最凶最悪の運び屋 (ZEKUT)
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プロローグ

未だにしぶとく生き残っている作者です。
最近、オリジナルを書いているんですが、執筆活動が滞っているので、息抜きにこれを投稿します。


 人間にとって刺激とは生きる上での極上のスパイスだ。

 刺激の無い人生ほど、退屈で面白みのないモノは無いだろう。

 平凡な日常は人を停滞させ、代り映えの無い一日は人の本能を退化させ、目的の無い人生は人を堕落させる。

 それは人でなくても変わらない。

 例え野生を生きてきた百獣の王でも、人に飼われ、餌を与えられ続ければ叛骨の牙は抜け落ち、本能は衰え、今までの生活は忘れ、これが日常であると認識し、生きる上で大切なモノを失う。

 そう、目的の無い、刺激の無い人生は生きているとは言えない。

 生きる屍、これが正しいだろう。

 それは人を超越した存在であっても変わらない。

 これは超越者のおはなし。

 

 

■□■□

 

 

 月曜日、この日が来なければいいのにと考える人も少なくはないだろう。

 かという彼も、また平凡な日常が始まることに憂鬱な気分を隠しきれなかった。

 ありきたりで代り映えがな無くてくて刺激も無い、そんなありふれた日常こそ、彼は最も嫌っている。

 

 赤羽蔵人は実に気まぐれで気分屋であり、冷酷で自分の興味のあることしか関心を持たない自分本位な男だ。

 本来なら、何の益も無い学校になど行きたくはないが、そうはいかなかった。

 蔵人の両親は医者であり、赤羽病院の経営者でもある。

 昔は戦場医などをしていたが、それも今は過去の話。

 

 普段通り、チャイムが鳴るギリギリに到着し、悠々と席に座ると、蔵人の姿に気づいたのか、一人の女生徒が挨拶を交わしてくる。

 

「おはよう、蔵人。相変わらずギリギリにくるのね」

「おはようございます、八重樫さん。今日も元気そうで何より」

「そう言うあなたは今日は一段と退屈そうにしてるけど?」

 

 随分と的を射た問いに、わかります?、と微笑を浮かべながら返す。

 それに当然と言った様子で雫は頷く。

 

 彼女の名前は八重樫雫。

 二人は両親の付き合いで知り合い、蔵人が息抜きとして彼女の両親が開いている道場で剣道を始めてからの付き合いだ。

 

 身長は蔵人より少し低い百七十二センチという女子高生の平均身長よりも高く、凛とした容姿は男女問わず人気が高い。

 実家が道場を開いていることもあり、雫自身も剣道を嗜んでいる剣道美少女。

 切れ長の目は鋭いが柔らかさも感じられ、凛とした雰囲気も相まって可愛いより格好いいという印象を与える。

 

 雫は小さく溜息を吐きながら、不満げに唇を尖らせる。

 

「また医者の真似事してたの?いくら院長の息子だからって、限度ってのもあるわよ?」

「真似事とは心外ですね。私は資格こそは取得していませんが、藪医者よりマシな腕はある自信があります」

「いや、資格を持ってないことが問題だって言うことに気づきなさいよ」

「ご安心を、レントゲンやカルテを覗いて助言をしている程度です。流石に両親の病院をマスコミでいっぱいにするつもりはありませんから」

 

 蔵人の言葉に疑念の籠った視線を向ける雫だが、本人はそれに応えた様子はなく、それどころかクスリと笑みを零す始末だ。

 そんな彼の様子にこれ以上の詮索は無駄だと諦めたのか、空気を換えるために話題を変える。

 

「蔵人は、もう来ないの?」

 

 それが何を指しているのか、端から聞いただけでは何を意味しているのかさっぱりだが、蔵人には通じたのか、ええと短く答える。

 予想していた反応に、一段と深い溜息を雫は吐く。

 

「蔵人なら、全国優勝なんて夢じゃないと思うけど、そう言っても意味はないんでしょうね」

「興味がありませんから」

「父も残念がってたわよ?あなたになら八重樫流の全てを教えられたって」

「その節はご迷惑をおかけしました。ですが、あそこは私のような異物がいてもいい場所ではない」

「まったく、久しぶりに打ち合ってみたいって言う私の我儘を聞いてくれてもいいじゃない」

 

 そうむくれながら本音を漏らす彼女に、蔵人は相変わらず微笑を浮かべるだけだ。

 互いにしょうもない世間話に花を咲かせていたが、そんな花を散らすような無粋な輩が現れた。

 

「赤羽、あまり雫を困らせるようなことはやめてくれないか?雫が面倒見がいいからって、甘えるのは良くないぞ」

 

 他愛のない会話とはいえ、良く知りもしない相手に話を遮られたことに蔵人は不快な表情を見せる。

 良くない顔をしている蔵人を視界の端で捉えた雫は、空気を読まない幼馴染に苦笑いをする。

 

 容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、教師からの覚えもいい彼こそ、八重樫雫の幼馴染の一人である天ノ河光輝。蔵人がもっと嫌悪する人物。

 その後ろにいるのが、天ノ河の取り巻きの一人、熱血漢の空手家、豪快な性格で短慮なことから脳筋と蔵人から覚えられている坂上龍太郎。

 

「聞いているのか?雫だって暇じゃないんだ。毎回遅刻ギリギリに登校してきて、雫に心配をかけるのはやめろ」

「ふぅ、天ノ河君、人と人が話している最中に割り込むのはマナー違反だってことを理解していますか?」

 

 光輝の勘違いも甚だしい横やりに、できるだけ冷静に勤めて返す蔵人だったが、そんな気遣いに気づくことなく、彼は自分の言い分が正しいと言わんばかりに責め立てる。

 

「そんなことはどうでもいい。俺はこれ以上雫に迷惑をかけるなって言っているんだ」

「おや、可笑しな話ですね。私がいつ誰に迷惑をかけましたか?」

「惚けるな。雫に迷惑をかけているじゃないか」

「ではお聞きしますが、八重樫さん、私は貴方に迷惑をおかけしましたか?」

 

 蔵人の意地の悪い質問に雫は困った表情をしながら首を振る。

 

「まあ、迷惑はかけていないわね」

「だそうですよ?」

 

 雫の返答が予期する者でなかったからか、呆気にとられる光輝だったが、数瞬もしないうちに再起動を果たし、愛想笑いをしながら頷く。

 

「え?……ああ、雫は本当にお節介焼きだな」

 

 どうやら光輝の中では、蔵人を気遣っての言葉だと解釈したらしい。

 これが蔵人が光輝を嫌悪している最大の理由だ。

 別に自身に突っかかってくることに嫌悪している訳ではない。

 あたかも自分の考えは間違っていない、正しいのは何時だって自分だと疑わない、善意を押し付けるだけ押し付け他者を顧みないその精神を嫌悪している。

 蔵人も他者を顧みるような行動はしないが、それでもいつだって自身が正しいなんて無知蒙昧な考えはしていない。

 状況によっては最善が最悪に変わり、最悪が最善に変わることだってある。

 蔵人はそれをこの場の誰よりも知っている。

 

 そうしているうちに、このクラス最後の生徒が教室の扉を開く。

 その瞬間、今まで蔵人と光輝に集まっていた視線が彼に集中する。

 しかしそれは彼がクラスの人気者だからではない。

 むしろその逆、彼―――――南雲ハジメがクラスの厄介者だからだ。

 男子生徒の大半から舌打ちやら睨み屋らを頂戴するが、ハジメはそんな事を気に留める様子も無く、自分の席につき机の上でぐだぁ~っとだらける。

 そんな態度が気にくわなかったのか、檜山大介率いる斎藤、近藤、中野の子悪党四人組がいびり始めた。

 檜山はハジメのことをキモオタがどうとか気持ち悪いだとかいって嘲笑しているが、蔵人からしたらそれの何処が気持ち悪いと言うのか理解できない。

 確かにハジメはオタクだ。

 と言ってもキモオタと罵られるほど身だしなみが乱れている訳でも、言動が見苦しいという訳ではない。

 髪も無造作に伸びきっているようなことも無く、短く切り揃えてあり、最低限とはいえ清潔感もある。

 単にアニメや漫画が好きなだけでこれほどいじめられるのかと聞かれれば、そう言う訳でもない。

 原因は―――――

 

「南雲くん、おはよう! 今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」

 

 ニコニコと微笑みながら一人南雲のもとに歩み寄る女性徒、彼女こそがハジメがやっかみを受ける事態に発展した原因。

 学校では二大女神と言われ男女問わず絶大な人気を誇るクラスのマドンナ的存在、それが八重樫雫のもう一人の幼馴染である白崎香織だ。

 

 色恋沙汰に関心の無い蔵人は香織に興味は無く、精々雫の友人という認識程度しかない。

 そんな学園の女神がハジメに話しかけることで、今まで蔵人に向けていた光輝の矛先がハジメへと切り替わる。

 暴走気味の幼馴染を諫めるため、雫は本日二度目の溜息を吐きながら光輝の後を追う。

 さて、本来ならここで蔵人はゆっくりとした時間を過ごせるのだが、生憎とハジメとは小さいとはいえ縁がある。

 このまま見過ごすのも虫が悪い。

 少しばかり介入させてもらおう。

 

「おはようございます、南雲君。ご両親は壮健ですか?」

 

 光輝が蔵人にも言った、ためにもならない説教を口にするより前に、蔵人はハジメに挨拶を交わす。

 まさか割って入ってくるとは思っていなかった光輝たちは驚愕した表情で蔵人を見る。

 その中で、いち早く復帰したハジメは挨拶を返す。

 

「あ、うん。おはよう赤羽さん。その節は両親がお世話になりました」

「いえいえ、南雲君の御両親は生活リズムの崩れやすい職業ですから。見たところ睡眠不足、いえ徹夜明けですか。御両親の手伝いもほどほどにした方がよろしいですよ?御両親ではなく、今度は南雲君が倒れて救急車に運ばれるのはおいやでしょう?」

「あ、あはは~……。善処します」

 

 ぐうの音も出ない正論の刃に、ハジメは乾いた声を上げずにはいられなかったが、クラスメイトからしたらそれどころではない。

 特に雫と香織の驚き具合は他の比ではない程だ。

 もっとも、両者の心境は全くもって違うものだが。

 雫は蔵人が自分以外のクラスメイトとプライベートの話をしていることに驚きを隠せず、香織は自分以上にハジメと親し気にしている蔵人に驚きを隠せなかった。

 クラスメイトらもオタクな話では無く、いたって真面目な会話をしているハジメと蔵人に耳は正常なのか疑うほどだ。

 

 赤羽蔵人と南雲ハジメ、彼らに接点など皆無に等しいが、これまたお互いの両親の繋がりで面識はあった。

 ハジメの両親は父がゲームクリエイター、母が漫画家の世間では珍しい組み合わせの夫婦だ。

 何年か前のことだが、過労で倒れたハジメの母が運ばれた搬送先が蔵人の父が院長を務める赤羽病院だった。

 その時、ちょうどタイミング悪くハジメの父の仕事が立て込み、病院へ行けなかった父の代わりに病院へ来たのが息子であるハジメで、その時に蔵人が赤羽病院の院長の息子であることを知り、以来友人とまではいかないが、それなりの付き合いをして今に至る。

 

 そんな背景を知らない周囲の反応など意に介さず、蔵人はマイペースに話を続ける。

 

「よろしければ軽い点滴でもどうです?翌日には疲れもだいぶ取れると思いますよ?」

「あー、うん。謹んでご遠慮させてもらっていい?」

「クスッ、そうですか。それは残念だ」

 

 本気か冗談か判別の付かない蔵人の提案に 苦笑しながら辞退するハジメ。

 ハジメがここまで気楽に会話することのできる相手は、両親を除けば蔵人ぐらいだろう。

 そんな茶目っ気のある会話を交わしている二人に、堪らず光輝が割り込む。

 

「おい、赤羽。人の話を遮るな。俺の話はまだ終わってないぞ」

 

 そんな事を言う光輝に、心底可笑しい者を見たような顔をする。

 

「可笑しなことを言いますね。いや、貴方の言葉を借りるならそんなことはどうでもいい、でしたか。自身の行いは棚に上げる厚顔さ、まるで駄々をこねる子供のようだ」

「何を意味の分からないことを言っている!人の話を遮るなんてマナーが悪いぞ!」

 

 この発言には蔵人だけでなく、幼馴染の雫も呆れるしかなかった。

 彼はブーメランと言うものを知っているのだろうか。

 いや、きっと通じないだろう。

 

 そんな会話をしている間に、始業のチャイムが鳴り教師が教室に入ってきた。

 光輝はまだ言いたいことがあったのか、不承不承ながら席に戻っていく。

 その後、朝の連絡事項が終わり、授業が開始するとハジメは誰よりも速く夢の世界へと船を漕ぎ始めた。

 蔵人は蔵人で教本を盾に読書を始める。

 

 

■□■□

 

 

 午前の授業も終わり、生徒たちがざわざわと騒ぎ始める。

 未だに夢の世界から帰って来ないハジメを自動販売機に行くついでに軽く小突く。

 

「授業は終わりましたよ」

「あ~、ありがと。赤羽君」

 

 

 まだ脳が覚醒していないのか、間延びした声で感謝するハジメに、お気遣いなくとだけ言い、蔵人は教室を後に―――――しようとして踏みとどまった。

 それは財布を忘れたからとか、まだ教室に残っている愛子先生に用があるからとかではなく、なんとなくだ。

 なんとなく、ここから遠のいてはいけない。

 そう蔵人の直感が言っていた。

 

 今の彼に教室の喧騒など聞こえない。

 今朝の焼き回しのようにハジメが光輝に絡まれているが、それすらも眼中にない。

 あるのはただ一つ、このありふれた日常が終わる(刺激的な日常が幕が開く)予感だけ

 

 瞬間、純白に光り輝く円環と幾何学模様が教室に現れ、徐々に広がっていく。

 いち早く正気に戻った愛子先生が何か叫んでいるようだが、蔵人の耳には届かない。

 今の彼の胸中を支配している感情は有り余る好奇心のみ。

 やはり自分の予感は正しかった。

 普段見せている微笑よりも、一段と深い微笑を浮かべる蔵人に気づく者は誰もいなかった。

 

 こうして、彼ら彼女らはこの世界から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 



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月下の戯れ

 目を開くとそこは美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建築物のような空間。

 RPGゲームなどに出てきそうな現実離れした神殿のような場所に蔵人は立っていた。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 と金色の派手な刺繍の入った衣装を身に纏う聖職者がクラスメイトら全員に語りかけてきた。

 蔵人はクスリと笑みを零し、これから起きるであろうイベントに胸を躍らせながら成り行きを見守ることにした。

 

 

■□■□

 

 

 

 場所は移り、社会人が会議で使うような大きなテーブルが幾つも並んだ大広間に蔵人たちは通されていた。

 天之河光輝と幼馴染である雫たちと先生は前列に、蔵人はクラスメイト達全員の姿が見える一番後ろの席に、隣の席にはハジメがいる。

 

 全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイド達が入ってきた。

 しかも全員が全員、男子の夢を具現化したような美女・美少女メイドばかり。

 現実ではまずお眼にかかることのできない光景に、食い入るように目を剥く男子とは対照的に女子たちの視線は絶対零度のように冷たかった。

 一通り飲み物を渡し終えると、イシュタルと名乗った男が説明を始める。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 そこから話された内容は、とてもじゃないが現実とは思えないファンタジーな専門用語のオンパレードだった。

 

 まず、この世界はトータスと呼ばれている。

 そしてトータスには大きく分けて三つの種族、人間族、魔人族、亜人族が存在する。

 人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きているらしい。

 

 この時点で、この手の話に疎い者はちんぷんかんぷんだろう。

 蔵人はハジメほどそう言った話に詳しくないが、そう言うものが存在するんだ程度に頭に書き留め、理解する。

 

 この内、人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。

 魔人族は、数は人間に及ばないものの人間に比べて個々の実力が高く、その力の差に人間族は数で対抗していたが、その均衡が崩れかけているらしい。

 なんでもこの世界には魔人族や亜人だけではなく魔物まで存在し、魔人族は魔物を使役することで、数の利を覆し優勢に立ち、逆に人間族は数のアドバンテージまで失ったことで危機に瀕することになった。

 そこで人間族が信仰する神エヒトの手によって、上位世界と言われる蔵人たちが住む世界の住人をこの世界に召喚し、この窮地を乗り切るつもりのようだ。

 

 大まかな説明が終わると、神エヒトの神託を下されたことを思い出しているのか、恍惚とした表情を浮かべるイシュタルに、蔵人は小さく狂信者ですか、と呟く。

 この手の輩は厄介極まりない。

 神エヒトのためなら、この男は平然と百万という人類すら生贄に捧げることも躊躇わないだろう。

 これが神の信託だから、そう言って自身の行動を正当化し、免罪符を掲げながら残虐な行為に走ることも厭わない。

 狂信者とは、そういうものだ。

 

 まあ、自分には関係の無い話だ。

 そう思考を打ち切ると、突然立ち上がり猛然と抗議する人が現れた。

 

 このクラスの担任である愛子先生だ。

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

 ぷりぷりと怒る愛子先生。

 彼女は今年二十五歳になる社会科の教師である。

 教師としての責務を果たそうとしているのだろうか、それは意味の無いことだ。

 先程も言ったが、狂信者というのは厄介極まりない。

 何故なら狂信者とそうでない者がまともに会話を成立させることが難しいからだ。

 その理由は信仰心の有無、価値観の相違、神への依存性等もあるが、何より話している視点が違うからに他ならない。

 

 百五十センチ程の低身長に童顔の教師とは思えない自分達の担任が勇敢に立ち向かっている姿を微笑ましく眺めている生徒達だったが、イシュタルの言葉に凍り付くことになった。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 その言葉に、今まで遠足気分だった生徒たちの表情が凍り付いた。

 そんな事は信じられないと言った様子の生徒達に、追い打ちをかけるようにイシュタルは言葉を続ける。

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

「そ、そんな……」

 

 愛子先生が脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。

 それがきっかけとなり、火のついたように周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。

 

 癇癪を起した子供のように喚き叫ぶクラスメイトの様子を、どこか他人事の様に眺める蔵人はいたって冷静に話の収束を待っていた。

 蔵人は召喚された時点で、自分達に選択権など無いことなど容易に想像できる。

 状況、人数、情報、異世界特有の技能、どれをとっても自分達が勝っているモノが無い。

 この時点で、自分達が叫ぼうが喚こうが意味の無いこと。

 できる事と言えば、相手の機嫌を損なうことなく、表面上は相手の意に沿う行動をしながら、独自で情報を集めることぐらいだ。

 下手に逆らえば、どういった目にあわされるかわかったものじゃない。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

 

 このままでは収拾がつかなくなる、そう危惧していたところに普段は空気を読まずタイミングの悪い男が、お得意のカリスマ発言にてクラスメイト達を鎮静化させる。

 

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 ギュッと握り拳を作りそう宣言する光輝に、この時ばかりは称賛の拍手を送る。

 当然心の中での話だが。

 世界を救う云々はまた世迷言を宣っていると失笑ものだが、光輝が考え無しにした判断はおかげで最悪の結果は免れた。

 

 イシュタルの話通り、これから魔人族との戦争に駆り出させることになったとしても、ここは素直に従っておくべきだ。

 出なければここにいない神エヒトが何をしてくるかわかったものじゃない。

 世界の壁を越えて干渉してくる輩だ。

 天罰と称して、雷を降らせてくるなんてことになっても不思議ではない。

 いや、殺されるだけならまだマシだ。

 最悪、上位世界の人間はどういった人体構造をしているのか解明しようと言いながら、モルモットにされる可能性もある。

 女はよくて飢えた男の慰みものだ。

 

 今も嫌悪感しかないが、偶にはこっちの都合の良い判断をしてくれるじゃないかと笑みが零れる。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

「龍太郎……」

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

「雫……」

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

「香織……」

 

 いつものメンバーが光輝に賛同したことで、クラスメイト達が次々に賛同していく。

 愛子先生はオロオロと「ダメですよ~」と涙目で訴えているが時すでに遅しと言うやつだ。

 

 今更この流れを変えることはできない。

 かくして勇者たちは魔人族の討伐の一歩を踏み出すのであった。

 

 

■□■□

 

 

 あれからイシュタルに案内され、国王に会ったり、国王よりも教皇であるイシュタルの方が立場が上だという事を確認したり、国の重要な役職についている人物の説明があった後、晩餐会が開かれ激動の一日は終了した。

 

 その夜、王宮の一室に案内された蔵人は外を歩いていた。

 当然、衛兵が護衛につくと申し出てくれたが、蔵人にとってそれはありがた迷惑と言うやつで、夜風にあたるだけと言い丁重にお断りした。

 

 心地のいい夜風にあたりながら周囲を見渡すと、今のご時世では見ることが難し建造物がずらりと並んでいる。

 改めて自分は見知らぬ異世界に迷い込んでしまったことを自覚すると、おもむろに手を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返す。

 召喚された時に光輝が口にしていたことだが、どうやらこの世界は自分達にとって都合がいいらしい。

 蔵人は一人考えに瞑る。

 時折流れる風が蔵人の長髪をなぎ、さわさわと草木が鳴く。

 イシュタルが言うに、蔵人たちの世界はこの異世界よりも上位の世界になるらしい。

 しかし、上位世界の人間が回世界には渡っただけで力が増す、そんなご都合主義のようなことがあっていいのか?

 らしくも無いことを考えている自覚はある。

 蔵人は、晩餐の時にくすねておいたナイフをぽっけから取り出し、おもむろに木へ向けて投擲する。

 現実なら、ナイフが木に刺さるのが精々だろうが、投擲されたナイフは木に突き刺さるだけではなく、あろうことか木を貫通して更に奥にたつ木に突き刺さった。

 改めててをぐっぱぐっぱと開いては閉じる動作を繰り返す。

 先程の投擲は特に力を入れて投げた訳ではなく、本当に軽く腕を振るった程度の力しか出していない。

 それでこれだ。

 

「やはり、現実とは勝手が違うようですね」

 

 誰に向けて言った訳でもない蔵人の呟きが夜風に乗って消える。

 軽く地面を蹴ってみると、一息で数メートルの距離を移動していた。

 これが現実世界で出来たら、苦労することなくオリンピック優勝できるだろう。

 普通なら驚愕するか恐れるべきことなのだろうが、蔵人はどこかこれこそが自分の正しい正体だと認識していた。

 

「クスッ、やはり直感に従ってよかった」

 

 どのような思惑が神エヒトにあるのかは知らないし興味も無いが、蔵人は感謝した。

 ありふれた日常から、退屈でしかなかった日常から連れ出してくれたことを。

 赤羽蔵人にとって、自身がこれまで生きてきた中で、もっとも刺激を感じ、感情を曝け出したのは彼がまだ小学生だった頃だ。

 あれ以来、蔵人の世界は刺激を失った。

 もう二度とこのような刺激のある世界戻ってこれないと思っていたが、面白い。

 やはり人生何が起きるかはどのような賢人であっても予想できないものだ。

 

 蔵人は数年ぶりに高揚していた。

 久しぶりに、殺気を漏らしてしまうほどに。

 

 バサバサと周囲の木にとまっていた小鳥たちが一斉に飛び立つ。

 およそ常人が発することはない狂った殺意の波動。

 それを異世界に転移させられたとはいえ、高校生が放つのは異常でしかない。

 

「おや、こんな夜更けにどうかされましたか?」

 

 蔵人はあたかも彼女の存在にたった今気づいたような反応を見せ、振り向く。

 そこには、血の気の引いた顔面蒼白な友人、八重樫雫の姿があった。

 長年付き合ってきたが、見たことも無い怯え切った様子の雫に、転移する前と同じ微笑を浮かべながら蔵人はゆっくりと近づいて行く。

 普段通りの態度、それが怖くて、恐ろしくて、悍ましくて。

 

「クスッ」

 

 忽然と、蔵人の姿が消失した。

 突然の出来事に、思考と感情が停止する。

 しかし次の瞬間

 

「後ろですよ」

 

 耳元で囁かれた呟きに、雫は悲鳴の叫び声を上げながら、しかし身体は合理的に動き出し、いつの間にか背後に立っていた蔵人の頭を蹴り飛ばそうと動き出していた。

 

「おしい」

 

 だが、蔵人が蹴り飛ばされることはなかった。

 雫の足先は、蔵人の顔に触れる寸前、触れても可笑しくはない位置にて動きがとまっていた。

 

「足りませんね。一ナノメートル、十億分の一メートルほど踏み込みが」

「うるさい!黙って蹴られなさい!」

「お断りします♪」

 

 ニッコリと極上の笑顔を浮かべる蔵人に、赤面を隠すこともせず、足刀、手刀を繰り出し、一泡吹かせようとする雫だったが、残念なことにあたることは愚か、掠る気配する感じない。

 一通り暴れたことで疲れたのか、肩で息をする雫に、変わらぬ微笑で語り掛ける。

 

「存外、可愛らし声で鳴くのですね。少し意外でした」

「褒めてないわよね、それ?」

「クスッ、どうでしょう」

 

 未だに羞恥で赤く染まった顔は激しく動いたことで火照り、いっそう愛らしい顔を赤く染め上げる。

 彼女をからかうのは面白いが、これ以上は良くないと思ったのか、蔵人は踵を返し、去り際にこうつぶやいた。

 

「緊張で眠れないのはわかりますが、夜分に女性が一人で外を歩くのは感心しませんよ?」

 

 ではさようなら、最後にそう締めくくり、今度こそ蔵人はその場から立ち去った。

 残された雫は、釈然としない気持ちになりながら息を吐き、、蔵人に倣うように寝室へ足を向ける。

 

 先程まで恐怖に震えていたことは、もう忘れていた。

 

 

 

 




あのラストバトルの言葉をここで使うことになるとは。
この作者の目をもってしても見抜けなんだ(笑)


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ありふれた職業

 翌日から早速訓練と座学が始まった。

 

 まず、集まった生徒達に銀色のプレートが配られた。

 物珍しそうに配られたプレートを見る生徒達に、騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。

 騎士団長が訓練に付きっきりでいいのかとも思うだろうが、対外的にも対内的にも勇者様一行を半端な者に預けるわけにはいかないということらしい。

 所謂大人の事情と言うやつだ。

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

 非常に気楽な喋り方をするメルドは気楽な口調とは違い、この銀色のプレートについて説明を丁寧に話していく。

 このプレートの一面に刻まれた魔法陣に血を垂らすことで所有者登録を行えること。

 所持者のステータスを表示してくれる便利な道具であるが、現代の技術力では再現できない強力な力を持った魔法の道具であり、原理は一切不明なのだと言う。

 こういった魔法道具のことをアーティファクトというらしい。

 興味深そうにプレートを眺める蔵人とは違い、ますますゲーム染みた物が出てきたことに苦笑を隠せないハジメだが、いざという時の身分証として使えることを聞くと、これだけは無くさないように気を付けようと誓うのだった。

 

 説明を受けた蔵人は、早速とばかり針に指さし、プレートの魔法陣に血を垂らす。

 

 

===============================

 

赤屍蔵人 ―――歳 男 レベル:―――

 

天職:運び屋

 

筋力:―――

 

体力:―――

 

耐性:―――

 

敏捷:―――

 

魔力:―――

 

魔耐:―――

 

技能:医術・超越者・特異体質・量子力学不確定性原理・言語理解

 

===============================

 

 

 表示はされた。

 されたにはされたが、これを正常といってもいいのかは甚だ疑問が残る。

 

「全員見れたか? 説明するぞ? まず、最初に〝レベル〟があるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」

 

 どうやらゲームのようにレベルアップ=ステータスアップと言う訳ではないらしい。

 しかし赤屍の場合、レベル表示が無く、ステータスの表示も無い。それだけならまだバグか故障かで済むが、年齢が表示されず、名字も変化しているのはいかがなものだろうか。

 辛うじて天職と技能覧は読むことができるが、これだけ無い無為尽くしだといっその事清々しい程だ。

 

「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大解放だぞ!」

 

 メルドの言葉から推測するに、鍛錬を積めばそれに応じて大なり小なりステータスが上昇するのだろう。

 ステータス表記の無い赤屍に意味があるのかはわからないが。

 

「次に〝天職〟ってのがあるだろう? それは言うなれば〝才能〟だ。末尾にある〝技能〟と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

 

 自分のステータスを見る。

 確かに天職欄に〝運び屋〟とあるのが確認できた。

 これが自身の天職なのだろう。

 

「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

 レベルの表示もされず、ステータスも碌に見れない場合はどうすればいいのだろうか。

 まあ、赤屍自身このバグのような表記に大した危機感は抱いておらず、それどころかどうでもいいとさえ考えていた。

 何故なら、強さの数値などあくま大まかなで目安でしかなく、それに自身がこの場にいる者達に負けることなど、如何頑張っても想像できなかったからだ。

 

「ね、ねえ、赤羽君。赤羽君のステータス見せてもらってもいい?」

 

 嫌な冷や汗を掻き、藁に縋るような表情で懇願するハジメを不審に思いながらも、赤屍は嫌な顔一つせず、どうぞとプレートを差し出す。

 受け取ったハジメは祈るような仕草をした後、意を決してプレートの見たが、次の瞬間困惑した表情に早変わりした。

 おそらく、赤屍のステータスの特異さに気づいたのだろう。

 数値が高いわけでもなく、低いわけでもない、これが特異でなければなんだと言うのか。

 

「あ、赤羽君。これって……」

「そう困った顔をしないでください」

 

 赤屍の言葉に、苦笑とも愛想笑いとも言えない渇いた笑みが出る。

 自分とは違った意味で可笑しいステータスだが、今まで数多のゲームをクリアし、RPGの細かい設定などにも詳しいハジメは赤屍が強いことを確信した。

 確かに運び屋が天職という非戦系天職だが、その技能は群を抜いている。

 まず超越者、名前からしてボス技能臭がプンプンするとハジメのオタクセンサーが反応していた。

 次に特異体質、これもどういったモノかは判別できないが、悪い技能ではないはずだとハジメの勘が言っている。

 最後にこれだが量子力学不確定性原理、これだけはハジメをしてもさっぱり意味が分からなかった。

 ただ、名前からしてチート臭が半端ないと言うぐらいだろう。

 他に比べればちっぽけに見えるが、医術もこの世界において十分に役に立つ。

 それに比べ、自分のステータスはなんてことだ。

 目を背けたい現実と向き合うため、ハジメは今一度ステータスを確認する。

 

 

===============================

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

 

天職:錬成師

 

筋力:10

 

体力:10

 

耐性:10

 

敏捷:10

 

魔力:10

 

魔耐:10

 

技能:錬成・言語理解

 

===============================

 

 

 表示された。

 見間違いではない、ついさっきもそう表示されたんだから。

 自身の貧弱さ加減にハジメは泣きたくなった。

 同じ非戦系天職で運び屋の赤屍とはえらい違いだ。

 希望は潰えたと言わんばかりに項垂れるハジメだったが、追い打ちをかけるように驚愕の事実が発覚する。

 

 

============================

 

天之河光輝 17歳 男 レベル:1

 

天職:勇者

 

筋力:100

 

体力:100

 

耐性:100

 

敏捷:100

 

魔力:100

 

魔耐:100

 

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 

==============================

 

 

 ちょうどメルド団長の呼び掛けに応え、光輝がステータスの報告をしに前へ出た時に発表されたステータスだ。

 全能力値三桁、技能数はゆうに十個を超え、天職は戦闘系天職でしかもゲームの王道、男なら誰もが憧れるであろう勇者の天職。

 

 おお神よ、何故世の中はこうも理不尽なのか。

 

 天は二物を与えずというが、二物以上ならいいという裏ルールでもあるのだろうか。

 目の前のチートの権化を見ると、そう思わずにはいられないハジメだった。

 しかもそれだけで終わらず、他のクラスメイトも光輝ほどとは言えなくとも、それに準じるチート級の力を持つ者ばかり。

 そしてとうとう、ハジメと赤屍の番に回ってきた。

 今まで規格外のステータスばかり目にしてきたからだろうか、その表情は期待に満ちたお前達もそうなんだろう?という心情が見える。

 赤屍がメルドにプレートを渡したのを見ると諦めがついたのか、ハジメも倣ってプレートを差し出す。

 するとどうだろう。

 今までの喜色に満ちた表情から一転、険しい顔へと変わる。

 自分の見間違いかと、目を擦ったり、プレートをコンコンと叩いたりするが、結果は変わらない。

 最後にジッと凝視するが変わらなかったことを確認すると、メルドは二人にプレートを返した。

 

「ああ、その、なんだ。ハジメの天職の錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。蔵人の運び屋って天職も、そうだな、うん。その名の通りのものだ。ただお前のステータスはどうなっているのかわからんが表記されていない。正直な話、こういったことは初めてだから俺もよくわからん。その、すまんな」

 

 歯切れの悪いメルドの言葉に、檜山大介がニヤニヤと笑いながらわざとらしく大きな声で質問する。

 

「おいおい、南雲に赤屍。もしかしてお前ら、非戦系か? 鍛治職と運送業者がどうやって戦うんだよ? メルドさん、その天職って珍しいんっすか?」

「……いや、鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな。運び屋も王国の兵士、特に輸送部隊などは持っているものが多い」

「おいおい、南雲と赤屍はよぉ~、そんなんで戦えるわけ?」

 

 ウザったらしい声音で、小馬鹿にした態度でニヤニヤと嘲るような視線を二人に向けながら嗤う。

 それに便乗する様に、他の男子生徒も嘲笑を浮かべている。

 

「ご心配なく、少なくともこの場にいる誰よりも、私の方が強いですから」

「あぁ~?非戦系のお前が俺よりも強いだぁ!?」

 

 あからさまな挑発に檜山だけでなく、今まで嘲笑していた男子生徒まで剣呑な雰囲気を醸し出す。

 一触即発の空気に雫は赤屍に不安げな視線を向けるが、そんな心配も裏腹に彼の表情は相も変わらず微笑を浮かべているだけ。

 あわや喧嘩かと思われたその時、クスリと笑う声が響く。

 

「そう言えば、この落し物は貴方方の物ではありませんか?」

 

 人の気を逆撫でするような声と共に懐から取り出されたのは銀色のプレート、それも一枚なんて数ではなく十枚近く。

 赤屍の突拍子の無い行動に呆気にとられながらも、再起動を果たしたクラスメイト達は慌てた様子で自身のプレートを捜し始める。

 あったと安堵する者、無い無い!と慌てふためく者、彼らの様子にまたクスリと笑う。

 

「こらー! 何を笑っているんですか!悪戯も大概にしないと先生は怒りますよ!ええ、怒っちゃいますよ!早くプレートをみんなに返しなさい!」

「クスッ、そう慌てないでください。ちょっとした手品ですよ。そう……ちょっとした、ね」

 

 愛子先生は気づいていないだろうが、クラスメイト達には確かに見えた。

 およそ人がしていいような目ではなく、薄ら寒い、それこそ変質者に視姦されられる方がマシと思えるほど、悍ましい眼が。

 

 今まで見たことの無い赤屍の一面にクラスメイト達はゾッとした感覚が背中を奔る。

 こうして、ちょっとしたハプニングもあったが、勇者一行のステータスの確認は無事終えることとなった。

 

 



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