わだつみの抱く光 (筆折ルマンド)
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原作前
涙、雨に消えて


シンフォギアは可愛さの割に重い話が多すぎると思うんです。



 その日の空は私の心を映し出したかのようだった。

 

 空を覆い尽くしたぶ厚い雲は手を伸ばせば届いてしまいそうなぐらい低くて、私の心のように真っ黒で、雨は溺れてしまえるんじゃないかと思うほどどしゃ降りだった。

 

 その時の私は、空が代わりに泣いているんじゃないかなんて思ってしまうほど辛くて悲しくて、涙なんてもう出ないのにそれでも嗚咽が止まらなくて、なんでこんな思いしてまで生きなきゃいけないんだって思ってて、いっそ雨でいいから溺れて、そのまま死んでしまいたかった。

 

 冷たい雨の中、道路に突っ立てても良かったけど、何処かで残った羞恥心が私を路地裏に潜り込ませた。入った路地裏は思っていたより広くて雨はわずかに突き出たサッシなど意にも介さず吹き込んでくる。

 べったりと張り付いたパーカーも、ぐっしょりと濡れた髪も重くて、疲れた身体はその重さに耐えきれず私はへたり込んだ。

 垂れた頭の前に水たまりが見える。

 

ぼーっとソレを眺めていると不意にほんの数秒だけ水たまりに吹き込む雨粒が無くなり、ぱっと私の顔が映った。

 

 雨水の中に見えた自分はこんなに悲しくて、苦しいのに、何も感じていないかのように無表情だった。

 

 ギョッとして立ち上がって水たまりを踏みつけた。でも足をどければそこにはさっきと同じ無表情な自分が居た。何度踏みつけても私は消えず波紋で歪んだ顔はどこか嗤っているようだった。怖くなって路地裏を駆けていくが、どこに止まっても水たまりの中には何もない自分が嗤っていた。

 

 未来も、父さんもいなくなった。側にいてくれたお母さんとおばあちゃんも傷つけてしまった。大切なものはみんな無くなってしまった。もう失うものなんて無いのに。無いはずなのに。

 

 走っていた足が止まって無数の水たまりに私が映る。

 

 まだ何か大切なものがこぼれている。そんな気がした。

 

 路地裏の隅にうずくまった私の中でいつかの言葉が淡く現れては消える。

 何万と言葉を交えた親友の言葉も、いつかの昔、教えてもらったおまじないも。それさえあれば何でも乗り越えられると信じていたのにそれは自分を苦しめるあらゆる暴力の前には無力で、それでも大事なものなのに、大切なものなのに、辛いことに流されて彼方へと遠ざかっていっている。

 

 悪意に打ち砕かれた心に、悲しみが押し寄せて、大切なものがボロボロボロボロこぼれていく。大切なモノが全部流れて消えていってしまう。

 自分の肩をありったけの僅かな力で抱き寄せて、足も縮こませてうずくまる。それでも残る自分が流れて消える恐怖に私は身がすくんで動けなくなってしまった。

 

 

 ◇

 

 どれくらいそうしていただろうか。

 

 どこかでばちゃばちゃと水が跳ねる、雨の中を誰かが走る音が聞こえる。こんな日に外を出歩くなんて随分と奇特な人だと、自分のことを棚に上げてそう思った。その足音にしばらく耳を傾けていると、ぼっ、と何か重い物が私の上にのしかかり雨音が遠ざかった。

 

 ハッと驚いて上を見上げると、妙に背の高い男の人が私を見下ろしていた。

 

 

 ◇

 

 

 あれからしばらくして、滝のような雨の中をわざわざ路地裏まで見て回るような変な人は、私を家の中へ連れ込んでいた。

 

 驚きと疲れでぼーっとしていてその人の話は半分も聴こえてなかったけど、なんだか心配してる感じだった。こんな雨の中で一人で路地裏を見て回るような奴はむしろ心配される側だと思う。

 そのまま男の着込んでいたコートに包まれると、車に無理やり乗せられて、あれよあれよとされるがままに家に押し込まれた。

 靴も投げ捨てるように脱がされ、リビングに押しこまれてソファに座らせられると、どこからか持ってきた古い匂いのするバスタオルをコートと入れ替わりで頭から被せられた。

 

 男はそこで待っててと言うと、リビングから見えるオープンキッチンでやかんを温め始めた。

 バタつきが一旦収まり、なにか飲み物の準備を始めた男をしばらく眺めてから私は男の家の中を見回してみた。男の家は結構立派な一軒家で、私がびしょびしょのままソファを占領しているリビングはどこからどう見ても変人にしか見えない男には似つかわしくないほど整頓されていた。

 ただ、本棚やその上のラックにしまわれた用途の分からない工具や古臭く分厚い本はまるでゲームで適当に配置された家具のように普通の家には似つかわしくなくて、私はこの部屋にちぐはぐな印象を持った。

 

 そんな氏素性も分からない男の家に置かれて、実の所、私はわけは分からないけど安心していた。自分の家よりも見知った道よりも。…知らない人の家の方が安心出来るなんて可笑しな話だと思う。でも今家に帰っても今ぐらい落ち着いた気持ちにはなれないだろう。今の私には家で安らぐなんて資格なんて無いのだから。

 そう考えると、なんだか笑いが込み上げてきた。自嘲を含んだ笑いだったけど、家に帰ったあの日から笑うなんて随分と久しぶりなんじゃないかな? そう思うとなんだかもっと可笑しくて、次から次へと笑いが込み上げてきて、結局そのまま男が飲み物を持ってくるまで意味もなく笑っていた。

 

 

 男が湯気の立った紅茶を持ってきた。

「笑ってるから、何かいい事でもあったのかと思ったんだけど、その様子だと、ロクでもないことを考えてたみたいだね」

 

 ロクでもない格好してる奴に言われたくない。

 男は上半身が白いワイシャツ一枚で下は穴は空いていないけれどだいぶ痛んだ様子のジーンズ。髪はボサボサ、まるで隈取りしたみたいにぶっといクマが付いているのに妙に理知的な瞳はメガネと組み合わさってザ・マッドサイエンティストって感じがする。身長が高い割に結構な猫背のせいで何歳なのか分からない。

 

 なんとこの男、この姿に撥水性のないコートと大して大きくない傘一本で外を出歩いていたのである。現在進行形で私の方がまだマシな格好だと思う。

 

 何も言わなかった私を見て、男はフッと短く息を吐くように笑うと、私の頭をゴシゴシとバスタオルで拭き始めた。身体をぐわんぐわんと揺らされて不快だったけどキチンと加減してくれている様子で、私の顔と腕をあらかた拭くと、私の向かいに座って紅茶をズイっと差し出してきた。

 

 正直言って、飲み物なんて喉を通りそうになかったけど、カップの暖かさが心地よくて両手に持って社交辞令的に一口だけ飲んだ。まるで自動販売機の飲み物みたいに甘かった。

 

 男は私が紅茶を飲むのを見るとうんうんと頷いた。

「俺の名前は深海(ふかみ)賢治(けんじ)。昔は研究所で働いていたんだけど、今は一人で独自の研究をしている。君は?」

 

「……私、……私は響」

 

「……響、何、かな?」

 じっと私が彼を見つめると深海さんは慌てた様子で

「いや! 別に君の名前を知ることに意味は無いんだよ!? ただまぁ、一応ね。名前ぐらいは知っておきたいと思ったんだけど、いや、いやならいいんだよ!」

 胡散臭い年齢不詳の研究者のくせに妙に若々しくというか、男の子っぽいというか、なんだか思ってたよりノリの軽い感じ。

 

「響」

 

「えっ?」

 

「ひ・び・き。……二回も言わせないで」

 苗字は言わない。フルネームを明かしたら私が誰かバレてしまうかもしれないから。名前だけ言って黙った私に、対して深海さんは私以上に何かを堪えるような悲しい顔をして

「……そう、か。響ちゃんか。よろしくね」

 

「はい。……よろしく?」

 

「あぁ、今日はもう遅いからうちに泊まっていくといい」

 深海さんは立ち上がって食卓の上からお菓子の入った籠を掴んで私の前に置いた。

 

「男一人のくせに無駄にいい物件を買ったからね。二階はまるまる空きスペースになっているんだ。布団も後で持って行こう。服はなにぶん彼女なんてこれまで作ろうともしなかったから女物は無いけど、パーカーとか新品の下着とかあるから」

 そうまくし立てる深海さんに待ったをかける。

「待って。……ちょっと待って」

 

 深海さんがキョトンと首をかしげる。

「どうしたんだい?」

 

「……私、何も深海さんに言ってない。はたから見たら、私、とっても怪しいと思うんだけど」

 そう私が言うと深海さんにはまたおかしそうにフッと息を吐くように笑うと、一転してついさっきと私を雨の中抱き抱えた時に見せた何かを堪えるような悲しい顔を一瞬だけ浮かべると、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でてくる。

 

「まぁ、実の所、君がどなた様なのかは見当ついているんだ。君の身に何があったのかぐらいは……ね」

 それって

 私が疑問を口にする前に深海さんに手を引っ張られて立ち上がらされる。

「ほら、立って。そのままだと風邪ひくよ。生憎お風呂は準備してないけど、シャワーぐらいは浴びな」

 

「え、あの、さっきの」

「さぁ、行った行った。夜食はカントリーマアムがいいかな? うちお菓子は買う割に食べないから色々あるよ」

 そう言う深海さんに強引に洗濯室に押し込められる。

 

「それじゃ、ごゆっくり〜」

 そう言って好き勝手して、さっさと風呂場から遠ざかる深海さんの影を私は知らず知らずのうちに目で追ってしまっていた。

 

 

 深海さんの家のシャワーは冷水からすぐにお湯になって、自分でも気付かないうちにガチガチになっていた身体を優しくほぐしていった。

 久しぶりのお風呂で、キチンと身体を洗ったのはいつぶりだろうと考えていると、曇り一つない鏡に映った自分が、知らず知らずのうちに涙が出ていることに気付いた。

 悪趣味な水滴だと思って鏡を拭うけど、頰を伝う涙は消えなかった。シャワーヘッドを置いてそっと目元を拭うと、確かに雫があった。

 自分が涙を流していることに気づいた。でもそれは今までの死にたくなって死ぬほど流したひたすら悲しい、冷たい涙じゃなくて、今浴びてるシャワーのように、さっき飲んだ紅茶のように、雨の中私を抱き抱えた深海さんの身体のように、暖かい涙だった。

 




グレビッキー
原作で心の支えだった小日向未来が引っ越してしまったため、孤立無援の状態で人の悪意に晒された結果、荒んでしまった。
ゲーム版のXD限定キャラだが固有の立ち絵とセリフがあって、基本的に気怠げにしてるけどちょくちょく優しさを見せるのが最高に可愛い。

*19/08/03 微調整


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悪い夢

2話目にして三人称だか一人称だか分からない文になっていますが夢のの中の話なので許してつかぁさい。

書きたい場面だけを書いているため、一部端折られている部分があります。
食事シーンはキングクリムゾンシェフが調理いたしました。



 イーケナンダーイケナンダー

 子供の声

 

 イーケナンダーイケナンダーイーケナンダーイケナンダー

 子供の声が響く。

 

 悪いことをした子供を見つけた子供の声が響く。

 

 イーケナンダーイケナンダーイーケナンダーイケナンダー

 

 最初は一人だけだったのが、子供たちはいつのまにか数え切れないほどに増え、彼らの声は大合唱となって響の身体を打ち据えた。

 

「イタ、イタいよ」

 一人の子供が小石を手に取ったのを皮切りに、子供たちは次々と足元の石を拾い上げ、響に向かって石を投げ始める。

 

 最初は砂のように小さなものだったものが段々と大きく、無数に響になって、次々と響に向けて投げつけられる。

 

「痛い。やめて!」

 

身体を縮こませて頭を腕で守りながらそう叫ぶ響に対して、子供はただただ同じ言葉を繰り返し、石を投げつけるばかり。

 

 イーケナンダーイケナンダーイーケナンダーイケナンダ─イケナンダーイーケナンダーイケナンダーイーケナンダーイケナンダー

 

 1つの子供の姿が水風船のように醜く歪み膨れ上がった。それを皮切りに子供の姿が次々と崩れて膨れ上がっていく。

 

 お前が! お前が悪いんだ! イーケナンダーイケナンダー何でお前は生きていて私の娘は!

 

 膨れ上がった人型はいつのまにか無数の大人の姿になり、響に罵声を浴びせ始めていた。響のことを何も知らないくせに無責任にありもしない正義を盾にした無数の人間(バケモノ)になっていた。

 

 イーケナンダー死ね! 人殺し! イーケナンダーお前が! イケナンダ人なんで! イケナンダー死ねばよかったんだ! イーケナンダ人殺し! 

「違う!」

 イーケナンダーイケナンダー

「違う! 私は! 私は悪くない!」

 

 死ね! 人殺し! 

 

「私は!」

 彼女を取り囲む悪意に満ちた群衆の中で響は絶叫した。

 

 

 

 気がつけばそこには誰もいなかった。

 初めから誰もいなかったみたいで、いや、本当にいなかったんだ。そう全部

「本当に夢かな」

 

「えっ?」

 振り返るとそこには彼女の黒髪によく映える白いリボンをつけた少女。

 

「あっ、未」

 響が一歩踏み出そうとすると、少女は何歩も後ずさった。

 

「えっ……」

 少女の表情が、響を責め立てる有象無象のように変わる。それでも響には目の前の少女が親友にしか思えなくて、きっと親友は分かってくれると信じていて……。

 もう一歩、もう一歩だけ踏み出そう。そう思って動こうとするのだけど、身体は言うことを聞いてくれない。だんだんと遠ざかっていく少女に響は必死に手を伸ばす。

「み__」

 響の必死な様子をまるで傍観者のように少女は何の意思も持たない目で見つめ、ただ一言、

 

「ひと______」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああぁぁぉぁ!!!」

 心臓が痛い。息が切れて身体が休まった気がしない。

頭は重くて髪はせっかく洗ったのに汗でべったりとしている。

 

 私の声を聞きつけたのかドタドタと階段を駆け上る音が響く。

「響ちゃん!?」

 二階の部屋のどこが開けられ、深海さんの声が聞こえた。

 

 深海さんの家の二階は結構広くて、私はその中で階段裏の一番小さい部屋を使っていた。

 きっと深海さんは階段の正面の部屋のドアを開けたんだろう。

 ガチャンガチャンガチャンと次々とドアが開けられ、隣のトイレのドアまで開けてようやく私のいる部屋を探し当てた。

 

 バダン! 

 蹴破るみたいに大きな音を立ててドアが開けられる。今までの経験のせいか、ちょっとだけ身体がこわばってしまう。

 でも深海さんの姿を見るとそんな緊張すぐに消えてしまった。

 

 私の姿を見て唖然としてるのか、はたまたびっくりしているのか、パジャマ代わりなのか袖なしのスポーツウェアに着替えていた深海さんは目をこれでもかと見開いて、助けに来たぞ! と言わんばかりに扉を開けたポーズのまま硬直していた。その顔に似合わない気取ったポーズが滑稽で思わず笑ってしまった。

 深海さんは笑っている私を見て、大きく息を吐き、廊下に座りこむと

「焦ったぁぁぁ。響ちゃんが叫ぶから何事かと思ったよ。部屋見ても誰もいないし。すわ誘拐か! って」

 そう言うとまた深々とため息をつく。すわ誘拐かって、それに一番近いのは深海さんなのだけれど。

 

「……大丈夫。平気」

 私はそう言ったけど、深海さんは鋭い目つきで私を睨んだ。立ち上がって私の頭の天辺を手の平でぐりぐりと押し回す。あたまがグラグラ揺らされる。ちょっとやめてほしい。そんなので喜んだりするほど子供じゃない。本当頭をグワングワンする。

「大丈夫なわけないでしょ。そんな嘘でお兄さんを騙せると思わないでね」

 

「ぷっ」

 真面目な顔でそうのたまう深海さんに思わず笑ってしまった。

 そんなドクロみたいな顔で何を言うのかと思えば、お兄さんって。

 

「何でそこで笑うのさ」

 

「お兄さんって、深海さんそんな歳じゃないでしょ。喋り方は若いっていうか子供っぽいけど」

 

「子供っぽいって……。俺は歳相応の話し方をしてるはずなんだけどな」

 

「だから歳相応じゃないって」

 

「歳相応だよ。今年で23歳さ。誕生日はまだだから今は22歳だね」

 え? 

「22歳」

 反芻するものの、どうみてもそんな若くは見えない。

 

「そう、22歳。現役バリバリの悠々自適な自営業!」

 そう言われて深海さんを眺める。深海さんも自信満々で腰に手を当てて猫背を治してドヤ顔を決めている。

 研究者を名乗る割に筋肉は付いているらしく、ビシッと胸を張った時の身体は、変人の評価が上がるぐらい強そうに見える。

 いやだってボサボサドクロの細マッチョ科学者とか怪しい人物って名乗ってるようなものでしょ。

 もっとも、どんなにカッコいい服着ても、カッコいいポーズ決めても、そのぶっといクマのついたボサボサ頭じゃ何もかも台無しだろうけど。

「……あー、でもなんかイメージ湧いた」

 

「おぉ! どんなイメージだい?」

 

「歌舞伎で最初にやられる敵。なんかいばり散らしてる割に地味ですぐに死にそう」

 

「そんな」

 どどんと二歩引いてカカーンと歌舞伎っぽいポーズを決める深海さん。一つまた思ったのはこの人いちいち動作が劇っぽい。なんだか何かの役を演じているみたい。そういうところがなんとなく歌舞伎とかそういう劇の登場人物のような浮世離れした印象を与えているんだろう。

 歌舞伎見たことないんだけどね。

 

 その後はしきりに心配する深海さんを押し退けて、一階に降りて朝食を食べた。深海さんはご飯派らしく、なんだかボタンのいっぱい炊飯器を持っていた。

 ご飯は思わず美味しいなんて言ってしまうほど本当に美味しかった。でも深海さんはご飯の違いが分からないらしい。とんだ宝の持ち腐れだ。そう言ったら、深海さんは申し訳ないと深々と頭を下げてきた。食べさせてもらってるのは私の方なんだし、別にそんなことしなくてもいいのに。

 おかずはセブンの金の皿でちょっとがっかりしたのは内緒。焼いただけの何かでも私は良かったんだけど……。

 でも深海さんが美味しいからって言うから食べてみた。認めるのは悔しいけど普通に美味しかった。

 

 

 ご飯を食べ終わって、私たちは深海さんが持っていた20年以上前の恐竜映画を観ていた。

 私も今までに2〜3回ぐらいテレビ放送しているのを見たことがある作品で、その映画を観ているというよりは、なんだか夢のように穏やかなこの時を私は噛み締めていた。

 

 

「……さて、ご両親に連絡しないとね」

 しばらくして深海さんがそう切り出した。

 

「連絡……」

 現実を突きつけられた気がして、もう少しだけこうしていたいと欲が出ているのを認識する。

 

「別に、親と喧嘩した訳じゃないんでしょ?」

 深海さんは私の一言も言っていない事情を全て知っているみたいだけど、そういう問題ではないのだ。帰るのが怖いんだ。

 ……でも深海さんが私のことを気遣って言ってくれているのも分かる。

 何があったのか聞かないし、テレビも見せようとしないし。

 これがただの誘拐だったら、とかこれが全部罠かもしれないと勘ぐってしまっている自分がいるけど、もうその時はその時だと割り切ってしまった。

 少なくとも今のところ私を見つめる深海さんの瞳はそういう奴らの下卑た目には見えなかったから。

 

 だからこそ、……まだ、まだ家に帰りたくなかった。私が居なければ家に悪さをする人が減るんじゃないかなって思って……。

 

 ……違う。

 

 私は家に帰るのが怖い。

 

 もう少し、この夢みたいに穏やかな家に隠れて居たい。

 

 もう少し、もう少しだけ。

 

 家に電話すれば帰らなきゃいけない。この時間も終わってしまう。

 

 そう思った私ははたと思い出す。

「といっても、私の携帯壊れてるよ?」

 あんなどしゃ降りの中を何時間という単位で晒されていのだから無理もない。元から液晶も割れていたし、使えるとはとても思えない。

 深海さんが自分の電話を使うことも考えたけど、知らない電話番号なんてお母さんたちが出るはずがない。

 

 そう思っていると深海さんは不敵な笑みを浮かべた。

 なんとかできるって顔に書いてある。なんとかなんてして欲しくはないのだけど……。

「響ちゃんは俺を舐めているね。なぜ22歳の若造がこんな一軒家を持っているのかを、ね」

 深海さんが何かを取り出す。

 

「水没した携帯ぐらい片手間で直せるんだよ」

 差し出されたのは銀色のスマートフォン。見た目は普通のものより少しゴツゴツとしている。でも見た目もそうだけど私の持っていたスマホのカラーリングは銀色じゃない。

 

 私は眉をひそめた。

「これ別の携帯でしょ?」

 

「ダメになってたり悪くなってたりしてる部品は全部とっかえちゃったからほとんど別物だけど、テセウスの船の理論で行けば同じ携帯だよ」

 

「テセウス?」

 

「あー……、まぁ、データは完全に引き継いでるから使って」

 

 そう言って渡されたスマホを軽く触ってみる。普通のスマホと何が変わってるとかは分からないけど、今までも持っていた携帯とは全く違うはずなのに写真や電話番号のデータが残ってることは分かった。

「……深海さん、本当に頭いいんだね」

 私がそう言うと

 

「でしょ?」

 深海さんは私がそう言うとそれを当然のように受け止めてニヤッとするだけだった。まるで私の反応が当たり前だとでも言いたげだ。

 

「ほら、お父さん達も心配してるよ?」

 ぎゅっと下唇を噛む。悪気は無いのは分かるけどスマホを握る手に力がこもってしまう。

 

 心配してくれる深海さんに申し訳ないから、できるだけ平静を装ってスマホに目を向ける。

 

「……うん」

 指先は重りをつけたように重かったけど、深海さんの見ている手前、私はスマホを起動させた。




中途半端な場所で切れているかもしれませんが、ここから1話分ぐらい飛ばすので一旦区切りました。
次回は既にお母さんたちと連絡し終わった時間帯で話が進みます。

流石に大切断すぎるのでこれを投稿したら注意事項追加しておきます。

*19/8/2 口調を調整しました。


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拾う神

加筆祭り(FM版)


 深海さんに渡された一回り重くなったスマホを持ち上げる。お母さん……。今家にいるのはお婆ちゃんだけかな。……どっちにしても気が重い。心の中にも、もう少しここに居たいと駄々をこねる自分がいて。

 

 そのせいか私の指は電話帳を開かずにスマホの上を意味もなく彷徨う。動きの鈍い私に深海さんが大丈夫かい? と心配げに言ってくれるけど、その言葉は指をもっと鈍らせるだけだった。

 

 いっそ……。

 

 はは、いっそどうしようと言うのさ。これ以上好意に甘えるのは間違ってる。

 そう思うと、さっきまで重かった指が嘘みたいに軽くなった。そうして軽くなった勢いのまま電話帳を開いて連絡先欄の家をえいっと選ぶ。選んでしまう。パッと画面が変わり通話画面が出た瞬間、なぜか目頭が熱くなるのを感じた。

 

 ◇

 

 電話をしたら案の定、お婆ちゃんにこっぴどく怒られた。それを深海さんがなだめてくれたんだけど、そこでまたお婆ちゃんと一悶着。

 

 なんのかんのと文句を言いながら、心配してくれていたお婆ちゃんには本当に悪いことをしたと思う。思ってる。

 

「まったく、あたしは心臓止まるかと思ったよ」

 

「……うん」

 でも……ごめんなさい。

 

 ……私は

 

 ……私はまだ

 

「早く……、ぬぅ……。落ち着いてからでいいから帰って来なさい」

 

「……うん」

 

「夕飯は何が良いね? はんばーぐでもおむらいすでも良いよ」

 

「……ねぇ、お婆ちゃん。私、もう少しこの人の家に泊まってもいいかな……」

 帰りたくない

 

 ◇

 

 当たり前のことだけど、私のその言葉を聞いて、お婆ちゃんは烈火のごとく憤慨した。たぶん深海さんに何かされたのだと勘違いしたんだと思う。スマホを離しても響く怒号に、私がしどろもどろになりならがら狼狽えていると、深海さんが私からスマホを取り上げて、お婆ちゃんと話を始めた。

 

 まくし立てるお婆ちゃんに対して深海さんはどこまでも丁寧に対応で、私にも言っていなかった自分の情報を惜しげもなくお婆ちゃんに話して、なぜか私のわがままを後押しするように話しを進めてくれていた。

 

 昨日今日の仲でこんなことを言うなんて無茶もいい所なのに。なんでそんな助けてくれるの? 私の困惑を尻目に深海さんはお婆ちゃんに弁明を続けている。

 

 

 ……覆水盆に返らずとはよく言ったもので、わやくちゃになった思考で零してしまった一言のせいで、2人を争わせてしまっている。……その事で胸に熱いものを溜めてしまった私はきっととても悪い子だ。

 

 私が後悔している間も話しはなぜか決裂しないまま続いていた。お婆ちゃんも深海さんが色々と説明しているうちに冷静になったようで、10分ぐらいすると話し合いは落ち着いた調子になっていた。

 

 ……別に隠す訳でもなく交わされる話し声は聞き耳を立てれば聞こえる訳で。私の中でも薄々思っていた深海さんが1年の事を知っていることもしっかりと聞こえた。

 

 その上で私を守る……なんてカッコいいことを言ってるのも聞こえてしまった。頰が熱い。ちょっと嬉しい。

 

 最終的に、事件を知っている事と深海さんが自営業を名乗っていたのとは別に自衛隊員という公的な立場を持っていることが決め手となって、私はしばらく深海さんの家にお邪魔できることになった。

 

 望外と言うか茫然と言うか、本当に良いのかと私は自分で言っておきながら驚きと困惑で満たされていた。

 

 そんな茫然としていた私を正気に戻したのは、お婆ちゃんに丁寧に挨拶をして電話を切った直後、げっそりとした様子の深海さんの声だった。

「ほんと、言い方には気をつけてね! 本当に! 下手するとお兄さん捕まっちゃうから!!」

 なんとも悲壮感を感じさせる顔芸をした後、ケロッと態度を変えてそれはそうとしてと、私の生活面の話を始める深海さん。

 

 深海さんの話に適当に反応を返しながら、

 

 ……それって……言い方さえ気をつけていれば、もっと簡単に家に置いてあげられたのに、って意味なのかな。

 

 そんな都合の良い考えが頭に浮かんだ。

 

 ◇

 

 深海さんの話が終わって、堂々と居座れることになってしまった深海さんの家。

 リビングのソファで膝を抱えた私が次に考えついたのが、厄介払いという単語だった。

 

 ……馬鹿

 

 一瞬で湧く自己嫌悪。

 

 ……本当に

 

 ……本当にしょうがない人間だと自分でも思う。

 

 何もかもが寒くてぎゅうと身体を縮こませる。

 

 人の家に突然転がり込んでそのまま居座ろうとして、それが上手くいったら、今度は家族に見捨てられたかも知れない。なんて思っているのだから。

 

 身勝手にも程がある。

 それなのに、悪い妄想とそんな妄想をした自分自身への嫌悪感で勝手に胸がズキズキと痛む。そんな資格無いのに。

 

 ……家族を信じられないどうしようもない自分が、手を差し伸べてくれた人に図々しくすがってしまうどうしようもない自分が、私は嫌いだ。

 

 

 そしてそんな自分を受け入れてくれて。受け入れてしまってくれて。

 

「……ごめんなさい。深海さん」

 

 

 私がそう言ったのが聞こえていたらしくて、深海さんはなんだそんなことかと笑う。

 

 これから迷惑をかけられる側なのに何故か深海さんは私より明るい。

 そんなことかで済ませるようなことじゃ無いでしょ。ある日突然、人を家に住まわせるなんて。しかもこんな馬鹿な爆弾娘なんて。

 

 ぐっと膝に顔を押し付ける私の頭に深海さんの手が乗って、優しく撫でられる。

 

 まるで犬や猫の様な扱いだ。……それでも優しい手に抵抗はできない。……したくない。

 

「謝る必要なんてないよ。そもそも、響ちゃんが言わなくても俺の方から言うつもりだったしね」

 

「え?」

 

 驚きで顔を持ち上げると、妙に優しげな瞳と目が合った。

「そうなの?」

 そんな都合の良いことがあるのか。

 ぽかんと開けっぱなしになっていた私の口に深海さんが籠から取り出したクッキーが入れられる。

 ホロホロと口当たりの軽いクッキーが砕けて甘みが広がる。

 

 口に入れられたクッキーを頬張りながら目をパチクリさせている私の顔を覗き込むようにして満足げに笑った深海さんが、一転して身体をそらして顔を背けると恥ずかしそうに頰をかいた。

 

「まぁ、なんと言いますか。響ちゃんみたいな可愛い子に頼られちゃったら、男と言う生物は一も二もなく尽くしちゃうわけで」

 忌まわしきは男の性よ。と劇のように片手を胸に片手を上に掲げ大仰にのたまった深海さんはその後に、しゃがみこんで私の目を見つめた。

 

「だから響ちゃんはいくらでもここに居ていいよ」

 

 胸がドキってした。

 

 私が返事をするより早く深海さんはうわぁカッコいいこと言っちゃったなぁと頭を抱えながらキッチンの向こうに消えた。

 

 胸がドキドキして顔が熱い。

 湯気が出そう。

 頭がくらくらしてソファに倒れる。

 ご飯を食べた後ぐらいからぼーっとしていた頭が、あんなにびっくりして本当ならシャッキリするはずなのに、なぜかもっとぼーっとしてきてる。

 

 もっとちゃんと考えないといけない事があるのに……。

 

 ……えっと、まず、なにをしようかな。えっとあたままわんない。

 

 どうしよ……

 

 

 きゅう

 

 

 ◇

 

 

 頭冷たい。

 

 のっそりと重たい身体を起こすとそこは数日の間に随分と見慣れたリビング。テーブルが端に寄せられ、私の入った布団がリビングの中央を陣取っている。どうやら風邪を引いたみたい。昨日あれだけ雨に打たれれば当然と言えば当然かもしれない。

 

 かすかにBGMのように流れる音声はテレビから。なぜかついているテレビでは少年が泥棒にイタズラを仕掛けていた。

 なんとなくテレビを眺めていると、起きたんだと深海さんの声が聞こえた。

 振り返ると何かの乗ったトレーを運ぶ深海さんの姿。

 

「……深海さん」

 

「はいはい、深海さんだよ。はいコレ林檎ね」

 トレーに乗せられていたのは皮付きりんごの角切り? といくつかのゼリー飲料。

 

 それを私の横に置くと深海さんが私の額に手を当てる。額に貼られた冷えピタがきゅっと存在を主張する。

 

「まだ冷たいね。……ごめんね。シャワー浴びて着替えて寝たから大丈夫だと思ったんだけど」

 申し訳なさそうにする深海さん。悪いのは私なのに。

 

「……ごめんなさい」

 

「いいって、いいって、ほらりんご食べな」

 深海さんがりんごの乗ったカレー皿を私の布団の上にのせる。なんでカレー皿? 底が深めだから? 

 

 そんな疑問は置いておいて、とりあえず言うことは言わないと。

 

「……ごめんなさい」

 

 パキパキとゼリー飲料のキャップを開けていた深海さんが笑おうとして、渋い顔をした。

 

「……俺は気にしてないけどね。……やっぱり、ごめんなさいより別の言葉が聞きたいな」

 

 ほら……ね? と聞くように言われたけど、深海さんが何を求めているが分からなくて頭が真っ白になった。

 

 別の言葉? 

 

 他に言うことって、

 

 分からない、

 

 何を言えば、

 

 何が欲しいの、

 

 

 分かんないよ

 

 

 訳がわからない私は深海さんに待ってと言ってこめかみに手を当てようとして腕を曲げようとして

 

 深海さんが私を横から抱きしめてきた。

 ギョッとして身体が強張る。まず起きるのは困惑と恐怖。カチコチになった私の身体を深海さんは柔らかく抱きしめる。

 いつまでも硬直し続けられない身体の仕組みと、何をするでもない深海さんの寄せられた胸から聞こえるゆっくりとした鼓動に緊張がほんの少しだけ解かれる。

 

 私の硬直が解けたのを確認して深海さんが腕を解く。振り向いた私と目が合い深海さんは悲しげに笑った。

「俺は……、響ちゃんにありがとうって言ってもらえたら嬉しいなぁって。えと、ほら、ごめんなさいとありがとうって使い所が似てるじゃない? だから、ごめんなさいでもありがとうでもどっちでもいい時ならありがとうの方が良いなって。それだけだったんだよ」

 

 

 ありがとう

 

 ……あぁ、そんな言葉有った。

 長い間、そんな言葉を使うことなんて考えもできなかった。

 いつのまにか言葉自体を忘れてしまっていた。

 こんな簡単な事を忘れて、

 

 ごめんなさい

 

 口ずさむように息をするように言いそうになった言葉をすんでで飲み込む。

 さっき言わないでと言われたばかりなのに、もう言いかけていた。

 

 でも……他に何て言えばいいんだろう。

 

 困って黙り込んだ私の口に深海さんが不恰好に切り分けられたりんごのカケラが押し付けられた。

 

 仕方なく口を開いてりんごを受け入れる。この人は話が行き詰まるとお菓子を差し出す習性でもあるんだろうか。噂に聞く大阪のおばちゃんみたい。

 

 そんな事を思いながらりんごを食べる私を見て、深海さんは今度こそ満足げに笑うと、じゃあちゃんと寝ないとダメだよ。と言って立ち上がった。

 

 リビングに布団を敷いているせいか深海さんの顔は遠い。

 

「……待って」

 

 ピタリと深海さんの動きが止まって振り返る。

「どうしたんだい」

 

「……寝たくない」

 寝るのは……怖い。

 小さな子供のように駄々をこねる私に、深海さんはただそっかと言ってテーブルのあった場所に置換された布団の横にソファを寄せるとその上に寝っ転がった。

 

「それじゃあ、おしゃべりでもしようか。話術に自信は無いけどね」

 ポンポンとソファを叩き、りんごの皿を私の布団からどけて、皿からりんごを摘んだ。そして私にも1つ差し出してきて、私はそれを向けられるまま口で受け取った。

 

 サクサクと軽い歯ごたえと爽やか甘みが口に広がる。

 

 胸がぎゅってなる。

 この人はどこまで甘いんだろう。

 

「どうする? 何か用意するかい」

 

「……えっと……なら、映画、見たいな」

 

「そう、何がいいかな?」

 

「……楽しい奴がいい」

 

「オーケー。古い奴でもいいかな?」

 

「うん」

 

 深海さんがソファから降りてビデオデッキに向かう途中で私の頭を撫でて行く。

 気分は悪くなかった。




バグか仕様か知りませんが何故か他の話数が複製されて焦りました。
消えてたら失踪案件でしたねぇ(滝汗


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彼の仕事は

彼女はグレビッキー(またはビッキー)に見えてますか?そこが心配です。


 かの有名なツインボーカルユニット、ツヴァイウィングの2人が在学している私立リディアン音楽院。そこからほど近い喫茶店に、いつもより小綺麗な服装をして、いつもよりクマを2倍深めた深海賢治が憮然とした表情で誰かを待っていた。

 彼の足元には革製のアタッシュケースが置いてあり、彼の用事はそれに関連することが分かる。

 時間は正午過ぎ、約束の時刻から既に20分が経過しており、相手から連絡がないことに対して、賢治は内心苛立っていた。

 

 カランカラン

 

 店の扉が開かれ予定の時刻になってから何人目かの客が入る。アタッシュケースの中身が一般人に見せるにはあまりよくない品だからと言う理由で、店の中で一番奥のテーブル席に陣取ったことで、席から入り口が見えず、喫茶店に誰が入ってきたのか分からない。

 賢治は、20分も遅れればもう連絡してから来るだろう。と半ば諦めた様子で響に何を買って帰ろうかと考え始めていた。

 

 

「おっまたせー、待った〜?」

 不意に賢治に声をかける影が一つ。

 ピンクのチュニックに白衣を羽織り、栗色のロングヘアーをお団子状にまとめた髪と赤いアンダーリムの眼鏡。

 櫻井了子。

 自衛隊特異災害対策機動部二課に所属する自他共に認める天才考古学者。そして深海賢治の取引相手である。

 

「注文した奴、出来てる?」

 そう聞きながら了子は席へと座る。

 

 実際のところ、取引と言ってもここでやっているのは商品の受け渡しのみであり、取引自体も賢治が彼女から注文された部品を作って渡しているだけだったりする。

 

 遅れたことに対して連絡も無くそのまま来るのか。と、賢治は内心では驚いていたがそんなことはおくびにも出さないで、落ち着くためにコーヒーを一口飲んで答えた。

「もちろん出来てますよ」

 

 賢治がテーブル下からアタッシュケースを取り出すとパチパチと金具を外して了子に渡そうとするが、

 

「あ、ちょっと待ってね。すいませ〜ん。オリジナルブレンドコーヒー一つ。ブラックで」

 少しして遠くから店員が返事するのを確認して了子が向き直る。

 

「さっ、見せてみて」

 マイペースな彼女に肩を落としながら賢治がアタッシュケースを差し出す。

 

 差し出されたアタッシュケースを了子が受け取り、早速それを開くと、その中には一つ一つがプラスチックのケースに入れられた金色の金属片がアタッシュケースの中にぎっしりと詰められていた。

 

「いつ見ても見事なものね。人造聖遺物片。下手をすれば……、いいえ、下手をしなくても発掘で見つかる力を失った聖遺物の破片よりもよほど価値があるものがこうもずらりと」

 

「注文の通りの筈です」

 

「注文通りなんてレベルじゃないわよ。最高、完璧! シンフォギアにそのまま組み込めちゃいそうな完成度ね」

 

「……」

 キツく睨む賢治に了子はおどけてみせた。

「別に回路の情報を寄越せなんて言わないわよ。でもこのパーツを上手いこと聖遺物に結合させるとどういう訳か奏者の身体への負荷が軽減されるのよね〜」

 

「シンフォギアの大元である聖遺物は元の状態から砕け散った後のカケラです。砕ける過程で与えられたダメージが俺のパーツを加えることによって修復されているのでしょう」

 

「なるほどね。面白い考えだわ。そのことについても調べてみたいけど、今は司令部の拡張案とかで忙しいのよねぇ。研究を増やすなんてとても出来ないぐらい忙しいんだけど……あーあ、どこかに私と同じぐらい賢い天才科学者が暇してないかなぁ」

 そう言って了子が賢治の方をチラチラと見てくる。

 

「興味無いです」

 素っ気なく返す賢治に了子は更に言い募る。

「嘘ね。目が泳いでる。ね、本当は興味はあるんでしょ? この機会に戻ったら」

 

「俺は戻るつもりはありません」

 了子の言葉を賢治はバッサリと切り捨てた。彼の顔は険しく、嫌悪感すら滲ませていた。

 

「……なら、どうして技術を回収したの? 自分しか実現できない技術だったとしても、データバンクから消す必要は無かったでしょう? アレだけの技術、ちょっと論文を書くだけでノーベル賞が取り放題」

 

 ダン! 

 テーブルに拳が叩きつけられ賢治が跳ね上がる。彼が今こうしている理由の一端にはその共有していたデータの件が関わっていた。そして櫻井了子は、研究室の所長としてその事を当然知っていたのだ。

 賢治の表情は更に険しく歪み、怒りを露わにしていた。

 

「あら、怒らせちゃった? ごめんなさい」

 

「……だからアンタ嫌いだ」

 飄々と言ってのける了子に賢治はそう吐き捨て、テーブルに五百円玉を叩きつけて喫茶店を出て行った。

 

 静謐さが売りの喫茶店の中で賢治は派手に騒いでしまっていたが、実のところここ一年で同じような事がこの喫茶店では既に4回も起きており、それらは全て了子のネゴシエーションによってお咎め無しにされていた。今回も喫茶店の店主や常連の客はもう慣れっこと言った様子で何事も無かったかのように振舞っている。

 唯一アルバイトの子だけがワタワタしていたが、了子が一言二言会話してこれも落ち着かせた。

 

 

 相手を失ったテーブル席で櫻井了子はようやく届いたコーヒーを飲みながらのんびりと次について考えていた。

 僅かな休憩時間を割いてここへ来たので、このまま戻ってしまうよりここで落ち着いて考え事をしておいた方が良いと判断したのだ。しかしその顔は人々を救う特異災害機動部二課の櫻井了子ではなく、また別の顔を覗かせていた。

 

「いい奴だよお前は。志は高く、腕も確か。そのくせ性根はガキのままだ」

 櫻井了子が口が裂けてしまうほどに凄惨ににやりと笑う。

「故に御し易い。こうして少しばかり金をやるだけでいいように孤立させ利用できるのだからな。どれほど腕が良くてもこうなってしまえば形無しだな」

 

 フフッと含み笑いをこぼして、フィーネはコーヒーをくいっと一飲みした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 賢治さんの家に転がり込んでからあっと言う間に数日が経ってしまった。

 

 お母さんから連絡が来て、どうなることかと思ったけど、賢治さんにうちは危険だから預かってあげて欲しいとまで言ってくれていた。

 ……当然、お母さんたちの言葉は私のことを心配してのことなんだろうけど。

 

 ……悪い考えなのは分かっているのだけど。

 

 どこかでお母さんは自分を疎ましく思っているのではないのか。そういう悪い考えが頭をよぎってしまう。よぎらざる得ない。私が生きていたせいで父さんが居なくなったのだから。

 

 きっと賢治さんが居たならそんなことないって言ってくれるはずなんだけど……。

 

 今、賢治さんは出掛けていて家の中は私だけ。出て行く前に私が何かすると思わないのかと聞いたら、する訳ないと断言されてしまった。小っ恥ずかしい。その信頼はどこから来るのだろうか。

 

 助けたから裏切られることなど無いとでも思っているのだろうか。もしそうなら……甘い考えだと思う。

 

 数日間ここで過ごしているけれど、やっている事と言えばリビングで膝を抱えてじっとしているばかりだ。誰かの罵声が聞こえることもなくただ時計が時を刻む音しか聞こえない部屋は、普通の人にとっては簡素でつまらないように思われるけど、この数ヶ月、騒音すら生温い罵声を山のように聞かされてきたから、むしろこの静寂がありがたかった。

 

 静寂と言えば、数日過ごして賢治さんは基本的にもの静かな人だということが分かった。私と話す時は気取った話し方をするけど、この数日で一度だけ来た電話で彼はとても簡便な物言いをしていた。仕事の話だと言うけど、仕事の相手に愛想も何もあったもんじゃない喋り方はダメだと思う。

 その他には家にいる時間の多くを地下にあるという工房で過ごし、地下からは何も聞こえてこない。

 

 ただ一つだけ気になることがある。

 

 賢治さんは自分の仕事を悠々自適な自営業と言っていたのに、どうして朝から晩まで研究に没頭しているのだろうか。

 

 私は今まで一度も賢治さんが眠った姿を見たことがない。いつ起きても、必ず賢治さんは起きていた。彼はいつもいつも目のクマを深くしているけれど、彼は寝る間を惜しんで一体何の研究を誰のためにやっているのだろうか。

 そんな疑問が浮かんできたが、答えの出ない問いは時の流れに流されて消えていった。




深海賢治
現時点で22歳
うちのオリ主。基本的にビッキーの一人称なので何考えてるかあんまり分からない。けど大して深い考え方はしていない。
女の子が困ってる→助けよう。その程度。
・好きなものは発明で、嫌いなものは眠ること。目のクマが消えないのも寝る間がもったいなくて眠気に耐えきれなくなるまで活動しているから。
・人とあまり関わろうとしないが根本的には熱血系で融通が利かない。
・櫻井了子の教え子の中でダントツで優秀。ただし研究を最優先させる了子自身のことは嫌っている。1年前の一連の事件から了子の派閥に嫌気がさして自衛隊特異災害機動部二課から離れ、現在は1人で活動している。


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お出かけ

舞台設定とキャラ紹介は終わった!

後はいかにグレビッキーを可愛く書けるかだ!

*前の副題があまりに深夜テンションだったのでもう少しマトモな副題に変えました。


「買い物? ……私も行かないとダメなの?」

 

「今日買いたいものは響ちゃんが選ばないといけない類だからねぇ。響ちゃん、いつも同じような地味ぃな服ばっかり着てるでしょ? まぁ、その一因は俺が買ってくる服にもあるんだけど……。けどやっぱり花の中学生がそれはダメだと思うわけだよ。夏休みのうちに春までの服を買っておこうかと思ってね」

 今から春までって、賢治さんはちょっと女子のファッションを舐めてる気がする。……今の私が言えることじゃないか。賢治さんが言う通り、暗い色合いの同じような服ばかり着ているから。

 

「でも買っておくって言ったってどこで。……近くは嫌なんだけど」

 

「それについては大丈夫。絶対に大丈夫なところに心当たりがある」

 賢治さんが自信ありげに自分の胸を叩く。

 

「……そんな所あるの」

 

「有る。あと30分ぐらいしたら出るから支度して」

 

 

「……うん」

 

 支度。と言っても今持っている服に大した種類はない。賢治さんが買ってきたものは男女共用というか、買うときに不自然じゃないように賢治さんの体格に合わせて買ってきた服ばかりなのでみんなブカブカだ。下は基本ジャージ。

 

 そんなものしかない中で出かけるのなら……

「結局これか」

 私はタンスから久しぶりにいつもの灰色のパーカーと短パンを取り出した。

 

 

 ◇

 

 

 丘上に私立リディアン音楽院高等部がそびえる商店街。私たちは今そこの入り口にいた。

「ここが……絶対に大丈夫な場所?」

 

「そう、かのトップアーティスト『ツヴァイウィング』の在籍する私立リディアン音楽院からほど近い商店街。ここに居る人々はみんな君の味方だ。まぁ、一部の腹の内はっとと、こんな話するもんじゃないか」

 たははっと笑って誤魔化す賢治さんだがそこまで言ったら手遅れだ。けど賢治さんが言うにはそういう人達はここには全くいないらしい。

 リディアン音楽院の学生御用達のこの商店街は、過去にツヴァイウィングの2人が無事なことに対していちゃもんを付けに来たテレビ局がものの数分で叩き出されたという逸話まであるそうだ。

 

 中に入るとやはり女の子人気を狙ってかポップさをウリにした多種多様なお店が立ち並んでいる。そんなオシャレな雑貨店や飲食店の中には、老舗と思われる古めの外見をした生活用品や食材を取り扱った店舗も混じっている。けど、双方は互いにぶつかりあう様子はなく、商店街らしさを残しつつ女の子のための機能を確保していた。

「いい……所だね」

 

「おや」

 

「……なに」

 

「響ちゃんにここを見てもらおうと思って来たんだけどね。実のところ、なんでこんな所に連れて来たのかーとか、わざわざ商店街なんて選ばず直接お店に入ればいいじゃない。とか言われると思ってたから」

 

「……それって、私にこういう風情を理解する感性が無いって思ってたってことだよね」

 

「い、いやー、そそぅ、そんなことないよ」

 

「深海さん嘘下手だね」

 

「……うん、ごめん。でも感性が無いと思ってた訳じゃないよ。ただ……」

 

「ただ……何?」

 

「……こういう明るい所は苦手なんじゃないかなって」

 

 

 はっ? 

 

 

「なにその日陰者の仲間意識みたいな奴」

 

「日陰者!?」

 

「日陰者でしょ。商店街行くのが怖いって……」

 

「お、俺はただ響ちゃんに負担がかからないように、色々と」

 

「あ、そう。ありがとう。でもそれはもう杞憂に終わったよね。なら早く案内して。それとも初めて来たの?」

 

「いや、何度も来てるそれなりに馴染みのある場所なんだけど……」

 

 この商店街に何度も来てるってそれはそれでなんというか、なんというかな気がするけど……。

 

 ひとまずそれは置いておいて

「ならさっさとして」

 

「本当ごめん」

 

「……誠意が感じられない」

 

「すいませんでしたァ!」

 

「うん、いいよ。実はそんなに怒ってなかったし」

 

「そうか。そうかぁ、良かった〜。じゃ、行こうか」

 一瞬反省しただけですぐに気を取り直した賢治さんに少しイラっとして、ぐにぃっと賢治さんの頬っぺたを引っ張る。

 

「ああ゛あ゛(あだだ)」

 

「そんなに怒ってない。は怒ってない訳じゃないから。もう少し反省してるフリぐらいして」

 

「ふぁい(はい)」

 賢治さんが返事をしたのを確認して手を離す。

 ふぅと息を吐き頰をさする賢治さんを置いて、私は先に歩きだした。

「それじゃあ、行こうか」

 

 

 ◇

 

 そのあと賢治さんの前を先行したは良いものの、結局、商店街を歩く人々の明るいオーラにまいって足取りが重くなってしまい、気がつけば賢治さんの横まで戻ってきていた。

 賢治さんが横に並ぶ私を見てニヤニヤしながら見ているのに気付いた私は、恥ずかしくなって脇腹に一発パンチを入れてしまった。

 腰をひねって打ち込んだせいでずいぶんといい手応えを得てしまった。

 ぐぅとうめく賢治さん。歩きがおぼつかないようなので手を握ってあげる。

 

 そういえば、昔より随分と喧嘩っ早くなってしまった気がする。まぁ、前が前だし、それも仕方ないか。その事については割り切ることにした。

 

 リディアン音楽院も夏休みなのか、平日でありながら道行く人は多く、どこかの学校の女の子たちや主婦だと思われるおばさんやお婆さんでひしめき合っている。そんな中、男性は確かにいるものの、基本的には女性の付き添いで、圧倒的にマイノリティだった。

 その中で背筋を正したせいで頭一つ抜けてしまっているマッドサイエンティスト顔と、オシャレな商店街で可愛い格好をしていない私の組み合わせはかなり目立つ。

「うーん、やっぱり視線が気になるな。やっぱり女の子がこんな地味な格好しているからだろうか」

 そう賢治さんが手を顎に当てて考えているが、それは絶対違う。みんなが見ているのは明らかに賢治さんだ。さっきまで大笑いしていたお婆さんたちが一斉に息を潜めてこっち見てたけど、あの人たち十中八九賢治さんについて話してた。

 私は絶対おまけ扱いで眼中に無かったと思う。というか逆に気付かれると賢治さんの立場が余計危うくなるんじゃないだろうか。

 こんな状態で堂々としていられるなんてきっと賢治さんの心臓には毛でも生えているんだろう。

 

 ◇

 

「そ…………や……ね…………だ。でね、響ちゃんがあまり目立つ格好は嫌だっていうのは分かるよ。俺にもそういう節があるからね。でもやっぱり今のうちに色々とオシャレすべきだと思うんだよ。俺は」

 

「……そうだね」

 商店街を半分くらいまで歩く間、賢治さんがいろいろと話しているのに適当に相槌をうつが半分以上話が入ってこない。今の話だって賢治さんに節があることしか伝わっていなかった。

 私たちは他愛ない話をしているはずなのに、商店街全体の緊張感が心なしか高まっている気がする。女の子たちは意図的にこっちを見ていないけれど、噂好きなおばさんたちは皆一様にこっちを一度は観察してくる。

 どうしよう。なんだかこのままだと賢治さんが捕まってしまう気がして仕方がない。素行の悪いテレビ局員を追い出すような人たちなら、怪しい人について警察に連絡するぐらい造作もないだろう。

「元気ないけど、どうかした? お腹空いてる?」

 

 元気無いのもどうかしてるのも賢治さんのせいなんだけど

「……あんまり」

 

「じゃあ、先に服買うかい」

 

「……うん、それがいいと思う」

 

「お。そうかそうか〜、こんなガーリーな場所に来てしまったから、ちょっと乗り気になっちゃったのかな。いいでしょう。洋服代はこの賢治さんが持とうじゃないか。さぁ好きなお店に」

 半分以上間違ってる。ガーリーな場所にこの格好でズカズカと入り込んでいるから居心地が悪いんだ。そして近くのおばちゃんたちの目が怖い。なんか秘密捜査官みたいに見える。懐からシャッとガラケーを取り出して110番されちゃいそう。

 

「……早く行かない?」

 急かしたくて賢治さんの腕を緩く引っ張る。

 

「うーん、俺としてはもう少し商店街の様子を見て回りたいんだけど」

 よくもそんな事言えるもんだと正直びっくりする。そんな場違いな格好でいつまでこんな所にいたらそのうち賢治さんが叩き出されてしまいそうだと言うのに。

 もう片方の手も使って賢治さんの腕をぐっと引き寄せる。

 いつもと違って猫背じゃない賢治さんはそれでも私よりずっと背が高くて、自然と目線が上になる。

 

「私はそろそろ服選びたいんだけど、ダメ……かな?」

 ……まぁ、あれだ。

 私がやっても効果無いと思うし恥ずかしいけど、精一杯の上目遣いでそう話かけてみた。

 

「ッ! 、ははっ、いやー、そんな慌てなくても女の子をターゲットにしたお店はいっぱいあるんだから一通り見てから」

 賢治さんがそっぽを向いてそんな悠長なことを言う。効果有ったの? まさかね。それよりこっちはそれどころじゃないんだって。

「……もう決めたから。早く行こう。……ね」

 掴んだ賢治さんの手を引っ張ってずんずん進んでいく。

 

「あぁ、ちょっと」

 

「いいから」

 進むたびに加速度的に周囲の目線が痛くなってくるように感じる。なんだろうか、大金を持っていると周囲の人が全て悪人に見えるのに近い気分。抱えてるのは爆弾だけど。

 

 いい加減、だんだん早足になっていった結果小走りぐらいになってやっと見つけたそれっぽいお店に入る。

 店に入る前におばさんたちの会話が偶然耳に入ってきた。「あの人、女の子連れてるよ」「どこの子かしらねぇ」「攫ってきたとか」「ありえる」「いつもあんな格好してて女の子が寄ってくるわけないしねぇ」って言ってるのが聞こえた。

 賢治さん1人でこんな所に来ているんだろうか。だとしたらこの人、真面目にヤバい人なんじゃないか。

 ……今更か。

 ……でも、確かに自分から寄ってくる子がいるような人じゃないけど、賢治さんは決して悪い人ではない……と思う。

 

 うん。




時系列
現在、中3の夏休み。


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デート未満

地の文の分量は直近で読んだ小説と気分によって変わります。

今回は軽めなつもり。


 入ったお店で店員さんの話を聞きながら3〜4着ほど服を買った。賢治さんは私の髪色とかを鑑みて暖色の服を勧めてきたけれど、恥ずかしかったから結局寒色の服を選んだ。

 

「これ可愛いね。響ちゃん似合うと思うんだけどどうかな?」

 そう言って賢治さんが差し出したのはパンダ柄のパーカー。パンダ顔のフードに、袖と肩から脇下までと腰から下が黒で、お腹周りが白い想像はついてもなかなかお目にかからない動物の模様をそのまま再現したパーカーだった。

「うっ。……私はもっと地味な奴が」

 

「これ以上地味なパーカーはそうそう無いと思うよ。ですよね? 店員さん」

 賢治さんに話しかけられた店員がわざとらしく指を顎に当てる。その掛け合いはまるで通販番組だ。

 というか貴女さっきまで賢治さんのこと怖がってたでしょ。いつのまに仲良くなったんだ。

 

「そうですねぇ。今と同じような物なら当店にも何点かありますけど、そういうものを求めているわけではないのでしょう?」

 

「……いや」

「ええ、そーなんですよー」

 否定しようとする私の声を遮って賢治さんが答える。

 なんか棒読みなんだけど。

 

「ならー、このデザインより地味なパーカーはありませんねー。無地なら黄色とか赤とかありますけどー」

 

「黄色とか赤は響ちゃん嫌がるからー」

 

「そーでしたねー」

 

「じゃーやっぱりこれかなー」

 

「そーですねー。それがいいと思いますー」

 圧。

 圧が凄い。私にこのパーカーを着てほしいという圧をもの凄く感じる。

 

「どうかな?」

「如何でしょう?」

 

「……じゃあ、はい。これ下さい」

 サムズアップしてくる2人から突き出されたパーカーを思わず私は受け取ってしまった。

 

 ◇

 

「響ちゃん。可愛いよ」

 

「……ありがとうございます」

 あのあと賢治さんと店員の勧めでパーカーを着替えた。いや着替えさせられた。

 若干パジャマチックな気もしないでもないパンダ柄のパーカーだけど、賢治さんからの評判は高い。

 

「俺の方はどうかな?」

 そういって聞いてくる賢治さんだが……

「……まぁ、カッコいいですよ」

 

「やった」

 ヤクザみたいで。というのは飲み込んだ。

 

 私の服を買った後、賢治さんをもう少し見栄えを良くできないか店員さんに相談した結果、ある程度まとまっているけどまだボサボサだった髪をブラッシングして、実は伊達だったメガネをサングラスに変えてみた。

 思惑通りに、天パ頭は元の髪がくせ毛だったのか緩くウェーブのかかった感じで纏まり、深いクマはサングラスで覆い隠された。

 その結果残ったのは、高い身長と無駄に筋肉質な体型が透けて見える真っ白のカッターシャツ、そしてゆるフワヘアーにサングラス。どこかのヤクザ映画に出てくる取り巻きみたいな格好。

 

 ……なんだろう。このトンガリすぎてキャップから先が飛び出した鉛筆みたいな感じ。アクが強すぎて取りきれてない。

 

「買い物も終わったし冷やかしにでも行こうか」

 

「……うん」

 でも最初のマッドサイエンティスト風よりはマシかな。私が一緒にいればたぶん大丈夫。……たぶん。

 

 ◇

 

「生地の中のキャベツの甘みと上に乗せられカリカリに焼き上げられた豚肉の香ばしさ。そしてソースとマヨネーズにかつお節の風味。いいね。これがお好み焼きか」

 どこかのリポーターのように賢治さんがおばちゃんの焼き上げたお好み焼きを褒め称える。

 

 商店街の一角にあるお好み焼き専門店『ふらわー』

 

 昼食をどこで食べようかと悩んでいた賢治さんが、ここが女子向けの商店街であることも忘れて本場のお好み焼きとはどんなものなんだろうね! と言って意気揚々と入っていってしまった。道行く人が若干引き気味だった賢治さんにも動じないふらわーのおばちゃんはかなりの大物だと思う。

 

「あら、嬉しいこと言ってくれるねぇ」

 

「……賢治さんはしゃぎ過ぎ」

 

「はは、こんなお店始めてだからね。否が応でも気分が上がっちゃうよ」

 

「あらあら〜、それはおばさんのお店が古いって言いたいのかい?」

 

「いえいえ、古き良きお店って感じでとっても良いですよ」

 おばさんがコテの柄で賢治さんの頭をゴチンと叩く。

 

「古いっていってるじゃないか!」

 

「すいません! お店も料理も絶品です!」

 

「よろしい!」

 

 なにやってるんだか。

 

「響ちゃんはどうかな」

 

「おばちゃんのお好み焼き美味しくないかい?」

 

 その言い方はズルい。

「……美味しいです。とっても」

 

「あらー、嬉しい。聞いたかい。これが本当の褒め方ってもんさ」

 

「えぇぇ、美味しいって言っただけじゃないですか」

 

 ゴチン

 

「その美味しいのために私らは毎日頑張ってるんだよ。まったく。よーし、嬉しいこと言ってくれたからおばちゃん、一枚オマケしちゃうよ」

 

「えぇぇぇ……響ちゃんばっかりずるなぁ、俺も何かオマケが欲しいんだけど」

 

「あんたはダメ、うちのこと古いって言ったから」

 

「いいお店って意味で言ったんですよ」

 

「女性に対する言葉としてネガティブな聞こえ方をする言葉はその時点でアウトだよ。それが知れたのがあんたへのオマケさね」

 

「えー、ふん。まぁ。まぁ、いいですよ。俺も社会人ですからね。好きなものぐらい自分の金で買ってやりますよ。おばちゃんこのデラックス海鮮を一つ」

 

「あぁ、それ手間かかるから三年前に辞めちゃったよ」

 

「えぇぇ……」

 

「あっはは、嘘に決まってるじゃない! ちょっと待ってな。この子の分作ってからね」

 

「そう言って、二枚とか作らないでくださいよ?」

 

「……さぁねぇ? それはこの子のお腹の具合によるねぇ。ね、これの他に何か食べたいものあるかい?」

 

「……えっと」

 本当に注文していいのかと思って賢治さんの方を見るけど、さっきまでブーたれてたはずの賢治さんは黙って私を見つめている。その顔はやんわりと笑っている。

 

「……じゃ、じゃあこの広島風で」

 

「あいよ。聞いたかい。あんたはその後」

 

「そんなぁ」

 白々しくぐでぇっと机に突っ伏す賢治さん。自分で言わせたくせに、面倒くさい人だ。

 

「……私のお好み焼き半分あげるから、元気出して」

 

「あぁぁ、大人としてダメなのに、響ちゃんに癒されてしまう。ちくしょうこのおばさ」ガンッ

 賢治さんの顔の真横にコテが降ってきた。

 

「おばちゃん。ね」

 

「お、おっす」

 

 その後、賢治さんのデラックス海鮮を分けてもらったけど、海老とイカがたっぷり入っててとっても美味しかった。

 

 ……また来たいと思う。できればゴニョゴニョ

 

 

 ◇

 

 

 宴もたけなわと言うか、私の方は買い物を済ませてお昼も食べたし、どうしようかなと言う感じだったんだけど、賢治さんはまだまだ遊び足りないらしく、ゲームセンターへと連れていかれた。

 

 ────

 

 ダァンダァンダァンダァンダァンダァン

 途切れることなく続く発砲音。賢治さんが射撃に一家言あると言うことで、シューティングゲームを始めたんだけど

「賢治さん本当に上手なんだね」

 

「だろう? 実弾でもこれぐらいできる自信があるんだ」

 

「実弾って……。あぁ、賢治さん自衛隊員なんだっけ」

 

「あー……、一応ね」

 なんだか歯切れの悪い賢治さん。最初に会った時には自営業って言ってて実際に基本的に自宅にいる賢治さんが、実は自衛隊員だったって言うのは驚いたけど。それってたしか自衛隊の規律とかに引っかかるはずだし、賢治さんは賢治さんで色々あるんだろう。詮索はしない。

 

 賢治さんがやっているのは6発入りのリボルバーで戦うハードコアなシューティングゲーム。ヘッドショットを決めると弾が1発補充される仕組みで、賢治さんはそれを利用して無限に撃ち続けている。

 小指の先ほどのマトを次々と撃ち抜いていくその様子は、私の知っているシューティングゲームじゃないって感じ。

 最初は二人でやっていたんだけど、リロードの合間に片手撃ちをしていた賢治さんの左手が手持ち無沙汰に疼いているのを見て、渡してみたらこの有様である。

 囲いが無いせいで賢治さんは二丁拳銃で永遠に銃を撃ち続けているのが衆目に晒され、少しずつ人が溜まっている。

 最後の目玉だらけの大ボスの無数にある目玉を全て撃ち抜いて特殊エンディングに着いた頃には人だかりが出来ていた。

 賢治さんがジャカンと銃を台に戻すと同時に拍手の嵐。

 賢治さんも調子に乗って腕を振って、恥ずかしいから賢治さんの上げた腕を掴んで急いで人だかりから抜け出した。

 

 ────

 

「いやー、楽しいね。射撃の腕も落ちてないみたいだし」

 

「……恥ずかしくないんですか」

 

「? 、何を恥ずかしがる必要があるんだい?」

 ぼすっと賢治さんのお腹を緩く殴る。

 

「……賢治さんって、人の目あんまり気にならないんですね」

 

「ん、あぁ、人間なんて見ているようで見てないものさ」

 

「……見てるようで見てない?」

 

「そう。人間は親しくない人のことなんか外面でしか見ない。見れない。その人が何を考えているか全く分からない。だからいくらでも人の心を軽んじれる」

 これ持論ね。そう言って賢治さんが私の頭をやさしく撫でる。

 

「深く関わってない人間のことなんて気にしなくていいんだよ。そんな事しても無駄に疲れるだけ。響ちゃんは頑張ったんだから辛かった分、楽しんでいいんだよ」

 

「……でも、私、お母さんたちを置いて逃げた。もっと頑張って」

 

「響ちゃんの場合はねぇ……。正義の味方様相手は立ち向かうだけ無駄。そりゃ乗り越えられれば凄いけど、それで潰れちゃ世話ないよ。逃げるのは賢い選択」

 

「……でも」

 

 不意に賢治さんが大きくパンと手を叩く。

「はい! これで辛気臭い話はこれでぜーんぶ終わり! 響ちゃんは! 楽しめば! いいんだよ!」

 

 そう言って賢治さんが私を抱き上げてぐるぐると回る。

「な! ちょっと何やってるの!?」

 

「知らない!」

 

「降ろして!」

 

「嫌だ!」

 

「何で!」

 

「分かんないな!」

 

「この!」

 賢治さんがそのまま笑いながら私を抱き上げ続けている。しかもゲームセンター内で! 

 非常識にもほどがある。私はたまらず賢治さんの頭に本気の肘打ちをかまして脱出した。

 

「あ゛っづ」

 賢治さんが頭を抱えて壁によりかかる。

「酷いよ! 響ちゃん」

 

「うるさい」

 賢治さんを置いて歩き出す私に賢治さんの声がかかる。

 

「おっとと、あ! ちょっと待って」

 賢治がふらついている。

 

「知らない」

 

「もう!」

 賢治さんが私の腕を掴む。

 

「一緒にいないと危ないでしょ?」

 そう叱るように私に言う賢治さん。

 

「……っ」

 ……本当、恥ずかしいことを平然と言う人だ。

 

「……ごめんね。ただ、あんまり落ち込んで欲しくなくてね。せっかくのお出かけなんだし、それでって、ちょっと待って今はダメ、あ゛ッ」




ネタ探しに軽く『中学校 いじめ』で検索したらシンフォギア時空も真っ青な事例が山ほど出てきて八幡谷園。
この作中ではハイスペック世捨て人、深海=サンがビッキーの知らない間に、証拠コミコミで警察にダンク決めてることでしょう。


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逃げてはならない物

初感想と高評価ありがとうございます!
これだけ有れば無印編は完結できる!

シリアスではない(シリアスではないとは言ってない)

賢治の口調が毎度毎度あやふやですが、そういういつも何かの役を演じているタイプである以上に、私自身の賢治に対する印象自体があやふやになっているのが原因だったりします。(オイ
正直一人称は僕の方が良いんじゃないかと思っていたり。



 二人で使うにはいささか大きすぎるリビングの中、向かい合うテーブルから静かなタイピング音が響く。目の前の賢治さんは朝から妙にゴツいノートパソコンを叩き続けていた。

 

「……賢治さん」

 ノートパソコンを叩く音がピタっと止まり、家の中から一層音が消える。

 

「ん、何か分からない所あった?」

 

「……ここら辺全部」

 この自称天才科学者にとってすれば私の行き詰まっている所なんて取るに足りないはずだけど、それでも賢治さんはきちんと目を通してすぐ解決策を出してくれる。

 

 ただ一つ問題があるとすれば……

 

「ふむ。……なるほど。じゃあ。はい。ここ読んで」

 

 そう言って賢治さんが渡してきた小冊子の名前は『はじめての数学』

「……それ中1の奴」

 

 賢治さんがにんまりと意地の悪い笑みを浮かべる。

「口にして欲しい?」

 

「いえ、結構です」

 

「よろしい」

 

 賢治さんは直に教えるのではなく教科書の該当部分を指し示すのだ。

 賢治さんの差すのは私が今行き詰まっている部分の大元に当たる場所で一通り読み終えた頃には早く解いて次に進みたくなるぐらい問題が分かるようになるんだけど、こうやって容赦無く言外に「とっくの昔に習った場所だよ」と言われると少し凹む。

 賢治さんはこれっぽっちも悪気が無いんだろうけど。

 

 鬱屈した気持ちのままガリガリと数式と答えを書き殴って次へ進もうとするとパッと捲ろうとする手を賢治さんに抑えられた。

「……なに?」

 

「ここ、計算間違ってる」

 

「えっ」

 計算してみると確かに繰り上げが一つ足されてなかった。

 

「慌てなくて大丈夫だよ」

 さっきまで私の手を抑えていた手が私の頭に伸びる。

 けど、そうされるのが気恥ずかしくてその手をすぐに払い落としてしまった。

 

「別に頭撫でなくていい」

 

「えー」

 

「えーって」

 

「響ちゃんの髪ふわふわで触り心地いいのに」

 

「……もう二度と撫でようとしないで」

 

「そんな。少しだけ、ね? 少しだけだから」

 賢治さんが私の方へ向けた手の指先が多足の虫のように滑らかに蠢く。

 妙に生物的に動くのが肌色と相まって

「……ちょっと、やめて。気持ち悪い」

 

「ごめんなさい」

 

 本気で気味悪がった私の気持ちが伝わったのか、賢治さんは悪ノリがすぎたとすぐに謝ってくれた。

 すぐ謝ってくれたしそれについては許したけど、頭は撫でさせなかった。

 

 

 ◇

 

 

「それにしても、勉強しようって急に言い出してどうしたの」

 

「響ちゃん。君はもう中学3年生であと4ヶ月で高校受験だよ?」

 

「うっ。でも、私あんまり学校行ってないから内申点悪いし」

 

「そんなの気にしない気にしない。確かに公立は難しいけど私立だったらいくらでもどうにでもなるよ」

 賢治さんは、私が学校のことを言うたびにする半ばお決まりと化した「またくっだらないこと考えてるなぁ」と言った感じを前面に押し出したお気楽な様子で私になんとかなると言ってくる。

 

「じゃあ、賢治さんのオススメの高校って何かある」

 

「俺にその質問したらリディアン音楽院しか出てこないよ」

 急に真顔になった賢治さんが早口でそう言った。

 

「……賢治さんってリディアン音楽院好きなの?」

 

「いや、単純にリディアン音楽院の近くに取引先があるだけ。ちなみにそこが元職場なんだけど、今は俺しか作れないパーツ高値で売っぱらってるのさ」

 賢治さんはそう言って愉快そうに、にししと笑う

 

「まぁ、それ以外は勉強と研究しかしてこなかったからね」

 

「そうなの」

 

「そうなんだよ。生まれてこの方、身体が弱くて小さい頃は病院から出たことが無くてね。まともに学校行ったこと無いおかげで本とパソコンだけが友達って感じだった」

 

「…そうなんだ」

 

「そうそう。俺の人生は今まで九分九厘勉強と研究で構成されていたけど、響ちゃんが来てくれたおかげで随分と華やいだよ。ありがとうね」

 

 そう言ってにこにこと笑う賢治さんに対して

「……うん」

 私は何も言えなかった。賢治さんの身の上話はあまりにも短絡的で詳細も何もあったものじゃなかったけど、賢治さんのこの何処か作り物めいた戯けた雰囲気や物語の人物のような地に足がついていない感じはそういう世間を知らない所から来ているんじゃないかと思った。

 

「……あの、賢治さん。賢治さんって友達と遊んだことないの」

 一つの病院の中には何人かは子供の患者も居るはずだし、入院している子のための院内学習室のような所は大きめな病院ならどこでもあるはず。

 

「また自分に飛んできたら痛そうなブーメラン投げてきちゃってまぁ……。無いよ。俺、基本面会謝絶だったし」

 あっけらかんとそう言ってのける賢治さんの様子に私の心が冷え込んでいくのを感じる。あの日私を助けてくれた賢治さんはとても暖かかったはずなのに、今目の前にいる賢治さんはとても冷たく感じる。

 別に賢治さんの態度が冷淡になっていると言う訳じゃない。

 

 ただ、そうただ、私が思っていたより賢治さんの心は冷え込んでいるのだ。

 

「あ、響ちゃんは友達って事でいいのかな? それなら」

「賢治さん!」

 なんだか堪らなくなって賢治さんの名前を叫ぶ。

 

「ど、どうしたんだい」

 ビックリしたぁとオーバーなリアクションを取り、柔和な表情を浮かべる賢治さん。そのいつものコミカルな姿に、今は無性にいたたまれなくなってとっさに賢治さんの手を握った。

 

「本当にどうしたの。何か怖い事でも思い出した?」

 そう言って賢治さんはハンカチを取り出して私の目元を拭う。

 知らないうちに涙まで出てしまっていたようだ。

 

「なんでもない」

 

「なんでもないって、でも」

 

「なんでもない!」

 語気を強める私に賢治さんは仕方ないと言った様子で手を私のされるがままにして、遠慮がちに私の頭をひと撫でした。

 

「そっか、なら何か言いたくなったら言ってね」

 ──言いたいのは貴方のことなんだよ……。

 

 言いたくても何を言えばいいかわからない私に賢治さんはそう言って私の握った手をゆっくりと外そうとする。

 とっさに賢治さんの手をもう一度強く握った。

 

「もう何か言いたくなったのかい」

 

 賢治さんの手を引き寄せて両手でぎゅうぅっと賢治さんの腕を抱きしめる。

 ぎゅっと胸に抱く。賢治さんの腕は硬くて冷たくて、氷のようだった。

 

「あ、ははっ。これはちょっと恥ずかしいね」

 

 

 ぎゅうううっ

 

 私の熱を移すように賢治さんの腕を強く強く抱きしめる。

「賢治さん」

 

「何かな」

 

「……また出かけようよ。私はどこでもいいから」

 

「いいね。今度はディズニーランドにでも行こうか」

 

「……もっと普通の所がいい。賢治さんも行ったことがない場所」

 

「そう……。分かった。また今度どこかに遊びに行こう」

 

「……うん」

 

 抱きしめた賢治さんの腕は思っていたより冷たくて、それでもその冷たさがなんだか熱くなって火照った身体には心地よくて。しばらくこのままで良いかななんて。

 

 

 

 そう思った矢先賢治さんが私の肩を強く押して絡めた腕が強引に離れる。

 

「さぁ! そうと決まったらやる事終わらせないとね! さぁ頑張るぞぅ。響ちゃんも! 遊びに行ってる最中に宿題のこと思い出したら気分台無しだよ。早く勉強終わらせてって、え、響ちゃんその拳はあ゛ッ!!!」

 

 ……せっかくの気分が台無しになってしまった。




天丼。

賢治のモチーフはプールの水です。
暑い日に入ると冷たくて気持ちいいのはもちろんですが、賢治のモチーフになっているのは寒い日に入ると温かくて気持ちいいあの感じです。
まぁ、受け取り方によって印象が変わるって感じで


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過去の清算

文字数多いけどほぼ説明回
内容ペラッペラでごめんなさい。



「焼っき鳥、焼っき豚、焼き馬焼き鹿〜っと」

 

 朝方、鼻歌交じりにリビングでパソコンを開いて何かの記事を読む賢治。

 映る文章をグリグリとマウスをいじって読み飛ばしていく彼だが、その内容によってもたらされた不愉快感に、彼は誰にともなく記事をハッと鼻で笑った。

「まぁ、やってることは同じか」

 

「何が同じなの」

 スッと賢治の見ている画面を覗き込もうとする影が一つ。

「わっ! 響ちゃん! いつからそこに」

 慌てて賢治がパソコンを持ち上げたため、響は何が書いてあるのか読めなかった。

 

「今起きた所、で、何が同じなの」

 

「あ、あぁ。YouTubeの鳥の丸焼き作ってみたって動画なんだけど、適当に作ったから鳥に火が付いちゃってね」

 そのコメント欄が結構面白くて、と言葉を重ねる賢治だが、響は一気に興味を失っていた。

 

「で、こう言う動画って一回盛り上がるとあっちこっちが真似するから同じことばっかりしてるなぁって」

 

「ふーん。あんまり面白くなさそう」

 

「まぁ、こういう手のものはインパクトしか考えてないから」

 そう言いながら、響に画面が見えないようにパソコンをたたみ、響が興味を無くしていることに内心ホッとする賢治。

 

「そっか。でも意外、賢治さんってYouTube見るんだ」

 

「……まぁごくたまにね」

 

「へー。あ、賢治さん朝ごはんどうする?」

 

「適当に食べれればなんでもいいよ」

 

 賢治の返しに響が頭を押さえる。

「なんでもいいって……、はぁ……。何か作るから待ってて」

 

「分かった。待ってるよ」

 

「ったく。今までこの人どうしてたって……、聞いたらろくな返事返ってこないんだろうな」

 そうボソボソと呟いてキッチンに行く響を見送って、賢治がふぅと息を吐く。

 

「……助かった。こんなの、当事者だからってわざわざ知る必要ないからね」

 そう言う賢治の前、テーブルにもう一度置かれたパソコンに映っているのは一つのニュース。

 とある中学校が2年前の「ライブ会場の惨劇」の生存者に対する苛烈ないじめを放置していたことが、第三者機関の手によって関係者の諸々の余罪と共に白日の下に晒されたことが書かれた記事だった。

 偉ぶったなんとか専門家の講釈と共に記事に添付されている写真には無数のマイクを向けられる響の母。

「……響ちゃんのお母さんには申し訳ないことしたな」

 事前に連絡したとは言え、知り合いがこうして晒しものにされているのを見て面白く思うほど賢治はひねくれてなかった。

 もっとも、1年前には生存者を好き放題叩いていた奴らが素知らぬ顔で響の家を擁護しているのを見るのは甚だ不愉快だと思っているのだけど。

 賢治の人間に対する好感度は基本的にマイナスなのだ。

 

 一通り記事に目を通してパタンとパソコンが閉じられる。

「でもこれで面倒ごとはおしまいだ」

 そう言いつつ、賢治の頭の中ではこうして公の場に晒されても懲りない奴や逆恨みをする親など面倒な連中が残っているかもしれないと悪い予想が渦巻いているのだが、願掛けにも似た思いでそう言うと椅子にもたれかかり、ふぅーと長く息を吐いた。

 

 ◇

 

 賢治が一仕事終えたような感慨にふけていると、料理を作り終えた響が賢治に命令した。

「ご飯できたからパソコンどけて」

 

「あぁ、ごめん」

 そう言って賢治は柔らかい笑みを浮かべて響を見つめる。

 

「……何?」

 

「いや、なんでもない」

 

「……そう」

 響が作ったのはウィンナー、玉ねぎ、ピーマンで作った野菜炒め。後は家にあった市販の漬物と麦茶。二人がごはん党なのでご飯だけはいっぱいある。

 

「じゃ、食べよ」

 

「ああ! 美味しそうだ」

 

「……冷蔵庫にある奴適当に炒めただけだって。いつもどんな食事してたの」

 

「お腹が減ったら10秒チャージ」

 

「……分かってた」

 やっぱりかと思いながら響は深いため息をついた。

 

「ため息つくと幸せが逃げるよ」

 

「……誰のせいだと思ってるの」

 そう言うと響は賢治の皿に乗ったウィンナーをさらう。

 

「あ、俺のウィンナー!」

 

「知らない」

 ウィンナーをヒョイとほうばり、代わりとばかりにウィンナーがあった場所にピーマンを載せる。

 

「あ、ピーマン寄せてる! ちゃんと食べないと大きくなれないよ」

 

 食べ物を飲み込み響が一言

「いらない」

 

「いらないって……」

 

 その後も賢治がアレコレ言うが、響に「賢治さんに言われたくない」とバッサリ切り捨てられると賢治は涙ながらにピーマン炒めを頬張った。

 

 

 ◇

 

 朝食を食べてから一時間ほどして、何日も勉強に取り組んでいたお陰で私の方も宿題の終わりが見え始めた頃。

 私はふと気になったことがあったので賢治さんに質問した。

「賢治さん仕事しないの」

 

「ふッ」

 私の一言に結構な衝撃を受けたのか思わず吹き出しそうになった麦茶をこらえ、ゲホゲホと咳き込む賢治さん。

 

「何を急にと思えば、いったいどうしたんだい?」

 

「私が来たばかりの頃は一日のほとんどを地下で仕事? してたでしょ。でも最近はずっとリビングにいるし」

 

「あぁ、そういうことか。昼は響ちゃんの勉強があるからね。俺の仕事なんかは夜やればいいし」

 ……そういえばこの人、そういう人だった。最短でも寝るのが二日に一度とか、気絶するように一瞬寝て、というか気絶するまで延々と活動し続ける人だった。

 

「私のために仕事してないってこと?」

 

「仕事してないって……。別に一日中ネットサーフィンしてる訳じゃないんだよ? ちゃんと色々やってるんだから」

 

「……へー」

 

「あ、信じてない。いいよ。ちょっと見せてあげよう」

 そう言って賢治さんがくるりとパソコンを回して私に画面を見せてくる。

 画面にはよく分からない図と金色に輝く円盤のCG模型

 

「……何? これ」

 

「これは先史文明の残した異端技術を最新の技術と人力で作り上げた新素材で作られた対ノイズ用兵装フォルツァート増幅器のCGモデルさ」

 

「言ってることさっぱり分かんないんだけど」

 

「要するに昔有った超科学技術を再生してノイズぶっ倒そうとしてるってこと」

 

「……ノイズって倒せるの」

 

「倒せる。ほんの数人だけど、ノイズに対抗する武器を持っている人たちもいるし、僅かだけど俺の研究してる技術も役に立ってる」

 

「……それってツヴァイウィングの二人のこと?」

 

「あれ、知ってたの?」

 

「知ってた。というかノイズに殺されそうになった私を守ったのは天羽奏だったから……」

 

 うん? と首を傾げて悩む賢治さん。しばらくしてポンと手を叩いた。

「あの時居たの響ちゃんだったのか」

 

「あの時って……賢治さんもライブ会場に居たの」

 

「救援でね。その時、使えるぐらいには開発出来ていた対ノイズ兵装担いで急いで行ったのさ」

 

 賢治さんが画面の金色の円盤を指差す

「今画面に映ってるのは2台目で1台目は『ライブ会場の惨劇』の時に投入してオーバーロードして壊れちゃったんだ」

 その分の成果は得られたけどね。と笑う賢治さん。

 もし賢治さんが言うことが本当なら、賢治さんは本当に正真正銘の世界有数の科学者なんじゃないか。

 

「対ノイズ兵器って世界にどれぐらいあるんですか」

 

「兵器じゃなくて兵装。俺の作ってる奴は武器としては役に立たないからね」

 賢治さんが真剣な顔でそう言った。賢治さんの人を傷つけるためのモノを作っている訳じゃないという想いを感じる。

 

「で、響ちゃんの質問だけど、俺の知る限り対ノイズ装備を作れるのは基本的に櫻井っていう博士のだけだね。俺のはまぁ、まだ研究中ってことで…。で、櫻井博士のは先史文明の技術を使ったノイズに対して極めて効果の高いパワードスーツで、俺のは先史文明の技術の僅かに解析できた構造を再現して作ったほんの少しだけノイズを倒しやすくするだけのアイテムで、有用性においては全く次元が全く違うぐらい差があった訳なんだけど」

 

「でも、それ以外は皆無なんだよね?」

 

「そうなるね」

 

「……それって十分凄いことじゃないの?」

 

「まぁ、そうとも言えるかなぁ」

 賢治さんが照れくさそうにわしゃわしゃと頭をかく。

 

「じゃあなんでこんな所……じゃなくて専門的な研究所に勤めていないんですか?」

 

「……響ちゃん。ど直球だね」

 賢治さんはびっくりした様子でお茶を一口飲むと答えた。

 

「ま、端的に言って世のしがらみが鬱陶しくなったからだね」

 

「……世のしがらみ」

 

「そう、……響ちゃんも知ってるだろう? 『ライブ会場の惨劇』。その事件のその後。できもしない正論を掲げて自身の愉悦を優先するお歴々。誰にも予想できないノイズの襲来に対して、そもそも取らなくてもいい責任をわざわざ作って押し付けあう大人。その中で効果の薄い対ノイズ兵装を開発し、ライブ会場の警備員に持たせた俺に責任の一部を押し付けようとする奴が一定数居たわけだ」

 

 賢治さんはやれやれと言った様子で首を振る。

「俺はライブのために急いで対ノイズ装備を作っていたんだけど、これが未だ改良の余地が多分に含まれる初期段階のものでね。その効果はノイズの動きを遅滞させ、通常兵装の効果を僅かに上げるだけに留まった。それでもフォニックゲインの高まったライブ会場内なら数匹のノイズを撃退できるだけの効果はあったんだけど、流石にノイズの大群に対応するだけの力は無かった」

 

 あの日。突然会場の中央が爆発し、巨大なノイズが地下から現れ、空からもノイズの大群が襲ってきた。

 賢治さんの話を聞くには、その対ノイズ装備というものはツヴァイウィングの二人が纏っていたような圧倒的な力ではなく、あくまで小規模なノイズの発生に対応するのが限界だったんだろう。

 素手で自転車は転ばせられても、トラック相手ではどうしようもない。

 

「で、警備費用やら研究費やらを無駄にしたとかなんとか下らないいちゃもんを付けられて責任を押し付けられそうになった訳。それ自体は上司のお陰でぽいできたんだけどねぇ。その後は、何処ぞからねじ込まれた研究員が増えてね。分かりもしない俺の技術をこっそり盗もうとする奴が大勢出たのさ」

 

そう言い切ると同時に深海さんの目が濁る。

 

「いやぁ、……ほんと。なんであんな奴ら櫻井さんは連れて来たんだろ。研究者というより企業スパイとかハッカーとかそういう類だったよ。しかも腕もたいした事無い奴ばっかり。ろくに研究の手伝えもしないのに技術を盗むことばっかり考えて、知らない技術を習おうとしてるくせに年下だからって舐めた態度取って、ちょっと喧嘩買ってやってパソコンにロック掛けてやったらピーピー喚きやがって、それぐらい自分で解いてから言えよ。どいつもこいつとギャーギャーギャーギャー技術寄越せってそればっか。共有してるデータから自分で解析しろよ。何が俺がこの技術を世界に広めてやるだ。理論どころか大元すら理解できてねぇ鳥頭のくせに何ほざいて」

 

 何か悪いスイッチがバチコンと入ってぐちぐち言い出す賢治さん。

 

「想い入れも努力も人一番必要な研究に、金儲けしか考えられない奴が介入できるわけ無いだろ。専門家舐めんな。向こう数十年どころか永遠に広まることが無いぐらいの超高等技術だぞ。生半可な気持ちで入り込む余地なんざあるわけねぇだろぅがよ。テメェらなんぞに支援されなくても研究成果小出しにするだけで数千万一瞬で稼げるっての。だいたい……」

 

「賢治さん!」

 

「はっ! 俺は何を」

 虚ろな目からいつもの目に戻った賢治さん。今後、賢治さんの人間関係にはあまり触らない方が良さそうだと思った。

 

「ちょっと悪い夢を見てただけだよ。話の途中で寝ちゃうなんて疲れてるんじゃない?」

 

「そ、そうか。寝ちゃってたのか。えーと、どこまで話したっけ」

 

「賢治さんが作ってるものの話」

 

「そうだっけ?」

 

「そう」

 

「そうか、そうだね。それで俺が作ってるのがこの金色の小さいパーツ。これはレリックパーツや人造聖遺物片と呼ばれていてね。と言っても名付けたの俺なんだけど。でだ。これは先史文明の異端技術を再現した超性能の電子部品で、これを使って回路を形成することによって普通の物質では増幅できないフォニックゲインを増幅することができるって訳。……まぁ、櫻井さんはどういう訳か普通の物質でフォニックゲイン増幅してるんだけどねぇ……」

「賢治さん」

 また一瞬澱んだ目をする賢治さんに声をかける。

 

「ごめん。それで増幅したフォニックゲインをエネルギー変換して放出。周囲のノイズをこっちの世界に固着させるのが俺の作っている増幅機構の主な目的で、この「フォルツァート増幅機構」はフォニックゲインの二重増幅と充電機能を使ってツヴァイウィングの二人の纏うパワードスーツの力を借りずに単独でノイズを撃破できるようになるという確信的な技術なんだよ!」

 

「何いってるのか全然これっぽっちも分かんない」

 

「本当に?」

 

「むしろ分かる訳ないでしょ。先史文明とか専門用語とか、あんなの分かる人なんていない」

 

「そ、そっかー」

 落ち込む賢治さん

 

「だから。ちゃんと一から説明し直して」

 

「……え?」

 

「もう一回話して。分からない所、聞くから全部答えて」

 

「もう一回って、つまらなくないかい?」

 

「正直あんまり面白くないけど……、賢治さんのやってる事だから……知りたい……」

 

「そう、そうか。ちょ、ちょっと待っててね! 今、紙持ってくるから、図にしないと分かりにくいこともあるだろうし!」

 そう言ってバタバタとリビングを抜けて地下へと走っていく賢治さん。賢治さんの家の地下は広いらしいので、結構時間かかりそうな予感。その間に、私もちょっとだけ調べ物をする。

 

「……『リディアン音楽院 学費』っと、へー、私立なのに安いんだ……」

 

 その後の賢治さんの話は、あまりにも情報量が多く半ば学校の授業のような感じになり、お昼になっても終わらなかった。

 




フォニックゲイン増幅機構
賢治が研究開発しているあらゆるフォニックゲインを増幅し、一般人でもノイズに有効なダメージを与えることができるようにする技術。
トレモロは最初期のもの。フォニアアンプは廉価版。
フォルツァートは上記とは格が違う現状最高技術。

フォニアアンプ
賢治の言っていた対ノイズ装備。
シンフォギア装者やその他の強いフォニックゲインを受信増幅して低出力のバリアフィールドを展開する小型マイク型装備。固着効果は10数%でアルカノイズよりちょっと固めぐらいになる程度の効果。それでも十分通常兵器が通用するようになる。
しかしながらライブ会場の惨劇では空中からの急降下攻撃になすすべもなくやられた模様。

櫻井了子の策略
賢治が二課の人材の中でも、特にカ・ディンギルの存在に気付く可能性が高かったため、(それと自身に対立するそれなりに腕のある技術者であったため)、出元が分からないよう追い出そうとした事。目論見通り、賢治は二課を抜けたが、風鳴弦十郎の働きにより賢治自体は未だに二課所属となっている。


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二人でサマーデイ

投稿ペースが乱れたのでお詫びとして文量2.5倍です(ただ書きたいこと書いただけ)

夏要素は無いです
…糖度が足りない気がするんだ


 夏休みも残り1週間。学校の宿題の最後は自由研究。極力外出を控えたかった私はふとある研究を思いついた。

 

 朝食後のリビング。白紙のノートに走り書きで自由研究の題名を書き込んだ私はさっそく自由研究に取り組むことにした。

 

「……」

 

 じっと賢治さんを観察していると、視線がむず痒いのか賢治さんが話しかけてきた。

「……何かな? 響ちゃん」

 

「別に……自由研究」

 

「自由研究」

 ぽんと賢治さんが手を叩く。

 

「何をすればいいか一緒に考えてほしいんだね?」

 

「……違う」

 

「違うの?」

 

「違う」

 

「そうか〜。じゃあ何を研究するかは決めてるのかい」

 

「うん」

 

「へ〜。ちなみに何を研究するんだい」

 

「不眠症の人間を眠らせる方法」

 

「え?」

 

「不眠症の人間を眠らせる方法。強硬手段は含まず」

 

「あ、うん」

 スッと賢治さんの顔に手を添えて目元を親指でなぞる。そこには血色の悪い紫のクマがべったりと付いている。もちろん指でさすっても取れるなんてことはない。

「……賢治さん。ぜんぜん寝てないでしょ」

 

「まぁ、俺はそういう人間だから」

 

「身体、壊しちゃうよ」

 

「俺は丈夫だから平気だよ」

 賢治さんの顔から手を離し、腕に触れる。ぞっとするほど冷たい。

 

「……こんなに手も冷たいのに?」

 

「……そういう体質なんだよ」

 じっと賢治さんを見つめると私の手を振り払って賢治さんがそう言う。

 

「……じゃあ、最後にきちんと寝たのいつ?」

 

「毎日ちゃんと寝てるよ」

 

「ほんとに?」

 

「本当だって」

 そう言う賢治さんだが、今まで何度か夢見が悪くて早く起きたり、逆に寝付きが悪くて夜中まで起きていたことは何度かあったけど、ついぞ賢治さんの寝室のドアが閉まっている所は見たことがなかった。

 もしかしたら地下にあるという仕事場に賢治さんが重用してるベッドがあるかもしれないけど、きちんと寝ているのならこのクマがいつまでも付いているのはおかしい。最近は仕事も無さそう。言っちゃ悪いけど暇そうにしていたのだから。

 

「……本当かどうか、今日の賢治さんの生活を見て、ちゃんと寝ているか確かめるから」

 

「別にそんなことしなくてもいいって。自由研究ならほら、前ノイズの話したじゃないか。アレを記事にすればいいと思うんだけど」

 

「賢治さんが言ってたでしょ。国が極秘にしてる情報が混じってるから不用意に人に言っちゃダメだよって。私、極秘の範囲よく分からないからうっかりダメなこと書いちゃうかもしれない」

 

「あちゃあ。でもさ。別の研究でもいいと思わない? 俺の生活習慣がちょっとぐらい悪くたって響ちゃんには関係ないでしょ?」

 

 賢治さんの足に緩く体重を掛ける。

 ギョッとした賢治さんの手を掴む。

「……関係無くない。私は賢治さんが一番長く遊んだ友達……。親友だよ。親友が友達を心配するのは当たり前なんだよ」

 

「そ、そう言うものかな?」

 

「そう言うものだと思う。私も昔。しんっ……。と、も……。ぅぅぅ」

 

 言葉が出なくなってしまった私の手を賢治さんがぎゅっと握り返す。

「そう言うものかな」

 

 賢治さんがいつものように淡く微笑む。その時々によって胡散臭かったりうすら寒かったりすることもあるけど、それでも賢治さんの優しさはいつも変わらなかった。そのことが私を安心させてくれる。

 

「……うん。そう言うもの」

 

 私がゆっくりと手を離すと賢治さんが頰をかく。

「お手柔らかにね」

 

「……賢治さんがきちんと寝ていればいいだけだよ」

 

「いや〜、うん。そうだねぇ。睡眠は大事だよねぇ」

 歯切れの悪い賢治さんの生返事にさっきの毎日寝ていると言うのが嘘だと分かった。

 

 

 ◇

 

 

「ここが賢治さんの仕事場……。ごちゃごちゃしてるけどかなり広いね」

 賢治さんの家の地下。初めて入ったけど、凄い秘密基地って感じがする。地下に続く階段は螺旋階段だし、地下室と言うには大きすぎるホールには、図書館の二階にあるような無数の移動式の大きな棚と工場で使われるような大小様々なロボットアームが鎮座していて、更には部屋中にレールが敷かれていて奥にある一室に繋がっている。

 

「庭の下とか車庫の下も全部地下室になってるからね。一階より断然広いよ」

 

 そう言って賢治さんはずんずんと棚やアームの横を進む。

 

「まるで工場みたい」

 

「やってることは同じだしね」

 

「同じ?」

 

「そう、世界でただ一つ、ここだけにしかない従業員一名の擬似異端技術素材製作所。それがこのラボって訳」

 レールの繋がった先の扉を開いた賢治さんに招かれ、奥の部屋に踏み込む

 

「ここが……。ラボ?」

 そこは家の一室程度の広さの部屋だった。右手には何かのドアとクローゼット、そして大きな本棚があって、本棚には難しそうな題名の本がぎゅうぎゅう詰めにされていた。中央にはくたびれたソファ。その正面にテーブル、更にその向こうにはテレビ。横には何故かカラオケマシンが置いてある。その横には冷蔵庫があって、入った扉の反対側はガラス張りの真っ白な作業部屋が見える。

 

「そう! トイレ、冷蔵庫、ネット回線、冷暖房完備。生活するのに必要なモノが全て揃った完璧な作業場! ココこそ、俺の城さ!あ、工房はもう一つ向こうね。流石にここで仕事しないよ」

 

「……」

 何を言えば分からないけど、とりあえず必要なモノが全て揃ったと言っておきながらお風呂が無いのは問題だと思う。

 

「賢治さんここで寝てるの?」

 そう私が指差したのは中央がベッコリへこんだくたびれたソファ。

 

「まぁ……そうなるね」

 

「……はぁ」

 

「何、そのダメだコイツって感じのため息、賢治さん傷ついたよ!?」

 

「……。……はぁ」

 

「やめて、そのため息! 呆れてものが言えないってのを的確に表現しないで、来るから、結構胸に刺さるから」

 

 騒ぐ賢治さんを尻目に冷蔵庫を開ける。案の定そこにあったのは全段を埋める栄養ゼリー飲料とコーヒーボトルの山。

 

「賢治さん」

 

 私と目が合うと賢治さんが目に見えてオロオロしだす。

「いや、分かってるよ? 響ちゃんが言いたいことは、そうだね。生活に必要なモノが揃ってるは言い過ぎた。生きるのに事欠かないぐらいだった」

 

「賢治さん!」

 

「はい!」

 

「だいたいこうなること分かってたから今更何も思ってないよ」

「うそつき」

 

「何か言った?」

 

「いえ何も! 何も言っておりません」

 

「そう」

 

 賢治さんの工房を指差す。

「それであの作業場でレリックパーツ……だっけ? それを作るんだよね。今から」

 

「そうだけど、今日は上手く作れるか自信無いなぁ」

 

「なんで?」

 

「なんでって言われても、製作の都合上、緊張するとあんまり上手く行かないというか何というか」

 

「別に私の前で歌う訳じゃないでしょ」

 

 そう私が言ったとたん賢治さんがなんとも言えないと言った表情をする。

「歌うんだよ」

 

「……?」

 

「まぁ、見てれば分かるよ」

 賢治さんはそう言ってクローゼットから白衣を一枚取り出して羽織ると、工房の扉の横の腰あたりまでの小さなタンスの上に置いてあった青い棒状のペンダントを手にとって工房へと入って行った。

 

 賢治さんが操作盤を起動させると共に部屋の内外から駆動音が聞こえ始め、賢治さんの立つ作業台を中心に様々な素材が運ばれてくる。それらを手にとって作業台に並べると、さっきのペンダントをマイクスタンドのようなモノに差し込むと制御盤横の端末を触りだした。

 

 少しすると何故か部屋にジャズが流れ出す。そして賢治さんは足を使ってリズムを刻むとそっと歌い出し

「オーロミー。ワーナテイコブミー。キャンツュスィー」

 

 ……。

 

「アイノグットウィナー……。テイク……。アイワナ……」

 

 ……凄い片言だし、曲調にまるで追いついてない。背伸びして盛大にコケてる。そんな感じ。

 しばらく奮闘したものの、結局曲が半分終わるまでまともに歌えなかった賢治さんは、手に持っていた道具を台に叩きつけ、流れる曲を止めるとマイクスタンドにささっていたペンダントを引き抜くと私のいる部屋に戻ってきた。

 

「……えーと」

 

「響ちゃん」

 

「うん」

 

「何も。言わないで。いいね?」

 

 自分が凄い苦笑いをしてるのがわかった。

 賢治さんはソファのへりにどっかりと座り込むと私にもソファに座るように勧めた。中央がべっこりとへこんでしまっているため、賢治さんの座っているへりとは反対のへりに座った。

 しばらく頭を抱えていた賢治さんは最後に手で顔をぐいーっと拭うと話し始めた。

 

「レリックパーツは簡単に言えば構造体を作る際に半分を亜空間に送ることで強度や回路の量を倍にしながら見かけの質量を半分にした物質だ。当然亜空間なんてものを利用するから通常の物理法則じゃ作れない」

 賢治さんが手に持った青色で棒状のペンダントを見せる。

「だから歌に含まれるフォニックゲインを利用して物理法則を歪ませ…、弛緩させることによって、通常の物理法則の上じゃ到底作れない技術を一時的に実現させる。それがこの歌いながら部品を作ろうとした訳なんだけど……」

 賢治さんが私の方を少しだけ見てふいっと顔を背ける。

「人前で歌うのは初めてだから集中できなかった」

 

「そんな訳ないでしょ。学校で歌わなかったの?」

 

「学校は高校しか行ってないし、選択授業で美術選んだし」

 

 ……賢治さんはちょくちょく、つついてはいけない情報を小出しにしてくる。

 

「でも校歌とか歌ったでしょ」

 

「アレは例外だよ。結局歌ったのなんか一年目の学祭で一回だけだし。歌詞なんて覚えてなかったからそれっぽく合わせただけだったし」

 高校って3年間あるでしょ

 

「……2年以降はどうしたの」

 

「その頃には二課で研究してたかなぁ」

 

 どんな人生だソレ。

「……まぁ、その話は置いておいて。結局どうするの? 歌わないと仕事できないんだよね。なら、私戻る?」

 

「いや、その必要はないよ」

 そう言って賢治さんは手に持っていたペンダントを私に差し出した。

 

「……何?」

 

「歌って」

 

「……は」

 

「響ちゃんが歌えば万事解決するんだよ」

 そう言って賢治さんは私にペンダントを無理やり持たせるとカラオケマシンから操作盤を取り外して私の膝に乗せる。

 

「じゃあ、響ちゃん一曲お願いね。響ちゃんが歌わないと仕事できないから」

 そう言って私に歌う役を押し付けると賢治さんは工房へと引っ込んでしまった。

 

「え、えー……」

 

 私が戸惑っている間に賢治さんは着々と準備を進めて私作業台にもたれながら私が歌うのを待ち始めた。

 にこにこと笑っている賢治さんを睨みつけるが一向ににこにこしたままで仕方なく操作盤に目を向ける。賢治さんがどんな歌を歌っていたのか気になって履歴を検索すると、基本的には洋楽のジャズやバラードが多いけれどその中に時折ツヴァイウィングの曲が混ざっている。

 ツヴァイウィングの二人は賢治さんの務めていた自衛隊特異災害対策機動部二課の所属のため知り合いだったのかもしれない。

 目に止まったのは2年前、初めてのライブで聞いた曲。その後のノイズの襲撃で何もかも台無しになってしまったけれど、それでもこの曲を聴いている間は、二人への凄いっていう尊敬にも似た想いを抱いていたと思う。賢治さんのカラオケマシンは大した種類が入ってないし、私も最近歌なんてこれっぽっちも歌ってなかったから自信がない。仕方ないので私は知っている歌を歌うことにした。

 

 

 曲が流れる。イントロを聴いた瞬間賢治さんは驚いた表情をしたけれど、すぐにまたいつもの笑顔を浮かべる。

 

 〈逆光のフリューゲル〉

 30秒の長めのイントロが終わり、テレビの画面に歌詞が映る。

 

「『聞こえますか?』激情奏でるムジーク。天に。解き放て!」

 

 ◇

 

「もっと高く。太陽よりも高く────」

 

 曲を歌いきり賢治さんの方を見ると作業台の上が半球場に発光していて、賢治さんはその中で話していた凌界構造体と思われるパーツをもくもくと作っていた。

 

 ……これからどうすればいいの? 

 そう思って賢治さんに話しかけたいけれど、集中している賢治さんは話しかけ辛い雰囲気を醸していて、悩んでいると次の曲が流れ始める。

 

 〈ORBITAL BEAT〉

 

 ……これはアレなんだろうか。歌い続けなきゃいけないのだろうか。そう思っている間に曲は進みテレビに歌詞が映っては消えていく。

 

 ええい、ままよ! 

 始まっている歌詞の間隔を掴み、声を滑り込ませる。

 

「カルマのように、転がるように、投げ出してしまえなくて──ー」

 

 そのまま私は賢治さんが工房から出てくるまで歌い続けた。

 

 

 ◇

 

「うぅぅぅ」

 目に滲む涙を感じながら賢治さんを殴り続ける。

 作業を終えた賢治さんが「カラオケ気に入った?」と言ってきたことにより、レリックパーツを作るには一曲だけ歌ってレリックパーツを作れるフィールドを形成すれば良かったことが分かった。

 

 ボスボスボスボスボス

 

「いた、痛いって響ちゃん」

 ボスボスボスボスボス

 

「うるさい」

 ボスボスボスボスボス

 

「俺は確かに一曲お願いとしか言ってな……」

 ドスッ

 

「知らない」

 

 口答えする賢治さんを黙らせてボスボスと殴り続ける。

 

 賢治さんはソファから立ち上がり冷蔵庫からゼリー飲料を二つ取り出して私に片方差し出した。

 

「はい」

 

「……」

 

 賢治さんが差し出した方じゃない銀色の方を分捕ってパキっとキャップを取って飲む。思っていたより苦い。見ればグレープフルーツ味と書いてある。グレープフルーツと書いてはあるけど、単純に薬っぽいだけだ。

 

「苦くない?」

 私の気持ちを見透かした。というより自分用に取った苦い奴を私が取ったのを心配した様子で賢治さんが私に話しかける。

 

「……別に」

 

「……そっか」

 賢治さんの開けた方は私の開けた方とは種類が違うポップなピンク色に桃の写真が載っていてピーチ味と書かれている。

 

「……」

 

「やっぱり交換する?」

 

「……別に……大丈夫」

 手元のゼリーをちゅるちゅるとすする。苦くてちょっと口惜しい。

 食が進まなくて容器を握ってそのままにしていると賢治さんが自分の持っているゼリーを私の空いていた方の手に握らせた。

 

「いらないならいいけど」

 

 そう言う賢治さんの前で私は少し悩んだ後、銀色の方を賢治さんに手渡した。

 賢治さんは腹が立つほどにっこりと笑うと「二つもいらないか」と言って私の渡したゼリーをCMのようにグシャッと握りつぶすように飲むと空になった容器をゴミ箱に投げ入れた。

 

「じゃあ、俺10分寝るから。起きたらお昼にしようね」

 

「うん」

 

 そう言うと賢治さんはソファのへりからダボついた中央に落ちて半分背もたれに身体を預けながら目をつむった。

 

 

 ピーチ味の甘いゼリーを飲む。

 賢治さん、好き勝手してばっかり。でもそれだけ色々な事ができるのは羨ましいはずなのに、何故かあんまり羨ましくないのはなんでだろう。

 きっと上部だけを知っていたなら、私は賢治さんを毛嫌いしていた。ちゃらんぽらんで嘘くさいこの人はきっと私は1ミリも信用しなかっただろう。

 我ながら甘い女だと思う。ちょっと助けてもらっただけでほいほい男の人の家に居候しているんだから……。

 でも居候する私も悪いけど、賢治さんも悪いと思う。雨の中で変なことしてる女の子なんて普通近づかないし、ましてや自分の家に連れて行こうなんて思わないだろう。……たぶん。

 何はともあれ賢治さんは色々と私を助けてくれて色々と良くしてくれた。別に賢治さんが底抜けにいい人とは思わない。なんかちょくちょく反応に困ること言うし。本人が変人だし。

 ……でも優しい。私も私の家族も守ってくれた。いつも私を気遣ってくれてた。今だって……。

 

 手に持ったゼリーがくしゃりと歪む。自然と賢治さんがゼリーを投げたゴミ箱の方に目が行き、カッと顔が熱くなるのが分かった。

「あぅぅぅ」

 両膝を抱えて出来るだけ小さくなる。ももの裏にゼリーの容器が当たって冷たいけどそんなのより顔が熱くて熱くて仕方がない。

「べ、別に……、賢治さんと私は親友だし……。し、親友だから、キスだって少しぐらいノーカンだし……。恥ずかしく……ない」

 

 ボフ

 

 私がバタついたせいでソファが揺れ賢治さんが私にもたれかかってきた。

「……ちょっと、賢治さん……!」

 出来るだけ平静を装いながら語気を強めるが、賢治さんは本当に眠っている様子で首が座ってなくて身体を揺するとふらふらする。

 

「うぅぅぅ」

 結局、仕方がないのでそのまま賢治さんに肩を貸したまま過ごした。

 

 別に……重たいだけで迷惑だった。思っていたより重たくて驚いたとか、あんまり変な匂いがしなかったとか思ってない。本当に! 

 

 

 ◇

 

 地下からのそのそと上がってきた賢治さんは部屋に漂う匂いを嗅ぐど料理を言い当てた。

「へぇ、今日の夕飯はシチューか。ルーは無かったはずだけど……。もしかして買ってきた?」

 

「違うよ。牛乳とバターと小麦粉があればルーは作れるから」

 

「へ──。響ちゃんて本当に料理できたんだ」

 

「……本当にって何」

 

「いや、野菜炒めなら俺でも作れるから」

 

 なんだかその物言いにカチンと来て足を蹴り上げる。

「あ゛ッ。……ごめん」

 

「家族の料理の手伝いとかしたことある? 結構大変なんだよ」

 

「家族の料理食べたことないから」

 

「……」

 ボスッ

 

「……なんで俺今殴られたの」

 

「知らない」

 

 ◇

 

 午後も賢治さんの仕事は続き、頃合いを見て私は一階に上がって料理を作っておいた。6時ぐらいにはリビングに戻ると言ったのに40分を過ぎても賢治さんが戻って来なかったので見に行ったらまたあのくたびれたソファで寝ていた。もしかしてこの人こうやって毎日眠くなるたびに一瞬だけ寝てるんじゃないだろうか。だとしたらまるで昔本で読んだ小動物みたいな生活をしていると思った。

 

 ◇

 

「ご馳走様」

 

「お粗末様でした」

 

「はは、お粗末だなんて、こんなに美味しい手料理は始めてだよ。何度か知り合いの食事に誘われたことはあるけど、みんな料理できないから」

 

「そうだね。ご馳走様でした」

 

「否定しないんだ!?」

 

「賢治さんの食生活に対して私の料理がお粗末なんて料理に失礼だから」

 

「その言葉は俺に失礼じゃないかな」

 

「事実だし」

 

「そーだね!」

 

「それより、食べ終わったら片付けてよ」

 

「うん」

 賢治さんが食器を台所に置くとスポンジを手に取った。

 

「別に……私がやるのに」

 

「いいのいいの。俺がやりたいだけなんだから」

 

「……そう」

 賢治さんに自分の食器を渡すとテーブルに座って賢治さんを観察した。手際はそこまで悪くないけど水を出しっぱなしなのは減点かな。

 

 ◇

 

「それじゃ、俺は夜の仕事してくるから」

 

 そう言ってリビングを出ようとする賢治さんの腕を掴む

「待って、仕事時間は1日8時間、定時は6時ぐらいだよ?」

 

「……いや〜、ほら俺、公務員だからそういうの無いから……」

 

「元でしょ。元。自営業だから別にいいでしょ」

 

「あー、いや、ほら疲れないと眠れないじゃない? 良い安眠は労働の後に」

「仕事した後すぐ仮眠して眠気さましちゃうくせに」

 

「いや、今日はもうしない。ちゃんと二階で寝るから」

 ね? っと念押しする賢治さんだけどこれっぽっちも信用ならない。

 

「……今日、ハリーポッターやるから一緒に観たいんだけど」

 

「ハリーポッターかー。俺一度も観たことないから続きモノはよく分からないなって」

 

 目頭が熱くなって両手で賢治さんの腕を掴む

「……賢治さん。本当に仕事が好きなんだね」

 

「別に好きって、まぁ、好きか」

 

 胸の奥がきゅうっとなって、比例するように賢治さんの腕を強く握る。

 しばらくして賢治さんがびっくりした顔で私を見ているのが分かった。

 その瞬間ハッとなって二歩三歩と下がる。

 驚いた表情の賢治さんと目が合う

「……ごめん。賢治さん。好きなことの邪魔してごめんね」

 なんだかいたたまれなくなって賢治さんを突き飛ばして二階に駆け上る。端っこの自分の部屋に突っ込んでそのままベッドに突っ込んで毛布を被って丸まった。

 

 ◇

 

 

「響ちゃーん」

 

「……」

 

「響ちゃーん。一緒にハリー観よう。俺一人じゃ何も分からないよ」

 

「……」

 

「もう。入るからね」

 ガチャリとドアが開けられて廊下の明かりが狭い寝室に差し込む。

 

「ごめん。響ちゃんがせっかく誘ってくれたのに、俺、そういうの慣れてなくて。……いや、俺が悪いな。俺の方が大人なんだから大人の俺がもっと」

「賢治さん」

 

「響ちゃん?」

 

「賢治さんが大人なんてこれっぽっちも私思ってないから」

 

「……そうなの」

 間の抜けた顔で賢治さんが呆けて言う。

 

「大人っていうのは年取れば勝手になるものじゃないんだよ。時間が経つとみんな大人って呼ばれるようになるだけで、自分で頑張らないと中身までは大人になれないんだよ」

 

「じゃあ、俺は頑張ってないと」

 

「賢治さんは凄いし頑張ってると思うけど大人になるための頑張り方は全然してこなかったみたい」

 

「そ、そっかー。高校から二課の研究部門に入って風鳴司令が苦い顔してたのはそういう訳だったのかぁ」

 なんだかんだ思い当たる節があるのか賢治さんはそう言って頭を抱える。

 

「うーん。けど、響ちゃんよりは俺の方が大人だし!」

 

「……」

 

「何その白けた目!? え? 響ちゃんよりは大人だよね?」

 

「まぁ、うんまぁ、自分でお金稼いでるし……。私よりは大人じゃないかな……」

 

「何その含みのある肯定!? 何か裏あるでしょ絶対!」

 

「……私が欲しいのは大人の賢治さんじゃないし……」

 一緒に居てくれるのは嬉しいけど、やっぱり保護者としてよりももっと親しい方が嬉しい。

 

「入って」

 

「え?」

 

「私は賢治さんの友達なんでしょ」

 

「ま、まぁね」

 

「なら……。友達なら入って」

 

「……いやぁ。いやいやぁ」

 

「……嫌?」

 

「いやぁ。好き嫌いの問題じゃないと思うんだけど」

 

「……別に、私は気にしない」

 

「俺は気にするだけど」

 

「……友達なら。入って」

 

「えぇぇ……」

 

「……親友なら普通だって」

 

「初めて聞いたよ!? そんなこと」

 

「賢治さん親友居なかったから当たり前だと思う」

 

「えぇ……。いやぁ、親友いたとしても、なんかおかしいと思うんだけどなぁ」

 ……私もなんとなくそう思っていたけど、今は関係ないから無視して賢治さんに催促する。

 

「……いいから入って」

 

「うーん」

 いつまでも渋る賢治さん」

 

「……賢治さんは私のこと嫌い……?」

 

「うぁぁ、ずるいなぁ。その言い方」

 賢治さんはガシガシと頭をかきむしって、ゆっくりそろーりそろりと私の毛布の中に入ってきた。私には大きかった毛布も賢治さんにとっては丁度いいぐらいらしく、賢治さんの足が入ったことで私の足元の毛布がだぶつかなくなった。

 

 真っ直ぐ上を向いて微動だにしない賢治さん

「これが親友の距離感なんだろうか」

 

「昔の友達とはお泊りのたびにこうしてたよ」

 

「響ちゃんが提案したの?」

 

「いや、友達から」

 

「あ、そぅ」

 

 近い賢治さんにちょっとドキドキしながら、昔の友達のこととか賢治さんの昔の話とか色々話した。

 賢治さんが昔は病院で暮らしているレベルで身体が弱かったことなんて今のひょろ長い身体からは想像つかない。

 

 ◇

 

「明日、出かけようか」

 

「出かけるってどこに」

 

「とりあえずハリーポッターでも借りようかな」

 

「私、ハリーポッターよりジュラシックワールドの方が見てみたい」

 

「ジュラシックワールドまだ最新作なんだけど……」

 

「そんなに高くないでしょ。賢治さんお金持ちなんでしょ。千円ぐらいパッと出してよ」

 

「いやまぁ、300円ぐらいなんだけど」

 

「じゃあ尚更いいでしょ」

 

「借りられる期間1泊か3泊だからすぐ返しに行かないといけないし」

 

「別にいいでしょ」

 

「……そうだね。別に泊数なんてどうでもいいか」

 

「うん」

 

「明日、楽しみだね」

 

「うん」

 

「楽しみで眠れそうにないや」

 

「それはダメ。寝て」

 

「分かってる。はは、寝るのが待ち遠しいのなんて初めてだ」

 

「そうなの」

 

「そうなの。響ちゃんがウチに来てから初めてばっかりだ」

 

「……良かったね。賢治さんも大人に一歩近づけた訳だ」

 

「俺は十分大人だよ」

 

「ぜんぜん違う。大人っていうのはふらわーのおばちゃんみたいな人を言うんだよ」

 

「ええぇ、やだなぁ。響ちゃんがあと5年もしたらああなっちゃうなんて、痛ッ」

 

「おばちゃんに失礼でしょ」

 

「ごめん」

 

「……うん、いいよ。……ごめん、もう眠い」

 

「そっか。おやすみ」

 

「……うん。おやすみ賢治さん」

 

「……おやすみ響ちゃん」

 




ビッキーの恋愛観は393が俺色に染め上げていたので親友=プラトニックな恋人ぐらい機能拡張されてます。
ライブ会場の惨劇が無かったら今頃393が好き勝手してたでしょう。

*改題いたしました。


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二人のサマーデイ

お気に入り100件ありがとうございます!(遅い

やっと糖分を提供し始めた訳なんですが、ちゃんと糖分補給できてますか?


「はぁ」

 夏休みの終わりも間近に迫った日。登校日で学校に来ていた一人の少女が物憂げにため息を付いていた。黒髪に映える白い大きなリボンは彼女の心境を表すかのように垂れ下がり、彼女のやわらかな雰囲気は彼女の心中に合わせてより儚げに彼女を観せていた。

 

「どうしたんですかな。未来さーん。夏休みはまだ残っておりますぞー」

 そんな様子の未来に話しかけたのはショートヘアの快活そうな少女。

 

「あっ、相沢さん。なんでもないよ」

 

「いやいやー、そんな私、疲れてるんです。みたいな雰囲気出しておいてなんでもないはない訳ないでしょうよ」

 相沢は未来の机の前に膝立ちになる。

 

「ほらほら、同じ陸上部のよしみではないですか。私、口の堅さには定評あるんですよ」

 

「それは悪い意味ででしょ」

 ボスッ

 未来の机の上で肘をついていた相沢の頭の上に教科書が落とされた。

 

「うー、痛いよ美雨ちゃん。別に友達になら話しても大丈夫でしょうが」

 

「人によっては広められたくない話しもあるっての」

 

 現れたおさげの少女が相沢に次いで未来に話しかける。

 

「ごめんね。ゆうこデリカシーがないから。でも最近なんだか落ち込んでるって話を聞いてたから私も気になってはいたんだ。ゆうこには念を押しておくから、もし良かったら話だけでも聞かせてくれないかな」

 そう言った少女は「無理にとは言わないけど」と言い募る。

 

「やっぱりぃ、美雨ちゃんも気になってたんじゃないですか〜」

 

「ゆうこは黙ってて。で、どうかな?」

 

「……うん、ちょっとだけ聞いてもらってもいいかな」

 

「もっちろん!」

 

「ゆうこ。真面目な話っぽいから途中でちゃちゃ入れないでよね」

 

 ◇

 

「ほぇ〜、引っ越して音信不通になった親友を探しに……。ひゃー美雨ちゃん美雨ちゃん! 私らの恋バナよりよっぽど熱いよ」

 

 パンッ! 

 興奮したようすの相沢に再度、美雨の教科書が炸裂した。

「小日向さんが勇気を出して話してくれた事を茶化すんじゃないの」

 

「ごめんなさい」

 

「私じゃないでしょ」

 

「未来ちゃん。すいませんでしたー」

 相沢が深々と頭を下げる。

 

「いいよ。品川さんもあんまり怒らないであげて。私も誰かに聞いてもらって少し気持ちが落ち着いたから」

 

「そう? それなら良かった」

 

「では! 話も終わった所で、アンニュイな雰囲気が晴らすために昨日お兄ちゃんに教えてもらった神技動画をみんなで見ようと思います!」

 そう言って相沢がバックからスマホを取り出しつつ立ち上がる。

 ドッ

 直後に相沢の頭で教科書が三度弾けた。

 

「どうしてそうなるの?」

 

「あぅぅ、だって〜、本当に凄い動画なんだよ? 神技クリップ集とか目じゃないぐらいの激ヤバ動画なんだよ。しかも日本の」

 

 相沢の言動に頭を抱える品川だが、そこを未来が制止した。

「だからって」

 

「まあまあ、品川さん落ち着いて。いいよ。私もその動画見てみたい」

 

「うぅ、未来様ぁ。ありがたや〜ありがたや〜。なんまんだぶなんまんだぶ」

 

「いいから早く」

 

「うひゃい! ただ今! えーとデッドウェスタン 神技 っとほいきた!」

 

 少女のスマホの映されたのは二つに分割された画面。右半分では既にゲームの銃撃戦が始まっており、もう半分は真っ暗なままだった。

 

「半分真っ黒なんだけど」

 

「それはそのゲームセンターで投稿者がコレをやってる人を撮影した奴だから、まだ投稿者が動画撮ってないんだよ。もう半分はリプレイ機能で録画した奴」

 

「へー」

 

 ほら、こっちの左半分が凄いんだよ。全弾ヘッドショット。1発も外してないって凄くない? 右は一緒に来てた女の子がやってたらしいんだけど途中で変わって両方左手の人になってそこから先はもうとんでもないことになるんだよ」

 

 そうこう言っているうちに左側も録画が始まったらしく、ゲームに向かって銃を構える二人が映し出される。

 片方は背の高いサングラスをかけたカッターシャツの男。もう一人はパンダ柄のパーカーを着た黄色の髪の少女。

 ステージクリアの音声と共に、少女は男の方に自分の持っていた銃を渡すと後ろのベンチに座ってしまい足しか見えなくなってしまった。

 

「で、ここからが……。未来ちゃん?」

 未来はじっと僅かに画面に映る少女の足を見つめる。

 

「あの、どうしたの」

「相沢さん!」

 

「ふぁひ!?」

 

「この動画って、何て検索すれば出るの!?」

 

「え、えと、デッドウェスタン 神技って検索すれば……」

 

「そう!? ありがとう! 相沢さん品川さん! 私、用事があったの思い出したからもう行くね! 動画ありがとう! とっても面白かった!」

 突然跳ね上がるように立った未来はそのまま颯爽と学校を後にした。

 

「ありゃ〜。なーんかこの動画に映ってのかねぇ」

 そう言ってスマホを持ち上げ画面をあちこち傾けながら眺める相沢だが、コレと言って何か特別な所は見当たらない。

 

「……さぁねぇ。さ、私たちも帰るよ」

 

「えっ。せっかくコレからいい所なのに」

 

「駅前のクレープ売り切れても知らないよ」

 

「え〜、それも困るぅ」

 

「恋」

 

「えっ」

 相沢が振り返るとそこには長髪にメガネの少女。

 

「わ、舞ちゃん。いつからそこに」

 

「ずっと居たよ」

 

「え、まじすか」

 

 コクリと舞が頷く。

「え〜、ごめん! 気づかなかった」

 

「いいよ」

 

「ところで舞ちゃん。恋ってどういうこと」

 

「あ、そう言えば」

 

「恋のキューピッド」

 

「「?」」

 

「ゆうこは、恋のキューピッドになった」

 

「ドユコト?」

 

「……あー、なるほどなるほど」

 

「え、美雨ちゃん分かったの!?」

 

「まぁね」

 

「数奇な運命」

 

「本当にねぇ」

 

「え? え? どういうこと!? ねぇ! ねぇってばぁ!?」

 相沢の質問は終始はぐらかされ続けた。

 

 ◇

 

 通学路を学年一の俊足を持って駆け抜ける少女が一人。

「響! 私のお日様。やっと、やっと見つけた。……もう、二度と貴女を離さない……!」

 走る少女の姿はあっという間に小さくなり街の中へ消えた。

 

 

 ◇

 

 ピーヒャラポコポコ

 間の抜けた音と笛の音が響く車道。私たちの乗っていた車は遥か後方で同じ理由で置いていかれた車たちと共に臨時駐車場に所狭しと押し込められている。

 いつもは大きな車道がある以外にこれと言ってめぼしいもののないはずの場所に、今は屋台が所狭しとずらりと並び駅前の寂れた商店街は丸々お祭りの会場となって、年に一度の大盛況だ。どこに隠れていたのか分からないほどの数の人波が広いはずの車道をこちらも所狭しとひしめき合っている。

 

 昨日の約束通りツタヤにDVDを借りに行った私たちは無難に何作か借りる予定だったんだけど、店員の口車に乗せられた賢治さんが新作を5枚借りてしまった。元々想定していた数より多く借りてしまった映画を見るため私はさっさと帰りたかったんだけど、賢治さんが来るときにはなかった祭囃子を聞きつけて急カーブ。

 まだお昼になったばかりの死ぬほど暑い日差しの中、商店街のお祭りを散策することになった。

 

「……暑い」

 大きい八分音符が二つプリントされた白のカットソーにデニムのショートパンツ。朝の天気予報から嫌々ながら軽装でやってきたものの、それでもお祭りの会場はそんな努力など無駄だと言わんばかりに熱気に包まれていて、身体が中からドロドロに溶けてしまいそうなほど暑い。

 ツタヤも賢治さんの車の中もクーラーをガンガンに効かせていたからあまり気にならなかったけど、こうしてお天道様の下に引きずり出されて太陽の力を否が応でも感じさせられる。

 

「響ちゃーん」

 街路樹の下で待っていた私のところにアロハシャツにサングラスをかけた賢治さんが駆け寄ってくる。

 妙にツヤツヤふわふわの髪と目元を隠すサングラス。お祭の会場という特殊環境によっていつにも増して普通の人っぽく見える賢治さんは、暑さに苦しむ私を尻目にお祭りを満喫している様子だった。

 

「はい、これ持ってて」

 駆け寄ってきた賢治さんにそう言って手渡されたのは大きな綿あめ。ついさっき近くの屋台から買ってきたばかりのものらしく、綿あめがほんのり温かい。いや、この炎天下で温かくないものなんて買ったばかりの飲み物と溶けてない氷菓子しか存在しないわけだけど。

 私に棒を握らせた賢治さんは私用に買ってきたような雰囲気を即座にかなぐり捨てて、綿あめを容赦なくむしって自分の口の中に放り込んでいく。

 

「うん。甘くてふわふわ、綿あめとは言い得て妙だね。この摘んだ時に固まった部分のジャリジャリした感じも面白い」

 私の持っている綿あめをえぐりとるように手で掴み取って口に詰めている賢治さん。当然そんな食べ方をしていれば口元にあめが付くのは当たり前だった。

「ちょっと賢治さん」

 

「ん? 何かな」

 口についたあめを全く気にしていない様子の賢治さんが私の持っている綿あめに手を伸ばすけど、手が届かないように遠ざけてズボンのポケットからティッシュを取り出して賢治さんの口を拭う。

 ティッシュは湿ってないせいかゴワゴワとしていて口元のあめも強くこすらないと取れない。

 

「いた、痛いよ響ちゃん」

 

「ならもっと綺麗に食べて。行儀悪い」

 

「お祭りの食べ物っていうのは上品に食べちゃダメだって聞いたんだけど」

 

「限度があるって」

 賢治さんの口を拭ったティッシュで賢治さんの手も拭ってティッシュをゴミ箱に入れ、お手本を見せるように綿あめを小さくちぎって口の中に入れる。

 ムッとするような甘さと口に絡まる感じ、いつか感じたことのある甘さは……、特に何の感慨も受けなかった。

 昔はよく買ってもらってた気がするんだけどなぁ。今食べるとそんなに美味しいと感じない。なんならコーヒーとかで流したいぐらい。

 にこにこと頰を緩ませ私の見せたようにちびちびと綿あめを食べる賢治さんの手前そんなことは言えなかったけど、その様子を見て自分がなんだか悪い意味で大人になってしまったように感じた。

 

 ◇

 

 木陰で綿あめを食べる私たちの横を通り抜けていく人々の中からふわりとソースの香りがただよう。そういえばお祭りの屋台ってなんでソースばっかりなんだろう。そんなことを考えていると

 きゅうぅぅぅ

 

「おや? おやおやぁ」

 

「……何?」

 

「お腹空いた?」

 

「……別に、空いてない」

 

「そう? そっかー」

 賢治さんが面白いものを見るように嗜虐的ににやにやと笑う。

 

「俺はお腹空いたから何か食べると響ちゃんどうする?」

 

「……ッ」

 私は賢治さんの意地悪な質問に食べ終わった綿あめの棒を投げつけることで答えた。

 

 

 ◇

 

 

 駅前の商店街の真ん中あたりにあるよく分からない集会場のような駐車場のような場所。

 今はお祭りの休憩スペースとしてベンチや椅子が設置されているその場所で、私たちはあちこちの屋台から買ってきた食べ物を並べて食べ比べをしていた。

「このたこ焼きは美味しいね」

 

「そうそう失敗するようなものじゃないだろうし」

 8個500円のたこ焼き。銀だこに比べると普通とも思えるけど、銀だこレベルのクオリティかと言われればうーんって感じ。味は悪くない。

 賢治さんは半分食べて満足したらしく残りの半分は私が食べた。

 

 

「イカめしもなかなか」

 

「お祭りでイカめしって何気に私も始めてみた」

 

「へぇー、珍しいんだ」

 

「結構見かけない」

 実は私も始めてのイカめし。イカの煮物ともち米の炊き込みご飯の組み合わせはご飯党の私にとってなかなかに高得点。賢治さんは二つ買って来ていて、私たちは一つずつ食べた。

 

「屋台の焼きそば! のっぺりべったりとした味をアオサと紅ショウガが食べやすくサポートしている」

 

「作り置きだから麺固まっちゃてるけどね」

 

「それもまたお祭り仕様ゆえ仕方ないね」

 一つ300円の焼きそば。作ってから時間が経っているせいかガチガチだけど、気温が高いからか冷えてるようにはあまり感じない。賢治さんの言う通り濃いソース味にアオサの風味と紅ショウガが清涼感を与えて思ったより食べやすい。

 

「うーん。悪いわけじゃないけどやっぱりふらわーのモノと比べるとなぁ」

 

「お店のと比べても仕方ないでしょ」

 

「それもそうかなぁ」

 最後に残ったのは3枚600円のお好み焼き。厚みは足りているけど冷めているのと粉の比率が多いせいかキャベツのシャキシャキ感が乏しい。まぁ、縁日のモノらしいといえばらしいかな。

 賢治さんは一枚食べて私の方に渡したので残った二枚を食べた。

 そう言えば私が食べている姿を見て賢治さんがなんだか変な顔をしていたけど、なんだったんだろう。

 

 ◇

 

「食べた食べた。響ちゃんもなかなか良い食べっぷりだったよ」

 

「……何それ」

 賢治さんが含みのある言い方をするからそう質問すると

 

「いや、俺が響ちゃんに食べ物回すと戻って来なかったし」

 

 ……確かに賢治さんが回した料理は全部食べちゃったけど

「……残しちゃ勿体ないでしょ」

 

 賢治さんが笑う

「俺が食べるから大丈夫と思ってたんだけどねぇ。全部響ちゃんが食べちゃったんだよねぇ」

 結構いっぱい食べるんだなぁって、そんなことを言う賢治さんのデリカシーの無さにイラッとくる。

 

「……」

 

「あ痛、響ちゃん困ると暴力に訴えるのは、あたたたた。ごめんごめん。からかい過ぎた。だからやめてって」

 

 ローキックに耐えかねた賢治さんは走り去り、戻ってくると貢物のように焼き鳥を差し出した。

 物に釣られると思われているようで癪だったけど、焼き鳥に罪は無いので受け取った。

 賢治さんが持ってきた焼き鳥はボンチリと呼ばれる部位らしく、鶏皮のような質感でありながらサクサクと歯切れよく甘辛のタレと相まって悔しいことにお祭りの食べ物の中では一番美味しかった。

 

 ◇

 

 昼食を済ませてお祭りの出店も一通り見終わった私たち。射的の屋台を前に賢治さんがえー、えー、と鳴いている。

 ついさっき賢治さんが射的をやったのだが、当たりはするものの景品が微動だにせず、結局何も取れず落ち込んでいた。

 

「賢治さん、いつまでもそんな唸らないで。みっともない」

 

「えぇ……。だって確かに全弾当てたのに全くと言っていいほど景品が動かないっておかしくないかな!?」

 

 そう抗議する賢治さんだが

「アレはそういうものなの、そんな簡単に取られたら商売にならないよ」

 クレーンゲームの裏技と同じ、約束の場じゃない限り狙った通りになるなんてことそうそうないのだ。

 

「うぅ、縁日という高揚感にのせられたものを狩る巧妙な罠だぁ。お祭り怖い」

 お祭りに燃やす情熱を使い切った様子で木にもたれかかった賢治さん。

 

「くだらいこと言ってないでほら。帰るよ」

 私もお祭りはもそろそろいいかなと思っていた所なので賢治さんの腕をひっぱって元来た道を引き返していく。

 

「……まだ、色々イベントあるけど待ってなくていいのかい?」

 私に引っ張られながら賢治さんが指差すのはイベントの日程が書かれたパネル。二時から一般参加型のライブ。4時に抽選会。6時にお菓子配り。8時に花火。そんな日程で花火には多少興味は湧くけど、今の時間は1時半になったばかり。他のイベントは毛ほどの興味も湧かないから、素直に家に帰っていいと思う。

 

「別に興味ない」

 

「夜になったら花火とか」

 

「今から何時間あると思ってるの。そんなに見る所無いって」

 

「……そっか」

 そう言って黙り込む賢治さん。

 

「……なんでそんなこと聞くの」

 

「うん? まぁ、アレだね。思い出を作ろうってね」

 それは私にとってだろうか賢治さんにとってだろうか、そんな事を考えて花火について再考してみるけど、やっぱり時間がネックになって帰りたいと思ってしまう私。

 

「別に……無理に特別な思い出なんて作らなくていい」

 

「ほんとに?」

 

「うん。このまま6時間ぐらいここでうだうだしてるより、家に帰って映画を見たほうがきっといい思い出になる」

 

「そうかな」

 

「そうなの。別に特別なことじゃなくても、人は案外簡単に幸せになれるんだよ?」

 少なくとも私は賢治さんが居てくれれば……。なんて。

 

「そうなのかな」

 

「そうなの! ほら、ちゃんと歩いて」

 腕を思い切り引っ張って後ろに回って賢治さんの背中を押す。

 賢治さんは仰け反りながら背筋を正して歩き出す。

 

「わ、ごめん」

 

「謝るぐらいなら歩いて」

 

「分かったよ」

 そう言って素直に歩いて行ってしまう賢治さん。なんだか素っ気ない感じ。

 

 駆け寄って賢治さんの手を握る。

「……何勝手に歩いてるの」

 

「勝手にって響ちゃんが」

 

「勝手にどこかに行かないでよ」

 

「……ごめんね。悪かったよ」

 賢治さんが私の頭を撫でる。

 

「頭撫でても許さないから」

 

「うーん。それじゃあ、どうすればいいかな」

 こっちが理不尽を押し付けたのにその通りに引っ込んでしまう賢治さんがちょっと心配になったけど、それ以上にこれはチャンスだと思った。

 いい感じのイベントになりそうな、許す理由になりそうなお店を探しながら手を繋いで歩く。

 水風船? ダメ、もう帰るからいらない。食べ物。論外。クジ引き。録なの出なさそう。それはそれでいいかも知れないけど、賢治さん意地になっていっぱい引きそう。その他におもちゃ屋さんがあるけど、そんな所行ってもね。でも安物でもアクセサリーとかなら……。

 そうこう考えているとぐいっと賢治さんの方に引き寄せられる。ハッとなって前を見ると車が前を通り過ぎている。

「響ちゃん。歩行者天国道終わってるよ」

 

「え? あ」

 最初に屋台を見て回っていた時には感じてなかったけど、商店街はそれほど大きいわけじゃなく、脇目を振りながらも止まらずにどんどん歩いていくうちにいつのまにか商店街の入り口にまで戻ってきてしまったようだった。

 賢治さんの方を見れば、困った顔をしている。

 もう一度商店街に戻ろうか悩んでいる顔だ。

 

「……あー。あー、アイス。そうだアイス買って。それで許してあげるから」

 結局、考えなしに言葉を紡いだ結果、無難というか何のイベント性の無い着地をしてしまって、もっと上手いことが言えなかったのかとちょっと自己嫌悪。

 せっかく偶然作れたチャンスを不意にしてしまった。

 うな垂れる私の頭を賢治さんが懲りずに撫でる。

 すぐに手を離しておっとごめんね。なんて白々しく言うと

「お詫びに後で何か作るよ」

 

「何か作るって?」

 

「それは後のお楽しみってことで」

 立てた人差し指を口に添える賢治さん

「……そういうのは、男の人がやるものじゃないよ」

 

「あ、そうなの?」

 

「そうなの」

 常識に疎いと言い訳をする賢治さんをバッサリと一刀両断していると、そんなやりなれた会話が無性におかしくて笑いがこみ上げる。

 

 賢治さんの言うお詫びが何なのか無性に楽しみで仕方がない。きっと私が想像しているよりも無駄に豪勢なものを作ってくれることだろう。賢治さんのフォローは上手くないけど、私のためを思ってくれてること、頑張ってることが感じられてとても好きだ。

 

 うっかり離してしまった手をもう一度繋ぐ。相変わらず賢治さんの腕は冷えていて、変な意味で日差しに負けない身体が面白い。

 賢治さんの手の冷たさを感じながら歩く。道行く人は多く、太陽の光は強く、でも私の心はなんだかもっと熱くて身体の中からドロドロに溶けてしまいそうだった。

 きっとこんな炎天下にさらされた車の中ですら今の私にとってはそよ風のように感じられることだろう。

「ほら、賢治さんじゃないと車動かせないんだから、車に着いたらすぐクーラー付けて」

 

「ははっ、了解」

 熱く火照った身体を冷ますため私は賢治さんの手を引っ張って足早に商店街を後にした。

 

 

 ◇

 

 

 ぶっすー

 とまぁ、いい感じの気分で家に帰ったというのになんで私は映画を一人で見ているんだろう。

 約束通り買ったバニラアイスはろくに手をつけられないままガラスのお椀の中で湖と化していた。

 借りた映画はいよいよ恐竜が脱走し盛り上がり始めた所にも関わらず、画面が暗転する際に一瞬見えた自分の顔は随分とむくれていた。

 帰りにコンビニで買ったボックス型の大きなバニラアイスを携え意気揚々と帰ってきたというのに肝心の賢治さんはちょっとだけ用事を済ませてくると言って地下に行ったっきり。

 気分が良かった私はそれを許した私も悪いんだけど。

「……遅いよ」

 映画を見始めて1時間あまり。遮音性の高い地下からはなんの音も聞こえず、賢治さんが階段を登ってくる様子もない。階段の様子が気になって映画にも集中できない。

 映画では脱走した恐竜たちが人を襲い始め人が翼竜に宙に連れ去られているところで、画面から悲鳴がこだましているが、これっぽっちも心が揺るがない。

 いや、揺らいではいるんだけど映画に関心はない。

 ……ちょっとだけ地下に行って様子を見に行こう。もしも寝ていたり仕事をしていたら一発ぶん殴ってやろう。そう思ってDVDを停止させてリビングを出る。どうせ聞こえないだろうけどわざと大きな足音を立てて廊下を闊歩して地下階段のドアを勢いよく開けた。

 

「……。待たせたかな?」

 

 ドアの向こう、階段の下を覗くとちょうど賢治さんが上に向かって登ってきていた所だった。いつになく気の利いたことを言った賢治さんの手に握られていたのは中の見えない小さなケース。

 

「……とりあえずリビングに行こうか」

 

「……うん」

 階段上を私が占拠しているため上に上がれない賢治さんがそう私を促して、出鼻をくじかれた私はすごすごとリビングへと戻った。

 

 ◇

 

「それで、これ何?」

 私が指差したのはテーブルの上に置かれた賢治さんが持ってきた小さなケース。

 ふふふ、と賢治さんがにこにこと笑ってなんだろーねーとはぐらかす。

 ちょっと私がムッとした気分になると、すぐにそれに気づいたのか、賢治さんはテーブルに置かれたケースをうやうやしく手に取って私に差し出した。

 

「はい。プレゼント」

 

「……プレゼント」

 

「そう、プレゼント」

 そう言って戸惑う私にケースを握らせると「開けてみて」と賢治さんが催促する。

 

 乞われるままにケースを開けてみると中に入っていたのは一対の髪留め。

 鮮やかな赤色にりんごのうさぎのような切れ込みの浅いV字の髪留めが2つ入っていた。

 手に取ってよく見れば、見れば見る程よくできていて、どうやら金属製らしく触るとひんやりとしていて赤色の発色もよく手触りも良い。

「……これ作ったの?」

 

「そうだけど……。どうかな」

 

「綺麗だけど……。なんで急に」

 

「昔の上司に見せて貰った映画だと、お祭りに行くと大抵男の子が女の子にプレゼントをするのがお決まりだったから」

 ……なんか身もふたもない。正直なのはいいことなんだけど、馬鹿正直に映画を参考にするのはちょっと頂けない。

 

「なら、お祭りの会場で買えば良かったんじゃないの?」

 

「最初はそう思ったんだけど」

 

「けど?」

 

「お祭りで売っている奴より自分で作った奴の方が出来がいいことに気づいたからね。やっぱり手作りできるなら手作りの方がいいかなって」

 そう言い切ってどうだ凄いだろうと自信満々の表情を浮かべる。

 

 うわぁ。

 

 自信に満ち溢れた顔でそう断言する賢治さんにはドラマの妙味は一生分からないんじゃないかと思ってしまう。

 思いつきのまま実力に任せて行動してしまっている。その結果がこの髪留めなんだろうけど、なんというか恋愛ドラマの噛ませのぼっちゃんみたいな匂いがする。なまじ実力がある分タチが悪い。

 

「賢治さんはとりあえずその上司の人と恋愛映画に謝るべきだと思う」

 

「なんで!?」

 

「風情とか雰囲気とかを全く考慮してないから」

 賢治さんはそう言うとポカンとした様子をすると、しばらく考えると合点がいった様子でポンと手を叩くと私の持っているケースにスッと手を伸ばしてきた。

 

「……何?」

 

「もっといい感じでやり直しをしたいなぁ。なんて」

 ダメ? と聞いてくる賢治さんだが当然ダメに決まっている。タネの割れたサプライズなんて寒いだけだ。

 

「手遅れだから諦めて」

 

「そんなぁ」

 がっくりうな垂れる賢治さん。仕方がないのでケースから取り出した髪留めを賢治さんに見せる

 

「何だい」

 

「これ持ってて」

 そう言ってV字の髪留めを賢治さんに渡して、いつもの髪留めを取る。

 はらりと広がった前髪がくすぐったい。

 

「付けて」

 キョトンとする賢治さん。

 それぐらい映画でやっているものだと思うんだけど、どうにもこの人は情緒に疎い。

 

「その髪留めを付けてって言ってるの」

 そう言われてようやく理解したと言った風で、先までの自信に満ち溢れた表情はくしゃりと崩しておずおずと手を伸ばす。

 

「いいのかい」

 そう念押しする賢治さんが煩わしい。

 

「良いから付けてって言ってるの」

 私がそう言うと決意が固まったのか私の額に掛かった髪をすいと右に寄せて髪留めを付ける。次いで左も。駄々をこねた時間よりも早く髪留めは私の髪に付けられた。

 

「……どうかな」

 いつもの髪留めじゃないのが少しだけ心配で聞く声が小さくなってしまった。

 賢治さんはそんな様子の私を見て、今まで見たことの無い恥ずかしげな表情を浮かべた。

「……可愛いよ」

 ふいっとそっぽを向きながら短く言った台詞は随分とキザったらしい言葉だったけど、不思議と悪いとは思わなかった。

 

「あ、そう」

 私の返事も短絡で、私の方もなんだか賢治さんの方を見れなくなった。横を向いた賢治さんの顔は真っ赤でからかおうかとも思ったけど、ふと自分の顔に手を当てれば自分の顔も熱くなっていた。

 なんだか気まずくてテーブルを立つとカクカクとした動きで台所へ向かう。

 

「……アイス、食べる? 溶けちゃったから新しいの出さないといけないけど」

 そうやって無難な話題を切り出して賢治さんに顔を見られないようにスプーンと新しいお椀を取り出す。

 

「そうだね。映画も最初から観ていいかな」

 賢治さんも私が立った後に立ち上がり、そう言ってリビングのソファの方へ行ってリモコンを弄り始める。

 

「いいんじゃない。私は別に構わないし」

 

「じゃあ、最初からね」

 

「うん」

 用意が整って二人並んでソファに座る。言葉は無い。何を言っていいか分からない。

 話題作りのためにもさっき流し観た映画の冒頭に集中する。ネタバレを言うのもいいかもしれない。

 時間を見ればまだ3時半にもなってない。時間はいっぱいある。

 まぁ、とりあえずは映画観よう。話はそれからしよう。

 そう決めて、私はアイスにスプーンを突き刺した。

 




小日向未来
陸上部のエース。学校一脚が速い。戦闘力 393>グレビッキー
立花響は俺の嫁。
*意味深な登場をしたけど響とエンカウントすることは無い。Gまで出番無し。

相沢、品川、舞
某漫画のキャラに似た賑やかし。もう出ることは無い。

デッドウェスタン
北米を舞台にしたカウボーイがゾンビとドンパチするシューティングゲーム。

グレビッキーの髪留め
鮮やかな赤色のりんごのうさぎのような切れ込みの浅いV字の髪留め
ビクティニの頭のV字をもっと鋭角にしたものと言った感じ。



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氷菓の城

UA1万ありがとうございます!

これにて一応、無印本編前の話は終わりとなります。
次回から原作編が始まるわけですが、しばらく甘味を欠くことになるので甘くしようとしたんですが上手くできましたかね(定型文)



 吐く息は白く、コートにマフラー、ストッキングが必須になってきた時期。

 学校の帰りに私はいつものように家の前へ続く大通りを外れて小さな公園の近くを歩く。

 

 夏休みから早数ヶ月が経ち、家や私に対する嫌がらせはぱったり止んだ。私の件についてテレビが騒いで家の周りが更に騒がしくなった時期があったけど、それもしばらくすれば無くなり、私は家に戻った。

 

 古い家の多い住宅地へ入る。住宅地に立ち並ぶ家はどれも大きめであまり言いたく無いけど、どれもうちよりも大きい。大きい家に囲まれて迷路のようになっている住宅地だけど、立っている家がどれもこれも個性豊かなお陰で迷うことはない。

 その中では比較的目立たない方の賢治さんの家。庭付きの一軒家なんだけど、庭に植えられた樹木たちが主人が手を出さないことをいいことに好き勝手に育ち、小さな森のようになっている。そんな賢治さんの家の玄関に立つと私はコートのポケットから合鍵を取り出して鍵を開けて中に入った。

 

「賢治さん?」

 

 そう名前を呼びながら家に入るけど、一階の中は暗く返事は無い。

 

「……またか」

 リビングを覗くとそこはしんと静まり返っていて、家具は吹き込んだ寒気を噛み締めて暇を持て余し、時計だけがチクタクと勤勉に働いていた。

 賢治さんは基本的に地下で生活しているため時間を忘れがちだ。数日に一回はこうして私が来る時間になっても大抵一階に居ない。

 私が居なくなってから、賢治さんの生活リズムは日に日に崩壊している。

 正確には元々崩壊していたリズムに戻ってしまっている。だけど。

 

「仕方ない」

 私はほーっと冷たくなった手に息を吹きかけて温めながらマフラーとコートをソファに投げて、電気をつけて微睡む部屋を叩き起こすと、勝手知ったる他人の家。何十回と繰り返したいつもの動きでテキパキと準備を始める。

 キッチンの下の収納からやかんを取り出して水を入れてコンロに乗せる。後は湯沸かし機能に任せて食器棚からマグカップとソーサーを二つずつ取り出すと、オープンキッチンのカウンターに無造作に並べられた箱から取り出した二つのティーバックを中に入れてからトレーに乗せてワークトップに置いておく。

 準備を済ませたら、キッチンを離れていつものように地下へと向かう。門限までの時間があまりないからできるだけ迅速に。小走りで階段を下り地下の工場を走り抜けて奥のラボのドアを開ける。

 

 

 今日は運がいい。いつもラボの作業場でよく分からない部品を作っているか、その部品を使ったよく分からない発明品を作っている賢治さんが、今日はラボの部屋で仮眠を取っていた。

 ラボの中にいる賢治さんは普段の10倍ぐらい耳が遠くなるし、私服のまま作業場の中まで入るのは気が引けた。その点、仮眠中なら起こすだけでいいから簡単だ。

 寝顔を見たいという気持ちもあったけど、お湯が沸く前に賢治さんを一階に連れて行くために部屋の中に何故かあるタンバリンを賢治さんの耳元でジャンジャン鳴らす。

 

 眠りの浅い賢治さんはまるでタヌキ寝入りでもしていたかのようにスッと起きた。

「ごめん、また時間見るの忘れてた」

 

「目覚ましは?」

 

「彼か……。彼は……」

 くっ、と悔しげに口元を噛み、まるで戦友を無くしたかの様に振舞っているが、ただ単に何処かにやってしまったのだろう。もしかしたら戦友の手によって解剖された後かもしれない。

 

 当たり前だけど、こんな問答に大した意味なんて無いからすぐに賢治さんの手を取って歩き出す。

 賢治さんもいつものことなので私に何も言わずに付いてくる。

 

 一階に戻ると頃合いだったらしくやかんから湯気が吹き出していた。

 賢治さんをテーブルの椅子に座らせてマグカップにお湯を注ぐ。

 カップの中が赤茶色に色づき二つのカップにお湯を注ぐとソーサーを上にかぶせて持っていく。

 

 トレーに乗せたカップを二つテーブルに移すと、賢治さんが持っていった紅茶をすぐに飲もうとしたので、その手をはたき落とした。

 

「1分待つの」

 

「ごめん」

 そう言って行儀よく待つ賢治さんを私は頬杖をついて眺める。

 目の隈は相変わらずだけど、髪はある程度に気にするようになったようで今日も髪は纏りながらふわりと広がっている。

キリリとした顔で真面目にソーサーにを眺めていた賢治さんが私の視線に気づいてこっちを向くと、凛々しかった顔はへにゃりと弛緩しいつもの笑みを浮かべた。

 

「響ちゃん。今日は歌の練習?」

 

「そうなるかな。声楽の方が楽だから」

賢治さんがムッとする。音楽には一家言あるそうだ。

 

「人の声は奥が深いんだよ?」

 

「でも2ヶ月で楽器弾けるようにするのは無理あるでしょ」

 

「まぁね」

 

 リディアン音楽院に進学することを決めた私は音楽の勉強を始めた。だけどどうにも教材が足りなかった。今更中学の部活に入るのも無理だし、どうしようかと考えていたら都合の良いことに賢治さんが勉強を見てくれることになった。

 賢治さんの居た二課にはツヴァイウィングの二人が居たからその関係かと思っていたら、なんと賢治さんのご両親は世界的に有名なオーケストラの奏者だったらしい。その関係で昔から音楽関係にはある程度詳しいそうだ。

 ただ賢治さんにいつものにこにこした笑顔で「俺の両親より響ちゃんのお母さんの方が会った回数が多いかもしれない」なんて言われた日はどんな顔をすればいいか分からなくて困ってしまった。

 賢治さんはただの笑い話だと言っていたけれど私には笑えなかった。

 

 もっと明るい他愛ない話をしているとあっという間に1分が経過していたらしく、話しを無理やり切って賢治さんはソーサーを退けてカップを回した。

 

「いい香り、うちのティーバックでこんな香りが出せるなんて」

 

「賢治さんがいつも適当に作ってるだけだよ」

 

「違いない」

 そうクスクスと笑いながら紅茶を飲む賢治さん。

 

 私もソーサーを退けて紅茶を飲む。強い香りにはっきりと感じられる甘み。ティーパックで作った紅茶にしてはいい出来だと思う。

 

「それじゃあ、これ飲み終わったら下に行こうか」

 私の練習はいつも地下でやっている。反響はあんまりしないけど今までのことで証明された防音能力でどれだけ歌を歌っても大丈夫な場所だ。

 

「うん」

 

「響ちゃんの声は綺麗なんだから、後は音程ともうちょっと声のトーンを明るくすることを意識しないとね」

 

「それって私が暗いってこと」

 

「違うよ。いつもの響ちゃんの声は好きだけど、歌を歌うならもっと高めの音程の方が歌に合いやすいってだけ。お店の店員さんって意図的に声のトーンを数段上げてるんだけどそれと同じ」

 先生らしいことを言っているつもりの賢治さんは台詞の全部が大真面目だ。お陰で何を言っているのか気付いていない。

 

「……ふーん」

 

 急にそっぽを向いた私を心配するようなそぶりで賢治さんが話しかけてくるけど適当に返事をして紅茶のカップを両手で持ってちびちび飲んだ。さっきより甘い気がした。

 

 ◇

 

「──ー。────ー」

 歌を歌うのは気持ちいい。それは認める。自分でも歌声には少しは自信があったし、やっぱり大声を好きに出せるのはすっきりする。

 

 でも賢治さんの態度が少し不満。先生の役に徹した賢治さんは私の歌を聴きながらも冷静に私の歌について考えている。

 

 それは嬉しいんだけど、あのライブの時に感じた、私や周囲の観客の持っていた熱を賢治さんからちっとも感じられないのがなんだか悔しい。私の歌に魅力が無いみたいに感じる。

 

 その不満を歌にぶつける。

 

 熱く歌う。

 

 自分らしさとか忘れて一心不乱に、高らかに。

 

 私の歌に惹かれてほしい。私の歌に夢中になってほしい。歌という建前に隠して想いを熱く叫ぶ。

 

 

 ◇

 

 

 思いの丈を歌にしているとあっという間に時間は過ぎてそろそろ帰らないといけない時間になった。

 

「あ゛ぁぁぁ」

 うめく私の前に賢治さんが小さい棒アイスを渡してくる。

 

「響ちゃん、お疲れ様。アイスだよ。食べてから帰りな」

 

「……うぅぅ。はい、いただきます」

 顔が熱い。

 賢治さんは歌い過ぎたとでも思っているんだろうけど……。

 ああぁ。シラフで何をやっているんだろう。歌を歌って気分が良くなるといつも際限なく調子に乗って、こんな思いをしているというのに。私の馬鹿。

 

「歌っている時の声と今の声、別人みたいに違うよねぇ」

 呑気にそんなことを言っている賢治さんだけどその言葉も当たらずとも遠からず。歌っている間はなんだか胸があったかくて、重たいものを何もかも忘れていられる、その時の私は今の私より昔の私に近いんだろう。

 

「……賢治さんは歌ってる私の方が好き?」

 少しだけ気になって聞いてみる。

 

「うん? 別に歌ってる方とか料理してる方とかいつもの方とか無しに俺は響ちゃんが好きだよ?」

 

「うぁ……。馬鹿。バカバカバーカ」

 そういう事聞いてるんじゃない。

 

 そんなことも分からず、あっけらかんとそう言ってのける賢治さんの一言に私の心は無性にかき乱されて、嬉しいんだか悔しいんだか怒りたいんだか分からないごちゃ混ぜの心は、私に罰として賢治さんの腕をつねることを命じた。

 

 ◇

 

 風景が足早に流れる。あれから少しだけおしゃべりをして、歩いても門限には間に合うはずの時間でお開きにしたんだけど、賢治さんが送っていくと言って聞かず、結局私が折れて車で家に送ってもらっている。

 

「……毎日ありがとうございます」

 

「別に気にしないでいいよ。俺が好きでやっているだけだから」

 

「……それでも何かお礼がしたいんだけど」

 

「はは、本当に気にしなくて大丈夫なのに。ふむ。そうだな、次の休みウチでいっぱい歌ってくれないかな」

 

「……っ!? 。えと、なんで?」

 

「いやー、ははは、実は響ちゃんの歌のフォニックゲイン数値が結構高くてね。それでひとつ実験をぉぉぉ。いひゃ(痛)いひゃい(痛い)よひひひひゃん(響ちゃん)」

 

「知らない」

 ぐにぃ

 

「いひゃひゃひゃひゃ(いだだだだ)あふないから! (危ないから!)」

 

「知らない!」

 

 そんな感じで、私はまだ賢治さんと一緒にいる。

 とりあえず高校に行くまではこのままがいいと……そう思う。




ほぼ蛇足ですね。
夏休みから突然来年の春になるのもどうかと思いましたので。そのための閑話。
作者自身が甘味充填し始めるとすぐ暴力に逃げてしまうので、あんまりグレビッキーを可愛くしてあげられていないのが心残りだったりします。

それでは次回
戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
第1話 「リスキル」
ご愛顧のほどよろしくお願いします。


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無印 前編
始まりの鼓動


無印編第1話
時系列的には原作開始より数ヶ月前の時間なのですが、まぁ、ビッキーが覚醒するのが無印のスタートラインということで。




 僅かに灯りのついた暗い部屋のようなものの中で小銃を構えた男たちが時を待っている。

 周囲からは車の走る音が響き、部屋自体も時折揺れている。

 縦長の部屋の正面の壁に背を預けた男が身につけた黒のジャケットのポケットから端末を取り出した。

 端末に映し出されたのは一人の男の顔とその所在。

『フィーネの提供する人造聖遺物の製作者。そんな重要人物がこんなセキュリティも何もない家に住んでいるとはな』

 男の話を聞いて周囲の男たちがくつくつと笑う。

 

『この国は安全だと何の確証もなくタカをくくっていられるなんて、随分とお気楽なものだ』

 端末で目的地を確認した男が小銃を撫で回す。

 

『……目的は男の捕獲だ。骨など何本折っても構わない。生きてさえいれば。な』

 

 男たちを乗せ、トラックが走る。

 向かう先にあるのは何の変哲も無いただの街だ。

 

 

 ◇

 

 

 リディアン音楽院高等科の入学前説明会。

 先生たちは広大な学校内を400人あまりの新入生を連れて練り歩くのは非効率と判断したのか、説明会はカリキュラムや学校生活における諸注意、寮生活における決まり等を一通り説明すると、新入生に学校内の詳細な地図を配って解散となった。そのため新入生は学校の中を各自で散策する雰囲気となっていた。

 

 

「やっほ、ビッキー」

 そう言って私に話しかけてくる背の高いショートヘアの子は安藤創世(くりよ)。創世と書いてくりよと読む。キラキラネームもびっくりの名前だと思ったけど、響きはそう悪くないのかも。昔風の名前っぽいと思えば普通な気もする。

 

 というか

「……ビッキー?」

 

「ほら、立花、響。だからビッキー」

 そう私のあだ名を力説する安藤さんだが、私にはいまいちピンと来なかった。

 

「まぁ、そんなに気にしなくてもいいですよ。立花さん。安藤さんの愛称は定着しないことで有名ですから」

 そう言ってきたのは私よりもっと色素の薄い長い金髪が特徴的な寺島詩織さん。ちょっと上品でおっとりとした印象を受ける彼女は中学からのエスカレーター進学かと思ったら、彼女も高校からリディアンに入ったらしい。

 

「私もいるわよ!」

 そうやって二人の後ろから出てきたのは二人より頭一つ分ぐらい小さいツインテールの板場弓美さん。

 3人は入試の時に私が賢治さんに貰った髪留めに板場さんが興味を持って話しかけてくれたのをきっかけに友達になれた。

 

「板場さん」

 そう呼ぶと板場さんはムッとした。

 

「そんな堅っ苦しい呼び方じゃなくていいって。気軽に、弓美って呼んで」

 板場さんに面と向かってそう言われたけど、友達の名前呼びとか随分久しぶりでちょっと恥ずかしい。

「あ、うん。弓美……」

 

「よろしい! 私も響って呼ぶからね!」

 

「……うん」

 思わず頰をかく。やっぱりちょっと照れくさい。

 

 そんなことをしていると寺島さんが私たちの間に入る。

「それでは参りましょうか」

 

「そうだね、とりあえずどこを回ろうか」

 

「それはもちろんアニソン同好会!」

 

「……あるの?」

 

「あるでしょ! 音楽学校にアニソン好きが居ない訳ない! アニメじゃあるまいし、私が初めてな訳がない!」

 私の素朴な疑問は弓美さんに強く否定された。

 

 一人確信する弓美さんを前に、私たちは苦笑いを浮かべる。

「それじゃあ、とりあえず部活巡りってことで」

 

「賛成です」

 

「私もそれでいい」

 

「それじゃあ、善は急げってことでまずは3階から回って行こー!」

 

 そう言って歩き始めた弓美を先頭に私たちは学校巡りを始めた。

 

 

 ◇

 

 

 静かな地下室の奥。かすかにジャズが流れる中、賢治はいつものように複製したは良いものの有用な回路の組み方が未だ解明しきれていない聖遺物の複製品『レリックパーツ』の研究に勤しんでいた。

 その最中に作業場の前の部屋に置かれた目覚まし時計がチリチリと鳴り始める。

 

 賢治が目覚ましを手にとって時間を確認した。

「もうこんな時間か。ふむ、そういえば今日はリディアンの入学説明会だったか」

 何の気なしに白衣のポケットに入ったスマホを取り出す。

 説明会の日程でも調べて、響ちゃんに後で電話でもしようか。そんなことを考えながらスマホからインターネットを立ち上げようとするが、スマホの左上には圏外の文字、wi-fiも繋がらない。

 

「うん? 圏外? おかしいな。今まで電波障害なんてそんなこと無かったのに」

 そう賢治が訝しんでいると、ピンポーンと家のインターホンが鳴った。

 

「……」

 今日は来客なんて無いはず。そして今まで一度としてなかった電波の異常。何か怪しさを感じた賢治は玄関に応答せず、そっとラボから外部カメラの映像を確認する。

 家の周囲には賢治の知る限り知らない会社のトラックが数台、賢治の家を取り囲むように停まっていた。眉をひそめながら映像から目を離さず賢治はパソコンを操作し始める。

 次にやってきた黒塗りの車から何か大きな機材を背負った男が降りてくる。そして次の瞬間、外部カメラと接続された端末がバチリと弾け外部カメラが強制的にシャットダウンされた。刹那の間も置かず今度は作業場の奥に設置された大型PCからビーヨビーヨと警戒音が発せられる。今度は脇目もふらずにPCへと齧り付き賢治は猛烈な勢いで何かを書き始めた。

 

 かすかにジャズが流れる中、その音をかき消すように地下のロボットアームが蠢き始めた。

 

 

 ◇

 

 

 空き教室でぐてーっと頰を机に押し付けてだれている弓美。

 あの後、校内を一周したけど、オーソドックスな文系部活はあれど彼女の求めていたアニソン同好会とやらはどこにも存在していなかった。

 

「うぅ、アニソン同好会どころか漫研も無いなんて……。プランBぃ」

 弓美さんは時々よく分からない言葉を使う。

 

「プランB?」

 

「『そんなのない』って意味」

 

「割と最近できたばかりの学校ですから致し方ない部分もあります」

 そう寺島さんが言ってフォローしているが、10年は新しいに入るのだろうか。

 

「あのツヴァイウィングの翼さんが在籍してる学校なんだよ? アニソン同好会ぐらいあってもいいじゃない」

 そう言ってうがーっと吠える弓美。

 

「ツヴァイウィングとアニメには共通点が無いと思うんだけど」

 ボソリと言った私の声は存外響いたらしく、弓美がビシリと固まる。

 

「ま、ビッキーの言う通りだよね」

 

「確認を怠った板場さんのミスですね」

 

「うぅ、友達が冷たい」

 

「……それなら、そのアニメみたいに自分でアニソン同好会を作れば良いんじゃないの」

 ふとそんな思いつきを口に出す。

 

 そう言った瞬間弓美が目を輝かせてポンと手を叩く。なんだかんだアニメみたいな展開には憧れがあったらしい。

 

「じゃあ、作ったら響は入ってくれる!?」

 弓美さんが予想外の食いつきでそう私に問いかけてくる。

 少し考えて答えを告げる。

「……いや。……ごめん」

 

「なんでー!?」

 

「アニメとか……分からないし」

 

「なら貸すから! 最悪幽霊部員でもいいから! ね?」

 そう言い募る弓美さんの必死さに少し申し訳無く思った。

 

「……幽霊でいいなら入るけど」

 

 おおぉぉと弓美さんが顔を綻ばせる。

「やったー! 部員一人ゲットー! 二人も入ってくれるよね? ね?」

 そうキラキラとした目で二人を見つめる弓美さんの気迫にやられたのか二人も不承不承ながら同好会を作るときに名簿に名前を記載することを了承した。

 

「よっしゃー! これで部員4名! 同好会ぐらい行けるんじゃない!?」

 

「さぁねぇ」

 

「それは先生方に聞いてみないと分かりませんね」

 

「なら今から聞きに行こう!」

 

「それはいいけど……、職員室。どこ?」

 

「あー……」

 3人は一斉におし黙った。

 リディアン音楽院は広大で、高校でありながら学校内に教師の生活スペースが用意されており、職員室は渡された地図に載っていない教員用の棟の中にあるのだ。

 

 つまり、今の私たちでは話を聞きに行くのは不可能という訳だ。もちろんどこかの用務員さんか先生に聞けば場所ぐらい教えてくれるだろうけど、主導者である弓美に前人未到の教員棟に行く度胸は無かったらしく。

 

「……また、今度にしよっか」

 

「うん? いいの? なんなら」

 

「あははー、いいのいいの、正式に入学してからじゃないと先生たちも困るだろうしね!」

 

「そう? ならいいけど」

 

「立花さん、ナイスアイデアでした」

 

「……え、うん。ありがとう」

 

 尻込みした私たちはそのまま学校を出て帰ることにした。

 

 ちなみに学生棟は丘の下に学校とは別に用意されていて、私も3人も入学と同時にそっちに住むことになっている。

 学生棟の入居者には説明会で買った体操着や靴を無料で入居する部屋に運んでもらうサービスがあって、そのおかげで私たちは帰りの荷物に悩まされることなく帰路につくことができた。

 

 ◇

 

 私たちは学校のある丘を下り賢治さんと来た駅に近い商店街へとやってきた。

 

「お昼、どうする?」

 

「そうですねぇ。せっかく来たんですし美味しいものでも食べて帰りたいです」

 

「じゃあじゃあ、私気になってるお店があるん……だ、け、ど?」

 

「どうしたのビッキー?」

 

 安藤さんに言われてハッとなる。前賢治さんと来た時のことを思い出してぼーっとしてしまっていた。

「ううん、なんでもない」

 

 寺島さんが私の見ていたお店の方を見る。

「『ふらわー』? 何のお店ですか?」

 

「……お好み焼き」

 

 私がそういうと弓美が食いついた。

「お好み焼き? ふわー、専門店って初めて見たかも」

 

「美味しいんですか?」

 

「……うん。美味しいよ」

 

 そう私が言うと安藤さんがふらわーの方へと歩いていく。

「じゃあ、ここにしよっか」

 

「賛成ー」

 

「いいですね」

 安藤さんに続いて弓美、寺島さんがふらわーの前に立って私を手招きする。もっとオシャレな場所がいいんじゃないかという私の考えに反してふらわーは人気のようだった。

 

 ◇

 

 

 飲食店の店長さんは総じて物覚えが良いと思う。

 

「あら、この間の」

 ふらわーのおばちゃんは服装がだいぶ変わった私を一瞬で見抜くと、あーれ久しぶりだねぇとあれこれ話しながら私たちを席に案内してくれた。

 

「……どうも」

 

「こんにちわー」

 

「はい、いらっしゃい」

 私たちを席に座らせるとおばちゃんは早速たねの用意をするためキャベツを刻み始める。

 

「さて、何にするかい?」

 おばちゃんはキャベツを手慣れた様子で刻みながら注文を聞いてきた。

 当然メニューも開いていない中でそんなことを聞いても答えられるわけがない。私がそう言うと、おばちゃんがごめんねぇと笑う。

 

「美味しそうな匂いです」

 

「へー、結構種類あるんだ」

 

「電光刑事バンに出てきても違和感無さそう」

 そう各々お店の印象を言っていくが

 

「それは古いってことかい?」

 弓美の言葉の何かが琴線に触れたのかおばちゃんが弓美をギロリと睨む。

 

「ひ、ひえ、そんなことは」

 おばちゃんに睨まれ、弓美は即座に言葉を否定した。

 

 電光刑事バン。そういえばそれは40年前という太古の昔の特撮だった。そんな作品に出そうなどと言われたら確かに古いと言われているように感じても仕方ないだろう。

 ただ、おばちゃんが何故電光刑事バンを知ってそうな様子なのは謎だけど。結構人気の特撮だったのだろうか? 

 

「立花さんのオススメはなんですか?」

 

「……この三種盛りお好み焼き」

 私が指差したのはエビ、イカ、タコの入ったお好み焼き。賢治さんが前頼んだDX海鮮には魚介の量は劣るけど、DX海鮮は一枚1390円と中学生にはなかなか手を出せない金額のため、グレードを落としてみた。

 

「そうですか。それじゃあ私は三種盛りで」

 

「じゃあ私は豚玉」

 

「私は〜、そうね。このイカ玉を注文するわ」

 

「じゃあ、私も三種盛りで」

 

「分かったよ。豚玉に三種2枚にイカ玉ね。順番は適当になっちゃうからケンカはしないんだよ」

 

「はーい」

 

 そう言っておばちゃんはテキパキとお好み焼きを焼き始める。

 一度に何枚も焼くことはせず、一枚ずつ油を鉄板に敷き、作りたてのタネを落としてコテで形を整えながら焼いていく。生地が軽く焼けると隣に卵を落とし荒く解きながら卵の上に生地をのせてしっかりと焼き色がつくまで焼く。

 素晴らしい手際の良さで飽きずに見ている間に一枚目が完成した。

 

「はい、豚玉ね」

 

「ありがとうございます」

 安藤さんが豚玉を受け取って一足先に食べ始める。

 

「うん、これは美味しいね! 家で作る奴より厚みがあるのにふわふわだ」

 

「そりゃそうさ。そんな簡単に作られちゃたまらないよ」

 そう笑いながら話しつつも、おばちゃんの手は止まらない。

 

 ◇

 

「そういえば、前来た時に一緒にいたサングラスのお兄さんはどうしたんだい?」

 おばちゃんの一言ににわかに席が沸き立つ。

 

「えぇ! それってどういうことですか!?」

 

「ビッキー彼氏居たの」

 そう問いかけてくる安藤さんに手を振って否定する。

 

「い、居ないって!」

 

「あら違うのかい? あの時」

「ダメ! ダメ!」

 

「ちょっと気になるじゃない。話しなさいよ」

 

「せっかくお友達になったのですから恋バナの一つでも」

 

「恋バナなんかじゃないから!」

 

「そうなのかい? おばちゃんはてっきり」

「おばちゃんは黙ってて!」

 

 私がそう言うとおばちゃんはわははっと笑うと

「私ゃ、お兄さんかと思ったって言おうとしたのに、なーんでそんなに否定するんかねぇ」

 おばちゃんが面白がるようににやにやとした顔を浮かべる。

 カァっと顔が熱くなるのを感じる。

 箸を握る手に力が篭り、全身が縮こまる。

 

「お兄さん! 年の差!」

 

「大好きなお兄さんと二人で?」

 

「ナイスです!」

 

「……ッ! うるさい! いいから食べて!」

 

 そのあともやんややんやと騒ぐ3人に色々と聞かれた私はぼちぼちオブラートに包みつつも、賢治さんの話をみんなに根掘り葉掘り言わされた。

 

 ◇

 

「あ、そろそろ電車来ちゃう」

 

「あら。そうみたいですね」

 そう言って寺島さんと安藤さんが立ち上がる。

 

「それではお二人とも今度は学校でですね」

 

「クラスおんなじだといいね」

 

「そうね」

 

「……うん」

 淡白な私の返事にも二人は笑って聞いて、一足先に帰っていった。

 

 弓美は追加で注文したチーズもんじゃをちびちびと食べながらおばちゃんと話をしている。

「かー、にしても家出先でカッコいいお兄さんに出会うなんて。ロマンチックよねぇ」

 

「あら、そうかい? 私は不用心だと思うけどねぇ」

 

「もー、おばちゃんはロマンを理解してないんだから」

 

「私だってロマンぐらい分かるさ。韓流ドラマはいっぱい観てるからね。でもそれとこれとは話が別さね」

 

「まぁ、そうかもしれないけどさぁ」

 

 

 二人の話を適当に聞きながらこれからの事を考える。出された宿題はどうしようかとか、歌の練習はした方がいいのかとか。

 

 

 色々考えていると弓美が話かけてきた。

 弓美の手元にあったもんじゃはもう食べ終わって無くなっていた。

 

「そろそろ私たちも行かないと電車に乗れなくなるわよ」

 そう言われて時計を見ると電車が出る20分前。駅はここから歩いて10分ぐらいの所にある。

 

「そうだね」

 そう言って席を立とうとする私たちの前に二つのビニール袋が差し出された。

 

「あら、もう帰るのかい。ならこれ持って行きな」

 そう言っておばちゃんに渡されたビニール袋の中に入っていたのはお好み焼きの入ったプラスチックのパック

 

「こっちはイカ玉。で、こっちはエビ玉と豚玉ね」

 

 弓美が頰を膨らませる。

「なんで響は二枚で、私は一枚なの。不公平じゃない」

 

「野暮な事聞くんじゃないの。お兄さんによろしく言っといて」

 

 おばちゃんの一言になぜか弓美が納得する

「あ、なーるほど」

 

「……何」

 弓美が私の方を見て口に手を当ててにししと笑った。

 

「一人で食べちゃダメだからね」

 

「食べないし」

 

「そうだよ、ちゃんと二人で食べなきゃ、おばちゃんもう次からおまけしてあげないから」

 

 私は二人に未だに賢治さんのことでからかわれていることに気づいた。

 

「……ふん」

 気分が悪くなった私は二人を無視してお店を出た。

 

「あら、すねちゃった。ごめんね! 今度もおまけしてあげるからまた来なさいな!」

 

「ちょ、ちょっと、響! 待ちなさいよ!」

 そう言って私に追いすがって、いやー調子に乗ってとかほんとごめんとか言って謝る弓美だけど、ちょっと本気で腹の立っていた私は、弓美にもう二度とからかわないでと釘を刺した上で許してあげた。

 




グレビッキーのメンタルが回復しすぎてうっかりビッキーになってしまいそうになるシンフォギア。
それは喜ばしいことなんですけどねぇ…。

次回予告
響のお好み焼きを賭けて激突する賢治、ノイズ、アンクルサム部隊。
次々とノイズとアンクルサム部隊が倒れる中、この不毛な争いを止めるため、ついにあの男が立ち上がる。
戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
第2話「OTONAは人類にて最強」



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聞こえぬ鼓動

誤字報告ありがとうございました。たぶん指摘されてなかったら永遠にそのままだったと思います。
誤字報告って感想以外で出来たんですね。ハーメルンは知らない機能がまだまだありそうです。



 私は浮かれていた。なんだか心が軽くて仕方がなかった。

 友達もできて、ふらわーのおばちゃんからお土産を貰えて賢治さんの家に行く理由ができた。

 今日のこれからの予定はもう決まったようなもので、友達といるのも楽しかったけど、これからも楽しみで仕方がなかった。

 

 ふと思い出すのは遠い幸せとつい昨日の嫌な記憶。それらは忘れていないのに今の私は妙に幸せで、その事がなんだかおかしくてクスクスと笑いがこぼれた。

 

 ◇

 

 友達やおばちゃんに散々からかわれて、ほんの数十分前まで顔も見たくなくなってしまったはずなのに。賢治さんのことを思い出したらにやにやが止まらなくて手で頰を抑える。顔は火傷しそうなぐらい熱くてきっと真っ赤だ。けど他の人たちの顔も一様に赤い。それだけ今日は寒いのだ。そのままにしてもきっと誰にも気付かれないだろう。でも万が一があるからマフラーで口元を隠しておく。

 

 電車を降りると走らないように気をつけて歩き出す。でも、どういうわけかどんどん人を追い抜いてしまっている。次々と人を追い越していって、最後には先頭を歩いていた。理由を歩きながら考えるけれど、あまりいい考えが思い浮かばず、結局寒いから他の人の足が鈍っている分相対的に私の歩くスピードが早く感じるんだろう。うん。そう思ってどんどん歩く。

 

 改札を抜けて外へと続く下り階段に着くころには一緒に降りた人たちはずっと後ろに居たけど、その時にはもう他の人なんて気にしていなかった。

 

 駅のホームを降りるとそこからはまるでホイップクリームを塗りたくったかのように何もかもが真っ白だった。

 駅の横の自転車置き場の忘れ去られた自転車たちは雪に埋もれて無数の小さなかまくらを作っていて、反対側の空き地には子供達の作った大きなかまくらがあった。空き地の隅の踏まれていない場所には当たり前のように大の字の跡もある。

 空き地にいる子供達はみんなコートを羽織っていたけれど、私のようにマフラーまでしている子は少数派のようだった。遊ぶには邪魔になるからだろうか? 

 吐く息は白く、私の前を走っていった真っ赤なコートの子がほぅほぅと息を溜めて吐き出して遊んでいる。

 雪はぼんぼん降ってきていて、メガネのおじさんが鬱陶しそうに頭に乗った雪を乱暴に払っている。

 舞い落ちる雪たちは人の気も知らないで子供達と一緒に楽しそうに踊って、無差別に人にちょっかいを出していて、足元の雪は踏まれる度にぎゅぷぎゅぷと楽しげに声を上げていた。

 

 スマホで時間を確認すれば、ちょうど4時になったところだった。いつもの学校の終わりと同じぐらいの時間だ。あまり賢治さんの所におじゃまできないけど、その事は気にしないことにする。

 

 おやつにしてはふらわーのおばちゃんのくれたお好み焼きはちょっと重いし、時間も遅かったけど、どうせ夜ご飯をろくに食べない賢治さんのことだ。健康のためにもこのお好み焼きを持って行ってあげた方が良いだろう。土産話は友達の話がいいだろうか。

 これからの予定を考えて歩き出す私の足は足首まで埋まるほどの雪の中とは思えないほど軽かった。

 

 

 ◇

 

 

 リディアン音楽院の下、特異災害対策機動部二課の本部にアラートが鳴り響く。

 

「ノイズが発生しました!」

 藤尭朔也の声をきっかけに司令部内がざわめく。

 

「位置は!」

 

「特定中です!」

 

 そう言われながらも着々と狭められていくノイズの発生位置に弦十郎は既視感を覚えた。

「ここは」

 

「どうしたんですか司令」

 

「いや、なんでもない。現場に奏を向かわせろ! 翼を待っている時間も惜しい!」

 

 絞り込まれていく範囲の中央には顔を知る青年の家があった。

 

 

 ◇

 

 

 

 ……燃えていた。

 

 パチパチと木が爆ぜ、塀は赤熱し、家は巨大な焚き火のように燃え上がり黒煙をあちこちから吐き出していた。

 

 私の目の前で賢治さんの家は何もかも燃えてただの黒いシミになろうとしていた。

 

 庭にあったはずの小さな森は紅蓮に巻かれて木炭の山になっていて、家を囲んだ塀も家の壁もそこら中穴ぼこだらけでべこべこの穴あきチーズのようになっている。

 昔近づき過ぎて怒られたキャンプファイアーの熱の100倍の熱さと、雪を背中に突っ込まれた時の100倍の悪寒が同時に私を蝕んだ。

 

 胸の鼓動が加減も知らずに際限なく早くなって、心臓が別の生き物になったみたいに胸の中でのたうちまわる。

 

 息は荒く、うなじから冷たいナイフを頭に突っ込まれたような怖気が全身を駆け巡る。恐怖のあまり、居ても立っても居られなくて意味もなく目が彷徨う。

 ただひたすら気持ち悪い。

 

 混乱が、混沌が私の中を這い回る。

 

 

 ボッ

 

 苦しさに悶える私の前で突然賢治さんの家の庭が吹き飛んだ。

 塀が私もろとも障子紙のように軽々と吹き飛び、舞った炭が雪を黒く染め、巻き上げられた瓦礫がガシャガシャと地面に落ちて砕けて散った。

 

 そして、いつかの地獄と同じように庭に空いた大穴から、おたまじゃくしの様なノイズが無数に這い出してきた。

 

 ◇

 

「高濃度のエネルギー反応!」

 

「位置は!」

 

「ノイズの発生地点付近です!」

 画面上に映し出された2つのノイズの群れが集中している地点のうち片方の点が突如、一斉に消えた。

 

「ノイズ消滅しました!」

 驚きと共に報告が伝えられる。

 シンフォギアか完全聖遺物以外でノイズを撃破できる装備は日本では見つかっていないからだ。

 

「ぬぅ。何が起こっているんだ。了子くんが居てくれれば、まだ何か分かろうものを……。奏はまだなのか!」

 

 弦十郎の問いに友里あおいが無情な現実を持って答える。

「まだ10分はかかる見込みです!」

 

「くっ、ヘリがダメになっても構わない! 全速力で向かえと伝えろ!」

 

 自分たちの知らぬ間に状況の動く現場を前に司令部の面々は歯噛みした。

 

 ◇

 

 ズルズルと地下の穴からオタマジャクシ型のノイズが這い出たかと思えば爆炎を物ともせず二足歩行のノイズが賢治さんの家から現れた。

 その数は両手で数えられる数をはるかにに超えていて、あっという間に賢治さんの家だった瓦礫を埋め尽くした。

 

 

 ……また。

 

 また、お前らか。

 

 またお前らが私から奪うのか。

 

 私の大切なモノを! 全部! 全部! 全部全部全部全部全部全部全部全部!!! 

 

「……あ、あぁぁぁぁ……」

 

 思い出すのは遠い幸せ。

 いつかの友達と交わした幾万の言葉。

 

 いつか教えて貰ったおまじない。

 

 それらはもはや傷跡の向こうに消えた。

 

 

 思い出すの昨日の記憶。

 

 人の悪意に晒され、大切なモノが全て自分の手から零れ落ちた記憶。

 

 それらはようやく癒えたはずだったのに! 

 

「……ふざけるな」

 思い出すのは今だったはずの思い出。

 

 ただの変人が大切な人になった思い出。

 凍えた心を温めてくれた身体の冷たいあの人との思い出。

 

 ……もう、二度と会えない。あの人との……。

 

 

 拳を握る。爪が肌に食い込んで血が流れる。それでもなお一層強く拳を握る。

 

「巫山戯るな!!」

 

 なんでこんな事がまかり通る。私は何も悪いことなんてしてこなかったのに! なんの因果があって私をこんな目に遭わせる! 

 

 あぁ、そうだ。私をこんな目に遭わせている奴らの名前は知っている。

 そいつらは運命とか神さまとか言う無駄に大きな名前をしていて、人を救ったりするはずなのに私からは大切なモノばかり奪っていく。

 いや、もっとタチが悪い。アイツらは私にちょっとだけ手に取らせて、羨ましがらせて、そうしてその後に全てを奪って二度と返してくれないのだ。

 

 ほっておいて欲しかった。あるいは死んで欲しかった。

 

 出来るものなら殺してやりたかった。

 

 どこぞの誰かに構って、二度と私の方を見ないで欲しかった。二度と私に構えないようにその息の根を止めてしまいたかった。

 

 ズクンと胸の内が疼く。

 

 心臓が私に歌えと囁く。歌えば奴らを倒せると私の中でのたうち叫ぶ。

 

「……ふざけるな」

 大切なあの人に褒めてもらった。歌を歌えば鈍感なあの人からいくらでも賛辞を引き出せた。私はそのために歌ってきた。

 

 他人に聞かせるぐらいはいい。

 

 でも

 

「アイツらに聞かせる歌なんて……ないんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 胸の疼きが歌なんてなくたって奴らを殺すぐらい造作もないと私に伝える。

 

 上等。

 

 混沌は恐怖へ純化し、恐怖は悲しみへと変化し、悲しみは怒りへと終息した。

 己の髪をすき、顔を掻き、地を毟り、血が滲むほど握り締められた拳はどうすればいい。

 

 敵は目前。止めるモノはもう居ない。居なくなってしまった。

 

 ならばその拳を振り下ろすだけ。

 

 熱された火薬はひとりでに炸裂し放たれた弾丸は二度と元には戻らない。もはや何もかもを壊して進むだけ。何もかもを貫いていつか止まるまで進むだけ。

 

 ◇

 

 司令部に特大の警告音が鳴り響く。

「超高出力のエネルギー反応を検知! 場所は消失したノイズとは別のノイズの群れの近くです!」

 

「いや、これは!?」

 

 解析結果がスクリーンに表示される。

 

「アウフヴァッヘン波形!? しかもこれは!」

 

「ガングニールだとぉぉぉ!!!」

 

 ◇

 

「……んだよ。ありゃあ」

 ヘリに乗った奏の眼下に見えるのはヘリの飛行する地上数百メートル地点を優に超える黒色の竜巻。それはうねり狂い、ヘリを近づかせない。

 

「これ以上近づかなくていい。後はアタシでなんとかする!」

 そうヘリの操縦士に伝えて奏が飛び降りる。

 

 それと同じタイミングで竜巻が一際大きくうねり弾ける。

 

 シンフォギアを纏い着地した奏の前に居たのは、自身と同種のヘッドギア以外、全てが真っ黒に塗りつぶされた少女の姿。

 その少女の目からは赤い雫が滴り、その目は赤く鈍く光っていた。

 




ガングニール MDモード(エムディーモード)
MDの意味はマストダイ。神様なんか死んじまえ!という意味。
ガングニールの破壊衝動ではなく、自身の破壊衝動からの暴走のため自我は多少残っている。
イグナイトが真っ黒に塗りつぶされたような造形で、ヘッドギアの部分だけが左右のツノが2本ずつになっている以外は通常時の配色となっている。

戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
第3話「見上げればいつも凶星」


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激突と悲しみと

いっぱい感想貰えて、たいへん捗ったので連日投稿です。

感想もらうと本当にモチベ上がるんですねぇ。


 暗く狭い通路を銃を構えながら歩く男が一人。一歩一歩踏み出すごとにゴチャンゴチャンと出来の悪いロボットのような金属同士がぶつかり合う音が響く。

 男の白衣はボロボロで所々穴も空いていた。しかし男はそんなこと気にもしていない様子で黙々と明かりを頼りに暗い通路を歩いている。

 

 シタタ

 何かが走る音が通路に響いた。

 バァン

 直後に男が音のした場所に正確に発砲すると小さな何かが転がる音が響き、静寂が再び訪れる。

「ネズミか」

 そう言って賢治はフルオートにもかかわらず1発しか弾が出なかった銃の状態をチェックした。

 

「これも弾切れか」

 

 ガシャガシャッ! 

 そう言って投げ捨てられた小銃は通路の中を一瞬だけ雑音で支配するとそれきり闇の中に消えた。

 

 賢治は捨てた小銃の出した音など気にも止めず、背中にいくつも吊ってある小銃のうちの1つを手に取ると白衣の袖で銃についた血を拭った。

「弾、いっぱい入ってるといいな」

 そうのんきに剣呑なことを言いながら銃を構えると賢治はまた静寂の支配する脱出口を歩き出した。

 

 ◇

 

 〈君ト云ウ 音奏デ 尽キルマデ〉

 

 黒衣の少女が宙を舞う。

 乱雑に振るわれた腕はそれだけで衝撃波を伴いノイズを蹴散らしていく。

 

「まぼろし、夢、優しい手に包まれ眠りつくような優しい日々も今は」

 なんて威力してやがる。

 少女の一撃に奏は驚いた。

 奏がガングニールの一振りで2〜3体を倒すのがせいぜいなのに対して、響の拳は1発1発が衝撃波を伴い、周囲の物体もろともノイズを吹き飛ばし、数えるのも億劫なほどの数のノイズを一瞬で蹴散らしていた。その一撃一撃は奏がガングニールで放つ技に匹敵していた。

 

「儚く消え、まるで魔法が解かれ」

 新たに街側から湧いてきたノイズに対してガングニールを構える奏だが、間も置かず突貫した響がノイズの群れに入り込んでしまい、響を巻き込むことを嫌った奏は技を繰り出す事が出来ない。

 

 時間切れの前に片付けておきてぇのに。

 リンカー頼りの装者ゆえの時間制限を気にして、そう思っている間に響はまた別の群れへと向かって跳躍した。

 響はノイズが多くいる所へ突撃して雑に蹴散らすとまたすぐに別の群れへと飛んでいってしまう。そのため撃ち漏らしたノイズが残っていることが多く、奏はその処理に追われていた。

 

「すべての日常が、奇跡だと知った」

 残像すら見えかねないほどの速度でノイズを狩っていく黒衣の少女に僅かな憧憬を持ちながらも、そのあまりにも苛烈で粗雑な戦い方に昔の自分を観た奏は、仕方ねぇなぁとどこか親心のようなものを持って、撃ち漏らされたノイズを処理していく。

 

「曇りなき青い空を、見上げて嘆くより」

 奏の歌が朗々と響き渡る中、黙々とノイズを砕いていた響の動きが鈍る。

 その目がギロリと奏を睨むが奏はノイズの相手をしていて響に目が行っていない。

 

 響の中で奏の歌が反芻される。

 響が幽鬼のようにゆらりと奏に対して正対する。

 黒く塗りつぶされた顔からは表情が分からないが、その目はノイズ以外への怒りを湛えていた。

 

「風に、逆らって。輝いた未来へ帰ろう」

 奏の歌がサビへと入ろうとしたその時。

 

 未来なんテどコに有ルッて言ウのサ。

「黙レェェェェェェェ!!!」

 

 響の蹴りが無防備な奏の背に刺さった。

 

「ぎぃ!? がっハ」

 響の全力の蹴りはノイズを消しとばしながら奏を蹴り飛ばし。向かいの家に叩き込んだ。

 家の塀は弾け、家の半分が消し飛んで地面までえぐれて大穴が出来上がる。

 

 訳の分かラない歌で認めたクなイコノ思いを、死ンで終イたクなルコの想いヲ掘り起コソうとスるオマエハ。コンナ想イまでしテ、生キろト言ったアンタさエモ今ハ私ノ邪魔ヲスるのカ。

 

「アンタも……敵なノカァァァァ!!」

 

 ひと蹴りで寄ってきたノイズを吹き飛ばし、響は穴の中心に横たわる奏に飛びかかった。

 

 激突。

 

 その衝撃で家はバラバラに倒壊し、辺り一面が土煙に覆い尽くされた。

 

 ◇

 

 賢治の家からほど近い公園の裏の林の中、そこに隠された脱出口の先で、炭と銃火器が転がる中、賢治がノイズと相対していた。

 

 ダダン、ダダン、ダダン

 ゆったりとした曲調の歌が流れる中、それに見合わない激しい銃声が林にこだまする。

 両手に持たれた銃が火を吹きノイズが炭へと変わる。

「Remember you came in unknown taking the phone,alone from the outer zone」

 

 銃声は断続的に林の中に響きわたり、賢治の背負った黄金の円盤が賢治の口にする歌詞に合わせて発光し、周囲に光の波を放つ。

 

「Seeing you,I realized」

 光の波がほんの一瞬だけノイズの存在を調律し、その存在を通常空間に縫い止めたその瞬間を狙って銃弾が撃ち放たれる。放たれた弾丸は1発も外れることなくノイズを引き裂いていく。

 

 無数のノイズを前に賢治が持ってきた銃は一瞬で撃ち尽くされてしまったが、地面に転がる炭の中に転がっていた銃と弾倉のお陰で賢治は自身の周囲にいるノイズをあらかた片付けることに成功していた。

 

 ◇

 

 賢治のその様子を見て何者かが現れる。

「シンフォギア以外でノイズに対抗する手段が本当にあるなんてなぁ」

 即座に賢治の向けた銃口の先に居たのは肩に紫色のサメの歯のよう突起のついた銀の鎧を纏った少女。その顔は鎧と同じ材質のものと思しきバイザーのついた兜によって隠されている。

 彼女の纏う鎧は2年前のライブ会場の惨劇で行方不明となったネフシュタンの鎧。

 そしてその手に握られているのはY字の中心に紫の発光体を持つ銀色の謎の杖。

 

 賢治が構える銃を見て少女はせせら笑う。

「んなオモチャじゃ傷も付かねぇよぉ」

 

 そう嗜虐的な笑みを浮かべながら言い放ち、少女が賢治に向けて杖を向けた。

 

 刹那

 

 ギャギャギャギャ

 

 放たれた銃弾は全て鎧に阻まれたが少女の顔に動揺が走った。

 

 賢治が反射的に撃った銃弾は少女の無防備な顎部目掛けて走ったが、危険を察知した少女が咄嗟に顔を腕で庇ったことによって銃弾は全て弾かれた。

 

「……テメェ。アタシはフィーネからアンタをとっ捕まえて来いとは言われてるけどよぉ。抵抗すんなら殺してもいいって言われてんだぜ!」

 身体を半身にして鎧で覆われていない部分が見えるのを最小限にしながら少女が銀の杖を構えると、杖の発光部から緑の光線が放たれノイズが賢治を円状に囲うように現れる。

 

 圧倒的な優勢を前に少女の広角が上がる。

「大人しく投降しな。でなけりゃ」

 

 ドォン。ガァン。

 

 手榴弾でも爆発したかのような爆音と共に少女の顔が上に跳ね上がる。少女の額に激痛が走り、彼女は思わず頭を抱えた。

 

 賢治の返事は1発の弾丸だった。

 

「流石にコイツは効くか」

 そう言った賢治が両手で構えているのはSTURM RUGER社製のSUPER RED HAWK。大型のマグナム弾に耐えられるように設計された堅牢な作りの拳銃。

 使用された弾は .454カスール弾を元に賢治が回路形成に失敗したレリックパーツを弾頭に使って生産した 特製.454カスールホットロード弾。

 最強クラスのマグナム弾に更に追加された火薬に加え、弾頭のレリックパーツは通常の徹甲弾を遥かに凌ぐ弾性と強度を保有している。

 その威力は映画やゲーム等で時たま目にする戦車の装甲を貫通して撃破する芸当を容易く可能としていた。

 

 その射程50m圏内なら対物ライフルに勝るとも劣らない威力を持つ半異端技術を利用した兵器はネフシュタンの鎧に傷を付けることに成功していた。

 

 痛みに悶える少女の様子から冷徹に肌の見える部分を撃ち抜けば、倒せると確信した賢治。装甲の無い胸の下を狙おうとするが、少女の杖を握る手に力が入るのを見て危険と判断し、趣味で靴の裏に仕込んでおいていたスプリングを起動させて跳躍。ノイズの包囲を抜け出した。

 

 賢治のいた位置にノイズが殺到し、対象がいないことを確認したノイズがまた停止する。

 あの杖はノイズを召喚できて、しかも操れもするのかと驚く賢治だったが、放たれる少女の怒気に若干たじろいだ。

 

「くそっ! 人が下手に出りゃいい気になりやがって! テメェは殺す! ぶっ殺す!」

 激昂した少女が杖を使ってノイズを次々と召喚し二人の間には無数のノイズが並んだ。

 

「もう謝ったって許してやんねぇからな」

 

 少女の言葉を耳にしながらも自身の意見を賢治は告げる。

「……その杖は凄いな。凄く……怖い」

 

「だったらどうするってんだ!! アタシを殺して奪うとでも言うのかよ!?」

 

 少女がそう憤ると賢治はこっくりと頷いた。

「……そうなるね」

 

 少女はいっそ呆れた様子で賢治の顔を見るとまたもや鼻で笑った。

「ハッ! んなら、やれるもんならやってみなよ!」

 少女が杖をかざすと同時に無数のノイズが賢治に迫る。

 

 その様子を眺めながら賢治はふぅーっと長い息を吐く。

「……この手は使いたくなかったんだけど」

 賢治は胸元からブルーのスティックペンダントを取り出すとそれを握りこむ。

 

『RN式変換回路 起動』

 電子音声が流れ、ペンダントから4枚の羽が展開されると同時に背中の白衣を破って黄金の円盤が現れる。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el baral zizzl」

 

「……はぁ? 絶唱だってぇ? バッカじゃねぇの! それはシンフォギアでなきゃ……ッ!?」

 

 周囲の空気が一変し、歌詞が進むごとに円盤に虹色の光が灯る。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el zizzl」

 

 絶唱が歌い終わる頃には賢治の背面の円盤は林の木々を超えるほどに巨大化していた。

 

「お前」

 

「仕上げを御覧じろってね」

 

 その一言を合図に、円盤から賢治もろとも巻き込んで極大の光線が放たれ、林ごとノイズを焼き払った。

 

 

 ◇

 

「ガァァァ! 死ネ! 死ね! 死ネ! オ前ら全部死ネェェェェ!!」

 もはや敵も味方も関係なく、完全な暴走に入った響が手当たりしだいにモノを破壊していった。

 

 街路樹が殺された。

 

 巻き上げられた瓦礫が殺された。

 

 家に灯る炎が殺された。

 

 当然ノイズなど1秒足りとも生かしては返さなかった。

 

 彼女の怒りの中で殺されなかったのは奏ただ一人。

 

 奏に一撃を加えた後、2発目を叩き込もうとした響は突然苦しみ始めると無差別にモノを破壊し始めた。

 

 いや、無差別じゃねぇ。アイツは自分の邪魔をする奴をぶっ飛ばしてんだ。

 街路樹は自分に影を落としたから、瓦礫は前を塞いだから、炎は自分の前で踊っていたから。そうやって小さい怒りにいちいち当たり散らしているんだ。

 そうでもしなきゃどうしようもないもんへの怒りでどうにかなってしまいそうだから。

 

「死ね! 死ネェェェェ!」

 

 奏には響の声は泣き声にしか聞こえなかった。

 

 

 バダダダダダ

 奏の頭上にヘリが止まる。奏に遅れようやく翼が到着したのだ。

 

「遅れてすまない! 状況は?」

 

「おう、翼。いい所で来てくれた!」

 そう言って奏がシンフォギアを纏ったばかりの翼の肩をバシバシ叩く。

 

「ほぇ、何? 何なの?」

 

 困惑する翼に奏が手を立ててウインクする。

「ちょっと頼まれてくれない?」

 

「え? それは奏の頼みだし、私は断ったりしないけど……」

 

 その言葉を聞くと奏は顔を輝かせる。

「恩にきる! それじゃあアタシはあっちのじゃじゃ馬を泣かしに行くから、翼はノイズの残党をよろしくな!」

 そう言って奏は足早に響の方へ向かっていってしまう。

 

「え、あ、ちょっと! もう奏ってば好き勝手してばかり」

 翼の目が奏の背中を見つめる。

 

「でも、何か考えてのことなんだよね。奏」

 奏を見送り翼はノイズの殲滅に向かった。

 

 ◇

 

 翼に見えない位置で二本めのリンカーを注入し、容器を握りつぶす奏。

「翼はこれ見たら怒るだろうからなぁ」

 奏はたははっと笑うと両手でパシッと自身の頰を叩いて気合を入れた。

 

「やるぞ」

 

 ガングニールを握る腕に力を張り、何もかもに当たる響へガングニールを突き立てる。

 

 突き立てたガングニールの穂先は易々と握られ、奏ごと振り回すと瓦礫の山へと投げ捨てられた。

 

「アんタ」

 

「はー、やっぱそう簡単には行かねぇ、な!」

 ガングニールを構え再度響へと躍りかかる。

 

 ガングニールの攻撃を拳で弾きながら響が叫ぶ。

「オ前ハ敵ナのカ!!」

 

「そうだ! アタシはアンタの敵だ!」

 

「ア゛ア゛ア゛ァァァァァァ」

 

 その言葉を皮切りに2つのガングニールは今度こそ激突した。

 

 

 ◇

 

 

 極光が止むと、そこには焼け焦げた林と僅かに傷を負った少女。そしてボロボロの賢治の姿があった。

 木々を焼き払うほどの熱量の中にありながら賢治が生き残ったのは(ひとえ)に賢治の纏っていた鎧に秘密があった。白衣が焼け落ちた今、賢治の全身を覆う黄金の鎖帷子が露わになっている。

 賢治がラボで米国の傭兵部隊に襲撃される前にストックしていたレリックパーツをロボットアームを利用して急ピッチで編み上げた半異端技術の鎧。単純な硬度だけでなく、物理法則を弛緩させ、ダメージの半分をノイズと同じ要領で無効化する異端技術が賢治を守ったのだ。

 

 しかしそれも役目を果たしたとばかりに光の粒子となって消えてしまった。

 

「かっ、ハ」

 吐血。

 そしてレリックパーツの鎧で身を守っていたと言えど身体へのダメージは甚大だった。精神力をフォニックゲインへと変換するRN式変換回路を使用したこともあって、賢治はもはや精も根も尽き果てる直前だった。

 

 そして彼の前に立つ煤だらけになりながらも健在の鎧の少女。

「は、ハッハー。ちっとは驚いたけどよ。結局、絶唱もどきはもどきでしかねぇ訳だ」

 少女は身体をならして痛む部分がないか確認する。

 

「少しあちこちがヒリつくけどその程度。なんてこたぁねぇなぁ」

 そう意気揚々と話す彼女だったが、そのニヤケ顔は一瞬で驚きへと変わった。

 

 ガァン

 

 胸の中央を鈍器で叩かれたような衝撃が走り、少女の息がつまる。

 

「……目が霞んで見えない。胸の隙間が狙えないか」

 

 賢治はスーパーレッドホークを構えながらのそのそと少女に向かって歩く。

 

 バァン

 

 2発目、賢治の放ったレリックパーツ弾頭弾が少女の額で炸裂した。

 

「ぐっ、この往生際ガッ!?」

 

 バリィン

 

 3発目がバイザーの根元に命中し、バイザーが砕け少女の目が露わになる。

 その目には恐怖がはっきりと見て取れる。

 

「なっ、テメェ本気で」

 

 ガシャァァァン

 

 4発目が炸裂し、遂に兜が砕け散った。それと同時に衝撃で少女が尻餅をつく。

 

「待ッ」

 恐怖から少女が咄嗟に杖を持っていない方の手を伸ばした。

 

 バァン

 伸ばした左手が弾丸に撃たれて捻じ曲がる。

 

「ぐぅぅぅ」

 少女は痛みに杖を落として右手で左腕を抑える。

 

 歩いて来た賢治は遂に少女の目の前に立っていた。じっとりと狙いすまされた照準は少女の額を正確に捉えている。

 

「あ…………」

 少女の口と目が恐怖で限界まで見開かれる。

 

 そして、賢治の指が銃に掛かり……。

「……クリスちゃん?」

 惚けたように賢治が少女の名を口にした。

 

「!?」

 賢治の声に驚いたのか、はたまた好機と見たのか、少女は痛まない右手をふるって賢治の足を殴りつけた。

 油断した賢治はその一撃でふらつき、その反動でスーパーレッドホークは最後の1発を吐き出した。マグナム弾の反動を殺せなかった賢治は強かに頭を地面に打ち付け、地面に大の字になった。

 

「……油断したねぇ」

 空を見上げて一言そう言い残すと賢治はあっけなく力尽きた。

 

 ◇

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 生死の境目から生還したせいか息の荒くなったクリスは怒りのままに倒れる賢治へソロモンの杖を向ける。

 

「ぐっ……。ぬぅ……」

 しかし、そのままノイズを放たず、ソロモンの杖をゆっくりと下ろすと、左手にソロモンの杖を持たせて、動く右腕で力の抜けた賢治の身体を担ぎ上げた。

 

「テメェは楽に殺してやんねぇ」

 そう言うとクリスは賢治を担いだまま姿を消した。

 

 

 ◇

 

 

「ふっ、ダラァ!」

 奏が飛びかかる響をガングニールで受け止めて、投げ技の要領で投げ飛ばす。

 奏のガングニールからは輝きが失われ、限界が近いことが見てとれる。対する響の様子は未だ外に溢れ出るエネルギーは一欠片も衰えず、彼女の周りからは軽いものが次々と吹き飛ばされている。

 

 ……見てくれは確かに変わんねぇ。けど中身はどうだ。

 限界が近く弱っている奏が力を維持している響に対して優勢に立ち回れているのは何故か。

 

「あ、アァァぁぁ」

 響が走り飛びかかる。しかしその攻撃は一手ごとに衰え、もはやその走る姿は長距離走で疲れ果てた子供のようだった。

 

「よっ、こいせ!」

 もはや突進にすらならない体当たりをヒョイと担ぎ上げて投げる。

 転がった響はなんとか立ち上がるが、みなぎるシンフォギアのエネルギーとは裏腹にその精神は疲弊しきっていた。

 

「奏!」

 翼がノイズの残党を片付けて二人の戦場に入る。

 

「ノイズの掃討。ご苦労様」

 

「粗方片付いていたからなんて事はなかった。しかしあの娘はまだ奏に挑むつもりなのか。……奏も疲れているだろう。後は私が」

 

「バッカ」

 奏が翼の額をデコピンで弾く。

 

「あうぅ」

 

「アタシはあの子に生きろって言った。言っちまった。それなのにアフターサービスも無しにほったらかしにしちまった。そんで前と同じように後のことを賢治に任しちまってた。……だから、あの子はアタシが受け止めてやらなきゃならねぇ」

 

「奏」

 

 天羽奏がふらふらと近づく響を抱き止める。

 奏に抱きしめられた響は抵抗して奏の背を引っ掻く。力だけは十全のため引っ掻かれた奏の肩は赤い線と共に血が滲む。

 まるででっかい猫みたいだ

 そんなことを思いながら響を強く抱きしめる。

 

「ごめんな。アタシ、凄い無責任なこと言っちまった。大切なものを無くして生きるってことがとんでもなく辛いってことは、私が一番理解してたはずなのに。本当にごめん」

 

「ア、ァァ」

 暴れていた響は次第に大人しくなり奏にしがみつく。奏は肩に熱い何か流れ落ちるのを感じた。

 

 響の頭を撫でる。

「生きてりゃ、とか死人が、とか言うつもりはねぇよ。そんな言葉、言ってる側の独りよがりでしかねぇからな。……けどな。生きてなきゃその人のことは思い出せねぇんだ。生きてなきゃ幸せを感じることも出来ねぇんだ。だから……生きてくれ。大切なものを少しでも長くその手に握るために、生きてくれ」

 

「ア、アァァァァァ。あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ! うぁぁぁぁぁぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 響の流す涙は熱く。泣き疲れるまでいつまでもいつまでも流れ続けた。

 そして奏も響の涙が止まるまで、いつまでもいつまでも抱きしめ続けた。




RN式変換回路
XDで司令が使っていた奴の改造品。
精神力をフォニックゲインに変換する。常人だと数秒でぶっ倒れるぞ!

絶唱もどき
一台で国が買える値段のフォルツァート増幅回路と人間を消耗品にして放つ絶唱に近しい威力のエネルギー波。
逆に言えばそれだけしても及ばないという事からシンフォギアがいかに破格の技術であるかが分かる。

次回予告
戦場で出会ったかつての少年、少女。
二人の出会いが世界を救う…かも?
戦姫絶唱シンフォギア 白夜の海に響く歌
第1話「そんな話を書くのなら、私はアンタをぶっ殺す」


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誰がために歌を歌う

なぜなにシンフォギア(単発企画)

Q.なんでビッキーは突然奏さんに襲いかかったの?

A.思い人が事故で死んだことを告げられたばかりの女の子の横で失恋ソングなんて歌ったらそりゃ乱闘にもなる。

続・奏無双。
ちょっと奏さんのOHANASIが手塚治虫のブッダの説法ぐらいの効力してるんですけど


 モニターの向こうで奏と翼がノイズを倒している。

 森林の中に現れたノイズに対して二人の槍と剣が降り注ぎ、次々とノイズが炭へと変わっていく。

 長い間戦い続けてきた彼女たちの動きは洗練されており、範囲攻撃から逃れ、僅かに残ったノイズも次々と撃破されていく。

 複数体現れた大型ノイズも彼女達の前にはかたなしで、あっという間に片付けられ、討伐速度は些かも衰えない。

 

 もう少しで掃討が終わるとオペレーター陣が告げる中、突然司令部に少女が肩を怒らせて入ってきた。

 

「風鳴司令。なんで私はまた待機なの」

 そう言って入ってきたのは響だった。

 

「立花くん」

 

 

 響が初めてシンフォギアを纏ってから既に一週間。

 その間、響は身体検査やシンフォギアの適合係数を計測され、実戦への適性が調べられたが、頑なに歌を歌わずに強制的にシンフォギアを纏う響の戦い方は、何年ものキャリアのある二人と比べても圧倒的な出力を誇るものの常に暴走一歩手前の不安定な状態での戦闘となるため、現状のままでは実戦には出せないという結論が出された。

 賢治の家付近のノイズ発生から既に捜索時間である72時間はとうの昔に経過しており、賢治の捜索は打ち切られている。その事も関係してか響は今も精神的に追い込まれていた。

 

「前にも言っただろう、君のシンフォギアは不安定すぎる。実戦に出すには……」

 そう言う弦十郎の言葉を遮って響が言った。

 

「それでも。装者は私を含めても3人しかいないんでしょ。なら多少のリスクぐらい飲むべきじゃないの」

 ノイズを倒す際の危険は承知の上だと言う響だが、弦十郎は響自身のことを心配していた。

 今の響はとても冷静とは言えず、どこかやけっぱちな印象を受ける。

 

「多少ではない。君自身の身体に関わることだ。自分のことも大切にできないような人間が、誰かを守れるわけがないだろう!」

 響の言葉に強く言い返す弦十郎だが、響は納得しない様子。

 

「……。自分より大切なものなんていくらでもあるでしょ」

 

「自分を大切にしろと言っているんだ!」

 

「戦場に出て戦うんだ! 自分可愛さに臆病になってちゃしょうがないじゃない!」

 

 身体的な危うさを指摘されていると思っている響と心の心配をする弦十郎の話はどこまでも噛み合わない。しかし、既にヒートアップしてしまった言い争いはその食い違いを正すことが出来なかった。

 

 

「そう言う事を言っているんじゃない!!」

 

「……ッ。司令の言ってること全然分かりません」

 結局言い争いは決着しないまま、響はそう言い捨てるとブリッジを後にしてしまった。

 

「……言葉とは……難しいものだな」

 そう呟き弦十郎は司令部の天井を仰いだ。

 

 ◇

 

 特異災害対策機動部二課本部内の自販機の隣のレストスペースで私は膝を抱えていた。

 

 初めてシンフォギアを纏ってから一週間。二課に協力することを決めたものの、私にはその後一度もノイズとの戦闘の許可は下りていなかった。

 

「私の身体なんだ。どう使ったって私の自由でしょ」

 そう不貞腐れていると不意にスマホが鳴った。

 画面を開いてみれば、それは弓美からリディアン近くの商店街にみんなで遊びに行かない? という誘いのメールだった。

 

「……」

 気分はあまり乗らなかった。今はそんなことをしてる場合じゃない。私はノイズを……。

 

「お、どうしたんだ」

 

 そう言って不躾に誰かが私のスマホの画面を覗き込んできた。

 驚いてスマホの画面を隠しながら振り返ると私の肩に寄せていた顔を仰け反らせてたたらを踏む赤い髪の女の人。

 

「おわっと、危ねぇなぁ。トップアーティストの玉の肌に傷がついたらどうてくれるってんだ」

 そう言っておきながら、楽しげににししと笑っているのは天羽 奏だった。

 

 

 ◇

 

 

 どこかの森の中の屋敷に少女の声がこだまする。

 

「フィーネ! なんでアタシがアイツの監視なんかしなきゃいけねぇんだよ! 監視カメラとか盗聴器とかそう言うもんがあんだろうが」

 そう激昂する白髪の少女 雪音クリスに対してフィーネと呼ばれた長髪の女の答えは短かった。

 

「3時間」

 

「はぁ?」

 そう言われてもクリスはきょとんとするばかり。

 

「彼を軟禁している部屋に仕込まれた監視機材が全て撤去されるのにかかった時間よ」

 クリスは賢治の部屋を覗いたことがあるが、その部屋の中はまるで猛獣が暴れた後のように壁や床に傷がついており、賢治はその中でどこからか調達した金属を使って何やら工作していた。

 

 閉じ込められて暴れているだけかと思っていたけど、アレは部屋に設置されていた監視カメラの類の残骸だったのかとクリスは信じられないと言った様子。

「撤去されたって、もしかしてあの部屋ん中に有った穴とか傷とか全部!?」

 

「そう、その穴とか傷とかに仕込んでいた盗聴器が全部、彼が暇つぶしにいじるおもちゃの材料にされた。私は週に数度しか来れないし彼に顔を見られるわけにもいかない。全く、有能なのも困りものね。不用意に長時間放置すればここのセキュリティぐらい容易に突破してしまうでしょう」

 そう言って思案顔をしたフィーネだが、しばらくしてふと妙案が浮かんだと言った表情を浮かべた。

 

「クリス」

 

「……なんだよ」

 待たされたクリスがふてくされて返事をする。

 

「彼、貴女のことを名前を呼んでいたって言ってたわよね」

 

「あ、あぁ、それがどうしたってんだよ」

 

「籠絡なさい」

 

「……籠絡?」

 ろうらくってなんだっけとクリスの中で言葉が巡る。

 

「そう、籠絡。貴女にメロメロにさせて言うことを聞かせるのよ」

 

 ぽくぽくと理解するのに時間を要し、理解が追いついた瞬間クリスの髪が総毛立った。

「な、ななな! そんなこと出来るわけないだろ!?」

 

「出来るわよ。クリスなら」

 

「それとも、本当に出来ないのかしら?」

 フィーネの言葉に冷気が宿る。クリスがごくりと唾を鳴らす。

 

「……わ、分かったよ。やるだけやってみる」

 

 フィーネが口元を歪ませる。

「いい子ねクリス。期待しているわ」

 

 

 ◇

 

 

「……なんの用ですか」

 

「いやー、別に用なんかねーけどさ。なんかぶっすーと暗い顔してたから気になってな」

 

 そう言って奏さんが私のスマホに指を指す。

 

「それ、行かねぇのか? リディアンの商店街って言ったらここのすぐ近くじゃないか」

 

 特異災害対策機動部二課は私立リディアン音楽院の地下に本部を置いている。そして私たちは本部の中、リディアン音楽院近くの商店街は目と鼻の先にある。

 

 私は弓美のメールを読み終わると同時に振り向いたはずなのに奏さんはメールの中身を全て把握しているらしい。

 

「読んだんですか」

 そう私が睨みながら言うと

 

「アタシの相棒やらマネージャーは隠し事多いから、見れる時に見とかないとって思って無駄に磨いた速読芸だ」

 そう飄々とした様子で奏さんは言ってのける。

 

「……趣味が悪い」

 

「ははっ、アタシだっていつもは見ても黙ってるんだけどな。響のソレはちょっと思うところがあってな」

 

 そう言うと奏さんが一言。

「響、お前ノイズに歌を歌うのが嫌なんだろ」

 

 その言葉にドキッとした。

「……。分かるんですか」

 

 そうすると奏さんは笑みを深めた。

「いんや、アタシにゃ分からねぇよ。アタシは初めっからノイズに聞かせるために歌ってたからな」

 

 私は困惑した。分かっているような事を言っておいて堂々と分からないとはどう言うことか。

「それってどういうこと」

 

 私がそう聞くと

「その事について説明してやるのはいいけど」

 

 奏さんは頭をかいて私の横を指差す。

「とりあえず座らせてもらうぜ?」

 

「……どうぞ」

 私が席を進めるとさんきゅっと笑いながら奏さんが座る。

 

 そうして奏さんの話が始まった。

 奏さんがどうして二課に入ったのか。どうやってシンフォギアを纏うようになったのか。どうしてそうしようと思ったのかの話が。

 

 ◇

 

「……、……。とまぁ、そんなわけでアタシは最初からシンフォギアも歌もノイズをぶっ潰すための道具として扱ってきたわけだ。だからノイズに対して歌を歌うことに抵抗はこれっぽっちも無ぇ」

 

 ノイズを倒すための道具……。私もシンフォギアをそう捉えている節はある。でも。

「奏さんの戦う理由は分かりました。でも、それが私の歌いたくない理由が分かることにどう関係するんですか」

 私が拒絶するように言うと、奏さんはまた面白いものでも見たかのよう笑う。

 

「……お前のそう言うとこ。翼に似てるな。単刀直入に言わないと気に入らない所」

 

 何がおかしいのか奏さんはよく笑う。それがどこか賢治さんに似て、少し不快。

「だから何」

 

「だから分かることがあるのさ。翼の歌、聞いたことあるか?」

 

「……あるに決まってる」

 

 奏さんは本当に嬉しそうに笑った。

「そいつぁありがたい。でだ、その中で翼のノイズと戦っている時の歌と、CDとかで聞くいつもの歌の違いって分かるか?」

 

 どぅーゆーあんだすたん? そう聞く奏さんだが、私は答えられない。

 そう言われてもちっとも分からなかった。そもそも奏さんのも翼さんのも戦闘中の歌とアーティストとしての歌の聴き比べなんて考えたこともなかった。

 

「分からないか。まぁ、しゃーない」

 そう言って奏さんは身の上話の間に買ったエナジードリンクを飲み干す。

 

「……翼はさ、ライブで歌を歌う時はスッゲー楽しそうに歌うんだよ。CDのレコーディングの時もライブの時ぐらい楽しんで歌ってる」

 

 それは……まぁ、分かる。翼さんは歌っていない時はあんまり表情が変わらないけど、歌を歌っている時は歌に合わせてころころと表情が変わる。それが翼さんの魅力の1つになっている。

 命を救われたとか抜きにしても、私は二人の曲が結構好きだ。

 

「けどノイズ相手の時は違う。そりゃ命懸けの戦闘中だ。楽しんで歌うなんてできねぇよ。でも、そういうのを抜いても違うんだよ。いつもの歌は風鳴 翼が望んで歌っているもの。ノイズとの歌は責任感で歌っているもの。自分のための歌と他人のための歌。歌を2つ使い分けてんだ」

 

「自分のための歌と他人のための歌……」

 

「響もそうだろ? 自分のための歌を、ノイズに聞かせる理由が無いから歌いたく無いっていう」

 

「私は。自分のために歌ってなんか……」

 ……賢治さんに聞いて欲しくて歌っていた。賢治さんに喜んで欲しくて、喜ばれたくて歌っていた。

 ……それは、私がそう望んでいたから。

 それはつまり、私がただ褒められたくて……

 

 うつむく私に奏さんが声をかける。

「いや、悪いなんてひとっことも言ってねぇからな!? アタシの歌はどっちも自分のためだからな!? アーティストをやるのもアタシが歌うのが好きなのと、みんなにアタシの歌で何かを感じて欲しいからだし。ノイズと戦う時の歌もアタシがノイズをぶっ潰したいからだし!」

 

 そう慌てて言った後、奏さんは真剣な眼差しで私を見つめる。

「……でもそれだけじゃない。アタシの歌が誰かの大切なモノを支えていること、アタシの歌で誰かの大切なモノを守っていることをアタシは知っている。だからアタシは歌ってるんだ。自分の大切なモノも、他の誰かの大切なモノも全部まとめて守るために」

 奏さんは自分の手を見つめて握りしめる。その動作からは強い想いを感じられた。

 

「自分の、誰かの大切なモノを……。まとめて、一緒に、守る……」

 

 私がそう反芻すると奏さんは満足げにうんうんと頷いた。

 守るために歌う。誰かのための歌。目の前のノイズを倒すのではなくてノイズを倒すことで守られるもののための歌。……それなら、私も……。

 

 そう考えていると奏さんが唐突に頭をガシガシとかきだした。

 

「あー! こっぱずかしいことベラベラ喋っちまったな。すまねぇ、今何時だ? そろそろ次の予定があるはずなんだが」

 

「え、えっと今は」

 

「できればカレンダー見せてくれるとありがたいんだけどよ」

 

 そう言われて咄嗟にロック画面を開いて奏さんに渡す。

 奏さんはカチカチと何やら手短に私のスマホをいじると、少し思案顔をしてから私に返した。

 

「ありがとな。アタシの長話に付き合ってもらっちゃって」

 

「……私の方こそ。司令が私になんで怒っていたのか分かったような気がします」

 司令が怒っていたのはきっと奏さんが言っていたことなんだろう。単純に戦える状態かどうかじゃなくてもっと大きくて強い戦う理由、想い。それを持って欲しいと思っていたんだと思う。

 

「そっか、んじゃ。またな。あ、それと後1つだけ」

 

「なんですか」

 

「大切だからって離れると無くした時にもっと後悔することになるぜ?」

 

 キョトンとした私にビシッと指を指すと奏さんは手を振って談話室を出て行った。

 

 私の頭の中で奏さんの言葉がぐるぐると回る。

 しばらくして奏さんの言葉の意味を理解した私はスマホに手を伸ばした。

 

「うー……」

 その後、私はスマホと睨めっこしながら返信用の文とも呼べないほど短いメールを書いた。……書いたものの送信を押す踏ん切りが着かず、私はなかなかメールを送ることができなかった。メールを書き上げてから何十分も悩んだ。けど、最後に奏さんの言葉を思い出して決心がつくと、私は弓美のメールに『行く』と返事を送ったのだった。

 

 




なぜなにシンフォギア(単発企画)

Q.なんでルマンドは賢治の件で感想欄で言い淀んでいたの?

A.メインヒロイン放置してクリスを口説く展開のプロットが既に完成していたから。

次回予告
クリス。賢治籠絡作戦始動。友達と遊んでいた響が懐かしのゲームセンターで見たものとは?
次回 戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
Eエンド「浮気者死す」


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籠の中

投稿、遅れて申し訳ありません。

ちょっと油断して友達のブロスフンダルと伝説になろうとしてたら、合宿が始まってしまって文を書く時間が減り、更に微スランプが重なってかなり遅れてしまいました(言い訳)。

今回はクリスちゃん視点になります。(唐突)

遅ればせながらお気に入り200件ありがとうございます。



 フィーネから命令を受けて8日。籠絡に関しては流石に無理だと説得して命令から目標にしてもらったものの、監視自体がだんだん面倒になってきたあたしはフィーネに最初の一週間の報告を済ませた次の日、部屋を出るのが億劫になり、いつもならあの野郎(深海賢治)を軟禁している書庫に向かっている時間にもかかわらず部屋でゴロゴロしていた。

 

 だって|あの野郎何かするわけじゃねぇし。いやまぁ、何かはしてるけど脱走しようと悪巧みしてる訳じゃねぇ。好き勝手に電化製品をバラしたパーツで遊んでるだけだ。

 

 だけってまぁ確かにそれ自体が危ねぇけどそれは自己責任の範疇だし許容範囲じゃねぇか? 

 

 そう思って、ダラダラと部屋の中で過ごしていると、何の前触れもなくあたしの部屋のドアが開いた。

 

 屋敷の中にはあたしと|あの野郎だけ。あたしには部屋の鍵が渡されていないんで、あたしの部屋に鍵は付いていない。とはいえだ。今、あたし以外にフィーネの屋敷を自由に歩き回れる人間はいないはず。

 

 強いて挙げるのなら軟禁されているはずのあの野郎……。

 

 まさか! あの野郎脱走したのか! 

 

 そうすぐさま結論を出したあたしは身構えたが、空いたドアの隙間から部屋の中に入ってきたのは、小さな台車に乗ったフィーネの人形だった。デフォルメされた3頭身の人形はその手にソロモンの杖に似た造形の先に紫色の丸い玉がついた杖を握っている。

 

「なんだお前」

 そう言ってトロトロあたしに近づいて来たフィーネ人形に近づくと人形が急に声を上げた。

 

「深海賢治が活動しているわ。監視任務を命じます」

 そう言いながらギコギコとあたしの後ろに回りあたしの足にぶつかってくる。どうやら急かしているようだ。

 

 なるほど。コイツはフィーネが用意したあたしを監視するために用意したロボットってわけだ。もしかしたら昨日の報告であの野郎の監視に飽きてきてたのがバレていたんだろうか? それとも元々作っておいていたのか? 

 ……なんとなく後者の気がする。

 

 でも! 今日のあたしはオフモード。監視に行く必要もあんまり感じなくなってるし、今日はもう書庫へ行くつもりは無ぇ。明日からまた頑張る。日本は土日休みなんだからな! 

 そう思ってかがんでフィーネ人形に話しかける。

「あの野郎は脱走なんてそうそう考えねぇよ。少し様子見するぐらいで」

「深海賢治が活動しているわ。監視任務を命じます」

 

「いやな。あたしもサボりは良くねぇとは」

「深海賢治が活動しているわ。監視任務を命じます」

 フィーネ人形はまさしくロボットのようにフィーネの音声を繰り返した。

 

「ちょっと待てよ。あたしだって」

「深海賢治が活動しているわ。監視任務を命じます」

 

「いやだから」「早く監視任務に行きなさい」

 

「ちったぁ」「早く監視任務に行きなさい」

 

「だー! うるせぇ!」

 ガツン! ガラガラ、ドン! 

 

 あたしはしつこくフィーネの声を垂れ流す台車人形に苛立って思わず蹴っ飛ばしちまった。人形は台車に乗ってごろごろと転がって行きベッドの木の板に激突した。

 

 一瞬壊れてないかと少し心配したが、次の瞬間バチバチと電気が弾ける音と共に台車が急発進してあたしの足にぶつかる。

 

「痛ぇ!」

 何すんだコイツ! 

 

 あたしが人形を睨むと同時に、人形の方もギロッと上を向いた。人形とあたしの目が合う。金のガラス玉は不気味にあたしの顔を写している。

 人形の口がカシャカシャと動き

「おいたがすぎるわよ。クリス」

 フィーネが時々するぞっとするような冷たい声が響いた。

 ただの人形だと言うのに怯んでしまったあたしに向かって人形が手に持った杖の紫色の玉を向ける。紫色の玉からキーンと高音が鳴ると同時に玉がバチバチと火花が放った。

 

「ま」

 バチン

 

 紫色の玉から紫電がほとばしり、久しぶりのあの痛みが足を駆け抜けた。

 

 ◇

 

「おや、寝坊かい」

 そう言って息を切らしてこの男(深海賢治)を軟禁している書庫に滑り込んできたあたしにコイツはまるで遅刻した子供をたしなめる教師のように接してきた。

 

「そんなんじゃねぇよ」

 後ろを見れば扉のガラス越しに紫の玉をバチバチと帯電させたフィーネ人形が見える。

 

 あの後、あたしは電撃で折檻しようとするフィーネ人形に追い立てられ、結局コイツのいる書庫へと追い込まれた。

 フィーネ人形はあたしがこの中にいる間は襲ってこないらしく、書庫の前で待機している。さっきまでバチバチと弾けていた紫の玉もエネルギーの供給が止まったのかだんだん放電の音も大人しくなっている。

 スタンガンなんて目じゃない電圧の電気を放つロボットなんてもはや武器だろ。

 

 野郎と扉の前に陣取ったフィーネ人形を交互に見て、あたしはハァと息を吐いた。とりあえずは今まで通り監視を続けなければならないようだ。

 

 そう思って振り返ると

「はい、今日の分の問題」

 そう言って野郎から差し出されたのはまるで機械のように整った字で中学2年生と書かれた冊子。

 

「……おう」

 あたしが冊子を受け取ると野郎はにっこりと笑って自分の読書に戻った。

 

 あたしは監視の間、この野郎の暇つぶしの一環として勉強を教わっていた。

 

 

 ◇

 

 

 カリカリとあたしが文字を書き、あの野郎がペラペラと本をめくる音だけが聞こえる。

 

 これだけ聞けば書庫として正しいあり方のはずなんだが、書庫にしてはあたしらが過ごしている場所はいささか所帯染みていた。

 

 この書庫は一週間前まで一度も使ったことは無かったもののガラス越しに知識の詰まった場所として一種の荘厳さを醸していたはずなのに、軟禁されたコイツによって、わずか数日で改造に改造を重ねられ、ガラス張りで廊下から中が見えることを除けば、もはや普通の家と見紛うような変貌を遂げていた。

 

 書庫の入り口近くの長机が並んでいた場所は応接室から引っ張り出してきた2つのソファと低めのテーブルが置かれ、長机はどこかへ行ってしまった。十中八九コイツが解体でもしたんだろう。

 

 そんなわけで書庫の中央にできたリビングルームのような場所であたしは野郎の作った問題集を解いていた。

 

 ただ鬱陶しいことが1つ

「……どこか分からない所とか無いかい?」

 時々心配そうに野郎が問題について聞いてくることだ。生憎地頭は悪くないもんで詰まることはない。

 けど、無いと何度も伝えても、本気で心配そうに聞いてくるコイツがあたしには鬱陶しくて仕方がない。

 

「頭の出来を自慢してぇならモンティ・ホール問題でも解いたらどうだよ」

 

「モンティ・ホール問題がなんなのか分かる?」

 

「知らねぇ」

 

「なら解いてもクリスちゃん分かんないでしょ」

 

「それあたしのこと馬鹿にしてんのか!?」

 

 あたしが声を荒げると野郎は慌てて弁明した。

「いや、普通に難しい問題だから俺も解説できないってだけだよ。それぐらい納得するのが難しい問題なのさ」

 

「そうなのかよ」

 

「そうなの」

 

「へー。じゃあ教えてみろよ。あたしは理解力にゃちったぁ自信があるんだぜ?」

 そうにっと笑ってあたしが挑発すると野郎が楽しそうに笑った。

 

「へぇ〜、なら少しぐらい解説してあげようか」

 

「おう。あたし様にかかれば解けねぇ問題なんか無ぇっての!」

 

 有った。

 

 

 ◇

 

 

 昼飯も夕飯も実は複数体居たフィーネ人形によって運ばれて来たため書庫から出ることなく1日を過ごしたあたしは、書庫の奥へ行こうとする野郎に一言逃げるんじゃねぇぞと一声をかけて自室に帰ろうと書庫の扉を開けた。

 当然、目の前にはフィーネ人形が立っている。

 まぁ、反抗しなければただの便利ロボットだしいずれ慣れるさ、そう思ってフィーネ人形の前を通り過ぎようとした瞬間。

 フィーネ人形が声を上げた。

「深海賢治が活動しているわ。監視任務を命じます」

 

「は?」

 

「深海賢治が活動しているわ。監視任務を命じます」

 

「いや、もう夜だし」

 

「深海賢治が活動しているわ。監視任務を命じます」

 

「いや、あたしもう眠い」

 

「早く監視任務に行きなさい」

 

「……」

 

 ◇

 

「どうしたのクリスちゃん」

 

 ソファで膝を抱えるあたしの顔を覗き込みながら野郎がそう問いかけてくる。

 

「……知らねぇ」

 

 どうやらあたしも閉じ込められたらしい。




強制イベントミッション
『フィーネの館から脱出せよ』
主人公があまりに目立ちすぎた際に発生する「クリス襲撃イベント」で敗北すると連鎖的に発生するイベント。
発生すると行動が大幅に制限され、基本的に雪音クリスとの接触しかできなくなる。

脱出方法は主に強行突破とクリスを味方に付けるの2つがあるが、
前者は軽装備でノイズ無限湧き+二段階クリスとの戦闘をこなしながら脱出ポイントまで逃走しなければならないため、よっぽど主人公の戦闘力に自信がある場合でなければやるべきではない(そもそもそれだけの戦闘力が有ればクリス襲撃イベントはクリアできる)。
そのためクリアするには基本的に後者の方法を取ることになる。
クリスを味方にする条件は、主人公に対するクリスの信頼度を、フィーネに対する信頼度よりも上回らせること。
こちらは難易度自体は低く、フィーネに対する信頼度はストーリー進行に従って低下するため、よほどやらかさない限りいずれ上回る。またクリス自身も攻略難易度は低めのため無難な対応でも少しずつ信頼度を貯めることができる。
ただし強制ミッションの中でもダントツで拘束期間が長く、フィーネに対する信頼度が低下するイベントである「響vsクリス」「デュランダル覚醒」が発生する前にこのイベントが起きると拘束期間が1ヶ月を超えることも普通にありえる。
ヒロインが確定していない場合ではあまり問題にならないが、ルートが確定している場合、時間経過によるヒロインのメンタル値減少と爆弾の処理が不可能になるため、やっとの思いで脱出した次の日にデッドエンドするなんて可能性を孕んでいる。
また、だからと言って性急にクリスの信頼度を上げようとすると好感度を上げる必要が出てくるため、とにかく早く脱出しようとした結果、修羅場フラグが立ち、これまた脱出直後にデッドエンドを迎える可能性がある。
これ以外にもそもそもの発生条件である「目立ちすぎ」が錬金術師勢力の襲撃を受ける可能性を高めるため、蛮族プレイでもない限り基本的に目立つことはオススメはしない。


はい、ごめんなさい。
作者は設定厨です。こういうの考えるの大好きです。

とりあえず、明日にはグレビッキーに粉末にされていると思うので次の更新は明後日以降になります。

次回 戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
第5話 睡虎の目覚め


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たぬき寝入りは終わらせて

こちら、読むたびに細部が変わる不思議な小説となっております(随時修正中)



 刻は明け方。薄っすらと空が黒から灰色へと変わりつつある時間帯。

 賢治の睡眠時間が極端に短いせいで部屋に戻る暇が無くなったクリスはソファと入れ違いに応接室に設置されたベッドでくぅくぅと寝息を立てていた。

 

 家らしいレイアウトをした書庫入り口周辺から離れた、人1人が通れるだけの道を残して移動する棚が林立する棚の中まで世界中の資料が納められた保管庫。その光の機微が届かない書庫の最奥で賢治は黙々と機械を組み上げていた。

 

 おおよそ長方形だが配線が縦横無尽に巻かれていて毛糸玉のようになっている謎の機械。その機械はすでに9割がた完成しており、賢治は最後のパーツとして自身が初めから持っていたスティックペンダントを胸元から取り出した。シンフォギアに似たそのペンダントは賢治の持つ技術の集大成第1号。第2号であるフォルツァート増幅回路は先の戦闘で消滅し、着ていたレリックパーツの鎧も没収されていた。しかし、何故かこのペンダントは没収されないまま、書庫で目覚めた賢治の胸に変わらず輝き続けていた。

 

「コイツを持たせたままにしておくなんて、俺、かなり舐められてるね」

 そう言って賢治はペンダントを作りたてのソケットへはめ込む。すると配線丸出しの機械は鈍く振動し、小さなランプが1つ青く点灯した。

 その出来に満足しながら、一応の点検のため機械を優しくひっくり返しあちこちの確認を始めた賢治は、今の状況について思考する。

 

 ──フィーネって人は俺の技術に興味がないのか? 世界で唯一であろう既存技術によるフォニックゲイン増幅機構に……。

 

 自身の技術の価値がどれほどのものかそれなりに心得ている賢治はそのことを疑問に思う。

 

 最終調整のために機械を弄くり回す手を一瞬たりとも休ませず、それと同時に思考を続ける賢治は、機械の調整が完了すると同時にある推論へとたどり着いた。

 

 ──今まで起きてきた聖遺物に関連する事件におけるあまりにも高いノイズの出現率。神獣鏡発掘。二課設立会議。ライブ会場の惨劇。その他多数の事件にも言える類似点。ノイズを操る聖遺物。そして攫った俺の技術に微塵も興味を示さないこと。

 

 いくつものヒントから導き出される一連の事件の首謀者の正体。

 

 賢治は手を休めぐったりと椅子にもたれかかった。

「……コレ、司令に連絡したら、十中八九あの人に司令が相談して俺が脱走しようとしてるのバレるんだろうなぁ。あぁ……、面倒だ」

 

 心底嫌そうな顔をした賢治だったが、もたれた椅子からすっくと立ち上がり、テーブルの上の完成した機械を操作し始める。

 

 しばらくして展開したスティックペンダントのスクリーンがピカピカと点滅した。

 ──完成だ。

 賢治は普段人前では決して見せない科学者としての自負と驕りの相まった凄惨な笑いを浮かべていた。

 

 ──厄介なのは当然だ。了子さんの方が俺よりキャリアも人脈も技術力も何もかもが上回っているんだから。……だけど。

「あまり舐めないで貰えませんかね。俺は現行の技術で満足するつもりは毛頭無いんですよ」

 

 そう言って機械を満足行くまでいじくった後、手作りの木製ケースへ入れると、賢治は悪い笑みを浮かべた自分の顔をほぐしながらケースをポケットにしまい、目ぼしい知識を脱走する前にあらかた手に入れるため、書庫の中の資料を物色し始めた。

 

 

 ◇

 

 

 リディアン音楽院近くの商店街。今日のお昼はふらわーではなく海外から来たと言う華やかな感じのレストラン。

 色彩豊かな店内で店員さんの着ているふりふりのメイド服と色鮮やかなサラダが自慢だと言う明るめな感じの、菜食志向のコンセプトがしっかりとしているレストランだ。

 

 

「ビッキー食べないの? もしかして、どこか調子悪い?」

 

 そう問いかけてくる安藤さんが見ているは私がフォークに纏めただけで口に運んでいないトマトパスタ。

 

「別に……なんでもないよ」

 

「本当?」

 

「本当。大丈夫だから」

 

 そう言って、味も分からないままパスタを食べる私。気遣いは嬉しいけど、今はちょっと居心地が悪い。

 

「そういえば響。今日はいつものV字の髪留めじゃないのね。そのN字の奴も結構似合うじゃない」

 

 弓美の言葉に一瞬ドキッとした。

 あの髪留めは実の所、あの日以来付けていなかった。自分でも確かな理由は無いけど、賢治さんの髪留めを見るとなんだか賢治さんがいなくなってしまったことを強く意識してしまって、その事が怖くなってしまうからだ。

 

「まぁ……、昔から付けてたから」

 

「昔からと言うのは、あのV字の髪留めを貰う以前の話ですよね?」

 

「……まぁね」

 

 いつにも増して素っ気ない返しばかりする私に何かを察したかのように安藤さんが言う。

「もしかして……賢治さんと何かあったの?」

 

「……まぁ、そんな所」

 

「喧嘩? 喧嘩は早めに仲直りした方が良いわよ。大人の関係は疎遠になったらよりを戻すの難しいらしいし」

 

「それってアニメ?」

 

「月9よ」

 

「へー、何て名前」

 

「えーと、なんだっけ。うーん」

 

「お二人とも。もう、何はともあれ、仲直りはお早めにした方がよろしいでしょう」

 

「……うん」

 3人の言葉を受けても、沈み始めた心はなかなか浮き上がらなかった。

 

 

 パスタを食べ終わり、安藤さんと弓美の月9ドラマの話を聞いていると、不意に私の携帯が鳴った。

 

「ごめん。電話」

 

「はいはーい」

 

 テーブルから離れて私が電話に出ると、出てきたのは了子さんだった。

 

「あっ、響ちゃ〜ん? この前のシンフォギアの通常起動実験の結果が出たんだけど明日来れる?」

 

 私の耳元に了子さんの明るい声が響く。

「……それって何時間ぐらいかかりますか?」

 

「うん? まぁ、一応説明義務があるってだけでそんな何時間もかからないわ。足が無いって言うならこっちから車も出すけど」

 

「いえ、大丈夫です。それって今日の6時ぐらいでも良いですか?」

 帰る時間もあるし遅く見積もっても5時には解散するだろう。

 

「大丈夫よ。もしかして今こっちに居たり?」

 

「ええまぁ」

 

「なら丁度いいわね」

 

「そうですね」

 

「それじゃ、遅くなるようなら車も用意しとくから」

 

「そんな、悪いです」

 私がそう言うと了子さんが笑った。

 

「響ちゃんは気にしなくてもいいのよ。こういうのも大人の仕事なんだから」

 だから頼りなさいと了子さんは言う。

 

「……はい」

 

「よろしい。じゃあ待ってるわね」

 

「はい。お願いします」

 

「お願いされました!」

 そう言って了子さんの側から電話が切れた。

 

 

 私がテーブルに戻ると、テーブルの上は粗方片付けられていて、溶けた氷の入ったグラスが4つだけが乗っていた。

 

「立花さん。お電話何のご用でしたか?」

 

「健康診断。昔の怪我のことでちょっとね」

 

「へー、私もあるよ。鉄棒から落ちた時の奴」

 そう言うと安藤さんがお腹のへその横あたりを指差す。

 

「アレはびっくりを通り越して寒気がしました」

 

「わ、わたしだって怪我の跡ぐらい」

 

「無い方が良いって」

 変なことで張り合い始めた2人をなだめると、私たちは会計を済ませた。

 

「それじゃあ、今日は私に付き合って貰うってことであっち行くわよ」

 

「ファンシーグッズ探しですね」

 

「弓美の探しているのはファンシー通り越してる気がするけどね」

 

「広義的にはガンダムもファンシーグッズに入るのよ? 特撮だって」

 

「その理屈はおかしい」

 

「というかガンダムがファンシーって」

 

「キモカワ……じゃなくって、ブサカワに分類されるんでしょうか?」

 

「何よー。別に分類なんて人の勝手でしょー」

 

「そりゃそうだけどさ」

 

「時間が勿体無いから歩きながら話そうか」

 

「そうですね」

 

「それじゃ、向こうからね!」

 

「はいはい」

 

 3人と一緒にいると暗くなりがちな気分を紛らわしてくれる。その事がとてもありがたかった。

 

 

 ◇

 

 

 乱暴にハンバーグをフォークで刺そうとした腕が掴まれる。

「……なんだよ」

 

「ちゃんとナイフか箸で切り分けてから食べないとダメだよ。まるごと食べるなんて肉汁で服やテーブルが汚れちゃう」

 

「別に後で拭きゃいいだろ」

 

「今綺麗に食べれば拭く必要無くなるじゃない?」

 

「手間かけて食うより、拭いた方が早いだろ」

 

「手間かけて綺麗に食べた方が満足感が大きいよ?」

 

「食ってる量は変わんねぇだろ?」

 

「食事の時間と咀嚼回数に、食べた後のお皿の様子も変わるでしょ。満足感は生理現象じゃなくて人の主観によるものだから、食べ方によって変わるんだよ」

 

「ほー。まぁ、あたしには関係ないけど」

 そう言ってまたハンバーグを丸ごとフォークで持ち上げようとしたクリスの手が抑えつけられる。

 

「言ってるそばから真正面からどうどうと無視するのやめてくれないかな?」

 賢治に押さえつけられた手を持ち上げようとクリスが悪戦苦闘するが、少しすると諦めてフォークを離した。

 そうすると賢治がクリスのハンバーグの皿を取ってナイフですいっすいっと四角く切り分けていく。

 

 クリスがその様子を見ていると

「前々から聞こうと思ってたんだけどよ。アンタとあたしってどう言う関係な訳」

 

「どう言う関係って?」

 

「アンタはあたしのこと知ってたけど、あたしはアンタのこと全く覚えてねぇ。それは何でかなって。その……、友達とかだったら忘れてて悪ぃなって」

 

「ふっ、ハハ」

 賢治がハンバーグを切り分ける手を止めて笑った。

 

「何がおかしいんだよ」

 

「クリスちゃんは優しいねぇ」

 

「バっ!? 何言うんだよいきなり」

 

「別に友達とかそんなもんじゃないよ。昔一回会った事があるだけさ」

 

「昔、一回?」

 

「そう、君のご両親がバルベルデに行く前に知り合いに挨拶回りに行っていたことがあったでしょ?」

 

「……? あったよう……な?」

 思い出せない様子のクリスに賢治がちょっと困った顔をした。

 

「まぁ、会ったことあるんだよ。挨拶回りの時に丁度ウチの両親が海外ツアーに出てて、代わりに家族に挨拶することになったんだけど、都合が付いたのが病院暮らしの俺だけだったんだ。クリスちゃんが覚えていないのは、よくお父さんたちに付いて行って沢山の人と会っていたからだろうね。普通、一回しか会ってない人の顔なんていちいち覚えてられないよ」

 

 切り終わったよと差し出されたハンバーグの皿を受け取りながらクリスは驚いた。

「……アンタはそんな一瞬しか会ってない奴のこと覚えたじゃねぇか」

 

「クリスちゃんは綺麗所さんだったからねぇ。白い髪の人もクリスちゃんとお母さんぐらいしか見たこと無かったし」

 

 のほほんとそう言い切る賢治にクリスが少しだけ頰を赤くする。

「そうかよ」

 

「……実はね。2年前のクリスちゃんが帰国した時も俺その場に居たんだよ」

 賢治がそう告解するように言った。

 

「……そうなのか」

 

 2年前、バルベルデで保護されたクリスの帰国は、その直後に何者かの襲撃によってクリスが行方不明になる苦い結果に終わっていた。

 

「あの時は、襲撃で会えずじまいになっちゃって、クリスちゃんを守れなかった。俺も司令も凄い悔しかった」

 

「……そうかよ」

 クリスの手が強く握りこまれる

 

「でも、こうして生きていてくれた」

 賢治は顔を綻ばせたが、対照的にクリスの目がつり上がっていくのを見逃した。

「それが俺には嬉しい」

 

 ガンとテーブルが強く叩かれ、賽の目に切られたハンバーグの切れ端がテーブルの上に転がった。

 

「……生きててくれた? 嬉しい? ふざけんな! あたしがどんな想いで生きてきたかも知らないで!」

 クリスが立ち上がってビッと賢治にナイフを向ける。その目元には涙が浮かんでいた。

 

「バルベルデがどんな場所かも知らないで!!」

 

 クリスが慟哭の声を上げて賢治を睨む。

 

「日本に帰って来れたと思ったら訳もわからず放り出されて! あたしがどんだけ心細かったことか!!」

 

「それでも」

「生きてりゃ良いことあるってか!?」

 

「……そうだよ。生きてなきゃ」

「うるせぇ! あたしの幸せは全部あそこでぶっ壊された! 馬鹿な親父が馬鹿みたいな夢追っかけたせいで! あたしの人生は滅茶苦茶だ!」

 クリスが賢治にナイフを突きつける。

 

「お前らが何をした! あたしを助けようとした。だからなんだよ! 助けられてねぇじゃねぇか!! あたしを助けてくれたのはフィーネだ! フィーネだけがあたしを助けた!地獄から救ってくれた!!」

 

 気圧されていた賢治がクリスの口から発せられたフィーネの単語に反応して、クリスが持つナイフを下げさせて反論した。

 

「だから、フィーネの言うことならなんでも従うのかい」

 

「あたしをフィーネの操り人形みたいに言うんじゃねぇ! あたしは、自分の意思で」

「なら、なんでフィーネの計画を知らないんだ。何のためにか理解せずに言われるがまま働く人間が操り人形でなくて何だって言うんだ」

 

「う。し、仕方ねぇだろ! フィーネが教えてくれねぇんだからよ」

 拗ねたように言うクリスに賢治は語気を強める。

 

「前も俺は言ったはすだよ。自分の考えを伝えようとすらしない人間を信用しないって」

 

「お前だって隠し事してんだろ」

 

「それは当然さ。俺とクリスちゃんは味方じゃないんだから」

 

 その言葉にクリスは動揺を隠せない。

「それならあたしとフィーネだって」

 

「クリスちゃんとフィーネは味方じゃないのかい」

 

 苦し紛れの言い訳は一言で絶たれた。

 

 手に持っていたナイフがテーブルに音を立てて転がり、クリスは椅子にどっかりと腰を下ろした。

 賢治が立ち上がりクリスの傍らに立つ。

 

「ねぇ、クリスちゃん」

 

「……なんだよ」

 

「クリスちゃん。お父さん嫌いじゃないんでしょ?」

 

 クリスはポカンとすると直ぐにハァ!? と賢治の方を見た。

「嫌いに決まってんだろ! 歌で世界を平和にするとか言って、結局死んじまって、そんなの無駄死にじゃねぇか!」

 

「死んでしまったのは悲しいことだけど、クリスちゃんのお父さんの想いは無駄じゃないよ」

 

「無駄だ!」

 

「無駄じゃない!」

 賢治の剣幕にクリスがおし黙った。

 

「なら……、どう無駄じゃないって言うんだよ」

 

「クリスちゃんのご両親の意志は、クリスちゃんが継いでくれたじゃないか。だから、クリスちゃんのご両親の死は無駄じゃない」

 

「ハァ? あたしがあいつらの意志を継いでるだと!? どこが!」

 

「前、クリスちゃん言ってたでしょ? 「あんたもフィーネに協力して世界から争いを無くさないか」って」

 

 クリスが動揺する。その言葉は確かに自分が言った言葉だったからだ。

「それは……っ。でもあたしのやり方はアイツらのくだらない絵空事とは違う! 世界中の戦争をしようとする奴らを片っ端からぶっ潰して」

「戦争を止めて世界を平和にする。でしょ」

 

 クリスが声を詰まらせる。

 

「その時俺はこう答えた。「計画の概要を教えてくれない指導者の元で働くなんて真っ平御免だ」って。それは今も変わらないよ。むしろこの考えはクリスちゃんにも持って欲しいぐらいさ」

 

 おし黙るクリスに賢治が囁く。

 

「だから今度、クリスちゃんに俺の夢をプレゼンしようと思うんだ」

 

 今度こそ惚けたようにクリスがポカンとした表情を浮かべる。

「プレゼン?」

 

「そう。俺は一番良いと思う世界を平和にする方法を考える。考えて、俺の夢にする。そのアイディアをクリスちゃんに聞いてもらって、俺かフィーネか、どっちに付くか決めて欲しい」

 

 賢治がそう言って離れるとクリスが振り返り2人の目線がぶつかった。

「……ふん。あたしがフィーネに付いたらアンタはどうすんだよ」

 

「その時はまぁ、居る意味無くなるから脱走するかな」

 

「……生きて出れると思ってんのか?」

 

「ま、確率は低いだろうね」

 肩をすくめる賢治にクリスが呆れた顔を浮かべる。

 

「生きてりゃ良いことあるんじゃねぇのかよ」

 

「流儀の問題さ。俺はフィーネが嫌い。それだけさ」

 

「嫌いってお前フィーネに会ったことねぇだろ」

 

「フィーネとしてはね」

 賢治の含みのある言い方にクリスは気付かなかった。

 

「そんなことより、クリスちゃんが俺の側に付いてくれることになったら、その時は脱走に協力してね?」

 

「ふん、もしもそうなれば一応は協力してやるよ。ただ、口先だけだった場合その時はテメェを殺すからな」

 

「あぁ、存分に八つ裂きにしてくれ。そういうリスクは慣れている」

 

「慣れてる?」

 

「昔、シンフォギア以外のノイズを倒す技術を作るって啖呵を切ったことがあってね。その時にも作れなかったらぶっ殺すって言われたんだ」

 

「……お前、馬鹿だな」

 

「馬鹿と天才は紙一重。裏を返せば俺は天才なのさ」

 そう楽しげに笑うと、クリスが落としたハンバーグのかけらをヒョイっととって口に放り込む。

 

「バッチいなぁオイ」

 

「その言葉はクリスちゃんが使うには3ヶ月早いよ」

 

「ケッ、綺麗綺麗に食えば文句ねぇんだろ」

 

「出来るものならね。癖はそうそう直らないものだよ」

 

「直るっての! 見てろよ。このハンバーグをあたしはテーブルを汚さずに食ってみせるからな!」

 

 クリスがテーブルを汚さないように手や口を汚していく様子を眺めながら、賢治は世界を平和にする方法を真面目に考察し始めた。

 

 

 ◇

 

 

 家に帰った私は夕食も食べずにベッドに沈んだ。下からはお婆ちゃんの作った煮物のいい匂いがしているけど、今はあんまり食欲が湧かない。

 

「賢治さんが生きている……か」

 櫻井博士から言われた言葉が頭から離れない。賢治さんの家の近くの公園にいたかノイズがひとりでに一掃されたのは何者かがノイズを倒したから、焼け焦げた林と残った煤から誰かがノイズと戦闘を行ったことが分かる。

 監視カメラの映像には残っていなかったけど、ノイズと戦える技術を作れるのは櫻井博士と賢治さんだけ。櫻井博士は有り得ないから消去法で賢治さんがそこに居たということになる。

 ノイズの再出現も無かったし、高確率で生きているって言ってたけど……。

 ──なら、なんで会えないの? 

 

 生きてるはずの賢治さんはどこかへ行ってしまった。警察の大規模な捜査は終わっているけど、二課の人たちが今も賢治さんを探してくれている。

 ──会いたいよ。

 

 そう思って、見るのが怖いくせに遠くに置きたくない理由で枕の下に隠した髪留めを取り出そうとすると

「枕があったかい?」

 枕の裏面が湯たんぽに当てていたかのように暖かかった。

 枕をどけてV字の髪留めのケースを握るとケースは何かで熱されたかのように熱い。蓋を開けて髪留めを撫でると髪留めは指を近づけただけで分かるぐらい熱を発していた。

 直に触るのが危ないと思えるほど熱い髪留めをケースごと手で包む。

 胸に置くと冬用のパジャマの厚い生地を通り抜けて髪留めからの熱が伝わってくる。

 

「賢治さん、生きてるんだ」

 ケースをぎゅっと握りしめてちょっとした奇跡に涙が溢れ

 

 クゥ

 

「あっ」

 安心した心にお腹がご飯を食べたいと催促し始める。

 空気を読むことを辞めた身体を苦々しく思いながらも、お婆ちゃんの煮物を食べるため、さっき言った言葉を撤回しに私は階段を降りていった。

 




こちら「よもやまばなし」の後に投稿した前回のお話と言うややこしい物になっております。
実は「籠の中」→「よもやまばなし」だと、人物の心の機微が気に入らないというか、状況証拠的に死んでいる可能性が高い人間を、生きているという前提で会話しているというメタ的な印象の強い話の繋がり方になってしまったため、今回1話継ぎ足させていただきました。

続きに期待していた方申し訳ありません。

戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
次回「文学少女 立花響」


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よもやまばなし

どんどん執筆速度が落ちる今日この頃。
これからも忙しくなりますが、最低でも週一ペースで更新したいと思います。



「Balwisyall nescell gungnir tron」

 

 崩れた街中。

 その歌が少女の口から始めて紡がれて、既に幾ばくかの時が過ぎていた。

 

「このっ!」

 緑色の大型ヒューマノイドノイズに飛んできた少女の拳が叩き込まれる。しかし、全力で放った一撃でありながら、その一撃は大型ノイズの表皮を炭化させるだけに留まった。推進力を失い、空中に身体を漂よわせた少女にノイズの反撃が入り、吹き飛ばされた少女はビルの中へ叩き込まれる。

 

 少女はすぐに立ち直るとビルの天井をぶち抜いて屋上へ上がり、足に備えられたパワージャッキを稼働させビルの屋上に2つ目の穴を開けながら飛び立った。

 

 次いで大型ノイズの顔面へ蹴りが叩き込まれるが、その蹴りも決定打とはならない。

 少女はそのことを確認するとノイズの身体を踏み台にしてノイズの頭上へ飛んだ。宙を返りながら両腕のハンマーパーツを展開させつつノイズの頭頂部へ着地する。

 

「これなら」

 左腕を振り上げてハンマーパーツを解放し、超近距離から勢いのついた拳がノイズの体表に突き刺さる。その一撃もノイズを崩壊させるには至らなかったが、ノイズの体表はぐずぐすと炭化してぽっかりと穴が開く。

 

「どう!?」

 左腕と入れ違いに右腕がノイズの炭化した体表から体内へ突っ込まれる。そして左腕よりもエネルギーを溜め込まれた右腕がノイズの内部で弾けた。

 

 解放されたガングニールのエネルギーが渦を描いてノイズの体内をえぐり返す。大型ノイズの身体は中心から真っ二つに裂けて炭へと変わった。

 

 大型ノイズを倒した響だったが、その後の動きは鈍く、退避はおろか受け身も取れないまま落下し、地面へ倒れ伏してしまった。

 

「ふっ……くぅ」

 すぐさま立ち上がろうとするが、手足に力が入らず思うように立ち上がることができない。

 

 響のシンフォギアをよくよく見てみればその輝きは鈍くなっており、身体も煤にまみれている。出力を保つために欠かせない歌を歌えないほど呼吸が荒くなっていることからも響が相当に消耗していることが分かった。

 

 黒化時のような無尽蔵に力が湧いてくる感覚は無く、使えば使うだけはっきりと感じて取れる体力の残量。響の体力はとっくの昔に底をついていた。

 

 身体が重い……。ノイズと戦うのってこんなに疲れるんだ……。

 

 這いつくばった状態からようやく片膝をついて膝立ちになる響だったが、その息も絶え絶えと言った様子は、はたから見てとても戦えるとは思えない状態だった。事実、響のヘッドギアからは弦十郎の退避命令の声が響いている。

 

 

 ……身体重い。呼吸するので精一杯で歌が歌えない。

 

 響の前にワラワラとノイズが現れる。

 

「……だから……何だって言うのさ」

 呟いた言葉は冷たく、その冷気に呼応するかのように黄色を基調としたガングニールのシンフォギアに黒が差し込む。

 弦十郎の言葉など一欠片も届いていない様子で、目だけをギラギラと輝かせた響は身体を引きずるようにして立つと、自身の手足と腰に付いている推進器をでたらめに使用して、無理やり宙に舞い上がった。

 

 放り投げられた人形のようにぐたぐたと手足をぶらつかせながら空を舞う響はノイズの姿を捉えるやいなや、すぐさま腰のブースターをふかしてx軸を合わせると、腕のハンマーパーツを展開させて重力に乗って落下した。

 

『我流・黒装烈風』

 

 ノイズの群れの中心に着地すると同時に両腕のハンマーパーツが同時に撃ち放たれ、黒い竜巻が発生し周囲のノイズを一掃した。

 

 竜巻はノイズを消した後も持続し、その風は響自身を空へと高く舞い上げた。

 威力は減退しているものの、人1人をビルよりも高く打ち上げるような大きな衝撃は、相応の痛みを伴い、響の口からは自然とうめき声が漏れる。

 しかし、そのことを全く気にしていない様子の響は、打ち上げられた後にジャッキとブースターを利用して空中を浮遊することに集中していた。

 そして次の獲物を見つけるや否やノイズの元へと飛んで行く。

 

 それは人形をボールに見立てた壁当てゲーム。

 

 ガチンガチンと空撃ちによる反動で身体を空中に固定させている響はさながら姿勢制御をするスペースシャトルのようにも、もっと単純に風に巻かれて吹き飛んだ人形にも見える。

 

 街を徘徊するノイズの群れは空から飛来するスクリューボールによって瞬く間にその数を減らしていった。

 

 しかし、満身創痍の身体を体とは関係のない腕のハンマーパーツと脚のジャッキを利用して無理やり操ってノイズに突貫させるという、無茶苦茶な戦法は確かに強力だが、そのような負荷も燃費も劣悪な戦い方が長く続くはずも無く、幾ばくとしないうちに反動を制御しきれなくなった響は墜落し、ぐったりと地面に倒れ動けなくなってしまった。

 

 マフラーに口元は隠されているがその息遣いはもはや言葉を話せないほど荒く、身体には拳を握る力すら残されてはいなかった。

 

 そして響の周りにノイズが集まりだす。多くを駆逐したとは言えノイズは未だ何十体か残っていた。それらは動けなくなった響を狙って距離を詰めはじめている。

 弦十郎が退避命令を叫ぶが、もはや指一本動かない響はその命令を聞いているがなすすべがない。

 

 それでも未だ死んでいない目をした響は、心のうちから闇を汲み出そうとして目を閉じる。

 響の周りに黒い霧が漂い始める。迫るノイズたちの音の無い威圧感と相まって不気味な静寂が周囲を支配する。

 

 

 〈絶刀・天羽々斬〉

 

 静寂を破ったのはノイズでも響でもなく巨大な剣だった。

 

「せいやァァァ!!」

 人の背丈を遥かに超える巨大な刃がアスファルトを豆腐のように両断しながら滑り込み、ノイズと響の間に壁を築いた。

 

 

『天ノ逆鱗』

 

 風鳴翼が響の窮地に馳せ参じたのだ。

 

 翼の叫び声を聞いて、驚いた響から漏れ出ていた黒い霧が霧散する。

 

「翼! 残ったノイズの総数はそう多くない! 速やかに排除して響くんを連れて帰ってくれ!」

 翼の耳にヘッドギアを通じて弦十郎の指令が届く。

 

 アームドギアを巨大化させながら翼はノイズの前に立った。

「承知!」

 

 響を狙って集まりつつあった最後のノイズの群れは翼の手によって瞬く間に切り伏せられ、戦闘はあっけなく終わりを迎えた。

 

 追加のノイズもなく、その後の処理は迅速に行われ、戦闘終了時には気絶していた響も翼の手によってすぐさま最寄りの病院へと搬送された。

 

 こうして立花響の二課の装者として初の戦闘は、幕を下ろしたのだった。

 

 

 ◇

 

 

旦那(弦十郎)! 響は無事なのか!」

 司令部へ慌てた様子で踏み込んできたのは天羽奏。先の戦闘の映像を見て、居ても立っても居られなかったようで響の安否を確かめるため弦十郎の元を訪れていた。

 

「落ち着け、奏。響くんなら大丈夫だ」

 

「大丈夫!? あれの何処が大丈夫なんだよ! あんな無茶な戦い方をして! あんなボロボロになって! 旦那たちはああなるって分からなかったのか!?」

 

 弦十郎は口惜しそうにする。

「……そうだ。俺たちは黒化状態を元に響くんの戦闘能力を算出していた。そのせいで通常形態の響くんの戦闘能力を見誤ってしまっていた。……本来ならもっと安全な戦場で実戦を経験させるべきだったと言うのに」

 

「過去の話なんざどうでもいい! 響の容体はどうなんだ!? あんなハデにぶっ倒れちまって! 後遺症とか大丈夫なのか!?」

 

「その点については大丈夫だ。響くんの身体に大事はない」

 

「大事無いならなんで響は倒れたんだ! やっぱどっか悪いんじゃ」

 弦十郎は取り乱す奏の肩をがっしりと掴んでゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「奏。落ち着いて聞くんだ」

 

 弦十郎の真剣な眼差しに奏がごくりとつばを飲み込む。

「……。響くんは、疲れた、だけだ。いいな? 響くんは初めての戦闘で体力を使い果たしただけなんだ」

 

「……は?」

 

 その言葉にキョトンとした奏は確認するようにゆっくりと弦十郎の言葉を繰り返した。

「……疲れただけ?」

 

「ああ」

 

「本当に?」

 

「ああ、身体に異常は見られない。今は病院で眠っている所だ」

 

 

 ◇

 

 

 立花響 15歳

 中学校3年間の体育の成績 オール3

 部活動の経験 無し

 身体能力における特筆すべき点 無し

 趣味 家事手伝いと歌を歌うこと。

 

 体力量 ごく一般的な女子中学生相応

 

 

 ◇

 

 

 初めての組織的な戦闘の次の日。私は全身を激しい筋肉痛に苛まれベッドから起き上がることすらままならなくなっていた。

 

 病室は簡素でつまらないけど、暇を潰そうにも身体全体が痛くて動けない。というか動きたくない。そんなジレンマを抱えたままぼーっとしていると、私の病室の扉が開いた。

 

「息災か? 立花」

 

「よぅ! 調子は……。って良い訳ないか」

 入ってきたのは奏さんと翼さんだった。

 

「えぇ、まぁ。二人の方こそ、お仕事あるんじゃないんですか?」

 

「私たちは仕事柄、出演を突然断らなければならないことが多い。それが公務だとしても、そうなれば先立に迷惑をかけてしまうのは必定。故に私たちは他のアーティストのようにテレビ番組やラジオに出ることは極力控えているのだ」

 

「その分、曲は結構早いスパンで用意しているが、それでも自由時間は多い方なんだぜ」

 

「うむ。私も今日は検査入院ということになっている。もっとも立花とは違い、こうして万全の状態なのだがな」

 

「サボりとも言う」

 

「奏。貴女の方こそ、昨日は出撃していないのだから一人でも待機」

「アタシらは、二人で一人のツヴァイウィング。だろ?」

 

「うっ……。それは……。そうだけど」

 

 私と話していたはずなのに急に惚気だすあたり、随分と距離感が近いというか、オブラートに包んで仲が良いんだなぁと思う。

 

 

「にしても、こうして知り合いを見舞うなんて久しぶりなんじゃないか」

 

「うむ。深海さんが二課に居た頃は、奏の付き添いでよく訪れていたものだが、最近はめっきり減ったな」

 

 翼さんが気になることを言うと目に見えて奏さんが取り乱す。

 

「ばっ……! 響の前でそんなこと言うんじゃねぇよ!」

 

「うん? どうしてだ? 知り合いを見舞うのは良いことだろう」

 

「いや……。まぁ、それはそうだけどよ」

 

「今も思い出せるぞ。任務が終わるたびに検査入院しなければならない深海さんに向かって「ちったぁ養生しろ」と怒鳴った奏の」

「お前もう黙れって!」

 

 奏さんが翼さんの肩をグーで叩いて翼さんを黙らせる。

 

 

「……奏さんは賢治さんとどう言う関係だったんですか」

 

「どう言う関係……。そうだな、私たちは互いに一番の親友であることは当然だが、その次に来るのは恩師である叔父さま、マネージャーである緒川さんであるとして、深海さんは一番親しい男友達に」

「ア、アタシと賢治は同期なんだよ! 二人とも病院送りが日常だったからな。だから色々と互いのことを知ってんのさ」

 

 明らかにはぐらかされてるけど

「病院送りが日常茶飯事って……。奏さんの事情は知ってるけど、賢治さんも病院送りって言うのは。……ちょっと想像つかない」

 

「深海さんは表面を取り繕うのは上手いからな。しかし、その実、その身に科せられた宿命はまるで沖田総司のごとく……」

 

「賢治の奴は二課に入るまでずっと病院暮らしだったんだ」

 

 それは知ってる。本当に軽くだけどその話は聞いたことがある。

 

「で、病院で色々とやらかして風鳴の爺様に目をつけられて風鳴機関の電子工作員として……」

「えっ!?」

 

「うん、どうしたんだ?」

 

「風鳴機関ってたしか政府直属の諜報機関だよね。奏さんと同期なら5年ぐらい前の話でしょ? まだ16歳ぐらいの賢治さんがどうやって」

 

「同期になったのは二課配属で、風鳴機関に入ったのは14歳の頃だ」

 

 奏が翼の肩を叩きながら首を振る。

「翼ぁ。響はそういうことを聞きたいんじゃねぇの」

 

「賢治はその昔、異端技術専門のハッカーだった。病院生活の憂さ晴らしに、世界中の異端技術研究所に不正アクセスしまくって情報を収集していたんだ。世界各国の最重要機密を盗み見るあたり腕は相当なもんだったらしいが、最終的に本気を出した風鳴機関に捕まった。そんで、今まで集めた情報を纏めたノートは没収されちまったんだけど、そのノートの中身が風鳴機関も手に入れられていなかった各国の保有する聖遺物の目録だったもんで、その腕に風鳴の爺様が目を付けたって訳だ」

 

「うむ。腕を買われた深海さんは齢14歳にして日本最高の諜報機関である風鳴機関に取り込まれ、のちに弦十郎叔父さまが発足した特異災害対策機動部二課に転属することとなったのだ」

 

「へぇ……」

 なんとも作り話みたいな話だ。月9の一本ぐらい作れそうな盛り具合。

 

「……そういえば、病院暮らしって言ってたけど、賢治さんってどこか悪かったの?」

 

「どこかと言うよりは全体だな。深海さんは叔父さまが太極拳を教えるまでは、まともに外を出歩けないほど身体が弱かったのだ」

 

「え?」

 そう言えばそんな事も言っていた。

 

「らしいな。アタシは二課に入った頃の、四六時中研究をしている姿しか見たことなかったけど、事あるごとにぶっ倒れて救護班に運ばれるのは何度も見たことがある」

 

「その度に発破と称して、見舞いに゛」

 

「いい加減、口を滑らせすぎだぞ翼」

 

「奏さん顔真っ赤」

 

「んな!?」

 ボソッと呟いた言葉は聞こえていたらしく、ほんのり赤かった顔が耳まで赤くそまる。

 

「奏の片翼を自負する者としては癪な話ではあるが、深海さんと奏は事あるごとに衝突しその度に仲を深めあっていた」

 

「……その話詳しく」

 

「待て、待てっておい! 恥ずかしいだろうが!」

 

「ふむ、ならばやはりあの話が一番華があるな。ある時、奏が絶体絶命の危機に陥った際にヘリに乗った深海さんが奏に新作の対ノイズ兵装を投げ寄越してこう叫んだのだ「奏の歌を聴かせてくれ!」とな」

 

「……へー。へぇ……」

 

「その話、ほんと止めろ!」

 

「うん? ならば、初めて奏が実戦に出た時の話を」

 

「それは気になる」

 

「……っ! いい加減黙らないと翼でもただじゃおかねぇぞ!」

 




奏「昔口説かれてました」

響「マ?」ゴゴゴゴゴ

うちのグレビッキーは原作ビッキーと比べてINTが高い分、STRが低いです。しかも一番の心の支えが不在でメンタルが紙状態かつ、INTが高いが故に映画訓練の効果が薄まるため、単純な能力値は伸び率を含め原作ビッキーを下回ります。
それでも原作ビッキーより強そうに見えるのは単に殺意の違いです。

我流・黒装烈風
XDにそんな技はありません。オリジナルです。映像化するならグレビッキーの地滅噴砕が竜巻に変わる感じ。
攻撃後に残ってジャンプ台になるのはキンハー3のエアロからの発想。

戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
次回 「ナイスなボードを用意して眠れ」


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独奏の終わり

作風変わります(x回目)
これ以降基本的に三人称で進めていくことになると思います。


 フィーネの屋敷。

 

 屋敷の大広間で向かい合って昼食をとるフィーネとクリスの間には流れるのは重い沈黙。時折思い出したかのように交わされる会話も的外れの方向へ打ち返されたピンポン球のようにすぐに途切れてしまう。

 そんな中クリスは意を決してフィーネへ話しかけた。

「フィーネ……。前々から気になっていたけど、アンタはどうやって世界から戦争を無くすんだ?」

 

 フィーネは興味なさげに一口大に切り分けた肉を口に運んだ。

「そのような事を聞いてどうする? この世から争いを無くすすべは私のこれ1つだというのに」

 

 冷たく突き放すようにそう言うフィーネに対して、クリスは食い下がった。

「あたしは納得してぇんだ。あたしがやって来た事がどういう事なのか。その先に何が待っているのか、あたしの望む未来が本当にあるのか。ちゃんと聞いて考えて判断したいんだ」

 クリスのぐっと拳を握るその仕草にフィーネは既視感を覚えた。

 

「……ふん。馬鹿弟子の入れ知恵か。こちらに協力する気などさらさらないくせに」

 侮蔑の表情を浮かべるフィーネに対して、クリスは複雑な思いを抱いた。

 

「……」

 

 しばしの沈黙ののち、ぐっと堪えるように俯いたクリスを見たフィーネは熟考の末、口を開いた。

「……良いわ。貴女には私がどのようにしてこの世を救うのか。その方法を特別に話してあげる。ただし、この事は他言無用よ」

 

 その言葉を聞きクリスがパッと顔を輝かせる。

「分かってるっ!」

 

 嬉しそうに言ったクリスのその言葉をフィーネは内心鼻で笑っていた。

 

 たとえ本人にその気がなくても、他者に強くねだられれば、最後まで嫌と言えないクリスのお人好しな性根をフィーネは知っている。

 頭のキレるあの馬鹿弟子(深海賢治)の側に置く以上、クリスにはあまり情報を与えておくべきではないとフィーネは考えていたが、先ほどの自分に懐疑的な視線を送っていたクリスを見て、今は信頼を得ることが肝要だと判断したのだ。

 

「そう……。まず初めに私の計画の最終目標であるバラルの呪詛について話さなければ。これを知らなければ人類の争いの根源すら理解できない。クリス、よく聞いておきなさい。まずバラルの呪詛とは……」

 

 クリスに怪しまれないよう、それでいて納得の行くように言葉を選んで計画を話し始めたフィーネだったが、話を続けるうちに話はフィーネ自身の思惑を大きく外れていった。

 

「まぁ、正直に言ってしまえばあんなもの改変ばかりで役には立たないのだけど、有名だから一応説明しておこうか。聖書におけるバラルの呪詛であるバベルの塔の記述に「全ての地は、同じ言葉と同じ言語を用いていた。東の方から移動した人々は、シンアル[4]の地の平原に至り、そこに住みついた。そして、「さあ、煉瓦を作ろう。火で焼こう」と言い合った。彼らは石の代わりに煉瓦を、漆喰の代わりにアスファルトを用いた。そして、言った、「さあ、我々の街と塔を作ろう。塔の先が天に届くほどの。あらゆる地に散って、消え去ることのないように、我々の為に名をあげよう」。主は、人の子らが作ろうとしていた街と塔とを見ようとしてお下りになり……」

 

「あー、うん、はいはい」

 フィーネの壮大な脱線話は長々と続きクリスは冷えたブロッコリーを弄びながら生返事をしている。

 聞いてきたクリスの側は不真面目な態度を取り始めており、普段のフィーネなら電撃の1つは浴びせてきてもおかしくないのだが、今のフィーネは普段とは様子がちがった。

 

 初めこそ言葉を選んでいたが、フィーネ自身が持つ学者気質が仇となり、自身の計画を話すその語調はどんどん熱く細かく長く、際限なく饒舌になっていた。

 

 その様子は正に水を得た魚。滅多に話す機会の無い自身が今まで貯めてきた知識をここぞとばかりにひけらかし、その快感にフィーネは酔いしれていた。

 

 簡単に言うならば、「あいつ〇〇のことになると早口になるよな」状態である。

 

 

『 (超詳細かつ迂遠で長大な話)=月ぶっ壊す 』

 

 その結果、最終的には話すつもりのなかった不都合な詳細までもクリスに聞かせてしまっていた。

 バラルの呪詛どころか、自身が古代人であることも、カ・ディンギルのことすらも。

 

 当然、その話を聞かされたクリスのフィーネに対する好感度は、SASUKEのそり立つ壁の如きえぐれるような角度で急降下していたのだが、好き放題解説ができて興が乗っていたフィーネがその事に気付くことはなかった。

 

 

 その日の夜、フィーネの月破壊の計画を聞いたクリスは既にどちらに味方するかほとんど決めていた。賢治の方もそろそろ本格的に脱出せねばと危機感を募らせており、それはつまり、事が起こるのにもう時間がかからない事を意味していた。

 

 

 ◇

 

 

「はぁ、はぁ、はぁーっ」

 

「ほれほれどしたどしたー! 響が参加したいって言ったんだろ? もうちょいだから頑張れ頑張れー!」

 

「分かって、る」

 軽快に駆ける奏が後ろを振り向いて幽鬼のように走る響に声をかけている。

 

 春目前。桜の蕾も次の暖気を今か今かと待ち望んでいる4月の初め、リディアン音楽院の入学式まで一週間を切った頃。

 立花響はツヴァイウィングのトレーニングに混ざっていた。

 

「立花、無理に私たちに合わせなくても」

 響の前を無遠慮に駆け抜けた奏に対して、響のペースに合わせて並走する翼は響の横でちょくちょく声をかける。

 

 ──話しかけないで

 

 別に翼のことが嫌いだとかそういうのではなく、ただ単純に話すことすら億劫なほど、疲れている響は、翼の存在を鬱陶しく思いながらも

「やれます」

 そう一言言って、それ以上は言葉を交わすのも辛いために、翼の方を見ずにロボットのように腕をぶんぶん振って前だけを向いて走っていった。

 

 しかし悲しいかな。翼からすれば、今の響の速度は小走りにも及ばない。当然、そんな速度では奏との距離は開く一方であり、早くもその姿は遥か彼方にある。

 

 一心不乱に走る響の背中を眺める翼。

「……はぁ、そう言うところは奏によく似ているな」

 奏が自身のトレーニングに参加し始めたばかりの頃を懐かしんだ翼は、あの頃の奏と同じように着いた後に倒れないよう、一度ぐっと響のウェアの襟を掴み無理やり立ち止まらせると、響の口にドリンクを突っ込んだ。

 

「一旦休め」

 

 そう言う翼を響は睨み付けたが、翼はただ笑うだけだった。

 

 ◇

 

 

 先日の髪留めの発熱によって賢治との繋がりを感じられてニマニマしてた響だったが、後日、奏の持つシンフォギアも発熱していたことが発覚。

 奏のシンフォギアを賢治が手ずから改良を加えていたことを知り、自分だけだと思っていた響はちょっとだけご機嫌ななめ。

 

 小学生の頃から運動は嫌いではない(積極的にやるほど好きでもない)響は鍛錬6割、イライラの発散4割の動機でツヴァイウィングのトレーニングに同行していた。

 

 ところが体力が資本であるベテランシンフォギア装者のトレーニングに、半暴走という体力無限チートを持ってして互角だったごく普通の中学生が付いていけるはずもなく、バテバテの状態で何とかお尻にしがみつくのが限界であった。

 そのことに響は更にイライラを募らせ、むしろ響の機嫌を悪くさせるだけのはずだった、が。

 

 ◇

 

「お疲れさん」

 ランニング後、そう声をかける奏だがベンチに腰を下ろした響はさながら燃え尽きたジョーのように動かない。1つ違う点として響の息は死ぬほど荒いことぐらいか。

 

 図らずもイライラは体力の消耗による思考能力の低下によって。というか疲れすぎて考えるのがめんどくさくなったことによって何処かへ吹っ飛んでいた。

 

「ったく」

 息も絶え絶えな様子の響の頭にべしゃんとびしゃびしゃの濡れタオルがはたきつけられた。

 冷たく滴る水が火照った身体を冷やしていく。だがその様子を見て驚いた翼は奏を強く咎めた。

 

「奏!」

 

「気付けだよ。気付け。ほれ、背は真っ直ぐにしておいた方が辛くねぇぞ」

 響の頭に乗せたタオルを顔にかからないように調整した奏は響の姿勢を正す。

 

「まったく。ほら飲み物も飲みなさい」

 次いで翼が持ってきたスポーツドリンクにストローをさして響の口元に当てる。

 響がされるがままに飲み物を飲みはじめると、響を挟んで奏と翼が、響のこれからのトレーニングについてああでもないこうでもないと話し始めた。

 

 ◇

 

 響の息が落ち着き始め2人の攻勢に響が抵抗し出した頃。

 

「まるで親鳥と雛だな」

 何くれと世話を焼く2人の姿をそう称して風鳴弦十郎が現れた。

 

「旦那。どうしたんだよ」

 

「いやなに、響くんが2人のトレーニングに同行するらしいからな。様子を見にきたんだが……、案の定と言ったところか」

 2人の介抱に対して、子猫のようにか弱い抵抗をしていた響はその動きを止めてギッと司令を睨みつける。

 

「私がこうなるって分かってて焚きつけたでしょ」

 響に2人のランニングについて行くことを勧めたのは司令だった。

 弦十郎の見立てでは9割の確率で付いていけないだろうと予想を立てていたが、もしかしたら体力の使い方が下手だっただけということも有るかも知れないので試しに勧めてみたのだ。結果として響の体力が本当に人並みでありことが判明したが、それはそれで良いと考えていた。

 

「まぁな!」

 腰に手を当ててワッハッハと笑った司令に響は苦々しげに言った。

 

「たぬき親父」

 

「曲がり也にも特務機関の長だぞ、俺は。腹芸の1つや2つできなきゃ困る。俺の上には俺なんぞ足元に及ばない化け狸がわんさかいるんだからな!」

 そう自慢げに話す司令を見て、

 ──なるほど確かに賢治さんの師匠なんだな

 と響は思った。

 

「ま、俺の見立て通り響くんの体力はまだまだ装者に求められる水準にまるで足りていなかったわけだ」

 

「見た目に反して運動オンチで悪かったね」

 そう言った響に両サイドが肩に手を置いた。

 

「いやぁ、素人がアタシらに最後まで付いてこれるなんて根性あるぜ?」

 ニッと笑って親指を立てるのは奏。

 

「少なくともランニング中のフォームは素人には見えなかったぞ」

 そう言って腕組みをして頷く翼。

 

「響くんは体力が足りないだけだ。でなければシンフォギアで戦うなんてまともにできないはずだからな」

 そう言って司令がわっしゃわっしゃと響の頭を乱暴に撫でる。

 

 三者三様の言葉に響の顔は熟れたりんごのように真っ赤になった。

 

 ◇

 

「さて、2人とも、そろそろ次の予定の準備があるんじゃないか」

 司令がそういうと同時に学校のチャイムが鳴り響く。

 

「あらら、もうそんな時間か」

 

「もう少しこのままで居たかったが仕方ない。それではまたな。立花」

 スッと立ち上がった奏に続いて翼が立ち、互いに軽く挨拶を済ませると2人は颯爽とその場を後にした。

 

 残ったのは響と司令。響もここに留まる理由もないので、寮に戻って勉強でもしようかと思ったが、その前に司令が響に話しかけた。

 

「響くん。今日は時間空いているかね?」

 

「ええ、まぁ」

 仁王立ちのまま話しかけてきた司令に若干ビビりながら響がそう答えると司令はニッカリ笑った。

 

「そうか! ならどうだろうか? これからトレーニングについてウチで話さないか?」

 

「司令の家?」

 

「そうだ。あまり帰れていないが麦茶ぐらいは出せるぞ」

 

「いや別に飲み物はいらないですけど……」

 響の膝の上には翼が置いていったスポーツドリンクが乗っている。

 

「飲み物だけでなく、茶菓子も常備してある」

 

「いや別に……」

 おずおずとそう言った響を見て弱った顔をした司令だが、すぐに気をとりなおして響に言った。

 

「ともかくだ。2人と同じ練習メニューではダメなことが分かった以上、響くん専用のメニューを考えなければならない。ここで話し合っても良いが、どうせならもっと良い所で話した方が良いだろう?」

 

「それは、まぁ、そうだけど」

 

「なら良し。善は急げと言うからな。二課のブリーフィングルームを借りるとしよう」

 そう言って司令は響について来いと言って歩き出す。強引な話運びにあきれながらも響はしぶしぶながら司令について行った。

 

 ◇

 

 ブリーフィングルーム。

 響が机に座って待っていると、いそいそと何かの準備をしていた司令が準備を済ませた様子で響の横に並び立った。

「これが、俺たちの教材だ」

 そう言って司令がリモコンを操作してモニターに電源が入る。

 

 響は何が出るのか少しばかり楽しみにしながらモニターを注視する。

 

 ビィンと古めかしいテレビの作動音と共にモニターに映されたのは岩場に波がぶつかり砕ける映像。

 ザッパーンザッパーンと言う音と共にモアイが2つ並んで現れた。

 

「……は?」

 

 数秒がたち、悪い意味で驚きで惚けていた響の口から出たのは困惑の一言。

 チラリと司令を見るが司令は間違えたと慌てる様子もなく映像を食い入るように見つめている。

 

 モアイが消えて次に移ったのは中国の原風景、中華風の弦楽器を中心とした音楽が無駄に質のいいスピーカーから流れ、場面が変わり拳法家っぽい男が正拳突きを繰り返す映像が流れる。

 

「さぁ、これを見て俺と共に強くなろう」

 そう自身満々に力こぶを作って言う司令に対して、響の顔はまるでお面を被っているかのように無表情。

 それでいて身に纏う雰囲気は北海道の4月になっても道路を埋めつくす氷のように冷ややかだった。

 

 その事を鋭敏に感じ取った司令が響に何か言おうと振り返った。瞬間、響がガタンと立ち上がりブリーフィングルームを出ようと扉へ向かって歩き出す。その足に迷いは一切ない。

 

「待」

 司令が声をかけようと手を伸ばしたが、扉に手をかけた響が振り返ると同時に手が止まる。

 

「司令って暇なんですね」

 絶対零度の一太刀が司令に炸裂。子供の頃に受けた親爺の叱責よりなお痛烈な一撃を受けて崩れ落ちる司令。その姿を横目で一瞥し、響はブリーフィングルームを後にした。

 

 既視感と同時にやってしまったと言う後悔と共に床にどっかりと座り込んだ弦十郎。

 ──響くんはこう言うのだめだったかぁ

 猛烈な反省と共に頭をガシガシとかく弦十郎だったが、せっかく付けた映画なのだからと、映画を鑑賞しながら響のトレーニング案を真面目に考えることにした。

 

 弦十郎が映画に興じる姿を、打ち合わせから戻ってきたツヴァイウィングに見られて呆れられるのは約2時間後のお話。

 

 

 ◇

 

 

 後日、過去に賢治と共に作った「半死人でもマッチョになれる弦十郎流拳術」のファイルを元に響専用トレーニングマニュアルを作成した司令は、それを響に提示した。響はそのマニュアルに目を通して受け入れ地を這った司令の好感度も僅かに上がった。

 

 このファイルの説明の折

「賢治さんをダシにすればなんでも通るとか思ってない?」

 と響に鋭いツッコミを入れられたものの

 

「そんな事あるわけないだろう! これはあくまで有用な前例を利用しただけだ」

 と司令は否定した。

 

 ……しかし、最初二課に協力することに対して乗り気でなかった響が、賢治の情報を優先的に回すと条件を付け足した瞬間手のひらを返したことを弦十郎は忘れていなかった。

 

 

 

 




回を追うごとに基礎ステータスがクソ雑魚ナメクジになるオリ主。まぁコレは作者の好みの問題なんですけどね。

さて次回からいよいよ本編筋から脱線し始めます(元から?)
オリジナル展開は二次創作の醍醐味ですからね!

司令の武術って我流の太極拳(どこかで言ってたのような?)だと思っていたんですが、調べてみるとだいたい謎の武術なんですよね。発勁って普通の中国映画見て学べるんでしょうか?

戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
次回「嵐の夜に」


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笹舟流るる

XDの拘束時間がエグいです。マルチ戦が長すぎて小説書くかXDやるかの二択になってる今日この頃。


 青々とした木々に包まれた洋館の中、日は既に高く、窓から刺す光は人形の頭部にある金の髪パーツを一層輝かせていた。

 

 その日も通常通りフィーネ人形は製作者の第一種命令である監視行動を忠実に行い、監視対象が脱走しないように書庫を外側から見張っていた。

 

 数キロ先まで鮮明に見れる高性能カメラアイに瞬きは無く、その胸に秘められた超高性能電池は一度の充電で100時間以上の活動時間を誇る。手に持つように装備された杖状の武装から放出される電撃は一発のチャージに時間こそかかるものの致死性すら帯びている。そんな非武装の人間を監視するにしては用途に釣り合わないと思われほど高性能のロボットは、

 

 

 天才を相手するには役不足であった。

 

 

 ◇

 

 フィーネ人形がいつものように書庫の奥へと消えていく賢治の姿を記録して数分後、唐突に書庫の扉が開け放たれた。

 出てきたのはフィーネの手駒であるクリス。賢治以外に書庫に居るのはクリスだけであり、ある意味当然のことである。窓の外にそれぞれ仕掛けられたカメラから送られた情報によりフィーネ人形は賢治が活動状態であることを感知している。それにもかかわらず書庫から出ようとしたクリスに対し、人形はプログラム通り、軽度懲罰モード用の電撃を溜めながら言葉を発した。

 

「深海賢治が活動して……」

 しかし人形が定型文を発しきることは無かった。

 人形が口上を言い切る前にクリスの後ろから何かを振り上げた人影が飛び出してきたのだ。人形のAIはその高いスペックによって引き伸ばされた時間の中、コードが絡まった謎の機械を掲げた深海賢治を認識した。電撃を即座に懲罰モードから戦闘モードに切り替えるが、電撃を発するには3秒の時間を要する。その時間は、人形が機能停止に追い込まれるまでの時間に対して絶望的なほど長い時間であった。

 

 腕が振り下ろされ何かの機械が人形に突き刺さる。機械の中央に取り付けられた青い棒が花のように開き活動を開始する。一瞬にしてロボットのAIは駆動系から切り離され、手にもたれた紫の玉は光を失いロボットはカックリと肩を落とし僅かに稼動音を響かせるだけとなった。

 

 行動不能から更に数秒、人形のAIは取り付けられた機械によって完全に掌握された。男の手によって人形のまぶたが閉じられたのを最後に、人形から館の中央に備えられた大型PCへ送られていた映像は途絶えた。

 

 ◇

 

 フィーネ人形があっという間に鎮圧され、唖然とするクリスの前で、賢治は動かなくなった人形に貼り付けた機械に、書庫の奥にあった型落ちPCから取ってきたキーボードを接続し、何やらカタカタと操作を始める。

 

「フィーネのおもちゃはまだ何体もあるんだぞ。そんな一体に構ってんじゃねぇよ」

 そう、落ち着かない、不安感を隠しきれないクリスがそわそわしながら急かしたが、

 

「大丈夫。大丈夫」

 賢治はそう言って機械を操作するばかり。

 

 数分もすると他のフィーネ人形が集まり始め、クリスは慌てたがフィーネ人形はそんなクリスの様子を無視して、フィーネの音声を発することなく2人の前に整列した。

 

 整列したフィーネ人形の頭にポンと手を置きながら賢治がニッと笑う。

「同等のPCで俺がハッキングできない機械は存在しない」

 ドヤ顔でそう言った賢治の頭をクリスがポカンと軽めに叩く。

 

「そう言うのは始めっから言えっての」

 

「いやまぁ、意外性というかちょっとしたサプラァイズ。みたいな」

 

 ポカン

 

「真昼間に堂々と脱走するって時点であたしには十分サプライズだっての。てかよ。真昼間に脱走って大丈夫なのかよ」

 

 賢治が手のひらをひらひらと振って軽薄に言う。

「むしろ昼の方がいいのさ。あの人、公の立場を持ってるから昼はここに居ないし。警察組織もやっぱり昼の方が仕事が早いからね」

 敵は遠くて味方は早い。こんなに良いタイミングは無いのさと語ってフィーネ人形と共に行軍を始める賢治。

 

「ちょっ、どこ行くんだよ」

 

「どこってコレと接続していた中央PCの所さ。この人形は内部回線しか持ってないようだからね。外と連絡するにはコンピューターを奪わないと」

 

「……なるほどな。ならPCの方はお前に任せる。あたしは杖を取ってくる」

 クリスの杖と言う言葉に賢治が数秒フリーズしてポンと手を叩いた。

 

「お前、忘れてたのか?」

 

「すっかり忘れていたよ」

 

 クリスが深いため息をつく。

「むしろ最大目標だろうが。まったく。あんたはそのまま外部と連絡を取りに行きな」

 

「了解。……それじゃあ、一応クリスちゃんにロボットを一台付いて行かせておくね」

 

 賢治がキーボードを操作すると、整列していたフィーネ人形の一体がクリスの方へ進んで来た。

 

 クリスが露骨に嫌な顔をする。

 絶妙にデフォルメされたフィーネを模した人形が自分の後ろを付いてくるのが正直嫌なクリス。

 

「いらねぇだろ」

 

「連絡手段がそれしかないからしょうがないでしょ」

 クリスの苦言はバッサリ切り捨てられた。

 唸るクリスだったが譲る気などサラサラない様子の賢治はクリスに仕事が終わったら大広間に集合する約束を無理やりさせると、さっさと4機のフィーネ人形を引き連れて階段を下っていってしまった。

 

 ぽつねんと一人残されたクリスがフィーネ人形を横目でチラリと見ると人形がそれに反応してギロリとクリスの方を見る。

 ギョッとしたクリスは見なかったことにして杖を保管してある場所を目指して歩き始める。

 クリスが歩き出すと同時に後ろからチキチキと機械の駆動音が響く。

 

 ──怖ぇ

 割と怖いものに耐性の無いクリスは自分の後をつけるフィーネ人形の音がおっかなくてたまらない。

 

 しばらく進んで廊下の角を曲がると同時にまたチラリと後ろを見るとまるで振り向くのが分かっていたかのようにバッチリ人形と目が合った。

「お、おぉぉぅ」

 ギシギシと音がなりそうなほどギクシャクした動きで前を向いたクリスは、今度はうって変わって逃げるように廊下を駆け出した。

 

 当然、追いかける人形のモーター音も倍増。そして恐怖も倍増。人形に追いかけられながらがむしゃらに走るクリス。

「追っかけてくんじゃねぇよ!」

 そう叫ぶクリスに対して人形は黙ってついていくだけ。それがまた不気味でクリスの恐怖を煽る。

 

 彼女の頭の中の杖の奪取の計画は、今や随分と霞んでいる様子だった。

 

 そんなクリスの姿を人形をハッキングしたことによって覗けるようになった監視カメラの映像で確認した賢治は、

 ──昼に決行して良かった。

 そう思いながら、早めに仕事を済ませてあげようと自分も早足で館の中を駆けていった。

 

 

 ◇

 

 

 リディアン音楽院学生寮。

 入学式まであと数日。

 賢治の不在や二課の関係で宿題に手をつけていなかった響は、今死にものぐるいで課題に取り組んでいた。

 

「なんで学校に入る前にこんなこと……ッ」

 音楽記号の書き取りを、これは斜体なのだと言い訳がまかり通る程度の乱雑さで書き進める響に、既に課題を終わらせていた相部屋となった板場弓美がやれやれと言った様子で言う。

 

「そりゃまぁ、入学が決まったら勉強なんてしなくなるじゃない? 学校が始まる前に、勉強の仕方を思い出させるためにやらせてるんでしょ」

 

「そんなことしなくたって……」

 

「いや、毎朝トレーニングとか言ってどっかに行って、勉強放ったらかしにしてた響が言えることじゃないから」

 

 ツッコミを入れた弓美をぶっすーと響が無言で不満げな顔で見つめる。

 

「私をそんな顔で見つめても課題は無くならないわよ。ほら頑張れ頑張れ〜」

 そう言いながら持ち込みの風都探偵を読む弓美。

 

「響の課題が終わる目処が立たないと私だって買い物行けないんだからさっさとしなさい」

 

「……分かってる」

 

 紙がめくられる音とシャーペンが走る音だけが響く部屋。流れる静かなひと時。

 響が呼び出されるのはもう少しだけ後の話。

 

 

 ◇

 

 

「こんなPCに負担を掛けるだけの無駄に山盛りのセキュリティ。同系統のロックで水増ししてるあたり、突破される事を想定して作られてる。……あの人、絶対脱走するって思ってたんだなぁ」

 ──その予想通りな訳だけど

 フィーネの屋敷の大広間。ど真ん中に設置された巨大なPCにハッキングを試みていた賢治だったが、数千万という膨大なセキュリティロックを前に悪戦苦闘。せめて周辺の地図だけでもと探りを入れるがほぼ全てのセキュリティがログイン前に集められているらしく、黙々とロックを解除しているが全くセキュリティを突破できる気がしない。

 

「この時間、別の事に使うべきだろうか」

 賢治はクリスが来るまでにセキュリティを超えられないようならPCを破壊しようとまで考え始めていた。

 

 ◇

 

「はぁ!? パスワード変わってんのかよ!」

 

 一方、ソロモンの杖が収められている部屋では杖を取り出そうとパスワードを打ち込んだクリスだったが、電子ロックがエラーを吐いたことに目を白黒させていた。

 

「これは?」

 

 Error

 

「コイツは」

 

 Error

 

「これならどうだ?」

 

 Error

 

「この!」

 

 Error

 

 次なるパスワードを入れようとするクリスだが、エラー制限回数に引っかかってしまったらしく、操作基盤はセキュリティキーを刺せと命令するばかりでもはやクリスの言うことを全く聞かない。

 

 ガチャガチャといじくったり扉をけっぽったりするクリスだが、扉はうんともすんとも言わない。

 

「そっちがその気ならこっちだって考えがあるぞ」

 クリスは苛立ちを隠さずに右腕を掲げて叫んだ。

 

「この身を鎧え(よろえ)! ネフシュタン!」

 クリスの声に呼応して鱗状のパーツがクリスへとまとわりつきネフシュタンの鎧を形成した。

 

「無理やり取らせて貰うぞ!」

 クリスが肩のサメの歯状のムチを使って扉をズタズタに切り裂く。中には小弓のような待機状態のソロモンの杖。

 

 クリスが手に取ると中央の紫の発光体が鈍く光る。

「本物っぽいな」

 一応くるくると回して杖が本物か確認するクリス。変な所も見当たらないので本物と断定した。

 

「おっし、それじゃあ、アイツと合流するか」

 クリスが杖を肩がけして振り向く。

 

 

 突然、誰かが部屋の入り口の扉を蹴破って中へと転がり込んで来た。

 

 

 驚いたクリスに向かって、鋭い何かが飛んでくる。

 

 転がり込んで来た賢治が咄嗟にクリスの足を蹴り飛ばして転がすと同時に、槍の直撃によって背後の壁が吹き飛び、青々とした森が露わになった。

 

「痛ってぇな! テメェ何すん」

 文句を言おうとしたクリスの前で、立ち上がった賢治が何者かによって殴りつけられて、洋館の外へ投げ出される。

 

 吹き飛んだ賢治が地面を跳ねて転がる。

 

「おい、大丈夫か!」

 クリスがそう言うやいなや殺気が迫る。とっさに振り抜いたムチが棒状の何かと衝突した。

 次の攻撃が来る前に館の外に飛び出したクリスは、賢治を吹き飛ばした何者かの姿を確認した。

 

「その姿、シンフォギアか!?」

 そう驚き叫んだクリスの前に館からゆっくりと歩き出たのは、通常のシンフォギアとは真逆の配色をした、黒を基調として真紅のラインの入ったシンフォギアに身を包んだ少女。その顔は角ばったデザインのヘルメットのような装備ですっぽりと覆い隠されて確認できない。

 その手には、アームドギアにしては驚くほど簡素なすらっとしたシルエットの乾いた血のように赤黒い槍が握られていた。

 

「誰だテメェ……」

 低く唸るように言ったクリスに対する黒い少女の返答は言葉ではなかった。

 

 一足飛びに近づいた少女が踏み込んだ勢いのまま槍を突き出す。舞うように身体を回して避けたクリスの方もその回転を利用してムチを振るう。

 ムチの一撃を槍を縦に構えることで防いだ少女はクリスの攻撃を凌ぐと、クリスの次の攻撃が来る前に槍を逆袈裟ぎみに振り上げた。クリスは軽く下がって回避し、ムチを絡めた拳で迎撃したが、拳は槍の柄によって防がれる。打ち上げるように拳を払いのけた少女はそのまま槍をぐるりと一回転させて袈裟斬りを放つ。それを身体の重心を右にずらしてクリスが避けるが、少女はさらに踏み込んで逆袈裟斬りを放った。

 それをさらに仰け反って避けたクリスだが、体勢に無理が生じて動けなくなってしまう。それを見越していた少女は振り抜いた槍を即座に握り直し上段から振り下ろした。クリスはムチでガードするが勢いの乗った一撃に膝が地面に着いてしまう。

 少女は瞬時に数歩下がると、クリスが立ち上がるよりも早く突きを繰り出そうと上段の突きの構えを取った。

 最低限の防御手段としてクリスがムチを両手でピンと張って盾がわりにしようとする。

 

 少女の槍はクリスの心臓を正確に狙いを定めており、その一撃を放つため少女が一歩踏み込んだ。

 

 しかし少女が突きを放つよりもさらに早く少女の脇腹に賢治の頭突きが入る。

 

 少女の体がぐらつき槍先がクリスから外れる。クリスはそのチャンスを逃さず、即座に距離を詰めると強く握った拳で少女の腹を打ち据えた。

 数m吹き飛ばされた少女はたまらず両手に持っていた槍から片手が離れて腹を押さえた。

 

「あたしはそんな甘くねぇぜ!」

 その隙を逃さず容赦なくクリスがムチを放つ。放たれたムチの歯は少女の身体をガッチリと噛んだ(かんだ)。クリスがムチを振り上げると少女の身体は宙へ舞い上がる。

 

「オラァ!」

 舞い上げた少女をクリスは館のほとりにある湖へと叩き込んだ。

 

 湖面にバシャバシャと波紋が広がった。

 

 ◇

 

「今のうちに」

 

「分かってるって」

 クリスはムチの歯のない側を賢治の身体に巻きつけるとそのまま森の中へ跳躍した。

 

「アイツ何もんなんだよ」

 クリスがそう道なりに走りながら問いかけるが、

 

「クリスちゃんの知り合いじゃないのかい?」

 と賢治に聞き返される始末。

 

「知らねぇよあんな奴」

 

「俺の方も知らないよ。突然俺を襲ってきたんだ」

 

「はぁ。そうかよ。んじゃまぁ、アイツはアンタの敵って訳だ」

 

「そうなるね」

 

「まぁ、何はともあれあたしはアンタの夢の方に賭けたんだ。賭けの結果が出るまではアンタは守ってやんよ」

 

「それは有難いけど、クリスちゃんもしかしてあんまり強くない?」

 

「あ゛ぁ?」

 走るクリスが賢治に巻きついたムチを持った腕をブンブン振り回した。

 賢治の身体がまるごとモーニングスターのようにクリスの頭上で回転する。

 

「ごめん! ごめん、本当ごめん! 軽いジョークだから!」

 そう言い終わると同時に回転が止まり賢治の身体がクリスの肩に落ちる。

 ぐべぇ。賢治の口から漏れてはいけない感じの声が漏れる。

 

「ネフシュタンもあたしも近距離戦はそれほど得意じゃねぇんだよ。次失礼なこと言ったら置いてくかんな」

 

「はい。気をつけます」

 

 クリスがぴょんぴょんと跳んで森を駆ける。

 

「ところでよ。街ってどっちだ」

 

「分からない」

 

「はぁ!? 調べてたんじゃなかったのかよ」

 

「ハッキングが間に合わなかったんだ。仕方ないじゃないか」

 

「仕方ねぇじゃねぇだろ全く。あぁ、賭ける側間違えたかもしれねぇ」

 

「とりあえず道なりに進めば大丈夫のはずだ。それにアレがシンフォギア なら二課も動くはず」

 

「それまで逃げりゃいい訳だな」

 

「そうなるね」

 

「しゃあねぇ。付き合って……やる!」

 

 一際大きく跳んだクリス。

 

 その眼下に広がるのは崖と数十m下の森。

 

「おっとー。しまっ、うひゃあ」

 

「ごぶふぅ」

 




393がいないので相部屋には3人の中で一番書きやすい弓美ちゃんを配置。
仕事場では映画。部屋ではアニメ。ヤックデカルチャーに囲まれたグレビッキーの明日はどっちだ!

戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
次回「裸族、娘から服を奪う」


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真昼の電光

「絶景、絶景。海と街を一望するなんて初めてだよ」

 

「そうかよ」

 

 クリスたちはフィーネの屋敷を抜けた後、街の位置を確認するため、一度山の頂上に登っていた。

 

 賢治が山の断崖絶壁の前に立って眺めているのは、鬱蒼とした森の向こうに見える海に面した近未来的な建物が数多く点在する都市。丘の上に建てられた先進的な造形をした建物はリディアン音楽院。真新しい大きな円形の建物は改装された装者たちに因縁深いライブドーム。その他にも立ち並ぶビル街や海を俯瞰視点で初めて見た賢治は興奮した様子でクリスに街についてアレコレと解説している。

 

 ──もう5分は超えてるぞ

 そんな賢治の話を適当に聞き流していたクリスは、賢治の様子に先日のフィーネと同じオタッキーな雰囲気を感じて辟易していた。延々と街について解説する賢治に嫌気がさしたクリスは、山頂のゴツゴツとした岩の上に腰をどっかりと下ろすと頬杖をついて、賢治に聞こえるようにできるだけ大きく盛大にため息をついた。

 

「はぁ〜〜」

 

 賢治の語りがピタリと止んだ。

 

「どうしたんだい?」

 

 ギロリと賢治をねめつけるとクリスが手に持ったソロモンの杖の先を賢治にビシッと向ける。

「どうしたもこうしたもあるか。あたしは街の観光案内してもらうためにわざわざこんなトンガリ帽子のてっぺんまで来たわけじゃねぇ。街の方角を知るためにここに来たんだろう? 用事は果たしたんだ。なら後はこの森からとっととずらかって、その学校の下に本部なんぞ構えてる趣味の悪ぃ自衛隊うんたらかんたら二課と合流するだけ! だろ?」

 

「趣味が悪いって」

 賢治がたははと笑う。

 

「んなコタァどうでもいいんだよ!」

 荒ぶるクリスをどうどうとなだめて賢治が言う。

 

「少しぐらい景色を……。あ、いやなんでもないです。はい。……でも、地図が手に入らなかった以上これは必要な工程だったんだよ」

 

 賢治がそう語るがクリスがケッと不満げな声を漏らした。

 

「それはお前のミスだろうが」

 

「そう言われると弱いんだけど……。1つだけ言わせてもらえば、向こうのが対策をガッツリしてたからダメだったのであって、俺は最善を尽くしたんだよ?」

 

「結果が出なけりゃ無駄だろ」

 

 そっぽを向いたクリスがそう吐き捨てた。

 賢治がぐったりとうなだれる。

 

「おっしゃる通りです」

 

 しばし、うな垂れたまま固まった賢治。自分で言っておいてなんだが、賢治の落ち込みようが気になったクリスは賢治の顔を覗き込もうとした。

 

 その直前、賢治がバッと顔を上げる。

 

「おぅ」

 

「さて、街の方角は確認できたし、いつまでもここに居るのも時間の無駄だ。そろそろ移動しようか」

 

 そう言ってスタスタと歩いていってしまう。

 

 賢治の切り替えの早さに若干たじろいだクリスだったが

「そうこねぇとな」

 クリスの方も早々に威勢を取り戻すとその言葉を待ってましたと膝をパチンと叩いて立ち上がった。

 

「掴むぞ」

 

「うん」

 

 クリスは賢治をムチで掴み、担ぎ上げると頂上までの道の横にある大きな岩壁に片足を掛けた。

 

「そんじゃ、サーフィンと洒落込もうか」

 

 クリスのその様子を見て賢治は何かを察すると宙ぶらりんに吊るされたまま顎をさすってニヒルを気取って話かけた。

「サーフィンしたことあるのかい?」

 

 クリスが満面の笑みを浮かべる。

 

 ガンッ

 笑みを浮かべたクリスが岩壁思いっきり蹴り飛ばした。

 

 岩壁が割れて5mもあろう大岩がゆっくりと倒れ始める。

 

 ズズーン

 

 見た目より大人しい音で倒れた大岩は眼下の急勾配を滑り始め急速に加速していく。

 

「有るわけねぇっ、だろ!」

 

 そう言うと共に駆け出したクリスは傾斜60度はあろう絶壁と言うべき岩肌をほとんど転がるように滑り落ちる岩の上に乗るため、山の頂上から飛び降りた。

 

「ひゃっはー!!」

 

 ガッ、バシャァァン

 

 クリスたちが着地すると共に大岩は一瞬沈みこみ、土砂を撒き散らすと、直後にガツ──ンと激突音を鳴らし、岩盤のスロープに導かれて宙へと舞った。

 

 うっかり落ちた崖など生温い数百メートルの高さを大岩が岩石を砕き砂利を撒き散らしながら猛スピードで滑走する。

 弾き飛ばされた小石がバチバチと派手な音を立て、山肌の起伏にそって岩を砕きながら滑り落ちる大岩はまるで雷のよう。

 

「楽しいなァ、おい!」

 

「あぁ、なかなかエキセントリックだ!!」

 

「エキセントリックって何だよ!」

 

「様子がおかしいって意味さ!」

 

「はっ、何だよ様子がおかしいって、意味わかんねぇ!!」

 

 

 バリバリガリガリゴリゴリバチバチ

 

 そのどでかい音と振動は味わった人など世界でも片手で事足りる程度の数しかいないほどの強烈なグルーブ。その全身を震わせる巨大な振動を感じながら、クリスと賢治は呵々大笑して坂を下っていった。

 

 

 ◇

 

 

 特異災害対策機動部二課本部。

 そこに集まる職員たちは、突如出現した完全聖遺物 ネフシュタンの鎧の反応を受け、慌ただしく動いていた。

 

 司令部の扉が開き響が入って来た。

 

 響が仁王立ちする風鳴司令の横に並ぶ。

「何があったんですか」

 

 司令が見つめるモニターを響も見てみた。写っていたのは本部のあるこの都市の内陸側の地図だった。

「さきほど先のライブ会場の件で二課が喪失したネフシュタンの鎧が現れた。響くんにはその調査に向かってもらいたい」

 

「奏さんたちは?」

 

「2人はレコーディングでこの場を離れている。ネフシュタンの鎧を持った何者かは画面に見える森林からおおむね真っ直ぐこちらに向かっている。あと1時間足らずで街の郊外まで到達するだろう。その前に何としても接触しておきたい」

 

「なるほど、分かった。行きは?」

 

「ヘリを既に手配している。それを使ってくれ」

 

「了解」

 聞く話も聞いたと、サッと立ち去ろうとする響に弦十郎が声をかける。

 

「ネフシュタンの鎧の反応は賢治くんが失踪した日にも検出されていた。鎧の持ち主が何か知っているかもしれない」

 

 響が振り返り弦十郎の顔をじっと見つめる。

 2人の目が合い、そのまま睨み合うように目を合わせ続ける。不意に響がふふっと笑った。

 

「別にそんなこと言わなくても、やることはちゃんとやるよ」

 

 そう言って響は司令部から出ていった。その足取りは軽やかで力強かった。

 

 

 ◇

 

 

 大岩の通り抜けた跡。それは惨憺たる有様だった。岩肌には巨大な溝が残り、木々はなぎ倒され、途中通過したアスファルトの道路も無残に両断されており、哀れな車が主人に置き去りにされていた。

 

 その更に下。大岩が木々をなぎ続けて止まった地点から、さらに数キロm離れた場所、道路から外れた森の中でクリスは木々の間を駆けていた。

 

「クリスちゃん、もう少し右」

 

「了解」

 

 クリスのムチに担がれた賢治がすいすいと木を避けながら進んでいく内に進路がズレていってしまうクリスに方角を教えて、方向を修正しつつ、2人は街の方へ着実に進んで行っていた。

 

「木が邪魔じゃない? 樹冠を飛んで歩けないかな?」

そう言って賢治が10mを超える森林の樹木の先端を指差す。

 

「ンなことできるか。あたしは忍者じゃねぇんだぞ」

 

「じゃあ、このムチでターザンのように移動とか」

そう言って今度は自分の体に巻きついたクリスのムチをつつく。

 

「出来てたまるか! あたしを何だと思ってやがる!」

 

 そう大声をあげたクリスに対して、賢治がうーんと思い悩んでポンと手をついた。

 

「優しいクリスちゃん?」

 

「なんダァ!? そりゃ」

 頓狂な口説き文句を言い始めた賢治に慌てるクリス。

 

「いやほら、辛い想いをして尚、世界平和を目指す崇高な精神というかね。クリスちゃんの一貫性のある姿勢とか、ぶっきらぼうだけど何だかんだ助けてくれるところとか」

「止めろ止めろ! 背筋が寒くて凍っちまいそうだ」

 

「あぁ、ごめん」

 

「たくよぉ……」

 

 担がれてクリスの顔が見えない賢治。嫌がっているような口ぶりに素直に謝るが、クリスと言えば顔が真っ赤で頰の熱さを誰にという訳でもやく誤魔化すために頰を拭っていた。

 

 ◇

 

「つーか、さっき言ってた無茶、お前はできるってのかよ」

 頰の赤みもおさまった頃、クリスは賢治の言った忍者ごっこの話題を振った。クリス的には暇つぶしのただの話題な訳だが。

 

「まぁ、できるわけ「できるよ?」できんの!?」

 

 賢治の一言に驚くクリス。

 

「え、何、お前忍者なのか! 科学者で忍者なのか!?」

 

「俺は忍者じゃないけど、体術の師匠がスーパーマンと忍者なんだよ」

 

「スーパーマンと忍者!? そんな奴ら実在するのかよ!」

 

「俺も実物を見るまでは信じられなかったけど、いるもんなんだよねぇ。スーパーマンの方は生身でビル倒壊させるし、忍者の方は分身するし」

 

「それはもはや人間じゃないんじゃねぇか?」

 

「俺もそう思って血液検査したんだけどね。生物学上は人間なんだよねぇ。人間の可能性ってすごいよ」

 しみじみと言う賢治に引っ張られ信じかけたクリスだったが、賢治の話があまりに頓狂すぎることを思い出してハッとなった。

 

「ちなみにそいつら何処にいるんだよ。中国の山奥とか言ったらぶっ飛ばすぞ」

 

「二課に行ったら会えるよ。スーパーマンの方はそれこそ毎日」

 

「……マジでか」

 

「マジだよ」

 

「マジかよ。……つーか、そんな奴らいたらシンフォギアとか要らねぇんじゃねぇか?」

 

「言ったでしょ、生物学上は人間だって。炭素生物である以上ノイズ相手じゃ流石にどうしようもない。さながらゴーストタイプに対するノーマルタイプのように」

 

「あたしゲームについてはさっぱりだぞ」

 

「あぁ、そうか。国民的アニメも知らないのか」

 

「……知っといた方がいいのか」

 

「まぁ、一般常識だね」

 

「……そうか」

 

 ──いい子だなぁ

 

 賢治の言葉を一も二もなく信じる純粋なクリスにそんな感想を抱いた賢治だったが、不意に何者かの視線を感じた。

「クリスちゃん」

 

「ッ! あぁ!」

 賢治の声と共にクリスも何かを感じたらしく、大きく跳躍して一度樹冠の上へ飛び出した。一目では分からないがよくよく見てみると木々の間に青や黄色の蠢くモノが見える。

 

「「ノイズ!」か」

 クリスがひらけた場所に降りると同時に賢治にソロモンの杖を投げ渡す。

 

「持ってろ」

 

「うん、預かっておく」

 賢治を担いでいるため右手一本で臨戦態勢に入ったクリス。クリスがムチを構えると同時にノイズが木立の合間から顔を覗かせる。

 

「ちょせぇ!」

 振るわれたムチは容易く木々を両断しその裏に潜んでいたノイズを諸共に葬り去った。

 

 ◇

 

 二重三重と放たれるムチの波が辺り一面の木々を刈り倒し、周辺が真っさらになった頃、ついにその人は現れた。

 

「随分と派手に暴れているな。逃亡者の身の上なのだろう? もっと慎ましく動くべきではないのか?」

 

 2人の前に現れたの髪をおろした櫻井了子。否、フィーネ。

 

「フィーネ!」

 

「やっぱり、貴女だったのか」

 

 クリスのムチによって宙ぶらりんとなった賢治の様子をフィーネが薄く笑う。

 

「間抜けた格好だな。似合っているぞ賢治」

 

「ふん、貴女の方こそ変人さが抜けて、全身悪党根性が滲出てますよ」

 

「フン、強がりを。褒め言葉と受け取っておこう」

 フィーネが指を鳴らすと、何処からか緑の光が辺りに差し込み、ノイズが現れる。

 

「ノイズ……だと……ッ!?」

 

 驚愕するクリスをフィーネがせせら笑う。

 

「お前が賢治に絆されていたのは知っていた。いずれこうなる事も想定の範囲内だ。賢治、お前とて裏切ると分かっている駒の元に無二の道具を預けはしまい?」

 賢治に同意を求めるように目線を向けるフィーネ。

 

「……でしょうね」

 

 そう言った賢治を後ろに下げて、クリスがフィーネと会話をするために一歩前へ出た。

 

「……駒だと。フィーネ、アンタあたしを駒と呼んだのか!?」

 

 賢治を掴むムチが緩み賢治が地面に落ちる。

 クリスが無意識に握った拳から血が滲む。

 

「アンタは! 「敵に取られた駒と話す舌など私は持たぬ」

 クリスの言葉を遮るようにフィーネはそう言い放った。

 

 クリスの話など初めから聞く気もなく、まるで名前も知らない誰かから送られたラブレターを破るように、フィーネは何の感慨も無くクリスを切り捨てた。

 

 クリスが膝から崩れ落ちへたり込んでうな垂れる。

 そんなクリスを庇うように賢治がクリスの前へ立った。

 

「貴女は……、酷い人だな」

 

「それをお前が言うのか。私からクリスを奪ったのはお前だろうに」

 

「二課からクリスちゃんを奪ったのは貴女だ。いや、それだけじゃない。奏ちゃんの両親も、ライブ会場の惨劇も」

「突然どうした? 今までの事件を何もかも私のせいにするとは。いったい何処にそんな証拠があると言うのだ」

 

「その無理やり押し付けるような話し方、俺嫌いなんですよ」

 

「そうか、悪かったな」

 使った鼻紙を捨てるように軽薄にフィーネが言う。当然、その言葉からは治す気などさらさら無いのが分かる。

 

「貴女と言う人は……」

 

 賢治の側もフィーネ、了子の物言いに慣れているため辟易した様子。

 

「証拠は無いですよ。でも、貴女の持つ本物のソロモンの杖なら、全ての事件を故意に起こすことが可能だ。単純な事です。犯行が可能な人間が貴女1人だった。それだけの事です」

 

「怪しいからと言って、人を責めるのはどうかと思うぞ」

 くつくつと笑うフィーネ。

 

「貴女には動機がある。カ・ディンギル作成のための力が必要だった」

 

「……さて、カ・ディンギル?ゲームのやりすぎではないのか?」

 

「……もういい。もう問答はたくさんだ」

 ──フィーネは取り合う気など鼻から持ち合わせていない。

 そう判断した賢治は左足を大きく一歩踏み出し腰を沈めた。

 右手はソロモンの杖のレプリカを握りしめ、左手は小指から順に滑らかに折り曲げて綺麗な握り拳を作る。

 

 賢治の構えをフィーネが値踏みする。

「弦十郎から習った発勁か。しかしお前のソレは弦十郎のものとは違い整体としての意味合いが強いはず……。フッ、そんな太極拳もどきで私を倒せるとでも?」

 

「丸腰の貴女なら勝機はある」

 

「お前ごときの目に見える場所に私の武器が置いてある訳無かろう? そこの駒とて元諜報機関である二課からも、何年も隠し続けてきたのだからな」

 もっとも、隠して来たのにも関わらず自分から逃げ出す駄犬だった訳だがな。そう言い放ったフィーネは空の両手を広げ悠然と立ったまま心底面白い話を聞いたかのように下品に大声で笑った。

 

「アンタ……もう黙っててくださいよ」

 

「黙らせれば良いだろう? そのために構えたのではないのか?」

 

 そう挑発された賢治だが、武器を持たないにも関わらず余裕の表情を見せるフィーネの不気味な様相に手を出すのを躊躇してしまう。

 

今の賢治にとって最も重要なのはフィーネの討伐ではなく、自身とクリスの安全の確保である。時間をかければ二課の装者が来る以上、時間稼ぎも上等だと思っていた。

 

 互いが互いをせせら笑いながらも、場の硬直が続く。

 

 

「こっの! ヤロォォォォ!」

 

 その均衡を破ったのは怒りによってショックから立ち直ったクリスだった。どこまでも自分を駒として扱うフィーネへの怒りを乗せて、賢治の背後から飛び上がるとその身体を両断するように左右からムチを走らせる。

 

 巨木すら容易く断ち切るサメの歯状のムチはフィーネの身体を容易くなますに切り刻むことができる。

 

 はずだった。

 

 

「ッ!!」

 

 クリスがフィーネに向かってムチを放つ瞬間、まるで待ちわびた花火が打ち上がった時のようにフィーネは喜色満面の笑みを浮かべていた。

 

「お前は本当に扱いやすいなァァァ!! クリスゥゥゥ!」

 左右から迫り来る刃をフィーネがはっしと掴んだ。

 

 その瞬間、クリスが何かを引き剥がされる感覚と共に何かに引っ張られて体勢を崩して転がり落ちる。

 

「あ゛っぐ」

 

「クリスちゃん!」

 賢治が地面に落ちたクリスを抱えると、その時には既にネフシュタンの鎧は桜の花びらのようにバラバラになってクリスから離れており、クリスは元の赤のワンピース姿へと戻っていた。

 

 

「直情馬鹿は扱い易くて本当に助かる」

 その言葉に反応して賢治が視線を向けると、クリスから剥ぎ取られた花びらに覆われたフィーネの姿。数瞬後、そこには金にカラーリングの変化したネフシュタンの鎧を纏ったフィーネの姿があった。

 

「所詮、お前の持つネフシュタンの鎧は私から借りた物。親に手をあげるためにオモチャを使う。正しい使い道も分からない愚図にいつまでも持たせておくわけがないだろう」

 

 その物言いに対してクリスを抱き上げた賢治は何も言わずフィーネを睨む事しかできない。

 

「フッ、さっきまでの威勢はどうした?」

 

「この下衆」

 

「下衆ではない。あるべき場所に戻しただけ。ただ成すべき事のために必要な事をしたまでのことよ」

 

 フィーネがジャラリと肩の突起をムチとして垂らす。

 

「そして……、お前たちは既に用済みだ」

 

 フィーネが鋭くムチを放つ。

 賢治はクリスを抱きしめて、沈み込んだ右足を強く踏みしめ僅かに捻った。

 

「俺はアンタには勝てない。それは事実だ。だから逃げさせてもらう」

 その言葉を置き見上げにして、賢治は右足の靴に仕込まれたスプリングを解放して樹冠の上まで飛ぶと、木の頂点を正確に踏みしめ、足場にして忍者のように森の上を走り去る。

 

 完全聖遺物を纏ったフィーネと言えども、障害物を全て無視して高速で走る人影を追う事は不可能。

 自分で追う事を諦めるとフィーネは手元のスマートフォンを取り出すと誰かへ追撃を命じた。

 

「緒川から学んだ体術か。弦十郎の発勁と合わせてなかなかの身のこなしだな。半病人でありながらよく動くものだ。……だが、街まで体力が持つかな?」

くつくつと笑うとフィーネは森の中へと姿を消した。

 




*プロローグを削除いたしました。その分良いものを作る努力をいたしますのでよろしくお願いします。

戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
次回「マジで3分しか持たないウルトラマン」


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爆走、黒装、撃槍

 森が黒く染まっていた。

 パステルカラーの死が木々の命を黒く塗りつぶし、我が身もろとも炭へと変えて辺り一面を黒色の砂漠に変えていく。

 地を這い、空を舞うノイズが狙うのは、木々の間を飛び移る影。

 

「お前片手で抱くんじゃねぇよ! 落ちたらどうしてくれんだ!」

 

「両手が塞がったらどちみち落ちるからしょうがないじゃないか!」

 

「木の上なんか走ってんじゃねぇぇぇ!」

 ハゲかけた山にクリスの声がこだまする。

 

 深海賢治。ただ今雪音クリスを抱えて爆走中。

 

 彼は不本意ながらノイズの大群を引き連れて、全速力で山を駆け下りていた。

 

 ボシュボシュボシュウッ

 

 2人の後ろで次々と木が砕け散り、頭上からは飛行ノイズが槍のように変化して降り注ぐ。

 

 一撃必殺残機ゼロ、触っただけでも死ぬかんな。そんな難易度ルナティックな命がけのアクションゲームに興じる賢治は、猿も驚く器用さで山の地形を巧みに利用し、ヤバイヤバイと口にしながらもノイズの追走を大きく引き離していた。

 

 賢治が木を盾にする度に二、三体のノイズが炭化消滅していく。けれど2人を追う小型ノイズは空に浮かぶ巨大な空母型ノイズから逐次供給されており、一向にその数は減る様子を見せない。

 

 

 ◇

 

 

 森林地帯へ到着したヘリコプター。ネフシュタンの鎧の反応は既に消失してしまっているが、眼前には空を我が物顔でたゆたう巨大なノイズ。それは地上のノイズが木を薙ぎ倒しもろともに消えるたび、減った数を補うかのようにノイズを吐き出していた。

 

「あんなの見たことない……」

 

『そうね。ここ数十年で数度しか現れていない大型飛行ノイズ。地上型と比べて活動範囲が圧倒的に広く、広範囲に小型ノイズをばら撒く特に危険性が高いノイズよ』

 耳につけたインカムからオペレータの友里あおいがノイズの情報を伝える。

 

「アレが街中に到達したら……」

 大型ノイズが出現した時点で街には既に警報が発令されている。さりとて逃げ遅れた人がいないとも限らない。なにより飛行するノイズなら建物を無視して一直線に避難所を襲うことも可能だ。

 

 ──そうなれば……

 胸を突く痛み。それを振り払うように頭を振った響。

「街には入らせない」

 その言葉には一言では言い表せない想いが詰まっている。

 ただ確かなのはその想いの大部分は大切な物を守りたいという想いだということ。

 

 ガシャン! 

 

 ボボボボボボボ

 

 決意を抱いてヘリのドアを開く。強風がヘリの中をかき乱す。けれど響は怯まない。その目は眼下の大型ノイズをしっかと捉えていた。

 

 トンっとヘリから飛び降り、胸に手を当てる。

 

「Balwisyall nescell gungnir tron」

 

 黄色の旋風が少女を包んだ。

 

 

 ◇

 

 

 ダンダン! 

 

 踏みしめられた足は不安定な木の上とは思えないほど力強い。

 

 木のしなりを利用して跳躍。次なる木のてっぺんの中心を正確に掴むように踏みつける。飛び蹴りをもろに浴びた木が大きく仰け反った。そのまま留まれば、2人は後ろに打ち出されてノイズの波に呑まれてしまうだろう。そうならないため今度は軽く一飛び。直後、しなった木の先端が賢治の股下を掠めた。そうして跳ね返りを躱すと、賢治は丁度良く足元に来た幹を強く蹴り飛ばして、更に次の木へと向かった。

 次の木は直進ルートからわずかに右にずれており、賢治は木を掴むため幹に手を滑らせた。方向を調整して止まるか止まらないかのタイミングで太い枝に足を掛けて即座に跳躍。その際木の皮の鋭い部分が手に無数の傷を作るが気にせずそのまま突き進む。

 

 荒々しくも計算高い動き。クリスに伝わる衝撃はエスコートされたダンスのように滑らかだ。

 

 彼の身のこなしは、ひとえに師である風鳴弦十郎と緒川慎次に教えられたなんちゃって(インチキ)発勁に起因している。

 その力は一時的に聖遺物にすら肉薄するのだが、生憎、賢治の扱う発勁は2人のソレとは別種であった。その性質は戦闘技能ではなく延命を目的としており、より起源の仙術に近い。その技は繊細な分、出力は劣り戦闘には不向きであった。

 

 

 

「おい、追いつかれてんぞ」

 空を飛ぶ大型ノイズに頭上を取られたことを抱きかかえられながら憮然とした表情でクリスが告げる。

 

「持たなかったか」

 勤めて明るく振舞っているが、既にその息は浅くなっており、疲労が蓄積されていることが一目で分かる。

 

「おい」

 

「なんだい? 今、忙しいんだけど」

 

「あたしを下ろせ」

 

「却下」

 にべもない。

 クリスは更に騒いだが、抱える腕の力はむしろ増した。

 

「いいから話を聞け!」

 

 走る賢治がチラリとクリスの顔を見る。それは頷いたように見えた。

 

 頷いたことにしてクリスは胸元に手を突っ込む。

「コレ! 見えるか!」

 クリスが取り出したのは赤いスティックペンダント。

 賢治の顔に驚きが走る。

 

「イチイバルかい?」

 

 クリスが驚く番だった。

「分かるのかよ?」

 

「クリスちゃんはイチイバルの候補者だったし、イチイバルも盗まれてたし……ねっ!」

 盗み放題やり放題。流石数千年悪党をやり続けただけはある。櫻井了子、なかなかに悪どい。

 

 そして跳躍。細身の木を踏み越えると、そこはコンビニの屋根。2人はついに山道を抜け、郊外へと踏み込んだ。

 

 直後、大型ノイズが急速に高度を下げた。

 今までは炭素生物である樹木が邪魔で上空から大型ノイズを使って押し潰すことができなかったのだが、2人が街中に入り込んだことによりそのゴリ押しが可能になったのだ。

 

「しまった!」

 賢治が自身の失策に気付き、悲鳴をあげる。

 

「早く下ろせ!」

 クリスも危機を察知し罵声をあげた。

 実の所、別に抱きかかえられたまま聖詠しても良いのだが、そうなれば賢治をシンフォギア展開時のバリアフィールド内に収めることとなる。それ自体は別にいいのだが、シンフォギアを展開するには一度裸体を晒さなければならない。

 

 ……。

 

 まぁ、つまりそういう事だった。羞恥心は時として命よりも重いのだ。

 

 2人の頭上の空母型ノイズがどんどん迫ってくる。賢治が透過状態による分解能力の低下を期待してビルの間の細道に身体を滑りこませる。

 

 空母型ノイズはビルと接触し、

 

 脆く砕け散った。

 

 クリスを降ろした賢治の前にノイズだった炭の塊がドシャドシャと落ちてくる。

 

「何が起きたんだ?」

 訝しむ賢治の耳に歌声が聞こえた。

 

 

 〈私ト云ウ 音響キソノ先ニ〉

 

 

 空母型ノイズは街に到達するより前に響の上空からの一撃によって致命傷を負っていた。その大きさ故に崩壊が遅れていたが、ビルとの衝突によって崩壊が一気に進みバラバラに砕けたのだ。

 

「響ちゃんの歌?」

 朗々と響く歌声に既視感を覚える賢治。唖然とする賢治に対してクリスが肘で小突いた。

 

「助かった感慨に耽るのもいいけどよ。ここはまだ危険地域だろ? ちゃっちゃと移動しようぜ」

 

「あ、あぁ」

 クリスの声で正気を取り戻した賢治は後ろ髪を引かれながらも、街の中心を目指して走り出した。

 

 ◇

 

 更地となった森からノイズが溢れて街に踏み入ろうとしている。

 

 一閃

 

 目にも留まらぬ陣風がノイズの一団を真っ二つに分断した。

 

「激流は、ど真ん中で受け止めるべし!!」

 

 響の知る数少ない弦十郎語録(の教え)。その言葉を胸に獅子奮迅の大立ち回り。

 

 響を見つけたノイズが歩き出すよりも早く、手足のブーストパーツを使ってノイズに蹴りを叩き込む。もちろん一体で止まるはずもなく蹴りはそのまま直線上のノイズを消しとばした。

 

 空中のノイズに対して響の技は効果が薄いが、飛行ノイズは形状を槍に変形させて特攻するのが唯一の攻撃手段。高速で動き回る響を捉えきれず、さながらスパイ映画の機関銃のように響の走った後に突き刺ささり、空に舞い戻るより早く稲刈りよろしくまとめて刈り取られた。

 

 正しく、ちぎっては投げちぎっては投げと言った様相でノイズをダース単位で刻んでいく響。大型ノイズを倒したことにより供給を絶たれたノイズは急激にその数を減らしていった。

 

 ◇

 

 

 街の中心に向かい走るクリスたち。

 少しずつ近づくドーム。物陰に見えた黒服の姿。ここまで来れば安全か。2人が安心しかけた時。

 

カシャン

 

 小さなガラスが割れる音を、賢治は聞いた気がした。

 

 

 2人は知る由もないが、その瞬間、響の周辺をモニタリングしていた二課本部では、ちょうど2人の頭上に相当する地点に突然無視できない量のアウフヴァッヘン波形が出現しており、弦十郎の声が司令室を震わせていた。

 

 

 それは正に幸運だった。もしも賢治が響の歌声に気付かずクリスの前を先行していたら、その一撃は彼女の心臓を正確に貫いていただろう。

 

 息を潜め相手が油断するのを待ち、最速の殺害方法を選んだ。

 育ったFISで選ばれた装者たち。決して高いとは言えない彼女たちを更に下回る適合係数を、最新技術、同一聖遺物による共鳴、リンカーの過剰投与によってなんとか補った。

 作戦の直前にもリンカーを打ち万全を期した。彼女に落ち度は何も無かった。

 

 しかし、運命には選ばれなかった。

 

 

 ビルの屋上から飛び降りた影。それは手に持った槍を両手で握りしめ、クリスを串刺しにせんと落下していた。賢治はその姿を捉えると、一も二もなくクリスをつき飛ばした。

 

 転がるクリスの驚きの混じった悲鳴。音もなく刺さる槍と、爆音を轟かせて着地した誰か。

 

 転がるクリス、倒れる賢治、そして人の背丈と同じぐらいの長さの槍を6割ほどコンクリートの地面に埋めた黒の異装の少女。

 

 三者はわずかに時間をかけて立ち上がり相対した。

 

 クリスが目を白黒させる。

「コイツ、フィーネの屋敷に居た」

 

「いや違う。別の子だ」

 通常のシンフォギアとは真逆の配色、黒を基調とし深緑色のアクセントカラーを配した黒のシンフォギア。

 ヘルメットからわずかにのぞく髪はフィーネの屋敷で出会った少女に比べてウェーブがかかっており、肌は褐色だった。機能性のみを追い求めたような赤黒い槍だけが全くと言って良いほど似通っていた。

 

「けど」

 黒衣の少女は、地面から抜いたばかりの槍の穂先をクリスに向けて走り出す。当然その速度は常人には対応できない程早い。

 クリスを狙って突き出された槍は、小さな弓のような形状をした待機状態のソロモンの杖のレプリカをナックルガードのように使って放たれた右拳によって弾かれた。賢治が即座にクリスと少女の間に割り込む。

 

「敵なのは変わらないみたいだ」

 鋭い突きを身体を捻って躱しつつ、槍の柄を掴み踏み込んでパンチを繰り出す。相手を大きく引かせた。

 

 少女は槍を振り回し威嚇をしながら様子を伺おうとするが、賢治は読み合いをする気などさらさらなく、一気に距離を詰める。

 

 接近を止めるため少女が槍を振るうが、賢治が槍を上に弾き、槍は髪を数本切るに留まった。その隙に更に一歩踏み込み、互いの手が届くような極至近距離まで迫る。

 弾かれた槍の回転を使い、少女が石突き側の柄で殴りつける。

 それを左腕で防ぎつつ、賢治はソロモンの杖を握った腕を突き出した。少女の方も顔面に向かって放たれた拳を顔を左にそらすことによって躱し、槍を持ち続けるのは不利と判断したのか、槍を手放し拳を握った。

 

 しかし、その瞬間、少女の顔の横を通過したソロモンの杖のレプリカは、レプリカながら有していた変形機構によって小さな弓状から杖状に変化し、逆手持ちの剣のような形となった。

 

 賢治は少女の背後を取った杖を強く引き、さながら鎌で喉を後ろから掻き切るように少女の首を抑えると、柔術にある立ちからの固め技の要領で身体全体をひねりながら少女を巻き込んで倒れこみ、右腕を掴み捻り上げつつ地面に押さえつけた。

 

 ◇

 

 右腕の関節を完全に抑えられて動けない黒衣の少女。けれど賢治の発勁の持続時間ももはや限界。いくら関節を決めていたとしても、常人の身体能力では無理矢理引き剥がされてしまうだろう。そう結論を出した賢治はクリスにシンフォギアを纏ってくれと叫んだ。

 

「おう!」

 歌を歌うのが嫌いと自称するクリスだが、今回ばかりは自分の命がかかっているので言いっこなし。

 と言うか、そろそろ不自由さでフラストレーションが爆発しそうなのでここらで一発かましてスカッとしたいのが本音だったりする。

 

「Killter Ic……」

 ドカーン

 

 聖詠の途中、何か巨大な板のような物が空から飛来した。

 

「ンなんだよ今度はぁぁ!!」

 聖詠を邪魔されたクリスが憤慨する。

 

(つるぎ)だ!」

 落下してきた大剣の頭頂部から言い放つは風鳴 翼。

 出番がなくてフラストレーションが溜まっていたのはクリスだけでは無かった。

 

「剣って何だよ! つーか誰だよお前!」

 ビシっと大剣の上に立つ翼を指差す。

 

「風鳴翼! この国の防人にして歌女だ! 見知り置けぇい!」

 ちょっとクリスの物言いが時代劇っぽくてノリノリで答える翼。

 

「」

 唖然呆然。ギャグ漫画なら顎がとろけて地面に落ちてしまいそうなほどたっぷりと時間をかけて

 

「はぁ。そうすか」

 毒気を抜かれたクリスはポカーンと直前のことをまるごと忘れて、それだけ言うと座り込んでため息をついてしまった。

 対して翼はむふーっと得意げな表情。

 

 何のために来たのか。翼もうっかり忘れているようだった。

 

 ◇

 

「……おーい」

 シリアスをぶち壊した翼のせいで忘れ去られていた賢治。ついに発勁の効力を失い、黒衣の少女に無理矢理引き剥がされて宙を舞った。

 

 軽く3mほどの高さ。発勁を使えればどうとでもないのだが、生憎品切れ。足から落ちることを祈って舞う賢治を助けたのは翼に遅れて到着した天羽 奏だった。

 

 お姫様抱っこされる賢治。

 

 抱えた奏は驚きの表情。

 

「お前、生きてたのか!」

 

「おかげさまで」

 

「響の奴も心配してたぞ。今は前線にいるからアタシらもすぐに行く」

 その言葉を聞いて賢治が手を顔にやってぐーっと拭った。

 

「お前。手ぇ怪我してんじゃねぇか。顔ヤバいことになってるぞ」

 傷だらけの手で顔をぬぐったせいで賢治の顔面は血まみれだ。

 

 けれど賢治は気にしていない。

「本当に響ちゃんだったのか……」

 分かっていたかのように、はたまた悔いるように、賢治は言葉を吐き出した。

 

「心配すんなよ。了子さんが大丈夫だって言ってたしよ」

 賢治は苦々しげな表情を浮かべた。

 

「櫻井博士はダメだ。信用できない」

 そう断じる賢治を訝しんだ奏。

 

「……どうしたんだよ急に。お前が了子さんをあまり良く思っていないのは知ってっけど、でも仮にもお前の先生だろ?」

 

「……あの人はノイズを操ってるんだ。しかも、それだけじゃない。さっきのシンフォギア装者は櫻井博士の手先だ」

 

 奏の目が限界まで開かれる。

 

「……うそだろ?」

 

 

 ◇

 

 

 ツヴァイウィングが救援に来る前にノイズを全て片付けてしまった響は、ヘッドギアに手を当てオペレーター陣からの情報に耳を傾けていた。

 

「あら、響ちゃん。ちょうど良かった。私、今から本部に行くんだけど乗ってかない?」

 

 ビルの横、タクシー待ちをするかのように立ち止まっていた響に対して馴染みの知り合いのような気安さで話しかけながら、金髪の少女を引き連れた櫻井了子が姿を現した。

 

「櫻井博士……」

 響はその姿を一瞥すると、ゆっくりと拳を構えた。

 

「あらあら、物騒ね。どうしたの? もしかして賢治くんの話?」

 賢治が奏にもたらした情報は、素早く実働部隊全員に伝達されていた。当然、その中には響も含まれている。

 

「あんなの嘘に決まってるじゃない。嘘じゃないとしても何かの間違いよ」

 

 そう軽口を叩く櫻井博士に、響は眉をひそめた。

「賢治さんが嘘をつく訳がない」

 

 ふぅ、櫻井博士が息をつく。その目はどこか遠い。

「あの人がそんな事するはずがない……ね。幼いわね」

 

 響の握る拳がにわかに強まる。

「だいたい……本当に間違いなら逃げる必要無いでしょ。元が諜報機関だからって仲間の櫻井博士に無体な事はしないはず」

 

 響の真摯な言葉を受けても、櫻井博士は煮え切らない態度を取った。

「うーん、今はちょーっと急ぎの用事があるからまた今度ってことに」

 響が迫った。

 

 それは脅しの意味合いの強い()()だったが、櫻井博士の背後に控えていた少女が咄嗟に響の前に立ち塞がり、当てる気の無かった一撃に意味を持たせた。

 

 少女の纏っていたワンピースが無惨にちぎれ飛び、その下に着込んでいた衣装が露わになる。

 

 通常のシンフォギアとは配色が逆の黒を基調とし、群青色のアクセントカラーの入ったシンフォギア。腕部の赤黒い刺繍が輝き、血の色の槍へと変化する。

 

 その姿は、櫻井了子が敵であることを確信するのに十分だった。

 

「ネフシュタン!」

 もはや言い逃れができないと悟ったフィーネ。彼女の一声に応じてつむじ風が巻き起こり、髪が逆巻き栗色の髪が金色に染まる。

 何処からともなく花びらのようにウロコが集い、黄金の鎧が形成された。

 

「同じ女のよしみだ。1つ助言をしてやろう。人々の言葉が1つだった頃でさえ、私はあの方のお考えを知ることが出来なかった。共通言語を失って久しいこの世界なら尚のこと。他人は所詮、他人。故に実感を伴う繋がり。痛みこそが今の世界で唯一信じられる繋がりよ」

 飛びかかる響の攻撃をムチでいなしつつ言葉を発するが、響の闘志はこゆるぎもしない。

 

「痛みが繋がりなんておかしい」

 他人に与えられた傷はただ辛いだけなのだと、響は経験から知っている。人を繋ぐのはふれあいであり、思いやりなのだと響は信じている。

 

 足刀手刀、手足のブーストパーツを使った強撃の猛襲。けれど一撃たりともフィーネに届かない。

 

「ぬるいな、出力もあの形態とは比べるべくもない。動きも単調、弦十郎から戦場(いくさば)の作法も習っただろうに。……知らぬ間に血を登らせていたのか? フッ、恋愛脳め」

 

 響の顔がカァっと赤くなる。

「自覚はあるのか。ならば私のことなど構わず、戻った方が良いぞ。()()()()()()()()()()だ。あの馬鹿は一度眠れば当分起きないぞ」

 

『ASGARD』

 そう言うと次の一撃を予測してフィーネはあらかじめバリアを張った。案の定、響が一際大きな一撃を放ち、バリアがたわむ。

 

「賢治さんに何をした!」

 

()()。私は本当に何もしていない。だが、そう。フフッ、せいぜい学業を疎かにせぬようにな」

 

 不敵に笑うフィーネ。軽口を叩きながら響を軽くあしらい続けている。

 

 2人の戦闘に手を出さずにいた金髪の少女は、頃合いを見て腰に携えていたY字の杖、ソロモンの杖を取り出した。

 

 響の周りにはノイズを、自分たちの頭上には爪形ノイズを召喚すると、フィーネと少女は召喚した爪形ノイズに飛び乗って響の視界から消え失せてしまった。

 

 二課のレーダーも途中までは追跡していたが、ノイズの反応、次いで聖遺物の反応が消え、最終的に見失った。

 

 こうしてひとまず一連の騒動は収まり、二課は1人の考古学者を失い、1人の装者と1人の発明家を取り戻した。

 

 そして数ヶ月の間、つかの間の平穏が訪れることとなる。




これにてシンフォギア無印編前半終了となります。
感覚的にはメインストーリーほっぽってサブクエスト全クリした感じですね。
時間軸的にだいたい1話の数日前。ストーリー自体の進行は5話直前。クリスちゃんが味方にいるので戦力はMAXです。

その分フィーネ陣営も補強していますが、まぁ、劇中に書いた通りあんまり強くありません。掘り下げもあんまりしないかなぁと言った感じ。

しばらく戦姫絶唱しないので、気楽に待っていて下さい。
イチャイチャさせるぞい。

*前々から言っていた通りプロローグ削除いたしました。これからも精進しますのでよろしくお願いします。

戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
次回「燃え尽きたジョーは燃え尽きたのです」



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無印 閑話編
病院にて


XV最終回直前にして、ドインフレ新属性を追加するXD。
これは嵐の予感。

それはともかく、今回から無印閑話編です。

あと前回、これからは三人称で書くと言いましたね。アレは嘘…あ、いや、単純に二人称の方が書くのが楽だったので流れただけです。すいませんでした。
申し訳ありませんが、これからも視点はころころ変わると思います。

今回はグレビッキー視点です。


「……キー、ビ……キー」

 肩を叩かれる感覚。安藤……さん? 

 

 ぼーっとしていた私の前を誰かが遮った。

「立花さん! ちゃんと話を聞いていましたか!!」

 

 はっ、となって前を見る。目の前には担任の先生。

 

「……すいません。ちょっとぼーっとしてて」

 

 先生が腰に手を当てて深々とため息をつく。

 

「校外活動に熱心なのも良いですが、学生の本分を忘れないように!」

 

 ごめんなさい先生。たぶん今先生が考えている事と私が考えていたことは違います。

「……はい」

 

 先生がツカツカと私のそばを離れて、教卓に戻り、授業の続きを始める。

 

「災難だったね」

 席を寄せて安藤さんがこっそり耳打ちする。

 

「……でも私が悪いし」

 賢治さんの事を考えてしまうとなかなか戻ってこれないことが多い。前々からだんだん意識が遠くに行く時間が長くなっているのは自覚してるから、気をつけたい。……できるとは思えないけど、努力はする。

 

「まぁ、そうだけどさ。でも、ワザワザ耳元で言わなくたって良くないと思うけどねぇ」

 

 ……それは少し思った。

 

 

 ◇

 

 

 櫻井博士の叛意が暴かれ、離反してから数日。

 

 賢治さんは事件の際に身体を酷使した結果、極度の疲労によって深い眠りについてしまい、未だに起きる兆しを見せなかった。

 

 

「アイツはまだ起きてねぇぞ」

 

 病室の前について早々、そうつっけんどんに言ったのは賢治さんが連れてきた2年前に行方不明になっていた少女、雪音クリス。彼女はどういう訳か賢治さんの病室を見舞いに来ており、何をするでもなく部屋の隅に居座っていた。

 

「……そう」

 

「そう、ってお前」

 

 椅子を持ってきて賢治さんの眠るベッドの横に座る。

 

「今起きてなくても、あと少ししたら起きるかもしれないでしょ」

 ビニール袋から買ってきた林檎を取り出して剥き始める。

 

「だから私はここにいる」

 起きた時に一番近くに居たいから。

 

「あ゛ー」

 雪音さんが私の顔を見て顔を真っ赤にした。

 

「……何?」

 

「んでもねぇよ!」

ったく、ずいぶんしたわれごにょごにょ。

 何を言ってるかよく聞こえない。

 

「そういえば、雪音さんの方こそなんで賢治さんの病室に来てるの?」

 

「あん? 、そりや、そのぅ……まぁ〜」

 雪音さんが口ごもり、プイッとそっぽを向いた。

 

 クゥ〜〜

 

 その瞬間、どこからか、というか雪音さんの方から小さな音が聞こえた。雪音さんの顔を見るとほんのり赤い。

 

「もしかして、私のお見舞い目当て?」

 私は毎日賢治さんの病室を訪れては、林檎を剥いては置いて行っていた。当然だけど次の日には無くなっているから、病院の人が片付けてしまっているのものだと思っていたけど、

 

「すまねぇ」

 

 今のは聞こえた。どうやらわたしの後に訪れていた雪音さんが食べてしまっていたらしい。

 

「……いや、どうせ夜になったら看護婦さんに片付けられちゃうだろうし、別にいいけど。……司令から電子マネー機能付きの通信機貰ってなかった?」

 そう私が言うと、雪音さんが一見収納などこれっぽっちもないように見えるワンピースのどこかに手を入れると、すっとゴツゴツとした大きめのトランシーバーのようなものを取り出した。

 それは、寮に入るまでの間、交通費の現物支給として一時的に私も借りていたことのある代物だ。

 

「これだろ」

 

「そう」

 

「いやなぁ、ちょっとなぁ」

 もったいぶる様に歯切れが悪い。

 

「何?」

 

「笑わねぇか?」

 

「え?」

 

「使わねぇ理由言っても笑うなよ?」

 

「……? 笑う訳ないでしょ」

 

「言ったな! 絶対だかんな!」

 雪音さんが私のそばに寄る。

 

「……人の金で何か買うって怖くねぇか?」

 そう言った雪音さんは同意を求めるように食い入る様に私を見つめる。

 

 私は少し考えて、

「雪音さんって、口調の割に育ちがいいんだね」

 

「はぁ!? 言うに事欠いて何言うんだよ! 今、あたし笑われるよりムカついたぞ!」

 むっと膨れて荒ぶる雪音さん。

 

「私も雪音さんと同じ奴、昔少しの間だけ借りてたけど、必要だと思った時は遠慮なく使ったよ」

 実家からこっちに来る時の電車とか昼食とか、母子家庭の高校生の財布には大変ありがたかった。もちろん、最小限の出費に抑えたつもりだけど。

 

「お前、……あーいや」

 私の言葉を聞いてポカンとしていた雪音さんは何かを言おうとして言い澱む。

 

「見かけ通り図太い?」

 

「んな事言ってねぇよ!」

 

「本当は?」

 

「言わねぇよ!」

 必死になって否定する雪音さんを見てくすくすと笑いが溢れる。キッと雪音さんが私を睨んだ。ふふふ、ちっとも怖くない。

 

 サクッと最後の一回りで皮が林檎から切り離され、ビニール袋の中に落ちる。八等分にした林檎をひとまず4つずつに分けて紙皿に盛る。

 横のチェストの上に一皿置いて、もう一皿を雪音さんに渡す。

 

「ひとまずね」

 

「……おう、ありがとよ」

 受け取った皿の上の林檎を一切れとると雪音さんは一口で頬張った。頰が膨らみ、ゴリゴリと音を立てる。

 

あふぇえなこへ(甘ぇなコレ)

 

 ……喜んでくれるのは嬉しいけど。うーん、あまりいい食べ方ではない。私は作るのも食べるのも好きな身として、綺麗に食べてもらいたいという欲が少しばかり強かった。

 

「……雪音さん、あんまりそう食べるのは良くない」

 私がそう指摘すると、雪音さんはハッとした様子で口元を隠し、ゆっくりと咀嚼し始めた。

 

 飲み込んだ。

 

「すまねぇ、コイツにも食べ方は直せって言われてたんだけどよ。最近は一人で食うことが多くて気を抜いちまってた」

 

「コイツって賢治さんのこと?」

 

「あぁ」

 

「賢治さんと一緒にご飯食べてたの?」

 

「うん? あたしは元々コイツの監視をフィーネに任されていたし、食事中は危険物を手に握る訳だからな。監視が必要だったんだよ。まぁ、実際の所、食べ方が汚ねぇってんで、コイツに食べ方を指導されまくってて、監視されてんのはコイツじゃなくてあたしみたい感じになっちまってたけどな」

 

「……へぇ」

 シャクシャク

 ちょっとお高い林檎、蜜も多くて甘くて美味しい。

 

「あ、お前ソレ」

 

「何?」

 シャクシャク

 

「……まぁ。いいけどさ。……あたしももう一つ貰っていいか?」

 

 ノータイムでお皿を差し出した。

「どうぞ」

 

「ありがとよ」

 受け取った雪音さんは少しずつ齧って食べる。

 

 時間を見ればもう4時過ぎ。3時のおやつには少し遅い。

「あぁ、そういえば」

 

「何だよ」

 

 私はバックからパンを取り出した。

 

「お昼の残り、開けてないけどいる?」

 

「……いいのか?」

 

「うん」

 

「ありがてぇ。へー、アンパンかぁ。食うの久しぶりだな」

 

「櫻井博士の所じゃ何食べてたの?」

 

「肉、パン、野菜。野菜は嫌になるほど食わされたな」

 

「……ずいぶんと健康的だね」

 

「フィーネは海外の怪しい連中と繋がってたんだが、フィーネの話じゃそいつらは軒並み偏食家なんだそうだ。そんで、その話をするたびにフィーネは「真の知性は完璧な栄養によってもたらされる」とか言って馬鹿にしてた。元から食生活には気をつけていたのかもな」

 

「へぇ」

 

 その後もご飯の話は続いた。まぁ、雪音さんは食べものとかお店には詳しくなかったから、ほとんど私の方がこの街の美味しいお店を紹介してたけど。

 

 ◇

 

 時間は5時半を過ぎ、外はそろそろ夕暮れになっている。

 

「それじゃあ、私そろそろ戻らないと」

 

「おう、それじゃあな」

 

「……雪音さんは帰らないの?」

 

「もう少しいるわ。どうにも本部は大人が多くてな。あんまり居たくねぇ」

 

「……そう。それじゃあね」

 

「あぁ」

 

 私は椅子を片付けて扉を開ける。

 

「……。なぁ!」

 

「どうしたの」

 

「り、林檎ってどこで買えんだ!?」

 

「……私は下町の八百屋さんで買ってるけど、たぶんカード使えないよ」

 私がそう言うと雪音さんは露骨に落ち込んでしまった。

 

「そ、うか」

 しょぼくれる雪音さん

 

「また、買ってくるから、その時も一緒に食べよう」

 

 雪音さんがバッと顔を上げた

「あぁ! そうだな! この馬鹿の分も食っちまおうな!」

 

 そう言う訳には……、とも思ったけど、賢治さんにはまた別なモノを持って来ればいいかなと思った。

 

「……うん、それじゃ」

 

「あぁ、またな!」

 

 病院からの帰り道、いつも起きない賢治さんを思い出して重かった足取りが、今日は少しだけ軽かった。

 




まだ仲良く無いので苗字呼び、クリスの方も名前を呼びません(原作もですが)、ひとまずネタに走る前に真面目な閑話をと……。


ギチギチギチギチギチギチギチギチ
リヨ393「私の出番…何処?」

ルマンド「ぐべぇ、あ゛、いや、無印だと配役の関係で出番が」

リヨ393「G編書く気力が残ってるのか怪しいでしょ」
メキメキメキッ!!、ビシィッ!!

ルマンド「も゛申し訳ありませんが、貴女の出番は」

ニコッ
リヨ393「貴方のその強情な所、好きじゃないし嫌いだよ?」

ルマンド「ぐぁぁぁ、ジーク・ジ」大爆発

シンフォギアのラスボスのメインプランを潰された際のリカバリー力の高さ凄いと思う(唐突)

戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
次回 「電光刑事は隠れない」



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探偵団結成

xv最終話に喜び、xv最終回cmで泣き。

そして満を持してXDに参戦した絶キャロルlv70の馬火力に大爆笑するシンフォギアづくしの一週間でありました。

絶キャロルlv70は今のところ1人であらゆるレイドボスをただのアイテムボックスに変えてしまう超火力キャラなのでオススメです!
みんなガチャ回そう。

*今回は特に前振りとしての意味合いの強い閑話なのでだいぶ短くなっています。



 放課後。

 

「最近、響の付き合いが悪い!」

 

 机をガタンと轟かせ、高らかに掲げられた右腕。立ち上がったのは板場弓美。

 

 ホームルームも終わり、部活持ちや帰りの早い子が立ち去って人気の少ない教室にはその声はよく響いた。

 

 けれど周囲の興味は薄い。いつものことだからだ。

 

 結局、彼女の話題に付き合ってくれるのはいつもの3人。もっとも話題に上がった1人は早々に帰ってしまったため、今は2人である。

 

 

「と言ったって、学校が始まってからまだ一週間ちょっとしか経ってないし、その付き合いが悪くなったのだってまだ数日だよ? 何か用事があるんでしょ」

 安藤創世(くりよ)は頬杖をついてこともなさげ。

 

「ここ数日の話じゃないわよ。寮に越してきてから、あの子ってば、ほぼ毎日朝夕何処かに行っちゃうんだもん。流石に鈍ちんの私でも何かあるって思うわ」

 対する弓美は自分は真剣なんだぞと小さな身体をめいっぱい使って大きなボディランゲージでアピール。

 

「そうですねぇ。あ、そういえばこの前、ツヴァイウィングのお二人と一緒にランニングしている所を見かけましたよ?」

 きょとんとしながらさらっと重要そうな情報を投げつけたのは寺島詩織。

 

「何それ、何処で見たの?」

 悲しいことに創世の食いつきは弓美の時以上だった。

 

「近くの林道ですね。朝にお散歩していたら偶然」

 

「あー、あの時かぁ。しまったなぁ、見たかったなぁ」

 創世は心底悔しそうにしている。

 

「だから言ったはずですよ? 早起きは三文の徳だって」

 

「いやぁ、ツヴァイウィングのランニング風景なんて三文どこじゃないでしょ」

 

「うーん、直にお金に例えるのはいかがなものでしょう」

 

 2人の話が脱線を始めたことに慌てる弓美。

「ちょっと! 今は響のことを話しているのよ! ツヴァイウィングと響の関係もひっじょーに気になるけど、気になるけども! 響について話しなさいよ!」

 

「響さんがツヴァイウィング加入?」

 

「赤青黄色で、バランス取れてるしね。それならグループ名はトライウィングかな」

 

「翼が3つある鳥は居ませんよ」

 

「そうかぁ」

 

「ちょっと!」

 むすっとした弓美に対して、手をひらひらと振る創世。

 

「聞いてる聞いてる。つまり弓美はビッキーが心配なんでしょ」

 

「べっ、別にそんなんじゃ無いわよ!?」

 目に見えてうろたえる弓美、図星であった。

 

「そうなんですか?」

 

「そうよ! まぁね、最近、やっと明るくなったと思ったらまた暗くなっちゃって、しかも、そのまま何も言わずにどっかに行く事が増えて。あの子、本当何も言わずにフラフラしてるのよ。ほら、そういうのってなんていうか、ねぇ? 身内にそういう怪しいのがいるとソワソワするじゃない?」

 キツめの物言い、物憂げな表情、口を尖らせ、そっぽを向いて、意味もなく髪をいじる。

 どっからどう見てもステレオタイプなツンデレの仕草。

 

 ──まるでアニメみたいだなぁ。

 弓美の口癖が2人の中で呟かれる。

 

「つまり弓美さんは響さんが心配なんですね」

 

 つまりそういうことなのだ。

 

 だよねー、ですよねー。

 正解を言い当てたかのように喜び勇んで創世と詩織がハイタッチ。

 

 心情を言い当てられた弓美の顔は真っ赤だ。

 

「違うから!」

 

「ならどうして私らに相談したのさ。心配じゃないならほっとけばいいのに」

 

「そりゃ……。同居人が怪しい事してるなら止めるのがスジってもんでしょうが」

 

「普通はわざわざ関わろうと思いませんよ? 先生にでも相談すれば良いんじゃないですか?」

 

 ──先生ならなんとかしてくれますよとアドバイスする詩織に創世が同意する。

「そうそう、心配じゃないなら首突っ込み必要なんて無いって」

 

 そうして心配する弓美の前でのらーりくらりと響に関わらない方向を検討し始める2人。当然煽りである。

 

 ──なんて薄情な! 

 

 ダーン! 

 

 思いっきり、ガッツリ、騙された弓美が怒って机をぶっ叩く。

 

「心配に決まってるでしょ! 心配だから相談したのよ! 2人とも響が心配じゃないの!?」

 

 その言葉を聞いてニヤつく2人。──その言葉を待っていた。そんな表情。

 弓美の両肩が左右からガシッと掴まれる。

 

「だよねぇ。心配だよね」

 

「調査はどうしましょうか? 一番身近な弓美さんが知らない以上、響さんもあまり口外したくない事なのでしょうし」

 

「なら尾行しちゃう?」

 

「それナイスアイデアです。弓美さんも探偵ごっこは得意ですよね?」

 

 急に気安く肩を持つ2人に弓美はたじたじ。

 

「え、あ、うん。まぁ、色々と推理小説は嗜んではいるけど」

 

「オッケー、じゃあ明日かな」

 

「時間も経ってしまっていますし、響さんはもう見つけられないでしょうし、その方が良いと思います」

 

「弓美もそう思うよね」

 

「おぅ、うん」

 2人はさっきと打って変わってノリノリで計画を立てていく。

 ついさっきまで響の事に興味をあまり示していなかった姿はそこにはない。

 ちょっと弓美をからかっただけで2人も響が心配だったのだ。もっとも彼女たちの方はそこまで深刻に考えているわけではなく、いつぞやのお兄さん関連の話。つまり恋バナだと楽観視していたのだが。

 その考えは当たらずとも遠からずである。

 

 肩を持たれていた弓美が2人の手を振り払った。

「って何よ! さっきまで全然興味無さそうにしてたくせに!」

 

「その時はちょっと調子が上がらなかっただけだって」

 

「女心と秋の空と言いますからね」

 

「それは関係無いでしょ!?」

 

 3人寄れば姦しい。

 

 その言葉を体現した集いは、本人が隠したがっているなら探らない方がいいんじゃないか? という考えを、そこに確かにある好意と、女子高生ゆえの好奇心で無視して面白おかしく進行していった。

 

「とりあえず! 響の尾行するなら、まず帽子買いに行くわよ!」

 

 まずは形から、ライブに行けば無駄にたくさんペンライトを買うタイプの弓美は気合十分自信満々な表情。反面2人は渋顔だ。

 

「……いや私はいいかなぁ」

 

「探偵は1人で十分ですから、私たちは」

 

「なんで、そこは乗り気じゃないのよ!」

 

 女の子のお話は長く遅い。けれどひとまず、今日の放課後にやる事は決まっていた。

 




シンフォギアって前から考えていたのか後付けなのか分からない微妙な線を突いた追加情報多いですよね。
けどフィーネがシンフォギアを7つ用意してた理由のくだりとエンキと相思相愛だった話は絶対後ヅゥっ!?

393

「野暮なこと言ってないで早く続き書いて下さい。私知ってるんですよ?これが元々書いていた分の前半だって。後半はいつになるんですか?」

「ギぷぅ…!、数日以内に上げます」

「そうですか。あ、次回響出るんですよね?なら私も」

「それは無理ですぅ」

「なら死ね」

〈首が折れる音〉

次回 戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
「ホーンテッド防人ハウス」


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パンドラの箱

錬金術万能すぎ問題。
TS、改造、洗脳、記憶の保存に不老不死。

というか記憶を複製できるなら錬金術使い放題じゃないの?
あとキャロルで70億倍絶唱ならサンジェルマンなら何百億…

393



 刻は午後4時、二課の居住エリア。

 

「〜♪ 〜♪」

 

 鼻歌混じりに廊下を歩いているのは雪音クリス。その両手に山となって抱えられているのは飲み物、お菓子、そしてあんパン。

 

 今日はこれからミーティング。クリスと響はお見舞いを早めに切り上げ、残りの時間をクリスの部屋で過ごすことにしていた。

 

 そもそもお見舞いを早めに切り上げるとはなんぞやと思われるが、

 友達がいないため知り合いの眠る病院に来ていたクリス。お見舞いに来ていたが起きない賢治を前に陰鬱になっていた響。2人は友達となることで互いが抱えていた問題を緩和させていた。

 

 数日を経てそれなりに仲良くなった2人は不器用ながらあちこち行くようになっており、(それを書けよ)

 

 そうなると病院に留まる意義が小さくなる訳で、

 

 いまや病院は2人の待ち合わせ場所程度にしか使われていなかった。

 

 つまりは、賢治の扱いがぞんざいになっているのだが……。

 

 代わりが2人の少女の安寧となれば比べるまでもなかった。

 

 ◇

 

「私も一緒に行こうか」

 

「はぁ? 子供じゃねぇんだ。同伴なんていらねぇよ」

 

「でも私の分の食べ物だって」

 

「ンなもんあたしが買うに決まってんだろ? いっつも奢って貰うだけってのは好かねぇ」

 

「……あんまりお金使いたくないんじゃないの?」

 

「あんたとは前に給料の話しただろ? あたしが二課の装者として一回出撃すりゃ、それだけでお釣りが来らぁ。後で耳揃えて返しゃいいんだよ」

 

「……いいの?」

 

「何がだよ」

 

「二課の装者になること」

 

「いいからここにいるんじゃねぇか」

 

「……そう。じゃあ、お願い」

 

「おう」

 

 そんなちょっとしたやり取りを経て、クリスは買い出しに行っていた。

 

 ◇

 

 流石と言うべきか政府直轄組織の購買部。その品揃えは豊富であった。白あんパンなるものを見つけたクリス。買い物を済ませ、帰るその足取りは軽やかでその速さは歩きに区分されるが、限りなく小走りに近い。

 

 ──そういや、こういうのって接待費って言って経費で落ちんだっけか。なら返さなくてもいいか? 

 ネットで経費について調べた結果、都合のいい免罪符を見つけたクリス。実はここ数日おやつを欠かしていなかった。

 

 バルベルデ、フィーネの監視下、どちらも自由にお菓子を食べることなど考えられない環境。現在、物心ついてから初めてとも言える食べる自由を得たクリスはその自由を存分に堪能していた。

 

 友達を自分の部屋に呼ぶなんてことも初めてで浮かれている面もあるが、それでも2人分には多い両手に抱えられたお菓子の量が今のクリスのタガの外れ具合を如実に表していた。

 

 ……当然のことながら

 

 その罪科は本人の気付かぬ所で着実に積み重なっており、夏になる頃には軋む体重計と絶叫と共に心底後悔することになるのだが……、それはまた別のお話。

 

 今のところ、クリスの気分は上々だった。

 

 ◇

 

「おっと過ぎちまってたか」

 

 浮かれていたからか、自分の部屋を過ぎていたことに気付いたクリス、今開けようとしたドアから、一つ前のドアのへ移動した。

 お菓子が落ちないように慎重に片手を離し、サラッとした赤いワンピースの何処にあるか分からない謎の収納からカードを取り出すと、それをサッとドアの横の機械に通した。

 

 カシュー

 

 軽い音ともにドアが横にスライドして開かれる。

 

 

 ブワァ

 

「うっ!?」

 

 ボンボン、ガサガサガサッ! 

 

 ペットボトルが跳ね、食べ物の袋が辺りへ広がる。

 

 クリスが部屋からただよう強烈な匂いに驚き、とっさに鼻を覆ったためだ。

 

「なんだよ……コレ」

 

 絶句するクリス、すると今しがた開けたドアの更に前の部屋の扉が開いた。

 

「クリス?」

 お菓子選びに時間をかけ過ぎていたクリスを心配して部屋から響がひょっこり顔を出してきた。

 

「立花……、コレ」

 

 クリスが力なく隣の部屋の中を指差す。

 

「何? 翼さんの部屋がどうかしたの」

 

 トントンと靴を履いて踵を合わせ、響が部屋から出てきてクリスの横に並んだ。

 

「何……コレ……」

 クリスに次いで響も言葉を失った。

 

 2人の前に広がる光景。

 

 

 無惨

 

 

 その部屋の惨状を表すにはその言葉以外見当たらなかった。

 

 それほどまでに部屋の中は酷い有様であった。

 

 一言で説明するならば、ひっくり返されたおもちゃ箱。しかも長年使い古して底に得体の知れないモノを山ほど抱えたヤバい代物を力任せに振り回して中身を撒き散らしたような。

 部屋の中にあらゆるものが散乱し、部屋の持ち主の私物であろう鮮やかな色彩の衣類と、無数のゴミの鈍色が混ぜこぜになって、部屋全体を満遍なくドギツく汚い色で満たしていた。

 

「ひでぇ……」

 入り口まで甘ったるい強烈な匂いを送っていたのは化粧台の下で大きなシミを作っている瓶だろうか? 

 

 真っ先に目についたのは胸ぐらいの高さのタンスの上にあるトロフィー群。いくつもの賞状の入った額縁は軒並み落とされており、壁の釘が丸出し。何本もあるトロフィーの方も軒並み倒れており、唯一立っているトロフィーにはビビットカラーの服が掛けられていた。

 その下のタンスは全ての段が中途半端に開けたられたままになっており、これまた服が垂れ下がっている。

 

 その隣にはテレビらしきもの。1、2枚どころでなく5枚も6枚も衣類が被せられているせいで、画面のあるはずの場所が完全に布で覆われていた。

 

 その他にもいくつもの質の良い服があらゆる調度品、床、洗面台、およそ相応しくない場所に投げ出されており、その価値を貶められていた。

 

 部屋の床には服以外にもゴミが散乱している。それだけでなく何かのプリント、クッション、筆記用具。本に下着にデスクライト。更には十手に模造刀までもが刃を見せて転がっていた。

 

 その荒らし方はベッドも例外ではなく、めくられた布団が死体のように床を這いずり、ベッドの上は床と遜色ない荒れよう。部屋の中に、安全に足を踏める場所はどこにもなかった。

 

 ◇

 

「誰がこんなこと……」

 

「部屋の中につむじ風……ってなわけにはいかねぇか」

 

「この綺麗なぐらいのゴミの散らかり方は人じゃないとできない」

 

「分かんのか」

 

「……まぁね」

 

 響がうつむき加減で言い、その表情を見てクリスはそれ以上同じ話を続けるのを辞めた。

 

 湧き上がる苛立ちからパチンと両手をぶつけて打ち鳴らした。

「くそっ! 人間は結局人間ってことかよ!」

 

 俯いていた響が振り返る

「とにかく誰かに知らせないと」

 

「あぁ、そうだな」

 

 

 ◇

 

 

「そんな、風鳴さんの部屋がそんなことに」

 

 2人の言葉を聞き驚いているのは津山元一等陸士。

 明るい髪色、自衛隊出身というがっしりとした体格、職務に忠実な真面目な人物だ。

 

 津山はしばらく顎に手を当て、思い悩むと2人に対しビシッと敬礼をする。

 

「情報提供感謝します。今日はミーティングがありますからいつもより本部の人員は多くなっています。その中から犯人を探し出すのは至難ですが、ミーティングが終わり解散してしまえば犯人に逃げられてしまう可能性が高い。そうなる前に必ずや不埒な輩を見つけ出してみせます」

意気軒昂な様子の津山がドンと胸を叩いた。

 

「よろしくお願いします」

 

「よ、よろしく」

 

 最後に2人に柔らかく笑いかけると津山は敬礼を辞め、小走りで廊下を走っていった。

 

 2人には見せなかったが、振り返った後の津山の表情は怒り一色。

 ──ツヴァイウィングには過去に命を救ってもらった恩がある。彼女達に害を成す者が二課の中にいるのなら、たとえ同僚でも許さない。

 

 津山元一等陸士。

 彼はツヴァイウィングの大ファンであった。

 

 ◇

 

「で、これからどうする?」

 

「……どうしようか」

 既にお気楽ムードは霧散し、今からおしゃべりという気分でもない。だからと言って、職員との交流もほとんど無い自分たちでは翼の部屋を荒らした犯人を見つける事はできない。

 

 悶々とした2人の前に一人の人物が現れた。

 

「どうしたの? 二人とも」

 友里あおい、二課の情報処理担当……、オペレーターの女性だった。

 

「実は……」

 

 カクカクシカジカ

 

「なるほどね。そうね……、なら二人は司令室で待っていて」

 

「司令室……ですか?」

 

「そう、今は非戦闘状態だから静かだし、私も仕事があるから行きたいんだけど、どうかしら? あったかいものも出せるわ」

 

 クリスと響が顔を見合わせる

「……じゃあ」

 

「お願いします」

 おずおずと言う2人にうんうんと友里が頷く。

 

「それじゃあついてきてね」

 友里は2人についてくるようジェスチャーを出すと耳に装着したインカムに手を当てる

 

藤尭(ふじたか)くん、仕事よ」

 

 友里は端的にそう指示を出すと2人を先導し、司令室へと入っていった。

 

 ◇

 

 そんな訳でパンドラの箱は開かれた。

 




友里あおい
あったかいものどうぞ

藤尭朔也 ふじたかさくや
隠密任務でマナーモードにし忘れる金髪

津山一等陸士
漫画版で登場した金髪?の自衛官
ツヴァイウィングに命を救われ、二課に転属した。
漫画版では緒川さんの出番を全て奪ったぞ
ツヴァイウィングのCDをすべて初回版で揃えている。


SNB「そんな、まさか津山さんに先を越されるなんてっ」

ルマンド「まぁ、こればっかりは…、おがっ、SNBさんが居るとこの話起きないですし」

SNB「けれどわざわざ彼を出す必要は無いでしょう!?」

ルマンド「いや…だって公式に使いやすい人いるなら使わないと、オリキャラはあんまり使いたくないなぁって」

SNB「公式設定資料もキチンと読んでない人が何をいっているんですか」

ルマンド「うっ」バタッ

戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
次回「I am the bone of my sword. (言い訳)」


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威厳。墜ちて

燃えて。


投稿遅れて申し訳ありません。
私用となかなかアンジャッシュ時空を書けず四苦八苦していました。今回はかなり難産でした。

大仰な前フリすると困りますね!

…あとMHW:IB買っちゃいました(大戦犯)

393



 幾何学模様、獣のレリーフに謎の記号。古代を意識したツヤのない彩色を施された数キロにも及ぶ巨大な絵画。それは誰に見せるでもなく、小さな学校がまるまる入るほど大きく、底が見えないほど深い大穴を彩っていた。

 

 その表向きの顔であるリディアン音楽院と二課本部を繋ぐ無駄に大きく凝った空洞の中を一つのエレベーターが降っている。

 

 その中には風鳴翼。

 彼女はほぅとため息をつき、エレベーターの壁に身体を預けて、何をするでもなく流れる壁画を眺めていた。

 奏は身体検査のため先に二課に行っており、緒川さんはここ数日姿が見えない。ひとりぼっちの彼女は少しスネているようだった。

 

 ◇

 

 〈英雄故事〉

 

 携帯から叔父のお気に入りの曲が流れる。翼はサッと耳に掛かっていた髪を払うと電話に出た。

 

「はい」

 

『翼か、今どこにいる?』

 低く力強さを感じる声。弦十郎だ。

 

「二課に向かっているところですが」

 

『後どれぐらいでこちらに着く?』

 

「もうエレベーターには乗っていますから、あと数分もすれば」

 

『数分か……。ふむ。打ち合わせには時間が足りないな……』

 

 打ち合わせとは何のことだろうか? 翼の頭上に疑問符が浮かび上がる。

 

「叔父さま?」

 

『なら要件は早々に伝えなければな……』

 どこか切羽詰まった弦十郎の声色、何か大切な要件が有るのだと翼は気を引き締める。

 

『単刀直入に言おう。響くんとクリスくんにお前の部屋を見られた』

 

「はい。……はい?」

 一瞬何を言われたか分からず頭を傾げ、ゆっくりと言葉を咀嚼したのち、再び頭を傾げた。

 

「……? それがどうしたと言うのですか?」

 

 風鳴翼は部屋を汚す名人である。

 

 空き巣に入られたと見まがうような惨状も日常茶飯事。

 

 彼女の前には一日と滞在しないライブの控え室すら荒野と成り果てる。しかし、今までは奏の協力とツヴァイウィングのマネージャーである緒川慎次のそれを上回る家事能力によって身内以外にバレるといったことは無かった。

 

 ──奏が、なにより緒川さんが居れば大丈夫。

 

 他力本願もいいところだが残念ながら事実は事実。彼女は二人のおかげでなんとか女の子らしい部屋を維持していた。身の回りの細々としたことを任せることを申し訳なく思いながらも、自分でやると悪化するからともっともらしい理由をつけて諦めている翼。当然、自分の部屋を片付ける努力を諦めるなど、女の子としては落第点である。

 しかも、それを正すはずの奏、緒川、二人が現在に至るまでに、半分ほだされ、半分諦めの境地に至ってしまい、今や翼の自主的な片付けに期待しなくなっているのだから情けない。

 

 ……

 

 とまぁ、そんなことはひとまず置いておくとして。

 

 翼は緒川さんに全幅の信頼を寄せていた。今回のことも、何故自分の部屋に立花たちがという疑問はあったものの大丈夫だろうと楽観視していた。

 

 率直に言って油断していた。

 

 お陰で部屋の荒れ方はいつもの1割増しである。1割も更に荒れる余地が有ったとも言う。

 

『……忘れているのか』

 その考えに弦十郎が水を差した。電話の向こうで弦十郎が目頭に手を当てる。

 

「何を」

 

 

『緒川くんは今イギリスだ』

 

 

 瞬間、空気が凍った。

 

 

「……っ!?」

 

 その一言で翼は事態を完全に理解した。

 彼女の顔が一瞬にして髪に負けないぐらい真っ青に染まる。

 ごくりと喉が鳴り、嫌な汗が一気に吹き出した。

 

「そ……それは……つまり」

 話す言葉はガタガタ震えておぼつかない。産まれたての子鹿だってこんなに震えてはいないだろう。

 

「……あぁ、そうだ。見られた。幸いお前が汚したとは思っていないようだが、二人は二課に新たな離反者がいるかもしれないとかなり慌てた様子だ。一応は俺の方で情報の拡散は止めておいたが……」

「あ゛あ゛あ゛ぁ」

 

 地の底から絞り出したかのような声が静かなエレベーターにこだまする。

 

 携帯を掴む手に万力のごとき力がこもった。両手で頭を抱えてしゃがみこむ翼。

 彼女の頭を部屋を掃除しておけば良かったという後悔が埋め尽くす。

 

 ……どうあがいても出来ないからこうなっている訳なのだが。

 

 

 ◇

 

 事の発端はある男の野望。風鳴翼の怠慢とは別の理由として彼の存在が挙げられる。

 

 ツヴァイウィングのマネージャーにして、二課のエージェントにして、風鳴翼のお世話係(自称)を兼業するジッサイスゴイニンジャの緒川慎次。

 

 彼はイギリスに本社を置く大手レコード会社「メトロミュージック」からの海外進出の打診を断るため、数日前からイギリスに出張していた。

 

 海外進出の打診。普通のアーティストなら断るという選択を選ぶことはなかなか無いだろうが、生憎ツヴァイウィングは普通のアーティストではない。翼が全面的に反対、奏もノイズの件を残しておけないとのことで、ツヴァイウィングは打診を断る方針を取った。マネージャーの緒川もその意向に従うことにしていたのだが、内心は二人と異なっていた。

 

 ──ツヴァイウィングを日本国内だけで終わらせない。世界を股にかける真のトップアーティストにしてみせる。

 

 それは緒川が胸に秘めたる野望。それを叶えるのにメトロミュージックからの打診は正に渡りに船であった。

 二人の立場がそれ許さないため、打診に乗ることはできない。しかし、せめてのちのち装者の入れ替わりなどで二人が自由に活動できるようになった時のために、メトロミュージックとの繋がりは残しておきたい。そう考えた緒川は電話越しではなく直接本社に赴くことで誠意を見せると共にオフレコの対話に持ち込むことを画策していた。

 

 自分の命よりも大事なツヴァイウィングを置いて単身乗り込む辺り、彼の意気込みが感じられる。弦十郎も緒川の意志を尊重して、彼の単独行動を許していたのだが……

 

 緒川はここで一つ大きなミスを犯していた。

 

 彼は大望の足がかりを手に入れることに注力しすぎた結果、身近にある危険を見逃してしまっていたのだ。

 

 

 ……

 

 そう

 

 その危険とは部屋の掃除。

 

 風鳴翼の部屋掃除という=少女の尊厳という大役を忘れてしまっていたのだ。

 

 

 そのミスは小さくも大きなミス。

 

 

 そして彼は、その事に気付かぬまま週に二度の清掃日の前日に雲の上の人となってしまったのだった。

 

 

 …………

 

 

 その結果が

 

 

 

「なんだよ……コレ」

 

 *前話参照

 

 

 この有様(ザマ)であった。

 

 

 ◇

 

 閑話休題

 

 ◇

 

 

 エレベーターが最下層にたどり着いた。チーンとベルが鳴り、扉が開く。

 

 現れた翼は少しだけムッとした表情。

 ──そもそも何故立花たちは人の部屋を勝手に覗いているのだ。

 時間を置き冷静さを取り戻した翼は弦十郎から概要を聞いてはいたものの、勝手に自分の部屋を覗いた響とクリスに対して少しだけ怒っていた。

 

 元を正せばあんたが悪いんやで。

 

 内心で頰を膨らませながらエレベーターを降りた翼を真っ先に出迎えたのは、奏でも弦十郎でもなく響とクリスだった。

 

 ソワソワとした様子の響、響に付き添うように壁にもたれていたクリス。二人はエレベーターから翼が現れると、広い踊り場に軽快な足音を響かせて翼の元へ駆け寄った。

 

「翼さん」

 心配げに自分を見上げる響、その後ろでそっぽを向いているクリス。そのちらちらとこちらを見る目は何かを測りかねているようだった。ただ一つ分かるのは二人の目に悪意など微塵も感じられないこと。

 

 ──別に二人とも私を辱めるために部屋を覗いた訳ではないのだ。それどころか、私の自業を見て逆に私を心配してくれていたのだな。

 そう思うと翼は自分の怒りが霧散していくのを感じた。

 

「心配をかけてすまない。雪音も立花の側にいてくれてありがとう」

 自分の部屋を勝手に覗かれた怒りの消えた翼は、何十万ものファンを持つトップアーティストに相応しい朗らかな笑みを浮かべた。

 

 クリスがバッと翼の方を向く。顔は熟れたりんごのように真っ赤だ。

「別にそんなんじゃねぇよ」

 そう言いながらまたプイっとそっぽを向いてしまうが、感じの悪さは感じない。

 

 ──猫のような子だな

 

「……本当に身体のどこにも異常は無いの?」

 念を押す響、真摯な視線を邪険にはできなかった。

 

「ははっ、心配性だな立花は。なに、今の私は検査中の奏より元気だぞ」

 

「心配するに決まってる。シンフォギアの暴走なんて、櫻井博士から聞いたことも無かったし」

 

 その言葉を聞いた瞬間。翼の心をジクリと罪悪感が蝕んだ。

「あ、あぁ。櫻井女史の離反によって、最近はメンテナンスが出来テイナカッタカラナー」

 

「それって不味いんじゃねぇのか?」

 

「深海サンガ代ワリヲシテクレルダロウカラ大丈夫ダ」

 

「アイツそんなことまで出来んのか」

 

「櫻井女史ノ直弟子ダカラナー」

どこか上の空と言った様子の翼の言葉だったが、2人は内容に注目していたせいか翼のおかしなイントネーションには気がつかなかった。

 

 ◇

 

 シンフォギアの暴走。それは(弦十郎が響を見て3秒で考えた)翼の部屋を荒らした何かの正体(の設定)である。

 

 風鳴翼の使用するアメノハバキリのシンフォギアは最初期のシンフォギアであるため、定期的にメンテナンスをしておかないとごく稀に誤作動を起こし周囲にエネルギーを放出し、周囲を荒らしてしまう(という設定な)のだ。

 

 ……ごく稀? 

 

 さて、そんな設定を加えられた翼のシンフォギア。防人を自称する人間(剣)が自身の刃を貶めてそれで良いのかと言う疑問が残るが。

 

 女子力と先輩としての威厳の危機に比べればそんなもの些細な問題であった。

 

 ……威厳はともかく女子力など防人力に全て置換されているだろうに。

 

 風鳴翼

 SAKIMORIにしてUTAMEである前に一人の女の子であった。

 

 それが九分九厘虚栄で出来た障子紙より薄いハリボテだとしても、風鳴翼は遺伝子学的には女の子であった。

 

 

 ◇

 

 

「翼さん、このマットどうしますか?」

 響が持っているのは化粧台で倒れていた香水瓶の下に敷いてあった敷物。

 

「それはこちらの袋に入れて置いてくれ。後で洗ってみる」

 ──緒川さんが、とは言わない。

 ベッドの上で拾った服をできうる限り見栄え良くたたみながら翼が答える。当然のごとく、たたまれた服は大きさも形もバラバラである。

 

「敷物の下とかはあんまりゴミ落ちてねぇのな」

 敷物を一旦剥がしワイパーを滑らせながら翼の部屋の感想を述べるクリス。

 

「ま、まぁな。掃除自体ハソレナリノ頻度デヤッテイルカラナ」

 

「へぇ、やっぱりアーティストっていうのはそういうの気になるのか?」

 

「マァナ」

 嘘である。部屋の入り口に置かれた袋の中で光る大量のお菓子の袋が彼女の横着を物語っていた。

 

 ◇

 

 響の提案で翼の部屋を3人掛りで掃除し始めて20分ほど。響のテキパキとした働きにより鉄火場のど真ん中から嵐が過ぎ去った後に物を運び出した状態程度には改善された部屋の中。

 

ミーティングの時間も差し迫っているのを確認した翼が掃除を切り上げようと2人に声をかける。

 

「ありがとう、立花。立花のお陰でどうにか部屋も見れる状態に戻った。雪音も、わざわざ手伝ってくれてありがとう」

 

「……気にしないで下さい。私がやりたかっただけですから」

 

「別に……、あたしはただ暇だったからな。暇つぶしだ。暇つぶし」

 

 礼を素直に受け取らない二人にしょうがない奴らめと可愛げを感じる翼。

「それでも私が助かったことに変わりはない。後日私の行きつけのスイーツ店に行こう。もちろん私の奢りだ」

 

 その言葉に手のひらを返さないまでもピクリと反応する二人をやはり女の子なんだなと思う翼。ふふっと笑いをこぼし二人にねめつけられた。

 

 ◇

 

 パシュー

 

 軽い音を立てて翼の部屋のドアが開かれる。

 

 3人が扉に目を向けると天羽奏がスタスタと入ってきた。

 

「翼〜、そろそろミーティングが始まるぞ、っと。おぉ、緒川さんも居ねぇのにすげぇ綺麗になってんな。これ翼がやったのか?」

 

「……いや、二人に手伝ってもらったんだ」

 

「二人?」

 奏が部屋の入り口側の化粧台の椅子に座る翼から目を離して部屋を見渡すと、奥のベッドと椅子に座っていた響とクリスを見つけた。

 

 おぉ! と奏が片手を上げる。

「二人ともありがとうな! 掃除大変だっただろ? 翼ってばいつまで経っても掃除ができ」

 その言葉を言い切る前に、翼が奏の前に立ち上がり二人との間に割って入った。

 

 うん? っと訝しむ奏だがあまり気にしていない様子。

 

「翼さんって掃除苦手なんですか」

 

「あぁ、緒川さんにやって貰わないとマトモに部屋を片付けられねぇ。な。全く、散らかすのは大、ンムッ」

 

 立ち塞がる翼の肩からひょっこり顔を出して響の質問に答えていた奏だが、不都合なことを言いだす前にその口を翼にふさがれた。

 

 流石に二度目となると看過出来ず、翼の顔を見る奏。しかし翼の顔を見た瞬間毒気を抜かれてしまった。

 

 奏の口を押さえる翼の顔は真っ赤で、目尻には涙すら見える。奏と目が合うと同時にふるふると顔が振られた。

 

 ──あー、コレはアレか、後輩には自分の情けない姿は知られたくないって所か? 

 天羽奏。検査から翼の部屋に直行したため、弦十郎から翼の件を知らされていなかったにも関わらず、翼の表情で多くを察した模様。

 

 奏は自分の口を押さえる翼の手を掴んで離させるとそのまま翼を前抱きして、翼の肩に頭を乗せた。

 

「翼は片付けんの苦手だからさ。またコイツの部屋が散らかっちまってたら片付け手伝ってくれよな」

 

 奏が二人そう言うと、響ははいと快く引き受け、クリスは気が向いたらな、と否定しなかった。

 ──いい後輩だな

 

 奏が前抱きした翼の耳元に口を寄せる。

 

「二人に情けない所見られたくないなら、ちゃんと掃除するんだぜ?」

 

「うん」

 

 奏の腕の中で頭から湯気が出そうなぐらい顔を真っ赤にした翼が短くそう答えた。

 

 

 それからしばらく、そのまま翼の顔の赤みが引くのを待ってから、

「んじゃ、ミーティング行くか!」

そう奏が言って翼との抱擁を解く。

 

「そうね。行きましょう」

 翼の方も何事も無かったかのようにスッと離れ、さっさと部屋を出てしまう2人。対して響とクリスは腰を抜かしたように立ち上がらない。

 

「ん? どうしたんだ?」

 何もなかった様子でそう聞く奏に、響もクリスも目と口が泳ぐ。心なしか顔も赤い。

 

「……いや、別に」

 

「な、なんでもねぇよ!?」

 

「そうか、なら早く行くぞー」

 

 はい、おう、とそれぞれ返事をして翼の部屋を後にする響とクリス。

 

 ──ちょっと……いいなぁ。

 

 ──大胆が過ぎるっての! 

 

 部屋を出た2人の頭の中に翼の掃除下手の話はほとんど残っていなかった。

 

 こうして奏の働きによって翼は掃除下手であることはバレたものの、嵐を呼ぶ女として先輩としての威厳を失うことは無かった。

 

 

 ちなみに、響とクリスによって情報を共有された職員は弦十郎によって上記のなかなか苦しい言い訳を押し通させてもらい、その他の職員には司令が突発的に起こした訓練だったと伝えられた。

 

 こちらの方はこれっぽっちも疑われることは無かった。

 

 




尽き…

奏カットイン

…ない!

〈好きなオープニング〉

SKMR「何故だ!何故奏はこうカッコいい場面ばかり貰えるというのに私は事後処理したり事後処理したり、不都合の隠蔽したりとカッコ悪いことばかりしているのだ!」

SNB「出番があるだけいいじゃないですか」

SKMR「おがッ、SNBさん!何故ここに!貴方は今イギリスに」

SNB「ここは死人も作中に二度と出ない予定の方も出られる不思議空間ですよ。距離を超えるぐらい造作もありません」

SKMR「そ、そうなのですか。…え?それはつまり」

SNB「それ以上言わないで下さいね」

SKMR「しょ、承知しました。しかしイギリス滞在とてそれほど長期にはならないでしょう遠からず本編に出れるかと」

翼さんの汚部屋バレは元々全バレする予定だったけど、キャラの動きで回避されちゃったんですよねぇ。続編作らなきゃ…。そうなると緒川さんにはまた出張を…。

SKMR「な、何故でしょうか何か悪寒が」

SNB「奇遇ですね。僕もです」

……さて、その事はまた後にしてっと…。歴戦ダメ男(テオ)でも狩りに行きますか「地の文に逃げ込んで何してるんですか?」

ゲェッ!393

393「ちゃんと続き書いてくださいね」

グワッ!

戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
次回「探偵団最終章」


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模擬戦

気がつけば一ヶ月近く経っておりました。

毎週投稿とはいったい(ウゴゴゴゴ

…これからは不定期でお願いします。

序盤 三人称。後半 響視点となっております。


 〈月煌ノ剣〉

 

 拳と銃、剣と槍が交錯する二課本部トレーニングルーム。

 少女たちの戦闘は佳境を迎えていた。

 

「セイヤッ!」

 

「おっ! とぉ」

 翼が水平に振るった剣が奏の突撃槍と正面からぶつかり、槍の側面に沿って上に弾かれる。

 翼の上体が浮いた隙に距離を詰めた奏が槍をブンとバットのように豪快に振り上げるが、大振りなソレは翼が飛び上がることで躱された。

 

 翼が空中で千ノ落涙を放つ。トレーニングルームのため、本数は実戦に劣るものの、奏一人に向けられる剣の数は、実戦でノイズ一体に向けられる数より遥かに多い。一斉に投射された10数本の剣。それを奏は槍を回転させ、盾にしてやり過ごす。

 

「ならば!」

 

「貰ったァ!」

 

 翼が着地した瞬間を狙って奏が再度距離を詰め、横薙ぎの一閃。槍の射程に入れられた翼はのけぞってその一撃を躱すと、そのまま逆立ちながら槍を蹴り飛ばし、逆羅刹の体制に入る。

 

「いいね!」

 

 逆羅刹の回転を始めた翼が奏へ迫る。奏は真正面から受けると見せかけて、ぶつかる寸前に半歩引きながら翼を横へ弾き出した。

 

「避けろ! 立花!」

 弾かれた翼が行き先を見て叫んだ。

 

 弾かれた先には交戦中のクリスと響。

間合いを詰め切られ一方的に響の攻勢に曝されていたクリス。押し切るまであと一歩の所となっていた響だったが、翼の声に反応して振り返ると、そこには真横から突っ込んでくる翼の姿。その瞬間、弾かれるようにクリスと響が左右に分かれ、その間を翼が通過する。

 

「ちょっ、アンタ!」

 

「翼さん!?」

 

 クリスが奏の方を、響が翼の方を向く。

 

「ハハッ、タッグマッチだって、ダンナが言ってただろっ!!」

 

 動揺するクリスと響。響の思考がルーズになった瞬間を見逃さず奏が飛びかかった。反応が一瞬遅れたものの飛び込みながらの唐竹割りを響は両手の装甲で防いだが、重い一撃に腰が沈み足が止まってしまう。

 

「くぅっ!」

 

「足元がお留守だぜ!」

 着地と同時に蹴り上げるような足払い。見事に大きく足をすくわれた響が宙を一回転して地面に倒れる。

 

「一丁上がり!」

 再度、大上段に構えた槍が振り下ろされる。

 

 響が咄嗟に腕で頭をガードする。しかし槍の一撃を耐えるには心もとない。槍が響に当たる直前、奏と響の間に青い軌跡が走った。

 

「まだだ!」

 

 ギィンと重く鈍い音が響く。

 

 逆羅刹を解いた翼が奏と響の間に剣を差し込み叩きつけを防いでいた。

 だが一撃を受けたアメノハバキリは、剣先が地面に食い込んでしまってた。そのせいで翼はすぐに次の行動へ移れない。翼の剣が頭上にあるせいで響の方も起き上がれない。

 

 そしてそのまま

 

「いいや、チェックメイトだ」

 2人にクリスの拳銃の銃口が向けられ、奏、クリスチームの勝利で模擬戦は終了した。

 

 

 ◇

 

 

「くっ、逆羅刹で反撃したのは間違いだったかッ」

 

「選択としては悪くなかったけどな。ま、あたしの方が一枚上手だったってことだ」

 

「おのれ! 次は勝つ!」

 

 

「クリスくん自身も分かっていると思うが、君は近接戦に持ち込まれると脆い部分がある。実戦においては仲間がフォローするし、現状シンフォギア装者ほど近距離戦の強いノイズは存在しない。だが、それは欠点を直さなくて良い理由にはならない」

 

「ンなこた分かってんだよ、おっさん!」

 

 

 模擬戦後、ブリーフィングルームでの反省会。私はクリスにそれなりに優勢に立ち回ってたせいか、反省は後回し。

 喋るみんなを眺めながらくぴっと缶の飲み物を飲む。

 

「……苦い」

 司令が持ってきた飲み物。特に銘柄を見ないで選んだ結果、手元にあったのはブラックコーヒー。少しずつ飲んでるけど、やっぱり苦いのは苦手。でも捨てるのもなぁ。

 

 ぼんやりとみんなを眺めていると、カシューっと空気の抜けるような音がして、音の方を向くと扉が開いた。

 

 ブリーフィングルームに入ってきたのは、白衣に身を包んだ賢治さん。櫻井博士の後任として、二課に復帰することになったらしい。

 司令は最初、櫻井博士の後釜にそのまま賢治さんを据えようとしていたらしいけど、今までサボっていた若僧が突然部門のトップに立つのは流石に問題だろうという事で、現在は技術顧問と言う形で技術開発に携わっているそうだ。

 

「や、響ちゃん」

 

「どうも」

 

 賢治さんは私の前を通り抜けて司令に携えたクリップボードを渡しながら、何かの相談を始める。新型リンカーがどうとか、適合係数がどうのとか。

 

 私としては、病み上がりなのにこうして働いている賢治さんの姿を見ると少し不安になるんだけど、本人は私の心配なんてどこ吹く風、随分と生き生きとした様子。試したかった実験や、人手の問題で出来なかった事など、やりたかった事が出来てかなり充実した毎日を過ごしているらしい。

 

 ……。

 

「なんだぁ、その顔。そんなムスっとしてどうしたんだよ」

 奏さんが私の隣にドッと座った。賢治さんが司令を取ったために、席替えが起きたようで、反対側では翼さんとクリスが何やら話し込んでいる。

 

「別に……。ムスっとなんかしてないです」

 

「してるだろ、ホラ頬っぺたがぷくーって」

 

 頬を突くようにさされた指を払いのける。

「なってないです」

 

「……さようで」

 

 ぐーっと奏さんが両手を繋げて上に伸ばしてパッと離す。そのまま私は身構えていたけど、奏さんはそのまま黙って前を向いている。

 釣られて私も前を向く。

 

 あ、クリスが怒ってる。翼さんに何か言われたのかな。

 

 

「にしても賢治の奴、随分と変わったなぁ」

 

 唐突に奏さんがそう言いだして、えっ、と思いながら賢治さんの方を見る。

 司令と話しこむメガネ付きの賢治さん。仕事中のせいか、初めてあった時よりも身だしなみも整っていて、知的な科学者って感じがする。

 

「変わったってどこら辺がですか」

 

「うん? そりゃ、何もかもさ。あたしは退院した翌日以外でアイツの顔にクマが無いのなんて今まで見たことなかったぜ? 髪の手入れもしてるし猫背も直ってるし、きこりの泉で取っ替えたって言われても信じられるレベルだ」

 

 というか、研究部門じゃ別人扱いされたらしいしな。と言って奏さんがかっかっかと大きく笑った。

 

 えぇ……、賢治さん。職場でもあのままだったんだ。ズボラがすぎる。

 

「男子三日会わざればって、言うけどよ。アイツは変わりすぎだな。……あー、アイツの変化はいったい誰のお陰なんだろうな?」

 

「なんですか」

 

 奏さんがニヤニヤしながらこっちを見てくる。

 賢治さんが生活習慣を正したのは私に原因があると言いたいんだろうか。

 

「別に……。私は何もしてない……です。夜は寝てって言っただけで」

 

「マジでか!! ソレ聞いたのか!?」

 

「……え? はい」

 

 そんな驚かなくても。どうせ賢治さんだって、毎日寝てるって言っても仮眠しかしてないだろうし。

 

「はー、あの睡眠時間を減らすためだけに、ダンナの発勁を習得したと言って憚らない賢治がなぁ。信じらんねぇ」

 

 まるでダチョウが空を飛んだと言われたかのように、真剣にそう言ってしまっている奏さんに、少しムッとしてしまう。

 

「賢治さんだって人間ですよ」

 

「週180時間労働するような奴は人間とは呼ばねぇ。こっちの界隈じゃOBAKEと呼ぶ」

 

「えぇ……」

 唖然とした私を尻目に奏さんは一人勝手に激しく頷いている。

 

「そうかー、響の言う事は聞くのかー。なるほどなー」

 

「な、なん。だから何だって言うんですか」

 

「いや別に何がどうしたって言う訳じゃねぇけどな」

 奏さんが私の肩をポンと叩いてグッと親指を立ててくる。

 

「お前、上手くやったな。あたしは応援するぜ」

 あたしは全部分かってんだぜ? と言外に言っているのが分かる。

 

「だから、私は別に……賢治さんが

「え〜、どう見たって」

 

 

 私たちの前に影がさす。

 

「ちょっといいかな」

 

 うつむきかけていた顔をバッと上げると目の前に賢治さんが立っていた。

 

「おう、賢治」

 

「やぁ、奏ちゃん。すまないけど、ちょっと響ちゃんに用事があるんだ」

 

「そうか。だってさ」

 

 賢治さんが私に用事? な、なんだろう。

 狼狽える私に賢治さんの手がスッと伸びてくる。

 

「ちょっと失礼するよ」

 

「ひゅわっ」

 賢治さんの手の甲が私の額に触る。賢治さんの手はいつも通りひゃっこくて心地いい。

 

「うーん」

 

 そのまま賢治さんがポンポンと頰と顎あたりを手のひらで撫でていく。触られた場所にはスーッと冷たさが残っている。

 

「おいおい、乙女の柔肌に気安く触んじゃねぇって」

 

「ああ、ごめん。響ちゃんの顔がちょっと赤かったのが気になってね」

 

「もっと赤くさせてどうすんだよ」

 ニヤニヤを深めながら奏さんがつぶやくが、賢治さんは聞こえていないようだった。

 

 別に赤くなんか、そう言いたいけど声が出ない。

 

 賢治さんは私の顔から手を引くと少し考えた後にポケットに手を伸ばした。

 

「まぁ、とりあえずは、はい」

 賢治さんが私の手に百円玉を2枚のせて握らせる。賢治さんの手が冷たいせいか背筋がゾクっとする。

 

「そのお金で帰りに飲み物買ってね」

 ポカリとかね、と言い含める賢治さん。

 

「うん」

 

「それと、飲み物2本持つのは大変だから、こっちのコーヒーは貰ってくね」

 

「うん」

 

 そう言って私がもう片方の手に握っていた缶コーヒーを持っていく。

 

「風邪には気をつけてね。そろそろ梅雨だし、体調崩しやすいからね」

 

「うん」

 

「それじゃ、またね」

 

「……うん」

 賢治さんはにっこりと笑ってブリーフィングルームを後にした。

 

 手のひらに残った200円を見つめる

 

 私が苦いの苦手なの覚えててくれたのかな? 

 

 うぁ、ちょっと頬っぺたが痛い。今絶対酷い顔してる。にへーってしてる。あぅ、奏さんに見られる前にどうにかしないと、あぁ、でも、止まらない。

 

 

「ひぃっひぃっひぃっ、うんしか言えてねぇ」

 

 

 ◇

 

 

「なあなあ」

 

「……何ですか奏さん」

 

「あのコーヒーどうすんだろうな」

 

「どうするって……。飲むんじゃないんですか」

 

「へー、響はそういうの気にならねぇタイプなのか」

 

「気にならないって」

 

「そらお前、飲み物の回し飲みっつったらアレとアレよ」

 

「……っ」

 

「おいおい顔真っ赤だぞ。本当に風邪ひいたんじゃないか? ほらあたしのポカリ飲みな。半分くらい飲んじまってるけどな!」

 

「この人は……。もぉー!」

 

「うおっと、そんなへなちょこパンチ、当たらねぇよ」

 

「──っ! この! この!」

 

 

「何やってるんだ二人とも!」

 

「落ち着け響! 何やったんだよアンタ!?」

 

「はははは!」

 

「このっ! 待て!」

 

「ほらほら、あたしの口を塞いでみなー」

 

 

「おお、元気だな! どうだ! もう一戦」

 

「却下します」「ダメに決まってんだろ!」

 

「……そうか」

 




前回から数週間が経過している設定です
(主にあの続きを思い付けなかったのが原因)

ほのぼの系とかイチャイチャ系の話が好きなのに自分では書けない悲しみ。仕方がないのでそろそろ完結に向けて話を動かします(断腸の想い)

ところでゴジラコラボに393の姿が全く見当たらないんですけど。
ああ、あの人は元からレズモンス

ギュワーー
ト-リド-リノイロ-タ-チガ-

戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
次回 「詫びチケ来たる」


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おまけ
あとがき 馬鹿凸版


4月馬鹿ならぬ、元日馬鹿。

しないフォギア風というか、ほぼSSです。

最近のあとがきが嫌いな方はブラウザバック推奨です。
…堪忍してつかぁさい。



《君の場所へ その1》

 

 響へ

 響がこの手紙を読んでいる頃、私は人を1人、殺めてしまっている事でしょう。その事で響も、きっと深く悲しんでいるとことだと思います。そのことで悲しまないでとは言いません。……言えません。

 でも、これだけは、他でもない響には、分かっていて欲しい。この決断をしたことを私は後悔していないってことを。

 だからどうか、新しい友達と幸せに暮らしてください。

 今までの辛かったことを取り返してお釣りが来るぐらい、幸せになってください。

 それが、それだけが、私の望みです。

 貴女の永遠の親友 小日向 未来より

 

「これで良し……っと。それじゃあ、行こうかな」

 こうして少女は1人孤独な闘いに身を投じ

 

「いや、待ちなさいよ」

 食堂のテーブルから立ち上がった未来の肩を掴む少女(21歳)が1人。

バッチリ決めた猫耳が可愛い、桃色の髪が妹との血縁を疑わせるケータリングのためにアイドルを頑張る全米……

「そういうこと言うの辞めなさい!」

 

「……なんですか、たやマさん。人がせっかくノスタルジックな気分に浸っていたと言うのに」

 

「誰がたやマよ。というか貴女、どこに行こうって言うの?」

 

「どこって、本編世界ですよ」

 

「正気?」

 

 ガッ

 

 ガツン

「痛ッ!」

 

 胸倉掴まれおでこがごっつんこ。

 マリアの見た(未来の)目は真っ黒くろすけ。

 

 ごりごりごりごりごりごりごりごりごりごり

「くだらない事言わないでください」

 

「……ごめんなさい」

 

 ◇

 

《君の場所へ その2》

 

「なるほど、つまり強硬突破と」

 

「はい。だから邪魔しないでください」

 キラキラ

 

 未来の背に見え隠れする鉄扇。

 

「シェンショウジンちらつかせるのを止めなさい。というかそんな事しなくても今日は特別に本編に出ていいって話」

 

 ……

 

「い、居ない……!?」

 

 FIS妹組が食堂に入ってくる。背負ったリュックはワクワクの証。

「マリアー、どうしたんデスか?」

 

「調子悪いの?」

 

「……大丈夫よ。さ、行きましょ」

 

 何か嫌な予感がするんだけどねぇ

 

「姉さん、本当に大丈夫ですか?」

 

「セレナも心配しないで。ほら、翼たちが待っているわ」

 

「はい!」

 

 ◇

 

 

《 393襲来 》

 

「響ぃぃぃぃぃぃ♡!!」

 

「うわ」

 サッ

 

「いや、うわって。久しぶりに会った友達なんだからもちっと優しくしてやれって」

 

「えぇ……」

 

「えぇって、オイ」

 

「響ぃ!!」

 ガシィ! 

 

 避けたられたはずの未来がいつの間にか響を羽交い締め。

 シェンショウジンのステルス機能の無駄遣い。

 

「うひゅう!?」

 

「な、姿が見えなかったぞ!」

 

「あぁぁ! 響響響響ぃ! 会いたかったよぉ! すんすん、あぁ〜、響の匂いだぁ。私のお日様の匂い。変わってない、良かったぁ、心配したんだよ! 毎日毎日心配で夜も眠れなくて、響のためにお手紙書いたのに全然届いてなくて、思わずお父さんを病い、ってそんな事はどうでもよくて、あぁ、ごめんね響ぃ! 顔をよく見せて! あぁ! 本当に響だ! 前も可愛いかったけど、もっと可愛いくなって! それにおっきくなったねぇ! 見違えちゃったよ。うん? これはこれは、おお、なんとけしからん! こんなモノを手に入れよってこのこのぉ。柔らかぁい。ふわぁ、魅惑のマシュマロ触感。これは手放せない! うん? 汗かいてるの響? 大丈夫? 暑くない? ほら拭いてあげるからジッとして、あんっ。逃げないでよ。響ったらジッとしてられないのは変わらないんだね。そんな所も可愛いよ響。もう離さない、ずっと一緒だよ。あぁ、響ぃ、そんな恥ずかしがらないでよ。ほら、顔上げて? いつものやろう? ね? 前も言ったでしょ? 親友ならこれぐらい当然だって……」

 

「お、おぉぉぉう」

 顔隠し

 

 

「ちょっ、どこ触って、んッ! あ、ダメ! 本気で怒、んぅ、耳だめ、や、鎖骨もなぞらないで、あ、うなじ、スッて、やめ、ひぅ、うん、だめだってぇ、あ、だめ、んぅ、いや、ん! キスは本当、や、やぁ……」

 

「ふ、ふぉぉぉ!」

 

 指チラチラ

 

「ぬぁぁにやってんだお前らぁぁぁぁ!!」

 

「来て早々に何をやってるのよ貴女はぁぁぁぁ!!」

 

ガンガーガンガーアストロガーンガー

 

 小日向未来がお縄を頂戴したのは言うまでもない。

 

 ────

 

《 393襲来 2 》

 

「姉さん、あんなに急いでどうしたんでしょう」

 

「翼さんがお部屋でも散らかしちゃったんじゃないデスか?」

 

「緒川さんも奏さんも居るはずだからそれはないんじゃないかな」

 

「それもそうデスね〜。おろ? アレはなんでしょう」

 

「どれですか?」

 

「ほら、奏さんとマリアが台車で何か運んでるんですよ」

 

「あ、本当だ」

 

「お〜い、マリア〜」

 

 手ふりふり、スタスタスタスタ。

 

「行っちゃった」

 

「もしかしてぇ、新年会のおせち料理だったりするんデスかねぇ!」

 

「それだったら嬉しいですね!」

 

「うーん、なんだかミイラみたいなモノのように見えたんだけ……どッ!」

 ササッ

 

「あぅ、何をするデスか調、おせちが見えないデスよ」

 

「今見たらびっくりしなくなっちゃうでしょ? 奏さん達のためにもここは見て見ぬ振りをするべきなんだよ。切ちゃん」

 

「なるほど! サプライズだったのデスね! なら仕方ないのデス! 楽しみはとっておくデス!」

 

 

 ガラガラガラ

 

『私は友達に酷いセクハラをしました』

「むぐぐー! んー! むぐぐー!!」

 

 ガラガラガラガラガラガラ

 

 

「何かくぐもった声が聞こえたような?」

 

「気のせいだよ切ちゃん」

 

「気のせいじゃないと思、ムグっ!?」

 

「いいから2人とも、クリス先輩のところ、行こう?」

 

 

 ────

 

《 393襲来 その3 》

 

「お前自分が何をやったのか分かってんのか?」

 

「……」

 ふへっ

 

「分かってんのか!!」

 

「まぁ、待ちなさい奏。ここは私に任せて」

 

「……」

 

 ファサ

 

 ドン! 

「カツ丼、どうかしら? 美味しいわよ。拘留されてた時私も食べてたから味は保証するわ」

 

「……が……たい」

 

「え? 何? なんて言ったの?」

 

 

 

「死刑でいいから響の手料理が食べたい」

 

 

 

 空気が……凍った。

 

 虚なまなこ、ふへっと笑う他に呟かれるのは響の3文字のみ。

 

 

 

 

「後は司令に任せましょう」

「そうだな」

 2人はそそくさとその場を後にした。

 

 

 ────

 

 

 

《 393襲来 裏 》

 

 軽くドアを叩いて少しだけ開ける。

「……ねぇ、ちょっといいかな?」

 私が薄く開けていた賢治さんのドアが勢いよく開けられてドアノブに掛けていた手が引っかかって引っ張られてつんのめる。

 ぼすっと賢治さんの胸に顔が埋まる。そのままで居たら珍しいって言われた。

 むっ

「……別にいいでしょ。ちょっと、びっくりする事があって。え? うん、ちょっとだけね? でも、ちょっと疲れちゃったのは本当だけど」

 あ、ちょっと肩持たないでって

 賢治さんにソファに座せられた。そのままお菓子を取りに行こうと立った賢治さんの服の裾を掴む。

「お菓子いらないから隣、座って」

 座った賢治さんの膝に倒れ込んで頭を乗せる。

「……何笑ってるの」

 ほっぺを摘んでも賢治さんはニコニコしたまま。

 なんだか無駄な気がして手を離す。すると今度は賢治さんが頭を撫でてくる。

「止めてよ」

 そう言っても賢治さんは止めてくれない。

 どうせ何を言っても止めないんだろうし、賢治さんのしたいようにさせておく。

 ……私はこのまま寝る。

 

 

 

 ────

 

《 393襲来 その4 》

 

 ギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシ

 ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ

 

「ギィィィィィィヴィィィィィィギィィィィィィィィィィィィィ!!!!」

 血涙モズクズ

 

「これは……うぅむ」

 

「ちょっと装者のみんなには見せられないですねコレは」

 

「罰のつもりだったんだが、このままでは逆効果だな。映像を」

 

「シェンショウジンのエネルギー量急激に上昇!」

 

「止め、なんだと!?」

 

「拘束衣の耐久値超過! このままでは!!」

 

「ぬぅぅぅ!! なんとかまからないか!?」

 

「ダメです! 後20秒前後で拘束が解けてしまいます!」

 

「くっ、かくなる上は俺と緒川で!」

 

「その必要は無いわよ」

 

「あ、貴女は!?」

 

「了子くん! 何故ここに!?」

 

「そんな事は今はどうでもいいでしょ? まずは彼女を止めないと」

 

「で、ですが止めると言っても方法が」

 

「ポチッとな」

 

 ガション

 未来がくくりつけられた椅子ごと亜空間の穴に落ちる。

 

「こんな事もあろうかと、ソロモンの杖を仕込んでおいたのよ」

 

 笑う了子のその顔は何故だか妙に輝いて見えた。

 

 

 ────

 

《 クリス×妹組 》

 

「クリス先輩遊びに来たのデスよー!」

 

「お、お邪魔します」

 

「これお菓子です」

 

「んだァ? お前らが急に来ることになったからってアタシんちに菓子が無ぇとでも思ってたのかぁ?」

 

「いえ違くて」

 

「うりうり〜、生意気言う口はこの口か〜?」

 

「ふわ、やめへ」

 

「あー! 調ズルいです! 私もクリス先輩のほっぺ触りたいのデス!」

 

「えっとね、たぶんそう言う意味じゃないと思うんだけど」

 

「ばっか。そういうんじゃねぇよ」

 

「えっと……私も混ざった方が良いですか?」

 

「混ざらんでいい」

 

「セレナのほっぺたぷにぷにしても良いんデスか?」

 

「え、いえそういう訳じゃ」

「じゃあ失礼するデース!」

 

「ふわぁ!?」

 

 

「……切ちゃん」

 

「ったく、ほらそこまでだ。上がれ上がれ」

 

 

 

 ────

 

《 393襲来 地獄編 》

「オラァァァァ!!」

 ドゴォォン! 

 

「どけぇぇぇぇ!!」

 ビッウィィィィィム!! 

 ノイズの群れ「キューン」

 

 チョコミントノイズ「ズルズルズルズル」

「しゃらくさい!!」

 ドカ──ン

 

 ネフィリム・ノヴァ「グォォォォォ」

 

「私の! 響への愛が! たかが100億人と2000年の思いに! 負けて! たまるかァァァァァァ!!!」

 

 ズドーン! ドガァァァン! ズドドーン! ボガァァァン! ジュイィィィン! 

 

 ◇

 

ドーン ボカーン

 

「どこかで花火でもやってるんデスかね?」

 

「あん? そんな予定は無かったはずだけどな。ていうか、とっととアイス食えよ。溶けたら勿体ねぇだろうが」

 

「はーい!」

 

 

 ────

 

 21:56 《裏側》

 

「何故だ雪音……。何故私をデートに誘ってくれなかったのだ」

 

「まぁ、しゃーねぇんじゃねぇの? あたしら結構売れっ子のアーティストだし。忙しいと思われてたんだろ」

 

「可愛い後輩のためなら、リハーサルの打ち合わせもバラエティ番組の収録も、軒並み蹴り飛ばして馳せ参じると言うのに!」

 

「それはあたしらの歌手生命が危うくなるから止めい」

 

「うぅ、雪音ぇ、立花ぁ」

 

「ったくぅ、ほいほい、悲しいな、甘酒で酔っ払うんじゃねぇって」

 

 

「まったく、相変わらずね。貴女は」

 

「うん? 誰だあんた?」

 

「私はマリア・カデンツァヴナ・イブ。彼女の後妻よ」

 

「な!?」

 

「……はぁ?」

 

 ズンデンデデン デン

 お願い〜聞かせて〜僕はここにいるから〜生まれ〜たままの感情を〜隠さないで〜

 惹かれ合う音色に〜理由なんていら〜ない〜

 熱き想い天を貫け〜

 

 CM

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 今だけマリア・カデンツァヴナ・イヴのスナップ写真付き! 

 

 

 次回予告

 奏と翼の元に現れた翼の後妻を名乗る外国人の女性 マリア・カデンツァヴナ・イヴ。

 最初は拒絶する翼だが、薬害除去のために会えない時間の増えていく奏の代わりに、彼女との交流の機会が増えていく。

 見た目の割に可愛げのあるマリアに翼は徐々に惹かれていくが……? 

 

 続かない

 




許してヒヤシンス

…今年もよろしくお願いします


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無印 後半
何かある訳でなく


ドン亀ぇ。

思っていたようにお話が書けない(モンハンのせい)
とは別になかなか自分が砂糖空間を演出できないという純粋な技量不足が原因だったりします。

想いだけでも、力だけでも。どっかの言葉が頭をよぎります。


「さて、それじゃあ帰りますか」

 

 ホームルームが終わり、騒がしくなった教室。

 

 その中で創世はひょいと肩にカバンをかけ、集まった3人の方を向いた。

 帰り仕度をすませ机に乗る創世。詩織と弓美はまだおしゃべりモードらしく席に座っている。響は気もそぞろなようで立ったままだ。

 

「みんなはどうする? あたしは見たいドラマがあるから今日はこのまま寮に帰っちゃうけど」

 

「それってアレですか?」

 心当たりがある詩織に創世が頷く。

 

「そうそう、あの新しい奴」

 

「あぁ、それは私も気になっていました。今日が放送日だったんですね」

 

 一緒に観ませんか? いいよー

 

 相部屋の2人はあっという間にこれからの予定を決めてしまうと、そのままドラマの話を始めてしまった。

 

 響は1人思案顔。対する弓美は頬杖をつきながら、じゃあと切り出した。

 

「私も部屋に戻るかなー。konozamaの特撮も観たいし」

 弓美が某プライムビデオに想いを馳せてそう言うと、創世がふらりと絡んできた。

 

「それってもしかして、あの、血がドバーって出てる奴?」

 

「何よその言い方ぁ、まぁ、そうだけど」

 創世の言いように口を尖らせる弓美。

 

「アレR18でしょー。そんな刺激の強いもの見ちゃいけないとあたしは思うんだけどなー」

 

「別にいいじゃない」

 

「いやぁ、友としてこれ以上弓美が深い沼にハマらないようにね」

 

「はぁ?」

 創世の一言は特大の地雷であったようで。腹を立てた弓美がガタッと机を派手に鳴らして立ち上がった。

 

「それは聞き捨てならないわよ! そういう特撮とかアニメとかが悪影響を及ぼすなんて考え、古すぎてもう苔むして朽ち果ててるんだからね!」

 

 ずんずん詰め寄ってくる弓美に創世が必死に弁明する。

「いや、別にそんな意図があった訳じゃないしから。ほら、冗談てやつ?」

 

「言って良いことと悪いことがあるでしょうがー!」

 弁解失敗。うがーっと両手を掲げた弓美が、がばっと創世に襲いかかり、頰を両側からつねって引き延ばす。

 

「そんな事を言うのはこの口か! この口か!」

 

「いひゃい、いひゃい、ごへんへ、ごへんへ」

 

「ユルザン!!」

 そんなわけでぎゃーぎゃー騒ぎ始めた2人。

 そんな2人とは別に響と詩織で話は続いていた。

 

「立花さんはこれからどうなされますか?」

 

 詩織の問いに響が頰をかく。

 予定はとっくに決まっているのだが、あまり知られたくないため言いよどんでしまう。

「あー……。私はちょっと出かけるかな」

 

「ふむ、そうですか〜」

 

「……何?」

 聞き流すでもなく、ほうほうと頷いた詩織の姿を見て響がいぶかしむ。

 

「立花さん最近用事が多いじゃないですか。それで何でかなぁと。勿論、無理に聞こうと思っていませんが」

 

「……お見舞いだよ」

 

「そうでしてたか。ご家族の方ですか?」

 

「……えっ?」

 

 なんとなく頭に止まった家族というフレーズ。簡単に考えてしまえば答えはいいえなのだが。

 

 ──家族……、いや家族って訳じゃ、いやまぁ、なんだかんだそれなりに一緒に生活とかしちゃってたけど……。いや、いやいや家族じゃないし! いや、いやぁ、でも……なぁ。家族の方が私は……。

 

 響はじーっくり悩んでから

 

「……まぁ、うん」

 

 もじもじと指を絡めながらそう答えた。

 

「そうなんですか〜」

 そんな響の姿を見て楽しげな雰囲気を出しながら微笑む詩織。

 

「うぅ……。じゃ、私お見舞いくから」

 何か気取られてしまったことを察した響が、未だ頰をつねられている創世を置いて部屋を出ようと歩き出す。

 

 足元を見なかったせいでガシャリと椅子を蹴飛ばしてしまった。

 

 派手に椅子が鳴り机が30度ほど傾く。慌てて振り向いた響と、音に驚いて振り向いた2人と詩織の目線が合う。

 

「直しておきますから」

 詩織が机の位置を直す。

 

「……ありがと」

 赤くなりかけていた顔を真っ赤にして響が教室から出て行った。

 

 その後ろ姿を見ながら手を振る詩織。響の言動を見て喧嘩をやめた2人は頭にハテナマークを浮かべている。

 

「何がどうしたの?」

 

「立花さん可愛いですねー」

 

「何があったって言うのよ?」

 

「見れなくてお2人とも残念でしたねー」

 

「?」

 

 要領を得ない詩織の言葉に2人はますます混乱した。

 

 ◇

 

 

 学校から下町へつながる道。そこを歩く小金色の髪をした少女はよく目立つ。

 教室からその姿を眺めている3人。弓美の手に握られた真新しいハンチング帽は手慰みにぽふぽふと曲げられていた。

 

「で、尾行の件どうします?」

 そう言う詩織にさっきの話を聞いた2人は随分と微妙な顔をする。

 教室で創世達がしていたドラマの話は半分嘘であった。観たいドラマは夜9時から。時計は未だ3時を跨いだばかり。3人は解散を装い、1人出かけた響を後から尾行しようとしていたのだけれど、

 

「詩織がそれ言う?」

 

「さっきの話聞いたら、追いかける気なんて失せちゃうわよ」

 

 そう言った行動派の2人は響の尾行をする気がほとんど失せてしまっているようだった。

 元々が野次馬根性から生まれた計画。詩織から最近の響の行動の思っていたよりデリケートな理由を事前に知ってしまった以上、友達として無理に探るべきではないと考えたのだ。

 

「そうですか? でも、立花さんのあの感じ。お見舞いの相手はちゃんとした家族じゃないと思うんですよ」

 消極的な2人に対して詩織は未だやる気があるようでそれが2人の次なる疑問だった。

 

「ちゃんとした家族じゃないってじゃあ誰なのさ」

 

「前、フラワーのおばちゃんが言ってたじゃないですか。響さんと一緒に来たお兄さんがいるって」

 

 

 その時、2人に電流が走った。

 

 響を見守る側に傾いていた2人の心の天秤にドカンと超重量級の好奇心が投下され、天秤の反対側に乗っていた理性が天高く跳ね上がった。

 

 

「私の見立てでは響さんのお見舞いの相手はその方じゃないかと」

 

 2人がそれぞれ明後日の方向を見ながらもだえる。心が理性と好奇心の板挟みにあって七転八倒。大いに荒ぶっていた。

 表に出ない胸の内の格闘の末、2人の表情は笑いを我慢するようにいびつに歪んだ状態で固定された。机に置かれた創世の鞄が再び肩にかけられ、弄ばれてへにゃへにゃになったハンチング帽が伸ばされる。

 

「お2人ともどうしましたか?」

 2人の結論を察した詩織のどこか白々しい声が人が居なくなってガランとした教室に沁みた。

 

「あーいやねぇ。でも、やっぱり響がどこか知っておくのも私は大事だと思うなぁ」

 

「あーうんあー、そうねー、一回ぐらい、どこ行くか見てもいいんじゃないかなー」

 それにつられ棒読みの自己肯定の言葉がぬるりと溢れる。

 

「いいかもしれませんね。本当にお見舞いかどうかも分かりませんし!」

 

「「そーだねー」」

 

 なんのかんのと言い訳しながら、緩慢な動きをながら、校門を目指して教室を出る3人。

 

 ボソボソと話し合いながら歩く3人の頭の中では響を主人公にした妄想世界が展開されていた。いつぞやのツヴァイウィングと一緒に走っていた話も相まって、題名は『新米アーティスト立花響のマネージャーとの禁断の恋』と言ったところか。

 

 

 まぁ、結局の所。3人がやんややんやと騒いでいる間に、響はとっくの昔に坂を下り終え街に消えてしまっていた訳で。

 

 

 響を追えないことに気がつきガッカリした3人(主に創世と弓美)が友達で何を考えているのだと悶絶するのはそれから数分後の出来事。

 

 

 ◇

 

 ほら、熱測って

 うぅ、冷たい

 

 8番でお待ちの方〜

 はーい

 

 見てみぃ。紙を持っても手が震えないよ

 お婆ちゃんそれ前も聞いたよ〜

 

 こちらではなく向こうの診察室ですよ

 あ、そうなんですか

 

 商店街にほど近い街一番の総合病院。

 歯医者から整形外科まで。ほぼ全ての医療設備を備えたこの大病院の中。強いて言うなら個室であるぐらいしか特別な事のない部屋に彼は眠っていた。

 

 

 ◇

 

 

 ゴロゴロと扉のローラーが転がる音が部屋中に響く。

ゆっくりと扉が開かれ、部屋の中にビニール袋を携えた小金色の髪の少女が入ってきた。

 

 もちろん響のことだ。

 

 彼女の前でベッドの上の賢治は緩やかな寝息を立てており、その両手はまるで死人のように胸の上で組まれている。

 

 扉の近くにあった小さな丸椅子に、林檎の入ったビニール袋を置いた響が、その綺麗に組まれた腕を崩した。

 

 死人のようで縁起が悪いと思ったからだ。

 

 絡まれた指を解き、両腕をズラす。

 

 看護師に見られた時にカッコ悪く思われないように手の位置を微調整。

 掴んだ腕は昔に比べて柔らかいように感じる。

 

 その事が少し悲しい。

 

 それからしばらく賢治の腕を弄んで、ベッドの真横に運んだ椅子に響が座った。

 

 しばらく彼の顔を見つめるが、精悍な顔に起きる前兆のような動きは見られない。

 

 その事を確認して。確認して……ゾッ……と響の背に寒気が走った。

 こうして病院で面会もできる状態なのだから何か悪いことなどあるはずない。いや、そもそも病院に入院していること自体が悪いことなのだけども。

それでも何もない筈なのに、なんだか嫌な予感がして口元に耳を傾ける。

 

 まぁ、ある意味当然のごとく彼の口元からは呼吸音がした。そのことにホッと胸を撫で下ろした響。

 

 そんな響の気も知らず、賢治は完璧に安らかに眠っているようだった。

 

 その事が逆に響のカンに触った。──私はいつも賢治さんのことを心配しているのに、賢治さんは呑気にお昼寝してばかり、それって不公平じゃない? 

 彼とて夢見良さげに笑みを浮かべて寝ている訳ではないのだが、それでも自分の心配をよそに眠り続ける賢治にほんの少しだけムッとした響が、彼の随分と髭の濃くなった顔の頰を突いた。

 

 反応はない。

 そのまま今度は頰を軽くつねって次は自分の方に顔を向けさせ、オデコにキス。

 その瞬間、響の顔がまた真っ赤になるが、賢治は唸りもせず微動だにしない。

 

 一人相撲にだんだん虚しくなる響。あちこちをつついていた手は巻き戻って膝の上に収まった。

 

「……賢治さん。本当に全然起きないんだね」

 悲しげな声が部屋に響き、ゆるりと頰撫でた響の手はいつものようにビニール袋に入り、林檎に手をかける。

 

 

「……ええと、ごめん?」

そしてそんな響の姿を見かねて、オデコをさすりながら賢治が上体を起こした。

 

 

「ひゅい」

 

 突然、聞き慣れて、それでいて聞き慣れない声が響の耳を打った。

 

 ゴン

 

 びっくりした響は驚きのあまり林檎を落としてしまった。それだけにとどまらず、下手に踏ん張ったせいか、背もたれのない丸椅子が、響を乗せたままゆっくりと後ろに倒れ始める。

 両足が宙に浮き、パタパタと空をかく。

 

「わ」

 ピンと伸ばされた腕が椅子が倒れるすんでのところで力強く掴まれて、ぐいっと引っ張られた。

 

 

 カラカラと椅子が音を立てて転がった。

 

 

 ギュッと目を閉じた響は何秒経っても冷たい床の感触が訪れないことに気がついて恐る恐る目を開けた。

 

 つま先だけ床についた足には力が入っていないにも関わらず、身体が落ちる気配はなく、両脇から回された2つの冷たい腕が自分をしっかりと支えていることに気付く。

 

 そしてゆっくりと前を向いて、毎日見ているのに、随分と久しぶりに見る困った顔をした賢治が目の前に居た。

 

 響の顔は今日一番の熱を発して湯気を出した。

 

 ◇

 

「そんな驚くことじゃないでしょうよ」

 

 カンラカンラと笑う賢治に対してムスーっとした響。

 その手でくるくると回される林檎は少しずつ赤い衣が剥がされている。

 

「……だって、賢治さん起きないと思ってたから」

 

「いや確かにね。寝てるみたいに横になってた俺も悪かったけどね。そこまで驚かれるとは思わなかったよ」

 

「賢治さん。どれくらい寝てたのか分かってる?」

 皿の上の林檎がザクザクと縦に切り分けられていく。ちょっとばかし響の語気が強く、荒く刻まれる林檎を前に賢治はたじたじ。

 

「あー、っと、一週間ちょっとだったかな?」

 

 サク

 

「十日は一週間ちょっととは言えないよ」

 

「ごめん」

 

 サク

 

「別に、謝ることじゃない」

 

「あっ、うん」

 

「はい林檎」

 皮を剥かれ、8つに切り分けられた林檎が賢治に差し出された。

 賢治が丁重にうやうやしく受け取り、悪ノリするなと響のぱんちが賢治のお腹にくらった。

 

「ありがとう」

 

「……どういたしまして」

 林檎の乗った皿を受け取った賢治が爪楊枝の刺さった林檎を響に差し出した。

 

「別に私は」

 

「いいからいいから」

 響に強引に林檎の刺さった楊枝を持たせると、賢治は手で摘んで林檎を食べ始める。

 

「甘いね。この林檎」

 

「……うん」

 

 そのままシャクシャクと林檎を食べ始める2人ポツリポツリと最近の話が始まる。と言っても、賢治の方に話すものは無く、もっぱら響の最近の生活についてだ。

 

「そういえば響ちゃんと話すのって随分と久しぶりになっちゃってた気がするよ」

 

 春休みから学校が始まって一週間あまりまで、その時間は一ヶ月を優に超える。

 

「そりゃそうでしょ。もう雪も降ってないよ」

 

「あらら、随分と長いこと時間が空いちゃってたみたいだね。響ちゃんは新しい友達できた?」

 

「新しい……うー、まぁ、賢治さんには話したことないから新しい友達か」

 

「へぇ、どんな友達なんだい?」

 

「うん、えっと……」

 

 ◇

 

 林檎も無くなり、響の話もひと段落ついた。時間は午後4時半を過ぎてそろそろ夕焼けが眩しくなり始めている。

 

「そっか、響ちゃんは楽しく過ごせてるみたいだね」

 

「別に、わざわざ言うことじゃないよ」

 自分のことのように喜び笑う賢治に響は恥ずかしげに彼の肩を叩く。

 

日はいよいよ赤く染まり、部屋を暖かく朱色に染めた。

 

「それじゃあ、また来るから」

 

「うん、またね」

 

「また明日来るから」

 

「うん、楽しみにしてる」

 

「絶対来るから」

 

「うん」

 

「お見舞い何がいい?」

 

「ははっ。早く帰りなって」

 名残惜しいと顔に書いてある響に賢治が無理やり話に区切りをつける。

 

「うぅぅ」

 響の頭を賢治が優しく撫でる。

 

「続きはまた明日……ね?」

 

「分かってる」

 

「賢治さんはどこにも行かないよ」

 

 その言葉に響がギュッと自分の手を握る。

「……絶対」

 

「うん?」

 

「……絶対だよ? 絶対、どこにも行かないでよ」

 不安げな響の表情にぽかんとした顔をした賢治が真面目な表情になって、その後大きく笑った。

 

「うん、絶対。賢治さんは何処にもいかないよ」

 

「約束だよ」

 

「うん、約束。賢治さんは未だ約束を一度も破ったことはないのだ」

 

「それ、達成もしてないよね?」

 

「あはは、バレちゃった」

 

「もう……。それじゃあまた明日」

 

「また明日」

 




元々 三人がビッキーとクリスのケーキバイキングに乱入するお話のはずだったのですが、三人が探偵ごっこを止める方向に動いてしまい、今回のお話に。

あと今ならラブコメの波動を掴める気がしたので

393「掴めましたか?」

掴み損ねましたが掴めても393の出番はありませ、ぎゅひ

戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
次回「仕事バカに休みを」


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デート with who?

前言撤回します。
少女たちの日常はもちっとだけ続くんじゃよ

ギュピ

393「貴方は毎回毎回前回言った事を反故にしないと死ぬ呪いにでもかかってるんですか?」

ごめんなさい。
シンフォギア のあらすじ見てたらふとアイデアが舞い降りてきまして。
前半は弓美視点。後半は三人称となっております。


「君の力を利用させてもらった。……ごめん」

 目を伏せた青年に壮年の男は微笑みを返した。

 

「……いや。おかげで俺は、俺だけを蘇らせた世界を壊すことができた」

 知恵と絆で自身を打倒した3人に向けて、男はグッと拳を突き出し、親指を立てて見せる。

「これで……、仲間の元に行ける」

 

 その言葉を残し、男は風に溶けるように消えた。

 

 ◇

 

「ひゃあ──! カッコイイ──!」

 

 客演の永遠さんのカッコよさもさる事ながら、物語の展開も困難を友情パワーで乗り越えて、王道って感じがして最高だった〜。

 

 ……こほん

 

 撮り溜めていた特撮を見直していた私。

 1話が終わって区切りもいいので時間を確認してみると、そこには針が斜めに横断した時計の姿。

 

「もう8時かー」

 外はとっくに暗くなっていて、夜遅くと呼ばれる時間帯に差し掛かっている。

 まぁ、まだ金曜ロードショーも始まってないんだし、人によっちゃまだ遅くないって言う人もいるかもしれないけど、私からすればこんな時間に出歩くなんてとんでもないって感じ。

 

 ……なんだけどねぇ。

 

 ウチの同居人はこんな時間になっても部屋に帰ってきていない。ま、あの子は毎日そんな調子なんだけどね。

 

 と、ちょうど響の事を考えていると、ガチャっと玄関のドアが開く音が聞こえた。

 

 

「帰ったよ」

 

 そう言って玄関から顔を出したのは、当然だけど響だった。練習後で汗をかいたのか、行きは制服だったのが今はジャージに変わっている。

 遅くても6時には部屋に帰ってぬくぬくしていたい私とは考えが全く異なるこの友達は、連日連夜教員棟に通い詰め、こんな時間になるまで何かの練習に励んでいるそうな。

 

 精が出るわねー。私には無理だわ。

 

「はいはーい。ご飯は?」

 

 響が手に持った膨らんだレジ袋を見せる。

 

「売店で買ってきた」

 

「こんな時間までやってるもんだっけ?」

 

「教員棟の所はね」

 

「へー、知らなかったわ」

 

「寮には門限もあるし」

 

「あんたはその門限、堂々と破ってる訳なんだけど」

 

「私は練習があるから特例」

 

「あらそー」

 

 適当にお喋りを続けながら響がレジ袋から取り出したお弁当を重ねたまま電子レンジに放り込む。

 いや、別々に入れなさいよ。危ないでしょ

 

「そういえば今日、放課後にお兄さんに会ったんだけど──」

 

「へー」

 

 そう話し始める響の声はすこーし高くなっている。この事、響は気付いているのかね?…気付いてる訳ないか。

 

 例のお兄さんが退院したとの事で、ここ最近の響は楽しそうにしている。

 男性の話なんで、そういう経験の薄い私は色々と響の話に期待してたんだけど、その辺の事に関しては、「色目の一つもない」とか、「全然話せてない」とか、響が嬉しそうにブーたれるぐらいにはプラトニックな関係らしい。

 

 ちなみに、響が真夜中に誰か(十中八九例の人)にこっそり電話をかけている事は私らの中では響以外みんな知っている公然の秘密である。

 

 個人的にはもっと何かあってくれた方が嬉しいんだけど。ま、危なくなければ良しとしますか。

 心配しすぎるのも悪いし、取り敢えず連絡だけは欠かさないようだけ釘を刺しておいた。

 

 ◇

 

 響が2つのお弁当をペロリと平らげて、見ていた私のお腹までくちくなった頃。

 

 

「服なんて引っ張り出してどうしたのよ」

 

「こっちに来てから一度も使ってないから、確認」

 

 服を箪笥の段ごと持ってきた響がそう答え、ああでもないこーでもないと言いながら、服を掴んでは畳み、掴んでは畳み。

 

 ははーん

 

「明日、出掛けるのね?」

 

「何? ……そうだけど」

 

「へぇ〜。もしかしてデートだったり?」

 

「別にそんなんじゃないよ」

 

 いやいや、どう見たってそうでしょ。

 たたむ振りしたって、わざわざ手持ちの洋服を全部ひっぱり出してアレコレ組み合わせを試してる時点で……ねぇ? 

 そーんなおでこにしわ寄せて、デートでもないのにわざわざそんな事しますかね。

 

 そういや響、教員棟に行ってるだけなのにお兄さんと会ったって言ってたわね。と言うことは、くだんの響の思い人ってもしかしてウチの教師? ……いや無いわね。ウチの教師って基本的に女の人だし。なら用務員とか清掃員? その人年上らしいし。うーん。

 

「……何?」

 

「別に〜、なんでもないわよ〜」

 

「……そう」

 

 とりあえず2人に連絡しとこっと。あ、ハンチング帽と双眼鏡は必須よね。

 

 

 ◇

 

 

 特異災害対策機動部二課本部。

 その司令部にて、つい先ほど解析が終わり発覚した事実について簡易的な会議が行われていた。

 

 時間が時間のため、正面の大型モニターの電源は落とされており、司令部の中段で立ち上げられた藤尭のノートパソコンにその結果が表示されていて、それを風鳴司令、藤尭、友里の3人が覗く形となっている。

 

 その結果を目にして、予想通りである事に唸る弦十郎。

 

「パーツをぶつ切りにしてカモフラージュしてありましたが、司令が言っていた通り二課本部には全体を稼働させる機構が仕込まれていました」

 パソコンには迫り上がる二課本部の巨大エレベーター。否、カ・ディンギルの砲身の稼働予想が断面図で表示されていた。

 

「……ねぇ、藤尭くん。これに書かれている本部変形用の電力って桁間違ってない? 二桁ぐらい」

 

 予想図の二課本部が可動するたび、右下に表示された消費電力量が天文学的数字で上下する。

 

「いえ、それで合ってるんですよ。それに、こんな日本中の電気を集めてやっと動くか動かないかみたいな桁違いの機構なんて、気付いた人がいたとしても何かの偶然だと思って捨て置くんじゃないですか? この基地は世界最強のビーム砲に変形するんだ! なんて素面で言える人間はそうそう居ませんよ」

 

 そんなことを素面で言える人間を1人、3人は知っていた。故に3人はこの絵を描いたのが誰なのかが容易に想像できていた。

 

「あぁ。それに俺たちは地下に伸びる巨大建造物と言うことで本部の建造において順次拡張という手段を取ってきたが、これも施工業者を定期的に変えることによって二課本部の全体構造を知られないよう、了子くんが細工した結果なのだろうな」

 

「二課本部の建造当初からなんて……。あの人は10年近く前からずっとこの計画を温め続けてきたって訳ですか」

 

「もっとずっと昔から。だそうだ、クリスくんの話によればな」

 

 今度は藤尭が唸った。

 

「しかし司令、実際問題こんな代物を動かす動力なんて、日本の何処にも無いでしょう」

 

 友里の疑問に、弦十郎が一層渋い顔で答えた。

 

「……ある。しかも、この二課に」

 

「二課に……って、もしかしてデュランダルのことですか! 確かにアレは完全聖遺物ですがあくまで剣ですよ!」

 

「響くんも、槍のシンフォギアで素手で戦っている。と言うよりも重要なのは聖遺物と歌だ。形状は問題じゃない。問題なのは」

 

「不滅の刃と言う二つ名。ですね」

 

「……まさか! 不滅って言うのは折れず曲がらずよく切れるって言う意味で、無尽蔵にエネルギーを作り続けるなんて意味」

 

 深刻な顔をする司令を見た藤尭が魂の抜けた声を出す。

「あるんですか? デュランダルには」

 

「あぁ、昔、了子くんが語っていた。デュランダルは不滅。ゆえに尽きることの無い無限のエネルギー源になる、と。だから深淵の竜宮に仕舞わず、こうして二課で研究していた」

 

 3人に沈黙が重くのしかかる。

 

「例の移送計画。前倒しにできないか上に掛け合ってみよう。輸送ルートも見直さなければな」

 

「今からですか!?」

 

「藤尭くん!」

 

「いや、明後日からでいい。今日はご苦労だったな。明日は休んでくれ」

 

その言葉に露骨にホッとした顔をした藤尭が友里の肘打ちを食らってウッとうめく。

 

「「了解」しました」

それでも2人の返事はしっかりとしていた。

 

 ◇

 

 

 土曜の朝方。

 

 天気は快晴。絶好のデート日和と言ったところ。

 

 三人官女は響の後をつけていた。

 

「そういや、電車に乗られたら一貫の終わりだけどどうする?」

 

「行ける所までついて行きたいとは思ってるんだけどねぇ」

 

「そういう事になるとお金がかかりますが、お二人は用意してきました?」

 

「私は万全よ!」

 

「いや、昨日の夜に言われたばっかなんだから財布の中身なんてそのままに決まってるでしょ」

 

「私は用意していましたよ?」

 

「なんで!?」

 

 そんな風におしゃべりしてばかりで尾行する気が本当にあるのか怪しい3人。

 今日の響が大きな白黒模様のパンダ柄のパーカーのような目につきやすい服装でなければとっくの昔に見失っていただろう。

 

 3人がゆるーい尾行を始めてわずか10分あまり。響が立ち止まったのは意外にもいつもの商店街。

 

 ──好きな人と会うのならもっと別の所に行くんじゃないかな? 

 創世は訝しんだが、残る2人はノリノリで男の人が来ると信じて疑わない様子。

 

「というわけで」

 電柱の後ろに隠れた弓美。ニコニコ笑う詩織。創世は呆れ顔。

 

「いや、というわけでじゃないでしょ。尾行は辞めようって話じゃなかったっけ?」

 

「ナイーブな話題でないから良し!」

 

「いや良しじゃないでしょ」

 

「いいのよ。友達として響の彼氏に相応しいのか私らで見極めてやろうってだけなんだから」

 

「アンタ響の何様よ」

 

「当然、友達様よ!」

 

「友達如きがおこがましい」

 

「なんじゃとぉ!」

 

「何さ」

 

「河川敷で喧嘩すれば、男は親より固い絆で結ばれたマブダチになれるのよ!」

 

「喧嘩したことないじゃん」

 

「しないに越したことはない!」

 

「私ら女じゃん」

 

「女でも大丈夫!」

 

「ここらへん河川敷無いじゃん」

 

「公園でも可!」

 

 ああいえばこう言う弓美に創世が頭を抱える。

「何よソレー」

 

 話が長くなりそうな2人を置いて詩織が柱の影から指を指す。

「あ、待ち合わせのお相手が来たようですよ!」

 

 バッ! と創世も電柱に隠れ、3人は団子のように段になって顔だけをのぞかせた。

 

 当然ながら3人の不可解な行動は周囲の注目を集め、奇異な目線を集めた。が、3人は気にせず各々自前の双眼鏡やスマホで響の周りを観察し始めた。

 

 流石は装者の友達、図太さは相応と言ったところか。

 

 覗く3人の視線の先に写ったのは響に駆け寄る白髪と赤いフリフリのワンピースが特徴の小さな背中。

 2人は、待ったー? 今来たとこー、と待ち合わせの定型文を発してる模様。

 

「アレが響の好きな人?」

 

「いや、どっからどう見ても女の子でしょ」

 

「女装趣味かもしれませんよ?」

 

「いやいや、この前、フラワーのおばちゃんがお兄さんって言ってたんだから、女装もないでしょ」

 

「そうでしょうか?」

 

「そうだよ!」

 

「そうですか〜」

 残念です、と言いつつも興味津々で観察を続ける詩織と弓美。2人とは対照的に疲れた顔をした創世が今日何度目かとも知れないため息をついた。

 

 ──響の待ち合わせの相手が確認できたから私はもう帰ってもいいんだけどなー

 そもそも野次馬に消極的だった創世は早々に尾行の意欲を失っていた。創世とて別にこういう催しが嫌いではないのだが、計画的に事を運びたいタイプのため、今日は気分が乗らない様子。

 

「にしても綺麗な人ね〜。外人さん?」

 

「ハーフと言う奴では?」

 

「なるほど」

 

「ねえ2人共、ビッキーの相手も見たし、もう帰ってもいいんじゃない?」

 

「もう少し。2人がどういう関係かもうちょっとだけ知りたいだけだから。ね?」

 

「えぇ……」

 

「お二人はどういう関係なのでしょうね? ツヴァイウィングの姉妹バンドのメンバーなのでしょうか?」

 

「その設定まだ生きてたんだ!?」

 

「ならこのまま待っていればツヴァイウィングの2人が現れる可能性も?」

 

「無いから!」

 

 創世が思わず声を荒げてしまい、周囲の人が振り返る。

 赤くなる創世に弓美がシーっとサインを出すが、その行動は創世に頰を強ーくつねられる結果に終わった。

 

 ◇

 

「なぁ、アレなんだよ?」

 

 クリスが意図的に振り返らず親指でクイっと目標を指差す。響がクリスの指の指すままに視線を向けると、そこには視線と言う名の集中線に彩られた電柱があった。そして響が視線を向けた直後、ツインテールと灰色の髪が電柱に隠れるが、最後の薄い金髪の少女はそのままにこにこと響たちに手を振っている。

 言うまでもなく、電柱の裏の3人は弓美、創世、詩織である。

 

「あー……、私の友達。まぁ、待ち合わせの相手が気になって付いてきたって所。まぁ、黒服の人たちと同じように考えればいいよ」

 

「いや、アレを黒服と同じよう扱ったら黒服の奴らに失礼だろ」

 もはや隠れてねーだろ。むしろ目立ってるぞ、とクリスが苦言を呈す。

 

 響は肩をすくめて

「別に恥ずかしい事でもないし、気にしないでいいよ」

 

「え、えぇ……。そんなこと言われてもよ」

 

「ほら」

 

 響がスッと手を差し出す。

 クリスが顔を赤くする。

 

「ばっか、手なんて繋がなくたって歩けるっての」

 

 手を突っ張ってイヤイヤと拒否するクリスを見て響は大人しく手を下げた。

「そう。それじゃとりあえず服屋さんに行こうか」

 

「あ、おう」

 

 響が指差した方向へ向かって2人が歩き出した。

 

 ◇

 

 歩き出す2人に合わせて、電柱の後ろから3人が顔を出した。

 

「で、どうすんの」

 

「乗り気になった?」

 

「茶化さない。あんたを見張るだけだよ」

 

「別に見てるだけなのに」

 

「限度ってもんもあるでしょ」

 

「お二人とも、そろそろ動かないと見失っちゃいますよ」

 

「あ、ごめん」

 

「行きますか」

 電柱の後ろから出た3人が今度は堂々と歩き出す。そちらの方が逆に目立たないという考えだったが、前科のせいかしばらくの間、3人は人の視線が雨のように降り注いでいた。




393「そこは!私の場所だって言ってるでしょうガァァァァ!!」

〈天光〉

ぽわぽわぽわ
ドクロ雲

「たーまやー…、って!そんなこと言ってる場合じゃないデス!調!なんで未来さんはあんなにマジギレしてるデスか!?」

「響さんとのデートイベントを他の子に奪われたから。らしいよ」

「デース…。未来さん、響さんが大好きデスからね…」

「それと、G編で大役を貰えるって言う話で今まで我慢してたのに、無印編で一回完結するってことになったらしくて」

「本編に出る予定がなくなっちゃったんデスね。分かるデスよ。セレナもいっつも寂しいって言ってたデス」

「うん。さらに実はもう一つ、残念なお知らせがあります」

「な、なんデスか」

「G編が未定となったので、私たちも本編に出れるか分からなくなりました」

「デデデデース!?」

戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
次回「393の殺意がヤバい」


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デート with

XD最終章。
グレビッキーの出番ありますか?(震え声)



 それは数日前の話。

 

「別に悪い訳じゃねぇんだけどなぁ」

 

 ベッドに腰掛け、寝間着をつまむクリス。彼女が着ているのはリディアン音楽院への編入に先駆けて送られて来た学院指定のジャージ。

 

 サラリとした肌触りと優れた吸湿速乾性は、運動だけでなく寝巻きにも優秀。鮮やかな赤色はクリスによく似合っていた。

 

 実態はどうであれ、表向きは私立であるリディアン音楽院の特注ジャージの質は悪くない。むしろ良い。

 基本的なデザインこそ一般のジャージと同じだが、金具の形状、チャックの動かし心地など、細部にこだわって作られたソレはなかなかの代物。

 

 しかし

 

 そう言う問題では無いのだ。

 

 電源の切れたテレビに映る真っ赤なジャージを着た自分の姿を見て、ふぅとクリスがため息をついた。

 

 ──服、欲しいな。

 

 クリスもお年頃。おしゃれに気を使うのは当然の話であった。

 

 

 ◇

 

 

「いいよ。次の土曜ってことは明後日だね」

 

 クリスの誘いに響はほとんど即決で答えた。

 

 誰かと出かける事は、一時期を除けば、響にとって当たり前の事だった。そのためクリスの誘いもごく自然に受けた。

 

 

 問題はクリスの方。パッと返事が返ってくると思っていなかったのか、少しだけキョトンとし、理解してワタワタし。

 響がクリスの前で手を振って反応を確かめるほどの時間をかけて、やっと言葉を噛みしめると、ゆっくりと花が開くように笑顔を浮かべた。

 

「ッ! ……お」

 

「お?」

 

 クリスがズンズンと近づき、一歩下がった響の両手を強引に握る。

 

「恩にきる! この借りは絶対後で返すからな!」

 

「いや、借りって……、そんな手握らなくても……というか近、あぅちょっと」

 

「楽しみだな!」

 

 クリスが響の両手を握ってブンブンと肩が外れそうな勢いで振る。

 

 そんな喜ばなくても

 

 そう思いながらも、満面の笑みを浮かべるクリスに釣られたのか、響も困ったように笑みを浮かべていた。

 

 

 ◇

 

 

 のが数日前の話。

 

 しかし、現在の響はなんとも渋ーい顔をし、1人お店の前で立ち尽くしていた。

 

 その姿には、つい先ほどまで自分がクリスをエスコートするのだと、精一杯お姉さん風を吹かせようとしていた面影はこれっぽっちも残っていなかった。

 

 ────

 

 一瞬前の話

 

「ココなんかいいんじゃないか!?」

 

「え? ちょっと」

 

 以上説明終わり。

 

 ────

 

 一瞬にして吹かせようとした先輩風はどこ吹く風へと変わり、クリスはタンブルウィード(回転草)のように目の前のお店へ吸い込まれてしまった。

 

 残ったのは15歳の少女の彫像。

 

 クリスはどうも可愛い系の服が好みだったようで。

 目の前の洋服屋さんは見るからにファンシーラブリー甘ロリヒャッハーと言った女の子成分全開のお店。

 

 響とは吸血鬼と太陽並みに合わない組み合わせ。

 

「……クリスちゃん」

 ボソッと思いつきを呟いてクスッと笑う。

 響がクリスに向かって言うことはたぶんないだろうが、言ったら言ったでどんな反応が返ってくるか少しだけ気になる。

 

 が、それはそれ。

 

 これはこれ。

 

 現実逃避もそこそこに、まるで同極の磁石が反発し合うかのように、お店から一定の距離を保ちつつ右往左往する響。

 

 その心は。

 

 ……入るのは正直、嫌というか……何というか……。

 いや……、いやぁ……。……無理です勘弁してください。

 

 今までにない折れ方をしていた。

 

 

 クリスを追って勢いで入っていればこんな事にはならなかったのだろうけど、不意の行動に置いてけぼりを食らってしまった響の足は本心を反映してか、自然とお店をすいっと避けていく。

 

 いまだ後方でジッと響を見つめるトモダチーズが手を引けば、また別の話なのだが、生憎向こうも観察するだけに留まるらしい。

 面白がっているとも言う。

 というか面白がっているとしか言わない。

 

 当然、響も彼女たちの視線には気付いていた。正直恥ずかしいから、この場に留まりたくはない。でもお店に入る度胸もない。

 

 正に、前門の虎、後門の狼と言った心境。

 

 そんな響を置いて流れていく大通りの流れに、響は一筋の光明を見た。

 

 見るからに重そうな荷物を抱えたお婆ちゃんが現れたのだ。その姿は響には天使に見えたそうな。

 

 

「そこまで嫌なのっ!?」

 

 そして、意気揚々と友達を置いてお婆ちゃんを助けに行ってしまった響を見て、弓美がズッコケたのは言うまでもない。

 

 ◇

 

 町の外れ、郊外の廃ビルの下。そこにフィーネの隠れ家はあった。

 

 二課の研究責任者から悪の親玉にジョブチェンジしたフィーネは、今日も裸族を貫きながら、悪巧みを続ける。

 

「ガングニール、イチイバル、商店街に移動しました」

 薄暗く狭いデスクで、古めかしい箱型パソコンを操作していた金髪の少女の声を聞くと、フィーネは何かの薬品を混ぜる手を止め、パソコンの中身を覗き込んだ。

 

「やっと出てきた。ふむ……、たしか今日のコンディションはミーシャが一番良かったわね。アイラ、ミーシャに出る準備をさせなさい。それと糖花に今日は非番だと伝えておくのも忘れないで。どうせ無駄に出る支度をしているだろうから。こっちに手伝いに来いと言っておきなさい」

 

 フィーネの命令を聞くと少女がデスクから立ち上がりビッと敬礼をする。

「了解しました!」

 

 子犬のように元気な返事を返して少女は部屋を後にした。

 

 空いたデスクにフィーネが座る。

 

「2週間ぶりか。まったく、いい歳をした娘が外出もせず、毎日毎日、床と学び舎とを行ったり来たり。新作スイーツのためなら学校を休むのも躊躇わない年頃だろうに」

 

 そう言いながらフィーネはデスクの横に置いておいたチョコレートを一つ摘んだ。

 一口サイズのチョコをカラコロと口で踊らせる。

 

 彼女が知る限り、装者の子たちは皆、装者の任務に忠実であまり羽を伸ばしている姿を見かけない。天羽奏、風鳴翼、雪音クリス、立花響、皆類い稀なる器量好しなのだが、それに反比例するように皆真面目一辺倒。

 

 今こうして小間使いにしている少女達にしても、なかなか娯楽と言うものを覚えない。出自が出自だとしても、もう少しかぶれても良いだろうに。

 こうしてわざわざ目につく所に菓子を置いて食べても良いと言ってやっているのに、お菓子に手をつけた様子がない。

 

 今朝に一つ。今一つ。10個入りのチョコの中身はまだ8つ残っている。

 

 困った子たちだ。時々、敵や指揮者としての自分とは別に、親のような目線でフィーネは少女達の事を考える時がある。

 それが自身の計画の遅延に繋がるとしてもだ。

 

 時間を無限に持つと自負するフィーネの、巫女だった頃の名残だろうか。

 

「まったく、私があの娘たちと同じ頃は……」

 

 真面目がすぎる少女たちと比べるように、フィーネか思い返すのは遥か昔。まだ女とも呼べぬ幼少のみぎり。

 

 昼は巫女となるため人一倍勉学に励み、夜も巫女の作法を先々代にこっそりと教えて貰い、そして給仕に紛れてあの方のお顔を拝見しては、あの方に仕えるのだと決意を新たに……

 

 と、そこまでフィーネは考えて、ハッと気付いた。

 

 もしかして、過去の自分の方が今の装者の子より遊んで無かった? 

 

「……ふん。友と遊び呆けるとは所詮小娘か」

 

 その真実にたどり着いてしまったフィーネは即座に手のひらを返し、憮然とした顔をして薬品を混ぜる作業へと戻っていった。

 

 ◇

 

『あんがとねぇ』

 

 握った飴玉を見てふふっと笑みをこぼす響。

 

 無事、お婆ちゃんを助けられ、クリスが入ったお店の前に戻る途中。

 

「……ん?」

 

 クリスが入ったお店の前に、先程交番で見たばかりの青い制服。そしてその隣には何故か赤毛のツインテール。

 

 なにか全体的にオロオロとした様子が「いぬのおまわりさん」を連想させる。

 

 小走りで近付くと、オロオロと狼狽えていたのは弓美で、困った顔をしているのは警察官。弓美の後ろには、同じように困った顔をした創世、詩織、そしてクリス。

 

「あ、立花さん!」

 詩織の言葉に反応して残る3人が一斉に響の方を向く。

 

 だるまさんがころんだのような一瞬動いちゃいけないような気配に響の足が止まる。

 居心地が悪くてなんとなく手を振ろうとしたその時、

 

 クリスが響に駆け寄った。

 

「お前勝手にどっか行くんじゃねぇよ!」

 

 ごもっとも

「……ごめんなさい」

 

 神妙に謝る響に腰に手を当ててプンスカしていたクリスがため息を吐いた後に顔を上げさせると、響の手を取って警察官の前へ引っ立てる。

 

「証人連れてきたぞ。ほら、説明してやれ」

 

 ◇

 

 商店街のレストスペース、座る弓美はまだ少しぐずっている。

 

「びびぎぃ〜〜!」

 

「やめて、近づかないで、服が汚れる」

 パーカーが濡れるのを嫌って両手で抱きつこうとする弓美の頭をガッチリ掴んで静止させる響。

 

 

「いやぁ、一時はどうなることかと」

 

「はい。立花さんが雪音さんを置いてどこかに行ってしまうのも、後ろからおまわりさんに話しかけられるのも完全に想定外でした」

 

「つーかよ、勝手に先行したあたしも悪ぃけど、いつまでもコソコソしてるお前らにも非はあるんじゃねぇか?」

 

 響がお店の前を去った後、作戦会議を始めた3人に話しかけた人が1人。

 言うまでもなくおまわりさん。

 通報を受けたと言うわけではないが怪しい言動なので、ちょっと声をかけてみたのだ。

 

 そしてその結果、弓美がテンパって、いぬのおまわりさん状態に。釈明しようにも、お店から出てきたクリスと3人には直接接点が無いので解決には至らず。

 弓美の様子から危険性は無いと思えど、首を突っ込んだからには一応確認しなければいけない警官の性。

 

 結局、帰ってきた響の話をちょろっと聞くと、おまわりさんは3人に軽いお小言を言って去って行った。

 

 響の好みも聞かず、勝手に進んだクリスは少し悪い。

 

 友達を置いて、人助けに行ってしまった響も悪い。

 

 それ面白がっていた3人は結構悪い。

 

 重さの違いはあれど、言ってしまえば全員悪い。

 

 そして名刺交換会にも似たごめんね会を終えて、5人は1組となって商店街を冷やかし始めた。

 

 ◇

 

 サー

 

「どう……かな?」

 青いワンピースを着た創世が更衣室から現れる。

 やんややんやと盛り上がるのは弓美と詩織。響もまぁ、いいんじゃないと好印象。

 そうかなぁ、と創世が頰をかく。

 

 ガシャッと音を立てながらその隣から現れるクリス。

「こっちもなかなか良いんじゃないか」

 ふんわりとしたピンクのブラウスにベルト付きの白のスカート。

 

「……悪くないけど、足元がね」

 響の目線はクリスの履くスニーカー。

 

「ヒールの方が似合うんじゃない?」

 

「し、仕方ないだろうがよ! そんなかたっ苦しい奴求めてる訳じゃねぇんだからよ」

 

「……そっか」

 そのままフラフラと店内の中をうろつこうとする響の肩をガッと掴む影。

 

「立花さんもお洋服着てみたらいかがですか? さっきから見てるばかりですし」

 にっこり朗らかに微笑みながら、それでいて獲物を捕らえた鷲のようにガチッと響の掴むのは詩織。

 

「いや、いいよ私は」

 

「あ、私もちょっと見たい」

 反対の肩を創世が掴む。

 

「そーいや、私も気になっていたのよねぇ。結局響の手持ちにお出かけ用に使えそうなのほとんど無かったし」

 ひたりと響の後ろから腰が掴まれる。

 

「ひっ」

 

「ほう、んなら、しゃーねぇ。そんじゃー、とりあえずアタシが着ようと思ってたこれ着せてやるか」

 にんまり笑ったクリスが手に持っているのはパステルカラーのネグリジェ。

 ソレを響に見せつけるように揺らしながらゆっくりと迫る。

 

 それに合わせてズリズリと響が更衣室へ誘われ……、引き摺り込まれていく。

 

「え……ちょっと、冗談でしょ!? ねぇ! 離して! ちょっ、やめ、あぁぁぁ」

 

 

 ◇

 

 

「む、おおお。せっかくのクレープなのに、あずきクリーム。ははっ、美味ぇのになんだろうな、この背徳感!」

 

「あずきかぁ、私はどうせならやっぱりフルーツ系がいいかなぁ」

 

「雪音さん、クレープ一口交換しませんか?」

 

「あ、私も!」

 

「うん? いいぜ」

 

 

「ねぇ、響。せっかく服買ったのにパーカー着込んでちゃ意味ないわよ。半分ぐらいでいいからチャック下ろしてみない?」

 

「絶対嫌」

 

「そんなこと言わないで、ね? ちょっとだけ」

 ギン。と響が本気のガン飛ばし。

 

 弓美はたまらずノータイムで両手を上げる。

 はんずあっぷ、命だけはお許しを。

 膝上にクレープが乗っていなかったら、その場で土下座していただろう。

 

「くだらないこと言ってないで食べたら?」

 

「はい!」

 

 ちなみに響がパーカーの下に着ているのはフリル多目の黄色のチュニック。

 よくぞ着せた、よくぞ買わせた、と言わざるを得ない。

 

 おかげで響の眼光は鋭く、クレープ屋さんのお惣菜クレープは空前の売り上げを記録した。

 

 ◇

 

 ウィーン カスッ ウィーン

 

「取れないぃ〜」

 

「そりゃまぁ、そう言うもんだし」

 

「響、あと一回やっていいよ。私ゃもう疲れた」

 

「え、うん」

 

 トボトボ歩き去る弓美。弓美が取ろうとしていたのは平べったいクマのぬいぐるみ。ぺたぱんだシリーズ。

 

 ウィーン もっ

「……お」

 

 ウィー ボス ーン

「あー……。……」

 

 チャリン

 

 

「お前らぁ、ホッケーやろうぜ!」

 

「いいですね!」

 

「あれ? ビッキーは?」

 

「うん? こっち来てないの?」

 

「来てないね」

 

「おっかしぃわねぇ」

 

 どこかで両替機の音が響いた。

 

 ────

 

 ガタンと音を鳴らして受け取り口に人形が落ちてきた。

 べったりとうつ伏せた座布団に使えそうなぐらいの大きめなパンダ人形。

 

「……よし」

 

「何がよしなのよ」

 

「うわっ!?」

 

 

 ◇

 

 

「君から届いたひゃっくとぉバン! 緊急出動〜、胸にエレキ、走り、抜けて、しっびれるぜェー!」

 

 〈現着! 電光刑事バン〉

 

 ────

 

「次、響さんの番ですよ」

 

「いや、私、持ち歌とか無いし」

 

 

「そういえば、クリスさんはリディアンに転入するのよね?」

 

「まぁな」

 

「ウチ、校歌とか発声練習とかでよく歌わされるけど、歌詞知ってる?」

 

「いんや、そもそも聞いたことが無ぇ」

 

「創世!」

 

「オッケー」

 

「いや、校歌なんて入ってるわけ」

 

「有った!」

 

「あるの!?」

 

 ガッっと再び響の手が掴まれた。

 

「さ、響さん」

 詩織にマイクを突きつけられる。残った片手を振って断ろうとするが、詩織の威圧は止まらない。仕方がないのでおずおずと受け取る。

 

 観念した響が立つが、残る3人は微動だにしなかった。

 

「え? みんなは歌わないの」

 

「私のどカラカラー」

 

「じゃ、私注文するね」

 

「ありがとー」

 

 にこにこにこにこにこにこ

 

「……え──」

 

 助けを求めてクリスを見れば

 

 グッ! 

 

 四面楚歌。

 

 そうこうしているうちに歌が始まる。

 

 意を決して両手でマイクを握る。

 

 そもそも校歌と言うのは合唱でこそ価値があるというか、1人で歌うには似合わないというか、恥ずかしいというか

 

 あぁもう! 

 

 〈私立リディアン音楽院校歌〉

 

「あ、仰ぎ見よ太陽を、よろずの愛を学べ、朝な夕なに──」

 

 

 ────

 

 

 ぱちぱちぱちぱち

 

 

「大丈夫か?」

 

 クリスが声をかけると同時にテーブルに突っぷす響。

 

「殺すぅ……、いつか殺す」

 

「はーいビッキー、あーん」

 

「んぁー」

 創世の手によって響の口の中にポテトフライが放り込まれる。

 

「それじゃあ、雪音さんも歌いましょうか」

 

「うぇぇ!? アタシはいいって!」

 

「いえいえ、せっかくカラオケに来たのに、歌わないなんてもったいないですよ」

 

「私もー、クリスさんの歌聞きたいなー」

 

「つってもよ! アタシは最近の歌なんざ全然知らねぇし」

 

「クリス……ツヴァイウィングの歌なら歌えるよ。たぶん。よく先輩の聴かされてるし」

 

「おま、そう言うこと言うんじゃねぇ!」

 

「ナイスです。それじゃあオービタルビートでも入れましょうか」

 

 詩織が流れるよう動きでテーブルの端末から歌を予約する。

 

 

「おっけ」

 

「それではどうぞ」

 

 そしてまたもや響に差し出されるマイク。

 

「……何?」

 

「何ってマイクですよ」

 

「いや見れば分かるけど、なんで?」

 

「? ツヴァイウィングの曲って基本デュエットじゃないですか」

 

 つまりクリスと一緒に歌えと。そういうことだった。

 

「え、いやだから」

「だーははは、お前墓穴掘ったな! 大人しく道連れにされろ!」

 

「いや、道連れって」

 

「大袈裟ねぇ」

 

「オラ立て! 言い出しっぺはお前だろうが!」

 

「うわぅ。勘弁してよ、もう」

 

 響が立って2人が並ぶ。弓美と創世のへたっぴな口笛がピューヒューとカスる。

 前奏が流れ始めた。

 

 〈ORBITAL BEAT〉

 

 ──

 

 その後も、創世が電光刑事バンを歌わされたり、詩織が演歌を歌い出したりと、カラオケルームは終始賑やかだった。

 

 

 ◇

 

 

「ん──はッ、とぉ。いやぁ歌った歌ったー」

 ぐーっと腕を伸ばした弓美が振り返る。

 

「クリスさん歌上手だね」

 

「あんでもねぇよ。毎日練習させられりゃ嫌でも上手くなる」

 

「にしては最後の方はノリノリだったと思うんだけどぉ?」

 

「ありゃ、まぁ、ちっと喉の調子が良かっただけで……、いつもはあんな歌わねぇからな!」

 

 あらあらうふふ、ですってよ奥さま、あらそうでございますの? 

 クリスの前で急に始まる奥さまごっこ。

 

 クリスの額に青筋が入る。

「お前らぁぁ!」

 

 危険を察知して逃げ去る創世と弓美。追うクリス。

 数分後には捕まってゴツンと一発貰うんだろうなー。と眺める響は察していた。

 

「今日は、お二人のお出掛けに混ぜてもらって申し訳ありませんでした」

 

 神妙な顔をする詩織に響が手をひらひらさせる。

「別に、気にしてないよ。それに私だけじゃこんなに楽しんで貰えなかっただろうし」

 

「またまた、ご謙遜を」

 

「事実だよ。私には服選んでご飯食べた後のプランなんて何にもなかったから。……本当、助かった」

 

「……そうでしたか」

 

 なんだかしんみりとした2人の前に3つ首の女。

 弓美と創世をとっ捕まえて首根っこを腕で固めたクリスが割り込む。

 

「ぬわぁぁに2人で話してんだぁ、おい」

 

「……思ったより早かったね」

 

「流石赤色、私の想定の3倍は素早かったわ」

 

「まさか私まで捕まるとは」

 

「うるへー、反省しろ反省」

 クリスが腕をキュッと絞る。

 

「「ぐへー」」

 

 

「……何やってんだか」

 

「ふふふ」

 

 

 チリチリチリチリチリ(ジリリリリリリン)

 創世の顔の横と、響のお腹辺りから電話の音が鳴った。

 

「「うん?」」

 

「あら?」

 

「「……」」

 

 がっちりと固めてあったクリスの腕があっさり解かれる。

 わっ、と2人がつんのめって顔を上げる。

 

「響、携帯鳴ってるわよ?」

 

「……うん」

 

 ノイズだ。




「うぉぉぉぉ!響ぃぃぃ!」

「ちょっと!待ちなさいって!」

「離してください!響が!響が私のケーキを待ってるんです!」

「いや待ってないから!というかクリスマスは昨日だし、なんなら本編まだ一学期よ!?クリスマスどころかお誕生日もだいぶ先なのよ!?」

「だとしても!!」

「だとしてもじゃないわよ!というか力強ッ!普通に引き摺られてるんだけど!?」

「響ぃぃぃぃぃぃ!!」

「だから!行っちゃダメだって!もぉぉぉ!!」

戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
次回「見参!うたずきん!」


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声は遠く、ノイズは走る

文法ガッ!安定しないッ!(X回目)



 人気(ひとけ)のなくなった商店街にノイズが獲物を求めて姿を現す。

 

 人型ノイズが人と入れ替わるようにして道路をうろつき、オタマジャクシノイズはヤモリのように壁を這いずる。

 

 

「ちったぁ空気読めっての」

 

 その様子をビルの上から眺め、片膝をついたクリスがそうひとりごちた。

 

『休日にすまない』

 

「おっさんが謝る必要はねぇよ。それにこれがアタシのやりたい事だからな」

 

『……そうか。ところで響くんはどうした?』

 

「ダチをシェルターに送ってから来るってよ」

 半分嘘。

 響に友達を守ってやれと言って、無理やり置いてきたのだ。

 

『了解した。響くんが合流するまでは1人だ。くれぐれも用心するように』

 

 クリスが立ち上がると同時に腕の装甲がぐぅんと伸び、ボウガンに変化して手に収まる。

 

「はっ。この程度の数、アタシ1人で余裕だっての」

 

 通信を切ってクリスが飛び降りる。

 構えられたボウガンから光の矢が放たれる。

 

 キュインキュインと光の矢は曲線を描きながらノイズを貫き爆発。

 立て続けに光線は走り、あっという間にクリスの足元のノイズは消え去った。

 

 ノイズがいなくなった空白地点にクリスが着地する。

 深く沈んだ腰を上げる間に、ボウガンは変形・膨張し二連装のガトリング砲に姿を変える。

 

 重みでクリスの腕が下がり、砲塔の先が地面をかすめた。

 

「アイツが来る前に終わらせる!」

 

 腰だめに構えられたガトリング砲。

 グゥンと駆動音。

 

【 BILLION MAIDEN 】

 

 両腕4門のガトリング砲が火を噴いた。

 

 ガガガガガガガガガガッ

 

 放たれた無数の弾丸が道路を端から端まで横断する。

 道路を走るノイズたちは鉛玉のお灸をすえられ、次々と砕け散っていく。

 

 ────

 

 カラカラと弾切れになるまで撃ち尽くすと、そこにはノイズだった炭の山と、朧豆腐のようにボロボロにされた道路。建物はクリスが多少気をつけていたため穴ぼこで済んだが、それでも惨憺たる有様。

 

「……しまった。やり過ぎた」

 弾倉の空になったガトリング砲がクリスの手から落ちてガシャンと音を立てる。

 

「ま、しゃーねぇ。アタシはこれしか闘い方知らねぇし」

 クリスが恥ずかしげに頭をかく。

 

 

 チリチリチリチリチリ

 地面に散らばったガラス片が振動して甲高い音が鳴る。

 

「あん?」

 

 クリスが音に耳を傾け、音源を向くとそこは3階建ての小さめの建物。

 

 ボゴン、ボゴン

 ガラガラ

 何かが壁をぶち抜きながらクリスの方へ向かってくる音が聞こえる。

 クリスがボウガンを構え直した。

 

 

 ビルの壁が吹き飛んだ。

 

 建物から巨大な口が飛んできた。

 

 

 人が縦に2人は入りそうなほど巨大な口。

 

 クリスを呑もうと顎を閉じる。

 

 

 ガチンッ! 

 

 

「っぶねぇなオイ!」

 すんでの所で躱したクリス。

 

 クリスを噛みそこね、ごろごろと転がったノイズが声に反応して、図体に対してあまりに細い脚を使って踏ん張り止まると、ぐりんとクリスの方を向いた。

 

 のっぺりとしたピンクの身体に巨大できみが悪いほど歯並びの良い口。形状はオタマジャクシノイズに近いが、四肢があり通常のものと比べ遥かに大きい。高さだけでもビルの二階分はある。

 大型ノイズは嗤っているようにしか見えない剥き出しの歯を見せつけながら、ガチガチと歯を鳴らした。

 

「キメェ!!」

 

 生理的嫌悪感に、クリスは思わず後退しながらボウガンの矢をありったけ打ち込んだ。

 

 光線が次々と刺さりノイズの顔があっという間に針山に変わる。

 

 ボムンボムンとノイズの表面で矢が炸裂するが、大型ノイズはこたえた様子もなく、瓦礫を巻き上げてクリスへ迫る。

 

 大きく跳躍し前転。

 転がるクリスの横をノイズがベタベタベタァと走り抜ける。

 ノイズはそのまま対面の建物に激突すると、暫くずるずると建物を引っ掻いたのち、またぐりんと笑いながらクリスの方は振り向いた。

 

「とっととくたばれ!」

 

 立ち上がるクリスの腰の装甲が展開し無数の小型ミサイルが発射される。

 

 飛行機雲をたなびかせたミサイルが命中。爆煙がノイズの姿を一瞬にして覆い隠す。

 が、爆煙を突っ切って巨大ノイズが再び姿を現した。

 

 ベタベタベタベタッ! 

 ピンピンしていた。

 

「んなッ!? 硬ぇなオイ!」

 突進するノイズを避けるクリス。

 

 アタシの武器がことごとく効いてねぇ! 

 ならこっちも馬鹿でけぇミサイルを……って、ダメだダメだ。何考えてんだアタシ。ここは街中だぞ。

 

 片手側転。

 ボウガン斉射。

 爆発するが効果無し。

 

 ただでさえアタシの武装はあたりを巻き込みやすいってのに、でっけぇミサイルなんざ使ったらここら一帯が吹き飛んじまう。それはダメだ。

 

 ノイズの身体を飛び越えるように跳躍。ガトリング砲を打ち込むが、ノイズの体はぽよぽよと波打つばかり。

 

 ボウガンはダメ、ミサイルもダメ、ガトリングもダメか。あれ? アタシの引き出し終わってねぇか? なら、えーと、何かないか? 構造が簡単で火力がある奴。できればあんま爆発しない奴。えーと

 

 盾にしていた建物の上から巨大ノイズが落ちてくる。避ける。

 危機一髪。

 

 あぁ、こんな事になるんなら銃の事をもう少し調べておくべき……だった? 

 

 突きつけられた銃口。

 ネフシュタンの鎧を砕く威力。

 

 あったな。火力が高くてあんま周りぶっ壊さない奴。

 

 突進するノイズの頭を蹴って背後に飛ぶ。

 

 このノイズはカーブが苦手だ。下手に隠れるより飛び越えた方が時間が稼げる。

 

 ノイズがもう一度来る前に精製するのはなんとなく見たことのあるリボルバー。

 アームドギアの精製はすぐに終わり、クリスは手に収まったリボルバーのシリンダーを回した。

 

 ジャ──ララララ、ガチン

 

「へん、いい出来じゃねぇか」

 

 その動作に意味はない。

 

 振り返り突進を始めるノイズ。定められた照準。

 

「こんだけ的がデカけりゃ外しようがねぇ!」

 

 ゴッ

 クワ──ン

 

【 Red hawk 】

 

 クリスの腕が真上まで跳ね上がり。ビリビリと全身に痺れが広がる。

 

 巨大ノイズの身体に拳大の風穴。

 

 ノイズの身体が穴から一斉に炭化を始め、あっという間に全身を黒く染めるとグシャっと潰れるように崩れ去った。

 

 そして、その向こうのクリスは、

 

 拳銃型のアームドギアを落とし、手の痛みに悶絶していた。

 のたうちまわりはしないが、それでも忙しなく手をバタバタさせて痛みを誤魔化している。

 

 銃に関する知識無しで、見様見真似で作られたマグナムは威力こそ絶大だったが、反動は全く考慮されていなかった。

 考える暇も知識も無かったとも言うが、その結果は見ての通り。

 

 その武器は大型ノイズの体をぶち抜く火力と引き換えに一般人なら比喩でなく腕が取れてしまうような反動も獲得していた。

 

「ッツァー! 痛ぇ! やっぱぶっつけ本番なんてやるもんじゃねぇ!」

 

 クリスの悪態が焼け焦げた街に響いた。

 

 

 ◇

 

 

 

 ズルズルと建物の隙間からオタマジャクシノイズが溢れる。

 

「ひぃ、こっちにもノイズ!? なんで」

「いいから!」

 腰の引けた弓美の首根っこを響が掴んで歩かせる。

 

「こっちへ!」

「早く!」

 

 クリスが抜けた後、響によってシェルターに案内されたはずの3人。

 だが4人は未だシェルターにたどり着いていなかった。

 

 警報よりも早くノイズが4人の側に沸き、シェルターへの道を塞いでしまったからだ。

 

 ノイズに追われ、住宅街を走り抜ける。

 

「な、なんで、なんでぇ」

 

「いいから走る!」

 

「これは、ハード、ですね」

 

「……」

 

 そんな中、響の足が止まった。

 

「立花さん!」

 

「ビッキー?」

 

「何やってるの!?」

 

 律儀に3人までも足を止めてしまう。そのせいでノイズはあっという間に退路を塞いでしまった。

 

「ちょ、ちょっと、これマズいんじゃないの!?」

「どうにか逃げ道を」

 

「大丈夫」

 

「大、丈夫って」

 

 せまるノイズの輪に響が進み出る。

 

「私が目的なんでしょ」

 

 仁王立ちする響の腕に弓美がすがりつく。

「ね、ねぇ? 何言ってるの響。早く逃げないと」

 

「はい」

 ノイズの向こう。響の言葉に返事をする者がいた。

 

「え?」

 道の奥、ノイズの垣根を越えて、一昔前の響に似た黒のパーカーに短パンを履いた黒い肌の少女が現れた。

 

「あんた、櫻井博士の」

 

「ミーシャ。よろしく」

 

「嫌だね」

 にべもない。

 

 ミーシャは肩をすくめた。

 

「最初のノイズの群れ、あんたが出したんでしょ。なんでこっちに構うのさ」

 

「フィーネ様が望む、貴女のデータ。他の装者のデータ、不要」

 

「だからわざわざこっちに来たってわけ」

 

「うん」

 

 響が唇を噛む。

 飛びかかりたい気持ちを堪えて、すがる弓美を創世に預ける。

 

「響……? あの子何を言って」

「……私のせいでみんなを巻き込んじゃった。……ごめん」

 

「ちょっとビッキー。何がどうなって」

 

「みんなは頃合いを見て逃げて、いい?」

 

「それは……分かりましたが」

 

「そもそもどうやって」

 

 尽きぬ疑問に響は答えない。

 ただ振り返り、浅黒い少女。ミーシャを睨みつける。

 

 

 口笛が聞こえる。

 

《 限界突破G-beat 閃光ver 》

 

「みんなには」

 

 響がミーシャの前に立つ。

 

「指一本触れさせない」

 

 Balwisyall nescell gungnir tron

 

 風が吹いた。

 

 

 ミーシャも響に合わせ、腕に付けたバングルを前に突き出す。正面に見える三本のガラス管には緑色の液体、リンカーが入っているようで、ミーシャがその一本の先を押すと、プシューと空気の抜けるような音と共にミーシャの身体に注入される。

 

 リンカーの投与が終わったミーシャが目を開けた。

 

 ra drille gae bolg zizzl

 

 ミーシャの身体が赤黒い球体に包まれる。

 

 

 ────

 

 

 装備が少ないのか、響がマフラーを巻きつけると同時にミーシャのバリアフィールドも解け、ポォンと細身の槍が石突で地面を突く音がこだました。

 

 黄色のシンフォギアを纏う響と、黒いシンフォギアを纏うミーシャ。

 

 

「何……アレ?」

 

「立花さん……貴女は……」

 

「響……」

 その姿に3人は驚きを隠せない。

 

 

 響が緩く両手を構えた。

 

「……いくよ」

 

 ミーシャが腕を絡めながら斜めに槍を構える。

 相手の攻撃を弾くことを意識した構えのように見える。

 

 響の姿が掻き消えた。

 

 ミーシャが待つが、響の攻撃を受けたのはノイズ。

 

 3人を囲んでいたノイズがキュ──と鳴き声を残して一斉に消えた。

 

 ミーシャが訝しむ。

 

「らぁッ!!」

 その瞬間、響の声が轟いた。

 

 ミーシャが咄嗟に槍を声のした方に構え、

 

 ガァン

 

 吹っ飛んだ。

 

 響が蹴りの勢いでバク転して着地する。

 

「……速い」

 ミーシャが道路に槍を突き立て、後退を最小限に留めて止まる。

 

「あんたが遅いだけだよ」

 

「否定しない」

 ミーシャが槍をファイアーダンスのように回転させながら間を詰める。

 

 だがそれより早く響が近づく。

 

「舐めてる?」

 

「舐めてない」

 カン

 と槍が地面に突き刺さる。

 

 ガン

 と直進する響の顎にサマーソルトキックが入る。

 地面に突き立てた槍を支えにミーシャが繰り出していた。

 

 ミーシャはそのまま一回転して着地すると、地面から槍を抜いて突き出した。

 響が躱し、裏拳。

 屈んで躱したミーシャが逆袈裟ぎみに槍を振り上げる。

 響が側転で躱し、掌底。

 

「グッ」

 ミーシャの胸に一撃入るが、ミーシャは振り上げた槍を振り下ろす。

 

 響は片手で槍を防ぎ、もう一度掌底を繰り出そうと腕を引く。

 ミーシャが身体を逆に回転させ、背から石突きでなぎ払おうと槍を振る。

 それを掌底しようと構えていた腕で響が防ぐと

 

「がッ」

 ミーシャの後ろ蹴りが響の腹に刺さって響の身体が吹き飛ぶ。

 

 だが、体勢までは崩さず、両足で地面を捉えたまま滑走する。

 

「……派手に動くね」

 

「ありがとう」

 

 響の足のパワージャッキが弾かれ、ミーシャの目の前に響の拳が迫る。

 

 ガィ──ン

 すんでのところで挟まった槍が響の拳を受ける。

 

「褒めてない」

 ミーシャが槍で反撃するより早く、響が蹴りを入れて反動で距離を取る。

 更に横への移動も交えてミーシャの視界から消えた。

 

 力押しでは勝てない程度にミーシャは強かった。

 近距離の組み合いにおいて、響の優位性は薄い。

 

 それを自覚した響は、今まで通り。ノイズを相手取るように。一撃離脱を意識した立ち回りを始める。

 

 こと機動力において、武装が槍しかないミーシャに比べ、様々な加速機構と単純な出力に置いても勝る響は圧倒的に優勢。

 常に待ちの姿勢を強いられるミーシャに対して、その純粋なスペック差を技量によって埋めさせないその闘い方は呆れるほどに有効だった。

 

 というかガチすぎて引くレベル。

 立花響はそれだけ怒っていた。

 

 

 ◇

 

 

 そりゃまぁ、響が色々人と違うのは知ってたわよ。

 知ってた……、知ってたけど……さ。

 

 ノイズ。

 人を殺す化け物。

 

 映像と違って、実物の、無機物的でぬらぬらとしたそれは、エイリアンにも似た……いや、それ以上の怖さが有った。

 

 響はそれと闘う戦士。

 

 勘弁してよ! ……勘弁してよ……。

 

 そんなの、ツヴァイウィングの候補生より突拍子もない話じゃない。

 

 でも、ノイズは本物で、響も本気で。

 

 

「おい! 大丈夫か?」

 クリスさんの声が聞こえる。

 

 響のことをどう説明すればと思った私達の前に現れたのは響と同じような姿のクリスさん。

 

 ……貴女も……なんですか

 

「えと、ビッキーはあっちで黒い女の子と、えっと、闘って? いて……」

 

「そうか! アタシもそっち行くから、3人はシェルターか近くの黒い車に行ってくれ。二課と言えば色々と配慮してくれるはずだ」

 

「了解しました」

 

「あの!」

 

「うん? なんだ?」

 

「これって! なんかのドッキリですか……ね……」

 そう笑い話のように問いかけようとした私を、クリスさんは凄い形相で睨みつけて来て、私の言葉はしりすぼみになる。

 

「響がそんなタマに見えるかよ」

 

「……見えないです……」

 

「だろ。死にたくねぇんなら、とっとと逃げろ」

 

「……ごめんなさい」

 

「それはアタシに言う言葉じゃねぇ。響に言うもんだ」

 真剣な眼差し。

 見ていられなくて顔を背けてしまう。

 

「……はい」

 

「さ、行くよ! 2人とも!」

 

「はい! 弓美さんも!」

 

「うん」

 2人に引きずられるように走り出す。

 

 後ろ髪を引かれるけど、振り返るのが、怖くて、失礼なようで、振り返れなかった。

 

 

 ◇

 

 5時間後

 二課本部

 

「今回の襲撃で敵装者の聖遺物の名と、おおよその活動時間が判明したか」

 腕を組む弦十郎。

 

「目的は響ちゃんのデータ収集。まったく、櫻井博士は今更そんなもの集めてどうしようって言うんでしょうね」

 賢治が面白くなさそうに頬杖をつく。

 

「了子くんの考えは俺には分からん」

 

「ふん、どうせ例のソロモンの杖と同じように悪巧みに使うんでしょう」

 

「それを阻止するのが俺たちの仕事だろう。装者のバックアップだけが仕事ではないんだぞ」

 

「それを俺に言いますか」

 

「ははは、すまない。とまぁ、今さっき言ったばかりなのに悪いんだが、2人の様子はどうだろうか? 何か異常は見当たらないか?」

 

「クリスちゃんは良好ですよ。無問題です。問題があるとすれば響ちゃんですが……」

 

「どこか怪我をしたのか!?」

 

「怪我と言うか、軽い打撲はありますが、バイタル値は安定していますが、ただ……」

 

「ただ?」

 

「……」

 

 

 ◇

 

 

「ひ、ひビき!!」

 

「何?」

 

「カッコ、よかった、わヨ?」

 

「……うん、ありがとう」

 

「うぅ、あぁ……」

 うなだれる弓美

 

 流れる重い空気。

 

「……」

 響はベッドで横になる。

 

 響の眺めるスマホに踊る文字。

 

 ******輸送作戦

 

 今日の休みはその前日調整の意味も兼ねていた。

 

 ……今日は…、楽しかった…のに…な

 

 重くのしかかるような疲れに響は目を閉じた。

 




限界突破G-beat 閃光ver
そんなモノはありません。
ので、まずグレビッキーの声を頭に刻み込んでから限界突破G-beatを聴いて、声を変換してください。
…そういえば正月ボイス聞くの忘れていた。しまった

ミーシャ
フィーネのクリスに変わる手下の3号
褐色、紫色の髪のショートボブ。動きやすい格好を好む。
見た目はAXZに登場するソーニャの少女時代に近いと思われる。(クリスとの特殊台詞は無し)
日本語は若干不慣れで接続詞を忘れがち。
手下3人の中で最も体術に長ける。

シンフォギアバングル
フィーネ配下の3人はFIS組よりも更に下、リンカーを打たなければギアを纏えないレベルで適合係数が低い。
そのため、リンカーを投与しやすいようにギアをバングル状にし、リンカー容器と一体化させている。リンカーは3本ストックされているが、二本消費時点で撤退させるため戦闘時間はそれでも極めて短い。
また、使われている聖遺物も、質の悪い紛い物のため、通常より大型化
させざるを得なかったという理由もある。



キェーーーーー!!

コーン コーン

「な、なんデスか。今の音」

夜中、トイレに向かった切歌が見たモノとは…ッ!!

[板場弓美]
ーー|ーー
 / \

「キェーーーーー!!響にッ!響になんて事ヲォォォ!!」
ガツーン! ガツーン!

「ひ!?ひにゃぁぁぁぁぁ!!」



ぐすっ、ぐすっ
「マリアぁ。未来さんが!未来さんが怖いデスよぅ」

「よしよし、今日は一緒に寝てあげるから」

「あぅぅ、マリアぁ」

「あ、もう切歌ったら」
(にしてもあの子何やってるの!?私でも怖いんだけど!?)

戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
次回「オレの名前を言ってみろ」


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デュランダル輸送作戦

393のXDイベント。
期待を煽ったわりに内容がペラ、げふんげふ
ドゴォッ!!

…ゴプゥ

393【共鏡】*擬似ガングニールギア
ニコォ



 青い空、白い雲。天気は快晴。

 望む街並みは春の日差しを受けて、テレビCMに使えそうなぐらい美しい。

 

 そんな中を重々しい雰囲気を纏って走る一団があった。

 

 青いバイクを先頭にして、一台、二台、三台。それ以降も続々と黒塗りの車両が連なる。

 彼らは二課の輸送隊であった。

 

「いい天気だな。絶好のバイク日和と言えよう」

 

『……あんたさ、今日の任務忘れてねぇよな?』

 

「忘れている訳が無いだろう。私とて伊達や酔狂でバイクを持ち出した訳ではない。小回りと襲撃への対応速度といった要素をきちんと吟味した上で」『本当かよ』

 

 今日のクリスと翼の任務は、現在一団のどれかに紛れて運搬中の完全聖遺物の護衛である。

 響は射程、奏は活動時間の問題でそれぞれ今は戦闘可能状態に無い。

 

『ま、分かってんならいいけどさ。響は直衛。あんたの相方は作戦時間の関係で待機。フィーネたちを迎撃できるのはアタシらだけだ。大口叩いて奇襲されました。じゃ、笑い話にもなりゃしねぇぞ」

 

「もちろん心得ているとも。そちらも気を引き締めろよ雪音。二課の車は寝心地が良いからな」

 

『ばっか! 寝るわけねぇだろ!』

 

「怒鳴るだけの元気があるなら心配はいらないな」

 

『ったりめぇだろ!』

 

 車の中で膨れっ面をするクリスを想像してふふっと笑った翼がブゥンとバイクのエンジンを吹かした。

 

 バイクが自身を抜かしかけていた黒い車の前に再び躍り出て、一団の先頭に立つ。

 

 

 一団が目指すのは永田町最深部、特別電算室、通称『記憶の遺跡』

 運ぶ荷物は完全聖遺物『デュランダル』

 

 

 ◇

 

 

 青い空、白い雲。天気は快晴。

 流れゆく景色のなんと鮮やかなことか。

 

 対して車内はどんよりジトジト雨模様。

 

 後部座席のジメジメとした空気が運転手の黒服さんの背中を湿らせる。

 

 

 響がぼーっと窓の外を眺めている。

 

 気怠げな雰囲気。

 友達の事をいまだ引き摺っている模様。

 

 賢治がアレコレと話題を振るが響の反応は鈍い。

 

「いい景色だねぇ」

 コンコンと賢治が窓をノックする。

 土手を走る車の外では、川がキラキラと輝いており、川向こうには樹木の多い住宅街が見える。

 

「……うん」

 

「それにしてもいい天気だ。お弁当でも持ってくればよかったかな?」

 賢治が腕を四角く動かして、箱のジェスチャーをして、ニッと笑う。

 

「……うん」

 響は振り返らずに相槌を打つばかり。

 心ここにあらず。

 

 賢治のジェスチャーをしていた腕がくったりと膝の上に落ちた。

 

 賢治は迂遠な手を諦めて、響との間にあったトランクを窓側に移動させた。

 

 ドッカと背もたれにもたれる。

「……友達の話は聞いてるよ」

 

 ピクリと響の肩が跳ねる。

 

「……」

 

「大丈夫。きっとお友達だって分かってくれてるさ」

 

 響がぼーっとしていた時とは違い、意図的に顔を窓の方へ背ける。

「そう……かな」

 走行音にかき消されてしまいそうな小さな声でぽつりと呟かれたそれを賢治はなんとか拾い上げてみせた。

 

「そうさ」

 賢治は声色を明るく手を広げてみせた。

 何も心配はいらない。とアピールしてみせる。

 

 ガラスに映る賢治を見て、それでも響のの顔がしょぼくれたまま。

 

「……でもさ……」

 響がポロポロと不安を零す。

 

 

「私……友達を怖いめに合わせちゃった」

 

「あれは絶対。響ちゃんのせいじゃないよ」

 

 

「……ただでさえ私……いつも好き勝手なことしてるし……」

 

「誰だってそんなものだよ」

 

 

「あんまり一緒に遊ばないし……」

 

「無理に合わせることでもないでしょ?」

 

 響が振り返る。うるんだ瞳。

 

「でも! ……でも……さ」

 

「うん」

 

 賢治は響の言葉を静かに聞き続けた。

 

 ────ー

 

 賢治がポンと手をついた。

 

「……つまり響ちゃんは今の友達と友達でなくなるのが嫌なんだね」

 

 賢治の出した結論に、響が目をパチクリさせて、あぁと息をついた。

 

「そう……かも」

 喉元に何かがつっかかったような訳の分からない不快感が、ストンと腹に収まったような気がした。

 

 けれど響のほっとした顔はつかのま。

 すぐにまた仏頂面に戻る。

 

 問題は解決していないのだから当たり前だ。

 

 むむむっと悩む響。

 

 そんな響の横顔を見ながら、賢治は思うことがあった。

 友達ってそんな距離が近いっけ? と

 

 響の中では、友達とは毎日のように接して遊ぶ間柄の事を指すらしい。

 ……それは、時間の有り余る小さな子供の頃でしか通じない感覚ではないのか? 

 

 もう少し上の歳。今の歳になれば、一度友達になった人とは、携帯で会話して、直に話すのは都合が合う時だけ、もっと都合が良い時に、一緒に遊べれば万々歳。

 高い学年になるにつれ、バラバラに授業を受けることも多くなる学校生活では、友達も言っても、そんなものなんじゃないだろうか。

 

 賢治はそう考えていた。

 

 

「……むぅ」

 

 そっ

 

 バシンッ! 

 響の仏頂面を突こうとした指が手で弾かれた。

 

 

 ────

 

 ……そういえば。と

 賢治は不意に思い出した。

 

 友達は居なかったと言ってはばからない自分にも、大昔。それこそ齢一桁の頃、病院の学習室で大富豪をする友達がいた。

 名前どころか顔も思い出せないけれど、

 週に一回会えるか会えないか。そんな頻度でしか会えなかったけれど、

 確かに互いを友達だと認識していたと思う。

 その頃は、確かにもっと遊べたらと思っていたこともあったかもしれない。

 

 そう思うと、響のそれは、なんとも贅沢な、無邪気な頃の香りがした。

 

 ────

 

 賢治がふっと笑みを零す。

「響ちゃんは友達のハードルが高いねぇ」

 

「……馬鹿にしてる?」

 響がジトっと賢治を睨む。

 響の視線が刺さり、賢治が痛そうに視線を手で遮った。

 

「してないしてない。ただ、友達って言うのは、もっと気安いものだと俺は思うんだよ」

 響の頭をぽんぽんする。

 

「だから、まぁ……あんまり気負わなくても良いと思うよ」

 

 賢治がポケットからバタークッキーを取り出して響の手に渡す。

 

「今日の帰りにでもお菓子を買って帰れば良いんじゃないかな? 一緒に食べればわだかまりの一つや二つ簡単に無くなるさ」

 それは賢治渾身の献策であった。

 

 ジトー

 

 え、なに。

 響のなんとも言えない表情に賢治がたじろぐ。

 

 響が賢治から貰ったバタークッキーの袋をピリピリ破って一口で食べる。

 サクサクという音が小さく聞こえる。

 

 え、響ちゃん? 響さん? 

 

 ジトー

 

 ────

 

 クッキーを食べ終わった響がむっとした表情でビッと賢治を指差した。

「……賢治さんってさ。何かあるとすぐお菓子でどうにかしようとするよね」

 

「え、そんなこと無いんじゃないかな!?」

 ギクっとして、後ずさろうとして、背もたれに阻まれる。

 図星であった。

 

「……えー。そんなことあると思うんだけど」

 

「そ、そんなこと無いよ」

 ジッと見つめる響の目に賢治は冷や汗をかきながら視線をそらすことしかできない。

 

「……ある」

 確信に満ちた目。

 

 賢治の目があっちこっちに飛び散って、最終的に、膝を見た。

 

「まぁ……あるかも……ね」

 

「やっぱり」

 響はあきれた、それか知ってたという風。

 

 賢治の胸に響の指が刺さる。

 

 ──だいたいね 

 ──うん、うん、面目次第もございません

 

 響が腕を組んで苦言を呈し、賢治がそのたびにお菓子のつまみ食いがバレた子供のように賢治がぺこぺこと頭を下げる。そんな光景がしばらく続いた。

 

 

 結果的には、響は少しだけ調子を取り戻したようで

 

 黒服さんは脇見運転をしなくなった。

 

 

 ◇

 

 

《 魔弓・イチイバル 》

 

 

『4班! 車を捨てて撤退しろ!」

 

 司令の声が聞こえると同時に、クリスの弾幕を抜けて菱形の陣形の中央に数体の飛行ノイズが槍状になって突き刺さる。

 

 4班と呼ばれた菱形陣形後方の車から黒服が飛び出した。

 

 運転手を失った車はそのまま直進し、道路に突き立ったままのノイズに激突。

 

 無残にひしゃげ、爆発した。

 

 

「ちくしょう! また抜かれちまった!」

 

『落ち着け! 冷静に対処し、後続を許すな!』

 

 残った三台が海辺の道路を爆走する。

 

 

 道の先を阻もうとするノイズを翼が切り払い、飛行ノイズをクリスが車の上から撃ち落とす。

 

 予想通りのノイズの襲撃。

 しかし、無数の飛行ノイズの手によって少しずつ二課の車は削られていき、残りはわずかとなっていた。

 

 ◇

 

 爆煙を切り裂いて複数の飛行ノイズが残る車へ迫る。

 

「させるかよッ!!」

 先頭車両の上に陣取ったクリスがボウガンから矢を放つ。

 

 ボウガンから放たれた光の矢はパッと花開くように分散すると、曲線を描きながら飛行ノイズに殺到する。

 ボンボンボンと続け様に飛行ノイズが弾ける。

 

 その炭素の煙を切り裂いて更に飛行ノイズが迫る。

 

「このッ! しつけぇ「上だ!」なら後ろは任せるぞ!」

 

 クリスが後方のノイズに向けていたボウガンを引き金を引く直前で真上に向ける。

 照明弾のような明るい光球が打ち上がり、車の上空に陣取っていたノイズの更に上を取る。

 

「弾けろ!」

 クリスの声に合わせて光球が炸裂し、内部から針のように細かい矢が放たれる。

 光の針を浴びてサボテンのような針の筵となった飛行ノイズが一拍おいて一斉に崩れる。

 

 煤が濃い霧のようになって、二課の車に覆いかぶさる。

 煤で視界が遮られないように二課の車はワイパーを動かした。

 

 クリスが撃たなかった後方の飛行ノイズが迫る。

 

 菱形が欠けてV字陣形になった車列の後方に今まさに追いつこうとした瞬間。

 

 ドドドッ

 三本。

 

 飛行ノイズに小刀が突き刺さり、ノイズが砕ける。

 

 逆走し、後方まで下がってきた翼の姿。

 

 

 キュリキュリキュリキュリッ! 

 翼を乗せたバイクが猛烈な勢いで横滑りして飛行ノイズの横を取る。タイヤから聴こえてはいけない類の悲鳴のような音が鳴る。

 

 ガガガ! ギャリン!! 

 蹴り飛ばすように足で制動をかける。激しく火花を散らしてバイクをギュンと反転する。

 

 振り返ると同時にアメノハバキリを投擲。

 ひゅるひゅると回転した刃が、一度に何体もの飛行ノイズを真っ二つにする。

 

 残るノイズに小刀を立て続けに投げつける。

 精度はそれほど良くない。命中率は6割程度と言ったところ。

 

 ノイズを倒しきれないうちにアメノハバキリがブーメランのように翼の手元に舞い戻る。

 

「もっと緒川さんに稽古をつけてもらうべきだったか」

 掴んだアメノハバキリで最後のノイズを切り捨てる。

 

 

 ────

 

「やったか」

 クリスが背伸びをする。

 

『大型ノイズを上空に確認! 小型ノイズを投下しています!』

 通信機から友里の声が響いた。

 

 頭上高く、薄い雲に見え隠れする黄緑色の空母型ノイズが見える。

 それの中央の網状部分が開口し、飛行ノイズが吐き出されているのが確認できた。

 

「……雪音ぇ」

 

「はぁ!? 別にアタシ悪くねぇだろ!?」

 

 

 ヒュルルル

 風邪を切る音。

 

 ババババッ

 パラシュートが開いた時のような音ともに、再び輸送隊の頭上を飛行ノイズが覆う。

 

 クリスの矢が飛行ノイズを打ち落としていく。しかし、空に浮かぶノイズは少しずつ増えているように見えた。

「チッ、先にあのデカブツを倒さねぇと。小さい奴らをやったところで意味が無ぇ」

 

「同感だな。雪音。狙えるか?」

 

「エネルギーを貯める時間が有ればイケるが、エネルギーを貯めている間、アンタじゃ真上の飛行ノイズは止めきれねぇだろ」

 

「それもそうだな。ならば私が親玉を倒そう。雪音はその間、車を頼む」

 

「やれんのか?」

 

「飛行は出来ずとも、飛翔は出来る。私に任せろ!」

 

「…んなら、任せる。失敗したら笑ってやるよ!」

 

「その時は笑い事では済まないが、な!」

 

 翼がバイクのグリップから両手を離す。バイクから身体を浮かせ、シートに片足をかける。

 

「さらばだ! 迅雷7号!」

 掛け声と共に翼がバイクを蹴って飛翔する。足のブレードが展開され、刃の後ろのブースターが点火され、空を駆け上る。

 

 蹴り飛ばされたバイクは横転。盛大に爆発した。

 

 その爆風を背に、翼は空母型ノイズの元へ飛んだ。

 

 

 ◇

 

 海沿いを走る二課の輸送隊を双眼鏡で見つめる目。

 

 それなりに遠く、幅20mほどの海につながる川の土手から少女が翼たちを観察していた。

 

 キリリとした日本風の顔立ちに青いワンピース。肩にかかるぐらいの黒髪が、麦わら帽子からこぼれて見える。

 少女が肩にかけた小さなポーチから無線機を取り出し誰かに連絡する。

 

『あ、糖花ちゃん? どうしたの?』

 繋がった相手はフィーネ。

 しかし、その口調はいつもより砕けている。

 車を運転している最中のフィーネは何故か櫻井了子の姿をしていた。

 

「空母型ノイズが落ちそうです。アレを落とされたら呼び出しておいたノイズは底を尽きます」

 

『構わないわよ。ノイズが全滅しても、アイラちゃんにはそのままの位置を維持させて。タイミングは任せるけど、計画通りに仕掛けておいて。結果は本当、すぐに連絡すること』

 

「了解しました」

 

『あ、それと、マズくなったらすぐにノイズを召喚して逃げること。貴女達が捕まると、計画に支障が出るからね』

 

「承知しておりますフィーネ様。アイラにも伝えておきます」

 

『は〜い。それじゃ、よろしくね〜』

 

 プツリと通話が途切れ、糖花はまた双眼鏡を構えた。

 

 

 ────

 

 

《 月煌ノ剣 》

 

「せいやぁぁぁ!!」

 翼渾身のサッカーキックが飛行ノイズの横を通り抜ける。

 

 脚部ブレードが日光を受けて輝き、両断された飛行ノイズが真っ二つに裂けて地上に落ちてゆく。

 

「道は開けた! そこだぁぁぁ!!」

 

【 蒼ノ一閃 】

 大剣から青い斬撃が放たれ、空母型ノイズの中心部に大きな縦傷が一本入る。

 そこを中心に空母ノイズがボロボロと崩れ始めた。

 

 ────

 

 クリスのボウガンがグゥンと伸びる。腰のユニットがガシャンと展開される。

 

「出し惜しみはここまでだ。ありったけくれてやるよ!」

 

 両腕のガトリング砲が火を吹き、小型ミサイルが放たれる。

 

 頭上を覆う飛行ノイズはクリスの火砲に晒されて、一体残らず消炭と化す。

 

 

「雪音!」

 頭上から翼の声。翼がはるか上空から一直線に落ちてくる。

 

「待て待て待て! そのまま落ちたら車が潰れ」

 慌てたクリスが翼を止めようとするが、

 

 ボボボボボッ、ガンッ

 

 すんででブースターを逆噴射させて減速させた翼がクリスと同じ車の天井に乗る。

 

「どうにかなったな」

 

「あぁ、これでようやく一息つける」

 

 輸送隊は4車線ほどの中程度の大きさの橋に差し掛かっていた。

 

 車が橋の中腹を通り抜けた頃。

 

 ボボンと、下から爆発音。

 

 次いで

 

 ドォォン

 

 橋全体を揺らすほどの巨大な爆発が巻き起こり、橋がガクンとゆれる。

 

 翼たちが急いで橋の先を見ると、あるはずの道が、さっきの爆発によるのか。ガラガラと崩れ、無くなってしまっていた。

 

「……雪音ぇ」

 

「アタシのせいじゃねぇだろ!? というか止めろ! 運転手! おい! 聞いてんのか!?」

 クリスがバンバンと窓を叩く。

 

 翼がすらりとアメノハバキリを構えた。

 

 防衛任務はまだ続く。




迅雷7号
翼が戦闘用に使っているバイクの14番目。
(バイクの名前に、疾風と迅雷を交互に付けているため)
翼個人のガレージにはまだまだストックが残っている。
勤続期間3ヶ月。
大往生であった。*当社比(だいたい開幕特攻させられるから)



「ノイズから救難信号なんて」

「デスがアレって」


[100万響]

ノイズのみんな
チクチク、チクチク

「ノイズがお裁縫してるデスよ!?」

「それにあのお人形。どこかで」

「はーい、皆、ちゃんとやってますかー?」

「「ひぇっ」」

「皆、お裁縫が速くて偉いねー。…でも」
ドガァァァン 
ボシューー

「雑にやったら分かってるよね?」

ノイズのみんな『キューーン!!』

「それじゃ、引き続き頑張ってね〜」
スタスタ

「む、むごい」

「ノイズの皆さんごめんなさいなのデスよぅ。アタシたちでは未来さんをどうすることもできないデース…」

「響さんのお人形がたくさん…。お裁縫…頑張って」


戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
次回「身内読みは有りなのよ〜」


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そはいずこなりや

別の作品の二次創作を考えてたら1ヶ月経ってました。はい。
申し訳ありません。

 おかげで並行世界の翼クリが出たとか、その直前にグレビッキーのピックアップガチャが有ったとかいう話がもう遥か昔の話になっちゃってました。
 …もしかしてグレビッキー復活ワンチャン!?(話が3週間遅い)



 全長400m。4車線。中央を区切るフェンスの無い中規模の橋

 それ支える柱が突如として崩れた。

 

 ボンボンボンと中腹の柱が次々と爆ぜて砂のようにぐしゃっと潰れる。上にかかっていた橋の道路は自重によって、あっけなく谷折りにぽっきりと折れた。

 折れて落ちた道路が数十mにも届きそうな水柱を立てる。

 

 残ったのはウエハースの端っこだけ。

 

 二課の輸送隊が橋に乗った直前の話だった。

 

 

 デュランダル輸送隊の車は崩落地点まで100m

 

 残った三台のうち左右の車はブレーキを目一杯かけてスリップしかけながらも急停止した。

 

 しかし、何故か翼とクリスを乗せた中央の車はそのまま直進する。

 

「おいおいおいおい⁉︎」

 

「橋を飛び越えようと言うのか⁉︎それは映画の見過ぎッ……」

 

 時間にしてわずか数秒。

 

 

 2人が慌てふためく間に車が断崖絶壁と化した橋から飛び出した。

 

 ◇

 

「ぬ「わぁぁぁぁ⁉︎」」

 

 折れて落ちて傾いた道路の残骸に車が突き刺さる。

 

 車はひしゃげ数瞬ののち、

 

 ボンと音を立てて爆発。炎上。

 

 もくもくと黒煙を昇らせた。

 

「……え? デュランダル……」

 

 川縁から輸送隊の動向を観察していた糖花(タンファ)はその様子を見て呆然として呟いた。

 

 デュランダルは残りの二台のどちらかに積まれていたのか。それとも落ちた車の中か……

 

 もし落ちた車の中なら……

 

 ……不味い。

 

 凄い不味い!! 

 

「確認しなければ!!」

 フィーネ様に怒られる! 

 

 デュランダルの安否を確認するため糖花は双眼鏡を放り投げて現場へ急いだ。

 

 

 ◇

 

 

 吹かされたエンジンの音。騒ぐ装者。落ちる車。破砕音。

 傍受していた回線の中で了子はその声を捉えた。

 

『う゛らぁ!!』

 破砕音に紛れて聞こえた気合の一声。

 

 他の3人に比べて気持ち低めでザラついた声。

 

「……なるほどねぇ」

 グンとアクセルを踏み込まれた車が加速しながら十字路を曲がり、周囲の車を停めさせ、その側面を無惨に削り取りながら走り抜ける。

 

「輸送隊はオトリ。本命は別って訳ね」

 

 ギュルギュルと影のように濃いタイヤ痕を残し、公道を法定速度を無視して走る。

 

「さて、デュランダルはどこかしらね」

 時速100キロを超えて信号を無視して走る危険な車の中で、フィーネが嗤った。

 

 ◇

 

 落ちて炎上した車の上、分断された橋の向こう側。

 

 黒煙が燻る中を槍が切り裂き荷物を抱えた2人が姿を現した。

 

 ポーンと槍の石突きが音をたてる。

 

「ふー、間一髪だったな」

 

「自分でやらせておいて言いますか」

 

「しゃーねーだろ? 向こう岸まで渡るに一番早いのがコレだったんだからさ」

 

「まったく……、お2人への言い訳は貴女が考えてくださいよ。()()()

 

()()()()も共犯だろ?」

 

 奏の肩に乗っていた荷物がもぞりと動く。

 

「うあー、頭痛ぇ、何が起こったんだ」

 

「おー、起きたか。任務ご苦労さん」

 

 緒川が抱えていた。というかお姫様だっこしていた荷物も、バタバタと動き始めた。

 

「お! 緒川さん! 何故ここに⁉︎今貴方はイギリスに居るはずでは!?」

 

「実はメトロミュージックのプロデューサーさんが、来週のツヴァイウィングのライブを観に来るということで、今回の任務のために無理を言ってその方のボディガードとしてこっそり帰ってきていたんですよ」

 

「そ、そうなのですか」

 

「僕がいない間のことも伺っていますよ」

 

 緒川さん迫真の笑顔。翼は俯いて指をいじいじ。

 

「面目ない」

 

 しおしおと萎れる翼。

 なんだか一件落着と言った雰囲気の中、思い出したかのように、というか、思い出したのでクリスが叫んだ。

 

「そういやデュランダルはどうしたんだよ!」

 奏にお米様だっこをされたままクリスがそう言うと、次いで翼も慌て始める。

 

「そうだ! デュランダルだ! 緒川さんも奏もデュランダルを持ってきていないではないか! まさか車の中に置いてきたのか!?」

 

「ま、そうなるな!」

 あーこまったこまった とちっとも困っていない様子で奏が笑う。

 

 その姿を見てくすくすと笑う緒川。何がなんだか分からない2人は困り顔。

 

 ────

 

 その下、車の残骸のぶち抜かれた天井からぬっとアタッシュケースが顔を出す。

 次いで黄金色の髪が舞って、北欧系の小さな顔がひょっこり現れた。

 

「フィーネ様! やりました! アイラがデュランダルを手に入れましたー!」

 

 フィーネの部下の3人娘リーダー格の少女、アイラがアタッシュケースを掲げて喜ぶ。

 

 やったー! と声を上げて喜ぶアイラを見て翼たちは慌てるが、奏と緒川が手で止める。

 

「まぁ、待てって。緒川さん、もう使っていいんじゃないか?」

 

「そうですね」

 

 翼を下ろして手の空いた緒川がスーツのポケットから何やら手の平サイズのスイッチを取り出す。

 

「な、なんだよソレ、まさかソレを押したらアタッシュケースがドカン! ってなる訳じゃねぇだろうな!?」

 

「お、いい線行ってるぜ」

 

 イエーとゲッツな感じでクリスの言葉に答える奏。

 爆弾を使うものの使われるのは嫌いなクリスが嫌な顔をしたところで緒川さんが訂正する。

 

「そんな物騒なものではないですよ。まぁ、見た目はそれなりですけどね」

 

 そう言うやいなや、ポチっとスイッチが押された。

 

 

 ────

 

 

 ド ガッシャァァァン!! 

 

 黒い車が通り抜けた直後、信号が赤く変わったにもかかわらず真っ赤()()()傷だらけのスポーツカーが交差点に突っ込んで、停止していた車両の頭をぶっ飛ばして横転させた。

 

 黒塗りの車を追う赤いスポーツカー。

 その中でフィーネは嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

「まさか直にデュランダル輸送中の車にかち合えるとは思わなかったぞ!」

 

 響たちの乗る本命の車は暴走するフィーネの車にたまたますれ違った。

 マジックミラーで中が見れないようになっている車を見て不審に思ったフィーネが、聖遺物の反応を確認すれば、あら不思議、ガングニールの反応があるではありませんか! 

 

 そんな訳で響たちはあっさりと見つかり、現在フィーネとカーチェイスを繰り広げている。

 

 ────

 

 追われる二課の車。

 一見普通ではあるが特殊任務に使用される特別な車両はそれ相応に高性能だったが、頑丈さに重きを置いたせいで速度は今ひとつであった。

 しかもフィーネの赤いスポーツカーは、フィーネが趣味でチューンナップしたゴリッゴリの改造車であり、フィーネの直線速度重視のムラのある……と言うか雑な走りであってもその余りある加速能力によって徐々に間合いを詰められていた。

 

「このままでは追いつかれます! 多少無茶ではありますが、このまま目的地でデュランダルの受け渡しを!」

 

「それはダメだ! デュランダルを積み込んでいる間に船が壊されてしまう!」

 

 運転する黒服の提案を賢治が否定する。

 

 二課が立てた計画は、櫻井了子(フィーネ)の立てた計画を手直しした輸送計画を隠蓑にして、本命のデュランダルを海底にある危険すぎたり、未解析だったりする異端技術を封印する管理特区。通称「深淵の竜宮」に輸送、封印してしまう事であった。

 

 フィーネを波止場に連れてきてしまえば、二課の立てた計画をすでに看破しているフィーネは、デュランダルを奪取する前に、デュランダルを海底に輸送するための海洋研究船及び潜水艦を破壊してしまうだろう。

 

「どこかで櫻井博士を撃退しないといけない! えっと……。そうだ! 目的の港の先に燃料貯蔵施設がある! その周辺なら道路は広いし、遮蔽物は少ない!」

 

「それではノイズを呼び出された場合、こちらも危ないのではないですか!?」

 

「それなら大丈夫! 緒川さんからの報告で、ノイズと櫻井博士配下の装者はオトリに釣られたらしいので、今の櫻井博士は完全に丸腰です!」

 

「そう……つまり、私がタイマンで、あの人をぶっ飛ばせば解決ってこと?」

 

「そうなるね、今の響ちゃんなら勝てる」

 

「……当然でしょ」

 

 車内が話を纏めている間に、二課の車とフィーネの車の間は縮みに縮み、その距離はバックミラーにフィーネの顔が映り込むほど僅か。

 

「その前に! もう追いつかれてしまいます!」

 

「時間は稼ぐ!」

 白衣の内側からオーソドックスな拳銃を取り出した賢治が振り返る。

 

 ────

 

「そのままぶつけるか──、それとも最後まで付かず離れず行って最後に海に突き落とすか──」

 悪巧みをしながらフィーネが自分の前方を走る二課の車を睨んでいると

 

 パン パン

 

 と2つの銃声。

 

 蜘蛛の巣状にヒビ割れたガラスの向こうに何重もの像となって拳銃を構えた賢治の姿が見えた。

 

「ほぅ」

 

 咄嗟にフィーネがヒビ割れたガラスを完全に割ってしまおうとガラスに手を伸ばす。

 

 ゴイン

 

 衝撃

 

 腕がガラスを突き抜けた。

 

 鈍い音と共にフィーネの車が中央に引き寄せられるように曲がり、そのままギシギシと車が軋んで動かない。タイヤがグゥゥングゥゥンとカラ回る。

 

 フィーネのスポーツカーは車線を分断するためのガードレールに激突していたのだ。

 

 ガラスを残るように割られたことでガラス越しの像が狂ったせいだった。

 

 プーっと膨らんだエアバックがフィーネが腕だけ纏ったネフシュタンのトゲによって裂かれ、パンと弾ける。

 

「やるじゃない」

 

 そのまま突き出した腕でかき混ぜるようにして車の正面のガラスを丁寧に砕いた後、フィーネは冷静に車のギアをバックに入れた。

 

 

 ────

 

 

 ポンと音を立てながらガバっとアタッシュケースが開き、重心が動いてアイラの手から転がり落ちる。

「あわ、わわわ」

 

 アタッシュケースを落としてしまったアイラが慌ててアタッシュケースを拾おうとする。しかし口が空いたアタッシュケースの中はもぬけのかカラ。

 

 小首を傾げるアイラ。するとそこにスッと影が刺す。

 

 上を見上げると太陽が小さな物体に遮られていた。

 キョトンとしている間にその小さな物体がブワァっと広がり網を形成する。

 

 そのまま網はアイラの上に覆いかぶさる。

 次の瞬間、ビリッと電流が流れ、コイルの仕込まれた網の端がひとりでに集まり、ガチーンと挟んだら痛そうな音を立てて口を閉じてしまった。

 

 

「とまぁ、あのように偽のアタッシュケースは、取ろうとすると逆に捕まるようになっていたんですよ」

 

「「な、なるほど」」

 

 足を網に取られ、崩れた橋の斜面でアイラがよたつく。

「お、お? お! おちっ、落ちるぅ」

 網の中で身動きが取れない中アイラがうごめく。

 

「危ない!」

 

「翼!」

 

 網の中で無闇に動きすぎたアイラが落ちた橋の斜面で転がり始めたのを見て、翼が橋から飛び降りる。

 

 身体の自由を奪われた状態で海に沈めばいかに装者といえど溺れてしまう。

 

 敵と言えど相手を溺れさせるのは忍びないと翼が斜面を滑るように下り、アイラの入った網に手を伸ばす。

 

 ゴロゴロと転がるアイラ入りの網。

 

 水没寸前。

 

 すんでの所で翼の手が届くと思われた瞬間。

 

 翼に悪寒が走り、手を引っ込めた。

 

 ザァっと翼の手があった場所に一本の傷が刻まれた。

 

 アイラを助けに来た糖花が翼の邪魔をした。いや、翼の魔の手(悪意無し)からアイラを救ったのだ。

 

「糖花ちゃん!」

 

「何捕まってるのよ」

 

「あーん! 糖花ちゃん辛辣ですよぅ! わたし悪くないですよぅ」

 わんわん泣くアイラの言葉に無視を決め込んだ糖花は、アイラの入った網をむんずと掴み、スタコラサッサと逃げ始める。

 

 

「逃しません!」

 緒川の拳銃が火を吹く。

 

 狙いは糖花の影。忍術・影縫いで動きを封じるつもりだったが、生憎糖花の影は水の上。

 緒川の銃弾を水面の糖花の影を確かに捉えたが、銃弾が貫通してしまったのか効果は一瞬で糖花の逃走の妨害にはほとんどならない。

 

 

「待ちな!」

 翼に続いて奏が橋の上から飛び降り糖花に迫る。

 

「待ちません」

 糖花が槍を放り投げ、落ちてくる間に腰につけていたソロモンの杖をかざす。緑の光線がほとばしりノイズが湧き出す。

 

「しゃらくせぇ!!」

 現れたノイズをクリスの銃撃が即座に細切れにしていき、そのまま糖花を襲おうと狙いを定める。

 しかし、地面からぬぅっと三角錐が出現し、クリスの銃弾を弾いた。

 

「撤退する」

 

「それでは皆さん! さようなら!」

 

「はぁ!? 待てコラァ!」

 

 三角錐の正体は爪型ノイズで、爪型ノイズはロケットのように空高く打ち上がる。

 そのノイズの足のような部位に糖花とアイラは引っかかっており、2人はあっという間に装者たちの攻撃圏内を離脱してしまった。

 

 ……

 

「やっぱソロモンの杖ズルいわ」

 

「うむ」

 

「ですが、十分に時間は稼げました。任務は成功と考えて良いでしょう」

 

「そういやよ。なんでアタシと、あー、翼さん? には本当のこと教えてくれなかったんだよ、そしたらもう少し手加減というか、時間を稼ぐのもできただろうに」

 

「くっははははは! そりゃクリスと翼に本当の事言ったら絶対一瞬でバレるからだ」

 

「はい、お2人は嘘が苦手ですからね」

 

 2人が顔を真っ赤にして怒るまで後3秒。

 

 ────

 

 その裏で、フィーネと響の戦闘が始まっていた。

 




393
「伏線雑に回収してません?」

ギチギチギチギチ

いや、その、1ヶ月別の作品のこと考えてたらあらすじゴニョゴニョ

「自分の作品なんですかちゃんと読み返してください」

 ゴモットモ

 ゴキィ

次回 戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
「覚醒 デュランダル」


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終結の足音

大変、本当に大変お待たせいたしました。
(待っていた方がどれほど居てくださったのでしょう)

前々から、「生きてる作品を半年放置とかあり得ないしょ〜」
とか上から目線で思っていたのですが、
自分がやらかした今「いや、半年って短いですね」と手の平くるくる。
ちょっと今年はコロナとは別に色々忙しくてですね。
それと筆もあんまり乗ら
393「いいから書いて下さい」

yes.sir‼︎



 波静か。天気は快晴。

 海に吹き込む風は強く、道行く人はその冷たさに身を震わせる。

 夏にはまだ少し早く、集う人影は皆釣竿を持っていた。

 

 そんな浜辺の奥の奥。

 

 巨大な水色の円形タンクが目を引く石油貯蔵施設。

 

 

 ゴゥゴゥと風が吹き抜ける音と共に、アスファルトが燃え焦げて異様な匂いを立てていた。

 

 

 ────

 

《 私ト云ウ 音響キ ソノ先ニ 》

 

「だあぁぁぁ!!」

 

 低空を滑走するようにフィーネの懐に潜り込んだ響の足が唸りを上げて天を突く。

 

 ゾッ

 と背筋が凍る音を立てて跳ね上がった蹴りをフィーネはのけぞり躱す。

 しかし直後に振り抜かれた足から蹴り出されるようにして伸びていた脚部バンカーが引き戻され、ガチンと音を立てて響の足に下ベクトルのエネルギーを与える。

 

 間髪入れず叩き込まれるカカト落とし

 

 フィーネが両腕で蹴りをガードするが、腕から破砕音が響く。

 

 ネフシュタンの鎧の手甲が砕ける。

 

 しかしフィーネは笑みを絶やさず、響の蹴りを受けきり、力の抜けた響を宙に打ち上げる。

 

 追ってムチが放たれるが、空中の響に刃の切っ先を蹴り飛ばされて推力を失い落ちる。

 

 だが次いで落下する響に向かって放たれたフィーネの拳は、響がブースターを吹かすより早く、響の腹部を捕らえた。

 

「カッ、は」

 

 吹き飛ばされた響が地面に叩きつけられアスファルトにヒビが入る。

 転がる響に追い討ちをかけようとフィーネのムチがくわん とたわむ。

 が、ムチが振るわれるより先にパンとフィーネの顔面で何かが弾け、カランカランと潰れた弾丸が足元に転がる。

 

 次いで鳴り響く乾いた銃声

 

 距離およそ100m先

 

 響たちの乗ってきた車を遮蔽物にして、黒服と賢治がフィーネに向かって発砲していた。

 

 機を流したフィーネが立ち上がる響から車の方に目線を動かす。

 

「──さすがは特機物。この距離を当てるか」

 銃弾で叩かれた目尻をかきながらフィーネが分析する。

 高度に融合したネフシュタンの効果によって硬質化されたフィーネの皮膚は、もはや銃弾程度では傷も付かない。

 

 ましてや拳銃の有効射程は20m

 100m先なら、的に当てるだけでも至難の技だ。

 

 フィーネが賢治たちに気を取られた隙を突き、再び響が飛びかかる。

 

 手甲がぐぅんと伸びてブースターが巨大化

 吹き出す火炎と共にロケットのような勢いで響が迫る。

 

「早いな」

 

 そう評価し、フィーネは冷静に円形のバリアを貼る。

 真っ正面から拳を叩きつけられ、桃色のバリアがギシギシと軋むが、フィーネが つい と腕を振るうとバリアもそれに合わせてくるりと回転し、響の拳は流される。

 

 アスファルトを砕きながら着地した響が振り返る。

 

 響の纏うシンフォギアは鋭角部がアスファルトの擦り続けていたせいか、黒く煤けていた。

 

 対するフィーネも、ネフシュタンの鎧の再生能力によってその輝きに一分の曇りも無いが、鎧の隙間から覗く肌には再生時に起きる侵食によってできた無数のミミズ腫れが身体に浮き出ていた。

 

「せっかくの一丁羅が汚れているぞ? ちょうど良い所に海もあるのだから、一つ洗いに行っては如何かな」

 

「余計なお世話。そっちは良いの? 綺麗なお肌が樹齢千年の木みたいにぼっこぼこになってるよ」

 

「言ってくれる」

 

 フィーネの動きが変わった。

 自分の周囲に光弾を形成し、それを侍らせ響に迫る。

 

 右ムチ、容易く躱される

 左ムチ、的確に先を弾かれ無力化

 

 今までは次は蹴りでも飛んでくるか、攻めに隙が生じるかだったが、その隙を待機させていた光弾が埋めた。

 

 両方のムチを躱されたフィーネがピンと響を指差すとフィーネの周囲を公転していた光弾が響に殺到する。

 

 明滅し絶えずフラッシュを焚く光弾に響が腕で顔を覆う。

 

 そこにフィーネの蹴りが刺さり、響が吹っ飛ばされる。

 

 賢治たちの援護射撃が響の後方から飛んで来るが、そもそも目障りな以外効果のないため、集中したフィーネにとっては何の効力も持っていなかった。

 

 

 響の方を向かって無数の光弾が放たれる。響はそれを丁寧に弾いていくが、明らかに響を狙ったにしては誘導の甘い弾がいくつか響の頭上を通り抜ける。

 

 響は気付かず、後方の2人は気付いた。

 

 光弾の先にあったのは賢治たちが盾にしていた二課の車。

 

 光弾爆発。それに続くように車が炎上。

 

 賢治と黒服が爆発の余波を食らって地面に転がる。

 

 デュランダルを納めたトランクも吹き飛び賢治の手を離れた。

 

「賢治さん!?」

 

「油断したな。私は初めからお前──」

「こんのぉぉぉぉぉ!!」

 

 頭上に影

 

 目に映る響の拳

 

 振り上げられたその拳を

 

 フィーネは避けて蹴り返した。

 

 ドッ

 と響のお腹にフィーネのすねがめり込む。

 

「ははははは! お前たちは所詮私の掌──」

 

「黙れ!」

 

 蹴りを耐えた響が拳を振るう。

 

 ガスッ

 と鈍い音と共にフィーネが首を傾げた

 否、殴り抜けられて頭が振られた。

 

 脳が振られ軽い脳震盪を起こす。

 瞬間フィーネがよたよたと精細を欠いた歩みを見せた。

 

 右腕のブースター吹かされる。

 

 強烈な発勁 ワンインチパンチがフィーネの胸で炸裂し、彼女の身体を蹴り飛ばされた石ころのように10〜20mぶっ飛ばした。

 

「アンタが何を企んでいたって、私がこの()で打ち砕く!!」

 

 響が両手を繋ぐ。

 右腕の手甲が左腕の手甲と合体し、巨大なブースターを形成した。

 

 ギッ

 とブースターを軋ませながら響が拳を構える。

 

 手甲に内蔵された赤いスクリューがゴウンゴウンと音を立てて回転を始める。

 

 台風の如く風を吸い込むその姿。その拳から放たれる一撃は想像を絶する。

 

 フィーネが再度バリアを貼った。

 色濃く、鏡のように響の姿を反射するハニカム構造のバリアは、先ほどのバリアとは比べ物にならない強度を秘めていることがひと目でわかる。

 

相対する響とフィーネの間にチリチリと静電気が走る。

 

張り詰めた空気の中

 

響の後方、投げ出されたトランクの留め具がひとりでに、

 

ピン

 

ピン

 

と弾けていき

 

ドンッ!

と最後の留め具が外れると同時にトランクが爆ぜた。

 

直後

 

ゴォォォォォォォォォ

 

響の背後が光り輝く。

 

激流のごときエネルギー

巨大な光の柱が突如として立ち昇り、天の雲を貫いた。

 

 ──デュランダル! 

 

 フィーネが響の背中に見た光の柱はぐにゃりと曲がり響の後ろに迫る。

 

 光の本流が響を包む

 

【 嵐流双拳 】

 

 閃光に背中を押された響がアスファルトを砕き巻き上げながら、フィーネに向かって直進する。

 

 引き寄せるように渦巻く風がフィーネを否応なく響の正面に縫い止める。

 

「喰らえぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 バリアは障子紙のようにぶち抜かれフィーネを巨大な拳が捉えた。

 

「があああああああああ!!」

 

 

 閃光を纏った響は宙に飛び出し、フィーネをビルの壁面に叩きつける。

 メキメキと巨大なクレーターが出来上がり、フィーネは半ば身体を埋め込まれた。

 

 そしてその背後で、宙に浮き、我こそは太陽と言わんばかりに光り輝くのは、完全な姿を取り戻したデュランダル。

 

「覚醒したか……デュランダル」

 

「──はぁ……はぁ……」

 

 フィーネをビルに叩きつけ、力を使い果たした響に重力が働き、徐々に高度を下げ始める。

 

 しかしだらりと垂れた響の手を掬い上げたものがあった。

 

 フィーネの手か? 

 

 否、デュランダルだ。

 

 響に強引に柄を握らせたデュランダルが一層ギラギラと輝く。

 だがそれに反比例するように響の姿がドス黒く染まっていく。

 

「これは──」

 空になったアタッシュケースを見て、賢治が呆然としながら呟いた。

 

「持ち主を欲するか」

 石油貯蔵庫に隣接した建物の外壁に叩きつけられ、クレーターに埋まったままのフィーネが、愉快そうにニヤニヤと笑う。

 

 デュランダルから吹き出した光が収束し、4〜50mはある長大な光剣へと姿を変える。

 

「ふふっ、お前がデュランダルを目覚めさせてくれたお陰で、面倒な工程が一つはぶ──」ジ.

 

 刹那、光剣が振り抜かれた。

 残像が円盤に見えるほどの速さ。

 

 

 フィーネは言葉を言い切るよりも早く光の奔流に呑まれ、姿を消した。

 

 

 ズッ

 とフィーネのめり込んだビルとその後方にあった工場が、30度ほどのきつい傾斜で両断され、ゆっくりとずり落ちる。

 

 

 賢治のすぐそばを通り抜けた光剣の軌跡は、肌を焼き焦がすほどの強烈な熱気を発していた。その断面は、溶解し沸騰したアスファルトがボコボコと音を立てている。

 

 しかし賢治はそんな事に気付きもせず、ただ豹変してしまった響を見つめる。

 

 響の姿をした影が

 

 吠えて

 

 吠えて

 

 吠えて

 

 すわ暴走か

 

 と思われたが、響が天に掲げていたデュランダルは、徐々に輝きを失っていき次第に明滅し、フッと光は途絶えて消えた。

 

 響の身体を覆っていた闇も同時に霧散し、浮力を失ったデュランダルは響と共にゆっくりと落下を始める。

 

 

「響ちゃん!!」

 

 賢治が墜ちる響の元へ駆け寄る。

 

 

 ゴスン

 と一足早くデュランダルだけが地面に激突し鈍い音を響かせる。

 

 しかし賢治はデュランダルに目もくれず、響に手を伸ばした──。

 

 ──

 

『腰の悲鳴』

 

 

 ◇◇◇

 

 

 瓦礫の下から覗く金の瞳が響を抱いた賢治の目とかち合う。

 

 ──今ならデュランダルは造作もなく取れる。……が、どうせ発信器でも付いている事だろう。ヘリの音も聞こえる。持って帰るのは不可能

 か。

 

「「デュランダルは預けておく。いずれまた──」」

 

 ビルが倒壊し、土煙が全てを包んだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 見慣れたくない見慣れた天井。

 

 身体が怠い重い。

 でも寝起き特有の気怠さは、動かないというまでも晴れてくれない。

 

 のっそり起き上がると、私の目と同じ高さに赤いツインテール。

 

「あ、響。起きてたんだ」

 

「いや今起きた所」

 

「あ、そうなんだ」

 

 弓美が手に持ったビニール袋を掲げてみせる。

 割と小さい袋。ちょっとしたお菓子と見た。

 

「駅前の和菓子屋さんの大福だけど、今食べる?」

 

 想像通り弓美がビニール袋から取り出したのは、玉入れに使われそうな白くて丸っこい玉。

 甘く優しい駅前の大福だ。

 

「……なんで大福?」

 

「なんでって、ほら大福って名前、縁起がいいじゃない? 響が早くよくなりますようにーって願掛けするならピッタリでしょ」

 

「別に私怪我してないし」

 

「怪我してないならなーんでこんな所に居るのよ。嘘ならもちっとマシな嘘をつくのね」

 

「いや嘘じゃ」

 

「まぁまぁ、ここは板場さんに免じて」

 

「そうそう、弓美ってば食べ物で縁起担ぐぐらい心配してたんだし、その意を汲んであげなきゃ友達じゃないよ〜?」

 

「ちょっと! 余計なこと言わない! ……こほん。とにかく、……あんま無茶しないでよね。アニソン同好会には4人必要なんだからね」

 

「……ごめん」

 

「あーもーアンタって奴はー!」

 

「ちょっ、頭そんなかき回さないで」

 

「うるさいうるさーい! もー、こう言う時はテキトーに『そうだね』とか『分かった』って言って笑っておけば丸く収まるって言うのに、アンタって子は本当にもー。変に真面目な顔しても、ストーリーのテンポが悪くなるだけだってのにー」

 

「弓美、ちょっとアニメ混ざってる」

 

「でも立花さんがそう言うってわかってましたよね?」

 

 弓美の私の頭を揺らす手が止まり、私の髪をすく。

 

「まぁね。これでも友達だもん。それぐらい分かるよ」

 

「……ごめん」

 

「謝らない。アンタはしたいようにするだけ。私らも言いたい事を言うだけ。『運命を決めるのは貴方しだい!』ってね」

 

 弓美はビシッと犯人はお前だ な人差し指をビシッと決めたポーズを取り、その手に握っていたビニール袋を私の膝に乗せた。

 

 ポンポンと毛布の上から膝を叩く。

 

「怪我だけには気をつけなさいよ」

 

「うん」

 

「それじゃ、私らは帰るから」

 

 よく見れば日はすでに傾いて、白い病室は薄い紅茶色。

 

「それじゃあね、ビッキー」

 

「また学校で会いましょう」

 

「うん、また学校で」

 

 手を振る。3人が病室を出て、入れ替わるように奏さんが入ってきた。

 

 腕を組んでニシシと笑っている

「いい友達じゃねぇか」

 

「奏さん」

 

「よぅ」

 

「何の用ですか?」

 

「いや何、ただの後輩のお見舞いさ。他意はないよ」

 

 これ、土産な。渡された袋を見るとAPTX4869と書かれた怪しげなカンカンが入っていた。

 

 ……何これ? 

 

「そういや賢治の奴、響のことラピュタキャッチして腰痛めたらしいぞ」

 

「……へ?」

 

「シンフォギア着たまんまならビルの屋上から飛び降りたって怪我しねぇってのに、馬鹿だよなぁアイツ」

 

 そう奏さんはケタケタ笑うけど、私の頬はほんのり熱い。

「ま、覚えてない所でカッコつけられても困るよな」

 

 奏がニヤニヤしながらパンと響の肩を叩いた。

 

 ──────

 

 パァン! 

 男の腰に張り手が一発

 

「痛ぁ!! 指令! もっと丁寧に張って下さいよ!」

 

「仕方ないだろう。湿布を貼るなんて初めてなんだ」

 

「この健康優良児」

 

「否定はしない。しかし、腰をやってしまったんだ、もう数日ぐらい休んでもいいと思うが」

 

「ダメですよ。デュランダルが覚醒した今、櫻井博士の計画は最終段階に移行したと言ってもいい」

 

「だが、了子くんはデュランダルの一撃を喰らったんだろう?」

 

「そうですね。でも、俺は崩れたビルの中から強い視線を感じました。アレは櫻井博士でした」

 

「ネフシュタンの再生能力があると言っても、重傷を負って直ぐにはデュランダルを持ち去る事はできないと踏んだか」

 

「覚醒したデュランダルを、そのまま深淵の竜宮に運ばないとも読んでの行動でしょう。実際、こうして今、デュランダルは二課本部に再収容されてしまっているのですから」

 

「覚醒したデュランダルの機能は未知数だからな。よく分からないものをよく理解しないまま封印した所でどこかに綻びが出る」

 

「そうですけどね。自分としては完全聖遺物の利用価値が上の眼を曇らせたとしか──」

「その話はしない事だ。とにかく、俺たちの任務はデュランダルの研究管理と外敵から防衛だ」

 

「……ですね。あぁ、それなのに再来週にはツヴァイウィングのコンサートが」

 

「それは仕方ないだろう。日本トップアーティスト『ツヴァイウィング』のメモリアルコンサートだ。中止には出来ない」

 

「だから困っているんでしょう? 櫻井博士は本部の護りが手薄になるその日に必ず襲撃してきます。その前に」

 

 弦十郎がコツコツと賢治のパソコンをつつく。

 

「必ず()()()を完成させなければならない。だろう?」

 

「……分かっているなら早く準備してください。それを扱えるのは指令だけなんですから」

 

 よっこらしょ と腰を労わりながら立ち上がった賢治の肩を、弦十郎がドンと叩いた。

 

「分かっているとも。さぁ、やるぞ!」

 




「シンフォギアの本気の一撃喰らってぶっ壊れないビルっていったいどんなビルだよ!?あと、デュランダルぶん回したら石油タンクも逝って大爆発したりしねぇのか!?つーかビルから落ちる響を受け止めるって、腰を痛めるで済む訳無ぇだろうが!!!」

それはホラ、演出の都合で…

「お前ご都合がすぎる設定は嫌いだって公言してただろうが!」

演出は別腹なのでノーカンです

「都合が良いなぁオイ!」

次回
戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
『雪音クリスと体重計』
「アテツケかテメェ!」


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