力は、私の比にならない精度を持っている。

 

「……確か可能か不可能かで言えば、可能だ。 難易度は、厚さと材質、構造によるところではあったはずだが」

「ただの石壁なら?」

「少なくとも、表層部分にめり込ませるくらいは出来るのではなかったかな」

「でも、私にはできないね」

 

 石壁を何度か叩いてさらに確認をした後、地面の石ころを拾い上げる。軽く、その石をつまんで自分の腕に当てたり、離したりを繰り返した。

 

「これは……魔術を伴わない攻撃が通る肉体という設定で、作られている?」

「おそらくはそうなのであろう。 その辺の石ころでも、ダメージを負う可能性は残ったままだ」

 

 より現実的な生身に近い条件下での戦いを求められている。

 

「そんなことができるのか……。 いや、いまいち魔術体(アストラル)化の理屈をわかっていないので、それがどれくらい難しいのかわかってないのだけど」

「重要なのは、その肉体が破壊されたとしても、再生されてこの部屋に戻ってくるだけということだ。 先ほどとは違い、生命の安全を保障されたエリアというわけだな」

「……さっき、結構脅してきたわりに親切じゃないか」

 

 死ぬことが許されている迷宮。

 ……そんなことができるなら、なぜ最初からそうしない?

 

「さっきから意図がわからないな」

 

 『試練の塔』を作った人間は、いったい何を考えて、こんな構成にしたのやら。

 単純に死人を出したくないなら、最初から最後までこの状態にしたらいいじゃないか。

 大成した魔術師は通常の攻撃を無効化できるようになるのが、当たり前になるのだから、魔術師向けの試練なら、完璧な魔術体(アストラル)化の戦闘をさせてくれてもいいと思うのだけど。

 

「まあ、考えても仕方ないね」

 

 私は刀をいつでも引き抜けるように、警戒しながら歩きだすことにした。

 やや薄暗いが、私もテイラーも暗闇に不自由することはないのだ。

 



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第42話 試練の塔 第二の攻略 ~その3

さて、生前は、遺跡や迷宮を探索することなど、想像だにしないことだった。

フィクションにはよくありそうだが、私はあまりTVゲームをしたことのある人間でもなかったので、そういう概念自体から、離れて生きている方ではあった。

 

男子たるもの、ある種のそういった想像にロマンを持つべきだったのかもしれない。

映画は見るほうではあったので、いわゆる、インディ・ジョーンズのような冒険ものには憧れがあったのだが、いやはや人生とは、わからぬものである。

 

ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。

 

 そんな私の人生観では、遺跡探索にロマンを感じることはあったとしても、そのなかで怪物の襲撃を受けて、刃でそれを迎え撃つのは、あまり気が乗らないところである。

 

 ここは試練の塔、第一層。

 のちに、私は知るのだが『ジッグラト』と呼ぼれる階層である。

 

私を闇に紛れて襲撃したのは、白っぽくも黄色みがかったゴム質の薄汚れた皮膚。長い手足に鋭く長い爪を持つ、生物だった。

 

いつの日か、学園で戦った『グール』と呼ばれる怪物である。

 

 私は、咄嗟にその襲撃を愛刀『黒燕』を振るい、いなす。金属と奴の爪が擦れ、火花が散る。返す刃で切り捨てるべく、魔導器(セレクター)『飛燕』を起動。刀身を伸縮させ、切り捨てる。悲鳴を上げさせることすら許さず両断。

 

だが、一体を切り捨てても、その怪物の影に潜んでいた個体が、耳まで裂けた真っ赤な口が開き、襲い掛かってくる。

 

「無駄だ」

 

 左手の『死者の小手(デッド・ハンド)』を起動。魔力を電撃に似た性質に変化させつつ、小手で攻撃を薙ぎ払う。小手と刀を利用した攻防一体の白兵戦戦術。放たれた電撃は、ダメージではなく、肉体や精神に苦痛を与えることに特化している。

 目の前にいる個体を盾に、他にいるグールをけん制。体を回転させながら、天井に着地、降りぬいた勢いで、刀による突きを放つ。伸縮自在の刃は、迷宮に根付く植物からの光にわずからに照らされ、引き抜かれた残滓に淡い一閃を残した。

 

 グールたちの腕が通路を舞う。

 そのまま、天井、壁と走り抜け、さらに両足を次々に切断。

足掻くグールたちは、なんとか駆け抜ける私の動きを止めるべく、腕を伸ばし、爪で攻撃しようと迫るが、空を切る。お返しに、また腕を落としてやった。

 

「私は、広いフィールドよりも、穴倉や狭い通路のほうが得意でね」

 

 身動きのとりづらい超接近戦を強制されたが、むしろ望むところだった。

 

グールは砂漠に生息し、旅人を食らうという。故に、私は、この荒野を舞台とする迷宮に、存在することは想定していた。その上で、魔術感知とネズミの如き夜目を活かせば、襲撃を予測することは可能だった。

 

 奴らは、体色を自在に変える保護色、伸縮する肉体を活かし戦う。しかも本来、夜行性だ。薄暗く狭い迷宮では、その能力はより強みを増す。

 ああ、確かにグールの動きは、以前よりも俊敏だ。前回、この動きをされていれば、私はいとも容易く倒されていただろう。

 

だが、前回の戦いで、グールの動きは既に見切っている。テイラーと私、そしてあの場にいた無数のネズミ(・・・・・・)の見た映像を、何度も繰り返し呼び起こし、分析し戦闘シミュレートを行った。

 

 その肉体は人間よりも可動域がはるかに広い、身を捩れば巧みに回避し、手足を振るえば、狭い通路に適合した形での攻撃を行ってくる。観察して気付いたが、人間よりも手足の関節が多いようだった。今もまさにそれを活かしてくる。

 知らなければ、苦戦しただろう。

 

 だが、お前たちの動きに限界がないわけではない。

 徹底的に、その限界をついてやる。

 

グールとグールの間に割って入り込み、その視界を隔てる。柔軟に動くとはいえ、長い手足は一度伸ばしてしまえば、懐に入られれば邪魔だ。私は刃を伸ばすのではなく、縮めることにより、有利に立ち回る。

黒燕で切り裂き、死者の小手でけん制。私の幼い身体は、威力に劣るが、苦痛をもたらす電撃を纏い、格闘戦に持ち込めば、小回りの点で分がある。

 

グールは肉体の作りをある程度、自由に変化させることができる。戦況に合わせて、より特化した形状になって戦える能力を有する。

逆に言えば、いちいち特化させた形状に肉体を変えるためのラグが存在する。

 

わずかに対応したグールが、少しでも平たく、小ぶりな体を作り上げたのか、仲間であるグールの隙間を縫って、私に迫る。

それでも、逃げ場はある。通路は狭くとも、天井や壁を駆ければよいのだ。

私が装備している魔導器(セレクター)、『兎跳び(バニーホップ)』は空中に足場を作り、強力な跳躍を行うのが、主な使い方だ。だが、不安定この上ない空中に足場を作り、駆け抜けることが出来るのならば。

 

「天井や壁を走り、刀を振るうなど、造作もない……はずだろう!」

 

 テイラーの計算能力の補助を受け、魔術師としての計測能力を徹底的に生かし、最も安全で効率的な動きをリアルタイムに演算、それを肉体に実行させる。

 魔術配分、タイミング、速度、どれが1つ間違っても成立しない。

 それでも、私は確信している。

 

 私の編み出した『ハーメルン』ならば、必ずできる!

 

「『兎跳び(バニーホップ)』……改め、『影走り(シャドーウォーク)』!」

 

跳躍力を引き上げる反発する力ではなく、その逆、吸着する力を足場に与え、壁と敵の隙間に滑り込む。今までに練習し続けた、足をまともに地面につけずに振るう剣術。

その修練の集大成。不規則な軌道を描き、振られた刃はその背後にいる怪物を真二つに切り裂いた。

一太刀、二太刀、背後に回り心臓を一突き。これで8匹目。刺さった刀を抜く動作は隙が生まれる、その隙を刃を縮めることで消し、短くなった刀の先をくるりと背後に向け、再度長さを戻せば、敵の頭に刺さる。9匹目。その死体を足場に使って、また天井に駆け上がる。

私に向かって伸ばされる手足は、全て足場になる。礼にそれを落としてやろう。

 

「まずまずだな、陽介。 肩慣らしとしては悪くない」

 

 一番奥にいた怪物に目掛け、着地する勢いで突き刺した。奴の頭を左手で抑え、地面ごと、その肉体を縫い留める。最後の一瞬、グールは己の魔力を用いて自爆しようとしたが、それを電撃で止めた。直接脳に、苦痛を叩き込み、発動する魔術に干渉する。

 ああ、思ったより、多芸だな。前回も防護魔術を使っていただけのことはある。でも、それは無意味だ。

 

「起きろ、ヒイラギ」

 

 黒燕の刃に、刹那、逆立つ無数の刃が顕現。グールの体内から炸裂するように、逆立つ刃が、その肉体を粉砕する。

 

全身が、不愉快な汚物で塗れるが、仕方がない。

 刀の血降りをしながら、振り返る。頬を硬い小手でぬぐう。

 怪物の群れはもはや機能していなかった。どの個体も、手か足を失い、動きが乱れ、動揺を隠せていない。

 そう私は知っている。

 

「お前たち、怪物にも恐怖心はある」

 

 それが最も、私にとって有益な情報だった。

 こいつらには、感情がある。原初の感情たる『恐怖』が。

 

つまり、この醜悪な腐肉食らいどもには、それだけで価値があった。

 

「陽介……、今こそ我らが威を示す時!」

 

 私とテイラーは二体にして一心同体。

私とテイラー、同じ声で吠えた。声を媒体にし、力を発動させる。

 

「我に従え、我が名は『絶対君主(テュランノス)』。 恐怖によって、お前たちを支配する者である」

 

 テイラーの瞳が、赤く光る。

 その声を聴いた、グールたちの瞳もまた、同じ光を宿した。

 

 呆然とグール達は立ち尽くすか、床に伏せ、もう抵抗する意志を見せない。

 

「ふむ、どうやら、問題なく成功したようだな。 余が自ら動いているのだ、当然ではあるが……」

「ここの遺跡? それとも迷宮と言えばいいのかな、とにかく内部の怪物も、外の怪物とそう変わらないみたいだね。 学園に出たグールと個体差もそう大きくない」

「ああ、荒野にいた犬どもにも、力は通用した。 であれば、余も基本的には問題ないとは踏んでいたが……これが使えるかどうかは、今後の戦力に大きく影響があるからな。 実際、雑魚で事前に確認できたのは、僥倖と言える」

「正直、グールを雑魚と呼べるほど、私には余裕ないけどね」

 

 グール達の戦い方を事前に知っていたのが、大きかった。

 ひとまず迷宮の最初の戦いは、かなり有利に進められたが、何度も戦っていれば、疲労もするし、この先もこう上手くいくとは限らない。

 

「だからこその、秘術(ハーメルン)であろう? 道中、それで力を増していけばよい」

 

 私にとってはこの戦いですら、ひやひやものだったのだけど、テイラーにとってはそうでもなかったようだ。

私がため息を我慢していると、テイラーは

 

「前の攻略時より、余の力は限りなく成長している。 敵がただの怪物だけなら、そう遅れをとることはあるまいよ」

「その自信はどこから来てるんだか」

「陽介、其の方はいつも勘違いしている。 重要なのは、勝つことではない。 生き延びることなのだ。 お前たち人間は生存するためにすら努力が必要ということを忘れている、だからこそ、勝つか負けるかなどという、目前の餌に目が眩む」

「はいはい、馬鹿なのは私の方ですよ。 強い敵にあっても、逃げたり、なんとかして工夫して進めばいいってことね」

「ああ、しかり。 これは殺しを誇る試練ではない。 なぜなら、魔術師とは、殺しと破壊を誇り、強さを求める戦士ではないからだ。 もし、そう思っているとしたら、それは底なしの愚か者だ」

「全く君の言うとおりだよ。 ああ君はどうして、ネズミなのにそんなに賢いのかね」

「ふむ、そうさな。 毒餌をさげられ、罠を仕掛けられ、どう猛な天敵に追われる生き方を一度してみると良い。 お前たち人間には、まずはそれが足りない」

「やだよ、そんな地獄」

 

 テイラーの価値観は、人間にとってはやはり地獄だ。

 この誇り高きネズミは、ネズミと人間を同じ価値で見ているのだ。彼は私にとって有能な賢者ではあるが、慈愛に満ちた聖者とはいいがたい。

 私は気を取り直して、木製の触媒(つえ)を振るい、簡単な魔術で汚れを落とす。私の装備は、そもそも汚れが付きにくいものなので、落とすのもそう難しくない。

 

「それにしても、マリンカや、みんなが模擬戦に付き合ってくれたのもだいぶ効いてるね」

 

 自分の肉体を動かす時の演算速度や精度が、どんどん上がっているように思う。

 特にマリンカは召喚術で、対複数戦闘の練習をさせてくれるから、だいぶ参考になった。

 

「問題はこの先だぞ、陽介。 余は余の力に疑いを持つことは一片たりともないが、其の方が、どこで音を上げるのか楽しみでもある」

「いや、そうなる前に助けてくれない?」

 

 このネズミ、たまに私の味方か疑わしいな。

 なんで、私が心を折れるのをワクワクしながら待ってるんだよ。

 

 迷宮は迷路のように入り組んでおり、時折、罠が存在した。さらに進んだ先にも、たびたびグールは徘徊していた。多くは群れで待ち構えていることが多かった。

 そしてグールは、他の種族とは敵対しているようで、その争いを見かけることもあった。

 

 まず、争っていたのは荒野にいた人面犬。さらに、それが進化したと思しき、おぞましくも二足歩行をする亜人種もいた。

彼らは仮面を被り、粗末な服を纏い、怪物の死骸から削り出した武器を使っていた。槍や剣、時折、魔導器(セレクター)のように、魔術的な力を有する武器もあった。

 彼ら亜人が、迷宮における最弱の生物だった。亜人種は、人面犬を引き連れながら、迷宮のさらに奥深くに進もうと歩き回っていた。

 

 亜人とグールは度々争っていたが、敗北を喫していることが多かった。そのため、私は彼らの争いを有効活用し、恐怖心を与え、支配下に治めた。強力な群れには、同士討ちを誘うこともあった。

 

 彼ら亜人種を捕食しているのが、芋虫や蜘蛛の怪物だった。

虫の怪物たちは縄張りを有していて、どう猛だ。感情の作りが、私たちと違うために、恐怖心を利用して『ハーメルン』を仕掛けるのが難しい。

特に蜘蛛の怪物は糸を有効活用し、罠を仕掛け、動きを鈍らせたうえで、毒による捕食を行おうとしてくるため、より厄介だった。

 

彼らの群れに対しては、亜人種やグールの群れをぶつけ、おとりにするのが最も有効な手立てだった。

 

 それよりも、さらに凶悪なのが……。

 

 目の前に存在するこの怪物である。

 石畳の床に飲み込まれている亜人種たち。彼らはうめき声をあげながら、床に沈み、どんどん体が溶かされていく。

 

「この床……いや壁もか。 これは生物が擬態しているのか」

「ふむ。 これは恐らくスライムであろうな」

「スライム……? これがか?」

 

 スライムは擬態能力を有する群体生物である。

 一見、液体のようにうごめく、この生物は、実際は無数の小さな粒のような生物が集まり、それぞれが役割を果たすことにより、まるで1つの生物であるかのように活動しているのである。

 

 彼らは、周囲の壁や床に擬態し、無警戒に侵入したものを襲う。溶解液で溶かしてから、栄養として吸収しようとする。肉はもちろん、金属ですらも腐食させるほどの分泌物は、

脅威である。

 

 亜人種の装備している武器や、衣服、仮面までもが溶かされていくその様は、見るに堪えないものだった。いかに醜い怪物と言えど、哀れですらあった。

 

「迂回したほうがよさそうだね」

「ああ。 我らの装備では、これは少々骨が折れる」

 

 スライムは時に、より集まって巨大化したり、あるいは他の生物の形質を学び、どう猛、かつ、俊敏な獣のように動き回り、積極的な狩りを行うことすらある。

 グールも擬態能力を有するが、スライムの擬態能力はより万能だ。擬態というより、変身と言ってもいい。

 

 その上、群体故にダメージを与え、倒すことは難しい。

 武器で攻撃を加えても、液体のようにうごめく性質から有効打になりにくい。また、炎や電撃で攻撃を加えても、弱点とはなりえない。その粘液には熱や電撃に対する抵抗を有している。

 

 頭脳たる核の機能を有する部位を、破壊することが出来れば、一時的にその活動を制限することも可能だが、的確に核を射抜くことは困難である。

 

 結論として、私の持つ攻撃手段では、スライムを倒すことはかなり難しい。できても、消耗が激しすぎた。下手に刺激をせず、その場を離れることを優先した。

 しかし、この判断は必然的に、迷宮から先に進むルートを限定することになった。

 階段を見つけ、地下深くに歩くにつれ、それが問題になった。

 

 やや広い通路、柱が天井を支えている。

 広い通路は、傾向として徘徊する敵との遭遇戦が増える傾向にあった。できれば、すぐに抜けたいと思った。

 

 魔術探知、音の反響の違和感に気づく。複数人が迫っている反応。これは……相手がこちらに気づいている?

 

 私が飛びのくのと同時に、テイラーは『煙使い(スモーキン)』を発動。周囲を認識疎外の煙で覆う、通路の曲がり角から、戦闘防護服に身を包んだ3人組が飛び出す。銃を構え、魔力の弾丸を射出。

狙いをすますことが出来ず、でたらめな射撃になるが、攻撃を緩める気はないようだった。

 

「あれは、うちの生徒?」

 

 柱の陰に隠れて、機をうかがう。さっき見えたのは、上の学年の先輩たちのようだった。

 使っている銃は、『銃型杖(ガンド)』と呼ばれる武器だ。純希くんの『大型杖(ロッド)』よりも自動化されている部分が大きい。

 簡単に言えば、『才能がない人間にも扱いやすい杖』だ。3年生以上で、警備科目を志望した地球の生徒だけが許可されている。日本で開発された杖だ。

 

「3人で組んで探索していたな」

 

 しかも、他の生徒を排除するような動きをしている。なんだあれは。

 

「陽介、逃げろ!」

 

 テイラーの警告。意味を理解するよりも早く、体が動いた。より、離れた柱の陰に飛び移る。『爆炎の槍(ブラストゴア)』の術式。爆発と熱風、さらにより凶悪だ。咄嗟に伏せたが、奴ら金属片を混ぜて発動させたようだった。爆風と共に、数千mの速度で金属片が散らばる。

明確な殺意。防護服に備わったシールドで致命的なダメージには至っていないが、判断を間違えたら、死ぬところだった。しかも、そう何度も耐えられるものじゃない。

純希くんも、さすがにここまでえぐいことしないぞ。

 

 強化した聴覚が、彼らの声を捉える。

 

「こちら、三班。 ルーキーを補足、ダメージは不明。 警戒を続ける」

 

 誰かと通信している?

 おいおい、それはずるいんじゃないのか。

 

「複数人の探索者による協力体制……しかも、他にもいるのか」

 

 ああ、確かにね。『試練の塔』の情報は口外禁止とは言われたけど、協力禁止とは言われたことなかったね。

 つまり、彼らのしていることはあれだ。同じ地球側の魔術師で集まって、自分たちのチーム以外の魔術師を始末しているわけだ。いわゆるチーミングによるルーキー狩り。

 別に、ずるくはないよ。この先、ライバルがいないほうが、都合がいいようになってるわけだね。それなら、そうするべきさ。ここは殺したって、死なないエリアなんだから。

 

「陽介、其の方に『余が分析した戦力情報』を送るぞ。 わかってるな?」

「ああ、もちろん」

 

 それにこっちだって、一人で戦ってるわけじゃない。

 

「……先輩方、せっかくだから学ばせてくださいよ」

 

 煙がもうすぐ解ける。

 ここを突破しなければ、得体のしれないスライムのいる通路を駆け抜ける必要が出てくる。さて、どっちがマシかと言われたら。

 

「まあ、殺せるほうを押しとおるが、ね」

 

 人間に向けて、引き金を引いたんだ。

 もちろん、覚悟が出来てるんだろ、先輩。

 



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第43話 試練の塔 第二の攻略 ~その4(対セカンドチーム)

俺は、秀才や優秀と呼ばれることはあっても、それ以上ではない。

それをもう既に知ってしまった。

 

どれだけ努力しても、自分は本当の意味での大した人間にはなれない。

主役になれないことは知っている。だからこそ、みんなの役に立つような活躍を支えられる脇役になろうと思った。

 

俺、木村 友弘は魔法学園の6年生だ。

日本の魔導器使いが集まった警備科に所属している。

警備科と言えば聞こえがいいが、実態は魔術を使う者としての適性が低く、研究者としても、技師としても大成しない人材が行き着く先だ。必然的に、魔術障害を持つ人間も少なくない。

まともに杖も使えない人材が多く、『銃型杖(ガンド)』を基本にして、各々が適性のある魔導器を補助に使用している。いわば、魔導器使いの集団だ。

 

目をフードと仮面で隠した少女。

一見すれば神秘的な装いである、楠木ひよりが口を開いた。

 

「ちゃらちゃらーん。 木村隊長、三班が『ルーキー』を捕捉。 2年生の廿日陽介みたいなのだが!」

 

気の抜けるような口調だが、いちいち咎めはしない。

彼女は後輩ではあるが、優秀な『思念師(サーガ)』だ。その所持する魔導器も、思念師専用のもの。

仮面と杖によってその能力を拡張し、索敵などの補助を行い、さらに念話によって、隊員同士の会話が成立するように手助けしている。

警備科の中でも、特別な……数少ない魔術に適性を持つ人間だった。

 

「廿日陽介……第2級指定秘匿魔術『ハーメルン』の使い手。 今日から、攻略再開だったか」

 

 残り少ない2年生の日本人の参加者のなかでも、要注意人物だ。

元は彼も、魔術障害持ちで、警備科でも加入候補として名前が挙がっていた。それが今や秘匿魔術の保持者だ。どんな手段で攻撃してくるか予測もつかない。

 今日は、北村翔悟も攻略再開になっている。2年の吉田純希含め、今、落とせるなら落としておきたい相手だ。

 

 だが、俺たちセカンドチームで戦える相手なのか?

 セカンドチームは、ある程度の実力はあるものの、第一層を突破することが出来ない人員で構成されている。

 それも、一度に戦えるのは3人までだ。

試練の塔では、徒党を組む人間が一定数を超えると、怪物達を刺激する(これは先輩から聞いた話なので、実際に見たことがあるわけじゃないが)ため、力量の差があっても、これ以上を数で補うのは難しい。

 

「どうする、どうする? ……スライムの通路を避けているから、このままいくと、いずれにしても接触するようなのだが!」

 

 楠木が気の抜けた口調で、判断を促してくる。

 彼女は口を開くだけで、士気が落とすことが出来る天才だ。かえって、それが冷静にさせてくれているのも否定しないが。

 

「今回は、2班に5階を突破させるのが目的だ。 だが、奴が先に進もうとする以上、迷宮はいずれ2班と奴を引き合わせるだろう」

 

 試練の塔は、攻略する参加者に、その力量にあった試練を与える。そのなかで、参加者同士を引き合わせ、戦わせることもある。

 よりふさわしい者が、先に進む資格があるというように。

 

「ここで奴を落とすか、削る。 2班には出来るだけ万全な状態で、5階の試練を受けさせるべきだ」

「じゃ、3班には戦ってもらうってことか?」

「そうだ。 通路を使って射撃させろ、最悪足止めで構わない。 同じエリアで足を止めさせれば、そのうち怪物が群がってくる。 奴を怪物とぶつけ、3班が巻き込まれるその寸前で……」

「わかってる、わかってる。 3班には引き上げさせればいいのだな? それくらいは、ひよりには簡単だ!」

 

 楠木の言葉遣いに、佇んでいた男子生徒……志田がたしなめる。

 

「楠木! 木村先輩になんて口をきくんだ。 しかも、隊長なんだぞ!」

「えー、木村隊長は気にしなくていいと言ってくれたのなのだが!」

「そう言われても、気を付けるのが上下関係だろ」

 

 志田は我々よりも重装な防護服を纏い、頭部をヘルメットマスクで覆っている。表情は見えないが、声や身振りで感情が丸わかりだった。

 志田は護衛役を務めている。彼はまじめな性格で、いつも楠木をたしなめている。

 今も左手を覆う金属盾を邪魔そうにしながら、後輩としてあるべき態度を指摘し続けている。怒り心頭でも、銃型杖(ガンド)の銃口を、決して冗談でも楠木に向けようとしないあたり、きちんと指導を順守しているところが、彼らしいと言えるだろう。

 

 正直、楠木の言葉遣いは気にならないと言えばうそになるが、『思念師』に限らず、魔術はメンタル状態が大きく性能に影響する。のびのびと魔術が使えるなら、それにこしたことはない。

 才能のある人間に、下手に口出ししないほうがうまくいく。言葉遣いを許すくらいで、効率が上がるなら、多少は我慢してもいい。

 

「それより、志田、あまり根を詰める必要はないが周囲を警戒しておいてくれ。 俺達もあまり留まっていては、怪物に狙われる可能性がある。 楠木の索敵があるとはいえ、油断は出来ん」

「……わかりました。 まあ、木村先輩や、楠木がやられたら一大事ですからね」

 

 志田は盾と『中型杖(バトン)』を構えながら、警戒に戻る。

 彼の役目は、俺たちの盾になることだ。時間稼ぎさえしてもらえば、俺と楠木が何とかする。

 

 にしても、今日は面倒な状況だ。

 『炎の監視者(ウォッチャー)』のサークルから、参加者が来ているのはいつものことだが、この第一層には、珍しいことに『蒼き一角獣(ラース)』の名家の魔術師も来ている。本物の魔術師を相手どれる戦力がない以上、不確定要素は排除したい。

 異世界側の魔術師には、絶対に近寄れない以上、進むことが出来るルートも限定されている。

 

「ルーキーを補足、対象のダメージは不明。 警戒を続ける」

 

 三班から念話が届いた。

 廿日陽介と接敵したらしい。基本的に、奴は接近戦闘しかできないはずだ。射撃魔術で通路を塞げば、出来ることは限られる。

 

 廿日陽介の周囲に、怪物たちが集まってきているのも観測できている。

 時間さえ稼げば、奴は対峙することになるだろう。後ろから挟み撃ちにするなり、逃げてきたやつを倒してしまえば、それでいい。

 

「まずい! まずいよ、木村隊長!」

 

 楠木が動揺している。危機感よりも、物珍しさが先に立った。

 俺が指示するよりも早く、脳に直接、映像が送られる。

 

「ん……?」

 

 三班が目にしているのは、グールの群れだ。

 通路の奥から、肉体を改造し防御を固め、防護魔術によってシールドを展開しながらゆっくりと迫るのが見える。

 

なぜその通路の奥から現れた?

いや、そもそも……廿日陽介はどうした?

怪物どもが、どうして廿日陽介を素通りして来る!

 

 グールは赤い瞳をギラギラと輝かせ、威圧するように迫る。

 

 三班は、『銃型杖(ガンド)』による応戦を開始する。射撃魔術で、魔術の弾丸を射出。シールドで弾かれるため、貫通性能を高めて撃ち出すが、防御を固めたグールに対しては有効打にならない。

 班長は即座に、『爆炎の槍(ブラストゴア)』を撃ちだし撤退を指示。魔力の消耗が激しいが撃たない訳にはいかなかった。

熱と数千m速度の爆風、それに織り交ぜられた金属片は、確実にグールにダメージを与えることには成功するも、恐れを知らず、着実に接近する。

 

 群れの合間を縫うように、薄く平たく変形した個体が、駆け抜ける。機動力を高めたグールが、爪を伸ばし班員を追う。こちらが爆炎の槍(ブラストゴア)を起点に、撤退しようとしていたことがわかっていたかのような動きだ。

 

 

「む、無理だ! 逃げきれない!」

 

 班員たちは、左手の盾からシールドを展開。反発させる力をシールドに纏わせ、グールを跳ね飛ばしながら、『銃型杖(ガンド)』から射撃。さらに押しこまれそうになったところをブレードを出し銃剣で応戦。

 機動型グールは装甲が薄い。攻撃さえ当たれば有効打になるが、後を追うグールが戦いを許さない。すぐに押し倒されて、蹂躙される。

 一番若手の班員がまっさきに装備ごと首をかみ砕かれ、悲鳴を上げた。ダンジョンの入り口まで転移させられる。もう一人の班員が、複数のグールにしがみつかれたのを見て、班長は駆け出した。

 一人でも、この場を離脱するべきだと判断したのだ。

 

俺は、舌打ちする。

なるほど、ハーメルン。至極単純なネーミングだ。

第2級指定秘匿魔術ハーメルン。つまり、『ハーメルンの笛吹き男』という逸話を元にしている名称。ネズミを操った笛吹の逸話を再現するかのように、怪物たちを操り、戦力に変える。強力な魔術だ。

だが、種がわかれば、まだ何とか対応できる。

 

「逃げ出せると思ったのかい?」

 

 だが、通路の先には、グールと同じように眼光を赤く輝かせた少年が立つ。

 ――廿日陽介だ。

 小柄な身に、コート状の防護服を着ている。

その瞳を除けば、変哲のない子供だ。

 

「調子に乗るな、2年!」

 

 班長は、ためらわなかった。

 すかさず、『銃型杖(ガンド)』の引き金を引く。魔力による追尾弾を連射した。避けても、弾丸は対象を追う。狭い通路では避けられない。

 

 廿日陽介は、真っ黒に染まった刃を振りかざす。

すると魔術弾がかき消えた。撃ちだした弾丸が、ひとつ残らず、消失した。

 

「――は?」

 

理解不能だった。

班長は、この緊迫した状況において、思考を止めた。だが、それを誰が責められるだろう。

そんなことがあり得るはずはない。

 

「馬鹿な! そんなことはあり得ない!」

 

 何度も何度も、追尾弾を撃ちだす。

 そのたびに刀が振るわれた。変形する刃が、一振りで複数の魔術弾を切り払っているのだ。追尾弾をやめて、連射性能を高めた魔術弾をでたらめに撃ち始める。

 身体をわずかに逸らしながら、最低限の弾丸だけ刀で優しく凪いだ。

 

「惜しい、判断が早いね。 発想は悪くないと思う」

 

 廿日陽介は、採点する教師のように言った。

 

「追尾弾は、弾丸に設定する誘導能力によって軌道が変わる。 通常弾を射撃しつつ、追尾弾を織り交ぜ、かつその誘導能力に差を与えながら、射出出来ればさすがに当たると思うよ」

 

 それが簡単なことであるかのように、廿日陽介は言った。

 それが普段見ている光景であるかのように。この程度の芸当など、普段からしているかのように、そう言った。

 

「ああ、でも『銃型杖(ガンド)』だと難しいのか。 ごめんなさい、先輩。 今、私が無茶なことを言いましたね」

 

 気が付けば、班長の真後ろにはグールが殺到している。

それらが、じっと視線を班長の背中に集めているのだ。『思念師』の情報索敵能力が、より一層、彼の絶望的な状況をはっきりと映し出していた。

 

 班長の『銃型杖(ガンド)』を持つ手が震える。自爆を覚悟して、射出する魔術を『爆炎の槍(ブラストゴア)』に切り替える。やられるなら、少しでもダメージを与えよう。冷静な判断力というより、警備科のセカンドチーム班長としてのプライドだった。

 

「あ、無駄だからやめた方がいいですよ」

 

 左手をかざしながら、廿日陽介は近づく。

 魔力を電気のように変化させ、それを纏いながらゆっくりと歩む。金色に輝く小手が、その電光に照らされた。

 

「引き金を引くより、私の方が今は(・・)早い。 なるべく、痛くないようにしてあげたいけど。 それを使われるなら、手加減できないからね」

 

 あくまで善意である。そういうかのように、友好的な笑顔を見せた。穏やかな口調だった。

 それを聞いた途端、だった。

 班長の全身がより震え始める。止めようのないほどに。

 

「警備科を……」

「うん?」

 

 廿日陽介は、首を傾げ、耳を澄ます。

 何の脅威も感じていないかのような、その素振りこそが、3班班長 石田一誠のプライドを大いに刺激していた。

 

「なめるぁああああっ!」

 

 彼は引き金を引こうとした。

 そして、視界が光に包まれ、暗転。バチバチバチと何かを鳴らす音、誰かがジタバタと激しくもだえるような音。男子生徒の悲鳴。

 

「あーあ。 だから、やめろと言ったのに」

 

 視界は暗転している。

 音声以外の通信機能は、落とされた。

 

「あれ、誰か聞いてるね?」

 

 足音が近づいてくる。

 それが止まる。

耳元でつぶやくような声。

 

「……見つけた」

 

 完全に通信が途絶える。

 

 俺は隣にいる楠木を見た。

 彼女は、震えていた。さきほどまで飄々としていた彼女が。

 

「き、き、木村隊長? ど、ど、ど……」

「落ち着け、楠木。 これまでも、強い相手はいた。 それだけだろう」

 

 フードと仮面で目を覆われ、楠木の表情は見えない。だが、それでよかった。

 年下の女子に、面と向かって泣き言を吐かれたら、さすがに俺も困る。

 

「……木村先輩? どうしたんです?」

 

志田は、不審に思って声をかけてきた。彼は何も見ていない。

楠木は、俺だけにこの情報を見せていた。いい判断だ。

 

「いや、たいしたことじゃない。 思ったよりも、奴が強いというだけ……」

「違うんだよ! 違うんだよ、木村隊長!」

 

 楠木? 俺は、そのらしからぬ態度にいら立ちを覚えた。

 今までも魔術師は相手にしたことがある。怪物を操るくらい、たいしたことじゃない。もっと厄介な相手はいた。だが、奴は攻撃を避けるか、防ぐかしている。ちゃんと攻撃が当たれば倒せるし、怪物の群れに警戒すればいいだけなら、『思念師』の索敵があれば、遭遇せずに済む。

 

「それが違うんだよ! 木村隊長!! ひよりのこと、ぜんぶばれてるようのなのだが!」

「ばれてる?」

「ひよりの通信網が全部、見られている! 現在位置も見られてる! これは……ハッキングだ!」

「なに? ハッキング……?」

 

 理解できなかった。思念を使った通信をハッキングする?

 ばかな、相手に『思念師』がいない以上、そう簡単に傍受も探知もできないはずだ。

 奴は魔術障害持ち、思念による通信技術などないはず。専用の装備もなしにそんなことが出来るはずがない。

 

「2班、5班が怪物と戦闘中! 3班は、通路を封鎖され、徐々に包囲されつつあるんだよ! 1班にも怪物が近づいている! ところどころ、邪魔で見えない!」

 

 しかし、ことは起きている。

 こんな状況への対応策など知らん。だが、出来ることはやるべきか。

 

「各班長の判断で離脱。 3班、石田班長の念話通信を切断……いや、まずは3班全員を切断しろ」

「わ、わかったなのだよ!」

「それでだめなら、一時、ネットワークそのものをすべて落とせ。 再構築にどれくらいかかる?」

「それは……」

「木村先輩! 危ないです!」

 

 志田が、俺の前に立ちふさがる。

 盾を構えシールドを展開、耐え抜く。俺に見えたのは、わずかに見えた金属の反射。黒い人影は壁から、床へ跳ねる。俺は二丁の『銃型杖(ガンド)』を構え、引き金を引く。右で強力な貫通力を持つ弾丸、左で連射性能高めた弾丸をそれぞれ射出。

刀を二振り、最低限の弾丸を切り払いながら、瞬きする間に、あたりを煙が充満していく。

 

志田が『中型杖(バトン)』を構えなおし、じりじりと距離を詰めていく。真っ先に、盾になるつもりだった。

 

だが、それをすり抜けて、俺の目前に廿日陽介が現れる。

銃型杖(ガンド)』からブレードを出し、二刀の銃剣を交差させて攻撃を防ぐ。奴の刀身のほうが強度が高いのか、左右の銃剣に亀裂が入る。長くは打ち合えそうにない。

 

「む、今の一撃を防ぐか。 不意打ちできたと思ったのだが、思ったよりやる」

 

 そう呟くと、再度飛び出す。

志田がすかさず『中型杖(バトン)』から『雷撃鞭』による攻撃を撃ちだしていたが、タイミングを予測されていたようだ。

 

「我が声を聴け! そして、足掻いて見せろ!」

 

 廿日陽介は、やはり燃えるように煌めく眼光で、どう猛に笑みを浮かべていた。

 さきほどまでとは、まるで違う表情だ。

 

 その黄金の小手を翳す、突如出現したナイフが射出される。ただのけん制の攻撃か?

射出された速度と質量を即座に計算、対応可能と判断し、防護魔術を発動しシールドで防ぐ。わずかな逡巡、シールドに任せて攻撃に転じることを、俺の警戒心が邪魔をした。

 

だが、防ぎ弾いたナイフが、魔力による発光。即座に回避に転じる。

ナイフに刻まれたルーンを媒体に、巨大な槍の如き金属体へと変化。強大な質量を伴った攻撃が、シールドを貫通。よけきれず、右腕を削りとられる。

くっ、なんともやらしい動き方をする。無理に攻め入ってこないが、確実に戦闘能力を奪うような攻撃をしてくる。

 

 志田は中距離を『雷撃鞭』で補いながら、盾を使い、廿日陽介を抑えようとしていた。一度は攻撃を防いだ盾だ。その判断は間違っていないはずだった。

 

「ふむ、今日斬る中で一番硬いぞ。 お前の盾は」

 

 廿日陽介の刀から、無数の刃が顕現する。志田の盾が攻撃をしのぐが、それを防いだ途端に、ごっそりと志田の身体から力が抜けた。

 

「あ……あれ?」

 

盾に付けられた夥しい傷と共に、志田の魔力もまた大量に()がれているようだった。廿日陽介の刃には厄介な仕掛けがあるらしかった。

 このままでは返す刃で、志田が斬られる。

 そうはさせまいと、俺は廿日陽介に切りかかる。奴は飛びのきながら、空中で足を止め、斬撃を放つ。

 

「『空旋(くうせん)』」

 

 片足で空中を数回転、同時に繰り出される変則的な軌道の斬撃。黒く染められた刃は、この迷宮の中では視認しづらい。

 

召喚(いで)でよ! 鉄心(てっしん)っ!」

 

 日本政府によって開発された人造魔人『鉄心』。心なき機械仕掛けのゴーレムが、大盾を携えて現れる。廿日陽介の攻撃に割り込ませる形で、その流れを止めようとした。

 

「ほう?」

 

 わずかに、驚きで廿日陽介が目を見開いた気がした。

 だが、志田はそのまま、曲がりくねった斬撃で盾ごと両断、体を4等分にされる。天井、壁を沿うようにして、放たれた攻撃が、志田をバラバラにしたのだ。

 

「――馬鹿な!?」

 

 そのまま廿日陽介が上に浮かび上がっていく、いや、違う。俺が、地面に向かって崩れ落ちているのだ。攻撃に巻き込まれた俺の足が、跳ね飛ばされたのだ。

 『天の羽衣(あまのはごろも)』を起動。体を浮遊させて、戦闘姿勢を保つ。

鉄心を盾にしながら、二丁の『銃型杖(ガンド)』を構え、右で『爆炎の槍(ブラストゴア)』を撃ちだす。魔力の煙を爆風で吹き飛ばしてから、もう片方の『銃型杖(ガンド)』で誘導弾を射出。

 

「『飯綱狩り(ウィールズ・アウト)』!」

 

銃身が焼け付く臭いと共に、誘導性能を持った光線群が一斉に放たれる。どう逃げても、弾幕で圧倒する。斬撃で防げるレベルを超えれば、防げないはずだ。

 不敵に笑う廿日陽介が、左手をかざす。

 

「亜人どもを代償とする、来い!」

 

 金色の小手が雷を帯びる。

 青い輝きと共に、グールが2匹出現。防護魔術を使用し、シールドを展開。魔術の弾丸を防ぎきれず、盾になったグール達がダメージを負う。

 ここで、倒し切らねば勝利はない!

 

「行けぇええっ! 鉄心っ!」

 

人造魔人『鉄心』が、両手で大盾を振るい追撃、2匹のグールを薙ぎ払った。

現れたのは、無防備な廿日陽介。奴は刀を、再び空中で刀を振りぬこうと構え、迫りくる。鉄心を素通りし、接近してくる。

俺は、二丁の『銃型杖(ガンド)』を構え、迎え撃つ。いや、突撃する。

距離を取らせれば、あの曲芸じみた斬撃が、天井や壁を伝って飛んでくるからだ。

 

 刃は交錯し、銃剣がへし折れる。『鉄心』が大盾を振り下ろすが、廿日陽介の速度には全く追いつけない。空中を足蹴に、この狭い迷宮内を高速移動する。一歩間違えれば、壁にたたきつけられ、ただでは済まないだろうに、まったくためらうことがない。

 

 煙を『爆炎の槍(ブラストゴア)』で払い、隙を作ったうえで『飯綱狩り(ウィールズ・アウト)』を撃ち込めば、決め手になる。だが、『鉄心』を召喚した以上、魔力の残量も心もとない。

 廿日陽介は、地面にとらわれず、そう広くはないこの通路を、天井や壁を伝い、でたらめな体勢で斬撃を飛ばしてくる。頑強な『鉄心』も、その耐久性に限界が来つつあった。

 拮抗できるのは、このわずかな時間だけ。

 

「楠木! 仕留めろ!」

 

 だが、楠木からは返事がない。

 背後から、後輩の声が聞こえない。どうした、楠木?

 念話は切断されていて、ほかの班の状況もわからない。

 

 ……切断されている?

 本当に?

 俺は、楠木に右手の『銃型杖(ガンド)』を向けて、引き金を引いた。

 

『灼熱の槍(イニグスジャベリン)』!」

 

 両目をフードと仮面で覆った後輩は、反射的にその身をシールドで守ろうとしたが、俺は全力の貫通術式を使い、容赦なく撃ち殺した。

 これだ、こいつが原因だ。

 

 通路を高速移動していた廿日陽介の動きが止まる。途端に動きが鈍くなった。

 こいつ、『思念師』の能力と頭脳を、使いやがった! 楠木ひより(俺の後輩)を利用して、自分の演算速度や魔術効率を底上げしていやがった! 絶対に許さない!

 

「『鉄心』っ! 捕縛!」

 

 『鉄心』は鎧を複数の腕に変形させ、そのまま、廿日陽介にとびかかる。俺は『鉄心』になけなしの魔力をすべて回した。機動力を底上げする。

 当然の速度強化に、動きの鈍った廿日陽介は対応しきれなかった。多椀の人造魔人にがんじがらめに拘束される。

 奴は、心底感心したような表情を浮かべて、それ以上抵抗もせず、甘んじて地に這いつくばった。

 

「ふむ、まさかここで見抜くとはな。 躊躇いのなさも、賞賛に値する」

「黙れっ! 俺の後輩を利用しやがって!」

「私も其の方の後輩なのだがな。 複数人で徒党を組んで、後輩を攻撃するとは、あるべき先達としての在り方を教わることが出来て、何よりだよ」

 

 俺は言い返せなかった。

 自分たちのしていることが、誇れるような攻略の仕方じゃないのは明白だったからだ。

 だが、こうでもしなきゃ俺達セカンドチームは、先に進めない。卒業まで頑張っても、1層を突破できるかどうかだろう。

 

「……お前は、『ハーメルン』の力で、相手を操り、情報を抜き取り、その頭脳や肉体を利用して、魔術の効率を底上げしてやがるな?」

「さてな。 聞いたところによれば、魔術師の技は秘匿されなければならないらしくてな、互いにそういった質問はしないことになっているはずだが?」

「ああ。 いや、答えなくていい。 俺は決めただけだ」

「決めた?」

「俺は諦めてたんだよ、自分は大した人間になれねえって。 もう6年だ、才能ってものを認めるしかねえ。 どんだけ頑張っても、俺はここ止まりだ」

「ほう、身の程をわきまえたのか。 立派なことだな」

「それは仕方ねえ。 だから、それはいい。 そこまではどうしようもねえよ」

 

俺は、秀才や優秀と呼ばれることはあっても、それ以上ではない。

それをもう既に知っている。

主役になれなくてもいい。だからこそ、みんなの役に立つような活躍を支えられる脇役になれればいい。そう思っていた。

 

「でもな、絶対に許せないもんができたわ」

 

 もはやまともに魔力も残っていない。

 それでも、俺は廿日陽介に銃口を向けた。

 

「俺は、自分の仲間を利用されたり、踏みにじられることは許せない。 こいつらは、俺が守る」

 

俺がそういうと、廿日陽介は年相応の表情を見せた。赤い眼光が収束し、普通の人間と変わらない目に戻る。キョトンとした表情に、次第に穏やかな笑みを浮かべる。

 

「ああ、わかるよ。 友達って大事だよね」

 

 突然の肯定。

 それでも、俺の憎悪は消えることはない。

 

「やれ、『鉄心』」

 

 俺は『鉄心』に命じる。

 残りのすべての力を使っての自爆を。例え、俺を巻き込んだとしても。

 そう思っていた。

 

「――え?」

 

 胸を何かに撃ち抜かれる。

 胸から飛びだしていたのは、それは金属製の槍だった。

 目の前の光景が一転する。

 



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