病める時も、健やかなる時も (ゆめうつろ)
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序章
プロローグ


 混沌をもたらす異常な存在と戦い、正常な秩序を保ち、人が自分自身の意志で生きていける世界を守る。

 例え病める時でも、健やかなる時でも私達はその責務を全うする必要があります。

 

 

 -Order Unite Force創設者 アルカディア

 

 

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 2017年、多少の紛争こそあれど世界は正常に機能しています。

 近頃は大きな事件もなく、あっても小規模なカルト教団の摘発や魔術犯罪者の捕縛程度しかありません。

 

 秩序と平和、そして自由は何より尊ばれるべきものです。

 私達の祖先が守ってきた世界を次の時代へと受け継いでいく、それが「継音(つぐね)」の「魔術師」である私の使命と考えます。

 亡き父と母がそうしてきた様に。

 

 

 それはそれとして、有事でない時には私にも「人類社会」に所属する人間の面もあります。

 表向きは私立学園の高等部に所属する女子学生として、いずれはO.U.Fのフロント企業に就職する「進路」を作る必要があるのです。

 

 その為にも勉学で規定以上の成績を修めるのもまた、私のやるべき事です。

 

「ココロさん、すみませんが今日の風紀委員の仕事ですが……」

「はい、大丈夫ですよ。私がやっておきますよ」

「ありがとうございます」

 

 風紀委員として、学園内の秩序を守るのもまた私の仕事の一つ。

 

 とはいっても大した事ではない、基本には不要物の持ち込みの禁止や服装のチェック、遅刻者のチェックぐらいです。

 O.U.Fでの捜査や魔術師の捕縛、危険な物品の確保に比べればままごとにすら満たないでしょう。

 

 そもそもこの学園もO.U.Fのフロント組織の一つであり、在籍者も多少は選別されている、規律・秩序を守れない様な者はまず入学する事など……。

 

「………美鈴(みれい)シエルさん」

 

「ん、なんだよ」

 

「なんですかその格好は」

 

「別にいーだろーがよ、夜中に呼び出されて大変だったんだから」

 

「それの何処が格好と関係があるのですか!」

 

 ひどく着崩した制服、あきらかに不要物が満載された鞄、そして極めつけには。

 

「学校に!危険物を持ち込まないで貰えませんか!」

 

 一見ギターケースに見えるそれは、魔術師の使用する偽装用運搬ケース。

 

「どうせアタシは授業は受けねーし、時間は有効活用すべきだろ?薬の調合に割いたって問題ないだろ」

 

「だったら休みの連絡を入れて家でやってください!」

 

「一応単位の為にも出席はしねーといけねーからな」

 

 ……ぐぎぎ……この女だけは!!

 

 美鈴シエル、私と同じこの学園に通う女子生徒であり、同じO.U.Fに所属する魔術師の一人、薬剤の調合と戦闘を得意とする魔術師で、年少者としてはそれなり以上に……正直私以上に名は通っています。

 

 深夜に呼び出しを受けたというのも、緊急で必要な薬剤の調合を任されたのでしょう、ですが……!

 

「ならせめて服装だけでもまともにしていただかないと私が困るのです!」

 

 シエルの制服の襟を正して、シャツとブレザーのボタンを止め、スカートにシャツの裾を入れる。

 何故私が彼女の服装を正さねばならんのでしょうか!私なんて亡き母様にすらこんな事された事ありませんよ!

 

「おっわりーな!とりあえず次からは気をつけるからよ」

「次からは絶対に気をつけてくださいね!言質は取りましたからね!」

 

 まったく……出会ってわずか数ヶ月で何度呆れさせられた事でしょうか!

 

 遅刻、校則違反、施設の爆破、カルト教団のアジトへの単身突撃……数えるとキリがありません。

 

 しかも実力だけはあるから多少の注意で済んで、大きな罰則を受けることもない!

 あの調子じゃ、近いうちに痛い目にあうのは簡単に予想できます。

 

「はぁ、全く……」

 

 とはいえ、私は彼女には恩がある。

 

 だから彼女にこの恩を返したい、報いたいという気持ちもある。

 

 でもただの平凡な魔術師である私が彼女にしてあげられる事なんて、たかがしれている。

 

 ……私にももっと才能があったならよかったのに。

 

 

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 アタシには才能があった。

 力を持つ者はそれに見合った責任を果たすべきである。

 いわゆる「ノブレス・オブリージュ」だ。

 

 名も、顔も知らない両親の残した「遺産」は私の運命を決めた。

 召使達や両親と交流のあった魔術師達から教育を受け、アタシはO.U.Fへと所属する事になった。

 母や父、そしてその前に生きてきた者と同じ様に。

 

 

 アタシの役目は正常な世界を守る事、アタシの持つ全ての力は人類の為に使われる。

 

 特殊な調合を必要とする魔術薬のレシピを簡略化する、新たな魔術薬を1から作り出す、時には前線に立って自らの調合した薬を使って身体を強化して戦う。

 

 時にはアタシが作った薬が原因の争いが起きる事もある。

 手順や薬そのものが流出した結果、大勢の人間が犠牲になった事だってある。

 

 

 だから本当にアタシはこうして存在するべきなのか、疑問に思う時がある。

 フラスコの中で撹拌される薬の様にグチャグチャに感情がかき乱される。

 

 

 こんな力さえなければ、こんな才能さえなければ、生まれてこなければ、と何度も頭の中に浮かぶが、その度に彼女のあの顔が思い浮かび消えていく。

 

 同じO.U.Fに所属する魔術師であり、この学園の生徒である「継音ココロ」。

 

 「呪詛蓄積体質」

 多少変な体質を持つ魔術師の中でも特に珍しい症状で、あらゆる「呪い」をその身に引き受ける。

 自分自身はその呪いの影響は受けないが、周囲の人間は別だ、彼女の両親はその呪いの影響で死に、彼女自身もその体質から幽閉されるという半生を過ごしていた。

 

 それがアタシの作った薬で呪いを引き寄せる能力を封じる事によって、既に溜め込んでいた呪いを解呪して一人の魔術師として活動できるようになった。

 

 彼女はアタシのおかげで「自由」になれた。

 

 お世辞にも自由に生きてきた事のないアタシが、彼女を自由に出来た。

 

 そして初めて会ったあの日の彼女の笑顔が、私に「救い」と「憧れ」をくれた。

 

 だからアタシも、自由に生きてみたいと考えた。

 O.U.Fの魔術師として、美鈴家の魔術師としてだけの人生だけではなく、人間「美鈴シエル」として生きてみようと思えた。

 

 新しい道具の製作で借りた施設を吹き飛ばしてしまったり、邪神崇拝をしているカルト教団のアジトに乗り込んで全員叩きのめしたり。

 

 多少注意を受ける事も増えたが、それでも今までの決められただけの道を行くだけの生き方とは違って、とても楽しく思える。

 

 とはいえ……その恩人たるココロであるが、口を開けば規律・規則・秩序の三拍子、魔術師としての仕事に加え自己鍛錬に学園での委員会活動におまけにボランティアまで。

 もっと自分の為の時間を作ればいいものの「公に奉仕するのも人としての務め!」の一言。

 

 優等生は一体どうしてそうも自分を縛るのか、全然理解できない。

 

 それはともあれ、昨日頼まれた新しい薬の準備を進めなくてはいけない。

 

 神経への負担を軽減、戦闘中の意識の回復用の興奮剤……今まで見た事のない「未知」のレシピを「この世界」なりにアレンジして、アタシらの体に適合する様に「改変」する必要がある。

 

 

 ……それにしてもあれは一体誰が使う事になるんだろうか?

 

 

「魔法少女システム」

 

 この世界と「少しばかり勝手の違う」世界から送られてきた「魔術用デバイス」。

 「人造の神」をエネルギーの源とし、「少女」にしか使えないがプラズマ砲やレールガンなんて信じられない武装を搭載する「魔術兵器」。

 

 二つの勢力が世界の支配権を巡って日夜戦いを繰り広げているその世界では「割と優秀」な兵器らしいが、来るべき「別世界」への「市場開拓」の為にもテストがしたいとの事で提供されたのがその「二基」の「魔法少女システム」。

 

 果たしてどこまで信用していいのかわからないけれど、アタシに出来るのは仕様通りの薬を作ることと戦う事ぐらいだ。

 

 自由に生きるが、やるべき事はやる。

 

 自由には責任が伴うのである。



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M.G.S.F【前】

 文明の進歩はより多くの世界を光で照らす様になりましたが、同時にバジリスクやメデューサの様な、姿そのものが害となるものさえ白日の下に晒し出してしまう弊害もあります。

 故にその様な異常な存在を研究し、破壊あるいは封印、そして時には利用する事で人類社会を健全に保つ組織が必要なのです。

 

 

 Order_Unite_Force

 

 魔術師協会や教団、企業連合、政府など様々な勢力の垣根を越えて、超常的存在から人類社会の平和と秩序を守る為の「秘密結社」の一つです。

 

 この様な連合部隊はいくつかありますが、その中でもO.U.Fは最前線で事態に対応する機動部隊としての役割を持ちます。

 

 

2017/6/13

 

 私達は「異世界」から提供された「魔法少女システム」を研究・検証・運用する為のテストチーム

「Magic_Girl_Standard_Force」に配属されました。

 

-継音ココロ

 

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華月学園-3階空き教室

 2017/7/3 16:21

 

 どこにでも不思議な噂の一つや二つあるものです。

 身近なモノでいえば学園の「七不思議」だとか、怪談だとか。

 

 この季節になると、私達の通う「私立華月(はなづき)学園」でもまた怪談話や噂話が活発になってくるもので。

 「夜の校舎を徘徊する謎の女子生徒」だとか「事故で死んだ知り合いを見た」だとか……ありがちな噂がまことしやかに語られます。

 

 まあその「事故で死んだ知り合いを見た」というのは色々な都合で「身元」の工作をする必要のあったO.U.Fのエージェントの話が元の様で、時々ですが真実が混ざっていたりもします。

 

 

 さて、くだらない噂とはいえO.U.Fに所属するエージェントはそれを調べる必要があります。

 伝承や都市伝説、それらの大半は創作やデマですが、中には超常存在が係わっていたり、その噂を広める事で偽装して暗躍する者がいたりもします。

 

 もしもそれが人に害を為すなら、私達は戦わなければいけない。

 

 もっとも、害を為さないのなら無理に戦う必要も無く、見逃したり、保護したりする場合もありますが。

 

 

「山の屋敷にはバケモノが住む、かぁ……データログにはないし最近出た噂だろうねぇ……」

 

「そうですね「土地の所有者が死亡してから国が放置していた屋敷に流れてきた異常が住み着いた」なんてよくある話ですから、何も知らない人がそれを刺激したり、犠牲にならない様に私達が確認して必要なら保護、あるいは「処分」する必要があります」

 

「そりゃわかってるけどよ、もうちょっとこう地区担当の捜査官に見てもらってからでもいいんじゃねーの?」

 

「……シエルさん?貴女O.U.F憲章を覚えていらして?それに私達は「魔法少女システム」の運用データも取る必要がありますよね?そこの所どうお考えで?」

 

「あー……わーった降参だ、もう藤堂のおじじに怒られるのは勘弁願いたい」

 

 M.G.S.Fに配属されてからというもの、シエルさんの生活態度は悪化の一途を辿っています。

 というのも音楽の演奏を始めたり、ゲームに没頭したり……趣味を持つ事は決して悪い事とは言いませんが、何事も節度を守るべきです。

 私達は「選ばれた」以上、使命を全うするべきなので。

 

 特にこの「魔法少女システム」に適性を持ちつつも、戦闘経験のあるエージェントは私達だけ。

 適性があっても戦闘経験が無かったり、そもそも戦闘向けでない能力を持つエーンジェントや私達より年少の者であったり。

 逆に戦闘経験こそあれど適性が無い者であったりもします。

 

 

「そう思うのなら、ゲームをする手を止めたらどうですかね!?」

 

「あだだっ!?やめろコンボが途切れ……アー!!!取り損ねた!!」

 

 私達にはやるべき事がある、私達にしか出来ない事がある。

 

 それを果たす事こそ何より優先されるのです。

 

「あーあーあー……チケットがもうないー……」

 

 滂沱の涙を流す様に嘆いていますがそもそも待機も仕事です、仕事中にゲームなどもってのほかです。

 

「いいですか、規律と秩序は意識して守っていかなければどんどん腐っていくのです!我々が腐ってしまえば誰が世界を守るというのですか」

 

「いやいや……ソシャゲぐらいで組織の腐敗は言い過ぎだって……」

 

「食費を課金に使い果たしたのはどこのどちら様で?」

 

「いやあれは機材の支払いがあったからであって……アタシらの給金が課金で尽きるわけ無いだろ~?」

 

「聖剣ピックアップ」

 

 彼女の目が泳いだ。

 

「………そんなものはなかった」

 

「全く……!」

 

 この人は才能こそあれど、ひどく嘘が下手だ、おまけに運もない。

 

 むしろ今までどうやってO.U.Fの所属である事を秘匿し続けられたのか謎なレベルです。

 

 

―♪

 端末から「指定」されたメロディが流れる。

 

 

「っと着信だな」

 

 私達は支給端末を取り『指示文書』を確認する。

 

 

『事案-190703-A 『山の屋敷にはバケモノが住む』への評価が「異常性/敵対的」に変更されました。エージェント「アイアンソード」と「ワイルドファイア」は対処に当たってください。なお特殊兵装は二次被害の防止の為、使用しないでください。』

 

 

 「噂」は「真実」と認証された、つまり私達以外のエージェントの誰かがそれを確認した訳です。

 

「ほら、待ってりゃこうして情報も入ってくる。無理に捜査するよりちゃんと技能を持った奴が得意な事をやるべきなんだよ」

 

「むぐ……確かに私達は捜査という点ではまだまだでしょう、しかしやれる事は……」

 

「適材適所っていつも言ってるだろ?胃が痛いのに頭痛薬を飲んでも意味はない。餅は餅屋、捜査官が見つけて来た案件を解決する、それでいいんだよ」

 

 ……確かにシエルさんの方がエージェントとしての力量も、経験も私より上です。

 正直に従う方が普通です、しかし……!

 

「それでも……」

 

「ほら、とっとと片付けて皆の安心と平和を守ろうな!」

 

 

 そうですね、私とした事がムキになってしまいました……確かに優先されるべき物事はあります。

 

「すみません……では急いで行きましょう」

 

「はは、相変わらず全く世話のやける「パートナー」だぜ」

 

「それを貴女がいいますか?」

 

 そうだ、私達はパートナー。

 きちんと互いを尊重しなければならない。

 

 病める時も、健やかなる時も。

 共にその使命を全うするのです。



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M.G.S.F【後】

基本的にシエルかココロのどちらかの視点で書きます


 O.U.Fでは「異常」に特性と優先度が指定されている。

 

 「特性」には色の名前が当てはめられ基本的には光の三原色で表記する。

 物理現象的なものには「Red」精神や霊的なものには「Blue」情報的・概念的なものには「Green」。

 複合的なものには「Magenta」「Cyan」「Yellow」で、全ての特性を持つ場合は「White」そして分類不能なものには「Black」や「Clear」などがコードが当てはめられる。

 

 「優先度」はギリシャ文字によって24段階、「α」から順に最大である「Ω」まで指定される。

 優先度の指定は最近導入された制度であり、基本的には「Ω」が最も緊急度が高く「α」が最も緊急度が低い。

 

 また場合によっては加えて「危険度」が定められる事もある。

 

 この様に脅威に対抗する組織として様々な規定をするが、相手は「異常」である。

 枠組みや人間の想定だけで測り知るのは極めて困難で、大した事のないと思われていた異常がそれこそ静かに広域に広がって世界の法則さえも塗り替えてしまう恐れもある。

 故にいかに優先度の低いとされる異常に対しても迅速な初動が求められるのである。

 

 

 

 でも求められるの行動と決断に対する迅速性であってさ、やっぱりアタシらが捜査する必要はねーんじゃないかなぁ……。

 ほら、対応できる武力を持ってる奴が捜査で出払ってて必要な時に居ないってやっぱ困るし。

 

 -美鈴シエル

 

 

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■■市山中の洋館

対応『事案-190703-A/R-Δ』

2017/7/3 19:11

 

「ここがその怪物のハウスね」

「なんですかそれ」

「いや言ってみたかったんだよねこのセリフ」

 

 薄暗いボロ屋敷、持ち主は随分前に死んだらしく立ち入り禁止のフェンスが立っている。

 アタシらO.U.Fのエージェントや職員はこういった国が立ち入り禁止に指定している地域に入れる様に根回しされている。

 それこそ「天岩戸」とか一部の施設は無理だが、自衛隊、米軍基地なんかにも入る事が出来て「移管」扱いで武装の補充も出来る。

 最も、O.U.Fに加盟してない国や情勢が不安定な地域なんかだと結構な権限がないと無理だが。

 

 

「でもまあ、ここが異常存在の住居になっているというのは間違いないでしょう。少し腐臭がします」

「鼻がいいなあココロは、アタシは薬のせいで嗅覚はボロボロだよ」

「そういえばそうでしたね、でも大丈夫なんですかそれ、脳がやられてませんか?」

「アタシら魔術師なんて最初から脳がやられてるようなもんだろ」

 

 それはさておき、今回の任務はそこそこに危険と推測されている。

 捜査官によれば対象は体長約2メートル半の半人型の実体を持った、生体型異常存在、携行の重火器の効果は薄く再生能力が高い。

 魔術的な耐性に関しては捜査員が使用する魔術の火力が低く不明、あまり効果はなかった様ではあるらしい。

 

 物理的なパワーは少なくとも屋敷内の壁を破壊するぐらいはあり、散乱していた骨と回収された物品の一部が最近出た行方不明者の所有物だった事から、人間を捕食していた可能性が高い。

 

 出生はそれぞれ違うが古くから「グール」や「鬼」と括られるタイプの珍しくもない人食いの怪物だ、ゾンビウイルスや邪神の眷属なんかよりは遥かに対処しやすいが、珍しくも無い分よく発生するのですぐに始末しなければ犠牲者が増える。

 しかも雑に発生するから個体の危険度のバラつきがひどく、銃で倒せるものからそれこそ魔術や砲撃で吹き飛ばさねばならないものまで。

 知能も高低差が激しく、魔術を使ってきたり、異常な現象を引き起こしたり、超常的な能力を持つ事も多々ある。

 ありふれた怪物と侮って返り討ちにあうエージェントも少なくない。

 

 それを防ぐ為には心掛けもだが、より良い装備をしていく事が何より大事だ。

 人間の意識だけで防げない部分は防具で備える。

 

「『アイアンソード』の調子はどうだ?」

「出力は安定してます、バリアコーティングも正常に動作してます。『ワイルドファイア』は?」

「問題無し、センサーも異常は検知してない」

 

 アタシらの格好は制服や私服ではない、そして魔術的な装束でもない。

 交戦規定に記された『魔法少女衣装』である。

 

 「この世界」には無かった「魔導力学」という法則によって成り立つデバイスとそれを接続するコネクタ。

 バリアコーティングやパワーアシスト、感覚の補助に加えて、生命維持機能と使用者を強化・保護する多くの機能。

 そしてその為のエネルギーを生み出す動力炉であり制御装置であるコア。

 機械的な部品とファッションの混じったこれが魔法少女の標準的な衣装らしい。

 

 真偽の程は知らないが「その世界」では本気で偽装された「魔法少女」を見分けるのはどうしようもなく不可能で、対立する二つの勢力が歩み寄らざるを得なかった問題で、違反すれば両勢力から厳しい処罰が下される程で、事実上の追放処分となるとの事。

 

 最も、衣装さえ着ればいいので「変身」型デバイスにする事で敵地に潜入してから戦闘を開始する際に「衣装」に変身するという身も蓋も無い抜け道があったりもするらしい。

 

 アタシ達が提供されたのも、その「変身」型のシステムだ。

 待機時にはペンダントを初めとしたアクセサリ型に偽装したり、体内に「一体化」出来て持ち運びやすく、起動すれば分解され「内部ストレージ」に収納された衣装に即座に「変身」できる。

 武装もそのコアのストレージ内にあらかじめ収納しておくで戦闘中にでも武装の呼び出しや換装も出来る。

 

 この世界にも元からこういった魔術ストレージ的なものはいくつかあるが、ここまで小型で多機能化されているものは少ない。

 

「今回はプラズマライフルは使えないんだったな」

「そうです、山火事になりかねないとの事で」

「ならココロはライフルで援護してくれ、アタシはいつものスタイルでいくからさ」

「了解しました」

 

 アタシは基本手袋こそつけるが「素手」が武器だ、そしてココロは射撃が得意なので銃火器を持つ。

 ココロがストレージからアサルトライフルを取り出したのを確認するとフェンスを飛び越え屋敷の敷地内に入る。

 

 感覚補助によって暗闇の中でも全てがはっきり見える、「生命感知」も荒れ放題の庭の草木から虫、ネズミまで分別して感知できる。

 

 とはいえ万能という訳にはいかず、壁の向こう側を透視する程の機能はない、この辺りは自分達の感覚で拾うしかない。

 

 破壊された扉からエントランスへ、まずアタシが先陣をきって乗り込む。

 

 さすがにこの距離まで来ると嫌でも「腐臭」と「死臭」が感じ取れた。

 この館に住むバケモノは随分と人を食い殺したようだ、あちこちに乾いた血が付着している。

 

 靴底のグラビティコントローラーで床を踏み抜かない様に重力を軽減させ、出来るだけ息を殺して歩く。

 虫の鳴き声、ネズミの足音、ハエの羽音、風の音、アタシ自身とココロの心音と呼吸音、二基の魔法少女システムのコアの小さな駆動音。

 

 もっと集中すれば粘り気混じりの水音が聞こえる。

 

―こっちだ ついてこい

 

 ハンドサインとジェスチャーを組み合わせ、ココロに指示を出して誘導しながらアタシは音の発生源に近づく。

 腐臭が段々とひどくなる。

 廊下を進む、血塗れのボロ布や鞄、壊された携帯端末、色々なものが落ちている。

 

 壁には捜査官が交戦した際に出来たと思われる弾痕と破壊痕。

 

 そして真新しい引きずった「血」の跡と、腐臭に混じる鮮烈な「死」の匂い。

 

 ドアの破られた部屋の中から音がする。

 血肉を咀嚼する音だ、もう何度も聞いた、不快な音だ。

 

 

 部屋の中を覗く、不気味な白いブヨブヨの体をした巨人がそれを貪り食っている。

 だがアタシの目を引いたのは「それ」ではなかった。

 

 首を折られた女の死体、爪は剥げ、歯は欠け、全身傷だらけだ。

 それが彼女の抵抗であった事は容易に理解できた。

 

 そしてバケモノが貪り喰っているそれが零れ落ちた、小さな手。

 

 子供の手だ。

 

 

 

 

 こいつをぶち殺せ、美鈴シエル。

 

「―ォオオオオ!!!!!!」

 

 仇を討て!報いを受けさせろ!この醜い怪物を地獄へと突き落とせ!!

 

 

 グラビティコントローラーの反作用で一気に跳躍して距離を詰め、この右手で頭頂部を掴む。

 指を肉に食い込ませた、このまま頭蓋を破壊してやる!!

 脳を散らせ!!

 

 

 アタシのこの手で死ね!

 

「シエル!跳んで!」

 

 ココロの指示に従い手を離して跳躍、怪物の白い肉の肌を突き破り寄生虫の様な触手が姿を現し、アタシ目掛けて飛び出してきた。

 だが重い炸裂音と共に飛んで来た鉛の弾丸によって吹き飛び、砕け散った。

 

 ココロの援護射撃は正確だ。

 

 靴底で天井に張り付き、ココロと目を合わせる。

 

「こいつは、殺す」

「わかっています」

 

 奴が子供を亡骸を取り落として立ち上がる、そして足を踏み出す先には、母親の死体があった。

 

 

 

 アタシは既に奴を殴りつけていた。

 怒りが、アタシの思考より先に体を動かしていた。

 

 派手な音を立てて廊下の壁をぶち抜いて、奴は中庭へと吹き飛ばされ、石像の瓦礫の山に埋まった。

 

「なあココロ、アタシにはどうしても赦せないモノがいくつかある」

「なんでしょう」

「そのうちの一つが子供と、子供を守ろうとする親に手を出す奴だ」

 

 アタシは両親の顔を知らない、それはアタシが物心付く前に死んだからだ。

 両親は色々なモノを遺して行った、その中には時にアタシの人生の枷になるものだってあった。

 

 だが、一つだけ。

 一つだけアタシが絶対に譲れないものも遺してくれた。

 

 この意志(いのち)だ。

 

「貴女方が、どうか安らかに眠れるように」

 

 母親の死体の隣に子供に死体だったものを並べ、簡素な祈りを捧げる。

 アタシは宗教的な儀式はあまり好まない、だがそれでもこの者達の魂を導く神がいるのならそれに祈る。

 

「……シエルさん、任務を執行しましょう」

「ああ、全ての者が安らかであれる様にな」

 

 

 コアからのエネルギー供給をパワーアシスト経由で両足に直結させ、バリアコーティングの上にエネルギー層を形成する。

 

 瓦礫から這い出してきた奴を捉える、ココロはライフルのカートリッジを魔術弾へと変更していた。

 

「マキシマム!」

 ココロの合図と共に放たれた弾丸が怪物に突き刺さり、内部で破裂して無数の氷の刃となって奴をその場に縫い付ける。

 

「エンドシュートォ!」

 

 そしてアタシは大地を蹴って跳び、グラビティコントローラーで落下を加速させつつも身を捩り回転を加えて奴を蹴る。

 

 エネルギー層と速度と重力操作で奴の体は地面で弾んで空中に浮かび上がる、そして魔術によって生成された氷とアタシが流し込んだ「魔力」の「反応作用」によって跡形も無く爆発した。

 

 光の粒子と黒い消炭が降り注ぐ中で、アタシは指で十字を切る。

 

 病める時も、健やかなる時も。

 平和と秩序を守る事以外にも、「美鈴シエル」には果たさねばならない事がある。

 

 死んでいった者達の報いを「理不尽」に対して受けさせる事。

 

 

「任務完了の報告をしました、後は調査処理班に任せましょう」

 

「……ああ」

 

 復讐もまた、アタシの使命だ。



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劇薬も喰らい尽くせよ【前】

感想…感想くだち…


 何故どうみても毒でしかない材料から精神を回復させたり、再生を促進させる薬を作る事ができるのですか。

 同じ呪術や神の加護なんかで防ぐ「呪い」をどうして飲み薬で防げるのですか……どうして……。

 

「まあほら、毎日大根二切れ食べてたらピンチの時に助けに来てくれたって昔話もあるしさ」

 

 魔術薬学の謎は深い……。

 

 -継音ココロ

 

 

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湾口コンビナート地帯 倉庫内

2017/7/9 -18:31

 

 O.U.Fは組織としてあまりに巨大で、私達の様な末端のエージェントが知れる事はそう多くない。

 そして基本的に政治的な判断や大局的な判断をするのは私達ではありません。

 

 ただ、私達は間が悪かったというか、運が悪かったというか。

 不審な男が異常物品を運んでいるのを追いかけていたら、犯罪組織の取引現場を目撃してしまったのです。

 

「これはどうなんでしょうか……」

「ただのヤクザだろ?ぶっ潰して大丈夫でしょ」

「いえでもやっぱり事前報告だけはしておきましょう」

 

 魔術師は同じ「魔術」を初めとした、一部の異常性を「視覚」で感知する事が出来ます。

 「呪術」「錬金術」「神秘」などが関係するものの周囲の「彩度」や「明度」が下がるのです。

 

 なので魔術師は相手に見つからない様に距離を取ったり、もっと原始的で物理的なステルスも用います。

 見張りを気絶させたりとか、ダンボールの中に隠れたりとか、風景に溶け込む為の迷彩をしたりとか。

 

 でも私達の場合、この魔法少女システムのステルスシステムの方が優秀なので、今回は普通に倉庫の隅で認識阻害しながら待機しています。

 

 そうして魔法少女システムのサブカメラで本部に中継しながら監視していると新たに人が増えました。

 どこの組織の者かはわかりませんが、「規定外」の異常物品の取引は介入の対象です。

 

 

「うわっ……マジかよ……中総奇薬の職員だわ」

「なんですかその組織は」

「アジア圏で魔術薬の製造をしてるO.U.Fの加盟組織、こりゃ上の方々もご愁傷様だ」

「どうやって判別したんですか」

「体に染み付いてる薬でわかったんだよ、ほらブラックライト当てたら指紋が浮かんだりするのと同じ原理で」

 

 可視光の違いという奴ですね、私にはさっぱりわかりません。

 ですがとにかく「身内」の不正を許す訳にはいきません。

 

 秩序・規律・公平です。

 

『行動を許可、武力を以って鎮圧し、物品を回収せよ。』

 

 無線から藤堂司令の野太い声で許可が下りました、私達は認識阻害を維持したまま物品へと近づきます。

 中身の確認が出来るまでは不用意に「火力」を打ち込むのは危険なので。

 

 取引とは信用、なのでこういった場面では中身の確認をするというのが基本です。

 彼らが互いに運んできた荷物を確認する為にケースを開く。 

 

「ふむ、治療薬と毒薬数点、おまけに麻薬に興奮剤か、オーソドックスな取引だねぇ」

「一瞬ですね」

「薬には詳しいからな、じゃあ行くぞ」

 

 シエルさんが走り出した事で認識阻害フィールドがぶれて解除される。

 

「動くな!O.U.F機動班です!」

 

 私も同時に阻害フィールドを解除してマシンガンを構えて、大声を上げることで密売人達の気を引く。

 

「くそ!エージェントか!」

「構わん撃て!」

 

 この手の輩は躊躇が無くて困ります、ですがただの銃弾で私達「魔法少女」を相手にするなんて土台無理です。

 防御も回避も必要ありません。

 

「銃弾が効かないぞ!」

 

 レールガンや相応の威力を持った魔術、あるいは同じバリアコーティングされた武器でもなければ、まずこのバリアコーティングは突破する事は出来ません。

 

「くそ!魔術か!」

「しまった!もう一人いるぞ!」

 

 気付いてももう遅い、一瞬あれば十分です。

 シエルさんが逃げようとしていた「裏切り者」を打ちのめし、薬品の入ったケースを手にしました。

 

「確保した、後はこいつらを叩きのめすだけだな」

「了解しました」

 

 

 私は狙いを定めてトリガーを引いた。

 

 

 

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湾口コンビナート地帯 倉庫内

2017/7/9 -19:50

 

 到着したO.U.Fの処理部隊が捕縛した者達を取り調べている間、私達……というかシエルさんが押収した薬物を解析する事にしました。

 

「薬と魔術は切っても切り離せない、最近は技術の向上でコンピューターを使って負荷を減らす様にはなったけど、脳や神経のサポートの為にも薬は必須だね」

「そうですね、私も神経補強の為の服薬は欠かしてません」

「薬は人を救いもするが壊しもする、麻薬なんかはその最たるものさ」

 

 取り出した粉末の袋を開いて、溶液の入ったシリンダーに流し込んで振ると紫色に変色して薄い光を放ち始めた。

 どうやら魔術的なモノで間違いはない様です。

 

「……中総奇薬の興奮剤のデッドコピーだな、入手できない材料を別のモノで代用しただけの奴……こりゃ使ったら相当酷い後遺症に悩まされるぜ、神経がズタズタになって体が動かなくなる」

「……そこまでわかるんですか」

「あー……こればっかりは説明してもわからんだろうから簡単に言うとアタシ自身の異常体質だよ、アンタが呪いを引き付けやすい様にな」

 

 体質なら仕方ありませんね。

 

「それで、この薬はどうするのですか?」

「処分しかないだろ、ちゃんとした中総奇薬勢の正規品があるんだからこんなゴミがこの世にあっても仕方ないだろうよ」

 

 処分分類シールを残りの袋とシリンダーに貼り付けて一つ目の薬は処分が決まりました。

 

「次だ次、こいつは普通の魔術的な治療薬だな。中総奇薬の製品の横流しだ。成分的に問題はないからこいつは可用指定だ」

 

 次の薬はもはや開けてすらないのに判別しましたけど、この様に押収した品をそのまま私達が使うパターンも多い。

 O.U.Fの規定でも押収品も性質によっては取得者が使用してもいいとされている。

 最もきちんと一定以上の権限のある職員の許可は必要ですが。

 

「次はこれ……これは毒薬ですか?」

「ああ、こいつは中総奇薬でしか作ってない奴だ。しかもこいつは人間に対して使う毒じゃない」

「……何に対して使うんですか?」

「神様だよ」

 

 これは驚きました、神を相手に毒を盛ろうとする人なんて神話でしか聞いた事がありませんよ。

 

「祟神とか土地神とか、そういう相手に使うのさ。相手がヤクザだとすると大方、土地や家を守ってる奴に対して使うんだろうよ。余程大物の神様でもないと「こんなの」でもイチコロだ」

「……ちなみに本来の使い方としては?」

「まあ祟神とか邪教が作り出した人造の神を弱らせるのに使ったりするな、アタシも似た様な薬を作った事があるよ……二度と作りたくは無いね」

 

 そういうと毒薬にも「可用」のシールを貼る。

 

「これも使うんですか」

「使う機会が来ない事を祈る」

 

 『絶対というものはこの世界にない、起こり得る事は出来るだけ想定しておけ』

 私達の所属する「M.G.S.F」の責任者である藤堂司令の言葉が思い浮かぶ。

 

「さて、最後は麻薬だ。こいつもこの世にあっても仕方ないが、一応調べておく必要がある。既に使っちまってる奴がいたら治療の為にサンプルとして使うからな」

「そうですね、ワクチンを作る為にウイルスのサンプルはとっておくとは聞きます」

 

 何事も撲滅してしまえれば楽なのですが、いざ撲滅したと思っても何処かに残っていて再流行した際に情報がなかったなどとなれば大惨事です。

 スペイン風邪やペスト、天然痘みたいな疫病の様な特性を持った「異常」が流行したりすれば世界は混沌に包まれてしまいます。

 

「疫病も麻薬も患者から拡散されるからな、こうして取れる時にサンプルを取って対策するのは大事だよ、まあ……こいつも材料の質が下がっただけのただの沈静系の魔術麻薬だったけどな」

 

 一袋だけ「保管」のシールが貼られ、残りは処分が決まる。

 これで押収した品の分類は完了、とはいえ私は何もしてませんが。

 

「とりあえずはこれで終わりだな、後は処理班に任せてアタシらの仕事は終わりかな」

 

 

「悪いが、美鈴にはまだ仕事がある」

 

 聞きなれた声に振り返れば、そこには一人の男性。

 私達の直属の上司である「藤堂」司令が居た。

 

「飯食ってからでいい?」

「吐き戻しても俺は知らんぞ」

「マジかよ……」

 

 とても嫌そうな顔をするシエルさんと真顔の司令、どうやら今日はまだ何かあるようです。



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劇薬も喰らい尽くせよ【後】

 いかに訓練されたエージェントでも、生きている人間である以上限界というものがある。

 今こうしているうちにもどこかで任務の中で命を落とすエージェントが居る。

 しかし彼らは最後まで諦めない。

 

 この世界に絶対はない、どうしようもない運命もあるが、同時に諦めなければどうにかなる事もある。

 

 -美鈴シエル

 

 

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O.U.F加盟組織 医学研究所 隔離病棟

2017/7/9 22:10

 

「うっ……」

「だからアタシはついてこないほうが良いって言ったんだ」

「いえ、しかしこれから先同じ様なものを見る事になるかもしれないので」

「……はぁ、アンタは真面目だな。それで、藤堂司令……流石にこれはアタシでも助けられないぞ」

 

 目の前のエージェントの男の容態だが、それはもう凄惨な有様だ、四肢こそ揃ってるが、全身が言葉に出来ない程に惨たらしく爛れている、顔の判別さえできない。

 外傷の原因は複数の呪いや魔術だろうか?さすがにそこまでは分からん、アタシが分かるのは薬だけだ。

 自白剤、興奮剤、回復促進剤・治療薬・そして複数の麻薬……相当長い時間薬漬けにされてたようだ。

 想像を絶する程の苦痛だろうに、まだ息がある。

 

 それは間違いなく、彼がこれまで生きてきた中で培ってきた精神によるものだ。

 アタシはその意志に敬意を表する。

 

「彼の口をどうにか聞けるようにしてやってくれ」

「わかった、出来る限りはやってみる」

 

 口こそ開かないが、ココロも司令の言葉の意味はわかったようだ。

 

 

 あらゆる手段を以って、例え彼が死のうとも、持ち帰ってきた情報を受け取る事。

 

 

 既にいくつかの治療処置は取られている、人工臓器や治療魔術で少なくとも「延命」は出来ている……が、それでも異常性が体に大量に残っているせいで長くは持たなさそうだ。

 

「悪い……痛いだろうが、少し耐えてくれ」

 まずは彼の体に触れて状態を確認する。

 魔術薬にも相性がある、彼の体質によってはそのままショックで死にかねない、特にここまで弱っている状態では強力な薬にはもう耐えられない。

 

 あらかじめ投与されていたらしい鎮静剤は効果を発揮しているようだ、それに使われていた麻薬で痛覚も大分やられている。

 意識は……しっかりとある。

 

 ただ声が出ない原因が解析できない、薬の作用ではない?

 声帯は尋問の為にも傷つけられてない様だし、舌もある。

 

 脳の方が原因か?苦痛によるストレスで声が出なくなった?

 それとも呪いの方か?逃げる時に後ろから呪いでもかけられたか?

 

「ダメだ、全然わからん……これはどういう薬を作ればいいんだ」

 

 解呪や魔術の解除は既にされた上でこれだけの異常が残っている。

 対応できる専門家に見せてこの有様だとかなり厳しいぞ。

 

「司令、異常特性は?」

「現状はマゼンタだ」

「物理と情報のダブルかよ」

 

 物理的な効果を発揮する薬と、情報的な効果を発揮する薬。

 どっちも衰弱した人間の体に投与するには劇薬すぎる。

 

 両方の効果を持とうものならまずショック死だ。

 

「……まだ魔術は使えますか?」

「おいどうしたココロ?」

「エージェントさん、まだ魔術を発動するだけの力は残ってますか?」

 

 エージェントの右手が少しだけ光を放つ、どうやらまだ魔術は使えるようだが、ココロは一体何をさせたいのか?

 テレパスや意志伝達系の魔術が使えるなら初めからそうしているはずだ。

 

「何をするつもりだ、継音」

「私とこの人の意識をリンクします、魔法少女システムの処理能力なら可能だと思いました」

「それは危険な賭けだ、許可できない」

 

 人間の意識は基本的に一つだ、時々二重人格などといった特殊な体質を持つ者がいるが、一人の人間が持てる意識は一つだ。

 安易に意識共有をしようものなら脳をやられる事になる、それに異常性を抱えている状態だ、テレパスでさえ何が起こるかわかったものではない。

 

 だが、悪くない考えだな。

 

「司令、ココロは呪いに対して耐性がある。アタシのワイルドファイアも使えば恐らくは処理能力も解決できる。それに薬でこの人を話せるようにするよりかはいくらか可能性がある」

 

 魔法少女システムのコアには演算装置が入っている、バリアコーティングやパワーアシストなど本来なら一つでも集中を必要として同時使用の困難な術を常時発動しつづける為のモノだ。

 それを使えば人間一人の意識のキャパシティが用意できる。

 

「……わかった、許可する。結局俺に出来るのは責任を負う事ぐらいか」

「いえ、ありがとうございます司令。あなたが居てくれるから私達が好きにやれるのです」

「そうだよ、アタシだって薬を作るぐらいしか出来ないんだからさ」

 

 それにしてもココロの発想には驚かされた、こんな事思いついても実行するには躊躇うに決まっている。

 正直、アタシより覚悟が決まっている。

 

 ならアタシに出来る事はその成功率を上げる為の手伝いだ。

 

「いくら演算処理装置が別でも脳を通してやるんだ、そのままやろうものなら脳が焼きついてオシャカになる、今から作る薬を使え」

 

 私が魔術ストレージが取り出すのは材料、結晶蚕の幼虫、錆カビの粉末、銅の杯……。

 

「え、虫使うんですか……」

「使うから出したんじゃねえか」

「はい」

 

 別に虫使うぐらい普通だろ、食紅とか化粧にだって虫由来の成分ぐらい使われてるんだ。

 

 魔術薬というのは摂取する為の道具も大事だ、銅の杯に術を施して、その上で結晶蚕の幼虫と粉末をガラス棒でペースト、そして劣化エーテル剤で割って液状にする。

 

「出来たぞ」

「あの注射じゃないのですか」

「経口摂取だ」

「……はい」

「露骨に嫌そうな顔するな、いつも飲んでる薬よりかはまともな材料なんだから」

 

 さすがに覚悟を決めたのかココロは銅の杯から薬を一口に飲み干した。

 

「最悪な味ですね」

「そりゃな、美味くてもしかたないだろ」

 

 ココロに飲ませたのは意識強度を高める為の薬だ、脳に多量の情報が通ってもこれで大丈夫だ。

 

「さて、それでは……お待たせしました。使命を全うしましょう」

 

 アタシらはそれぞれ「ワイルドファイア」と「アイアンソード」のコアを起動し、魔法少女衣装へと変身する。

 

「全術式解除、アイアンソードに機能をリンク、権限を譲渡」

「全術式解除、演算処理機能をリンク開始」

 

 纏うワイルドファイアのコアと処理機能が全て停止し、重いだけの衣装となり、ココロのアイアンソードのコアと瞳が緋色に発光し始めた。

 

「情報の読み取りをします、エージェントさん、伝えたい情報を意識してください」

 

 横たわるエージェントの手を握り、ココロが優しく語りかけた。

 すると握る手から光が伝わるが、同時に黒い煙が噴出した。

 

 やはり読み取り対策に呪いが掛かっていたか、だが……ココロに呪いは効かない。

 とはいえ、そのままいつもの様に呪いの吸収を防ぐとアタシら、しいては周囲の人間に呪いが飛ぶので悪いが少しの間、その体質で呪いを飲んでもらわないといけない。

 

 さっきの薬には処方している対呪薬を中和する効果もあった、後で謝らないとな。

 

「……黒い森の協会が、O.U.Fが保管している何らかの異常物品を探している。それが何か俺は知らない。」

 

 ココロの声でエージェントの言葉が語られる。

 

 黒い森の協会は確かヨーロッパのカルト教団だ、それなりに有名な組織でO.U.Fとも長い間敵対している。

 とはいえあまりに情報が少なく、未だに壊滅させられていなかった……とだけは知っている。

 

「だが気をつけろ……奴らは「混沌の神の子」と呼ぶ何かを探している……俺以外にも2人やられていた、誰かはわからなかったが……すまない、俺がわかるのは……ここまでだ」

 

 O.U.Fは多くの異常を回収している、となればそれを狙ってくるのも当然か。

 

「エージェント、よくやった。何か他に伝えたい事はあるか」

「……部隊番号RC-1442「赤い糸」の隊長に……「お先に失礼します」と」

「わかった、伝えておく」

 

 こうして遺言を残せるというだけでも彼は救われたのだろうか。

 

「……継音ココロ、美鈴シエル……俺の役目を果たさせてくれて、ありがとう」

 

 それだけ言うと、彼の命の鼓動は止まり、ココロに意識の主導権が戻った。

 延命処置がされていたとはいえ、彼の命を繋ぎ止めていたのはその意志だったのだろう。

 

「……お疲れ様です、エージェント・ネロ331」

 

 ココロも慣れない仕事に疲れている様子だったが、それでも顔にはそれを出さず彼を労わる。

 

「敬礼だ」

 

 司令の言葉と共に、使命を、役目を果たした者を送り出す。

 

 

 後はアタシら、生き残った者の仕事だ。



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魔法少女【前】

 魔法少女、ありふれたフィクションの中の主役であり、正義の味方の一種。

 しかし「それ」は物語の中の主役と同じ名を冠するにはそれはあまりに物騒で、どうしようもなく「兵器」で。

 呼び方としては「魔法少女」としか呼べないのもまた事実でした。

 

 -継音ココロ

 

 

 

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エレメント採掘施設

2017/7/22 -0:12

 

 この世界には「四大元素」や「五行」に基づく「エレメント」が存在します。

 それらは魔術や法術などの様々な秘術において利用されますが、1950年にO.U.Fが創設された頃にはエレメントを純粋抽出する方法の多くは失伝してしまっていました。

 残っている技術でも出来なくはないのですが、非常に効率が悪く、科学技術で代用できる品を作った方がマシという状態で、研究もなかなか進まないという有様でした。

 

 しかしつい昨年、異世界の企業連合「アライアンス」の提供により「エレメントハーヴェスター」という機材が導入され、高品質で高純度のエレメントがパッケージング、簡易利用可能となりました。

 もちろん良い事ばかりではありません、エレメントを枯渇させてしまえば、やがてこの星に住む全ての生命を滅ぼしてしまうというリスクもあります。

 

 これはありとあらゆるものに通じる事で、近年の環境汚染や資源の枯渇なども変わりはしません。

 限りのあるものをどう使うか、全ては同じです。

 

 当然、時間だって有限です。

 命も然り。

 

「わたくし達の提供したハーヴェスターはきちんと運用できている様ですわね」

「まあな、アタシらはあまり使わないからこの辺りの事はしらねーけど、それよりアタシらを呼び出して何の用なんだよ?「代表さん」よ」

「当然、お仕事のお話ですわ」

 

 私達がこのエレメント採掘施設に呼ばれたのは、この「異世界人」の少女「レイディアント」からの指名でした。

 信じられない事に目の前の少女もまた「アライアンス」に所属する一つの企業の「代表」であり、「魔法少女」でもあるのです。

 

「私達に指名の仕事なのですか?」

「そう、この世界にはわたくし達、アライアンスの傭兵も居なければ私兵も居ない、なので貴女達に依頼するのですわ」

 

 彼女達の世界は大きく二つの勢力「統一連合:ユニオン」と「企業連合:アライアンス」に分かれて覇権を争っている、当然企業連合側であるアライアンスも傭兵や私兵といった武力を持つ。

 しかしここは違う世界であり、アライアンスもO.U.Fと「協定」を結んでいる。

 

 向こうは資源の枯渇が激しく、それは魔術を初めとした秘術に関する物品にまで及んでいるらしく。

 故にO.U.Fが確保しつつも正直に言えば持て余している、あるいは制御しきれない品を「買い取って」貰っているのです。

 当然、危険なのは向こうも承知だが「危険なもの程面白い」との事で嬉々として解析しているとのことです。

 

「それで何の仕事なんだよ」

「せっかちは嫌われますわよシエルさん。それはさておき、今回の依頼はわたくし達の方で用意した装備のデータ取りとして、カルト教団を一つ潰して貰いたいのです」

「……データ取りはまだしもカルト教団というのはどういう事なのですか」

「まあ潰しても問題ないであろう敵を勝手に指名しただけですわ。どこの世界にもそういう輩はいるのではなくて?」

 

 まあ否定はしません、この間の「黒の森の協会」によるエージェントの拷問、殺害に加えてO.U.Fの保管庫を狙った襲撃などもあって現在「日本支部」においては厳戒令が敷かれています。

 

「そうはいってもまだ相手の足取りが掴めてないんだよ、ただでさえ歩いてりゃ異常性に出会う世界だ、簡単に特定はできねえ」

「そう仰ると思いまして、持ってきましたのよ。魔法少女システムの追加ユニット」

 

 そう、このレイディアントという少女こそがこの世界に「魔法少女」システムを持ち込んだ張本人なのです。

 

「なんだこの……箱みたいなのは……新手のゲーム機か?」

 

 出てきたのは黒い手の生えた箱の様なマシンで……これはドローン?

 

「ココロさんはお分かりいただけた様ですわね、こちらは武装ドローンですわ。アライアンスでは正直強化兵士を主力としているのであまり出番はありませんが」

「……それに加えて、このドローンは「使い魔」ですか?」

「よくお分かりですね。そうですわ、正式には魔術ドローン「サーヴァント・アームズ」と呼びます」

 

 使い魔というのは古くから魔術によって作られる人工知能の様なものです、日本では式なんかと呼んだりもします。

 主に動物やゴーレムなんかに搭載して、術者を守らせたり、諜報活動の為に使われます。

 現代では無人機戦闘機の一部や小型ドローンを使い魔にする実験も進んでいますが、いかんせんコストがかかるので難航しているというのに、随分と向こう側の世界は進んでいるという他無い。

 

「だけどよぉ……いまさらドローン一体増えたぐらいで……」

「このドローンを装備する事で、あなた方は空を飛べる様になりますわ、術を使ったりする事なく、両手も思考も空けた状態で」

「……ホントかよ」

「疑問に思うなら試してみてはいかがかしら」

 

 私達も空は飛べる、しかし空を飛ぶ為の魔術というのは少しばかりコストパフォーマンスが悪い。

 というのも人間の脳は空を飛ぶ様にできていない。

 

「まあ本来なら……そのお二人の魔法少女システムのコアにも飛行術式も入れておきたかったのですが、アライアンスの決定で提供するコアには「機能制限」が施されているというのは始めにお話ししましたわね?」

「そうだな。複製防止の為だってな」

「ええ、わたくし達の世界は……まあ……お恥ずかしながら「技術流出」の連続、どのルートで流れるのやら……魔法少女システムそのものも言ってしまえば元は流出した技術の一つ。問題だったのがそれがあまりに複製が容易く、そして強かった事」

 

 言いたい事はもう分かる。

 魔法少女システムの技術が流出すれば、他の勢力で利用される可能性があるという事。

 それがO.U.F内の組織であったり、まだまともな組織であればいい。

 だが非人道的な事に躊躇いがない組織であれば、「資格者」探しの為に犠牲になる者がいる。

 

「わたくしは「誠実」でありたいのですよ、「嘘」や「欺瞞」は最終的に自分自身を裏切るのです」

 

 その言葉からは何か色々な感情が読み取れた。

 それはきっと、彼女自身の経験や、見てきたものを伝えたいという気持ち。

 

「お~飛んだ飛んだ」

 

 だが一方でシエルさんはドローンのアームに肩を固定されて宙ぶらりんになっていた。

 

「……ココロさんも気をつけてくださいね、ああはなってはいけませんよ。人の話の途中で空を飛び出す様なお馬鹿さんには」

「……はい」

 

 そうですね。



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魔法少女【後】

 藪を突けば蛇が出る。

 まだ出てくるのが蛇程度ならかわいいものだ、現実はもっと碌でもないものが出てくる。

 そう……もっと悪意に満ちたもの、この世にあっても仕方ないもの。

 アタシ達の仕事はそれを叩いて砕く事。

 

 -美鈴シエル

 

 

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東京

2017/7/23 -21:24

 

 交通規制というカバーストーリーを敷いて、人々を遠ざける。

 今回はO.U.F以外にも色々な組織が協力してくれたらしく「黒い森の協会」の日本での足取りを追う事に成功した。

 

 アタシ達が今回やるのは他のエージェント達に先を越されないように協会の構成員を確保あるいは排除する事。

 

 いや、別に他のエージェントが始末できればそれは構わないのだが「黒い森の協会」の構成員は「異常性」を持った「怪物」が含まれる。

 先日のエージェント拷問殺害の後も輸送車両や収容施設への襲撃が相次ぎ、その中で襲撃者が変異して大暴れ、それで少なくない損害が出ている。

 

 ビルの屋上を駆け、「標的」を探す。

 側には先日の箱型ドローン「サーヴァントアームズ」が随伴している。

 こいつが思ってたより速くて、それなりにスピードは出しているが置き去りにならない。

 

「シエルさん、何か見えましたか?」

「いや、今の所は何も」

「『キーパー』は?」

『現在の所、それらしき反応は検知されていません』

 

 箱から男性らしい渋い声がする。

 『キーパー』このドローンに搭載されたAI「KP-400」の通称だ、呼びにくいのでココロが名付けた。

 

 こういう使い魔とかに名前をつけると後で壊れた時とかにヘコむからやめておけと言ったんだがな……。

 よくある話では地雷処理ロボに愛着が湧いてしまうようなもの、ペットロスとかに近い状態になりがちだ。

 アタシはそういうのが嫌で使い魔とかは持たない様にしていたが今からでも「別れ」とかを意識してしまって憂鬱になる。

 

 ココロはそこの所どう思っているのやら。

 

「それで……キーパーくんは何か案はあるのかい」

『地下通路を探す事を提案します』

「なるほどなぁ」

 

 確かに上空を移動するのは楽だ、アタシらは魔法少女システムのサポートもあってそこらの魔術師とは比べ物にならない機動性がある。

 

 とはいえ相手もバカではない、見つかりやすい地上で行動する時間は極力短くしているのは当然で、地下での活動をメインにしているかもしれない。

 

「では、地下通路へのアクセスポイントを」

『了解。私の分析によれば、あの川の側の調圧水槽や地下神殿に通じていると推測されます』

「東京に地下神殿なんかあるのかよ、しかも何で知ってるんだよそれ」

『データベースによれば東京地下には龍脈が通っています、それをコントロールする為のものだったのでしょう』

「何当然の様にO.U.Fのデータベースにアクセス出来んだよ……」

『閲覧権限があります』

 

 当然の様に喋ってるがこいつ、O.U.Fのデータベースアクセスの権限なぞ司令クラスの許可がないと出来ないんだぞ。

 いやまあこいつの納入の事を司令が知らない筈も無い……許可したんだろうな。

 確かにこいつがあれば捜査が格段に楽になる、一々調査してもらう手間が大きく省ける。

 

 レイディアントのお嬢さんが言っていたのはこの事か。

 

「まあそれならいい、とっとと行くぞ」

「便利ですね、キーパー」

『ありがとうございます』

 

 グラビティコントローラーで減速して着地、整備用の通路から地下へと進入する。

 保守点検はされている様だが、あまり清潔とはいえない。

 

『ソナーによると近くに大きな生命反応はありません、進みましょう』

「何でも出来るなお前な」

『あなた方をサポートするのが私の仕事です』

 

 灯りを照らす必要はない、気をつけるのはソナーに映らないモノぐらい。

 魔力を空間内に満たして魔術による探知も行いながら歩く。

 

『ここのT字路を左へ、右は外に出ます』

「わかりました、しかしこんなに広大な地下通路……悪用して欲しいと言っているようですね」

『本来なら地下に魔術的防御陣を形成して首都圏全体を守護する為に建設されていたようです、しかし経済的な問題で中止となったようです』

「世知辛いですね」

 

 中止にするなら中止にするで出入り口塞ぐぐらいはやっておいた方がいいんじゃねえかなぁ……とは思うがこういうのもよくある事だ、廃坑や遺跡がカルト教団の根城になっているなどよく聞く。

 

『注意してください。ここから先、神経系に作用する魔術的毒素が検知されています』

「そりゃ穏やかじゃないな、ガスマスクでもつけるか?」

『我々には必要ないですが、恐らく侵入者を防ぐ為の罠でしょう。こちらです』

 

 魔法少女システムの使用者保護と生体維持機能はやけに高性能だ、毒ガスの充満する危険地帯や深海や宇宙の様な空気の無い極限環境でも安全に活動できる。

 こんなに至れりつくせりなシステム、この世界で作ろうとすればどれだけの費用が掛かる事やら。

 

「ガスだけなんて雑だな、いや……まあ余り威力があっても生き埋めになるしな」

 アサルトライフルを構えながら音を殺して移動する、認識阻害こそしているがそれなりにやる魔術師なら気付く可能性もある。

 

『この先、大きな生体反応を複数検知、全て人型をしていますが人間ではありません』

「なるほど、バケモノか」

 

 いきなり大当たりの様だ、となればやる事は殲滅だ。

 

「司令に情報を送ってください」

『了解。交戦の許可は既に出ています、タイミングを見て突入を推奨』

「あいよ」

 

 ココロが武器をフレイムスロワーに持ち替えて、ポジションを決める。

 閉所での火炎放射とは随分と殺意が強い、アタシも巻き添えを食らわないように気をつけないとな。

 

 狭い通路の先には少し開けた大きな空間があった、柱の様子からつい最近の建造物だろうが、妙な呪文の術式なんかで悪趣味に飾り立てられていた。

 そしてその下には4人の男たちと、10体近くの識別不能の顔の無い口だけの白い化け物だ。

 

「――混沌の神子は手に入ったが、随分と犠牲を出したようだな」

「すまん、だが生贄に困る事はないだろうよ。この上には腹を満たすだけの人間がいる」

「そうだな、では儀式を執り行おう……我らの時代をはじめる為のな」

 

 男達の会話から聞く辺り、どうやら時間もないらしい。

 

「火器ロック解除、キーパーは上で待機して必要そうなら援護射撃、ココロはアタシと一緒に突っ込むぞ」

『了解』

「わかりました、では」

 

 通路から広場に飛び出して即座に何かを囲っている男達に向けてトリガーを引く。

 同時に周囲の怪物達に向けてココロがフレイムスロワーで挨拶した。

 

「おのれ!嗅ぎ付けてきたか!忌々しい人間共が!」

「ええい!儀式を続けろ!神子を蘇らせるのだ!」

 

 銃弾は確かに命中したがどうやら普通の銃弾では効果が薄い様だ、血こそ出たが奴らはまるで動じてない。

 一方で他の怪物は格が低いのか炎に焼かれて転がりまわっている。

 

 アサルトライフルを収納して電動ブレードを抜刀する、さっきまでの狭い通路では使えなかったがここなら使える。

 

「お前達の夜明けはない!」

 

 まず一人、首を刎ねる――が、どうやら違うみたいだ「殺した感覚がしない」。

 首を失った肉体が膨らみ、骨が槍の様に伸びてきたのでブレードで切り払う。

 

「貴様ラニ……我々ノ……500年ノ悲願ノ邪魔ハ……」

 

 どうやらこんなバケモノに成り果てても知能は変わらないようだ、それにしても500年の悲願か。

 

「まったく、どいつもこいつも長年の悲願抱えすぎだろう!」

 

 カルト教団や長生きするバケモノなんかが事を起こす時にはほぼ「長年の悲願」という言葉が飛び出してくる。

 あんまりにもありきたりすぎてこういう言葉が出てくるだけでアタシの中の「ランク」が下がるってものだ。

 

 ブレードを帯電させ、肉塊の怪物に突き刺す、嗅覚はブロックしてあるから匂いこそわからないが。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」

 

 表現不能な絶叫を上げて崩れ落ちた為恐らく死んだと思われる、煙も噴いているので恐らく中までしっかり焼けただろう。

 

 

「シエルさん!そっちに一体!」

「グォオゥー!!」

 

 っと、後ろから顔の無い雑魚が襲ってきたので首を刎ねた上で胴も縦に斬る。

 こっちは普通に「殺せる」んだな。

 

 

 地面に落ちた死体を蹴飛ばし、次の標的を定めた。

 

 儀式の中心らしきあの「赤子」の形をした黒い塊だ。

 

「サッカーしようぜ!ボールはこいつだ!」

 

 グラビティコントローラーで強化したジャンプで術式の中に飛び込み、右足で力の限り蹴り上げる。

 

「ッ!」

 

 既にいくらかのエネルギーが集まっていたせいかバリアコーティングを突き抜けるぐらいの反動があったが、無事に儀式は中断させれたようで、黒い赤子の形をした異常物は壁に叩きつけられてめり込んだ。

 

「貴様ァッ!!」

「こやつを殺せ!!!」

 

 さすがに頭に来たか、男達が呪術の光を飛ばしてくるが――……無理に避けるまでもない。

 プロテクトで防げる程度の威力だ、多少バリアコーティングが剥がれたがさっきの異常物を蹴った時よりはダメージはない。

 

「効かんか…!何の神の加護だ!」

「我々の知る神の加護ではないのは確か!ならば!」

 

 呪術でダメなら魔術か、だがそれよりもこっちの方が早い!

 接続ケーブルをそのままにブレードを投擲して魔術を構えた方の心臓を貫き、電流を流す。

 

「グォオオオアアア■■■■■■!」

 

 人型から醜く膨れ上がり男が爆発して肉片が飛び散る。

 

「きったねぇ」

 

 破片を振りのけながらその動作でケーブルを巻き戻してブレードを回収する。

 

「さて、投降しろ。さすればまぁ……殺されはせんだろ、殺されは」

 

「するとでも思うか!」

 

 残ったもう一人が魔術の雷撃を放ってくるが、それをブレードで受け止めて防御する。

 

「なら死ね!」

 

 跳躍して、二発目の魔術の雷撃をブレードで切り払い、3人目の男に突き刺す。

 

「今ここで!」

 

 続けて電流を流して焼き払った。

 これで残るのは。

 

「排除は完了しました、後は」

 

 最後の一人だ。

 

「残るは我一人かッ……だが!」

 

 何をトチ狂ったのか男は自らの腹をナイフで刺し、破裂した。

 

「この命を以って悲願を成す!」

 

 なるほど、そうか。

 奴は自らを儀式の生贄にしたらしい、見上げた根性だ。

 

 壁に叩き込んだ異常物に散らばる肉片が吸い寄せられ、巨大化していく。

 

「なるほどなぁ、何がしたかったのかは最早闇の中だが大した執念だ、そこだけは褒めてやろう」

「敵に感心してる場合じゃありませんよ、どうするんですかアレ!」

 

 異常物は10メートル程度のサイズの怪物となった、さすがに天井を突き破って地上に出られるとまずかったがこの程度なら「問題無い」。

 

『神性を検知、周囲の現実性が著しく低下しています』

 

 これもれっきとした神らしい、キーパーの言うとおり周囲の空間が歪み、コンクリートが赤い肉へと変わっていく。

 

「キーパー、現実性ってなんだ?」

『空間を支配する力です。これが低下すれば異常な事が起き易くなります』

「そっか、そりゃ大変だな……つまり奴をぶっ殺せばいいんだな?」

『平たくいえばそうなります』

 

 やる事は変わらない、神の力に対抗するのなら「神」の力だ。

 

「ココロ、「変神」だ」

 

「わかりました」

 

 魔法少女システムは、異なる世界の法則で動く力だ。

 法則が違えば、同じ様に動かす事などできない。

 例えば酸素の無い場所に火を持って行ってもそれは消えるだけだろう。

 重力の無い場所では落ちていく事もできない。

 

 だが魔法少女システムはこの世界でも動く。

 それは魔法少女システムそのものが独自の法則を持った一つの小さな世界。

 「人造の神」の権能そのものを持つからだ。

 

 かつて混沌の世界に秩序と法則を齎した様に、異なる世界でも自分のルールを押し付けられる。

 

「ジイナロフェン」

 アタシのワイルドファイアに搭載された人造の神の名。

 それは創造と抵抗を司る。

 

「アーズライル」

 ココロのアイアンソードに搭載された人造の神の名。

 それは死と宿命を司る。

 

――変 神――

 

 その真の力を開放しても、姿そのものは変わらない。

 変わるのは世界だ。

 

 肉に侵食されていた空間が元の形状に戻っていく、それはアタシらの力で目の前の肉の神の支配力が失われたからだ。

 ジイナロフェンの「抵抗」アーズライルの「死」どちらも空間の支配を無力化するには最適な権能だ。

 

 

 本来なら神を相手にするには、もっと大規模な術式や他の神の助けが必要となる。

 だが魔法少女システムは違う。

 

 ただ一人でも神に、世界に抗うだけの力がここにある。

 

「全く、恐ろしいねえ……」

「何がですか」

「これを作った奴らだよ」

「確かに、見た目は不気味ですが」

「違う違う、魔法少女システムだよ」

「ああ……そうですね、私は神と戦った事がないのでよくわかりませんが」

「人の身で神を宿して、世界の法則や神と戦うなんて規格外もいいところなのにこれが「ちょっと使える兵器」扱いなんだぞ、どんな地獄なんだよアライアンスのある世界は」

 

 目の前の神も驚き慄いているわ、そりゃO.U.Fもアライアンスに対して信じられないぐらい譲歩するのも分かる。

 こんな兵器で戦争してる連中がこの世界に攻めてきたらどうしようもないからな。

 

 本当に敵でなくて良かったよ。

 

「……私も思うところはありますが、それより今は……任務を果たしましょう」

「わかったよ、んじゃ……軽く捻りますか」

 

 二人同時に地を蹴り、跳躍する。

 

「ツインマジック」

 ココロがアーズライルの死の力を両足に纏わせる。

「マキシマムブレイク」

 そしてアタシも同じ様にジイナロフェンの創造に力を両足に纏わせる。

 

―アナイアレイション―

 

 死の宿命と創造による抵抗の力、相反する二つの属性が肉の神にキックによって叩き込まれる。

 着地と同時に空間に結界を展開して封鎖する。

 

「任務」

「完了」

 

 対消滅によって発生した巨大なエネルギーによって肉の神は爆発するが、その衝撃は結界によって内側に収縮し、光の粒子となって噴出した。

 

 

 

 こうして、黒い森の協会が不完全な状態で復活させた神は滅びた。

 だがこの程度の事はよくある事だ。

 世界は不安定な現実の上で成り立っている、明日にだって破綻するかもしれない。

 だがその日をいつか遠くまで先延ばしにし、世界を維持する。

 

 それがアタシ達の仕事だ。



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眠れない者の夜
プロローグ


 俺の目の前には見知った顔の死体があった。

 

 折られた手足を動かして這いずり、彼女の元へと近づく。

 

「シスター」

 

 この孤児院で俺たちの面倒を見てくれた「姉」さん。

 俺にとってただ一人、信じられる人で。

 

 その首には歯形、血はもう一滴も残されていない。

 

「シスター」

 

 今日だって……俺にやってくれた様にチビ達を寝かしつけて。

 明日からは一緒に俺も、この人の仕事を手伝えるってたのしみにしていて。

 

「シスター……」

 

 

 俺なんかより、この人が生き残るべきだった。

 でも、この人はやさしいから一人生き残った現実に耐えられなかったかもしれない。

 

 命の音はもうこの孤児院のどこからも聞こえない、残されたのは俺一人だ。

 

 このまま、俺も眠るように死ねればいいのに。

 それが出来ない事を「本能」が教えてくれた。

 

 俺は、この人の命を奪った奴とはまた違う怪物に成り果てていた。

 

「シスター」

 

 俺は今もこの人を愛している、そして同時にこの人の事を「美味しそう」だと感じている。

 

「ごめん、少しだけ貰う……少しだけ」

 

 優しく俺を撫でてくれたその右手を口に含む。

 

 その肉は初めて出会ったあの日、俺に与えてくれた思い出の中のパンと同じぐらい美味しかった。

 

 

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 眠れるものに安らぎを、眠れぬものに平穏を

 

 -継音ココロ

 

 

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教会孤児院「鳩の羽」

 

2017/7/30 -19:20

 

 その惨状と異常性から警察と共同で捜査が行われる事になり、O.U.F側の人員として派遣された私が見たのは。

 

 あまりにも酷い有様でした。

 

 神父と雇われていた警備員、そして子供達5人の合わせて7人が血を抜かれて死亡。

 シスターは骨こそ見つかりませんでしたが、大量の血痕と肉片からほぼ間違いなく死亡。

 そして年長の孤児でこの施設の職員となるはずだった少年が行方不明ですが、血痕からおそらく死亡。

 

 被害者の状態からおそらく吸血鬼かそれに類する怪物の犯行と見られています。

 

 近年、吸血鬼による犯罪は非常に少ないです。

 それはO.U.Fなどの組織への加入によって簡単に「食事」が可能になったり、権利が認められる様になった面もあるが、より多くの脅威に種という壁を乗り越えて人類と同盟を結ぶ事をよしとする吸血鬼が増えた面もあります。

 

 しかしそれでもやはり過激な者がいなくならないのは人間と同じで、由緒正しき「狩り」を重視する吸血鬼も中には居る。

 

 その獲物として平穏に生きる者達を選ぶのなら、私達がそれを許容する事は絶対にない。

 

 O.U.Fは敵対者としてそれに対処する。

 

「……キーパー、何か分かった事はありますか」

『分析ではシスターの遺体についてですが、血痕の状態からおそらく血を抜かれた後に損壊しています』

「何故犯人はシスターの遺体を?」

『おそらくですが、シスターの遺体を損壊したのは殺害した犯人ではなく、行方不明になっている少年だと思われます』

「……少年もまた別の異常存在だった可能性ですか」

『はい、出口に向かってシスターの体組織の一部が付着していました。また少年の血液の反応から微量ながらヒト以外の反応も出ています』

 

 ……ゾンビ、あるいはグールに類される「アンデッド」。

 人食いの怪物は、ふとした事で発生します。

 遠い先祖が持ったそういう「因子」を目覚めさせる事も珍しくはありません。

 

「致命傷を負った少年がシスターの遺体を食べて、それから外へ出た?」

『グールやゾンビといった存在であれば、ある程度理屈は通ります』

 

 その少年が生きているとして、私達がすべき事は。

 

「なら、その少年を早く見つけなければいけません。他の誰かを傷つける前に」

 

 確保です、まだ誰かを傷つけていないのなら、その体質次第では彼は、多少の自由を失うかもしれないけれど、生きる事を許される。

 

 O.U.Fは例え相手が人間でなくとも、安易に殺す事はない。

 人間でなくともそれなりに付き合って行く意志があれば共存を模索するし、どうしようもなく世界を破壊しようとするのなら人間であっても容赦はしない。

 

 

 その為の規則であり、規律です。

 

『了解、シエルおよび司令にも通達します』

 キーパーに連絡を任せ、私は教会を後にする。

 

 もう外は暗く、怪物が蠢くには随分といい時間になってしまいました。

 

 これはひょっとしたらしばらくは眠れない夜が続くかもしれません。

 

 

///////////////////////////////////////////////////////////

 

 太陽が落ちた、ようやく動く様になった体を起こして周囲を伺う。

 本能が血肉の匂いを、ヒトの匂いを教える。

 だが俺が欲しいものはそれではない。

 

 俺が今望むモノの匂いを探る。

 彼女を殺したあの怪物の匂い、腐りきった血の匂い。

 そして「理」の外にある、あの闇の匂いを。

 

 怪物に成り果てたとしても俺は人を食わない。

 俺の腹はもう満たされている。

 「怒り」によって満たされている。

 

 後はその怒りを消化する為に、奴を、彼女の仇を殺す。

 それが俺のただ一つ残った「道標」。

 

 さあ行くぞ。

 



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血の軌跡-1

 継音はかつて「継承の一族」と呼ばれていました。

 様々な情報を保管し、未来へ残していく事を使命とする魔術師の家系で、絵や文書、記憶、あらゆるものを魔術的な手段を含めた様々な手段で適切に保存してきました。

 

 その手段の中には、非人道的とされるものもあります。

 一族として生まれた者に改造を施したり、肉体そのものに情報を刻印したりと、死ぬ事さえ自由に出来ない者さえいたと言い伝えられていました。

 

 現在ではより多くの情報を効率的に保存できる電子情報媒体やそれを模した魔術的な媒体もあるのでそういった事は無くなり、自由に生きる事が許される様になりました。

 

 とは言え……今まで積み重ねて来た事が祟ったのでしょう。

 継音の者の多くは、何かしらの「異常体質」を持ちます。

 

 私でいえば「呪いを引き寄せる体質」であり、他には「多くを記憶できない」だったり「見えてはいけないものが見える」だったり。

 明確な呪いでこそありませんが、継音に生まれるという事はそういった宿命の星の元に生まれると同義なのです。

 

 -継音ココロ

 

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都市内過疎地区

2017/7/30 -21:12

 

 吸血鬼はその生命の維持の為に他者の血を必要とします。

 そのメカニズムはまだ完全には解明されておらず、必ず「生体」によって生成されたモノでなければなりません。

 かつて魔術的に完全に近い人造血液で代用を試みた実験がありますが、栄養失調に近い状態に陥り生命の危機に瀕する結果に終わりました。

 

 なので現在はO.U.Eなどでは加入している吸血鬼に対して、倫理的に問題ない方法で血液を提供しています。

 それは共存の道を選んでくれた彼らに対する保障です。

 

 手を取り合える事は、素晴らしい事です。

 

 どうしても手を取り合う事を選べない存在もいるからこそ、その尊さを実感します。

 

 

 

 ブレードでバラバラにしたゾンビが明らかに許されない形状に再生する。

 放った炎が泥の様な血に触れて消える。

 

『現実汚染が深刻です。速やかに原因を排除しなければなりません』

「キーパー」

『承認します』

「……-変神!-」

 

 アーズライルの神性を開放して空間を書き換え、法則を私の制御可能な状態に戻す。

 とはいえゾンビは動き続けている。

 

 空間を支配しても「命あるもの」は消せない、それ逆説的に生きているということ。

 ならばアーズライルの力で「殺せる」という事です。

 

 とはいえ、あくまで「殺せる」といっても本当に「殺せる」だけで、殺すにはきちんと戦う必要があります。

 念じたりするだけで殺せる様な都合のいい力なんて無いし、あってはいけないのです。

 

 

「灰は灰へ、塵は塵へ!」

 

 緋色の「致死性」の炎を剣に纏わせ、再びゾンビに突き刺す。

 異常性を「正常」で塗りつぶして、その「生存」を「終了」させる。

 

 可能であれば、検分の為に多少は残しておきたかったですが再生の危険性がある以上は焼くしかありません。

 

『プラズマガンの使用が承認されました』

「了解、プラズマガンを」

 

 キーパーの機体横のコンテナから出たグリップを掴み、それを引く抜く。

 

「対象を破壊します」

 

 ロックを解除し、二体目のゾンビに銃口に向けてトリガーを引く。

 光が腐敗した肉に突き刺さり爆発、燃える肉片が飛び散る。

 私の攻撃全てに「致死性」は付与される、それが魔術による炎であれ、拳による物理攻撃であれ、当然の様にこの手にした銃にさえも致死性は付与される。

 

『残敵数3、現実汚染源の探知を実行中』

 

 このプラズマガンはプラズマキャノンより火力を抑え、連射性と取り回しを強化した市街地用の火器としてアライアンスから提供されました。

 元のプラズマキャノンやレールガンはこの世界において、異常性相手とはいえ使う機会が無いのです。

 正確には威力があまりに大きすぎて、市街地や森林地帯など使えない場所が多いのです。

 

 しかしプラズマガンでようやくこの世界で「使用可能」な威力になりましたが、アライアンスの世界にはプラズマキャノンの上位モデルがあるそうで。

 怖いですね人間。

 

『残敵数2、現在の所は汚染源は動死体そのもののようです。付近でそれらしきものを探知できませんでした』

「わかりました、探知を続けてください。もしかしたら汚染度が高すぎて探知できてないかもしれません」

『了解』

 

 ゾンビが肉体を再構築して矢の様に飛来して来た――が、迷わずトリガーを引く。

 直線的な動きでしかない以上、当然の様にプラズマの塊にぶつかって爆発。

 

『残数1、微弱ながら汚染の痕跡を検知しました』

「なるほど、つまりは原因は既にここには居ないという事ですか」

『はい、追跡を続行しますか?』

「……その前に本部に連絡をしてシエルさんを送ってもらいましょう、そろそろ戻って来ていると時間だと思うので」

 

 最後の一体もまたトリガーを引いて始末する。

 同時に汚染されていた空間が完全にアーズライルの力で支配されて全てが「正常」となる。

 

 

 

 あくまで暫定的にですが、この世界で最も「正常」な秩序とは「死」です。

 生命とは様々な可能性を生み出し、想いを形にしていく事が出来る存在です。

 しかし同時にそれを完全に制御する事なんて出来ない。

 争うことも、間違うこともあるし、後悔だってする。

 

 でも平等にいつか死んでいく。

 人も獣も草木も星もいつかは死ぬ。

 この宇宙とていつかは熱量的死を迎えるといわれています。

 

 アーズライルは死神、コード名は「kill-nine」。

 名前の由来は天使「アズラエル」で、その名の通り「死」を約束する。

 製造方法は明かされていませんが、あくまで「複製」であり、「原型神格」の完全な制御は現在のアライアンスどころか他の勢力ですら出来てないそうです。

 

 

 そんなデチューンした複製とはいえ、危険な力を他所の世界の他人に預けるのか、という所もありますが、危険だからこそ他所の世界でデータを取りたいというのも本音なのでしょう。

 多少危険だとしても私達にとっては少なくとも「制御できる」だけで十分ありがたく、非常に強力な特性のおかげで助かっているのでその点に不満はありません。

 

 

『空間の正常化が確認されました。変神の解除をお願いします』

「わかりました、それで……シエルさんの到着はどれぐらいかかりますか」

『現在、美鈴シエルはアライアンスのエージェントと交流中との事です』

「…………文化的交流ですか」

『はい、そう申告されていますが』

「電子媒体などを含む、文化の交流」

『よくわかりましたね、ココロ』

「……司令に連絡を「美鈴ココロとアライアンスのエージェントの文化的交流は彼女の私情であるので、経費で落とさないように」と」

『了解しました』

 

 異世界のサブカルチャーが気になるといっても、仕事の時間にやるべきではない。

 

「まったく、あの人は自由がすぎる。他人を縛るのもどうかと思いますが、あまりにも無秩序すぎです」

『ステルスモードへ移行します』

 

 魔術で視界の調整を行いつつ、キーパーとのデータリンクで汚染の痕跡を追跡する。

 行き先はそれなりに人の多いエリアの様です。

 すくなくとも被害報告などが出ていないので、相手も見境無く異常を振り撒いているわけではなさそうです。

 

『現在時刻は21時19分』

 

 目立つわけにはいけないので認識阻害を起動して、街の中を移動する。

 

 特に他に目立った異常性も見当たらない、周囲の正常性も問題ない、私が居るとしても誤差の範囲。

 

「本当にこっちであっているのですか」

『はい、空間の変動の反応が残っています』

「他の魔術師とかではなくて?」

『間違いなく』

「信じますよ」

 

 人通りを抜け、公園に辿り着く。

 

『注意してください、空間変動と異常性と生体反応が同位置から検知されています』

「わかった」

 

 私はアサルトライフルを構えると、公園の植木の茂みを挟んで向こう側の存在を意識する。

 

『距離10m』

 

 最大限のステルスで、対象を目視する。

 

 それは、私より少し年下の少年の様に見えました。

 灰色の髪で、標準的な白人の皮膚、体格から見るとあまり栄養状態はよくなかったのでしょう、少し背が低いです。

 

 ぱっとみれば普通の子供だった、けれど私の感覚は間違いなく異常性を持っていると認識している。

 

「キーパー、判断は?」

『……確認できません』

「はい……?バグりましたか?」

『対象を視認できません、感知はしているのですが、対象を認識する事ができません』

「……認識阻害?」

『その可能性は高いでしょう、注意してください』

 

 認識阻害なんて珍しい事ではありません、がキーパーが認識できないのはめずらしいですね。

 感知は出来ているのに認識できないというのも非常に変な話です。

 

 この場合、私が判断しなければなりません。

 

 私は武器を収納して、衣装を私服へと戻しました。

 

「こんな時間に何してるのですか」

「……誰、アンタ……ていうか俺が見えるのかよ」

「見えるも何もあなたしかいないでしょう」

「……見えてる……か……そうだな、すまない……見なかった事にして帰った方がいい、近頃は物騒だから」

 

 少なくとも悪い子ではなさそう、ですが。

 

「ッ!」

「!」

『注意、複数の異常を検知。先ほどの動死体に類似したパターンです』

 

 三者がほぼ同時にそれを感じ取った、地面から染み出す様に異常性が現実を汚染していく。

 

『変神承認』

「へんし……」

 

 少年を守る為に即座に空間支配の為の変神を行おうとする、がそれより先に少年が動いた。

 

 彼はその姿を「白と黒」に塗り替え、人ならざるものへ変えた。

 

「俺は……あなたの遺志を守る……」

 

 十字の形をした剣盾の複合「奇跡」武装。

 間違いなくそれは「聖教会」の武器で、彼こそが私が探していた「生き残りの少年」である事を確信した。

 

「エリオット……」

 



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