賢者の娘は外の世界に留学したようです (エスカルゴ・スカーレット)
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第0章:プロローグ
出会い


「マエルベリー・ハーン…?」

 

「マエ()ベリー・ハーン、よ。どう、茜ちゃん?この名前、結構可愛らしいと思うわよ♪」

 

ニコニコと普段はあまり見せないような笑顔で、茜の母親…八雲紫は言った。それに対して、特に肯定も否定もせず、茜はただ由来を尋ねた。

 

「確かに可愛いとは思うけど……。どうしてその名前にしたの?」

 

「『マエリベリー』はマルベリーから取ったの。これは桑の実を意味するの。そして桑の実は成熟すると紫色になる。『ハーン』はあなたがさっき言ったラフカディオ・ハーンから取ったのよ」

 

「なるほど…っ!」

 

ラフカディオ・ハーンはギリシャの出身。そんな彼と同じ苗字ならば、ギリシャ出身という説明も簡単に行えるだろうという意味も含まれている。

 

─────それから、次の日。

とうとう幻想郷を出る日が来た。大きなバッグを複数持った茜は、八雲邸の前に立っている。玄関には、母親の紫と、その式の藍、そして藍の式の(チェン)がいる。

見送りは3人で十分だ。下手に見送りを多くしてこれからの行動が遅れてしまってはいけない。

 

「…行ってきます。お母さん、藍、橙…」

 

「ああ。勉学に励めよ、茜」

 

「お勉強頑張って下さい!お土産待ってます!」

 

「こら、橙」

 

「うにゃっ…」

 

ズシッと頭に藍の手を乗せられた橙は、猫らしく小さく呻いた。それにクスッと笑いつつも、茜の口元からはすぐに笑みは消えてしまった。

そして最後に、紫が娘に見送りの言葉をかける。

 

「……頑張ってね、茜。ううん、マエリベリー。私は多分、そっちには行けないと思うけれど……幻想郷からいつでもあなたを応援しているわ…」

 

「…うんっ…ありがとう、お母さんっ…!じゃ…行ってきます……っ!」

 

ジワジワと熱くなる目頭。下唇を噛む顔を3人…主に紫に見られたくなかった茜は、すぐ目の前にスキマを開き、逃げるように駆け足で飛び込んで行った──────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

京都の某大学にて、留学生マエリベリー・ハーンとして入学してから、おおよそ半日が経過した。周囲の人達とは少し違う容姿……ましてや留学生とあり、講義が終わって自由になった筈の私は、多くの学生に取り囲まれている。

幻想郷と外は少しズレている時間だからこそ私は

「季節外れの留学生」になってしまった。現在の幻想郷は春。しかし現在の外は…夏なのである。お母さんが色々と洗脳などをしたのは教授などに対してのみ。なので私は、学生達から手酷い質問攻めに遭っていた…。

 

「何でギリシャから来ようと思ったの!?」

 

「異国の文化を学びに…」

 

「どうしてこの季節に!?」

 

「えっと…少し手続きに手間取ってしまって…」

 

「ハーンさんって目が紅いんだね!今どき外国の人でも中々居ないよ?珍しいね!すごく可愛いし写真撮ってネットに上げて良いかな!?」

 

「えっ…紅目は珍しいの…?あと写真はやめて」

 

「ハーンさんのご両親が紅目なの?」

 

「ええ、父が私と同じく紅色で…」

 

「お母さんとお父さんの名前はなんて言うの?」

 

…といった具合に、かなり酷い。母達との別れを惜しんで泣きそうになっていたはずの私なのに、もうそんな涙は引っ込んでしまった。現在のこの質問の嵐からどう退散しようか、ただそれだけを考えていた。そして、ボロは出してはいけない。

 

「ねーってばー?」

 

「......A secret makes a woman woman......」

 

「え?ウマウマ…?」

 

「ウッーウッーウマウマ?」

 

「そ、そうじゃなくて…」

 

「あーっ!私そのネタ知ってる!結構昔の漫画の

『名探偵コ○ン』のネタでしょ!!ベルモッ○が色々と誤魔化す時によくそう言ったんだよね!」

 

「ええ、その通りよ」

 

群衆の中から割り込んできた1人の少女。いや、大学生だから女性と言うべきだろうか。にしては周囲の人達と比べて、少々幼い外見をしている。

白と黒を基調にした服装にブラウンの髪、左側に白い紐で一本に結っていて、可愛らしいお下げにしている。幼く見えるのはそのせいもあるのかもしれない。白いリボンがついた帽子を被っていることで、背伸びしようとしている子供に見えてるようにも思える。

その少女に対して私は自然と笑顔で返事をした。

あのネタを理解してくれた。それだけではなく、彼女の人懐っこそうな明るい笑みにつられ勝手に笑顔が漏れてしまったのだ。

 

「今のギリシャでも、日本の昔の漫画が知られてるんだな〜。なんだか嬉しいな♪」

 

「………寧ろ、『今』だからこそ『昔』の漫画が流行り出すんだろうけどね」

 

「えっ?どういう事?」

 

「あっ、ううん、何でもない。ただ、雑誌とかで昔の物の特集とかをやると、またそれがブレイクする事ってあるよねー…って思って…」

 

「あるあるだよね!あとそれ確か、『女は秘密を着飾って美しくなる』って意味だったよね!何かカッコよくて良いよね〜、ゾクゾクしちゃう!」

 

幻想郷には過去の遺物が流れてくることがある。しかし当然、そんな事は言えず、現実でも起こり得そうな事を言ってみると、彼女は肯定し、納得してくれた。

早く帰りたいが、私が彼女と話し出すと、興味を失ったらしい周囲の人達は少しずつ離れていく。もう少しだけ、この子と話していこう。

 

「そうね…。よく私も父に読ませてもらっていたから、強く印象に残ってたの」

 

「へー!お父さん日本の漫画が好きなんだ!」

 

「私のお父さんは元日本人だから、日本の文化はよく知ってるの」

 

「元…?あっ、帰化したっていうこと?」

 

「帰…化?あ…そうそう、向こうに帰化したの!

(一瞬忘れかけてた…危ない危ない…怖っ…)」

 

「じゃあマエル…マエリベリーさんはハーフで、紅い目はお母さん譲りなんだ?」

 

「ううん、この紅目はお父さん譲り。お母さんは金色の目だから」

 

「へ?お父さんは日本人で…紅い目?日本人って大抵は茶色か黒だけどなぁ……」

 

(あああぁぁぁっ…!まずい、どうしよう…!?初日なのにドンドンボロが出てくるよぉぉっ…)

 

どのように返そうか、と表情には出さず心の中で大パニックに陥っていると、推理したらしいその少女が強気な想いをその瞳に込め、私の瞳を覗き込むように見つめながら結論を話す。

 

「…そっか!お父さんの家系がどこかの国の人の血を引いてて、お父さんはその血が出たんだっ!だから日本人離れした目の色なんだ!ねぇねぇ、もしかしてそうなんじゃないっ!?」

 

「そこまでは話聞いた事ないから、あんまりよく分からないの…ごめんなさい」

 

「ううん、大丈夫大丈夫っ!」

 

肯定も否定もせずにやんわりと返すと、その子は手を振って許してくれる。それに安堵の溜め息を漏らしつつ、思考の海に身を委ねる。

 

(…ていうか、初対面なのにここまで個人情報を聞き出しに来る人が居るなんてね…完全に想定外だったよ…。お母さんはこの流れ読んでた…?)

 

「────リーさん?マエリベリーさんって!」

 

「えっ、あっ…はいっ?」

 

…私を海から引っ張りあげたのは、またもやその少女。何か話しかけてきたようだが、考えごとをしていた私はそんな話は耳に入っていない。

 

「で、どう?」

 

「どう…とは?」

 

「えー、聞いてなかったのー!?まー考え事とかしてそうだなーとは思ったけどさー?……私ね、とあるサークルをやってるの!オカルトチックな活動をするサークルをねっ!」

 

「それで、私に何を…………って、まさか…!」

 

「そう、察しがいいっ!私と一緒に、その活動をやらない!?あなたとなら上手くやっていけると思うの!」

 

キラキラと輝く目で私を見る少女。断りづらい。これは断りづらい。かーなーり、断りづらい…!元より私は、少しだけ断るのが苦手な節がある。そう分かってはいても、元からの性格というのは治りにくいものだ。

気付けば私は、彼女に押されて、ついつい誘いを了承してしまっていた。

 

「やったっ!これでやっとまともな活動ができるようになるわ!!」

 

「え…これまでは一体何を…」

 

「1人だけだったから、活動するネタを集めたり何だりとねー…でも1人で出来ることって、案外少なくてさー」

 

「あは…ははは…」

 

そんな反応に思わず苦笑いを零す。確かにあんなグイグイと来られたら普通は怪しむから拒否するだろう。私が断っていたら、彼女は寂しい思いをしていたかもしれないので、多分これで良かったのだろう。

 

秘封(ひふう)倶楽部(くらぶ)へようこそっ!!私は宇佐見蓮子!宜しくね、マエリュェ…マエリベリー!」

 

「こちらこそ宜しく、蓮子さん」

 

手を差し伸べてきた蓮子さんに合わせて、私も、同じ方の手を差し出す。日本人といえば握手だ。どうやらそれは、今も昔も変わらないらしい。

 

「…ちょっと言い辛いから、あなたの事は気軽にあだ名で呼ぶことにするわね!…メリー♪」

 

「それじゃ、私もあなたの事は名前で呼ぶわね。

…蓮子っ♪」

 

「…あははははっ!」

 

「…うふふふっ…♪」

 

初対面ながら、かなり親交を深められたと思う。秘封倶楽部の活動は、早速明日からスタートするとのこと。それから私は蓮子と連絡先を交換し、お母さんが用意してくれたアパート───そこに住んでいるのは私だけで、大家はお母さんということになっている───へと帰って行った。

彼女のお陰で大学生活が楽しくなりそうである。



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第1章:蓮子の見つけたオカルト
破壊者(前編)


「やっほーメリー、お待たせお待たせ〜!」

 

「もう蓮子ったらー、活動初日から約束の時間に遅れてこないでよ……」

 

「はっはっはー、ごめんごめん……。だけどその分、有意義な活動にするからさ!」

 

 とても元気な人間の少女、宇佐見蓮子と出会った次の日。早速、オカルトサークル・秘封倶楽部の活動を始める事になった。今日の集合場所はこの大学の図書館前。15時に来てと蓮子が言い出したはずなのに、当の本人は10分も遅刻してきた。

 遅刻癖があるのか、それとも偶然なのか……。もし前者だとしたら、注意しておかなければと思う。

 まぁ、10分なんて妖怪の私にとっては須臾同然。実際はそこまで気にしていない。が、人間として活動する以上は、時間を気にする素振りくらいは見せておかなければ。

 この遅刻が続いたら彼女の遅刻癖に慣れたように見えるので、それまでこのフリは続けなければ。

 

「さ、行こっ!メリーは図書館初めてでしょ?」

 

「そうね。どんな本があるのかしら……」

 

「ジャンルは凄く多いよ〜!雑誌系統も置いてるからね。うるさくしたり飲食は厳禁だけど、電子機器の使用は認められているのよ。それと、より深く調べ物をしたいっていう時の為にパソコンも備え付けてあるの。しかも処理速度はほぼ光速で聞けばすぐ答えてくれる、超スグレモノなの!」

 

「パソコンには不慣れだけど大丈夫かしら…?」

 

「何事にも慣れだよ、メリー!一緒に頑張ろ!」

 

「そうね♪」

 

 一緒に頑張ろう。その言葉を聞いたのは果たしていつだったか。お母さんとお父さんは私に対してそう言って、よく特訓中に励ましてくれていた。2人と離れて寂しくなっていたが……やはり蓮子が居れば、そんなことは無いかもしれない。

 出会ってまだ2日目だというのに、思わず彼女に心を許してしまいそうになる。

 

「今日のお題はズバリ!『消えた破壊者』よ!」

 

「『消えた破壊者』?オカルト……なの?それ……」

 

「そうね……。あ、立ち話もアレだしさ、図書館の中行きましょ!」

 

「そうね」

 

 そう言えば、まだ図書館前で立ち話をしていた。彼女と話していると、ついつい状況なども忘れてしまう。気を付けなければ。

 そして図書館の中に入った私達は二手に別れた。まずは私がパソコンのある席を取って、その間に蓮子は資料を探しに行く。とりあえずパソコンの電源を入れておくと、パスワード入力なるものが表示された。据え置き型のパソコンなのにこんなものがあるなんて、完全に想定外だった。しかしここで、蓮子が本を数冊抱えて席に戻ってきたので、後は彼女に任せることにした。

 

「ん?もしかしてパスワード入力で躓いてる?」

 

「ええ、パスワードなんて知らないもの……」

 

「それ学籍番号入れれば良いのよ、やってみて」

 

 出席番号はクラス内でのみ使うもの。学籍番号は学校全体で使うものらしい。大学に在籍している誰もが使えるパソコンだからこそ学籍番号の方で管理してるのだろう。そう考えると合点がいく。

 自分の学籍番号でパソコンを開いたので、今回は私がパソコンを使った事になる。検索エンジンを開いてみるが、当然検索履歴は真っ白である。

 

「蓮子、その本は……?」

 

「『消えた破壊者』についての本よ。コイツは、突如としてとある街に現れ、自衛隊や世界の軍と交戦して、挙句の果てには日本中を逃げ回って、各国の戦闘機を誘導して……自分を殺すように仕向けつつ、着実にこの国を破壊していったの。いや、明言はされてないけど、私はそういう風に捉えてるわ」

 

「えっ……」

 

 そんな大事件が起きていたなんて全くの初耳だ。お母さんならそんな大事件を見過ごすはずがないだろうと思う。

 

「……て、待って。日本中を逃げ回って?それ人間に出来ることじゃないと思うんだけど…」

 

「だからこそ『オカルト』なの。人外の存在……妖怪とかがこの件の犯人なのかもしれないわ」

 

「犯人がわかったら……蓮子はどうしたいの?」

 

「そうね……。私はただ知りたいだけなのよ。だからこの犯人がどんな奴でも責めるつもりはないわ」

 

「どうして?」

 

「日本中が破壊された。でも、『消えた破壊者』はそんなに自ら手を下してないのよね。直接的に破壊したのは、結局人間でさ……。出現した街では多少暴れたらしいけど。そもそも私達が生まれるよりずっと昔の出来事だからとっくの昔に時効だし」

 

「復旧・復興、大変だったでしょうね……」

 

「それがね、案外そうでも無いみたいなのよね」

 

「えっ?」

 

「日本は自他共に認める『地震大国』よ。言い方は少し悪いけれど、災害に慣れちゃってるのよね……。だから復旧・復興作業にも慣れてるみたいだし、汚染された土地もすぐに洗浄できたの」

 

「汚染された……?」

 

「『消えた破壊者』を殺す為に……あろうことか原子爆弾が数多く使われたの。単なる絨毯爆撃以外は、ほぼ原爆と言っていいくらい大量に……。お陰で核を落とした国々は、後から糾弾されまくったそうよ。そりゃそうよね」

 

「そんな……それじゃあ住民の人達は……?」

 

「日本政府が世界各国に『止めてくれ!』って言ったのを無視した時点で、避難は開始してた。だから原爆による人的被害はほぼ無かったって。何故世界は日本政府を無視したのかと言うとね、どの国も自分の国に『消えた破壊者』が来る事を恐れたからなのよ。だからこそ日本に居るうちに決着をつけようと焦った結果が、原爆ってわけ。威力は抜群だからね」

 

「そんな……酷い……」

 

「日本壊滅の原因を作ったのが『消えた破壊者』なんだけど、実は断片的に映像が残ってるのよ。ちょっとパソコン貸してね」

 

 細長くて綺麗な指による鮮やかなタイピングで、

 カシャカシャと文字を打ち込んでいく蓮子。動画

 サイトに繋げたらしい。その動画はなんと、再生

 回数は100億を突破して、高評価5000万、低評価

 1億5000万。

 動画タイトルは「生中継のカメラが捉えた姿」。

 

「……つけるわよ?覚悟はいい?」

 

「うん……」

 

 一抹の不安を覚えつつ、動画を再生してもらう。バラバラとプロペラの回る音がする。どうやら、ヘリコプターから生中継しているようだ。

 

《ご覧下さい!あれが、今噂されている破壊生物です!世界中に発信されるこの映像、どのような衝撃を与えるのでしょうか!?》

 

 ザ、ザザッという砂嵐のような音と、少々荒れた映像に、女性リポーターの声が流れる。画面中央には中肉中背程だと思われる人型の生物がいた。しかし、次の瞬間、破壊生物の口がほんの僅かに動いた。

 

《……死ネ》

 

 なんと言っているのか、聞こえては来なかった。

 すると破壊生物から沢山の光の弾…弾幕のようなものが溢れ、リポーター達に直撃して、最後には画面が完全な砂嵐になり、動画は終了した。

 

「何、これ……合成映像じゃないの……?」

 

「合成じゃないのよ、それが。……この光の弾……動画のコメントのアレに見えるから仮に弾幕って名付けるけど、弾幕を発射って……少なくとも、人間じゃないと思う。単独で空を飛んでるしね。この時代の技術だと単独飛行は不可能のはずよ。ましてや空中に静止してるんだものね。どこかの怪盗さんみたいにガラスの上に立ってたりヘリで釣ってもらってるのかって疑いたくなるレベルでピタリと静止してるわよ。ホバリングの代名詞の蜻蛉でもここまでは出来ない」

 

「とすると……何だろうね、これ……。映像が荒くてよく見えないんだけど……」

 

「……この事件から数日後。ネットでは、ある学生の投稿が世界的な大炎上を起こしたの」

 

「世界的な……?」

 

「とある男子高校生がね、この破壊者についてこうコメントしたのよ」

 

 新たなタスクを開き、別な検索ワードを入れて、エンターキーをカシャンと押し込む。

 

「今はもう無いアプリなんだけど、この時代にはTwitterっていうコミュニケーションツール(?)があったそうでね。このアプリでコメントを投稿……つまり『呟く』事を『ツイート』と呼んでたの。その問題のツイートが、これよ」

 

 サイトの中の、画像のリンクをダブルクリック。

 すると、スクリーンショットと思われる、とある投稿が表示された。

 

『ちょwww破壊者呼ばわりされてる奴、小中のクラスメイトと瓜二つでクソワロタwwwwwwこれもう本人じゃねーの!?おいエスカルゴー、コレ見てるかー?wwwwwwwwwww』

 

「発信源が違うのか、元の動画は消されたのか…さっき見た通りあの動画の画質は悪くなっているけど、当時は今よりも鮮明に顔が見えたみたい。これを見る限りでは多分そうだったんでしょう。そうじゃないと瓜二つって言えないし」

 

「この大量のダブリューとクソワロタって……?」

 

「『笑う』って意味の、ネットスラングっていうものらしいわ。で、こんな世界的な大事件なのに面白おかしくツイートしたから、この人は大炎上したってわけね。バッシングの返信が大量に来たみたい」

 

 14億RT、51万いいね。数字が桁違いだ。どれほど世界的な炎上だったのかが分かる。このアプリの事ならお父さんから聞いた事がある。どちらかが1万を超えただけですごい、とのこと。

 ……どちらも圧倒的に超えている。

 

「そりゃあ炎上するわよね……」

 

 いや、待て。それ以上におかしいものが、ある。

 この投稿者はなんと言っている?

「おいエスカルゴ」。……まさか。

 

「そしてこの時代のネットには……今も居るけど、

『特定班』と呼ばれる人達が居たのよ。その呼称の通り、特定を得意としてたりする人の事よ。このアカウントの主も特定して、『エスカルゴ』なる人物のことも特定してしまったわ」

 

「そ、それで……?」

 

「それが……この事件のしばらく前に、行方不明になっていたそうなの。少年Eとして、連日テレビ特集が組まれていたそうよ。ここでわざと本名を出さなかったのは、キラキラネームだったから……という説を聞いたことがあるわ。それから、そのエスカルゴの顔写真が……これよ」

 

 また新たなタスクを開いて、「エスカルゴ 顔」で検索する蓮子。画像を開くとそこには、明らかに私のお父さんだと確信を持てる人が写っていた。

 目の色は黒。普通の日本人と同じ色だ。

 

「成績は、当時の彼の地元のレベルでは優秀な方、クラブチームの弓道は優勝経験アリ、部活動の卓球なんかは県大会の常連、中学でやるような検定等はどれも3、2級以上、地元の中では比較的進学が難しいとされる国立高専へ、推薦ではなくて勉強で合格して入学、体育祭などでは主に球技で活躍……。ただし、小学校や中学校のクラスメイト、先輩達や後輩の話によると、暴力的な一面もあった、ってさ。中学生の時、校内で男のクラスメイトとトラブルを起こして、先生が止めるまで相手を一方的に殴り続けた……らしいわ。大会記録と違ってソースも無いから、これに関しては信憑性は無いけどね。多分これは、破壊者と結びつける為のウソね。……ちなみにその時の喧嘩相手のクラスメイトが、あの炎上ツイートの彼とされてるわ。ちょっとした半グレチーム?も組んでたみたい。『零神愚(レーシング)』……だって」

 

「個人情報ダダ漏れね……」

 

「これ、別にそんなに頭良い方とは思わないけど、高校1年生の年齢だとしたら少し優秀な方かもね。偏りはあれど、そこそこは文武両道っぽいし」

 

 ここまで出てきてしまうネットが怖い。メリーは初めてネットに触れたにも関わらず早速ネットの恐ろしさを思い知った。それから、蓮子は続きを目で追いながら、ブツブツと自説を唱える。

 

「……この男が消えてしばらくしてから、空を飛ぶアイツが現れ日本中を飛び回った。顔は酷似。何故?人間から妖怪になった……とか?」

 

「他人の空似…じゃないかなぁ……?」

 

「と、思うでしょ。私もそう思いたいけどね……破壊者が現れてからの一番最初の犠牲者はなんと『エスカルゴの従兄弟』の男なんだよね。そしてエスカルゴは従兄弟のことをよく思ってなかったらしいのよ。エスカルゴのクラスメイトを名乗る人物が『頻繁に従兄弟の愚痴を言っていた』ってコメントしててね」

 

「え……」

 

「それと本格的な破壊活動に入る前に、破壊者は逮捕されたって記録もあるの」

 

「逮捕!?射殺とかじゃなくて!?」

 

「アメリカとか諸外国ならそうでしょうね。けど日本って、そういう所はかなり慎重じゃない?」

 

「あー……」

 

「学校を壊した所の破壊者を麻酔銃で眠らせて、その隙に逮捕して、牢屋に入れた記録があるの。馬鹿なの?って思うけどそれはおいといて……当然、目覚めた直後に大暴れして、建物は倒壊するし、犠牲者も無駄に増えたわ。あそこで奴を逮捕したのは致命的な判断ミスだと思う」

 

「そうね……。日本って甘いものね……」

 

「現に、警察や自衛隊の対応が間違っていたって世間もネットも燃え上がったからね。……それで、破壊されたその学校ってのが、このエスカルゴが入学した高専なのよ」

 

「!」

 

「ま、国立ってだけあって国がお金出してすぐに再建したんだけどね。何だか、エスカルゴと破壊者……色々繋がりありそうじゃない?」

 

「そう、ね……考えたくないけれど……。でもこれは都市伝説みたいなものでしょう?人間が妖怪に、だなんてそんな……漫画や古典じゃあるまいし……」

 

「都市伝説だからこそ、私達が動くのよ」

 

「まぁねぇ……」

 

 それがこのオカルトサークル、秘封倶楽部だ、と蓮子は言う。確かにその通りだと思うが、かなり危険なことに変わりはない。しかし蓮子は危険を省みることをしない。よく言えば好奇心旺盛で、悪く言えば無鉄砲だ。私がしっかりしなければ。

 

「この本見てメリー。行方不明になった少年Eと破壊者の情報が書かれてる本」

 

「『消えた少年と破壊者の関連性について』か。てことは、この本の著者も……」

 

「そっ。私と同じく、エスカルゴと破壊者を同一視してるの。こんな本が出るくらい、2人の関連性がまことしやかに囁かれていたのよ。ネットでも現実でもね。尤も、ネット上では陰謀論レベルでの扱いだったそうだけど」

 

 少年Eは間違いなくお父さん。でもこの破壊者がお父さんだとは、到底考えられなかった。今すぐ本人に会って確認したい。口で聞くのではなく、能力で頭を覗いて。

 

「それとねメリー、少年Eの家庭どうやら少し複雑なのよね。結末……って言えばいいのかな……」

 

「そうなの?」

 

「これも、ネットや書籍とかで調べたことなんだけどね?少年Eが行方不明になった数年後、弟のHも行方不明になったの。それに対し母親のYは『2人は別な世界に旅立っていったのよ』と謎のコメントを残していて、怪しんだ警察に一時的に拘束され、証拠不十分で釈放。更にその数年後、別居してた旦那が突如として頭が破裂して死亡。状況証拠や彼女の状態から原因不明の事故として処理され、保険金が彼女の元に転がり込んだの。暫くして彼女は病死。末期の癌だったらしいわ。当時の医療じゃ治せなかったから放置して寿命が来るのをひたすら待ってたみたいね……。従兄弟も破壊者に殺されたことで、少年Eの血脈はこれで完全に途絶えてしまったの」

 

「…………」

 

 言えない。私が、その少年Eの実の娘だなんて。




蓮子が語るエスカルゴ情報の中にはちょっぴり虚偽情報がありますな。ネットから集めた情報なんて、所詮はそんなものです。


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破壊者(後編)

うち新盆なので、今朝お坊さんに来てもらって、読経してもらったんです。そしたらあのフレーズ出てきて、なんか嬉しくなっちゃいましたw

ぎゃーてーぎゃーてー



「どしたの、メリー?顔色悪いけど…」

 

「えっ…そう?そんな事…ないと思うけど?多分気のせいよ、気のせい」

 

「苦手そうな案件だったらすぐ言ってね。これ、オカルトって言っても結構ハードなヤツだし…。結構多くの人が亡くなってるから」

 

「大丈夫よ、気にしないで。このくらい、何て事無いんだから」

 

「そう…?なら良いんだけど」

 

いやいやいやいや、大丈夫なワケが無いだろう。ポーカーフェイスが得意な私でも、思わず顔色に出てしまった。いくら何でもこれは驚く。そして同時に困惑してしまう。いくら過去にお父さんが住んでいた世界とはいえ、こちらの時間で半世紀以上が経っているのに、まさかお父さんの記録が出てくるなんて…夢にも思わなかった。

それに加え、大量殺人の可能性まであるときた。

こんなの正気を保てる方がおかしい。そんなのは狂気としか言いようがない。どこの世界に、己の父親が大量殺人犯かもしれないと言われて正気を保てる娘が居るだろうか。……ぶっちゃけ、あのお姉ちゃん達なら平然としていそうなのが怖い。

妖怪なのだから、人間を殺すのはある意味当たり前と言える。けれども、こんな愉快犯のような…無益な殺生はするべきではないと思う。

あのお父さんなら…やりかねないかな、と思う。

昔から過激思想の持ち主だったお父さんなら…。

まさか、本当に「消えた破壊者=お父さん」…?

 

「ちょっとお手洗い行ってくるわ」

 

「え…大丈夫?ついて行こうか?」

 

「流石にお手洗いの位置くらい覚えてるわよ?」

 

「そうじゃなくて、背中さすったりとか…」

 

ああ、蓮子は私が吐き気を催したと勘違いを…。やっぱり優しい。でも違う。お手洗いに行って、外の世界から幻想郷に居るお父さんを覗き見し、頭の中を見せてもらうというだけだ。寧ろ、蓮子にはここに居てもらわなければ。

 

「蓮子ったら、この私が吐き気を催したとでも?大丈夫よ、少しお腹冷やしただけだから」

 

「そう…?なら良いんだけど」

 

「すぐ戻るから、蓮子はここで待ってて。場所、取られちゃうかもでしょ?」

 

「それもそうね。んじゃ、行ってらっしゃーい」

 

腹を押さえて、トイレへ小走りで向かっていく。

個室に駆け込むなり、すぐさま能力を行使する。

博麗大結界の影響もあり、流石に幻想郷と外界を繋ぐのは負担が大きめだ。それでも無理に空間を歪めさせるお父さんのやり方よりかはまだ負担も少ない。

お父さんは紅魔館の屋根で昼寝していた。これは好都合。1人なら、鈍感なお父さんに気付かれることはまず無いと言える。

お母さんから習った通り、記憶改竄の要領で頭の中を覗く。すると、驚くべき事がわかった。

確かにその日はお父さんは外の世界に来ていた。

ただし、レミリア、フラン、咲夜も一緒に…だ。

しかも争いの為ではなく、お父さんの実家に宿泊している記憶だ。何かテレビゲームで遊んでいる記憶が残っている。黒髪の、何となく永琳に似た女性がいる。あれが本当のお婆ちゃんなのか…。

 

「……良かったぁ……」

 

つい、メリーとしてではなく、お父さんの娘・茜としての素の口調が漏れてしまった。でもこれでハッキリした。「消えた破壊者」はお父さんではない。あくまでも他人の空似だったのだ。

これが分かっただけでも大きな収穫だと言える。

…尤も、秘封倶楽部としての収穫ではなく、娘の私にとっての収穫でしかないが。

 

「お待たせ、蓮子」

 

「おっ、スッカリ顔色良くなったねぇ!出すモン出してスッキリした?」

 

「もう、蓮子ったら…。でも…そうね。お陰で、かなりスッキリしたわ♪」

 

「それなら良かった!じゃ、続き調べてこー!」

 

「おーっ!」

 

…結局、書籍やネットの情報を漁っても信憑性があると思われる情報はそれほど得られなかった。今日の活動にて唯一分かった「確かな情報」は、

「消えた破壊者」(もしくは私のお父さん)は、

それなりに頻繁にこちらの世界に出現していた、という事だ。




そうです。紫がエスカルゴ及び関係者(咲夜達やエスカルゴが外に飛ばされた事を知ってる者)の記憶を改竄したので、茜はそちらを見たのです。
偽りの記憶…しかし真実を知るのは紫ただ一人。



あ、藍様が居た。(折角の〆が…)


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イリュージョニストと火の玉(前編)

「メリー、見てよこれ!これもだよ、これも!!これの現場も日本だってっ!!」

 

「聞こえてる聞こえてる、とりあえず落ち着いてちょうだい…」

 

ネットに掲載されているとある画像を指さして、目を輝かせながら狂ったように喚く蓮子。私は、そんな彼女をただただ宥めようとするが、彼女はそんなこと知ったこっちゃないと言わんばかりに矢継ぎ早に言葉を紡ぎ出す。

 

「だって、現代の日本にあんな異形が現れてたと知ったらテンションも上がるじゃない!?しかも今回は割と最近なの!!」

 

「気持ちは分かるけど落ち着いて蓮子、ガッツリ目立っちゃってるから…」

 

「図書館ではお静かに。…宇佐見蓮子さん?」

 

「こりゃ失礼失礼…あははは…」

 

(もうっ、蓮子ったら…)

 

私達秘封倶楽部の活動場所は、またもや図書館。ネットもあって本もあって、文句無しの活動場所である。一つ不満を言うとしたら、テンションが上がってしまった蓮子を宥めるのが大変なこと。今だって、司書に目を付けられてしまった。

私達が出禁になるのも時間の問題かもしれない、という考えが浮かぶ程度には、何度も司書に注意されている。勿論、注意の対象は蓮子だけだが、一緒に居る私まで出禁にされかねないと思う。

 

「────で?今度は何の記事を見付けたの?」

 

「これこれ!」

 

活動内容は相変わらず“消えた破壊者”について。なので蓮子が見付けたのもそれ関連の記事の筈。彼女が指さすそれを見て、私は目を見開いた。

写っていたのは、“消えた破壊者”の方ではなく、そっくりさんである私のお父さんだったのだ。

尤も、見えるのは顔だけで、身体は黒いローブを纏っているせいで見えない。だが、あんな特殊なオッドアイは間違いなくお父さんだと言える。

 

「げ…現場は?」

 

「それが…実はここ、少年Eの出身地福島にあるファストフード店なの!」

 

「へ、へぇ…また少年E絡みなの?」

 

「お父さん=少年E」なのは相変わらず秘密だ。でも破壊者はお父さんではないので、今回のこの案件は破壊者絡みではなくお父さん絡みとなる。これは面倒な事になった。ボロを零さないように気を付けて喋らなければ。

 

「そうそう!だから破壊者はこの人なんじゃ…?と思うんだよねー…。顔、鮮明に写ってるよね?少年Eと比べたら……ほら!目の色違うだけで、これもうほぼ同一人物じゃん!?ていうか、そうなんじゃないのッ!?」

 

「ン゙ッン゙ン゙ッ!」

 

保存していた少年Eの画像を別タスクで出力し、あからさまに興奮する蓮子。司書はわざとらしく咳き込んで彼女を軽く睨みつけたが、それを見て

「やばっ」と小声で呟いただけの蓮子は、流石のメンタルの持ち主だと思う。

 

「ゴホン。…えーと、見て、これ。福島の中でも片田舎の…少年Eの住んでいた町の隣町に、彼は現れたの。しかもこの時は女連れだったのよ?」

 

「女連れ…!?」

 

記事を上にスクロールし直すと、青と白が混じる特殊な髪色で、妙な形の帽子を頭に乗せた女性と入店する様子の写真が掲載されていた。

紛れも無く、上白沢慧音だ。

その下にはテーブルを挟んでお父さんから慧音にキスをしている写真まである。

 

「カレカノだったんだねぇ〜…。ていうか、この女の人の髪、凄い色してるね。帽子も何か変…」

 

言われて気付いたが、慧音の帽子は少し特殊だ。

………私のコレは???

 

「で、その後の展開なんだけど…!これまた凄い展開らしいのよ!キスの後からこの2人が消えるまでの長い動画あるけど…見てみる?」

 

「うん…見てみたい」

 

「オッケー!」

 

イヤホンを片方ずつ装着して動画を再生させる。すると、この動画の撮影者の周囲にいる野次馬の声が聞こえてくる。

 

「うわっ、こんな所でキスしてるぞ…!?」

「女の方めっちゃ驚いてる…てか綺麗だな」

「こんな所でキスするなんて大胆すぎる…」

 

確かに大胆だ。というかお父さんはそんな所でも普通にキスしているのか。…何だか、私の頬まで熱くなってきた。幻想郷でも外の世界でも、私のお父さんは私のお父さんらしい。

 

「相変わらず柔らかい唇だったよ、慧音」

「…お前は恥じらいというものがないのか……?何だってこんな所で出来るのか…疑問だ……///」

「慧音の反応を見たくてさ。照れる顔はいつにも増して可愛らしいよ」

「…何にせよ、突然キスしたんだ。私は…」

 

慧音は割とマトモでよかった…などと思っていた次の瞬間。慧音の両手がお父さんの頭を掴んだ。キスなら頬の辺りだろうに、何故頭を…といった私の疑問は、すぐに氷解した。

 

「おっ!?次は彼女からか!?」

「アツいねぇお2人さん!ヒューヒュー!」

 

幻想郷の人間ならまず先に妬みが来るはずだが…流石文明が発達している外の世界。同じ「人間」でも、多少の違いはあるらしい。

 

「えと…何するんだ?」

「驚かせたバツとしてお前を頭突く」

「ファッ!?」

「覚悟はいいな?」

「えちょ、待っ────」

 

次の瞬間、ゴスッともガツッとも聞こえる、重い音が聞こえてきた。私や蓮子もだが、この動画の撮影者も驚いたのか、画面は酷く揺れている。

 

「きゃあああああああッ!」

「うわっ、倒れた!!」

「血!!デコから血ィ出てる!!」

「え…あれ?ちょっと強すぎたか…?」

 

…前言撤回する。慧音もマトモじゃない。慧音の頭突きは強烈な事で有名だ。人間の子供相手ならともかく、妖怪のお父さん相手にやるのだから、軽くやったつもりでも強くなったんだと思う。

 

「鈍器だろこれ!いくら石頭でもこんな風になる訳ねぇ!大の男が気絶だぞ!?」

「けっ、警察だ警察!」

「ていうかこの男の背中の膨らみは何だ?」

「触るな!!」

「ヒィィィイイッ!!!」

 

ローブを纏っているお父さんの背中の膨らみは、言うまでもなくアレだ。翼だろう。だからこそ、慧音はこうも声を荒らげたのだ。

 

「ちょ、ガチの殺人現場に居合わせちまったんじゃねーかコレ…」

「殺じ…違う、殺してなんかない!」

 

焦る慧音だが、周囲の人物はただ戸惑うばかり。というか、殺人現場とか言いつつその者もスマホばかりいじってカメラをお父さんに向けている。

これだから人間は……と溜め息をつくと、慧音は次の行動を起こす。

 

「そろそろ起きてくれ…よっ!!」

「うわぁまた頭突きした!?」

「追い討ち!?ちんたらしてんなよ警察!マジで早く来いよ!!」

「おかしいな…」

「いやおかしいのはアンタだよ!?」

「何?」

「ヒィィィッ!」

 

うん、擁護のしようがないほどオカシイ。これは確かに慧音が悪い。あそこでキスしていたなら、こんな事にはならなかったんだろうが……慧音のお堅い性格がこんな所で裏目に出てしまうとは。

私が溜め息をつくそのタイミングで、お父さんの身体が揺らめき、フッと消えてしまった。つまり打ち所が悪くて絶命したということだ。だから、肉体は自然と消滅し、次の瞬間─────。

 

「えっ!?今何が…」

「全部消えた…!?」

「あ……!」

 

カウンター上に、バチバチ放電する巨大な黄色い蝙蝠が出現した。これには蓮子も目を見開いて、口をポカンと開けて画面を見つめている。私も、何も知らない頭でこれを見たらこんな顔になったかもしれない。いや、確実になっていた。

 

「うわああああ!こっちにいるぅぅぅ!!」

 

カウンターに立つお父さんに気付いた人間達は、今度は慧音から目を離してそちらに目を移した。お父さんも何が起きたのか困惑して、状況を把握しようとしている。数秒後、意を決した様に腕を広げ、少し上ずったこえでこんな事を言う。

 

「瞬間移動のイリュージョン、驚いたかっっ!?驚いたよなぁ!」

 

…何だか、私が恥ずかしくなってきてしまった。お父さんよ…流石にそれは無い。酷い言い訳だ。私でももっとマシな言い訳が思いつく。

例えば………あれ?まずい、全く思い付かない。

 

「い、イリュージョン…?」

「タネが全くわからない…。テレビでやるのと、流れも何もかも違うぞ…」

「そもそも今の黄色い蝙蝠は…?」

 

やはり言葉に詰まってしまったお父さん。当たり前だ、こんな言い訳、キツすぎるにも程がある。

 

「あー…えっとまずさっきテーブルに倒れていた俺、あれは残像だ」

「残像!?いやいやいやいや、そんなわけが無いだろう!あんな鮮明な残像があるかよ!!」

「残像って言い方は適切じゃなかったかな。立体ホログラムだ!」

「なっ、なら投影機はどこにあるんだ!?それにあの音、女の動き、全部リアルだった!」

「音は録音、動きは練習したから。自信が無きゃこんな所で出張公演しないだろう?」

「ま、まぁ……確かに…」

「投影機はテーブルに置いてある彼女の帽子だ!不思議な形だと思っただろう?」

「なるほど…!!」

 

案外、口八丁手八丁で何とかなっている。人間がチョロいのかお父さんの誤魔化しが上手いのか、よく分からない。一方蓮子はと言うと、疑い深くこの動画を注視している。

 

「でもさっきの黄色い蝙蝠は何だ?」

「彼の背中の膨らみ、それが仕掛けだ」

「な、なるほど……」

「突然の事で、困惑もしてるだろう!だが、良い反応をもらえた!諸君には感謝する!ついでに、ネットにアップしてくれても構わないぞ!」

 

お父さん。そのせいで大変な事になってるよ…。

幻想郷に戻ったら、直接そう言ってあげたい。

というか「諸君」とは……お父さんにはあんまり似合わない文言だ。

 

「目が紅と黄色って何なの…?」

「カラコンだ!」

「今どきそんなの売ってなくない?」

「ねぇ?」

「えっ」

 

思わず私も「えっ」と言ってしまった。カラコンなんてものは現在でも売っていると思っていた。まさか、この時代には既に無くなっていたとは。

 

「着色に使われる色素が目に悪影響を与える事が発覚して、数十年前から販売終了して…即刻回収されたはずだけど…」

「ずっと昔の製品を今更…?」

「い、異国で買ってきたんだ!私も彼も、日本人ではないからな!ほら、私の髪を見れば一目瞭然だろう?」

「それ地毛だったの!?」

「地毛だ!」

 

半獣とはいえ、慧音もれっきとした日本人のはずなのに……よくもまぁ誇りが邪魔しなかったなと思う。私ならと考えると…咄嗟には言えないかもしれない。

 

「日本語うますぎじゃん!」

「ていうか異国なんて言い方する?」

「しないしない」

「えっ」

「えーと…だな………。よしっ、最後に姿を消すイリュージョンでおさらばしよう!」

「おい、逃げんのか!?」

 

流石のお父さんも誤魔化しがキツいと思ったか、姿を消すと言って逃走しようとしている。私には分かる。これは逃げるための口実だと。

 

「アシスタント、帽子を持って此方へ!」

「あ、あぁ…」

「それでは皆さん、ご機嫌ようっ!!また逢う日まで!転移『ルーラ』!!」

「うわぁ消えた!?」

「何だったんだ今の…」

 

パトカーと思しきサイレンの音が聞こえてきた。それを悟ったお父さんらしいは慧音の手を握り、スペルによる瞬間移動でカメラから姿を消した。そこで動画を一時停止させた蓮子は、イヤホンを外して一息つく。

 

「はー…何これ。タネも仕掛けもまるで不明…。こんな技術、今でもあるかどうか分からないよ。蝙蝠の方はほんっとに謎すぎて頭パンクしそう。普段は手品のタネとか初見で見破るのになー…。

…というか、イリュージョニストなら破壊者とは無関係なのかなぁ…?でも顔はそっくりだし…。まさかこれが、行方不明になった少年Eだったりする?でも日本人じゃないって女の人…ケーネが言ってたからなぁ…。破壊者だったら店ごと破壊すれば済む話だもんね…うんうん…」

 

「顔の似た人は3人いるって言うから、それかもしれないわよ。少年E、破壊者、それとこの人」

 

「5人じゃない?」

 

「私は3人って聞いたと思うけど……まぁそれはどっちでもいいわ。それにしても凄い仕掛けね。私もまるで分からないわ……」

 

一応わかるし、真実は「少年E=この人」だが、そう言っておかなければならないだろう。…少し申し訳ないが、私にも立場というものがある。

 

「じゃ、残り少しだけだからついでに見ちゃお?数秒だし」

 

「そうね」

 

再度イヤホンを装着して、それを確認した蓮子は動画を再生させる。すると丁度、警察がファストフード店に入ってきたところだった。

老人に近い男性と若い男性の二人組だ。

 

「警察だ!…あれ、犯人は…」

「今消えた!おせーんだよ警察!」

「消えた!?」

「オマワリさん、こいつらだよ、こいつら!写真撮ってたから私!」

「俺も俺も!ほら!」

「ん?この男の顔、どこかで…?確かずっと前にニュースで見たような……」

「北朝鮮、軍の基地、破壊…」

 

そこで、動画は終わっていた。TVでもないのに何故こんな大事な所で終わるのか。この撮影者に少し文句を言ってやりたい。

しかし、最後に意味深な言葉を聞いた。北朝鮮、軍の基地、破壊。これは一体─────。

 

「あっ……!?待ってメリー、今の見たっ!?」

 

「何かあったの?」

 

「見てよ!イリュージョニストとアシスタントが座ってた咳のバーガーとポテトが消えてる!!」

 

「……それがどうかしたの?」

 

蓮子は何か興奮しているが私にとっては特に何も感じるものは無かった。机の上に何も無いというただそれだけのことだ。

 

「いい?動画の最初の方は……ほら、ある」

 

「あるね」

 

「でもラストは……無い。で、警察が来たところから見直していくと………!!!」

 

「あっ……!」

 

空間に穴が開き、そこから手が伸びてきた。手はトレイを掴み、それを引き上げると穴は閉じる。幻想郷の妖怪なら大半がこれの正体を知ってる。スキマだ。お母さんや私、そしてお父さんも愛用するスキマだ。まさか、カメラに映り込んでいたとは。

 

「えっ?何これ、どういう事?まるで空間に穴を開けて、騒ぎに乗じて自分達の食べ残しを取ったみたいな手際……」

 

「………」

 

お父さんのことだ。十中八九、そうなんだろう。

リアルすぎる蓮子の予想、奇想天外すぎる結末、どれもこれも驚かされてばかりだ。それにしても私のお父さんは、外の世界でも簡単に能力を使用するらしい。全く、少しは自重してほしい。

 

「宇宙規模だったら分かるけど、こんなお手軽に空間を歪ませるなんて信じられない…」

 

「…これも含めての『イリュージョン』とか?」

 

「誰に向けてのよ?」

 

「監視カメラに向けて?」

 

「流石に苦しいでしょそれ…。苦しいといえば、さっきのあの説明も苦しいように聞こえたよね。うっかりやったものを必死に誤魔化してるようにしか見えなかったよ」

 

これも、きっとその通りなんだろう。蓮子の賢者にも似た深い洞察力には恐れ入る。私の事も深く観察したら秘密がバレてしまいそうだ。

 

「うーん…。物理の事は後で私が調べてみるわ。今はとりあえず、この男についてね!」

 

「それなんだけど…」

 

「ん?メリー、何か気付いた?」

 

「動画の最後に警察の人が『北朝鮮、軍の基地、破壊』…って言ってた気がするんだけど…」

 

「あれっ?その事件知らない?結構世界的な事件だから、メリーも知ってると思ったんだけど」

 

「えっ?あー、幻…ギリシャに居た頃はあんまりニュースとか見なかったから…」

 

「そうなんだ。…まぁ、繰り返し昔の事件を取り

上げるのって日本くらいのものかもしれないね。

20数年前にね、北朝鮮に謎の集団が………あれ、

待って?北朝鮮に現れた男…この男…破壊者…。

みんな顔が酷似してる…!?」

 

「どういうこと?」

 

無言のまま凄い速度で別のタスクを開いて、また検索エンジンを開き、その事件についての記事、写真を私に見せる蓮子。そこに写っていたのは、グングニルを構えるレミリア、レーヴァテインを持つフラン、ナイフを構える咲夜、弾幕を構えるお父さんの姿だった。

 

「…どう見ても人間じゃない。でも、コイツらが北朝鮮の軍の基地を破壊してまわって、あの国を無力化させたの。数年間だけだったけどね……。そうよ、何で忘れてたのよ私…この時も少年Eの特集が組まれてたじゃない…!!」

 

「そうなの?」

 

「私はね、北朝鮮に現れた破壊者と日本に現れた破壊者は同一人物だと思っているの。この時は、敵対勢力の規模が大きいから、お仲間さんを引き連れてきたって感じかしらね。日本の方は、つい規模が大きくなっちゃったって感じだとすると」

 

「うーん…無理矢理感が否めないけど…」

 

「だよねー…う〜ん…謎は増えるばかりだぁ…。ファストフード店に現れた男と北朝鮮の男、これどう見ても同一人物でしょ…少年Eよりもずっと同一人物に見えるよ?……イリュージョニストの背中の膨らみさ、ケーネは仕掛けだって言ってたけど、本当は翼を隠してたんじゃないのかな…。翼なんてあると人外なのバレるし、顔からして、過去に北朝鮮に来てるのが周囲にバレるから…」

 

「そっちの線が濃いでしょうね…」

 

蓮子は将来、警察や探偵になれそうだ。それほど彼女の推理は冴え渡っている。

 

「……あっ、そうだ。このイリュージョニストの男ね、実はアメリカにも現れてたらしいのよね。それから、男か女か犯人は分からないんだけど、アメリカの例に似た事が最近の日本であったの。ちょっと頭こんがらがるけど、そっちとも記事を見比べてみましょ」

 

「何だか、かなり大規模なのね…混乱しそう…」

 

「なのに、大事な情報は何一つ分からないまま。腕が鳴るわ!!」

 

更に2つ追加で新たなタスクを開く蓮子。流石の高性能なパソコンでも少々重くなりつつあるが、私や彼女の心はパソコンに反比例するように浮き上がっていた。




実際は、「日本の破壊者=少年E=エスカルゴ=イリュージョニスト=北朝鮮の破壊者」ですが、
メリーの認識だと「日本の破壊者≠少年E=エスカルゴ=イリュージョニスト=北朝鮮の破壊者」ですね。

エスカルゴが外の世界で何かしたり、誤魔化せば誤魔化すほど「=○○○○」が増えていきます。

さてさて、「アメリカの例」と「それに似た日本での例」が何なのか覚えていますか?



あと五日連続こっち投稿します。
それと本編もたまに更新します。


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イリュージョニストと火の玉(中編)

「まずアメリカの例から探っていくわ。メリー、ラスベガスといえば何を思い浮かべる?」

 

「やっぱりカジノかしら。旅行ガイドでも頻繁に見かけるくらいには有名だし」

 

「ギリシャから来たメリーがそう言っちゃう程、ラスベガスといえばカジノの印象が強いよね〜。あのイリュージョニストが現れたのもカジノの場だったのよ。まぁでも、カジノはカジノでも違法カジノの方だったんだけどね?」

 

「何で違法カジノの存在が明らかになってるの?公開するわけないじゃない」

 

「警察に摘発されたらしいの。で、違法ってだけあって取り扱う金額は国家予算レベルで法外で、その分警備も厳しかったらしいのよ。勿論、防犯カメラも結構な数設置してあって、そこから彼の存在が世に広まることになったそうよ」

 

「なんで防犯カメラの映像を公開するんだろう?世界を恐怖に陥れるかもとか考えなかったの?」

 

「さぁ…そこはやっぱり『好奇心』でしょうね。結局人間ってのは好奇心の塊だし」

 

確かにそうなのかもしれない。蓮子を見ているとそうとしか思えなくなってくる。…尤も、蓮子は人間の中でも特に好奇心旺盛な方だと思うが。

 

「その映像がこれよ」

 

カチカチっと耳障りのいい音を出して、マウスをダブルクリックする。画面の真ん中にいるのは、黒いローブを纏っている身長差のある2人組と、銀髪で筋骨隆々なギャング風の若い男、それからマイクを持っている司会者の4人だった。背後は制服のような何かを着ている女性が囲っている。囃し立てる役か何かだと思われる。

勝負を決める方法はまさかのジャンケン。

司会者は男に意気込みを訊ね、その男は「絶対に勝つ」と意気揚々と答えた。次に司会者は、黒いローブの身長が大きい方に同じ質問をするとその者はこう答えた。

「俺も負けないよ。だけどその前に、イリュージョンを披露してもいいかな?」と。

司会者はその男がイリュージョニストである事を訊ねた上で、披露するのを容認したようだ。私はあまり英語が得意ではないので、雰囲気からそう読み取るしかできない。

そして自称イリュージョニストの男は、日本語でこう宣言した。

 

『悪夢「魔王の子守唄」!!』

 

すると、手からオレンジ色の火の玉が出現して、会場にいた者は全員それに目を奪われる。これで催眠の準備が整った。あとは催眠の言葉をかけるだけで全てが思いのままだ。……霊夢やお母さんなど、洗脳が通じない人は一定数存在するが。

 

「やっぱり……」

 

「ん?どしたのメリー?」

 

「あっ…!えっと…」

 

このスペルはお父さんが相手を洗脳もしくは催眠するときに使う特殊なスペルだ。だからこの男がお父さんであることは間違いない。しかし、蓮子

相手に「この男は私のお父さん」とは言えない。

 

「この声ってさっきのファストフード店の男の声じゃないかなー…と思って」

 

「そう思うよね?私も。格好もまるで同じだし、声も同じだし、背中の妙な膨らみも共通してる。違うのは相方かな。今回の相方は、ケーネよりも明らかに小さいし」

 

「そうね…」

 

さっきは慧音だったが、今回は一体誰だろうか。身長と体型、背中の膨らみ、年代的に考えると、レミリア、フラン、翼のある私のお姉ちゃん達が怪しい。何故また外の世界に幻想郷の住人が…。お父さんがデートと言って連れ出したか若しくは押し切られたかのどちらかだと私は思う。

画面越しだと妖気を感じられないので顔を見たり声を聞かなければ特定が出来ない。せめて声でも聞ければとは思うのだが、そばで見ているだけのようで喋る気配はない。アシスタントとして来たわけではなく本当に付き添いとして来たらしい。

そして、お父さんは「相手の男はパーを出す」と宣言して、ジャンケンを始める。するとどうしたことだろうか、本当に相手の男はパーを出した。お父さんはチョキ。つまりお父さんの勝ちだ。

司会者がお父さんの……ミスタースカーレットの勝利を宣言すると、カジノの会場は先程とは180°

変わって大盛り上がりする。その場面で、動画は

終了していた。

 

「えっ……何これ、どういう事?パーを出すって言われたこの男、なんで本当にパー出してるの?イリュージョニストの男が『俺はパーを出すぞ』とか言って心理戦に持ち込むならまだ分かるよ?でも『お前はパーを出す』と言われてやるかな?ジャンケンする前にイリュージョン見せる意味がよく分からないし、それ以上にあの火を見た皆が一斉に黙り込んだのは怖いよね。アメリカなら、

囃し立てたり、指笛とか歓声で場を盛り上げたりすると思うんだけど。それはしなかったとしてもピタリと黙るのは本当におかしいよ。少なくともイリュージョンを見た人間の反応じゃないよね」

 

出た。蓮子のマシンガン考察。こういった映像を見た直後の蓮子は、頭に浮かんだ考察を口にして頭の中を整理していくのだ。出会って数日だが、蓮子がこういうタイプの人間であることはすぐに分かった。

疑問形のときなどは、大抵の場合は私に訊ねてるわけではなく自問自答形式のものだ。だから私は彼女のマシンガン考察が収まるまでただ待つ。

 

「1000歩譲って声には出さないとするよ?でも、身動き一つしないのはちょっとおかしいよ。いやちょっとどころじゃなくてかなりおかしいかな。ていうか、何で火を出す前だけは普通に日本語になってるのかな。悪夢『魔王の子守唄』って何?

Nightmare devil's lullabyとか、大雑把にだけど

こんな感じじゃないのかな?もしかしてだけど、このイリュージョニストって英語苦手なのかな。会話程度しか出来ないとか?」

 

蓮子のこの予想は当たっている。お父さんは少し英語が苦手…というか、あんまり得意ではない。前に本人が言っていたのでおそらく間違いない。

 

「ね、メリーはどう思う?」

 

「えっ?そ、そうね…英語の会話も少しカタコトだったように聞こえたし、苦手って言うのは強ち間違ってないと思う。悪夢『魔王の子守唄』っていうのは……多分だけど、火を出す技名とか…?ほら、けん玉とかでも技名ってあるじゃない?」

 

「確かに技名っていうのはあるかも。悪夢ときて何で魔王の子守唄なのかはさておいてね。あと、今思い出したんだけど、何かを見たあとボーッと黙るのって、催眠の王道だよね〜」

 

「そう…なの?」

 

「この若い男…ジョニーだっけ?もしかしてこれ

『ジョニーはパーを出す』って会場に居た全員に催眠をかけて、実際その通りにしてジャンケンに勝ったとか、そんなんじゃない?」

 

「さ、催眠だなんてそんな非現実的な…」

 

怖い怖い怖い怖い、まさにその通りすぎて怖い。お父さんはきっと確実に賭け金を得る為にこんな暴挙に出たのだ。だとすれば、蓮子のこの予想は当たっていることになる。というか間違いない。お父さんならそうする。

 

「ん…?ちょっとまって?さっき司会者の人さ、ミスタースカーレットって言ってたよね?て事はこのイリュージョニストの苗字は、スカーレット

ってことになるよね。本名か偽名かはともかく。

で、さっきのケーネの話を信じてみるとミスタースカーレットは日本人ではないから、そうなると性がスカーレットってなるのも納得だよね」

 

「そうね…」

 

これではお父さんの本名がバレるのも時間の問題かもしれない。いや、お父さんの本名がバレても私には繋がりようがないから、その点では大丈夫かもしれないが。私はお父さんと外の世界に来たことは無いから、私に繋がる物証は無い…はず。

 

「ここで勝者の名前を上げてるって事は、勝負の前にこの2人の名前を紹介してると思うのよね。例えば入場する時とか。ジャンケン前のシーンの映像探すの、お願いしてもいい?私は日本の例の方を探すからさ」

 

「分かったわ」

 

私は私でパソコンを立ち上げて、検索エンジンで色々と漁る。「カジノ イリュージョン」だけでも

それなりに数多く出てくるが、最初からのような長い動画は無い。転載に転載を重ねられ、画質も音質もかなり悪くなっている。

「見つからない」と蓮子に言おうとしたその時。たった2、3分だけ長く、サムネイルが他と少し異なる動画を発見した。転載動画に埋もれた本家動画という話はたまに耳にするが、もしかするとそれがこの動画かもしれない。

蓮子が「日本の例」を探している間に、私はその動画を視聴する。場面は…予想通り2人の名前が呼ばれる直前だった。

 

Johnny Hasky(ジョニー・ハスキー)Escargot Scarlet(エスカルゴ・スカーレット)This way, please(こちらへどうぞ)!』

 

どうやらモロに呼ばれていたらしい。ジョニー・

ハスキー、エスカルゴ・スカーレット…。まさかお父さんが本名で申請していたなんて。

 

In rock-paper-scissors from here(ここからはジャンケンで) the decided(決めてもらいます)!!』

 

10Billion$…1$を100円だとすれば10Billionは

1000億円となってしまう。信じたくないが、この

膨大なお金の行き先をジャンケンひとつで決めて

しまうらしい。そもそもこの違法カジノは、参加

する為のチケットが日本円で10万円らしいから、

チケット代を賭け金としていたのかもしれない。

違法カジノの情報すらこうも簡単に知れるのだ、ネットとは恐ろしい。

 

Now your feelings(今のお気持ちは)?』

 

ここからは他の動画と同じだ。まずはジョニーが答え、次にお父さんが答える。そこで謎の舞台(イリュージョン)が始まり、会場にいた者は全員催眠をかけられる。

ここまで見たなら、最後まで見ることはない。

問題はこの動画を蓮子に見せるか否か。何故ならお父さんの本名がモロに出ているからだ。そして蓮子は、「少年E」の名前を知っている。

こんな世にも珍しいキラキラネームの男(エスカルゴ)なんて、2人と居ない。蓮子ならそう結論付けるはずだ。

とすれば「少年E=イリュージョニスト」という方程式が彼女の中で成り立ってしまい、最終的に

「少年Eは何らかの理由で人外となって失踪し、たまにイリュージョニストを名乗って姿を現す。そして彼の母親は、彼が人外になったことを既に知っていた」という結論に至る筈。

これにより私に辿り着くとは考えにくいものの、出来れば彼女に「エスカルゴ・スカーレット」を知られたくない。

なので、この動画は見なかった事に…………

 

「おっ、流石メリー!何か見つけた!?」

 

パソコンを覗かれた。……………終わった。




いやいや、蓮子の隣でパソコン使ってるんだからそりゃバレるって…。アナタ、結構ガバガバよ。


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イリュージョニストと火の玉(後編)

あれから2人で動画を視聴し、一応最後まで目を通した私達はイヤホンを外して大きく息をつく。どこか夢心地の様な、フワフワした感じがする。

 

「へ〜……なるほどねぇ。イリュージョニストはエスカルゴ・スカーレットって名乗ったんだね。ていうかエスカルゴって、少年Eと同じ名前…?これやっぱり行方不明になった本人じゃない!?さっすがメリー、大きなヒントだよこれは!!」

 

「あはは…それなら良かったわ…」

 

イリュージョニストの名前が、バレてしまった。本当はこの動画は見なかった事にしたかったが、閉じようとした瞬間に見つかってしまったから、仕方ない部分もある。そう割り切るしかない。

このまま蓮子が考えを深めていけば、さっき私が予想した様に色々結び付けて結論を出すだろう。

 

「…っと、少年Eの事は一先ずおいといてっと。さっき言った日本の例ってやつも見つけたから、ちょっと目を通しといて!私はこのエスカルゴ・

スカーレットと少年Eについて考えてるから!」

 

「わかったわ」

 

今度は動画ではなく画像しかなかった。場所は、

どこかのテーマパークらしき場所で、とあるアト

ラクションで遊ぶ為の列らしい。写真はある2枚

しかない。角度的に考えると、撮影したのは人間

ではなく防犯カメラで、これらの画像は、映像を

切り取った(トリミングした)ものだと思われる。

1枚目は文字通りの長蛇の列で、画面端の最後尾近くに、黒いローブを纏った2人が写っている。しかし、2枚目は黒いローブの2人しかおらず、その他全員が画面から消え去っていた。

記事だけにこの写真関連の人物のインタビューも載っているようだ。答えているのは、当時のこのアトラクションの従業員達。その従業員も入ってきたのが2人だけだったので酷く困惑したそう。

入口の従業員は「背が小さい方は目が紅く、背を測った時に少し動きが変だった。大きい方は紅と黄のオッドアイ」と証言している。

大きいのはまず間違いなくお父さんだが、小さいのは相変わらず予想がつかない。紅い目なんて、幻想郷ではザラに居るからだ。

アメリカの例と日付けが変わらないのを見ると…もしかしたら同一人物かもしれない。このテーマパークは千葉にあって、あちらはラスベガスだ。時差的に考えてみるとこのテーマパークで遊んでから向こうに行ったと考えるのが自然だろう。

あと2人は手を繋いでいる。レミリアとフランの二択ならフランだと言えるのだが…お姉ちゃん達までも範囲に含まれている以上、迂闊には判断が出来ない。

怪しい者をピックアップするとしたら、フランか巫月お姉ちゃんだ。レミリアはこういった場所で手を繋がない性格だし、霊麗お姉ちゃん、または弦月姫お姉ちゃんなら少しくらい照れる素振りを見せるはず。

手を繋ぐと、照れてお父さんより後ろを歩くのがあの2人だ。そういった面からも、フランか巫月お姉ちゃんのどちらかだと言える。

2人共、翼があって目が紅い。判断がつかない。

どちらもオネダリ上手、甘え上手、外への興味…いや、巫月お姉ちゃんは確か外に行きたくない側だったような……?

だとすればこれは、お父さんとフランのデートを撮影したものかもしれない。仮に、フランが列に耐えかね、早く行きたいと言えば…お父さんなら火を出して待ってる者全員に催眠をかけて、別な場所へ移動させたりするかもしれない。あくまで推測だが、お父さんなら有り得ない話ではない。

 

「どーしたのよメリー、画面睨み付けちゃって。また何か見つけた?」

 

「んーん、何でも。ただ、エスカルゴ?って人の行動範囲が広いなって思って。移動も早いし…」

 

「それなんだけどさ。私、ひとつだけある方法を思い付いたんだよね」

 

「?」

 

「思い出して。エスカルゴとケーネは、ファストフード店を出て、それから2人の居た席の空間に穴が空いて、そこから穴を通して、手でトレイを持ってったよね?」

 

「そうね」

 

「てことはだよ?穴が大きければ手だけじゃなく全身通れるんじゃないの?まるでワームホールのように。空間と空間を繋げて通るんじゃ行動範囲なんて有って無いようなものだよね。どこにでも行けちゃうんだから」

 

「拡大解釈にも程があるわよ…流石にそんな事は現代の技術でも無理だって…」

 

洞察力が優れすぎてて怖い。そのワームホール、私達が普段スキマと呼んでいるソレそのものだ。

 

「これこそオカルト…。やっぱりこれヒトの仕業じゃないよ。都市伝説とかそんなモンじゃない。正真正銘…妖怪の仕業よっ!!」

 

…まぁ、ファストフード店での映像を見ただけでここまで辿り着けたのなら、どの道彼女にバレただろう。イリュージョニストが「妖怪」ってことくらい。

 

「…超技術を個人開発したっていう可能性は?」

 

「まず有り得ないわ。第一資金が無いだろうし。あの違法カジノで資金を得たとしてもそれ以前の彼の行動には説明がつかない。立体ホログラムはまだ分かるけどね。それとカラーコンタクトよ」

 

「カラー…コンタクト?それがどうかしたの?」

 

「エスカルゴは、あの時代はカラーコンタクトが販売停止になっている事を知らなかった。それは一体何故?その答えは簡単よ。母親Yの言う通り

『別世界に旅立った』せいで当時の日本の常識を知らなかったから!そりゃあ知る由もないわよ、別な世界に居たんだから。そしてボロが出て急ぎ能力を使って警察から逃れて、騒ぎに便乗して、食べかけのバーガーとポテトを空間に開けた穴を介して取り戻したッ!!」

 

…蓮子は探偵なのだろうか?私も正解を知ってる訳じゃないが、これが正解だろうと思わせられる妙な説得力がある。

 

「テーマパークでこのちびっ子と遊んだあとは、アメリカ・ラスベガスにあの空間を繋げる能力で高飛びし違法カジノに参加、そして会場の全員を

洗脳してジャンケンに勝利して、1000億円を丸々

ゲットしたのよ!」

 

「凄い推理ね…」

 

「妖怪なら北朝鮮で無双したのも説明がいくわ。だとしたら日本の破壊者もきっと彼ね………とか考えたんだけど、こっちの方はどうにもこうにもしっくりこないのよね」

 

「えっ……どうして?」

 

「だってメリー、考えてもみて。破壊者は軍隊を利用してでもこの国を破壊しようとしてたのよ?でもその後に現れた彼は、寧ろ日本をエンジョイしてるじゃないの。ケーネとのファストフード店とか、ちびっ子とのテーマパークとかさ?」

 

「そうね…言われてみればそうかも」

 

「…私の結論はこうよ。少年Eが何らかの理由で人外となり日本から姿を消す。その後、別世界でスカーレットという性を得て、彼はエスカルゴ・

スカーレットと名乗り始める。日本の破壊者は、エスカルゴと顔が似てるだけの別人。…それで、エスカルゴは別世界で能力を得て、それを日本やアメリカで楽しむのに使ったり、北朝鮮で軍隊を潰すのに使った。こちらの世界で楽しむ際、偶に能力を使う、または使ってしまう事があったが、それをイリュージョンと偽り何とか誤魔化した。

………どうっ!?」

 

「凄いわ、蓮子…。人物の関係的には、私も多分そうじゃないかなって思ってはいたけど…そんなしっかりした筋道を立てて推理は出来ないわ…」

 

怖すぎる。まさかこんな、漫画みたいな洞察力を持った人間が実在するなんて。さっきから奥歯がカチカチ鳴りっぱなしだ。しかしそれほどまでに蓮子の推理力は異常だ。良い意味で。

それに加えて子供レベルのナゾナゾでも解くかのような圧倒的早さ。これにはかなり驚いた。

 

「へっへーん、凄いでしょ!自分の中でも、過去最高の推理よ!間違えている気がしないわ!!」

 

「そうね…」

 

私が知っている限りで唯一あの推理を否定できる部分は「日本から姿を消す」の部分だけだ。一応

幻想郷は日本にあるので、正しくは「(幻想郷から

見て)外の世界から姿を消す」だ。

 

「それにさー、日本の破壊者と北朝鮮の破壊者、結び付けるにしても証拠が足りなさすぎるのよ。顔が似てるっていうのは元クラスメイトの証言、このただひとつだけ。映像も画像も不鮮明で声が入っていた訳でも無い。結び付けるのは少し早計だったかもしれないわ。…シルエットはまぁまぁ似てたけど翼が生えてれば誰だってあんな感じのシルエットになるだろうしね」

 

「確かにそれもそうかも…」

 

何はともあれ、蓮子が「日本の破壊者≠北朝鮮の破壊者」という結論を出してくれてよかった。

これで万が一お父さんと邂逅する事になっても、お父さんが責められる事は無い。

 

(こりゃあ、夢に一歩近付けたかなっ…♪)

 

「…っ?あれ……?」

 

「どしたの?」

 

何となく気配に違和感を覚えた私は、小さく声を漏らしてしまい、蓮子はそれに首を傾げる。

 

「いや…何でも………」

 

「……?」

 

そんな、まさか。現在…この大学の近くに居る。

出来れば蓮子に会わせたくない人(私のお父さん)が。




選択肢が多い中で、過去の発言などから選択肢を少しずつ潰していき、ひとつの答えに辿り着く。
なんかこういうの好きです。

そりゃ蓮子も「日破壊者≠北破壊者」にしたくもなりますよ。やってることは似ていても、色々と違いますからね。


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第2章:告白
邂逅(前編)


「ごめんなさい、ちょっと用事思い出したから、今日はこれで失礼させてもらうわ」

 

「えっ、えっ?用事?」

 

「この埋め合わせは必ずするから、今日はこれでお暇させて」

 

「わかった…」

 

 何度も蓮子に頭を下げ早歩きで退散する。まさかとは思うが、この強い気配…間違いない。大学に来ている。お父さんが来ている。

 私が現在いる場所が場所だけに、スキマを使ってお父さんの格好などを確認できない。それが少し歯痒い。かと言ってトイレに行って姿を確認などしていれば、手遅れになる可能性だってある。

 とにかく今私がすべき事は、大急ぎでお父さんと会って、早く帰ってもらうよう追い返すことだ。

 私としては会いたかった。会いたかったけれど、ただ場所が悪すぎる。私の気配を察知して学校に来たんだろうが、よりにもよってこのタイミングとは少々キツイ。

 ああ、図書館が大きいのが恨めしい。図書館内は走れないから早歩きしか出来ない。故に、いくら急いでいても中々図書館の外に出られない。

 こんな事ならもう少し入口の近くに座っておけば良かったと後悔するが、そもそも入口の近くにはパソコン席がない事を思い出した。この図書館、パソコン席は入口から離れた所にあるのだ。

 だから、とにかく早歩きするしかない。蓮子には申し訳ないと思っている。本当ならもっと2人で活動していたかった。

 私は後ろ髪を引かれる思いで図書館を後にした。

 

「って、この片付け私一人でやるのぉぉぉ!?」

 

「宇佐見蓮子さんッ!!あなた何度注意されれば大声出さなくなるの!?」

 

「ひぇっ」

 

「出禁にするわよ!?」

 

「ごめんなさいぃぃぃ!!」

 

 …彼女と司書のやり取りを、背中で聞きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ?よォ茜、元気そーで何よりだぜ♪」

 

「お父さん…ホントに来てた……」

 

 図書館を出てからは人間の中では少し速いという速度で走って、校門で私を待ち構えていたらしいお父さんと数日ぶりに顔を合わせる。

 普段のように右手を軽く上げ、ニッと歯を見せて笑ったお父さん。傍から見れば私と同い年…又は私の方が少しだけ年上に見えなくもないだろう。でも実年齢は、私は6歳でお父さんは35歳だ。

 そして今のお父さんの格好。何と、人間の格好になっている。翼は無く、吸血鬼特有の牙も無い。

 服は「Welcome♡Hell」Tシャツ、下はジーパンという割と普通の服装をしている。

 

「どうしたのお父さん、急にこっちに来て……」

 

「どうしたのってそりゃあまぁ…娘の顔が見たくなったから?」

 

 そうだ、私のお父さんとはこういう人だ。こんな小さな理由で異世界間を往来する。理由など今更訊ねるまでもなかった。

 

「その姿は?魔法?」

 

「変身魔法で人に擬態してる。魔力は少ないが、20分おきくらいに薬を飲めば延長できるからな」

 

「そーなんだ。でもねお父さん、今私はサークル活動中なの。もし次来る時があったら、時間には気を付けてよね」

 

「サークル活動?もう入ったのか…結構早いな。変な所には入ってないだろうな?飲みサーとか、逆ハーレムみたいなところとか」

 

「お父さんじゃないし大丈夫だよーだ。それと、私を含めて女子2人だけのサークルだから、心配しないで。男にも騙されたりしないから大丈夫」

 

「それならいいんだけどな…」

 

「そうそう。私、外の世界ではマエリベリーって名前でやってるから。こっち来る前にお母さんが付けてくれたの。渾名はメリー♪」

 

「外国人名じゃんか」

 

「ギリシャからの留学生で、お父さんは日本人のお母さんはギリシャ人っていうハーフっ子♪」

 

「ギリシャ人でも紅い目なんて居ないような…」

 

「お父さんが何故か紅い目って感じにしたから、多分大丈夫」

 

「日本人の父親が紅い目とか逆にキツイだろ…。けどまぁそこまで深く追求してくる他人は居ないだろうし、別にいいかな」

 

「…うん…そだね…」

 

 何故だろう、ひとりだけそんな人を知っている。まぁ、彼女はまだ図書館に居るし、少しくらいはお父さんと話してもいい…かもしれない。

 

「あれ?あそこに居るの留学生のマエリベリーさんじゃね?」

「ギリシャから来たっていう…噂の?」

「声掛けてみよっかな…。あれ、でもなんか男いる…」

「先越されたか」

「ちぇー…」

 

 私も地獄耳だ、近くを通る者の呟きなんて嫌でも耳に入ってくる。そして純粋な吸血鬼のお父さんなんて私よりも鮮明に聞こえていることだろう。

 …お父さんは呟いた人達にガンを飛ばしている。

 こんな様子を見ると、相変わらずだなとしみじみ思わせられる。人間ではなく、お父さんの方が。

 

「で、サークル活動中にどうしたんだ?サボリは良くねーぞぉ?俺が言うのもアレだけどよ」

 

「あのねぇ…!お父さんが急に来るから、どんな格好なのか気掛かりで様子見に来たんでしょ!?誰のせいで抜けてきたと思ってるのよ!」

 

 自分のせいとも知らずそんな事を言うお父さんに対して、私は思わず声を荒らげてしまう。だが、本人は何のことやら分からない様子でキョトンとしている。……と思った次の瞬間、肩を落として自嘲気味に少し笑った。

 

「…マジか、俺のせいか……そりゃ悪かった…。んじゃ、もう帰るから…元気でやってくれな…」

 

「…!待って!」

 

「ッ!?」

 

 思ったよりショックを受けてしまったお父さんは踵を返して校門から出ようとする。が、あまりにガッカリした様子なので、思わず腕を掴んで引き止めてしまった。

 寧ろ、今日は早く帰ってほしかったというのに。

 

「どうした?」

 

「その…ごめんね…?折角心配してくれたのに…怒っちゃって……」

 

「茜…じゃなくて、メリーに予定とか聞かないで来ちゃった俺が悪いんだからそんな気にすんな」

 

「…うん…」

 

 折角の再会なのに、空気が悪くなってしまった。仕方ないとはわかっているがどうもやるせない。どうせ「予定がある」と言って抜けたのだから、今更図書館には戻れない。それなら今日はもう、お父さんをアパートに連れ込んで─────。

 

「あれ、メリー?どーしたのよ、そんなとこで?予定は?」

 

「ッッ!!!」

 

 今一番ここに来てはいけない人の声が、背後から私の背に突き刺さる。身体は無意識のうちに硬直してしまい、お父さんの腕を離せないでいる。

 一方のお父さんはと言うと、覗き込むようにして私の後ろ…蓮子が居る方を見ている。

 

「…?メリー、知り合い?」

 

「え、ええ…まぁね……私の家族っていうか…。私が心配でこっちに来たみたいでね……」

 

「そうなんだ。留学してきて数日だっていうのに随分心配性ねぇ。…私、メリーと同じサークルで活動してる宇佐見蓮子よ!よろしくね、メリーのお兄さん!」

 

 違う、そうじゃない。お兄さんじゃない。しかしここは、彼女の勘違いに便乗して兄妹で通す方が自然かもしれない。そう思い付いた私は、それで通そうとお父さんに目で合図を送ろうとしたが、ほんの少しだけ間に合わず………。

 

「初めまして、お嬢さん。(わたくし)、マエリベリーの

 父親(・・)、エスカルゴ・スカーレットという者です。以後お見知り置きを」

 

 詰んだ。





よっ、破壊者!娘の努力すらぶち壊していくゥ!


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邂逅(後編)

「えっ……?エスカルゴ…スカーレット…?」

 

「これでも、一応日本人なんだけどね。キラキラネームってやつだ」

 

「元、ね!元!ギリシャに帰化したからっ!!」

 

「あぁそうそう、元日本人ね…。(おい、そんなの聞いてねぇぞ…それ早く言ってくれよ…)」

 

あああぁぁ、やってしまった。お父さんが本名をバラしてしまった。よりによって蓮子に。やはり早く帰ってもらうか帰りながら話すべきだった。だが後悔先に立たず、時すでに遅し。もう遅い。

お父さんは苦笑いで硬直して、蓮子はお父さんを見上げてパチパチと瞬きしている。

 

「あなたがエスカルゴ?本当の本当に?それで、メリーのお父さん……なの……?」

 

「そう…だけど?」

 

完全にやらかしてしまった。人生の中で、最大の汚点だ。血が滲むほどに拳を強く握り締め、唇を噛む。すると口内にじんわりと鉄の味が広がる。

 

「ラスベガスで違法カジノをしていた本人…?」

 

「何でそれを知ってる…?」

 

「その前にちびっ子とネズ〇ーランドに来た?」

 

「うぐ…」

 

「ケーネって人と2人でファストフード店の中でイリュージョンを見せた…と誤魔化した?」

 

「そうだが…え、何で知ってるの怖い」

 

人間ではなく妖怪であることが蓮子にバレてると悟ったらしいお父さんは、一切誤魔化さず正直に答えていく。蓮子はさらに確信を持ったようで、うんうんと何度も頷き、質問を続ける。

 

「妖怪だとバレないように人間に擬態してる?」

 

ゆっくりと、ただ無言で頷いたお父さん。

 

「そのオッドアイは自前?」

 

「自前」

 

「ずっと前、北朝鮮で女子供と一緒に暴れた?」

 

「………あぁ、あの時か。うん、暴れた」

 

「日本で暴れた?」

 

「…?いいや」

 

「ふむ……」

 

ある程度絞って質問した蓮子は、それらの答えを聞いて黙り込む。出来ることなら答えが出る前に

「じゃあ今日はこの辺で」と退散したかったが、そう言おうとしたその時、蓮子が口を開いた。

 

「じゃあ、元の姿に戻ってみてくれる?」

 

「それは困る」

 

「でしょうね。イベントでもないのにこんな人間だらけの場所で妖怪の姿なんて出来るわけない。だから今回は擬態して、これまでは変装してでも来てたんでしょ」

 

「わかってるじゃないか」

 

「だから、メリーの家で正体見せて!勿論、私は誰にも言わないから!」

 

それを聞いたお父さんは、何を思ったのか蓮子を哀れむような目になり、小さく溜め息をついた。

 

「……あのなぁ?妖怪相手にそんな交渉が通じるとでも思ってるのか?あまり言いたくないけど、君が誰にも俺らの正体を言わないという根拠は、どこにも無いんだぞ。ネットで匿名で好き放題に呟ける昨今、そういう言葉を信じられるとでも?知り合って暫くならまだ分かるが俺は初対面だ。悪いが、信用に値しないと俺は判断する」

 

「………まぁ…そうだよね。信用に値しないっていうのはちょっと傷ついたけど…」

 

「あっ……すまない…」

 

「でもその通りだよね。初めて会った人に全てを見せろとか言われても、そりゃ渋りますってね」

 

「「………」」

 

私も今のお父さんの言い方には少し傷ついたし、同時に憤りも覚えた。そして“信用”を大事にするお父さんらしくない言い方だな、とも思った。

…とは言え、お父さん目線で考えればそう言ってしまうのも仕方のない事だった。というか、寧ろそれが自然だと言えなくもない。

私が蓮子に全てを話さないのと、同じ事だった。

 

「………いいよ。じゃあ、こうしましょ。私が、メリーのお父さんより先に色々見せてあげるし、どんな質問にも正直に答えてあげる。その代わりお父さんも、正体見せた上で私の質問に答えて」

 

「話にならないな。見せ合ったとしてもそれは、君が俺らの事を絶対にバラさないという根拠には成り得ない」

 

「そうね。だから………私を信じて。お願いよ」

 

真っ直ぐにお父さんの目を見つめる蓮子。そしてお父さんもまた、真っ直ぐに蓮子を見つめる。

娘の私は、2人の傍で緊張して固まっている。

お母さんが妖怪である事はまだ知られてないし、蓮子の中の「メリー」は、少なくとも半妖か妖怪という位置付けになっているはず。まぁ、半妖も妖怪も、妖怪の血が流れてる事には変わりない。

今の蓮子は私に対してどう思っているのだろう。

 

「…良いだろう。君を信じるよ。だがもし、この約束を破れば………あとは分かるな?」

 

「ええ。殺してくれても構わないわ」

 

「ッ!?何を言ってるの蓮子!?私のお父さんはそういう事には躊躇いが無────」

 

「あなたが何を言ってるの、メリー?私が約束を守ればいいっていうだけの話でしょう?」

 

「…だけど…幾らなんでも命を懸けるなんて…」

 

「妖怪と交渉するんだもの、これくらいの覚悟はとうに済ませてるわ」

 

「………」

 

そうだ、すっかり忘れてしまっていた。蓮子は、

「安全でつまらない」より「危険だが楽しい」を

選ぶタイプだった。だからオカルトというこんな界隈に足を踏み込んだのだ。危険を避けるなら、元からこういったことには関わらない。

 

「…先に言っておくが、俺には嘘をついているかどうか判別する術がある。だから君が嘘をつけばすぐに分かるぞ。…悪魔との契約(やくそく)の対価は魂だ、それを絶対に忘れないことだ」

 

「大丈夫。ただ正直に話すくらい造作もないわ」

 

…何だろうか、彼女の言動に少し違和感がある。何か焦っているような、気が早ってるというか。何だか心配になってしまう。というか、軽々しく命を懸けてしまう蓮子は…そういう性格は、妙にお父さんに似ている…と思う。

もしかしたら、彼女と居るとどこか安心するのはお父さんに似ているからなのかもしれない。

 

「さ、メリーの家に行きましょ。案内してっ♪」

 

「おっ、そうだな。頼んだぜメリー」

 

「……言っとくけど、最低限の家具しかないから全く寛げないわよ…」

 

橙色の夕日が沈みゆく中、私と蓮子とお父さんは3人横並びで私の住むアパートへ向かい始めた。

これからどうなるのか緊張しているのと同時に、隠し事がほぼ無くなったとあって、心が少しだけ軽くなったのを感じていた。




彼の言う「嘘をついているか判別する術がある」というのは「催眠で吐かせる」って事です。

展開が早いって?一応、コレ短編ですからね…。


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告白

「お邪魔しま〜すっ!」

 

「お邪魔するぞ〜い」

 

「はいはい、いらっしゃい…」

 

大学を出て少し歩き、私の住むアパートに到着。蓮子もお父さんも、初めて来る場所だからか変に周囲を見渡している。興味津々なところ悪いが、壁にも床にも特に何も無い。

靴は今履いていたものだけ。スリッパも無いし、玄関マットも無い。リビングにはマットと小さなテーブルのみあるという本当に最低限なものしか置いていない。このアパートは、俗に言う1LDKという造りだ。そこまで広くはない。

食器も調味料も何もかも必要最低限だけこちらに持ってきた。もしくはこちらで買い足した。

 

「さて。早速で悪いが…見せてもらおうか。君の秘密ってのを」

 

マットに直接腰を下ろして、テーブルに肘をつき

某特務機関NERV総司令官のようなポーズをとり、

正面の蓮子を見据えたお父さん。「信じる」とは

言ったものの、やはり少しは疑っているらしい。

まぁ、無理も無い。

そして一方の蓮子はというと、疑いの目を向けるお父さんの事は軽くスルーし、チラリと窓の外を見る。

 

「まだ夕方かぁ…。ま、ボチボチ始めますかね」

 

「…?」

 

「実は私ね?普通の人間には無い能力があるの」

 

「へぇ…?」

 

初耳だった。私が色々隠してきたのと同じように彼女も何か秘密を抱えていたらしい。…それが、まさか「能力」だとは。

 

「あなた、今時計持ってる?」

 

「持ってない」

 

「メリーは?」

 

「キッチンに置いてあるけど……」

 

「OKOK。それじゃあ、メリーにはキッチンでスタンバッててもらおうかな。くれぐれも、私に時計を見せないようにして。それと、あなたには私を見張っててもらうわ」

 

「「わかった」」

 

私はリビングからキッチンに移動し、タイマーの代わりに使っている小型の置時計の前に立った。お父さんは少し怪しむような視線を蓮子に送る。

蓮子は、そう話している間もずっと、ジワジワと紺青の混じり始めた橙色の空を見つめている。

 

「えーっと、現在は………午後6時36分56秒で、今居るのは京都府京都市██区████町、緯度

██°██′██″、経度██°██′██″…ね!時計見てみて、メリー!」

 

「あ……合ってる……」

 

「…あk…じゃなくてマエリベリー。一応、位置

情報も確認してみてくれるか?」

 

「う、うん…」

 

スマホ本体の位置情報をオンにし、今居る地点の位置情報を調べてみる。すると、今蓮子が言った通りの位置情報が出てきた。寸分違わず秒単位でピッタリ一致している。

 

「ピッタリ…だった…」

 

「どう?これが私の能力よっ!」

 

「「……ッ!?」」

 

私とお父さんはただ驚き、顔を見合わせる。目を見開き、口は半開きになっている。私もきっと、あんな感じの顔になっているのだろう。それ程、彼女には酷く驚かされた。

 

「まだ仮名だけど、私はこれを《星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる程度の能力》と呼んでるわ」

 

「凄い……」

 

(俺は今確かにこの子を見張っていた…。だからこの子は、時計は愚かスマホも見てねぇ…見てたのは空だけだ……。つーことは…マジか…?体内時計ってレベルを遥かに超越してるしなぁ…)

 

私は素直に感想を漏らすが、お父さんは腕を組み何か考え込んでいる。私は特に何も疑問を抱かずただ話が進むのを待っていた。するとお父さんは何かに気付いたのか、ハッとした表情になった。

 

「─────って、待て。『程度の能力』だと?その言い方をするって、君はまさか………」

 

「そ。私はきっと、あなた達が住んでいる世界を知っていると思う。…断片的に、だけどね」

 

「……」

 

私は気付かなかったが、お父さんはどうやらあの言い方をされて気付いたらしかった。あれが自然すぎて、完璧にスルーしていた。流石は外出身のお父さん、幻想郷と外の違いは分かるらしい。

 

「さぁ、秘密は見せたわよ。何か質問があれば、何でも答えるけど?」

 

「……今……彼氏居る?」

 

「は…はぁ…?能力まで見せて、最初に聞くのがそれって…。妖怪とは一体……」

 

「単なる興味だ」

 

私も蓮子もドン引きした。彼女に至っては、顔がピクピクと引き攣っている。しかし、お父さんのことだからきっと本当に「興味」なんだと思う。

 

「居ないわよそんなの…男になんて興味無いし。寧ろ女の子の方が良いとまで思ってるわ」

 

「ほーん…そりゃ良かった。…いや、彼氏とかを通してウチの娘に変な男を紹介しないかって少し不安になっただけだ。別に俺が君を狙ってるとかそんな意図は無いからな」

 

「娘の学友に手を出すとか最低のドクズだもん、そんなのあってたまるかって感じ」

 

そんなことを言ったら、巫月お姉ちゃんの友達のアリスとお父さんはそういう(・・・・)関係になってるし、蓮子の定義に当てはめたらドクズになるが……。余計な事は言わない方が良いだろう。

 

(ワンチャン茜と百合あるか?蓮子と茜で蓮あかとか?いや、しっくりこねぇ………蓮メリとか?やべぇ、めっちゃ合ってんじゃん、語呂も良い。泣きそう…目頭が熱くなってきたぁぁぁ…って、そんなことを考えてる場合じゃねぇわ…)

 

「それでさ、他に質問は無いの?まさかそんな、合コンに来た男みたいな変な質問しかしないわけじゃないよね?」

 

「あぁ、聞きたいことだったらまだまだあるぞ。

…君はもしかして、宇佐見菫子の子孫か…?」

 

「え……」

 

具体的な個人名を出したお父さん。今度は蓮子が目を見開き、そして硬直した。どうやら、蓮子も知っている名前らしい。何も知らない私は、ただ2人のやりとりを側で聞いているのみ。

 

「何で…その人の名前を知っているの…?」

 

「俺は直接会ったことないが、嫁が宇佐見菫子と友達だったんでな、話を聞かされたりしたのさ。ある時を境にこっちの世界に来なくなっちまったらしいが」

 

「…うん…」

 

「年代的に……君から見て菫子は曾祖母か祖母…いや、祖母か?若しくはそこら辺の世代でしょ」

 

「そう…宇佐見菫子は私のお婆ちゃん…。私は、お婆ちゃんから聞いた妖怪の住まう美しい世界…幻想郷を探すために、このオカルトの世界に足を踏み入れたの…」

 

蓮子の口から「幻想郷」という言葉が出て、私は思わず声を出しそうになってしまったが、それをギリギリで耐えた。この期に及んでまだ、本当のことを彼女に隠したいと思っているからだ。

 

「……もしも見付けたら、どうするつもりだ?」

 

「お婆ちゃんに報告しようかなって思ってるよ。それ以上でもそれ以下でもない。…観光くらいはしてみたいけどね」

 

「君…蓮子が妖怪を恐れないのも、お婆ちゃんのおかげなのか?」

 

「ええ。『一見怖かったり、話してても怖くなることはあるけど、心を込めて話せばきっと妖怪も分かってくれる』って聞いてたからね」

 

「なるほどね…」

 

蓮子が危険を顧みずに突き進む理由がわかった。例え自分と異なる妖怪という存在と遭遇しても、話せばわかるというその信念があったからだ。

 

「いつから幻想郷に行けなくなったとかそういう話は聞いてるか?」

 

「20歳になった日から…らしくて。でも向こうに行ってた時の思い出は今でもずっと覚えてるよ」

 

「…最後の質問。幻想郷の存在を知ってるのは、菫子と蓮子と…他には誰だ?」

 

「私とお婆ちゃんの2人だけだよ。私の家系でも能力持ちは2人だけで、お婆ちゃんが私に話してくれたのも私が能力持ちって分かってからだし。だから、お婆ちゃんに倣って誰にも話さないよ。これから私の家系に能力持ちが現れてもね」

 

「…そっか。それじゃ……解除」

 

一瞬光に包まれ、それが収まるとそこには普段の姿をしたお父さんが座っていた。解除する前とは違って、蝙蝠の翼、牙が現れている。

 

「わぁ…ネットで見た通りだ…!本当の本当に、本人だった…凄いや…」

 

「ネット…?どんなシチュエーションだった?」

 

「北朝鮮で暴れた時の映像よ。他は黒いローブで隠してて見えなかったし。…向こうで暴れた時、それなりに苦戦した?」

 

「いいや?施設や軍備をぶっ潰す程度、吸血鬼の俺からすれば楽勝だぞ」

 

「その割に、服とかボロボロだったけど?」

 

「あー……あの時は確か、移動中にアメリカから飛んできたミサイルぶっ壊したからだな。危うく死にかけた。(懐かしいな…あの時は確か、てゐの

キス(幸運のお裾分け)のおかげで助かったんだよな…)」

 

「えっ?ミサイルが飛行中に空で爆発した事故は私も知ってるけど…アレあなただったの!?何で壊したの?」

 

私はそれも知らない。きっと、私が生まれるより前の話をしているのだと思う。…何だか私だけが話から置いていかれているような気がする。

 

「北朝鮮の軍備を潰すのが俺の仕事だった。その役をアメリカに取られたくなかったってだけさ」

 

「今は潰さなくていいの?その仕事は誰かからの依頼?なんで軍の施設だけを潰したの?理由は?今度はあなたが答える番よ」

 

「今は潰さなくていいんだ。あの時は、北朝鮮とアメリカ間で冷戦状態みたいなモンだったろう?で、とうとう戦争が始まりそうだったから、先に片方の軍備を潰せば戦争を未然に防げるっていう目論見だったんだ。この仕事は、茜の母親からの依頼だ。理由は下手すれば幻想郷も巻き込まれる可能性があったから。…他に質問は?」

 

「今サラッと言ってたけど…茜って誰?」

 

「あ」

 

全く、本当にお父さんという人は。私にとっては余計な事しか言わない。少しだけお父さんの株が下がった。とはいえ、これで私も楽になれるかもしれない。

私も本当の事を話していいのかな、とお父さんに視線を向けると、小さく頷いて答えてくれた。

たった数日しか隠せなかったが、秘密をバラしてしまう決意を固めて、一呼吸置いて私が答える。

 

「………私、本当は八雲茜っていうの…」

 

「あ〜……何で偽名なんて…いや、そんなことは聞くまでも無いか。見た目は日本人じゃないし。って、何でスカーレットじゃないの?ね、あなたもう結婚してるんでしょう?さっき、嫁さんって言ってたしさ。それとも、そっちの世界では父の苗字継がない感じ?今の日本は選択制だけどさ」

 

「あー…なんて言えば良いんだろ…。すまん茜、代わりに答えて…」

 

「えっとね、私のお母さんとお父さんはね、結婚してないの。だからお父さんが言う嫁さんは私のお母さんじゃなくて、また別な人なのね」

 

「ん……?んんっ?どういう事?つまりメリーのお母さんとエスカルゴは、愛人みたいな関係?」

 

「ま、まぁ…それに近いかも…?あはは…」

 

私の本名を知っても尚「メリー」と呼んでくれるあたり、蓮子だなぁと感じる。何だか、少しだけ嬉しくなってしまう。

 

「お父さん、幻想郷ではモテモテで、お嫁さんと彼女さんとか合わせて30人近く侍らせてるのよ。鳥獣鬼楽ってバンドも組んでてファンも居るし」

 

「侍らせてる言うな」

 

「へー…すごいハーレムだねぇ。やっぱり男って顔じゃないんだねぇ」

 

「おいコラそりゃどういう意味だ」

 

「えー?だってあなたさ、中の上とかそんな感じじゃん?割とそこら辺にも居そうな顔だしね〜。まぁ、そこそこだとは思うよ?」

 

「…恐れてないからって言い過ぎだぞ…」

 

「あ、ちょっと傷付いちゃった?ゴメンゴメン♪

顔だけ見たらそこそこカッコイイとは思うよ♪」

 

「ったく…イケメンに生まれたかったもんだな。

…まぁそんなのはどうでもいい。質問が無いなら俺はもう帰るが、どうする?」

 

「まぁまぁ。もう少しくらい良いじゃん?」

 

「………」

 

まぁ、こういうのが蓮子だ。そう割り切ることにしよう。それに、お父さんもさっき言葉で蓮子を傷付けていたので、これでお互い様ということになるだろう。

 

「ねね、メリーの家って何人家族?」

 

「お父さんとお母さんと私と……お母さんの式とその式一人ずつだよ」

 

「式?」

 

「えっと…部下とか手下とか……そんな感じ?」

 

橙は普段はマヨヒガに住んでいるが、家族の中に入ると思う。何より、私が赤ん坊の頃から一緒に居るのだから、私は家族だと思っている。

 

「なるほどね。…じゃあ、他の家に子供が居たらメリーから見たら異母兄弟とか姉妹になるんだ」

 

「そうね」

 

「ねぇエスカルゴ、子供は何人いるの?」

 

「15人。娘が13人の息子が2人だ」

 

「女子率高っ!ていうか、15人も子供居るの!?いくら何でも多すぎじゃない!?」

 

「ほんとそれよね…」

 

(子供が増えるのがわかってたから、お金が沢山必要だったんだよな…。カジノのあれは予知夢を利用してお金を稼いだに過ぎねぇし…)

 

「メリーは何番目?」

 

「私は確か、7番目の6女よ」

 

「うわぁぁ…とんでもないね…」

 

「あとね、子供に関してはね、お父さんが女好きだから女ばっかり生まれてくるんじゃないかって説まで出てるわ」

 

「あっははは、なんかそれ本当にありそうね!」

 

「おい待て茜、どこでそんな話が出てるんだ?」

 

「私達子供間でね。霊愛お姉ちゃんが最初に言い出したんだけど、皆もそれに賛成してる」

 

「えぇ…」

 

個人名を出してしまったが、もう大丈夫だろう。蓮子はしっかりと秘密を守ってくれるだろうし、他の姉妹達のプライベートな事以外なら話しても良いと思う。

 

「良いなぁ…何だかすごく楽しそう…」

 

「楽しいぞ?外の世界よりよっぽどな」

 

「外の世界?…こっちの事?」

 

「そうそう。それと、こっちにはまだ一夫多妻を容認する風潮があるから多少の無茶は大丈夫だ。文化的に言うと、明治初期くらいで止まってる」

 

「文化面についてもお婆ちゃんから聞いてるよ。だけど、一夫一婦制って確か……あぁ、明治後期からだ。なるほど、そりゃ一夫多妻なんてものも容認されるわ…」

 

「ふっふふ…」

 

お婆ちゃん…菫子から、幻想郷について大まかな事は聞いているらしい。あまり深く説明する必要が無くて少し安心した。だが、外に住まう人間が知っていい事には限りがある…と思う。

お母さんならどう判断するだろう。

 

「ところで、2人はどんな能力を持ってるの?」

 

「俺は《雷を操る程度の能力》と、《異世界への往来が可能になる程度の能力》があるぞ」

 

「私は《境界を操る程度の能力》」

 

「うわ、雷とか強力無比って感じ…。もう一つはメルヘンチックだし、メリーのもヤバそうだね」

 

「空間が歪むレベルで超強力だぞ。俺も茜もな」

 

「空間が歪む………あっ。もしかして、ファストフード店出てからトレイを取り寄せたのってその能力を使ったんだ?」

 

「…まぁそうだけどさ。君はどんだけ俺について調べてたんだ?恥ずかしくなってきたんだが…」

 

「もー、君じゃなくて蓮子って呼んで?」

 

「はいはい…」

 

「…エスカルゴについて調べてたのはね?単なる興味と、お婆ちゃんの言ってた幻想郷って世界に繋がるかもしれないっていう希望と、一種の憧れみたいなものがあるかな。一度は見てみたいな、って感じでさ」

 

「なるほど…?」

 

「あーあ…私も幻想郷に行ってみたいなぁ〜…」

 

「「………」」

 

これまでの流れからして、彼女がそう言うことは予想がついていた。だがこれだけは多分ダメだ。もし蓮子が脅してくるようなことがあれば…私達から彼女に口封じをする展開になりかねない。

私としては、彼女にも幻想郷の美しい自然を体験してみてもらいたいし彼女もそれを望んでいる。お父さんも、本音はOKだと思っているはず。

 

「俺としては……良いんじゃねぇかと思うが…。俺の一存じゃ決められない」

 

「どうしてよ?こっちとそっちを移動できるって大妖怪と呼ばれるくらい高位の妖怪じゃないの?世界を行き来なんて簡単じゃないわよ絶対」

 

「俺なんて全然高位じゃない。せいぜい、高位を目指す中堅くらいのもんだ」

 

「…でも、そっちはこっちに来てるのにこっちはそっちに行っちゃダメとか不平等すぎでしょ」

 

「言いたい事は分かる。けど妖怪と人間ってのは元から平等なんかじゃないんだ。だから、ここで平等だの不平等だのと言われても……すまない、困るとしか言えない。正体を明かしただけでも、俺ができる最大限の譲歩だと思ってもらいたい。だからもし蓮子が『私をそっちに行かせないなら正体をバラす』みたいなことを言えば……」

 

「ッ……」

 

「俺に蓮子を殺させないでくれ。俺や家族に害が無い者なら、俺だって出来るだけ殺したくない」

 

「あら、酷い物言いねぇ。ま、その通りだけど。でも菫子のお孫さんで能力持ちなんだから、私は別に構わないと思うわよ〜♪」

 

「「「ッッッ!??」」」

 

私達が囲んでいるテーブルの真上に、お母さんがスキマ越しに顔だけ現れた。あまりに急な事で、私達3人は全員腰を抜かしてしまった。




蓮メリとは(哲学)

菫子に関しては、20歳の誕生日に遂にあの病気が治ったってことにします。菫子本人からしたら、
「治ってしまった」って感じでしょうけどね…。
夢幻病になりたい。

エスカルゴ幻想入りした時には既に菫子は20歳になってました。だから、「エスカルゴは菫子とは会ったことがない」んです。
ずっと前から言っている通り、俺の作品は「原作より少し未来からスタートしてる」ので。


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条件

「どうしたのよ、皆してびっくりしちゃって」

 

テーブル上に現れたお母さんは、あっけらかんとそんなことを言ってのける。娘の私ですら、急に出てこられたらびっくりするというのに。

 

「う…うわあああああっ!?ああああぁっ!!」

 

ワンテンポ遅れて悲鳴を上げた蓮子。流石の彼女でも、目の前でこんな登場をされたらこうもなるだろう。しかも何の前触れも無かったのだから、尚更だ。

 

「あらら、驚かせちゃった?ごめんなさいね♪」

 

私にはわかる。謝る気ゼロだ。寧ろ、反応を見て楽しんでいる。一方お父さんは、久しぶりに呼吸したかのように大きく肩で息をしている。

 

「急にどうしたんですか紫さん…。あんな登場のせいで寿命縮まりましたよ…」

 

「不死身の吸血鬼さんが何を言っているの?」

 

「比喩っすよ…」

 

「分かってるわよそんなこと。……初めまして、宇佐見蓮子さん♪」

 

「は…初めまして…」

 

「簡単に自己紹介するわ。私は八雲紫。幻想郷で巫女と一緒に結界を管理する仕事をしているわ。あなたのお婆さんから名前くらい聞いた事あるんじゃないかしら。若しくは賢者ゆかりんみたいな感じで」

 

賢者ゆかりんとは一体……。そんな、某魔法少女みたいに言われても。お父さんも同じ事を考えているのか、少し引き攣った笑みを浮かべている。

 

「…名前とかは殆ど話してくれなくて…。自分の目で見て、自分で体験しなさいって…」

 

「そうだったの…。でも良いわね、安心したわ」

 

「それで…賢者さんが私に何の用…?」

 

「そう身構えないの。話は聞かせてもらったわ。もしあなたが望むのなら…私は良いと思うけど、どうする?勿論、それなりに条件はあるけどね」

 

「どうするって……幻想郷に行けるってこと!?イテテッ…」

 

ガタンとテーブルに身を乗り出す蓮子だったが、腰を抜かしていただけにすぐにへたり込む。その様子を見たお父さんは、何も言わずに治癒魔法を行使し、手っ取り早く治す。

 

「私の出す条件を全て飲んでくれるのなら、ね。1つでもダメなら、あなたは幻想郷に来ることが出来ないわ」

 

「上等よ…っ!どんな条件でも飲んでやるわよ!さぁ、ドンと来なさい!」

 

「威勢がいいわね。流石菫子のお孫さんだこと。

…1つ、ここて、そして幻想郷内で起きた事は、誰にも言わないこと。それと茜や菫子と幻想郷や妖怪関連の話をするのなら、絶対に2人きりで、もしくは3人だけになってからよ。もし何らかの方法で外に漏らしたと分かれば…。言わなくても分かるわね?」

 

「勿論…!」

 

「2つ。日常生活に支障を来さないこと。菫子は授業中にも寝てこちらに来ていてね、日常生活にガッツリ悪影響が出ていたわ」

 

「あー…そーだったんだ…」

 

「3つ。幻想郷に来る前にある程度力をつける」

 

「力……?」

 

「菫子にあってあなたには無いもの。それは一体何かしら?」

 

「やっぱり…超能力?」

 

「戦う力よ」

 

「観光するだけだし、誰かと戦おうなんて微塵も思ってないんだけど…」

 

「そうよ、お母さん。私が蓮子を案内するから、もしもの時は私が戦うからそれで大丈夫でしょ?私だって賢者の娘よ、野良妖怪なんかには絶対に負けないんだから」

 

「もしもそれなりの力を持つ妖怪に囲まれたら?

彼女を巻き込まずに(・・・・・・・・・)1人で対処しきれるかしら」

 

「…巻き込まず…」

 

これまで私の周囲は妖怪ばかりが居たし、あまり周囲の事は気にしなかった。だが彼女は人間だ、頑丈さも無いしちょっとした事で死んでしまう。流れ弾でも、下手をすれば死んでしまう。それが弾幕だ。

 

「なにも妖怪と肩を並べろとは言わないわ。言い換えれば『自分の身を守れるだけの力』は最低限身に付けて欲しいってことよ。幻想郷は、決して安全ではないからね。もし里の外で食べられても文句言えないわよ?うふふふっ…♪」

 

「「………」」

 

私も蓮子も絶句してしまう。全方位に弾幕を展開すれば、当然ながら蓮子も危険に晒してしまう。私が蓮子を巻き込まないように展開しても、敵が弾幕を展開すれば……。

私1人だけの力で相殺しきれるだろうか。能力を使えば良いかもしれないがそれに蓮子を巻き込む可能性だって0ではない。

…というか、可能性と言ってしまえばどのような展開でも有り得るのだが。幻想郷は何が起こるか分からない。それが楽しくて…不気味でもある。

 

「…じゃあ、軽く戦える力を身に付けてもらった上で、レイチェルに頼んで回避させてもらおう。俺じゃ自分の運命しか操れねーから…」

 

「レイチェル?」

 

「私の異母姉妹よ。《確率を操る程度の能力》と

《全ての悪魔を操る程度の能力》を持ってるの。知ってる悪魔なら召喚すらお手の物よ」

 

「チート過ぎない!?」

 

「チートというか、ただただ危険すぎて………」

 

ただし、欠点はある。「絶対に揺るがないものは決して操れない」。簡単に言うと、不死の妹紅やお父さんは本当の意味では死なないから、彼女が確率を操って死なせる事は不可能なのだ。

操れるのは、勝敗やクジ、アイスの当たりなど、絶対とは言い切れずに何かと変動するものだ。

 

「それなら紫さんもOKでしょう?」

 

「あんまり借りは作りたくないんだけどねぇ…。ワガママレミリアの事だし、何か言ってきそう」

 

「大丈夫ですよ、俺が頼むので。レミリアだって紫さんと交渉とかする時に『あの時レイチェルが助けてあげたわよねぇ?』みたいなのは言わないでしょう」

 

「…まぁ…そうね。じゃあ、準備が整ったら茜がお父さんに連絡して。案内と護衛を任せるから」

 

「え、俺がですか?」

 

「そう。あなたと茜、2人で案内してあげてね。護衛はあなたよ。茜ったら広範囲ばかりだから」

 

「えぇ〜…それはちょっと…なんというか……。2人の邪魔をしそうで嫌なんですけど…」

 

「…言いたい事はわかるわ…。でも今はその段階じゃないでしょ?」

 

「俺が居たら発展しないかもしれないし…それはちょっとなぁ…とか思うんですよねぇ…」

 

「案内してくれたら、あとで私が相手してあげるから。それでいい?」

 

「了解」

 

何の話をしているのか分かってしまった。まさかお父さんが、私達が百合に発展すると思っているとは。そんな事がある訳が無いというのに。

そして、お父さんが性癖を拗らせた百合好きとは知らない蓮子には、単に案内するのを渋ってて、漸く承諾したように見えていることだろう。

上手いこと会話しているなと思う。

 

「じゃ、私はこの辺で。良き幻想郷ライフを♪」

 

軽く手を振ったお母さんは、スキマの中に身体を引っ込めて姿を消した。蓮子は今見た光景が夢と疑っているのか、無言で自分の頬をつねり、強く引っ張っている。そしてお父さんはそんな蓮子を凝視している。緩んだ口元が全く隠せていない。ほっぺフェチを自称しているお父さんだがまさか蓮子のほっぺにも反応するとは。

 

「…ゴホン。夢かどうか疑ってるんだろうが…今蓮子が見たのは紛れもない『現実』だ。紫さんがOKを出した以上、俺は何も言わない。だけど、さっき言われた通り、『自分の身を守れるだけの力』は身につけてもらうぞ。幻想郷に来たいならこれは絶対かな。殺されても文句言えないし…」

 

「と言っても、私何も出来ないんだけど…」

 

「菫子は確か超能力でESPカードを飛ばしたりその辺の岩やその他諸々で攻撃したそうだけど…蓮子には超能力が無い、か…。うーむ…」

 

恐らく弾幕もダメだと思う。能力者とはいっても常人の枠を逸脱し過ぎていない蓮子の能力では、弾幕の発射なんて無理だろう。

 

「どーしよっかなぁ……。こんなんじゃあ、折角許されたのに幻想郷に行けないよ…。自分の身を守れるようにって、端的に言えば護身術みたいなモノでしょ?妖怪にも通じる護身術かぁ…」

 

「何の手立ても無いわけじゃないぞ。危険だし、接近しなきゃいけないけど、一応人間でも自分の身を守れる方法はある」

 

「そうなの!?なになに!?」

 

お父さんの発言にがっつく蓮子。嫌な予感がする私は、内心で苦い顔をしながらお父さんの言葉に耳を傾ける。

 

「護身と言えば武術、ナイフ、スタンガン、安全ピンだよな。だとすればこの中で一番簡単なのはナイフだろうけど…どう思う?」

 

「えっ…と…?どういう事…?その中のどれかを扱えるようになれば良いって解釈で合ってる?」

 

「そうそう。武術は護身術として広く出回ってるもので良いと思う。ナイフはお手頃だな。スタンガンは高いが、現地のアメリカならテーザー銃も安価で購入できるだろうしな。俺が外に居た頃と違って色々違うだろうから。安全ピンは殆どゼロ距離じゃないと意味無いから、多分論外かな」

 

「…お婆ちゃんに相談してみる。そこら辺はまだあなたよりお婆ちゃんの方が頼りになりそう…」

 

「そうかもな。…電話とかで聞くのか?」

 

「ううん、幻想郷関連は直接会って話してるよ。だからこの話も、直接話そうかなって思ってる。明日は講義休みだし、東京に帰って聞いてみる。メリーはどうする?」

 

「えっ?何が?」

 

唐突に話を振られて、「どうする?」が何を意味しているのか、と彼女の意図を図りかねた私は、そのまま聞き返す。

 

「だーかーらー、メリーも一緒に来る?って事。私の実家は、京都じゃなくって東京にあってさ。お婆ちゃん家は実家の近くだから、泊まりがけで一緒に行かない?それにさ、秘封倶楽部の活動の一環として初の遠征になるのよ!」

 

「い……良いの…?だって私……あなたに隠し事とかいっぱいしてて……人間でもないのに…」

 

「…メリーったら、そんなこと気にしてたの?」

 

「そんなことって…!」

 

絶対に隠さないといけない事とはいっても、私はかなり後ろめたく感じていたというのに。それを

「そんなこと」と一言で済ませるなんて。

蓮子との関係を壊したくない、でも隠さなくてはいけない。その2つの気持ちの板挟みになって、私なりに悩んでいたというのに。

が、ふつふつと湧いて出てきた怒りが口をついて飛び出そうになった、その瞬間。

 

「隠し事なんて、誰にでもあるでしょ。私だって能力がある事を隠してたしね」

 

隠し事は誰にでもある。それはそうだ。だが私と蓮子ではそのレベルが違うのだ。

 

「で…も………私は妖怪で、あなたが探していた存在がお父さんって事も隠して…パソコンとか、本とかで探すフリして…騙してたじゃない…」

 

「妖怪って事を隠してたのだって、留学生として

外の世界(こっち)で生活していくためでしょ?そんなの、出会って数日の私に話す方が嫌。『あ、この人は簡単に人を信用しちゃうんだなぁ』って思うよ。

『そんな秘密すら簡単に話すなんて、口が軽い人なのかもしれない』とも思うから、自分の秘密も当然話せない。……だからね?メリーが隠し事をしてたからこそ、こういう話が出来たのよ」

 

「ッ…!!」

 

予想もしなかった蓮子の言葉に、ただ驚愕する。

そして、じわじわと目頭が熱くなってきて、鼻がツーンと痛くなってきた。涙が出そうになるが、唇を噛んで泣きそうになるのを我慢する。

 

「妖怪の私でも…受け入れてくれるの……?」

 

「あったりまえじゃん!だって私達、2人きりの秘封倶楽部なんだからっ!」

 

「………うっ……うぅ…ひっく…ううぅ…っ…」

 

そう言って可愛らしくウインクした蓮子は、私の目には女神のようにしか映らなかった。お陰で、我慢出来ず遂に声を出して泣き始めてしまった。今の私は留学生マエリベリー・ハーンではなく、ただの6歳の八雲茜だった。




弾幕、当たり所が悪ければ死ぬってことは神主も言ってたし、原作設定ですよね。いや怖すぎだろ命懸けかよ。命懸けだな。
ていうかエスカルゴの提案クソスギィ!!
ナイフなんて提案したのは、自分が人間の頃から使っていたからですね。

次回は、お婆ちゃん家(菫子の家)に行きます。


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幻想郷に行く準備

 …その後私は、蓮子に宥めてもらって漸く泣き止んだ。お父さんはいつの間にか消えていたが、きっと空気を読んでくれたんだと思う。

 お父さんが居たその場所には『準備が整ったら俺が1人で居るときに呼んでくれると助かる』と書かれた紙が置いてあった。私はその紙をスマホケースに入れ、大切に取っておくことにした。

 そして次の日。空が明るくなり始めた朝早くに大学に集合した私達は、そこから共にタクシーで京都駅に向かい、始発の新幹線に乗った。駅弁の朝ご飯を食べ、一緒に二度寝に入る。

 気付けば新幹線は、元首都である東京へと到着していた。新幹線を下りて東京の街に降り立つ。人の数が京都と比べて多いが、私が想定していたよりかは少なかった。もしかしたら首都が京都に変更されたのも影響しているのかもしれない。

 

「お婆さんはどこに住んでるの?一軒家?」

 

「…ヤバ、乗り過ごした。ていうか寝過ごした」

 

「えぇっ!?」

 

「てへへ、起きてすぐ下りればよかった…東京駅まで来る必要無かったなぁ…」

 

「しっかりしてよぉ〜…とは言えないか…。私も寝てたし…」

 

「ううん、メリー起きててもどこで私を起こせばいいか分からないでしょ。ま、東京だから電車は数分おきに来るし、何の心配も無いんだけどね。行きましょ!新幹線の次は京王線よっ!」

 

「…うんっ!」

 

 大都会の東京から京王線で移動し、都内某所で下車する。そこもまた全方位が高層ビルに囲まれている都会だが、そこから更にバスで移動する。暫く行くと都会らしさは段々と薄れていき、遂に緑に囲まれた土地に到着した。見た目は田舎だ。

 

「この辺なの…?」

 

「そ。実家には行かないで真っ直ぐお婆ちゃんの家に行こうと思ってるけど…どうする?」

 

「そうね、そうしましょ。でも、泊まりがけって言ってたけど…。どこに泊まるつもり?」

 

「どこって…お婆ちゃん家でしょ?」

 

「『でしょ』って…。アポ無しでしょ?」

 

「まぁそうだけどさ、お婆ちゃん一人暮らしだし大丈夫大丈夫♪」

 

「えぇ〜…」

 

 確信も無しにそんなことは言わないだろうし、きっと大丈夫なのだろう。不安は残るが、ここは彼女に任せてついて行くしかない。

 田んぼ道を暫く歩くと一軒の家が見えてきた。決して大きくないサイズの和風の家だが、何故か庭の敷地内に大きな蔵がある。蔵といえば大きな家にあるというイメージが強いだけにこの状態に違和感を覚えてしまった。……違和感といえば、もう一つある。だが上手く言えない。外見のことなのだが…上手く言い表せない違和感がある。

 

「あの蔵、やけに大きいわね…」

 

「でしょでしょ?何か無駄に大きいよね。中には何あるのか気になってしょうがないよ」

 

「蓮子も知らないの?」

 

「知らない。危ないから絶対に近寄るな、とだけ昔から言われてきたからさー…。妖怪とかを封じ込めてたりするかもね♪」

 

「あはは…有りそうで無さそうね…」

 

 寧ろ、妖怪を閉じ込めているのは蔵の中にある

()の方かもしれない。書物なんかは特に怪しい。鈴奈庵がいい例だ。

 

「でもさ、蔵と言えば家と同時に建てるものだと思うでしょ?」

 

「違うの?」

 

「あの蔵、私が小さい頃に建てられたんだよね。中身とかが増えた訳じゃないのに、何故か建築…というか増設?されたんだよね。でも子供はさ、新しい建物とか見たら探検したくなるじゃない?なのにダメだダメだって言われてさー…子供心に不満だらけだったよ」

 

 きっとそれだ。私があの蔵に対して抱いた謎の違和感の正体がわかった。妙に綺麗なのだ。家は実に年代物という感じがするのに、蔵の方は少し綺麗に見えた。その差が違和感だったのだ。

 

「いつか、中が分かると良いわね」

 

「そんな日が来るとは思えないけどね…。まぁ、中入ろっか。…おばーちゃーん!来たよー!!」

 

 玄関を開けるなり元気に声を張り上げる蓮子。急に大声を出すので少しビックリしたが、それはどうやら中に居た蓮子の祖母…菫子も同様だったらしい。「えっ!?」という声が聞こえた後に、スリッパを履いて走ってくる音が聞こえてきた。

 少し整えられた白髪にラフな格好、丸みのある眼鏡で、柔らかそうな印象が与えられる。

 

「あらあらまぁまぁ…相変わらず元気ねぇ蓮子。いらっしゃい。…そちらは?」

 

「あぁ、こっちは─────」

 

「初めまして。留学生の、マエリベリー・ハーンです。宇佐見さんにはいつもお世話になっ…」

 

「って言うのは建前でさ!実はメリーね、幻想郷から来た妖怪なのよ!」

 

「へぇ…!」

 

「まだ途中なのにぃ…」

 

 眼鏡の奥で彼女の目がキラリと煌めいたように見えた。それから、菫子に「上がりなさいな」とリビングに通された。彼女が用意したお茶に口を付けつつ、蓮子と彼女のやり取りに耳を傾ける。

 まずはここに来た目的を。そして、その理由。菫子は、楽しげに話す蓮子を見て、ただただ目を細めていた。見た目と第一印象の通りで、優しいお婆ちゃんらしい。

 すると唐突に私に話が振られた。2人の会話は聞いていたので、特に焦る事無く返事が出来た。

 

「メリーさんは紫さんの娘って本当…?確かに、外見はとてもよく似ているけれど…」

 

「ええ。私、本名は八雲茜っていいます」

 

「あらまぁ…。紫さんより優しそうに見えるわ♪

…あ、こんな事言ったら怒られちゃうから秘密にしておいてね♪」

 

「そうですね♪」

 

「…それでねお婆ちゃん。その紫さんと話して…幻想郷に行けるようになったの。勿論あくまでも一時的にだけど。でも私ってお婆ちゃんみたいに超能力が無いから、自分の身を守れなくて……」

 

「そうねぇ…妖怪さん達は強いしね。人間もね」

 

「人間も……?お婆ちゃんみたいな人がいっぱい居るの?」

 

「まさか。私みたいな超能力者は居なかったわ。でも、私なんかよりもずっとずっと凄い人達が、あの世界には居るのよ」

 

「お婆ちゃんよりもかぁ〜…。楽しみだけど少し怖いなー。でもカードも何も投げられない私は…どう身を守ればいいと思う…?」

 

「そうねぇ…。蓮子、時間と場所が分かる以外は至って普通の女の子だからねぇ……」

 

「それって褒めてるの〜?」

 

「勿論褒めてるわよ?…そうねぇ…あなたが普通だからこそ、妖怪からの護身の方法は、限られてくるわねぇ。これは難しい問題ね」

 

「なんで少し嬉しそうなのよ〜?」

 

「ふふっ…とうとうこの時が来たのかーってね、嬉しくなってね…♪」

 

「この時って…?」

 

 すると菫子は、無言でポケットに手を入れて、緑色のあるものを取り出した。

 

「え…ちょっ、お婆ちゃん…!?」

 

「お婆さん!?」

 

 取り出したソレは拳銃。そして彼女は、それをあろう事か蓮子に向けたのだ。私達が驚いたのも無理は無いだろう。もし蓮子に撃つようなことがあれば、私が彼女を守らねば。……そう身構えた瞬間、菫子は引き金を引いた。

 

「「…へ?」」

 

 弾丸は飛び出さなかった。代わりに、銃口から何か細いものがカチャンと落ちた。蓮子がそれを拾って見つめているソレは、精密に出来ている鍵らしい。

 

「蔵に行ってきなさい蓮子。あなたの求めているものが、そこにあるわ」

 

「え?でもあそこって、危険だから近付くなってお婆ちゃんが……」

 

「そう、今まではね。だけどもう大丈夫よ。今のあなたには、あの蔵に入る資格がある。幻想郷に行きたいのなら、蔵で装備を整えなさい。もしも拒むなら、幻想郷には到底行かせられないわね」

 

「……わかったよ。行ってくるね、お婆ちゃん。行こ、メリー!」

 

「え…でも私は…」

 

 チラリと菫子に目をやると、ニッコリ微笑んで頷いてくれた。OKという事だろう。これまでは蓮子すらダメだったのに、何故初対面の私がOKなのだろうか。そこは気になったが、蓮子に手を引かれ聞きそびれてしまった。

 

「はぁ…ハラハラしたー…ホントに撃たれるかと思ったよ…」

 

「あ、メリーは知らないんだったね。お婆ちゃんってああいう所があるのよ。超能力を使って急にドッキリを仕掛けてくるの。まぁ、今のは超能力じゃなくて物理的だったけどさ。ポンッて花とか出すのかと思ったら、まさかの鍵とはね〜」

 

「花…?なんで花?」

 

「ほら、コ〇ンにそういうシーンあったじゃん。夜、入院した〇ナンのお見舞いに灰〇が来て銃を突き付けるシーン。そのまま引き金を引くけど、実は花でしたーってやつ」

 

「あー」

 

 そういえばあった…ような気がする。まずい、サラッとしか読んでいないものだから、あんまり深くは覚えていない。

 

「なーんて話をしてるうちに着いたね!さァて、この蔵で装備を整えられるって言ってたけど…。何があるのかなぁ」

 

「まさか、今日中に蔵の中を知ることになるとは思わなかったわね♪」

 

「そうね!よしっ、鍵は開いた!開けるわよ!」

 

「「いっせーの…せっ!!」」

 

 声を揃えて同時に蔵の扉を開けた。しかしその大きな蔵の中には、とてつもなく巨大な機械と、説明書らしき紙の束が傍にあるだけだった。

 

「何、この機械…?工場の中にありそう…」

 

「この紙はどうやらこの機械の説明書みたいね。

『業務用3Dプリンター機』…?」

 

「…!」

 

 菫子はきっと、この3Dプリンター機で装備を整えろと言いたかったのだろう。その意図をすぐ汲み取った私達は、説明書を一緒に読み込んで、作業を開始した。




段落あると見易さ違います…?

3Dプリンター機では長さ高さ奥行それぞれ2mずつの物体までなら作れるって事にして下さい。何せ「業務用」ですから。
何故菫子がこんなの買ったのかは追々書いていくかもしれませんし、放っておくかもしれません。いや、次の話で書きます。



菫子の年齢について
深秘録の登場時点で、菫子は高校一年生。つまり15歳か16歳ですね。まぁ東方なので明確な年齢は出ていませんよね。(ちゆりと教授は珍しい例)
と、ここで思い出して欲しいのは、「エスカルゴ幻想入り時点で既に菫子の夢幻病は治っていた」という事です。
仮に、菫子との入れ違いでエスカルゴが幻想入りしたとすると、菫子20歳時点でエスカルゴは16歳ということになります。

菫子20歳(エスカルゴ16歳)

ただしここでもう一つ思い出してほしいことが。
幻想郷と外の世界の時間の流れ方は違うってことです。(本編で書いた通りこれは俺の作品特有のオリ設定なので鵜呑みにはしないでネ。蓮メリを本編と同じ世界線で早く書きたくてこんな設定にしたのです。後悔は一切してません)

幻想郷の1年は外の4年としていましたね。
(それくらいすごく離さないと、蓮メリの時代に追いつかないだろう、というメタ的な理由で…)

菫子20歳(エスカルゴ16歳)
24歳(17歳)
28歳(18歳)
32歳(19歳)
〜〜〜〜〜〜〜〜

とすると、エスカルゴは幻想郷で35-16年もの間過ごしているという事になります。一方外では、エスカルゴ幻想入りから19×4年も経過しているという事です。

つまり、菫子の年齢を求める式は
彼が幻想入りした時の菫子の年齢+エスカルゴが幻想入りしてから経過した年数×4
となるので、数字を代入すると
20+19×4=20+76=96
ですね。………96歳だと!?
曾お祖母ちゃんとかそういう年齢じゃないか!!

そう。エスカルゴは、外で生きていたら92歳の爺なのです……!!幻想郷に来てて良かったね!!
西暦は2093年。うーん、遠い。


菫子もその子供も、結婚(出産?)が遅かったのかもしれませんね。でも、蓮子が大学一年生だと
仮定すると、年齢は19歳か18歳ですから、96歳と
18(19)歳という年齢差は案外起こり得るかも?

菫子39歳
子供0歳

菫子78歳
子供39歳
蓮子0歳

菫子96歳
子供57歳
蓮子18歳

あー、溢れる無理矢理感。でも2人とも高齢出産だったとしたら96歳と18歳の祖母と孫も誕生することになりますね。うーん、無理矢理感。


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いざ行かん、幻想郷へ

「へー…お婆ちゃん、3Dプリンター機なんて物買ってたんだね……。こりゃあ凄いや、サイズが間に合えば色んなモノが作れるじゃん」

 

「そうね…。まさか一般家庭にこんなのあるとは予想もしてなかったわ…」

 

 蓮子のお婆さん…菫子の家の蔵には、業務用の大きな3Dプリンター機があった。蓮子は、傍に置いてあった説明書に従い、自分の作りたい物のプログラムを打ち込んでいく。確か、お父さんが幻想郷に来る前は樹脂製が主流だったようだが、この機械は主に樹脂で、超硬合金以下の硬度なら金属の加工も可能らしい。技術の発展とはかくも恐ろしいものだ。それともこれが「業務用」たる所以か。

 

「んあー、カーブむっずかし!座標合わせるのはイけるけど厚さ合わせなきゃだし…ぐぬぬぬ…!お婆ちゃんはこんな機械を使ってたっていうの?くっ…でも負けてらんないわ!!」

 

 勝ち負けではないのだから、別にゆっくり制作してもいいと思うのだが、彼女がそうしたいならそうしても良いだろう。折角プログラムの仕方が書かれた説明書があるのだから有効活用せねば。

 それに、対抗心というのは時に人を大きく成長させてくれるものだ。私は姉や妹達、親に対して対抗心を抱いた試しなど無いが、対抗心のお陰で成長した例を、私は知っている。私の馬鹿な兄…妖舞がいい例だ。

 

「メリー、材料は今何が入ってる!?」

 

「えっと…樹脂ね」

 

「オッケー、じゃあまず最初は樹脂で試作品よ!それで上手くいったら金属で本番にしましょ!」

 

「そうしましょ…って、えっ!?もうプログラム打ち込み終わったっていうの!?」

 

「そうよ?こういうプログラムってX軸とY軸とZ軸の数字を変えるだけだからね。後は誤字とかしなきゃいいだけだし」

 

「へ、へぇー…流石ね…」

 

 やはり天才…私には無い才能だ。こんな早くにプログラムを終えるとはスゴすぎる。始めてからまだ30分経過したかしていないかくらいだ。

 

「スイッチ・オンっ!」

 

 プログラムされた最大の長さに合ったサイズの樹脂が切り出され、徐々に削られていく。…だが私が思っていたよりずっと小さい。プログラムを始めた頃、「お婆ちゃんとお揃いの銃を作る」と言っていたはずだが…どう見ても小さすぎる。

 2センチ程度の三日月のような物体だ。これはどう見ても銃ではない。

 

「出来たーっ!」

 

「ね、蓮子。それ、どう見ても銃には見えないんだけど…?」

 

「だって引き金だもん。3Dプリンターってね、部品を作ってから自分で組み立てるのよ?いわば自家製プラモデルみたいな感じね」

 

「あ…そうだったんだ…」

 

「妖怪の力なら、0からでも完成品とか作れるんだろーなー」

 

「『創造』なんて、妖怪でも簡単じゃないわよ。私は無理だし、お母さんでもきっと出来ないわ」

 

「エスカルゴは?」

 

「お父さんはまぁ…出来るわよ。寧ろ得意な方。何でも創れるって訳じゃないらしいけどね」

 

「へぇー…。じゃー次は銃身でも作ろっかな〜」

 

「…設計図は?」

 

「作ってないよ。こうプログラムで打ち込むと、機械に搭載されている線画機能で形を確認出来るから、その都度確認して作ってたのよ。ほら!」

 

 ピピッと軽い電子音が蔵に響く。プログラムの画面は黒い背景に切り替わって、緑色の横と縦、奥に伸びる座標の線が現れる。蓮子がスタートのボタンを押すと、始点(0,0,0)から線が伸びて、少しずつ銃の形を描いていく。

 

「よっし、出来た!それじゃ、ちゃちゃっと銃身作っちゃいますか!メリーは武器になりそうな物考えておいて!」

 

「うん、分かったわ」

 

 それから凡そ5、6時間…私達は、武器作りに没頭した。プログラムを打ち込んでいく速度は、慣れと共に目に見えて早くなっていった。やはり蓮子は天才だ、普通の人間とは違うと思う。もう全ての座標が頭の中に浮かんでいるかのような、神憑り的な速さだ。

 

「あなた達、そろそろ夕飯にしましょう?」

 

「夕飯?うわ、外真っ暗じゃん!…うぐ…なんか急にお腹がっ……」

 

「私も…」

 

「あらまぁ、やっぱり夢中になってたのねぇ…。ほっほっほ…」

 

「ていうか私達、お昼ご飯食べてなくない!?」

 

「1回話しかけたんだけど、夢中になってて全く反応してくれなかったから…」

 

「「え゙っ……」」

 

 それは気付かなかった。というか、今も菫子が来るまで外が暗くなっていることに全く気が付か無かった。それほど、作業に没頭していたのか。お陰で色々作れた事は作れたが。

 3人で中に入り共に食卓を囲む。彼女の料理はとても美味しく、ついつい箸が進む。

 

「お婆ちゃん、何であの蔵に3Dプリンター機があるの?それも業務用とかいうビッグサイズの」

 

「あなたの為よ?蓮子」

 

「私の…?」

 

「いつかはこんな日が来るだろうと思ってね…。蓮子に能力があることが分かって、まずは機械を仕舞っておくために大きな蔵を建て…それから、機械を買ったのよ。全てはこの日の為。あなたが幻想郷で死なないよう、装備を整えさせる為よ」

 

「じゃあ……お婆ちゃんは分かってたの?私が、幻想郷に行けるようになるって事…」

 

「ええ、そうよ。紫さんが直々に来るのは流石に予想外だったけどねぇ…。なんたってあなたは、この私の孫なんだからねぇ。小さい頃から好奇心旺盛だったあなたなら、いつかこういう道に進むだろうなって予想してたよ?」

 

「たはー…お見通しだったかー」

 

 …そもそも幻想郷の事を蓮子に吹き込んだのは菫子だったはずだが…。まぁ、そんな余計な事は言わないでおこう。

 

「ええ、そりゃあもう。…で、どう?ちゃんと、自分の身は守れそうかしら?」

 

「バッチリ!お婆ちゃんはESPカード投げてたようだから、私はもう少し攻撃的なモノを投げる予定よ!そもそも戦闘する予定は無いから、多分出番は無いだろうけどさ」

 

「いいえ、きっと戦闘することになるわ。結構、好戦的な人達が多いからねぇ。メリーさんなら、そこら辺は分かるでしょう?」

 

「…そうですね…。きっと戦闘は避けられない。私もそう思います」

 

 例えば、レイチェルに会いにいくとして、湖の周辺は必ず通る。すると、チルノに会う可能性も少なからず出てくる。すると蓮子並みに好奇心が旺盛なチルノなら、珍しい外来人だからと勝負を挑んだりしそうだ。大妖精が止めても無意味だ。

 

「メリーまで…。戦いに行く訳じゃないのに…」

 

「気を落とさないで、蓮子。戦うということは、決して悪い事じゃないの。向こうでは戦いが遊びなのよ。戦いを『ごっこ遊び』にしているの」

 

 流石、幻想郷に来た事がある人間は言うことが違う。その通りだ。決闘…つまりは戦いを遊びにしている。やはり私からの説明はあまり必要無いだろう。

 

「うへー…戦いが遊びって…」

 

「だから蓮子が幻想郷に行って、どこかの誰かに

『戦おう』と言われたら、それはこっちの世界で

言う『一緒に遊ぼう』と同義なのよ。勿論普通に

『遊ぼう』って言う人も居るけどね」

 

「うーむ……非力な人間に戦いを挑むとは何たる鬼畜…」

 

「怖いなら行けないわねぇ、うふふふっ♪」

 

「お婆ちゃんは怖くなかったの?」

 

「怖くなかった、と言えば嘘になるかもね。でも恐怖心より好奇心の方が勝ったから、私は行動を起こしたの。何なら、死ぬ事も怖くなかったわ。全ては自分の意思によるものだから…ね」

 

「…そっか…」

 

「蓮子が幻想郷に行きたいと言うなら、出来れば私とて止めたくない。でも怖がりながら行くなら止めるわ。恐怖心は睡眠不足並みに己の判断力を鈍らせる。判断力の鈍りは、向こうでは死に直結すると言っても過言じゃないわ」

 

「…死と隣り合わせって事ね。でも大丈夫だよ。私にはメリーが居るから…!メリーならいざって時は私の事守ってくれるもん!ねっ!」

 

「勿論そのつもりよ。だって蓮子だもんっ♪」

 

 パチンとウインクをして私を見つめる蓮子に、私は笑顔でそう答える。有事の際は、彼女の事は私が守らなければ。お父さんが案内役だがあまり頼ってもいられない。

 

「あははっ、私だからって何それ♪」

 

「ふふっ、自分で言って分かんなくなったわ♪」

 

「全くもー、メリーったら〜」

 

「えへへへっ…///」

 

(蓮子なら、大丈夫よね……。昔から強いあの子だもの、私と次会う時は冥界で…なんてことにはならないわよね……)

 

 食後は、もう一度蔵に行って作業を再開した。弾幕としてアレを使うには、食前までに用意した数だと到底足りなかったのだ。…だが、数を補完する為にアレを大量生産したは良いが、持ち帰る為の袋などの持ち合わせが無い事に完成してから気付いた。

 

「どーしよ、折角作ったのにこれじゃ10分の1も持って帰れないよ…」

 

「……私に任せて、蓮子。私の能力でこれを全部仕舞ってあげる」

 

「えっ…!?メリーの能力って確か…えっと…」

 

「《境界を操る程度の能力》。細かい説明は省くけど、これは異空間すら生み出せる能力なのよ。だから……」

 

「ッ……!?」

 

 山になるほど大量に作ったアレの真下に大きなスキマを開き、落とし込んだ。これでアレは私のスキマに収納された事になる。なので荷物で悩むことは無くなった。

 

「え…えぇっ!?落ちた!?うわ、目玉だらけ…中見えないや…何これ、どうなってるの…??」

 

「近付きすぎたらダメよ?もしあなたが落ちれば今作ったアレを全身に喰らう事になるわ♪」

 

「うげっ…それだけは死んでも勘弁だなぁ……。でもこれどうやって取り出すの?いちいちメリーにお願いするのは…何て言うかさ…?」

 

「そうねぇ…。試しにスカートのポケットに手を入れてみて?」

 

「…うひゃあっ!?底が無い!?手が…手が!!手がどこまでも深く入っていくんだけどッ!?」

 

「さっき見せた《境界を操る程度の能力》による異空間を蓮子のポケットにも作ってみたわ。勿論今のは一時的なものだけど。……つまり、蓮子のポケットと私の異空間を繋いでいれば、例え私が仕舞った物でも蓮子が取り出せるってワケよ」

 

「と…とんでもないね……リアル四次元ポケットじゃないの、こんなの……」

 

「そうね、仕舞った物ならサイズも何も関係無く取り出せるものね」

 

「…って、ちょっと待って?その能力を使えば、京都まで一瞬で帰れるんじゃないの!?」

 

「そうよ」

 

「おおおおおおっ!!東京から京都まで一瞬とか夢みたい!!帰りはこれで帰ろっ!!!瞬間移動みたいなの体験してみたいわ!!!」

 

 能力で帰るなんてそんな怠惰な…という言葉は無意識のうちに飲み込まれた。蓮子の楽しそうな顔を見たら断るなんて出来なくなってしまった。断れるワケがない。

 

「それじゃ、誰にも見つからないように私の家に繋ぐけど、それで良いわね?」

 

「はーいっ!!あーあ、早く明日の朝にならないかなー♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ある日の大学帰り。揃ってアパートに入り、準備物を確かめる。不足している物資は、何一つありはしない。完璧だ。これなら最悪でも死にはしない。全ての確認を終えた私は、蓮子の目の前でスキマを開き、1人になっている状態のお父さんを呼んだ。

 

「お父さん。準備、整ったよ。お迎えお願い」




プログラム中の線画機能は神。線画が狂ってたらプログラムが間違ってるっていう事ですからね。工業系の人は特に分かるはず…。
NCフライス盤使った事はあるのでそんな感じで考えてますが、実際の3Dプリンターとはかなり違ってそうですね…(汗)


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第3章:決意
カルチャーショック


「オッケ、今行くよ。玄関で合流しよう」

 

「わかった」

 

 スキマ越しに短く会話した後、お父さんは私の目の前で姿を消した。魔界神から貰った能力で、アパートの玄関に瞬間移動したらしい。おかげで妖気が溢れかえるような感覚がする。

 

「来たぞ茜ー。荷物持って出てこーい」

 

「はーい、今行くー。行こ、蓮子!」

 

「そうね!」

 

 とは言っても、荷物なら私のスキマに全て収納してあるので、私達は手ぶらだ。あの時菫子から聞いた話によると、幻想郷は圏外なのでスマホを持っていく意味はあまり無い。用途と言えば偶に写真を撮る程度だろう。しかし私達は情報漏洩を避ける為にスマホすら置いていく事にした。

 

「あれ、手ぶらなのか」

 

「必要な物なら、全部スキマに仕舞ったからね。お父さんと同じよ」

 

「成程、そりゃ効率的だ」

 

「お父さんと同じ……え?エスカルゴもメリーと同じ能力持ってるの…?でもこの前《境界を操る程度の能力》を持ってるとは言ってなかったよ?あー、まさか隠してたのー?ズルいな〜」

 

「あぁ、俺の場合は少し特殊でさ。娘に頼んで、ポケットの中の空間を広げてもらってるんだよ。だから、ほぼ四次元ポケットみたいなもんだな」

 

「娘…メリーとは違う?」

 

「そ。まぁいずれ会う事になるかもしれないな。母親に似て、超絶可愛い娘なんだぜ」

 

「いずれって言うか今から会う事になるでしょ。まずはレイチェルに会いに行くって、お父さんが言ってたじゃない」

 

「あーそーだった。んじゃ紅魔館近くに飛ぶぞ、茜と蓮子は手ェ繋ぎな。置いていくぞ」

 

「「はーい」」

 

 すると私の肩にお父さんの大きな手が置かれ、瞬間移動を発動させた。視界が一瞬真っ白になり何も見えなくなるが、すぐに色を取り戻す。とは言っても、地面と数m先しか見えないが…。

 

「ほい到着っと」

 

「っ…おぉ……おおっ…!霧でよく見えないけど自然に囲まれてるのが分かるわッ!!緑の匂いが濃い!大自然の中よ、ここ!!あははっ♪」

 

「匂いとか野生かよ…」

 

「お父さんも匂いとかで判別してるでしょ」

 

「俺は野生児だからね、多少はね?」

 

「えぇ…」

 

 この空気、少し久しぶりかもしれない。京都や東京とは違う、自然の匂い。菫子の家の周辺も、緑はそれなりに多かった。それでも色々な意味で幻想郷には及ばない。

 私はそんな感傷に浸っているが、一方で蓮子は霧の中でも構わずキョロキョロと見回している。

 

「それにしても霧が濃いわねー…数m先までしか見えないじゃない」

 

「ここはいつもそうなのよ。だから、霧の湖って呼ばれてるわ」

 

「ふーん…湖ってことは魚とか居るの?」

 

「人魚みたいな妖怪なら住んでるけど普通の魚はあまり居ないわ」

 

「へー…セイレーンみたいに歌ったりするの?」

 

「たまに歌ってるわね。惑わせる力は無いけど」

 

「ふーん…一度会ってみたいなぁ…。だけど色々見たいし…んー…どーしよ、何するか迷うなぁ」

 

「とりあえず、レイチェルに会いに行きましょ。まずはそれからよ」

 

「そだね!…あれ、何でその子に会うんだっけ」

 

「言ったじゃないの…。確率を操ってもらって、蓮子が幻想郷で死ぬ確率を0にしてもらうのよ。私とお父さんが居ても100%絶対では無いから」

 

「そうだったそうだった。それじゃ2人共、案内お願い!」

 

「言われなくても♪」

 

「くれぐれも俺から離れんなよな」

 

 どうやらお父さんは、紅魔館側から見て対岸に瞬間移動したらしい。少し周囲を見せておきたいという気持ちの表れだと思うが、生憎今日は普段よりも霧が濃い為、そう上手くはいかなかった。

 今は夏だったような気がする。なのに霧の中は涼しい。という事は…居る。氷の妖精のチルノがこの近くに居るとみて間違いない。

 

「安心しろ茜、館に着くまでは誰にも会わない。そういうルートを歩いてきてるからな」

 

「へっ?…そ、そう…なの?」

 

「絡んできそうな子なら俺らの反対側にいるよ。レイチェルに操作してもらうまでは、出来るだけ誰かさんとの遭遇は避けたいからな」

 

「それは私もそう思うけど……何で分かったの?私がそれ考えてるって…」

 

「不安そうな顔してたからな。父さんの洞察力、舐めちゃいけないぜ?」

 

「…女心は分からないくせに、よく言うよね…」

 

「言うようになったなぁ茜も。ほら、よく女心と秋の空って言うだろ?つまりそういう事だ」

 

「端折りすぎ…」

 

 お父さんは偶にこういう鋭いところを見せる。第六感なのか、単なる勘なのか…。本当に、よく分からない人だ。6年間一緒に居るが、それでもお父さんの本質はあまり見えてこない。

 

「あれ?ここだけ妙に地面が抉れてるね。しかも水が流れ込んで湖が不自然に広がってる…。一体どうしてこんな…」

 

「あー…これって確かお父さんのせいだよね…」

 

「俺のストレス発散だな。深い意味は無いから、蓮子が幾ら深く考えても答えは出てこないぞ」

 

「ストレス発散ッ!?地面抉れてるじゃん、何をどうしたらこうなるの!?」

 

「雷一つ落としただけなんだけど…」

 

「うわー……。出たよ、常識外れな事をしといて軽く言ってのけるヤツ…███系と同じじゃん。ねぇ、メリー?」

 

「いや〜……これくらいの地形変化は幻想郷じゃある意味普通だし…」

 

「え゙っ……」

 

「何なら竹林の大半が吹き飛ぶとかもあるしね…湖の面積が広がるくらい普通よ。現にこっちじゃ問題にもなってないし、誰も気にしないからね」

 

「うへぇ…妖怪パワー怖い…」

 

「それにこれ、確か15年くらい前の話だからな。誰がやったとか、忘れてる奴が殆どだと思うぜ。紅魔館の皆は、近所だから覚えてそうだけど」

 

「紅魔館って?」

 

「今から行く真っ赤な館の名前さ。因みに、主な住人は皆俺の嫁か彼女か娘な♪」

 

「うーわ、女たらし〜」

 

「ふははは、何とでも言うがいいさ〜」

 

 何だかんだでお父さんと蓮子も仲良くやってるようなので、安心した。蓮子は男に興味が無いと言っていたので、ここから恋に発展し、結果この2人がくっつくということはきっと無いだろう。もしあったら、私の立場が…。

 

「お…おぉ〜っ…あれが紅魔館かな…?ド派手な紅だね…紅すぎて目が痛くなりそうだよ…」

 

 確かに。見慣れて忘れていたが、外の建物等と比べると些か目に良くなさそうだ。妖怪の私にはあまり関係の無い事だろうが。

 門番の美鈴は、しっかり起きていた。意外だがここ数年はちゃんと起きているから驚きだ。

 

「おやエスカルゴさん、お客様ですか?」

 

「そうそう。茜とその友達。レイチェルに頼みがあってさ」

 

「茜?えっ…あなた茜さんだったんですかぁ!?え〜…少し見ない間に大人っぽくなっちゃって…こりゃあ驚きましたねぇ…。えー…見た目だけで言えば茜さんが長女さんじゃないですか…」

 

「あはは…まぁね…」

 

 これでも私は6歳だし、巫月お姉ちゃんは15歳だから、実に9歳も離れている。見た目で言えば完全に逆だが、これは継いでる血のせいだ。私はお母さんの血を濃く継いでいるので、お母さんと似た成長を遂げたのだ。

 

「どうぞ、お通り下さい。エスカルゴさんと一緒でしたらOKでしょう。多分」

 

「「多分て」」

 

(門番なのにそれでいいの…?まぁ私としては楽に通れて有難いんだけどさ)

 

 相変わらずだなぁ、としみじみ感じる。思えば私が最後に紅魔館に来たのは結構前だったような気がする。宴会にも顔を出さずに勉強漬けだったあの頃が懐かしい。

 

「まぁいいや、俺にとっては帰宅も同然だしね。遠慮なく通らせてもらうね、サンキュ」

 

 お父さんは美鈴の頬を軽く指でつつき、蓮子と私は美鈴に軽く頭を下げて門を通過する。そして玄関を開けると、メイド服を纏った銀髪の少女…いや、幼女が急に現れた。

 

「うわー、中もトコトン紅い……って、えっ!?えぇっ!?何今の、瞬間移動!?」

 

「時間を停止させて移動してきたんだよ。普通は認知できないから、瞬間移動に見えるんだけど。

…ただいま、弦月姫」

 

「お帰りなさいませ、お父様。そして、ようこそおいで下さいました、蓮子さん。久しぶり、茜」

 

 一応私の事も言うんだな、と少しだけ驚いた。というか前2人が敬語なのに私だけタメ口とは、少しどころかかなり違和感がある。まぁ姉だし、これくらいが丁度いいような気もするが…。

 

「あれっ…何で私の名前を…」

 

「この場所に移動してきた際、お父様から事情を聞きましたので。…紅魔館の副メイド長、十六夜弦月姫と申します。以後お見知り置きを」

 

「宇佐見蓮子です…よろしくお願いします……。えっと…お父様に事情を聞いたって…時間停止?した時に聞いたって解釈で…合ってます…か?」

 

 自分よりかなり小さい子供があのような対応を見せたからなのか、蓮子の口調がよく分からないことになっている。というより時間停止だ何だと彼女の頭の中で情報が錯綜しているようだ。

 

「そうです。お父様は時間停止の影響を受けない体質ですので」

 

「体質って…。ね、エスカルゴチート過ぎない?私もその体質になりたいんだけど?」

 

「と、俺に言われても。…弦月姫、レイチェルは今どこに居るかわかる?」

 

「今はアフタヌーンティーの時間ですので中庭のテラスに。お嬢様と妹様もご一緒です」

 

「分かった。一緒に行こうぜ」

 

「はいっ♪…蓮子さん、どうぞこちらへ。紅茶の準備は整っておりますので」

 

「は、はい…」

 

 いつ準備したのか全く分からないが、弦月姫のことだ、時間停止で何とかしたのだろう。時間が停止すると私には認知出来ないので、お父さんと弦月姫お姉ちゃんが何を話して何をしているのか全く分からない。

 弦月姫お姉ちゃんとお父さんは、館の中の長い廊下を並んで歩いている。私と蓮子はその後ろをついていく。すると蓮子は歩きながら私に小声で話しかけてきた。

 

「ね…あの子ってメリーの妹…?」

 

「ううん、お姉ちゃん」

 

「お姉ちゃんんんっっ!??」

 

「ちょ、蓮子、声大きいって!」

 

「ごめん…。でも、どう見ても子供…というか、少女にもなりきれてない幼女じゃないのよ…」

 

「プライバシーに配慮して年齢は言わないでおくけど、私とお姉ちゃんは6歳離れてるよ……」

 

「姉と妹が逆でしょそれ…!」

 

「母親の血が違うから、どうしても成長の仕方に差が出ちゃうのよ。前に言った通り私は6女なんだけど、見た目だけなら本当に長女だからね…」

 

「ええええ〜……」

 

「聞こえてるわよ茜?」

 

「ひぃっ!?」

 

「だよねー…吸血鬼は地獄耳だもんね…」

 

「分かってるならひそひそ話なんてやめなさい、全部筒抜けなんだから意味なんて全く無いわよ」

 

「吸血鬼…!?やっぱりその翼って吸血鬼のソレだったんだ…。だけど、吸血鬼って普通は夜行性なんじゃ…」

 

「幻想郷の吸血鬼は昼も夜も活動的よ」

 

「エスカルゴだけじゃなかったんだ…。…やば、有名な妖怪とかは調べてきたのに予備知識が全く通用しないや…。何が何だか分かんないよ…」

 

「……多分、これからもっと驚く事になると思うけど…くれぐれも無駄に大きな声出さないでね…確率イジってもらう前に死ぬかもだからさ…」

 

「ゲッ…」

 

 そんな話をしている内に、周囲が明るくなり、紅ではなく緑に溢れている場所に出た。とうとう廊下から中庭に来たらしい。

 

「もうすぐでテラスですよ」

 

 と言っている間に到着した。そこには館の主とその妹、主の娘、そしてメイド長が居た。全員が吸血鬼で、人間である蓮子にとっては、緊張しか感じないだろうなとふと思った。




インドネシアが首都を移転するそうですねぇ…。
それに倣って、日本も首都移転したらどうかな。
東京から京都にさ。

…ほら、蓮メリの時代は首都が京都だから……。


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確率(うんめい)操作

(あれっ…あの人達って確か…北朝鮮の軍の設備破壊してまわってた人達だよね…っ!?知らない子供も居るけど…)

 

「レイチェル、あなたにお客様よ」

 

「へっ!?お母様じゃなくて私!?やった、何かそーゆーの初めてだな〜♪…初めましてお客様、レイチェル・スカーレットですわ♪」

 

 椅子を降りたレイチェルは、恭しくスカートの端を持ち上げ淑女風の挨拶をするが、その直前の子供のような発言のせいで淑女の欠片も無い。

 …今更だが、用があるのはレイチェルだけなのだから、応接室で良いような気がする。わざわざテラスに来る理由が無い。主に挨拶したり、館の中を見せておきたかったから…なのだろうか。

 あの(・・)お父さんなら、遠回しにそういった配慮もしていそうだ。色々抜けている人だが、サービス精神はある人だ、有り得ない話ではない。

 

「宇佐見蓮子です。…あなたがレイチェルさん…思ったより小さい…ですね…」

 

 初対面でよく言えるな、と少し驚く。恐れないにしても流石にこれは言えない。しかし、彼女の年齢を聞けば、その評価は180°変わるはずだ。

 

「フフン、私これでも2歳よっ!」

 

「2歳!?大きすぎでしょ…では?」

 

「そーなのかな?私よくわかんないや。お母様、私って大きすぎなの?」

 

「至って普通ね。敢えて言うとしたら、私に似て可愛すぎる所かしら。私に似て」

 

「そっか〜。さぁ、どうぞ座って♪」

 

「失礼します…」

 

 レイチェルに手で示されて、彼女達の反対側の空席に腰を下ろした。すると、レミリアの背後に居た咲夜が淹れたての紅茶を用意してくれた。

 

「それでお客様ぁ、私に何の用なの?もしかして私と戦ってくれるの?」

 

「うぇっ!?いやいや、そうではなくて…その…何と言えばいいのか…。レイチェルさんにお願いしてですね…私が幻想郷で死ぬ確率?を0にして頂けないかと…」

 

「んー………間違えて『生き抜ける確率』が0になっちゃうかもだけど、それでもいーい?」

 

「い゙っ!?そ、それなら結構です……私、まだ死にたくないので…」

 

「こらレイチェル、笑えない冗談はやめなさい。もし本当にそうなったらどうするのよ」

 

「お父様が居るもん、大丈夫だよー♪」

 

「あなたが居ても態々ここに来るんだから…余程その人間を守り抜きたいのね、エスカルゴは」

 

「まーね。この子を守るのが俺の役割なんでね。一緒に居る間だけは優先順位1位かな」

 

「私よりずっと弱い人間なんだから、ちゃあんと守ってあげてね♪ アハハハっ♪」

 

 フランはそう言って笑い飛ばしたが、目が全く笑っていない。お父さんに守られるという事柄に関して、妬ましく感じているかのような…舌打ちした上で、今すぐ凶悪な弾幕を放ってきそうな、そんな気配を感じる。

 

「笑わないのフラン、お客様に失礼でしょう?」

 

「アハッ♡ ゴメンなさい♡」

 

「『私よりずっと弱い』って…。確かに私は無力だし、弾幕も使えないし…あなた達みたいに軍の設備を破壊したり出来ないけど…あなたみたいな子供にはなんか言われたくないなぁ…なんて…」

 

 蓮子がそう言った瞬間、場の空気が完全に凍りついた。お父さん以外の吸血鬼達は、その微笑を顔に貼り付けたまま硬直している。人間の蓮子がそう言いたくなるのは分かるが、今のはなんとか耐えてほしかった。

 因みにお父さんは、レミリアとフランと蓮子の顔色を窺っている。かなり焦っている様子だが、お父さんは少し顔に出すぎだ。

 

「ふふっ、可愛いわね。生意気なそのお口、私の美しいグングニルで塞いでもいいかしら」

 

「じゃあお姉様が串刺しにしたら私が焼くね♪」

 

「では、今夜は焼肉パーティに致しましょうか」

 

「調理のお手伝いしますわ、お母様」

 

「じゃー私、リアルめんたまやき食べるー!!」

 

 皆一斉に立ち上がり、レミリアはグングニル、フランは激しく燃え盛るレーヴァテイン、咲夜と弦月姫はナイフを、レイチェルは斧を装備する。

 

「ひっ…!」

 

 それを見た蓮子は、絶望感に溢れた表情で椅子から転げ落ちて後退りする。彼女達の言葉が何を意味しているのかを察したのだ。とはいえ私は、まだ(……)蓮子を守らない。彼女達から溢れる妖気が、

「これは脅しだ」と言っているような気がする。本気なら、フランはとうに手を出していそうだ、とも思った。そして私の予想通り、レミリア達は蓮子を数秒見つめた後に得物を消して、何食わぬ顔で席に着いた。

 

「あんまり、舐めた口をきかない方がいいわよ。プライドの高い妖怪なんてザラに居るからねぇ。そんなんじゃ、殺されても文句言えないわよ?」

 

「…ごめんなさい…」

 

 椅子に座り直した蓮子は、頭を下げて謝った。それを見たレミリアは満足そうに頷いた。もしやさっきのアレは半分本気だったのかもしれない。

 

「見た目だけなら子供だけど、私はとうに出産も経験してるし、こう見えても518歳よ」

 

「私は513歳〜!」

 

「ごっ…!?じゃ、じゃあそっちのメイドさんはもっと……?」

 

「私ですか?…私は後天的に吸血鬼になりましたので…永遠の20歳とでも言っておきましょうか」

 

「………」

 

 確か、咲夜はお父さんと同じくらいだったはずだから、実際は35歳くらいかもしれない。まぁ、年齢関連の話題は避けた方がいいかもしれない。そもそも幻想郷には年齢を数える文化が根付いていないし、しっかり自分の年齢を記憶している人なんて極々少数のような気がする。

 

「で、何だっけ?『死にたくないから、幻想郷で死ぬ確率を0にしてほしい』だったっけ?」

 

「そう、ですね…。(切り替えが早すぎでしょ…。私まだ心臓バックバクなんだけど…)」

 

 レイチェルは何食わぬ顔で言うが、一方蓮子はまだ気持ちを切り替えきれていないらしく、少し言葉に詰まってしまう。

 

「いーよ、幻想郷で死なないようにしてあげる。その代わり、あなたが強くなったら勝負してね?約束だよ?」

 

「……。分かり…ました」

 

「破ったら殺しちゃうからねー」

 

「あは…ははは…」

 

 冗談のつもりで言っているが、蓮子からしたらたまったものでは無いだろう。そもそも、戦った時点で死ぬ可能性があるが…。

 そしてレイチェルは能力を使う為に蓮子の目をじっと見つめる。それを察した蓮子は、彼女から目を逸らさず見つめ返す。

 

「へー…あなた運が良かったね!今私があなたの確率を操らなかったら、94%くらいの確率で今日死んでたよ?」

 

「え……どうして……?」

 

「んー…話してもいーい?お母様」

 

「良いと思うわ。既に変わった運命なんだから」

 

「そだね!…あなた、お父様が戦ってる姿を一度見てみたいと思ってるでしょ?」

 

「うっ…」

 

「あなたがお父様にそう頼んだら、その時に丁度あなた達の近くにいたある人とお父様が戦う事になって、茜お姉様の結界でも守りきれなくて敵の大技の余波に殺られたって感じ。まぁ結果としてお父様が魔界神から力を借りて、しっかりと蘇生してくれたけど。…茜お姉様、精神崩壊しなくて済んでよかったね♪」

 

「そんな感じだったんだ…」

 

 確かに、蓮子を守れずに死なせてしまったら…確かに精神崩壊してしまうかもしれない。何だかそんな感じがする。

 

「因みに残りの6%は瀕死だったよ。次の日には死にそうなレベルのね。茜お姉様に訪れる未来はどっちにしても同じだったけど」

 

「………」

 

 私の結界で守れないなんて、一体誰がその相手だったのだろう。私のはそれなりに強い部類には入るし、少なくともお父さんの数倍はある。強さだけなら霊夢ともあまり変わらないというのに。それを破って、更に蓮子にそこまでのダメージを与えるような攻撃力を持つ者……。地獄の女神や魔界神、お父さん…あまり思い付かないが、その数はかなり限られている気がする。

 それにしても蓮子がお父さんの戦っている姿を見たがっているとは思わなかった。これは、少し注意が必要かもしれない。

 それから私達は紅魔館のテラスでアフタヌーンティーを楽しみ、暗くならない内に紅魔館を出て別な場所に行くことになった。




火曜も水曜も寝落ちしてしまって、更新が遅れてしまいました…申し訳ないです。

水曜に本気でバービージャンプ20回しただけで、両足が筋肉痛になりまして…今日はめちゃくちゃ生活が大変でした……。(謎の近況報告)
因みに金曜の一時間目は晴れればプールだとか。殺す気か。(もし翼があれば、エスカルゴ方式でめっちゃ泳げるのになぁ…)

とあるCDにて、(俺にとっては)驚きの事実が発覚しました。そのネタも入れたいと思います。因みに蓮台野夜行ではないです。
pixiv大百科にも載ってなかったと思うし、普通に初知りでした…アレは…。かなり衝撃的でした。


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ネクロファンタジア

どもども、ちょいとお久しぶりです。昨晩、漸く紅魔郷の倍速バグが直せました!直る前は、あの数字が1400とかになっていまして、そりゃあもうエゲツナイ倍速バグでしたよ(笑)
バグ中は大ちゃんで残機が尽きてましたが、一応レミリアまでいけるようになりました。コンテはしちゃいましたけどね…。
六面道中咲夜さんのエターナルミークをノーボムノー低速で避けるの楽しすぎてハマりそうです。ていうか紅魔郷って、低速の時でも赤い点が表示されないんですね。アレが無いだけでも難易度がとてつもなく跳ね上がった様に感じました……。




「さ〜て、死ぬ運命からは逃れられたことだし、次はどこに行こっかなー!」

 

「そうね…やっぱり平和な所なら人里かしら…。そこにも少しは妖怪居るわよ?」

 

「えー?どうせ死なない事になったんなら、少しくらい危険な所に行きたいな〜」

 

 蓮子ならそう言うと思っていた。なら、天狗や河童、神様等が存在している妖怪の山が良いかもしれない。しかし、やはり蓮子には危険すぎる。万が一、鴉天狗と戦闘になったら。あの速度に、私はついていけない。お父さんなら大丈夫だが、やはり多少は不安になってしまう。

 とはいえ、言っても聞かないのが蓮子だ。私も彼女との接し方が少しずつ分かってきた。ここは彼女の好きなようにさせてあげようかなと思う。好奇心を満たすまで彼女は止まらないのだから。

 

「ねぇエスカルゴ、何処かオススメの所ある?」

 

「そうだなー……。色々あるから、気になる所があったら言ってくれ。…迷いの竹林、妖怪の山、魔法の森、地t…」

 

「迷いの竹林!!ていうか全部行きたいわ!!」

 

「そう言うと思ったよ。な、茜」

 

「そうね。でも、くれぐれも怪我させないでよ?お父さんと違って一瞬で治らないんだから」

 

 私に流れるお父さんの血は薄いので、再生力はあっても吸血鬼程ではない。というかお父さんの再生力は異常だ。心臓に穴が空いても、サイズによっては再生が間に合うらしい。これは吸血鬼と不老不死の相乗効果にてそうなったらしいので、お父さん固有という訳ではないらしいが…。

 

「分かってるよ。蓮子の事は守るが、茜は自分の身は自分で守れよ」

 

「ちょっと待ってエスカルゴ!私だって、少しは戦えるようになったんだからね?ま、そのときのお楽しみにしててもらうけど!」

 

「蓮子が戦いたいってんなら危なそうになるまで見守るが…。じゃあ、まずは迷いの竹林行くか。少し遠いがどうする?蓮子なら…」

 

「歩きに決まってるわ!」

 

「…だろうな…」

 

「でも、飛んでみたいかも!私は飛べないけど…2人は飛べるんでしょ?」

 

「まぁな。どうする?」

 

「んー…じゃあさ、ゆっくり飛びながら行って、何か気になる所あったら言うから、その時は着陸してくれない?」

 

「成程な、そりゃいいや。んじゃ茜、任せたぞ」

 

「うん」

 

 意外だった。お父さんなら進んで蓮子を抱っこしそうだというのに。隙あらば匂いを嗅いだり、頬を触ったり…何かしら女性問題を起こしそうなお父さんだが、流石に自重したと見える。

 

「メリー、私の事持ち上げられるー?」

 

「私だって妖怪の端くれよ?持ち上げるくらい、造作もないわ。おんぶとお姫様抱っこ、どっちがいい?」

 

(お前は『端くれ』じゃねーだろ…。紫さんの娘なんだ、そんなレベル遥かに超えてるっての…)

 

「お姫様抱っこー!…と言いたいところだけど、全体を見渡すにはおんぶが良いかなっ!」

 

「わかったわ」

 

 それから、私は蓮子をおぶり空を飛び始める。すると彼女は、私の首を絞めそうなほど強く抱きついて、全身で密着する。胸が当たるが、私も女だからなのかそこまで気にはならない。

 

「ひゃああぁっ!う、浮いてるぅぅっ!ホントに空飛んじゃってるぅぅあああぁああっ!!!」

 

「蓮子…お願いだから耳元で叫ばないで…」

 

「スゴい!一面の緑だよメリー!天気は快晴だし気分もサイコーだねッ!ひゃっほーぃ!いっけーいけいけメ・リ・ィッ!!レッツゴーレッツゴーメ・リ・ィッ!!」

 

「何かの応援かよ…」

 

「わ、わかったらとりあえずもう落ち着いて…」

 

「『落ち着いて』!?そんなの無理でしょう!!だって今、空を飛んでるのよ!?人類の夢よ!!かのモンゴルフィエ兄弟だって、空を飛んだ時はきっとテンション爆上げだったはずよ!!」

 

「ライト兄弟じゃないの…?」

 

「モンゴルフィエ兄弟は、世界で初めて熱気球を使って空を飛んだのよっ!ライト兄弟は有人動力飛行で─────」

 

 その後は少し専門的な話で、彼女には悪いが、断片的にしか記憶出来ていない。それでも彼女の知識の多さ、幅、深さを思い知った。

 私がもっと外について勉強した所で、彼女には到底追いつけないだろうと確信を持って言える。追い付ける気がしない。私が何年勉強しようと、背中を追うばかりになるだろう。アキレスと亀のパラドックスのように。

 そして、彼女が熱心に熱気球と飛行機について語っている間に、迷いの竹林の上空に到着した。蓮子はそれに気付かずに熱心に語っているので、どうしたものか、とお父さんに助けを求めようとするが、お父さんは何も言わず入口の方へと着地してしまった。どうやら、竹林の中を歩くつもりらしい。迷いやすいこの竹林の中を、だ。やはりお父さんは、地味に鬼畜だ。

 小さく溜め息をついた私は、お父さんに倣って竹林の入口に着地した。

 

「さ、着いたぜ蓮子。ここが迷いの竹林……の、入口だ。どうよ、名前の通り迷いそうだろう?」

 

「うひゃあ…。こんなに竹しかない竹林は初めて見たかもしれない…」

 

 私から降りた蓮子は入口付近の青々とした竹に触れて、小さくそう呟いた。外にある竹よりも、こちらの方が少し長いかもしれない。

 

「ここも…まぁ、幻想郷の名物っつーか…名所?ってな感じの所かな。ガチで迷ったら死ぬけど」

 

「死ぬ!?」

 

「妖怪が住んでるからな、喰われちまうんだよ。イタズラ兎の罠もそこら中にあるし。でもそれは回避できるよ。囮を使えば、だけどな。で、この竹林の中に不老不死の医者が経営してる診療所があるんだ。顔見せ程度にそこ行こうぜ」

 

「不老不死…?もしかして幻想郷って不老不死の技術があるの?」

 

 そう聞いた途端に、蓮子の目の色が変わった。まるで、それを追い求めているかのように。少し嫌な予感がする。蓮子が蓮子でなくなるような…そんな、胸騒ぎにも似た予感が。

 

「ある。俺も不老不死…って言わなかったっけ」

 

「え!?言ってなかった…ような気がするけど」

 

「多分だが不死身って言ってたかもしれないな。不老不死に訂正させてくれ。俺は老いもしない。未来永劫、この若々しい姿なのさ」

 

「不老不死…って…どうやってなるの…?」

 

「人間なら『蓬莱の薬』っていう薬の服用だな。でも妖怪にそれは効かないから、また別な特殊な方法で、本体を肉体から魂にするんだ」

 

「その特殊な方法って!?」

 

「…何だ?まさかとは思うが…蓮子、不老不死になりたいのか?」

 

「ハッキリと『なりたい』ってわけじゃなくて、

『なれるならなりたい』って感じなんだけどね」

 

 嫌な予感が的中してしまった。蓮子は、人間を辞めるつもりだ。まぁ、「なれるなら」という事なので、何がなんでもなりたい訳ではないらしいのが救いだと言えるだろう。…お父さんが余計な事を言わなければ、この話はもう終わっていた。何でまた、お父さんは余計な事を言うのだろう。

 

「もしそうなったらそっちの世界では暮らせなくなるんだぞ。それ、分かってて言ってるのか?」

 

「そんなのは覚悟の上だよ。家族とかは、決して簡単には手放せない。でも私には覚悟があるわ。あなたもそうでしょ?母親に幻想郷に来たことを教えた上で、外の世界ではなく幻想郷を選んだ。それは何故?覚悟していたから。……でしょ?」

 

「まぁ………な。だけど、後悔したってどうにもならないのが不老不死なんだぞ。俺は後悔なんてしないけど」

 

「私が後悔なんてすると思う?」

 

「さぁな。付き合いが長いわけじゃないんだから俺に聞かれたって分からないよ。幾ら蓮子だって後悔する時はするんじゃないか?…何で、蓮子は不老不死になりたい?動機は一体何なんだ?」

 

「不老不死って所謂『生きてるけど死んでる』、

『生きてないけど死んでない』みたいに、生死の境界があやふやな状態な訳でしょう?」

 

「そう…なるのかな。多分そうだな」

 

「それって、まさに顕界でも冥界でもある世界(ネクロファンタジア)の実現だわ!私はそれを身を以て体験したいの!」

 

「………」

 

 それを聞いたお父さんは、苦い顔をしている。

「何となく」ではなく「明確な理由」があると、その人を止めるのはより難しくなるということを分かっているからだ。

 

「茜はどう思うんだ?」

 

「……蓮子が不老不死……」

 

 もしそうなった場合、何が起こるだろう。まず蓮子は外の生活を捨てなければならないだろう。百害あって一利なしだ。私の立場ならば、普通に考えたら止めなければならないだろう。もし仮に大学は卒業できても、何かしらの弊害はあるかもしれない。…尤も、その頃になれば身体の成長は止まっていても自然だろうし、そういう意味では大丈夫だろうが…。

 この問題の本質はそこではない。更に未来だ。

 

「…そうなったら…永く一緒に居れるのかな…」

 

「そう!そうよメリー!!私が人間を辞めれば、ずっとメリーと活動出来るのよ!!いつまでも…いつまでも!この世に存在してるオカルト全てを調べ尽くせるかもしれないくらいに、永く一緒に居ましょ!ねっ!」

 

「………うんっ…♪」

 

 蓮子が良いなら…それでも良いかもしれない。というより彼女に「一緒に居ましょ」と言われた事が何よりも嬉しい。卒業まで大学には通おう。しかしその後は…蓮子も幻想郷で暮らすのが良いかもしれない。人間ではなく、蓬莱人の蓮子と。

 

「…ハッキリ言って俺は、蓮子が人間のままでも不老不死になろうと、どうでもいい。だからもう止めはしないし、そういう意見は出来るだけ尊重したいとは思う……けど」

 

「けど?」

 

「せめて、反対派の先輩の話は聞いておこうか。中学や高校で決める進路なんかよりもよっぽど、人生を左右する事だからな。最終的に決めるのは蓮子本人だけど、それでもリスクや危険さとかは知識として頭の中に入れておいた方がいい」

 

「わかったわ!その先輩はどこにいるの?」

 

「この竹林に居るよ。適当に歩いていれば、何れ会えるだろう。行こう」

 

「道標とか無くて大丈夫〜?」

 

「今回は人間の蓮子が居るしな、帰りに迷わねぇように赤い糸を括りつけて行くさ」

 

 お父さんはいつの間にか、棒に巻きつけた糸を持っていた。創造したのだろう。それにしても、

「運命」について決めた後に赤い糸とは…何だか意味深長だ。

 

「迷わないように赤い糸ってモロにアレじゃん!アリアドネの糸じゃん!」

 

「あ、知ってる?アレ凄く良いよな、テセウスに尽くすアリアドネが堪らねぇっていうかさ…」

 

「あの騒動は結末が悲惨だけどね〜…。駆け落ち紛いなことまでしたのにアレって…」

 

「それなー…もっと他に手ェあっただろってな。でもまぁ仕方の無いことだったのかもしれんが」

 

「誰かさんみたいに、敵国の軍とかを破壊すれば良かったのになー」

 

「そう、誰かさんみたいに…ってやかましいわ」

 

「全くもう……。誰も彼も、お父さんみたいにはなれないんだからね?」

 

「まーね。俺がこうなれたのは偶然だしな〜…」

 

 そんな話をしながら、私達3人は迷いの竹林へ足を踏み入れた。幸いお父さんからの入れ知恵でギリシャ神話は少しだけ齧っていたので、今度は話に置いていかれずに済んだ。




大空魔術にて、蓮子は不老不死になりたい派だと判明してたんですな。それに対するメリーの反応とかも気になる所ですけど…不明なんすよね…。まだ蓮台野夜行しか持っていないので他のCDに関しては調べるしかないんです…すみません…orz

蓮子の発言のニュアンス的には、「何がなんでも不老不死になりたい」というより「なれるのならなりたい」みたいに、少し軽めだと感じました。

自然な言い回しだと「生死の境」だと思いますが敢えて「境界」としました。


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月の妖鳥

「うーん、中々見つかんないなぁ。気配探ってんのに兎と雑魚の気配しか見つかんねぇ。ちょっとタイミング悪かったかなぁ……」

 

「雑魚って?」

 

「低級妖怪。タダの知性無しだから全く以て話は通じない。もしそういうのに襲われたら、殺るか気絶させるんだ。まぁほぼ殺すな。後から兎とか人間に被害出るかもしんねーから」

 

「吸血鬼にとっては雑魚でも兎や人間にとっては脅威になり得るからってことね?」

 

「そゆこと。それと『吸血鬼にとっては』というより『大抵の妖怪にとっては』だな、あんなのは妖怪なら誰でも倒せるレベルだし」

 

「へー……」

 

 私も気配を探ってみるが、確かにそうだった。動物の兎も居るが、妖怪兎の方もいる。そして、竹林内で蠢く低級妖怪達。因みに影狼は居ない。妹紅ほどでは無いが、彼女もこの竹林には詳しいので、妹紅の家まで案内してもらおうと思ったのだが……そう都合よくはいかないらしい。

 

「もこたーんどこですか〜?もこたんもこたん、近くにいるなら返事して下さーい、もこたーん」

 

「─────って、お父さん何を言ってるの!?もこたんってその呼び方、言っちゃ悪いけど少しキショイかも……」

 

「こう呼ぶとかなりの高確率で来るんだよ。多少代償は有るけどさ」

 

「えぇ〜……ていうか代償って何……?」

 

「んーとなぁ、具体的に言うと……」

 

 ピッと指を立てて説明しようとするお父さん。しかしお父さんが説明を始める前に、周囲を観察していた蓮子が空を指さして大きな声を出す。

 

「メリー!空から女の子がッ!!」

 

 空から女の子なんて幻想郷では当たり前だが、初めて来た蓮子としては新鮮なのだ。誰だろうと思いながらそちらに顔を向けた───その瞬間、私のすぐ横を、炎を纏った少女が通り過ぎた。

 

「一遍死ねッッ!!!」

 

「ギャアアアアアッ!!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!」

 

 強烈な蹴りを頭に喰らったお父さんは、火達磨になりながら地面で転げ回って、やがて炭化して死亡してしまった。が、次の瞬間には雷の蝙蝠が出現し、何食わぬ顔で登場した。

 蓮子は一部始終を見ていたが、驚きのあまり、声も出せない様子だった。

 

「……これが代償だ」

 

「えー……」

 

「え……何があったの、今……?」

 

「死んだから復活したの。これが不老不死よ」

 

「ッッ……!お、思ってたのと全然違うなぁ……完全に死なないんじゃなく、死んでから蘇るって感じなんだね……」

 

「そうね。どちらにせよ、完全には殺せないことには変わりないわ」

 

「なるほど……っていうか今のってアレかな!?ファストフード店でのイリュージョン!!」

 

 肉体が消え、黄色の蝙蝠の出現、本人の登場。復活の為のこのプロセスを目の前で見た蓮子は、瞬時にそちらと結び付けた。その結びつけた結論が当たっているから、蓮子は本当に凄い。

 

「そうよ。当たり所が悪かったのか、あのときのお父さんは慧音の頭突きで死んだのよね。多分。それと、今来たあの人よ、不老不死の『先輩』」

 

「あの白髪の女の子が……」

 

「見た目は女の子だけど、軽く1300年は生きてるはずだから圧倒的年上よ」

 

「そっか、不老(・・)だもんね。やっぱすごいなぁ……」

 

 私達がこっそりそんな話をしている間、妹紅とお父さんも何やら話し込んでいる。妹紅は色々と文句を言うが、当の本人はヘラヘラしていて話を聞き流している様子だ。

 

「全く、そう呼ぶなって何回言ったら分かるんだお前。ホントに殺すぞ」

 

 今殺したばかりじゃないか、というツッコミを何とか飲み込む。私はツッコミ気質ではないはずだが、あれはツッコミたくなる。

 

「まぁまぁ、そうカッカすんなって。せっかくのお客の前でよ?」

 

「あぁん?客ぅ?……あぁ茜じゃないか。何だ、暫く見ない間に随分と大きくなったな。……もう1人は?」

 

(『暫く見ない間に随分と大きくなった』とか、久しぶりに会った親戚が言いそうなセリフねぇ。ていうか私のことを『もう1人』扱いって。まぁ別にいいんだけど……)

 

「久しぶり、妹紅。こっちは私の友達の……」

 

「宇佐見蓮子よ、宜しく。不老不死について少し話を聞かせてもらえないかしら?」

 

「宇佐見?その苗字、その帽子……お前まさか、菫子の子孫だったりするのか?」

 

「いかにも!宇佐見菫子は私のお婆ちゃんよ!」

 

「へー、やっぱりそうなのかぁ!私は藤原妹紅、宜しくな」

 

「ええ!」

 

 眩しい笑顔でガッシリと握手を交わした2人。初対面であの妹紅と打ち解けるなんて……と私は内心で舌を巻く。菫子の孫という肩書きのおかげなのか、蓮子のコミュ力の賜物なのか。妹紅は、決して人に馴れ合うタイプではないので、きっと菫子関係というのが大きいのだろう。

 確か妹紅は菫子と仲が良かったとお父さんから聞いている。因みに情報源(ソース)は霊夢なので信憑性はかなり高そうだ。

 

「そっか、孫なのか……道理で何となく似てると思ったよ。菫子は元気か?」

 

「そりゃあもう!お婆ちゃんになっても超能力は健在だしね!」

 

「そうか……元気にやってるんなら良いんだよ。ところで、不老不死についてってのは一体?」

 

「あなたは不老不死に反対派だってエスカルゴが言ってたから、リスクとかを聞いておきたいなと思って!」

 

「聞いておきたいだと?蓮子……だったか。お前まさか不老不死を望んでる訳じゃないだろうな?絶対に辞めておけよ」

 

「どうして?」

 

「……不老不死になると、まず最初は己を大切にしなくなる。そして何れ孤独になる。このバカは私の忠告を無視して不老不死になったんだが……その結果として、よく自爆するようになったよ。まぁ、かくいう私も、技の大半は自分もダメージ喰らうんだが」

 

「自爆技かー……」

 

「そうだ。さっきはあのバカを蹴り飛ばしたが、私は炎を纏ってたろ?だから……ほら、見てみろ私の足。火傷してるだろ」

 

 モンペを少し持ち上げて、足首を見せる妹紅。痛々しい火傷があるが、妹紅にとってはこれすら日常生活内なのか、全く意に介していない。

 

「痛くないの……?」

 

「そりゃ痛いさ、痛覚はあるんだから。でも全く気にならなくなる。どうせすぐに治るんだしな。そう考えると自分を大切にしなくなっていって、やがては私やあのバカのようになっちまうのさ」

 

「私はそんな風にはならない……と思う」

 

「そう思っていてもそうなるんだ。お前は、自分よりも大事なものはあるか?」

 

「そりゃあ、あるわよ。それがどうかしたの?」

 

「自分の大事なものを守る為なら不死者は命をも捨てられる。何せ、死んでもすぐ復活だからな、命なんてのは石コロの如く惜しくなくなるんだ。そうだろ?」

 

「……うん」

 

 確かお父さんが不老不死になった直後、偽鈴仙から毒団子を盛られたと聞いている。その際に、永琳は躊躇いなくその毒団子を食べたとお父さんが言っていた。輝夜は、かなり長い間妹紅と殺し合いをしていたらしいし、やはり不死者とは何れそうなるものなのかもしれない。サグメは今の所大丈夫だそうだが……。

 

「この考えに頷いた時点で……お前が不老不死になった場合の未来はほぼ確定したな。その大事な何かを守る為なら、お前は自分の命を捨てる」

 

「あなたは私に『自分を大切にして』ほしいの?でも大丈夫よ、私の命は私のもの。自分の大切なものを守れるのなら、無限にある命、いくらでも捨ててやるわよ。尽きることがないなら捨て放題じゃないの」

 

「外の世界の人間の割に、考え方が幻想郷の奴に近いな。いや、バカそのものだ。なぁ大バカ?」

 

「うっせ」

 

「お前、蓮子に余計な事を吹き込んだな?普通の人間はこんな考え方しない筈だ。不老不死を望む人間は多いがその後に訪れるであろう未来に恐怖してしまう者だって少なくない。だがコイツは、それを知っていて(・・・・・・・・)不老不死を望んでやがる。不老不死のお前が、不老不死仲間を増やす為に手引きしたとしか思えないんだが?」

 

不老不死になる方法がある。聞かれた質問に、俺はそう答えただけだ。不老不死の仲間ならもう何人もいる。サグメ、輝夜、永琳、そんで妹紅、お前もだ。神様だって不老不死に近いもんだし」

 

「サグメはまぁ、お前の女だし、そこはどうでも良い。だが蓮子は違うんだろう?あくまでも茜の友人で、お前とは関係無いはずだ。無関係の者を巻き込むのは止めろ。ロクに責任も取れないのに無闇に他人の人生を狂わせるな」

 

「あぁ、責任なんて取れねぇな。もし仮に蓮子が不老不死になった事を後悔しても俺は責任なんて取れるはずがねぇ。だが妹紅、俺は『不老不死になる方法があるか』と問われたから素直に答えただけだ。『はい』『いいえ』で答えただけである俺のどこが悪いってんだ?」

 

「そこは嘘をついてでも『人間から不老不死にはなれない、俺は妖怪だからなれたんだぞ』とでも答えれば、また違った結果になったかもしれないじゃないか」

 

 妹紅本人が「人間から不老不死になった」からこそ、こうも止めてくるのだろう。彼女は昔から散々苦しんでいた、とあちこちから聞いている。今でこそ生に楽しみを見出しているようだが。

 

「悪いな。俺は、蓮子の好奇心を満たす手伝いをしてるだけに過ぎねぇんだ。それに、蓮子は元々不老不死への興味・憧れはあったらしい。なら、あまり結果は変わらなかったんじゃねぇのかな、とも思うんだよね」

 

「だとしても、これ以上この永遠の苦輪に他人を巻き込むのはやめろ。止めてやるべきだ」

 

「俺は蓮子の意見を尊重する。それが彼女の望みだからだ。それを蔑ろにしてまで、人間としての生を全うする……それで幸福を得たとしても本人からすればまやかしの幸福だろう。何せ、自分の望んだものではないからな。やらないで後悔するより、やって後悔の方が良いだろ」

 

「不老不死に関しちゃ、やってからでは遅いから言ってるんだいい加減分かれこのバカ!私だって一時はそう思っていた、だがその後は後悔の日々だった!!あんな酷い思いを他の誰かに味わってほしくないからこうやって止めてるんだ私は!」

 

「……だとさ、蓮子。俺としては、蓮子の望みを叶えてやりたいと思っている。だけど、今妹紅が言ったのも紛れもない事実だ。妹紅本人が、経験してきたことだからな。成るにしても成らないにしても、蓮子が自分の意思で決めて妹紅に決意を伝えて。本人から言われたら妹紅も頷くかもよ」

 

「うんっ……!」

 

 拳をキュッと握った蓮子は、お父さんの隣から進み出て妹紅の真正面に立った。堂々とした様子からは、揺るぎない決意をひしひしと感じる。

 

「……ゴメンなさい。私は不老不死になりたい。そして妖怪であるメリーと永い永い刻を過ごす。それが、私の望み……ううん、幸せだから」

 

「理由は違うが……昔の私を見ているみたいだ。あの時の私には、止めてくれる人が居なかった。だが私は、どうあってもお前を止めてみせるッ!目を覚ませ蓮子、人間は人間として生きることが何よりも幸せなんだ、人間の体を捨ててもそれは真の幸せじゃない!」

 

「いいや、違うわ!私にとっては紛れもなく真の幸せよ!あなたの言うソレは、あなたにとっての幸せ!あなたと私の価値観は違うし、歩んできた人生も違う!私の幸せは他の誰でもない私自身が決めるのよ!!」

 

「……そうか。どうしても聞かないってんなら、力ずくで縦に頷かせてやる!!」

 

「わかったわ!勝負よ藤原妹紅!私が勝ったら、あなたはもう私を止めないで!!」

 

「私が勝てば、不老不死は諦めるんだな!!」

 

「望むところよ!!やるわよ、メリー!」

 

「うん!……えっ?」

 

「私の初陣の……サポートをお願い!!」

 

 そう言われて思い出した。蓮子にとってこれが初めての戦いなのだ。1人では妹紅に適うわけがない。妹紅も実力者なのだ、超能力者でない蓮子では分が悪いどころの話ではない。

 

「わかったわ、トコトン付き合ってあげる!」

 

「ありがとうね、メリー!ここで妹紅に勝って、2人の未来を勝ち取ってみせるわよ!!」

 

「うんっ!勝つわよ、2人で!」

 

「そうね!!」

 

「その気持ちがどこまで続くかな?生命(いのち)の火炎に焼かれながら後悔するがいい!!」

 

 蓮子がスカートのポケットに両手を入れたのと同時に、それと私のスキマを繋げて、戦闘準備を整える。そして妹紅が羽のような形の青い弾幕を発射してきたのを合図に、戦闘を開始した。




「2人の未来を勝ち取ってみせる」とかそれもうプロポーズなのでは…。


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決着と対価

「うわわわっ……これが弾幕!?なんて圧倒的な物量なの……!」

 

「ぶつかったら負け!ドッジボールと同じよ!」

 

「……!りょーかい、それなら得意よ!メリーは防御をお願い!」

 

「わかっ……防御!?じゃあ、蓮子はっ……」

 

「トーゼン、攻めるわッ!!」

 

 不死鳥の羽のような弾幕を掻い潜りつつ妹紅に向かって走り出す蓮子。何度も何度も掠るのが、本当に危なげに見える。

 小型の結界でチマチマと弾幕をガードするも、その都度結界を張り直すのは、少しキツイものがある。

 

「来るか、菫子の孫!いいぞ、その度量に免じて飛ばないで相手してやるよッ!!」

 

「そりゃ有難いわ、さっさと決着つけてあげる!私、体力無いの!!……やぁぁっ!!」

 

 手から零れ落ちそうな程のまきびしを取り出す蓮子。私のスキマ空間と蓮子のポケットを繋いであるから、私達は武器を共有することができる。

 

「ハハッ!なんだそりゃあ、忍の真似事か?」

 

「んあー、投擲技術無さすぎでしょ私ィ〜!!」

 

 蓮子が投げるまきびしは、10mも飛ばずに地に落ちてしまう。私はそれを小型のスキマで回収、再びスキマ空間に入れておく。こうすることで、半永久的に使い回せる。

 

「あァ、そうだ。ルールは、私は一発被弾したら負けでいい。そっちは、まぁ、好きなだけ来な!体力が尽き果てるまでな!!」

 

「言われなくてもっ!」

 

「だがな!見せてやるよ、蓮子!!これが私の、妖怪退治の奥義だ!火符『火葬封印』ッッ!!」

 

 極めて鋭いホーミング性を帯びた燃える御札をこれでもかと放つ妹紅。一般的、もしくは一般的よりも下と思われる蓮子では、あんな弾幕、すぐ被弾してしまう。

 すると、少し離れた場所から私達の戦いを見物していたお父さんが、怒気を含めた彼らしくない(・・・・・)声で妹紅を呼んだ。

 

「オイ妹紅ォ!ソレは俺と輝夜専用のはずだ!!なんで蓮子(にんげん)相手に使ってやがんだッ!?」

 

「威力は落としてるし、当たっても大して燃えやしない!これは勝負だ、外野は黙ってろ!!」

 

「……チッ……。火傷しちまったらキレーな肌がダメになっちまうだろーが……」

 

 成程、確かに妹紅は明らかに手を抜いている。しかしあのホーミングの鋭さだけは本気だろう。左右に加え前方という三方向からの激しい攻めは確実に蓮子の体力を削っている。後方から攻撃が来ないだけまだマシだと思うしかない。私でさえ相殺するのがやっとな密度だ。

 

「蓮子、5mまで近付いて!当てれば勝ちだよ!当てるだけでいーの!」

 

「うぇっ!?む、無理無理!絶対無理だよ!この物量じゃ近付けない!」

 

「っ……あと10秒、10秒だけ耐えて!蓮子を守る結界を張るから!」

 

「じゅ、10秒…………。わかった!信じてるよ、メリー!」

 

 特殊な結界を張るには、それだけ準備が必要。効力を高めたりする呪具などを使用しないから、それだけ時間を要する。激しい戦いの中での10秒というのは、かなり長い時間だ。

 それまでは……蓮子に賭けるしかない。

 

「オイオイ、思ったより介入するじゃあないか、茜!お前はサポートに徹してな!」

 

「分かってるわよ、邪魔しないでくれるっ!?」

 

「……ほー、言うねぇ!これならどうだッ!」

 

「ウソ…………数、また増えてるじゃない……!あ、あははっ……やばいわ、なんだかテンション上がってきた……!アドレナリン出まくってる!今の私ならイける!!」

 

「あと5…………っ、蓮子!?」

 

 ホーミング弾による強襲が蓮子を襲う。しかし本人は、全身に掠るのも恐れずに妹紅へ向かって走っていく。直接被弾しないのが奇跡のようだ。

 

「おかしい……何で当たらない……!?」

 

「『アキレスと亀のパラドックス』の応用よっ!弾幕が私を捉え、向かい始めたとき!私は更に、前へ進んでいる!追尾弾の弱点はゲームも現実も同じ!動き続ける、ことよ……!!」

 

 蓮子の体力がそろそろ限界だ。アドレナリンで誤魔化せるのももう少しだろう。あと2秒、このあと2秒が長く感じられる。

 妹紅は後退しつつ弾幕を放ち、蓮子はひたすら走って追いかけている。恐らくこれはホーミングばかりだからこその戦法だ。もしも普通の弾幕が紛れていたらすぐに被弾していた。

 

「いくわよ、蓮子……ッ!全力出して!!」

 

 結界を発動させた。薄水色で半球状の結界が、蓮子を覆う。前後左右、上部を保護するためだ。そしてこの結界は蓮子と一緒に移動するし、まだ機能がある。

 

「なっ……!?私の弾幕が……」

 

「おぉーっ!弾幕がジュウジュウ消えてくわっ!凄いわメリー!……あ、でもこれ私からの攻撃も通らないんじゃ……」

 

「大丈夫よ蓮子!あなたの攻撃は通る(・・・・・・・・・)!!」

 

「ッ!?わ、分かった!!コレで決めるわ!!」

 

 まきびしを放り出し、ポケットに手を入れる。そして西部劇のガンマンのように取り出したのは一丁の拳銃────3Dプリンター銃だった。

 当選ながら菫子の銃ではなく、蓮子が自分用に作っていたあの銃だ。

 

「トドメよ、藤原妹紅!!」

 

「な、にィッ……!?」

 

 妹紅は火炎による陽炎(かげろう)で撹乱しようとするが、蓮子の照準は一切ブレない。真っ直ぐに、銃口を妹紅に向けている。

 

「──────……っ」

 

 結界に守られながら引き金を引く。夜の竹林に鼓膜が破れるかと思うほどの轟音が鳴り響くと、次の瞬間には妹紅の胴体に風穴が空いていた。

 

 

 ◆

 

 

 妹紅との戦闘後、蓮子は先程の結界の仕組みを事細かに尋ねてきた。色々と説明しにくいことがあるので、かなり端折って解説した。「一定以上の運動量を持つ物体しか通さない結界」だと。

 運動量は質量×速度だ。妹紅の御札の弾幕は、速いが質量はかなり少ない。御札だからである。その点、蓮子の3Dプリンター銃の攻撃は違う。金属の銃弾は御札より重いし、御札よりも速い。

 つまり、もし妹紅が肉弾戦に移行したらすぐに負けていた。体格的に見れば蓮子より妹紅の方が重いのだろうし、走る速さだって蓮子より速い。

 賭けに勝ったから勝負に勝った。それだけだ。

 因みにこの結界は、博麗大結界の超劣化版だと言える。コレの発想元が、博麗大結界だからだ。

 

「おめでとう蓮子、メリー。良い戦いだったよ。だが……メリー、お前なぁ……またデタラメな結界作ったなぁ……。おっかねぇおっかねぇ」

 

「えへへ、まぁね……」

 

 そして蓮子は、不貞腐れる妹紅に説得をする。かなり長々と言うものだから、お父さんは近くの雑魚妖怪を狩って時間を潰し始めているほどだ。

 

「と、いうわけで。私は不老不死をそう簡単には諦められない。でも、簡単には決めない。一時の迷いでもないことを、悩んで悩んで悩み抜いて、ハッキリさせる!そしてこれから訪れるであろうどんな困難も、頑張って乗り越えてみせるわ!」

 

 妹紅を相手にとり滔々と述べ立てるその姿は、さながら大魔王を説得しようと舌戦を繰り広げる勇者のようだった。

 妹紅も反論するが蓮子も更に反論し、ついに、妹紅は派手に舌打ちをし……。

 

「もういい!どいつもこいつも永遠の苦輪に身を投じやがって……!お前の人生だ、お前の好きに生きな!何があっても死ねないという事を絶対に忘れるなよッ!!趣味が『自殺』になっても私は知らんからな!!忠告はしたからなッ!!」

 

 吐き捨てる様に言い残すと、戦闘後であるにも関わらず炎の翼を出して、夜の竹林の上空へと、飛び出して行った。

 それに気付いたお父さんは先程の妹紅のように空から舞い降りてきた。

 

「あーあ、妹紅が諦めちゃった。こうなったら、誰が蓮子を止めるんだろうなぁ?」

 

 なぁ、メリーよ?と付け足し、お父さんは私を見てケラケラ笑っている。お父さんは、私に何を期待しているんだろう。……私は蓮子と永く永く一緒にいたいと思っている。だから妹紅のように声を大にして反対したりはしない。それは、私の意思と反することだから。

 だけど、蓮子の家族のことを想うと、やっぱり不老不死になるのはダメじゃないか、とも思う。

 

「ちょっと、何よ?メリーに私を止めさせる気?私に賛成しておいて、それは酷くない?」

 

「賛成はしてない。さっき妹紅にも言ったけど、俺は、あくまでも不老不死になる方法を知ってるとしか言っていないぞ。ただ、蓮子の意見を尊重したいってだけ。それに、それを実行するのは、俺の気持ちひとつだからな」

 

「え、何よそれ!不老不死になるって説得して、不老不死になる為にあの人を説き伏せたのよ!?なのに今更、不老不死にするかどうかはあなたの気持ちひとつって……あんまりじゃない!?」

 

「つーか、何の対価も無しに、人間の肉体、理、倫理、(しがらみ)……その他諸々の君自身を縛るものを捨てられると思うんじゃないぞ?」

 

「……脅してるの?」

 

「さぁ、どうだろうな。脅しと受け取るか事実と受け取るかはそちらに任せるよ。だがこれだけは覚えておけ。なんの対価も無しに、悪魔が願いを叶えてくれると思うな?」

 

「……悪魔……」

 

「悩め。考えろ。生きてるうちしか、その優秀な頭は使えねぇ。そんでもって結論が出たら、また俺に『不老不死になりたい!』って言ってみな。そんときゃあ、しっかり対価を受け取った上で、正真正銘、不老不死の肉体にしてやるさ」

 

「…………」

 

「それじゃ、今晩の案内はこれくらいにしよう。宿屋に泊まるんなら、この先はメリーが案内してやってくれ。俺は帰るぜ」

 

「わかっ────」

 

「待って!!」

 

 飛び立とうとしたお父さんの翼を、蓮子は強く掴んで引き止めた。まさか、もう覚悟が決まったなんて言うつもりなんじゃ……と思ったが、私の心配は杞憂に終わった。

 

「どうした?まだ大して考えてないだろ」

 

「ううん、そうじゃないの。さっき言っていた、対価って一体何なの?やっぱり悪魔なら、魂とか求めてるの?」

 

「対価を聞いてどうするつもりだ?それを聞いてどうしても払えないものなら『諦める』ってか?なら、所詮はその程度の覚悟だった、ってことになるけど」

 

「そうじゃないの!あなたに魂を渡したら、私が不老不死になる意味が無い!だから教えて……!対価は魂かそれ以外なのか、それだけどうしても聞きたい!対価と聞いて、臆したわけじゃない。対価を払う意味があるかどうか(・・・・・・・・・)だけ知りたい!」

 

 臆したのではなく、意味があるかどうかだけを知りたい。なんて蓮子らしい、無鉄砲で、論理的だけど倫理に欠如した、純粋な考えなのか。

 そこまで考えているなんて、彼女は、どれだけ考えが深いんだろう。私は、これまでの人生で、そこまで深く考えた事など、無いかもしれない。いつもお母さんに言われるばっかりで、流されるばっかりだった。

 すると、お父さんは振り返って言う。

 

「安心しな。俺は、魂なんて求めてないからな。でもそれ相応の対価は払ってもらう。それが一体何なのかは自分の頭で考えろ。己が何をするか、何を失うか、何を得るか、何に成るのか……俺が対価を提示したとき、どんなものでも(・・・・・・・)払うだけの覚悟があるか。死ぬほど考えときな」

 

 それだけを言うと、優しく蓮子の手を解いて、月が昇る東の空へと飛び立って行った。蓮子は、引き留めもせずに、飛び立ったお父さんを無言で見送り、やがて大きな溜め息をついた。




アキレスと亀のパラドックスとは

ゆっくり歩く亀を、走って追い掛けるアキレス。
アキレスが亀の居た位置に到着した時、ゆっくりとはいえ歩いてる亀は、その時点のアキレスより少しだけ先に進んでいる。
アキレスはまた亀の居た位置に着く。しかし亀はまた少しだけ進んでいる。
……あれれ?アキレスさん、相手はノロっちぃ亀なのに、永遠に抜かせないのでは??

というのが、アキレスと亀のパラドックスです。
もう論破されてるんですけどね。
詳しく知りたい方はググってみてネ。
蓮子はホーミング性の弾にこのパラドックス性を僅かに見出して、ひたすら走って突っ込むという捨て身とも言える戦法に出たワケです。




蓮子と追尾弾のパラドックス(今考えた)

走る蓮子を追い掛ける追尾弾。
追尾弾は、その時点での蓮子の位置に向かおうとするが、追尾弾がその地点に到着した時、蓮子は前へ進んでいる。(前からの弾幕は左右へ避けているので実際はもっと複雑)
追尾弾は再び蓮子の位置を把握し追い掛けるが、その地点に到着した時、蓮子は更に進んでいる。
これを繰り返すことにより、蓮子は追尾してきた(・・・・・・)
追尾弾には(・・・・・)被弾しない。(正面だと蓮子本人の性能によるので、被弾する可能性アリ)


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迷い

こちらも今年最後の更新。



 竹林にてお父さんと別れた私達は、人里内でも大きな宿屋に宿泊することにした。

 幸いにも、二人で一晩泊まる程度のお金の持ち合わせはある。初めての幻想郷という事で、私が彼女に奢ることにした。

 軽い夜食を頼み、それを部屋で食べたあとは、二人で露天風呂に入る。景色は文字通りの日本の原風景という風情で、名も知らない虫などの声が何とも言えない季節感を醸し出していた。

 

「幻想郷って良いところだね……。お婆ちゃんが授業中に眠ってまで入り浸ってたっていうのも、納得だわぁ……」

 

 首まで温泉に浸かり、夜空に煌めく星々を眺めながら、蓮子は言う。

 薄らと雲が掛かり、朧気な月光が魅せる彼女の横顔はとても綺麗で、現代の輝夜姫にも思える。人間にしては妙にズレた人外的思考回路さえ無視すれば、周りの男共を容易く釣れそうだ。

 

「でしょう?蓮子とここに来れてよかったわ」

 

「しかもまさか、不老不死になる方法が実在するとはね……妖怪の存在だとか、そんなことよりも本当に不思議だよ……」

 

「……やっぱり、不老不死になりたいの?」

 

「なりたいよ。だって、始皇帝さえ追い求めた、人類の夢だもの。いや、人類の夢だからってのはおかしいかな。……誰も叶えられなかった夢を、私が叶えたいの。ま、実際は何人も先に叶えてたみたいだけど……」

 

「……そう……」

 

「────ってのは、少し前までの夢」

 

「え……?」

 

「今は違う。今はね、メリーと色んな世界を冒険したいの。あなたと私の二人なら、できないことなんて無い。さっきだって初陣で勝てたし……。つまりね、今私が目指している不老不死は、目的じゃなくて手段だってこと。手段なくして目的は達成できないわ!」

 

「蓮子……」

 

 不老不死になりたい理由の中に私が入っていて良かった。嬉しい。蓮子にとって私は……私とはそれほど大きな存在になれたのかと思うと、凄く幸せに感じる。

 

「様々な世界を冒険するどころか、人間……いや生物としての枠を逸脱することになるんだから、そりゃ対価も必要となってくるわよね。そこは、私の考えが甘かったと認めざるを得ないわ」

 

「……そうね」

 

「何を要求されても良いように、覚悟しなきゃ。ね、エスカルゴが好きなものってなんなの?」

 

「可愛い女の子と……可愛い女の子の血と……」

 

「あとはあとは?」

 

「……可愛い女の子とのセッ……性行為……」

 

「げっ……もしかして魂じゃなくて身体を求めてくるの……?そういえば、悪魔の契約って肉体の一部を差し出すと聞いた事があるわ……。魔女の契約なんて悪魔と性交するって話もあるし……」

 

「えー……流石のお父さんも娘の友達を襲ったりしないでしょ……多分……あははは……」

 

 確信が持てなくなってきた。お父さんなら娘の友達だろうと何だろうと手を出しそうだ。いや、何かあればすぐ手を出すだろう。

 でも蓮子とお父さんが性交なんて嫌だ。絶対許さない。もしそんな展開になったらお父さんを軽蔑する。キライになる。絶縁だってしてやる。それくらい嫌だ。

 

「じゃあ、一体何なんだろうなぁ……不老不死に見合う対価って……」

 

 ぶっちゃけ、蓮子がお父さんにキスでもすればすぐにOKだと思う。でも嫌だ。私が嫌だから。だから、その方法だけは絶対に蓮子に教えない。それにもし、それでお父さんが拗らせたら……。それを考えただけでも、温泉に浸かっているのに寒気がする。

 

「対価はともかく、もう、決意は固まってるってことでいいの?」

 

「ううん、実はまだ……。私個人としては大丈夫だけど不安は残ってるよ、そりゃ……。まだ人間だしさ……大学とか周囲の目とか、色々気になるからね……。幾ら私が若く美しいとしても、全く変わらなきゃ怪しまれること間違いなしだわ」

 

「……何より大事なのは、お父さんやお母さん、家族のことじゃない?蓮子が不老不死になったらいつかバレる時が来るわ。そうなったらどうするつもりなの?」

 

「…………………」

 

「蓮子……?」

 

「!……あぁ、ごめん……ウトウトしてた……」

 

「今日は疲れたもんね。早めに休も?」

 

「うん、そうしよっか。深夜まで話したかったんだけどな〜」

 

「んもー、疲れてるんだからダーメ。温泉でウトウトしちゃってるくらいなんだから……」

 

「はいはい、わかってるわよ」

 

「それじゃ、出てすぐ寝られるように布団敷いて待ってるわね」

 

「おっ、悪いねぇ!私はもう少し景色を楽しんでから出るわ〜」

 

「寝落ちして溺れないでよね」

 

 わかってるわかってる!!と元気に返ってきた声を背中で受け、私は先に露天風呂を出る。今は蓮子を一人にしてあげよう。彼女もきっとそれを望んでる。

 さっきのアレはウトウトしていたんじゃない。思いを馳せていたんだ。大好きな家族に……。

 

「……お婆ちゃん……私、どうすればいいかな?皆の死を見届けなくちゃダメだとしたら、私……イヤだよ……。お母さん、お父さん……。でも、それでも……夢を追いかけたいって思っちゃ……ダメかなぁ。逃げちゃダメかな……?」

 

 

 ◆

 

 

 人里内の宿屋に泊まった日を境に、お父さんは私達の前に姿を現さなくなった。

 理由は、何となく分かっている。お父さんは、蓮子によく考えさせたいんだ。人間を辞めるとは一体どういう事なのか。その後の人生がどういう歪み方をするのか。……遺された者達が、どんな思いをするのか。

 でもそんな数日間を経て、蓮子は答えを出したらしい。何度も聞き返した。だけど蓮子の答えは全く変わらない。

 だから今日からは、幻想郷を見て回るのは一旦中断し、お父さんを探すことになった。けれど、相手は幻想郷やその他周辺の世界をも股に掛ける吸血鬼だ。そう簡単に足跡(そくせき)を追えるはずもない。

 まずは一番可能性が高そうな紅魔館へ向かった私達だったが……。

 

「えっ?エスカルゴさんですか?勿論居ますよ、ついさっき(・・・・・)来たところですから」

 

「「えっ……」」

 

 ケロッとした顔で美鈴は答える。お父さんも、自分の動向を隠すつもりは微塵もないと見える。

 それにしても、まさか一発目で当たるなんて、これはツイてるとしか言えない。幸運だ。なら、さっさと会わなければ。ちんたらとしていれば、誰とヤリにイクか分からない。

 

「美鈴、今すぐお父さんを呼んで。さもないと、強行突破するわよ。本来ならスキマを使って侵入してやってもいいんだから……!」

 

「えー、でもなぁ……。アポ無しでしょう?今、その……ね?あの〜……メイドちゃんとその……察してください……」

 

「……でも!」

 

「アポ無しならダメですよね。うーん……お客人として大人しく待って下さるんなら通しますよ。勿論、許可を取ってからですけど」

 

「待ってメリー。……美鈴さん、だっけ?私達はエスカルゴに『いつでも来い』って言われてる。これって一応アポ取ったことになるんじゃない?そう言われているのは、本人に確認してもらえばすぐに分かると思うけど」

 

「……では、確認してきます。ですがくれぐれも大人しく!ここで!……待っていて下さいね」

 

 営業スマイルを浮かべ、美鈴は館の中に戻る。そんな事言ってたかな、と思うが、お父さんなら突飛な話にも合わせてくれそうな気はする。

 たまに霊夢並の察しの良さを発揮するお父さんだったら────。

 

「お待たせしました」

 

「「……!」」

 

 美鈴はお父さんを連れてきた。かなり待った。かなり長くお楽しみだったようだ。

 因みに後でお父さんに聞いたところによると、やはり蓮子の嘘を察していたらしい。そこら辺は流石お父さんだと思う。嘘も方便だな、と苦笑いしていたが……。

 

「よっ。一週間ぶりくらいかな」

 

「どうして姿を消してたのよ?案内の役目すらも放棄して……」

 

「今日は広い丘にでも行こうか。そこで話そう。転移『強制瞬間移動(バシルーラ)』」

 

 お父さんは魔法を使い、私と蓮子を無名の丘へ瞬間移動させた。突然の出来事に蓮子は目を白黒させているが、次の瞬間、お父さんがスキマにて現れたことでどうにか落ち着きを取り戻した。

 

「配慮ありがと。私としてもこっちの方が気持ち落ち着くわ」

 

「そっか、なら良かった。……それで?わざわざ俺に会いに来た訳じゃあないんだろ?」

 

「分かってるくせに」

 

「さぁ?何の事だかな。自分の口で言わないと、相手には伝わらんぜ。……ほら、言ってごらん。自分が何をしたいか、どうなりたいのかをね」

 

「私を不老不死にして!」

 

「覚悟を決めた、か。家族の事はどうするんだ?行方不明のまま、か?そいつは無責任な気もするけどな。俺が言うのもおかしな話だが」

 

「ええ、そう!無責任よ!でもそれでいいの!」

 

「と言うと?」

 

「私は昔から不老不死に憧れがあった。だから、私の家族は皆、私の夢を知ってるの。特に、この幻想郷に通っていたお婆ちゃんは、確信してた。私がいつか、本当に不老不死になるってことを。不老不死の実例、藤原妹紅と親交があったから、この世には不老不死が存在する事も承知の上ッ!私はお婆ちゃんっ子だからね、お婆ちゃんにだけ真実が伝わっていれば、それで満足!現し世には何の未練も無いわ!」

 

 早口で言い切った蓮子は、肩を上下させて深く深く息をする。言いたい事は全て言った。だからこの先はお父さん次第で全てが決まる。

 蓮子の人生も、蓮子の家族の人生も……そして私の人生も……。

 

「自分の夢の為に、父母に寂しい思いをさせる事すらも厭わない。クフッ……イイね、その歪んだ自己中…!!そうだよ、蓮子……俺はその覚悟が聞きたかったんだ……」

 

「え……」

 

「不老不死なんてモノは、どう足掻いても周囲を振り回す代物なのさ。だからな、不老不死者は、少なからず自己中だ。現在はそうでなくてもな、不老不死を選んだ時点では、どうしても自己中な心が混じってる……!生きたい、死にたくない、復讐したい、この人と運命を共にしたい……ッ!己のその欲望を満たす為なら、生物の理すら捻じ曲げて己が生きる道を選ぶんだ。理由はどうあれそんなブッ飛んだ自己中な覚悟を求めてた……」

 

「………」

 

「さぁ言え、蓮子。家族や経歴、己の全てを擲つ覚悟の言葉を。悪魔である俺に言ってみろッ!!この世界の理すらも捻じ曲げる、究極の自己中を魅せてみろ!」

 

「生命の理にも倫理にも、人間としての人生にも縛られたりはしない!私の人生は私が決める!!この先ずっと、永遠に……ッ!!私はメリーと、永遠に冒険するんだからっ!!」

 

「……蓮子……」

 

 長年共に過ごした家族よりも、冒険を選んだ。いや、優先順位を付けて選んだと言うよりかは、大丈夫だろうと家族を信頼して……任せたんだ。

 特に、お婆ちゃんなら分かってくれると……。

 それでも、人としての人生より、私との冒険を優先してくれるのはとても嬉しかった。私なんてもう、目頭が熱くなってきた。どうしてだろう、幻想郷での生活で嬉しくて泣いたことなんて無いはずなのに。

 

「蓮子……ありがとう……」

 

「へへっ……。さぁエスカルゴ!私の覚悟はもう伝えたわ!私を不老不死にして!」

 

「ああ…………分かった。それじゃあ約束通り、対価を払ってもらおうか」

 

「……覚悟を伝えるのが対価……じゃなくて?」

 

「そんなことを言った覚えは無いぞ。不老不死の対価ってのは……そう……。交換だ。命には命で払ってもらう」

 

「え……それはやらないって言ってたじゃない!嘘ついたの!?私を騙したの!?」

 

「勘違いするな、誰が蓮子の命を貰うと言った?無論、メリーの命でもないけど。愛する娘の命を欲しがる奴が居るかってんだ。だろ?」

 

「じゃあ、誰の命を欲してるって言うのよ……」

 

 動物でも生贄にしろってのかしら、などとブツブツ言っていると、お父さんは柔らかく微笑んでとんでもない事を言ってのけた。

 

「俺だよ、蓮子」

 

「?」

 

俺を殺してみろ(・・・・・・・)

 

「は……?」




 /|___________
〈  To BE CONTINUED…//// |
 \| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


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命には命を以て

あけましておめでとうございますー!
こちらも宜しくね!



「俺を殺してみろ。宇佐見蓮子」

 

 そんな事を言われた蓮子は当然困惑し、今にも泣きそうな顔で後ずさる。少しよろめいた所を、咄嗟に私が受け止め、支える。

 

「えっ……えっ?な……なんでよ………なんで、そんなことをしなくちゃ………」

 

「俺を殺さなきゃ、不老不死になるための材料は手に入らない。だから、不老不死になりたきゃ、俺を殺ってみせろ。それで不老不死になれるぜ」

 

 嘘だ。気化しないと意味は無いはずだ。

 そう疑いの目を向けたが、お父さんはチラリと私を見て目配せをする。言いたい事はわかった。お父さんはその後の工程を私に任せるつもりだ。

 父親の死体が気化した気体を集めて、見届けろだなんて、なんて酷い事をさせる父親だろう。

 

「でも、だからって……」

 

「いいんだ。俺も不老不死だ、死んだくらいでは死なない。矛盾してるように聞こえるけどな」

 

「そうじゃなくって!!どうして私が、あなたを殺さないといけないの!?」

 

「こんなのは、ゲームのドロップ品と同じように思えばいいだろ。俺を殺したらアイテムが出る、蓮子はそれを使い不老不死になる。ほら、簡単。事実、ただそれだけだからな」

 

「狂ってる……!死生観が狂ってるわ……!!」

 

「……その言葉、そっくりそのまま返そう。不老不死を望む者、または叶えた者達は、少なからず死生観が狂ってる。確かに人間は死ぬのが怖いと思っている者が大半だろう。だけど、不老不死を求める者の殆どが、不老不死になった後を思い、憂い、やがては諦めるものなんだよ。いつまでも生きているよりも、時の流れに身を任せて死ぬ。

それこそが幸せなのだとな。……狂ってなきゃ、不老不死になる覚悟もクソもなく諦めるものだ。つまり、不老不死を諦めない事こそが……蓮子、君()狂っている証明になるんだよ」

 

「でも……でもっ!」

 

「さ、これを使って。俺の胸を刺して切るんだ。刺しても意味は無いぞ、心臓に穴が空いたくらいだったら俺は死なないからな」

 

 そう言ってお父さんは小傘に改良してもらったという折り畳みナイフを、蓮子の手に握らせる。そんなモノを渡された彼女の手はブルブル震え、カチカチと奥歯が鳴っている音も聞こえてくる。

 

「どうした?」

 

「やだ、よ……できないよぉ……っ」

 

「どうして?」

 

「どうしてじゃないでしょ……!?どうして私があなたを殺さないとっ……」

 

「そうしないとダメだよ。対価も無しに、悪魔は願いを叶えない。材料も無いしなぁ」

 

「でもっ……!」

 

「でもじゃあないよ。蓮子はどうしたいんだよ?不老不死になりたいんじゃあなかったのか?」

 

「なりたいわよ!でもっ……いくらなんでも……いくら関わった時間が短かったとしても……ッ!私にはあなたを殺せない!」

 

「……優しいヤツだね。そんなんじゃあ、家族を置き去りにする事にも罪悪感を感じて不老不死になった事を後悔するだろうな。それこそ、この前妹紅が言った通りになっちまう」

 

「後悔なんてしないッ!私の決意はそんなにヤワじゃないわ!バカにしないで!!」

 

「ヤワだろうが。え?俺を殺せねぇ時点で蓮子の決意なんてそんなモンなんだっつーの。誰かを、何かを犠牲にしないで望みが叶うと思うな?」

 

「ッ……」

 

 泣きそうになる蓮子に向かって、あろうことか胸ぐらを掴むお父さん。すると蓮子は更に目元に涙を溜め、今にも泣きそうになってしまう。

 私はそんなお父さんに怒りが湧いてきて、彼の腕を振り払い、右頬に思い切り平手打ちをした。

 

「そんな言い方無いでしょ!?黙って聞いてればさっきから何なのよ!!信じらんないわ!あなたそれでも私のお父さんなのっ!?」

 

「あん?じゃあ何だよ、メリー?蓮子の代わりに俺を殺すか?ん?」

 

「な、なんでっ……」

 

「友人の手助けくらいしてやったらどうだ?ん?オラオラ、殺してみろよ?妖怪なら簡単だろう?首くらいへし折れ。その拳で心臓を貫いてみろ。どうだ、できないだろ?」

 

「やめてっ!なんでそんな事言うの!?」

 

「あのなぁ……甘えたこと言ってんじゃねぇぞ?甘い、甘すぎる。いいかお前ら。豚肉を食うには豚を殺すだろ?牛肉を食うには牛を殺すだろう。分かるか?欲望を満たすには犠牲が付き物だ」

 

「家畜と、人間や妖怪じゃ────」

 

「命の重みが違う……ってか。違うね、そいつぁ違う。命なんざ皆同じだよ。すぐ死んじまうし、どれもこれも食い物でしかない。この世の全ては個々が欲を満たす為に利用する道具でしかない。そう、蓮子の欲を満たす道具の1つ、それがこの俺の命というだけなんだ」

 

 さっきのオラついた様子とは打って変わって、優しい声でお父さんは言う。二重人格さながらの変わり様に私も蓮子も顔を引き攣らせた。

 

「厳しい事を言うようだが、俺1人すらも犠牲にできないようじゃあ、不老不死になる夢は永遠に叶えられないだろう。そんなヤワなヤツを、不老不死にさせられないからな」

 

「っ……うっ……く…………わ、私……にっ……夢を、諦めろって……、言いたい、の……?」

 

「ああ。その優しさを捨てきれない限り無理だ。絶対に無理だ。断言する。絶・対・に!無理!!無理って意味わかるか?不可能ってコトだ。その甘さを捨てない限り、蓮子がいくら足掻こうとも無駄だ。足掻くだけ無駄無駄。無駄なんだよ……時間も労力も。……蓮子は、いつまでも己の夢を追い掛けたいというロマンチストじゃないだろ?何となくそんな感じがする。……叶えたいだろ?欲望(ゆめ)を叶えたいんだろ?なにも、未来永劫、その優しさを捨てろって言ってるわけじゃないんだ。今だけ……今この瞬間だけでもいいんだよ。その切り替えが大事なんだ……わかるか?」

 

「ッ……」

 

 俯き黙り込む蓮子。すると次の瞬間、パチンと折り畳みナイフを開く。それを逆手に持つと……肩で大きく息をしながら、カッと見開いた目で、お父さんと目を合わせる。

 

「ハッ……ハーッ……ハァーッ……ハァーッ……ハァッ……ハッ、ハッ……う、うわああああああぁぁぁあああああぁぁぁっっ!!!」

 

 ついに堪えられなくなったか、涙を流しながら高々とナイフを振り上げて勢いをつけ、刃の部分を全部、お父さんの心臓を狙って突き刺した。

 

「ッッ……ガブッ……」

 

 吐いた血が蓮子に掛かるのを避ける為か、顔を横に背けて血を吐いた。赤黒いその血は、陽光に照らされシュウシュウと蒸発していく。

 

「あ……あぁっ……わ、わた……わた、し……!あぁぁああああぁぁっ!!うわああぁぁぁっっ!あああぁあぁぁぁっっ………」

 

「おい、おい……あの、なぁ…………俺の話……聞いてなかったのか……?」

 

「!?」

 

「刺しても俺は死なねぇんだ……もう余分な穴は塞がったぜ?心臓はな……」

 

 先程の話を思い出したか、蓮子は一瞬絶望的な表情になった。しかし今度は、すぐにキッと唇を結び、再びナイフを握るその手に力を込める。

 

「……ごめんね……ごめんなさいっ……」

 

 グッと力を込めようとする蓮子の頭に手を置くお父さん。帽子越しだが蓮子の頭を撫でようとか考えたのだろうか。……心臓を刺されながら?

 

「ノンノン。『ごめんなさい』じゃあないだろ?とうとう夢を叶えられるんだ……言うべき言葉はひとつしか無いハズだ。……そうだろ?」

 

「ッ……あり、がとゔ……!!」

 

 蓮子は涙を流しながらそう告げると、誰よりも固い決意を胸に、突き刺したナイフを下ろし……お父さんの心臓を斬り裂いた────。



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恩人を殺したその先で

 蓮子は体重を掛けてお父さんの心臓を切った。胸部や口から大量の血液を溢れさせたお父さんは仰向けに倒れて、蓮子も血塗れのお父さんの上にビチャッと顔から倒れてしまう。

 

「蓮子っ……ごめんね、ちょっと退いてね……」

 

「………………」

 

 放心状態になっている蓮子を腕ずくで退かし、目を瞑って事切れているお父さんのペンダントを外し、身体を陽光に晒す。こうしなければ死体は消えお父さんは復活。蓮子の努力が無駄になる。

 シュウシュウと白煙が上がり始めるが、急いでそれを予め所持させられていた(・・・・・・・・・・・)袋で集める。当然すぐにお父さんは完全に蒸発してしまった。確か無理に全部を集めなくてもいいとのことなので、ある程度集めた辺りで切り上げた。

 ただ暫く待ってもお父さんは復活してこない。袋の口をギュッと手で持ったままで、体育座りでボーッとしている蓮子の体を揺する。

 

「蓮子?……大丈夫?蓮子ってば」

 

「……っあ……あぁああっ……!」

 

「?」

 

 ボーッとしていた蓮子は急に顔色を変え、顔を引き攣らせ呻き声に近い声を漏らす。そして突然涙を流し始め、ワナワナと口元を震わせる。

 

「ごめん、なさい……メリー……。私……殺し、ちゃった……!自分の、夢の、為とか言って……メリーの、お父さんを……殺しちゃった……!!ごめん……ごめんなさい、ごめんなさいぃぃっ!私、私、私……ここ、殺し、ちゃったっ……よ!嫌な、感触だった……柔らかくて、熱い血が私の顔に、身体に掛かって、身体も少しずつ、質量が無くなってって、すぐに、消えちゃって……何も残んない……!なに、やってんのよ、私は……!何やってんの私はぁ!ああああぁぁあっっ!」

 

「ッ!!」

 

 錯乱してしまった。手に持ったナイフで手首を思い切り突き刺すと、ブチブチッと何かが切れるような音が聞こえてきた。次に勢いに任せて腹を突き刺そうとしたので、先程は間に合わなかったものの今回は何とか彼女の自傷を止める。

 

「やめて蓮子、何考えてるのっ!?」

 

「やめてっ、離してよメリー!嫌なの!こうして誰かを殺してまで生きてたくない!!」

 

「〜〜〜〜〜ッ!!蓮子っ!!あなたの決意は、本当にそんなモノなの!?何の為に!誰の為に!お父さんが死んだと思ってるの!?」

 

「わかってるよっっ!!でも!」

 

「夢を叶えるには犠牲が付き物……!あの言葉の通りなの!これは仕方なかった犠牲なのっ!」

 

「なんでこんな事してっ、こんな事までして夢を叶えて、そんな事で、ほん、本当に、嬉しいの?何してるの私、本当、わけわかんないよ、なにがおきてっ……やだ、もう、やだよメリー、こっ、こんな、気持ち悪い思い、してまで、生きてたくないよ、やだよこんなの違う、こんなの、こん、こんな、のは、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違────お゙ぶぇ゙っ……オ゙エェっ……」

 

「きゃっ……蓮子しっかりして!蓮子ってば!」

 

 突如、勢いよく嘔吐する蓮子。胃液による少々酸っぱい臭いが空気中にムワッと広がる。続いて四つん這いになると、更に胃液などを吐き出す。自傷で血だらけの左手、苦しさ故に流される涙、吐瀉物……蓮子の周りは、もうグチャグチャだ。到底、お父さんが気化した気体(こんなモノ)なんて渡す気にはなれない。

 彼女の背中を摩ってお父さんの復活を待つが、一向に復活してこない。おかしい。いくら何でも意地悪すぎる気がする。

 

「お父さん!早く出てきてよ!助けて!蓮子が、蓮子がぁっ!」

 

「……やっぱり、こうなっちゃったか」

 

 背後にお父さんが現れた。魂の状態でこの辺を彷徨っていたのだろうが、今の今までこの私にも気配を察知させなかったのは素直に凄いと思う。でも今はそんな事を考えてる場合じゃない。

 

「……は?やっぱりって何なの?こうなることが分かってたとでも言うの!?」

 

「当たり前だ。分かってたよ。たまに人外じみた考えを見せることはあったが、何だかんだ言ってマトモな人間なんだよ、蓮子はさ。人間じゃねぇ妖怪を殺した程度でコレだ。……優しすぎるよ。きっと、俺が本気で蓮子を殺そうとしなきゃ……彼女の中の殺しのスイッチは入らないだろうよ。試しにやってみるか?」

 

「やめてっ!もう蓮子は……蓮子の心はボロボロなのよ!泣いて、吐いて、自分で自分を傷つけるほど苦しんでるのにまだ追い詰めるつもり!?」

 

「それもいいな。でも、良かったじゃあないか。不老不死になる前に気付けて。もしそうなったら完全に手遅れだったんだぜ?」

 

「っ……そんな言い方っ……」

 

「あん?何だ?文句でもあるのか?俺ァ身を以て教えてんだぜ?ここまで苦しんで、蓮子もやっと自覚できたんじゃあないのか?自分が、どれだけ大それた事をしようとしていたのか、な」

 

 悔しい。酷い言い方だと思うのに、実際彼女に思い知らせるには、これくらいしか方法がない。思い付かない。……言い返せない。

 今でさえ、吐き終わったのにずっと吐きそうな声を漏らしている。吐くものがもう胃袋に残っていないのだろう。

 

「なぁ……蓮子。自分がどれだけヤバい事に手を染めようとしていたのか、分かってくれたか?」

 

「……ゔん……」

 

「そっか。ならいい。ちょっと休もうか」

 

「……ん……」

 

「転移『強制瞬間移動(バシルーラ)』」

 

 私と蓮子を、見知らぬ小屋に飛ばした。そしてお父さんは、またもやスキマで遅れて登場する。そこまで大きな小屋でもない。最低限の家具しか置いていないようだ。

 

「お父さん、ここは?」

 

「俺のヤリ部屋だよ。とりあえず蓮子、シャワー浴びて少し休むといい。俺は散歩してくるから、何か用があれば、メリーに呼んでもらってくれ。後は頼んだぞ。くれぐれも俺の玩具、使うなよ?わかったなメリー」

 

「わかってるわよっ!」

 

「てか俺のナイフは?」

 

「あ、丘に置いてきちゃった……」

 

「何やってんだよ……」

 

 お父さんは丘にスキマを繋げ、戻って行った。

 青い顔でゲッソリしたままの蓮子は、フラフラ立ち上がるなりシャワールームへ向かった。

 

「あっ……蓮子、大丈夫……?」

 

「ん……」

 

「っ……あれ、蓮子……手の怪我は……?」

 

「治ってる」

 

「え」

 

「大丈夫……自傷なんて、もうしないから……」

 

「う、うん……」

 

 まさかお父さんの気体を吸ってた?いやそんなまさか。アレはまだ、私がスキマ空間の中に保管してある。……手を入れてもまだ袋の存在を手で感じる。

 お父さんの気体をダイレクトに吸ったとしても極々微量のはず。そんな量では不老不死になんてなれない。

 私はお父さんの元にスキマを開いてみた。彼はご丁寧にも蓮子の吐瀉物に土をかけて、外からは見えないように埋めていた。

 

「お、どうした?」

 

「あ、えっと、蓮子のあの怪我が治っててさ……まさか不老不死になっちゃったのかなって……」

 

「アレは俺が治したんだぞ。じゃなきゃ、湯船に手ェつけて自殺できちゃうだろ。危なっかしくて浴室とかには行かせられないさ」

 

「それもそうよね。……あれっ?」

 

「ん?」

 

「あの袋が……無い……」

 

 さっきまであった、あの膨れた袋の感覚が……無い。肘まで腕を突っ込んでも、そこにあるのは3Dプリンターで作った武器の数々。まきびしがチクチク刺さって痛い。

 

「まさかとは思うけど…………蓮子のポケットと繋げたままじゃあないだろうな……?」

 

「────ッ!!」

 

「はぁ。……行け。蓮子を止めろ。俺はそっちに行けない」

 

「は!?何でよ、もしもの時はお父さんが……」

 

「浴室に居るよ。汚れた服を洗ってる。全裸で。そこに俺が突入していいのか?」

 

「覗いてるじゃないの!バカっ!目玉くり抜いてこっち来て!」

 

「えぇ……」

 

 私がスキマを開いて手を引っ張ると、躊躇なく目玉を二本指でくり抜くあたり、お父さんも凄く狂っていると思う。

 浴室で服を洗い終えたのか、気体の入った袋の口を解き、先程の私のように手で持っている。

 

「蓮子っ!」

 

「あ……メリー……どうしたの?エスカルゴ……どうして血の涙……?」

 

「お父さんはいいとして、あなたよ!どうして、その袋を……」

 

「ん……。ちょっと、不思議に思ったの。これを吸ったら、夢が叶うんだなぁって……。なんか、嘘みたいだよね」

 

「で、でも、蓮子……やっぱり、ヤバい事だって思い知ったんじゃ……」

 

「うん。もう二度とあんな事したくないし、もうこんな思いはしたくないよ。……でもねメリー。だからこそなのよ。こんな苦しい思いをしたからこそ……不老不死にならなきゃ損じゃない?ただ苦しんだだけじゃ、私が可哀想でしょ(・・・・・・・・)?」

 

「でもっ────」

 

「オイ蓮子。分かってんのか?もう……」

 

「後戻りできない。わかってるよ。ありがとう。あなたのおかげで私の夢が叶うんだから……感謝してもしきれないよ。ありがとう、エスカルゴ。さっきはわざと汚い言葉で厳しく教えてくれたんだよね。本当、ありがとうね。……それから……エスカルゴと私を出会わせてくれてありがとう、メリー。これからは、より世界を楽しみましょ?もう恐れることは何も無いんだから」

 

「蓮子……」

 

「……後悔しないなら、俺ァ歓迎するぜ。これでまた、不老不死仲間が増えるんだし」

 

「ふふっ……改めて宜しくね、2人共!」

 

 深く息を吐いて、袋の口に口をつける。そして次の瞬間、中の気体を思い切り吸い込んだ。私はそんな蓮子を黙って見つめていたが、お父さんは眼球を再生させ、その紅い瞳を覗かせる。

 

「永遠へようこそ……宇佐見蓮子」

 

 そう呟いたお父さんの口元は、細い三日月型に歪んでいた。




因みにこの頃のエスカルゴは、ヤバイ罪を犯した後です。そこはまぁいずれ本編で書きますけど。
なので、不老不死を望む蓮子にはより一層厳しく接してます。優しさ故です。


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