光を求めた (猫ちゃん)
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第1章 
こわいこと 1


こんにちは、こんばんは、猫です。
ハイキュー小説初投稿です。

豆腐メンタルなので、読みたい方のみお読みください。


2019/9/12 加筆修正しました。




 世の中には努力でなんとかなることが溢れている。

 テスト勉強をしたらある程度の点数を取ることが出来たり、字を綺麗に書く練習をしたらある程度綺麗になったり。

 その“ある程度”は、世の中に溢れている。しかし、ある一定以上の結果を得たい場合にはどうすれば良いのか。

 それは永遠の課題である。

 

 世の中には輝かしい才能を生まれ持った人間がいる。

 彼・彼女らは俗に“天才”と呼ばれている。

 

 才能を持って生まれなかった人間は、才能を持った人間を羨み、時に妬み、生きていく。

 

 “天才”はなにもせず、“天才”であるのだろうか。

 そんなことはないだろう。

 

 しかし、才能を持った人間の気持ちは、才能を持った人間にしかわからないし、才能を持たない人間の気持ちは、才能を持たない人間にしかわからない。

 

 だからこそ、言葉で想いを伝えることは大切であるが、それを素直に受け入れるかと言われれば話は別である。

 

 

 これは、烏野高校生が、迷いながらも大人に近づいていく物語である。

 

 

 

 ***

 

 

 

 主な登場人物

 

 

 斉藤伊織(いおり):烏野高校2年生。バレーが好きで、中学ではバレーをしていた。

 

 縁下力:伊織の同級生。波長が合うのか伊織と仲が良い。苦労人。

 

 日向翔陽:バレー馬鹿で影山の相棒。バレー技術は拙いが、身体能力が高い。

 

 影山飛雄:バレー馬鹿で日向の相棒。天才ゆえに中学では孤立した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 烏野高校2年の教室にて。今この教室には、烏野高校排球部の部員、縁下力と西谷夕、田中龍之介がいる。

 縁下力は、現バレーボール部員である田中・西谷の一種の危機(補修の危機)を救うべく頭をフル回転させていた。

 

 「なんなんだよこの答案・・・。メロスは何をしたかって問題でどうして、メロスはバレーボールを持った、になるんだよ・・・」

 「ボール持って一緒にバレーした方が楽しいじゃねぇか!」

 「いやいや・・・」

 

 どこにも書いてないことを書いている西谷の国語の答案。せめて文章中に書いてあることを書いてくれと切実に願った。

 

 「田中は英語か・・・、なんで英語で書き出せって書いてあるのにわざわざ日本語で書いてるんだよ・・・」

 「なんで英語で書けってなってんだ!?」

 「そういう問題だからだよ!」

 

 何故か英語を日本語に直して書いてある答案。翻訳出来てるのに英語で書いてないから、結局点数になってない。

 縁下は頭を抱えて溜息を吐く。最早自分にはどうすることも出来ないかもしれない。それに段々と腹が立ってきた。

 

 その様子を見ていた西谷は、右手を縁下の肩に起き、心配そうな表情で見つめ、励ました。

 

 「力、大丈夫か?溜息吐くと幸せが逃げるんだぞ!」

 「そうだぞ力!どうした?」

 

 なにも理解していない西谷田中両名。

 縁下は、キレた。それはもうキレた。

 

 「溜息吐いてるのはお前らの答案のせいだよ!なんなんだよこれは!西谷はちゃんと文章中から書き出してよ、田中はちゃんと問題文見て!?」

 

 久しぶりに叫んだからか、ゼーハー呼吸を乱してキレている力を見て、西谷・田中のおバカコンビは顔を青くして冷や汗を垂らす。そして完璧なタイミングで2人とも綺麗に土下座を決める。スライディング土下座ならぬ、高速土下座である。

 

 

 「すいませんっしたぁーー!」

 「怒らないでください!!」

 

 

 そしてその悪いとしかいえないようなタイミングで、教室の扉が開かれた。

 

 「・・・何事?」

 

 扉を開いたのは、縁下と仲の良い同級生の、斉藤(さいとう) 伊織(いおり)だ。

 すっきりとした整った美しい顔立ちに猫っ毛、181cmの高身長ともなれば俗に言うイケメンというやつで、数多の女の子から騒がれている。それを見た西谷や田中が毎回のようにネタなのかわからないが僻むので、あまり対面させないようにしていたのだが、遂に対面させてしまった。なお、騒がれているが伊織本人は何故騒がれているか気づいていないのはご愛敬である。

 縁下は、しょうがないので1から全部説明、そのあいだおバカコンビは、キレている縁下を更に怒らせることのないよう土下座を継続していた。

 

 「縁下も大変だな」

 「そうなんだよ、なんかもう諦めかけてる・・・。」

 

 伊織は、普段仲良くしている縁下がここまで憔悴しているのは初めて見ることで、若干不安になった。だからか、いつもなら言わないことをつい、申し出てしまった。

 

 「俺が教えようか、その2人に。」

 「え?」

 「顔、疲れ切ってて酷いし。3人がいいんだったら俺が勉強みるよ。」

 

 縁下はそのときに思い出した。

 毎回成績順位の1位を飾っている、伊織のことを。

 

 今の自分の精神状況の不安定さはしっかりとわかっていた。

 背に腹は代えられない。

 縁下は、姿勢を正して伊織にお願いした。

 

 「・・・頼んだ。ほら、西谷と田中も挨拶して。」

 「「よ、よろしくおねがいしゃっす!!」」

 

 西谷と田中はイケメンで女の子の視線をまるごと持っていく斉藤のことが嫌いだったが今だけは神様に見えた。

 何故なら、縁下がこれ以上鬼にならなくて済むからだ。鬼となった縁下は、正直鬼となった主将と同じくらい怖いのだ。夜も眠れなくなるほどには怖い。

 

 「うん、・・・今からここでする?それとも部活行く?」

 「今日は部活行くから、明日からでも教えてくれないかな。」

 「わかった、じゃあ明日は英語と国語やるから教科書くらいは持ってきてね。」

 

 この会話が、後に斉藤伊織とバレー部を強固に繋ぐ糸だということは、今はまだ誰も思っていなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 夕方、日が沈みそうになっている頃。

 周囲の暗さによって、伊織の意識は浮上した。・・・ただ、本を読んでいただけである。

 

 ずっと同じ体勢で本を読んでいたからか、身体が固まって仕方がなかった。身体が抗議するようにキシキシしている。

 

 「ん、・・・あー、痛い」

 

 背中を伸ばすように両手を上にして伸び、筋肉は伸ばすことが出来たが骨までボキボキといっている。 

 また集中しすぎてしまったようだ。でも、新しい知見を得ることはとても心地よい。忘れることのない知識は伊織の世界を広げると同時に、考え方まで広くしていく。

 

 「一羽のツバメが来ても夏にはならないし、一日で夏になることもない。このように、一日もしくは短い時間で人は幸福にも幸運にもなりはしない」

 

 適当にあった本を読んだだけだったが、昔の人はなかなか深いことを言うな。

 そう、伊織は漠然と思った。

 

 幸せを手に入れたければ、一日を大切に生きなければならない。

 当然のことだと思われるが、当然を当然と捉えることの難しさは想像に難くないのだ。

 

 「努力をしても、才能で全て片付けられたときの悲しみは、もしかしたらこういうことだったのかもしれないなぁ」

 

 ふと、中学生の頃を思い出した。

 

 上げられて当然のように求められるレシーブ。

 完璧を当然のように求められたトス。

 決めることを当然と思われたスパイクやサーブ。

 

 全て血の滲むような練習の果てに手に入れた技術だった。時には吐き、時には投げ出したくもなった。でも、それ以上に、バレーの楽しさを知ってしまっていた。だからずっと努力し続けていた。今もまだ完璧とは言えない。

 バレーは仲間でするもの。仲間のために使える技術にしなければならない。勝つためには必要。そう思っていたのは自分だけで、全て()()()()()努力なんてしなくてもなんでも出来るだろう?と思われ、求められていたことを知ったのはいつだったか。

 

 天才だから、何でも出来るだろう。

 天才だから少ない練習で何でも出来るのだ。

 そういう目を向けられたのは、いつ、だっただろうか。

 

 俺自身ではなく、俺の才能だけを求められていると気づいてしまったのは、いつだっただろうか。

 

 いや、感じてはいた。感じていたのに、見て見ないふりをしたのは自分だ。

 今となってはよくわかる。

 

 同じように周りから天才と思われていた少年は今どうしているだろうか。

 自分と同じようにだけはなっていて欲しくないと切に願う。

 

 

 

 「影山、元気かな」

 

 あの無垢な少年は、元気だろうか。

 

 

 

 

***

 

 

 

 天才は万人から人類の花と認められながら、いたるところに苦難と混乱を惹起する。

 天才はつねに孤立して生まれ、孤独の運命を持つ。天才が遺伝することはありえない。

 

 ヘッセ 「ゲーテとベッティーナ」




多分続く・・・。


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こわいこと 2

こんにちは、こんばんは、猫です。

続きました。
今回伊織さんあんまり出てこない・・・かも?

豆腐メンタルなので読みたい方のみお読みください。


2019/9/12 加筆修正しました。




 

 春休み明けの試験で赤点を取った西谷・田中は現在、伊織(いおり)からの補講を受けていた。

 今日は2人とも国語の日だ。

 田中は国語が赤点ではないが、ほぼ赤点のような点数だったので西谷と一緒に受けているのだ。

 今週末にバレーの大会があり、それに出るためには木曜日の小テストで50点以上取らなければいけない、らしい。・・・英語と国語の両方だ。今日は火曜日だし俺じゃないから難しいのでは、と思ったのだが2人がやる気を出しているし、縁下も必死に頼み込んできていたので教えないわけにはいかない。

 

 ・・・本、読みたい。

 

 引き受けたのは自分だから、昨日の自分が悪いのでまぁそこは置いておく。

 

 「田中、そこはひらがなで書けって書いてあるよ、答えは合ってるんだからちゃんと問題文読んで。」

 「あ!?まじか!」

 「西谷、メロスは走ってるだけでマラソンはしてないよ。」

 「走るっていうのはマラソンみたいにずっと走るってことじゃねえのか!?」

 「西谷だけずっとマラソンしてくれ・・・。」

 

 初っぱなから珍回答のオンパレードである。

 

 伊織は教えてやって、といわれても、言っても出来ないことを何度言っても出来ないのではないかと思い始めた。

 そして、自分と相手の考えが合わない(理解不能な)部分を見つけてしまった。

 

 勉強において覚えられない・理解出来ないという感覚がわからないのだ。だからどのように教えて良いかわからない。

 

 どうしようか、と思ったところで縁下が教室に入ってきた。縁下は伊織の困っている顔を見るなり苦笑した。

 

 「伊織・・・、なんかごめん。」

 「いや、大丈夫・・・たぶん。」

 

 おい!なにがだ!とか文句を言っている2人はさておき、伊織は最終手段に出ることにした。

 

 「こことこことここ、それとこのプリントの漢字。これ暗記して。一字一句間違いなくね。」

 

 最終手段、ヤマ張りを決行した。

 先生の出題傾向と癖、好みを反映するとだいたい、今指さした問題が出るはずだから、と説明した。

 なぜ、こんなことがわかるのかというと、伊織は相手の癖を読んだり見極めたりすることが得意だった。それに加え今までの試験の傾向もしっかりと記憶してある。テストのヤマを張ることは正直に言って朝飯前なのだ。

 最初からそうしていれば苦労しなくて済んだはずと思う人もいるかもしれない。でも、それは西谷や田中の今後のためにならないと考え、敢えて最終手段としていたのだ。まさか初日から使うとは思わなかった。

 

 「だから、暗記だけ頑張ってね。縁下を怒らせたくなかったら。」

 「いや、おれたち暗記にが・・」

 「お前らこれで点数取れなかったらどうなるかわかってるよね?」

 

 仁王立ちしながら、田中の言葉に被せて発言した縁下を前に、西谷・田中両名は為す術もなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 「伊織、読書の時間奪っちゃってごめんな?」

 

 縁下は、ばつの悪そうな顔をしながら謝る。

 あの2人の成績をどうにかするために頼んだのは良いが、伊織の性格的に、他人に何かを教えることは苦手なはずだ。だって俺以外のやつと楽しげに話しているのとか見たことない。

 ・・・決してコミュ障とかではない、はず。たぶん。

 

 伊織は、眉を下げて謝る縁下を見て、若干目を見開いて驚いた。

 その後、意味を理解して、苦笑いしながら答える。

 

 「別にいいよ。まぁ確かに、あの2人のことはあんまり知らないけど。・・・でも縁下の大切な仲間、なんだろ?」

 

 それなら、良いのだ。

 

 「友達が困っていて、教える相手は友達の大切な仲間。これだけで俺が引き受ける理由になるよ。」

 

 伊織は、柔らかな笑みを浮かべて縁下に返事した。

 

 縁下は、その言葉を聞いて、ほっとしたように息を吐く。

 そうだった、伊織はこういう男だった。

 

 「ありがと、じゃあ明日もおねがいしていい・・・?」

 「うん、明日は英語ね。あの2人にも伝えておいてくれたら嬉しい」

 「わかった」

 

 

 小テストまで、あと2日。

 

 

 

***

 

 

 

 「力ー!」

 「なに?西谷。」

 「斉藤!いいやつだな!!」

 

 ニっと笑いながら言う西谷を見て、縁下も笑う。

 

 「・・・当たり前でしょ。」

 

 部活の休憩時間にて。

 

 友達が褒められたら、嬉しいな。

 縁下がそう思った瞬間である。

 

 「今日もくれぐれも迷惑掛けないように教わって来いよ。」

 「ギクッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「テスト返すぞー、阿部ー」

 

 田中はドッキドキである。50点取れなかったら試合に出られないどころか、力と大地さんから雷が落ちる。

 だが不思議と前のような絶望感はない。何故なら、

 

 「言われたとこ全部でたんだよなぁ・・・。」

 

 問題を解いているときに思った。もしかして俺たちはとんでもないやつに勉強を教えてもらっていたのではないかと。

 

 いやいやイケメンにはだまされねぇ・・・、と思いながら返された答案の点数を見る。

 

 「は、80点・・・だと・・・!?」

 

 そこにはなんと、赤ペンで80と書かれた文字が四角い枠の中に鎮座していた。

 初めて見た点数で驚きが隠せない。もう2度と取れないかもしれないと思いながら、クラスの違う盟友へと思いを馳せた。

 

 

 「のやっさんはどうだったかな・・・。」

 

 

 

 ***

 

 

 

 西谷は、ドンと男らしく構えていた。

 今更何を言ったって結果は変わんねぇ、そう思いながら。

 

 「しかも言われたとこ全部出たし50点取れないわけがねぇ。」

 

 そう、言われたとこが全て出た。全部を覚え切れたわけじゃないから満点ではないけどそこそこ点数は取れていると思う。

 

 あいつ、やっぱやべぇやつだったんだな。そう、伊織のことを認め直した。

 

 (女の子にキャーキャーいわれてんのは気にくわねぇけど。)

 

 「西谷ー!」

 「はーい!!」

 

 返された答案の点数。そこにはなんと、83点というこれまた見たこともない数字が書いてあった。

 

 「俺すげー!!」

 「西谷お前そんな点数取ってどうしたんだ?頭大丈夫か?」

 「おう!教えてもらったとこ全部出た!」

 「は!?誰に教えてもらったんだよ?」

 「斉藤伊織ってやつ!イケメンなのはいけ好かねぇけどいいやつだ!」

 「まじかよ・・・!?お前それっ、学年1位のやつじゃん・・・!いいなぁ・・・。」

 

 (学年1位ってまじか。それは知らなかった。)

 

 「でもこれで、バレーが出来る!!」

 

 西谷は、授業中と言うことも忘れて、両手を挙げて叫んだ。

 

 もちろん、怒られたのは、言うまでもない。

 

 

***

 

 

 目の前に立ちはだかる高く強固な壁。

 その壁は、時に厳しく訴えかける。

 

 お前にこの壁は、崩すことが出来るのか?と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 総合体育館。そこでは、バレーの大会が開催されている。

 伊織は縁下とその他2名に、見て欲しい!と言われ半強制的に体育館に足を運んだのだった。

 

 「ここに来たの、何年ぶりかな・・・」

 

 来たのは中学2年生のあの、大会以来だ。

 

 ここに来ると、中学時代を思い出して、手が震える。

 場所が悪いんじゃない。自分の記憶の中で勝手に、嫌な場所として認識しているだけなのだ。

 

 今はもう、俺には関係ない。

 

 

 そう、思いながら、眼下で行われている、烏野高校対伊達工業高校の試合を見た。

 

 伊達工業のブロックにエースの攻撃が悉く、止められている。たぶんあれは的を絞られているな、と思った。伊達工業のブロックはリードブロックが主で、ほんの少しセッターが崩れたりして、いや崩れなくても、ボールの行く先がわかってしまうと即座に誰に上がるのか予測されてしまう。そして見ている感じだと、伊達工業のブロッカーには、エースの攻撃を絶対に通さないという固い意志を感じる。

 つまり、セッターが焦ってエースに上げても、冷静に上げても、止められるのだ。見たところ堅実なセッターだから、点差が大きいこの状況で危うい行動はしない。だから、エース以外には何かない限り上げないだろう。例えば、・・・エースが打てなくなるまで心を折られてしまう、とか。

 

 「烏野、苦しいな。堅実なセッターは安定感があるけどそれだけじゃ手練れのリードブロックには勝てない。それに、打ったボールが全て自陣に返ってきて、それで失点するのが続くと、打ちたくなくなるよね。ブロックフォローも難しいし。」

 

 ブロックフォローというものは例え練習をしていても全て取れるわけではない。

 

 俺にはわからないけど、きっと打ちたくなくなるだろう。どんなに無神経なやつでも、目の前を塞ぐブロックは気にするし、全部が返ってきて失点するのはきついのではないかと思う。

 

 「そうして精神力を削られたエースは、きっと・・・」

 

 打つことを、諦めてしまう。

 

 

 今の烏野の、エースのように。

 

 

 伊織の眼下にはセッターから捧げられようとしていたトスを、呼ばなくなったエースが、いた。

 

 

 

***

 

 

 

 目の前に立ちはだかる高く強固な壁。

 その壁は、スパイカーの心を折るだろう。

 そして、その壁は嘲笑うかのように囁いた。

 

 お前にこの壁を、崩すことは出来ないだろう?と。

 

 

 




コメント、お気に入り登録ありがとうございます。
投稿は不定期ですが、読んでいただけると嬉しいです。


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こわいこと 3

週末に1話ずつでも投稿出来たら良いな


 

 

 ()(おり)は、気づいたらそこにいた。

 23対22。総合体育館。そこのバレーコートには、自分を含む中学生の時のチームメイトがいた。

 

 「なんで・・・」

 

 _なんであの試合がここで・・・?

 

 俺はここにいる、あそこにいるのは“俺”じゃない。でも、俺はあそこにいる“俺”が次の瞬間にどうなるのか、知っていた。

 

 「・・・だめだ、無理して打ったら!」

 

 眼下には、チームメイトが上手く上げきれなかったボールを、無理な体勢から打とうとしている“俺”がいる。

 いくら声を張り上げようとも、届かない。手を伸ばしても、まるで空中に縫い付けられたかのように足は動かず、届かない。

 

 「そこで打ったらお前は」

 

 

 

 無理をして、ダイレクトで“俺”が打ったボールは、相手コートに、落ちた。

 

 しかし、“俺”も、コートに、落ちた。

 

 相手コートにボールは落ちたが、頭を強く打った“俺”はそのまま動くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 「は、っぁ」

 

 斉藤伊織は飛び起きた。心臓がドクドク波打っている。

 目の前に広がるのは、自分の部屋に置かれている本棚。

 時間は午前5時45分。

 

 「夢・・・?」

 

 滝のように流れ出る汗を右腕で拭う。

 あれは、中学のあの試合だ。なんで今更。

 

 「昨日、あの体育館に行って、試合見たからかな・・・」

 

 取り敢えず、汗が気持ち悪いからシャワー浴びよう。

 そう思い、起き上がった伊織の両手は、震えていた。

 

 

 

***

 

 

 

 2限目古文の時間。

 口調はきついが根は真っ直ぐな国語教師の、教科書のつらつらと読み上げられている文字を目で追いながらわからないようにそっと、溜息をついた。

 いつもは集中して読める文字が、今の伊織にとってはまるで脳内にただ叩き付けてくる暴力のように感じた。

 そのくらい余裕がない。

 

 _バレーがしたい。

 

 バレーは伊織の心を楽しく、そして面白く様々な色で彩ってくれるものであった。

 小学1年生の時にたまたま人数合わせで参加したバレーボールクラブで、レシーブの痛さとスパイクの難しさを知った。それからずっとバレーをしていたのだ、中学2年生までは。

 バレーをすることが怖くなって、約2年。その間、1人でレシーブしたりサーブ打ったり体力作り筋トレはしていたが、チームでバレーをすることも誰かとバレーボールを触ることもなかった。

 

 でも、今数年ぶりに誰かとバレーがしたい、という思考になっている。

 きっと、試合を見たことと、夢を見てそれより前の楽しかった時間を思い出してしまったから。

 

 これは伊織にとって大きな変化でもあった。

 

 伊織は縁下に声を掛けて良いか考えた。古文は全く頭に入ってこないし。いや、意図せずしっかり入っているけれども。

 それに、縁下なら、きっと信じられるから。

 

 「それじゃー今日はここまでな、枕草子全部暗記しろよー」

 「えー!めっちゃ長いべや!」

 「せんせーだめだよー!」

 「テスト出るの?」

 「あーうるせぇ!テスト全部出すぞ!」

 

 結局テスト出るんだ。

 まぁ、枕草子くらいなら覚えられるか。なんて他の人が聞いたら卒倒しそうな考えを頭に思い浮かべた伊織は、縁下の元に歩いた。

 

 「縁下」

 

 呼びかけても返事のない縁下。何か思い詰めているような表情で、授業の最初の方に開いていた教科書の所を見つめている。

 放っておいた方が良いのか、話を聞いた方が良いのかわからなかったが、昼食の時間なので取り敢えず意識をこちらに戻してもらおうと、縁下の右肩を2回、叩いた。

 

 びくっと全身が動き、顔がこちらを向く。

 何も映していなかった縁下の空虚の瞳が、伊織を捉えた。

 

 「ごめん、一応昼休みだから声かけた。・・・俺、今日別で食べた方が良い?」

 「・・・いや、一緒に食おうか」

 

 縁下は、声かけてくれてたのに気づかなくてごめん、と言いながら立ち上がった。

 

 

 

***

 

 

 

 縁下がこっち、と案内した場所は屋上へと続く扉の前だった。

 屋上の鍵開いてないはずだけど、と思っていたら、その扉の前で縁下は座った。倣って横に座る。

 

 縁下は買ってきたパンの袋を開けたまま、ぽつりと声を漏らした。

 

 「昨日、試合負けた。・・・って知ってるか、来てたんだもんな」

 「うん、見てた」

 「情けないとこ、見せちゃったな」

 「・・・縁下のレシーブ、ちゃんと相手のスパイク上げられてた。西谷は何度もボール上げて後ろから支えてた。田中だってスパイク全力でしてたよ」

 「うん。・・・それでも、勝てなかったんだ。エースのスパイクほとんど止められて、最後はトス、呼ばなくて。学校帰ってきてからそのせいで西谷と旭さんが喧嘩した。・・・、俺何も言えなかった」

 

 俺がもっとスパイク決められてたら。

 俺がもっとレシーブちゃんとしてスガさんに返せていたら。

 俺がもっと、ちゃんとしていたら。

 

 そう言いながら、パンの入った袋を持った手を地面に置いて、項垂れる縁下を見て、伊織はなんて言って良いかわからなかった。でも、これだけは言えるということがあった。

 

 「俺が、って思って責める気持ちはわかるよ、俺も昔思ったことあったし・・・。でもさ、バレーは6人でするものなんだ」

 

 バレーは6人でするもの。

 当然のようで、偶に忘れてしまうことがあるとても大切なこと。

 

 「だから、起きたことの後悔じゃなくて、反省して次どうしたら二の舞にならないかって考えた方が生産的じゃないかな。・・・って当事者でもない俺がわかったようなこと言ったな、ごめん」

 

 俯いていて見えなかった縁下の瞳が、伊織の瞳を捉える。

 泣きそうになっているのを我慢しているかのような表情をしていた。

 

 「ここ、俺らしかいないからさ、泣いてもいいよ」

 

 縁下、負けてから泣いてないんだろう?

 そう言うと、とうとう縁下の瞳からは透明のものが流れた。

 

 「伊織、っずるい、よ!・・・そんなこと言われたら、我慢、出来ないじゃん・・・!」

 「我慢なんていらないだろ、だって、親友、なんだから」

 

 口元に微かに笑みを浮かべた伊織を見た縁下は、泣き笑いしながら掠れた声を出した。

 

 「・・・親友なら(ちから)、って呼べよ、ばか」

 




あと2話くらいで伊織さんのこわいこと、出せたら良いな・・・

※追記:力くんは、数少ない心許してる親友ポジションです。


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こわいこと 4


目標は週末に更新と言いました、あれは(半分)嘘だ!(週末以外にも更新する)

お久しぶりです。お気に入り登録、閲覧してくれてどうもありがとうございます!

今回も縁下くん回ですが最後にドンが出てきます。

それではどうぞ。


8

 

 

 ぽーん、ぽーんと緩やかなカーブを描いて上がるボール。

 それを維持しているのは、斉藤(さいとう)()(おり)縁下(えんのした)(ちから)だ。

 

 目を盛大に腫らした縁下を教室に戻すわけにもいかず、堂々と授業をサボってしまった。今日が午後1つしか授業ない日で良かった、ホント。

 

 誰もいない体育館で、対人パス。

 縁下は目が腫れているからか偶に崩れることはあるけれど、伊織のレシーブするボールは一寸の狂いもなく縁下の手元に返ってくる。ここまで来るとまるで精密機械のようだ。

 

 そんなことを考えながら、ふと思ったことを縁下は口に出した。

 

 「伊織はすごくレシーブ上手いよね」

 「・・・バレーしてたからね」

 

 今まで2年間友達していたのに知らなかった。

 

 「ポジションどこだったんだ?」

 「…やってたのはスパイカーだよ」

 

 そこまで言って、ボールを持った伊織は何かを決めたかのような表情で縁下に切り出した。

 

 「俺の昔の話、聞いてくれる?」

 

 

 まぁ、いろいろあったんだけど、俺練習したら大体のことは出来るようになってたんだ。それでも練習は毎日欠かさずやっていたし、目標まで出来るようになったら次はもっと高くってやってた。

 それだけでも十分楽しかったのだけれど、チームを信じてバレーすることがもっと楽しかった。

 だから小2の頃からずっとチームプレーをしてきたんだ。

 

 「それで、中学は北川第一に行ったんだ、家から近かったから」

 「え、伊織北川第一だったの!?」

 「うん、そうなんだよね」

 

 言ってなくてごめん。

 中3の情報はほぼないから俺のことはあんまり知られてないっていうのも、縁下がバレーやっていたけれど知らなかった理由かもしれないな。

 まぁ、いろいろあったんだけど、先輩に及川(おいかわ)(とおる)っていう人がいたんだ。先輩はセッターでね、俺もセットが上手かったらしくてライバル認定?みたいなのされていたんだ。・・・俺はそのときあんまり気づいていなかったけど。

 それで、練習したらすぐ出来る俺のことを“天才”って呼んで、結構嫌っている感じに接していたからそれに同級生とかも引っ張られていたのもあるかもしれない。そのときあたりからきっと、みんなそう思っていたんじゃないかなぁ、色々可笑しくなっていったんだ。

 

 「もしかしていじめとか・・・?」

 「いや、そういう方向には行かなかったんだよね」

 「そっか」

 

 俺が試合とか練習でコートに入ったときに、斉藤だったら何でも完璧に出来るだろう?って目で見られたり言われたり。でも俺にも出来ないこととか完璧なんてほど遠かったりとかすることがあって、そういうのが露見すると攻められているような態度取られたり。・・・まぁ、あのときの俺は純粋無垢って感じで他人の悪意とか全然わかってなかったんだけどさ。ただ純粋に出来ないことに対して出来るように練習することで精一杯だった。

 そんなのが続いて、2年になったときに後輩が出来て、その中に及川さんが言うには天才がいたみたいで、俺から目は逸れた。その子は黒いまん丸の頭で可愛かったよ。いかにもバレー愛していますって感じで、可愛かった。

 

 「そうして時間が進んで及川さんが卒業して・・・って感じ。4月だったかな、そのくらいの時に新人戦みたいな大会があったんだ」

 「うん、覚えてる」

 

 そのときに俺はセッターとして試合に出たんだ。及川さんがいなくなってやる人がいなかったから、だけど。

 試合やっているときにね、相手から返ってきたボールでレシーブ崩れてダイレクトで叩かなきゃいけない場面が来て、そのときに近くにいるスパイカーの人が打ち返してくれると思ってたんだ。でも、近くにいたそのスパイカーが俺に、ダイレクトで叩いてくれって言ったんだ。・・・勝敗を決めるかもしれない場面の時にね。

 俺はボールから遠い位置にいて、なんでだ、とも思ったけど取り敢えず相手コートに返さなかったら負けるから走って突っ込んで返したよね。

 でも、バランス大きく崩して無理な体勢で打ち返したから、着地もままならなくて、そのまま地面に落ちたんだ。頭打ったみたいでその後見た景色は病室の天井だった。

 

 「まぁ、俺が返したボールは拾われてその後負けたみたい。俺はそのとき意識なかったからわかんないけど」

 「どうして味方、ダイレクト自分でしなかったんだろう・・・」

 「きっと怖かったんじゃないかな、自分の返したボールが壁に阻まれるかもしれない、返されるかもしれない、それがきっかけで負けるかもしれないっていうのが」

 「それでも遠いところにいた伊織に頼むって言うのは違うよね」

 「うん、確かにね」

 

 それで、俺が病院にいる間は誰も見舞いとか来なかった。・・・あ、飛雄は来てくれたっけか。

 そのとき寂しかった記憶あるなぁ。悲しいって言う感情が沸いたの、そのときが初めてかもしれない。

 

 その後、退院して学校に行ったんだ。廊下歩いてて、チームメイトがいて声かけようとしたんだ。

 そうしたらね

 『あいつ、退院したんだってよ』

 『あぁ、斉藤?ずっと入院してれば良かったのにな!』

 『いっつも澄ました顔していらつくんだよなぁ、マジで』

 『最後あいつのせいで負けたしな!ざまーねぇわ』

 

 って、話してて。そのとき、初めて、あぁ疎まれてたんだな、って思った。そして同時に、こわいって思うようになっちゃったんだよ。・・・誰かを信じるということが。

 

 

 

 「俺の話はこれだけ。・・・なんか重いこと話してごめん」

 

 伊織は眉を下げて申し訳なさげに謝った。

 それを見た縁下は、怒ったような、安心したような、嬉しいような表情で伊織を見た。

 

 「・・・聞けて、良かった」

 

 だって、友達の辛いこと、1人で抱えさせたくないじゃんか。

 

 その言葉を聞いて、伊織は目を僅かに見開いた。

 そして、泣きそうに、返した。

 

 「・・・ありがと、(ちから)

 

 

 

__________

 

 

 

 

 こわいこと。

 それは人によって違うだろう。

 

 こわいこと。

 それは、抱え込まずに吐き出すことによって、楽になることもあるだろう。

 

 そのこわいことをどうするかは、自分がどうしたいかで、変わってくる。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 希望と怖れとは切り離せない。希望のない怖れもなければ、怖れのない希望もない。

 

 

 ジョン・ラスキン「現代革命の考察」

 

 

 

 

9

 

 

 重たい話をした後に空気を変えるため、縁下力と斉藤伊織は、どちらともなく立ち上がった。

 最早どちらの目元も薄らと赤みがかっており、泣いたことがバレバレであるが、2人ともすっきりとした表情をしている。

 

 「俺、サーブしたい」

 「じゃあサーブ受ける」

 

 サーブをしたいと言い出した伊織に、力はレシーブするという答えを出した。

 

 「行きます!」

 

 伊織は一連のルーティーンである、ボールを2回ドリブルしその後2秒構える、ということをして、ボールを宙に高く上げた。

 

 力は思った。

 え、ジャンプサーブ!?と。

 

 力の予想通り、伊織は高く上げられたボールに対して、キュッキュっとステップを踏み、ドンピシャの角度で手のひらに当てたボールを勢いよく、力の方へと打ち下ろした。

 

 あまりの強さのサーブに、力の腕に当たったボールは大きくはじけ飛び、体育館の入り口の方へと勢いよく飛んでいった。

 そう、飛んでいったまでは良かったのだ。

 飛んでいった先の扉が開き、そのボールがバレーボール部主将、澤村大地の顔面にクリーンヒットしてしまったのだ。

 

 勢いを失ったボールが落ちる頃、顔面にボールを受けた男は、それはそれはにこやかな表情で、力の方を向いていた。

 

 

 「・・・ちょっといいかな?縁下」

 「・・・・・・はい」

 

 澤村ににこやかな表情を向けられた縁下は、鬼から逃げる術を考えていた。

 勿論、思いつくことはなく、連行されたのだった。

 

 

***



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こわいこと、そしてこれから


前回からこんなにも時間が経ってしまい、土下座どころではすまないと思っています。
"週末に更新"と書いておきながら週末に更新ではないのも目標達成できてませんね・・・

と、謝罪の言葉を述べつつ(述べてない)反省しています(反省はしてる)。


10

 

 

「うるさいよ」

 

 伊織は辟易しながら言った。

 目の前には黒いまん丸な頭、髪はさらさら、目つきは悪い男が立って、机に両手を置いていた。

 名を、影山飛雄という。どうして俺が知っているかというと、元部活の後輩だったからである。唯一俺に懐いていた可愛い後輩だが、今はただのうるさい塊にしか見えなかった。許せ、影山。

 

 「なんでですか!なんでバレーしてないんすか!!」

 「何でと言われても、やりたくないからだよ」

 「あんなにバレー楽しそうにやってたじゃないですか」

 

 影山は、悲しそうな、それでいて怒っているような表情で俺を見つめている。そんな顔で見られると逆に申し訳なくなってくるからやめて欲しい、そう心から思った。

 どうして俺が烏野高校にいることがばれたかというと、時は数日前に遡る。

 

 

 

_(数日前)

 

 

 好物のひかえめヨーグルトを求めて自動販売機へと向かった伊織は、見覚えのある頭を見つけた。因みに、ひかえめヨーグルトとは、その名の通りひかえめなヨーグルトだ。世間では捻りがなくて面白くない、と話題になっている新発売ヨーグルトである。

 あれはもしかして、と思ったときにはもう遅く、まん丸な頭を持った人物がこちらを振り返った。

 

 「あれ・・・」

 「・・・」

 

 伊織は目を逸らしつつ、ちょっぴり冷や汗を流した。

 なんで見つかった、ひかえめヨーグルトを求めて散策したのが間違いだったのか。そんな風に思考していると影山は更に近づいてきた。

 

 「伊織、先輩っすか?」

 「や、やぁ、久しぶりだね、影山」

 「烏野高校だったんすね!!」

 「・・・うん」

 

 きらきらした眼差しで曇りなく俺を見つめる影山。

 それに対し、後ろめたいような雰囲気を出して答える俺。

 

 この違いはきっと、知ってしまったか、知らないままかということには左右されず、ただ1人になってでもバレーをしたいという強い意志を持てるか持てないかに左右されるのではないか。

 

 「先輩、バレー部にいないですけどなんでっすか?」

 「やってないから」

 

 そう、無駄に良い脳は、考えた。

 

 

____

 

 

 俺はこうして影山に見つかり、それからずっと付き纏われているわけだ。というかここ2年の教室だぞ。

 

 「大体ね、俺はチームスポーツはもうやりたくないの。わかってくれないかな」

 

 片手で前髪を掻き上げながら影山の方を向く。

 影山は、今まで大体逸らされ続けていた目を伊織から向けられ、少し怯んだように見えた。

 

 「・・・先輩はバレー、嫌いになったんすか」

 

 伊織は、ふい、と目を逸らし呟いた。

 

 「大好きだよ」

 

 

11

 

 部活終わり、黒い空に爛々と静かに輝く星がたくさん浮かんでいる。縁下は色々とタイミングが合って、共に帰ることになった影山と2人、歩いていた。

 

 

「ねぇ、影山」

「・・・?はい」

「伊織のこと最近ずっと誘ってるだろ?どうかな、あいつ」

 

 縁下は、眉を下げながら現在の親友の状況を、影山に聞いた。

 

「えっと、断られてるっす」

「まぁ、そうだよね」

「でも・・・」

「でも?」

 

 影山は、何かを決めたかのような表情で告げた。

 

「伊織先輩は、バレーを大好きって言いました」

「・・・そっか」

 

 縁下は、ずっと思っていたのだ。自分が誘ってしまえば伊織は俺に“応えるため”にバレーをするのではないかと。それは本当に起こることなのか縁下には判断が出来なかった。縁下自身は伊織と仲が良いと思っている。信頼関係も築けている。そこまで深い部分まで繋がりがある人間が何かを頼んでしまえば、相手は苦しくても無理にでも頑張ろうとしてしまうだろうと思った。

 だから、伊織に、バレーを一緒にやろうと声を掛けることが出来なかったのだ。

 チームで、みんなでバレーをやればどれほどに楽しいか。

 伊織と、チームになってみたい。

 ずっと、縁下が思ってきたことだ。そっと、心の奥底へと沈め込ませていただけで。

 

 これから、伊織とバレーをすることが出来れば嬉しいな。

 

 そう、縁下は光り輝く星を見上げながら、呟いた。

 

 

***

 

 

 『伊織先輩!!ゴールデンウィーク最終日、音駒高校と練習試合するので来てください!!!』

 

 お願いシャッス!

 そう言って消えた影山の背を見送った伊織は、廊下で1人、立ち竦んだ。

 

 そうして伊織は今、体育館に来ていた。

 この日までずっとずっと、考えていた。行ったらバレーをやりたくなってしまうのではないか。

 

 やりたくなったところで、出来ないのに。

 

 そう思っていたのに結局来てしまったのは、バレーに対してまだ捨てきれていない部分が確かに存在しているからなのであろう。バレーを嫌いになるには、バレーの良いところや好きな部分を知りすぎてしまっていた。

 

 「それになんだ、あの速攻」

 

 セッターがボールに触る前に、スパイカーが助走・踏切まで完了している。世界バレー、日本バレー全ての録画を見ている伊織が知らない速攻の形だった。

 セッターの針で糸を通すようなコントロールとコート全体を脳内に展開し采配する能力と、スパイカーのセッターを100%信じて飛ぶことと驚異的な運動能力、反射神経がないと出来ないプレーだ。

 

 「セッターを100%信じて飛ぶなんて、すごいな」

 

 少なくとも、俺には出来ない芸当だ。

 ただあの速攻は使うタイミングと数がまだなってない。音駒高校の方はレシーブが並外れてレベル高いし、速攻を見せ続けることで逆に攻略されてしまう。

 囮のおかげで決まっていた他スパイカーの攻撃も止められ始めている。

 

 烏が殴り続けるチームであるならば、音駒の方は粘って繋いで攻略して相手を倒すチームらしい。

 

 「このままいけば、音駒高校が全勝だ」

 

 そう呟いたとき、烏の陣地にボールが落ちた。

 

 その時の伊織の表情は、面白いものを見つけたような表情だった。

 

 

****

 

 

 片付けの時間になり、ゆっくりと観戦席から降りてくる伊織に、縁下は近寄った。

 

 「伊織、来てたの?」

 

 相も変わらず眠たげな眼差しをしているが顔はいい男と言われているだけあって、どこかかっこいい。

 伊織は、縁下を見つけ、話しかけた。

 

 「力。烏野、すごかったね」

 

 宝物を見つけた小学生のようにきらきらとした眼差しを向ける伊織に対して顔を綻ばせる縁下。

 

 「もしかして、日向影山の速攻かな」

 「そう、それだよ!あんなの今まで1度も見たことない、世界でも初めてのことなんじゃないかな。ミリ単位の精密なトスに100%トスを信じて飛ぶなんて純粋な心と驚異的な運動能力を活かした速攻だよね。そしてそれを囮に他のスパイカーも機能してた。とてもすごかったよ」

 「そっかそっか、チームの良いところを見せれて良かったよ」

 「うん、楽しかった」

 

 伊織はあまりの興奮に語彙力を失っているようだったがそれはそれで嬉しかった。だって、あの伊織がこんなにもバレーに興味を持って頬を少々でも染めて、話しているのだから。

 

 だからか、言おうと思っていなかったことを口に出してしまった。

 

 「伊織さ、もう一度だけでも俺らとバレー、してみない?」

 

 それを聞いた伊織は、目を見開いてその後、目を伏せた。

 言わない方がよかったか。そう思ったが、結局俺は伊織とバレーがしたかった…いや、したいんだ。

 縁下は何かを決めたように、話を続けた。

 

 「俺はね、このチームで伊織を裏切るようなやついないと思ってるんだ。…一度逃げた俺でさえ、また受け入れてくれた。だからさ、もう一度だけ、」

 

 バレー、してみないか。

 

 右手を伊織の方へと向け、言った。

 

 「…俺ね、最近やっと、縁下と一対一ならバレーできるようになったんだ。チームになると、手が震える。ボールを見るだけで動悸が止まらない、苦しいんだ」

 

 伊織は自分の手を自分の手で強く、強く、握りしめた。

 

 「でも、俺だって、バレーしたい。もっと、したいんだ」

 

 伊織は伏せた目を上げて、縁下を見つめる。

 

 あぁ、光の篭った強い、目だ。

 

 「だから、もう少しだけ、…もう少しだけ、待ってほしい」

 

 ちりちりとした、緊張感。それが伊織から発せられている。

 

 こんな身が竦むような威圧感を持って、決意を固めようとしている男の前に余計な言葉は不要かな、なんて思った。

 

 だから、縁下は伸ばしていた右手を下げて、言った。

 

 「わかった、待つ」

 

 伊織は、顔を綻ばせて言った。

 

 「…ありがとう、力」

 

 

 一連の流れを見ていた部員たち、もとい代表したのかはわからないが代表して西谷が突っ込んできた。ついでに田中も便乗してきた。

 

 「うぉい!なんかわかんねぇけど一緒にやろうぜ!待ってるからよ!!」

 「そうだぜ水くせぇ!伊織は俺らに勉強教えてくれた恩人だしよ、もう友達だ!」

 

 

 裏表なさそうなやつからの言葉は心にぐん、と染み込むものだ。

 連行されていく伊織を眺めて、きっと大丈夫かななんて楽観的に思う。

 言って良かったなと縁下は思い、顔を緩めた。そして、自分も輪に加わったのだった。

 

 

****

 

 

 過去の記憶を思い出し、出来ないと自分が信じ込んでしまってはそこに留まったままである。

 何かを変えるためには、何かを犠牲にしなければならない。

 犠牲にしてまで、成し遂げたいものなのか。

 それを考え行動することが大切である。

 

 

****




伊織の手が俺の手に重なる時が近いのではないかと、この時漠然と思ったのだった。 縁下

**

何故自分が書くと縁下と伊織の距離がこんなにも近く感じるのか、疑問ですね…。でも決してこの2人をくっつけたいなんて思っているわけではないのです。

次いつ投稿出来るかな。シリアス続きだったので次の話は楽しい感じで書きたいですね。


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第2章
ある平和な日常 その1


こんにちは、こんばんは、猫です。

今回から日常を交えて物語を書いていきます(予定は未定)

楽しい感じで書くと言ったけれど楽しい感じとはなんだ・・・?と思いながら書きました。

豆腐メンタルなので読みたい方のみお読みください。



 暗闇から視界が開けた。いきなりの光ではなく、徐々に差し込んでくる光によって()(おり)は目を眇めた。

 段々と目が慣れてきて、最初に目に入ったのは丸いLEDライトの照明器具だ。

 

 「ん・・・。」

 

 ぼんやりと天井を見ながら、夢の内容を思い出そうとするが思い出せない。思い出さなくてもいい内容だったのだろうと考え、起き上がる。ぱさりと掛けられていた布団が落ちた。

 

 「あっつ・・・。」

 

 肌に掛けられていた布団はタオルケット1枚のみであったが、寝間着がしっとりとするほどの汗をかいていた。首筋を流れ落ちる水滴(あせ)や、着崩れた寝間着、目に掛かる髪、元来の顔のせいで色香を垂れ流す男の出来上がりだったが、ここにそれを指摘する人物はいない。

 

 伊織は汗を流さなければ、と思い立ちシャワー室まで足を進める。そのスピードは亀並みであった。

 

 

 ***

 

 

 シャワーを浴びて、簡易的に作った朝食をゆっくりと食べたら大体いつも6時半。それから日課のランニングに勤しむのだ。通常であればランニングをした後にシャワーを浴びるのだが夏の間は大体それが逆になる。何故なら、単純に気持ちが悪いからである。そう、朝食を食べる前に汗をかいたままにしていることが。

 

 ランニングは30分間一定のペースで走り続けるものをしている。伊織は常人とかけ離れた脳の構造をしていることから、あらかじめ距離と時間を計算しなくても最初に決めた一定のペースで走ることが出来るのだ。あらかじめ決めないのも、脳への刺激でちょうど良いと考えているからである。つくづく変人だ。

 

 「・・・あっつ!」

 

 本日2度目、あっついである。伊織は一定のペースで走りながらも脳の大部分で暑い・・・と考えている。暑さは思考を鈍らせるとはまさにこのことだ。飛び出してきた犬を華麗に避けつつ草木が横に並ぶ歩道を走る。

 

 ゴールとしていたところはいつもと同じ場所、30分ぴったりに着いて伊織は笑顔になる。満足だ。そこから歩いて家に帰り学校へ行く準備をする。家を出るのは7時15分である。時間ぴったりに動かなければなんか気持ち悪いと常日頃思っているためなかなか行動を変えることが出来ないが、今は困っていないのでいいか、と独り言ちた。

 

 (そもそも、なんでこんなに早く出てるんだっけ)

 

 登校のため歩道をゆっくりと歩きながら1人考える。

 家にいるとバレーボールのことしか考えられなくなるから早く家を出て遅く帰ることが日課になったことを思い出す。

 

 (昔はバレーのこと考えたくないのに家にいると考えちゃうし思い出しちゃうし最悪だった)

 

 記憶力が無駄にいい脳とバレーボールへの愛が昔は自分に対して攻撃していた。それが緩和してきたのは最近、力とバレーしたり、烏野の試合を見てからだ。そう考えると烏野高校さまさまである。

 

 遠くに烏野高校が見えてくる頃、後ろから呼びかけられた。

 

 「伊織おはよ。」

 

 黒髪に優しそうな表情をした縁下(えんのした)(ちから)が話しかけてきた。伊織は力の姿を見て、蕩けるような顔で挨拶を返した。力だけにこのような表情をするわけでなく、“仲の良い”と認めた人には総じてこの顔をするから勘違いされやすいのだが、本人は気づく気配はないのでずっとこのままだろう。・・・たぶん。

 

 「力、おはよう。」

 「良い天気だけど暑いね。」

 「今日は朝起きたときからずっと暑かったよ、嫌になりそう・・・。」

 

 眉を顰めて辟易とした表情をした伊織は、本当に嫌そうにそう口に出す。もう口癖が「暑い」になりそうな勢いである。

 

 全身から気怠い雰囲気を出しつつもそれが様になっている伊織を見て力は苦笑した。それを見て伊織は首を傾げるが、それもまた周囲の人間の庇護欲をそそってしまう。最早存在が罪であるかのようだ。

 

 

 伊織と力が横に並び話しながら歩くのと同じように、周囲の人間も集団で登校したり1人で登校したりと様々な高校生がたくさんいた。そうして、1日が始まるのだった。

 

 

 ***

 

 

 伊織は1週間に1度だけ、放課後にバレー部がいる体育館に行くようになった。まだ入部はしていないが、足掛かりにでもしてくれという主将である澤村先輩の有り難い言葉と周りの歓迎するような空気に絆されて足を運ぶことになったのだ。主に行うことはボール拾いとマネージャーの手伝いであるが充実した時間を過ごすことが出来ると思う。今日がその1日目だ。

 

 ボール拾いは実は奥が深いもので、ただボールを拾おうとしても確実に拾うことは難しい。しかし、トスの高さ、余裕、スパイカーのジャンプのタイミング、姿勢など諸々を観察しながらどのコースに打ってくるかを予想し処理して身体を動かせばほぼ拾うことが出来るのだ。伊織のボール拾いは、コーチの「うめぇなお前」の言葉からもわかるようにお墨付きである。

 1秒にも満たない間に情報を処理し対応する能力は鍛え続けなければ難しい。一部、そういうのが得意な天さ・・・バレー馬鹿もいるが稀である。

 伊織は更に、スパイクを完全に読んでレシーブし、そのままボール出しをしているマネージャーに返すのだから天才の域に完全に足を突っ込んでいる。

 

 その光景を見ていた日向(ひなた)翔陽(しょうよう)は、すげぇ、と声を漏らした。

 ボール拾いとして参加しているにも関わらず、まるで試合でコートを任されたレシーバーのような動きをしている伊織を見て、ぶるぶると身体が震える。日向がたった1つ年上の男に圧倒されたのだと気づいたのは、後に影山と話しているときである。

 

 「よし!今日はこれで終わりだ、しっかりストレッチしろよ。」

 

 コーチの声かけに、激しい運動をしていた部員達は地面に崩れ落ちる。もうすぐインターハイを控えているため最近の練習は随分ハードなのだ。

 

 伊織は、汗を襟元で拭いドリンクを準備していたマネージャーの下へ走る。

 

 「斉藤くんも飲む?」

 

 黒髪で顔の造形が美しく、また名前も神々しさを感じる清水(しみず)清子(きよこ)が伊織に向かって無表情で話しかけてくる。

 

 伊織は、肺から出てくる熱い息を整えながら首を横に振った。シャツの襟が汗で色が変わってしまっている。

 

 「先に、部員の方持って行きます」

 

 息も絶え絶えで、ふらふらなままドリンクを運ぼうとする伊織の腕をつかみ、ぐい、とドリンクを清水は伊織の胸へと押しつける。そして、きっぱりと言った。

 

 「飲みなさい。」

 

 美しい無表情で命令された伊織は、反発することなくただ1つの答えを口に出した。

 

 「はい。」

 

 

 ***

 

 

 日向翔陽は部活が終わり自主練の時間になって、影山の元へと向かう。当の影山はなんだかそわそわしていた。

 

 「なぁ影山、斉藤先輩ってすごいな。」

 「お前もわかるのか?先輩の凄さ。」

 「なんとなく?」

 

 首を傾けながらなんとなく、と言う日向に溜息を吐きつつ影山は視線を伊織先輩へと向けた。

 質問したいことがたくさんある。レシーブの角度、タイミング、腕のしなり具合などなどたくさんあるけれど、2年生組に囲まれて笑っている先輩を見ていると声を掛けるタイミングが掴めない。

 

 帰るときに聞こう、と思考に区切りをつけて日向に向き直る。

 

 「おい、やるぞ、自主練。」

 

 日向は、きょろりと目を動かして影山を見上げた。二重の大きな2つの目に見つめられた影山は少したじろいだ。

 

 「・・・なんだよ。」

 

 手の指先を腹のあたりでもじもじとしつつ、日向は口を開いた。

 

 「斉藤先輩って、なんでバレーしてないのかなって思ってさ。」

 「それは・・・」

 「なんか知ってんの?」

 「知ってるけど、別にいろんな人が知らなくてもいいことだ。」

 

 影山は、遠くで2年生達と戯れている先輩を見て、そう呟いた。

 トスを無視されたときの気持ちは影山の心の中に重く影を落としているが、同じようにきっと先輩の中にも重く影を落としていると思っている。

 

 影山はボールを持ち直し、日向に目を向けた。

 

 「俺たちは俺たちで強くなるぞ。」

 「おう!」

 

 影山の心に影を落とした出来事は未だに多くを占めているけれど、日向の太陽のような明るさで心が明るく照らされているからまだ救われている。

 先輩はどうなんだろう。そう、思うけれど、確かめるのは俺じゃない気がする。

 

 走り込んでくる日向にトスを渡す。それを打ち切った日向を見て、影山は口角を無意識のうちに上げていた。

 

 

 ***

 

 

 1日の終わり、しんと静まった家に伊織は帰ってきた。何故1人なのか。それは、両親が東京で働いているからである。引っ越してきたときは家族3人であったはずなのに、今は両親が東京に住んでいる。これには色々と訳があるのだが話すと長いので割愛する。

 

 シャワーも浴びて、食事も食べてもうすることもなくぼぉっとしていた。ふと、机の上に置いてある写真を見る。そこには、白いワンピースを着た可愛い女の子と並ぶ少年時代の自分がいた。誰だろう、と毎日思いながら過ごしているが、これを誰かに聞くことも出来ない。

 

 中学時代の頭部強打によって昔の記憶を忘却している伊織は、思い出そうとするたびに頭痛に悩まされ、また親に聞こうにも悲しそうな表情をされたためもう聞くのは止めた。悲しむのを強要するのは好きじゃないのだ。

 

 (きっと、仲良かったんだろうな)

 

 一緒に写っている女の子の表情を見ればわかる。そして自分も。

 

 (それにこの子、可愛い)

 

 可愛いと思うこと自体驚きだけど、本当に毎日見るたびに思うのだ。周りの人には思うことあまりないのに。

 まぁ、でもきっと会うことはないだろうなと思いつつ写真を置いてベッドに横になる。

 

 ゆらりと視界が揺れて、瞼が落ちてくる。それに逆らうことなく伊織は眠りについた。

 

 

 

 

 

 満月が夜の帳を照らす頃、ある場所で伊織が持っている写真と同じものをじっと見つめる人がいた。

 

 「いおりん、どこにいるのかなぁ・・・。」

 

 元気だと、いいけれど。

 

 その子は、写真を胸にそっと抱えながら、瞼を閉じた。

 

 「・・・会いたいなぁ。」

 



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ある平和な日常 その2

こんにちは、こんばんは、猫です。

今回は伊織多めのちょっと長い回となっています。

豆腐メンタルなので読みたい方のみお読みください。



 烏野高校体育館。2年生の斉藤伊織は、親友の縁下力と共にアップをしていた。

 周囲も皆ペアになってアップしている。これから始まる過酷な練習にウキウキしている人種Aと、若干窶れて見える人種Bがいた。人種A代表は日向影山、人種B代表は主に月島であることはバレー部の人間であれば誰でもわかる。週に1度の休み以外毎日毎日激しい練習をしているのだ。そして今日は5日目で、人種Bが増えつつある。

 

 そんな中でも、オレンジ色の髪をした日向翔陽、黒いまぁるい頭の影山飛雄は一層元気である。その元気さ、五月蠅さには普段から2人に苛ついている月島蛍もぶち切れ寸前である。案の定日向の頭のてっぺんは、犠牲になろうとしていた。

 

 「おチビと王様五月蠅い。」

 

 頭のてっぺん、言い換えて下痢つぼなる場所を思い切り押された日向は、涙目で訴える。

 

 「いたたたたた!やっめろ、月島!!」

 「おチビが五月蠅いのが悪い。」

 「俺だけじゃないだろ!」

 

 講義する日向に、蚯蚓を見るような細めた目で日向を見下ろす月島。その横には、口元に手をやり何かを深く考え込んだ影山がいた。まるで知らんともいうような態度の影山である。

 考えていた時間はざっと10秒程。意識を浮上させて影山は月島に一言、言った。

 

 「あんまりそこ押すと、さらにチビになるんじゃねぇか?」

 「おいっ!うるさいぞ影山!!」

 「そうだねぇ、おチビ。」

 「影山ずっとそれ考えてたの?」

 「・・・?おう。」

 

 横から山口も参戦してきて収拾がつかなくなった頃、バレー部主将、澤村大地の存在によって止められた。

 

 「おいお前ら・・・。」

 

 ギクッと肩を上げ、恐る恐る振り返る4人の視界には、燃えさかるような炎を背に仁王立ちする鬼が見えた。

 

 「ちゃんとやれ。」

 

 鬼は、ニコっと、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その風景を見ていた伊織は、Tシャツから覗く腕を両手で摩った。なんだか寒気がしたのだ。

 

 (なんか前にも見たことあるなぁ、あの感じ。)

 

 そう、力と2人授業をサボって体育館でバレーしているときにあの表情を見たのだ。あのときは本当に標本に針で止められた虫になったような気分だった。

 

 力を見ると、視線に気づいた彼は、眉を下げて苦笑した。

 

 (まぁ、でも怒って貰えるだけいいのかな。)

 

 そんなことを考えながらしていたアップも終わり、練習が始まった。

 

 

 

 

 

 金髪の髪をヘアーバンドで上げたガラの悪・・・普通のコーチは、伊織の今までの練習風景を思い出していた。

 レシーブでも決して手の抜かないプレー、常に先のことを予測して動いているようにしか感じられない動き、まるで試合をしているような緊張感(プレッシャー)を放っていること・・・、その他にもたくさんあるがこのことから、気づいたことがあった。

 

 (もしかしてこいつ、とんでもねぇプレイヤーなんじゃねぇか?)

 

 そう、一つ一つの完成度が高校生にしては高すぎるのだ。まだ全てのプレーを見たわけではないから断言できるわけではないが、今までの経験と勘がそう、激しく主張してくる。

 

 だからだろうか、伊織を視界に入れた烏養繋心は伊織を指さしながらポロリと口から、言う予定のなかった無意識の言葉が飛び出していた。

 

 「お前、スパイクとサーブの練習もやんねぇか?出来んだろ?」

 

 伊織は、レシーブのポジションに入ろうとしていたが、声を掛けられたことにより立ち止まった。

 出来るが出来ないかもしれない。そんな思考にとらわれそうだった伊織の肩に縁下力の右手が置かれた。まるで、伊織が何を考えているかわかっているかのように違和感なく縁下力は声を発した。

 

 「出来なくても良いじゃん、やってみよう?」 

 「でも・・・。」

 

 まだ乗り気ではない伊織の背中に強い衝撃が走った。そう、西谷が思いっきり背中を叩いたのだ。一歩踏み出して何とか堪える。

 

 「やってみてできねぇってんならいいじゃねぇか!やってみよう!!」

 

 前髪の一部が金色に近い色に染められている小さいのにでかい男、西谷夕は歯を見せて元気よく言った。

 

 伊織は、少しだけ目を見開いたが、その後はにかんだような笑顔を見せた。

 唯々嬉しかった。そうやって声を掛けて貰えることが。甘えていると言われるかもしれない、周囲の人間に甘やかされているのかもしれない。でも、その甘さが、未だに傷だらけの伊織の心に蜂蜜を塗りたくられるように、優しく傷口を塞ぐのだった。

 

 「・・・うん、やってみます。」

 「おう!入れ!」

 

 こうして、練習は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (おいおい、まじかよ・・・。)

 

 コーチ、烏養は目の前で起こっている光景を見て冷や汗を流しながら唖然とした。

 細いと思っていた身体から繰り出されるスパイクは、まるで隕石のようにボールを力強くコートに落ち、更には打ち分けも出来ている。

 この調子だとサーブも強烈だろう。これが天才と呼ばれる奴なのだと、烏養は漠然と思った。

 

 (これは欲しいプレイヤーだな。)

 

 「斉藤!ちょっとこい!」

 「・・・?はい!」

 

 なんでしょうか。そう言いながら近寄ってきた伊織の頭のてっぺんから足のつま先までじっくり見て、烏養は言った。

 

 「ちょっと脱いでくれ、筋肉が見てぇ。」

 

 目の前の伊織は固まったが、烏養は知ったことか、と言わんばかりに考える。

 ここまで良いプレイヤーの筋肉の付き方を見たかったのだ。悪い付き方をしてるなら治さなきゃいけない。これはコーチのやるべきことだ。

 

 伊織は、僅か数秒の間に烏養の言葉の真意を理解したのか、徐にTシャツを脱いだ。

 

 そこには、細いながらも身体に無駄な部分などないかのように、黄金比のバランスで美しくつけられた筋肉があった。

 

 「ほう・・・、すげぇな。毎日筋トレやってんのか?」

 

 烏養は、目の前の整えられた筋肉を見て感動した。自分の現役時代であってもここまで美しいのは見たことがない。

 

 「はい、毎日してます。・・・あの、もう着ていいですか?」

 

 伊織は右手に持っていたTシャツを持ち上げて、なぜだか感動している烏養に聞く。

 

 「あぁいいぞ、ありがとな。」

 

 (ほんとにこいつ、なにもんだ・・・?)

 

 もう何が何だかよくわからなくなってきた烏養は、若干目眩がしたが気を取り直して前を見た。

 

 西谷や田中に筋肉すごい、ということを連呼されている斉藤伊織。それを横で笑いながら見ている縁下力やその他部員。

 

 (徹底的に観察してやる。)

 

 烏養は、気合いを入れた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 その日の練習、最後に町内会チームとの練習試合が秘密裏に組まれていた。知っていたのは先生と、コーチと、主将だけである。秘密にしておいた方が後々びっくりする顔が拝めるだろう?と烏養コーチは言っていた。

 

 伊織は、いつも通りスコアボードの位置についてそれをやろうとしていた。

 

 今日の練習はサーブもスパイクもすることが出来た。これはきっと、やってみて出来ないならいいじゃないか、という言葉によって、自分を責める自分の気持ちが少しでも緩和されたからであろうと予測することが出来た。

 

 (やっぱり、仲間って大切なんだな。)

 

 仲間。前までは聞くだけで過呼吸になるほどストレスを感じてしまう言葉であったのに、2年生になってから自分は一体どうしてしまったのだろうか。次々とトラウマを克服しつつある。

 やらないで後悔するより、やって後悔した方がいい。この言葉はまさにその通りだな、と自分の経験と照らし合わせた結果、漠然と思った。

 

 スコアボードの横で立っている伊織を、遠くから大きな声で呼ぶ声があった。烏養コーチだ。

 

 「斉藤!数足んねぇから入ってくれ!!」

 

 よく見るといつもいる町内会チームの人が1人足りない。

 

 (やって後悔した方が、いい。そうだよね・・・?)

 

 「伊織やろうぜー!!」

 「やろうぜー!」

 

 2年生元気代表、西谷と田中は遠くから伊織に向かって手を振っている。

 それに誘われるかのように、伊織の足は前へといつの間にか動いていた。

 

 「おう!」

 

 

 

 

 

 指示された位置に着く。今回は町内会チームでウィングスパイカーのポジションを指定された。

 ウィングスパイカーとは、ネットの両サイドのポールに近い位置でスパイクを打つことが主な役割。そして、レセプションやディグにも参加する。レセプションというのはサーブレシーブ、ディグは相手のスパイクをレシーブすること。だから、ウィングスパイカーはアタックとレシーブの両方をこなせる総合的なスキルが必要になる。

 スパイク、レシーブ共に安定して出来る伊織にとって、ちょうど良いポジションだ。

 

 伊織は相手のメンツを見て考える。

 相手チームにはレシーブの弱い日向や月島がいる。スパイクは対応されるまであの2人に打った方が得点率が高い。あと、日向影山の超速攻は。

 そこまで考えていると、自分チームの町内会メンバーが作戦を立てようとしていた。作戦と言っても基本的なことは変わらず、日向影山の超速攻をどうするべ、という話であったが。

 

 「あのはえー速攻どうしよっかなー。取り敢えずそれ以外で得点するか?」

 「その方がいいかもな、サーブとスパイクで相手を崩そう。」

 

 それを伊織は聞いていたが、特に何も言わずにまた思考の海に沈む。幸い、自チームのメンバーが気にしている素振りは見せていない。

 

 作戦タイムは終了し、伊織のサーブから始まった。

 

 伊織は、ボールを2回ドリブルし、その後2秒開け、ボールを宙高く上げた。

 高い打点から完璧のタイミングで放たれたボールは、カーブを描くことなく真っ直ぐに月島へと向かっていった。

 月島は、思い切り後ろにボールを吹っ飛ばし、痛そうに、悔しそうに、恨めしそうに伊織を眉間に皺を寄せながら見る。

 

 「・・・は?」

 「おいおいまじか・・・。」

 「すげぇな、おい。」

 「すっげぇ!」

 

 町内会チームの若い方々が次々に驚き、そして褒めてくる。それを嬉しく思いながら、次のサーブに向けて準備をした。

 

 同じルーティンでサーブを打つ。毎回狙うかのように月島か日向の元に行くため、レシーブうまい組がカバーしようと絞ろうにも絞れず、町内会チームが5得点取った。

 6回目のサーブはネットにあたって伊織のターンが切れてしまったが、よく点数を取ったと頭をわしゃわしゃと撫でられる始末。まるで犬っころのあまりの可愛さと利口さに嬉しくなった飼い主、町内会チームメンバーと犬っころ、伊織というなんとも言えない図の出来上がりである。

 

 その後、点を取って取られてを繰り返していた。

 伊織は、超速攻の打ち分け不可能なことは既に見抜いていた。どの角度でどんな確率で落ちるのか、ということを見極めようとしていた。常にコートを把握し、記憶し、解析していくからか若干の頭痛を引き起こしていたが今はバレーが楽しい、バレーがしたいということ以外は二の次だった。

 

 「俺に持ってこい!!」

 

 日向がトスをくれと叫ぶ。

 それに釣られるかのように、影山の意識は日向へと向き、トスの姿勢も日向寄りとなった。

 

 ずっと見ていた。

 見逃さない。この角度、このタイミング、この場所。

 

 とんでもないスピードで繰り出されたスパイク。ブロックは到底追いつけない。

 

 相手コートにボールが落ちる。影山は脳内で確信していた。

 しかし、目を開いて相手コートを見た日向の目には、レシーブしようとしている斉藤伊織が、見えていた。

 影山やその他メンバーは目を見開く。

 

 

 

 ふわっと、町内会チームのコートに打ち付けられそうだったボールが、宙へと上がった。

 

 

 

 今まで読まれたことのなかった超速攻が、初めて完璧に読まれてレシーブされた瞬間だった。

 

 

 




速いだけが強いわけではないのである。


 **


更新頑張ってるけどそろそろエネルギー切れそう。


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ある平和な日常 その3

こんにちは、こんばんは、猫です。

今回で第2章終わりの予定です。
烏野1年生少し多め、伊織さんちゃんと出てきます。


豆腐メンタルなので読みたい方のみお読みください。

注:BL小説ではありません。



 「うおおおおすげぇ!どうやったんだ!?」

 

 若干濃い蜂蜜色の髪を持つ町内会チームのスパイカー、(たき)()(うえ)祐輔(ゆうすけ)は相手コートにボールを落とした後、興奮のあまりあのトンデモ速攻をレシーブした斉藤伊織に詰め寄った。

 ボールに触れる瞬間、威力をいなし身体全部でボールを殺す、緩い回転。そして、超速攻が来ることを読んだ位置取りに、タイミング。全てにおいて完璧だった。

 

 完璧にレシーブした伊織は、滝ノ上に向き直り、言った。

 

 「ずっと、待っていたので。」

 

 その言葉を言い切った伊織の黒い髪から覗く双眸は、驚くほどに凪いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相手コートを見ていた烏野高校チームは、驚き固まっていた。

 今まで、デディケート・シフトでコースを絞られることやたまたまレシーブされたりで、止められたことはあった。だが、完全に読まれてレシーブされるということはこの夏までに一度もなかったのだ。そんな簡単に止められていい代物ではないことは全員一致の認識であったから、余計に驚いているのだ。

 

 影山は、レシーブするときの伊織を見て、まるで心臓を握りつぶされるのではないかと錯覚するほどのプレッシャーを受けていた。そう、口元は笑みを形取っていたのに、いつも優しげな双眸で周りを見ている伊織の瞳が全く笑っていなかったのだ。

 そして、自分の才能を活かしたと言われている、取るのが難しいと思っていたセットからのスパイクが、子どもを甘やかすように柔らかく取られたことに茫然自失となった。

 

 周りのメンバーが呆気に取られている中、1人だけ違う人間がいた。

 

 「斉藤先輩すっげぇな!な!?影山!!」

 

 オレンジ色の髪を持つ背の低い先程のスパイクを打った少年は、満面の笑みとテンションが最大限高くなったような声音で影山に詰め寄った。日向にとって、今まで綺麗にレシーブされることのなかったスパイクが取られたことは、確かに驚くことであったがそれ以上に素直に凄い、と思っていたのだ。

 だからこその言葉に、影山は漸く身体の強張りから解放された。

 

 「・・・おう、すげぇ。」

 「・・・?どうしたんだ?影山。」

 

 いつもより元気がないように感じる影山の返事に、訳がわからないといったように首を傾げる日向。

 

 (そうか、俺は緊張していたのか。・・・こわい、と思っていたのか。)

 

 影山は漸く気づいた。初めて、あの先輩を怖いと思ったのだ。だから緊張していた。

 誰でも、訳のわからないものは怖いのだ。

 

 こんなことを思ったのは、オイカワさんを相手にしたときだけだ。まだ、心臓がドクドクいっている。血が逆流しているかのように身体が熱い。

 

 「もっと、もっと、強くならないと。」

 

 影山は、斉藤伊織をじっと、強い瞳で見つめた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 練習終わりに、月島は山口と2人、帰宅路を歩いていた。

 頭の中は、さっきの試合での苛立ちとなんだかよくわからない焦燥感、モヤモヤでいっぱいだ。

 

 「・・・あぁ、イライラする。」

 

 いきなりイライラすると言った月島に驚いた山口。山口は、刺激しないようにイライラの理由を聞く。

 ツッキーとは小学生の頃からの仲、ツッキーに合わせた話し方などとっくにわかりきっているのだ。

 

 「なにがイライラするの?ツッキー・・・。」

 

 月島は、ちらりと山口を見て、大きく溜息を吐き、気怠げにぽそり、ぽそりと呟いた。

 

 「・・・斉藤センパイのサーブとかスパイクとか殆ど僕か日向に打たれたし、日向と同じレベルに見られてた。それになにより、・・・全然取れない自分に、腹が立つ。」

 

 そう、狙われたのも、日向と同じレベルに見られたのも、レシーブできなかった自分にも、全てに腹が立つ。

 斉藤伊織という人物を相手にして最初に狙われた後、静かにじっと見つめられ、大きなナニカに飲み込まれてしまうと思ったのだ。遠くにいるのでまるで近くにいるかのように、そして敵うはずのないバケモノのように大きく、・・・怖く、感じた。日向が小さなケモノであるならば、斉藤伊織は成長しきって獲物を虎視眈々と狙っている怪物だ。

 

 「あの人はきっと、僕が取りづらいと思ってる角度とか、癖とか全部見切って、理解してゲームを作ってた。他の人も同じ、だから皆動きづらそうにしていたんだ。」

 

 (しかもそれを味方と共有しないで1人でやってた。コートにいた僕たちは、全部操られているかのように動いて、1つ1つ攻略されていったんだ。どんな人だよ、ホントに僕と同じ人間?)

 

 それを聞いた山口は、目を見開き、立ち止まり、全身で驚きを表現していた。それはそうだ、最早離れ業の域なのだから。

 

 「嘘でしょ・・・、ホントに・・・?」

 「なんで僕が嘘つかなきゃいけないの、バカなの?」

 「ツッキーのことは疑ってないけど、だって、それがホントなら、どうやって勝てばいいのさ・・・。」

 

 今の状況で勝つことはほぼムリだよ。

 そう、月島は思ったが、口に出すことはなかった。目の前にいる頭がいっぱいな友人の頭をさらに混乱させるわけにはいかないからだ。

 

 月島はそんな山口を無視して、言葉を続ける。

 

 「それに加えてあのトス。あの王様が完璧って呟くような代物だよ。ブロックだってまさかセンパイがトスするなんて思ってなくて結局間に合わなかったしレシーブなんてぐだぐだ。ホントに何者かと思ったよ。」

 

 最終得点の時、ファーストタッチは町内会チームでセッターをやっている人だった。だから、単調な攻撃しか来ないとどこかで安心した僕たちをせせら笑うかのように、斉藤センパイはトスをした。あの王様が無意識下でも完璧と呟くような代物だ、きっととんでもないのだろう。

 月島は、影山のことを王様と呼びつつも、内心では技術を認めていた。天才だということもわかっている。その天才があれほど感動するのだ。

 

 (きっとあのセンパイも人間離れしちゃった天才なんだろうね。嫌になるよ、ホント。)

 

 天才と呼ばれている人間達が、何の努力もなく天才と呼ばれているわけではないということはわかっている。でも、自分が同じ努力をしたとして、同じ結果になるかと聞かれれば違うと答えるだろう。

 凡才がいくら努力をしたところで、努力する天才には勝つことは出来ないだろう。実際に戦ったことなどないから確実なのかは定かではない。けれど、なんとなくわかってしまう。

 

 「まぁ、僕は適度にやるよ、バレーは。」

 

 そう呟いた月島の表情は、悔しいような諦めたような、何かを我慢しているかのようなものだった。

 

 それを山口は、なにも言わず、横から心配げに見つめていた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 所変わり、電灯が立ち並ぶ帰宅路。中には、電球の切れかけた電灯もあるからか、少し薄暗い。

 

 そこを、縁下力とその友人の斉藤伊織が共に歩いていた。途中まで西谷や田中もいたが先程別れたため、今は2人である。

 

 伊織は、右手を胸のあたりまで持ち上げ、唐突に呟いた。

 

 「最後したトス、みんな驚いたり褒めてくれたりしたけど、手はこんなに震えてる。」

 

 よく見ると、細やかに震えている。右手だけでなく、押さえている左手も震えている。制御できていないようだ。

 力は、伊織の顔を見ると、徐に立ち止まった。

 

 「伊織。」

 

 俯いていた伊織はふと顔を上げる。

 その顔は血の気が通っていないように、先程まで動いていたとは思えないほど真っ白で、緩く開かれた瞳の奥は揺れている。

 力は、伊織の手に自分の手を上から重ねて熱を分け与えるように握った。

 

 「こわかった?トスを上げるのが。」

 

 伊織は、緩く開かれていた瞳を大きく開いたあと、目を伏せた。次に力の目を見る伊織の顔は、今にも泣きそうな迷子のようだった。

 

 「・・・こわい、こわかった。信じてるはずなのに、頭ではわかっているのに、心がこわいって言うんだ。信じてる、のに、・・・っ。」

 

 仲間のことを信じているはずなのに。中学の時とは違う人たちだと頭ではわかっているのに。

 それほどまでに、伊織にとってトスというものは、中学のあの試合を思い出す()のようなものとなっているのだ。

 

 「俺、まだちゃんと、信じられてなかったの、かな・・・。」

 

 そう言った伊織の長い睫毛で形取られた美しい瞳から一粒、二粒と水滴が流れ落ちた。

 

 力は、溢れる水滴を指先で優しく掬うように拭い、そのまま両手のひらを伊織の頬へと置いた。

 伊織の瞳が大きく揺れる。

 

 「信じることが出来たから、バレー一緒に出来たんだよ。信じていなかったら最初から何も出来ないでしょ?・・・信じていても出来ないことはある、でも、それをこれからどうにかしていくんでしょ?」

 

 瞳の揺れはもう、ない。静かに、それでいてなにかを思い直したように伊織は頷く。

 涙はほぼ、止まっていた。

 

 「・・・うん。」

 

 力は、伊織の返事を聞き、笑顔で頷いた。頬に置いてある両手の親指でぐい、っと涙を拭い、離した。

 

 「もう、大丈夫だね?」

 

 伊織は、泣いて赤くなった頬のまま、蕩けるような笑みを力に向けた。

 

 「うん、ありがとう、力。」

 

 

 

 月の光がきらきらと夜の闇を照らしている。雲がかかると月の光が遮断されるように、心にも何かをきっかけに唐突に暗くしてしまう何かがあるかもしれない。けれど、雲が風によって流れまた月が顔を出すのと同じように、心も何かをきっかけに晴れていくことがあるのだ。




(1日で一気にお気に入りの数が増えたりコメントが来たりして思いっきりびびった・・・何回も背後を確認してしまった・・・)


第3章では時飛んでインターハイの話ですかね、といっても部員じゃないので伊織さんは試合には出れません・・・。これ以上はネタバレになってしまうので秘密ですが楽しめるように書こうと思います。


(3章いく前に短編とか、書こうかなってちょっと考えてる)

あと、順次前に書いた話を加筆修正しているので、興味のある方は読んでみてください。そんなに変わってないけど細かいところが変わってます。




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