ある鬼の終わり (氷陰)
しおりを挟む

土鬼

アニメ見てたら藤襲山の手鬼が手を握ってもらってたのが羨ましかったので戦闘描写練習がてらの投稿です。




 

 

 ───────とうとう鬼狩りが俺のところへやってきた。

 

 

 

 深い深い山の奥。盆地にある廃村に向かってくる奇妙な子供が1人。

 真っ黒な洋服の上に、緑と黒の市松模様の羽織。木箱を背負ってだんだん俺の縄張りへ近づいてくる。額に傷のある少年だ。

 

 俺よりずっと若いけれど、人間を形作る「経験」は少年の方がずっと多いような気がする。

 

 

「まあ人間の頃の記憶なんてあんまりねえから、この見解も間違ってるかもしれねーけど…」

 

 

 しかしあれは噂に聞く鬼殺隊だ。迎え撃たねばならない。村から敵を視認して直ぐに移動した。

 

 人間の頃は街中で何かの仕事をしていたと思うのだが記憶はおぼろげだ。鬼になる前の年齢なんか知らん。

 大事だったらしい人はいつのまにか足元に血塗れで落ちていて、とても心が空虚になっていたのは覚えている。でもおかしいことに、俺が鬼になったと自覚した時……心の中で何かを決意していた。

 

 そしてその決意は市松模様の羽織を見た時から、強い割合を占め始めた。俺はもしかすると人間の頃に「何か大事なこと」を知っていて、鬼になった今為すべきことをしようとしているかもしれない。鬼になってその内容はさっぱり忘れたが。

 

 とにかく俺に、鬼殺隊の少年から逃げるという選択肢はなかった。

 

 

 

 もう日は暮れている。鬼の時間、鬼のテリトリー。そこに迷わずまっすぐ向かってくるという事は、少年は勘が鋭いのか鼻がいいのかもしれない。しかし山道をごく普通の歩みで進んでくる。

 

 警戒はされているだろうが、先手を取られるよりはマシだ。所在を掴まれていない今、攻撃することにした。俺はそこまで頭が良くないから戦い方が脳筋に寄るのは仕方ない。

 

 そう言い訳を頭で並べながら、村にあった(くわ)を少年目がけてぶん投げた。

 ブオンッ! なんか結構大きい風切り音を出してしまった。

 

 

「ッ! 鬼の匂い!」

 

「こんな夜中に何の用だア? この先には廃村しかねえぞ」

 

 

 言わなくても相手は鬼殺隊だ。理由は鬼だとわかりきっている。思ってたよりスピードが出た鍬は軽く躱されて地面に突き刺さった。ちゃんと当てるつもりだったんだけどなあ。

 彼は驚いたが、俺をみるや否やすぐさま刀を抜いた。

 

 少年の目線が俺の目とかち合う。……ああ、なんだかよくわからないけれど、こいつの目は「優しい目」であり「哀しみの目」であり、「怒りの目」だ。なんだか泣きたくなってくるから焦点を眉間にずらした。

 

 

「……このあたりにいるという鬼を、倒しにきた! お前が()()だな!?」

 

「この先の村には俺しか住んでないから間違いない、だろうな」

 

「ひどいにおいだ。今まで何人……食べたんだ!」

 

「うーん、覚えてる限りだと20は喰ったはずだぜ。村のやつらのほとんどだ。……ああ、逃げたやつから俺の情報がバレたのか」

 

「………ッ!!!」

 

「そんな顔すんなよ。どうどう。()()()()()()()()()()()()? 無いなら殺すぞ」

 

 

 俺は鬼になりたての雑魚よりは流石に強いから余裕を持っている。だから話がしたいなら少しは聞いてやる。目の前の少年もなりたて、なんだろうなあ。俺に意識を全て集中させているようだ。視線が痛い。

 

 彼の目に俺はどんな風に映っているのだろう。()()ほつれていないけど色褪せた朱色の着物にざんばら頭。鬼の特徴以外に特異な点があるとするなら、輸入品のコートを着用していることか。多分そこそこ値が張ってる。あったかいんだよ、これ。

 

 ちぐはぐな姿かもしれん。いや俺が言ってるのはそういうことじゃない。いや、そもそも「鬼狩りから見た鬼」なんてただの討伐対象だから考えるまでもなかった。

 

 

「………鬼から人に戻る方法を知っているか」

 

「知らねえ。俺みたいな下っ端がわかるわけないだろうが」

 

「じゃあ鬼舞辻無惨について」

 

「言えない。死ぬ。他には?」

 

「………ない!」

 

「じゃあ、こ、ろ、すっ!!」

 

「っ、ぐうっ!??」

 

 

 地を蹴り一息で接敵。少年が反応するより早く足をつかんで投げる。すぐ木にぶつかった。……いや体勢整えて受け身取ってるな。木を踏み台にしてこっちに向かってくる。

 

 刀ごと爪で吹っ飛ばそうとして────相手が鬼殺隊というのを思い出す。

鬼舞辻無惨様(あのかた)」が言っていた。鬼殺隊の使う「日輪刀」は鬼の(くび)を斬り滅ぼすことができる、太陽と同じ鬼の弱点なのだと。

 

 少ししか使ったことないけど「血鬼術」、使ってみるか。というか咄嗟に出しちゃったけど。

 俺は土を操ることができるらしい。地面から土柱を生やして顔面にクリーンヒットさせた。

 

 

「土遁! なんちゃって」

 

「つち…!? 土を操るのか!」

 

「リカバリー早くない? 軽い脳震盪起こすくらいの威力あったと思うんだけど……鬼殺隊ってタフなんだな」

 

「リカ……たふ……? なんて言ったんだ!?」

 

「気にしなくていーいー! そうら、次行くぞっ!!」

 

 

 立て続けに土の棘を生やしていく。先端をめちゃくちゃ尖らせているので、まともに当てることができれば一発だ。まあ少年は鬼殺隊だから多少擦りはすれど直撃はあり得ない。

 

 ────弐ノ型・水車(みずぐるま)

 ────捌ノ型・滝壺(たきつぼ)

 

 最後の土棘は剣術の型で回避された。勢いづいた流れで俺の真上から切りかかってきたので土でバリアを作る。技を受けたことでバリアは崩れたが、俺自身に損失はない。できるだけ距離をとった。

 

 

「それがお前らの力か。鬼殺隊ってのはみんなそうなのか?」

 

「俺は他の隊士をよく知らない! けど、きっとそうだ!」

 

「お前もまだ知らないことだらけか。俺もだよ」

 

 

 鬼殺隊に遭遇したのは初めてだ。少年の使う変な呼吸が「水の呼吸」だとなぜか俺は知っていたが、初見だった。

 少年は人の身でありながら鬼と同等の力を持っている。先に少年を襲ったのは俺だが、戦いを仕掛けたことを少しだけ後悔した。

 

 

「少年……ああ、なんかこの言い方嫌だ。お前、名前なんていうんだ」

 

「竈門炭治郎だ!」

 

「炭治郎、ね。俺はあ…名前忘れたな。土方(ひじかた)とでも言っておこう」

 

 

 そう言う間に次の一手の準備をする。

 

 ────血鬼術・土遁、落とし穴。

 安直な名前だが、深さはショベルカーで掘るより深く、側面は凹凸のない壁だ。ついでに1番下は針も仕掛けておいた。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 炭治郎が上がってくるのを待った。

 

 






炭治郎目線で進める話を2話目に、オリ主目線の締めの話を3話目にして投稿する予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炭治郎

 

 

 

 ヒュオオオオ──────体が、落ちる。

 落ちる。落ちる。止まらない。

 

 人食い沼の鬼の時は自分から入っていったし、まわりは水分の多い泥みたいだったからどうにかできた。

 

 でも今は何もない空中だ。落とし穴らしいが深すぎる! 

 

 

(このままじゃ地面とぶつかって……!!)

 

 

 穴の側面は型でくり抜いたように平たい。体勢を整えて減速させなければ俺は死ぬ。禰豆子も……死にはしなくてもきっと、絶対痛い思いをする。それを受け入れるわけにはいかないのだ。

 

 この穴は深いが、幸い俺と壁面との距離は刀が届く程度。

 刀を突き刺すのは気が引ける。……刃こぼれする可能性はあるが、技を打ち壁に掴まることのできるくぼみを作らなければならない。

 

 ────全集中・水の呼吸、捌の型・滝壺! 

 

 

「っ、やったっ…………うおおおおおおあああっ!?」

 

 

 狙い通り、土が広く深く抉れた。しがみつける穴の幅と速度で助かった! 手をかけたはいいが、そこから更に壁が崩れる。なんとか必死にしがみついた時には、思わぬ幸運があった。

 

 

「穴だ…道を掘ったのか? あの鬼の仕業か」

 

 

 どうやら土方と名乗った土鬼が俺に仕掛けた深い落とし穴、その横に別の隧道(ずいどう)が隣接していたらしい。大人が1人屈んで倒れる程度の道が上りと下りへ伸びている。

 

 少なくとも、落とし穴の方から上に戻れたとしても入り口で待っているであろう鬼を倒すのは分が悪い。一度態勢を整えるためにも隧道を上へ行くことにした。

 

 俺の体躯的に、禰豆子を背負ったままでも頭を下げるだけで前へ進めた。明かりもないのでひたすら手の感触と匂いだけで行く先を確認する。

 背中に禰豆子はいてもなお心細さを覚える闇の中、先ほどの鬼について考える。

 

 ああそうだ、匂いといえば。

 

 

「…あの土の鬼、殺意や憎悪の匂いがしなかった」

 

 

 あちらは鬼でこちらは人なのだから攻撃してくるのが当然なのだが、俺を食べようとか殺そうとか、憎いとか。……そういう匂いは一切なかった。また、質問には答えるし会話も成り立っていた。

 

 期待、尊敬、覚悟、同情。それらは感じ取れたが、今まで嗅いだことのない複雑な匂い。他にも色々と混ざっていてよくわからなかった。その奇妙な匂いを俺にぶつけてきたのだ。

 

 攻撃に手加減された感じは無かったが、恐らく俺が突破できる術があると確信して攻撃している。俺に対して鬼らしくないあの鬼の対応は、まるで鱗滝さんの修行のようにすら感じた。かといって、

 

 

「……でも、人を食べた匂いはたしかにあった……」

 

 

 ────親しみは一切感じない。本人も20人は食べたなんて言っていた。土方…鬼は嘘をついていない。数えていなかっただけだろう。

 

 

「50人と言った手鬼よりは臭くないけれど、絶対に20どころじゃない。……30、いや40人は………」

 

 

 それに沼鬼のように、人をよりたくさん食べた鬼が身につけるという鬼の異能(けっきじゅつ)を使ってきた。今までも、そしてこれからも、あの力を振るって人を食うのだろう。

 

 土鬼の思惑がどうであれ、人を食べているのだから、俺があの鬼を斬らなければならない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、人が多いところへ向かう前に食い止められそうでよかった。

 

 

 

 ぶつぶつと独り言を漏らしながらどれだけ経ったのだろう。ようやく月明かりが射し込んでいるのが見えた。出口だ。

 

 残り香はあるが、鬼本体は近くにいない。経過時間がわからないが穴に気配のない事を怪しく思っているはずだ。あの鬼のことだから俺があそこにいないのをわかっていて、あえて同じ場所にあるかもしれない。

 

 

 

 ────そして仄かに混じる、生きている人の香り。

 

 少し高さがあったのでよじ登って辺りを見回す。家が立ち並んでいて、いたるところに穴が空いている。土鬼の言っていた廃村らしい。穴は血鬼術だろう。

 

 1番近い家の戸を静かに開けて中を覗き見ると、血が点々とこびりついていた。それからなぜか…小皿に乗ったたくあんがど真ん中に置かれていた。他の家もいくつか回ったが、同じようにたくあんが置かれている。

 

 なんだ、これは。ご丁寧に血飛沫の上から。……『供え物』……いやまさか。自分で食べた人間を弔った? 訳がわからない。

 

 混乱しながら6軒目の戸を引くと、囚われた人がいた。1人で怯え続けていたようだ。縄ではなく土で手足を固められていた。…どう見ても、食べる予定だったのだろう。ここには血もたくあんもない。

 

 

「…………! ああう………ゲホッげほっ!」

 

「今助けます!」

 

 

 意識はあるのですぐさま固められた土を刀で砕く。腕が交差していなかったのは幸いだ。土も口に含んでいたらしいので水で漱がせる。

 

 

「お、鬼が……! 村に、鬼っゲホッ……」

 

「わかっています。俺が倒します! あなたを食べさせはしません。すみませんが待っていてください」

 

 

 麓へ行くには土鬼がいるであろう道しかない。だから「すぐ逃げろ」とは言えなかった。

 

 また、なんとか伝えようとしている話を聞くと、たくあんが置いてある家の人はすでに食べられて、あらかじめ捕まえていた村人を毎日2人ずつ食べているのだと言う。気まぐれに目の前で喋ってきたそうだ。この分だとまだ他にも捕まっているかもしれない。

 

 

 

 鬼の匂いが、近づいてくる。

 どうやら痺れを切らしたらしい。反射的に刀を抜き、家を出て匂いの方へ走る。

 

 土鬼を視界に入れて5歩のところで地面に異変を察知した。ジャキンッ!!! 横に飛び退くと土の針がもの凄い勢いで生えた。

 

 

「よう。随分と待たせやがって。俺は佐々木小次郎か?」

 

「………お前…」

 

「んん? なんだ、村を見て回ったか? 俺の保存食でも見たか? 食べ残した訳じゃないぜ、俺は骨くらいしか残さん。ほら、全部一気に食べたら…もったいないだろうが」

 

「…………ッッ!!!!!!」

 

「キレてんのかあ? なら俺の首を掻っ切ってみるんだな、炭治郎っ!!」

 

 

 頭がカッとなったが、鬼の手の平から土を投げられたのはしっかり見えた。更にそれが細長く凝縮され、俺に降りかかろうとする。

 

 

「さっきの落とし穴を掘るときに余った土だぜ。これが本当の土砂降りってなあ!!! これは回避できねえだろう」

 

「ヒュウウウウ………」

 

 

 土はどんどん追加され、雨のように広がっていく。走って逃げるだけでは避けられそうもない。

 

 ドドドドドドドド────落ち着け、落ち着け! 呼吸を整えろ。……ギリギリまで迫って、技を放った。

 

 ────参ノ型・流流舞い! 

 

 流れるように移動しつつ、降ってくる土礫を斬り、弾く。礫が地面に当たることで土埃も大量に舞った。息がしにくい。全ては弾ききれなくて腕や頰を掠っていく。血も出るし土がついて痛い。

 

 ……それでもやらなくちゃいけないんだ! 

 

 この土埃の濃さなら相手からも俺の影は見えない。俺も鬼の姿を見ることは叶わないが、匂いでどこにいるかがわかる。

 

 下。地面の下だ。これで不意打ちを仕掛けられると思われたらしい。村のいたるところにあった穴はやはりこの鬼の仕業だった。新たに穴を掘って俺へ強襲するつもりだな! 

 

 流流舞いの型のまま、匂いが強いところを辿る。あちらも移動しているが、沼鬼のように地面の下が有利な地形というわけではなさそうで、動きは遅い。

 

 だから1番匂いの強いところへ技を出していた勢いのまま、突きを繰り出した。

 

 ────漆ノ型・雫波紋突き。

 

 手応えを感じると同時に土鬼が飛び出てくる。俺から距離を取ろうと後ろは飛び退いた。しかし、出てきたなら頸を斬れる。

 

 

「グアアアアアッッ!!?? てめえっ!」

 

「……! 壱ノ型…っ!」

 

 

 ────水面切り! 

 

 焦った鬼が土を操るために姿勢を屈ませる。やらせはしない! こちらが技を出すのに気づいて土をかけられたが血鬼術の力は及んでいなかったらしく、脅威にならない。奴はすぐに後ろへ飛んだが、俺は右手首と左手の指を真一文字に切り捨てた。

 

 

 

 さらに、土鬼は地面と接していない。空中だ。

 木や家も遠いし、俺が落とし穴に落ちた時のような壁もない。つまり、土鬼はもう何をしても回避ができない。

 

 

「見えた…隙の糸!」

 

「ッ、クソがっ!」

 

 

 もう一度────壱ノ型・水面切り。

 

 

 

 斬。鬼の頸は斬った。

 

 胴は崩れ落ち、頭は弾んで左へ転がった。体の方から崩壊が始まった。日輪刀で鬼を切ればじきに滅ぶ。体が再生する様子もないし、あとはそれを見届けるだけだ。

 

 なんだか変な鬼だった。決して弱いわけではなく、攻撃は直撃すれば大怪我をするか最悪死ぬものばかりなのに、殺そうとしていない。現に俺の負ったケガは土の雨が掠って血が出た左腕と頰くらいだ。他にも色々ある謎について考えるが、答えは出ない。

 

 ……こういうのは本人に聞くしかないのだろう。あまり心配していないが、答えを知りたくて、俺はもうすぐ死んでしまう鬼に話しかけた。







(どっかガバってるかもしれない…)
あと一話の予定です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ある鬼の終わり

 

 身体が、塵になって消えてゆく。

 

 死にたくないとは口が裂けても言えない。俺が言っていい願いではないから。

 

 少しずつ、少しずつ、人間であった頃の記憶を取り戻すたびに体の中を蠢いていた気持ちの悪い感覚も消えていく。死にかけだというのに気分は晴れやかに、思考も明瞭になっていく。

 これはきっと、もう必要のなくなった「鬼舞辻の呪い」が外れる感覚なのだろう。そう確信した。

 

 そして、俺が死ぬまでに紡ぐ言葉は懺悔であり、本心となる。

 

 

「なぜ、俺を殺さなかったんだ。いくらでも隙はあったんじゃないか」

 

「チャンス……良い機会だったからだよ。俺の元へ来る鬼殺隊士がお前なら、こうするつもりだった」

 

 

 複雑な表情で炭治郎は俺に問うた。俺は普通に受け答えしたつもりだったが、死にかけらしく気だるげなゆっくりとした声しか出なかった。

 

 

「炭治郎があまりにも弱かったら、俺にその気がなくてもお前は死んでいた。だから、生き残ったのは炭治郎自身の力だ」

 

「俺は鬼を斬る。だけどお前は俺を生かすつもりだったのは間違いな……」

 

「俺はな、『竈門炭治郎』に斬られようと決意してたんだぜ」

 

「………? どういうことだ?」

 

「……俺は未来の事を少しだけ知ってたんだ。お前が鬼殺隊士になることを、これからもっと強い鬼を斬ってゆくことも。最初に思い出したのは……鬼になる瞬間だから、だいたい1()()()()かな」

 

「1ヶ月……!? たったそれだけの間に多くの人を食べて、血鬼術まで使えるようになったのか!!?」

 

 

 ああ、確かにかなり早いかもしれない。超スピードだ。俺が鬼になる時にこの世界が「鬼滅の刃」だと気づいた転生者だったからか、俺を鬼舞辻無惨に紹介したやつの見立て通り「変な考え」を持っていたからか、理由はわからないけれど。

 

 でも、それでも腹が空くのが止められなかったんだ。

 

 それに俺は食った人の数を途中から数えていないけれど、目の前の少年はよく利く鼻で俺の食った正確な数がわかるのかもしれない。20くらいってのは鯖を読みすぎていたようだ。

 

 まあそれは今本筋ではない。驚くのは後にしてほしい。

 

 

「それで、お前が鬼に対しても悲しむような『優しい鬼狩り』だって知っていたんだ。お前に自覚があるかはともかくな」

 

「俺はっ! 優しくなんてない。そうあろうとしているけど、そう…うん。甘いだけだ!!」

 

「……だから鬼になった時、斬られるならお前がいいと思った。そんな()だから」

 

 

 淡々と言葉を連ねる。終わりはもうすぐそこまできているから、長くは話せない。

 

 炭治郎は話を聞いて、優しいという評価に怒り俺の身勝手さに憤っている。主人公だなあと呑気に思った。

 それでもなお悲しい顔を隠せない。炭治郎は悼まずにはいられない。

 

 そうだ。その顔で見送って欲しかったんだ。やっぱり優しいよ、お前は。よかった…願いが叶った。

 

 体は完全に消え、もうじき頭もなくなる。その前にアドバイスになりそうなことは言っておこう。俺のわがままに付き合わせた礼になるかは定かじゃないが。

 

 

「強い上位の鬼は再生力が段違いだ。ただ頸を切るだけじゃ再生の方が早い。特に()()()はな。日の光が確実だぜ」

 

「え?」

 

「あと、畑が広がってるところに一番近い家が俺の家だ。なんか必要だったら持っていけ」

 

「……なんで」

 

「さあな。じゃあ頑張れよ主人公(たんじろう)。妹と元気で。

 ……ああ、でもちょっと悔しいな……」

 

 

 ────また土に還れなかった。

 

 

 

 

 

 

「ああ、ありがとう……! 鬼を退治してくれて…!」

 

「いえ……はい、どういたしまして」

 

 

 ────不思議な、とても奇妙な鬼だった。

 

 やはりあの土鬼は多くの人を食べていたらしい。鬼が死んだことで土の枷から解放された村の人達が、誰が生きているか確認を取っていたのだが、少なくとも村の半分は食べられてしまい亡くなったそうだ。

 

 それでも30人弱らしいので、別の場所で暴れていたのだろう。噂を辿ればわかるだろうか。

 

 考えても答えは出ない。とりあえず少し休みたいが、先に鬼の家に行くことにした。

 

 

「あの、すみません。畑が見当たらないんですけど、どちらにありますか」

 

「畑……? 坊主、もしかしてあいつの家に行くつもりか」

 

「ええ、はい。駄目でしょうか」

 

「まあ、いいけどよ……オレたちも近寄りたくないが、いずれは捕まっていた分の畑も耕さにゃならんしな。気をつけてな」

 

 

 教えてもらった方向へ行くと、確かに家があった。村にあったものとつくりは変わらないが、ところどころ補強されている。周りに家はないが、畑の方を見て目を見張った。

 

 

「これは………この畑……すごい…」

 

 

 広大な段々畑は丁寧に整地・手入れがされており、パッと見るだけでも実る野菜は瑞々しい。特に大根はいっとう大きく、範囲も広くとってあった。中には旬でないものも含まれたが、それはここが涼しい山だからだろうか。

 

 村人は全員捕まって動けなかった。つまり、ここにある畑はその間全てあの鬼が管理していたことになる。あの土を操る血鬼術で補ったのか。少なくとも他の村人が急いで手入れをする必要はないらしい。

 

 

「……はっ、そうだ」

 

 

 正気を取り戻して、本命のあの(ひと)の家へ入る。鍵はなく戸を開いた。

 

 中は別段変わったところもなく、漬物の匂いが沢山あるくらいだ。壺もやたら多い。たくあんが好きだったのだろうか。それと、腐ったような特有の残り香に血の匂いがほんの少し。ここが鬼の家だという事を俺にはっきり示してくる。

 

 少しの罪悪感を胸に箪笥を漁ると、救急箱や非常食と書かれた缶が見つかった。非常食という単語に少し身構えたが、中身は小麦粉に砂糖の匂いがする───麺麭(パン)の香りに近いが、かなり固い───ビスケット、もしくは乾パンというやつらしい(そう書いてあった)ものだった。

 禰豆子も喜ぶだろうか。

 

 

「あ……そうだ禰豆子! ごめんずっと背負いっぱなしなんだった! 大丈夫だったか禰豆子」

 

 

 戦闘中はもちろんきちんと気にしていたのだが、ずっと狭い中で揺れて辛かっただろう。でも禰豆子は出てきても俺の頭を撫でるだけだった。本当にごめんなあ…。

 

 薬は鱗滝さんから貰ったものがある。包帯と乾パンを始めとして使えそうで、なおかつ持てるものだけを選んで持って行かせてもらうことにした。それとたくあんを少し。

 

 

「……使わせていただきます」

 

 

 家から出ると、また立派な畑が目に入る。しかしさらにその奥の方に奇妙な空き地を見つけた。

 

 

「なんだろう、あそこだけ木がない。畑ではなさそうだ」

 

「………」

 

「行ってみよう」

 

 

 

 

 

 

 ────そこは墓地だった。大層な石碑はないけれど、確かに人を弔った跡があった。誰の仕業かはいうまでもない。

 

 

「そこまでの心があって、どうして………」

 

 

 遣る瀬無さが心を襲う。禰豆子が隣にいてくれなかったら蹲っていたかもしれない。

 

 わかってはいるんだ。普通鬼は人を食べたいという欲求を持ち、それに抗うことはできないと。食べないという意思を見せてくれた禰豆子がいてくれるから、時折忘れてしまう。最終選別の時の鬼も手鬼以外全ての鬼が飢餓状態だった。

 

 盛り上がった土の上に大きめの石が乗せられている。一緒に簪や着物の帯といった、身につけていたであろうものが添えられていた。数は27。恐らく食べた村人の数と一致するだろう。村の人が見れば誰がどこにいるかわかるだろう。

 

 また、穴が3つ空いたままになっている。2つは今日食べる予定だった人の分で、もう1つは。

 

 

「土に還れなかった、そう……言っていたな」

 

 

 彼が知っていたかは定かじゃないが、鬼になった時点で「土に還る」なんて叶う話ではなかったのだ。それでも願った。願っていた。

 

 

 

 

 

 

 この長いようで短かった夜は、村の人の家に泊まらせてもらい明けていった。朝になってこっそりと、穴の1つにあの人の外套や着物を埋めた。本人の思っていた「土に還る」と同じではないけれど、少しでも、と。

 

 畑から帰ってきた俺に心配事が積み重なり続けている人々が声をかけてきた。

 

 

「土方の野郎、こんなに村をめちゃくちゃにしやがって……! ………俺たちを食いたいほど、嫌っていたのか? 憎んでいたのか?」

 

「そう、ですかね。とりあえず、俺はもう発たなければならないので、早めに畑の方へ行くべきだと思います」

 

 

 次の目的地は浅草だ。鎹鴉(かすがいがらす)がうるさいのを静かにさせて、歩き始めた。

 日が暮れるまでに着くはずだ。頑張ろう。

 

 

 






あとがき

ひとまず終わりです。読んでいただきありがとうございました。

でも書きたい部分が増えたのでもう1話投稿することにしました。本誌で出た情報バレを含む話になります。
3日以内には上がります、多分!

それから、原作に登場する鬼たちが死に際に人間の頃まで含めた過去回想をすることから、本作では「死ぬ寸前は鬼舞辻無惨とのつながりが消えている」と解釈しています。

もっというなら鬼になる時には人としての倫理観もある程度操作されている(忘れさせている)と解釈しました。

最後になりましたが、閲覧、お気に入り、感想、評価等々応援ありがとうございます! とても嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ある人の終わり・上

書きたいところ増やしたらめっちゃ増えました。こんなつもりじゃなかったのに…。




 

 

 日常が崩れる時は血の匂いがする、とはよく言ったものだ。鬼としての最初の記憶は、あたりに点々と落ちた血だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は平成の時代で死に、明治の終わりに生まれて大正を生きていた。転生でしかもタイムスリップなどという不思議な目にあったが、そこそこうまく生きられた。盆地にひっそりと存在する村の中で畑を耕す。人間必要なものが最低限あれば簡単に生きられるもんだ。

 

 それに現代の都会で生活していた俺には、田舎暮らしの方が性に合っているらしかった。まあ、ここも一応東京なのだが。親はどちらも早くに亡くしたのに俺が生きられたというのだから、そういうことなのだろう。土いじりが存外楽しかったのもある。

 

 こんな田舎じゃあまり聞き慣れない外国語をポロッと口に出すせいか、やや村のみんなからは遠巻きにされていたような気も……いやでもお裾分けとかしあう仲だったし……。料理関係の固有名詞は割と浸透しているのに…。

 

 オレは嫌われていない、ちょっととっつきにくいだけだ。人並みに会話してるし。少なくとも村の人たちも優しく、息がしやすかったので、不満なんて1つもなかった。

 

 その優しい村の日常が崩れたのは、俺が前世の記憶を持って生まれた時か、それとも都会に行った村の若い奴が「万世極楽教(ばんせいごくらくきょう)」なんて胡散臭い宗教にド嵌りして帰ってきた時か。

 

 

「……俺はお前と仲良くないが、お前の親には世話になってるからひとつ文句を言うぞ。久しぶりに帰ってきて怪しげな宗教勧誘をするなよ、親不孝者ォ」

 

「わっかんねえ奴だな土方。いや、教祖様のことを知らないから当然か。

 教祖様はすごいんだ。俺の人生で味わった辛酸や苦労を労ってくれたし、とてもお優しい! 『よく頑張ったね、ここで休んでいればじきに極楽へ導いてあげるよ』と仰られた。オレは極楽へ行けるんだ! オレは報われる!! 極楽教では苦を否定し楽を享受するという、とても良い教えの元生きられるんだぞ。それに村へ極楽教を広めてくると言ったら快く送り出してくださった!!!」

 

 

 すごく熱弁された。信徒もそこそこいるらしい。どう考えても詐欺かただの狂気的な集団です、ありがとうございました。

 

 ドン引きした。この手の輩に屈してはいけないが、近所づきあいしている家の子供を放っておけない。このわけわからん宗教に騙されてる若者はたしか今年で16になるはずだ。俺は頭を抱えながら話を聞いた。

 

 

「だから俺と素晴らしき教祖様がいらっしゃる万世極楽教で布教とお布施しようぜ!」

 

「ほらやっぱ詐欺じゃねえか!!? 嫌に決まってんだろ、頭に脳味噌詰まってんのか! 

 というかなんで俺にばっかその話するんだよ……他にもいるだろ…」

 

「詐欺じゃない! 実際、教祖様はお若くしているのに100年以上生きている()()()()()貫禄をお持ちだ!! 

 それにお前、昔から言ってたろ? ()()()()()()()()()()()()()()()()って。もしかして神様を信じてないのかなと思ったら可哀想でさー」

 

「まあ確かに信仰熱心ではないけど! それでも俺は生きてんだから余計なお世話だっ!!」

 

「それで話聞いてもらってお前のことを思い出してさ、教祖様に話してみたんだよ。土方のこと」

 

「は?」

 

「そしたら『会ってみたいなあ』と」

 

「は???????」

 

「極楽教の寺院はそんなに遠くない。連れて行くって言ったから来てもらう」

 

「ファッキュー」

 

 

 

 

 

 

 ────そうやって無理矢理連れていかれた町で会った『教祖様』は、閻魔大王を彷彿とさせる格好をしたイカレ野郎だった。

 

 それ以外になんと表現したら良いのだろう。ああ、目玉がなんか変だ。いろんな色を含んでいて、よく見えないけど…文字が入ってる? カラコン…この時代にないな。髪の色は色素が薄めの金髪のように見えた。

 

 

「やあ、君のことは聞いてるよ。はじめまして、良い夜だねえ」

 

「………どうも、キョーソサマ。土方ッス」

 

「俺のことは童磨と呼んでくれ」

 

「………………………どうま…?」

 

 

 

 どうま…………童磨………? 

 

 

 

 

 

 

 ………………。現実逃避していた。組織の名前じゃピンと来なかったけど、集中するとわかる。うっすら漂う血の匂いと死の香り、それに「童磨」という名の教祖。

 

『鬼滅の刃』の上弦の鬼、それも上から2番目。

 

 これは現実か? 

 漫画の世界に転生云々とか自問自答したいけど、それどころじゃない。記憶通りなら目の前にいる男は『鬼』なのだから。本当に()()でなくとも、最悪を前提にした方が切り抜けられる可能性は高いはずだ。

 

 殴りも蹴りもして拒んだが、あのガキが全く折れないせいで結局はこいつに会う羽目になってしまった。退会させるつもりもあったが、知り合いならともかく他人の宗教勧誘を断るのはわけない、などと慢心していたのかもしれない。

 

 

「君の話を聞いて興味が湧いたから来てもらっちゃった。もしかすると俺に近い感性を持っているかと思ってね」

 

「絶対にないです。ありえない」

 

「本当にそうなのかあ。じゃあひとつ聞くけど、君は両親が亡くなった時どう思った?」

 

 

 ……俺のプライバシーをなんだと思ってるのだろう。言い方もこの上なく神経を逆なでする。勧誘してきたあいつ経由の情報だろうが、腹が立つ。童磨にも、気を強く持っているはずなのに自然と敬語になってしまう自分にも。

 

 

「苦しい最期ではなかったので、俺も穏やかに看取りました」

 

「そうか、それは良かった! 信者の皆の話を聞くに土に還ることを怖がる人が多い()()()から、心配だったんだ! 君自身は死ぬのは怖くないかい? 良ければ極楽教に入ってもいいんだよ?」

 

「余計なお世話です。死ぬのは怖いけれど……あんたに縋るほど弱くない」

 

 

 なんでこいつはわざわざ俺の肉親の死に際の話をしてニコニコしているんだろう。共感能力がないのか、教祖様は? この鬼と話すとどんどん心がささくれだっていく。そのかわり、いつも通りの口調に戻ることができた。

 

 否と断言した俺をみて、童磨は目をパチパチと瞬かせた。

 

 

「うんうん。君は心がまっすぐだね。それなら、君は死ぬことに何を望むんだい? 君はあまりみたことない考えのようだから、聞いてみたいなあ」

 

「『土に還ること』、それだけだ、それだけが望みだ。俺には神も仏も閻魔大王も()()()()必要ない。では失礼する」

 

「本当に君は普通でない考え方を持っているんだねえ。土に還ることを理解して受け止められる人はなかなかいないんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「っ、わからねえ奴だな! 俺はっ………」

 

 

 他人に左右される柔な意見は持ってない。俺の主張が理解されていなかったらしい発言を訂正しようと、童磨に向けた背を入り口に向けた。しかし目の前には居らず、視界には赤と黒が見えるのみだった。後々思い出すと童磨の服の柄だったようだ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あの方に選ばれるといいね」

 

 

 

 

 

 気付いた時には作りがごちゃごちゃした広い座敷(?)にいて、鬼の始祖と対面していた。

 

 

「これが貴様の見立てか」

 

「はい! きっと強くなりましょう、思考が普通ではないので」

 

 

 お前にだけは言われたくねえ、と俺に差された人差し指を睨みながら強く思った。もう一方の洋装の男に心を読まれるかと思ったが、あれは鬼に対してのみ有効だったか。

 

 

「童磨ァァ!!!!!!」

 

「もう起きたのか! 早いなあ。蹴ってもどうにもならないぜ」

 

「威勢はいいようだな。貴様に物怖じもしない」

 

 

 俺を脇に抱える童磨から離れようと、蹴ったり殴ったりと抵抗を試みるが意に返さない。

 

 鬼に殺されるだけなら別にいい。だが鬼にされるのは嫌だ。それに殺されたらどのみち喰われるから、俺は土に埋まれない。

 

 

 

 ───現代で死んだ瞬間の記憶。

 ガタガタ揺れる飛行機の中だった。機体が爆発して木っ端微塵になり、俺の体も塵と化した。欠片は空と海に飛び散って、鳥や魚の餌になっただろう。

 

 爆発がチリチリ熱くて、風の音が轟々とうるさくて、墓に骨も入れやしない。そんな最期。なんで俺が、とは思わなかった。他の乗客(一緒に死ぬ奴ら)もいたから。

 

 でも、死に方も何も為していない人生も不満だった。

 

 ゆっくり息を引き取ってから、冷たくて、静かな墓の下。そこがいい。俺の終わりはそこがよかった。なんの因果か2度目の生を得られたのだから渇望するに決まっている。

 

 

「あっそうだった! ねえ君、『青い彼岸花』って知ってるかな? そう、青い彼岸花。探してるんだけどなかなかなくてねえ。難儀してるんだ」

 

「知らねえよ! 見たことねえっ! いくら探してもないんなら、作ったらどうだ!! 外国にはそういうのを研究してる奴らもいるらしいぜっ!」

 

「ほう、なかなか面白い発想だ」

 

 

 青い薔薇が作られたのはもっと後の話だが、別に悪いアイデアではないだろうし、着手している所もあるはずだ。少なくとも俺には出来ん。接ぎ木では最初からない特性は付け加えられない。

 

 まあ出来ても青紫までが関の山なのだが。青い水で染めれば真っ青にもなるが鬼舞辻無惨が欲しいのはそういうのじゃないんだろう。ざまあ。

 

 

「降ろせやクソッ!」

 

「もー、うるさいなあ! ちょっと黙っててくれる?」

 

 

 ミシッ、バキバキ、バキリ。片腕と胴に挟まれた腕と背骨がめちゃくちゃに折れる。

 

 悲鳴をあげかけた直後、頭に何か突き刺さる。指だった。次いで流れ込む液体の感覚。痛い、苦しい、頭がいたい! 童磨に掴まれたまま無事な足をバタつかせたが、どうにもならない。今度こそ叫んだ。

 

 

「ガァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!!!???」

 

「よく吠えるなあ。よしよし」

 

 

 俺が俺じゃなくなるような感覚を最後に、俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた時には、部屋の中で突っ立っていた。なんだかぬるりとした足元が気持ち悪くて目をやると、赤黒い液体が月明かりで反射していて────血だと理解する前に飛び退いた。ついでゴロンカランと転がる骨。

 

 何人分かわからない骨、骨、骨。()()()()の肉や血はほとんどない。呆としたまま部屋を出る。

 

 外には他にも血飛沫や骨が散らばっていて、まるで獣が食い散らかしたあとだ。誰かが歩いたような振動を感じたのでまた歩き回ってみると、ちゃんと人がいた。よかった、話しかけようとすると人の方から声を上げてきた。

 

 

「ば、化け物っ、人を喰う鬼め!!!! こっちに寄るんじゃない!!」

 

 

 俺じゃない、これは違うと言えなかった。気持ち悪いと、思えなかった。俺がやったことは朧げに理解してしまった。

 

()()()()()()()()()()()()()()、思い出せないので喰った。喰ったところで満腹にはなったが、明日にはまた腹が減るだろうと、まだ村に残っていた人を捕まえた。ちょっぴり思い出したがここは俺の村だ。いつの間に帰ってきたんだろう。腕も治っている…まあいいか。

 

 縄が足りないのでどうしようかと考えていたら土が動かせたので、手足を固めてその辺の家に放り込んだ。明日からちょっとずつ喰べよう。

 

 ここまでやって自宅に戻り、俺は涙を流した。すでに倫理観が鬼のそれに移り変わり、人の頃の記憶も朧げになっていた。

 

 しかし侵食された記憶は今世の分だけのようだったので、まだ人として涙を流せた。俺が人を口にし続ければ前世分の記憶もなくなって行きそうだ。そうなる前に、誰か、誰か。

 

 禰豆子のように人を喰わない鬼になれたらいいのに。無理そうだ。

 

 でも、そうだな。ここが『鬼滅』ならば。鬼殺隊があるのなら───

 

 

 

 

 

 

 ────主人公に斬られたいなあ。炭治郎は鬼に対する優しさも持ち合わせていたはずだから、穏やかに死ねるだろうに。

 

 

 





ナチュラル煽りストのことがわからない……
それから、今のところ5話までの予定です。伸びに伸びてごめんね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ある人の終わり・下


童磨の考察しすぎで書いた文が自分の解釈通りかもわからなくなってきました




 

 

 

「ガァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!!!???」

 

「よく吠えるなあ。よしよし」

 

 

 土方君と言ったか、彼の頭に鬼の血が流れ込んでゆく。俺も鬼になる時にされたけど、叫ばなきゃいけないことなんてあったかなあ? すぐ終わるから大丈夫だよ、とあやすように声をかけた。でも聞こえてないねこれ。

 

 彼を知ったのは極楽教にいる同じ村の信者の話から。人にしては考え方自体鋭いものを持っていた。天国も地獄もないと言い切れる人はあまりいないから興味が湧いた。手元で観察しようと思ったのだ。

 

 しかし俺と話している間、いや話始める前から俺を畏れていた。血の匂いを感じ取ったんだろう。

 

 

「…………」

 

「体はぐちゃぐちゃにならなかったね、えらいえらい。あれ? 君、起きてる────?」

 

 

 刹那、俺の腕から彼が逃れる。俺や無惨様から距離をとったから、ついでとばかりに彼の全身を確認した。

 うん、角に牙はきちんと生えてるね。間違いなく鬼になってるし、折れた骨もすっかり治っている。元気なのはいいことだ。

 

 彼は俺の腕を飛ばすことで拘束から逃れたようだ。鬼に成り立てで、警戒していなかったとはいえ上弦の弐(おれ)の腕を捥ぐとは。将来が楽しみだ。腕はもう再生したけれど。

 

 切断された俺の腕を齧る彼。お腹が空いているようだ。鬼になってすぐはお腹が空くから、ひもじい彼が可哀想に思えた。

 

 

「………グアア、ガアァァッ……」

 

「ああ、ごめんね! 無限城(ここ)にはご飯がないものね。鳴女さん、彼を村に送ってあげておくれよ」

 

「………」

 

「鳴女」

 

 

 べべん、と音がなって彼の姿が消えた。

 

 きっと今ごろお腹いっぱいになるまで喰べ続けるだろう。落ち着いたら見に行ってあげようかな。無惨様ももう退室されてしまったし、俺も戻ろう。

 

 ああ、でも。あの方が最初から多めに血をお与えになるなんて、珍しい事もあるもんだなあ。いつもは見込みのありそうな鬼に少しずつお与えになっていたのに。

 

 

 

 7日経って会いに行った時には、思っていたより強くなっていた。やたら道がでこぼこしてて歩きにくい中見に行ったらすごく睨んできた。何か嫌なことでもあったのかな? 

 

 でも少し気になるところがあったからいくつか指摘してあげた。

 

 

「へえ! 少しずつ食べるために捕獲しておくなんて考えたねえ。でもちゃあんと喰べないと大きく(つよく)なれないよ?」

 

 

 そう言ったら何も言わずに爪で引き裂きに来るんだからひどいよねえ。怒って俺を殺そうと? 俺に勝てないのがわからないなんて、可哀想に。

 

 あっ、もしかしてじゃれついてきてたのかな。あちゃあ……つい腕を切り飛ばしちゃったよ。

 

 

「遊びたいのかな? うんいいよ、相手してあげる」

 

「ど、うまっ!!!! ぶっ殺してやる、このサイコ野郎!」

 

「おやおや、ずいぶん遅いねえ。動きも、体の再生も! ここまで遅い鬼はそうそういないだろう!」

 

 

 村にはまだ人がいるとはいえ、そこそこ彼は人を食べたはず。なのに肉体の再生速度が著しく遅い。ひとりふたりしか喰べていない鬼でも腕くらいすぐ元に戻るのにこの哀れな鬼は、切断面をくっつけてもまだ修復しきらない。

 

 鉄扇をひとつだけ構えて軽ーく横に薙ぐ。流石に避けられるようなので()()力を入れてもう一度空を撫でれば、彼の体は簡単にバラバラになった。

 

 

「ぐあぁっ! ちくしょっ………」

 

「うーん……弱いなあ。俺は気が長いけれど、あの方はそんなに待ってはくれないぜ」

 

「………鬼に殺されるなんて無意味だ、嫌だっ!」

 

「………じゃあもっと強くならないとねえ。ああそうだ、もうひとつ指摘するけど、骨までちゃんと喰べないともったいないよ」

 

「てめえ、も頭は、残してるだろ!!!」

 

 

 足元に違和感を感じ後ろに飛び退くと、尖った土が盛り上がって俺を刺そうとしていた。避けても避けても追いかけるように飛び出るのはちょっと興味深い(おもしろい)

 

 土で攻撃する……いや、土を操る血鬼術か。単純だけど使い方によっては強くなるかもねえ。

 

 

「わあ、もう血鬼術を使えるんだ! すごいねえ。でも最初から多めに血を与えられたのだから当然かな」

 

「いちいち煽ってんじゃねえ殺すぞ! 分析は心の中でやってろ! ……クソ、当たれよっ!!」

 

「そんな単調な攻撃、下弦にも当たらないぜ」

 

 

 たった7日で血鬼術。与えられた血の多さと喰った人の数を考えれば当然とも言えるが、将来が楽しみな成長だ。そもそもあの方の血に耐えられることが珍しいことなのだ。強くなる素養がなくては困るのだが。

 

 ただそれ以上に残念なのは異常に再生が遅いこと。強くなれば勝手に再生力は上がるはずなのだ。それに人を一気に食べないのも良くない。まだ食べざかりなのだから一気に村全てを喰らい尽くしても良かったはず。

 

 

 まるで自分は人だとでも言いたげだ。無意識なのか、自覚があるのかはわからない。前者のように思えるが…。

 

 

 鬼になったらそういう感覚は()()()()()()()()()のだが、もしかするとまだ人の記憶が残っているのかもしれない。聞いてみたが、

 

 

「もうわかんねえよ! 憶えるのは懐かしさだけ、俺の()()()この村の生まれとわかるのに、他人の顔なんて誰が誰だかわかんねえんだよっ!! アア゛、気持ち悪い。腹がたつ腹がたつ!! 

 誰だった、昨日喰った娘は。何かを語り合ったような気がする、あの男は。あの家に住む人間は、どんな性格をしていた………!」

 

 

 と俺に八つ当たりをしてきたので四肢を捥いで転がしておいた。記憶は薄れている途中らしい。無惨様に抵抗しても無駄だろうに。可哀想な子だ。

 

 それにしても、人の記憶が無くなるのは気持ち悪くて腹立たしいことなのか、あの兄妹はそんなこと言ってなかったけれど。一応覚えておこう。

 

 

 

 またさらに7日後。

 気の長い俺にしては珍しく、長い期間を開けずに彼の様子を見に行った。

 

 空き家は前より増え、血鬼術であけたと見られる穴も増え。元気でやっているようだ。

 

 どこかへ出かけているのか、彼の気配は近くにない。月明かりも雲に隠れてしまっているが、鬼である俺たちには関係ないので戻ってきたらわかるはずだ。

 

 一応この村を縄張りにしているのは、俺よりはるかに弱くても『彼』だから、俺はむやみに手を出さない。ここへ来るのも彼がやや妙な動きをする鬼だからで、その彼がいないとなれば手持ち無沙汰になる。

 

 

 

 ふと、管理する人がいないはずの畑が目に入った。大根の範囲が妙に広いが旬のものだからか? それにしては旬ではない作物も実っている。変な畑だ。

 

 しばらく眺めていると、少しの違和感もなく足元から土の針が生えてきた。ズガガガガッ! とたくさん。おっ、一本右足を貫いた。攻撃速度が上がっている。

 

 

「君の血鬼術で土に何かしてるのかな? この畑」

 

「おいクソ野郎」

 

「やあ。また様子を見に来たよ。それにさっきのはなあに? この程度の力じゃ全然足りないねえ。あれ? 俺を殺す殺すと言っていたのは夢物語だったのかな。そうだよね、できるわけないもんね。いいんだよ。夢は大きいほうがいいって言うしね」

 

「当たったくせに…………」

 

「わざとだよ。遊んでるんだから」

 

 

 それからはただただ土の雨が降ってきた。土というより尖った石って感じだったけれど。これほど広範囲かつ高密度ならば弱い鬼狩り程度は避けられず致命傷を負うだろう。十二鬼月が対応できないはずはないが。

 

 避けたと思えば次に腕を落とされた。何が、と思えば小さな土塊(つちくれ)がヒトガタをとり土で固めた剣を持っていた。2体。

 

 なるほど、なるほどなるほど! この人形が土の雨を避けきった瞬間に俺の腕を斬り裂いたと。しかも俺は彼に見えない速度を出していたはずだ。避けたあとどこに行くかなんて……ああ、誘導していたのか。頭の回る子だ。

 

 

「わあ、他人にされるとこんな感じなんだね! ああ、小さい俺なら、俺も出せるんだ。ほら」

 

 

 シャリン。

 ────結晶ノ御子。涼やかな音とともに俺の姿の氷人形を生み出した。

 

 

「……………!」

 

「俺の分身だ。俺と同じくらいの強さの技が出せるんだ」

 

 

 もっと出せるけれど、1つで十分。彼は2つが限界で、しかも分身を動かす間はそちらに思考を割かれ本体の動きが疎かになっている。ほうら、長い間使えないのに思考を自身に戻さないから簡単にバラバラになる。

 

 冬ざれ氷柱で地面に縛り付ける。土の雨ほど広い範囲ではないが攻撃力は当然こちらが上。血鬼術ももう出せない、何もできない無力な子供へ、言い聞かせるように言葉をかけた。

 

 

「すこしは抵抗したみたいだけどまだまだ足りない。それにね、十二鬼月ならまだしも()()()()の君は保存するより早く喰べたほうがいいよ? 弱いんだから。今だってお腹いっぱいじゃあないんだろう、喰べたくて仕方ないんだろう」

 

「……だ、いやだ……鬼なんて………」

 

「なんだか生きにくそうだねえ、君。妓夫太郎と堕姫はこんなことなかったのに……。今からでも極楽教に入る?」

 

「死んでもお断りだ…………」

 

「そう。まあまた君が強くなったら来るから、ちゃんとご飯食べるんだよ」

 

 

 彼が何かに囚われようと、人さえ喰らえば確実に強くなる。今年中には下弦にも届く素質がある。無理にでも土台を整えれば勝手に強くなるのだ、彼は。

 

 今はそれがないだけ。とはいえ自発的に強くなろうとしないのは問題だけれど。次会う時は入れ替わりの血戦の話でもふっかけさせようかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………と思ってたんだけど、その前に死んじゃったかあ」

 

 

 最後に会ったのが16日前、鬼になったのがさらに14日前。ひと月で鬼狩りに頸を斬られ死んだそうだ。短かったなあ。

 

 彼、きっと斬られた時点じゃ下弦に入れるかどうかくらいは強くなってたと思うんだ。なんで易々と頸を斬らせたんだろう。鬼には何が何でも殺されようとしなかったはずなのに。

 

 わからない、俺にはわからない。やはり俺に感情がないからかなあ。だから理解できない……彼に関しては、そうじゃなくても不明な部分はあったようだけど。

 

 俺と相対した時は()()()()()()()()()()()()、俺が頭蓋骨を部屋に飾っていることを示唆したりといったことだ。バラバラにした後2回にわたって尋ねたのだが一切口を割らなかったから気長に見ていたらこれだ。

 

 

 

 俺は、彼が俺と()()だと思っていた。ほんの少しだけね。死んだら裁きも安心もなくてただ土に還ることを受け入れていたから、理解していたから。俺にも何か変化をくれるかなあと思っていたんだ。

 

 でも彼自身には怒りも、彼にしかわからない信条もあった。執着するものがあった、記憶が薄れていく中譲れないものがあった。強い感情を見せていた。

 

 俺はそれに────やはり何も感じなかった。悲しくないし失望もしていない。この件であの方に頸を刎ねられはしたが怒りも喜びもない。

 

 俺よりも猗窩座殿に近かったかもしれないなあ。まあもういない者のことを考えても仕方ないか。いい暇つぶしにはなったし、けして無駄ではなかった。

 

 

「教祖様、お時間です」

 

「ああそうだね、はい、入ってどうぞ」

 

 

 俺はいつも通り、信者の皆の話を聞いて極楽へ導くんだ。彼は死んでどこに行ったのだろうか。なにもない場所へ行くのかな。

 

 ふとそんな考えが頭によぎったが、やはりどうでもよいことだと思い直し、信者のあくびが出るような話に意識を向けた。

 

 

 






●あとがき

これにて終わりです。見ていただき本当にありがとうございました。

鬼滅読み始めて「炭治郎に殺される鬼になるとか最高だな」という思考から戦闘描写を頑張って書ききった短編でした。
何度か記述しましたが、本当にサイコパス的なキャラクターの考察をしたことがなかったのでかなり精神が汚染された自覚があります。怖いね。

重ねて、感想、評価、お気に入り、閲覧全てありがとうございます。とても励みになりました。嬉しいです。また鬼滅原作で何か書くかわかりませんが、いつかお会いしましょう。


キャラ説明
●オリ主・土鬼(土方)くん

書くところがなかったのでこの場になりますが、鬼になった後は
①転生後の他人の記憶 ②転生後の自分の記憶 ③前世の記憶の順で消えています。

好きなものはたくあん。畑いじり。血鬼術で土をビニールハウスのように覆ったりして旬以外の野菜も育ててました。村人のためとかは一切考えず自分が耕したいからやってただけの行動。

童磨と近い性質というのは、「どこまでも自己中心的な考え」だけで、彼自身は感情も人であることの執着も強いです。きちんと鬼らしく人を食べていれば無限城にて上弦の抜けた後釜を務められるくらいにはなっていた、かもしれません。

しかしどうしても鬼であること、人でないこと、人を食べる事などを受け入れられなかったのがこのお話の土鬼です。そんな未来は前世の記憶がなければ可能性はあったのかな。
まだ鬼への嫌悪感が強かったので、炭治郎に救いを求めていました。会えたのはラッキーですね。

●童磨

このお話の童磨にとって彼は、強い鬼になるであろうとスカウトした人材であり、自身の感情を芽生えさせるための観察対象といったところです。
文の中で感情がありそうな表現をしてたら指摘してください。もし感情あったら私が解釈違いで発狂するかもしれないので。


それではほんとうに終わりです。ここまでありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。