Fate/Dragon Quest (極丸)
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番外編
幕間の物語・第五次三大騎士編


アンケートにてギリギリトップを走っていた(6/25現在)
幕間の物語(カルデア編)を番外編として描いてみました。
初回ということでFate/を代表する三人を中心に描いてみたつもりです。
少し話に抑揚がない気がしますが、そこは勘弁してください。
ついでに祝・UA20000突破!
マジでありがとうございました!


 カルデアの食堂メニューは多種多様である。

 出身はアフリカや中東、北欧やアメリカ、日本からブラジルに至るまで、カルデアにいる英霊の出身地で簡単な地図が埋まる程に多様だ。

 そして時代も最古は神秘に溢れた神話の時代から最新は科学に満ちた近代まで。これだけ場合分けが多ければ、自ずとメニューもそれに比例して増えていくのも道理といえよう。

 そして、それだけ多くの人種が入り乱れるカルデアの胃袋を支えているのは、ごく少数の料理人だということはカルデア内では割と知られた事実だ。

 

「俺の好み?」

「ああ、この食堂を預けられている身としては、君の趣向も把握しておきたくてな、好き嫌いが無いというのは、料理人(こちら側)としても負担が減って救われるが、度が過ぎると心配でね?」

 

 とある日のカルデアの食堂にて。

 ロトとエミヤはテーブル一つを使って話し合いをしていた。

 ロトの向かい側に座るエミヤは食後のデザートにタマモキャット特製白玉あずきを食していたロトに対して、食の好みを聞いていた。ちなみに今日のロトの食事はチキン南蛮であった。

 

 

「別に好みなんて言われてもそこまで意識したこと無いぞ? それに俺以外にも決まったメニュー頼まない奴なんているだろ? マリー王妃とか茶会以外だったら楽しそうって理由で普通にドレイク船長と一緒に酒飲んでたぞ?」

「それは知っている。しかし彼女はあまり酒に強く無いのか、紅茶に比べて飲むペースは普段より遅かった。しかし君は違うだろう? 日本酒であろうと葡萄酒(ワイン)であろうと麦酒(ビール)であろうと、君が飲みきる時間は概ね同じだった。普通であれば好みで無意識にでも飲み切る時間に時間差が生まれるはずなんだ。それは異常だ」

「って言われてもなぁ……俺もそこまで考えて飯食ってるわけでもないし……」

 

 エミヤの追求にロトは困ったかのように眉をひそめる。自分でも無意識下でそこまで食に頓着がないと見られているとは思わなかった。ロトはじっと見つめてくるエミヤに対してロトは続ける。

 

「それに俺ってなにかとピンチ続きだったからなぁ……飯にこだわってる暇もなくなってくるから、一時期は薬草と聖水とかで何日も食いつないだ事も何回かあったぞ? ま、仲間からはドン引きされたが」

「……それは聞き捨てならんな」

「え?」

 

 ロトにとっては何気なく言った一言であったが、その一言により、目の前にいた料理人(エミヤ)の顔が変わる。先程まではロトに配慮して、あまり圧をかけずにいたが、今となっては眼を凄ませ、両手を顔の前で組み、ジッとロトを見ていた。

 その顔に歴戦の勇者であるロトの顔は引きつり、直感で察した。

 

 ──────地雷踏んだ、と──────

 

カルデア(ここ)の厨房を預けられた身として、食育も重要な使命の一つだ。これは少しばかり、私も本気を出さねばな……」

 

 徐に立ち上がりロトの方へ歩み寄るエミヤに、ロトは距離を取るように焦りながら席を立つ。その珍しい光景は、食堂にいた英霊達の目にも止まり、聞き耳を立てていたデバガメも面白くなってきそうだと身をひそめる。

 

「い、いや、大丈夫だからエミヤ! 食に傾倒してた時代もあったっちゃあったから! それに言ってなかったけど俺自分でも料理作れるから! だから別に食育は要らないって!」

「そういう問題ではない。そういう経験があって笑い話で済まされている事が問題なのだ。ようやく分かったよ。君は趣向がないのではなく、食を栄養源としてしか見ていないという事がね」

「い、いや! そんな事はないぞ! 出会った仲間とも酒屋で飲みあったこともあったし、別に薬草とかが好きってわけでもないから!」

 

 ロトは必死にエミヤに抵抗するが

 

「英霊であるから腹を壊す心配もないが、その思考は少しばかり矯正したほうがいいかもしれんな。そういう訳だ立香(マスター)。少しばかり、借りていくぞ」

「うん、いいよ。流石にあれはひどい」

「え?! ちょ、立香?!」

「さて、マスターの許しも得たことだ。今日はしっかりと()()()()()()()()()()()()。勇者殿」

「え、えっと……レムオル!」

 

 勇者、逃亡。普段は使わない透明化の呪文である『レムオル』すら利用して逃げる辺り、今のエミヤには何かがあるらしい。しかしそんな勇者の逃亡も失敗に終わる。

 

「マスター」

「令呪をもって命ずる。ロトよ。今すぐ力を抜きなさい」

「ウグオ! り、立香……なんで……」

 

 立香の令呪により、思いっきり頭から床にダイブした勇者をエミヤは襟の部分を掴んで厨房にひきづる。仔牛を連れていくときに流れるBGMが立香には聞こえた。

 

「諦めたほうがいいよロト? 今の内に済ませておいたほうが後々楽だよ」

「済まないなマスター。後でこの借りは返す」

「な、なぁエミヤ? なんで俺ここまでされてんの?」

「おや? 勇者ともあろう英霊が知らないのかね?」

 

 エミヤはロトの問いかけに顔を向けずに答える。

 

魔王(料理人)からは逃れられんのだよ?」

 

 その時の顔を見れなくてよかったと、ロトは一人思った。

 

 ──────────

 

「んで、今のこの有様かよ? オメェも人騒がせな奴だな?」

「うるさいクーフーリン。それにしてもそんなに重要な問題かな?」

「ま、そこは俺も生憎だがあの弓兵に賛成だぜ? どーにも宴会の時に楽しそうじゃねぇと思ったらそういう事だったのかよ? ったく、紛らわしいぜ?」

「俺としてはちゃんと楽しんでたつもりなんだけどな?」

 

 数時間後、ロトは食堂にて数多の料理と周囲からの視線に囲まれていた。

 ロトの座るテーブルの前には世界各国の料理が並び、その一つ一つが光り輝いて見える、それを味わう側は極楽であるが、それを観る側は一種の地獄であった。

 そしてまたもやロトの前に料理が運ばれる。

 ロトはその料理を運んできた男、エミヤを見やる。

 

「なぁエミヤ? ここまでする必要あるか? 一応英霊だから食えはするけど、1日でここまで食材を使うのはもったいなくね?」

「安心してくれ、君が暇さえあれば乱獲してきた食材は幾らでもある。寧ろ食材を消費しきれるかどうか怪しいところだったので、丁度いいくらいだ」

「マジで……?」

 

 カルデアにいる騎士王ですら消費しきれない量の食材を狩ってきたとはロト自身も驚きの一言である。その発言に食堂内も少しざわついた。

 

「まぁ、今日は思う存分食べていってくれたまえ。残りは騎士王殿や他の英霊に回すから心配は要らん」

「じゃ、じゃあ頂きます……」

「おう弓兵? なんだったら俺の地元料理も教えてやろうか?」

「貴様に料理のやり方を伝えられるかどうか怪しいところだが、まぁ参考にはなるだろう」

 

 そう言いながらクーフーリンとエミヤは厨房へと消えていった。

 残ったロトは目の前の料理を味わうべく、食器を動かし始める。

 数時間後……

 

「ふぅ……少し気分的に休んどこうかな……」

 

 ロトの腹は満ちた。気分の問題だが。

 ロトの周りに積まれた大皿は最低でも五十をとうに超え、皿の山が積み上がっていた。

 その騎士王に迫る大食漢っぷりは、目を見張るものだった。逆によく今までこの事実に気がつかなかったものだ。

 特に膨れていないお腹に手を当ててさすりながら、ロトは一旦食休みに入る。別に大食い対決ではないし、これくらいはいいだろうと言う判断のもとである。

 そしてロトはどうしても箸を休めて考えたいことがあった。

 

「うーん、しかしどうにもピンとこないなー……」

 

 そう、ロト自身の食の好みである。今まで食べてきた感覚をなくすのは容易ではなく、どれも一様に美味しいのが、ロトの判断力を鈍らせる目下の原因でもあった。

 このままではエミヤが俺の為に作ってくれた料理が無駄になる。そう考えるロトだったが、考えて答えが出るような問題でもない為、結局堂々巡りで終わってしまう。

 そしてふと、ロトは視線を感じ、その方角へ顔ごと目を向ける。

 

「…………………………」

 

 そこには短い金髪にてっぺんのアホ毛を立たせた青いドレスに白銀の甲冑を着込んだ女性、名をアルトリア・ペンドラゴンが柱に身を隠す様にしながらジッとロトを見つめていた。何故か口からはよだれが垂れていた。

 

「……あー、アルトリアさん? 何してんですか?」

「ハッ! い、いえ! 丁度食堂を通りかかったら美味しそうな匂いがしたもので! 別に勇者殿の料理を食べたいと思っている訳ではないので、どうぞお構いなく!」

「…………そうですか……」

 

 嘘をつき慣れていないのか、彼女の性分なのか、はたまたその両方か、アルトリアから発せられたその言葉に信用性は皆無であった。

 それに彼女がエミヤの料理を他の誰よりも気に入っているのはカルデア内では常識レベルで知られている事だ。

 もちろんロトもそれは知っており、明らかに彼女が自分の料理を食べたそうにしているのは明白である。と言うか内情を知らなくても相当な鈍感でなければ気付くレベルで本心が見え見えだ。そこが彼女のいいところではあるが。

 

「……じゃ、頂きまー」

「ああああああ……」

「……あ──」

「あああ!」

「…………」

「…………」

 

 ロトが口に料理を口に運ぼうとすると、それにつられてアルトリアも口を開けて名残惜しそうに声を上げるが、それを止めると安心する様にホッと息を吐く。

 その一連の所作にロトとアルトリアの間に微妙な空気が流れた。

 

「……食べます?」

「……い、いえ! その料理はシロウが勇者殿のために作られたご飯です! それを私が食べるのは……」

 

 ロトの気遣いに一瞬だけ迷ったアルトリアだが、鋼の意志を持ってそれを拒否、自分に言い聞かせる様に首を横に振りながら必死に邪念? を振り払おうとしていた。

 

「はい、あーん」

「あーん」

 

 騎士王、陥落。不意打ち気味に眼前に突き出された料理に持ち前の直感を使って対応するあたり、相当食べたかったらしい。目を閉じて噛みしめるように味わうと、感極まったのか少し身震いをした後に喉が動いた。その幸せそうな表情に食堂内の空気が緩む。

 

「まだ欲しいですか?」

「……頂きます」

 

 ロトの気遣いにアルトリアは今度は素直に応じた。すると厨房の方からガランガランとトレイが落ちるような音がした。

 

「ん? あ、エミヤ。どうしたんだ?」

「シロウ?」

 

 何かと思い全員が振り返ると、そこには唖然として立ち尽くしているエミヤがいた。

 エミヤは小刻みに震える体をそのままに、二人に問いかける。

 

「……二人とも、先ほどから何をしているのかね?」

「??」

「……あー、エミヤ、君が懸念していることはここでは起こってないから安心してくれ。それと烏滸がましいかもしれないけど、アルトリアも君の料理食べたいってさ」

 

 エミヤの質問の意図がわからず、アルトリアはキョトンと小首をかしげる。なぜここで発動しないんだ直感スキル。

 しかし言いたいことに気が付いたロトがすかさずフォローを入れ、その反応にエミヤは頭を抱えながらも、ブツブツと呟く。

 

いや、分かっている、分かっているのだ。あの二人が自覚なしにやっている事など……ただ私が納得していないだけで、

「シロウ、どうしたのですか?」

「ソッとしときなアルトリアさん。彼も色々とあるんだよ」

 

 そう言いながらロトは食事を再開する。そこに混じったアルトリアをきっかけとして、数多くのサーヴァントがロトの食事にありつき、その日のカルデアはマスター達も混ざりの宴会一色となった。

 

 ──────────

 

 翌日、ロトは食堂にてクー・フーリンと向かい合って座っていた。

 クー・フーリンはロトに問いかける。

 

「んで、結局見つかったのかよ? オメーの好み」

「ん、まぁね」

 

 クー・フーリンの問いかけにロトは肯定の意を示す。その返答にクー・フーリンは面白げに笑い、再び問い詰めた。

 

「なんなんだ、そりゃあよ? 聞かせてみろよ」

「デザートさ」

 

 すんなりと答えたロトの返答にクー・フーリンはキョトンとした顔を浮かべる。

 まさか主食ではなく、食後のデザートときたのだ。多少昨日のエミヤの趣旨とずれているかもしれない回答にクー・フーリンは疑問の声をあげた。

 

「あ?」

「口をスッキリさせるあの感覚が気持ちよくってね、よくよく考えたら俺いっつも食後にデザートを食べてたし、デザート担当はタマモキャットがしてたから、エミヤも気づいてなかったのかな?」

「なんだそりゃ……んなことかよ」

 

 ロトの返答にクー・フーリンは呆れ顔で呟く。ロトは目の前に置かれているタルトにフォークを刺し、切ったタルトを頬張る。

 

「まぁね、でも英霊になっても自分を学べる機会があるなんて……生前苦労した甲斐があったよ」

「はっ、世界を何度も救った大勇者様の最後の褒美が食後のデザート一つってのもどうだかね?」

「感じ方は人それぞれさ、クー・フーリンも食べる? このタルト美味しいよ?」

「いらねーよ、勇者様のお楽しみ取り上げちまったらバチが当たりそうだ」

 

 そう言ってクー・フーリンは席をさり、食堂に残ったのはロト一人だけだった。厨房にいる面々もレイシフトなどの関係で今はいない。

 そして残ったロトは一人黙々とタルトを食べていた。

 

「ん? 私も食べたい? 悪いな、これは俺に作ってもらったヤツだからあげられないよ。え、そんなに俺って食事の時つまんなそうだった? 参ったなぁ……おいみんな、まだマスター達にみんなのこと伝えてないんだからそう無闇矢鱈に召喚されんな! ちょっと戻ってくれ!」

 

 カルデアの食堂の扉からそんな声が聞こえたらしいが、聞いたものは誰もいないらしい。

 




出来はどうでしたでしょうか?
ご厚意に沿うことができたなら幸いです。
これからもエタらないように頑張ります!


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幕間の物語・結婚物語-前夜

え?結婚した時の話を聞きたい?どうした急に?
別に話したくないわけじゃないけど……いや、ちょっと話したくないかもな。アレはオレが過去一番にカッコ悪かった1日だったかも知れないし……
分かった分かったから、話すよ!
えーっとじゃあどの辺から話したもんか……


 オレがその花嫁争奪戦に参加したのは、魔王討伐のために盾が欲しかったからなんだ。この辺は物語読んでたら知ってるよな? 

 ケッコー現金な理由だろ? 大富豪の娘さんとの結婚なんだから、まぁその盾の売った金目的の下衆な奴らも結構いたよ。

 けど中には純粋な理由で参加してるやつもいた。

 ていうかそんな奴らが殆どだったよ。

 娘さんはその辺じゃ知られた才媛らしかったし、結構な人気だったよ。

 …………分かった分かった、ちゃんと『フローラ』って呼ぶから宝具を撃とうとするのはやめてくれ。

 フローラとの結婚相手の募集はそりゃ競争率半端なかったよ。ルドマンさんもその辺分かってたのか、親バカなのかは分かんないけど、振るい落とすために伝説の指輪を探しに行くっていう試練を課したんだよ。

 その試練聞いて人数は半分の半分くらいまで減った、ほんで山を見てまた半分が消えたよ。

 そん時だったよ、『ビアンカ』と再会したのは。いやー、あん時はもう不意打ちも良いとこさ。そんで昔話も程々にして、指輪を取りに行く手伝いをしてくれてさ。

 ……いや、確かに今思うと相当無神経だったと思うよ、だからそう呆れた顔しないでくれ頼むから……

 んで、その無神経さが災いしたのか、リングを手に入れて後は結婚するだけってなったら予想外の展開になってね……この辺は知ってるでしょ?そ、『ルドマン家の結婚前夜』って言われてるらしいあの事件?が起こったんだよ。

 もうあんな葛藤は悪いけどゴメン被りたいね。まだダークドレアム相手に一人で戦ってた方が気が楽だった……あの重圧は魔王でも敵わないよ

 でもだからだろうな……俺史上一番バカな考えが思い浮かんだのは……

 

 ──────────

 

「もしやビアンカさん?あなたはアベルさんの事が好きなのでは?」

 

 フローラのその一言はその場にいた全員を凍り付かせた。まさかの花嫁からの爆弾発言にビアンカとアベルを含めた全員の時が止まる。ルドマンは目を見開いてアベルとビアンカの方を見つめ、奥さんも驚いて口に手を当てビアンカを見ていた。アベルは気まずさからビアンカの方を見ず、ビアンカはフローラとアベルを交互に見ながらアタフタと手をばたつかせていた。収拾がつかない状況下だったが、それでもこの騒動の発端であるフローラは話を続ける。

 

「そのことに気付かず私とアベルさんが後悔することになっては……」

 

 フローラの言葉に徐々に熱がこもり始める。最初の少しばかり遠慮しがちに言っていた口調ではなく、はっきりと、ビアンカの方に目を向け、一言一言に熱を持った言葉をビアンカに届ける。

 

「あ、あのね……フローラさん……そんな、ことは……」

 

 フローラのその火の様な熱い意志のこもった言葉にビアンカは圧されつつも、必死に答えようとしどろもどろに言葉を紡ごうとする。しかし言葉には結局ならず、ただの感嘆となって飛散していく。何度か声を出そうと試みるが、一向に言葉が出ない。まるで見えない何かがビアンカの言葉を遮る様に喉の直前で声をかき消す。ほんの5秒にも満たない短い間隔だったが、ビアンカには何十分にも感じ取れるほどに苦しい瞬間であった。

 

「落ち着け、ビアンカ。何もフローラさんはお前を責めてるわけじゃない」

「まぁ、フローラも落ち着きなさい」

 

 その苦しさからビアンカが解放されたのは、背中に回されたアベルの手だった。そしてそれとほぼ同時にルドマンの声が部屋に響き渡る。それをきっかけに部屋の時間が再び動き出した気がした。ルドマンは一つ咳ばらいをすると、徐にアベルの方を向き皆に聞こえるように少しばかり声を張って告げる。

 

「ウォッホン……そうだアベル君、ここは君が決めたらどうかね?フローラとビアンカさんの二人で話し合ったとしても、いずれは平行線。決着がついたとしてもそれは二人とも納得できる答えにはどうなってもいかないだろう。これは君が答えを見つけ出すべき問題だ。今夜はゆっくり休んで、一晩考えてから選んでくれたまえ。うむ!それがいい!!」

「え?いや、あの……ちょっと……」

「今夜は宿を用意するからアベル君はそこで泊まりなさい。ビアンカさんは私の別荘で泊まるといい。いいかね?分かったかな?」

「…………はい」

 

 ルドマンの鶴の一声にアベルは頷くしか出来なかった。こうしてひとまず、ルドマン家の騒動は一つの区切りを見せたが、アベルの心は当然ながら穏やかな物ではなかった。

 突如として言い渡された究極の選択。

 二人の女性の運命を託されたとなれば、穏やかに眠っていられる余裕などアベルにはなかった。

 その夜、アベルは宿屋の窓を開けてツキを眺めている。欠けた三日月とも半月とも言えない中途半端な欠け方の月がアベルの部屋に差し込む。

 

「はぁ……急にこんな話振られるなんて……思ってなかったなぁ……」

 

 アベルは深くため息をつく。ため息をついて何かが変わると言われれば、二酸化炭素の濃度が増えるだけで何も変わらないが、それでも吐かずにはいられなかった。

 

(ルドマンさんはどちらと結婚しようとも盾は譲るって言ってた……俺の意志を尊重するって事だろうけど……いっそのことルドマンさんがフローラさんとの結婚を強制してくれればこっちも踏ん切りがついたのになぁ……いやいやダメダメ!何ヤなこと考えてんだ……これは俺の問題なんだからルドマンさんは関係ない!確かにこれは俺が解決すべき問題だ……八つ当たりは意味もないし空しくなるだけだ)

 

 アベルの気分は過去最高に沈んでいた。なにせ、今までの様に仲間に頼る事は出来ず、決められた正解は存在しないのだ。どちらを選んでも選んだ方も選ばれなかった方にも、人生に多大な影響を与える、人生の岐路に彼女たちは立っている。そしてその道の選択を自分ではなく、他者に託すのだ。これがどれだけの覚悟を伴っているのか、アベルには分かる。過去での魔王討伐の旅の際は、仲間に窮地を切り開いてもらう為、背中を預けたことは百や二百ではない。預けたことも、預けられたことも多々ある。

 そんなアベルでも、これ程までの選択を迫られたことは無かった。そして正直に言うと、アベルはビビっていた。先程の八つ当たりも、その怯えから出てきた一種の現実逃避かも知れない。

 

「あー!!やめやめ!一旦考えるのやめよう!!……外にでも出て、少し頭を冷やそう……こんな頭で出したやっつけの結論なんて俺が納得しない……」

 

 そう言ってアベルは服を部屋着から外出できるレベルの服装に着替え、宿屋から出る。その足並みは体に泥でも纏わりついたかのように重かった。涼しい夜風がアベルの顔を撫で、躍起になっていた頭を冷やす。そしてアベルが数分ほど歩いていると、道の端の草むらががさがさと音を立てて揺れ始める。

 

「!!……」

「ん……?あ……スラか?」

 

 そして出てきたのは一匹のスライムだった。水色の雫の様なフォルムはつやつやと輝き、夜空に浮かんだ月の光を少しばかり反射させて輝いていた。スライムの『スラ』はその小さな体を弾ませてアベルの傍まで寄ると、アベルの足にすり寄ってきた。

 

「ハハハ♪会いたくてこっちに来たのか?全く甘えん坊な奴だな。よし、なら一緒に散歩するか?スラ」

「…………??」

 

 アベルはスラを両手で持ち上げながら一人楽しそうに再び歩きだす。その間、スラはなされるがままにアベルに抱っこされるが、特に不満は無い様だ。いや、というより、何をされているのかいまいち理解しきれていない感さえある。するとそのスラを皮切りにがさがさと草むらが揺れ、続々とアベルの仲間モンスターが現れる。

 

「グォアゥ!」

「…………」

「うおっと!!キラにももか。あれ?ゴーレはどうした?一緒じゃないのか?」

 

 茂みから颯爽と現れた『キラーパンサー』と『ももんじゃ』にアベルは笑顔で答える。キラは巨体を後ろ脚で支えながらアベルの顔をべろべろと会いたかった気持ちを表現する様に顔を舐め、ももは何も言わずに無言でアベルの頭を目指してよじ登る。ももはアベルの頭に到達するとなぜか自慢げに鼻息?を荒げるとそのままアベルの頭に居座った。まだ成体になっていないらしいが、地味にでかいからアベルとしてはこれまた地味にきついのである。口には出さないが。

 

「グルルルル……」

「あぁ、そう言う事か……まぁ確かにでかいから遠慮はするよな?ちょっとゴーレには悪いことしたなぁ……明日になったらここを出るかもしれないし、その時はなんかあいつにやるか……」

 

 キラの唸り声にアベルは一人納得して話を進める。そしてそのまま歩き始めるが、そのころには少しばかり気が楽にはなっていた。

 

「……ひょっとしておまえら、俺に気ぃ使ってるのか?」

 

 その問いにキラは答えず、ももは無言でしっぽを振り続ける。スラに至ってはアベルの腕の中が気持ちいいのか転寝し始めそうな顔をしている。しかしアベルは何も答えない仲間に満足げに一人笑うと、納得する様に肩を揺らした。

 

「ありがとなお前ら……少しだけ楽になった気がするよ」

「グワッ」

「グルル……」

 

 ももが食い気味に返事をする。当然だとばかりに鳴き声を上げて返事をする辺り、先程の言動から、対岸不遜な性格の様だ。それに遅れてキラも返事をする様に唸る。そしてアベルは草むらによってキラにスラを預けて3匹を還らせる。

 

「ゴーレにすまないって伝えといてくれ!!後、寂しがってるだろうから早く帰ってやれ!!」

 

 アベルの声にスラ以外の2匹は一声上げて返事をする。そのまま三匹は暗い森の中へと還り、姿を見せることは無かった。アベルは姿が見えなくなるまで見送ると、伸びをして再び足を進める。その歩みは宿屋の時よりかは軽くなっていた。

 

「おーい、ビアンカ。起きてるか?」

 

 アベルはルドマンの別荘の前にいた。何故か分からないが、ビアンカの事が気になったのだ。アベルは遠慮気味に戸を叩いた後、メガホンを作る様に片手を丸め、声を出す。先程からこれを何度か繰り返しているのだが、いまだにビアンカからの返事は返ってきていない。寝ているのかとアベルが結論付けようとし、無駄だと思いながら戸を引く。すると……

 

「あれ?……開いてる」

 

 扉が何の抵抗もなく開く。不用心だなと思い、アベルは静か部屋へと入る。しかしここでアベルの頭に一つの推測が生まれる。

 

「扉が開いてるってことは…………ビアンカ!!」

 

 アベルは弾かれる様に扉を開けると、別荘の中を見渡す。吹き抜けの2階建てのリビングに相当する部屋は特に荒らされた形跡はなく、綺麗なままであり、アベルが心配する様な事は起きていないことが分かった。そしてそのアベルの声にびっくりして吹き抜けの二階からこちらを見ているビアンカの顔が、更にアベルを落ち着かせた。

 

「ど、如何したのアベル?そんな怖い顔して……?」

「ああ、いや……別荘の鍵が開いてたから、盗賊にでも入られたのかと思ってね……一瞬心配したよ」

「そ、そう、ごめんなさい……でもどうしたの?こんな時間に?」

「ん?……ああ、いや……特に用があるってわけじゃないんだけど……その……」

「…………そう言う事」

 

 ビアンカは一人納得すると、アベルの傍に近寄る為、階段を下りる。その様子に気付き、アベルも早足でビアンカの傍に駆け寄った。両者の距離間が階段前でゼロになったとき、ビアンカは静かに切り出す。

 

「どうせ私かフローラさんにするかで悩んでたんでしょ?」

「う、ま、まぁな……」

 

 ビアンカの一言にアベルは気まずそうに頬を掻きながら顔をそむける。その仕草にビアンカは自分の予想が当たった子供の様な笑みを浮かべながらそっとアベルの顔に手を当て、自分と目が合う様にアベルの顔を向けさせる。その顔は慈愛に満ちた母の様な顔であった。

 

「じゃあ悩むことは無いわ。フローラさんと結婚した方がいいに決まってるじゃない!」

「で、でも……」

 

 その堂々とした態度にアベルは罪悪感を感じ、自身の思いの丈をぶつけようと声を紡ごうとするが、ビアンカはそれを覆いかぶせる様にはつらつとした声でアベルに言う。

 

「私の事なら心配しないで!今までだって一人でやってきたんだもの!」

「……ビアンカ……」

 

 ()()()()()()()()の様な振る舞いから、アベルは呆気にとられた。こんな時ですら自分を隠し、他者のために全力を尽くす彼女はとても眩しく、とても孤独に見えた。ビアンカはそんなことをアベルが考えているとは露も知らず、玄関へと押し返す。

 

「ほらほら。アベルはもう疲れてるんだから、もう寝た方がいいわよ」

「……お、おい!」

 

 強引に話を斬り、アベルを退出させようとビアンカはアベルの背中を押す。普段であればアベルの力で容易に対抗できる程度の力であったが、アベルの背中を押すその手からは強い意志を感じ、熱いとも冷たいとも感じ取れるようなそんな力がビアンカの手から感じた。

 そうして玄関にまで押し戻されると、ビアンカはドアに手をかける。アベルは何故かここで終わってはいけないと思い、ドアに手をかけて閉めようとしたビアンカの手を止める。

 

「…………ビアンカは今夜どうするんだ?」

 

 精一杯考えて出したアベルの言葉はそれだけだった。しかしその言葉を聞いたビアンカの手は少しばかり震えた。扉伝いに感じる震えはその答えを聞くのが怖くなっている自分の震えではないとアベルは信じたい。

 

「私はもう少しここで夜風に当たってるわ。なんだか眠れなくって……」

 

 ビアンカはうつむき気味に顔に影を落として蚊の鳴くような声でつぶやく。その時、アベルには()()()()()()()()が消え、()()()()()()()が見えた気がした。しかし、それが分かったとしても、アベルにはそれしか分からない。いったい本当のビアンカが何を言いたいのかなど、当のビアンカにも分からないかもしれないのだから。

 ビアンカはそう呟いた後に勢いよく顔を上げると、小さな声で「おやすみ」とつぶやき扉を閉める。鍵が掛けられる音がアベルの耳に届くと、アベルは無言で別荘の玄関を後にする。後ろから女性の泣く音が聞こえてきた気がしたが、アベルは一度足を止めた後、振り返ること無く、ただただ黙って歩き始めた。

 

 

 

「ふぁ~あ……この時間帯に何でしょうか……旦那様は今手が離せない状態ですが……ってアベル様?」

 

 その後、アベルはルドマンの邸宅に来ていた。当然ながら鍵が締まっており、ドアについていたライオンの高値をしたドアノッカーを何度か鳴らすと、そこには眠い目を擦ったメイドがアベルを迎え入れた。メイドはアベルの訪問に驚く。

 

「すいません、こんな時間に」

「いえ、別に構いませんが……どうなさったのです?……まさか、婚約の破棄とか!?」

「いやいや違いますって!決める決心はありますよ!!ただ、明日までにフローラさんの顔を見ておきたくて……さっきから考えているんですが、どうにも決心がつかなくて……」

「そう言う事ですか……分かりました。ですが、フローラ様はすでに寝てしまっていますが、よろしいのですか?」

「ええ、構わないです。ただ、顔が見たいだけなので。それが済んだらすぐ帰ります」

「いえいえ、私の事はお気になさらないでください。ですからどうか、決心がつくまでどうぞ……」

「はぁ……」

 

 「やけに押しが強いなこのメイドさん」、アベルの抱いた印象はそれであった。そしてアベルはそのメイドに勧められるまま、フローラの寝室へと入る。入る際にメイドが付いてこず、不審に思っていると「私がいると気が散るでしょう?アベル様は見たところ、寝ている女性に手を出すような人ではなさそうなので、私が付いていく必要もないかと」と言われ、一人で入ることとなった。

 

「スー……スー……スー……」

「……フローラさん」

 

 そこでフローラは確かに寝ていた。規則正しく呼吸を繰り返し、寝相一つ打たないで寝ているその姿は悲劇の結果永遠に眠り続ける呪いをかけられたおとぎ話の姫の様な姿であった。時折上下する胸が彼女が生きていることを伝える唯一の要因である。アベルはフローラの傍に近寄り、優しく髪を梳く。サラサラと小川を流れる清水の様に手から落ちていく髪を見て、アベルは一瞬、結婚の事を忘れるほどに見とれていた。

 

「ンゥ……」

「!!?」

 

 突如としてフローラが声を上げる。それと同時にアベルはすぐさまフローラの傍を離れ、両手を上げる。しかしフローラはそれ以降、一度寝返りを打つとそのまま再び眠りにつき始めた。一瞬どきりとしたアベルは胸に手を当てて激しく鼓動する心臓を抑えた。そしてゆっくりと今度はフローラには触れずに、じっと見つめる。するとまたしてもフローラは動き出した。

 

「…………アベル……」

「……ッ!!」

 

 それは小さな寝言だった。本来であれば誰にも聞かれるはずのない、本人すら知りもしないような、小さな言葉だった。『アベル』、確かにフローラはそう呼んだ。それを聞いてアベルはまたしても心臓が一段階早くなるのを感じ取る。たった三文字のつむじ風にも満たない小さな言葉であったが、アベルにとっては台風のごとく大きな威力を持った言葉であった。先程まで彼女は『アベル』ではなく、『アベルさん』と呼んでいた。おそらくそれは彼女の元から存在する生来なのだろう。しかし、たった今彼女は『アベル』と呼んだ。それは恐らく、彼女が心から望んでいる彼に対する呼び名なのだろう。そこから、彼女が本心から結婚を望んでいることを察したアベルは、こうなってしまった自分に顔を歪ませる。これほどまでに素晴らしい女性をこんなことに巻き込んでしまった事に、すぐにでもこの人を娶ることが出来ずにもう一人の女性との間で揺らいでいる自分の不甲斐なさに。アベルはただ握り拳を作る事しか出来なかった。

 

 結局、アベルはそのまま部屋を出る。しかし、彼の望むような結果にはならなかった。彼の心境はさらに揺れ動き、決心からさらに遠のいていく感覚しかなかった。アベルはメイドの後を着いて玄関へと向かおうとしていた。ふとそこで、3階への階段が目に写る。すると階段の上の方から光が漏れ出しているのが見えた。普段であればそこまで気にすることは無かったが、アベルはどうしても一時的な物でもいいから、気を紛らわしたくなり、メイドに3階について話を振った。

 

「3階の明かりがまだついてますけど、デボラさんはまだ起きているんですか?」

 

 その質問にメイドは少しばかり気まずそうに振り返る。何かまずいことを聞いたかとアベルが焦りだすと、メイドは落ち着ける様に語りだす。

 

「はい、今もまだ起きている最中でございます……」

「そうですか……ちなみに今回の騒動について何か……」

「いえ、デボラ様の方からは何も。そもそも、この騒動に関してデボラ様の方からの接触は何もなく……」

「…………すこし、会いに行って来てもいいでしょうか?」

「へ?そ、それは構いませんが……」

「ありがとうございます」

 

 アベルは困惑するメイドを置き去りに3階へとつながる階段を上る。そして上に辿り着くと、そこには何をするわけでもなく、豪華な椅子に座り目を閉じてじっとしているデボラがいた。

 

「デボラさん?」

「あら、ちょっと何よあんた?なんか用?」

 

 アベルの声にデボラは目を開け顔の向きはそのままにアベルに話しかける。アベルはそれを特に気にせずに話を進める。

 

「いや、特に用は無いんですけど、明日の事に関して……」

「ふふん、話は聞いてるわよ。でもどっちにしろアタシには関係のない話だわ。それで他になんか用でもあるの?」

「……あなたは、妹さんの運命が決まるかもしれないこの騒動について何か思う事は無いのかと」

「ないわ」

 

 アベルの質問にデボラは間を置かずにはっきりと答えた。その横顔から見える空色の瞳には今日フローラがルドマンの屋敷で見せた強い意志のこもった眼に酷似していた。

 

「さっきも言ったように、あんたがどっちを選ぼうとアタシには関係ない。あたしは今の生活が好きだし、これからも好きであり続けるわ。あたしがイイと思った男が出てくるまではね?だったら、フローラが結婚しようがあんたんとこの女が結婚しようが関係ない。私に及ぼす影響なんてこれっぽっちもないわ」

「酷い言い様だな?」

「事実だから」

 

 デボラの受け答えにアベルは感心していた。この町でのデボラの評判はひどいものだが、それでも彼女はそれを気にする様子もなく、自分を貫き通していた。それが今のアベルにとってはとても輝いて見えた。じっとアベルがデボラを見つめていると、デボラはそれに気づき椅子から立ち上がってアベルの方に歩み寄る。するとアベルの身に付けている紫のローブを勢いよく引き寄せ、顔を近づけさせる。まつ毛の一本一本すら見え、上から下を見下ろす形で見える深い胸の谷間にアベルは急いで顔をそむける。

 

「ふふ、初心な反応ね?これから結婚するって奴が、そんなんで大丈夫なの?」

「わ、悪かったな……こう見えてあんまり女性の経験が無いもんでな……」

「あら?それじゃああたしも明日結婚相手の候補になってみようかしら?どっちも選べない様じゃ、代わりにあたしを選べば?そ・れ・に、あんたよく見ると小魚みたいな顔してるし、嫌いじゃないわよ?」

「それって褒めてるのか?」

「もちろん♪だって小魚は身体にいいもの」

 

 アベルは顔をデボラに背けながら思った、『これが魔性の女って奴か』と。男を惑わす色気に、その色気を安易には使わずに効果的な確実に効くタイミングで発揮する判断力。そして、会話の節々に感じるあどけなさや男をその気にさせる言い回しなど、天性のようなものがあった。フローラの男たちの人気も、こういった姉の長所が違った形で発揮されたからかもしれないと、アベルはどこか他人ごとのように考えた。するとアベルの首にかかる力が軽くなっていった。デボラは掴んでいたローブから手を放し、ずれを少しばかり直すと、浴室へと足を運ぶ。

 

「ふぅ、今日は最後にあんたと遊べたから満足したわ。今からお風呂入るから、覗いたら蹴るわよ?」

「心配せずとも覗かない。仮にも明日結婚する予定なんでな。初日から白い目を向けられたくはないんでね」

「あら、じゃあ丁度いいじゃない?花嫁は白いウエディングドレスを着て、手には白いブーケ、あなたはその白い一張羅を着込んで、全員あなたを白い目で見るんだから。白が揃って縁起がイイでしょ?」

「皆の眼が黒い方が縁起がいいよ。少なくとも全員無事に生きてるからね」

「いうじゃない」

「そっちこそ」

 

 軽快な会話の応酬にアベルの心は少しばかり安らいだ。ビアンカとも話はするが、ここまでエッジの聞いた、独の混じった会話はしたことが無かった。フローラもまたしかりだ。遠慮のいらない心地よい会話はビアンカ、フローラとは違った魅力があった。少しばかり軽くなった足取りでアベルは2階へと戻る。そこには舟を漕ぎ始めたメイドが待っていた。

 

「すいません。遅くなりました」

「ふぁっ!ああ、お戻りになられましたか、アベル様。それではもうよろしいですか?」

「ええ、少しばかり気分が落ち着いた気がしますので」

「そうですか……」

 

 そう言ってメイドはそれ以降何も聞かず、何も言わず、玄関までアベルを導く。その間に会話は無く、アベルもメイドも、特に気にする様子もなく2分足らずで玄関までたどり着く。玄関をアベルが出ると、メイドは深くお辞儀をして扉を閉めた。アベルは最初の時に比べると幾分か早くなった足で宿屋に戻った。

 

 

 

「おや、アベル様。夜風にでも辺りに行っていたのですかな?」

「え、ええ……まぁ、そんなとこです」

 

 アベルが戻ると、そこには宿屋の店主がいた。店主はアベルを見つけると、面白そうだと思っている顔でアベルに近づき、手を丸め込んで噂話が漏れない為にするかのように話し出す。

 

 

「話は聞きましたよ?いやー、大変なことになりましたな?私なら二人とも選びたいところですが、そうもいかんでしょう!ふっふっふっふっふっふ!!」

「あ、あっはっはっはっは…………ん?」

 

 店主は最後の方で耐えきれなくなったのか、少しばかり笑い出す。アベルとしては笑える要素など一つもなく、引きつった愛想笑いを浮かべるしかなかったが、ふと何かを思いつくように愛想笑いがフッと消えた。

 

「二人とも……選ぶ……結婚したら盾を譲ってもらえる……しなかったら譲ってもらえない……フローラ、ビアンカ……どちらか一人…………デボラ……選ばなければ、盾が……」

「ア、アベル様?」

 

 突然と顎に手を置き、ブツブツと何かを唱え始めるアベルに話しかけた店主は困惑するほかなかった。話しかけても大して答えもせず、ずっと下を向いていた。

 

「…………そういう手もありなのかな……」

「お客様?」

「ありがとうございます店主。おかげで、決心がついたかもしれません」

「はぁ?」

 

 顔を上げたアベルの顔は穏やかであり、陰りの一つもないすっきりとした顔であった。アベルはそのまま自身の泊まっている部屋に向かって歩き出す。取り残されたのは困惑に立ち尽くす店主だけだった。

 

 

 

 翌日、運命の日が訪れる。

 

 

 




『アベル』は『ロト』のⅤの頃の名前です。
混乱したかもしれませんが、これで行かせてください。
会話はドラクエ5の本編中にあった会話を少し調節して作ったので、そこはご了承願います
果たしてアベルは一体だれを選んだのか……皆さんならどうしますか?
皆さんの花嫁の魅力が少しでも伝えることが出来たのであれば幸いです。


どうでもいい事ですが、ついに10000字を超えてしまった……もっとスマートに書けなかったものか……


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幕間の物語・結婚物語-当日

本編を待ち望んでいた人、申し訳ございません。
外伝です。
今本編は何さんが続いておりまして、どうにも筆の調子が悪い状態です。
あるキャラクターの口調が難しく、息詰まっております。
それでは放置し続けた後編をどうぞ。




注意
主人公のキャラブレ
ご都合主義あり?


「さて、アベルくん。フローラとビアンカさん。どちらと結婚したいかよく考えたかね?」

「いいえ」

 

 ルドマンの部屋の中を一瞬、沈黙で満ちる。誰しもがアベルの言ったことに驚きを示していた。途中デボラが緊急参戦するというトラブルが発生したせいか、その衝撃は思ったよりかは小さく、ルドマンはアベル自身が冷静でいようと、自分の気持ちを落ち着かせようと、場の空気を和ませようと言った一言だと感じる。

 

「なんと?ろくに考えもせずに決めてしまうとは軽はずみな奴だ。まぁ、自分の気持ちは自分でもわかりにくいものだからな。それもよかろう。では、約束通り結婚相手を選んでもらおう!」

「選びません」

「……む?!」

「「「…………」」」

 

 アベルの一言に今度こそ場の空気は冷えた。アベルから告げられた拒否の言葉にルドマンと廊下から隠れて見ているメイドとルドマンの妻の息をのむ声がアベルには聞こえた。渦中の女性三人は無言でアベルを見つめ続けている。

 

「ど、如何言う事かね!?君は確かに昨日そう言ったはずだ!なのに何故!?」

「…………怖いからです」

「怖い?」

「はい。自分は……家族を得ることがとても怖い……」

 

 アベルから少しばかり悲しみの色が見え隠れし始める。顔を下に向け、うつむき気味にぽつりぽつりと語り始める彼の姿を見て、何故結婚をしないのかと問い詰める物は誰一人としていなかった。

 

「昔話を……聞いてくれますか?あるところに心優しい誰にも負けないような強い父親と、その息子がいたんです。二人はある人物を探し出すための旅をしていて、いろんなところに行きました。そんなときです、とある国の王子様の護衛をするという依頼を受けて、父親と息子は護衛をしていました。するとその王子がいたずらで塔に引きこもっていたんです。ようやく王子を見つけ出したら、その王子を攫っていく悪党が現れる。急いでその親子は王子を救うべく悪党どものアジトへ行って、王子を救い出せたと思ったら……」

「「「「………………」」」」

 

 ここでアベルは無言で()を作る。誰もが息を潜めて口を割らず、じっとアベルの事を見守っていた。やがてアベルは再び口を開き始めた。

 

「悪党の幹部が待ち伏せをしていたんですよ。当然その父親は王子と息子を守ろうと剣を抜いて幹部の奴等に立ち向かいます。父親は強かった……幹部たちは二人がかりで父親を相手にしますが、全く歯が立ちません。それを見かねた幹部の一人が、隙を見て息子を人質に取ったんです……そこから状況は一転、息子を盾にとられた父親は幹部二人、に、殴る蹴るやら、切り刻まれ、たり……と先ほどまでの鬱憤を晴らすみたいに…………やられます。それでも父親は、自分の息子を救おうと、必死に……耐え、て…………勝機を伺います……」

「「「「…………」」」」

 

 アベルの頬から光が落ちる。それが何かはその場にいる全員には理解できた。しかし誰もそれを指摘することは無い。途中で息が出来なくなって過呼吸の様な息遣いになっても、えづいた声が聞こえても、全員はただ黙って、アベルの告白を聞いていた。

 

「…………ンゥ……やがて人質を捕えた幹部が、しびれを切らして父親に呪文を向けます。その時息子も必死に抵抗しましたが、歯牙にも掛けずに幹部は呪文を父親にぶつけます。その時の父親の叫びは今でも息子の耳に残っていました」

「「「「…………」」」」

 

-----ぬわーーっっ!!

 

 アベルの中でその時の記憶がフラッシュバックで蘇る。業火の巨大な球を一身に受け、何もすることが出来ずに灰すら残らずに父親は、『パパス』は死んだ。その時の絶望が、アベルをどれだけ苦しめたかは言うまでもない、いや、言う事などできない。やがてアベルは顔を上げる。

 

「…………それからですかね、その息子が自身を責めるようになったのは。父親を殺したのは幹部でも他でもない。自分自身だと。その時一緒にいた王子なんかはそんなことは無いと言ってくれましたが。その息子はそう思わずにはいられませんでした。そして現在、その息子は、家族を得ようという状況下に置かれている訳なんです……」

「「「「…………」」」」

 

 アベルの話が終わると、辺りは最初の頃に比べると、かなり静まり返っていた。そしてルドマンが口を割る。

 

「なるほど。つまりは……自分の所為で家族を失た自分が、また家族を得てしまってもいいのかという事かね?」

「はい……すいません。魔王討伐のための盾が欲しかっただけなんです……俺にはそれがどうしても必要だから。必要なもののためにと無意識化で今まで抑えてきましたが、昨日の夜にやっと自覚出来ました。自分は……『家族を得たくないんだ』と」

 

 アベルの穏やかな顔に、フローラとビアンカは悲しさを覚えた。その内容とその表情はとても合致するものではなく、演技ではない本心からの言葉だと、直感で分かった。分かってしまったからこそ、その顔に込められた感情が、その言葉に込められた想いがどれだけのものなのかは彼女たちが想像する以上の重みなのだと察した。

 

「ですからルドマンさん。俺に娘さんは、フローラさんはもらえません。それに、ルドマンさんも知っているでしょう?アンディって男を。あの人なら、きっとフローラさんを幸せにできます。あの純粋な気持ちでフローラさんを想ってる彼なら、きっと寂しい思いをさせはしませんよ。俺はこの見た目の通り放浪者ですから、結婚相手には寂しい思いをさせてしまいます。それが分かっているなら、そんな思いはさせたくないのが俺の意見です……」

「う、ううむ……」

 

 アベルの言葉にルドマンは言葉を詰まらせる。アベルの言う事は正論ではあった。アンディという少年がフローラの事を好いているという事もルドマンは知っていた。しかし、正論であっても、それで納得するかは別である。アベルの言い分も分かるが、それでも娘を結婚させたいという気持ちの方が大きかった。

 

「ならば、アベルくん!君はこの『天空の盾』は要らないというのかね!?君はこれが欲しかったんだろう?」

「そうですけど、それは俺が使う為に欲しい訳では無いです。最悪ここに天空の盾があることが分かっただけでもいいですからね。将来勇者が見つかったときにルドマンさんがその盾をその勇者に譲ってくれるのであれば、オレは一向に貰えなくても構いません」

「……アベル」

 

 淡々と告げるアベルの姿に、ビアンカは一言彼の名をつぶやいた。アベルはその声を聞き取って少しばかりビアンカの方に顔を向けると、申し訳なさそうに頭に手を当てて申し開きを述べる。

 

「悪いなビアンカ……選んでやれなくて……でも安心しろ、お前はいい奥さんになれるよ。俺が保証する。だから、昨日みたいに、『一人でも生きていける』なんて言うなよ?」

「…………」

 

 アベルの一言にビアンカは何も言わない。ただ顔に悲しさを滲ませてアベルを見つめていた。そしてアベルはそのままフローラの方を向く。

 

「フローラさんもすいません。でも、俺よりもアンディさんの方が、きっと誰よりもあなたを愛してくれるはずです。ですから、俺の事は忘れて、アンディさんと仲良く暮らしてください……」

「アベル……」

 

 フローラは自然な口調でアベルの名を口にする。本心が心から望むその呼び名を出した途端、フローラの眼から一筋の涙が流れた。アベルはそれに気付かないように目を閉じて話を続ける。そして最後、途中から現れたデボラに、アベルは顔を合わせる。

 

「あなたには……」

「聞く気ないわ」

 

 デボラがアベルの言葉を遮る。するとデボラは無言でつかつかとヒールを鳴らしてアベルの元へ寄ると、大きく手を振りかぶった。弾ける音が聞こえる。アベルの顔には大きな紅葉が出来上がり、デボラの眼には怒りが宿っているのが見えた。アベルは頬に手を当て、デボラの方を見る。

 

「あんたがどんな過去を持ってようとアタシには関係ない。あたしは『あんたとなら一生を過ごしてもいいって思えた』から結婚候補になったのよ。それを後からうだうだ言った後に『したくない』?ふざけんじゃないわよ……あたしの好みの男はそんな奴じゃないわ」

「……」

 

 デボラはそう言うと、そのままじっとアベルを見つめた。するとそのすぐ横をに、フローラが立つ。

 

「アベル……私は指輪を見つけてくれたから、あなたと結婚するという訳ではないんです……もちろん最初は指輪を見つけた方と結婚しようという思いでいました。けど、それはだんだんと変わっていき、やがてはあなたでないとと思う様になってしまいました……恋は盲目というでしょう?私にとってはアベルさんのつらい過去は、つらい思いは、今は見えないのです。見えないほどに、私はあなたに恋い焦がれてしまっている……あなたが私を弾こうと、私はあなたを想います。ですから、そんなこと、仰らないで下さい……」

「……」

 

フローラの顔は涙を流しながらも、笑みを浮かべていた。引きつった笑みだ。無理に笑って誤魔化そうとする笑みであるのは誰にでも分かった。

 

「……これで良かったのかのかね?アベルくん?これほどまでに女性を泣かせて」

「構いませんよ。これで俺が彼女達に合わない男だっていうことが分かりましたから」

「それは?」

「女性を泣かせたら理由がなんであれそいつが悪役ですよ」

 

 ルドマンの言葉にアベルは身支度をして屋敷を出る準備をする。それを止める人物は部屋には誰もいなかった。

 

「では、失礼します。結婚式の費用は必ず何年かかろうと支払うので、どうか今は……」

 

 アベルは指輪をテーブルに残したのち、そう言い残して扉を閉める。

 

 

 

「なんだよお前ら?」

「「「………………」」」

「ぐわ」

 

 アベルはお供のモンスター達から白い目を向けられていた。居心地の悪さにアベルは何度か頭を掻くなり身動ぎをするなりしてその居心地の悪さを紛らわそうとしたが、当然消えるものではなかった。

 

「ひょっとしてさっきの結婚のこと見てたのか?一応言っとくが、俺は後悔してないからな。たとえ彼女達が泣こうとどれだけあの場でみんなに迷惑かけようと、長い目で見れば正しいことなんだ。父さんがやったみたいに、俺も未来の勇者が現れるまでに天空の装備を揃えた方が確実だ」

「「「「………………」」」」

 

モンスター達からの白い目が更に白け始める。

アベルは知らないことだが、彼のモンスター達の主人に対する唯一の不満はこれだ。主人は時々自分の命を安売りする。それもかなり頻繁に。モンスターに囲まれれば自爆特攻なんて当たり前。危機に陥ればモンスター達を逃すために殿を務めることも厭わない。そんな自傷癖とも言える献身さが気になり彼らは仲間になったのだが、それとこれとは話が別である。

 

「ほら、速く荷台に乗って。ルドマンさんに話もつけたし、チャッチャと他の天空の装備を集めないと」

 

アベルはいそいそと馬車の荷台に乗り込むがモンスター達は一向に乗る気配がなかった。

 

「おいおい頼むよお前ら……言いたい事はわかるぞ?確かに褒められた行為じゃないし、そんな顔する気持ちもわかるさ……でも行かないとダメなんだよ。どれだけ俺が悪役になろうと、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

主人の今の言葉に一体どんな意味が込められているかはモンスターには分からなかった。しかし、それでもこの状況は違うと言うのは分かる。だからこそモンスター達はまだその場を動く気配はなかった。

 

「……そうか。それだったらオレはお前らを置いてくぜ?一人で世界救った経験もあるしな。なんとかなるだろ」

 

そう言って主人は荷物を積み始めた。モンスター達は動かなかった。

 

「……そうか。お前らの言いたいことはよく分かった。だからオレはここでお前らを置いていくよ……」

「ぐるるる……」

「……ゲレゲレ、お前はあいつら連れてビアンカと一緒にいろ。あいつもオレと冒険したから理解はあるはずだ」

 

アベルは最後にキラーパンサーに手をやるとゆっくりと撫で始める。それにキラーパンサー、ゲレゲレは心配そうにアベルを見つめる。

 

「……じゃあな。こんなオレにここまで付き合ってくれてありがとな」

 

そう言ってアベルは馬車を走らせようとする。モンスターはジッと馬車を見つめ続けた。

 

「ちょっと待ちなさいよ」

 

しかしそこで待ったがかかる。それは凛とした声だった。

アベルは声の方に顔を向ける。

 

「……デボラ、ビアンカ、フローラ」

 

そこには先ほどのルドマン邸にいた花嫁候補3人だった。ここでようやくモンスター達はビアンカ達に向かって走り始めた。

アベルは諦める様にため息をつくと馬車から降り、3人に歩み寄る。

 

「どうして……てのは野暮かな」

「当たり前でしょ?女泣かせてただで済むと思ってんの?」

 

アベルの言葉にデボラは睨みをきかせながら言い放つ。

 

「さっきも言ったけど、オレは結婚する気は……」

「関係ない」

 

 アベルが言い切る前に遮る様にビアンカは言った。それにアベルがたじろいでいると、フローラが優しくアベルの手を握る。

 

「アベル様、貴方が自分の意思を押し通した様に、私達も自分の意思を押し倒すことにしました。今一度言います、()()()。私は貴方が好きです。だからこそ、貴方に決めてもらうのではなく、私の意思で貴方についていきます。あなたが身勝手に私たちを振ったのと同様に」

 

 フローラはにこりと笑った。その笑顔は先ほど見た笑顔と同じだったが、その本質はまるっきり違っていた。

 

「そうよ、覚悟しなさいアベル。あれだけ女性を振り回したんだから、報いを受けなさい。悪役は痛い目見る尾が相場でしょ?昔読んだ絵本で書いてあったじゃない」

 

 ビアンカはフローラの取っていない方の手を取り握り込む。そこには暖かさがあり、熱くも包み込むような優しかが込められていた。

 

「そういう事。これがあたしたちの意志よ。あんたが身勝手にあたしたちの事を決めるんなら、アタシたちもあんたの事を身勝手に決めてもいいでしょ?だからあんたの意見は完全無視。なんと言おうと変わんないから覚悟なさい」

「ちょ……」

「ほら早く乗りましょう、フローラ。それにビアンカも」

「ええ!アベル!先に待っているわ!」

 

 アベルの言葉を最後まで待たず、デボラとフローラの姉妹は馬車に乗り込む。それを呆然と眺めていると、そっとビアンカはアベルの傍に立つ。

 

「どう思うアベル?」

「……女性って強かだったのを忘れてたよ」

 

 ビアンカの言葉にアベルは『過去』を振り返る。

 ムーンブルクの王女に、酒場で出会った女性パーティメンバー、サントハイム王国の姫にコミーズ村の踊り子と占い師の姉妹、そして今目の前にいる幼馴染の少女、どの女性も一筋縄ではいかないタフな女性たちばかりであり、そんな彼女たちはとても心強い存在であった。そんな事も忘れていたとアベルは自虐気味に笑みをこぼした。しかしその顔はどこか晴れやかだった。

 

「む!誰のこと言ってるの?」

「……んー、前世(むかし)の事さ。気にしないで」

「ひょっとして他の女性(ヒト)の事?だとしたら夫婦会議ね。急いで知らせなきゃ!」

「おいおい、勘弁してくれよ」

「駄目よ、ただでさえあたしたち全員があなたの妻になるんだから、他の女性(ヒト)に目移りなんてさせないわ!ちょっとデボラー!フローラー!」

 

 ビアンカも馬車に乗り込む、アベルは後のことを考えて頭を掻いた。その様子をモンスター達は先ほどとは違い、朗らかな笑みを浮かべて(いる様に見える)いた。

 

「……降参だよ。お前らの思った通りだ。こっちの方が()()正しいって思えるよ」

 

 モンスター達は今度こそ笑った。それを見てアベルは背中を伸ばす。

 

「さぁ、早く行こう。次の街に行ったら馬車をもう一台買わないとだな。流石に3人増量はきついからな」

 

 そう言ってアベルは歩き出す。それにモンスター達も続く。足取りはとても軽やかだ。

 

 

 

「あんた、これ」

「ん?あ、これって……」

 

 馬車の中にて、デボラは唐突にアベルにあるものを手渡す。それは『ほのおのリング』と『みずのリング』であった。アベルは驚いた顔でデボラを見る。

 

「あとこれ、手紙よ。あんたに渡しとけって」

「手紙って……ルドマンさん」

 

 アベルはデボラから渡された紙を開く。そこには上質な万年筆のインクで達筆な字が綴られていた。そこには……

『アベル君、君に娘二人を託す。ビアンカさんと一緒に、幸せにしてくれ。結婚式についてだが、それは君の使命が終わってからで構わない。だからこそ、君には絶対に生きてほしい。私の娘たちとビアンカさんはその為の理由になるだろう。もう君の命は君だけのものではなくなった。君は生きなくてはいけなくなったのだ。そのことを十分に理解しているのならば私の言いたいことは分かるだろう?いくら私が気にいった男でも、娘を悲しませる様な事をしたのならば、私はたとえ君が死んだとしても、蘇らせてでも償わせよう。それを十分心に留めて君の使命を果たして欲しい。幸運を祈るよ ルドマン』

 

「……敵わないなぁ、ルドマンさん」

 

 読んだ後のアベルの感想はその一言であった。ルドマンは分かっていた。自分がどれだけ簡単に自分の命を捨てることが出来るのかを。自分がどれだけ他人のために己の犠牲を厭わないのかを。すべて見抜いていた。これは戒めだ。彼女たちのおかげで、自分はそう簡単に無茶が出来なくなってしまった。でもそれでいいのかもしれないと今は思う。『責任逃れ』はもう出来ない。『献身』を理由に死に物狂いも出来なくなった。だが、アベルはその不自由な気分が心地よかった。

 

「……ん?なんか続きが書いてある」

 

 そんな風にアベルは心地よさに浸っていると、紙の裏面にまだ何か書いてあることに気が付く。アベルは特に考えることもなく紙を捲った。

 

『その指輪二つは一応フローラとビアンカさんには「次来るときに今度こそ結婚式を開くので、それまで私が預かっている」という事にしといてある。しかしそれは今デボラの手で君の手元にあるだろう。それは将来もう一つ渡す指輪が見つかるまで持っておきなさい。花嫁が三人で指輪が二つだと何かと都合が悪いだろう。もう一つ、君の奥さんたちにふさわしい指輪を、ほのおのリングとみずのリングに劣らない指輪を見つけた時に渡して差し上げなさい』

 

「……気遣い感謝します」

 

 アベルは黙って首を垂れる。何から何まで至れり尽くせりで申し訳なくなってくる。そしてアベルは張本人であるデボラを見る。

 

「あー、デボラ」

「分かってるわよ。あたしもそこまで空気読めない訳じゃないしね。その二つはあの二人に渡しなさい。私は三番目でいいから」

「悪い……」

 

 アベルは居た堪れなくなってきた。自分の奥さんの懐がでかすぎて申し訳なさが半端ではない。アベルは改めて自分に結婚は向いていないことを悟った。

 

「ぐわ」

 

 奥の方でやれやれと言った具合でももんじゃが啼いた。アベルは何も言えなかった。

 

 

 

――――――――――

 

「っていうのが、俺の結婚騒動の全貌。どう?面白かった?」

「ええ!とっても面白かったのだわ!やっぱりハッピーエンドは最高だわ!」

 

 元アベル、ロトは黒いゴスロリ衣装のかわいらしい白髪の少女、ナーサリー・ライムに自身の結婚について話していた。ナーサリーは楽し気に椅子の上でぴょこぴょこ体を上下させ、感動を全身で表す。その光景にロトは自身の黒歴史を話した甲斐があったと考える。子供の笑顔に勝る宝なしである。

 

「でも勇者さん?どうしてあなたは最初結婚式をやめようとしたの?断ったって誰も幸せにならないのだわ!」

「うーーん、そういわれると耳が痛いなぁ」

 

 子供の純真無垢な容赦のない言葉のナイフにロトは苦笑いを浮かべるしかなった。子供とは残酷なものである。

 

「まぁ、強いて言えば……弱くなるのが怖かったってだけかな?」

「まぁ!勇者さんにも怖いものがあったのね!驚きだわ!でも弱くなるっていうのはどういう事なのかしら?」

「うーーん、これも難しい質問だなぁ?そうだねぇ、昔だったら一人で野営も出来たのに、結婚したら家族が傷つくのが怖くって夜も安心して眠れない。

 昔だったら巨大な岩すら片手で運べたのに、生まれたばっかの子供を抱き上げるとその重さで膝を着いちゃうくらいに非力になるんだよ。

 奥さんの元に戻ると怒られるのが怖くて無茶も出来なくなってくるし、無茶をして今度こそは奥さんに負けない!って思って帰っても涙ひとつで負かされるくらいに脆くなるんだ……ほらね結婚って弱くなっちゃうんだよ。世界を救うには荷が重すぎるだろ?」

 

 ロトは苦笑する口角を少しばかり上にあげて困ったように笑みを作った。それにナーサリーは満面の笑みで答える。

 

「そういう事ね!だったらそれは間違っているのだわ勇者さん!」

「え?」

 

 ナーサリーの言葉にロトは声を詰まらせる。ナーサリーは笑みを崩すことなく続ける。

 

「だって、勇者さんはそれでも世界を救ったのだから弱いはずないのだわ!もしかしたらそれで世界を救えたのかもしれないのだわ!勇者さんは奥さんのせいで何か損をしてしまったの?」

「いや、してない。してるはずがない」

 

 ナーサリーの質問にロトは間髪入れずに答える。その答えにナーサリーは更に歓喜の感情を体いっぱいに表す。

 

「だったらそれが本当なのだわ!シンデレラだってラプンツェルだって、白雪姫だって!みんな恋や愛が最後は結ばれて(まさ)しくハッピーエンドを迎えるのだわ!だったらドラゴンクエストだって愛で結ばれるハッピーエンドが(ただ)しい筈なのだわ!」

「……そうだね」

 

 ナーサリーの言葉は子供の戯言と言って切り捨てることも可能だ。しかし彼はそうしなかった。その眩しさを、彼はどうしても()()()()と重ねてしまうから。

 

「おーいナーサリー、ジャック達が探してたよー、って此処にいたの?あ、ロトもいた」

「マスター!丁度良かったのだわ!今勇者さんの結婚のお話を聞いていたの!とっても素敵なお話だったのだわ!マスターも聞いた方がいいのだわ!」

 

 マスター、立香が二人を見つける。ナーサリーはマスターを見るとぴょこぴょこ嬉しそうに跳ねながらマスターに近づく。

 

「へぇ、ロト、結婚の話すると渋るじゃん」

「振ってくる相手が悪すぎるんだよ。ティーチとか変なテンションで聞いてくるから正直話したくないんだよ」

「あー、そういう……」

「そうだわ!勇者さん!さっきの話をもう一度ジャック達にもしましょう!きっと楽しいのだわ!」

 

 ナーサリーは二人の会話に割り込み、突然の提案を申し出る。その提案にロトは気まずそうに頬を掻く。

 

「い、いやー……それは正直言って勘弁願いたいなぁ……」

「駄目よ!素敵なお話はたくさんの人と分かち合わないと楽しくないわ!さぁ!行きましょう勇者さん!」

 

 ナーサリーはロトの腕を掴んでずるずると引きずり始める。ロトのステータスなら彼女の腕を振りほどくのは容易だが、それをしないのが彼らしいところだ。

 

「はぁ……あんまり話たくないんだけど、聞いてはくれないか」

「諦めなってロト、正直って俺も聞きたいし」

「今日はどんだけ恥ずかし目に会えばいいんだ?」

 

 ロトはナーサリーに連れられて数時間後の自分を思い描く。ジャック達子供組に再び結婚の話をしていると、自身の息子たちに出会い、質問攻めにあうとはこの時ロトは夢にも思っていなかった。




ちょっと無計画に書いたものなので、前回との主人公の落差が酷いことに……
いつか修正を入れたいと思います。

本編はいつ投稿できるのやら……
少なくとも今年の投稿は無さそう
不定期のタグ付けとこ……


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プロローグ・特異点F 炎上汚染都市 冬木
プロローグ1−冬木0


みんなは突然世界の命運を任されたらどう思うだろうか?

俺はこう思う。

 

『なんで俺?』

 

 俺が最初にそう思ったのは目を開けた瞬間に突然『おうさま』がいる部屋の前だった。

目を開けた途端に急に話しかけられ、なにやら世界を救って欲しいだの、『ひかりのたま』を取り返してきて欲しいだのを言われ、特に言い返すこともできず城を出て、出た途端に『スライム』に襲われたのは今ではいい思い出だ。

 その時俺は気付いた。『ここはドラゴンクエストの世界』だという事に。

 それからは俺は悲壮感に精々二週間は苛まれた。これから『勇者』として生きていかなければならない使命。りゅうおうを倒すまで終わらないであろう人生。平和ボケした日本人にとって、初めて持った剣はとても危なく輝いて見え、スライム一匹ですら恐怖に感じた。ガイコツなんて剣を持ってる時点でもはや立ち向かう気にもなれやしなかった。

 

 それでも俺がりゅうおうに挑みに行ったのは、一つに良心だった。ドラクエは正直言ってⅨをストーリーの最後までやったくらいで、ストーリーも正直曖昧で熱狂的なファンでもない。しかしそんなファンでなくても、救える力があるにも関わらず、救える人を救わないのは気分がいい話ではなかった。

 りゅうおうに捕らえられた姫を救い出したい。そして、どうすることも出来ずに街から出ることができなかった俺を、世界を救うという使命がある故の行動だが、最後まで見捨てなかったおうさまや町の人々に答えたかった。

 その一心で俺はがむしゃらに剣を振るった。魔法を覚えた。傷を負った。

 りゅうおうを倒す頃には満身創痍で、倒した時にはその事実に歓喜して姫の前でみっともなく安堵の涙を滝のように流した。

 

『これでやっと勇者の使命は終わる』

『もう魔物に怯えることなく人生を過ごせる』

 そう思い、姫さまを連れながら街に戻って足を踏み入れた瞬間、変化は起こった。

 世界が陽炎の様に曲がり、意識が落ち始める。

 最終的には立っていられなくなり膝をつくと、横で姫さまの声が遠くの方から聞こえてくる。肩を揺すりながら心配そうにこちらに話しかけてくる姫さまの声を聞きながら意識が落ちた。

 これが最初の俺が世界を救った記録だ。

 自分で言うのもなんだがよく覚えてるな。

そしてその時思ったのは安堵だった。『ひょっとしたら帰れるかもしれない』と、心配で涙を流す姫さまを見ながら失礼にもそう思ってしまった。

それがいけなかったのかもしれない。再び目を覚ますと、今度は別のおうさまが俺の前に座っていた。

ここから俺の真の地獄が始まった。

孤独な一人旅ではなく、途中から仲間が増えつつも辛い事に変わりはない世界を救う旅となった。

 

次の冒険は俺以外の2人の仲間が俺を支えてくれた。

 

次の冒険は酒場で出会った奴らとその夜馬鹿騒ぎをして結成したパーティーで最後まで悪態をつきながらもお互いを励ましあった。

 

次の冒険では少しづつ増えていった仲間を一つの馬車に乗り込ませ、世界各地を馬で駆け抜けた。

 

次の冒険には人間も魔物も仲間になり、そいつらは種族関係なく初めてできた俺の結婚を祝った。

 

さらに次の冒険では二つの世界を股にかけ、あらゆる経験を積み、数多の術技を手に入れた。

 

その次の冒険は過去と現在の時間を行き来し、その時代の人々との出会いと別れを繰り返して世界の謎を解いた。

 

次の冒険は馬となった姫と魔物に変えられた王を救う為に魔術師を倒す旅へと赴いた。

 

そしてその次の冒険はとうとう人ではなく天使となって空飛ぶ列車で酒場で出会った仲間と地図の場所を探して世界を飛んだ。

 

次に至っては人間以外の種族と多々に関わり、一度の人生で何度も世界の危機に晒された。正直言うとこの時期が一番多忙で、一番神経をすり減らし、一番冒険をしたかもしれない。

 

それ以外でも魔物を使役する大会に行く飛行船が墜落して生き抜くのに精一杯だったこともあったし、大量の魔物の軍勢が押し寄せてきて、それを一掃したりもした。

 

つい最近までは廃れた世界で建物を建てて復興を目指していた。

 

その復興が完遂したと思ったらこれだ。

一体俺はいつまで世界を救わなければならないのか。

 

もう何回魔物を倒したか。

もう何回剣を握ったか。

もう何回呪文を唱えたか。

もう何回……世界を救ったか。

 

廃人にならなかったのは奇跡に近い。でもそれはある種当然かもしれない。何故ならいつも俺の横には仲間がいた。仲間が毎度毎度ダメになりそうな俺を叱責して、俺は毎度ギリギリで自我と保てていた。

そして今も、最後の敵を倒しみんなが勝利を分かち合っていた。これで世界に平和が訪れる。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

俺は地面に豪快に頭から倒れこむ。向こう側から仲間たちの動揺した声が聞こえてくる。

 

悪いな。これでお前らともお別れだ。泣くんじゃねぇよ。お前ら魔王相手でも泣かなかったじゃねぇか?

でも安心しろ、死ぬわけじゃねぇんだ。

ちょっと別の世界を救ってくるだけだからよ?

心配すんな。

すると意識が落ちる。

視界が暗転していく感覚に落ちながら『ああ、またか』と達観した考えで目を閉じた。

 

ーーさて、次はどんな世界を救わなければいけないのか?ーー

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

時と場所は変わり、2004年の冬木市にて『人理継続保障機関フィニス・カルデア』に所属している青年、藤丸立香はこれから赴く戦場に向けて戦力補給の為、召喚サークルの前に立っていた。

 

「いい!最後になんとしてでも強力なサーヴァントを引き当てなさい!」

「は、はい!」

「先輩、頑張ってください!」

「フォフォウ!フォウフォウ!」

 

オルガマリーとマシュ、そしてフォウの声援に応えながら、召喚サークルに手をかざし、召喚に専念する。

もう既に魔晶石は残りわずか、藤丸はより一層力を込めて召喚をした。そして現れたのは……

 

「サーヴァント、クラスはヒーロー。真名は……まぁ今はロトって呼んでくれ……ってどこだここ?」

 

赤い服に金色の髪を持ち、剣を腰に刺した偉丈夫の男であった。

その佇まいから放たれる圧はまさしく英雄とも言え、藤丸たちを驚かせたが、何よりも驚いたのは、その真名であった。

 

『ロトだって!?やったよ藤丸君!ひょっとしたら君、とんでもない大物を引き当てちゃったかもしれないよ!』

「え?そんな有名なんですか?この人?」

 

その真名に一番早くに反応したのは、今この場にはいないロマニ・アーキマン、通称ロマンであった。

ロマンは通信機越しでも分かるほどに喜一色の声で喜びを表すが、藤丸には今一誰なのかがピンと来ていなかった。

 

「ちょっと!あなたまさか『ロトの勇者』を知らないの?!」

「え、えっと……『ロトの勇者』……どっかで聞いたことあるような……」

「先輩、おそらく先輩が聞いたことがあるタイミングは『ドラゴンクエスト』だと思いますよ?」

「え?……ええ!あの絵本で有名なドラゴンクエスト!あの勇者様のこと!?」

「どの勇者のことかはわからないけど、一応姫さまを救ったことはあるけど?あと絵本ってどう言う……」

「あなた絵本でしかあの伝説を読んでないの!?いい?帰ったら私の本を貸すから直ぐに読みなさい!分かったわね?」

 

藤丸の返答に唖然として本を勧めるオルガマリーにロトの質問はかき消された。

ロトの顔は少しだけ残念そうだ。

 

「……まぁあとで聞けばいいか、それでマスター?俺は何をすればいいんだ?」

「えっとそうだな……それじゃあこれからここの周辺を捜索するから、一緒についてきてくれるかな?」

「りょーかい」

「ちょっと聞いてるの!『ドラゴンクエスト』って言うのは、魔術師でなくても読まなくてはいけないレベルで重要な書物で……」

「所長、少しばかりハイになっています。落ち着いてください」

「フォーフォウ……」

 

そしてロトは頭を掻きながら藤丸の横を歩き始める。それに合わせて藤丸も歩き、追いかけるようにしてオルガマリーも走り始め、宥めながらもマシュも駆け寄り、藤丸の頭の上に乗っているフォウもマシュに加勢した。

燃え盛る炎の中の絵にしては随分と和気藹々とした光景であった。

 

これが藤丸達と勇者との長い人理修復(世界を救う旅)の始まりであった。




地雷臭がすごい


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冬木1

廃墟の中、藤丸達はロトに現在の状況を説明していた。それを聞いたロトは腕を組んでうなづく。

 

「なるほど、俺が呼ばれたのはそう言うことか……」

「ハイ、召喚に応じてくれてありがとうございます。ロトさん」

「あー、悪いマシュ、くんだっけ?自分から名乗っといてなんだけど、ロト以外にも名前が伝えられてるから、できれば統一できる勇者くらいに呼んでくれ。正直言っていっぱい呼び名があるから自分でも忘れそうになるからさ」

「え?ロトって名前がたくさんあるの?」

 

藤丸はロトの発言に疑問を抱く。真名を一つしか持たないはずのサーヴァントに複数名前があると言う現象に興味津々である。

 

「あなたねぇ、絵本でしか読んだことがないからそんな疑問を持てるのよ。ドラゴンクエストを読んだことがある人間なら常識よ。ドラゴンクエストの勇者はそれぞれ違う世界、時間軸を描いているから主人公も別々なの。それに主人公の名前は原本では正確に言うと明記されていないからその土地によって様々な呼び名がつけられているのよ。ロトの名で召喚されたのも、ここが日本だからその名前で呼ばれたのであって、本当の名前はサーヴァント自身しか知らないのよ」

「え?じゃあロトって真名じゃないの?」

「いや、そこのお嬢さんが言ってることは正しいけど、俺は正真正銘の『ロト』さ。けど、呼び名がいっぱいあるって意味はちょっと違くって……」

「GAOOOOOOOOOO!!」

 

『話の最中で悪いけど敵性エネミー2体の反応ありだ!直ぐに戦闘態勢に入って!』

 

「……なんで俺が喋ろうとすると、こうも邪魔が入るのかな……」

「ロ、ロトさんここは私に…」

「そうかい?じゃあ片方の敵を任せるよ、あいにく()()()()()()()()()()()()()()。実戦経験を補うためにも、少しばかり戦っときたいんだ」

「分かりました、ロトさん!」

 

マシュとロトは剣を持ったスケルトンに近づいていく。そしてロトは剣を抜き、斬りにかかる。マシュは等身大程の盾を振りかざしスケルトンに振りかぶる。

そしてオルガマリーはロトの剣を見て驚嘆する。

 

「あの剣、なんて魔力量なの!あれにどれだけの魔力が込められているのか分かったものじゃないわ。流石は伝説の勇者なだけあるわね、宝具も一級品ね」

「あれが宝具……」

「そう、かの竜の王、暗黒神、復讐の堕天使、人を騙る魔族を討ったとされる宝具、それだけの強大な敵を討った剣なのだから、あの威力もうなずけるわ」

 

藤丸のつぶやきに対してオルガマリーは解説を入れていく。その声色は先ほどよりも嬉しげで、生き生きとしたものであり、チラリと立香がオルガマリーの方を覗き込むとその目は少しばかり輝いていた。

 

「ひょっとして所長って……ファンですか?ドラクエの?」

「な、何を言ってるのあなたは!私がコトを欠いて『ドラゴンクエストのファン』ですって!?いい加減にしなさい!私は魔術師のたしなみとして『ドラゴンクエスト』を読んだだけです!当然の教養として覚えているだけよ!」

 

立香のその呟きにオルガマリーはひどく動揺し、まくしたてるように喋り倒す。その光景は先程レイシフト前に見たキツイ印象しか見えなかった『所長としてのオルガマリー』よりもよっぽど好感が持て、親しみやすい姿であった。そんな彼女を立香は微笑ましく見つめるが、焦っているオルガマリーは気付かずに喋り続ける。すると、戦闘が終わってか、マシュとロトが先程とは変わらない様子で帰ってきた。

 

「あ、お帰り二人とも。大丈夫だった?」

「ああ、まぁ大した相手じゃなかったし、正直マシュ一人でも事足りたかもしれなかったな。俺の相手にしたスケルトンなんて一太刀入れたら粉々になっちまった」

『そりゃあ伝説のロトの剣でスケルトンなんか斬りに掛かったら跡形もなくなるよ?威力考えてよ?オーバーキルもいいところだよ?』

「そうなのか……少し実戦離れしてたからちょっと曖昧だな」

 

ロマンの言い分にロトは首を傾げながら肩を回す。一戦交えたにも関わらずかなりマイペースだ。それが伝わっているのか、少しばかり場の空気が軽い。

 

「んん!それじゃあ貴方達!そろそろこの特異点の調査を始めるわよ!私の指示に従ってもらいますからね!」

「は、はい分かりました!オルガマリー所長!」

「よろしい、それじゃあまずは鉄橋から調べていくわよ」

 

そしてオルガマリーの指示のもと鉄橋付近の調査が始まる。

その間、立香とマシュはロトと少しばかり談笑をしていた。

 

「へぇ……俺の冒険って本になってんのか?しかも聖書の次に読まれてるって……」

「はい、第一章から第六章の本の発見は古代ウルク、そして第七章から第十一章までがエジプトのピラミッドから発見されまして、中国で外伝の魔物の章と無双の章、そして創造の章が発見されています」

「へぇー、そんなに有名だったんだあの本……俺幼い頃の読み聞かせでしか読んだコトなかったから知らなかったなぁ」

「はい、過去の名だたる英雄はこの本を愛読書としている人も多いみたいです。このまま人理修復を続けていけばいずれそう言った方にも出会うかもしれませんね」

「へー、それは会いたいような会いたくないような……」

 

ロトはマシュからの情報に少しばかり頬をひくつかせる。自分のことを他者が書いた伝記がある事が少しばかり複雑な気分らしい。

そこへオルガマリーがゲキを飛ばす。

 

「ちょっと!そこ!もっとちゃんと調べなさい!」

「「「はーい」」」

「フォーウ」

 

そうして4人と一匹は黙々と調査を続ける。するとロトはふと思い出すようにつぶやく。

 

「しかし本かぁ……俺は描いたことはないんだけどなぁ……」

「え?『ドラゴンクエスト』ってロトの直筆じゃないの?」

「いんや、俺がペンを走らせたのは道中での日記くらいだし、内容もほぼ走り書きだから、それとは違うと思うな……」

『ええ!君って日記も書いてたのかい!それは確実に君を呼び出す触媒になり得るし、現代の価値観から見るととんでもない値打ちの国宝になり得るよ!魔術師から見ても重要度は計り知れない!』

「いや、そうたいした事は書いてないぞ?その日の日付と書いたときの場所とか、今日の大まかな流れを適当に綴っただけだし……」

 

突如として通信機越しからのロマンの声にロトは驚きながらもそうたいしたことはないと訂正する。しかし興奮した様子のロマンはすぐさまその意見を否定しに入る。

 

『いやいやいや!君が世界に与えた影響はとんでもないんだから!君の活躍は『ドラゴンクエスト』でしか確認できないし、そこに『君の直筆の日記』って言う重要な参考資料が加われば、その記録はより確実なものになったりするかもしれないんだから!』

「そう言うもんか……?まぁいいや、しかし誰が俺の冒険譚なんて書いたんだ?俺の仲間の中で本を書いて売りに出すような奴っていたっけな?」

「ええっと、私が覚えているのは……一章が著者が『ローラ姫』としか覚えていないです、『ドラゴンクエスト』は章ごとに著者が変わるので……」

「まじ?あの姫さまが……っていうか、その流れだと全部の物語違う人が書いてんの!?嘘でしょ?!ただでさえ自分の話書かれてるって事実だけでもちょっと恥ずかしいのに!」

「へー、じゃあ二章から誰が書いてんだろ……」

「あーなーたーたーちー!」

「「「あ」」」

 

ロトの日記談義に花を咲かせている途中で、後方から声が聞こえてきた。

藤丸達は後ろから聞こえてくる血気を孕んだ声に後ろを振り返る。

そこには白い髪を逆立てたオルガマリーがこちらを睨んでいた。

 

「いい加減にしなさい!」

「「「すいませんでした」」」

 

その後、黙々と立香達は調査を続けるが、特に成果は実らず時間だけが過ぎていった。

そして立香達は別の場所での調査の為、鉄橋を後にし、魔術師関係が集う、協会の跡地へと向かう。

 

「あのー、所長。俺『ドラゴンクエスト』をそこまで読んだ事ないんですけど、ロトって一体どんな人なんですか?」

「ちょっとなによ?藪から棒に……まぁいいわ。自分の使役する英霊の逸話すら知らないなんてマスターとしては最低ですし、大まかな事くらいは把握しとくのは義務でしょう」

「あ、その話俺も聞いていいか?現代の知識は一応頭に入ってるが、俺の話がどう伝わってるのか気になってな」

「わ、分かったわ……まず最初に、彼、『ヒーロー』がした偉業は単純明快、『世界を救った』。この一点のみよ」

「ああ、その辺は知ってます。絵本でもその辺を主体に聞かされてましたし」

「まぁそうよね。まず『ドラゴンクエスト』の世界だけど、これは時代がかなり古い古代ウルクよりも何千年も前と言われているの。『魔術』と言う概念も『呪文』と言うもので統一されていたし、魔物と言う存在も確認されていたの」

「その魔物の脅威から人々を救うと言うのが、『ドラゴンクエスト』の根幹といってもいいくらいです。それ程までに世界は何度も危機に瀕し、その度勇者に救われていますから」

「そんなにピンチになるの?」

「当時の魔物の脅威がそれほどまで強力ってことよ。つまりその脅威を何度も振り払った勇者は物語上でしか確認できないにも関わらず、現界できる程にこの世界の人々にその偉業を認められているってことよ」

「いやー、面と向かって言われるとどうにもこそばゆいな……」

 

オルガマリーの説明を一通り受けた立香は納得するようにうなづき、少しばかり照れた顔をしているロトの方を見る。

今のところはほとんど気の良いただの年上の男性にしか見えないが、その今までに得た経験は自身が考えるものよりもはるかに過酷な道である事は、立香にも想像が出来た。

 

「ロトって本当に勇者なんだなぁ……」

「ん?どうした立香……!」

 

つい先程まで朗らかな笑みを浮かべていたロトは、突如として眉をひそめ、辺りを見渡す。腰を低く落とし、『ロトの剣』をすぐにでも抜けるよう構えを取りながら浮かべるその顔は寸分狂いなく()()の顔だった。

 

『みんな!そっちにサーヴァントの反応あり!すぐに態勢を整えて!……ってあれ?もうロト君は気づいてる感じ?』

 

「まぁな……数は()()ってところか、出てこい!奇襲はもう意味がねぇぞ!」

「ロ、ロト?」

「立香、所長と早くマシュの側に。サーヴァントが三体こっちに来てる。さっきのスケルトンとは話が違う」

「わ、分かった!所長早く!」

「分かってるわよ!」

 

ロトの要請にすぐさま立香とオルガマリーはロトの背後に回る。二人はその背中から無償の信頼を感じ取れた。

そしてロトにマシュも続く。

 

「ロトさん、ここは私も……」

「いや、悪いけどマシュ。ここは俺一人に任せてくれ。マシュは二人の護衛を」

「で、ですが……」

「安心しろ。お前はその盾で立香達を守ってくれ。俺は守るのは得意じゃないが、救うのは得意なんだよ。今彼らを守れるのはマシュ()で、この危機的状況を救えるのはロト()なんだ。戦闘がまだ不慣れだからって気に病む必要はない。だから、どうか二人を頼む……」

「……!分かりました」

 

ロトに加勢しようとするマシュを宥め、ロトは一点の方角を向く。

するとそこから闇を纏った黒い人型が姿をあらわす。

 

「ホホウ、我ラヲ相手ニ貴様1人デ挑ムトイウノカ?ナント愚カナ」

「ソノ顔ガ絶望ニ歪ムノガ楽シミダ」

「貴様ラ、ソノ辺ニシテオケ。ヤツハ恐ラクソレナリニナノ知レタ英霊ノ可能性モアル。ココハ確実ニ一人ヅツ消シテカラマスターヲ倒シニ掛カルゾ。一人ハ守護ニ専念シテイルヨウダシナ」

 

その人型は一人は長い腕を持ち、もう一人は長い獲物を持ち、もう一人は長い髪を持つのがわかる黒い影であった。

それを確認したロトは、剣を抜く。

 

「いいから早く来い。テメェ等全員相手してやるよ」

 

その声と同時にあたりは静まり返る。そこから聞こえてくるのは燃え盛る業火の音のみであった。火が破裂する音が辺りを響かせ、その場にいる全員の視界に陽炎が浮かび上がる。誰しもが動かず、喋らず。

 

硬直状態で数秒が経過し、彼らの近くで瓦礫が崩れた。

 

「ッシャァアアア!!」

 

最初に動いたのは長い腕の影であった。影はすぐ様腰に携帯していた投げナイフを投げ、そのままロトへと接近する。

 

「ヌゥウウウ!」

「……」

 

それに続くように長物を持った影、長い髪の影も後を追う、長物の影は勢いそのままに手にした得物を振り上げロトへと降りかかる。

正面からのナイフ、上からの得物、どれも常人であれば一撃必殺の威力を持つ攻撃に、長い髪は更にロトに追い打ちをかけるように、手にした鎖のついた剣を横から薙ぐ。

三方向からの攻撃にロトは冷静に対処をする。

ロトはすぐ様剣でナイフを弾き、剣を斜めに構えて受けの体制をとる。

そこに二つの衝撃がロトに剣を通して伝わっていく。

このままいけばロトを力で押し伏せることも、残った長腕が両手の塞がったロトを斬り伏せる事もできると感じ、クスリと笑みがこぼれる。

 

 

 

ロトはニヤリと笑った。

 

「……低位閃光呪文(ギラ)!!」

 

そう唱えると同時にロトの目の前、鍔迫り合いをしているちょうど中心部に閃光が生まれる。

そして一度光を収めると、その勢いを解き放つ様に爆発が起こり、その周辺を土煙が立ち上る。

ロトは爆風に乗りながらバク転の様に着地し、すぐ様爆心地に突き進む。

そして土煙の何も見えない中を剣で突き刺す。

その瞬間、煙は晴れると、その剣の先には、体を貫かれた長物の影がいた。

 

「まず一人……」

「ゴハ……バカナ……」

 

剣を引き抜きながらロトは振り返る。そして背後を取っていた長腕と相対する。

 

「モラッタ!」

低位睡眠魔法(ラリホー)

「……ッグ…」

「……二人……」

 

長腕は突如として襲ってきた眠気に一瞬のみだが、飲まれかける。しかしそれでも耐えたが、その一瞬のうちにロトは懐に入り込み、斬り伏せた。

ロトはすぐ様長い髪の影を探し始める。するとその影は既にマシュ達の方へ走り込んでいた。

 

「しまった、一人そっちを抜けたぞ、マシュ!くそ、各個撃破は時間をかけすぎたか!」

 

ロトは即座に駆ける。しかし影とロトとの距離が縮まる速度より、影の攻撃範囲内にマシュ達が入り込む速度の方が早かった。

 

「……ハッ」

「クッ!ロトさん!こちらは大丈夫です!」

 

影は走りながら鎖を振り回すと、ある程度の速度が出たところで打ち出す。

その攻撃にマシュは正面から迎え撃ち、ロトに無事を伝える。

 

「………………」

「ッ!マシュ!まだだ!」

 

盾に弾かれた剣は弧を描き宙を舞うが、影はすぐ様その剣に飛びつき、空中で再び攻撃の構えを取り、即座に投げる。

その攻撃にマシュは反応が遅れ、盾の動きが遅れる。慌てて構え直すが間に合うかどうかの刹那、その声は突然聞こえてきた。

 

「中々見所のある嬢ちゃんじゃねぇか、気に入ったぜ」

 

同時、火球が剣を打ち、剣はあらぬ方向へと軌道を変える。突然の火球に影は打ち出された方角を見やり、それに続く様に、全員が同じ方角を見る。

そこにいたのは、水色の布に身を包んだ木の杖を持った青い髪の男であった。

 




戦闘描写を初めて描きました。
上手くできたでしょうか?


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冬木2

 その男の初見の印象は少しばかり軽いものであった。男はその場から移動するとマシュ達の方角に駆け寄り長髪の影とマシュ達の前に立ちふさがるように向き合う。

 

「ようライダー、オメェ随分と変わっちまったな? 今ならキャスターの俺でも倒せそうだ」

「キャスター……」

 

 長髪の影、ライダーは青い髪の男、キャスターと対峙し、歯を軋ませる、その音から苦悶の表情をしているとすぐさま感じ取れる。その間にロトはキャスターでライダーを挟み込む様に位置を取る。

 

「あんた、()()()()()()? だとしたら利害は一致してるな? どうだ、協力しないか?」

()()()()()()か聞かねぇあたり、オメェ俺の後ろのやつらを気にしてんだな? ライダー(こいつ)を始末するよりも、マスター達(あいつら)の安全を優先するあたり、気に入ったぜ」

「そりゃどうも……で、結局あんたは敵か?」

「そうだな、ライダー(こいつ)を倒してから答えてやるよ!」

「……サンキュー」

 

 そう言いキャスターは杖を構える。ロトもほぼ同時で構えを取り、それを見たライダーの顔は更に顔を苦渋で歪ませたようにみえたそして意を決してか、ライダーはキャスターの方へと駆ける。

 

「こっちに来やがったか! 森の賢者をなめんなよ!」

「ガァアアア!」

 

 一閃。

 

 ライダーは全速力で駆け抜け、キャスターを討たんと剣を投げる。その剣は真っ直ぐにキャスターの方へと進み、貫かんと向かうが、キャスターに焦りはない。

 

「へ、狂化されて思考もおぼつかなくなったか? 初歩的なミスしやがって」

 

 キャスターは剣を無視して片方の手をかざす。そこには青白い光を放つ文字が浮かび上がる。

 剣はキャスターを貫く直前、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ガ!」

「喰らいな」

 

 ライダーが驚くのを余所に、キャスターは先程と同じ火球を撃ち出す。高速で放たれた火球はライダーの顔めがけて飛んでいき、ライダーの顔から黒煙が上がる。

 

「ガァアアア! ヨ、ヨクモ!」

「よそ見厳禁」

「グ!」

 

 ライダーが恨みを乗せた視線を送りつつキャスターへと近づくが、その止まった一瞬をロトは逃さず、その『ロトの剣』で背中を斬りつけ、ライダーは苦悶の声を上げ、地に伏せ、身体が消えかかる。

 それをロトは斬りつけた本人であるからか、最後まで見つめていた。

 

「いやはや、追いつくとは思ったがあそこまで速ぇとはな。槍兵としての俺ほどじゃねぇが、なかなかにいい線いってんじゃねぇか?」

「どうも、キャスター。やっぱり人を斬るのはいい気分がしないな……で、あんたの()()は?」

「この場合は真名でも言や、信じてくれるか?」

「その辺は彼らに任せるさ」

「あん?」

 

 キャスターはロトの指差す方向に顔を向ける。そこにはこちらに向かって手を振りながら走ってくる立香達の姿が見えた。

 

「おーいロトー! 大丈夫ー?」

「大丈夫ですかロトさーん!」

「ちょっとあなた達! 敵かもしれないサーヴァントの前で真名を言うんじゃないの! さっき教えたでしょ!」

「えー? でもロトの事助けてましたよ所長」

「フォフォフォーフォーフォウ」

 

 立香達の和気藹々としたら姿を見て、キャスターはケラケラと笑う。

 

「はっはっは! あれがテメェのマスターか! 真名を俺に伝えちまうなんてなかなかに肝座ってんな!」

「褒めてもらったと受け取っとくよ」

「流石はかの有名な勇者様だ? バレても問題ねぇってか?」

「敵が有利なだけで、味方が不利なわけじゃない。敵地に乗り込んだら、そんな事しょっちゅうさ」

「へ、言うじゃねぇか?」

 

 キャスターとロトは互いを見合う。相手の力量を測るその目は、一部の漏れもなく、相手の情報を吐き出すために光らせていた。

 

「ロト、何やってるの?」

「ああ、マスター」

 

 そのにらみ合いも、立香達が来た事によりたちまち消え失せる。元々コミュニケーションで冗談半分でやっていた事だ。

 流石ケルトクオリティ、肉体言語が激しい。

 

「よぉボウズ? オメェ結構気に入ったぜ」

「え? 何急に?」

「マスター、この人俺たちに協力してくれるってさ」

「本当ですか! ありがとうキャスター!」

「ははは! 本当に肝座った坊主だな! この聖杯戦争限りだが、よろしく頼むぜ」

 

 そう言ってキャスターと立香は握手を交わす。その様にオルガマリーはすっかり毒気を抜かれ、鬱陶しげにため息をついた。

 

「ハァ……まぁいいわ、真名もばれているにも関わらず協力してくれてるんだから、貴方のことは一時的にではありますが信じます。ですが、もしこちらに被害を加えようものなら、すぐに交戦の構えを示しますからね! 分かった? ロト?」

「あ、やっぱ俺なのね? いいよ別に、こいつは俺の仲間と目が似てる。信用出来るやつさ」

「伝説の勇者様のお仲間と似てるとは光栄だな? フェルグス(オヤジ)に聞かせてやりてぇくらいだ」

「あんたでも俺を知ってるのか?」

「あたりめぇだろ? 『ドラゴンクエスト』の呪文はケルトじゃルーン魔術の参考にしてんだからよ? さっきの火球も『メラ』を参考に出来たルーンだぜ?」

「どうりで似てたわけだよ。後で見せてあげようか?」

 

 軽口の言い合いではあったが、聞く人が聞けば卒倒しそうな重要な情報ばかりが飛び交っていた。

 原初の魔法とされるルーン魔術のお手本となったのがドラクエの呪文を参考にされているという事実にオルガマリーはひどく動揺していた。

 

「そんな事実初めて知ったわ……魔術協会が聞いたら驚きそうね……ま、それはいいとして……キャスター、早速だけど貴方が知ってる情報を聞かせてもらうわ。そうすれば私も貴方を信用たり得るサーヴァントであると認めます」

「おういいぜ? 俺にとっちゃそんなもんで信用を得られんなら万々歳だ」

 

 そうしてキャスターは現在の冬木市の現状を話した。

 聖杯から溢れた『泥』により、聖杯戦争が変わった事。

 汚染された聖杯により、キャスターを除く全てのサーヴァントがセイバーの配下についた事。

 泥により、無尽蔵にスケルトンなどの敵が生成され、キャスターを追いかけている事。

 現状生き残っているサーヴァントはキャスターとセイバーとアーチャーとバーサーカーのみである事。

 聖杯はセイバー一人で守護している事。

 それらを聞き、オルガマリーの顔はひどく歪む。

 

「なるべく敵のサーヴァントと遭遇しないよう作戦を練っていたけど、遠距離が得意なアーチャーがいるとなると遭遇は避けられそうにないわね……こっちはロトとマシュ、キャスターがいるとはいえ、慎重を期さないと……」

「それと、なるべくバーサーカーには出くわしても逃げたほうがいいぜ? ありゃ体力を消費するだけだし、大体の出てくる位置は決まってる。真に警戒すべきはアーチャーとセイバーくらいだ。この二体と出くわしたら戦闘確実。仕留めるまで執拗に狙ってくるぜ?」

「くっ……マシュの宝具解放すらまだなのに……」

「スイマセン……」

 

 悔しげに爪を噛み、必死な顔で打開策を考えるオルガマリーを横に、通信機越しにロマンが落ち込んでいるマシュを励ます。

 

『大丈夫だってマシュくん! 気にすることないよ! そもそも宝具っていうのはその英霊の偉業を形で成した存在なんだからそう簡単には出来ないって!』

 

 ロマンはマシュに優しく諭すように話しかける。

 

「「いや、そんな難しいことじゃないぞ?」」

「「!?」」

 

 しかしその応援も、他ならぬサーヴァントにより無に帰る。

 その返答にマスターである立香とオルガマリーも驚く。

 

「宝具って言っても要は自分の体の一部だ。サーヴァントになる時点で嬢ちゃんはもう宝具を使えるはずなんだよ」

「それが出来ないってこと自体珍しいよ? おそらくマシュが聞いたところによるデミ・サーヴァントってところが大きいんじゃないかな? マシュ曰く、サーヴァントの真名すらわからないんでしょ?」

 

 キャスターとロトはサーヴァントならではの感覚でマシュに説く。その意見にマシュの表情に影が指し始める。

 そしてその様子を見た二人は顔を合わせて頷く。

 

「「よし、荒療治だ」」

「「え?」」

 

 そう言ったサーヴァント二人に合わせて、立香とオルガマリーは息を合わせて質問で返した。

 この時嫌な予感がマシュとカルデアにいるロマンに感じた。

 

 

 

 

 

「たぁあああ!」

『GUOOO!?』

「いいぞーマシュ、その調子だ! アーチャーに見つかる前に少しでもサーヴァントとしての感覚を身に付けるんだ!」

「ハイ! マシュ・キリエライト、頑張ります!」

 

 場所は変わり、マシュはロトに見守れながらスケルトンを盾で倒し続けていた。

 その様子を見て立香達は少々キャスターに多少の呆れた眼を向けていた。

 

「まさか、実践あるのみの『ガンガンいこうぜ』修行だなんて……もうちょっと効率的というか合理的と言うか……なんか思ってたのと違う……」

「俺らにどんなことを期待してたかは知らねぇが、結局数をこなしゃその内身につくんだよ。俺も師匠にゃ散々これの数十倍レベルの苦行させられたもんだぜ? まだまだぬりぃ方よ」

 

 立香の問いかけにキャスターはなんでもないように言い返す。その返答に援護するようにマシュのフォローに回っていたロトも口を挟む。

 

「俺も強さに行き詰まったりしたら、よく道中の魔物とかとわざと戦ってたもんだよ? どれだけ弱い相手でも実践経験で培われるものは馬鹿に出来ない。マシュに足りないものはそこだよ」

「うちの師匠が実践主義なのもそれがデケェかもな。師匠もオメェさんの本愛読してたぜ?」

「そりゃ嬉しいな」

 

 ロトとキャスターの会話の最中、立香はようやく全てのスケルトンを倒し終えたのを確認してから、マシュの元へと治療魔術を施す為に近づいて行った。

 未だサーヴァントになったばかりの体に慣れないままこれまでに遭遇した敵を相手にしてきたのだから、心配するのも当然かもしれない。

 

「しかし、そろそろスケルトンじゃ相手にならなくなってきたかな?」

「と言ってもここで召喚される雑魚なんざコイツらだけだぜ? それ以上となると……」

「敵サーヴァントしかいない、か」

「マシュ、どうなの? 宝具は打てそう?」

「すいません所長、まだ感覚が……でも、あと少しな気がします! 何かきっかけがあれば、いけそうな気がします」

「きっかけ……」

 

 マシュの言葉にロトは顎に手を置いて考える。自身の体験談から、何かを導き出そうとしているのかもしれない。

 そんなロトを尻目に、オルガマリーは少しばかり警戒しがちに辺りを見渡していた。それに気付いたカルデアにいるロマンが無線で呼びかける。

 

『どうしたんです所長? さっきからキョロキョロしてますけど?』

「アーチャーが仕掛けてこないわ」

『え?』

 

 ロマンの疑問にオルガマリーは警戒を緩めずに即答する。そのオルガマリーの返答に、キャスターも続く。

 

「ああ、さっきから一応警戒してたが、あの野郎、今まで一発も撃ってきやがらねぇ。どう考えても異常だ。向こうも何か変化があるのかもしれねぇな」

「そうね、こちらのサーヴァントを見られた可能性は十分にあるわ。ただ確かめようもないし、少し聖杯まで急いだ方がいいわ」

「じゃあ、ますます嬢ちゃんの宝具が必要不可欠になってくるな、それも早急に」

 

 キャスターがつけた結論にオルガマリーも悔しながら賛同の意を示す。それを確認したキャスターはマシュに近寄り、口を開いた。

 

「おい、ちょっといいか嬢ちゃん?」

「あれ? キャスター? どうしたの?」

「いや坊主、ちょいと治療のペース上げてくだけだ」

「キャスターさん?」

 

 先ほどまで静観を決めていたキャスターの接近に立香は疑問を感じ、それにマシュも追随する。

 そんな様子も気にせず、キャスターは話を続ける。

 

「なぁ嬢ちゃん。ちとここからペース上げてくぜ? ここのスケルトンじゃもう嬢ちゃんは鍛えらんねぇ、ツーわけで……」

 

 キャスターは杖を槍のように構えながら凶悪とも、野性的とも言える笑みを浮かべた。その笑みにマシュは本能から震え、ロトはキャスターがする事が何かに気がついた。

 

「こっからは俺が相手だ。そこの坊主(マスター)もろとも殺す気で行くからな?」

「え……」

 

 キャスターの言った一言に、マシュは眼を見開き、ロトはそっと静観の態勢に入り、事の成り行きを見守る。

 そして立香の方を向き、キャスターは話を続ける。

 

「あんだけガムシャラに戦っても無理だったんだ。こっからはもっと上の敵とやり合わねぇといつまで経っても嬢ちゃんは宝具を使えねぇ。覚悟決めな」

「キャスター……」

「おい坊主、オメェも覚悟を決めな。サーヴァントの問題はマスターの問題、サーヴァントとマスターは一蓮托生の関係じゃねぇと、この聖杯戦争は終われねぇぜ?」

 

 立香はキャスターの声に考えさせられた。そしてマシュの手を取り、優しく、落ち着かせるように握る。

 

「……マシュ、俺も最後まで一緒にいるから、頑張ろう」

「先輩……分かりました。私は、先輩のサーヴァントです。先輩を守る為にも、このマシュ・キリエライト、頑張ります!」

 

 マシュは盾を握りキャスターと相対する。それを見てロトも歩み寄る。

 

「おい勇者さんよ。オメェさんは手ェ出すなよ? コイツらの為にならねぇ」

 

 キャスターはマシュ達を見据えたまま、そうロトに告げる。しかしロトはマシュ達ではなく、キャスターの方に歩み寄った。

 

「ロト?」

「悪いねマスター。強い相手に鍛えたいなら、オレも参加するよ。その方がマシュの為にもなりそうだ」

 

 勇者(ロト)、参戦。




スマブラ参戦決まりましたね。






ここで一つみなさんに少しばかり力を貸してください
作者自身はドラクエの経験は小学生の頃にドラクエ9のストーリーを攻略した程度なので、あまり情報がないのです。
そこで活動報告にて、皆さんから色々な情報をもらいたいなと思っています。
一応作者自身も色々と調べますが、アイデアを固める為にも、ご協力願います。
以上、極丸からでした。

ご感想、お気に入り登録してくれた皆様、ありがとうございました。


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冬木3

 目の前を火球が横切る。

 これでもう何球目だろうか、未だ収まる気配はない。

 そしてそれにマシュが気をとられると、遠くから声が聞こえてくる。

 

「マシュ後ろ!」

「……! っはい!」

 

 それと同時に、凶刃がマシュの目前まで迫る。マシュは盾で攻撃を防ぐが、それはすぐさま愚策となる。

 

「はい、もう一発!」

「ぐぅ!」

 

 隙だらけのマシュの背中に業火が押し当てられる。焼けて骨まで溶けるような感覚がマシュの背中を駆け抜けていき顔が歪むが、マシュは盾を離さなかった。

 

「とあああ!」

「おっと」

 

 盾を振り回し、ロトとの距離を離す。そして立香のそばに駆け寄り、マシュは挟み撃ちにならないよう半壊したビルをバックにガードの構えを取る。

 ロトとキャスターは一時的に攻めの手を止め、作戦を練る。

 

「随分とタフだな、あの嬢ちゃん。さっきから何発か当たってんのにまだ余力がありそうだ」

「そうだね、じゃあマシュを討つよりも先に……」

 

 そう言いつつ、ロトは手をマシュ達の方に向けて掲げる。しかしその手はマシュ達の方に比べて、角度が少しばかり高かった。

 それを見てキャスターはロトのやることを察し、自身は手をマシュ達に向けてかざす。

 立香は突然の行動に動揺し、マシュは何か仕掛けてくるかと、盾を二人に向けて構える。

 

「「立香(マスター)を獲る」」

 

 刹那。

 

低位閃光呪文(ギラ)

 

 勇者の手から放たれた閃光がビルの屋上付近で爆破する。

 

「おらよ」

 

 キャスターの火球がマシュと立香のすぐそばを撃ち、逃げ道を封じる。

 

「うお!?」

「しまっ、きゃあ!?」

 

 すぐそばで起こる爆煙に二人は反射的に目を瞑る。しかしマシュは気合で目を開けたが、すぐ様第二波が迫る。

 上からの瓦礫がマシュ達を押しつぶそうと迫るが、キャスターの手は緩まない。逃げ道を封じるように火球を撃ち続け、二人の逃げる時間を削る。

 

「せ、先輩!」

 

 逃げるのは不可。そう考えたマシュの行動は疾いものだった。

 マシュは盾を立香の上に被せ、背中をキャスター達に向ける。

 そして降り注ぐ瓦礫。その間を撃ち抜く業火。

 味方であったからと容赦のない攻めに、マシュは英霊が何たるかを教えられた気がした。

 

「マシュ! 俺はいいから早く宝具を!」

「せ、先輩……」

 

 崩れゆく瓦礫に耐えながらも見えた、自分を案じている立香(マスター)の顔にマシュは再び再起する。

 自分が滅びれば大切な人がやられる。そうなっては人理は救えず、所長も、ロマンも、カルデア職員のみんなも、爆発に巻き込まれた47名のマスター候補の命も、ひいてはせっかく召喚に応じてくれた『ロト』や、自分たちのために協力をしてくれたキャスターすらもなんの意味もなく消えてしまう。

 

 ──そんなことがあっていいのか。

 

 いいや、いいはずがない。

 

 ──まだ始まったばかりの人理修復をここで途絶えさせていいのか。

 

 ダメじゃなきゃ意味がない。

 

 ──ならば自分がすべきことはなんだ。

 

 自分の原点(宝具)を解き放つ。

 

 マシュの頭の中で、声が反芻される。

 声がなくなり、瓦礫が過ぎ去り、業火が背中を焼かなくなった瞬間。

 

 

 

 

 

 マシュの中で何かが変わった。

 

 

 

 ──────────

 

『しょ、所長! 止めなくていいんですか?! このままじゃマシュと立香くん、本当に死んじゃいますよ!』

「フォフォフォウフォフォウ!」

「言われなくても分かっているわ! それでもね、マシュの宝具が撃てなければ万全を期したとも言えないのよ。これからどんな窮地に陥るかも分からないのよ! だったらなるべく早くに宝具を撃てる様になって貰わないと、さっきもロトが言っていたけど、マシュ達のためにならないわ。腹をくくりなさい。ロマニ」

 

 マシュとキャスターとロトが戦っている場の少し離れた位置にいるオルガマリーは、カルデアのロマンと通信をしていた。そばにいるフォウはロマンに同調するようにオルガマリーの足元をグルグル回っていた。

 ロマンは二人の容赦のなさに止めるようオルガマリーに迫るが、それをオルガマリーは却下する。

 それを聞き、ロマンはさらに慌てふためく。

 

『あああ! これじゃマシュが宝具を解放しなかったらもう人類おしまいだ! よーしこんな時こそ! 助けてマギ☆マリ!』

「少し落ち着きなさい。そんなに焦っても、私達にはもうどうすることもできないわ」

『所長はなんでそんなに落ち着いてるんですか! いつもの所長ならこういう時こそ慌てふためくところでしょ!』

「フォーフォウ!」

「その質問の意図はいずれ聞くとして、何故って? そんなのロトがいるからよ」

 

 オルガマリーはロマンの質問に、なんて事はないように言う。その顔に焦りは存在しなかった。

 

「ロトは世界を救った大勇者よ? そんなロトが一歩間違えれば世界を殺すような所業を犯している。それでも彼は世界を救えるわ。だって勇者なんだから」

『何ですかその無償の信頼! そういうの僕にもくださいよ所長!』

「いいから黙って見ていなさい。絶対にマシュは、立香(かれ)は、この試練を超えられるはずだから。だって、勇者が認めた仲間(二人)よ?」

『……所長、ってまずい! キャスターから莫大な魔力の上昇あり! 宝具を打つ気ですよ所長!』

「フォウ!」

「……ここで宝具を撃てないと終わりね……マシュ、頼むわよ」

 

 力を溜め込んでいるキャスターを遠目で見つめながら、オルガマリーは達観したような顔で、この勝負の行く末を見守る。

 その視線の先で、マシュは先程とは違う表情を浮かべ、キャスター達と向かい合っていた。

 

 

 キャスターは瓦礫の雪崩から出てきたマシュを見つめ、目を細めた。漂う雰囲気が変わったのだ。キャスターはロトに話しかける。

 

「……なんか変わったな。あの嬢ちゃん」

「そうだな、畳み掛けるか?」

「いや、ここは俺に任せてくれや。嬢ちゃん一人に俺らで寄ってたかって甚振るだけでも大人気ねぇってのに……最後くらい一騎打ちで終わらせろ」

「けど」「それによ」

 

 ロトの反論に、キャスターは無理やり割り込んで強引に話を進める。

 そのやり方にロトはムッとするが、気にせずキャスターは話を続ける。

 

「あんたにゃ人殺しは無理だ。俺に任せとけ」

「キャスター……」

「安心しろや、俺は人殺しには慣れてんだ。悪役にはお似合いだろうが」

 

 キャスターは皮肉げに笑いながら、杖を胸の前に構え、魔力を高め始める。

 

「嬢ちゃん気をつけな! こっから本気でいくぜ!」

「っ! はい!」

 

 キャスターの活にマシュは普段では出さないような大声をあげて答える。その反応に満足したキャスターは、詠唱を始め、『宝具』を放つ準備をする。

 

「我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清める社」

 

 キャスターの周りに魔法陣が浮かび上がる、そこからは不自然なまでの熱風が立ちこもり、キャスターの髪を上へと押し上げる。

 キャスターはカッと目を見開き、杖を高く上へと掲げ、叫ぶ。

 

「倒壊するはウィッカー・マン! 」

 

 同時。キャスターの中心の魔法陣から木の腕が伸びる。その腕はキャスターを天へと押し上げ、やがて全容が露わになる。

 太い木の枝で組み上げられた炎を纏う巨大な人形の上半身であった。人形は腰にあたる部分まで体を出すと、もう片方の腕を握り拳にし、マシュの方へと振りかざす構えを取る。

 人形から放たれる業火に身を焦がし、喉が張り裂けるばかりに痛みを上げ、その巨影にあっとうされる

 そんな大きさの暴力を目の当たりにしても、マシュは目を背けず、前を向き続け、燃え盛る拳を前に盾を構え続けていた。

 それに寄り添うように、力を送るように、立香もまた、逃げずに立ち向かっていた。

 

「先輩、私に力を貸してください」

「いつだってあげるよ。マシュ。だから、乗り切ろう!」

 

 互いで支えあうように寄り添い、自分の命を預けるように手を添える立香に、マシュは再び決意を固くし、

 

「善悪問わず土に還りな! 嬢ちゃん、準備はいいな! 

 焼き尽くせ! 

 灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)! 」

 

 人形は拳をマシュ達に振り抜いた。その余波で暴風が人形を中心に吹き荒れる。

 

「ハイ! ここで私は、マシュ・キリエライトは! 止めてみせます! ……ハァアアアア!」

 

 マシュは盾を力強く地面に突き刺す。青白い光を放つ魔法陣が盾から放たれ、人形の拳を正面から受け止める。互いに拮抗し合い、衝撃波が冬木市全土を駆け抜ける。しかし、巨人の猛攻は終わらない。盾はまだ壊れていない。

 再び人形は拳を振り抜く。

 

「おら! もういっちょ!」

「ぐっ!」

「マシュ! 頑張って! 俺がいる!」

 

 人形の第二撃が盾を撃ち抜く。

 マシュはその衝撃に、華奢な腕が折れそうになる感覚が走るが、立香(マスター)の鼓舞に、再起する。

 それでも連撃は止まらない。

 三発目、四発目、五発目と攻撃は続き、続く六発目にて、そのタイミングは訪れる。

 

「よっしゃ! もう一発!」

「くぅ! もう……」

「マシュ!」

 

 (マシュ)に限界が訪れる。続く連撃に、とうとう盾にヒビが入る。

 そしていよいよ、人形の攻撃が──ー

 

「オラァアア!」

 

 ──ー届く。

 

 

 

 

 

上位凍結呪文(マヒャド)

 

 人形と盾を氷の壁が間を塞ぐ。拳は氷で勢いを殺され、氷の壁を砕くのみで、マシュ達には届かずに終わる。突如として現れた氷塊にキャスターは宝具を戻し、地に降り立つ。キャスターは唱えたと思われる術者を見て笑う。

 

「……ウィッカーマン(あいつ)の炎でも溶けねぇ氷を瞬時にこんだけ作れる呪文を使えるとは、流石は勇者様だな?」

「やりすぎだぞキャスター? 宝具を撃てるよう追い詰めるのは賛成だが、宝具を発動できても攻め続けるのは、英霊としてどうなんだ?」

「悪りぃ、つい熱くなっちまってな。どうにも宝具を撃つとハイになっていけねぇや」

「次からは気を付けてくれよ? なんだったら今この氷で頭冷やすか?」

 

 先程まで命を狙っていたとは思えないほどに軽い口の叩き合いに気を抜かれたのか、マシュはその場に腰を抜かして座り込む。

 それを見てキャスターは笑った。

 

「ハハハ! 悪りぃな嬢ちゃん? 本気で行きすぎたか?」

「い、いえ。そういうわけではなく……やっと宝具をモノにできて嬉しいと言いますか……」

「ま、これで第1段階突破だ。そんじゃあ乗り込むとするか? 敵の総本山によ?」

 

 キャスターは立香の手を借りながら立ち上がるマシュを目に掛けながら自分たちが進む目的地である山を見つめる。そして奥の方から歩いてくるオルガマリーを見つけて笑った。

 

『すごいよマシュ! ついに宝具をモノにできたんだね! これでより一層頼もしいサーヴァントになれたね!』

「うるさいわよロマニ。とは言え、良くやったわマシュ」

「フォフォフォウ」

 

 カルデアにいるロマンと軽口を叩き合いながらやってきたオルガマリーに、立香は少しばかり現実に引き戻される。

 そして遅れて感じ取った疲れに立香も大きく溜息を吐く。

 

「……フゥ〜〜……で、所長。これからどうするんですか?」

「決まっているでしょう? これから特異点の原因と思われるセイバーの打倒に向かいます。マシュも宝具を使えるようになったのだし。もう憂いはないわ。行くわよ」

「ハイ!」

 

 オルガマリーの所長としての顔に、気が引き締まったのか、ハキハキとした声で返事をする立香に満足げに頷きながらオルガマリーはキャスターに教えられたセイバーのいる場所へと足を進めた。

 

 決戦の時は近い。

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 私は小さい頃から一人ぼっちだった。

 偉大なアムニスフィア家に生まれ、幼い頃から家を背負っていくために勉学に勤しんで、休む暇なんて少しもなかった。

 アムニスフィア家に生まれた事に後悔なんてしていないし、魔術師としての責務を放棄するつもりもない。

 周りに仲間がいなくても、理解者がいなくても、私は一人でやっていくつもりだった。

 しかしそんな考えはあの本を読んでから変わった。

 あの話の中で出てくる者達は皆最初は孤独でも、いつのまにか一緒に居続け、苦楽を共にした掛け替えのない仲間になり、勇者を支えていった。

 魔術師としての教養として読み始めた本であったその本は、いつのまにか私の愛読書となり、ムニエルのことを馬鹿に出来ないほどまでにその本に関する知識は、愛は深くなっていった。

 いや、これは愛なんかではない。言ってしまえば、羨望に近いのかもしれない。孤独であった物語の主人公である『彼』が、心の何処かで私と同じだと思っていた彼が、段々と仲間を得られる事が羨ましかったのかもしれない。

 だからこそ、私は『彼』が召喚サークルから現れた時、私は複雑な気持ちだった。

 自分の前に現れてきたことの嬉しさ。

『彼』が私ではなく、立香(もう一人)の方の為に呼ばれたということに対する嫉妬。

 そして……ひょっとしたら、『彼』なら、私を認めてくれるかもしれないという期待が同時に押し寄せてきた。

 今までの私を認めてくれる人が欲しかった。

『頑張ったね』って言ってくれる人に会いたかった。

 

 

 

 

 

 ……私の仲間が欲しかった。

 

 

 ────ーだからロト……この特異点を解決したら、私を少しでもいいから……

 

 

 

 

 ────ー認めて。────ー




少しばかりオルガマリー所長の心情が乙女すぎたかもしれません。
所長の略称がイマイチいいのが見当たらない……みなさん普段どういう風に言ってます?


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冬木4

 立香達カルデア一行は古びた廃寺に着いた。そこには一切の光源はなく、街から立ち上る紅蓮の明かりだけが頼りだった。そこでロトとキャスターは他の面子の足を止めさせる。そしてキャスターは声を張り上げる。

 

「おい弓兵! いるんだったら出てきたらどうだ! まどろっこしいぜ!」

 

 その声に反応してか、寺の屋根から人影が姿をあらわす。やはり黒い靄を体に纏ったその影は今まで相対してきた影と違い、理性を感じさせる佇まいで口を開く。

 

「いやはや、流石は光の御子だ。本望のクラスでないにも関わらず、流石に鼻がきくな」

「テメェ……相変わらず俺の神経逆撫でる様な事しかいわねぇな……!」

「おや、機嫌を悪くしてしまったかね? キャスターになったのだから、これ位の低レベルの挑発には乗らないと踏んでいたのだが……どうやら見当違いだったらしい。短気なのは変わらんか」

 

 影の全容が立香達にも見て取れた。その影は大きな弓を携えた、色黒の偉丈夫のアーチャーであった。短く揃えた白髪が余計に映える。

 アーチャーはキャスターを執拗におちょくりながら屋根から弓を構える。

 

「すまないが、ここで幕引きだ。あまりこちらも余裕ではいられないのでね」

「へ、時間に追われてるって事は、何かあるな? おい嬢ちゃん、ボウズ!」

「は、ハイ!」

「なに、キャスター!」

 

 キャスターはアーチャーを見据えながらマシュと立香を呼ぶ。突然の指名に動揺しながらも二人は返事をし、その返答にキャスターは満足げに頷く。

 

「こいつは俺一人に任せな! オメェらは先に行ってろ……後から追いつく」

 

 その声は覚悟を孕んでいた。その声を聞き、マシュと立香は互いを見て頷き、ロトとオルガマリーの方へと顔を向ける。

 

「行こう、『ヒーロー』」

「行きましょう。所長」

 

 立香は『ヒーロー』を、マシュはオルガマリーに呼びかけながら来た道を戻り目的地へと急ぐ。ロトはマシュにサーヴァントとしての進歩を、オルガマリーは立香がマスターとしての自覚を持った事に感心し、背後を過ぎ去った二人の後を追う。

 

 残されたキャスター、アーチャーは互いに睨み合いながら牽制しあっている状況となった。

 

「へ、追わなくてよかったのか?」

「戯言を、貴殿が前にいるようでは、どんな矢も意味はなかろう。なぁ、光の御子殿」

 

 アーチャーはそういうと弓を捨て、虚空から短剣を作り出した。それを見ながら、キャスターは疑うようにアーチャーを睨む。

 

「なんで俺の真名知ってんだ? あの勇者様も気づかなかったつうのによ。ましてや俺は今は本分じゃねぇキャスタークラスだ。そう真名は分からねぇはずだが?」

 

 真名を遠回しで当てられた事実にキャスターは苛立ちを覚える。そして頭をフル回転させ、アーチャーが自身の真名にたどり着くヒントとなったタイミングを探し出す。

 

「……そうか、テメェ、あん時の戦い見てやがったな?」

「ご明察。遠距離攻撃が主体のアーチャーの私にとって、あのスキルは非常に刺さってやりづらくてね」

 

『あん時の戦い』。

 それはキャスターと立香達が初めて出会った影三体との対決であった。

 その時にキャスターが長髪の影の投擲を不自然な軌道を描かせ立香たちを救ったが、おそらくそれを見られたのだろう。

 キャスターは歯を食いしばる。

 

「へ、さすがは弓兵って言ったところか? 目がいいじゃねぇか」

「ああ、それでいて貴殿の相手をしなくてはならんのだ。全く、あの騎士王もずいぶんな無茶を要求したものだ」

「は、よく言うぜ! じゃあその手にある剣は……

 

 

 

なんだよ!

 

 キャスターはルーンを紡ぐ。そのルーンは火となり、アーチャーへと猛威を振るう。しかしアーチャーは動揺せずに剣でその火球を斬り伏せる。

 切った次の瞬間アーチャーが見たのは、眼前に迫るキャスターの顔であった。

 

「オラァ!」

「フッ!」

 

 キャスターは杖を下から上へと振り上げ、アーチャーに詰め寄る。肉体派な攻撃を繰り出すキャスターに、アーチャーは攻撃をさばきながら呆れ顔を向ける。

 

「全く……貴殿は術師なのだから、もう少し理性的になったらどうかね?」

「へ! 俺の本分はランサーだっつの! テメェこそ弓兵なら剣より弓を構えろよ!」

「当たらないとわかっている弓を番える弓兵はいない。故にこの行為も当然の結果だ」

「言ってろ!」

 

 火花が飛ぶ。

 弓兵と術師の戦いは、策謀渦巻く遠距離戦ではなく、血潮吹く白兵戦にもつれ込んだ。

 

 

 

 立香たちは開けた空間に辿り着いた。そこには眼前に光の柱が立ち上り、立香たちを圧倒していた。

 そしてその光の柱の前に、守護者の様に立ち尽くしている黒い影があった。

 立香たちに向き合う様に立つその黒は、よく見ると影の黒ではなく、鎧の色の黒であった。

 黒染めの鎧に身を包み、これまた黒い剣を地面に突き刺して凛とした佇まいでこちらを見つめるその姿に、立香達は自然と唾を飲み込む。

 鎧は立香達に呼びかける。

 

「貴殿達がこの聖杯戦争を終わらせるもの達か」

 

 女性と判断できるその声から有無を言わさぬ圧を立香とマシュは感じ取る。歴史に名を残す者の偉大さを肌で感じ取り、その声色に敵の強大さを知る。

 

「まぁ、そっちから言わせてみればそうかな、セイバー。悪いけど、ここでアンタの願いは潰える」

「ほう、貴殿がアーチャーの言っていた勇者殿か。なるほど、その名にあった力を持っている様だな」

「ご意向に沿えた様で良かったよ。ついでといったらなんだけど、その例に聖杯は諦めてくれると嬉しいんだけど?」

 

 ヒーローの提案に、セイバーは首を横に振る。そしてセイバーは鋒を立香達に向け、告げる。

 

「私はこの聖杯を守ることが役目ではあるが、騎士である以上、貴殿らの様な者とは一度手合わせをしてみたいものであった。どうだ、私の勝負をしないか?」

「2対1でこっちが優位なのに、そんな提案乗るとでも?」

 

 セイバーの提案に、ヒーローは否定の意を述べる。その回答に、セイバーはなんら落胆するわけでもなく、淡々と話を続けた。

 

「2対1? 違うな、2()()2()だ」

 

ーーーーーー咆哮ーーーーーー

 

「ッ!! 中位旋風呪文(バギマ)!」

「うぉお!?」

「キャア!」

 

 背後から響き渡る雄叫びに、ヒーローは咄嗟に振り返りながら呪文を唱える。それにより起こった旋風に立香達は横に押され、無様にすっ転ぶ。

 そして次の瞬間

 

 

 

 

 

大地が爆ぜた。

 

 

 

 その原因は、先ほどの咆哮の主人であった。

 ヒーローが顔を向けると、其処には筋骨隆々の黒い肌に荒々しい鬼気を孕んだ形相を浮かべた益荒男の様な大漢があった。

 ヒーローの頬から熱いはずの状況下で冷や汗が流れ始める。

 

「おいおい、バーサーカーがいるなんて聞いてないぞ?」

「貴殿らも二人で此処を攻め込み落としにきたのだ。当然の配慮だろう?」

「ごもっとも!」

 

 バーサーカーの突然の出現に、マシュは未だ抜け出せずにいた。それを確認したヒーローはすぐ様マシュの方に顔を向けて叫ぶ。

 

「シールダー! 今すぐ立香と所長(マスター達)を守れ!」

「ハ、ハイ!」

 

 ロトの活にマシュはすぐさま行動に移す。立香とオルガマリーのそばに駆け寄り、守護する様バーサーカーに向けて盾を構える。

 それを確認するとロトは剣を抜きながらバーサーカーと相対する。

 

「まさかバーサーカーを用意するなんて……ちょっと想定外だったな」

「ウウウウウウ……」

 

 向かい合うロトとバーサーカー。

 その体躯の差は一目瞭然。

 その太く血管が見え隠れする石斧を持った太腕は、ロトの腰回りに匹敵するほどに太く、その差は合成獣(キメラ)に挑む子犬の様にも見えた。

 しかしそれでもロトはにらみ合いを続ける。

 ヒーローは理性から、バーサーカーは本能から、

 そのこう着状態は一向に終わらず、マシュはジッと二人のにらみ合いを観察していた。

 するとそれを見ていたセイバーが告げる。

 

「違うぞバーサーカー。貴殿が相手をするのは……」

 

 突如として声を張り上げたセイバーに場はしんと静まりかえる。そしてセイバーの一挙一動に注目が集まり、しせんがあつまると、セイバーはマシュを指差す。

 

(あっち)だ」

 

 

ーーーーーー疾走ーーーーーー

 

 

「ゴァアアアアアアア!」

「ッグ!」

 

 セイバーの命令に瞬時に動いたバーサーカーに、ロトは追いつけずにいた。

 ロトがバーサーカーの気を引くためにも、呪文を唱えようとするが横槍、いや、剣が入る。

 

「貴殿の相手は私だ」

「騎士にしては随分とせこいな。少女相手にバーサーカー(あれ)は無いんじゃない?」

「安心しろ。貴殿が早くに蹴りを付ければ私の支配下から奴も離れ、この聖杯戦争は終わる。つまりは貴殿の働きと、あの者たちの踏ん張り次第だ」

「そう、かい!」

 

 ロトは剣を振り回しセイバーを引き離す。セイバーは少しばかり跳躍し、距離を取りつつ再び攻めに転ずる。素早い切り返しに、ヒーローは対応しつつも、マシュ達に攻撃の余波が届かない様に自分からも攻め込み、マシュ達からセイバーを突き放す。

 そして何度目かの鍔迫り合いにて、セイバーが口を開いた。

 

「ふむ、貴殿の誘いに乗ってはみたが、なかなかに良いものだな。この様な状況下でなければ、貴殿と思う存分打ち合いたかったものだ」

「そいつはどうも!こっちはついて行くだけで精一杯だよ!剣技一筋じゃないんだから、剣以外も使わせてくんない!?」

「それは認められん。騎士同士の戦いでそれは禁手(タブー)と言うものだ」

 

ロトは決起迫る表情で、セイバーは涼しげな顔で、剣を前にしてそんな軽口を言い合っていた。

そして鍔迫り合いからロトが脱して一度事態が膠着すると、ロトの後ろで叫びが聞こえる。

 

「キャア!せ、先輩!無事ですか!?」

「マシュ!俺は大丈夫だから自分の身を守るのに集中して!」

「ハ、ハイ!」

「グゥオオオオ!」

「来たわよ!急いで防御の姿勢に入って!いい!断じて勝ちに行ってはダメ!サーヴァントになったばかりの貴女にそのバーサーカーは倒せないわ!ロトが蹴りをつけるまで頑張って堪えるのよ!」

 

バーサーカーの猛攻に気圧されているマシュであった。

絶え間無く押し寄せてくる激流の様に続くバーサーカーの石斧に顔をしかめながら、マシュは必死にロトの勝利を待っていた。

それをみたロトは焦燥にかられる。黒い刀身に赤い筋が入り込んだ不気味な剣を構えてこちらを見るセイバーに、ロトは大きく息を吸い込んで気を落ち着かせる。

 

「……悪いけど、マシュ達が限界を迎える前に蹴りをつけさせてもらうよ……初っ端から出し惜しみは無しだ」

「そうか、騎士ならばもう少し相手に敬意を払うところだが?」

「悪いけど俺は勇者や戦士だったことはあったけど、騎士になった覚えはないよ! そんじゃあ行くぞ?」

「よかろう、こちらから始まりを作ったのだ。ならば終わりはそちらが望む結果を示すのが道理……」

 

 そう言ってセイバーとヒーローは剣を胸の前に掲げる。

 そして二人から紡がれた言葉はただ一つーーーーーー

 

 

 

 

 

ーーーーーー宝具解放ーーーーーー




少しばかり駆け足でお送りしました。
文章が短くてすいません……早く別の特異点にも行きたいのでそれが原因かもわかりません
活動報告にてアイデア募集中!
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有難うございました

宝具の詠唱をオサレにできる自信がない……


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冬木5

少しばかり空いて申し訳ありません。
少々何産で苦労しました。
ちょっと終わりも強引感が……


「ふむ……どうやら向こうも終わりが近いらしい。こちらもそろそろ決着と行こうかね?」

「そうかい? こっちとしちゃあまだまだ余裕なんだがな?」

 

 廃寺の舞台にて、アーチャー、キャスターとの戦いは佳境に迫っていた。

 アーチャーとキャスターの間合いは離れており、得物の間合いではキャスターの方が優位な距離にあった。

 そんな中、アーチャーはふと光の柱の方へ顔を向ける。セイバーとヒーローの宝具発動による魔力の余波がこちらにまで流れてきたらしい。

 アーチャーはそれを確かめると懐かしむ様に微笑み、手に持っている短剣を無に帰す。

 手の空いたアーチャーをキャスターは訝しんだ。

 

「んだ? 何する気だテメェ?」

「なぁに、これから貴殿との決着を早くにつけるための一振りを作り上げるだけだ」

「んな余裕あたえっかよ!」

 

 アーチャーの返答にキャスターは火球で応える。迫り来る火炎を前にして、アーチャーは冷静に、虚空から一振りを創り上げる。

 その一振りで火球を切り裂いたアーチャーは、勢いそのままにキャスターに迫る。

 

「は! そんな手に今更引っかかる……」

 

 キャスターの声はそこで途絶えた。

 キャスターが最後に見たものは、剣を振り切ったアーチャーの姿と、首から上が無くなったキャスター自身の身体であった。

 その光景を眺めながらキャスターは己の敗北を悟った。

 

(悪りぃな、ボウズども……、次呼ぶ時はランサーで呼んでくれや……)

 

 虚空を舞う首だけの己を自覚しながら、キャスターは座へと還る感覚に目を閉じた。

 アーチャーはキャスターが座へと還る姿を見届けると、すぐ様剣を消す。

 そして光の柱へとゆっくりと歩を進めていった。

 

 

 

 

「ゴアァアアアア!」

「グッ!」

 

 マシュは劣勢続きであった。

 バーサーカーの豪腕から放たれる一撃は常人が喰らえば塵一つ残さない様な威力を秘めていた。盾から伝わるその衝撃は、マシュ自身の身体の芯まで衝撃が伝わり、その余波だけで悲鳴を上げそうになる。

 キャスターが警戒していたバーサーカー、下手をすればセイバーよりも強敵かもしれないと思うマシュであったが、それは間違いではない。

 ある時に召喚されたバーサーカーは、その火力をもってして、聖杯戦争の優勝筆頭ともなり得た存在であった。

 そんな英霊(規格外)を相手に、未だ常人(常識)の中から抜け出せていないマシュは、活路を見出せずにいた。

 

「いいマシュ! 決して勝ちに行ってはダメ! ロトが来るまで持ちこたえるの!」

 

 オルガマリーの声が遠くのほうから聞こえる。そうだ、自分はマスター達を守るのが使命。決して勝とうと思うな。これに耐えて,勝機を伺え。猛攻は途絶えることを知らず、城壁に打ち付ける暴風のように際限がなかった。

 しかし城壁も時間が掛かればやがて壁は剥がれる。

 徐々にだが、マシュに伝わってくる衝撃が増してきた。

 続く猛攻、剥がれる盾。

 均衡はもう直に崩れる。

 そしてその直感が

 

 マシュを攻撃へと転じさせた。

 

「ハァアアアア!」

「グゥオ!?」

 

 火花が散った。

 

 マシュが大振りで振るう盾はバーサーカーの斧と一瞬ばかり拮抗し、すぐさまバーサーカーに軍配が上がる。

 しかし突然の変化に理性を失っているバーサーカーは動揺し、少しばかり攻撃に隙ができる。

 それを見逃すほど、マシュは凡愚ではない。

 

「まだ!」

 

 マシュはすぐさま力の限り盾を振り回し、バーサーカーを追い込みにかける。『窮鼠猫を噛む』を体現したかのような猛攻は、はたから見ると滑稽にも思える程に必至であり、無駄なことにしか思えなかった。

 しかしその数秒が、戦場では大きな差となるのは珍しい事ではない。

 

 ────宝具開放────

 

 その声と共に、世界は変わった。

 厚い鉛色の雲は飛散し空を見せ、すり鉢状の地であった地面は地平線が見えるほどの広大な地へと姿を変えた。

 その突然の変化に、マスターたちは困惑を示すが、マシュは悟った。

 

 ああ、これはロトさんの仕業ですね……

 

 勇者と称される力の一部を見たマシュは、バーサーカーの前でも、ひどく落ち着いて立ち尽くしていた。

 その隙を狙うはずであるバーサーカーも、仕掛けることはせず、事の発端の原因であるはずの勇者のほうを見つめ、対峙している二人の剣士の決着の行く末を見守っていた。

 

 

 

「ふむ、固有結界の一種か。しかしなんとも言えぬな。何故()()()()()()()()()()?」

 

 セイバーは急激に変わった風景に動揺するわけでもなく、自らの体の好調具合に変化を感じ取った。

 その変化に、ヒーローが答えるように応じる。

 

「この宝具はこういう効果なんだよ。()()()()()()()()()()()()。変わってるだろ、俺の全力が如何なく発揮できるにはこいつが必要でな。俺の宝具は何かと制約が厳しいのも多いし、こいつを使えばアンタにとどめの一撃を撃てる」

「そうか、こちらが全力で向かう、ならばそなたも全力で相手をする。その為の準備段階ということか。ならばこれで気兼ねなく……」

 

 セイバーは心得たとばかりに剣を握る手に力を籠める。

 そして噴き出す黒い力の奔流。禍々しさと力強さを兼ね備えたその光景を作りながらも、セイバーはロトに笑いかける。

 その笑みにヒーローは苦い顔をしながらも笑い返すと、二人は同時に口を開く。

 

「「……宝具が打てる」」

 

 そしてセイバーは剣をロトに向けるように掲げて宝具(全力)を放つため、詠唱を紡ぐ。

 

「卑王鉄槌……」

 

 セイバーは唱える。

 ヒーローを穿つべく放つ黒光を供えて。

 

「極光は反転する」

 

 セイバーは詠う。

 討つべき相手が全力を放つことの許した事に対する称賛を。

 

「光を呑め……!」

 

 セイバーは叫ぶ。

 敵を葬り去る全霊一撃へと続く引き金を。

 

約束された(エクスカリバー)……」

 

 

 

 その様子を見ながら、ヒーローも宝具を放つ準備を進める。

 ヒーローは目を瞑り、剣を胸の前に構える。その構えを起源とする様に勇者の剣を光を放ちながら魔力が包み始める。

 その光は青白く、徐々に徐々に強さを増し、パチパチと弾ける音を立てながら稲妻を纏い始める。

 

「ハァァァァ……」

 

 勇者は息を吐き力を溜め、剣に魔力を込める。

 光は光度を更に増して輝き、光の柱が細く高く聳え立つ。剣からは最早青一色ではなく、稲妻もはっきりと視覚出来るほどに強く、煌々と輝き始めた。

 その光はセイバーから放たれる黒い光とは真逆の輝きであった。強く存在を示す。

 まるで黒光は聳え立ち阻むもののように、雷光は遮るものを切り開く者の様に各々の存在を周りに知らしめる。

 

「……良しッ!」

 

 ヒーローは目を見開く。限界まで開いた眼の前には、稲妻を纏った青白い光と、その先に黒い闇とも取れる様な輝きが見えた。その根元にはセイバーがこちらをじっと見据え、振りかぶる瞬間をいつかいつかと待っていた。

 

「……」

 

 ヒーローはそれを確認すると無言で徐に剣を上へと振り上げる。そしてセイバーもそれに刃向かう様に剣先を下へと下げる。

 

 空白。

 一瞬とも言えない様な短い沈黙が辺りを包み、そこはセイバーとヒーローのみの世界となる。

 

「……勝利の剣(モルガン)!」

 

 セイバーの放つ黒の光線、否、柱と言えるほどに太い光がヒーローに向かって伸びる。

 

「ギガブレイク!」

 

 ヒーローは光を解き放つ。自分らの進むべき道を遮るものを倒すべく。

 青白い光はやがて雷光を纏い刃の様な形で黒の柱へと立ち向かう。

 セイバーは黒光を撃ち放つ。自分が守りしものを守らんが為に。

 黒い柱は雷光を押し返し、ヒーロー諸共葬り去るべく斬撃へと進む。

 二つはぶつかるとその威力を発揮する。

 ヒーローの斬撃は柱を二つに分かとうと、セイバーの砲撃は斬撃を押し返そうとその場に留まる。

 力は拮抗し、その余波が辺りに衝撃となって襲いかかる。

 拮抗して数刻したのち、状況は一変する。

 

「……ぬ!?」

 

 突如としてセイバーにかかる負荷が増える。その変化にセイバーは疑問の声を上げると、徐々にだが、押されつつあった。

 その威力に感心しながらも、セイバーは更に剣に力を込める。

 

「悪いな。これで終わりだ」

 

 しかしそれは無駄に終わる。

 ヒーローが放った()()()()()()がセイバーの宝具を押し返した。段々と迫る稲妻をまとった十字の斬撃に、セイバーは敗北の二文字を感じ取った。

 

 ──何故……

 

 お互いに魔力を全て消費しての一撃。

 余力があるとは思えない。全力の一撃を同等の威力で打つことなど()()()()()()()()()

 

「……見事だ勇者よ。良き仲間を持ったものだ……」

 

 セイバーが見た先に、手を紅く光らせる少年が見えた。それを見てセイバーは至る。勝敗の原因を。

 二人の違いは家臣(仲間)の有無であった。

 

 

 時は少しばかり遡る。

 

『うぉおおお!? とんでもない魔力の上昇量だ! 余波だけでも僕達じゃすぐにお陀仏ですよ所長!』

「そんなこと分かってるわよ! だからマシュに宝具を前以て撃たせたんだから! マシュ、連戦続きで悪いけど、耐えて!」

「ハ、ハイ!」

「うぉおおお! マシュー! 励ますことしか出来ないマスターでごめんなー! 頑張れマシュー!」

 

 セイバーとヒーローの打ち合っている少し離れた所で、カルデア一行は軽い危機に苛まれていた。

 ヒーローとセイバーの宝具の打ち合いの余波はそれだけでも凄まじいもので、マシュの宝具がなければ一瞬でチリすら残らずにこの世から居なくなっていたかもしれない。この辺りは即座に宝具を放つ様指示したオルガマリーの勘である。現に何も遮るものがない状態のバーサーカーはかなり耐えかねているらしい。

 

「それにしても! あのロトの宝具ですら相打ちなの!? いったいどんな英霊なのよ!?」

「ロトー! 『ヒーロー』の力見せてやれー!」

「フォフォウフォーフォーウ!」

「あなたマスターでしょ! 令呪でアシストしなさい!」

「あ! そっか!」

 

 向かい風に吹かれながらも、立香とオルガマリーは大声を張り上げながら作戦を練る。そしてオルガマリーの提案に立香は令呪を光らせ声を上げる。

 

「令呪をもって命ずる! ヒーロー! もう一度宝具を放て!」

 

 令呪を一画使い告げた立香の命を遂行するべく、ヒーローにブーストがかかる。先程までほぼ空だったヒーローの魔力が充填され、再び宝具を放つまでに至る。

 それを感じ取ったヒーローは立香の方を振り向き、勝ちげに笑った。

 

『サンキュー立香(マスター)

 

 ヒーローは喋らなかったが、立香にはそう喋った様に見えた。

 ヒーローは再びセイバーの方に向き合うと、今度は剣を横薙ぎに振るう。

 

「ギガクロス・ブレイク!」

 

 ヒーローの作りし十字架はセイバーの宝具を押し返す。

 そしてセイバーを穿ち、あたりは静寂に満ちる。

 

『セ、セイバーの霊基崩壊を確認! ロト君の勝利だ────!』

 

 通信機越しのロマンの声に、ヒーローの固有結界が剥がれ、元の世界へと戻る。

 それに伴いカルデア一行の意識も現実へと帰る。

 その様子を見てロトは告げる。

 

「……勝ったぞ!」

 

 その笑みに立香とオルガマリーは抱きついた。

 



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冬木6

「ロトー!」

「おっと、なんだ立香?」

「凄いよ! 凄いよロトー! 俺感動した!」

 

 立香はセイバーとの勝敗をつけたロトに抱きつく。ロトもなんら苦もなく受け止め、その仲睦まじい光景は年の離れた兄弟に見えた。

 

「ちょっと何をしているの! マスターが戦場でそう簡単に気を緩めないの! 少し自覚がないわよ!」

「まぁまぁ、少し落ち着いてくれってオルガマリーさん。立香も最後に俺に令呪を回してくれて仕事してくれたんだし、いいんじゃないの?」

「その指示をしたのは私よ! 褒めるとしたら私も褒めなさい!」

「そうだったの? じゃあ貴方も功績者だな。ありがとう」

「い、いえ! 分かればいいのよ! 分かれば!」

『所長がデレた! さすが勇者、何でもできるんだなぁ……』

「や、やったわ……認めてもらえた……初めて……初めて……」

「確かに珍しいです。ロマンさんの失言に所長が食いつかないのはかなり珍しいです」

 

 素直にオルガマリーを褒めたロトに何故か関心を持つロマニと、少しばかり浮かれた様子を見せるオルガマリー。かなりレアな表情に意外だと言う顔を見せるマシュであったが、その数秒後、状況は一転する。

 

「グオガァアアアアアアア!!!」

 

 バーサーカー、暴走再開。

 ロトの固有結界が剥がれた影響で、先程まで静観を決めていたバーサーカーが本来の力を解放する。

 一直線にカルデア一行に突き進むバーサーカーに、ロトはいち早く気付き、庇うように前に出て、バーサーカーの振りかぶった石斧を剣で正面から受け止める。

 

「ふんぐっ!」

 

 地面が勢いを吸収しきれずロトの足を沈める。上から迫る重圧にロトは顔をしかめ、バーサーカーは全体重を上から掛け、腕力の全てを以てロトを押し潰しにかかる。

 

「ロト!」

立香(マスター)、悪いけど、また令呪切ってくれない? もう魔力がすっからかんでさ」

「無茶ですロトさん! いくら英霊と言っても! 宝具を二度も打った後では対抗出来ません!」

 

 マシュの叫びにロトは落ち着かせる様に笑う。

 自身が殺されるかの瀬戸際だと言うのに、ひどく落ち着いている。

 

「安心しろって! いいから早……ぐ!」

「ロト!」

 

 バーサーカーの重圧がより増す。本格的に窮地に追い込まれたロトを見て、立香は助ける為に走ろうとする。

 しかしその足はオルガマリーによって止められる。

 走り出そうと降り始めた手を掴まれ、立香は転びそうになった体勢から元に戻り、オルガマリーの方を見る。

 その顔はなぜ止めたと言う疑問の顔だった。

 

「落ち着きなさい。所詮人間程度が、英霊同士の戦いに巻き込まれれば一たまりもないわ。1秒耐えられたらいい方よ。信じなさい、ロトを。勇者を」

「所長……」

 

 立香はその時になって初めてオルガマリーの顔を見た。

 その顔は何も出来ない自分を責める後悔に苛まれた顔であった。

 その顔を見て立香は頭が冷めていくのを感じた。片方の手を胸に添えて大きく息を吸い、吐く。それを複数回繰り返し、前を見据え、令呪を切るため、手を前へと突き出す。

 

「令呪をもって命じる……!」

 

 しかしその令は途中で途絶える。

 立香は突如として焦る様に顔を振り乱して何かを見つけるとその一点を見つめる。

 その方角は自分たちがこの場所に来る際に入ってきた方角であった。

()()()()()()()()()を感じ取ったその方角には、キャスターが相手をしていたアーチャーがいた。

 そのアーチャーは片手に黝ずんで全容が見えない剣を持ち、もう片方に弓を持っていた。

 

「先程ぶりだな、人類最後のマスターよ。どうやらセイバーはやられた様だな?」

「アーチャー! って事は、キャスターは……」

「ああ、おそらくだが、君の思う通りだ。中々に手こずってしまったが、最後の最後で奥の手を使ってしまった。いやはや、だからあの者は好きになれん」

「ック……! マシュ! やるぞ!」

「はい! マスター! ロトさんばかりに負担は負わせません!」

 

 

 立香の声にマシュは応じ戦闘に入る為アーチャーに近づく。

 しかしそれと同時にアーチャーは意味深に嗤う。

 

「甘いな。敵の目的も分からずに猪突猛進とは三流にもなれんやり方だ」

「……! マシュ! 戻りなさい!」

「遅い!」

 

 アーチャーの何かに気づいたオルガマリーが戻る様呼びかけるが、アーチャーは剣を弓に番え撃ち抜く。その軌道は真っ直ぐに……

 

 

 

 

 

「ゴゥアアアアア!!!」

 

 

 

 ……バーサーカーの眉間を撃ち抜いた。

 それと同時にバーサーカーの霊基が『座』へと還る。

 突然の敵同士の裏切りに呆然としていると、アーチャーの体がバーサーカーと同じ様に光り始める。

『座』に還るのだと感じ取ったロトは下半分が消えかかったアーチャーに自身の疑問をぶつける。

 

「アーチャー、あんたどうして……」

「なぁに、あの剣は作るのに苦労してね。魔力の供給源が無くなった今では、1つを創り出すのでさえ相当な魔力を使うあの剣を二度も作ったのだ。この様な結果にもなるだろう?」

「そうじゃ無いわよ! どうしてあのバーサーカーを撃ったの! 仲間ではなかったの?」

 

 見当違いな解答をするアーチャーに苛立ったのか、オルガマリーは詰め寄る。その言動にアーチャーは柔らかな笑みを浮かべてから言う。

 

「簡単な話だ、もう既に勝敗は決した。魔力の供給源のセイバーがやられたのだ、消失するのは時間の問題。バーサーカー一人が奮起したところでどうにかなる問題ではないのでね」

「なんでそこまで……」

「さてね? そこまでは教える必要はないかもしれんな」

「ん?」

 

 そう言ってアーチャーはロトの方を含みのある笑みで見る。顔を向けられたロトは小首を傾げるが、アーチャーはそのままバーサーカーと同じように消えていった。

 そこに残ったのはカルデア一行のみだった。

 

「……結局何だったんでしょう。あのアーチャーさんは……」

「分からないわ。けど、今はそんなことを気にしている場合じゃないわ。早くいくわよ」

「「はい!」」

「フォウ!」

 

 オルガマリーの呼びかけにマシュと立香は力強く答え、3人と一匹は光の柱を目指す。

 その後を着いていくようにロトも歩き出すが、ふと止まって後ろを振り返る。

 

「少しでも抗えるようになったんじゃないか? エミヤ……」

 

 そう呟いたロトの声は誰にも届くことなく無へと還る。

 その顔は何かを懐かしむような暖かい顔であった。

 

「ロト―! 早くいくよー!」

「おう、待ってろ立香。すぐ行く」

 

 マスターに呼ばれてロトはすぐさま踵を返す。

 そして振り返る事は無かった。

 

 

 

 

 

「これがこの特異点の原因……」

「変な水晶」

「先輩、あまり近づかない方が……」

「フォウホウ」

 

 立香たちはセイバーを倒した跡地にいた。そこには正体不明の水晶があり、立香たちを困らせていた。

 

「まさか君たちがここまでやるとはね。計画の想定外だし、私の寛容さでも許容できないな。48人目のマスターにして、全く見込みがない子供だったからと善意で見逃していた私の失態だな」

 

 そこに突如として第三の声が聞こえる。

 

「「「「!?」」」」

 

 どこからともなく聞こえた声にロトはすぐさま剣を抜き、マシュはその背後をカバーするように立香とオルガマリーを守る。

 そしてその声をよく知るマシュとオルガマリーは目を丸くする。

 何もない空間から緑のシルクハットに深緑のスーツを着込んだ糸目の男が現れる。人柄のよさそうな笑みを張り付けたその顔はなぜかこの場ではひどく冷徹に見えた。

 

「レフ教授!?」

 

 マシュはその男の名を叫ぶ。レフ・ライノール、カルデアに所属する顧問魔術師で、「シバ」という未来観測レンズを作り上げ、未来の世界の危機を導き出した功績者のうちの一人である。

 オルガマリーが最も信を置いている人物であり、カルデアではなくてはならない縁の下の力持ちのような存在だ。

 そんな裏方の彼が何故、事故現場にいなかった彼が何故レイシフト先の冬木にいるのか。

 そんな疑問がマシュの頭の中をかき回す。

 

『レフ? レフ教授だって?! 彼がそこにいるのか!?』

 

 カルデアにいるロマニにもその情報は伝わり、動揺を見せる。それが聞こえたのか、レフは少しばかり目尻を引くつかせると確認を取る様に呟く。

 

「その声はロマニかい? 全く、君も生き残ったのか。すぐに管制室に来いとあれ程言ったというのに……全く……」

「……っ!」

 

 その言葉は徐々にだが、言葉の節々に怒気が込められていた。いや、怒気とも違う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。軽蔑、侮蔑、落胆、失望。

 どこまでも俯瞰して相手を見つめているその眼にロトは背中に走る悪寒を感じ取る。

 そんなロトをよそにレフは顔を手で覆い首を横に振る。その一動作で、ロトは益々自身の感じる悪寒を確信する。

 

「どいつもこいつも……統率の取れないくずばかりで吐き気がする」

 

それと同時にレフの顔が再び現れる。

先ほどまで閉じられていた目は瞳孔が開くまでに開かれ、その光のない瞳を極限にまで露わにしていた。普段はにこにこと笑っていたその真一文字に閉じられていた口も歪に歪み、不気味な笑みを作り上げていた。

ロトの心臓が跳ね上がる。その感覚は未知の強敵と戦う直前に感じる危険さそのものだった。

ロトのレフに対する警戒度は限界にまで来ていた。

レフを誰一人にも近づけてはいけない。

そんな使命を胸に、ロトは盾を召喚し、構える。

 

「レフ?……レフなの?」

「オルガマリー!行っちゃ駄目だ!」

 

しかしここでロトにとって不幸なのは、オルガマリーのレフに対する依存度が高かったという点だ。

レフを確認したオルガマリーは一目散にロトの横を通り過ぎ、レフのもとへと駆ける。

 

「マシュ!立香を頼んだぞ!後から付いてきてくれ!」

「はい!」

「気を付けてロト!」

 

ロトも慌ててオルガマリーを追いかける。

先ほどオルガマリーの横顔が見えたロトであったが、その顔は一種の催眠状態に近い顔であった。

あのまま行けば何かがやばい。その直感がオルガマリーを追いかける一心だった。

 

 

 

「レフ、レフ、ああよかった!生きていたのねレフ!」

 

オルガマリーは遂にレフのもとにたどり着いた。たどり着いてしまった。

オルガマリーは先ほどまで見せた凛々しい顔ではなく、親鳥の加護を頼る雛のように弱々しかった。

そしてオルガマリーはレフの胸に抱きつきながら泣いた。

 

「怖かったわ!あなたもあの爆発に飲み込まれたのかと思って気が気じゃなかったの!これで安心だわ!だってあなたがいてくれるもの!あなたはいつだって私のそばにいてくれた!だから、また、私を助けて……」

「……オルガマリー……」

 

ロトが追いついた先で見たのはレフに縋るオルガマリーの姿だった。その様は実に痛々しく、ロトは直視できないほどに悲惨な姿に見えた。

 

「もうずっと立て続けに予想外の事ばかりだわ!管制室は爆破されるし、目が覚めたら廃墟の街に飛ばされるし、カルデアには帰る手段も見つからない!」

 

オルガマリーは泣き叫んで今までの感情を吐き出す。その声は辛く切なく、誰かに伝えたかったがそれを許されない立場にいたが故の結露であった。

 

「けど、もういいの。あなたがいれば何とかなるから……だって今までそうだったもの。今だって私を助けてくれるんでしょう?」

 

そしてオルガマリーは母親の膝の上で眠っていた幼い子供のように落ち着いた声でレフに話を振る。もはや先ほどまでの凛々しい頼りになる所長としてのオルガマリーは存在しなかった。

そのオルガマリーをレフは優しい手つきで頭を撫でる。

 

「ああ、もちろんだとも。本当、予想外の事ばかりで頭にくる。特に意外なのがオルガ、君が生きていたとはね。あの爆弾は君の足元に設置したというのにまさか生きてるとは」

「……!!オルガマリー!危ない!」

「キャッ!?」

 

レフは手を休めずに何事もないかのように言った。その事実にロトは直感で危険を察知し、レフの腕を掻い潜ってオルガマリーを自身のもとへと引き寄せる。

そしてレフは邪魔をされたロトを忌々し気に見つめる。

 

「ふん、勘のいいサーヴァントだ。貴様らは一体どこまで私を苛立たせれば気が済むんだ?」

「勝手に気が立ってるだけだろ?想定外を楽しめるくらいしねーと、人生詰まんなくなるぞ?」

「下らん考えだな。流石はゴミクズ共が憧れる存在なだけある。我々とは無縁な考え方。吐き気がする」

「ロ、ロト?何を……というより、レフ?今のって……どういう意味?」

 

オルガマリーはロトの腕の中で困惑していた。突如としてレフの口から告げられた衝撃の事実を前に、脳が拒否反応を起こし、頭が混乱する。聞き返したのは真実を聞きたいからではなく、自分の仮定した仮説が嘘であって欲しいという一種の拒絶であった。

しかし現実はどこまでも残酷であった。

 

「ああ、誤解を招いてしまったね。実をいうと、生きている。というのとはまた違う」

「もういい!聞くな!オルガマリー!」

 

ロトの必死の一言もオルガマリーの耳には遠く聞こえた。ロトはこれだけ近くで、大声で話しているというのに。

レフはあんなに遠くに、小さな声で話しているというのに。

オルガマリーにはレフの声がはっきりと聞こえた。

 

 

 

「ロト!所長!大丈夫!?」

「所長!今助けに来ました!」

「フォウフォウ!」

 

 

 

「君はもうとっくのとうに……」

 

遠い所から藤丸立香(人類最後のマスター)マシュ・キリエライト(そのサーヴァント)の声が聞こえる。

其方に目を向けるが、やけに視界がぼやけて見える。

 

おかしい。

 

レフの口の動きはあんなにもはっきり見えるというのに。

この不思議な現象を止めてもらおうとレフの方を見る。

 

そうだ。レフが何か言おうとしていた。聞かなければ。確か私に関することで誤解があったらしいからその説明をしていたはず……

 

そしてオルガマリーの視線がはっきりとレフの方を向くと、レフは口を割る。

 

 

「死んでいるんだから」




今回の話は区切りどころが難しかったので一旦ここで分割です。
ここで切らないとケッコーな字数になってやばいと思ったので……

今のところのマシュと立香ほとんどが返事しかしていないような気がががが……


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冬木7

おくれてすいませんでしたぁああああ!!
しかも話が全然前に進まねぇええ!!


 その言葉はオルガマリーに動揺を与えるには十分すぎる言葉だった。いや、威力がありすぎたといっても過言ではない。

 自分自身が生きている自覚があるにもかかわらず、死を宣告されたのだから。

 見る見るうちにオルガマリーの顔が青く染まっていった。

 そしてそれを偶然、ロトとオルガマリーを救いに駆け付けた立香とマシュも聞き、驚愕に顔を染め上げる。

 その中で冷静さを保っていたのは言った張本人であるレフ・ライノールとオルガマリーをかばうように抱くロトだけであった。

 

「お前、俺が今まで見てきた中でもケッコーなランクの下種だぜ?そう認識したら俺は手ぇ抜けなくなるんだけど?」

「フン、粋がるなよ。たかが奴隷(サーヴァント)如きでこの私を倒せるとでも?愚行だな。こちらにはこれがあるのだ。貴様一人どうとでも出来るのだよ」

 

 ロトの問いかけにレフは手に持っていた金の装飾のない杯をロトに見せる。

 ロトはそれを聖杯といち早く認識する。

 

『あれは聖杯?!ロトくん気を付けて!あれは君がどうこう出来る様なものじゃない!』

「まぁ、これで貴様をすぐに葬り去るくらいは訳はないが、それでは芸がない。そうだ、オルガ君。君を先に始末してから後を追わせて……」

 

 レフは意気揚々と語るが、それも途中までだった。

 目に完全な殺意を込めたロトが剣をレフに振りかぶっていたからだ。

 すんでのところで聖杯の力で障壁を張り難を逃れたレフだが、その顔は苛立っている。

 

「全く、話の腰を折ってもらっては困るのだが?それより、貴様の抱えていたオルガはどうしたのかね?」

「立香たちに託したよ。いつお前が仕掛けてきても大丈夫なようにな」

 

 レフはチラリと障壁の向こう側をロト越しに見ると、オルガマリーを庇う様に立香とマシュが周りをかこっていた。それにレフは舌打ちで答える。

 

「ふん、無駄なことを。聖杯の力は絶対的なものだ。所有者が願えばそれだけでどうとでもなるという事をまだ理解できないか?」

「そういう奴を何度も相手にしてきた俺から言わせて見りゃ、どうにかなるもんだぜ?」

「ならやってみせろ、勇者(カス)が」

「言われずとも!」

 

 そう言ってロトは剣を障壁に向かって叩き付ける。

一撃一撃に強烈な威力を持ってはいるが、聖杯で作り出された障壁を打ち砕くには足りず、ただ障壁を揺らすだけにとどまっていた。

 その様子にレフは苛立つような笑みを浮かべてロトに言い放つ。

 

「ハハハ、無様だな勇者とやら。いや、似合っているといった方がいいのか?あれだけ豪勢に啖呵を切っておきながらこの程度とは、世界を救ったという割には大したことはないな?」

「……」

「ふん、答えもしないか。まぁいい、貴様のあがく姿を見るのも飽きた処だ。ここいらで見せてあげようオルガマリーの最後という奴を」

 

 そう言ってレフの手元にある聖杯が輝きを増す。

 

「ん!?鎖か……」

「ロト!」

「大丈夫だ立香、倒す威力の鎖じゃないから安心してくれ。そんなことよりオルガマリーを頼む!」

「はい!任せてください!ロトさん!」

 

 その瞬間、ロトの胴体を黒い鎖が体を縛り上げ動きを封じる。ロトはそれを解こうと鎖を切ろうとするが剣も持てぬ状態の為中々に難航していた。

 さらには空間に穴が開き、その向こう側にはいくつもの輪に囲われた宙に浮かぶ赤い地球儀の様な物体が浮遊していた。

 それを見たオルガマリーの顔が天体とは対照的に青く染まる。

 

「う、嘘でしょ……カルデアスが、カルデアスが赤く染まって……」

「フフフ、気に入ってもらえたかね、オルガマリー?これが今のカルデアスの現状だ。君の愚行が招いた結果という事だな?フフフフフ……」

 

 オルガマリーの凍り付いた表情を見てレフの顔が不気味に笑う。その笑みを直視したマシュと立香はその不気味さに足が自然と一歩後ろに下がる。

 

「このカルデアスの状況が何を意味しているかは分かるだろう?そう、破滅だ。残念だね、オルガマリー?あのカルデアスは君がすべてを注いで観測してきたというのに。そのついでだ、異常が本当かどうか、()()()()()()()()()()()()()()?」

「レフ……?何を……きゃ!」

「オルガマリー所長!」

「所長!」

 

 突如としてオルガマリーの体が宙に浮き始める。それを止めようと立香とマシュがすぐさま足を掴み、止めようとするが、オルガマリーは降りてこない。その様子を遠くからレフは眺めていた。

 

「フフ……馬鹿な奴らだ……聖杯の力の前では意味もなく終わるというものをまだ分かっていないようだな」

「分かってねぇのはお前だよ」

「ン?……」

 

 その声を聞き取った方角へレフは忌々し気に顔を向ける。

 そこにはいまだ鎖への抵抗をやめていないロトの姿があった。

 ロトは鎖に抗いながら不敵な笑みをレフに向けて浮かべた。

 

「俺の本読んでなかったみたいだな?俺もまだ読んでねぇけど、仲間の奴が書いたんだとしたら鮮明に書かれてる筈だぜ?お前と似たような気質の奴が最後どうなったか位な」

「……何が言いたい」

「お前、俺が倒した奴等に()()()ぜ?」

 

 ロトのその言葉にレフは何も返さない。否、()()()()()()といった方がいいだろう。その証拠に、先程までのレフの笑みは飛散し、代わりに冷たい視線がロトを刺す。

 

「…………仮に私が貴様に倒された奴らに酷似していたとして、それが何なのだ?それに見ろ、彼女のあの様を。もう直にブラックホールと化したカルデアスに触れ、魂と肉体の全てが完全に消滅するのだ。黙って見ていろ、勇者と言われたお前が、何をすることも出来ずにあのゴミが消えていく様をな」

「う、うぉおおお!吸い寄せが……!」

「しょ、所長……!」

 

その言葉と同時に、立香が声を上げる。見てみるとオルガマリーを吸い寄せる力が強くなっているようだ。彼女の周りの地面が少しづつ剥がれ、吸い寄せられていくのがわかる。

立香とマシュが二人掛かりでオルガマリーを引き留める為足を掴んでいるが、それも限界が近い様だ。

 

「いい!?絶対に離さないで!!離したら絶対に許さないわよ!!」

 

 オルガマリーも勢いが増したのを感じ取ったのか、立香達に檄を飛ばす。

 スカートを掴みながら必死になって乙女としてのプライドを守ろうとしている辺り、どこかアンバランスな部分もいがめない。

 

「……徐々に出力を上げて最後にズドンって奴か?」

「ふ、良く解っているな。貴様も似たような趣向を持っているのかね?」

「いや、おれ自身にそんな遊びをした経験はねぇが……」

 

 ロトは少しばかり腕に力を籠める。

 鎖がきしむ音が聞こえる。

 

「そういう下種な趣味を持ってる奴は見たことあるよ」

 

 砕け散る鎖。レフはそれでも冷静さを失わなかった。

 

「ふん、やはり出鱈目だな。しかしこの結界はそう簡単には攻撃を通す事は無い。ここからどうするのかね?」

「簡単だ。攻撃は通らずとも……」

 

 ロトは走り出しレフの横を通過する。特に損傷を負っていないレフがその場に立ち続けており、何をしたのか疑問に思い後ろを振り返る。

 そこにはレフの後を通り過ぎたロトと……

 

「……ッ!それは!」

「普段から小銭ぐらいは持っといた方がいいぞ?でないと貴重品とかを手癖の悪い盗賊にとられるぞ。例えば……」

 

 その手に無造作に土台と器の間の部分を指に引っ掛けて遊ばれている聖杯があった。

 

「俺とかのな……」

「貴様ッ!」

 

 とある時代のロトは己の見分を広めるべく、勇者以外の職を経験したり、仲間を探す際はどんな人間であろうと仲間に受け入れた事があるという逸話がある。

 剣士や武闘家、魔法使いや僧侶といった職業はもちろんの事、中には遊び人や羊飼いといった、魔王討伐にはおよそ関係のない人間までもを仲間に加えて冒険を進めていき、一人の遊び人を賢者にまで押し上げたというのは、ドラクエの中では有名な逸話である。

 その中でもひと際異彩を放ったのが『盗賊』だ。

 

『盗賊』には『ぬすむ』という、モンスターが持っているアイテムを奪い取れるものがある。この、他の仲間では真似出来ない唯一性がドラゴンクエストにおいて異彩を放っており、主人公以外のパーティメンバーの名前が一切明記されていない『Ⅲ』や『Ⅸ』、『Ⅹ』でも、仲間の中に盗賊はいた。

 転職を繰り返し続けた『Ⅵ』や『Ⅶ』では、一時主人公自身が盗賊になった場面も存在する。

 その『ぬすむ』という行為により、勇者はそのぬすんだアイテムから装備などを強化していき、魔王討伐に役立てたという。そもそもドラゴンクエストの勇者はいざとなれば不法侵入や盗みもためらわない人物だ。

 城に潜入する際透明化の呪文を使ったり、相棒のネズミを宿屋の客の話を聞くために忍び込ませた逸話などもある。

 そんな清濁を合わせた人物こそが『勇者』である。

 決してレフが思う様な綺麗な人間ではない。

 いざとなれば()()()()()()()()()()()()盗みを働くことに良心が傷つくことは無いのだ。

 

「……まさかそのような方法で聖杯を奪うとはな!しかしそれでどうする!?所詮それは紛い物!!その聖杯を使い彼女を甦らそうというのであれば、それは不可能というものだぞ!?」

「……まぁ、生き返らせるのは正解かな……」

 

 何ともなさげに呟くロトにレフは苛立つ。

 こちらが無理だと提示しているにも拘らず、それを実行しようとしているのがとても気にくわない。

 

『ちょっとロトくん!?死者を生き返らせるなんてそんな方法、本物の聖杯でも使わない限り無理だ!それは確かに聖杯ではあるけど、単なる膨大な魔力の塊なんだよ!!それ単体じゃ蘇生するなんてことは……いや、ロトくん!まさか君が使用としてることって!』

「……なんだ?まさか当てでもあるというのかね」

「まぁな……現代じゃどうも神秘が薄くていつもの魔力消費量だと出来なくてな……()()()()()()()()()()()があるんなら、出来ない事は無い」

 

 ロトは大胆不敵にレフに笑う。対するレフは、いら立ちが最高潮に達するかのように、歯を軋ませ、目を血走らせ、ロトをにらんでいた。

 

「ザオラル。聞いた事位あんじゃねぇのか?ケッコーメジャーな呪文だぜ?」

 

 そのロトの言葉と共に聖杯は一際輝きだした。

 

 

 

 




遅れてしまって申し訳ない……
他の作品の執筆が盛り上がったり、オリジナルに挑戦してみたりと、いろいろ調子に乗ってしまった作者を許さないでください……調子に乗りますんで
今月いっぱいにもう二話は投稿したいとこ
さっさとオルレアンとか行きてぇのに……


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冬木8

感覚空いた割にかなり適当に。
でもこれで一つの山場は超えた感じ。


 完全蘇生呪文(ザオリク)

 『ドラゴンクエスト』を呼んでいる人間であればすぐにピンとくるこの言葉。

 『死者を甦らせる』という人類の一つの夢であるこれを再現するこの呪文は、神話の時代からあらゆる世界に影響を与えた。

 ギリシャ神話に登場する太陽神アポロンの息子、アスクレピオスが不老不死の霊薬を完成させたのは、『ドラゴンクエストⅷ』に出てくる騎士団員の『ククール』があんなチャラ着いた野郎なのにも拘らず医療の理想にたどり着いていることに対抗心を燃やして作ったといわれたりする。

 余談ではあるが、アスクレピオスは『ククール』の所為で自身の銀髪が嫌いになり、『ククールの様だ』と言われるのが嫌なため、自身が認めた相手以外には基本的にフードを被っていたという。

 

 閑話休題。

 

 また悪い方にも影響はあり、聖女ジャンヌ・ダルクが率いていたフランス軍の軍師、ジル・ド・レェが黒魔術を執行しようとした理由の候補の一つにも『ザオリクを再現しようとしていた』という説がある。

 良くも悪くも、大きな影響を残しているドラクエを代表する呪文、『ザオリク』。

 しかし、この呪文の下位互換の『半蘇生呪文(ザオラル)』という呪文については、意外と知られていない。

 ザオラルは幸運であれば、奇跡的に蘇生が出来るという、ザオリクに至る事の出来ない僧が身に付ける呪文である。蘇生できたとしても、その能力はザオリクに比べれば当然劣り、劣化版ザオリクと言える使いどころが少ない呪文の一つであった。

 

 しかし忘れてはならない。

 幸運に頼らざるを得ないといっても、死者を甦らせるという禁忌を行えるこの呪文は、現代の魔術をもってしても再現不可能の領域に存在する、『魔法』の類だという事に。

 魔術師の一家が何代にもわたって『ザオリク』を再現しようとしているにも拘わらず、『ザオラル』に到達することもままならない事実があるという事を。

 

 つまり、何が言いたいのかというと……

『当時ザオリクを多用していた勇者が、現代の聖杯の魔力を使ってザオリクを唱えよう』としても、ザオラルで限界なのである。

 

「さてと……オルガマリー・アニムスフィア!あなたに一つ、僕に託してほしいものがある!!」

 

 ロトは声高らかにオルガマリーの方を振り返りながら叫ぶ。オルガマリーは必死に引力に逆らっている立香とマシュ、そしてフォウに足を持たれながらスカートを必死に抑え込んでいた。

 

「え?!い、いきなり何!!この私に一体何をしろって言うのよ!私はもうレフの言うように死んでいるのよ!!今更私に何が出来るのよ!!」

「ちょ、ちょっと所長!あんまり暴れないで!こっちも結構限界で……」

 

 オルガマリーはやけくそ気味にロトに反論する。立香が抗議の意を示すが、大して気にも止めず話を進める。

 

「今からあなたには『命』を『懸けて』もらう!これは比喩でも何でもない!本当の賭けだし!本当の命だ!そうすればあなたの命は助かるかもしれない!どうする!オルガマリー!」

「ど、どうするって言われても……」

 

 突如として問いかけられたオルガマリーは答えられず口を開けては閉めを繰り返した。本能が叫ぼうとする言葉を紡ごうとするが、理性がそれを寸前で押しとどめる。

 

「叫べ!オルガマリー!!」

「…………!!」

 

ロトの絶叫にオルガマリーは目を見開く。ロトの初めて見せた激情。それが今まで溜め込んでいたオルガマリー・アニムスフィアの激情を解放させた。

 

「助けてほしいわよ!当たり前じゃない!まだ誰にも私を褒めてもらってない!まだ……まだ私は出来るんだから!それを証明したいわよ!()()()()()()()()()!」

「所長……!」

「オルガマリー所長……」

 

オルガマリーの告白にマシュと立香は僅かに息を飲んだ。そしてお互いに目を合わせると無言でオルガマリーを引き寄せようと手に力を込める。絶対に離さないように。

 

「……よし。腹は据えたみたいだな。行くぞ……」

 

ロトはその様子を見ると満足げに頷き、聖杯を持っていない方の手を虚空に掲げる。するとそこに一本の杖が現れる。

それは無骨な木製の両手杖であった。一本の木を削ってできたようなその杖は装飾というものは先端部分にはめ込まれたオレンジの宝玉のみで、それ以外の一切がナニも施されていない杖だった。

 

「これで少しでも確率が上がればいいんだけど……」

 

『賢者の杖』と呼ばれる、名を知れば卒倒することは間違いない代物を取り出し呪文を唱える為、杖を構え意識を集中させるロト。すると淡い光が彼を包み込み、古代文字のような模様がロトの周りを旋回し始めた。

 

「無駄だ。既に()()は実行されている。紛い物であろうと聖杯は聖杯。所有者の願いを叶えようと力は行使され続ける。どんなことをしようと無駄だ」

 

悪あがきだとロトを見下すレフ。隙だらけのいまその瞬間に手を下さないのは、自分の予想が完全に外れることはないという自信の表れだった。それに反応するように、吸引の勢いが増し始める。

 

「う、うぉおおお!す、吸い込みが……きつく……!!」

「先輩!頑張ってください!」

 

それに対抗して二人も踏ん張りを増す。しかし聖杯の力は伊達ではなかった。

 

「あ……」

 

誰かがそういった。その時、オルガマリーは宙を浮いていた。今まで味わったことのない浮遊感の中、自分がもうすぐ消えてしまうのだという事を本能から察した。数瞬もしないうちに無へと還る自分を予測し、目から涙が溢れそうになる。しかし、その涙が流れ出ると同時に暖かさを伴った鋭い声がオルガマリーの耳に届く。

 

『ザオラル!』

 

ロトは目を閉じつつ、周りの状況をリアルタイムで感じ取っていった。こちらに侮蔑の眼差しを向けるレフ。踏みしめる足に力を込めたマシュと立香。勢いを増す空間の吸引。それに飲み込まれそうになるオルガマリー。普通の人間であれば動揺の一つでも見せそうなこの状況下でも、ロトは冷静にザオリクの施行に移行すべく精神を研ぎ澄ませる。

本来であればすぐさま発動が出来る呪文であるザオラルをここまで集中しなければならなくなったのはシンプルに現代の魔力の神秘性の薄さである。これが要因で膨大な魔力、そして超常的なまでの精神力を要求されるのである。これは普通の英霊でも出来るのは難しい。ではなぜロトはできるのか。それは()()()としか言いようがないのかも知れない。

 

「ハァアアアア…………力を貸してくれ、みんな……ザオラル!」

 

ロトは叫んだ。渾身の祈りを込めて。そしてその杖に込められた魔力は一直線に()()()()()()()()()()()()突き進む。

 

「……え?」

 

オルガマリーは何が起こったのか分からなかった。それは足を持っていた二人も同様である。そして静まり返ったその状況下で笑い声が響き渡る。

 

「はははははははは!!あれだけ大見得を切って結局は失敗か!所詮はサーヴァントだな!死者の蘇生などという奇跡など起こせるわけもない!!はははははははは!」

 

その声は侮蔑であった。それに呼応するようにオルガマリーの体が消滅した。まるで最初からそこにいなかったかのように。その事から推測する事実に立香とマシュは膝を落とす。そして立香はその場で手を突き地面に爪を立てた。

 

「くそぅ……遅かった……」

「そんな……所長」

「くくく、だから無駄だといったのだよ。くだらん希望にすがりよって……自業自得だな……」

 

刹那。

剣風がレフの頬をかすめた。咄嗟で顔を覆い防いだレフは忌々しげにその風の元であるロトを睨みつける。

 

「貴様はとことん人の邪魔をするのが好きな様だな?」

悪人(ヒト)の邪魔しないと、世界は救えないんでね」

「ほざけ」

 

レフは後ろに飛んでロトとの距離を取ると、足元に魔法陣を敷く。

 

「まぁいいだろう。聖杯は奪われたが、もうそいつに魔力は残っていない様だしな。こちらにはまだまだストックがある。貴様一人を仕留めるのに急ぐ必要はないだろう……今回はここで失礼させてもらうぞ」

「させるか!下級爆発呪文(イオ)!」

 

ロトが呪文を唱える直前にレフの姿が消える。

逃した。

その後悔がロトを襲う。だが、その感情も無視し、事態は進む。

 

『大変だみんな!聖杯の魔力が薄まったせいか、特異点が収縮を始めてる!すぐにレイシフトの用意をするから準備して!』

「ロマン……」

『立香くん!悔しいのは分かるけど今は急いで!君がいなくなったら人類が終わってしまう!だから今は堪えて!』

「センパイ!」

「……わかった」

 

ロマンとマシュの激励に立香は涙を拭い前を向く。それをロトは満足気に見ていた。

 

「うん、いい顔だよ。世界を救う顔だね。その調子で頑張りな」

「あれ?ロトは?」

「ああ、オレは英霊だから別に後から追いかける形になると思うから大丈夫さ。気にすんな」

「……どうしてロトはそんなに平気なんだ?」

「ん?」

 

ロトのあっけらかんとした態度に、立香は疑問を抱く。先程のロトの機嫌からは想像も出来ないくらいに軽く、穏やかな笑みを浮かべていたのだ。オルガマリーを救えなかったというのに。

 

「どうしてって……繋ぐことは出来たからかな?」

「……それってどういう」

「お?どうやられいしふとの時間みたいだぞ?まぁ着いたらわかるさ!今はまだ絶望だらけだけど、戻ったらきっといいニュースが待ってるよ!だから気にせず帰れ!」

「ちょっとま……」

 

立香は最後まで声を紡ぐことなく特異点から姿を消した。最後に立香が見たのは、頼もしい笑みを浮かべたロトの顔だった。

 

 

 

 

「……んぱい……ぇんぱい……先輩!起きてください!先輩!」

「……マシュ」

 

立香は気が付くとカルデアスの前にいた。目の前には頼れる後輩が必死に自分の肩を揺さぶって起こそうとしていた。それを理解すると立香はゆっくりと鈍い眠気が走る頭を押さえながら上体を起こす。

 

「どうなったの?あの後」

「それを説明するためにも、早くこちらに来てください!先輩!」

 

そう言ってマシュは腕を引く。デミ・サーヴァント故の腕力に圧倒されながらも、立香はマシュになされるがままについていく。やがて医療室へとたどり着く。

マシュが開くとそこには……

 

「ああ、目が覚めたかい?立香くん」

 

この部屋の主人であるDrロマンと

 

「おお、思った以上に早かったな、立香」

 

立香の初めて召喚した英霊であるロト、そして……

 

「まぁ、回復が早いというのは良い素質だわ。そこだけは純粋に褒めてあげる」

 

ベッドに寝そべっているオルガマリーがいた。




ここから繋ぎを何本か投稿したのちにオルレアンに行こうと思っています。一体何ヶ月かかるか……


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フェイニス・カルデア 1

一言だけ
本当に…………申し訳御座いませんでしたぁああああああああああああ!!!!


「オ、オルガマリー所長?なんで」

「ああ、それについてなんだけど……」

「私から話そうじゃないか!」

 

立香の疑問に答えるべくロマンが口を開こうとするが、唐突にそこから横槍が入る。ソコにはウェーブの掛かった茶髪のロングヘアーの女性がいた。全ての顔のパーツが黄金律で整えられたかのような完璧な造形美を持った女性の登場に、立香は状況についていけなくなる。しかし彼女は気にする事なく話を進める。

 

「やぁやぁマスターくん!私の登場に中々着いて行けないようだね?私の名前はレオナルド・ダ・ヴィンチという!気軽にダヴィンチちゃんと呼んでくれたまえ!」

「は、はぁ……?ロト……」

「俺に振るな立香。俺も最初は戸惑ったよ」

 

 立香の言わんとしていることがわかるのか、ロトは疲れた様な顔を浮かべて首を振る。それにより立香の質問する気も失せた。やがて立香は茶髪の美女、ダヴィンチちゃんに向き直る。するとダヴィンチちゃんは満足げに頷きながら悠然とした佇まいでヒールの無機質な音を立てながら立香に近づく。

 

「さて、マスター君!君はいまいくつかの疑問を抱えているね?それを今から説明してあげようじゃないか!」

「は、はい……」

 

 今とっても楽しいです!と言わんばかりの満面の笑みに立香の出た答えはそれだけだった。今の彼女はどうやったって止められない。そんな確証のない確信が立香にはあった。

 

「それじゃあ説明しよう!まずはなぜオルガマリー君、所長が生きているかだね?」

「そ、そうですよ!だってさっき見た限りじゃ『ザオラル』は失敗したように……」

「いいや!それは違うよマスター君!」

 

 立香の疑問をダ・ヴィンチは真っ向から遮る。しかしその顔は嬉しそうだ。まるでよくぞ言ってくれましたと、その言葉を待っていたと言わんばかりである。

 

「確かにあの時の『ザオラル』は()()()()()()()()()()。しかし言ってしまえばそれだけなのさ。彼女の容態を確認しなければそれの成功、失敗を安易に決めてしまうのは極めて危険だよ?確認するまでは天才であろうと結果を決めつけない。実験における基本さ、マスター君」

「は、はぁ……」

 

 ダヴィンチの怒涛のトークに立香のリズムは完全に狂った。やはり英霊、常人から話の主導権を奪うことなど造作もない事らしい。

 

「あの時の場面は見せてもらったよ?まさか生命の蘇生なんていう、私でも到底出来ないような事を平然とやってのけるとはねぇ?やはり原初の勇者は格が違うという事かな?」

「俺を見て言っても何も変わらないぞ?俺の世界じゃ死者の蘇生なんて事は何度も見てきた。逆もまた然りだったが……」

「それはすまないね?」

 

 過去最高の叡智と過去最高の勇者、知恵と心の最高峰同士の会話。中身は至って平坦?なものだが、その声ひとつに言葉では言えないような何かが眠っていた。立香はそれを感じ取らずにはいられなかった。

 

「あのー、それで結局どういうことなんですか?所長が生き残ってる理由って?」

「ああ、そうだったね!だが焦っちゃいけないよ!まず第一に、ザオラルの基本構造から見ていこうじゃないか!」

「基本構造?」

 

 ダヴィンチから告げられた突拍子もない言葉に立香は小首を傾げる。それを見てダヴィンチはまたも満足気に頷く。

 

「そう、まずザオラルとはどんな呪文なのか、それが分からなければ理解は出来ない。焦らずにじっくりと聞いていこうじゃないか」

 

 ダヴィンチは茶目っ気たっぷりにウインクをした。黄金比の顔から放たれた瞬きはなんとも様になる。

 

「ザオラルの原理、コレは実行するのは難しいが言うだけなら単純な話なんだよ。()()()()()()()()()。コレがザオラルなのさ」

 

「魂を……」

「肉体に……」

 

 ダヴィンチの言葉を覚えようと立香とマシュの二人は録音した言葉を再生する録音テープの様に繰り返した。

 

「そう。コレは使用者から聞いた話だから間違いないさ。と言ってもほとんどフィーリングの様な説明だったから私なりの解釈を加えているがね」

『どう言う原理かって?うーん、説明するとなると難しいな。使ってる最中の感覚的に言うと、視界が遮られた水の中からナニカを見つけて、それを元々あった容器の中に戻すって感じかなぁ』

 

 ダヴィンチは彼の説明を脳裏に思い浮かべながら補足を加えていく。魔術師からしてみれば考えられないほどの感覚主義、天才の彼女でも多少の驚きは隠せるものではなかった。しかし彼女はその感情は今は出すことなく話を続ける。

 

「つまり、彼女の肉体がこの世界に実在してさえいれば、『ザオラル』は理論上問題なくは発動することが出来るという事なのさ」

「へー……え?でもおかしくないですか?」

「ん?何がだい?」

 

 立香の疑問の声にダヴィンチはあえて気付かないふりをして立香の疑問を待つ。

 

「だって、レフは爆弾を所長の足元に設置したって言ってました。だったらそんな爆発に直撃した所長の体が、五体満足なはずがない「うむ!いい疑問だね!それもちゃんと説明が出来るのさ!」うわ!」

 

 ダヴィンチは立香の疑問に食い気味に喰らいつくと、顔を立香の眼前にまで近づける。突如として迫る絶世の美女の尊顔に立香は何とも言えない圧を感じる。

 

「ダヴィンチさん!先輩が驚いています!あまりそういったいたずらは控えてください!」

 

 そこへすかさず登場、頼れる後輩、マシュ。彼女は二人の間に滑り込むと立香の前に守る様に両手を前に広げる。その姿にダヴィンチはアリクイの威嚇のポーズを思い起こした。

 

「おっと!これはすまないね。それじゃあさっきのマスター君の疑問についての説明だけど、それは簡単な話なのさ。単純にザオラルを使うには、()()()()()()()()()()()()()()()ってだけさ」

 

 ダヴィンチは小学生に四則演算を教える小学校の先生の様に優しい声で立香達に語りかけた。しかしその回答に立香とマシュは驚嘆に目を見開く。

 

「五体満足じゃなくても問題がないって……」

「まぁ言いたい気持ちもわかる。しかしこれでしか説明がつかなくてね?そもそもあの呪文はドラクエの世界の呪文だ。あの世界では殺傷能力の高い呪文ばかり。それに伴い治療の呪文が高度になっていくのも当然と言えば当然の帰結なのさ。それこそ死者蘇生なんてものを開発してしまうくらいにね」

 

 ダヴィンチの眼は先ほどまでの教える者から一転、究める者の目に変わった。高度な解釈の元からはじき出された馬鹿馬鹿しいともいえるほどに単純な子供が絵にかくような、正しく絵空事。それを可能性として捨てずに残し続ける一種の意地は、凡才と天才の境界線を決める一つの要因だったのかもしれない。

 

「事実、そうでないと彼女が蘇生できた理由が見当たらないのさ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。事実、寿命や疫病で先に精神が参ってしまった人たち、つまり生きることを諦めた者は蘇生できなかったと記されているからね」

「それは確かだぞ。俺も何度も蘇る事の出来ない人たちを見てきたからな。だから俺は聞いたんだ。『生きたいか?』って」

「あ……」

 

 ロトの言葉で立香が思い起こしたのは吸い込まれたオルガマリーが最後に叫んだ自身の思いの丈。喉が張り裂けんばかりに叫ぶその姿に『生きたい』という思い以外の何を感じるか。そう思いいたると、立香は先ほどから恥ずかし気にそっぽを向いてこちらの会話に参加しなくなった所長を見る。

 

「オルガマリー所長……」

「な、何よ……生きたいって思っちゃ悪い訳?」

 

 拗ねたようにそっぽを向いたまま喋る所長に立香は癒されると、深々とお辞儀をした。

 

「ありがとうございます」

「先輩?」

「ど、如何したのよ急に?」

 

 突然の感謝にマシュはキョトンと首を傾げ、オルガマリーは思い当たる節もなく、困惑する。立香は数秒ほど頭を下げると再びゆっくりと下げる時と同じペースで頭を上げる。

 

「いや、今にして思うと、所長がいないと解決できそうになかったことがいっぱいあったなって思って……そしたらなんか今言っておかないと今後二度と言えないような気がしたんですよ。今この場にいるのは奇跡みたいなものですし」

「そ、そう……」

 

 オルガマリーは毒気を抜かれた顔を浮かべて立香を見つめる。なんとも言えない空気になった。

 

「さて!それじゃあ今日から本格的に人理修復に向かうとしよう!」

 

 それを打ち破ったのは他でもない天才(へんたい)であった。

 

「ダ・ヴィンチ……」

「うんうん、言いたいことも分かるよ?ロマニ。けど、いつまでもしんみりしていたらせっかく助かった命も無駄になってしまう。それが起きないためにも、今は改めて目的を再確認しないとね?そうだろう?オルガマリー・アムニスフィア所長」

 

 苦言を呈そうとするロマ二にそう言ってダヴィンチはベッドで寝そべっているオルガマリー所長に流し目で訴えかける。それにオルガマリーも気付き、一度咳払いをして空気を切り替える。

 

「そうね……確かに、何時まで経ってもこんな空気ではこの『カルデアス』の意味がないわ……藤丸立香」

「は、はい!」

 

 『所長』の顔のオルガマリーに自然と立香の背筋がピンと伸びる。ベッドに寝そべり、病人着の服の彼女でもそこからあふれ出る彼女特有の威厳のようなものは維持されていた。

 

「あなたには一般人には到底想像出来ないような苦難が訪れます。その苦難をあなたが超えられなければ人類は滅んでしまうと思っていいわ」

「「…………」」

 

 その言い回しに立香は黙って聞き入り、その後ろでロトも黙って腕を組んで聞いていた。

 

「でも、だからこそ、カルデア(私たち)はあなたを全力でサポートするわ。それは人類の救済もある。けどそれ以前に、貴方に生き残って欲しいからこそサポートをするのを忘れないで」

「「…………」」

「お願い、引き受けてくれる?」

 

 その言葉の最後に、一瞬だけオルガマリーは『少女』となった。そして弱弱しく手を差し出す。立香に取ってもらいたい一心で震える体を押して、奇跡の積み重ねで生き残ったその所長というにはあまりにも頼りない手を。

 

「…………正直言って自分の置かれてる状況は良く解りません」

 

 立香は手を取らずにポツリと話を続ける。それを止めようという者はいなかった。

 

「だけど、自分にしか出来ない事があるっていうのはなんとなく分かります」

 

 続く。

 

「オレはロトみたいに凄い人じゃないですし、ロマンみたいに専門的な知識もないです。マシュみたいにこれから新しい力に目覚めたりとかはしないと思います」

 

 語る。

 

「だけど、そんな自分でいいなら喜んで力になります……!」

 

 手を握った。それにオルガマリーは握られた手をじっと眺める。顔を俯いて表情は見えないが、シーツには染みが出来ていた。やがてそこにもう一つの手が現れる。その手はガントレットで覆われていた。

 

「うむ、実に青臭いねぇ!いいよいいよ!こういう展開も大好きさ!人理修復という難題に立ち向かうんだったらこの天才の頭脳無くしてどうするんだってね!元々協力するつもりだったけど、こういう意思表示は大事だと思うね、うん」

 

 また一つ、手が重なる。その手は小さながらも盾を任された華奢な手であった。

 

「所長、自分もこのカルデアス所属サーヴァントとして、そしてあの特異点を共に攻略した戦友として、所長とはともに歩いていく所存です!マシュ・キリエライト、全力で手伝わせていただきます!」

 

 また一つ、重なる。次の手は手袋に包まれた男としては細い、頼りなさげな手だった。

 

「うーん、なまじ生き残っちゃったし、此処まで来るともう出来る出来ないはともかくとしてやるしか無いのかぁ……ええい、こうなったら自棄(やけ)だよ!やってやるさ!そりゃもう必死の覚悟で!」

 

 そして最後に、また手が重なる。その手は英雄と言える様なゴツゴツした手であった。

 

「オルガマリー、お前は確かに優秀な人かもしれない。けど、俺は正直言ってお前の部分はあの街で過ごしたお前しか知らない。だからこそオレはお前に力を貸す。勿論全力でな。だからやるぞ、お前の指揮の下で、このカルデアスで、誰にも気づかれない、歴史に名も残らない、俺たちが生き残るための戦いを」

「…………っ!……ありがとう」

 

 ポソリと呟かれた蚊の鳴くような小さな声に、彼女の手に重ねた各々は何も言わず、ジッとしていた。やがて何処からともなく泣く声が聞こえてきたが、誰も手を放しはしなかった。

 

「フォーウ」

 

 白い獣が何という訳でもなく鳴いた声が聞こえた。

 

 

 




    「最初の特異点の場所はフランスよ」



  「私が召喚したのに随分と生意気な態度でしたね、あのバーサーカーは」


 「流星となれ!タラスク!!」
        「竜を撃ち飛ばすだと!お前はそれでも聖女か!?」


     「ファヴ二ールはあんたに任せるわ。オレはもう片方をやる」
 「そうか、すまないな。マスター、後ろは任せたぞ」


    「合いだがっだよ~!!やっど会えだー!!急にい゛な゛ぐなるんだがらさ淋じがっだよ~!!」「お、おまえそんなキャラだったけ!?変わり過ぎじゃね?」
  「あ、あのロトさん?この方は一体?」


  「ククク…………!ようやくだ!ようやく貴様と相対する時が来た……あの時の私の誘いを断ってくれた事は今でも鮮明に覚えているぞ……」
「なんで、なんでお前までいんだよ………………!!!」


        第一特異点 邪竜百年戦争オルレアン


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第一章・第一特異点 邪竜百年戦争オルレアン
オルレアン 0


今回は繋ぎで短めです。
とりあえず投稿していこうという浅い考え。


「これより私、オルガマリー・アムニスフィア指揮下の元、人理修復計画『Grand Order』の開始を此処に宣言します!」

 

 場所はカルデアス前、その赤く燃え滾っているカルデアスをバックに勇ましく仁王立ちをしているのは凛々しさを増し、少しばかり大人しく見えるオルガマリー・アムニスフィア。そしてその彼女を前に集められたのは人類最後のマスター、藤丸立香。

 

「わー、所長カッコいいー!」

 

 新米サーヴァント、クラスはシールダー、マシュ・キリエライト。

 

「わ、わー!……先輩、盛り上げるとはこういう感じでいいのでしょうか?」

 

 ホンワカ系サボり魔お医者さん、ロマニ・アーキマン。

 

「マシュ?別に君は無理して彼に合わせなくてもいいんだよ?自分の意見ははっきりと出してこう?」

 

 みんなの頼れるお兄さん、ロト。

 

「別に好きにさせといたらどうだ?マシュも満更楽しそうじゃん?」

 

 全く持って緊張感のない状況であった。しかしオルガマリーは一切気にする事なく話を進める。この面子をこれから相手していくのならばこの程度で取り乱してはやっていけないと割り切る様になったらしい。

 

「……それでは話を続けるわ。今回発見された特異点の座標は1431年のフランスです」

 

 そう言ってカルデアスに振り返ると、カルデアスは回転しフランスの場所が立香達の前に来ると停止する。それを確認するとオルガマリーは再び振り返って口を開いた。

 

「あなたたちの最初の任務はこのフランスに現れた聖杯を回収する事。分かったかしら?」

「はい!」

 

 オルガマリーの言葉に立香は背筋をピンと伸ばして答える。その返事にオルガマリーは満足げに頷いた。

 

「よろしい。この時代のフランスは100年戦争の真っただ中。そんな中での聖杯捜索となるとそれなりの危険があるわ。そのことを十分に理解して挑んで頂戴」

「わ、分かりました!」

 

 『戦争』という単語に立香は多少の怯えを一瞬ばかり見せるが、それを振り払う様に再び背筋を前よりも伸ばして答える。かわいい子がいる時、男子は見栄を張りたい生き物なのである。

 

「マシュ、ロト、マスター(立香)を頼んだわよ」

「はい!」

「了解」

 

 そしてその立香のサーヴァントも全霊で答える。

 

 

 

 特異点への転移が開始されるまで、十数分である。

 

 

 

 

 

 豪華絢爛が施された王宮の一室にて、黒衣に白い生地にドラゴンを模したエンブレムが刺繍された旗を持つ一人の女性が窓から外を眺めていた。そこに写る光景はお世辞にもいいとは言えず、崩壊した街をワイバーンなどが蹂躙していた。その光景を眺める女性の口角は上がっていた。

 

「おや、ジャンヌ。まだ外を眺めているのですか?」

「あら、ジル・ド・レェ」

 

 そこに一人の男が入ってきた。その男は体を屈めているが巨大な体躯を有していることが分かり、腕は幼い子供の首を簡単にへし折れるぐらいに逞しかった。全身は青黒いローブに包まれており、目は魚の様に出っ張っていた。そして何よりも突出すべき特徴は、その全身から感じられる狂気だ。一目見れば分かるほどにその男の周りにはどす黒い渦のようなものが感じ取れ、常人であれば否応なしに嫌悪感を抱かずにはいられない空気を醸し出していた。

 しかし、男にジャンヌと呼ばれた女性は特に気に欠けることなく男を一瞥した後、再び窓の外の光景に目をやる。やはりワイバーンが飛び交っているだけだった。

 

「……あのバーサーカーの忌々しい笑い声を忘れたくなったのよ」

「ああ……マスターであるジャンヌをあそこまでコケにしたあの」

「ええ、あそこまで軽蔑の眼差しと侮蔑の笑いを受けたのは慰み者にされたあの時でも無かったわ」

「おお、ジャンヌよ……それほどつらい記憶を思い起こしてしまう程の屈辱とは……」

「でも」

「??…………どうかなさいましたかね?」

 

 ジャンヌの言葉にジル・ド・レェが苛まれているが、当のジャンヌは他の事を気にかけているのかそこまで気にしている様子は無い。

 

「あの軽蔑や侮蔑は私に向けてではなかった。もっと大きな……それこそ私を含めたすべてに向けての笑い声に聞こえたのよ。どうしてかは分からないけれど」

 

 ジャンヌの頭の中で『あのバーサーカー』の笑い声が反芻する。口を限界までに開き一人離れたところからこちらを見下した視線で見つめるあのバーサーカーの笑いには、底知れない何かが見え隠れしている気がしてならなかった。

 

『クハハハハハ!!!小さい!小さいなぁ、竜の魔女とやら!竜を自ら名乗っているにしてはあまりにも小さいぞ!!フランスを否定する?それだけのために『竜』の名を冠するとは、最初の内はふざけたものと思ったが、もはや滑稽だ!哀れだ!涙が出るぞ!!』

 

 その笑い声は高らかに響き、ジャンヌの耳にベットリとへばり付く感覚が彼女にはあった。そしてそのまま立ち去っていくバーサーカーをジャンヌは止めはしなかった。

 

「一体何者なのでしょう、あのバーサーカーは。どう考えてもイレギュラー。私が召喚したのは確かに八体だったはず……それに無理矢理干渉して入り込んだ?」

「ジャンヌよ……」

「まぁいいです。それだけ強力なサーヴァントを手にすることが出来たと考えればいいでしょう。ジル・ド・レェ、そろそろ出ますよ」

「はい」

 

 ジャンヌはそう言って旗を持って王宮を出る。それにジル・ド・レェも続く。外の阿鼻叫喚と比べて、王宮の中は不気味なまでに静かであった。




オルレアンの読み返しで少し時間が空くかもです。


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オルレアン 1

やっちまいましたよ…………
投稿待っててくれた方には申し訳ございませんが信じられないくらいに短いです。
読者を蔑ろにしすぎだろ自分…………


 そこは舗装のされていない獣道だった。立香とマシュ、そしてロトの三人はレイシフトを終えると其処にいた。三人にとって初めての感覚だが、冬木で突発的に経験したせいか、そこまでの違和感はない。

 

「ここがフランス……戦争中ってわりにはそんなに騒がしくないね?」

『そりゃそうよ。今のフランスは戦争最中ではあるけど、休戦時期に入っている頃なんだから』

「あ、所長」

 

 立香のつぶやきにオルガマリーが答える。しかし姿は見えず、声だけが聞こえてくる。サポートの面での支援は抜かりない。

 

「休戦時期って」

「そこからは私が説明します!先輩!」

 

 立香が浮かべた疑問を言い切る前にマシュが先手を打って説明を切り出す。

 

「この時代における百年戦争というのは、なにも一百年間ずっと戦い続けたわけではないのです。時に互いで休戦協定を締結し、その後再び状況がそろえば始める。といった具合です」

「ふーん……不謹慎かもしれないけど、サッカーのインターバルみたいな感覚?」

『うーん!あながち間違いと強く言えないあたりが訂正のしようもないな!参ったよ!』

 

 マシュの説明を受けて立香の導き出した答えに、ロマニは近からずも遠からずといった結論にどう答えたものかと頭を抱えた。

 

『いやいや、いいじゃないかその解釈!結論がどうであれ、彼自身が導き出した答えに変わりない!この状況下で誰かに思考を丸投げせずに自分で考えだしたという事実が驚きだね!それも魔術師の家系でもない一般生枠がね』

 

 そこへハツラツとした声でダ・ヴィンチちゃんが割り込んでくる。立香は歴史に名を遺す偉人に褒められたことがどこかむず痒く感じた。

 

『それよりちょっと聞きたいことがあるのだけれど?立香?』

「ん?なんですか?オルガマリー所長?」

 

 するとオペレーター室から流れてくるオルガマリーの声が立香を呼びかけた。その声に立香は素直に応じると、オルガマリーは少しばかり声を震わせる。

 

『ロトは一体…………どこに行ったのかしら?』

「「へ?」」

 

 その質問に立香とマシュはオウム返しの様にそろって返事をすると同時に、辺りを見渡す。しかしそこにロトの姿はどこにもいなかった。

 

「ロト?ロト―!どこにいんのー!?」

 

 突如として消えた勇者の存在に立香は慌てた様子でロトを呼び掛ける。しかし反応はどこにもなかった。マシュはカルデア側に連絡を取る。

 

「どういう事ですか所長?!普通サーヴァントはマスターの側に居続けるはずです!こんなことありえません!!」

『それはこっちも分ってるわ!だから今急いで原因を探ってるところよ!だけど何も分かってないわ!』

「……………………」

 

 立香達カルデアによる人理修復の第一歩は、勇者なしで踏み出されたのであった。

 

 

 

 

グワギャーーー!!

グルゴォォォオオオオーーー!!!

 

「…………初手がドラゴンかよ?」

 

 ロトの目の前には街中を飛び交う飛竜が人々を襲っていた。正確にはドラゴンではなくワイバーンであるのだが、ロトにとってはどちらでもいい。結局爬虫類のような見た目をして鉤爪を有していれば、ロトにとってはすべて等しくドラゴンの仲間入りである。

 

「…………ま、こんだけ暴れて殺しまわってんならオレが仕留めてもいいだろ?んじゃ早速…………」

 

 そう言ってロトは空を飛ぶワイバーンに向かって弓を構えた。

 

「狩りの開始だ」

 

 グルゥ…………ウォ

 ガァッ!

 

 放った矢は一直線に一匹のワイバーンの首に飛び込み、そのワイバーンは口から血を流し絶命した。ロトはワイバーンが地に堕ちる前にすぐさま矢を構える。慣れた手つきで再び矢を打ち込み、またしてもワイバーンを一匹仕留める。その流れるような手つきは見る者が見れば洗練された達人の域であることが分かる。更に言えばそこには殺意が籠っていなかった。それが恐ろしい。獲物からしてみれば何の前兆もなしに唐突に命が終わるのだ。自然災害のようなその殺戮に気付くのは中々に難しい。

 

 グゥ! ギャガ! …………!!

 

 一匹、また一匹とワイバーンが地に伏していく。その数が10を超えようとする時だった。一匹のワイバーンが異変に気付く。

 

 グゥウウウウオオオオオ!!!!!

 

 咆哮がそのワイバーンを中心に町中に響き渡る。その咆哮に逃げまどっていた人々の恐怖は更に煽られ、他のワイバーンも異変に気付く。

 そして見つける。

 

 狩人(ゆうしゃ)を。

 

 一斉にワイバーン達がロトに向かう。

 業火がロトに向かって打ち出される。それを追随する様に他のワイバーンが背を屈め全速力で命を取りにかかる。

 

「パワフルスロー」

 

 次の瞬間、すべてのワイバーンの命が一撃で葬られた。円の軌道を描いて飛んだそれはワイバーン達の脳天を見事にすべて貫きロトの手元に戻る。

 それはブーメランであった。

 

「ふぅ…………久々に手に取ったけど、憶えてるもんだな。さて、それじゃあ早速皆を探すか」

 

 ロトはくるくるとブーメランを回しながらそう呟く。そして再び足を進める。

 

「まて、そこのもの!!止まるのだ!」

「ん?」

 

 しかし、そこで唐突に声が掛かる。そこには白銀の鎧を身に纏った武装集団がこちらに槍を構えていた。するとそのうちの一人、指揮官と思わしき人物が前に出る。その男は黒いウェーブのかかった髪に光の無い粘土のような黒い目、そして病的なまでに白い肌を持った男であった。

 

「失礼する。私の名はジル・ド・レェという。この軍の指揮官をしているものだ。貴殿の名を聞かせてもらえるかね?」

「うん?あ、ああ。えーっと、ロトだ。よろしく頼む」

「ほう、あの有名な勇者と同じ名を冠しているとは…………いい名前ですな」

「ど、どうも…………」

 

 色白の男、ジル・ド・レェの紳士な対応にロトは少々むず痒さを感じる。しかしそんなロトを置いて、ジル・ド・レェは話を進める。

 

「先ほどの貴殿の活躍を見ていました。何とも凄まじいものです。我々が苦労してやっと一匹倒すのが限界なあの竜をあれだけの量を一人で倒してしまうとは」

「あ、ありがとうございます」

 

 真っ向からの称賛に慣れていないのか、ロトは気まずげに頬を掻く。ジル・ド・レェは話を続ける。

 

「そこで貴殿にお願いがあるのです」

「…………なんですか?」

 

 その真剣な表情にロトの顔も自然と鋭くなる。自分を利用しようとしているのか、はたまた本心からの懇願なのか。まだ分からない内は安易に首を縦に振れないからだ。ジル・ド・レェは続ける。

 

「どうか、フランスを救って頂きたくため、その力、貸していただきたく!」

 

 後者であった。こうなった場合のロトの返答は決まっていた。

 勇者の人理修復の第一歩はフランス軍とともに始まった。

 

 

 

 

 

「ん?」

「どうしました?」

 

 フランスのとある森の中にて。二人の女性がいた。一人は長い金髪に蒼い瞳を持つ幼さも兼ね備えた美貌のその女性は、純白の旗を携えもう一人の女性に話しかけていた。

 

「いえ、なんだか…………懐かしい雰囲気を感じて……ごめんなさいジャンヌ。先を急ぎましょう」

 

 その話しかけられた女性はある一点の方角を見つめ続け、やがてその懸念を振り切る為に視線を金髪の女性、ジャンヌに戻す。ジャンヌは何か考え込むように顎に手を当てた。

 

「ジャンヌ?」

「……おかしいです。この時代はあなたが生きていた時代ではないからそんな事は起きない筈……つまりは誰かあなたに近い縁のものが召喚された?」

 

 ジャンヌは相方に話しかけられているにも関わらず熟考を続ける。やがて考えがまとまったのか、女性の方に振り替える。

 

「一体どちらの方角でしたか?」

「え?あっちだけど?」

 

 急な質問に女性は困惑しながらもその方角を指さす。それに釣られジャンヌも顔をそちらに移す。

 

「…………いってみましょう」

「え?!あなたが言ってた目的地とは真逆の方角よ!?」

「いいんです。行きましょう……それに」

「それに?」

「あなたのそんな未練に満ちたような顔をされては」

「…………!?」

 

 自身の心中を見透かされたような返答をされた女性は驚きに顔を染める。そして驚きによって硬直した女性の体をジャンヌが引く。

 

「さぁ、行きましょう。行けば何か分かるかもしれません!!」

「ちょ、ちょっと!!」

 

 ジャンヌの引く力が強いのか、女性は引かれるがままだった。

 二人は走り出す。

 




今更ですかやっと人理修復完了出来ました(遅っせ…………)


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オルレアン 2

もはや遅れるのが普通になってきた……


「……つまり今この国はその『竜の魔女』ってやつに襲われて壊滅状態にあると?」

「ええ、お恥ずかしい限りですが」

「ふーむ」

 

 今、ロトはジル・ド・レェと共に兵舎の一室にいた。ワイバーンの被害を受けたせいかそこかしこが傷んで入るものの、辛うじて職位の高い上官が使う部屋だと分かる装飾が残っていた。

 ロトはジル・ド・レェから聞いた現在のフランスの状況を聞いて顔を上に向けて頭を回転させる。

 

 現在フランスは過去に処刑された聖女『ジャンヌ・ダルク』が引き連れたワイバーンと何人かの兵によって壊滅的な被害を受けており、現状維持だけで精一杯の状態にあるという。そこですぐさま浮かんだロトの考えは明確である。

 

 ーーーーー十中八九、サーヴァントだよな……しかも聖杯を持ってる。

 

 その考えに至ると、すぐ様ロトはジル・ド・レェに向き直る。

 

「つまりあなたの要求は、オレがここに滞在し、ワイバーンの駆除を手伝って欲しいと?」

「そうなりますね。あなたがワイバーンを対処している間に、我々フランス軍はジャンヌ・ダルクの正体を探りたく…」

「正体を探る?この状況の元凶なんだろ?捕らえるなり殺すなり言い出すと思ったんだが?」

「…………ここだけの話、私はあのジャンヌを疑っているのですよ」

「疑う?」

 

 ジル・ド・レェの発言にロトは眉を顰める。今のフランスの惨劇を創り出している彼女に対して何を疑う事があるのだろうか?ロトはそんな疑問を胸にしながら、オウム返しで返事をし、話が続くのを待つ。

 

「ええ……なんというべきか……あの『ジャンヌ』はジャンヌではないと考えているのです」

「ジャンヌがジャンヌじゃない?………………??」

 

 その言葉にロトは何度か頭の中でその言葉をかみ砕いて理解しようとするが、やはり分からずじまいだった。その様子を見てジルはすぐさま補足に入る。

 

「私の知るジャンヌはこのような惨劇を作るような人物ではないのです。彼女は最後まで聖女であり続け、処刑されるその日すら、憎しみや憎悪を見せることは無かった……その彼女が、こんなことを……私は彼女を長らく見守り続けました。しかし、だからこそ、疑ってしまうのです。あのものはジャンヌではないのかと……そして知りたいのです……本当の彼女を」

「…………」

 

 ジルのその言葉にロトは黙って聞いていた。

 彼から感じ取れる後悔と苦痛の念が滲み出ているのだ。特に気配に敏感なロトはその念をひしひしと感じていた。と言うより、今の彼を見てそれを感じなければそいつは相当な鈍感である。

 

「身勝手な願いというのは重々承知しております!しかし、それでもお願いです!どうか、どうか……!」

「頭上げてくれジル・ド・レェさん」

「!!」

 

 深く頭を下げるジルにロトは片手でその姿勢を制する。その所作に彼が驚いていると、ロトは人の良い笑みを浮かべた。

 

「そこまで困ってんだったら俺が協力しない理由はねぇよ。喜んで協力するさ。俺のプライド一つで人が救えるんだったら喜んで捨ててやるさ」

「…………ありがとうございます」

 

 ジルは深々と頭を下げて掠れる声で感謝を述べた。ここに軍師と勇者の友好が結ばれた。

 

(それに、離れ離れ(こういう状況)の時は迷子になった側が待機しといたほうが良いしな……立香達にはマシュもいるし、カルデアのサポートもある……俺が当てなくうろうろ探し回るよりかはそっちの方が確実だろ)

 

 しかし、多少の打算はあった。

 

 

 

 

 

「…………で、ロトはどうしていなくなったんだ?」

「サーヴァントは本来マスターからの魔力が供給されなければいけません。今のロトさんの状況からして非常にまずいです。早くしないと魔力供給が間に合わずに『座』に還ってしまう可能性が……」

『そんなまだ起こってない未来の可能性の話より現在の問題の処理の方が先決よ。ロマニ!なにか発見は無いの?!』

『ちょっと待っててね所長!今センサーの範囲を広げてサーヴァントの反応を調べてるところ!無理矢理範囲を広げるから多少精度は落ちるけど、無いよりはましな筈……』

 

 現在立香達は窮地に追い込まれていた。突如として消えた自身のサーヴァント。まさか人理修復の第一歩でやるべき仕事が自身のサーヴァントの迷子探しとは泣けてくる。しかしそんなことは言ってられず、カルデアは大急ぎで捜索にかかる。

 

『んーと……あ、来たよ!そこから数十m先にサーヴァントの反応ありだ!けど……すごい勢いでこっちに向かってきてる!みんな気を付けて!探しに来たロトくんかも知れないけど、敵勢サーヴァントだったらすぐに戦闘態勢に入る勢いだ!』

「!……先輩、早く後ろに!」

「わわわ!!!」

 

 ドド…ドドド……ドドドド!!!

 

 ロマニの警告と共にマシュに緊張が走る。それに押される様に立香も倒れるように走ってマシュの背後に隠れる。すると一方向から騒音が聞こえる。徐々に近づく騒音に二人の緊張も高まる。やがて騒音が最高潮にまで達する。

 

「こんにちはマスターさん!そしてサーヴァントのお方!」

「おいおいマリア。出会ってそうそうその挨拶は距離が近すぎるんじゃないか?」

 

「「へ?」」

 

 そこから現れたのはガラスの馬に引かれた馬車に乗る王妃(ヒトたらし)音楽家(ひとでなし)であった。敵とも味方とも取れない第一印象に二人は困惑するほかない。

 

「そんな事ないわアマデウス!!この人達はきっと私たちが味方になるべき人達よ!」

「相変わらずだね君は?ああ、一応君たちに言っておくと、僕は戦力としてはゴミみたいなもんだから期待はしないでくれ?」

 

 敵か味方かは第一印象では良く解らない二人組であった。しかし二人には直感的に感じることがあった。

 

 なんとも両極端な二人組である。と。

 

 

 

 

 

「ふむ……これがこの世界での竜か……」

 

 その声はすでに荒廃した街の中を悠然と歩いていた。上空にはまだワイバーンが飛び交い、雄叫びを上げていた。常人にとっては恐怖に心臓が掴まされる様な叫びだが、その声の主は意にも介さずゆっくりと歩き続け、やがて止まる。そこには一際大きな竜が座っていた。

 

「お前を見た時は期待したが、所詮はこの程度か。他の竜は大したものではなかったな」

 

 その全身を黒い鱗でおおわれた巨大な体躯を持つ竜を眺めながら声は落胆の声を上げた。

 

「……この世界が貧弱なのか、はたまた竜の魔女というあの女の出来が悪いのか……これでは判別がつかんな。この私がわざわざ出向いて来てやったというのに何とも拍子抜けだな。あのものがいる世界だと思い来てみれば、くだらん」

 

 声の内容は傍から聞けば何を言っているのか分からず、支離滅裂であった。しかし、それに気付く人間はいない。全てワイバーンが食べ尽くしたのだから。

 

「そうは思わんか?そこのものども?」

「………………いつから気付いてたの?」

 

 声の主は突如振り向いてそう言い放つ。するとその方角の瓦礫の山から二人の女性が現れる。そのうちの一人であるオレンジ髪の女性は警戒心を相手に向けて放つ。それに対し、涼しげな顔で答えた。

 

「は、その程度の児戯なんぞに気付くも何もない……それで、どうする?私と一戦交えるか?」

「上等じゃない……」

「待ってください!」

 

 一触即発。

 

 いつ爆発が起きてもおかしくない状況下にもう一人の女性が待ったをかける。白い旗を持った女性は凛とした声で止めに入り、両者の間に立つ。

 

「どけ、小娘。英霊だか何だか知らんが、私の前に立つというのならば、死を覚悟したと捉えるぞ?」

「どいてジャンヌ。そいつはここで生かしちゃいけない存在よ。私があってきたヤツと同じなのよ。自分の都合しか考えない外道の顔してるわ。そいつ」

 

 両者から計り知れないプレッシャーを受けながらも、女性ジャンヌは折れない。ジャンヌは凛とした表情のまま、女性と向き直る。

 

「このサーヴァントとは戦ってはいけません。今はまだ、その時ではない」

「は?どういう事よ?」

「うまくは言えません……しかし、信じて下さい。ここは矛を納めて」

「…………」

 

 ジャンヌの一方的ながらも揺るがない回答に女性は訝しげな顔を浮かべながらも、その殺気を抑える。ジャンヌはホッと息を吐くと、対峙していた声の主に向き合う。

 

「あなたもここは引いていただきたい」「なぜ従う必要がある?」

 

 ジャンヌの要望に声は一切の間を置くことなく答えた。太々しい受け答えにジャンヌはイラつくことなく、話を続けた。

 

「私達ではあなたを倒せない。しかし、あなたがここにいるという事は貴方を倒せる存在がいることも確か」

「……因果という奴はなんとも面倒なものだ……その通りだ。しかしそれがなんだという?お前達は私を倒せないかもしれんが、私がお前達を屠るのは容易だぞ?」

 

 ドシャ

 

 その一言と同時に女性の後ろに大きな物音が立つ。

 そこには焦げた墨の様な匂いを放つ一際ワイバーンがいた。熱気が当りに立ち込める。チリチリと肌を焼けつかせる高温は徐々にその火力を強め、女性二人は汗を流し始める。しかし、二人にはその汗が暑さから来る汗なのか、冷や汗か分からなかった。

 目の前の存在が異常なまでに大きく見える。それでも怯まず、二人はじっと前を見据える。

 

「…………前哨戦と行こうか?」

「逃げますよ!」

 

 その声と同時に業火が辺りを燃やした。ジャンヌのその叫び声は業火の燃え上がる音と共に飛散していった。




最近フェアリーテイルとガッシュベルにハマってる。
フェアリーテイルに至っては大人買いした。
どっちも遅すぎだろ……


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