巻きつの (エゥエゥ)
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プロローグ

 寒い寒い今にも雪が降りそうな冬の日、迷宮のある都市【オラリオ】に今しがた到着した隊商がありました。その十一の馬車の群れの中の一つに女の子の様な少年が乗っています。少年の名はエイリル、小さく丸まった角を持つヤギ族の獣人です。他のヤギ族のように尻尾はありませんが。

 

 エイリルは一年と半年ほど前に村長の許可を得てから、住んでいた森を出て町に住みました。町で色んなお店で働きながら【オラリオ】に行くための旅費を貯めていました。ですが旅費を溜まる理由はひょんなことから無くなりました。隊商です。町に来た隊商がエイリルを含む数人の少年少女を隊商の雑用として雇ったのです。

 隊商で働く賃金は至って普通でした。いえ、むしろ住んでいる町から離れモンスターに遭遇する危険を背負うのですから、少し安いのかもしれないです。しかし雇われた少年少女は気にしません。もちろんエイリルも。

 隊商の最終目的地は【オラリオ】、【迷宮都市オラリオ】です。年頃の少年少女にとってそこで強くなって名声を得るのはよくある願望(ユメ)です。エイリルは名声には興味ありませんでしたが、似たような口でした。

 

 隊商は四つの都市と一つの国を通り抜け、大きく遠回りをしてオラリオにつきました。

 隊商での出来事は正しく値千金の出来事でした。植物の毒の有無の見分け方。様々な武器の扱い方。文字の読み書きも、不完全だったものが完璧になりました。剣を扱いは赤子でしたが、旅の終わりには立派な青年です。

 

 「おう、エイリルの嬢ちゃん。旅はどうだったか? いい予習になっただろ?」

 

 オラリオに行く旅で得た、大切なものを思い出していたエイリルに話しかけてきたのはドワーフの商人。隊商の中で香辛料を始めとした調味料の運搬を担当している商人です。

 

 「予習……はい! とても良い勉強になりました!」

 

 そう元気よく笑顔で返事をするとドワーフの商人は満面の笑みを浮かべて乱暴に撫でます。分厚いその右手はずっしりとして、熱がこもっていますが不快ではありません。嬢ちゃんとからかわれていますが、それは家族を相手しているようで非常に好ましいものでした。

 

 「よし! なら後は実践だけだな!」

 

 そう言うとドワーフの商人は撫でる右手を腰に吊るした小型の鞄に納め、すぐさま引き抜きます。何かを握っているようでしたが、その大きな手のひらに隠されそれが何なのか分かりません。

 

 「おっ……そうだ。エイリルの嬢ちゃんに渡したい物があったんだ。少し目をつぶってくれないか?」

 

 エイリルは勿論、目を閉じます。ドワーフの商人は"いっけねぇ、忘れとった忘れとった"そう言葉を苦笑交じりに零しています。そうして目を閉じていると首に何かをかけられました。"もういいぞ"そんな言葉を頼りに目を開きます。

 

 「へへっ中々に似合ってるじゃねか、予想通り絵になるぜ」

 

 目を開いた先にはドワーフの商人が少し離れ、両手の指で四角を作っていました。続いて首にかけらえた物を手に取ります。それは白い小さな結晶が沢山入った透明な小瓶でした。白い結晶には心当たりがありました。塩です。ドワーフの商人は塩が大好きだったのです。

 

 「いいか、塩には色んな使い道がある。―――「食事によし、体力によし、気つけによし、でしたよね?」――― おう、よく憶えてたな」

 

 「当然です。食事の時や稽古の度に言われたら、たとえ忘れても直ぐに思い出しますよ」

 

 そうして他愛の会話をしていた二人でしたが別れの時間が訪れました。雇用の契約はオラリオに着くまでで、そこからは各自自由に動く約束でした。勿論隊商についていくの勝手ですが、そんな事はしません。旅の半分は隊商としての仕事を手伝いましたが、もう半分は冒険者としての技能を教えられたからです。丹念に教え込まれた事を無駄にする程、エイリルは薄情ではありません。

 

 「よし、そろそろお別れだな。まぁお前さんは他の子らと違って心配いらねえが気よつけろよ。【ダンジョン】てのは上手くいかないことだらけだからな」

 

 そういってドワーフの商人は鞘に収まった片刃の剣(サーベル)を渡してきました。

 

 「そいつは餞別だ。正直ギルドで支給される武器は安物ばっかりで、すぐ壊れるからな」

 

 そう言うと彼はすぐさま馬車に乗り込み馬車を走らせます。なんだか言いたいことを言われてばかりで自分から話せませんでした。本当はもっとお礼とか言いたいことがありましたが、それは次回にすることにしました。生きていればまた会えるからです。その時は冒険者として立派になれている頃でしょう。

 

 エイリルはそう思い改め歩き出そうとして、声を吐き出します。

 

 「またねっ!エイドルフ……!」

 

 遠ざかった馬車からは親指を上げたおっきな握り拳が見えました。そのおおきな手のひらは立派でエイリルにとっては憧れの一つです。

 

 立派になること。それがエイリルの願望(ユメ)です。それは特別でも何でもない普通ですがエイリルの願望(ユメ)なのです。中途半端のエイリルにとってそれは間違いなく憧れなのです。

 

 エイリルは今度こそ歩き出しました。向かう先は北西の第七区と呼ばれる通称『冒険者通り』です。そこには冒険者ギルドがあります。【ファミリア】に入る前に行け、エイドルフが会話の途中で教えてくれた事です。距離は遠いですがこれくらいは苦にもなりません。

 

 エイリルは歩きます。歩きます。雪が降ってきました。この分なら時期に積もるでしょう。冒険者ギルドに行く前に宿を確保した方がいいかもしれません。

 



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ファミリア

 いやぁ、一話を読み返してみたがつたない。
今回はファミリアに入団する所まで書けてないです。
 ギルドのエイナさんとかを含む描写はカットです。次は入団するところか、した後です。


 雪が降ってきました。冒険者のギルドがある第七地区を行き交う人々の吐く息は皆、一様に白く凍えています。そんな中で、エイリルは宿屋を後にして歩を進めました。

 

 宿を取ったのは正解でした。雪は既に積もり始めています。これから雪の勢いはどんどんと強くなって吹雪になるでしょう。こういう日は防寒のしっかりした部屋で休まないと大変なことになってしまいます。もし防寒のない部屋で休んだら寒すぎて死んでしまうかもしれません。あんな思いエイリルはこりごりです。

 

 宿から歩いて数分、白い柱が特徴的な神殿の様な建物がありました。ギルドです。風も吹き始めてきています。

 

 数秒、ほんの数秒だけエイリルは神殿を見つめ、歩き出します。しかし、歩き始めるエイリルを呼び止める声がありました。それは隊商がオラリオに到着する少し前に会話を交わした旅の仲間の声です。

 

 「見つけたわ! エイリル!」

 

 声の方向にエイリルは振り向きます。そこには種族がバラバラな三人組がいました。声をかけたのはエルフの少女ユフィ。肩まで伸びた銀色の髪が綺麗な子です。他の二人は狼人(ウェアウルフ)の女の子リイルと小人(パルゥム)の男の子ルガイドです。リイルは紫色の髪を腰まで伸ばしていて、瞳の色が太陽のように真っ赤な女の子です。ルガイドは赤色の伸びた髪を紐で一纏めにしていて、この四人の中で一番年上で背が低いです。

 

 「私たちを出し抜けるとは思わないでよね。リイルの嗅覚は凄いんだから!」

 

 ユフィは自慢げに語ります。隊商はオラリオに着いた時点で積み荷を各店に卸すために別れます。ユフィ達は希少な鉱石を担当していた隊商のセフィルと途中まで一緒に行動していました。そこでエイリルと同じように餞別を貰いました。そして【豊穣の女主人】でエイリルのことを待っていたのです。しかしエイリルは現れませんでした。おかしいと思い始めた所で商品を卸しに来たエイドルフが現れ、エイリルが【豊穣の女主人】に向かってない事を知ったのです。そこからは大変でした。エイリルとエイドルフが別れた所まで走り、リイルの鼻を頼りにエイリルの後を追ったのです。そうしてエイリルの宿泊する宿を突き止め、追いついたのです。もしエイリルが軽食を取っていなかったらユフィ達は追いつけなかったでしょう。

 

 「頑張ったよ、エイリル。ぶい!」

 「俺は最初から【冒険者通り】に向かうべきだと言ったんだけどな、聞いてくれねえのよ、こいつら」

 

 リイルが握りこぶしから人差し指と中指を伸す、神々で言う『ピース』と呼ばれるポーズを両手で行い、ルガイドが恨めしそうに話します。

 

 「そうですか。それでは」

 

 そういってエイリルはギルドに入るべく歩を進めました。

 

 「ちょっとまちなさいよっ! 先に言うべき事があるでしょう!」

 

 当然それをユフィが止めます。彼女は心は今、約束を反故にされ怒りに満ちています。それもその筈でした。彼女はエルフで約束事は千年経っても忘れません。それがエルフという種族なのです。彼女はオラリオに着く前にこう三人に約束しました。"誰が一番早く『ファミリア』に入れるか競争ね! 場所は【豊穣の女主人】って店で!"彼女は競争が楽しみで仕方ありませんでした。しかしリイルとルガイドは約束通り集まりましたが、エイリルはいつまでたっても来ませんでした。

 

 「さぁ、言い訳があるのなら言ってみなさい!」

 「すみません。ファミリアに入ってから集合だと思っていました」

 

 エイリルは即答で答えます。言い訳のように聞こえますがエイリルにそのつもりはありません。本当にそうだと思っていたのです。非はもちろんエイリルにあるのですが、ユフィも生真面目な子で、こんなに素直に謝れたら怒るに怒れません。むしろ分かりやすく言わなかった自分が悪いのかもしれない。そう思ってしまいました。

 

 「二人ともそんなとこで固まってないで中に入ろうぜ。流石にさみぃよ。ユフィも競争をしたいなら一旦仕切り直そうぜ」

 

 そう言ったのは一番年上で一番背の低いルガイドです。彼はこうして仲裁を図ることが多く、隊商の子供たちの中では兄貴分として親しまれていました。

 

 「うん、中に入ろうよ、頬が真っ赤だよユフィ。競い合うのが好きなのは分かる、けどルガイドの言う通り仕切り直すべき」

 

 リイルがユフィの手を取ってルガイドに続きます。

 

 「……分かったわよ。けど、一番早く【ファミリア】に入るの私。そして一番早く【レベル】を上げるのは私よ……!」

 

 「それは競争ですか? 宣言ですか? なら負けませんが」

 

 エイリルは笑顔でそう言いました。ユフィは無意識で煽るエイリルをみて、カチンと頭に来ました。彼女は負けず嫌いなのです。

 

 「いいわよ、競争ね。ただし、一番の人の言う事を四番目の人が聞くってルールも追加で。いいわね! リイル、ルガイド!」

 

 そう言ってユフィはリイルの手を引っ張ってギルドの中に入ります。当然、エイリルも後に続きます。最後のルガイドは苦笑して、三人を追い越すべく駆け出しました。

 




 平均一話、2000文字目指してます。
 ダンジョンorモンスターの描写が遠い・・・。
 戦闘も考えるのです。


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ミアハ・ファミリア

 話数が重なると、物語っぽくなってくる。
原作キャラの口調がわからん・・・


 

 この日は雪が降っていました。それは昨日も、その昨日もです。

 

 「今日は、昨日とは違い人通りが少ないな・・・うむ、それも仕方あるまい。オラリオでは物珍しい雪とて、三日も続けばあきるのも当然か」

 

 そう言って踵を返して先ほどまで歩いた道を戻る影が一つ。彼の名前はミアハ。【青の薬舗】という回復薬中心の道具屋を本拠(ホーム)にする、【ミアハ・ファミリア】の主神です。

 

 通常、オラリオの位置する大陸は四季の影響が薄く、雪が積もることはおろか雪が降ることすら極めて稀なのですが、どういう訳か今年は雪が降り積もったのです。

 最初はオラリオに生まれながら住む住人も雪を知る住人からその扱い方を聞き、雪を十分に堪能したのですが、二日目には飽きてしまいました。

 三日目には冒険者も出かけなくなりました。なぜなら膝が埋まるくらいにまで降り積もった雪は歩くのでさえ一苦労です。もちろん道に降り積もった雪は道の端によせられますが、今度は凍結した地面が牙を剥きました。

 

 そんなこともあってか今日は冒険者をさほど見かけません。ミアハはよく知人の冒険者に【ポーション】をタダ同然で配っては眷属のナァーザに怒られていますが、今日は冒険者をあまり見かけていないため、ポーションをそれほど配っていません。手持ちのポーションを見て、"今日はあまり怒られそうにないなと"ミアハは思いました。

 

 ♢

 

 ミアハが本拠に向かってしばらく歩いていると、遠目に道の端に集まる子供たちの姿を見つけました。その子供たちは明るい茶髪の少女と人間(ヒューマン)の男の子を中心に渦を巻くように集まっています。

 

 ミアハは最初、微笑ましいものを見ている気分でしたが、男の子の手首に布が巻かれ、その布が赤く染まっているのが見えた瞬間、駆け出しました。

 

 走るミアハを見つけた子供が叫びます。

 

 「ミアハ様だ! ミアハ様がきたよ!」

 

 続くように他の子供たちが嬉しさのあまり声をあげました。

 

 「ミアハのお兄さん!」

 「早い! やっぱりミアハ様さまは凄いや!」

 「これだ安心! 大丈夫!」

 「これで勝つる!」

 

 嬉しさのあまりに言葉遣いがおかしくなっている子もいますが、皆が皆、ミアハの登場に喜んでいます。ミアハはすぐさまポーションを取り出し、布の上からポーションを振りかけます。そしてポーションを子供に渡しながら一番近くの獣人の少女に聞きます。

 

 少女は丁寧に答えます。男の子が転んだ際に雪の中に埋まっていたガラス片で手首を深々と切ってしまったことを、そしてたまたま近くにいた自分が応急手当をして、子供たちに男の子の家族とミアハ様を呼びに行かせたことをミアハに教えました。

 

 「そうか、そうか。……こら、男の子が滅多に泣くものではないぞ」

 

 ミアハは深く頷き、安堵しました。そして泣いている男の子を優しく咎めるようにあやします。それからもう一度だけ安堵しました。少女の応急処置がなければ大事に至っていたかもしれないからです。

 

 ♢

 

 少女とミアハは自己紹介をしながら一緒に歩いていました。子供たちとは男の子の母親が現れた時点で別れたのです。

 

 「なんと、そなたは男だったのか。その愛らしい容姿のせいで勘違いをしてしまったよ」

 「かまいません。実際かなり間違われますから」

 

 少女のような容姿の少年、もといエイリルは何でもないかのように返事をします。

 

 「そうか、それでエイリルよ。私はそなたにお礼がしたい」

 

 ミアハは立ち止まってエイリルの手を両手で包み込んで聞きました。

 エイリルは何故ミアハがお礼をするのか、あまりにも筋違いで分からず、おもわず聞いてしまいました。するとミアハは、

 

 「もしそなたが、あの時あの場所にいなかったら、私は間に合わずあの子は死んでいたかもしれない。この周辺の子供達はみな知り合い、知己にあたる。そなたは私の知人の命の恩人なのだ」

 

 だからお礼がしたい。

 

 そういうミアハ様の顔は真剣で思わず見惚れてしまうほど美しくて、言葉の内容を半分も理解する前にエイリルは了承してしまいました。

 

 「よく分かりませんが分かりました。いいですよお礼、ただしこちらが内容を決めてもいいですか? 大丈夫。叶えられない様な事はいいませんから」

 

 了承してから、エイリルはとっさに言葉を継ぎ足します。

 

 「うむ、大したことはできないが、そなたの期待に全力で答えてみせよう」

 

 エイリルはミアハの手を振りほどいて、一歩後ろに下がりました。それから少し深呼吸してから、右手を胸に置いてゆっくりとそれでいて確かな声で言いました。

 

 「では、――私をあなたのファミリアに入れて下さい」

 

 "それは……"そこまで言ってミアハは言葉を詰まらせました。ミアハのファミリアは現在、冒険者が新しく加入するには厳しい状況なのです。いえ、冒険者が入りたがらない巨大な問題が一つあるのです。

 

 「ダメですよ……」

 

 言葉を詰まらせるミアハを助けるように若い犬人(シアンスロープ)の女性が間に割って入ってきました。

 

 「ナァーザ、どうしてここに……」

 

 ミアハは間に入ってきた人物、【ミアハ・ファミリア】の団長ナァーザ・エリスイスに驚き、つい聞いてしまいました。

 

 「どうしてもなにも……ここは店の前じゃないですか」

 

 ナァーザは話を続けます。ミアハ・ファミリアは大きな問題、膨大な借金を抱えていることをエイリルに話しました。ミアハが言葉を詰まらせた訳はこれです。新しい子供の入団は多くの神々にとって嬉しい事です。それは当然、ミアハも同じです。しかし現在の【ミアハ・ファミリア】には膨大な借金があります。そんなファミリアに入って喜ぶ人間はいません。

 

 「つまり、こんな借金まみれのファミリアに入るより……もっと大きな……それこそ【ロキ・ファミリア】とかにいったほうがいいってこと。……それでもいいの?」

 「かまいません。借金も上等です。もう決めましたから」

 「……話を聞いてた? 借金は百万や千万ヴァリスじゃないのよ」

 「そうだ。正直、入らないほうが後悔しないと私も思うが……」

 

 ミアハとナァーザは必死に説得を試みますが、エイリルは説得されません。逆に二人を説得しようとしました。

 エイリルは心に決めた事をやり通そうとします。決して折れず、曲がらず、捻じれません。そんなエイリルは二人こういいました。"私、頑固なんで"

 そう言ったようにエイリルは二人より諦めが悪かったのです。

 

 

 三日間降り続いた、物珍しく迷惑な雪が止んだこの日。【ミアハ・ファミリア】に一人、見た目の可愛らしい小さな巻きつのの少年が加わりました。

 




 次はダンジョンいけそう。
 恩恵は飛ばしてよさそう。二次創作だしね


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幕間  ダンジョンにて

 
 今回は案外すんなり書けた。
 ちょっとづつ上手く慣れている気がする。
 伏線とかやってみたいな・・・。


 洞窟(ダンジョン)の中に4匹のゴブリンがいます。緑の肌、小さな三本の角。人型の醜い、そんな普通のゴブリンが集まって、何やら言葉にならない鳴き声で会話のようなものをしているのです。

 

 そうしていると何か響く音が聞こえてきました。ゴブリンたちは一斉に反射的に音が聞こえるほうに走っていきます。

 

 ゴブリンたちは思いました。獲物、爪だ傷つける、噛む、戦う。

ゴブリンたちの考えることはバラバラでしたが、獲物を襲う事は皆同じです。

 

 そして一分も経たないうちに音の在処に見つけました。ゴブリンたちは気づけば9匹に増えていました。しかし彼らはそんな事は考えません。皆が皆、取り憑かれたように獲物を追うのです。

 

 しかし音は追われているのではなく、探していたのです。なにを? もちろん獲物(ゴブリン)を。音の正体は小さく丸まった角をもつ子供の冒険者です。右手には一撃の威力(必殺の一撃)を求めた斧が、左手には致命傷(クリティカル)を狙う片刃の剣(サーベル)が握られています。

 

 冒険者はゴブリンたちに向かって走っていました。お互いが走っているためその距離はすぐに縮まってしまうでしょう。

 ゴブリンたちは敵を囲むために速度を緩めますが冒険者は更に加速します。

 

 冒険者を囲むために左右に4匹のゴブリンが動きます。冒険者の加速は止まりません。既にゴブリンたちと冒険者の距離は五メートルもありませんでした。

 

 冒険者は回転しながら跳躍をします。そのまま遠心力を乗せた右手の斧で左右に別れなかった5匹のゴブリンのうちの3匹を頭を吹き飛ばしてしまいました。

 残った2匹のゴブリンも回転の勢いを利用した左手の片刃の剣(サーベル)で、一振りの内に首を切断されて殺されてしまします。

 

 それは瞬く間の出来事で、5匹が全部殺されてゴブリンの足はようやく一歩目を踏み込めたぐらいでした。

 

 二歩目を踏み出した時、1匹のゴブリン頭に冒険者の投げた斧が生えました。

 冒険者は素早く踏み込んで斧の柄を掴み、近くのゴブリンを蹴り上げます。そして蹴り上げたゴブリンの頭に、振り上げたゴブリンが生えたままの斧を叩きつけ、床とサンドにしてゴブリンの頭を割りました。

 

 残った二匹のゴブリンは既に斧を振り下ろした状態の冒険者に飛び掛かっています。

 ゴブリンの頭の中は既に獲物を狩ることを考えていません。敵を殺して自分が生き残ることを考えていました。がむしゃらに爪を振り下ろします。

 

 一匹の首を片刃の剣(サーベル)が貫きます。

 片刃の剣(サーベル)はゴブリンのの首の骨をほんの僅かのところで避けています。

 

 一匹はそんな哀れな一匹を横目に歓喜しました。冒険者の武器は全て振りぬかれ、冒険者の無防備な背中が迫ってきているからです。そう迫ってきていた(・・・・)からです。

 

 ゴブリンはゆっくりになった視界の中で精一杯考えます。

 "なぜ視界がこんなにもゆっくりなんだ?"

 "なんで今、敵の首に噛みついていない?"

 

 頭の中に出来る限りの(はてな)を浮かべた所で結果は変わらず、ゴブリンは壁に叩きつけられます。そして地面に落下するかと思いきや、冒険者のタックルがゴブリンを更に壁に叩きつけました。

 

 意識が一瞬飛んで、冒険者がゴブリンを壁に抑えて離さないことに気づきました。

 "なにを、する・・・?"ゴブリンの一瞬の思考の答えはすぐに分かりました。

 

 めきめきと音を鳴らしてゴブリンの体の骨は軋みます。冒険者はこのままゴブリンを力に任せて圧し潰す気なのです。

 

 なんでそんなことを? ゴブリンは意味の込めた声を上げますが、冒険者にゴブリンの言葉はわかりません。

 

 それからしばらくしてゴブリンは冒険者から解放されました。しかしゴブリンには反撃する力も意思も残っていません。むしろその意思にはこの冒険者が自分より上だという事が、克明に刻み込まれてしまっています。

 

 冒険者が倒れるゴブリンの目の前に来ました。斧を左手に持ち、片刃の剣(サーベル)は腰に付けられた鞘に納められていました。その右手には小振りなナイフが握られています。

 

 ゴブリンは先ほどと同じように声を上げます。しかし問いに答える声はありません。冒険者にとってゴブリンはその程度の価値すらない存在なんだと思い、ゴブリンは寂しい気持ちになりました。

 

 冒険者がゴブリンの胸にナイフを刺し、そこに手を突っ込んで小さな石、【魔石】を取り出しました。ゴブリンは声を上げません。

 

 取り出した【魔石】を袋の中に入れて、冒険者が呟きます。

 

 「もっと【ステータス】を上げないと・・・」

 

 それは死ぬ間際、無気力になったゴブリンにもはっきりと聞こえました。

 ゴブリンは考えます。【ステータス】は何かを。少し考えて、それが力の事だと直感しました。それから冒険者の無駄な追い打ちもその【ステータス】を上げるためだったんだと思いました。

 

 魔石を抜かれた迷宮(ダンジョン)の生物は例外を除いて灰になってしまいます。

 ゴブリンは灰に変わる直前、自分が冒険者の為になれたことに少し嬉しくなりました。

 

 「【ドロップアイテム】...! 幸先いいです」

 

 冒険者はゴブリンの灰からゴブリンの牙を拾い、袋に入れる。それから右手に片刃の剣(サーベル)を、左手に斧を持ち、走り出した。

 それから走りながら、左手の斧で迷宮(ダンジョン)の壁や地面を叩きを音を響かせました。

 

 冒険者はより多くの獲物を求めて迷宮(ダンジョン)の上層を走り回ります。

 響き渡る音は疑似餌のようにモンスターを集めますが、冒険者はそれらを全て血を浴びながら殺します。

 

 それを見た冒険者が仲間に教え、仲間は酒の席で面白可笑しく誇張して語り、今ではちょっとした噂になりました。

 

 『ダンジョンには血に飢えた羊がいる』彼らは今日も何処かで面白可笑しく、興味を持つように語るでしょう。 

 




 次回は前回から少しが時間が経って・・・みたいな感じで書けたらよさそう(予定)


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 効率を求めて

 もうちょいテンポをよくしたかったまる
 時系列が幕間の前です。


 ヤモリをそのまま大きくしたようなモンスター。【ダンジョン・リザード】。

 エイリルはそのモンスターに片刃の剣(サーベル)で切りかかりました。

 

 まずは一太刀。片刃の剣(サーベル)の一撃は容易く鱗を砕き肉を切りましたが、頭蓋骨に阻まれてしまいました。

 

 一撃で決めきれなかったと判断し、エイリルは直ぐに飛び退きます。

 ダンジョン・リザードはすぐさま噛みつきますが回避の方が速く、ガチンと歯と歯がぶつかる音が鳴りました。

 

 二太刀目は反省して首を狙います。

 勢いよく踏み込んで刺突を繰り出して、右目を貫きました。

 すぐに片刃の剣(サーベル)を引き抜いて下がります。

 右目を貫かれたダンジョン・リザードは痛みで最大限の鳴き声を出しました。

 

 エイリルは別に狙いを外したわけではありません。首を貫くはずだった片刃の剣(サーベル)を軌道を途中で変えて目を狙ったのです。

 

 その理由は単純。ただ、限界を感じ始めたのです。

 ダンジョンに潜り始めて一週間が経ちました。現在の階層は4層で、潜りたての新人冒険者としては順調すぎるペースです。

 

 五つあるステイタスの【基本アビリティ】の値も魔力を除いて【評価H】、100以上200未満にまで上がりましたが、これ以上潜るのには一つ上の【評価G】に上がる必要性を感じ始めたのです。

 

 エイリルは現在、友人たちと勝負をしています。誰が一番早く【ランクアップ】を果たせるか。単純ですが難しい勝負です。

 【ランクアップ】とはつまり、レベルを上げる事です。レベルはステイタスを上げるだけでは上がりません。先人曰く、なにか偉業を成し遂げ、自分の殻を破った時に訪れる。

 簡単に言ってしまえば強いモンスターを倒せばいいのですが、そんなモンスターは文字どうり強いモンスターです。レベル1の冒険者では絶対に死ぬと言われるぐらいには。

 

 エイリルはランクアップできそうなモンスターに目星をつけています。

 その中で上層に出現するモンスターでは【インファントドラゴン】、希少種(レアモンスター)と呼ばれていて出現するのは稀ですが、その強さは上層の実質上のボスと噂です。

 危険ですが中層には【ミノタウロス】と呼ばれるレベル1が遭遇したらほぼ死亡確定と言われているモンスターもいます。

 

 それらのモンスターを相手するには高いステイタスが必要でしょう。低いステイタスでは確実に死んでしまいます。

 本当はじっくりと基本アビリティを上げたいのですが、そうも言ってられません。

 レベルを上げる理由はもう一つあります。エイリルの所属するミアハ・ファミリアは現在、膨大な借金があります。その理由をエイリルは知りませんし、知ろうとも思いませんが、無理を言って入団した時、いじらしくなって無茶な約束した事をエイリルは憶えています。

 

 "半年でレベルアップします。絶対にします"

 "その意気込みは嬉しいが、無茶はしないでくれ"

 "分かったから……入団したからには死なないでよね"

 "これは約束ですよ。絶対にやり通しますから"

 

 ただの口約束ですが、それはエイリルの原動力でもありました。

 

 そして計画を立て、三ヶ月前後でステータスを仕上げ、ランクアップを図る気でしたが、初めて一週間でこの計画は明らかに無理だとエイリルは思い始めていました。。

 ステータスを上げるには効率よく無理をしないと目指す【評価S】、900以上1000未満を三ヶ月で達成できそうにありません。どんどんステータスの上がり方が緩くなっていくのです。一日全力で潜って最初は合計で200以上上がったのが、今では合計で80上がればいいほうです。

 

 だから少し、無理をすることにしました。

 

 エイリルはゆっくりと後退りしながら片刃の剣(サーベル)を鞘に戻します。

 そして素手でダンジョン・リザードに飛び掛かりました。

 

 オラリオを目指す隊商の中で、とあるドワーフが言った言葉が思考占拠します。

 

 "無理も押し通せば、道理となる"

 

 旅の初め、そう言ってドワーフは道を塞ぐ大岩を半日かけて砕いたのです。

 今でも言葉の意味はよく分かりませんが、それは真実だとエイリルは思いました。

 

 ♢♢

 

 【豊饒の女主人】は西のメインストリートに面する、冒険者が多く利用する人気の高い店です。元冒険者のミア・グランドが経営するこの店は先ほど営業を開始したばかりで、まだ人は少ない時間帯です。

 

 エイリルはダンジョン・リザードとの激闘を制し、豊饒の女主人で少し早いお昼ご飯を食べていました。

 

 ダンジョン・リザードは最初は不意を打てたおかげでペースを握れていたのですが、途中から何かに憑かれたかのように動きが変わり、苦戦を強いられてしまいました。

 そのおかげで身体中がボロボロです。

 

 エイリルは少し反省しました。

 まさか素手で戦うだけでモンスターにあそこまで苦戦するとは思わなかったからです。

 たしかに良い方法かもしれませんが、一戦一戦に命を賭けた戦闘をするほどエイリルは狂人ではありません。

 なにか別の方法を探した方がいいのか知れません

 

 「どうしたんだい、難しい顔して」

 

 そんなふうに悩んでいるエイリルにいきなり、豊饒の女主人の女主人のミア・グランドが話しかけてきました。。

 

 「別に遠慮なんてしなくていいんだよ。あんた悩んでんだろう、例えばそう――ステイタスの事とかで」

 

 エイリルは驚きました。悩みを的中されたからです。

 正直、ミア・グランドとエイリルに接点はありません。ただ店を利用するお客様と店主の関係なのです。多くの客が集まる豊饒の女主人の店主にとってエイリルは大勢の一人にしか過ぎないの筈なのです。

 

 「なんで、分かったんですか?」

 「別に特別な事じゃないよ。あんたみたいな冒険者は沢山いる。それだけさ」

 

 何気なくミア・グランドは言います。

 

 「そんな甘い冒険者の悩みを解決するのは、先輩として当たり前だろう」

 

 なるほどと思いました。確かにエイリルと同じような悩みを冒険者は普通なのでしょう。エイリルは相談するのも悪くないと思いました。

 

 「なら少しだけ」

 「はいよ、どんと聞いてやるよ」

 

 エイリルはステイタスの伸びが悪くなった事と、それが打開すべくモンスターに素手で挑んだ事を話しました。

 

 「なるほど、それでそんなにボロボロなのかい」

 「にゃはははっ!バカにゃ!本物のバカがいるにゃ!」

 

 いつのまにかエイリルの隣には猫人(キャットピープル)の女性が座っていました。

 エイリルは驚きましたが、バカと言われた事にむっとしてしまいます。エイリルは自分の選択は間違ってないと思っていたからです。

 

 「アーニャ! そんなサボってないで仕事しな!」

 「サボってはないにゃ! 仕事が終わったんだにゃ!」

 「そうかい! ならリューを手伝ってきな! 減給するよ!」

 「分かった、分かったにゃ! だから減給しないでぇ!」

 

 嵐のようなやりとりをしてアーニャは店の奥に引っ込んでしまいました。

 呆気に取られてしましましたがエイリルはすぐに気を切り替えてミア・グランドに質問しました。

 

 「それで、ステータスを上げるにはどうしたらいいんですか?」

 

 ミア・グランドは少し考えて答えます。

 

 「やっぱり、月並みの言葉になるけどモンスターを沢山倒すしかないわね」

 

 エイリルは予想通りだと思いました。実際、モンスターを倒すことが最も効率よく上げられると思っていたからです。でなければ冒険者はダンジョンで鍛えようなんて思いません。

 

 「それでは、モンスターを効率よく倒せる武器ってなんですか?」

 「斧だね。間違いない」

 

 ミア・グランドは即答しました。

 エイリルにはなぜ斧なのか想像できません。斧は一撃の威力は確かですが、振りが遅く小回りが利かないからです。

 それなら剣を扱った方が連続で攻撃できます。

 

 「いいかい.

斧はね、叩き潰す武器なんだ」

 「叩き潰す...?」

 「そう、叩き潰すんだ。硬い鱗も皮膚も肉も骨も関係なく確かな一撃を入れられて、場合によっては一撃で事足りるからね」

 「けど、斧は振りが遅いです」

 「そんなもの早く振りな。ステイタスが上がれば軽々と扱えるさ」

 

 少しだけ、納得しました。

 しかし自分で試してみなければ分かりません。

 

 「どうだい、悩みは解決したかい?」

 「いいえまったく」

 「そこはお世辞でも解決したって言うべきだろう!?」

 

 エイリルは席を立ちました。悩みは解決していませんが解決策は見えた気がしたのです。

 

 「なんだい、もう行くのかい」

 「はい、ちょっと試したいことがありますので」

 

 そういって少し多めに食事の代金を置いて振り返ります。エイリルはこれからの事を考えました。まずはギルドでお試しとして斧を借りて、使い心地を試します。上手くいけば新しく斧を買うかもしれません。

 そんな事を考えて歩き出しました。

 

 「所で今、ちょうどデザートが一品半額だけど食べるかい?」

 「ちょうど今、小腹が空きました」

 

 すこしゆっくりしても罰はあたらないでしょう。

 




 次は時系列が幕間の後に出来そう。
 ・・・。


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解決策1

 次はこの話に続く半紙になりそう。
 取り合えずステイタスをねじ込みました。


 オラリオの空は真っ暗で吐く息は薄く凍えてしまいます。前の住人の家具がそのままになっている青の薬舗の一室でエイリルは目覚めました。

 

 ベッドから下りて軽く準備運動をします。しゃがんで立ち上がって、しゃがんで立ち上がって、腕を掴んで腰を捻って、慣れた動作で反対の向きに体を捻ります。

 それからいくつかの動作で体を温めてから部屋を出ました。

 

 

 部屋を出て店頭に出ると、ミアハ・ファミリアの主神、ミアハがいました。

 

 「おはようございます。ミアハ様」

 「ああ、おはよう。相変わらず早起きだな」

 

 軽い挨拶を互いに交わして、少しばかり会話を弾ませます。

 

 「ああ、そうだ。エイリルに贈り物があるんだが、受け取ってくれないか?」

 

 会話の終わり際、ミアハが袋を取り出しエイリルに渡しました。

 エイリルはミアハから袋を受け取り、驚きます。袋は普通の大きめの袋に見えましたが、実は魔道具(マジックアイテム)だったのです。

 

 「それは友神から君に渡すように頼まれた物だ。普通の袋に見えるが中身は外見の三倍は入る、と友神はいっていたよ」

 

 ミアハは魔道具の扱い方をエイリルに教えます。袋は三重になっていて真ん中の袋は酷く脆いため、気をつける必要がありそうだとエイリルは思いました。

 

 「もしかして試作品ですか、これ?」

 「うむ、よくわかったな。使用した感想を聞かせてほしいとも言われたぞ」

 「やっぱり(ひと)がいいですね」

 

 ミアハの(ひと)の良さにエイリルは少し呆れてしましました。実際これは詐欺まがいの事なのです。魔道具の試作品のテストをエイリルに行わせると同時にミアハに恩を売ろうとしているのですから、実に狡猾な神が考えたのでしょう。

 

 「それでは、行ってきますね」

 

 しかたないのでエイリルは魔道具をしっかりと使用して、改善点を沢山見つけて嫌がらせをしてやろうと思いました。

 

 「待ちなさい。昨日はステイタスを更新しなかっただろう」

 

 店の扉に手を掛けたエイリルをミアハが呼び止めます。エイリルは昨日ステータスを更新し忘れていた事を思い出し、ミアハに従いました。

 

 ♢

 

 【エイリル】

 

 Lv.1

 

 力 :A 814⇒A 826

 

 耐久:B 719⇒B 721

 

 器用:B 798⇒A 819

 

 敏捷:A 812⇒A 815

 

 魔力:C 699⇒B 718

 

 《スキル》

 

 【転機取得】

 

 ・行動の切り替え時それが不可能な程、ステイタスに高補正

 ・行動の切り替え時それが不可能な程、魔力を消費してステイタスに補正

 

 ♢

 

 エイリルがダンジョンに潜り始めて、もう二ヶ月近くが経ちます。ステイタスも順調に伸びていますが、伸びれば伸びるほど少しばかりの不安がエイリルの中に芽生えました。そういう時に限って、エイリルに予想外で印象的な出来事が起きます。

 

 お昼時。エイリルは地上に上がる道中、7階層の最奥に位置する【食糧庫(パントリー)】に訪れていました。

 【食糧庫(パントリー)】にはモンスターの食料となる樹液のようなものが部屋の中心の樹木から流れ出ています。当然そこには多くのモンスターが集まり、食事をしています。

 

 エイリルは食糧庫にいたモンスターを全て灰と魔石とドロップアイテムに変えた後、食糧庫の樹木から流れる樹液を袋から取り出した保存瓶の中に詰めていきます。

 これはミアハから頼まれた事でした。ポーションの研究に使うそうなのです。エイリルは調薬の事は聞いた事しか知りませんが、確かにモンスターの食事の全てを賄うこの樹液は素材にになりそうだと思いました。

 

 「まってよっ、リイル! そっちは食糧庫だよ……!」

 

 樹液のような液体を詰めた瓶に蓋をしたとき、そんな声が聞こえてきて、まっすぐエイリルのいる食糧庫に向かってくる足音が聞こえました。

 エイリルはその声と名前に聞き覚えがあります。

 

 「見つけた、エイリル」

 

 あっというまに足音は近づき、食糧庫の入り口に狼人の少女が現れました。

 

 「久しぶりです。リイル、ルガイド、ユフィ」

 「よう、久しぶりだなエイリル」

 「ああっ!エイリル!」

 

 リイルに遅れてエルフの少女ユフィと小人族の男の子ルガイドが現れました。エイリルと彼女たちは実に二ヶ月ぶりの再会です。三人とも二か月前より少し凛々しくなったように感じました。

 

 久しぶりに再会した四人はそれから、一緒に地上を目指すことにしました。

 

 ♢

 

 リイルの扱うナイフがパープル・モスに止めを刺すべく迫ります。

 

 「それで三人ともロキ・ファミリアなんですか」

 「だってそうでしょ、レベルを上げるには高いステイタスが必要だし、それなら上級冒険者に鍛えてもらう方が速いじゃない。ってあなたは一体何処に入ったのよ?」

 「それは俺も気になるな。正直、全員が最大手ファミリアに入るだろうとは思っていたし、それなら一番最初にロキ・ファミリアに来ると思っていたんだ」

 

 ♢

 

 ルガイドの槍がウォーシャドウの頭部を貫き、すぐさま引き抜いて次のウォーシャドウ目掛けて槍を横なぎに振ります。

 

 「いやっ! 今すぐ抜けなさいよ、そのファミリア! そんな借金、零細ファミリアに払い切れるわけないじゃない!」

 「ユフィの言う通り、払い切れるわけない。一緒のファミリアに入ろうよ、エイリル」

 「いやです。抜けません。それより返済の方法を考えるのを手伝ってください。私ではダンジョンで稼ぐぐらいしか思いつきません」

 

 ♢

 

 エイリルの振るった斧がフロッグ・シューターの下顎から上を切り飛ばし、片刃の剣(サーベル)で魔石に届く深い傷を作りました。

 

 「まず一括で払い切る方法は考えるだけ無駄よね。月々の支払いを店として払えるようにしないと」

 「ああ、それに借金をしている相手は【ディアンケヒト・ファミリア】、そのナァーザって団長の言ってることが正しいのならミアハ様の事を目の敵にしているらしいぞ。しかも【ディアンケヒト・ファミリア】は大手の医療系ファミリアだ。店として繁盛してても利益を度外視して邪魔してくる可能性もあるかもしれない」

 「つまり店が唯一性を保てるような商品が必要? 真似できないような性能のポーションとか。考えつかないような素材が必要かも」

 

 ♢

 

 ユフィが杖を振るい、コボルトのその首をあらぬ方向に曲げました。

 

 「唯一性ある品が出来たのなら、是非とも利権がほしいな。利権を取れれば唯一性が保たれるだろうし、その品を売る権利を定期的に買わせればそれだけで儲かるだろ」

 「問題は作れるか、だと思

 「そうですね。【ディアンケヒト・ファミリア】は大手の医療系ファミリア、当然多くの影響力の強いファミリアと関係を持っている筈です。ダンジョンの珍しい素材も、そうじゃない素材も簡単に手に入れられて、研究しているはずです」

 

 ♢

 

 四人は無事にダンジョンから出られました。エイリルは思います。今日ユフィたちに会えたのは本当に運が良かったと。

 

 エイリルは早速、今日の事をミアハとナァーザに伝えようと思いました。あんな膨大な量の借金が返せるかもしれないからです。

 

 「ちょっと待てよ、エイリル。せっかくだし一緒に昼飯を食おうぜ。まだまだ案を煮詰めたいしな」

 

 走り出そうとしたエイリルをルガイドが肩を掴んで止めます。たしかにルガイドのいう事は正しいのです。曖昧に事を伝えるより、しっかりとした作戦を練って伝えるべきなのだと、ルガイドがエイリルを説得します。 

 

 「確かにそうですね。では昼ご飯にしましょう」

 

 エイリルは説得に応じ、訊ねます。

 ユフィ、リイル、ルガイドは豊饒の女主人がいいと言いました。

 確かにあそこは良い店です。エイリルは一人納得して、四人の先頭を歩くルガイドに続きました。

 




 今までで一番よくかけた気がする。


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パーティー結成道中

解決策2はそのうちになりそう


 「明日、一緒に冒険しようぜエイリル」

 

 豊饒の女主人でミアハ・ファミリアの現状を話し合った後、ルガイドたちはエイリルに言いました。

 

 お腹いっぱいにまで食べて上機嫌だったエイリルは深く考えず了承しました。

 

 「いいですよ、ルガイド」

 

 そう言ってエイリルはルガイドたちと別れました。それから青の薬舗に向かう帰り道で、エイリルはミアハに会いました。

 

 「エイリルじゃないか。今は帰りか?」

 

 そう言って爽やかな笑顔を浮かべるミアハの腕には、紫色の太い根っこのような物が沢山入った紙製の袋が抱えられていました。

 

 「そうですよ、ミアハ様。それは貰い物ですか?」

 「うむ、そうなんだ。この付近に野菜を売っているタルゴさんがいるだろう、その娘のエルマちゃんからの貰いものなんだ」

 

 タルマちゃん、と聞いてエイリルは青の薬舗の常連である麦色の髪の女の子を思い出しました。週一のペースでポーションを一本だけ買っていく、変わった女の子です。

 

 「ああ、いつも頬が赤い女の子ですか。そういえば頼まれた食糧庫(パントリー)の樹液を汲んできました」

 「おお、それはありがたい。明日にはそれを使って試作品を作ってみよう」

 

 二人はそんな他愛のない会話をして青の薬舗を目指しました。

 

 ♢

 

 朝、鳥の囀りを聞いてエイリルは目覚めました。いつもより遅い目覚めでした。

 

 「今日は……一緒に冒険でしたか…?」

 

 エイリルはいつもより重い体を引きずって、軽く準備運動をします。それから防具を着けて壁に立て掛けていた斧と片刃の剣(サーベル)をもって部屋を出ようとしましたが、机の上に置いてあった塩の小瓶のネックレスが目に移り、それを身に着けていくことにしました。

 

 下の階の青の薬舗の店頭ではナァーザとミアハが店を開く準備をしていました。

 

 「おはようございます。ナァーザさん、ミアハ様。」

 「おはよう、エイリル。今日は遅いのね」

 「ああ、おはよう。今日は休憩……ではないか」

 

 エイリルは昨日の約束の事を話しました。すると二人は、いい友達だねと同じことを言いました。エイリルは二人がどう判断してそう思ったのか気になりましたが、ルガイドたちがいい友達なのは事実なので深くは聞きません。

 

 「そういえば昨日言った試作品ができたぞ」

 

 ミアハは会話の最中にそう切り出して、六本の赤いポーションをエイリルに渡します。

 

 「これが試作品ですか。普通のポーションと違う色をしていますね」

 

 エイリルはポーションの入った細長い瓶を揺らしました。瓶の中の液体は少しだけ粘度があるように見えました。

 

 「本当に変わったポーションですね」

 「うむ、赤い血のようなポーションだ。しかし効き目は上がったぞ」

 

 エイリルは赤いポーションを魔道具の袋にしまいました。

 

 「だが、蜂蜜のような粘りがあるのだ。飲みやすいように薄めはしたが、まだ飲みにくいかもしれん」

 「粘り、ですか。どうせならもっと粘度を高めて軟膏にでもしますか?」

 

 何気なく言ってエイリルは青の薬舗を後にします。店に残った二人は軟膏と聞いて、ポーションの粘性を高める方法を互いに話し合いました。

 

 ♢

 

 摩天楼(バベル)前の噴水のある広場。エイリルはそこでルガイドたちを待っていました。時刻は八時、ぼちぼちと冒険者がダンジョンに潜り始める時間です。

 

 噴水の端に座ってルガイドたちを待っていますが、一向に現れません。約束を反故にされたかと一瞬だけ思いましたが、エルフのユフィがいるのに約束を反故されるわけがありません。エイリルは自分が早すぎたのではないかと思い、立ち上がります。しょうがないのでダンジョンで時間を潰すことにしたのです。

 

 そう考えて歩き出そうとして、誰かに肩を掴まれました。

 

 「ちょっと待てエイリル。まさかと思ったがお前早すぎだろ」

 

 振り返ると冒険の準備を整えたルガイドたちがいました。

 

 「いえ、普通に間違えただけですよ。やはり習慣は抜けませんね」

 「習慣っていったい何時から潜ってるのよ」

 「5か6時くらいですよ、」

 「5時ねぇ、かなり早いじゃない」

 

 ユフィが声を荒げず言いました。それを見てエイリルは思います。もしかして寝ぼけているんじゃないかと。普段のユフィなら声を荒げるだろうとエイリルは思っていたからです。

 

 「もしかして寝ぼけていますユフィ?」

 「寝ぼけてない、寝ぼけてないわよ……エイリル」

 「悪いなエイリル。ユフィもリイルも昨日、夜遅くまで起きていたらしんだ」

 

 ルガイドの言葉を聞いてリイルを見ました。リイルは立ったまま目を閉じています。寝ているかと思い、近づくとリイルは目を見開きました。

 

 「ごめん、エイリル。寝てた。少しだけ散歩に付き合って、そしたら目が覚めるから」

 

 そう言ってリイルはエイリルの手を握って歩き出しました。エイリルはダンジョンのあるバベルを見て、名残惜しそうにリイルについていきます。

 

 「まあ、オラリオを探索したことはなかっただろエイリル。少しだけ散歩して、午後から冒険すればいいさ」

 

 ゆっくりと歩きながらルガイドが言います。それでもエイリルは名残惜しく思いましたが、とりあえずルガイドの言う通りにしました。

 



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幕間 優しい友人たち


 オラリオを探索する話はそのうち幕間で書くかもしれません。


 

 豊饒の女主人にてエイリルと食事をしたルガイド、リイル、ユフィの三人は上機嫌なエイリルに明日の約束を取りつけ、ロキ・ファミリアの本拠(ホーム)へ帰る帰路についていました。

 

 「それにしても二ヶ月くらい会ってないだけで、凄い変わってたわね」

 

 ユフィが嬉しそうに言います。彼女は約二か月間、音沙汰のなかった自分の友人がしっかりとやれていると知れて嬉しかったのです。

 

 「ああ、変わってたな―――悪い方に」

 

 ルガイドがそう言います。ユフィには一瞬、ルガイドが何を言っているのか分かりませんでした。だってエイリルはあんなにも元気だったのですから。

 

 「これは予測だが、確実に当たるぞ」

 

 神妙な面持ちで、それでいて苦々しくルガイドが言いました。これにはユフィも黙ってしまします。いつも陽気なルガイドがその雰囲気をがらりと変えるときは、取り返しがつかない事が起きる前触れだと仲間内の共通の認識だからです。

 

 「あいつは確かに元気だった。だが体の方は疲労を限界まで溜めている。いいか、普通なら体に異常が有れば心に現れる。体が傷を負えば、心も痛いと思うだろ? だがあいつは元気だ。体は悲鳴をあげているが、心は普通に元気なんだ」

 

 "この差が解るか? ユフィ"そう問いかけられてユフィは悩んでしまいます。ユフィが答えを出す前にルガイドは元の陽気な雰囲気に戻ってしまいました。

 

 「まあ、つまりは心が麻痺していて肉体の限界に気づいていないだけなんだが。簡単に言ってしまえばそのうち疲労で倒れるぞって事だ」

 

 ユフィはそう言われて納得しました。しかし次は疑問が浮かび上がります。それはオラリオに来て二ヶ月間でそこまで肉体を追い込めるか、という事です。

 

 「エイリルは何をしたのよ……?」

 「それについては単純にダンジョンに潜ってたんだろ。ただし、活動の限界までな。根拠もあるぞ、"ダンジョンには血に飢えた羊がいる"」

 「"ダンジョンには血に飢えた羊がいる"……それってあれよね? 真偽が確かなお話。血まみれの冒険者を揶揄した話でしょ」

 「そうだが、元は話でも何でもなくただの噂なんだ。"ダンジョンの中、カンカン金属が響く音がする。音の方向に出向けば、血を飲むように浴びる羊の獣人がいた"」

 「羊の獣人、それがエイリルなの?」

 「見間違えたんだろ。初見じゃ山羊の獣人なんて誰もきづかねぇよ」

 

 確かに、とユフィは同意しました。ユフィも始めは、エイリルのことをずっと羊の獣人だと思っていたからです。

 

 「エイリルの武器、凄い血のニオイがした。数千以上の血のニオイ」

 

 今まで黙っていたリイルが補足するように言います。数千以上、そう考えてユフィはぞっとしました。そんな数、たった二ヶ月で倒すようなものではありません。

 

 「まあ、エイリルがこのままだと間違いなく倒れるという事は分かったわ。それで何をすればいいのよ、ルガイド」

 

 ユフィは思考を切り替えます。どうしようもない事を考えるのは、ユフィの主義ではありません。そんな事をするくらいなら、嫌いな編み物をしたほうがずっと有意義です。

 

 「分かった、それじゃ作戦を告げる。リイルも協力してくれるな?」

 「……うん。協力……する」

 「どうした眠いのか?」

 「…少しだけ。でも我慢できる」

 

 少しの不安も有るもののルガイドは作戦の内容を告げました。まず明日の約束でエイリルは何時もより遅くですが、朝早くバベルの前に集合する事が予測されました。そこでリイルとユフィに夜更かしをしてもらい、寝ぼけた状態から目覚める為という口実でオラリオを散歩します。そして午後からダンジョンに潜る。

 

 ルガイドは、この作戦がエイリルを精神的に疲れさせる為の作戦だと言いました。疲れさせて、心の麻痺を解すのです。心の麻痺が解ければ、自ずと肉体の疲れを感じとるでしょう。

 

 「いいか二人とも、明日の作戦は恐らくだが完全に成功しない。だから切っ掛けを作るだけでい」

 「ルガイド。それは分かったけどダンジョンに潜る必要はある?」

 「それは私も思ったわ、そもそも休めとエイリルに直接言えばいいじゃない」

 

 ルガイドは二人の疑問に丁寧に答えます。

 

 「まずはリイル。ダンジョンに潜る必要だが、あいつは今まで一人で潜っていたんだ。他の人間と潜った事はまずないだろう。作戦の本題は精神的に疲れさることで、その方法は慣れない事をさせればいい、簡単だろ? それにさっき約束をしたからな。あと、その約束を足掛かりに週に何日か一緒に潜る約束を取りつける。一緒に潜れば負担も減るし無茶も出来んだろ。

 で次にユフィ。あいつが頑固な事ぐらい知ってるだろ。自分を曲げるような事は決して自分からしない。そんなあいつは今、レベルを上げることに執着している。俺らが休めと言っても、出し抜こうとしているぐらいにしか感じないだろうな」

 

 ルガイドの言葉を聞いて、ユフィは少し後悔してしまいました。自分が安易に約束しなければエイリルが無茶しなかっただろうと思い、胸に蟠りができたように感じます。

 

 「んじゃ、さっさと帰るぞ。門限を過ぎたら主神さまに怒られちまうぞ」

 

 三人はそれから、話題を明るいものに変え帰路を歩く足を少しばかり速めました。

 





 もう少しスマートに書きたいな。


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幕間 将来英雄の男の子


 連続で幕間になります。
 次はダンジョンに潜るところになりそうです。
 オラリオを探索する話はそうのうち幕間とかで書ければなぁ


 

 それは男の子の生まれる前日のことでした。村に住む魔女が男の子の両親に男の子が将来、英雄と呼ばれ数々の偉業をこなすことを予言したのです。

 

 魔女は生まれる前の男の子に不思議な力が宿る右目と左目を授けて、村から出ていってしまいました。

 

 男の子はそれから村人たちの期待に応えながらすくすくと成長しました。

 五歳で読み書きを全て憶え、村の英雄章を全て暗記して、武器の扱いは村一番。

 村人たちは魔女の予言は本当だった思いました。

 人より優れた男の子は過去の英雄の再来だともてはやされました。

 

 男の子が八歳になるころ、村に盗賊の攻めてきました。しかし男の子が引き連れたきた森の獣が盗賊を蹴散らし、村の生活が楽にしました。

 

 村人と獣が十分仲良くなったときには男の子は九歳でした。その間に村に神の恩恵を受けた冒険者が現れ暴力の限りを尽くそうとしましたが、やはり男の子が打ちのめし、改心させました。

 男ん子が十歳の誕生日を迎えたその日、村に魔女が戻ってきました。魔女はさらなる予言を男の子に告げます。

 

 "最後の母近き迷宮、人がつなげし迷宮の町の迷宮。大いなる母の息子が曖昧な子供を使い、大いなる母の再現をする。新しき怪物は……"

 

 途中で魔女は寝てしまいました。男の子はもっと予言の意味を知りたがりましたが、魔女は起きません。

 

 次の日、魔女は書置きを残して村から消えてしまいました。

 書置きには"オラリオ"とだけ書かれていました。

 

 その日、予言を補足するように冒険者の一団で構成された旅商人が村に訪れます。英雄になることを運命に約束された男の子は十歳で自分の村を別れました。

 

 

 オラリオに向かう旅商人との旅は苛烈を極めました。

 

 平原では馬を殺され、そこに住む獣人族と一発触発の危機に陥り、森ではエルフに疑われ牢屋に捕らわれたり、町では荷物を全て盗まれたりしました。

 時には強大な龍から逃げたり、火山の噴火を防いだり、命の危機もありました。

 

 そんな旅の最中、男の子には仲間と呼び合える存在に会いました。

 周囲から化け物と呼ばれていた狼人の少女に祖母の魔法を完成させようとするハイエルフの少女、取り替え子(チェンジリング)の少年。

 そんな彼女あるいは彼と会ったとき、男の子は自分(えいゆう)の仲間になると確信したのです。

 実際、男の子と彼らは元から友達だったように、すぐに仲良くなりました。

 

 

 旅の商人がオラリオに着いたあと、取り替え子(チェンジリング)の少年とは別れてしまいまいましたが、少女たちと男の子は同じファミリア入りました。

 

 そこで道化の神様に恩恵を貰った男の子は、運命に紐づけられた特別なスキルが発現しました。

 自分と仲間の経験値を増加させるそのスキルには道化の神様も驚きです。それからスキルの範囲をおおよそ把握した男の子は仲間と共に取り替え子(チェンジリング)の少年を探しました。

 

 およそ二ヶ月ぶりに取り替え子(チェンジリング)の少年に会った男の子は驚きました。

 

 取り替え子(チェンジリング)の少年は二ヶ月前から、その在り方を大きく変えていたのです。

 その歪んだ心は人間の物ではなく怪物の物に近くなっていると男の子は理由もなく確信しました。

 

 このままでは取り替え子(チェンジリング)の少年は物語に出てくる怪物になってしまうでしょう。男の子は仲間が怪物になる姿も見たくありませんしその怪物と戦いたくもありません。

 男の子は取り替え子(チェンジリング)の少年が怪物になる原因を無くすことを自分に誓いました。

 

 取り替え子(チェンジリング)の少年が怪物になる理由は焦りからだと男の子は確信しました。

 男の子は取り替え子(チェンジリング)の少年が真面目で頑固で努力家だということをしっています。男の子から見た取り替え子(チェンジリング)の少年は、周りに追いつこうといつも努力していました。

 

 しかし直感からくる確信では取り替え子(チェンジリング)の少年が焦る理由が分りません。

 男の子は不安でした。取り替え子(チェンジリング)の少年が焦る理由を取り除いたとして、男の子の心を元に戻す方法が思いつかないからです。

 

 今まで男の子に解決できない問題はありませんでした。分からない事でも直感からくる情報を繋げれば大体何とかなったからです。

 その直感が今、曖昧な情報を男の子に教えるのです。危険だと。今すぐ何とかしろと。曖昧な情報でもつなぎ合わせれば形になります。

 

 そうしてできた情報は取り替え子(チェンジリング)の少年に悪い方向で転機が訪れる事でした。それは精神的にも肉体的にでもです。

 限定的に未来を予測する男の子の第六感は具体的なの事を教えてくれません。

 

 男の子は不安で堪りません。男の子には近い将来に自分に転換期が、試練が迫っていることが肌で感じ取れていました。

 

 それが自分だけに関わるものじゃなく、仲間たちにも関わることだと理解して怒りに震えていました。

 

 英雄の運命。訪れる試練の数々。神の策略。自身の死。

 

 男の子にとってそれらは自分の生きる意味だと思っていました。

 しかし正義感の強い男の子は悲劇が許せません。

 男の子は自分の英雄章が悲劇に塗れることを我慢できなくて、悲劇を覆すことを自分の運命に誓いました。

 





 前半は前書きで、後半が主人公の心情を表すように複雑にバラバラに書けていればさいわいです。


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強敵

よっし。書けた。
 次はがっつり戦闘をかくんだ。


 四人はオラリオの探索を終え、ダンジョンに潜っていました。

 7階層のキラーアントの群れを殲滅してルガイドがエイリルに聞きました。

 

 「どうだエイリル、パーティーを組むと楽になるだろう」

 

 エイリルは楽し気に答えます。エイリルは今まで一人で潜っていました。それと比べて多人数で潜るのは初めてのことで新鮮です。

 

 「そうですねルガイド、もう7階層です。戦闘でも仲間に頼れる分、非常に気が楽ですよ」

 「あたりまえよ、そもそも戦闘の度に全力で戦って疲れないわけないじゃない」

 

 始め、エイリルは現れるモンスターを全力で打ち倒そうとしましたが、それはユフィによって止められてしまいました。

 エイリルは彼女から一人で先走らないように注意されてしまいました。

 

 「敵が来る。たぶん、ニードルラビット」

 

 不意にリイルが言いました。彼女が見つめる先の壁から、ニードルラビットが生まれおちます。エイリルは無意識に踏み出していた右足を戻しました。

 ここには仲間がいるのです。わざわざ仲間に迷惑かけたくはありません。

 

 生まれおちたばかりのニードルラビットたちが四人を目掛けて走り出します。

 個体差があるのかその速さはそれぞれ違います。

 

 「数は三匹だな……跳躍した個体を任せた、エイリル。おそらく頭を狙ってくるからな」

 

 実際には跳躍していませんが、ルガイドは確信をもって答えます。

 リイルが一番先頭を走る個体をそれ以上の速さで蹴りぬき壁に叩きつけます。二匹目はルガイドの言った通り頭を狙って跳躍しました。跳躍が頂点に達する前にエイリル振るった斧が、ニードルラビットを打ち落とします。

 

 「よし、戦闘終了。お疲れ様でしたってな」

 

 エイリルが顔を上げると、三匹目は既にルガイドが振るった短槍の突きで貫かれていました。

 

 「私、リイルが蹴り飛ばしたモンスターに止めを刺しただけなんだけど」

 

 魔石を握ったユフィが不満そうに言います。リイルもユフィの隣で表情を少しだけ不満そうに変えました。

 

 「取り合えずエイリルの袋に魔石をしまってくれ。いいか、今日はその袋が満杯になるまでって言っただろ?」

 「そうだけど……少し余裕過ぎない? それにね、不完全燃焼じゃね……」

 

 ユフィがパーティーのリーダーであるルガイドに言います。ルガイドはユフィの意見を聞いてエイリルに目配せして聞きました。

 

 ♢

 

 「ブゴォオオオッ!」

 

 深い霧の中オークぼ振るう天然武器(ネイチャーウェポン)がリイルを狙うが、リイルは一瞬早く股下を抜けると同時にオークの膝裏を深く切りつけました。

 

 「まかせなっ!」

 

 ゴブリンと似た姿の姿のインプをエイリルと全て倒し終えた、ルガイドがリイルと入れ替わるようにオークの背中を蹴り飛ばします。蹴り飛ばされたオークは俯せに倒れてしまいました。

 

 「立たせないわよ!」

 「ブゴァッ!」

 

 両腕を使って立ち上がろうとしたオークの右腕をユフィが蹴り砕き、エイリルが左腕の肘から先を斧で切り落とします。オークはもう立ち上がれません。

 ルガイドは油断なく槍の矛先でオークの心臓を貫き、引き抜くと同時に魔石を抉り取りオークを灰に変えました。

 

 「リイル戻ってきなさい!」

 

 ユフィがオークの膝裏を切り裂きそのまま回音波を発し続けるバットバットを蹴散らしに行ったリイルを呼び戻します。その姿は霧に妨げられて見えなくなっていましたが、すぐに戻ってきました。

 

 「よし、全員いるな。エイリル、そろそろ満杯にっただろ」

 

 エイリルは袋の中に手を突っ込み、まだまだ入ることを口にせず仕草で教えました。ルガイドは袋にまだまだ入ること知り、不審に思いました。エイリルの袋はカボチャが入る程度の大きさです。たしかにルガイドたちは足早に階層を降りましたが、それでも見かけたモンスターは積極的に倒し五十以上の魔石を手に入れました。ルガイドの袋なら、すでに魔石は入りきらないでしょう。

 

 「おいちょっと袋を貸せ」

 

 エイリルは袋をルガイドに渡しました。渡したあと、ユフィと目線が交差したのは気のせいではないでしょう。

 

 「なんだこりゃ見た目より重いな……」

 

 ルガイドは手渡された袋をゆさゆさと揺らし、言いました。袋は見た目よりずっと重かったのです。意を決して袋の中に腕を入れると手首まですっぽりと入ってしまいました。

 

 「おいおい、魔道具かこの袋?」

 

 ルガイドは実際に触れてみてエイリルの袋が魔道具だと理解しました。しかし魔道具ならば、魔力の扱いにたけたユフィは知っていたはずです。

 

 「ユフィ! 知ってて黙ってたな……!」

 

 ユフィは目線をあらぬ方向に向け、口笛の真似をしました。彼女はエイリルが袋をみせた時から知っていましたが、もっと一緒に冒険がしたくて黙っていたのです。

 

 「ルガイド。血の匂いがする」

 

 怒ったルガイドにリイルが何気なしに言いました。ルガイドはその言葉をすぐに理解してリイルに聞きました。

 

 「下の階かリイル。何人分だ」

 

 冷静にルガイドが聞きます。彼はその臭いが人間の血だろうと当たりをつけ、リイルにに聞きます。彼の第六感が下の階が危険だと訴えていますが、ルガイドは意図的に無視ししました。

 

 エイリルもユフィも黙ってリイルとルガイドのやりとりを聞いています。ただしいつでも戦闘できるように準備していました。

 

 「六人分、たぶん半分以上は期待できない」

 

 ♢

 

 十一階層の入り口付近、そこから翼のない赤い竜が見えました。大きな竜の牙は赤く塗れています。

 その大きな竜の名前はインファントドラゴンでした。エイリルは少し前に調べていたから知っています。しかし実物を見るとその大きさは予想以上でした。

 

 「よし、作戦会議だ。どうする、戦うか?」

 「戦いたいですが、もう少しポーションが欲しいです」

 「難しい、致命傷を狙えない」

 

 幸いインファントドラゴンはルガイドたちに気づいてないので、撤退は容易でした。確実に勝てるか分からない相手に、勢いだけで挑むほどルガイドたちは無謀ではありません。

 

 「ユフィはどうだ? 個人的には間が悪すぎて、万全の準備をしたい所だが……」

 

 ルガイドが最後にユフィに聞きました。皆がそれぞれの意見を言う中、ユフィは目を閉じて耳を澄ましていました。彼女は静かに言います。

 

 「生きてるわ……インファントドラゴンの向こう。息をしている人間がいるわよ」

 

 エルフ特有の聴力でそれに気づいたユフィは、続けて言います。

 

 「魔力回復のポーション、使う事にするわね」

 




 インファントドラゴン。インファントドドラゴンではない。


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強敵2

 あと二、三話ぐらい強敵がつづきそう。


 「インファントドラゴンは大きな火を吐くだけのトカゲだ。別に武器が効かない訳じゃないし不死身でも何でもない、物語に出てくる怪物じゃないんだからな」

 

 ルガイドがそう言って皆を鼓舞します。

 

 ルガイド、エイリル、ユフィ、リイルの四人は11階層に出現したインファントドラゴンから一定の距離を保つように右回りで移動していました。

 

 「決定打が無いだけで戦ったパーティーはそれなりに手傷を負わせたみたいね」

 

 インファントドラゴンは首を左右に振って敵を探しているようです。その身体中には小さな手傷がありますが、そのほとんどが固まった血で塞がっていました。

 不意に、四人はインファントドラゴンと視線が合います。

 

 「どうやら視力が悪いようだな……前のパーティーによるものか……」

 

 四人はその場から動きません。動けばインファントドラゴンに気づかれてしまうからです。そんな中、ユフィが魔法の準備をするために魔力を研ぎ澄まします。

 

 「本当なら、気づかれずに重傷者を救出して、逃げたかったんですが……」

 

 エイリルはインファントドラゴンに気づかれていると知って、ルガイドに言いました。ルガイドは苦笑して、意識を切り替えます。

 

 「しゃあない、手負いのモンスターは狂暴になるからな。油断も何もしないから本当に戦いにくい相手だ」

 

 エイリルは両手の武器を構え直します。リイルは腰を落として、一息に駆け抜ける準備をしています。

 

 「んじゃ最終確認。エイリル尻尾を狙って、ユフィは初手補助魔法、リイルは重傷者救出。重傷者は階層入り口にポーション飲ませて置いといてくれ、運が余程悪くなれば今は大丈夫だろ」

 

 ♢

 

 リイルはインファントドラゴンの股下を潜り抜け、叩きつけられる尻尾を回避して重傷者の居場所まで一息に駆け抜けました。

 

 リイルが重傷者を救出する間、ルガイドたちはインファントドラゴンの足止めをしています。

 

 不安はありません。ルガイドは四人の中で一番強いので心配する必要はなく、エイリルはその努力からくる実力で大丈夫でしょう。唯一ユフィが心配ですが彼女はルガイドたちが守ってくれます。

 

 「ゴァアアッ!」

 

 インファントドラゴンの咆哮が11階層中を木霊しました。リイルにとってあれは間違いなく強敵です。そして戦う必要は限りなくありません。

 重傷者を助け出したら撤退をします。作戦ではその筈でした。

 

 歪んだ鎧の下敷きになっていた獣人の少女を助け出し、エイリルから渡された赤いポーションを二本の飲ませて重傷を軽症に戻したとき、少女が微かにですが息を吹き返したのです。

 リイルは少女を抱え上げ、インファントドラゴンの股下を通り抜けた以上の速さで走り抜けました。

 

 階層入り口に到着したリイルに少女が口を振るわせて言います。

 

 「みんなの、かたきを……おねがい……!」

 

 別にリイルには少女の言葉を叶える必要はありません。ルガイドが聞けば必ず仇を討つでしょうが、リイルには仲間を危険にさらす理由はないのです。

 

 リイルは少しだけ考えます。インファントドラゴンと戦うルガイドたち、インファントドラゴンを倒せばランクアップするでしょう。しかしそれはリイルにとっては、どうでもいい事です。

 大事なのは心です。ルガイドもユフィもこのまま撤退すればきっと後悔して、しかし戦いが続けばエイリルは戦いの途中で、間違いなく中途半端で倒れる。そうなればそれはエイリルにとって間違いなく悔いになります。

 

 二人と一人、どちらも人数で比べられないほど大切な仲間です。

 リイルはインファントドラゴンの尻尾を切り落とそうとしているエイリルを眺め、赤いポーションを一本だけ置いて行ってユフィの魔法で強化された脚力で戦いに加勢しようと駆け出しました。

 

 ♢

 

 振り下ろした斧がインファントドラゴンの大きな尻尾の根元に刺さりますが、硬い皮を貫いただけで止まってしまいます。

 

 「思ったより硬い……!」

 

 皮膚を貫かれた痛みからか、インファントドラゴンはエイリルを振り下ろすべく巨体を乱暴に動かし暴れます。

 

 「くっそめちゃくちゃだな! 俺らを無視しすぎだろ!」

 

 暴れるインファントドラゴンに合わせて槍を振るい、ルガイドは固まった血で塞がれた傷口を抉りながら言いました。

 

 「あまり無茶しないでよね! 私の魔法は10分も続かないんだから!」

 

 現在、エイリルたちはユフィの魔法によって有利に立ち回れていました。ユフィの魔法はステイタスと耐性を上昇させる魔法です。しかしその効果は長くは続きません。魔法が切れれば途端に動きが悪くなり、明確な隙ができる諸刃の剣でもありました。

 

 「全員後退! ブレスがくるぞ!」

 

 ルガイドの合図に合わせて一斉にインファントドラゴンから離れます。少し遅れてインファントドラゴンが全身を巻き込むように炎を吐きました。

 

 一秒、二秒、三秒、四秒。ブレスが途切れるまでの間、ルガイドたち三人は集まりました。ブレスを吐き終えたインファントドラゴンは油断なくルガイドたちを見ています。

 

 「みんな、戻ってきた」

 

 そこにリイルがルガイドたちに合流しました。そのまま彼女は少女の言葉を伝えます。

 

 「仇を討って、そう言ってた」

 

 ルガイドもユフィもエイリルも油断なくインファントドラゴンを見つめたまま、どうするか話し合います。

 

 「仇を討つ義理はないな」

 「そうね、別にないわね」

 「討てるかどうか、分からないです」

 

 三人は撤退するかのような口振りでリイルの言葉を待ちました。四人とインファントドラゴンは円を描くようにじりじりと動きます。

 

 「逃がして……くれそうにないよ」

 

 リイルは三人に合わせて言葉を紡ぎました。そしてそれを証明するようにインファントドラゴンは今日一番の咆哮を上げます。

 

 「グォオオオアァァァアアアアアッ!!!」

 

 頭を揺すぶるような咆哮を耐えて、ルガイドが言います。ルガイドの表情はとても厳しかったですが、その声色はどこか嬉しそうでした。

 

 「本当だ、これはとても逃げられそうにねぇや」

 「じゃあ戦いましょう。逃げられないですし」

 「ねえ、競争のこと憶えてる? あれ、どうしようかしら?」

 「うん、美味しいものが食べたい」

 

 四人は軽口を続けて、インファントドラゴンを打倒した後の光景を見据えます。しかし四人には油断も慢心もありません。

 

 「それじゃ行くぞ! 言っとくが誰も死なさないからな!」

 




 インファントドラゴンの名前が長い
 


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