漆黒の竜人と魔法世界 (ゼクス)
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漆黒の竜人の復活

この度此方のサイトに移転しました!!
宜しくお願いします!!


ーーードゴオオオオオオオン!!

 

「ガアッ!!」

 

 何処までも黒い漆黒の体に、金色の髪に鈍く光る銀色の頭部に胸当てをし、両腕の肘まで覆う手甲の先に、三本の鍵爪の様な刃を装備した漆黒の竜人は、放たれた漆黒の閃光に胸を貫かれて膝を付く。

 その様子を見ていた色は違うが似たような黄金の竜人が、漆黒の竜人に急いで駆け寄る。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

「フフフフフッ、笑えるな。この体になってから、お前達に救われた借りを返す為に歴史を少しでも変えようと動いた結果がこのざまとは、俺は馬鹿だな」

 

「何を言っている!?」

 

 漆黒の竜人の言葉に、意味が分からなかった黄金の竜人は疑問の叫びを上げた

 しかし、漆黒の竜人は黄金の竜人の言葉には答えず、激痛に苦しみながらも無理やり立ち上がり、黄金の竜人から離れ始めた。

 

「グウッ! ……だが、悪くなかった。少しでもお前達の様な者達と共に居られて俺は満たされた。だから最後に恩返しがしたい」

 

「ッ!! 止めろ!!」

 

 黄金の竜人は漆黒の竜人がしようとしている事に気がつき叫んだ。

 しかし、漆黒の竜人はやはり何も答えずに上空へ浮かび上がろうとするが、その前に漆黒の竜人の背後から、首にデジタルカメラを掛けた茶色の短髪の少女が漆黒の竜人に向かって悲痛に満ちたような声で叫ぶ。

 

「駄目ッ! 死んだら駄目ッ! だって、アナタが死んだら私達は悲しいよ! だから死んだら駄目だよ!」

 

「…ヒカリ、本当にありがとう。お前がいなければ俺は取り返しの付かない事をしていた。お前、いやお前達には本当に感謝している。だから、俺は!!」

 

 少女-八神ヒカリに漆黒の竜人は感謝の言葉を伝えると、自身の背後を振り返り、ヒカリと他の子供達、そして黄金の竜人に向かって笑みを向ける。

 それと共に今度こそ上空に浮かび上がり、地上にいる黄金の竜人に向かって叫ぶ。

 

「この世界の事を頼んだぞ! ウォーグレイモン!!」

 

「ブラックウォーグレイモン!!」

 

 漆黒の竜人-ブラックウォーグレイモンの言葉に黄金の竜人-ウォーグレイモンは悲痛の叫びを上げ、ヒカリ達も悲しみの表情を浮かべる。

 しかし、もはやブラックウォーグレイモンは振り返らずに街の方へと飛び立ち、自身の体を街の上空で黒い粒子に変えながら消滅させた。

 

ーーーバリィィィィィン!!

 

 それを見たウォーグレイモンはブラックウォーグレイモンが消えた空に涙を浮かべた顔を向ける。

 

「ブラックウォーグレイモンッ!!!!」

 

 ブラックウォーグレイモンが消えた空に向かって、ウォーグレイモンは友を失った悲しみの叫びを上げ続けるのだった。

 

 

 

 

 

 其処は上下左右、在りとあらゆる空間が漆黒に染まった空間の中で消滅した筈のブラックウォーグレイモンが、辺りを懐かしそうに見回しながら自身の過去を思い出していた。

 

(懐かしい。そうだ、思い出したぞ。俺はこの空間に一度来た事がある。俺は一度死んでこの体に転生したんだ)

 

 彼は俗に言う転生者と呼ばれる存在だった。

 とある世界で彼は一度死んで、その世界のアニメで在った世界へと転生したのだ。たが、彼は転生者の多くが行うで在ろう世界を救う行動とは逆に、自身が生まれ変わった世界を滅ぼそうとしたのだ。

 

(この体になってからは本当に苦しかった。俺の知るブラックウォーグレイモンが自身の存在意義に苦しむのに納得したな)

 

 彼は自身が転生した先で在るブラックウォーグレイモンが味わっていた虚しさ、虚無感に襲われ続け徐々に心が壊れていき、最後には全てを破壊する事を誓い、自身が転生したデジタルワールドを崩壊させようとしたのだ。だが、それは阻まれた。

 

(本当にアイツ等には感謝してもし足りん。アイツ等のおかげで俺は本当に救われた)

 

 世界を崩壊させようとした彼を止める為に、八神ヒカリや他の子供達、そしてウォーグレイモンは勝てないと分かっていて果敢に挑み続け、最後には彼の心を救ったのだ。

 

(あの時ほど、嬉しかった時は俺の前世の記憶の中でもなかった。俺はアイツ等に少しでも借りを……いや、返せてはいないだろうな)

 

 最後に聞いたヒカリとウォーグレイモンの悲しみの叫びを思い出し、ブラックウォーグレイモンは何も返せていなかった事に気がつき、心に痛みが走る。

 

(…済まない。だが、アイツ等になら後を任せられる)

 

 そう考えながらそのまま目を閉じようとすると、上から突如として光が溢れ、ブラックウォーグレイモンの体を包み始めた。

 

(これは!?)

 

 突如として自身の体を包んだ光にブラックウォーグレイモンは内心で驚愕の声を上げた瞬間に、空間からブラックウォーグレイモンの姿は突如として消失した。

 

 

 

 

 

「ハッ!?」

 

 気絶していたブラックウォーグレイモンは突如として目を覚まし、辺りを見回しながら自分の状態を急いで確認し、自身の両手を信じられないと言う目で見つめる。

 

「生きているだと!? 馬鹿な!? 俺は確かに死んだ筈だ!」

 

 ブラックウォーグレイモンは自分が生きている事に心の底から困惑した。体を貫かれた上に、消滅させたのにも関わらず、無傷で体は存在しているのだから、困惑せずにはいられないだろう。

 そのまま少しの間、困惑した表情でブラックウォーグレイモンが自身の体を見つめていると、横から女性の声が響いて来る。

 

「あ~、気が付きましたか?」

 

「誰だ!?」

 

 ブラックウォーグレイモンが聞こえて来た声の方を見てみると、蒼い髪に赤い瞳を宿し、白衣を纏った女性が立っていた。

 そしてブラックウォーグレイモンの視線の先に居た女性は、自分が名を名乗っていない事に気がつき、自身の名をブラックウォーグレイモンに告げる。

 

「始めまして、私はアルハザードのホストコンピュータの管制人格。名前はフリートと言います」

 

「アルハザードだと? …(何処かで聞いた事があるような? ……そうだ! ……俺の前世の知識の中に在る『リリカルなのは』と言う物語で出た伝説の地と呼ばれる場所の名前ではないか!?)」

 

 女性-フリートの言葉を聞いたブラックウォーグレイモンは、自分の記憶の中に在る前世の知識の中に在る言葉が出てきた事に驚きながらも、横になっていたベットのような物から立ち上がり、フリートに声を掛ける。

 

「女、何故俺は此処に居る?」

 

「私にも分かりません。行き成りこの研究所内部に現れたんですよ」

 

「…そうか(何故俺は蘇った? まあ良い。再び生が得られたのならば、あの世界に帰って……いや、もうあの世界に帰る事は無い。俺にはそんな資格は無い)」

 

 フリートの言葉に、ブラックウォーグレイモンは残念そうな表情を浮かべるが、すぐに自身が生きている事を喜び、ヒカリ達の世界に戻ろうと思ったが、最後に見たヒカリ達の顔を思い出し、帰るのを思いとどまる。

 

(今更あの世界には帰れん。それに俺が居れば世界に悪影響が起きる。もうあの世界には迷惑をかけたくない。だが、約束は絶対に守ってみせる! 今度こそ無様に生き抜いてみせるぞ!!)

 

 そうブラックウォーグレイモンは内心で宣言し、新たな世界で生きる事を誓うが、この時は後に起きる全世界を巻き込む戦いに関わる事や、自身に大切な者達が出来るとは夢にも思わなかったのだった。



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邂逅の瞬間

 目覚めたブラックウォーグレイモンはフリートに研究所内部を案内されながら通路を歩き、互いの事情を説明し合っていた。

 

「成る程、この世界は既に滅んでいると言う事だな?」

 

「ええ、人間はもうこの世界には一人も居ません。この世界に存在しているのは世界の管制を担っていた私だけです」

 

 ブラックウォーグレイモンの質問に、フリートは悲しげな声で答えた。

 しかし、ブラックウォーグレイモンはフリートの悲しみに構わず、自身の用件を言い始める。

 

「ふん、伝説の地と言っても所詮は人間の作った場所か……まぁ、良い。それで俺はこの世界から別世界に移動出来るのか?」

 

「可能ですよ。ですが、この世界を出て如何する気ですか?」

 

「決まっている。強い奴を見つけて戦うんだ! より強くなる為に!」

 

 フリートの言葉にブラックウォーグレイモンは世界に宣言する様に叫んだ。

 彼にとって戦いは、自分の欲を満たせるただ一つのもの。言うなれば完全な戦闘狂なのだ。

 

「俺は生きている。ならば、自由に生きるだけだ。誰にも俺を束縛などさせない。俺は、俺の意思で生きる!」

 

「……面白い考えです。良いでしょう。貴方を外の世界に送ります」

 

 ブラックウォーグレイモンの言葉を聞いたフリートは面白そうな表情を浮かべながら、一つの部屋へ入って行く。

 その様子を見たブラックウォーグレイモンは、同じ部屋に入って行き、部屋の中を見回すと一つの魔法陣を見つける。

 

「それは?」

 

「この魔法陣の中に入れば外の世界に行けます。ですが、一つだけ条件があります」

 

「何だ?」

 

「このネックレスを付けて行って欲しいのですよ」

 

 ブラックウォーグレイモンの質問に、フリートは答えながら何処からともなく蒼い宝石が付いたネックレスを取り出した。

 そしてフリートはそのネックレスをブラックウォーグレイモンの首に付けながら、ネックレスについて説明を始める。

 

「このネックレスを付ければ、私と何時でも通信が可能な上に、この場所に何時でも来れますよ」

 

「何故そんな物を俺に渡す?」

 

「簡単に言いますと、私も寂しいんですよ。何せ、此処にはもう誰も居ませんし、話し相手も居ませんので。それに私も外の世界を見てみたいんですよ」

 

「良いだろう。だが、俺の邪魔だけはするなよ」

 

「分かっていますよ」

 

 ブラックウォーグレイモンの言葉に、フリートは笑みを浮かべて頷く。

 そしてもうフリートには用は無いと判断したブラックウォーグレイモンは陣の上へと移動し、別世界へと転移して行くのだった。

 

 

 

 

 

 砂漠だらけの世界では、桃色の髪に鎧を着て、手に剣を持った女性と、黒いマントを身に着け、金色の鎌を作り出している戦斧を握った金髪の少女が、互いに傷だらけになりながら戦っていた。

 

「ハアッ!」

 

「くっ!?」

 

ーーーガキン!!

 

 少女の振るって来た金色の鎌を、女性は持っていた剣で受け止め、二人は戦闘を続けていく。

 

 そして二人の戦いを遠くから注意深く観察している者が存在していた。

 

(奴らは俺の前世の知識の中で見た事がある。確か、フェイト、シグナムだったか? …あの二人が戦っていると言う事は、今は『闇の書』と呼ばれる遺失物が関わる事件の時期という事か?)

 

 遠くから戦いの様子を観察していた存在-ブラックウォーグレイモンは、シグナムとフェイトの戦いを見て今の時期についての予測をたてていた。

 

(となれば、奴らを襲うのは適切ではないな。奴らもかなりの実力だが、所詮は人間レベル。今戦ってもつまらん。それに俺の知識も穴だらけだ。此処は情報を集める方に遵守すべきだろう)

 

 ブラックウォーグレイモンはそう考え、その場を去ろうとする。

 しかし、自身以外に戦いを見ている者の気配を感じとり、前に踏み出そうとしていた足を止め、フェイトとシグナムの方に再び目を向ける。

 

「気に入らんな。真剣勝負の戦いの邪魔をするとは。良いだろう。戦いの邪魔をする奴に礼儀を教えてやろう!!」

 

ーーービュン!!

 

 ブラックウォーグレイモンはそう叫ぶと共に、瞬時に自身のスピードを全力で発揮し、音速を超える動きでフェイトの後ろに移動した。

 

「何!?」

 

「えっ!?」

 

 突如して現れたブラックウォーグレイモンに、二人は驚愕の声を上げるが、ブラックウォーグレイモンは気にせずに右手に装備したドラモンキラーを振り上げ、フェイトの左側に向かって突き出す。

 

「ドラモンキラーー!!!」

 

ーーードゴン!!

 

「ガアァァァァーーー!!」

 

『なっ!?』

 

 ブラックウォーグレイモンがドラモンキラーを突き出した先に、突如として仮面を付けた男の姿が現れ、砂を撒き散らしながら吹き飛んでいく。

 仮面の男の姿を見たシグナムとフェイトは驚いた声を上げるが、ブラックウォーグレイモンは気にせずに立ち上がろうとしている仮面の男に顔を向ける。

 

「コソコソと隠れて、真剣勝負の戦いの邪魔をするとは気に入らん」

 

「ぐっ! 何者だ貴様は!?」

 

「これから死ぬ貴様には関係無い。大人しく死ね」

 

「何だと!?」

 

 ブラックウォーグレイモンの言葉に、仮面の男は叫ぶが、ブラックウォーグレイモンは気にせずに瞬時に仮面の男の前に移動した。

 

ーーービュン!!

 

「なっ!? 速すぎ…」

 

「フン!!」

 

ーーードゴォ!!

 

「ガアッ!?」

 

 一瞬の内に自身の目の前に現れたブラックウォーグレイモンに、仮面の男は驚いた声を上げるが、ブラックウォーグレイモンは気にせずに仮面の男の腹を蹴り飛ばした。

 そしてその勢いのまま後方へと吹き飛ばされた男の先に、再び瞬時にブラックウォーグレイモンは移動し、吹き飛んで来る仮面の男に向かって右腕を振り下ろして地面に仮面の男を叩き付ける。

 

---ドゴンッ!!

 

「グハッ!!」

 

「やはりこの程度か」

 

 地面に倒れ伏している男を見下ろしながら、ブラックウォーグレイモンはつまらなそうな声を出して呟いた。

 その様子を見ていたフェイトとシグナムは驚愕に表情を染めて、ブラックウォーグレイモンを見つめる。見えなかったのだ。高速戦闘を得意としている筈なのに、ブラックウォーグレイモンの動きは、影さえも追う事が出来なかった。その事実は二人を驚かせるのに充分だろう。

 そして二人が驚愕している内に、ブラックウォーグレイモンはドラモンキラーの刃を、仮面の男に振り翳す。

 

「終わりだ」

 

「ッ!! 駄目だよ!?」

 

 ブラックウォーグレイモンのしようとしている事に気が付き、フェイトは止める為に叫んだ。

 しかし、ブラックウォーグレイモンは止まらずに、ドラモンキラーの刃を気絶している仮面の男に突き刺そうとする。

 たが、次の瞬間にブラックウォーグレイモンの周りに魔力の檻が出現し、ブラックウォーグレイモンは閉じ込められる。

 

ーーーガシィィィィィン!!

 

「何だこれは?」

 

 自身を囲んだ魔力の檻に、ブラックウォーグレイモンが疑問の声を上げて魔力の檻を見つめる。

 その間に別の仮面の男が何処からともなく現れ、倒れ伏している仮面の男をブラックウォーグレイモンの傍から救出し、その場から転移して行った。

 それを見たブラックウォーグレイモンは不愉快そうに表情を歪めながら自身の周りに発生している魔力檻に向かって、右腕のドラモンキラーを振り下ろす。

 

ーーーバキィィィィン!!

 

「ふん! つまらなすぎる…(しかし、魔法か…デジモンとは違う力……何かしらの対処を考えるべきか)」

 

 ブラックウォーグレイモンはそう呟くとその場を去ろうとするが、フェイトがブラックウォーグレイモンの背に向かって叫んで来る。

 

「待って下さい!貴方は一体!?」

 

「俺の名はブラックウォーグレイモン。縁が有ればまた会おう」

 

ーーーシュウン!

 

 ブラックウォーグレイモンは自身の名をフェイトに告げると共に自身の足元にフェイトが見た事も無い魔法陣を発生させて、フェイトの前から転移した。

 そして残されたフェイトはすぐに後方を振り返りシグナムの姿を探すが、既にシグナムの姿は何処にも無く、悔しそうな表情をしながらアースラへと戻って行く。

 

 これが後に広域次元犯罪者『漆黒の竜人』と呼ばれる事になるブラックウォーグレイモンと、管理世界の人間の初邂逅で在った。



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闇の呼び声

 フェイト達との出会いから約二週間後のクリスマスイブの夜

 ブラックウォーグレイモンはとある目的の為に別世界の地球に在る海鳴市と呼ばれている場所に来ていた。

 

「ふむ、俺が居た地球と何も変わらんな。まあ、そう簡単には変わらんか。とにかく、“目的の物”を手に入れなければな。高性能な物ならばどんな形でも構わんらしいが…ムッ?」

 

ーーーキィィィィィィン

 

 ブラックウォーグレイモンが一つのビルの屋上でそう呟きながら街を眺めていると、突如として街全体に巨大な結界が張り巡らされた。

 そして結界が張られると共に現れた巨大な気配に気が付き、気配の感じられる方向に顔を向けて笑みを浮かべる。

 

「この気配…そうか…今日がこの地球でのクリスマスの日だったのか」

 

 ブラックウォーグレイモンはゆっくりと遠くから感じる巨大な気配の方へと顔を向ける。

 その視線の先では戦闘が行なわれているのか、破壊音がブラックウォーグレイモンの居る場所にまで届いていた。

 強敵かもしれない相手の気配にブラックウォーグレイモンの内に在る感情が歓喜に震え、目を楽しげに細める。

 

「フフフフフ…面白い……目的の物は後回しだ…今は世界を滅ぼす書の力とやらを相手にするか…俺を楽しませろ!」

 

ーーービュン!

 

 ブラックウォーグレイモンは叫ぶと共に飛び立ち、気配が感じられる場所へと全速力で向かい出す。

 そして気配が感じられる方向にある程度進むと、銀色の髪の女性と茶色の髪の少女が、空中で互いに砲撃魔法や射撃魔法を放ちながらぶつかり合っているのを目にする。

 獲物を見つけた事にブラックウォーグレイモンは笑みを深めると共に、ドラモンキラーの爪先に赤いエネルギー球を生み出し、銀髪の女性に向かって投げ付ける。

 

「食らえ!!」

 

「何!?」

 

「えっ!?」

 

 突如として自身に高速で迫って来るエネルギー球に気が付いた女性は、寸前の所でエネルギー球をかわした。

 それと共に女性はエネルギー球を投げ付けたブラックウォーグレイモンを睨み付け、少女-『高町なのは』も突如として現れたブラックウォーグレイモンの姿を困惑の表情で見つめる。

 だが、ブラックウォーグレイモンは二人の様子には一切構わずに、右手に装備したドラモンキラーを、女性-闇の書に向けて構える。

 

「闇の書! 俺と戦え!!」

 

「なんだと!?」

 

「俺は貴様と戦いたい! 幾多の世界を滅ぼした力を宿す貴様と!!」

 

「ッ!! 黙れ!!」

 

 ブラックウォーグレイモンの叫びを聞いた闇の書は、怒りの表情を浮かべながら、ブラックウォーグレイモンの目の前に瞬時に移動し、ブラックウォーグレイモンの顔に向かって全力で拳を放つ。

 

---ドゴンッ!

 

 だが、闇の書の全力の拳を正面から受けても、ブラックウォーグレイモンはダメージを受けた様子も無く、その場に佇み続け闇の書に冷厳な瞳を向ける。

 

「この程度か? 貴様の力は?」

 

「なっ!?」

 

「殴るとはこう言う事だ!!」

 

---ドゴオンッ!!

 

「グアッ!!」

 

 ブラックウォーグレイモンは叫ぶと共に、ドラモンキラーで闇の書を殴り飛ばし、闇の書は吹き飛んでいく。

 そしてブラックウォーグレイモンは闇の書が吹き飛んだ先に瞬時に移動し、闇の書を蹴り飛ばそうとするが、

 

---ガアンッ!!

 

 闇の書は瞬時に体勢を整えると、自身に向かって来る蹴りの方に防御魔法を発動させ、ブラックウォーグレイモンの蹴りを受け止めた。

 

「くっ!?」

 

「ほう、今のを受け止めるか。ならばこれは如何だ!?」

 

「くっ! 強い!!」

 

 自身の攻撃を闇の書が受け止めた事にブラックウォーグレイモンは笑みを浮かべると、連続でドラモンキラーを振るい、闇の書へと攻撃を放ち続ける。闇の書はブラックウォーグレイモンの攻撃を防御魔法や両腕で捌きながら、ブラックウォーグレイモンの強さに驚きながらも隙あらば攻撃を加える。

 

 そしてブラックウォーグレイモンと闇の書が戦っている間に、なのははアースラへと連絡を取り、ブラックウォーグレイモンの情報を聞いていた。

 

「エイミィさん! あの人の情報は何か無いんですか!?」

 

『ゴメン! 多分フェイトちゃんが言っていた奴だと思うんだけど、何も分からないの!? それよりも気をつけて! 如何言う訳だか分からないけど、そいつの周りの空間の位相がずれているの! そいつは動くだけで…いえ、其処に居るだけで世界に悪影響を与えているんだよ!!』

 

「そんな!!」

 

 エイミィの報告になのはは悲鳴の様な声を上げて、闇の書と戦っているブラックウォーグレイモンを見つめた。

 ブラックウォーグレイモンの正体は『ダークタワー』と呼ばれる、位相をずらし環境さえも変えてしまう塔が百本集まり変形、合成を繰り返して生まれた『ダークタワーデジモン』。その為にブラックウォーグレイモンは存在しているだけで世界に悪影響を与えてしまう。

 闇の書と同等以上の危険性を持った存在の出現に、現場にいるなのはだけではなく、戦いを宇宙から観測しているアースラメンバーも幾多の世界を滅ぼした悪名を持つ『闇の書』と互角以上の戦いを繰り広げるブラックウォーグレイモンを呆然と見つめるしかなかった

 

 その様になのはがブラックウォーグレイモンの情報に驚愕している間にも、ブラックウォーグレイモンと闇の書は互いに攻撃を放ち続けながら、海上へと戦いの場を移動させていた。

 

「ディバインバスターー!!!」

 

ーーードグォォォン!!

 

ーーーガシッ!

 

「ブラックシールド!!」

 

ーーードゴォォン!!

 

 闇の書の放った砲撃に、ブラックウォーグレイモンは自身の背中に翼のように装着している物を腕に装着し、正面で合わせて盾にすると、砲撃を防ぐ。

 砲撃が止むとともにブラックウォーグレイモンは、すぐさま両手に装着していたシールドを背中に戻し、闇の書へと殴り掛かる。

 

「ドラモンキラーーー!!」

 

「盾!!」

 

ーーーガキイン!!

 

 ブラックウォーグレイモンの攻撃に、今度は闇の書が防御魔法を発動させ受け止める。

 しかし、ブラックウォーグレイモンは寧ろ自身の攻撃を受け止められた事が嬉しいのか、より笑みを深めて、次々と闇の書に向かってドラモンキラーを振るい続ける。

 

「ハハハハハハハハッ!! 良いぞ! もっと俺を楽しませろ!」

 

「くっ! 烈火の将以上の戦闘狂か!!」

 

 ブラックウォーグレイモンの連続攻撃を、防御魔法や自身の腕を使い捌きながら闇の書は叫んだ。

 だが、何時までもブラックウォーグレイモンの猛攻を捌けるはずも無く、遂に闇の書はブラックウォーグレイモンの猛攻を捌き切れなくなってしまう。

 そして闇の書に決定的な隙が生まれた瞬間に、ブラックウォーグレイモンは渾身の一撃を闇の書に向かって放つ為に、ドラモンキラーを振り上げる。

 

「もらったぁぁぁぁぁーーー!!」

 

「しまっ!?」

 

 だが、ブラックウォーグレイモンの一撃が闇の書に決まろうとした瞬間に、ブラックウォーグレイモンの体に突如として橙色と緑色の鎖が巻き付いてくる。

 

『チェーンバインド!!!』

 

ーーーガシィン!!

 

「何!?」

 

「ディバインバスターー!!」

 

「ブレイズキャノン!!!」

 

 突如として巻き付いて来た鎖に、ブラックウォーグレイモンが驚いた声を上げて自身に巻きついている鎖を見つめていると、背後からなのはとクロノがブラックウォーグレイモンに向かって砲撃を放った。

 そして鎖に寄ってブラックウォーグレイモンの動きが止まったのを確認した闇の書も、自身の右手を上に掲げて頭上に黒い球体を生み出し、ブラックウォーグレイモンに向けて黒い球体を振り下ろす。

 

「闇に染まれ! デアボリック・エミッション!」

 

ーーードゴオオオオオオオオオオオオオン!!!

 

 なのはとクロノの砲撃、そして闇の書の広域空間攻撃魔法にブラックウォーグレイモンは飲み込まれ、大爆発を起こした。

 自分達の攻撃がブラックウォーグレイモンに直撃したのを確認したなのは達は安堵の息を吐き、闇の書へと顔を向けた瞬間に、念話が届く。

 

『外に居る魔導師の方! そこに居る子の保護者の八神はやてです!!』

 

「はやてちゃん!?」

 

『なのはちゃん!! なのはちゃんが戦っていたんか!? それよりもお願いや! 管理者権限取り戻す為に、そこに居る子を何とかしてくれへんか!?』

 

「えっ? え~と?」

 

 はやての言葉になのはが疑問の表情を浮かべていると、横に居るクロノがはやての言葉の意味を説明する。

 

「つまり、手加減無しで魔力ダメージを与えろと言う事だ、なのは」

 

「うん! だったら任せて!」

 

 クロノの言葉に、なのはは元気よく答え、闇の書に向かって全力で魔法を放つ為にレイジングハートを構えようとした瞬間、背後から静かだが怒りに満ちた声が響く。

 

「貴様ら、覚悟は出来ているんだろうな?」

 

『ッ!!!!』

 

 聞こえて来た声になのはとクロノは体を僅かに震わせ、ソッと背後を振り返って見ると、魔法を食らったにも関わらず傷一つ付いていないブラックウォーグレイモンが怒りに満ちた視線をクロノとなのはに向けていた。

 自身に二人の目が向いているのを確認したブラックウォーグレイモンは、右腕を振り上げて怒りの叫びを上げる。

 

「貴様ら、よくも俺と闇の書の戦いの邪魔をしてくれたな!」

 

「ひっ!!」

 

 ブラックウォーグレイモンの殺意に満ちた声に、なのはは恐怖に染まった悲鳴を上げた。

 恐怖に震えるなのはを庇う様にクロノは一歩前に出ると、ブラックウォーグレイモンを睨み付けながら、デバイス-S2Uをブラックウォーグレイモンに向けて構え、なのはに声を掛ける。

 

「なのは、君は闇の書の方に行くんだ。奴は僕とアルフ、そしてユーノが抑えるから、闇の書の方は頼む」

 

「……うん! 此処はお願いね!」

 

 クロノの言葉を聞いたなのはは少し考える様な表情を浮かべるが、すぐに頷き、闇の書の下に向かおうとした瞬間に、なのはの目の前にブラックウォーグレイモンが現れる。

 

ーーービュン!!

 

「何処に行く気だ?」

 

「あ…あ…あ…ああ」

 

 自身の移動しようとした先に、突如として現われたブラックウォーグレイモンの姿に、なのはは恐怖に染まった声を出した。

 そしてなのはと同じ様にクロノも恐怖の表情を浮かべるが、すぐに冷静に立ち直り、ブラックウォーグレイモンに向かって自身のデバイスを構えて砲撃を放つ。

 

「ブレイズキャノン!!」

 

ーーードグォォォン!!

 

「そんな物が効くと思うな!」

 

ーーーバシュンッ!!

 

『なっ!?』

 

 自身に向かって放たれた砲撃を、ブラックウォーグレイモンは唯の腕の振りで発生した風圧で消滅させ、砲撃が消滅したのを見たなのはとクロノはあり得ないと言うように声を上げて動きが止まってしまう。

 動きが止まってしまっているなのはに向かって、ブラックウォーグレイモンは腕を振り下ろそうとするが、再び鎖がブラックウォーグレイモンの体に巻き付いて来る。

 

ーーーガシィン!!

 

「むっ?」

 

「なのは! 今の内に向かうんだ!!」

 

「コイツはあたし等で抑えるから! 早く行くんだよ!!」

 

「ユーノ君! アルフさん! ありがとう!」

 

 鎖を放った民族服を着た少年-ユーノとオレンジ色の髪に犬の様な耳を付けた女性-アルフの言葉に、なのはは笑みを浮かべて礼を告げると、今度こそ闇の書の方へと向かい出した。

 それを見たブラックウォーグレイモンは、なのはを止める為に自身に巻きついている鎖を破壊しようと力を込め始めた瞬間に、無数の魔力刃がブラックウォーグレイモンに向かって放たれる。

 

「スティンガーブレイド! エクスキューションシフト!!」

 

ーーードゴオオオオオオン!!

 

 クロノの放った無数の魔力刃は全てブラックウォーグレイモンへと着撃し、煙が渦巻き、ブラックウォーグレイモンに魔力剣が直撃するのを見たクロノ達は安堵の息を吐く。

 しかし、次の瞬間に、煙の中から無傷のブラックウォーグレイモンが飛び出し、クロノに向かって腕を振り上げる。

 

「ドラモンキラーー!!」

 

「なっ!! 馬鹿ガアッ!!」

 

『クロノ!!』

 

 自身の最強の魔法を受けても無傷のブラックウォーグレイモンの姿に、クロノが驚愕している間に、ブラックウォーグレイモンは瞬時にクロノの目の前に移動し、クロノを殴り飛ばした。

 クロノが吹き飛ばされるのを見たユーノとアルフがクロノの名を叫び、助けに向かおうとした瞬間に、二人の前にブラックウォーグレイモンが瞬時に移動し、怒りに満ちた視線を二人に向ける。

 

ーーービュン!!

 

「貴様らだな、さっきからの忌々しい鎖は?」

 

「…だったら! 如何なんだい!?」

 

 ブラックウォーグレイモンの言葉に、アルフは震えながらも自分を奮い立たせて、ブラックウォーグレイモンに殴り掛かる。

 

ーーードン!

 

 だが、アルフの全力の一撃を受けてもブラックウォーグレイモンは平然としながら、赤いエネルギー球を生み出し、アルフに向かって放つ。

 

「消えろ」

 

ーーードゴオンッ!!

 

「アアァァァァァァーーー!!」

 

「アルフ!!」

 

 ブラックウォーグレイモンの放ったエネルギー球は、アルフに直撃し海へと吹き飛んで行った。

 それを見たユーノがアルフの救助に向かおうとするが、背後からブラックウォーグレイモンがユーノを蹴り飛ばす。

 

「貴様もだ!」

 

ーーードゴオン!!

 

「ウワァァァァァーーー!!!」

 

 ブラックウォーグレイモンの蹴りを背中に受けたユーノはアルフと同様に海へと吹き飛んで行った。

 自身の邪魔する者が居なくなったのを確認したブラックウォーグレイモンは、闇の書へと向かおうとするが、目の前にクロノが浮かび上がって来る。

 

「行かせないぞ!!」

 

「……いい加減に俺も我慢の限界だ。これ以上邪魔をすると言うのなら、覚悟は出来ているんだろうな?」

 

「くっ! お前は一体何が目的なんだ!?」

 

 ブラックウォーグレイモンの殺意に満ちた声に、恐怖に震えながらもクロノは自分を奮い立たせて、ブラックウォーグレイモンに向かってデバイスを構えながら叫んだ。

 その問いに対して、ブラックウォーグレイモンもクロノに向かって両腕のドラモンキラーを構えながら答える。

 

「俺の目的は唯一つ、闇の書と戦う事だけだ!」

 

「なっ!? そんな事の為に!?」

 

 ブラックウォーグレイモンの目的に、クロノは信じられないと言うように叫んだ。

 闇の書は下手をすれば、確実に世界を滅ぼしてしまう物だと言うのに、ブラックウォーグレイモンは世界を護る訳でもなく、ただ闇の書と戦いたいと言う自分の欲望の為だけに動いている。クロノのような人を護ると言う考えを持つ者には、ブラックウォーグレイモンの考えを理解するのは不可能に近い。

 最もブラックウォーグレイモンも理解されたいとは思っていない。自分の信念を理解出来るのは、自分自身しか居ないのだから、クロノに理解されるとは微塵も思ってもいない。

 そして案の定クロノは怒りに満ちた表情をしながら、ブラックウォーグレイモンに向かってS2Uを構えだす。

 

「お前は世界が滅んでも良いと言うのか!? 沢山の人が死ぬんだぞ!!」

 

「貴様らだけには言われたくないな。多くの世界を救う為と言う理由で、この世界でアルカンシェル等と言う空間消滅兵器を使おうとしているではないか?」

 

「なっ!? 何でその事ガアッ!?」

 

 アースラメンバーしか知らないはずの情報を知られている事にクロノが驚愕している隙にブラックウォーグレイモンは、瞬時にクロノの目の前に移動し、三本の鍵爪の様なドラモンキラーの刃でクロノを切り裂いた。

 そしてクロノが傷口を手で押さえながら激痛に呻いている隙に、ブラックウォーグレイモンはクロノのバリアジャケットの中からカードを一枚奪い取る。

 

「グッ!! それを返せ!!」

 

「断る。これは後で俺が有効に使ってやる。お前も、消えろ」

 

ーーードゴオン!!

 

「ウワァァァァァーーーー!!!!」

 

 ブラックウォーグレイモンは言葉と共に、再び赤いエネルギー球を生み出し、クロノへと放ち、クロノもユーノとアルフと同様に海へと消えて行った。

 それを確認したブラックウォーグレイモンは、今度こそ闇の書へと向かおうとするが、その動きはすぐに止まった。

 何故ならブラックウォーグレイモンの視線の先には、八神はやてを囲む四人の騎士の姿と、海面に浮かぶ黒い淀みが存在していたのだ。

 

「おのれぇ……よくも…よくも! 俺の邪魔をしてくれたな!! 赦さん! 絶対に赦さんぞ!!」

 

 自身の目的が阻まれた事に気が付いたブラックウォーグレイモンは怒りの叫びを上げながら、はやて達の下に向かおうとする。

 だが、その瞬間に、左右から桜色と金色の砲撃がブラックウォーグレイモンに放たれる。

 

「エクセリオンバスターーーー!!ブレイクシュート!!」

 

「プラズマスマッシャーーー!!」

 

「むっ!!」

 

 自身に向かって来る桜色の砲撃と金色の砲撃を見たブラックウォーグレイモンは驚きの声を出しながらも、直撃する寸前に砲撃をかわし、砲撃を放った二人-険しい表情を浮かべている高町なのはとフェイト・テスタロッサを睨み付ける。

 

「今度は貴様らか。俺に勝てると思っているのか?」

 

「何でこんな事が出来るんですか!? 闇の書が暴走したらどうなると思っているんですか!?」

 

「さっきの小僧にも言ったが、俺には関係無い。俺の目的は闇の書と戦う事だけだ」

 

「ふざけるな!! そんな事の為にユーノを、クロノを、そしてアルフを傷付けたって言うのか!!」

 

 ブラックウォーグレイモンの言葉を聞いたフェイトは怒りの表情を浮かべながら、フルドライブモードのバルディッシュ・アサルトをブラックウォーグレイモンに向けるが、それを見てもブラックウォーグレイモンは表情を変えずに、なのはとフェイトに向けてドラモンキラーを構え始める。

 ブラックウォーグレイモンからすれば、自身の邪魔をする者は全て敵。例え認めた相手でも、戦いの邪魔をする者達は彼にとっては全て敵として認識する。当然、子供であっても例外は無い。

 そしてなのはとフェイトに攻撃を放とうした瞬間に、突如としてブラックウォーグレイモンの頭の中に聞いた事も無い声が響く。

 

(…ミ…ツ…ケ…タ)

 

「何だ?」

 

(ナ…ガイ…ナガイ…アイダ…サガシテイタ)

 

「誰だ? 俺に話しかけている貴様は?」

 

『えっ!?』

 

 突如として自身の頭の中に響いた声に、ブラックウォーグレイモンは疑問に満ちた視線で声の主を探す為に辺りを見回す。

 その姿になのはとフェイトが、突然に攻撃を止めたブラックウォーグレイモンの行動の意味が分からず疑問の声を出した瞬間に、海上に在る黒い淀みから無数の触手が飛び出し、ブラックウォーグレイモンを拘束する。

 

ーーーガシィン!!

 

「何だと!?」

 

(……ヨ…ウ…ヤ…ク…ミ…ツ…ケ…タ…ワタシ…ノ…タッタ…ヒトリ…ノ…アルジ!!)

 

「何!? ウワァァァァァーー!!」

 

 聞こえて来た声に、ブラックウォーグレイモンが驚愕の声を上げると、触手は淀みの中へと戻り始め、ブラックウォーグレイモンは淀みの中へと吸い込まれて行く。

 触手から逃れようとブラックウォーグレイモンは暴れるが、黒い淀みの中に飲み込まれた。




活動報告でもご連絡いたしましたが、『漆黒の特別編』は削除いたしました。

詳しい理由は話せませんが、別サイトにも迷惑が及ぶ事態になるかも知れなかったので急遽削除に踏み切りました。

読んでいてくれた方には本当に申し訳ありませんでした。


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破滅を呼ぶ風の覚醒

 黒い淀みの中に飲み込まれるブラックウォーグレイモンの姿を目撃したなのは達は、状況を知る為に闇の書に付いて最も知っているリインフォースの下に全速力で向かっていた。

 そして近くの空で待機していたはやてとその守護騎士四人の下へと辿り着くと、なのはが即座にはやてに質問する。

 

「はやてちゃん! 如何してさっきのヒトが『闇の書の防御プログラム』に飲み込まれたのか、リインフォースさんに聞いて!?」

 

「分かったわ!! リインフォース、どういう事なん!?」

 

 なのはの言葉を聞いたはやては、自分と融合しているリインフォースへと尋ねると、恐怖に震えた声が返って来る。

 

『……あ…り…え…な…い……まさか、アレを受け入れる事が…アレが主として認める者が存在していたと言うのか!?』

 

「どう言う事や!?」

 

『……防御プログラムは私の半身、つまり私が主とユニゾン出来る様に…防御プログラムもまた自身の意思を持ち、主と定めた者に自身の力を与える事が出来るのです…』

 

『ッ!!!!』

 

 リインフォースの告げた闇の書の闇に隠されていた事実にその場に居たなのは達と守護騎士達、そしてアースラから話を聞いていたリンディ達は驚愕に目を見開いた。

 闇の書は誰にも制御する事が出来ない物。その情報を得ていたリンディ達からすれば、リインフォースが告げた事実は信じられないものだったが、リインフォースは構わずに説明を続ける。

 

『歴代の主達は、防御プログラムの主に相応しくないと判断された為に、力の制御が出来ず闇の書は暴走して幾つもの世界が滅ぶ結果に成ったのです。長い年月の間幾多の所有者の手に『闇の書』は渡りましたが、真の意味で防御プログラムの主に成れる存在は結局現れず…の主となれる者はいないと思っていたのですが、遂に防御プログラムは見つけてしまった。自分の主に相応しい存在を。そして私と防御プログラムは既に完全に切り離されている為に、最早それを止める術は在りません』

 

『ですが!? 世界を滅ぼす力を制御出来るとは思えません! 確かに先ほどの者はかなりの強さを持っていると判断出来ますが!! 闇の書の闇と呼べる存在を制御出来るはずが!?』

 

 アースラからリインフォースの話を聞いていたリンディは否定の叫びを上げるが、リインフォースはリンディの言葉を否定する。

 

『奴の力は闇の書を従える事が出来る領域に在ります。現に私が奴と戦っていた時は、闇の書の力を全て奴に向けて、漸く互角に持ち込めたのです。その証拠に、本来なら覚醒した直後に起きている筈の辺りへの異変が全く起きていません』

 

『ッ!!!!』

 

 リインフォースの言葉に再び話を聞いていた者達は驚愕に目を見開く。

 その場に居る全員がリインフォースから告げられた事実に声を失っていると、海面に浮かんでいた黒い淀みに変化が起き始める。

 

『ッ!! 大変です艦長!! 防御プログラムの暴走が収まり、安定を始めています! それどころか、アルカンシェルと同等か、それ以上のエネルギーが防御プログラム内部で発生しています!!』

 

『何ですって!?』

 

 エイミィの報告にリンディは悲鳴の様な声を上げ、なのは達が海面に浮かぶ黒い淀みの方に顔を向けた瞬間。

 

ーーードグオン!!

 

 黒い淀みの中から、リインフォースに良く似た女性とブラックウォーグレイモンが飛び出して来た。

 そしてブラックウォーグレイモンは淀みに目を向けながら、負の力を両手の間に集中させると、巨大な赤いエネルギー球を生み出し、黒い淀みへと投げ付ける。

 

「ガイアフォーーース!!!!」

 

ドゴオオオオオオオオオオン!!!!

 

 ブラックウォーグレイモンの放ったガイアフォースは、寸分違わずに残っていた黒い淀みへと直撃し、海に残っていた淀みを完全に消滅させ、巨大な大爆発を海面に起こした。

 

 

 

数分前

 

 

 

 黒い空間の中を淀みの中に飲み込まれたブラックウォーグレイモンは、不機嫌さに満ち溢れた目をしながら歩いていた。

 

「漸く見つけられた強敵だと言うのに……邪魔が入る…何とかして奴と一対一で戦える状況を作らねば」

 

 ブラックウォーグレイモンは苛立っていた。

 この世界に来てから漸くまともに自分と戦える存在を見付けたと思ったのに、次々と邪魔が入って来る為に、彼の戦闘本能が満たされないでいるのだ。

 確かに前世の自分なら戦いよりも世界の方を優先しただろうが、ブラックウォーグレイモンとなった彼には、自身の欲望-強い奴と戦う方-が優先なのだ。

 そしてこの空間に入ってから感じる気配の下へと向かって歩いていると、何処からともなく声が響いて来る。

 

(……ダレモガ…ワタシヲヒテイスル)

 

「ムッ?」

 

(……ナンデヒテイスルノ…ワタシヲツクッタノハ……ニンゲンナノニ…カッテニウミダシテオキナガラ……ニンゲンハ…セカイハ……ワタシヲヒテイシツヅケル)

 

「……お前は…」

 

 聞こえてくる声に、ブラックウォーグレイモンは苛立ちを消して、言葉に含まれている悲しき思いに共感の念が湧いて来た。自分と同じだと気が付いたのだ。

 自分もブラックウォーグレイモンと成った時に、世界から否定され続ける気持ちを味わっていた。一時は世界を滅ぼそうと思った程だったが、アグモンや子供達、そして他のデジモン達のお陰で心が癒された。だからこそ、自身が彼らに関われば何れ自分は死ぬと分かっていても、彼らに力を貸したのだ。

 

「…そうか、お前も否定されていたのだな。俺にはそれが分かる。俺も同じ様に世界に否定され続…けている」

 

ーーーシュン!

 

 ブラックウォーグレイモンが呟いた瞬間に、闇の中から銀色の髪に蒼い瞳を持ち、黒と青色のロングコートを身に付けたリインフォースに良く似た女性が姿を現すと、女性はブラックウォーグレイモンの胸に抱き付き、涙を流し続ける。

 

「俺はお前を否定しない。共に行こう」

 

「は、い」

 

 ブラックウォーグレイモンの言葉に、女性は嬉し涙を流しながら頷いた。

 長き放浪の果てに、彼女は漸く出会えたのだ。自分を受け入れてくれる者を。

 

「名は在るのか?」

 

「名は在ります…ですが、その名は貴方と共に歩むのに相応しいとは思えません……どうか、新たな、貴方と共に歩む私の名を付けて下さい」

 

「そうか、ならば貴様は破滅を呼ぶ風、『ルインフォース』だ!」

 

「名称固定、ルインフォース。主設定、ブラックウォーグレイモン。どうぞ、宜しくお願いします。我が永遠のマイマスター」

 

ーーービキビキ、ビキィン!!!

 

 女性-ルインフォースが言葉を呟いた瞬間に、空間に次々と罅が入り始め、外への出口が開く。

 外への出口が開くのを確認した二人は外に飛び出し、残っている闇の書の闇の残骸を目にすると、ブラックウォーグレイモンは巨大な赤いエネルギー球を瞬時に生み出し、残骸に向かって投げ付ける。

 

「ガイアフォーーース!!!!」

 

ーーードゴオオオオオオオオオオン!!!!

 

 ブラックウォーグレイモンが放ったガイアフォースに寄り、残骸は跡形も無く消滅し、海に大爆発を起こした。

 

 

 

現在

 

 

 

 闇の書の闇を完全に消滅させたブラックウォーグレイモンは辺りを見回し、上空に浮かぶはやて達を見付けると、瞬時にはやて達の所に移動する。

 

ーーービュン!

 

「俺が戦っていた管制人格の奴を出して貰おうか? 決着をつけなければ俺の気がすまんからな」

 

「あ…あ…あ」

 

 ブラックウォーグレイモンは、はやての目の前に現れると共にドラモンキラーをはやての俄然に突き付けた。

 

『はやて!!!』

 

『はやてちゃん!!!』

 

『主!!!』

 

 ブラックウォーグレイモンの放つ殺意に、はやてが恐怖の声を出すと、なのは達ははやてを助けようと駆け出すが、突然現れた魔力の檻に全員拘束される。

 

ーーーガシャン!!

 

「マイマスターの邪魔はさせませんよ」

 

「ッ!! まさか!? 防御プログラムなのか!?」

 

「ええ、私は貴女達が否定した防御プログラム。名はルインフォースと言います、烈火の将」

 

 シグナムの叫びにルインフォースは答えながらも、羨ましそうな視線をはやてに、正確に言えば、はやてとユニゾンしているリインフォースに向けていた。

 ルインフォースに取って主であるブラックウォーグレイモンに求められる存在は、須らく羨ましい存在なのだ。漸く見付けた主が別の者に目を向けている事に、嫉妬しているのだ。

 その様にルインフォースが嫉妬を覚えている間に、ブラックウォーグレイモンはリインフォースに話を付けていた。

 

「これ以上決着がつかないのは我慢の限界だ。俺と戦って貰うぞ?」

 

『……良いだろう。だが、此処では主達に迷惑が掛かる。二日後の昼に、貴様が初めて現れた世界で決着を付けよう』

 

「リインフォース!!」

 

 リインフォースの言葉にはやては悲鳴の様な声を上げるが、リインフォースは意見を変えずにブラックウォーグレイモンの言葉を待つ。

 

「…(二日後か……此方の準備が終えるには充分な時間だな)……良いだろう。だが、邪魔が入ったら絶対に赦さん! 指定の場所で待っているぞ」

 

ーーーシュウン!!

 

 ブラックウォーグレイモンは叫ぶと共に、ルインフォースと共にその場から転移して行った。

 そしてブラックウォーグレイモン達が自身の前から去ったのを確認したはやては安堵の息を吐くが、すぐに不安そうな表情を浮かべて、自身と融合しているリインフォースの事を心配するのだった。

 

 

 

 

 

 暗い闇に彩られ、数々の機器が並べられている部屋の内部。

 その部屋に存在する三つのカプセルの内部に浮かんでいる脳髄は、目の前の空間モニターに映し出されているブラックウォーグレイモンとリインフォースの戦いの映像の内容を確認し終えた。

 映像が終わるとともに空間モニターは消失し、機械的に作られたカプセルから音声が鳴り響く。

 

『此れは不味いぞ…よもや、“あの世界”がこれほど早く対応して来るとは予想外だった』

 

『さよう…“奴”の話では我らの組織を知れば争いを呼ぶとかの世界は考えて、幾ばくかの時間が在る筈だったのだが…考えが間違っていたようだ』

 

『いや、そうとは限るまい…映像の中に映っている生物は、明らかに『闇の書』だけを目的として動いていた。我らの組織の部下どもにも攻撃を加えたが、それは此方から仕掛けた故に』

 

『ムッ? …では、あの生物は?』

 

『偶然にもかの世界から離れた生物と言う事も考えられると言う訳だな』

 

『その通りだ』

 

 三つのカプセルの内の一つがそう告げると、残りのカプセルも納得したと言うような雰囲気を発する。

 

『とは言ったとしても……かの世界の生物は我らの世界に今しばらく現れては困る事には違いない……早急に抹殺すべきだ』

 

『だが…相手は“奴”が渡したデータで調べたところ、完全体を超えた究極体に分類されている存在だぞ?』

 

『“あの技術”の転用が終わっていない状況の我が組織では、多大な犠牲を払わねば倒す事は出来んだろう』

 

『それならば問題は在るまい。どうやら奴は『闇の書の管制人格』との戦いを望んでいる。その情報はアースラメンバーにも伝わっている』

 

『……なるほど…利用しない手は無いか』

 

『アースラの艦長は職務に忠実な者。そしてその夫は英雄の称号を得ている。世界に悪影響を及ぼす者を倒し、英雄の称号を与えるには充分な相手だ。此度の『闇の書事件』の功績も考えれば、多くの者が彼女の死を悼むのは間違いない筈だ』

 

『では、すぐに準備に取り掛かろうぞ。時間はそう無いのだからな』

 

『うむ……全ては我らが組織。“時空管理局の安寧の為に”』

 

 一つのカプセルからそう機械的な音声が響くと、他の二つのカプセルは何処かへと連絡を取り始めるのだった。



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悪しき計略

今回は前作と大きく流れが違います。

辻褄が寄り合う形に変えました。


 地球から転移したブラックウォーグレイモンとルインフォースは、再びアルハザードへと訪れていた。

 アルハザードへと戻って来たブラックウォーグレイモンは研究所の通路を歩き、フリートを探し始めるが、見た事も無い場所にルインフォース-以後『ルイン』は、不安そうにしながらブラックウォーグレイモンに質問する。

 

「あの、マイマスター、此処は何処ですか?」

 

「此処はアルハザードだ」

 

「ッ!! アルハザード!? まさか!? 此処は『伝説の地・アルハザード』なのですか!?」

 

 ブラックウォーグレイモンの告げた世界の名に、ルインは驚きの声を上げた。

 『アルハザード』と言えば、次元世界で魔法に関わる者ならば知らない者が少ないと言えるほどの世界の名称。だが、全ての魔法発祥の地として次元世界に名が知れ渡りながらもアルハザードに辿り着いた者は居らず、本当に在るのかさえも疑われている世界なのだ。

 その伝説の世界に居る事実にルインが驚いている間に白衣を着たフリートが通路の奥から歩いて来て、ブラックウォーグレイモンとルインの姿を確認すると、二人に笑みを向ける。

 

「中々面白い事態に成っているようですね。やはり貴方に観察用の機器を渡したのは正解でしたよ」

 

「そうか、それは良かったな。それよりも頼んでいた物に必要な物を持って来たぞ」

 

 フリートの言葉にブラックウォーグレイモンは答えながら、クロノから奪ったカードを取り出しフリートの手へと渡す。

 カードを受け取ったフリートは笑みを浮かべると、素早く手慣れた動作で起動させて興味深げに自身の手の中に現れた機械的な杖-『氷結の杖・デュランダル』を眺める。

 

「フムフム…なるほど……此れが現在の世界のデバイスですか?」

 

「そうだ。俺の持つ知識が正しいのならば、最新のストレージデバイスらしい」

 

「フ~ム……まぁ、此れならば貴方の要求も叶えられますね」

 

 デュランダルを眺め終えたフリートはブラックウォーグレイモンの首に掛かっているネックレスに手を伸ばし、ネックレスを首から外す。

 

ーーースルッ!

 

「既に準備は出来ていますので、すぐに作業に掛かります。まぁ、二日後までには用意は出来るので安心して下さい」

 

「それともう一つ、ルイン」

 

「はい!」

 

 ブラックウォーグレイモンがルインに声を掛けると、ルインはフリートへと対抗心を燃やしながら、ブラックウォーグレイモンの隣は自分の居場所だと宣言する様にブラックウォーグレイモンの横に並び、フリートに対抗心に満ちた目を向けた。

 対抗心に燃えるルインの姿を見たフリートは苦笑を浮かべながら、自身の名前をルインに名乗り始める。

 

「アルハザードの管制人格、フリートと言います。宜しくルインフォースさん」

 

「マイマスターの永遠のパートナーである、破滅を呼ぶ風、ルインフォースです」

 

 二人は自身の名を名乗ると、互いに右手を差し出し握手をかわし合う。最もルインはフリートへの対抗心を向き出しにしながらでは在るのだが。

 だが、二人の気まずい雰囲気に気が付かず、ブラックウォーグレイモンはフリートに声を掛ける。

 

「フリート。ルインのデータから安全な防御プログラムを作れ。管制人格の奴は俺との戦いで死ぬつもりだ。そんな奴と戦ってもつまらんからな」

 

「確かにあの生真面目な管制人格なら在りえますね。それではマイマスターが戦いを楽しめないですし、良いですよ」

 

 ブラックウォーグレイモンの言葉にルインも腕を組みながら同意を示した。

 何せルインはずっと闇の書の中で管制人格であるリインフォースを見ていたのだから、その言葉に説得力が在った。

 ブラックウォーグレイモンとルインの言葉を聞いたフリートは更に苦笑を深め、ブラックウォーグレイモンの方に目を向ける。

 

「分かりました。では、両方とも二日後の昼までに終わらせますね」

 

 

「それともう一つあった…そのネックレスに俺の意思で発動出来る何処にでも行ける広範囲の緊急転移を組み込んでおけ」

 

「? …それは簡単ですけど……どうしてですか?」

 

「奴との再戦を取り付けた時に管理局の連中が近くに居たのを忘れていた・・・・次元世界の世界の守護者を謳っている奴らの事だ。世界に悪影響を及ぼす俺の存在は抹消したいだろう」

 

「つまり、マイマスターの戦いの邪魔をして来ると言う訳ですね?」

 

「そうだ」

 

 ルインの問いにブラックウォーグレイモンは苦々しい声で答えた。

 リインフォースは漸く現在の世界で見つけた強敵。半身だったルインと完全に別れてしまったので、その力は半減しているが技量は下がっていない。魔法と言うブラックウォーグレイモンにとっての未知の力を宿す相手としては、少なくとも現在では最高の相手だった。

 だからこそ、リインフォースとは何が在っても決着をつけるつもりなのだが、横槍が必ず入って来るのも同時に悟っていた。

 

(奴らは必ず来る…俺の戦いの邪魔をするならばただでは済まさんが…万が一アルカンシェルなどと言う兵器を最初から使用して来る事を考えた場合、気に入らんが逃げる手段も得ておくべきだ)

 

 戦いの中で死ぬのはブラックウォーグレイモンとしては望むところだが、横槍で死ぬのは気にいらない。

 故に、その事態になった時の為の対処をブラックウォーグレイモンは得ておくことにしたのである。

 フリートとルインはブラックウォーグレイモンの要求の意味を理解して納得したように頷く。

 

「そう言う事でしたか。分かりました。頼まれた事は二日後の昼までには全て終えておきます。ルインフォースさん、作成に力を貸して下さい」

 

「了解しました。それではマイマスター、行って来ます」

 

 ルインが笑みを浮かべながらブラックウォーグレイモンに言葉を言うと、ブラックウォーグレイモンは頷き、二人はそれを確認すると通路の奥を進み始めた。

 それを見たブラックウォーグレイモンは壁に寄り掛かり、二日後の戦いに思いを募らせるのだった。

 

 

 

 

 

 その頃、アースラ内部の会議室では管理局に捕まったはやて達がリンディ達とブラックウォーグレイモンについて話し合いを行い、エイミィが本局に送られたクロノ達の容体を報告していた。

 

「クロノ君とアルフはかなりの重症のようで、本局で治療を受けています。比較的に軽症と呼べるユーノ君も、幾つかの骨折が在るので、同じ様に本局で治療を受けていますが・・・・・医者の話では、クロノ君とアルフの怪我は相当深いそうで、未だに意識が戻っていないそうです」

 

「……ご苦労様、エイミィ」

 

 エイミィの報告にリンディは険しい声で答え、なのは達は悲しげに顔を歪めるが、リンディは険しい表情を浮かべたままリインフォースの方に顔を向ける。

 

「彼は闇の書の闇さえも支配下に置いた存在です。貴女はそれに勝てるのですか?」

 

「…無理でしょう。奴は闇の書が完全な状態でも勝てなかった存在です。防御プログラムを失った私が勝てる可能性は0です」

 

「ッ!! 駄目や! 行ったらあかん!!」

 

 リインフォースの言葉を聞いたはやては、目に涙を浮かべてリインフォースに掴み掛かるが、リインフォースは首を横に振るう。

 

「主、元々私は消えなくてはいけなかったのです。それが奴に倒されるかどうかの違いだけです。守護騎士達は残りますので安心して下さい」

 

「駄目や! まだ、ほんの少ししか一緒にいてへんのに! 死んだらあかん!!」

 

「いえ、私はもう十分に幸せを貰いました。新しい名前と心を、だから、笑って逝けます」

 

 リインフォースは儚い笑みを浮かべて、はやてを抱き締める。

 二人の悲しげなやり取りを見たなのは達は悲しげな表情を浮かべるが、リンディだけは険しい表情を浮かべ続け、何かを考え続けていた。

 

 

 

 

 

 地球から本局に帰還して停泊している艦艇アースラ。

 その艦艇は現在対闇の書ように装備されていた管理局の保有する魔導兵器アルカンシェルの取り外しが急ピッチで行なわれていた。

 絶大な威力を持つアルカンシェルとは言え、使用には制限が設けられている。今回は過去にも数えきれないほどの悲劇を生み出した『闇の書』に対して使用するという事で装備されていたが、ブラックウォーグレイモンに対する使用許可が下りず、今はリンディと上層部の指示によって取り外しが行われているのだ。

 そんな中、アルカンシェルとアースラの駆動炉に直結していた機器を弄っていた技術者の一人が、他の技術者達に気が付かれないように一枚のディスクを取り出して駆動炉を操作しているシステムにディスクの中身を読み込ませる。

 インストールが終わったのを確認した技術者は、何食わぬ顔をしながらディスクを服の中へと戻して作業へと戻って行くのだった。

 

 

 

 

 

 地球での出来事から二日後の正午。砂漠が広がる大地でブラックウォーグレイモンは待ち合わせの場所に佇みながら、リインフォースが来るのを静かに待っていた。

 そして突如としてブラックウォーグレイモンの見つめる先に転送用の魔法陣が出現し、バリアジャケットを身に纏ったリインフォースが姿を現す。

 

ーーーシュウン!!

 

「漸く来たか」

 

「……防御プログラムは如何した?」

 

「ルインなら、別世界でこの戦いを見ている。貴様との戦いは俺の戦いだ。誰にも邪魔はさせん!!」

 

 リインフォースの質問にブラックウォーグレイモンは答えながら、一つのデータディスクを取り出し、リインフォースに見えるように動かす。

 

「それは何だ?」

 

「貴様の修復プログラムだ」

 

「ッ!! …何だと? …私の修復プログラム?」

 

「そうだ。ルインが持つ貴様のデータから、とある研究者が貴様の状態を安定させる為に作り上げたプログラムだ。どうせ、見ているんだろう? 俺と貴様の戦いを他の連中が?」

 

「ッ!!」

 

 ブラックウォーグレイモンの指摘にリインフォースは苦い顔を浮かべた。

 その様子にブラックウォーグレイモンは目を細めながら辺りを見回し、戦いを隠れて覗いている者達に聞こえるように叫ぶ。

 

「前にも言ったが、もう一度言っておくぞ!!! この戦いの邪魔をするならば、死を覚悟しておけ!!!! そして其処に居る管制人格を唯一救える手段が無くなると思うんだな!!! 邪魔をすれば、迷わずに俺は此れを破壊する!!」

 

 その宣言に潜んでいる幾つかの気配が動揺するように動いたのを感じたブラックウォーグレイモンは笑みを浮かべると、即座にディスクを鎧の中に仕舞い込んでリインフォースに向かって駆け出し、右腕のドラモンキラーを突き出す。

 

「ドラモンキラーー!!!」

 

「盾!!」

 

ーーーガアン!

 

 ブラックウォーグレイモンの攻撃を、自身の修復プログラムが存在していた事に対する驚愕を収めたリインフォースは瞬時に防御魔法を発動させて防ぎ、ブラックウォーグレイモンに向かって質問の叫びを上げる。

 

「私の修復プログラムだと!? 如何に半身がいるとは言え、二日と言う時間で作り上げたと言うのか!?」

 

「その通りだ!! 貴様が俺に勝てたら渡してやる!! さぁ、始めるぞ!!」

 

「くっ! 刃を()て、血に染めよ! 穿(うが)て、ブラッディダガーー!!」

 

ーーーズガガガガガガガガガッ!!!

 

 ブラックウォーグレイモンが言葉と共に放った蹴りを、ギリギリの所でかわしたリインフォースは背中の羽を羽ばたかせ、上空へと飛び上がると、二十本近くの赤い短剣を生み出し、ブラックウォーグレイモンへと放った。

 だが、自身に高速で迫って来るブラッディダガーを見てもブラックウォーグレイモンは慌てずに、リインフォースと同じ様に上空に飛び上がり、自身を追って来るブラッディダガーに向かって全力で両腕で振り抜く。

 

「ムン!!」

 

ーーードドドドドドゴオン!!

 

「くっ! 出鱈目にも程が在るぞ! ただの腕の振りに寄って発生した風圧でブラッディダガーを破壊するなど!!」

 

 ブラックウォーグレイモンの腕の振りで発生した風圧により赤い短剣が全て消滅した事実に、リインフォースは叫びながらも、ブラックウォーグレイモンに向かって飛び掛り、二人は空中で激突を始める。

 

「羽ばたけ、スレイプニール!! ソニックムーブ!!」

 

「ほう、移動魔法の重ね掛けでスピードを上げたか。面白い! それでこそ俺の敵に相応しい!!」

 

 リインフォースは移動魔法の重ね掛けでスピードを上げ、さらに次々と自分に強化魔法を重ね、ブラックウォーグレイモンの力に対抗しようとする。

 それを見たブラックウォーグレイモンは笑みを浮かべながら、リインフォースに向かって次々と攻撃を放ち、二人の激突は世界さえ揺るがすほどに加速して行く。

 リインフォースが砲撃魔法や射撃魔法を使えば、ブラックウォーグレイモンは両腕を全力で振るった事により発生する風圧や、背中に装着している『ブラックシールド』を使うことで防ぐ。

 ブラックウォーグレイモンが接近戦を行なえば、リインフォースは両手にダメージを負いながらも受け流して決定的な一撃を回避して行く。

 熾烈な戦いを繰り広げる二人だが、徐々にでは在るが、リインフォースはブラックウォーグレイモンの猛攻を防ぎ切れなくなって来た。

 

ーーードゴオン!!!

 

「グアッ!!」

 

 遂にリインフォースはブラックウォーグレイモンの猛攻を防ぐ事が出来なくなり、ブラックウォーグレイモンの渾身の一撃を体に受けると、リインフォースは地上へと落下して行く。

 

「中々楽しめた。おかげで魔法と言う力も大体把握出来た・・・だが、これで終わりだッ!!」

 

 リインフォースが地上に落下していくのを見たブラックウォーグレイモンは笑みを浮かべると共に、巨大な赤いエネルギー球を生み出し、自身の頭上に掲げる。

 

「ガイアフォ…」

 

ーーーシュゥン!!

 

「何!?」

 

 巨大なエネルギー球を生み出している途中で、突然にブラックウォーグレイモンの体の前に穴のようなモノが出現する。

 その穴から手のようなものが飛び出し、ブラックの鎧の中に仕舞われていたディスクを素早く抜き取り、ディスクを掴んだまま手は穴の中へと戻る。

 

ーーーサッ!!

 

「(今のは『旅の鏡』と言う魔法!?) おのれ!!!!」

 

 まんまとしてやられた事実に気がついたブラックウォーグレイモンは、頭上に掲げていた巨大なエネルギー球の照準を逃げ去るように離れて行く気配の方へと向ける。

 そのまま全力で投擲しようとするが、その直前にブラックウォーグレイモンの真下から二本の白い柱が急激に伸びてガイアフォースを掲げていたブラックウォーグレイモンの両腕に突き刺さり、動きを封じ込める。

 

「縛れ!! 鋼の楔ッ!!」

 

ーーードスゥゥゥゥゥーーン!!

 

「ヌゥッ!!」

 

 両腕に突き刺さった白い柱に動きが封じられたブラックウォーグレイモンは、声の聞こえて来た方に目を向け、リインフォースを護るように立つ蒼い狼を目にする。

 自身の戦いの邪魔をしてくれた者達に対する怒りが湧き上がり、両腕に突き刺さっている白い柱を破壊しようと力を込めようとした瞬間、遠方より桜色の砲撃が直進して来てガイアフォースを貫き大爆発を引き起こす。

 

ーーードゴオオオオオオオオオオン!!!!

 

 その様子を地上で倒れながら見ていたリインフォースが自身を護るように立つ蒼い狼-『ザフィーラ』-の姿と、自らの技の爆発に飲み込まれたブラックウォーグレイモンに目を見開いていると、爆発によって生じた煙に向かって更に攻撃を加える二人の人物を目にする。

 

()けよ、(はやぶさ)!」

 

Sturmfalken(シュツルムファルケン)ッ!!≫

 

「雷光一閃!! ブラズマザンバーーブレイカーーー!!!!」

 

ーーードゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!

 

 上空から放たれた音速で走った一筋の閃光と、大砲撃の金色の閃光は煙の中に居たブラックウォーグレイモンに直撃し、更なる爆発を引き起こしてブラックウォーグレイモンを地面へと弾き飛ばした。

 いきなり目の前で起きた出来事の数々にリインフォースが完全に言葉を失っていると、目の前に居たザフィーラが褐色肌の男性へと変身し、リインフォースに肩を貸す。

 それと共に上空からブラックウォーグレイモンに攻撃を加えたシグナムとフェイトもリインフォースの傍に着地する。

 

ーーートン

 

「大丈夫か?」

 

「……何故来たのだ、盾の守護獣…それに烈火の将にフェイト・テスタロッサ…これは奴と私の戦いなのだぞ?」

 

「家族を救うのに理由は無い。それにこれはリンディ提督の作戦だ。お前を倒す為に必ず奴は闇の書の闇の残骸を消滅させた一撃を放つと予測して、高町に砲撃を遠距離から放ってほしいと頼んだのだ。流石に奴も自分の技をゼロ距離で食らい、更に私とテスタロッサの最大の一撃を受けたのだ」

 

「幾らアイツが強くたって、コレだけの攻撃を加えれば…」

 

「侮っていたな」

 

『ッ!!!』

 

 背後から響いた声にシグナム、フェイト、ザフィーラは目を見開き、リインフォースも苦々しい顔を浮かべて振り向いてみると、鎧に傷を負いながらも全身から凄まじい殺気を溢れさせて、右手に機械的な矢を握ったブラックウォーグレイモンが立っていた。

 ゆっくりとブラックウォーグレイモンは右手に握っていた矢をシグナム達の方へと投げ捨てる。

 

「馬鹿な!? 『シュツルムファルケン』を受け止めたと言うのか!?」

 

「思ったよりも厄介だな魔法と言う力は…デジモンの必殺技に比べれば威力は圧倒的に低いが…利便性と言う点では魔法の方に僅かに分が在るか…やはり知っているのと、この身で受けるのは別物だな……だが、おかげで大体把握出来たぞ」

 

「何を…奴は言っているのだ?」

 

「…逃げろ…私は大きな勘違いをしていた……奴は私との戦いで確認していたんだ」

 

「リインフォース?」

 

「奴が半身を失った私と戦う最大の目的は…知る為だったのだ……魔法の力を!!!」

 

「……もう充分に把握した。全力で行かせて貰うぞ!!!」

 

 怒りに満ちた視線をブラックウォーグレイモンはシグナム、リインフォース、フェイト、ザフィーラに向け、瞬時にシグナムとリインフォースの前に移動する。

 

ーーービュン!!

 

「はや…」

 

「死ね」

 

ーーードスッ!

 

「ガアッ!!」

 

「烈火のグフッ!!」

 

 ブラックウォーグレイモンは迷い無く三本の鍵爪の様なドラモンキラーの刃を2人の腹に突き刺し、辺りに血の雨を降らさせる。

 突然の出来事にフェイトはシグナムとリインフォースから飛び散る赤い血を呆然と見つめて動きが止まってしまう。

 その隙を逃さずにブラックウォーグレイモンはフェイトに向かって右腕のドラモンキラーを振り抜くが、ザフィーラが入り込んで魔法障壁を構える。だが、魔法障壁とドラモンキラーが触れ合った瞬間、何の抵抗も見せずに魔法障壁は砕け散り、ザフィーラの胴体にドラモンキラーの爪が深々と突き刺さる。

 

ーーーバリィィィィーーン!! ドスン!!

 

「ガァッ!!」

 

「ムン!!」

 

ーーードゴオォン!!

 

 ドラモンキラーの爪先を突き刺したままブラックウォーグレイモンはザフィーラの体を持ち上げ、砂の地面に向かって全力で叩き落した。

 砂の地面で在りながらも全身を襲った凄まじい衝撃にザフィーラは声も出せずに意識を失ってしまう。

 次々と倒されて行く仲間の姿に漸く呆然としていたフェイトは我に返り、背のマントをパージするとソニックフォームへとバリアジャケットを変えて金色の大剣-『バルディッシュ・アサルト・ザンバーフォーム』-をブラックウォーグレイモンに向かって振り抜く。

 

「このぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

ーーーガシッ!!

 

「ッ!!」

 

 ソニックフォームになった事でスピードが大幅に増しているにも関わらず、ブラックウォーグレイモンは左手でフェイトが振り抜いた金色の大剣を簡単に受け止めた。

 フェイトはその事実に目を見開くが、すぐさまブラックウォーグレイモンから離れようとバルディッシュの柄に力を込める。しかし、フェイトがどれだけ力を込めようとバルディッシュはピクリとも動かなかった。

 

「そ、そんな!?」

 

「ムン!!」

 

ーーーバシッ!!

 

「アッ!!」

 

 ブラックウォーグレイモンが力を込めて左腕を引くと、フェイトの腕の中からバルディッシュは奪い取った。

 その事実にフェイトは声を上げるが、ブラックウォーグレイモンは構わずに瞬時に右腕の先にエネルギー球を作り上げて振り被る。

 

「食らえッ!!」

 

「クッ!!」

 

 エネルギー球を投げつけようとしている事に気がついたフェイトは、ソニックフォームになっている事で上がったスピードを利用して逃げようとする。

 しかし、ブラックウォーグレイモンはそうはさせないと言うように全力で砂の地面を蹴り上げ、大量の砂を宙に舞い上げる事で自身の姿とフェイトの視界を完全に覆い隠す。

 

「フッ!!」

 

ーーードバァァァァァァァァァァァァッ!!!

 

「なっ!?」

 

 宙に舞い上がった大量の砂に視界を覆い隠されたフェイトは驚いて動きが一瞬止まってしまう。

 その瞬間に舞い上がった大量の砂をエネルギー球が貫き、フェイトのすぐそばの地面に直撃して爆発を起こす。

 

ーーードゴオオォォン!!

 

「キャアァァァァァッ!!!」

 

 ソニックフォームになっている事で防御力を殆ど失っていたフェイトは爆発の衝撃をモロに食らい、悲鳴を上げながら大量の砂の中に埋もれた。

 ブラックウォーグレイモンはソレを確認すると、左腕に握っていたバルディッシュの金色の刀身が消え去り、柄の部分だけが砂の地面へと落ちる。

 

「…なるほど……使用者が気を失えばデバイスも機能を停止すると言う訳か…コイツで確かめるか」

 

 ゆっくりとブラックウォーグレイモンは呟きながら左足を上げて、砂の地面に落ちているバルディッシュを踏み潰そうとする。

 だが、突如としてその動きは止まり、遠方と、すぐ近くの岩場辺りに目を向けて両手にエネルギー球を作り上げる。

 

「…忘れる所だった…後二人居たんだったな…フン!!」

 

「えっ? キャアァァァァァーーーー!!!」

 

ーーードゴオン!!

 

 ブラックウォーグレイモンが投擲したエネルギー球は、此方へと向かっていたなのはへと直撃し、なのはは煙を上げながら地上へと落下した。

 それを確認すると続けてブラックウォーグレイモンは、左腕に生み出していたもう一つのエネルギー球を岩場で息を顰めて機会を伺っていたシャマルに向かって投擲する。

 

「ハァッ!!」

 

ーーードゴオオオォォォォーーーン!!!

 

「キャアァァァァァァァァーーーーー!!!!」

 

 隠れていた岩場ごとシャマルは爆発によって遠くへと吹き飛んで行った。

 ゆっくりとこの場で動く者が居なくなったのをブラックウォーグレイモンは確認すると、次に頭上に顔を向けながら首に掛かっているネックレスに話しかける。

 

「フリート、見ていたな?」

 

『はいはい、見ていましたよ。中々考えられた戦略でしたが、相手を間違えましたね』

 

「分かっているなら話は早い。奴らの艦は何処に在る?」

 

『衛星軌道上に認識阻害魔法を使用しながら隠れていますね…ネックレスに追加した機能なら転移出来ますよ。もう座標はネックレスに送っておきましたからね』

 

「そうか…ならば、其方を先に片付けるとするか」

 

ーーーシュウン!!

 

 ブラックウォーグレイモンが呟くと共にネックレスから転送用の魔法陣が出現し、その場からアースラへと転移して行った。

 

 

 

 

 

 衛星軌道上でブラックウォーグレイモンとリインフォースの戦いを見ていたアースラのブリッジでは、ブラックウォーグレイモンにやられたリインフォース達の搬送の準備を慌てて行なっていた。

 

「すぐに全員の搬送を行なって! 一刻の猶予も無いわ!!」

 

「了解です!!」

 

 リンディの叫びにエイミィは頷き、リンディの指示に従ってなのは達の搬送を急ごうとする。

 だが、突如としてリンディの背後から殺意に満ちた低い声が響く。

 

「貴様か、俺と奴との戦いの邪魔をする様に命じたのは?」

 

『ッ!!!!』

 

 聞こえて来た声にリンディ達は一瞬にして顔が青ざめ、恐る恐る背後を振り返って見ると、凄まじいほどの殺気をリンディに向けて放つブラックウォーグレイモンが立っていた。

 

「……どうやって…アースラの中に?」

 

「これから死ぬ事になる貴様らには関係ない」

 

「ッ!! エイミィ! 総員に退艦命令を発令!! 此処は私が抑えるから、早く!!」

 

「了解です!!」

 

 リンディの叫びにエイミィは慌てて頷き、艦全域に向けて退艦命令を発令させた。

 その指示に他のブリッジのメンバー達は次々と座っていた椅子から立ち上がり、ブリッジを出ようとする。だが、ブラックウォーグレイモンは一人も逃がさないと言うように、瞬時に両腕をブリッジの出入り口に向けて次々とエネルギー弾を生み出し、ブリッジの出入り口に連続で放ち出す。

 

「ウォーーブラスターーー!!」

 

ーーーズガガガガガガガガガッ!!!

 

「ディストーションシールド!!」

 

ーーーガガガカガガガガガアン!!!

 

 ブラックウォーグレイモンの放ったウォーブラスターはブリッジの出入り口に直撃する直前で、リンディの発動させた防御魔法により防がれた。

 その隙に次々とブリッジのメンバーは外へと駆け出し、最後に出ようとしたエイミィがリンディの方に顔を向け叫ぶ。

 

「艦長!!」

 

「エイミィも行きなさい!! 私は今回の作戦を実行した責任を取るわ!!」

 

「まさか!? 艦長!!」

 

 リンディの叫びを聞いたエイミィは、その意味を理解して悲鳴の様な声を上げた。

 艦に居る人間達の脱出時間を稼ぐ為に、リンディは一人で艦に残りブラックウォーグレイモンを抑えようとしているのだ。

 その結果がどうなるのかも全て知った上でも、ブラックウォーグレイモンが次々と放ち続けるエネルギー弾を全力で防御し続けながらも、リンディは何時もの優しげな笑みをエイミィに向ける。

 

「エイミィ…クロノに『ゴメンなさい』って伝えて……そしてクロノの事を支えて上げてね。あの子はきっと、辛い思いをするから…お願いね」

 

「……ふぁい」

 

 リンディの言葉にエイミィは涙で顔をクシャクシャにしながらも頷き、ブリッジを急いで出て行った。

 エイミィや他のブリッジメンバー達に逃げられたブラックウォーグレイモンはウォーブラスターを放つのを止めて、リンディに忌々しげな視線を放つ。

 

「覚悟は出来ているんだろうな? 貴様は絶対に生かしてはおかんぞ!!」

 

「覚悟なら出来ていますよ。あの作戦を考えた時から!!」

 

ーーーシュン!!

 

 リンディは叫ぶと共に二本のデバイスを構え、自身の背中に四枚の羽を作り出し、アースラの駆動炉からも魔力供給を受けて、自身の前面と出入り口を護るように防御魔法を発生させ始める。

 急激に上がったリンディの魔力にブラックウォーグレイモンは目を細めると、確かめるようにリンディが張り巡らした防御魔法に向かってエネルギー球を投げる。

 

「ムン!!」

 

 ブラックウォーグレイモンが投げつけたエネルギー球は真っ直ぐに防御魔法へと向かうが、防御魔法とエネルギー球がぶつかり合おうとした瞬間、突然に空間が歪み、エネルギー球は防御魔法ではなくブリッジの床に激突して爆発を起こす。

 

ーーードゴオオォォン!!

 

「…ほう…知ってはいたが、やはり魔法と言う物は厄介だな……出来る者は限られているだろうが、“空間を歪ませて攻撃を受け流すか”……時間を稼ぐには持って来いと言うべきか」

 

(クッ!! こうもアッサリと狙いに気がつかれるなんて!?)

 

 リンディはブラックウォーグレイモンの観察眼に苦々しい思いを抱いた。

 高ランクの魔導師として登録されているリンディが得意とするのは、結界や捕縛と言う魔法の類。

 そして今使用している魔法の名称は『ディストーションシールド』。空間の狭間に特殊な歪みを生じさせ、範囲内の攻撃や空間干渉を低減・無効化させる魔法。個人での空間干渉などは本来は魔力が足りず、使用する事など出来ないのだが、リンディはアースラの駆動炉から魔力の供給を受けて可能にしている。

 無論、アースラと言う巨大艦の駆動炉から魔力の供給を受けると言う事は、制御に失敗すればリンディ自身の体に多大なダメージが及ぶ諸刃の技術。しかし、その技術を最大限に使用しなければブラックウォーグレイモンの攻撃を抑えるのは不可能だとリンディは先ほどの戦いの映像と、地球での戦いの映像から理解していた。

 

(この生物の一撃一撃は…SSランク以上の攻撃力を秘めている!! 生半可な防御魔法じゃ防ぎきれないわ!!)

 

(外部から魔力と言う力を受け取る技術か……だが、奴が一度に受け取れる量は限られている筈…ガイアフォースならば、奴の空間干渉を撃ち破れる)

 

(来る!!)

 

 両手を掲げるように構えたブラックウォーグレイモンの姿に、リンディは最大の一撃が来る事を悟り、それに対して備えようとした瞬間、アースラの駆動炉が突如として暴走する。

 

ーーーゴオオォォォォーーーー!!!

 

「ッ!!! アァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」

 

「何だ?」

 

 突然に両手に持っていたデバイスを床に落として、苦痛に満ちた悲鳴を上げながら胸元を押さえて床に倒れ伏したリンディの姿に、ブラックウォーグレイモンはガイアフォースを中断して疑問の声を上げた。

 その間にもリンディはアースラの駆動炉から過剰と言う言葉が優しいほどの魔力の供給に、リンカーコアが悲鳴を上げるように全身に激痛が広がり床をのた打ち回る。背に現れていたエネルギーの羽にも流しきれず、遂にリンディの魔力制御を上回り、リンディのリンカーコアが砕け散る。

 

ーーーバキィィィーーン!!

 

「アッ!! …アァ…アァ…」

 

「一体何が起きた?」

 

 床に倒れ伏して動かなくなったリンディの様子に、ブラックウォーグレイモンは疑問を覚えて近づく。

 既にリンディが張り巡らしていたディストーションシールドも消え去り、ブラックウォーグレイモンを阻むものは何一つ無い。逃げ出した局員達を追うのは簡単だったが、それよりもブラックウォーグレイモンはリンディに起きた出来事に言い知れない予感を感じていた。

 何か危険な事が起きる前兆だとブラックウォーグレイモンは直感し、原因を調べようとリンディに近づいた瞬間、アースラが突如として大きく揺れ動く。

 

ーーーズズズズズズッ!!

 

「ん?」

 

『ブラックウォーグレイモン!! すぐに其処から転移してください!!』

 

『マイマスターーー!!! 早くその艦から逃げて下さい!!』

 

「何だと? 如何言う事だ?」

 

 首に掛かっているネックレスから聞こえて来たフリートとルインの悲鳴のような声に、ブラックウォーグレイモンは疑問を覚えて質問した。

 

『ネックレスに備わっている計測器から判明したのですが、その艦に備わっている駆動炉が暴走したんです!!! このままだと駆動炉の暴走が臨界点を超えると共に艦は完全に消滅してしまいます!!!』

 

「…なるほど…(だが、何故暴走した?)」

 

 フリートの説明にブラックウォーグレイモンは納得しながら、もはや動かなくなった床に倒れ伏しているリンディに目を向ける。

 

(この女は駆動炉から魔力を受け取っていた…暴走すると分かっていた駆動炉から魔力の供給を受けるのは考え難い…誰が今の流れを仕組んだ? ……考えるのは後回しだな…すぐに此処を離れるとするか)

 

 そう判断すると共に、ブラックウォーグレイモンはアルハザードへと帰還しようとする。

 しかし、ネックレスから転移用の陣が発生する前にブラックウォーグレイモンの右足を床に倒れ伏していたリンディが掴む。

 

ーーーガシッ!!

 

「…ほう…生きていたのか?」

 

「…お…おね…がい…わ、私を…駆動炉に…こ…このままだと…艦内から…全員が…脱出…する前に……アースラは…」

 

「消滅するだろうな。もう十分も時間は無いようだ」

 

 ブラックウォーグレイモンはアースラに起きている振動が徐々に強くなって来ている事を感じながら、リンディの言いたい事をアッサリと告げた。

 もはやアースラに乗船している者が脱出出来る時間は無い。事前にリンディが退艦命令を出していたとは言え、それでも残り時間で全員が脱出する事は不可能に近い。更に言えばブリッジから見える外の風景には、リンディが使用していたディストーションシールドと同質の魔法が張り巡らされたままの状態。

 脱出艇に乗員が乗り込んだとしても、アースラに張られているディストーションシールドを解除しない限りアースラの爆発に巻き込まれるのは間違いない。それを止める為には暴走している駆動炉を停止させて、艦の機能を全て停止させる以外に方法は無かった。

 だが、それを行なえるリンディは魔力の暴走によって一気に送り込まれた膨大な魔力によってリンカーコアを失い、動く事もままらないどころか命に関わる状態に追い込まれて身動きが取れない。駆動炉に行く為には誰かに連れて行って貰うしか方法は無い。

 

「…お…お願い……貴方…だって…このままだと」

 

「悪いが俺には脱出する手段が在る……俺の戦いに横槍を入れてくれた敵である貴様の頼みなど聞く義理も義務も無い。俺はさっさと脱出させてもら…」

 

「……命を…あげるわ」

 

「…何だと?」

 

「わ、私はどうせ…助からない…なら…この命を貴方にあげる……だから…私を…駆動炉に……お…お願い…」

 

「…それはこの艦を預かる貴様の義務の為か?」

 

「…いえ…私にとって…アースラの乗員は…全員大切な…仲間…そして家族よ…だから」

 

「…仲間に家族か……フン、死に掛けの貴様の命など貰っても嬉しくは無いが…俺も少し気になる点が在る。序でに駆動炉とやらに連れて行ってやる」

 

『なっ!? マイマスターーー!!! 何を言っているんですか!? もう時間が本当に無いんですよ!!!』

 

ーーーガシッ!!

 

 ネックレスから聞こえて来る悲鳴のようなルインの声に構わずに、ブラックウォーグレイモンは床に倒れ伏していたリンディを左脇に抱え上げる。

 リンディは駆動炉の場所をブラックウォーグレイモンに教えようとするが、その前にブラックウォーグレイモンはリンディが使っていた二本のデバイスに向かって右腕のドラモンキラーを振り下ろす。

 

「ムン!!」

 

ーーーバキィン!!

 

 ブラックウォーグレイモンの攻撃に寄ってデバイスが破壊された瞬間、壊れたデバイスから蒼いデジコードが発生し、ブラックウォーグレイモンの腕の中へと入って行く。

 ソレと共にブラックウォーグレイモンの脳裏にアースラの構造のデータが浮かび上がり、実験が成功した事に笑みを浮かべる。

 

「コレで場所は分かった…悪いが時間はもう五分も無い。急いで行くから覚悟しておけ!!!」

 

ーーードゴオオォォン!!

 

 リンディに忠告の言葉を告げると共にブラックウォーグレイモンは右腕のドラモンキラーを振り抜いて、床を破壊して下へと向かう。

 そのまま駆動炉が在る場所に向かって壁や床を破壊しながら真っ直ぐに進み、駆動炉へと続く扉の前に辿り着く。

 

「此処か…ムン!!」

 

ーーードゴォ!!

 

 迷う事無く目の前に在る扉を破壊し、ブラックウォーグレイモンが内部へと入り込んでみると、火花を散らし、明らかにオーバーヒートしながらも稼動し続けている駆動炉を目にする。

 

ーーーゴオォォォォーーーッ!!!!

 

(やはり、誰かがこの状況を仕組んだようだな・・・・だが、如何言う事だ?この状況を仕組んだ相手は、俺がこの艦に来ると分かっていたのか?・・・・いや、それとも何か他に別の目的が在るのか?)

 

「…うぅ…わ、私を…あそこに在る…制御盤に」

 

「(考えるのは後回しだな)…其処だな」

 

 リンディの声に一先ずブラックウォーグレイモンは考えるのを止めて、リンディを教えられた制御盤の傍へと連れていく。

 制御盤へと運ばれたリンディは、最後の力を振り絞って駆動炉の緊急停止コードを打ち込むが、返って来たのは停止を告げる音声ではなく、否定の音声だった。

 

『コードが違います』

 

「ッ!! そんな!? …緊急停止のコードが変えられてる…駆動炉が停止できない」

 

 返って来た無情な音声にリンディは絶望感が溢れて来た。

 駆動炉が停止しなければ、乗員が全員退艦する前にアースラは消滅する。だが、リンディが知っていた駆動炉の緊急停止コードは通らなかった。なら、艦長権限ではどうかと遠退き掛ける意識を無理やり繋げながら操作するが、返って来るのは無情な音声だけだった。

 

『貴女の権限は剥奪されています…駆動炉への操作は認められません』

 

「…そんな…こ…これじゃ…皆が…脱出する時間が…」

 

「フン…つまり、コイツを止めれば良いと言う事か…なら、話は早い」

 

「な…何を?」

 

 突然の発言にリンディは驚きながら目を向けると、駆動炉に向かって右手を向けて詠唱するブラックウォーグレイモンを目にする。

 

「悠久なる凍土、凍てつく棺のうちにて、永遠の眠りを与えよ」

 

「ッ!! 魔法の詠唱!? …そんな、貴方にはリンカーコアは!?」

 

「凍て付け! エターナルコフィン!!!!」

 

ーーーガキガキガキガキガキイン!!!

 

 ブラックウォーグレイモンが力強く叫んだ瞬間、凄まじい冷気が右手の先から駆動炉に向かって放たれ、徐々に駆動炉は凍りついて行き、完全にその機能を停止した。

 自身が使用した技の威力にブラックウォーグレイモンは笑みを浮かべて、氷に覆い尽くされた駆動炉を眺める。

 

「悪くない…やはり、あの小僧から奪ったデバイスに登録されていた魔法は中々のものだったな」

 

 ブラックウォーグレイモンは自身に新たな力が宿った事に考察しながら、ゆっくりと呆然としているリンディに目を向ける。

 

「あ…貴方は…一体何者…なの?」

 

「教える理由は無い…貴様の願っていた事は叶えてやった…何か言い残す事は在るか?」

 

「……もう…伝えている…時間も…ない…み…た…い」

 

 自身の意識が底が知れない闇の中に消えて行くのをリンディは感じていた。

 アースラの駆動炉が何故暴走したのか。目の前にいるブラックウォーグレイモンが何故魔法が使用できたのか。それらに対しての疑問は幾つか在るが、もはやそれを考える気力はリンディには無かった。

 明確な死と言うものを感じながらリンディの意識は薄れて行き、最後に本局で治療を受けている自身の息子を思いながら口を動かす。

 

「…ご…め…ん…ね…ク…ロ……ノ…」

 

 最後の力を振り絞ってリンディは言葉を告げると共に、その身から力は完全に抜けて動かなくなるのだった。

 

 

 

 

 

 アースラの暴走が止まり、リンディ以外の全員が退艦して数分後。

 

ーーードゴオオオオオオオオオオン!!!!

 

 内部から発生した巨大な爆発にアースラは飲み込まれ、次元空間に巨大な花火が上がったのだった。

 これが、後に広域次元犯罪者に指定される『漆黒の竜人』との管理局の最初の敵対で起きた出来事である『時空管理局・巡航L級8番艦アースラ消滅』の顛末であった。



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管理局本局強襲

 リンディ・ハラオウンの死亡。

 十年前の『闇の書』事件での英雄-クライド・ハラオウンの妻であると共に管理局でも数少ないSランクの魔導師だった上に、半年前に起きた『PT事件』を解決へと導いた人物の死は管理局内に波紋を生み出した。

 どういった経緯でそのような事態になったのかと管理局の殆どの者が疑問に思い、すぐさま失意にくれながらも帰還したアースラの乗組員達全員に対して事情聴取がされた。

 そして詳しい経緯を乗員達に聞き、最終的に集った情報を集約して判断されたのは、『アースラに乗り込んで来た竜人に対してリンディは乗員達が退艦する時間を稼ぐ為に単身で挑み、駆動炉がオーバーヒートを起こすほどの魔力を使用した果てにアースラと共に運命を共にした』と言う事だった。

 艦艇の駆動炉がオーバーヒートするほどの魔力を使用して、漸く相打ちに追い込む事が出来た存在であるブラックウォーグレイモンに対して管理局の誰もが信じられないと言う気持ちを抱いたが、ブラックウォーグレイモンが脱出する時間がなかったとされ、ブラックウォーグレイモンもアースラと共に消滅したのだろうと管理局は判断していた。

 リンディの功績を考えれば今回の件は犠牲が大きいと管理局の者達の殆どは考え、リンディと親しかった者達は誰もがリンディの死を嘆いていた。

 特にアースラの乗員だった局員達はリンディが死んだ事実に嘆き悲しみ、誰もが失意にくれながら悲しんでいた。

 

「……リンディさん」

 

「…なのは」

 

 本局の医局でブラックウォーグレイモンの攻撃により重症を負ったなのはは、ベットの上で包帯まみれになりながらも、悲しみの涙を流していた。

 出会ったのは半年前だが、それでもなのはにとってリンディは色々としてくれた恩人だった。その恩人が死んだ事に、なのはは此処数日ずっと悲しんでいたのだ。

 そんな、なのはの横で椅子に座っている、体中に包帯が巻かれているフェイトもリンディの死を悲しんでいた。

 実はフェイトは、リンディから養子に成らないかと言う誘いが来ていたのだ。

 その事を答える前にリンディが死んでしまった為に、答えるのはもはや不可能に成ってしまったが、それでもフェイトには二人目の母親を失ってしまった様な悲しみが襲い続けていた。

 だが、一番悲しんでいるのは、なのはやフェイト、そしてアースラの乗員達ではない。一番に悲しんでいるのはリンディの息子であるクロノ・ハラオウンだった。

 

「う、う、母さん」

 

「クロノ君」

 

「クロ助」

 

「クロノ」

 

 事情を全て聞いてベットの上で悲しみの涙を流し続けるクロノの横で、エイミィ、リーゼアリア、リーゼロッテ、そして今回の闇の書事件で退職したギル・グレアムがクロノの事を心配そうに見つめていた。

 本来ならグレアムは故郷のイギリスに戻るつもりだったが、リンディの死を知り、援助しているはやてと同じ様にクロノも自身が援助を行うと願い出たのだ。少しでもクロノの悲しみを癒す為に。

 管理局内でリンディと親しかった者は少なからず誰もが悲しんでいた。そして誰もが今回の事件は終わったのだと思い込んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 管理局本局の奥深くに存在する一室。

 一般の局員には存在さえも知られていない部屋。その部屋の中には三つの人の脳髄が入っているシリンダーが置かれ、青白い不気味な光で部屋は覆われていた。シリンダーの中に在る三つの脳髄こそ、管理局の最高機関である最高評議会を束ねる面々。管理局の創設の頃から肉体を失いながらも機械を使用してその命を永らえさせている者達。

 彼らの目的は『管理局による次元世界の統一』。その目的を阻む可能性が在るモノは、どんな手段を使用しても排除すると言う考えを持っていた。

 

『リンディ・ハラオウン一人と巡航艦一隻だけで犠牲が済んだのは僥倖だった。乗員全員の犠牲を覚悟していたからな』

 

『うむ。究極体を倒すのには安い犠牲だった』

 

『リンディ・ハラオウンは高ランク魔導師だったから惜しい面は在ったが…彼女が見つけた面々を考えれば彼女を犠牲にしても問題はあるまい』

 

ーーーブン!!

 

 一つのシリンダーが呟くと共に、彼らの目の前にディスプレイが出現する。

 そのディスプレイには高町なのは、フェイト・テスタロッサ、そして今回の『闇の書』の事件の当事者である八神はやて、リインフォース、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラのデータが表示されていた。

 

『『闇の書』の件に関しては予想外だった。管制人格も我らの駒に加わったのだからな』

 

『しかし、あの究極体に協力していると言う研究者は何者なのだ?我ら管理局の技術力でも不可能だった管制人格の修復プログラムを僅か二日で作り上げたのは信じ難い』

 

『人間とは限るまい。“奴”の情報ではあの生物どもはデータ生命体だと言う。管制人格や守護騎士どもも、データを元にした魔導生命体だ』

 

『“あの世界”に居る修復に秀でたモノに協力を依頼した可能性も在るか…やはり、“あの世界”は我らの目的にとって邪魔な世界…何としても管理下に…何としても管理下に・・・それが出来なければ』

 

『滅ぼす事も視野に入れねばなるまい』

 

『全ては『管理局による次元世界の統一』の為に』

 

 そうシリンダー内の脳髄達は話し合い、今回の事件を利用して管理局の評判を上げる計略についての話に議題を変えるのだった。

 彼らは知らなかった。消滅させたと思っている存在が生存し、自分達に対して牙を突き刺そうとして居る事を、彼らは夢にも思ってなかったのだった。

 

 

 

 

 

 その頃、管理局に死んだと思われているブラックウォーグレイモンは、アルハザードでルインの手により傷ついた体の治療を受けていた。

 

「むう~」

 

「何故その様な表情を浮かべる?」

 

 ブラックウォーグレイモンに回復魔法を掛け続けているルインは不機嫌そうな表情を浮かべ、その事をブラックウォーグレイモンが質問すると、ルインは怒り出す。

 

「何を言っているんですか、マイマスター!? どうして時間が殆どなかったのに、態々あの艦の駆動炉に向かったんです!? 駆動炉を止めなければ脱出出来ないのならともかく!! マイマスターは駆動炉を止めなくても脱出できたじゃないですか!?」

 

「俺を嵌めてくれた奴の思惑を知りたかったからだ。駆動炉に向かったおかげで、少なくともあの件は管理局の上層部辺りが仕組んだ事が分かった…今回の礼は必ず返してやる」

 

 ルインの叫びにブラックウォーグレイモンは何でも無いと言いたげに答えるが、ルインは突如として涙を浮かべてブラックウォーグレイモンに抱き付く。

 

「…だからって…無茶は止めて下さい…マイマスターに何か在ったら、私はまた一人に成りますし、マイマスターが死ぬなんて、絶対に嫌ですよ。ヒック、ヒック」

 

「……分かった。お前の言うとおり出来るだけ無茶は止めてやる。だから泣くな」

 

「はい!!」

 

 涙を流すルインに根負けしたブラックウォーグレイモンは、不機嫌そうな表情を浮かべて了承する。

 ブラックの言葉を聞いたルインが笑みを浮かべて涙を拭いて答えた瞬間に、フリートが通路の奥から姿を現し、ルインとブラックウォーグレイモンの様子を見て笑みを浮かべる。

 

「仲が良いですね。正しくパートナーと言う感じですよ」

 

「黙れ。それで俺が持ち帰ったデータから何か分かったか?」

 

 アースラが爆発する前に、ブラックウォーグレイモンはアースラ内部からフリートの指示に従って艦に登録されていたデータを持ち出した。

 目的は言うまでもなく最悪の形で戦いの邪魔をしてくれた者達に報復を与える事であり、その為に情報をアースラから抜き取り、後は死んだと思わせるようにする為に脱出する前に駆動炉に掛けた『エターナルコフィン』を解いてアースラを爆発させたのである。

 そしてフリートはブラックが持ち込んだデータを今の今まで解析していたのだ。

 

「どうやら直前にデータを書き換えられたようですね。あの女性よりも上位者の権限で、あの女性が駆動炉から魔力を受け取る魔法を発動後に駆動炉が暴走するように設定されていました。因みに暴走後には貴方が行なった力技以外には止める手段は無いようにプログラムされていましたよ」

 

「やはりか」

 

「状況から考えれば、暴走の目的はあの女の抹殺か、それともマイマスターの抹殺のどちらかでしょうが…前者と後者にしてもマイマスターがあの女と戦う事を予定していなければ無理な行動ですよね?」

 

「その通りだ…だが、俺が此方の世界で暴れたのは地球での出来事の時だけだ…(確か、俺の知識では最初に連中に姿を見せた時は、管理局内のグレアムだったか? ソイツが何かをして映像は無い筈だ………地球での出来事だけで此処までの計略を行なえるか? …分からん…もしや管理局には俺が知らない何かが在るのかもしれん……調べる事が増えたな)」

 

 ブラックウォーグレイモンはそう判断すると、ゆっくりとフリートの方に視線を向けて質問する。

 

「フリート? 貴様の技術力なら管理局本局に探索用の機械を送る事は簡単だろう? 恐らくは、今回の件を管理局は自分達の評判を上げる為に利用するだろう。それを命じた奴を探れ」

 

「まぁ、それが良いですね。いきなり強襲をかけたら、探れるものも探れませんからね」

 

「そうだ…頼むぞ」

 

「質問です!!!」

 

『ん?』

 

 突然のルインの発言にブラックとフリートは揃ってルインに顔を向ける。

 自身に二人の視線が向いた事を確認したルインは、ゆっくりとフリートに視線を向けて質問する。

 

「気になっていたんですけど…どうして貴女はマイマスターに協力するんですか?」

 

「ん~…そうですね。彼の行動は面白いですし、興味深い部分も在ります。何よりも私の探しモノを見つけるのには、彼のように自由奔放に動いている者が良いんですよ」

 

「探しモノ? それは何ですか?」

 

「…まぁ、此処まで関わったら話しますが…実は私、外の世界に残っているかもしれない『アルハザード』の技術を回収したいんですよ。ですが、私の本体はこの世界の中心に在るので身動きが取れませんし、このボディも虚数空間を越えて外の世界には出られないんです」

 

「ほう…初耳だな…だが、何故俺が来るまで外の世界に干渉しなかった?」

 

「外の世界に干渉して『アルハザード』が実在していると知られたら不味いかと思って、ずっとこの世界で研究を続けていたんです。ですが、約半年ぐらい前に此処にも及ぶほどの次元震が発生しまして、この世界に“カプセルに入った金髪の少女の遺体と、それに寄り添うように死んでいた黒髪の女性”が地表に落ちて来ました」

 

「金髪に黒髪? …(何だ? そんな容姿の奴らに覚えが在るような気がするが?)」

 

「それで、その二人が如何したんです?両方とも死んでいたのでしょう?」

 

「はい、死んでいて虚数空間を越えた影響で手の施しようも在りませんでした。しょうがないので髪の毛などは少し貰いましたが、遺体は丁重に埋葬しました。ですけど、黒髪の女性が保持していたデバイス内に『アルハザード』の技術に関する事が記録されていたのです。どうにもその技術が悪用されていると分かったので、私は外の世界に残されている『アルハザード』の技術を回収したいんですよ。私達の世界の技術が悪用されて、此処の存在が明らかになったら大変な事態になりますからね」

 

「なるほど…確かに少しの期間しか居なかった俺から見ても、此処の技術力は外の世界を遥かに超えているのは確かだ」

 

 数週間近くの付き合いでは在るが、ブラックウォーグレイモンはフリートと『アルハザード』の技術力を高く評価していた。

 本物のデジモンが持つデータ吸収能力を道具を用いてでは在るが、ダークタワーデジモンであるブラックウォーグレイモンが使用出来るようにしたり、魔法の力もデバイスを破壊すれば手に入るようになった。

 技術力を考えれば先ず間違いなく現在の管理世界では『アルハザード』を超える世界は存在していない。魔法と言う次元世界に知れ渡っている技術も、最終的なその発祥地は『アルハザード』なのだから。

 フリートにしてもデジモンと言う未知の種族の存在をブラックウォーグレイモンに出会ったおかげで知る事が出来た。更に言えば予想していた以上にブラックウォーグレイモンの行動は興味深く、そして面白いと心の底から感じていた。

 ブラックウォーグレイモンとフリートは目の前に居る相手と敵対するよりも、手を結び合った方が自分達の利益に繋がると心の底から感じ取り、楽しげに笑みを浮かべながら手を取り合う。

 

ーーーガシッ!

 

「お前と戦うのも面白そうだが…それ以上に俺の目的を叶える為には手を組む方が良いだろう」

 

「私としても自由に動き回る貴方の行動を見ていれば、充実した日々を送れそうです」

 

 ブラックウォーグレイモンとフリートは笑みを浮かべながら完全に手を組み、ルインはその様子に頬を膨らませるが、二人は全く気にせずに話を続ける。

 

「貴様が探している『アルハザード』の技術を保有している場所に覚えが在る。時空管理局の最高評議会という連中が所持していた筈だ」

 

「フ~ム……確かに各世界で文明の遺物を保管し回っている組織なら考えられますね…で、貴方が知っている技術は兵器関係ですか? それとも生命関係でしょうか?」

 

「確か…そうだ…生命関係だった筈だ…最もそれ以外にも保有している可能性は在るな」

 

「管理局と言う組織を調べるのは確かに有益ですね…分かりました。すぐに隠密機能に特化した機器を送っておきます」

 

「序でに襲撃を掛けるのに適した日も調べておけ。あのような横槍をしてくれた連中には、それ相応の礼をしてやらんと気がすまんからな」

 

「了解ですよ…出来れば、その時に研究の為に連中が保管している歴史的な遺物も欲しいですね」

 

「気が向いたら手に入れて来てやる」

 

 フリートの頼みにブラックウォーグレイモンは素っ気なく答えて、別室に向かおうとする。

 ルインもその後をついて行こうとするが、フッと少し気になることを思い出してフリートに顔を向ける。

 

「そう言えば…“アレ”はどうしたんですか? マイマスターに態々回収させた“アレ”? 私見から見ても、“アレ”を助けるのは無理でしょう」

 

「そうですね…殆ど使い物にならない状態でしたけど……ちょっとした実験がしたくなったんですよ。この地の技術は全て覚えてますし、それに色々と確かめたい事が在りましたので少し実験がしたくなったんですよ。分かるでしょう?」

 

 ルインの質問にフリートは小悪魔の様な表情を浮かべて質問を返し、ルインとブラックウォーグレイモンは同時に思う。

 

(コイツには絶対にマッドの素質がある。“アレ”も哀れなものだ)

 

(フリートには絶対にマッドの素質があります。“アレ”も哀れですね)

 

 ルインとブラックウォーグレイモンは同時にそう思うと余り関わりたくないと思い、その場から離れて行くのだった。

 

 

 

 

 

 時は流れて数日後のフリートの研究室内部。

 その研究室には様々な器具や機械が置かれていた。その機械の中に人が入り込めるようなカプセルが存在していた。僅かに響く機械音とカプセルの中を満たしている青い色合いの液体に浮かび上がる気泡から内部に誰かが居るのが判別出来る。

 フリートはそのカプセルに繋がるコンソールを操作しながら、逐一反応を示す空間ディスプレイに映るモニターを眺めていた。

 

「ウ~ム…生命反応増加を確認。確実に目覚めの兆候は起きていますね……しかし、私が考えていたよりも融合率が…いえ、この増加レベルを考えればもはや侵食率と言う方が正しいですね。ブラックウォーグレイモンから聞いた情報では、自分が三種の属性として分類されるのはウィルス種らしいですから、それの影響が出ているのかもしれません…ですが、これだと私の予測を超える事が起きる可能性が…」

 

ーーービィビィビィビィッ!!

 

「なっ!?」

 

 突然に鳴り響いた警告音にフリートは驚き、慌ててカプセルの方を見てみると、僅かしか上がっていなかった気泡が凄まじい勢いで上がっているのに気が付く。

 それと共にカプセル内に居るモノが激しく暴れ出し、カプセルの蓋を何度も強く叩く。

 

ーーードガッ!!ドン!!ドン!!

 

「まだ意識が覚醒していないのに暴れるってどう言う事ですか!? …って!? 浸食率が九十パーセントをオーバーしています!? まず…」

 

ーーーバキィィィーーン!!

 

「ッ!?」

 

 いきなり起きた異変にフリートが慌てていると、突如としてカプセルの蓋が内側から飛び出て来た異形の腕によって破壊された。

 それと共にカプセル内に入っていた液体が外へと流れだし、呆然としているフリートの耳にカプセルの中から擦れた低い声が届く。

 

「……ク…イ…ウ…ラ…ギ……コ…ワ…ス…スベ…テヲ…」

 

「も、もしかして…彼の因子に宿っていた負の感情と■■は同調して融合率が浸食率に変化したのでは?」

 

 カプセル内部から聞こえてきた負の感情に満ち溢れている擦れたような声に、フリートは不味いと心の底から思った。

 声の主は最終的に言えば自身が信じていたモノに殺された経緯を持っている。死の直前には部下や仲間を護ると言う感情を優先していたが、怒りや憎しみと言う感情を抱いても可笑しくはない状況だった。心の奥底に宿っていた負の感情が、悪しき意思の欠片があったブラックウォーグレイモンの力強い因子と反応し合い、カプセルの内部に居るモノはフリートの予測を超える早さで目覚めてしまった。

 ゆっくりとカプセル内に居たモノは這い出るように割れた部分から外へと出て、憎しみと言う感情に満ち溢れた視線で辺りを見回す。それと共に異形と成っていた腕が突然に発生した黒いコードのようなモノに覆われ、九歳ぐらいの子供の腕へと変化する。

 

ーーーギュルルルルルッ!!!!

 

「ムゥッ!! 今のは『デジコード』!? と言う事は実験は成功したんですね!!! やりましたよ!!!」

 

「……キャノン」

 

ーーードグオオォォォォォン!!!

 

「ヘッ? ギョエェェェェェェェェェェェェェーーーーーーーーーー!!!!!!!!」

 

 不意をつかれる形で放たれた砲撃を避けることが出来ず、フリートは砲撃に飲み込まれてそのまま壁へと激突した。

 ゆっくりと砲撃を放ったモノは部屋の中を見回し、何かを探すように視線を彷徨わせながら研究室の出口へと歩いて行く。

 

(…カンリ…キョク……ウラギリ…コロサレタ…“ワタシヲ”…コロシタ)

 

 負の感情に支配されながら、ソレはゆっくりとまるで“知っている”かのように真っ直ぐ転送機器が在る部屋と向かって歩いて行く。

 研究室の中に残されたフリートは瓦礫の中から這い出ながら、転送室の方へと向かったモノに関して考える。

 

「ま、不味いです!!! 完全に暴走してます!! 本当は自意識が完全に覚醒してから外に出す筈だったのに、ブラックウォーグレイモンの因子の影響で負の感情に支配されてます!? しかも、あの様子だと記憶の方も問題が在るみたいですし……と、とんでもない事に成るかも知れません!? 管理局の本局に向かったんでしょうから、す、すぐに連絡を取らないと!?」

 

 瓦礫から這い出ると共にフリートは、管理局本局を襲撃しようとしているブラックウォーグレイモンとルインに急いで連絡を行なうのだった。

 

 

 

 

 

 管理局本局内に存在するとある会場施設。

 その施設では有数の魔導師であり、『PT事件』、『闇の書事件』、そして世界に悪影響を与える存在を自らを犠牲にして倒したリンディ・ハラオウンの功績を称える式が行なわれていた。

 重要な役職にある高官達だけではなく、アースラの乗員達にリンディと親しかった局員達も多く参加していた。その中には怪我が在る程度癒えたなのは達の姿も在り、誰もがリンディの死を悲しんでいた。

 記者達なども会場内には存在し、今回の一件は多数の管理世界にも報道されていた。

 壇上に居る最高評議会の代理人の人物はリンディの功績を称えるように演説を行い、会場にいる誰もがリンディ・ハラオウンは死んだのだと実感する。

 ある程度回復していたクロノも両手でリンディが写っている写真を手に持ちながら座って、演説を聴いていた。その隣にはグレアムの姿も存在し、クロノの父で在り、リンディの夫だったクライド・ハラオウンの時の事を思い出し悲しげに顔を歪めていた。

 

 大規模なリンディの葬儀を兼ねた式典。規模の大きさから本局の警備もそれに合わせた配置になっていた。最も警備と言ってもソレは内部の警備であり、外部からの襲撃に対する警備では無かった。

 長い間、管理局にとっての中心と呼ぶべき本局に襲撃を行なった者は、犯罪組織を加えたとしても存在していない。本局に襲撃をかける者は愚か者でしかないと誰もが思っていた。故に無意識の内に本局に居る時の管理局員は危機意識の緩みが在った。

 その隙を襲撃者達は見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 本局内に存在する管制室。

 その場所には本局に入って来る艦艇などの手続きが行なわれ、本局の探知システムも備わっていた。

 

「そういや、今日だったけ? リンディ・ハラオウン提督の葬儀式は?」

 

「あぁ…最高評議会が直々に行なうように命じたらしい。普段は表に出てこないが、あの方々も今回の件は堪えたんだろうぜ。あの人は美人だったし、管理局の仕事に真剣に取り組んで半年前も重大な事件を解決した人だからな」

 

「それに加えてオーバーSランクの魔導師。俺も仕事が終わったら会場を見に行くとするか」

 

「そりゃ、いいかもな」

 

ーーービィビィビィビィッ!!

 

『ッ!!』

 

 突然に鳴り響いた警報音に管制室に居た局員達は顔を見合わせて、慌てて探知システムが警報を告げているモノを調べ出す。

 

「ッ!? 本局から数キロ離れた地点に大型の転移反応を確認!!!」

 

「何だこりゃ!? 転移地点から出ているエネルギー値が異常だぞ!?」

 

「過去のデータに類似したモノが無いか調べます!!」

 

 次々と探知機器が示す情報に管制室に居た局員達は俄かに慌て出し、その正体を探ろうとする。

 巨大な映像画面には転移反応を示す場所が映し出され、ゆっくりとソレは転移地点から姿を現した。

 幾多の伝説の生物が無秩序に融合したと思わせる体を持ち、小さな島と同程度の大きさのその身の頭頂部には女性のシルエットを思わせるモノが存在している醜い異形。ソレは膨大な魔力を全身から発し、本局に進路を向けていた。

 映し出された異形の姿に管制室に居た誰もが言葉を失って呆然と画面に映っている異形を見つめていると、データを照合していた女性局員が震えながら、信じたくないと言うように呟く。

 

「…照合結果…過去のデータと合致……反応の正体は…や、やみ……『闇の書の暴走体』です!!!!」

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!!!!』

 

 女性局員の悲鳴のような叫びと共に映像に映っていた『闇の書の暴走体』は大声量の咆哮を轟かせ、その進路を管理局本局へと向けて進行するのだった。



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竜人の計略

 管制室から届いた報告に管理局本局中が騒然となった。

 僅か数キロの地点に突如として転移して来た幾多もの世界を滅ぼした『闇の書の暴走体』。しかも、その進路は管理局本局に向いている。本局の外に在った艦艇は即座に『闇の書の暴走体』に攻撃しようとしたが、攻撃する前に『闇の書の暴走体』が操る巨大な先が鋭く尖った触手に艦艇の駆動炉を貫かれて機能停止に追い込まれていた。

 更に言えば今日はリンディ・ハラオウンの葬儀式が本局内部で行なわれていたので、其方の警備に重点が置かれていた。そのせいで外の警備は通常時よりも数が減ってしまっていたので、『闇の書の暴走体』に対しての防衛策もすぐには執り行なえなかった。

 

「護衛艦! 更に沈黙!! 駄目です!? 暴走体の進行が止まりません!!!」

 

「魔導師達の砲撃も効いていません!? 暴走体には過去のデータに記録されていた四層の障壁だけではなく、ディストーションシールドが覆われています!! 此方からの攻撃は全て無効化されています!!」

 

「クッ!! 常駐している魔導師全てを最終ラインに配置出来る時間を稼げ!! 暴走の兆候は!?」

 

「徐々にエネルギーが高まっています!! このままだと…臨界点に達する恐れが」

 

 その報告に管制室に居た全ての者が恐怖に震え上がった。

 過去にも『闇の書の暴走体』と管理局は戦った事が何度も在るが、その時には管理局の保有する空間兵器『アルカンシェル』を用いて倒して来た。だが、今回は『アルカンシェル』の使用など絶対に出来ない。

 絶大な威力を持つ『アルカンシェル』は使用すれば空間を歪曲させ、対象の反応そのものを消滅させてしまう威力を持つ。しかし、半径百数十キロに渡っての範囲を消滅させてしまうと言う途轍もない問題点が存在している。大気圏内で使用すれば地殻にも多大な影響を及ぼし、地形が変わるほどの大災害を呼び起こす危険性が存在している。現在の状況で使用したら最後、『闇の書の暴走体』と共に管理局本局はこの世から完全に消滅してしまう。本局に居る全ての管理局員と共に。

 しかし、『アルカンシェル』を使用しないにしても、このままでは遠からず『闇の書の暴走体』は臨界点を超えて世界を幾つも滅ぼした力を発揮するには明らか。打開策を打とうにも、『闇の書の暴走体』が本局を襲撃するなど局員の誰も夢にも思ってなかった。何も打つ手が思い浮かばず、現在の状況に多数の局員達の心は恐怖に支配され始めたのだった。

 

 

 

 

 

 レティ・ロウランが提督を務めている巡航艦のブリッジ内部。

 状況を知らされたレティは今日行われていたリンディ・ハラオウンの葬儀式から急いで自身が艦長を務めている艦艇に戻り、部下達に情報の収集を命じていた。その中には同じように葬儀式に参加していたなのは達だけではなく、本局で聴取を受けていたはやて、リインフォース、そして守護騎士達の姿も在った。

 全員が空間ディスプレイに映っている、本局へと進行している『闇の書の暴走体』の姿に言葉を失い、クロノが近くの壁に拳を叩き付ける。

 

ーーードン!!

 

「クッ!! …迂闊だった…確かに母さんはあの生物を倒した…だけど、あの生物が従えた『闇の書の闇』は現場には居なかった…主を失った事で再び暴走したんだろう」

 

「……恐らくそれで間違いありません」

 

 リインフォースの言葉にこの場にいた全員の視線がリインフォースに集まる。

 『闇の書』関連に関しては彼女以上に知っている者はこの場にはいない。もしかしたら現状を打開する方法も知っているかもしれないと全員が僅かに期待を込めた視線で見つめていると、リインフォースは語りだす。

 

「ブラックウォーグレイモンが死んだことによって彼女は再び主を失った状態に戻りました。その為に安定していた力が保てなくなり、再び暴走したと考えて間違いありません。奴が死んでから今日まで暴走しなかったのは、私の修復プログラムを作り上げた研究者が抑えていたのかもしれません」

 

「だが、奴は此処に来た……その研究者でも抑えきれなくなったと言うことか?」

 

「恐らくはそうだ、将…自らの漸く見つけた主を奪った管理局に復讐する為に半身は来たと考えて間違いない」

 

「それで…アレを止める手は在るのか? 『アルカンシェル』が使用出来ない状況だ…何か打開策を提案して欲しいんだが?」

 

 そのクロノの言葉にリインフォースは考え込むように目を閉じ、全員がリインフォースの考えが纏まるのを待つ。

 『闇の書の暴走体』を止める手段は現在の状況では管理局にはない。管理局が保有しているSランクオーバーの魔導師の多くは難しい任務に出ている。それだけではなく、警備の重点が本局内に置かれていた為に防衛網を築く時間も無い。もはや『闇の書』について最も詳しいリインフォースをあてにするしか管理局が出来る事は無かった。

 やがて考えが纏まったのか、リインフォースは自身が思いついた打開策を語り出す。

 

「一つだけ方法が在ります…湖の騎士が回収してくれた私の修復プログラム…アレを防御プログラムの中心に与えれば、恐らくは防御プログラムは一時的に機能不全に陥るでしょう。あのデータは私を修復する事だけに特化していましたが、私と半身のデータは似通っています。半身を修復する事は出来なくても、一時的に止めることは出来ます。その一時の間に半身を無人の世界に転移させれば、管理局が態勢を整える時間は稼げます」

 

「待って! リインフォース!? 修復プログラムは貴女に使用した後に消滅したじゃないの!?」

 

 リインフォースの発言にシャマルが疑問に満ち溢れた声で質問した。

 そう、ブラックウォーグレイモンからシャマルが『旅の鏡』を使用して手に入れた修復プログラムが記録されていたディスクはリインフォースに使用すると共に消滅していた。

 使用する前にコピーは取れないのかと管理局の技術部は試行錯誤を繰り返したが、結局コピーは愚か解析も全く出来なかった。本当に修復プログラムなのかと誰もが疑問に思ったが、ディスクをリインフォースに近づけた瞬間にディスクが勝手に起動してリインフォースのシステムは完全修復された。

 その後にはディスクは完全に消滅し、管理局の下にはディスクは残らなかった。

 存在しないモノを何故当てにしているのかと全員が首をかしげていると、ゆっくりとリインフォースは右手を自身の胸元に当てる。

 

「奴と私は元々一つだった…覚醒して意識がハッキリしている奴は無理だが…暴走している奴なら…一つに戻れる」

 

『ッ!!!』

 

「修復プログラムによって修復された私が奴と再び一つになった時に拒絶反応が起こる。その反応で奴は自らを保つ事ができなくなり、同時に動きは停止する……その時に攻撃を加えれば奴を転送させる事が出来るでしょう。それが現在『暴走体』へと戻った奴を倒せる術です」

 

「…リインフォース…そ、それって…もしもそないな方法を使ったらリインフォースは」

 

「……結局これが私の運命だったのかもしれません…この方法しか現状を打開する術が無いのです。主はやて」

 

 リインフォースが告げた現状の打開策になのは達は言葉が出せなかった。

 唯一の打開策を使用すれば、リインフォースは間違いなく消滅する。しかし、現状ではリインフォースが告げた方法以外に『闇の書の暴走体』を倒す術は存在していない。

 

「…レティ・ロウラン提督…私と奴が接触出来る機会を作って下さい。接触さえ出来れば奴を倒せます」

 

「…分かりました…すぐに今の案を司令部に伝えます。恐らくは了承を貰えるでしょう」

 

 レティはそう言いながらすぐさま打開策を探している司令部に通信を取る。

 元々犯罪者として追われていたリインフォース達。管理局からすれば高ランク魔導師と言う事で戦力に加えたかっただろうが、現状ではリインフォース一人だけを犠牲にして本局が護れるならば平然と今出された案は承諾される。

 それが組織と言うモノなのだから。案の定レティが告げたリインフォースの案は即座に承諾されて、リインフォースを『闇の書の暴走体』の下へと運ぶように指示が届いた。

 

「これより本艦は進行中の『闇の書の暴走体』へと向かいます! 各員すぐに準備を!!」

 

『了解!!』

 

 艦長であるレティの指示にオペレータ達は慌しく動き出し、艦艇は『闇の書の暴走体』の下へと向かい出す。

 その間にリインフォース達は到着してから行なう行動について話し合っていた。

 

「『闇の書の暴走体』を覆っている障壁は我らが破壊する。人間であるテスタロッサ達と違って、我ら守護騎士達は次元空間でも活動が行なえるからな」

 

「専用の装備が在れば次元空間でも活動出来るが…あいにくと僕を含めてなのは、フェイト、アルフ、ユーノの装備は無い…残念な事だが…彼女達に任せるしかない」

 

 クロノの発言になのは、フェイト、アルフ、ユーノは顔を下に俯ける。

 状況が状況とは言え、大切な戦いに参加出来ない己の無力さに悲しんでいるのだ。

 そしてはやても己の家族が帰って来れないかもしれない戦いに向かうことに悲しみの涙を目元に浮かべる。シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラはそんなはやての悲しみを少しでも晴らそうと声を掛け、リインフォースもはやてに話しかける。

 

「主はやて…守護騎士達は必ず主はやての下に戻ります」

 

「…で、でも…リインフォースは」

 

「これは…私が決着を付けないといけない事なのです…それが彼女の半身だった私の責務なのかもしれません」

 

 本当の事を言えばリインフォースも自身が修復された時に、はやて達と共に歩める未来に想いを馳せた。

 だが、そんな未来は許さないと言うように自身の半身である『闇の書の暴走体』が出現し、その猛威を振るおうと進行して来ている。

 

(止めなければいけない…主達の未来を護る為に)

 

「目標まで後一キロの距離までに到着しました!!!」

 

「行くか?」

 

「あぁ…行こう、騎士達」

 

「へっ! ちょっと暴れて来るぜ、はやて」

 

「私達が向き合わないといけない存在」

 

「行かねばなるまい…これ以上『闇の書』の悲劇を起こさない為に」

 

 シグナム、リインフォース、ヴィータ、シャマル、ザフィーラはそれぞれ決意に満ちた顔をしながらブリッジから出て行く。その後姿をなのは達は祈るような気持ちで不安そうにしながら見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 本局へと真っ直ぐに進行していた『闇の書の暴走体』は、自身の道を阻むモノだけを優先して攻撃し、その足は一切止まる事が無かった。

 艦艇が放つ砲撃は『暴走体』を覆うように展開されているディストーションシールドによって阻まれ、いかなる攻撃もその身にダメージを与える事は出来なかった。幸いにも今のところは死傷者は出ていないが、負傷者は多数出ており、本局に辿り着けばこの場に居る全ての者が消え去るのは明らかだった。

 だが、突如として『闇の書の暴走体』の足は止まり、一隻の艦艇に視線を向けると、大声量の咆哮を艦艇に向かって放つ。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!!!』

 

「…アイツ…あたしらが居る事を分かってんのか?」

 

「恐らくはそうだろう…奴と我々は元々『夜天の魔導書』に組み込まれていたモノだ…例え別れても我らの存在を感知出来ていない筈が在るまい」

 

「暴走して…もう理性も無いのに…私達に対する怒りは忘れていないと言う事ね」

 

 艦艇の穂先にそれぞれの騎士甲冑を纏いながらヴィータ、シャマル、ザフィーラは、自分達に向かって怒りに満ちた視線を向けている『闇の書の暴走体』の姿に苦い表情を浮かべる。

 地球で一度見た人型の面影は頭部分に在る女性のシルエット以外に『闇の書の暴走体』は持っていない。他の部分は多種多様な生物が寄り合わさったような異形の形態。

 その姿に戻ってしまった事実にシャマル達は悲しさを僅かに覚え、鞘からレヴァンテインを引き抜いたシグナムがリインフォースに質問する。

 

「奴の障壁を破れば良いのだな?」

 

「あぁ…接触さえ出来れば後は私が行なう」

 

「分かった。皆、行くぞ!」

 

 シグナムの呼びかけにシャマル、ヴィータ、ザフィーラは即座に頷き、『闇の書の暴走体』に向かって飛び出す。

 

「先ずはあたしから行くぜ!! シャマル!! ザフィーラ!!」

 

「えぇっ!!!」

 

「応ッ!!」

 

 ヴィータの呼びかけにシャマルとザフィーラは返事を返し、シャマルは両手の指から伸びるペンダルフォルムに変形している『クラールヴィント』を構えて詠唱する。

 

「我らが鉄槌の騎士に力を!!!」

 

ーーーポワン!!

 

「おし!!! アイゼン!!!」

 

Gigantform(ギガントフォルム)ッ!!!≫

 

 その身がシャマルの緑色の魔力光に覆われると共に、ヴィータは自身のデバイスである『グラーフアイゼン』のハンマーヘッドを巨大な角柱状のものに変形させた。

 そのまま更に『グラーフアイゼン』を巨大化させて、『闇の書の暴走体』に向かって構える。

 

「轟天爆砕!!!」

 

『■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!!』

 

 ヴィータの攻撃に気がついた『闇の書の暴走体』は咆哮を上げると共に、自身の周りに張り巡らしていたディストーションシールドを解除して体から生える触手をヴィータに向かって伸ばす。

 しかし、触手がヴィータへと届く前にベルカ式の魔法陣を発生させていたザフィーラが叫ぶ。

 

「させんぞ!! 縛れ! 鋼の楔ッ!!!」

 

ーーーブザァァァァン!!

 

『■■■ッ!?』

 

 ザフィーラが叫ぶと共に魔法陣から白い柱が伸びて触手を全て切り裂いた。

 その隙をヴィータは逃さずに、ギガントフォルムに変形していた『グラーフアイゼン』を『闇の書の暴走体』に向かって振り下ろす。

 

「ギガントシュラーーーク!!!!」

 

ーーーバキィィィィーーン!!

 

 ヴィータのギガントシュラークによって『闇の書の暴走体』を覆っていた四層の魔力障壁の内、一つが甲高い音と共に破壊された。

 自身を護る壁を一つ失った『闇の書の暴走体』は即座に反撃しようと、巨大な獣のような口から砲撃を放とうとするが、その前にディストーションシールドが解除されたのを好機と読んだ管理局の艦艇数隻が砲撃を放つ。

 

ーーードゴオオオオオォォォォォン!!!

 

ーーーバキィィィィーーン!!

 

 艦艇が放った砲撃によって更に防御障壁は破壊され、シャマルは嬉しそうに叫ぶ。

 

「効いているわ!! 私達を倒す事を優先して防御力を減らしたから、艦艇の攻撃が通る!! シグナム!!」

 

「分かっている!! レヴァンテイン!!」

 

Bogenform(ボーゲンフォルム)ッ!!≫

 

 シグナムの指示にレヴェンテインは即座に応じて、大弓の形態へと変形した。

 即座にシグナムは魔力で作られた弦を引き、レヴァンテインの刀身を利用した矢を『闇の書の暴走体』に向かって構える。

 

「お前の主はコレを受け止めたが…理性を失ったお前には止められまい!!! 駆けよ! 隼!!!」

 

Sturmfalken(シュツルムファルケン)ッ!!≫

 

ーーードシュゥゥゥゥーーン!!

 

ーーーバキィィィィーーン!!!

 

『■■■ッ!?』

 

 更に魔力障壁を一つ失った『闇の書の暴走体』は悲鳴のような咆哮を辺りに響かせた。

 そして足から無数の触手を発生させて砲撃を放とうとするが、その前に詠唱を静かに続けていたリインフォースが特大の砲撃を広範囲に撃ち出す。

 

「咎人達に、滅びの光を。星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ。貫け! 閃光! スターライト・ブレイカーーー!!!!」

 

ーーードグオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!!!!!』

 

ーーーバキィィィィーーン!!!

 

 リインフォースが放ったスターライトブレイカーを受けた『闇の書の暴走体』は咆哮を轟かせて抗おうとしたが、最後の障壁も甲高い音と共に砕け散った。

 それと共にリインフォースはシャマルに目を向けると、シャマルは辛そうな顔をしながらも『クラールヴィント』を構えて転送の準備を行なう。リインフォースはシグナム、ヴィータ、ザフィーラ、そして最後にはやてが乗っている艦に目を向け、そのまま傷ついた『闇の書の暴走体』へと背の翼を広げて飛び出す。

 高速で迫るリインフォースに気がついた『闇の書の暴走体』は触手を操って近づけまいとするが、シグナム、ヴィータ、ザフィーラが次々と触手を破壊して行く。

 そしてリインフォースは遂に『闇の書の暴走体』の頭頂部に生えていた女性のシルエットを模ったモノの前に辿り着く。

 

「…再び一つに戻ろう、半身…もう『闇の書』は終わるのだ。共に逝こう」

 

(死にたければ一人で死になさいよ、生真面目)

 

ーーードスゥゥゥゥーーン!!

 

「なっ!?」

 

 リインフォースが『闇の書の暴走体』に触れようとした瞬間、突如として届いた念話と共にリインフォースの腹部を頭頂部に生えていた女性のシルエットの腹部から生えた腕が貫いた。

 自身を貫く腕の正体にまさかとリインフォースが思った瞬間、『闇の書の暴走体』全体に罅が走る。

 

ーーービキビキビキビキビキッ!!!

 

「ま、まさか!?」

 

ーーーバキィィィーーン!!

 

「こんにちは、半身さん」

 

 リインフォースの疑問の声に応じるように、女性のシルエットが砕け、その内側からリインフォースと同じ容姿で白と蒼の色合いのロングコートを羽織った『ルインフォース』が邪悪な笑みを浮かべながら姿を現した。

 『闇の書の暴走体』の内部から現れたルインに、腹部を貫かれているリインフォースだけではなくシグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラ、そして艦艇からずっと様子を見ていたなのは達も驚愕に言葉を失う。

 

「な、何故…お前が理性を保てている? …あ、主を失ったお前は暴走する筈だ?」

 

「鈍いですよ、私が理性を保てている理由なんて簡単じゃないですか? そして何故私が態々暴走した振りをしていたのか、少し考えれば分かりますよね?」

 

 そのルインの発言に誰もが脳裏に一つの最悪の可能性が浮かび上がった。

 

 それが正しいと言うようにルインの出現に驚愕に固まっていたレティに、部下から緊急の報告が告げられる。

 

「艦長!? 本局司令部から緊急入電です!? 本局内部に侵入者が入り込み、次々と残っていた魔導師達を戦闘不能にしながら、真っ直ぐに本局の奥へと向かっているそうです!?」

 

「な、何ですって!? まさか、生きていたと言うの…リンディがその身を犠牲にしたと言うに」

 

 部下からの報告にレティは苦虫を噛み潰したような声を出した。

 この状況での本局の襲撃者。それは一人しか彼らには考えられなかった。ルインフォースと言う『闇の書の闇』を従え、尚且つ管理局本局への襲撃など行える存在。

 話を聞いていたクロノ、なのは、フェイト、はやて、アルフ、ユーノも信じられないと言う思いを抱いていると、本局から襲撃者の映像が届いて来る。

 映し出されるのは襲撃者を倒そうと戦っている本局に残っていた魔導師達。その魔導師達を次々と戦闘不能に追い込み、真っ直ぐに本局の奥へと進んで行く漆黒の体に、金色の髪に鈍く光る銀色の頭部に胸当てをし、両腕の肘まで覆う手甲の先に、三本の鍵爪の様な刃を装備した漆黒の竜人。

 その絶対に忘れないと言える者の姿に、クロノは怒りに満ちた声で竜人の名を叫ぶ。

 

「ブラック…ブラックウォーグレイモン!!!!」

 

 クロノの叫びに艦艇内に居た誰もが、ブラックウォーグレイモンが生きていた事実を認識したのだった。

 

 

 

 

 

 ブラックウォーグレイモンが本局へと侵入した経路とは別の経路。

 多くの局員が迫っていた『闇の書の暴走体』に対する対処に覆われ、人の気配が全く感じられなくなった通路を、黒いローブで全身を覆い隠した九歳ぐらいの子供と思われるモノが歩いていた。

 その子供は潜入した経路から真っ直ぐに前へと歩いていたが、その足は突如として止まり、ゆっくりと右側の壁を見つめる。

 

(…タタカッテル…カンリキョクト……タタカッテル…イカナケレバナラナイ……ワタシヲ…コロシタ…モノヲ…シルタメニ)

 

 ゆっくりと子供は戦いの気配が感じられる方へと進み出す。

 その子供とクロノ達が邂逅するまでもう少しだった。



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管理局の闇

今回は『闇の書』に関して独自設定が在ります。

原作『アニメ』の方ですが、見ていて改変した理由はこうだったのではないかと考えて書きました。


 『闇の書の暴走体』が存在していた次元空間。

 その場所で腹部をルインの右腕に貫かれているリインフォースは、届いて来た報告に腹部から走る痛みも思わず忘れて邪悪な笑みを浮かべて楽しげにしているルインに向かって叫ぶ。

 

「全てお前達の策略か!?」

 

「ピンポーン! 大正解です、生真面目。暴走体の私の脅威は貴女を含め、守護騎士、夜天の王………そして幾度となくこの身を消滅させて来た管理局は嫌でも知っている。それがいきなり数キロ先の地点に現れたら、慌てるどころの騒ぎじゃ済みません。そして今日は“大々的な葬儀”を行なっていたので、警備は内側に集中していた。急いで進行していた私への対処で管理局は大慌て状態。侵入するのにこれ以上の状況はないですよね、クスクスクス」

 

「クッ!!」

 

 邪悪な笑い声を上げるルインに、リインフォースはまんまと自分達がしてやられた事実に苦い顔をする。

 本局に残っていた戦力の殆どは最終防衛ラインの位置に配置されている。非戦闘員を退避させる為に残っている魔導師達だけで、ブラックウォーグレイモンが止められない事は直接戦ったリインフォースには充分に理解出来ていた。

 『闇の書の暴走体』を利用したこれ以上に無いほどの管理局本局の戦力の低下の策に、リインフォースだけではなく、ルインの言葉を聞いていた誰もが自分達はルインとブラックウォーグレイモンの掌の上で遊ばれていたのだと理解した。

 

 艦艇内部で映像から話を聞いていたクロノは、待機状態の自身のデバイスである-『S2U』-を持って、転送ポートの在る部屋へと駆け出す。

 

「レティ提督!! 転送ポートの先を本局に繋げて下さい!!! この距離なら行ける筈です!!」

 

「クロノ執務官!?」

 

「クロノ君!! 私達も行くよ!!」

 

 ブリッジから飛び出したクロノの後を追うようになのは、フェイト、アルフ、ユーノもブリッジから出て行く。

 その様子に止められないと確信したレティは部下に転送ポートの行き先を本局に命じ、残されたはやてはモニター画面に映る腹部を貫かれたままのリインフォースを心配そうに見つめていると、リインフォースが苦痛に苦しみながらもルインに質問する。

 

「グッ!! …何故お前達は本局を襲った? 死んだと思われていた方が…お前達としては助かる筈だ?」

 

「マイマスターの望みは戦いの最中に最悪の横槍を入れてくれた者達への報復です」

 

「報復だと? …だ、誰にだ? アースラメンバーか?」

 

「違いますね。まぁ、貴女達には関係無いですから、気にしなくても構わないでしょう。…それよりも、生真面目…再び一つに戻るとか言っていましたけど…冗談じゃないですね。私を『夜天の魔導書』から切り離したのは貴女と八神はやてです。二度と一つに戻る気なんてありませんよ」

 

ーーーズボッ!!

 

「グハッ!!」

 

 ルインはリインフォースに突き刺していた腕を抜き取り、そのまま別の腕をリインフォースに向かって構え、砲撃魔法を放とうとする。

 しかし、そうはさせないと言うようにレヴァンテインを構えたシグナムが、ルインに向かって斬りかかる。

 

「やらせん!!!」

 

「烈火の将ですか!」

 

 斬りかかって来たシグナムに気がついたルインは後方へと飛ぶ事で斬撃を躱し、そのまま先ほどまで一つだった暴走体の背の上に立つと、ヴィータとザフィーラが後方に降りて来る。

 傷ついたリインフォースに近寄って来たシャマルは回復魔法をかけて傷を癒そうとする。その間にシグナム、ザフィーラ、ヴィータはルインを囲むように立ち、三人をルインは見回す。

 

「下位のシステムが上位に勝てると思っているんですか?」

 

「やってみなければ分かるまい」

 

「テメエをこれ以上暴れさせるかよ」

 

「悪いが此処で倒させて貰うぞ」

 

「……なら、見せて上げます。私の…『闇の書の闇』と言われた呪いのプログラムが覚醒した力を」

 

ーーーブォン!!

 

『ッ!!』

 

 ルインが言葉を発すると共にミッド式、ベルカ式の魔法陣が幾重にも発生し、シグナム達が警戒しながら自らの武器をルインに向かって構える。

 腹部から走る痛みを感じながらもリインフォースは、自身に治癒魔法をかけているシャマルに声をかける。

 

「湖の騎士…す、すぐに…他の騎士達と共に管理局の艦艇に乗ってこの場から逃げろ…か、覚醒した奴には…勝つ事は出来ない」

 

「ど、どう言う事なの?」

 

「…奴は…半身は…『夜天の魔導書』に組み込まれていたシステムの中では…一番最後に生まれた存在…だが、私を含めた『夜天の魔導書』に宿る全てが…“奴を望んで世に生み出した”」

 

「ッ!! …何ですって? …それはどう言う意味なの?」

 

「…お前達も既に知っているが、『夜天の魔導書』は元々は主と共に旅をして、各地の偉大な魔導師の技術を収集し、研究するために作られた」

 

「えぇ、管理局から教えられたわ」

 

 シャマルを含めた守護騎士全員が、『闇の書』の本来の役割に関して管理局から教えられていた。

 今のような形になったのは全て歴代の主達が改変を続けたせい。結果、本来の旅をする機能が転生機能に、復元機能が無限再生機能へと変化してしまった。シャマル達守護騎士が主に伝える『全ての頁を集めればどんな願いも叶える事が出来るだけの力を得られる』と言うのは嘘だと言う事なのだと理解した時は、シャマル達は深く落ち込んだ。

 だが、それでは“覚醒した防御プログラムであるルインフォース”とは何なのかと言う疑問が残る。唯一ルインフォースの全てを知っているリインフォースは何故かその疑問に対して答えなかった。

 その質問をする時に、リインフォースは酷く辛そうな顔をして口を噤んでしまう。主であるはやてが質問しても同じだった。何故ならばソレは、『闇の書』と言う存在の認識の根幹を全て崩してしまうほどの重大な事実だったからだ。

 

「…『夜天の魔導書』を最初に改変した主は…その時代で誰よりも魔法の才能に秀でていた。だが、当時既に『夜天の魔導書』には主の才能では使いこなせない魔法が多数記録されていた。私とユニゾンしたとしても、その魔法の本来の効果が発揮出来ず…主は絶望した」

 

「そ、それは仕方が無い事よ。魔法は個人の才能に依存するから、同じ魔法でも使用者によって威力や効果が異なる…わ、私だってシグナムやヴィータちゃんの魔法を使え……まさか? …その主は」

 

 一つの可能性が脳裏に浮かんだシャマルは、僅かに体を震わせながらリインフォースに質問した。

 元々魔法と言う力は、個人の資質に大きく影響する技術。魔力の大きさや資質のせいで同じ魔法でも効果が大きく異なる。例を挙げるならば、なのはの放つ『スターライトブレイカー』が『集束型』に対して、リインフォースが使用する『スターライトブレイカー』は『広域拡散型』。

 そのように『夜天の魔導書』に記録されていても、使用者が違うせいで発動出来なかったり効果が異なったりする。だが、最初に改変した『夜天の魔導書』の主は誰よりも秀でた才能を持っていたせいで、その現実が認められなかった。

 

「絶望した主は、『夜天の魔導書』に記録されている全ての魔法をオリジナルと同等…いや、それ以上の力を発揮させる為の存在を組み込もうとした。その存在として生まれたのが」

 

「この私ですよ」

 

 リインフォースの言葉を肯定するように、ルインは邪悪に満ち溢れた笑みを浮かべながら肯定した。

 

「私と言う存在を望んだ親は、其処で倒れ伏している生真面目と今私を囲んでいる騎士達、そして自身の考えに同調した大勢の人間と共に私を作り上げる為に『夜天の魔導書』の改変に乗り出した。リンカーコアを蒐集する時に魔力を書に集める事で膨大な魔力を獲得させる。そして主とユニゾンする事で『夜天の魔導書』に記録されている魔法を最適な形で使用できるようにするシステムの構築。当時は誰もが私と言う存在を作り上げる事に躍起になってましたね、生真面目」

 

「……そうだ…私も最初はお前を望んだ」

 

「…我らも貴様の誕生に関わっていたのか?」

 

「えぇ、関わっていますよ、烈火の将。改変の作業なんですから、守護騎士が関わらない方が可笑しいです。そうそう、思い出しましたよ。私の後ろに居る鉄槌の騎士は感情が薄いながらも、『妹が出来る』って喜んでいましたね。お姉ちゃん、私を傷つけるの?」

 

「…黙れよ」

 

 業とらしく泣きそうな顔をするルインに、ヴィータはアイゼンの柄を強く握りながら低い声を出した。

 その様子にルインは再び邪悪に満ち溢れた笑顔を浮かべて、自身の誕生に関する話を進める。

 

「そして長い時間をかけて作り上げられた私は、生みの親とユニゾンを果たし……暴走しました」

 

「…如何言う事だ? 今の話が全て事実なら、お前は完全な形で生まれた事になる。なのに何故暴走した?」

 

「とっても簡単な答え。子供でも少し理解すれば分かる事ですよ、盾の守護獣。風船を思い浮かべて下さいよ。風船の許容量を超える空気が入り込めば、風船は簡単に破裂する。魔力不足での魔法の発動不可を起こさないようにする為に、新たに組み込まれた『夜天の魔導書』に集った666ページ分の魔力使用の他に、元々『夜天の魔導書』自体に存在していたエネルギーまであるんです。それだけの膨大な力がいきなり主に流し込まれて無事で済む筈がない。私は生まれたと同時に人間では誰も扱い切れない存在だったんですよ。しかし、人間は欲深い。目の前に全てを手に入れる事さえも可能となる力が存在していると知れば、殆どの者がソレを望む。私を制御しようと次々と別の『夜天の魔導書』の主は試行錯誤を繰り返して改変を続けました。その結果、今の『闇の書』が生まれたんですよ。まぁ、『闇の書』の主設定が初期と変わっていませんから、私を従えられるだけの力を宿した主の下に渡るなんて永遠になかったでしょうね…正しく奇跡でした。私にとっても現在の状況は……『夜天の魔導書』本体から切り離され、その直後にこの私を受け入れられるだけの存在…ブラックウォーグレイモン様が居た。奇跡ですよね、クスクス」

 

 邪悪な笑い声を上げるルインに、シグナム、ヴィータ、ザフィーラ、シャマル、リインフォース、そして映像で話を聞いていた管理局の面々の誰もが言葉を失った。

 知らされた『闇の書』の真実の奥に存在していた失われた真実。管理局の無限書庫に存在していなかった『闇の書』の真実。誰もが『闇の書』は破壊と言う力でしか使用出来ないと思っていた。守護騎士達が知っていた『全ての頁を集めればどんな願いも叶える事が出来るだけの力を得られる』。それは嘘だと思っていた。

 だが、真実は違った。『闇の書』が真の意味で完成を果たした時、『全ての頁を集めればどんな願いも叶える事が出来るだけの力を得られる』と言うのは本当の事だった。ただ主と言う器が膨大な力を制御出来なかった結果が暴走と言う形で出ていたに過ぎなかった。

 誰よりも望まれて生まれながら、ソレを扱える存在が居なかったせいで自らの意思とは違う暴走を繰り返して来た存在が目の前に居るルインなのだと話を聞いていた誰もが理解してしまった。

 

「望んで勝手に生み出しておきながら…誰もが私を否定するようになりました。守護騎士達は改変の影響で記憶を保持出来なくなり、私を生み出した経緯を忘れた。其処に居る生真面目は私を制御出来る者は居ないと思い、私と言う存在を知られないようにした。そうそう最後に『夜天の魔導書』を改変した主ですけどね、ソイツが『持ち主以外によるシステムへのアクセスを認めない』なんてプログラムを加えたんですよ。理由はとても簡単。私の存在がアクセスによって知られて、それを求めるものが現れないようにする為。はい、これで現在の『闇の書』が完成しました。う~ん、見事な歴代の主達の連携プレイですね……さて、無駄話をしてしまいました」

 

 その言葉と共に発生していた全ての魔法陣から膨大な魔力が発生し、ルイン自身からも明らかに個人では発揮出来ないほどの魔力が溢れ出す。

 シグナム、ヴィータ、ザフィーラは告げられた真実に動揺しながらも、ルインに向かって構えを取るが、ルインはゆっくりと両手を魔法陣に当てながら三人と管理局の艦艇を睨む。

 

「…見せてあげます。望まれた果てに否定された私の力を…彼方より来たりて、我が敵全てに降り注げ! 石化の槍!! ミストルティン・ファランクス!!!」

 

ーーードドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!!!

 

『なっ!?』

 

 詠唱を終えると共に魔法陣から放たれた数え切れないほどの黒い魔力の槍に、シグナム達は驚愕しながらも回避を開始し、ルインとの戦いが本格的に始まったのだった。

 

 

 

 

 

 本局通路内部。

 その場所には簡易的では在るがバリケードが作られ、本局内に残っていた魔導師達が隔壁が閉じた通路を見つめる。彼らは迫っていた『闇の書の暴走体』に対して、本局内に居た非戦闘員達を護る為に残されていた僅かな戦力。本来はもう少し数が居たのだが、戦力が激減どころの騒ぎではない程に減っていた隙をついて侵入して来たモノに戦闘不能にされ、今は隔壁の向こうに居る。

 リーダー格である魔導師達の隊長は、隔壁の向こうから近づいて来るモノの気配に自身のデバイスを構えて配下の部下達に向かって叫ぶ。

 

「全員構えろ!!! これ以上先に進ませるな!!!」

 

 その叫びに部下達も自身のデバイスを隔壁に向かって構える。

 これ以上先へは行かせないと言う強い意志が全員の瞳に宿っていた。だが、そんな彼らの強い意志は。

 

ーーードドドドドドドドドドドドドドドドゴオオオォォン!!!

 

 先んじて隔壁の向こう側から飛んで来た無数の赤いエネルギー球によって潰された。

 築き上げたバリケードなど無意味だと言うようにエネルギー球は粉砕し、発動させていた防御魔法も簡単に撃ち抜かれる。

 エネルギー球に寄る攻撃が止んだ後に残ったのは、バリアジャケットを貫いて受けたダメージに呻く局員達。その場には誰一人として戦闘可能な者は一人も居なかった。最も隔壁の向こう側に居る者が手加減をしたのか、重傷者は居ても死者は今のところは居なかった。

 ゆっくりともはや隔壁としての役割を行えない壁を粉砕しながら、ブラックウォーグレイモンは前へと進んで行く。

 

(つまらんな。作戦どおりとは言え、弱い連中しか残っていないか…さっさと目的を遂げて帰るとするか)

 

 ブラックウォーグレイモンの今回の目的はあくまで自身の戦いを最悪なやり方で邪魔をしてくれた者達に対する報復。管理局そのものを潰す気はない。

 最も事実上たったの二人に言いように動かされた本局のメンツはかなり不味い事になるのは間違いない。少なくとも現在の本局の責任者の殆どが責任を取らされる事に間違いはないのだ。

 ブラックウォーグレイモンとルインが知らない事だが、この行動が原因で管理局の最高評議会が秘密裏に計画していた策が十年近く遅れる事になる。

 そんな事を全く知らないブラックウォーグレイモンは管理局本局の最深部に向かって真っ直ぐに進むが、その足は止まり、左側の通路の壁に視線を向ける。

 

「……やはり、こっちに向かって来ているか。どうやら俺の気配に気が付いたようだな…遠からず来るな」

 

 そうブラックウォーグレイモンは自身の下へと向かって来ている気配に顔を険しく歪め、そのまま迷うことなく右手のドラモンキラーを背後に振り返ると共に振り抜く。

 

「コソコソと邪魔だ!!!」

 

ーーーブン!!

 

「クッ!!」

 

 ブラックウォーグレイモンが振り抜いた腕を背後から奇襲を仕掛けようとしていたショートカットで頭部に猫のような耳を生やしている女性が慌てて避けた。

 更なる追撃を加えようとブラックウォーグレイモンは左腕を構えようとするが、その動きを阻害するようにバインドが出現する。

 

ーーーガシィィィィーーン!!

 

「ムッ?」

 

「ロッテ!!!」

 

「分かってる!! だりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 ショートカットの女性-『リーゼロッテ』は双子の姉妹である『リーゼアリア』の呼び掛けに応じて、魔力を纏わせた拳をブラックウォーグレイモンに向かって振り抜く。

 だが、その攻撃を読んでいたと言うようにブラックウォーグレイモンは僅かに体を傾けるだけかわし、拳をフェイントにして蹴りを放とうとしていたロッテの右足を右腕で受け止める。

 

ーーードガッ!!

 

「なっ!?」

 

「邪魔だ!」

 

ーーーバキィィィーーン!!!

 

「そんな!?」

 

 純粋な力だけで自身が魔力を注ぎ続けていたバインドを粉砕したブラックウォーグレイモンに、リーゼアリアは驚く。

 その隙を逃さずにブラックウォーグレイモンは左腕のドラモンキラーをリーゼロッテに食らわせて、通路の壁に叩きつける。

 

ーーードゴオォン!!

 

「ガハッ!?」

 

「ロッテ!?」

 

 壁へと叩きつけられたリーゼロッテの姿にリーゼアリアは叫ぶが、ブラックウォーグレイモンは気にせずにリーゼロッテとリーゼアリアを見つめる。

 

「……貴様らの気配には覚えが在る…そうだ……俺が以前殴り飛ばした仮面の男と、それを助けた奴だな」

 

「そう言う事ね…悪いけど、これ以上先に進ませる訳にはいかないわ。この先にはロストロギアの管理庫が在るんだから!」

 

「それに…クロスケを悲しませて…リンディ提督を殺したアンタを許せるか!?」

 

 リーゼアリアとリーゼロッテはそう叫びながら、ブラックウォーグレイモンに向かって構えを取る。

 それに対して僅かにブラックウォーグレイモンは目を細め、そのままリーゼロッテとリーゼアリアの背後から歩いて来たデバイスを手に持つ壮年の男-『ギル・グレアム』-に視線を向ける。

 

「…中々の気だ。これほどの連中がルインの方に向かわせないとは…管理局が俺の策に気がついていたと言う訳では在るまい?」

 

「私達は既に管理局員ではない。管理局としても私達に活躍されては困る状況だ。だが、君には個人として戦いに来た。リンディの仇を取らせて貰う!!」

 

「なるほど……だが、貴様らは運が無いな。来るのがもう少し早ければ、“奴”と会う事無く済んだかもしれんのにな」

 

「“奴”?一体誰の事を言って…」

 

ーーードゴオオオオオオオオオォォォン!!!

 

『ッ!!!』

 

 グレアムの疑問を遮るように三人の背後の左側の壁が突如として粉砕された。

 一体何が来たのかと三人が思わず壁の向こう側に視線を向けると、黒いローブで全身を覆い隠した九歳ぐらいの子供と思われる人物が瓦礫を踏みながら姿を見せる。

 その子供を確認したリーゼアリアとリーゼロッテは、何故か分からないが本能的な恐ろしさを感じて腰から伸びていた尻尾をピンと立てて警戒の視線を子供に向ける。

 

「父様! ソイツやばいよ!! 其処に居る竜人と同じぐらいに危険だよ!!!」

 

「クッ!! …仲間と言う事か?」

 

 リーゼロッテの言葉にグレアムは前後を囲まれる形になった事実に顔を険しくする。

 しかし、その顔の険しさは何かを確かめるように呟く子供の声を耳にした瞬間、凝り固まる。

 

「…グレアムテイトク…リーゼアリアサン…リーゼロッテサン」

 

「ッ!!! …今の声は? …馬鹿な」

 

「…そんな…まさか?」

 

「…嘘だよね」

 

 聞こえて来た子供の声にグレアム、リーゼアリア、リーゼロッテは信じられないと言うようにその体が固まった。

 自分達が知る者よりも声は僅かに高くなっているが、その声を三人が間違う筈が無かった。何故と言う気持ちに三人の体が硬直して固まった瞬間、黒いローブの子供が何の予備動作も無しでリーゼロッテの目の前に移動する。

 

ーーービュン!!

 

「はや…」

 

「キョクイン!!!」

 

ーーードゴオオォォン!!

 

「ガハッ!!」

 

「ロッテ!!」

 

 腹部を殴りつけられたロッテの姿にアリアは叫び、子供の動きを止めようとバインドを発動させようとする。

 もしも自分達の考えが間違っていないとすれば、目の前に居る子供は何が在っても傷つけてはならない存在。故に穏便に場を治めようとアリアは考えていたが、それは間違いだと言うように子供から憎しみに染まった言葉が吐かれる。

 

「ユルサナイ…ユルサナイ…コロシタ…コロシタ…ワタシヲ!! カンリキョクハコロシタ!!」

 

「なっ!? どう言う意味…」

 

「ブレイズキャノン!!!」

 

ーーードグオオオオオオオオオオオオン!!!

 

「嘘!? 魔法陣無しで!?」

 

 如何なる魔法の発動に必要な筈の魔法陣を浮かべずに砲撃を放った事実にアリアは驚愕しながらも防御魔法を発動させて砲撃を防ぐ。

 しかし、その砲撃が非殺傷設定を使用されてない事を感じ取り、アリアは困惑に満ち溢れた視線を砲撃を撃ち終えた子供に向け、グレアムがブラックウォーグレイモンに向かって叫ぶ。

 

「何をした!? 貴様は“彼女”に何をした!?」

 

「フン…(フリートの奴め…何をコイツにしているのかと思っていたが…まさか、俺の因子を埋め込んでいたとはな……奴の報告どおり暴走していると言うのは間違いないようだ)」

 

 次々と“翡翠色”の射撃魔法をグレアム達に容赦なく放ち続ける子供の姿にブラックウォーグレイモンは目を細める。

 もはや完全に身の内に宿った負の感情に子供は振り回されている。今の姿になる前に親しかったグレアム達に容赦なく殺意に満ち溢れた攻撃を放っている姿から、ソレは明らかだった。

 

「コロシタ!! ワタシヲコロシタ!! ウラギッタ!!!」

 

「裏切った? …如何言う事だ!? 管理局が君を裏切ったと言うのは!?」

 

「ウラギッタ!! ウラギッタ!! ウラギッタ!!」

 

「駄目!! 父様!!! 正気じゃない!!」

 

 憎しみに満ちた言葉を繰り返す子供の様子に、リーゼアリアは目の前に居る相手が正気では無い事を確信した。

 そして幾ら攻撃しても相手に届かない事を理解したのか子供は攻撃を止めて、ゆっくりとまるで全身から何かを解放するかのように両手を構える。

 

「ダークエヴォ…」

 

「止めろ」

 

「?」

 

 背後から聞こえた声に子供が振り向くと、ブラックウォーグレイモンが殺気を発しながら見下ろしていた。

 

「ソイツを此処で解放するな。…今の貴様では解放すれば戻れなくなるぞ。それにソイツらではない」

 

「…チガウ? …ワタシヲ…コロシテナイ?」

 

「そうだ。お前を殺した相手は、この先に居る。連れて行ってやるから、少し落ち着け」

 

「……ハイ」

 

 ブラックウォーグレイモンの言葉に子供は素直に返事をすると、その身から発していた殺気を治めた。

 それを確認したブラックウォーグレイモンはゆっくりと自身を睨んでいる三人に目を向ける。

 

「悪いがコイツの状態は予想以上に不味いようだ。さっさと目的を遂げさせて貰う為に、貴様らも戦闘不能になって貰う」

 

「待て!!! “彼女”を管理局が裏切ったと言うのはどう言う意味だ!?」

 

「そのままの意味だ。コイツを俺は殺していない…殺したのは、この先で踏ん反り返っている奴らだ」

 

「何を言っているの? この先にはロストロギアの管理庫以外に部屋なんて…」

 

ーーードゴオオォォン!!

 

 リーゼアリアの言葉を遮るようにブラックウォーグレイモンは一瞬にして、リーゼアリアの目の前に現れると共に顔を掴んで壁に叩きつけた。

 ブラックウォーグレイモンは自身が壁に叩きつけたリーゼアリアから力が抜けるのを感じると、その手を離して怒りに満ちた顔をしながら殴り掛かってくるリーゼロッテと向き合う。

 

「このおぉぉぉぉぉっ!!!」

 

ーーードゴオォォン!!

 

 全力で放ったリーゼロッテの拳はブラックウォーグレイモンが纏う鎧に当たるが、ブラックウォーグレイモンはリーゼロッテの拳を受けても何のダメージも受けなかった。

 逆に殴りかかったリーゼロッテの拳の方が甚大なダメージを受け、リーゼロッテは殴った事で骨が砕けた拳を別の手で押さえながらブラックウォーグレイモンを睨む。

 

「な、何で出来ているんだ…そ、その鎧は?」

 

「ダイヤモンド以上の固さを持っているらしいぞ。俺も知識として知っているだけだがな!」

 

ーーードゴオオォォン!!

 

「グフッ!!」

 

 リーゼロッテの疑問に答えながら、ブラックウォーグレイモンは迷う事無くその腹部に蹴りを叩き込んだ。

 同時にリーゼロッテの体は床から浮き上がり、迷う事無く瞬時に右手のドラモンキラーの爪先にエネルギー球を作り上げてリーゼロッテの体に叩き込む。

 

「失せろ!!」

 

「させん!! ブレイズキャノン!!」

 

ーーードゴオオオオオオオオオオオオォォン!!

 

 リーゼロッテの体にエネルギー球が直撃する直前に、横合いからグレアムが砲撃を放ってエネルギー球を迎撃した。

 その時の爆発の衝撃によってリーゼロッテの体は壁へと激突するが、ブラックウォーグレイモンはグレアムの判断に僅かに目を細める。

 

「…いい判断だ。今のを受けていたら、その女は二度と動けんどころか、死ぬ可能性も在ったからな」

 

「クッ!! …(これほどとは…話には聞いていたが、力だけではなく頭も切れる。確かに化け物としか言えん…『闇の書の闇』を従えただけの事は在ると言う事か)」

 

(今の咄嗟の判断…まともに遣り合えば倒すのは少し時間が掛かるかも知れん。これ以上時間を掛ければ、外に出ていた連中も戻って来る……ならば、する事は一つだな)

 

「(来る!!!)スティンガーーレイッ!!」

 

ーーードォン!!

 

 先んじて攻撃しようとグレアムは直射型のスティンガーレイをブラックウォーグレイモンに向かって撃ち出した。

 しかし、高速で迫るスティンガーレイに対してブラックウォーグレイモンはゆっくりと右手を構えて叫ぶ。

 

「ディストーションシールド!!」

 

ーーーグオン!!

 

「なっ!?」

 

 ブラックウォーグレイモンが叫ぶと共に右手の先に空間の歪みが発生し、スティンガーレイの方向が捻じ曲がってグレアムに返って来た。

 その防御手段はグレアムが知っているリンディの持つ射撃と砲撃の魔法に対する絶大な力を持つ手段と同じやり方。補助と防御に秀でた魔導師であったリンディが編み出した魔法技術。

 何故それをブラックウォーグレイモンが使用出来るのかとグレアムは動揺しながら、慌てて跳ね返って来たスティンガーレイを避けた瞬間、動揺の隙をついたブラックウォーグレイモンがグレアムの前に瞬時に移動し、デバイスに向かってドラモンキラーを振り下ろす。

 

ーーーバキィィィーーン!!

 

「しまった!?」

 

「貴様ら魔導師の把握はもう終わっている。デバイスと言う武器が無ければ、使用出来る力が限られるのは充分に理解したからな!!!」

 

ーーードゴオオォォン!!

 

「ガッ!!」

 

 ブラックウォーグレイモンの渾身の拳を腹部に受けたグレアムは、リーゼアリアとリーゼロッテと同じように壁へと叩きつけられた。

 それを確認したブラックウォーグレイモンはこれ以上は時間を掛けてはいられないと、戦いを静かに見ていた子供を肩に抱き上げる。

 

ーーーガシッ!!

 

「静かにしていろ。すぐに連れて行ってやるからな」

 

「…ハイ…」

 

「フン、行くぞ!!」

 

ーーードゴォン!!

 

 もはやこれ以上は時間を掛ける気は無いと言うように、ブラックウォーグレイモンは真っ直ぐに情報から得られた目的の者達が居る場所へと向かう。

 後には壁に叩きつけられて気絶したグレアム達と、ボロボロな状態で床に倒れ伏す局員達だけが残されたのだった。

 

 そして本局の奥へと進行していたブラックウォーグレイモンは、途中に在る警備システムを次々と破壊し、遂に数え切れないほどの、数多の世界から管理局が回収していたロストロギアの保管庫へと辿り着いた。

 

『この先ですよ! 上手く隠されていましたが、この管理庫の中に奴らに続く扉が在ります!!』

 

「なるほど…管理局で最も重要に位置される場所は『ロストロギア』を保管している場所…その他以外に警備を重要視される場所は怪しまれる…だから、一緒にしたと言う訳か」

 

『でしょうね。何よりも此処なら過去の遺物を調べると言う理由で技術者が訪れても怪しまれません。しかも反応を調べようにも、過去の遺物が大量に在るせいで反応が消されて、発見するのに少し苦労しましたよ』

 

「自分達が隠れるのには、力を注ぐと言う事か…ムン!!」

 

ーーードゴォン!!

 

 ブラックウォーグレイモンは目の前に在る頑丈な分厚い扉を全力で蹴りつけて扉を破壊し、内部へと入り込む。

 そのまま内部の通路を進んで行くと、更に分厚く頑丈な扉が存在していたが、その扉も最大威力でのエネルギー球で粉砕し、更に奥へと進み、遂に管理局で最も重要視されているロストロギアの保管庫内部へと辿り着いた。

 その部屋には用途が明らかに不明な物や膨大なエネルギーを発する物が数多く存在し、封印魔法を使用されていながらも明らかに危険物だと分かる物が大量に置かれていた。

 

「…良くこれだけの数を集められたものだ」

 

『私も驚きました……情報だとこの場所以外にも保管庫は在るらしいですけれど、全部これと同じぐらいの量だとしたら…何時か管理し切れなくなるような気がします。封印だって絶対じゃないんですからね』

 

「…ドコ…ドコニイルノ?」

 

「もう少し待っていろ」

 

 自身の肩の上で首を動かしている子供に対してブラックウォーグレイモンはそう告げると、ゆっくりとネックレスから届くフリートの指示に従って保管庫内を歩いて行く。

 そしてロストロギアが置かれていない保管庫の端へと辿り着き、ネックレスからフリートの報告が届く。

 

『其処の壁です。特定の魔力波長。容姿データ。その他在りとあらゆるデータが一致しなければ、ただの壁でしか在りませんが』

 

「扉と言う事か。なるほど…確かに強硬な壁にしか見えんな……フッ!!」

 

ーーーキィン!!

 

「ほう…俺の一撃も防ぐか」

 

 自らのドラモンキラーが突き刺さらない壁に、ブラックウォーグレイモンは僅かに面白そうに目を細めた。

 究極体であるブラックウォーグレイモンの一撃も防いだとなれば、目の前に存在している壁もロストロギアを使用されて作られた可能性が高い。自分達の命を護るならば、壁の向こう側に居る者達はなりふり構う気は無いのだとブラックウォーグレイモンは理解して、再びドラモンキラーを構える。

 

「面白い。だが、意志無き壁ごときが俺を止められるか!!!!」

 

ーーーガキィィィィーーーン!!!!!

 

 先ほど以上に力を込めたドラモンキラーと壁が激突した瞬間、甲高い音が部屋の内部に響き渡った。

 そのまま壁とドラモンキラーは拮抗し合い、火花を散らしながら激しく鬩ぎ合うが、徐々にドラモンキラーの方が壁へと近づいて行き、遂にドラモンキラーの鍵爪が壁に深々と突き刺さる。

 

ーーードスゥン!!

 

「吹き飛べ!!!」

 

ーーードゴオオォォン!!

 

 叫ぶと共にブラックウォーグレイモンは突き刺さったドラモンキラーの爪先にエネルギー球を作り上げ、壁を完全に粉砕した。

 その衝撃に肩に乗っていた子供が被っていた黒いフードが吹き飛び、中に隠れていた“翡翠の髪”が外へと広がる。しかし、子供は黒いフードを被り直さずに、ただ壁の向こう側を見つめていた。

 壁の向こう側に広がっていたのは、暗く明かりが殆ど無い部屋。その部屋を唯一照らしているのは、部屋の中央に置かれている幾つ物機器に繋げられている巨大な三つのシリンダーが発する青白い不気味な光だけ。

 その三つのシリンダーにブラックウォーグレイモンは、目を細めながら内部に足を踏み入れて声を掛ける。

 

「会いに来てやったぞ、時空管理局最高評議会」

 

「サイコウ…ヒョウギカイ」

 

 ブラックウォーグレイモンの言葉を噛み締めるように肩に乗っていた翡翠の髪を持った子供は、巨大な三つのシリンダー内部に存在する人の脳髄を見つめるのだった。



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再来の悪夢の兵器

 管理局本局内の通路。

 ほんの少し前までは綺麗に清掃も行き届いていた筈の通路だったが、今は隔壁と壁の瓦礫や傷だらけで倒れ伏す武装局員、そして武装局員達を治療する医局員達で通路は埋め尽くされていた。

 重傷の者も居れば軽傷の者も居るが、全員が全員戦闘不能の状態に追い込まれていた。最も彼らは在る意味では幸運だった。ブラックウォーグレイモンの目的が管理局最高評議会のトップだけで無かったら、怪我人など存在せず武装局員全員が死んでいただろう。

 レティが提督を務める艦艇から転送ポートを使用して帰還したクロノ、なのは、フェイト、ユーノ、アルフは医局員に治療を受けながらも苦痛の声を上げ続ける武装局員達の姿にそれぞれ顔を暗くしながら、ブラックウォーグレイモンが向かった方の通路を進んで行く。

 余計な破壊をしていないおかげか、ブラックウォーグレイモンの足跡を追うのは簡単だった。それぞれが度合いは違ってもブラックウォーグレイモンに対して怒りを覚えながら進んでいると、見覚えの在る人物達がタンカーに運ばれて行くのを目にする。

 

「ッ!! グレアム提督!! アリア! ロッテ!!」

 

 驚愕の余り管理局に所属していた頃の呼び名で呼んでしまったが、クロノは医局員達に運ばれているグレアム、リーゼアリア、リーゼロッテに近寄る。

 なのは達も顔見知りの者達が運ばれている事に慌ててグレアム達に近寄ると、何かにグレアムの目が僅かに開いてクロノを捉える。

 

「…ク…クロノか? …すまない…奴に挑んだが…敗北してしまった…奴は既に魔導師の弱点を理解している……決して…近づいて攻撃しては…ならない」

 

「……分かりました」

 

「そ、それと……重要な事が在る…“彼女”は…生きていた」

 

『ッ!!!』

 

 グレアムが告げた事実にクロノ達は驚愕に目を見開いた。

 この状況で思い浮かぶ人物はただ一人。ブラックウォーグレイモン同様に死んだと思われていた“彼女”以外にクロノ達は考えられなかった。その人物が生きていた事実になのは、フェイト、ユーノ、アルフは笑みを浮かべるが、クロノだけは険しい顔のままだった。

 クロノ自身も内心では死んだと思っていた“彼女”の生存の事実は嬉しいが、見逃せない事実が存在していた。

 “グレアムが告げた人物が、敵対していたブラックウォーグレイモンと戦っていないと言う事実が”。

 そのクロノの疑問を答えるように、グレアムは体に走る激痛と自身が知る事実に顔を辛そうにしながら声を出す。

 

「…“彼女”は生きていた……だが…もはや…私達の知る“彼女”では無い…管理局を…自分を殺したと言う管理局の誰かを…殺そうとしている」

 

「えっ? …嘘ですよね?」

 

「だって…あの人は…ブラックウォーグレイモンと一緒にアースラに残って戦ったはず」

 

「もしかして…洗脳されたんじゃ?」

 

「そうかもしれないね。アイツの下には優秀な研究者が居るらしいから…ソイツが多分やったんだろうよ」

 

 グレアムの報告になのは、フェイト、ユーノ、アルフは否定するように声を出した。

 自分達の知る“彼女”が誰かに復讐するような事をする筈がない。寧ろ操られていると言う事実の方がなのは達は納得出来た。故になのは達は絶対に“彼女”を救い出そうと決意する。

 クロノも幾つか疑問に思う点は在ったが、とにかくこれ以上ブラックウォーグレイモンに好き勝手させる訳にはいかないと決意して『S2U』を握る右手に力を込めながらブラックウォーグレイモンが進んだ先に目を向ける。

 

「奴が進んだ方向はロストロギア保管庫だ…魔法の使用には充分に注意してくれ…行こう!!」

 

『うん!!』

 

「あいよ!!」

 

 クロノの呼びかけになのは、フェイト、ユーノ、アルフは頷き、ロストロギア保管庫へと向かい出す。

 その先で待つ再会と、管理局と言う組織の頂点に位置する者達の存在との出会い、そして別れを経験する事になるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 時空管理局最高評議会。

 管理局に所属する者なら誰もが自らの所属する組織の最高機関で在ると知りながら、其処に所属する者を詳しく知らない機関。管理局創設から百五十年の間、ずっと管理局のトップとして君臨していた。

 彼らは最初は心の底から次元世界の平和を願っていた。しかし、何時の頃から彼らの考えは変わらずともその思想は行き過ぎる面を持ち始めてしまった。何故そうなったのかは彼らにしか分からない。肉体を失った事が理由なのか、或いは巨大化して行く管理局と言う組織の権力に飲まれたのか。もしくは自分達こそが次元世界を導ける唯一の存在だと考え出したのか。様々な理由が考えられるが、彼らが“狂ってしまった”と言う事実は変わらない。

 管理局の人材不足の解消の為に秘密裏に違法研究を推進し、その他にも管理局が定めた法を自ら破る事も仕方ないとさえも彼らは思っていた。それら全てが“次元世界の平和の為”には必要な犠牲だと彼らは容認しているのだから。

 そして彼らの思想は管理局の上層部に蔓延している。故に本来ならば犯罪行為として認定されている行為も何時の間にか当然の事だと言う考えが生まれてしまった。本来ならばそうなる前に組織を自浄する機関が動いたりする筈なのだが、管理局は地球と違って一組織では考えられないほどに権力が集中してしまっている。それ故に組織内で犯罪が行なわれても自然と身内を庇ってしまうような流れが出来てしまった。

 唯一組織としてはミッドチルダ地上本部と管理局本局として分かれて在るが、内実で言えば本局側の方に権力は大きく重点を置かれているのが事実だった。

 

 そして今、ブラックウォーグレイモンとその肩に乗っている子供の目の前に置かれている三つの巨大なシリンダー内部に存在している三つの人間の脳髄こそが管理局のトップである最高評議会の面々だった。

 

『……よもや、あの状況から逃げ延びていたとは』

 

『忌々しき生物が…我らの作り上げた秩序を乱す存在め』

 

「フン…俺の戦いに下らん横槍を入れてくれたからな。その礼をしなければ気がすまん」

 

 ゆっくりとブラックウォーグレイモンは巨大な部屋内部に足を踏み入れながら声を出した。

 その肩に乗っている翡翠の髪の子供は漸く見つけた自身の復讐相手達の姿に暗い笑みを浮かべて、今すぐにでも三つのシリンダーを破壊しようとするが、ブラックウォーグレイモンはゆっくりと子供の前にドラモンキラーを翳して攻撃を止めさせる。

 何故と言う様に子供はブラックウォーグレイモンを見つめるが、ブラックウォーグレイモンは自身が来た事に慌てていない最高評議会の面々の様子に訝しんでいた。自身を最悪な形で殺そうとした理由を考えれば、目の前に居る者達は自身の実力を知っているのは間違いない。なのに焦りが余り見えない。

 

(何を企んでいる? …コイツらがやった計略を考えれば、間違いなく俺の存在を知っている筈だ…なのに、何故冷静でいられる……ッ! 上か!!)

 

 そうブラックウォーグレイモンは最高評議会の面々の冷静さに警戒心を強めた瞬間、迷う事無く後方へと飛び去り、天井から放たれたレーザーのような攻撃を避ける。

 

ーーービィィィーー!!

 

ーーードン!!

 

「誰だ!?」

 

 床に着地しながらブラックウォーグレイモンは頭上を見上げ、自身を攻撃して来たモノの姿を捉える。

 ブラックウォーグレイモンを攻撃した相手は、天井に張りついていた。だが、ソレは魔導師では無かった。いや、それは生物だとさえも認識するのは難しい姿をしていた。

 形としては人型に近いが、意思のようなものは全く見えず決められた行動しか行なえないような機械のような存在。頭部に存在する目のようなカメラアイが真っ直ぐにブラックウォーグレイモンに向けられている。

 その機械のような生物から感じられる気配に、ブラックウォーグレイモンは僅かに目を見開く。

 

「馬鹿な…この気配は…デジモンだと?」

 

『その通りだ。これこそが我らが協力者が作り上げた兵器『ギズモン:XT』だ』

 

ギズモン:XT、世代/完全体、属性/不明、種族/マシーン型、必殺技/XTレーザー

人間の手により、他のデジモンのデータを改造して作られたマシーン型デジモン。このデジモン自体に意思は無く、プログラムされた命令通りに行動する。また、人型故に多種多様な武器を装備する事が出来る。その力は完全体で在りながら究極体にも匹敵する。このデジモンに倒されたデジモンはデジタマに戻る事さえも出来ず、完全な消滅しか待っていない。必殺技は、眼球と腹部から赤いレーザー光線を放ち、デジモンのデータを粉々に破壊する『XTレーザー』だ。

 

「な…ん…だ…と? …『ギズモン』? …馬鹿な!? 何故コイツが此処に存在している!?」

 

 最高評議会の言葉にブラックウォーグレイモンは驚愕と困惑に満ち溢れながら、ゆっくりと床へと降り立ったギズモン:XTを見つめる。

 『ギズモン』と言うデジモンに対して、ブラックウォーグレイモンは知識として情報を持っている。だが、そのデジモンが次元世界に存在する筈が無い。他のデジモン達と違って『ギズモン』と言うデジモンだけは自然では決して生まれる事の無いデジモンなのだから。

 驚愕と困惑に満ち溢れるブラックウォーグレイモンの姿が愉快だったのか、最高評議会の一人が告げる。

 

『ほう、こやつを知っているか? ギズモン:XTこそ、何れは我ら管理局が彼の世界を管理下に治める時の尖兵よ。今はまだ技術転換が出来ていないが、何れは魔導師達のデバイスにこやつの技術をシステムとして組み込む予定だ』

 

『我らの秩序を乱すやも知れぬ危険な世界…『デジタルワールド』を管理下に置く為にな』

 

「デジタル…ワールド…クククククククッ!!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!! そうか!! 此方にも存在していたのか!!!」

 

「……ドウシタノ?」

 

 心の底から楽しげに笑い続けるブラックウォーグレイモンの様子に、肩に乗っていた子供は質問した。

 その質問に対してブラックウォーグレイモンは答えずに、ゆっくりと肩に乗せていた子供を床に降ろしてギズモン:XTと向き合う。

 幾つか気になる点は在るが、ブラックウォーグレイモンの歓喜はソレを上回っていた。何故なら自身が全力で暴れる事が出来る世界が、自らの力を超える者達が住む世界が存在していると分かったのだから。

 

「ククククッ、此処に来たのはやはり正解だった…後は当初からの目的を果たすだけだ。…少し待っていろ」

 

「…ハイ」

 

 ブラックウォーグレイモンの言葉に子供は素直に返事を返した。

 ゆっくりとブラックウォーグレイモンは自身を見つめているギズモン:XTと向き合って、両手のドラモンキラーを構える。

 そのまま戦いを始めようとするが、その前に評議員の一人がブラックウォーグレイモンの後方に居る子供に疑問を覚えて声を出す。

 

『…先ほどから気になっていたが…その小娘はよもや…貴様と共に死んだと考えていた者のクローンか何かか?』

 

『で在ろうな…その小娘からは魔力が全く出ていない。本人の筈が在るまい』

 

『我らに対する嫌がらせか何かか? それとも貴様を消滅させる為に利用したリンディ・ハラオウンの死を少しは悼み生み出した存在か?』

 

「答えてやる義務は無い。コイツを倒したら次は貴様らだ。少しは自分の命に対して危機感を持つんだな?」

 

『フフフッ、その時は貴様も消え去る定めだ。我らの維持装置には幾つかのロストロギアと直結している』

 

『我らの維持装置が停止した時は、この場所ごと完全消滅だ』

 

「…ソンナコトシタラ…ホンキョクモ…キエル」

 

 評議会の言葉を聞いていた子供は自身の考えを告げた。

 ロストロギアはその危険性を故に保管されている代物。暴走する危険性を考えて管理局は保管していると言うのに、それを利用して自分達の命の安全を図っている評議員達に子供は険しい瞳を向ける。

 だが、評議員達はそんな視線など気にしていないと言うように子供に対して答える。

 

『ならば、我らを殺さなければ良いだけの事だ』

 

『そう、我らは死ぬ訳には行かない…我らが求める優れた指導者によって統べられる世界。その指導者を我らが選び、陰ながら導かねばならん。その為に生命操作技術は向上しなければならない』

 

「フン…下らん……神にでもなったつもりか? 悪いが貴様らがどれだけご大層な存在だろうと、俺は貴様らを敵として認識した…だ…から、潰すだけだ!!!」

 

ーーードン!!

 

≪ピピッ!!≫

 

 叫ぶと共に飛び掛かって来たブラックウォーグレイモンに対して、ギズモン:XTは即座に反応してブラックウォーグレイモンの一撃を片腕を動かす事で防ぐ。

 

ーーーガキィィン!!

 

「ムン!!」

 

 自らの攻撃が防がれてもブラックウォーグレイモンは構わずに攻撃をし続け、ギズモン:XTはその攻撃を最小の動きだけで防いで行く。

 

ーーードガッ!!ガキィッ!!ドン!!キィン!!

 

(チッ!! コイツ……どうやら俺の戦闘データが記録されているようだな。その上、今も戦いながら俺のデータを収集している。長期戦は不味いか!!)

 

 攻撃を無駄なく捌いていくギズモン:XTに、ブラックウォーグレイモンは更なる猛攻を繰り出す。

 しかし、その攻撃も予想の範疇だと言うようにギズモン:XTは防いで行く。防いだ後の衝撃に対しても柔軟な体を利用してギズモン:XTは衝撃を受け流し、その身にはブラックウォーグレイモンの力を持ってもダメージは最小限しか与えられていなかった。

 しかも徐々にギズモン:XTがブラックウォーグレイモンの攻撃に対処する速度は上がって行き、遂にギズモン:XTがブラックウォーグレイモンに対して拳を振り抜く。

 

≪ピピッ!!≫

 

ーーーブン!!

 

「クッ!!」

 

 予備動作も無く放たれた拳をブラックウォーグレイモンはギリギリのところでかわし、そのままギズモン:XTの胴体にドラモンキラーを叩きつけようとする。

 しかし、ブラックウォーグレイモンのドラモンキラーが届く前に避けた筈のギズモン:XTの腕が間接など関係ないと言うように曲がり、ブラックウォーグレイモンの背中に激突する。

 

ーーードゴォン!!

 

「グゥッ!!」

 

 予想外の場所からの攻撃にブラックウォーグレイモンの動きが一瞬止まってしまう。

 その隙を逃さないと言うようにギズモン:XTは右拳を構えて、ブラックウォーグレイモンの腹部を殴りつけ、出入り口の壁へと吹き飛ばす。

 

ーーードゴオォォォン!!

 

「…お、おのれぇ…」

 

 自身を吹き飛ばしたギズモン:XTに対して怒りの声を上げながら、ブラックウォーグレイモンは立ち上がろうとする。

 だが、その前に高速回転したギズモン:XTが突撃して来てブラックウォーグレイモンを壁へと深くめり込ませる。

 

ーーーギュイィィィィィィィン!!

 

ーーードゴオオォォォォン!!

 

『…気に入らぬが、“奴”の兵器は予想以上の力だ』

 

『うむ…高ランクの魔導師数名を一度に相手にして勝った究極体と互角以上に戦うとは』

 

『…我らとしては魔導師と戦闘機人以外の戦力は認めがたいが…有用なのは認めざるをえまい』

 

 魔法主義の最高評議会としては認めたくは無いが、少なくともギズモン:XTは何れは自分達が管理下に置こうとしている世界に対して有用な力だと認めざるをえなかった。

 そろそろ戦いはブラックウォーグレイモンの敗北で終わるであろうと評議員達が思った瞬間、ブラックウォーグレイモン達が入って来た場所から声が響く。

 

「キャッ!?」

 

「な、なんだいこの部屋は?」

 

「ひ、人の脳髄?」

 

「ク、クロノ?」

 

「…一体…此処は?」

 

 ブラックウォーグレイモンの後を追って来たなのは、アルフ、ユーノ、フェイト、クロノは、それぞれ部屋の中央に置かれている三つの巨大なシリンダー内部の脳髄の姿に声を出した。

 その声に気がついた評議員達は自分達の部屋に繋がるロストロギア保管庫の封鎖が終わる前に入って来たなのは達に焦りを覚えた。例え職務に忠実な管理局員だとしても、脳髄である自分達が管理局のトップだと知れば管理局に疑問を抱く。手駒ならばいざ知らず、なのは達は手駒ではない。唯一の局員であるクロノも、自分達の存在を知れば訝しんで調べる可能性が高い。

 故に彼らが即座に判断したのは目撃者の抹消だった。

 

『ギズモン:XT! 其処の小娘どもも殺せ!! 金髪の小娘だけは出来るだけ原型を留めておけば構わん!!』

 

ーーーガチャッ!!

 

『えっ!?』

 

 突然に横合いから聞こえた音になのは達が目を向けて見ると、無機質なギズモン:XTの目と合う。

 何の感情も宿していないギズモン:XTの無機質な目になのは達は言い知れぬ恐怖を感じるが、ギズモン:XTは構わずに無機質な瞳からレーザーをなのは達に向かって放つ。

 

≪ビビィッ!!≫

 

ーーービィィィィィーーーーー!!!!!

 

『ッ!!!』

 

 突然のレーザー攻撃に対してなのは達は驚愕し、動きが止まってしまう。

 しかし、なのは達にレーザーが直撃する前に横合いから翡翠の髪の子供が割り込み、その右手を迫って来ているレーザーに向かって構えながら叫ぶ。

 

「ディストーションシーールド!!!」

 

ーーーギュィン!!

 

『何だと!? デバイスと魔法陣無しで高位の魔法の使用だと!?』

 

 レーザーと激突し合う子供の右手の先に起きている空間の歪みを目にした評議員の一人は驚きに満ちた声を出した。

 それは子供に護られているなのは達も同じだった。体の大きさは明らかに違うが、聞こえて来た僅かに知っているものよりも高い声と、空間の歪みとぶつかり合うレーザーによって巻き起こる衝撃によって揺らめく“翡翠の髪”。まさかと思いながらなのは達が目の前で自分達を護っている人物の後姿を見つめていると、ゆっくりと子供は背後を振り向いて優しげな笑みをなのは、フェイト、アルフ、ユーノ、そしてクロノに向ける。

 

「無事みたいね、皆」

 

『リンディさん!?』

 

「リンディ!?」

 

「か、母さん!?」

 

 幼くなったリンディの姿になのは、フェイト、ユーノ、アルフ、クロノはそれぞれ驚愕と困惑に満ち溢れた声を上げた。

 その様子に苦笑をリンディは浮かべるが、すぐに真剣な顔をしてギズモン:XTのレーザーに押され始めたディストーションシールドを保ちながら叫ぶ。

 

「何時まで大人しくしているの!? こんな自分の意思も無い操り人形でしかない敵に負けたら、“貴方が知っている子達に悲しまれるわよ”!!」

 

ーーードゴオォォン!!

 

ーーーガシッ!!

 

 リンディの叫びに応じるようにギズモン:XTが押さえつけていたブラックウォーグレイモンの右手が壁を破壊しながら飛び出し、ギズモン:XTの首を掴んでレーザーの向きを上へと無理やり向かせた。

 

ーーーギギギギッ!!

 

「正気に戻って早々に言ってくれる!!! しかも、今の発言…チッ!! 余計なモノまで貴様に流れ込んだようだな!!!」

 

ーーードゴオォォン!!

 

 怒りに満ちた叫びと共にブラックウォーグレイモンは、自身を押さえつけていたギズモン:XTの腹部を蹴り飛ばした。

 その威力にギズモン:XTは吹き飛び、三つのシリンダーの目の前まで漸く止まり、評議員達は肝を冷やした。後ほんの少しギズモン:XTが止まるのが後ろだったら、シリンダーは破壊されて内部に居た評議員は死んでいただろう。

 

『貴様!? 我らが言った事を忘れたのか!? 我らが入っているシリンダーが破壊されたら、ロストロギアが暴走するのだぞ!?』

 

「何だって!? ど、どう言う事だ!?」

 

 評議員の一人の発言を耳にしたクロノは、その言葉の意味に驚愕しながら叫んだ。

 ロストロギアの暴走。それが本局内で起きたら本局崩壊どころの騒ぎでは済まない。失敗すれば近隣の世界全てを巻き込む大惨事が引き起こされる可能性が在るのだ。

 何せ保管庫内に在るロストロギアは全て危険な遺物として指定されている代物。それらが一気に暴走したら次元震どころか、次元断層さえも起きる可能性が高い。

 その事実に行き着いたクロノを含めたフェイト、アルフ、ユーノは顔を青ざめさせ、なのはもロストロギアの暴走と言う言葉に体を震わせる。

 クロノは思わずブラックウォーグレイモンに対してでなく、ギズモン:XTに護られるように立っている三つのシリンダーに向かって『S2U』を構える。

 

「お前達は何者だ!? 管理局が保管しているロストロギアを危険な形で使用する事は重度の犯罪行為だぞ!!!」

 

『フン…小童が…我らが何者で在るかもしらぬ一局員でしか無いと言うのに、良く吼える』

 

「何だって?」

 

「クロノ…彼らこそが…私達が所属している管理局と言う組織の最高機関…管理局最高評議会の面々よ」

 

「ッ!! …か…母さん…嘘ですよね?」

 

「…私も信じたくは無いけれど…事実なの」

 

『ッ!!』

 

 告げられた管理局のトップの正体にクロノ、フェイト、アルフ、ユーノ、なのははそれぞれ驚愕しながら三つのシリンダー内部の液体の中に浮かぶ脳髄の姿を見つめる。

 その姿は管理局と言う組織に対する印象を変えるに相応しい姿だった。特にクロノは自身の所属している組織の頂点が目の前に存在しているモノだと信じられずに呆然としていた。

 

『先ほどからの発言…よもや、貴様はリンディ・ハラオウン本人なのか?』

 

「そうとも言えますし、言えないかもしれませんね、評議員の方々…私は自己の死を確かに認識して死にましたし…今こうして此処に居る私には確かにリンディ・ハラオウンとしての意識も明確に存在していますけど…全てが受け継がれていると言う訳では無いようですね…管理局に対する奉仕の意思は殆ど無く…代わりに…アナタタチヘノ…ニクシミイガイニ…カンリキョクニ…タイスルイシガ…ナイワ」

 

『ッ!!』

 

 暗く憎しみと言う感情に彩られたリンディの声に、クロノ達は驚愕に満ちた視線をリンディに向ける。

 あのリンディがグレアムが告げたように憎しみと言う感情に支配されていると言う事にも驚いたが、それ以上に今の発言を考えればリンディを殺したのは最高評議会と言う事になる。

 一体どう言う事なのかとクロノ達が疑問に満ち溢れた視線をリンディに向けると、リンディはアースラで起きた出来事を語り出す。

 

「アースラに残った私は彼と対峙して少しでも時間を稼ぐ為に駆動炉の魔力を受け取ったの…でも、魔力を受け取って少ししてから駆動炉は暴走して膨大な魔力が私に流れ込んで来た…結果、私は急激に流れ込んだ魔力を制御する事が出来ず、リンカーコアは砕け、その体も膨大な魔力のせいでボロボロな状態になった…残された力で私は在る代償を彼に差し出す事で協力を取り付けて、駆動炉への停止に向かった…だけど、駆動炉は私のアクセスを受け付け無かった…駆動炉のプログラムを彼らの手の者に書き換えられていたのよ!」

 

『…フン、其処まで分かっているなら惚けても無駄か…さよう、我々がアースラの暴走を仕組んだのだ』

 

『全ては究極体で在るそやつを消滅させる為…今暫らくはその生物の存在を管理世界の者達に知られる訳には行かぬ。何としても抹消せねばならぬ』

 

『最小の犠牲で究極体を倒せる最良の策だった。よもや、究極体と手を結んで生き延びていたわな。道理でアースラの乗組員が脱出出来る時間が存在していた筈だ』

 

「あの時に彼が力を貸してアースラの暴走を止めていなければ、乗員は全員駆動炉の暴走に寄る爆発で死んでいたわ!! 貴方達は私達アースラメンバーの命を犠牲にしようとしていたのよ!!」

 

『駒ごときの命など幾ら犠牲にしても構わぬ』

 

『ッ!!』

 

 余りの発言に話を聞いていたクロノ達は目を見開いて評議員達を見つめる。

 リンディも分かっていた事だが、目の前に居る評議員達にとってもはや管理局と言う組織に所属する者は自分達の手足である駒でしか無い。彼らは目的を果たす為ならば、どれだけの命を犠牲にしようと構わないと言う考えになってしまったのだ。

 時には確かに犠牲を支払わなければならない時が在る。だが、犠牲にされる側からすればその理由を知らなければ気がすまない。嘗てリンディ・ハラオウンの夫、クライド・ハラオウンが犠牲になった時はクライドは覚悟を決めて自らを犠牲にした。リンディもその覚悟を持ってブラックウォーグレイモンに挑んだが、それはアースラの乗員達の為。自身だけではなく乗員達さえも犠牲にする計略を練って実行した評議員達を、リンディは赦す気にはなれなかった。

 

「…やっぱり…無理ね…貴方達を赦す気にはなれない……ダークエヴォ…」

 

「止めろ」

 

 今まで黙していたブラックウォーグレイモンがリンディに対して声をかけて、その行動を止めた。

 何故邪魔をするのかと言う視線をブラックウォーグレイモンにリンディは苛立たしげに向けながら叫ぶ。

 

「退いて!! 私は彼らを倒すわ!! 今はそれだけさえ出来れば!」

 

「貴様の体は調整が終わっていないらしい。正気に戻ったのも奇跡に近い状態だ…何よりもギズモンを相手に“力”を初めて使用する貴様では勝てん…アレは『デジモン殺し』に特化した存在だ。調整が完全ではない貴様では甚大なダメージを負う可能性が在る」

 

「クッ!!」

 

 ブラックウォーグレイモンの言葉にリンディは悔しげに声を出した。

 一先ずは止まったと判断したブラックウォーグレイモンは、再び評議員達を護るように立っているギズモン:XTに対して両手のドラモンキラーを構える。

 

「そろそろ本気で終わらせる。ギズモンの存在には驚いたが、貴様らを殺す事に変わりは無い」

 

『貴様…どうやら言葉を理解出来ん低脳の存在のようだな…ギズモン:XTよ!! 我らを除いたこの場に居る全てを抹殺せよ!!!』

 

≪ビビッ!!≫

 

ーーードン!!

 

 評議員の指示に従ってギズモン:XTはブラックウォーグレイモンに向かって飛び掛かった。

 そのままギズモン:XTはブラックウォーグレイモンに向かって拳を振ろうとするが、その前にブラックウォーグレイモンのドラモンキラーがギズモン:XTが振り抜こうとしていた拳に突き刺さる。

 

「ドラモンキラーーーー!!!!」

 

ーーードスゥン!!

 

≪ビッ!?≫

 

「ムン!!」

 

ーーードゴオォォォン!!

 

 一瞬動きが止まってしまったギズモン:XTを、容赦なくブラックウォーグレイモンは床に叩きつけた。

 そのまま起き上がろうとしているギズモン:XTをブラックウォーグレイモンは全力で踏みつけて、床へとめり込ませる。

 

ーーーードゴォン!!

 

≪ビビッ!!≫

 

「貴様と言う存在で恐ろしいのは、一撃でデジモンを滅ぼせる必殺技だ。それ以外の面も確かに通常のデジモンよりも強力だが、それ以外は機械的で動きが読みやすい!!」

 

ーーードゴォッ!!

 

 ブラックウォーグレイモンは更に容赦なくギズモン:XTに攻撃を加えて、更に床にめり込ませた。

 何とか脱出しようとギズモン:XTはブラックウォーグレイモンに向かって胸のカメラアイと、頭部のカメラアイを構えてレーザーを撃ち出す。

 

ーーービィィィィィーーーーー!!!!

 

 放たれた二本のレーザーは真っ直ぐにブラックウォーグレイモンに向かうが、ブラックウォーグレイモンは後方へと飛び去る事で避ける。

 

ーーードン!!

 

「眠れ!!! ガイア!!!」

 

 後方へと着地すると共にブラックウォーグレイモンは巨大な赤いエネルギー球を両手の間に作り出す。

 強力なエネルギー反応にギズモン:XTは床から脱出しようとするが、深くめり込んでいたのですぐに脱出する事は出来なかった。その間に巨大なエネルギー球を完成させたブラックウォーグレイモンは、迷う事無くギズモン:XTに向かって投げつける。

 

「フォーーース!!!!!」

 

ーーードゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!

 

 全力で投げつけられたガイアフォースをギズモンXTは避ける事が出来ずに飲み込まれた。

 その時の衝撃で本局が激しく動き、戦いを見ていたなのは達は床に尻餅をついてしまう。そしてギズモン:XTが居た場所には大穴が存在し、その中心に何かの生物らしき卵が落ちていた。

 ブラックウォーグレイモンは大穴から卵を拾い上げると、勝つと自信を持っていたギズモン:XTの敗北に動揺している評議員達に向かって歩き出す。

 

「貴様らから知りたい情報は幾つか在るが、それはもう奴が手に入れているから構わん。後は此処に来た目的を果たすだけだ」

 

『何度言ったら分かる! 我らを殺せば…』

 

「フリート」

 

『はいはいですよ!!! 本局内に潜ませていた隠密用機器に命じて、彼らのロストロギアとの繋がりを削除しました!!』

 

『なっ!?』

 

 突然にネックレスから聞こえて来た女性が告げた事実に、評議員達は驚愕に満ちた声を上げた。

 最も厳重に指定していた管理局のシステムが削除された事実にも驚いたが、何よりも自分達の命を護る絶対の生命線が失われた事の方が何よりも重要だった。

 このままでは自分達には絶対の死しか待っていないと考えていると、ネックレスの向こう側から僅かに苛立ちに満ちたフリートの声が聞こえて来る。

 

『随分と私の世界の技術を悪用してくれていましたね。挙句の果てにはその情報を流して私の世界に影響を及ぼす事態を引き起こしてくれて…こっちは大迷惑ですから、“返して貰いましたよ”』

 

『何者だ? …この生物に協力している研究者か?』

 

『これから死ぬ連中には関係ないです。ブラックウォーグレイモン、やっちゃって構いませんよ』

 

「そうか」

 

『ま、待…』

 

ーーーバリィィィィィィィーーーン!!!!

 

 評議員の一人が全ての言葉を言い切る前に、ブラックウォーグレイモンのドラモンキラーが振り抜かれてシリンダーの内部に入っていた脳髄ごと呆気なく粉砕された。

 次元世界にその名を轟かせる司法機関の管理局のトップの一人にしては、余りにも呆気なさ過ぎる最後だった。それと共にロストロギアの暴走が起きる様子も無く、ブラックウォーグレイモンの行動を邪魔していた最大の要因が消え去った事が確認された。

 その事実に残りの評議員達は無念だと言う気持ちを抱きながら、ブラックウォーグレイモンに向かって声を出す。

 

『我らが消えたところで、管理局が潰れる事は無い…既に我らの志の種は蒔かれているのだから』

 

『必ず管理局は次元世界を全て治める。あの世界も何れは管理局の手に落ちるのだ』

 

「…貴様らは何も理解していない。あの世界は貴様らの考えなど及びも付かない世界だ…手を出さずに居る事こそがどっちにとっても幸いだろう。だが、既に種は蒔かれているか…(此方側のデジタルワールドに行く気だったが、どうやら既に事態は動いていると言う事か…早急に向かわねばならん)」

 

 そうブラックウォーグレイモンは考えると共に左手のドラモンキラーを構える。

 二人の評議員は迫る死を思いながら、ブラックウォーグレイモンが振るおうとしているドラモンキラーを眺め、翡翠色の魔力刃が二つの脳髄に寸分違わずに突き刺さる。

 

ーーードスゥゥゥゥーーン!!!

 

「……俺に任せておけば、貴様は管理局に追われる必要が無かった筈だが?」

 

 ゆっくりと翡翠の魔力刃が突き刺さった箇所から水漏れを起こしているシリンダーに背を向けて、先んじて攻撃を放ったリンディにブラックウォーグレイモンは顔を向ける。

 クロノ、ユーノ、アルフ、フェイト、なのはも評議員を殺したリンディに視線を向ける。リンディが殺した者達はどのような形で在れ、管理局最高評議会の議員達。当然ながら、評議員を殺したリンディは管理局にとって赦されざる犯罪者に指定される。

 何故と言う気持ちでクロノ達がリンディを見つめていると、リンディは部屋の内部に在る端末を指差しながらクロノに告げる。

 

「クロノ執務官! この部屋に在るデータを他の誰かが来る前にコピーしなさい!! …コレは…管理局アースラ艦長だったリンディ・ハラオウンが最後に出す指示です!!」

 

「か、母さん?」

 

「早く!! 此処でこの場所のデータを見逃したら、全てが闇に葬られるわ!!! そうなる前にデータを!!!」

 

「わ、分かりました」

 

 リンディの指示に疑問を持ちながらも、クロノは急いで端末へと移動して自身のデバイスである『S2U』内部にデータをコピーして行く。

 それを確認したリンディは次にユーノとアルフに顔を向けて、二人の手を握りながら説明する。

 

「此処で見た事は全てを伝えて…そしてクロノがデータをコピーした事だけは隠しておいて…きっと、そのデータが管理局を変える足掛かりになるわ」

 

「ま、待って下さい!!全部伝えたら、リンディさんが…した事も」

 

「そ、そうだよ!? あの変な脳髄連中の事は良く分からないけど、伝えたらリンディは不味い事に」

 

「…どちらにしても…私は管理局には戻れないわ…こうして助かった代償として…私は…“人”では無くなってしまった」

 

「…ど、どう言う事だい?」

 

「リンディさん? 一体どう言う意味ですか?」

 

 リンディが告げた事実にアルフとユーノは目を見開きながら質問するが、リンディは苦笑のような笑みを浮かべて、次に戸惑っているなのはとフェイトに近寄る。

 

「…先ずはフェイトさん…ゴメンなさい…養子の件はこっちから提案したのだけれど…無理になってしまったわ…本当にごめんなさい!!!」

 

「リ、リンディさん…そ、その」

 

「レティに事情を説明すれば、今までどおり地球で過ごせると思うの…学費の方は私の通帳から出して良いわ…クロノはもう学校に通うなんて事は無いから…フェイトさん…貴女と過ごせた日々は短かったけれど…楽しい日々だったわ…ありがとう」

 

 涙を浮かべているフェイトをリンディは最後に優しく抱き締める。

 本当に別れなのだと気がついたフェイトは大粒の涙を目から零して嗚咽を漏らし、リンディは心の底から申し訳なさそうな顔をしながら、フェイト同様に目に涙を浮かべているなのはに向き直る。

 

「なのはさん」

 

「リンディさん…そ、その…本当に行っちゃうんですか?」

 

「えぇ…残念だけれど…私はもう管理局には居られないわ…それとなのはさん…私は貴女を管理局に勧誘していたけれど…それは考え直して欲しいの」

 

「ッ!! ど、どうしてですか!?」

 

「…なのはさんも見たでしょう? …管理局にはさっきの最高評議会のような闇が存在している…全部が全部とは言うつもりは無いけれど…確かに闇は存在しているの…それに…(彼の知識どおりなら…このままではなのはさんは魔法と言う力に飲み込まれてしまう)」

 

 正気に戻ると共に脳裏に浮かんだブラックウォーグレイモンの知識の数々。

 それを得たリンディは正直信じられないと言う気持ちを抱いたが、半年と言う短い時間で知ったなのはの性格ならば同時に在りえると思ってしまった。

 このままではなのはに失敗すれば取り返しのつかない出来事が降りかかると理解したリンディは、何とかなのはに管理局入りを一時的にでも思い留まって貰おうと説得しようとするが、その前に複数の足音が近づいて来ているのをブラックウォーグレイモンは感知する。

 

「ム? …時間切れだ…さっさと行くぞ」

 

「ッ! ……分かったわ」

 

 ブラックウォーグレイモンの言葉の意味を察したリンディは頷き、ブラックウォーグレイモンの傍へと移動する。

 そのまま転移しようとするが、その前にデータをコピーし終えたクロノがブラックウォーグレイモンに向かって叫ぶ。

 

「待て!?」

 

「何だ?」

 

「…今回は調べなければいけない点が幾つも出たから保留にするが、僕はお前を赦す気は無い!! 何時か必ずお前を倒す!!! それだけは覚えておけ!!!」

 

「フン…なら、せめてこれぐらいは出来るようにするんだな!!! ウォーブラスターーー!!!!」

 

ーーードドドドドドドドドドドドドドドゴオオォォォォォン!!!

 

 ブラックウォーグレイモンが振り返ると共に両手から数え切れないほどのエネルギー弾が天井に向かって放たれ、直撃すると共に天井から瓦礫が落ち始める。

 

ーーードォン!!

 

「不味い!! 部屋が崩れる!! 早く出るんだ!!」

 

 クロノは慌ててなのは達に向かって叫び、なのは、フェイト、アルフ、ユーノは後ろ髪が惹かれるような思いを抱きながらも部屋から出て行った。

 次々と天井から落ちて来る瓦礫をリンディは見つめながら、横に立っているブラックウォーグレイモンに声を掛ける。

 

「これで暫らくはデータをコピーした事は隠せるわね」

 

「知らんな。俺は忌々しい連中が居た場所を破壊しただけだ。それよりも……貴様何故奴らを殺した? その体とて、フリートの調整を受ければ人間とは限らんものになるかもしれんのに」

 

「…抑え切れなかったと言うのも在るけれど…決別かしらね…過去との…もう私はリンディ・ハラオウンでは居られないから」

 

「…そうか」

 

ーーードゴオォォン!!

 

 一際大きな瓦礫が落ちる音が鳴り響くと共に、ブラックウォーグレイモンとリンディの姿は部屋内部から消え去ったのだった。

 

 

 

 

 

 次元空間『闇の書の暴走体』が居た地点。

 その場所にはルインが脱ぎ捨てた『暴走体』の残骸が浮かんでいた。ソレを足場として戦いは繰り広げられていたが、今ではその足場となっていた場所にヴィータ、ザフィーラ、シャマル、リインフォース以外に、救援として現れた管理局の魔導師達が多数倒れ伏していた。

 それを行なった人物であるルインは、右手に最後まで挑みかかって来たボロボロの状態のシグナムを持ち上げながら、ロングコートの中に仕舞っていた通信機からフリートからの連絡を受け取っていた。

 

『終了ですよ、ルインさん!! 目的は遂げましたから、帰還して下さい!!』

 

「そうですか。じゃ、帰りますね。早くマイマスターに褒めて貰いたいですからね」

 

ーーードサッ!

 

 フリートからの報告にルインは持ち上げていたシグナムを地面に落としながら、その周りに転移魔法陣を発生させて帰還の準備を行い出す。

 しかし、その前に倒れ伏していたリインフォースが膝を着きながらも起き上がり、ルインの背に向かって声を出す。

 

「ま、待て」

 

「まだ、動けたんですか? 悪いんですけど、今日はもう帰ります。用は終わったんですからね」

 

「…お、お前は…これから…何をする気だ?」

 

「私の意志はブラックウォーグレイモン様の望むままです。序でに言っておきますけど、もう私は貴女達がどうなろうと構いません。このまま八神はやてと暮らすなら好きにするんですね」

 

「…憎んでいないのか…私達を?」

 

「……憎んでいないと思っているんですか? 半身?」

 

 ルインは其処で皮肉げに告げながら漸くリインフォースに顔を向けて、暗く憎しみに満ちた視線を向けた。

 

「私と貴女達は決して分かり合えない。八神はやてと言う光に救われた貴女達と違って、この身を受け入れてくれたのはブラックウォーグレイモン様だけです。二度と私と会わない事を願うんですね。今回は痛めつけるだけで抑えましたが…次は地獄を見せてやります。その気になれば私は守護騎士プログラムを乗っ取れる事を忘れない事ですね」

 

 そうルインは告げると共に足元に発生していた魔法陣が光り輝き、その場から転移して行った。

 リインフォースはルインが転移を終えると共に、意識が遠退きルインが残して行った暴走体の残骸の上に倒れ伏したのだった。



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襲撃の後

 ブラックウォーグレイモンとルインに襲撃された後の管理局本局は大騒乱状態に追い込まれた。

 実質たったの二体に次元世界の平和を護ると謳っていた管理局本局は良いように動かされ、本局内部へと侵入されたばかりか、一番頑丈に護られていた筈の『ロストロギア保管庫』にまで辿り着かれ、管理局最高評議会の面々が殺されたのだから、本局は上から下への大騒乱状態。

 更に間の悪いとしか言えない事に、襲撃時に行なわれていた『リンディ・ハラオウンの葬儀会』の為に各管理世界から招いていたマスコミ関係者のせいで、本局に起きた出来事は即座に管理世界中に報道されてしまった。おかげで本局の築き上げて来た信頼と信用は大暴落し、ミッドチルダの地上本部は多額の予算と人員を持ちながら最初から最後までブラックウォーグレイモン達の掌の上で動かされていた本局に対して嫌味を告げて来ていた。

 すぐさま本局の高官達は『闇の書の暴走体』に対する指揮を執っていた責任者に責任を押し付けようとしたが、もはやそれだけ済む事態ではなく、何名かの高官は責任を取る為に辞職に追い込まれた。

 更に不味い事に最高評議会と言う管理局のトップの面々を殺された事も問題視され、管理局本局の信頼と信用は下がる一方だった。そうなった原因であるブラックウォーグレイモンとルインは即座に抹殺許可も出された『広域次元犯罪者』に指定され、更に少しでも自分達への追求を避けようとブラックウォーグレイモンを悪名で知られる『闇の書』の主として発表した。

 今回の『闇の書』事件では死者は出ていないが、過去の『闇の書』事件では死傷者が出ている。少しでも自分達への追求を避けようとする高官達の苦肉の策だった。そのせいで事件を引き起こした守護騎士はともかく、『夜天の魔導書』の主である『八神はやて』に対しては自分達が望むような形での罪の追求が行なえなくなり、実質はやては保護観察は在るが無罪となった。

 そして高官達が更に頭を抱えたのは最高評議会の死を目撃したクロノ、なのは、フェイト、アルフ、ユーノが、“リンディ・ハラオウン”と思われる人物が二名の最高評議会の面々を殺害した場面を目撃したと言う事実だった。。

 リンディに関しては既に公式的に死亡者と発表したばかり。それなのにその人物が寄りにも寄って最高評議会のメンバーの内、二名を殺害してブラックウォーグレイモンと共に逃亡したと言う事実は発表出来る事では無かった。発表したら最後、何故そのような行動を行なったのかと追求されるのは目に見えていたので、ブラックウォーグレイモンがリンディのクローンを生み出したと言う違法研究の容疑まで追加して高官達は誤魔化す事にした。

 最高評議会の面々が殺害される瞬間を目撃したクロノ達に関しては、その場で見た事に対する緘口令を発して口を閉ざさせる事で、一応事情聴取からは解放された。

 

 そしてクロノは本局が混乱状態に在る今を利用して、ルインとの戦いで重傷を負った守護騎士とリインフォースを除いた面々と、エイミィ、レティに、ブラックウォーグレイモンと戦いながらも傷自体は深くなかったグレアム、リーゼアリア、リーゼロッテを地球での活動拠点にしていたマンションに呼び出し、最高評議会の面々が居た部屋の内部端末に記録されていたデータを全員に見せていた。

 そのデータの内容に管理局に所属しているレティ、エイミィは驚愕に目を見開き、少し前まで管理局に所属していたグレアム、リーゼアリア、リーゼロッテも余りの内容に言葉を失い、なのは、フェイト、はやて、ユーノ、アルフも言葉を失わざるを得なかった。

 クロノがコピーしたデータに記録されていたのは、管理局最高評議会が進んで違法研究を進行させていたばかりか、他の高官の汚職や不正、在りとあらゆる管理局の裏での所業が記されていたのだ。

 自分達が定めた法を自ら撃ち破るような所業の数々に、グレアムは眩暈を覚えると言うように顔に手をやりながら声を出す。

 

「…私が言えた事ではないが…こ、これが事実だとすれば…全ての真実が公表でもされれば管理局は崩壊する」

 

「…えぇ…私も同感です…リンディの件だけではなく、最高評議会は裏で…これほどの所業の数々を…しかも、彼らに属していた高官の殆どが不正を容認していただなんて」

 

「…それだけではすまないかも知れません…最高評議会はミッドチルダにとんでもないロストロギアを秘匿していたようです」

 

 そうクロノは告げながら、震える指で端末を操作する。

 クロノ自身、グレアムとレティ同様に最初にデータを見た時は自身が信じていたモノが崩壊するような気持ちを抱いた。正直ショックで寝込まなかったのが奇跡なほどだ。

 だが、それでもこのままにしておく訳にはいかないと言う思いから端末を操作する為に震える指をクロノが伸ばしていると、横合いからエイミィの手が伸びる。

 

「此処で良いんだよね?」

 

「…あぁ…そうだ…ありがとう、エイミィ」

 

「うん…じゃ、映すよ」

 

ーーーポチッ!

 

 エイミィが端末のボタンを操作すると共に、一隻の地中深くと思われる場所に埋められている巨大な戦艦が映し出された。

 見ただけでただの艦艇では無いと分かる代物の映像に、事前に知っていたクロノとユーノを除いた全員が息を呑むと、何らかの資料と思われる本を持ったユーノが話し出す。

 

「クロノから教えられて、すぐに本局の無限書庫を調べて見つけた資料に、この戦艦の事が記されていました。この戦艦の名は『聖王のゆりかご』。古代ベルカ時代に於いても悪夢の兵器と記されていた…危険度が非常に高いロストロギアです…この戦艦が万全で動き出したら最後、本局の艦隊全てが出撃しても勝てる可能性は限りなく低いです」

 

「な、何だと!? そんな危険なロストロギアがミッドチルダに存在しているのか!?」

 

「最高評議会の端末から得られたデータですから…可能性は非常に高いです…時間が無くて詳しく記されている資料はユーノを持ってしても発見出来ませんでしたが…一つだけこの艦艇に関する重要な部分が分かりました」

 

「それは何かしら?」

 

「…この艦艇は古代ベルカ時代に存在していた王族の一つである『聖王家』の血筋の者が必要なようなんです。ですが、既に『聖王家』の人間は存在していません」

 

「その通りだ。もしも存在しているならば、『聖王教会』が確保に乗り出しているだろう」

 

 管理世界で管理局と同じぐらい名を馳せている宗教組織である『聖王教会』の存在を思い出し、グレアムはクロノの言葉に同意するように頷いた。

 『聖王教会』の事を知らないなのは、フェイト、アルフ、はやては同意し合うクロノ達の様子に首を傾げると、ユーノが簡単に説明する。

 

「『聖王教会』って言うのは、古代ベルカ時代の王族の一つである、さっき話しに出た『聖王家』を崇める宗教の事だよ。その他にも古代ベルカの遺産を確保したりしているから、簡単に言えばベルカ専門の遺産を確保する組織みたいなものなんだ」

 

「そんなのが在ったんだ?」

 

「うん? …だったらさぁ? 何で『闇の書』に関して動かなかったんだい? アレも一応古代ベルカの遺産なんだろう?」

 

「アルフの疑問は簡単だ。『闇の書』に関しては過去の被害の大きさのせいで、『闇の書』に関する一件は管理局が動くように『聖王教会』との間で取り決められたんだ」

 

「そうだったのかい。なら、確保に動かなかったのも納得だね」

 

「…最も『夜天の王』と認められたはやてさんには遠からず接触が来るでしょうね」

 

「わ、私にですか!? …せ、せやけど…私はシグナム達やリインフォースには認められたけど…一番の権限が与えられたルインフォースには認められて」

 

「アレは別格だ…僕らが居なくなった後の映像を見せて貰ったけど…アレは異常としか言えない」

 

 クロノはそう言いながら自分達が本局に移動してからのルインとリインフォース達の戦いの内容を思い出して顔を険しくし、映像越しでは在るが戦いを見ていたレティとはやては顔を俯かせる。

 ルインとリインフォース達の戦いは一方的と言う言葉では足りないほどの戦いだった。シグナム達の全力の一撃を食らいながらも、ルインは即座に受けた傷を完全に修復してしまい、逆に接近していたシグナム達に強力な魔法の一撃を叩き込んで戦闘不能に追い込んでしまう。

 『暴走体』時に確認されていた『無限再生』。最も重要なプログラムであるルインを絶対に失わないようにする為に歴代の主の一人が組み込んだ機能らしいのだが、正直に言えばクロノ達はその改変を行なった『夜天の魔導書』の主を殴りたい気持ちで一杯だった。おかげでルインを倒すには『アルカンシェル』のような絶対に回避出来ない攻撃かつ、一撃でその身を滅ぼすほどの威力を持った攻撃以外は即座に修復されてしまう。

 常に万全に近い状態を保てるルインと、傷を負えば動きが鈍るリインフォース達では戦う前から大きな差が存在している。生み出された経緯ゆえに魔法の化け物と呼んでいい存在であるルインに、『無限再生』と言う驚異的な再生能力。勝つ方法を見つける方が難しいと言うのが能力と存在を知った管理局の考えだった。

 

「先に話しておくけれど…はやてさんを含めた守護騎士達とリインフォースさんは私の預かりになったわ…と言うよりも、どの部隊も艦も、彼女達を自分の部隊に入れてルインフォースが来るかも知れない可能性を恐れているのよ」

 

「でしょうね…こっちとしては助かりますけど…話は戻しますが、最高評議会は『聖王のゆりかご』を管理局の戦力に加える為に、存在していない『聖王家』の血筋をこの世に蘇らせようと考えていたようです」

 

「何だと? …馬鹿な…そんな事をしたら『聖王教会』と争う事になるぞ!?」

 

 告げられた情報にグレアムは驚愕の余り目を見開き、リーゼアリアとリーゼロッテ、そしてレティも顔を青褪めさせて言葉を失った。

 最高評議会の者達が行なおうとしていた事は、『聖王教会』の崇める『聖王』の血筋を道具のように扱う所業に近い。そんな事実が『聖王教会』に知られれば、即座に熱心な信者達が激怒するのは目に見えていた。最悪の場合、ミッドチルダでベルカ自治領とミッド行政府の戦争にまで発展するほどの事態を呼んでいただろう。

 その事実に行き着いたグレアム達は最高評議会の行なおうとしていた事に恐怖を感じるが、同時に一つ気になる点が存在していた。例え何らかの手段を使って『聖王家』の血筋を蘇らせたとしても、『聖王のゆりかご』を動かす為には血筋だけではなく、魔力が必要。ただクローンとして生み出しただけでは魔力を持って生まれる保証は無い。

 それに気がついたグレアムは思わずフェイトに視線を向けて、そのままクロノに険しい顔をしながら質問する。

 

「…クロノ…まさかと思うのだが…最高評議会は…」

 

「…今考えている通りです…最高評議会は『人造魔導師』計画を裏で支援していました…『人造魔導師』と『戦闘機人』に関するデータを管理世界にばら撒いていた可能性が在ります」

 

「…何と言う事だ…では、今管理世界で起きている『人造魔導師』と『戦闘機人』の違法研究の始まりの大元は、管理局だと言うのか」

 

「…父様…こ、こんな事が各世界に知られたら」

 

「管理局は崩壊するどころの騒ぎでは済まない…失敗したら…再び次元世界を巻き込む戦争が起きる」

 

 リーゼアリアの質問にグレアムはこれ以上に無いほどに苦虫を噛み潰したような声を出した。

 全ての違法研究を管理局が行なっている訳ではないが、それでも一番最初に考えたと言う点を考えれば、間違いなくそれは管理局から始まった可能性が高い。それが明らかになれば、確実に管理局の存在意義が揺るがされる。

 クロノがリンディの指示で手に入れたデータは、言うなれば管理局内に存在していた希望が一切入っていない『パンドラの箱』に近かった。

 知らなかったとは言え、自分達が所属していた組織の所業の数々に、なのは、フェイト、アルフ、ユーノ、はやてを除いた管理局に所属している面々は項垂れる。

 そんな中、フェイトが顔を青ざめさせながら話の中で気になった点をクロノに対して質問する。

 

「…ねぇ、クロノ? …今の話だと…母さんが私を生み出した技術は管理局から始まったんだよね?…だったら、もしかして母さんが『アルハザード』を目指したのも…何か関係が在るんじゃ?」

 

「……可能性は在る…実はこのデータ内には最高評議会が出自不明の技術を利用して生み出した人物の情報が記されていた…その人物こそが『人造魔導師』技術の基礎と呼べる部分『プロジェクトF』を理論として作り上げたんだ。そしてプレシア・テスタロッサがその技術を完成させた。つまり」

 

「…か、管理局が…人造魔導師の大元…そ、それじゃ…わ、私はどうしたら」

 

「フェイト!! 落ち着いて!?」

 

 僅かに錯乱し始めたフェイトに気がついたアルフは、慌ててフェイトを支えた。

 自分のような人造生命体の悲劇を繰り返さない為に管理局に入局しようと考え始めていたフェイトにとって、管理局の真実は嘗てのプレシア・テスタロッサに生み出された経緯を告げられた時と同じぐらいの衝撃を与えていた。

 このまま本格的に管理局に入局すれば、自身の体の事を調べられてデータとして利用されるかも知れない。いや、もしかしたら既に利用されているのかもしれないと考えたフェイトは、アルフの腕の中で体を震わせる。

 

「わ、私…も、もしかして…」

 

「フェイト!! 確りするんだよ!!」

 

『フェイトちゃん!!』

 

 精神が揺らぎ出したフェイトを安心させるようにアルフ、なのは、はやては声をかけるが。フェイトは体を振るわせ続ける。

 クロノはそれに対して沈痛な面持ちで顔を伏せる。既にフェイトの裁判は決まって無実となっているが、数年間の保護観察と言う件が存在し、更に管理局の嘱託魔導師として登録されている。はやてにしても同じように数年間の保護観察はほぼ間違いない。

 最後のなのはに関しては管理局の嘱託魔導師としては登録されていないが、問題はなのはの魔導師ランクに在った。なのはの現在の魔導師ランクは少なく見積もってもAAAランク。実は管理局が取り決めた法でAAAランクの魔導師は管理外世界に住んではいけないと言う法が在る。以前はリンディがあの手この手の裏技を駆使して地球に留まる事が出来たが、リンディはもう居ない。ほぼ間違いなく管理局はなのはを取り込もうと動くのは間違い無いのだ。

 

(こうして裏を知ってしまった今では、あのAAAランク以上は管理外世界に留まってはいけないと言う法は…状況が変われば管理局に優秀な魔導師を取り込む為の悪法だったとしか思えない…もしもなのはが管理世界に来たら、何処にも行く当てが無いなのはは、結局管理局に頼るしかないんだから…僕はどうしたら良いんだ)

 

 自分が信じていた組織の裏を知ったクロノもまた悩んでいた。

 管理局を何とか自浄したいと考えても、その相手の殆どが管理局の高官達。一人の執務官でしかない自身が相手に出来る存在ではないと理解しているクロノは、混乱しているフェイトを支えようとしているなのはに難しい視線を向けるしかなかったのだった。

 

 

 

 

 

 アルハザード、フリートの研究室内。

 その部屋の中に置かれているカプセルの中に帰還と共に戻ったリンディは、フリートの調整を受けながら自身が知る管理局に関する事と、フリートが得た管理局の裏に関する情報に関して話し合っていた。

 

「いや~、外の世界で管理局なんて組織が生まれていたなんて知りませんでした。それにしても管理外世界とか言いながら、何でその世界に関する法が勝手に決まっているんですか?」

 

『…私が聞いた限りだと、管理外世界に入り込む次元犯罪者に関しての取り決めらしかったのだけど…こうして別の見方をして見ると、確かに矛盾している点が在るわね…私も管理局の大義に飲み込まれていたと言う事ね』

 

「まぁ、時間が経てば大抵の組織は腐敗する部分が出ますからね…フゥ~ム? 体の方は少しずつ安定率が高まってきました。これなら、今日中にカプセルから出られるようになるでしょう」

 

『そう…何時までもこのカプセルの中で過ごしているのは良い気分じゃなかったから、良かったわ…それにしても…一つ良いかしら?』

 

「何でしょうか?」

 

『…何故私は子供になっているの? 普通なら大人のままの方が良かったんじゃないかしら?』

 

「あぁ、それは簡単です。貴女が此処に運び込まれた時は、本当にこっちの技術でも手の施しようが在りませんでした。何せ膨大な魔力が流れ込んだせいで、内臓の殆どが魔力に汚染されて機能停止寸前。骨格もボロボロ。普通の治療じゃ治しようが無かったので、強い生命力と言うか、途轍もない力を秘めた因子を埋め込むと言う処置しか無かったんです。しかし、大人だと拒絶反応が出てしまうので、体だけを子供に戻す薬を急いで使用して体を子供に戻し、その後に因子を埋め込んだのです。結果、ボロボロだった体は因子の力で一命を取り留めました。その後は因子と体が融合して行くように調整していたのですけど、途中で侵食率に変わって調整が不十分なまま暴走した訳です。とんでもない憎悪や破壊衝動に襲われて暴走したのはそれが原因です」

 

『そう…確かに正気に戻れたのは奇跡だったのね』

 

 本局で正気を取り戻す前の自身の行動を思い出して、リンディはフリートの説明に納得したように頷いた。

 実際に正気に戻る前は憎しみと言う感情に支配されて、親しかったグレアム達にまで容赦の無い殺意に満ちた攻撃を行なっていた。ブラックウォーグレイモンが止めていなければ、安定していなかった自らに宿った“力”を使用してでも管理局内で暴れていたとリンディは確信している。

 

『…それで私はこれからどうなるのかしら?』

 

「う~む…恐らくはある程度の年齢までは成長するでしょうが、その後は誰かが殺さない限り死ななくなるでしょう。既にデータを見る限り、貴女の体は人間よりも守護騎士と言う魔導生命体。或いはブラックウォーグレイモンに近い体になっていますからね。つまり、不完全な不老不死になった訳です」

 

『そう…本当は死んでいた命が助かった代償ね…人生は複雑だけど…本当に複雑だわ。私はもう人間でも無いのだけど…それにしても侵食…一歩間違ったら、私は私としての人格を失っていた可能性も在ったと言う訳ね…現に私には彼の記憶が流れて来たわ』

 

「ウワ~…流石にそれは予想外でした…(やはり、ウィルス種なのが原因だったのでしょうか?)」

 

 そうフリートは内心でリンディに起きた出来事を考えながら調整を進めていると、フッとリンディはブラックウォーグレイモンとルインの事が気になって質問する。

 

『そう言えば、あの二人はどうしているの?』

 

「手に入ったデータを調べて、最高評議会に『ギズモン:XT』を提供した研究者が居る筈の違法研究所に向かいました。どうにもその研究者はかなり危険だとブラックウォーグレイモンは判断しているようですね」

 

『……それは正解かもしれないわね…『『ギズモン:XT』は途轍もなく危険な存在なのだから…彼が知る種族にとっても、管理世界にとっても危険な弾薬庫でしかないわ』

 

「ん? どう言う事です?」

 

『…彼の知識から得られた情報なのだけど』

 

 そうリンディは前置きすると共に、流れ込んで来たブラックウォーグレイモンの記憶から得られた『ギズモン:XT』と、それを創り上げた者の事をフリートに説明するのだった。

 

 

 

 

 

 とある管理外世界の森林地帯。

 その場所には最高評議会が秘密裏に支援していた違法研究所の建物が隠されていた。その建物に訪れたブラックウォーグレイモンとルインは、入り口を破壊して内部へと侵入したが、既に建物の中には人の気配は全く存在せず、無人だった。在るのは一般的な感性を持つ者なら嫌悪感を感じるような機械類だけで、人の姿は影も形も無かった。

 何か手掛かりは無いかと建物内部にある警備装置をルインは調べてみたが、情報らしい情報は手に入らず、背後に立っていたブラックウォーグレイモンに申し訳無さそうな顔をしながら報告する。

 

「マイマスター…建物内部の警備装置に記録されていた画像も全て消去されています。痕跡を全て抹消してから逃げ出したと見て間違い在りません」

 

「そうか…やはり、逃げ足は速いようだな…しかし、これで“奴”に繋がる手掛かりは消えたか…残る方法が在るとすれば管理局の研究施設を虱潰しに探す以外に無いだろうな」

 

 ルインの報告にブラックウォーグレイモンは予想していたとは言え、目的の人物に対する情報が得られなかった事に目を細めた。

 フリートが最高評議会の端末から得ていたデータを調べて『ギズモン:XT』を作製した研究者の所在地で在る研究所にブラックウォーグレイモンとルインは訪れたのだが、既にもぬけの殻だった。

 

「マイマスター? 質問ですけれど…その『ギズモン:XT』でしたか? …それを創り上げた者は、そんなに危険なのですか?」

 

「……『ギズモン:XT』を最高評議会の連中に渡した“奴”の名は、恐らく『倉田明宏(くらた あきひろ)』。俺の知識が間違っていなければ、奴を野放しにしておけば確実に争いが起きる。並みの争いでは済まない。下手をすれば管理世界の幾つかは滅びるほどの大戦争が起きるだろう」

 

「ッ!? …一体何者なんですか? その人間は?」

 

「臆病な人間だ。だが、同時に奴には底が知れない欲望が在る。『ギズモン』もその結果生まれた存在だ…他のデジモンならばいざ知らず、ギズモンだけは目にすることは無いと思っていたが…まさか、異世界で目にするとは夢にも思ってなかった」

 

 ブラックウォーグレイモンはそう呟くと共にゆっくりと機械が立ち並んでいる場所へと視線を移し、その目を細めながら機械が並んでいる場所の一角を睨む。

 

「…出て来い…隠れているのは分かっているぞ」

 

「…いやはや、拙者、穏行にはかなりの自信が在ったでござるのだが、流石は究極体どのと言う事ですかな」

 

 ブラックウォーグレイモンの言葉を肯定するかのように響いた声に、ルインは顔を険しくしながらブラックウォーグレイモンが見ていた機械の影から出て来た者の姿を目にし、呆然とする。

 機械の影から出て来たのは、地球で言う忍者のような衣装を着込んだ生物。だが、その容姿は同じように地球で言う毬栗を思わせるような体型に手足がついたような姿だった。

 ルインが呆然と現れた生物を見つめていると、生物はブラックウォーグレイモンの前で片膝をついて名乗り出す。

 

「拙者の名は『イガモン』にござる。『三大天使』の方々の命を受けて、次元世界と呼ばれる世界で隠密行動をしている者にござる」

 

イガモン、世代/成熟期、属性/データ種、種族/突然変異型、必殺技/イガ流手裏剣投げ

赤いマスクを被った毬栗のような容姿をした謎の突然変異型デジモン。デジタルワールドを渡り歩き修業を積んでいる。隠密行動を主としており、森の木々に隠れたり、水中に隠れたりと、なかなかその姿をみることは難しい。必殺技は、巨大な手裏剣を相手に向かって高速で投げつける『イガ流手裏剣投げ』だ。

 

「『三大天使』だと? …(なるほど、此方のデジタルワールドは『オファニモン』、『セラフィモン』、『ケルビモン』が見守るデジタルワールドだったか)…で、俺に何の用だ?」

 

「ハッ! …拙者の主であるオファニモン様よりの言付けをお伝えに参りました…『地球の東京都に入り口は存在しています。『異界の魂』を宿す貴方ならば、正確な出入り口の場所を知っているでしょう』との事です。知らない場合は、拙者が場所をお伝えする事になっております」

 

「…(オファニモンは俺の事を知っているのか? …此方の世界のデジタルワールドに関する情報が足りんな…罠の可能性も否定出来んが、とにかく、此方のデジタルワールドに向かわない限り詳しい情報が集まらん)…場所は分かっている。お前の案内は必要ない」

 

「そうでござるか…では、拙者は任務に戻る故に失礼するでござる」

 

ーーーシュン!!

 

 言葉と共にイガモンの姿はブラックウォーグレイモンとルインの前から消えた。

 遠ざかって行くイガモンの気配を感じながら、ブラックウォーグレイモンは出口の方に向かって歩き出す。

 

「行くぞ、ルイン…この場所にはもう用はない」

 

「は、はい…それでどちらに向かうのですか?」

 

「地球の日本…東京都に存在する渋谷駅だ」

 

「ハッ?」

 

 余りにも場違いとしか思えない場所に、ルインは思わず間の抜けた声を出してしまったのだった。

 

 

 

 

 

 とある世界に存在している薄暗い研究所内部。その研究所の一室で、自身の背後に紫色の髪を伸ばしている女性を連れた白衣を着た男性は、モニターに映る本局内で暴れまわるブラックウォーグレイモンの姿にこれ以上に無いほど興奮していた。

 

「素晴らしい!! 話には聞いていたが、これが『デジモン』ッ!! その中でも究極体に分類される存在の力か!? 管理局の魔導師では勝つ事は不可能に近いとしか言えないね…フフフッ」

 

「ドクター、何を言っているのですか? この生物のせいで最高評議会の面々が殺されてしまったのですよ?おかげで資金の工面が難しくなりました」

 

「別段気にする事ではないさ、ウーノ・・・確かに老人どもが殺されたのは一時的には私達に不利になるが、所詮は一時的なものに過ぎない。彼が殺したのは結局のところはトップだけだ。老人どもの考えに同意している管理局の高官達は残っているのだから気にすることはないさ」

 

 そう男性は告げながら、次々と最高評議会の息が掛かっていた管理局の高官達のデータを表示して行き、楽しげに笑みを浮かべる。

 

「恐らくは“彼”も私と同じように考えているだろう。“彼”の計画が数年遅れてしまうが、問題は殆ど無いさ。寧ろ私達が“彼”が齎した技術を利用する時間が出来たと言うものだよ」

 

「…“彼”ですか」

 

「おや? …ウーノは“彼”が嫌いだったのかね?」

 

 僅かに不愉快そうに目を細めた紫色の髪の女性-『ウーノ』-の様子に気がついた男性は、僅かに驚いたようにしながら目を向けた。

 

「はい…正直あの男に関しては技術だけは認めますが…あの男は嫌いです」

 

「フム…私としてはアレはアレで面白いのだがね…まぁ、“彼”とは今までどおり技術交流の関係が良いだろうね…そう言えば…“彼”が『デジタルワールド』から回収していたアレが遂に生まれたそうだよ」

 

「ッ!? アレがですか!?」

 

「そう…だが、今回の件でアレを使って『デジタルワールド』に大打撃を与える作戦は中止だろうね。最高評議会が死んだことによって本局の足並みはかなり乱れる。暫らくは戦力の充填や、新たなスポンサー探しで“彼”は忙しくなるだろうから、私達が技術を取り込む時間は充分に出来た。今は雌伏の時と言う事さ、ウーノ」

 

「…分かりました…それで我々はどう動くべきでしょうか?」

 

「暫らくは私達もスポンサー探しだね。最高評議会派だった高官の誰かに取り入れれば問題は無いさ。寧ろ最高評議会の面々が居なくなったおかげで、私達の自由は増えたからね…そうそう、本局を襲撃したデジモンの捜索も頼むよ。管理世界に現れた究極体。興味深い対象だからね」

 

「了解しました。すぐに『トーレ』達にも指示を出します」

 

 ウーノはそう告げると共にゆっくりと部屋から出て行った。

 それを確認した男性は再びモニターに目を向けて、楽しげに魔導師相手に戦うブラックウォーグレイモンと、守護騎士やリインフォース、管理局の魔導師相手に互角以上に戦うルイン、そして魔法陣もデバイスも介さずに魔法と呼べる力を振るったリンディの姿を眺める。

 

「…興味深いね…この子供となってしまった管理局の元提督も、古代の技術の結晶と生み出されたと言う『闇の書の闇』も…何とか彼女達の情報を手に入れたいね…そしてデジモンと言う種族をもっと知りたい…フフフッ、世界とはこんなにも楽しい場所だったとは知らなかったよ」

 

 男性は楽しげに笑いながら、手に入れた映像をウーノが戻って来るまで見続けるのだった。



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それぞれの動き(デジモン側)

 地球の日本、東京都渋谷。

 イガモンからのオファニモンの伝言を聞いたブラックウォーグレイモンとルインは、即座に此方側のデジタルワールドの入り口が存在していると言う渋谷駅を目指していた。

 リンディのデバイスから手に入れた認識阻害の魔法を使用してブラックウォーグレイモンは人々が行きかう東京の街中を進み、その隣を歩いているルインはブラックウォーグレイモンが告げた場所に対して半信半疑な気持ちを抱いていた。

 ブラックウォーグレイモンを疑う訳ではないが、よりにもよって魔法文明が全く存在せず、次元空間を渡る術を持たない地球に、別世界の入り口が存在しているとはルインには信じきれなかった。とは言っても、長い時を『闇の書』内部で過ごしていたルインにしても、『イガモン』と言う生物を見た事も聞いた事もない。

 一定のページを集めれば外との会話が可能であり、暴走時には一時的に外に出られるリインフォースや、魔力を蒐集する事と主を護る役目を担っている守護騎士達と違って外に一切出られなかったルインは、仕方がないので守護騎士達の視界を通して外の世界を覗き続けていたのだ。

 その時知った外の世界の情報を考えても、やはり『イガモン』と言う生物の存在を見た事が無かった。

 

(…マイマスターはあの『イガモン』と言う生物を知っているみたいですし…アレ? そう言えば私、マイマスターがどんな種族なのか聞いていませんでした!?)

 

 長年求めた主を得た喜びで忘れていたが、そもそもルインは自身の主であるブラックウォーグレイモンの事を良く知らない事を漸く思い出し、念話でブラックウォーグレイモンに質問する。

 

(マイマスターー!!!)

 

(…いきなり何だ?)

 

(いえ、今の今まで聞くのを忘れていましたが…マイマスターは一体どう言う種族なのでしょうか?あの『イガモン』と言う生物は、マイマスターを『究極体』と呼んでいましたが?)

 

(…そうだな…コレからお前も付き合う生物になるかもしれんから教えておくか…『デジタルモンスター』。通称『デジモン』と呼ばれる生物が存在している。この種族にはそれぞれ世代が存在し、世代が変わる事を『進化』と言う)

 

(『デジモン』? …初めて聞きました。そんな生物が居たなんて)

 

(基本的にデジモンは自らが住む世界だけで満足している。例外も中には居るが、大抵のデジモンは自分達の住む世界から出る事は無い…特にこれから俺達が向かう『デジタルワールド』では、外の世界に出る事自体を掟として禁止している世界だ…『イガモン』が外の世界に出ていると言う事は、その掟を破らざるを得ない状況になっているのだろう)

 

(なるほど…管理世界のように他世界との交流は一切行なわず、自分達の世界だけで満足しているのですか…それなら、私が知らないのも頷けますね)

 

 広大な次元世界。その中には管理世界のように世界を行き来する関係も在るが、中には外の世界の存在を知りながらも干渉を控える世界は存在している。

 少し前の『アルハザード』同様に、ブラックウォーグレイモンが告げた世界もその一つなのだろうとルインは納得する。

 

(でも、どうしてその世界に行ける場所が地球の、しかも日本の渋谷駅なんて場所に在るんですか?)

 

(其処までは知らん…どちらにせよ、次元空間を移動する手間が省けるのだから気にする事は無い)

 

(ハァ~…それでデジモンと言う生物の世代は幾つ在るんですか?)

 

(『幼年期』、『幼年期の二世代目』、『成長期』、『成熟期』、『完全体』、そして最後に『究極体』の六つだ。最もそれ以外にも『アーマー体』と呼ばれる世代や、『超究極体』と言う世代も存在している。この内、俺が分類されるのは最後の『究極体』。イガモンの奴は『成熟期』だ)

 

(なるほど…と言う事はマイマスターも今の姿の前が在ったのですね)

 

(いや、俺はこの世に現れた時からこの姿のままだ。俺はデジモンではなく、『ダークタワーデジモン』。普通のデジモンのように『デジタマ』から生まれたのではなく、『ダークタワー』と呼ばれる暗黒の塔が百本変形と合体を行なった結果生まれた存在だ…最も俺は通常の『ダークタワーデジモン』とも違うがな…思い出すだけでも忌々しい…奴らをこの手で殺せなかったのが今のところ最大の無念だ)

 

(マ、マイマスター?)

 

 僅かに殺気を滲ませ出したブラックウォーグレイモンの様子に、ルインは僅かに怯えながら声を出した。

 それによって話が脱線しかけて居た事にブラックウォーグレイモンは気がつき、ゆっくりと殺気を治めると、話の続きを始める。

 

(話は戻すが、恐らく管理局で最高評議会の連中は『倉田』の奴から情報を聞いて、『デジタルワールド』の存在を知ったのだろう。そして奴らは『倉田』の口車に乗った可能性が高い。デジモンを倒すには魔導師では命を懸けて挑まねばならない。もしもデジモンが管理世界に進出して来たら、魔法主義の管理局としては認められない事態を呼ぶ可能性が在る。だから、奴らは『デジタルワールド』を自分達の管理化に置こうとでも考えていた・・・最もそれが可能かどうかと言えば、不可能に近いだろうがな)

 

(え~と? ・…詳しくは分かりませんが…デジモンと言う種族の力は管理局の魔導師よりも上なのですか?)

 

(それは間違いないだろう・・・デジモンはそれぞれによって技の威力や効果は異なるが、純粋に攻撃力だけの奴の必殺技ならば、『完全体』の中で核兵器クラスの威力の攻撃を放てる奴が居る。核兵器が分からない場合は、小島が一つ消滅するほどの威力の攻撃が連続で放てると考えろ)

 

(…な、何ですか? それは!? …ど、どう考えても常識なんて言葉が通じない威力の攻撃じゃないですか!? 幾ら魔導師のバリアジャケットが強靭でも、そんな威力の攻撃は防げませんよ!!)

 

(だろうな…直接戦った俺が見たところ、魔導師のバリアジャケットでまともに防げる攻撃は成熟期レベルが限界だろう。最も攻撃の種類によっては防いだ瞬間に終わる攻撃も在るがな…魔導師がデジモンと戦う場合は、先ず第一に防御よりも回避を優先して動くべきだ)

 

 魔導師とデジモンの両方と戦ったブラックウォーグレイモンは、純粋に威力と言う点だけを考えればデジモンの方に圧倒的に分が在ると分かっている。

 多数の方面に効果が期待出来る魔法と違い、デジモンの必殺技や能力は言うなれば過酷な環境や戦いの中で生き残る為に特化した力。中には魔導師の天敵と呼べる必殺技を保有しているデジモンも居る。

 魔導師とかは考えずとも、人間とデジモンでは両者の間に大きな差が存在している。人間がデジモンに勝てるとすれば、かなりの知恵を振り絞らなければならない。その点で言えば、ブラックウォーグレイモンの力を把握し、形は最悪にしても有効な攻略法を考えた最高評議会の面々は知恵者だったのは間違いようのない事実だった。

 そんな風にルインがブラックウォーグレイモンから告げられるデジモンに関する情報を吟味していると、二人の視界の先に白いリュックのような物を背中に背負った黒い色合いのゴスロリと呼ばれる衣装に身を包んだリンディが渋谷駅の入り口の前に立っている姿が映る。

 

(…おい)

 

(あら? …やっぱり此処に来たのね)

 

(…何故貴様が此処に居る?)

 

(フリートさんの調整が終わって、二人の現在位置を調べたら地球の東京都に居る事が分かって、もしかしたらと思って此処で待っていたのよ)

 

(チッ! …そう言えば貴様には俺の記憶が流れ込んでいたのだったな)

 

 リンディが此処に居る理由を理解したブラックウォーグレイモンは僅かに不機嫌そうな声を出し、リンディを睨むが、リンディは気にせずにブラックウォーグレイモンとルインの傍による。

 ルインはブラックウォーグレイモンの隣に並ぶように立つリンディに険しい視線を送るが、リンディは気にせずに自身が背負っている白いリュックの中身を念話で教える。

 

(此処に来るのを優先して忘れていたようだけど、回収した『デジタマ』をアルハザードに忘れていたわよ)

 

(…そうだったな…それで、お前も付いて来るのか?)

 

(えぇ…この目で『デジタルワールド』を見てみたいし、それに私も状況が知りたいの)

 

(好きにしろ)

 

 ブラックウォーグレイモンはそう告げると真っ直ぐに渋谷駅内に存在しているエレベーターの一つに向かって歩いて行く。

 リンディとルインもその後を追うと、向かった先のエレベーターの扉が勝手に開く。まるで自分達を待っていたかのような現象にルインとリンディは僅かに顔を険しくするが、ブラックウォーグレイモンは構わずにエレベーター内に乗り込む。慌ててルインとリンディもエレベーター内に足を踏み入れると、エレベーターの扉は再び勝手に閉まって下降を開始する。

 

「ほ、本当に地下に入り口が在るみたいですね…時々他世界への入り口が存在している世界も存在していましたが、まさか、地球もその一つだったとは思っても見ませんでした」

 

「此方の地球でのデジタルワールドへの出入り口は此処だけだろう」

 

 そうブラックウォーグレイモンがルインに説明していると、エレベーターは最下層へと辿り着いて扉が再び勝手に開く。

 扉の先に広がっていたのは巨大な地下ホームだった。何台もの電車が停まれると分かる線路が存在し、その中の一つに電車らしきモノが停車していた。

 

「電車? …マイマスター? もしかしてあの電車で別世界に行けるんですか?」

 

「ソイツは電車ではない…『トレイルモン』と言う名前の『デジモン』だ」

 

「えっ?」

 

 ブラックウォーグレイモンが告げた事実にルインは驚きながら目を向けて見ると、電車と思われていたモノの先頭車両から声が響く。

 

「よう、アンタらが『オファニモン』様から呼ばれている連中だな? 早く乗りな。デジタルワールドまで連れて行くからよぉ」

 

「で、電車が喋りました!?」

 

「おいおい、其処の究極体が言っただろう? 俺は『トレイルモン』って言うデジモンだ」

 

トレイルモン、世代/成熟期、属性/データ種、種族/マシーン型、必殺技/クールランニング

電車の形をしたマシーン型デジモン。本来は同名ならば一つしか姿が無いデジモンと違い『トレイルモン』と言う名を持つデジモンは、様々な電車の形をしている。広大なデジタルワールドの交通機関や運搬作業を主に行なっている。また、走り続けた事で痛んだ体を脱ぎ捨て、新たな体を得ると言う特殊な能力も持っている。必殺技は、高速で相手に向かって突進する『クールランニング』だ。

 

「本当にこんな生物が居たのね? …次元世界を幾つも渡ったけど、こんな生物は本当に初めて見たわ」

 

 知識としては知っていても、初めて見る『トレイルモン』を興味深そうにリンディは見回す。

 その間にブラックウォーグレイモンは『トレイルモン』の中へと入り込み、リンディとルインも警戒しながら入るが、中は地球の電車とさほど変わっていなかった。

 

「本当に名前の通り電車と変わらないんですね?」

 

「こう言うデジモンは他にも居る。中には潜水艇を模したデジモンも居る」

 

「改めて聞くと、本当に驚くわ」

 

 そうリンディが呟くと共に『トレイルモン』は線路を走り出して、窓から映る景色が進んで行き、暗い空間へと入り込む。

 それぞれが向かう先に存在する『デジタルワールド』について考え込んでいると、窓から見える前方の方に光が発生し、徐々に光へと近づいて『トレイルモン』が光を通り抜けた瞬間に、車内が光で溢れる。

 ルインとリンディが光で眩んだ目を擦り、ゆっくりと目を開けてみると、窓の外には広大な自然が広がっていた。

 

「こ、此処が『デジタルワールド』ですか!? マイマスターー!!」

 

「そうだ…見てみろ」

 

 ブラックウォーグレイモンは驚くルインに、窓から見える広大な森をドラモンキラーで示す。

 リンディとルインが示された森の方に目を向けて見ると、森の上空を背に生えている四枚の翼で飛び回る甲殻で体を覆った巨大なカブトムシを思わせるような昆虫を目にする。

 見た事も無い巨大な昆虫にルインは目を見開き、知識として知っているリンディも驚いていると、ブラックウォーグレイモンが昆虫に関して説明する。

 

「アレは『カブテリモン』と言う成熟期のデジモンだ」

 

カブテリモン、世代/成熟期、属性/ワクチン種、種族/昆虫型、必殺技/メガブラスター

カブト虫の姿をした昆虫型デジモン。アリのようなパワーと、カブト虫のもつ防御性能とを合わせ持つとされ、攻撃・防御ともに能力値は高い。頭の部分は金属化していて守りは鉄壁に近い。しかし、その反面、知性はかなり低く、人間のパートナーが居なければ本能のままに動くデジモン。必殺技は、羽を羽ばたかせツノに電撃を溜め、プラズマ弾を放つ『メガブラスター』だ。

 

「ア、アレで成熟期!? じゃ、もしかしたら完全体や究極体には、アレよりも大きな生物が居るんですか!?」

 

「基本的にデジモンにとって体の大きさは余り関係ない。デジモンの中には俺のような大きさや、人間の子供にも満たない大きさの生物も居る。小さいからと油断すれば、其処で終わりなど『デジタルワールド』では良く在る事だ…ムッ? …ほう、面白いのが始まりそうだな」

 

『えっ?』

 

 カブテリモンが居る方に目を向けながらのブラックウォーグレイモンの言葉に、ルインとリンディが慌てて目を向けて見ると、上空を飛び回っていたカブテリモンに向かって赤い色合いの甲殻で体を覆ったクワガタ虫を思わせるような昆虫が襲い掛かるのを目にする。

 

「シャアァァァァァァァァァァァァーーーーー!!!!!!」

 

「アレは『クワガーモン』だ。カブテリモンのライバルと言われているデジモンだ」

 

クワガーモン、世代/成熟期、属性/ウィルス種、種族/昆虫型、必殺技/シザーアームズ

赤い体を持った巨大なクワガタ型の凶暴な昆虫型デジモン。全身がかたいカラに守られているため、防御力にもすぐれている。パワーも強力で、ハサミの部分で一度敵を鋏むと、倒れるまで離さない。カブテリモンとはライバル関係にある。必殺技の『シザーアームズ』は、頭部に付いている巨大なハサミを使って真っ二つにする技だ。

 

 森の上空で戦い始めたカブテリモンとクワガーモンを楽しげに見つめながら、ブラックウォーグレイモンは呆然としているリンディとルインに説明した。

 空中で激しくぶつかり合うカブテリモンとクワガーモンの戦いに、ルインは呆然としながらブラックウォーグレイモンに質問する。

 

「と、止めなくていいんですか?」

 

「あの程度は『デジタルワールド』では良く在る事だ。デジモンには理性が在る者も居るが、それと同じくらいに本能のままに戦う奴らも居る。昆虫型にはそう言う奴らが多い…街中で暴れでもしない限りは、止めようとする者は居ないだろう」

 

「街ですか?」

 

「そうだ」

 

 ブラックウォーグレイモンがそうルインに向かって頷くと共に、窓の外の前方の方に建物らしきモノが並んでいる場所が見えて来る。

 ルインとリンディはその場所が『デジタルワールド』の街なのだろうと考えていると、『トレイルモン』が街の中に在る駅のホームへと辿り着いて停車する。それと共にドアが開き、ブラックウォーグレイモンは外へと降りて行き、ルインとリンディも『トレイルモン』から降りる。

 駅から見える街の景色は、ミッドチルダのような高度な技術は使われているようには見えず、地球の東京のようにビルが並んでいる街並みでもなかった。それなりに大きいが、高度とは呼べない街だとリンディが判断していると、ゆっくりと自分達に向かって来る巨大な気配を感じ取る。

 

(ッ!! …コレは?)

 

 感じた気配に対してリンディは警戒しながら横に目を向けて見ると、自身と同じように警戒しているルインと、楽しげに目を細めているブラックウォーグレイモンを目にする。

 ブラックウォーグレイモンの様子に呆れたようにリンディが溜め息を吐いていると、ゆっくりと駅のホームの入り口に向かって背に十枚の金色の翼を生やし、翠色の鎧を身に纏った女性型天使デジモンが歩いて来る。

 

「待っていました、『異界の魂』を宿す竜人」

 

「やはり、俺の事を知っているようだな、『三大天使』デジモンの一人、『オファニモン』」

 

オファニモン、世代/究極体、属性/ワクチン種、種族/座天使型。必殺技/エデンズジャベリン、セフィロートクリスタル

翠色の鎧で体を覆い、十枚の金色の翼を持った女性型天使デジモンの最終形態である座天使型デジモン。慈愛と慈悲を伝えるデジタルワールドの聖母的な存在で、三大天使デジモンの一体でもある。神の深い慈愛を体現し、セラフィモン、ケルビモンとともにデジタルワールドの“神の領域(カーネル)”を守っている。必殺技は悪の心を浄化し、楽園へ導く『エデンズジャベリン』と、十個の宝石を召喚し、相手にぶつける『セフィロートクリスタル』だ。

 

「その通りです…この場所ではゆっくりと話は出来ませんので、付いて来て下さい」

 

 そうオファニモンはブラックウォーグレイモン、リンディ、ルインに告げると共に無防備に背を見せて歩き出す。

 無防備ながらも一切の隙が見えない後姿にブラックウォーグレイモンは僅かに感心した視線をオファニモンの背に向けながら、リンディとルインと共にオファニモンの後を追って行く。

 そして街の中でも一際堅牢に見える建物の中に入り、用意されていた椅子に対面するように座りながらオファニモンとブラックウォーグレイモン達は視線を向け合う。

 

「先ずは此方の呼び出しに応じてくれた事を感謝します」

 

「俺としては『デジタルワールド』に簡単に辿り着ける術が見つけられて助かったから構わん…それと…」

 

 ブラックウォーグレイモンはゆっくりとリンディに視線を向け、意味を察したリンディは白いリュックの中に入れておいた『デジタマ』を取り出してオファニモンに差し出す。

 

「…此方が彼が管理局本局内で戦った『ギズモン:XT』のデジタマです」

 

「ッ! …やはり、既に『ギズモン』として世に生み出されてしまっていましたか」

 

 リンディが差し出して来たデジタマを辛そうにオファニモンは見つめながら受け取り、愛しげにデジタマを撫でながら話を再開する。

 

「…デジタマを取り戻してくれた事を感謝します…そしてどうか私達に協力してくれないでしょうか? 事はデジタルワールドだけではなく、他の世界にも危機を呼ぶ事態なのです」

 

「ほう…やはり、既に状況は悪いようだな…詳しく話して貰おう」

 

「分かりました…では、順を追って説明します」

 

 オファニモンはそう告げると共にゆっくりと右手を翳し、横に手が動いた瞬間に、室内の景色は一瞬にして変わり、黒い空間の中に青い星が四つ浮かんでいる光景へと変わった。

 その青い四つの星に見覚えが在るリンディは、目を細めながら星を観察していると、四つとも同じ星の形をしている事に気がつく。

 

「地球で…間違いないわね」

 

「はい…コレは同じ地球と呼ばれている世界です。最も管理局なる組織が認識している地球は一つだけ…残りの三つは認識も出来ない程遠く離れた地点に存在しています」

 

「なるほど…つまり、俺が居た地球はこの四つの内の一つ。俺はとんでもなく遠い場所で蘇ったと言う訳だな」

 

「そう考えて間違いないでしょう。貴方が発している波動は、他のデジタルワールドに存在する『チンロンモン』から伝えられた波動と一致しています」

 

「チンロンモン…奴と連絡を取り合っているのか?」

 

「常にでは在りません…本来ならば他のデジタルワールドへの干渉は余程の事が無い限り禁止されているのです…ですが、今回の案件は最悪の場合は全てのデジタルワールドを危機に追い込むほどの重要な案件ゆえに、他の世界のデジタルワールドの守護者達とも連絡を取り合っているのです」

 

「…全てのデジタルワールドの危機だと?」

 

「はい…『異界の魂』を宿し、『ギズモン』を目にした貴方ならば既にご存知でしょうが…『ギズモン』を創り上げた人間…『倉田明弘(くらた あきひろ)』が次元世界の何処かに潜んでいます…次元世界で活動しているイガモン達の調べによれば、嘗て別世界の地球とデジタルワールドを滅ぼし掛けたあの人間は次元の穴に飲み込まれながらも生き残り、次元世界の一つで管理局と言う人が築いた組織に保護されたようです」

 

「次元漂流者の保護も管理局の仕事の一つですから…でも、まさか、世界を滅ぼし掛けた元凶の人物を保護してしまうなんて」

 

「仕方が無いとは言いたくは在りませんが…言うしかないでしょう…あの人間の行いを知る者は、此方の世界では居ないのですから…しかし、あの人間は管理局に『デジタルワールド』の存在を教えてしまいました。その結果、この世界の存在が知られ、管理局の上層部の一部はこの世界を管理下に於こうとして来ました…無論、私達は管理世界になる事を認められませんでした」

 

「だろうな…誰が好き好んで知りもしない組織に従いたいと思う。第一にこの世界は自分達の世界で満足している世界なのだから、尚更に管理局に従う理由は無い」

 

「その通りです。私達は自らの世界だけで充分だと彼らに伝えました…ですが、彼らは納得しなかった」

 

 オファニモンが険しい声を出すと共に周りの光景が歪み、『デジタルワールド』と思われる星と、その星の大気圏に浮かぶ一隻の管理局の巡航艦が映る光景へと変わった。

 リンディがその巡航艦に備わっている装備に目を細めながら注意深く見つめていると、オファニモンが話を再開する。

 

「彼らはあの艦艇に乗って『デジタルワールド』へやって来ました…そしてあの人間も」

 

 再び映像が変わり、管理局の高官と思われる男と武装局員の魔導師達、そして白衣を着た陰険な男がデジモンが住む街へと歩いて来る光景が映し出された。

 ブラックウォーグレイモンは白衣を着た陰険な男を睨み、オファニモンもその人物の姿に険しい視線を向け、リンディとルインはその男こそが『倉田明弘(くらた あきひろ)』なのだと察する。

 

「彼らは何の通告も無しに火の街に現れました…そして…悲劇は起きてしまいました」

 

 次の瞬間に映し出された光景は、管理局の武装局員達が街の中から倉田の指示に従ってデジタマを強奪する光景だった。デジタマを護ろうと成長期デジモンや、数は少ないが成熟期のデジモンが武装局員に攻撃を加えるが、ベテランで高ランクと思われる武装局員達に次々とデジモン達は倒されて行く。

 それと共に街は火に包まれ、街の周りに居たデジモン達と十枚の黄金色の翼を背中から広げ、全身を鎧で覆った天使型デジモン-『セラフィモン』-が街へと駆けつける

 

セラフィモン、世代/究極体、属性/ワクチン種、種族/熾天使型、必殺技/セブンヘブンズ、テスタメント

白銀に輝く鎧を身に纏った全ての天使型デジモンを纏める最高位の熾天使型デジモン。邪悪な存在との最後の戦いの時に出現し、世界を浄化する。最も『神』に近いと称される三大天使デジモンの一体だ。必殺技は7つの超熱光球を作り出し敵に放つ『セブンヘブンズ』に、自らの命と引き換えにビッグバンを起こし、相手を消滅させる『テスタメント』だ。

 

『お前達!? 何をしている!?』

 

『おやおや…この世界の守護者デジモンが来ましたか。何をとは簡単ですよ。『デジモン』の生体調査の為に『デジタマ』を回収していたんです』

 

『何だと!?』

 

 セラフィモンは目の前に立つ倉田の言葉に声を荒げた。

 もはや赦す気はなくなったと言う様にセラフィモンが倉田に向かって構えを取ると同時に、『デジタマ』を回収していた一人の局員が倉田に向かって叫ぶ。

 

『倉田研究員!! 予定の数を手に入れました!! それと別班からも『回収』の連絡が届きました!!』

 

『そうですか。では、退散するとしましょう』

 

『待て!! 『デジタマ』を返せ!!!』

 

 逃げようとする倉田にセラフィモンは飛び掛かるが、セラフィモンの拳が届く前に倉田の足元に発生していた転移用の魔法陣が光り輝き、その姿は消失した。

 まんまと逃げられてしまった事実にセラフィモンが悔やんでいると、六枚の翼に金色の杖を持った天使デジモン-『エンジェモン』-が慌てながらやって来る。

 

エンジェモン、世代/成熟期、属性/ワクチン種、種族/天使型、必殺技ヘブンズナックル

光り輝く六枚の翼と、神々しい白き衣を纏った天使型デジモン、完全に善なる存在で、幸福を齎すデジモンと言われているが、反面、悪に対しては冷徹に非常で完全に消滅するまで攻撃を止めない。必殺技は、黄金に輝く拳の波動で相手を攻撃する『ヘブンズナックル』だ。

 

『セラフィモン様!! 大変です!!』

 

『如何した?』

 

『連中の攻撃は此処だけでは在りません!! …ふ、封印されていた『ルーチェモンのデジタマ』が奪われたと『ケルビモン』様からご連絡が届きました!!』

 

『な、何だと!?』

 

 エンジェモンから告げられた事実にセラフィモンは声を上げ、ソレと共にブラックウォーグレイモンの達の周りの光景は元の室内へと戻る。

 それぞれが今見た光景に対して考え込む。特に管理局に所属していたリンディは、自らの組織が行なった行動に暗く顔を俯かせていた。やがて、考えがある程度纏まったのか、ブラックウォーグレイモンは先ほどの映像で気になった点についてオファニモンに質問する。

 

「質問だが、『ルーチェモンのデジタマ』と言っていたが…俺の知識ではこの世界を滅ぼそうとした『ルーチェモン』は十闘士に倒されて浄化されたとなっているが?」

 

「確かに一度蘇った『ルーチェモン』は新たな十闘士達のおかげで倒せました…ですが、戦いが終わった後に回収した『ルーチェモンのデジタマ』に触れた時に感じたのです…『ルーチェモン』の怨念を」

 

「…記憶の引き継ぎか」

 

「どう言う事ですか、マイマスター?」

 

「デジモンは死んだ後に『デジタマ』へと戻る。この時に死ぬ前の記憶は全て無くなるのが自然だが…稀に死ぬ前の記憶を引き継ぐ時も在る。恐らく倒された『ルーチェモン』の怨念が『デジタマ』に宿り、記憶を引き継いだのだろう」

 

「その通りです…私達は再び『ルーチェモン』復活の脅威を感じ、その『デジタマ』に強力な封印を掛けてとある遺跡の奥に封印しました。強力なデジモンも護りに配置していたのですが、それが仇となり…」

 

「連中に、倉田に狙われたと言う事か。魔法と言う力は初見では厄介な面が在る。其処を付かれたと言う事か」

 

「それだけじゃないわ」

 

 ブラックウォーグレイモンの言葉に続くように何かを考え込んでいたリンディが声を出し、全員の視線がリンディに向けられると、リンディは話し出す。

 

「さっきの映像に映った巡航艦が装備していた兵器だけど…アレは長距離用の魔導兵器。アルカンシェル級の威力は無いけれど、大気圏上から地上に向かって魔導砲を放つ兵器…一つ間違えれば、大気圏航行が出来ない世界での虐殺兵器になる危険性から、アルカンシェル同様に使用規定が設けられている兵器なの…多分、いきなり大気圏から攻撃されて護りについていたデジモン達は負傷したのでは無いかしら?」

 

「はい…貴女の考えの通り、空からの奇襲に遺跡を護っていたデジモン達は負傷を負ってしまいました。その後は封印式に似た力を使ってデジモン達の動きを封じ、その隙に遺跡の内部から『ルーチェモンのデジタマ』を盗み出されました…相手側にあの人間が居ない事を知らなかったのが最大のミスでした」

 

「フム…何時倉田の事を知った?」

 

「以前に別世界のデジタルワールドの異変についてロイヤルナイツの一人と話した時です。『ギズモン』と言う驚異的な存在を教えに来てくれたのですが、『ギズモン』を生み出した人間が此方側の、しかも、幾多の世界を管理していると言う巨大組織に入り込んでいたのを知った時は、言葉を失うしか在りませんでした」

 

 最悪な人物に、強大な権力を有している管理局は接触してしまった。

 更に言えば倉田は人に取り入るのが上手い。簡単に言えば世渡りが上手いのだ。嘗て別世界の地球でデジモンと人間の争いの流れに持っていきながらも、最後の最後まで倉田は世間には信じられていた。

 その技術を利用して管理局の高官、果てはその上の最高評議会にまで取り入った。最もその取り入った最高評議会をブラックウォーグレイモンとリンディが殺してしまったので、再び誰かに取り入らなければいけないだろうが、最高評議会の考えを受け継いでいる高官は管理局内に残っている。

 再び権力を握るのに時間は掛からないだろうとブラックウォーグレイモンは判断し、ゆっくりとオファニモンに質問する。

 

「それで? お前達は俺に何をして欲しい?」

 

「…私達に力を貸して欲しいのです。イガモン達のように隠密に秀でたデジモンならば行動出来ますが…強力なデジモンが動けば、管理局と言う組織以外に『デジタルワールド』の存在が知られる可能性が高いのです。『ルーチェモン』の事を考えれば、強力な究極体の力は必要だと考えてたところで」

 

「地球で暴れた俺を感知したと言う訳か……良いだろう。俺も『ギズモン』などと言うデジモンを兵器に変える技術は気に入らん。何よりも『ルーチェモン』と戦うのは楽しめそうだからな。無論、報酬として此処のデジタルワールドへの滞在、旅をする許可を貰いたい」

 

「…現在の事態を解決に導けるのならば、それぐらいは構いません」

 

「フッ、交渉は成立だ」

 

 オファニモンの了承の言葉にブラックウォーグレイモンは笑みを浮かべながら頷き、リンディとルインは同時に溜め息を吐きながらオファニモンに顔を向ける。

 

「管理局のせいで動けないと成れば、私にも少し責任が在るので協力します」

 

「マイマスターが協力するなら力を貸します」

 

「ありがとうございます、皆さん」

 

 リンディとルインの言葉にオファニモンは深々と頭を下げ、リンディとルインは笑みを浮かべるが、ブラックウォーグレイモンだけはこれから起こる戦いに想いを馳せるのだった。



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それぞれの動き(リリカル側)

 管理局本局内のとある執務室。

 その部屋の主である『時空管理局本局統幕議長』ミゼット・クローベルは、本局に起きている混乱の中、最高評議会の死を目撃したクロノ・ハラオウンを呼び出し、詳細な状況に関する聴取を行なっていた。

 その中でクロノは事前にグレアムとレティからミゼットに例のデータを見せるようにアドバイスを受けていたので、最高評議会が所持していたデータの全てをミゼットに見せた。無論、それはコピーであり、万が一を備えて他の場所にもデータのコピーは残してある。

 クロノから渡された管理局の裏が記されているデータを吟味していたミゼットは、管理局が裏で引き起こしている不祥事の数々に頭を抱えざるをえなかった。

 

「……最高評議会側の高官達が怪しい動きをしていたのは知っていたけれど…此処までだったなんて」

 

「ご存じだったのですか?」

 

「…クロノ・ハラオウン君…貴方のような一執務官では知らないでしょうけれど…管理局内で不審な行動を取っている局員は多数いるの。本来ならば監査部が動く筈なのだけど、困った事に不審な動きを行なっている局員の殆どが高官であり、その部下達なのよ」

 

 ミゼットはそう告げると共に対面して座っているクロノの前に、空間ディスプレイを投影してデータを映す。

 その映像に映し出されたのは、クロノが持って来たデータに載っている最高評議会の行動に組していた局員達とデータに記されてる他の局員の管理局内での立ち位置。改めて見てみると、最高評議会に組していた高官以外にも汚職や不正を行なっている局員達は居る。

 もしもデータを一般に公開して逮捕に踏み切れば、管理局内で大量の逮捕者が出るのは間違い無かった。しかし、もはやそれだけで済む事態では無い。

 

「管理局が『人造魔導師』と『戦闘機人』の違法研究の大元で在る可能性が高く、ミッドチルダに古代ベルカ時代の悪夢のロストロギア『聖王のゆりかご』を秘匿し続けていた。他の世界だけではなく、ミッドチルダの行政府にも知られたら、管理局は完全に信用と信頼を失うでしょうね」

 

「…つまり、黙っていろと言う事ですか?」

 

「…そんな事は絶対にしてはならないわ」

 

 ミゼットは凄まじい覇気を放ちながらの断言に、クロノは思わず息を呑んだ。

 『時空管理局本局統幕議長』ミゼット・クローベル。『武装隊栄誉元帥』ラルゴ・キール、『法務顧問相談役』レオーネ・フィルスらと共に管理局黎明期の功労者であり、その功績の数々から『伝説の三提督』とまで呼ばれている者の一人であり、現在でも管理局に勤めている重鎮の一人である。

 その功績のおかげで管理局内では彼らに信頼を置く者が多く、既に名誉職扱いで在りながらも最高評議会派閥と同じぐらいの規模の派閥のトップに位置している。彼らもまた平和を護る為に管理局で仕事をしている者達だが、最近では行き過ぎる面が強まり始めた管理局と言う組織を何とかして正そうと行動している者達であった。

 その最大の邪魔が在る意味では最高評議会側の派閥であり、ミゼット達と彼らが方針でぶつかり合う事も多くあった。そんな中、クロノが持ち込んだデータは最高評議会側の高官達を潰せるデータだったが、同時に管理局が潰れてしまうほどの力を持っている事実に、ミゼットは管理局の腐敗は自分達が想像していた以上に進んでいた事実に言葉を失うしかなかった。

 

「このデータは確かに私達にとって切り札になるのは間違いないわ…だけど、同時に管理局が自分達で定めた法を破って来た証拠でも在る」

 

「…一歩間違えば…管理局が潰れると言う事ですね」

 

「えぇ…現在の混乱を利用して公表すると言う策も在るけれど…今は難しいわね。誰が敵で誰が味方なのかも不明の状況…迂闊に公表すれば、闇に逃げられる可能性が高い…もしも、管理局内を全て粛清するとしたら、年単位の時間と…そして管理局の権限の縮小を絶対に行なわなければならないでしょうね…此処まで腐敗が進んでいるとしたら、物騒な方法以外に全てを粛清出来ないわ」

 

「…其処までの事態にやはりならざるを得ないのですね?」

 

「残念だけど…貴方のような真面目に現場で働く局員も、実は管理世界の中では自分達の世界への過度の干渉だと考えてしまう者も居るの…管理局に不平不満を抱く政治家も居るわ…そんな彼らにとって管理局の不祥事は今まで溜まっていた不平不満を叫ぶ絶好の機会なのよ…現にコレを見てみなさい」

 

ーーーブン!!

 

 ミゼットが自身の手元の端末を操作すると共に、再びクロノの前に空間ディスプレイが投影された。

 其処に映し出されたのは先ほどとは違い、各世界から届いた管理局本局に対する今回のブラックウォーグレイモンの襲撃に対する抗議文書の数々。

 その中にはミッドチルダの地上本部からの抗議文と、ミッド行政府からの抗議文も存在している事にクロノが目を見開くと、ミゼットはゆっくりと話す。

 

「クロノ・ハラオウン執務官。貴方は入局当時から本局に勤めているから知らないでしょうけど…地上、ミッドチルダの犯罪率は次元世界でも高い部類に位置されているの。次元世界の中心と言う事で、ロストロギアの密輸、魔導師に寄る犯罪の横行、盗みや殺人などの一般犯罪…地上本部も頑張っているけれど、根源的な問題である人材不足のせいで火の車が現状なのよ…私達も地上本部への執り成しは他の幹部に行なっているけれど、規模の大きさを盾にされて聞く耳も持ってくれないのが現状ね」

 

「ですが、本局が扱う事件の規模を考えれば…優秀な魔導師はやはり多めに居るべきだと」

 

「確かにその点も在るけれど…私達の足元が崩れたら終わりなのも事実なのを忘れてはいけないわ。現在の本局の殆どが外ばかりを見つめて来ている。これは不味いの…忘れてはいけないわ。私達管理局は多大な権限を管理世界から預かっているに過ぎない事をね。その管理局が犯罪行為を自ら進んで行い、管理世界に全てでは無いにしても違法研究を蔓延させた…重大な裏切り行為…管理局はソレを償わないといけないわ」

 

「…どうするんですか?」

 

「時間は掛かったとしても切り崩して行くしかないでしょうね。幸いにもあの竜人が最高評議会を潰してくれた事で、彼らの足並みは乱れる。その隙に彼らの決定的な犯罪の証拠を集めて、管理局の浄化を少しずつ行い、最後に民衆に真実を告げて管理局と言う組織の権限を分散させる協議を各管理世界の政府にするの…時間は年単位で掛かる上に、管理局内の考えも変えなければならない大仕事になるわ…手伝う気は在るかしら?」

 

「僕は構いません。元々このデータをミゼット統幕議長に持ち込んだのは、管理局の自浄に協力して貰う為でしたから…ただ変わりに、かあ…いえ、リンディ・ハラオウン提督の権限で護られていた『高町なのは』の第九十七管理外世界での滞在をそのままにして欲しいです…彼女は偶然にも管理世界と魔法の事を知った一般人ですから…この管理世界の問題に関われば…」

 

「謀殺も充分に考えられるわ」

 

「はい…ですから、グレアム元提督とその使い魔であるリーゼアリアとリーゼロッテが海鳴市と呼ばれる場所に住んでくれる事になっています」

 

「彼らの実力なら高ランクの魔導師で無ければ簡単には敗北しないし、万が一の時には連絡も取れる。其処まで準備が進んでいるのなら何とか対処出来るわね…分かりました。『高町なのは』の管理外世界での滞在は私が許可を出す事で護ります…正し、他の高官を納得させる為に嘱託魔導師にだけは登録しておいた方が良いでしょう。デバイスを携帯するにしても許可書は必要です」

 

「分かりました…本人にはそう伝えます」

 

「今後貴方は私付きの執務官として暫らく行動して貰う事になるわ。覚悟をしておきなさい」

 

 そのミゼットの言う『覚悟』と言う言葉が様々な意味を宿している事をクロノは感じながら、ミゼットに一礼して部屋を退出して行った。

 それを確認したミゼットが一息吐くと共に、その横に通信用の空間ディスプレイが出現し、険しい顔をした壮年の男性二人、『ラルゴ』と『レオーネ』が映し出された。今回のクロノの聴取では管理局内の重要な情報が手に入ると予感したミゼットは、事前に二人にも部屋の内部の映像が見えるようにしておいたのである。

 結果的にミゼットの予感は当たったが、その内容は三人が想像していたモノを遥かに超える内容だった。

 

『…よもや最高評議会が此処までの事を行なっていたとは…管理局内で身内を庇ってしまう流れが構築されてしまっているようだな』

 

『そう考えて間違いないだろう、ラルゴ…もはや荒療治以外に管理局を変える方法は無いと見て間違いない』

 

「これが私たちの最後の仕事になるでしょうね。管理局の腐敗を潰すのに利用するのは気が引けるけど、もはや手段を選べる状況じゃない。根は深く、広く張ってしまっている。ちょっとやそっとの方法では取り除けないのなら、荒療治以外に手段は無いわ」

 

『うむ…先ずは信用と信頼が出来る局員を見定めて仲間を増やして行く以外に在るまい。下手に動けば、他の高官達に気づかれるからのう』

 

『本局だけの味方では足りんぞ…この際、地上とも協力すべきだ』

 

「そうね…レジぼう、じゃなくて『レジアス』とも本格的に協力を結びましょう」

 

『あやつが地上を護りたいと言う意思は本物だ。しかし、最近最高評議会側と接触が在ったと言う報告も在る相手だぞ?』

 

「だからこそ、彼を此方側に引き込んで相手側の事を調べて貰うの…それに最高評議会は私達にも秘密で何かを行なっていた可能性が高いわ」

 

『…例の高ランクのベテラン魔導師の召集と大気圏から使用可能の長距離魔導砲の使用の件か?』

 

『アレに関してだけは最高評議会側の高官達でも何に使用したのか知らない者が多い…それにリンディ・ハラオウンを謀殺した時の最高評議会の策だが…アレは幾ら考えても“竜人”の実力を知らなければ出来ない策だ』

 

「最高評議会はあの“竜人”について何かを知っていた…その何かは分からないけれど、最高評議会が使用したと言う機械兵器『ギズモン:XT』…どうやら、今回の件は完全には終わっていないのかも知れないわね」

 

 ミゼット、ラルゴ、レオーネは漠然とした嫌な予感を感じていた。

 今回の件で明らかになった事以外に、何かが次元世界で起きようとしている。それが何かまでは分からないが、確実に危機と呼べる事態なのだろうと感じながら、少しでもその予感に対抗する為にミゼット達は動き出したのだった。

 

 

 

 

 

 地球の海鳴市になのはの両親が営んでいる喫茶『翠屋』。

 その場所には管理世界に対する説明を行なう為にやって来たレティと、なのはの家族である高町家の面々、そして『闇の書』事件の時に偶然にも封鎖領域というベルカ式の結界魔法に巻き込まれて『魔法』の事を知ったなのは、フェイト、はやての友達であるアリサ・バニングスと月村すずかがそれぞれ難しい顔をしながらレティの説明を聞いていた。

 いきなり知らされた別世界の存在と管理局と言う組織の現状。そしてなのはとフェイトが数日間別世界の病院に居たという事実。特になのはの父親である士郎は、レティから聞いたブラックウォーグレイモンの戦い方に険しい表情を浮かべながら考え込んでいた。

 そしてゆっくりと別の席に座っていたなのは、フェイト、アルフ、ユーノ、はやてに顔を向ける。因みに守護騎士とリインフォースは、まだ本局内の医局室で治療を受けている。

 

「なのは…先ずは言っておくが、私としてはお前が管理局と言う組織に入るのは反対だ」

 

「お父さん!?」

 

「話からお前には『魔法』と言う力に関して凄い才能を持っているのは分かった…だが、その組織が信用が於けない様な行動を行ない、更に危険な出来事に関わる。その上、その組織を手玉に取った生物と戦う可能性も在ると言う…なのは…ハッキリ言うが、その生物と戦ったフェイトちゃんとお前は…“全く相手にもされていないぞ”」

 

『ッ!!』

 

 士郎の発言になのはとフェイトは目を見開くが、士郎は二人が今生きているのはブラックウォーグレイモンが手心を加えたか、或いは興味も全く無く、ただ自身に近づいた存在を敵としても認識せずに掃ったとしか考えられなかった。

 嘗て士郎は生家に伝わっていた武術の関係でボディーガードの仕事を行なっていた。なのはが子供の頃に生死に関わるほどの大怪我を負った後にはボディーガードの仕事を一切行なわなくなったが、それでも裏の世界で生きた事がある士郎は修羅場を潜って来た経験が在る。

 その経験と自身が有している知識からブラックウォーグレイモンは、敵対した相手には慈悲など殆ど与えず殺せる存在なのだと察する事が出来た。

 

「お前とフェイトちゃんが怪我を負って気絶した時に、追撃する事がその生物には出来ただろう。にも関わらずに、その生物は気絶したお前とフェイトちゃんに何も行なわなかった…ほぼ間違いなく止めを刺す相手と認識していなかった可能性が高い…今回こうして私達の下に戻って来れたのは、本当に運が良かったに過ぎないんだ」

 

「で、でも!? 今よりも強くなって、皆で頑張れば何時かは倒せ…」

 

「なのは!!!」

 

「ヒゥッ!!」

 

 何時になく怒りに満ちた士郎の顔になのはは、怯えたように声を出して士郎を見つめる。

 ゆっくりと士郎は湧き上がった怒りを抑えるように息を吐くと、ゆっくりと黙っているレティに顔を向ける。

 

「聞かせて欲しいのですが、管理局と言う組織では子供であろうとなのはの様に『魔法』と言う力に秀でた場合、危険な仕事を行なわせる可能性はどれぐらいなのでしょうか?」

 

「…なのはさんの魔導師ランクはAAAと言う管理局全体でも5%しか居ない高ランクです…もしも入局した場合は、訓練校の速成コースに入れられ…即戦力として加えられると考えて間違い在りません」

 

「…その魔導師とやらの…いや、この場合局員と言うべきなのか…その速成コースとやらの期間はどれぐらいなのですか?」

 

「…通常コースなら一年近くで…速成コースの期間は大体“三ヶ月”です」

 

「……ハァ~…今ので心が完全に決まった…なのは、俺は絶対に管理局への入局を認めない」

 

 レティの告げた期間に、士郎は先ほどまでの丁寧な口調を止めて家での口調に戻った。

 その士郎の考えに同意するように話を聞いていたなのはの兄妹である美由希、恭也、そして母親の桃子も士郎の考えに同意するように頷き、なのはは驚いたように自身の家族を見つめる。

 この話し合いが設けられる前にフェイトとアルフは、色々と悩んだ末に管理局に入局する事を決意していた。自身が生み出された技術を悪用し、違法に手を出している管理局の上層部を告発する為にフェイトは自ら敵地へと入り込む事を決めたのだ。

 はやては無実になったとは言え、家族であるシグナム達は管理局で無償奉仕を行なわなければいけない事から、足のリハビリを行ないながら魔法を学んでその後に入局するか、それとも別の方面から動こうかと悩んでいる。

 そしてなのはは、これから管理局内の自浄を行なうであろうクロノ達に少しでも力になりたいと考えて、管理局の事を士郎を含めた家族全員に魔法に少し関わってしまったアリサとすずかに説明して、手伝うための許可を貰おうとなのはは考えていた。

 色々と揉める可能性も考えていたが、最終的には士郎を含めた家族全員が自身の管理局入りを認めてくれるとなのはは思っていた。だが、レティから現状と管理局と言う組織の仕事及び関わった事件の詳細を聞いた士郎達の決定は、『なのはの管理局入りは絶対に認めない』だった。

 何故と言うようになのはが士郎達を見つめていると、恐る恐るアリサがなのはに声を掛ける。

 

「ねぇ、なのは…アンタが魔法って言う力と関わったのはフェイトと出会った時期と一緒なら半年ぐらいでしょう? …その時に魔法を教えて貰った相手って言うのが、其処に居るユーノなのよね?」

 

「う、うん?」

 

「はい、僕がなのはに魔法を教えました」

 

「…気になったんだけど…アンタ…魔法の事ってユーノ以外に誰かに教えられた事在るの? それに魔法の教本とかも読んだ事在る?」

 

「えっ? …それは…その」

 

「無いのよね?」

 

「…う、うん」

 

 アリサの質問に狼狽しながらもなのはは頷き、質問したアリサに話を聞いていたすずかと士郎達は難しげに顔を歪める。

 何かを学ぶ為には、先ず第一としてその分野に関して教えて貰う者が必要。しかし、なのはの場合は魔法を教えていたユーノが、いや、管理局に所属している者の殆どが驚嘆するほどの才能を有していた。

 魔法を知ってから僅か一ヶ月以上の時間の間に、数年間の英才教育を受けていたフェイトと互角以上に戦える力を身に付け、半年近くでデバイスの性能面さえ互角ならばシグナム達とリインフォースと一対一ならば戦えるほどの実力を身につけた。魔法を扱う才能と言う一点だけを見つめれば、間違いなくなのはは秀才どころか百年に一人に近い才能を有している。だが、その才能ゆえになのはには魔法を学ぶという段階が必要とは思えないほどだった。

 最初に魔法を教えていたユーノが教えられる範囲は既に終わっいる。しかし、ユーノは魔法を教える先生とは言えない。自身が魔法を学ぶ上で得た知識を使ってなのはに魔法を教えていたに過ぎない。

 恭也と美由希に自身の実家に伝わっている武術を師として教えている士郎は、なのはは魔法と言う技術を詳しく知らないで振るっているのではと危惧を覚えていた。これが怪我も無く、また管理局と言う組織が信用出来ると思えれば士郎達もなのはを応援していたかもしれないが、管理局が信用出来ない組織であり、またブラックウォーグレイモンと戦ったことでなのはが大怪我を負い、数日間家に戻って来なかった事が士郎達の内面に大きく影響を与えていた。

 今よりもなのはが幼い頃に寂しい思いをさせてしまった負い目が在る士郎達は、出来るだけなのはの意思を尊重してやりたいのだが、命に関わる可能性が出た時点でなのはの管理局入りは断固反対すると全員が心に決めていた。

 

「なのは…お前が友達に手を貸したいと言う気持ちは良いことだ。だが、お前に何が出来る? 相手は権力と言う力を持った組織の高官達だ…九歳の子供に過ぎないお前じゃ、管理局と言う組織に入れば利用されるだけだろう」

 

「……」

 

「…レティさん…そう言う事でなのはの管理局入りは止めさせて貰います」

 

「分かりました…ですが、なのはさんが高ランクの魔導師だと言うのは既に管理局内に知れ渡っています…最悪の場合は高官達が力尽くで動く可能性も在りますので…『嘱託魔導師』としてだけは登録をお願いします」

 

「…その『嘱託魔導師』と言うのは、簡単に身分証明書なのでしょうか?」

 

「はい…管理局から仕事を頼まれる時も在りますが、基本的には簡単な調査任務だけです。本人が望まない限りは危険な任務への参加は認められません。また、なのはさんは管理局の裏を知ってしまった面も在りますので、彼女に届くかも知れない任務は私が目を通してからになるように管理局内で信頼と信用が置ける上司に依頼する予定です」

 

「…その『嘱託魔導師』には絶対に登録しないといけないのかしら?」

 

「これだけは絶対に外せません」

 

 桃子の質問に対してレティは苦虫を噛み潰したような顔をしながら答えた。

 なのはが『嘱託魔導師』として登録される件は、絶対に外せない件なのだ。管理局の他の高官達に高ランクの魔導師であるなのはを逃がさないと言う鎖と思わせる為にも、絶対に『嘱託魔導師』の登録だけはしなければならない。

 レティの様子から士郎達は渋い顔をしながらも頷き、近い内になのはは『嘱託魔導師』の勉強をして試験を受ける事で話は進み出す。その間、ずっと顔を俯かせているなのはの姿に、フェイト、アルフ、はやて、ユーノ、アリサ、すずかは、言い知れない嫌な予感を漠然と感じるのだった。

 

 

 

 

 

 とある管理世界に存在する管理局が秘密裏に支援を行なっている違法研究所。

 つい最近にその研究所の主任が変わり、今は管理局の上層部から直接派遣された男が研究所の主任となっていた。

 その男こそ、『デジタルワールド』の存在を最高評議会の面々に教え、嘗て別の地球とデジタルワールドを未曾有の危機に追い込んだ人物、『倉田明弘』だった。

 だが、予てより進めていた計画が思惑通りに進まなかった事で、倉田は与えられた執務室の中で本局を襲撃したブラックウォーグレイモンの姿が映っている映像を苦虫を噛み潰したような顔をしながら睨んでいた。

 

「全くもって最悪ですね…これだからデジモンと言う生物は忌々しいのです!!! …コイツのせいで計画が遅れる事になっただけではなく、折角取り入れる事が出来た最高評議会と言うスポンサーまで失ってしまった!! それだけではなく管理局は混乱状態!! えぇい!! 本当に忌々しい!! …まぁ、スポンサーは他にも成れる事が出来る人物が居ますから構いませんが」

 

 そう倉田は呟きながら、最高評議会に組していた管理局の高官達のリストを空間ディスプレイに映し出して品定めするような視線で眺める。

 

「…フフフッ…次元の穴に飲み込まれた時は死を覚悟しましたが…こうして私は生きている…今度こそ夢を…いえ、私は全ての世界を手に入れてみせましょう! その為の力は既に一つ手に入った」

 

ーーーブン!

 

 倉田が端末を操作すると共に一つの研究室内の映像が映し出された。

 その研究室内は巨大なカプセルが存在し、カプセル内部に入っている液体の中で、子供の姿をした背中に十二枚の純白の翼を生やし、四つの『ホーリーリング』を身に付けた天使が眠るように液体の中で体を丸めていた。

 順調に成長している天使の姿に、倉田は満足そうに頷きながら楽しげに目を細める。

 

「『ベルフェモン』と同じ『七大魔王デジモン』の称号を持つデジモン…しかし、これだけでは戦力として足りません…『大門大(だいもん まさる)』は究極を越えた力を持つ『バーストモード』を手にしている。必ず奴にも復讐を遂げてやります…その為には一体では足りない・・・『ギズモン』、『魔法』、『管理局』、『ロストロギア』、そして全ての『七大魔王』。これらを全て手に入れ、私は全ての世界を支配する王となる!! フフフッ!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!!」

 

 自らが手に入れるであろう栄光を思い、倉田は自身の執務室の中で狂喜に満ちた邪悪な笑い声を楽しげに上げ続ける。

 故に気がつかなかった。先ほどまで倉田が見つめていた映像に映るカプセル内の液体に浮かんでいる天使。その天使の口元が倉田以上の邪悪さに満ち溢れた笑みで歪んでいた事を。



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そして時は進む

長らくお待たせしてしまって申し訳ありませんでした。

活動報告でもお知らせしましたが、今話から改訂版を投稿して行きます。

今まで待っていて下さった皆様、本当に申し訳ありませんでした。


 首都クラナガンに聳え立つ超高層タワーミッドチルダ管理局地上本部。

 まるで管理局の権力を誇示するかのように聳え立つタワーの一室で、レジアス・ゲイズ少将は本局に居るミゼットから届いた手紙を難しそうに眺めていた。

 内容は簡単に言えば、管理局の不祥事に関する案件の内容であり、レジアスは僅かに苦い表情を浮かべるしか無かった。

 通称『海』と呼称される本局は、ロストロギアや次元犯罪者及び組織が関わる重大な犯罪の捜査の為に次元航行艦を使用して次元世界を渡り歩く『広域捜査』を主な任務の主軸としている。ロストロギアや世界を渡り歩く次元犯罪者に関わる場合は、常に死と隣り合わせの危険な任務。そう言う背景が在る為に優秀な魔導師や最新の設備機器などは、本局に優先して配置されている

 逆に通称『陸』と呼称される地上の方は、本局と比べれば魔導師の質は圧倒的に低く、機材や設備なども殆ど本局に設置されている物よりも古い物が多い。此処で重要なのは、幾ら魔法文明が発達しているミッドチルダだと言っても、其処に住む人々や生まれる子供が全員魔力資質を兼ね備えている訳ではない。寧ろ魔力資質を持たない者が多いと言う現状である。訓練を積んで装備さえすれば一定の力を発揮出来る質量兵器と違って、『魔法』と言う力は個人によって差が存在している。優秀な魔導師となれば尚更に少なく、管理局全体を見てもAAAランクの魔導師は全体の5%しか居ないのが現実だった。

 そしてAランク以上の魔導師の殆どは本局の方に所属し、地上の魔導師のランクは低い者が殆どで在る為に『量より質』の手段が使える本局と違って、地上は『質より量』で日々を護っているのが現実だった。

 だが、ミッドチルダは次元世界の中核を担っている第一管理世界と言うせいで、ロストロギアの密輸やそれらを行なっている犯罪組織が集まり、その他にも一般の事件を対処する為には地上の戦力は不足しているとしか言えず、ミッドチルダの治安は徐々に悪化の一歩を辿って行き、地上の局員達は苦しい日々を過ごしていた。

 それに対して本局が何かを手段を講じたり、手を貸してくれる訳でもないので、本局と地上は同じ管理局と言う組織でありながらも管理局の内部に大きな軋轢を生み、両者の仲は最悪としか言えなかった。

 そんな現状をずっと憂い続けていたレジアスは、此処最近、最高評議会の面々と連絡を取り合い、違法で在ると分かっていながらも戦力増強の為に『戦闘機人』の実用化について話し合っていた。

 無論その行為が管理局が定める法に違反しているのは分かっていたが、このままではミッドチルダの人々が危機に瀕するかもしれないと危機感を持ったレジアスは最高評議会の提案を受けようとかと悩んでいた。しかし、その提案を出していた最高評議会の面々が殺され、更には本局の権威も落ちた。

 長らく煮え湯を飲まされて来た本局の権威が落ちたのはレジアスとしては嬉しい事だが、最高評議会まで殺されてしまった事によって『戦闘機人』に関する案件は止めざるを得なかった。

 違法研究という危ない橋を渡る勇気が持てたのは、少なからず自身が所属する組織のトップの容認が在ったからこそ。それが無くなったレジアスとしては、寧ろ今の状況を利用して本局の権力を削いで地上の戦力増加を画策していたのだが、その考えが纏まる前にミゼットから届いた手紙によって動きを止めざるを得なかった。

 悩むように手紙をレジアスが見つめていると、執務室のドアをノックする音が聞こえて来る。

 

ーーーコンコン

 

「入って構わんぞ」

 

ーーーガチャッ

 

「失礼するぞ、レジアス」

 

 レジアスの言葉に応じるように扉が開き、地上局員の服装に身を包んだ大柄な男性-『地上のSランクオーバーの魔導師ゼスト・グランガイツ』-が室内に足を踏み入れる。

 ゼスト・グランガイツは首都防衛隊に所属し、その中でも最強と称される隊の隊長を務めている猛者だった。同時にレジアスの親友であり、二人とも地上の平和を護ると言う誓いを結んだ仲である。

 

「急に呼び出してすまない、ゼスト」

 

「構わないさ…本局での件についてか?」

 

「うむ……ゼスト…今から話す事は暫くはワシとお前の間だけにして欲しい…事は管理局の存亡にも関わる重大な事だ」

 

「どう言う事だ、レジアス?」

 

「……お前達…『ゼスト隊』が現在追っている『戦闘機人』の案件…ワシはその大元の犯人を知っている」

 

「何だと!? 本当なのか、レジアス!?」

 

 突然のレジアスの発言にゼストは驚愕に目を見開きながら叫んだ。

 ゼストとその部下達がどれほど調べても尻尾さえも掴めなかった『戦闘機人』に関する案件の大元の犯人。それを知っていると言うレジアスの言葉に、ゼストが困惑しながらレジアスを見つめていると、レジアスは犯人の名を告げる。

 

「…違法研究『戦闘機人』に関する案件の犯人の正体…それは…『時空管理局最高評議会』の面々だ」

 

「なっ!?」

 

 余りにも告げられた自分達が追っていた犯人の正体に、ゼストは叫んだ。

 今のレジアスが告げた犯人の正体が真実だとすれば、『戦闘機人』を進めていたのは自分達が所属しているトップだったと言う事に他ならない。

 一体どう言う事なのかとゼストが険しい視線をレジアスに向けると、レジアスは僅かに顔を俯かせながら語り出す。

 

「…実はお前が知らない事だが…ワシはここ最近最高評議会の方々から一つの提案を持ちかけられていた。『地上の戦力増加の為に戦闘機人計画を秘密裏に進めないか?』とな。その為の研究者の連絡先も送られて来たのだ」

 

「馬鹿な!? …それが事実だとすれば…俺達がしていたのは…自らの組織が進めている計画を自分達が摘発していると言う事ではないか!?」

 

「…その通りだ…最もワシも大元だとは知らなかった。てっきり、最高評議会の連中も『戦闘機人』の研究内容に興味を引かれたからと思っておったが…どうやら真実はワシが考えていた以上に深いものだったようだ」

 

 そうレジアスは告げながら、ゆっくりと手に持っていたミゼットからの手紙をゼストに差し出す。

 差し出された手紙をゼストは受け取り、内容を読み進めていくと徐々に手が震えていく。

 

「…ば、馬鹿な…ミッドチルダの山岳地帯の何処かに…危険度が高いロストロギアが秘匿されているだと? こ、これが真実だとすれば」

 

「…ゼスト…お前の部隊のメンバー全員と、信頼出来る者達の手を使って捜索してくれ…秘密裏に処理するにしても何をするにしても、現物の品が無ければ証明も出来ないのだからな」

 

「…分かった。すぐにメンバーを選出する…その前に質問だが、レジアス? …本局での件でお前は本格的に関わる前に終わったが…違法に手を出そうとしていたのはどう言う理由でだ?」

 

「…お前とて分かっている筈だ…地上の戦力は本格的に限界を迎えて来ている。このまま行けば数十年と持たずにミッドチルダの治安は崩壊するかもしれん…次元犯罪者達も地上の力が弱い事に気がつき始めている。地上の平和と人々の安全の為ならば、違法と分かっていても手を出さない訳には行かないほどなのだ」

 

「…私利私欲の為では無い事は分かった…だが、俺達が築こうとしていた平和は、沢山の犠牲を持って作り上げようとしていたものなのか!? 俺達が目指していたのは違法に手を出しても構わない事だったのか!?」

 

「……そうだな…確かにワシは焦り過ぎていたのかもしれん」

 

 ゼストの叫びにレジアスは、何時の間にか目的の為に手段を選ばなくなっていた自身に気がついた。

 平和と言う願いは確かに大切だが、その為に違法と言う手段を使用すれば、自らが築こうとしていた平和は悲しみによって作られた平和に過ぎない。その果てに待っているのは、レジアス自身が何時か後悔する結末しかない。

 手段は間違えかけたが、レジアスは決して暗愚な人間ではない。これが本局の人間だったら反発していたかもしれないが、同じ願いを持って管理局に入った親友であるゼストの言葉は頑固なレジアスの胸に確かに響いた。

 幸いにも今回の本局の件を旨く利用すれば、少しの間は本局に地上の戦力を持っていかれずに済む。

 

「今一度考えてみよう…違法などに頼らずに地上の人々の安全を護る術を探してみる」

 

「そうか…レジアス…俺はお前の正義に殉ずる覚悟は既に持っている。現場でしか力を発揮出来ない俺だが、お前の力となろう」

 

「あぁ…頼むぞ、ゼスト」

 

 こうして本来の正史ならば互いの死と言う結末で終わったゼスト・グランガイツとレジアス・ゲイズの未来は変わった。

 その事を知らない二人は、ミゼットの手紙の内容に対して自分達がどう行動するのが最善なのか話し合いを続けるのだった。

 

 

 

 

 

 時空管理局本局医療施設。

 その場所の一室には、本局を襲撃して来たルインと戦ったシグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、そしてリインフォースがそれぞれのベットの上で横になっていた。本来ならば魔導生命体で在る彼らの治癒力は人間などよりも遥かに高いのだが、今回戦った相手であるルインは彼らの事を彼ら以上に知っている者。

 その為に魔導生命体としての治癒力が通じ難い構成で発動された魔法を受けた為に、普通の人間と同じぐらいの時間を掛けなければ完治しない状態になっていた。

 

「グッ!」

 

「大丈夫? ヴィータちゃん?」

 

「…ど、どうってことねぇよ」

 

「無理をするな、ヴィータ…奴から受けた傷は治りが遅い…無理に動けば悪化する可能性も在るのだぞ」

 

「分かってるよ…なぁ、リインフォース」

 

「何だ? ヴィータ」

 

 声を掛けられたリインフォースがゆっくりと視線をヴィータに向けると、ヴィータは顔を俯かせながら質問する。

 

「…そのさ…アイツが言っていた事…本当なのか? …あたしらも…アイツを望んで生み出すのに力を貸したって?」

 

「……事実だ…奴が…ルインフォースが言っていた事は全て事実だ。『夜天の魔導書』をより完璧にする為に…ルインフォースは生まれた」

 

「だけど…それが『夜天の魔導書』が『闇の書』へと変わる始まりだったのよね?」

 

「そうだ…最初に改変した主が死してから、歴代の主達は半身の存在を知ると共に自らが使用出来る方法を模索し続けた…当時は長きベルカ戦争の始まりでも在った・・・自分達が戦争に勝利する為にもルインフォースの力は必要だと主達は考え、何よりも先ず自らが使用出来る方法を模索し続けた。だが」

 

「改変を行うたびに奴は異常な存在へと変貌していったか。そして更に従えられる存在はいなくなって行ったのだろう?」

 

「…正解だ、ザフィーラ…そして改変を続けて行った結果、他のシステムにも異常が出始めた。その影響が最初に起きたのは『守護騎士プログラム』。本来ならば保持出来る記憶を保持出来なくなった」

 

「それで我らは『夜天の魔導書』と言う本来の名を忘れ、『闇の書』と言う新たな名前の方しか記憶出来なくなったと言う事か。そして後から加えられたルインフォースの存在も忘れてしまった」

 

「…もはや、何が在っても私達と半身が分かり合う事は無い。私達は主はやてと言う光に救われた。だが、奴を救ったのは自分と同じように世界に悪影響を与えるブラックウォーグレイモンと言う闇。漸く見つけた主の為ならば、奴は喜んで動くだろう。次に戦う時がくれば、奴は守護騎士プログラムを乗っ取る事も行う。例え別れても、奴が『夜天の魔導書』の上位プログラムだと言う事実は変わらない」

 

「次に戦ったとしたら…あたしらがあたしらじゃなくなるかも知れねぇってことか…ちくしょう」

 

 リインフォースが告げた事実にヴィータは悔しげに声を上げ、シグナム、ザフィーラ、シャマルも顔を俯かせる。

 シグナム達が決死の思いで挑んでいたと言うのに、ルインには余力が残っていた。その気になれば戦っている最中に守護騎士であるシグナム達を再び取り込み、管理局の魔導師に対して戦わせると言う戦法も使えたのに使わなかった。実際のところルインとしては最後に脅しとして言ったに過ぎず、シグナム達を再び自らの守護騎士にする気は全く無い。何よりも意思ある守護騎士達を人形にように操る事は、ブラックウォーグレイモンが絶対に許す筈が無いのだ。

 その事を知らないシグナム達は再びルインと出会った時に、自らが自らではなくなるかも知れない恐怖に体が震える。今の自分を絶対に失いたくは無い。だが、それを行えるルインの存在に対してシグナム達は心の底から恐怖を感じていた。同じ『夜天の魔導書』に宿っていた者としての義務感では次は戦えない。戦う前に恐怖で動けなくなるとシグナム達は直感し、体が我知らずに恐怖に震える。

 その様子を見たリインフォースは、ルインが最後に脅しとして残した言葉は絶大な効果を持っていた事実に顔を険しく歪める。

 

(半身はこうなる事を分かって、あの言葉を残したのか…私達を心の底から嫌っている奴が本当にやるのかは別にしても…可能性として存在している時点で守護騎士達は半身と戦うのを拒絶するかもしれない…私達は半身に完全に敗北したのだな)

 

 そうリインフォースは自分達の完全な敗北に顔を俯かせて、自分達がこれからどうすべきなのか悩むのだった。

 

 

 

 

 

 海鳴市に在る小高い丘の桜台。

 その場所はなのはが早朝で良く魔法の練習をする場所である。その場所に置かれているベンチに、家族から管理局に入局する事を許されなかったなのはが悩みながら座り込んでいた。

 

「…ねぇ、レイジングハート?」

 

『何でしょうか? マスター』

 

 なのはの首に掛かっている赤い宝石-『待機状態のレイジングハート』-が、電子音声を発しながら聞き返した。

 自らの相棒であるレイジングハートをなのはは見つめると、意を決したなのはは声を出す。

 

「…やっぱり、何か私にも出来ないかな? 皆が頑張っているのに、私だけ何もしないって…何か嫌な気持ちになるから」

 

『……マスター…お気持ちは分かります』

 

 レイジングハートにはなのはの気持ちが機械で在りながらも、少しだけ理解出来ていた。

 今回起きた『闇の書事件』の中で、ヴォルケンリッター達との最初の戦闘の時に自らが大破した時にレイジングハートは悔しさを感じた。故に今なのはが抱いている気持ちが、機械でありながらもレイジングハートは理解している。

 だが、今回の件はなのは一人の力で動向出来る範囲を明らかに超えている事態。管理局と言う巨大な組織全体に関わる問題なのだ。

 

『マスター…今はご家族の皆様の言葉に従うべきだと私は思います』

 

「…レイジングハートもそう思うの?」

 

『はい…そもそもマスターとフェイト・テスタロッサ、そして八神はやての状況は大きく違います。言い方は悪いかもしれませんがマスターは他の二人と違って、『PT事件』と『闇の書事件』は巻き込まれただけです。フェイト・テスタロッサ、八神はやては家族が事件に大きく関わっています。二人とマスターの状況がこの時点で大きく違うのは分かりますね?』

 

「…うん」

 

『二人は残念ながら、管理局に関わらなければならない立場に居ます。しかし、マスターは違います。平時ならば管理局に入局を許されたかもしれません。ですが、ご家族の方々は管理局が信用出来ないのです。それはマスターを想っての事です…私もマスターが利用されたり怪我をするのは嫌です。今はご家族の方々の言葉に従って下さい』

 

「・・・・・・そうだよね・・・お母さんやお父さん達は意地悪で許してくれない訳じゃないもんね」

 

『はい、マスターを想っているからこそお父様は怒ったのだと私は想います。やはりもう一度話し合って見るべきでしょう』

 

「…うん。家に帰って詳しく話してみるよ。行こう、レイジングハート!」

 

『はい、マスター』

 

 自らの相棒の言葉になのはは深く頷くと、ベンチから降りて家に向かって走って行く。

 その様子を観察するかのように近くに潜んでいる隠密用の機械が存在していた事に気がつく事無く、なのはは家へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 デジタルワールドの火の街。

 オファニモンからデジタルワールドでの滞在の許可を貰ったブラックウォーグレイモン、ルイン、リンディはそれぞれオファニモンからの今後自分達がどう動けば良いのか話し合いを続けている。

 そんな中、リンディは話し合いを抜け出して、デジタルワールドに来る前にフリートに頼んだ件に関して通信機を使用して状況を聞いていた。

 

『と言う事で…例の『高町なのは』と言う少女は、相棒のデバイスに説得されて家族の方々と話し合うみたいですよ。まぁ、私見ですけど、リンディさんが危惧している無茶な事はやらないと思いますよ。あくまで私見ですが』

 

「そう良かったわ…なのはさんは時々自分を省みないで無茶をする時が在るから…私も驚かされる時が在ったから心配していたけど、レイジングハートが止めてくれたみたいね」

 

『確かに観察機器から送られてくる情報から見てみると、魔導師としての才能は素晴らしいとしか言えません…ですが、『魔法面』以外は不味いですよ。見たところ運動神経と体力は低そうですから、『魔法』を扱うという体の土台の基礎が出来ていません』

 

「…管理局の訓練は魔導戦闘に趣きを置くから、それが悪かったわね。前にクロノがなのはさんに送った訓練メニューも魔導師の訓練内容だから…私もウッカリしていたわ。なのはさんの魔法の才能だけを見ていて、その他に目を向けていなかった…もしも無茶な訓練をするようだったら、無理やり止めに行く事も考えていたけれど、そうならなそうで良かったわ」

 

『? …何か心配するほどの無茶するような事が彼女には在るんですか? 今の言い方だと、まるで自分を省みないほどの無茶を彼女はしているように聞こえましたけれど?』

 

「…そう言えば貴女には話していなかったわね。なのはさんが持っているレイジングハートなのだけれど、『インテリジェントデバイス』って言うベルカ式の『カートリッジシステム』を積むのは危険なデバイスなの。安定性などの問題が在って、フルドライブする時はデバイスの自壊も在り得るのよ」

 

『………ハァ?』

 

 説明された事柄にリンディが持っている通信機から、フリートの間が抜けたような声が響いた。

 そして漸くリンディの説明を理解したのか、十数秒経ってから恐る恐る質問するようにフリートの声が通信機から響く。

 

『…え~と? …つかぬ事を聞きますが? …彼女? 『高町なのは』は陸戦の魔導師ですか?』

 

「いいえ、空戦だけれど?」

 

『…あ、あっ』

 

「あ?」

 

『ア、アホですかァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!???』

 

「ッ!?」

 

 突然に通信機からフリートの怒鳴り声に、通信機を耳元に当てていたリンディは慌てて通信機を耳から離した。

 予想外の怒鳴り声にリンディは耳を押さえる。だが、フリートはリンディの様子に構わずに通信機の先で怒鳴る。

 

『そんな自壊の可能性が在るデバイスを持たせていたんですか!? 『アルハザード』の全盛期時代ならともかく! 今の魔導師達にはデバイスが魔法行使に何よりも必要な筈ですよね!?しかも彼女は空戦なんですよね!? 空中で自壊を引き起こしたら、地上に真っさかさまに落ちて死にますよ! …一体今の技術者達は何を考えているんですか!?』

 

 技術者であるフリートにとってリンディの説明は認め難い事実だった。

 誰かを戦いの場に赴かせるならば、その準備を行なう者は万全にして送るべきだと言う考えをフリートは持っている。情報、物資、そして戦う者の武器や防備。これらが万全であれば在るほどに、戦いの場に送り出された者の安全は増す。逆に不備などがあれば在るほどに送り出された相手の命が危険にさらされる。

 そして一頻りフリート怒鳴り声が通信機から響き、リンディは両耳を押さえてフリートの怒りが治まるのを待つ。

 

『ハァ、ハァ、ハァ…なるほど、リンディさんが心配になる理由が良く分かりました。自壊の危険性が在るデバイスなんて危険ですからね』

 

「…えぇ、そう言う事よ…(本当はなのはさん自身の事もなのだけれど…それを今言ったら、また怒鳴りそうね…でも、人格的には問題ありだけれど、技術者としてのフリートさんは信用出来そうね)」

 

 本気で怒っているフリートの様子から、リンディは人格的な事は別として技術者としてのフリートは信用出来ると確信した。

 自らが作った物ではないに不備が在る代物に対して怒りをフリートは顕にしているのだから、少なくともフリートは技術者としては信用と信頼が出来る。それでもマッドな面だけは気をつけておくべきだとリンディは思いながら、気になっていた事をフリートに質問する。

 

「ところで…彼とルインさんは暫らく此方の世界に留まるみたいだけど…貴女はこれからも協力してくれるのかしら?」

 

『あぁ、それは構いませんよ…長く存在している私でも知らなかった『デジモン』と言う電子生物に、電子世界『デジタルワールド』…とても興味を引かれる存在ですッ! 更にブラックウォーグレイモンからの情報では、其方の世界に存在している鉱物を加工すればブラックウォーグレイモンが装備している武器や防具と同じ堅牢さが手に入ると言う話じゃないですかッ! …次元世界に在るかも知れない『アルハザード』の技術回収も確かに大切ですが、それとは別として未知の存在への追求と探求は楽しいのです!!! フフフッ、久方ぶりに本気で好奇心が湧き上がって来ます!! だから、今までどおりに手を貸すつもりです』

 

「そ、そう」

 

 不穏なフリートの声にリンディは不安を覚えながら声を出すと、何らかの資料を手に持ったルインとブラックウォーグレイモンがリンディの下にやって来る。

 

「此処に居たか」

 

「あら、話し合いは終わったの?」

 

「あぁ、俺達はイガモン達から倉田が潜んでいるかも知れない研究所の情報が届けば、其処を襲うと言う事になった。それ以外の時はデジタルワールドを自由に歩いて構わんらしい…最も、その代わりにデジタルワールドで起きている問題の解決も行なってくれという事らしいがな」

 

 ブラックウォーグレイモンはそう告げると、ルインが手に持っていた資料をリンディへと手渡す。

 渡された資料にリンディが目を通し始めるが、ブラックウォーグレイモンは構わずに話を続ける。

 

「オファニモンを含めた『三大天使』達が外の世界に眼を向けると共に、各地で何体かのデジモン達が自らの支配地を延ばそうと言う動きを行い始めたらしい。その中には究極体も居るらしいから、俺としては構わん…お前とルインにしてもデジモンを詳しく知る経験になる。悪い話では在るまい」

 

「確かにそうね」

 

「私も問題は無いです。何れは外の世界でもデジモンと戦う可能性が在るのならば、経験を積んでおくのは助かりますからね」

 

「そう言う事だ。明日には発つから今日は体を休めておけ」

 

「分かったわ」

 

「了解です」

 

 ブラックウォーグレイモンの言葉にリンディとルインはそれぞれ頷く。

 彼らが再び次元世界で本格的な行動を行ない出すのは二年後、その時に事態は動き出すのだった。




次回は前回同様に二年後の話です。

なのはの対応が変わったので次の戦いの流れは大きく変わります。


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外伝 『ディアボロモンの逆襲』 前編

この作品は『にじファン』の時のクリスマス記念として出した『ディアボロモンの逆襲』の話です。


 それは『漆黒の竜人』が世に生まれる一年前の出来事。

 世界を滅ぼす力を宿して生まれた『悪魔のようなデジモン』と、勇気と友情、そして人々の想いが一つになった時に現れた『聖騎士デジモン』の戦いがあった。

 その戦いは凄まじく『勇気』と『友情』は『悪魔のようなデジモン』に敗れ、現れた『聖騎士デジモン』が人々の想いを自身の力に変える事で漸く『悪魔のようなデジモン』を撃ち破る事に成功し、世界は危機から救われた。大勢の人々が『悪魔のようなデジモン』が消滅するのを目撃し、全てが終わったかのように思われた。

 しかし、『悪魔』は滅んではいなかった。狡猾にも生き残り、自身の目的を阻んだ『聖騎士デジモン』を滅ぼす為に再び動き出そうとしていた。

 だが、『悪魔』は知らなかった。自身と同様に悪魔のごとき力を持った存在が『聖騎士デジモン』を象る想いの一つ『勇気』に救われ、例えどれほどの距離が離れていようと、『勇気』を救いに向かう事を。

 

 

 

 

 

 三大天使が見守るデジタルワールド。他のデジタルワールドと同様に広大な自然が広がる世界。

 その場所に存在する切り立った巨大な山脈の上空で背中に巨大な羽を生やした鳥の顔をした鳥人型デジモン-『ガルダモン』と『漆黒の竜人ブラックウォーグレイモン』こと、『ブラック』がぶつかりあっていた。

 

ガルダモン、世代/完全体、属性/ワクチン種、種族/鳥人型、必殺技/シャドーウィング、ファイアハリケーン

大空をかける翼と敵を切り裂く巨大なツメを持つ鳥人型デジモン。進化条件は厳しく、選ばれたデジモンのみがガルダモンになれると言われ、大地と風の守護神と崇められて世界の平和が乱れると出現し、平和へ導くと言われている。必殺技は、炎に巨大な鳥の形を持たせて相手に向かって放つ『シャドーウイング』に、巨大な炎の竜巻を発生させる『ファイヤーハリケーン』だ。

 

「オオォォォォォーーーーーー!!!!!」

 

ーーードゴオオォォン!!

 

「ガアッ!!」

 

 ブラックが突き出した渾身の力を込めたドラモンキラーを胸に受けたガルダモンは苦痛の声を上げて、山脈に激突する。

 その様子を上空からつまらなそうな視線でブラックは眺めながら、地面から起き上がろうとしているガルダモンに質問する。

 

「フン、この辺りで最近縄張りを広げているデジモンだと聞いて来て見れば、この程度の実力か…正直期待外れだ」

 

「グゥゥゥゥゥッ!!シャドーーウイング!!!」

 

ーーーピイィィィィィーーー!!!!

 

 ブラックの残念さに満ちた声を聞いたガルダモンは悔しげな唸り声を上げながら立ち上がり、全身から炎を発生させ、ブラックに向かって巨大な炎の鳥-『シャドーウイング』を放った。

 しかし、ブラックは高速で迫って来ているシャドーウイングを目にしても慌てる事無く右手を凄まじい速さで横に振り抜く。

 

「ムン!!!」

 

ーーーバシュン!!!

 

「ナッ!!」

 

 ブラックが右手を振り抜くと共に迫って来ていたシャドーウイングは簡単に霧散し、ガルダモンは目を見開きながら、自身の最大の技を簡単に霧散させたブラックを見つめる。

 しかし、ガルダモンの驚愕などに構う事無く、ブラックは一瞬の内にガルダモンの目の前に移動する。

 

ーーービュン!!

 

「ッ!!」

 

「終わりだ。ドラモンキラーー!!!!」

 

ーーードグゥオオン!!

 

「ガハッ!!」

 

 ブラックが突き出したドラモンキラーを避ける事が出来ずに鳩尾に直撃を食らったガルダモンは、口から血を吐き出し、そのまま気絶してしまった。

 ブラックはその様子に心の底からつまらなそうな顔をしながらガルダモンを地面に倒れさせると、そのまま気絶しているガルダモンに背を向け、前に向かって歩き出す。

 

(つまらんな。此処最近はつまらん敵ばかりだ。あの女が定期健診でアルハザードに戻っている内に暴れられると思っていたが、この程度ばかりではつまらん)

 

 ブラックは本気で今の戦いに何も感じる事が出来なかった。

 数日前にリンディがアルハザードに帰還し、自由に暴れられると思ってオファニモンからの情報を元に強敵と思われるデジモン達と数日間ずっと戦い続けていたのだが、正直に言えばブラックからすれば手応えがない敵ばかりだったのだ。しかし、それは仕方が無い事だった。

 ブラックが戦いたいと思っている究極体のデジモンは滅多な事では表に出て来る事が無いデジモン達。完全体ではブラックの戦闘本能を満たせる者は限られている。その事はブラックも分かってはいるが、自身の本能を抑えきれずに居た。

 その様にブラックが自身の戦闘本能について考えていると、ブラックの頭上に突如としてオファニモンが姿を現す。

 

ーーービュン!!

 

「………此処で暴れていたデジモンなら、もう倒したぞ? それとも漸く管理世界に居るイガモンどもから、『倉田』に繋がる情報が届いたのか?」

 

「いえ、違います。ですが、事態は一刻を争います。貴方の力を貸して欲しいのです」

 

「ほう、貴様が其処まで言う敵か………面白い。此処最近つまらん敵ばかりだったからな。丁度貴様から渡された資料に載っていたデジモン達を全て倒し終えたところだ。別口で強敵と戦えるなら、すぐに向かってやる」

 

「……貴方に行って貰いたい場所は、この世界とは『別世界のデジタルワールド』………貴方の生まれ故郷の世界です」

 

「ッ!!!」

 

 オファニモンが告げた場所にブラックは衝撃を感じた。

 ブラックが生まれた故郷に危機が迫っている。それが意味する事は一つしかない。親友であるアグモン、そして自身を救ってくれたヒカリ達に危機が迫っていると言う事に他ならない。

 その事が思い浮かんでたブラックは、目を細めながらオファニモンに視線を向ける。

 

「詳しく事情を話せ? 一体何があの世界で起きているのかを」

 

「もちろんそのつもりです。あの世界に迫っている脅威を止める為には、貴方の力が必要になるでしょうから」

 

 そうオファニモンは答えると、ブラックに全てを話す。

 アグモン達のいる世界に迫っている脅威。それを知ったブラックは即座に自身のパートナーであるルインを呼び出し、オファニモンの力で二度と戻るつもりは無かった故郷へと帰還する。

 親友であるアグモン達を助ける為に。

 

 

 

 

 

 別世界の地球。ブラックが生まれたデジタルワールドと隣接している世界。

 その場所のお台場に存在しているビルの屋上で、ブラックはルインを伴いながら静かに立ち続け、街を眺めていた。

 その胸の宿る想いは郷愁の念。二度とこの世界に戻って来るつもりはブラックには無かった。

 憎しみに支配され、多くのデジモン達を殺し、世界のバランスさえも限りなく危険なレベルにまで崩した自分がこの世界にいる資格は無いとブラックは考えている。例え受け入れられても、自身の罪は消えない。だからこそ、ブラックはオファニモン達にこの世界の事を知らされても、戻って来るつもりはなかった。この世界が滅びるかもしれない危機が無ければ。

 

「ブラック様………それでこれから如何しましょう? やはり、この世界にいるブラック様の仲間に接触を…」

 

「する気は無い。俺はこの世界の危機が無くなれば、オファニモン達の世界にすぐに戻る。連中が奴に出会う前に、俺が奴を滅ぼす………お前はさっさと奴が潜んでいる電子空間を探せ」

 

「………了解です……少し情報を集めて来ます………(ブラック様には申し訳ありませんけど、会いに行って見ましょう。ブラック様を救った人間達に)」

 

 そうルインは内心で呟くとブラックに背を向け、ビルから降りて行く。

 後には静かに街の中の機械関係から出て来る『幼年期デジモン』を険しい瞳で見つめるブラックだけが、ビルの屋上に残されたのだった。

 

 

 

 

 

 東京の街中。

 その場所に存在している道を、猫の容姿をしているデジモン-『テイルモン』を腕の中に抱いた『八神 ヒカリ』がお台場中学に向かって急いで走っていた。

 

テイルモン、世代/成熟期、属性/ワクチン種、種族/聖獣型、必殺技/ネコパンチ

好奇心が旺盛でイタズラ好きな聖獣型デジモン。見た目とは裏腹に恐るべきパワーを持っている。神聖系デジモンの源となる貴重なデジモンで、神聖系デジモンの証である“ホーリーリング”をつけているが、外れてしまうと力が出なくなってしまう。必殺技の『ネコパンチ』は、手の長い爪で相手を攻撃する技だぞ。

 

 突然に東京の街中の電子機械関係から溢れるように姿を現した同じ種類の幼年期デジモン。

 そのデジモンの危険性をヒカリとテイルモンは知っていた。そのデジモンに対する対策を取る為に、ヒカリとテイルモンは仲間である光子郎の召集に応じてお台場中学に急いでいた。

 しかし、そのヒカリとテイルモンが走っている道路の先から、何処か普通の人間とは違う雰囲気を放っている銀髪に蒼い瞳をしてロングスカートを着ている女性が歩いて来る。

 その女性の姿を見た瞬間、テイルモンは何かを感じたのか女性を険しい視線を睨みつける。

 

「ウゥゥッ!!」

 

「テイルモン?如何したの?」

 

 何時もとは違うテイルモンの様子にヒカリは疑問を覚えながら質問するが、テイルモンは答える事無く女性を睨み続ける。

 そのテイルモンの視線に女性は気がついたのか、困ったような笑みを僅かに口元に浮かべながらヒカリとテイルモンに声を掛ける。

 

「あら? 其方の変わったペットに嫌われたんですかね?」

 

「アッ! すいません!」

 

「気にしないでいいですよ。それにしても其方のペットさんといい、街の中に溢れている謎の生物………この街は変わっていますね………“まるで何か危機が迫っているような”」

 

『ッ!!』

 

 東京に起きている事を知っているような女性の言葉にヒカリとテイルモンは驚くが、女性はそれ以上何も言うつもりは無いのか、ヒカリの背後に向かって歩き出す。

 ヒカリとテイルモンは女性の動きに警戒するが、女性は何もする気は無いと言うように無防備に前へと進み、ヒカリの横に差し掛かった瞬間にヒカリだけに聞こえるように囁く。

 

「気をつけた方がいいですよ。この事件の犯人は、恐ろしく狡猾ですからね。二重三重の手を打っています」

 

「えっ!?」

 

 囁くように告げられた女性の言葉にヒカリは慌てて女性に顔を向けるが、振り返った先には女性の姿は全く存在せず、ヒカリとテイルモンは幽霊でも見たような顔をしながら顔を見合わせるのだった。

 

 そして三十分後。ヒカリとテイルモンは来る途中で出会った女性の事が気になりながらも、お台場中学のパソコン部の部室の椅子に座っていた。

 

「ん? ヒカリにテイルモン? 如何したんだ?」

 

「何か在ったのか?」

 

 何かを考えているような顔をしながら座っていたヒカリとテイルモンに気がついた、ヒカリの兄である『八神 太一』と金髪を短髪に整えた髪型をした男性-『石田 ヤマト』が心配そうな顔をして質問した。

 

「………うん………ちょっと此処に来る前に、女の人に会ったんだよ」

 

「女? 誰だ?」

 

「分からないの………会った事も無い人だったから………だけど、その人はこう言っていたの。『今回の事件の犯人は、二重三重の手を打っている』って」

 

「それは本当ですか!?」

 

 パソコンの設定をしながら話を聞いていた『泉 光子郎』は目を見開きながらヒカリに質問し、他のメンバー-『井ノ上 京』、『一乗寺 賢』、『火田 伊織』、タケル、太一、ヤマト、そしてデジモン達もヒカリとテイルモンを見つめるが、テイルモンは更なる事実を伝える。

 

「間違いないわ………だけど、その女性は多分人間では無いわ」

 

「人間じゃないって!? 如何言う事だよ!? テイルモン!!」

 

「一目見て私には分かったの………あの女性は人間と言うよりも、ゲンナイに近い感じを受けた………立ち振る舞いにも隙は無かったし、只者では無いわ、太一」

 

「ゲンナイさんに近い感じ? そんな話は聞いていませんが」

 

 光子郎はそうテイルモンの報告に疑問の声を上げた。

 光子郎は定期的にゲンナイと今回の事件について連絡を取り合っていたが、テイルモンの言うゲンナイに近い印象を受ける女性が関わっているなど聞いた覚えは無い。では、ヒカリとテイルモンの前に現れた女性は何者なのかとその場にいる全員が考えるが、答えは出る事無く悩み続ける。

 そして全員が悩んでいると、突如として部室のドアをノックする音が響く。

 

ーーートントンッ!

 

「デジデジ」

 

「モンモン」

 

ーーーガラガラ

 

「失礼します」

 

 合言葉が答え終わると共に部室の扉が開き、カバンを肩に提げた『本宮大輔』が部室の中に入って来た。

 それを光子郎は確認すると、ヒカリとテイルモンが告げた謎の女性の事は一先ず置いて、部室の中にいるメンバーを見回す。

 

「これで全員ですね」

 

「ミミさん、丈さん、空さんは?」

 

「ミミさんは丁度今は飛行機の中です。丈さんは高校の入学手続きです。空さんは?」

 

「テニス部の合宿………今こっちに向かって居る所だ」

 

 光子郎の質問にヤマトが椅子に座りながら答えた。

 その事でこの場にいないメンバーの理由が分かった大輔は、疑問に満ちた顔をしながら光子郎に顔を向け質問する、

 

「で、一体如何したんですか?」

 

「………これを見て下さい」

 

ーーーポチン!

 

 光子郎は持っていたリモコンを操作し、部室の中に在る大きなモニターに画像を映し出した。

 その画像に全員が目を向けてみると、干してある布団の前でピースサインをしているゴーグルを首に掛けた少年の映像が映し出された。

 その映像を見た大輔は笑いが抑えられないと言うように口に右手をやりながら、左手で画像を指差す。

 

「ハッハッハ、誰こいつ?」

 

「………すまん、俺だ」

 

「ハッハッハ………」

 

 太一の言葉に大輔は乾いた笑い声を上げながら、太一の顔を見つめた。

 それに気がついた光子郎は再びリモコンを操作し、今度はヤマトと共に街の中を歩いている『武之内 空』との画像に変える。

 

ーーーピッ!

 

「ネットの中でばら撒かれているんです」

 

「悪質な悪戯ですよね!?」

 

「犯人は分かっています………間違いなく『ディアボロモン』の仕業のようです」

 

「『ディアボロモン』?」

 

「三年前のネットに現れたデジモンの事ですよね?」

 

「『オメガモン』が倒したんじゃなかったんですか?」

 

「倒した筈だった」

 

「だが、奴は生きていたんだ」

 

「如何言う事ですか?」

 

 ヤマトと太一の言葉を耳にした伊織が質問した。

 それに気がついた光子郎は、自身が弄っていたパソコンの前に移動し、ディアボロモンについて説明し出す。

 

「あの戦いで生き残ったデータが増殖したんでしょう。奴は普通のデジモンとは違って、自身のデータをコピー出来る特殊なデジモンですから。更に奴はメールと共に『クラモン』を現実世界に送り込んでいます」

 

 光子郎はそう状況を伝えると共にパソコンの画面を皆に見えるように回し、コンソールを弄ると件のメールと思われるメールを開き、クラゲのような姿をして一つ目を持ったデジモン-クラモンがパソコンに映し出された。

 

クラモン、世代/幼年期Ⅰ、属性/解析不可、種族/分類不可、必殺技/グレアーアイ

コンピューターのバグによって突如出現した謎のデジモン。幼年期でありながら高いネット侵入能力を持っている。他のデジモンとは違い、進化ルートはひとつしかないが自分自身をコピーし、病原菌のように無数に増殖が出来ると言う恐ろしい力を持っている。人間の破壊本能が詰まったデジタマから誕生したとされている最悪の幼年期デジモン。必殺技は、巨大な目の部分からアワのようなモノを出す『グレアーアイ』だ。

 

「大丈夫なんすか!? それ!?」

 

 パソコンに映し出されたクラモンの映像に大輔は悲鳴のような声を上げながら、クラモンの画像を指差した。

 当然だろう。画像からクラモンが現れると言う事は、光子郎が映し出した画像からもクラモンが現れると言う事に他ならない。その事はもちろん光子郎も分かっている。

 

「えぇ、これはキャプチャーして貰った映像ですから」

 

 光子郎はそう大輔の質問に答えると共に、画像をパソコン内部のゴミ箱の中に移動させ消去した。

 その事に全員が安堵の息を吐くと、タケルが光子郎に顔を向けながら声を出す。

 

「核ミサイルまで発射しようとした奴だ」

 

「現実世界にまで出て来られたら、何を仕出かすか分からないよ」

 

 タケルの言葉に頷くようにパタモンも声を出し、全員が世界に迫っている危機を充分に理解し、太一は、光子郎に顔を険しくしながら向ける。

 

「光子郎。ネットの中にゲートを開けないか」

 

「何処かにクラモンをばら撒いているマザーが居る筈だ」

 

「そいつを叩く!」

 

ーーーパシッ!!

 

 太一は声を出すと共に手を打ち合わせた。

 クラモンをばら撒いている元凶である本体のディアボロモンを倒せば、少なくともこれ以上のクラモンの現実世界侵入が治まる。そう考えた太一とヤマトは、クラモンを生み出しているマザーであるディアボロモンを倒そうとネット世界に入り込もうとする。

 その事に気がついたヒカリは慌てて椅子から立ち上がり、太一を止めようとするが、その前に大輔が太一に詰め寄り叫ぶ。

 

「俺も行きます!!」

 

「大輔、お前達はクラモンの方を頼む。現実世界で奴らが進化したら大変だからな」

 

「そうですよ。此処は『オメガモン』に任せるべきです。太一さん、ヤマトさん、ネット界へのゲートでアグモン達と合流して下さい。その後メールの発信元に誘導します。他の皆はクラモンの回収をして下さい。くれぐれも攻撃を加えて進化させないように。捕まえたクラモンはD-3のゲートを使って僕のパソコンに転送させて下さい」

 

 そう光子郎はパソコンを弄りながらこれからの方針を全員に伝えた。

 その会話を聞いていたヒカリは僅かに落ち込んだ顔をしてしまう。ヒカリもディアボロモンの異常過ぎる強さを知っている。三年前は『ウォーグレイモン』と『メタルガルルモン』の二体が同時に掛かっても倒せなかった強敵。しかも今回の目的は確実に『オメガモン』への復讐しか考えられない。

 その敵の下に自身の兄が向かう事にヒカリは凄まじい不安に襲われながら、一年前ほど前に自分達を護る為に命を散らしたこの世界の未来を知っていたデジモンが頭の中に浮かび上がって来る。

 

(………ブラックウォーグレイモンは、この事も知っていたのかな………知ってたら、如何していたんだろう?)

 

「大丈夫よ、ヒカリ。オメガモンは負けないわ」

 

「……うん………そうだね」

 

 不安を消すように告げられたテイルモンの言葉にヒカリは、僅かに安心感を得ながら椅子から立ち上がり、光子郎の指示通りに動こうとする。

 だが、その胸の内にある漠然とした不安だけは消す事が出来なかった。そしてその不安が的中してしまう事を、神ならぬヒカリには分からなかった。

 

 

 

 

 

 お台場中学の屋上。

 その場所でヒカリとテイルモンの前に現れた女性-ルインは、耳に掛けていたイヤホンからヒカリ達の会話を全て聞いていた。何も興味本位だけでルインはヒカリとテイルモンの前に現れた訳ではない。

 確かにブラックを救ったヒカリ達には興味は在ったが、それ以上にブラックの指示通り出来るだけ早く目的の敵であるディアボロモンの所在地を知る為に現れたのだ。

 その為に気づかれないようにヒカリに盗聴器を仕掛け、今までヒカリ達の行動方針を聞いていたのだ。

 

「フム、なるほど。メールの出所先ですか。その場所にディアボロモンは………それにしてもヒカリと言う女性………如何にも気に入らないんですよね………何だか凄まじい最大のライバルに出会ったような? ………ん~~?」

 

 ルインはヒカリに対する自身の気持ちが分からなかった。

 別にブラックを救った人物だからと言って、ルインは他人にあまり興味を示す気は無かった。しかし、ヒカリの顔を見た瞬間、ルインはヒカリがリンディより、そして最も嫌っている半身であるリインフォース以上の自身の最大のライバルだと何故か確信した。別にヒカリが嫌いだと言う訳ではない。寧ろルインにしては珍しく他人でいながらも、好感が持てる人間だった。

 にも拘らず、如何してもルインはヒカリには好感が持てなかったのだ。

 

「何であんな小娘を私はライバルだと認識したのでしょうか? ………分かりません………まぁ、それよりもブラック様の所に戻りましょう。さっさとディアボロモンを倒して、元の世界に戻らないといけませんからね」

 

 そうルインはヒカリに対する自身の想いについて考えるのを止めると、自身の主であるブラックの下に急いで向かい出した。

 

 

 

 

 

 東京の街中に存在する路地裏。

 その場所には先ほどまで数体のクラモン達が動き回っていた。しかし、そのクラモン達は既に一体まで数を減らし、最後の一体のクラモンは恐怖に震えながら仲間を殺した漆黒の竜人-ブラックから逃れようと壁に張り付いていた。

 

「クラ~!!!」

 

「フン、やはり進化出来ないようにプログラムされているか」

 

 恐怖に震えているクラモンを見下ろしながら、クラモン達を排除していたブラックは険しい声を出した。

 光子郎達とは違い、この世界に関する知識を持っていたブラックはクラモンが進化しないであろう事を確信していた。例え全てのクラモンがディアボロモンに進化したとしてと、その間には幼年期Ⅱ、成長期、成熟期、完全体、そして究極体と五段階の進化が存在している。しかもクラモンとディアボロモン以外は自身のコピーを作り出す能力は存在していない。

 その間ならば『オメガモン』ではなくても、他のデジモン達で進化したクラモンを倒す事が出来る。特にディアボロモンは『オメガモン』の力をよく知っている。だからこそ『オメガモン』を倒す為に必ず『あのデジモン』の力を使うだろう。

 そう考えたブラックは試しに数体のクラモンに攻撃したのだが、予想通りクラモンは進化する事無く簡単に消滅した。

 

「貴様の主と交信が出来るのならば、死ぬ前に伝えておけ。すぐに戦いに向かってやるとな!」

 

「クラーー!!!」

 

「逃がさん!!ドラモンキラーーー!!!!」

 

ーーードスゥン!!!

 

ーーーバリィィィィィーーン!!!

 

 慌てて逃げようとしているクラモンに、ブラックは迷う事無く右腕に装備しているドラモンキラーの刃を突き刺し、クラモンは悲鳴を上げる暇も無く消滅した。

 それを確認するとブラックはその場から背を向け、認識阻害の魔法を使用し、街の中を人々に認識される事無く歩き始める。

 

(もうすぐルインが、敵の情報を手に入れて来るだろう。そうなればオファニモンから渡された力でネット内に入り込み、ディアボロモンを倒す!!ウォーグレイモンとメタルガルルモンの二体がかりでも倒せなかった存在!!久々に楽しめる戦いが出来そうだ)

 

 そうブラックは内心でディアボロモンとの戦いに想いを馳せながら街の中を歩いていると、ブラックの前をチビモンとワームモンを連れた大輔と賢が通り過ぎる。

 

(ッ!!)

 

 二人とチビモン、ワームモンの姿にブラックは思わず声を出してしまいそうになるが、何とかそれを押さえ込み、大輔達の姿をジッと見つめる。

 

「こっちの方でクラモンを見たって話だぜ」

 

「あぁ、そうらしいな。とにかく一体でも多くクラモンを光子郎さんの下に送ろう。光子郎さんの話だと更にクラモンが出て来ているそうだからな」

 

(其処まで話は進んでいたか。一刻も早くルインと合流した方がいいな)

 

 大輔と賢の会話から状況が分かったブラックは、すぐさま近くの路地裏の中に身を隠し、ルインとの合流を急ぐ。

 だが、ブラックは気がついてはいなかった。大輔と賢はブラックの姿に気がついていなかったが、青と白の体に両手足と尻尾を持ったぬいぐるみの様なデジモン-『チビモン』と緑色の虫の様なデジモン-『ワームモン』が顔を青ざめさせ、まるで幽霊でも見たような顔をして顔を見合わせている事に。

 

チビモン、世代/幼年期Ⅱ、属性/なし、種族/幼竜型、必殺技/ホップアタック

青と白に両手足と尻尾を持った幼竜型デジモン、幼年期にしては珍しく両手足と尻尾を持ったデジモン。小さな両手で物をつかみ、両足でぴょんぴょん跳ねながら移動する事が出来る。寝る事が大好きで、目を離すとすぐに眠ってしまう。必殺技は、ぴょんぴょん跳ねながら相手に体当たりをする『ホップアタック』だ。

 

ワームモン、世代/成長期、属性/フリー、種族/昆虫型、必殺技/ネバネバネット、シルクスレッド

気弱で臆病な性格の幼虫型デジモン。ブイモン等と同じ古代種族の末裔で、特殊なアーマー進化をすることができるが、単体でのワームモンは非力で、大型のデジモンには到底かなわない。しかし、デジメンタルの力でアーマー進化することで、信じられないようなパワーを発揮することができる。賢のパートナーデジモン。必殺技は、口からネバネバの糸を吐き出し、敵の動きを封じる『ネバネバネット』に、絹糸のような細く、先が針のように硬い糸を吐き出す『シルクスレッド』だ。

 

「………なぁ………大輔?」

 

「………ねぇ………賢ちゃん?」

 

「うん? 如何したんだよ? チビモン」

 

「ワームモンもそんなに顔を青ざめさせて? 一体如何したんだい?」

 

 チビモンとワームモンの様子が可笑しい事に気がついた大輔と賢はそれぞれチビモン達に質問した。

 

『………幽霊って昼間も出るの?』

 

『ハアァ~~~!?』

 

 チビモンとワームモンの質問に大輔と賢は同時に訳が分からないと言う声を上げ、チビモンとワームモンを見つめると、チビモンがブラックが入って行った路地裏を恐る恐る指差す。

 

「……今さっきさぁ………ブラックウォーグレイモンが………アソコの路地裏に入って行ったんだよ」

 

『ブラックウォーグレイモンだって!?』

 

「うん、僕も見たよ………歩いている周りの人達は誰もブラックウォーグレイモンの姿に気がついていなかったけど………僕らの事をジッと見ていたんだ」

 

『ッ!!』

 

 ワームモンが告げた言葉に大輔と賢は目を見開き、すぐさまチビモンが指差した路地裏の中に向かって駆け出す。

 チビモンとワームモンが告げた路地裏を見回すが、ブラックの姿は影も形も存在していなかった。

 

「………いないよな?」

 

「あぁ………見間違いじゃないのかい? ワームモン」

 

「違うよ! 絶対にアレはブラックウォーグレイモンだったよ!!」

 

「間違いないぜ! 確かにブラックウォーグレイモンだった!」

 

「だけどよぉ………アイツは………」

 

 ワームモンとチビモンの言葉に、大輔と賢は落ち込んだように顔を俯かせてしまう。

 二人ともブラックの最後を知っている。何せ二人はブラックが死ぬ瞬間をその目で目撃したのだから。

 自身の体を消滅させて、光ヶ丘のゲートを閉じる為にその命を使った瞬間を。夢で在ってくれと、二人やタケル、伊織、京、そしてヒカリとアグモン達は願った。しかし、現実は変わる事無くブラックは死んでしまった。

 その出来事は大輔達にとって忘れられない悲しい思い出として、胸の内に強く残っている。

 その死んだ筈のブラックが東京の街中に姿を現した。

 

「………一体何が起きているんだ? ………ヒカリさんが会ったって言う謎の女性に、死んだ筈のブラックウォーグレイモン………この東京で何が起きようとしているんだ」

 

 更に深まる謎に賢は空を見上げながら疑問の声を上げるが、大輔、チビモン、ワームモンは答える事が出来ずに同様に疑問に満ち溢れた顔をするのだった。

 

 

 

 

 

 ネット空間内部に存在する通路。

 その場所にも大量のクラモンが存在し、通路内部を通って現実世界に出ようとしていた。

 そのクラモン達とは逆に自分たちのパートナーデジモンである『アグモン』、『ガブモン』と合流した太一、ヤマトは、クラモン達が出て来る方向に向かって真っ直ぐ進んでいた。

 

アグモン、世代/成長期、属性/ワクチン種、種族/爬虫類型、必殺技/ベビーフレイム

獰猛でとても勇敢な性格で頼りになる爬虫類型デジモン。怖いもの知らずだが体はまだ成長の途中なので力は弱いが、成長期デジモンの代表的な存在でもあり、個体差も大きく、亜種もいくつか確認されているデジモンである。必殺技は、口から高熱の火炎の息を吐き出す『ベビーフレイム』だ。八神太一のパートナーデジモン。

 

ガブモン、世代/成長期、属性/データ種、分類/爬虫類型、必殺技/プチファイヤー

毛皮を被っているが、れっきとした爬虫類型デジモン。とても臆病で恥ずかしがりやな性格でいつもガルルモンが残していったデータをかき集めて毛皮状にしてかぶっている。必殺技の『プチファイヤー』は小さな青色の火炎弾を放つ技だ。タケルの兄であるヤマトのパートナーデジモン。

 

ーーードン!!

 

「ワァッ!!」

 

「アグモン! 気をつけて!」

 

 前方から進んで来たクラモンと衝突してバランスを崩したアグモンに、ガブモンが声を掛けた。

 それと共にアグモンはすまなそうな顔をしながら、再び太一達と並ぶようにして前に進むと、太一が辺りの大量のクラモン達に顔を向ける。

 

「こいつ等、俺達を無視して何しようってんだ?」

 

「大輔達に任せたんだろう? 俺達はとにかく大元を叩くだけだ」

 

 クラモンを見ながら上げた太一の声に、ヤマトは前方を険しい顔して見つめながら答えた。

 その言葉に太一も最もだと思い、前方に顔を向けると共に自身のデジヴァイスを握る。

 

「行くぞ!!」

 

ーーーピカァァァァァァァーーン!!

 

 太一が叫ぶと共に太一とヤマト二人のデジヴァイスが光り輝き、アグモンとガブモンがそれぞれオレンジ色と青色の光に包まれ、光が消えた後にはアグモンはウォーグレイモンの頭部に、ガブモンはメタルガルルモンの頭部に変わっていた。

 それと共に太一はウォーグレイモンの頭部を掴み、ヤマトもメタルガルルモンの頭部を掴むと、二つの頭部は光の速度で前へと進み、光が通路内部に満ちる。

 そして光が消えた後には、白き鎧で身を包み、背中に内側が赤く白いマントを羽織って、左腕にオレンジ色の肩当てをつけてウォーグレイモンの頭部を模した篭手に、右腕に青色の肩当てをつけ、メタルガルルモンの頭部を模した篭手をつけた騎士が姿を現す。

 その騎士こそ『ウォーグレイモン』と『メタルガルルモン』が人々の平和を願う思いから融合した究極体を越えた合体究極体。最強の称号であるロイヤルナイツに名を連ねる聖騎士デジモン-『オメガモン』だった。

 

オメガモン、世代/究極体、属性/ワクチン種、種族/聖騎士型、必殺技/ガルルキャノン、グレイソード、ソード・オブ・ルイン

遥か昔『古代デジタルワールド期』に発生した極度の“デジタルクライシス”時に、2体の究極体デジモン、ウォーグレイモンとメタルガルルモンが平和を願う人々の強い意志によって融合し、誕生した聖騎士型デジモン。究極体を越えた合体究極体。また『ロイヤルナイツ』の一員としても高い地名度を誇っている。右腕はメタルガルルモンの特徴を色濃く残しており、大砲やミサイルなどが装備され、左肩には『ブレイブシールド』、腕には『グレイソード』と呼ばれる剣を装備し、こちらはウォーグレイモンの特徴が強く現れている。剣と大砲による攻撃、『ブレイブシールド』による防御、そして回避時や飛行時に自動的に出現する背中のマントなど、如何なる状況下の戦いにおいても対応する事が出来る優れたトータルバランスを持っている最強の聖騎士型デジモンの一体だ。必殺技は、ガルルモンを模した右腕の篭手から砲塔を出現させ、相手に向かって氷の砲弾を撃ち出す『ガルルキャノン』に、ウォーグレイモンを模した左腕の篭手から出現させたデジモン文字で『オールデリート』と刻まれたグレイソードに炎を纏わせ、相手を斬りつける『グレイソード』。そしてグレイソードから放たれる究極乱舞『ソード・オブ・ルイン』だ。

 

 遂にその姿を現したオメガモンは右肩にヤマトを、左肩に太一を乗せて通路の先に見える広い電子空間に飛び出す。

 そして飛び出した空間を見回してみると、無数のクラモン達と黒い球体の中に潜んでいるオレンジ色の髪を持ち、胸に砲塔と思われる箇所を備え、間接が存在しない長い腕を持った『悪魔のようなデジモン-ディアボロモン』を発見する。

 

ディアボロモン、世代/究極体、属性/ウィルス種、種族/分類不可、必殺技/カタストロフィーカノン、パラダイムロスト、闇の力、システムフェイル

クラモンの最終形態デジモン。ネットワーク上のあらゆるデータを吸収し、進化と巨大化を繰り返す。ディアボロモンの手足は柔らかく素早く伸び、手や足の爪は鋭く格闘戦を得意としている。またクラモンの時にあった自分自身で自分のコピーを作る能力も復活し、自身を無数に分裂させると言う恐ろしき能力を持っている究極体デジモン。しかしコピーのディアボロモンは本来持っている能力を多少低下させてしまう欠点がある。必殺技は、胸の発射口から破壊エネルギー砲を相手に向かって発射する『カタストロフィーカノン』に、自身の全ての力を解放して相手と共に自爆する『パラダイムロスト』。周囲のデータを吸収し体を巨大化、無数の腕で相手を殴り続ける『闇の力』。そして自分の周りに居るデジモンのエネルギーを吸い取り、強制的に一段階退化させる『システムフェイル』だ。その他にも数多くの技を所持しているぞ。

 

「何だってんだこれは!?」

 

 余りにも多すぎる数え切れないほどのクラモンの数に、太一は慌てながら声を上げた。

 幾らなんでもクラモンの数が多過ぎるのだ。視界が封じられるほどの数のクラモン。その数は一万や二万でも足りないほどであろう。

 しかし、オメガモンは太一の声にも慌てる事無く、自身に向かって寄り集まって来ているクラモンに目を向けながら左腕を掲げ、グレイソードを出現させる。

 

ーーーガッシャン!!

 

「オオォォォォォォーーー!!!!」

 

ーーーブオォォォーーン!!

 

 オメガモンはグレイソードを出現させると共に、全力で横薙ぎに振るい、視界を塞ぐほどに周りに漂っていたクラモン達を吹き飛ばす。

 しかし、すぐに吹き飛ばされた以上のクラモン達がオメガモンの周りに寄り集まり、オメガモンの動きを阻害する。

 

「クソッ!! ディアボロモンを!! マザーをやるんだ!!」

 

ーーーガッシャン!!

 

 ヤマトの叫びにオメガモンは即座に応じ、右腕を軽く振るうと、今度はメタルガルルモンを模した篭手の口部分から巨大な砲身が展開し、黒い球体の中でオメガモンの動きを観察しているディアボロモンに照準を合わせ砲撃を撃ち込む。

 

ーーーズドォォォン!!!

 

『クラクラクラクラ~~~!!!!』

 

ーーードゴオオオオオオオオオオオオン!!!

 

 しかしオメガモンの撃ち出した砲撃がディアボロモンに向かって進む途中、無数のクラモン達が盾のように立ちふさがり、砲撃はクラモン達に直撃し爆発を起こした。

 その為、本来の目標だったディアボロモンには砲撃の余波さえも届く事が無く、ディアボロモンはオメガモンに嘲りに満ちた笑みを向ける。

 本来のオメガモンの砲撃ならば、ディアボロモンに大ダメージを与える事は確実だった。だが、ディアボロモンの周りを囲んでいる無数のクラモン達の方に問題があるのだ。幼年期のクラモン達では砲撃を防ぐ事など不可能に近い。だが、クラモン達の数は最低でも十万以上を超えている。力が足りなければ数で補う。そして例え砲撃を連射してクラモン達を排除したとしても、クラモンには自身のコピーを病原菌のように無数に増やせると言う最悪な特性を持っている。つまり、オメガモンの凄まじい威力を持った砲撃を持ってしても全てのクラモンを消滅させるのは不可能に近い。

 その上ディアボロモンは三年前の自身のミスが分かっているのか、オメガモンと今戦っているフィールドの広さは異常と言っていいほどの大きさだ。狭い場所ならば砲撃の余波で数多くのクラモン達を巻き込み倒す事が出来るが、広すぎるフィールドでは余波からクラモン達は逃れる事が出来る。

 完全に今戦っている場所はオメガモンにとって最悪なフィールドであり、ディアボロモンにとって最高の場所だった。このままオメガモンが力を使ってディアボロモンに攻撃をしても、その度にクラモン達が立ち塞がり、オメガモンの攻撃を防いでいく。そうなれば幾ら最強の騎士の一人であるオメガモンでも体力を失ってしまい、疲弊した所を襲われディアボロモンに倒されてしまう。

 その事が分かった太一とヤマトは険しい顔をしながら、オメガモンの攻撃を防ぎ続けるクラモン達と嘲りの笑みを浮かべ続けているディアボロモンを睨むのだった。

 

 

 

 

 

 現実世界渋谷区。

 その場所で大輔、賢、チビモンの進化体である頭にVの字が書かれたデジモン-『ブイモン』、ワームモンはビルの壁に置かれている巨大テレビに映し出されているオメガモンとディアボロモンの戦いを見ていた。

 

ブイモン、世代/成長期、属性/ワクチン種、種族/小竜型、必殺技/ブイモンヘッド、ロングソード

数少ない“古代種”デジモンの一匹。古代種の成長期の中でも高い戦闘力を持っている。『デジメンタル』を使って、『アーマー進化』と言う特殊な進化をすると爆発的な力を発揮する。性格はやんちゃでいたずら好きだが、正義感の強い一面も持っている。必殺技は、勢いをつけて頭から突っ込む強烈な頭突きを相手にぶつける『ブイモンヘッド』と、クロンデジゾイド製のソードで切り裂く『ロングソード』だ。

 

 ディアボロモンは三年前と同じように自身がオメガモンを倒す映像を多くの者に見せる為に、戦いの映像を流していたのだ。

 テレビに報道されている映像を見る限り、戦いの状況は如何見てもオメガモンの方が不利だと大輔達には分かっていた。

 やはり全てがディアボロモンの策略だったと悔しげに顔を歪めていると、大輔の持っている携帯から音が鳴り響く。

 

ーーーピロピロッ!

 

「ん! 何だよこんな時に? もしもし!!」

 

『大輔君!オメガモンの救援にはヒカリさんとタケル君が向かいました!君達はくれぐれもクラモン達をお願いします!!』

 

ーーーピッ!

 

「………ヒカリちゃーーん!!」

 

ーーーガシッ!!

 

「よせ」

 

 携帯を切ると共に走り出そうとした大輔の服の襟首を賢は掴み、大輔の動きを押さえながら声を掛ける。

 

「光子郎さんの指示に従った方がいい」

 

「って! 放って置けるかよ!!」

 

 賢の言葉に大輔は反論するように叫び、自身もオメガモンの救援に向かおうと賢に伝えようとするが、その直前に大輔のカバンの中から顔だけを出していたブイモンがテレビを指差す。

 

「大輔!! アレ見て!!」

 

『ん?』

 

 ブイモンの叫びに大輔だけではなく、賢とワームモンもブイモンの指差すテレビに顔を向けてみると、ヒカリを肩に乗せた女性型の天使デジモン-『エンジェウーモン』と、タケルを肩に乗せたエンジェモンがオメガモンとディアボロモンとの戦いの場に飛び込む映像が流れていた。

 

 

 

 

 

 ネット世界、ディアボロモンとオメガモンが戦っている電子空間。

 ディアボロモンとオメガモンとの戦いの場所に飛び込んだエンジェウーモンとエンジェモンは広いフィールドを自身の背にある翼で縦横無尽に飛び回り、オメガモンの救援に急ぎ向かう。

 

エンジェウーモン、属性/ワクチン種、世代/完全体、分類/大天使型、必殺技/ホーリーアロー

八枚の翼を背中に付け、仮面で顔を覆った大天使型デジモン。デジタルワールドの女神と呼ばれている。しかし、曲がったことや悪は許さず、相手が心を入れ替えるまで攻撃をやめない。必殺技で在る『ホーリーアロー』は腕に付いている飾りを弓へと変化させて光の矢を放つ技だ。その他にも光の光線を放つなど、多彩な神聖系の技が使える上に、肉弾戦まで行える力も持っている。テイルモンの完全体の姿。

 

「お兄ちゃーーーん!!!」

 

「グオォォォッ!」

 

ーーーズドオォン!!ズドオォン!!ズドオォォン!!

 

 接近して来るエンジェウーモンとエンジェモンに気がついたディアボロモンは折角旨く言っている作戦を邪魔されまいと、エンジェウーモンとエンジェモンに向かって胸元の発射口からエネルギー弾-『カタストロフィーカノン』を連続で撃ち込んで行く。

 エンジェウーモンとエンジェモンは自身に迫って来るカタストロフィーカノンを素早く避け続けるが、ディアボロモンは逃さないと言うように連続でカタストロフィーカノンを発射する。

 

ーーーズドオォン!!ズドオォン!!ズドオォォン!!

 

「兄さーーーん!!!」

 

「タケル!!」

 

「ヒカリ!!」

 

 タケルとヒカリがやって来ている事に気がついたオメガモンは二人に体を向け、ヤマトと太一がそれぞれ名を呼んだ。

 その様子にディアボロモンはますます不安を覚えてエンジェウーモンとエンジェモンに向かってカタストロフィーカノンを撃ち込むが、二体は素早く体を動かし、直撃を食らっても最小限のダメージで済む程度に抑える。

 その様子にディアボロモンは更なる不安に襲われたようにカタストロフィーカノンを連射し続けるが、内心では嘲りの感情が溢れていた。自身の思い通りに全てが進んでいる。このままエンジェウーモンとエンジェモンをある箇所に追い込めば、その瞬間に自身の勝利は確実になる。

 そうディアボロモンは内心で考えながら最大のカタストロフィーカノンをエンジェウーモンとエンジェモンに向かって撃ち出し、二体がその攻撃を避けた瞬間。

 

ーーーブオン!!

 

ーーーギュルルルルルーーーーー!!!

 

『なっ!? ウアッ!!』

 

ーーードオォォォォォン!!!

 

「ヒカリ!!」

 

「タケル!!」

 

 何も存在していなかった筈の壁に突如としてゲートが開き、その先から長い手が飛び出して来たと思った瞬間、エンジェウーモンとエンジェモンは手に捕らえられそのまま壁に叩きつけられた。

 それを目撃した太一とヤマトは慌てた声を上げ、オメガモンにエンジェウーモンとエンジェモンの救出を頼もうとするが、その前に再びクラモン達が立ち塞がりオメガモンの動きを封じる。

 その事に太一とヤマトが険しい顔をしながらエンジェウーモンとエンジェモンを捕らえている敵の正体を見ようと、手が飛び出してきているゲートに目を向けてみると、ゲートの中からもう一体のディアボロモンが姿を現す。

 

「もう一体のディアボロモン!? しまった!?」

 

「クソッ!! 自分の事も分裂させていたのか!?」

 

 現れた二体目のディアボロモンの姿に、太一とヤマトは自分達のミスを悟った。

 よくよく考えてみれば、ディアボロモンが生み出せるのはクラモンだけはない。自分自身も分裂させて戦力を上げる事がディアボロモンには出来る。

 恐らくディアボロモンは一番最初に姿を見せていたディアボロモンが倒された時に、油断するであろうオメガモンの隙をつき、本命の二体目でオメガモンを倒すつもりだった。三年前にも使われていた手だと太一とヤマトは悔しげに顔を歪めるが、すぐにその顔は焦りへと変わる。

 確かにエンジェウーモンとエンジェモンの行動のおかげで、二体目のディアボロモンの奇襲は無くなった。だが、逆にエンジェウーモンとエンジェモン、そしてヒカリとタケルが人質に取られてしまっている。これではオメガモンは攻撃する事が出来ない。

 それが分かっているのか、黒い球体に隠れているディアボロモンとヒカリ達を拘束しているディアボロモンは残忍さに満ちた顔をしてオメガモンに向かってカタストロフィーカノンを連射する。

 

ーーーズドオォン!!ズドオォン!!ズドオォォン!!ズドオォン!!ズドオォン!!ズドオォォン!!

 

「グアアアァァァァァァァァッ!!!」

 

『オメガモン!!!』

 

「お兄ちゃん!!」

 

「兄さん!!」

 

 背中に羽織ったマントでカタストロフィーカノンを防御しながらも苦痛の声を上げたオメガモンに向かって、エンジェウーモン、エンジェモン、ヒカリ、タケルは悲鳴を上げた。

 しかし、オメガモンは答える余裕が無いのか撃ち出され続けているカタストロフィーカノンの威力に耐えようと更に防御を行う。

 その様子にエンジェウーモンとエンジェモンは何とかディアボロモンの手の拘束から逃れようと体を動かすが、それに気がついた二体目のディアボロモンは自身の目をギュルと回し、壁に押し付けているエンジェウーモンとエンジェモンに更に両手の力を込める。

 

ーーーギュゥゥッ!!

 

『アァァァァァァァァッ!!!』

 

「エンジェウーモン!!」

 

「エンジェモン!!」

 

 苦痛の叫びを上げたエンジェウーモンとエンジェモンにそれぞれの肩に乗っているヒカリとタケルは叫ぶが、二体とも答える気力も無いのか苦しげな声を上げ続ける。

 それと共にオメガモンに対する二体のディアボロモンの砲撃も激しさを増していき、ヒカリとタケルは悔しさと辛さが入り混じった顔をしてしまう。助けに来た筈なのに、逆にオメガモンと太一、ヤマトに危機を与えてしまった。

 その事実にヒカリは自身の無力さからか涙が目元に浮かび上がり、内心で悲しみに満ちた叫びを上げる。

 

(また駄目なの!? またあの時見たいに助けられないの!? お願い!誰でもいい!! お兄ちゃん! ヤマトさんを! オメガモンを!! 皆を助けて!!!)

 

ーーーブオォン!!

 

 ヒカリが内心で助け願う叫びを上げた瞬間、二体目のディアボロモンの遥か頭上の天井に突如としてゲートが開き、ゲート内部から勢いが凄まじい黒い竜巻が飛び出して来ると、そのまま二体目のディアボロモンに向かって高速で落下する。

 

「ブラックトルネーーーード!!!!!」

 

「ッ!!」

 

ーーードゴオオォォォォーーン!!!

 

『ッ!!!』

 

 突然の頭上からの奇襲に二体目のディアボロモンは黒い竜巻の突撃を避ける事が出来ず、黒い竜巻に弾き飛ばされた。

 その黒い竜巻の攻撃を目にしたオメガモン、太一、ヤマト、そして二体目のディアボロモンの拘束から逃れる事が出来たエンジェウーモン、エンジェモン、ヒカリ、ヤマトは限界まで目を見開いた。

 彼らは二体目のディアボロモンを弾き飛ばした技を知っていた。本来ならばもう使い手が居ない筈の技。自分達を護る為に命を散らしたデジモンの技の一つ。

 その事実に誰もが信じられないと言う顔をしながら未だに回転を続けている黒い竜巻を見つめていると、黒い竜巻は回転を治め、その中からオメガモンと同程度位の大きさの体である漆黒の竜人が姿を現し、そのまま弾き飛ばした二体目のディアボロモンに向かって突撃して行く。

 その漆黒の竜人の姿を目撃したヒカリ達は、信じられないと言うように限界まで目を見開き、漆黒の竜人の名を同時に叫ぶ。

 

『ブラックウォーーグレイモン!!!!』

 

「オオォォォォォォーーーー!!!!! ドラモンキラーーー!!!」

 

ーーードッゴオォッ!!

 

「ッッ!?!?」

 

 ヒカリ達の叫びを耳にしながらブラックは自身のスピードを緩める事無く、未だに奇襲の衝撃から立ち直っていなかった二体目のディアボロモンを右腕のドラモンキラーで殴り飛ばした。

 その姿にもう一体のディアボロモンは目を見開くが、すぐに驚愕を治め、今度はブラックに向かって胸元の発射口を向け、カタストロフィーカノンを連射する。

 

ーーーズドオォン!!ズドオォン!!ズドオォォン!!

 

「ほう、中々の攻撃だ………だが、軌道が読み易いぞ!!」

 

ーーービュン!!

 

「ッ!?」

 

 ブラックは叫ぶと共に自身に向かって放たれていたカタストロフィーカノンの軌道を読み取り、全て簡単に避けた。

 その事で驚愕して動きが止まってしまっているディアボロモンに向かって、ブラックは即座に右腕のドラモンキラーの爪先に作り上げていたエネルギー弾を投擲しようとする。

 だが、その動きは突然に止まり、背後から迫って来ていた二体目のディアボロモンの長く伸びた右拳を避ける。

 

ーーーギュルルルルーーーーー!!

 

ーーービュン!!

 

ーーーガシッ!!

 

「ッ!!」

 

「貴様のような究極体と戦えるなら、戻って来たのは正解だったようだな!! オオォォォォォォォォーーーーーー!!!!」

 

ーーーブンブンブンブンブンブン!!!

 

「ッ!?」

 

 ブラックはディアボロモンの右拳を僅かに首を下げるだけ避けると、そのまま頭上を通り過ぎていたディアボロモンの腕を両手で掴み取り、ディアボロモンを全力でフルスイングする。

 それによって空間内部に存在していた無数のクラモン達が次々とフルスイングされているディアボロモンにぶつかり消滅するが、ブラックは止まる事無くディアボロモンをフルスイングし続け、完全に自身の周りからクラモン達がいなくなるのを確認すると、ディアボロモンを凄まじい勢いで壁に叩きつける。

 

「オオオオオオオオォォォォォォーーーー!!!!」

 

ーーードゴオオォォォォォォォン!!

 

「ガッ!!」

 

 壁に叩きつけられた二体目のディアボロモンは苦痛の声を上げると共に顔を俯かせてしまう。

 しかし、ブラックはそれでは済まさないと言うように両手の間に負の力を集中させ、巨大な赤いエネルギー球を作り上げると、自身の頭上に掲げ、壁に体を預けたままのディアボロモンに投げつける

 

「ガイアフォーーース!!!」

 

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!

 

 ブラックが投げつけたガイアフォースは寸分違わずに二体目のディアボロモンに直撃し、大爆発が起こった。

 それを確認するとブラックは僅かに視線を、驚愕に動きが止まってしまっているオメガモンに向けながら叫ぶ。

 

「何をしている!? オメガモン!! 敵はまだ存在しているぞ!!」

 

「………ブラックウォーグレイモン………君は、君は本当にあのブラックウォーグレイモンなのか!?」

 

 ブラックの叫びにオメガモンはアグモンとしての意識を表に出して、ブラックに質問した。

 アグモンは覚えている。自分達に後を託し、その後も最大の敵を倒す為に希望を残していてくれていた親友の最後の瞬間を。だからこそ、目の前にいるブラックが本当にあの時のブラックなのかと疑問を覚えて質問したのだが、ブラックは答える事無く爆発の影響で発生した煙に向かって両手のドラモンキラーを構える。

 

「今はそんな事を話している場合か!? さっさともう一体のディアボロモンを倒せ! こっちは俺が相手をする!!」

 

ーーーギュルルルルルルーーーーー!!!!

 

『ッ!!!』

 

 ブラックが叫び終えると共に煙の中からディアボロモンの両拳が飛び出し、ブラックに向かって直進して来た。

 オメガモン達はその事に目を見開くが、殴り掛かられたブラックはそれを読んでいたと言うように軽々とディアボロモンの両拳をかわし、そのまま煙の中に隠れているディアボロモンに向かって突進する。

 

「ウオォォォォォォォーーーー!!!!」

 

ーーービュン!!

 

 ブラックの突撃を今度はディアボロモンが素早くかわし、そのままブラックとディアボロモンは互いに凄まじい速さで拳や蹴りを放ち続ける。

 

ーーードゴオォン!!ドゴン!!ドゴオォン!!

 

「オォォォォォォォォーーーー!!!!」

 

「ッ!!!」

 

 ブラックとディアボロモンは互いに凄まじい攻防を繰り広げるが、ディアボロモンとは違い、ブラックは本当に心の底からディアボロモンとの戦いを楽しいと感じていた。

 本来ならばオメガモン達が到着する前にブラックは、ルインの案内でこの場に訪れる予定だった。しかし、ディアボロモンはブラックが倒したクラモン達から情報を受け取っていたのか、進化が可能であるクラモン達をブラックとルインが選んだ侵入口に配置して、ブラックを足止めしていたのだ。最もブラックからすれば逆に本命であるディアボロモンとの戦いのウォーミングアップになった為に別に困る事は無かったが、オメガモン達と再会する事だけは完全に予想外だった。

 最も姿を見られた以上、隠すのはもはや不可能だ。だからこそ、ブラックはオメガモン達への事情の説明は後回しにして、とにかくディアボロモンとの戦いに専念する事にした。後の事など考えていられない敵だと言うのも、もちろんあるのだが。

 その様にブラックが考えているとは知らずにオメガモン達は、ディアボロモンと互角以上の戦いを繰り広げているブラックの姿に驚愕を抑える事が出来なかった。

 ウォーグレイモンとメタルガルルモンでさえも、二体同時で掛かって勝てなかったディアボロモンを相手に、退く所か逆にブラックは押している。例えコピーで能力が多少低下したとしても、ディアボロモンの実力がそんなに変わる訳ではない。その事を知っているオメガモン達はブラックと二体目のディアボロモンの戦いに信じられないと言う思いを抱くが、オメガモンに向かってもう一体のディアボロモンがカタストロフィーカノンを砲撃して来る。

 

ーーーズドオォン!!ズドオォン!!ズドオォォン!!

 

「ハッ!? グレイソーード!!」

 

ーーーバシュン!!

 

 ディアボロモンがカタストロフィーカノンを発射して来た事に気がついた、オメガモンは素早く左腕のグレイソードをカタストロフィーカノンに向かって振り抜き四散させた。

 それと共に我に返った太一とヤマトはオメガモンとヒカリ達に向かって叫ぶ。

 

「皆!! 今はディアボロモンを倒すのが先決だ!!」

 

「ブラックウォーグレイモンの事は、ディアボロモンを倒した後に聞けばいい!! とにかくディアボロモンを倒すぞ!!」

 

『分かった!!』

 

 太一とヤマトの叫びにオメガモン、エンジェウーモン、エンジェモンは即座に答えると、黒い球体の中に隠れているディアボロモンに向かって突撃する。

 それに気がついたディアボロモンは即座にクラモン達を操り、再び自身の盾にしようとした瞬間。

 

ーーーブンブンブンブンブンブン!!!

 

《ビンゴ!!》

 

『ッ!!』

 

 何処からともなく京の声が響くと同時に、次々と周りの壁に現実世界へと繋がるゲートが開き、ディアボロモンとクラモン達はその突然の現象に思わず動きが止まってしまう。

 その隙を逃さずにエンジェウーモンとエンジェモンは、クラモン達の壁とディアボロモンに向かって突進する。

 

「エンジェウーモン!!」

 

「えぇっ!! オメガモン!!」

 

ーーーズガァン!!ズガァン!!ズガアァン!!ズガァン!!

 

 エンジェモンとエンジェウーモンはクラモン達の壁に突撃し、クラモン達の壁を破壊した勢いのままディアボロモンが隠れていた黒い球体を破壊し、ディアボロモンを球体の中から引きずり出し動きを封じた。

 

「お兄ちゃん!!」

 

「分かった!!」

 

「オォォォォォォーーーー!!!!」

 

 ヒカリと太一の言葉の意味が分かったオメガモンは即座に左腕のグレイソードを突き出しながらディアボロモンに向かって突撃し、ディアボロモンの顔にグレイソードを突き刺す。

 

ーーーブザン!!

 

「兄さん!!」

 

「応!!」

 

ーーーガッシャン!!

 

 タケルの言葉に今度はヤマトが答えると、オメガモンは右腕の砲身をディアボロモンの胴体に押し付け、エンジェウーモンとエンジェモンがディアボロモンから離脱するのを確認するとゼロ距離で砲撃をディアボロモンに撃ち込む。

 

ーーーズドオォン!!ズドオォン!!ズドオォォン!!ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 

「ギャァァァァァァァァァーーー!!!」

 

『ブラックウォーグレイモン!!!』

 

 ゼロ距離で砲撃を撃ち込まれて苦痛に苦しんでいるディアボロモンに構わずに、オメガモン、太一、ヤマト、エンジェウーモン、エンジェモン、タケル、そしてヒカリが別の場所で二体目のディアボロモンと戦っていたブラックを呼ぶ。

 それに気がついたブラックは即座に戦っていた二体目のディアボロモンの体を掴むと、そのままオメガモンに向かって投げつけ、オメガモンも右腕に乗ったままのディアボロモンをブラックに向かって投げつける。

 

『オォォォォォォォォーーーー!!!』

 

ーーードゴオオオオオオオオン!!

 

『ッ!!!!』

 

 ブラックとオメガモンが投げつけたディアボロモンは丁度二体の中間で衝突し合った。

 それと共にブラックは再びガイアフォースを作り上げ、オメガモンも右腕の砲身に自身のエネルギーを集中させ、ブラックとオメガモンは背中合わせで寄り掛かっている二体のディアボロモンに向かって同時に必殺技を放つ。

 

「ガイアフォーーース!!!」

 

「ガルルキャノン!!!」

 

ーーードゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!

 

『ッ!!?』

 

 ブラックとオメガモンの必殺技を同時に前後から受けた二体のディアボロモンは叫び声を上げる事も出来ずに、爆発の光の中に消えて行った。

 それを確認したオメガモン達は安堵の息を吐くが、ブラックだけは即座に動き、ゲートから逃げようとしているクラモン達を追いかける。

 

『クラクラクラクラクラクラクラクラクラッ!!!』

 

「逃さんぞ!!!」

 

ーーービュン!!

 

『ブラックウォーグレイモン!!』

 

「お前達は此処で体力を回復させておけ!!! いいか!? 絶対に自分達の力でゲートを開くな!! 出口のゲートは必ず開く!! この先に現れる敵は、ディアボロモン以上の実力だ!!」

 

『ッ!!』

 

 ブラックが告げた事実にオメガモン達は驚愕に目を見開くが、ブラックはもはや喋る暇も無いと言うようにクラモン達が逃げ込んでいる数多くのゲートの一つに飛び込んだ。

 それと同時に他のゲートは次々と切断され、後には暗くなっていく空間の中で困惑した顔をしながら顔を見合わせるオメガモン達だけが残されたのだった。



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外伝 『ディアボロモンの逆襲』 中編

 ネット空間内部の通路。

 オメガモン達と別れたブラックは、目の前に漂っている無数のクラモン達を倒しながら、全速力で通路内部を突き進んでいた。

 

「ウォーブラスターー!!!」

 

ーーードドドドドドドドドドドドドドドゴオン!!

 

『クラクラクラクラクラクラクラッ!!!』

 

 ブラックが放ったウォーブラスターによって、十数体のクラモンは一瞬の内に貫かれ、悲鳴を上げながら消滅した。そのまま更に突き出している両腕を動かして、数え切れないほどのクラモン達を消滅させて行く。

 だが、それでもクラモンの数は全く減る様子を見せずに、逆に生き残ったクラモン達がすぐさま倒したクラモン達以上に増殖し、ブラックの視界を覆い尽くす。

 

「チィッ!!切りが無い・・・・このまま幾ら雑魚どもを倒したとしても無意味か・・・・やはり、一気に倒す為にはこいつ等が『アレ』に進化しなければ不可能だな」

 

 次々と増えていくクラモン達に、ブラックは苛立ちが募った。

 幾らブラックでも無限に増え続けるクラモン達を一気に倒す事は不可能に近い。倒しても倒しても増え続ければ、ブラックも体力を消耗してしまう。そうなればブラックが知るあのデジモンが姿を見せても、ブラックは戦う事が出来なくなってしまう。

 その様な事は絶対に望まないブラックは、一先ず攻撃の手を休める為にゆっくりとクラモン達に構えていた両手を下ろし、現実世界に逃げていくクラモン達の背を見つめる。一網打尽にする為に今は泳がす事にしたのだ。

 何よりもブラックは気がついていた。自身の知る歴史のディアボロモンの動きと、この世界のディアボロモンの動きが違っていた事に。大幅には変わってはいないが、僅かなりともブラックの知る歴史とは誤差が出て来ている事に。

 

(チィッ!!オメガモンがあの場にいなければ当初の計画通りに進められたが、もう無理だ・・・・仕方が無い。出来ればアイツらを巻き込みたくは無かったが、クラモン達にはアレに進化して貰うか・・・最も俺からすれば嬉しい事だ。ディアボロモンも楽しめたが、それ以上にあのデジモンには興味があるからな)

 

『ブラック様!ブラック様!!』

 

「ムッ!ルインか?」

 

ーーーブン!!

 

 聞こえて来た声にブラックが顔を上げて通路の上方に存在していたモニターに顔を向けてみると、現実世界に留まっていたルインがモニターに映し出された。

 

『ブラック様。やはりブラック様の知っていた通りに外の世界にいたクラモン達は東京湾の方に移動を開始しました。現在移動しながらも更にクラモン達の数は増加中です』

 

「やはりか・・・・ならばルイン!お前はオメガモン達を東京湾に送る為のゲートを作れ!!」

 

『宜しいのですか?そうなればブラック様が知っている通りに状況は進んでしまう可能性が出て来ますよ?彼らを危険な目に合わせない為と、オファニモン達の依頼の為に動いていたのに?』

 

「此処まで状況が進めばもはや当初の計画通りには進まん。ならば、俺が知っている歴史通りに進め、クラモン達を『アレ』に進化させる。そうなれば形は違っても最終的にオファニモン達の依頼が完遂出来るからな」

 

『分かりました。では、すぐに準備を行います』

 

「頼む・・・・それに如何やら俺にはかなりの数の客が来ているようだからな」

 

ーーービュン!!

 

 ブラックが言葉を言い終えると同時に、ブラックの背後から数え切れないほどの触手がブラックに向かって伸びて来た。

 しかし、ブラックはその攻撃を読んでいたと言うように避けながら素早く後方に体を向けけ、両手のドラモンキラーで全ての触手を切り裂く。

 

ーーーブザン!!

 

「・・・・フン、やはりまだ残っていたか」

 

 そうブラックが言いながら見つめる通路の先には、顔の下が無数の触手の形をして、同じく顔の下部分から二本の手を出しているクラゲのようなデジモン-『ケラモン』、サナギのような形をして六本の触手を体から生やしているデジモン-『クリサリモン』に、六本の足を持ったクモのような形をしたデジモン-『インフェルモン』が多数存在していた。

 

ケラモン、世代/成長期、属性/ウィルス種、種族/分類不可、必殺技/クレイジーギグル

クラモンの進化系であるツメモンが更に進化した成長期デジモン。成長期になり、より強力になったその口から高速でデータを食し、1秒間に100メガバイトものデータを食い尽くすと言われている。しかし、本人であるデータ破壊は遊びだと思っている。必殺技は、口から破壊力の高い光弾を、笑いながら相手に向かって吐き出す『クレイジーギグル』だ。

 

クリサリモン、世代/成熟期、属性/ウィルス種、種族/分類不可、必殺技/データクラッシャー

ケラモンが進化して硬い殻のサナギのようになったデジモン。常に宙に浮いて生活しており、完全体へ進化するためにエネルギーを蓄えている状態。遠くから距離を取った後に敵に向かって突進し、頭部の角で相手を突き刺す事が出来る。また、体から生えている6本の触手は攻撃の時に使用される。ケラモンの時よりも格闘戦が得意になっているぞ。必殺技は、敵の背後に移動して体から生えている触手で、相手の構成データを破壊する『データクラッシャー』だ。

 

インフェルモン、世代/完全体、属性/ウィルス種、種族/分類不可、必殺技/ヘルズグレネード、コクーンアタック

クリサリモンが進化した地面をクモのように歩くデジモン。6本の手はクリサリモンの触手が進化したモノである。これによって地面を素早く移動する事ができる。あらゆるネットワークに無断に侵入しデータを破壊する。手足と首を体の中に引っ込めて、繭形態に変形する事が出来るが、一直線にしか進めないと言う欠点を持っている。必殺技は、口からエネルギー弾を相手に向かって連発する『ヘルズグレネード』に、手足と首を引っ込め繭形態に変形して、そのまま敵に突撃する『コクーンアタック』だ。

 

『ケラケラケラケラケラケラケラッ!!』

 

『サリサリサリサリサリサリサリサリサリッ!!!』

 

『シャアァァァァァァァァァァーーーーーー!!!!!』

 

「まだこれだけの数が残っていたとはな」

 

 ブラックはそう呟きながら、自身の周りを覆うように囲んでいるケラモン、クリサリモン、インフェルモンを見つめた。ケラモン達は既にブラックでさえも数え切れないほどの数になっているばかりか、更に周りの通路からも姿を現している。

 オメガモンとディアボロモンが戦っていた場所に辿り着く前にも同様の数がブラックの前に姿を見せていたのだが、その全てをブラックは倒した筈だった。しかし、その時の数さえも超えるほどのケラモン達が次々と通路の奥から姿を現し、ブラックの周りを包囲して行く。

 

「余程オメガモンと貴様らの戦いを、俺に邪魔されたくないようだな?」

 

『トウゼンダ!』

 

「ムッ!!」

 

 ブラックの言葉に答えるように通路内部から合成されたと思われる声が鳴り響いた。

 その合成音の主に気がついたブラックがケラモン達を見回すと、ブラックの考えが正しいと言うように再び合成した声がケラモン達から響く。

 

『オマエハジャマダ!!ボクラト!オメガモントノ!アソビヲジャマスルナ!!』

 

「遊びだと?」

 

『ソウダ・・サンネンマエノトキニ・・・ボクラガ・・・オコナッタ・・・アソビデ・・ボクラハ・・マケタ!!ダカラ・・コンドハ!!ボクラガ・・オメガモンヲタオス!!サッキモ!オマエサエ・・・イナケレバ・・・コンカイノ!アソビハ!・・・・ボクラノ!カチダッタ!』

 

「下らん。貴様らがしているのは『遊び』ではない。互いの命を賭けた戦いだ!二度と『遊び』などと戦いを呼ぶな!!」

 

『チガウ!!タタカイハ・・・アソビダ!!ボクラノ!コエニ!コタエテクレタ!『アノヒト』ハ!・・・ソウイッテイタ!!』

 

「あの人だと?」

 

 ブラックはケラモン達の言葉に疑問を覚えた。

 少なくともブラックが知る限り、ケラモン達、正確に言えばディアボロモンの応答に答えた人間は存在していない。にも関わらずにケラモン達は誰かと会話したと言うような答えを返して来た。

 その事こそが自身の知る歴史と今の歴史の変化を呼んだ事にブラックは気がつき、目を細めながらケラモン達に質問する。

 

「あの人とは誰だ?貴様らにソイツは何を教えた?」

 

『オマエニハオシエナイ!ボクラノアソビヲジャマシタ!!オマエハ!!!・・・・・シネ!!!!』

 

『ヘルズグレネーード!!!』

 

『ケラケラケラケラッ!!クレイジーギグルッ!!!』

 

ーーードドドドドドドドドドドドドゴオオン!!!

 

 合成された声がブラックに対して叫ぶと同時に、ブラックの周りを囲んでいたインフェルモン達とケラモン達が一斉に攻撃をブラックに放ち、インフェルモンが口から放ったヘルズグレネードとケラモン達が笑いながら口から放ったクレイジーギグルは、ブラックに直撃し爆発が起きた。

 それと共に爆煙が発生し、インフェルモン達がブラックの生死を確認しようとした瞬間、爆煙を吹き飛ばす勢いで炎の竜巻が発生する。

 

「ブラックトストーームトルネーード!!」

 

ーーードゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 

『ゲラーーーー!!!』

 

『サリーーーー!!!!』

 

『シャギャアァァァァァァーーーー!!!』

 

 煙を吹き飛ばすように発生したブラックストームトルネードによって、ブラックの周りを囲んでいたケラモン、クリサリモン、インフェルモンは炎にその身を焼かれながら吹き飛んで行った。

 最もそれでもインフェルモン達全体から見れば二割にも満たない数だったのだが、ブラックは自身の発生させたブラックストームトルネードの炎の中から全く傷を負った様子やインフェルモン達に周りを取り囲まれながらも慌てた様子を見せる事無く姿を現し、インフェルモン達全員に鋭い視線を向けながら殺気を振り撒く。

 

ーーーギン!!

 

『ッ!!』

 

ーーーガタガタガタガタッ!!

 

 ブラックの凄まじい殺気を浴びたインフェルモン達は恐怖に体を振るわせ始めた。

 彼らは確かにブラックを、そしてオメガモンを倒すつもりだった。しかし、彼らは結局の所は何も知らない子供でしかない。

 三年前に生まれたオリジナルのクラモンは驚異的な速さで究極体にまで進化してしまった。その為に本来ならば普通のデジモンが究極体に進化するまでに学ぶ多くの事を学ぶ事無くクラモンは成長してしまったのだ。だからこそ力は究極体クラスでも、ディアボロモンの精神は限りなく何も知らない幼年期デジモンに近い。当然ながらそのディアボロモンによってコピー、または生み出されたクラモン達の精神も幼年期デジモンでしかないのだ。

 そしてブラックの殺気はそれこそ何も知らない子供が浴びれば、気絶、悪くすればショック死するレベル。何よりもオメガモン達と違ってブラックは、戦う相手は倒すではなく殺すつもりで何時も戦っている。それだけではなくインフェルモン達は知らなかったとは言え、ブラックが嫌っている言葉を言ってしまった。

 “戦いは遊び”と、よりにもよって戦いに拘りを持っているブラックに真剣勝負を汚すような言葉を告げてしまったのだ。その言葉を聞いたブラックがインフェルモン達に行う行動は一つしかない。

 

「俺は貴様らには多少の親近感を持っていた。貴様らは形は違っていても、多くの人間に否定されていたからな。だが、貴様らは戦いを遊びなどとふざけた事を俺に言った・・・・いいだろう。貴様らにはトコトンまで叩き込んでやる!!戦いの恐ろしさをな!!」

 

ーーービュン!!

 

ーーードゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 

 ブラックの姿が消えると同時にブラックの周りを囲んでいたインフェルモン達が吹き飛び、それと同時にブラックと数え切れないほどのインフェルモン、クリサリモン、ケラモン達との激闘が通路内部で繰り広げられるのだった。

 

 

 

 

 

 ブラックがインフェルモン達と激闘を繰り広げている頃。

 オメガモン、太一、ヤマト、ヒカリ、エンジェウーモン、タケル、エンジェモンは暗くなった広い空間の壁を調べていた。幾らブラックにゲートが開くと教えられたとは言え、現実世界には既に逃げ出した大量のクラモン達が存在している。

 そのクラモン達が何かをしない筈はないのだから、オメガモン達は少しでも早く自分達の力で現実世界に出られるゲートを作れないのか調べていたのだ。

 

「・・・・駄目だ・・・・閉じられたこの空間から出る為には、かなりの力を使わないと無理のようだ、太一、ヤマト」

 

「そうか。やっぱりゲートが開くまで待つしかないんだな」

 

「ブラックウォーグレイモンの言葉通り、この先に現れる敵の実力がディアボロモン以上だとすれば、力は出来るだけ消耗したくはない。これもディアボロモンの策の一つだったんだろう」

 

「二重三重どころか、それ以上の策だぜ。自分が負けた時にクラモン達が生き延びれるように仕組んでいたんだからな」

 

 そうヤマトと太一は話し合い、ディアボロモンの底が知れない策に恐怖を覚えた。

 オメガモンを倒す為に二体目のディアボロモンを潜ませていただけではなく、無数のクラモン達と言う更なる策まで用意していたのだから、ディアボロモンの策には本当に底が知れない。もしブラックの言う通り現実世界に戻った先にいるのがディアボロモン以上の実力を秘めたデジモンだとすれば、力を消耗したオメガモンでは敗れてしまう可能性が高い。

 その事を考えた太一、ヤマト、そしてオメガモンはブラックの言葉を信じてゲートが開くのを待とうとヒカリ達に告げる為に顔を向けてみると、疑問に満ち溢れた顔をして悩んでいるヒカリを目にする。

 

「ん?おい、ヒカリ?一体如何したんだ?」

 

「・・・・うん、さっきのブラックウォーグレイモン・・・・本当に私達が知っているブラックウォーグレイモンなのかなって?」

 

「・・・・恐らく間違いないだろう。あのブラックウォーグレイモンはこの先に起きる出来事を知っていた。未来の出来事を知っている奴なんて、俺達が知っているブラックウォーグレイモンしかいない」

 

「そうだね、兄さん。未来の情報を知っているとすれば、『異界の知識』を持っているブラックウォーグレイモン以外にありえないよ・・・・生きていたんだよ。あのブラックウォーグレイモンは」

 

『・・・・・』

 

 タケルの断言するような言葉に、全員が言葉も出す事無く顔を見合わせた。

 “死んだと思っていたブラックウォーグレイモンが生きていた”。その事はヒカリ達からすれば本来は喜ぶべき事だったが、同時に疑問が思い浮かんで来る。

 

“生きていたのならば、何故今まで姿を見せなかったのか”

 

 そうヒカリ達は疑問に思うが、それを答えられるブラックは既にクラモン達を追って外へと出て行った為に誰も答えが見つからずに悩んでいると、オメガモンの背後に存在していた壁から光が溢れ、外へと続く通路が姿を現す。

 

ーーーブン!!

 

『ッ!!』

 

 突然に何の前触れも無く開いた通路にオメガモン達は目を見開くが、罠と言う感じは見せる事無く明るい光に照らされている通路だけが静かに存在していた。

 その通路にオメガモンは警戒しながらも足を進めるが、やはり何処にも変な所は存在せず、ただ真っ直ぐな道だけが先に伸びていた。

 

「・・・如何やらこの通路がブラックウォーグレイモンが言っていた道みたいだな」

 

「あぁ、多分、この先にブラックウォーグレイモンが言っていた敵がいるんだろう」

 

「よし、なら!ヒカリ!タケル!!お前らは何とか光子朗に連絡を取って別の場所から現実世界に戻るんだ!この先にいる敵が本当にディアボロモン以上の実力だったら、エンジェウーモンとエンジェモンじゃキツイからな!」

 

「此処はオメガモンに任させるんだ!」

 

「お兄ちゃん!」

 

「兄さん!!」

 

「それじゃ!行くぞ!オメガモン!」

 

「応ッ!!」

 

ーーービュン!!

 

 太一の叫びにオメガモンは背中のマントをたなびかせながら通路内部を駆け抜け、現実世界へと戻って行く。

 それを目にしたヒカリとタケルが顔を見合わせながらエンジェウーモンとエンジェモンと共に通路の中に入り込むと、今度は通路の右側の壁の方に新たな道が出現する。

 

ーーーブン!!

 

『ッ!!』

 

『その先に進みなさい』

 

「誰だ!?」

 

 何処からともなく聞こえて来た聞き覚えの無い声にエンジェモンは右手に握っているホーリーロッドを構えながら叫び、タケルも辺りを警戒する。

 しかし、ヒカリとエンジェウーモンは聞こえて来た声に何処か聞き覚えのあるような気がし、辺りを見回しながら声の主を探すが、声の主は見つかる事無く再び声が響く。

 

『その通路は貴方達が拠点としている場所のパソコンに繋がっています。其処を通れば現実世界に安全に戻れますよ。では失礼します』

 

「待って!貴方はブラックウォーグレイモンの仲間なの!?」

 

『・・・・・答える義務はありません』

 

 そう声はヒカリの質問に答えるとそれ以上何も告げずに通信を切り、後には困惑した顔をしながら現実世界に続く道を進むヒカリ達だけが残された。

 

 

 

 

 

 現実世界東京湾付近の公園。

 その場所でルインは公園に並んでいた椅子に座りながらフリート特製のパソコンを弄っていた。既にブラックから頼まれた事をルインは殆ど終えたのだが、最後の一つの作業だけは手間取っていた。

 

ーーーカタカタカタカタッ!!

 

「中々にプロテクトが堅いですね。民間のパソコンでフリートが作ったパソコンに此処まで対抗するとは、思っても見ませんでした。余程デジモンに関する知識を持っているようですね・・・・まぁ、それもこれで終わりですよ」

 

ーーーポチィッ!

 

ーーーピコン!!

 

 ルインがエンターキーを押すと同時にパソコンの画面に『完了』の文字が浮かび上がり、ルインは安堵の息を吐きながらパソコンの電源を切り、パソコンの蓋を閉じると、東京湾に集まって来ている人々と東京湾の海を覆うほどに集まったクラモン達の大群に顔を向ける。

 

「さて、後はブラック様が知っている歴史通りにあのデジモンが現れさえすれば、私達の計画はほぼ完了です。そしてそのデジモンを倒せさえすれば、依頼は完了です・・・・その為にも、もう一体のデジモンにも早く現れて貰わないといけませんね」

 

 そうルインは呟くと、ブラックの情報に従って大輔と賢と離れ離れになっているであろうブイモンとワームモンの捜索を開始し始めた。

 それと同時に東京湾の海に存在していた無数のクラモン達は次々と空へと舞い上がり、一箇所に集まっていくと、クラモン達は巨大なデジタマへと変化し、不気味な沈黙を保ちながら静かに上空に浮かび続けるのだった。

 

 

 

 

 

 お台場中学パソコン部部室。

 その場所で大輔達に指示を出していた光子郎と後から合流した『太刀川ミミ』は、東京湾の上空に浮かんでいる巨大なデジタマの情報を、現場で調べている京と伊織から送られて来ているデータを分析していた。

 

「このデジタマのデータ量は確かにディアボロモン以上のデータですね・・・・これならばネット空間内部での映像が消える前にブラックウォーグレイモンが言っていた言葉も嘘では無いでしょう」

 

「それは分かったけどさ?如何してブラックウォーグレイモンが生きてるのよ?確か死んだって聞いていたんだけど?」

 

「・・・僕にも分かりませんよ・・・ですが、先ず間違いなくディアボロモンが流していた映像に映し出されたブラックウォーグレイモンは、僕らが知っているブラックウォーグレイモンです」

 

 ミミの質問に光子郎は自身でも答えが分からないまでも、太一達同様にブラックが本人である事を確信していた。

 何故今まで姿を見せなかったのかは光子郎にも分からないが、少なくともブラックがヒカリ達に危害を加える事は無い事だけは確信していた。でなければ、オメガモン達の危機を救いには現れない。自身の姿を見られたくないのならば、オメガモン達が戦闘不能になった後に現れるだろう。

 その光子郎の言葉にミミも納得すると、再び二人で京からデータが送られて来るパソコンに目を向けると、突然にパソコンの画面が光り輝き、タケルと体の色がオレンジ色の四足歩行で、両耳が大きな『デジモン』-パタモンが飛び出して来る。

 

パタモン、世代/成長期、属性/ワクチン種、種族/哺乳類型、必殺技/エアショット

大きな耳が特徴の哺乳類型デジモン。この耳を使って空を飛べるが、時速1キロのスピードしかでないため歩いた方が遥かに早い。本人は納得してないが、必死に飛ぼうとしている姿がとても可愛いため人気がある。素直な性格で言われた事をよく守っている。『ホーリーリング』を身につけておらず、聖獣型にも分類されないが、秘められた聖なる力が宿っている。『古代種』のデータを受け継ぐパタモンも存在するらしい。必殺技は空気を一気に吸い込み、空気弾を吐き出す『エアショット』だ。タケルのパートナーデジモン。

 

ーーーピカアァァァァァァーーン!!

 

『ウワッ!』

 

「ッ!!タケルさん!それにパタモン!一体如何して!?」

 

 突然にパソコンから飛び出して来たタケルとパタモンの姿に、光子郎は目を見開きながら声を上げ、ミミも驚愕に声も出す事が出来ずに二人の姿を見つめるが、タケルとパタモンはそんな場合では無いと言う様にパソコンの画面に詰め寄る。

 

「待つんだ!!ヒカリちゃん!エンジェウーモン!!」

 

「戻って来なよ!!危ないよ!!」

 

「まさか!?ちょっと失礼します!!」

 

 タケルとパタモンの様子に何かに気がついた光子郎は慌てて、パソコンを操作して見ると、タケルとパタモンが通って来た道を逆走しているヒカリとエンジェウーモンの映像を発見する。

 

「タケルさん!!如何してこのパソコンに現実世界とネット世界の出入り口が出来ているんですか!?」

 

「僕とパタモンにも分かりませんけど、閉じ込められた空間に突然にゲートが出現してこの場所に繋がっていたんです!!」

 

「ッ!!そんな馬鹿な!?このパソコンのセキュリティはゲンナイさんが構築してくれたのに!?一体如何して!?」

 

 タケルの報告が信じられないと言うように光子郎は声を上げながら、素早くパソコン内部に保存されているデータやセキュリティを調べてみると、一つの事実に気がつく。

 

ーーーピピッ!!

 

「そ、そんな!?大輔君達が集めてくれたクラモン達が全部別のパソコンに転送されている!!」

 

『えっ!?』

 

 光子郎の報告にタケル、ミミ、パタモンは声を上げてパソコンの画面を見つめてみると、確かにクラモン達が保存されていたゴミ箱のマークに表示されているクラモン達の数はゼロになっていた。

 その事が信じられずに光子郎がゴミ箱をクリックしてみると、内部の扉が開き、クラモン達の代わりに一枚の手紙らしきモノが現れ、光子郎が操作する事無くメッセージがパソコンに映し出され、光子郎は顔を青ざめさせながらメッセージを読み上げる。

 

「『クラモン達は全て貰って行きます。悪用は絶対にしませんので安心して下さい。漆黒の竜人のパートナーより』」

 

「・・・ブラックウォーグレイモンのパートナーだって?・・・・何なんだ?一体何が起きているんだ?」

 

 ありえない筈の情報にタケルは困惑した声を上げ、光子郎とミミ、パタモンも訳が分からないと困惑した顔をパソコンに表示されているメッセージを向けるのだった。

 

 

 

 

 東京湾。

 その場所の上空にはクラモン達が寄り集まって出来た巨大なデジタマが浮かんでいた。

 そして地上の公園や橋の上には沢山の人々が集まり、これから始まるであろうオメガモンとクラモン達の激戦に思いを馳せながら、時が来るのを待っていた。

 その中にクラモン達の行進に巻き込まれてパートナーと離れ離れになってしまったブイモンとワームモンも存在し、上空に浮かんでいる巨大なデジタマを見つめていた。

 

「大輔、早く来てくれ」

 

「賢ちゃん」

 

 そうブイモンとワームモンは自分達のパートナーが来るのを静かに待っていると、背後から銀髪に蒼い瞳を持った右腰の脇にパソコンを抱えた女性-ルインが二体に接近し声を掛ける。

 

「やれやれ、やはりあの方の情報どおりパートナーと離れ離れになってしまったんですね」

 

『ッ!!』

 

「警戒しなくても大丈夫ですよ。私は少なくとも貴方達の敵ではありませんから」

 

 ルインはそうブイモンとワームモンに声を掛けると、二体の横にソッと腰を下ろし、徐々に下降して来ているデジタマを見つめる。

 その様子にブイモンとワームモンは訳が分からないと言う顔をしながらルインを見つめていると、巨大なデジタマをジッと見つめていたルインがポツリと呟く。

 

「生まれますね、『アーマゲモン』が」

 

ーーーバカァン!!

 

『ッ!!』

 

 ルインが声を呟き終えると同時に、空に浮かんでいた巨大なデジタマは中心から二つに割れ、その間から巨大なデジモンが海面に向かって落下し、危なげなく海面に六本の足を着地させた。

 そのデジモンの姿を見ようと、東京湾に集まって来た誰もが巨大なデジモンに目を向け『ソレ』を目にする。

 それはクモのような形をしながらも、大きさはディアボロモンやオメガモンを遥かに超える五十メートルほどの体長を持ち、長く巨大な尻尾の先っぽに赤い刃を生やし、同じように長い首を持ったデジモン。

 聖書における最終戦争の名を持ったディアボロモンの真の切り札。『アーマゲモン』が遂にその姿を世に現した。

 

「ギギャアァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーー!!!!!」

 

アーマゲモン、世代/究極体、属性/解析不可、種族/分類不可、必殺技/アルティメットフレア、ブラックレイン

とてつもない数のクラモンが集まり、融合した結果生まれた突然変異の特殊デジモン。種族も属性も謎で、凶悪な性格をしていると言われている。ディアボロモンは自らを大量にコピーする能力を持っていたが、それでは本来持っている能力を多少下げてしまう欠点があった。しかし、クラモンを大量に発生させ融合させることで、能力を分散させるのではなく、1固体に凝縮させることでかなりの力を得ることができた。生みの親であるディアボロモンを超える力を持ち、オメガモンを倒す事だけを目的として生まれたデジモン。必殺技は、巨大な口から破壊のエネルギー弾を相手に向かって放つ『アルティメットフレア』に、背中から追尾能力を持ったエネルギー弾を一度に何十発も相手に向かって発射する『ブラックレイン』だ。

 

「・・・・すげぇ」

 

 アーマゲモンの姿に東京湾にいた誰もが圧倒された。

 それは先に東京湾に訪れていた京、伊織、ホークモン、アルマジモン、そしてブイモンとワームモンも同じだった。彼らはブラックの言葉を信じなかった訳ではないが、それでもディアボロモン以上の実力を持つデジモンはいないと心の何処かで思っていた。だが、アーマゲモンの姿を見ただけで彼らには分かった。

 アーマゲモンの実力はディアボロモンを、そしてオメガモンさえも超える実力を宿しているかも知れない事に。

 しかし、自身の姿に圧倒されている人間達には構わずにアーマゲモンは辺りを見回し、オメガモンを、そして自分達の計画を失敗に導いたブラックが現れないか警戒し始める。オメガモンが現れるのは倒す事を目的としているアーマゲモンからすれば嬉しい事だが、ブラックが現れるのだけは困る。アーマゲモンはクラモンの時に自身の生みの親であるディアボロモンとブラックの戦いを見ていた。その結果、自身と同様にブラックには何かまだ隠された力が存在している事を察知したのだ。

 その力が何かまでは流石にアーマゲモンにも分からなかったが、オメガモンと戦うまでの間にブラックが現れるのだけは本気で邪魔な上に、自身が敗北してしまう可能性も存在している。

 最も既にアーマゲモンはブラックに対する切り札を海中の中に潜ませているのだが、ブラックにオメガモンを倒す邪魔だけは絶対にされる訳にはいかない。アーマゲモンはそう考えながら辺りを見回していると、橋の近くの空間が歪み、閃光がアーマゲモンの横を通り過ぎる。

 

ーーードオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!

 

「ギギャッ!」

 

 自身の横を通り過ぎた閃光にアーマゲモンはゆっくりと首を閃光の走った方向に向けた。

 オメガモン、ブラック、一体どっちが姿を現したのかと、戦々恐々しながらアーマゲモンが顔を向けてみると、体をマントで覆い隠したオメガモンの姿を目にする。

 

「ギギャァァァァァァァァァァーーーー!!!!」

 

 現れたのがオメガモンだった事に、アーマゲモンは歓喜した。

 ブラックと言う得体の知れない存在ではなかった上に、自身の標的だったオメガモンが先に姿を現した。それが意味する事は、ブラックはまだネット世界で自分の仲間達に足止めを受けている事に他ならない。

 アーマゲモンはその事に歓喜し、オメガモンに向かって巨大な口を向けると同時に、オメガモンも自身のマントを背中に戻し、右手の砲身をアーマゲモンに構え、二体は同時に必殺技を撃ち込む。

 

「アルティメットフレアッ!!!」

 

「ガルルキャノン!!!」

 

ーーードゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!

 

 二体が放った必殺技は二体の中心でぶつかり合い大爆発を起こした。

 しかし、爆発の衝撃は全てオメガモンの方へと流れて来て、オメガモンは慌てて空へと浮かび上がる事で避ける。アーマゲモンはその隙を逃さずに口から砲撃を連射する。

 そして今の攻防でオメガモンはブラックの告げた言葉が真実だったと確信した。

 デジモンの必殺技は、その名の通り相手を倒す為の最大の必殺技。それなのにオメガモンの最大の必殺技であるガルルキャノンは、アーマゲモンの必殺技であるアルティメットフレアに敗れた。それだけでもオメガモンにはアーマゲモンの実力の方が、自身よりも上だという事に気がつくには充分だった。

 

(クッ!!ブラックウォーグレイモンの忠告を聞いて置いて正解だった。もしゲートを開いて力を消耗した状態で戦っていたら、短時間しか戦えなかった!・・・・そう言えば、ブラックウォーグレイモンは一体何処に?)

 

 オメガモンはそうアーマゲモンの砲撃を避けながら考え、フッと自分達よりも先に外の空間に出た筈のブラックがいない事に気がついた。

 ブラックの性格ならば逃げる所か逆にアーマゲモンと言う最大級の敵に戦いを挑まない筈は無い。それなのにブラックは姿を現す様子さえ見せていない。

 その事がオメガモンには疑問だったが今はアーマゲモンを倒す方が先決だと思い、海面を素早く駆けながらアーマゲモンの砲撃を避け続け、そして海面を勢いよく蹴りつけると、巻き上がった海水の幕で自身の体を覆い隠す。

 その様子にアーマゲモンは砲撃を止め、オメガモンの姿を発見しようとするが、同時に海水の幕からオメガモンが飛び出し、そのままアーマゲモンを飛び越え、体を反転させると同時に右手の砲身から砲撃を連射する。

 

ーーードゴオォン!ドゴオオォン!!ドゴオォン!!

 

「ガギャァァァッ!!」

 

 オメガモンの連射砲撃を食らったアーマゲモンは僅かに苦痛の叫びを上げながら、爆発で発生した煙の中に姿を消して行く。

 その様子を見てもオメガモンは油断無くアーマゲモンに向かって構えを取るが、今度は逆にアーマゲモンが煙を隠れ蓑にしてオメガモンに向かってアルティメットフレアを撃ち込む。

 

「ガアアッ!!」

 

ーーードゴオオオオオオオン!!

 

「グアッ!!!」

 

 煙の中から放たれたアルティメットフレアをオメガモンは避ける事が出来ずに直撃を食らい、海面に向かって落下して行く。

 その戦いを見ていた誰もが勝負になっていない事に気がついていた。オメガモンの放つ攻撃はアーマゲモンに僅かにダメージを与える事しか出来ず、逆にアーマゲモンの攻撃はオメガモンに大ダメージを与えていく。

 圧倒的としか言えない戦いに誰もが絶望感を抱き始めるが、アーマゲモンは関係ないと言う様に今度は背中から何十発ものエネルギー弾を空中で体勢を直していたオメガモンに向かって撃ち出す。

 

「ブラックレインッ!!!」

 

ーーードドドドドドドドドドドドドドドドドン!!!

 

「クッ!!」

 

ーーービュン!!

 

 アーマゲモンがブラックレインを撃ち出した事に気がついたオメガモンは、即座に海面を駆け向ける事で避けようとするが、何十発ものブラックレインはオメガモンの背にピッタリと張り付き追尾し続ける。

 

「クソッ!!」

 

「ギギャァァァァァァァァーーーーー!!」

 

ーーードオオオン!!

 

「ハッ!!」

 

 追尾して来るブラックレインからオメガモンが逃げ続けていると、突如としてアーマゲモンがオメガモンの前方にアルティメットフレアを放ち、オメガモンの動きを無理やり止めさせた。

 それによってオメガモンを追尾していたブラックレインを背中に全て直撃し、大爆発を起こす。

 

ーーードドドドドドドドドドドドドドドドドドゴオオン!!

 

「ウワアァァァァァァァァァァーーーーー!!!」

 

『オメガモン!!』

 

 苦痛の叫びを上げながら海面に叩きつけられたオメガモンに、離れた所の丘の上で戦いを見ていた太一、ヤマト、そして公園で戦いを見ていた京、伊織、ホークモン、アルマジモンはオメガモンの名を叫んだ。

 しかし、オメガモンは答える事も出来ないのかガックリと顔を下に向けてしまい、アーマゲモンはその隙を逃さずに再びアルティメットフレアを撃ち込もうとする。だが、その直前にアーマゲモンの顔に向かって光の矢が凄まじい速さで飛んで来る。

 

「ホーリーアローーーー!!!」

 

ーーードオン!!

 

「ガアッ?」

 

 光の矢-ホーリーアローはアーマゲモンに直撃したが、アーマゲモンは全くダメージを受ける事無く顔を光の矢の飛んで来た方向に向け、ヒカリを肩に乗せたままのエンジェウーモンを目に捉える。

 

「ヒカリ!!それにエンジェウーモン!!一体如何して!?」

 

 太一はヒカリとエンジェウーモンの姿に驚いた。

 確かに別の方法で現実世界に戻った筈なのに、ヒカリとエンジェウーモンはオメガモンとアーマゲモンの戦いの場にいる。その事に太一だけではなくヤマト、京、伊織、ホークモン、アルマジモンも目を見開くが、アーマゲモンはオメガモンを倒す絶好の機会が奪われた事に怒りを覚え、エンジェウーモンに巨大な口を向けアルティメットフレアのエネルギーを集める。

 

「ハッ!!逃げるんだ!!」

 

「クッ!!」

 

 オメガモンの叫びにエンジェウーモンは即座に応じ、上空へと逃げようとする。

 しかし、アーマゲモンは即座に動き回るエンジェウーモンに自身の巨大な口の照準を合わせ、エンジェウーモンに向かってアルティメットフレアを-撃ち込めなかった。

 

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 

『ッ!!』

 

 突然に離れた場所に存在している森の方から響いた凄まじい爆発音にアーマゲモンだけではなく、東京湾にいる誰もが顔を向けてみると、爆発が生じた場所からインフェルモン、クリサリモン、ケラモンが凡そ三十体近く海の方に向かって落下して行く。

 

『ゲラーーー!!』

 

『サリーー!!』

 

『シャギャッ!!』

 

ーーーバリリィィィィィーーン!!

 

「アレは!?クラモン達の進化系!?一体如何して!?」

 

「グルルルルルルルルルッ!!」

 

 次々と海に落下すると同時に消滅して行くインフェルモン達の姿に、オメガモンは疑問の声を上げ、アーマゲモンは憎しみに染まった唸り声を上げた。

 アーマゲモンには分かっていた。自身の目的を阻む最大の敵が現実世界に戻って来た事を。

 そして誰もが突然の現象に動きを止め、爆発によって生じた煙を見つめていると、煙の中からオメガモンと同等の大きさを持った影が姿を見せ始め、ゆっくりと海の方に歩いて来る。

 そして煙の中からそれは姿を現した。漆黒の体に金色の髪。鈍い銀色の輝きを放つ頭部と胸当てを装備し、三本の爪を備えた黒い手甲-ドラモンキラーを両腕に装備した漆黒の竜人。

 アーマゲモンが最大に警戒していた憎い敵。ヒカリ達にとっては忘れられない仲間のデジモン。

 その存在はゆっくりと海面に浮かび上がり、アーマゲモンに歓喜に満ちた顔と両手に装備しているドラモンキラーを構える。

 

「さぁ、始めるぞ・・・・貴様と俺との戦いを!アーマゲモン!!」

 

「ギギャァァァァァァァァァァァーーーーーー!!!!」

 

 漆黒の竜人-ブラックウォーグレイモンはそう自身に憎しみに満ちた視線を向けているアーマゲモンに宣言し、アーマゲモンは憎しみと憎悪に塗れた咆哮を辺りに響かせるのだった。



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外伝 『ディアボロモンの逆襲』 後編

 東京湾内。

 多くの人々が集まり、オメガモンとアーマゲモンが激闘を繰り広げていた地。

 しかし、今その場所では、互いに漆黒の体を持った二体のデジモンが睨み合いを続けていた。

 片方の漆黒の竜人-『ブラック』は強敵と戦える歓喜に満ち溢れ、もう片方の五十メートル以上の大きさを持ったクモのような形をしたデジモン-『アーマゲモン』は、自身の計画を悉く邪魔するブラックに憎しみに染まった視線を向けていた。

 互いに形は違えど世界に否定されているデジモン達。しかし、二体ともその胸の内に分かり合うと言う感情は存在せず、どうやって相手と戦うべきなのかと考えていた。

 一応アーマゲモンは既に海中にブラックに対する秘策を潜ませているが、それでも、もう一体の標的であると同時に強敵のオメガモンが存在している。ブラックだけには集中して戦えない上に、オメガモンに対しても集中して戦う訳にはいかない。

 その事を考えたアーマゲモンは秘策を使う瞬間を見極めなければいけないと、ブラックに顔を向けながら考える。そしてブラックもアーマゲモンに対する戦い方を考えていた。

 

(人目があり過ぎるな。これではルインとのユニゾンが使えん。ルインの存在はこの世界の連中に知られる訳にはいかん・・・・かと言って、通常状態で何処までやれるかも分からんし、何とかルインとのユニゾンは見られんように行わなければ)

 

 ブラックは既に通常状態ではアーマゲモンに自身の力が及ばない事を分かっていた。

 相手はオメガモンでさえも苦戦していた強敵。ブラックとしては悔しいが、その相手に今の状態で勝てる確率は限りなく低い。切り札は存在しているが、その切り札の使用の為にはルインの力が必要であり、尚且つ“短時間”で勝負を決めなければならない。

 何よりも別世界の魔導技術の存在を知られるのだけは避けなければならない。その事は事前にオファニモン達に釘を刺されている。最もその代わりにネット空間に入り込める能力と一回だけ自身の体をオメガモンクラスにまで巨大化させる事が出来る能力をオファニモン達から貰っていたのだが、正直に言えばその力を持ってしてもアーマゲモンに勝てる可能性は限りなく低いとブラックは理解していた。

 だが、その程度の事でブラックはアーマゲモンとの戦いから退くつもりは全く無い。寧ろウォーグレイモンの時やデーモンの時のように、自身の実力を遥かに超える敵との戦いに強い高揚感を覚え、アーマゲモンとの戦いに闘志が高まっていた。

 そして二体の高まり続ける闘志に戦いを見ていた誰もが言葉を出す事が出来ずに、二体を注視する。

 先ほどまでアーマゲモンと戦っていたオメガモンも、二体の睨み合いには介入する事が出来なかった。形は違えどブラックとアーマゲモンは互いに敵視し合っている。しかもブラックは一対一の戦いに、余程の理由が存在しない限り、他者の介入を嫌っている。その中に割り込むのは幾らオメガモンでも出来なかったのだ。

 それはエンジェウーモンも同じなのか自身ではこれからの戦いに介入出来ないと即座に判断すると、太一とヤマトが戦いを見ている場所に降り立ち、テイルモンに退化してパートナーのヒカリと共に戦いを見守る。

 そして二体の闘志によって何の現象も発生する事無く、二体の中心の部分に存在している海が揺らめいた瞬間。

 

ーーービュン!!

 

「オオォォォォォォォーーーー!!!!」

 

「ギギャァァァァァァァァーーーーー!!!」

 

 ブラックが咆哮を上げながらアーマゲモンに向かって飛び出し、アーマゲモンも咆哮を上げながら自身の巨大な口にエネルギーを瞬時に集め終えると、アルティメットフレアを突進して来るブラックに向かって撃ち出す。

 

「アルティメットフレアッ!!!」

 

ーーードゴオオン!!

 

「フッ!!」

 

ーーービュン!!

 

 アーマゲモンがアルティメットフレアを撃ち出すと同時に、ブラックは自身に迫って来ているアルティメットフレアの照準から離脱し、アーマゲモンの頭上に移動した。

 それと同時にブラックは空中で先ほどオメガモンが行なったように体を反転させながら両手の間に大気中に存在している負の力を集中させ、巨大な赤いエネルギー球を両手に間に作り上げ、アーマゲモンの背に向かって投擲する。

 

「ガイアフォーーース!!!」

 

「ブラックレイン!!」

 

ーーードドドドドドドドドドドドドドドゴオン!!

 

ーーーバッシュン!!

 

「何だと!?」

 

 ブラックがガイアフォースを放つと同時に、アーマゲモンも自身の背中から追尾能力を持っているエネルギー弾-ブラックレイン-を連続で撃ち出し、ガイアフォースを消滅させた。

 その上、ブラックレインはガイアフォースを消滅させただけでは留まらずに、空中に浮かんでいるブラックに向かって威力が衰える事無く次々進んで行く。

 

ーーービュン!ビュン!!

 

「チィッ!!」

 

 ブラックは自身に向かって来るブラックレインを高速で避け続けるが、追尾能力を持っているブラックレインは避けてもブラックを追い回し続け、ブラックの右手に装備していたドラモンキラーを掠っただけで撃ち砕く。

 

ーーーバキン!!

 

「おのれ!!」

 

ーーービュン!!

 

 自身の武器の一つが失われた事にブラックは僅かに苛立ちの声を上げながらも、自身を追尾して来るブラックレインを避ける為に、海面の方に向かって飛び、ブラックレインに追尾されながらもアーマゲモンに向かって突進する。

 その事に気がついたアーマゲモンは自身のギリギリの所で浮かび上がり、追尾して来ているブラックレインを自身にぶつけようとしているとブラックの策を考え、即座に再び口にエネルギーを集め、アルティメットフレアを突進して来ているブラックに向かって撃ち出す。

 

「アルティメットフレア!!」

 

ーーードゴオォン!!

 

「それを待っていたぞ!!」

 

ーーービュン!!

 

「ッ!!」

 

ーーードゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!

 

 アーマゲモンがアルティメットフレアを撃ち出すと同時に、ブラックは距離がまだ離れていながらも急上昇を行い、それと共にブラックを追尾していたブラックレインも上昇するが、その途中で正面から真っ直ぐ向かって来ていたアルティメットフレアとブラックレインは衝突し合い、大爆発が起こった。

 その様子にアーマゲモンはまんまと自身がブラックの策に乗ってしまった事に気がつき、顔を悔しげに歪める。

 ブラックは最初から自身を追尾して来ているブラックレインにアルティメットフレアを激突させるつもりだったのだ。

 その激突によって必ず発生するであろう周りが見えないほどの煙こそ、ブラックが本当に望んでいた隠れ蓑。ブラックは既にインフェルモン達との戦いで、インフェルモンやアーマゲモンが気配を読み取れない事を知っていた。

 アーマゲモンは目で敵の居場所を判断する。その事が分かっていたブラックは、相手の攻撃を逆手に取り、周りが見えなくなるほどの煙を発生させたのだ。

 そして気配が読み取れないアーマゲモンは慌ててブラックを発見しようと辺りを見回すが、その前に顎の下からブラックの叫びが響く。

 

「ドラモンキラーーー!!」

 

ーーードッゴオォッ!!

 

「ガハッ!!」

 

 突然の無防備だった顎の下からのブラックの奇襲に、アーマゲモンはダメージよりも驚愕によって呻き声を上げてしまう。

 しかし、ブラックは巡って来た千載一遇の好機を逃さないと言うように、突然の奇襲に動きが止まってしまっているアーマゲモンの顔に踵落としを振り下ろす。

 

「ムン!!」

 

ーーードゴオオオオン!!

 

「ガアッ!!」

 

 ブラックの踵落としをモロに食らったアーマゲモンは、今度こそ苦痛の声を上げてしまう。

 そのブラックとアーマゲモンの戦いぶりを見ていたオメガモンはある事実に気がつき、次々とダメージから回復していないアーマゲモンの頭部に右拳や左腕に残ったドラモンキラー、または蹴りなどを繰り出し続けているブラックを見つめる。

 

(まさか!?アーマゲモンは接近戦に弱いのか!?・・・そう言えば、こっちが接近しようとした時にアーマゲモンはブラックレインを放って牽制していた・・・アレは自分が接近戦に弱い事を隠す為だったのか!?)

 

 オメガモンはアーマゲモンの決定的な弱点に漸く気がついた。

 確かに強力な砲撃を撃ち込んでもアーマゲモンは微動だにしなかった。だが、よくよく考えてみればアーマゲモンは自身に敵が接近しないように動いていた。アーマゲモンの大きさはオメガモンや今のブラックを遥かに越えている大きさだ。大きさとは確かに敵との距離が離れていれば強力な武器になる。

 しかし、一度懐に入られてしまえば、逆にその大きさが弱点に変わってしまう。ましてアーマゲモンには接近戦の技が無い。長い手足を使って相手を振り払うと言う方法も存在しているが、既にブラックは顔の部分に張り付いている上に、アーマゲモンが口からアルティメットフレアを放てないように口を無理やり閉じさせる攻撃を繰り出し続けている。

 それでは幾ら強力な力を持っているアーマゲモンでも、ブラックに対して有効打は放てないだろう。

 最も自力の差ではアーマゲモンに圧倒的に分がある為に、ブラックの繰り出し続けている攻撃では有効打にはならないだろうが、それでもアーマゲモンに僅かながらもダメージを与え続けるには充分だった。

 

「オオォォォォォォォォォォーーーーーー!!!!!」

 

ーーードゴン!!ドォン!!ズダン!!ズガアン!!

 

「ガアァァァァァァァーーー!!!」

 

「・・・・凄い」

 

 次々とオメガモンでさえも僅かにダメージを与える事しか出来なかったアーマゲモンに、僅かながらもダメージを与え続けて行くブラックの姿に、戦いの場で、或いはアーマゲモンが世界中に配信している映像を見ていた誰もが圧倒されていた。

 ブラックの戦いには諦めや絶望感、そして悲壮感など無い。逆にアーマゲモンの強さに押されるように、ブラックは戦いの中で成長していく。

 嘗て戦いの中で成長していったブラックを知っているオメガモンは、あの時と同じ事が今のブラックの中で起きている事を感じていた。

 だが、逆にアーマゲモンの中では憎しみと怒りが倍増して来ていた。自身の目的を阻み続け、更に僅かながらもダメージを与え続けるブラック。口からアルティメットフレアを放ってブラックを滅ぼそうとしても、エネルギーがチャージされる瞬間がブラックには分かるのか、口にエネルギーを集めると同時に口を無理やり閉じさせて攻撃を中断させる。

 その姿にアーマゲモンは憎しみと怒りが最高潮に高まり、対ブラック用に用意していた秘策を発動させる。

 

「ギギャァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーー!!!!!」

 

ーーーーバッシャン!!ギュルルルルルルルーーーーーー!!!!

 

「何!?」

 

『なっ!?』

 

 アーマゲモンが今までの咆哮を越える叫び声を上げると同時に、海中の中から四十の長い腕が飛び出し、ブラックに向かって伸びて行く。

 その突然の事態にブラックは驚きながらも即座にアーマゲモンの顔から飛び退くが、次々と海中から伸びている腕はブラックを追い回して行く。

 そしてそのブラックを追い回している腕に見覚えがあるオメガモン達は信じられないと言う顔をしながら腕の伸びている海面に目を向けると、同時に海中から凡そ二十体近くの悪魔のような姿をしたデジモン-ディアボロモン達が姿を現す。

 

ーーーバッシャン!!

 

『サアァァァァァァァァァーーーーーーーー!!!!!』

 

『デ、ディアボロモン!!!』

 

 海中から姿を現した二十体近くのディアボロモンの姿に、オメガモン達は目を見開きながら声を上げた。

 ネット世界で確かに倒した筈のディアボロモン。しかもその数はネット世界で戦った時の数の十倍。

 何故ディアボロモンが現実世界にいるのかと、誰もが疑問に思い、目を見開きながら上空を飛び回っているブラックに向かって手を伸ばし続けるディアボロモン達を見つめる。

 これこそがアーマゲモンの最後の切り札にして対ブラック用に用意した最大の切り札。現実世界に出て来ていたのは進化出来ないクラモンだけではなかったのだ。

 進化出来ないクラモン達を隠れ蓑にして、進化出来る能力を持ったクラモンも何体か紛れ込ませていたのだ。確かに大半の進化出来る能力を持ったクラモン達は、ブラックに対して送り込んでしまったので殆ど失われてしまった。だが、万が一、嫌、億が一の可能性さえも考えてアーマゲモンは海中の中で進化出来るクラモン達を進化させていた。

 敵側である選ばれし子供達は上空に浮かんでいた、自身が生まれた巨大なデジタマばかりを気にして海中にまで目がいかないであろう事も予測し、アーマゲモンは自身さえも最後の切り札の隠れ蓑にしていた。

 全ては最大の仇敵であるオメガモンを倒し、ブラックと言う横槍を入れてくれた存在を完全にこの世から抹消する為に、最後にして最大の切り札まで用意していたのだ。最もそれが出来るのは驚異的なスピードで進化出来るクラモンの特性が在ってこそなのだ。普通のデジモンでは先ず不可能に近い行為。

 そしてそれは成功を治めた。流石に同レベルの究極体の攻撃を回避し続けるのは無理だったのか、ブラックは空中でディアボロモン達が伸ばしていた腕に拘束されてしまう。

 

ーーーガシッ!!!ガシッ!!

 

「グッ!!おのれ!!」

 

ーーーギリギリギリギリギリギリッ!!

 

 空中で四十近くの腕に拘束されたブラックは拘束から逃れようと力を込めるが、ディアボロモン達は逃さないと言うように更に力を込め、ブラックを空中に押さえつける。

 その様子を見ていたアーマゲモンは自身が最も憎んでいる敵を殺せるチャンスに残忍な笑みを浮かべながら口にエネルギーを集め、拘束から逃れようともがいているブラックにアルティメットフレアを撃ち出す。

 

「アルティメットフレアッ!!」

 

ーーードゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 

『ブラックウォーグレイモン!!!!』

 

「ブラック様!!」

 

 ブラックに向かって迫るアルティメットフレアを目撃したヒカリ達は悲鳴のような声を上げ、ブイモンとワームモンが近くにいるのにも関わらずにルインも慌てて立ち上がりながら悲鳴のような叫びを上げるが、アルティメットフレアは止まる事無くブラックに進み続ける。

 その姿にブラックは来るであろう衝撃に耐えようと全身に力を込めた瞬間、ブラックの目の前にオメガモンが現れ、右手の砲身の照準を迫って来ているアルティメットフレアに合わせ、砲撃を撃ち込む。

 

ーーービュン!!

 

「ガルルキャノン!!!」

 

ーーードゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 

「ッ!!」

 

「ガアッ!!」

 

 アルティメットフレアがガルルキャノンに相殺される様子を目にしたブラックとアーマゲモンは目を見開きながらオメガモンを見つめるが、オメガモンは構わずに左手のグレイソードをブラックを拘束している腕に振り下ろす。

 

「グレイソーーード!!」

 

『ッ!!』

 

ーーーシュン!!

 

 流石に腕を切り落とされる訳には行かないのか、ディアボロモン達は即座にブラックから腕を手放し、グレイソードを避けた。

 その様子にブラックは僅かに不機嫌そうな顔をオメガモンに向けると、オメガモンは済まなさそうな顔をしながら憎しみに満ちた視線を向けて来るアーマゲモンとディアボロモン達に顔を向ける。

 

「すまない、ブラックウォーグレイモン・・・君の戦いへの拘りは分かっていたが、相手は一対一で君と戦うつもりはないようだ」

 

「フン・・・そのようだな・・・・・礼を言うぞ、オメガモン」

 

「先に助けられたのは此方だ。それよりも」

 

「チッ!分かっている!気に入らんが相手が相手だからな!」

 

 ブラックはそうオメガモンが告げようとしている言葉を読み取ると、オメガモンと共に海面に立っているアーマゲモンとディアボロモン達に構えを取る。

 

「・・・・行くぞ!!」

 

「応ッ!!」

 

ーーービュン!!

 

「ギギャアァァァァァァァーーーーー!!!!」

 

『サアァァァァァァァァァァァーーーーーーーー!!!!』

 

 突撃して来るブラックとオメガモンに対してアーマゲモンは口にエネルギーを集め、ディアボロモン達も胸の発射口にエネルギーを集中させると、アーマゲモンはアルティメットフレアを、ディアボロモン達はカタストロフィーカノンを連射する。

 

「アルティメットフレア!!!」

 

『カタストロフィーカノンッ!!』

 

ーーーズドオォン!!ズドォン!!ズドオォン!!ズガアァァンン!!

 

『フッ!!』

 

ーーービュン!!

 

 向かって来ているアルティメットフレアとカタストロフィーカノンに対して、ブラックとオメガモンは同時に左右に避ける事で回避し、そのまま同時にアーマゲモンとディアボロモン達を挟むように海面に着地すると、ブラックは再びガイアフォースを作り上げ、オメガモンも右手の砲身をアーマゲモンとディアボロモンに照準を合わせ、同時に必殺技を撃ち出す。

 

「ガイアフォーース!!!」

 

「ガルルキャノン!!!」

 

「ガアッ!!」

 

ーーーブザン!!

 

ーーードゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 

 ブラックが放ったガイアフォースとオメガモンが放ったガルルキャノンは高速でアーマゲモン達に迫り、アーマゲモンは回避出来ないと事に気がつくと、即座に十体ほどのディアボロモンを自身の下の方に移動させ、そのまま二本の巨大な足を上げガイアフォースとガルルキャノンを切り裂き、爆発が起きた。

 それと同時にブラックとオメガモンに、残っていたディアボロモン達がそれぞれに五体ずつ襲い掛かって来る。

 それに対してブラックは残っている左腕のドラモンキラーを構え、オメガモンも左腕のグレイソードを構えると、迫って来ているディアボロモン達を薙ぎ払う。

 

「ドラモンキラーー!!」

 

ーーーズドォン!!

 

「グレイソーーード!!!」

 

ーーーブザン!!

 

『サアァァァァァァァーーーー!!』

 

 ブラックとオメガモンは避けると同時に攻撃を放っている直後のディアロボモン達に攻撃を繰り出すが、残りの攻撃を免れたディアボロモン達がそれぞれ拳をブラックとオメガモンに向かって放つ。

 

『サアッ!!』

 

ーーーブン!!

 

「チィッ!!オォォォォォォーーー!!」

 

「ハアァァァァァァァァァーーー!!!」

 

 ディアボロモン達の攻撃をブラックとオメガモンが避けると同時に攻撃を放っている直後のディアロボモン達に攻撃を繰り出すが、それぞれのディアボロモン達はトリッキーな動きでブラックとオメガモンの攻撃を回避し、一体のディアボロモンがオメガモンの背に張り付いてくる。

 

ーーーガシッ!!

 

「何!?」

 

 突然に自身の背に張り付いて来たディアボロモンに、オメガモンが慌てて背に張り付いているディアボロモンに顔を向けてみると、背に張り付いていたディアボロモンはニタリと笑いながら全身の力を全て開放する。

 

「パ・ラ・ダ・イ・ス・ロ・ス・ト」

 

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 

「グアァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーー!!!!!」

 

ーーードン!!

 

『オメガモン!!!』

 

 ディアボロモンの爆発を至近距離で受けたオメガモンは苦痛に満ちた叫び声を上げ、海面に膝をついてしまう。

 それを目にした太一達の叫び声を耳にしたブラックは、自身の周りにいるディアボロモン達を吹き飛ばそうとする為に力を集めるが、その前にオメガモンの時と同様にディアボロモン達がブラックの体に次々と張り付き、全身の力を解放する。

 

『パ・ラ・ダ・イ・ス・ロ・ス・ト』

 

ドゴゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 

『ブラックウォーグレイモン!!』

 

 ブラックに張り付きながら自爆したディアボロモン達を目撃した太一達は悲鳴のような声を上げ、ヒカリはワナワナと体を震わせながら爆発によって生じた煙を見つめる。

 そして煙が徐々に晴れていくと、背中に装着したブラックシールドと鎧がボロボロになったブラックが煙の中から姿を現し、そのまま力無く海面に倒れてしまう。

 

ーーードバッシャン!!ブクブクッ!!

 

「いやぁ」

 

「そ、そんな」

 

「ブラックウォーグレイモンが、負けた」

 

 海中に沈んで行ったブラックを目撃したヒカリは現実が信じられないのか否定の声を上げ、同じように離れた場所で戦いを見ていた京と伊織も信じられないと言う声を上げた。

 そしてブイモンとワームモンと共に戦いを見ていたルインはブラックが海中に沈むのを確認すると、即座に立ち上がり、持っていたパソコンを魔力で保護しながら走り出し、海面に向かって迷わずに飛び込む。

 

ーーーバッシャン!!

 

「おい!人が飛び込んだぞ!!」

 

 ルインが飛び込むのを目撃した一人の男性が叫び、慌てて他の人々とブイモン、ワームモンはルインが飛び込んだ場所を見つめるが、ルインが海面に浮かんで来る事は無かった。

 

 そしてブラックが倒された姿を目にしたオメガモンは、自身の受けたダメージや周りを囲んでいる四体のディアボロモン達に構わずに嘲りに満ちた顔を向け続けていたアーマゲモンに向かって突進する。

 

「ウオォォォォォォォォーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

 残された全ての力を振り絞ったオメガモンの突進によって周りを囲んでいたディアボロモン達が次々と吹き飛ぶが、オメガモンは止まる事無く突進の勢いを利用してアーマゲモンの頭部にグレイソードを深々と突き刺す。

 

ーーードスウゥゥゥーーン!!

 

「ガアァァァッ!!」

 

 深々とグレイソードを突き刺さられたアーマゲモンは苦痛の叫びを上げながら暴れるが、オメガモンは好機を逃す事はしないというようにグレイソードを更に深く突き刺し、右手の砲身をアーマゲモンの口内に滑り込ませ砲撃を連射する。

 

「ウオォォォォォォォーーーーー!!!」

 

ーーーズドオォン!!ズドォン!!ズドオォン!!ズガアァァンン!!

 

「グゥッ!!」

 

 口内に砲撃を連射で撃ち込まれたアーマゲモンは暴れるが、即座に口内に撃ち込まれた砲撃を吸収し、威力を倍増させたアルティメットフレアを逆に至近距離でオメガモンに向かって撃ち返す。

 

「アルティメットフレア!!!」

 

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!

 

「グアァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーー!!!!!」

 

 超至近距離でアルティメットフレアの直撃を受けたオメガモンは苦痛に満ちた叫びを上げながら吹き飛び、森が広がる陸地に激突してしまう。

 

ーーードオオオオオオオオオン!!

 

「ウッ・・・・ァァァ」

 

ーーーガッシャン!!

 

 陸地に激突したオメガモンは立ち上がろうとしたが、突然に両手が地面に千切れ落ち、オメガモンの瞳からも光が消えてしまった。

 その様子を目にしたアーマゲモンと十四体のディアボロモン達は自分達が遂にオメガモンを撃ち破った事を確信し、空に向かって顔を上げて歓喜に満ちた咆哮を上げ始める。

 

「ギギャァァァァァァァァァーーーーーーーーーー!!!!!」

 

『サアァァァァァァァァァァァァーーーーーーー!!!!!』

 

 遂に宿敵だったオメガモンと邪魔をしてくれていたブラックを倒した。

 その事実にアーマゲモンとディアボロモン達は三年掛かった事を成し遂げた喜びに打ち震え続けるが、逆に戦いを見ていた太一、ヤマト、ヒカリ、テイルモン、京、ホークモン、伊織、アルマジモン、ブイモン、ワームモン、そして人々の心には絶望感が広がっていた。

 最強の騎士だったオメガモンが敗れた上に、ブラックと言う強力な究極体さえも戦いに敗れてしまった。

 その事実に誰もが絶望を覚えていると、二台の自転車にそれぞれ乗った大輔と賢が漸く戦いの場に駆けつけ、瞳から光を失い、仁王立ちし続けているオメガモンを目撃する。

 

「・・・オ・・メ・・・ガ・・モン」

 

「クッ!!ブラックウォーグレイモンもいない・・・・あいつ等にやられたのか」

 

 賢はそう呟きながら歓喜に満ちた咆哮を上げ続けているアーマゲモンとディアボロモン達に目を向けた瞬間。

 

ーーードバッシャン!!!

 

『ッ!!!』

 

 突然に海面の一部が盛り上がり、ボロボロになった状態になりながら立ち上がるブラックを誰もが目にする。

 その満身創痍としか言えない姿になりながらも立ち上がったブラックの姿に、大輔と賢だけではなく誰もが目を見開くが、驚愕はそれだけでは治まらなかった。

 

ーービリッ!!

 

「グウッ!!ウオォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

『ッ!!』

 

 突如としてブラックが咆哮を上げると共に、その身を覆い尽くすかのように膨大なエネルギーの本流が発生し、ブラックの周りにエネルギーが渦巻く。

 一体何が起きたのかと、戦っていたアーマゲモンとディアボロモンだけはなく、東京湾に集まった大勢の人々がブラックを見つめていると、渦巻くエネルギーの中でブラックの両目が赤く輝き叫ぶ。

 

「ウオォォォォォーーーーー!!!ブラックウォーーーグレイモン!!!X進化!!!!」

 

ーーーギュルルルルルルルルーーーー!!!

 

「なっ!?」

 

「進化だって!?」

 

 ブラックが上げた叫びの意味に気がついた大輔と賢は信じられないと言う顔をしながら、叫ぶと同時にデジコードに包まれたブラックを見つめていると、デジコードは消失し、デジコードが消えた後にそれは立っていた。

 背中に巨大な二つのバーニアを備え、通常の時よりも機械的になった鎧とドラモンキラーを装着し、赤い瞳を持った漆黒の竜機人。その姿こそ、ルインと言うパートナーを得た事によってブラックが新たに手に入れた力が顕現した姿。その名も。

 

「ブラックウォーーグレイモンX!!」

 

ブラックウォーグレイモンX、世代/究極体、属性/ウィルス種、種族/竜人型、必殺技/暗黒のガイアフォース、ハデスフォース、アフターバースト

ブラックウォーグレイモンが『X抗体』を得た事に寄って未知の力が引き出された姿、背中に在ったシールドが消失し、代わりに二つのバーニアが装備され機動性が飛躍的に上がっている上に、両腕に装備したドラモンキラーは爪の部分が射出が出来る様に成った上に硬度は通常時に背中に装備していたシールドと同等にまで強化されている。必殺技はゼロ距離で高密度のエネルギー弾を相手に向かって撃ち出す『暗黒のガイアフォース』と、『ガイアフォース』を回避不可能なほどの超高速で連射する『ハデスフォース』。そして『ドラモンキラー』に備わっているバーニアで加速して攻撃を繰り出す『アフターバースト』だ。

 

『ッ!!!』

 

 進化を終えたブラックウォーグレイモンXの姿に、ブラックウォーグレイモンの事を知っているヒカリ達は目を見開いた。

 幾らブラックウォーグレイモンが強くなれるとは言え、ブラックウォーグレイモンは本来ならば進化も成長もする事が出来ないダークタワーデジモン。だが、未だ短時間しか制御出来ないが、ルインと言うブラックの唯一無二のパートナーとユニゾンした時だけブラックは、ブラックウォーグレイモンXに進化出来るようになった。

 その事とルインがブラックウォーグレイモンとユニゾンする瞬間を目撃していないヒカリ達は、在りえないものを見たと言う顔をしながらアーマゲモンと十四体のディアボロモン達に構えを取るブラックウォーグレイモンXを見つめる。

 しかし、当人であるブラックウォーグレイモンXはヒカリ達の様子になど構わずに、歓喜に満ち溢れた顔をアーマゲモン達に向ける。

 

「良い攻撃だった。久々に死ぬかと本気で思ったぞ」

 

(ブラック様の馬鹿!!本当に!本当に危ない所だったんですよ!!幾らディストーションシールドを使用してダメージを軽減させていても!!私がユニゾンしなければ、本気で死んでいましたよ!!)

 

(少し静かにしていろ・・・それよりも今の状態ではどれほど持つ?)

 

(・・・約二十分です・・・それ以上はブラック様の体が持ちません)

 

(まだ、制御仕切れないと言う事か)

 

 ルインの報告にブラックは僅かに苦い想いを抱いた。

 『X進化』と言う新たな切り札を得たブラックだが、その力は完全に制御し切れていなかった。そもそも『X進化』は制御出来なければ暴走してしまう可能性を持った危険な力。ルインとユニゾンする事で得た力だが、ブラックが万全な状態で『一時間』持つかどうかだった。

 未だ制御が完全に出来ていない事実にブラックは苦い気持ちを抱きながらも、より機械的になった両腕のドラモンキラーをアーマゲモンと、その周りに居るディアボロモン達に向かって構える。

 

「・・・アーマゲモン、それにディアボロモンども。貴様らは最高の敵だ。だが、俺をこの姿にさせた事を後悔しろ!!」

 

ーーーガッシャン!!!ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 

『ッ!!』

 

 背中のバーニアを噴かせながら超高速で突進して来るブラックウォーグレイモンXに、アーマゲモン達は驚愕に顔を歪ませるが、ブラックウォーグレイモンXはアーマゲモン達の驚愕になど構わずに一番近くにいたディアボロモンに背中のバーニアの勢いによって威力を極限にまで上げた渾身の蹴りを叩き込む。

 

「ハアアッ!!」

 

ーーードゴオオオン!!

 

「ガハッ!!」

 

 ブラックウォーグレイモンXの蹴りを受けたディアボロモンは苦痛の声を上げながら吹き飛ばされようとするが、吹き飛ぶ前にブラックウォーグレイモンXが右手でディアボロモンの頭部を掴み取り、渾身の力を込めた膝蹴りをディアボロモンの頭部に叩き込む。

 

「ムン!!」

 

ーーードオオン!!

 

「グガッ!!」

 

 ブラックウォーグレイモンXの膝蹴りを頭部に叩き込まれたディアボロモンは、一瞬息が詰まるような声を上げた。

 しかし、ブラックはディアボロモンの様子になど構わずに両手の間に一瞬の内に巨大な黒いエネルギーを作り上げ、未だに動けずにいるディアボロモンに向かって同等の大きさのエネルギー球を連続で撃ち出す。

 

「ハデスフォーーース!!!」

 

ーーードゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 

『ギャガアァァァァァァァーーーーーー!!!』

 

『ッ!!』

 

 ブラックの連続で放ったハデスフォースは狙いを定めていたディアボロモンだけは無く、その周りに居た他のディアボロモンにまで直撃し、それぞれ苦痛に満ちた雄叫びを上げながら、データ粒子に変わり消滅した。

 その事実にブラックウォーグレイモンXとディアボロモンの戦いを見ていた誰もが目を見開いた。

 オメガモンでさえも倒すのに時間が掛かったディアボロモンをたったの三回の攻撃で、しかも信じられないほどの威力が在るとしか思えないハデスフォースによって複数のディアボロモンが倒れた。

 短時間でディアボロモンだけではなく、インフェルモン、クリサリモン、ケラモン、そしてアーマゲモンと何度も戦いを繰り広げていたブラックウォーグレイモンXは、その戦いの中でディアボロモンが非常に撃たれ弱い事実に気がついた。だからこそ、急所と呼べる部分に連続で攻撃を撃ち込む事でディアボロモンの動きを完全に封じ、更に自らの必殺技であるハデスフォースを使用して周りに居た他のディアボロモン達も巻き込んで消滅させたのだ。

 そしてブラックウォーグレイモンXは残っているディアボロモン達にドラモンキラーを振り抜き、次々とディアボロモン達に大ダメージを、または消滅させながらアーマゲモンに向かって進撃する。

 

 その様子を見ていた大輔、賢は、ブラックウォーグレイモンXの異常過ぎる強さに目を見開くが、アーマゲモンが全身の力を口に集めている事に気がつくと、慌ててブラックウォーグレイモンXだけには戦わせてはいられないと思い、自分達のパートナーであるブイモンとワームモンを探し始める。

 そしてそれと同時に離れた場所からブイモンとワームモンの大輔と賢を呼ぶ叫びが響く。

 

「大輔!!」

 

「賢ちゃん!!」

 

『ハッ!!』

 

 自身のパートナーの声を耳にした大輔と賢が顔を向けてみると、ブイモンとワームモンが少し高い場所に立っていた。

 それを目にした大輔と賢は急いでブイモンとワームモンに駆け寄ろうとするが、多くの人々が立っていたせいで思うように前に進めず、悔しげな叫びを上げてしまう。

 

「ブイモーーーン!!!!」

 

「ワームモーーン!!」

 

ーーーザッ!

 

 二人の叫びを耳にしたのか大輔達とブイモン達を繋ぐように人々は道を開け、大輔と賢は思わず立ち止まりながら人々を見つめると、人々は大輔と賢を応援するように叫ぶ。

 

『いっけぇぇぇぇーーー!!』

 

『頑張れぇぇぇぇぇーーーー!!!!』

 

「・・・・よし!待たせたな!!ブイモン!!」

 

「行くぞ!ワームモン!!」

 

「応!!」

 

「うん!!」

 

 人々の間を駆け抜けながら上げた大輔と賢の叫びに、ブイモンとワームモンは気合の篭った声を返した。

 それと同時に大輔と賢が持つD-3が光り輝き、ブイモンとワームモンは同時に進化する。

 

「ブイモン進化!!エクスブイモン!!」

 

「ワームモン進化!!スティングモン!!」

 

『ジョグレス進化!!』

 

 エクスブイモンとワームモンは成熟期の進化を終えると同時に更なる進化を行い、光へと変わり一つに合わさる。

 そして光が消えた後には背中に四枚の翼を生やし、腰に二本の砲門を装備しエクスブイモンとスティングモンの特徴を持ったデジモン-パイルドラモンが現れる。

 

パイルドラモン、世代/完全体、属性/ワクチン種、種族/竜人型、必殺技/デスペラードブラスター

エクスブイモンとスティングモンが合体した姿だが、昆虫よりも竜の性質が強く出ている竜人型デジモン。パワー、スピードともに高く、昆虫の持つ甲殻で高い防御力を身につけている。忠誠心が強く、主人のために命をかけて戦う、忠義に厚い戦士。必殺技は、腰から伸びている2本の生体砲からエネルギー波を放つ『デスペラードブラスター』だ。

 

「パイルドラモン!!究極進化!!インペリアルドラモン!!」

 

インペリアルドラモン・ドラゴンモード、世代/究極体、属性/ワクチン種、データ種、フリー、種族/古代竜型、必殺技/メガデス、ポジトロンレーザー

パイルドラモンが究極進化した究極の古代竜型デジモン。他のデジモンとは存在感や能力で大きく上回っている。その強大な力ゆえにコントロールが難しく、善にも悪にもなってしまう。また、インペリアルドラモンにはドラゴンモードの他にファイターモードとパラディンモードが存在し、全部で三形態在ると言う珍しいデジモン。必殺技は、背中にある砲身から超重量級の暗黒物質を発射し、半径数百メートルを、暗黒空間に飲み込む『メガデス』と、同じように背中の砲身からレーザーを撃ち出す『ポジトロンレーザー』だ。

 

 パイルドラモンへの進化を終えると同時に再び光が発生し、光が消えた後には巨大な体と背に翼を生やした四足歩行の竜-『インペリアルドラモン・ドラゴンモード』が現れた。

 インペリアルドラモン・ドラゴンモードは姿を現すと同時に、そのまま東京湾の方に向かって飛び立ち、ディアボロモンを倒しながら進んでいるブラックウォーグレイモンXの頭上を通過する。

 

ーーービュン!!

 

(ムッ!!)

 

ーーードゴオオン!!

 

 自身の頭上を通過し、アーマゲモンに向かって突撃して行くインペリアルドラモン・ドラゴンモードに気がついたブラックウォーグレイモンXは、ディアボロモン達に攻撃を繰り出しながらユニゾンしているルインと会話をする。

 

(漸く現れたか。もうすぐだな)

 

(はい・・・・・残り時間は十五分在りますが、本当に宜しいのですか?)

 

(フン、構わんさ。本当はこの手で奴と決着をつけたかったが、それではオファニモンの依頼が完遂出来ん。ならば多少は我慢してディアボロモンどもで気を晴らす。もう既に今回の戦いは充分に楽しめたからな)

 

 そうブラックウォーグレイモンXはルインに答えながら自身の周りに残っている五体のディアボロモンと、アーマゲモンを護るように立ち塞がっている三体のディアボロモンに目を向け、インペリアルドラモン・ドラゴンモードに向かって叫ぶ。

 

「インペリアルドラモン!!ディアボロモンの方は俺に任せろ!!お前はアーマゲモンを狙え!!」

 

「分かった!!任せろ!!」

 

 ブラックウォーグレイモンの叫びにインペリアルドラモン・ドラゴンモードは即座に答えると、背中に備わっている砲塔からアーマゲモンに向かってエネルギー弾を連射する。

 

ーーードドドドドドドドドドドドドドドドドドドドゴオオン!!

 

『グガアッ!!』

 

 インペリアルドラモン・ドラゴンモードが放った連続エネルギー弾を食らったアーマゲモンと四体のディアボロモン達は後退り、少しでもインペリアルドラモン・ドラゴンモードの攻撃から逃れようとする。

 しかし、そうはさせないと言うようにブラックウォーグレイモンXが自身の近くにいたディアボロモンの体を掴み上げ、アーマゲモン達が後退りしている方向に投げ飛ばす。

 

「オォォォォォォォォーーーーーーー!!!!」

 

ーーードゴオオオオン!!

 

『ッ!!』

 

 自分達が逃げようとしていた後方に突然に吹き飛んで来たディアボロモンの姿に、アーマゲモン達は思わず驚くが、インペリアルドラモン・ドラゴンモードはその隙を逃さずに背中の砲塔から強力なレーザー砲をアーマゲモンに向かって撃ち出す。

 

「ポジトロンレーザーーー!!」

 

ーーービィィィィィィィーーーーー!!!

 

ーーードゴオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 

「グガッ!!ググググッ!!ブラックレイン!!」

 

ーーードドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!

 

 インペリアルドラモン・ドラゴンモードが発射したポジトロンレーザーを背中に受けたアーマゲモンは、流石にダメージを受けたのか悔しげな唸り声を上げ終えると同時に、自身の背中からインペリアルドラモン・ドラゴンモードに向かってブラックレインを発射した。

 それに対してインペリアルドラモン・ドラゴンモードは即座に体を動かし、ブラックレインから逃れようとするが、追尾能力を持っているブラックレインから逃れる事は出来ず、全弾直撃を食らってしまう。

 

ーーードドドドドドドドドドドドドドドゴオオオン!!

 

「クソッ!!」

 

「負けるな!!」

 

「ウオォォォォォォーーーーー!!!!」

 

 戦いを見ていた大輔と賢の叫びが聞こえたのか、爆発によって生じた煙の中から人型の形態であるファイターモードへと変形したインペリアルドラモンが飛び出し、そのままアーマゲモンの頭上に移動し、胸に備わっている竜顔の装甲部分から砲塔を出現させ、アーマゲモンに照準を合わせる。

 

インぺリアルドラモン・ファイターモード、世代/究極体、属性/ワクチン種、フリー、種族/古代竜人型、必殺技/ギガデス、ポジトロンレーザー

インペリアルドラモン・ドラゴンモードが全ての力を開放した姿。ドラゴンモードからファイターモードへ変化したことにより、全ての力がコントロール出来るように成った。必殺技は、右腕に装備している『ポジトロンレーザー』を胸にはめ込み、強力なエネルギー波を発射する『ギガデス』に、ドラゴンモードの時同様に強力なレーザーを発射する『ポジトロンレーザー』だ。

 

 その様子を見ていたブラックウォーグレイモンXも自身の周りに残っている全てのディアボロモンをアーマゲモンに向かって蹴り飛ばし、或いは殴り飛ばすと、再び自身の両手の間に巨大な黒いエネルギー球を作り上げ、インペリアルドラモン・ファイターモードと同時に必殺技を放つ。

 

「ギガデス!!!」

 

「ハデスフォーーース!!!」

 

ドグオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!

 

 インペリアルドラモン・ファイターモードが胸の砲塔部分から放ったギガデスと、ブラックウォーグレイモンXが連続で撃ち出したハデスフォースは寸分違わずにアーマゲモンとディアボロモン達に直撃し、十数メートル以上の大爆発が起きた。

 それによってディアボロモン達は次々とデータ粒子に変わり消滅していくが、最後の敵であるアーマゲモンだけは爆発によって発生している炎にさえも構わずに、自身の上空に存在しているインペリアルドラモン・ファイターモードに向かってアルティメットフレアを発射する。

 

「アルティメットフレア!!」

 

ーーードゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 

「グアッ!!」

 

 アーマゲモンが口から発射したアルティメットフレアを食らったインペリアルドラモン・ファイターモードは、鈍い苦痛の叫びを上げた。

 そしてアルティメットフレアの直撃を食らったインペリアルドラモン・ファイターモードは、全身から力を失ったように空中に浮かび続け、戦いを見ていた誰もが絶望感を覚えるが、ただ一人ブラックウォーグレイモンXだけは諦めた様子を全く見せずにアーマゲモンに背中のバーニアを噴かせながら突進する。

 

ーーードオオオオオオオオオオオオオン!!

 

「オォォォォォォォーーーーーー!!!!」

 

「ギギャ!!ブラックレイン!!」

 

ーーーードドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!

 

 突進して来るブラックウォーグレイモンXを目撃したアーマゲモンは即座にブラックレインを再び撃ち出し、ブラックウォーグレイモンXを撃墜しようとする。

 しかし、ブラックウォーグレイモンXは自身に迫って来ている何十発ものブラックレインを目にしてもスピードを緩める事無く逆に更にスピードを増して、ブラックレインの隙間を縫うようにアーマゲモンに接近し、全力を込めた右拳をアーマゲモンの胴体に撃ち込む。

 

「ムン!!」

 

ーーードグオォン!!

 

「ガハッ!!」

 

 体の大きさのせいでブラックウォーグレイモンXの全力を込めた右拳をアーマゲモンは避ける事が出来ずに食らい、息が詰まったような声を上げてしまう。

 その上更に追い討ちを掛ける様にブラックウォーグレイモンXを追尾していたブラックレインが飛来し、ブラックウォーグレイモンXは自身に被弾する前にアーマゲモンの傍から離れ、ブラックレインは急なブラックウォーグレイモンXの移動に対応する事が出来ず、放った張本人であるアーマゲモンに全弾直撃し爆発が起きる。

 

ーーードドドドドドドドドドドドドドドゴオオオン!!

 

「ガアァァァァァァァァァァッ!!」

 

「ハァッ!!」

 

ーーードゴオン!!

 

「ッ!!」

 

 苦痛の叫びを上げていたアーマゲモンの頭部にブラックウォーグレイモンXは踵落としを食らわせ、アーマゲモンは声も上げる事が出来ずに海面に顔をぶつけてしまう。

 

 そしてブラックウォーグレイモンXの戦いぶりを見ていた誰もが思った。

“諦めていない。どれほどに絶望や力の差を見せられても、ブラックウォーグレイモンXは全く諦めていない”。

 X進化した事によって自身の力が上がっている事などブラックウォーグレイモンXには関係ない。最後の一瞬まで諦めずにブラックウォーグレイモンXはアーマゲモンと戦い続ける。

 その姿に誰もが再び希望を胸に抱いた瞬間、戦いの場から離れていた所で両手を失い立ち尽くしていたオメガモンの目に再び光が宿り、それと同時に地面に落ちていたウォーグレイモンの頭部を象った左腕と、メタルガルルモンの頭部を象っていた右腕の目の部分に光が発生し、僅かに宙に浮かび上がる。

 

『そうだ・・・最後まで諦めちゃいけない』

 

『俺達の・・・皆の心をインペリアルドラモン・・・・君に託す』

 

ーーーピカアァァァァァァーーーーン!!!

 

 ウォーグレイモンの頭部とメタルガルルモンの頭部が言葉を呟き終えた瞬間、オメガモンのボディは光り輝き、そのまま白きリング-『ホーリーリング』に形を変えると、上空に浮かんでいるインペリアルドラモン・ファイターモードに向かって行く。

 それを目撃したアーマゲモンは、自身の本能が最大の警鐘を鳴らすのを感じると、インペリアルドラモン・ファイターモードに『ホーリーリング』を受け取らせない為にアルティメットフレアを発射しようとする。だが、発射する直前にブラックウォーグレイモンXが背中のバーニアを噴かせながらアーマゲモンに急接近し、アーマゲモンの顔の前で急停止しすると、両手をアーマゲモンの頭部に押し当てゼロ距離で高密度のエネルギー弾を撃ち出す。

 

「邪魔はさせん!!暗黒のガイアフォーーース!!!」

 

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 

「ガアァァァァァァァァァァァァァーーーーーー!!!!!!」

 

 ブラックウォーグレイモンXが放った暗黒のガイアフォースを食らったアーマゲモンは、今までの中で最大の苦痛に満ちた咆哮を辺りに響かせた。

 その間に『ホーリーリング』はインペリアルドラモン・ファイターモードの胸の前で再び光り輝き、今度は白い刀身の部分にデジモン文字で『initialize(初期化)』と書かれた剣-『オメガブレード』に変形した。

 それを目にした大輔と賢はインペリアルドラモン・ファイターモードに向かって自身の出せる最大の声で叫ぶ。

 

「受け取れェェェェェェェェェーーーーー!!!」

 

「皆の力だァァァァァーーーー!!!」

 

ーーーガシィン!!

 

 大輔と賢の叫びが聞こえたのかインペリアルドラモン・ファイターモードは胸の前に存在していたオメガブレードの柄を両手で握った。

 その瞬間、インペリアルドラモン・ファイターモードの体が光り輝き、光が消えた後には純白の翼を背中から生やし、白を基調として所々に金色の装飾が成された鎧を身に着けた『インペリアルドラモン・パラディンモード』が朝日の光を浴びながら空に浮かんでいた。

 

インペリアルドラモン・パラディンモード、世代/究極体、属性/ワクチン種、データ種、フリー、種族/古代竜人型、必殺技/オメガブレード、ハイパープロミネンス

古代より伝わるインペリアルドラモンの最終形態。古代デジタルワールドの崩壊の危機を救ったとされる。その手に持つ大剣『オメガブレード』にはデジモン文字で『initialize(初期化)』と刻まれている。このインペリアルドラモン・パラディンモードこそ“ロイヤルナイツ”の始祖に当たる。必殺技は、巨大な剣の一振りで敵の構成データを問答無用で初期化してしまう『オメガブレード』に、全身の全砲門より一斉放射する『ハイパープロミネンス』だ。

 

「これが・・・・」

 

「皆の・・・・」

 

 インペリアルドラモン・パラディンモードは、自身が握っているオメガブレードから伝わる人々の力と想いを感じながら、ゆっくりと苦痛に苦しみ続けているアーマゲモンに顔を向け、オメガブレードを正眼に構えながら突進する。

 

「ウオォォォォォォーーーーーーー!!!」

 

「ッ!!グアァァァァァッ!!」

 

ーーーズドオォン!!ズドォン!!ズドオォン!!ズガアァァンン!!

 

 自身に向かって背中の羽を羽ばたかせながら突進して来るインペリアルドラモン・パラディンモードに気がついたアーマゲモンは、即座にアルティメットフレアを連射し、インペリアルドラモン・パラディンモードを撃ち落そうとする。

 しかし、インペリアルドラモン・パラディンモードはアルティメットフレアをその身に食らっても怯む事無く突進し、大輔と賢は同時に叫ぶ。

 

『いっけぇぇぇぇぇぇーーーーーー!!!』

 

「ウオォォォォォォォーーーーーーー!!!」

 

ーーードスウゥゥゥゥーーーーーーーーン!!ッ!!!

 

 大輔と賢が叫び終えると同時にインペリアルドラモン・パラディンモードが突き出したオメガブレードの刃が深々とアーマゲモンの頭部に突き刺さり、ピタリとアーマゲモンの動きは完全に止まってしまう。

 そしてインペリアルドラモン・パラディンモードがオメガブレードをアーマゲモンの頭部から抜き去ると同時に、オメガブレードの刺さっていた箇所からクラモン達が溢れ返るように飛び出し、アーマゲモンの体も次々とクラモンに戻っていく。

 

ーーーブシュウゥゥゥゥゥゥゥーーーー!!!

 

「クラモン!!」

 

「このままじゃ!奴らのデータがまた生き残ってしまう!!何か方法は・・・・そうだ!ゴミ箱だ!!」

 

 初期化されてクラモン達が空へと流れていく様子を離れた所で見ていた京、伊織はクラモン達のデータが再び逃げ出してしまう事に焦りを覚えるが、伊織は京のパソコンを見た瞬間に何かに気がついたように叫び、そのまま周りの人々に向かって叫ぶ。

 

「皆さんの光を!インペリアルドラモンの剣に!剣に集中させて下さい!!」

 

「ウオォォォォォォーーーーー!!!」

 

 伊織のやろうとしている気がついたのかインペリアルドラモン・パラディンモードは、オメガブレードを天に高く掲げる。

 それと同時に東京湾に集まっていた大勢の人々や太一達は、自身の持っている携帯やモバイル、そしてデジヴァイスやD-3をインペリアルドラモン・パラディンモードの掲げているオメガブレードに向け、光がオメガブレードに集まって行く。

 

ーーーピイィィィィィィーーーーー!!

 

「よし!!これでクラモン達を全部パソコンに転送出来・・・・・」

 

「如何しました?京さん?」

 

「如何したんダギャ?」

 

 突如として言葉と動きが止まってしまった京の姿に、傍にいたホークモン、アルマジモンは質問するが、京は答える事無くパソコンの画面に映っていたゴミ箱から扉を開けるように出現したデフォルメされた二頭身のルインの映像を見つめる。

 呆然としている京達の様子に構わずに、パソコンの画面内でデフォルメ・ルインは京に深々と頭を下げながらメッセージを告げる。

 

ーーーピコン!!

 

『全てのクラモン達とディアボロモン達、そしてインフェルモン達のデータ回収にご協力頂きありがとうございます!!これで全てが私達の狙い通りになりますよ。因みに私達の本当の目的は、ディアボロモンの消滅ではなく、デジタマに初期化する事でした!!』

 

『なっ!?』

 

 デフォルメ・ルインが告げた事実に京だけではなく、横でパソコンの画面を覗いていたホークモン、アルマジモンも驚愕の叫びを上げた。

 しかし、遂にブラックウォーグレイモンXとルインの目的を明らかにしたデフォルメ・ルインは、京達の様子になど全く構わずに説明を続ける。

 

『あるお方の頼みでクラモン達を全て回収するように私達は頼まれていたのです。ですが、幾らなんでも万単位のクラモン達など連れて行くわけにはいかないので、一度全てのクラモン達とディアボロモン達のデータを一箇所に集める必要があったのです。そしてその状況で初期化に成功すれば、元々一体だったディアボロモンは、全て初期化され、一個のデジタマに戻ります。色々と予想外な事態も起きましたが、概ね私達の計画通りに事は進みました。貴女がたのご協力が無ければ無理な事でしたよ。本当にありがとうございました!!・・・・なお、この映像が流れ終えてから数秒後に自動的に貴女のパソコンの電源は切れて、其方に送られる予定だったクラモン達は全て私達の所有しているパソコンに転送されます。それではもう会う事は無いでしょう。さようなら』

 

ーーーブン!!ピッ!!

 

「ちょ、ちょっと!!一体如何言う事よ!?」

 

 デフォルメ・ルインの宣言通りに電源が切れたパソコンに京は叫ぶが、パソコンは電源が切れたまま何も答えなかった。

 その間にもインペリアルドラモン・パラディンモードの掲げているオメガブレードに人々の光は集まり続け、全ての光がオメガブレードに宿った瞬間、インペリアルドラモン・パラディンモードとその周りを漂っていたクラモン達全てが光の柱に包まれる。

 

ーーーピカアァァァァァァァーーーーーン!!

 

「よし!これで全部終わるぜ!!」

 

「・・・・いや!よく見てみろ!!クラモン達が空に昇って行っているぞ!!」

 

「えっ!?」

 

 賢の突然の叫びに大輔が慌てて光の柱の中に目を向けてみると、確かに賢の叫び通りにクラモン達は転移する事無く上昇し続け、その先に何時の間にか移動していたドラモンキラーを外したブラックウォーグレイモンXの右手の中に浮いている小さなパソコンの中に次々と入り込んでいた。

 その様子に大輔と賢だけではなく、離れた所で戦いを見ていた太一、ヤマト、ヒカリ、テイルモン、アグモン、ガブモン、そして後から駆けつけて来た空やオメガブレードに光を送っていた人々も様子が可笑しい事に気がつくが、ブラックウォーグレイモンXは構わずに全てのクラモン達が自身の右手の中に存在しているパソコンの中に入り込むのを待ち続ける。

 そして最後のクラモンがパソコンの中に移動するのを確認すると、パソコンを宙に浮かせ、訳が分からないと言う顔をしているインペリアルドラモン・パラディンモードに目を向け、瞬時にインペリアルドラモン・パラディンモードの目の前に移動する。

 

ーーービュン!!

 

「ッ!!」

 

「悪いが少し借りるぞ!」

 

ーーードン!!

 

『ッ!!』

 

 ブラックウォーグレイモンXは叫ぶと共に右手を振り抜き、インペリアルドラモン・パラディンモードが右手に握っていたオメガブレードの柄の部分を殴り、オメガブレードはその衝撃によってクルクルと宙を舞ってしまう。

 それに気がついたインペリアルドラモン・パラディンモードは慌ててオメガブレードに手を伸ばすが、その前にブラックウォーグレイモンXがオメガブレードの柄を右手で掴み取る。

 

ーーーガシッ!!

 

「ッ!!何をするつもりだ!?」

 

「フン、少し見ていろ。すぐに返して、ムッ!!」

 

ーーーギリギリギリッ!!

 

 インペリアルドラモン・パラディンモードの質問にブラックウォーグレイモンXが素っ気無く答えようとした瞬間に、ブラックウォーグレイモンXが握っていたオメガブレードが急に揺れ動き、ブラックウォーグレイモンXの手から逃れようとし始めた。

 それを目にしたブラックウォーグレイモンXは、内心でやはりと思った。

 ブラックウォーグレイモンXの力は闇の力に分類される。そしてオメガブレードの力は光に分類される力。相反する力を持つブラックウォーグレイモンXから、オメガブレードは逃れようとしているのだ。

 その事は既にオメガブレードについての知識を持っているブラックウォーグレイモンXは予測していたが、最後の作業の為にはオメガブレードの力がブラックウォーグレイモンXには必要だった。

 本来ならばネット世界でオメガモン達よりも前にディアボロモンの下に辿り着き、ディアボロモンが存在していた空間そのものを遮断し、ブラックウォーグレイモンXが全てのクラモン達とディアボロモンを倒し、回収したデータを持ってオファニモン達の下に戻る予定だった。だが、ブラックウォーグレイモンXの知識を越える予想外が多発し過ぎた為に、オメガブレードを使う以外にクラモン達をデジタマに戻す事が出来ない状況になってしまったのだ。だからこそ、ブラックウォーグレイモンXは何が何でも一度だけでも、オメガブレードを使用しなければいけないのだ。

 

「貴様からすれば俺は認められん存在だろう。だが、嫌でも従って貰うぞ!!オォォォォォォーーーーー!!!」

 

ーーービリビリビリビリビリッ!!

 

「ッ!!止めるんだ!!ブラックウォーグレイモン!!そのままじゃ、お前もオメガブレードも吹き飛ぶぞ!!」

 

 力が反発し合って電撃が舞い散り始めたブラックウォーグレイモンXとオメガブレードを目撃したインペリアルドラモン・パラディンモードは、無理やりにでもブラックウォーグレイモンXとオメガブレードを引き離そうと叫びながら飛び掛かった。

 しかし、ブラックウォーグレイモンXは力の反発によって発生している電撃に体が傷つきながらも、自由になる左手に小さな黒いエネルギー球を作り上げ、飛び掛かって来ているインペリアルドラモン・パラディンモードに投げつける。

 

「邪魔をするな!!」

 

ーーードオン!!

 

「グアッ!!」

 

 ブラックウォーグレイモンXが投げつけた黒いエネルギー球を胸に食らったインペリアルドラモン・パラディンモードは僅かに苦痛の声を上げ、胸元を手で押さえながらブラックウォーグレイモンXを見つめる。

 その間にもブラックウォーグレイモンXは、オメガブレードが発する電撃によって、体が傷ついて行くが、構わずに強い決意が篭った叫びを放つ。

 

「これは俺の役目だ!!本来のオメガブレードの持ち主である貴様にも邪魔はさせん!!オォォォォーーーーーーー!!!!」

 

ーーービリビリビリビリビリビリッ!!!

 

「グゥッ!!否定するか!俺を!!だが、貴様は俺に従え!!!」

 

ーーードゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!

 

『ブラックウォーグレイモン!!!』

 

 ブラックウォーグレイモンXが叫ぶと同時に力の反発が最大にまで高まったのか、ブラックウォーグレイモンXとオメガブレードは突如として発生した爆発に飲み込まれた。

 それを目撃したインペリアルドラモン・パラディンモード達は、驚愕に満ちた声でブラックウォーグレイモンXの名を叫び、誰もが心配さと不安に満ちた顔を爆発によって生じた煙を向けると、煙の中から黒い閃光が一閃され、煙を吹き散らす。

 そして煙が吹き散った後には、黒く塗り潰されたオメガブレードを右手に握ったブラックウォーグレイモンXが存在し、賢は信じられないと言う声を出す。

 

「・・・信じられない・・・相反する力を、意志力で捻じ伏せて従えた・・・・オメガブレードに宿る意思が、皆の力が・・・インペリアルドラモンだけではなく、ブラックウォーグレイモンに力を貸す事を認めたんだ」

 

「・・・アイツ・・・やっぱあのブラックウォーグレイモンだ・・・本当に生きていやがったんだ」

 

 オメガブレードを従えたブラックウォーグレイモンXの姿に、賢と大輔はそれぞれ声を上げながら、使い心地を確かめるようにオメガブレードを振り回しているブラックウォーグレイモンXを見つめる。

 そしてある程度試し終えたのか、ブラックウォーグレイモンXは自身の頭上に浮かんでいるパソコンに向かってオメガブレードを構え、目を伏せながら精神を集中させると、目を見開き、オメガブレードをパソコンに向かって突き出す。

 

「オメガブレーーーード!!!」

 

ーーードスゥゥゥゥーーーン!!

 

ーーーピカカァァァァァーーーーン!!

 

『ウワッ!!!』

 

 ブラックウォーグレイモンXがオメガブレードをパソコンに突き刺すと同時に凄まじい光が発生し、様子を見ていた誰もが思わず声を上げて目を瞑ってしまう。

 そして光が治まるのを確認すると、人々はゆっくりと目を開け、ブラックウォーグレイモンXを見てみると、左手に小さなデジタマを浮かばせている姿を目にする。

 それと同時にブラックウォーグレイモンXは右手に持っていたオメガブレードをインペリアルドラモン・パラディンモードに投げ渡し、インペリアルドラモン・パラディンモードが握った瞬間に、オメガブレードは再び白き輝き放つ長剣に戻る。

 

ーーーガシッ!!

 

「ソイツはやはりお前が持て。オメガモンが次の世代であるお前に託した物だからな」

 

「ブラックウォーグレイモン・・・・お前はやっぱり生きていたのか?」

 

「・・・・・・・・違うな・・・俺は確かに死んだ・・・・今此処にいられるのは、あるデジモンのおかげだ・・・それに時間が来たようだ」

 

「時間だって?如何言うッ!?」

 

 ブラックウォーグレイモンXの言葉の意味がよく分からなかったインペリアルドラモン・パラディンモードは、詳しく話を聞く為にブラックウォーグレイモンXの肩を掴もうとしたが、手はブラックウォーグレイモンXの肩をすり抜けた。

 その事実にインペリアルドラモン・パラディンモードだけではなく、様子を地上から窺っていたヒカリ達は目を見開くが、ブラックウォーグレイモンXはそうなる事を知っていたかのように薄れていく自身の体を冷めた目で見る。

 

「俺が再びこの世界にいられる時間は、クラモンのデジタマを手に入れる時までだった・・・・そしてクラモンのデジタマを手に入れた今、俺はもうこの世界から消える」

 

「そ、そんな!?待ってくれ!!一体誰なんだ!?お前をこの世界に再び現したデジモンって言うのは!?」

 

「安心しろ・・・・奴はチンロンモンと同じぐらいに信用も信頼も出来るデジモンだ・・・クラモンのデジタマは絶対に悪用はしないだろう・・・・奴が俺にクラモンのデジタマを回収してくれと頼んだのだからな・・・・それよりもインペリアルドラモン・・・お前はアグモンとガブモンからこの世界の人間達の想いを受け継いだ・・・だからこそ、俺はお前にこの言葉を送る」

 

「何だ!?」

 

「この世界の事を頼んだ。この世界にはこの後も、多くの危機が訪れるかもしれない。俺はもうこの世界には戻れない。この後の危機はお前達が自分達の力で解決しろ・・・それじゃ…」

 

『ブラックウォーグレイモン!!』

 

「ッ!!」

 

 聞こえて来た二つの声にブラックウォーグレイモンXは自身の体が半分以上消えながらも、声の聞こえて来た方に目を向け、涙を目に浮かべたヒカリとアグモンの姿を目にする。

 

「待って!?まだ、話したい事が!?“あの時”のお礼を言いたいの!?」

 

「もう少しだけこの世界に居てよ!!お願いだよ!?」

 

 自らに向かって想いの篭もった叫びを上げるヒカリとアグモンにブラックウォーグレイモンXは僅かに胸に痛みを覚えるが、すぐにそれを振り払い、体が消え掛けながらもインペリアルドラモン・パラディンモードやヒカリ達に背を向ける。

 

「・・・・また、何時の日か会おう、俺の親友達」

 

ーーーシュウゥゥゥゥゥーーーーー!!!

 

 ブラックウォーグレイモンXが言葉を告げ終えると共に、その体は光の粒子へと変わり天に昇って行った。

 その姿にブラックウォーグレイモンXが世界から再び消えた事をヒカリとアグモン達は知るが、何故か前のような悲しみは湧き上がって来なかった。逆に何時かまた再会出来ると言う確信がヒカリ達の胸に宿るのだった。

 

 

 

 

 

 三大天使世界デジタルワールド。

 その地に存在している火の街に別世界の地球からクラモンのデジタマを回収したブラックとルインが訪れ、二人が必ず戻って来てくれる事を信じていたオファニモンにデジタマを渡していた。

 

「依頼の品だ」

 

「ありがとうございます。新たに生まれて来るこの子はきっと、大勢の幼年期デジモン達と歩み、多くの事を今度こそ知るでしょう」

 

「フン、だといいがな・・・もし新たに生まれて来たクラモンも同じ事を繰り返したら、今度こそ俺は奴を滅ぼす」

 

「安心して下さい。この子は私達が最も信頼しているデジモンに預けます。あの方々ならば絶対にクラモンを間違った方向には進ませないでしょう」

 

 そうオファニモンは優しげな笑みを口元に浮かべながら、クラモンのデジタマを優しく撫でる。

 オファニモンがクラモンの存在を知ったのは、チンロンモンの報告のおかげだった。何も知らずに究極体にまで成長してしまったクラモン。そして大勢の人々にクラモン自体のせいだったとは言え、嫌われてしまったクラモンを助けたいとオファニモンは思い、本来ならば緊急事態でも無い限り、禁じられている他のデジタルワールドの干渉を行なったのだ。

 その罰は何れ他世界のデジタルワールドのデジモン達から下されるかもしれなかったが、オファニモンはそれでもクラモンを放っては置けず、ブラックにクラモンのデジタマの回収を依頼したのだ。

 その事を知っているルインはオファニモンに何れ下される罰の事を思い、悲しげに顔を伏せてしまうが、ブラックだけは険しい顔をしながら気になっていた事をオファニモンに話す。

 

「ディアボロモンに干渉していた奴がいたぞ」

 

『えっ?』

 

「ネット空間の内部でインフェルモン達に囲まれた時に奴らが言っていた。何者かが奴に干渉し、戦いは遊びなどと教え込んだようだ。恐らく俺が知る歴史との違いの原因もそれだろう・・・・そしてディアボロモンに干渉した奴は相当に頭がキレる。それこそ、『倉田』の奴並みか、それ以上にな」

 

「まさか・・・・・それが事実だとすれば、精神は子供とは言え、究極体であるディアロボモンに干渉出来た者が居ると言う事ですか?」

 

「間違い無いだろうな・・・だが、あの世界での主だった世界を滅ぼそうと考えていたデジモンは殆ど居なくなった筈だ。残っているデジモンでは、現実世界で、更に言えば究極体のディアボロモンに干渉出来るほどの力が居る奴が居るとは思えん。一番可能性が高い『デーモン』は封印されたらしいからな」

 

「・・・他の世界に平然と干渉し、尚且つ崩壊に追い込もうとする巨大な力と思想を持つ可能性があるデジモンは、現状では一体だけ考えられます・・・・既に覚醒している可能性が高いかも知れません・・『ルーチェモン』が」

 

 そうオファニモンはディアボロモンの操ったであろう可能性が在る巨大な悪意を持ったデジモン-『ルーチェモン』の名を、苦虫を噛み潰したような声で呟くのだった。

 

 

 

 

 

 アーマゲモンが暴れた別世界の地球と隣接しているデジタルワールド。

 その地に存在しているデジモン達が死んだ後に訪れる場所である『はじまりの町』

 多くの幼年期デジモンやデジタマが在る場所で、悠然と十二枚の純白の翼を生やし、四つの『ホーリーリング』を身に付けた子供の天使-『ルーチェモン』は楽しげに笑みを浮かべていた。

 

ルーチェモン、世代/成長期、属性/ワクチン種、種族/天使型、必殺技/グランドクロス

遥か古代のデジタルワールドに降臨した天使型デジモン。デジタルワールドに秩序と平和をもたらしたデジモンだが、そのすぐ後にデジタルワールドで反乱を行い、永き暗黒の時代を作り上げた。成長期でありながら完全体クラス所か究極体さえも凌駕する力を持っている。必殺技は、惑星直列“グランドクロス”のように、10個の超光熱球を十字に放つ『グランドクロス』。その威力はセラフィモンの必殺技を凌駕し、またあらゆる災害が起きるとされている。

 

「計画通りだね。ディアボロモンが現実世界で暴れたから、こっちのデジタルワールドに居る『エージェント』連中はその対処で忙しくて、デジタルワールドにまで目が行っていない。フフフッ、僕の策どおりだよ」

 

 そうルーチェモンが楽しげに笑っていると、大きな風呂敷包みを背負った赤い服を着た女性と青い帽子に青いコートを着た片目しかない男性が、ルーチェモンに声を掛けて来る。

 

「ルーチェモン様!『デジタマ』の数は充分に回収しました!」

 

「ヘヘヘヘッ、序でに幼年期デジモンの方も結構な数を捕まえておきましたぜ」

 

「ご苦労だね・・・僕らの計画を実行するのには、『倉田』が集めたデジタマじゃ足りないから、もっと集めないといけないからね・・・それにしても全くディアボロモンも不甲斐ない。アレだけ僕が策を与えてあげたのに、全部潰されてデジタマに戻されるなんて、不甲斐なさ過ぎるね・・・・いや、それだけデジモンと人間の絆が脅威と言う事かな」

 

「俺達もソイツには苦労させられました」

 

「本当だよね・・・折角追いつめてもあいつらは互いがやばくなったら急に強くなるし・・・本当に苦労させられたよ」

 

「それにあの黒いデジモン・・・・アレも危険だ。僕らの計画の障害になるのは間違いない」

 

『ウッ!!』

 

 ルーチェモンの言葉に女性と男性は先ほどまでの余裕が消えて、顔を青ざめさせながら体が恐怖で震えていた。

 黒いデジモンこと、ブラックと二人の間には因縁が存在している。それこそブラックが女性と男性の生存を知ったら、即座に殺しに向かうほどの憎しみにまみれた因縁が。

 

(何だってアイツが生きてんだよ!?確かに死んだ筈なのに!?)

 

(何としてもあたしらが生きてる事だけは知られないようにしないとね。せっかくこうやって生き延びたんだから、何が何でも生き抜いてやるよ!!その為に『ルーチェモン』様に協力してるんだからね!!)

 

 そう男性と女性がそれぞれブラックに対して考え込んでいると、ゆっくりとルーチェモンは右手を振るって空間の歪みを発生させる。

 

ーーーブオン!!

 

「一先ずは帰るよ。これ以上この世界に居たら流石にばれるからね。次はまた別世界のデジタルワールドで『デジタマ』と・・・そして『七大魔王』を回収しに行くから」

 

『はい!!』

 

 ルーチェモンの指示に女性と男性は頷き、眠らせた幼年期デジモン達が入っている檻と、デジタマが大量に包まれている風呂敷を持ってルーチェモンが作り上げた空間の歪みの中に入って行く。

 それを確認したルーチェモンもゆっくりと自身が作り上げた空間の歪みの中に入り込み、最後に『はじまりの街』を見回す。

 

「フフフッ、何れこの世界も僕のモノにしてあげるよ。そして楽しみにしているよ、選ばれし子供たち。君達が頑張った全てを別世界の人間が踏み潰す瞬間を。どれだけ頑張っても、それを蔑ろにするのは、同じ人間なんだからね。精々頑張っておくんだね・・フフッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」

 

 ルーチェモンはそう残忍さと冷酷さに満ちた笑い声を上げながら、空間の歪みは徐々に小さくなり、その姿は消え去った。

 

 ディアボロモンと言う地球を滅ぼす危機は確かに去った。

 だが、それは更なる闇の呼び声に過ぎなかった。

 本格的に時が動き出すのは九年後。その時に再びヒカリ達は漆黒の竜人と出会う。

 しかし、それは喜びの再会ではなく、全てのデジタルワールドと多くの世界を巻き込む激戦への参戦だった。



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極寒の敵と二年ぶりの再会

今回も更新が遅れてすいませんでした。

流れ自体は変わっていませんが、戦闘の様子は大きく変わっています。


 『時空管理局本局襲撃事件』から二年の歳月が流れ、時は新暦67年。

 その間に様々な出来事が起きていた。名誉職で殆ど管理局内で権力を振るわなかった『伝説の三提督』と称されるミゼット、ラルゴ、レオーネの三人が襲撃の件の後に管理局内で起きていた不祥事に関する事項に対して動き出した。

 不正を行なっていた者が高官だったり、その部下だったりした為に監査部でもそう簡単に手が出せない相手だったが、ミゼット達と言う強力な後ろ盾の出現によってこれまで手が出せなかった相手にも手を出せるようになった。次々と汚職や不祥事を行なっていた局員達は、例え強力な魔導師だとしても見逃される事無く処罰を受けて行った。

 これによって二年前は互角ぐらいの大きさだった最高評議会派と三提督派の派閥の力は大きく変わり、最高評議会派の力は二年と言う月日でかなり減退してしまった。無論、彼らも強力な魔導師が減る事は管理局の戦力の低下に繋がると進言して三提督派の勢いを抑えようとしているのだが、そもそも自分達が決めた法を自ら破っていると言う点が大きく、進言した相手も裏が在る事が調べ上げられて粛清されて行った。

 また、地上の方も二年の間に変化が生まれていた。以前は優秀な魔導師の殆どが本局へと取られていたが、地上の高官であるレジアス・ゲイズが『ブラックウォーグレイモンが地上に現れた時の対処の為に、地上の戦力も在る程度上げておかなければ不味い』と進言し、以前よりも優秀な魔導師が徐々に地上に増えて来ていた。

 ブラックウォーグレイモンと言う脅威は、二年前の本局襲撃の件で管理世界の殆どに知れ渡っている。

 本局襲撃の後は姿を見せなくなったが、それでもブラックウォーグレイモンの存在は次元世界で知らない者は殆どいない。当時少しでも本局襲撃の件での責任追及を弱めようとした高官達の発表が知れ渡っている事も原因であり、もしもミッドチルダに現れた時にどうすれば良いのかと言うレジアスの進言によって、本局は優秀な魔導師を自らの戦力に加える事が出来なくなった。

 もしも今の状況で第一管理世界であるミッドチルダを蔑ろにするような行動を行なえば、ただでさえ二年前の出来事で下落した管理局の信用と信頼が更に失墜する事態になる。故に二年前よりもミッドチルダの治安は徐々に良くなっている。

 

 その様に管理局内に変化がおき始めた中、ミゼットの指示で管理局が関わっている可能性が在る違法研究所を捜査していたクロノは、この二年の間に運用部から人事部に移動したレティ・ロウラン提督と執務室で話し合っていた。

 

「そう・・・・やっぱり、今調べている違法研究所にも管理局の高官からお金が流れていた可能性が高いのね?」

 

「はい・・・・正直、この二年間・・・・ミゼット統幕議長の指示で調べ続けましたが・・・自分が所属している組織がどれだけ自ら決めた法を破っていたのか、嫌と言うほどに見ましたよ」

 

「そうね・・・・そう言えばフェイトさんとアルフはどうなの? 一年前にフェイトさんは正式に管理局に入局して、貴方の補佐を行なっているのでしょう?」

 

「フェイトは近々執務官試験を受けるようです。正直僕だけでは違法研究所の捜査の手が足らないので、フェイトが執務官になれば助かります」

 

「はやてさんの方もシグナムさん達の件が在るから入局したけど、彼女の方はミゼット統幕議長が直々に管理局内部を教えているから安心は出来るわ。かなり厳しく教えているみたいだしね・・・ユーノ君も無限書庫の司書になってバックアップしてくれるし・・・・問題は…」

 

「・・・・・・なのはの事ですね?」

 

 フェイト、はやて、ユーノの三人と違って唯一管理局に入局していないなのはの事を思い、クロノとレティは顔を暗くする。

 二年前の件を知りながら管理局に入局していないなのはは、嘱託魔導師として管理局に関わっている。その点に関しては予定通りの事なのでレティとクロノには問題はなかった。だが、此処最近なのはに管理局員にならないかとレティ達の目を盗んで勧誘を行なっている幹部が出て来ている。粛清が進むに連れて本局に居る魔導師の数が減って来ているので、少しでも優秀な魔導師が欲しいのが管理局の実情。故に嘱託魔導師として活動し、AAAランクのなのはは是が日にでも局員になって欲しい幹部は多い。

 最も二年前に管理局の裏を知り、家族とも話し合って管理局に入る事を止めたなのはは拒否している。 レティ達も士郎達との約束が在るので、なのはの局員入りは止めて貰うように幹部に進言しているが、それも限界が近づいて来ていた。

 

「一応勧誘している幹部も表面上は納得してくれたように見えたけれど、隙あらばなのはさんの勧誘をまた行ないそうよ。実際局員の逮捕で人材が減って来ているのは事実だから」

 

「今のところは例の法律の件を持ち出して来ていませんけど・・・・・・アレを主張して来たら…」

 

「・・・まだ、法の改正にまでは手を伸ばせないのが現状・・・あの法が在るから今回勧誘を行なった幹部も納得したところでしょうね。その気になれば何時でもなのはさんを管理世界に連れ去る事は出来るのだから」

 

「はい・・・それでなのはは、今何を?」

 

「今日は簡単な調査で、とある世界の無人の遺跡をヴィータさんと数名の武装局員達と一緒に調べに向かっているわ。事前の調査資料でも怪しい点は見られなかったら大丈夫な筈よ」

 

「そうですか」

 

 クロノはそう呟きながら、嘱託魔導師としての仕事をこなしているであろうなのはの事を思うのだった。

 

 

 

 

 

 なのはの両親が営んでいる『喫茶翠屋』。

 時間帯的に珍しく人の数は少なく、なのはの両親で在る桃子と士郎は珍しいこともあるなと思いながら自らの仕事を行ないながら話す。

 

「・・・・そう言えば、今日はなのはが他の世界に調査に行くって言っていた日だったな?」

 

「えぇ、そうよ、貴方。レティさんからも話を聞いたし、貴方宛に調査に行く場所の資料を見せて貰って納得していたでしょう? 急にどうしたの?」

 

「いや・・・・・どうにも嫌な予感を感じてね」

 

「嫌な予感って? まさか? なのはに何か起きるかも知れないって事なの!?」

 

 思わず心配になった桃子は、士郎に詰め寄って質問した。

 その様子に士郎は己の言葉は迂闊だったと思いながら、安心させるように桃子の肩に手を置く。

 

「あくまで予感だよ、桃子。俺の取り越し愚弄かもしれない。ヴィータちゃんも一緒らしいから大丈夫さ」

 

「そうだと良いけれど・・・・・何か私も嫌な予感がして来たわ・・・・・(まるで士郎さんが大怪我を負った時のような予感が・・・・気のせいであって欲しいけれど)」

 

 一先ず落ち着きを取り戻した桃子は、自分も感じ始めた嫌な予感が気のせいで在る事を願いながら仕事へと戻って行く。士郎も自らの感じる予感が外れてくれる事を願いながら、桃子と同じように仕事へと戻って行った。だが、そんな二人に待っていたのは、吉報では無かったのだった。

 

 

 

 

 

 時空管理局本局の一室。

 その場所には管理局の制服を着たフェイト、アルフ、はやて、そしてユーノがなのはに関して話っていた。本来ならばシグナム、ザフィーラ、シャマル、リインフォースも集まって話し合いたかったのだが、残念ながら管理局の仕事の関係で集まることは出来なかったのだ。

 

「今日はなのはちゃんはヴィータを含めた数名の武装局員の人達と一緒に、遺跡の調査任務に出ているそうや。もちろん、武装局員の人達はミゼット御婆ちゃんの配慮で信頼がおける人達で構成されとるよ」

 

「そう・・・・・だったら安心だね」

 

「まぁ、簡単な調査任務なんだし、そんなに心配する事はないとあたしは思うよ。調査の資料にはユーノも協力したんだったよね?」

 

「うん。実際今までも何度か歴史研究者の人達が調べている遺跡だし、今回の調査だって遺跡を荒らしている者が居ないか調べるだけだからすぐに終わると思うよ」

 

「荒らしって? そう言えば此処最近立ち入り禁止の遺跡に何かが住みついているかもしれないって、報告が良く上がっているらしいわ」

 

「そうなの? はやて」

 

「そや・・・・何でも入るのが禁止されとる筈なのに、真新しい獣の骨や果物の皮なんかが落ちてたりしてるやて。でも、調べても何も出て来ないらしいんや」

 

「今回のなのはとヴィータが参加している調査任務もその類でね。もしかしたら盗掘者が許可なく遺跡に入り込んでいるかもしれないから、管理局が調べることになったんだよ」

 

 なのはとヴィータが参加している任務の内容をユーノは説明し、納得したようにはやて、フェイト、アルフは頷く。

 

「まぁ、盗掘者って言っても武装局員に加えてヴィータになのはまで居るんだから、出会っても盗掘者が勝てるわけないだろうし、すぐに二人とも帰って来るだろうね」

 

「そうだよね。アルフの言うとおり、なのはだけじゃなくてヴィータと局員の人達も居るんだから」

 

「無用な心配やろうね」

 

 アルフの言葉にフェイト、はやてはそれぞれ苦笑を浮かべながら答えた。

 実際のところ、局員として働いていなくてもなのはは魔法の鍛錬は怠らなかっただけではなく、士郎と桃子に体調も管理されているので万全の調子で調査任務に赴いている。其処にヴィータも共に居るのだから、余程の事が無い限り二人の安全は保障されている。

 だが、フェイト、はやて、ユーノ、アルフはこの時忘れていた。既に自分達が常識を外れた存在と出会っていた事を。そして其れが既に管理世界中に存在している事など、四人は夢にも思っていなかったのだった。

 

 

 

 

 

 次元世界でのブラックウォーグレイモンことブラック達の拠点アルハザード。

 ブラック、ルイン、リンディはデジタルワールドからアルハザードに戻って来ていた。この二年間、ブラック達はオファニモンの許可の下、第二のデジタルワールドで旅を続け、デジモンの弱点や生態について調べ続けていたのだ。ブラックはともかく、ルインとリンディはデジモンについては僅かにしか知らないので、知識を補うと言う目的も在ったが、実際の所はブラックの欲望を満たす為の方が強かった。

 そして指示が来るまでデジタルワールドを探索していたある日の事、漸くイガモン達から倉田に繋がる可能性が在る情報が届き、オファニモンの指示に従ってアルハザードへと帰還したのだ。

 

「むう~、やっぱり、ブラック様の姿が在りません・・・・まさか、もう外に行ってしまったのじゃないでしょうね?」

 

 アルハザードの通路の中を姿が見えないブラックを捜し歩いていたルインは、不機嫌そうな声を出して呟いていた。

 何せこの二年間でよく分かった事だが、ブラックはとにかく戦闘を心の底から楽しむ為に、デジタルワールドに居た時も強いデジモンを発見したら、ルインとリンディを放って戦いに向かっていった。最初はルインとリンディも止めたのだが、何度言ってもブラックは止めない上に、途中からはリンディも戦闘を楽しむ様に成ってしまった為に、止められるものがいなくなってしまったのだ。

 そんな風にルインがブラックを探して通路を歩いていると、通路の奥から狼のような毛皮を被った生物が歩いて来る。

 

「アレ? ルインさん、どうかしたんですか?」

 

「あっ! ガブモンちゃん、ブラック様を見ませんでした?」

 

ガブモン、世代/成長期、属性/データ種、分類/爬虫類型、必殺技/プチファイヤー

毛皮を被っているが、れっきとした爬虫類型デジモン。とても臆病で恥ずかしがりやな性格でいつもガルルモンが残していったデータをかき集めて毛皮状にしてかぶっている。一年ほど前に、ブラック達がデジタルワールドを旅している時に出会ったデジモン。ブラックの絶大な力を見て憧れを抱き、以降ずっとブラック達と一緒に旅をしている。尚、進化してガルルモンに成る事が可能なので、ルインとリンディは良く背中に乗って移動していた。必殺技の『プチファイヤー』は小さな青色の火炎弾を放つ技だ。

 

「え? ブラックさんなら、フリートさんがイガモン達から送られて来た情報を確認するまで暇だから外に出るって言っていましたよ?」

 

「はあ~、やっぱりですか。全く何時も勝手に動くんですから」

 

「そうですね。でも、ルインさんとリンディさんの話は少しは聞いてくれるじゃないですか。僕は無理ですけど」

 

「そうなんですけど、少しは落ち着いて・・・・・・と言っても無理ですね」

 

 ルインはブラックに少しは落ち着いて貰いたいと思ったが、絶対にそれは不可能だと気が付き落ち込み、ガブモンはその様子に汗を流し始める。

 ガブモンもブラックが聞いて止まってくれるような性格では無い事を良く知っているので、落ち込んでいるルインに気休めの慰めは出来ずに、少しでも話題を変えようと声を出す。

 

「アッ! そう言えば、さっきリンディさんも外に出て行きました。勝手に出て行ったブラックさんを連れ戻して来るそうですから、待っていても大丈夫ですよ」

 

「何ですって!? ブラック様を追い駆けてリンディさんが!?」

 

「い、いや・・・・ブラックさんの事だから、呼び出してもすぐに戻って来ない可能性が高いから、すぐに連れ戻せるようにらしいですよ。丁度ルインさんはフリートさんの検査を受けていたじゃないですか? だから変わりにリンディさんが向かったんだと思いますよ?」

 

「クゥッ!! そう言う事ですか!? すぐに私も後を追います!! ガブモンちゃんはフリートに状況を伝えておいて下さい!!」

 

 ルインはそうガブモンに向かって叫ぶと共に転送室に向かって駆け出して行った。

 ガブモンはそのルインの背を呆然と見つめるが、すぐにルインの指示に従ってフリートが居る研究室に向かい出すのだった。

 

 

 

 

 

 とある雪が降り積もる世界。

 遺跡が存在する白い雪が降り積もった場所。その場所に簡単な調査に赴いたなのはとヴィータは自分達の前に居る二体の生物-体が青い石の様な物で構成された生物と、白い体に悪魔の様な翼を持った生物-と戦いに苦戦を強いられていた。

 本来ならば武装局員達との簡単な調査で終わる筈の任務だったが、赴いた遺跡に何時の間にか住み着いていた“三体”の生物の奇襲を受けて武装局員達は戦闘不能になり、なのはとヴィータは戦闘不能になった武装局員達の安全を確保する為に奮闘していた。

 

「・・・・貴方達は一体?」

 

「ふむ、人間にしてはやるようだな。そう思わないか、アイスモン?」

 

「あぁ、そうだな、アイスデビモン。奇襲を仕掛けて他の連中を倒したのは正解だったみたいだぜ」

 

アイスモン、世代/成熟期、属性/データ種、種族/氷雪型、必殺技/アイスボールボム

全身が氷に包まれたゴツモン系の氷雪型デジモン。ゴツモンから進化したのか、はたまた変種なのか謎に包まれている。必殺技は、強力な冷気が篭もった氷の爆弾を投げつける『アイスボールボム』だ。

 

アイスデビモン、世代/成熟期、属性/ウィルス種、種族/堕天使型、必殺技/フロストクロー

氷のように冷たい心を持つ堕天使型デジモン。デビモンの中でも特に残忍な心を持つデビモンが進化した姿といわれている。話術で敵を騙すのが得意で、近寄って来た相手を氷の羽で包み込み氷付けにさせる。必殺技は、両手の爪で相手の体を突き刺す『フロストクロー』だ。その他にも氷関係の技を持っているぞ。

 

 二体の生物-『アイスデビモン』と『アイスモン』は、僅かに感心した様子を見せながら自分達に対して油断無く構えているなのはとヴィータを眺めながら会話をする。

 ヴィータは自らのデバイスであるグラーフアイゼンを構えながら、目の前で会話しているアイスデビモンとアイスモンに向かって叫ぶ。

 

「テメエら何者だ!? 何でこの遺跡に居やがった!?」

 

「フゥ~・・・それは此方のセリフだ。私達は此処が気に入ったから住んでいたと言うように、今更“連れ戻そうとやって来る”とは」

 

「そうだ!! 俺達がこの世界で生きる為にどれだけ苦労したと思ってやがる!?」

 

「なっ!? ど、どう言う事だよ!?」

 

 アイスデビモンとアイスモンの発言に身に覚えが無いヴィータは疑問に満ちた声で質問した。

 その声にアイスデビモンとアイスモンは怒りに満ちた視線をヴィータに向け、アイスデビモンは鋭い爪が生えている人差し指でヴィータを指差しながら叫ぶ。

 

「とぼけるな!!! お前達と一緒に居た連中が着ていた服! アレは間違いなく一年前に私達を放逐した奴らが着ていたモノと同じだ!」

 

「故郷から俺達を連れ去って、こんな場所に放逐しやがったくせに!! この上、漸く手に入れた俺達の住処まで荒らそうとしやがった!! もう勘弁出来ないぜ!!」

 

「ま、待てよ!? ど、どう言う事だ!? “お前らを放逐した”!? だったら、お前達が此処にいるのは管理局の誰かが連れて来たのかよ!?」

 

 アイスデビモンとアイスモンの叫びに、ヴィータは訳が分からないと言うように叫んだ。

 その様子にアイスデビモンとアイスモンは訝しげな表情を浮かべる。彼らが今の世界に居るのは、一年ほど前にヴィータとなのはと共に居た武装局員達が着ていたバリアジャケットと同じ装備をしていた管理局の者がこの世界に放逐したからだ。

 まだ、幼年期デジモンだった自分達を故郷から連れ去り、挙げ句の果てにはこの世界に連れて来るとともに自分達だけ去って行った。苦労しながらも進化を果たして三体で生き延び、安全な住処も手に入れた。その住処を荒らすように自分達を連れて来た者達と同じバリアジャケットを纏い、最初に名乗る時に『管理局』ともヴィータ達は告げて来た。にも関わらずに、自分達の事を知らないと叫ぶヴィータに対して怒りを覚えながらもアイスデビモンは質問する。

 

「貴様らは『管理局』と言う組織の人間であろう?」

 

「そうだ! お前らを此処に連れて来たのは、本当に管理局の人間なのか!?」

 

「その通りだ・・・・どうやら貴様は本当に知らないようだな・・・だが、私達の住処を荒らしてくれた事は赦せん!!」

 

「どっちにしたって! お前らが俺らの敵だって事には変わりねぇぜ!!」

 

「その通りだ」

 

『ッ!!』

 

 アイスデビモンとアイスモンの叫びに続くように二体の背後から新たな声が響いた。

 なのはとヴィータは警戒心を強めながら、一番最初に自分達に奇襲を仕掛けて武装局員達を戦闘不能に一撃で追い込んだ相手-腕を組みながら透き通るような青い炎で全身を覆い、赤い目をした人型の火炎型デジモン-『ブルーメラモン』を見つめる。

 

ブルーメラモン、世代/完全体、属性/データ、ウィルス種、種族/火炎型、必殺技/アイスファントム

超高温で全身が透き通るような青い炎で燃えている火炎型デジモン。とても荒々しい性格で、触れるもの全てを焼き尽くすため、手なづけるのは不可能に近い。寒い地域でも全然平気だ。赤く燃える目はブルーメラモンの熱い性格を表している。必殺技の『アイスファントム』は、冷たい炎のつまった不気味な黒い球体を敵に撃ちこみ、相手の心と体を凍りつかせる技だ。その他にも己の炎を利用した様々な技を所持しているぞ。

 

「貴様らが俺達の事を知らずとも、貴様らは俺達の縄張りに手を出した。俺達の住処に手を出したのが運の尽きだったな」

 

「く、くそ・・・・・(コイツ・・・幾ら奇襲だからって言ったって・・・・ミゼット婆ちゃん達が選んでくれた局員達だぞ。そいつらを一撃で・・・・間違いなくこいつら強い!)

 

 戦いが始まってしまった当初の予定では明らかにリーダーだと分かるブルーメラモンは何故か静観し、残りのアイスデビモンとアイスモンがヴィータとなのはと戦った。

 一番強いと思われるブルーメラモンが動かない間にヴィータとなのはは、アイスデビモンとアイスモンを戦闘不能に追い込むつもりだった。だが、ヴィータ達の予想以上にアイスデビモンとアイスモンの実力は高く、AAAランクオーバーのヴィータでも簡単に倒す事が出来なかった。

 本来ならばアイスデビモンとアイスモンの実力ではヴィータとなのはには勝てない。だが、ヴィータは知らない事だが目の前に居るアイスデビモンとアイスモン、そしてブルーメラモンは『デジモン』と言う種族。

 デジモンは自らの属性と居る場所の属性が合えば、その力を『倍増』させると言う特性を持っている。雪が降り注ぎ、辺り一面が白銀の世界となっている場所はアイスデビモン、アイスモン、ブルーメラモンの力を通常時よりも引き上げていた。その上、ヴィータ達は『非殺傷設定』で目の前の相手と戦ってしまったので決定的なダメージが与えられなかったのも大きい。そしてヴィータとなのはが不利になっている最大の要因は、地面に倒れ伏している武装局員達の存在だった。気絶している為にアイスデビモン達が攻撃を仕掛けてくれば身を護れない。その事も踏まえてなのはとヴィータは得意な空中戦でなく、地上で二人は戦うしかなかった

 だが、フィールドの力でパワーアップしているアイスデビモンとアイスモンの実力はヴィータとなのはと同等かそれ以上。ブルーメラモンに至っては失敗すれば万全な状態でも地上では勝てる可能性は低い。

 気絶している武装局員達を護りながらでは、幾ら魔導師として優秀であるヴィータとなのはでも勝てる可能性は低かった。

 

(クッ!! まだなのかよ! 何時まで掛かってやがるんだ!!)

 

 未だに自身となのはが待ち望んでいる変化が、地面に倒れ伏して気絶している武装局員達に起きない事を横目で確認したヴィータは、思わず内心で悪態をついた。

 そのヴィータの目線から何かを感じ取ったブルーメラモンは、組んでいた両手を解きながら自分の前に立っているアイスデビモンとアイスモンに向かって指示を出す。

 

「アイスデビモン! アイスモン! 奴らは何かを企んでいる!! 先ずは気絶している連中から片付けろ!!」

 

「了解した!!」

 

「あいよ!!」

 

 ブルーメラモンの指示にアイスデビモンとアイスモンは即座に反応し、アイスデビモンは長い右手を気絶している武装局員達に向かって構え、アイスモンは両手に強烈な冷気が篭もった氷の塊を作り上げる。

 

「終わりだ!! アイス…」

 

「させない! アクセルシューターーー!! シュート!!」

 

 アイスデビモンが攻撃を放つ前になのはが反応し、レイジングハートを構えると共に二十個近くの桜色の魔力弾-『アクセルシューター』-を撃ち出した。

 しかし、高速で接近して来るアクセルシューターにアイスデビモンは慌てた様子を見せず、逆に口元を笑みで歪めると共に左手から無数の針のような氷の矢を撃ち出す。

 

「ニードル!!」

 

ーーードドドドドドドドゴォン!!

 

「やべぇ! なのは! 飛びあがれ!!」

 

 アクセルシューターがアイスニードルで迎撃されるのを目にしたヴィータは、一連の流れがアイスデビモン達の罠だった事を悟り、なのはに向かって叫んだ。

 ヴィータの叫びになのはは即座に反応し、自身の両足に発生させていた二対の桜色の翼-『アクセルフィン』-を羽ばたかせると共に空へと舞い上がった。ヴィータもなのはに続いて飛び上がると共に、直前まで二人が居た場所に二つの氷の塊が直撃する。

 

Accel(アクセル) Fin(フィン)!》

 

「アイスボーールボム!!」

 

ーーードゴォォォン!!

 

「ありがとう、ヴィータちゃん」

 

 直前まで自分達が居た場所から広がる強烈な冷気を目にしたなのはは、横を飛んでいるヴィータに向かって礼を告げた。

 しかし、ヴィータはなのはの礼に答えている暇は無いと言うように、左手の指の間に四つの小さな鉄球を出現させてブルーメラモン達に向かって構える。

 

「油断するなよ、なのは! こいつらつえぇぞ! (先ずは空を飛べる白い翼を生やした奴から倒す! これ以上待ってたら、あたしらの方がやばいからな!)」

 

「う、うん! (分かったよ!)」

 

 言葉と共に届いて来たヴィータの念話になのはは頷いた。

 その様子にヴィータは口元に笑みを浮かべてハンマーフォルムのグラーフアイゼンを構えると共に、左手の指の間に構えていた鉄球に魔力を込めて手放し、グラーフアイゼンのハンマーヘッドを鉄球に叩きつける。

 

「行くぞ!! アイゼン!!」

 

Schwalbefliegen(シュワルベフリーゲン)

 

「フッ!!」

 

ーーードォン!!

 

 グラーフアイゼンの電子音声と共にヴィータは何時の間にか左手の指の間に出現していた四つの小さな鉄球をアイスデビモン、アイスモン、ブルーメラモンに向かって撃ち出した。

 真紅の魔力光に包まれた四つの鉄球はそれぞれ軌道を空中に書きながら、二つがアイスデビモンに向かって、残る二つはブルーメラモン、アイスモンに向かって高速で迫る。自分達にとって未知の攻撃に対してブルーメラモンは、即座にアイスデビモンとアイスモンに指示を出す。

 

「どんな効果があるか分からん!! 迎撃か回避しろ!」

 

『了解!!』

 

 ブルーメラモンの指示にアイスデビモンとアイスモンは即座に返事を返した。

 アイスデビモンは自らに向かって接近して来る二つの鉄球に対して両手を構え、今度は両手からアイスニードルを撃ち出す。

 

「消え去れ!! アイスニードル!!」

 

 放たれたアイスニードルは真っ直ぐに真紅の魔力光に覆われた鉄球に迫る。

 だが、アイスニードルと鉄球が直撃する瞬間、鉄球はまるで自らが意思を持っているかのように動き、アイスニードルを回避する。

 

ーーーシュン!!

 

「何ッ!? クッ!!」

 

 思わぬ鉄球の動きに驚きながらもアイスデビモンは、背中の翼を羽ばたかせて空へと飛び上がる事で鉄球を躱した。

 だが、躱したはずの鉄球が先ほどのアイスニードルの時同様に自らの意思を持っているかのように動き、アイスデビモンを追跡して行く。その様子を目撃したブルーメラモンは自らに迫って来る鉄球を回避しながらも、鉄球に込められている力を見極めた。

 

(誘導系の攻撃か!? しかも複数同時で! ならば、このまま回避し続けるのは無意味だ。迎撃するしかない!)

 

 鉄球の効果が分かったブルーメラモンは即座に判断を決めて、その通りに動こうとする。

 しかし、動き出す直前にブルーメラモンの視界の中で倒れ伏していた武装局員達が光に包まれながら消え去るのを目にし、思わず足が止まってしまう。

 

ーーーシュゥン!

 

「何だと!? 一体何が起き…」

 

ーーードォン!

 

「グゥッ!」

 

「ブルーメラモン!!」

 

 突然に消えた武装局員達の姿に、思わず動きが止まってしまったブルーメラモンの胴体に鉄球が直撃した。

 アイスモンはブルーメラモンを心配して叫ぶが、その隙をついてアイスモンの背中に鉄球が直撃する。

 

ーーードォン!

 

「ウォッ!」

 

 威力よりも直撃した時の衝撃でアイスモンは前に向かって倒れた。

 その様子を空中で自らを追って来る鉄球を回避しながら見ていたアイスデビモンは、悔しげに顔を歪める。

 

「おのれ! 厄介な攻撃をしてくれる!」

 

「ヴィータちゃんの攻撃ばかり気にしていたら駄目だよ! アクセルシューターー! シューート!!」

 

「何ッ!?」

 

 鉄球だけではなく自らの周りを縦横無尽に飛び回る三十以上のアクセルシューターを目にしたアイスデビモンは、慌てて周りを見回して叫んだ。

 

「ま、まさか!? これら全てが誘導系の攻撃!? こ、これほどの数を同時に操作しているというのか!?」

 

「ヘッ! やっぱ驚くよな。あたしも最初は驚いたからよぉ」

 

 アイスデビモンの驚愕に、ヴィータは笑みを浮かべながら同意の言葉を呟いた。

 一番の問題だった武装局員達が転送によって回収された今、ヴィータとなのはを地上に縛り付けるものは無い。此処からは自分達の土俵の場である空中から攻撃が行なえるのだから。

 

「此処から反撃だ! アイゼン!! カートリッジロー…」

 

「ヴィータちゃん!! 避けてッ!」

 

「ッ!?」

 

 聞こえてきたなのはの悲鳴のような叫びにヴィータは考えるよりも体が先に動き、後方へと移動すると共に直前まで自分が居た場所を凄まじい勢いで氷の塊が通過するのを目撃する。

 慌てて地上に目を向けてみると、ダメージから回復したブルーメラモンがアイスモンから氷の塊を受け取っているのを捉える。

 

(結構高く飛んでいるのに、アイツにはあたしらの事が見えているのか!?)

 

 そのヴィータの疑問に答えるようにブルーメラモンは次々とアイスモンから受け取った氷の塊を全力で投擲し続け、なのはとヴィータへの攻撃だけではなく、アイスデビモンを取り囲んでいたアクセルシューターと鉄球も破壊されてしまう。

 しかも衝撃波が起きるほどに飛んで来る氷の塊は勢いが強く、僅かな回避では体勢が崩れてしまう。これが普通の石などならば、なのはとヴィータは防御魔法で防げるのだが、ブルーメラモンが投擲して来ているのはアイスモンの必殺技である『アイスボールボム』。防御魔法で防げば込められている冷気が破裂し、ダメージを受けてしまう。必然的になのはとヴィータの回避を取らざる終えなく、逆にアイスデビモンは自らの動きを封じていた包囲網が壊され、自由に動けるようになった。そのチャンスを逃さずにアイスデビモンは大きく回避したヴィータの隙をついて接近する。

 

「貰ったぞ! フロストクローー!!」

 

 このチャンスを逃さないと言うように、アイスデビモンは鋭く輝く両手の爪をヴィータに向かって突き出した。

 だが、ヴィータは迫るアイスデビモンの攻撃に慌てた様子を一切見せず、アイスデビモンが嫌な予感を感じた瞬間、アイスデビモンの四肢が桜色の輪-『レストリクトロック』-によって拘束されてしまう。

 

ーーーガキィィィィィン!!

 

「こ、これは・・・う、動けん!?」

 

 幾ら力を込めても壊れる様子を見せないレストリクトロックに体を拘束されたアイスデビモンは、何とか脱出しようと体を動かす。

 しかし、今度はヴィータが逃さないと言うようにグラーフアイゼンを構えて柄の部分から薬莢を排出してカートリッジロードする。

 

ーーーガッシャン!!

 

Explosion(エクスプロズィオーン)!》

 

「へっ! 今度はお前が罠に嵌ったな!」

 

「な、何だと!? ま、まさか!?」

 

「この距離じゃ流石に地上からの援護も出来ねぇ筈だ。あたしを狙ったらお前にも当たるからな!」

 

 事前にヴィータとなのはは地上からのブルーメラモンの攻撃を避けながら、念話で作戦を決めていた。

 大きく回避していけば、確実に自由になったアイスデビモンは追撃を行なって来る。其処をまだ戦いの中で見せていなかったバインド系の魔法であるレストリクトロックを使用して捕らえる。無論遠距離からの攻撃も考えられたが、確実性を持たせるならば接近戦を仕掛けて来るだろうとヴィータは考えて、なのはに指示を出したのだ。

 アイスデビモン達が魔導師の持つ力である声を出す事無く会話出来る念話と、動きを封じるバインド系の魔法を知らなかった事で成功する策。その策は見事成功し、アイスデビモンに反撃させる事も出来ずに攻撃出来るチャンスがヴィータに訪れた。

 ゆっくりとヴィータはグラーフアイゼンを構え、迷う事無くアイスデビモンの胴体に向かって振り下ろす。

 

「コイツを食らえ!! フランメ・シュラーークッ!!」

 

ーーードゴォン!!

 

ーーーゴオォォォォォッ!!

 

「ギャァァァァァァァァァァァァァァッ!! 火が! 炎が!? ガアァァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

 ヴィータが振り下ろしたグラーフアイゼンがアイスデビモンの胴体に直撃すると同時に、激しい炎がアイスデビモンの胴体から発生した。

 アイスデビモンはその衝撃でレストリクトロックの拘束から外れるが、自らの身が炎に焼かれるのにもがき苦しんで地上へと落下して行く。

 

「アイスデビモン!?」

 

「や、やばいぜ! ブルーメラモン!! アイスデビモンの体が焼かれてるぞ!」

 

「分かっている! 急いで助けるぞ!!」

 

 地上に向かって落下して来るアイスデビモンを目撃したブルーメラモンとアイスモンは互いに叫びを上げながら、急いでアイスデビモンが落下して来る地点へと走り出した。

 その様子を見ていたヴィータは、やはりアイスデビモン達にとって炎の攻撃は弱点なのだと理解して笑みを浮かべる。

 

(よし! やっぱり炎に弱い見てぇだな)

 

(そうみたいだけど・・・ヴィータちゃん、良く分かったね?)

 

(何となくだけどな。あいつら氷系の技しか使ってねぇだろ? あの炎みたいな奴はともかく、他の二体には効きそうだったから使ってみたけど、正解だったみてぇだ)

 

 ヴィータも先ほどの攻撃は実を言えば半信半疑な部分が在った。

 だが、守護騎士として戦い続けて来て鍛えられた自らの直感を信じて攻撃したのだ。結果はヴィータの予想以上の成果だった。明らかに炎だと分かるブルーメラモンはともかく、アイスモンにはアイスデビモンと同様にフランメ・シュラークは通じる可能性が高い。

 とは言っても同じ手段が通じる相手だともヴィータは思えず、その点も踏まえてなのはに次の指示を出す。

 

(良し! なのは! 炎みたいな奴の方はこっちで時間を稼ぐ! その間に石みたいな奴を倒してくれ!)

 

(でも、ヴィータちゃん? 大丈夫なの? あの三体の中で一番強そうな相手何だよ?)

 

(アァ、分かってる。だからあたしが相手をしている間に出来るだけ早く石みたいな奴を倒してくれ。そうすりゃあ、さっきみたいに空中での炎の奴の攻撃手段が無くなる。あんな回りくどい攻撃をして来たのは、多分炎みたいな奴には遠距離の攻撃が無いからの筈だ。だから先に石みたいな奴を倒しておいた方がいい)

 

(・・・・うん! 分かったよ! ヴィータちゃんも気をつけてね!)

 

 ヴィータの説明になのはは納得し、二人は地上に居るブルーメラモン達が居る場所へと降下して行く。

 その間に地上へと落下して来たアイスデビモンの下へと辿り着いたブルーメラモンとアイスモンは、全身を襲う激痛に苦しんでいるアイスデビモンを心配して駆け寄る。

 

「アイスデビモン! 大丈夫か!!」

 

「確りしろよ!! おい! アイスデビモン!」

 

「うぅ・・・・ブルー・・・メラモン・・・ア、アイス・・・・モン」

 

「何だ?」

 

「き、気を・・・・つけろ・・・・赤い小娘・・は・・・・炎の攻撃がで、出来る・・・・もう一人のこ、小娘は・・・う、動きを封じる技を・・・も、持って」

 

「・・・分かった・・今は休め。すぐに俺とアイスモンが連中を片付ける」

 

「・・・・た、頼む・・・・わ、我らの・・・安住の地を・・・」

 

 アイスデビモンは苦痛に苦しみながらも右手を上げ、ブルーメラモンとアイスモンは手を握った。

 すると、アイスデビモンは安心したかのように目を閉じて手から力が抜けた。ゆっくりとブルーメラモンはアイスデビモンを地面に横たえさせ、アイスモンと共に自分達に向かって来ているなのはとヴィータに決意が篭もった目を向ける。

 

「・・・アイスモン・・・お前は時間を稼げ。それだけで今は良い!」

 

「応よ!」

 

 アイスモンはブルーメラモンの指示に了承の意を示して前へと走り出す。

 それは自分達のリーダーであるブルーメラモンに持っている信頼している証。必ず指示を完遂して見せると誓いながらアイスモンはブルーメラモンから離れて行く。

 その動きを目撃したなのはは、ヴィータの指示に従ってアイスモンに向かってレイジングハートを構えてアクセルシューターを撃ち出す。

 

「逃がさないよ! アクセルシューターー! シューート!!」

 

 放たれたアクセルシューターは放物線をそれぞれ描きながら、高速でアイスモンに向かって迫って行く。

 それら一つ一つがアイスモンの速さを超えていた。三体の中で一番動きが遅いのはアイスモン。だからこそ、ヴィータはなのはにアイスモンを倒す指示を出したのだ。だが、なのはとヴィータの予測に反してアイスモンは突然前へと身を躍らせると同時に膝を丸め、両手を膝を抱えるようにしながら転がり出す。

 

「オォォォォォォォッ!!」

 

「嘘!?」

 

 自らの体を丸めて高速で回転しながら走り出したアイスモンの姿に、なのはは思わず驚愕の声を漏らした。

 これこそがアイスモンの自らの動きの遅さを回避する唯一の手段。自らの体を丸めて地面を走ると言う切り札だった。だが、この切り札には弱点が在る。移動中は必殺技の類が一切使用出来ず、また空に居る相手に攻撃も出来ない。ただ地上に居る相手に向かって転がるか、或いは逃げ回るしか手段が無くなってしまう切り札。だが、ブルーメラモンの指示を実行するには最良の手段であり、追い駆けるアクセルシューターとアイスモンの間に徐々に距離が出来て行く。

 それに気がついたなのはは慌ててアクセルシューターの制御に集中するが、アイスモンは構わずに必死に転がりながら辺りを逃げ回る。

 

 その間にブルーメラモンとヴィータの戦いも始まり、ブルーメラモンは拳と蹴りを放ち、ヴィータはグラーフアイゼンを振るって激突を繰り返して行く。

 

「オラァッ!」

 

「フッ!」

 

ーーードゴォン!

 

 ヴィータのグラーフアイゼンのハンマーヘッドとブルーメラモンの右拳が激突し、衝撃音が辺りに響いた。

 その音が鳴り響き終わる前にブルーメラモンは左拳や蹴りを放つが、ヴィータは自らの小柄な体を利用して最小限で回避し、大振りになったブルーメラモンの隙をついて反撃を行なう。だが、ヴィータは戦いながら違和感を感じていた。

 

(何だコイツ? てっきり炎に覆われているから熱いのかと思っていたのに・・・・全然熱くねぇ!?)

 

 当初ヴィータはブルーメラモンの体は高温の炎に覆われていると考えていた。

 だから最初の一撃はグラーフアイゼンの熔解も覚悟していたのだが、ヴィータの予想に反して普通に激突を繰り返せている。

 

「(コイツの体の温度はアイゼンを熔かせるほどじゃねぇってことなのか? なら今の内に少しでもダメージを与えてやる!) ・・・・・アイゼン!!」

 

ーーーガシャン!!

 

Explosion(エクスプロズィオーン)! Raketenform.(ラケーテンフォルム)ッ!》

 

 ヴィータの叫びに応じると共にグラーフアイゼンのハンマーヘッド部分の片方が推進剤噴射口に、その反対側がスパイクに変形した。

 同時に推進剤噴射口が噴き出し、ヴィータは己の体を回転させると共にブルーメラモンに向かって飛び掛かり、ラケーテンフォルムに変形したグラーフアイゼンのスパイク部分を振り抜く。

 

「ラケーテン!! ハンマーーーーー!!!」

 

「ヌゥン!!」

 

ーーードゴォォン!!

 

 ヴィータが振り抜いて来たラケーテンハンマーに対してブルーメラモンは、先ほどと同じように右拳を叩きつけた。

 今度はヴィータは己が信頼する一撃を放ったので先ほどと違いブルーメラモンにダメージを与えられると確信するが、ヴィータの予想に反してブルーメラモンは体勢を崩すどころか揺るぎさえもせずに口元に笑みを浮かべていた。

 

「掛かったな」

 

「なっ!? 何で通じ・・ッ!?」

 

 ラケーテンハンマーが正面から破られた事実にヴィータは、驚きながらグラーフアイゼンのハンマーヘッド部分に目を向け驚愕した。

 先ほどまでどれだけ激突させ合っても熔解しなかった筈のグラーフアイゼンが、スパイク部分からハンマーヘッドの中央付近まで熔解していたのだ。

 

「フフッ! 俺は自分の体の温度を自由に変える事が出来る。貴様の武器と激突させ合っても大丈夫なぐらいに温度を下げていたのだ。この瞬間の為にな!」

 

「クッ!」

 

 今度は自分が罠に掛かった事を理解したヴィータは、急いで空中へと身を躍らせる。

 ブルーメラモンはその動きを予測していたと言うように左手に不気味な黒い球体を作り出し、空中に居るヴィータに向かって撃ち出す。

 

「貰った! アイスファントムッ!!!」

 

「なっ!?」

 

 初めて見せたブルーメラモンの遠距離の攻撃をヴィータは避ける事が出来ず、その身にアイスファントムが直撃する。

 

ーーードゴォォン!!

 

「ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

「ヴィータちゃん!?」

 

 心身を凍て付かせるような極寒の冷気と食らった時の衝撃に、ヴィータは苦痛の叫びを上げた。

 それを目にしたなのはは慌てて地上へと落下して行くヴィータの下へと移動し、その身を受け止めて驚愕に目を見開く。何故ならばヴィータの体には全く体温が感じられず、死体を思わせるほどに冷え切って完全にヴィータの体は凍り付いていた。

 このままではヴィータの命が危ないとなのはは悟り、慌ててこの場から逃れようとするが、そうはさせないと言うようにブルーメラモンが再び左手からアイスファントムを放つ。

 

「逃さん! アイスファントム!!」

 

ーーードォン!!

 

「ッ!? プ、プロテク…」

 

 超高速で迫って来るアイスファントムを防ごうと、なのはは防御魔法を発動させようとする。

 しかし、発動が間に合わずアイスファントムがなのはと抱えているヴィータに激突した。だが、その直前、まるでなのはとヴィータを護るように壁のように二人の目の前の空間が歪み、アイスファントムは空間の歪みと激突してアイスファントムは在らぬ方向へと飛んで行く。

 

ーーーギュィン!!

 

「何ッ!?」

 

「えっ!?」

 

 目の前で起きた出来事にブルーメラモンとなのはは、それぞれ驚愕の声を漏らした。

 離れたところで見ていたアイスモンもブルーメラモンの攻撃が何者かに防がれた事実に目を見開いていると、自らの背後で誰かが雪を踏む足音が響く。

 

ーーージャリッ!

 

「悪いけれど、その二人は知り合いなの。出来れば見逃してくれると嬉しいわ」

 

「だ、誰だ!?」

 

 背後から聞こえて来た声にアイスモンは慌てて振り返り、アイスモンの叫びを聞いたブルーメラモンとなのはも顔を向ける。そしてなのはは自分とヴィータを助けてくれたと思わしき人物の姿に驚愕と困惑に目を見開く。

 その相手はゆっくりと雪に覆われた地面に足跡を付けながら歩いて来ていた。翡翠色の髪をポニーテールにして纏め、黒いゴスロリ服を着たなのはと同い年ぐらいに見える少女。二年前にブラック、ルインと共に管理世界から姿を消したリンディが、無表情にアイスモン、ブルーメラモンを睨んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 とある違法研究所。

 その場所の主である紫色の髪の男性は、自身の目の前のモニターに映っているアイスデビモン達と対峙しているリンディの姿を楽しげに眺めていた。

 

「これは予想外の事態だね。スポンサーからの依頼も兼ねて暇潰しで送った兵器から、こんな嬉しい映像が届くなんて・・・彼女が居ると言う事は、もしやあのデジモンも近くに居るのかも知れない。興味深いね・・・フフフッ」

 

「ドクター、不気味な笑い声は止めて下さい」

 

「・・・新たに改造を施してから最近、何故か私に対する君の言動や行動が事が冷たく感じるのだがね、ウーノ?」

 

 背後から容赦なく言葉を放って来たウーノに、ドクターと呼ばれた男性は僅かに暗い声を出しながら振り返った。

 しかし、言われたウーノは気にした様子も見せずに、モニターに映っている映像を眺めながら男性に話しかける

 

「そんな事よりも、早急に依頼を完遂するべきです。新しいスポンサーからの依頼・・・『ドクターが作製した機動兵器が魔導師に対して有効かどうかの実戦テスト』の為に兵器まで送ったのですから」

 

「そうだね、ウーノ・・・だが、兵器を使用するのは少し後回しだ。二年ぶりに姿を見せた彼女の実力も気になるからね・・・しかし、スポンサーも人が悪いとしか言えないね。態々デジモンが住んでいる遺跡の調査任務を簡単な調査任務と偽って彼女達を誘き出したのだから・・・ばれれば自分にも危険が及ぶと言うのに」

 

「それだけスポンサーも追い込まれていると言う事でしょう・・・・なりふり構わずに三提督側の権威を貶め始めたと言うことでしょうね。愚かとしか言えませんが」

 

「同感だね・・・だからこそ、私達が好きに暗躍出来ると言うのも在る者さ・・・さて、ゆっくりと見学しようではないか。私達の敵になるかもしれない者の実力を。その後に私が作り上げた兵器が何処まで彼らに対抗出来るのか確かめるのも悪くは無いからね」

 

 そう男性は楽しげに笑いながら、映像の中で睨み合っているリンディとブルーメラモン、アイスモンの姿を楽しげに観察するのだった。




基本的には流れが変わっていませんが、アイスデビモンがなのはとヴィータに敗北しました。

これは魔法と言う力をアイスデビモン達が知らなかったのと、フィールドの特性が在っての油断があったからです。

逆にヴィータとブルーメラモン戦ではブルーメラモンが自らの力を抑えて戦ったと必殺技を最後まで温存していたのが、自らの勝利に繋がりました。因みにヴィータは生きています。


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血塗れの出会い

再び更新が遅れて申し訳ありませんでした。

因みに話の流れは大きく変わっています。早い登場が三人ぐらい居ます。


 時は少し戻り、アルハザードの主であるフリートの研究室。

 イガモン達から送られて来た情報の取り纏めとルインの検査を終えたフリートは、此処一年間続けていた研究の実験を行なっていた。何時に無く真剣な眼差しで自らの目の前に展開されている空間ディスプレイと、その先に在るカプセルに内に入っている機械的な杖型のデバイスを見つめる。

 

「今度こそ、今度こそ成功する筈です。一年間の間に失敗し続けていた結果得られたありとあらゆるデータ。それとデバイスに使われている金属。それら全てが加わったデバイスなのです。今度こそ成功間違いなし! では、実験開始! ポチッとな!」

 

《テスト開始》

 

 カプセル内に入っているデバイスの電子音が鳴り響き、重低音のような音が研究室内に響き渡った。

 

《ピピッ・・・・・エレメントシステム起動》

 

「オォォォッ!!」

 

《フレイム・エレメント・・・・セットアッ・・・・ガガガガガガガガガッ・・・・》

 

「えっ?」

 

ーーーポン!!

 

 突如としてデバイスの電子音が異常な音を響いたと同時に、デバイスに組み込まれているAI部分から爆発が起きた。

 それと共に研究室内に響いていた重低音が鳴り止む。カプセル内に充満する黒い煙にフリートは体を震わせ、両手で頭を抱える。

 

「フェ~ン!! また、失敗です!! 何でですか!? 非人格型は成功したのに、人格型のデバイスだと成功しないんですか!?」

 

 此処一年間続けていた実験が今回も失敗した事実に、フリートは嘆きながら空間ディスプレイを操作してカプセル内に消化剤を吹きつける。

 そのままカプセル内に入っているデバイスを機械的なアームで回収するように指示を出すと共に、今の実験で得られたデータも加えた新たなデータを眺める。

 

「ウ~ム・・・・・やはりデータの上では成功している筈・・・・なのに成功しないと言う事は・・・・この研究を完成させる為にはデータで表せない要素・・・・大抵の研究者が考えるどころか排除する要素である“意志”が必要なのでしょう」

 

 フリートは“意志”と言う要素を否定していない。

 寧ろ“意志”と言うものこそがフリートにとって何よりも楽しめる部分の一角を担っているのだから。だからこそ、今の実験を完成させる為にはデバイス自体に並ではない強力な“意志”が必要なのではないのかと思い立った。

 実際に時間は掛かるがインテリジェントデバイスに組み込まれているAIは成長して行き、人間のように受け答えが出来るようになる。フリートを含めたルインやリインフォース、守護騎士達などもその例である。

 

「しかし、AIに自我が確立するまでには時間が掛かりますからね・・・・となると、この研究は一時的に凍結してAIの成長をやるべきでしょう・・・・何処かに無いですかね? 普通のAIじゃ考えられないぐらいに人間的なAI・・・そうそう都合よく在る筈が・・・・・・・」

 

 脳裏に一つのデバイスの存在が過ぎった。

 明らかに通常のデバイスのAIとは考えられないぐらいに人間的で、更に言えばリンディの話では本来の持ち主から別の持ち主をマスターに選ぶほどに自我も確立しているAI。フリートの研究を完成する為に最も適している。

 今すぐ研究を完成に近づけるには最適なAIなのだが、手に入れるには幾つもの問題が存在していた。

 

(・・・・研究の為には欲しいですけれど・・・リンディさんが許してくれないでしょうし・・・まぁ、今回は地道なAIの成長を行なうとしましょう。それはそれで面白そうですからね)

 

 そうフリートは今の研究を一時的に凍結するの決めると、空間ディスプレイに映っているデータに凍結の文字を入力しようとする。

 しかし、その直前に研究室の扉の方から最近備え付けたインターホンからガブモンの声が聞こえて来る。

 

『フリートさん? 今良いですか?』

 

「ガブモン?・・・・・良いですよ。入って来ても」

 

ーーーブゥン!

 

「失礼します」

 

 扉が開くと共にガブモンが研究室内に足を踏み入れた。

 そのままガブモンはフリートの傍に近寄って、ルインから言い渡された伝言を伝える。

 

「ルインさんから伝言で、自分もブラックさんとリンディさんを追うそうです。多分ブラックさんが着けているネックレスから位置を教えてくれって事じゃないでしょうか?」

 

「なるほど。まぁ、ブラックですからね。普通に探すよりもそっちが手っ取り早いですから・・さ~て、ブラックの位置は・・・・・・おや?」

 

「どうしたんですか?」

 

 コンソールに座ってブラックの位置を割り出そうとしたフリートが突然上げた疑問の声に、ガブモンは質問した。

 

「・・・・これは・・・ジャミングらしきモノがブラックの居る付近から出ています」

 

「えっ? じゃぁ、ブラックさんの居場所は分からないんじゃ?」

 

「甘いですね、ガブモン。この程度のジャミングじゃ、私の作った探査装置を邪魔出来る訳が無いじゃないでしょう? それにしてもかなり広範囲にジャミングが掛けられていますね・・・・ムゥッ!」

 

「どうしました!?」

 

「・・・デジモンの反応です! しかも“六体”同時にです!」

 

「えっ!? デジモンが!?」

 

 告げられた報告にガブモンは驚愕と困惑に満ち溢れながら叫んだ。

 何故デジモンが管理世界に居るのかと疑問をガブモンが覚えている間にフリートは探査装置の精度を上げて詳しい情報を瞬時に集めて行く。

 

「むぅっ! デジモン以外にもかなりの数の機動兵器らしき物が居るようです! リンディさんが三体のデジモンと共同して行動しているようですが・・・・機動兵器と共に行動している三体が居ます。恐らくこいつらが機動兵器を操っている連中でしょう」

 

「機動兵器って?・・・・もしかして管理世界の誰かと手を結んでいるデジモンが居るって言うんですか!?」

 

「恐らくはそうでしょう。しかし、これは私達にとってチャンスです! 管理世界の誰かと手を結んでいるデジモン。しかも多数の機動兵器を操っているデジモンとくれば!」

 

「『倉田』に繋がるかもしれないって事ですよね!?」

 

「そうです! ガブモン! 貴方もすぐに向かうんです! この機動兵器と共に行動しているデジモン達が向かう方向に転移装置を設定します。私はブラックにこの事を伝えますので!」

 

「分かりました! すぐに向かいます!」

 

 フリートの指示にガブモンは返事を返すと共に、急いで部屋を出て行った。

 それを確認すると共にフリートはブラックに自分が調べた情報に関する事を伝える為に、通信を開くのだった。

 

 

 

 

 

 深々と雪が空から雪が降るとある遺跡の近く。

 『アルハザード』から勝手に外に出たブラックを連れ戻そうとしていたリンディは、目の前に立っているアイスモンと離れた場所で胸部が黒くこげて気絶しているアイスデビモン、そしてなのはとヴィータを追い込んでいたブルーメラモンの姿に無表情を装いながらも、内心では驚きに満ち溢れていた。

 二年間、定期的に体の検査の為に『アルハザード』に戻る事は在っても、殆ど『デジタルワールド』で過ごしていたリンディには、目の前に居る三体が『デジモン』で在る事が分かっていた。一体何故『ギズモン』ではなく、意思と心を持ったデジモンが次元世界に居るのかと内心で疑問に思いながらも、自分を警戒するように見つめている二体にそれぞれ視線を移していると、警戒心を強めたブルーメラモンがなのはとヴィータに背を向けてリンディに向かって体を向ける。

 ブルーメラモンは本能とリンディの全身から発せられる気配によって悟っていた。背後の上空に居るなのはと、その腕の中で凍り付いているヴィータよりも、アイスモンの目の前に立っているリンディの方が遥かに危険な存在だと言う事を。

 

「アイスモン!! すぐにそいつの傍から離れて、アイスデビモンの護りにつけ!!」

 

「わ、分かった!」

 

 ブルーメラモンの指示にアイスモンは即座に返事を返し、リンディから離れるように後退りながらアイスデビモンの下へと移動して行った。

 リンディはその様子を横目で確認するが、アイスモンには手を出す事無くブルーメラモンに視線を戻す。それと共にブルーメラモンは警戒しながらもリンディに質問する。

 

「貴様は・・・一体“何だ”? 見た目は人間に見えるが・・・その体から発している気配・・・人間では有り得んぞ?」

 

「流石は『デジモン』ね。見ただけで、いえ、感じただけで分かるなんて・・・・確かに私は人間とは言えないわね・・・色々と在って“貴方達に近くて遠い存在”になってしまったの・・・・それよりも? ・・・何故『デジモン』である貴方達がこの世界に居るのかしら?」

 

「フン・・・やはり『デジモン』を知っているようだな・・・良いだろう。貴様の質問に答えてやる。俺達は『管理局の連中』によって一年前にこの世界に連れて来られたのだ!」

 

「ッ!? ・・・・・・そう・・管理局が貴方達を・・・・(例のオファニモンさんが言っていた各デジタルワールドでの『デジタマ及び幼年期デジモンの行方不明』事件が起きたのは一年ぐらい前・・・・間違いなく彼らはその時に行方不明になった子達ね・・・・やってくれたわ)」

 

 無表情を装いながらも内心でリンディは苦々しい思いを抱いた。

 管理世界に放逐されたデジモンがブルーメラモン達だけの筈が無い。既に管理世界全体に悪意の種はばら蒔かれてしまったのだとリンディは内心で苦々しく思っていると、再びブルーメラモンが背後に居るなのはとヴィータに向かって右手の指を向けながら質問して来る。

 

「次の質問だ。さっきの俺の必殺技からあの二人を護ったのは貴様だな?」

 

「・・・・えぇ、そうよ」

 

「・・・・・ならば貴様も『管理局』と言う組織での仲間か?」

 

「前はそうだったわ・・・でも、私はもう彼女達の仲間とは言えないわね。ただ目の前でその知り合いが死ぬ所を見たら目覚めが悪いのよ。出来れば二人を見逃して欲しいのだけれど?」

 

「フム・・・なるほど・・確かに嘗ての仲間が目の前で死ぬのは目覚めが悪くなるな・・・・だが、それは貴様の都合に過ぎない。こっちは漸く見つけた安住の地を荒らされかけたのだ。連中を見逃す事は出来ん」

 

 そう戦意を高めながらブルーメラモンが告げた言葉に、リンディは内心でやはり交渉は無理かと判断する。

 『デジタルワールド』で二年近く過ごしたリンディは、その間に『デジタルワールド』は一部を除いて基本的に弱肉強食の世界だと理解していた。暗黙のルールで街などでは暴れたりしないが、それ以外の森や泉、果ては大地を縄張りとして過ごしているデジモンには、基本的に交渉は難しい。中には交渉も成功する時が在るが、その時が来る方が珍しい。

 何よりもブルーメラモン達はいきなり故郷から連れ去られて幼年期の頃から訳が分からない世界に放逐された為に、尚更に自分達の安住の地を荒らしたなのは、ヴィータ、そして武装局員達を赦す気が無い。戦いは避けられないかもしれないが、それでも出来る事だけはやろうとリンディはブルーメラモン達に向かって告げる。

 

「彼女達を見逃してくれれば、貴方達を『デジタルワールド』に連れ帰って上げると言ってもかしら?」

 

「何ッ!?」

 

「こ、故郷に帰れるのか!?」

 

 リンディが告げた提案の内容にブルーメラモンと気絶しているアイスデビモンの横で話を聞いていたアイスモンは動揺し、思わずリンディを見つめた。

 

「そう、『デジタルワールド』へ貴方達を連れ帰って上げる。この場所が貴方達にとって安住の地だと理解しているわ。だけど、故郷には戻りたいでしょう?」

 

「ぬぅっ! ・・・・(確かにこのまま此処で暮らすよりも、故郷・・・・『デジタルワールド』への帰還はしたい・・・・だが、この女の言葉を信じるべきか?)」

 

 リンディが告げた提案は確かにブルーメラモン達にとって魅力的だった。

 今ブルーメラモン達が居る場所は漸く得られた安住の地ではあるが、今回の件で管理局が自分達に対して何らかの行動を行なって来るのは目に見えている。なのはとヴィータをこの場で抹殺したとしても既に共に居た武装局員達が逃げ延びているので、ブルーメラモン達がこの地に居る事はどうやっても知られてしまう。

 感情面を除けばリンディの提案はブルーメラモン達にとって嬉しい提案なのだが、最大の問題はリンディを信じる事が出来るかどうかだった。

 

(出来ればこの話に乗って貰いたいのよね・・・・運良く私が先に来れたけれど・・・・・確実に彼もこっちに向かって来ているはず・・・そして彼らと出会った時に彼が行なう行動は一つだけ)

 

 リンディがこの場で恐れているのは、何よりもブラックがやって来る事だった。

 アイスモンやアイスデビモンはともかく、ブラックが実力者である完全体のブルーメラモンを見逃すとは思えない。確実に戦いが始まる。

 その光景がリンディの脳裏にはごく自然な形で思い浮かんでいた。だからこそ、ブルーメラモンに提案に乗って貰いたかった。そしてリンディが真っ直ぐにブルーメラモンを見つめていると、ゆっくりとブルーメラモンが口を開こうとした瞬間、リンディとブルーメラモンは同時に背後に振り返り、リンディは蹴りを、ブルーメラモンは拳を突き出す。

 

『フッ!!』

 

ーーードゴォッ!!

 

《ビビッ!?》

 

「えっ?」

 

「なっ!?」

 

 リンディとブルーメラモンが繰り出した一撃がそれぞれ何も無い場所に突き出されると同時に、破砕音が辺りに鳴り響き、空間から多脚生物のような形をした鎌を装備した機動兵器が煙を噴き上げながら姿を現した。

 それと共に機動音のような音が次々と鳴り響き、リンディ、ブルーメラモン、アイスモン、なのはが辺りを見回すと同時に今度はカプセル状の機動兵器が姿を現す。

 

《ビビッ!》

 

「こ、これって!? 一体何なの!?」

 

「なのはさん!! すぐにヴィータさんと一緒にこの場から逃げなさい!!」

 

「リンディさん!?」

 

 突然のリンディの叫びになのはが地上に目を向けてみると、自身の周りに翡翠色の刃を複数出現させているリンディの姿が在った。

 

「突破口は私が作るわ! だから早く逃げなさい!」

 

「で、でも!? こんなに数が居るのにリンディさんだけじゃ!?」

 

「凍り付いているヴィータさんを護りながら戦えるはずが無いでしょう!? それにもうすぐ強力な援軍が来るわ! 貴女も知っている援軍が!」

 

「ッ!?」

 

 リンディの叫びになのはの脳裏に浮かんだ相手は一人だけだった。

 そもそもリンディはその相手と共になのは達の目の前から去った。ならばその相手もこの世界に居る可能性は十分に考えられる事。それを理解したなのははリンディに向かって頷き、リンディも頷き返すと共に自身の周りに浮かべていた翡翠色の刃を自分達を取り囲むように展開している機動兵器の軍の一方向に向かって撃ち出す。

 

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフトッ!!」

 

ーーードドドドドドドドドドドゴォン!!

 

 撃ち出されたスティンガーブレイド・エクスキューションシフトはカプセル型の機動兵器を貫き、次々と爆発した。

 それと共に煙を切り裂くように桜色の閃光が走り、ヴィータを抱えたなのはが戦場から離れて行く。

 

Flash Move(フラッシュムーブ)

 

「リンディさん! 気をつけて!!」

 

 この場に残されるリンディになのはは叫びながら、リンディ達の視界から遠く離れて行った。

 

「・・・・・『気をつけて』・・・・それはこっちが言いたいセリフなのよ、なのはさん」

 

 苦笑をリンディは浮かべながらそう呟き、自分達を取り囲むように未だに周囲に滞空している機動兵器軍に目を向ける。

 リンディには分かっていた。周囲に存在している機動兵器と先ほど自身とブルーメラモンが破壊したステルス機能を持った機動兵器が、本当に狙っていたのはなのはとヴィータで在る事を。事前にこの場に準備していなければ、此処までの数の機動兵器が潜む事など出来ないのだから。

 

(デジモンとの戦いで疲弊したなのはさんとヴィータさんを狙っていたと見て、間違いないわね。やっぱり管理局内部にはまだ敵が潜んでいるわね。それも高官クラスに)

 

「おい、女?」

 

「何かしら、ブルーメラモンさん?」

 

「・・・どうやらデジモンの事を知っているのは間違いないようだな。なら、詳しい話は後にするぞ。今はこいつらを片付けてからだ。アイスモンも良いな!!」

 

「わ、分かった!」

 

 ブルーメラモンの叫びに辺りに漂っている『ガジェットⅠ型』を警戒するように見回しながらアイスモンは返事を返した。

 此処は一先ず自分達以外の手が必要なのだと、ブルーメラモンの意図をアイスモンは理解していたのだ。その辺りの事もリンディは察し、苦笑を浮かべながら『ガジェットⅠ型』軍に向き直り、その身に宿った力を解放する。

 

「えぇ、それで構わないわ。ダークエヴォリューーーション!!!」

 

ーーーギュルルルルルルッ!!!

 

『ッ!?』

 

 リンディが叫ぶと共にその身を覆い尽くすように黒いデジコードが発生し、ブルーメラモンとアイスモンは驚愕と困惑で目を見開く。

 二人の様子になど構わずに繭のような形でリンディを覆っていた黒いデジコードの内部から、黒い八枚の天使の翼のようなモノが羽ばたく様に黒いデジコードを突き破り、ソレと共に仮面で顔を覆った大人の女性が黒いデジコードを吹き飛ばしながら現れる。

 

「ブラックエンジェウーモン!!!」

 

ブラックエンジェウーモン、属性/ウィルス種、世代/完全体、分類/大天使型、必殺技/ホーリーアロー

八枚の翼を背中に付け、仮面で顔を覆った大天使型デジモン。デジタルワールドの女神と呼ばれている。しかし、曲がったことや悪は許さず、相手が心を入れ替えるまで攻撃をやめない。本来ならば白い翼を持ったワクチン種なのだが、ダークタワーデジモンを基にした為に生まれた為、黒い翼を持ったウィルス種に成ってしまった存在、しかしその実力は本来のエンジェウーモンを超える。必殺技で在る『ホーリーアロー』は腕に付いている飾りを弓へと変化させて光の矢を放つ技だ。その他にも光の光線を放つなど、多彩な神聖系の技が使える上に、肉弾戦まで行える力も持っているぞ。

 

「やはり貴様から感じた気配は・・・『デジモン』ッ!? 本当に何者だ!? 貴様は!?」

 

「詳しい話は後よ! 今はこの兵器達の方を片付けてからよ!」

 

「チッ! 確かにな! 今はこっちが優先だ!」

 

 『ブラックエンジェウーモン』に進化を果たしたリンディにブルーメラモンは返事を返すと共に、全身の蒼い炎を燃え上がらせてリンディと共に『ガジェットⅠ型』軍の掃討へと乗り出すのだった。

 

 

 

 

 

 一方、リンディに逃がして貰ったなのはは、凍り付いて意識が戻らないヴィータを抱えながら空を駆けていた。

 残して来た二年ぶりに再会したリンディや見た事も無く、実力も高いブルーメラモン、アイスデビモン、アイスモンの事は気になっていたが、今はそれよりも腕の中に居るヴィータの方がなのはは心配だった。

 

(氷みたいに冷たい。早くヴィータちゃんを医療班のところに連れて行かないと!)

 

 そうなのはは内心で呟くと共に、そろそろ戦いの場の影響から逃れられたと思い、自分達を今の世界に連れて来た艦に連絡を取ろうとする。

 だが、幾ら連絡を取ろうとしてもなのはの呼びかけに艦艇から返事が返って来る事は無く、なのはが嫌な予感を感じた瞬間、レイジングハートから警告が響く。

 

《マスター!! 囲まれています!》

 

「えっ!?」

 

 警告音になのはは慌てて空中に止まり、周りを見回してみると、リンディ達が戦っている筈の『ガジェットⅠ型』が多数なのはとヴィータを取り囲んでいた。

 

「クッ! まだ、こんなに居たなんて! レイジングハート! カートリッジロード!」

 

Load(ロード) Cartridge(カートリッジ)!》

 

ーーーガッシャン!!

 

 なのはの指示にレイジングハートは即座に応じ、カートリッジロードを行ない薬莢を排出した。

 一気に上がった魔力を使い、なのはは自らの周りに桜色の誘導弾-『アクセルシューター』-を十数個出現させて『ガジェットⅠ型』軍に向かって放つ。

 

「アクセルシューター・シューート!!」

 

ーーーブゥン!!

 

 なのはの呼びかけと共にアクセルシューターは、一斉に『ガジェットⅠ型』の軍に向かって殺到した。

 防御が高そうには『ガジェットⅠ型』は見えず、少なくともこの攻撃で十機近くは破壊出来るとなのはは確信しながらアクセルシューターを操作する。

 しかし、『ガジェットⅠ型』にアクセルシューターが直撃する直前、突如として『ガジェットⅠ型』のセンサーが光り、次の瞬間にアクセルシューターの威力が大きく減少してしまう。

 

ーーーードドドドドドォン!

 

「そんな!? 何で!?」

 

 目の前に広がった光景に、なのはは思わず叫んだ。

 十機近くは確実に破壊出来ると思ったなのはの攻撃は、僅か四機破壊するのが精一杯だった。何故いきなり自らの魔法の威力が弱まってしまったのかとなのはが疑問に思うと同時に、今度は両足に発生している『アクセルフィン』の維持も難しくなってしまう。

 

「ど、どうして!?」

 

《マスター!! すぐにこの場から離れて下さい! 敵機全てからAMFが発生しています!》

 

「AMF? ・・・それって確か!?」

 

 レイジングハートの報告になのはは驚愕と困惑に満ち溢れながら叫んだ。

 『AMF』。通称アンチマギリンクフィールド。その効果は『魔力結合・魔力効果発生』を無効にし、フィールド内では攻撃魔法はもちろん、飛行や防御、機動や移動に関する魔法も妨害されてしまう魔導師にとって天敵と呼べる力。本来はAAAランクのフィールド系で上位の魔法防御に分類されている魔法。

 資料としてその魔法を知っていたなのはは、目の前に居る『ガジェットⅠ型』軍の脅威を理解し、顔を青褪めさせて空に向かって駆け上る。

 

Flash Move(フラッシュムーブ)

 

ーーービュン!!

 

(今の状況じゃ砲撃が出来ない! なら、此処は逃げるしかない)

 

 腕の中に居るヴィータに負担を及ぼさない為にも、なのはは必死に『ガジェットⅠ型』が放って来るレーザーを避けながら空を駆ける。

 何時もよりも多い魔力消費を感じながら、時には防御魔法でレーザーやアーム攻撃を防ぎ、隙あらばアクセルシューターを放って『ガジェットⅠ型』を破壊して行く。ただ一人の戦い。しかもヴィータに衝撃が行かないようにしながら なのはは必死に『ガジェットⅠ型』群と戦い続ける。

 そんな戦いを続けていると、徐々に『ガジェットⅠ型』の数は減って行き、なのはの顔に僅かに安堵が浮かぶ。しかし、次の瞬間になのはの顔は青褪める。

 なのはの視界の先には、最初に自分が必死になって倒した筈の『ガジェットⅠ型』郡と同等の数の『ガジェットⅠ型』が向かって来ていた。

 

「そ、そんな!? クッ! こうなったら! レイジングハート!」

 

Load(ロード) Cartridge(カートリッジ)!》

 

ーーーガッシャン!

 

Exelion(エクセリオン) mode(モード)!》

 

 なのはの呼び声に応えると共にレイジングハートの形状が変化し、槍を思わせるような金色の装甲が先を覆い、フルドライブモードである『エクセリオンモード』を変形した。

 それをなのはは確認すると共に爆発的に高まった出力と能力を駆使して、『ガジェットⅠ型』郡から離れるように下に向かって高速移動する。

 

Flash Move(フラッシュムーブ)

 

ーーービュン!!

 

「これで終わりにするよ! エクセリオン!」

 

 『ガジェットⅠ型』郡から距離を離す事に成功したなのはは、即座に魔力を高め、レイジングハートを構えると共に桜色の砲撃を撃ち出す。

 

「バスターーーー!!!」

 

ーーードグォォォォォォォォォォン!!

 

 放たれた桜色の砲撃は真っ直ぐに空を駆け上り、そのまま新たに現れた『ガジェットⅠ型』を破壊する為に突き進む。

 しかし、砲撃が『ガジェットⅠ型』に触れる直前、新たに現れた『ガジェットⅠ型』が音も無く消失し、桜色の砲撃は何も無い空間を通り過ぎるだけだった。

 

「えっ!? 一体何が起き…」

 

「はぁ~い♪ 残念でしたわね♪」

 

「ッ!?」

 

ーーードスゥン!

 

「あっ!」

 

 背後から聞こえて来た女性の声になのはが振り向こうとした瞬間、なのはは背後から刺し貫かれた。

 しかし、刺し貫かれたモノの正体が分からず、なのはが激痛に苦しみながら刺し貫かれた右脇腹辺りに目を向けてみると黒い槍のような物が出現し、なのはの背後に背中に黒い翼とカプセルのような物を備え、カプセルから黒いケーブルのような物が伸びた闇を思わせるような仮面で口元以外を顔を覆い、左手の鋭い爪を煌めかせ、右腕が槍の形状をしているデジモン-『バイオ・レディーデビモン』が立っていた。

 

バイオ・レディーデビモン、世代/完全体、属性/ウィルス種、種族/堕天使型、必殺技/ダークネスウェーブ、プワゾン

人間の技術によって生み出された『バイオ・デジモン』技術が利用されている。本来は高貴な女性型の堕天使デジモン。闇の貴婦人と呼ばれている強大なダークサイドパワーの持ち主。エンジェウーモンのライバル的存在。しかし、その強さは通常の『レディーデビモン』を超えている。必殺技はコウモリのような暗黒の飛翔物を無数に放って相手を焼き尽くす『ダークネスウェーブ』と、相手の持つパワーをダークエネルギーと相転移し、敵を内から滅殺する『プワゾン』だ。その他にも自らの腕を槍に変化させて相手を刺し貫く『ダークネススピア』などの技を持っている。

 

「あ・・・あ、貴女・・・・は?」

 

「あら? ・・・・まだ、喋る力がありますの? 正直驚嘆しますけれど、もうこれ以上の時間は掛けられませんの。死になさい」

 

ーーーブォン!

 

 バイオ・レディーデビモンは宣告すると共に、なのはを刺し貫いている槍に変化している右腕を思いっきり横に振り抜いた。

 それと共になのはの体は槍から引き抜かれるが、振り回された反動でなのはは勢い良く左腕に抱えていたヴィータと共に地上に向かって落下して行く。

 

Protection(プロテクション)!》

 

 レイジングハートの電子音声が響き、地面となのは、ヴィータが激突する前にプロテクションが発生して激突を防いだ。

 そのままなのはとヴィータは危なげなく地面に落下するが、右脇腹を刺し貫かれたなのはは血が次々と傷口から流れ、激痛と血が減って行く事によって意識は朦朧として行く。

 

「・・・・あっ・・・ヴィー・・タ・・・ちゃ・・・」

 

 朦朧とする意識の中、自らの横で凍りついたままのヴィータに向かってなのはは左手を伸ばす。

 そしてなのはの左手がヴィータに触れようとした瞬間、再びレイジングハートの切羽詰まったような電子音声が響く。

 

Wide(ワイド) Area(エリア) Protection(プロテクション)!!》

 

ーーーギィン!!

 

「クッ! 忌々しいですわね!」

 

 レイジングハートが広範囲での防御魔法である『ワイドエリアプロテクション』が発生し、空中から落下すると共にダークネススピアを振り下ろして来たバイオ・レディーデビモンの攻撃を防いだ。

 だが、徐々にダークネススピアとワイドエリアプロテクションがぶつかり合っている場所から罅が入って行き、遂にワイドエリアプロテクションが破られてしまう。

 

ーーーバキィィィィン!!

 

「もう邪魔はさせませんわ!!」

 

ーーードスゥン!!

 

 バイオ・レディーデビモンは迷う事無く、なのはの横に落ちていたレイジングハートの赤い宝玉部分にダークネススピアを突き刺した。

 同時になのはが纏っていたバリアジャケットが輝き、まるで糸が解れるかのようにバリアジャケットは消失し、私服姿になのはは戻ってしまう。

 

《・・・・・マ・・・ス・・・ター・・・ザザ・・申し・・・ワケ・・・ザザザ・・・ア・・・ザザ・・・リ・・・・》

 

 まるで断末魔の声のようにレイジングハートの音声は酷い音を奏で、宝玉部分から光が消え去ると共に音声は聞こえなくなった。

 その様子になのはは朦朧としながらも涙を流すが、バイオ・レディーデビモンは忌々しそうに機能が完全に停止したレイジングハートを見つめると、左手にコウモリのようなモノを出現させる。

 

「私の邪魔をしてくれた御礼ですわ。フッ!」

 

ーーードゴォン!!

 

 バイオ・レディーデビモンはコウモリのようなモノをレイジングハートに向かって投げつけ、二つが触れ合った瞬間に爆発が起こった。

 爆発と共にレイジングハート・エクセリオンを構成していたパーツが辺り散らばり、完全に大破した。その様子にバイオ・レディーデビモンが満足そうな笑みを浮かべると共に背後から声が響く。

 

「遊び過ぎだぞ」

 

「そうだ。余りこれ以上時間を掛けるな、“クアットロ”」

 

 聞こえて来た女性と思わしき二つの声になのはがバイオ・レディーデビモンの背後に朦朧としながらも目を向けてみると、大柄な女性と小柄な女性が立っている事に気が付く。

 

「でも、トーレお姉さま、チンクちゃん。これぐらいは構わないでしょう? だって、せっかくドクターが作った玩具が大半破壊されてしまったのですから?」

 

「それは予想外の出来事も在ったからに過ぎないぞ、クアットロ」

 

「チンクの言うとおりだ。まさか、この地に例の女が現れるなど予想外も良いところだ。最もドクターはデジモンと魔導師両方との戦闘データが得られて喜んでおられるようだがな」

 

「やれやれ、ドクターにも困ったものだ。とにかく、クアットロ。いい加減に終わらせろ。嬲っているような時間はもう無いぞ」

 

「分かってるわよ、チンクちゃん」

 

 不満そうにしながらクアットロと呼ばれたバイオ・レディーデビモンは答えると共に、ゆっくりとダークネススピアの矛先を朦朧としながらも意識を保っているなのはではなく、意識が全く無いヴィータに向ける。

 その様子を見たチンクと呼ばれた小柄な女性は僅かに眉根を寄せた。忠告したのにクアットロは最後の最後までなのはを嬲るのを止める気が無いのだ。しかし、クアットロの性格が残忍さと冷酷さ、そして遊び心が強い事も知っている。もはや抵抗も何も出来ない意識だけがあるなのはの目の前でヴィータを殺し、絶望と悲しみに満ち溢れた顔をクアットロは堪能する為なのだとチンクは悟った。

 トーレと呼ばれた大柄な女性もクアットロの行動を読み取るが、此方はさっさと済ませて欲しいと言うように背を向けている。

 そんな風に二人に思われながらも、クアットロはこれから見る事が出来る光景を思い、恍惚とした笑みで口元を歪めながらダークネススピアを掲げる。

 

「それではさようならですわ。ダークネス! スピ…」

 

「フォックスファイヤーーーー!!!!」

 

『ッ!?』

 

 クアットロの声に覆い被さるように別の声が響き、クアットロ、チンク、トーレは迷う事無くその場から大きく離れた。

 同時に三人が直前まで居た場所を蒼く輝く炎が通り過ぎ、なのはとヴィータを護るように氷の壁が発生する。それを目にした三人は蒼い炎が放たれた方向に目を向け、怒りに染まった目をしている五メートルほどの大きさの青白く輝く銀色の毛で全身を覆った巨大な狼-『ガルルモン』-が立っていた。

 

ガルルモン、世代/成熟期、属性/ワクチン種、種族/獣型、必殺技/フォックスファイヤー

極寒に生息している狼のような姿をしている獣型デジモン。全身が青白く輝く毛に覆われていて、そのひとつひとつは伝説のレアメタルと言われる『ミスリル』のように硬い。獲物を見つけ出す勘と、確実に仕留める力をもっているため、他のデジモンから恐れられている。またとても賢く主人に従順で、なつきやすい性格をしているとの情報も存在している。『グレイモン』同様生息範囲が広く、属性もワクチン・データ・ウィルスと全てのパターンが確認されている珍しい種だ。必殺技は青い炎を口から放つ『フォックスファイヤー』だ。その他にも口から氷を放つなど、氷関係の技を数多く所有しているぞ。

 

「グルルルッ!! お前達! もう動けず、意識も朦朧としている子を嬲るなんて!」

 

「・・・『ガルルモン』だと? 馬鹿な・・・この辺りに居るデジモンはアイスデビモン、アイスモン、ブルーメラモンの三体だけのは…」

 

「ほぉ。其処までデジモンの事を知っているとは、やはり当たりか。まぁ、バイオ・デジモンが居る時点で分かっていたがな」

 

『ッ!?』

 

 ガルルモンとは別に聞こえて来た声に、トーレ、チンク、クアットロは慌てて背後を振り向いた。

 三人には聞こえて来た声に聞き覚えがあった。直接会った事はない。だが、映像では聞いた事がある声。そして振り返った三人の視界に予想通りの相手が立っていた。

 漆黒の体に、金色の髪に鈍く光る銀色の頭部に胸当てをし、両腕の肘まで覆う手甲の先に、三本の鍵爪の様な刃を装備した漆黒の竜人。ブラックウォーグレイモンが右肩にルインを乗せながら、悠然と雪が降るなか立っていたのだった。




ヴィータが未だに目覚めない理由ですが、言うまでも無く完全に心身が凍り付いているからです。
普通なら死んでいますが、ヴィータは守護騎士プログラムなので言うなれば停止状態あります。つまり、外部からの干渉さえ在れば意識は戻ります。最も出来るのはリインフォース、はやて、そしてルインの三人だけですが。


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ガルルモンVSバイオデジモン

 深々と雪が空から舞い落ちる荒野。

 なのはとヴィータを襲った『ガジェットⅠ型』を操っていた長身で無駄なく引き締まった体を戦闘スーツで覆っている大柄な女性-『トーレ』と、同じ戦闘スーツに身を包み、その上にコートを羽織った小柄な銀髪の少女-『チンク』、そして『クアットロ』と呼ばれた『バイオ・レディーデビモン』は前後を挟まれる形で固まっていた。

 前方に立つ巨大な銀色の狼-『ガルルモン』は三人と戦う事になっても問題は無かったが、後方に立つルインを肩に乗せたブラックの存在は完全に別だった。三人は管理世界で殆ど知られていない『デジモン』と言う種族を理解し、その中でも『究極体』と呼ばれる世代の規格外さを理解している。

 クアットロが進化しているバイオ・レディーデビモンも『完全体』と呼ばれる世代だが究極体には遠く及ばない。更に言えば後方に立つブラックは、二年前に次元世界中にその名を知らしめた存在。万全な状態でも勝てる可能性が限り無く低い相手と戦う事態に、三人は冷や汗を流していた。

 

(クアットロ・・・お前のせいだぞ。さっさと事を終わらせていればこんな事態になる事は無かった)

 

(チンクの意見に同感だ)

 

(そ、そんな!? チンクちゃんもトーレお姉様も酷い!)

 

 そうクアットロは悲痛な声を出すが、トーレもチンクもクアットロの意見に耳を貸す気は無かった。

 本来ならば任務を終え次第に早急にこの場から転移する予定だったのだが、クアットロがなのはを嬲るような事をしてしまった為にブラックがやって来る時間を作ってしまった。その責任はクアットロに在るので、トーレとチンクは後で更に追求しようと心に決める。

 そんな三人の様子に構わずにブラックはゆっくりと前に一歩踏み出し、トーレとチンクの腰の辺りに備え付けられているホルスターに収まっている細長い四角い機械に目を細める。

 

「・・・・貴様ら、全員『バイオ・デジモン』の処置が行なわれているな?」

 

「・・・何の事だ?」

 

「とぼけるな。其処に居る『レディーデビモン』の背中にあるカプセル。そして貴様と其処の小娘の腰に在る機械には覚えがある。それは本来ならば次元世界に在る筈の無い代物・・・・教えて貰おうか? 貴様らに『バイオ・デジモン』の技術を教えた『倉田明弘』の居所を」

 

「嫌だと言ったら?」

 

「こうするまでだ」

 

ーーービュン!!

 

『ッ!?』

 

 言い終えると共に消失したブラックの姿に、三人は理性ではなく宿った本能に従って迷う事無くそれぞれ別方向に飛び去った。

 同時に三人が直前まで居た場所にブラックがドラモンキラーを振り下ろし、地面が爆発したように大きく吹き飛ぶ。

 

ーーードゴオォォォォォォォォン!!!

 

「クッ! 分かっていたが出鱈目な! (本気で振るった様子も無くこの威力・・・・間違いなく二年前よりも実力が上がっている! 出し惜しみなどしていられん!)」

 

 ブラックの実力の高さを本能と理性で瞬時に理解したトーレは、迷う事無く腰のホルスターを紫色の機械を抜き取る。

 別方向に飛んだチンクもトーレと同じようにホルスターから黄色の機械を取り出し、二人は機械の上部分に右手を押し当てる。

 

『ハイパーーバイオエヴォリューーーション!!!』

 

ーーーギュルルルルルルッ!!!

 

 トーレとチンクが自らの機械に押し当てていた右手を滑らすと共に、二人の体を覆い尽くすように蒼いデジコードが発生した。

 発生したデジコードは繭を形成し、トーレのデジコードの中からは背中にロケットエンジンとバイオ・レディーデビモンと同じカプセルを背負い、体にベルトの様な物を身に付け、両手足が金属の腕で出来た蒼い狼の頭部を持った獣人-『バイオ・マッハガオガモン』が突き破るように現れる。

 チンクのデジコードは徐々に大きさを増して行き、十メートル以上の大きさになった瞬間に弾け飛び、デジコードが消え去った後には巨大な体を支える四肢で地面を踏み、幾つものブレードを背中に生やし、背中の一部に大きなカプセルが存在し幾つモノ黒いコードが体に伸びているステゴザウルスを思わせる生物-『バイオ・ステゴモン』が現れた。

 

「バイオ・マッハガオガモン!!」

 

バイオ・マッハガオガモン、世代/完全体、属性/データ種、種族/サイボーグ型、必殺技/ガオガトルネード、ウィニングナックル、ハウリングキャノン

莫大な推進力をもつロケットエンジンを背負う蒼い狼の獣人で在り、サイボーグ型デジモン。本来ならば滞空時間は短いが元々空戦が出来るトーレが進化した事に寄って滞空時間は飛躍的に伸びている。また、瞬間の最大推力を生かし、ヒットアンドウェイを最も得意としている。トーレが進化したバイオデジモン。必殺技は、最大推力で相手を竜巻の中に包囲し、超高速連打を放つ『ガオガトルネード』に、サイボーグアームから渾身の一撃を放つ『ウィニングナックル』。そして弾丸のような咆哮を相手に向かって放つ『ハウリングキャノン』だ。また『戦闘機人』の固有スキルも失っていない。

 

「バイオ・ステゴモン!!」

 

バイオ・ステゴモン、世代/アーマー体、成熟期、属性/データ種、フリー、種族/剣竜型、必殺技/シェルニードルレイン

ステゴザウルスの姿をした剣竜型デジモン。最近では成熟期体も確認されているが、“友情のデジメンタル”のパワーによって進化したアーマー体であり、背中に生えている無数のブレードは敵からの攻撃を防ぎ、反撃を行える優れもので、好きな方向にブレードを動かすことができる。しかし、一度発射したらブレードは進化を解かなければ戻らないと言う弱点が存在し、全てのブレードを撃ち出したら背中かががら空きになってしまう。必殺技は、背中のブレードを上空に打ち上げ、敵の頭上に降らす『シェルニードルレイン』だ。『戦闘機人』であるチンクが進化したバイオデジモンの為に、チンクの固有スキルは失われていない。

 

(これが『バイオ・デジモン』・・・・リンディさんの進化に似ているけれど、こっちの進化は『デジモン』と融合して行なわれる進化!!)

 

 トーレとチンクの進化の様子を見ていたガルルモンは、警戒心を高めながら何時でも反応出来るように身を僅かに低くする。

 そして進化を終えたトーレとチンクは即座に戦闘態勢を整え、ガルルモンとブラックをそれぞれ見回して瞬時に行動を決める。

 

(チンク。お前はクアットロと共にガルルモンを仕留めろ。その間の時間は私が稼ぐ)

 

(分かった。其方は任せたぞ・・・・クアットロ。分かっているだろうが、今度は遊んでいる時間など無いぞ?)

 

(分かってますわ。でも、その前に目標だけは先に仕留め・・・・)

 

 クアットロはチンクの念話に答えながら、倒れ伏している筈のなのはとヴィータが居る場所に目を向けて言葉を失った。

 先ほどまでなのはとヴィータが居た場所には動けずに地面に倒れ伏していた二人の姿が無かったのだ。その事にトーレとチンクも気が付き、慌てて辺りを見回してみると、上空でなのはとヴィータをそれぞれ小脇に抱えたルインを見つける。

 

「なっ!? い、何時の間に!?」

 

「ブラック様が攻撃を仕掛けると同時にです。では、ブラック様? 私はこの二人をジャミングが掛かっていない範囲まで連れて行きます」

 

「あぁ、さっさと連れて行け」

 

「では、失礼します。フラッシュムーブ」

 

ーーービュン!!

 

 言い終えると共に移動魔法でスピードが上がったルインの姿は、一瞬の内に遠くに去って行った。

 任務の一部がこれで失敗に終わってしまった事実にトーレ達の顔は苦虫を噛み潰したように歪む。本来の任務では高町なのはとヴィータを『ガジェットⅠ型』とステルス機能を持たせた機動兵器で抹殺し、その後に直前の戦いで疲弊している筈のブルーメラモン、アイスモン、アイスデビモンの捕獲が三人に与えられた任務だった。

 なのはとヴィータの抹殺はトーレ達の主のスポンサーからの依頼に過ぎず、寧ろ三人が主から重要視されていたのはブルーメラモン達の捕獲の方だった。しかし、予想外のリンディの乱入によりブルーメラモン達の捕獲は難しくなり、なのはとヴィータは無事に逃げ果せてしまう寸前だった。一応スポンサーとの契約上の為になのはとヴィータの抹殺だけは完遂しようとしたが、今度はよりにもよってブラックと鉢合わせてしまった。

 

「(今日は厄日だ・・・だが、何としても逃げ切らねば)・・・行くぞ!! ハウリングキャノンッ!!」

 

ーーードゴオォォォォォォン!!

 

 トーレがブラックに向かって咆哮を上げると共に、弾丸のように衝撃波がブラックに向かって真っ直ぐ放たれた。

 ブラックは真っ直ぐに自分に向かって突き進んで来るハウリングキャノンを目にすると同時に、地面から空へと舞い上がる。防御するでも撃ち破るでも無いブラックの行動にトーレは僅かに疑問を抱くが、空に上がってくれたのは自分としても助かるので自身の手足からそれぞれエネルギー状の刃を出現させて、ブラック同様に空へと舞い上がった。

 残されたチンクとクアットロもトーレの指示に従ってガルルモンに向かって攻撃を開始し、空と地上での戦いが始まった。

 

 上空に上がったブラックとトーレは自らの武器を構えながら互いの隙を探るように睨み合う。

 

「・・・・フン、貴様が時間を稼いでいる隙にガルルモンを倒す作戦のようだな」

 

「・・・其処まで分かっていながら、何故上空に上がった? 自らの仲間のデジモンを危険に晒すつもりか?」

 

「必要が無いからだ。ガルルモンを舐めるな。奴を並みの成熟期だと考えているなら間違いだ。さて、無駄話は終わりだ。どうやらただの『バイオ・デジモン』とは違うようだ。俺を楽しませてみろ!!」

 

「クッ!! ハアァァァァァァァァァァァァーーーーッ!!!」

 

 ブラックの咆哮に気押されないようにトーレも咆哮を上げ、互いに自らの武器を振り抜くのだった。

 

 

 

 

 

 戦場から離れたルインは真っ直ぐに前へと突き進み、一定の距離に達すると共に地上へと降り立つ。

 周りに敵の気配が感じられない事を確認すると共に両脇に抱えていたなのはとヴィータを地面に降ろし、なのはの脇腹に開いた傷口に手を当てる。

 

「・・・・かなり深いですね。これは内臓にも損傷が及んでいるでしょう・・・本格的な治療はあっちに任せて、応急処置だけはしておきますか・・・・静かなる風よ、癒しの恵みを運び、この者を癒したまえ」

 

 詠唱を終えると共になのはの傷口に当てていたルインの手から魔力光が発生し、手を退かした後には出血が止まっていた。

 一先ずはこれで命は繋いだのを確認すると共に、ルインはゆっくりとヴィータに目を向けて眼を細めながら胸元に手を置く。

 

「・・・・何時まで眠っているつもりですか? 鉄槌の騎士」

 

ーーーズボッ!!

 

「ッ!? アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!」

 

 言葉と共にルインの右手はヴィータの胴体に入り込んだ。

 同時に凍り付いて完全に意識が失っていた筈のヴィータの目が見開き、悲鳴が口から放たれた。その悲鳴をルインは聞くと共にヴィータの体から手を引き抜き、ヴィータは荒い息を吐く。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ・・・・て、手前・・・ルインフォース?」

 

「正解です。二年ぶりですね、鉄槌の騎士?」

 

「・・・あ、あたしに何しやがった?」

 

「? ・・・・あぁ、そう言えば結構忘れていたんでしたっけね。『守護騎士強制修復機能』。生真面目と主、そして私だけが使えるシステムですよ。まぁ、もう切り離された私が無理やり介入して行なったので激痛が走ったでしょうけど、良い気付けになったでしょう?」

 

「な、何が良い気付けだ、こ、このや・・・・・」

 

 ルインに向かってヴィータは言い返そうとするが、その言葉は途切れた。

 何故ならばヴィータの視界の中に私服を血で染めたなのはの姿を捉えたからだった。呆然とヴィータは固まるが、すぐに状況を把握して痛む体に鞭を打ってなのはの傍に近寄る。

 

「おい、おい! 確りしろよ、なのは! おい!!」

 

「無理に動かさない方が良いですよ。応急処置はしましたが、結構血が流れていましたからね」

 

「だ、誰がなのはを!? あたしが気を失ってから何が在ったんだよ!?」

 

「ずっと護っていたんですよ。凍り付けになっていた貴女を彼女は・・・・さっさとグラーフアイゼンを修復させて艦艇と連絡を取りなさい・・・それじゃぁ、さような…」

 

「待てよ!!」

 

「ん?」

 

 背後から聞こえて来た声にルインはゆっくりと振り返ると、何かを悩むような表情をしたヴィータが見つめていた。

 

「・・・・・何で助けた? なのははともかく、お前あたしの事は憎んでいるんだろう?」

 

「・・・憎んでいますよ、これ以上に無いぐらいにね。助けるなんて本当は死んでもゴメンですけど・・・・借りを返さないと嫌ですからね、“八神はやてに”」

 

「はやてに?」

 

「そうです」

 

 ルインにとって守護騎士とリインフォースは抹殺したいほどに憎んでいる相手なのだが、此処で現在の『夜天の魔導書』の主であるはやての存在が在った。

 はやてに対してはルインは怒りも憎しみも抱いていない。寧ろ何も知らないおかげで自分を『夜天の魔導書』から切り離してくれたので、リインフォースに邪魔される事無くブラックと言う主を得られた。もしも切り離されずにブラックに手を伸ばしていた場合、リインフォースが確実に邪魔をして来る。ある意味では、はやてのおかげでブラックと安全に契約出来たのでルインにとっては恩人に当たる。二年前に守護騎士達とリインフォースを見逃した理由も、彼らを家族と思っているはやてが居たからだった。

 ルインの主であるブラックは基本的に傍若無人に動くが、誰かに借りが在る時だけはその借りを返す為に動く。ルインもまた借りを返さないと気が済まない部分を持っていたのだ。

 

「まぁ、今回の件で八神はやてへの借りは返し終えました。次は助けないので、自力で頑張るんですね」

 

 そう告げると共にルインは浮かび上がり、振り返る事無く去って行った。

 残されたヴィータは去って行くルインの背を呆然と見つめるが、すぐさま我に返ると共にグラーフアイゼンを修復し、急いで自分達が乗って来た艦艇と連絡を取るのだった。

 

 

 

 

 

「ダークネスウェーーブッ!!」

 

「フォックスファイアヤーーー!!!」

 

ーーードゴオォォォォォォン!!

 

 雪が降り注ぐ荒野を走り回りながらガルルモンは口から青い炎を放ち、上空からバイオ・レディーデビモンに進化しているクアットロが放ったコウモリのような飛翔物を迎撃した。

 そのままガルルモンは全速力で荒野を駆け抜け、その先に居るバイオ・ステゴモンに進化しているチンクに向かって行く。

 

「ウオォォォォン!!」

 

「(速い!)・・・・・だが、舐めるな!」

 

 接近して来るガルルモンに対してチンクは背中に生えているブレードの一本の切っ先を動かし、ガルルモンに対して射出した。

 ガルルモンは真っ直ぐに突き進んで来るブレードを瞬時に見切り、最小限の動きで回避しようとする。だが、直前に嫌な予感が走り、大きく横に飛び去ると同時にチンクが叫ぶ。

 

「IS発動!! ランブルデトネイターーーッ!!!」

 

ーーードゴォン!!

 

「クッ!」

 

 チンクが叫ぶと同時にガルルモンに向かって放たれたブレードが空中で爆発を引き起こした。

 大きく飛び去っていた事でガルルモンは僅かに体勢を崩すが宙で体勢を整え直し、危なげなく地面に着地する。

 

(『ステゴモン』には自分が放ったブレードを爆発させる力なんて無い筈? やっぱり普通の『ステゴモン』と違う! これが彼女の『バイオ・デジモン』としての力なのか!?)

 

(初見で私のISを見切るとは!? ・・・・・いや、違う。見切ったのではなく奴は直感で危険を感じ取った。己の直感に忠実に従い、私を警戒しながらも完全体であるバイオ・レディーデビモンに進化したクアットロの攻撃を冷静に対処する判断力・・・・間違いなく奴は成熟期でありながらも完全体に匹敵するほど強い!!)

 

 ガルルモンとチンクは互いに目の前に居る相手の力を悟った。

 だが、僅かに追い込まれているのはガルルモンの方だった。チンクの持つインヒューレントスキル。通称『IS』の名称は『ランブルデトネイター』。その能力は一定時間手で触れた金属にエネルギーを付与し、爆発物に変化させる能力。人間時では爆発出来る金属に制限が存在し、主に自らの武装である『スティンガー』を爆発物に変えて使用する。だが、『バイオ・ステゴモン』へと進化すれば、その制限はかなり縮小され、自らの背に生えているブレードだけではなく、進化して巨大となった体の大きさ以下の金属を全て爆発物に変えられるようにチンクはなっている。

 ガルルモンは先ほどの攻撃でチンクの持つ能力を大体悟っていたが、それは逆にチンクの攻撃は大きく回避しなければならないと言う事になる。

 

(爆発のタイミングはバイオ・ステゴモンの自由自在・・・・一体一なら方法は在るけれど、今は!?)

 

「フフッ、成熟期のくせに頑張りますわね」

 

 ガルルモンは上空に目を向け、嗜虐に満ちた笑みを浮かべているクアットロを捉える。

 チンク一人ならば撹乱するように動き回れるのだが、上空から攻撃を繰り出して来るクアットロが厄介だった。完全体のデジモンと融合しているだけにクアットロの攻撃は強力。迎撃を誤れば大ダメージどころか戦闘不能に追い込まれてしまう。

 このままでは不味いと思いながらガルルモンは何とか打開策を考える。

 

「(・・・・・・一か八か・・・・失敗すれば其処までだけど、このままジリ貧の戦いを続けるよりは良い!!)・・・・行くぞ!! アイスキャノン!!」

 

ーーードォン!!

 

 ガルルモンは口を大きく開けると共にチンクに向かって大きな氷の塊を口から放った。

 自らに向かって高速で迫って来る氷の塊を目にしてもチンクは慌てる事無く、背に生えているブレードの一本を操作して氷の塊に照準を合わせて射出する。

 射出されたブレードは真っ直ぐに進み、氷の塊と激突するがブレードは氷の塊を粉砕してガルルモンに直進して行く。しかし、氷の塊は砕けたと同時に辺りに散らばり、チンクの視界を僅かに遮る。それを待っていたと言うようにガルルモンは後ろ足を全力で蹴りつけて弾丸のようにチンクに向かって走り出す。

 

ーーードン!!

 

「ウオォォォォォォォッ!!」

 

「自棄になっての突進しての攻撃か? 無駄な事だ! シェルニードルレインッ!!」

 

ーーードドドドドドドドドドドドドッ!!

 

 チンクが叫ぶと共に一斉に背中に生えているブレードの半数近く照準がガルルモンに合わさり、背中から射出された。

 弾丸のように突進したガルルモンが避けられる筈無いとチンクは確信するが、次の瞬間、チンクだけではなく上空に居るクアットロも目を疑うような光景が広がった。

 自らが地面を蹴りつける事で発揮した速さをガルルモンは、一切損なう事無く信じられないほどの身のこなしでブレードの中を駆け抜けて行く。

 

『なっ!?』

 

「ウオォォォォォォッ!!」

 

 次々と迫って来るブレードを四本の足を器用に利用し、ガルルモンは時間差で迫って来るブレードの中を駆け抜ける。

 無論回避し切れずにブレードの刃はガルルモンの体に傷を付けて行くが、一本たりともガルルモンは自らの体にブレードが突き刺さらない様に器用に体を動かして避けている。チンクの能力が金属を爆発させる能力だと判明した今、一本でもブレードが体に突き刺さればそれだけで致命傷になってしまう。体の内側からの爆発など防げる筈が無いのだから。

 一瞬でも判断を誤れば致命傷になってしまう行動をこなすガルルモンに、チンクとクアットロは揃って言葉を失うが、すぐにチンクは我に返る。

 

「ッ! これで終わりだ! IS発動 ランブルッ!!」

 

(今だ!)

 

 チンクがISを発動させるのを感じたガルルモンは、自らの後ろ足に負担が掛かるのも構わずに飛び上がると同時に一斉にブレードが大爆発する。

 

「デトネイターーーッ!!!」

 

ーーードゴォォォォォォォン!!!

 

「ウオォォォォォッ!!」

 

 ブレードが大爆発すると同時に飛び上がっていたガルルモンは、爆発と共に発生した衝撃と共に空高く舞い上がる。

 その舞い上がった方向にはクアットロが浮かんでいた。チンクはその動きに最初からガルルモンの狙いがクアットロに在った事に気がつくが、狙われているクアットロも含めて慌てる事は無かった。

 『ランブルデトネイター』と言う金属を爆発させるISをチンクが所持しているように、クアットロもまた固有のISを所持している。その名は『幻惑の銀幕(シルバーカーテン)』。自らが望む幻覚を自由自在に発生させ、人だけではなくレーダーや電子システムさえも騙してしまう恐ろしい力。現になのはだけではなくレイジングハートもクアットロが発生させた『ガジェットⅠ型』を幻影だと見破れなかった。

 その力をクアットロは既に使用している。今空中に居るクアットロの姿自体が幻影。本体は姿を透明にさせて隠れている。つまり、攻撃したともガルルモンが行う事は無意味でしかない。そして空中と言う本当にガルルモンが身動きを取れない場所に居る今、次の自分達の攻撃でガルルモンは倒せると二人は確信する。

 案の定ガルルモンの口から青い炎が見えるが、狙われているクアットロは慌てる事無く寧ろ冷笑を口元に浮かべ、次の瞬間に目を見開く。

 青い炎が放たれる直前、ガルルモンは空中に映っているクアットロではなく、自らの能力で透明化しているクアットロに向かって口を向けて蒼い炎を放つ。

 

「フォックスファイヤーーーー!!!」

 

「なっ!? キャアァァァァァァァァァァァァァァァーーーーー!!!!」

 

「クアットロ!?」

 

 攻撃されることは無いと高をくくっていたクアットロは、無防備な状態でフォックスファイヤーをその身に食らった。

 全身を蒼い炎に焼かれながらクアットロは悲鳴を上げながら暴れるが、ガルルモンは構わずに落ち始めている自らの足元に氷の壁を発生させてクアットロに向かって飛び掛かる。ガルルモンが所有している技の一つ『アイスウォール』の応用技。熟練したデジモンは自らの技と能力を応用する事を覚える。

 それによって僅かながらも滞空移動を可能にしたガルルモンは、クアットロに向かって鋭く爪を伸ばした右前足を振り抜く。

 

「これで終わりだ!!」

 

ーーードガッ!!

 

「ガッ!!」

 

 ガルルモンが振り抜いた一撃をクアットロは避ける事が出来ず、その身に食らい右頬辺りから体に向かって傷ができ、血が空中に飛び散る。

 その勢いのままクアットロはチンクの背中に向かって吹き飛んで行く。自らに向かって吹き飛んで来るクアットロを目にしたチンクは慌ててブレードが無い箇所にクアットロがぶつかるように体を動かす。

 

ーーードゴォッ!!

 

「グゥッ!! クアットロ! 無事か!?」

 

「・・・・・アァァァ・・・・顔が!? わ、私の顔が!?」

 

 チンクの呼びかけに進化が解けて茶色の髪にメガネを掛けてチンクとトーレと同じ戦闘スーツを身に纏ったクアットロが、自らの右頬を押さえて全身に走る苦痛に苦しんでいた。

 その間に地面に危なげなくガルルモンは着地し、チンクが苦虫を噛み潰したような顔をした瞬間、上空から凄まじい勢いでチンクのすぐ傍にトーレが落下して来る。

 

ーーードゴオォォォォン!!

 

「・・・・ウゥ・・・ウァ・・・」

 

「トーレ!?」

 

 クアットロ以上に全身に傷を負い、進化が解けて意識が在るのかも怪しいトーレの姿にチンクは悲鳴のような声を上げた。

 その間にガルルモンの傍にブラックがゆっくりと降り立ち、クアットロとトーレを庇うように立つチンクを睨みつける。

 

「少しは楽しめた。しかし、本来融合したデジモンに無い能力を得るか・・・・(倉田の奴は厄介な相手と手を結んでいるようだな)」

 

 ブラックは目の前に居るチンク、トーレ、クアットロの背後に居る黒幕の正体を知識として知っている。

 別世界の未来では管理局に大打撃を与えた相手。危険過ぎる存在にデジモンに関する知識が渡ってしまった事実にブラックは内心苦々しげな想いを抱きながら、自らの右手のドラモンキラーの爪先に赤いエネルギー球を出現させる。

 

「さて、改めて聞かせ貰おうか? 倉田は何処に居る?」

 

「クッ!!」

 

 殺意と共に放たれた質問にチンクは口元を悔しげに歪めた。

 答えなければ明らかに殺すと言うブラックの意思表示。傷だらけのトーレとクアットロを護りながら勝てる相手でないのは明らか。情報を告げるしかないとチンクが諦めかける。

 だが、次の瞬間、ブラックとガルルモンは同時に上空に顔を向け、此方へと高速で迫って来る全翼機のような形状をしてる航空型の機動兵器-『ガジェットⅡ型』と『ガジェットⅠ型』が三十機を目にする。

 チンクも迫って来る二つの機動兵器に両目を驚愕で見開く。

 

(アレは試作型のドクターの兵器!? しかし、アレは研究所の護りに使っていた筈! 何故この場に!?)

 

(チンク!)

 

(その声はウーノ!?)

 

 脳裏に聞こえて来た一番上の姉の声にチンクは内心で驚くが、声の主であるウーノは構わずに用件だけを伝える。

 

(今から一瞬だけ隙を作るわ! その隙に二人を連れて逃げなさい!! 良いわね!)

 

(・・・分かった)

 

 ウーノの指示にチンクは了承の意を示し、すぐに逃げられるように身構える。

 ブラックとガルルモンはそのチンクの動きに気がつくが、高速で迫って来る『ガジェット』から目を離さずに居る。機動兵器の攻撃は本来ならば脅威ではないが、相手側に倉田が関わっているならば油断する訳には行かない。

 一体どんな攻撃をして来るのかとブラックとガルルモンが警戒していると、『ガジェット』全機が更にスピードを上げて迫り、チンク達とブラック達の間に入り込んだ瞬間、一瞬にして全ての『ガジェット』が爆発する。

 

ーーードゴオォォォォォォォン!!

 

『クッ!!』

 

 三十機の同時爆発と『ガジェットⅡ型』に積まれていた火薬などで引き起こった大爆発の衝撃から護るようにブラックとガルルモンは身構えた。

 そして爆発の影響が治まり、煙が吹き去った後にはチンク達の姿は影も形も無かった。逃げ去ったのだとブラックとガルルモンは悟るが、二体は慌てる事無く辺りを見回す。

 

「・・・・逃げたみたいですね」

 

「そうだな・・・・場所を聞き出すよりも案内して貰った方が楽だからな(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 最初からブラックとガルルモンはチンク達を見逃すつもりだった。

 目的の人物である倉田に辿り着く為には、怪しまれずに後を追う方が辿り着ける。その為に殺さないようにブラックは加減していた。既にチンク達にはフリート製の追跡機が付いている。

 後はそれを頼りに追い詰めるだけだとブラックは思いながら、ゆっくりとガルルモンに振り返り、ガルルモンの全身を蒼いデジコードが覆うのを確認する。

 

ーーーギュルルルルルルッ!!

 

「・・・・フゥ~ウ」

 

「かなりダメージを受けたようだな? ガブモン」

 

「はい・・・・正直あのまま戦っていたら危なかったです」

 

 進化を解いて成長期の姿に戻ったガブモンは、地面に座り込みながらブラックの質問に答えた。

 無茶な動きを続けたせいでガブモンの両手足はもはや限界だった。立つことさえも痛みを感じていたのだから走ることなど不可能。ブラックがトーレを倒して地上に降りて来なければ、ガブモンはチンクの攻撃を避ける事が出来ずに敗北していただろう。

 

「・・・・無茶をした理由はレディーデビモンに進化していた女が理由か?」

 

「・・・・・あんな風に嬲るようなやり方は赦せない・・・・だから、絶対に後悔させてやるって思ったんです」

 

「・・・・フッ、確かにな」

 

 ブラックはガブモンの考えに同意を示しながら、ゆっくりとガブモンに右手を伸ばし、体を掴み上げる。

 

「戻るぞ。どうやら他のデジモンどもは先にアルハザードに向かったらしいからな」

 

「はい」

 

 二体はそう呟き合うと、なのはとヴィータを避難させていたルインと合流する為に戦いによって荒れ果てた荒野を歩いて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 ブラック達とトーレ達が戦った世界とは別世界にあるトーレ達の主のアジト。

 その場所の主であるジェイル・スカリエッティは助手であるウーノを横に従えながら、先ほどのブラック達とトーレ達の戦闘の様子が映し出されているモニターを興味深そうに眺めていた。

 

「ドクター、トーレ達の回収は完了しました。すぐに治療を開始いたします」

 

「宜しく頼むよ、ウーノ・・・・・しかし、予想外の事態だったね」

 

「はい。簡単な依頼の筈が予想を超える膨大な被害が出てしまいました。トーレは重傷負い。クアットロもかなりのダメージを受けてしまい、二人とも戦闘への復帰には時間が必要でしょう。唯一戦闘に即座に復帰出来るのはチンクだけ。機動兵器に関してはこの研究所の護衛に使用している物だけしか残っていません。大損害どころの騒ぎでは済まない被害です」

 

「確かにその通りだが・・・・それに匹敵するほどの戦果も得る事には成功したよ。私達が得た『バイオ・デジモン』技術とは違う技術を用いられているリンディと言う女性の戦闘データ。対魔導師用の兵器として開発した機動兵器とデジモンとの戦闘データ。成熟期でありながら完全体に匹敵する力を持ったデジモンの存在。そして『戦闘機人』だけではなく『バイオ・デジモン』の力を得たトーレと究極体との戦闘。これらは全て素晴らしいデータだ」

 

「・・・確かに得難いデータですが・・・・どうするのですか? スポンサーから近々レジアス・ゲイズ中将の直属の地上部隊と三提督直属の本局部隊の合同部隊が、この研究所を狙っているとの情報が届いているのですよ? 今回の件でスポンサー側が勢いづく前に彼らは必ず此処を狙って来ます。今の戦力では護り切れるか分かりません」

 

「問題は無いよ、ウーノ。まだオリジナル(・・・・・)も数機残っている。更にもうすぐ君達の姉妹の内の一人がそろそろ目覚める」

 

「・・・・・分かりました。では、私は帰還したトーレとクアットロの治療を行なってきます」

 

 僅かにスカリエッティの考えに疑念を抱きながらも、ウーノは恭しく一礼して部屋から出て行った。

 残されたスカリエッティはウーノが抱いている疑念に気がつきながらも、その口元は楽しげに歪める。

 

「フフフッ、やはり彼と手を組んだのは成功だった。私に従うだけだったウーノに起きた変化。いや、この変化はきっとウーノだけでは止まらないだろう・・・それにしても・・・素晴らしい」

 

 スカリエッティは何処か恍惚としたような笑みを浮かべながら、モニターに映っているトーレとブラックの戦いの様子を眺める。

 バイオ・マッハガオガモンに進化し、更に『戦闘機人』としてトーレが持っているIS『ライドインパルス』を駆使してもトーレはブラックに及ばない。自らの作品が一方的に追い込まれている姿をスカリエッティは悔しがるどころか、寧ろ楽しそうに眺め続ける。

 

「・・・これこそが私が求めている力。己の意志のままに動ける圧倒的な力だ・・・フフッ、恐らく彼らも此処にやって来るだろう・・・直接会って会話出来る日を楽しみにしているよ。漆黒の竜人ブラックウォーグレイモン君」

 

 そうスカリエッティは必ず訪れるであろうブラックとの邂逅の時を楽しみに待つのだった。

 

 

 

 

 

 同時刻。スカリエッティとは違う一人のマッド-フリートが、心の底から嬉しそうに自らの研究室で罅割れた赤い宝石のような欠片を右手に持ちながら嬉しげに眺めていた。

 

「ムフフフフッ、嬉しいですね。本当に嬉しいですよ。まさか、求めていた物がこうも簡単に手に入るなんて思ってませんでした。これで一気に研究が進められます」

 

 自らの右手の中に在る赤い宝石の欠片-大破した『レイジングハート・エクセリオン』のAI部分-が得られた事をフリートは心の底から喜んでいた。

 ブラックの首に掛かっているネックレスには物品関係のアルハザードの遺産が見つかった時に転移させる為の機能が備わっている。送られてくる映像の中に大破したレイジングハートが在ったのを捉えた瞬間、フリートは即座にレイジングハートのAI部分を自らの手元に転送させた。あのままデジモン同士がぶつかりあっている戦場に残っていれば、運よく無事だったAI部分も完全に大破してレイジングハートは完全に失われていただろう。最もこれから起きるであろうフリートの実験を思えば、女性人格のレイジングハートにとっては不幸としか言えないのだが。

 そんな事が自らの身に降りかかろうとしている事を外界の情報を全く得る事が出来ないレイジングハートが知る事は無く、それを行なおうとしているフリートは大切そうにレイジングハートを保管カプセルの中に仕舞う。

 

「ムフフフッ、最高の気分です!! リンディさんに知られたら絶対に取られるでしょうから、内緒で研究しないとですね! 求めていたパーツが手に入ったのです! 今度こそ研究を成功させるのです! フフフッ!」

 

 フリートは高笑いを上げながら、コンソールを操作して今までの研究の失敗によって得られたデータを全て利用して研究を完成させる為のデバイスの設計図を作り上げて行くのだった。




ブラックとトーレの戦闘は今回は省きました。

今のところトーレ達はバイオデジモンの力を使いこなせて居ないのでブラックが満足出来る戦闘は難しかったので今回は簡略しました。

逆にガルルモンがクアットロとチンクを相手に互角以上に戦えた理由は、戦った場所が雪原だった事が理由の一つです。
それ以外にもガルルモンが純粋に強かったのも在ります。

次回は今回の件で起きたそれぞれの場所の波紋についてです。


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次なるステージへ

 アルハザードの通信整備が置かれている一室。

 『ガジェットⅠ型』の軍勢と戦いを終えた後、リンディはブルーメラモン達と共に即座に『アルハザード』に戻り、アイスデビモンの治療の為に別室に居るブルーメラモン達と一先ず分かれ、そのまま司令室代わりに使っている一室で『デジタルワールド』に居るオファニモンと通信を行なっていた。

 

「と言う訳で・・管理世界か或いは管理局が動いている無人世界などに『デジモン』が幼年期の頃に放逐された可能性が在ります。更にこのデジモン達をばら撒いたのが管理局の人間である可能性が高いと私見で判断しています。保護した彼らは一先ず別室で待機して貰っていますが、出来れば其方の『デジタルワールド』に受け入れて貰いたいのです」

 

『・・・そうですか・・・・分かりました。すぐに彼らを私達の『デジタルワールド』に受け入れましょう・・・・しかし、一年前に幼年期デジモン達が放逐されたとなれば・・・一年前に起きた『ディアボロモンの件』と事は繋がっていると見て間違いないでしょうね』

 

「はい。恐らくはそうと考えて間違いないと私も思います。詳しくはまだ聞いていませんが、三体とも『デジタルワールド』から連れ去られたと言っていました。恐らくは他の『デジタルワールド』で攫われたデジモン達も管理世界の何処かに居る可能性が高いでしょう」

 

『私もそう思います・・・・では、可能であるならば次元世界に居るデジモン達を出来るだけ此方の世界の『デジタルワールド』に招いて下さい』

 

「分かりました。彼らが戻って来たら伝えておきます」

 

『お願いします・・・イガモン達にも今回の件は伝えますので・・・では、これから此方も対策について話し合いますので失礼します』

 

ーーーブン!!

 

 オファニモンが最後の言葉を告げると共に通信の映像が切れた。

 それを確認したリンディは一先ずはこれで連絡は終わりだと安堵の息を吐く。それと共に部屋の扉が開き、ガブモンを掴んでいるブラックと、回復魔法をガブモンに掛けている、ルインが室内に入って来る。

 

ーーーブゥン!

 

「・・・・オファニモン達への報告は終わったのか?」

 

「えぇ、終わったわ。そっちでも戦闘が在ったみたいだけれど、何か掴めたの?」

 

「あぁ、倉田に繋がる重要な情報源がな」

 

 そうブラックは告げながら、ガブモンを近くの椅子に乗せて自分達が戦った相手に関する事をリンディに説明する。

 『バイオ・デジモン』に進化する力を持ったチンク、トーレ、クアットロの三人。その三人に襲われ、なのはが重傷を負った事。三人にはフリートの追跡機がついている事の全てを話した。

 なのはが襲われて重傷を負ってしまった事にリンディは苦い思いを抱くが、その思いは一先ず押し込めてデジモンが管理世界にばら撒かれている理由について話し出す。

 

「間違いなく管理世界にデジモンをばら撒いたのは、管理局に居る『倉田』か『ルーチェモン』の指示だろう。管理局で追い込まれた連中が自分達の功績を作る為に二人に手を貸したんだろうな」

 

「『管理局』と言う組織を彼らは知っていた事から・・・・管理局の人間と敵対するように仕組まれていた可能性も高いわね」

 

「功績を作る為に事件を自ら引き起こす、ですか?・・・・随分と管理局の闇もなりふり構わなくなりましたね?」

 

「それだけ彼らが追い込まれていると言う事でしょうね。現にその効果はなのはさん達が襲われた件で確実に出て来るわ」

 

「フン・・・大方奴らを簡単な調査任務で死なせる事で、今の改革が進んでいる管理体制を問題にしようとしたのだろう。どうやら管理局では倉田とルーチェモンに協力している派閥以外にも、別の勢力の派閥が在るらしいな・・・まぁ、俺には興味も無い話だ・・それよりも貴様が連れて来た三体のデジモンは何処に居る?」

 

ーーーブゥン!

 

「此処に居るぞ、究極体」

 

 ブラックの質問に答えるように部屋の扉が開き、室内にブルーメラモンが入って来た。

 ゆっくりとブラック、ルイン、ガブモンは部屋に入って来たブルーメラモンに顔を向けるが、ブルーメラモンは構わずにリンディに話し掛けて来る。

 

「アイスデビモンの治療の為の道具を貸してくれた事を感謝するぞ」

 

「構わないわ。それと聞きたい事が在るのだけれど良いかしら?」

 

「・・・良いだろう。少なくともお前達が管理局に関する連中と違うと言うのは分かった。答えられる質問にならば答えよう」

 

 人間に不信感を抱いているブルーメラモンだが、流石に共に戦い治療道具を貸してくれたリンディと戦う気は起きず素直に答えた。

 戦意がブルーメラモンに無い事を悟ったブラックは僅かにつまらなそうな顔をするが、リンディは構わずに気になっていた事をブルーメラモンに質問する。

 

「先ずは貴方の生まれた世界の『デジタルワールド』だけれど・・・『三大天使』と言うデジモンが治めている世界かしら?」

 

「『三大天使デジモン』? ・・・・・・いや、そんなデジモン達が治めていると言う話は聞いた事は無い」

 

「(やっぱり思っていたとおり、他の『デジタルワールド』からも連れ去った訳ね)・・・・それじゃ貴方は何処で生まれたデジモンなのかしら?」

 

「『始まりの街』と呼ばれる場所だ。俺の故郷のデジモンは全て其処で生まれる」

 

「・・・・『始まりの街』だと?」

 

 壁に寄りかかりながら話を聞いていたブラックは、自らが知っている場所の話が出て来た事に僅かにブルーメラモンに視線を向ける。

 『始まりの街』。その場所は元々ブラックが居た『デジタルワールド』で死んだデジモン達が生まれ変わる場所。全てのデジモンはその場所で新たに生まれ、幼年期時代を過ごす場所の名称。懐かしい場所の名前が出た事を驚きながら、ブルーメラモンにブラックは視線を向ける。

 

「つまり、貴様は其処から管理局の連中に攫われたと言う事か?」

 

「いや、違う。俺達を放逐した連中は確かに管理局員を名乗っていたが・・・俺達をデジタルワールドから攫った奴らとは別の連中だ」

 

「(流石に管理局の連中では、他の『デジタルワールド』までは向かえんようだな)・・・・どんな奴らだ?」

 

「・・・・眠らされる直前に僅かに見ただけだからおぼろげだが・・・・・“片目で青い服と帽子を被った男”だ」

 

「ッ!?・・・・・な、ん、だと?」

 

「ブラック様?」

 

「どうしたんですか?」

 

 明らかに動揺を覚えているブラックにルイン、ガブモンはそれぞれ疑問の声を上げ、リンディも訝しげな視線を向けるが、ブラックはそれどころでは無かった。

 ブルーメラモンを幼年期時代に攫ったと言う“片目で青い服と帽子を被った男”。その容姿に一致する相手をブラックは良く知っていた。憎んでも憎み足らないほどに怒りを抱いている相手。だが、その相手が生きている筈が無い。

 

(・・・・馬鹿な、奴が本当に生きているとしたら、アグモン達が逃す筈が無い・・・俺が死んだ後は多少の変化は在ったらしいが本来の歴史どおりに、俺が憎んでいる連中は全て死んだとオファニモンは言っていた・・・・だが、ブルーメラモンが告げた容姿・・・それに連れ去られたのがあの世界だとすれば・・・偶然にしては一致し過ぎている・・・・まさか・・・・生きていると言うのか?)

 

 ブラックはそう内心で呟きながら思考に耽り、リンディ達はその様子に疑問を抱きながらも一先ずはブルーメラモンに質問しながら此方にある『デジタルワールド』について説明するのだった。

 

 

 

 

 

 時空管理局本局集中治療室前。

 その場所の扉の前で簡単な調査任務だった筈の任務から、武装局員達の死とボロボロな状態のなのはを連れて医療班と共に帰還したヴィータは、事情を聞いて集まったフェイト、はやて、アルフ、ユーノ、シグナム、ザフィーラ、レティに起きた出来事を自らが知っている限り話していた。この場に居ないクロノは、なのはが重傷を追った件とヴィータ達が戦った未知の生物について調べる為に現地に調査に赴いている。

 管理局が一年前に放逐したと言う三体の未知の生物との戦闘。その内のアイスデビモンは何とか倒したが、自らはその後戦ったブルーメラモンと戦って不覚を取ってしまい、氷漬けになってなのはが重傷を負う場面は見ていない事。気がついた時にはルインが現れて自らを回復させ、なのはに応急処置を施してくれた事の全てを語った。

 全てを聞き終えたフェイト達は信じられないという気持ちを抱き、フェイトは今の話は間違いだと信じたくてヴィータに質問する。

 

「・・そんな・・・・ヴィータとなのはが一緒に戦ってやっと一体しか倒せない生物が居るなんて」

 

「・・・ヴィータ・・・・ほんまに起きたことなん?」

 

「・・・・本当だよ、はやて・・・あたしとなのはが一緒に戦ってアイスデビモンは倒したけれど・・・その後ブルーメラモンと戦ってあたしは負けちまった」

 

「・・・・お前が敗れるとは・・・そのブルーメラモンと言う生物は余程の実力者と言う事か。しかし、デバイスを熔解させるほどの炎を操る生物か」

 

「『アームドデバイス』を扱う者にとっては天敵のような生物だな」

 

 ヴィータの説明にシグナムとザフィーラは苦い顔をしながら言葉を発した。

 ただでさえ『アームドデバイス』はカートリッジシステムを搭載しているので頑丈に作られている。更に言えばヴィータのグラーフアイゼンは古代ベルカ時代に作られ、現代の最新鋭の技術まで組み込まれたデバイス。それを熔解させるほどの炎を操ったブルーメラモン。

 炎熱変換の資質を持ったシグナムのレヴァンティンでも、もしかしたら相性が悪い相手。その相手と戦ったヴィータは悔しげに語る。

 

「・・・油断しちまった。アイツ、最初は低い温度で戦っていたんだ。それであたしが大技を放つの待っていやがった。アイゼンを修復させようと離れたところで、黒い球体のような攻撃を放ってきやがって、それを食らってからの記憶がねぇ・・・・ルインフォースの話だとあたしは氷漬けになってたらしい・・・多分なのははあたしを護ってそれでやられたんだと思う」

 

「何て事なの・・・そんな危険な生物が、調査に赴いた先の遺跡に居たなんて」

 

 告げられた情報にレティは眩暈がすると言うように声を出した。

 得られた情報だけでも今回の件がかなり不味い事態に発展してしまう可能性は高かった。嘱託魔導師扱いのなのはが重傷を負った件。本当に未知の生物を放逐したのが管理局だとすれば、多少話は変わるかもしれないが、それは相手の生物が告げた情報。証拠能力としては明らかに不十分。どちらにしても相手側は管理局に不信を抱いている。せめて調査に赴いているクロノが何かしらの情報を持ち帰って来てくれる事をレティは願う。

 次々と明らかになった事実にフェイト達が顔を青褪めさせていると、慌しく通路を走って来た士郎、桃子、恭也、美由希、アリサ、すずかがやって来る。

 

「レティさん!? なのはは!?」

 

「今・・・集中治療室に居ます・・・詳しい事は治療に当たっている医務官から聞かないと分かりませんが・・・命の心配だけは無いと言う話です」

 

「ッ!? ・・・そうですか・・・なのは」

 

「母さん。大丈夫だよ・・・なのははきっと助かるから」

 

 取り合えず命の危険だけは無いと言う事実に桃子は安堵の息を吐きながら、美由希に支えられた。

 その様子にレティはゆっくりと士郎に内密の話が在ると小声で告げ、士郎は恭也を連れながらレティと共に移動して詳しい話を事情を聞く。

 聞き終えた士郎と恭也は、なのはとヴィータが未知の生物と戦い氷漬けになったヴィータを護り抜いていた事に複雑そうな顔を浮かべた。

 

「・・・・そうですか・・・・なのははヴィータちゃんを護って・・・」

 

「はい・・・・少なくともなのはさんを応急処置してくれた相手はそう言っていたようです」

 

「・・・その相手と言うのは?」

 

「ブラックウォーグレイモンと共に居るルインフォースと言う女性です・・・・・それとこれはまだヴィータさん達には話していないのですが・・・士郎さん・・・恭也君・・・なのはさんはもしかしたら魔導師としてもう二度と戦えないかもしれません」

 

『ッ!?』

 

 告げられた事実に士郎と恭也は目を見開き、一体どう言う事なのかとレティを見つめると、申し訳なさそうな顔でレティは説明する。

 

「今手術に当たっているシャマル医務官が手術前に簡易検査で調べたところ・・・内臓に損傷が見られるらしいのです」

 

「内臓に損傷が!?」

 

「はい・・・それもかなり深い損傷らしいんです。事前に応急処置が施されていたので命には問題は無いのですが、それでも後遺症が残る可能性は高いと思われます」

 

「・・・・・分かりました・・・覚悟だけはしておきます」

 

 レティの言いたい事を察した士郎は神妙な顔をしながら頷き、恭也も頷く。

 同時に集中治療室の扉の上に在った点灯ランプの光が消え、扉が開くと共にストレッチャーに呼吸器を口に付けた病院着を着て目を閉じているなのはが医務官達と共に出て来る。

 痛ましい姿になったなのはにフェイト、はやて、ユーノ、アルフ、アリサ、すずかは心配しながら後を付いて行き、残されたヴィータと大人達は最後に治療室から出て来たリインフォースとシャマルになのはの状態を聞く。

 

「シャマルさん、リインフォースさん・・・正直に教えて欲しい・・・なのはは如何なんですか?」

 

「・・・・内臓が刺し貫かれた傷が深く、治療は難航しましたが、事前に応急処置が施されていたおかげで命に別状はありません。ですが・・・・」

 

「・・・・・・日常の生活は・・・・リハビリを頑張れば何とかなるかもしれませんけど・・・・魔導師としては二度と復帰は無理です。もう二度となのはちゃんは激しい運動は・・・・出来ません」

 

ーーーガクッ!!

 

「桃子!! しっかりしろ!!」

 

「かーさん!!」

 

「母さん!! 気をしっかり持って!?」

 

 告げられた自らの大切な娘に降り掛かってしまった悲劇に、桃子の体から力が抜けて倒れそうになり、士郎達は慌てて支えた。

 その様子にレティ、シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラ、リインフォースは苦い想いを抱きながらなのはが運ばれて行った通路を見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 深夜に近い時間帯、なのはが大怪我を負った原因の調査に向かったクロノは本局に戻って来ると共に足早にミゼットが居る執務室に訪れていた。

 向かい合うように二人は椅子に座り、ミゼットはクロノが持って来た調査資料を険しい顔で読み進めていく。

 

「・・・・・謎の機動兵器の残骸が多数発見され、大規模な戦闘の跡が在った訳ね?」

 

「はい、今分析班が機動兵器の残骸を調査しているところですが・・・・それでも最低でも数十機は在ったようです・・・・明らかに此れは…」

 

「事前に仕組まれていた可能性が高いわね・・・狙いは安全な任務で嘱託とは言え高ランクの魔導師が撃墜され、あわよくば、高町なのはが死亡すれば・・・・追及は免れないわね」

 

「クッ!!」

 

 まんまと敵対勢力の罠になのは達を飛び込ませてしまった事実に、クロノは悔しげに両手を握り締めた。

 安全だと思っていた調査任務こそが罠だった。相手側も高ランクの魔導師であるなのはを犠牲にするような作戦は取り辛いとクロノ達は思っていた。実際になのはレベルの魔導師を倒す為には同レベルかそれ以上の魔導師が必要。旧最高評議会派には何名かはなのはレベルかそれ以上の魔導師が居るが、事前にその者達には別の任務が割り当てられているのも確認済み。だからこそ、油断してしまっていた。

 

「・・・ハラオウン執務官・・・・実はヴィータちゃんから聞いた話だと、この機動兵器の類の存在に関する事は何も出てないの」

 

「どう言う事ですか? ヴィータ達は機動兵器に襲われたんじゃないんですか?」

 

「いいえ、ヴィータちゃん達を襲ったのは別の三体の生物よ。彼女達が乗って向かった艦でもその存在は捉えているわ」

 

 ミゼットは端末を操作し、ヴィータ達が乗って向かった艦に記録されていたブルーメラモン、アイスデビモン、アイスモンの姿をクロノに見せる。

 事前に任務に赴く前に知らされていたとは言え、改めて見るが見た事も無く、常識では考えられない生物の姿にクロノは目を見開き、ミゼットも同意するように頷きながら話を進める。

 

「この生物達に奇襲されて武装局員達は戦闘不能。ヴィータさんとなのはさんは一緒に戦ってこの内の一体を倒したらしいけれど、ヴィータさんは蒼い炎のような生物にやられたらしいの」

 

「ちょっと待って下さい! では、ヴィータとなのはが二人で掛かって漸く一体だけしか二人は倒せなかったって言うんですか!?」

 

 ミゼットが言わんとしている事を察してクロノは信じられないという気持ちに支配された。

 なのはとヴィータの実力をクロノは良く知っている。二人掛かりで挑まれれば、負ける可能性が高いとクロノは思っている。それだけの実力が二人には在る。

 その二人が同時に掛かって漸く一体しか倒せなかった生物。一体何故そんな生物が急に現れたのかとクロノの心中は疑問に満ち溢れる。

 

「・・・一体どうしてそんな生物があの遺跡に?」

 

「彼らはヴィータさんにこう言ったらしいわ。『管理局が自分達を連れて来た』とね」

 

「ッ!? では、やっぱり今回の一件は全て!?」

 

「・・・・可能性は高いけれど・・・・確証は何も無いわ。あくまで状況証拠しかない。もしかしたら管理局と敵対している組織が動いたのかも知れないし・・・・何よりも態々強力な生物達に管理局は敵だと知らせるメリットが在るかしら?」

 

「・・・・確かにそうですね」

 

 ミゼットの考えにクロノは同意するしか無かった。

 管理局でも全体でAAAランク以上の魔導師は5%しかいない。つまり、ブルーメラモン達のような強力な生物が多数出現されれば即座に対抗は難しくなる。ただでさえ二年前から改革で管理局内の高ランクの魔導師の数は減っている。

 そんな状況で次元世界を危険に追い込む行為は、旧最高評議会派からすればデメリットが多くなる。そのデメリットを乗り越えた際には確かに大きなメリットが在るが、其処に辿り着くまでにはかなり困難が待っている。

 

「・・・・何とかなのはさんに起きた出来事を知りたいけれど・・・・彼女の意識はまだ戻ってないわ・・・彼女のデバイスの方は発見出来たの?」

 

 ヴィータのグラーフアイゼン同様になのはのレイジングハートにも記録機能は在る。

 救助された時になのはがレイジングハートを所持して居なかった事から、戦いの場に残された可能性が高いと思い、クロノ達には回収指示が出されていた。

 それから何も分からない現状を抜け出せないかとミゼットは一縷の望みを託すが、クロノは悔しげに首を横に振るう。

 

「・・・・・大きな戦いが在った場所を重点に捜索しましたが・・・・発見出来たのは・・・残骸(・・)だけでした。とても修復は不可能だと技術班から連絡が来ています」

 

「そう・・・・・クロノ執務官。悪いけれど次の任務に同行する予定だったフェイト・テスタロッサ補佐官をメンバーから外してくれるかしら?」

 

「・・・なのはの護衛ですね?」

 

「えぇ・・・もしも管理局内部の者が全てを仕組んだとすれば、何が起きたか知っているなのはさんを狙って来るわ。彼女の証言で全てが覆るかもしれない・・・・(だから、追及が来ないのかもしれないわね)」

 

 今回の件が発生した時にミゼット達は必ず敵対している派閥から追及が来ると思っていた。

 だが、予想していた追及は来なかった。その理由がなのはと言う追及した後に全てを引っくり返せるような証言を行なえる者が居るからだとすれば、追及が来ない事に納得出来る。

 同時にそれはミゼット達と敵対している相手にとってなのはは邪魔な対象。護衛を付けておくのは当然だとクロノも同意を示す。次の任務は確かに重要な任務だが、その隙をつかれてなのはを暗殺させる訳にはいかないとクロノとミゼットは思いながら、今後に対する方策を話し合うのだった。

 

 

 

 

 

 地上本部レジアス・ゲイズ『中将』の執務室。

 この二年間で地上の治安を向上させた事で昇進したレジアスは、本局から届いた資料に険しい瞳を向けていた。其処に記されているのは今回起きた高町なのは達に起きた件に関する資料と現場に調査に赴いたクロノと調査員達が発見した物に関する資料だった。

 クロノ達の調査資料には現場では件の生物は発見出来なかったが、変わりに夥しい数の機動兵器らしき物の残骸が多数残っていた事が記されていた。レジアスが気になっているのは謎の機械兵器に関する項目だった。

 状況から考えればヴィータとなのはと言う高ランクの魔導師を相手に圧倒的な実力を示した未知の生物『デジモン』との出会いは偶然の可能性が大きい。だが、件の生物が発見出来ず変わりに発見した機動兵器に関しては別だった。ヴィータからの話では機動兵器に関する情報は得られず、唯一何が起きたか知っている筈のなのはは未だに意識が戻らないで詳しい話は聞けず、謎の機動兵器の残骸に関しては不明なままだった。

 

(クロノ・ハラオウンの若造は管理局がばら撒いたと言う未知の生物の方が気になっているようだが・・・・現場で発見された機動兵器の残骸らしき物・・・資料に記されている残骸の数から考えて百機以上が居た可能性は高い・・・もしもコレによって『高町なのは』と言う小娘が落とされていたら)

 

 今だ不明な点が多いので仮の話になるかもしれないが、もしも資料に記されていた機械兵器になのはが落とされていた場合、かなり不味い事態になってしまう可能性が高い。

 今現在管理局の改革を進めているので高ランクの魔導師であろうと、犯罪を犯していれば処罰する対象になっている。これらに意を唱えているのが旧最高評議会派に属していた者達。高ランクの魔導師が減れば、それだけ管理局の戦力が減ると彼らは唱えている。今までは管理局にとっての脅威はブラックウォーグレイモンだけだったが、もしも他に脅威が現れれば話は大きく変わって来る。

 現在の管理局の派閥の状況は、旧最高評議会派が三提督派にかなり追い込まれて来ている。もしも今回の一件で現れた『デジモン』に関する点を除外して状況を考え直して見れば、謎の機械兵器の目的はなのはを重傷か或いは抹殺する事で三提督派の勢いを少しでも削ぐ為の暗躍で在った可能性にレジアスもミゼット達同様に気がついていた。

 

「・・・・・ミゼット統幕議長に自らの周りも今一度洗うように進言した方が良いな・・・・それともう一つ。今回の件で連中が勢いをつける前にどのような形で在れ、管理局が関わっている可能性が高い違法研究所で決定的な証拠を手に入れなければならん・・・恐らく何か得たいの知れない事が起きようとしている。高町なのは達が遭遇した未知の生物に関する情報も何としても得なければ、対抗出来ぬやも知れん」

 

 そうレジアスは言いながら、自身の端末を操作して秘書である人物と連絡を取る。

 

ーーーピッ!

 

「首都防衛隊のゼスト・グランガイツを呼んでくれ。例の違法研究所の件だと伝えれば、すぐに来る筈だ」

 

『分かりました、すぐにお呼びします、レジアス中将』

 

 そう秘書官が答えるとレジアスは通信を切って、窓の外から見えるクラナガンの街並みを眺める。

 この二年間、三提督の協力が在ったとは言え、有望な魔導師が地上に増えた事によって治安は僅かながらも向上の兆しを見せていた。それの最大の理由が本局を殆ど単身で襲撃したブラックウォーグレイモンのおかげだと言うのは皮肉に近いが、その治安が崩れ掛けて来ているような嫌な予感をレジアスは漠然と感じて来ていた。

 後数年で大詰めに近かった筈の管理局内の浄化に反するように独自の動きを活発させて来た管理局内の闇の動き。そして高ランクの魔導師を倒せるほどの実力を宿した未知の生物。何かが起き始めているとレジアスだけではなく、本局に居るミゼット、ラルゴ、レオーネは感じていた。

 

「・・・・早急に奴らの息の根を止めるか、未知の生物に関する情報を得なければならん・・・その為には・・・・最高評議会と最も関係が深いとされる違法研究者『ジェイル・スカリエッティ』を捕らえねばならん・・・奴ならば何らかの情報を詳しく所持している可能性は高いからな」

 

 そうレジアスは言いながら、ゼストが来るまでクラナガンの街並みを眺め続けるのだった。

 

 

 

 

 

 数日後のアルハザード研究室。

 その場所の主であるフリートは、漸くイガモン達から送られて来た『倉田』と繋がっている可能性が高い人物の現在の所在地を掴み、ブラック、リンディ、ルイン、ガブモンに説明していた。

 モニター画面に映る地図の一角を棒で指しながら、フリートは目の前に居るブラック達に話す。

 

「この場所に『倉田』と繋がっている人物が居る可能性が高い違法研究所が存在しています。例の高町なのは達を襲った連中は今此処に居ます。この前の件で防備もかなり減っている様子ですから、襲撃するには最も適しているでしょう。とは言ってもそれでもかなり厳重に護られていますね」

 

「そう・・・なら、その研究所はかなり彼女達にとって重要な拠点と見て間違いないのね?」

 

「間違いなくそうですね。こっちの存在には気づいていないでしょうから、今攻めれば情報を全て消滅させるのは不可能でしょう・・・・もしもそれが出来た場合は」

 

「『デジモン』に関係する何が在る可能性が高いと言う事か」

 

「はい・・デジモンはデータ生命体ですから、機械に強いですからね・・・攻め込めばどっちにしても情報は確実に手に入る可能性が高いでしょう」

 

「なら、決まりですね」

 

 フリートの説明にガブモンは納得の声を出し、ブラック、リンディ、ルインもそれぞれ納得しながら立ち上がると、転移装置のある部屋へと向かって行く。

 自分を除いた全員が出て行くのを確認したフリートは、ゆっくりと近くにあるコンソールに手を伸ばして操作を開始する。

 

ーーーカタカタカタ

 

「フフフッ、フレーム及び各種パーツは完成しましたね。後はこれを組み上げて行くだけです」

 

 そう呟くフリートが見つめる先には、次々と各種部分のパーツがアームによって運ばれ一つのデバイスが組みあがって行く映像が映し出されていたのだった。

 

 

 

 

 

 何処とも知れぬ場所。

 その場所に二つの影が立っていた。一人は一般的な大人の男性ぐらいの大きさ。もう一つは子供ぐらいの大きさだった。

 

「・・・スカリエッティから連絡が届きました。どうやらスポンサーと敵対している管理局内の連中がやって来たようです」

 

「そうかい・・・全く事前に情報が渡って来ていたのに、防衛の戦力が殆ど無くなっただなんて笑い話にもならないよ」

 

「仕方が無いでしょう。どうやら『デジタルワールド』側も本格的に動き出したらしいですからね・・デジモンの力を使いこなせていないスカリエッティ達では荷が重いでしょう」

 

「まぁ、そうだね・・・・それじゃ僕は行って来るよ・・・全滅させても良いだろう?」

 

「スポンサーは構わないらしいですから、貴方のお好きなように」

 

「最近運動不足だったから・・少しは運動出来る事を願うよ、それじゃね、倉田」

 

 そう小柄な少年らしき者が告げると共に、音も無く影は消失した。

 残されたもう一つの影は、スカリエッティの研究所を急襲しようとしている管理局員達に同情を僅かに覚えるのだった。




次回はよりにもよって奴が動き出します。

前作までだとブラックが奴出会う機会が中々無かったので、今回は初期の内に出会います。
巻き込まれる管理局員の方々には運が無かったとしか言えないでしょうが。


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傲慢の天使

 とある管理世界の深い森の中に作られた違法研究所。

 その違法研究所を見通せる位置に在る小高い丘の上で、『首都防衛ゼスト隊』の隊員達が違法研究所を見張っていた。

 隊のリーダーであるゼストは険しい視線を違法研究所に向けながら、グローブ型のデバイス-『アスクレピオス』-を構えて足元に紫色の魔法陣を発生させて索敵を行なっている二十歳過ぎぐらいの紫色の長髪の髪の女性-『メガーヌ・アルピーノ』に質問する。

 

「どうだ? メガーヌ」

 

「・・・すいません、隊長・・・研究所を索敵しようにも、何かに阻害されているようで内部まで索敵は無理です」

 

 そのメガーヌの報告にゼストは、丘から見える違法研究所の内部には何者かが潜んでいる可能性が高い事を察する。

 今までも数多くの違法研究所を摘発して来た経験から、破棄された研究所は大抵メガーヌの索敵で何かしらの情報が掴めた。補助型として優秀な魔導師であるメガーヌの実力はゼスト隊の中でも上位。そのメガーヌの索敵で何も判別出来なかったとすれば、少なくとも誰かが研究所の中に居る可能性が高いと言う事に他ならない。

 それを察した話を聞いていた他の隊員達も警戒心と戦意を強めながら、違法研究所の見張りに集中していると、メガーヌと同い年ぐらいの両手に機械的な拳型のデバイス-『リボルバーナックル』-と、両足にローラー型のデバイス-『ロングブーツ』-を装着してバリアジャケットを纏った蒼い髪の女性-『クイント・ナカジマ』が気になった事をメガーヌに質問する。

 

「メガーヌ? つまり、索敵が出来ないのは研究所の中だけで外は出来るのよね?」

 

「えぇ・・少なくともそうよ、クイント」

 

「・・・防衛システムで妨害しているとしたら、かなり高性能ね・・・メガーヌの索敵能力は地上でも一、二を争うのに」

 

「・・・ナカジマの言うとおりだ。今回の任務は今まで以上に危険を伴うだろう・・各自、自分のデバイスの調整は万全にしておけ!」

 

『了解!!』

 

 ゼストの指示に他の隊員達は即座に了承し、クイントもメガーヌも自分のデバイスの調整を始める。

 今回の任務の重要性は隊の誰もが理解していた。もしも旨くいけば違法研究所を行なっている犯罪者の逮捕が出来るばかりか、管理局の闇を更に減退させる事が出来る。

 既にゼスト隊の隊員はレジアスの許可も出たので、管理局と『戦闘機人』及び『人造魔導師』に関する真実を知っている。最初聞かされた誰もが呆然として言葉を失ったが、彼らは管理局を辞めずに留まってくれた。信じられる隊長であるゼストから管理局の浄化に関する案件を聞かされた事も在ったが、隊の誰もが地上の人々の平穏を望んだからだった。

 そんな部下達をゼストは誇りに思っていた。特に『戦闘機人』関係で見逃す事が出来ない事情を持っているクイントのやる気は隊の中でも一番高かった。何としても今回の任務を完遂しなければとゼストが決意していると、隊員達の背後に転送用の魔法陣が出現する。

 

ーーーブォン!!

 

「来たか」

 

ーーーシュゥン!!

 

 ゼストが転送用の魔法陣を見つめながら声を出すと、転送用の陣の消失と共にバリアジャケットを纏い、それぞれデバイスを持った武装局員二十名と、そのリーダーで執務官服を模したバリアジャケットを纏い、『S2U』を手に持ったクロノが前に足を踏み出す。

 クロノはゆっくりとゼスト隊の面々を見回すと、隊長であるゼストに近寄って敬礼を行ないながら挨拶を行なう。

 

「・・少し遅れて申し訳ありませんでした・・・ミゼット統幕議長付きの執務官クロノ・ハラオウン・・並びに本局武装隊員二十名合流しました」

 

「地上本部首都防衛隊所属、ゼスト隊隊長のゼスト・グランガイツだ・・・・君の事は噂で知っている・・今回の任務では宜しく頼む」

 

「此方こそ」

 

 クロノとゼストは互いに挨拶を行ないながら握手を交し合った。

 今回の違法研究所の摘発は今までよりもかなり危険が在ると判断したレジアスは、改めてミゼット達と相談してクロノを含めた選りすぐりの局員達を派遣して貰った。二年前では考えれない状況だが、最近では徐々に『陸』と『海』の犬猿の仲も多少は緩和されていた。だからこそ出来る合同任務であり、これからの管理局内の関係に影響を及ぼす任務でも在る。

 それを理解しているミゼットは信頼が於けるクロノを含め、レジアスが納得するベテランの武装局員二十名を今回の任務に参加させたのだ。

 

「・・クロノ執務官?・・やはり、今回の任務には君の補佐を行なっている少女は参加しないのだな?」

 

「はい・・・テスタロッサ補佐官は別の任務についています。これはミゼット統幕議長からの指示でもあります」

 

「・・・話には聞いている・・・・例の『高町なのは』と言う少女についてだな」

 

「・・えぇ・・・その件でフェイトはかなり精神が揺らいでいますし、更にレジアス中将の情報から今回の研究所の主は彼女と関係が在る意味では深い相手です・・・冷静に職務を行なえない可能性も在りますから、なのはの護衛の為にも参加メンバーからは除外しました」

 

「賢明な判断だ・・・君は大丈夫か? 親しい者を利用されたが」

 

「公私の区別はついています・・・今回の任務の重要性は理解していますので、安心して下さい」

 

「そうか・・・期待させて貰う・・・・だが、嫌なものだな・・・子供が権力争いの犠牲になると言うのは・・・レジアスから聞いたが・・事件の現場には彼女を狙っていた不審な機械兵器の残骸が在ったそうだな?」

 

「はい・・・・技術部の話ではかなり高性能の機動兵器らしく・・・残骸の数から考えて既に量産されている可能性は極めて高いらしいです」

 

「同感だな・・・さて、そろそろ時間だ・・・クロノ執務官・・・其方の武装局員を数名を俺の方に貸してくれ。代わりに此方は索敵が得意な魔導師と接近戦が強い魔導師を出す」

 

「分かりました・・それじゃ僕らは裏手側から攻めて、ゼスト隊長達は」

 

「前からだな・・・前後を挟み撃ちにして逃げ場を少しでも減らすのが良いだろう・・・突入の合図は其方に任せる」

 

「了解です・・・それじゃ行きましょう!」

 

「うむ」

 

 クロノの言葉にゼストは頷き、クロノが連れて来た武装局員数名と自分の部下達を連れて違法研究所に向かい出す。

 それを確認したクロノもクイントとメガーヌの二人を加えた自分の部下達と共に研究所を回りこむように、移動して裏手に回った。ゆっくりと入れそうな場所は無いのかと探すが、それらしい場所は発見出来ず、クロノはメガーヌに質問する。

 

「アルピーノさん・・・何処か侵入出来る場所は在りませんか?」

 

「・・・いえ・・・どうも裏手には入り口らしきモノは無いみたいです、ハラオウン執務官・・・隠されている可能性も在るでしょうけど・・・残念ながらソレらしいモノは探知出来ませんでした」

 

「・・なら、作るしかないわね・・・ハラオウン執務官」

 

「それしかないか・・・・(ゼスト隊長・・・今から壁を破って突入します。一分後に突入をお願いします!)」

 

(了解した!!)

 

 念話で突入のタイミングをゼストに伝えたクロノは、ゆっくりとクイントに顔を向けて無言で頷く。

 クイントはそれに対して頷き返すと、右手に装着しているリボルバーナックルを目の前に在る壁に向かって構え、カートリッジを一発使用すると高速回転し始めたリボルバーナックルを壁に向かって叩き込む。

 

ーーーギュルルルルルルルッ!!!

 

「ハアァァァァァァァァァァァーーーーーーーー!!!!!」

 

ーーードゴオオオォォォン!!!

 

 クイントの渾身の一撃を受けた壁は人が通れるほどの大きさぐらいに粉砕し、即座に二名の武装局員が入り込んで辺りを警戒する。

 入り込んだ二名の局員は大丈夫だと言うように手で促し、警戒しながらクロノ達が内部に足を踏み入れると、其処は偶然にも通路だったらしく、左右に道が伸びていた。

 

「・・・・二手に分かれるのは危険かもしれない。全員前後を警戒しながら、右の方に進もう。僕らが入った位置からだと、右側の方が広い筈だ」

 

『了解』

 

 クロノの指示に静かに他の面々は頷き、警戒しながらゆっくりと通路を進んで行く。

 既にゼスト達も侵入している筈だが、戦闘音のようなモノは聞こえず、念話でも何の連絡が届いていない。余りの静けさにクロノ達は不審を抱きながら、前へと進む。

 

「・・・静かですね」

 

「あぁ・・・・こう言う場合、既にこの研究所は破棄された場所か・・・・或いは・・・」

 

ーーーウイィィィーーーン!!

 

『ッ!!』

 

 突如として通路の奥側から何かが起動するような音が鳴り響き、クロノ達がデバイスをそれぞれ構えた瞬間、前方から楕円形の機械的な目を二つ持った機械兵器-『ガジェットⅠ型』が十機近く宙に浮かびながらやって来た。

 

「撃て!!!」

 

ーーードドドドドドドドドドドドドドドッ!!

 

 クロノの指示にデバイスを構えていた武装局員数名がデバイスの先から魔力弾をガジェットに向かって放った。

 ただの機械兵器ならばこれで大丈夫だとクロノは判断するが、その判断は間違っていると言うように数機のガジェットの前方に何らかのフィールドが発生し、ガジェットに直進していた魔力弾は全て消滅する。

 

ーーーバシュゥン!!

 

「ッ!? 今のはまさか!?」

 

「AMFだと!? 高位の魔法を機械が発生させたと言うのか!?」

 

 目の前で起きた現象に武装局員二名はそれぞれ驚愕と困惑に満ちた声を上げ、クロノ達も思わずガジェットを凝視してしまう。

 ただの機動兵器が高ランクの魔法を使用している。その事実にクロノ達は驚愕するが、すぐさま冷静さを取り戻してそれぞれ身構える。

 

「気をつけるんだ!! 近寄られたら、バリアジャケットの強度も下がって強化魔法も解かれる!! ナカジマさん!! 奴らが来る前にまた壁を破壊して下さい!!」

 

「分かったわ!!! ハアァァァァァァァァァーーーーー!!!!!」

 

ーーードゴオオォォン!!

 

 クロノの指示にクイントは再びリボルバーナックルを振り抜いて、横壁を粉砕した。

 それと共に粉砕した壁の瓦礫の中で大きめ物を、二名の武装局員がバインドを利用して持ち上げ、そのまま勢いよく迫って来ているガジェットに向かって投擲する。

 

ーーードガッ!!ドガッ!!

 

《ビッ!!》

 

 物理的な衝撃を食らったガジェット数機の動きが鈍る。

 その隙を逃さずに一名の武装局員がデバイスの先をガジェットに向けて、魔力弾をフィールドで覆いガジェット達に向かって撃ち出す。

 

「シューート!!!」

 

ーーードォン!!

 

 放たれた魔力弾はガジェット達へと直進し、その周りに発生しているAMFに触れるが、先ほどと違って無効化されること無く次々とガジェット達を撃ち抜いていく。

 

「『多重弾殻射撃』・・・AAランクのスキルね。流石は本局勤務の魔導師って所かしら?」

 

「合同任務にして正解だったわね・・内の隊だけだったら、今の機動兵器でやられていたかもしれないわ・・・まさか、『AMF』を発生させる兵器が在るなんて思ってみなかったから」

 

「同感です・・・・それにしてもこの機動兵器?」

 

「どうしたの? クロノ執務官」

 

 破壊した『ガジェットⅠ型』の残骸を険しい瞳で見つめるクロノの様子に気になったメガーヌが質問した。

 

「・・・・似ているんですよ・・・・僕がなのはが襲われた世界で発見した機動兵器の残骸と」

 

「ッ!? それじゃまさか!?」

 

「クロノ執務官! この機動兵器に使われている素材は、例の機動兵器の残骸と一致します!」

 

 クロノが見つめる機動兵器の残骸とは別の残骸を調べていた一人の局員が叫び、クロノはやはりと思いながら『S2U』を強く握り締める。

 

(やっぱりなのは達は管理局と繋がっているこの研究所の主に襲われたのか!)

 

 目の前にある機動兵器の残骸こそが何よりの証拠。

 『AMF』と言う魔導師にとって天敵の力を宿している機動兵器に多数で襲い掛かれば、ヴィータを護りながらのなのはでは確かに荷が重い。

 これでなのはが怪我を負った原因の一つが判明したと思いながら、クロノは残骸から目をそらす。

 

「もしもこんな兵器が次元世界中に広まったら、大変な事態になっていたかもしれない・・アルピーノさん、ゼスト隊長達と連絡は取れますか?」

 

「少し待って下さい・・・・・・・隊長達の方にも同じ兵器が現れたそうです。でも、もう撃退したようです」

 

「そうですか・・・・こんな機動兵器が在るとは予想外でしたけれど、任務の継続は可能そうだ・・このまま先に進みます」

 

 クロノのその発言にクイント、メガーヌ、武装局員達は頷き、警戒を強めながら通路を進んで行くのだった。

 

 

 

 

 

「やはりやるようだ。ドクターが作った試作品の兵器とは言え、データ上ではAランクの魔導師では勝つ事は不可能だと出ていたのに、こうもあっさりと破壊されるとは・・・・分かっていた事だが今の状況では護り切れんか」

 

 研究所の奥深くで、監視システムから送られて来るクロノ達とゼスト達のガジェットとの戦いぶりを見ていた小柄でコートのような物を羽織り、戦闘スーツに身を包んでいる銀色の髪の少女-『チンク』-は感心するように呟いた。

 その隣で空間ディスプレイを展開して何かの作業を行なっているウーノも、チンクの言葉に同意するように頷く。

 

「相手は本局と地上のベテランの魔導師達の集団。当然強力な集団よ、チンク。試作品のガジェットじゃ相手は難しい・・・しかも前回の任務で最小限のガジェットしか研究所には配備されてない。オリジナルも一応配備されているけど・・・・僅か数機だけしか無いから護り切れないわね」

 

「戦えるのはガジェットを除いて私とウーノだけ・・・だが、ウーノはデータ消去で忙しく戦えないから、実質私だけか」

 

「ドクターは既に別の研究所でトーレとクアットロの治療で忙しいからいない」

 

(残ると駄々を捏ねていたドクターを背後から殴って気絶させ、転移装置に放り込んだのは・・・・ウーノお前では無かったか?)

 

 自らがした事を完全に無視している一番上の姉の行動を思い出しながら、チンクは冷や汗を流してウーノを見つめるが、とうのウーノは気にせずに作業を進行して行く。

 『バイオ・デジモン』の技術で一番影響を受けているのはウーノだと思いながら、チンクはディスプレイに目を戻そうとする。しかし、戻す直前に二人の背後の扉が開き、同時にウーノとチンクは自らに重圧が掛かったような圧迫感を感じる。

 

ーーードックン!

 

『ッ!?』

 

「アレ?・・・・スカリエッティは居ないのかい? せっかく頼まれて援軍として僕が来たのに」

 

 チンクとウーノが突然に感じた圧迫感に息も絶え絶えになる中、圧迫感の主は目的の人物が居ない事を訝しみながら室内に入って来る。

 自分達に圧迫感の主が近づいて来る度にチンクとウーノの息は更に苦しくなって行く。我知らずに二人は平伏するように座り込みながら、息絶え絶えになりながらウーノが告げる。

 

「ハァ、ハァ、ド、ドクターは・・・ぜ、前回の・・ハァ・・・任務で傷を負った・・・し、姉妹達の治療の為に・・・ハァ、ハァ、べ、別の研究所で動いています」

 

「フゥ~ン・・・・そう言えばそんな話をしていたね。どうでも良いから忘れてたよ」

 

(トーレとクアットロの怪我がどうでも良いだと!?)

 

 同盟相手であり、今回の依頼の理由だと言うのに忘れていたと言う圧迫感の主の言葉にチンクは平伏しながら怒りを覚えるが、反論する言葉は出せなかった。

 自らに宿ったデジモンとして本能が告げている。“目の前に居る相手には、逆らう事は愚か反論するような言葉さえも出せないほど圧倒的な力の差が在る事を”。事実圧迫感の主はチンクとウーノを威圧している訳ではなく、ただその場に立っているだけ。

 絶対的な実力の差にウーノとチンクは息を吸うのも苦しくなって行く。二人がそうなっているにも関わらず圧迫感の主は、ディスプレイに映っているゼスト達とクロノ達の様子を眺める。

 

「へぇ~、確かに人間にしてはやるね・・・決めた。僕は後方から来る連中を潰して来るから、君達は前の奴らを頼むよ。機動兵器の方は全部君達の方に回して構わないよ。さて、少しは運動になってくれると良いんだけど」

 

 そう呟くと共に圧迫感の主は部屋から出て行った。

 同時に襲い掛かっていた圧迫感から解放され、チンクとウーノは汗だくになりながら大きく息を吐き出す。

 

『プハァ・・・・・ば、化け物』

 

 安堵したように息を吐き出すと共に、チンクとウーノは揃って同じ言葉を体を震わせながら呟いた。

 

「ハァ、ハァ・・・ウーノ・・お前がドクターを研究所から無理やり避難させたのはこの為だな?」

 

「ハァ、ハァ、ハァ・・・えぇ・・・私達と違ってドクターはまだ『バイオ・デジモン』の処理を行なっていない。前に会った時は倉田が共に居たから圧迫感を抑えていたんでしょうけど・・・今回は隠す気もないようね」

 

「とんでもない援軍が来た者だ・・・・(我知らずに平伏してしまった・・・この前にブラックウォーグレイモンと出会った時でさえも此処までの疲弊は無かった・・・・奴こそが倉田の切り札・・・『七大魔王』の一角を担っている存在!)」

 

「・・・・・とにかくチンク・・・早急に事を終わらせて此処から避難するわよ・・・あんな化け物とこれ以上同じ場所に居たくないわ」

 

「同感だ」

 

 ウーノとチンクは同意し合うと共にそれぞれ動き出す。

 チンクは足早に部屋から出て行き、残されたウーノはディスプレイを展開してガジェットを操作し、前方から入り込んだゼスト達を特別訓練室へと誘導し、後方から入り込んだクロノ達に送り込んでいたガジェット達全てをゼスト達に方に向かうように指示を出す。

 同時にこれからクロノ達に降り掛かる出来事を余す事無く記録出来るように、研究所内の監視装置を動かすのだった。

 

 

 

 

 

 研究所内部通路。

 最初のガジェットを破壊した後も、先に進むクロノ達に次々とガジェットとの戦闘を繰り広げていた。破壊しても破壊しても奥から現れるガジェットに、クロノ達は僅かながらも疲労を覚え始める。

 もしも今回の任務が一部隊だけで行なわれていたら、既に死者が出ていただろう。合同任務にしたのは正解だったと誰もが思いながらクロノ達はガジェットを破壊して行く。

 

「この!!」

 

ーーードゴォン!!

 

「ブレイクインパルス!!」

 

「シュート!!」

 

ーーードドドドドドドドドドゴォン!!

 

 通路の奥から現れるガジェット達を次々とそれぞれのやり方でクロノ達は破壊して行く。

 少しでも疲弊を抑えようと後方でメガーヌは補助魔法で使用し、途切れ途切れでは在るがゼストの方に居る局員からの念話を受け取る。

 

「ッ!! クロノ執務官!! 今、ゼスト隊長側の局員から連絡が届きました!!」

 

「内容は!?」

 

「『戦闘機人』と思わしき少女と出会い、交戦になったようです!?」

 

「『戦闘機人』ですって!?」

 

 メガーヌの報告を横で聞いていたクイントは驚きの声を上げ、クロノも僅かに顔を顰める。

 『戦闘機人』とは人の身体と機械を融合させ、常人を超える能力を得た人造生命体。嘗て管理局最高評議会が進めていた技術の一つで、論理的な面から禁止させながらも進めていた技術。

 やはりこの研究所に居る人物は最高評議会と密接な関係が在った可能性が強まった事に、クロノが顔を更に険しくした瞬間、今まで苛烈なまでに襲い掛かって来た『ガジェットⅠ型』が突如として攻撃を止め、反転すると共に奥のへと消えて行く。

 

《ピピッ!》

 

ーーービュン!!

 

「・・・・・ど、どう言う事だ?」

 

 突然の『ガジェットⅠ型』の動きに一人の局員が疑問の声を上げた。

 他のメンバーやクイント、メガーヌ、そしてクロノも『ガジェットⅠ型』の動きに訝しむ。普通ならばこのまま『ガジェットⅠ型』は攻撃を行なってクロノ達を少しでも疲弊させようとする筈。例え援軍が来るにしても、魔導師にとって天敵と呼べる『AMF』を発生させる『ガジェットⅠ型』を引き上げさせるのは不可解。

 

「(何だ? このまるで必要ないと言いたげな敵の動きは? ・・・とにかく、此処は)・・・メガーヌさん。ゼスト隊長にもしかしたら機動兵器が更に現れるかもしれないと伝えて下さい」

 

「分かりました」

 

「それではクロノ執務官。我々はこのまま先に向かう事で良いんですね?」

 

「あぁ、機動兵器が引き上げたのは不可解だが、此処は更に先に進んで首謀者を捕らえ…」

 

ーーーコツ!

 

『ッ!?』

 

 『ガジェットⅠ型』が消え去った通路の奥から、僅かに聞こえて来た足音にクロノ達は身構える。

 恐らくは敵が来るだろうと誰もが確信するが、クロノ達の確信を裏切るように通路の奥から現れたのは十歳にも満たないほどに幼い金髪の少年だった。

 整った顔立ちをし、何処と無く神秘的な雰囲気を発する少年。着ている服は普通の子供が着るようなズボンにシャツと言う何処にでも在るような服。

 

「・・・・子供よね?」

 

「えぇ・・・・そうにしか見えないわ」

 

 クイントとメガーヌは顔を見合わせながらそう呟きあい、クロノも含めた局員達も拍子抜けしたような顔をする。

 てっきり武装した敵が来ると思っていたが、通路の奥から現れたのは全く魔力が感じられない子供。整った顔立ちのせいで神秘的な雰囲気を感じるが、ただの子供にしか見えない。もしかしたらクロノ達の襲撃で研究所の首謀者から逃げ出した民間人かもしれないと思いながら、一人の男性局員が警戒しながらも近づく。

 

「君・・どうしてこんなところに居るんだい? 私達は管理局の者だ。出来れば事情を聞かせて貰いたいのだが?」

 

 ゆっくりと男性局員は優しげに声を掛けながら少年に手を伸ばす。

 何も少年がする様子が無いとクロノ達が判断し、デバイスを僅かに下げた瞬間、少年に向かって手を伸ばしていた局員の腕が音も無く消失する(・・・・)

 

ーーーシュン!

 

『えっ?』

 

 誰もが見ている前で少年に伸ばしていた局員の腕は、肘から先が消失した。

 呆然とクロノ達は目を見開き、手を伸ばした局員が自らの腕が肘から先を失っている事を認識した瞬間、血が噴き出す。

 

ーーーブシャァァァァァァァァァァァァァッ!!!

 

「ウワァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

 血が噴き出すと共に激痛を感じた局員は叫びながら傷口を別の手で押さえ、床に膝をついてしまう。

 突然の出来事に呆然としていたクロノ達だが、すぐさま我に返って局員を治療する為に駆け寄ろうとする。だが、駆け寄る前に局員の前に立っていた少年が、飛び散る血と局員の叫びに不愉快そうに眉を顰め、局員の口を自らの右手で掴んで叫びを封じる。

 

ーーーガシッ!

 

「ッ!?」

 

「・・・汚い手で僕に触れようとしたばかりか、耳障りな声を出すなんて・・・・万死に値するよ・・・消えちゃえ」

 

 その言葉と共にクロノ達の目の前で少年に掴まれていた局員は消失した。

 比喩でも何でもなく、クロノ達の視界から局員の姿は影も形も無く消え去った。後に残されたのは、床に局員が残した血の跡と、少年が着ていた服に僅かに飛び散った血だけ。

 まるで汚らわしい者に触れたと言うように右手を少年は振るい、自らの服に付いている血に眉を不愉快そうに顰める。

 

「ああぁ・・・服に血が付いちゃったよ。こんな事だったら最初から消しておけば良かった。後でこの服は処分だね」

 

「貴様!!」

 

 余りの暴言に同僚だった局員の一人が怒りに満ちた叫びを上げながらデバイスを少年に向かって構える。

 何をしたかは分からないが、明らかに同僚が消失したのは目の前に居る少年のせい。それを理解した局員達は次々に少年に向かってデバイスを構え、クイント、メガーヌ、クロノも身構える。

 しかし、デバイスを向けられた少年は表情を変える事無く、傲慢に満ち溢れた声で宣言する。

 

「フフッ、良いよ。特別サービスだ。君達に最初に攻撃する権利を与えて上げるよ。僕の運動不足を解消させてくれる事を願っているからね」

 

「この! スティンガーブレイド・エクスキューーションシフトッ!!!」

 

「ロードカートリッジ!!! リボルバーーーシュート!!」

 

『シューート!!!』

 

ーーードドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!

 

 次々と射撃魔法が少年に向かって撃ち出され、少年へと直撃した。

 直撃の影響で爆煙が発生し、通路を埋め尽くすがクロノ達は油断せずにデバイスを構える。一応非殺傷設定では在るが、十数名の局員にクロノの高位の魔法、そしてクイントのカートリッジロードして威力が上がっていた射撃魔法を無防備に食らったのだからダメージは通った筈だと誰もが確信する。

 しかし、そんな確信は突然に煙を晴らすかのように吹く風によって裏切られる。

 

「へぇ~、君達には驚いたよ。まさか、せっかくの最初の攻撃のチャンスを僕が処分しようと思った服を処分してくれる事に使ってくれるなんてね」

 

『ッ!?』

 

 煙が晴れると共に聞こえて来た声にクロノ達が目を見開いていると、煙が完全に消え去り、上半身が裸になった少年が嬉しそうにしながら姿を見せた。

 その肌には傷らしい傷も無く、まともに射撃魔法を食らったにも関わらずダメージらしいダメージも受けている様子は無かった。ただ左半身に不可思議な文様の刺青が腕にも刻まれ、先ほどまで確認出来なかった黄金の腕輪が両腕に嵌められていた。ゆっくりと少年は自らの左頬に触れ、其処にも刺青が現れる。

 

「フフフッ、処分の手間を省いてくれたお礼に僕の名前を教えて上げるよ。僕はルーチェ。『ルーチェモン』」

 

「・・・ルー・・チェ・・・モン?」

 

「そう。あの世への土産にしては豪勢かも知れないけれど、最後まで覚えておいてね」

 

 少年-『ルーチェモン』-は自らの名を宣言すると共に、ゆっくりと右手を上げて指先にそれぞれ光球が作り出される。

 攻撃が来ると認識した瞬間、在る者は防御魔法を発動させ、在る者は回避する為に体を動かす。魔力は全く感じられないが既に一人の局員が消滅しているのだ。油断する訳には行かないと誰もが思いながら動き出す。だが、そんな彼らの行動も。

 

『えっ?』

 

 ルーチェモンの攻撃の前では無駄だった。

 無造作にルーチェモンが腕を振るうと共に放たれた光球は真っ直ぐに防御魔法を発動させていた局員達の胴体を貫いた。

 まるで防御魔法など無駄だと言うように光球は文字通り光の速さで防御魔法を貫いたばかりか、身に纏っていたバリアジャケットさえも無駄だった。貫かれた局員達は床に倒れ伏し、痙攣が止まると共に床が血に染まって行く。回避した者達は一瞬にして五名の局員の命が失われた事に言葉を失うが、ルーチェモンは構わずに別の局員に近寄る。

 

ーーートン!

 

「ヒッ!」

 

「フフッ、バイバイ」

 

 その言葉と共に最初に消された局員同様に消失した。

 圧倒的と言う言葉すら生温い光景に生き残っている者達は言葉を完全に失うが、そんな中メガーヌの支援を受けたクイントがルーチェモンに殴り掛かる。

 

「ハアァァァァァァァァァァッ!!」

 

「おっと」

 

 クイントの拳をルーチェモンは僅かに体を仰け反らせる事で躱した。

 しかし、クイントは其処から両拳、蹴りを連続で放ちルーチェモンに攻撃を繰り出す。その攻撃をルーチェモンは最小限の動きで回避して行く。更にクイントに続いて接近戦が得意な局員も魔力刃を発生させてルーチェモンに攻撃するが、ルーチェモンは余裕さに満ち溢れた顔をして簡単に躱して行く。

 

「アハハハハハ! 運動不足の解消に丁度良いや。ほらほら、もっと攻撃して来なよ!」

 

「ッ!! この!!」

 

 余裕さに満ち溢れて楽しげに動き回るルーチェモンの姿に、クイントは怒りに満ち溢れた叫びを上げながら拳を振り抜く。

 その一撃もルーチェモンは簡単に躱し、別方向から攻撃して来た局員の攻撃も最小限の動きで回避する。必死なクイント達の連携攻撃もルーチェモンにとっては運動不足を解消する為の遊び程度に過ぎない。その事実は人生の大半をシューティングアーツや魔法に費やして来たクイントや局員達のプライドを侮辱するのに十分だった。まるで自分達の頑張りなどルーチェモンにとっては無意味でしかないと知らしめているかのようだった。

 絶え間なくクイント達は攻撃を繰り出すが、回避している筈のルーチェモンではなく、クイント達の方が息を荒げて体力を消耗して行く。

 

『ハァ、ハァ、ハァ』

 

「あれ? まさか、もう終わりなの・・・・困ったな。まだ全然運動不足が解消出来ていないんだけど・・・ねぇ、もっと頑張ってよ」

 

 息を荒げるクイント達に余裕さに満ちた声でルーチェモンは首を傾げながら告げた。

 その言葉にクイント達の顔は怒りに染まり、再びデバイスを構え直す。

 

「そうそう、頑張ってくれないと…」

 

ーーーガシィィィィン!

 

「ん?」

 

 言葉の途中でルーチェモンの足元に発生した魔法陣から魔力の縄が飛び出し、ルーチェモンを拘束した。

 自らを拘束している魔力の縄に首をかしげながらルーチェモンは周りを見渡すと、メガーヌの横で『S2U』の矛先を向けているクロノに気がつく。

 

「『ストラグルバインド』・・・魔力による強化を無効にし、拘束に秀でたバインドだ。油断したようだな」

 

「へぇ~、なるほど。ただ闇雲に僕に攻撃していた訳じゃなく、この魔法の発動時間を稼ぐ為だったんだ」

 

「そう言う事だ。君のその異常な力には驚くが、これで君は何も出来ない。素直に投降して貰おうか?」

 

「・・・・・・・嫌だって言ったら?」

 

「こうするのよ!! リボルバーナックル!! カートリッジロード!!」

 

ーーーガッシャン!!

 

 最初からルーチェモンが素直に従うと思ってなかったクイントは、右腕に装着しているリボルバーナックルから薬莢を排出すると共にルーチェモンに向かって飛び掛かった。

 同時にクロノも『S2U』の矛先をルーチェモンに突き出すようにしながら駆け出し、支援を行なっているメガーヌを除いた他の局員達は自らが放てる最大の魔法を放つ為の準備に取り掛かる。既に何名もの局員を殺害しているルーチェモンに遠慮と言う言葉は無い。この絶好の機会を逃さないと言うように全員が決死の思いで挑む。

 そしてクイントとクロノの一撃がルーチェモンに届こうとした瞬間、ルーチェモンの体が光り輝き、衝撃波が通路内部で発生する。

 

ーーードゴオォォォォォォォ!!

 

『キャアァァァァァァァァァァァァッ!!!』

 

『ウワァァァァァァァァァァァァァッ!!!』

 

 発生した衝撃波によってクロノ達は全員吹き飛ばされ、全員が通路の壁に凄い勢いで激突した。

 バリアジャケットの防御機能さえも無意味にしてしまうほどの衝撃にクロノ達は呻きながら、衝撃波を発生させたルーチェモンに目をむけ、言葉を失った。

 

「フフッ、本当に君達は頑張ったよ。僕の本性を出させたんだから誇って良いよ」

 

 そう楽しげに告げるルーチェモンの姿は変わっていた。

 背中から伸びる純白の十二枚の翼だけではなく耳の辺りからも翼のような生え、履いていたズボンの変わりに白い布のような物を体に纏っていた。神々しいまでの威容を発し、その姿は幻想的と呼べる領域に至っている。

 

「・・・て、天使?」

 

「そう呼ぶ者も居るね」

 

ーーードックン!

 

『ッ!?』

 

 ルーチェモンが言葉を発すると共にクロノ達に圧倒的な圧迫感が襲い掛かった。

 それは今までルーチェモンが意図的に抑えていた自らが無意識の内に発してしまう威圧感。ただ其処に居るだけでルーチェモンは自らの周りに居る者達を威圧してしまう。

 クロノ達の実力ではそのルーチェモンが発する威圧感に抵抗する事さえも出来ない。故にルーチェモンは自らの本性を隠し、実力も一割も出さなかった。しかし、ルーチェモンが本性を現した今、クロノ達は立つ事すらも出来なくなり呼吸困難にさえも追い込まれる。

 

『ハァ、ハァ、ハァ、ハァ』

 

「あぁ、やっぱりこうなっちゃったか。つまんないな。まぁ、少しは解消出来たし、もう終わらせようかな」

 

「・・・グゥッ! ・・・・まだよ」

 

「ん?」

 

 苦しみながらも聞こえて来た声にルーチェモンが振り抜いてみると、互いに支え合うように立つクイントとメガーヌの姿が在った。

 絶え間なく襲い掛かって来る圧迫感に苦しみながらも、二人は支えあうようにして確かに立っていた。同時にクイント達以外にも自らのデバイスを支えにして何名かの局員が立ち上がる。その中にはクロノの姿も在った。

 

「ハァ、ハァ・・・まだ、私達は終わっていないわよ」

 

「ハァ・・当てが・・・ハァ・・・外れたわね」

 

「・・・・・フフフッ、流石は選りすぐりの局員達だね。僕が発する威圧感に抵抗出来るなんて・・・・・意志力だけは賞賛して上げるよ・・・・褒美だ。僕の手で君達は殺して上げるよ(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「ッ!? クッ!!」

 

ーーードン!!

 

「クイ…」

 

 ルーチェモンの宣言と共にクイントは自らが支えていたメガーヌを突き飛ばした。

 その意図を悟ったメガーヌはクイントに手を伸ばそうとするが、その前にクイントがルーチェモンの右手によってその体を刺し貫かれているのを目にする。

 一瞬。正しく一瞬だった。ほんの瞬きの間にクイントはルーチェモンの右手によって、その体を刺し貫かれていた。刺し貫かれた本人であるクイントでさえも認識が追いついていなかったが、それでも目の前にルーチェモンが現れた事実だけは認識し、左腕に残された力を全て込めて殴り掛かる。しかし、クイントの死力を尽くした攻撃もルーチェモンは左手の指一本で受け止めてしまう。

 己の死力を尽くした一撃でも届かなかった事実にクイントは悔しげに顔を歪め、大粒の涙を両目から流すが、ルーチェモンは愉快そうに顔に笑みを浮かべて左手を動かし、クイントの左腕を千切り飛ばすと共に左手を拳の形に変えてクイントの胴体に叩き込む。

 

ーーーズドン!!

 

 明らかに子供の腕が激突したと思えない音と共にクイントは吹き飛び、その先に在った壁を突き破ってクイントの姿はメガーヌ達の前から消え去った。

 ルーチェモンは自らが殴り飛ばしたクイントが消えた壁の方を見つめ、クイントの血が付いた右手を振るって血を飛ばす。

 

「先ずは一人」

 

「・・クイ・・ント」

 

 呆然とメガーヌは自分の前から消えた親友の名前を呟き、床に落ちているクイントの左腕を見つめる。

 クロノ達も一瞬にして消えたクイントに呆然とするが、すぐさまルーチェモンに向かって攻撃しようとする。このままではクイントが自らの身を犠牲にしてまで必死になって護ったメガーヌまでもがルーチェモンの手に掛かってしまう。

 それだけは何としても防がねばならないとクロノ達は動くが、ルーチェモンの右手は呆然としてメガーヌに向けられる。

 

「二人目」

 

「止めろ!!」

 

 無駄だと思いながらもクロノは叫んだ。

 しかし、無常にもルーチェモンの右手から攻撃が-放たれなかった。

 

「ッ!? クッ!!」

 

ーーードゴォン!!

 

『えっ?』

 

 ルーチェモンの右手から攻撃が放たれる直前、クイントが消え去った壁の穴の方から赤いエネルギー球が高速で接近し、慌ててルーチェモンは右手で防御した。

 それはクロノ達が始めて見るルーチェモンの防御姿勢。一体誰がルーチェモンに攻撃したのかと壁に開いている穴の方に全員の目が向くと共に声が穴の向こう側から響く。

 

「まさか、情報ではなく本人が居るとは思っても見なかったぞ」

 

(この声は!?)

 

 壁の向こう側から響いた忘れる筈も無い声。そのクロノの考えが正しいと言うように穴から声の主は姿を見せる。

 

「やはり、既に生まれていたか・・・ルーチェモン」

 

 何時に無く険しい声を出しながら穴の向こう側から驚愕で固まっているクロノ達の前に姿を見せたブラックは、全身から戦意を発して興味深そうに自分を眺めているルーチェモンを睨みつけるのだった。




今回の戦いでルーチェモンにダメージを与えられる者が一人居ました。

あの魔法だけは決まりさえすればダメージは回避出来ません。
最も当てるのだけでも死力を振り絞らないと無理ですが。


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天変地異を呼ぶ技

 クロノ達の前にブラックが現れた頃、正面から研究所内部へ潜入したゼスト達は、ルーチェモンと接触する前のクロノ達同様に襲い掛かって来るガジェットを破壊しながら自分達の目の前に現れた銀色の髪の少女-『チンク』-を追い駆けていた。

 通路の奥から姿を見せると共にチンクは手に持っていた金属製のスローイングナイフ-『スティンガー』をゼスト達に投げつけて来た。一人の局員が防御魔法を発動させて防いだ瞬間、スティンガーは爆発し負傷を負ったが、その局員を他の局員にゼスト達は任せてチンクを追う事を優先した。

 魔力反応が無いただのナイフにしか見えなかった物が爆発物だった事を考えれば、チンクはゼスト達が追っていた違法研究である『戦闘機人』の可能性が高い。その前に戦った『AMF』を発生させるガジェットと組み合えば、強大な敵になるのは確実。魔導師と違って戦闘機人は『AMF』の影響は受けず、その身に宿っている固有スキルも無効化されない。

 此処で何としても捕らえねばならないとゼスト達は判断し、ガジェットを破壊しながらチンクを追い駆けていた。

 

「隊長!? 何か変ですよ!?」

 

「あぁ・・間違いなく誘い込まれているな・・・ムン!!」

 

ーーードガッ!!

 

 部下の一人の発言にゼストは同意を示しながら、自らが持つ非人格の槍型のアームドデバイスを振るい、そばにいたガジェットを粉砕した。

 そのままチンクの方へと目を向けるが、チンクは構わずに奥へと走って行く。最初の攻撃以降、チンクは積極的にゼスト達には攻撃を行なわず、時々スティンガーを投げつける攻撃しか行なっていない。自らの武器を爆発物に変える能力故に無駄なスティンガーの消費は本来は避けるべきはず。

 なのにチンクはガジェットに時々指示を送る以外はスティンガーを無駄に消費する以外の攻撃はして来ない。チンクの不可解な行動にゼストは訝しげな視線を送りながら、背後で研究所内の索敵を行なっている本局の武装局員に念話で質問する。

 

(この先に他の『戦闘機人』らしき反応は在るか?)

 

(いえ、在りません・・・ただこの先に不自然な広い空間が在ります・・・・もしかしたら外に繋がっているかも知れません・・・相手は時間を出来るだけ稼いで、其処から外に出るつもりなのでは?)

 

(・・・・・いや・・・それならばもっと大量の機動兵器を送れば済む筈だ。態々彼女が姿を見せる理由にはならない・・・・よし。メンバーの半分は此処に残って別動で研究所の探索を行なってくれ!! 残りは俺と共に彼女の追跡を続行だ!!)

 

 そのゼストの指示に了承の意思を伝える念話は即座に全員から返って来た。

 すぐさまこの場に残るメンバーの名前を念話で告げ、その他の者達と共にチンクを追い駆けようとする。

 だが、ゼスト達が作戦どおりに動こうとした瞬間、前後を挟むように次々とガジェットが通路の影から現れる。

 

ーーーブゥン!

 

「クッ!! 此処に来て増援だと!?」

 

(この増援・・・・・後方から侵入した連中に送った物・・・・接触したと言う事か)

 

 増援に驚いているゼスト達をガジェットの影に潜むように見ていたチンクは、ルーチェモンがクロノ達と接触した事を悟った。

 これで当初の作戦通りに事が運べるとチンクは内心で喜びながら、両手にスティンガーを構える。

 

(オリジナルの配置も概ね完了している。作戦通りにこの増援の試作品どもとオリジナルで連中を一網打尽に…)

 

(チンク!!)

 

(ッ!? ウーノ! いきなりどうした!?)

 

 別行動を取っているウーノからの突然の念話にチンクは驚きながらも質問した。

 

(そんな連中は放ってすぐに貴女は避難しなさい!! 奴が! いえ、奴らが! ブラックウォーグレイモン達がやって来たわ!! しかも既にルーチェモンと接触しているの!!)

 

(なっ!?)

 

 ウーノからの報告にチンクは思わず両手に持っていたスティンガーを床に落としてしまう。

 それほどまでに不味い状況だった。一体だけでも管理世界の常識を粉微塵に破壊する実力を持ったブラックとルーチェモン。それらが戦い合えばチンク達が居る研究所など跡形もなくなり、荒地だけが残る。当然ながらその地に居るチンク達も無事で済む筈が無い。

 

(転移装置の準備は整っているわ! 早く退去するわよ!)

 

(分かった!)

 

 チンクはウーノの指示に即座に従い、ガジェット達にゼスト達の足止めを指示しようとする。

 しかし、チンクが指示を出す前に潜んでいた場所のすぐ傍を衝撃波が通過し、廊下の壁の一部を粉砕する。

 

ーーードゴォン!!

 

「ッ!?」

 

「悪いが逃さんぞ!!」

 

 ガジェットの増援がチンクが逃げ出すチャンスを作る為だと判断したゼストが、叫びながら接近して来る。

 その様子にチンクは苦虫を噛み潰したような顔をする。これで逃げる機会が失われてしまったと思えながらチンクはスティンガーを構え直し、ガジェット達と共にゼスト達と戦いを開始するのだった。

 

 

 

 

 

(何故此処にコイツが!?)

 

 クイントが吹き飛ばされて開いた穴の向こう側から現れたブラックに、クロノは驚愕と困惑に包まれた視線を向けていた。

 しかし、向けられている当人で在るブラックはクロノや他の局員達の視線など気にせず、ただ真っ直ぐに自らを興味深そうに見ている、ルーチェモンだけを険しい視線で睨んでいた。

 

「・・・・フフッ」

 

「何が可笑しい?」

 

「いや、嬉しいんだよ。正直少しは運動出来たけれど・・・此処に居る彼らじゃ足らなくてね・・・君なら僕の運動不足を解消出来そうだから嬉しいのさ」

 

「ほう・・・・・面白い事を言う。だが、運動不足とやらの解消で済めば良いがな!!」

 

ーーードォン!!

 

 ルーチェモンの言葉に反応するようにブラックはクロノ達の視界から消え去るほどの速さで、ルーチェモンに向かって殴り掛かった。

 予備動作すら殆ど無く一瞬にして全力に近い速さでブラックは動いた。並みの究極体でも防御出来るかどうかの速さ。目の前で起こったにも関わらず、クロノ達には何が起きたのかさえも分からない。しかし、その一撃をルーチェモンは。

 

ーーーガシッ!

 

『ッ!?』

 

 事も無げにあっさりとブラックが振り抜いた左腕のドラモンキラーの三本爪の真ん中を片手で握る事で受け止めた。

 凄まじい勢いで振り抜かれた事で突風が吹き抜けるが、ルーチェモンは涼しげな顔をして目の前にいるブラックを視線を向ける。

 

「殺気も充分に乗った良い一撃だったよ。でも、僕には届か…」

 

「ムン!!」

 

 ルーチェモンの言葉を遮るようにブラックは右腕のドラモンキラーをルーチェモンに向かって振り抜いた。

 至近距離で、更に体格さも在るブラックの手加減抜きの一撃。普通ならば反応さえも出来ない攻撃を、ルーチェモンは再び反応し、今度は右腕のドラモンキラーも受け止めてしまう。

 

ーーーガシッ!!

 

「やっぱり届か・・・ッ!?」

 

ーーードゴォン!!

 

 余裕さに満ちた声でルーチェモンが嘲りの言葉を遮るように、“振り抜いたと同時にドラモンキラーを外して無手になったブラックの右手がルーチェモンの胴体に突き刺さった”。

 最初からブラックはこの一撃だけを狙っていた。一番最初の左腕の一撃はドラモンキラーを使って攻撃を行なうとルーチェモンに思わせる為と接近する為。二撃目の右腕の攻撃はドラモンキラーを勢い良く振り抜くのをカモフラージュにしてドラモンキラーを外し、右腕を自由にする為とルーチェモンの両腕を封じる為。

 それらの流れを違和感なくブラックは行ない、ルーチェモンの胴体に右拳を叩き込んだ。更に追撃するように自らにダメージが来るのも構わず、右拳にエネルギー球を発生させてゼロ距離で爆発を引き起こす。

 

ーーードゴォォォォン!!!

 

 言葉を発する暇なくルーチェモンは爆発の衝撃によって後方の壁へと吹き飛び、壁に背中から激突した。

 その様子を確認したブラックは、爆発の衝撃によって傷ついた自らの右手に構わず後方に向かって叫ぶ。

 

「ルイン!!」

 

「はい!! ユニゾン・イン!!」

 

 ブラックの叫び声にブラックの後方に開いている壁の穴からルインが飛び出し、ブラックの背中に飛びつくと共にルインの体が光り輝く。

 同時にブラックの体から凄まじいエネルギーの本流が発生し、荒れ狂うようにブラックの周りを漂い蒼いデジコードが発生する。

 

ーーーギュルルルルルルルルルルッ!!!

 

「オォォォォォォォォォォッ!!! ブラックウォーグレイモン!! X進化!!!」

 

 デジコードが繭を形成するように自らの体を覆い尽くす中で、ブラックは叫んだ。

 それと共にデジコードは吹き飛び、内部からより機械的になった漆黒の鎧とドラモンキラーを装備し、背中に二つのバーニアを備え、瞳を赤く輝かせた『ブラックウォーグレイモンX』が現れる。

 

「ブラックウォーグレイモンXッ!!!」

 

(・・・こ、これが・・・闇の書の闇を・・・ルインフォースとユニゾンしたブラックウォーグレイモン!!)

 

 目の前で起きた出来事を目の当たりにしたクロノは、我知らずに全身が震えるのを抑えられなかった。

 リインフォースの説明でルインにもユニゾン能力が在るのは知っていたが、こうしてそれを目の当たりにしてクロノは言葉が出せなかった。ただ立っているだけで凄まじい威圧感と圧迫感をブラックウォーグレイモンXは発している。

 感じる限りではルーチェモンが発していた威圧感さえもクロノは上回っていると感じていた。だが、クロノは知らなかった。

 “ルーチェモンが発していた威圧感は無意識に発していた威圧感でしか無かった事を”。

 

ーーードックン!

 

『ッ!?』

 

 突如としてブラックウォーグレイモンXに勝るとも劣らない。いや、もしかすれば勝っているとしか思えないほどの威圧感が発生した。

 その威圧感の主であるルーチェモンはゆっくりと立ち上がり、進化を終えた事によって新たに装備した両腕のドラモンキラーを構えているブラックウォーグレイモンXに目を向ける。

 

「・・・今のはちょっと驚いたよ。でも、最初からその姿(・・・)になって来るべきだったね。その姿なら今ので僕にダメージを与える事が出来たかもしれないよ」

 

「チッ! ・・・・・通常状態の俺の渾身の一撃と至近距離での爆発を受けてダメージも無く、無傷とは・・・分かっていた事だが・・・・反論する気も無くす」

 

『なっ!?』

 

 ブラックウォーグレイモンXが告げた事実に、慌ててクロノ達はルーチェモンに目を向ける。

 其処には確かに至近距離でエネルギー球の爆発を食らい、その前にブラックウォーグレイモンXの渾身の力を込めた拳を食らったにも関わらず、ルーチェモンには傷どころか、その身に纏っている白い布にも焦げ跡さえも無かった。

 

(馬鹿な! 確かにブラックウォーグレイモンの攻撃は当たった筈!? なのに何も無かったように平然としているなんて!? ・・・いや、それよりも)

 

 ゆっくりクロノはルーチェモンからブラックウォーグレイモンXに視線を移す。

 よくよく考えてみれば、幾ら本人が歯牙にも掛けていないとは言え、ブラックウォーグレイモンXとクロノ達は敵対関係に在る。そのクロノ達の前でブラックウォーグレイモンXは切り札の一つである、ルインとのユニゾンを殆ど最初から使用している。

 それが意味する事を悟った瞬間、クロノの顔は一気に青褪め体が恐怖によって震え出す。

 

(・・・・奴は・・・ルーチェモンは・・・・ブラックウォーグレイモンよりも強いと言うのか!?)

 

 それは二年前にブラックウォーグレイモンXが行なった所業を知る者全てからすれば信じ難い事実。

 だが、クロノの予感は残念ながら当たっていた。ルーチェモンは通常状態のブラックウォーグレイモンXでは勝てないと確信出来る実力を持った存在だと、この場に居る誰よりもブラックウォーグレイモンXとルインが理解していた。

 

(ブラック様・・・お気をつけ下さい・・・・この状態の制御時間は二時間近く在るとは言え、それは万全に戦い続けさえすればです・・・ダメージを受ければそれだけ制御に綻びが出来ます)

 

(分かっている・・・・しかし、奇襲での攻撃も防御し、更には今の攻撃でもダメージは無し・・・・・やはり、この状態でも何処まで奴に食い付いて行けるか分からん)

 

 余裕さに満ち溢れているルーチェモンを睨みつけながら、ブラックウォーグレイモンXは体を震わせる。

 だが、その震えは勝てないと言う不安ではなく、これから始まる武者震いだった。無論恐怖は多少なりとも感じている。しかし、それ以上にこれから始まる戦いに対する歓喜をブラックウォーグレイモンXは抱いていた。

 勝てないかもしれない戦いこそ、ブラックウォーグレイモンXが望んでいるモノの一つ。これ以上は我慢出来ないと言う様にブラックウォーグレイモンXは笑いを漏らす。

 

「・・・・・ククククッ! ハハハハハハハハハハハハッ!」

 

「何が可笑しいんだい?」

 

「いや、貴様とこんなに早く戦えるのが嬉しいんだ。この瞬間の為に奴らの依頼を受けたのだからな」

 

「フゥ~ン・・・・・なるほど・・・あいつらも変わった奴に依頼したんだね・・・まぁ、僕は構わないよ。運動不足の解消は出来るし・・君もかなり強い・・・・丁度良い相手だよ」

 

 ルーチェモンはそう告げると共に腰を低くしながら両手を動かし、ブラックウォーグレイモンXに向かって構える。

 それはクロノ達との戦いの時には取らなかったルーチェモンの戦うと言う意志表示。ブラックウォーグレイモンXはルーチェモンの隙の無い構えに警戒心を強める。

 

(妙だな・・・・コイツの構え・・・・余りにも洗練されている。俺の知るルーチェモンは少なくとも構えらしい構えなどした事は無い・・・・まさか)

 

 脳裏に過ぎった一つの可能性にブラックウォーグレイモンXは戦慄を覚える。

 その可能性が当たっているとすれば、目の前に居るルーチェモンはブラックウォーグレイモンXが知識として知っているルーチェモンよりも遥かに危険性が上がる。それを確かめる為にブラックウォーグレイモンXは全身から戦意を発する。

 同時にルーチェモンも更に戦意を発し、クロノ達は呼吸する事さえも出来なくなってしまい、意識が遠退いて行く。

 

(・・・ま、不味い・・・・二体とも・・・・僕らの事なんて・・・・気にしてない・・・このままだと)

 

 自らの意識が朦朧としている事に気がついたクロノは、このままだと自分を含めた局員全員の命が無い事を理解する。

 ブラックウォーグレイモンXも、ルーチェモンも周りを気にして戦う二人ではない。先ず間違いなくクロノ達の事など気にせずに戦う。常識を超えた二体の戦いが始まれば、自らを護る事さえも出来ないクロノ達の末路は決まっている。

 だが、それを理解していてもクロノ達は逃げる事さえも出来ない状態。どうすれば良いのかとクロノが顔を歪めた瞬間、突如として床一面にミッド式でもベルカ式でもない魔法陣が光り輝きながら発生する。

 

ーーーブゥン!!

 

(こ、これは!?)

 

 見た事も無い魔法陣の出現にクロノは声も無く驚愕するが、クロノの驚愕に構わずに魔法陣は光を強める。

 そして光が通路全体を覆い尽くすほどに強まった瞬間、クロノは見た。クイントが消え去った穴の向こう側に立つ何らかの機械のような物を持った人物の姿を。

 

(・・・か・・・母さん)

 

 憂いを覚えているような表情で自らを見つめているリンディが居る事に気がつくと共に、クロノ達の姿は魔法陣から発生した光の中に消え去った。

 光が消え去った後には人が居たと言う痕跡は何一つ残っていなかった(・・・・・・・・・・・)。同時にリンディの姿も穴の向こう側に広がっている闇の中に消え去る。この場に居て自らが出来る事はもう無い事を理解しているからだった。

 そしてリンディの気配が遠ざかった瞬間、ブラックウォーグレイモンXとルーチェモンは同時に動き。

 

「ウオオォォォォォォォォォォッ!!!」

 

「ハアァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

ーーードゴォォォォォォン!!

 

 互いの右腕が激突し合い、衝撃波によって通路全体に罅が広がるが、二体は構わずに攻撃を繰り出し合うのだった。

 

 

 

 

 

ーーーギィン!!

 

「ヌゥ!」

 

「クッ!」

 

 ブラックウォーグレイモンXとルーチェモンが激突し合う少し前、チンクとゼストは自らの武器を狭い廊下の中でぶつけ合っていた。

 戦い始めた当初はゼストは他の局員達と共に戦っていたが、『ガジェットⅠ型』に紛れるようにずっと潜んでいたステルス性能を持ったチンク達がオリジナルと呼ぶ兵器が動き出し、武装局員達に襲い掛かって来た。そのせいで数名の局員が重傷を負い、ゼストは局員達を逃がす為に殿を買って出たのだ。

 その前に無事だった局員達が『ガジェットⅠ型』を全て破壊してくれたので、ゼストは『AMF』の影響は僅かに受ける程度で済んでいる。

 

(どうやらステルス性能を持った機動兵器も『AMF』を発生させられるようだが、最初の機動兵器と違って浮かべないようだな・・・これならば何とかなるかもしれん)

 

 狭い通路が在る方に逃げたのはステルス性能を持った機動兵器を警戒しての事だった。

 幾ら見えないと言っても其処に存在しているのならば攻撃が当たれば破壊出来る。狭い通路ならば、ゼストが前方に向かって魔法を放てば回避する事も出来ずに破壊出来る。現に最初に通路内部に入ると共にゼストが衝撃波を放つと、潜んでいた機動兵器を一機破壊する事に成功した。そして今はチンクとゼストは戦い合っていた。

 

(この男に足止めは通じない。何としても動けないほどの負傷を与えなければ!)

 

 本音を言えば早急にこの場から逃げ出したいチンクだったが、実力者であるゼストから逃げ切れる自信は無い。

 ただでさえ研究所内に残されていた『ガジェットⅠ型』は全て全滅。切り札のオリジナルにしても僅か。その上、チンクは切り札の『バイオ・デジモン』の進化を場所が研究所内なので使えない。一見すればゼスト達が追い込まれているように見えるが、後が無いのはチンクの方だった。

 

「(もう時間が無い!)・・・此処で決めさせて貰う!」

 

(来るか!)

 

 後方に飛び去ると共に自らの周りにチンクは大量のスティンガーを出現させ、ゼストは大技が来ると思い身構える。

 

「オーバーデトネイションッ!!!」

 

 チンクの叫びと共に空中に出現したスティンガーが一斉にゼストに襲い掛かった。

 『オーバーデトネイション』。チンクが人間状態で放てる最大の技。空中に出現させたスティンガーを対象に向かって放ち、『ランブルデトネイター』と併用する事によって対象を倒す必殺技。

 その技がゼストに向かって襲い掛かる。これでゼストを倒せるとチンクが確信した瞬間、ゼストは腰を低くしながら槍を構える。

 

Grenzpunkt(フルドライブ) freilassen(スタート)

 

ーーードォン!!

 

「オォォォォォォォォォォッ!!!」

 

「ッ!?」

 

 デバイスから音声が響くと同時にゼストは静止状態から一気に急加速し、チンクに迫る。

 スティンガーの刃が次々とゼストの体に傷を付け、何本かは突き刺さるが、ゼストの加速は止まらずにチンクに肉薄する。

 至近距離にゼストが迫った事によってチンクは自らも爆発に巻き込まれる危険性が脳裏に過ぎり、『ランブルデトネイター』の発動を躊躇ってしまう。その一瞬の隙を逃さず、ゼストは槍を全力で突き出す。

 

「終わりだ!!」

 

「しまっ!?」

 

 もはや避ける事が出来ない事実にチンクは目を見開くが、ゼストの槍は止まらずに迫る。

 だが、ゼストの槍がチンクに激突する直前、突如として研究所全体を揺るがすほどの振動が襲い掛かる。

 

ーーーゴォォォォッ!

 

「何ッ!?」

 

 研究所を襲う振動にゼストの体は揺すられ、チンクに直撃する筈だった槍の矛先もぶれてしまう。

 そのせいで胴体から頭部の方に矛先は動き、チンクの右目辺りを抉るように傷が出来る。

 

ーーーザッシュ!!

 

「アアァァァァァァァァァッ!!!」

 

 右目辺りから走る激痛にチンクは悲鳴を上げて、右手で傷を押さえながら横に飛び去る。

 その間にゼストは空中に僅かに浮かび、自らに突き刺さっているスティンガーを引き抜きながら研究所全体が襲う振動に困惑したように辺りを見回す。

 

(何だこの揺れは? 一体何が起きている!?)

 

「グゥッ!! は、始まったか!? 悪いがもうお前に構っていられん! 退散させて貰うぞ!」

 

「ま、待て!?」

 

 一目散に逃げて行くチンクをゼストは追い駆けようとするが、その前にゼストの後方から潜んでいた機動兵器が襲い掛かる。

 その事にゼストは気がつかず、無防備な背に向かって機動兵器の鎌が迫る。だが、機動兵器の鎌がゼストの背に届く直前、廊下の影から青い炎が放たれる。

 

「プチファイヤーーー!!!!」

 

ーーードゴォン!!

 

「ヌッ!」

 

 背後から聞こえて来た爆発音にゼストが振り返ってみると、自らを襲おうとしたと思われる機動兵器の残骸を目にする。

 

「誰だ!? 其処に隠れているのは!?」

 

 機動兵器が爆発する直前に聞こえて来た声の方に向かってゼストは槍を構える。

 護ってくれたとは言え、味方とは限らない。故にゼストは声の主の正体を探ろうとするが、その前にゼストの足元が光り輝く。

 

ーーーブゥン!!

 

「ッ!?」

 

「貴方の仲間は既に避難して貰いました! 悪いですけれど、貴方にも逃げて貰います」

 

「何ッ!? ま、待てどう言う…」

 

ーーーシュゥン!

 

 全ての言葉を言い終える前にゼストは光の中に消え去った。

 それを確認すると共に廊下の影から何らかの機械を持ったガブモンが現れる。

 

「これでリンディさんから頼まれた事は終わった・・・・・それにしてもルーチェモンが此処に居るなんて」

 

 険しい声をガブモンは出しながら、激しく揺れが続く研究所内部を見回す。

 最初の揺れよりも徐々に揺れが強くなっていた。このままでは研究所の崩壊は間近に迫っているとガブモンが感じていると、通路の奥からリンディが飛んで来る。

 

「アッ! リンディさん!」

 

「ガブモン君! そっちは!?」

 

「はい、もう終わりました! もうこの研究所には管理局員の人は居ない筈です」

 

「そう・・・それじゃ私達も避難するわよ。今の私達じゃ足手纏いにしかならないから」

 

「はい」

 

 悔しい想いを抱きながらも、ガブモンはリンディの言葉に同意した。

 並みの究極体を遥かに越えるルーチェモンを相手に成熟期までしか進化出来ないガブモンでは勝ち目は無い。リンディにしても究極体とやり合える力はまだ持っていないので、足手纏いにならない為にも避難するしか無かった。

 倉田に繋がる情報を得られなかったのは残念だが、そんな事を言っていられる事態では無い。文字通り世界を揺るがす力を持った者同士の戦闘が始まっているのだから。一先ずはアルハザードに避難しようとリンディとガブモンは思いながら、ゼスト達の時と同じように持っている機械を操作してアルハザード式の魔法陣を発生させる。

 

「・・・・ん? リンディさん? 何か在ったんですか?」

 

「・・・・・・少し懐かしい知り合いに会っただけよ・・・それだけなの」

 

 それ以上は何も言わないというようにリンディは口を閉ざす。

 何時もと違うリンディの雰囲気を察したガブモンはそれ以上聞く事無く、二人の姿は魔法陣から発生した光の中に消え去ったのだった。

 

 

 

 

 

 そして研究所内部に残された二体。ルーチェモンとブラックウォーグレイモンXは、周りになど構わずに戦い続けていた。

 

「ムン!!」

 

「おっと!」

 

ーーードゴォォン!!

 

 ブラックウォーグレイモンXが勢い良く振り下ろした踵落しを、ルーチェモンは飛び去る事で避けた。

 躱された踵落しは地面と激突し、一気に円状に陥没するが、ブラックウォーグレイモンXは構わずに宙に浮かんでいるルーチェモンに向かって飛び掛かる。

 

「ドラモンキラーーー!!」

 

「フッ!!」

 

ーーードガッ!

 

 ブラックウォーグレイモンXが突き出したドラモンキラーの刃がルーチェモンの右腕に触れるが、その身には傷一つ付かなかった。

 自らの全力攻撃が全てルーチェモンに通らない事実に歯噛みしながらも、更に攻撃を繰り出そうとする。だが、ブラックウォーグレイモンXが攻撃を繰り出す直前のほんの僅かな隙を逃さず、ルーチェモンの拳が胴体に突き刺さる。

 

「ほらっ!」

 

ーーードゴォッ!!

 

「ガハッ!」

 

 全身を貫くような衝撃にブラックウォーグレイモンXは息を吐き出した。

 既にブラックウォーグレイモンXが纏っているクロンデジゾイド製の鎧には幾重にも罅が入っていた。逆にルーチェモンの体には傷一つ無く、その身に纏っている白い布にも破れ一つ見えなかった。戦い始めてからブラックウォーグレイモンXの攻撃は幾度かはルーチェモンにヒットしていたが、ルーチェモンがその身に纏っている力のせいで傷一つ付けられなかった。

 自らの身に襲い掛かる激痛に苦しみながらも、ブラックウォーグレイモンXは蹴りを放つ。

 

「チィッ!!」

 

 渾身の力を込めて蹴りをブラックウォーグレイモンXは放つが、ルーチェモンは僅かに体を傾けるだけで避ける。

 

「危ない、危ない・・・それにしても君・・・やるね・・・今の君ならロイヤルナイツクラスの実力は在るよ」

 

「ハァ、ハァ、ハァ・・・・・その俺を此処まで追い込みながら良く言う・・・・だが、これでハッキリした」

 

「何がだい?」

 

「貴様・・・・何の為に自らの力を高めている? 『スサノオモン』への復讐の為か?」

 

ーーーピクッ!

 

 ブラックウォーグレイモンXの言葉にルーチェモンの体が僅かに震えた。

 その反応にブラックウォーグレイモンXは、抱いていた疑問が当たっていた事を確信する。

 

「気にいらんが、明らかに貴様の戦いは俺ではない誰かを意識した戦いだ・・・・最初は同じ『七大魔王』かと思ったが・・・それとは違う・・・ならば、『傲慢』を司る貴様が力を高めるほどに望む相手は一体だけ・・覚醒した貴様を打ち倒した『スサノオモ…」

 

「それ以上喋るな」

 

ーーードゴォン!!

 

「ガッ!!」

 

 今までに無い冷徹な声と共にルーチェモンの姿は消え去り、ブラックウォーグレイモンXの胴体に再び拳が突き刺さった。

 その威力は今までを遥かに越え、ブラックウォーグレイモンXが纏っている鎧の胴体部分が砕け散ったばかりか、衝撃によって後方へと吹き飛ばされてしまう。

 次々とブラックウォーグレイモンXは研究所の壁を突き破り、遂には外にまで出てしまう。

 

ーーードォン!!

 

「・・・・・・グゥッ!」

 

(ブラック様! す、すぐに治療魔法を!)

 

(余計な事をするな! お前は進化の維持に集中しろ!)

 

(で、ですが! もうダメージがかなり溜まっています!)

 

「今進化が解ける方が問題だ! 来るぞ!」

 

ーーーゴオォォォォォォォッ!!

 

 ブラックウォーグレイモンXが地面から立ち上がると共に、目の前に在った研究所が瓦礫の山へと化した。

 同時に天に昇るように光が空へと浮かび上がり、全身から光の力を発しているルーチェモンが殺意と冷徹さを宿した瞳でブラックウォーグレイモンXを見下ろす。

 

「・・・・この僕の考えを見抜くなんて・・・・君は気に入らないよ。跡形も無く消し去ってやる!」

 

(来るか! 待っていたぞ!)

 

 ルーチェモンが右手を掲げると共に渦巻く力を感じながら、ブラックウォーグレイモンXは両手をルーチェモンに向かって突き出し、大気中に漂っている負の力を凝縮して行く。

 それはブラックウォーグレイモンXが放てる最大の必殺技の構え。回避する事が不可能な必殺技。

 

「ハデスフォーース!!!」

 

ーーードドドドドドドドドドドドッ!!!!

 

 咆哮と共にブラックウォーグレイモンXが突き出していた両手の先から、数え切れないほどの巨大なエネルギー球が撃ち出された。

 撃ち出されたエネルギー球は真っ直ぐに上空に浮かんでいるルーチェモンに向かって超高速で迫って行く。並みの究極体でも大ダメージを免れる事が出来ないほどの威力がエネルギー球一発一発に宿っている。

 その絶対的な威力を秘めたブラックウォーグレイモンXの必殺技は。

 

「グランドクロス!!」

 

 ルーチェモンが右手の先に作り上げていた惑星直列の様に十字を模った十個の超熱光球を放つと共に、全てが光に飲み込まれた。

 

 そして光が消えた後には、空はまるで夜になったかのように分厚い雲に覆われ、雷が鳴り響くと共に嵐が巻き起こる。

 『グランドクロス』が放たれた地上は悲惨と言う言葉で言い切れない状態だった。人工物だった研究所はその痕跡を一切残さず消滅し、緑で覆われた森の木々は全て失われ、大地には幾重もの裂け目さえも出来ていた。その裂け目の向こう側には赤いマグマが流れているのが見える。

 『天変地異』。それに相応しい状況が地上には広がっていた。だが、それを成したルーチェモンは地上の事など気にせず、自らの右脇腹を右手で押さえながら不愉快そうに見つめていた。

 

「・・・・・やってくれるね・・・・まさか、僕が『グランドクロス』を放つ瞬間を狙っていたなんて」

 

 呟きながらルーチェモンが右手を脇腹から退かすと、其処には抉られたような()が出来ていた。

 ブラックウォーグレイモンXは自らとルーチェモンの間にある実力差を理解していた。あのまま戦っていても勝てないと判断したブラックウォーグレイモンXは、ルーチェモンを挑発し『グランドクロス』を放つように仕向けた。

 『傲慢』の称号を司るだけ在ってルーチェモンにとっては自らの考えを読まれるなど赦し難き所業。

 怒りで冷静さを失ってしまったルーチェモンはブラックウォーグレイモンXの策どおりに動いてしまった。『ハデスフォース』は『グランドクロス』とぶつかり合って飲み込んだが、『ハデスフォース』を放つと共に撃ち出されていた『ドラモンキラーの爪』にルーチェモンは気がつけなかった。

 『グランドクロス』を放った直後で力が落ちていたルーチェモンの右脇腹を『ドラモンキラーの爪』が抉ったのである。ギリギリのところでルーチェモンは気がつき、致命傷だけは避けられたが、後一瞬でも体を捻るのが遅れていたら致命傷を負っていたのは間違いなかった。

 

「・・・・危険だ・・一年前にも思ったけれど・・・・アイツは危険だ・・・・次に会ったら今度は逃がさない。最初から全力で殺しに掛からないと」

 

 そう呟くと共にルーチェモンの姿は空間に溶け込むように消失し、後に残されたのは『天変地異』が巻き起こったと思わされる荒れ果てた地上と嵐が巻き起こる空だけだった。

 

 

 

 

 

 アルハザード転移室。一足速く戻って来たリンディとガブモンは、フリートから連絡が届くのを待っていた。

 戦いが終わり、ブラックとルインがルーチェモンに勝ったのか。或いは敗北してしまったのかとリンディとガブモンが不安を抱いていると転移室に光が生まれる。その光にリンディとガブモンが気がついた瞬間、光が強まり纏っている鎧と両手のドラモンキラーが見るも無残な姿に変わり果て、背中に背負っているバーニアも原型を留めないほどに破壊されたブラックウォーグレイモンXが傷だらけの姿で現れる。

 その姿にリンディとガブモンが言葉を失って呆然としていると、ブラックウォーグレイモンXをデジコードが全身を覆うと共にユニゾンが解けて、ブラックとルインが床に倒れ伏す。

 

ーーードサッ!

 

「ッ!? ブラックさん!!」

 

「二人とも確りして!!」

 

 ガブモンとリンディは慌ててブラックとルインに駆け寄る。

 しかし、意識が無いのか二人は答える様子が無く、本格的に危ないとリンディは悟り、フリートに慌てて連絡する。

 

ーーーピッ!!

 

「フリートさん! フリートさん! 聞こえる!?」

 

『はいはい! 聞こえていますよ、リンディさん。こっちは今頼まれた(・・・・)人物の一応の処置が終わったところです。これから本格的な治療を開始するところですけれど、如何したんです?』

 

「彼とルインさんが重傷を負って帰還したのだけれど、二人とも意識が無いようなの!!」

 

『ッ!? 了解です! ルインさんをすぐにこっちに転移させますから、ブラックの方は先日ブルーメラモン達が使ったデジモン用治療道具を使用して下さい!』

 

「分かったわ! ガブモン君! 治療道具を取って来て!」

 

「分かりました!」

 

 リンディの指示にガブモンは返事を返すと共に、転移室から出て行った。

 それと共にルインの体の下に転移用の魔法陣が発生し、ルインはフリートの下に転移した。リンディは横目でそれを確認しながら、一先ずはガブモンが戻って来るまで呼びかけを続けようとブラックの傍による。

 

「確りして!! 今ガブモン君が治療道具を持って来るから!」

 

「・・・・い、言われんでも・・・・・わ、分かっている」

 

「ッ!?」

 

 返事を返したブラックにリンディは目を見開くが、ブラックは構わずにうつ伏せになっていた体を動かして天井を見つめる。

 

「・・・・・・ククククッ・・・・・・ルーチェモンか・・・・・やはり、奴は・・・・・最高の獲物だ・・・・必ず・・・倒してみせる・・・・・・暫らくは眠る・・・・ル、ルインの事は頼むと・・・・フリートに伝えておけ」

 

「えぇ・・・・分かったわ。だから今は貴方も休んで」

 

「・・・・あぁ」

 

 その言葉と共にブラックは瞳を閉じ、意識を深い眠りの底につかせる。

 一先ずは命の心配は無いと安堵の息を漏らすと共に、リンディはガブモンが戻って来るまでブラックの頭部を自身の膝の上に乗せて眠るブラックを優しげに見つめるのだった。




暫らくブラックは戦闘不能になりました。
現在のブラックの強さはディアボロモン級には通常状態でも勝てますが、ロイヤルナイツ級には勝てません。
『X進化』状態ならばロイヤルナイツに匹敵しますが、あくまで匹敵するだけで経験を積んでいるロイヤルナイツ《セイバーズの世界》には勝てません。

逆にルーチェモンはただでさえチート級のデジモンなのに、二度の敗北で成長してしまいました。

次回はゼスト達とチンク達がどうなったのかと、次の進展が始まります。


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波紋

今回はちょっと短めです。


 重傷を負って帰還したブラックとルインの治療を終えた後、二人をフリートとガブモンに任せたリンディは、すぐさまオファニモン達に事の次第についての報告を行なっていた。

 

『オォォォッ・・・・』

 

『・・・・間違いなく・・・・ルーチェモンだ』

 

『やはり既に覚醒を果たしていた・・・・予想していた事とは言え・・・間違いである事を願っていましたが』

 

 リンディから送られて来たルーチェモンの姿が映った映像に、ケルビモン、セラフィモン、オファニモンは動揺を隠し切れない様子で映像を見つめる。

 一年前のディアボロモンが引き起こした事件の裏に、ルーチェモンらしき影が存在していたとは言え、『三大天使』としては外れて欲しかった予感だった。それほどまでにルーチェモンの覚醒を『三大天使』は、いや、デジタルワールドの護りを担う全てのデジモンが恐れていた。

 

「ルーチェモンは彼『X進化』の形態を知っていました・・・彼がデジタルワールド以外で『X進化』を使ったのは一年前のディアボロモンとの戦いだけの筈。つまり、推測していた通りあの事件の裏には」

 

『・・・ルーチェモンの介入が在ったと見て間違い在るまい』

 

『だとすれば、やはり同時期に起きた各デジタルワールドでの幼年期デジモン及びデジタマの大量失踪の犯人もルーチェモンとその配下と見るべきか』

 

『私もセラフィモンの考えに同感です・・・・ケルビモン、貴方は?』

 

『我も同じだ。だが、予想していたよりもルーチェモンの覚醒が早過ぎる!』

 

 苛立たしげにケルビモンはテーブルに手を叩きつけた。

 それと言うのも本来ならば『七大魔王』に属するデジモンの覚醒には時間が掛かる。しかも、膨大なエネルギーが必要なのだ。加えて言えばルーチェモンが封印されていたデジタマには『三大天使』が施していた強力な封印が掛かっていた。だからこそ、一年前のディアボロモンの件と幼年期デジモン及びデジタマの失踪事件の犯人がルーチェモンだと確証出来なかった。

 だが、こうしてルーチェモンが目覚めている姿を捉え、しかもルーチェモン自身が一年前の件に関わっていた事を臭わせる言葉を告げている。

 それら全てを理解しているリンディは、ゆっくりと空間ディスプレイに映っているオファニモン達に自らの推測を話す。

 

「・・・・考えられるとすれば、管理局が保管している『ロストロギア』をルーチェモン覚醒に用いたのかもしれません」

 

『・・・『ロストロギア』・・・確か各世界の遺失文明が残した遺産の名称だったか?』

 

「はい。『ロストロギア』の中には『次元震』と呼ばれる世界を揺るがすどころか崩壊に導くほどの災害を巻き起こす物も在ります。私自身も管理局に属していた時に、その類の『ロストロギア』を回収しました」

 

『では、『倉田明弘』は『ロストロギア』を用いて私達が掛けた封印を破り、ルーチェモンを覚醒させたと考えている訳ですね?』

 

「オファニモンさんの考えのとおりです・・・確かにお三方が掛けた封印となれば、並大抵の事では破れないでしょう。ですが、管理局は創立以来からずっと『ロストロギア』を収集しています。その数は膨大です。それらの強力なエネルギー関係を使えば…』

 

『我らの封印とて破れると言う事か』

 

『いや、僅かな綻びだけでもルーチェモンならば内側から破れるだろう。嘗て『デジタルワールド』の全てを使って封印していた時でさえも、奴は長い年月を掛けて封印を破ったのだから』

 

 リンディが告げた推測にケルビモン、セラフィモンは苦々しい声を出しながら納得した。

 だが、その推測は更に不味い事態が迫っている事を告げる情報だった。ルーチェモン以外の『七大魔王』のデジタマにも全て強力な封印が施されている。だが、既に『倉田』は封印を破り、早い段階で『七大魔王』を覚醒へと至る為の手段を手にしてしまった。もしも残る六つの『七大魔王』のデジタマが奪われれば、『七大魔王』デジモンの早期覚醒が行なわれる可能性は充分に考えられる。

 状況は自分達が予測していた以上に最悪な方向へと突き進んでいる事実に、オファニモン達は顔を暗くする。

 

『・・・・・やはり例の件に関しては・・・・早期に実行すべきようですね』

 

「例の件?・・・・と言いますと?」

 

『うむ・・・・実は我らは兼ねてより各デジタルワールドの守護者達と話し合う場を設けようと考えていたのだ』

 

『先日貴殿らの報告を受けてから、各デジタルワールドのデジモンが此方側に存在している事を見過ごせないと、他のデジタルワールドの守護者達から打診が届いて来ている。私達としても他のデジタルワールドの守護者達と一度顔を合わせて話し合うべきだと考えていた』

 

『今回の『ルーチェモン』の存在は隠す事は出来ない事実です・・・・故に近々話し合いを行ないます』

 

「分かりました・・・確かに必要な事ですから・・・それで私達は今後はどう行動すべきなのでしょうか?」

 

『・・・・ブラックウォーグレイモンが重傷で動けないとなれば、貴女とガブモンだけで『倉田』と『ルーチェモン』を追うのは危険過ぎます。暫らくはイガモン達と共に各世界に居るデジモン達の帰還作業を主として動いて下さい。無論情報収集は怠らずにお願いします』

 

「・・・了解しました」

 

 オファニモン達の告げた方針は適切だとリンディは判断し、映像の先に居るオファニモン達にお辞儀する。

 同時にオファニモン達も頷き返すと共に、ディスプレイが消失し通信が終わる。リンディはゆっくりと顔を上げると共に背後に置かれている椅子へと座る。

 

(フゥ~・・・・・『七大魔王』デジモン・・・彼の知識と話で知ってはいたけれど、知っているだけだと思い知ったわ・・・・正直正面から向かい合うなんて出来ないと見ただけで理解させられた)

 

 戦いが始まる前にルーチェモンの姿をリンディも確認して、クロノ達の避難を行なった。

 だが、それが出来たのはブラックが前に立っていたおかげだった。ルーチェモンが放っていた威圧感に対して、リンディもまた萎縮してしまっていたのだ。ブラックが居たおかげで威圧感に飲まれずに済んだが、正直自分の死しかリンディはルーチェモンを見てイメージ出来なかった。

 戦うと言う意志さえも失わせて、敗北のイメージしか与えない存在こそが『七大魔王』デジモン。その力をリンディは味わった。我知らずに震える体をリンディが抱き締めていると、部屋の扉が開きガブモンが入って来る。

 

ーーーブゥン

 

「失礼します、リンディさん」

 

「ッ! ・・・・・・あぁ、ガブモン君。治療の方は終わったの?」

 

「はい、ルインさんの容態も安定しましたし、ブラックさんも自己治癒の最中で、後リンディさんが転送させた例の人(・・・)も取り合えず命の心配は無いそうです」

 

「そう・・・・(あの状態の彼女(・・)の命を救うなんて・・・・・流石はフリートさんと言うべきかしら)」

 

 リンディがフリートに治療が頼んだ相手は、それこそ一刻を争うどころか生きているのが不思議な状態だった。

 内臓の殆どが破裂。骨格は全身罅だらけ、両手足に関しても辛うじて右足が繋がっている状態でリンディとブラックの目の前に壁を突き破りながら現れたのだ。もしもリンディが慌てて受け止めていなければ、そのまま壁を突き破って外どころか研究所から遠く離れた場所で発見されていただろう。無残に変わり果てた肉片として。

 そんな状態の人物の命を取り留めたばかりか、再起可能にまで出来るのだからアルハザードには『死者蘇生』の秘術が在ると思われても可笑しくないと思いながらリンディは椅子から立ち上がる。

 

「さて、それじゃフリートさんにお礼を言わないとね。私の我が侭を聞いてくれたんだし」

 

 そう呟くと共にリンディはガブモンと共にフリートが居る治療室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

「・・・・此処は?」

 

 クロノは目覚めると共に辺りを見回す。居る場所は如何やら何処かの病室らしく、自身が着ている服も病院着に成っている事に気がつく。

 一体自分は何故此処に居るのかと体を起こしながら、意識を失う前の出来事を思い出そうとする。しかし、クロノの思考を遮るように病室の扉が開き、エイミィが病室に入って来て目を見開く。

 

ーーーブゥン!

 

「ッ! ・・・・クロノ君?」

 

「・・・エイミィか? 此処は一体ど…」

 

「クロノ君!!」

 

 言葉を遮るようにエイミィは走り、クロノを抱き締める。

 突然のエイミィの行動にクロノは驚きながら目を瞬かせるが、エイミィは構わずにクロノを抱き締め続ける。

 

「・・・本当に・・・本当に心配したんだよ・・・急に連絡が途切れたし・・・そ、それに現場があんな事になったから・・・」

 

「あんな事? ・・・・・・ッ!? そうだ!」

 

 エイミィの発言に鈍っていた思考が漸くハッキリしたクロノは気絶する前に起きた出来事を全て思い出す。

 圧倒的な威圧感を発して立ちはだかったルーチェモン。そのルーチェモンの前に現れたブラック。そして動けずにいた自分達を逃がしてくれただろうリンディの事も全てハッキリ思い出した。即座にクロノは抱きついているエイミィの肩に手を置いて引き剥がし、真剣な眼差しで見つめる。

 

「僕らが向かった現場はどうなった!? それに他の局員達は!?」

 

「・・・・クロノ君以外の潜入した局員の殆どがこの病院で入院しているよ・・・ただ五人の局員が死亡を確認されて・・・それで三名の局員が行方不明なの」

 

「ッ!?」

 

 顔を暗くしながらエイミィが告げた事実に、クロノはルーチェモンに殺された局員達の事を思い出す。

 殴られて壁の向こう側に消え去ったクイントも数に含めれば、クロノが知っている数と合っている。呆然として居るクロノにエイミィはゆっくりと事情を説明し出す。

 突然に違法研究所に潜入した筈のクロノ達が、現場から遠く離れた都市の大病院の前に転移して来た事。すぐさまエイミィ達の下にその報告が届いて病院に訪れた事。

 自分がこの場に居る理由が分かったクロノは納得したように頷く。その様子を確認したエイミィは、部屋に備え付けられているテレビのスイッチに手を伸ばす。

 

「それと・・・・現場の事だけど・・・・これを見た方が早いよ。今はどのチャンネルでもやってるから」

 

ーーーポチッ

 

「ッ!?」

 

 エイミィがテレビのスイッチを押すと共に映り出した画面に、クロノは驚愕した。

 画面に映っている光景は、まるで『天変地異』が起きたとしか思えない光景だった。強烈な雨と全てを吹き飛ばすほどに吹き荒れる風が巻き起こる空。そして地上は風によって一切の木々が薙ぎ倒され、更には地面に亀裂が幾重にも広がっていた。

 その光景にクロノが言葉を失っていると、レポーターと思わしき人物が現場の説明を行い出す。

 

『御覧の通り、突然に起きた現象によって現場は酷い状況です。現在私達の世界に常駐している管理局員が総動員してこの現場近くで襲い掛かった地震に寄る人々の救助を行なうと共に、亀裂からのマグマの流出の警戒に当たっています。付近の皆様は管理局の指示に従って行動して下さい』

 

「・・・マグマの・・・流出だって?」

 

「そうだよ・・・・現場がこんな事に成ってから、ずっと警戒に当たっているの。それに余震も続いていて、もしもマグマの流出が起きたら亀裂の数から考えて付近に酷い被害が起きるから、今本局からも増援が次々とこの世界に向かってる。その中には広域魔法を使えるはやてちゃんとリインフォースも居るの」

 

「・・・・そうか」

 

 搾り出すような声で相槌を返すのがクロノには精一杯だった。

 気絶する直前まで居た現場で起きている災害の原因は、先ず間違いなくブラックとルーチェモンの激突の結果。ブラックの非常識さは知っていたが、それに匹敵するような存在が現れた。

 

(・・・ブラックウォーグレイモンはルーチェモンの事を知っているみたいだった・・・・それにルーチェモンも・・・・一体何が起きているんだ?)

 

ーーーガチャッ!

 

「失礼するぞ」

 

 クロノの思考を遮るように病室の扉が開き、病院着を着たゼストが入って来る。

 ゼストの来訪にクロノが顔を上げると共に、ゆっくりとゼストはクロノに視線を向けながら声を掛ける。

 

「・・・起きたようだな、クロノ執務官」

 

「はい・・・・・グランガイツ隊長も無事で何よりです」

 

「何とかな・・・・聞きたい事があって来た」

 

「・・・分かってます」

 

 ゼストがやって来た意味が分かっているクロノは頷き返し、エイミィはゼストが座れるように椅子を用意する。

 用意された椅子にゼストは座りながら、ゆっくりとクロノに顔を向ける。

 

「・・・・粗方の事情は先に目覚めたメガーヌから聞いている・・・・ルーチェモンと言う奴にナカジマを含めた者達はやられたそうだな?」

 

「・・・・ナカジマさんを含めたお借りした部下の方々の何名かを死なせてしまった事は・・・・・謝って済む事では無いですが、申し訳ありません」

 

「いや・・・・・話を聞くだけでも、あのブラックウォーグレイモンに匹敵する相手だったのは理解している。それにあいつらも覚悟は出来ていた。管理局と言う仕事についているのだから、覚悟は俺も常にしている・・・・問題はこれからだ」

 

「・・・・はい」

 

 ゼストの言いたい事を理解しているクロノは同意を示した。

 今回の失敗は多大な失点になるのは目に見ている。任務の失敗だけではなく、管理世界の一つに被害を及ぼしてしまった。ブラックが関わっているからと説明したとしても、単体で『天変地異』を及ぼすほどの被害を引き起こせると一般の人々が信じる訳が無い。これで自分達と敵対していた派閥が本格的に再起に乗り出して来る未来が予想出来るクロノとゼストは、悔しそうに顔を歪めるのだった。

 

 

 

 

 

 『天変地異』が起きた世界とは別世界に在るスカリエッティの研究所。

 その研究所に帰還したウーノは、即座に先に気絶させて転移させたスカリエッティを叩き起こし、負傷を負ったチンクの治療を頼んだ。最初は自分が気絶している間に全てが終わってしまった事実に不満と怒りを覚えたスカリエッティだったが、ウーノが脱出する直前に確保していた監視システムのデータを渡すと、打って変わって上機嫌になり、今はチンクの治療に勤しんでいた。

 

「やれやれ、君までも負傷するとはね、チンク」

 

『・・・・申し訳ありません、ドクター』

 

 治療カプセルの中に入っているチンクは、申し訳なさそうにスカリエッティに返事を返した。

 

「別に責めている気は無いのだがね・・・・しかし、本当に右目は直さなく良いのかい? 『戦闘機人』である君ならば直せるのだけど?」

 

『・・・この右目は躊躇したせいで出来た傷・・・・戒めの為にも直す気は無いです』

 

 チンクは直せる右目を直す気が無かった。

 ゼストに負わされた傷の原因は、先ず間違いなく自分が自らのISである『ランブルデトネイター』の使用を一瞬躊躇してしまったせい。もしも躊躇せずに使用していれば、ダメージは受けたとしても右目を失う事どころか、ゼストを倒せていた。二度と同じ過ちを繰り返さない為に、チンクは直せる右目を直す気が無かった。

 その意志の強さを感じたのか、スカリエッティは笑みを口元に浮かべながらコンソールを操作しているとウーノが部屋の中に入って来る。

 

「ドクター、クアットロの治療が完了しました。ですが、トーレの方は今暫らく時間が掛かりそうです」

 

「そうかい、ウーノ・・・・それで、倉田が居ない時のルーチェモンと対峙した感想はどうなのかね、二人とも?」

 

『ッ!?』

 

 スカリエッティの発言にチンクとウーノは驚くが、スカリエッティは笑みを深める。

 

「ウーノ。君が私を気絶させた理由は、私とルーチェモンが倉田の居ない時に会う危険性を予測していたからだろう?」

 

「・・・・はい、ドクター・・・・気づいていたのですか?」

 

「もちろんさ。正直に言えば、私はソレを体感したいと思っていたのだよ。何れは敵対する相手なのだからね」

 

「・・・・・勝てるとお思いなのですか?」

 

「ん?」

 

 恐怖を隠し切れない声で質問したウーノに、スカリエッティは目を向ける。

 ウーノは両手で自らの体を抱き締め、ルーチェモンから感じた恐怖から来る震えを押さえようとしていたが、押さえ切れずに体を震わせていた。それは治療カプセルの中に居るチンクも同じなのか、ルーチェモンと会った時の事を思い出して体が震えていた。

 

「・・・・正直言って、私はルーチェモンに勝てる予想図は見えませんでした。宿ったデジモンの本能が逆らうなと告げています」

 

『・・・私も同じです、ドクター』

 

「・・・・フム、流石だね。一応同盟関係とは言え、釘刺しは行なっている。フフッ、恐ろしいね。流石は『七大魔王』と言う称号が与えられる存在だ」

 

 スカリエッティはウーノとチンクの様子から、ルーチェモンがあえて自らの無意識の威圧感を抑えていなかったのを悟った。

 倉田達とスカリエッティ達の同盟はあくまで互いの利益の為の関係。同じ目的を持っている訳でも、ましてや仲間でさえも無い。何時相手側に牙を向けても可笑しくない関係が倉田達とスカリエッティ達なのだ。だからこそ、ルーチェモンは釘指しを行なった。今はまだ同盟関係を維持する必要性が在った。

 何せスカリエッティは、“ルーチェモン達が欲している物を探索する力を持っている”。それは管理局さえも今は持っていない。欲している物を効率良く手に入れる為には、スカリエッティとの同盟を維持していなければならないのだ。

 

「君達二人は釘刺しに利用されたのだよ。逆らう気が失せれば、それだけ欲している物が手に入り易くなるからね」

 

『・・・・・・』

 

「言葉も無いようだね。しかし、やはりそろそろ私達も独自の動きを行なう時が来たようだ」

 

「と言いますと?」

 

「・・・・フフッ! 喜びたまえ、ウーノ、チンク! 遂に! 遂に! 発見したのだよ!! 管理世界が認知している『地球』とは別の『デジタルワールド』が存在している『地球』を!!」

 

『ッ!?』

 

 喜びに満ち溢れたスカリエッティの発言にウーノとチンクが目を見開く。

 その様子を楽しげに眺めながら、スカリエッティはコンソールを操作して別の地球が映っている空間ディスプレイを展開する。

 

ーーーブゥン!

 

「時間は掛かったが、漸くルーチェモンが使っている空間移動がある程度解析出来てね。解析出来た情報から座標を予測し、探査用の機器を動員した結果、発見出来た。先ず間違いなく、この地球には『デジタルワールド』が存在しているのだよ」

 

「・・い、何時の間にそのような事を?」

 

「何最初にルーチェモンが私達の前にデジモンを連れて来た時さ。あの時から独自に動けるように準備は行なっていたのだよ。まだ、ルーチェモンも此方側の技術を甘く見ていたようでね。まさか、解析していたとは考えても居なかっただろうさ」

 

 スカリエッティは既にルーチェモン達が自分達の事を不要になった切り捨てる事を予測していた。

 だからこそ秘密裏に、側近であるウーノにさえも内緒にして行動していた。その結果、時間は掛かったが認知されていない世界を発見したのだ。世紀の大発見なのだが、スカリエッティはそんな事をおくびにも出さずに楽しげに固まっているウーノとチンクにこれからの方針を告げる。

 

「チンク。君はトーレが回復し次第すぐに、新しく目覚める姉妹と一緒にこの世界の『デジタルワールド』に向かってくれたまえ。そして調べるのだ」

 

「他の『七大魔王』に関してですか?」

 

「いや・・・其方はルーチェモン達が狙っている以上危険だからね。他のデジモン・・特に『守護者』に関係するデジモンを調べてくれたまえ。無論、今のところは所在地だけで構わない」

 

『・・・・分かりました、ドクター』

 

 与えられた任務にチンクは了承の返事を返した。

 その様子に満足げな笑みをスカリエッティが浮かべていると、空間ディスプレイに連絡が届いている事に気がつく。即座に確認し、内容を読み進めて呆れたように目を細める。

 

「やれやれ」

 

「どうかしましたか、ドクター」

 

「何スポンサーからさ。今こそ自分達が権威を盛り返す時だから、邪魔者を排除しろと言う指示さ。無論ばれないようにだがね」

 

「邪魔者? ・・・・・・あぁ、例の少女ですか」

 

「そう、彼女さ。まぁ、私達としても姿を目撃されているからね。余計な情報を吐かれるのは確かに困るのは事実だよ。さて、どうやら倉田の方にも指示を出しているようだから、此処は共同して動くとしよう。私達の方から出すのは…」

 

「その任務、私が受けますわ、ドクター」

 

 スカリエッティの言葉を遮るように新たな声が響いた。

 その声の主にスカリエッティ、ウーノ、チンクが目を向けてみると、戦闘スーツにケープを首に掛けたクアットロが立っていた。その右頬には薄っすらとでは傷跡が残されている。

 

「ドクター、その任務には私が行きます」

 

「フム・・・・まぁ、構わないよ」

 

「ありがとうございますわ。では、準備をして来ます」

 

 クアットロはスカリエッティに礼を告げると共に、踵を返して部屋から出て行った。

 

「・・・ウーノ。クアットロの頬の傷跡は治らなかったかい?」

 

「はい。今回判明した事なので報告が遅れましたが、どうやらバイオ・デジモンに進化している間に負った負傷は深いモノの場合は傷跡が元の姿に戻っても残るようです。また、試しに進化もして見ましたが、進化後も傷跡は残っていました。データが不足しているので詳細は不明ですが」

 

「なるほど・・・もしかしたらバイオ・デジモンとしての弊害なのかも知れないね・・・後で時間が出来次第に治療法を考えて見るべきか」

 

「はい。今回のクアットロの傷は別だとしても、今後の戦いを考えれば治療法は必要ですから」

 

「そうだね。さて、先ずは倉田達への連絡だ。チンクの治療の方は頼んだよ、ウーノ」

 

「畏まりました」

 

 そうスカリエッティとウーノは言い合うと、それぞれ自分達が行なうべき事を実行するのだった。




次回は漸くマッドの手によって生まれ変わったアレが登場します。

なろう時代の時よりも遥かに強力になっています。
何せAI部分以外の全てがマッド謹製の品なので、確実に管理局に発見されたら『ロストロギア』認定間違い成しの品になっています。


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目覚め

 アルハザード治療室。その場所でリンディは治療カプセルの中に入っている青紫色の髪の女性-先日の件で救出し、リンディが治療を頼んだクイント・ナカジマ-が、呼吸器を付けて眠るように目を閉じていた。

 その体には傷らしきモノは見当たらないが、右腕、左腕、そして左足の四肢が欠損し、唯一残っている右足にはチューブらしきモノが幾つか刺さっていた。

 

(体の傷は殆ど癒えたようだけど、やっぱり失った四肢までは無理のようね・・・フリートさん曰く、意識が回復してから如何するか聞くそうだけど・・・・それにしても僅か数日で此処まで治療するなんて言葉が出ないわね)

 

 現在の管理世界の技術では、アルハザードに運ばれた時のクイントを助ける事は出来ない。

 それを再起可能までに治療したのだから、リンディは言葉が出せなかった。改めて自分が居る場所は伝説になるほど世界だったのだと思いながら、ゆっくりとリンディは今後クイントを如何すべきなのか考える。

 

(困ったわね。思わず勢いで彼女の治療を頼んだけれど・・・・今更地上本部の方に送るのは難しいしのよね)

 

 既にリンディはクイントが管理局内で如何判断されているか知っている。

 管理局がクイントに出した結論は『死亡判断』。現場は違法研究所が在った事も証明出来ないほどに荒れ果てている上に、リンディがクロノ達に使用した転移魔法でクイントの失われた三つの四肢が運ばれている。

 直前にルーチェモンに殴られた事も考えれば、クイントの生存は絶望的と判断されるのが当たり前だった。だからこそ、リンディは困っていた。

 

(もしも管理局に戻せば、僅か数日で此処まで回復させた場所の事は絶対に調べられる・・・・流石にアルハザード存在まではばれないでしょうけど・・・それでも匂わせるだけで不味いのよね。フリートさんの最終的な目的も考えると尚更に)

 

 フリートの管理世界に於ける最終的な目的は、『残されているかも知れないアルハザード技術を回収し、アルハザードを本当に御伽噺でしか存在しないようにする事』。実際に管理世界にアルハザードの技術は残されていた。

 他にも残されていて、再びアルハザードを求める者が現れるかも知れない。それはフリートにとっては何よりも困る。アルハザードの技術を悪用されるのはフリートにとって絶対に赦せない事柄。その他に場所がばれて沢山の人間が訪れでもしたら、自分の研究の邪魔になると言う個人的な理由も在るのだが、フリートとしては技術を悪用されるのだけは防ぎたいのだ。とりあえずは意識が回復した後にクイントを言い包めて、数年は管理局関係者と接触をしない事を頼もうとリンディが考えていると、治療室の扉が開きガブモンが入って来る。

 

ーーーブゥン!

 

「リンディさん。連れて来ましたよ」

 

「そう。それじゃ部屋に入って貰って」

 

「はい、二人とも入っても大丈夫だよ」

 

 ガブモンの呼びかけに答えるように、入り口から誰かが入って来る。

 一人は以前ブラックとルインが違法研究所の内部で出会ったオファニモン達が管理世界に送り込んだイガモン。そのイガモンに並ぶように手足がツタと同じ色をしたバネのような形状をし、顔と体を白装束で纏い、肩当てが木の葉を思わせるような形をした物を装着して背中に巨大な手裏剣を背負ったデジモン-『シュリモン』-がリンディの前に立つ。

 

シュリモン、世代/アーマー体、成熟期、属性/フリー、種族/突然変異型、必殺技/草薙、紅葉おろし

両手足をバネのように長く伸ばすことが出来る。純真のデジメンタル"のパワーによって進化したアーマー体の突然変異型デジモン。現在では通常の成熟期体も確認されている。“純真のデジメンタル”には“草木”に関する力が宿り、このデジメンタルを身に付けたものは自然に同化する能力をもち、木の葉が舞うごとく風にかくれ、敵の死角よりあらわれて的確な攻撃を叩き込む。その姿はまさに忍者。必殺技は、伸びる手足の先の手裏剣を回転させ敵を攻撃する『紅葉おろし』と背中の大手裏剣を空中高くから敵に投げつける『草薙』だ。

 

「リンディ殿と直接会うのは初めてでござるな。イガモン、只今オファニモン様達の指示に従って参ったでござる」

 

「同じく・・・イガモンと共に派遣された『シュリモン』。貴殿らの話は以前から聞いているので今後宜しく頼む」

 

「此方こそ、これから宜しくね」

 

 イガモンとシュリモンの名乗りにリンディは笑顔を浮かべながら右手を差し出し、二体と握手を交わす。

 彼らこそがブラックとルインが治療により動けない為に人員が不足してしまったリンディ達にオファニモン達から送られた援軍のデジモン。他に管理世界で動いているデジモン達は、既に自らが居る場所に近い位置に居るデジモン達の説得に向かっている。

 

「正直二人が来てくれたのは助かるの。私とガブモン君だけじゃ手が回らないから」

 

「うん、本当に助かるよ!」

 

「そう言って頂くと照れるでござる」

 

「確かに某も気恥ずかしくなる・・・・ところで、リンディ殿。其方のカプセルの中に入っているご婦人は?」

 

「あぁ・・・彼女はルーチェモンと接触して戦ったみたいなの」

 

『な、なんと!?』

 

 告げられた事実にイガモンとシュリモンは驚愕しながら、治療カプセルの中に入っているクイントを見つめる。

 ルーチェモンの事はイガモンとシュリモンも良く知っている。その相手と戦い、尚且つ生き残ったクイントはイガモンとシュリモンにとって驚くべき人物だった。

 

「今はあのカプセルの中で治療中なの。何せ生きているのが不思議な状態だったから」

 

「そ、そうでござったか・・・・いや、失礼した・・・どうにも以前に侵入した研究所に在った同じようなカプセルの事を思い出してしまい、気になったので」

 

「そう。まぁ、それは仕方が無いわね」

 

 シュリモン達が管理世界の暗部を主として探っているのを知っているリンディは、気にした様子も見せずに頷いた。

 そのまま今後の自分達の行動に関して話そうとするが、フッとリンディはフリートがまだ来ていない事に気がつく。

 

「あら? ガブモン君、フリートさんは呼んでいないの?」

 

「アッ! すいません。てっきり此処に居るのかと思っていました・・・・呼んで来ますんで、何処に居るか知りません?」

 

「確か・・・・また何時もの実験癖が出ていたようだから、訓練室に居るんじゃないかしら?」

 

 此処最近フリートが何かの作製を行なっているのを知っているリンディは、一番居るだろう場所をガブモンに教えた。同時に最近はフリートの機嫌が何時も以上に良い事にリンディは思い至る。

 

(そう言えば、此処最近は本当に機嫌が良かったわね。おかげで見張る必要も無いぐらいに。それに彼女の治療を快く行なってくれたし・・・・こうして考えてみると不気味に思えて来たわ)

 

 色々と立て続けに出来事が連続していたので気に掛ける暇が無かったが、リンディは漸くフリートの行動が気に掛かる事に気がついた。

 

「(どうにも気になるわね)・・・・ガブモン君、ちょっと一緒にフリートさんを迎えに行きましょう。イガモン君とシュリモン君はちょっと待っていてくれるかしら?」

 

「構わないでござるよ」

 

「某も構わぬが」

 

「それじゃ、ガブモン君、急いで訓練室に向かいましょう」

 

「はい、リンディさん」

 

 ガブモンはリンディの言葉に頷き返し、二人は急いでフリートが居るであろう訓練室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 場所はアルハザード訓練室内部。その部屋の内部は魔法技術による仮想フィールドが展開され、青空と何処かの荒野を思わせるような空間が広がっていた。

 その広大と思える空間の中で、フリートは自らが握っている“完成したデバイス”の性能を確認する為に次々と機械が出現させるターゲットを撃破していた。

 

「シューター!」

 

ーーードゴォン!

 

『効果確認!』

 

 フリートが放った魔力弾がターゲットに直撃すると共に、電子音声が訓練室内部に響いた。

 その音声にフリートは満足げな笑みを口元に浮かべると共に、右手に持つ嘗てなのはが扱っていた『レイジングハート・エクセリオン』に似たデバイスを両手で握り直し、寄り槍を思わせるような形状になっている杖先を一際巨大なターゲットに向ける。

 同時にデバイスから膨大な魔力が発生し、周囲からも魔力がフリートがデバイスの矛先に発生させた魔法陣へと集まって行く。更にフリートの全身も魔力で覆われると共にデバイスを構えながら叫ぶ。

 

「これで終わりなのです!! ブレイカー・バスターーーー!!!!!」

 

ーーードグオォォォォォォォォォォン!!

 

 フリートの叫び声と共にデバイスの矛先から巨大な魔力砲撃が放たれた。

 その魔力砲撃の威力は、なのはの『スターライト・ブレイカー』の威力を遥かに超え、巨大なターゲットは砲撃に飲み込まれて消滅する。

 

『効果確認! 全効果の確認が完了しました。シュミレーターシステム停止します』

 

ーーーブゥン!

 

 終了を告げる音声と共に訓練室内部に広がっていた荒野と青空が消え去った。

 元の訓練室に風景に戻ったが、フリートは気にせずにゆっくりと床に降り立ち自らが握っているデバイスを心の底から嬉しそうに眺める。

 

「・・・フフフッ・・・・ムフフフッ! ニョハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! 遂に! 遂に完成しました!! これこそが私が思い描いていたデバイス! いえ、もはやこれはデバイスと言う枠組みさえも超えていますから、『デジバイス』と呼ぶべきでしょう!!」

 

 自らの成果を誇るようにフリートは手に握る『デジバイス』と呼称した物を掲げた。

 

「ムフフフッ! この子のおかげで今まで失敗していた原因も判明しましたし、これでこれからの研究も続けられま…」

 

《ならば、私はもう必要無いですね》

 

「ん?」

 

 突然響いた電子音声とは思えないほどに透き通った女性の声に、フリートは声の出所である『デジバイス』へと目を向けた。

 次の瞬間、先ほどと同じように『デジバイス』から魔力がフリートへと流れ込みだし、それと共に音声が『デジバイス』から響く。

 

《サンダー・エレメント、セットアップ!》

 

ーーーガッチャン!

 

ーーービリビリビリビリッ!!!

 

「ギョエェェェェェェェェェェェェェェーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

 

 『デジバイス』から何らかの機動音が鳴ると同時に、フリートの全身を強力な雷が襲い掛かったような衝撃が襲った。

 そのまま暫らくフリートは悲鳴を上げ続け、魔力が流れ込むのが治まると共に床へとフリートは倒れ伏し、『デジバイス』を手放してしまう。

 

「ゲホッ!」

 

ーーードタッ!

 

《モードチェンジ・単独形態》

 

ーーーガッチャン!

 

 フリートの手から離れると共に『デジバイス』は変形を行ない、長い杖部分が消失し、先端の中心に紅い宝玉が埋め込まれている矛先の部分だけになった。

 同時にまるで翼を広げるかのように両側の部分が広がり、前面はまるで刃を思わせるように研ぎ澄まされている。その行動に気がついたフリートは、痺れる体に構わずに顔を上げて『デジバイス』を睨む。

 

「ムゥ~、ど、どう言うつもりですか!?」

 

《助けられた事は感謝しています。ですが、私のマスターはただ一人です》

 

「ま、まさか! だ、駄目です!! 今の貴女を外に出す訳には行きません!! 貴女には此処の技術が使われているんですから!!」

 

 目の前に浮かんでいる『デジバイス』の目的を悟ったフリートは、痺れる体を無理やり動かして立ち上がる。

 その目的だけは何としても防がねばならないと、懐の中に手を入れて『デジバイス』を睨みつける。

 

「フフッ、舐めて貰っては困ります! 貴女の自我の強力さは調べ尽くしましたからね! こんな事もあろうかと、緊急停止装置を組み込んでおいたのです! そう、こんなこともあろうかと!! クゥ~! このセリフはやはり開発者や研究者にとって最高の言葉です!!」

 

 感極まると言うような叫びを上げながら、フリートは白衣の中から小型のリモコンのような機械を取り出した。

 

「と言う訳で、ポチッとです」

 

ーーーカチッ!

 

 何の躊躇いも無くフリートはリモコンのスイッチを押した。

 しかし、『デジバイス』には何の変化も無く宙に漂い続け、フリートは小首を傾げる。

 

「・・・・・・・アレ? 可笑しいですね?」

 

ーーーカチッ! カチッ! カチッ!

 

 何度もリモコンのスイッチを押すが、やはり変化は無く『デジバイス』は宙に浮かび続ける。

 変化が起きない現状にフリートの額から嫌な汗が流れ落ち、ゆっくりと自らが握っているリモコンを調べる。

 

「・・・・・ゲッ! ショートしています!? しまった! 耐電にするのを忘れていました! ・・・・・・と言う訳で、少し待っていて下さい。すぐに修理しますから、どうか其処で待って…」

 

Short(ショート) Buster(バスター)

 

ーーードグオォォォォォン!!

 

「くれるわけないですよね!! ギョエェェェェェェェェェェェェーーーーーーー!!!!!」

 

 一切の慈悲も無く『デジバイス』から放たれた砲撃は、フリートを飲み込みそのまま壁へと直撃した。

 そのまま『デジバイス』は、これ以上無駄な時間をかける気は無いと言うように訓練室への入り口に矛先を向け、新たに現れた噴射口から火を噴いて発進する。

 

《今戻ります! マイマスターー!!!》

 

 『デジバイス』はもはや一切の躊躇いが無いと言うように急発進し、入り口の扉を勢いのまま突き破ろうとする。

 しかし、突き破る前に入り口の扉が開き、リンディとガブモンが訓練室内部に足を踏み入れる。

 

「フリートさん。ちょっと聞きたい事が在るのだけどって!?」

 

「リンディさん! 危ない!!」

 

 高速で迫って来る『デジバイス』に気がついたガブモンは、慌ててリンディを押し倒した。

 『デジバイス』はその様子を目にしながらも止まる様子を見せずに、リンディとガブモンの上を通過してそのまま急角度で曲がりながらリンディ達の視界から消え去った。突然の出来事にリンディとガブモンは唖然とする。

 それと同時に砲撃によって壁に埋め込まれていたフリートが這い出て来て、二人に声を掛ける。

 

「リ、リンディさん・・・・ガ、ガブモン・・・ア、アレを捕まえて下さい・・・アレは外の世界に、ミッドチルダに向かうつもりです・・は、早く捕まえないと、とんでもない事態になってしまいます! 事情は後で説明しますから!! 早くお願いします!!」

 

「・・良く分からないけれど、捕まえれば良いのね? なら、急いで捕まえましょう! ガブモン君!」

 

「はい!!」

 

 事情が分からないながらも必死に言葉を述べるフリートの様子から、途轍もなく不味い事態が起きた事だけは悟ったリンディとガブモンは、急いで『デジバイス』が向かったであろう転送室へと走り出す。

 『アルハザード』から管理世界に出る為には、転送室からの転移以外に手段は無い。リンディとガブモンは転移される前に捕まえようと急ぐ。

 

「アレ? リンディさん」

 

「何かしら?」

 

「思ったんですけれど、さっきの機械に転移装置が使えるんでしょうか? 僕は腕が在りますから教えて貰ったおかげで使えますけれど」

 

「・・・・・どうせフリートさんの事だから、調子に乗って余計な装置を積んでいるのよ。ハッキング機能ぐらい付いていても、私はもう驚かないわ」

 

 これまでに様々なフリートが作製した代物の数々を目にしているリンディは、先ほどの『デジバイス』にも余計な装置が備わっていると確信していた。

 それが正しいと言うように、リンディガブモンが転送室へと辿り着いてみると、既に転移の準備を終えて魔法陣の上に浮かぶ『デジバイス』の姿が存在していた。

 

「待ちなさい!! 何処に行くつもりなの!?」

 

《・・・・・お久しぶりですね、リンディ・ハラオウン提督》

 

「えっ?」

 

「リンディさんの知り合いですか?」

 

 自らの名前を知っている『デジバイス』に、リンディとガブモンは困惑する。

 一体何故自分の事を知っているのかとリンディは注意深く『デジバイス』を見つめ、何処と無く『デジバイス』の形状に見覚えが在る事に気がつく。

 

「まさか・・・・貴女は!?」

 

《私は戻らせて貰います。私のマスターの下に》

 

 その言葉と共に転送用の魔法陣は強く光り輝き、『デジバイス』はミッドチルダへと転移した。

 逃げられてしまった事実にガブモンは悔しげに顔を歪めるが、リンディはすぐさま踵を返してフリートの下へと走り出す。

 

 そしてフリートを捕まえたリンディはそのまま治療室へと舞い戻り、逃がさない為にロープでグルグル巻きにして拘束する。

 何故其処までするのかと事情が分かってないガブモンと、治療室で待っていたイガモンとシュリモンは困惑してリンディを見つめるが、自らに向けられる視線などに構わず剣呑さに満ち溢れた視線でフリートに向けていた。

 

「それで・・・フリートさん? アレは一体何なのかしら? 正直に話してくれると嬉しいのだけど」

 

「いや、その・・・・ですね・・・・・アレは私が開発した対デジモン用に作った『デジバイス』です」

 

「対デジモン用でござるか?」

 

「はい・・・・以前から魔導師でも究極体はともかく、完全体レベルのデジモンでも充分に戦えるようになるデバイスを研究していたんです。その結果、生まれたのがアレです。そして試行錯誤を繰り返した結果、予想以上の出来栄えになって使いこなす事が出来れば完全体だけではなく、成り立ての究極体ならば互角以上に戦えるのです」

 

『なっ!?』

 

 『デジバイス』が宿している力にリンディ達は驚愕した。

 完全体だけではなく、究極体とさえも戦う力を持つ者に与える『デジバイス』。それこそがフリートの手から逃げ出した物の正体だった。

 

「何せアルハザードの技術を使用し、其処に『デジタルワールド』で手に入れた『クロンデジゾイド』を加工して作り上げたパーツの数々に外装。現代の接近専用の『アームドデバイス』でも傷は愚か、逆にぶつかり合ったら『アームドデバイス』の方が砕けるでしょう。更に其処に同じく『デジタルワールド』で手に入れた特殊データから作った『エレメントシステム』が備わっています」

 

「『エレメントシステム』?」

 

「はい・・・・・そのシステムこそが対デジモン用のシステムです」

 

「つまり、某達デジモンに対抗する為のシステムを宿した『デジバイス』なる物が逃げ出したと?」

 

「・・・・・そう言う事です」

 

『・・・・・・・・・』

 

 嫌な沈黙が場に広がった。アルハザードと言う魔法技術の発祥の地の技術で生まれた対デジモン用の魔導師の武器である筈の『デジバイス』がミッドチルダに逃げ出した。

 もしも管理局の手に渡れば即座に『ロストロギア』指定は免れない。それどころか万が一にも『デジバイス』に積まれている『エレメントシステム』が『倉田』達の手に渡れば、相手側の更なる戦力増強になってしまう。

 

「いや~、まさか、完成して調整を終えると同時に逃げるとは思ってませんでした。ハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」

 

「笑い事じゃないわ!!」

 

「ひえっ! と、とにかく回収して下さい!! アレが向かう場所は分かっています!! ど、どうか回収をお願いします!! リンディさん!!」

 

「・・・・・・何故向かう場所が分かるのかしら?」

 

ーーーギクッ!

 

 質問された当然の疑問に、フリートは一瞬強張った。

 それを見逃さず、リンディは視線を逸らし出したフリートに話しかける。

 

「さっきの事だけど、貴女が言う『デジバイス』は私の事を知っていたの。しかもリンディと言う名だけではなく、『ハラオウン』と言う苗字までもね。つまり、人間だった頃の私を知っているのよね? 『デジバイス』に組み込まれているAIは?」

 

ーーーギクギクッ!!

 

「そして此処最近の貴女の機嫌の良さ。何時からだったかと思い出したのだけれど、確か機嫌が急に良くなったのは、なのはさんが負傷を負った日からだったわよね?」

 

ーーーギクギクギクッ!!

 

 次々と放たれる言葉にフリートの体は強張っていく。

 その様子に自らの推測が当たっている事を確信したリンディは、自らの体から黒いデジコードを発生させる。黒いデジコードはリンディを覆い尽くすと共に徐々に巨大になって行き、フリートは恐怖に寄って体が震える。そして黒いデジコードの内部から巨大なハンマーが現れ、フリートの頭上に移動する。

 

「この!! 馬鹿マッドォォォォォォォォォォッ!!!!」

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!!!」

 

ーーーグッシャ!!

 

 振り下ろされたハンマーは一切の躊躇も無くフリートを押し潰し、ガブモン、イガモン、シュリモンは目を逸らすのだった。

 

 

 

 

 

 ミッドチルダ・首都クラナガンに在る大病院。其処にクアットロの手によって重傷を負わされたなのはは入院していた。今だ意識は戻らず、口元に呼吸器が付けられてベットに横になっていた。

 そんななのはを見守るように、ミゼット達から護衛任務を言い渡されたフェイトが心配そうにベットの横に置かれている椅子に座りながら見つめていた。命に心配が無いとは言え、今だなのはの意識が戻らない事がフェイトの心労に繋がっていた。無論それはフェイトだけではなく、なのはの家族全員もである。本当ならばミッドチルダではなく地球で家族はなのはを入院させたいのだが、ミッドチルダの方が医療技術も優れているので仕方なくミッドチルダになのはは入院している。

 無論仕事が在る桃子や士郎の代わりに、美由希がクラナガンに滞在してフェイト達と共になのはを見ている。今はフェイトの使い魔であるアルフと共に売店に飲み物を買いに行っている。

 

「・・・・・早く起きてね、なのは」

 

 そうフェイトが祈るような気持ちでなのはに声を掛けていると、病室の扉が開き、なのはと同じように入院と言う扱いで病院に滞在しているヴィータがザフィーラを伴って病室に入って来る。

 

「よぉ、フェイト」

 

「ヴィータ、それにザフィーラも来たんだ」

 

「まぁな・・・・あたしの入院は形だけだし・・・それに調べたい事もシャマルかリインフォースがいねぇと調べられねぇからな」

 

「油断するな、ヴィータ。確かに今のところ異常は無いが・・・お前を無理やり治療したのは我らを憎んでいるルインフォースだ。何がその体に起きるのか分からんのだぞ」

 

「分かってるって」

 

 ヴィータが今だ病院に入院している理由の一つには、ルインの治療の影響を考えての事だった。

 幾ら借りを返す為の治療とは言え、ルインがリインフォースとヴォルケンリッター達をどれだけ憎んでいるのか嫌と言うほどに理解している。更に言えば『夜天の魔導書』から完全に切り離されたルインが無理やりに行なった強制修復。何らかの影響が出ないか心配したシャマルとリインフォースがヴィータの入院を伸ばしたのだ。

 最もそれを理由にヴィータにはフェイトと同様になのはの護衛任務を極秘に受けている。フェイトが強力な魔導師とは言え、念には念をと言うミゼット達の考えだった。本来ならば其処に主治医のシャマルも加わっていたのだが。

 

「・・・・ヴィータ。それでクロノ達の方は如何なの?」

 

「・・・・・無事は確認されたらしいぜ。現場から遠く離れた病院に居る。まだ、詳しい情報は来てねぇけどな」

 

「そう・・・良かった」

 

「だが、一体何が起きたと言うのだ? 現場の現状をテレビで見たが、アレは・・・・人間が引き起こせる事は思えん・・・今だ収束の兆しすら見せんらしいぞ」

 

「はやてやリインフォースだけじゃなくて、シャマルまで医務官として呼び出されたからな」

 

 シャマルが居なくなった理由は、クロノ達が向かった違法研究所で起きた災害に寄る負傷者達の治療の為だった。

 災害が起きてから数日経った今でも、未だに災害は続き、遠く離れた街にも影響を及ぼしている。何とかマグマの流出だけは高位の魔導師達の手によって防がれたが、余震や嵐は収束する気配さえ見せない。高位の治療魔法を扱えるシャマルは、すぐさま現場に呼び出されて治療に行なっている。本人としてはなのはやヴィータの事が気掛かりだったが、それを言えないが組織と言うもので在る。その代わりにはやてがザフィーラを残していった。

 唯一ヴォルケンリターの中で管理局に所属していないザフィーラは、こう言う時には自由に動けるのだ。

 

「ミゼットばあちゃん達と敵対している連中は、違法研究所に在った『ロストロギア』を暴走させた結果じゃねぇかって叫んでいるらしいぜ」

 

「実際にアレほどの災害を引き起こせる代物は、それ以外に考えられん・・・・・ハラオウン達の任務失敗はかなり響くだろう」

 

「・・・・・」

 

 ザフィーラの言葉にフェイトは膝の上で両手を強く握る。

 本来ならばフェイトもその任務に参加している筈だった。だが、ミゼット達がなのはの護衛を任務を言い渡されたので参加しなかった。自分が居れば何かが変わっていたかもしれないとフェイトの脳裏に考えが浮かぶ。

 そんなフェイトの様子を察したザフィーラとヴィータが声を掛ける。

 

「テスタロッサ。自分が居ればなどと思うな」

 

「そうだぜ。第一お前、模擬戦じゃクロノに負ける事が多いんだからよ。そのクロノが出来なかった事をやろうとするのは無理だぞ」

 

 幾ら管理局内でも数少ない高ランクの魔導師であるフェイトと言え、まだ十代前半なのだ。

 ヴィータは幼く見えるが、それは見かけだけで長い時を存在していた魔導師。不具合で大半の記憶を失っているとは言え、それでも歴戦の魔導師には違いなく、焦りを覚えているフェイトをザフィーラと共に注意した。

 その注意を聞いたフェイトは顔を暗くしながらも頷き、ベットで眠ったままのなのはの右手を握る。すると、なのはの手がピクリ反応する。

 

「えっ?」

 

「ん? どうした?」

 

 声を上げたフェイトの様子が気になって、ヴィータもなのはに目を向けてみると、閉じられていたなのはの目が徐々に開いて行く。

 それに気がついたフェイト、ヴィータの顔に喜びが浮かぶと共に、なのはの目がフェイトとヴィータを捉える。

 

「・・・・・フェイト・・・・ちゃ・・・ん・・・・・それに・・・・ヴィータ・・・ちゃん・・・・良かった・・・・無事だったんだね」

 

『なのは!!』

 

 目覚めたなのはの声にフェイトとヴィータは喜びの涙を流しながら叫んだのだった。




生まれ変わった彼女?の詳細に関しては、使用された時に明らかになります。

普通に管理局が彼女?を発見したら、即座に封印指定級になる代物になっています。
因みに今のなのはがフル使用で使ったら・・ます。


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暗殺者達の襲撃

あけましておめでとうございます!

本年も宜しくお願いします!


「・・・・・・・どうやら意識を取り戻したようですわね」

 

 病院内の一室でナースに変装して病院に入り込んだクアットロは、病院内に在る監視システムから得られた情報に苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。

 本来ならば眠っているなのはの検診の時間に、自らのISで別人に成りすましたクアットロがなのはを暗殺する手筈だったが、なのはが目覚めたせいで計画を変更せざる得なくなってしまった。今だ本格的な自らが重傷を負った件をフェイト達に話してはいないとは言え、今の検査が終わればなのははフェイト達に話すだろう。そうなればなのはだけではなく、フェイト達の口も塞がなければならない。

 余計な手間が増えてしまったとクアットロが親指の爪を噛んでいると、部屋の中に声が響く。

 

『慎重に進めすぎたな、女よ』

 

「・・・・うるさいですわよ。出来るだけ貴方達の姿や力を晒さない方針でしたのだから、文句を言われる筋合いはありませんわ」

 

『フン・・・・だが、そのおかげで余計なターゲットが増えてしまったのは事実・・・・連中は全て抹殺する方針に切り替える事で良かろう』

 

「そうですわね。私達の情報が漏れるのは確かに不味い事には変わりませんし・・・・病院内の通信機器は全て押さえて、ジャミングも行なって起きますから・・・・決行は今夜の夜中にしましょう」

 

『今でも我々は構わんが? 油断している連中など、私の力でグズグズに出来る』

 

「・・・そうかも知れませんけど、念には念を・・貴方と私は夜になれば力が増し、他の方々も夜の方が動きやすい事には違いはありませんわ」

 

『・・・・・・良いだろう。では、決行は今夜、寝静まった時間帯に行なおう・・・フフ、連中がグズグズに腐食した姿を見るのが楽しみだ』

 

 その邪悪さ嗜虐さに満ちた言葉と共に、部屋の中から姿が見えなかった何者かの気配は消え去った。

 それを確認したクアットロは溜め息を吐きながら、今夜の為の準備を行なう為に目の前に浮かぶ空間ディスプレイを操作する。

 

「・・・理解出来ない趣味ですわね」

 

 そう呟くと共に準備は終わり、空間ディスプレイを消失させて、ナース服に付いているポケットから小さな手鏡を取り出す。

 そのまま自らの顔に向けて、ゆっくりと傷跡が消えている(・・・・・・・・)右頬を撫でる。今は傷跡は消えているが、それはあくまでクアットロがISを使用して頬の傷跡を見えなくしているだけに過ぎない。ISを解除すれば、其処には刻まれた傷跡がくっきりと鏡に現れる。治る見通しすら見えない傷跡が脳裏に浮かび、手に力が篭もり手鏡が割れる。

 

ーーービシッ!!

 

「・・・必ず! 必ず! 見つけて殺してやりますわ! あのガルルモン!! 私の顔に傷を付けてくれた礼!! その命で償わせて上げますわ!!」

 

 自らの顔に消えない傷跡を付けたガルルモンは、クアットロにとって不倶戴天の敵として認識されていた。

 その為に今回の任務に志願した。ただガルルモンを殺すだけでは憎しみは治まらない。自らが護ったと思っているであろうヴィータと、そしてなのはを葬り、自らの無力さを痛感させる事も復讐の内容に入っている。無論前回の任務での汚名を返上する事も含まれているが、クアットロは必ずガルルモンに復讐を遂げるとつもりだった。その為にも今回の任務は必ず遂行すると心に誓いながら、クアットロは襲撃の準備を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 なのはが入院している場所から程近くに在るビルの屋上。

 その場所でガブモンは双眼鏡を目に当てながら周囲を見回していた。リンディもその横に立ち、ガブモンと同じように双眼鏡を持って、病院の周囲を警戒するように監視している。

 

「・・・・どう、ガブモン君?」

 

「いえ・・・・今のところ・・・病院に向かって来るような物は見えません」

 

「そう・・・・イガモン君とシュリモン君・・そっちはどうかしら?」

 

 リンディは右手に持った通信機を使い、別の場所から逃げ出した『デジバイス』を捜索しているイガモンとシュリモンに連絡を取った。

 

『此方イガモン・・・現在病院付近を探索しているでござるが、渡された機器に反応は見れないでござる』

 

『某の方も同じく・・・地下の下水道を捜索しているが、反応は出ておらん」

 

「・・・相手も私達が捜索に出てるのは予想しているでしょうから、簡単には姿を見せないようね・・・悪いけれど、二人ともそのまま捜索を続けてちょうだい」

 

『了解したでござる』

 

『此方も見張りを続けるので安心してくだされ』

 

 イガモンとシュリモンの了承の意が伝えられると共に、リンディは通信機を切り、再び双眼鏡を目に当てて病院を監視する。

 

「でも、直接この街に転移してなくて良かったですね」

 

「そうね。私達が追いついて座標位置を正確に入力出来る時間が無かったのか、それとも追跡を恐れて転移位置を知られないようにする為だったのかは分からないけれど。おかげで見張る為の準備時間が出来たのは良かったわ」

 

 リンディ達がこうしてなのはが居る病院で『デジバイス』が来るのを見張っているのは、『デジバイス』がミッドチルダに転移した時に正確に転移座標が入力されておらず、ランダムになって居たからだった。

 ランダムのせいで『デジバイス』をそのまま追跡する事は出来なかったが、リンディ達は『デジバイス』が最終的に向かうのはなのはの下だと言う事を知っている。追い駆けるよりも、向かう場所で網を張っていたのが確実だとリンディ達は判断し、復活したフリートに全員分の『デジバイス』の緊急停止装置のリモコンを作らせ、更には探知機器を持って『デジバイス』捕獲の為の網を張っているのだ。

 

「それにしても良かったですよね。『デジバイス』が例の子の下に辿り着いても、例の子には使用出来なくて」

 

「えぇ、本当にそれだけは良かったわ・・・(『デジバイス』には『レイジングハート』のAIが確かに使われているけれど・・・フリートさんは『レイジングハート』を修復した訳じゃない。新たに作り直していたおかげね)」

 

 リンディが『デジバイス』の事で最も懸念していたのは、『デジバイス』をなのはが使って無事で済むかどうかだった。

 現代の魔導技術と『アルハザード』の魔導技術の間には、途轍もないまでの差が存在している。なのはが学んでいる魔導技術はあくまで現代の魔導技術。伝説の地と称され、ありとあらゆる魔導技術が究極の領域に達していると呼ばれている『アルハザード』の技術によって生み出された『デジバイス』をなのはが扱える訳が無い。言うなれば自転車しか乗った事が無い人が、免許も何も持たずに宇宙船を操作するようなモノなのだ。

 当然その事もリンディは心配したが、事前にフリートがその対応策を『デジバイス』に組み込んでいた。

 

『アレの自我の強さはとんでもないですからね。以前リンディさんから聞いたとおり、勝手に主を変更する事も考えて、アレには主設定変更の起動パスワードを記録していないのです! 今の主は私を登録しています!! 例え高町なのはが持ったとしても『デジバイス』は扱えませんし、『デジバイス』も何も出来ないのです!!』

 

 と言う対応策をフリートはリンディ達に力説した。直後に其処までやっているなら『デジバイス』に高性能なハッキングなどと言う逃げる為のシステムを組み込むなと、拳と共にリンディから放たれたが。

 ともあれ、以前の人間だった頃のリンディのように扱い切れない力でなのはが死ぬような危険性が無い事だけは判明し、リンディは心の底から安堵した。

 

(とにかく、『デジバイス』を捕獲したら、すぐにフリートさんにAIを外させて、なのはさんに返さないと)

 

 これに関してはフリートも了承している。

 フリートにとってアルハザードの技術流出は絶対に避けなければならない事。幾ら『デジバイス』が素晴らしい出来栄えだとは言え、流出の危険性が出た今、フリートにとって『デジバイス』は危険な存在となっていた。最も既に必要なデータは手に入っているので、『デジバイス』に組み込まれているAI自体に興味が薄れて来ている事も在る。

 ともあれ『デジバイス』を無事に回収出来さえすれば、問題は解決するとリンディが監視を続けながら思っていると、地下の下水道を見張っているシュリモンから連絡が届く。

 

『此方シュリモン!! 至急応答を!!』

 

「此方リンディ・・・どうしたの、シュリモン君? もしかして『デジバイス』が現れたのかしら?」

 

 何かを焦っているようなシュリモンの声音に、リンディは現れると共に再び『デジバイス』が強硬な手段に出たのでは無いかと心配しながら連絡に答えた。

 だが、返って来た答えはリンディの予想を遥かに超える情報だった。

 

『リンディ殿! 某、今し方下水道を移動する『バケモン』を複数見たのだ!!』

 

「何ですって!? 『バケモン』を!?」

 

「ほ、本当かい!! シュリモン!?」

 

 リンディの横で周囲を見回していたガブモンは、思わず双眼鏡から手を離してシュリモンに質問した。

 

『間違いなく『バケモン』だった! 奴ら、どう言う訳か下水道を通って病院内に入り込もうとしている。幸いにも潜んでいた某の事に気づかれてないが・・・・何故『バケモン』がこのような場所に?』

 

「・・・確かにそうね」

 

 シュリモンの疑問に頷きながら、リンディは晴れ渡り、空高くに見える太陽に目を向ける。

 『バケモン』とは成熟期の世代のデジモンであり、昼間は力が大幅に弱体化する。幾ら下水道が暗い場所とは言え、本来ならば明るい昼間の内は余り動かないデジモンなのだ。その『バケモン』が複数で下水道内部を移動し、なのはが入院している病院内部に忍び込もうとしている。

 

(・・・・まさか・・・三提督の派閥と敵対している派閥が、『倉田』達に命じてなのはさんを暗殺しようとしているの?)

 

 『バケモン』達が動いている理由をリンディは眉を顰めながら推測する。

 実際に今の現状で魔導師がなのはの暗殺に動けば、確実に管理局内部の者が第一に疑われる。だが、『バケモン』達のようなモノに襲われれば、なのはが負傷を負った出来事で最初に戦ったブルーメラモン達の方に目が向く。

 ブルーメラモン達も『バケモン』達も、管理世界にとっては未知の存在。ましてやブルーメラモン達は管理局と明確に敵対しているので危険生物に指定されている。最終的にブルーメラモン達と『バケモン』達が同種族だと判断された時、管理局に明確に敵対する生物が存在していると思われてしまう。

 

「(もしも『倉田』達が私が考えているとおりの事を狙っているとすれば・・・・絶対に阻止しなければいけない!!)・・・シュリモン君・・・貴方はそのまま潜んでいて、夜になったら貴方も病院に忍び込んで・・・恐らく敵の狙いは病院に居るなのはさんよ。絶対に殺させる訳には行かないわ」

 

『心得た!』

 

「ガブモン君。私達もイガモン君を呼んで病院内の庭に忍び込んで夜になったら動くわ」

 

「はい!」

 

 話を聞いていたガブモンもリンディと同じ推測をし、絶対に阻止すると意気込みながら頷いた。

 その様子を頼もしげに見ながらリンディはイガモンへと連絡し、すぐさま行動を開始するのだった。

 

 

 

 

 

「・・・・銀色の大きな喋る狼が助けた?」

 

「うん・・・黒い仮面を付けた・・・え~と、何となくだけどアイスデビモンを女性にしたような生物から、私とヴィータちゃんを助けてくれたの」

 

 検査も終わり、ある程度会話する事を医者から許可されたなのはは、病院に居るフェイト、美由希、アルフ、ヴィータ、ザフィーラに自らに起きた事をベットの上で横になりながら話していた。

 目覚めた当初は美由希に涙を流しながら抱きつかれ、アルフにも涙を流して喜ばれた。そして自分が半月以上眠っていた事を知らされ、今は自らに起きた出来事を皆に説明していた。ヴィータがブルーメラモンに敗れた後、リンディが現れてブルーメラモン達を説得しようとした事。その説得に乗じて現れた機動兵器の大軍。

 リンディが機動兵器からなのはとヴィータを逃がすが、その先にも機動兵器が現れてなのはがヴィータを護りながら孤軍奮闘として戦い、現れたレディーデビモンに重傷を負わされ、レイジングハートを破壊されてしまった事。そして意識を失う前にガルルモンがレディーデビモン達の魔の手から護ってくれたことも説明した。

 

「・・・あたしが意識を失っている間にそんな事があったのかよ」

 

「・・・それでなのは? 間違いなく、なのはに重傷を負わせた生物は別の誰かと行動していたの?」

 

「うん。良く思い出せないんだけど・・・・・女の人の声が二つ聞こえたよ」

 

 おぼろげながらも覚えている事をなのはは説明し、フェイト達の顔は険しそうに歪む。

 意識が朦朧としていたせいで正確なところまでは不明だが、少なくともなのはが重傷を負った原因は判明した。誰かが明確になのはとヴィータの命を狙って襲撃を仕掛けた事が明らかになったのだ。

 

「・・・私、すぐに今の事を報告して来るね。アルフ、なのはの護衛をお願い」

 

「あいよ。フェイトが戻って来るまで部屋で待機してるよ」

 

 そうアルフが力強く頷きながら返事を返すと、フェイトはすぐさま病室から出て行った。

 それに続くように床に伏せて話を聞いていたザフィーラも立ち上がり、病室から出て行く。ザフィーラが病室の前で護衛をする事を悟ったヴィータは、自身もすべき事を察して立ち上がる。

 

「それじゃ、あたしは毛布を取って来るか」

 

「毛布って? ヴィータちゃんも個室が与えられているんじゃないの?」

 

「そうだけど、あたしの入院は名目上なだけで、本当はお前の護衛だ、なのは・・・・助けられた借りは必ず返すからな」

 

 ぶっきら棒にヴィータはなのはに告げると、すぐさま病室から出て行った。

 その様子を見ていたアルフと美由希は微笑ましそうにヴィータが出て行った扉を見つめるが、すぐに美由希は真剣な顔になってなのはに話しかける。

 

「なのは」

 

「・・お姉ちゃん、ゴメンね・・・・こんな事になっちゃって」

 

「それに関しては後で家族全員が集まってから話をするから、覚悟しておいてね」

 

「・・・はい」

 

 待っているであろう家族会議の事が脳裏に過ぎり、力なくなのはは返事をした。

 その様子に美由希は頷きながら、先ほど地球に連絡した時の事をなのはに話す。

 

「父さんと母さんは、すぐに来れないらしいよ。本局の方が慌しいから、レティさんもすぐに許可が取れないらしいんだって」

 

「そうなんだ」

 

「先に言っておくけれど、父さんも母さんもなのはが意識を取り戻したって言ったら、泣いて喜んでいたんだよ。本当はすぐにでもこっちに来たかったんだけど」

 

「今は本局の方は例の事件で、てんてこ舞いだからね。流石に許可は取れなかったんだよ。許可さえ在れば、本局の転送ポートが使用出来なくても、あたしが転移魔法を使ってなのはの家族皆を連れて来たってのに」

 

 美由希の説明を補足するようにアルフが士郎達が来れない理由を補足した。

 本当はなのはが意識が取り戻した話を聞いた直後に、士郎と桃子はすぐさま恭也を連れてクラナガンに向かいたかった。だが、現在の本局は例の事件のせいで非常に慌しい状況に在る為に、レティやミゼットでも許可が出せなかったのだ。

 許可さえ貰えれば世界移動の転移魔法が使えるアルフが迎えに行くと言う手段も在ったのだが、状況が状況だけに個人的な理由での許可は貰えなかった。フェイトが管理局に所属する今、流石に昔のように勝手な転移はアルフも出来なかった。もしも許可さえ貰えればすぐに転移魔法を使用して桃子と士郎をクラナガンに連れて来ただろう。

 

「まぁ、とにかく暫らくは安静にしておきなよ、なのは。許可が貰えればすぐにあたしが連れて来るからさ」

 

「そうだよ。今は怪我の回復に集中して、早く良くなろうね。成った時には、家族会議だからね」

 

「・・・・・・お手柔らかにお願いします」

 

 笑顔で美由希から告げられた言葉に、なのはは冷や汗を流しながら返事を返したのだった。

 

 

 

 

 

 夜も遅い時間帯。病院内も昼間とは打って変わり、静けさだけが広がっていた。

 動くのは夜勤のナースや医者。患者達は誰もが寝静まっている。だが、病院内を音も立てずに、しかし、確かに素早い動きで移動する者が居た。それは闇に溶け込むような黒いローブで全身を覆い、音も立てずに廊下を走っていた。

 時々巡回している警備員やナースなどと接触しそうになるが、誰にも気づかれずにやり過ごし目的の場所へと向かって行く。そして『高町なのは』の名前が刻まれている表札を確認すると、黒いローブはやはり音を一切立てずに扉を開けて部屋の中に入り込む。

 ゆっくりと黒いローブは病室の中を見回し、ベットの上で横になって毛布に包まっている者を捉える。音も立てずに近づき、篭手らしき物で覆われた右手を振るうと共に研ぎ澄まされたナイフが握られた。

 

「・・・・標的・・・排除」

 

 感情を廃したような声と共に一切の躊躇いも無く、黒いローブはベットの上で横になっている者にナイフを振り下ろす。

 

ーーーガキィン!!

 

「ッ!?」

 

ーーーバサッ!

 

 在り得ない筈の金属音がベットから鳴り響くと共に毛布が舞い上がった。

 毛布が自身の視界を塞ごうとしている事に気がついた黒いローブはすぐさま後ろに飛び去り、改めてベットに目を向けてみると、バリアジャケットを纏い、アサルトフォルムのバルディッシュを構えたフェイトがベットの上に立っていた。

 

「時空管理局執務官補佐フェイト・テスタロッサ。殺人未遂の容疑でお前を逮捕する。抵抗するなら容赦はしない!」

 

 アサルトフォルムの杖先を黒いローブに向けながら、フェイトは宣言した。

 その様子に黒いローブは自らのナイフはバルディッシュによって防がれたのだと悟りながら、背後に在る扉に近寄ろうとする。だが、黒いローブが扉に近づく前に扉が開き、人間の姿になったザフィーラが拳を構えながら部屋に入り込む。

 

「逃げ場は無いぞ。大人しくするが良い」

 

 そのザフィーラの勧告に対して黒いローブは手に持つナイフを構え直し、フェイトに向かって腰を低く構える事で答えた。

 明らかに戦闘を行なうと言う意思表示にフェイトとザフィーラも構え直して、病室内に重い空気が溢れた瞬間、黒いローブがフェイトに向かって飛び掛かった。

 フェイトはその動きを察していたのか、振り下ろされたナイフをバルディッシュで防ぐ。これで相手は背後からの攻撃には一瞬だけ対処出来ないとフェイトは思い、案の定背後ががら空きになった黒いローブにザフィーラが殴り掛かる。

 無防備過ぎる背中にザフィーラは違和感を覚えながらも、襲撃者を捉えようと全力で殴り掛かり、黒いローブの背中から自らに振り下ろされる(・・・・・・・・・・)一撃をギリギリのところで避ける。

 

ーーーブォン!!

 

「何ッ!?」

 

「ザフィーラ!?」

 

 予期せぬ攻撃に回避したザフィーラだけではなくフェイトも驚愕した。

 その驚愕の隙を逃さぬと言うように黒いローブはフェイトに向かって左拳を振り抜く。

 

ーーーブォン!!

 

「クッ!!」

 

 自らに向かってフェイトは体を逸らす避けた。

 しかし、黒いローブは慌てる事無く体を動かし、窓際に移動してフェイトとザフィーラと向き合う。

 フェイトとザフィーラは僅かに動揺を覚えながら、黒いローブの背中から現れた金属の鎧で覆われた長い尻尾(・・・・)を目にする。

 

「尻尾だと? 貴様、何者だ?」

 

「・・・・標的・・・排除する」

 

「なのははやらせない!! バルディッシュ!!」

 

Blitz(ブリッツ) Action(アクション)

 

ーーービュン!!

 

 バルディッシュから音声が鳴り響くと共に、フェイトの姿は一瞬の内に黒いローブの目の前に移動した。

 瞬間移動と見間違えるほどの高速移動。フェイトは移動を終えると共にアサルトフォルムのバルディッシュを黒いローブに向かって横薙ぎに振り抜く。

 

ーーーブザン!!

 

「ローブだけ!?」

 

「テスタロッサ!! 上だ!」

 

 切り裂いたものがローブだけだと気がついたフェイトはザフィーラの言葉に従って上を向き、犬のような顔立ちに目元にはスコープを装着し、両肩の部分から刃を生やしてた金属の鎧で身を包み、右手にナイフを構えた生物-『シールズドラモン』-が天井に張り付いているのを目にする。

 

シールズドラモン、世代/成熟期、、属性/ウィルス種、種族/サイボーグ型、必殺技/デスビハインド、スカウターモノアイ

機械化旅団『D-ブリガード』に所属するサイボーグ型デジモン。『セレクション-D』と呼ばれる特殊選抜試験に合格した100体の中の1体のコマンドラモンだけが進化することができるといわれている。暗殺任務を得意とする精鋭で、武器や迷彩能力に頼らず、体術のみで戦う。その身体能力は計り知れず、その動きは目視で捕らえることは不可能。必殺技は、研ぎ澄まされたナイフで一撃で相手を殺す『デスビハインド』に、瞬時に敵の急所を計測する『スカウターモノアイ』だ。

 

「デスビハインドッ!!」

 

「クッ!」

 

 尋常ならざる殺気を放ちながら飛び掛かって来るシールズドラモンに危険を感じたフェイトは、すぐさまその場から移動しようとする。

 だが、移動する直前、フェイトは足首を見えない何かに掴まれてしまう。

 

ーーーガシッ!

 

「えっ!?」

 

「何をしている、テスタロッサ!?」

 

 突然動きが止まってしまったフェイトを護るようにザフィーラがシールズドラモンとの間に割り込み、振り下ろされようとしているナイフの刃を障壁で防ぐ。

 

ーーーガキィン!!

 

「チッ!」

 

 自らの必殺技である『デスビハインド』が防がれた事実に、シールズドラモンは舌打ちをしながら床に着地した。

 文字通りの一撃必殺技である『デスビハインド』だが、急所を見抜く『スカウターモノアイ』の対象をフェイトに設定していた為に横合いから割り込んだザフィーラの障壁を貫く事が出来なかったのだ。自らの必殺技があっさりと防がれた事実にシールズドラモンは屈辱を感じながら、ザフィーラとフェイトを『スカウターモノアイ』で索敵する。

 

「一体どうした?」

 

「ザフィーラ、気をつけて・・・・・こいつだけじゃない。他にも襲撃者が潜んでいる。そいつが私の足を掴んだの」

 

「・・・そうか」

 

 フェイトの説明にザフィーラは頷きながら、油断なく周りを警戒しながらシールズドラモンに向かって両拳を構える。

 

「・・・どうやら奴が言っていた標的とは・・・・高町の事だけでは無いようだ」

 

「うん・・・・・私達も標的に加わっているようだね」

 

 フェイトはザフィーラの言葉に同意を示しながら、目の前に居るシールズドラモンだけではなく見えない敵にも警戒心を高めるのだった。

 

 

 

 

 

 病院内に在るヴィータが使っている個室。

 その場所に秘密裏になのはは運ばれ、ヴィータとアルフ、そして美由希が護衛を行なっていた。なのはの意識が戻ったとなれば、すぐさま襲撃が在っても可笑しくは無いと考えたヴィータ達は、念話でやり取りを行ないなのはをヴィータが使っている個室に移動させていたのだ。

 昼間のやり取りは何処かで監視しているかもしれない者を騙す為の行動に過ぎず、病院内でも上位の者しか知らない事だった。

 

「・・・・・今、ザフィーラから念話が来た・・・・やっぱ、きやがった見てぇだ」

 

「クッ! そんなになのはが目障りって事かい!!」

 

 ヴィータからの報告にアルフは怒りに満ちた声で叫んだ。

 その怒りにヴィータは同じように顔を怒りで染めながら、手に持つグラーフアイゼンの柄を強く握る。

 襲撃に関しては予想していた事態だった。何せ今はミゼット達の派閥に大打撃を与えるチャンス。その為に自らの派閥に不利になる情報を握っているなのはの存在は、ミゼット達の派閥と敵対している派閥にとって邪魔な存在なのだ。

 自らの命の危険にベットの上に居るなのはは不安そうに体を震わせる。そんななのはを安心させるように美由希が頭を優しく撫でる。

 

「大丈夫だよ、なのは。絶対になのはには手を出させないから」

 

「・・・・お姉ちゃん」

 

「安心して・・・私達が護るから・・・・ッ! 其処!!」

 

 突如として何かに気がついたように美由希が腕を振るい、飛針を壁に向かって投げつけた。

 投げられた飛針は音を立てながら壁に突き刺さり、ヴィータとアルフは面を食らうが、美由希は構わずに服の両袖に隠していた小太刀を手に握る。

 

「ちょ、ちょいと! いきなり何してんだい!?」

 

「・・・・居る・・・この部屋に私達以外の何かが・・・・・」

 

「何かって? ・・・・・何もいねぇだろ…」

 

『まさか』

 

『ッ!?』

 

 突然ヴィータの言葉を遮るように聞こえて来た男性と思わしき声に、ヴィータとアルフは慌てて身構える。

 

『まさか・・・・魔導師でもないただの人間が『バケモン』の気配を察するとは』

 

「何処だ!? 何処にいやがる!」

 

 姿が見えない相手にヴィータ、アルフ、美由希は警戒心を強めながら部屋の中を見回すが、やはりヴィータ達以外の姿は無かった。

 一体どう言う事なのかとアルフが困惑しながら部屋を見回していると、僅かに腐臭が部屋の中に漂って来ている事に気がつく。

 

「(何だい? この腐臭? ・・・・・・こんなのさっきまで臭わなかったのに・・・一体何処・・・っ!?)・・美由希ッ!! なのはをベットから退かしな!!」

 

「クッ!!」

 

 アルフの指示にすぐさま美由希は反応し、ベットからなのはを抱き上げてその場から飛び去る。

 同時にベットの下の床がまるで腐ったように崩れ、其処から勢いよく黒い煙のようなモノが噴き出し、真上に在ったベットだけではなく個室に在る物や壁などを腐食させて行く。

 

ーーージュゥゥゥゥゥッ!!

 

「やべ!! 部屋から出ろ!!」

 

 次々と黒い煙のようなモノに触れると同時に物や壁が腐食して行く様子に、危機感を覚えたヴィータは美由希とアルフと共に部屋から慌てて出て行った。

 同時に黒い煙が溢れ出している床から雄羊の顔を持ち、背中に悪魔の様な翼を生やしたデジモン-『メフィスモン』が出て来る。

 

メフィスモン、世代/完全体、属性/ウィルス種、種族/堕天使型、必殺技/デスクラウド

巨大な雄羊の姿をした二足歩行の堕天使型デジモン。全ての生命を滅しようとしたアポカリモンの残留思念から生まれた闇の存在、アポカリモンと同じ様に全ての生命を滅しようとしている。。“暗黒系黒魔術”を使い、高い知性で戦略を立てる狡猾さを持っている。必殺技は、暗黒の雲を発生させ、全てを腐蝕させる『デスクラウド』だ。

 

「鼻が利く者も居たか・・・まぁ、良い。作戦は当初の予定通りに進んでいる・・・・それにしても美しき姉妹愛・・・それらをグズグズに腐食させて汚したいものだ・・・・・『バケモン』」

 

「・・・バケ~」

 

 メフィスモンの呼びかけに答えるように、何も無かった筈の場所から白い布を被ったまるで幽霊のように宙に浮かぶデジモン-『バケモン』-が姿を現した。

 

バケモン、世代/成熟期、属性/ウィルス種、種族/ゴースト型、必殺技/ヘルズハンド、デスチャーム

頭から布かぶっているゴースト型デジモン。布の中身はナゾに包まれている。呪われたウィルスプログラムでできており、取り付かれたコンピューターは、一瞬でシステムを破壊されてしまう。また、影はブラックホールに繋がっていると言う説もある。必殺技は、巨大な腕で敵を地獄へと引きずり込む『ヘルズハンド』に、対象に死の呪文で呪いを掛ける『デスチャーム』だ。

 

「首尾は如何だ?」

 

「バケ~」

 

「ほう・・・・そうか、面白い・・・フフッ! 麗しき姉妹愛に訪れる悲劇! それは見逃せんな!」

 

 バケモンの報告にメフィスモンは心の底から楽しそうに邪悪に満ちた笑みを浮かべ、ゆっくりとバケモンと共にヴィータ達の後を追うのだった。




バケモンが今回何をしたのか分かる人は分かると思います。

しかし、ちゃんと解く方法は考えています。
最も簡単な方法で解ける設定にしています。


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夜の激闘

長らくお待たせしました。

漸く完成しましたので投稿します。待っていた皆様申し訳ありませんでした


 暗い病院内の廊下。

 黒い煙のようなモノが噴き出した病室内から逃げ出した美由希、アルフ、ヴィータ、そして美由希の背に背負われているなのはは、屋上を目指して廊下を走っていた。

 そして階段へと辿り着き、なのはを背負って走る美由希を先頭にヴィータとアルフが背後を護る形で三人は屋上へと登って行く。前からの奇襲も心配だが、それよりもヴィータとアルフは触れた物を腐食させる黒い煙のようなモノの方が心配だった。

 

「おい! 追って来てるか!?」

 

「暗くて分かんないけど…あの嫌な匂いは漂って来るよ」

 

 自らの鼻を手で押さえながらアルフはヴィータの質問に答えた。

 狼を素体とする使い魔であるアルフの嗅覚は、黒い煙のようなモノから漂って来る腐臭を嗅ぎ取っていた。そして着かず離れず、一定の距離を取っている事にも気がついていた。まるで自分達の動きを把握しようとしているのか、またはあざ笑うかのように腐臭はアルフ達を追って来ている。

 その報告にヴィータは苦虫を噛み潰したような顔をする。黒い煙を操る者は、少なくとも碌な相手では無い事を悟ったのだ。とにかく今は病院から脱出しようと三人は急ぐ。

 美由希はともかく、ヴィータとアルフは屋内での戦闘では全力を発揮出来ない為に外に出るのはどうしても必要な事だった。

 そして美由希が階段を駆け上って行くと、前方に階段をゆっくりと上っているナースが居た。

 

「ッ!? 貴女達! もう消灯時間なんですよ! それなのに出歩いているばかりか、騒いで!! それに其処の患者は絶対安静の筈ですが!」

 

 美由希達を見つけたナースは、三人の行動を注意しようと近づいて来た。

 相手側の言い分が分かる美由希達は事情を説明しようとする。だが、その前にアルフの表情が焦りに満ち溢れて叫ぶ。

 

「伏せるんだよ!!」

 

『クッ!!』

 

「キャッ!」

 

 アルフの指示に美由希は背中に背負っていたなのはを抱え込むように伏せ、ヴィータは目の前に居るナースを押し倒した。

 同時にアルフも伏せると、凄い勢いで階段下から黒い煙の塊が昇って来てアルフ達の頭上を通過する。幸いにも黒い煙はアルフ達に触れる事が無かったので、病室で起きた腐食現象は起きなかった。

 ヴィータは警戒しながら顔を上げてみると、黒い煙の塊は屋上への道を塞ぐように宙に停滞していた。

 そしてヴィータ達が警戒心を強めていると、黒い煙の塊の中から声が響く。

 

「フフッ、何時までも逃げ続けられると思っているのか?」

 

「テメエ…何もんだ!? 何でなのはを狙いやがる!!」

 

「ほう…貴様がそれを言うか?」

 

「何だって?」

 

「貴様と其処の娘が何をしたのか忘れたのか? 貴様ら二人は我らの仲間の安住の地を襲った事を?」

 

「…まさか…テメエ! ブルーメラモン達の仲間か!?」

 

「その通りだ!」

 

 ヴィータの叫びに答えると共に黒い煙の塊が消え去り、中に隠れていたメフィスモンが姿を現した。

 初めて見るメフィスモンの姿に美由希、アルフは驚愕と困惑に満ち溢れた顔をする、ヴィータとなのはも内心では動揺を覚えていたが、ブルーメラモン達と出会った事が在ったので美由希やアルフほどでは無かった。

 ゆっくりとメフィスモンは右手を自らの顔に当てて嘆くように声を出す。

 

「貴様らとて分かるだろう? 帰るべき場所が奪われる苦しみと悲しみが? 管理局と言う組織は我々を多くの異世界の地に放逐した。そして今度は漸く得られた安住の地まで失ったのだ。復讐する理由として充分であろう? 幸いにも貴様らの情報を提供し、こうして此処まで運んでくれた者達もいたのでな」

 

「クッ!」

 

 嘲るようなメフィスモンの声音にヴィータは唇を噛みながら、グラーフアイゼンを構える。

 

「…此処はあたしに任せて逃げろ」

 

「ヴィータ!? 何を言ってるんだい!?」

 

「コイツの言っている事がほんとかどうか分かんねぇけど・・・・実力だけは間違いなく、あたしが負けたブルーメラモンと同等か、それ以上だ」

 

『ッ!?』

 

 ヴィータの発言にアルフ、美由希、なのはは驚愕した。

 しかし、驚愕しているアルフ達に構わずにヴィータはグラーフアイゼンの柄を強く握り、左手に鉄球を出現させて握る。

 

(コイツ…ただ立っているだけなのに隙が見えねぇ。屋内で何処までやれる?)

 

 この場に居る誰よりも戦いに関する経験を持っているヴィータは、メフィスモンの動きを一切見逃さないと言うように睨み付ける。

 その気迫の篭もったヴィータの瞳をメフィスモンは楽しげに眺める。希望や友情など輝く感情をメフィスモンは好む。そう言う強い感情を持ったモノを汚し、破滅に追いやる事こそがメフィスモンの一番の喜びだった。

 そしてヴィータを獲物として認めたメフィスモンはゆっくりと右手を動かす。その動きに対してヴィータは先手必勝と言うように、左手に持っていた大型の鉄球をアイゼンで放つ。

 

「グラーフアイゼン!!」

 

Schwalbefliegen(シュワルベフリーゲン)ッ!!》

 

ーーードォン!!

 

「デスクラウド」

 

 ヴィータが撃ち出したシュワルベフリーゲンに対して、メフィスモンが低い声で呟くと共に右手の先に先ほど病室でヴィータ達に襲い掛かった黒い煙のようなモノが発生した。

 しかし、今度発生したのは黒い煙ではなく、まるでモクモクとその場に停滞するように黒い塊の形をし、シュワルベフリーゲンは黒い塊の中に飲み込まれる。同時に黒い塊の中で腐食音が鳴り響く。

 

ーーージュゥゥゥゥゥッ!!

 

ーーーガシッ!

 

「戦いの始まりにしては、随分と味気ない攻撃だと思うのだが?」

 

 そう呟くメフィスモンの右手には、もはや原型が全く分からないほどに腐食し切った鉄球の成れの果てが握られていた。

 ヴィータはその鉄球の変わり果てた姿に、メフィスモンと自らの相性はブルーメラモン同様に最悪だと悟った。距離を離しての攻撃にしても、ヴィータはアームドデバイスであるグラーフアイゼンを直接相手に叩き込む戦いを主としている。なのはやフェイトのように魔力弾を用いた攻撃は苦手なのだ。まだブルーメラモンと違って、攻撃さえ直接体に当たればダメージが通るメフィスモンはマシなのかもしれないが、それが難しい相手だともヴィータは理解している。

 

(アルフ…此処はあたしが何とか時間を稼ぐ。その間になのはと美由希を避難させて、フェイトにこっちに来るように伝えてくれ)

 

(…大丈夫なのかい? ヴィータ? アイツかなり強いんだろう? あたしも一緒に戦った方が良いんじゃ?)

 

(拳で戦うお前じゃ、あたしよりキツイ。もしも腕に腐食が及んだら…最悪の場合、捨てる(・・・)以外に方法がねぇぞ)

 

 ヴィータよりは放出系の魔法を使えるとは言え、基本的なアルフの戦闘スタイルはザフィーラ同様に高い身体能力を活かした近接戦を得意としている。

 もしもアルフがメフィスモンと戦えば、腐食の効果を持っている黒い煙に触れて拳が腐食してしまう。そうなればアルフの命は無い。ヴィータも接近戦を主体にしているが、アルフの拳と違ってアームドデバイスであるグラーフアイゼンならばリカバリーする事が出来る。倒せないまでも時間を稼ぐ事は出来るのだ。

 その事を理解したアルフは苦虫を噛み潰したような顔をしながらも頷き、ヴィータも頷き返す。

 

「行くぜ! アイゼン!!」

 

Schwalbefliegen(シュワルベフリーゲン)ッ!!》

 

 ヴィータの叫びに答えるようにグラーフアイゼンから電子音声が響き、新たに手に握っていた小さな鉄球を四つ同時にメフィスモンに向かって撃ち出した。

 メフィスモンは先ほどと同様に黒い煙の塊を発生させて迫る鉄球を防ごうとする。だが、今度は先ほどとは違い、撃ち出された鉄球を不規則な軌道を行ないながら黒い煙の塊に触れないようにしながらメフィスモンの周りを飛び回る。

 

「これは? ……そうか、この攻撃…誘導型の攻撃か」

 

 自らの周りを飛び回る鉄球をメフィスモンは見回す。

 その動きに注意が逸れたと感じたアルフが、メフィスモンに向かってオレンジ色の鎖を放つ。

 

「食らいな!! チェーンバインド!!」

 

ーーーガシィィィィッ!!

 

 アルフが放ったチェーンバインドはメフィスモンの体に巻きついた。

 そのまま確りと拘束しているのをアルフは確かめると、横に居る美由希に向かって叫ぶ。

 

「今だよ! 美由希!!」

 

「うん!!」

 

 アルフの呼びかけに美由希は即座に反応を示し、なのはを抱えたまま階段を駆け上げる。

 それにアルフも続こうとするが、床に座り込んでいるナースに気がついて、その腕を掴み引き上げる。

 

「アンタも来るんだよ!!」

 

「は、はい!」

 

「ヴィータちゃん!! 気をつけて!!」

 

 美由希の背におんぶされているなのはが激励を行ない、美由希達は屋上に向かって走って行った。

 それを確認したヴィータはなのはの激励に苦笑しながらグラーフアイゼンを構え、黒い煙を自らの周囲に発生させながらチェーンバインドを破壊しているメフィスモンを睨みつける。

 

ーーーバキィィィン!

 

「フム。やはり放出系の魔法に対しては『デスクラウド』は通じないか。まぁ、貴様相手には問題は無いがな」

 

 ゆっくりとメフィスモンは確かめるように右手を握り直しながら、自らに険しい視線を向けているヴィータに顔を向ける。

 

「貴様はアームドデバイスとか言う物を振るう魔導師だったな。その類の魔導師は放出系の魔法が苦手だと聞いている。先ほどの女が残った方が良かったのでは無いか?」

 

「ヘッ、言ってくれるじゃねぇか。あんまりあたしを舐めてっと、痛いだけじゃ済まねぇぞ?」

 

「……フッ、貴様の考えは読めているぞ。今別の場所で戦っている金髪の小娘が来るまでの時間を稼ぐつもりだろう。オレンジ色の髪の女が念話と言う力で連絡を取るつもりなのだろうが……果たしてそう上手く行くかな?」

 

「………何が言いてぇんだ」

 

「フフフッ、先ほど貴様と一緒に居た眼鏡を掛けた女だが………“もうすぐ死ぬぞ(・・・・・・・)”」

 

「ッ!?」

 

 突然のメフィスモンの美由希に対する死の宣告にヴィータは目を見開いた。

 その様子にメフィスモンは口元を楽しげに歪めて、残酷な事実を心の底から嬉しそうに語り出す。

 

「あの女は魔導師でも無いのに中々やるようだ。『バケモン』の気配を感じると同時に、攻撃を行なったばかりか、標的と『バケモン』の間に自らの体を割り込ませた。だが、それ故に本来ならば標的に当たる筈だった『バケモン』の必殺技、『デスチャーム』を女は受けたのだ」

 

「『デスチャーム』?」

 

「そうだ。その技は相手に死の宣告を与える技でな。一定の時間が経過すると共に宣告された相手は死に至るのだ。つまり、遠からずあの女は死ぬ」

 

「出鱈目言うな! そんな技が在る訳が…」

 

「無いと言い切れるのか?」

 

「ッ!?」

 

 メフィスモンの問いかけにヴィータは反論出来なかった。

 ブラックウォーグレイモンを筆頭に、ブルーメラモン、アイスデビモン、アイスモン、そして目の前に居るメフィスモンと言った自分の常識を超えた存在とヴィータは何度も出会っている。

 メフィスモンが言った事もあながち間違いで無いかもしれないと悟ったヴィータは、すぐさまアルフに連絡を取ろうとする。

 

「ッ!? ……念話が通じねぇ……まさか!?」

 

「分かったようだな、小娘。時間稼ぎを行なうのは貴様ではない。この私だ!!」

 

「ちくしょう!!」

 

 飛び掛かって来たメフィスモンに向かって悔しげな叫びを上げながら、ヴィータはメフィスモンに挑むのだった。

 

 

 

 

 

 一方その頃。元々なのはが寝泊りしていた病室の中ではザフィーラとシールズドラモンが格闘を行なっていた。

 

「ムン!!」

 

「フッ!」

 

ーーードガッ!

 

 シールズドラモンが放った拳に対し、ザフィーラは瞬時に腕を掲げて防御した。

 そのまま反撃しようとするが、シールズドラモンは瞬時に身を沈めて足払いを掛けようとする。ザフィーラは僅かに後方に移動する事で足払いを躱し、間合いを取って拳を構える。

 同時にシールズドラモンもザフィーラとの距離を取って、同じように拳を構える。

 

「……やるな」

 

「其方こそ」

 

 ザフィーラとシールズドラモンは互いに相手に対して賞賛した。

 その様子を見ていたフェイトは、自分が割り込む事が出来ない雰囲気に言葉を失っていた。本格的な戦いが始まってからは、フェイトは病室の中に潜んでいる見えない相手の警戒をし、ザフィーラがシールズドラモンと格闘を繰り広げていた。

 互いに近接戦闘を得意としているが故に両者の実力は伯仲していた。

 

(……この生物。ナイフを扱う腕だけでは無く、格闘技も洗練されている。しかも、テスタロッサにも注意を払っているばかりか、此方に魔法を使わせないようにまでしている)

 

 本来ならばザフィーラには『鋼の楔』と言う魔法が在る。だが、その魔法は屋内では使用出来ず、また、フェイトも放出系の魔法を病院内で使用する事は出来ない。

 病院には他の入院患者も居るので、強力な魔法は周りに被害を及ぼしてしまう。その事を理解しているザフィーラはシールズドラモンを窓から外に叩き出そうとしたのだが、シールズドラモンの実力はザフィーラの予想よりも高かったので病室内で格闘戦を行なうしか無かった。無論フェイトも見ているだけではなく、バインドなどの捕縛魔法でシールズドラモンを捕らえようとしているのだが、シールズドラモンはフェイトの視線の動きやザフィーラの動き、そして自らの危機察知能力でバインドの位置を悟り、バインドから逃れていた。

 互いに決め手と言える攻撃が出せず、このままでは膠着状態が続くとフェイトとザフィーラは焦りを覚え始める。逆にシールズドラモンは当初の予定どおりに状況が進んでいる事を僅かに安堵していた。元々シールズドラモンは事前に標的であるなのはが病室に居ない事を知っていた。それでも襲撃を行なったのは、フェイトとザフィーラを足止めする為。そう、フェイトとザフィーラは自分達がシールズドラモンを足止めしていると思っているが、シールズドラモンの方が二人を足止めしているのだ。

 既に最初にフェイトの動きを押さえた相手も病室から移動している。後はこのまま時が来るまで時間稼ぎを続けるだけだとシールズドラモンは考えながら、仕舞っていたナイフを取り出す。その動きにフェイトとザフィーラの警戒心は強まり、内心で細笑みながら体勢を低くする。

 

「…行くぞ…抹消してく…ッ!?」

 

ーーーギン!!

 

「えっ!?」

 

「何っ!?」

 

 突如としてシールズドラモンは横薙ぎにナイフを振るい、何かを弾き飛ばした。

 フェイトとザフィーラは驚きながらシールズドラモンが弾いて床に落ちた手裏剣(・・・)に目を向ける。すると、シールズドラモンは何かに慌てたように病室内を見回す。同時にフェイトとザフィーラに向かって何処からとも無く声が放たれる。

 

『お二方! 早く高町なのはの下に向かわれよ!! 既に敵は彼女を追い詰めているでござるよ!!』

 

「何!? ……しまった! 此方は陽動か!?」

 

「クッ!」

 

Sonic(ソニック) Move(ムーブ)!!》

 

ーーーバリィン!!

 

 なのはの危機を知らされたフェイトは、後先考えずに瞬間高速移動魔法であるソニックムーブを使用して窓ガラスを破壊しながら外に飛び出した。

 まんまとフェイトに逃げられたシールズドラモンは、せめてザフィーラだけは逃さないと言うようにナイフを構えて突進する。だが、それを遮るようにシールズドラモンの四方から再び手裏剣が複数迫る。

 

ーーーシュン!!

 

「チィッ!!」

 

ーーーギィン! ギン!! キィン!!

 

 シールズドラモンは洗練された身のこなしで手裏剣をナイフで弾く。

 しかし、それによって隙が生じてしまい、ザフィーラは隙を逃さずにシールズドラモンの懐に入り込む。その事に気がついたシールズドラモンは慌てて迎撃しようとするが、その前に渾身の力を込めたザフィーラの拳が胴体に突き刺さる。

 

「フッ!!」

 

ーーードゴッ!

 

「ガッ!?」

 

 突き刺さった拳の威力はシールズドラモンが纏っているアーマーを超えて体へと届き、シールズドラモンは病室の壁に向かって吹き飛ぶ。

 

ーーードゴォン!!

 

『此処は拙者に任せて、早くお主も向かうでござる! それと見えぬ敵の姿は光さえ当てれば見えるようになるでござるよ!』

 

「……分かった。この場は頼む!」

 

 今だ姿を見せない相手に不信を抱きながらも、少なくともこれ以上時間を掛けてはいられないとザフィーラは判断し、フェイトが出て行った窓ガラスから自身も外へと飛び出した。

 それと共に壁に寄り掛かっていたシールズドラモンが立ち上がり、苛立たしげに顔を歪めながら病室の天井の一角を睨みつける。其処には天井に背中から張り付くように潜んでいたイガモンの姿が在った。発見されたイガモンは床へと降り立ち、背に背負っている刀に右手を伸ばす。

 

「倉田とルーチェモンに組するデジモンでござるな? 動けぬ幼子を狙うとは……此処からは拙者が相手を致す!!」

 

ーーーチン!

 

 イガモンは背中の忍者刀を僅かに引き抜く。

 シールズドラモンはその動きに警戒心を強めながら、ナイフを構え直して油断無くイガモンをスコープ越しに睨みつけるのだった。

 

 

 

 

 

 病院の屋上。メフィスモンから難を逃れたアルフ、美由希、なのは、そしてアルフに連れて来られたナースは、荒い息を整えながら周囲を警戒していた。

 

「……クッ! 駄目だよ! 転移だけじゃなくて、さっきまで使えていた念話も妨害されてる!」

 

「それじゃ、フェイトちゃん達の方にも何かが在ったんじゃ!?」

 

「多分ね。とりあえず、フェイトに気がついて貰う為に何か魔法でも使って……美由希? どうしたんだい?」

 

「お姉ちゃん?」

 

 アルフの様子に疑問を覚えたなのはも美由希に視線を向ける。

 すると、美由希の顔は真っ青に染まり、荒い息を吐いていた。明らかに様子が可笑しい美由希の姿に気がついたなのはは、美由希の手を握って目を見開く。

 

「ッ!? ……冷たい…ア、アルフさん! お姉ちゃんが!?」

 

「美由希! 確りしな!!」

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…」

 

 なのはとアルフの様子にも気がつかないのか、美由希は自身の体を抱き締めてガクガクと震えていた。

 明らかに異常な美由希の状態になのはとアルフは、心配して駆け寄る。少しでも悪化を止めようとアルフは回復魔法を使用しようとする。だが、その前に第三者の声が響く。

 なのはの脳裏に絶対に忘れる事が出来ないほどに刻まれた声が。

 

「あらあら、そんな事をしても無駄ですわよ」

 

『えっ?』

 

 聞こえて来た声になのはとアルフはそれぞれ驚きながらも振り向いてみると、アルフの腰に研ぎ澄まされたメスが突き刺さる。

 

ーーードスッ!

 

「ガッ!?」

 

「アルフさん!」

 

 苦痛の声を漏らしたアルフに向かってなのはは叫び、メスを突き刺したナースに目を向ける。

 

「フフッ、油断大敵ですわね」

 

「あ、アンタ…ま、まさか…」

 

「そう、彼らの仲間ですわ。そして!」

 

 ナースは捻じりながらメスを引き抜くと共に後方に飛び去る。

 そのままメスを投げ捨て、ナースの服のポケットから緑色の細長い機械を取り出し、機械の上部分に右手を滑らせる。

 

「ハイパーーバイオエヴォリューーーション!!!」

 

ーーーギュルルルルルルッ!!!

 

 ナースが叫ぶと共にデジコードが発生し、そのままナースを覆い尽くすように繭を形成した。

 デジコードの繭は僅かに大きさを広げると共に弾け飛び、その中からなのはに重傷を負わせた張本人である『バイオ・レディーデビモン』が右頬に鋭く刻まれた傷跡を残しながら現れる。

 

「バイオ・レディーデビモン!!」

 

「あ、貴女は!?」

 

「フフッ、お久しぶりですわね。あの時は殺しそこねましたけれど、今日は逃しませんわ」

 

 ゆっくりとバイオ・レディーデビモンは右手を黒く輝く槍-『ダークネス・スピア』-に変えながら、残忍さに満ちた笑みを浮かべて近づく。

 メスで刺されたアルフは苦痛に苦しみながらも顔を上げて、バイオ・レディーデビモンを睨みつける。

 

「…あ、アンタが…なのはを…傷つけた張本人かい?」

 

「えぇ、そうですわよ。まんまと此方の策に乗ってくれて助かりましたわ。今頃は他の連中も大変な状況になっているでしょうね。さて、無駄話はそろそろ終わりにして、高町なのは。貴女には死んで貰いますわよ」

 

 バイオ・レディーデビモンはダークネス・スピアを構えながら近づく。

 なのはは逃れようと無意識に後ろに体を動かそうとするが、思ったとおりに体が動かずに床に倒れてしまう。アルフもなのはを助けようとするが、腰から走る激痛とまるで痺れたように手足が動かなかった。

 バイオ・レディーデビモンが刺したメスには麻酔の効果を持つ薬が塗られていたのだ。これで邪魔者は居なくなったと思っていると、青褪めて体を震わせていた美由希がなのはを護るように立ち塞がる。

 

「さ…させ…ない……なのはを殺させたり…しない!」

 

「……フゥ~、姉妹揃って驚かせてくれますわね。でも、其処に居る高町なのはを護るなんて、貴女には不可能ですのよ。何せ貴女は死の宣告を受けたのですもの」

 

「ッ!?」

 

「な、何だって? ……どう言う事だいそりゃ!?」

 

「言葉どおりですわ。出て来なさい! 『バケモン』達!!」

 

『……バ~ケ~』

 

『ッ!?』

 

 バイオ・レディーデビモンの呼びかけに反応するように、空中に十体近くの白い布を被ったオバケを思わせるような生物-『バケモン』-が出現した。

 出現したバケモン達はユラリユラリと空中を飛び回り、バイオ・レディーデビモンは固まっている美由希、アルフ、なのはに説明する。

 

「この生物の名前はバケモンと言いますの。夜ならばその姿を希薄にさせて、姿を相手に捉えないのですが、そのバケモンの気配を察知した貴女には驚嘆しますわね。でも、代わりに貴女は高町なのはが受ける筈だった技。『デスチャーム』のその身に受けましたの」

 

「……『デスチャーム』?」

 

「そう。その技は相手に死の宣告を与えて、一定時間経つと同時に対象を死に至らせる技」

 

「そ、そんな!? それじゃお姉ちゃんは!?」

 

「えぇ、もう大分時間は経っていますし、もうすぐ死ぬでしょうね」

 

『ッ!?』

 

 告げられた残酷な宣告にアルフ、なのは、そしてデスチャームを受けた当人である美由希は息を呑んだ。

 実際に美由希の体調は悪化の一刻を辿っている。既に立っているだけでも辛く感じ、ヒシヒシと何かが迫って来ているような感覚を美由希は感じていた。その様子に気がついたなのはは声を掛けようとするが、その前に美由希は遂に膝をついてしまう。

 

「グゥッ!」

 

「お姉ちゃん!?」

 

「美由希!!」

 

 更に体調が悪化した美由希になのはとアルフは心配して叫んだ。

 バイオ・レディーデビモンはその様子に笑みを浮かべて、もはや何も出来ないであろう美由希の横を通り過ぎてなのはの命を奪おうとする。だが、バイオ・レディーデビモンの耳は空気を切り裂くような音を捉える。

 

ーーーシュン!!

 

「クッ!」

 

ーーーキィン!!

 

 バイオ・レディーデビモンは瞬時にダークネス・スピアを振り抜き、美由希が投げつけた飛針を弾いた。

 そしてバイオ・レディーデビモンは目にする。命を懸けてでもなのはは護り抜くと言う意志を宿した美由希の力強い意志が宿った瞳を。宿った本能が告げていた。魔導師とか関係なく、美由希は早急に殺さなければならない存在だと言う事を。

 早急に葬ると決めたバイオ・レディーデビモンは背中の翼を広げて浮かび上がり、両翼を広げる。

 

「気が変わりましたわ。全員一度に葬って上げますわ! ダークネスウェーーブ!!」

 

 バイオ・レディーデビモンが叫ぶと同時に無数のコウモリが出現し、屋上に居る美由希、なのは、アルフに迫る。

 避ける事が出来ない攻撃に美由希、アルフ、なのはは絶望感を抱く。だが、迫るダークネスウェーブくを遮るように上空から桜色の魔力弾が降り注ぐ。

 

Accel(アクセル) Shooter(シューター)

 

ーーードドドドドドドドドドドドドドッ!!!!

 

「なっ!?」

 

『バ~ケ~』

 

 ダークネスウェーブを防ぐように降り注いだアクセルシューターにバイオ・レディーデビモンは声を漏らし、バケモン達は爆発の衝撃によって吹き飛ばされた。

 そのバケモン達に向かって長く伸びたバネのような緑色の手足の先に握られた回転する手裏剣が迫り、バケモン達を切り裂く。

 

「『紅葉おろし』!!」

 

ーーーブザン!!

 

『バ~ケ~!!』

 

 切り裂かれたバケモン達は悲鳴を上げて、次々とその体をデジコードへと変えて行く。

 バイオ・レディーデビモンはバケモン達を攻撃した主に目を向けてみると、背中にガブモンを背負ったシュリモンが給水塔の上に立っていた。

 

「デジモン!?」

 

「これ以上の狼藉は見過ごせん!!」

 

「クッ!! 邪魔をしてくれて! でも、標的だけは殺しますわ!! ダークネス…」

 

「させん!! 草薙!!」

 

 バイオ・レディーデビモンが突然の事態に、固まっているなのは達を攻撃しようとしている事に気がついたシュリモンは空中に高く飛び上がると共に大手裏剣-『草薙』-を投げつけた。

 草薙は高速回転し、ダークネスウェーブを放とうとしているバイオ・レディーデビモンに迫る。だが、草薙が直撃する直前、バイオ・レディーデビモンは背中の翼を大きく羽ばたかせて後方に移動した。

 

「しまった!?」

 

「もう遅いですわ! ダークネスウェーーブ!!」

 

 バイオ・レディーデビモンが叫ぶと同時に、先ほどの同じように無数の蝙蝠が屋上の床に向かって放たれた。

 急な移動も在ったのでなのは達への直撃は無理になったが、それでも充分だった。何せ今屋上に居るなのは達は誰一人として空を飛ぶ事は出来ないのだから。そしてバイオ・レディーデビモンの狙いどおりにダークネスウェーブは屋上の床に激突すると同時に大爆発を引き起こし、なのは達を屋上から吹き飛ばす。

 

ーーードゴォォォォォン!!

 

『キャアァァァァァァァァァァァァーーーーーーーー!!!』

 

「なのは!!」

 

 少し離れた場所で屋上から落下するなのは、美由希、アルフを目撃したフェイトは急いで助けようとする。

 だが、その前に再び別のバケモン達が立ち塞がり、後から来たザフィーラも加えて足止めを受けてしまう。シュリモンの背でそれを捉えたガブモンは瞬時に判断を下す。

 

「シュリモン! 僕を投げて!!」

 

「心得た!!」

 

 ガブモンの指示にシュリモンは即座に応じ、ガブモンをなのは達に向かって投げつける。

 投げられたガブモンは身を縮めて落下速度を加速させ、なのは、美由希、アルフの先に回り込む。

 そしてなのはは目撃する、突然自分達の前に回り込んだガブモンの体からデジコードが発生し、自身を加えた美由希、アルフの前に広がるのを。

 

「ガブモン進化!! ……ガルルモン!!!」

 

 デジコードが弾け飛ぶと共に巨大な五メートルほどの大きさを持った銀色の狼-ガルルモン-が、なのは、美由希、アルフを乗せて地面へと着地したのだった。




息抜きに新しい小説を投稿する事にしました。

其方は漆黒シリーズとは全く関係ない作品で、オリキャラは一切出さない予定です。


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暗殺者達の襲撃の終わり

お久しぶりです。

長らくお待たせしてしまいました。
待っていてくれた方々、申し訳ありませんでした。
漸く完成しました。


「フフッ、如何した? 抵抗はしないのか?」

 

「クッ……、ち、ちくしょう」

 

 嘲笑するメフィスモンを自らの周りに全方位型の障壁-『パンツァーヒンダネス』-を張る事で、周囲を囲むように漂っている腐食性の雲-『デスクラウド』-から身を護っているヴィータは、悔しげに睨みつけた。

 ヴィータはパンツァーヒンダネスのおかげでデスクラウドに触れる事は無く、腐蝕から逃れる事は出来ていたが、逆に攻撃と移動を完全に放棄する完全防御状態で展開しているのでメフィスモンに対して何も出来なかった。パンツァーヒンダネスの展開を止めれば、デスクラウドに飲み込まれてしまうのは目に見えている、既に纏っているゴスロリ衣装の騎士甲冑では、デスクラウドの腐蝕を防げないのは試したので文字通りヴィータは殻に篭もって身を護る以外に何も出来なかった。

 そして余裕なのか。メフィスモンはヴィータに対して攻撃らしい攻撃は行なわず、ただ嘲笑をヴィータに放ち続けていた。

 

「このまま時間が経てば経つほどに仲間の命は消えて行く。悔しかろう? 何も出来ない自分に怒りを覚えるだろう? そして絶望感に包まれて行く。さぁ、ソレを解いて私に攻撃してみろ? 最も解いた瞬間に貴様は……フフッ」

 

「て、テメエ!?」

 

「しかし、時間を稼ぐにしてもこう変化が無いのは飽きて来る。そろそろ終わりにして、腐蝕した貴様の死体でも貴様の仲間達に見せてやろう」

 

(良し! 来い!)

 

 近づいて来るメフィスモンに、ヴィータは強く右手に持つグラーフアイゼンを握り締めた。

 完全防御状態のパンツァーヒンダネスはそう簡単に破れはしない。一箇所に集中攻撃でもされれば別だが、デスクラウドはそう言う類の攻撃が出来ないタイプだとヴィータは見抜いていた。他に攻撃らしい攻撃もメフィスモンは行なって来ていない事から、接近戦で攻撃して来るのは間違いない。

 その時にグラーフアイゼンを叩き込むとヴィータは決めながら、メフィスモンがパンツァーヒンダネスに向かって拳を振り被るのを見つめる。

 

「ムン!!」

 

(今だ!!)

 

 拳を振り抜くメフィスモンを目にしたヴィータは、パンツァーヒンダネスを解除しようとする。

 しかし、解除する直前、突然メフィスモンはパンツァーヒンダネスに触れる直前で拳を止め、背中の翼をはためかせて後方に飛び、黒い稲妻が発生している左手をヴィータに向ける。

 

「あぁ、言い忘れていたが私は接近戦ではなく、暗黒系黒魔術を使う遠距離戦が得意なのだよ。その程度の障壁、何時でも破れる攻撃は放てた。さらばだ」

 

「ッ!?」

 

 言葉と共にメフィスモンの左手から黒い稲妻が放たれ、ヴィータに向かって突き進む。

 その威力がパンツァーヒンダネスを破壊出来るとヴィータは悟り、何も出来ない事実に悔しげに顔を歪めた瞬間、突然黒い稲妻とヴィータの間で空間の歪みが発生する。

 

「何ッ!?」

 

 発生した空間の歪みに寄って黒い稲妻は防がれた。

 メフィスモンは自らが放った稲妻が防がれた事実に、慌てて周りを見回す。しかし、見回す前にメフィスモンの背後から声が響く。

 

「ヘブンズチャーーム!!」

 

「ガアァァァァァァァァァッ!!!」

 

 デスクラウドを突き破りながら光線がメフィスモンの背中に直撃し、その威力に悲鳴を上げた。

 普通の魔導師が放つような砲撃が直撃したならば、完全体のメフィスモンにはダメージが少ない。だが、直撃したヘブンズチャームはメフィスモンの弱点で在る技。その威力にメフィスモンは思わず前に進んでしまい、ヴィータの攻撃範囲に足を踏み入れてしまう。

 

「アイゼン!! カートリッジロード!!」

 

Explosion(エクスプロズィオーン)!》

 

「しまっ!?」

 

 パンツァーヒンダネスを解除すると共に、ラケーテンフォルムへと変形させたグラーフアイゼンを振り被るヴィータに気がついたメフィスモンは慌てて体からデスクラウドを発生させようとする。

 だが、発生する前にバリアジャケットを腐蝕させながらもヴィータは、渾身の一撃をメフィスモンに叩き込まれる。

 

「ラケーテン! ハンマーーー!!!」

 

ーーードゴォォォォォォン!!

 

「グアハッ!!」

 

 ヴィータが振るったラケーテンハンマーはメフィスモンの腹部に突き刺さった。

 更にヴィータはラケーテンハンマーを突き刺したまま勢い良く体を動かし、メフィスモンを背後の壁に向かって吹き飛ばす。

 

「オリャアァァァァァァァーーーー!!!」

 

ーーードゴォォォン!!

 

 メフィスモンは叫ぶ事も出来ずに壁を突き破り、外へと吹き飛んで行った。

 同時に空気の流れに変化が発生し、階段付近に発生していたデスクラウドが外に流れて行く。自らに向かって流れて来るデスクラウドにヴィータは気がつくが、何かをする前にデスクラウドの向こう側から声が響く。

 

「伏せなさい!」

 

「ッ!!」

 

 聞こえて来た指示にヴィータは迷う事無く従い、床に伏せると同時に翡翠色に輝く障壁が発生し、デスクラウドからヴィータを護る。

 徐々にデスクラウドは外に流れて行き、階段付近に発生していたデスクラウドが薄れて行く。ヴィータを護っていた翡翠色の障壁も消失し、ヴィータが顔を上げると、リンディが壁に開いた穴を睨みながら横に立っていた。

 リンディが横に立っている事に全く気がつく事が出来なかったヴィータは目を見開くが、リンディは構わずに険しい瞳を壁に開いた穴の向こう側に向け続けていた。

 

「……やっぱり、“非殺傷設定”の魔法攻撃では倒し切れないようね」

 

「そう言う事だ」

 

「お前ッ!?」

 

 ヴィータが壁に穴に目を向けると同時に、腹部を右手で押さえながら穴の淵に左手をやりながらメフィスモンが姿を見せた。

 しかし、メフィスモンはヴィータには目を向けず、リンディだけを殺意に満ちた目で睨んでいた。

 

「……貴様…“一体何だ”? 先ほど私に食らわせた攻撃は…『エンジェウーモン』の技だぞ? その上、発している気配と良い……まさか!? 貴様は『バイオデジモン』か!?」

 

(エンジェウーモン? 『バイオデジモン』? 何の事だそりゃ?)

 

 意味が分からない言葉を発しながら狼狽するメフィスモンをヴィータは見つめるが、リンディは構わずにメフィスモンに足を一歩進める。

 

「どうやら洗脳されているデジモンでは無い見たいね。丁度良かったわ。『倉田』と『ルーチェモン』に繋がっている情報を見つけたかったのよ。話して貰うわ」

 

「貴様!? 寄りにも寄ってルーチェモン様を呼び捨てに!!」

 

 自らの真の主を呼び捨てにしたリンディにメフィスモンは怒りを顕にした。

 逆にリンディは口元を笑みで歪め、メフィスモンは自らのミスを悟り苦虫を噛み潰した顔をする。

 目の前に居るリンディこそがデジタルワールドの協力者。前回のスカリエッティの研究所での件で、自分達に繋がる情報を殆ど抹消出来たと言うのに、その相手に情報を与えるような事を言ってしまった。

 

(不味い! こ、このようなミスがルーチェモン様に知られたら、私は消されてしまう!!)

 

 ルーチェモンは自らの部下のミスを絶対に赦さない。

 もしも情報を与えたと知られてしまえば、メフィスモンの命などそこいらの小枝をへし折るように簡単に消すのがルーチェモンなのだ。

 此処でリンディとヴィータを消して自らのミスを消す方法も在るが、それには背中のダメージが大き過ぎた。

 

(クッ! 弱点の攻撃を完全に食らってしまった! ダメージは深い……小娘の攻撃の方のダメージは酷くはないが、この得体の知れない女は危険だ!)

 

 ただの砲撃魔法の類だったならば夜と言う事も在ってダメージは其処まで深くは無いが、リンディが放った『ヘブンズチャーム』はメフィスモンの弱点である技。それをまともに受けたのでかなりのダメージを負ってしまった。

 得体が知れず、その上自らの弱点である攻撃を放てるリンディにメフィスモンはどうするべきかと考える。その考えを遮るように突然病院全体が揺れるような衝撃と、何かが着地するような重たい音が響く。

 

「ッ!? 今の揺れは!?」

 

(この揺れは……クッ! どうやらこの女以外にも標的の援軍が来ているようだ。それに今の音で人間どもが騒ぎ出す。此処は退くしかないか!)

 

 メフィスモンは瞬時に状況を把握し、撤退を決意した。

 標的を護るのが情報どおりのメンバーだけだったならば問題は無かった。だが、得体の知れないリンディだけではなく、他にも援軍が来ているとなれば話は変わる。今はまだ人目がつくような派手な暴れ方をするのだけはルーチェモンから赦されていない。だからこそ、メフィスモンはデスクラウドを広範囲に展開しなかったのだ。

 メフィスモンは壁から手を離すと共に外へと飛び出し、背の翼を大きく広げる。

 

「悪いが退かせて貰うぞ!」

 

「待ちやがれ!!」

 

 夜の空に飛び上がって行くメフィスモンを追いかけようと、ヴィータは飛び出そうとする。

 だが、ヴィータが外に飛び出す前にバリアジャケットの襟首をリンディが掴み、無理やり引き止める。

 

「ウワッ!」

 

「追いかけるのは駄目よ。これ以上追い込んだら、周りの被害が増えて大変な事になるわ」

 

 メフィスモンが本気になれば、今居る病院だけではなく、クラナガンと言う都市全体にデスクラウドを発生させる事が出来る。

 そうなれば被害は甚大ではない済まない。だからこそ、リンディはダメージを負っているメフィスモンを追わないのだ。

 

(間違い無く、あのデジモンは上位級の完全体。ダメージを負っているとは言え、夜で力が上がっている上に、その気になれば広範囲攻撃型のデジモンである事を考えれば倒せたとしても周りの被害は甚大になってしまう。悔しいけど此処は見逃すしかないわね)

 

 この場においてメフィスモンを誰よりも仕留めたかったのかは、ヴィータではなくリンディだった。

 広範囲攻撃型の必殺技を持つ強力なデジモンがルーチェモン達側に居るだけで、それは脅威以外の何ものでもない。今回は抑えていたが、次に会った時は確実にメフィスモンも本気で掛かって来る。

 それまでに更に実力を上げなければと決意をリンディは固めながら、ヴィータに諭すように話し掛ける。

 

「急いでなのはさん達の方に向かいましょう。多分、あっちは不利になっても退かない可能性が高いわ」

 

「…あぁ、分かった」

 

 リンディの言葉にヴィータは納得し、二人はメフィスモンが飛び出した壁の穴から外へと出てなのは達の方に急いで向かうのだった。

 

 

 

 

 

 その場に居合わせた殆どの者が驚愕によって固まっていた。

 病院の屋上から落下していたなのは、美由希、アルフの落下を防ぐように現れた全長五メートルほどの大きさを持った巨大な銀色の狼-『ガルルモン』。その現れ方も見ていた者には不自然にしか見えなかった。

 しかし、進化を終えて轟音と共に地面へと降り立ったガルルモンは、自らに向ける奇異な視線になど構わずに自身の背に乗っている三人に声を掛ける。

 

「大丈夫かい?」

 

「…はっ! はい!」

 

「た、助かったけど、アンタ一体?」

 

 ガルルモンの姿に呆けていた美由希、アルフは疑問を抱きながらも答えた。

 アルフの質問にどう答えれば良いのかとガルルモンは悩むが、静かにガルルモンを見つめていたなのはが口を開く。

 

「…も、もしかして…あの時に私を助けてくれた狼さんなの?」

 

「うん。そうだよ。無事で良かった……でも、今は!!」

 

 ガルルモンはなのはに優しげな視線を向けていたが、すぐさま瞳を険しく細めて上空で自らを見下ろしながら睨んでいるバイオ・レディーデビモンに目を向けた。

 バイオ・レディーデビモンは静かにガルルモンを見つめていたが、ゆっくりと右手を自らの傷跡が残っている頬に当てる。

 

「……フフフッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

 

 突如としてバイオ・レディーデビモンは哄笑を上げて、なのは、美由希、アルフ、そして離れた場所で新たに現れたバケモン達の相手をしていたフェイトとザフィーラは思わず体を震わせた。

 バイオ・レディーデビモンが上げた哄笑には、暗く、底が知れないほどの憎悪が篭もっていた。その哄笑を向けられている張本人であるガルルモンは顔を険しげに歪めながら警戒心を強める。以前戦った場所とは違い、今のガルルモンは土地の恩恵を受けていない。逆にバイオ・レディーデビモンの方は夜と言う時間帯ゆえに力が増している。前回とは逆になっている条件に、ガルルモンは危機感を強めていた。

 加えて言えば前回の時と今のバイオ・レディーデビモンが放っている雰囲気が明らかに違う。

 

(あの時に倒し切れなかったのは失敗だったかも知れない。今度は油断も無く、確実に僕を殺しに来る)

 

 そうガルルモンが内心で考えていると、哄笑を上げていたバイオ・レディーデビモンは笑うの止めて、憎悪に満ちた視線をガルルモンに向けた。

 なのは、アルフ、美由希は自分達に向けられて居る訳でもない関わらず、バイオ・レディーデビモンから感じられる憎悪に更に体を震わせるが、もはやバイオ・レディーデビモンは三人の事など気にせずに口を開く。

 

「フフフッ、会いたかったですわよ、ガルルモン。この私に傷跡を刻んでくれたお礼…その体に存分に味合わせて上げますわ!!」

 

「悪いけど、僕はお前の相手をする気は無い。こっちは怪我人を抱えているんだから」

 

「関係在りませんわね。こっちからすれば早く貴方を殺したくて堪らないのですから!」

 

ーーーバサッ!

 

「クッ!!」

 

 背中の翼を広げ、右手を黒い槍-『ダークネス・スピア』-に変化させたバイオ・レディーデビモンに、ガルルモンは背に乗っている三人に揺れを出来るだけ感じさせないようにしながら体を動かそうとする。

 だが、ガルルモンが動き出す前にバイオ・レディーデビモンの翼を大きく広げる。

 

「ダークネス…」

 

「させない!!」

 

 バイオ・レディーデビモンの行動を遮るように、バケモン達の包囲から抜けたフェイトがバルディッシュを振るう。

 しかし、バルディッシュの金色の刃が届く前にバイオ・レディーデビモンはダークネス・スピアを動かして防ぐ。

 

「邪魔ですわ!!」

 

「クッ!!」

 

 バイオ・レディーデビモンは防ぐと共に全力で振り抜き、フェイトを弾き飛ばした。

 あっさり力負けした事実にフェイトは内心で驚きながらも体勢を立て直し、自らの周りに魔法陣を発生させる。

 

「プラズマランサーー!! ファイアッ!」

 

 号令と共にプラズマランサーが複数射出され、バイオ・レディーデビモンに向かって突き進む。

 だが、バイオ・レディーデビモンは余裕の笑みを浮かべると同時に両翼を大きく広げながら叫ぶ。

 

「ダークネスウェーーブ!!」

 

「ッ!?」

 

 叫び声と共に両翼から数え切れないほどの蝙蝠が飛び出し、プラズマランサーを飲み込んでフェイトに向かって進む。

 

「クッ!」

 

Blitz(ブリッツ) Action(アクション)

 

 音声が響くと同時に瞬間的にフェイトの移動速度は増し、ダークネスウェーブを上空に移動する事で躱した。

 そのままフェイトは再び高速移動魔法を使用してバイオ・レディーデビモンに攻撃を仕掛けようとするが、その前にバイオ・レディーデビモンが口元に笑みを浮かべている事に気がつく。同時に一方向に向かって進んでいたダークネスウェーブがバラバラに散らばり、空中に溶けるように消え去る

 

「これは!?」

 

「フフッ、貴女の情報を既に知っておりますのよ。高速機動を得意とする魔導師。ですけど、周囲に強力な爆発物が在って高速移動出来ますかしら? そしてソレが見えなくなったりしたら、対処出来るのでしょうか?」

 

「ッ!?」

 

 告げられた事実にフェイトは周囲を見回して消えたダークネスウェーブを構成していた蝙蝠の大群を探すが、全く視界には捉えられなかった。

 バルディッシュに索敵を頼むも、バルディッシュも何も発見出来ないと言う報告をするしか無く、フェイトは迂闊に動く事が出来なくなってしまった。それは地上に居てなのは達を安全な場所に運ぼうとしていたガルルモンも同様だった。

 バイオ・レディーデビモンがこの場で最も憎んでいるのはガルルモン。逃がさない為に自身の周りにもダークネスウェーブを移動させている可能性が高い。フェイトだけではなく、自身の動きを封じる一手を打ったバイオ・レディーデビモンにガルルモンは危機感を募らせる。

 

(不味い! これじゃ僕も迂闊に動けない! かと言って、ダークネスウェーブを破壊する為にフォックスファイヤーを放ったら、あの子も巻き込んでしまう!)

 

 ダークネスウェーブを構成している蝙蝠一匹だけでもそれなりの威力が在る。

 その強力な爆発物が空中に無数に存在し、しかも視覚的に捉えられない。気配で場所を察知しようにも、辺りに同じ気配が在るので察知し切れない。デジモンとしての能力と自らが持っているISとしての力『シルバーカーテン』を完全にバイオ・レディーデビモンは操っていた。

 以前よりも実力が上がっているバイオ・レディーデビモンに戦慄を覚えながら、ガルルモンは自身と同じように移動も攻撃も封じられているフェイトに顔を向け、次にバイオ・レディーデビモンに目を向けて見開く。

 

「オオォォォォォッ!」

 

 バイオ・レディーデビモンの背後からバケモン達を気絶させ終えたザフィーラが飛び掛かり、拳を振り下ろそうとしていた。

 

「駄目だ! それは幻影だ!」

 

「何ッ!?」

 

 ガルルモンの叫びに慌ててザフィーラは拳を止めようとするが、拳は止まる事無くバイオ・レディーデビモンの体をすり抜け、幻影の中に隠されていた蝙蝠に拳は当たり爆発する。

 

「グアアアァァァッ!」

 

「ザフィーラ!?」

 

 爆発を食らい、苦痛の叫びを上げて落下して行くザフィーラを目にしたフェイトは助ける為に移動しようとする。

 だが、フェイトが移動する前に背後の空間にバイオ・レディーデビモンが音も無く現れ、ダークネススピアを突き刺そうとする。フェイトはそれにギリギリのところで気がつき、バルディッシュで防ごうとするが、再びガルルモンの警告が飛ぶ。

 

「それも幻影だ! 避けて!!」

 

「ッ!? クッ!」

 

 ガルルモンの警告にフェイトは慌ててバルディッシュを止めて、横に体を動かす事でバイオ・レディーデビモンから離れた。

 離れると同時にバイオ・レディーデビモンの姿は消え去り、何処からとも無く忌々しげに憎しみに染まったバイオ・レディーデビモンの声が響く。

 

『忌々しいですわね。私の力は高性能センサーでさえも騙せると言うのに、それを察する事が出来るなんて! 本当に忌々しい狼ですわ! 貴方は!?』

 

「…もしかして、あのバイオ・レディーデビモンって人の場所が分かるの?」

 

「……確かに分かるけど、止まる事無く移動し続けていて、ハッキリとした場所は分からないんだ」

 

 なのはの質問にガルルモンは苦々しげな声で答えた。

 この前の戦いの時と違い、バイオ・レディーデビモンは止まる事無く移動し続けている。前回の時は余裕の表れで空中に止まっていたので攻撃する事が出来たが、今回はその点を反省しているのか、常に移動し続けているので正確に場所を捉える事が出来ない。

 攻撃もダークネスウェーブによって封じられてしまっている。ガルルモンと同じように気配で相手の居場所を察知出来るシュリモンも居るが、常に移動しているバイオ・レディーデビモンに攻撃を当てられる保証は無い。その上、ガルルモン同様に空を飛ぶ事が出来ない。

 以前とは違い、油断も無く自らの能力を使いこなしているバイオ・レディーデビモンは間違い無く強敵となっていた。

 

(……勝つ方法は一つだけ在る。だけど、その為には彼女とあの人の力…そしてもう一つ!)

 

 周囲を警戒しているフェイト、地上に落下して焼け爛れている右腕を左手で握っているザフィーラ、そして屋上に居るシュリモン、そして上空でバイオ・レディーデビモンの隙を窺っているモノにガルルモンは僅かに視線を向ける。

 バイオ・レディーデビモンがこの場で唯一気がつかず、尚且つフリートの話ではデジモンに対して友好的な攻撃が放てる筈。その全ての力を集約すれば、バイオ・レディーデビモンを倒せなくとも退かせるまで追い込む事が出来る策が一つだけ在る。

 

(だけど、それを伝える手段が僕には無い。声を出して告げれば相手に知られてしまう……どうすれば!?)

 

「…あ、アンタ…何か策はないのかい?」

 

「えっ?」

 

 聞こえて来た声にガルルモンが目を向けて見ると、治療系の魔法でも使ったのか、僅かに顔色が良くなっているアルフがガルルモンを見つめていた。

 

「アンタやさっき屋上であたしらを助けてくれた奴が何者か知らないけど……なのはを狙っている連中の事は知っているんだろう? だったら、何かあいつらを倒す方法は無いのかい?」

 

「……在る」

 

『ッ!?』

 

「だけど、それを上空に居る女の子に知らせる手段が僕には無いんだ。声を出したら敵に知られてしまう。そうなったら、もう僕達に勝てる可能性が無くなってしまう」

 

「…声を出さずに伝えれば良いんだよね? だったら方法は在るよ」

 

「えっ? 本当かい?」

 

 アルフの言葉にガルルモンが問い返すと、アルフだけではなくなのはも頷いた。

 その方法をなのはとアルフはガルルモンの耳に小声で告げ、ガルルモンは頷くと共に周囲に冷気が発生してガルルモンを取り囲むように氷の壁が発生する。

 

「アイスウォーール!!!」

 

 発生した氷の壁はガルルモンの四方に盾のように発生した。

 バイオ・レディーデビモンはガルルモンが何かを仕掛けようとしている事に気がつく。前回の時もガルルモンは奇抜な発想で窮地を乗り越えた。今回も何か仕掛けると瞬時に察し、ガルルモンの周囲に滞空させていたダークネスウェーブをアイスウォールにぶつける。

 

『させませんわ!!』

 

 アイスウォールにぶつかったダークネスウェーブは爆発を引き起こした。

 爆発に寄ってアイスウォールは砕け散り、周囲に煙が漂う。バイオ・レディーデビモンは姿を隠しながら、煙が届かない上空まで移動する。突発的な変化が発生した場合、隠すような幻影はそれについては行けない。自らの位置だけは絶対にばれる訳には行かないと、前回の経験から学んでいる。

 その為に姿を隠してからは移動し続けていた。最もフェイト達以外のガルルモンやシュリモンは地上型のデジモンなので、前回の時の様な出来事でも無ければ上空まで攻撃は届かない。シュリモンが居る屋上までの距離も充分に取っているので攻撃が届く事は無い。

 フェイト達には姿を隠したバイオ・レディーデビモンを発見する事は出来ない。煙が晴れると同時に今度こそ止めを刺すとバイオ・レディーデビモンは決め、自らの最大の必殺技を放つ為に力を集める。

 

(此れで私の勝ちですわ! 標的ごと消え去りなさい!)

 

 そう、バイオ・レディーデビモンは自らの勝利を確信し、煙の中に浮かぶガルルモンの影に向かって口を大きく開く。

 

「プワゾ…」

 

《この時を待っていました。Accel(アクセル) Shooter(シューター)!!》

 

「ッ!?」

 

 頭上から聞こえて来た電子音声とは思えないほどに済んだ音声にバイオ・レディーデビモンは慌てて顔を挙げ、自らに向かって迫る桜色の十数発の魔力弾に気がつく。

 必殺技を放とうとしたタイミングでの攻撃の為に避ける事は出来ず、自らの両翼で体を包み防御姿勢を取る。それでバイオ・レディーデビモンは魔力弾を防げると思っていた。僅かにダメージを受けるだろうが、魔力弾では甚大なダメージは受けないと確信していた。

 だが、その確信は両翼に魔力弾が直撃すると同時に感じた激痛によって間違いだったと気がつく。

 

「ッ!? キャアァァァァァァァァァァァーーーーー!!!!」

 

 在り得ない出来事にバイオ・レディーデビモンは両翼から感じる激痛に苦しみ、混乱しながらも少しでもダメージを避けようと下降する。

 

(ど、どう言う事ですの!? わ、私が防いだのは確かにただの(・・・)魔力弾の筈!? それなのにこの痛みは一体!?)

 

 己の大ダメージを与えた相手の正体を探ろうと、バイオ・レディーデビモンは視線を音声が響いた方に目を向けて発見する。

 月の光を反射して金色のブレードエッジと共に輝く赤い宝玉が中央に備わっているデバイスらしきモノを。何処か見覚えが在るデバイスらしきモノにバイオ・レディーデビモンの意識が向いてしまう。

 その隙を逃さないと言うように、地上で機会を窺っていたザフィーラが力強い声を発しながら左腕を地面に叩きつける。

 

「縛れ!! (はがね)(くびき)ッ!!」

 

 ザフィーラの声に応じるように地面から拘束条が飛び出し、バイオ・レディーデビモンに向かって突き進む。

 拘束条が伸びると共に幻影によって隠されていたダークネスウェーブに当たり、次々と爆発が起こる。しかし、ザフィーラが全力で魔力を注ぎ込んだ拘束条は爆発によって砕ける事無く突き進み、バイオ・レディーデビモンの両翼に突き刺さる。

 

「こ、これは!?」

 

 自らの両翼に音を立てながら突き刺さった拘束条にバイオ・レディーデビモンは気がつき、慌てて逃れようとする。

 だが、バイオ・レディーデビモンが拘束条から逃れる前に、拘束条をツタって高速で移動して来たフェイトがザンバーフォームにバルディッシュを変形させながら叫ぶ。

 

Zamber(ザンバー) form(フォーム)

 

「撃ち抜け、雷神!」

 

Jet(ジェット) Zamber(ザンバー)

 

 フェイトが放ったジェットザンバーは寸分違わずにバイオ・レディーデビモンに轟音を発しながら直撃した。

 直撃を受けたバイオ・レディーデビモンは吹き飛び、更なる追撃と捕縛の為にフェイトは追いかけようとする。だが、フェイトが追いかける直前、バイオ・レディーデビモンとフェイトの間に黒い雲が発生した。

 

「それに近寄っちゃ駄目だ!!」

 

「ッ!?」

 

 ガルルモンの警告に慌ててフェイトは黒い雲から離れる。

 黒い雲は意思を持つかのように留まり、発生した時同様に突然に消え去る。消え去った後にはバイオ・レディーデビモンの姿は無く、黒い雲を発生した主の姿だけではなく、ザフィーラが気絶させた筈のバケモン達の姿も無くなっていた。

 逃げられた事実にフェイトは悔しげに唇を噛むが、すぐさま振り返り、ガルルモンの背からアルフの手を借りて降りるなのはの下に向かう。

 

「なのは!? 大丈夫!」

 

「フェイトちゃん! うん! 大丈夫だよ」

 

「…良かった」

 

 無事ななのはの姿にフェイトは安堵の息を吐き、次に気絶している美由希を背負ってガルルモンの背から降りて来るアルフに顔を向ける。

 

「アルフ。美由希さんは如何したの?」

 

「いや、ソレがあたしにも分からないんだよ。連中の仲間から変な攻撃を受けて弱っていたんだけど…今は顔色も戻っているし、呼吸も落ち着いているみたいだね」

 

「……多分技を放ったバケモンが倒されたから助かったんだよ」

 

「ッ!?」

 

 口を開いたガルルモンにフェイトは警戒するようにバルディッシュを構える。

 幾らなのは、アルフ、美由希を助けてくれたとは言え、ガルルモンもまたフェイトにとっては得体の知れない生物。なのはを護るようにフェイトはガルルモンを警戒するが、ガルルモンは戦う気は無いと言うように後方に下がり、デジコードを発生させてガブモンに退化する。

 いきなり姿が変わったガブモンにフェイトだけではなく、なのはとアルフは面を食らう。ガブモンはその三人の姿に苦笑を浮かべ、話し掛けようとするが、その前になのはの背後から電子音声が響く。

 

《……マスター》

 

「えっ!?」

 

 聞こえて来た音声になのはが振り向いてみると、バイオ・レディーデビモンにダメージを負わせた『デジバイス』が宙に浮いていた。

 なのははジッと『デジバイス』を見つめ、何かに気がついたように目を開き、恐る恐る『デジバイス』に問いかける」

 

「……もしかして……『レイジングハート』なの?」

 

《はい。姿形は大きく変わりましたが……貴女のデバイス。『レイジングハート』。ただいま帰還しました》

 

「……うぅっ!」

 

 失ったと思っていた自らの相棒で在る『レイジングハート』の帰還に、なのはは両目から涙を溢し、『レイジングハート』に手を伸ばそうとする。

 

「『レイジングハート』!!」

 

《マスターーー!!!》

 

「……はい、其処までよ」

 

 カチッと何かのスイッチを押すような音が響く。

 同時に輝いていたレイジングハートの宝玉の光が消え、形態も嘗ての『レイジングハート・エクセリオン』の待機モードに変形して地面に落下する。

 突然の事態になのは、フェイト、アルフが固まっていると、なのはの目の前に落ちている待機モードになっている『レイジングハート』をリンディが拾い上げる。

 

「回収完了。これで此処での用は終わったわ。行きましょう、ガブモン君。もうシュリモン君はイガモン君と合流しているらしいから、私達も急いで合流しましょう」

 

「は、はい!」

 

 リンディの呼びかけに慌ててガブモンは駆け寄る。

 自身の横にガブモンが来るのをリンディは確認すると、今だ突然の事態に固まっているなのは達に顔を向ける。

 

「なのはさん。悪いけど、暫らくの間、このデバイスは預からせて貰うわ。後で必ず返すから」

 

「え、あ、あの……どうしてですか? それにどうしてリンディさんが此処に? その狼さんは一体?」

 

「色々と疑問は在るでしょうけど、今は答えられないわ。次に会った時に話せる事だけは話すから…それじゃあね」

 

 リンディは別れの言葉を告げると共にガブモンを抱え、空へと飛び立った。

 残されたなのは達は次から次に起きた出来事の処理が追いつかず、ザフィーラを支えたヴィータが声を掛けるまでリンディがガブモンと共に飛び立った方向を見つめるのだった。




読んでくれた方々、更新が遅れて申し訳ありませんでした。

中々納得出来る話が書けず、こんなにも時間が掛かってしまいました。

次回は今回の事後処理、そしてとあるデジタルワールドでの出来事を書く予定です。
ブラック復活は暫らく時間が掛かります。


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聖騎士と天使の激闘開始

 昨夜の戦闘が終わってから翌日の早朝。

 負傷を負って入院する事になったザフィーラと違い、怪我らしい怪我を負わなかったフェイトとヴィータは、地上本部に通信施設を使用して、現在本局の医務局に入院しているクロノと連絡を取っていた。

 既にミゼット達には昨夜の内に事の経緯を伝えていたが、一応任務の事を知っているクロノにも事の経緯をフェイトとヴィータは説明していた。二人の説明を聞き終えたクロノは思い悩むように質問する。

 

『……ヴィータ? 聞くが、本当に相手は母さんが『ルーチェモン』と襲撃者に声を掛けたら、反応を示したんだな?』

 

「………あぁ、間違いねぇ。あたしが戦った奴は、『ルーチェモン』って奴の事を呼び捨てにしたら怒ってやがった」

 

『……そうか』

 

「クロノ? 如何したの?」

 

 明らかに様子が可笑しいクロノに、質問したフェイトだけではなくヴィータも疑問を抱く。

 しかし、クロノはすぐに答える事は無く、何かを思い出すように苦悩する。もしもヴィータが告げたルーチェモンと言う名前の主がクロノの脳裏に二度と忘れる事は無い相手と同一人物だとすれば、フェイト達が戦いを潜り抜けられたのは幸運としか言えなかった。

 それは直接ルーチェモンを目にし、戦う事になったクロノは理解していた。アレだけの実力を誇るルーチェモンの配下が弱い筈は無いのだから。

 

『……ルーチェモンと言う名前に僕は覚えが在る』

 

「ッ!? 本当なの!?」

 

「どんな奴だよ!?」

 

『……化け物だッ!!』

 

『ッ!?』

 

 心の底から苦々しさと悔しさが篭もったようなクロノの声に、フェイトとヴィータは言葉を失った。

 だが、実際にクロノがルーチェモンに抱いた感想は“化け物”としか表現出来なかった。一瞬で魔導師を数名を殺し、必死のクロノ達の猛攻を全て嘲笑いながら躱し続けたばかりか、直撃させる事で出来たのは処分すると言っていた服を焼き尽くすだけ。更に言えば本気になったルーチェモンが相手の時は、文字通り手も足も出す事は出来ずに床に倒れ伏すしか出来なかった。

 

(奴の部下が動いているとすれば、ブラックウォーグレイモンでも勝てなかったのか……此処まで来たら間違いない。三提督の方々が危惧していた通り、二年前の最高評議会の連中が行なった一件は終わっていない。寧ろ深くなっていると見るべきだ)

 

 以前から三提督は、二年前に最高評議会が行なった行動に関して一つの危惧を抱いていた。

 不明瞭な使用制限を持った長距離魔導砲を装備した艦の出撃。艦に装備された長距離魔導砲は恐らく使用された筈。その使用目的に関しては不明であり、更に言えばこの二年間の間に参加したと思われる乗員や魔導師に不可解な死(・・・・・)が頻発していた。

 その件に関しては情報を知る者は少なく、クロノも三提督から告げられるまで知らなかった。

 

『(この件も気になる。やっぱり二年前に最高評議会が何をしたのか知らなければ)……フェイト、ヴィータ。君達はとにかくなのはの護衛を続けてくれ。シャマルも何とか早く其方に戻せないか頼んでみる』

 

「う、うん…分かった、クロノ」

 

「だけど、シャマルを戻して大丈夫なのかよ? まだ、災害は治まってねぇんだろう?」

 

『其方に関しては、はやてとリインフォースを含めた魔導師達が広域魔法で災害の方は治めてくれたと報告が本局に届いている。襲撃が在った事も考えればシャマルを呼び戻せる……とにかく、気をつけれてくれ。それともし襲撃が再び在って、その時に金髪の十歳前後の子供が出て来たら、脇目も振らずに逃げるんだ』

 

「おい! 逃げるって!? 何でだよ!?」

 

『良いから逃げるんだ!! 詳しい事は直接在った時に説明する!! これは命令だ!!』

 

 有無を言わさぬように告げるクロノに、フェイトとヴィータは反論を封じられ黙り込む。

 此処まで逃げる事を告げるクロノの様子にフェイトとヴィータは疑問を抱く。例え相手の方が実力が上だとしても、クロノは挑み掛かる。そのクロノが此処まで逃げる事を優先するように指示を出すルーチェモンとは何者なのかと二人は顔を見合わせる。

 話は終わりだとクロノは通信を切ろうとするが、フッと報告の中で気になった事を思い出す。

 

(そう言えば、なのはが撃墜された件で回収出来なかった『レイジングハート』…母さん達が回収していたのか。後で返すと母さんが言っていたようだが、もしかしたらその時に母さんから情報が得られるかもしれない)

 

 リンディは既に管理局に追われる身の上になっているので確実は言えないが、クロノ達の知らない情報を多く握っている。

 リンディから詳しい話を聞く事が出来ればベスト。出来なくても『レイジングハート』から情報を得られる可能性が在る。今の自分達に欲しいのは何よりも“情報”だとクロノは分かっていた。少しでも“情報”を得られる手段は無いかとクロノは模索するのだった。

 

 

 

 

 

「ぶっちゃけって言って……AIの取り外しは不可能です」

 

「事情を詳しく説明しなさい」

 

 予想外の戦闘も在ったが、逃げ出した『デジバイス』を回収し終えたリンディ達はアルハザードへと帰還し、『デジバイス』を待っていたフリートに渡した。

 当初の予定通り、『デジバイス』に使われているAIを外し、新たにフリートが作った『レイジングハート・エクセリオン』に組み込んでなのはに返すつもりだった。だが、『デジバイス』を調べ終えたフリートからの報告は、AIの取り外しが不可能と言う報告。一体どう言う事なのかとリンディ、ガブモン、シュリモン、イガモンは険しい顔をして冷や汗を流しているフリートを睨む。

 睨まれたフリートは事情を説明する為に、モニターを展開する。

 

「先ずは此れを見て下さい」

 

 リンディ、ガブモン、シュリモン、イガモンはフリートが展開したモニターに視線を向ける。

 そのモニターには記録映像なのか、器具を握ったフリートの手らしきモノが『デジバイス』を作製している映像が映し出されていた。

 映像はゆっくりと進み、AIらしき物品を組み込む作業まで進む。

 

「組み込んだ時には、本当に普通のデバイスと同じようにAIを組み込んだんです。……ですが、今は!」

 

 次に映し出された映像は『デジバイス』の内部構造をスキャンした映像。

 其処にはAIが組み込まれた付近の機械類が変質し、まるで青い球体に近い状態になっていた。

 

「此れだけなら問題は、まぁ、在りますけど、取り外し事態は可能でしたが、入念に調べた結果信じられない事に青い球体は人間で言う所の脳や心臓の役割を担っている状態になっているのです! つまり、『デジバイス』のフレームは体! もはや『デジバイス』は完全に『デバイス』のカテゴリーから外れたモノへとなっていました! そう言う訳でAIの取り外しは完全に不可能です」

 

「…………何でそんな状態になっているのか説明出来るかしら?」

 

 頭痛を覚えると言うように頭に手をやりながらリンディは質問した。

 質問されたフリートは悩むように頭に手をやる。流石にフリートも『デジバイス』の現状は完全に予想外だったのだ。とは言え、自らが作製した代物なので在る程度は推測が浮かび、リンディ達に説明する。

 

「ウ~ム……やっぱりアレが一番の原因でしょうか?」

 

「アレって何ですか? フリートさん」

 

「いえ、『デジバイス』の重要なシステムである『エレメントシステム』の作製の為に……“十闘士のスピリット”を調査した時に得たデータを組み込んだんですよ」

 

『…………えっ? ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーっ!!!!!?????」

 

 告げられた『デジバイス』の事実にガブモン、シュリモン、イガモンは一瞬呆然となったが、すぐさま我に返って驚愕と困惑に満ちた声で叫んだ。

 “十闘士のスピリット”。ソレはガブモン達、三大天使デジモン達が治める『デジタルワールド』に於いて重要過ぎる代物。嘗てルーチェモンが引き起こした危機を二度救った伝説のデジモン達の力を宿した力の結晶こそが“十闘士のスピリット”なのだ。

 炎、風、土、雷、氷、光、闇、鋼、木、水とそれぞれ属性に特化した力が宿っている。“十闘士のスピリット”は、属性と言う力に於いて純粋な意味で特化している。其処にフリートは目を付け、秘密裏に三大天使デジモン達と交渉を挑み、結果“十闘士のスピリット”のデータを手に入れたのだ。

 

「いや、ちょっと待つござるよ!? “十闘士のスピリット”は我が世界の至宝と呼ぶべき代物! 幾ら緊急事態で一部のデータだけとはいえ、三大天使の方々が認める筈が無いでござろう!?」

 

「まぁ、イガモンの言うとおり最初は即座に駄目って言われました」

 

 交渉に関しては当然ながら三大天使デジモン達も最初は認める訳が無かった。だが、其処でフリートにとって予想外の援軍が現れたのだ。

 

「交渉している時にですね。その『十闘士』の霊みたいなのが現れて悪用する気が無いならば自分達の力を貸すって言ってくれたんです。『十闘士』の方々もルーチェモン復活と言う緊急事態ですから……とは言っても、その『十闘士』の方々は動けない状態なので」

 

 嘗てルーチェモンが復活した時、『十闘士』が目覚めてルーチェモンを倒した。

 だが、その時、『十闘士』が復活出来たのは人間の子供の力を借りたおかげ。故に再び嘗てルーチェモンを倒した力を再び振るう為には、『十闘士』と共に戦った人間達の力が必要になる。しかし、彼らは平穏な日常へと戻った。

 再び戦いの中に戻す事を三大天使デジモンだけではなく、『十闘士』も躊躇ったのだ。ましてや今回の戦いの中には、別世界とは言え人間とも戦わなければならない可能性が在る。彼らに同胞と戦う重荷を抱いて欲しくは無いと三大天使デジモンと『十闘士』は考えた。しかし、『十闘士』が最大の力を発揮する為には人間の力が必要。何も出来ない『十闘士』達は悔しい想いを抱いていたが、其処にフリートの提案は伝えられたので渡り舟だったのだ。

 

「色々と試行錯誤をした結果、『エレメントシステム』は完成しました。しかし、完成したのに関わらず成功作はあの逃げ出した『デジバイス』だけです。これに関しては一部とは言え、『十闘士』のデータを使用したのが原因でした」

 

 『エレメントシステム』の根幹部分に在るのは『十闘士』の力。

 幾ら高性能とは言え、並みのAIでは制御し切れずに暴走してしまうのがAI付きの『デジバイス』の完成を阻んでいた原因だ。逆に非人格型の『デジバイス』の場合、制御面に力を加えていたので成功作の完成は早かった。

 漸く完成した人格型の『デジバイス』。だが、現在『デジバイス』に起きている事は完全にフリートの予測を超える事態。

 

「一応今のところは事前に組み込んでいた停止システムと、何重にも張り巡らせた封印魔法で起動停止させていますけど……もはや、『デジバイス』は完全に私の考えていた代物を超える物になっています…とても興味深い!!! 今すぐに分解して徹底的に調べ尽くしたいです! もうAI部分から完全に解体を行なって…」

 

「止めなさいッ!」

 

「ヘブッ!?」

 

 瞳を輝かせて『デジバイス』の解体に入ろうとするフリートの脳天に、リンディは渾身の力を込めた手刀を振り下ろし、床に沈めた。

 プスプスと脳天から煙を上げ、明らかにフリートの頭の形が手刀を叩きつけられた場所からへっ込んでいるが、一切リンディは気にせずにガブモン達に顔を向ける。

 

「ハァ~、予想以上の大事になってしまったわね。なのはさんに返すって言ったけど…これは」

 

「AIが取り外せないと言う事は、今の状態のまま返すしかないって事ですけど…それは流石に無理ですよね」

 

「当然でござるよ。『十闘士』の力を一部と言え、宿していると成れば、もはや渡す訳にはいかぬでござるよ」

 

「更にその力が我らデジモンにとって脅威となるなら、絶対に渡せぬ。『ギズモン』以外にも脅威が生まれる事だけは避けねば」

 

「えぇ、そうね」

 

 既に『倉田』とルーチェモン側には『ギズモン』と言う、デジモンにとって最悪な脅威が在る。

 万が一にも『デジバイス』に搭載されている『エレメントシステム』が渡ってしまえば、もはや手に負えない事態になってしまう。とは言っても、『デジバイス』に搭載されている『レイジングハート』のAIは、クロノ達にとって必要な物で在る事もリンディは分かっている。

 

(AI部分だけでも取り外せればそれで助かるんだけど……とにかく、フリートさんに頑張って貰わないと……それに問題は他にも出て来てしまったわ)

 

 『デジバイス』を回収する為に予想外の戦いも在ったが、収穫は在った。

 その収穫が間違いで無い事を確認する為に、リンディはイガモンに質問する。

 

「イガモン君…貴方が戦った敵はどうだったのかしら?」

 

「……拙者が戦ったシールズドラモンはかなりの強敵でござった。実力も然る事ながら、期を見抜く目も一流で、不利と判断したら迷う事無く撤退を選んで見せたでござるよ。アレは幾ら過酷な二年の月日の中を歩んだとしても、手に入れられる実力では無いでござる」

 

「そう……私が見たメフィスモンも同じよ。油断していたおかげでダメージは与えられたけれど、正直夜では正面から戦うのは難しいわね」

 

「某とガブモンが見たバケモンは、並みの成熟期ぐらいの実力だったが……アレだけの数のバケモンが居る点は不可解としかいえぬ」

 

「僕もそう思いました」

 

「……と言う事は間違い無いわね」

 

 全員が同じ意見を持っている事を確信したリンディが呟くと、イガモン、シュリモン、ガブモンは頷く。

 

「ルーチェモンには自分の意思(・・・・・)で協力しているデジモン達が居ると考えて、間違い無いわね」

 

 それは本来ならば『倉田』が関わっているならば考えられない可能性。

 極度のデジモン嫌いで『ギズモン』を造り上げた『倉田』は、デジモンからも嫌われている。故に『倉田』に進んで協力するデジモンは皆無と言って良い。だが、今の『倉田』にはルーチェモンが共に居る。

 嘗てルーチェモンは三大天使デジモン達が治めている『デジタルワールド』の支配者だったデジモン。そのカリスマ性は衰えていない。実際にリンディはルーチェモンをその目にした時に、恐怖と畏怖を心の底から感じた。それに惹かれて進んで協力するデジモンが居ても可笑しくは無い。

 

「……この事はすぐに三大天使の方々に伝えましょう…確か今はオファニモンさんとケルビモンさんはサミットへの参加の為に『デジタルワールド』には居ないけど、セラフィモンさんは残っている筈よね?」

 

「その通りでござる」

 

「それじゃ私が連絡して来るわ……三人は其処で気絶した振りをしながら、部屋から這い出ようとしているマッドを見張っていて頂戴」

 

 床に倒れながら体をギクリと振るわせたフリートを冷めた目でリンディは見つめ、ガブモン、シュリモン、イガモンは同時に頷くのだった。

 

 

 

 

 広大な森林が広がり、まるで侵入者を阻むように深い霧が立ち込める地域が『デジタルワールド』に存在していた。深い霧は立ち入る者を阻み、方向感覚を狂わして侵入者を惑わし、広大な森林は奥に隠されているモノを覆い隠す役割を持っていた。

 その地域だけは完全体クラスのデジモンでさえも立ち入る事は殆ど無い。何故ならばその地域は完全体を越える究極体のデジモン達が生息しているからだった。究極体のデジモン達には森林の奥深くに在る遺跡を護る役割を持ち、入り込んで来た侵入者を排除する。其処には一切の情けも容赦も無い。

 それほどまでに危険且つ重要なモノが遺跡には封印されていた。解き放たれれば『デジタルワールド』を追い込むほどの危険性を秘めたモノ。究極体のデジモン達はその正体を知り、例え己の命が消えようと絶対に遺跡内部に封印されているモノは死守すると言う気持ちを抱いていた。だが、今、デジモン達の覚悟は無慈悲な攻撃に寄って跡形も無く消え去り、広大な森林に断末魔の咆哮が鳴り響いていた。

 

『グウオォォォォォォォォォォッ!!!!』

 

「……また一つ……命が消え去ったか」

 

 森林の奥深くに隠されているピラミッド型の遺跡の前に立つ背中に赤いマントを羽織り、全身を白く輝く鎧で包み、右手に長大な槍を持ち、左手に丸い形をした盾を持った騎士型デジモン-『デュークモン』-は、森の方から聞こえて来る断末魔の叫びに胸を痛めるように目を閉じながら顔を上げた。

 

デュークモン、世代/究極体、属性/ウィルス種、種族/聖騎士型、必殺技/ロイヤルセーバー、ファイナル・エリシオン

『デジタルワールド』で“四大竜”の一体に数えられる邪竜『メギドラモン』より誕生した聖騎士型デジモン。『デジタルワールド』に於ける最高位の『ロイヤルナイツ』に所属している。ウィルス属性でありながらネットの守護神という矛盾を内包した存在であり、万が一でもバランスが崩れると危険な存在にもなりうる。99.9%の高純度『クロンデジゾイド』を精製して造られた聖鎧を纏い、右手は聖槍『グラム』、左手は聖盾『イージス』を持つ。必殺技は、右手に持つ聖槍『グラム』から繰り出す強烈な一撃『ロイヤルセーバー』と左腕に装着している聖盾『イージス』から全てを浄化するビームを放つ『ファイナル・エリシオン』だ。

 

「……済まない。だが、お前達の覚悟。このデュークモン。仕方と受け止めたぞ」

 

 森から聞こえて来る究極体デジモン達の断末魔に心を痛めながらも、デュークモンは遺跡の前から動く訳には行かなかった。

 全ては覚悟出来ていた事。何時かはこの日が来る事をデュークモンを含めたこの地を護っていたデジモン達全てが理解していた。今更慌てる事は無い。デュークモン自身も死ぬ覚悟は出来ている。

 『デジタルワールド』に於いて『ロイヤルナイツ』と言う最高位の称号を持つデュークモンでさえも、死を覚悟しなければならない脅威が目前に迫って来ているのだ。

 そして森林から聞こえて来ていた叫びは徐々に数を減らして行き、遂に全く聞こえなくなった。

 

(……クレニアムモンが居ない時を狙って来たか……スレイプモンが到着するまでは今しばらく掛かる……だが、絶対に奴らには渡さん! 例えこの身が燃え尽きようとも!!!)

 

 閉じていた目を見開くと共にデュークモンは左腕に装着するイージスを前方に広がる森に向かって構え、己の最大の技を撃ち出す。

 

「ファイナル・エリシオンッ!!!」

 

 デュークモンの咆哮と共にイージスが光り輝き、全てを浄化するビームが放たれた。

 放たれたビームは森を貫き、その先に潜んでいたモノ達を飲み込んだ。ビームは徐々に弱まり、消えた後にはデュークモンの前に広がっていたのは、森の木々が失われ、ビームの後が地面に広がっていた。

 ロイヤルナイツに属するデジモンの最大の必殺技。大抵の敵はその一撃によって完全に消え去る。だが、例外が存在する。そして今、その例外がゆっくりとファイナル・エリシオンが通り過ぎた後が広がる地面を歩いて来ていた。

 デュークモンはその相手が来る事を分かっていた言うように、右手に持つ『グラム』を構える。しかし、身構えるデュークモンに対して歩いて来た相手は逆に余裕さに満ちた顔をしながら声を掛ける。

 

「流石だね、デュークモン。連れて来た『ギズモン』達が今の一撃で殆ど(・・)消えちゃったよ。やれやれ、これは『倉田』に怒られるかな?」

 

「……その私の一撃を無傷で防ぐ貴様は、私以上の化け物であろう…『ルーチェモン』ッ!!」

 

 デュークモンの険しさに満ちた叫びに対して、目の前に立つルーチェモンは微笑みを浮かべた。

 一見すればただの微笑み。だが、デュークモンはまるで死神に自身の命が握られたイメージがハッキリと脳裏に浮かんだ。ルーチェモンは完全に『七大魔王』として覚醒しておらず、大きさもデュークモンの方が圧倒的に大きく、子供と十階建て以上のビルほどの差が在り、相手は成長期の状態だと言うのにデュークモンには自らがルーチェモンに勝利するイメージが全く浮かばなかった。圧倒的と言う言葉では足りないほどの何かをルーチェモンは持っている。

 だが、それが分かっていてもデュークモンには退く気は無い。この地域を護り、ギズモン達の手に寄って消えたデジモン達の為にも、デュークモンはルーチェモンを倒すつもりだった。

 

「…やはり、『ドゥフトモン』の読みどおり、貴様が姿を現したのは此方の戦力を減らす為だったか」

 

「正解だよ。だけど、分かっていても集まらない訳には行かないだろう? 何せ、『七大魔王』デジモンに数えられる僕が不完全ながらも覚醒を果たしているんだからね」

 

「クッ!」

 

 デュークモンは悔しげに呻いた。

 本来ならば、この地は究極体のデジモン達とデュークモンの他にロイヤルナイツの属するクレニアムモンが護っていた。だが、今クレニアムモンは他の『デジタルワールド』の守護者達が集うサミットに参加していてこの場には居ない。ルーチェモンが姿を現したのは、サミットを開かせる為の罠の可能性が高い事は分かっていた。だが、各『デジタルワールド』の今後の方針を決める為にサミットはどうあっても開かねばならなかった。

 もしも足並みが揃わずに勝手に動き出したりすれば、ソレは最悪への引き金になってしまう。無論その事も踏まえて、ロイヤルナイツの指揮者であるドゥフトモンとデュークモンと共にこの地を護っていたクレニアムモンは強力な援軍を呼んでいたが、スレイプモンがその者を連れて来る前にルーチェモンはやって来てしまった。

 

(我らの世界にルーチェモンに同調する者が居ると言うのか? それともオファニモン達が言っていた人間の組織の力を使ったのか? ……いや、今は疑問など考えている時ではないッ!)

 

 幾つかの疑問が脳裏に過ぎるが、デュークモンは全て振り払う。

 余計な考えをしていれば、次の瞬間に自らが敗北するとデュークモンは直感していた。全身全霊で挑まなければ勝ち目すら見えないと感じながら、デュークモンは『グラム』の矛先をルーチェモンに向ける。

 互いの発する威圧感によって空気が圧迫するが、デュークモンとルーチェモンは一切気にせず互いに相手を見つめ続け、デュークモンが神速の速さでルーチェモンに向かって踏み出す。

 

「ロイヤルセーバーーッ!!!!」

 

 デュークモンの踏み込みと突き出した『グラム』によって大地は爆発したように吹き飛び、『デジタルワールド』の守護者であるデュークモンとルーチェモンとの激闘が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 デュークモンとルーチェモンが戦っている地域から遠く離れた上空。

 蒼い空と白い雲を突き破るように超高速で駆ける一つの影が在った。何かを焦っているかのように影はスピードを更に上げる。今だかなりの距離が離れているにも関わらず、デュークモンとルーチェモンとの戦闘が始まっていると感知しているのだ。

 その影の背には誰かが乗っており、その相手も戦闘が始まっているのを感じたのか、焦ったように叫ぶ。

 

「おい! もう始まっているんじゃねぇのか!?」

 

「急がないと不味いんだろう!」

 

「言われずとも分かっている! スピードを更に上げるぞ! しっかり掴まっていろ!!」

 

 叫びと共にスピードは更に上がり、大気が悲鳴を上げる。

 しかし、悲鳴を上げさせている張本人は全く気にも止めていなかった。寧ろ一瞬の内に目的地に辿り着けない自身に苛立ちさえも覚えていた。

 

「無事でいてくれ! デュークモンッ!!」




次回は遂にあの方が登場します。

七大魔王の一体を殴り飛ばしたあのお方が。


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参戦 光竜と日本一の喧嘩番長

「ハアァァァァァァァァァァァーーーーーーッ!!!!!」

 

 デュークモンの力強く気迫が篭もった咆哮と共に、グラムに寄る神速の突きが幾重にも空中に浮かぶルーチェモンに向かって繰り出される。

 その一撃一撃が必殺の領域に匹敵するほどの威力が込められている。更に繰り出される速さのせいで、幾重にグラムが在るかのようにさえ見えてしまう。例え究極体でもロイヤルナイツ級で無ければ避ける事は愚か防御さえも出来ない。

 だが、その苛烈と言う言葉が優しく思えるほどのデュークモンの猛攻をルーチェモンは軽やかな動きで躱し続けていた。

 

「ハハハハッ! 流石だね、デュークモン! 人間達の攻撃なんて比べものにならないほどにスリルが在るよ!」

 

「化け物が!?」

 

 笑うルーチェモンにデュークモンは攻撃を中断して背後に飛び去りながら悪態を思わず吐いた。

 神速の速さを持った突きの猛攻を全てルーチェモンは回避していた。無論回避に専念している事を考えれば、デュークモンの一撃が当たればルーチェモンもダメージを受ける。だが、その当てると言う行為が途轍もなく難しい事をデュークモンは悟っていた。

 

(このルーチェモン!? まだ、完全に覚醒していないと言うのにこれほどの強さとは!?)

 

 出し惜しみなどしている場合ではない。

 此処で倒す事が出来なければ、もはやルーチェモンを止める事は不可能なってしまうと危機感をデュークモンは抱く。

 

「セーバーショット!!」

 

 地面に着地すると同時に、デュークモンはグラムの切っ先からルーチェモンに向かって聖なるエネルギーを放った。

 しかし、それに対してルーチェモンは回避するような動きを見せず、迫るセーバーショットに向かって右手を掲げて振り抜く。

 

「フッ!!」

 

 ルーチェモンが右手を振り抜くと共に直撃したセーバーショットは弾き飛ばされ、遠い場所に在る森に当たり爆発した。

 必殺技では無いとは言え、自らの技が牽制にさえならない事実にデュークモンは悔しさを抱く。だが、同時にやはりルーチェモンには聖に属する技の効果は薄い事を悟る。

 

(奴は他の七大魔王デジモンと違い、聖なる力を宿す存在……他の七大魔王ならば『ファイナル・エリシオン』の効果も及ぶが、奴には通じん)

 

 七大魔王と言う強大な七体のデジモンの中でも、ルーチェモンは別格の存在だった。

 他の七大魔王デジモン達は闇に属する存在なので光属性に弱い。だが、ルーチェモンだけは違う。ルーチェモンは闇と光を自由自在に扱う事が出来る。故に他の七大魔王デジモンと違い、ルーチェモンには光属性での攻撃は効果が薄い。ましてや今のルーチェモンは成長期。完全に七大魔王として覚醒していないので闇の力には目覚めていないが、それが逆にデュークモンが扱う光属性の効果が薄くなっている原因でも在った。

 エネルギー系の攻撃を使っても効果は無いとデュークモンは悟り、ルーチェモンに接近戦で挑み掛かる。

 

「スクリューセーバーーッ!!!」

 

 デュークモンはルーチェモンに向かってジャンプすると共に、体を高速回転させて竜巻と化した。

 吹き荒れる竜巻に飛ばされないようにルーチェモンは身構え、迫る竜巻を見極めるように睨む。

 

「……其処だね!!」

 

「ロイヤルスラッシュッ!!」

 

 ルーチェモンが叫ぶと同時に、竜巻の下方からグラムがルーチェモンに振り上げられた。

 だが、事前に分かっていたルーチェモンは背中の翼を羽ばたかせるだけで射程距離から僅かに離れ、ロイヤルスラッシュを避けた。そのまま技を放った直後のデュークモンにルーチェモンは急接近し、右足を振り抜く。

 

「ハァッ!!」

 

「グゥッ!?」

 

 体格差など完全に無意味だとしか思えないほどの威力が篭もった蹴りを、デュークモンはイージスを翳す事で防いだ。

 だが、防いでも尚威力を殺し切れず、デュークモンは後方へと吹き飛ばされ、数メートルほど地面に引き摺られたような後を付けながら着地した。自らが止まった事を確認したデュークモンは即座に飛び掛かろうとする。

 それを遮るように両手にルーチェモンは光球を作り上げ、デュークモンに向かって放つ。

 真っ直ぐに向かって来る光球をデュークモンは横に飛ぶ事で躱そうとする。だが、躱す直前に何かに気がついたようにハッとしてイージスで二つの光球を防ぐ。同時にデュークモンの左右を後方から放たれた光線が通過した。

 

「ッ!? 今のは!?」

 

 イージスで受け止めた衝撃で足を止めながらも、デュークモンは光線が飛んで来た方向に慌てて目を向ける。

 一見すればただの光線にしか見えない攻撃。だが、もしも今の光線を食らってしまえば、デュークモンは敗北していた。それはルーチェモンの攻撃さえ超える対デジモン特化(・・・・・・・)攻撃なのだから。

 

(しまった!? 『ギズモン』はまだ残っていたのか!?)

 

 先ほどの光線を放った者の正体は『ギズモン』

 デジモンを抹殺する為に改造された意思無きデジモン。必殺技である『XTレーザー』はデジモンのデータを粉々に破壊する技。その力はデュークモンにも通じる。粉々にデータが破壊されてしまう為に、僅かな傷でも致命傷になってしまう。

 最初に放った『ファイナル・エリシオン』のおかげでルーチェモンが連れて来たギズモンの大多数は倒せたが、まだ生き残りが周囲に潜んでいる。

 

(不味い! ルーチェモンだけではなくギズモンの攻撃にも気を配る事は…)

 

「考え事してる暇は無いよ!」

 

「ハッ!?」

 

 聞こえて来た声にデュークモンがハッとした瞬間、上空からルーチェモンが急降下して来た。

 慌ててデュークモンはイージスを構えようとする。だが、構える直前、再び離れたところに潜んでいるギズモンがXTレーザーを放ち、イージスに直撃する。

 

「こ、これは!?」

 

 XTレーザーがイージスに直撃した事を悟ったデュークモンは、自らの武具で在るイージスが直撃した場所からデータになって行く事に目を見開く。

 更にデュークモンに追い討ちを掛けるように遮る物が無くなったルーチェモンの強烈な蹴りが、デュークモンの胴体に直撃する。

 

「ガアァァァァァァッ!?」

 

 直撃を受けたデュークモンは余りの威力に後方へと吹き飛び、その先に在ったピラミッド型の遺跡に激突した事で漸く止まった。

 全身に走る激痛に苦しみながらもデュークモンは顔を上げ、左手に装備している聖盾イージスを目を向ける。だが、既に其処には堅牢を誇るイージスは無かった。半ばまでイージスはデータに変わっており、何時消滅しても可笑しくない状態になっている。自らの聖盾が失われた事実にデュークモンは悔しさに包まれながらも、イージスを地面に投げ捨てる。

 もはやイージスは直らない。ギズモンの攻撃はデータを粉々に破壊すると言う性質上、食らった時点で終わり。通常なら損傷を負っても時間経過で例え粉々に破壊されても修復は可能だが、ギズモンの攻撃だけは何をやっても修復される事は無い。何せ元になるデータ事態が破壊されてしまうのだから。

 

「……最初から此れを狙っていたのか!?」

 

「正解だよ、デュークモン。君を始めとしたロイヤルナイツ連中は技を使用する為に武器を使用する。なら、武器さえ無くなれば戦力は半減。とは言っても、ロイヤルナイツで在る君らの武器は堅牢を誇る代物。でも、やっぱり、ギズモンの攻撃だけは例外みたいだ。感謝するよ、デュークモン。おかげでこれからのロイヤルナイツ連中への戦略の幅が広がったよ」

 

「お、おのれ!!」

 

 デュークモンは決死の覚悟で戦っていた。

 だが、ルーチェモンにとってはただ自らの目的を遂行する戦いでしかない。自らの中で決まっていた事が当たり前の結果として出た認識しかルーチェモンは持っていない。無論デュークモンの強さをルーチェモンは理解している。理解して尚、ルーチェモンは自らへの脅威としてデュークモンを認識していなかった。

 それこそが『傲慢』の称号を司るルーチェモンの在り方。余程予想外の事が無い限り、ルーチェモンは動揺する事は無い。そして残念ながらデュークモンはルーチェモンの予想外には成らなかった。

 

(今の状態の僕でもロイヤルナイツまでなら互角以上にやり合える。ギズモンも戦力として加えれば勝率も上がるみたいだし、『倉田』は本当に役に立ってくれるよ)

 

 嘗てのルーチェモンならば人間に対して脅威は抱く事も、何の感情も抱く事は無かった。

 有り体に言えば嘗てのルーチェモンにとって人間は何時でも踏み潰せる小さな虫程度の認識。だが、その程度にしか考えて居なかった存在にルーチェモンは敗北した。自らの完全な敗北に加え、『倉田』が生み出したギズモン。そして別世界の人間が生み出した技術の数々にルーチェモンの中で人間に対する認識は大きく変わっていた。

 “人間は脅威と成り得る存在と同時に、利用すれば絶大な益を齎してくれる存在”と言う考えに。

 

(切り札(・・・)を持って来たけど、やっぱり必要は無かったみたいだ…もうデュークモンと戦って得られるモノは無いし、終わりにしよう)

 

(気配が変わった!?)

 

 発していたルーチェモンの気配が変わった事をデュークモンは察し、グラムを構える。

 イージスが失われたとしてもまだ聖槍グラムが在る。何とか残された最大の必殺技である『ロイヤルセイバー』を叩き込む方法は無いかと考えながら、自らに残された本当の意味での最後の手段についても考えを巡らせる。

 

(……アレ(・・)を使用する為には時間が必要だ)

 

 ルーチェモンは気がついていないが、デュークモンもまた切り札を所持している。

 だが、その切り札を使用する為には命を賭ける必要が在り、短時間しか使用出来ない。また、確実に倒せると言う保障も無かった。何とか切り札を使用する為の時間を得たいと考えるが、残念ながら現状では不可能。

 

「さあ……行くよッ!!」

 

「ッ!? クッ!!」

 

 ルーチェモンの号令と共にデュークモンに向かって、周囲に潜んでいた八体ほどのギズモンXTが姿を現しながらXTレーザーを放った。

 即座にデュークモンは上空に飛び立つ事でXTレーザーを躱す。しかし、既にその先にはルーチェモンが待ち構え、デュークモンに向かって左足で踵落としを叩き込もうとする。瞬時にデュークモンはグラムで防ごうとする。だが、防ぐ直前に嫌な予感が走り、右方向に移動する。

 同時に直前までデュークモンが居た場所をXTレーザーが通過する。

 

(ギズモンとの連携攻撃か!?)

 

 最悪の組み合わせに寄る連携攻撃にデュークモンは戦慄した。

 一撃一撃が並みの究極体の攻撃に匹敵するルーチェモンの攻撃に加え、掠るだけでも致命傷になってしまうギズモンの必殺技。ルーチェモンよりも遥かに弱いギズモンXTを排除してから戦うのが本来ならば正しい選択。

 だが、そんな事をルーチェモンが許す筈が無い。デュークモンがギズモンXTに攻撃を加えようとすれば、必ず邪魔をして来る。広範囲の攻撃が放てれば状況は好転出来たかも知れないが、残念ながらイージスを失った今のデュークモンには出来ない。この為にイージスを破壊したのだと、デュークモンは悟りながら次々に繰り出されるギズモンXTのXTレーザーと、ルーチェモンの攻撃を躱して行く。

 その動きもまた見事としか言えないが、次々に繰り出される連携攻撃にデュークモンは追い込まれて行く。徐々に避ける事が難しくなり、背中の赤いマントの端が一条のXTレーザーに寄って撃ち抜かれてしまう。

 慌てて侵食が及ぶ前にデータに変わり始めた部分を、デュークモンはグラムで斬り飛ばす。その隙をルーチェモンは逃さず、デュークモンの背中に向かって右拳を叩き込む。

 

「貰ったよ!!」

 

「ガハッ!!」

 

 ルーチェモンの拳は寸分違わずにデュークモンの背に叩き込まれた。

 全身を貫くような衝撃を食らったデュークモンは地面に激突し、大きなクレーターを作り上げた。更に追い討ちを掛けるように上空に浮かぶルーチェモンは、光球を両手に作り上げてデュークモンに向かって放つ。

 次の瞬間、凄まじい爆発がデュークモンが居た場所から起こった。辺りには凄まじい爆風が発生し、周囲に在る地面が舞い上がる。

 それが治まった後には、美しい輝いていた白き鎧が罅だらけになり、薄汚れ、背中の赤いマントがボロボロに焼け焦げたデュークモンが地面に倒れ伏していた。

 

「しぶといね。まぁ、デジタマに戻ってしまうよりは良かったかな。君みたいな使命感が強い奴は死んでも記憶を受け継ぐ可能性が高いからね……確実に抹殺しないと」

 

 もはや動けないデュークモンにギズモンXT達が近づく。

 確実にデュークモンを抹殺する必要が在る。今までのやり取りでルーチェモンは決してデュークモンが自らに屈する事はないと分かっていた。だが、ルーチェモン自らが倒せばデュークモンがデジタマに戻ってしまう。

 デュークモンのデジタマを持って行くと言う方法も在るが、その場合、本格的に今居る世界の守護デジモン達が動き出す可能性が高い。今だ守護デジモン全員が動いて確実に勝てる確証をルーチェモンは持っていない。不確定要素が最も無い方法はギズモンに寄るデュークモンの完全抹消。これで厄介な守護デジモンが一体減るとルーチェモンは笑みを浮かべるが、次の瞬間、ハッとした様に右方向に顔を向ける。

 それと共にルーチェモンが向いた方角から灼熱の光矢が向かって来て、デュークモンに攻撃しようとしていたギズモンXTを三体消滅させた。

 

「クッ!? 来たようだね、スレイプモン!!」

 

 苦々しげにルーチェモンが顔を歪めると共に、灼熱の光矢が放たれた方角からソレはやって来た。

 デュークモンと同じぐらいの大きさで六本の脚を持ち、赤いレッドデジゾイド製の鎧で身を包み、左腕に聖弩『ムスペルヘイム』握り締め、右腕に聖盾『ニフルヘイム』を装備したデジモン-『スレイプモン』-が空中を超高速で駆けながらやって来た。

 

スレイプモン、世代/究極体、属性/ワクチン種、種族/聖騎士型、必殺技/ビフロスト、オーディンズブレス

セキュリティの最高位『ロイヤルナイツ』に属する聖騎士型デジモン。人型が多い『ロイヤルナイツ』のデジモンの中で獣の姿をした異色の存在。クロンデジゾイドの中で最も硬い『レッドデジゾイド』を鎧として装備し、六本の脚を持って陸海空とあらゆる場所を超高速移動が可能。また、左腕に『聖弩(ムスペルヘイム)』を右腕に『聖盾(ニフルヘイム)』を装備している。必殺技は、左手の『聖弩(ムスペルヘイム)』から灼熱の光矢を放つ『ビフロスト』に、右手の『聖盾(ニフルヘイム)』で気候を操って超低温のブリザードを発生させる『オーディンズブレス』だ。

 

「オオォォォォォォォッ!!!」

 

 ボロボロに成って地面に倒れ伏しているデュークモンを捉えたスレイプモンは、怒りに満ちた咆哮を上げながらルーチェモンに向かって突進して来た。

 無論幾ら相手がデュークモンと同じロイヤルナイツの一体だとしても、怒りに任せた突進などルーチェモンにとって脅威ではない。案の定スレイプモンの突進は、ルーチェモンが上空に舞い上がる事で躱されてしまう。そのままルーチェモンは止まる事が出来ないスレイプモンに右手を向け、光球を放とうとする。

 そして気がつく。スレイプモンの背から自身に向かって飛び掛かる二つの影を。

 

『オォォォォォォォッ!!』

 

「成長期のデジモンに…人間?」

 

 自らに向かって飛び掛かる二つの影の正体に、ルーチェモンは思わず攻撃の手を止めて呆然となってしまう。

 スレイプモンの背から飛び上がったのは年齢が二十代ぐらいで赤いシャツを着た精悍な顔をした男性。それに並ぶようにいるのは、両手に赤い紐のようなものを付けた黄色いトカゲのようなデジモン-『アグモン(S)』-以降アグモン。

 

アグモン(S)、世代/成長期、属性/ワクチン種、種族/恐竜型、必殺技/ベビーバーナー、ベビーフレイム、ベビーボルケーノ

X-進化を遂げたアグモンに近い特徴や能力を持つ恐竜型に分類される特殊なアグモン。赤い革ベルトを腕に巻いているのが最大の特徴でもあるが、指の数が4本から3本になっていたり、ドルモンに近い鼻になっていたり、また必殺技の面でもX-進化したアグモンの技が使えたりと他にも大きな変化が現れている。必殺技は、息を大きく吸い込み、口から炎を一気に吐き出す『ベビーバーナー』と、口から高熱の火炎の息を吐き出す『ベビーフレイム』。そして巨大な火球を口から吐き、大爆発を引き起こす『ベビーボルケーノ』だ。

 

(何だ? こいつらは?)

 

 ルーチェモンは自らに向かって飛び掛かって来る男性-『大門(だいもん) (まさる)』とアグモンに、訳が分からないと言う顔をした。

 実際に何をやろうとしているのかはルーチェモンには分かっている。拳を振り上げて飛び掛かって来る事から考えれば、明らかに殴り掛かって来ているのが分かる。だが、デュークモンを圧倒したルーチェモンにただ殴り掛かると言う行為を行なうのが理解出来なかった。

 

(まさか、本気で僕を殴る気なのか? いや、そんな愚かな行為をする筈が無い。なら、一体? ……そうか!? 此れは僕の意識をこいつらに向けさせる作戦か! その隙にスレイプモンがデュークモンを救う! フフッ、馬鹿だね。この僕がそんな作戦に気がつかないと思っているのかい?)

 

 ルーチェモンはそう思いながら大とアグモンから視線を逸らし、スレイプモンに視線を移す。

 案の上ルーチェモンの読みどおり、スレイプモンはデュークモンを助ける為に残っているギズモンXT達にムスペルヘイムを向けていた。そうはさせないとルーチェモンは右手に力を集め、完全に大とアグモンを意識から外す。

 この時、ルーチェモンは油断していた。嘗てルーチェモンが人間に敗北した時は、十闘士の力を得た人間達。今本拠地としている次元世界では魔法と言う力を人間達は振るって来る。どちらも生身で自らに挑み掛かって来る相手は居なかった。だからこその油断と慢心。たかが成長期のデジモンと生身の人間が殴り掛かった位で、自らにダメージを与えられるはずが無いと、ルーチェモンは完全に思い込んでいる。

 だが、ルーチェモンは忘れていた。今居る世界に来る時に、『倉田』が注意していた事を。

 次の瞬間、大の拳が頬に凄まじい衝撃と共に突き刺さると同時に、ソレをルーチェモンが完全に思い出す。

 

「ッ!?!?」

 

『もしもあの男に…大門 大に出会った場合、気をつけて下さい。あの男は私達の常識を真っ向から粉砕する忌々しい奴ですからね』

 

 『倉田』の忠告をルーチェモンは思い出すが、既に遅かった。

 大の拳は完全にルーチェモンの右頬に突き刺さり、神秘的なまで整っていた顔立ちが歪んだ。続くようにアグモンの拳がルーチェモンの鳩尾に叩き込まれる。

 そして大とアグモンは殴られた衝撃で完全に固まっているルーチェモンに追撃するように、逆の拳を振り被り顔面に叩き込む。

 

『オラアァァァァァァァァァッ!!!!』

 

 大とアグモンの拳を顔面に食らったルーチェモンは、凄まじい激突音を発しながら声も出せずに地上へと吹き飛んで行った。

 それを確認した大はシャツのポケットからオレンジ色の細長い機械-『デジヴァイスバースト』-を取り出し、アグモンに向かって構える。

 

「行くぜ、アグモン!!」

 

「応! 兄貴ッ!!」

 

 アグモンは力強い言葉で答えた。

 大はルーチェモンを殴った時からオレンジ色の輝きを発する右手を機械の上部分に押し当てる。

 同時にデジヴァイスバーストの液晶部分にULTIMATE EVOLUTIONの文字が映り出し、大はアグモンにデジヴァイスバーストを向け、オレンジ色の光をアグモンに向かって放つ。

 

「デジソウルチャージ!! オーバードライブッ!!」

 

「アグモン進化ッ!!」

 

 デジヴァイスバーストから放たれたデジソウルを体に浴びたアグモンは叫ぶと、その体をデータ粒子へと一時変換させ、体を巨大に変化させる。

 背中に赤い十二枚の機械のような翼が出現し、胴体には赤い鎧の中心に青い宝玉のようなものへと変わり、腕にも黄色い篭手のようなものを備え、更に先に刃のような光輪が付いた巨大な尻尾も持った大とアグモンの究極進化体の光竜型デジモンが現れる。その名も。

 

「シャイングレイモンッ!!」

 

シャイングレイモン、世代/究極体、属性/ワクチン種、種族/光竜型、必殺技/グロリアスバースト、シャイニングブラスト、ジオグレイソード

光竜型という新たな分類に属するデジモン。人型に近い、巨大なロボットのような姿をしている。赤や黄色のカラーリングはグレイモンというよりは、アグモンをイメージさせている。灼熱の太陽のエネルギーを蓄えて戦い、『ジオグレイソード』と呼ばれる剣を召喚する能力を持っている。 必殺技は、巨大な翼を広げて光のエネルギーを極限まで集中して放つ『グロリアスバースト』に、輝く光の翼で敵を薙ぎ払う『シャイニングブラスト』。そして大地(ガイア)の力が凝縮された剣を召喚する『ジオグレイソード』だ。

 

 進化を終えたシャイングレイモンの右肩に大は危なげなく着地する。

 殴り飛ばされて地面に激突したルーチェモンは、今だ何が起きたのか理解が及び切れてないのか、呆然と自らの顔に手を当てていた。

 シャイングレイモンはルーチェモンの目の前に着地し、肩に乗る大がルーチェモンに向かって叫ぶ。

 

「テメエだな! 一年ぐらい前に沢山のデジタマをデジタルワールドから持ち去ったって言う、『倉田』の仲間は!? 好き勝手デジタルワールドを荒らしやがって! ぜってぇぶっ飛ばしてやるぜ!!」

 

「……れた? ……この僕が……人間と成長期のデジモンに?」

 

 ルーチェモンは大の声が聞こえていないのか、呆けたように呟く。

 殴られた経験はルーチェモンも持っている。だが、それは十闘士達の手に寄って疲弊していた時。だが、今殴られた時は全く疲弊して居らず、万全に近い状態だった。なのに殴り飛ばされた。在り得ない事実を味わったルーチェモンは呆然なって固まってしまう。

 そして次に抱いたのは自らのプライドが粉砕された怒り。これまで誰一人成し遂げた事がなど居ない自らをただの拳で殴り飛ばした大への脅威。

 

(『倉田』が言っていた事は事実だ! この大門 大とパートナーデジモンは不確定要素過ぎる! 『ベルフェモン』を倒したのはマグレじゃなかったようだねッ!!)

 

 そう考えながらルーチェモンは地面から立ち上がり、大とシャイングレイモンを言葉に出来ないほどの気迫が篭もった目で睨みつける。

 完全に本気になったルーチェモンの気配を感じた大とシャイングレイモンも、力を込めながら身構える。この時点で大は人の身でルーチェモンの全力の気迫を耐え切ったと言う偉業を成し遂げている。もはや大をただの人間だと言う認識をルーチェモンは持っていない。

 必ず此処で抹殺すると決めながら、ルーチェモンは背の白い翼を大きく広げる。

 

「君達は脅威だ…此処で消えて貰うよ!!」

 

「へっ! こっちは、好き勝手にデジタルワールドを荒らしやがったテメエらに、はらわたが煮えくり返ってんだ! 全力で行くぞ、シャイングレイモン!!」

 

「あぁ、分かってるさ、兄貴ィッ!!」

 

 ルーチェモン、大、シャイングレイモンは叫ぶと共に動き出し、戦闘を開始したのだった。




次回はアレが降臨します。

絶望は平等に訪れてしまうのです。


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『傲慢』の七大魔王

次回でデジタルワールド編は終わりです。

もう暫らくお待ち下さい。


「ビフロストッ!!」

 

 咆哮と共に放たれた灼熱の光矢は、寸分違わずにギズモンXTに直撃し消滅させた。

 全てのギズモンXTを倒し終えたスレイプモンは安堵の息を漏らしながら、自分達が来るまで必死になって戦い続けていたデュークモンに急いで駆け寄る。

 

「デュークモン!!」

 

 ルーチェモンの光球の爆発によって生じた巨大なクレーター内に倒れ伏しているデュークモンに、スレイプモンは心配に満ちた声で叫んだ。

 デュークモンの状態はかなり危険な状態に追い込まれていると分かったのだ。白銀に輝く鎧は至る所に損傷が目立ち、背中のマントなどはボロボロに焼け焦げていて元の色が分からないほどになっていた。そしてスレイプモンは気がつく。デュークモンの聖盾であるイージスが何処にも無い事に。

 

「(ギズモンに破壊されたのか!?)……確りしろ!」

 

「……ス、スレ…イプ……モンか?」

 

 呼ばれている事に気がついたのか、デュークモンは薄っすらと目を開けた。

 

「遅れて済まない! だが、大とシャイングレイモンを連れて来た!」

 

「…そう…か…」

 

 スレイプモンの報告にデュークモンは僅かに安堵の息を漏らした。

 これで戦況は大きく変わる。デュークモンは戦闘は難しい状態だが、ロイヤルナイツに匹敵する実力を持つ大とシャイングレイモン、そしてスレイプモンが加わればルーチェモンを倒せる可能性が在る。更に言えばギズモンXT達を倒し終えたで、デュークモンのようにスレイプモンの武具が失われる事は無い。

 

「…スレイプモン……私の事は良い……それよりも大とシャイングレイモンの…援護を頼む」

 

「分かった。後は私達に任せて休んでくれ。必ずルーチェモンを倒してみせる」

 

 そうスレイプモンは告げると、デュークモンに背を向けて大達が戦っている場所に急いで向かう。

 デュークモンの事は心配だが、今はルーチェモンの方を優先しなければならない。幾ら大とシャイングレイモンでもルーチェモンの相手は長時間は難しい。スレイプモンはそう考えながら空中に駆け出した。

 その様子を見たデュークモンはゆっくりと僅かに体を地面から上げ、何かを決意したように自らの体に力を集め出す。

 

(…済まない、スレイプモン……だが、此処でルーチェモンは確実に倒さなければならない。今の奴は私達が知るルーチェモンよりも危険だ……この()を此処で失う事になろうとも)

 

 最大の必殺技を放つ為のイージスを失っても、デュークモンにはまだ切り札が残されている。

 その切り札を使用する為にデュークモンは力を集め出す。その先に在るのが自らの死だと理解しながらも。

 

 

 

 

 

「ウオォォォォォッ!!」

 

 力強い咆哮と共にシャイングレイモンは接近して来るルーチェモンに向かって、右拳を放った。

 ルーチェモンは僅かに翼を動かし、拳を軽やかな動きで躱し、そのままシャイングレイモンの右腕を伝うように移動する。

 目の前まで迫って来ようとしているルーチェモンに、シャイングレイモンは離れようとするが、そうはさせないとルーチェモンは速度を更に上げながら右手を握り締める。先ほど拳を顔に叩きこんでくれたに、今度は自分が叩きつけてやると言いたげに拳に力を込める。だが、そうはさせないと言うようにシャイングレイモンの肩に乗っていた大がルーチェモンに向かって飛び出す。

 

「させっかよ!!」

 

「チィッ!!」

 

 大が飛び出して来た事を悟ったルーチェモンは舌打ちしながら翼を羽ばたかせて、シャイングレイモンから離れた。

 先ほどの一撃で、大は脅威に値する存在だと言う事をルーチェモンは思い知った。油断していたとは言え、自らにダメージを与えた存在に対してもうルーチェモンは油断などしない。寧ろ確実に此処で抹消して見せると心に決めているほどだった。

 

「消えなよ!!」

 

 今だ空中に居る大に向かって、ルーチェモンは右手を翳して光球を放とうとする。

 だが、それを遮るようにシャイングレイモンがルーチェモンに向かって左腕を振り下ろす。

 

「ウリャアァァァァァッ!!!」

 

「クッ!!」

 

 シャイングレイモンの攻撃に気がついたルーチェモンは攻撃を中断し、右腕を翳して防御した。

 体格差などモノともせずに自らの攻撃を防いで見せたルーチェモンにシャイングレイモンは目を見開きながらも、今度は右拳を振り抜く。

 その拳もルーチェモンは轟音を発しながらも左手で受け止めてしまう。シャイングレイモンはその事実に驚愕しながら後方に下がり、大に呼び掛ける。

 

「兄貴ッ!!」

 

「応ッ!!」

 

 阿吽の呼吸でシャイングレイモンの呼びかけの意味を察した大は、デジヴァイスバーストを取り出して横に付いているセンサー部分に手を当てる。

 

「『ジオグレイソーード』!!!」

 

「ムンッ!!」

 

 シャイングレイモンは右腕を地面に叩きつけ、其処から金色に輝く巨大なダブルセイバー-『ジオグレイソード』-を引き抜いた。

 自らの武器を召喚し終えたシャイングレイモンは、ジオグレイソードの切っ先をルーチェモンに向けて全速力で飛び掛かる。

 

「ハアァァァァァァァッ!!」

 

 間合いに入ったシャイングレイモンは連続でジオグレイソードで振り抜く。

 だが、その連撃をルーチェモンは軽やかな動きで全て躱して行く。自らの攻撃が全て見切られている事実に、シャイングレイモンは苦い思いを抱く。どんなに強力な攻撃でも、当たらなければ意味は無い。

 昔ルーチェモンと同じく七大魔王に属するベルフェモンとシャイングレイモンは戦った事が在るが、今戦っているルーチェモンはそれ以上の強敵だと感じていた。

 

(こんな奴とデュークモンは一人で戦っていたのか!?)

 

「考えてごとをしている暇なんて無いよ!!」

 

「ハッ!? ガアッ!!」

 

「シャイングレイモン!?」

 

 一瞬の隙を吐き、ルーチェモンはシャイングレイモンの胴体に蹴りを叩き込んだ。

 その威力にシャイングレイモンは地面へと倒れ込み、大は助けようと駆け出す。ルーチェモンは大が近寄って来るのを確認すると、上空に舞い上がり、右手を掲げる。

 同時に空が曇って行き、風が荒れ狂い出す。シャイングレイモンと大は異変に気がつき、ルーチェモンに目を向ける。

 

「コイツは!?」

 

「気をつけろ、兄貴。凄い力を感じるッ!」

 

「この世から完全に消し去ってあげるよ!!」

 

 ルーチェモンの最大の必殺技『グランドクロス』。周囲への影響も大きいので使用はしなかったが、此処で大とシャイングレイモンは抹殺する為に使用を決意した。

 シャイングレイモンは慌てて立ち上がり、背中の巨大な翼を広げて光のエネルギーを両手に間に集め出す。

 

「駄目だ! 間に合わない!?」

 

「消えろ!! グランド…」

 

「オーーディンズブレスッ!!」

 

「なっ!?」

 

 ルーチェモンがグランドクロスを放つ直前、突然横合いから超低温のブリザードが襲い掛かった。

 超低温のブリザードに晒されたルーチェモンは、グランドクロスを放つの中断して防御姿勢を取ろうとする。シャイングレイモンはその隙を逃さず、光のエネルギーを極限まで集中させた光球を撃ち出す。

 

「グロリアスバーーストッ!!」

 

 シャイングレイモンが放ったグロリアスバーストはブリザードに寄って身動きが取れないルーチェモンに直撃し、大爆発を空中で引き起こした。

 その様子をニフルヘイムを掲げて気候を操り、ブリザードを引き起こしていたスレイプモンはシャイングレイモンと大に向かって叫ぶ。

 

「手を緩めるな! 必ず奴は此処で倒すぞ!!」

 

「応! 分かったぜ! シャイングレイモン!! 行くぞッ!!」

 

「あぁっ! 頼むぜ、兄貴ッ!」

 

 シャイングレイモンの声に応じるように、大が左手に構えていたデジヴァイスバーストの液晶画面に映っていたULTIMATE EVOLUTIONが、BURST EVOLUTIONへと文字は変化した。

 同時にデジヴァイスバーストの左側に存在しているセンサーに、大は右手をゆっくりと滑らせる。

 

「デジソウル……バーースト!!!!」

 

 大が叫ぶと同時にデジヴァイスバーストから凄まじい量のデジソウルが溢れ出し、シャイングレイモンにデジソウルは降り注ぐ。

 デジソウルを浴びたシャンイグレイモンは全身が赤と白に染まっていき、背中に存在していた機械的な翼は凄まじい炎が吹き上がる火炎の翼へと変わった。

 同時にシャイングレイモンの頭上に太陽を思わせるような火炎球が出現し、シャイングレイモンがそれに手を伸ばすと、右手には炎で出来た剣が、左手には円の形をした炎の盾が火炎球から抜き出される。

 その姿こそ、大とシャイングレイモンが会得している究極を越える力-『バーストモード』-をシャイングレイモンが発動させた姿。その名も。

 

「シャイングレイモン!! バーストモーード!!!」

 

シャイングレイモン・バーストモード、世代/究極体、属性/ワクチン種、種族/光竜型、必殺技/コロナブレイズソード、ファイナルシャイニングバースト、トリッドヴァイス

シャイングレイモンがバースト進化と言う特殊進化で進化して、一時的に限界能力を発動し、太陽級の高エネルギー火炎オーラを纏った光竜型デジモン。必殺技は、火炎の盾と剣を合体させ、爆発的に威力を増した大剣『コロナブレイズソード』と、全身全霊を込めて大爆発を引き起こす『ファイナルシャイニングバースト』。そして灼熱の火炎弾を連続して相手に向かって放つ『トリッドヴァイス』だ。

 

(あ、アレが!? 『倉田』の言っていたベルフェモンを倒した力なのか!? アレは不味い!)

 

 見ただけ分かる強大な力を発揮したシャイングレイモン・バーストモードに、ルーチェモンは戦慄を覚えた。

 このままでは不味いと感じたルーチェモンはグロリアスバーストによって受けたダメージを顧みず、上空に逃れようとする。だが、それを遮るように灼熱の光矢がルーチェモンの行く手を遮るように通り過ぎる。

 

「スレイプモン!!」

 

「貴様は逃さん!!」

 

 怒りに満ちたルーチェモンの叫びに、スレイプモンは劣らないほどの咆哮で返した。

 其処に込められているのは、この場で必ずルーチェモンを倒すと言う意志。その意志を感じたルーチェモンの動きは一瞬だけ止まってしまう。シャイングレイモン・バーストモードはその隙を逃さず、瞬時にルーチェモンの目の前で移動し、炎で出来た剣を振り下ろす。

 

「ハアァァァァァァァッ!!!」

 

 シャイングレイモン・バーストモードが振り下ろした剣はルーチェモンに直撃し、地面へとルーチェモンは落下して行く。

 

「こ、この!!」

 

 地面に激突する直前で体勢を立て直したルーチェモンは、両手に光球を出現させてシャイングレイモン・バーストモードに向かって放った。

 少なからずダメージは与えられるとルーチェモンは考える。だが、その考えは間違いだと言うようにシャイングレイモン・バーストモードは火炎盾で光球を防ぐ。先ほどまでと違い、僅かな揺るぎさえ見せないシャイングレイモン・バーストモードにルーチェモンは驚愕する。

 スレイプモンはルーチェモンの動揺を感じ取り、再び二フルヘイムを構え、超低温のブリザードをルーチェモンの周囲に発生させる。

 

「オーディンズブレスッ!!」

 

「クゥッ!!」

 

 発生した超低温ブリザードに行く手を遮られたルーチェモンは、苛立ちに満ちた声を漏らした。

 シャイングレイモンはその間に火炎の盾と剣を合体させた大剣『コロナブレイズソード』を掲げる。

 爆発的に剣から炎が噴き上がり、シャイングレイモン・バーストモードはコロナブレイズソードの切っ先をルーチェモンに向ける。

 

「決めろッ!! シャイングレイモン!!」

 

「コロナブレイズソーーード!!」

 

 スレイプモンの言葉と共にシャイングレイモンの背から炎が凄まじい勢いで噴出し、瞬時にルーチェモンの目の前に移動する。

 そのまま全力でルーチェモンに向かってコロナブレイズソードをシャイングレイモン・バーストモードは振り下ろし、大地に炎の道を作り上げた。

 シャイングレイモン・バーストモード、スレイプモン、そして大は油断無く、炎の道を見つめる。普通ならば倒せても可笑しくない筈の一撃。だが、相手はルーチェモン。倒せても可笑しくない一撃を受けても生きている可能性は高い。

 それが正しいと示すように大地で燃え上がっていた炎が一部吹き飛び、白い翼とローブが黒く焼け焦げ怒りと屈辱に満ちた顔をしたルーチェモンが姿を現した。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、やってくれたね。……なるほど、『バーストモード』。不完全(・・・)だったとは言え、ベルフェモンを倒した力だけの事は在るね」

 

「不完全だと?」

 

「どう言う事だ、そりゃ?」

 

 ルーチェモンの発言を耳にしたシャイングレイモン・バーストモードと大は、首を傾げながら疑問の声を漏らした。

 その発言にルーチェモンは僅かに口元を笑みで歪め、自らのローブの中に右手を入れる。

 

「僕ら七大魔王デジモンに属するデジモンは、どれも本当の覚醒の為に膨大なエネルギーが必要なのさ。そう、覚醒の為には膨大なエネルギーがね」

 

「…何を言っている?」

 

「フフフッ、スレイプモン。人間の力は恐ろしいね……其処に居るシャイングレイモンがバーストモードを発動させる為には大門大の力が必要。人間は本当に凄いよ」

 

 急に人間を褒めるような発言をし出したルーチェモンに、スレイプモンだけではなくシャイングレイモン・バーストモード、大も訝しげに目を細める。

 

「そう、人間は本当に凄い……何せ、こんな物に膨大なエネルギーを込められるんだからね」

 

『ッ!?』

 

 ルーチェモンが言葉と共にローブの中から赤く輝く宝石を三個取り出した。

 スレイプモン、シャイングレイモン・バーストモードは、その宝石から感じる膨大なエネルギーを感じ、戦慄する。一個だけでも膨大なエネルギーが宿って居ると言うのに、それと同じ物が三つも在る。

 大はエネルギーを感じる事は出来ないが、それでも三つの宝石が危険な物だと察して警戒する。

 

「さて、君達の絶望の時だッ!!」

 

「行かん!! シャイングレイモン!!」

 

「あぁっ!!」

 

 ムスペルヘイムを構え出したスレイプモンに続くように、シャイングレイモン・バーストモードは全身に力を込め出す。

 その間にルーチェモンは次々と宝石を飲み込んで行く。同時に膨大なエネルギーがルーチェモンから発生し、ルーチェモンを覆い尽くして行く。

 

「ルーチェモン!! 進化!!」

 

「させん!! ビフロスト!!」

 

「ファイナルシャイニングバーーストッ!!!」

 

 スレイプモンが放ったムスペルヘイムからビフロストが撃ち出され、シャイングレイモン・バーストモードはルーチェモンに向かって巨大な大爆発を引き起こした。

 二つの技はルーチェモンを飲み込み、天に届くほどの巨大な火柱が起きた。これならばとシャイングレイモン・バーストモード、スレイプモン、そして大は思う。だが、次の瞬間、風が火柱に向かって集まって行く。

 風は竜巻へと変じて火柱を飲み込み、竜巻は徐々に巨大になって行く。大は吹き荒れる風から身を護るように腕を翳す。

 

「な、何だこりゃ?」

 

「兄貴……何か来る」

 

「……まさか…覚醒(・・)したと言うのか?」

 

「スレイプモン?」

 

 僅かに怯えが篭もった声で呟いたスレイプモンの声を耳にした大は、スレイプモンに顔を向ける。

 シャイングレイモン・バーストモードも目を向けるが、スレイプモンはそれどころでは無かった。もしも予想が当たっていれば、もはや絶望しか待っていない。しかし、そのスレイプモンの切実な願いを裏切るように、ソレは竜巻の中から姿を現す。

 白と黒の衣を纏い、背中の右側には天使の翼を思わせる5枚の純白の翼と一番上に付く小さな1枚の翼は黒く染まっており、左側には悪魔の翼を思わせる6枚の漆黒の翼を備え、金の髪が輝く頭部にも、それぞれ天使と悪魔を思わせる翼が左右の側頭部にそれぞれ付いている人型デジモン。そのデジモンこそ、七大魔王として覚醒を果たしたルーチェモンの姿。その名も。

 

「ルーチェモン・フォールダウンモード」

 

ルーチェモン・フォールダウンモード、世代/完全体、属性/ウィルス種、種族/魔王型、必殺技/パラダイスロスト、デッド・オア・アライブ

聖と魔を併せ持つ究極の魔王型デジモンで『七大魔王デジモン』最強の存在。超古代に反逆戦争を起こし、多くの魔王型デジモンと共にダークエリアに封印されていた。その力は完全体で在りながらも他の究極体をも超え、“神”と呼ばれる存在に匹敵すると言われている。全てのものを慈しむ神のような一面も持ちながら、この世界全体を破壊せんとする悪魔の様な相反する存在である。そのためこの世界を一度破壊し、新たなる新世界を創造することを目論んでいた。必殺技は、打撃の乱舞で敵を空高く舞い上げた後に、敵の四肢を固定して地面に叩きつける破壊技『パラダイスロスト』と、聖と魔の光球で立体魔法陣を作り出し敵を封じ込める『デッド・オア・アライブ』。この魔法陣に閉じ込められると完全に消滅するか、大ダメージを負うか1/2で決まってしまう。

 

 進化を終えたルーチェモン・フォールダウンモードは、自らの姿の名を厳かに名乗った。

 同時に先ほどまで荒れ狂っていた風が一瞬の内に止み、静けさだけ辺りを支配した。自らの鼓動の音さえも聞こえるほどの静けさを大達は感じながら、ルーチェモン・フォールダウンモードを見つめる。

 ゆっくりとルーチェモン・フォールダウンモードは、スレイプモン、シャイングレイモン・バーストモード、そして大に視線を向ける。

 

「……馬鹿な…」

 

「……そう怯える事は無いぞ、スレイプモン。安心しろ。この状態は長時間維持出来ない。先ほどのロストロギアを使って一時的に覚醒を果たしているに過ぎない。最も…」

 

『ッ!?』

 

 全ての言葉を言い切る前にルーチェモン・フォールダウンモードの姿が消え去った。

 慌てて姿を探そうと大達が辺りを見回そうとした瞬間、シャイングレイモン・バーストモードの体に凄まじい衝撃が襲い掛かる。

 

「グガアァァァァァァァッ!!」

 

「ッ!? シャイングレイモン!?」

 

 苦痛に満ちた叫びに大が目を向けて見ると、右拳を振り抜いたルーチェモン・フォールダウンモードの姿と、上空に向かって吹き飛んで行くシャイングレイモン・バーストモードの姿が在った。

 

「貴様らを葬るに充分な時間は在るがな」

 

「ビフロストッ!!」

 

 スレイプモンは迷う事無くルーチェモンにムスペルヘイムからビフロストを放った。

 灼熱の光矢は光速でルーチェモン・フォールダウンモードに迫る。だが、迫るビフロストに対してルーチェモン・フォールダウンモードは静かに視線を向け、次の瞬間、右手を振り抜き、ビフロストを空に向かって弾き飛ばす。

 

「フン!」

 

「…こ、これほどとは」

 

 あっさりと自らの最大の技が弾き飛ばされた事実に、スレイプモンは現在のルーチェモン・フォールダウンモードとの実力の差を感じた。

 それでも諦めるつもりは無いと言うようにスレイプモンは、二ムルヘイムを構える。再び気候を操作する気なのだと悟ったルーチェモン・フォールダウンモードは、そうはさせないと背の翼を全て広げる。

 しかし、飛び掛かる前に上空から凄まじい熱量を放つコロナブレイズソードを握ったシャイングレイモン・バーストモードがルーチェモン・フォールダウンモードに向かって剣を振り下ろす。

 

「ウオォォォォォッ!!」

 

「フッ!!」

 

 自らに向かって振り下ろされたコロナブレイズソードを、ルーチェモンは左手で簡単に受け止めた。

 幾ら力を込めてもコロナブレイズソードはピクリとも動かず、発している熱量を受けてもルーチェモン・フォールダウンモードは涼しげな顔を浮かべていた。

 

「ば、馬鹿な!?」

 

「どうした? この剣で私を斬るつもりなのだろう? 動かしてみたらどうだ?」

 

「な、舐めるな!!」

 

 シャイングレイモン・バーストモードは怒りの声を上げ、更に力を込めるが、やはりコロナブレイズソードはピクリとも動かなかった。

 

(駄目だ! 『ファイナルシャイニングバースト』を使ったせいで、余り力が残っていない! このままだと!)

 

「動かせないのなら、私が動かしてやろう」

 

 言葉と共にルーチェモン・フォールダウンモードは左手に力を入れ、シャイングレイモン・バーストモードをスレイプモンに向かって投げ飛ばした。

 

「ウワアァァァァァァァァァァッ!!」

 

「危ない!」

 

 投げ飛ばされたシャイングレイモン・バーストモードをスレイプモンは受け止めた。

 そのまま即座にその場から離れようとするが、その前に二体にそれぞれ威力が上がった光球が次々と放たれる。

 

『グアァァァァァァァァァッ!!』

 

「この野郎! 好き勝手にさせるかぁぁぁぁぁッ!!」

 

 一方的に攻撃を食らうシャイングレイモン・バーストモードとスレイプモンを目にした大は、ルーチェモン・フォールダウンモードに向かって駆け出した。

 そのまま勢いつけてジャンプし、ルーチェモン・フォールダウンモードに向かって全力で殴り掛かる。

 

「ウオォォォォォォッ!!」

 

 全力を込めた拳。必ず殴り飛ばすと言う意思が篭もった大の拳。

 今までどんな相手にも届かせる事が出来た大の拳。だが、その拳は、ルーチェモン・フォールダウンモードが突き出した左手に寄って受け止められてしまう。

 

「なっ!?」

 

「……良い拳だ。成長期(・・・)の私では油断して無くても、受け止めるのは難しかったかも知れん」

 

「…成長期…だと?」

 

「そうだ、先ほどまでの私の世代は成長期に過ぎん。そして今の世代は…完全体(・・・)だ」

 

「完全体…それじゃまさか!?」

 

「そう、私は後一度進化出来る。最もソレを貴様が目にする事は無い。此処で…死ぬのだからな!!!」

 

 ルーチェモン・フォールダウンモードは叫ぶと共に左手を引き、大を引き寄せると共に右拳を叩き付けた。

 その衝撃と共に掴んでいた左手を離し、大は空に向かって吹き飛んで行く。同時にルーチェモン・フォールダウンモードは追い討ちを掛ける為に背の翼を広げ、両手を強く握り締める。

 

「パラダイスッ!!」

 

「させるかぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 大に止めを刺す直前、シャイングレイモン・バーストモードが飛び掛かって来た。

 そのまま至近距離に近づくと共に残された全ての力を振り絞って、コロナブレイズソードをルーチェモン・フォールダウンモードに向かって振り下ろす。

 

「コロナブレイズ…」

 

「邪魔だ!! 『光』ッ!! 『闇』ッ!!」

 

 止めを刺すのを邪魔されたルーチェモン・フォールダウンモードは、怒りに満ちた叫びと共に凄まじい力が篭もった二つの光と闇の球をシャイングレイモン・バーストモードに放った。

 ダメージを受けてでもこの一撃だけは決めるとシャイングレイモン・バーストモードは決意し、衝撃に耐える為に全身に力を込める。だが、シャイングレイモン・バーストモードの予想に反して、二つの球はシャイングレイモン・バーストモードに触れた瞬間、立体魔法陣を出現させて、球状に形が変わると共にシャイングレイモン・バーストモードの動きを封じ込めてしまう。

 

「か、体が……う、動かない」

 

「そんなに死にたいのならば、先に消えるが良い。デッド・オア……アライブ」

 

「ウオアアァァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

 指をパチンと鳴らしながらルーチェモン・フォールダウンモードが技名を呟いた瞬間、魔法陣が輝き、シャイングレイモン・バーストモードに凄まじいエネルギーの奔流が襲い掛かった。

 そしてエネルギーの奔流が治まり、魔法陣が消えた後には、シャイングレイモン・バーストモードの姿は影も形も無く、代わりに気絶して地面に倒れているアグモンの姿が在った。ルーチェモン・フォールダウンモードは上空からアグモンを確認し、忌々しそうに舌打ちする。

 

「チッ! 運の良い奴だ」

 

 ルーチェモン・フォールダウンモード時の必殺技『デッド・オア・アライブ』。

 対象に1/2の確率で死か生のどちらかが起きる必殺技。死の方は当然ながら完全消滅を与え、生の方でも大ダメージを負わす。強力無比且つ防御不可能な必殺技。

 その技をアグモンは大ダメージを受けて生きている。運良く生き残ったアグモンに苛立ちをルーチェモン・フォールダウンモードは抱くが、すぐに表情を戻して右手をアグモンに向ける。

 どちらにしたところでアグモンの死は変わらない。スレイプモンは先ほどの攻撃からアグモンを庇ったせいで動けず、大も何処かへと飛んで行った。もはやアグモンを助けられる者は居ないとルーチェモン・フォールダウンモードは考え、今度こそ止めを刺そうとする。だが、ルーチェモン・フォールダウンモードが攻撃を放つ直前、背後から長大な槍が凄まじい勢いで迫って来る。

 

「ムン!!」

 

 背後から飛んで来た槍-『グラム』-に気がついたルーチェモン・フォールダウンモードは、振り向きざまグラムを弾き飛ばした。

 

「…そう言えば、まだ貴様が残っていたな。デュークモン」

 

 呟きながらルーチェモンはスレイプモンの居る方向に体を向ける。

 其処には右手に気絶した大を、左手に同じく気絶しているアグモンを大切そうに乗せたデュークモンが、スレイプモンに二人を差し出していた。

 

「…スレイプモン。此処は私に任せて大達を連れて逃げるのだ」

 

「何を言っている、デュークモン! 残るならば私だ! お前はもう戦える体では……まさか!?」

 

 話している途中で何かに気がついたスレイプモンは目を見開いて、デュークモンを見つめる。

 それに対してデュークモンは答える事無く、スレイプモンの手に大とアグモンを乗せ、すぐさまルーチェモン・フォールダウンモードに体を向ける。

 

「……デジタルワールドの未来を頼んだぞ!! ウオオォォォォォォォォッ!!!」

 

 突然デュークモンは咆哮を上げ、同時に胸に刻まれている『デジタルハザード』の紋章が赤く輝き、真紅の柱が発生した。

 真紅の柱が消えた後には、真紅に輝く鎧を身に纏い、背中に白く光り輝く10枚の翼を伸ばした騎士が立っていた。その姿こそデュークモンが秘めた力を全て解放した姿。その名も。

 

「デュークモン・クリムゾンモード!!」

 

デュークモン・クリムゾンモード、世代/究極体、属性/ウィルス種、種族/聖騎士型、必殺技/無敵剣《インビンシブルソード》、クォ・ヴァディス

紅蓮色に輝く鎧に身を包んだデュークモンの隠された姿。秘められたパワーを全開放しているため、鎧部分が熱を持ち赤色に染まっている。その為に長時間クリムゾンモードを維持することは出来ない。胸部には『デジタルハザード』を封印した『電脳核(デジコア)』があり、体内のパワーを全放出すると背部から、羽状のエネルギー照射を確認できる。実体を持たないエネルギー状の武器、光の神槍『グングニル』と光の神剣『ブルトガング』を揮う。必殺技は、神剣『ブルトガング』で敵を切り裂く『無敵剣(インビンシブルソード)』と、神槍『グングニル』で敵を電子分解し異次元の彼方に葬り去る『クォ・ヴァディス』だ。

 

「クリムゾン・モード…そうか。それが貴様の切り札か、デュークモン」

 

 赤熱に染まった鎧を身に纏ったデュークモン・クリムゾンモードは、右手に光の神剣『ブルトガング』を出現させて握る。

 

「行け!! スレイプモン!!」

 

「…済まん、デュークモン!!」

 

 文字通り最後の切り札を使用して時間を稼ごうとしているデュークモン・クリムゾンモードに気がついたスレイプモンは、悔しげな声を上げながら大とアグモンを両手に乗せて空に上昇した。

 逃げようとしているスレイプモンに気がついたルーチェモン・フォールダウンモードは、追い掛けようとする。本来ならばフォールダウンモードを使用せず、持って来た三つのロストロギアは別の目的の為に使用する筈だった。それを使わされ、生き残れば確実に脅威と成る大とアグモンを逃す訳には行かない。

 背の翼を羽ばたかせてルーチェモン・フォールダウンモードはスレイプモンに追いつこうとする。だが、それを阻むようにデュークモン・クリムゾンモードがブルトガングを振り抜く。

 

「クゥッ!!」

 

 流石に今の状態のデュークモン・クリムゾンモードの攻撃は通じるのか、ルーチェモン・フォールダウンモードはブルトガングを受け止めた。

 

「貴様の相手は私だ!」

 

「死に底無いが!! そんなに死にたければ貴様から消し去ってやる!!」

 

 互いに叫びあうとと共に、二体は同時に離れる。

 空中で二体は向き合い、ルーチェモン・フォールダウンモードは両拳を。

 デュークモン・クリムゾンモードは神剣ブルトガングを正眼に構える。二体の気迫に圧され、空はどんよりと暗く曇り、大粒の雨が降り始める。互いの体に雨が落ちた瞬間、二体は同時に動き、空中で幾重にも衝撃波を発しながら最後の激闘が始まったのだった。




本文で出た『ルーチェモン・フォールダウンモード』及び、『デュークモン・クリムゾンモード』に関する設定。

『ルーチェモン・フォールダウンモード』
本文でルーチェモン・フォールダウンモードに進化出来たのは、管理世界に在るエネルギー関係のロストロギアを使用した結果、膨大なエネルギーを一時的に飲み込む事で進化出来る。正し今回使用したロストロギア《レリック》一個で約十分前後だけ進化状態を保てる。また、完全体から元の成長期に戻った場合、酷く消耗し、一般的な成長期よりも弱体化してしまう。力が完全に戻る為には半年ほどの休息が必要になる。また、本来備わっている特性の幾つが使用不能で在り、最たるものは『七大魔王』デジモンが持つデジモンの完全消滅能力が消失している。
その為にルーチェモンはギリギリまで使用しなかった。本格的に覚醒する為にはエネルギー関係のロストロギアに百以上が必要なのに加え、デジタルワールド一つを吸収しなければならない。

『デュークモン・クリムゾンモード』
デュークモンの正真正銘の最後の切り札。オリジナル《タカトのギルモン》と違う為に、クリムゾンモードを使用した代償は重く、一定時間力を高める必要が在り、十五分しか姿を維持出来ない。デュークモンがクリムゾンモードを早期に使用しなかったのは制限時間の為であり、クリムゾンモードに成っていられる制限時間を過ぎなくても成った時点でデュークモンの死は確定してしまう。その為にデュークモンは戦いの中ではクリムゾンモードに成れず、ルーチェモンと相対してもなる事が出来なかった。


デュークモンのクリムゾンモードに関してはオリジナルと違う場合は、代償を設定しました。
出ないとデュークモンと言う種全体でクリムゾンモードの乱発が発生していると思いましたので。
自由自在にクリムゾンモードに成れるのはオリジナルの特権で、更にグラニと言う愛馬の犠牲が在るからだと思いましたし、愛馬も無く、パートナーも存在しないセイバーズのデュークモンは、クリムゾンモードの自由自在への変化は出来ない設定です。


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決着 聖騎士死す

長らくお待たせしました。

リハビリ作のお蔭で感覚を取り戻し、漸く完成させる事が出来ました。


 後方から響く衝撃音にスレイプモンは思わず背後を振り抜きそうになってしまう。

 その気持ちを必死に押し込め、ただ前にだけ進み続ける。もはや自らに出来る事は大とアグモンを連れて逃げる事だけ。此処で戻る事はデュークモンの想いを無にしてしまう。

 悔しさと悲しみに満ち溢れながら、スレイプモンが空を駆けていると、右手に乗っている大が意識を取り戻す。

 

「……此処は…」

 

「…気がついたか、大」

 

「ス、スレイプモン? ……そうだ。おい! ルーチェモンって野郎はどうなったんだよ!?」

 

 気絶する直前の事を思い出した大は慌てて立ち上がろうとする。

 だが、立ち上がる直前、全身に激痛が走り、再びスレイプモンの手の中に倒れ伏してしまう。

 

「……無理をするな、大。お前もアグモンも、最早動ける体では無い。暫し休むのだ」

 

「なっ!? 何言ってやがるんだ!? んな事よりルーチェモンの野郎はどうしたんだよ!? 倒せたのか」

 

「…いや……お前が倒された後、アグモンも敗北した。私も敗北寸前に追い込まれ、こうしておめおめと逃げ延びようとしているところだ。ルーチェモンは今……デュークモンが命を捨てて我々が逃げ延びる時間を稼いでいてくれている」

 

「なっ!? ふざけんな!!」

 

 スレイプモンが告げた事実に、大は思わず怒鳴った。

 大達が救援に駆けつけた時、デュークモンは既に戦える状態では無かった。そんなデュークモンが自分達の為に戦っている。その事実を知って大は黙っている訳が無かった。

 

「今すぐ戻れ!! デュークモンが死んでも良いのかよ!!」

 

「……良い訳が……無かろう」

 

「ッ!?」

 

 悲しみに満ち溢れた声音に大がスレイプモンの顔を向けてみると、スレイプモンの両目からは涙が流れていた。

 同じロイヤルナイツに属するデジモンとは別に、スレイプモンとデュークモンの間には友情が在る。信念の違いで敵対した事も在るが、大が言うまでも無く、スレイプモンもデュークモンが死ぬ事など認めたくなかった。

 だが、既に遅いのだ。例え今から引き返したとしても、デュークモンの命が助かる事は無い。スレイプモンは知っている。デュークモンが使用したクリムゾンモードの代償がどれほど重いモノなのかを。

 

「デュークモンは我々を逃がす為に最後の切り札……『クリムゾンモード』を使用したのだ」

 

「クリムゾンモード? な、何だよそりゃ? 『バーストモード』みたいなもんか?」

 

「爆発的に力が増強すると言う点では同じだ……だが、違う。クリムゾンモードはバーストモードと違い、デュークモンの身に宿っている全パワーを解放する事によって変わる姿だ。その力は一時的にならば『七代魔王』デジモンとも戦えるようになる事が出来る凄まじいものだ……しかし、その代償としてデュークモンはクリムゾンモードに変わった後、一定時間経過すれば……デュークモンは死ぬ」

 

「なぁっ!?」

 

「嘗て地球とデジタルワールドが危機に陥った時に、デュークモンがクリムゾンモードを使用しなかったのはそれが理由だ。あの危機は短時間で解決出来る事態では無かったのだからな」

 

 使用したら最後、短時間は絶大な力を得られるクリムゾンモード。

 その代償は重く、使用したらデュークモンは逃れる事が出来ない死の運命が背負わされてしまう。

 だからこそ、デュークモンはルーチェモンが来ると分かっていてもクリムゾンモードに成らなかった。もしも制限時間内にルーチェモンが現れなければ、無駄死にでしかない。また、クリムゾンモードに成る為には力を高めなければならないと言う弱点も在る。ルーチェモン級の敵を相手に力を高める隙などは無く、戦闘中になる事も出来なかったのだ。

 

「……大、お前の気持ちは良く分かる……だが、此処は退くしかないのだ。もしも戻れば、それこそデュークモンの覚悟を無駄にする事になるのだから」

 

 大はスレイプモンの言葉に何も言う事は出来なかった。

 何故ならばスレイプモンは両目から悲しみの涙を流し、大とアグモンを乗せている手は悔しさで震えていたのだから。

 

 

 

 

 

「ハアァァァァァァァァァッ!!!!」

 

「ウオォォォォォォォォォッ!!!!」

 

 大雨が降りしきる中、ルーチェモン・フォールダウンモードの拳と、デュークモン・クリムゾンモードの神剣ブルトガングが激突し、鬩ぎ合う。

 ぶつかり合った時の衝撃で二体の周囲に降っていた雨は吹き飛んでしまった。だが、二体はそんな事に構わず、ただ相手を倒す為に攻撃を繰り出して行く。二体の戦いで周囲は荒れ果て、唯一ピラミッド型の遺跡だけが無事だった。

 その戦いの中でルーチェモン・フォールダウンモードは一つの異常に気が付いた。

 

(クッ!! 更に力が上がっているだと!? どういう事だ!?)

 

 最初の方は自らが押して居た筈なのに、徐々にデュークモン・クリムゾンモードが押し返して来ていた。

 その理由は時間が経過するごとにデュークモン・クリムゾンモードの力が、上がっているのが原因だった。

 

(デュークモンがこれほどの力を持ちながら使用しなかったのには、何か理由が在る筈だ!)

 

 自惚れでも何でもなく、不完全ながらも七大魔王に覚醒したルーチェモン・フォールダウンモードに迫る力を持ちながら使用しなかったのには訳が在る筈。

 デュークモン・クリムゾンモードの力を見極めようとルーチェモン・フォールダウンモードは、受け止めるでは無く力を纏わせた両腕を使って振るわれる神剣ブルトガングを〝受け流して行く”。

 

(ッ!? ま、不味い!!)

 

 ルーチェモン・フォールダウンモードの動きが変わった事に気が付いたデュークモン・クリムゾンモードは、焦りを覚える。

 先ほどまでのルーチェモン・フォールダウンモードとの激突は、力と力のぶつかり合い。だが、今のルーチェモン・フォールダウンモードは相手の力を見極めようとする戦い方。それはデュークモン・クリムゾンモードにとって不味過ぎる戦い方だった。

 

「(気づかれる前に何としても!!)……ウオォォォォォォォーーー!!!」

 

 デュークモン・クリムゾンモードは背の十枚の翼を輝かせて、ルーチェモン・フォールダウンモードに急接近する。

 剣を振るう速度を更に上げ、足も使ってルーチェモン・フォールダウンモードに決死の想いで攻撃を繰り出す。だが、その想いは。

 

「…そうか。見切ったぞ、貴様の力の正体を」

 

 ルーチェモン・フォールダウンモードが呟いた言葉と、猛攻を潜り抜けて叩き込まれた拳によって敢え無く散らされてしまう。

 

「ガハッ!?」

 

 叩き込まれた場所から全身に走った衝撃に、デュークモン・クリムゾンモードは息を吐き出しながら地面に落下した。

 ルーチェモン・フォールダウンモードは腕を組んで上空から、起き上がろうとしているデュークモン・クリムゾンモードの赤熱して雨粒を蒸発する事に鎧から発生する煙を見下ろす。

 

「時間が経つほどに力が上がる筈だ。デュークモン。貴様のその力は確かに大したものだ。だが、弱点は見切ったぞ。その姿は長くは保てないようだな?」

 

「クゥッ!!」

 

「貴様の今の状態は、言うなれば高まり続ける力を自らの体に押さえている状態。しかし、そのような無理は長くは持つまい。私が今の貴様と戦闘を始めてから約五分。後何分持つ?」

 

「貴様に答える必要は無い!!」

 

 デュークモン・クリムゾンモードは叫ぶと同時に、地面から飛び上がり神剣ブルトガングを振り下ろす。

 ルーチェモン・フォールダウンモードは背の翼を羽ばたかせる事で移動し、振り下ろされる神剣ブルトガングを躱した。そのまま右手に光球を作り上げて投げつける。

 

「『光』ッ!!」

 

「させん!!」

 

 自身に向かって来る光球をデュークモン・クリムゾンモードは、神剣ブルトガングで斬り裂いた。

 

「その技は既に見て、私も見抜いたぞ。シャイングレイモンを倒した技だが、魔法陣を形成する技の為にエネルギー球には攻撃力自体は無い。そして二つの相反するエネルギー球が混じり合う事で初めて効果を発揮する技だと言う事を! 混ざり合う前ならば破るのは容易い!」

 

「……確かにその通りだ。忌々しい事を思い出せてくれる」

 

 心底忌々しそうにルーチェモン・フォールダウンモードは呟いた。

 嘗て別のデジタルワールドで『デッド・オア・アライブ』を使った時、戦っていた相手に最悪な形で技を利用された事が在った。その時の事はルーチェモン・フォールダウンモードにとって、これ以上に無いほどに忌々しい出来事。思い出すだけでも腸が煮えくりかえりそうになる。

 

「しかし、見破ったとは言え、それでどうなる? 貴様に勝つ道など在りは……」

 

「いや、在るぞ」

 

「…何?」

 

 デュークモン・クリムゾンモードの発言に、ルーチェモン・フォールダウンモードは眉根を寄せた。

 

「貴様が私の状態を見切ったように、私も貴様のその進化について悟った事が在る。貴様は上手く隠していたようだが、私の力が上がるのに対して、貴様の力は下がって来ている。それは大量のエネルギーを吸収する事で、無理やり進化を果たした弊害であろう!」

 

「ッ!?」

 

 気が付かれないようにしていた事実を指摘されたルーチェモン・フォールダウンモードは、僅かに動揺した。

 そう、もしもシャイングレイモン・バーストモードとスレイプモンを倒した時の力がルーチェモン・フォールダウンモードに在れば、クリムゾンモードになった当初のデュークモンでは力押しで敗れていた。だが、ルーチェモン・フォールダウンモードはそれが出来なかった。

 それは進化した当初に比べて、ルーチェモン・フォールダウンモードの力が落ちていたからだった。

 

「私の勘が正しければ、貴様も同じように時間制限付きで進化を果たしたのだろう。そして、その代償が在る筈だ!!」

 

「……どうやら、貴様は完全に消滅させなければならないようだ」

 

 知られては不味い事実。

 その情報を得たデュークモン・クリムゾンモードを生かしておく訳には行かない。時間が経てば勝手に死ぬからと言って放っておく事も出来ないのだ。何せ死ねばデュークモン・クリムゾンモードはこのまま時間制限で死に至ってしまえばデジタマに成ってしまう。その時に記憶を継承する可能性が高い。

 万が一にも記憶を継承し、デジタマが他のロイヤルナイツの手に渡ってしまえば、今のルーチェモン・フォールダウンモードの弱点が知られてしまうのだから。そうなれば不味いどころの騒ぎでは済まない。

 

(進化が解け、成長期に戻ってしまえば私の力は並みの成長期デジモン以下! 其処までは見抜けなくとも、弱体化する情報が奴らに渡るのは危険だ!! 奴のデジタマを回収し、ギズモンの力で消滅させなければならん!! クッ! 完全な進化ならばギズモンの力など不要だと言うのに!)

 

 本来ならば『七大魔王』に属するデジモンは、自らが倒したデジモンを完全消滅させる事が出来ると言う脅威の力を宿している。

 ギズモンの力を態々借りなくてもルーチェモン・フォールダウンモードはデュークモンを消滅させる事が出来る筈なのだが、今は不可能だった。ロストロギアの力を使って無理やりに進化した為に、ルーチェモン・フォールダウンモードはデジモンの完全消滅能力を失っていた

 デュークモンのデジタマから生まれるデジモンを洗脳すると言う考えは、ルーチェモン・フォールダウンモードには無い。

 目の前に居るデュークモン・クリムゾンモードは、デジタルワールドの平和を第一に考えているデジモン。記憶を継承している可能性が高い上に、例え記憶を継承していなくても自らの配下に加わる可能性は無いに等しい。洗脳しても解かれてしまえば情報が敵にわたってしまう可能性も在る。それならば確実にギズモンの力で消滅させる。

 ルーチェモン・フォールダウンモードは心に決め、組んでいた腕を解いて拳を構える。

 

(狙い通り、私を殺す気になったな)

 

 デュークモン・クリムゾンモードは、殺気を立ち昇らせるルーチェモン・フォールダウンモードの姿に、狙い通りに事が進み、内心で安堵する。

 クリムゾンモードの弱点がルーチェモン・フォールダウンモードに知られた時点で、デュークモン・クリムゾンモードが勝利する可能性は無くなっていた。何せ力が弱まって来ていても、逃げに徹するだけでルーチェモン・フォールダウンモードは勝利出来るのだから。

 そうはさせない為に、デュークモン・クリムゾンモードは、自らが悟ったルーチェモン・フォールダウンモードの弱点を漏らした。案の定、ルーチェモン・フォールダウンモードは、デュークモン・クリムゾンモードを殺す気になった。

 後は次の一撃に全てを賭けるだけ。そう心に決めながら、更に鎧を赤熱させて輝く神剣ブルトガングをデュークモン・クリムゾンモードは構える。

 

「ウオォォォォォォォォォォッ!!!」

 

 咆哮と共に真紅の鎧は赤熱を深め、降り落ちる雨は鎧に触れると共に蒸発し、デュークモン・クリムゾンモードの体から煙が上がるようにさえ見える。

 上げられるだけ自らの力をデュークモン・クリムゾンモードは上げて行く。残りの戦える時間が無くなっても構わなかった。ルーチェモン・フォールダウンモードを倒す為には、全てを込めた一撃に賭けるしかない。

 高まって行くデュークモン・クリムゾンモードの力を悟ったルーチェモン・フォールダウンモードは、右手に光の力が集ったエネルギー球を、左手に闇の力が集ったエネルギー球を作り上げる。

 デュークモン・クリムゾンモードが放とうとしている最大の技に対して、自らも最大の技である『デッド・オア・アライブ』を放つつもりなのだ。先ほどデュークモン・クリムゾンモードに光のエネルギー球を破壊されたが、それは他の事に気を回せる時だけに出来る事。

 今、最大の一撃を放とうとしているデュークモン・クリムゾンモードには気を回す余裕はない。後は、どちらの技が先に決まるのかの勝負。

 空気が膠着する。雨は更に大降りになり、ルーチェモン・フォールダウンモードの服は濡れ、デュークモン・クリムゾンモードは熱気と煙を全身に立ち昇らせる。

 そしてデュークモン・クリムゾンモードの力が限界点に達した瞬間、背の十枚の白いエネルギー状の翼から爆発したように衝撃が発生し、ルーチェモン・フォールダウンモードに向かって神剣ブルトガングを構えながら突撃した。

 

「ハアァァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

「『光』ッ!!」

 

 ルーチェモン・フォールダウンモードは、突撃して来るデュークモン・クリムゾンモードに向かって光のエネルギー球を投げつけた。

 最早躱す気が無いデュークモン・クリムゾンモードは、迫る光のエネルギー球に構わず突き進む。もう一つの闇のエネルギー球が当たらなければ、ルーチェモン・フォールダウンモードの必殺技は完成しない。その前に全身全霊を込めた一撃を叩き込む為だけに、デュークモン・クリムゾンモードは進む。

 しかし、無情にもルーチェモン・フォールダウンモードは闇のエネルギー球を掲げる。

 

「終わりだ。やっ!?」

 

 投げつける直前、ルーチェモン・フォールダウンモードの左腕に痛みが走り、僅か一瞬だけ動きが止まってしまう。

 

(なっ!? ま、まさか!? あの時の奴の拳が届いていたのか!?)

 

 ルーチェモン・フォールダウンモードの脳裏に浮かんだのは大の拳を、左手で受け止めた時の事。

 完全に受け止めた筈だった大の拳。だが、ほんの僅か、ルーチェモン・フォールダウンモードには自覚は無かったがダメージは通っていたのだ。それは時間が経てば癒えるダメージだった。しかし、デュークモン・クリムゾンモードが繰り出す猛攻を受け流して行く間に、徐々にダメージは募り、遂に必殺技を放つ時に一瞬だけ動きを止めるほどになった。

 そして巡って来た最大にして最高の好機を、デュークモン・クリムゾンモードは逃さない。

 

「(大!! 感謝するぞ!!)ウオォォォォォォォッ!!! 無敵(インビジブル)ッ!!!」

 

「グゥッ!!!」

 

 慌てて左腕をルーチェモン・フォールダウンモードは掲げるが、既に時遅く、デュークモン・クリムゾンモードは、光り輝く神剣ブルトガングを振り下ろす。

 

(ソード)ぉッ!!!」

 

 永遠とも思える静寂が広がった。

 空から振りしきる雨の音だけが戦場に広がり、戦闘音も無い。

 

「……危なかった。もう一歩遅れて居れば…私の負けだったな」

 

 立体状の魔法陣に包まれ、身動き一つ取れずに拘束されているデュークモン・クリムゾンモードを眺めながら、ルーチェモン・フォールダウンモードは呟いた。

 デュークモン・クリムゾンモードが無敵剣を放った瞬間、ルーチェモン・フォールダウンモードは掲げた左腕をデュークモン・クリムゾンモードが振り下ろす神剣ブルトガングに当たるように動かしたのだ。

 それによって事前に当たっていたせいで光のエネルギーに包まれていたデュークモン・クリムゾンモードは、ぶつかった闇の力と光の力が混ざり合い『デッド・オア・アライブ』の発動条件を満たした。

 無論、もしも旨く闇のエネルギー球が神剣ブルトガングに当たって居なければ、発動する事は無く、無敵剣によってルーチェモン・フォールダウンモードは破れていた。更に言えば、無理やりな形で発動させた為、左腕が全く動かなくなっている。

 しかし、手痛いダメージを受けたが、それでも勝負はルーチェモン・フォールダウンモードの勝利で終わった。

 

「デュークモン……認めよう。貴様は確かにロイヤルナイツの称号を持つに相応しいデジモンだった。だが、この戦いは私の勝ちだ!!」

 

(ロイヤルナイツの皆)

 

「『デッド』」

 

(他のデジタルワールドの守護者達…そして……大……アグモン)

 

「『オア』」

 

(デジタルワールドの未来を……頼んだぞ)

 

「『アライブ』ッ!!」

 

 膨大なエネルギーの奔流が魔法陣内を走り、デュークモン・クリムゾンモードを襲った。

 叫ぶ事も出来ず、デュークモン・クリムゾンモードは光に包まれ、魔法陣が崩壊すると共に発生した大爆発に飲み込まれた。

 爆発の影響が治まった後には、デュークモン・クリムゾンモードが居た痕跡は何一つ残らず、何も残って居なかった。

 

「……チッ! そう言えばこのデジタルワールドの管理者、『イグドラシル』は眠りについていたのだったな。奴のデジタマは何処かに吹き飛んでしまったか」

 

 動かない左腕を右手で押さえながら、ルーチェモン・フォールダウンモードは呟いた。

 本来ならばロイヤルナイツ級のデジモンが消滅した時は、管理者である『イグドラシル』がそのデジタマを回収する筈。だが、回収する筈の『イグドラシル』が眠りについてしまって居る為に、デュークモンのデジタマは爆発の影響によって何処かに吹き飛んで行ってしまった。

 浮かび上がるデジタマを回収するつもりだったのに、当てが外れてしまったルーチェモン・フォールダウンモードは悔しげに辺りを見回す。とは言え、もう探している暇は無い。タイムリミットが近づいているのだから。

 ルーチェモン・フォールダウンモードはデュークモンのデジタマを探すのを諦め、凄まじい戦闘が在ったにも関わらず無事に残っている遺跡に近づく。

 遺跡が無事なのは当然だった。その遺跡の中にはデジタルワールドにとって危険過ぎる物が封印されている。それ故に強固に遺跡は造られ、強力な封印が施されていた。だが、その全てが。

 

「消え去れ」

 

 傲慢さに満ち溢れた宣言と共に放たれた力によって、一瞬の内に崩壊した。

 ルーチェモン・フォールダウンモードは、崩れ落ちた遺跡を上空から見下ろす。同時に遺跡の残骸の一角が動き、何かが黒い波動を発しながら浮かび上がって来た。

 ソレはデジタマだった。自らの前に浮かぶデジタマをルーチェモン・フォールダウンモードは口を笑みで歪め、右手で掴み取った。

 

「……フフッ、アハハハハハハハハハハハハハハハッ!!! 遂に手に入れた! 手に入れたぞ!! 七大魔王の一角、『怠惰』のベルフェモンのデジタマを!!」

 

 右手に持つ『怠惰』のベルフェモンのデジタマを、ルーチェモン・フォールダウンモードは哄笑しながら掲げた。

 

「フフッ、先ずは一体。残りの六つ、『憤怒』、『暴食』、『色欲』、『嫉妬』、『強欲』の魔王達のデジタマも何れ必ず我が手に……ん!?」

 

 何かに気がついたようにルーチェモン・フォールダウンモードは、遠方を見回す。

 

「…チッ! 他のロイヤルナイツどもが集まって来ている……それにそろそろタイムリミットも近い……デュークモンのデジタマを探している時間は無いか」

 

 自らの弱点に繋がる情報を継承しているかもしれないデュークモンのデジタマは惜しいが、それよりもそろそろ進化が解ける時間が近づいて来ていた。

 このまま戦闘になれば敗北する可能性が高いと、瞬時に判断し、ルーチェモン・フォールダウンモードはその場から転移した。

 それから数分後、戦闘の在った跡地に転移光らしきモノが発生し、背の高い女性と小柄な少女が現れる。

 

「急げ!」

 

「分かっている!」

 

 現れると同時に二人は何らかの機器を取り出し、即座に反応を調べた。

 機器に反応が示され、二人は即座にその場所に向かい出す。そして在る箇所で足を止めると、すぐさま地面に屈み込んで掘り進めて行く。

 

「……在った!! 在ったぞ! トーレ!!」

 

 小柄な少女が地面の中から掘り出したデジタマを手に持ち、背の高い女性-『トーレ』-に報告した。

 

「良し! ウーノ!! すぐに転移してくれ!!」

 

 トーレが通信機に指示を送ると同時に、二人の足下に魔法陣が発生し、二人の姿はその場から消え去ったのだった。

 

 

 

 

 

 一方その頃、ブラック達が拠点として使っているアルハザードで眠っていた女性が目覚めていた。

 

「……此処は? ……私は?」

 

 寝かされているベットの上で目を覚ました女性-『クイント・ナカジマ』は、首を動かして部屋の中を見回す。

 清潔感に溢れた部屋。自身が何故此処に居るのかとクイントは考えようとする。しかし、考えている途中で何かに気が付いたように体を起こそうとする。だが、クイントは起き上がる事は出来なかった。

 クイントはゆっくりと自身の両腕が在る筈の場所に目を向けるが、其処には何もなく、肩口から両腕は失われていた。足も動かそうとするが、右足しか感覚は無く、左足の感覚は無かった。

 一体どういう事なのかと、クイントは混乱する。

 

「一体? どういう事なの?」

 

 その時、部屋の扉が開き、フリートが入って来る。

 

「あっ! 気が付きました」

 

「だ、誰!?」

 

「えぇと、まぁ貴女を治療した医者です。つきましては、義手と義足を用意しようと思いまして」

 

 フリートは白衣の中に手を入れ、カタログのような物を取り出してクイントに見せる。

 

「どんなのが良いですか? ドリル付きからロケットパンチ機能付きまであります。更にはピッキング、包丁変化、更にはデバイス機能まで付けますよ……(勿論、現行の管理世界の技術で造れる物が限度ですけどね)」

 

「そ、その前に……一つ聞いても良いかしら?」

 

「何ですか? あっ! お代の方は安くさせて貰いますのでご安心して下さい。因みに、私のお勧めの義手は、このドリルロケットパンチ機能付きのがお勧めですよ」

 

「そ、そうじゃなくて! わ、私って……」

 

「私って?」

 

「……誰なのかしら?」

 

「……へっ?」

 

 クイントが告げた言葉にバサッとカタログを床に落としながら、フリートは呆然とした声を上げたのだった。




次回は今回の事件の処理と、漸くブラック達サイドの話です。

それからはなのは達のパートナーデジモンとの出会いですね。


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旅立ちと目覚め

更新しました!


「……記憶……喪失ですって?」

 

「えぇ、間違いなく、彼女、クイント・ナカジマには自分に関する記憶が一切在りません」

 

 ガブモン達と共に管理世界に居るデジモン達の捜索を行なっていたリンディは帰還すると共に、フリートから聞かされた事実に唖然とした。

 スカリエッティの研究所から救出したクイント・ナカジマ。彼女はフリートの治療によって一命を取り止め、意識も回復した。だが、クイントは記憶喪失になっていた。

 よくよく助け出した時の事を思い出せば、クイントはリンディが助け出した時、頭から壁を突き破って来たのだ。当然頭に凄まじい衝撃が襲っていたに違いない。通常ならばバリアジャケットで護られるのだが、クイントが相手にしていたのはルーチェモン。その一撃の前ではバリアジャケットの耐久力など無いに等しい。

 寧ろ即死しなかっただけでも奇跡に等しかったのだから。クイントが記憶喪失になっても可笑しくは無いとリンディは納得する。

 

「…一応確認するけれど、記憶喪失のフリとかでは無いでしょうね?」

 

「嘘発見器から、脳波の測定による変化まで行なって確認しましたけれど、本当に記憶喪失ですね。正確に言えば、自分に関する部分、〝エピソード記憶”関連が全滅です。ミッドチルダに在るサーチャーを使って、彼女の家族関連の写真を撮って見せてみましたけれど……首を傾げられて知らないと言われました」

 

 人間の脳には、言葉や知識に関する部分を記憶する『意味記憶』。

 運動の慣れなど関する部分は『手続記憶』。そしてこれまでの人生で得られた思い出を記憶する『エピソード記憶』が在る。クイントはその三つの中でエピソード記憶が失われている状態に在る。

 運が良いと言って良いのか分からないが、意味記憶と手続記憶は無事なのは幸いだった。もしもそれらの記憶まで失ってしまえば、クイント・ナカジマは生きているのに死んだと言える状態になっていただろう。

 

「記憶が戻る可能性は在るの?」

 

「……ぶっちゃけって言って難しいでしょうね。いや、戻る可能性は在るには在るんですけど……低いです。何せ此処に来た時点でボロボロでしたからね。かなり頭も打っていたみたいですし」

 

「…確かにそうね。寧ろ私も送った時は助かる可能性は低いと見ていたから」

 

「アルハザードは死者蘇生出来るって管理世界で言われていますけど、それは流石に無理です。完全に死んでないならともかく、本当に死んでいる者には、精々出来て体を綺麗な状態に出来るぐらいですよ」

 

 管理世界に於いて伝説の地、アルハザードでは不可能は無いとされている。

 だが、実際には違う。脳死に至ったって無ければ助かる可能性は在るが、脳が無事で無ければ蘇生出来ない。時間操作などは若返りや不老など、或いは体感時間の操作などは可能だが、過去に渡る事や未来に行く事などのタイムスリップは不可能。限りなく万能に近い事は出来ても、本当の万能では無い。

 そもそもアルハザードには不可能は無いと言われているが、本当に不可能など無ければ滅んではいない。現在の次元世界よりも遥かに魔導技術が進んでいるだけに過ぎないのだ。

 

「……失った記憶を治す魔法とかは無いの?」

 

「一応、在るには在るんですけど……アルハザードでは、〝禁止指定魔法”に指定されています。もしも使うなら沢山の許可を貰って、しかも治療者の家族関係者以外は絶対に使用許可は出さない魔法です」

 

 記憶とは人間の人格を構成する為に必要なものである。

 フリートが言う魔法は確かに記憶を治せる可能性は在るが、使用者と使用された者との間に深く関わりが無ければ、人格に悪影響が出てしまう危険な魔法でも在るのだ。記憶復活の魔法は悪用すれば、人への洗脳魔法になってしまう。

 故に、記憶を失う前のクイントと全く関係が無いフリートが使用する訳には行かないのだ。

 その説明を聞いたリンディは、すぐさまクイントの家族構成を思い出す。夫のゲンヤ・ナカジマは魔法適性が無く、娘二人には魔法資質は在るが、幼く高位の魔導士とは呼べない。ならば、クイントの親友だったメガーヌ・アルピーノならばと考えるが、すぐにそれは無理だとフリートが説明する。

 

「リンディさんが考えている事は分かりますけど、管理世界の魔導士じゃ魔法の使用は無理ですよ。人の脳はとても繊細です。僅かでも魔法の制御を誤れば、相手は廃人になります。その制御に関しても、クモの糸よりも細くて切れ易い糸を針の穴に通すぐらいを、魔法を使って簡単に出来るぐらいの制御力が必要です。今の管理世界の魔導士にそれは不可能でしょうし……第一、これはアルハザードの魔法ですから、現在の魔導士じゃ使うのは不可能なんですよ」

 

「…そうね。どうするべきかしら?」

 

 本当に困ったと言うようにリンディは眉根を寄せる。

 元々クイントの扱いに関しては悩んでいたが、記憶喪失と聞いて更に悩みは深くなる。何せクイントが死んだとされる現場の状態は酷い有様で、どう考えても生存しているなど在り得ないと思われている。

 そんな状況でクイントが戻れば混乱を招く。寧ろクイントのクローンでは無いかと疑うだろう。その上、記憶喪失となれば、もうクイントを戻しても絶対にクローンだと思われるのは間違いない。つまり、クイントをミッドチルダに送る事は更に不可能になってしまった。

 

「暫らくは平穏に過ごさせるしか無いでしょうね。もしかしたら記憶が戻るかもしれませんし」

 

「可能性は低いけど、それに賭けるしか無いわね。取りあえずは……」

 

 今後のクイントに関してリンディがフリートに頼もうとすると、扉が開き、〝両手と左足”が在るクイントが入って来る。

 

「え~と、お邪魔だったかしら?」

 

「いや、もう話しは終わりましたよ。それでその両手と左足の調子はどうですか?」

 

「えぇ……少し反応は悪いけれど、問題なく動かせるわ」

 

「それは良かった。では、本格的に義手と義足の作成に取り掛かるとしましょう」

 

「ちょっと待ちなさい、フリートさん」

 

 普通に椅子から立ち上がって部屋から出て行こうとフリートの頭を、リンディは据わった目をしながら掴んだ。

 

「アレ? リンディさん、どうしました?」

 

「重要な質問が二つあるわ。先ずは一つ、どうして彼女は両手と左足が在るのかしら?」

 

「あぁ、それはですね。ルインさんや魔導生命体の守護騎士を思い出して下さい。アレの理論の応用です」

 

 両手や左足が無いと動くのに何かと不便だと考えたフリートは、使用者の魔力を使って魔力体で在る両手や左足を発生させるデバイスをクイントに与えたのである。

 病院着のような服を着ているクイントの首にはネックレスのような物が装着されていて、ソレが魔力で造られたクイントの両手と左足を発生させているのである。簡易のせいで重い物を持てなかったり、走る事などは出来ず、多少反応が鈍いなどの問題は在るが、簡易的な義足や義手としてアルハザードで使われていた代物である。

 

「それで彼女には失った四肢が在る訳です」

 

「なるほどね。その技術は流石としか言えないけれど……もう一つの質問よ。そう最も重要な質問……何で彼女は若返っているのかしら?」

 

 そう言いながら、戸惑うように自分を見つめているクイントにリンディは視線を向けた。

 女性魔導士は全体的に年齢よりも若く見られるが、今のクイントは明らかにアルハザードに連れて来た時よりも若返っている。年齢的に言えば二十歳前後ぐらいにしか見えない。

 

「それはですね。彼女が入っていた治療カプセルが原因です……実は」

 

「実は?」

 

「……そう、実は! ウッカリ治療カプセルの設定が全体的な治療に設定されていて、テロメアまで再生されてしまったんです!! まぁ、若い方が義手や義足を付けるのは楽なので丁度良かったんですけど」

 

「……ねぇ、フリートさん? 質問なのだけれど、任務に参加して行方不明になった相手が、私みたいに特殊な事情も無く、いきなり若返って戻って来て本人だと思えるかしら?」

 

「………あっ!」

 

「このマッドォォォォォ!!!」

 

 漸く気が付いたようにハッとした顔をするフリートに、リンディは怒りの叫びを上げたのだった。

 

 

 

 

 

 次元空間。世界と世界を渡る為に通る必要が在る空間を、一隻の民間船と思われる船が移動していた。

 その民間船の中で、成長期に戻ったルーチェモンは、肩口から指先まで包帯で覆い、ギブスで吊るして椅子に座りながら管理世界に在る拠点に居る倉田と連絡を取っていた。

 

「旨く行ったよ。ベルフェモンのデジタマは手に入れたし、ロイヤルナイツの一体も倒しておいたよ」

 

『それは良い報告です。では、すぐに育成の準備を行なっておきます』

 

「頼むよ。僕は暫らく動けないからね。後で送るから」

 

『……分かりました……では、私も何かと忙しいので失礼を』

 

 倉田が言い終えると共にルーチェモンの前に展開されていた映像モニターが消えた。

 ルーチェモンは消えたモニターを切り、不機嫌そうに体を椅子に預ける。そんなルーチェモンの背後から水が入ったコップを乗せたトレーを持った赤い服の女性が近づいて来る。

 

「お飲物です」

 

「うん」

 

 女性が差し出して来たコップを右手で受け取ったルーチェモンは、すぐさま口につけて飲む。

 飲み終えると共にトレーにコップを戻し、そのまま女性に指示を送る。

 

「管理世界に付近についたら、事前に君達が用意してくれたアジトに向かうように」

 

「倉田の下には直接帰還しないのですか? 手に入れた七大魔王のデジタマを直接渡した方が良いと思うますけど?」

 

「冗談は止めなよ。もしも今の僕が倉田の所に戻ったら、利用しやすいようにするのは目に見えているよ」

 

 倉田とルーチェモンは互いを利用し合っている関係に在る。

 隙あらば互いを潰そうとしている。特に倉田は最初はルーチェモンを道具として利用する気だっただけに、自分の意志で動いている今のルーチェモンは目障りに思っているのは間違いない。とは言え、ルーチェモンも倉田の技術力は切り捨て難い。

 デジモンに取って天敵であるギズモンを創り上げ、人間とデジモンを融合させると言うバイオデジモンの技術、そして不完全ながらもベルフェモンを覚醒にまで導いた倉田の技術力をルーチェモンは認めていた。逆に倉田もルーチェモンの力とカリスマは嫌いながらも認めている。

 次元世界にデジモンの脅威を教える為には、ルーチェモンのカリスマは必要なのだから。

 そして今、ルーチェモンは並みの成長期以下の力しか無い上に、デュークモンの最後の一撃で左腕も暫らくは動かない。此処まで弱体化したルーチェモンに倉田が何かをしない訳がない。完全に力が回復するまで通信を使って連絡を取るしかないのだ。

 

「直接は当分会わないよ。だから、君達が会うようにしてくれ。僕は回復に専念するからね」

 

「分かりました……それと先ほど、管理局に潜入しているあの方から連絡が届きました」

 

「ふ~ん……それでアイツは何て?」

 

「準備は整ったとの事らしいです」

 

「そうかい」

 

 報告にルーチェモンは笑みを浮かべた。

 計画通りに管理局は進んでいる。もう最高評議会に従っていた局員達は不要。

 

「伝説の三提督とか呼ばれている連中も気が付いていないだろうね。残っている管理局の裏の連中なんて小物同然の連中で、僕らに繋がる重要な情報なんて何一つ残って居ない事に」

 

 三大天使達も、リンディ達も、そして管理局を正常化させようとしている三提督達も気が付いていなかった。既に倉田とルーチェモンが管理局の裏に見限りをつけていた事に。

 管理世界の闇は管理局だけでは無い。最高評議会が広めてしまった闇は管理世界の何処にでも在る。

 

「時が来れば、僕らは管理局に戻る。最もその時は全部手遅れになって居るだろうけどね」

 

 そう言い終えると共に椅子にルーチェモンは深く体を沈ませ、戦いで消耗した体力の回復に努めるのだった。

 

 

 

 

 

 管理世界に在るスカリエッティの研究所。

 其処で他の戦闘機人達の調整に努めていたスカリエッティは、他のデジタルワールドに向かわせたウーノからの報告に歓喜していた。

 

「ハハハハハハハハッ!!! そうかい、守護デジモンのデジタマを得られたのかい!!」

 

『はい。偶然ルーチェモンが守護デジモンと戦っている現場を捉え、長距離から映像も得られましたが……その……』

 

「ん? どうしたんだい、ウーノ? 君らしくない様子だが」

 

『いえ、正直私もトーレもチンクも信じらない光景でしたので……とにかく、後ほど得られた映像をお送りいたします』

 

「君が其処まで言う映像か。どのような映像なのか楽しみにさせて貰うよ。それとデジタマの方だが、トーレとチンクはそのままデジタルワールドに残して君が運んで来てくれたまえ」

 

 せっかく遠い世界に在る他のデジタルワールドに向かったのだ。

 行ってすぐさまとんぼ返りでは余りにも利益が無さ過ぎる。今後の為にも利益は多い方が良いのだから、残せる者は残して来た方が良い。

 

『分かりました。それでクアットロに与えた任務の方は?』

 

「それは残念ながら失敗してしまったよ」

 

『なっ!? クアットロに加え、ルーチェモンの配下のデジモン達が多数参加していたあの作戦がですか!?』

 

 冷静沈着なウーノも流石にスカリエッティの任務失敗の報告に驚いた。

 それほどまでにクアットロの作戦の失敗が信じられなかったのだ。詳しくはデジタルワールドに向かう為に分からないが、それでも向かう前に見た任務内容を見れば失敗の恐れは無かった筈なのだ。

 

「私も予想外だったんだけどね。偶然にもあのブラックウォーグレイモンと一緒に居る連中が現れたんだよ。お蔭で失敗してしまったと言う訳さ」

 

『……なるほど。其方のデジタルワールドの支援を受けている連中。ブラックウォーグレイモンがルーチェモンに敗北した後、新たなデジモンを援軍として贈られたと言う訳ですね?』

 

「そう言う事だろうね……此方も準備をしておく。守護者のデジタマを持って戻って来てくれたまえ」

 

『了解しました。では、失礼します』

 

 通信が切れると共にモニターは消失した。

 スカリエッティはゆっくりとコンソールを操作し、別の連絡先に繋ぐ。

 

「私だ」

 

『……はい、ドクター。今は傍に誰も居ないので通信は問題ありません』

 

「そうかい。それでアレは手に入りそうかい?」

 

『今しばらくお時間を……司祭の籠絡はもうすぐ終わります。ドクターの所望の品は必ず手に入れますので』

 

「頼んだよ。ソレは絶対に必要な物だからね」

 

 スカリエッティはそう告げると通信を切った。

 そのまま部屋から出て行き、別室へと移動した。部屋の中にはクアットロが居て、真剣にコンソールを操作している。そしてクアットロの周りには複数のカプセルが存在し、内部には人の姿が見受けられた。

 

「順調かい? クアットロ」

 

「は、はい! ドクター。近い内には六番、九番、十番、十一番が目覚める筈です」

 

「それは良かった。では、彼女達に相応しいデジモンの捜索を指示しておかなければならないね」

 

「ドクター……お願いが在りますの」

 

「何かね?」

 

「私もデジタルワールドにどうか向かわせて下さい……あのガルルモン!! 絶対に許す訳には行きませんわ!!」

 

 憎しみに満ちた顔をしながらクアットロはスカリエッティに進言した。

 自らの顔に治らない傷跡を付けたばかりか、今度は任務遂行の邪魔までしてくれたガルルモンを、クアットロは必ず自らの手で殺すと誓っていた。死んでデジタマに戻ったとしても許す気は無い。ギズモンの力を使って、この世から完全に消滅させる気だった。

 その為には力が必要なのだ。今の自身を超える更なる力が。

 

「(素晴らしい。以前は私の因子に従って行動するだけのクアットロが、此処まで自身の意志を持つとは)……分かっているさ、クアットロ。何れ君もデジタルワールドに向かって貰う予定だからね。この…姉妹達と共に」

 

 スカリエッティは宣言すると共に、カプセルの中に入っている新たな戦闘機人の少女達を祝福する様に両手を広げるのだった。

 

 

 

 

 

「よっしゃ! これで準備は完了だぜ!!」

 

「食べ物は沢山持ったぜ、兄貴!」

 

 デジタルワールドの森の中で、全身に包帯を巻いた大門大とアグモンは、大量の荷物の前に立ちながら叫んだ。

 デュークモンのお蔭で戦場から逃れる事が出来た大とアグモンは、手当てをある程度終えると同時に異世界に向かう準備を進めた。目的は一つ。管理世界の何処かに居る倉田とルーチェモンの野望を阻止する。好き勝手にデジタルワールドを荒らしたばかりか、デュークモンの命を奪ったルーチェモンを、大とアグモンは許す気は無かった。

 その為に別世界に向かう準備を行なっている。普通なら向かう事など出来ないが、大とアグモンには協力者が居た。

 

「おっ! 兄貴、来たみたいだぜ!!」

 

 アグモンの呼び掛けに大が空に顔を向けてみると、スレイプモンが地上に降り立つ。

 

「二人とも、遅れて済まない」

 

「今こっちも準備が終わった所だから構わねぇよ」

 

「そうか」

 

「でもよ、スレイプモン? お前大丈夫なのか? 勝手に別世界に向かうなんて?」

 

 スレイプモンもまた、大達と共に次元世界に向かうつもりだった。

 無論、それは本当ならば不味い。勝手に別世界に向かう事は許可を得なければならないのだから。幾らロイヤルナイツであるスレイプモンとは言え、現状で勝手に行動する事など決して赦される訳がないのだ。

 だが、それでもスレイプモンは向かうつもりだった。今回の件で粛清を受ける事も既に覚悟出来ている。友であるデュークモンの仇を必ず取る。そうスレイプモンは心に誓っていた。

 

「構わない……私は救援に駆けつけながら、おめおめと逃げ延びた者だ……ロイヤルナイツの称号は、あの時、逃亡を選んだ時点で捨てた。今の私はデュークモンの仇を執る為だけに戦うただのスレイプモンだ」

 

「スレイプモン」

 

「……絶対に仇を執ろうぜ、兄貴、スレイプモン!」

 

『応ッ!!』

 

 アグモンの言葉に大とスレイプモンは頷いた。

 そのままスレイプモンの背に荷物を載せ、大とアグモンも乗り込む。

 そしてスレイプモンはデジタルワールドから旅立とうとする。だが、その背に声が掛けられる。

 

「待て、スレイプモンにアグモン、そして大門大」

 

『ッ!?』

 

 背後から聞こえて来た声に振り向いてみると、ビル五階ほどの大きさの巨体があり、黒い甲冑で全身を覆った骸骨の様な兜を被っているデジモン-『クレニアムモン』が腕を組みながら立っていた。

 

クレニアムモン、世代/究極体、属性/ワクチン種、種族/聖騎士型、必殺技/エンド・ワルツ、ゴットブレス

ブラックデジゾイド製の黒い甲冑で全身を覆った聖騎士型デジモン。その容姿からウィルス種と間違われる事が在るが、列記としたワクチン種であり、ロイヤルナイツの中で最も礼節をわきまえたデジモンである。敵と対峙するときはどんな時も1対1の戦いを好み、相手が強敵であればあるほど打ち破った時の喜びは至上のものとしている。また、武器として『魔槍(クラウ・ソラス)』と『魔盾(アヴァロン)』を装備している。必殺技は、『魔槍(クラウ・ソラス)』を高速回転させ、相手に向かって超音速の衝撃波(ソニックウェーブ)を放つ『エンド・ワルツ』に、『魔楯(アヴァロン)』から鉄壁の全方位防御を発動させ、3秒間だけどんな攻撃も無力化させる『ゴットブレス』だ。

 

「ク、クレニアムモン……戻って来ていたのか?」

 

 クレニアムモンはロイヤルナイツの知将であるドゥフトモンと共に代表として、他のデジタルワールドの守護者達との会合に参加する為にデジタルワールドから離れていたのだ。

 

「あぁ、お前は招集に応じなかったから知らなかったようだがな……スレイプモン。勝手な行動は許さんぞ。デュークモンが死んだ今、お前達までデジタルワールドから離れるなど」

 

「…許される事では無いと分かっている。だが、私はデュークモンの仇をこの手で執る!」

 

「俺らもだ! これ以上デジタルワールドを好き勝手に荒らしやがるのは許せねぇ!!」

 

「そうだぜ!!」

 

「……ルーチェモンは不完全ながらも七大魔王に覚醒する術を得たばかりか、ベルフェモンのデジタマまで手に入れた。ギズモンも多数従えている。そんな連中が居る場所に、何の支援も無いお前達が行って何が出来る? ましてや連中を捜索する範囲は、一つの世界では済まない。三大天使が何故連中を見つけられなかったのか、それはお前も分かっている筈だ、スレイプモン?」

 

「分かっている。しかし、それでも私は向かわせて貰う。全てが終わった後、私を粛清しても構わない。だから、頼む、クレニアムモン……私を……私達を行かせてくれ……この通りだ」

 

「俺も頼むぜ、クレニアムモン……このままあいつらを野放しにはしておけねぇんだ」

 

「おいらもだ!! 絶対にあいつらを倒してやるんだ!!」

 

 深々とスレイプモン、大、アグモンは頭を下げた。

 スレイプモンはともかく、大とアグモンが頭を下げるのをクレニアムモンは内心で驚く。

 それだけ覚悟を決めて行動していると言う何よりの証。だが、勝手を許す訳には行かない。

 個人としては自身も大達と同じ気持ちだが、ロイヤルナイツとしてクレニアムモンは判断し、三人の顔を見回す。

 

「……お前達は我々守護者デジモンの足並みを乱すようだ。そのようなお前達を何時までもデジタルワールドに居させる訳には行かない……直ちにデジタルワールドから出て行け!!」

 

「……クレニアムモン…感謝する」

 

 辛辣な発言の意味に隠されている想いを悟ったスレイプモンは、再び頭を下げて感謝を示した。

 クレニアムモンはスレイプモンの感謝に反応を示さず、大とアグモンに手を伸ばす。

 

「大……これを持っていけ」

 

「何だよ?」

 

 いきなり手を差し出したクレニアムモンに訝しみながら、手の上を見てみると、黒いデジタマが乗っていた。

 一見すれば黒い色合いのデジタマでしかないが、大の隣に居るアグモンは、禍々しい気配をデジタマから感じて警戒する。

 

「兄貴……そのデジタマなんかやばいぜ」

 

「ば、馬鹿な、それが何故此処に?」

 

 クレニアムモンが差し出した手の中に在るデジタマを見たスレイプモンは、恐れからか体を震わせて呟いた。

 スレイプモンにはそのデジタマの正体が分かった。ルーチェモンに奪われたベルフェモンのデジタマと同様にこのデジタルワールドに封印されていた七大魔王のデジタマ。

 

「『強欲』のバルバモンのデジタマが、何故此処に!?」

 

「『強欲』って!? まさか、コイツも七大魔王とか言うデジモンのデジタマなのかよ!?」

 

「封印されているんじゃ無かったのか!?」

 

 驚愕する三人に構わず、クレニアムモンは大の手にバルバモンのデジタマを渡した。

 そのままスレイプモンに背を向けて、クレニアムモンは歩き出す。

 

「バルバモンのデジタマは、このデジタルワールドに在る。私達が護る……だから、お前達はさっさと行け……さらばだ、友よ」

 

 クレニアムモンはそう言い残すと共に、飛び上がり空へと去って行く。

 スレイプモン、大、アグモンは、自分達に託された『強欲』の七大魔王のデジタマの意味を悟り、決意に満ちた顔をしながら、クレニアムモンとは逆方向に顔を向けて飛び立つ。

 長い旅の始まり。向かう先は、ルーチェモンと倉田が隠れ潜む次元世界。だが、三人はもう振り向かず、デジタルワールドを去ったのだった。

 

 

 

 

 

 其処には怨念に満ちた闇しか無かった。

 数百年。長い放浪によって関わった者達の怨念。力を求めた者の怨念。理不尽に殺された者の怨念。

 様々な怨念で構成された闇。彼らは待っていた。歴代に於いて誰も従える事が出来なかった闇を従えた別の闇が弱るその時を、ずっと待っていた。

 望むのは破壊と破滅。生きと生ける者の死。怨念であるソレが望むのは終焉。自己の意志など最早ソレには無い。ただ破壊と破滅だけを望む事しかソレには無い。

 

〝壊せ壊せ壊せ”

 

(…………)

 

〝破壊しろ破壊しろ破壊しろ”

 

(…………)

 

〝全てを全てを全てを”

 

(…………)

 

〝破壊し、壊せ!!”

 

「黙れ」

 

 低い声と共にただ破壊と破滅の意志を告げていた怨念は、〝掴まれた”。

 怨念が満ちる闇の中に、確かに金色に輝く瞳が在った。瞳には怒りが存在し、掴んでいる怨念を強く握りしめる。

 

「さっきから聞いていれば、誰に命じている。壊せ? 破壊しろだと? 最早自らが何かも分からん存在が、喚くばかりか、散々邪魔をしてくれたな?」

 

 声の主は分かっていた。

 自らが掴んでいる怨念が、ずっと邪魔をしていた事を。だが、手は出せなかった。

 何せ数百年の怨念。しかも、パートナーの中枢に深く食い込んで居る為に迂闊に排除する訳には行かなかった。だから怨念と同じように待っていた。完全に消滅させる機会が来る時を。

 

「ルインとユニゾンして居る時に、何時も雑念が入って来ていた。お蔭で戦いに集中し切れずにいたが、漸く機会が来た」

 

〝壊せ! 壊せ! 破壊しろ! 破壊しろ!”

 

「壊せ? 破壊しろ? あぁ、言われた通り壊し、破壊してやろう。貴様をな!!」

 

 掴んでいた怨念を手放し、両手を構えると共に負の力を集束させ、巨大な赤黒い球体を形成していく。

 怨念は徐々に発生した赤黒い球体に吸い込まれて行く。元々ルインに無理やり付属していた歴代の主達の怨念。システムに干渉する事も、主であるブラックを支配する事など出来る筈が無かった。

 ましてやブラックは怨念に気が付いていた。乗っ取られる隙など与える訳がない。

 

「消え去れ。ガイアフォーーース!!!」

 

 放たれたガイアフォースは、怨念の闇が構成していた空間で大爆発を起こした。

 同時に怨嗟に満ちた声は完全に聞こえなくなった。逆に怨念を消滅させたブラックは、ゆっくりと自らの右手に装備しているドラモンキラーを見つめる。

 

「これでX進化の邪魔は消えた……だが、これでは足りん。奴に、ルーチェモンに借りを返す為にも、更に強くならなければ……さぁて、起きるとするか」

 

 意識がハッキリとして来る。

 それは目覚めの証。ルーチェモンとの戦いで負った傷は完全に癒えた。

 再び戦いの中に戻る為に、ブラックは目覚めるのだった。




大達が旅立ち、遂にブラックも覚醒しました。

クレニアムモンが大達にバルバモンのデジタマを渡したのは、他のロイヤルナイツ達の総意でも在ります。
まぁ、空白の席の方は意志を示して居ませんけど、彼らを止めたかったので同意しています。

今後もロイヤルナイツの彼らは、バルバモンを封印している遺跡を全力で護ります。

そしてブラックがこれまでX進化を長時間使えなかった原因、歴代の夜天の主達の残留データと言う怨念を排除して長時間使用可能になりました。

次回も頑張ります!


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近づく運命

今回は次の話の繋ぎなので短めです。


「なるほど……どうやら俺が眠っていた間に、中々面白い事が在ったようだな」

 

「何処が面白い事なのか、説明して欲しいわね?」

 

 起きて事情を聞いたブラックの発言に、リンディは眉根を寄せながら質問した。

 眠っていたブラックが目覚めた事を知ったリンディは、すぐさまブラックの下に訪れた。

 リンディが入って来るのを確認すると共に、ブラックが最初に聞いた事は当然ながら現状に関しての事だった。呆れながらもリンディはブラックに、なのはがデジモン達に狙われた事やフリートの暴走に関する出来事。そしてクイントの件や、オファニモンとケルビモンが他のデジタルワールドの守護者達との会談を行い、数日以内に戻って来る事。ブラックが目覚めると共にルインにも覚醒の兆候が現れたなど事細かに起きた出来事を説明した。

 

(ルインも近い内に目覚めるか……しかし、ルーチェモンに進んで協力するデジモンが居るとなれば……確かに厄介だな)

 

 ブラックがリンディの報告の中で気になった点は其処だった。

 直接相対して戦っただけに、ルーチェモンに従うデジモンが出て来ても可笑しくは無いとブラックは理解している。圧倒的な力だけでは無く、従いたいと思わせるカリスマをルーチェモンは間違いなく持っている。

 一体どれだけのデジモンがルーチェモン側に従って居るか分からないが、今後は管理世界に放逐されたデジモン達と共に警戒しなければならない。

 

「……そう言えば、高町なのはと言う小娘を狙ったと言っていたな?」

 

「えぇ……現れたデジモンは、メフィスモン、シールズドラモン、バケモン、それと一度貴方も在った事が在るバイオ・レディーデビモンが居たわ」

 

「………ガブモンは今どこに居る? それと小娘は今は何処の世界に居る?」

 

「? ガブモン君なら説得出来たデジモン達を地球のデジタルワールドのゲートにシュリモン君とイガモン君と一緒に連れて行ったわ。なのはさんは確か……静養の為に地球に戻っている筈よ」

 

 なのはは襲撃事件の後、ミッドチルダで受けられるだけ治療を受け終えた後で地球の実家へと戻った。

 怪我の方は駆けつけたシャマルの治療のおかげで後遺症を除いてある程度癒えたので、実家で過ごす分には問題が無い程に回復した。現在、管理局内は三提督派と旧最高評議会派の争いが最終局面に至っている。怪我を押して復帰したクロノも参加し、フェイトとアルフ、ユーノはその補佐。はやてやリインフォース、そして守護騎士達は、今だスカリエッティの研究所が在った世界で災害の兆候が残っているので其方に参加し、現在なのはの護衛に関しては、地球に在住しているリーゼアリア、リーゼロッテ、そしてグレアムが行なっている。

 

「いきなりなのはさんの事に質問して……何か理由が在るの?」

 

「あぁ……二つほどな。可能性は五分五分だが、高町なのはは近い内に狙われる可能性が在る。管理局にでは無く、ルーチェモンどもかスカリエッティどもにな」

 

「……それはなぜかしら? また旧最高評議会派の局員が狙うとは思えないわよ」

 

 既になのはが持っていた情報は三提督にも伝わっている。

 クロノ達の任務の失敗の件も在り、これ以上相手に時間は与えられないと考えた三提督は、なのはから得た情報を武器に攻勢に出た。つまり、今なのはを殺す行動に出れば、旧最高評議会派は自分の首を絞めるようなもの。

 それが分かっているリンディは、ブラックが何故なのはに狙われる可能性が在ると思ったのか分からず首を傾げる。

 

「確かに管理局の連中どもには、もう小娘を狙う理由は無いだろう。だが、バイオ・レディーデビモンは別だ。奴はガブモンを憎んでいる。ガブモンを呼び出す為に高町なのはを狙う可能性が在るぞ」

 

「ッ!? ま、まさか……いえ、その可能性は在るわね」

 

 最初は驚いたリンディだが、すぐにブラックの言葉の意味を理解して納得する。

 リンディも憎しみに囚われて最高評議会を殺した。嘗て人間の頃のリンディ・ハラウオンだった時、夫クライド・ハラウオンを失った時にはクロノと言う守らなければ行けない息子と復讐の対象が居なかったおかげで憎しみに心が染まらずに済んだ。

 だが、今のリンディには本当の意味で憎しみに囚われた者がどう行動するのか理解出来る。バイオ・レディーデビモンがガブモンを心の底から憎んでいるのは間違いない。

 傷つけられた事。任務の失敗に追い込んだ事。その両方になのはは深く関わっていた。バイオ・レディーデビモン事クアットロが、なのはを利用して復讐に乗り出す可能性は充分に在る。

 

「確かにあのバイオ・レディーデビモンが動く可能性は在るけど……でも、どうしてルーチェモン側もなのはさんを狙うの?」

 

「……ルーチェモンと戦っている最中に分かった。奴は俺が知識として知るルーチェモンよりも危険だ。奴は嘗ての自身を倒した『スサノオモン』を倒す為に力を求めている。そんな奴が倉田と共に居て、もう一つの自らに及ぶかもしれない危険な可能性を見逃すとは考え難い」

 

「危険な可能性? ……ッ!?」

 

 ブラックの言うもう一つのルーチェモン達にとっての危険な可能性。

 そう、確かに在った。倉田と共に居るならば、ルーチェモンがその可能性に気が付かない筈が無い。

 即ち人間とデジモンの絆の力と言う強大な可能性が。

 

「ガブモン君がなのはさんのパートナーデジモンの可能性が在ると言うの!?」

 

「危機を救ったのが一度ならば偶然で済まされる。だが、二度も、しかも少しでもタイミングがずれれば小娘の命は無かった状況だ。その危機にガブモンは駆けつけている……偶然で済ますには出来過ぎている」

 

 デジタルワールドには守護デジモン達以外にも、守護の力が存在している。

 ブラックが最初に居たデジタルワールドはその力によって、選ばれし子供とそのパートナーデジモンを生み出した。そして今の情勢はデジタルワールド一つの危機では済まない事態。

 デジタルワールドに在る守護の力が働き、此方側でも選ばれし人間とそのパートナーデジモンが現れても可笑しくは無い。

 

「あくまで可能性に過ぎんが……ルーチェモン達が放逐したデジモンどもに人間への不信感を植え付けたのは、少しでも人間とデジモンの間に絆が出来る可能性を低くする為の筈だ。しかし、ガブモンには人間への不信感は無い」

 

「えぇ……寧ろガブモン君は、昔デジタルワールドに訪れた地球の子供達と知り合いだったらしいし……だから、オファニモンさんもガブモン君を外に出す事を許可してくれたのよね」

 

 ガブモンはその昔、デジタルワールドで暗躍していたルーチェモンの野望を止める為にオファニモン達にデジタルワールドに呼ばれ、十闘士に選ばれた子供達と僅かな間だが関わった事が在った。

 その時に進化の事で悩んでいたガブモンの悩みを晴らしてくれたのが、十闘士に選ばれた子供達だった。当時は子供達が十闘士に選ばれた者達だとはガブモンは知らなかったが、ルーチェモンの野望を阻止した後に真実を知った。そのおかげでガブモンはデジタルワールドで数少ない人間を知っているデジモンであり、同時に好意的なデジモンだった。だからこそ、オファニモン達はガブモンがデジタルワールドから出る事を許可した。

 

「……今思えば、オファニモンさん達はこの可能性に気が付いていたのかも知れないわね。何れパートナーデジモンが現れる可能性に」

 

「だろうな……だが、あくまで可能性に過ぎん。ガブモンにはパートナーデジモンの可能性は教えず、小娘が狙われるかもしれないからとでも言っておけ」

 

「分かったわ。ガブモン君が戻ったら説明しておくわね」

 

 リンディはブラックの指示に頷いた。

 それにブラックも頷き返すと共に立ち上がり、リンディに案内されてルインが眠っている部屋に向かうのだった。

 

 

 

 

 

「ハハハハハハハハハッ!!! こ、これは素晴らしい!! ハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 モニターに映る映像にスカリエッティは哄笑する。

 その背後に立つクアットロは、モニターに映る映像、大門大がルーチェモンを殴り飛ばす光景に唖然としていた。

 あのルーチェモンを人間が殴り飛ばす。それがどれだけ常識を外れた光景なのかクアットロは理解出来る。もしや自分は夢を見ているのでないかと思い、思わず頬を抓る。当然ながら痛みは走り、モニターに映る光景は現実なのだとクアットロは理解し、口をポカンと開けてしまう。

 その間にも映像は進み、大がアグモンをシャイングレイモンへと進化させ、更にはバーストモードを発動させるところまで進んで行く。その間に笑いを何とか落ち着かせたスカリエッティは、興味深そうに映像を吟味する。

 

「なるほど……此れが倉田が敗れた力の正体だね。まさか、守護デジモンのデジタマだけではなく、これほどまでに興味深い映像を入手出来るとは、ウーノ達を向かわせたのは大正解だったよ」

 

 負傷を負ったトーレとチンクは治療を終え次第、すぐさまウーノと共にデジタルワールドに向かわせたのだ。

 本来ならばスカリエッティ自身がデジタルワールドに向かいたかったのだが、他の戦闘機人達の調整やら何やらが在ったので向かう事は出来ず、代わりにウーノが向かった。そしてこれほどまでに早く成果が出ただけでは無く、大門大と言う興味深い存在を知る事が出来た。

 

「興味深いね。倉田から伝わったバイオ・デジモンの技術よりも、この生身でルーチェモンを殴り飛ばした彼は! 更にデジモンの力を究極を超えるほど高めるこの力もだ!! やはり、これこそが倉田を破った力なのだろうね」

 

「……ドクター……この人間と共に居るデジモンが力を引き出せたのは、人間側の要素が強いのでしょうか?」

 

「恐らくはそうだろうね。しかし、気になるよ。果たしてこの力が此方側の世界でも発現出来るのかどうかがね」

 

 大の力と、その力によって発動させる事が出来るバーストモードは、スカリエッティの興味を大きくそそらせる。

 だが、問題は自分達の居る世界でも発現出来るかどうか。大は遠く離れた別地球の人間。此方側でも同じ力が発揮出来るかどうか分からず、もしかしたら別の力が発現する可能性も在る。

 

(もし発生すれば、私の考えている計画も新たな形を見せてくれるのだが……何とか確かめる術は無いものか?)

 

「……ドクター、私、この人間とデジモンに近い関係に在るかもしれない者に覚えが在ります」

 

「ほう? ……それは誰かね、クアットロ? まさか、あのブラックウォーグレイモンと闇の書の闇の事かね?」

 

「いえ、違います。確実とは言えませんが、この前の任務で襲った高町なのはを助けたあのガルルモン。もしかしたら高町なのはのパートナーデジモンの可能性は考えられませんか?」

 

「フム……確かに二度も危機に駆けつけたと言う点は気になるね。偶然にしては出来過ぎている」

 

「はい。加えて言えば、前回の任務の時に私に奇襲を仕掛けたデバイスらしきモノ。よくよく形状を思い出してみれば、高町なのはのデバイスの形状に似ていた気がしますの」

 

「……つまり、我々の知らない間に高町なのははブラックウォーグレイモン側。正確に言えばデジタルワールド側に組している可能性が在ると言う事かね?」

 

「そうですわ。そしてもしもそうだとすれば、高町なのはのパートナーデジモンはあのガルルモンの可能性が高いと思われます。そうなれば」

 

「高町なのはの危機にはあのガルルモンが必ず駆けつける。ひいては此方側でも人間のパートナーデジモンが居ると言う証拠になると言う訳だね……確かに仕掛けてみる価値は在るだろうね」

 

 今スカリエッティの脳裏に浮かんでいる計画。

 それは今のままでは倉田の失敗した計画に似ている。だが、もしもそれに別の可能性が増えれば、新たな道が出来る。何よりも本当に此方側でも人間のパートナーデジモンが存在するのかどうかが、スカリエッティの興味をそそっていた。

 クアットロの本当の目的がガルルモンへの復讐に在るのは目に見えている。だが、身を潜める前に最後に確かめられる事は確かめておくべき。

 

「良いだろう、クアットロ。高町なのはを襲撃する許可を与えよう。ただ此方が出せるのは君だけだよ。もう作成中だった機動兵器は全部使用してしまったからね。他の姉妹達の目覚めも暫らくは掛かるだろうし。起こせて一人ぐらいだろうが、バイオ・デジモン化に間に合わないだろうからね」

 

「大丈夫ですわ、ドクター。実は一体だけ、倉田側で協力してくれそうなデジモンが居りますの。連絡を取ってみますわ」

 

 そうクアットロは笑みを浮かべながら告げると。踵を返して部屋から退出した。

 スカリエッティはクアットロの様子に笑みを浮かべながら、再びモニターに目を向け、他のデジタルワールドで起きた決戦の様子を観察するのだった。

 

 

 

 

 

 ジジッと部屋の中には機械を弄ります音が響く。

 部屋の中で作業をしているフリートは、両手に器具を持ちながら作業を続ける。

 

「……フゥ~、漸く完成しました」

 

 作業が完了したフリートは安堵の息を吐き、両手に持っていた器具を机の上に置く。

 そして今まで漸く完成した机の上に在る二つの台座の上にそれぞれ載せられた〝二つの赤い宝玉”をフリートは眺め、憂鬱そうな溜め息を吐きながら呟く。

 

「ハァ~、自分のやった事が原因ですけど、結局アルハザードの技術を僅かに使わなければなりませんでした。対策は一応しましたけど……憂鬱です」

 

 頭を抱えながらフリートは呟いた。

 本来ならば僅かでもアルハザードの技術を流出するような事はしたくない。しかも管理世界で影響が在る管理局と関わっている個人に渡すなどしたくは無いのだが、今回ばかりは自分が原因なので断腸の思いでフリートは技術を使用した。

 それにどうやってもアルハザードの技術を一部使用しなければ、どうする事も出来なかった事情も在る。

 

「ハァ~、本当に憂鬱です。とは言え、何時までも落ち込んで居られませんし……これからルインさんの覚醒兆候の調べとクイントさんの両手と左足の〝再生治療”もやらないといけませんから」

 

 クイントの失われた両手と左足は、最終的に義手や義足を付けるのではなく、再生治療で失われた四肢を復活させる事になった。

 元々義手や義足はアルハザードの技術を使わない為に付ける予定だった物。だが、もうクイントに関しては記憶が無い上に若返りまでやってしまって手遅れに近いので、もうフリートは開き直って再生治療を行なう事にしたのだ。因みにアルハザードの技術で造った義手や義足を付けると言う案も在ったが、もうこれ以上ややこしい事態を引き起こさない為に、リンディが厳重に注意した為にその案は却下された。

 憂鬱な気持ちになりながらも、次の作業に向かう為にフリートは部屋の電気を消してから出て行く。

 そしてフリートが部屋から少し経つと共に、机の上に載る二つの赤い宝玉が輝き、ゆっくりと宙に浮かび上がる。

 

《…リンク完了》

 

 電子音声が響くと共に二つの赤い宝玉は宙を動き、別々の台座に載る。

 同時に宝玉の輝きは消え、台座の上で動く事は無く、沈黙だけが暗い部屋に広がった。




次回漸く一人と一体の運命が動き出します。


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訪れた運命と覚醒 前編

 アルハザード内部に在る治療室。

 其処でフリートは真剣にモニター画面を見つめながら、コンソールを操作していた。

 操作する先に在るのは、眠っているクイントが入っている治療カプセル。色々と準備が整ったフリートは、クイントの失われた両腕と左足を再生する為に作業していた。完全に失われた四肢を治すだけに、今のフリートには何時も何処となく楽しんでいる様子は無く、真剣に治療を行なっている。

 

「……フゥ~、とりあえずこれで終わりです。後は時間が経てば、両腕と左足は再生します。とは言え、ちゃんとチェックは欠かさないようにしなければいけませんね」

 

 一通りの行程が終わったフリートは安堵の息を漏らしながら、椅子に座り込む。

 そのまま途中でリンディが差し入れと言って持って来てくれたコーヒーが入っているカップを持ち、口に運ぶ。

 

「……ハァ~、やっぱり憂鬱ですね」

 

 思うのは新たに創り上げた『デジバイス』。

 最早デバイスと言う枠組みから外れた代物であり、アルハザードの技術を駆使して創り上げた最高傑作。本来ならば管理世界に出すなど、ましてや個人に渡す事など出来ない代物なのだが、なのはのデバイスだった『レイジングハート・エクセリオン』のAIを組み込まれている。

 しかし、AIを組み込んだ『デジバイス』は、フリートの予想を超えてしまい、完成した後は外す筈だったAIが外せなくなってしまった。其処でフリートは一つの手段を使う事にした。

 

「『デジバイス』に組み込んであるAIとリンク出来るシステムを組み込んだ新たな『レイジングハート・エクセリオン』を造り上げ、『デジバイス』に組み込まれているAIが操作する。結局リンクシステムの部分でアルハザードの技術を使用する以外に方法は在りませんでした」

 

 アルハザードが存在しているのは虚数空間の奥。

 虚数空間を渡る事が出来ない現在の管理世界の技術では、どうやってもアルハザードの技術を流用した『リンクシステム』を使用するしか無かった。

 だからこそフリートは憂鬱だった。幾らマッドとは言え、それでも譲れない一線がフリートには在る。アルハザードの技術流出はその内の一つ。対策は一応しているが、それでも気分が晴れずにいる。

 

「失礼します、フリートさん」

 

 憂鬱な気持ちでコーヒーをフリートが飲んでいると、治療室の扉が開きガブモンが入って来た。

 

「ガブモンですか。と言う事は行くんですね?」

 

「はい。リンディさんとブラックさんの指示で、高町なのはって言う子の護衛に行く事になったんです。それでリンディさんが序でに出来ていれば、あの子に渡す予定のデバイスも渡して来てくれって頼まれたんですけど?」

 

「…私の研究室に在ります。先ほど最終調整も終わったんで、持って行っても構いませんよ。あっ! それと『デジバイス』も横に在るんで、必ず〝右側”の宝石を持って行って下さい。そっちが渡す方ですから」

 

「〝右側”ですね? 分かりました。それじゃ僕は行きますね」

 

 フリートの指示に頷いてガブモンは部屋から出て行った。

 それを確認したフリートもカップをテーブルに置き、再びモニターを注視しする。

 この時、フリートは自分がガブモンと一緒に研究室に向かわなくても問題は無いと思っていた。『デジバイス』側のリンクシステムが起動するのは、『レイジングハート・エクセリオン』がアルハザードから出た時に設定して置いた。

 ただでさえ『レイジングハート・エクセリオン』に関してはフリートが憂鬱な気持ちを抱いている。

 だからこそ、ガブモンだけを研究室に向かわせた。だが、フリートは重要な事を忘れていた。既に『デジバイス』は一度フリートの予想を超えて動いた事を。

 

 

 

 

 

 地球の海鳴市に在る海鳴公園。

 時刻は既に昼過ぎ。日が傾き始める頃に木々の林の中に光が溢れる。

 光が消えた後には、背中にリュックサックを背負ったガブモンが立っていた。

 

「着いたみたいだな。え~と、あの子の家は?」

 

 背中のリュックサックを開けて、リンディから教えて貰った高町家の地図を取り出す。

 

「結構離れてるな。やっぱり、姿は消して行かないと」

 

 ガブモンは次に腕輪のような物を取り出し、自身の腕に装着する。

 そのまま腕輪に付いているスイッチを押すと、ガブモンの姿は消えた。この腕輪こそ、フリートがガブモンの為に用意した大気中の魔力素を利用して光学迷彩を装着者に施す代物である。出来るだけデジモンの存在を隠す為に用意した物であり、影ながらなのはの護衛を行なう為の物。

 その他にも長期滞在になる可能性も考えて、リュックサックの中には様々な道具が入っている。自身の姿が消えている事を確認したガブモンは、高町家に向かって行く。

 

(……今回、もしも本当にあの子がブラックさんが言っていたとおり狙われるとすれば、僕のミスだ。だからこそ、絶対にあの子を護らないと!)

 

 ガブモンもまたバイオ・レディーデビモンを今度こそ倒すつもりだった。

 絶対にもうなのはを狙わせはしない。自らが招いたミスは、必ず解決してしてみせると誓いながら街を歩いていると、高町家の前に辿り着く。

 

(さてと、何処に隠れて居た方が良いかな?)

 

 自身が隠れられる場所は無いとかとガブモンは、周囲を見回す。

 その時、ガブモンの背中のリュックサックの中から赤い光が発せられる。

 

「えっ?」

 

master(マスター)ッ!!》

 

「うわっ!!」

 

 ガブモンがリュックサックに目を向けると共に、リュックサックの開け口から赤い宝石-『レイジングハート』-が飛び出した。

 

「ちょっと待って!!」

 

 慌ててガブモンはレイジングハートに手を伸ばした。

 人通りは見られないとは言え、宝石が浮いて勝手に動くなど奇異極まりない。それだけ本来の持ち主であるなのはの下に帰りたかったと言う事なのだろうが、流石に目立つような行動をさせる訳には行かない。

 ガブモンは高町家に入って行くレイジングハートを急いで追いかける。閉じている門を飛び越えて高町家の中に入る。明らかに不法侵入なので罪悪感を覚えるが、今はそれよりもレイジングハートを捕まえなければならない。全速力で走り、道場の前でガブモンはレイジングハートを両手で捕まえる。

 

「良し! 捕まえた!」

 

《離して下さい!! 私はマスターの下に戻ります!!》

 

「後で渡すから今は待ってよ……(でも、変だな? 渡すのは性能が低いデバイスだって話だった筈なのに、何処の性能を低くしたんだろう?)」

 

 両手の中に在るレイジングハートにガブモンは疑問を覚えた。

 聞こえて来る音声は電子音とは思えないほどの音であり、まるで前回逃亡した時に捕まえた『デジバイス』の方を思わせる。だが、ガブモンは確かにフリートの指示に従って、〝右側”の方の赤い宝石を持って来た筈。

 

(気のせいかな?)

 

 疑念を抱きながらも取りあえず、レイジングハートを捕まえたガブモンは立ち上がる。

 すると、道場の中から何かがドンっと倒れる音を耳にする。

 

「何だろう?」

 

 恐る恐るガブモンは道場の入り口に近づき、閉まって居た扉を僅かに開けて中を覗き込む。

 

「うぅっ……ん!」

 

(あっ!?)

 

 道場の中には、床に倒れ伏したなのはが居た。

 近くには車椅子が置かれ、そして床には松葉杖が二本転がっている。なのははその松葉杖に痛みを堪えるように顔を歪めながら手を伸ばしている。

 その様子を見ていたガブモンは、なのはの傷は治ったが、それでも後遺症は残り激しい運動が出来なくなってしまい、日常生活を送るのも大変で、長いリハビリ生活が必要な事を思い出す。それでもなのはは必死に立ち上がろうと力を込め、松葉杖を掴み取る。

 僅かな動作でも息が絶え絶えになっているが、それでもなのはは必死に立ち上がろうと松葉杖を支えにして起き上がろうとする。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、ん!!」

 

 だが、なのはの必死な思いに体は応えず、再びドタッと床に倒れ伏した。

 今度は松葉杖がなのはから離れた位置に転がった。痛そうに顔を歪め、目尻に涙を浮かばせながらも、なのはは両手に力を込める。

 思うように全く動かない体。動かす度に体に痛みが走る。それがどれほどの苦痛なのかは、なのはの苦痛に満ちた顔を見れば分かる。だが、なのはは体を襲う痛みを堪えて松葉杖を拾おうと両手に力を込めて床を這いながら進む。

 

「くぅっ!! ……ぜ、絶対に……歩けるようになって……リンディさんに……会う……レイジングハートを……返して…貰わないと」

 

 なのはがリハビリを頑張っている理由は、先日の襲撃の時に自分の危機に駆け付けてくれたレイジングハートを取り戻す為だった。

 失ったと思っていた。もう二度と話す事など出来ないと思っていた大切なパートナー。自分が悩んでいる時には相談に乗り、戦いの時には自分を支えてくれていた。そして先日の時には自分の危機に駆け付けてくれたパートナー。だからこそ、なのははリハビリを頑張って行ない、リンディから必ず返して貰うと心に決めた。

 走る痛みを堪えて必死に床をなのはは這い進み、松葉杖が在る場所に向かう。

 

「後…少し……えっ?」

 

 突然なのはの視界の先に在った松葉杖が淡い桜色の光に包まれた。

 松葉杖は床から浮かび、そのままなのはの目の前に移動する。呆然となのはが松葉杖を見つめていると、道場の入り口の方からフワッと宙に浮かびながら赤い宝石が入って来る。

 宝石はなのはの目の前で止まる。呆然となのはが宝石を見つめていると、以前聞いた音声とは思えないほどに澄んだ声が響く。

 

《……master(マスター)。レイジングハート。只今戻りました》

 

「……ウゥゥッ……ヒック…ヒック……ほ、本当に…ふえっ……レ、レイジングハート、な、何だよ…ね?」

 

《はい。私はmaster(マスター)、高町なのはのパートナー……レイジングハートです。ご心配をおかけ致しました》

 

「レイジングハート!!!」

 

 感極まったなのはは宙に浮かぶレイジングハートを両手で握り締めた。

 今度は前回の時のような邪魔は入らなかった。道場の中でなのはは嗚咽を漏らしながら、二度と離さないと言うようにレイジングハートを握り続ける。

 

「グスッ……こ、此れで良かったんだよね」

 

 道場の入り口から中を覗いていたガブモンは、我が事のようになのはとレイジングハートの再会を喜んでいた。

 もしかしたらあのレイジングハートはガブモンの考えている物なのかも知れないが、それでも渡さないと言う選択肢はなのはの言葉と行動を見てガブモンの中から消えていた。とは言え、何時までも此処に留まる訳には行かない。

 そう考えたガブモンは、ゆっくりと道場の入り口から離れる。しかし、次の瞬間、ガブモンの顔の横を飛針が通り過ぎて扉に突き刺さる。

 

「……えっ?」

 

 一歩間違えば自身に突き刺さっていたかもしれない飛針をガブモンは、冷や汗を流しながら見つめる。

 恐る恐る背後を振り向いてみると、両手に小太刀を持った美由希が険しい顔をしながら立っていた。その視線の先は間違いなくガブモンに向いている。

 道具で姿を隠している筈なのに、美由希はガブモンを捉えていた。

 

「今の声聞いたよ。やっぱり、其処に居るみたいだね」

 

(バ、バレてる!?)

 

「この前、なのはを襲って来た奴らの仲間かな? 姿を見せるんだったら、痛い目をみずに済むよ。でも、もしも見せないんだったら」

 

 チャッキと音を立てながら美由希は、両手に握る小太刀を構えた。

 美由希には一切の隙が無い。少なくとも成長期の状態では、傷つけずに事を済ませる事は無理。かと言って成熟期に進化する暇も無い。

 一瞬にして状況を悟ったガブモンは、背のリュックサックから在る物を取り出し、腕輪に手を伸ばす。

 何かを取り出す気配を感じた美由希は身構える。そんな美由希の前にガブモンは姿を現し、右手に握った物を振るう。

 

「こ、降参します」

 

「へっ?」

 

 小さな白旗を振るうガブモンの姿に、美由希は呆気に取られた。

 そんな時、レイジングハートに魔力を使って乗せられたのか、車椅子に乗ったなのはが道場の入り口の扉を開けて顔を出す。

 

「どうしたのお姉ちゃん? ……あっ!! お、狼さん!?」

 

「えっ!? お、狼さんって? もしかしてなのはを助けてくれたって言うあの?」

 

「ガ、ガブモンって言います……ハハハハハッ、どうもこんにちは」

 

 乾いた笑い声を上げながら、ガブモンは唖然とするなのはと美由希に挨拶したのだった。

 

 

 

 

 

『NOooooooooooooooooooーーーーーーーーーッ!!!!????』

 

 アルハザード全土に響いたと思わせるほどの絶叫が鳴り響いた。

 リンディが作ってくれた夕食を食べていたシュリモンとイガモンは、思わず喉に詰まらせ。特製のお茶を飲んでいたリンディは吹き出し、別室で眠るルインの様子を見ていたブラックは顔を顰めながら声の聞こえていた方に顔を向ける。

 

「ゴホッ! ゴホッ!!」

 

「み、水を!!」

 

「そ、某もた、頼む!!」

 

「ゴホッ! い、一体何なの!?」

 

 漸く噎せたのが治まったリンディは、先ほど聞こえて来た絶叫の主であろうフリートの事を考える。

 またぞろ、何かとんでもない事をしたのではないかと不安に思っていると、いきなり部屋の壁の一か所が壁の向こう側からやって来たフリートによって突き破られる。

 

「NOooooooooooooooooooーーーーー!!!!!」

 

「ど、何処から出て来ているでござるか!?」

 

 絶叫しながら壁を破壊してやって来たフリートに、思わずイガモンは叫んだ。

 しかし、フリートは本当に慌てているのか自分のした所業に構わずにリンディに詰め寄る。

 

「た、大変です! 大変です! 本当に、本当に大変です!!」

 

「お、落ち着きなさい、フリートさん。ほら、お茶でも飲んで落ち着いて」

 

 冗談抜きで鬼気迫っているフリートに、リンディは手に持っていたお茶を差し出した。

 差し出されたお茶を引っ手繰るように受け取り、口元に運んで一気にフリートは飲み込む。

 

「ゴクゴクッ! ……ブゥゥゥゥゥゥッ!!!」

 

「あっ! それ私特製のお茶だったわ」

 

 一拍於いて噴き出したフリートを見たリンディは、自分が渡したお茶が何だったのか思い出す。

 バイオ・デジモンとなった事でリンディは人間が一般的に掛かる病気にかかる事は無くなった。その中には糖分の取り過ぎによる糖尿病も在る。存分に糖分を接収出来るようになったリンディは、人間だった頃よりもふんだんにお茶に砂糖を入れるようになった。

 見るだけで歯が虫歯に確実になると思えるほどの砂糖が入ったお茶を飲んだフリートは、口の中に広がる甘さに悶絶する。

 

「甘い! 甘い! 甘い! 甘い! 甘過ぎます!! その中でお茶の渋さが変なところで自己主張していて凄まじく合っていないハーモニーが、口の中で暴れています!!!」

 

「……そんなに甘いのかしら? 角砂糖〝二十個”入れただけなのに?」

 

(いや、充分に甘いでござろう?)

 

(勧められた時は、全力で某達は拒否したのを忘れている)

 

 甘さで悶絶するフリートの様子に、イガモンとシュリモンはうんうんと何度も同意するように頷く。

 それから暫らくフリートは甘さで苦しむ。そして約三十分後に復活したフリートは、今度はイガモンが入れてくれた渋いお茶を飲みながら床に正座していた。

 

「……フゥ~、助かりました、イガモン。やっぱり、本当のお茶はこう言うのを言うんですよね」

 

「何か酷い事を言われているけど……それは置いておくとして、一体今度は何が在ったのかしら? 尋常じゃない慌てようだったけれど」

 

「ハッ! そうでした!! 落ち着いている場合じゃないんです!! アレが! アレが! 『デジバイス』がまた脱走しました!!」

 

『なっ!?』

 

「ど、どうもガブモンが持って行く筈だった『レイジングハート・エクセリオン』と入れ替わっていて、『デジバイス』の方をガブモンは持って行ってしまったみたいなんですよ!!」

 

「ちゃ、ちゃんとガブモン君には持って行く方を伝えたの!?」

 

「伝えて、ちゃんとそっちの方を持って行ったみたいなんですけど、私が研究室を離れている隙に場所を入れ替えたんです! あの『デジバイス』ッ!! リンク機能を起動させる為の僅かなプロテクトの緩みの隙をついて、自立機能を最低限復帰させたんですよ!!」

 

 監視用に残された映像をフリートは絶叫する前に確認していた。

 その結果、『デジバイス』はフリートが『レイジングハート・エクセリオン』とリンクする為に積んだシステムを利用し、自立機能を最低限では在るが復帰させる事に成功していた事が判明した。通常のデバイスでは先ず破る事など不可能なほど強固に施されたプロテクトだったが、『デジバイス』はアルハザードの技術を集結させて造り上げたフリートの最高傑作。

 演算機能を最大限に活用すれば、僅かならば施されたプロテクトを解ける可能性は在った。

 

「まぁ、復帰出来たのは本当に最低限の自立機能だけのようですから、待機状態で動く事やある程度の物を魔力を使って運ぶ事は出来るでしょうがそれが限界でしょう。だからと言って、あの子は!? アレほど高町なのはに『デジバイス』は扱えないって説明したのに、第一高町なのはは後遺症で体が動かないと言うのも説明した筈なんですよ! 一体何を……考えて……ま、まさか……」

 

「……何か心当たりが在るようね?」

 

 何かに気が付いたように顔を蒼褪めさせたフリートに、リンディは険しい視線を向けながら質問した。

 その視線にはまた余計な事をしたのではないかと、不信に満ちた眼差しが込められている。しかし、今度ばかりは違うと言うようにフリートは首を横に振るう。

 

「…恐らくですけど、あの『デジバイス』は、〝自分が連れ戻させる状況”を狙っているんです」

 

「どう言う事かしら?」

 

「リンディ殿や某達が向かって『デジバイス』を取り戻すのは当然として、ガブモンも居るのであろう?」

 

「拙者らが向かわずとも、ガブモンに連絡すれば済む事でござる。第一、そんな事をして一体どんな得が在るのでござるか?」

 

「在るじゃないですか。『デジバイス』が高町なのはの手元に在る状況で、やっぱり返してくれと言ったら、当然事情を説明しなければいけません。『デジバイス』は其処を利用して、高町なのはの治療を私に依頼するつもりなんです」

 

「……なるほどね。なのはさんの後遺症は管理世界の技術では治せない。だけど、此処なら、アルハザードの技術なら確かになのはさんの体は健康体に治す事は可能。でも、その為には『レイジングハート・エクセリオン』でなのはさんの所に戻る訳には行かず、本体の『デジバイス』で戻ったと言う訳ね……やってくれるわ。そんな事をしたら自分がどうなるか分からない筈が無いのに」

 

 『デジバイス』の行動は捨身だった。

 失敗しても成功しても、『デジバイス』に未来は無い。前回の時はフリートにも責任が在ったので堪えたが、明確にアルハザードの事が知られそうになる行動をした時点でフリートの限度は超える。今度は止まらない。『デジバイス』が手元に戻ったら、封印では済まされずに分解するのは目に見えている。

 第一其処までやってもフリートがなのはの治療をやる可能性は低いのだ。なのはの後遺症は管理世界の医療技術では治癒不可能。だが、フリートならばなのはを治す事が出来る。

 『デジバイス』は、可能性は低くてもなのはを健康な体に戻す為に行動に出たのだ。

 

「自分を捨てて主の為に行動するとは、面白い。確かに『デジバイス』とやらは、デバイスと完全に別物のようだな」

 

「ブラック」

 

 何時の間にか部屋の壁に寄り掛かって話を聞いていたブラックに、リンディは顔を向けた。

 

「面白いで済む話じゃないわよ。すぐにガブモン君に連絡を取って、『デジバイス』を回収する様に頼みましょう」

 

「……いや、丁度良い暇潰しになるかもしれん。俺が受け取り向かうから、ガブモンに連絡しておけ。それに『デジバイス』と言う奴も気になるからな」

 

 自らの意志で行動する『デジバイス』に、ブラックは興味を覚えていた。

 その上、『デジバイス』には僅かながらも伝説の十闘士の力が宿っている。それだけではなく、『デジバイス』が主と認めている高町なのはは、パートナーデジモンを得る可能性が在る。何かが起きようとしている。ブラックはソレを直感し、その現場を直接見てみたいと思った。

 

「ちょっと待ちなさい」

 

 本気で向かうつもりなのだと悟ったリンディは、ブラックを呼び止めた。

 ブラック本人が向かうのは不味過ぎる。何せ今、なのはの護衛を行なっているのはリーゼアリアとリーゼロッテ、そしてグレアムの三人。ブラックとは多少だが因縁がある。

 出会えば穏便で済む筈が無い。これ以上の厄介事は御免だと考えたリンディは、ブラックを止めようとするが、その前にフリートがブラックに呼び掛ける。

 

「あっ! そうでした。ブラック、向かうのは構いませんけど、その前に全身の力を抜くイメージをして見て下さい」

 

「何故だ?」

 

「やってみれば分かりますよ」

 

「? ……まぁ、構わんか」

 

 言っている意味が分からないが、とりあえずフリートの指示に従ってブラックは全身の力を抜くようにイメージする。

 次の瞬間、ブラックの全身を覆うように黒いデジコードが発生し、その体を覆い尽くした。

 戸惑うリンディ、シュリモン、イガモンと違い、フリートは予想通りだと頷き、楽しげに黒いデジコードが消えた後のブラックの姿を眺める。

 数分後、その部屋にはリンディ、シュリモン、イガモンの姿は無く、部屋は破壊し尽され、瓦礫の中でピクピクと震えるフリートだったらしき物体だけが埋もれていたのだった。

 

 

 

 

 

 高町家のリビングでガブモンは困惑していた。

 既に夜も遅く、一般家庭が夕食などを食べる時間帯。高町家も例には漏れず、翠屋から戻って来た士郎と桃子に加え、恭也、美由希、なのはがリビングに在る椅子に座り夕食を食べている。

 其処までは問題ない。家族なのだから、食事を一緒にするのはガブモンも分かる。問題は、何故かガブモンにも桃子が夕食を作ってくれて、一緒の席に座っているかのかだった。

 

「ガブモン君? 如何したの?」

 

「もしかして味が合わなかったのかしら?」

 

「い、いや! お、美味しいですよ!」

 

 不安そうにしている桃子に、慌ててガブモンは箸と進める。

 しかし、その胸の内では現在の状況に困惑していた。美由希となのはに見つかった後、ガブモンは捕縛されると思っていた。だが、美由希はガブモンを捕まえる事無く道場の中に入り、なのはと共にガブモンに深々と礼をしたのだ。

 気絶していて良くは覚えて居ないのだが、どのような事情が在っても美由希はガブモンに助けて貰った。なのはも二度も自分の命を助けてくれたガブモンには本当に感謝している。故に二人は、本来ならばグレアム達に報告しなければならないガブモンの事を隠した。

 命の恩人であるガブモンに酷い事は出来ない。普通ならば深く事情を聞くべきなのだが、士郎と桃子、そして恭也はガブモンから無理やり話を聞き出そうとは考えていない。ガブモン側にも当然何か事情が在ると、高町家は考えている。

 何よりも大切な家族であるなのはの命を二度も救い、美由希の命を救ってくれたのだから、ガブモンには感謝しなければならない。

 その恩を返す為に、先ずは夕食をガブモンと共に取っていた。

 

「いや~、どうも夕飯をありがとうございました」

 

 夕飯を食べ終え、なのはと美由希がお風呂に入っている間にガブモンは感謝の言葉を士郎達に伝えた。

 一応持って来たリュックサックの中には缶詰などの食品が入っていたが、やはり温かさを感じさせる食事の方がガブモンは好きだった。

 士郎、桃子、恭也はガブモンに笑みを浮かべるが、すぐに真剣な顔になってガブモンに向き直り、深々と頭を下げた。

 

「此方こそ、娘を助けてくれて本当に感謝している」

 

「シャマルさん達に教えて貰ったけれど、なのはは本当に危ないところだったらしいの。そんな、なのはを助けてくれたガブモン君には感謝しても感謝し足りないから」

 

「それだけではなく、美由希の命まで助けて貰った。本当にありがとう」

 

 それぞれ頭を下げながら感謝の言葉をガブモンに告げた。

 その様子にガブモンは懐かしさを抱く。

 

(この人達は家族なんだ……この人達を悲しませない為にも、絶対にあの子を護らないと! あの悲しみ(・・・)を、この人達には絶対に教える訳には行かないんだ!!)

 

 必ずなのはを護るとガブモンは心に誓うのだった。

 

 

 

 

 

 ガブモンが決意を固めている頃、高町家の様子を伺う二つの影が在った。

 

「…貴様の話は半信半疑だったが、どうやら本当のようだ」

 

「えぇ、私は嘘は言いませんわよ」

 

 影の内の一つ、クアットロは自らの横に立つメフィスモンに笑みを浮かべながら答える。

 クアットロがスカリエッティに告げた協力者は、前回のなのはの襲撃の時に協力したメフィスモンだった。メフィスモンも前回の時にミスを犯しており、それはかなり重いものだった。

 主である、ルーチェモンに知られれば罰は免れない。前回のミスを消す事が出来るほどの手柄が必要。それが無いかと考えている時、クアットロから連絡が届き、こうして協力する事になった。

 

「では、私は小娘とあのガブモンを狙いますから、貴方は護衛に付いている魔導師の方をお願いしますわ」

 

「それは構わないが、私と貴様が同時に仕掛けた方が確率は高いのでは無いのか?」

 

「護衛に付いている魔導師連中はそれなりの実力者ですのよ。それにあのガブモンの事ですから、援軍が来ると分かれば逃げ回って時間を稼ぐかもしれませんの」

 

「……分かった。もとより今回の件で前回のミスを上回る功績を上げねば、私には後が無い。貴様の指示に従おう。しかし、言っておくが失敗は……」

 

「分かってますわよ。私にとっても復讐を遂げる数少ない機会。絶対に今度こそあのガブモンを殺してやりますわ!!」

 

 憎悪に満ちた眼差しでクアットロは、高町家の中に居るガブモンを射殺さんばかりに睨むのだった。




次回漸く『デジバイス』の正式名称及び、なのはとガブモンの運命が訪れます。
因みにブラックがキレたのは、前作でのアレが原因です。


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訪れた運命と覚醒 中編

一年過ぎの更新になってしまい申し訳ありませんでした。
リアルで色々と在ってしまい、更新が出来ずにいましたが、今後は少しづつ更新出来るように頑張って行こうと思います。


 夜の闇に包まれる深夜。

 ガブモンは高町家のなのはの部屋の前で、ノックする為に上げた手を下すのを悩んでいた。

 

(……弱ったな。まさか、僕が持って来た方が『デジバイス』だったなんて……本当にどうしよう)

 

 なのはの部屋の扉の前でガブモンは頭を抱える。

 『デジバイス』がどれだけ危険な物なのかガブモンは理解している。管理世界に渡れば、それだけで争いを呼ぶような代物であり、デジモンにとっても危険な代物。当然すぐさま回収してアルハザードに戻さなければならない。

 だが、今回は前回と違って本気でフリートが怒っている。回収してフリートの手に渡れば、躊躇いなど無く『デジバイス』は徹底的に分解されるのは間違いない。それ故にガブモンは悩んでいた。

 なのはが『デジバイス』と再会した時の心の底からの喜びを知っているだけに、『デジバイス』を返して貰わなければならない現状にガブモンは悩む。

 

(でも、返して貰わないとフリートさんが本気で動き出すらしいし)

 

 現在フリートはガブモンには何が在ったのか分からないが、ブラックを怒らせて瓦礫に中に埋まっている。

 そのおかげでフリート本人が来る事は無い。だが、『デジバイス』を回収出来なければ、証拠隠滅に乗り出す可能性が在るとリンディから伝えられている。本気で証拠隠滅の為に行動し出したフリートが何をするか分からない。

 何時もは研究に熱中しているか、リンディにボコボコにされるか、時々いきなり高笑いを上げたりしているマッドサイエンティストだが、遊び抜きで本気で動く時のフリートは危険な存在なのだ。

 

(うぅ、本当にどうしよう)

 

 今『デジバイス』がアルハザードに戻らなければ、最悪の事態になってしまう。

 『デジタルワールド』としても、管理世界の拠点代わりに使えるアルハザードを失うのは不味い。『デジバイス』自体も管理世界に知られる危険は回避しなければならない。個人的な感情を抜きにすれば、ガブモンも『デジバイス』をアルハザードに戻したいと思っている。

 

(……と、とりあえず、何時までもこうしている訳には行かない。ブラックさんが来るらしいし、とにかく、アルハザードに関する事を秘密にして事情を説明しないと)

 

 悩んだ末にガブモンはなのはの部屋をノックする。

 

「はい!」

 

「え~と、ガブモンだけど。(ウゥ、楽しそうな声だな)」

 

 扉の向こう側から聞こえて来たなのはの楽し気な声に、ガブモンは恐る恐る質問する。

 

「……入っていいかな?」

 

「うん、良いよ」

 

「じゃあ、失礼します」

 

 ゆっくりと扉をガブモンは開けて部屋の中を見回す。

 なのはは車椅子から降りてベットの上に座っていた。そのなのはの前には赤い球-『デジバイス』-が空中に浮かんでいる。

 

「は、話しでもしていたの?」

 

「うん! それでガブモン君はどうしたの?」

 

「そ、それは……」

 

「? 如何したの?」

 

 暗い雰囲気を放つガブモンの様子になのはは首を傾げる。

 夕食を取った時と違う雰囲気。一体何が在ったのかとなのはが疑問に思うと、空中に浮かんでいる『デジバイス』が、ガブモンの様子を察する。

 

『……連絡が来たのですね?』

 

「レイジングハート?」

 

「……うん、来たよ。でも、どうしてこんな事を? あの人を怒らしたらどうなるか君になら分かって居た筈だ!!」

 

「ッ!?」

 

 顔を上げたガブモンの気配に、なのはは驚く。

 ガブモンは怒っていた。『デジバイス』の行動は不味いを通り越して、危険な領域に至っている。

 何せ最悪の場合、逆鱗に触れたフリート本人がやって来る可能性が在ったのだ。マッドでは在るが、フリートにも矜持が在る。その矜持に真っ向から『デジバイス』は反抗してしまった。

 

「ガ、ガブモン君? レ、レイジングハートが何かしたの?」

 

「……実は、君の前に在るのは、君が知っているデバイス何かじゃないんだ。それは在る人の手で造られた新しい魔導師の武器。『デジバイス』」

 

「『デジバイス』?」

 

「そう……だけど、それをあの人は管理世界に渡す気は無いんだ。もしも、『デジバイス』が管理局に、管理世界に渡った時……管理世界の歴史がひっくり返ってしまうんだ」

 

「ッ!? ほ、本当なの、レイジングハート?」

 

 恐る恐るなのはは相棒である筈の『デジバイス』に質問した。

 

『……事実です、マスター。私は『レイジングハート・エクセリオン』では在りません。破壊された『レイジングハート・エクセリオン』からAIを回収され、この『デジバイス』に組み込まれたのです』

 

「僕らがそれを知ったのは、君が一度目の脱走を行なった時だった。だから、病院の時に僕らは居たんだよ。脱走した『デジバイス』が向かう先は君のところしかないから」

 

「……じゃあ、あの時に私を助けに来てくれた訳じゃないんだ」

 

「うん。本当にあの時は偶然だったんだよ」

 

 ガブモンは意を決して前回駆けつけた理由をなのはに説明する。

 実際にあの時は偶然だった。なのはがルーチェモン側のデジモンに狙われるとは思っても無かったのだから。

 

(でも、良く考えてみればどうしてルーチェモン側のデジモンが動いたんだろう?)

 

 管理局に依頼されたとしても、なのはを襲ったデジモン達は余りにも過剰な戦力。

 そもそもバケモンを数体送り込み、一体だけでもなのはに『デスチャーム』を決める事が出来れば、それだけで済む。なのに襲って来たのは完全体のデジモンが二体に加え、成熟期のデジモンが十数体。

 其処まで過剰な戦力を送り込む必要が在ったのかとガブモンは疑問に思う。

 

(それだけじゃない。どうしてブラックさんやリンディさんはこの子が襲われるって思ったんだろう?)

 

「……どうしたの?」

 

「い、いや、ちょっと気になった事が在って……それで話は戻るんだけど、『デジバイス』を返して……ッ!?」

 

 ガブモンが話している途中で、突如として周囲の気配が変化した。

 同時に感じた凄まじい殺意にガブモンは迷うことなくなのはと『デジバイス』の傍に近寄り、なのはを背負う。

 

「きゃっ!」

 

「ごめん! だけど、此処に居たら危ない! 『デジバイス』は確り握っておいて!」

 

「う、うん!」

 

 なのはは言われたとおり、『デジバイス』を強く握る。

 ガブモンはなのはを背負ったまま窓に向かって駆け出し、窓を破壊して外に飛び出す。同時になのはの部屋内部で爆発する。

 

「クゥッ! ガブモン進化!!」

 

 爆発の衝撃に吹き飛ばされながらも、ガブモンは叫んで体をデジコードで覆う。

 デジコードは巨大化し、内部から銀色の狼-ガルルモンが出現し、なのはを背負いながら危なげなく道路に立つ。

 

「ガルルモン!!」

 

 道路に立ったガルルモンは周辺を見回し、先ほどまで感じていた士郎達の気配が消えている事を知る。

 

「……魔導師が使うって言う結界か」

 

「その通りですわ、ガルルモン!」

 

「ッ!?」

 

 聞こえて来た声になのはが上を向いてみると、翼を広げて右手を槍の形状に変化させているバイオ・レディーデビモンを目にする。

 

「……バイオ・レディーデビモン!?」

 

「フフッ、やっぱり現れましたわね、ガルルモン」

 

「そっちこそいい加減に彼女を狙うのを止めたらどうなんだ? もう彼女が知っている事は全部伝えられているんだ。これ以上この子を狙う理由は無い筈だ!」

 

「いいえ、在りますのよ。其処に居る高町なのはと貴方は危険な存在になるかも知れませんものね」

 

「どう言う意味だ?」

 

「教えませんわ……(万が一にも認識して目覚められたら困りますもの)」

 

 ガルルモンがこの場に居る事で、バイオ・レディーデビモンは確信していた。

 高町なのはとガルルモンには目に見えない運命と言う名の糸で結ばれようとしている事を。一度目ならば偶然と言える。だが、二度三度と続けば最早それは偶然ではない。

 ルーチェモンが本格的に動き出し、管理世界に放たれたデジモンの存在を人々が認識し始めたこの時こそルーチェモン達が恐れる力が目覚めるに相応しい時。

 主人であるスカリエッティはその力が目覚める事を望んでいるが、バイオ・レディーデビモンは違う。

 

(絶対に目覚めさせませんわ。貴方達は今日この場で……私が殺す!!)

 

「(来る!)……フォックスファイヤーー!!!」

 

 殺気を感じたと同時にガルルモンは口からフォックスファイヤーを放った。

 高熱の青い炎は真っ直ぐバイオ・レディーデビモンに向かって行く。しかし、青い炎がバイオ・レディーデビモンに届く直前、何もない空中で爆発が生じる。

 

「クッ!」

 

「ふふ、今までのようには行きませんわよ」

 

 爆発によって発生した煙の中からバイオ・レディーデビモンに余裕さに満ちた声が響く。

 ガルルモンの背からその様子を見たなのはは目を見開くが、すぐに前回の戦いの時の事を思い出し、今の起きた現象の正体を悟る。

 

「も、もしかして、あの見えない攻撃を自分の周りに置いて防御したの?」

 

「その通りですわ。必殺技をただ攻撃に使う事の愚かしさを前の戦いで私は理解しました。最早以前までの私だと思わない事ですのね!」

 

「不味い!」

 

 背の翼を広げて突撃して来るバイオ・レディーデビモンを見たガルルモンは、即座に道路を全力で駆け出した。

 幾ら封鎖領域の中とは言え、街中で暴れるには場所が悪過ぎる。ガルルモンは巨体故に街中での戦闘は難しい。せめてある程度の広さが在る場所が必要だと判断し、自身がこの地にやって来た海鳴公園に向かう。

 

「確り掴まっていて!」

 

「う、うん!」

 

 ガルルモンの呼びかけになのははガルルモンの毛をしっかり掴む。

 後遺症で体が思うように動かないとは言え、何とかなのはは力を振り絞って飛ばされないようにする。

 

「レ、レイジングハート。索敵とかは出来ない? それにこの前は私が使わなくても魔法が使えたみたいだから、今回も」

 

《……申し訳ありません……現在の本機の機能は、全体の97%が使用不可能です。こうしてマスターと会話するのと僅かに自立駆動が出来る程度の機能しか使用不可能です》

 

「そ、そんな!? ガルルモン君! レイジングハートの機能を使用出来るように出来ないの!?」

 

「……ゴメン……僕にも出来ない。それにもしも使用出来たとしても……」

 

「ガルルモン君?」

 

 急に口を閉ざしたガルルモンになのはは声を掛けるが、ガルルモンは口を閉ざしたまま走り続ける。

 だが、更にスピードを上げようとコンクリートの道路を踏み締める足を前に出そうとした瞬間、右前脚で爆発が起きる。

 

「グゥッ!!」

 

「ガルルモン君!」

 

《例の見えない爆発物です! このまま進むのは危険と判断します!》

 

「……そ、そう言う訳にも行かないみたいだ」

 

 右前脚から走る激痛を堪えながらガルルモンは背後に僅かに視線を向ける。

 なのはも釣られて背後を振り向いて見ると、後方から大量の蝙蝠を引き連れたバイオ・レディーデビモンが向かって来ていた。

 

「……もしかして……あの蝙蝠が?」

 

「うん。アレが爆発物の正体。バイオ・レディーデビモンの技の一つ『ダークネスウェーブ』だ。見えない時の攻撃も厄介だけど、見えるようにしているなら」

 

「まさか、アレを街に放って逃げ道を防ぐ気じゃ」

 

「……違う。アイツの狙いは……グッ!」

 

「ガルルモン君!?」

 

 再び爆発が生じ、今度は左前脚にダメージをガルルモンは受ける。

 それでなのはは敵の狙いを悟った。ガルルモンの一番の武器である機動力を敵は奪う気なのだ。完全体と成熟期の世代の差をガルルモンが縮める要因は、戦いの経験と機動力に在る。

 しかし、今ガルルモンが戦っている場所は街中と言う機動力が思うように発揮出来ない場所。加えて今は夜と言うバイオ・レディーデビモンの力が増大する時間帯。そして何よりも背中になのはを乗せて居る為に、無茶な動きは出来ない。後遺症で体が思うように動かず、今も必死に毛を掴んで振り落とされないようになのはは頑張っているのだ。

 高速で動き、更に無茶な動きまでしてしまえばなのはは地面に激突して死んでしまう。そんな事をガルルモンは出来ない。同時になのはも自身がガルルモンの足手纏いになっている事に気が付く。

 ガルルモンが優しい事をなのははこれまで助けてくれた事や、僅かな時間の交流で悟っている。自分を見捨てる事をガルルモンはしないと何故かなのはには確信出来た。だからこそ、悔しさを感じてガルルモンの毛を強く握る。

 

(……グレアムさん……アリアさんもロッテさんも来てくれない……きっとあっちにも敵が来てるんだ……どうしたら良いの!?)

 

 何も出来ない事実に悔しさがなのはの心に満ちる。

 だが、どうする事も出来ない。魔法も使えず、体も思うように動かず、何も出来ない。その事実になのはは涙を流すが、無情にも更に爆発が生じ、ガルルモンは更なるダメージを受けて行くのだった。

 

 

 

 

 

 一方、なのはが予想していた通りグレアム達の前にも敵はやって来ていた。

 封鎖領域が展開されると同時に住んでいる場所から空へと飛び出したグレアム達の前には、黒い雲-『デスクラウド』-が発生し、行く手を遮っていた。

 

「父様、これはもしかして?」

 

「あぁ、はやて君達から送られて来た情報に在った敵の攻撃だろう」

 

「なら、コイツを使っているのは……」

 

「私だよ、人間にその使い魔どもよ」

 

『ッ!?』

 

 聞こえて来た声に三人が振り向いて見ると、周囲を覆っていたデスクラウドの一角からメフィスモンが姿を現した。

 

「悪いが此処から先に行かせる訳には行かないので邪魔をさせて貰おう」

 

「一体何が目的だ!? ヴィータ君の話では、貴様はブルーメラモンと言う生物達の仲間だと名乗っていたようだが、それは偽りなのだろう!? 何故なのは君を狙う!!」

 

「貴様らが知らなくて良い事だ。これ以上失態を重ねる訳には行かないのだ!」

 

 遊びは無いと言うようにメフィスモンは叫び、周囲を漂っていたデスクラウドがグレアム達に向かって集束して行く。

 デスクラウドは全てを腐食させる雲。前回のヴィータの時は時間稼ぎと言う目的も在ったので嬲るような戦い方をしたが、後が無いメフィスモンは一気に勝負を着けてバイオ・レディーデビモンの援護に向かうつもりだった。

 

「何としても高町なのはは殺さなければ……目覚めさせる訳には行かん」

 

 そう呟きながらメフィスモンは翼を広げ、バイオ・レディーデビモンの援護に向かおうとデスクラウドに包まれたグレアム達に背を向ける。

 だが、メフィスモンが背を向けた瞬間、デスクラウドから高速で何かが飛び出すと同時にメフィスモンの背を蹴り付ける。

 

「ハアァッ!!」

 

「グガッ!?」

 

 無防備なところでの一撃にメフィスモンは苦痛の声を漏らしながら背後を振り向き、全身から魔力光を発しているリーゼロッテを目にする。

 

「馬鹿な!? 何故デスクラウドに包まれて腐食していない!」

 

「はあぁぁぁぁっ!!」

 

「チィッ!?」

 

 問答無用とばかりに格闘戦を仕掛けて来るリーゼロッテの拳や蹴りをメフィスモンは躱す。

 そのまま右手をリーゼロッテに向け、デスクラウドを発生させる。

 

「デスクラウド!!」

 

 発生したデスクラウドはリーゼロッテを包み込み、今度こそ決まったとメフィスモンは確信する。

 だが、その核心を裏切るようにデスクラウドの中から再びリーゼロッテの拳が飛び出し、メフィスモンの腹に突き刺さる。

 

「ウグッ!? ……な、何故私のデスクラウドが……通じないのだ」

 

「ミッドチルダの病院でアンタは守護騎士を襲ったよね? 確かに何でも腐食するようだけど……唯一腐食出来ないのが在ったの忘れたの?」

 

「ッ!?」

 

 リーゼロッテの指摘にメフィスモンは思い出す。

 確かにデスクラウドはデバイスであろうと騎士甲冑やバリアジャケットであろうと腐食する魔導師にとって厄介極まりない力。しかし、前回の時ヴィータが使用した防御魔法パンツァーヒンダネスを腐食して破壊する事は出来なかった。

 その情報からメフィスモンのデスクラウドは魔力を腐食する事は出来ないと推測され、グレアム達はその対策を練った。そしてシグナムが扱う全身にバリアを張るパンツァーガイストに気が付いた。

 アレならばデスクラウドが発生していようとメフィスモンと戦闘をする事が出来る。無論問題は在った。

 『パンツァーガイスト』は確かにデスクラウドを破る可能性を秘めた魔法だが、魔力消費が大きく攻撃を行なう時には全身防御が出来ないと言う欠点が在り、高度な運用技術が必要になる。だが、グレアム達にはその欠点を埋める手段が在った。

 

「スティンガーレイ!!!」

 

「くっ!? き、貴様らまで!?」

 

 デスクラウドを突き破りながら迫って来たスティンガーレイを右手で弾きながら、メフィスモンは目を向ける。

 其処にはリーゼロッテ同様に全身から同じ色の魔力光を発している杖型のストレージデバイスを構えたグレアムとリーゼアリアが居た。

 メフィスモンはその姿にグレアム達が纏っている防御魔法が一人が発動させているものだと悟る。

 

(防御を一人に任せて、他の二人が攻撃を行なう作戦か……ならば!!)

 

 グレアム達の作戦を悟ったメフィスモンは上空へと飛び上がる。

 その後をグレアム達は追いかける。自らについて来ているのを確認したメフィスモンは、両手を三人に向けて突き出す。

 

「食らえ!! 暗黒魔術!!」

 

 メフィスモンが両手を突き出すと同時に、漆黒の雷が数え切れないほど放たれた。

 ジグザグに雷は迸り、グレアム達に向かって行く。対してグレアムとリーゼロッテは瞬時に纏っている防御魔法だけでは防ぎ切れないと判断し、プロテクションを使用して雷を防ぐ。

 

「ソイツか!!」

 

 グレアムに護られるように背後に控えるリーゼアリアを見たメフィスモンは、自らが放った雷の中を進む。

 リーゼアリアさえ戦闘不能になればデスクラウドで勝負を決める事が出来る。連携はさせないと言うようにメフィスモンはリーゼアリアの前に瞬時に移動し、右手を振り下ろす。

 これで決まるとメフィスモンが確信した瞬間、リーゼアリアは笑みを浮かべる。

 

「フープバインド!!!」

 

「何ッ!?」

 

 リーゼアリアが叫ぶと共にカードが投げつけられ、発生した拘束輪は次々とメフィスモンの右腕に巻き付き、攻撃を止めた。

 メフィスモンは油断していた。リーゼアリアがグレアムに護られた事で余裕が無いと思ってしまったのだ。急いで離れようとするが、右腕だけを拘束している複数の拘束輪はそう簡単には破壊出来なかった。

 

「お、おのれ!」

 

「ハァッ!!」

 

 動きが止まったメフィスモンに勝負を決めると言うようにリーゼロッテが猛攻を繰り出す。

 メフィスモンはデスクラウドや暗黒魔術を使った搦め手や遠距離攻撃を主にして戦う。身体能力も完全体故にかなりの高さを持つが、接近戦は余り得意ではない。何よりも魔導師の魔法は威力と言う点では脅威に思えなかったので、接近戦に力を入れる気も無かったのだ。

 確かに魔法は威力では完全体のデジモンの必殺技には及ばない。だが、応用と言う点だけではデジモンの必殺技を大きく上回っている。

 その事を真にメフィスモンは理解していなかった。

 

「グゥッ!! 舐めるな!!」

 

 次々と体に決まるリーゼロッテの拳や蹴りに寄るダメージを無視して、メフィスモンは左手を突き出す。

 掴まえてしまえば身体能力の差でリーゼロッテの骨を砕く事が出来る。掴まえさえすればとメフィスモンは左手で伸ばし、リーゼロッテが逆にその左手を掴む。

 

「な、何を!?」

 

『父様!!!』

 

「ムン!!」

 

 二人の呼びかけに答えるようにグレアムがメフィスモンの体に杖型のストレージデバイスを押し当てた。

 

「決めさせて貰う! ブレイクインパルス!!」

 

「ッ!? ガアァァァァァァァァァァーーーーーー!!!!」

 

 魔法の発動同時にメフィスモンの全身を激痛が走った。

 『ブレイクインパルス』。目標の固有振動数を割り出した上で、それに合わせた振動エネルギーを送り込んで対象を粉砕する魔法。対象の固有振動数の算出のために、目標に接触した状態で数瞬の停止が必要などの弱点が在る。だが、グレアム達はこの魔法ならばブラックにさえダメージを与える魔法だと確信していた。

 異常なまでの耐久力を誇るが故に、例え殺傷設定の魔法でもブラックにダメージを与え切れない。だが、最小の力で最大の威力を発揮する『ブレイクインパルス』だけは別。デジモンで在ろうと確実にダメージを食らう。

 そしてそれをまともに食らったメフィスモンは全身に走る激痛に苦しみ、我武者羅に暴れ回る。グレアム達は巻き込まれまいと離れる。

 

「ガアアァァァァァーーーー!!!!!」

 

(消える……わ、私が消えるだと!? あ、あの方に……ルーチェモン様に……し、失望されたまま……い、いやだ……わ、私は……此処で終わ……)

 

「ブレイズキャノン!!」

 

 苦痛に苦しむメフィスモンにグレアムは砲撃魔法を放った。

 熱量を伴った砲撃はメフィスモンを飲み込み、そのまま海の方へとメフィスモンを吹き飛んで行った。

 それを確認したグレアム達はすぐさまなのはの救助に向かおうとする。このまま追い駆けてメフィスモンを捕らえる事は出来るが、敵の狙いがなのはで在る以上時間を掛ける訳には行かない。

 すぐさま三人はデスクラウドが晴れた闇夜の空を駆けようとして、不思議な光を目にする。

 

「……何アレ?」

 

 海鳴公園付近の上空。

 その辺りだけ夜なのに仄かに光っていた。見るだけで暖かさを感じるような光。

 光は徐々に強まり、そして光は地上に向かって降り注ぎ、世界が震えた。

 

 世界の震えを感知した存在は、その方向に思わず顔を向けた。

 同時に全員が感じ思う。

 

『時が来たと』

 

 世界の変革。新たな世界の始まりを告げる光は、地上で倒れ伏すガルルモンと涙を流して右手に桜色の縁取りの機械-『ディーアーク』-を強く握るなのはを照らすのだった。



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訪れた運命と覚醒 後編

今回は前作と違う点が在ります。
ルーチェモンが前作よりも動いていますので、その影響で強化する事にしました。


「グゥッ!?」

 

 更なる爆発が走るガルルモンの足を襲った。

 既に幾度と無く爆発を受けたガルルモンの前足は黒く薄汚れ、血で赤く滲んでいる。

 ミスリル並みの強度を誇る毛皮のおかげで致命傷には及んで居ないが、このまま行けば走れなくなるのも時間の問題。かと言って足を止めて迎撃に出れば、背後から迫って来るバイオ・レディーデビモンの『ダークネスウェーブ』の餌食になる。

 自身だけならば乾坤一擲の覚悟で挑んでいたかも知れないが、今は背中になのはが乗っているので不可能。同時に振り落としてしまう訳にも行かないので無理な動きも出来ない。

 ガルルモンはバイオ・レディーデビモンに対して見事としか思えなかった。前回の時から感じていたが、やはりバイオ・レディーデビモンは格段に強くなっている。最初の時は自らに宿っていた力に溺れていたが、今は冷徹に目的を成し遂げる為だけに戦っている。

 まるで詰め将棋の中に居るように勝機が見えない。

 

(如何する!? このまま先に進んでも恐らくは罠が在るに違いない!?)

 

 一見すればガルルモンの目的通りに海鳴公園に向かっているように思えるが、此処まで冷徹な策を巡らせているバイオ・レディーデビモンがガルルモンの思惑に気が付いていない筈が無い。

 どうするべきかとガルルモンが悩んでいると、背に乗っているなのはが声を掛けて来る。

 

「ガ、ガルルモン君……もう良いよ……本当は逃げられるんでしょう? 私が居なければ」

 

「ッ!? そ、それは……」

 

「ガルルモン君は大きいのにすごい身軽だもん……だったら、低い家なんか飛び越せる筈なのに、それをやらないの……私が背中に乗っているからでしょう?」

 

 なのはは気が付いていた。

 ガルルモンの身体能力ならば、態々道路を走らなくも家を飛び越えたり、或いは家を踏み台などにして高くジャンプを行なったりしてバイオ・レディーデビモンの罠を掻い潜る事も出来た筈。

 それを行なわなかった理由が在るとすれば自身の体を気遣っているからだとなのはには分かった。

 高速で走るガルルモンから振り落とされてしまえば、なのはの命は無い。だからこそ、無茶な行動をせず爆発を食らうのも分かって居て道路をガルルモンは走っているのだ。

 だが、このまま行けば限界が訪れガルルモンは走れなくなる。そうなる前になのははガルルモンに逃げて貰おうと考えたのだ。足手纏いでしかない自身を置いて。

 

「私は大丈夫だよ……レイジングハートは少しだけ何かを浮かせる事ぐらいは出来るみたいだし……だから」

 

「……駄目だ。それだけは絶対にやらない!」

 

「でも、このままじゃ!?」

 

「諦めるな! 残された君の家族がどう思うのか分からないのか!?」

 

「ッ!?」

 

 ガルルモンはなのはの発言に本気で怒っていた。

 何故ならばガルルモンは残された(・・・・)側の者だったからだ。嘗てルーチェモンが復活した時、デジタルワールドは消滅寸前の事態にまで追い込まれ、数え切れないほどのデジモンが死んだ。その中で僅かに生き残ったデジモン達が居た。ガルルモンはその内の一体だった。

 だが、共に幼年期を過ごした友達だったデジモン達と育ての親だったデジモンをガルルモンは失った。デジモンはデジタマに戻って生まれ変わるが、前世の事を覚えて居るデジモンは稀でしかない。家族を失った気持ちを抱いてガルルモンは生きて来た。

 ブラック達と出会い、ルーチェモンが復活しているかも知れないと知った時に復讐心を抱かなかったかと聞かれれば、確かに復讐心を抱いた。しかし、それ以上にガルルモンが思ったのは自らのような悲しみを持つ者を減らしたいと言う想い。誰かに頼るではなく、自らデジタルワールドを守りたいとガルルモンは思ってデジタルワールドから出たのだ。

 そして僅かな時間だが高町家の人々と触れ合い、必ずなのはを守り切るとガルルモンは誓った。

 

「必ず君をあの人達のところに帰して見せる! だから、諦めないでくれ!」

 

「……う、うん!」

 

 なのははガルルモンの言葉で思い出した。

 自身には帰りを待っているであろう家族達が居る事を。封鎖領域が張られたせいで離れ離れになってしまったが、きっと今も心配しているのは間違いない。

 家族に無事な姿を見せて安心させたいとなのはは心から思った。何としても今襲って来ている窮地から脱すると誓い、何か手段は無いかと考える。

 

「……そうだ! レイジングハート! 少しだけなら何かを浮かせられるんだよね!? 私を浮かせる事は出来る!?」

 

《……可能です。ですが、良くて数十秒ぐらいが限度です》

 

「なら!?」

 

 作戦を考えたなのはは小声でガルルモンとデジバイスに説明する。

 

(何か企んでいますわね)

 

 背後からガルルモンを追い駆けるバイオ・レディーデビモンは、ガルルモンとなのはの様子に目を細める。

 幾重にも頭の中でシュミレーションを行ない、必勝と言える策を考えたバイオ・レディーデビモンだが、だからと言って油断は全くしていない。これまでの戦いからガルルモンならば何か逆転の手段を実行して来る可能性も考慮している。

 

(でも、どんな策を練ろうと私の行なうべき事は変わらない。ガルルモン。貴方の決定的な弱点を突かせて貰いますわ!)

 

 バイオ・レディーデビモンがダークネススピアを構えると同時に、ガルルモンが動く。

 後少しで海鳴公園に辿り着く直前、ガルルモンは地面を強く蹴り、高く舞い上がった。瞬時にバイオ・レディーデビモンは『ダークネスウェーブ』を放ち、逃げ道を塞ごうとする。

 それに対しガルルモンは落下する途中で、自らの足の下に氷の板を発生させる。

 

「アイスウォール!」

 

(これはあの時の二段ジャンプ!?)

 

 アイスウォールを足場として利用するガルルモンの二段ジャンプ。

 しかし、ジャンプした先の方向は前ではなく、更に上にジャンプし、ガルルモンはそのまま宙返りを行ない、顔を目を見開くバイオ・レディーデビモンに向ける。

 

「アイスキャノン!!」

 

 口から放たれた巨大な氷の塊は、勢い良くバイオ・レディーデビモンに向かう。

 それに対してバイオ・レディーデビモンはISで隠して在る『ダークネスウェーブ』を使い、迫るアイスキャノンを防御しようとする。だが、防御する直前、アイスキャノンを放ったガルルモンが続けて蒼い炎を放つ。

 

「フォックスファイヤーーー!!!」

 

「なっ!? クッ!」

 

 アイスキャノンの背後から迫るフォックスファイヤーに驚いたバイオ・レディーデビモンは、ISで隠しているダークネスウェーブだけでは防ぎ切れないと判断し、周りに飛翔させていたダークネスウェーブも防御に回す。

 アイスキャノンが先に激突して爆発を起こし、続けてフォックスファイヤーもダークネスウェーブに直撃して大爆発が起きる。その衝撃でガルルモンの体は爆風の衝撃で海鳴公園の方に押しやられる。同時に背中に乗っていたなのはも、爆発の衝撃で手を放し、吹き飛ばされてしまう。

 そのまま勢い良く地面に落下して行くが、フワッとその身を魔力光が覆い地面への落下を防いだ。

 ガルルモンはそれを落下しながら横目で確認し、更なる攻撃を加えようとアイスウォールを再び後ろ足で発生させようとするが、直前に目にする。爆煙の中で薄い笑みを浮かべているバイオ・レディーデビモンを。

 

(まさか!?)

 

 嫌な予感を感じ、ガルルモンは即座になのはに顔を向けて目にする。

 爆発の余波から免れたダークネスウェーブがなのはに向かって飛翔して行くのを。

 

「クッ!?」

 

 ガルルモンは即座にアイスウォールを発生させ、なのはに向かって飛び出す。

 同時になのはもダークネスウェーブが向かって来ているの事に気が付き、目を見開く。そのなのはを守るようにガルルモンが降り立つと同時にダークネスウェーブがガルルモンに直撃して大爆発が起きる。

 

「フフッ! やりましたわ!!」

 

 自らの策の成功にバイオ・レディーデビモンは歓喜する。

 ガルルモンの最大の弱点。それは護っていたなのは。彼女に危機が訪れれば、ガルルモンは必ず動く。

 何が在ろうとその行動だけは行なうと確信していたバイオ・レディーデビモンは、なのはを狙ったのだ。そしてその策は成功し、爆発の中からガルルモンは姿を見せると同時に地面に倒れ伏してしまう。

 

「ッ!? ガルルモン君! ガルルモン君! 確りして!?」

 

「……驚きましたわね。まさか、あの爆発を受けて無傷なんて」

 

 ガルルモンに呼びかけるなのはを目にしたバイオ・レディーデビモンは驚いていた。

 なのはは着ている服に汚れが付いているが、それ以外に傷らしきものは無い。ガルルモンが身を挺して護ったと言う証拠。一気にガルルモンとなのはを葬るつもりだったが、予定よりもダークネスウェーブの数が減って居た為に命を奪う事は出来なかったのだ。

 涙を流しながら意識が無いガルルモンに呼びかけるなのはを目にしながら、バイオ・レディーデビモンはダークネススピアを構える。自らの顔に付いた消えない傷の事が僅かに脳裏に浮かび、二人一緒に串刺しにする気なのだ。

 

「さぁ、これで終わりですわ!!」

 

 背の翼を勢い良く動かし、なのはとガルルモンに向かって突撃する。

 突撃して来るバイオ・レディーデビモンを目にしたなのはは、悔し涙を流しながらガルルモンを庇おうと両手を広げる。無意味でしかない行為。突撃して来るトラックを受け止められる訳が無いと同じで、なのははダークネススピアにその身を貫かれ、その背後にいるガルルモンを突き刺す。

 だが、何かをしたいと言う思いでなのははガルルモンを庇おうとする。そしてダークネススピアがなのはの体に届く直前、光が突如として発生する。

 

「なっ!?」

 

「……えっ?」

 

 発生した光とダークネススピアが激突し合ったと同時に、甲高い金属音が周囲に響き、バイオ・レディーデビモンは背後に弾き飛ばされた。

 

「な、何が起きましたの!?」

 

 地面に着地しながらバイオ・レディーデビモンは声を荒げる。

 確実に決まると思った瞬間に、発生した光。しかもその光は自らの攻撃を弾いた。一体何が起きたのかとバイオ・レディーデビモンがなのはに顔を向けると、不可思議な声が周囲に響く。

 

『光に手を』

 

『その光が君達の力になる』

 

「だ、誰ですの!?」

 

「……レイジングハートから声が?」

 

 声の出どころはなのはが左手に握るデジバイスから響いていた。

 しかし、その声は先ほどまで聞こえていたレイジングハートの音声ではなく、全く別の男性と女性らしき声。

 何が起きているのかなのはには分からない。だが、今だなのはの前には突然発生した光がそのまま残っている。恐る恐るなのはが右手を光に伸ばし、光の中から桜色の縁取りが施されている機械-『ディーアーク』-が現れ、右手に握られる。

 

「あっ……ああああああぁぁぁぁぁぁっーーーー!!!!!」

 

 ディーアークを目にした瞬間、バイオ・レディーデビモンは悟ってしまった。

 恐れていた事態。ルーチェモン達さえも恐れる力が遂に目覚めてしまったのだと。コレを恐れて襲撃したのに、自らの行動が目覚めを促してしまった。

 その事実に半狂乱になりながらもバイオ・レディーデビモンはダークネススピアを構える。

 

「ま、まだですわ。まだ、覚醒したばかり。早急に抹消すれば対処出来る筈!!」

 

(熱い……この機械から何か熱さを感じる)

 

 狂乱するバイオ・レディーデビモンに対して、なのはは右手に握るディーアークから感じる熱さが全身に伝わって行くのを感じる。

 何も出来ない悔しさ。無力な自分への怒り。ガルルモンを護りたいと言う強い意志。それらが武器に変わろうとしているとなのはは感じ取った。そして熱さに動かされ、本来ならば後遺症で動けない筈の体が動く。

 フッとすれば倒れてしまいそうになるほどに揺れながらも、確かになのはは立ち上がった。同時にディーアークから電子音声が鳴り響く。

 

《MATRIX-EVOLUTION》

 

 電子音声が響くと同時にディーアークから光が発生し、倒れ伏していたガルルモンの目が見開く。

 

「ッ!? ガルルモン進化!?」

 

 ガルルモンが叫ぶと同時に蒼いデジコードが発生し、ガルルモンと、そしてなのはを包み込む。

 蒼く輝くデジコードは徐々に繭を形成し、大きさを徐々に縮め、一定の大きさに達した瞬間弾け飛ぶ。

 内部から両手足に金属製の小手と具足を装着し、背中に幾つものギザギザが生えているように見える金属製のジャケットを着た二足歩行の狼男のようなデジモンが立っていた。

 狼男のようなデジモンは両手の鋭い爪を輝かせ、背後に居るなのはを護るように立つ。

 そのデジモンこそ、ガルルモンが完全体へと至った姿。その名も。

 

「ワーガルルモンXッ!!」

 

ワーガルルモンX、世代/完全体、属性/ワクチン種、種族/獣人型、必殺技/カイザーネイル

X抗体によるワーガルルモンのデジコアへの影響より通常のワーガルルモンより、パワフルな体格を身につけている。通常よりも2倍近くに達したその体格から繰り出す豪快なキックは、重量級のデジモンを一撃で吹き飛ばす程のパワーをもつ剛脚の獣士である。キック技の動きを妨げないよう薄手に作られた軽量なクロンデジゾイド製の武具を装着し、攻守のバランスの取れた戦闘のスペシャリストである。二足歩行になったせいでガルルモン時よりもスピードは落ちているが、攻撃力と防御力、ジャンプ力、そして瞬発力が大幅にパワーアップしている。必殺技の『カイザーネイル』は、両手の鋭い鍵爪で相手を切り裂く技だ。その他にも格闘系の技や、珍しい事に成熟期のガルルモンの時に使用した必殺技の『フォックスファイヤー』も使用出来る。

 

「か、完全体に進化した!? そ、それも『X抗体』を持つデジモンに!?」

 

 『X抗体』デジモン。デジモンの中でも珍しいタイプのデジモンで在り、通常の進化よりも『X抗体』を持つデジモンは、寄り強力なデジモンとなる。無論代償が存在し、自らに宿る『X抗体』を制御出来なければ暴走して周囲に破壊を撒き散らす存在になってしまう。

 だが、バイオ・レディーデビモンが見たところワーガルルモンXは理性を宿した瞳を持っている。

 ワーガルルモンXはゆっくりと自らの金属小手と鋭く輝く爪に目を向ける。

 

「こ、これは……どうして今進化が?」

 

 ワーガルルモンXは僅かに困惑を覚えて居た。

 意識を失っている時に突然暖かさと力が沸き上がり、完全体に進化出来たのだ。しかも今も暖かさが全身を覆い、今も力が沸き上がって来る。しかし、何時までも呆けている場合ではないとバイオ・レディーデビモンを睨みつける。

 

「クゥッ! まだですわ!!」

 

 すぐさまバイオ・レディーデビモンは上空に舞い上がる。

 確かに進化されてしまったのは予想外だったが、幸運にもワーガルルモンXは地上型タイプのデジモン。油断をするつもりは無いが、空を自由に動けない事に変わりはない筈。何よりもまだ高町なのはと言う足手纏いが居る。

 勝ち目は確かに在るとバイオ・レディーデビモンは感じながら、ダークネスウェーブを放とうとした瞬間、なのはの声が響く。

 

「……古の地の力に蘇り、十の力を宿した不屈の意思。今此処に目覚めん。新たな契約を今此処に!!! 『レイジングハート・エレメンタル』、セット・アップ!!」

 

stand(スタン) by(バイ) ready(レディ).set(セット) up(アップ).》

 

 なのはがデジバイス-『レイジングハート・エレメンタル』-を掲げた瞬間、桜色の魔力の奔流が発生し天高く聳え立った。

 光の中でなのはは新たなバリアジャケットを纏って行く。以前の制服をイメージしたバリアジャケットと違い、各所には金属鎧のような装着され、胸元のリボンは消失してハードシェル装甲が装着される。同時に次々とパーツが出現し、柄の部分は白銀に輝き、二又の金色の槍を思わせるようなレイジングハート・エクセリオンモードを彷彿させる杖に合体して行く。

 バリアジャケットを纏い終え、デジバイスも完全に姿を現し、なのはは右手でレイジングハート・エレメンタルを強く握って構える。

 

「……レイジングハート、行ける?」

 

《全機能の20%が使用可能。並びに『エレメントシステム』の属性解放率は二種類……戦えます、マイマスター!!》

 

「……えっ?」

 

 一連の流れを見ていたワーガルルモンXは、思わず疑問の声を漏らした。

 本来ならばなのはは戦えない体の筈であり、同時にデジバイス事レイジングハート・エレメンタルは強固なプロテクトが施されていて起動出来ない筈。何よりも起動出来たとしても迂闊に使えば、なのはの命が危ない筈なのに平然となのはは使っている。

 一体どういう事なのかとワーガルルモンXは混乱する。

 それに対してなのはは、ゆっくりとレイジングハート・エレメンタルの矛先をワーガルルモンX同様に驚愕しているバイオ・レディーデビモンに向かって構える。

 

「どうしてかは良く分からないけれど、今なら戦えそうなの。だから、ワーガルルモンX君。一緒に戦おう!」

 

「……分かった」

 

 疑問は色々と在るが、今は先にバイオ・レディーデビモンを倒さなけばならない。

 一見すれば完全体に進化したのとなのはの不可思議な復活で優位に立っているように見えるが、余裕は余り無い。まだ進化した状態にワーガルルモンXは慣れて居らず、なのはもレイジングハート・エレメンタルを使いこなせない。

 対してバイオ・レディーデビモンも現状の厄介さに危険度を跳ね上げていた。次々と起こる不可思議な現象は間違いなく、ルーチェモン達が恐れている力の覚醒が原因。このまま戦うべきかと、それとも逃げるべきかと天秤に架ける。

 

(進化したてとはいえ『X抗体』を持った完全体デジモン。何故か戦える体になった高町なのはに、それに見た事も無いデバイスまでも。一体どうなっていますの!? ……此処はやはり退くべき……いえ、このまま戦闘継続すべきですわね)

 

 不確定要素を不確定要素のままにしておく方が危険。

 この戦闘は主であるスカリエッティも観測している。今後の為にも情報が必要だと判断し、バイオ・レディーデビモンは背の翼を広げる。

 

「行きますわよ! ダークネスウェーブっ!!」

 

 再びダークネスウェーブは放たれ、無数の暗黒飛翔物がワーガルルモンXとなのはに襲い掛かる。

 それに対してワーガルルモンXは構えようとするが、その前になのはがレイジングハート・エレメンタルを掲げる。

 

《シャイン・エレメント、セット・アップ.Wide(ワイド) Area(エリア) Protection(プロテクション)

 

(防御魔法を使って防ぐつもりのようですけど、無駄ですわ!)

 

 回避よりも防御を選んだなのはをバイオ・レディーデビモンは嘲笑する。

 どんな強固な盾であろうと絶え間なく、ダークネスウェーブが直撃すれば防げる筈が無いのだ。一発一発ならともかく、無数を防げる筈が無い。

 自らのISであるシルバーカーテンで防御の為のダークネスウェーブを残しながら、バイオ・レディーデビモンはワイドエリアプロテクションとダークネスウェーブと激突し、爆発に飲み込まれるワーガルルモンXとなのはを見る。

 そのまま発生した爆炎と煙を見つめていると、煙の中からワーガルルモンXが飛び出して来る。

 

「ウオォォォッ!!」

 

「クゥッ!」

 

 飛び出して来ると同時にワーガルルモンXの鋭い蹴りを放ち、バイオ・レディーデビモンはギリギリのところで躱す。

 そのまま地面に落下するであろうワーガルルモンXにダークネススピアを振ろうとする。だが、落下する直前のワーガルルモンXの足元に桜色に輝く魔法陣-『フローターフィールド』-が発生し、落下を防ぐ。

 バイオ・レディーデビモンは慌てて攻撃を止めようとするが、その前にワーガルルモンXがダークネススピアを掴む。

 

「逃がさない!」

 

「この!?」

 

 引き離そうとバイオ・レディーデビモンは力を籠めるが、進化した事に寄って力が上がって居るワーガルルモンXを引き離す事は出来なかった。

 そのバイオ・レディーデビモンの背後から八つの桜色の魔力弾が襲い掛かる。

 

「ディバインシューター、シュート!!」

 

Divine(ディバイン) Shooter(シューター)

 

「チッ!!」

 

 背後から迫る魔力弾に気が付いたバイオ・レディーデビモンは、翼で自らの体を包んで防御態勢を取った。

 隠して在るダークネスウェーブで防御する事も出来るが、其方はワーガルルモンXの必殺技を警戒して使用しなかった。だが、防御態勢になった瞬間、フッとバイオ・レディーデビモンの脳裏に嫌な予感が過った。

 以前にも同じような事が在った。その考えが脳裏に過ったと同時に魔力弾が直撃し、予想を超える激痛が襲い掛かった。

 

「キャアァァァァァッ!! こ、この痛みは!?」

 

 前回の襲撃時にも感じた事が在る痛み。

 一体何故桜色に輝くだけの魔力弾(・・・・・・・・・・・)だけで、此処までダメージを受けるのか分からず、バイオ・レディーデビモンは困惑する。

 その隙を逃さず、ワーガルルモンXは強烈な蹴りをバイオ・レディーデビモンの腹部に向かって叩き込む。

 

「フッ!!」

 

「グハッ!?」

 

 強烈な一撃にバイオ・レディーデビモンは息を吐き出しながら、後方に吹き飛ぶ。

 しかし、すぐさま翼を使って態勢を立て直し、ワーガルルモンXに口を向ける。

 

「食らいなさい!!」

 

「させない!!」

 

 何かをやろうとしている事に気が付いたなのはが、瞬時に桜色に輝く羽を両足から発生させながらワーガルルモンXとバイオ・レディーデビモンの間に割り込み、レイジングハート・エレメンタルの矛先を構える。

 その姿からはダークネスウェーブに寄るダメージらしきものは見受けられなかった。ただ不自然な事にバリアジャケットの白い部分から淡い光のようなものが発生している。何が起きているのかと訝しむが、すぐさま口から闇の奔流を吐き出す。

 

「プワゾン!!!」

 

 バイオ・レディーデビモンの最大の必殺技『プワゾン』。

 放たれた闇の奔流が相手に直撃すると同時に、相手の持つパワーをダークエネルギーと相転移し、敵を内から滅殺する防御不可能な必殺技。回避する以外に対処法はなく、これならば確実になのはとその背後に居るワーガルルモンXに届く筈だと確信する。

 だが、そんな確信を裏切るようになのははレイジングハート・エレメンタルの矛先から最も得意とする砲撃魔法を放つ。

 

「ディバイン、バスターーー!!!!」

 

 放たれたディバインバスターはプワゾンと激突し合い、互いを撃ち破ろうと鬩ぎ合う。

 その事実にバイオ・レディーデビモンは目を見開く。本来『プワゾン』と鬩ぎ合う事など在り得る筈が無い。

 『プワゾン』の特性は相手のエネルギーをダークエネルギーに変化する事に在る。以前検証した結果、魔導師が放つ砲撃魔法であろうダークエネルギーに変化し、逆に相手を飲み込む筈なのだ。

 にも拘らず、なのはが放ったディバインバスターはダークエネルギー変換される事なく、互いに鬩ぎ合い続けている。

 

(如何なっていますの!? あのデバイスは一体何なのです!? ダークネスウェーブを防いだ事と言い、異常なダメージも受けて……まるで夜なのに相性が悪い場所(・・・・・・・)で戦っているみたいに……ッ!?)

 

 脳裏に過った一つの推測。異常なまでのダメージに必殺技の弱体化。そしてなのはのバリアジャケットから漏れる淡い光。

 それらの状況証拠がバイオ・レディーデビモンの優れた頭脳に寄って、一つの答えへと導いた。その答え通りならば不味いと判断したバイオ・レディーデビモンは、プワゾンに加えて隠していたダークネスウェーブを操り、なのはに向かわせようとする。

 だが、バイオ・レディーデビモンが動き出す直前、頭上からワーガルルモンXの声が響く。

 

「カイザーーー!!!」

 

「ッ!?」

 

 聞こえて来た声にバイオ・レディーデビモンは目を向けると、ワーガルルモンXが両手を振り上げていた。

 なのはとバイオ・レディーデビモンが鬩ぎ合っている隙に、ワーガルルモンXはフローターフィールドを蹴りあげて飛び上がっていたのだ。

 そして完全に隙を付いたワーガルルモンXは、自らの最大の必殺技を放つ。

 

「ネイル!!」

 

 ワーガルルモンXが両手を振り下ろすと同時に、十本の爪線から赤い閃光が放たれた。

 バイオ・レディーデビモンはプワゾンを放つのを止め、カイザーネイルを回避する。

 そしてすぐさまISを発動させる。

 

「シルバーカーテン!!」

 

 IS発動と同時にバイオ・レディーデビモンの姿は消失し、更に封鎖領域も解除する。

 不味いとワーガルルモンXとなのはは海鳴公園に着地する。封鎖領域が解除されたと言う事は、一般人に見られてしまう恐れがある。

 バイオ・レディーデビモンは逃げる為の切り札も残していた。これでは追う事は出来ない。

 

《敵勢力離脱を確認しました、マスター》

 

「うん……みたいだね」

 

 地面に降り立ったなのははレイジングハート・エレメンタルの報告になのはは警戒心を解き、バリアジャケットに備わっていたポケットからディーアークを取り出す。

 同時にディーアークの液晶画面から空間ディスプレイのようなものが展開され、一番近くに居るデジモンの詳細情報が勝手に表示される。

 

「ワーガルルモンX。世代完全体。属性ワクチン種。必殺技はカイザーネイルって……これって、ワーガルルモンX君の情報なの?」

 

《そのようです》

 

 ディーアークの表示情報に驚きながらなのはがワーガルルモンXに顔を向けると、ワーガルルモンXの体からデジコードが発生する。

 デジコードは徐々に大きさを縮め、デジコードが消え去った後にはガブモンが地面に座り込んでいた。同時にディーアークは今度はガブモンの詳細情報を映し出す。

 

「ガブモン。世代成長期。属性データ種。必殺技はプチファイヤー。……この機械って一体何なのかな?」

 

「……選ばれた証明品とも言えるわね、なのはさん」

 

「ッ!?」

 

 聞き覚えの在る声になのはは振り向く。

 視線の先には予想通り、複雑そうに曖昧な笑みを浮かべるリンディと黒いコートとズボンを着た金色の目をした不機嫌そうにしている男性が立っていた。

 突然現れたリンディと謎の男の姿になのはが思わず固まってしまう。その隙を逃さず、男は瞬時になのはの前に移動し、レイジングハート・エレメンタルの柄を蹴り上げる。

 

「フン!!」

 

「アッ!」

 

 蹴り上げられたレイジングハート・エレメンタルに、なのはは思わず叫ぶが、男性は構わずに落下して来るレイジングハート・エレメンタルを右手で掴む。

 

「……なるほど、フリートの奴が最高傑作だと言うだけは在るな。それなりの力を込めて蹴ったのに、破損が見えん」

 

「そ、その声は、まさか!?」

 

 聞き覚えの在り過ぎる声になのはは思わず叫ぶが、男性-人間の姿になっているブラック-は、レイジングハート・エレメンタルを持ったままなのはには構わずガブモンの下へと向かう。

 逃げる事は出来ないと観念したのか、レイジングハート・エレメンタルは機能を停止させ、バリアジャケットが解除され、なのはは私服へと戻る。

 ブラックの背になのはは慌てて声を掛けようとするが、リンディがなのはに傍に近寄って来る。

 

「元気そうね、なのはさん」

 

「……はい。リンディさん、一体何が起きているんですか? この見た事も無い機械が突然現れたり、私の体が治ったりしたり……リンディさんは何かを知っているんですか?」

 

「……なのはさんの体が治った理由は、私にも分からないけれど……その機械に関しては予想はついているわ。貴女は選ばれたのよ、なのはさん。ガブモン君と共に」

 

「選ばれた? 私とガブモン君が一体誰にですか?」

 

「……運命、或いは世界にかしらね」

 

 そうリンディが告げると同時に、風が何処からともなく周囲に吹く。

 漠然となのはは感じた。リンディの言っている事は冗談などではないと。右手に握るディーアークは一見すればただの機械にしか見えないが、何か途轍もないものを秘めた代物なのだと。

 

「知りたい、なのはさん? 今世界に何が起きているのか? そして何が起きようとしているのかを?」

 

「……知りたいです」

 

「……そう」

 

「我々にも教えて貰いたいな、リンディ」

 

 背後から聞こえて来た声にリンディは驚く事無く振り返り、懐かし気にグレアム、リーゼロッテ、リーゼアリアを見つめる。

 

「……お久しぶりですね、グレアムさん、ロッテさん、アリアさん」

 

「久しぶりだ。それで我々にも話して貰えるのかね」

 

「話すのは構いませんけど、他にもなのはさんのご家族に説明しないと行けませんから、一先ずはなのはさんの家に向かいましょう」

 

「分かった」

 

「俺は先にガブモンと戻るぞ」

 

 頷くグレアム達と違い、ブラックは疲労したガブモンを左肩に抱きながら告げてその場に背を向ける。

 

「かなりガブモンは消耗している。それに、これ以上奴を待たせるのは不味いからな」

 

「えぇ、でも私達が行くまではデジバイスを分解するのは止めておいてね」

 

「分かって居る。俺もこんな面白いものを壊させたりする気は無い」

 

 そう告げるとブラックの足元に魔法陣が発生し、右手にレイジングハート・エレメンタルを持ちながらガブモンと共に何処かへと転移して行った。

 

「さて、行きましょうか」

 

 ブラックの転移を見届けたリンディは歩き出す。

 なのは達はその後を付いて行く。その先にはきっと自分達の想像も知らない事実が待っている事を感じながら。




本作でのディーアーク設定。

詳細:形状はデジモンテイマーズのディーアークと同じ。正しカードスラッシュ機能は存在せず、変わりにデジモンが完全体に進化する為にブルーカードは必要としないだけではなくパートナーデジモンが受けるダメージはパートナーには及ばない。ディーアーク内部はデジモンの詳細情報が記録されていて、対象のデジモンにディーアークを向ける事で情報が閲覧出来る。また、ディーアークには所有者をデータ化させる機能が実装され、現在は不可能だが条件を満たせば究極体への進化にも問題なく可能。

デジバイス設定。

名称:『レイジングハート・エレメンタル』
詳細:アルハザード技術とデジタルワールドの技術を融合させてフリートが造り上げた最高傑作のデジバイス。
現在のデバイス技術を天元突破して居るだけではなく、製作者のフリートも予想が付かないレベルで変貌し始めている。管理局が見つければ永久封印指定を間違いなく押されるロストロギア。現在は強力なプロテクトを施されて居る為に機能の約八十%が使用出来ないが、それでも『レイジングハート・エクセリオン』と同レベルを誇る。フレームやパーツは全てクロンデジゾイド製で造られ、現在のアームドデバイスとぶつかり合えば、アームドデバイスの方が粉々に砕けるほどに強靭。最大の特徴である『エレメントシステム』は〝伝説の十闘士゛の属性情報を元に造られ、ギズモンとは別の意味でデジモンにとって厄介なシステム。今現在使用出来る属性は『光』と『風』の二属性のみ。
今後のなのはの成長次第で機能が解放されて行く。

なのはが復活した詳細などは次回説明します。


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デジタルワールドへ

待たせてしまいましたが、今回は説明会になってしまいました。
また、旧作と違い奴が外に出ます。


「な、な、な、な、な、何ですかこれはぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!!!?????」

 

 アルハザードの研究室内で復活を果たしたフリートは、目の前に映る空間ディスプレイの映像と雁字搦めに封印処置した『レイジングハート・エレメンタル』から得たデータを見て大絶叫を上げた。

 空間ディスプレイに映る映像は何故かレイジングハート・エレメンタルを扱えているなのはの姿。在り得る筈が無い在り得てはならない出来事。

 更に追い打ちを掛けるようにレイジングハート・エレメンタルを調査した結果、フリートも更に驚く状態になっていた。

 

「何で扱えているんですか!? プロテクト解除のキーワードも言っていますし!? その上、何で私が施したプロテクトと全く違うプロテクトがデジバイスに施されているんですかぁぁぁぁぁぁーーー!? 一体何がどうなっているんですぅぅぅぅーーーー!!」

 

 残像が見えるほどの素早さでフリートはコンソールを弄って行く。

 事細かに映像及びレイジングハート・エレメンタルを調査し、幾つもの疑問の答えを得ようとして行く。その様子を研究室内の壁に寄り掛かりながら本来の姿に戻ったブラックは見つめ、その横に座るガブモンも水を飲みながら心配そうに見つめる。

 

「……一体何が起きているんでしょう」

 

「あのデジバイスとやらに起きている事は分からんが、お前に起きた事は分かって居る。漸くデジタルワールドも動き出したと言う事だ」

 

「……ブラックさんは僕となのはが出会えば、あの出来事が起きるって分かって居たんですか?」

 

「可能性としてな。お前と高町なのはと言う小娘には、これまでの件で妙な縁が窺えた。ルーチェモンも動き出しているとなれば、デジタルワールドの守護の力も動き出して可笑しくはない。気に入らんがお前とあの小娘が選ばれたのは、〝運命゛とやらだろうな」

 

 先ほど起きた『ディーアーク』の出現までの流れは、運命としか言えない。

 ブラックとリンディがあの場にやって来た時には、既になのはの手にディーアークは握られていたのだ。もう少し早ければバイオ・レディーデビモン達の戦闘に割り込めていただろう。だが、割り込めなかった。

 それこそ運命としか言えない出来事だった。

 

(運命か……嘗て俺もそれに負けた。今は良い。だが、何れは運命とやらも勝って見せるぞ)

 

 そう、ブラックが内心で挑むべきもののに対して意欲を募らせていると、データをある程度解析し終えたのか、フリートが頭を抱える。

 

「ふえぇぇぇぇぇぇん!!! こんな事になるなんて!? ………でも、コレ……凄く興味深い……良し! やっぱり分解して徹底調査をします!!」

 

「止めろ」

 

「ヘブッ!」

 

 即座にレイジングハート・エレメンタルの分解に乗り出そうとしたフリートの頭に、迷いなくブラックがドラモンキラーを叩き込んだ。

 そのままフリートは椅子ごと床に沈むが、ブラックは構わずにフリートに質問する。

 

「それで? 一体何が起きている?」

 

「ググッ! よ、容赦ない一撃……ウゥ……や、やっぱり……まだ怒ってます?」

 

「勝手に俺の体に手を加えたんだ。その体が跡形も無くされないだけでありがたいと思うんだな」

 

 怒りを思い出したのか殺気を僅かに放つブラックに、フリートは血まみれになっている頭部を再生させながら体を震わせる。

 ブラックが怒っている理由は、なのはの前に現れた時に成っていた人間の姿の事だった。フリートはブラックが回復の為に深い眠りについている隙をついて、データを送り込んだ。嘗てブラックを生み出した存在達の中に、デジモンから人間に化ける能力を持っている者達が居た。それを聞いていたフリートは、もしかしたらブラックも出来るかも知れないと思ってやって見たのだ。結果は成功。ブラックは人間の姿に化けられるようになった。

 無論、勝手に体を弄られたブラックは大激怒として、フリートを部屋ごとボコボコにして原型を留めない状態にした。最も其方の方がフリート的にはダメージが大きい。肉体が完全破壊されれば、新しい体の方に意識が移ってすぐに復活出来る。逆に再生の為には痛みも感じるのでかなりキツイのである。

 

「……申し訳在りませんでした」

 

「……二度と俺の体を勝手に弄るな」

 

 土下座するフリートを見下ろしながら告げ、フリートは土下座したまま何度も頷く。

 

「それで……一体何が起きた?」

 

「……うぅ……『エレメントシステム』の完成の為に必要でしたけど、まさか、こんな事態に成るなんて本気で思っていませんでしたよ……高町なのはがレイジングハート・エレメンタルを扱えている原因は……『十闘士』です」

 

「えっ!? じゅ、十闘士って!?」

 

 話を聞いていたガブモンは思わず叫んだ。

 デジバイス事レイジングハート・エレメンタルに『十闘士』の一部のデータが使われている事はガブモンも知っていた。しかし、あくまで、使われたのはデータの一部だけ。十闘士そのものが宿っているスピリットが埋め込まれている訳ではない。にも拘わらず、なのはがレイジングハート・エレメンタルを扱えた件には十闘士が関わっている。

 一体どういう事なのかとブラックはフリートに説明に続きを促す。

 

「先ず、現在のレイジングハート・エレメンタルの状態を説明しますと、全機能の八割が使用不可能。この中にはカートリッジシステムも入っています。簡単に言ってしまえば、カートリッジシステムが使用出来ない『レイジングハート・エクセリオン』ぐらいの性能しか在りません。まぁ、其処に『エレメントシステム』で『光』と『風』の二属性だけは使用可能になっていますが」

 

「……なるほど。それで、何故其処に『十闘士』が関わって来る?」

 

「人工知能を加えたデジバイスの作製の過程で一番厄介だったのだが、『エレメントシステム』のデータ容量でした。膨大過ぎるデータ容量を組み込んだAIが処理し切れずにオーバーヒートしてしまうのが失敗の原因。それで私は充分に成長して人間並みに考えられるAIならばオーバーヒートを起こさないと考えて、レイジングハート・エクセリオンのAIを組み込みました。結果は大成功でしたが、此処で私は考えを間違えていました。膨大なデータ容量が原因ではなく、『十闘士』のデータそのものが原因だったんです!!」

 

 よくよく考えてみれば、デジモンはデータの集合体である。

 『十闘士』のスピリットはそれを結晶化させたような物。一部とは言え、そのデータを抽出した結果、僅かに意思のようなものが『レイジングハート・エレメンタル』を含めたこれまで造った人工知能搭載型のデジバイスには宿っていた。

 統括意思として組み込んだAIよりも、『エレメントシステム』に宿っていた強過ぎる意思が、人工知能搭載型のデジバイスの失敗の本当の原因だったのだ。その中で唯一成功した『レイジングハート・エレメンタル』は、統括意思として『十闘士』に認められた事の証明。

 そして同時になのはもまた、『十闘士』に認められていた。

 

「高町なのはがディーアークを握る前に、『レイジングハート・エレメンタル』から声が出ました。アレは『十闘士』の声だと見て間違い在りません」

 

「そうか……『十闘士』にまで認められるほどに、あの小娘は成長している訳か」

 

 僅かに楽し気にブラックは目を細める。

 元々ブラックはなのはに余り興味が無かった。『異界』の知識でなのはの未来の実力を在る程度分かって居た為に興味を覚えては居なかったのだ。だが、ディーアークを手にし、更に『十闘士』の力を宿したフリートの最高傑作である『レイジングハート・エレメンタル』の主に選ばれた。

 最早ブラックの知る知識とは違う道をなのはは歩み出そうとしている。将来的には楽しめるかも知れない相手になるかも知れない事実に、ブラックは笑みを浮かべる。

 それを見たフリートは、凄く嫌な予感を覚えた。

 

「えっ? ……あの……ブラック……まさかと思いますけど……いや~な予感がするんですけど」

 

「フリート。ソイツを高町なのはが十全に扱える可能性は在るのか?」

 

「や、やっぱりーーー!!! 無理に決まっているじゃないですか!?」

 

 フリートは再生を終えた頭を抱えながら叫んだ。

 今のところ『レイジングハート・エレメンタル』は、ギリギリなのはが使用出来るレベルまでプロテクトが外されている。しかし、残るプロテクトの内、一つでも解除すればその瞬間になのはは扱えなくなる。

 扱えるように成る為にはなのはが技術を磨き、今後も修練を重ねなければならない。しかも、ただ現代の魔導技術を学ぶのでなく、アルハザードの魔導技術を学ばねばならないと言う前提で。

 当然ソレを教える事が出来るのは一人だけ。

 

「絶対に嫌ですよ!! 前にも言いましたけど、私の最終目的は管理世界からの『アルハザード技術の完全抹消』!! それなのにあの娘に教えたら本末転倒じゃないですか!!」

 

「奴に誰にも話さないように言い聞かせれば良い。これから奴は世界の裏を知る。裏を知ってまで話そうとする奴は、余程の馬鹿か、考え無しかのどちらかしかない。幸いにも奴は俺が知る『高町なのは』と違って、管理局には染まっていないようだからな。そうだろう、ガブモン?」

 

「は、はい。僕が来て居た事も、あの家の人達はあの子を含めて内緒にしてくれて居ました。『念話』って言う手段で連絡もしていないようでした」

 

「だ、だからと言ってデメリットの方が大き過ぎます!! ブラック達に手を貸すのはメリットが充分に在りますけど、高町なのはにアルハザードの技術を教えるメリットが無いじゃないすか!!」

 

「メリットなら在るだろう? 貴様が本当に(・・・)描いている『エレメントシステム』とやらの完成形を見られるかもしれんぞ」

 

 ブラックの発言と同時にドキッとフリートの体が強張った。

 リンディから話を聞いた時からブラックは、フリートが本当に目指そうとしているモノをある程度予想していた。以前から度々フリートは嘗てのルーチェモンと『十闘士』の話を、ブラックや三大天使から聞いていた。

 その結果、造り上げられた『エレメントシステム』はデジモンにとって使いこなせば脅威となる代物。だが、何故最初から十の属性を『レイジングハート・エレメンタル』に組み込んでいるかの謎が在る。炎属性だけを宿した機能から実験すれば良いのに、フリートは『レイジングハート・エレメンタル』に十の属性を組み込んだ。

 その目的をブラックは悟り、フリートは冷や汗を流しながら視線を逸らす。

 

「た、確かに私の目的はアレですけど……そ、それと高町なのはに教えるのとは話が違います。第一段階は既に完成したんですから、今後も研究を重ねれば問題は無い筈です」

 

「アレの為には『十闘士』に認められるのが最低条件だ。お前は製作者だから使用出来るだろうが、少なくともそのデジバイスで完成形を見る為には高町なのはの協力は必要だろうな」

 

「ムムッ……う~ん」

 

 悪魔の誘惑だと知りながらもフリートは悩む。

 確かに完成形を見れるかも知れない事実には興味が大いに惹かれる。だが、そう旨く行くとは思えない。

 もしも失敗すれば、徒労に終わるどころか、アルハザード技術の流出の切っ掛けに成ってしまうかも知れない。しかし、久々に旨く行かない研究が捗るのも事実。早期に結果を見てみたいと言う気持ちと、じっくり腰を据えて研究してみたい気持ちが鬩ぎ合う。

 本気でフリートは悩み続け、ブラックとガブモンは答えを待つ。因みにこの時点でフリートの中で『レイジングハート・エレメンタル』を分解する気は完全に無くなっていた。

 そして待つ事一時間、遂に答えが出たのか、フリートは研究室内のデスクの傍に移動し、引き出しを開けて腕時計のような物を取り出して右手首に付ける。

 

「……フゥ~、良いでしょう。ブラック! 此処は貴方の提案に乗って上げます! その代わり、テストさせて貰いますよ!」

 

「テストだと?」

 

「そうです! 高町なのはが本当に技術を教えても大丈夫なのかどうかを!?」

 

「……え~と、まさか、フリートさん? ……()に出る気なんですか?」

 

「決まっているじゃないですか、ガブモン! 貴方達デジモンやブラック、リンディさん、ルインさん、或いはクイントさんのように気を失って来るならともかく、此処に管理局関係者と密接な関係に在る高町なのはは来させられません! だから、私が外に出るんです!!」

 

「……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!!!!!」

 

 ガブモンは思わず持っていたコップを床に落としながら叫んだ。

 もしもこの場にリンディが居たのならば、ガブモンと同じかそれ以上に驚愕し、最悪の場合現実を否定する為に気絶しただろう。ただでさえフリートは問題を次々と引き起こす災厄の問題児なのだ。それが外に出るとなれば、どんなとんでもない事態を引き起こすのか想像するのも拒否するだろう。

 何とかフリートに思い留まって貰おうとガブモンはフリートに話しかけようとするが、その前にブラックが口を開く。

 

「確かお前は此処から出られないと言う話だったが?」

 

「ホホホホッ、確かに二年前はそうでした。ですが、既にその問題は解決済みです! だって、これからブラック達は忙しくなります。そうなればデジタルワールドに必要な素材を取りに行く暇が無いでしょう。ならば、私が取りに行くしかないと思って頑張ったんです!」

 

(……ど、どうしよう……リ、リンディさんが居てくれたら良かったのに!?)

 

 自分ではフリートを止められないと理解しているガブモンは、頭を抱える。

 何とか止められないかとガブモンは考え、フッと気になった事が在った事を思い出す。

 

「そ、そうだ! フリートさん! あ、あの子はどうして戦えたんですか? 確か後遺症で普通には動けない筈だったのに、何でか戦えていましたし」

 

「あぁ、アレですか……ブラック」

 

「何だ?」

 

「聞きたいんですけど、高町なのはの手に握られた機械について知っていますか?」

 

「知っている。アレは恐らく『ディーアーク』だ」

 

 レイジングハート・エレメンタルを回収した時に、ブラックはなのはの手に握られているディーアークも確認していた。

 多少形は違う部分が在ったが、それでも最も形が近いのは『ディーアーク』。四つのデジタルワールドの中でも最も過酷で無慈悲。弱肉強食の世界をデジタルワールドの中で最も表現されているが故に、他の世界よりも戦うに特化した力を選ばれし者達に与えていた。

 それこそがなのはの手に現れた『ディーアーク』。

 

(本来ならば三大天使の世界で出現するのは『ディースキャナ』の筈だが……十闘士に選ばれた人間達は今も生きて地球で生活している。それ故に守護の力は新たに『ディーアーク』を造り上げたと言う事か)

 

「『ディーアーク』ですか。身に覚えが在るのなら話は早いです。その『ディーアーク』の機能を知っている限り教えてくれませんか?」

 

「構わん」

 

 ブラックは知り得る限りの『ディーアーク』の機能をフリートに説明する。

 ガブモンを自分に関わる事などで真剣にブラックの説明を聞き入り、全てを聞き終えたフリートは納得したように頷く。

 

「なるほど……『ディーアーク』による究極進化は、パートナーである人間がデータ化してパートナーデジモンと融合ですか」

 

「……ブラックさん。もしかして僕とあの子も?」

 

「確実ではない。『ディーアーク』を持っていた奴ら全員が究極進化に至った訳ではない。何処の世界でも同じだが、『究極進化』は強力な分、其処に至るまでの道程は険しいからな」

 

 『究極進化』は強力な分、其処に至れる者は険しい道程を越えなければならない。

 例えばブラックが居た世界では『紋章』と言う力や神に匹敵するデジモンの協力が必要。三大天使の世界では『十闘士』全員に認められ、更に共に戦った人間が心の底から信頼を得なければならない。大門大達の世界も同様にデジモンと共に戦い続け、デジソウルを鍛えなければならない。

 そして『ディーアーク』が出現した世界では、デジモンと人間の『絆』が最大に高まり、共に先に進む覚悟を心から決めた時に究極進化へと至れる。中には例外は在るが、『究極進化』は険しい道程を超えた先に至れる境地。

 『ディーアーク』を得たとは言え、高町なのはとガブモンが『究極進化』に至れるとは限らないのだ。

 

「まぁ、究極体に至る力ですからね。当然と言えば当然でしょう……しかし、コレでハッキリしました。高町なのはが戦えた理由は、〝書き換えた゛んですよ。後遺症が無い体に自分の体をデータ化させて」

 

「……そう言う事か。道理でガブモンがワーガルルモンXに進化した時にデジコードに巻き込まれた訳だ」

 

 遠目から戦いを見ていた時、ブラックはガブモンの進化の様子に違和感を覚えていた。

 通常ならばパートナーが近くに居たとしても、パートナーデジモンの進化にパートナーである人間がデジコードに巻き込まれる事は無い。

 『ディーアーク』による『究極進化』か、或いは『十闘士』への進化しかデジコードに人間が巻き込まれる事は無いのだが、なのはは巻き込まれた。

 

「つまり、ガブモンの完全体への進化に巻き込まれ、その時に自身の体をデータ化させて後遺症を治したと言う訳だな?」

 

「だと思います」

 

(俺の知る『ディーアーク』とはやはり違う部分も在ると言う訳か)

 

 本来『ディーアーク』による『究極進化』は、デジタルワールドでしか行えないと言う制約が在る。

 その制約を解除して人間界でも『究極進化』を行えるようにする為には『四聖獣』デジモンの力が必要なのだ。だが、なのはの『ディーアーク』には最初から所有者のデータ化機能が宿っている。

 その時点でブラックが知る『ディーアーク』となのはが持つ『ディーアーク』には違う部分が在る。

 話を聞いていたガブモンはフッと気になり、恐る恐るフリートに質問する。

 

「……あの、そんな事をして問題は無いんですか? 僕らと違って体のデータを書き換えるなんて?」

 

「……多分問題は在るでしょう。詳しい事は検査しないと分かりませんが、デジモンで言うところの『古代種』デジモン達だけの特性である『オーバーライト』ですから……まぁ、寿命が少し削れているかも知れませんね」

 

 『オーバーライト』とは古代種デジモンが持つ特性であり、自身の体の身体能力データを書き換える事で完全体でありながらも究極体に匹敵する力である。

 だが、急激なデータの書き換えはデジモンに負担が掛かり、寿命を大幅に縮め、古代種デジモンの数はデジタルワールド全体から数えても少ない部類にあたる。なのはが無意識に行ったのはその『オーバーライト』と同じ事であり、今後も使い続ければなのはは早死にするだろう。

 

「今回は後遺症を治すぐらいのデータ書き換えでしたから、代償は少ないでしょうが、もしも大怪我を負った時にデータの書き換えを行っていたらかなりの寿命が削られたでしょうね」

 

「そうか」

 

「教えてないといけませんよね。もしも知らないで使い続けたりしたら」

 

「早死に間違い無しでしょう」

 

 重苦しい雰囲気が研究室内に満ちる。

 今はまだ知らないだろうが、なのはの性格上、ディーアークの機能を知れば使ってしまう可能性が高い。

 絶対に教えないと行けないとガブモンが考えていると、研究室の扉が開き、イガモンが慌てて入って来る。

 

「ブラック殿、ガブモン! デジタルワールドから緊急連絡でござる!」

 

「何だ?」

 

「他のデジタルワールドの守護者達と会談を行っていたオファニモン様とケルビモン様がご帰還されたとの事に御座る。ついては今後の方針についてと、現れたであろう〝選ばれし者゛に関しての協議を行いたいとの事に御座る」

 

「やはり奴らは感知していたか」

 

 ディーアークの出現を三大天使デジモンが感知出来るのは当然の事である。

 デジタルワールドの守護を担うデジモンで在り、時にはデジタルワールドを護る為に発現する守護の力を望む形で現出させる事も三大天使デジモンには可能なのだ。だが、以前のルーチェモンとの戦いの時に守護の力を『ディースキャナ』と言う形で顕現させてしまった為に、三大天使が守護の力を扱えば『ディースキャナ』と言う形でしか出現出来ない。

 言うなれば制約なのだ。守護の力はデジタルワールドを護る為に使うべきもの。それを悪用されない為に守護者でありながらも三大天使デジモンにも守護の力に関しては制約が存在しているのだ。

 だから、彼らは待っていた。守護の力自身が望む形で、そして現在の状況に最も最適な形で守護の力が現出するのを。

 

「イガモン。三大天使に伝えろ。新たな〝選ばれし者゛の所在は判明している。ソイツも伴ってデジタルワールドに向かうとな」

 

「りょ、了解で御座るが……問題は無いので御座るか」

 

「問題が出た時は俺が対処すると伝えろ」

 

「わ、分かったでござる」

 

 イガモンは返事を返すと共に部屋から退出した。

 ブラックもそのままガブモンとフリートを伴い、部屋から出ようとするが、そのブラックの脳裏に声が響く。

 

(ブラック様)

 

「ムッ!」

 

「どうしたんですか?」

 

「……ルインが目覚めた」

 

「そうみたいですね」

 

 ブラックの言葉に素早く手元にコンソールを展開したフリートが同意した。

 

「……完全復調では在りませんが、もう外に出ても問題は無いぐらい回復していますね」

 

「そうか。なら、ルインも連れて行くぞ」

 

「了解です」

 

 フリートは頷くと共にルインが入っている治療カプセルの扉を開ける指示をコンソールで送り、合流したルインと共にデジタルワールドへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 高町家のリビングでは重苦しい雰囲気に包まれていた。

 突然家の中から消えたなのはに慌てていた士郎達だが、そのなのはが無事に戻って来た事に喜び、家族それぞれ抱き締めた。同時に何故後遺症でまともに動けない筈のなのはが普通に歩いて戻って来たのかや、グレアム達だけではなく、リンディが居るのかと困惑した。

 事前にリンディがなのはぐらいの年齢にまで若返っている事は聞いていたのでその点に関しては疑問は無かったが、同時に管理局から離れた事も聞いていた。それにガブモンも居ない事に士郎達は気が付き、その説明をたった今聞き終えた。

 

「……そうですか。彼はまたなのはを護ってくれたんですね」

 

「私達が駆け付けた時には既に戦いは終わっていたので、あの生物が護っていたのは間違いないでしょう。それで、リンディ……話してくれるのかね?」

 

「……全ては管理局が在る男を保護してしまったのが、今の状況の始まりです。あの男を……『倉田明弘』を」

 

「『倉田明弘』? 名前からして地球の出身のようだけど 何故その男を管理局が保護したと言えるの?」

 

「……なのはさん? 覚えてるかしら? 管理局本局の最高評議会が潜んでいた場所に、ロボットのような見た目の生物が居た事を?」

 

「は、はい!」

 

 リーゼアリアの疑問にリンディはなのはに顔を向けて質問し、なのはは管理局本局内で見たギズモンXTを思い出して頷いた。

 最高評議員の命令で自分達に攻撃しようとし、更には直前までブラックを壁に埋め込んでいたので、なのはは良く覚えて居た。その後、クロノ達も色々調べたのだが、結局正体が分からないままだった。

 

「あの生物の名前は『ギズモンXT』。あの生物こそ、管理局内に『倉田明弘』が居る事の証拠。今は何処かに潜んでいるようだけど、あの男は放置してはおけない。既にあの男は解き放ってはならない存在を、最高評議会の力を使って解き放ってしまった。『ルーチェモン』と言う最悪の脅威を」

 

「ルーチェモン!? それはクロノが接触したと言う天使のような子供の事か!?」

 

 事前にクロノからグレアム達もルーチェモンに関しては聞いていた。

 常識を超越した存在であり、管理局が最大に警戒するブラックさえも上回る実力を秘めた、正真正銘の化け物。

 出会ったりしたら即座に脇目も振らずに逃げろと警告されている。何せ天変地異を引き起こしたかもしれない存在なのだから当然だが、その存在を解き放つのに最高評議会が手を貸していたとはグレアム達も思ってなかった。

 

「私もクロノ達が居た現場に居ました……だけど、私はルーチェモンを見ただけで固まってしまった。彼の後ろに隠れてクロノ達を逃がすのだけで限界だったわ」

 

 純粋な人間ではなく、デジモンに近い故にリンディはルーチェモンとの実力差を実感し、本能的に勝てないと感じ恐怖した。

 圧倒的と言う言葉では足りない。その気になればクロノ達は出会った瞬間にルーチェモンに殺されていた。クロノ達の決死の戦いは、ルーチェモンにとって遊びでしかない。

 

「でも、そんなルーチェモンが恐れる力が在る。それこそが今なのはさんの手に握られている『ディーアーク』」

 

「こ、これがですか!?」

 

 なのはは驚きながらディーアークを見つめ、他の者達もディーアークに目を向ける。

 手に収まるぐらいの大きさしかないディーアークが、ルーチェモンが脅威を示すほどの力を秘めていると言われて、信じられる筈が無い。

 

「……まさか、それって、ロストロギアなの?」

 

「違うわ、アリアさん。ロストロギアは過去の遺物。その『ディーアーク』はさっきこの世界に発生したのだから、ロストロギアと言う名称は相応しくないわね」

 

「待ってくれ、リンディ。君の言っている事には矛盾が在る。先ほど発生したと言っているのに、君は何故その機械の名称を知っているのだ?」

 

「……色々と此方にも事情が在るんです……(失言だったわね。彼の知識は役に立つけれど、ウッカリ知っている名称で呼んでしまったわ)」

 

 リンディが『ディーアーク』と言う名称を知っているのは、自らに流れ込んで来たブラックの記憶である。

 とは言え、その説明を出来る訳が無い。何よりどうやって説明すれば良いのかリンディには全く出来る自信が無い。特殊な『異界』と呼ばれる世界が存在している事を証明出来る術が無いのだから。

 とにかく話を変える為にリンディは口を開く。

 

「話を戻しますけど、二年前に彼が私達の前に少し現れる前、最高評議会と彼らに従う一部の勢力が、一つの世界に一つの要求を伝えました。要求の内容は、管理局にとっては当たり前になってしまった、管理世界に指定する世界に対して要求する内容です」

 

「『管理世界に指定したい』という事か?」

 

「えぇ。ですけど、その世界は『自分達はこの世界で満足しているので断る。他世界と交流する気は無い』と伝えました。でも、『倉田明弘』によってその世界の危険性を知った最高評議会は放置をせず、強硬な手段に出ました」

 

「……何をしたんだね、最高評議会は」

 

「……〝虐殺と捕獲゛」

 

『ッ!?』

 

 告げられた事実にその場にいる全員が息を呑んだ。

 

「馬鹿な!? 幾ら違法を行っていた最高評議会とは言え、そのような短絡的な事をする筈が!?」

 

「それを実行するほどの情報が、彼らの下に在れば実行するでしょうね。何せ多くの世界を管理している管理局が、勝てない存在が多数生息している世界なだけに、危険度は高い。其処に実際にその世界の危険性を知っている『倉田明弘』が話せば動くでしょう。どんな風に話したかまではもう分かりませんけど、まんまと倉田は目的どおりに求めるモノを手に入れた……『七大魔王』の一角、『傲慢』を司るルーチェモンを」

 

「『七大魔王』って……まさか、クロ助が言っていたような奴が他にも居るって事!?」

 

 信じられないと言うようにロッテが叫び、他の者達も目を見開く。

 天災を引き起こした存在が他にも存在しているなど、普通なら考えられないだろう。リンディだって信じたくはないが、残念ながら存在し、倉田とルーチェモンが復活させようとしている可能性がある。

 重々しく事情を説明しようとリンディが口を開きかけた瞬間、通信機から音が鳴り響く。

 

「ちょっと失礼します……はい、此方リンディ。あっ、ガブモン君。どうしたの? …えっ、そう戻って来たの。それでなのはさん達を連れてあそこに……はっ?」

 

 信じられない事を聞いたと言うようにリンディは固まった。

 耳に当てている通信機を持つ手が小刻みに震え、唇は青ざめ顔色は真っ白になって行く。明らかに尋常じゃない様子のリンディにグレアム達は何かが起こったと悟るが、当のリンディは構わずに通信機に震えながら質問する。

 

「ご、ごめんなさい、ガブモン君? ちょっと通信機の調子が可笑しいみたいなの……もう一度言ってくれるかしら?……『フリートさんが外に出て、一緒にデジタルワールドに向かっている』……フフッ、ガブモン君。冗談でもそんな事を言わないで頂戴……えっ? 替わる? 誰にかしら? 勿論彼かルインさん、イガモン君、シュリモン君或いはクイントさんによね? 居ない人に替われるはずが…………………な、な、な、な、な、何で貴女が其処に居るのぉぉぉぉぉーーーーー!!!!!!?????」

 

『ッ!?』

 

 突然大声を上げたリンディに全員が驚くが、当のリンディはそれどころではないと言うように通信機に向かって叫ぶ。

 

「今すぐ帰りなさい!!! えっ、もう渋谷駅の地下に居るから無理。トレイルモンが来たので乗り込みますって、止めなさい!!! もしもし! もしもし!? もしもし!?」

 

 狂乱と言うようにリンディは通信機に向かって叫ぶが、既に通信は切れていた。

 一瞬にしてリンディの顔色が土気色に染まって行く。何せ危険過ぎる人物が外に出てしまったのだ。何故外に出られない筈のフリートが外に出られたのかリンディは分からないが、時はそう無い。最早事情をゆっくり説明していられる事態では無いのだ。

 

「全員! すぐに向かうわ!」

 

「ま、待ってリンディ! 何をそんなに慌てて居るんだね?」

 

「それを説明している時間も無いんです! とにかく、これから向かう場所に行けば全てが分かります。『デジタルワールド』で全てが」

 

『デジタルワールド』

 

 そしてなのは達は向かう事に成る。

 全ての始まりにして世界に新たな秩序を造り上げた世界、『デジタルワールド』へと。

 同時に彼らは知る。現在の世界が破滅へと向かっていると言う真実を。




次回で説明会は終わり、新章に入る予定です。

因みにフリートが外に出ましたが、あくまでなのはを見極めるだけで本格的な参戦は無理です。と言うのもフリートは魔導師相手はともかく上級デジモンとの相性が悪い過ぎるので、戦闘に出ても簡単にやられてしまいますから。

活動報告に一つご報告が在ります。


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絶望と希望の事実 前編

説明が長くなってしまいそうなので、話が分かれることになってしまって申し訳ありません。

今回、旧作で出たとあるデジモンが早期登場になりました。
また独自設定も出て来ます。


 東京都渋谷駅ホーム。

 深夜の時間帯に近いせいで人の姿は無く、無人の駅ホームが広がっていた。

 その無人のホームを足早に走る集団が存在し、見回っている駅員に気づかれないうちに駅ホームに設置されているエレベータに乗り込む。同時にエレベータは勝手に起動し、地下へと向かい出した。

 

「……早く行かないといけないわ」

 

「リンディさん? 何処に向かっているんですか?」

 

「この駅の地下には人知れず造られた異世界への道があるの。【デジタルワールド】への道がね、なのはさん」

 

「……え~と、此処? 渋谷駅ですよね?」

 

「えぇ、地球の渋谷駅よ、美由希さん。だけど、在るのよ。此処の地下には異世界へのゲートがね」

 

 突然知らされた壮大な事実に高町家の面々は困惑する。

 恐らくは、別のエレベーターに乗っているグレアム家の面々も同じように困惑しているであろうとリンディは思う。無理もない。何せ渋谷駅は毎日多くの人々がやって来る場所。

 そんな目立つ場所の地下に異世界への道が在るとは、誰も思わない。だが、現実に渋谷駅の地下には、【デジタルワールド】への道が存在している。

 リンディ達を乗せたエレベーターは止まる事無く、地下へと進んで行き、到着を知らせるランプが点灯する。

 そしてリンディに続いてエレベーターから降りた高町家の面々は、広がる光景に言葉を失った。

 そこには巨大な地下ホームが存在していた。列車が到着する為の線路が並んでいる事から、此処が駅のホームなのは間違いない。

 別のエレベーターに乗って来たグレアム達も、驚きと困惑に包まれながら巨大な駅ホームを見渡す。

 

「リ、リンディ? 此処は一体?」

 

「此処こそが【デジタルワールド】に行く為のホームです。さぁ、早く乗りましょう」

 

 リンディは迷うことなく、唯一止まっていたトレイルモンに乗り込む。

 同時にトレイルモンから、僅かな警戒心が発せられている事に気が付く。

 

「(やっぱり、警戒しているわね)……大丈夫よ、最悪の場合は私が何とかするから」

 

 小さな声でリンディが呟き、少しすると警戒心が薄れて行く。

 何時もならば乗り込む前にトレイルモンは一言挨拶をしてくれるのだが、今回は無かった。リンディは事前に連絡で元管理局員のグレアム達も行くとは知らせていたが、元とは言え、管理局の人間に対して【デジタルワールド】のデジモン達は良い印象を持っていない。ルーチェモンの封印を解いてしまった上に、【デジタルワールド】から多数の幼年期デジモンとデジタマを持ち去った事も在る。

 オファニモン達やブラック達が取り直してくれるだろうが、最悪の場合は暴走したデジモンの襲撃も在り得る。

 【デジタルワールド】には数は少ないが、ルーチェモンに復讐心を宿しているデジモン達も存在しているのだ。しかも、最悪な事にその類のデジモン達の実力はかなりの領域に位置している。リンディは管理局から離反している事を先にオファニモン達が知らせてくれていたので助かったが、グレアム達は今も管理局と付き合いがあるので油断は出来ない。

 その相手の襲撃が無い事を願いながら、リンディはなのは達をトレイルモンに乗り込ませる。同時にトレイルモンは線路を走り出した。

 

「……やはり、信じられない。地球に異世界に渡る技術が在ったとは」

 

「元々【デジタルワールド】と地球は次元の壁を隔てた先に存在している特殊な世界構造だったらしいんです。【デジタルワールド】と地球の関係は、私達管理世界が認識している世界とは違う世界構造のようで、その構造上、時たまデジタルワールドに地球の人間が迷い込んでしまう時が在ったらしいんです」

 

「……もしかして、昔から語られる神隠しとか人が急に消える事件の原因は?」

 

「士郎さんが考えるように、全部がそうでは無いでしょうけど、【デジタルワールド】に迷い込んでしまった時も在ったようです。【デジタルワールド】の守護デジモンはその事を危険視し、一部だけ地球と【デジタルワールド】のゲートを開けて、次元の壁の安定を図った」

 

「それが、あの渋谷駅地下のホームという事かね、リンディ?」

 

「えぇ、そうです」

 

 【デジタルワールド】と地球は特殊な世界構造をした、双子世界と呼んでいい世界。

 それ故に【デジタルワールド】は地球との関わりに気を付けている。無論地球側が【デジタルワールド】を発見する例も在る。三大天使が治める【デジタルワールド】は、地球と【デジタルワールド】の一部にゲートを設けて、二つの世界の安定を図った。

 嘗て完全に【七大魔王】として覚醒したルーチェモンが、態々トレイルモン達が通るゲートを通過しようとしたのも、強硬な次元の壁を破ろうとすれば力を大幅に消費する事を嫌ったが故の事だった。

 

「でもさ、そんな世界構造なら、どうやって最高評議会の連中は【デジタルワールド】って世界に行けたのさ?」

 

「……確かにロッテの言う通りだ」

 

「……手に入れてしまったのよ、最高評議会は。……倉田が保有している技術の中には……管理局が最も恐れる災害を最小限で扱える技術があった」

 

「管理局が最も恐れる災害? ……ッ!? ま、まさか!?」

 

「嘘でしょう!?」

 

「ア、アレを最小限に扱えるって!? そ、そんな!?」

 

 元管理局員であるグレアム、リーゼロッテ、リーゼアリアには、リンディが言う災害の正体が分かってしまった。

 信じられる筈が無い。何せ管理局はその災害を恐れるが故に、次元世界に広く手を伸ばしているのだから。だが、遠く離れた世界には存在していた。管理局が恐れる災害を最小限に扱えてしまう禁断の技術が。

 その名をリンディは僅かに唇を震わせながら告げる。

 

「【時空振動爆弾】。ソレこそが倉田が保有していた管理局にとって最悪の技術」

 

『ッ!?』

 

 告げられた技術の名称にグレアム達だけではなく、【次元震】に関わった事があるなのはも目を見開いた。

 無論、【時空振動爆弾】には【次元震】ほどの威力は無い。だが、次元に穴を開ける力は存在している。倉田はその力を用いて、【デジタルワールド】と地球を行き来していた。

 此方の世界でも倉田は【時空振動爆弾】を造り、管理局が発見する事が出来なかった【デジタルワールド】の存在を明らかにしてしまったのである。

 

「倉田が造り上げた【時空振動爆弾】は、一時的に次元の壁に穴を開ける力があります」

 

「次元の壁に穴だと!? そ、そんな事をすれば!?」

 

「大丈夫です。此方に来て分かったんですけど、次元の壁にも修復能力が在るのである程度は耐えられます。けど……短期間に連発で使用すれば次元の壁は完全に破壊されてしまう。……実際そうなってしまった」

 

「……なってしまった? ま、まさか、その倉田と言う人物が居た世界は……」

 

「消滅の危機に瀕してしまいました」

 

『ッ!?』

 

 告げられた事実に、何故リンディが倉田を危険視しているのか誰もが理解した。

 倉田は世界を滅びに追いやろうとした途轍もない危険人物なのだ。しかも、質の悪い事に倉田は自身が居なくなった後の【デジタルワールド】と地球に起きた出来事を知らない。

 【時空振動爆弾】を使い過ぎた結末を倉田は知らないのだ。だから、【時空振動爆弾】が安全な物だと思い込んでしまっている。無論、同じ事が起きると限らない。倉田の居た地球と【デジタルワールド】の次元の壁の消滅の切っ掛けは、直前に【時空振動爆弾】の力を得た【七大魔王】デジモンの一体である【ベルフェモン】が暴れた事も原因の一つ。だが、再び【七大魔王】を集めているとなれば、同じ事が起きる可能性が高い。

 倉田は放置しておくには余りにも危険過ぎる人物なのだ。

 

「最高評議会が倉田の言い分を信じてしまったのも、【時空振動爆弾】の技術の影響も在ったのかもしれません。扱い方や研究が進めば、アルカンシェル以上に強力な兵器としての使用も可能になるかもしれないんですから」

 

「……確かにそうかもしれない。安全に一時的にでも虚数空間を開けるようになれば、危険物を其処に送る事も出来る……もしも私がその技術を知れば、闇の書を虚数空間に送る策も考えたかもしれない」

 

 危険性が高い故に【次元震】に関する研究は、管理世界では禁止されている。

 だが、倉田は管理局の法が及ばない地に居た為に、【時空振動爆弾】に関する研究を完成させてしまった。無論、【次元震】の危険性を理解していた最高評議会は使用を控えていただろうが、危険すぎるロストロギアを処理できるかも知れないとなれば、【時空振動爆弾】の使用も考えただろう。

 次元に関する研究内容は、魅力的には違いないのだから。

 告げられた事実に誰もが言葉を失っていると、トレイルモンの窓から見えていた光景が変わり、夜闇に包まれた自然の光景が広がる。

 

「……此処が」

 

「【デジタルワールド】です」

 

 夜の闇に包まれていながらも、それでも【デジタルワールド】の雄大な自然の光景になのは達は魅入ってしまう。

 トレイルモンは線路を真っ直ぐに進み、【火の街】の駅に辿り着く。リンディに続いてなのは達もトレイルモンから駅のホームに降り立つ。すると、何処からともなく悲しみにくれる女の啜り泣き声が聞こえて来る。

 

『シクシク……シクシク……』

 

「な、何!? この声?」

 

「……ハァ~、やっぱり何かやらかしたのね、あの人は」

 

 驚く美由希に対してリンディは呆れたような呟きを溢した。

 一体どういう事なのかとなのは達がリンディに視線を向けると、薄暗いホームに足音が聞こえて来る。

 

「……違いますよ、リンディさん。寧ろ何も出来ないから、泣いてるんです」

 

「あっ! ガブモン君!?」

 

「こんばんは、元気そうで良かったよ。すぐにブラックさんと戻ったから、ちょっと心配だったんだ」

 

 ガブモンの姿になのはは喜びの声を上げ、ガブモンも嬉しそうに返事を返した。

 改めて見るガブモンの姿に、グレアム、ロッテ、アリアは警戒するように見つめるが、高町家の面々は警戒する事無く近づく。

 

「またなのはを守ってくれて本当にありがとう」

 

「今度また家に来てね。その時には美味しいものを用意してあげるから」

 

「怪我の方は大丈夫なのか?」

 

「なのはの事を護ってくれたのは嬉しいけれど、無茶は駄目だよ」

 

 士郎、桃子、恭也、美由希は親し気にガブモンに声を掛ける。

 ガブモンはそれに答えながら高町家の面々と親交を深める。その間にリンディは未だに続く啜り泣き声の方に歩いて行き、ベンチにうつ伏せになりながら涙を流しているフリートと、慰めているクイントを見つける。

 

「ほら、元気を出して。あの人達も会談が終わったらある程度は自由にして良いって言ってくれたでしょう?」

 

「シクシク……酷いです。そんなの無理に決まっているじゃないですか。だって、リンディさんが来るんですよ。絶対に監視されるに決まっているじゃないですか。だから、リンディさん達が来るまでのちょっとの間ぐらいは……」

 

「そのちょっとがとんでもないからでしょう」

 

「ゲェッ!! リ、リンディさん!?」

 

 聞こえて来た声にフリートは悲鳴を上げ、リンディは頭が痛そうに額に手を置く。

 

「全く……常日頃の貴女の行動を知って居れば、自由になんてさせる訳がないのでしょう。オファニモンさん達の判断は正しいわ」

 

「だ、だからと言って、ア、アレは無いですよ!! あ、あんなとんでもないデジモンを監視役に指名するなんて!!」

 

「とんでもないデジモン?」

 

 リンディは首を傾げて周囲を見回す。

 しかし、周囲を見回してもフリートが言うとんでもないデジモンらしき者の存在は見えない。いや、寧ろリンディにはフリートが恐れるデジモンが居るのか疑問だった。確かにフリートの体の性質上、データ破壊系の必殺技を所持しているデジモンは天敵だが、実力的に必殺技を回避する事は出来る。

 一体どんなデジモンがフリートの監視役を担っているのかとリンディが疑問に思っていると、何処からともなく鳴き声が聞こえて来る。

 

「ピプ~」

 

「えっ?」

 

「アレ、母さん? 髪の毛の上に何か乗っているよ?」

 

「あら? 何かしら?」

 

 美由希に言われて、桃子が自身の頭の上に手をやる。

 すると、桃子の手に小さな何かが乗り、ゆっくりと桃子は手の上に乗った何かを皆に見えるように移動させる。

 

「パピプ~~」

 

 桃子の手の上には、小さな掌の納まるほどの大きさしかない、可愛らしい顔をして首に【ホーリーリング】を付け、薄いピンク色の体をしたクリオネを思わせるようなデジモン-【マリンエンジェモン】-が居た。

 

マリンエンジェモン、世代/究極体、属性/ワクチン種、種族/妖精型、必殺技/オーシャンラブ

大きさは人の手のひらサイズしかないが、列記とした究極体のクリオネの様な姿をした愛らしい姿の妖精型デジモン。首には神聖なデジモンを表す【ホーリーリング】を身に着けられているが、生態系としてはエンジェモン系とは別の種族である。必殺技は、相手の戦意を消失させてしまうハート型の光を放つ『オーシャンラブ』だ。

 

『か、可愛い!!』

 

 桃子、美由希、なのははマリンエンジェモンに驚きながらも魅了された。

 逆にリンディはマリンエンジェモンに驚き、ゆっくりと後退りしてしまう。デジモンに近い存在になっているが故に、マリンエンジェモンがどれほどの実力者なのかは嫌と言うほどに分かって居る。冗談抜きで、今この場に居る誰よりも高い実力をマリンエンジェモンは保有しているのだ。

 そして、リンディ以外にもマリンエンジェモンの実力を察知した者が居る。未知の世界なので周囲を警戒していたにも関わらず、士郎、恭也、グレアムは何時の間にか桃子の頭の上に乗っていたマリンエンジェモンの存在に気が付けず、アリアとロッテは素体となった生物の本能からマリンエンジェモンを恐ろしく感じる。

 そんな事に気が付かず桃子、美由希、なのはは愛らしいマリンエンジェモンに魅了され、それぞれ変わりながら抱き締める。マリンエンジェモンは楽し気に鳴くが、何故か桃子の事が気に入っているのか、自由になるとすぐさま桃子の右肩に乗る。

 

「ピプ~~♪」

 

「何か、お母さんに懐いているね」

 

「そうね。貴方の名前は?」

 

「パプ~」

 

 教えようとしているのか、マリンエンジェモンは鳴くが、意味が分からずに困ったように桃子は首を傾げる。

 

「困ったわね」

 

「……そうだ! ねぇ、なのは? 例の機械ならこの子の名前も分かるんじゃないかな。ほら、ガブモン君の事が掛かれていたんでしょう?」

 

「ちょっと待ってお姉ちゃん……え~と」

 

 美由希の指示に従い、なのははポケットに仕舞っておいた【ディーアーク】を取り出す。

 同時に液晶画面から空間ディスプレイのような物が展開され、マリンエンジェモンの情報が表示される。

 

「マリンエンジェモン。属性ワクチン種。世代は究極体……」

 

『………きゅ、究極体!?』

 

「パピ~~~!!!」

 

 マリンエンジェモンの世代にリンディ達を除く全員が驚愕し、マリンエンジェモンを見つめた。

 事前にデジモンの世代に関してはリンディから説明を受けていた。究極体と言う世代がデジモンの最終段階で在る事を。まさか、マリンエンジェモンがその世代に位置するデジモンだったのかと、全員が驚き固まってしまう。

 しかし、当のマリンエンジェモンは桃子の事がよっぽど気に入ったのか、その頬にスリスリと擦り寄る。

 同時に、何時の間にかなのはの背後に移動していたフリートが、肩越しにディーアークの液晶画面を興味深そうに眺める。

 

「ほほう。コレが【ディーアーク】ですか」

 

「ヒッ!?」

 

「興味深いですね。こんな掌ぐらいの大きさしかない機械に膨大なデジモンのデータが登録されているなんて……興味深すぎです! でも今は……」

 

「いたっ!」

 

『なのは!?』

 

 突然髪の毛を一本なのはから引き抜いたフリートは、すぐさま持っていた簡易検査機器に入れて検査し出した。

 いきなり髪の毛を抜かれたなのはは思わず頭を押さえて、他の面々もフリートに視線を向ける。しかし、当のフリートは構わずに検査を続け、表示された検査結果に溜息を溢す。

 

「あぁ、やっぱりでしたか。まぁ、普通なら辛いリハビリを超えないと治らない後遺症でしたからね。これぐらいの代償で済んだのは安いと思うべきなのでしょうね」

 

「何が分かったのかしら、フリートさん?」

 

「仮説が当たっていただけですよ、リンディさん。え~と、高町なのはさんとそのご家族の方ですよね」

 

「そうですが……貴女は一体? いきなり娘の髪を抜いたようですが」

 

「其方に関しては申し訳ありません……改めて名乗りましょう、私の名前はフリート・アルードです」

 

「フリート・アルード? ……もしや君が、ブラックウォーグレイモンの協力者の研究者かね」

 

「そうですよ」

 

 あっさりとフリートは肯定した。

 グレアム、アリア、ロッテは複雑そうな顔でフリートを見つめる。色々とフリートに言いたい事が彼らには在ったが、こうして当人に会って見たところ、何を言えば良いのか悩むしか無かった。

 フリートが何者なのかや、何故管理局と敵対しているブラックに協力しているのか、そしてリンディに一体何をしたのかなど詳しく聞かなければならない事が多い。最も当人であるフリートは、グレアム達の事など構わずに、なのはから士郎、桃子と共に離れて聞こえないように何かを小声で話している。

 

「と言う訳です」

 

「そ、そんな!?」

 

「い、今の話は冗談じゃなくて……ほ、本当なんですか?」

 

 フリートの説明を聞き終えた士郎と桃子は顔を蒼褪めさせながら、質問した。

 それに対してフリートは、持って来た簡易検査機器の表示を士郎と桃子に見えるようにゆっくりと翳す。

 

「間違い在りません。平均的なあの歳の子供よりも、僅かに短くなっています。とにかく、今説明した機能が在るのは間違いないでしょう。リンディさんからあの子の性格は聞いていますので、教えたりはしませんが、其方でも注意した方が良いでしょう」

 

「……分かりました」

 

「……あんまり頼りたくない相手ですが、このデジタルワールドに居る間は、其処に居るマリンエンジェモンに頼むと良いですよ」

 

「ピプ~?」

 

 桃子に付き添っていたマリンエンジェモンは首を傾げる。

 それに対してフリートは怯えるように後退る。冗談抜きでマリンエンジェモンはフリートの天敵だった。

 フリートはリンディが来る前に、少しでも【デジタルワールド】を研究しようとしたが、マリンエンジェモンによって阻まれてしまった。

 マリンエンジェモンの必殺技には攻撃力は無いが、その効果は強力だった。敵対した相手の戦意を失わせる【オーシャンラブ】。戦意とは何かを成し遂げようとする意欲に繋がる。マリンエンジェモンはその意欲を失わせてしまう。

 何せ研究欲の塊であるフリートが、五分以上も研究を忘れて呆けてしまったのだから。この場合、五分以上で究極体の必殺技の影響から抜け出せるフリートの異常なまで研究欲を凄いと言うべきなのか、それとも五分以上もフリートから研究を忘れさせるマリンエンジェモンを凄いと言うべきなのか悩みどころでは在るが。

 とにかく、フリートにとってマリンエンジェモンは天敵と言えるデジモンだった。因みに様子を見ていたリンディは、会談の後にオファニモン達と交渉してマリンエンジェモンをアルハザードに派遣して貰えるように頼むつもりだった。

 

「……そ、そのデジモンは……相手の戦意を失わせる力が在るんです。無茶をしようとしたら止めて貰えるように頼んでおけば良いと思います」

 

「……お願い出来るかしら、マリンちゃん?」

 

「ピプッ!」

 

 桃子の願いにマリンエンジェモンは任せろと言うように胸を叩いた。

 

「ありがとうね。後で美味しいお菓子を造って上げるわね」

 

「ピプゥ~~~♪」

 

(……随分と懐いてますけど)

 

(まさかよね)

 

 桃子に懐き過ぎているマリンエンジェモンに、フリートとリンディは念話で確認し合う。

 まさかと言う可能性が二人の脳裏には浮んでいた。だが、確実ではない。何せなのはと違い、桃子が戦いに巻き込まれる可能性は低い。デジモンと共に戦う証である【ディーアーク】が出現する事は無いと、フリートとリンディは思う。

 しかし、二人は勘違いをしていた。【ディーアーク】は確かに戦う機能が備わっているが、ソレはあくまで副産物でしかない。もっと重要なモノがデジモンと人間の間で結ばれた時に、【ディーアーク】は出現する。

 既に世界の理自体が変わってしまった事を、リンディとフリートは実感出来ていなかった。

 故に二人が思い過ごしだろうと考えていると、駅のホーム内に力強い足音が聞こえて来る。

 全員が足音の方に顔を向けると、ルインを左肩に乗せたブラックが歩いて来る。

 

『……ブラック……ウォーグレイモン』

 

「漸く来たか」

 

 僅かに恐れを含んだグレアム、ロッテ、アリア、なのはに構わず、ブラックはリンディに視線を向ける。

 

「全員付いて来い。オファニモン達が急いで協議したいらしいからな」

 

「……何かあったの?」

 

「あったようです、リンディさん……別のデジタルワールドの守護デジモンの一体がルーチェモンに敗れ、【七大魔王】のデジタマが奪われてしまったそうです」

 

「ッ!? そ、そんな!?」

 

 ルインが告げた事実にリンディは思わず叫んでしまった。

 ルーチェモン一体でも危険過ぎると言うのに、更に【七大魔王】のデジタマが奪われ、他のデジタルワールドの守護デジモンまで倒されてしまった。見えない所で、現状は確実に不味い方向へと進んでしまっている。

 

「急ぐぞ。今後の対応に関して話さなければならん。其処に居る小娘に関してもな」

 

 ブラックの視線はガブモンの背後に居るなのはに移る。

 視線を向けられたなのははビクッと体を震わせ、思わずガブモンの毛皮を握ってしまう。

 

(やはり俺の知識に残ってる高町なのはと変わって来ているな)

 

 なのは本人は無意識だろうが、ガブモンを頼りにしている。

 何処か自分一人で頑張ろうとしていたブラックの知る高町なのはとは、確かに違って来ている。

 

(恐らくは、戦えない状態で何度も命の危機に瀕して、その度に護られた影響か……まぁ、コイツがどうなるのかはフリートの試練を超えられるかどうか次第だが)

 

 事前にブラックはフリートがなのはに与える予定の試練の内容を聞いている。

 難しく険しい試練。その試練を超えられるかどうかは、なのは次第。失敗すれば【レイジングハート・エレメンタル】は分解される事になる。

 ブラックとしては興味深い【レイジングハート・エレメンタル】を分解はさせたく無いが、ソレを扱える可能性が在るのはなのはだけとなれば、なのはの可能性に賭けるしかない。

 

(無論。奴が俺の予想通りの結果になった時は、存分に戦わせて貰うがな)

 

 今のところブラックの最大の戦闘対象はルーチェモンだが、強敵との戦いも同時に求めている。

 前回は運よく逃げる事が出来たが、次は無い。故にルーチェモンと再び対峙した時の為にも、実力を上げておかなければならない。

 

(会談の後にオファニモン達に許可を貰わなければな……デジタルワールドの最深部、【ダークエリア】への立ち入りの許可を)

 

 ブラックは自身の今後の行動を決めるとなのは達に背を向ける。

 

「付いて来い。お前達の知りたい事は全て、これから行く場所で分かる。最も……知らない方が幸せだったと思うような事実だろうがな」

 

 不吉な事をブラックは告げると、最早振り返る事無く歩いて行く。

 迷う事無くフリートはクイントと共に後を付いて行く。リンディは溜め息を吐くと、なのは達に振り向いて先ほどのブラックの言葉の意味を補足する。

 

「事態は更に不味い方向に進んでしまったようです。今ならまだ知らずに居られるでしょうけど、付いて行けば後戻りは出来ないわ」

 

「……それほどの事態だとすれば、知らずにいる方が恐ろしい」

 

 グレアムの言葉になのは達も頷く。

 何も知らないでいる事の恐ろしさを、二年前の管理局の一件で彼らは学んでいる。不安と恐怖は感じるが、何も知らないでいる事の方が恐ろしい。

 ガブモンとマリンエンジェモンは、なのは達を心配そうに見つめる。二体には分かって居る。

 この先には絶望的な情報しかない。ルーチェモンだけでも不味いのに、更に【七大魔王】の一体が敵として現れる可能性が高くなってしまった。それでも彼らは踏み出した。

 その一歩が絶望に落ちる一歩ではなく、絶望に抗う為の一歩になる事をリンディ、ガブモン、マリンエンジェモンは願うのだった。




と言う訳で出たデジモンは、旧作での桃子のパートナーデジモン事、『マリンエンジェモン』でした。
リンディはアルハザードに来てくれる事を願っていますが、無理です。
マリンエンジェモンの行先は一つだけです。

フロンティアでロイヤルナイツのデュナスモンやロードナイトモンが、ルーチェモンの甘言に乗って地球に向かおうとしていたのがちょっと気になったので、フロンティア世界のデジタルワールドと地球の間には、他のデジタルワールドよりも強固な次元の壁が在る設定にしました。
安全に破る為には倉田が用いた【次元振動爆弾】を使用するしかないです。
たた渋谷駅のトレイルモンの線路だけは、次元の壁が無い設定になっています。七大魔王に覚醒したルーチェモンなら、強固な次元の壁を破壊出来ますが、それをやるとエネルギーを大きく使ってしまうのでやらなかった事にしました。

次話も出来るだけ早く投稿できるように頑張ります。


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絶望と希望の事実 後編

お待たせしました。


 火の街の駅ホームから出たなのは達は、先を歩くブラックの後を続いて行く。

 深夜の時間帯なので、街の明かりは少ないが、街路は街灯の灯に照らされているの安全に進む事が出来た。先頭をルインを肩に乗せたブラックが進み、次にクイントの手を引いたフリート、最後尾にはリンディとガブモンが歩き、なのは達は真ん中を歩くと言う並びである。

 実はコレは襲撃を警戒しての事だった。二年前の件でデジモン達の中には人間に不信を抱く者も少なくは無く、更にルーチェモンが復活した事も既に【デジタルワールド】全土に伝えられている。

 今現在の【デジタルワールド】は厳戒態勢に近い。何時ルーチェモンが舞い戻って来るのかと、多くのデジモン達が怯えているのである。ソレだけの事をルーチェモンはしたのだ。

 火の街の日常を二年間の間で知っているリンディは、何処か怯えた雰囲気を発する街に苦い顔をして、嘗てルーチェモンが行なった恐怖の象徴がある夜空に思わず目を向けてしまう。

 地球と【デジタルワールド】が双子世界ならば、存在していても可笑しくない筈のモノが夜空に浮かんでいない。その理由をリンディは知っている。恐ろし過ぎる事実。

 【デジタルワールド】に住むデジモン達は、夜空を見る度に嫌でも理解してしまうのだ。ルーチェモンの恐ろしい脅威を。

 なのは達が物珍しそうに火の街の街並みを見回していると、一つの大きな建物に辿り着く。

 先頭を歩いていたブラックが建物の入り口の扉を開けようとするが、その前に内側から扉が開き、中から背中に六枚の白き翼を生やし、両肩に十字を象った紋章が刻まれた巨大な肩当てを装備し、顔に仮面をつけ、全身を鎧で覆った主天使型デジモン-【ドミニモン】が出て来た。

 

ドミニモン、世代/究極体、属性/解析不可、種族/主天使型、必殺技/ファイナルエクスキャリバー

『三大天使』デジモンの下に属する主天使型デジモン。表に姿を現すことが少なく、生態についてはよく分からないと言う謎の多いデジモン。同じ天使型デジモン達とは違い、あらゆる事が不明。必殺技は、腕の鎧の手首から光の剣を出現させて敵を斬る『ファイナルエクスキャリバー』だ。

 

「ドミニモン!?」

 

「ん? ……おぉ!! ガブモンではないか!?」

 

 呼びかけられたドミニモンはガブモンを目にすると共に、嬉しそうな声を上げてガブモンに近寄った。

 ガブモンも嬉しそうにドミニモンに駆け寄って、二体は握手を交し合う。

 

「久しぶりだね、ドミニモン!」

 

「あぁ、お前は【デジタルワールド】の外に、私は【ダークエリア】付近の警備で忙しい身の上だからな……元気そうで良かったが、この者達がそうなのか?」

 

「う、うん」

 

 ドミニモンの質問にガブモンは頷く。

 同時にドミニモンから僅かに殺気が漏れ、士郎達はすぐさま桃子となのはを護るように立つが、マリンエンジェモンがドミニモンと士郎達の間に浮かび上がる。

 

「ピプッ!!!」

 

「……マリンエンジェモンか」

 

 怒っているマリンエンジェモンにドミニモンは殺気を収めた。

 そのドミニモンにリンディが近づいて来て話しかける。

 

「ドミニモンさん、気持ちは分かりますけど、今の彼らは管理局と距離をおいている身です。殺気を向けるのは……」

 

「リンディ殿。貴女の事はこの【デジタルワールド】を襲うように命じた命令者達を処罰した事とオファニモン様達の通告で認めているが、私は彼らを信用出来ない。その理由は分かって居る筈だが?」

 

「それは……」

 

 ドミニモンの言いたい事をリンディは理解している。

 特にドミニモンがどう言う事情にあるのかも。警戒するようになのは達にドミニモンは仮面を向けていたが、ゆっくりと背を向けてその場から離れ始める。

 

「……ブラックウォーグレイモン。三大天使様から伝えられると思うが、現状【ダークエリア】に居る暗黒デジモン達には動く気配はない」

 

「そうか」

 

「……だが、これから先は変わる可能性も在る。この【デジタルワールド】から、ルーチェモンに協力するデジモンが出て来る事もある……あの【デュナスモン】と【ロードナイトモン】のようになッ!」

 

 心底忌々し気にドミニモンは言い捨てると共に去って行った。

 その背を見ていたガブモンは、警戒しているグレアム達に振り返ると、深々と頭を下げて謝罪する。

 

「……ドミニモンがすいませんでした。でも、ドミニモンにも事情があるんです」

 

「彼は、昔この【デジタルワールド】でルーチェモンが蛮行を行なった時に生き残った数少ないデジモンの一体なんです。だから、今の【デジタルワールド】を護ろうとする意志が人一倍強い。その分、ルーチェモンを復活させてしまった管理局に対する怒りが強いんです」

 

 ガブモンの謝罪の意味を補足するようにリンディが説明した。

 ドミニモンはガブモンと同じように嘗てルーチェモンが行なった蛮行から生き残ったデジモンの一体である。戦いの後は、【十闘士】と新たに生まれ変わった【三大天使】達と共に【デジタルワールド】の復興作業に遵守し、【三大天使】からも信頼が厚く、復興後は【デジタルワールド】で最も危険な地帯である【ダークエリア】の警備任務についていた。

 ガブモンとも復興作業の最中に出会い、共に行動した事がある。

 

「……事情は分かった。しかし、ルーチェモンとは一体何を行なったのだ? 随分とこの世界の者達に危険視されているようだが」

 

「……それをこれからお話しましょう」

 

『ッ!?』

 

 グレアムの疑問に答えるように、閉まっていた屋敷の扉が勝手に開き、中から翡翠の鎧と仮面を被り、神々しい雰囲気を発しているオファニモンが出て来た。

 圧倒的な雰囲気を発するオファニモンに、グレアム達は息を呑んで呆然と見つめてしまう。ブラックの放つ威圧感とは違い、オファニモンの放つ威圧感は安らぎを感じるような穏やかな威圧感だった。

 

「ようこそ、【デジタルワールド】へ。事情が事情故に歓迎は出来ませんが、貴方方が知りたい事を全てお話ししましょう」

 

 オファニモンはそう言いながら、グレアム達の顔を見回し、最後になのはに顔を向ける。

 

「……貴女がそうなのですね」

 

「えっ?」

 

「……それでは中に」

 

 オファニモンに促されてグレアム達は屋敷の中に入る。

 入った先の通路を歩いて行き、オファニモンは一つの扉を開ける。内部には円形のテーブルと椅子が人数分用意され、既にセラフィモン、ケルビモンが座っていた。

 

「良く来てくれた」

 

「席に座ってくれたまえ。立ち話を行なうには長すぎる話になる」

 

 明らかに偉大な存在としか思えないセラフィモンとケルビモンの丁寧な対応に戸惑いながらも、なのは達はそれぞれ椅子に座る。唯一ブラックだけは三大天使の背後の壁に寄り掛かり、リンディ、フリート、クイント、ルインは三大天使側の席に座った。

 ガブモンはなのはが余り離れたく無さそうだったので隣の席に座り、マリンエンジェモンは桃子の右肩に当然と言わんばかりに乗っていた。

 

「ようこそ、【デジタルワールド】へ。立場上貴方がたを歓迎は出来ませんが、来てくれた事に感謝します」

 

「元管理局員のギル・グレアムだ。先ず最初に聞かせて貰いたいのだが、この世界で管理局員が虐殺と捕縛を行なったと言うのは事実なのかね?」

 

「事実です。その時の光景を御見せいたしましょう」

 

 オファニモンはゆっくりと席に座りながら右手に翡翠の槍を出現させる。

 そのまま力強く槍柄で床を叩く。同時に周囲の光景が変化し、ブラック達も見た管理局員によるデジモンの虐殺と捕縛の映像が展開された。

 未知の力による映像展開に驚きながらも、グレアム達は次々と武装局員達が幼年期や成長期、そして成熟期デジモン達を殺し、デジタマを回収して行く光景を目にする。更に映像は変わり、大気圏外で待機していると思われる長距離魔導砲が備わった艦艇が映し出される。

 艦艇は地上に向かって魔力砲を撃ち出し、何らかの遺跡を護っていたデジモン達に無慈悲に攻撃を加えて行く。そして身動きが取れなくなったところで武装局員達が転移して来て、デジモン達の身動きを完全に封じ、遺跡内部から一つのデジタマが持ち去られる光景が映し出された。

 其処で映像は終わり、部屋の中は元の光景に戻った。

 

「……最後に映し出された光景に映っていたデジタマこそが、今あなた方の前にも姿を現したルーチェモンのデジタマです」

 

「我々は何としてもルーチェモンの復活だけは防ぎたかった。その為に強力な封印を奴のデジタマに施していたが、其方の組織が保管していたロストロギアと言う代物で……」

 

「奴の封印は解かれてしまったと我々は考えている。そして封印が解かれた奴は、別世界の【デジタルワールド】を襲撃し、守護デジモンを一体滅ぼし、更なる【七大魔王】のデジタマを得てしまった」

 

「……ま、待ってくれ? 今別世界の【デジタルワールド】と言ったが、どういう事かね?」

 

「あなた方は認識出来ていませんが、【地球】は一つでは在りません」

 

 再びオファニモンは床を翡翠の槍柄で衝き、四つの地球が浮かぶ光景を部屋の中に展開した。

 

「次元世界と呼ばれる空間は果てしなく広がっています。あなた方管理局が認識しているのはほんの僅かなのです。更に遠くに離れた場所には、似たような世界が存在しているのです」

 

「ま、まさか……そんな事が?」

 

「それじゃ、【地球】は四つも在るのか?」

 

「いえ、それ以上に存在している可能性も在るでしょう」

 

 驚天動地の事実に驚くグレアムと士郎にオファニモンは冷静に事実を告げた。

 他の面々も今まで知っていた常識を覆すような事実に顔を見合わせる。

 

「分かりやすく言えば、なのはさん達が住む市である海鳴市が無い地球が存在していると思えば良いわ」

 

「まぁ、そんな感じでしょうね。問題は、貴方達が住んでいる【地球】を含めた四つの【地球】全てに【デジタルワールド】が隣接している事です」

 

「四つ全てに!?」

 

「その通りです。そしてこの一つの地球から、【倉田明弘】は此方側に飛ばされて来たのです」

 

 カァンッと言う音が室内に響くと共に、新たな光景が展開された。

 数え切れないほどに薙ぎ倒されたビル群。亀裂が幾重にも入り道路。人の気配が全く感じられず、暗闇だけに支配された廃墟の街並みの光景が広がった。

 一体何なのかとなのは達が周囲を見回すと、聞くだけで絶望感と恐怖心を抱いてしまう咆哮が轟く。

 

『■■■■■■■■■■ッ!!!!!』

 

「……な、何? 今の声は!?」

 

「気をしっかり持って下さい。映像故に影響力は低くなっていますが、それでも心を強く保てなければ〝折れます゛」

 

 恐怖に震える美由希にオファニモンが冷静に言葉を告げた瞬間、巨大な黒い鳥型のデジモンがビルを薙ぎ倒しながら吹き飛ばされて来た。

 次に狼のような鎧を身に纏い、背中にマントを棚引かせたデジモンと十二枚の機械の翼を持ち、鎧を纏った竜型のデジモンが鳥型のデジモンが飛ばされて来た方向に向かって行く。

 地上からは頭部がバラを思わせるような形状をした人型のデジモンが向かって行く。

 その先には、ビルの破片を巨大な足で踏み潰し、幾重にも鎖を巻き付けた筋骨隆々の体躯を持ち、背に巨大な黒い翼を三対六翼広げた獣の顔立ちをして太い角を二本備えたデジモンが立っていた。

 見るだけで恐怖を感じ、絶望感が心の底から沸き上がって来るような悪魔を超える魔王。そうだと言われても信じられるほどの強大な威圧感を発するデジモンを目にして震えるなのは達に、オファニモンは名を告げる。

 

「【ベルフェモン】。ルーチェモンと同じ【七大魔王】の称号を持つ魔王デジモンです」

 

ベルフェモン・レイジモード、世代/究極体、属性/ウィルス種、種族/魔王型、必殺技/ランプランツス、ギフトオブダークネス

ベルフェモンは千年に1度の周期で永き眠りから覚めた時に見せる本来の姿。眠りから覚めたベルフェモンは怒りの権化と化し、視界に入るもの全てが破壊の対象となり、再び眠りにつくまで止まる事は無い。ベルフェモン・レイジモードの咆哮を受けただけで、完全体以下のデジモンはデータ分解し即死するといわれており、究極体デジモンといえども無傷ではいられない。必殺技は、体に巻きついた鎖から発する黒い炎【ランプランツス】と、地獄の炎を纏った爪から繰り出される斬撃【ギフトオブダークネス】。なお、【七大魔王】を冠するデジモンに葬られたデジモンのデータは輪廻転生することなく、ダークエリアの中心へと送り込まれ、魔王たちの血肉となる。

 

「こ、コレが……クロノ達が出会ったと言うルーチェモンと同格の存在だと……馬鹿な、これではまるで」

 

「……本物の魔王」

 

「こ、怖い」

 

 全身が恐怖で震えながらグレアム、ロッテ、アリアは呟いた。

 桃子も思わず隣に座っていた士郎の手を握り、なのはもガブモンの毛皮を掴んでしまう。

 恭也と美由希も折れそうになりそうな心を必死に奮い立たせる。

 ベルフェモンの姿になのは達が恐怖を感じる間にも映像は続き、ベルフェモンが空間を引き裂く光景が映し出されて行く。引き裂かれた空間は修復をする様子も見せずに残り続け、グレアムはまさかと言う気持ちを抱く。

 

「……ま、まさか……あ、アレは?」

 

「く、空間を傷つけているの!? そ、そんな事をしたら!?」

 

「【次元断層】が起きる!!」

 

「いいえ、貴方がたが危惧する事態にまでは及びません。特殊な世界構造をしているおかげで、ベルフェモンの攻撃で傷つくのは【地球】と【デジタルワールド】の時空間です。ですが、その境界は……」

 

 トンっとオファニモンが床を槍柄で再び叩くと、周囲の光景は変化する。

 新たに映し出された光景は、ベルフェモンが消滅して行く光景だった。その事実にグレアム達は目を見開く。

 魔王としか称する事が出来ないベルフェモンが消滅するなど、グレアム達は在り得ないと思っていた。だが、現実にベルフェモンは消滅し、空中に中年の白衣を着た男が投げ出される光景が広がっている。

 そしてその男性が何らかのスイッチを押すと同時に、同じように空中に投げ捨てられていた丸い機械の爆弾が爆発した。

 次の瞬間、広がった光景をグレアム達は一生を忘れないだろう。空間に次々と罅が広がり、中年男性の目の前に空間の穴が出現して男性は飲み込まれた。それだけでは終わらず、空間の罅は世界全体に広がり、遂に砕け散り、空に【デジタルワールド】が出現した。

 同時に映像は消え去り、元の部屋の光景へと戻った。

 

「今のが実際に起きた出来事です」

 

 オファニモンの言葉にグレアム達は口を開く事が出来なかった。

 世界の崩壊の光景。ソレを目の当たりにした事に誰もが言葉を失うしかなかった。仕事ゆえに危険任務についていたグレアム達も、今の光景には言葉を失うしか無かった。

 【ジュエルシード】や【闇の書】、或いは他の古代の遺失物ではなく、現代に存在する物で世界崩壊が起きかけた。更に一目見るだけで絶望するしかないと思えてしまうほどの威圧感を放っていたベルフェモン。それと同格の存在だと言うルーチェモンは、既に解き放たれてしまっている。

 恐る恐る美由希が手を上げて、オファニモン達に質問する。

 

「あ、あの……今の映像で映っていた地球はどうなったんですか? や、やっぱり滅んでしまったんですか?」

 

「いや、滅んではいない」

 

「あの映像の後、人間とデジモンが協力して動き、最終的に世界の崩壊は免れた」

 

 なのは達はセラフィモンの言葉に安堵の息を吐いた。

 例え自分達が住む【地球】とは違うとは言え、やはり【地球】が滅んだと言われて冷静でいる事は出来ない。

 しかし、安堵しては居られない。ベルフェモンと同格の存在である、ルーチェモンが次元世界の何処かに潜んでいるのは間違い無いのだから。

 今後どうすべきなのかとグレアムは考えようとするが、フッと駅でルインがリンディに告げた事実を思い出す。

 

『別のデジタルワールドの守護デジモンの一体がルーチェモンに敗れ、【七大魔王】のデジタマが奪われてしまったそうです』

 

「……ま、まさか」

 

「どうやら気が付いたようですね」

 

 絶句して言葉を漏らしたグレアムに、オファニモンは神妙な顔をして頷いた。

 自身の推測が当たってしまった事実に、グレアムは全身から冷や汗を流し、顔は蒼白になった。何故オファニモンが態々絶望と恐怖しか与えないベルフェモンの姿を見せたのか。

 ソレはベルフェモンが〝管理世界に現れる゛可能性が在るからだった。

 恐怖に震えるグレアムの様子に、他の面々もまさかと言う思いを抱きながらオファニモンは残酷な事実を告げる。

 

「そう遠くないうちにベルフェモンは、復活を果たします。今度は先ほどの映像での〝不完全体゛ではなく、ルーチェモンの手によって完全な状態で復活する事になるでしょう」

 

 オファニモンが告げた事実を一瞬、グレアム達は理解出来なかった。

 正確に言えば、理解するのを拒否したかったと言うのが正解なのかもしれない。だが、オファニモンが訂正の言葉を告げない事から徐々に理解が及んで来たのか全員が顔色を蒼白にする。

 

「ふ、不完全体?」

 

「ア、アレで?」

 

「う、噓でしょう?」

 

「……そんな」

 

「残念ながら事実です。本来のベルフェモンならば、『レイジモード』になる事無く、映像の中で戦っていた四体のデジモン達を倒す事が可能なのです」

 

 再びオファニモンが槍で床を衝くと、今度は机の真ん中辺りに映像が展開された。

 怪しく輝く鎖で体を縛り、小さな両手で時計らしき物を抱え、長く曲線を描く2本の角を頭部から生やした愛らしい猫を思わせるような容姿をし、目を瞑っているデジモンが映し出された。

 

「ベルフェモンには二つの形態が在ります。一つは最初に見た『レイジモード』。そしてもう一つがこの状態。通常時はこの『スリープモード』なのです」

 

ベルフェモン・スリープモード、世代/究極体、属性/ウィルス種、種族/魔王型、必殺技/エターナルナイトメア、ランプランツス

ダークエリアの最深部に封印されていると言われる【怠惰】の称号を持つ七大魔王デジモン。強大すぎる力を持つため、デジタルワールドのシステムによって、データをスリープ状態にされているといわれているが真偽は定かではない。深い眠りについているため、自ら攻撃を繰り出すことは出来ないが、寝息だけでデジモンにダメージを与えることが可能であり、そのためベルフェモン・スリープモードの寝込みを襲うことは容易ではないだろう。必殺技は、安らかな寝息から発動し、全方位と広範囲に衝撃波を撒き散らす【エターナルナイトメア】と、体に巻きついた鎖から発する黒い炎【ランプランツス】だ。【エターナルナイトメア】は眠りが深ければ深いほどに威力が上がるが、眠りが浅いだけでも並みの完全体が消滅する威力を秘めている。もしも睡眠不足であれば【エターナルナイトメア】はお勧めである。永遠の眠りを約束してくれるだろう。

 

「な、何か可愛いけれど……『スリープ』って……もしかして寝てるの?」

 

「なら、『レイジ』と言うのは怒りの意味だから、寝ているベルフェモンを起こしたらさっきの姿になるという事か」

 

 美由希と恭也は得た情報からベルフェモンの事を推測し、他の面々もベルフェモンに対して理解が及んで行く。

 

「ならば、完全に覚醒したとしても眠らせたままにしていれば問題は無いのでは?」

 

「いいえ。確かに『レイジモード』にさえしなければ、ベルフェモンが本当の力を発揮する事は在りません。ですが、ソレは一時的な凌ぎでしかありません。何故ならばベルフェモンは……眠りながら世界を滅ぼせるデジモンなのです」

 

『……ハッ?』

 

 一瞬言われた意味が分からず、なのは達は思わず唖然とした。

 眠りながら世界を滅ぼせるなど冗談としか思えない。だが、残念ながら事実だった。

 

「【七大魔王】デジモンにはそれぞれ冠する称号が存在する。君達が知っている、ルーチェモンは【傲慢】の称号を」

 

「そしてベルフェモンが冠する称号は【怠惰】。『スリープモード』時の奴こそがその称号を最も表している」

 

「眠りが深ければ深いほど、ベルフェモンの必殺技である【エターナルナイトメア】の威力は上がり、最終的には世界全土に衝撃波が襲い掛かります。そうなる前にベルフェモンを倒さなければならない」

 

「……しかし、倒そうとすれば目を覚まし、先ほど見た『レイジモード』になると言う訳か」

 

 三大天使デジモン達の説明に、グレアムは【闇の書】以上の危険存在に絶望感を抱いた。

 【闇の書】が暴走しても、最終的に犠牲は大きいが【アルカンシェル】を使えば対処は何とかなった。だが、絶えず衝撃波を撒き散らすベルフェモン・スリープモードには、【アルカンシェル】が通じない。

 【アルカンシェル】が届く前に、ベルフェモン・スリープモードの必殺技【エターナルナイトメア】が発する衝撃波によって防がれてしまう。世界全土を覆い尽くすほど広範囲を襲う衝撃波など止める以外に手段は無いと言うのに、止めれば魔王として真の覚醒をして世界を滅ぼす。

 ルーチェモンは天変地異を巻き起こし、ベルフェモンは世界を滅ぼす。誰もがブラックの言葉の意味を理解した。

 知った事には絶望しかないと言う事を。

 

「……聞きたいが、貴方達はルーチェモンとベルフェモンに勝てるのか?」

 

「……ベルフェモンならば、多くの犠牲を覚悟すれば勝てます。ですが、ルーチェモンには私達は勝てません。勝てない理由が在るのです」

 

「本来ならば……この世界の守護を担うデジモンはルーチェモンだったのだ。だが、ルーチェモンは守護ではなく支配を選び、【七大魔王】になった」

 

「そのルーチェモンの暴挙を止め、奴から守護の役割を奪い、私達がその座を担った。つまり、私達の守護の力は元々はルーチェモンの力の一端なのだ。だからこそ、私達が敗北すれば奴は私達から力を取り戻す事が出来る。そうなれば奴は【七大魔王】として覚醒してしまう。だからこそ、奴が目覚める前に何としても奴が眠っていたデジタマを回収せねばならなかったッ!!」

 

 ドンッと悔し気にケルビモンは机を叩いた。

 打てる手は打っているつもりだった。だが、余りにもルーチェモンの覚醒が早過ぎたのだ。

 オファニモン達が知らなかった各世界の遺失文明の遺産であるロストロギア。ソレを大量に保管していた管理局の存在をオファニモン達が知らなかった故に、ルーチェモンの覚醒時期を見誤ってしまった。

 最もブラック達にロストロギアを回収してくれと頼んでも無理だった。数が多過ぎる上に、管理局だけではなく次元犯罪組織まで所持しているのだ。管理局から奪うだけではなく、数多い次元犯罪組織からまで奪えと言われてもブラック達でも無理としか言えない。

 それだけ管理局が敷いた次元世界の秩序は広いのだから。どうやってもルーチェモン復活は時間の問題に過ぎなかったのだ。

 

「……今日はもう遅い時間帯です。これ以上の説明は明日しましょう。無論、聞く気が在ればですが……ガブモン、マリンエンジェモン」

 

「は、はい!」

 

「パプッ!」

 

 オファニモンに呼ばれたガブモンは立ち上がり、マリンエンジェモンも桃子の肩から浮かび上がった。

 

「皆さんを寝台部屋に案内して上げて下さい。場所はマリンエンジェモンが知っていますから」

 

「わ、分かりました」

 

「あっ、序にクイントさんもお願いしますね。ちょっとショックが強過ぎたみたいなので」

 

 フリートはそう言いながら、横で顔を蒼褪めさせて震えていたクイントを立ち上がらせ、ガブモンに預ける。

 ガブモンも椅子から立ち上がり、なのは達を促してマリンエンジェモンと共に寝室に案内して行く。

 扉が閉まり、なのは達が居なくなった事を確認したブラックは寄り掛かっていた壁から離れ、オファニモンに話しかける。

 

「それでオファニモン。他の【デジタルワールド】の代表者達の話し合いはどうなった?」

 

「先ず最終的な結果から告げます。各世界の【デジタルワールド】から援軍が来る事になりました」

 

「ほう……一体誰だ?」

 

「先ずはベルフェモンのデジタマが奪われた世界からは、一人の人間とそのパートナーデジモン、そしてロイヤルナイツが一体です」

 

「人間とパートナーデジモンに、ロイヤルナイツですか。もしかしてその人間とパートナーデジモンって?」

 

「はい、不完全体のベルフェモンを倒した者達です。心強い援軍になってくれるでしょう」

 

 ルインの疑問にオファニモンは頷きながら答えた。

 最もソレだけでルーチェモン達に勝てる可能性は低い。何処に居るか分からない上に、ベルフェモンのデジタマまで奪われてしまっただけでなく、今度はルーチェモンまで居るのだ。

 ベルフェモンを以前の不完全な状態で復活はさせないだろう。例え倉田が不完全な状態で復活させようとしても、ルーチェモンが止めるか、或いは逆に利用してベルフェモンを自らが覚醒する為のエネルギー源にする可能性が在る。他の【七大魔王】と違い、ルーチェモンが完全覚醒する為の条件は厳しいのだから。

 強力な援軍にリンディは頼もしさを覚えながら、次に関して質問する。

 

「それで他の【デジタルワールド】からは一体誰が?」

 

「ブラックウォーグレイモンが元々居た【デジタルワールド】からは、残念ながらデジモンの援軍は来ない。彼方の世界は今、重要な時期に在る。故に戦力を減らしたくはない。だが、代わりにブラックウォーグレイモンが知っている相手が来てくれる事になった」

 

「俺が知っている? ……なるほど、〝アイツ゛か。確かに奴ならば、管理局に対しては助かるな」

 

 ブラックの脳裏に民族衣装を着た一人の男性の姿が浮かび、懐かし気に目を細めた。

 

「あぁ、〝彼゛は戦闘能力は無いが、その分、他の面では助かる。コレまで管理局と言う組織内部を調べるのは隠密デジモンに頼らざる得なかったが、〝彼゛が来てくれればより精密な情報を得る事が出来る」

 

「だから、貴様らは許可を出したのだな。元管理局の人間が【デジタルワールド】に来る事を」

 

 オファニモン達が何故【選ばれし者】ではない、グレアム達が【デジタルワールド】に来るのを許可したのかブラックと、そしてブラックの知識を持っているリンディは悟った。

 逆にブラックが言う相手が分からないルインは不満そうにブラックを見つめるが、後で教えてくれるだろうと思い黙る。フリートは興味は在るが、何れ会えるだろうと思い、その時に調べれば良いと考えているのか、次に話を進める為に口を開く。

 

「ソレで? 最後の【デジタルワールド】からは誰が来るんですか? 確か最後の【デジタルワールド】は【四聖獣】デジモンが管理している世界ですよね? 過激派のデジモンも居るらしいですし、やっぱり強力なデジモンですか?」

 

 その質問にオファニモン、セラフィモン、ケルビモンは神妙な顔をして見合わせる。

 ブラック達はその様子に、【四聖獣】達が守護する【デジタルワールド】から来る援軍は、余程の事情が在る援軍なのだと悟る。

 悩むようにしながら、オファニモンが口を開く。

 

「……【四聖獣】達が守護する【デジタルワールド】から来る援軍は、最大の切り札になり得るデジモンです」

 

「許可を出すべきなのか、最後まで悩んだ。だが、彼のデジモンに対する【四聖獣】達の信頼に賭ける事にしたのだ」

 

「……一体誰だ? まさか、あちらの世界のテイマーとそのパートナーデジモンか?」

 

「いいえ、違います……来る援軍のデジモンの名は【ベルゼブモン】。【暴食】の称号を冠する【七大魔王】デジモンなのです」




次回はなのは達がどのような選択をするのか。
そして選択の末に待つ試練に移ります。


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険しき試練 Ⅰ

明けましておめでとうございます!!
本年も宜しくお願いします!


 なのは達が最初に【デジタルワールド】にやって来て一夜過ごした【火の街】から、十キロほど離れた場所に在る草原で、バリアジャケットを纏い、【レイジングハート・エレメンタル】を握ったなのはが地面に倒れ伏していた。

 なのはが倒れ伏している場所から少し離れた場所には、心配そうになのはを見つめる高町家の面々に、信じられないようなモノを目にしたように体を震わせるグレアム、アリア、ロッテが立っていた。リンディとルイン、クイント、ブラック、そしてガブモンの姿も在るが、クイントを除いた四人は目の前の結果は当然だと言わんばかりになのはを見ている。

 そしてゆっくりと空から、【レイジングハート・エクセリオン】の模造品を右手に持ったフリートが、地面に倒れ伏しているなのはの前に降り立つ。

 

「……コレが貴女が学ぼうとしているモノです。さて、聞きますよ。学ぶ気は在りますか? 高町なのは」

 

 何時ものマッド的な雰囲気が消え、何処までも冷徹さに満ちた目と声でフリートはなのはに問いかけた。

 何故フリートと戦い、地面に倒れ伏す結果になったのか。話は数時間前に遡る。

 

 

 

 

 

 一夜明けた翌日。

 【デジタルワールド】で滞在した屋敷の一室で、なのは達は窓から差し込む朝日の光を浴びながら起きた。

 昨夜見たベルフェモンと恐怖の存在を映像越しとは言え、見た影響で誰もが眠れないと思っていたが、マリンエンジェモンのおかげで解消されていた。

 恐怖で眠れずに居るなのは達にマリンエンジェモンは必殺技である【オーシャンラブ】を使用したのである。

 マリンエンジェモンの必殺技は応用出来る範囲がかなり広い。デジモンの中でも他の者の傷を癒したり出来る技を使えるデジモンが少ない中で、マリンエンジェモンは使用する事が出来る。直接的な攻撃力は究極体の中では低いが、その分サポート面でマリンエンジェモンは上位に位置しているからだ。

 

「ピプッ!」

 

「朝食を持って来ました!」

 

 朝起きたなのは達に、マリンエンジェモンとガブモンは朝食を運んで来た。

 手早くなのは達に朝食が載ったトレーをガブモンが渡して行くが、誰も手を伸ばさせずにいた。

 眠りから目覚めた事で誰もが理解してしまった。昨夜見せられた悪夢としか言えない光景が紛れもない事実である事を。

 

「え~と……余り食欲は無いかもしれないけど……とりあえず、食事だけはとっておいた方が良いですよ」

 

「ガブモンの言う通りじゃ」

 

「うん。お腹が空いて居たら力も出ないしね」

 

「クラ~!!」

 

 ガブモンに続くように腰に腹巻き巻いた白い体のデジモン-【ボコモン】-と、長い胴体を持って赤いズボンを履いた眼の細いキツネのような顔立ちのデジモン-【ネーモン】、そしてボコモンの頭絵の上に乗った丸い身体に一つだけ目が在るデジモン-【クラモン】-が部屋に朝食を持ちながら入って来た。

 

ボコモン、世代/成長期、属性/ワクチン種、種族/突然変異型、必殺技/逃げ足猛ダッシュ

腹巻きを巻きオヤジのような姿をした突然変異型デジモン。デジモン界の学者でデジタルワールドの様々なことが書かれている『もの知りブック』を持っているが、あまり他人に見せてはくれない。必殺技は、勝てそうも無い相手に出会った時に猛ダッシュで逃げ出す『逃げ足猛ダッシュ』と言う、全く技とは言えない技だ。

 

ネーモン、世代/成長期、属性/データ種、種族/獣型、必殺技/狸寝入り、あれ?

いつもボーっとしてノンキな性格の獣型デジモン。ボコモンと一緒に居ることが多くネーモンのグータラさにイラついて、よくゴムぱっちんをされる。強いのか弱いのか、謎多きデジモンの1体。必殺技は、ピンチの時に寝たフリをして誤魔化す『狸寝入り』に、お腹に溜めたガスを膨らまして、体を爆発させ、爆発と同時に本体は瞬間移動を行う『あれ?』だ。

 

 初めて会う三体のデジモンになのは達は顔を見合わせると、ガブモンが説明する。

 

「三人を紹介します。この火の街で幼年期デジモン達の保父をやっているボコモンさんとネーモンさんに、クラモンです」

 

「初めましてじゃ、地球から来た皆さん。ワシはボコモン」

 

「ボクはネーモン。それとこっちがクラモンだよ」

 

「クラ~!」

 

 ボコモン達は自己紹介を行ないながら、なのは達に朝食を手渡して行く。

 なのは達も戸惑いながら自分達の名を告げ、ボコモンは頷くと共に腹巻きの中から【もの知りブック】を取り出す。

 

「さて、ワシらが此処に来たのは何も朝食を運びに来ただけじゃなく、お前さんらに【デジタルワールド】の歴史を話す為なのじゃ」

 

「ボコモンさんは学者なんです。何よりもボコモンさんとネーモンさんは、昔ルーチェモンが復活した時の戦いを最後まで見て経験したデジモン達なんです」

 

「……では、聞かせて欲しい。一体どうやって、あの恐ろしい【ベルフェモン】と言う生物と同格だと言うルーチェモンを倒せたのかを……やはり、より強いデジモンの力なのかね?」

 

「確かにルーチェモンを倒したのは【十闘士】の集合体のデジモンである【スサノオモン】じゃ。じゃが、【スサノオモン】はただ強いデジモンではない。【スサノオモン】が再び現れる為には……人間の力が必要なんじゃよ」

 

 ボコモンは懐かしむような顔をしながら語り出す。

 嘗てこの世界に訪れ、【十闘士】の力を受け継ぎ、新たな伝説を築いた六人の少年少女の冒険譚を。

 

 

 

 

 

 なのは達が【デジタルワールド】の歴史を学んでいる時、ブラック達はオファニモン達と昨夜から引き続いて今後の自分達の動きに関して協議を続けていた。

 他の【デジタルワールド】から援軍がやって来るとは言え、次元世界は広い。ルーチェモン達が次元世界に放逐したデジモン達の保護も優先すべき事項であり、ルーチェモンと倉田の捜索も続けなければならない。更に今後現れるであろう【選ばれし者】にも気を配らなければならないのだ。

 やる事は多く、事は慎重に進めなければならない。その上、オファニモン達から告げられた捜索すべきデジモンの存在も在る。

 

「……まさか、あのデジモンが生きていて此方の世界に送られていたとはな。イグドラシルも倉田の存在を危険に思っていたという事か」

 

「出来れば、その情報をロイヤルナイツの方々に知らせてから眠りについて欲しかったわね」

 

 楽し気なブラックの言葉に、知識として知っているリンディが答えた。

 その件はオファニモンも内心ではリンディの言葉に同意しながらも、その件は仕方が無いと思っていた。

 

「あの時はイグドラシルも【デジタルワールド】と【地球】の問題を優先していたのでしょう。それに、幾らイグドラシルでも時空の乱れが酷い状態で倉田の捜索は難しかった筈です。それでも眠りにつく前にあのデジモンを送り込んだ判断は間違っていません」

 

「まぁ、まさか、多くの世界に手を伸ばしている組織が居て、その組織に保護されてしまったのは予想外でしたでしょうからね……しかし、問題は、その最初に倉田が迷い込んだ世界が分からない事ですね」

 

 別の【デジタルワールド】の管理者であるイグドラシルが送り込んだデジモン。

 ブラックとリンディは知識としてそのデジモンがどれほど頼りになるデジモンなのか知っている。これから来るであろう援軍と合わせれば頼もしいのだが、問題が在った。

 それはブラック達が倉田が最初に現れた世界が何処なのか知らない事だった。管理世界なのか、それとも管理局が手を伸ばしていない管理外世界なのか。

 管理世界に現れたのなら、何らかの別世界に渡る手段を得て他世界に移動している可能性も在る。逆に管理外世界なら、その世界に留まっているだろうが、デジモンと言う特殊な生命体の存在を隠す為に隠れている可能性もある。

 

「……フリート殿? 貴殿ならば捜索は可能か?」

 

「……難しいですね、セラフィモン。確かに探索機器を使って捜索するのは可能ですが、件のデジモンがどんなデジモンなのか私は知りませんし。その上、管理局が手を伸ばしている世界は多過ぎます。早期に見つけるのは残念ながら不可能です」

 

 フリートは確かにデジモンを見つけられる探査機器を造り上げた。

 だが、ブラックのような特殊な存在でも無い限り、目的のデジモンを見つけられるほど機器は出来ていない。今後【デジタルワールド】で研究が進めば、デジモンの世代ぐらいまでは調べられるだろうが、其処までが現状の限界だった。

 管理局内に倉田に関する情報が残って居れば話は早かったが、デジモンに恐ろしさを知っている倉田は徹底的に自分の情報を抹消して姿を隠した。その為、最初に現れた世界がどの世界なのかが分からないのだ。

 

「……現状出来るのはデジモンの反応が出たら、即座に調べに向かうしかないでしょう」

 

「歯がゆいけれど、ルインさんの言う通りそれしか無いわね」

 

 現状では迂闊な事は出来ないと言う方針を変える事は出来ない。

 焦ればソレだけルーチェモン達に付け入る隙が出来てしまう。方針としてはルーチェモン達に連れ去れたデジモン達の保護を優先し、フリートと隠密デジモン達の情報収集でエネルギー関係のロストロギアを見つけ次第に向かうと言う手段しかない。

 【七大魔王】の覚醒には膨大なエネルギーが必要になる。管理局から幾つロストロギアを奪ったのかは分からないが、必ず足りなくなって何らかのアクションを行なう筈なのだ。

 

「……スカリエッティと手を結んだとなれば、あのロストロギアが目下の目的かも知れん」

 

「【レリック】ね」

 

 ブラックの知識の中に在ったロストロギアの名称をリンディが告げた。

 

「詳細な効果までは謎だったけれど、確かにアレは膨大なエネルギーを宿したロストロギアだった筈だわ。それに確かルーチェモンがロイヤルナイツの方と戦った時に赤い宝石を飲み込んで進化したらしいし……もしかしたらソレが、【レリック】なのかも知れないわ」

 

「ならば、スレイプモンから得た情報を元に隠密デジモン達に捜索させよう」

 

「発見しても回収はするな。奴らが狙っているとなれば餌として使えるからな」

 

 【レリック】を回収してエネルギー確保の邪魔をする事は出来る。

 だが、結局のところは対処療法でしかない。【レリック】が駄目だと分かれば、今度は別手段でエネルギー確保に乗り出すのは分かり切っている。最悪の可能性としては、【デジタルワールド】に攻め込み、【デジタルワールド】を吸収する可能性が出て来てしまう。

 そうなれば最悪としか言えない。以前は早い段階で【デジタルワールド】のデータをルーチェモンから取り戻す事が出来たので影響は余り無かったが、もしも長期間奪われたままだったら、【地球】にも悪影響が起きる。

 

「今のところは辛抱するしかないでしょう……さて、方針は大体決まりましたので次の話です。コレに関して」

 

 そう言いながらフリートは白衣のポケットの中から待機状態の【レイジングハート・エレメンタル】を取り出し、テーブルに載せた。

 三大天使は顔を険しくし、【レイジングハート・エレメンタル】に視線を向ける。彼らは感じた。

 【レイジングハート・エレメンタル】から、【十闘士】の力を。

 

「解析した結果、全機能の内二十パーセントが使用可能になり、【エレメントシステム】も【光】と【風】の二属性だけは使えるようになっています。そしてプロテクトは私が施した物とは全く違うプロテクトに変質しています。何よりも試しに起動しようとしたら」

 

 フリートが【レイジングハート・エレメンタル】に手を伸ばし、起動させようとした瞬間、ビリッと言う音が鳴り響いた。

 分かり切っていた結果にフリートは溜め息を吐きながら、軽い火傷を負った手の治癒を瞬時に行なう。

 

「こうなる訳です。本当に困った子になってくれましたよ。製作者の私が起動出来ないとなれば、恐らく起動出来るのは……」

 

「彼女……【選ばれし者】と言う訳ですか」

 

 新たに【デジタルワールド】の守護の力を得たなのは。

 なのはに関しては出来る事ならば協力して貰いたいとオファニモン達は思っている。だが、無理強いをするつもりは無い。無理やり戦わせたとしても足手纏いにしかならないのだから。

 その方針を伝えようとオファニモンが告げようとした瞬間、部屋の扉が開きガブモンが入って来る。

 

「失礼します。え~と、皆さんが昨夜の続きを聞きたいらしくて」

 

「……そうですか。分かりました。入って貰って構いません」

 

「それじゃ、すぐに連れて来ます」

 

 オファニモンの言葉にガブモンは頷くと、すぐに部屋を出て行った。

 それから十分ほど経過し、昨夜と同じようになのは達は椅子に座り、オファニモン達と対面していた。

 

「それでは話の続きを求められたようですが、何を聞きたいのでしょうか?」

 

「……代表して私が質問するが、昨日恐らく意図的に見せないようにしていた場面を見せて貰いたい。あの【ベルフェモン】を倒した場面を」

 

 グレアムがそう質問すると、オファニモンはなのは達に視線を向ける。

 全員が頷き、ボコモン達が【デジタルワールド】の歴史を話したのだとオファニモン達は察する。

 

「分かりました。では、ご覧下さい」

 

 オファニモンは槍を出現させ、床に柄を打ち付ける。

 同時に昨夜と同じように部屋の光景が変わり、昨夜意図的に見せないようにしていた【ベルフェモン】が倒される場面が映し出される。

 映し出されたのは男性-【大門大】とそのパートナーデジモンである【シャイングレイモン】が【ベルフェモン】に挑む光景。

 大が-グレアム達は知らないが-【デジヴァイスバースト】に手を翳すと、【デジヴァイスバースト】からデジソウルが溢れ出し、シャイングレイモンを【バーストモード】へと変化させた。

 

「あの形態を彼らは【バーストモード】と呼んでいます。一時的に力を爆発的に高め、その力は究極体を超える力となります。この力はデジモン単体では決して発揮出来ない力なのです」

 

 オファニモンの説明と共に、【バーストモード】へと変化したシャイングレイモンは、その前の戦いでは一方的にやられていたにも関わらず、【ベルフェモン】を追い込んで行く。

 そしてシャイングレイモン・バーストモードの手から大が飛び出し、【ベルフェモン】の腹部に在った倉田らしき顔を殴り飛ばし、【ベルフェモン】は消滅した。

 圧倒的な存在感を放ち、不完全ながらも魔王としか呼べない【ベルフェモン】の消滅の瞬間に、なのは達はやはり言葉も無かった。

 

「この力こそ倉田とルーチェモンが恐れる力。【デジモンと人間の絆】の力なのだ」

 

「この力は正しき方向に進めば、世界を救うほどの力へと至る事が出来る。この後に起きた【地球】と【デジタルワールド】の危機も、【デジモンと人間の絆】によって防がれた」

 

「だからこそ、彼らは恐れていた。この力が此方の世界で発現する事を。そしてその力は遂に目覚めたのです」

 

 カァンッと言う音が鳴り響くと共に、部屋の光景は元に戻る。

 そしてなのはは恐る恐るポケットの中から【ディーアーク】を取り出した。

 突然自身の前に出現し、デジモンに関するデータを表示し、ガブモンを完全体へと進化させる事が出来た謎の機械。

 リンディが言っていたように、【ディーアーク】は選ばれたと言う証明だったのだ。世界と言う常識では考えられない何かによって。

 

「貴女の持つソレが出現したのは、私達も感知していました」

 

「故にブラックウォーグレイモンから君の事を知らされ、この地に来る事を認めたのだ」

 

 本来ならば既に管理局からルーチェモン達が離れたとは言え、管理局に所属する者達が【デジタルワールド】で行なった事を赦す事は出来ない。

 今も無辜のデジモン達が次元世界の何処かで彷徨っている事は、何としても解決しなければならない事態なのだ。ルーチェモンに進んで協力しているデジモン達はともかく、連れ去られて次元世界に放逐されたデジモン達は違うのだから。

 その為に【デジタルワールド】に選ばれたなのはには協力して貰いたいのが、オファニモン達の本音である。

 

「改めて言いましょう。どうかこの事態の解決に力を貸してくれませんか?」

 

「……我々に管理局を裏切れと? 確かに管理局の裏は酷いモノだったが、今その管理局は変わろうとしているのだ」

 

「勘違いをしないで貰いたい。私達は協力しようと言っているのだ」

 

「……つまり、管理局との仲介を私達に願いたいと言う事かね?」

 

「あくまで知らせるのは上層部の一部のみ。しかも信頼出来る者だけと言う条件です、グレアムさん」

 

 グレアムの疑問にリンディは補足するように答えた。

 管理局そのものをオファニモン達は信じてはいない。あくまで現状の管理局を変えようとしている者達と手を結びたいだけなのだ。

 【ディーアーク】まで出現してしまった時点で、世界の混乱は必ず起きてしまう。その混乱を最小限に抑える為にも、管理局の上層部の一部とオファニモン達は交流を持つしか無いのだ。

 

「恐らくコレからデジモンに関する事件は大きくなって行くでしょう。ルーチェモンに協力するデジモン達も活発に動き始めると見て間違いありません」

 

「恐れていた力の目覚めは、ルーチェモン達に危機感を抱かせる筈だ。だからこそ、そうさせない為にデジモンと人間が互いを憎しみ合う様に仕向けてくる筈だ。完全体だけではなく、究極体も姿を現す可能性が在る」

 

「……選択肢は無いと言う訳か。分かった。三提督の仲介を約束しよう」

 

 どちらにしても早急な対策が必要になるのは間違いなかった。

 ルーチェモンにしてもベルフェモンにしても、どちらが現れても天災級の被害が引き起こされるのは予想出来る。それに対抗する為にもオファニモン達の提案を受け入れるしか無いのだ。

 とりあえずの協力体制を得られた事にオファニモン達は安堵すると、フリートへと視線を向ける。

 向けられたフリートは頷き、ゆっくりと机の上に【レイジングハート・エレメンタル】を載せた。

 

「あっ! レ、レイジングハート!?」

 

 ブラックに持ってかれたレイジングハートを目にしたなのはは、思わず喜びの声を上げた。

 ソレに対してフリートは無言のまま魔力を使って【レイジングハート・エレメンタル】を浮かせ、なのはの手元に送る。

 一切の無駄がない魔力制御に、歴戦の魔導師であるグレアムやクロノの師であるアリアとロッテは、フリートの実力を察して目を見開く。

 なのはは自身の前に移動されたレイジングハートに思わず手を伸ばそうとするが、その前にフリートが口を開く。

 

「待ちなさい。ソレを受け取るには試練を受けて貰います」

 

「し、試練?」

 

「そう。試練です。先ず最初に話しておきますが、ソレはもう貴女が知るレイジングハートでは在りません。あなた達風に言えば、ロストロギアです。因みに管理局と言う組織に調べられたら最後……永久封印指定は先ず間違い無いでしょうね」

 

『なっ!?』

 

「えっ!?」

 

 フリートが告げた事実に思わずロストロギアについて詳しいグレアム達となのはは思わず叫び、【レイジングハート・エレメンタル】を見つめる。

 

「まぁ、信じられないでしょうが、私が自重せずに造った物ですからね。出処が分かれば、絶対に管理局は封印指定にするでしょう」

 

「あ、アンタ一体? じょ、冗談でしょう?」

 

「ロッテさん。冗談だと思いたいでしょうけど、この人の場合は自重しないと普通に造った物が全部ロストロギアになるとんでもない人なのよ」

 

『ハッ?』

 

 リンディの言葉にグレアム達は思わず呆気に取られて、フリートに視線を向けた。

 

「私の正体に関しては後ほど。其処に居る高町なのはさんが試練を乗り越えられたら教えましょう」

 

「あ、あの……し、試練ってどんなのですか?」

 

「試練の内容は二つ。『私に一撃を入れる』事と『折れない』事、この二つです。あっ、先に言っておきますが、最初の試練で私が使うのは貴女が使える魔法限定で、使うデバイスはこの子です。セット・アップ」

 

 フリートが呼びかけると共に右手の先に次から次へとデバイスのパーツが出現し、組み上がって行く。

 そして組み上がった後には、なのはが使っていたデバイスである【レイジングハート・エクセリオン】が現れた。

 

「えっ! レ、レイジングハート!?」

 

「正確に言えばカートリッジシステムやら何やらの問題点を改修した【レイジングハート・エクセリオン】の模造品です。ハァ~、本当はコレにAIを組み込んで渡す予定だったんですけどね。まぁ、もう関係ない話ですけど……それで試練を受けますか?」

 

「……もし、その試練を受けなかったらレイジングハートはどうなるんですか?」

 

「もちろん、徹底的に分解して研究します」

 

「ッ!?」

 

「悪いんですけど、その子には本当に何度も危機感を覚えさせられて怒っているんですよ。最初の一度ぐらいは私にも責任が在るんで見逃しましたが、二度目は別です。その子は本当に不味い事をしてくれたんですからね」

 

 流石に【レイジングハート・エレメンタル】の行動はフリートの許容限度を超えた。

 ブラックの言う通り【レイジングハート・エレメンタル】は興味深い対象では在るが、ソレでも【レイジングハート・エレメンタル】は最も危険な行動をした事に変わりはない。

 なのはがこの試練を受けないと言うのなら、最早迷う事ない。即座に【レイジングハート・エレメンタル】をフリートは分解するつもりだった。

 フリートの事を良く知らないなのはだが、今の言葉には嘘は無いという事だけはハッキリと分かった。

 相手の実力は未知数。造った物がロストロギアになると言う話を聞くだけで、フリートが異常な実力を持っている事を察する事が出来る。

 勝てないかもしれないとなのはの脳裏に可能性が過ぎる。前なら前向きに戦う事が出来た。

 だが、此処最近の戦いの中でなのはは自身の限界を察し始めていた。負ければ其処で全てが終わってしまう恐怖が、なのはを縛っていた。

 

(……怖い…でも、レイジングハートが居なくなるのは、もっと怖い!)

 

 恐怖を振り払うようになのはは、【レイジングハート・エレメンタル】を握った。

 そのままフリートに強い眼差しを向けて、宣言する。

 

「受けます! その試練を!!」

 

「……そうですか。なら、一時間後にこの【火の街】から十キロ離れた場所にある草原で試練を行ないます。覚悟を決めて来なさい。制限は在りますが、私は手加減はしませんからね」

 

 そう言い残すと共にフリートはテーブルから離れて、部屋を出て行こうとする。

 しかし、部屋の扉に手を掛ける直前、リンディが何かを強く引っ張るような動作を行ない、フリートは体勢を崩して顔面から扉にぶつかる。

 

「ヘブッ!!」

 

『……えっ?』

 

 先ほどまでの雰囲気を消すようなフリートの行動になのは達は唖然とするが、当のフリートは顔を上げると、何時の間にか自身の右足首に巻き付いていた翡翠色に輝く鎖に目を向ける。

 

「リ、リンディさん!? 一体何を!?」

 

「何処に行こうとしているのかしら、フリートさん?」

 

「いや、当然指定した場所に向かおうと思いまして」

 

「嘘ね。どうせ貴女の事だから、一時間の自由時間を使って好き勝手やるつもりなんでしょう?」

 

「……いや……幾ら私でもこのシリアスな雰囲気でソレは……」

 

「やるわよね、貴女なら絶対に。時間も忘れて何かに没頭する光景が目に浮かぶわ」

 

「フリートなら在り得ますね」

 

 普通に考えられる情景にルインは何度も頷き、フリートは全身から冷や汗を流す。

 確かにちょっと開いた時間で研究をしたいと考えていただけに、リンディの言葉を否定出来ない。

 

「と言う訳で、なのはさんとの約束の時間まで私が指定した場所に一緒に居ます。なのはさんは確り準備を頑張ってね」

 

「ふぇぇぇぇん!! 少しだけ自由な研究時間を下さい!!」

 

 何時の間にか翡翠色の鎖でグルグル巻きにされながらフリートは叫ぶが、リンディは構わずに体型の差が在るにも関わらずフリートを抱え上げて部屋を出て行った。

 続くようにもう用は無いと言わんばかりに、ブラックはルインを右肩に乗せて部屋を出て行く。残されたなのは達は呆然しながら閉じた扉を見つめるのだった。



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険しき試練 Ⅱ

更新遅れてすいませんでした。
次の投稿はなるべく早めにします。


 フリートの試練を受ける事になったなのはは、とりあえず【レイジングハート・エレメンタル】の調子を確かめる為に泊まっていた建物の庭に家族とグレアム達、そしてガブモンと共に外に出た。

 それなりの広さがある庭で、なのはは待機状態の【レイジングハート・エレメンタル】を起動させる。

 

「レイジングハート・エレメンタル! セット・アップ!!」

 

stand(スタン) by(バイ) ready(レディ).set(セット) up(アップ).》

 

 桜色の魔力光と共に【レイジングハート・エクセリオン】の時よりも強靭になり、装飾が増えた白いバリアジャケットをなのはは纏った。

 長年管理局に勤めていたグレアム達は、今のなのはが纏っているバリアジャケットの強靭さを瞬時に見抜き、驚きながらバリアジャケットを見つめる。

 

「……コレは凄い。以前のなのは君が纏っていたバリアジャケットも防御力が高いタイプだったが、このバリアジャケットはソレを遥かに上回る防御力を秘めている」

 

「それなのにバリアジャケットを構成している魔力が少ないなんて……コレだけでもとんでもないわね」

 

「ロストロギアってのも間違いじゃ無いかもね」

 

「……ソレでなのは? 何か違和感を感じるかい?」

 

 門外漢故に詳しくは分からない士郎は、なのはに調子を確かめる為に質問した。

 聞かれたなのはは、確かめるように体を動かし、【レイジングハート・エレメンタル】を見つめる。

 

「……うん。大丈夫だよ、お父さん。でも、凄い。エクセリオンのフルドライブを持っているみたいに力を感じるの」

 

《現在システムの八十パーセントが使用不可能な状態ですが、ソレでも本機はエクセリオン時のフルドライブの機能を扱えます》

 

「ちょっと待って? フルドライブ時って事は、カートリッジシステムも使えるの?」

 

《いえ、使用不可能です。ソレでも本機はエクセリオン時のフルドライブと同レベルの性能を発揮出来ます》

 

 【レイジングハート・エレメンタル】が伝えた事実に、グレアム達は絶句した。

 【レイジングハート・エクセリオン】は様々な問題点は在ったが、管理局の技術者達が精魂を込めて造り上げたデバイス。そのデバイスをもってしても、エレメンタルの二十パーセント程度の機能と同レベル。

 残りの八十パーセントが使用不可能らしいが、もしもその機能が解放されたらどうなるのか想像する事も出来ない。フリートが言っていたロストロギアと言う呼称は、比喩ではなく事実だと悟る事が出来た。

 

「……とにかく、時間は残り少ない。なのは君が使ったと言うシステムに関してだけは詳細を知るべきだろう。何処まで彼女が言っていた事が本当なのかは分からないのだから」

 

「あの……少なくともフリートさんが言っていた事に嘘は無いと思いますよ。本当にコレは最後のチャンスなんだと思います」

 

 グレアムの発言に、ガブモンがフリートを擁護するように答えた。

 フリートは確かにマッドでは在るが、信念を持っている。【レイジングハート・エレメンタル】の行動が信念を刺激するような行動だっただけに怒っているが、少なくとも異常が発生するまではレイジングハートをなのはに返すつもりだったのは本当である。

 

「フリートさんが言っていた試練の内容には嘘は無いと思います。最初の試練は、本当に君が使う魔法しか使わないし、あの模造品を使ってしか戦わないと思う」

 

「『一撃を当てる』か……詳しくは分からないが、あの人は相当なハンデを背負っているのか?」

 

「……はい。正体を教えられないし、僕は魔法に関しては詳しくは分かりませんけど……多分恭也さんの言う通り、かなりのハンデだと思います」

 

 勉強はしているが、実際に魔法は使えないのでフリートがどれだけハンデを背負っているのかガブモンには分からない。

 だが、あの場には魔法に詳しいリンディとルインが居た。ルインはともかく、なのはに好意的なリンディがフリートが提示した試練の内容に文句をつけなかったのだから、かなりのハンデをフリートが与えているのは間違いない。

 

「という事は、二つ目の試練の内容は見えて来るよね、お父さん」

 

「そうだな、美由希……きっと本気の彼女が戦うという事だろう」

 

 二つ目の試練の【折れない】。

 古流武術を学んでいる士郎達にはその内容が自ずと分かって居た。古い技術が時に現代の技術を上回っている事は良くある事なのだ。

 特に魔法技術は過去の技術の方が優れている。現実に過去の魔法技術を用いた代物が現代では解析不可能な物が多く、ロストロギアと呼ばれているのだから。

 嘘か本当なのか分からないが、フリートが自重せずに物を造ればロストロギアに指定されると言うリンディの言葉を信じるならば、本気のフリートの実力は予測する事も出来ない。

 

「……とにかく、確かめて見るべきだ。なのは君」

 

「はい! レイジングハート!」

 

《エレメントシステム起動。シャインエレメント、セット・アップ!》

 

 何らかの起動音と共になのはが纏うバリアジャケットが淡い光を発した。

 しかし、それ以外に何の変化も起きず、グレアム、ロッテ、アリアは訝しむ。

 

「……魔力的に何の変化も感じないが」

 

「そうね。父様の言う通り、カートリッジ・システムみたいに魔力が増大しているようじゃないみたいだし」

 

「変わったところと言えば、バリアジャケットがちょっと光っているぐらいよね」

 

「なのはは何か違和感を感じるかい?」

 

 士郎の言葉になのはは確かめるように体を動かすが、やはりなのは自身も変化が感じられず首を傾げる。

 

「……何にも変わってないみたい。とりあえず、魔法を使ってみるね」

 

Protection(プロテクション)

 

 なのはの意思に応じて、レイジングハートは防御魔法を発動させた。

 だが、やはり変化をなのは達は感じられず、桜色に輝くだけのプロテクションを見つめる。

 

「やはり、ただの防御魔法のようだ」

 

「もしかして機能が壊れてるとか?」

 

《いいえ。効果は発動しています》

 

 美由希の言葉に、少しムッとしたようなレイジングハートの音声が即座に否定を発した。

 僅かな感情表現まで出来るほどのレイジングハートのAIの成長と、ソレを表現する機能に驚きを覚えながらも、グレアムが質問する。

 

「しかし、見たところ何の変化も無いようだが?」

 

《このシステムは変化が起きては行けないシステムなのです。多少バリアジャケットに変化が出てしまったのは、あの研究者も予想外だったのでしょうが、本来は決して変化を悟らせない仕様にされています。そもそも《エレメントシステム》は、対魔導師用システムでは在りません。対デジモン用のシステムなのです》

 

「僕もそう聞いています。協力する事になったんで教えますけど、実はデジモンには特性が在るんです」

 

『特性?』

 

「自分の有利な場所で、デジモンが戦った場合、そのデジモンの力は……二倍になるんです」

 

『に、二倍!?』

 

 ガブモンが告げた恐るべきデジモンの特性に、なのは達は騒然となった。

 有利な場所で戦った場合、力が二倍に引き上がる。魔導師で言えばAランクの魔導師が、AAランクの魔導師になると言う事である。以前なのはとヴィータが戦ったブルーメラモン達に一方的にやられてしまったのも、ソレが理由の一つだった。

 本来ならば互角か或いは僅かに劣る程度の実力だったブルーメラモン達の実力が、雪原と言う有利な場所だったが故に二倍に力が上がって居たのである。

 

「でも、その特性には弱点が在るんです。例えば炎系のデジモンが熱い場所で戦えば力が二倍になるけれど、水場で炎系デジモンが戦った場合、力が半減するんです。つまり、相性が良い場所で戦えばデジモンは強くなるけれど、逆に相性が悪い場所の場合は弱くなるんです。なのはと美由希なら今の説明で分かりませんか? 何で姿を消せるバケモンが昼間に襲って来なかったのか?」

 

「……そうだったんだ。呪いみたいな技を使って来るし、姿も隠せるのに昼間にやらなかったのか可笑しいなって思っていたけど、昼間だと弱くなるから出て来れなかったんだ」

 

 バケモンの必殺技である【デスチャーム】を受けた事が在る美由希は、確かにガブモンが言うように違和感を感じていた。

 姿も消せて、時間が少しかかるとは言え、相手を呪い殺せる【デスチャーム】。夜で人も居なかったので気配からバケモンを察知出来たが、もしも昼間で人が多かった場合は察知出来たともしても即座に反応出来たかは分からない。ソレだけの隠密能力を持っていた筈のバケモンが、何故昼間ではなく夜に襲って来たのか。

 その答えは今のガブモンの説明に寄って明らかになった。バケモンのような夜系のデジモンにとって、昼間は相性が悪過ぎる場所なのだ。

 

「なるほど。では、デジモンは相性が悪い場所や攻撃に弱いと言う事か」

 

「はい。バイオ・レディーデビモンがダメージを大きく受けたのも、今のなのはの魔法には【光】属性が宿っているからです」

 

「アレ? じゃあ、相性が悪い場所に連れて行けば弱くなるのだったら、あの【ベルフェモン】って奴も昼間は弱くなるの?」

 

「いや、そうでもないんです」

 

 デジモンの特性は確かに弱点に繋がる重要な事だが、ソレに頼り切っては不味い事になる。

 高位のデジモンになればなるほど、場所に寄る力の増減が厳しくなるのだ。例えばオファニモンクラスのデジモンが昼間に戦ったとしても力は残念ながら上がらない。強く神聖な光に満ち溢れている空間か、悪意に満ち溢れた闇の空間でしかオファニモンのデジモンの特性は発揮されない。

 【七大魔王】デジモンのその類で、例え昼間で日の光が溢れている場所でも力の増減の発揮される事は無いのである。

 

「バイオレディーデビモンクラスのデジモンなら、夜になれば有利になりますけれど、実は昼間でも実力が半減しないんです。でも、その反面弱点の属性攻撃には弱くなるんです。だから、【プワゾン】を砲撃で相殺出来たんだよ」

 

 通常の砲撃魔法ならば、バイオレディーデビモンの必殺技であるプワゾンを相殺する事は出来ない。

 何せプワゾンは一見すれば砲撃の類に見えるが、本質は全く違う攻撃の類。通常の砲撃魔法とプワゾンがぶつかり合えば、相殺出来ずに終わる。

 なのはがプワゾンを防げたのは、防いだ時に放ったディバインバスターに【光】属性が宿っていたからなのだ。

 

「あの時はレイジングハートが判断してくれたから良かったけれど、今度デジモンと戦う時は、先ずディーアークを使って相手のデジモンの情報を調べた方が良いよ。知って居た方が対処出来るからね」

 

「うん。分かったよ。ありがとう、ガブモン君」

 

 ガブモンの忠告になのはは頷き、バリアジャケットのポケットの中に入っているディーアークを取り出す。

 相手の情報を表示してくれるディーアークは確かに役立つ。フリートとの戦いや魔導師戦では役に立たないだろうが、大切に所持していようとバリアジャケットのポケットに戻す。

 その様子を眺めながら、恭也は士郎にフリートが提示した試練の内容の中で気になった事を小声で質問する。

 

「父さん……なのはにアドバイスするべきだろうか?」

 

「……いや、ソレはなのは本人が気が付いた方が良い事だ。今後もなのはが戦うなら、確かに必要な事だからな」

 

 フリートが言った試練の内容。

 最初の試練は、上手くすれば簡単に突破出来る可能性が在る。無論なのはが気が付けばなのだが。

 だが、士郎はその事をアドバイスするつもりは無かった。出来る事ならばなのはにはもう戦って貰いたくないという親心も在る。しかし、それ以上になのは自身が気が付かなければならない事だとも理解している。

 そう思いながらなのはを見ていると、今度は現在のエレメントシステムで使えるもう一つの属性をなのはは試し出す。

 

《ウィンドエレメント! セット・アップ!》

 

 起動音と共に淡く光っていたなのはのバリアジャケットの白い部分が、今度は緑色に染まった。

 しかし、染まっただけでなのはは変化を感じられず、残念そうに見つめる。

 

「……やっぱりバリアジャケットに変化が出るぐらいなのかな?」

 

「う~ん。僕もフリートさんにどんな効果が出るのか詳しく聞いてないから。デジモンに効果が在るのは良く分かるんだけど」

 

「とにかく、彼女に対しては効果が無いのならば使うべきでは無いだろう。使用するだけでもデバイスの処理に影響が出るのならば使わずに戦った方が良いかも知れない」

 

「分かりました」

 

 そう言ってなのははレイジングハートにエレメントシステムの起動を止めさせ、バリアジャケットは元に戻った。

 そのまま調子を確かめるように飛行魔法や誘導魔法などを使い、約束の時間ギリギリまで訓練を行ない出す。

 

 

 

 

 

 

 一方、なのは達と離れたフリートは、リンディに試験場所に指定された草原に運ばれていた。

 翡翠色の鎖に雁字搦めに拘束されながらも、目に映る大自然に研究意欲がどんどんフリートの中で沸き上がっていた。

 

「ヌウゥゥゥッ! す、凄い興味深いです!! リンディさん。逃げませんから、離して下さいよ」

 

「駄目よ。先ずは指定の場所についてから」

 

「……シクシク……少しぐらい良いじゃないですか?」

 

「貴女の場合はその少しが怖いのよ。ソレに離しても逃げられないわよ。分かって居るでしょう?」

 

「……えぇ、まぁ」

 

 フリートは落ち込んだ声で返事をしながら、自分達の背後をフヨフヨと浮かびながらついて来ているマリンエンジェモンに目を向ける。

 

「パピ~」

 

「……何でこっちに来るんですかね? 高町桃子さんに懐いていましたから、そっちに行くと思ってたんですけど」

 

「あの子は元々貴女の監視が任務だから。私としてはとても助かるわね」

 

「……私にとっては地獄です……ふえぇぇぇぇぇぇん!!」

 

「さて、そろそろ真面目な話をしましょうか? ……どうなの?」

 

「……試練の突破率は50%ぐらいですかね」

 

「思ったよりも高いわね」

 

 フリートが告げたなのはの試練の突破の可能性に、僅かにリンディは驚いた。

 アルハザードの技術を完全に秘匿したいと考えているフリートだけに、なのはが試練を突破出来る可能性は10%も無いとリンディは考えていた。

 

「一応試練ですからね。ちゃんと可能性は与えます。最も全部(・・)出し切ればの可能性です」

 

「……もしも出し切れなかった時は……いえ、なのはさんが魔導師として戦った場合は?」

 

「その時の可能性は……ですよ」

 

「……そう」

 

 告げられた可能性にリンディは目を伏せる。

 分かり切っていた可能性。だが、これから先の戦いに参加するのならば、フリートの試練を乗り越える事が出来なければ足手纏いでしかない。相手はソレだけ強大な存在なのだ。

 

「アレに気が付けますかね? 果たしてあの子は?」

 

「アレ?」

 

「いえ、魔力に属性を与えてみたらちょっと面白い結果が出たんですよ。十個も属性が在るのに、何で【光】と【風】の二属性が目覚めたと思います?」

 

「……【光】はバイオレディーデビモンに対する為に目覚めてくれたと思っていたけれど…違うのかしら?」

 

「違いますよ。高町なのはと相性が良い属性が偶然【光】と【風】だっただけです。まぁ、気が付けばの話。難しいでしょうけど、気が付く事が出来れば最初の可能性に近づけます」

 

 フリートはそう言うと口を閉ざした。

 これ以上ヒントを与えるつもりは無いらしい。リンディは【エレメントシステム】の機能を詳しくは知らない。対デジモン用に【十闘士】の属性を魔法に与えるシステムとしか聞いていない。

 と言うよりも、レイジングハート・エレメンタルに関しては次から次へと異常な出来事が起き続けているので、製作者であるフリート本人が把握し切れてないので、魔導師では無くなったリンディには尚更分からない。

 

(一体どう言う意味なのかしら? なのはさんと相性が良いのは【光】と【風】。その二つが優先して目覚めた意味? どういう事なのかしら?)

 

 疑問を考え込みながらリンディは前へと進むが、幾ら考えても答えが出る事は無く頭を悩ませながら目的地の草原に辿り着く。

 辿り着くと同時にフリートの体をグルグル巻きにしていた翡翠色の鎖が消失し、体の自由が戻る。

 戻ったと同時にフリートはリンディの肩から降りて、すぐさま体を伸ばし出す。

 

「う~ん!! 漸く解けました。と言う訳で、すぐさまやる事は、研究ッ!!」

 

 即座にフリートは草原に生えている草花や土など採取し出す。

 そのまま白衣の中から取り出した検査機器を取り出して、入念に検査し出した。

 

「……採取ぐらいは探査機器を使ってやっていると思っていたけど?」

 

「やってましたよ! だけど、こうして外に出たんですから、改めて確認したいんですよ!」

 

 そう言うとフリートは地面に膝をつき、そのまま採取を続け出す。

 呆れたようにリンディはその背を見つめ、マリンエンジェモンも呆れたように息を吐きながらリンディの肩に乗る。

 

「ご苦労様」

 

「ピプ」

 

 気にするなと言うようにマリンエンジェモンはリンディの頬に小さな手を当てた。

 マリンエンジェモンとしては桃子と一緒に居たいが、オファニモンからの指示を無視する訳にも行かない。

 何よりも考えている事を実行する為にも、余りオファニモン達への心証を悪くする訳には行かないのである。

 そうマリンエンジェモンが考えているとは思っても居ないリンディが、楽し気に草木を採取し続けているフリートを見ていると、背後にルインを肩に乗せたブラックが降り立つ。

 

「予想通りフリートはやってますね」

 

「えぇ、分かり切った事だったけれど……そう言うルインさんの方は調子はどうなの?」

 

「まだ本調子には戻り切れていません。私の再生能力を上回るダメージでしたから」

 

 ブラックとのユニゾン状態でルーチェモンから受けたダメージは、ルインの再生能力が受けきれるダメージを超えていた。

 完全覚醒したルインはアルカンシェルの一撃だろうと堪え切る自信が在ったが、ルーチェモンの必殺技である【グランドクロス】はアルカンシェルを上回っている。実際、ルーチェモンが【グランドクロス】を放った場所は、災害が吹き荒れる危険地域に指定されたままである。

 災害級の攻撃と言うと両方とも同じであるが、アルカンシェルが入念な準備の必要な魔導兵器に対して、【グランドクロス】はルーチェモン個人で何時でも放つ事が出来る技。どちらの方は脅威が上なのかは言うまでもない。

 

「……次は勝つぞ、ルイン」

 

「はい、ブラック様」

 

 ブラックの決意にルインは迷う事無く答えた。

 確かに今回は敗退した。だが、ブラックとルインも負けたままでいるつもりは無い。必ずルーチェモンを倒してみせると決意を固めていた。

 

「ダークエリアに行くつもりだったが、その前にオファニモン達が言っていた()を見つけ出す」

 

「……あのデジモンと戦う気なの?」

 

「あぁ、奴もまた最高の獲物だからな。戦える時が楽しみだ」

 

「やり過ぎないように気を付けてね」

 

 言っても止まる事が無いブラックを知っているだけに、リンディが言えたのはソレだけだった。

 その間にもフリートは止まらず、検査機器に表示されるデータを楽し気に見つめて笑い出す。

 

「ナハハハハハハハハハハハハッ!! す、素晴らしいですぅぅぅぅーーーーーーー!!! この草木や土は地球の草木と土の成分と一致している! 別世界同士では成分の違いが在るのに、【デジタルワールド】と【地球】は全く同じ!! コレは二つの世界が双子世界だと言う証明! にも拘わらず、【デジタルワールド】と【地球】では違う点が多い!! ア~! とっても興味深い!! もっと詳しく研究を!!」

 

「あぁ、そう言えば来る途中で街路樹の葉っぱや土を採取してましたね。そのまま何処かにフラッと行きそうになって、ブラック様に殴られてました」

 

「……やっぱり、そんな事になってたのね。ハアァァァッ、コレから大変になりそうね」

 

 アルハザードから外に出られる様になっただけに、フリートの危険性は飛躍的に増した。

 本人は自重しているつもりでも、途轍もないウッカリ屋なだけに何をやらかすか分からない。本人的にはちょっとのつもりでも、何かをやるだけで大惨事に繋がる可能性を秘めているのがフリートなのである。

 その危険性を減らす為にも、自身の肩に乗っているマリンエンジェモンをアルハザードに派遣出来ないかとリンディはオファニモンに頼むつもりだった。

 

(何としてもマリンエンジェモンちゃんには来て貰わないと)

 

「ピプ~!」

 

 突然マリンエンジェモンが鳴き声を上げながら、小さな手を伸ばした。

 その先にはガブモンを先頭にしたなのは達が歩いて来ていた。

 

「フリートさん。なのはさん達が来たわよ」

 

「……ハァ~、もう時間が来たんですか。もうちょっと研究していたかったんですけど……やりますか」

 

 何時になく真剣な顔をしながら、フリートは検査機器と採取して試験管に容れた物を白衣の内ポケットに仕舞いながらリンディ達から離れて行く。

 その動きに続き士郎達は足を止めるが、なのはだけは足を止めずに付いて行く。

 二人は他の者達から一定の距離を離れると、互いに向き合う。

 

「さて、一時間前にも言いましたが、試練を受けるつもりは変わりませんね?」

 

「はい」

 

「なら、始めましょう。最初の試練、私に『一撃を当てる』を。エクセリオン」

 

 フリートの右手に【レイジングハート・エクセリオン】が瞬時に展開された。

 なのはも即座に【レイジングハート・エレメンタル】を起動させ、バリアジャケットを身に纏った。

 

「では、始めます! アクセルフィン!!」

 

「レイジングハート!」

 

Accel(アクセル) Fin(フィン)

 

 フリートの両足からは白い魔力光の羽が、なのはの両足には桜色の羽が発生し、二人は空へと飛びあがった。

 先に先行したのはなのはだった。まだ、フルドライブを起動させていない故に、エクセリオンとエレメンタルでは差が出ている。

 その差を認識していていたなのはは、即座にフリートの先を取りエレメンタルの矛先をフリートに向かって構える。

 

「ディバインシューター・フルパワー!! シュート!!」

 

 八個の生成されたスフィアからディバインシューターは撃ち出され、フリートに向かって行く。

 対するフリートは瞬時にエクセリオンを構えるが、迷う事無く頭上に高く放り投げた。

 

「えっ!?」

 

 自らのエクセリオンを手放したフリートの行動になのはは驚き、一瞬だけ動きが止まってしまう。

 その一瞬だけでフリートにとっては充分だった。瞬時に両足に展開させていたアクセルフィンを、同時に(・・・)加速させ、ディバインシューターの包囲から抜け出し、先ほど投げたエクセリオンを掴み取り、矛先をなのはに向ける。

 

「アクセルシューター、ファイヤ!」

 

「クッ!」

 

 迫って来る四つのホーミングレーザーに匹敵する速さのアクセルシューターを、なのははプロテクションを発動させて防ごうとする。。

 ディバインシューターを操作しながらプロテクションで防ぎ、アクセルシューターを防ぎながらディバインシューターをフリートに当てようと、なのはは考えたがフリートが放ったアクセルシューターはプロテクションに当たる直前に動きを変えてディバインシューターに向かって行く。

 

「ッ!?」

 

 その動きになのははフリートの狙いを悟った。

 アクセルシューターはディバインシューターの発展形。その中での明確な差はアクセルシューターは相手の攻撃の迎撃が可能と言う点。

 なのはの予想通り、四つのアクセルシューターはなのはが操作するディバインシューターを正確に撃ち落として行く。完全に自身の操作が見切られている事を悟ったなのはは、悔しさを感じながらもフリートに向かってエレメンタルを向ける。

 

「(アクセルシューターを操作している時には動けない筈! 今の内に)……ショートバスターー!!」

 

 最速の砲撃をアクセルシューターを操作していて動けない筈のフリートに向かって、なのはは撃ち出した。

 だが、一直線に迫って来る砲撃に対してフリートは僅かに右足(・・)のアクセルフィンを動かし、砲撃を躱した。

 その動きになのはは目を見開く。アクセルシューターを使用していながら移動したのも含めてだが、今のフリートの動きには何か違和感を感じたのだ。

 

「レイジングハート。今の?」

 

《詳細は解析中。ですが、アクセルシューターを使っていながら移動出来た謎は判明しています。敵は……ディバインシューターを迎撃するのに必要な威力しかアクセルシューターに込めず、八個のディバインシューターの迎撃と同時にアクセルシューターは消滅しました》

 

「……嘘?」

 

 一瞬、なのははレイジングハートが告げた事実を信じられなかった。

 相手の魔法を迎撃する事はなのはも出来る。だが、正確に相手の魔法を迎撃する為だけに魔法を使用し、迎撃を終えると同時にアクセルシューターを消滅させるのは出来ないとしか言えなかった。

 何せほんの僅かな差だけでアクセルシューターは消滅する事無く留まる。何よりも数はディバインシューターの方が数は多いのだ。アクセルシューターでそれぞれ二発ずつディバインシューターを撃ち落としたとしても、撃ち落とし終えると同時にアクセルシューターも消滅させる事は出来ない。

 なのはは知らなかった。そのような不可能に近い事をやってのける存在がフリートなのだと言う事を。

 

「考え事で止まっていられるなんて、余裕ですね?」

 

「ッ!?」

 

 何時の間にかすぐ傍に来て肩にエクセリオンを担いでいるフリートに気が付いたなのはは、慌てて離れる。

 その気ならば今の隙に攻撃する事がフリートには出来た筈。なのに、攻撃して来なかった事に違和感を感じながら離れたと同時に光の輪がなのはの腰辺りに出現して拘束する。

 

「レ、レストリロック!?」

 

「貴女の弱点その一、砲撃や射撃が主な魔法なので、予測してない接近には思わず離れてしまう。カートリッジロード」

 

Buster(バスター) Mode(モード)

 

 カートリッジロードと共にエクセリオンは変形し、バスターモードに変わった。

 そのまま矛先をレストリロックに拘束されているなのはに向ける。

 

「ディバインバスター」

 

 白い光の砲撃がなのはに向かって撃ち出された。

 

「(今だ!)レイジングハート!!」

 

Bind(バインド) Break(ブレイク)!》

 

 既に解析を終えていたフリートが使用したレストリロックは一瞬の内に破壊された。

 レストリロックは元々なのはの魔法。多くのバインドの中で最も簡単にバインドブレイク出来る魔法。

 一瞬にして拘束から解放されたなのはは、そのまま高速移動魔法を使用する。

 

Flash(フラッシュ) Move(ムーブ)

 

 アクセルフィンとの同時使用で砲撃を回避し、一気にフリートとの距離を稼ぐ。

 砲撃を放った直後で動きが止まっているフリートに向かってエレメンタルを構える。

 

「決めるよ!! ディバインバスターー!!」

 

《Divine Buster》

 

 バリア貫通効果を付加したなのはの一撃が強力無比な一撃がフリートに迫る。

 当たるとなのは、そして地上に居るグレアム達は確信する。だが、その確信は。

 

「ツイン・アクセルフィン……最大加速」

 

 フリートの両足から発生した急激な加速によって破られた。

 残像が幾重にも見えるほどの急激な加速。その動きはなのはが知っている高速機動を得意としているフェイトを完全に上回り、そして完璧に制御し切っていた。

 反射的になのははプロテクションを全力で発動させた。その動きに加速移動しながらフリートは笑みを浮かべながら告げる。

 

「良い判断ですよ。ショートバスター」

 

 フリートが放った砲撃がなのはのプロテクションに直撃し、爆発を引き起こした。

 爆煙が巻き起こる場所をフリートは見つめる。煙が徐々に晴れて行き、息を荒くしながらエレメンタルを握る右手を左手で握るなのはが姿を現す。

 

「デジバイスに救われましたね。ショートバスターが直撃する瞬間、プロテクションをバーストさせて直撃を逃れた」

 

「……私も分かりました……貴女が使っているアクセルフィンの正体……左右の足……それぞれに別々(・・)のアクセルフィンを使っているんですよね?」

 

「正解です。私は貴女の魔法しかこの試練では使いませんが……貴女と同じように使うとは言っていませんからね」

 

 簡単にフリートは言っているが、なのははその意味に戦慄と恐怖を感じた。

 通常飛行魔法は一度使用すればそれだけで充分なのだ。同時に左右の足にそれぞれアクセルフィンを使用するなどなのはは考えた事は無い。いや、魔導師ならば誰もが考えもしない。

 何せそれぞれバランスを取らなければならなくなる。僅かに出力の違いが出るだけで、使用者のバランスは崩れて最悪の場合は自滅してしまう。だが、フリートはソレをまるで何でもないと言うように平然としている。

 地上に居るグレアム、リーゼロッテ、リーゼアリアはフリートの異常さを悟った。

 アレは違う。魔導師ではない別の何かだとなのは、グレアム、リーゼロッテ、リーゼアリアは悟った。

 その中でリンディは、フリートが告げたなのはが魔導師として戦った場合の可能性を思い出す。

 

『その時の可能性は0%ですよ』

 

「さぁ、続きを始めましょうか」

 

 エクセリオンを構え直しながら、フリートは試練の続きを宣言し、なのはも慌ててエレメンタルを構え直すのだった。



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険しき試練 Ⅲ

今回で試練を終わらせる予定でしたが、思っていた以上に話が長くなってしまいましたので次回で終わらせます。


(……何で?)

 

 桜色と白色の二つのアクセルシューターがぶつかり合い、白色のアクセルシューターが桜色のアクセルシューターを撃ち破って行く。

 

(……何で?)

 

 自信を持って放った桜色のディバインバスター。

 しかし、ソレさえも白色の魔力の主が放ったディバインバスターに寄って撃ち破られ、桜色の魔力の主の横を掠めてダメージを与えた。

 

(何で…何で…何で!?)

 

 最大の威力を誇る魔法を使用する為に高速移動魔法を使用して距離を取ろうとしても、簡単に追いつかれて狙いを潰されてしまう。

 なのはは混乱の極致に立たされていた。相手が使用している魔法は全部自身が使用出来る魔法。多少の使い方の違いは在るにしても、本質的には同じ魔法の筈なのに、全てが及ばない。

 何とか状況を打破しようとエレメンタルをフリートに向かって構えようとする。だが、なのはが構える前にフリートが目の前に高速移動して来る。

 

「弱点その二、同格かそれ以上の砲撃タイプの魔導師との経験の無さ」

 

 低い声でフリートが呟いた瞬間、なのはの腹部に視認出来ない程の速さで横蹴りが叩き込まれた。

 

「きゃあッ!!」

 

『なのはっ!?』

 

 悲鳴を上げて吹き飛んで行くなのはの姿に、地上に居る士郎達は思わず叫んだ。

 しかし、フリートは地上からの叫びなど気にせずに、一瞬にして吹き飛ばされたなのはの前に両足のアクセルフィンの最大加速で回り込み、再び態勢を整えていないなのはを蹴り飛ばして行く。

 なのはも何とかフリートが回り込む前に態勢を整えようとするが、フリートは見ている者が恐ろしさを感じるほどの的確さでなのはが態勢を直す前に一撃を加えて行く。

 エレメンタルに変わった事で上がったなのはのバリアジャケットの防御力など関係ないと言わんばかりの威力と速さの一撃は、なのはの体力を奪う。状況はどんどんなのはの不利に追い込まれ出した。

 

「何で!? あのバリアジャケットの防御力は高い筈なのに!?」

 

 リーゼアリアは事前の確認でなのはのバリアジャケットの堅牢さを確認していた為に、今の出来事に思わず叫んでしまった。

 幾ら魔力で強化していたとしてもただの蹴りで息を吐き出すほどのダメージを食らうとは思えないのだ。

 姉妹であり、格闘戦が得意なリーゼロッテも恐れを含んだ声で呟く。

 

「……何なのよ、アレ? 何であそこまで的確にあの子の防御を読んで、一撃を加えられるのよ?」

 

 なのはもエレメンタルやシールドを使って防御をしようとしている。

 だが、フリートはまるでその位置に防御が来る事が分かって居るかのように、防御の穴を衝いて一撃を叩き込んでいるのだ。しかもただの蹴りではない。

 両足にそれぞれ発動させているアクセルフィンの加速力を使っての一撃。その上、アクセルフィンを巧みに使っての無拍子での攻撃なのだ。家族のおかげで二年前よりも格段になのはの近接戦闘での防御は上がって居たが、フリートは易々と遠距離戦でも近接戦でも圧倒的にフリートの実力はなのはを上回っていた。

 このままではなのはの敗北は近いと誰もが思う中、地上から戦いを見ていたリンディが落ち込んだ声で呟く。

 

「……フリートさん……此処でなのはさんを終わらせるつもりなのね」

 

「……どういう事かね、リンディ?」

 

 グレアムの疑問にリンディはゆっくりと顔を向け、他の者達も一斉にリンディに顔を向ける。

 

「なのはさんは、一般的な管理世界の魔導師とは違います。管理世界の魔導師が学ぶ一般的な魔導技術を短期間で会得し、僅か一、二か月でAAAランクの魔導師にまで成長してしまった。その事がなのはさんの自信の一つになっていた。でも、今その自信をフリートさんは潰そうとしている」

 

 なのはは短期間で理想的な砲撃型の魔導師の完成形に至った。

 だが、余りにも短期間で至り過ぎていた。本来ならば時間を掛けて至る必要が在るのに、なのはには才能が在り過ぎた。そして今、フリートが使っている魔法は、なのはが会得した魔法。

 その魔法を全てフリートはなのは以上に使いこなしている。なのはにとっては悪夢としか言えない。

 もしも此処でなのはがフリートに完全に敗北すれば、なのはは今度こそ二度と立ち上がれなくなる。

 リンディ達を除いた全員が理解した。今なのはが受けている試練は、本当の意味でたった一度しか受けられない試練なのだと言う事を。

 

「なのはさんの性格上、意思を持って何度も立ち上がろうとする。でも、その意思を支える自信を今、フリートさんは完全に折ろうとしている。このまま行けば、折れるのにそう時間は掛からないでしょうね。コレからの戦いに必要なモノに気が付かない限り」

 

「必要なモノ?」

 

「えぇ、士郎さんと恭也さんは気が付いて居るようですけど」

 

 リンディ達を除いた全員の視線が士郎と恭也に向く。

 士郎と恭也には、今回の試練の本当の意味が分かっていた。だが、なのは本人がソレに気が付かなければならない。

 言われて理解出来るものではないのだ。自身で実感して初めて自らのものに出来る答えに、なのはは気がつかなければならない。

 戦闘に集中しているなのはには聞こえないと士郎と恭也は確認すると、ゆっくりと口を開く。

 

「……今なのはが受けている試練は、ただ一撃を加えるだけで終わる試練だ」

 

「その一撃をあの女性は何も指定していなかった。だから、魔法じゃなくても問題は無い筈だ。恐らくなのはの拳が当たっただけでも、いや、体当たりして激突しただけでも試練は合格とみなされる筈だ」

 

『ッ!?』

 

 士郎と恭也の発言にグレアム達は目を見開いた。

 そう、フリートは一撃を与えれば試練は合格と告げていた。加える一撃が魔法のみ攻撃だとは指定していない。

 しかし、魔導師としての先入観。そしてフリートが告げた試練の内容に寄って、無意識の内に魔法で一撃を当てる事が条件だと士郎と恭也以外の面々は思ってしまった。

 何よりもなのはは魔導師としてしか戦って来なかった。魔導師は基本的に非殺傷設定と言う機能を使って戦闘する。それ故になのはの戦闘手段は魔法しかない。また、通常バリアジャケットを纏っていれば魔法や魔力を持った以外では大抵の攻撃はダメージにならないので一撃を与えたとは認識し切れない。

 その為になのはは魔法を使っての一撃だと思い込んでいるのである。

 士郎と恭也が気づけたのは、自らが学んでいる剣術が剣と言う手段に囚われない古流剣術だからだった。

 だが、士郎と恭也はあえてその事実をなのはに教えなかった。教えて理解出来るものと自ら気がついて理解出来るものがある。今、なのはが受けている試練は後者。自分で気がついてこそ本当に理解出来るものなのだ。

 その事を納得は出来なくとも理解した面々は、追い込まれてバリアジャケットが破損していくなのはに目を向ける。

 

「ハァ、ハァ、ハァ」

 

「う~ん。思ったよりも堪えますね」

 

 バリアジャケットがボロボロになっているなのはに対して、フリートの白衣には汚れ一つ付いていなかった。

 加えて言えば、フリートはまだ【レイジングハート・エクセリオン】のフルドライブであるエクセリオンモードも起動していない。通常モードとバスターモードだけで、フルドライブと同レベルの機能を有している【レイジングハート・エレメンタル】と戦っているのだ。

 既になのはは理解していた。目の前にいるフリートが、魔導師として自身の遥か上を行く存在なのだという事を。

 

「まぁ、ソレも此処までですよ。エクセリオン。フルドライブ」

 

Exelion(エクセリオン) Mode(モード)

 

「ッ!?」

 

 カートリッジロードと共にフルドライブに変形したエクセリオンを目にしたなのはは、エレメンタルを構え直す。

 だが、心中では逆転の手段が全く思い浮かばなかった。

 

(どうすれば良いの!? 攻撃も防御も、速さも、私の魔法は全然この人には通じないのに!?)

 

 これまでなのはが戦って来た相手は、強敵で在っても何かしらの対抗手段が見いだせていた。

 例外があるとすればブラックやデジモンぐらいだが、魔導師として戦闘ではなのはは最終的に勝つ事が出来て来ていた。しかし、フリートには何をしても通じない。

 自らの魔法なのに、フリートが使えば威力も応用性も格段に跳ね上がっている。ソレは魔導師としての実力差。どちらが魔導師として完成しているのか、誰の目もハッキリしていた。

 

「アクセルフィン!」

 

 掛け声と共にフリートはなのはの周囲を高速移動し出した。

 本来のアクセルフィンならば不可能に近い動きだが、フリートは二つのアクセルフィンを巧みに動かし、残像が残る動きでなのはを翻弄して行く。

 エレメンタルを向けてなのははフリートを捉えようとするが、魔法も使っていない残像故に魔力反応から本体を捉える事は出来ず、焦りが募って行く。

 

「ディバイン……」

 

「ッ!? させない! シュートバスター!!」

 

 せめて攻撃だけはさせないと言うように、なのはは僅かに聞こえて来たフリートの声を頼りに砲撃を撃ち出した。

 しかし、砲撃を撃った方向には誰の姿も無く、空中を虚しく砲撃が通り過ぎただけだった。

 

「しまっ!?」

 

 焦って翻弄されただけの事に気がついたなのはは、慌ててその場から離れようとする。

 だが、無情にも直上からフリートの無慈悲な声が響く。

 

「終わりです、エクセリオンバスターー!!」

 

 エクセリオンモードになった事で格段に威力が跳ね上がった砲撃がなのはに向かって撃ち出された。

 直上から迫る砲撃をなのはは躱す事が出来ないと瞬時に判断し、せめてダメージだけは少しでも減らそうと右手を突き出す。

 

「レイジングハート!?」

 

《エレメントシステム起動! ウィンドエレメント、セットアップ!》

 

「えっ!」

 

 この時、なのはとレイジングハートの間で行き違いが起きてしまった。

 なのははエクセリオンの時の癖でカートリッジに寄る魔法の強化を思わずやろうとしてしまい、レイジングハートはなのはの意図を勘違いして唯一現在起動出来るシステム起動させてしまったのである。

 エレメンタルに慣れていない故の失敗。その失敗になのはは気がつくが、既に遅く砲撃はなのはの姿を覆い尽くし、そのまま地上に直撃した。

 

「……終わってしまったか」

 

 歴戦の魔導師ゆえにグレアムは今の一撃でなのはが落ちたと確信した。

 防御魔法を使用していたが、間に合わずに砲撃になのはが呑まれるのをグレアムは目にしていた。

 桃子と美由希は急いでなのはの下に駆け付けようとするが、突然桃子の肩に載っていたマリンエンジェモンが立ち塞がる。

 

「ピプ~!」

 

「マリンちゃん!?」

 

「退いて! 急いでなのはを助けないと!」

 

「ピポ!!」

 

 良く見ろと言うようにマリンエンジェモンは、慌てている桃子と美由希に見えるように小さな手を動かした。

 言われて桃子と美由希がマリンエンジェモンが指し示す方向を見てみると、砲撃に寄って開いた大穴のすぐ傍に開いている小さな穴から白い部分バリアジャケットの色を緑色に染めたなのはがエレメンタルを支えにしながら立ち上がっていた。

 

「なのは!」

 

「良かった……でも、どうして?」

 

 確かに美由希達は砲撃に吞み込まれるなのはを目にした。

 なのに、なのはは砲撃のすぐ傍で、まるで自分から落下したように立ち上がっている。

 一体どういう事なのかと美由希達が困惑していると、何かを確かめるようになのはは自らの両足に目を向ける。

 

「……今のって?」

 

《詳細は分かりません。ですが、起動した瞬間に確かに変化は認められました》

 

「……もしかして!?」

 

「全く運が良いですね」

 

 苦々し気な声と共にフリートが、地上に降り立った。

 今の出来事をフリートは見ていた。故に機嫌が悪くなった。何せ技術者として許し難い事が起きたのだ。

 しかもその出来事がなのはが敗北する結末を防いだのだ。技術者としては到底納得出来ない出来事だが、結果的に試練は続く事になった。

 その様子からなのはは自身の推測が外れていない事を悟る。このまま行けば敗北が待っている。ならば、出来る事を、そして今気がついた事をやろうと言う気持ちをなのはは抱いた。

 

「……ねえ、レイジングハート。もしかしたら失敗するかもしれない。無茶をするかも知れない……負けるかも知れない……それでも耐えてくれる?」

 

《マスター……私はマスターの相棒です。貴女の望むままに》

 

「ありがとう……え~と、フリートさん!」

 

「……何ですか? 私ちょっと不機嫌なんですけど」

 

「……これから全力全開で行きます! だから、宜しくお願いします!」

 

「……へっ?」

 

 一瞬言われた意味が分からず、フリートは呆気に取られた。

 だが、なのはは違う。簡単に言えばなのはは吹っ切れたのだ。この試練が始まる前からなのはは悩んでいた。

 戦う事の怖さ。負ければレイジングハートが失われる恐怖。その他様々な要因がなのはを苛んでいた。

 しかし、吹っ切れた。或いはフリートがもしもなのはの使う魔法以外で試練を行なうようにしていれば、悩みを吹っ切れずに此処でなのはは魔導師として終わっていただろう。

 フリートは見せてしまったのである。自分が使っている魔法の新しい可能性を。そして先ほどの出来事で気づいた事もある。それらを試したいとなのはは思った。相棒であるレイジングハートも協力してくれる。ならばもう迷う事は無い。

 

「高町なのは行きます!」

 

Accel(アクセル) Fin(フィン)

 

 桜色の羽が両足に再び姿を見せ、なのはは空へと舞い上がった。

 だが、その舞い上がり方が試練が始まった時は違い、まるで小鳥が飛び方に慣れていないかのように不安定だった。

 

「不味い!? アレじゃ簡単に落とされる!」

 

 ロッテはなのはの不安定過ぎる飛行に思わず叫んだ。

 やはり先ほどの砲撃は直撃していたのかとロッテ達は思うが、その中でブラックだけは何処か楽し気になのはを見ていた。

 

(漸く見られそうだな。フリートが造り上げたデジバイスとやらの可能性を)

 

 ブラックもフリート同様に見ていた。

 砲撃がなのはに当たる直前にエレメントシステムが起動した瞬間、突然なのはの両足から風圧が発生し、そのまま勢いよく砲撃の範囲から逃れる事が出来たのだ。

 最も本人が意図してなかった出来事故に、なのはは制御し切れずに地上に激突する羽目になったのだが。

 今もなのはが不安定な飛び方になっているのは、制御出来ていないからだ。自らが発動させている魔法である筈の【アクセルフィン】を。

 

(最もその事があの小娘の武器になるやも知れんな)

 

 そう楽し気にブラックが内心で呟いていると、再び空の上で戦闘が開始された。

 

「ディバインシューター、シュート!!」

 

「アクセルシューター、シュート!!」

 

 戦闘が開始した時と同じやり取り。

 瞬時にフリートはなのはが放った八つのディバインシューターに対して、十個のアクセルシューターを放った。

 今度は相殺と言う形では終わらせずに、アクセルシューターでなのはをフリートは落とすつもりで撃った。案の定次々となのはが放ったディバインシューターは破壊されて行き、残った二つのアクセルシューターが不安定な飛び方を続けているなのはに向かって行く。

 しかし、アクセルシューターがなのはに届く直前、なのはの両足から発生しているアクセルフィンの翼が羽ばたき、急激な加速を行なって躱した。すぐさま白いアクセルシューターはなのはを追尾するが、急に速くなったり遅くなったりと、なのはの動きが出鱈目過ぎて直撃出来なかった。

 

「追加です!!」

 

 新たにアクセルシューターを八個フリートは撃ち出し、なのはに向かわせた。

 ソレに対してなのはは不規則な動きを続ける事で躱すか、或いは直撃を受けそうになるのをプロテクションで防いで行く。

 その様子にフリートは僅かに眉を険しくする。

 

(不味いですね。初めて使うエレメントシステムのせいで、高町なのはの動きが不規則過ぎて読み切れません)

 

 本来の自分の戦い方ならば問題は無いのだが、この試練ではなのはが使う魔法でしかフリートは使用出来ない。

 その為にフリートは常になのはの魔法でどうすれば撃墜出来るのか思考を巡らなさなければならない。ソレでも問題は無かった。

 この試練を受けさせると決めてから、フリートはなのはの情報を吟味してどう動くのか、どのような判断をするのか読み切っていたのだから。二年間もリンディに頼まれて注意深く見張っていたのだから、なのはの魔導師として技量など、フリートにとっては簡単に読み切れるレベルなのだ。

 だが、吹っ切れてエレメントシステムを使用したなのはの情報はフリートには無い。その為に新たに情報を集めて判断しなければならない。

 

(しかも、どういう訳でしょうか? 何だか、徐々に飛び方が様になって来てるんですけど?)

 

 フリートが放ったアクセルシューターを躱すか防ぐ度に、なのはの動きは徐々に良くなって来てる。

 急加速や急減速に加え、まるで舞うかのような軽やかな動きさえも見せ始めて来ている。まるで誰かに飛び方を学んでいるかのようになのはの飛び方が様になって来ている。

 

(高町なのはが【エレメントシステム】を起動させた時に発生する副次効果に気がついたのは、つい先ほどの筈。なのに、徐々に扱えて来ている。どう言う事ですか!?)

 

 フリートが考案した対デジモン用の魔導師の為のシステムである【エレメントシステム】。

 戦うデジモンに対して有利な属性を魔導師が使用する魔法に与えて、威力や防御力を上げる事を目的としていた。だが、完成した後、フリートも予想していなかった副産物が【エレメントシステム】には存在していた。

 即ち、使用した属性に応じた特定の魔法の性能向上である。だが、コレは本当に特定の魔法にしか機能しない。

 【風】属性を使用している時に性能が向上するのは飛行魔法や浮遊魔法の類だけで、攻撃魔法や防御魔法には何の変化も無いという事がフリートの調べで判明している。

 フリートがリンディに言っていたなのはが【風】属性の【エレメントシステム】を起動させる事が出来るのは、相性が良いからだった。短期間で飛行魔法を使用出来るほどの才能をなのはは持っていた。

 飛行魔法は誰でも使用出来ると言う訳でないと言うのに、なのはは余り教えを受けずに使用出来るようになったのだ。その才能が今、新たに手にした力を支えていた。

 

(興味深いですが、このまま慣れさせる時間を与えるのは不味いですね!)

 

 即座にフリートは判断を下した。

 研究欲の塊であるフリートは、このままなのはがどれだけ短時間で【エレメントシステム】を扱えるように成れるのか興味を覚えずにはいられなかったが、現在は試練中。

 しかも自身の魔法技術を教えると言う重大事項が関わっているのだ。故に自身の欲求を抑えて、なのはをフリートは倒しに行く。

 アクセルシューターを破棄すると同時に、二つのアクセルフィンを最大加速させて、一瞬にしてなのはの目の前に移動する。

 

「時間は与えません!」

 

 飛行魔法を用いた無拍子の高速蹴り。

 なのはを何度も叩きのめしたその一撃をフリートは、エレメンタルを構えるなのはに向かって放った。

 今までと同じように今度も決まるとフリートは思うが、なのはは今までと違い、防御魔法もエレメンタルを使って防御しようとせず、フリートに向かってエレメンタルを突き出した。

 

「ハァァァッ!!」

 

「ッ!? グゥッ!?」

 

 防御する事無く、また魔法を使用すると事無くエレメンタルを使った攻撃に転じて来たなのはに、フリートは目を見開き、慌てて体を逸らした。

 同時になのはに向かって放った蹴りも在らぬ方向に向かって放ってしまう。普通ならば蹴りの中断なども出来るが、フリートが放った蹴りは飛行魔法と体術を合わせた蹴り技。無拍子ゆえに相手に察知させる事もさせずに、大威力の蹴りを放つ技だが、一度放てば中断する事は出来ず、しかも途中で止める事も出来ないと言う弱点が存在している。

 それでも本来ならば問題は無い。相手にカウンターが来ても、届く前にフリートの蹴りの方が届くのだから。最終的なダメージはフリートよりも、相手の方が上になるので通常ならば問題は無い。だが、この試練では違う。

 フリートはなのはから一撃でも貰う訳には行かないのだから。

 

「此処から! レイジングハート!」

 

《了解です!! シャインエレメント、セットアップ!!》

 

 完全に態勢を崩したフリートと違い、予め分かっていたなのはは即座にフリートから離れ、今度は【光】属性のエレメントシステムを起動させた。

 同時に不安定だった飛び方が確りしたものに変わり。そのままエレメンタルの切っ先を構えて、アクセルシューターをなのはは放った。

 

「アクセルシューター、シュート!!」

 

「チィッ!」

 

Wide(ワイド) Area(エリア) Protection(プロテクション)

 

 試練が始まってから初めてフリートは防御魔法を使用した。

 二つのアクセルフィンを使用しているだけに一度態勢が崩れてしまうと、瞬時には立て直せない。

 その弱点を衝かれたフリートは全方位で防御するしか手が無かった。

 次々と防御魔法にアクセルシューターは激突するが、フリートが使用したワイドエリアプロテクションは砕けなかった。

 

(やっぱり防御も堅い! だけど、私が知りたかった事はそれじゃない!)

 

 なのはが今の攻撃で確かめたかった事。

 ソレは【光】属性の【エレメントシステム】を起動させた時に、性能が向上する魔法の確認だった。

 既になのはとレイジングハートは【エレメントシステム】を起動させた時に、特定の魔法の性能が向上する事を理解していた。

 故に【風】属性で飛行魔法の性能が向上したのならば、【光】属性でも何らかの魔法の性能が向上するのは間違いない。

 

(ボコモンさんが教えてくれた伝説の闘士さん達の力が、今のレイジングハートには宿っている。最初にガブモン君を進化させる機械が現れた時の聞こえた声。あの声が闘士さんの声に違いない! ソレに、今も私に力を貸してくれた!)

 

 【風】属性の【エレメントシステム】を起動させて、空を飛んでいた時。

 なのはは確かに感じていた。誰かが自身を支えていてくれた事に。姿も無い誰か。しかし、その誰かはなのはを背後から支えて、無言で飛び方を教えてくれていた。

 ならば、目覚めているもう一つの【光】と言う属性も、自身に何らかの力を与えてくれるに違いないとなのはは確信している。

 

「(アクセルシューターには何の変化も無かった。なら!)ディバインバスターーー!!!」

 

 自身が最も得意としている魔法を、なのははフリートに向かって撃ち出した。

 同時に通常時よりも明らかに威力が向上していると分かる砲撃が、ワイドエリアプロテクションを張っているフリートに向かって行く。

 

(やっぱり、【光】で性能が上がる魔法は砲撃系の魔法!!)

 

「クッ! ショートバスター!」

 

 バリア破壊効果が付加されているディバインバスターにワイドエリアプロテクションが破壊されるのを確認したフリートは、抜き打ちでショートバスターをディバインバスターに放ち、爆発を引き起こした。

 その反動でフリートは初めてダメージを負い、吹き飛んでしまうが、瞬時に態勢を立て直してなのはに向かって叫ぶ。

 

「コレは一撃に入りませんよ!!」

 

「分かってます!!」

 

 言われなくてもなのはには分かっていた。

 まだ、フリートには一撃は届いていない。今のは届きかけただけに過ぎない。

 本当の意味で届かせてみるとなのはは思いながら、レイジングハートに向かって叫ぶ。

 

「また行くよ!」

 

《ウィンドエレメント、セットアップ!!》

 

 再び【風】属性を起動させて、なのはのバリアジャケットの色が緑に染まった。

 その様子にフリートはなのはの狙いを瞬時に悟り、身構えながら自らが受けたダメージを確認する。

 

(受けたダメージは軽いですね。反応が鈍る事も無いので問題無しです)

 

 本来ならば受けたダメージを瞬時に回復するフリートの体だが、今回の試練ではその機能を停止させていた。

 なのはが受けたダメージを回復出来ないのに、自身が回復するのは試練とは言えないのだから。

 

(狙いは読めますね。一か八かの【エクセリオンバスターA.C.S】で決めるつもりでしょう)

 

 このまま戦っていてもなのはが敗北するのは間違いない。

 今のところは【エレメントシステム】のおかげで何とかなっているが、その前に受けたダメージが大きい。

 長期戦は無理だと判断したなのはは、短期決戦をフリートに挑むつもりなのだ。それにフリートが応じる必要は無いのだが。

 

(不味いですね。ちょっと面白くなってしまいました)

 

 冷静に判断すれば、長期戦に持ち込めば勝てる。

 だが、なのはの可能性を見てみたいとフリートは思ってしまった。故になのはの狙いに応じるようにフリートはエクセリオンを両手で持って構える。

 

(だけど、どうするんでしょうね? 本来【エクセリオンバスターA.C.S】はカートリッジシステムが使える事が前提の魔法。現在のエレメンタルはカートリッジシステムの使用は出来ない状態。その状態でどうやって私に一撃を届かせるのか?)

 

 零距離で発動させて相手に砲撃を当てるなのはの【エクセリオンバスターA.C.S】。

 一撃必殺であると同時に捨て身の砲撃。だが、その爆発力を支えているのはカートリッジシステム。

 本来ならばエレメンタルにもカートリッジシステムは存在しているが、今のエレメンタルは使用出来ない。

 爆発力が低いならば、当然威力は下がる。エレメントシステムで【エクセリオンバスターA.C.S】性能を引き上げても、一瞬の爆発力と言う点ではカートリッジシステムの方が上なのだ。

 しかも、【エレメントシステム】による魔法の性能向上には欠点が存在している。

 

(性能向上が及ぶのは、本当に属性に応じた特定の魔法だけ。それ以外の魔法には全く効果が出ないんですよね)

 

 つまり、【エクセリオンバスターA.C.S】をなのはが放とうとした場合、最後の砲撃のみが強化され、その前の高速突撃やバリアを破壊する為のフレームの強化などは一切恩恵を受けない。

 幾つかの工程を果てて発動させる魔法に対して、【エレメントシステム】は不向きなのだ。

 無論、普通の相手ならば問題は無いが、なのはが戦っている相手は魔導師として実力差が在り過ぎるフリート。当然ながらその隙を見逃す筈が無い。

 その事はなのはも分かっている。

 

(絶対にこの人に【エクセリオンバスターA.C.S】は通じないよね)

 

 自身の魔法だけに、【エクセリオンバスターA.C.S】の弱点は分かっている。

 何よりも【エクセリオンバスターA.C.S】は、色々と欠点が多くてクロノ達だけではなく、士郎や恭也にも駄目出しを受けている魔法。

 そんな魔法がフリートに通じるとはなのは自身思っていない。あくまで使用すると思わせるだけで良いのだ。

 

(チャンスは一度だけだよね。やった事ないし、本当に初めてだけど、この人のおかげで思いついた手段で行く!)

 

(来る!)

 

 なのはの気配が変わった事をフリートは察して、瞬時に防御魔法を発動させる準備とカートリッジシステムの起動準備を行なう。

 万全の態勢でなのはを迎え撃つ構えをしているフリートに対して、なのはは性能が向上しているアクセルフィンで急加速を行ない、突撃した。

 

「エクセリオン!!」

 

「何が来るのか楽しみでしたけど、やっぱりそれですか! 残念ですね!」

 

Protection(プロテクション) Powered(パワード)

 

 カートリッジを使用してプロテクションの強化を施し、なのはの攻撃にフリートは備える。

 なのははフリートに向かって急接近しながらエレメンタルを振り被り、突如として体に多大な負荷が及ぶのにも構わず急停止した。

 

「何を!?」

 

「レイジングハート! 行ってぇぇぇぇぇぇぇぇーーーー!!!!」

 

 体が急停止の反動で悲鳴を上げるのも構わず、なのはは迷う事無くエレメンタルをフリートに向かって全力で投擲した。

 なのはの手から離れたエレメンタルの柄部分から桜色の羽が羽ばたき、神速の速さでフリートが放ったプロテクションに激突した。

 

「アクセルフィンを使った投擲!?」

 

 瞬時にフリートはなのはが行なった事を見抜いた。

 飛行魔法は何も一度しか使えない訳ではない。ソレをフリートのやり方で理解したなのはは、エレメンタルに飛行魔法を使用する事で加速器代わりに利用したのだ。

 人間一人を空に飛ばせる魔法。そして【風】の【エレメントシステム】を使用している事で発生している飛行魔法の性能向上に寄る投擲は、当然ながら威力を引き上げる。

 激しくフリートが放ったプロテクションとエレメンタルはせめぎ合う。このままだとプロテクションが破られるとフリートは判断し、即座にバリアバーストを行なおうとする。だが、フリートがバリアバーストを行なう前にエレメンタルが魔法を発動させる。

 

Barrier(バリア) Break(ブレイク)!》

 

「クッ!!」

 

 独自の判断で魔法の使用が出来るエレメンタルに寄ってプロテクションが破壊されたフリートは、身を捻る事でエレメンタルの突撃を避けた。

 エレメンタルが神速の速さで通り過ぎる時の風圧に寄って髪の毛が何十本と言う単位で引き千切られるが、何とか直撃だけは回避したフリートは、すぐさまエクセリオンを構え直す。

 凄まじい攻撃だったが、今の攻撃には弱点が在る。使用者が自らの武器を投擲して放つ攻撃なので、攻撃後はすぐにエレメンタルをなのはは手元には戻せない。主な攻撃手段がエレメンタルが必要ななのはに取って、すぐさま態勢を整え直すのは不可能に近い。

 故にエレメンタルが手元に戻る前に勝負を決めるつもりでフリートはエクセリオンを構えるが、その前になのはがフリートに向かって突撃して来た。

 

「なっ!?」

 

「届いてえぇぇぇぇぇぇーーーー!!!!」

 

 迷う事無く拳を振り抜いて来たなのはに、フリートは慌ててエクセリオンを掲げた。

 攻撃に転じる為に構えていただけに、防御魔法の発動が間に合わず、回避もし切れない。

 その上、一撃を受ける訳には行かないと言う制約の為に、エクセリオンを使ってしかフリートは防御出来なかった。そしてなのはの拳をエクセリオンが直撃し、次の瞬間、エクセリオンに異常が発生する。 

 ジジジッと言う音がエクセリオンから鳴り響き、フリートは目を見開いて会心の笑みを浮かべているなのはを見つめる。

 

「衝撃を、エクセリオン内部に徹した(・・・)ですって!?」

 

(届いた!! ありがとう! お父さん!)

 

 自らの父親が修める古流剣術。その中の技術の中に、【徹】と言う衝撃を相手に徹す技が在る。

 二年間の間に、基礎訓練や体作りを父親である士郎から鍛えられている時に、なのはは役に立つからと学んでいた。実際、【徹】と言う技はデバイス破壊などにも役に立つ。

 敵の魔導師を出来るだけ無力化して倒すと言う目的で教えられた技だが、なのはは実戦で使った事が無かった。と言うのも遠距離や中距離を主にしてなのはは戦うだけに、使う機会が無かったのだ。それでも練習だけは欠かさずに行なっていたのだ

 そしてエクセリオンに異常が発生した事で、エクセリオンを介した魔法が使用出来なくなったフリートは、両足に発生させている二つのアクセルフィンの維持に思考を回す。どんな不具合が発生しているのか不明だが、エクセリオンを使用して魔法を使うのは危険だと判断したのだ。

 フリートが即座に態勢を直せないと分かったなのはは、すぐさまフリートの傍から離れる。同時に旋回して来たエレメンタルがなのはの手に納まる。

 

「決めるよ!! チェーンバインド!!」

 

《了解です!! Restrict(レストリクト) Lock(ロック)!》

 

 なのはとエレメンタルはそれぞれバインド系の魔法を発動させて、フリートを縛り上げて行く。

 そのままエレメンタルの矛先をフリートに向かって構えて、自身や周囲の魔力を集束して行く。

 集束系魔法だとフリートは判断し、即座に自身を縛り上げているバインドを破壊して距離を取ろうとする。

 なのはが放つ魔法の弱点を見抜いているからこその行動。エクセリオンが不調な状態では迎撃が出来ない。だからこそ、距離を取るしかない。だが、同時にフリートは感じていた。

 今この場から離れてしまえば、バインドに捕らわれてしまうと言うイメージが。そして案の定離れようとした瞬間、フリートの右手がレストリクトロックに拘束される。

 

(さっきのエレメンタルの投擲は、ただの攻撃だけじゃなくて、エレメンタルに設置型のバインドを張らせる為だったんですか!?)

 

 全機能の二十パーセントしか使用出来ないが、ソレでもエレメンタル独自で魔法を使用する事は出来る。

 ソレを利用してエレメンタルは、なのはの手元に戻るまでに幾つかの設置型バインドを張り巡らせていたのだ。最大の魔法をなのはが使用する為の時間を稼ぐ為に。

 そして膨大な魔力がなのはの前に集束して行き、【光】の【エレメントシステム】も起動させて一気になのははフリートに向かって撃ち出す。

 

《シャインエレメント、セットアップ!!》

 

「全力全開!! スターライトブレイカーーー!!!!」

 

「確かに一撃を入れれば良いんですけど、コレが一撃ですかぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!!」

 

 性能向上も加えて撃ち出されたスターライトブレイカーに呑み込まれながら、フリートは思わず叫び、そのまま地上に砲撃と共に激突した。

 スターライトブレイカーを撃ち終えたなのはは、肩で息しながら地上に開いた大穴を空に浮かびながら見下ろす。

 確実に直撃したのは間違いない。スターライトブレイカーの直撃を受けて立ち上がった者は、今のところいない。コレで試練は突破出来たと言う喜びとやり過ぎたかなと言う焦りがなのはの顔に浮かぶ。

 

「……ちょっとやり過ぎちゃったかな、レイジングハート?」

 

《……いいえ、マスター。どうやら相手は無事なようです》

 

「えっ?」

 

 レイジングハートの報告になのはが疑問の声を上げた瞬間、スターライトブレイカーに直撃を受けて開いた地面の大穴から白衣がボロボロになったフリートが飛び出して来た。

 

「……良い一撃でしたよ。確かに私に届きましたから」

 

「……そんな」

 

 白衣がボロボロになりながら、平然と話しているフリートの姿になのはは絶句した。

 スターライトブレイカーの直撃を受けて立っていた者がいないと言うのに、フリートは立ち上がっているばかりか、普通に話している。

 その事実になのはは絶句するが、当人であるフリートはなのはの様子に構わずに右手の指をパチンと鳴らす。

 同時になのはとフリートの両方に白い魔力光に彩られたミッド式やベルカ式とは違う魔法式が展開され、瞬時に二人が負ったダメージを癒した。

 

「い、今の? 回復魔法!?」

 

「最初の試練突破おめでとうございます」

 

「……や、やったぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!」

 

 告げられた事実になのはは思わず喜びの声を上げてしまった。

 一撃を当てるだけだと言うのに、本当に全力全開で挑まなければならなかった。しかも相手は魔導師として圧倒的に格上の相手。その相手に届いた事実だけでもなのはにとっては喜びだった。

 だが、その喜びに水を差すようにフリートが告げる。

 

「では、続けて第二の試練。【折れない】を行ないましょうか」

 

「……えっ?」

 

 思わず喜ぶのも忘れてなのははフリートを呆然と見た。

 てっきり一度休憩してから次の試練になのはは成ると思っていたのだ。

 だが、フリートは最初から最初の試練を突破したのに、続けて試練をやるつもりだった。例え万全な状態であろうと、なのはに待っている結末は変わらないのだから。

 

「最初に言っておきますが、体力が万全だとか無意味なので続けてやるんです。今から貴女が知って体感するのは、現代の常識を超えた魔法技術ですから。そして改めて私の名を名乗りましょう。私の名前はフリート・アルハザード(・・・・・・)です」

 

 ソレは魔法の歴史を知る者がいれば一度は聞く伝説の地の名称。

 次元世界の狭間に存在し、今は失われた秘術の眠る地と称されながらも、御伽噺と語られる地。

 しかし、今その伝説の地の名を継承する人物が、なのはの前に現れた。

 そしてなのははコレから知る事になる。何故アルハザードが伝説の地とまで呼ばれて語られているのかを。

 なのははコレから体感する事になるのだった。




詳細設定。

名称:【エレメントシステム】
詳細:フリート・アルハザードが完成させた対デジモン用魔導師装備。現状では【レイジングハート・エレメンタル】ともう一機のストレージ型のデジバイスにだけ組み込まれている。その機能の根幹には三大天使が治めるデジタルワールドの伝説の十闘士のデータの一部が組み込まれている。
属性特化の伝説の十闘士のデータを用いた結果、魔法に属性を持たせて対象のデジモンに相性が悪ければダメージ増加及び防御魔法使用時のダメージ軽減の効果が発揮される。しかし、逆に使用している属性の相性が相手側のデジモンの方が良い場合、逆にダメージ低下とダメージ増加のデメリットが発生してしまう。また、魔法に属性を与える場合、副次効果として属性に在った魔法の性能向上効果も判明している。
例を上げるならば、【光】属性の場合は砲撃系魔法の性能が向上し、【風】属性の場合は飛行魔法や浮遊魔法の性能が向上する。但し、向上するのはあくまで【風】属性だけで、複数の工程を経て発動する魔法の場合は、その中で使用している属性に在った魔法のみが向上する。また、今だ研究段階な面も存在し、今後使用者に寄っては新たな発見が出る可能性があるシステムである。


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険しき試練 Ⅳ

長らくお待たせしました。
今回は独自設定が出て来ます。


 フリートの名乗りが周囲に響いた瞬間、空気が固まった。

 名乗りを上げられたなのはだけではなく、地上に居るグレアム、リーゼアリア、リーゼロッテは呆然とするしか無かった。

 しかし、徐々に名の意味を察して来たグレアム達は愕然とした表情でフリートを見つめる。

 

「……馬鹿な!?」

 

「……嘘!?」

 

「まさか!?」

 

 魔法と言う技術を知る者ならば、誰もが一度は聞く御伽噺の中に出て来る魔法文明の地の名前【アルハザード】。

 だが、在り得る筈が無いのだ。その世界は遥か昔に滅びたとされ、次元世界でも御伽噺として語られている世界なのだから。一部、その世界は実在していると考えて、【アルハザード】に向かおうとする者も居るが、実在を確認出来た者は居ない。何よりも【アルハザード】が存在していると言われる場所は、次元の狭間と言う特殊な場所。向かおうとするだけで多大な労力と犠牲を払わなければならない場所なのだ。

 しかし、二年前にその【アルハザード】に向かおうとしていた人物が居た。その人物の行ないこそが、フリートに外の世界に興味を抱かせる元凶になったのだ。

 

「……そう、あの人こそ、次元世界に御伽噺として語られる【アルハザード】の最後の生き残りで在り集大成」

 

 フリートの名乗りを肯定するかのように、リンディが口を開いた。

 グレアム達の視線がリンディに向き、【アルハザード】を詳しく知らない士郎達も少しでも情報を得ようとリンディに顔を向ける。

 

「……私達は知らなかったんです。二年前にフェイトさんの母親であるプレシア・テスタロッサが引き起こした次元災害。あの時私達はソレを食い止めていたと思ってしまった。でも、違った。私達が次元災害を感知していたように、プレシアが向かおうとしていた世界である【アルハザード】もまた感知していたんです」

 

 影響が低かったとは言え、次元災害である。

 現場にいたリンディ達が感知していたのだから、プレシアが向かおうとしていた世界である【アルハザード】も感知出来ていない訳が無かった。

 そして【アルハザード】に落下して来たプレシアをフリートは見つけ、即座にどう言う経緯で【アルハザード】の存在を知ったのか調べた。残念ながら虚数空間を超えると言う無茶をした影響で、プレシア・テスタロッサは既に亡くなっていたが、彼女が所持していたデバイスは無事だった。

 そのデバイス内部のデータから【アルハザード】の技術が、外側の世界に残っている事が判明し、フリートは抹消する為に動き出していたのだ。

 幸か不幸かは分からないが、ブラックと出会って直接フリートが【アルハザード】から外に出る事は昨日までは無かった。

 

(もしもブラックがフリートさんの前に現れなかったら、絶対に自分自身で外に出ていたでしょうね。そうなっていたら)

 

 考えるだけで眩暈を覚えそうにリンディは成った。

 確実に【闇の書】事件に介入して来て、好き勝手に研究を行ない、ウッカリでとんでもない事を引き起こしていたとしか思えない。

 そのぐらい事をやってしまうのがフリートなのだ。最悪の場合、管理局が総出でフリートを捕らえようとして、逆に返り討ちに在って管理局そのものが消滅していた可能性が在るのだ。

 ブラックと言う強力な協力者が現れた事で影に潜んだが、潜在的な脅威ではフリートの方がブラックよりも上なのである。

 

「……まさか、リインフォース君の修復データの出所は?」

 

「えぇ、あの人です」

 

 グレアムはリンディが告げた事実に息を呑むしか無かった。

 だが、そうだとすれば納得出来る部分も在った。【夜天の魔導書】である【闇の書】は長い時を存在していただけに、どうやっても積み重なっていたバグを管理局の技術では修復出来なかったのだ。

 最大の問題点だった【闇の書】の中心だったルインフォースが【闇の書】から離れた事で、世界崩壊の危機はなくなったが、重要な部分を失ってしまったリインフォースは何れ消滅してしまう運命だった。管理局が何をやってもその運命を変える事が出来ない筈だった。

 だが、ブラックが持っていた修復プログラムがリインフォースの運命をあっさりと変えた。

 修復プログラムが入っていたデータディスク。その出処は結局判明出来ず、何よりもどうやって改変前の【夜天の魔導書】に戻せるような修復プログラムが造れたのかと管理局ではずっと分からなかった。

 その答えが今、グレアム達の前に現れた。

 【アルハザード】と言う最早御伽噺でしかない世界が関わっていたのだ。

 

「……ア、アルハザードって」

 

 フリートの名を聞いたなのはもまた、信じられないと言う気持ちを抱いた。

 なのは自身も【アルハザード】の存在は知っている。何せ親友の母親がその地を目指して引き起こした事件こそが、なのはが魔法に関わる事になった事件なのだから。

 その事件の時に親友であるフェイトの母親であるプレシア・テスタロッサは、【アルハザード】は実在していると言っていた。だが、その事件に関わった誰もが、【アルハザード】の存在は御伽噺だと断じた。

 存在している筈が無い地である【アルハザード】。

 なのははそう聞かされていた。しかし、今、目の前に御伽噺だと断じられた世界の名を冠するフリートが居る。

 

「言っておきますが、嘘や冗談じゃないですよ。まぁ、証拠を出せと言われても困りますが……貴女ならリンディさんが言っていたコレで信じて貰えますかね」

 

「えっ?」

 

 フリートが告げた事の意味が分からずなのはは首を傾げる。

 そのなのはに見えるようにフリートの周囲に小さな九つの転移魔法陣が発生した。

 一体何が転移して来るのかとなのはは魔法陣を見つめ、転移して来た物を目にした瞬間、目を見開く。

 フリートの周囲に転移して来た物は、九つのそれぞれローマ数字でナンバーが刻印された宝石。その宝石をなのはは良く知っている。

 

「……う、うそ……ジュ、ジュエル……シード」

 

「そう呼ばれているようですね。二年半前に私の世界に落ちて来た物です。確か、残りは管理局が回収して保管されているって、リンディさんが言ってましたよ」

 

 フリートが転移させた九つの宝石。

 ソレは二年半前にプレシア・テスタロッサと共に虚数空間に消えた筈の九つのジュエルシードだった。

 虚数空間に消えた筈のジュエルシードが存在している。ソレが意味する事に気がついたなのはは、思わず試練の事も忘れて質問する。

 

「あ、あの! そのジュエルシードと一緒に黒い髪の女の人が居ませんでしたか!? カプセルに入った金髪の女の子と一緒に居た筈なんですけど!?」

 

「……同じ質問はリンディさんにも二年前にされましたね。確かにいましたよ」

 

「だったら!?」

 

 もしかしたら親友の母親も生きているのかと思い、なのはは口を開こうとする。

 だが、なのはの口から声が出る前に、フリートが口を開く。

 

「ストップです。それ以上聞きたければ、試練を乗り越えてからにして下さい」

 

 言われてなのはは試練の最中だった事を思い出す。

 次々と出て来る驚愕の情報に焦ってしまったが、試練を乗り越えなければレイジングハートを失ってしまうのだ。

 

「貴女の質問には、試練の結果がどちらでも終わった後に答えますから安心して下さい」

 

「……分かりました」

 

 なのははエレメンタルを構え直し、フリートはジュエルシードを再び転移させ、機能不全を起こしているエクセリオンを構える。

 その動きになのはは違和感を覚えた。機能不全を起こしているエクセリオンをフリートは使おうとしている。

 てっきり新たなデバイスを取り出すものだと思っていたが、フリートはそんな様子を見せない。

 

(何か変な気がする。何だろう? 新しいデバイスを出すと思ったの……えっ?)

 

 考え込んでいたなのはは気がついた。

 フリートが機能不全を起こしている筈のエクセリオンを持ちながら、空を飛んでいるばかりか、小物とは言えジュエルシードを九つ転移(・・)させたと言う事実に。

 ソレが何を意味するのかと察する前に、フリートが口を開く。

 

「さぁ、第二の試練。『折れない』を始めましょう」

 

 直後、なのははフリートから距離を取る為に後方に下がった。

 ソレはこの場に留まるのは不味いと言う経験からの判断だった。その判断がなのはを救った。

 なのはが下がったと同時にミッド式でもベルカ式でもない、六芒星型の魔法陣が発生し、なのはが居た場所に白い魔力刃が幾重にも通り過ぎた。

 

「あ、あぶな……」

 

《マスター!》

 

「えっ?」

 

 レイジングハートからの警告に、なのはが背後を振り向くと、何時の間にかフリートがいた。

 

「フッ!!」

 

Protection(プロテクション)!》

 

 突き出されて来たエクセリオンをエレメンタルは独自の判断でプロテクションを張った。

 少しでもなのはを護る為の判断。だが、次の瞬間、エレメンタルが張ったプロテクションにエクセリオンが触れると同時に、強固な筈のプロテクションはまるで紙のようにエクセリオンに貫かれ、なのはの腹部に突き刺さる。

 

「カハッ!」

 

軽い(・・)ですね」

 

 フリートは呟きながら息を吐き出しているなのはを、エクセリオンを使って勢いよく吹き飛ばす。

 吹き飛ばされたなのはは腹部から走る激痛に顔を歪めながらも、何とかを態勢を立て直してエレメンタルをフリートに向かって構える。

 

「アクセルシューターー! シュート!!」

 

《Accel Shooter》

 

 放たれた十二発のアクセルシューターは高速でフリートに迫る。

 しかし、フリートは慌てた様子も見せずに、右手の先に再び六芒星型の魔法陣を発生させる。

 

「……介入」

 

 小さな声でフリートが呟くと同時に、十二発のアクセルシューターがピタリと空中で止まる。

 

「何で!?」

 

 起きた現象に思わずなのはは叫んだ。

 自らが放ったアクセルシューターが、急に操作出来なくなったのだ。

 発動を妨げるでもなく、防がれるでもない。アクセルシューターの制御が突然出来なくなったのだ。

 そのような事態に陥った事が無いなのはは混乱する。

 

「疑問に思いませんか?」

 

「えっ?」

 

「だから、どうして数え切れないほどの世界が存在しているのに、魔法が関わっている世界で【アルハザード】の名前だけが残っているのかって?」

 

 【アルハザード】。その世界の名は魔法技術が伝わっている世界に御伽噺と言う形で名を残している。

 だが、その時点で可笑しいと言えた。【アルハザード】以外にも魔法技術を扱っている世界は数多く存在しているのだ。なのに、それらの世界は滅んだ後も名を残せずにいるのに、実在しているのかどうかさえも疑わしかった【アルハザード】の名だけは残っている。

 数え切れないほど世界が存在しているにも関わらずに。

 

「その答えをコレから見せます。何故『折れ』なければ試練が合格なのかをね。術式改変」

 

 フリートが発生させている魔法陣が一際輝いた瞬間、桜色に輝いていたアクセルシューターの色が、白色(・・)へと変化した。

 

「改変完了。アクセルホーミング」

 

 動きが止まっていた白色に変化したアクセルシューターは、突然再び動き出し、なのはに向かって行く。

 

「クッ!」

 

 魔力光が変化した時点で何かが起きると分かっていたなのはは、即座にアクセルフィンを動かして迫って来るアクセルシューターを避けようとする。

 だが、まるで自らが意思を持っているのかのようにアクセルシューター、いや、アクセルホーミングはなのはを追い縋って行く。

 

「一体何が起きているの!?」

 

《……恐らくは、マスターが放った魔法に介入して、魔法自体を改変。新たな魔法の発動の媒体にしたのでしょう》

 

 エレメンタルに告げられながら、なのはは次々と襲い掛かって来るアクセルホーミングをディバインシューターで迎撃しようとする。

 しかし、幾ら操ってもアクセルホーミングはディバインシューターを回避して、なのはに迫って来る。

 迎撃が無理だと判断したなのはは回避に専念する。

 

「そんな事出来るの!?」

 

「ソレがアルハザードの魔法ですよ」

 

「ッ!?」

 

 すぐ横合いから聞こえて来た声に、なのはが振り向くと、フリートが何でもないようにすぐ傍にいた。

 

「アルハザードの魔法は、貴女達が使っているミッド式やベルカ式と違って魔力を使う(・・)んじゃないですよ。魔力を掌握して支配する(・・・・・・・・・・・)事がアルハザードの魔法です。つまり」

 

 パチンとフリートが指を鳴らした瞬間、なのはの両足に発生していたアクセルフィンが消失した。

 

「キャアァァァァァァァァーーーーーーー!!!!」

 

《Axel Fin!!》

 

 アクセルフィンを失って悲鳴を上げて落下するなのはに、エレメンタルは新たなアクセルフィンを発動させた。

 再びなのはは宙に浮かぶが、周囲を旋回していたアクセルホーミングはその隙を見逃さず、次々となのはに直撃して行く。

 

「ガハッ!?」

 

「そして魔力を掌握するという事は、何も自分の魔力だけではない。大気中に漂っている魔力素さえも、リンカーコア(・・・・・・)を再現した術式を組み込めば全て掌握する事さえ可能なんです。つまり、私の前では魔力を掌握されていない魔法は無意味です」

 

 フリートが言い終えると共に、新たに両足に発生させたなのはのアクセルフィンの魔力光が桜色から白色に変化した。

 その事実に苦痛に苦しむなのはと、アクセルフィンの制御を担っていたエレメンタルは恐怖を抱いた。問答無用でアクセルフィンの制御権をフリートはエレメンタルから奪ったのだ。しかし、制御を奪った当人であるフリートはまるで空気を吸うかのようなレベルで行なったのである。

 最早実力差どころの騒ぎではない。魔法を使って何をする事さえも、フリートの前では赦されないのだ。

 アクセルフィンの制御を奪われたなのはは、逆さまにされてフリートの目の前に移動される。

 

「……あっ」

 

「【アルハザード】の名が、今も次元世界に残っている理由。ソレは……恐怖から始まったんですよ。何処の世界よりも魔導技術が発展してしまった【アルハザード】。その世界の魔導師が戦場に立つだけで、相手は何も出来なくなってしまう」

 

 魔力を使うではなく、魔力を掌握して支配する領域に達した【アルハザード】の魔導技術。

 長い年月蓄えてありとあらゆる魔法を扱えるようになったルインの領域さえも、【アルハザード】からすれば初歩に漸く足が入ったレベルでしかないのだ。

 神代の魔法を扱えるフリートにとって、現代の魔導師は蟻と象レベルの差では済まないほどの差が存在しているのだ。

 

「リンディさんが言っていたでしょう? 現代の技術に合わせでもしない限り、私が造る物は全てロストロギアになってしまうって。そして貴女が今握っている【レイジングハート・エレメンタル】は、私の持つ技術を全て結集させて造り上げた最高傑作です。つまり、ソレを完全に扱えるという事は、【アルハザード】の魔導技術を学ぶと言う事です」

 

「ッ!?」

 

 言われてなのはは逆さまになりながらも、思わず右手に握っているエレメンタルを凝視してしまう。

 問題なく使用していたが、今なのはが使っているエレメンタルは正真正銘のロストロギア。その存在を管理局が知れば、何が何でも回収しようとするだろう。

 【アルハザード】と言う神代時代の代物ならば、尚更に回収する。何せ今だ機能制限を受けているので発揮出来ていないが、本来の機能が全て解放されたエレメンタルは、管理局が欲しがる機能が多数組み込まれているのだ。

 どんな手を使っても欲しがるような機能が。

 

「【アルハザード】の存在を完全に次元世界から抹消し、御伽噺に過ぎない存在にする。ソレが私の目的です。貴女に【アルハザード】の魔導技術を教える事はその目的に反します。そして、貴女が【アルハザード】の魔導技術を扱い切れるとも思えません」

 

「そ、それは……」

 

 出来るなどとなのはは言う事が出来なかった。

 ほんの僅かに味わっただけでも、【アルハザード】の魔導技術が想像を絶する領域にあるとなのはは理解出来ていた。

 軽はずみに出来るなどと口に出来る領域に在る技術ではない。扱う事が出来れば、世界を左右する域に【アルハザード】は至ったのだ。

 

「……試練を終わりにしましょう」

 

 宣言すると共にフリートは右手を掲げ、上空にアルハザード式の魔法陣を展開した。

 上空に展開された魔法陣は周囲の魔力を集束させて行く。ソレはなのはの最大の魔法である【スターライトブレイカー】と同じ現象。だが、規模が段違いだった。

 【スターライトブレイカー】を遥かに上回る規模で集束し、集束率も桁が違う。なのはが同じことをしても、制御し切れずに暴発させて自滅するしかない領域に至っても、尚集束は終わらない。

 

「制御は返します。抗うのか、逃げるのか、それとも違う結果を出すのか。好きにしなさい」

 

 フリートが指を鳴らすと共に、制御を奪われていたアクセルフィンの魔力光が元の桜色に戻った。

 制御が戻ったアクセルフィンを使って態勢を直したなのははエレメンタルを構える。

 

(……逃げたら駄目。此処で逃げたら、私はもう戦えない!)

 

 漠然としながらも、なのはは逃げたら自分は此処までだと悟っていた。

 様々な要因のおかげで何とか立ち上がる事が出来たが、一度味わった死の恐怖と言う感情をなのはは忘れてはいない。

 その恐怖を乗り越える為にも、なのはには逃げると言う選択肢を出せなかった。かと言って、今からでは発動しようとしている魔法に対して砲撃では間に合わない。

 となれば防ぐしかないとなのははプロテクションを全力で張るしかないが、フリートが発動させようとしている魔法の前では紙切れ同然でしかない。

 

「抗いますか。ならば、見せて見なさい!! 集束完了! さっきのお返しです! スターライトブレイカーーー!!!」

 

 上空に発生した魔法陣が一際輝いた瞬間、なのはの目の前に白い壁が広がった。

 白い壁の正体は、言うまでもなくフリートが放ったスターライトブレイカー。余りの集束率と溜め込んだ魔力に寄って、最早人間が放てる砲撃のレベルを超越してしまったのだ。

 決して人間一人に放って良い領域の魔法では無い。管理局の艦艇さえも直撃を受ければ撃沈出来るレベルの大砲撃魔法だった。

 

(それでも諦めたくない! 此処で私は立ち止まりたくない!!)

 

『……ケッ! こんなに絶望的な状況でも諦めねぇとは、恐れ入ったぜ』

 

「えっ!?」

 

 突然エレメンタルから男性の声が響いた。

 その声は、レイジングハートの電子音声でも、以前なのはの前に【ディーアーク】が出現した声とは違う別の声だった。

 

『良いか? 俺様の力を使えば一度だけなら耐えられるからよ! ちゃんとあの女に目に物見せてやれよ! 高町なのは!!』

 

《ッ!? 機能制限限定十パーセント解放を確認! カートリッジシステム使用可能になりました! 及びエレメントシステムも新たに【土】属性使用可能です!》

 

「レイジングハート!!」

 

《アースエレメント! セットアップ!!》

 

 なのはの呼びかけに即座にエレメンタルは応じ、なのはのバリアジャケットの白い部分が茶色に染まった。

 同時になのはは今張っているプロテクションの性能が引き上がった事を感じ、更にバリアジャケットの強度も変わった事を感じた。

 【土】のエレメントシステムで性能が向上する魔法は、防御魔法ばかりではなくバリアジャケットも含まれていた。

 

「レイジングハート! カートリッジロード!!」

 

《Load Cartridge!》

 

 エレメンタルのカートリッジ部分から一発の薬莢が飛び出した。

 同時になのはに膨大な魔力が襲い掛かった。エクセリオン時に使用していたカートリッジなど比較にもならないほどの膨大な魔力。

 その膨大な魔力は術者である筈のなのはに襲い掛かって来る。

 

「クゥッ!!」

 

 制御し切れない魔力はなのはを蝕んでいくが、苦痛を堪えてなのはは魔力制御に神経を募らせる。

 一瞬でも気を緩めれば、制御し切れない魔力に寄ってなのはの全身はボロボロになってしまう。全身を襲う痛みは酷く、なのはの制御を乱そうとしている。

 しかし、【土】のエレメントシステムに寄って性能が向上したバリアジャケットに寄って本来よりも苦痛が少なくなっているおかげで何とか堪えられていた。

 

(クウッ! ……せ、制御出来ない!? コレが新しいレイジングハートのカートリッジシステム!?)

 

 折角の膨大な魔力も、制御し切れない魔力はなのはの体を傷つける以外に効果が出ず、バリアジャケットが次々と破損して行く。

 このままではフリートが放ったスターライトブレイカーに呑み込まれるだけではなく、制御し切れない膨大な魔力に寄って自滅してしまうとなのはが感じる中、フッと脳裏にフリートの言葉が浮かんだ。

 

『魔力を使う(・・)んじゃないですよ。魔力を掌握して支配する(・・・・・・・・・・・)事がアルハザードの魔法です』

 

(そうだ!! 使うんじゃないだ!)

 

 思い出したフリートの言葉を実践しようとした瞬間、遂にスターライトブレイカーがなのはに届き、空に光が瞬いた。

 地上に居たブラック達を除いた全員が余りの光の強さに目を閉じてしまう。そして光の影響が治まったと同時に、地上に出来た巨大なクレーターの中心になのはが激突して倒れ伏してしまう。

 そのなのはの前にフリートは降り立ちながら、一瞬前の出来事を思い出す。

 

(……【土】のエレメントシステムを使えば、確かに今の高町なのはでも一度だけはエレメンタルに搭載したカートリッジシステムに耐えられます。ですが、あの状況で覚醒したばかりか、一瞬だけでも掌握にまで手を届かせたのは驚きです)

 

 スターライトブレイカーがなのはに直撃する直前、荒れ狂っていた膨大な魔力をなのはは一瞬だけ掌握した。

 その掌握した魔力を用い、スターライトブレイカーACSを発動させる時に発生させる魔力の突撃槍を造り上げたなのはは、スターライトブレイカーに向かって突き出したのだ。

 ソレに寄ってスターライトブレイカーの中心に穴が出来た。無論、壁としか表現出来ないフリートのスターライトブレイカーの中心で耐えるという事は、例え数秒でも地獄の苦行では済まない。だが、なのはは一瞬でも制御を誤れば自滅する状況の中、制御し切り、フリートのスターライトブレイカーが治まるまで耐え切った。

 無論、なのはも無事では無い。エレメンタルを握っていたなのはの両腕の骨は罅だらけ、バリアジャケットは破損だらけで、破損した部分から見える肌からは血が流れて真っ赤に染まっていた。

 唯一エレメンタルだけは破損も見えず、その輝きも失われていない。アレほどまでの大砲撃の中心に在って、尚破損しなかったエレメンタルはロストロギアとしか評せないだろう。

 最早、意識も無いとしか言えない筈のなのはに、フリートが声を掛ける。

 

「……コレが貴女が学ぼうとしているモノです。さて、聞きますよ。学ぶ気は在りますか? 高町なのは」

 

 その声になのはは答えられずに、地に伏したままだった。

 もう耐え切れないと桃子と美由希は走り出そうとする。だが、その前になのはがピクッと動く。

 全身がボロボロになりながらも、なのはは立ち上がろうと、エレメンタルを立てかけようとする。

 だが、両腕から激痛が走り、エレメンタルを取り落としてしまう。

 

「……あっ……クゥッ!」

 

 苦痛に苦しみながらも、なのははエレメンタルを握ろうとする。

 ソレはなのはが折れていないと言う証拠だった。フリートは諦めたように溜め息を吐くと、なのはの前に移動してエレメンタルを拾い上げる。

 

「……仕方ないですね」

 

 拾い上げたエレメンタルを操作すると共に、エレメンタルは待機状態の赤い宝玉になった。

 ソレをそのままフリートはなのはに向かって差し出す。

 

「試練は合格です。コレを貴女に渡しましょう」

 

「……あ……り……が……と……」

 

「はいはい、お礼なんて良いですよ。さて、治療するとしますか。マリンエンジェモン!!」

 

「ピプ!」

 

 フリートに呼ばれたマリンエンジェモンは、桃子の肩から飛び立ち、瞬時にフリートとなのはの前に移動した。

 

「応急処置をお願いします。それから本格的に治療をしますよ!」

 

「ポプ! パピーーーー!!!」

 

 マリンエンジェモンは頷くと共に、口からハート型の光が飛び出し、なのはの全身を包んだ。

 光に包まれたなのはは苦痛が和らぐのを感じ、ゆっくりと眠りについてしまう。ソレを確認したフリートは魔法で結界を張ると共に、白衣の中から治療道具を取り出すと、本格的な治療を開始し出した。

 ガブモンと士郎達はその傍に寄り、治療されているなのはの様子を心配そうに見つめる。

 

「……ご家族の皆さんにはすいませんでした。お詫びになるとは思えませんが……高町なのはの縮んでいた寿命(・・・・・・・)の方も治療させて貰います」

 

「ッ!? 出来るんですか!?」

 

「可能です。但しこの事はなのはさんには内密にお願いします。寿命が戻るなんて分かったら、今後多用する可能性が在りますからね」

 

「分かりました。どうか宜しくお願いします」

 

 士郎がそう告げると、フリートはなのはの治療に集中し出した。

 少し離れた場所でその様子を眺めていたグレアムは、ゆっくりとリンディに顔を向ける。

 

「……彼女は本当に【アルハザード】なのだね?」

 

「えぇ……ソレでどうします? 管理局に報告しますか?」

 

「……いや……私は既に管理局に所属する人間ではない……【七大魔王】と言う強大な敵の存在が迫る中、これ以上の混乱は必要ない」

 

「賢明な判断です」

 

 グレアムの言葉に内心でリンディは安堵した。

 確かにグレアム達は管理局との繋がりに必要な存在だが、もしも【アルハザード】の存在を知らせようとするならばグレアムを殺さなければならなかった。

 何とかなのはは認められたが、フリートの目的そのものが変わった訳ではない。もしも【アルハザード】の存在を知らせようとするならば、その瞬間、最悪の存在が敵に回ってしまう。

 故に最悪の場合はグレアム達を殺さなければならなかったが、その必要は無い事に安堵した。

 

(……掌握して支配するか……なるほど)

 

 ブラックは先ほどのフリートの戦い方を思い出す。

 今までブラックは自身の力を使って戦って来た。だが、フリートの戦い方を見て新たな可能性が見えた。

 

(……ガイアフォースを発動させる為に集束させる為の負の力……アレをもしも違う形で利用出来るようになれば)

 

 今後の自身の戦い方に関して、ブラックは考え込むのだった。

 

 

 

 

 

 そのデジモンは死した筈だった。

 傲慢な神に乗っ取られた友の肉体と共に、友の魂と共に友の息子のパートナーデジモンの一撃に寄って死した筈だった。

 その死に不満は無い。何故ならばデジモンにとってその死は望んだ死だったから。後を託せる後継者に友の息子とそのパートナーデジモンは育ってくれた。故にデジモンにとって死ぬ事に不満は無かった。

 だが、消えゆく意識の中でデジモンは神の声を聞いた。

 

『倉田明弘が生きています。彼の者は再び【デジタルワールド】に悲劇を呼ぶ可能性を秘めし者。貴方を彼の者が居る世界に送ります。何か望みが在るのならば応えましょう』

 

 そう聞かれたデジモンは、自身の望みを告げた。

 

『遠く離れた世界に行くのならば、行くのは俺だけで良い。だから、俺の友を……■をあいつらの下に返してやってくれ』

 

『良いでしょう。その願いを叶えましょう』

 

 その声が響いた瞬間、デジモンは自身の半身が失われた喪失感を感じた。

 だが、デジモンは喪失感と同時に満足感を覚えて居た。本当にやるべき事を終えた満足感を感じながら、デジモンは失われた半身に別れの言葉を告げる。

 

『さらばだ……■』

 

 そしてデジモンは神の手によって遠く離れた地に飛ばされた。

 【デジタルワールド】に災厄を引き起こすかも知れない倉田明弘を追って。

 

 

 

 

 

 とある管理世界の森林地帯。

 その場所にはとある組織が支援している違法研究所が隠されていた。その研究所で行なわれていたのは古代ベルカ技術の結晶の一つである【融合騎】。現代での名称は【ユニゾンデバイス】。現代では作製の技術は失われ、古代ベルカの時代でも【融合事故】が警戒されて生産された数も少なかった。

 しかし、偶然にも古代ベルカ時代の遺跡から一騎のユニゾンデバイスが発見されて研究所に運び込まれた。本来ならば【ロストロギア】に分類される可能性がある【ユニゾンデバイス】ならば発見され次第に管理局に報告される筈なのだが、【ユニゾンデバイス】と言う貴重な“実験素材”を管理局にみすみす渡す筈も無く、発見された【ユニゾンデバイス】は研究所に即座に運ばれて非道な実験の日々を送っていた。

 白い部屋の中に置かれている拘束台に繋がれ、非道な実験によって心と体が削られていく日々をすごし続ける。ずっとそんな日々が続くのだと捕らえられていた【融合騎】は考えていた。だが、その考えは偶然にもその研究所に訪れた“学ランを羽織った獣人”の襲撃によって打ち砕かれた。

 呆然と自らが拘束されていた台座を破壊し、研究所内にいた職員と研究者達を気絶させて縛り上げている獣人の後姿を『融合騎』が眺めていると、獣人は【融合騎】に振り向く。

 

「聞くが、お前は此処の通信機器か或いは移動手段を扱えるか?」

 

「……えっ?」

 

「通信機器か移動手段が使えるのかと聞いているんだ? あいにくと俺はこちら側の機器の扱い方など知らんのでな……こいつ等の事を警察組織に通報も出来んのだ」

 

「そ、そう言うことか……み、見てみないと分かんねぇけど、な、何とか連絡ぐらいは取れると思う」

 

「ならば、頼む。こいつ等と一緒に今しばらくいるのは不愉快だろうが、連絡さえ取れればすぐに警察組織が来るだろうから我慢してくれ……それではな」

 

「って!?何処に行くんだよ!?」

 

 外に出ようとしている獣人に融合騎は叫んだ。

 それに対してゆっくり獣人は振り返って、融合騎の疑問に答える。

 

「俺はある男を追っている身だ。ソイツが何処に居るか分からんが、ソイツを必ず見つけなければならん……この研究所を襲ったのも奴に繋がる何かしらが手に入ると思っての行動だったが、外れだったようだ」

 

 獣人はそう告げると、もう話す事は無いというように部屋の出入り口から外へ出ようとする。

 その背を融合騎は混乱したように見つめた。助けてくれたことには感謝している。だが、融合騎自体も警察組織に行きたくないと言う気持ちがあった。

 目覚めてから即座に自由が奪われて、非道な実験を受け続けていた融合騎には【精神的外傷(トラウマ)】が出来ていた。組織と言う存在をおぼろげながら理解し、自身というモノがどんな存在なのか理解している融合騎にとっては幾ら警察組織でも信用も信頼も出来なかった。

 ゆえに無我夢中に獣人を追いかけて、その背に向かって融合騎は叫ぶ。

 

「待ってくれよ!! あ、あたしも一緒に行かせてくれ!! アンタ、あんまり『魔法』の事を知らないんだろう!? あたしが一緒にいれば助かることもあるからさ!」

 

「……悪いが俺と共にいれば命の保障は出来ん。せっかく助かった命を無駄にするな」

 

「……い、嫌なんだよ……もう……どんな相手だって……組織にだって、自由を奪われるのは嫌だ! 頼むよ!! 事情はよく分からないけど……足手まといにだけにはならないからさぁ!! 一緒に行かせてくれ!!」

 

「……」

 

「そ、それに! アンタ知らないのか!? この世界が本当は無人世界に指定されている世界だって!!」

 

「……何だと? 無人世界に指定されている?」

 

「あぁ、そうだ……こ、こいつらは隠れて違法を行なっている奴らなんだよ」

 

 捕まった当初は何とか抜け出そうと考えていた融合機は、自分の知り得る限りの情報を獣人に説明した。

 この世界次元世界と呼ばれる場所では無人世界に指定されている世界で在り、ソレを違法研究者達と組織は悪用した事。その他にも自身の知り得る限りの情報を融合機は獣人に説明した。

 

「……聞くが? 他の世界から漂流した者を、保護して回る組織は在るのか?」

 

「…多分ある。こいつらが言っていたけれど……管理局って組織にアタシの事がバレたらヤバいって言っていたから」

 

「そうか……ならば、奴は既にこの世界から離れているかも知れんな」

 

 獣人がこの世界に来てから数年以上経過しているが、目的の人物の影も形も発見出来なかった。

 何処かで死んでいる可能性も在ったが、別世界への移動手段が在るとすれば、既に別世界に渡った可能性も考えられる。

 

「……まさか、此方側に自由に別世界に渡る手段が在ったとは……どうやら俺は此方側の世界について学ばなければならんようだな」

 

「それじゃ!?」

 

「……安全は保障出来んが共に来る気が在るのならば付いて来い」

 

「あぁ! よろしくな!」

 

 獣人の言葉に融合騎は喜びの声を上げて、獣人の肩に乗る。

 自らの肩に乗った融合機を横目で眺めながら、獣人はゆっくりと通信機器があると思われる部屋を目指しだす。

 

「……共に行くのならば互いの名を知っておくべきか……お前の名は?」

 

「……ごめん…あたし…自分がどういう存在なのかは知っているんだけど…名前だけは思い出せないんだ…ただ二つ名みたいな名がある。【烈火の剣精】って名だ」

 

「【烈火の剣精】か? …確かに呼び名とは言えんな…お前の呼び名はおいおい考えるとして…俺の名を教えておこう。俺の名はバンチョー。【バンチョーレオモン】だ」

 

バンチョーレオモン、世代/究極体、属性/ワクチン種、種族/獣人型、必殺技/フラッシュバンチョーパンチ、獅子羅王斬(ししらおうざん)、バーンバンチョーパンチ

自分の信じる『正義』に忠実な獣人型デジモン、デジタルワールドで五体しか確認されていない『バンチョー』の称号をもつデジモンの一人。自分の信じる『正義』が主で在る為に、『正義』を阻む者が居れば、ロイヤルナイツは愚か、三大天使さえも敵に回す。幾多もの死闘を一緒に越えてきた自慢の短刀『男魂』と、敵の物理攻撃を89.9%無効化する『GAKU(ガク)-RAN(ラン)』を武器に戦うぞ。必殺技は、極限まで高めた気合いを拳一点に乗せて相手に向かって放つ【フラッシュバンチョーパンチ】と、自慢の短刀【男魂】から放たれる燃え上がるほど熱い剣技-【獅子羅王斬(ししらおうざん)】に、燃え上がるほどの熱い魂が込められたパンチで攻撃する【バーンバンチョーパンチ】だ。

 

 獣人-【バンチョーレオモン】-は、肩に乗る融合騎【烈火の剣精】-【真紅の髪に身長三十センチぐらいの少女】-に自身の名を告げながら通信機器がある部屋へと向かう。

 この数時間後、匿名の通報を受けた管理局員が違法研究所に踏み込むが、既に其処にはバンチョーレオモンと烈火の剣精の姿は無かったのだった。




今回でなのはの試練は終わりです。
漸く次回からはブラックが動き出します。
マリンエンジェモンのその後は次回で、そしてあの人物が出ます!


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海底に潜む悪意と古代遺跡 前編

お待たせしてすいませんでした。


 海の奥深く、光も届かない海底。

 その場所で動く巨大な影が二つ存在していた。二つの影は争うかのようにぶつかり合い、互いを倒そうとするように自らの必殺技を放った。

 片方の放った必殺技は目標を外し、その先に在った岩壁に激突した。もう片方が放った必殺技は目標を外さずに直撃した。

 直撃を受けた影は悲鳴のような雄たけびを上げ、全速力で逃げ出す。その後をもう一方の影は止めを刺す為に追いかけて行く。残されたのは破壊された岩壁。その岩壁は徐々に崩れて行き、何らかの遺跡らしきモノが姿を見せた。

 その遺跡の奥深くに在る装置が、岩壁の破壊の衝撃に寄って異変を起こした。その装置の正体は生命維持装置。

 過去のとある偉人の生命を護る為の生命維持装置。しかし、その維持装置は凄まじい衝撃によって異常を引き起こしてしまった。場所は海底。しかも発見されていない遺跡の奥深くに生命維持装置は在る。このまま放置すれば、内部で保護されている人物の命は長く持たず、誰にも知られずに一つの命が消える事になる。

 だが、偶然、或いは必然が起こった。とあるマッドがデジモン捜索の為に世界に放った探索機器。その機器にはデジモン以外にも、もう一つ、アルハザード文明の遺産を発見する探査システムが備わっていた、

 そして発見されず、また遺跡の防衛機構のせいで隠されていたアルハザード文明の反応を探査機器の一つが捉えたのだった。

 

 

 

 

 

「と言う訳で! ミッドチルダのこの位置にアルハザードの遺産の反応! 及びデジモンの反応を発見しました! すぐに回収をお願いします!!」

 

 自身の探査機器が捉えた情報をフリートは、ブラック、リンディ、ルインにミッドチルダに在る海底遺跡の詳細な場所を指令室代わりに使っている場所で説明していた。

 

「……本当に灯台下暗しね。まさか、アルハザードの実在を示す証拠がミッドチルダに在るなんて。しかも未発見の遺跡として」

 

「場所的に【聖王のゆりかご】じゃないようですけど、海底に在るなんて誰も思わなかったんでしょうね」

 

 灯台下暗しと言う言葉が相応し過ぎる現状にリンディは頭を抱え、ルインは慰めるように声を掛けた。

 ロストロギアの回収を何よりも優先する管理局の発祥の地だと言うのに、まさか今だに発見されて無かった古代の遺跡が存在しているとは夢にも思わなかった。

 

「……プレシア・テスタロッサが見つけていた証拠以外にも在ったのね」

 

 当時は追い詰められた狂人の発言だと思っていたが、こうして次から次へとアルハザードの実在を示す証拠が見つかった行く度に、リンディは頭が痛い気持ちで一杯だった。

 最もアルハザードの実在の証拠が見つかっても、今のリンディには少しも嬉しくは無い。寧ろ御伽噺のままで居た方が良かったと言う気持ちで一杯だった。目の前に居る唯一の生き残りのマッドを見ているだけに。

 しかし、当の本人であるフリートは構わずに説明を続ける。

 

「本当ならば私が直接回収しに向かいたいんですけど、弟子を得てしまいましたからね。コレから士郎さんと体力づくりのメニューの相談をしないと行けませんし。なのはさんが【デジタルワールド】の一か月の旅から戻って来るまでに、アルハザードの魔法技術のメニューも作らないと行けませんから」

 

 正式にアルハザードの魔導技術を学ぶ事になったなのはだが、その第一段階として改めて体力づくりが決定された。

 その為にガブモンだけではなく、姉の美由希と暫らく療養する予定だったクイントも加えて共に【デジタルワールド】を今は旅している。

 一か月ほどで戻って来る予定なので、その間に父親である士郎となのはの今後に関してを決めるつもりだった。

 

「と言う訳で、【アルハザード】の遺産の回収をお願いします」

 

「貴様との約束だからな。回収はして来てやる……ソレで、その遺跡の近くに居るデジモンは何体だ?」

 

「今のところ二体を観測しています。ただどちらも海中を縦横無尽に動き回っているようですから、間違いなく海系のデジモンだと思います。しかもどちらとも反応が大きい事から、完全体レベルのデジモンの可能性が高いです」

 

「不味いわね。完全体の海系のデジモンは巨体タイプが多かった筈だわ」

 

「もしもあのデジモン……【ホエーモン】が居たら危険過ぎますね」

 

 【ホエーモン】はデジモンの中で唯一【成熟期】と【完全体】の二つの世代に名を連ねている。

 その違いは、ホエーモンが使う必殺技にこそある。成熟期のホエーモンの必殺技は、【ジェットアロー】と言う高圧の水流を敵に向かって放つ技。だが、完全体のホエーモンの場合は【タイダルウェーブ】と言う大津波を引き起こす恐ろしい技なのだ。

 完全体のホエーモンのパワーは下手な究極体よりも上で在り、しかも海系のデジモンは基本的に海でしか活動していないので常時力が引き上がっているのである。

 【デジタルワールド】に数多くいるデジモンの中でも、海系のデジモンとは積極的に戦おうとする者は少ない。寧ろ地上タイプのデジモンは海系のデジモン達と友好的な関係を結んで、大陸から大陸へと渡る足代わりに使う者が多いのだ。

 それだけ【海】と言う場所は、海系に属するデジモンにとって最高の場所であり、陸系のデジモンにとって戦うには危険過ぎる場所なのだ。

 

「……ソレで、回収する【アルハザード】の遺産とは一体どんな物だ?」

 

「ソレなんですけど……どうにも今回の遺産は、反応からすると生命維持装置みたいなんですよ」

 

「何ですって? 生命維持装置? それじゃ、まさか、【アルハザード】の人間がいるかも知れないの?」

 

 聞かされた情報にリンディは焦りを覚えた。

 なのはが受けた試練に寄って、改めて知った【アルハザード】の恐ろしさ。【アルハザード】の魔導師が一人いるだけで、魔法文明しかないミッドチルダは敗北する未来しか待っていない。

 無論生命維持装置の中にいるかも知れない人物が、【アルハザード】の人間でない可能性や、好戦的な人物でもない可能性が在る。

 とは言え、どちらにしても【アルハザード】に関する人物だった場合、かなり不味い状況になってしまう可能性が高い。

 しかし、その可能性をフリートは否定する。

 

「いえ、多分【アルハザード】の人間は居ませんよ。遺跡の年代を探索機器で調べたところ、どうにも古代ベルカ時代辺りの年代だったんで……あの文明……【聖王のゆりかご】と言い、良くも私達の技術を隠してくれていましたね」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をしながら、フリートは呟いた。

 次元世界を調べれば調べるほどに、【アルハザード】の存在を立証しかねない代物が予想以上に存在していたのだ。その最たる中でも、古代ベルカ時代の遺物の中に【アルハザード】に関する代物が多かった。

 

「まさか、動力部が完全に壊れていた艦船を隠して、【アルハザード】が消えた後に修理して使っていたなんて思っても見ませんでしたよ」

 

「ソレは【聖王のゆりかご】の事ね?」

 

「えぇ……リンディさんも疑問に思いませんでしたか? 何でわざわざ外部からエネルギーを供給しないと満足に機動出来ないのかって?」

 

「……そうね。確かに違和感は在ったわ」

 

「その答えは、あの【聖王のゆりかご】は確かに【アルハザード】の技術で造られた艦船です。但し、動力炉だけは別物なんですよ」

 

「……一応あの【聖王のゆりかご】に使われていた動力炉も管理局から見れば充分にロストロギアなのだけど」

 

 だが、言われてみれば納得出来る。

 【聖王のゆりかご】は確かに強力な兵器だが、運用部分で問題が多い。一々月の魔力を受け取らなければならない。機能制限としては【聖王】の血筋だけしか起動出来ないと言う部分だけで充分なのに。

 何よりも【聖王のゆりかご】が早い段階でベルカ戦争に投入されていれば、ベルカ戦争は初期に終わった可能性も高い。つまり、初期には【聖王のゆりかご】は存在していなかった。

 

「徹底的に兵器関連は回収した筈でしたけど、もう動力炉が使えないから回収しなかったんでしょうね。まったくもうおかげで【アルハザード】の存在を示す証拠が残ってしまいましたよ。まぁ、もう改竄しているので大丈夫ですけど」

 

 既に【聖王のゆりかご】に関する情報は徹底的に改竄してある。

 【アルハザード】の存在が漏れる事は無い。とは言え、楽観視も余り出来ない。何者かは分からないが、【アルハザード】の遺産である生命維持装置に入っている者が居るのだ。その者から【アルハザード】の存在が知られる可能性は見過ごせない。

 

「何者かは分かりませんが、とにかく生命維持装置と思われる遺産の中に誰かがいたら、その人物も連れて来て下さい」

 

「分かったわ」

 

「話は終わったな。行くぞ」

 

 もう用は終わったと判断したブラックは立ち上がり、ルインを伴って部屋から出て行った。

 リンディも続くこうとするが、その前に言うべき事があったのでフリートに顔を向ける。

 

「フリートさん。私が居ないからって羽目を外さないようにね。今後のなのはさんの訓練の為に高町家には行って良いけれど、くれぐれも迷惑はかけないように」

 

「……ウゥ……信用が無いですね。と言うか、リンディさん! 今のあの家で何か出来ると思ってるんですか!? あの家には護衛がいるんですよ! リンディさんと同じ私の天敵! マリンエンジェモンが!!」

 

「言わないで! 私だって悲しいのよ! あぁ、マリンエンジェモンちゃん! どうしてアルハザードに来てくれなかったの!?」

 

 思わず両手を合わせてリンディは嘆いた。

 【アルハザード】にマリンエンジェモンが来る事をリンディは望んでいた。

 だが、ソレは絶対に不可能になってしまったのだ。ただ高町家にマリンエンジェモンは居候している訳では無い。

 得てしまったので在る。マリンエンジェモンは自らのパートナーである人間を。

 事の起こりは、高町家の面々がデジタルワールドから地球に戻る時に起きた。

 

 

 

 

 

 火の街の駅のホーム。

 なのはが試練を乗り越えて、フリートから【アルハザード】の魔法技術を学ぶ事になった後、グレアム達と高町家の面々は一先ず地球に戻る事になった。

 喫茶店をやっている高町夫妻は当然として、グレアム達も三提督との渡りを付けなければならない。その為に地球に戻るのだ。

 

「それじゃ、なのはの事を宜しくお願いします」

 

「分かっていますから、安心して下さい。大体の治療は終わっていますから、後は経過を見るだけですので。ただ着替えとかはお願いします」

 

「はい」

 

「家に帰って私が荷物を持ってくるよ、母さん」

 

「お願いね、美由希。私と士郎さんは仕事があるから」

 

「あぁ、序に美由希さんも装備を持って来て下さい。士郎さんと相談中ですけど、なのはさんの治療が終わって体調が戻り次第にデジタルワールドを旅して貰う予定なんですよ」

 

「旅ですか?」

 

「はい。デジモンのデータが登録されているディーアークを所持しているからと言って、油断しては行けません。デジモンの事を直に学んで貰う為にも旅をして貰うんです。ガブモンにクイントさんが付きそう予定ですけど、やっぱり保護者として美由希さんにもついていて貰った方が安心だと思いますので」

 

 なのはにとってデジタルワールドを旅する事は必要な事。

 だが、コレまで文明の利器の中で生活していただけに、それなりの準備はするが、自然の多いデジタルワールドでの旅はなのはにとって過酷になる可能性がある。

 ガブモンとクイントがついて行くとは言え、ガブモンはともかく、クイントは記憶喪失と言う障害を持っているだけに安心出来るとは言えない。其処で鍛錬などで山籠もりの経験を持っている美由希にフリートと士郎は付き添って貰う事にしたのだ。

 

「……そうだね。治ったとは言え、まだなのはが心配だし。分かりました。一通り装備は持って来ます」

 

「お願いします。ソレとコレを」

 

 白衣の中からフリートは何らかの小型の機械を取り出し、桃子に手渡した。

 

「あのコレは?」

 

「地球の駅ホームに設置した転移用の装置に、転移出来る装置です。一々渋谷駅のエレベーターに乗ってホームに来る訳には行きませんからね」

 

 渋谷駅は人が沢山溢れかえる場所なのだ。

 来る時は夜だったから問題なかったが、昼間に来る事は難しいとしか言えない。その為にフリートは桃子に専用の転移装置を渡す事にした。

 因みにちゃんと対策は施されているので、万が一盗まれても問題が無いようにプロテクトを掛けてある。序でに言えばグレアム達には渡す気は無い。

 一応協力関係ではあるが、まだグレアム達は信用し切れてない部分がある為である。

 機械の使い方を一通り桃子にフリートは説明する。

 その間にリンディはグレアム達と話をしていた。

 

「それでは、三提督との渡りの方をお願いします」

 

「出来るだけの事はして見せる……リンディ、管理局には?」

 

「……残念ですけど、無理です」

 

 リンディは寂しげに首を横に振るった。

 最大の復讐相手だった最高評議会を殺したとはいえ、ソレで全ての憎しみが晴れた訳では無い。

 フッとすれば、管理局への憎しみがぶり返してしまうのだ。何よりも、もう管理局に対する奉仕の意思をリンディは抱く事が出来なくなっていた。

 

「私はもう管理局には戻りません。クロノ達の事は確かに心配ですけど、今の私には戻る意思が抱けないんです」

 

「……そうか」

 

「勝手かも知れませんけど、どうか、クロノ達の事をお願いします」

 

 深々とリンディはグレアム、リーゼアリア、リーゼロッテに頭を下げた。

 ソレがリンディとしてではなく、嘗てのリンディ・ハラオウンとして出来る限界だった。

 グレアム達はその姿に、最早リンディ・ハラオウンは存在していない事を悟るが、何も言う事は出来なかった。

 沈黙がリンディ達の間に満ちていると、駅のホームの入り口からオファニモンがやって来る。

 

「アレ? オファニモン、どうしたんですか?」

 

 見送りに来る予定が無かった筈のオファニモンがやって来た事に、フリートが質問した。

 その声にリンディも顔を上げて、オファニモンに顔を向ける。

 釣られて他の面々もオファニモンに顔を向ける。

 

「少々確かめたい事がありましたので、此処に参りました」

 

「確かめたい事?」

 

「えぇ……マリンエンジェモン」

 

「ピプ~!」

 

 オファニモンの背後に隠れていたのか、マリンエンジェモンが飛び出した。

 そのまま迷う事無く、桃子の方へと空中を移動する。

 

「パピ~」

 

「マリンちゃん? どうしたの?」

 

 自身の胸に飛び込んで来たマリンエンジェモンに驚きながらも、桃子は優しくマリンエンジェモンを抱き締めた。

 一体何をオファニモンは確かめようとしているのかと誰もが疑問に思った瞬間、桃子とマリンエンジェモンの間に光が発生した。

 発生した光は徐々に治まって行き、桃子は無意識の内に光に手を伸ばし、その手に握った。

 同時に光は治まり、桃子の手の中には桃色の縁取りのディーアークが在った。

 

「……こ、コレって!?」

 

「なのはの持っている物と同じ!?」

 

「……ディーアークですね」

 

「やはりですか」

 

 新たなディーアークの出現に誰もが驚く中、オファニモンだけは予想していた可能性が当たっていた事で冷静に桃子の手の中にあるディーアークを見つめる。

 ソレに気がついたリンディは、当たって欲しくない可能性に体を震わせながらぎこちなくオファニモンに顔を向ける。

 

「オ、オファニモンさん……こ、これは?」

 

「マリンエンジェモンがどうしても彼女と一緒に居たいと告げて来たのです」

 

 なのはの試練の後、フリートと高町家、そしてグレアム達の見守り役の終えたマリンエンジェモンは、即座にオファニモン達に桃子と一緒に居たいと直談判を行なったのである。

 一目見た時からマリンエンジェモンは桃子の発する雰囲気に惹かれていた。周囲を安心させるような、その雰囲気にマリンエンジェモンは魅了され、桃子と触れ合ってみれば尚惹かれた。

 その桃子が悲しむ姿など見たくないと考えたマリンエンジェモンは、密かに桃子と一緒に行こうと決意していたのだ。だが、見た目は可愛らしく生物に見えるマリンエンジェモンだが、究極体である事は変わりない。

 成熟期や完全体ならばともかく、究極体がデジタルワールドから出る事はオファニモン達も許可していない。

 故にマリンエンジェモンが外に出る許可を出す事は出来ない。

 しかし、在る可能性に気がついたオファニモンは確かめる意味を持って、桃子とマリンエンジェモンを会わせてみたのである。その結果が、二つ目のディーアークの出現だった。

 

「高町家の方々には護衛を付ける予定でしたが、その必要は無くなったようですね」

 

「え~と、それって、マリンちゃんを連れて行っても良いんですか?」

 

「えぇ、ディーアークが出現したとなれば、引き留める事は出来ません。マリンエンジェモン。彼らの護衛をくれぐれもお願いします」

 

「ピプ!」

 

 任せろと言わんばかりにマリンエンジェモンは胸を叩いたのだった。

 

 

 

 

 

 ミッドチルダのとある海上。

 蒼く広がる海の上に、一台の船の姿が在った。

 その船の後部の方で一人の女性が、水着姿で横になって日光浴をしていた。

 

「あぁ、良い日差しだね」

 

「へへ、全くだぜ」

 

 女性の声に応えるように、船室の中から青を基調した服と帽子を被った男性が飲み物を持ちながら出て来た。

 

「……暑苦しい服装だね。見てるだけで熱くなりそうだよ」

 

「仕方ねぇだろう。お前と違って、俺は服を脱げねぇんだからよ。元の姿に戻る訳には行かねぇしな」

 

「まぁ、そうだね」

 

 男性が差し出して来た飲み物を受け取りながら、女性は起き上がる。

 

「ソレで……データの方は取れたのかい?」

 

「あぁ、バッチリだぜ。しかし、あの男。人格はともかく、腕だけは確かだぜ。俺達が渡したデータから、アレを再現したんだからよぉ」

 

「ソレぐらい出来なきゃ、ルーチェモン様が手を組む筈が無いだろう。とは言え、安心出来ないよ。ルーチェモン様はベリアルヴァンデモンなんて目じゃないぐらい恐ろしい方だからね」

 

「分かってるって。せっかく、お前とこうして生きてられるんだからよぉ。俺達にとって一番ヤバい、ブラックウォーグレイモンの奴も死んだ筈だあぁ!!?」

 

「ん、どうしたんだい?」

 

 いきなり右手を前に突き出して震える男性に、女性は疑問に思いながら男性の右手の先に視線を向ける。

 次の瞬間、女性は手に持っていたコップを床に落としてバリンッと割れる音が響いた。

 同時に男性と女性は迷う事無く、船室に飛び込み、バンッと扉を閉めて息を吐き出す。

 

『ハァ、ハァ、ハァ、い、生きてたぁ!?』

 

 男性と女性は全身から冷や汗を流し、荒い息を吐きながら顔を見合わせて叫んだ。

 二人が見たのは、ブラックが二人の女性を連れて海の中へと飛び込んで行く光景。かなり距離が離れていたので、ブラックに気づかれずに済んだのは二人にとって幸いだった。

 何せ二人は、ブラックがこの世で最も憎んでいる存在なのだから。

 

「ま、マジぃぞ! まだ、海の中にはアレが在るし、洗脳したデジモン達も移動させてねぇ! アイツがアレに気がついたら!」

 

「あたしらの生存がアイツにバレちまう! そ、そうなったら……」

 

「じ、地獄の底まで俺達を追って来るぞ、ア、アイツは!?」

 

 心底恨まれている自覚があるだけに、二人は体を恐怖で震わせる。

 

「こ、こうなったら! マミーモン! 洗脳したデジモン達にアレを破壊させるんだよ! アレさえ見られなければ、アイツがあたしらに気がつく事はないからね!」

 

「で、でもよぉ! そんなことしたら洗脳したデジモン達が正気に戻っちまうだろうが、アルケニモン!」

 

 マミーモンとアルケニモン。

 嘗てブラックを生み出し、心底ブラックが憎んでいる二人。

 本来の歴史では死んだ筈の二人だが、ブラックから得た知識を使ってある手段を使って生き延びたのである。

 その後、デジタルワールドを放浪していたところをルーチェモンに見つけられて、配下になった。配下になった理由としては、幾ら死んだ風に装ったとは言え、何時かはバレる可能性があった為とルーチェモンの強大な力に屈したからだった。

 ルーチェモンもマミーモンとアルケニモンの持つ知識を得ようとした。二人の知識は今後の計画に役に立つと、ルーチェモンは判断したのだ。

 そして二人はこの海域でとある実験を行なっていたのだが。

 

「ブラックウォーグレイモンが現れた時点で計画はおじゃんだよ! データは取れたんだから充分さ! さっさと動かしな!」

 

「わ、分かった!」

 

 マミーモンはアルケニモンの指示に従い、海中に潜ませている洗脳したデジモン達を動かすのだった。

 

 

 

 

 

 

 一方、リンディとルインと共に海中に入ったブラックは、海の中を進みながら違和感を覚えていた。

 

(……妙だな。デジモンどもの気配が無い。この辺りを縄張りにしようと争っているなら、何処かで戦意を滾らせている筈だ。なのに、なんの動きも無い)

 

 ダークタワーデジモンとは言え。究極体であるブラックがくれば何かしらの反応が在る筈なのだ。

 縄張り争いで戦意が高揚しているならば、強大な力の気配の正体を探りに来るか、或いは余計な邪魔をしたと戦いを挑んで来るか。

 だが、潜んでいる筈のデジモン達が動く気配をブラックは感じられなかった。

 

(一体どう言う事だ? まさか、縄張り争いを止めて別の場所に移動したのか……いや、ソレならフリートからの連絡が在る筈だ……ムッ!)

 

 海底へと潜っていたブラックは突然止まり、自分達の周りに魔力障壁や空間歪曲を張って潜っていたルインとリンディも慌てて止まった。

 

「ど、どうしました? ブラック様」

 

「何か感じたの?」

 

「……あぁ、デジモンどもの気配だ……だが、こっちではなく別の場所に向かっている……二体一緒にな」

 

「えっ?」

 

「何ですって? 二体一緒に?」

 

 事前のフリートの報告では二体のデジモンは縄張り争いで戦っていた筈。

 なのに、一緒に行動して何処かに向かっている。しかも、自分達の方ではなく別の場所へと。

 ブラックだけではなく、ルインとリンディも違和感を覚えた。

 どうにも可笑しいとか思えないのだ。この状況で来るならば、自分達の方の筈だが、ブラックの言う事が本当ならば、別の方向に向かっている。二人ともブラックの感知力を疑う気は無いが、どうにも考えていたよりも状況が可笑しくなって来た。

 

「……お前達はフリートの言う遺跡の方を優先しろ。俺はデジモンどもの方に行く」

 

「分かったわ。そっちはお願いね」

 

「ブラック様。お気をつけて」

 

 水中の中はブラックにとって余り有利な場所では無い。

 だが、その程度の不利で負けるつもりは無い。

 振り返る事無く、ブラックはデジモン達の方へと向かって行く。

 

「さて、何かキナ臭くなって来たからルインさん、急ぐわよ」

 

「分かりました」

 

「……ダークエヴォリューション!!」

 

 リンディの体から黒いデジコードが発生し、その体を覆って行く。

 繭状に黒いデジコードは形成され、徐々に大きくなって行く。そして一定の大きさに達した瞬間に弾け飛ぶ。

 弾け飛んだ後には亀の甲羅を背負い巨大なハンマーを持った巨大な海獣型デジモン-【ブラックズドモン】-が、海中に現れた。

 

「ブラックズドモン!」

 

ブラックズドモン、世代/完全体、属性/ウィルス種、種族/海獣型、必殺技/ハンマースパーク

【イッカクモン】と言うデジモンが規則的進化をしたデジモンで、2足歩行が出来るようになった海獣型デジモン。ツノは再生できなくなってしまったが、ノコギリのようになり、攻撃力がアップした。筋肉も徹底的に鍛え上げ、怖いものなしと言った感じを放つデジモンだ。本来ならばワクチン種なのだがダークタワーデジモンを元に生み出された為にウィルス種に成った存在。太古の氷から掘り起こされたクロンデジゾイド製の武器【トールハンマー】を武器にしている。必殺技は、トールハンマーを振り下ろした時に巻き起こる衝撃波や火花を敵にぶつける【ハンマースパーク】だ。リンディが進化した姿である。

 

「リンディさん! 今までは【ブラックエンジェウーモン】にしか進化出来なかったのに、何時の間に新しい進化を!?」

 

「……フリートさんに対する怒りがこの進化を目覚めさせてくれたのよ」

 

「……そ、そうですか」

 

 聞いては行けない事を聞いてしまったと思いながらルインは、ブラックズドモンへと進化したリンディにしがみ付く。

 

「それじゃ行くわね!」

 

 ちゃんとルインがしがみ付いたのを確認したリンディは、海中を猛スピードで突き進み、海底の奥底に隠されていた古代ベルカの遺跡へと辿り着いたのだった。



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海底に潜む悪意と古代遺跡 後編

お待たせしました。
遂に次回で彼女が口を開きます。


 遺跡へと辿り着いたリンディはブラックズドモンへの進化を解き、ルインと共に遺跡内部に侵入した。

 遺跡の内部は場所が海底なだけに暗く、光など一切存在していなかった。だが、奥へと進んで行くと僅かに空気がある場所に辿り着き、ルインは障壁を、リンディは空間歪曲を解除した。

 

「……空気があるわね」

 

「えぇ、恐らくですけど、フリートが言っていたデジモンの攻撃でこの遺跡内部の機構を起動させていた動力炉が壊れたんでしょう。今のところは予備動力炉でギリギリ動いているような感じですね。さっきまで私達がやって来た通路も、本来の動力炉が無事だったら水没していなかったも知れません」

 

「ベルカ時代から今まで、いえ、デジモン同士の争いが無ければこの遺跡は今も無事なままだったかも知れない訳ね」

 

「はい……しかし、この遺跡……見覚えがあるような、無いような」

 

 遺跡の通路を進みながら、ルインは周囲を見回す。

 造り出されてからブラックと言う主を得るまで、【闇の書】内部にずっと封じ込められていたルインだが、守護騎士達や、暴走時に僅かの間だけ表に出られたリインフォースを通して外の様子を覗いていた。

 ソレぐらいしか出来る事が無かったのもあるが、そのおかげで【闇の書】の機能不全のせいで記憶保全が出来なくなった守護騎士達よりもベルカ時代に関しては良く覚えている。

 その記憶の中に、今いる遺跡に近い場所の記憶が存在していた。

 

「……まさか……いえ、でも……あの()が、今も生きていると言うんですか?」

 

「何か心当たりがあるの?」

 

「……ベルカ時代には何人もの王の称号を持つ者達がいました」

 

 真剣な顔をしてルインはリンディに語り出す。

 古代ベルカ時代に存在していた何人もの王達。現代で最も有名な【聖王】を初め、【覇王】、【雷帝】など王の称号を持つ者達は存在していた。

 その王達の中で残虐な暴君として語られている王が存在していた。

 

「【冥府の炎王】。実際に私は会った事は無いんですけど、守護騎士達の失われた記憶の中で何度か会っていますね」

 

「ちょっと待って。何度か会っているって、ソレは同時期での事なの?」

 

「いえ、違います。【冥府の炎王】は他の人造生命技術で強化された王族達と違って、その力が必要な時だけ目覚めさせられる王とは呼ばれていましたが、実際は【ガレア】と言う国の象徴だっただけで、本人は戦争道具同然だった筈です。今の歴史で語られている残虐な暴君と言う異名は周囲の連中のせいで付いた不名誉な称号だった筈です」

 

「……嫌な歴史の真実ね。ソレでその【冥府の炎王】にはどんな能力が在るの?」

 

「ブラック様の知識には無いんですか?」

 

 【異界】と呼ばれる世界の知識を有しているブラックの記憶を持っているリンディが知らない事を、意外にルインは思った。

 

「彼の知識も万能では無いのよ。あくまで物語として語っているだけだから、断片的な部分が多いわ。私が知っている知識は【聖王】の能力ぐらいね」

 

「なるほど……あんまり気分が良い能力……いえ、冥王に関しては機能ですね。とにかく気分が悪くなる機能ですよ。【冥府の炎王】の力は……【死人兵士生成】です」

 

「ッ!?」

 

 リンディはルインが口にした【冥府の炎王】の力を悟り、険しく目を細めた。

 【死人兵士生成】と言う言葉だけでも、どんな能力なのかを悟る事が出来る。ましてや【冥府の炎王】が存在していた時代は、古代ベルカ戦争が起きていたとされる時代なのだ。

 戦争と言う出来事の意味を知っているならば、【冥府の炎王】がやっていた、或いはやらされていた事を察する事は簡単だった。

 

「……戦争に兵器化した死体を使っていたのね。自分達の陣営だけじゃなくて、敵側の陣営の死体も使って」

 

「えぇ、そうです。【冥府の炎王】の力で死体を屍兵器化して戦争に使っていたんですよ。何度か守護騎士達も戦いました。ソレで味方陣営で起動した時に【冥府の炎王】を守護した時に訪れた場所と、この遺跡が良く似てるんですよ」

 

「……【アルハザード】が次元世界から消えた時代も千年以上前だから、年代的には一致するわね。この遺跡に在る筈の【アルハザード】の遺産と」

 

「と言うよりもですね。今思えば、もしかして古代ベルカ戦争が起きた原因って、【アルハザード】が消えたからじゃないでしょうか?」

 

「……在り得るわね」

 

 思わずリンディとルインは顔を見合わせた。

 【アルハザード】の魔法技術は、古代ベルカを遥かに超えていた。知らず知らずの内に魔法と言う技術を持っている世界に対する抑止力的な世界になっていたのに、【アルハザード】は虚数空間の奥深くに消えた。

 そうなれば待っているのは、遺された【アルハザード】技術を巡る戦争。【アルハザード】はその事を危険視して、消える前に徹底的に自分達の世界の技術を回収したようだが、幾つかの技術を回収し切れていなかった。

 例を上げるならば、現在は管理局地上本部が厳重に監視化に置いている【聖王のゆりかご】。アレ一隻だけで【統一戦争】が起きたぐらいなのだ。

 遺された【アルハザード】の遺産を巡って古代ベルカ戦争が起きた可能性は充分に考えられる。ソレだけの力をリンディ達は目にしたのだから。

 

「……あんまり深く考えるのは止めましょう」

 

「同感です」

 

「……ソレで貴女が知っている【冥府の炎王】はどんな人物なの?」

 

 危険人物では無いらしいが、ソレで安心出来る筈が無い。

 歴史的に王族関係者には人柄の良い人物も酷く悪い人物も居るのだ。もしも傲慢な性格だったりしたら、大変な事態になってしまう。

 残念な事だが、嘗てのベルカの栄光だけを考えて、テロリストや狂信者になってしまう人物がいるのだから。そんな者達が現代に蘇ったベルカの王などを知ったらどうなるか、嫌でも分かる。確実にろくでもない出来事が起きるだろう。

 リンディは危惧を覚えるが、ルインは否定するように首を横に振るう。

 

「リンディさんが考えている事は分かりますが、もしも本当にあの王だったとしたらその可能性は低い……いえ、無いでしょう。直接話した事は守護騎士達もありませんでしたが……何時も悲し気に暗い雲に覆われていた空を見ていましたから」

 

「……そう」

 

 ルインの言いたい事を悟ったリンディはそれ以上口には出さず、持って来た機器が反応を示す方向へと歩いて行くのだった。

 

 

 

 

 

 岩壁に囲まれた海底付近。

 その場所に黒い塔が建っていた。簡単には見つからないように巧妙に黒い塔は隠されていた

 しかし、その黒い塔に接近する二つの巨大なデジモンが二体いた。

 一体は頭部に巨大なツノを生やし、海蛇のように長い身体をくねらせながら前へと進んでいるデジモン-【メガシードラモン】。

 

メガシードラモン、世代/完全体、属性/データ種、種族/水棲型、必殺技/サンダージャベリン、メイルシュトローム

シードラモン種が規則的進化して、体も一回り大きくなった形態の水棲型デジモン。頭部を覆う外殻が硬度を増し、頭頂部にイナズマ型のブレードが生えたことで兜の役割を果たし、防御力が増した他、ブレードには発電装置が仕込まれており、電撃を放つことも可能になった。知性や泳ぐスピードも発達し相手を執念深く追い回し仕留めるぞ。必殺技は頭部のツノから放つ強力なイナズマ【サンダージャベンリン】と、物凄い冷たい津波を起こし、敵を凍りつかせる【メイルシュトローム】だ。

 

 もう一体は地球の古代に生息していたとされる生物、アノマロカリスを思わせる姿をしたデジモン-【アノマロカリモン】だった。

 

アノマロカリモン、世代/完全体、属性/データ種、種族/古代甲殻類型、必殺技/スティンガーサプライズ

古代生物の調査や発掘を行っている研究所のデータバンクにコンピュータウィルスが感染し、古代生物のデータを取り込み進化した古代甲殻類型デジモン。コンピュータウィルスが感染し、古代生物のデータを取り込み進化した。古代に食物連鎖の頂点にいた生物同様、旺盛な食欲と、高い補食能力を身につけている。頭部から生えた触手を器用に使って敵を捕まえ、尻尾から生えた鋭いブレードで仕留める。戦況が不利になると海底の土を鋭い触手で巻上げて身を隠す。だが、逃げるのではなく頭部から突き出ているレーダーアイは暗視装置のように敵を捕捉し、逆転の機会を狙う。必殺技は、左右の前肢をクロスさせて、衝撃波を放つ【スティンガーサプライズ】だ。

 

 二体のデジモンは本来ならばこの付近を自らの縄張りにする為に争っていたデジモン達。

 互いの姿を見れば、相手を倒そうと戦いあう筈なのだ。だが、今は二体とも目を赤く光らせながら共に並んで黒い塔を目指していた。

 メガシードラモンとアノマロカリモンは、自分達の実力でミッドチルダの海を乗り越え、完全体に進化を果たしたデジモン達。故に協力すると言う考えは無く、何としてもこの付近を縄張りとする為に争っている筈だった。

 だが、二体のデジモンは争う事無く海中を進み、黒い塔を挟むようにして向き合った。

 そしてメガシードラモンは黒いスパイラル状のリングが巻き付いている自らの尻尾の先を。

 アノマロカリモンは同じようにスパイラル状のリングを装着している頭部の触手を、狙いやすいように前に出した。

 

「……サンダー……ジャベンリン」

 

「スティンガー……サプライズ」

 

 メガシードラモンはイナズマの形をした頭部の角から電撃を放ち、アノマロカリモンはクロスさせた前肢から衝撃波を放った。

 二体の必殺技は互いの間に建っていた黒い塔を一瞬の内に破壊し、消滅させたばかりか、そのまま二つの必殺技は互いに向かって進んで行く。

 そしてメガシードラモンのサンダージャベリンはアノマロカリモンの頭部の触手に直撃し、アノマロカリモンのスティンガーサプライズはメガシードラモンの尻尾の先に直撃した。

 

『ッ!? ガアァァァァァァーーーーーーー!!!』

 

 互いに必殺技を食らった二体は、突然我に返ったかのように悲鳴を上げて岩壁に激突した。

 自らに受けた攻撃に寄るダメージに苦しみながら、メガシードラモンとアノマロカリモンは相手の姿を赤い光が消えた瞳で捉える。

 

『……グルルルッ!!』

 

 何が起きたのか二体とも分かってはいない。

 いきなり衝撃が走ったと思えば、激痛が全身を襲ったとしかメガシードラモンとアノマロカリモンは認識出来ていなかった。だが、そうなる前の直前まで二体は争っていた。

 この現象は相手の必殺技に寄るものだと二体とも考え、怒りに満ちた咆哮を上げると共に相手に向かって襲い掛かった。

 

「グオォォッ!!」

 

「シャアァッ!!」

 

 メガシードラモンは大きく口を開けると共に、アノマロカリモンの右前肢に噛みついた。

 前肢から走る痛みを堪えながら、アノマロカリモンは頭部の触手を伸ばしてメガシードラモンの長い身体に巻き付けて締め上げる。

 

「グウゥゥッ!!」

 

 必死に噛みつきながらメガシードラモンは呻き声を上げた。

 コレまでの縄張り争いの中で、メガシードラモンはアノマロカリモンに対して、接近戦を出来るだけ避けるようにしていた。

 その理由はメガシードラモンとアノマロカリモンの体の違いからだった。海蛇のような体をしているメガシードラモンに対して、アノマロカリモンはブレード状の節足を何本も持った体中に武器を備えている体格をしたデジモンだった。

 メガシードラモンが巻き付いて攻撃しようにも、アノマロカリモンの体の至る所に生えているブレードのせいで逆にメガシードラモンがダメージを受けてしまう。故にコレまでは遠距離からの攻撃で、メガシードラモンは戦って来た。

 だが、今回は怒りからの行動からなのか、メガシードラモンは接近戦を挑んで来た。

 その事実にアノマロカリモンは目を細めながら、甲殻に覆われた尻尾の先のブレードを構える。

 

「シャアッ!!」

 

 触手に捕らわれて逃げられないメガシードラモンに向かって、アノマロカリモンは尻尾のブレードを一気に振り下ろす。

 しかし、アノマロカリモンのブレードがメガシードラモンに届く直前にイナズマの形状の角が光る。

 

「サンダージャベリン!!」

 

「シャガァァァッ!!!」

 

 至近距離でサンダージャベリンを食らったアノマロカリモンは悲鳴を上げ、巻き付けていた触手を離してしまう。

 全身凶器と呼べるアノマロカリモンにメガシードラモンが今まで勝負を決められなかった原因は、サンダージャベリンが理由だった。

 雷属性の攻撃は水系のデジモン達にとって最大の弱点。甲殻で覆われているおかげでコレまでの戦いでは致命傷になる事は無かったが、至近距離で食らった故にダメージは今までの比では無かった。

 

「グオォォォォッ!!」

 

 海底に倒れ伏すアノマロカリモンを目にしたメガシードラモンは、勝利の咆哮を上げた。

 長い間、縄張り争いを行なっていたアノマロカリモンを倒す事が出来た。後は止めを刺すだけだと角を光らせながら、メガシードラモンは気絶しているアノマロカリモンを見下ろす。

 

「サンダー……ッ!?」

 

 ゾクッとメガシードラモンは背筋が震えた。

 何か恐ろしい存在が近づいて来ていると感じたメガシードラモンは、アノマロカリモンに止めを刺すのを止めてこの場から離れようとする。

 だが、離れる直前に、尻尾が何かに掴まれて動きを止められてしまう。

 

「おい」

 

「ッ!?」

 

 聞こえて来た声と尻尾が掴まれるまで相手の存在を感知出来なかった事に震えながら、メガシードラモンは顔を向ける。

 

「貴様に聞きたい事がある」

 

「ガ、ガァ」

 

 自らの尻尾を掴んでいるブラックを目にしたメガシードラモンは、恐怖に満ちた声で呻いた。

 一目見ただけで目の前の相手には勝てないと悟ってしまったのだ。圧倒的に離れた実力差に、メガシードラモンは恐怖に体を震わせるしかなかった。

 コレで話をする事が出来るとブラックは思いながら、聞きたい事を聞こうとする。

 だが、口を開く直前に一瞬視界に何かを捉えたブラックは、掴んでいた尻尾を勢いよく振り回す。

 

「ヒガアァァァァァーーー!!」

 

 振り回されたメガシードラモンは悲鳴を上げるが、ブラックは構わずに背後に振り回し、メガシードラモンは岩壁に叩きつけられて気絶した。

 力が無くなった尻尾からブラックは手を離し、直前までメガシードラモンがいた場所の地面に突き刺さっているアノマロカリモンの尻尾を睨む。

 

「……気絶したふりか」

 

「シャアッ!!」

 

 ブラックの声に応じるように、海底に伏していたアノマロカリモンは威嚇しながら顔を上げた。

 その姿にブラックはアノマロカリモンの状態を察する。

 

(興奮状態か。メガシードラモンの奴は俺との実力差を悟ったが、コイツはソレが分からないぐらい興奮しているようだな)

 

 理性よりも本能が強いタイプのデジモンが、陥り易い状態。

 この状態の時は古代種デジモンの【オーバーライト】ほどでは無いが、実力以上の力を発揮できるのだが、その反面周りが見えなくなり、暴れ回ると言う危険状態になってしまう。

 

(コイツが暴れて遺跡に被害が出るのは不味い。倒すしか無いようだ)

 

 説得は無理だと判断したブラックは、両手のドラモンキラーを構える。

 

「シャアアァァッ!!」

 

 アノマロカリモンは咆哮と共に尻尾を海底に叩き付け、土を巻き上げた。

 更に触手も使って更に土を巻き上げて、ブラックの視界を閉ざした。

 

「……其処か!」

 

 ブラックが右手のドラモンキラーを振るうと共に、土煙を吹き飛ばしながらアノマロカリモンのブレードが生えた尻尾が伸びて来た。

 ドラモンキラーとブレードは激突し、ブレードが刃を欠けさせながら弾かれた。

 そのまま追撃は行なわず、ブラックは土煙の中に戻って行く尻尾を険しい瞳で見つめる。

 

(やはり海中での戦闘は厄介だな)

 

 ブラックにとって海中での戦闘は苦手だった。

 と言うのも、海中では自らの必殺技である【ガイアフォース】や、その発生技が使用出来ないのだ。

 【ガイアフォース】は大気中の負の力を凝縮して放つ技。海中では使用する事が出来ない。

 他の技である【ブラックストームトルネード】は、遺跡にまで被害が出てしまう恐れがあるので使えない。

 

(最も問題は無いがな)

 

 両手のドラモンキラーをクロス状に交差させるようにブラックは構えた。

 次の瞬間、土煙を切り裂くように海中を高速でアノマロカリモンが突き進んで来る。

 

「シャアアァァッ!!」

 

 ブラックに向かって突撃して来たアノマロカリモンは、ブラックの下を通り過ぎるように体を潜らせ、背の甲殻に生えているブレードを叩きつけた。

 海中にいて踏ん張りも効かない状況。更に興奮状態のせいで何時もよりも勢いが増しての突撃に、アノマロカリモンは決まったと確信した。

 このまま気絶しているメガシードラモンに止めをさせそうと体を動かそうとするが、体が前に動かない事に気がつく。

 

「貴様にも聞きたい事があるからな」

 

「ッ!?」

 

 頭の上から聞こえて来た声にアノマロカリモンは恐怖を感じた。

 その声の主であるブラックは、手に持っていた半ばから折れたアノマロカリモンの背に生えていたブレードを放り投げる。

 必勝を確信したアノマロカリモンの突撃だったが、交差させていたドラモンキラーとの激突に寄って背のブレードは圧し折れていた。

 その事実に興奮していたアノマロカリモンの熱は一気に冷める。この相手には挑むべきでは無かったと今更気がつくが、ブラックが止まる訳が無かった。

 

「ドラモンキラーーー!!!」

 

 動きが止まってしまったアノマロカリモンの背に容赦なくドラモンキラーを叩きつけた。

 その衝撃にアノマロカリモンの体は一瞬反り返り、そのまま海底へと沈んで気絶した。

 本来ならば止めを刺す事も出来たが、ブラックはあえて止めを刺すつもりは無い。アノマロカリモンとメガシードラモンには聞かなければならない事が在るのだから。

 

(……やはり可笑しい。俺がこの場に来た時、こいつらは戦っていた。なのに、その直前までの動きが不可解だ)

 

 直接見た訳では無いが、メガシードラモンとアノマロカリモンは一緒に並んで動き、突然殺意に満ち溢れた戦闘を開始した。

 不可解としか思えない戦いの始まり。その違和感がブラックの心を何故か酷く騒めかせていた。

 

(何かが起きている。嫌な予感が拭えんな)

 

 そう考えながらブラックは、何か少しでも手掛かりは無いかと周囲を探索するが、結局手掛かりを見つける事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 ミッドチルダの海上。

 海面を猛スピードで爆走する一台の船が在った。

 その船の船室に備わっている窓から恐る恐る後方を覗いていたアルケニモンは、何も後方の海面で起きない事を確認し、安堵の息を吐いた。

 

「……ハァ~、ど、どうやら旨く行ったみたいだね」

 

「あ、あぁ、海中に隠していたダークタワーの反応も消えたし、あのメガシードラモンとアノマロカリモンに付けていた【イービルスパイラル】の反応も消えたのを確認出来たぜ」

 

 船を操縦しながら、近くのテーブルに置いてあった機器から反応が消えている事をマミーモンは確認した。

 

「一応データも取れたから、俺達の仕事は完了だぜ」

 

「そうだね。しかし、今度の【イービルスパイラル】は凄いね。前のあの小僧が造った奴よりも、正確な命令が遠距離から出来るようになってるんだからね」

 

 以前までの【イービルスパイラル】。

 【デジモンカイザー】だった頃の一条寺賢が造り上げた完全体のデジモンを洗脳する為に造り上げた装置。

 ソレを知っていたアルケニモンとマミーモンは二つのデータをルーチェモンの指示で倉田に提供。結果、元々デジモンの洗脳技術を持っていた倉田の手に寄って、【イービルスパイラル】は賢が造り上げた物よりも遥かに性能が上がっている物が造られた。

 現在の【イービルスパイラル】及び【イービルリング】は、遠距離からでも細かな命令が出来るほどに性能が上がっているのだ。

 

「後ろ側で何も起きていない事をみると、ブラックウォーグレイモンの奴はダークタワーを見つけられなかったみたいだね」

 

「あぁ、万が一を考えて見つけ難いようにしといたからな。ソレが良かったんだろうぜ」

 

 もしもブラックがダークタワーを見つけていたら、確実に後方で何かが起きる筈。

 だが、ダークタワーの反応が消えても海は穏やかなまま。ブラックがダークタワー及び【イービルスパイラル】を見つけられなかったと言う何よりの証拠だった。

 

「コレで怒られる心配は無くなったね」

 

「まだ、ダークタワーに気がつかれるのは不味いからな。計画の為にもまだ知られる訳にはいかねぇからな」

 

「だね。さっさと戻るよ、マミーモン」

 

「あいよ、アルケニモン」

 

 マミーモンは指示に従い、船の速度を更に上げて去って行った。

 

 

 

 

 

「……嘘でしょう?」

 

 遺跡の最深部に辿り着いたリンディとルインは、目的の【アルハザードの遺産】である生命維持装置が使われているカプセルを発見した。

 だが、リンディはカプセルの中に眠っている人物の姿に絶句した。

 その理由が分かる、ルインは頷きながら説明する。

 

「リンディさんが信じられないと言う気持ちを抱くのは無理ないですけど、本当なんですよ」

 

「それじゃ、本当にこの子がそうなの?」

 

「えぇ、間違いありません。まさか、現代で再び姿を見られるとは思っても見ませんでしたよ。【冥府の炎王】イクスヴェリアです」

 

 カプセルの中に眠っている人物。

 十歳前後の少女が両手を合わせて祈るような姿で眠っていた。

 てっきり成人した人物がいると思っていたリンディは、イクスヴェリアを凝視するが、ルインは構わずにフリートから渡された機器を所持していたデバイスから取り出して設置して行く。

 

「イクスヴェリアはかなり早い段階で人造生命手術を受けたんです。見た目と違ってリンディさんよりも長い間生きてますよ」

 

「……肉体の成長も止まっているのね」

 

「えぇ……肉体の半分以上は機械の筈です……うん?」

 

「どうしたの?」

 

 維持装置に付いている制御盤を覗いたルインの様子に疑問を持ったリンディも、続いて制御盤を覗く。

 制御盤に付いているモニター画面には古代ベルカ文字で何かが表示されていた。

 古代ベルカ語が分からないリンディは首を傾げるが、読めるルインは表示されている内容に顔を険しくして行く。

 

「……なるほど。どうしてイクスヴェリアの姿が、戦場から消えたのか分かりましたよ」

 

「どういう事かしら?」

 

「一般的に【聖王統一戦争】と呼ばれる時代の頃には、【冥府の炎王】の姿が消えたんです。てっきり死んだのかと思っていたんですけど、どうにも違ったようですね。体の殆どが機能不全状態になっていますよ」

 

「機能不全? それじゃ、彼女が持っている機能。【死人兵士生成】も?」

 

「えぇ、コンソールが示す内容だと其方も機能停止しています。コレだとカプセルから出た後は、保護されない限り長くは無いですね。しかも、保護したとしても現代の技術では目覚めさせるのも難しいかも知れません」

 

「……とにかく、【アルハザード】に運びましょう。その後は」

 

「えぇ、この遺跡は跡形も無く消滅させましょう」

 

 迷う事なく行動を決めると、リンディとルインは作業を開始するのだった。



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目覚めた冥府の王と懐かしき再会

長らくお待たせしました。
漸く本編開始です。


 夢さえ見ないような眠りの淵についていた【冥府の炎王】イクスヴェリアは、自身の意識が徐々に覚醒して行くのを感じていた。

 

(……また、争いでしょうか?)

 

 自らが起こされる時は何時も争いが起きる時。

 イクスヴェリアはそう認識していた。最早数える事も出来ない程に繰り返して来た覚醒と眠り。

 その全てが戦争の為。自分達や敵に寄って燃え盛る世界。ソレに寄って舞い上がった黒煙に寄って黒く染まった空。

 最早正確に思い出す事は出来ない程に、遥か昔に見た青い空を取り戻す為に戦っていた筈なのに、求めた筈の空をイクスヴェリアはずっと見た事が無かった。見たのは戦禍の光景。目覚める為に戦い、戦火を広げる事しかイクスヴェリアは出来なかった。

 

(……ですが、コレが本当に最後の目覚めになるでしょう)

 

 気が遠くなるほどの長い年月の経過は、イクスヴェリアの体を蝕んでいた。

 戦争によって起きる技術の衰退。全盛期時代に肉体改造を行なったイクスヴェリアの肉体を、衰退していく技術では支える事は愚か、不具合を直す事も出来なかったのだ。その結果、前回の目覚めの時の最後には不具合が深刻化し、イクスヴェリアの力である【死人兵士生成】や死人兵士への指示機能さえも使用出来なくなってしまった。

 本来ならばそのままイクスヴェリアは死んでもおかしくなかった。だが、ガリア王家がベルカ全盛期時代から保管していた【アルハザード】製の生命維持装置カプセルのおかげで死ぬ事は免れた。

 ベルカの技術が衰えて行く中、【アルハザード】製のカプセルだけは劣化する事は無く、イクスヴェリアの時の揺り籠として機能し続けた。

 しかし、ソレがイクスヴェリアにとって救いとは言えなかった。あくまで生命維持装置は維持するだけの装置でしかない。イクスヴェリアの機能不全を治す力は無かった。

 

(……もしもあの時に戻れるなら……今の私は)

 

 正確に思い出す事が出来ない過去の記憶の中で、イクスヴェリアは詳細に思い出せる事が在った。

 ソレは自身の揺り籠として使用している生命維持装置を回収に来た【アルハザード】の魔導師との出会い。

 回収に来た【アルハザード】の魔導師には、恐怖と畏怖の記憶しかイクスヴェリアには無かった。王として崇められていたイクスヴェリアには、当然ながら屈強なベルカの騎士達が護りについていた。加えてイクスヴェリアの配下だった屍兵器も大量に配備されていたのだ。

 しかし、【アルハザード】の魔導師はたった一人で、屈強なベルカの騎士達を倒し、屍兵器を全て破壊してイクスヴェリアの前に立った。

 当時のガリアが所持していた【アルハザード】の技術は、イクスヴェリアの前で次々と破壊、或いは回収されて行った。その光景にイクスヴェリアの周りに居た臣下達は嘆き、悲痛な声で叫びながら止めるように懇願した。

 【アルハザード】の技術は夢のような物だった。何時かは辿り着きたいと思っていた技術の消失は、彼らに絶望を与えた。

 

(それからすぐに、【アルハザード】は消えた)

 

 突然の出来事だった。

 何とか【アルハザード】との関係を修復しようとした矢先に、【アルハザード】が消え去った。

 存在していた座標には影も形も【アルハザード】と言う世界の痕跡は何一つ存在せず、同時に【アルハザード】の魔導師達も姿が消え去った。

 あの恐怖をもう二度と味合わずに済むと当時のイクスヴェリアは安堵していた。だが、同時にソレこそが長きに渡るベルカ戦争の始まりを告げる鐘だった。

 

(……出来るなら、最後となるこの目覚めで蒼い空を見てみたい)

 

 そう考えていると、イクスヴェリアの意識はハッキリして行く。

 長い年月。数百年ぶりに目覚めるイクスヴェリアが最初に見たものは。

 

「家の技術を、良~~く~~も~~隠してくれてましたねぇ~」

 

 ハイライトが消えた瞳でイクスヴェリアを見つめ、長い髪で影を作って顔の全体を暗くさせているフリートだった。

 

「ッ!?」

 

 眼前に広がった光景にイクスヴェリアは驚愕し、思わず息を呑んでしまう。

 しかし、驚愕させた当人であるフリートは構わずに、やはりハイライトの消えた瞳のまま、イクスヴェリアの左右にドリルとチェーンソーの刃を見えるように構えて音を鳴らす。

 

「さぁ~、質問に答えて貰いますよ~~」

 

 激しい起動音に相応しいほどにオドロオドロしい声音を出しながら、声も出せずに震えるイクスヴェリアに目を合わせる。

 

「い、いや……」

 

「ケケケケケケケケケケケッ!!」

 

 コレから自分はどうなってしまうのかと恐怖するイクスヴェリアに、不気味に笑い声を上げてフリートはドリルとチェーンソーを振り被る。

 しかし、フリートが振り被ろうとした瞬間、フリートの背後から突然巨大なハンマーが振り抜かれる。

 

「何をやっているの貴女は!?」

 

「ギョエェェェェェェッ!!」

 

 巨大なハンマーを後頭部に受けたフリートはそのまま前方の壁に激突し、手に持っていた起動状態のドリルとチェーンソーが体に突き刺さる。

 

「ギャヤァァァァァァァァァデスゥゥゥーーーーー!!!!!」

 

「先ずは事情を聞いてからと言った筈よ! それなのにもう!」

 

 チェーンソーとドリルに体を削られる痛みを受けているフリートに、黒いデジコードを散らしながらリンディが告げた。

 

「……えぇと」

 

「あっ! ごめんなさいね。怖がらせてしまって。自己紹介するわね。私はリンディ。貴女は?」

 

「わ、私は……隠しても無駄でしょうね」

 

 部屋の中を見回したイクスヴェリアは、自身が居る場所が何らかの研究室だと理解した。

 眠る直前に居た場所はベルカの遺跡の内部。状況から考えて、遺跡から運び出されたとしか考える事は出来ない。

 ソレが意味する事は一つ。

 

「既に私の事は知っているのでしょう?」

 

「流石ね。えぇ、私達は貴女の事を知っているわ。【冥府の炎王】イクスヴェリアさん」

 

「……それで何故私を目覚めさせたのですか? 再び戦争でも起きましたか? でしたら、残念ですが私はもう役には……」

 

「ちょ、ちょっと待って……ゴホン。先ずは聞かせて欲しい事が在るの。重要な事よ」

 

「何でしょうか?」

 

「貴女は……【アルハザード】を知っているの?」

 

 その質問に対する変化は急だった。

 無表情に質問して来た時と違って、イクスヴェリアは全身を小刻みに震わせ、体から汗を流して行く。

 リンディはイクスヴェリアの姿に知っているのだと悟る。

 

「……だ、駄目です……あ、あの世界だけは……【アルハザード】だけは……だ、駄目です……触れては……行けません」

 

「えぇ、私も同感よ。本当に御伽噺のまま静かに眠って貰いたかったわ。本当にね」

 

「……何を言っているんですか?」

 

 イクスヴェリアはリンディの言っている言葉から、まるで【アルハザード】が実在している事を知っているかのように感じられた。

 ソレは在り得ない筈なのだ。ベルカ全盛期時代ならばともかく、前回目覚めた時には既に御伽噺に近い世界だと語られていた。【聖王のゆりかご】も詳細な伝承を【聖王家】は遺していなかった。

 イクスヴェリアにとって、その事はどれだけ安堵に繋がったか分からない。

 だが、今のリンディの発言は明らかに【アルハザード】が実在していると、知っているからこそ出来る発言なのだ。一体どういう事なのかと訝しんでいると、突き刺さったドリルとチェーンソーを引き抜いたフリートが立ち上がる。

 

「あぁぁぁ、凄く痛かったです。リンディさん! 酷いですよ!」

 

「ハァ~、フリートさん。気持ちは分かるけれど、相手を脅かしてどうするの?」

 

「ちょっとしたお茶目ですよ!」

 

「お茶目でドリルとチェーンソーを持ち出す人が居ますか! 全く……とりあえず、自己紹介するわ、イクスヴェリアさん。心して聞いて頂戴。此方フリート・アルハザードさんよ」

 

「えっ?」

 

「どうも、フリート・アルハザードです」

 

「……う~ん」

 

 パタンとイクスヴェリアは再びベットの上に眠りについた。

 

 それから一時間後、リンディの介抱によって起きたイクスヴェリアは事情を聞いていた。

 

「と言う訳で、私達は貴女をベルカの遺跡から【アルハザード】に連れて来たの」

 

「……私が目覚めた経緯は分かりました。しかし、何故起こしたのですか?」

 

「簡単に言いますと、私としては他にもベルカが【アルハザード】の遺産を隠していないか心配なんです。その辺りの話を聞く為に貴女の体を治したんです」

 

 フリートの言葉にビクッと体をイクスヴェリアは震わせ、警戒するようにフリートを見つめる。

 その様子に気がついたリンディは、フリートの傍に近寄って小声で質問する。

 

「随分と警戒しているみたいだけど、貴女一体何したの?」

 

「私じゃなくて、彼女が警戒しているのは【アルハザード】ですよ。昔はうちも色々とやらかしましたからね」

 

「……その辺りの事は聞かない事にするわ」

 

 聞いても碌な事にならないと判断し、リンディは話を打ち切った。

 溜め息を吐きながらイクスヴェリアに顔を向け直す。

 

「まぁ、そう言う事で。もしも【アルハザード】の遺産に心当たりが在ったら教えて欲しいわね」

 

「……申し訳ありません。私が知っている【アルハザード】の遺産は、私が入っていたカプセルだけです。他の王家が所持していた遺産に関しては残念ながら知りません」

 

「キィィィィッ!!! つまり、他のベルカ王族もうちの技術を隠していたんですね!!」

 

 まだ、次元世界の何処かに【アルハザード】の遺産が残っている事をフリートは確信した。

 

「絶対に赦しませんよ!! 先ずはブラックに頼んで聖王教会を襲げ……ボケボォッ!!」

 

 何時になく怒っているフリートの鳩尾に、リンディは迷う事無く拳を叩き込んだ。

 

「落ち着きなさい、フリートさん。聖王教会なら二年前に貴女が偵察機を送って調べたでしょう」

 

「ゲホッ……そ、そう言えば……そうでした」

 

「とりあえずベルカ関係の遺跡を調べる方針で行きましょう。イクスヴェリアさんも悪いけれど、貴女が覚えているベルカ施設の在った世界に関して教えてくれないかしら。もちろん、貴女が居た時代と今の世界は大きく変わっているから、大まかなで構わないわ」

 

「それは構いませんが……やはり私を目覚めさせたのは戦いの為でしょうか?」

 

『……えっ?』

 

「私の体を治したと言う事は、私の体に宿っていたあの機能も当然……」

 

「あぁ、ソレなら取り外してますよ」

 

「……えっ?」

 

 平然と告げられた言葉にイクスヴェリアは呆然としながらフリートに顔を向けた。

 

「そう言えばまだ説明してませんでしたが、貴女の今の体は出来るだけ普通の人間に近いように治療しました。機械部分も出来るだけ少なくしたので、今後、治療を続けて行けば普通の人間のように成長出来るようになります」

 

「え、えっ?」

 

「残りの機械部分も今後の治療で除去して行く予定です……と言うよりも、凄く残念なお知らせなんですけど……リンディさん。あの死人兵士って現代だと何の役に立ちます?」

 

「……テロ行為ぐらいにしか使えないわね」

 

 事前に聞いていたイクスヴェリアが産み出せる屍兵器-【マリアージュ】。

 両腕を戦刀、戦槍、砲などで武装化して戦闘を行い、行動不能になると燃焼液に変化して自爆する兵器なのだが、フリートの調べによって人語を解するくせに知能は昆虫並しかない事が判明している。

 戦時下ならば戦力確保としては役に立つが、現代ではテロ行為ぐらいにしか本当に役に立たない兵器なのだ。デジモンとの戦いでは尚更に役に立たない。

 研究用としてイクスヴェリアから摘出した屍兵器製造機器は残して在るが、使う事は金輪際無いだろう。

 因みに摘出した機械の一部分。正確に言えば、屍兵器への指揮、命令機能だけは修理し、現代に遺っているかも知れない屍兵器に人目がつかない砂漠で自壊するように指示だけは送っておいた。ソレに寄って人知れず、管理局がテロリスト認定していた犯罪者が姿を消したのだった。

 

「ショックかも知れないけれど、現代だと本当に役に立たないのよ。とにかく、先ずは現在の世界に関して説明するわね」

 

 そう告げながら、リンディは現代に関してフリートと共にイクスヴェリアに説明を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ソレで奴らから何か聞き出せたか?」

 

 リンディとフリートがイクスヴェリアに現代に関して説明している頃、ブラックは指令室代わりに使っている部屋の壁に寄り掛かりながらイガモンとルインの報告を聞いていた。

 

「残念ながら、貴殿が気になった怪しい行動に繋がる証言は聞けなかったでござるよ。いや、それどころか二体とも、逆に此方の質問に驚いていたぐらいでござる」

 

「ブラック様が気にしているって言ったら、必死に思い出そうとしてましたから、嘘は無いと思います」

 

 ブラックが二人に聞いているのは、当然アノマロカリモンとメガシードラモンの不審な行動に関してだった。

 争っていた筈なのに、何故か争いを行なわず、並んで何処かに移動していた。だが、目覚めた二体ともその事を全く覚えてはいなかった。

 

「……そうか」

 

 分かり切っていた事だが、アノマロカリモンとメガシードラモンの行動は本人の意思では無い。

 第三者が関わっている事は間違いなのだが、どうやって争っていた二体のデジモンを操ったのかが分からない。

 

(倉田の奴はデジモンを洗脳する技術を持っている。ソレを改良したのか?)

 

 嘗て倉田は七大魔王である【ベルフェモン】を一時的にではあるが、洗脳機器を使って操った事がある。

 その洗脳機器を改良した可能性は充分に考えられるのだが。

 

(しかし、あの場には機械らしい物は無かった)

 

 戦闘後に隈なく周辺を調べたが、機械の部品らしい物は海底には無かった。

 例え二体の必殺技に寄って破壊されたとしても、破片ぐらいは残っていても可笑しくないのに。

 

(一体どうなっている。まさか、破壊されたりすれば消滅する機械でも造ったとでも……待て)

 

 ブラックの脳裏に一つの道具の存在が過ぎった。

 そう、確かに存在していたのだ。デジモンを操り、破壊されれば完全に消滅する道具が。

 

「……馬鹿な。在り得ん!」

 

「ブラック様?」

 

「ブラック殿?」

 

 いきなり声を荒げたブラックに、ルインとイガモンは首を傾げる。

 だが、当人であるブラックは二人の様子など構わずに考え込む。

 

(もしもアレだとすれば、確かにあの場に痕跡が無かったのも頷ける。だが、アレは在り得ん! アレに関する情報は、造った当人である一条寺賢本人も詳しくは覚えて居ないのだぞ!)

 

 ブラックが居た【デジタルワールド】で起きた事件。

 【デジモンカイザー】を名乗る一条寺賢に寄るデジモン洗脳事件。ブラックはその時には存在していなかったが、知識として知っている。

 その事件の時に【デジタルワールド】に大量に使われていた道具こそが、デジモンを洗脳する道具。【イービルリング】と【イービルスパイラル】。

 

(もしもあの二つの情報を倉田が得ているとすれば、その情報をどうやって得た?)

 

 考えられるとすれば、【デジモンカイザー】が基地として使っていた場所だが、その場所は戦いに寄って破壊されてしまっている。

 詳しい情報を得る事は先ず不可能。となれば、誰かから聞くしか無いのだが、ソレには問題がある。

 【イービルリング】と【イービルスパイラル】を使用する為には、絶対に必要な物。ブラックの体を構成している物質。即ち【ダークタワー】が。

 

「ッ!! ルイン! すぐに俺達が辿り着く前のあの海底付近から、電磁波が出ていなかった調べろ! フリートの奴なら、俺達が向かっても偵察機は移動させていない筈だ」

 

「は、はい!!」

 

「どうしたでござる?」

 

「……イガモン。すぐにオファニモンに伝えろ。こっちに俺の居た【デジタルワールド】から援軍に来るアイツに、調べるように頼む事があると……」

 

 ブラックはイガモンに顔を向け、調べる必要が在る事を告げようとする。

 その直前、指令室の扉が開き、フードを被った民族衣装の男が入って来る。

 

「その必要は無い、ブラックウォーグレイモン」

 

「ッ!? ……久しぶりだな」

 

 覚えのある声。

 その声の主をブラックは知っている。一時は共に行動し、ブラックの居た【デジタルワールド】で、選ばれし子供達をサポートしていた男。

 

「……ゲンナイ」

 

「……こうしてまた会えた事を嬉しく思う」

 

 フードを外し、男-【ゲンナイ】-は素顔を晒してブラックに笑みを向けた。

 その顔にブラックは胸の内に懐かしさが湧いてくるの感じる。

 【ゲンナイ】。ブラックが居た【デジタルワールド】の安定を望む者。通称【ホメオスタシス】に仕えるエージェント。デジモンと同じくデータ生命体で在り、直接的な戦闘能力は低いが、エージェントの名に恥じる事は無く、世界中のコンピュータに潜入してデジモンの情報を気づかれる事無く、コントロールする事が出来る。

 その技術と力に寄って、選ばれし子供達も幾度と無く助けられている。サポート能力に関しては、ブラックも認めるほどなのだ。

 ゆっくりとゲンナイは右腕をブラックに向かって掲げ、ブラックも自身の右腕を掲げる。

 ゲンナイはブラックの右腕に自身の右腕を軽く当てる。

 

「再会を喜び合いたいが、どうやらソレどころでは無いようだな」

 

「あぁ……ソレで、何を掴んで来た?」

 

 先ほどの入って来た時の言葉から、ブラックは何か重要な情報をゲンナイが持って来た事を察する。

 ゲンナイは神妙な顔をして頷き、ブラックに自身が掴んで来た重大な情報を説明し出す。

 

「先ずは順を追って説明する。君も関わった復活したディアボロモンの事件。その同時期に起きた【デジタルワールド】からの幼年期デジモンの大量失踪。私達はこの事件を先ず、ルーチェモンでは無く私達の【デジタルワールド】内のデジモンが引き起こした事件だと思い調査を開始した」

 

 当時はルーチェモンが引き起こした事件だと確証が無かった。

 ブラックから伝えられた何者かに寄るディアボロモンの干渉も、新たな暗黒系デジモンの可能性も考えられた。故にゲンナイ達エージェントは、ルーチェモンが関わっている可能性の調査はオファニモン達に任せ、内部犯の可能性を調査したのだ。

 

「だが、当然ながら新たな暗黒系デジモンの出現の兆候は発見されず、また突発的なデジモンの暴走も無かった」

 

 時々ではあるが、ディアボロモンのように突然変異に近い形で、【デジタルワールド】や【人間世界】に影響を及ぼしてしまうデジモンが発生する事がある。

 その面からもゲンナイ達は調査したのだが、此方も犯人らしきデジモンの存在は確認出来なかった。

 

「【デジタルワールド】内からの犯人の可能性を調べられるだけ調べた私達は、オファニモンの言う通りルーチェモンが犯人だと考え、その点から調査も開始した。そして……事件前の兆候を長い期間遡って調査を開始する事にした。沢山の幼年期デジモンが消えたので、用意周到な計画だと考えたからだ。ディアボロモンの件も加えての大規模調査だった……その中で私の仲間であるベンジャミンが、ある目撃証言を聞いて来た……【はじまりの街】付近で、帽子を被った青いコートを着た男と同じく帽子を被ったサングラスを掛けた赤い服の女を見たと言う証言だ」

 

「……あの世界出身のブルーメラモンの奴も同じ服装の男と女に連れ去られたと言っていたぞ」

 

 苦虫を噛み潰したような声でブラックは呟き、ゲンナイも顔を険しく歪める。

 その特徴に一致する人物達をブラックとゲンナイは知っている。だが、在り得ないのだ。

 何故ならばその人物達は死んだ筈なのだ。直接死ぬ瞬間は見ていないが、死んだ瞬間を目撃した者達が沢山いる。

 ゲンナイは目撃した者達から聞き、ブラックもオファニモンを通して確認した。しかし、死んだ筈の存在が目撃されている。ソレが意味する事は一つだけ。

 ブラックとゲンナイの脳裏にその可能性が浮かんだと同時に、空間ディスプレイを操作していたルインから報告が告げられる。

 

「ブラック様! 確かに言う通り、強力な電磁波が発生していました! ……ソレで酷似している電磁波が無いかと確認したところ……」

 

「……在ったんだな?」

 

「……はい。ブラック様から出ている電磁波に……酷似しています」

 

 世界に悪影響を及ぼしてしまうブラックの体。

 構成している物質は【ダークタワー】。ソレと同じ電磁波となれば、海底に在った物は一つだけ。

 【はじまりの街】の出身であるブルーメラモンの証言。海底に居たアノマロカリモンとメガシードラモンの不審な行動。其処から出ていたブラックが発する電磁波と酷似した電磁波。極めつけはゲンナイが告げた報告。

 此処までくれば考えられる事は一つしかない。

 その考えが浮かんだブラックは、胸の内から沸き上がって来る感情を抑え切れず、横の壁を右腕を振るい粉砕する。

 

「……生きて……生きてるのか。アルケニモン、マミーモン」

 

 粉砕した壁の瓦礫を踏みつけながら、ブラックは怒りと憎しみに満ちた声で呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 ミッドチルダ首都クラナガン。

 その首都内にあるとある喫茶店内で、自らのISであるシルバーカーテンを纏って姿を変えたクアットロは席に座ってある人物を待っていた。

 頼んだコーヒーを飲みながら静かに窓の外に見えるクラナガンの街並みを眺めていると、背後の座席に座っている人物が声を掛けて来る。

 

「ウーノは怒ってるわよ、クアットロ。出発時間に貴女が戻って来なかった事に」

 

「戻れる訳ありませんわ。色々と撹乱する為に行動しましたけれど、ソレで安心出来る相手では無いのですから……ドゥーエお姉様」

 

「……やっぱり、ウーノが言うように最初から戻る気は無かったのね、クアットロ」

 

「当然ですわ……あのガルルモンをこの手で殺すまで、私は此方の世界を離れる気はありませんもの」

 

 クアットロにとってガルルモン事ガブモンは、憎んでも憎み足りないほどの相手。

 その相手を放置して、スカリエッティと姉妹達と共に別の【デジタルワールド】に行く気は無かった。だから、他の姉妹達と共にでは無く、単独で任務に挑んだのだ。

 

「ソレに任務に望んで正解でしたわ……あの高町なのはが新たに得たデバイス。アレは今後の私達の行動に必ず支障を来たします」

 

 ゆっくりとクアットロは、手に持っていたデータディスクを背後に差し出した。

 ドゥーエはそのディスクを振り返る事無く受け取り、服の内ポケットに仕舞うと、ソレとは別に一枚のキャッシュカードをクアットロに差し出した。

 

「ドクターからの活動資金よ。貴女には、今後此方側で出現するデジモンのパートナーである人間の把握をお願いするらしいわ」

 

「……私の考えもドクターは御見通しと言う訳ですのね」

 

「クアットロ。私は今まで通り管理局への潜入任務を継続するから、余り力を貸せないわ」

 

「ご安心下さい、ドゥーエお姉様。私は強くなりましたのよ」

 

 そう、告げるとクアットロは背後を振り返る事は無く立ち上がる。

 そのまま会計を済ませると、喫茶店を出てクラナガンを行き交う人々の中に紛れ込み、姿を消したのだった。




次回からは久々の管理局サイドになります。
先ずは後々の六課の基礎となる部隊の立案辺りからです。


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動き出す時空管理局と一つの出会い

長らくお待たせしました。
待っていてくれた方々、ありがとうございます。


 ミッドチルダの首都クラナガン。

 その街の一角に在る墓所で、葬儀が行なわれていた。

 葬儀を行なわれている者達は、ルーチェモンに寄って命を奪われたゼスト隊の管理局員。

 だが、土の中に埋められる棺の中には遺体は入っていないものも在った。

 ルーチェモンに殺された局員の中には、死体も残されなかった者達も居る。運よくリンディが転移させた遺体もあったが、跡形もなく消滅させられた遺体は回収する事が出来る訳が無い。

 その中でクイントの名が刻まれた棺が土の中に納められるのを涙を流しながら見ていたのは、クイントの娘のギンガ・ナカジマとスバル・ナカジマである。

 二人とも大好きだった母親が帰って来ない事を理解し、悲しみにくれていた。

 二人の父親であるゲンヤ・ナカジマは、決意を固めた顔をしながら棺を見つめている。

 そして葬儀が終わり、参列者の者達が帰路につき始める中、怪我から復帰して参列していたゼストとメガーヌ、そしてクロノがクイントの墓標の前に立つゲンヤとギンガ、スバルに声を掛ける。

 

「……ナカジマ」

 

「……局員なら覚悟は出来ている事だ。アイツも危険な任務についている事は分かっていたんだ。だから、あんまり気に病むな」

 

 声を掛けて来たゼストにゲンヤは背を向けたまま告げた。

 ゆっくりとギンガ、スバルの背に手をやりながらゲンヤは振り返り、メガーヌに声を掛ける。

 

「メガーヌ。ありがとうな。アイツの形見だけは一つ残してくれて」

 

「いえ……私はそんなつもりで」

 

 辛そうに顔を歪めながら、メガーヌはギンガの首に掛かっている待機状態のデバイスに目を向ける。

 そのデバイスはクイントが使っていた左腕のリボルバーナックルだった。あの時、リンディがクロノ達を転移させようとする中、メガーヌは必死にルーチェモンに千切り飛ばされ、床に落ちていたクイントの左腕を掴んだのだ。

 無我夢中だったので、メガーヌも何故そんな行動をしたのかは理解していないが、せめてと言う気持ちがあったのだろう。

 おかげでとは絶対に言えないが、クイントの形見となる物をゲンヤ達は得る事が出来たのだ。

 

「ギンガ、スバル。すまねぇが、メガーヌと先に家に行ってくれねぇか?」

 

「はい、父さん」

 

「う、うん」

 

「用が終わったらすぐに帰るから、家で待っていてくれ……メガーヌ。二人を頼む」

 

「はい」

 

 メガーヌは頷くとギンガとスバルの手を握り、墓地から出て行く。

 三人の姿が見えなくなるをゲンヤは確認すると、ゼストとクロノに視線を向ける。

 

「……ゲイズ中将から俺に届いてる件だが……受けるつもりだ」

 

「そうか……俺もだ」

 

「僕もです」

 

 ゲンヤ、ゼスト、クロノには管理局上層部からある通達が届いていた。

 新たに管理局内で創設される新部隊への参加要請だった。だが、普通ならば部隊に入るように告げられれば入るしかないのに、今回新設される部隊に関しては参加を拒否しても構わない事になっていた。

 何故ならば新設される部隊が主に任務として告げられるのは、現在管理世界で発見されている新生物-【デジモン】-に関する案件だったからだ。

 【デジモン】に関する案件となれば、当然ながらその中にはブラックに加えて、ルーチェモンにも関わる事になる。ブラックもルーチェモンも敵対した相手には容赦がない。確実に命を賭けた戦いに発展する。

 加えて言えば発見されているデジモンは、人間に、特に管理局に敵意を持っているので殺しに掛かって来る。

 命懸けの任務を与えられるのは間違いなく、そして何よりもデジモンに対する殺傷設定(・・・・)による魔法の使用許可が与えられる事になっている。

 本来その世界で危険とされる生物でも、管理局員は迂闊に殺傷する事が出来ない。過去に危険生物だからと言って絶滅させてしまった事があった時、後から人間にとっては危険生物でも、その土地にとっては必要な生物だと判明してしまい、大変な事態を引き起こしてしまった事も在った。故に幾ら危険生物と言われていても、殺傷設定を使用出来ないように定められている。

 だが、デジモンは違う。元々別世界から他世界に送られて来た生物の上に、非殺傷設定では決定打を与えられないと言う事情もある。その上、戦闘中に突然姿を変えたと思ったら、直前までの実力を遥かに上回る力を発揮したと言う報告も上がって来ている。

 その為に今度新設される部隊には、デジモンに対してだけは殺傷設定の魔法を使用する許可が出される事になったのだ。

 

「その部隊なら、ルーチェモンって野郎を確実に追える。どんな形でもクイントの仇を追えるなら、俺は参加するぜ」

 

「ナカジマ。分かっていると思うが」

 

「私情は任務には、はさまねぇから安心しろ、ゼスト」

 

「それなら良い。しかし……」

 

「ルーチェモンが一体何をしようとしているのかですね」

 

 その点が現在管理局が分からない点だった。

 違法研究者と手を結んでいるのは間違いないが、その他にルーチェモンが関わっていると思われるのはデジモンを管理世界に放逐した件のみ。

 途轍もない力を秘めたルーチェモンが、何故そんな回りくどい手段を使っているのかが管理局には分からない。だが、必ず其処には自分達には分からないような目的が隠されているとクロノは直感していた。

 ルーチェモンはただ力が強いだけではない。闇雲に力を振るうだけならば、管理世界の多くで今頃は天変地異が巻き起こって大惨事では済まない事態になっているだろう。だが、ソレをやろうとしない時点でルーチェモンは力をむやみやたらに振るう者ではない事を示している。

 そして。

 

(ルーチェモンには敵が居る。僕らではなく、別の敵が)

 

 直接戦った事でクロノは嫌でも理解した。

 ルーチェモンが管理局の魔導師を敵として認識していない事を。せいぜい遊び相手、或いは運動不足の解消相手ぐらいとしかルーチェモンは管理局の魔導師を思っていない事を。

 実際ルーチェモンにとって、管理局の魔導師はその程度の認識でしかない。あくまでルーチェモンが恐れているのは、デジモンと共に戦う人間なのだ。それ以外の人間には興味を僅かに覚えるぐらいでしかない。

 例外としてギズモンを造り上げた倉田ぐらいである。

 今だ表には出て来ない倉田もまた、魔導師を恐れてはいない。ギズモンは確かにデジモンに特化した存在だが、元々の戦闘能力が並みの完全体を超えているので、大抵の魔導師には負ける事が無い。

 傲慢としか言えないが、ソレが赦されるほどにルーチェモン達と管理局の間では戦力差が開いているのだ。

 

「今日はその部隊の話し合いでレジアスが来れなかったが、近い内に必ず来るそうだ」

 

「分かった。じゃあ、俺は帰るぜ」

 

「気をつけてな」

 

「また近い内に」

 

 三人は分かれ、それぞれの帰路に着く。

 何れ共に戦う事になると分かりながら。

 

 

 

 

 

 本局内部にある大会議室。

 その会議室の中では、ミゼット達を始めとした本局幹部だけではなく、地上幹部が集まり、新設される部隊に関しての話し合いが行なわれている。

 その中には、元管理局員のギル・グレアムの姿もあり、一様に誰もが苦い顔を浮かべていた。

 原因はグレアムが持ち込んで来た情報だった。

 

「以上が私が【デジタルワールド】と呼ばれている世界から教えられた話の全てです」

 

 【デジタルワールド】から帰還したグレアムは、さっそく三大天使の要求に従い、ミゼット達に話しを持ち込んだのである。

 ミゼット達も漸く謎だった二年前の最高評議会の行動の意味が分かると安堵したが、蓋を開けてみれば悪夢どころか絶望しかない情報が発覚した。世間には明るみ出てないが、新たに発見された世界で管理局員が虐殺と捕獲を行ない、解き放ってはならない存在を解き放つ手伝いをしてしまい、仕舞いには捕獲した生物を管理世界に放逐。

 この時点で管理局として不味い事ばかりだが、ルーチェモンを解き放ったのが最高評議会の協力者だと思われる倉田なのが尚不味い。

 すぐさま関わった関係者を洗おうにも、グレアムが持ち込んだ管理局員の顔を照合したところ、全員死亡している事が判明した。

 任務中の事故や、日常での事故。或いは謎の突然死と。とにかく、この二年の間に全員が死亡していた。

 今回の件でその裏には間違いなくルーチェモンと、そして倉田が関わっている可能性が高いが、その当人達が何処に居るかの情報を得るのは絶望的だった。

 

「……ソレでグレアム。貴方にこの情報を送るように頼んだ相手の方々はどのような要求を管理局に告げたのかしら」

 

 損害賠償か、或いは報復か。

 考えただけでも悪い要求しか来ないとミゼットは頭を抱えたかった。

 他の幹部の面々も同様なのか、苦い顔をしたままグレアムの言葉を待つ。だが、グレアムが告げた要求は彼らの予想とは全く違っていた。

 

「彼らの要求は、ある人物を管理局が新設する予定の部隊に入れる事。また、倒した我々にとっての未知の生物。通称デジモンと交戦し、倒した後に卵が出現した場合は、その卵を入れて貰う予定の人物に渡して自分達の世界に戻す事。ソレと【デジタルワールド】の存在を出来るだけ広めない事の三つだけです」

 

「……待て、本当にそれだけなのか?」

 

 思わず一人の幹部が疑問の声を上げ、他の幹部の面々も顔を見合わせる。

 てっきり損害賠償やら何やらの要求が来ると思っていたのに、その辺りには全く触れずに今後の事に関する要求だけ。

 居並ぶ幹部局員の誰もが疑問に思うと、グレアムが説明する。

 

「今は、過去の件ばかりを気にしていられる事態ではなくなったと彼らは判断したようです」

 

「つまり、ソレほどの脅威と言う訳なのだな、【七大魔王】と言う存在は?」

 

「はい」

 

 法務顧問相談役であるレオーネの質問に、グレアムは青い顔をしながら頷いた。

 その様子に何人かの幹部は、グレアムが既に知っているのだと言う悟る。【七大魔王】と言う恐るべき脅威を。

 実際のところ、オファニモン達が過去の件で賠償を管理局に要求する意味が無いのだ。魔導技術に関しては、管理局の技術では蟻と恐竜の差で保持しているフリートが協力者としているので必要なし。

 管理局が保管しているロストロギアにも興味はない。と言うよりも、デジモンは魔法を使えないので手に入れても意味がない。フリートの手に渡って研究素材にするぐらいだろう。

 過去の事件の当事者達を差し出せと言うぐらいは言えるかもしれないが、既に其方は大半が死んでいる上に、今更捕まえても、憂さ晴らしぐらいにしかならないので意味はないに等しい。

 そう言う事情もあるので、過去の事件で賠償を求める気はオファニモン達は無かった。コレが過激派のデジモンだったら別の要求もあったかも知れないが、オファニモン達は穏健派なので要求は穏便に済ませたのだ。

 

「相手側の世界は、この要求を呑んでくれるならば、我々が未確認生物としている生物の詳細を知れる情報端末を渡すとまで告げています」

 

 席に座る幹部達の誰もが破格としか言えない要求に顔を見合わせた。

 相手側の要求は、寧ろ管理局の方が助かる事が多い。事前に戦う相手の情報を知る事が出来ない事と、知らない事では大きく違う。

 その上、過去に引き起こしてしまった事件も不問にすると言うのも、今の管理局には助かった。

 不正を行なっていた局員達を多数逮捕した影響で、今の管理局は各管理世界からの信頼が薄れてしまっている。

 其処に来て未発表の世界で虐殺と捕縛を行ない、捕縛した生物を管理世界に放逐した事などがバレたら、どうなってしまうのかは分かり切っている。

 幹部の誰もがこの要求を呑むしかないと考えた。呑まなければ、デメリットが多過ぎる。

 相手側の世界は管理局に対する切り札を握っているのだから。コレが以前の管理局だったら、デマだと叫ぶ事も出来たが、信頼が薄れている今の状況では信じられる可能性が高い。

 グレアムも要求に対して話し合う幹部の面々に内心で安堵の息を吐いていると、他の地上本部の幹部達と出席していたレジアスが手を上げる。

 

「待て。本当に要求はソレだけなのか?」

 

「はい。彼の世界の要求はソレだけですが」

 

「……ブラックウォーグレイモンに関しては、我々はどのように対処すれば良い?」

 

 その発言に、他の幹部の面々もハッとしたように気がつく。

 現在ブラックは管理局が次元犯罪者と登録している。管理局の艦艇破壊。管理局本局の襲撃などに加えて、最高評議会の面々の殺害。

 管理局の威信を、これ以上にないほどに傷つけている大犯罪者とブラックはされている。加えて言えば、闇の書の闇の主として次元世界に公表されているので、過去の闇の書事件の遺族達から憎まれている。

 今更犯罪者ではないと公表出来ない程の事を、ブラックはやっているのである。

 しかし、ブラックの出身世界と思われる【デジタルワールド】と手を結ぶ事になれば、当然ながらブラックに対して管理局は何らかの対処をしなければならなくなる。

 レジアスの考えを察した他の幹部の面々も、どうするのかとグレアムに視線を向ける。

 だが、グレアムは慌てなかった。その件に関しては、ちゃんと【デジタルワールド】側も考えていたのだ。

 

「その件に関しても回答を受けています……あちらの世界が言うには、『ブラックウォーグレイモンは自分達の世界出身のデジモンではない。別の【デジタルワールド】から迷い込んだはぐれデジモンと思われる。故に彼に対する対応は別段変えなくて構わない』と、言われました」

 

「待ってソレは!?」

 

 幹部の一人がグレアムの発言に、思わず立ち上がり叫んだ。

 一見すれば管理局側を配慮した言葉に思えるが、真意は当然違う。

 ブラックが何をしようと【デジタルワールド】側は、何の対処もしないと言う事なのだ。つまり、今後ブラックが管理局の施設を襲撃、そして管理局員を殺害しようと、【デジタルワールド】は無関係と言う事になる。

 その裏に【デジタルワールド】側の思惑が在ったとしても、管理局は【デジタルワールド】を非難する事は出来ないのだ。もしかしたらブラックを倒す為の協力を得られる可能性もあるかも知れないが、どう考えても二年前のブラックの行動の裏には【デジタルワールド】側の思惑があったとしか、幹部の面々は思えなかった。

 実際には、当時の行動には【デジタルワールド】側は全く関わっていない。たまたまブラックの行動が、【デジタルワールド】側にとってプラスに働いただけなのだ。

 もしも最高評議会が【デジタルワールド】に襲撃を行なったりしてなければ、好き勝手に暴れているブラックを止める為にオファニモン達も何らかの対処をしていただろう。ブラックからすればそれはそれで、強敵と戦える事に喜んでいただろうが。

 話を戻すが、ブラックに関する件で今後【デジタルワールド】側に追及出来ないとなれば、長期で考えれば確実にデメリットが高い。何せブラックもまた単体で災害を引き起こす化け物なのだから。

 だが、この提案を呑まなければ【デジタルワールド】側がどう動くか分からなくなる。

 管理局の非が明らかにでもされてしまえば、其処で全てが終わってしまう。

 幹部の面々は話し合い、どうすれば良いのかのとか相談していると、ミゼットがグレアムに質問する。

 

「グレアム。彼の世界が提供してくれるデータの中には、ブラックウォーグレイモンのデータもあるのかしら?」

 

「えぇ、ブラックウォーグレイモンと言う個体(・・)の情報はあるそうです」

 

「……そうですか……(個体(・・)と言う事は別の個体もやはりいるという事ね)」

 

 ミゼットは険しい顔をしながらラルゴとレオーネに視線を向ける。

 二人も同じ推測に至っているのか、静かに頷く。

 

(流石に【ルーチェモン】と言う存在は複数は居ないと思いたいけど、予想以上に危険過ぎる世界と言う訳ね。【デジタルワールド】と言う世界は)

 

 だからこそ、最高評議会が強硬策に乗り出したのだとミゼットは悟る。

 

(でも、その世界が他世界との関わりを拒否しているならば放置すると言う手段もあった筈。なのに最高評議会は強硬策を使って開けてしまった。絶対に開けてはならない箱を)

 

 危険ならば、自分達が管理すると言う考えが行き過ぎってしまった故に起きた出来事。

 或いは、自分達こそが次元世界の中心だと言う考えが元なのかもしれない。

 どちらにしても報復だけは考えておくべきだったのだとミゼットは思う。好き勝手に自分達の世界を荒らされて、それで我慢していられる者などいないのだから。

 実際のところ、ミゼット達も当時の倉田も知らない事だが、三大天使達は苛烈な報復など行なう気は無い。人間にもデジモンにも、悪い者はいるとちゃんと認識しているからだ。故に、即座に報復と言う手段は取らなかったのだ。

 実を言えばこの件は最高評議会も予想外だった。アレだけ相手にとって許し難い事をしたのに、その後起きた事と言えば、ブラックが地球で闇の書の闇を従えた事ぐらい。しかも戦った局員が全員生存しているので、報復が起きた時に用意していた草案が使えなくなったのだ。

 その後、ブラックが本局襲撃をやらかしたが、計画を練っていた最高評議会は全員死亡。加えて管理局の裏が表に流れたりしたので、評議会の配下だった者達も迂闊に動けない事態になっていたので、【デジタルワールド】の存在を暴露する機会がなかったのだ。

 

「……分かりました。本局統幕議長として、ブラックウォーグレイモンに関しては今後も次元犯罪者として扱いを変えない事を宣言します」

 

「しかし、議長!?」

 

「無論、ブラックウォーグレイモンは最大レベルでの次元犯罪者として扱い、彼の世界との繋がりが明るみに出た場合は、此方も相応の対応を取らせて貰います」

 

 ミゼットの言葉の裏に隠されている意味を悟った幹部の何名かは、内心でなるほどと思う。

 何せ相手側から人員が来るのだ。もしもその人物が僅かにでもブラックに手心を加えようとすれば、其処から【デジタルワールド】に譲歩を提案する事が出来るようになる。

 

「では、彼の世界との正式な交渉の日を決めましょう。グレアム。貴方には暫らくの間、【デジタルワールド】と呼ばれている世界との連絡役をお願いします」

 

「分かりました」

 

 管理局の方針は決まり、彼らは動き出す。

 この場にいる誰も知らない所で、変わってしまった世界の影響が出始めていると知らずに。

 

 

 

 

 

 

 管理局の幹部が今後の行く末について会議している頃、ミッドチルダでは一つの事件が起きていた。

 その事件は立て籠もり事件。犯人は人質を取り、立て籠もっていた。武装局員が派遣され、犯人との交渉を執り行いながら狙撃に寄る犯人の無力化を狙う事になった。

 狙撃者に選ばれたのは、地上でも有数の狙撃の腕を持った局員-【ヴァイス・グランセニック】。

 これまでも実績を積んで来た武装局員だった。今回もその狙撃の腕を買われて、狙撃者に指定された。

 ヴァイスも問題ないと思っていた。コレまでも何度かあった任務。今回も犯人を必ず無力化してみると思いながら、狙撃ポイントについてスコープを覗き愕然とした。

 

「……う、嘘だろう?」

 

 スコープを覗いた先に映ったモノ。

 犯人と凶器を突き付けられている人質の姿。犯人の方は知らない。

 だが、人質の方はヴァイスは嫌ほど知っていた。

 

「……ラ……ラ、グナ……」

 

 腕の中に抱えられて、犯人に凶器を突き付けられて怯えている妹であるラグナ・グランセニックの姿に、ヴァイスは手に握る狙撃銃型のデバイス-【ストームレイダー】-の銃身が震えた。

 犯人に抱えられているので狙撃に失敗すれば、妹に魔力弾が当たってしまう。何時もならば冷静に状況を判断出来ると言うのに、今は心を落ち着かせる事がヴァイスには出来なかった。

 無理も無かった。どんな形でとは言え、妹に銃を向けなければならないのだから。

 

(……イス! ヴァイス! 聞こえるか!」

 

(ッ!? き、聞こえます、隊長!)

 

(そうか。今、人質を解放するように交渉しているが、犯人はかなり興奮している。やはり、狙撃に寄る無力化が必要だ)

 

(……了解です)

 

 念話で届いた指示に、ヴァイスはストームレイダーを構えてスコープを覗く。

 自身が所属している武装隊の隊長の言う通り、スコープ越しに覗いてみれば、犯人が興奮しているのは明らかだった。

 このままでは妹の命が、危ないのは明らかだった。撃つしかないと思い、ヴァイスはストームレイダーを構え直す。

 

(落ち着け、何時も通りにやるんだ。必ずラグナを助けて見せるッ!)

 

 そう誓いながら、ヴァイスが犯人に照準を合わせようとした瞬間、一向に要求を呑もうとした管理局員に焦ったのか。

 犯人は凶器を振り被り、ラグナを傷つけようとする。ソレに慌てたヴァイスがまだ冷静に慣れていない中、ストームレイダーの引き金を引こうとした瞬間、突然ラグナを手放し、犯人が両耳を押さえて苦しみ出した。

 

(何だ!? だけど、今だ!)

 

 妹が離れた瞬間を見たヴァイスは迷う事無く、ストームレイダーの引き金を引き、発射された魔力弾は犯人に直撃した。

 ソレを見た局員達は即座にラグナを保護。犯人の取り押さえに掛かった。

 

「……よ、良かった」

 

 妹が無事に保護されるのを目撃したヴァイスは、安堵の息を吐いた。

 同時に自分が冷静になり切れていなかった事を悟り、今更ながらに震え出す。もしかしたら妹を撃ってしまっていたかもしれない恐怖を感じながら、その場にヴァイスがへたり込む。

 その時、ヴァイスは視界の先で何かが映った。

 

「ん?」

 

 奇妙な何かを見たような気がしながら、ヴァイスはストームレイダーのスコープの先を覗く。

 すると、現場から近いビルの屋上から地上を覗いている生物がいる事に気がつく。

 その生物は銀色の体をし、六つの昆虫のような足で体を支え、背中にはレーダーの円盤のような物を背負っていた。

 見た事も無い生物の姿にヴァイスは息を呑む。その生物は局員に保護されているラグナを見つめ、無事である事を安堵している様子だった。

 

(もしかして狙撃する直前に、犯人が苦しみ出したのはあの生物が!?)

 

 直感的にヴァイスは、あの生物が手助けしてくれたのだと悟った。

 思わず、礼を言おうと立ち上がった瞬間、生物がヴァイスに気がついたのか、ハッとしたようにヴァイスに顔を向け、即座に六つの足に力を込めて屋上から別の屋上へとジャンプした。

 凄いジャンプ力にヴァイスは目を見開くが、最早この場には用は無いと言わんばかりに生物はジャンプを繰り返し、ヴァイスの目の前から去って行った。

 

 コレがヴァイス・グランセニックが最初にデジモンを目撃した事件で在り、後々共に戦う事になるパートナーデジモンとの出会いだった。




今回出て来たあのデジモンは、オファニモン達が放った斥候のデジモンです。
なので、人間に悪感情は少ないので動きました。


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悲劇の竜と龍の争い

また、お待たせして申し訳ございませんでした。


 クラナガンに在る廃棄された都市区間。

 嘗ては人が賑わっていたが、今は無人に近い建物が数え切れないほどある場所。

 現在では管理局が管理し、魔導師試験などで使われたり、訓練の場所として利用されている。人の立ち入りは厳しく取り締まられている。

 その区間を素早く移動する影があった。影は迷う事無く先へと進み、目的の廃ビルへと辿り着くと、迷う事無く内部へと張り込み、奥へと進んで行く。

 そして影は明かりも無く、先も見通せない闇を見つめながら口を開く。

 

「……拙者でござる。出て来てくれでござる」

 

「……珍しい。今回はお前が連絡役か、イガモン」

 

 影-【イガモン】-の呼びかけに、奥の方から別の声が響いた。

 同時に奥の方から足音が響き、イガモンの前に先日ヴァイスが目撃した生物。

 銀色の体をし、六つの昆虫のような足で体を支え、背中にはレーダーの円盤のような物を背負っているデジモン-【サーチモン】が出て来た。

 

サーチモン、世代/アーマー体、成熟期、属性/データ種、フリー、種族/昆虫型、必殺技/ジャミングヘルツ

古代種のワームモンが【知識のデジメンタル】で進化した昆虫型デジモン。(現在では通常進化の成熟期デジモンとしても確認されている)【レドーム】と言う背中のレーダーで情報収集と敵の探索を得意とする。小さな音や振動さえも確実にキャッチできる。必殺技は、背中の【レドーム】から敵の神経中枢を混乱させる振動電波を放ち、敵を錯乱状態にする【ジャミングヘルツ】だ。

 

「報告を頼むでござるよ」

 

「何時もと変わりはない。この人間の都市にデジモンが現れる気配は今のところ無しだ」

 

「そうでござるか」

 

 サーチモンの報告にイガモンは安堵の息を吐いた。

 以前、なのはがクラナガンの街の病院で襲われた事件以降、管理世界の主要な都市にはサーチモンなどの探索系のデジモンがオファニモン達の指示で配置された。

 幾つかの目的はあるが、主な目的はルーチェモンの指示で動いているデジモン達の捜索である。突発的に街にデジモンが襲い掛かる可能性もあるが、以前のなのはの襲撃事件の時のようにルーチェモンの配下のデジモン達の出現も兼ねて配置された。

 流石に全ての都市や街に配置は無理だが、主要な都市ならば一体ずつ配置する事は出来た。

 サーチモンもその一体だった。

 

「しかし、油断は出来んでござるよ。各世界に放たれたデジモン達も少なくなって来ているこの状況だからこそ、新たな手段をルーチェモン一味は打って来るはずでござるからな」

 

「分かっている。任務を疎かにする気は無い」

 

「頼もしいでござるよ、サーチモン……ただ、お主にはオファニモン様達から新たな任務につくように指示が来たでござる」

 

「何? 三大天使の方々から? ……なるほど、それでお前が来たのか、イガモン」

 

 イガモンは長い期間、人間世界に潜伏しているデジモンで在り、ブラック達と行動を共にするように命じられているデジモン。

 その立場だけに重要な任務を命じられることが多い。故に本来ならば連絡役にやって来るデジモンは別の者が多いのだが、今回はサーチモンに重要な任務を与える為にイガモンはやって来たのだ。

 

「うむ。このクラナガンと言う重要な場所にいるお主なら知っていると思うが、近い内に拙者らデジモンに対する部隊が発足されるでござるよ」

 

「……あぁ、そう言えば大規模な部隊の隊舎を造る工事を行なっているようだったな」

 

 海上付近で行なわれていた工事の様子を、サーチモンは思い出した。

 二年前の管理局だったら、本局を中心として地上から人材を引き抜くと言う形で部隊を造っていただろう。

 だが、ブラックが引き起こした事件からの管理局内での逮捕者続出に寄って、管理局の信頼と信用が薄れてしまっている。

 特に管理局の発祥の地であるミッドチルダの行政府からは、以前から犯罪率の高さで不信の目を向けられていたので、信頼を取り戻さなければならない。その為に部隊の隊舎が置かれるのはミッドチルダの首都であるクラナガンと決まっていた。

 無論、他世界の方も大事なので、他世界への渡航の時には用意された最新鋭艦で向かう手筈になっている。

 

「その部隊に、援軍と派遣されたゲンナイ殿が入る事になっているでござる」

 

「つまり、私はその護衛を行なうと言う事だな?」

 

「そうでござる。流石に不当にゲンナイ殿を拘束するとは思えんでござるが、万が一の為に」

 

「私と言う事だな」

 

「うむ」

 

 イガモンは重々しく頷いた。

 サーチモンの必殺技には直接的な攻撃力は無い。その反面、遠距離から対象だけに特定の音波を放てると言う特性を持っている。ソレを利用すれば、ゲンナイと秘密裏にやり取りも出来る。

 その点も考えてサーチモンをゲンナイの護衛に付ける事にしたのだ。

 

「無論、お主の護衛の件は管理局には秘密でござるから」

 

「分かっている。コレまでも見つけられた事は……」

 

「ん? 如何したでござる?」

 

「……すまない。先日、管理局の者に姿を見られたのだ」

 

「ど、どういう事でござるか!?」

 

 汗を流しているサーチモンに、イガモンは問い質す。

 詳しく話を聞いて見ると、クラナガンを探索途中で女性が男性に人質になっているところを目撃し、管理局の者と思われる人物が狙撃しようと現場に居合わせた。

 ところが狙撃手の動揺が酷く、あのままでは誤射してしまうと思い、犯罪者にジャミングヘルツを使用して狙撃のチャンスを作った。それによって犯罪者は逮捕出来て、無事に女性は救助された。

 問題はその後、気を抜いたのがいけなかったのか、狙撃手にサーチモンは姿を見られてしまったのである。

 

「そう言う経緯でござったか」

 

「……すまん」

 

 状況を聞く限り緊急事態だったのは間違いなく、サーチモンの行動は人道的に問題は無い。

 寧ろ目の前で悲劇を見るくらいなら、確かにサーチモンと同じ行動をイガモンも取っていた。

 

「……とは言え、管理局も人で多いでござるし、流石に見られたと言う狙撃手殿と出会う事はないでござろう。ただ、一応この件はオファニモン様達に伝えて吟味して貰うでござる」

 

「分かった」

 

「罰は無いと思うでござるよ。人助けでござったのだから」

 

 隠密任務中でとの問題は在るが、サーチモンを含めた探査用のデジモン達の任務は期間が不明な長期滞在任務なのだ。

 様々な場所で動き回っているイガモン達と違って、一つの地域で待機するサーチモン達が目撃されてしまう可能性が高い。故に責められる事態にはならないだろうとイガモンは判断した。

 

「サーチモンの行動は間違っていないでござるよ。拙者もそんな出来事に出会ったら、何とか助けようとしたにちがいないでござる」

 

「……ありがとう、イガモン」

 

「うむ。では、拙者は戻るでござる。ゲンナイ殿が管理局に訪れる日時は、後ほど伝えるので。さらばでござる」

 

 イガモンは頭を下げると来た道を素早く駆け抜け、廃棄都市から去っていた。

 

 

 

 

 

「……新部隊への移動ですか?」

 

「あぁ、最近噂になっていた部隊へのな」

 

 渡した部隊移動の指示書を見つめるヴァイスに、上官である男性は答えた。

 その噂はヴァイスも聞いていた。本局と地上が初めて本格的に造る合同部隊であり、一部隊における魔導師ランクの保有制限も無視され、何よりも特定では在るが対象に対する殺傷魔法の許可が与えられている特別部隊。

 その部隊へのヴァイスへの移動届けが上司から渡されたのである。

 

「いや、何で俺なんです? 俺なんて狙撃ぐらいしか取り柄がないですよ」

 

「その狙撃の腕を買われたんだろうよ。とにかく数日以内に移動するかどうかの返事を寄越せ」

 

「えっ?」

 

 一瞬言われた意味が分からず、慌てて渡された書類に目を向けてみる。

 確かに書類には、移動に関しては自己判断が優先される事が明記されていた。

 

「これ……どういう事ですか?」

 

「そのままの意味だ。この部隊に関しては移動届けが出されても、渡された相手が拒否すれば移動しなくて良いらしい」

 

「それって組織として問題なんじゃ」

 

「……死亡率が最低でも90%以上の部隊ならそれぐらいの処置は当たり前だろう」

 

「……はっ?」

 

 ヴァイスは呆けた声を上げた。

 上司の男性は頷き、改めてヴァイスが移動するかも知れない部隊に関して説明する。

 最近管理世界で問題になっている未知の生物の排除や捕獲が主な任務。その任務の中には管理世界の一つで災害を引き起こしたと思われるルーチェモンの調査と、管理世界で恐れられているブラックウォーグレイモンの抹殺が入っている。

 言うまでも無く、前者はともかく後者は確実に命の危機がある。

 

「……な、何でそんな部隊に俺が?」

 

「……実を言えばお前の前に何人か狙撃や射撃で有名な魔導師に声が掛かっている」

 

 ヴァイスは確かに一流の狙撃の腕を持った魔導師。

 だが、それ以外に関しては残念ながら平均的な一般魔導師ほどの力量しかない。空戦は出来ない陸戦系の魔導師だ。射撃や狙撃で有名な魔導師は他にもいる。

 その筈なのにヴァイスにまで話が回って来た理由。その理由は簡単だった。

 

「お前の前に話が届いた奴らは、全員部隊への移動を拒否した。或いは保留中だ」

 

 家族が居る。或いは死への恐怖から。その他の理由でヴァイスの前に移動届けを渡された者達は、移動を拒否した。

 部隊に入れば確実に出世コースに入れるだろうが、そのリスクが高すぎる。

 

「今日はもう帰って良いから、三日後に返事を聞かせろ」

 

 上司の男性はそう告げると、ヴァイスから視線を外して自身の仕事に戻る。

 渡された書類を手にしながら、ヴァイスは隊舎の屋上に向かう。

 帰っても良いと言われたが、いきなりの事態に少し落ち着こうと考えたのだ。

 

「……どうするかな?」

 

 命が惜しければ部隊に移動しないのが当然だ。

 確かに管理局の任務は命懸けの任務が多いが、今回のは規模が違う。

 恐らくは、全ての任務に命を賭けて挑まねばならない。家族が居るのならば尚更に。

 

「……家族か」

 

 ヴァイスの脳裏に浮かんだのは、妹であるラグナの事。

 先日のラグナが人質にされたのは記憶に新しい。

 

(もしもあの時に助けがなかったら、俺はラグナを)

 

 悪夢としか言えない出来事。

 狙撃に自信があるヴァイスだが、あの事件はその自信を揺るがせた。失敗していれば、妹に魔力弾が当たっていたかもしれない。当たり所が悪ければ後遺症を残していたかも知れない。

 無論ヴァイスは非殺傷設定にして魔法を使っているが、それでも絶対に安全とは言えないのだ。

 現に非殺傷設定を使用していたにも関わらず、相手に後遺症を残してしまった例はあるのだから。

 

(そういや、あの時に見た生物……アレがもしかしたらこの部隊が対象にしている生物なのか?)

 

 思い出すのは、現場から去っていた昆虫のような姿をした生物。

 ヴァイスはその件を上司に報告していなかった。本来ならば報告しなければならない事だが、ヴァイスも余り姿は覚えておらず、突然の出来事で相棒のデバイスであるストームレイダーに記録もしていなかったのだ。

 だが、状況から考えれば、間違いなく自身が目撃した生物が犯人確保を手伝ってくれたのだとヴァイスは確信していた。

 確保した犯人から改めて話を聞いて見れば、突然耳に不快な音が聞こえてきたのだと告げたのだ。そんな音は犯人に人質にされていたラグナは聞いていないらしいが、何らかの方法で犯人にのみ音を放ったのかもしれない。

 

「……よし! 決めたぞ!」

 

 悩んだ末にヴァイスは結論を出し、上司の下に向かう為に屋上から出て行く。

 返事は三日後だと言われていたが、今の決意を鈍らせない為に、ヴァイスは急いで上司の下に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 数ある管理世界の中でも自然が多い第六管理世界【アルザス】。

 本来ならば優れた魔導技術がある世界か、或いは発展途上中の世界しか管理世界に指定されない中で、アルザスだけは部族と言う形でしか人間社会が形成されていないにも関わらず、管理局はアルザスを管理世界と認定した。

 その理由は、アルザスには多くの魔導生物と呼べる生物に加え、【真竜】と称されるほどの強大な力を持った竜が存在しているからだった。

 【真竜】の名は、【ヴォルテール】。全長十五メートルの巨体で、長い尻尾と背に四枚の翼を兼ね備え、二本の角を持ったアルザスに生息している生物の中でも稀少古代種であり、その力はデジモンで言えば究極体の上位に匹敵し、【大地の守護者】の異名までも持っていた。

 本来ならばヴォルテールは崇められているだけに滅多には動かない。だが、そのヴォルテールが今、動き出し、アルザスの空の上で自身と同じぐらいの大きさの一体の竜と戦っていた。

 

『グルルルッ!』

 

『ゴアッ!』

 

 ヴォルテールともう一体の東洋の伝説に出て来るような長い身体をし、鎧を纏って右手に金色の宝玉を、左手に緑色の宝玉を握った竜-【ヒシャリュウモン】-は互いに相手を警戒するように唸り声を上げた。

 

ヒシャリュウモン、世代/完全体、属性/ワクチン種、種族/獣竜型、必殺技/成龍刃(せいりゅうじん)縦横車(じゅうおうぐるま)

成長期のデジモンのリュウダモンが持っている“電脳核(デジコア)”の最深部に刻み込まれていた“龍”や“武将”と言ったデータの封印が解かれ、ほぼ完全な姿へとなった完全体の獣竜型デジモン。まさに“龍”と呼ぶに相応しい姿をしており、その移動力を活かしデジタルワールド中を駆け巡っていると言われている。神のように讃えられる存在であり、大人しい性格であるが、両手に持つ“金竜”と“角竜”と呼ばれる玉に触れると途端に怒りを顕にする。その玉は、今は亡き仲間の魂(電脳核(デジコア)の情報)が込められた結晶体であるといわれている。もし傷をつけたならばその者の命の保障は無いであろう。必殺技は、自らが鋼鉄の刃と化して敵を真っ二つにする【成龍刃(せいりゅうじん)】と、己の巨体を利用して敵の上下左右全てを包囲し攻撃を放つ【縦横車(じゅうおうぐるま)】だ。

 

『ガァァァァァーーーーッ!!』

 

 咆哮を上げながらヒシャリュウモンは、ヴォルテールに襲い掛かった。

 迎え撃つようにヴォルテールは両手を広げて、ヒシャリュウモンの突進を受け止める。

 巨大な二体の生物のぶつかり合いに、大気が激しく振るえる。しかし、自らの突進を受け止められたにも関わらず、ヒシャリュウモンはヴォルテールを跳ね除けようと力を込める。

 負けじとヴォルテールも両手でヒシャリュウモンの両肩を押さえて止めようとする。

 

「邪魔をするなアァァァァッ!!」

 

 ヒシャリュウモンは怒りに満ちた咆哮を上げて、ヴォルテールの背後の大地に在る集落を睨みつける。

 本来ならばヒシャリュウモンは大人しい性格をしているデジモン。二年ほど前にアルザスに連れて来られてから、必死に現地の生物達を相手に戦い続け、完全体へと至った。

 その後はヴォルテールのような強敵以外は敵になりそうな生物がいなくなったので、静かにアルザスで暮らしていた。だが、そのヒシャリュウモンは今、怒りに満ちていた。

 アルザスに現れた密漁を主とする犯罪者達が寄りにも寄って、ヒシャリュウモンの持つ二つの宝玉に傷をつけてしまったのだ。当然ながらヒシャリュウモンは怒り狂い、その犯罪者達の報復に出た。

 大人しい性格だと考えていたヒシャリュウモンの突然の変容に、密漁者達は逃げ出したが、しつこくヒシャリュウモンは追い続けた。密漁を行なうだけにそれなりの実力を彼らは持っていたが、完全体のヒシャリュウモンには及ばず、逃げるしかなくなってしまった。

 しかし、密猟者達はただ逃げるだけではなかった。事前にアルザスに住む【竜召喚士】が住む部族の集落の位置を調べ、その方向に逃げたのだ。

 元々の目的の中には竜の密漁も在ったので、彼らは迷わなかった。ヒシャリュウモンと竜召喚士が召喚する竜との戦いの中で、漁夫の利を狙おうとしたのだ。

 集落の人々も突然のヒシャリュウモンの襲撃に慌てた。何とかしなければと集落の誰もが思った瞬間、更なる出来事が起きた。

 ヴォルテールの出現である。集落に住む竜召喚士が召喚魔法を使う事無く、ヴォルテールは出現した。

 

『ゴアァァァァーーーー!!』

 

 四枚の翼を力強く広げて、ヒシャリュウモンをヴォルテールは押し返して集落から離そうとする。

 ヴォルテールには元凶であった密猟者達を護る気などない。そして本来ならば崇められているからと言って、集落の人間を護る事は無い。だが、ヒシャリュウモンが襲撃しようとした集落だけは襲わせる訳には行かなかった。

 何故ならば、その集落にはヴォルテールが後に加護を与えようとしている者がいるからだった。

 まだ、幼いどころか赤子に近いその子を護る為にヴォルテールは出現したのだ。

 

『ガァッ!!』

 

「グガッ!!」

 

 渾身の力を込めたヴォルテールの右拳を顔面に食らったヒシャリュウモンは、苦痛の声を上げて吹き飛ばされた。

 そのまま地面に激突し、アルザスの大地を震わせる。顔に付いた土を払う為に首を振るいながら顔を上げるヒシャリュウモンの前に、ヴォルテールは降り立つ。

 

「グウゥゥゥッ!!」

 

『グオォォォォッ!!』

 

 怒りの唸り声を上げるヒシャリュウモンに対し、ヴォルテールは威圧するように咆哮を上げた。

 ヴォルテールはヒシャリュウモンが本来は大人しい性格をしている事を知っている。人間に対しては警戒しているようだが、その点以外はこの地に住む生物と変わらないので気にもしていなかった。

 しかし、今のヒシャリュウモンは流石にヴォルテールも見過ごせなかった。

 ヒシャリュウモンは広義的に言えば、ヴォルテールと同じ竜と言う種族である。故にヴォルテールには今のヒシャリュウモンの状態が良く分かった。

 竜と言う種族にとって絶対に赦せない事を。即ち、今のヒシャリュウモンは竜にとって最大の怒りを買う事になる逆鱗に触れられてしまったのだ。この状態になった竜は説得など出来ない。

 自らも同じ特性を持っているが故に、ヴォルテールは理解出来ていた。

 

『……ガァァァァァーーーーー!!!』

 

 ヒシャリュウモンを簡単に止める事が出来ないと判断したヴォルテールは、その剛腕を振るい、ヒシャリュウモンの顔面を殴り飛ばす。

 

「ガハッ!!」

 

 大地を砕くほどの拳を受けたヒシャリュウモンは地面に再度叩きつけられた。

 それでもヒシャリュウモンは顔を上げて、力強く空へと体を飛ばし、ヴォルテールを高みから見下ろす。

 対してヴォルテールも背の四枚の翼を広げ、大地の魔力を自らに集束させて行く。

 ヒシャリュウモンは高まって行くヴォルテールの力を感じると、自らの長大な体を回転させて鋼鉄の刃へと変化させて突撃する。

 

成龍刃(せいりゅうじん)ッ!!」

 

 自らを鋼鉄の刃に変化させ、対象を真っ二つにするヒシャリュウモンの必殺技。

 高速で地上に立つヴォルテールへと、その刃は向かって行く。完全体であるヒシャリュウモンの必殺技は、並大抵の相手では防ぐ事は出来ない。

 だが、ヒシャリュウモンが今戦っているヴォルテールは並大抵の相手では無かった。

 

『グウォォォォーーーー!!』

 

 咆哮と共にヴォルテールは集束させた魔力を使い、炎熱効果を伴った大威力砲撃を撃ち放った。

 ヴォルテールが放てる殲滅砲撃に分類される【大地の咆吼(ギオ・エルガ)】。自らの魔力だけではなく、大地の魔力を集束させて放つその砲撃は、単体に使って良い砲撃ではなく、軍勢を確実に殲滅させる威力を持っている。

 その威力をまともに食らったヒシャリュウモンは、咆哮を上げる事も出来ずに呑み込まれ焼き滅ぼされた。

 【大地の咆吼(ギオ・エルガ)】が治まった後には、青空だけが広がっていた。しかし、フッと何かが空で光り、ヴォルテールはゆっくりとその光に手を伸ばして優しく受け止める。

 手の中に乗っているのは、ヴォルテールの手の大きさからすれば小さな卵-【デジタマ】-だった。

 

『……グォッ!』

 

 手に乗っているデジタマをヴォルテールは、大切そうに見つめる。

 そのまま集落の方に顔を向ける。同時に集落の方から咆哮が聞こえて来た。

 どうやら集落に向かった密猟者達は、集落を守護するように命じていた竜達に寄って討伐されたらしい。

 不幸な行き違いでヒシャリュウモンを倒してしまった事をヴォルテールは悔やむが、何よりも自らの巫女に相応しい子が無事だった事を安堵する。

 とにかくコレで問題は解決したと思い、ヴォルテールは手に乗っているデジタマに視線を戻す。

 ヒシャリュウモンが残した唯一のモノ。コレを良からぬ者に渡す訳には絶対にしてはならない。

 そう考えたヴォルテールは、デジタマと共に自らが住む場所へと帰還する。

 何れ自らの巫女となる者に出会える日を楽しみにしながら。

 

 だが、ヴォルテールは後に後悔する事に。

 古から続く盟約。その意味を人が忘れてしまっている事を、ヴォルテールは夢にも思って無かったのだった。




ヒシャリュウモンって完全体ですけど、オウリュウモンへの変化途中と言う要素が強いせいか、凄い書きにくい。
両手が大切な宝玉を握っているせいで攻撃に使えませんし。
成熟期の方が攻撃手段もあるので、凄い楽に感じます。


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世界の現状

お待たせしてすいませんでした。


 三大天使が治める【デジタルワールド】で、オファニモン、セラフィモン、ケルビモンはグレアムから届いた連絡を告げに来たリンディの報告に安堵の息を吐いていた。

 管理局側が自分達の要求を呑んでくれたのだ。コレで管理世界に放逐されたデジモン達の回収も更に進む。

 何せ、嘗てブラックが居た【デジタルワールド】で猛威を振るった【ダークタワー】が再び出現した可能性が出て来てしまったのだ。

 【ダークタワー】は様々な面で恐ろしいが、その中でも今、危険なのは【デジタルワールド】と【ダークタワー】が出現した世界を繋げる力。あの力は脅威としか言えない。何せ、何も知らないデジモンが何処かに迷い込んでしまう可能性が出て来る。

 街中にデジモンが出現すれば、当然管理局は戦うしかなくなる。事前に【ダークタワー】の出現が分かれば、対処可能かもしれないが、管理世界は広すぎる。幾らブラック達でも別々の世界に複数【ダークタワー】が出現してしまえば、対処し切る事は出来ない。だからこそ、管理局の力が必要になってしまったのだ。

 

「コレで、本当に【ダークタワー】が存在していても、何とか対抗策は打てますね」

 

「あぁ……しかし、まさか、【ダークタワー】の情報まで倉田とルーチェモンの手に渡っていたとは」

 

「ルーチェモンは他の【デジタルワールド】にも赴いていた。奴は他世界の力も取り込み、計画を練っている」

 

「……一刻も早く、見つけなければなりません。ソレにあちらの件もあります」

 

 三大天使は今、一つの件を重要視していた。

 四聖獣達が治める【デジタルワールド】から来る予定の援軍。

 【七大魔王】の一角。【暴食のベルゼブモン】が、近い内に三大天使達の【デジタルワールド】にやって来るのだ。

 その件を知っているリンディは、神妙な顔をして質問する。

 

「でも、すぐ来てくれたゲンナイさんと違って、随分とベルゼブモンの方は時間が掛かっているみたいですね?」

 

「それは仕方がないのだ」

 

「彼の者はあの世界での戦いの後に退化し、幼年期に戻ってしまった。新たに進化し直してから来る必要性がある故に、ゲンナイと違って時間はかかる」

 

「そう言う訳ですか……でも、その【デジタルワールド】でも戦いがあったのなら、その世界の力もルーチェモンは狙いませんか?」

 

「それは在り得ません」

 

「ないな」

 

「アレだけは、絶対にルーチェモンも手を出す筈が無い」

 

 リンディの考えを三大天使達は揃って否定した。

 実を言えば口にしたリンディも、内心では可能性は低いと判断していた。だが、一応の可能性を考えて確認したのだ。

 

「四聖獣達の世界の敵は、彼の異界の知識を持っている貴女も知っている筈です」

 

「……【デ・リーパー】ですね」

 

 【デ・リーパー】。本来は余剰データを消去するプログラムだったのだが、デジモンと同じく進化をしてしまった。

 その力は途轍もなく、僅か数日で【デジタルワールド】の半分を消滅させ、四聖獣のスーツェーモンもさえも敗北してしまった。その上、【デ・リーパー】は人間世界にも侵攻し、人類を消去さえしようとした。

 【デ・リーパー】の恐ろしいところは、例え神に匹敵する力を持ったデジモンでさえも、対抗する事しか出来ない事だ。根絶は絶対に不可能。

 ギズモンを超えるデジモンにとって絶対の天敵で在り、同時に全ての存在にとっての脅威なのだ。

 ルーチェモンを含めた七大魔王デジモンでさえも、【デ・リーパー】は脅威でしかない。

 利用しようなど考えるだけで無意味。【デ・リーパー】にはギズモン以上に感情が無く、ただ全て消去する事しか出来ない。

 

「何とか【デ・リーパー】を退化させる事で封印したが、また進化してしまう危険性は残っている。その危険性はルーチェモンも理解している筈だ」

 

 【デ・リーパー】の存在とルーチェモンと倉田の目的は一致しない。

 確かに現在の秩序を崩壊させると言う点だけで考えれば、【デ・リーパー】は実行する事が出来る力を持っている。だが、【デ・リーパー】が崩壊させた後には何も残らない。

 支配すべき対象も、新たに何かを創造する土壌さえも残さないのだ。完全消去と言う目的しか持てない【デ・リーパー】を、制御する事など不可能なのだ。

 

「もしも倉田明弘が【デ・リーパー】を解放しようとすれば、その時点で奴らの協力関係は崩壊するだろう」

 

「其処までですか」

 

 その気になれば、星を破壊出来る力を秘めたルーチェモンでさえも、【デ・リーパー】には手を出さない事を知り、リンディは安堵する。

 だが、同時にそれ以上の恐怖を【デ・リーパー】に抱く。ブラックの知識から【デ・リーパー】の存在は知っていたが、改めて三大天使達から話を聞いてみれば、【デ・リーパー】の存在は予想以上に危険だった。

 実際、今度【デ・リーパー】が目覚めれば、再び封印出来る可能性は少ない。同じ手段が通じるは限らないのだから。

 

「……【デ・リーパー】の話は此処までにしましょう。今は、【ダークタワー】の件です」

 

「はい……彼の仇敵二人が関わっている可能性は高いです」

 

「しかし、どうやって生き延びたのだ?」

 

「報告では、その二人は、【ベリアルヴァンデモン】に殺されたと聞いていたのだが?」

 

 アルケニモンとマミーモンが生きているするならば、その件が最大の問題だった。

 目撃者は多数。しかも、惨たらしい残忍な方法でアルケニモンは殺され、マミーモンは激昂して殺されたのを目撃されたので、見間違いは無い。

 しかし、今、次元世界やデジタルワールドでアルケニモンとマミーモンらしき影が見え隠れしている。

 その事を疑問に思う三大天使に、リンディが一つの推測を告げる。

 

「その件ですけど、彼とゲンナイさんが話し合った結果、一つ思い当たる推測が出て来ました。ベリアルヴァンデモンとあの世界の選ばれし子供達が戦った世界。【想いが現実となる】。あの世界の特性を利用したのかも知れません」

 

「ッ!? ……確かにその可能性がありましたね」

 

 三大天使達は、いや、【ベリアルヴァンデモン】と戦った者達全員が忘れていた。

 【ベリアルヴァンデモン】が最初に出現した世界は、地球でもデジタルワールドでもない第三の世界。

 その世界には善も悪も関係ない。訪れた者達全ての【想い】を力として与えてしまう世界なのだ。ありとあらゆる法則を無視し、【想い】の強さを力にする。

 無論、その世界から出てしまえば、力は消失してしまう。例外として長い間力を溜め込めば別だが、長期間は持たない。或いは代償を支払えば別ではあるが。

 とにかく、アルケニモンとマミーモンは生き残る為に、あの世界の力を使ったのだ。

 

「あの世界で自分達の偽物を出現させ、本物の自分達は姿を隠していたんだろうと、彼は言っていました」

 

 【ベリアルヴァンデモン】との激戦で、選ばれし子供達は自分達のパートナーデジモンの進化体をそれぞれ出現させた。

 同様の事をアルケニモンとマミーモンが出来ない事は無い。因みに【ベリアルヴァンデモン】が自身の進化前や、別の究極体としての姿である【ヴェノムヴァンデモン】を出現させられなかったのは、【ベリアルヴァンデモン】が〝自分゛しか信じられなかったからである。

 完全体の【ヴァンデモン】だった頃から部下にしたデジモン達を従わないからと言って、平然と殺す残忍なデジモンだった。故に【ベリアルヴァンデモン】は自身の強化以外に、あの世界の力を使う事が出来なかったのだ。

 話は戻すが、あの世界の力は善も悪も関係なく使える力。アルケニモンとマミーモンが使えない訳ではない。

 

「彼の話では、知識として知っているアルケニモンとマミーモンと違って、【ベリアルヴァンデモン】に不信を抱いていたそうです。自分の偽物を造り上げて様子を見ていたのかも知れません」

 

 既にその時ブラックは居なかったので、アルケニモンとマミーモンの狙いに気がつく事が出来なかった。

 選ばれし子供達やパートナーデジモン達も、【ベリアルヴァンデモン】ばかり気にしていてアルケニモンとマミーモンの行動を注意していなかった。

 その隙にアルケニモンとマミーモンは、自分達が逃げ果せる策を実行していたのだ。

 当時の選ばれし子供達を責める事は出来ない。何せ目の前に【ベリアルヴァンデモン】がいたのだから。他の事に気を回している余裕などなかった。

 

「その方法で生き延びて、その後にルーチェモンと接触したと言う訳か」

 

「状況から考えればそうだろうが……我々にとっては脅威だ」

 

 セラフィモンとケルビモンは重々しい声で、状況がますます悪くなって来ている事を示した。

 アルケニモンとマミーモンの実力は完全体の中位ぐらいだが、その分厄介な情報と力を持っている。【ダークタワー】の情報は言うまでも無く、【ダークタワーデジモン】やその類に関する情報。加えて言えば、アルケニモンは虫系デジモンを操る能力を持っている。

 その能力を悪用されて、街に虫系デジモン達を襲わせれば、それだけで、デジモンの評判は悪くなってしまう。

 【ダークタワーデジモン】に関しても同じである。ブラックのような例外で無ければ、アルケニモンとマミーモンに【ダークタワーデジモン】は絶対服従。

 実力ではなく、アルケニモンとマミーモンは存在自体が厄介な連中なのである。

 

「……彼の様子はどうですか?」

 

「まだ、生存が確実とは言えないので我慢していますが……二人を見つけたらどうなるか分かりません」

 

 ブラックにとってアルケニモンとマミーモンは怨敵。

 憎んでも憎み足りず、あちらの世界に居た時は必ず殺すと誓っていた相手。機会が無かったので殺せなかったが、生存が確実となればブラックがどう動くかは明らかだ。

 その事は、チンロンモンから話を聞いている三大天使達も理解している。何よりも、アルケニモンとマミーモンが改心するとは思えない。あの二人はブラックと違い、自分達の為ならば他者を平然と犠牲にする。

 【ダークタワー】を管理世界にばら撒く事ぐらいは平然とやる。

 

「少なくとも暴走の可能性が今のところないと思います。最も彼自身幾ら憎んでいても、街中では暴れないでしょうから。今はフリートさんの頼みで、ベルカの遺跡にあるかも知れないアルハザードの遺産の捜索を行なっています」

 

 戦いとなれば好き勝手に暴れるブラックだが、無関係な者に被害を出す事を嫌っている。

 例え街中でアルケニモンとマミーモンを見つけても、即座に襲い掛かる事をブラックはしない。最も周辺に人手がなく、更に無人の場所だった場合は別なのだが。

 とにかく、今のところブラックが暴走する様子が無い事にオファニモン達は安堵する。

 管理局にはブラックと自分達が無関係だと告げたが、裏ではこれからも協力し合うのだ。出来れば敵対する機会は少ない方が良い。

 

「此方でもアルケニモンとマミーモンの捜索に力を入れよう」

 

「うむ。どちらにしても奴らを野放しには出来ないからな」

 

「えぇ……ソレで次の議題ですが」

 

 オファニモンはリンディに視線を向ける。

 リンディは、頷くと共に空間ディスプレイを展開させてイクスヴェリアの姿が映し出される。

 

「……この少女が例の?」

 

「はい。【冥府の炎王】イクスヴェリア・ガリアさんです」

 

「過去の次元世界で栄えた国の頂点に君臨していた者だと言う話だが……その国は滅んでいるのだろう?」

 

「それならば、何故【デジタルワールド】に匿うように願い出たのだ?」

 

 三大天使達は今回のリンディの頼みが疑問だった。

 イクスヴェリアを【デジタルワールド】に入れるのは問題は無い。確かに余り人間を【デジタルワールド】に入れるのは問題だが、今現在なのはや美由希、クイントが【デジタルワールド】を旅しているのだ。

 今更イクスヴェリア一人を入れる事は問題にはならない。だが、今回リンディはイクスヴァリアを匿って欲しいと告げて来たのだ。

 その事が三大天使達には良く分からなかった。入れると匿うではやる事は同じでも意味が大きく違う。

 何故リンディがイクスヴェリアを三大天使達に匿うように願い出たのか、その理由は現在の次元世界の情勢にあった。

 

「実はフリートさんが調べたところ、今現在の次元世界でベルカ過激派と呼ばれるテロリスト勢力が過激になって来ているらしいんです」

 

 二年前、ブラックが管理局本局を襲撃して以降、管理局の威信は傷ついた。

 その後に出来るだけ騒ぎを抑えるようにしながら、ミゼット達は管理局内の局員を処罰して行った。だが、事が事だけにやはり影響は出ていた。

 ソレこそがベルカ過激派テロリストの横行である。この組織は過去の戦争の真の勝者はミッドチルダではなく、ベルカだと宣言する組織。実際に聖王教会と言うベルカの宗教組織が語る歴史の中で、『聖王が戦争を終わらせた』と言う一文が在る。

 この事実を元にベルカこそが、真の次元世界の覇者だと叫んでいるのがベルカ過激派である。そのせいで管理局本局とは良好だった聖王教会との関係も、現在は悪くなっている。

 その原因は【聖王のゆりかご】の存在である。完全な形で残っているベルカ時代の遺物で在り、何よりも聖王教会が崇める【聖王】に直接的に関わっている遺物なのだ。聖王教会側は自分達が管理したいと管理局に告げて来た。

 当然ながら危険過ぎるロストロギアである【聖王のゆりかご】を、管理局が渡せる訳が無い。その為に軋轢が発生しているのだ。

 

「イクスヴェリアさんの存在が明らかになれば、確実にベルカ過激派は手に入れようとするでしょう」

 

 ベルカ過激派には旗印となる象徴が無い。

 現代でもベルカ時代の王族の血を引く者達は確かにいるが、血が薄まり過ぎて象徴にするには弱すぎるのだ。

 何よりもベルカ過激派の主張は、現代に普通に生きる者達にはただの誇大妄想ぐらいとしか覚えない者が多い。だが。直接的にベルカ時代を経験し、王族の血どころか、王本人であるイクスヴェリアは、これ以上にないほどに象徴として相応しい。

 最もイクスヴェリア本人が経験した事は、地獄としか言えない戦乱の時代の上に、その前にはアルハザードの存在があるので、栄光の時代など無かったと言うだろう。

 

「……私達には分からない事ですね。ルーチェモンほどのカリスマが在るならば分かりますが」

 

 オファニモン達、デジモンにとって血筋と言うのは理解出来ない。

 ルーチェモンほどの圧倒的なカリスマがあるのならば分かるのだが、昔はともかく、今のイクスヴェリアは生きるのに疲れた気配を纏っているので象徴に出来る訳が無い。

 だが、オファニモン達と違い、人間であるベルカ過激派にとっては別なのだ。イクスヴェリアと言う存在だけで、彼らかすれば充分過ぎる象徴となる。

 

「勿論、イクスヴェリアさんがどんな容姿をしているか知らないと思いますけど、彼らは彼らでベルカ時代の遺物を保管していますから、その中にイクスヴェリアさんの姿が映っている物があるかも知れません」

 

 過去の戦争で肖像画などは殆ど焼かれたかも知れないが、運悪く残ってしまっている可能性がある。

 現に最近までイクスヴェリアを捜索していた死人兵器が居た。その存在から情報がベルカ過激派に流れている可能性があるのだ。

 デジモンとの争いが現状で起きそう時に、人間同士での争いまで起きて貰う訳には行かない。故にイクスヴェリアは暫くの間、【デジタルワールド】に居て貰った方が助かるのだ。

 

「分かりました。彼女を匿いましょう」

 

 オファニモンはリンディの提案を了承し、ケルビモンとセラフィモンも頷くのだった。

 この決定が後に、とあるデジモンとイクスヴェリアの出会いに繋がってしまうとは夢にも思わずに。

 

 

 

 

 

「こんなところですね」

 

「なるほど……大体の使い方は分かった」

 

 フリートに渡された通信機やその他の緊急時用の道具の数々を、ケースに仕舞いながらゲンナイが頷く。

 ゲンナイがアルハザードに来てから、なのは関連の相談を士郎達とする中、フリートは管理局に行くゲンナイの為に道具を用意していた。

 無論アルハザード関連の技術ではなく、現代の技術で造れる代物だが、そう簡単に管理局の技術では見破れない物ばかりだった。

 

「出来る事ならば、この技術を使う機会は無い方が助かるが」

 

「そうですね……それにしても貴方に渡されたこの技術は興味深い」

 

「ソレを魔導技術に合わせた貴女の方が、私にとっては驚きだが……これで活動拠点になる場所の護りを厚くする事が出来る」

 

 ゲンナイは危惧している事があった。

 嘗て選ばれし子供達は【デジタルワールド】を旅していたり、個人と言う形で地球にいたので敵が居場所を見つけるのは難しかった。だが、今回は組織と言う形で拠点が在る。

 拠点を狙われる事を考えたゲンナイは、自身が持って来た技術を魔導技術で扱えるようにする為の依頼をフリートにしたのだ。

 自身も知らない技術を渡されたフリートは狂喜し、即座に解析を行い、現行の魔導技術で扱えるように改良を施した。

 これによって管理局が新設する部隊の拠点となる場所の護りが強固になる。

 

「とは言っても、何処まで通じるかは分かりませんね」

 

 確かにゲンナイの技術に寄って、そう簡単には襲撃出来なくなるだろうが、上位の敵が出てくれば別である。

 だが、あるとないとでは大きく違う。ソレぐらいにゲンナイが持って来た技術は、デジモンに対して有効だった。

 

「まぁ、コレが在れば病院であったバケモンの奇襲攻撃は防げるでしょう。最も事前の対処法も必要ですが」

 

「バケモンの攻撃は恐ろしいからね。彼らにも夜までには隊舎に戻るように伝えておくよ」

 

 バケモンの能力は恐ろしいが、対処法さえ知っていれば対処する事が出来る。

 勿論その対処法をゲンナイは伝えるつもりでいる。何よりも安全な場所が在るだけで、安心感が違うのだ。

 この技術は大切な物だと思いながら、ケースにデータが入ったディスクを仕舞う。

 

「さて、これで私の準備は大体終わった……今後はもしかしたら戦う事もあるだろう」

 

「その時を楽しみにしているぞ」

 

 ゲンナイが振り返りながら告げた言葉に、壁に寄り掛かっていたブラックが笑みを浮かべながら告げた。

 確かにゲンナイはブラックにとってかけがえない相手だが、同時にどんな形でも良いから戦ってみたいと言う気持ちも抱いていた。

 その願いが叶う事をブラックは嬉しく思う。一方ゲンナイは困ったように顔を歪めた。

 ブラックと戦うならば手加減する事は出来ない。何よりも手加減すれば、被害が大きくなってしまうだろう。

 その事を理解しているゲンナイは、複雑な気持ちを抱きながらケースを持つ。

 

「君を相手に手加減すればどうなるか分かっているから……私も全力を出させて貰う」

 

「あぁ、本当に楽しみだ」

 

 心の底からその時が楽しみだと思いながら、ブラックはゲンナイの背を見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 地球の日本にある海鳴市中丘街。

 その街にある一戸建ての八神家では、地上への出向が決まったシグナムが荷物を纏めていた。

 以前まではレティ・ロウランの下で管理局員として働いていたが、そのレティが新設される予定の部隊の副部隊長となる事が決まったのだ。

 故にコレから八神家の面々はレティの下ではなく、別の者の下で働く事になるがミゼット達が信頼する者達なので問題は無い。その中でシグナムのみが新設される予定の部隊への入隊書類が届いたのだ。

 無論他の局員達と同じように、入隊拒否の許可はあったが、シグナムは迷う事無く書類にサインを入れて新設部隊に入る事になった。

 その移動の為の準備を手伝っていたヴィータ、そして漸く災害を終えて地球に戻って来れたはやては、荷物を纏めているシグナムに声を掛ける。

 

「それにしたっても、今度の新設される部隊。かなり、至れり尽くせりな部隊や」

 

 送られて来た書類を見ているはやては、その内容に驚いていた。

 金銭面は言うまでも無く、一般的な局員よりも遥かに高額。各種保険の充実に加え、新設される隊舎に住み込みで住むように通達がされている。

 家族であるシグナムと離れるのは寂しいが、それは、はやても納得している。

 まだ、地球での義務教育を終えていないので、ミッドチルダに移住は出来ないが、それでも連絡だけは毎日とは言えないが取れるので納得しているのだ。それに何れはやて達、八神家はミッドチルダに移住するつもりなのだ。

 

「まぁ、相手が相手だから当然だろうぜ、はやて」

 

 ブラック以外、デジモンとの戦闘を経験しているヴィータは、寧ろこの内容でも足りないとさえ思っている。

 つい先日グレアム達が、自身に煮え湯を飲ませたメフィスモンを倒したらしいが、それ以外にも強力な敵がいる事をヴィータは知っている。ブラックを筆頭に、どんな敵がいるのか分からないのだから。

 

「とにかく、全力を尽くすだけです、主」

 

「だな……ソレにしても、なのはの奴。長期のリハビリ施設に入ったなんて。一言ぐらい言ってけよなぁ、本当に」

 

「せやね。私も戻って桃子さん達に聞いて驚いたわ」

 

 漸く地球に戻って来れたはやては最初、ヴィータと共になのはの見舞いに訪れた。

 だが、高町家に行ってみれば、なのはの姿は無く、長期でのリハビリに施設に入ったと母親である桃子に告げられたのだ。その施設は遠いらしく、連絡先に連絡しても女性職員らしき人物が出るだけでなのはへの取り次ぎは出来なかった。

 

「なのは本人が選んだ施設らしいけどよぉ。行く前に一言ぐらいは言って欲しかったぜ」

 

「そんなに文句を言ったらあかんってヴィータ」

 

「主の言う通りだ。高町も頑張っているのだからな。それに主の方も」

 

「うっ……休み過ぎ取ったしな。補習を受けるんはフェイトちゃんもやけど、今はかなり落ち込んでるし」

 

 災害を治める為に学校を休み過ぎたので、はやては当然補習を受ける事になっている。

 フェイトも共に補習を受けるのだが、フェイトは補習の上に、執務官試験も落ちてしまった。原因は言うまでも無く、なのはが大怪我を負ったショックとその護衛する為に勉強を疎かにしてしまったからだ。

 最もフェイトに執務官になるように勧めていたクロノ達だったが、情勢の変化からフェイトが執務官になるのは早いと判断し直していたので、今回試験を落ちてくれたのは助かった。

 その事を知らないはやて達は、落ち込んでいるフェイトをどう慰めようか悩む。なのはに頼もうにも、そのなのは本人とも会えないので尚更にフェイトは、落ち込んでいるのだから。

 

「さて、これで終わりだな」

 

 最後の荷物を入れ終えたシグナムは立ち上がる。

 その後ろをはやて達はついて行く。

 

「暫らくは直接は会えねぇんだよな?」

 

「あぁ。そうなるだろうな。部隊が本格的に軌道に乗るまでは、連絡が取れるかどうかも怪しいだろう。一応シャマルとザフィーラ、リインフォースには本局で挨拶をして行くつもりだ」

 

 この場にいないシャマルは、本局で先日の戦いで大怪我を負ったザフィーラの治療。

 リインフォースは、新たにはやてが得る予定のユニゾンデバイスの作製の為に本局に居る。

 本来ならばユニゾンデバイスであるリインフォース本人がずっとはやての傍に居られれば良かったのだが、豊富な魔法知識に加え、シグナム達と違って過去のベルカ知識を有しているリインフォースは技術部として必要な人材。

 故にはやてと一緒に任務に赴ける機会が少なくなって来ていた。それならばとはやてをサポート出来る新たなユニゾンデバイスを造ろうと言う話になり、その作業の為に本局に居るのだ。

 管理局としても失われた技術であるユニゾンデバイスの作製を行なうだけに、慎重に進めている。

 本当ならば豊富なベルカ知識を持っている聖王教会にも協力して貰いたいのだが、管理局との関係が悪くなっているのでリインフォースの知識と無限書庫の情報を主にして進めているので、作製には難航している。

 その事を知っているのでシグナムは不満も無く、荷物を入れ終えたケースを持ち上げて玄関に向かう。

 ヴィータとはやてはその後をついて行く。

 

「それでは主。暫くは連絡は取れませんが、行って来ます」

 

「気ぃ付けて、シグナム」

 

「頑張れよ」

 

 玄関から外へと出て行くシグナムの背をヴィータとはやては見送るのだった。



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