ありふれた神様転生の神様の前世の魔王様は異世界に放り込まれる (那由多 ユラ)
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本編
第1話


「やばい。だれ?猫の手も借りたいとか言ったやつ。猫の手なんて借りたら仕事がもっと遅くなるじゃん。大惨事だよもぅ。

…遊びたいなぁ」

 

白い机、白い椅子、白い紙、白い本棚、白い本、白い地球儀、白い空間。

 

全てが白いその空間に一人、金髪幼女は目に隈をつくり、髪をボサボサにしながら机に向かう。

 

彼女の名はステラ。星と世界を司る神、星神、幼神、名も無き神の寄せ集めetc…

様々な呼び名があるがれっきとした神である。

 

白い紙に白いインクで何かが書かれた紙に白いボールペンでなにか白い文字を書き、書き終えたものを床へと放り投げる。投げられた紙は床に落ちることなくどこかへ消えて行くので、そこらじゅうが紙だらけなんて自体にはなっていない。

 

一枚、一枚、と処理していくステラだったが手が止まる。

 

その書類は警告をするかのように黄色の紙に黒色の文字が書かれていた。

 

「いや、いま招待状なんて貰ってもそんなとこ行ってる暇ないってのに」

 

幸いと言うべきか、それはただのステラに向けた招待状で、不吉な配色はただ目立つようにしただけのようだ。

 

「…そういえば希依ちゃんって同じような経験してるんだっけ。

それなら…

出典『不遇な少女達の魔王道』より『喜多希依(きた きい)』を出力」

 

ステラはそう呟くと、ボサボサになった長い金髪から一本が抜け、机の向かいにピンと立ち上がった後、膨らんで人型となる。

 

肩にかかる程度の茶髪、鋭い目付きながらも見るもの全てを魅了する美貌、148cmという低く小柄な体格、白い空間に擬態でもするかのように白いパーカーに白いジーンズ。

顔も身体も美しいというほかない肉体であるにもかかわらずファッションに喧嘩を売っているかのような服装を見事に着こなす少女がステラの髪の毛から生まれた。

 

名を『喜多(きた) 希依(きい)

誰よりも不遇であったにも関わらず幸運と偶然により異世界で幸せを手にした魔王様。

ステラの前世であり、人間に恋した這いよる混沌を父に持つ出生も死後も特異な運命をもつ何処にでもいる少女。

 

「はろー、希依ちゃん。今暇?てか暇だよね?」

 

「…書類仕事は手伝わないよ?」

 

「初めからそんなこと頼む気ないってば。希依ちゃんは現場に立って指揮した方が楽ってタイプでしょ?

そうじゃなくてほら、これちょっと行ってきてくれない?」

 

ステラが希依に手渡すのは先程の招待状。希依は受け取ると一通り読み、目を細めてステラに告げる。

 

「絶対めんどうなやつだよね?行かないよ」

 

希依は招待状をその辺へ放り投げるとステラに背を向けて歩き出す。

 

「あ、希依ちゃん。床に落ちると自動で受理されちゃうから」

 

「ちょっ!?」

 

既に招待状は床に消え、希依の足元には目が眩むほどの眩い光を放つ魔法陣が生成される。

 

希依は飛び出そうとするも時すでに遅く、次の瞬間にはもう影も痕跡も無くなっていた。

 

「希依ちゃん、帰って来れるかな?

ま、最悪ステラが自分で迎えに行けばいっか」

 

そう言いながらステラは書類の処理を再開した。

 

 

 

 

 

魔法陣でどこかに飛ばされた希依が目を開けてまず飛び込んで来るのは30人いない程度の制服姿の高校生達。

 

「あの金髪合法美幼女め、そのうち犯して愛でて撫で回す」

 

希依の卑猥かつ物騒な発言は騒がしかった空間にスっと通り、その場の全員の耳に届いた。

 

周囲を見渡すと学校の教室のようで、皆各々の弁当を出しているのを見るに今は昼休みなようだ。

 

希依の発言を聞いて静まり返った空間。

その地面は先程も見たような強烈な光を放つ魔法陣がより大きくなって現れる。

 

「二回目は予想外ってかこんなん逃げられるか!」

魔法陣はその教室にいた全員を巻き込み光が止んだ頃にはそこは教室では無くなっていた。

 

 

 

 

今度の到着先は台座の上のようで、台座の下には三十人以上の人間が囲んでいて、祈りを捧げるように跪き、両手を胸の前で組んだ格好をしていた。

彼等は一様に白地に金の刺繍がなされた法衣のようなものを纏まとい、傍らに杖のような物を置いている。その杖は先端が扇状に広がっており、円環の代わりに円盤が数枚吊り下げられていた。

 

その内の一人、烏帽子のような物を被っている七十代くらいの老人が進み出てきた。

 

「ようこそトータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

「んー、天ぷら?」

 

天ぷら?と、高校生たちは疑問符を浮かべながらこの事態の原因かと疑うべき希依に視線を向ける。

 

「あ、間違えた。テンプレって言いたかった」

 

希依の訂正を聞き、皆ズコーと前時代的な転け方をする。

 

「いったい君は誰なんだい?制服ではないし、うちの高校の生徒ではないようだが」

 

高校生達のなかから代表して、我こそが爽やかイケメンの模範例とでも言いたげな男子生徒が希依に尋ねた。

 

「私?私って今どんななのかな…

とりあえず、一応神のお使いってことだし天使様とかでいいんじゃない?」

 

「て、天使?」

 

予想外な解答にイケメンは首をかかげる。

 

一応、上下真っ白な格好をしている希依はものすごく頑張れば天使にも見えないこともない。

 

「天使って、パーカーとか着るのかしら」

 

ふと呟いたのは170cmはある高身長で髪をポニーテールに結った少女。

少女の言葉を聞いた希依は目を輝かせて少女に詰め寄る。

 

「君、名前は?彼女とかいる?」

 

「へっ、は?…八重樫 雫です。あの、え?」

 

「あぁ、天使ね。うん。天使、ね。大丈夫。最近の天使は悪魔を右手に、神を靴下に装備したりするからパーカーくらい普通だって。ふつーふつー」

 

「あの、」「あ、野郎に興味はないから。素敵なおじさまになってから出直してきて」

 

希依の発言に意外とダメージを受けたのかイケメンは膝をつく。

 

「あ、あの!結局どこのどなたなのですか?うちの生徒では無いみたいですけど」

 

先程と似たようなことを希依に聞くのは希依と同じく制服姿ではなく、スーツに身を包んだ希依より背の低い、うっかり幼女の域に達しかねない少女。

 

「スンスン…」

 

希依は即座に反応し、少女の右腕を持ち上げて脇に鼻を押し付けて匂いを嗅ぐ。

 

「あのっ、へっ!?」

 

右脇の次は左脇。その後はあろうことか少女のスカートの中へと頭を入れ、股間部に鼻を押し当てる。

 

「スンスン…」

 

「ちょっ、やめ、ンッ、」

 

少女が嬌声をあげそうになったところで頭を出し、一言。

 

「その外見で25歳?マジで?」

 

「なんで今ので分かるんですかぁ!」

 

パシーン、と希依の頬へと綺麗なビンタが炸裂するもダメージを受けず、少女の右手が赤くなるだけだった。

 

高校生達は希依が堂々とセクハラをしたことよりも、彼女の年齢をピタリと当てたことに驚愕し、目を見開き唖然としていた。

 

「ウウンッ、皆様、場所を移動しても構いませんかな?」

 

「「「「「あっ、はい」」」」」

 

「25歳美少女のビンタ。ちょっと元気出たかも」

 

「えっ…」



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第2話

現在、希依達は場所を移り、十メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に通されていた。

 

煌びやかな作りで、素人目にも調度品や飾られた絵、壁紙が職人芸の粋を集めたものなのだろうとわかる。

 

おそらく、晩餐会などをする場所なのだろう。上座に近い方に畑山愛子という素晴らしく凄まじいセクハラを受けた少女とカーストトップ四人組が座り、後はその取り巻き順に適当に座っている。希依は愛子を膝の上に乗せ、愛子の肩に頭を乗せている。

 

ここに案内されるまでに希依は全員の紹介を受けたが、一度に三十人近くを紹介された所で全員の名をおぼえられなかった。

 

全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドさん達が入ってきた。そう、生メイドである。地球産の某聖地にいるようなエセメイドや外国にいるデップリしたおばさんメイドではない。正真正銘、男子の夢を具現化したような美女・美少女メイド。

 

思春期男子の飽くなき探究心と欲望は健在でクラス男子の大半がメイドさん達を凝視している。もっとも、それを見た女子達の視線は、氷河期もかくやという冷たさを宿していたのだが…

 

「なんかラストさん思い出すなぁ。ねぇ愛子ちゃん、このいかにもハニトラ目的って分かるこの状況みてどう思う?」

 

「どうと聞かれましてもまだ何がなにやらでさっぱりですし…

それと、子供扱いはやめてください!私は先生なんですよ!」

 

「あっはっは。残念だったね愛子ちゃん。私は愛子ちゃんの生徒じゃないし、そもそも基本的に教師という生き物を信用も信頼もして無い。不遇少女の名は伊達じゃないよ」

 

愛子は希依の言葉を聞いて不味いことを言ったかと思い謝罪しようとするが、そのあとに続く希依の言葉に顔を赤く染めて黙ってしまう。

 

「ま、愛子ちゃん個人は信用してるけどね。結構好きだよ?人間として」

 

「ヒョワ!?き、喜多さん?いったい何を…」

 

 

全員に飲み物が行き渡るのを確認するとイシュタルが話し始めた。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

そう言って始めたイシュタルの話は実にファンタジーでテンプレで、どうしようもないくらい勝手で、くだらない戯れ言だった。

 

 

まず、この世界はトータスと呼ばれている。そして、トータスには大きく分けて三つの種族がある。人間族、魔人族、亜人族。

 

人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きているらしい。

 

この内、人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。

 

魔人族は、数は人間に及ばないものの個人の持つ力が大きく、その力の差に人間族は数で対抗していた。戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていないらしいが、最近、異常事態が多発している。

 

それが、魔人族による魔物の使役。

 

魔物とは、通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形のことだ、と言われている。この世界の人々も正確な魔物の生体は分かっていないらしい。それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣とのこと。

 

今まで本能のままに活動する彼等を使役できる者はほとんど居なかった。使役できても、せいぜい一、二匹程度だという。その常識が覆されたのである。

 

それ即ち、人間族の数というアドバンテージが覆され、このままでは魔人族に滅ぼされてしまう。

 

と、いうことらしい。

 

あーもうまったく、くだらない。

戦争で種族が滅びるなんてことは、そうそう無い。大抵の場合戦争は相手を滅ぼして終わるのではなく、相手を支配下に置いて終わるもの。宗教や神なんかが絡まない限りは。

 

「あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という救いを送ると。あなた方には是非その力を発揮し、エヒト様の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

あ、ダメだ。神が神としてここまで影響及ぼしてるなら遅かれ早かれ人間も魔人もそのうち滅ぶわ。そもそも戦争や闘争と無縁の生活を送っていたみんなに魔人、つまりは人を殺す戦争なんて到底出来るとは思えない。

 

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

ぷりぷりと怒る愛子。彼女は今年二十五歳になる社会科の教師で非常に人気がある。

150cm程の低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせながら、生徒のためにとあくせく走り回る姿はなんとも微笑ましく、そのいつでも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられる生徒は少なくない。今は少なくとも外見は美少女である希依の膝の上にいるおかげでさらに加護欲を上乗せされる。

 

 

「お気持ちはお察しします。しかし、あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

場に静寂が満ちる。重く冷たい空気が全身に押しかかっているようだ。誰もが何を言われたのか分からないという表情でイシュタルを見やる。

 

「ふ、不可能って、ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」

 

愛子が叫ぶ。

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

 

「そ、そんな……」

 

「無駄だよ愛子ちゃん。仮に皆を元の世界に帰せたとして、あの狂信者は帰す気なんて欠けらも無い。どうせ今も『なぜエヒト様に選ばれて喜べないのか』とか思ってる。宗教とはそういうものなんだよ。彼らの優先順位はいつでも神が、人よりも家族よりも種族よりも高いんだよ」

 

 

「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」

 

パニックになる生徒達。

 

誰もが狼狽える中、イシュタルは特に口を挟むでもなく静かにその様子を眺めていた。

 

未だパニックが収まらない中、スクールカースト一位、天之河光輝が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。その音にビクッとなり注目する生徒達。光輝は全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

 

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

 

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

 

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

 

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

ギュッと握り拳を作りそう宣言する光輝。無駄に歯がキラリと光る。

同時に、彼のカリスマは遺憾なく効果を発揮した。絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。光輝を見る目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけたという表情だ。女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。

 

「それ、戦争に参加するってことだよね?それがどういうことなのか、分かってるの?」

 

それにつっかかるのは希依。横槍を入れられた光輝は微かに顔を歪め、光輝を盲信する女子生徒たちは根暗ないじめられっ子を睨むような目で希依を睨みつける。

 

「戦争っていうのは正義と悪の戦いじゃあない。正義と正義の戦いで、悪意と悪意のぶつかり合い。勝つのは素晴らしい正義ではなくおぞましい悪意だということも、ちゃんと分かってる?魔族には魔族の正義があり、家族がある。妻がいる人、夫がいる人、娘がいる人、息子がいる人、恋人がいる人、友人がいる人、親友がいる人、悪友がいる人、恩師がいる人、愛する人、愛される人、そんな人達を滅ぼせるの?魔族にだってちゃんと優しさがある。善意がある。もう一度聞くよ。

ちゃんと殺して滅ぼせるの?それで元の世界に帰れるのかも分からないのに。隣の人が恨まれて憎まれて殺されるかもしれないのに」

 

希依は魔人族ではなく魔族といった。そこに気がつく者は居ないが、希依のなかでは魔人族と魔族が混同していた。

 

「俺は戦う!皆を救って皆を元の世界に帰すんだ!邪魔をするならまずは喜多さん、まずは君を倒す!」

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

 

「龍太郎…」

 

「今のところ、それしかないしね」

 

「雫…」

 

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

 

「香織…」

 

きっと、いわゆるイツメンと言うやつなのだろう。これで勇者パーティの完成である。

彼らはもう私の言葉なんかじゃきっと止まらない。

 

四人以外の皆は愛子が止めようとするものの、勇者パーティの流れを止めるには弱すぎた。

 



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第3話

 

戦争参加の決意をした以上、戦いの術を学ばなければならない。いくら規格外の力を潜在的に持っていると言っても、元は平和主義にどっぷり浸かりきった日本の高校生であり、いきなり魔物や魔人と戦うなど不可能である。

 

しかし、その辺の事情は当然予想していたらしく、イシュタル曰く、この聖教教会本山がある神山の麓のハイリヒ王国にて受け入れ態勢が整っているらしい。

 

王国は聖教教会と密接な関係があり、聖教教会の崇める神――創世神エヒトの眷属であるシャルム・バーンなる人物が建国した最も伝統ある国とのこと。国の背後に教会があるのだからその繋がりの強さが分かる。

 

希依達は聖教教会の正面門にやって来た。下山しハイリヒ王国に行くためだ。

 

聖教教会は神山の頂上にあるらしく、荘厳な門を潜るとそこには雲海が広がっていた。

 

イシュタルに促されて先へ進むと、柵に囲まれた円形の大きな白い台座が見えてくる。大聖堂で見たのと同じ素材で出来た美しい回廊を進みながら促されるままその台座に乗る。

 

台座には巨大な魔法陣が刻まれていた。柵の向こう側は雲海なので大多数の生徒が中央に身を寄せる。それでも興味が湧くのは止められないようでキョロキョロと周りを見渡していると、イシュタルが何やら唱えだした。

 

「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん――『天道』」

 

その途端、足元の魔法陣が燦然さんぜんと輝き出した。そして、まるでロープウェイのように滑らかに台座が動き出し、地上へ向けて斜めに下っていく。

 

皆は初めて見る魔法に目を輝かせ、希依はこの程度のことに魔法を使うのかと呆れを隠しきれない様子。

 

王宮に着くと、希依達は真っ直ぐに玉座の間に案内された。

教会に負けないくらい煌びやかな内装の廊下を歩く。道中、騎士っぽい装備を身につけた者や文官らしき者、メイド等の使用人とすれ違うのだが、皆一様に期待に満ちた、あるいは畏敬の念に満ちた眼差しを向けて来る。皆が何者か、ある程度知っているようだ。

美しい意匠の凝らされた巨大な両開きの扉の前に到着すると、その扉の両サイドで直立不動の姿勢をとっていた兵士二人がイシュタルと勇者一行が来たことを大声で告げ、中の返事も待たず扉を開け放つ。

イシュタルは、それが当然というように悠々と扉を通る。希依や光輝等一部の者を除いて生徒達は恐る恐るといった感じで扉を潜った。

 

扉を潜った先には、真っ直ぐ延びたレッドカーペットと、その奥の中央に豪奢な椅子――玉座があった。玉座の前で覇気と威厳を纏った初老の男が立ち上がって待っている。

 

その隣には王妃と思われる女性、その更に隣には十歳前後の金髪碧眼の美少年、十四、五歳の同じく金髪碧眼の美少女が控えていた。更に、レッドカーペットの両サイドには左側に甲冑や軍服らしき衣装を纏った者達が、右側には文官らしき者達がざっと三十人以上並んで佇んでいる。

 

玉座の手前に着くと、イシュタルは国王の隣へと進んだ。

そこで、おもむろに手を差し出すと国王は恭しくその手を取り、軽く触れない程度のキスをした。どうやら、教皇の方が立場は上のようだ。

 

そこからは自己紹介。国王の名をエリヒド・S・B・ハイリヒといい、王妃をルルアリアというらしい。金髪美少年はランデル王子、王女はリリアーナという。

 

後は、騎士団長や宰相等、高い地位にある者の紹介がなされた。ちなみに途中、美少年の目が希依に吸い寄せられるようにチラチラ見ていたことから希依の魅力は異世界でも通用するようである。

 

その後、晩餐会が開かれ異世界料理を堪能した。見た目は地球の洋食とほとんど変わらなかった。たまにピンク色のソースや虹色に輝く飲み物が出てきたりしたが非常に美味だった。

希依が一切戸惑わずに虹色の飲み物に口をつけたときは光輝含む皆の注目を集めた。

 

 

 

晩餐が終わり解散になると、各自に一室ずつ与えられた部屋に案内された。天蓋付きベッドにすらも希依は動じることなく、どこからか取ってきたこの世界の本を読んで夜を過ごした。

 

 

 

 

翌日から早速訓練と座学が始まった。

 

まず、集まった生徒達に十二センチ×七センチ位の銀色のプレートが配られた。不思議そうに配られたプレートを見る生徒達に、騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

方向音痴な私は無くす訳にはいかない。気をつけねば。なんて希依は考えているが、ステータスプレートにマップ機能は当然ついていない。持っていても迷子にはなるのだ。

 

非常に気楽な喋り方をするメルド。彼は豪放磊落な性格で、「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員達にも普通に接するように忠告していて希依は呆れていた。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 〝ステータスオープン〟と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

 

アーティファクト。地球でいうオーパーツのようなもの。厳密には違うが似たようなものだろう。

 

生徒達は、顔を顰しかめながら指先に針をチョンと刺し、プクと浮き上がった血を魔法陣に擦りつけた。すると、魔法陣が一瞬淡く輝く。希依も刺そうとするが刺さる気配が全くないので、袖を捲り腕に爪で切り傷を付けて血を垂らす。

 

ステラ・スカーレット(喜多 希依) 10(20438)歳 

女 レベル:MAX

天職:最強

筋力:±

体力:±

耐性:±

敏捷:±

魔力:±

魔耐:±

技能:来訪者・究極の加減

 

 

年齢以外の数値は希依には見慣れたものだった。

来訪者とは異世界に転移する際、あらゆる言語が扱えるようになる言語学者の仕事を奪い取るような技能である。

名前や年齢は分離元のステラのものも書かれていた。

 

「全員見れたか? 説明するぞ? まず、最初にレベルがあるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」

 

レベルは100が最大値というメルド。でもそれはMAXと表記されるのかは現状不明。

 

「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。

それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大開放だぞ!」

 

メルドの言葉から推測すると、魔物を倒しただけでステータスが一気に上昇するということはないらしい。地道に腕を磨かなければならないようだ。

 

多分私を除いて。

 

「次に天職ってのがあるだろう? それは言うなれば才能だ。末尾にある技能と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

 

最強を才能というのははたしてどうなのだろうか。最強というのは称号や資格であり、才能とは全く違うものだと思うのだけど…

ま、いっか。

 

「各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

あっはっは~

そもそも数値じゃないんだな~

…どうしよ、めっちゃ見せたくない。

 

メルドの呼び掛けに早速、光輝がステータスの報告をしに前へ出た。そのステータスは……

 

天之河光輝 17歳 男 レベル:1

天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 

 

…なんとも面白みのない平らな数値に一辺倒さの欠けらも無い技能。まるでインフレ最終期のスマホゲーのキャラのよう。

 

「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」

 

「いや~、あはは……」

 

メルドの称賛に照れたように頭を掻く光輝。ちなみにメルドのレベルは62。ステータス平均は300前後、この世界でもトップレベルの強さだが、光輝はレベル1で既に三分の一に迫っている。成長率次第では、あっさり追い抜きそうだ。

 

光輝に続き勇者パーティ(仮)がステータスを見せ、それに続き希依以外の全員が見せ終えたようだ。

 

「ほら、お前で最後だ。どれだけ規格外なの…やら……」

 

何もかもが他と違うステータスを見て黙ってしまうメルド。故障かと思いコツコツと叩いたり擦ったりしているが、それが誤表示では無いのだと察する。

 

私は固まったメルドからステータスプレートを奪い取る。乙女の肉体事情を数値化したものなんてジロジロ見るなっての。

 

 

 

全員がステータスを開示し終えると、それぞれ仲の良い者たちが見せあっていると、生徒の中で唯一の生産職だった少年、南雲ハジメのもとへわかりやすい、いかにもないじめっ子、檜山とその取り巻きが標的を見つけたと言わんばかりに絡んでいく。

 

「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か? 鍛治職でどうやって戦うんだよ? メルドさん、その錬成師って珍しいんっすか?」

 

「……いや、鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」

 

「おいおい、南雲~。お前、そんなんで戦えるわけ?」

 

檜山が、実にウザイ感じでハジメと肩を組む。見渡せば、周りの生徒達――特に男子はニヤニヤと嗤わらっている。

 

「さぁ、やってみないと分からないかな」

 

「じゃあさ、ちょっとステータス見せてみろよ。天職がショボイ分ステータスは高いんだよなぁ~?」

 

メルドの表情から内容を察しているだろうに、わざわざ執拗に聞く檜山。本当に嫌な性格をしている。取り巻きの三人もはやし立てる。強い者には媚び、弱い者には強く出る典型的な小物の行動。

 

私はこういう輩を殴らなきゃ気が済まない質なのを、彼等は学ばなければならない。

 

「へぇ、それならえっと、檜山って言ったっけ?国が抱えるような超重要生産職、練成師を笑えるような素晴らしく輝かしいステータスをしてるのかな?」

 

「あぁ?んだよお前、部外者のお前が首突っ込んでんじゃねぇよ。

そういやメルドさんのあの反応、お前も非戦闘職なんだろ!」

 

ギャハハハと、汚らしく笑う檜山。

 

「私はいつでも弱い子と可愛い子の味方。そして、いじめっ子や強姦魔の敵だよ」

 

ドゴスッ

私の身体に触ろうとしてきた檜山とその取り巻きを、骨が折れない程度まで力加減をして壁に衝突させる。

 

「そして残念だったね。私ほど強力な戦闘職は存在しない」

 

本来『最強』という職を持つ者のステータスの数値は全てMAXと表記される。希依の場合は例外で、数値を操作しながら行動することを『究極の加減』という技能が実現している。

 

 

 

 

 



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第4話

 

「こらー!何を笑って…なにをかっ飛ばしてんですか!仲間を殴るなんて先生許しませんよ!ええ、先生は絶対許しません! 早くプレートを南雲君に返しなさい!」

 

ちっこい体で精一杯怒りを表現する愛子先生。

 

「あ、ごめん愛子ちゃん。つい殺意を沸き立てられて」

 

そう言いながら希依は気絶している檜山の未だ握られているハジメのステータスプレートを奪い、ハジメに手渡す。

 

「南雲君、気にすることはありませんよ! 先生だって非戦系? とかいう天職ですし、ステータスだってほとんど平均です。南雲君は一人じゃありませんからね!」

 

そう言って「ほらっ」と愛子はハジメに自分のステータスを見せた。

 

畑山愛子 25歳 女 レベル:1

天職:作農師

筋力:5

体力:10

耐性:10

敏捷:5

魔力:100

魔耐:10

技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・言語理解

 

ハジメは死んだ魚のような目をして遠くを見だした。

 

「あれっ、どうしたんですか! 南雲君!」とハジメをガクガク揺さぶる愛子

 

「愛子と名のつくものは食料関係に強くなるのかな」

 

「「へ?」」

 

「あーいや、知り合いに愛子さんっていう最強の卵料理人がいてね。愛子ちゃんもその類なのかなって」

 

「最強の卵料理人ってなに!?」

 

「えと、ハジメくんでいいんだよね?安心していいよ。料理人ですら料理を極めて魔王級に強くなった人もいるんだから。きっと強くなれるって」

 

希依はハジメの肩をパシパシと叩くとなにかを感じとった。

 

手のひらを眺める希依。

 

「安心していいよ。ハジメくん、愛子ちゃん。カオティックチーレムエンドが君を待っている!」

 

「カオティっ、なんて?」

 

「おっと、聖女っぽい子に睨まれてるから私は行くよ。じゃね~」

 

ハジメと愛子、そして希依に般若を幻視させる白崎香織から逃げるようにその場から去る希依。

 

 

 

逃げ出した希依が向かう場所は図書館。昨日のうちにメイドから場所は聞いている。そう、場所は。

 

 

 

「…驚いた。まさか迷わずに一発で辿り着くなんて」

 

希依はステータスの他にも規格外な要素を秘めている。

かつて軽いジョギングのつもりが地球を六周走ったあと迎えに来てもらってなんとか帰ることが出来るという奇跡的なまでの方向音痴を希依は秘めていた。

 

「あのメイドさん道教えるの上手なんだ。名前聞いておけば良かった」

 

とはいえ、そのメイドは今この場にいない。

 

「~♪~♪」

 

もともと読書好きどころか活字中毒予備軍な希依は図書館の奥の本棚の端からどんどんと既読本の山を築き上げていく。

魔物図鑑、魔導書、歴史書、その他童話や小説などジャンルを問わず読み、本を片付けずに積み重ねていくので司書が睨みつけるも希依は一切気にとめず読み進めていくので、諦めた司書は希依の読み終えた本を片っ端から元の場所へと返していく。

 

そうして過ごすまま二週間が経過。10万を超える冊数の本を希依の圧倒的な集中力、耐久力をフル活用して短時間で読み終えた。

 

「ケモ耳っ子、ここではちゃんと国なんだ。ちょっと行ってみたいかも」

 

「ヒィッ!しゃ、喋った?」

 

二週間ぶりに口を開いた希依に驚いたのは黒髪の練成師の少年、南雲ハジメだった。

 

「およ、こんにちはハジメくん。どったの?みんな訓練とかしてるの?」

 

どうした?はこちらのセリフだと言いたいのを飲み込みハジメは答えた。

 

「ぼ、僕戦闘は苦手だから、せめて知識を身につけようと思ってさ」

 

「ふーん。どんな本が読みたい?良ければ紹介するよ」

 

「そ、それじゃあ魔物に関する本とこの世界の歴史に関する本が欲しいかな」

 

「おっけー。3秒ほど時間ちょうだいね。『敏捷MAX』『空気摩擦min』」

 

希依は音を置き去りにし、埃一つ立てずに本を四冊抱えて帰ってきた。

 

「はいっ、これがオルクス大迷宮の魔物図鑑の上巻下巻、こっちは宗教味の強い胡散臭い歴史書、こっちは反逆者って人達をボロくそ叩きまくってる宛にならない歴史書」

 

「あの、普通の歴史書はないのかな?」

 

「むしろあると思う?こんなとち狂った世界にまともな歴史書なんて」

 

「あ、あははは」

 

「じゃ、私はなんか食べるもの探してくるから」

 

「う、うん。喜多さんは訓練とかいいの?ずっと本読んでたみたいだけど」

 

「私は勉強とか筋トレとかは嫌いなの。じゃね」

 

あ、メイドさんちょうどいい所に。お腹すいたからパンかなんかちょうだーい

 

かしこまりました。どうぞこちらへ。

 

 

そんな言葉を残して希依はその場から去っていった。

 

 

 

 

硬いフランスパンのようなパンをメイドから貰った希依は目的もなくなにか面白いものはないかと歩き回っていると、王女、リリアーナと遭遇した。

 

「あ、リリィちゃんじゃん。おはよー」

 

「希依様ですね。おはようございます。どうかされましたか?」

 

「んー、この国の本をあらかた読み終えたから暇なんだよね。なんかいい暇つぶしない?」

 

「暇つぶし、になるかは分かりませんがこれから訓練場に行くところですし、ご一緒しますか?」

 

「まぁそれでいっか。案内よろしくね」

 

「王女に道案内をさせたのは、恐らく希依様が初めてでしょうね」

 

リリアーナは愉快そうに微笑みながら希依に並び立つ。

 

「私、これでも昔はヘルムートっていう国の王様やってたの。だからなのかあんまりリリィちゃんのことを高嶺の花みたいには扱えないんだよね。普通に友達とか妹って感じ」

 

「ヘルムート、ごめんなさい、聞いた事のない国ですね」

 

「そりゃそうだよ。愛子ちゃんとかハジメくんのいた世界とはまた違う世界の国だからね」

 

「希依様は、以前にも異世界に召喚されたことがおありなよですか?」

 

「実は結構よくある事なんだよ?寝て起きたら異世界に、とか死んだと思ったら異世界に、とか」

 

「なるほど、興味深いですね」

 

「ま、そういう小説があと二千年くらい経てば出てくるんじゃないかな。異世界召喚ものの小説」

 

「小説のことだったのですね」

 

「ま、今回は現実で起きちゃったわけだけど。まさしく、現実は小説よりも奇なりってわけだ」

 

「現実は小説よりも奇なり。勉強になります。あ、着きましたよ。ここが訓練場です」

 

リリアーナが扉を開けた先にあったのは騎士と生徒たちが剣を握り、お互いに叫びながら打ち合う光景だった。

 

「低レベルな…

ねぇリリィちゃん、この国攻められたら滅ぶんじゃないの?」

 

「なぜ、そう思われるので?騎士団長メルドを筆頭に魔人族に引けを取らない強者が多くいると思いますが」

 

「んー、お互いに人間だからか無意識に加減してるとか、声を出しながらの攻撃は負担が増える上に奇襲が出来ないとか、色々言いたいことはあるけど何より無駄なのは生徒たち全員、殺して生き残る覚悟が全くない。

殺さない前提で鍛えてるならともかく、戦争に備えて鍛えてるなら覚悟のない訓練は無駄に終わる。

どれだけ強くなっても、相手を殺せなきゃ意味が無いってこと」

 

「しかし、皆様はそういったことと無縁な世界からいらしたのですよね?それなら仕方ないかと…」

 

「仕方ない、なんてのはただの甘えだよ。あの吐き気がするようなイケメンは二十何人かを巻き込んで戦争に参加すると決意した。反対してた子も居たにも関わらずね。そんな奴が覚悟出来てないなんて、人間として最低だと、私は思う」

 

「希依様は、どうなのですか?人を、殺す覚悟はもう出来ているのですか?」

 

「…私ってさぁ、実は結構人間としてぶっ壊れてるんだよね」

 

「実はというか、二週間も食事や睡眠を取らずに本を読む方は壊れているかと思いますが」

 

「そういうことじゃなくってね。

産まれてから十年くらい、愛とか優しさとかと無縁の生活を送ってたんだ。向けられる感情は妬みや嫉妬、嫌悪、その他負の感情を色々とね。

殺されて当然だった私は、そもそも殺しを悪いことだなんて知らなかったんだよ。死ぬっていうのは現実という地獄からリタイアするってことだとずっと思ってた」

 

「神は…」

 

「え?」

 

「神はお救いには、なられなかったのですか?」

 

「ないよー、ないない。ここのエヒトってのがどんな畜生かは知らないけど、私の生きた時代にはそもそも神なんて居ないってのが通説だったし、居たとしてもその神は人を救いなんてしない。見守るだけの存在だったんだよ」

 

「そんな…そんな世界」

 

「恐ろしい?怖い?」

 

「え、ええ。そんな世界、考えられませんわ」

 

「産まれてからずっとこの世界のリリィちゃんにしてみたら確かにそうなのかもね」

 

神の奇跡は人間に堕落をもたらす。なんて言うのはきっと野暮というもの。かな?

少なくとも言うだけ無駄か。



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第5話

オルクス大迷宮

 

それは、全百階層からなると言われている大迷宮である。七大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。

 

にもかかわらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気がある。それは、階層により魔物の強さを測りやすいからということと、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているからだ。

 

魔石とは、魔物を魔物たらしめる力の核をいう。強力な魔物ほど良質で大きな核を備えており、この魔石は魔法陣を作成する際の原料となる。魔法陣はただ描くだけでも発動するが、魔石を粉末にし、刻み込むなり染料として使うなりした場合と比較すると、その効果は三分の一程度にまで減退する。

 

 

 

 

現在、希依達はオルクス大迷宮の正面入口がある広場に集まっていた。

 

希依としては洞窟の入口を想像していたのだが、まるで博物館の入場ゲートのようなしっかりした入口があり、受付窓口まであった。制服を着たお姉さんが笑顔で迷宮への出入りをチェックしている。

 

なんでも、ここでステータスプレートをチェックし出入りを記録することで死亡者数を正確に把握するのだとか。戦争を控え、多大な死者を出さない措置なのだろう。

 

 

迷宮の中は、外の賑やかさとは無縁だった。

 

一行は隊列を組みながらゾロゾロと進む。しばらく何事もなく進んでいると広間に出た。ドーム状の大きな場所で天井の高さは七、八メートル位ありそう。

 

と、その時、物珍しげに辺りを見渡している一行の前に、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。

 

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

その言葉通り、ラットマンと呼ばれた魔物が結構な速度で飛びかかってきた。

 

灰色の体毛に赤黒い目が不気味に光る。ラットマンという名称に相応しく外見はねずみっぽいが……二足歩行で上半身がムキムキだった。八つに割れた腹筋と膨れあがった胸筋の部分だけ毛がない。まるで見せびらかすように。

 

正面に立つ光輝達、特に前衛である雫の頬が引き攣っている。やはり、気持ち悪いらしい。

 

間合いに入ったラットマンを光輝、雫、龍太郎の三人で迎撃する。その間に、香織と親しい女子二人、メガネっ娘の中村恵里とロリ元気っ子の谷口鈴が詠唱を開始。魔法を発動する準備に入る。希依は知らぬことだが、訓練通りの堅実なフォーメーションだ。

 

 

 

気がつけば、広間のラットマンは全滅していた。他の生徒の出番はなしである。どうやら、光輝達召喚組の戦力では一階層の敵は弱すぎるらしい。

 

 

 

「ああ~、うん、よくやったぞ! 次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

 

生徒の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないよう注意するメルド団長。しかし、初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められない。頬が緩む生徒達に「しょうがねぇな」とメルド団長は肩を竦めた。

 

「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

 

メルド団長の言葉に香織達魔法支援組は、やりすぎを自覚して思わず頬を赤らめるのだった。

 

 

 

この調子でスムーズに進んでいって20層。

希依はメルド含む騎士団からは図書館に二週間引きこもった完全知識特化型だと評価しており、魔物の説明を全て希依に投げ、それ全てに正確に、むしろ騎士団ですら知りえない情報すら語ることで全員を驚愕に染めた。

希依を努力をしない怠け者と評して居た勇者、天之河光輝はそれに悔しがっていたがそれは余談だろう。

 

 

さて、そろそろ私も少しは働かないとかな。

 

20層まで降りてくると、さすがに簡単に勝てるとは言いきれず、ところどころに苦戦しては光輝が聖剣で薙ぎ払うというゴリ押しのような攻略を行っていた。

 

そんな所に防具も武器も一切装備していない普段着姿の私が前に出てくると勇者パーティやメルドが止めにかかるが筋力MAXの馬力の前には焼石に水どころか、海にお湯と言ったところか。

 

先頭を行く希依が立ち止まった。訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔物のようだ。

 

「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」

 

メルドの忠告が飛ぶ。

 

その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。

 

「ロックマウント。岩のような硬い肌とゴリラのような豪腕を誇るパワー特化の魔物。

洞窟に住み着いたゴリラが長い年月をかけ、他の生物に負けない強力な戦闘力と、格上の生物から逃れるための擬態能力を身につけるために進化した魔物。

ま、要するに雑魚だね」

 

希依は左手を腰に当て、右手を前に出し、この世界にはない、というかどこの世界にもないオリジナルの詠唱を唱える。

 

「求めるは絶対不変の鈍。もたらすは粉砕撲殺。極めたるは殺戮の剣技」

 

希依の右手に長剣のような形をした刃のない剣が握られ、希依はそれを肩に乗せてロックマウントへと歩き出す。

当然、ロックマウントは希依に襲いかかる。

 

「喜多さん危ない!」

 

女の子の誰かが希依の身を心配して叫ぶも、希依は足を止めない。

 

「殺戮演技 参の型 撲殺劇」

 

希依は剣の腹でロックマウントを殴りつける。

ロックマウントの全身の骨が砕け、硬い皮膚に覆われた中身はグズグズのひき肉となる。

血が一滴も流れていない肉袋の完成である。

 

襲いかかってきた一体だけでなく、壁に擬態したままだったロックマウントも同じようにし、ロックマウントのゴリラ型ソーセージが四つ完成する。

 

「どうよ騎士団、私だって戦えるんだよ」

 

メルドは「せめて何をするか言ってから行け。てか死んでるのかこれ?」と呟きながら希依に近づき、ロックマウントの死体を剣でつつくと仁王立ちしていたロックマウントが希依に向かって倒れてくる。

 

希依は押しつぶされたくも、汚れたくもないためロックマウントの身体に傷がつかないように弱く頭部を蹴り、反対側に倒そうとする。

が、光輝がそれをロックマウントが死んでいないと誤解したのか剣を構えて詠唱を始める。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ――〝天翔閃〟!」

 

「あっ、こら、馬鹿者!」

 

メルド団長の声を無視して、光輝は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。

 

その瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。逃げ場などない。曲線を描く極太の輝く斬撃が僅かな抵抗も許さずロックマウントの死体から血肉を撒き散らし、更に奥の壁を破壊し尽くしてようやく止まった。

 

「ふぅ~」と息を吐きイケメンスマイルを希依に向ける光輝。

 

希依はロックマウントの血肉を正面から浴び、白いパーカーとジーンズは面影もないほど赤黒く染まる。

「はぁ~」と、気だるげなため息を吐く希依はパッパッた手で払うと、血で汚れた服や肌は本来の白さを取り戻す。

 

「もう大丈夫だ希依さん!努力をしない君を良くは思わないけど、それでも俺はみんなをまも――ヘブゥッ!」

 

頓珍漢なことを言い出す光輝にメルドは問答無用で拳骨を喰らわす。

 

「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」

 

メルド団長のお叱りに「うっ」と声を詰まらせ、バツが悪そうに謝罪する光輝。香織達が寄ってきて苦笑いしながら慰める。

 

その時、ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。

 

「……あれ、何かな? キラキラしてる……」

 

その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。

 

そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

グランツ鉱石とは、言わば宝石の原石みたいなもの。特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ三に入るとか。

 

「素敵……」

 

「いや、どう見てもパチモンでトラップでしょ。光がわざとらしく綺麗」

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

 

 

 そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それに慌てたのはメルド。

 

「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」

 

しかし、檜山は希依やメルドの言葉を聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。

 

メルドは、止めようと檜山を追いかける。同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。

 

「団長! トラップです!」

 

「ッ!?」

 

「ほらやっぱり」

 

しかし、メルドも、騎士団員の警告も一歩遅かった。

 

檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップなのだろう。美味しい話には裏がある。

 

魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。

 

「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」

 

メルド団長の言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが……間に合わなかった。

 

部屋の中に光が満ち、視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。

 

 

 



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第6話

 

 

どうやら、先の魔法陣は転移させるものだったらしい。巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。

 

橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。皆ははその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。

 

それを確認したメルドが、険しい表情をしながら指示を飛ばした。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。

 

しかし、迷宮のトラップがこの程度で済むわけもなく、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現したからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が現れた。

 

その時、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルド団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。

 

――まさか……ベヒモス……なのか。

 

 

 

さらに階段側からも魔法陣が発生。その魔法陣は一メートル位と小さいのだが、その数がおびただしい。

 

小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物、トラウムソルジャーが溢れるように出現した。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は、既に百体近くに上っており、尚、増え続けているようだ。

 

「なんか、無双ゲームを思い出すような演出だね。爽快感は無さそうだけど」

 

約一名、気の抜けるようなことを言っているがそれに耳を貸すものはいない。

 

十メートル級の魔法陣からは体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が出現したからだ。もっとも近い既存の生物に例えるならトリケラトプスだろうか。ただし、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っているという付加要素が付くが……

 

メルドが呟いたベヒモスという魔物は、大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた。

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

 

「ッ!?」

 

その咆哮で正気に戻ったのか、メルド団長が矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

 

「待って下さい、メルドさん! 俺達もやります! あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺達も…」

 

「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ! ヤツは六十五階層の魔物。かつて、『最強』と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ!さっさと行け!私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

へぇ、最強が、ねぇ。

 

メルドの鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる光輝。

 

どうにか撤退させようと、再度メルドが光輝に話そうとした瞬間、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達を全員轢殺してしまうだろう。

 

そうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、

「いいよぉ、引っ込んでて。最強があの程度に負けるわけにはいかないでしょ」――おい希依!下がれ!」

 

角に炎を灯して突進してくるベヒモスに対して希依は両手をポケットにいれ、ベヒモスを待ち構える。

 

「さてどうしようか。スピード系じゃパワー不足であの巨体の運動エネルギーを処理しきれないし、パワー系じゃ橋を壊しかねないし…」

 

希依が呟きながら考え事をしていると既にベヒモスも目と鼻の先。

 

「ちょっと待って。今考えてるから」

 

そう言いながら希依は左手でベヒモスの鼻を抑えて突進を止める。

 

生徒たちや騎士団は、表情が無いはずのトラウムソルジャーやベヒモスも「えっ?」といった表情を浮かべているのを幻視する。

 

その隙も一瞬で、トラウムソルジャーは剣を振るい、ベヒモスは数歩下がって角に炎を灯す。

 

ちょ、あっちの方がやばくない!?

希依はベヒモスの頭をかかと落としでめり込ませて生徒たちに襲いかかるトラウムソルジャーに飛びかかる。

 

そのとき、かかと落としと跳躍で石橋に巨大なヒビが入るが、それを気にするものはこの場にいない。

 

 

希依はトラウムソルジャーの剣を握力で握りつぶし、背骨を蹴り砕いて次々と戦闘不能にしていく。

希依の無双により余裕の出来た生徒たちはメルドの指示を無視し、光輝の指揮でベヒモスに魔法を放って攻撃し、近接戦に特化した生徒は残ったトラウムソルジャーを倒しにかかる。

 

魔法攻撃により、ベヒモスにはほとんどダメージが入らないが橋には存分にダメージが入り、ベヒモスは頭が抜けると突進を始める。

 

ベヒモスのドシドシといった足音に気がつくと生徒たちは魔法攻撃をやめて後退していく。唯一後退するどころか前に出たのは、

 

南雲ハジメだった。

 

「錬成!」

 

彼は錬成を使い、橋に巨大な壁を作るもベヒモスは足を止めることなく壁を粉砕する。

 

「錬成!錬成!錬成!錬成!」

 

今度は地面を一時的に柔らかくし、足がめり込んだタイミングで硬質化させる。

それを何度も繰り返し、ベヒモスはハジメと1mもない距離で制止する。

 

ハジメはすぐさま走り、メルド達がいる場所へと下がろうとする

 

それとほぼ同タイミングでトラウムソルジャーを殲滅し終え、生徒たちはメルドの指示でハジメがある程度ベヒモスと離れた頃に魔法の総攻撃を始めた。

 

ハジメは走る。

そんななか、希依は攻撃には参加せず、前の方にいるとある男子生徒のもとへ行こうとするが他の生徒が邪魔でなかなか行けないでいる。

 

その男子生徒が、歪んだ笑みを浮かべているのに気がついたのは希依だけだった。

 

 

 

夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めになっている。

 

いける!と確信し、転ばないよう注意しながら頭を下げて全力で走るハジメ。すぐ頭上を致死性の魔法が次々と通っていく感覚は正直生きた心地がしないが、チート集団がそんなミスをするはずないと信じて駆ける。ベヒモスとの距離は既に三十メートルは広がった。

 

 

 

 思わず、頬が緩む。

 

しかし、その直後、ハジメの表情は凍りついた。

 

無数に飛び交う魔法の中で、一つの火球がクイッと軌道を僅かに曲げたのだ。

 

……ハジメの方に向かって。

 

明らかにハジメを狙い誘導されたものだった。

 

「ごめん!遅かった!」

 

そう希依が叫ぶ声が、ハジメには、ハジメだけには届いていた。

 

疑問や困惑、驚愕が一瞬で脳内を駆け巡り、ハジメは愕然とする。

 

咄嗟に踏ん張り、止まろうと地を滑るハジメの眼前に、その火球は突き刺さった。着弾の衝撃波をモロに浴び、来た道を引き返すように吹き飛ぶ。直撃は避けたし、内臓などへのダメージもないが、三半規管をやられ平衡感覚が狂ってしまった。

 

フラフラしながら少しでも前に進もうと立ち上がるが……

 

ベヒモスも、いつまでも一方的にやられっぱなしではなかった。ハジメが立ち上がった直後、背後で咆哮が鳴り響く。思わず振り返ると三度目の赤熱化をしたベヒモスの眼光がしっかりハジメを捉えていた。

 

そして、赤熱化した頭部を盾のようにかざしながらハジメに向かって突進する。

 

フラつく頭、霞む視界、迫り来るベヒモス、遠くで焦りの表情を浮かべ悲鳴と怒号を上げるクラスメイト達。

 

ハジメは、なけなしの力を振り絞り、必死にその場を飛び退いた。直後、怒りの全てを集束したような激烈な衝撃が橋全体を襲った。ベヒモスの攻撃で橋は限界を迎える。着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が走り、メキメキと橋が悲鳴を上げる。

 

そして遂に……橋が崩壊を始めた。

 

度重なる強大な攻撃にさらされ続けた石造りの橋は、遂に耐久限度を超えたのだ。

 

「グウァアアア!?」

 

悲鳴を上げながら崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。しかし、引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。ベヒモスの断末魔が木霊する。

 

ハジメもなんとか脱出しようと這いずるが、しがみつく場所も次々と崩壊していく。

 

ああ、ダメだ……

 

そう思いながら対岸のクラスメイト達の方へ視線を向けると、香織が飛び出そうとして雫や光輝に羽交い締めにされているのが見えた。他のクラスメイトは青褪めたり、目や口元を手で覆ったりしている。メルド達騎士団の面々も悔しそうな表情でハジメを見ている。しかし、希依だけはなにかを察し安心したような、優しい笑みを浮かべていた。

 

ハジメの足場も完全に崩壊し、ハジメは仰向けになりながら奈落へと落ちていく。徐々に小さくなる光に手を伸ばしながら……

 

 

 

 

 

 



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第7話

響き渡り消えゆくベヒモスの断末魔。ガラガラと騒音を立てながら崩れ落ちてゆく石橋。

 

そして、瓦礫と共に奈落へと吸い込まれるように消えてゆくハジメ。

 

その光景を、まるでスローモーションのように緩やかになった時間の中で、ただ見ていることしかできない香織は自分に絶望する。

 

どこか遠くで聞こえていた悲鳴が、実は自分のものだと気がついた香織は、急速に戻ってきた正常な感覚に顔を顰めた。

 

「離して!南雲くんの所に行かないと!約束したのに!私がぁ、私が守るって!離してぇ!」

 

飛び出そうとする香織を雫と光輝が必死に羽交い締めにするが、二人を希依が離し、香織の正面にわたって首筋をトンと、優しく人差し指でつくと力が抜けたように座り込みそうになるのを希依に支えられる。

 

どういう原理か分からない雫は驚き、光輝はキッと希依を睨みつけ、殴りかかろうとするが雫に抑えられる。

 

この時と希依は香織を支えながら微笑んでいた。

 

「なんで、そんな顔して、られるの!?南雲くんが、南雲くんがぁ」

 

香織は泣き、力の入らない身体で必死に希依に爪を立てたりしながら抵抗する。

 

希依は娘をあやすように背を撫でて耳元に囁きかける。

 

「大丈夫。彼は大丈夫だから。後で全部説明してあげるから、今は休みなさい」

 

まるで母親のような、優しい声を聞いた香織は希依に頭を預けて眠りにつく。

 

「ほら、帰るよ。こんな時に勇者のカリスマ発揮しないでどうするのさ」

 

香織を姫抱きしながらの言葉に困惑しながらも光輝は応える。

 

「あ、ああ。

皆! 今は、生き残ることだけ考えるんだ! 撤退するぞ!」

 

その言葉に、クラスメイト達はノロノロと動き出す。

 

 光輝は必死に声を張り上げ、クラスメイト達に脱出を促した。メルドや騎士団員達も生徒達を鼓舞する。

 

そして全員が階段への脱出を果たした。

 

上階への階段は長かった。

 

先が暗闇で見えない程ずっと上方へ続いており、感覚では既に三十階以上、上っているはずだ。魔法による身体強化をしていても、そろそろ疲労を感じる頃である。先の戦いでのダメージもある。薄暗く長い階段はそれだけで気が滅入るものだ。

 

そろそろ小休止を挟むべきかとメルド団長が考え始めたとき、ついに上方に魔法陣が描かれた大きな壁が現れた。

 

クラスメイト達の顔に生気が戻り始める。メルド団長は扉に駆け寄り詳しく調べ始めた。フェアスコープを使うのも忘れない。

 

その結果、どうやらトラップの可能性はなさそうであることがわかった。魔法陣に刻まれた式は、目の前の壁を動かすためのもののようだ。

 

メルドは魔法陣に刻まれた式通りに一言の詠唱をして魔力を流し込む。すると、まるで忍者屋敷の隠し扉のように扉がクルリと回転し奥の部屋へと道を開いた。

 

扉を潜ると、そこは元の二十階層の部屋だった。

 

「帰ってきたの?」

「戻ったのか!」

「帰れた……帰れたよぉ……」

 

生徒達が次々と安堵の吐息を漏らす。中には泣き出す子やへたり込む生徒もいた。光輝達ですら壁にもたれかかり今にも座り込んでしまいそうだ。

 

しかし、ここはまだ迷宮の中。低レベルとは言え、いつどこから魔物が現れるかわからない。完全に緊張の糸が切れてしまう前に、迷宮からの脱出を果たさなければならない。

 

メルドは休ませてやりたいという気持ちを抑え、心を鬼にして生徒達を立ち上がらせた。

 

「お前達!座り込むな!ここで気が抜けたら帰れなくなるぞ!魔物との戦闘はなるべく避けて最短距離で脱出する!ほら、もう少しだ、踏ん張れ!」

 

少しくらい休ませてくれよ、という生徒達の無言の訴えをギンッと目を吊り上げて封殺する。

 

渋々、フラフラしながら立ち上がる生徒達。光輝が疲れを隠して率先して先をゆく。道中の敵を、騎士団員達が中心となって最小限だけ倒しながら一気に地上へ向けて突き進んだ。

 

そして遂に、一階の正面門となんだか懐かしい気さえする受付が見えた。迷宮に入って一日も立っていないはずなのに、ここを通ったのがもう随分昔のような気がしているのは、きっと少数ではないだろう。

 

今度こそ本当に安堵の表情で外に出て行く生徒達。正面門の広場で大の字になって倒れ込む生徒もいる。一様に生き残ったことを喜び合っているようだ。

 

 

 

 

 

ホルアドの町に戻った一行は何かする元気もなく宿屋の部屋に入った。幾人かの生徒は生徒同士で話し合ったりしているようだが、ほとんどの生徒は真っ直ぐベッドにダイブし、そのまま深い眠りに落ちた。

 

 

希依は香織を、雫と香織の部屋に運び、雫と一緒に香織の看病をしていた。

 

「ねぇ、喜多さん。香織は、大丈夫なのかしら」

 

「ん、大丈夫だよ。一気に疲れがなだれ込んだあと一気に回復するツボをついたからね。起きたらきっとものっそい元気になってるんじゃないかな」

 

「そんなツボ、聞いたことないのだけど」

 

「まぁうそだからね」

 

「ちょっと!?」

 

「ただ力が抜けるように撫でてあげただけだよ。命に別状はない」

 

「いつ、目覚めるかしらね」

 

「早ければ2~3日、遅ければ一生かな。例えそんなことないとしても、想い人が死ぬ所を見ちゃったら精神的ショックは凄まじいと思う。香織ちゃんのヤンデレ予備軍っぷりを見るにね」

 

「そんな…」

 

希依の診断に涙を流す雫。

 

「でもこれさえあればだいじょーぶ」

 

「へ?」

 

泣き顔を隠すために顔を伏せた雫は希依の言葉に顔を上げる。

 

希依の手には血のように赤い液体の入った瓶が握られていた。

 

「そ、それは何なのかしら?」

 

目を赤くしながら雫は希依に尋ねる。

 

「無病息災、欠陥修復、商売繁盛、金運上昇、恋愛成就、安産、学業成就、その他色々な効果のある星神印の万能薬だよ」

 

希依は液体の効能を話しながら一滴、香織の口に垂らす。

 

「ちょっ、大丈夫なのそれ!?」

 

「んっ、んん、…あれ、雫ちゃん?それに、…喜多さん」

 

薬を飲ませて数秒後、香織は何事もなく目を覚ました。

 

「おはよう、香織ちゃん。といってももう夕方だけどね」

 

「……南雲くんは」

 

「ッ、それは」

 

苦しげな表情でどう伝えるべきか悩む雫。

 

そんなこと知ったことかとばかりに希依は微笑みながら現実を告げた。

 

「落ちたよ。奈落の底に、ベヒモスの死体と一緒に」

 

「ちょっとあなたねぇ!」

 

「まぁ落ち着いてよ雫ちゃん。物語シリーズの愛読者としては何かいい事でもあったのかい?とでも言いたくなるよ」

希依はそう言いながら部屋の鍵を閉めた。

それからすぐのこと、ドンドンというノックと天之河光輝の「香織!香織は!」という大声が聞こえてきた。

 

激昂する雫とは違い、香織は冷静に、泣きそうになりながらも涙を流さずに希依にあの時のことを聞く。

 

「説明してくれるって、言ったよね。話して、くれるんだよね?あの時あなたが笑ってた理由」

 

「まぁ、うん、そうだね。じゃあ順序だてて、遠回りに夕飯までの暇つぶしになるように話していくよ。

 

香織ちゃん、雫ちゃん。主人公って、どんな人だと思う?」

 

「主人公、光輝みたいな勇者とかかしら」

 

「うん、私も雫ちゃんと同じ、かな。勇者みたいな人」

 

「検討はずれで的外れ。

主人公っていうのはね、必ずしも勇者を示す言葉じゃあないんだよ。

最強の冒険者でも、異世界から召喚された勇者でもない。

どんな相手でも、最終的に勝つ。負けて終わるなんて許されない存在。それが主人公なんだよ。

ま、これも少なからず例外はあるんだけどね」

 

「それが、なんだっていうの?南雲くんとなにか関係あるの?」

 

「察しが悪いね、香織ちゃん。雫ちゃんは分かった?」

 

「南雲くんが、主人公ってこと?」

 

「雫ちゃんだいせいかーい。そう、彼こそが主人公だよ。

ま、これに気がついたのはあのー、あれ、檜山って言ったっけ?あのクズの魔法を喰らった直後くらいだったんだけどね。

南雲ハジメくんのそれはまさしく主人公だけが持つ不幸体質っていうか、巻き込まれ体質っていうか。

あの時まで気が付かなかったのはもしかしたら勇者、天之河光輝の方だったかもしれないからだね」

 

「…南雲くんが主人公っていうのはなんとなくわかったよ。小説みたいで納得はいかないけど、とりあえずそれは置いとく。

でも喜多さん「あ、希依ちゃんって呼んでいいよ」…喜多さん、「希依ちゃんって呼んで」…喜多、さん「希依ちゃんと呼びなさい」……希依ちゃん、なんであの時南雲くんを助けてくれなかったの?あんなに強いならベヒモスを倒すことだって出来たでしょ?」

 

「香織ちゃん、私は弱い子と可愛い子の味方につくって決めてるんだよ。いちいち善だの悪だの考えてどっちに着くか考えてたらキリがないからね」

 

「それならどうして!」

 

「弱い子が強くなるチャンスを潰すほど、私はクズでは無いつもりだよ。

私は彼が誰よりも強くなって迷宮から出てくると確信している」

 

「「確信?」」

 

「麦わら帽子の海賊、モンキー・D・ルフィのようにはるかに格上の脅威を退け、

吸血鬼もどきの人間、阿良々木暦のように死につづけながらも立ち向かい、

地球育ちのサイヤ人、孫悟空のように死の淵からよみがえり、

美食四天王、トリコのように喰らうもの全てを力に変え、

英雄に憧れる少年、ベル・クラネルのように規格外な成長速度とステータスを持って、

黒の剣士、キリトのように可愛らしい女の子達を仲間にし、

快楽主義の問題児、逆廻十六夜のように逸脱した力をつけ、

妖怪と人間のクォーター、奴良リクオのように魑魅魍魎をつき従え、

楽園の素敵な巫女、博麗霊夢のように容赦なく、

腐り目のひねくれ者、比企谷八幡のように小悪党で、

レベル0の無能力者、上条当麻のようにバランスブレイカーな主人公となって迷宮から這い上がり、いつか姿を現すと私は確信している。

 

神、ステラ・スカーレットとして保証するよ」

 

「「……」」

 

「喋ってたらお腹すいたね。外の屋台でガッツリしたものでも食べ歩きに行こっか」

 

ほっとしたような、不安が残るような顔をした二人を連れて希依は外に繰り出そうとドアを開けると、ドアの目の前にいたのか勇者と脳筋がドアに頭を打ち気絶していた。

 

が、三人は起こすと面倒なことになるのを察して見なかったことにした。というか起こす気力が雫、香織にはそもそもなかった。

 

 

 

 

 




わかる人はわかるでしょうけどユラさんは天之河光輝みたいな人がリアル、二次元問わず大っ嫌いです。


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第8話

初ダンジョンから帰還して数日。クラスメイトの死を間近で見てしまった彼らは意気消沈し、半数以上が訓練を仕様にも武器を握れずにいた。

聖教教会関係者は都合のいい人間兵器が役立たずなことを良くは思わなかった。実戦を繰り返し、時が経てばまた戦えるだろうと、毎日のようにやんわり復帰を促してくる。

 

しかし、それに猛然と抗議した者がいた。愛子だ。

 

愛子は、当時、遠征には参加していなかった。作農師という特殊かつ激レアな天職を農地開拓の方に力を入れて欲しかったのである。愛子がいれば、糧食問題は解決してしまう可能性が限りなく高いからだ。

 

そんな愛子はハジメの死亡を知るとショックのあまり寝込んでしまった。自分が安全圏でのんびりしている間に、生徒が死んでしまったという事実に、全員を日本に連れ帰ることができなくなったということに、責任感の強い愛子は強いショックを受けたのだ。

 

だからこそ、戦えないという生徒をこれ以上戦場に送り出すことなど断じて許せなかった。

 

愛子の天職は、この世界の食料関係を一変させる可能性がある激レアである。その愛子先生が、不退転の意志で生徒達への戦闘訓練の強制に抗議していたうえ、さらに勇者を超える戦闘特化天職である『最強』を持つ希依が愛子に賛同し、クラスメイトや騎士団、王族、貴族の命を人質にとって脅迫しようとして愛子に止められたりした。

 

状況の悪化を避けたい教会側は、愛子の抗議を受け入れざるをえなかった。

 

結果、自ら戦闘訓練を望んだ勇者パーティーと小悪党組、永山重吾のパーティーのみが訓練を継続することになった。そんな彼等は、再び訓練を兼ねてオルクス大迷宮に挑むことになったのだ。今回もメルド団長と数人の騎士団員が付き添っている。そこに、最強である希依の姿はなかった。

 

彼女曰く、

「地下ダンジョンにはちょっとしたトラウマがあって実はあまり関わりたくない。あくまで好き嫌いの問題であってアレルギーという程ではないけど」

とのことだ。

 

 

 

 

 

 

 

畑山愛子、二十五歳。社会科教師。

 

彼女にとって教師とは、専門的な知識を生徒達に教え、学業成績の向上に努め、生活が模範的になるよう指導するだけの存在ではない。もちろん、それらは大事なことではあるのだが、それよりも〝味方である〟こと、それが一番重要だと考えていた。具体的に言えば、家族以外で子供達が頼ることの出来る大人で有りたかったのだ。

 

それは、彼女の学生時代の出来事が多大な影響を及ぼしているのだが、ここでは割愛する。とにかく、家の外に出た子供達の味方であることが、愛子の教師としての信条であり矜持であり、自ら教師を名乗れる柱だった。

 

それ故に、愛子にとって現状は不満の極みだった。いきなり、異世界召喚などというファンタスティックで非常識な事態に巻き込まれ呆然としている間に、クラス一カリスマのある生徒に話を代わりにまとめられてしまい、気がつけば大切な生徒達が戦争の準備なんてものを始めている。

 

何度説得しても、既に決まってしまった流れは容易く愛子の意見を押し流し、生徒達の歩を止めることは叶わなかった。

 

ならば、せめて傍で生徒達を守る!と決意したにもかかわらず、保有する能力の希少さ、有用さから戦闘とは無縁の任務『農地改善及び開拓』を言い渡される始末。必死に抵抗するも、生徒達自身にまで説得され、愛子自身、適材適所という観点からは反論のしようがなく引き受けることになってしまった。

 

毎日、遠くで戦っているであろう生徒達を思い、気が気でない日々を過ごす。聖教教会の神殿騎士やハイリヒ王国の近衛騎士達に護衛されながら、各地の農村や未開拓地を回り、ようやく一段落済んで王宮に戻れば、待っていたのはとある生徒の訃報だった。

 

この時は、愛子は、どうして強引にでもついて行かなかったのかと自分を責めに責めた。結局、自身の思う理想の教師たらんと口では言っておきながら自分は流されただけではないか!と。もちろん、愛子が居たからといって何か変わったかと言われれば答えに窮するだろう。だが、この出来事が教師たる畑山愛子の頭をガツンと殴りつけ、ある意味目を覚ますきっかけとなった。

 

『死』という圧倒的な恐怖を身近に感じ立ち上がれなくなった生徒達と、そんな彼等に戦闘の続行を望む教会・王国関係者。愛子は、もう二度と流されるもんか!と教会幹部、王国貴族達に真正面から立ち向かった。自分の立場や能力を盾に、私の生徒に近寄るなと、これ以上追い詰めるなと声高に叫んだ。

 

結果、何とか勝利をもぎ取る事に成功する。戦闘行為を拒否する生徒への働きかけは無くなった。だが、そんな愛子の頑張りに心震わせ、唯でさえ高かった人気が更に高まり、戦争なんてものは出来そうにないが、せめて任務であちこち走り回る愛子の護衛をしたいと奮い立つ生徒達が少なからず現れた。

 

また、希依からしてみれば愛子の教師らしからぬ、素晴らしく好みな善性はある時はいじめられっ子JK、またある時は14代目魔王、またある時は星と世界を司る神、ステラこと希依をも魅了した。

 

「戦う必要はない」「派遣された騎士達が護衛をしてくれているから大丈夫」そんな風に説得し思い止まらせようとするも、そうすればそうするほど一部の生徒達はいきり立ち「愛ちゃんは私達(俺達)が守る!」と、どんどんやる気を漲らせていく。そして、結局押し切られ、その後の農地巡りに同行させることになり、「また流されました。私はダメな教師です……」と四つん這い状態になり、希依(約二万歳or10歳)が少女(25歳)を抱き抱えて慰めるという高年齢親子(仮)が誕生したりしなかったり。

 

ちなみに、この時、愛子の護衛役を任命された専属騎士達が、生徒達の説得を手伝うのだが、何故か生徒達を却って頑なにさせたという面白事情がある。なぜ、生徒達が彼等護衛達に反発したのか。それは生徒達の総意たる、このセリフに全てが詰まっている。

 

「愛ちゃんをどこの馬の骨とも知れない奴に渡せるか!」

 

生徒達の危機意識は、道中の賊や魔物よりも、むしろ愛子の専属騎士達に向いていた。その理由は、全員が全員、凄まじいイケメンだったからだ。これは、愛子という人材を王国や教会につなぎ止めるための上層部の作戦である。要はハニートラップみたいなもの。それに気がついた生徒の一人が生徒同士で情報を共有し、希依を矢面に立てた「愛ちゃんをイケメン軍団から守る会」を結成した。

 

だが、ここで生徒側に一つ誤算が生じていた。それは、ミイラ取りがミイラになっていたということを知らなかったことだ。その証左に、生徒達への騎士達の説得の言葉を紹介しよう。

 

 

 

神殿騎士専属護衛隊隊長デビッド

「心配するな。愛子は俺が守る。傷一つ付けさせはしない。愛子は…俺の全てだ」

 

神殿騎士同副隊長チェイス

「彼女のためなら、信仰すら捨てる所存です。愛子さんに全てを捧げる覚悟がある。これでも安心できませんか?」

 

近衛騎士クリス

「愛子ちゃんと出会えたのは運命だよ。運命の相手を死なせると思うかい?」

 

近衛騎士ジェイド

「……身命を賭すと誓う。近衛騎士としてではない。一人の男として」

 

 

ちなみにこれらに対抗した希依の反論がこちら。

「うちの娘をアンタらみたいな雑魚に任せられるか!」

 

生徒たちの愛ちゃん発言に怒る愛子が娘扱いに怒らないわけがなく、

「あなたいつ私のお母さんになったんですか!」

と頬をふくらませていた。

 

とまぁ、長々と語るというか、書き連ねてみたわけだけれども要するに私は愛子ちゃん達と一緒に行動したりしなかったりするというわけだ。



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第9話

勇者パーティ率いるオルクス大迷宮攻略組と愛子率いる食糧事情改善組に別れて二ヶ月が経った。

 

これはその二か月間の馬車内での会話である。

 

 

 

「喜多希依さん、ずっと聞けないでいたのですが貴女は何者なんですか?私たちがここに来る直前にいきなり現れたと思うんですけど」

 

「んー、知りたい?」

 

「はい。もしかしたら帰る手段に繋がるかもしれないので」

 

帰るという言葉に生徒たちは目を輝かせ、護衛騎士たちは希依に話すなよ?とでも言いたげな目を向ける。

 

「というかいつでも聞いてくれて良かったのに。ずっと王宮に居なかった訳でもないでしょ?」

 

「声をかけても一切本から目を離さなかったじゃないですか」

 

「ゆとり世代だからね」

 

「だ、騙されませんよ!」

 

「17歳と25歳、約8歳の差は大きいよ~」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

「愛ちゃん先生、もう騙されそうだよー」

 

惑わされそうになった愛子に声をかけたのは生徒たちのリーダー格、園部 優花。普通にいい子。うん、いい子。決してキャラが薄い訳では無い。

 

「てかそもそも喜多さんって歳いくつなの?」

 

本気で分からないという表情で優花は希依に尋ねる。

 

「だって、愛ちゃん先生を慰めてる時はほんとにお母さんって雰囲気だったし、でも白崎さん達と話してる時は私たちとそんな変わんないなって感じだし。よく分かんないんだよね」

 

「あー、なるほどね。ちなみに愛子ちゃんはいくつだと思う?」

 

「えっと、見た目通りだとそれこそ、園部さん達とさほど変わらない、十代半ばくらいだとも思いますが、でも私みたいな例もありますから私と同じくらいなのかなとも思えますし…」

 

「あ、一応外見の自覚はあるんだ」

 

「うーん」と、本気で悩み出す愛子。

 

「ま、私もどう言ったらいいのかよく分かんないんだけどね」

 

「「「「えっ?」」」」

 

「ステータスには20438歳と10歳の両方が書いてあるし、でもこの約二万歳っていうのは私が死んでステラちゃんと同一化した時点で多分止まってるし、10歳っていうのはあくまでもステラちゃんの年齢だし。いやでもステラちゃんも私なのか」

 

「えっと、つまりどういうことなんですか?」

 

「よく分かんなくなってきたし少なくとも二万歳ってことでいいんじゃない?別に皆が10歳児扱いしたいって言うなら別にそれでもいいんだけど」

 

「そ、そんないい加減でいいの?てか人って二万年も生きれるものなの?」

 

「いいこと教えてあげるよ。優花ちゃん、人って20、30くらいまで生きると割と自分の年齢とかどうでも良くなってくるんだよ」

 

「…愛ちゃん先生、そうなの?」

 

「さ、さあ?

そもそも私、25歳として扱って貰えたことがないので」

 

「もしかして電車は子供料金で?」

 

「…乗れちゃいます」

 

「映画も子供料金で?」

 

「…観れちゃいます」

 

「動物園も当然?」

 

「えぇ、えぇ、子供料金ですよ。ふんっ、どうせ私にはお子様ランチが似合いますよーだ」

 

「…やばいよ優花ちゃん。この子拗ねてもちょー可愛い」

 

「う、うん。正直鼻血出そうだけどあんまりからかわないであげて」

 

騎士団は男子生徒達に電車や映画とは何か聞いて存分に困らせている。

 

「ほらほら拗ねないで愛子ちゃん。あ、プリン食べる?」

 

「食べます。…どこから出したんですか!?」

 

「どこからっていうか、今作ったんだけど」

 

「嘘を言わないでください!材料だって待ってきてないでしょう!」

 

「いいことを教えてあげる。卵料理に材料なんて些細な問題。卵料理を極めるとドアノブで親子丼を作るくらい朝飯前なんだよ」

 

「朝から親子丼はちょっとキツくない?」

 

「おっと、一本取られたね。景品に親子丼をあげよう」

 

「あ、ありがと。…箸もちゃんとついてる」

 

「だから何処から出したんですか!?」

 

「だから今作ったんだって。材料は水が入ってた空き瓶」

 

「えっ…」

 

希依から材料を聞いて食べるのを躊躇う優花。

 

「そういう技能なんですか?」

 

「愛子ちゃん惜しい。技能とか魔法じゃなくてレシピだよ。ただ、極めすぎて魔法の域に達してるだけでね」

 

「ちなみに編み出したのは『卵王』っていう料理屋の店長、十一代目魔王の愛子っていう首なしろくろ首の人なんだよ」

 

「ま、魔王ですか」

 

魔王というワードに騎士団だけでなく生徒たちまで希依を疑うような目で見る。

 

「ちなみに私は十四代目の魔王。いやー、懐かしいね。孤児院作ったり奴隷解放戦争したりいじめ撲殺運動したり。

ちょっとちょっと、どしたの?そんな世界を闇に染めた魔王を見る勇者みたいな顔をして。

女の子一人にそんな目をつけるなんていじめだよ?」

 

「まさか魔人族が紛れ込んでいようとは。安心しろ愛子。必ずこの邪悪を殺してみせる!」

 

騎士の一人が立ち上がり、希依に剣を突きつける。

 

「ちょっと待ってください!喜多さんはどう見ても人間ですしこの世界の魔王とは限らないでしょう!」

 

「い、いや、だがしかし」

 

希依を弁護しようとする愛子に戸惑う騎士達。希依がこことも、元の世界とも違う所から召喚されているのを目撃している生徒たちは確かにと思い、騎士達を疑うような目で見る。

 

「喜多さんも喜多さんです!言えないことがあるのは分かりますが言えることはしっかりと話してください!」

 

「んー、愛子ちゃんが聞きたいっていうのなら話すのもやぶさかでは無いんだけど…」

 

「もしかして、私達いたらまずい?」

 

「いや、そんなことないよ。んーと、じゃあ愛子ちゃん、ちょっとこっち来て」

 

希依は自身の膝をトントンと叩く。

愛子はいつかのように希依の膝の上にちょこんと座ると希依がお腹辺りに腕を回す。

 

「これに、なんの意味があるんですか?」

 

「んー、人質?」

 

その瞬間騎士達は視線で殺さんとばかりに睨む。

 

「い、一体何を話すつもりなんですか!?」

 

「冗談だよ冗談。愛子ちゃん愛されてるね~」

 

「へ?いや、えっと、はい。あれ?」

 

「本当は怖かったから癒して欲しいだけだよ。これでも昔男性恐怖症拗らせた過去があってね。実は結構ビビってる」

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫だよー。父親が実は邪神とか、先代が親バカとか普通じゃない男とは仲良くなったりして自然と薄くなってるみたい。

それじゃあ自己紹介から話していくね

私は喜多 希依。ステラ・スカーレットっていう、どっちも本名なんだけどこの辺はパラレルでシュレディンガーでパラドックスな事情があるから省略するね。

私は高校二年生、16歳の時に妹であり後輩であり恋人の琴音って子と、あとまぁ勇者パーティみたいな人達とで異世界に召喚されたことがあるんだよ。で、まぁなんやかんやでアルビノの猫の獣人、リリアちゃんって子と友達になったりした後に『魔国ヘルムート』の十四代目国王、つまり魔王になったわけだよ。ここまでで質問ある?」

 

一人、生徒の女子が小さく手を上げる。

 

「ん、どった?」

 

「妹で後輩で恋人ってなに?」

 

皆もそれが聞きたかったと言わんばかりに首を縦に降る。

 

「なにって聞かれてもね。後輩を拾って妹になってから恋人になったんだよ」

 

「後輩を拾うって、あ、もしかして一人ぼっちだった子の友達になってあげたとか、そういう話ですか?」

 

「妄想力が逞しいね愛子ちゃん。そんなんじゃ…いや、意外と合ってるのかな?

家から文字通り飛び出した女の子を橋の下で拾って連れ帰ったってだけなんだけど」

 

「「「まさかの捨て猫感覚ですか!?」」」

 

同じ女子として思うところがあるのか、それとも素敵でロマンチックな出会いを予想していたのか、愛子と女子生徒達が興奮気味に捲し立てる。

 

「話、進めていい?」

 

「「「「あっ、はい」」」」

 

「えっと、就職したとこまで話したんだったかな。

それからはまぁ、色々したんだよ。色々。勇者が攻めてきて、妖狐の家族の娘以外全員が殺されて、最終的に妖狐の子が復讐遂げたりとか、孤児院作って色んなとこから忌み子とか私みたいないじめられっ子とか奴隷の子なんかを多少強引でも引き取って保護したりとか、悪党しかいない街を滅ぼしたりとか。

別に、人間はヘルムートを滅ぼす気満々だったけどこっちはそんな気全くなかったから人間と魔族の和平とかめちゃくちゃ大変だったよ」

 

「魔王なのに、人間を滅ぼしたりとかはしなかったんですか?和平ってことは、それ以前は戦争していたんですよね?ここと同じように」

 

愛子は希依を見上げる姿勢で目を合わせて尋ねる。

 

「確かにここと似た世界たけど、戦争において最も違うのはそれぞれの求める物なんだよ。

人間はヘルムートの地下にある無限に等しい魔力が欲しいとか、魔族の奴隷が欲しいとか。

対してヘルムートが望むのは、初代から十四代目の私、そして十五代目の子も含む魔王が望むのはただ平和な暮らし。争いはなく、国の外で子供たちが駆け回れるような、そんな世界。

これってとても素敵じゃない?」

 

愛子やその生徒達は頷いているものの、騎士達は納得いかない様子。

 

「なに、なんか聞きたいことあるの?」

 

「人間達は、神、エヒト様のために戦っていたのではないのか?そんな下賎な理由で戦うなど…」

 

「一つ、勘違いしてるみたいだね。エヒト、あれは一応神なんだけど、本当に一応っていう前置きが付くようなかなり下級の神なんだよ。そして神はひとつじゃない」

 

「八百万の神、というやつですか?」

 

「さすが社会の先生。そういうのには詳しいの?」

 

「いえ、そんなに深く知っている訳ではありませんが、生徒に教えられる程度には」

 

「なるほどね。え、社会って神話まで教えるの?」

 

「…喜多さん、二年生までとはいえ高校生だったのでは?」

 

「いやだって私、極度のいじめられっ子だったせいで勉強なんて中三の受験勉強を一週間くらいしたっきりだよ?その前にも後にも学校でやるような勉強はしてきてないし」

 

「そ、そうですか。大丈夫だったんですか?」

 

「いや、ダメだったよ?ifの私が16歳の時にいじめが原因で死んでる…あ、やっぱいまの無しで。

えっと、戦争の理由に神は関わっているのかって話だったっけ。結論から言うと一切関わってないよ。というか、私が召喚されて三年後にお父さんに殺されてるし」

 

「神を殺しただと!?」

 

「そんなありえないみたいな顔されても困るっての。そもそもお父さんも神だったわけだし。聞いたことない?這いよる混沌っていう邪神」

 

「「「「?」」」」

 

「あ、知らないか。多分ハジメくんなんかは知ってるんじゃないかな。ちょ、愛子ちゃんそんなに落ち込まないでよ。ハジメくんはきっと無事だって。私が保証する」

 

「…はい」

 

「ちょっとそこの騎士団、愛子ちゃんが落ち込んでるから喜ぶような一発ギャグかまして好感度稼いでよ」

 

「「「な、なに!?」」」

 

 

 

 

希依の正体の一部が露見したりしながら馬車に揺られること更に四日。

 

イケメン軍団が愛子にアプローチをかけ、愛子自身、やけに彼等が積極的なのは上層部から何か言われているのだろうなぁと考えていたので普通にスルーし、実は本気で惚れられているということに気がついていない愛子に、これ以上口説かせるかと生徒達が睨みを効かせ、度々重い空気が降りるなか、やはり愛子の言動にほんわかさせられ……ということを繰り返して、遂に一行は湖畔の町ウルに到着した。

 

旅の疲れを癒しつつ、ウル近郊の農地の調査と改善案を練る作業に取り掛かる。その間も愛子を中心としたラブコメ的騒動が多々起こり、それに希依が爆笑して雰囲気をぶち壊すというのを繰り返すのだが……それはまた別の機会に。

 

そうして、いざ農地改革に取り掛かり始め、最近巷で囁かれている豊穣の女神という二つ名がウルの町にも広がり始めた頃、再び、愛子の精神を圧迫する事件が起きた。

 

生徒の一人が失踪したのである。

 

愛子は奔走する。大切な生徒のために。その果てに、衝撃の再会と望まぬ結末が待っているとも知らずに。

 



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第10話

 

 

「はぁ、今日も手掛かりはなしですか……清水君、一体どこに行ってしまったんですか……」

 

悄然と肩を落とし、ウルの町の表通りで希依に肩車されながら項垂れるのは召喚組の一人にして教師、畑山愛子。普段の快活な様子がなりを潜め、今は、不安と心配に苛まれて陰鬱な雰囲気を漂わせている。心なしか、表通りを彩る街灯の灯りすら、いつもより薄暗い気がする。

 

「愛子、あまり気を落とすな。まだ、何も分かっていないんだ。無事という可能性は十分にある。お前が信じなくてどうするんだ」

 

「そうですよ、愛ちゃん先生。清水君の部屋だって荒らされた様子はなかったんです。自分で何処かに行った可能性だって高いんですよ? 悪い方にばかり考えないでください」

 

元気のない愛子に、そう声をかけたのは愛子専属護衛隊隊長のデビッドと生徒の園部優花だ。周りには他にも、毎度お馴染みに騎士達と生徒達がいる。彼等も口々に愛子を気遣うような言葉をかけた。

 

「ま、学校で警察沙汰起こして退学になるなんてよくある事だしそう落ち込まないでよ。愛子ちゃんは悪くないんだしさ」

 

「清水君を不良みたいに言わないでください!」

 

「痛い痛い愛子ちゃん!ハゲる!ハゲるから髪引っ張らないで!

あ、私髪の強度とかもMAXだったわ。愛子ちゃん手を切らないように気をつけてね」

 

「演技なら演技らしく最後まで続けてくださいよ、もぅ」

 

希依と愛子は案外相性がいいらしく、よく愛子の仕事を手伝ったりしている。なんでも魔王時代に食料問題を抱えて色々と動いた経験が生きるらしい。

 

 

クラスメイトの一人、清水幸利が失踪してから既に二週間と少し。愛子達は、八方手を尽くして清水を探したが、その行方はようとして知れなかった。町中に目撃情報はなく、近隣の町や村にも使いを出して目撃情報を求めたが、全て空振りだった。

 

当初は事件に巻き込まれたのではと騒然となったのだが、清水の部屋が荒らされていなかったこと、清水自身が〝闇術師〟という闇系魔法に特別才能を持つ天職を所持しており、他の系統魔法についても高い適性を持っていたことから、そうそう、その辺のゴロツキにやられるとは思えず、今では自発的な失踪と考える者が多かった。

 

元々、清水は、大人しいインドアタイプの人間で社交性もあまり高くなかった。クラスメイトとも、特別親しい友人はおらず、愛ちゃん護衛隊に参加したことも驚かれたぐらいだ。そんなわけで、既に愛子以外の生徒は、清水の安否より、それを憂いて日に日に元気がなくなっていく愛子の方が心配だった。

 

希依は何かを察しているようだったが「中二病は不治の病。私にはどうしようもない」とか言いながら愛子の代わりに農地の点検を行ったりしていた。

おかげで愛子は捜索に専念できるわけだが、性格も相まってかやはり愛子の方が評判はいい。

 

ちなみに、王国と教会には報告済みであり、捜索隊を編成して応援に来るようだ。清水も、魔法の才能に関しては召喚された者らしく極めて優秀なので、ハジメの時のように、上層部は楽観視していない。捜索隊が到着するまで、あと二、三日といったところだ。

 

「皆さん、心配かけてごめんなさい。そうですよね。悩んでばかりいても解決しません。清水君は優秀な魔法使いです。きっと大丈夫。今は、無事を信じて出来ることをしましょう。取り敢えずは、本日の晩御飯です! お腹いっぱい食べて、明日に備えましょう!」

 

無理しているのは丸分かりだが、気合の入った掛け声に生徒達も「は~い」と素直に返事をする。騎士達は、その様子を微笑ましげに眺めた。

 

「あ、私はバイトがあるから先に行ってるね。アデュー!」

 

希依はどこの国のものかも知らない挨拶を残し、愛子を降ろしてからこれから彼らが入る店に駆け込んでいく。

 

 

 

 

カランッカランッ

 

そんな音を立てて、愛子達は自分達が宿泊している宿の扉を開いた。ウルの町で一番の高級宿だ。名を『水妖精の宿』という。昔、ウルディア湖から現れた妖精を一組の夫婦が泊めたことが由来だそうだ。ウルディア湖は、ウルの町の近郊にある大陸一の大きさを誇る湖だ。大きさは日本の琵琶湖の四倍程である。

 

水妖精の宿は、一階部分がレストランになっており、ウルの町の名物である米料理が数多く揃えられている。内装は、落ち着きがあって、目立ちはしないが細部までこだわりが見て取れる装飾の施された重厚なテーブルやバーカウンターがある。

 

当初、愛子達は、高級すぎては落ち着かないと他の宿を希望したのだが、〝神の使徒〟あるいは〝豊穣の女神〟とまで呼ばれ始めている愛子や生徒達を普通の宿に止めるのは外聞的に有り得ないので、騎士達の説得の末、ウルの町における滞在場所として目出度く確定した。

 

ちなみに希依がここでバイトをしている理由はときどき料理をしたくなるからという趣味全開な理由だった。

 

全員が一番奥の専用となりつつあるVIP席に座り、その日の夕食に舌鼓を打つ。

 

「ああ、相変わらず美味しいぃ~異世界に来てカレーが食べれるとは思わなかったよ」

「まぁ、見た目はシチューなんだけどな……いや、ホワイトカレーってあったけ?」

「いや、それよりも天丼だろ? このタレとか絶品だぞ? 日本負けてんじゃない?」

「それは、玉井君がちゃんとした天丼食べたことないからでしょ? ホカ弁の天丼と比べちゃだめだよ」

「いや、チャーハンモドキ一択で。これやめられないよ」

 

極めて地球の料理に近い米料理に毎晩生徒達のテンションは上がりっぱなしだ。見た目や微妙な味の違いはあるのだが、料理の発想自体はとても似通っている。素材が豊富というのも、ウルの町の料理の質を押し上げている理由の一つだろう。米は言うに及ばず、ウルディア湖で取れる魚、山脈地帯の山菜や香辛料などもある。

ちなみに希依がバイトに入ってからは『オヤコドン』や『オムライス』、『タマゴカケライス』などの卵料理がメニューに追加されたが愛子達は材料が疑わしく注文出来ないでいた。

 

各々料理を食べていると、席を囲んでいたカーテンの外から決して無視できない会話が愛子達に届いた。

 

「もうっ、何度言えばわかるんですか。私を放置してユエさんと二人の世界を作るのは止めて下さいよぉ。ホント凄く虚しいんですよ、あれ。聞いてます? 〝ハジメ〟さん」

「聞いてる、聞いてる。見るのが嫌なら別室にしたらいいじゃねぇか」

「んまっ! 聞きました? ユエさん。〝ハジメ〟さんが冷たいこと言いますぅ」

「……〝ハジメ〟……メッ!」

「へいへい」

「いらっしゃいませお客さま~。オススメはタマゴカケライスにございますことよ~」

「なに?ゲッ、なんでここにいやがる妖怪微笑みババァ!」

「乙女に向かってババァとはなんだババァとは!ババァなめると空間ごとオムライスにされて美味しく食われるぞこら!」

「まず妖怪を否定しやがれぶっ殺すぞ!」

「きゃーこわーい。愛子ちゃんたすけてー」

 

希依は危機感の欠けらも無い棒読みで愛子に助けを求めながら愛子達のいる席のカーテンを開けるとそこにはカーテンを視線で焼き払わんばかりに目を見開く愛子。急にカーテンが開いたからか目をぱちくりさせている。

 

それは、傍らの園部優花や他の生徒達も同じだった。彼らの脳裏に、およそ四ヶ月前に奈落の底へと消えていった、とある少年が浮かび上がる。クラスメイト達に〝異世界での死〟というものを強く認識させた少年、消したい記憶の根幹となっている少年、良くも悪くも目立っていた少年。と思わしき彼がいま目の前に居た。

 

「南雲君!」

 

「あぁ? ……………………………………………先生?」

 

愛子の目の前にいたのは、片目を大きく見開き驚愕をあらわにする、眼帯をした白髪の少年だった。記憶の中にある南雲ハジメとは大きく異なった外見だ。外見だけでなく、雰囲気も大きく異なっている。愛子の知る南雲ハジメは、何時もどこかボーとした、穏やかな性格の大人しい少年だった。実は、苦笑いが一番似合う子と認識していたのは愛子の秘密である。だが、目の前の少年は鷹のように鋭い目と、どこか近寄りがたい鋭い雰囲気を纏っている。あまりに記憶と異なっており、普通に町ですれ違っただけなら、きっと目の前の少年を南雲ハジメだとは思わなかっただろう。

 

「え、やっぱりこれハジメくんなの?なに、イメチェン?それとも中二病?」

 

よくよく見れば顔立ちや声は記憶のものと一致する。そして何より……目の前の少年は自分を何と呼んだのか。そう、『先生』だ。愛子は確信した。外見も雰囲気も大きく変わってしまっているが、目の前の少年は、確かに自分の教え子である南雲ハジメであると。

 

「南雲君……やっぱり南雲君なんですね? 生きて……本当に生きて…」

 

「いえ、人違いです。では」

 

「ぷっ、うっくくく…」

 

「へ?」

 

死んだと思っていた教え子と奇跡のような再会。感動して、涙腺が緩んだのか、涙目になる愛子。今まで何処にいたのか、一体何があったのか、本当に無事でよかった、と言いたいことは山ほどあるのに言葉にならない。それでも必死に言葉を紡ごうとする愛子に返ってきたのは、彼が頬をあかく染めながら返したのは、全くもって予想外の言葉だった。

 

思わず間抜けな声を上げて、涙も引っ込む愛子。中二病呼ばわりされて羞恥と怒りに顔を赤くするハジメを見て今にも吹き出しそうな希依。スタスタと宿の出口に向かって歩き始めたハジメを呆然と見ると、ハッと正気を取り戻し、慌てて追いかけ愛子は袖口を掴んだ。

 

「ちょっと待って下さい! 南雲君ですよね? 先生のこと先生と呼びましたよね? なぜ、人違いだなんて」

 

「いや、聞き間違いだ。あれは……そう、方言で〝チッコイ〟て意味だ。うん」

 

「あっははははははは!は、ハジメくんは地下でギャグセンスも磨いてきたの!?あはははははっ!ひぃ〜お腹痛い~」

 

「それはそれで、物凄く失礼ですよ!ていうかそんな方言あるわけないでしょう。どうして誤魔化すんですか?それにその格好……何があったんですか? こんなところで何をしているんですか?何故、直ぐに皆のところへ戻らなかったんですか?南雲君! 答えなさい! 先生は誤魔化されませんよ!

そして希依さん笑いすぎです!厨房に戻ってください!」

 

「あははははっ!

いや、私が満足したから今日は上がりだよ。あ、卵料理が食べたいなら作ってくるよ?ハジメくんとそのお嫁さん達にも奢っちゃうよー?」

 

「お、お嫁さんだなんてそんなぁ」

 

「ん、よく分かってる」

 

「おい。ユエはともかくシアは違うだろ」

 

「いりません!希依さんは卵料理禁止です!」

 

 



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第11話

 

愛子の怒声がレストランに響き渡る。幾人かいた客達も噂の〝豊穣の女神〟が男に掴みかかって怒鳴っている姿に、「すわっ、女神に男が!?」と愉快な勘違いと共に好奇心に目を輝かせている。生徒や護衛騎士達もぞろぞろと奥からやって来た。

 

生徒達はハジメの姿を見て、信じられないと驚愕の表情を浮かべている。それは、生きていたこと自体が半分、外見と雰囲気の変貌が半分といったところだろう。だが、どうすればいいのか分からず、ただ呆然と愛子とハジメを見つめるに止どまっていた。

 

一方で、ハジメはというと見た目冷静なように見えるが、内心ではプチパニックに襲われていた。まさか偶然知り合ったギルド支部長から持ち込まれた依頼で来た町で、偶然愛子やクラスメイト、あと…知り合い?、と再会するなどとは夢にも思っていなかったのだ。

 

あまりに突発的な出来事だったため、つい〝先生〟などと呟いてしまい、挙句自分でも「ないわぁ~」と思うような誤魔化しをしてしまった。愛子の怒涛の質問攻めに内心でライフカードを探るが、『逃げる』『人違いで押し通す』『怪しげな外国人になる』『愛ちゃんを攫って王子様に』という碌でもないカードしか出てこない。特に最後のは意味不明だった。というか、最後のは希依の囁きだった。

 

と、そこでハジメを救ったのは頼りになるパートナーの少女。もちろん残念キャラのウサミミ少女、シアではなく金髪ロリ吸血姫、ユエの方である。ユエは、ツカツカとハジメと愛子の傍に歩み寄ると、ハジメの腕を掴む愛子の手を強引に振り払った。その際、護衛騎士達が僅かに殺気立つ。

 

 

「……離れて、ハジメが困ってる」

 

「な、何ですか、あなたは? 今、先生は南雲君と大事な話を……」

 

「……なら、少しは落ち着いて」

 

冷めた目で自分を睨む美貌の少女に、愛子が僅かに怯む。二人の身長に大差はない。普通に見ればちみっ子同士の喧嘩に見えるだろう。しかし、常に実年齢より下に見られる愛子と見た目に反して妖艶な雰囲気を纏うユエでは、どうしても大人に怒られる子供という構図に見えてしまう。実際、注意しているのはユエの方で、彼女の言葉に自分が暴走気味だった事を自覚し頬を赤らめてハジメからそっと距離をとり、遅まきながら大人の威厳を見せようと背筋を正す愛子は……背伸びした子供のようだった。

 

「すいません、取り乱しました。改めて、南雲君ですよね?」

 

今度は、静かな、しかし確信をもった声音で、真っ直ぐに視線を合わせながらハジメに問い直す愛子。そんな愛子を見て、ハジメは、どうせ確信を得ている以上誤魔化したところで何処までも追いかけて来るだろうと確信し、頭をガリガリと掻くと深い溜息と共に肯定した。

 

 

 

「ああ。久しぶりだな、先生」

 

「やっぱり、やっぱり南雲君なんですね……生きていたんですね。希依さんの言った通りでした」

 

再び涙目になる愛子に、ハジメは特に感慨を抱いた様子もなく肩を竦めた。

 

「まぁな。色々あったが、何とか生き残ってるよ」

 

「よかった。本当によかったです」

 

それ以上言葉が出ない様子の愛子を一瞥すると、ハジメは近くのテーブルに歩み寄りそのまま座席についた。それを見て、ユエとシアも席に着く。シアは困惑しながらだったが。ハジメの突然の行動にキョトンとする愛子達。

 

「ええと、ハジメさん。いいんですか? お知り合いですよね? 多分ですけど……元の世界の……」

 

「別に関係ないだろ。流石にいきなり現れた時は驚いたが、まぁ、それだけだ。元々晩飯食いに来たんだし、さっさと注文しよう。マジで楽しみだったんだよ。知ってるか? ここカレー……じゃわからないか。ニルシッシルっていうスパイシーな飯があるんだってよ。想像した通りの味なら嬉しいんだが……」

 

「……なら、私もそれにする。ハジメの好きな味知りたい」

 

「あっ、そういうところでさり気ないアピールを……流石ユエさん。というわけで私もそれにします。店員さぁ~ん、注文お願いしまぁ~す」

 

最初は、愛子達をチラチラ見ながら、おずおずしていたシアも、ハジメがそう言うならいいかと意識を切り替えて、困った笑みで寄って来た店員に注文を始めた。

 

だが、当然、そこで待ったがかかる。ハジメがあまりにも自然にテーブルにつき何事もなかったように注文を始めたので再び呆然としていた愛子が息を吹き返し、ツカツカとハジメのテーブルに近寄ると「先生、怒ってます!」と実にわかりやすい表情でテーブルをペシッと叩いた。

 

「南雲君、まだ話は終わっていませんよ。なに、物凄く自然に注文しているんですか。大体、こちらの女性達はどちら様ですか?」

 

「まぁだから落ち着きなって愛子ちゃん。こういうときは大人のやり口って奴があるでしょ」

 

「希依さん?ってなんですかその言い方!まるで私が子供みたいじゃないですか!」

 

「悔しかったら身長をそこのウサミミちゃんくらいまで伸ばすことだね。

 

さてハジメくん、宿代と食事代を全額私が負担するから話を聞かせてくれない?」

 

ハジメは少し面倒そうに眉をしかめるが、どうせ答えない限り愛子が持ち前の行動力を発揮して喰い下がり、落ち着いて食事も出来ないだろうと思い、仕方なさそうに視線を愛子に戻した。

 

「依頼のせいで一日以上ノンストップでここまで来たんだ。腹減ってるんだから、飯くらいじっくり食わせてくれ。それと、こいつらは……」

 

ハジメが視線をユエとシアに向けると、二人は、ハジメが話す前に、愛子達にとって衝撃的な自己紹介した。

 

「……ユエ」

 

「シアです」

 

「ハジメの女」「ハジメさんの女ですぅ!」

 

「お、女?」

 

「ワオ大胆。私は喜多 希依。愛子ちゃんのお母さん。よろしくねー」

 

愛子が若干どもりながら「えっ? えっ?」とハジメと二人の美少女を交互に見る。上手く情報を処理出来ていないらしい。後ろの生徒達も困惑したように顔を見合わせている。いや、男子生徒は「まさか!」と言った表情でユエとシアを忙しなく交互に見ている。徐々に、その美貌に見蕩れ顔を赤く染めながら。

尚、希依の冗談には馬車での道中にある程度慣れてしまった。

 

「おい、だからユエはともかく、シア。お前は違うだろう?」

 

「そんなっ! 酷いですよハジメさん。私のファーストキスを奪っておいて!」

 

「いや、何時まで引っ張るんだよ。あれは『南雲君?』……何だ、先生?」

 

シアの〝ファーストキスを奪った〟という発言で、遂に情報処理が追いついたらしく、愛子の声が一段低くなる。愛子の頭の中では、ハジメが二人の美少女を両手に侍らして高笑いしている光景が再生されているようだった。表情がそれを物語っている。

 

顔を真っ赤にして、ハジメの言葉を遮る愛子。その顔は、非行に走る生徒を何としても正道に戻してみせるという決意に満ちていた。そして、〝先生の怒り〟という特大の雷が、ウルの町一番の高級宿に落ちる。

 

「女の子のファーストキスを奪った挙句、ふ、二股なんて! 直ぐに帰ってこなかったのは、遊び歩いていたからなんですか! もしそうなら……許しません! ええ、先生は絶対許しませんよ! お説教です! そこに直りなさい、南雲君!」

 

「アッハハハハハハハハハ!!」

 

 きゃんきゃんと吠える愛子、ケラケラと笑いお腹を抑える希依を尻目に、面倒な事になったとハジメは深い深い溜息を吐くのであった。

 

 

 

 

 



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第12話

散々、愛子が吠えた後、他の客の目もあるからとVIP席の方へ案内されたハジメ達。そこで、愛子や園部優花達生徒から怒涛の質問を投げかけられつつも、ハジメは、目の前の今日限りというニルシッシル(異世界版カレー)。に夢中で端折りに端折った答えをおざなりに返していく。

 

 

 

Q、橋から落ちた後、どうしたのか?

A、超頑張った

 

Q、なぜ白髪なのか

A、超頑張った結果

 

Q、その目はどうしたのか

A、超超頑張った結果

 

Q、なぜ、直ぐに戻らなかったのか

A、戻る理由がない

 

 

 

 そこまで聞いて愛子が、「真面目に答えなさい!」と頬を膨らませて怒る。

 

希依はハジメの答えに大爆笑し、ついに腹筋の限界を迎えて床に崩れ落ちて痙攣している。

 

ハジメは柳に風といった様子だ。目を合わせることもなく、美味そうに、時折ユエやシアと感想を言い合いながらニルシッシルに舌鼓を打つ。表情は非常に満足そうである。

 

その様子にキレたのは、愛子専属護衛隊隊長のデビッドだ。愛する女性が蔑ろにされていることに耐えられなかったのか、拳をテーブルに叩きつけながら大声を上げた。

 

「おい、お前! 愛子が質問しているのだぞ! 真面目に答えろ!」

 

ハジメは、チラリとデビッドを見ると、はぁと溜息を吐いた。

 

「食事中だぞ? 行儀よくしろよ」

 

全く相手にされていないことが丸分かりの物言いに、プライドの高いデビッドは、我慢ならないと顔を真っ赤にした。そして、何を言ってものらりくらりとして明確な答えを返さないハジメから矛先を変え、その視線がシアに向く。

 

「ふん、行儀だと? その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前の方が礼儀がなってないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう」

 

侮蔑をたっぷりと含んだ眼で睨まれたシアはビクッと体を震わせる。

思いの他ダメージがあったのか、シュンと顔を俯かせるシア。

 

よく見れば、デビッドだけでなく、チェイス達他の騎士達も同じような目でシアを見ている。彼等がいくら愛子達と親しくなろうと、神殿騎士と近衛騎士である。聖教教会や国の中枢に近い人間であり、それは取りも直さず、亜人族に対する差別意識が強いということでもある。何せ、差別的価値観の発信源は、その聖教教会と国なのだから。デビッド達が愛子と関わるようになって、それなりに柔軟な思考が出来るようになったといっても、ほんの数ヶ月程度で変わる程、根の浅い価値観ではないのである。

 

あんまりと言えばあんまりな物言いに、思わず愛子が注意をしようとするが、その前に俯くシアの手を握ったユエが、絶対零度の視線をデビッドに向ける。

 

が、先に手を出したのはさっきまで腹を抑えて床で悶えていた希依だった。

 

デビッドの首をギリギリ閉まらない程度に締め、まるで愛する子を殺された親が放つような強烈な殺気を騎士たちに向ける。

 

「ちょっと黙れよ無能騎士共。シアちゃんみたいなケモ耳美少女は神すら霞む世界の宝だ。あろうことか耳を切り落とせだぁ?だったらまず耳削いで指詰めて内蔵ほじくり出して、それからテーブルマナーを学び直して出直してこい」

 

希依の激怒。

それは二ヶ月という決して短くない時間の中でと愛子たちは一度たりとも見たことの無いものだった。

 

ガシャン、と既に食べ終えたハジメの皿にデビッドの顔面を叩きつけたあと、希依の殺気にあてられて動けないでいる金髪幼女、ユエを膝の上に抱き抱えて席に座る。

 

「…シアちゃん」

 

「は、はい!」

 

「こんなクズみたいなやつでも、それでもこれが一般的な思考だからさ、ハジメくんに耳を隠せるような帽子をプレゼントしてもらいな」

 

「は、はぁ。やっぱり、人間の方には、この耳は気持ち悪いのでしょうか」

 

「ん、シアの耳は可愛い」

 

ユエが手を伸ばしてシアのうさ耳を撫でようとするが希依に抱きつかれていて届かない。見かねた希依はユエの脇に手を入れてもちあげ、シアの耳に届く所まで持ち上げる。

 

「ユエさん…えへへ」

 

 

 

「ハジメくん、お願いがあります」

 

「却下」

 

「シアちゃんとユエちゃんを娘にください!」

 

「あぁ?誰が…娘?ど、どうぞ?」

 

「ハジメさん!?」

 

「シアが妹…」

 

「ユエさん悩まないでください!」

 

「希依さんまで二股、いえ三股ですか!?」

 

「愛子ちゃん?何言って…、まさか、愛子ちゃんが私の娘に!」

 

「あ、いえ、これは貴女が良く娘とかお母さんとか言うから、つい」

 

「優花ちゃん!愛子ちゃんがついにデレた!」

 

「ずるい!私も!」

 

 

 

「「「「なんだこれ…」」」」

初めて、男子生徒達と騎士達、ハジメの意思が一致した瞬間である。

 

 



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第13話

「……何となく想像つくけど一応聞こう……何してんの?」

 

ハジメ達が半眼になって希依に肩車される愛子に視線を向ける。一瞬、気圧されたようにビクッとする愛子だったが、毅然とした態度を取るとハジメと正面から向き合った。ばらけて駄弁っていた生徒達、園部優花、菅原妙子、宮崎奈々、玉井淳史、相川昇、仁村明人も愛子の傍に寄ってくる。

 

「私達も行きます。行方不明者の捜索ですよね? 人数は多いほうがいいです」

 

「却下だ。行きたきゃ勝手に行けばいい。が、一緒は断る」

 

「な、なぜですか?」

 

「単純に足の速さが違う。先生達に合わせてチンタラ進んでなんていられないんだ」

 

 

 

時刻は夜明け。

 

月が輝きを薄れさせ、東の空がしらみ始めた頃、ハジメ、ユエ、シアの三人はすっかり旅支度を終えて、〝水妖精の宿〟の直ぐ外にいた。手には、移動しながら食べられるようにと握り飯が入った包みを持っている。極めて早い時間でありながら、嫌な顔一つせず、朝食にとフォスが用意してくれたものだ。流石は高級宿、粋な計らいだと感心しながらハジメ達は遠慮なく感謝と共に受け取った。

 

感動の再開ならぬ混沌の再開のこともあってハジメ当人も半ば忘れていたが、そもそもハジメ達は行方不明者の救出という依頼でウルまで来たのだ。

 

行方不明者、ウィル・クデタ達が、北の山脈地帯に調査に入り消息を絶ってから既に五日。生存は絶望的だ。ハジメも、ウィル達が生きている可能性は低いと考えているが、万一ということもある。生きて帰せば、イルワのハジメ達に対する心象は限りなく良くなるだろうから、出来るだけ急いで捜索するつもりだった。幸いなことに天気は快晴。搜索にはもってこいの日だ。

 

「ちょっと、そんな言い方ないでしょ? 南雲が私達のことよく思ってないからって、愛ちゃん先生にまで当たらないでよ」

 

なにか勘違いした優花の物言いに、ハジメは「はぁ?」と呆れた表情になった。ハジメは説明するのも面倒くさいと、無言でどこかからから大型のバイクのようなもの、魔力駆動二輪を取り出す。

 

突然、虚空から大型のバイクが出現し、ギョッとなる愛子達。

 

「理解したか? お前等の事は昨日も言ったが心底どうでもいい。だから、八つ当たりをする理由もない。そのままの意味で、移動速度が違うと言っているんだ」

 

魔力駆動二輪の重厚なフォルムと、異世界には似つかわしくない存在感に度肝を抜かれているのか、マジマジと見つめたまま答えない愛子達。そこへ、クラスの中でもバイク好きの相川が若干興奮したようにハジメに尋ねた。

 

「こ、これも昨日の銃みたいに南雲が作ったのか?」

 

「まぁな。それじゃあ俺等は行くから、そこどいてくれ」

 

おざなりに返事をして出発しようとするハジメに、それでもなお愛子が食い下がる。愛子としては、是が非でもハジメ達に着いて行きたかったのだ。捜索が終わった後、もう一度ハジメ達と会えるかはわからない以上、この時を逃すわけには行かなかったのだ。

 

もう一つの理由は、現在、行方不明になっている清水幸利の事だ。八方手を尽くして情報を集めているが、近隣の村や町でもそれらしい人物を見かけたという情報が上がってきていない。しかし、そもそも人がいない北の山脈地帯に関しては、まだ碌な情報収集をしていなかったと思い当たったのだ。事件にしろ自発的失踪にしろ、まさか北の山脈地帯に行くとは考えられなかったので当然ではある。なので、これを機に自ら赴いて、ハジメ達の捜索対象を探しながら清水の手がかりもないかを調べようと思ったのである。

 

ちなみに、園部達がいるのは半ば偶然である。愛子が、ハジメより早く正門に行って待ち伏せするために夜明け前に起きだして宿を出ようとしたところを、トイレに行っていた園部優花に見つかったのだ。旅装を整えて有り得ない時間に宿を出ようとする愛子を、愛ちゃん護衛隊の園部は誤魔化しは許さないと問い詰めた。結果、愛ちゃんを、変貌したハジメに任せる訳にはいかないと、園部が生徒全員をたたき起こし全員で搜索に加わることになったのである。なお、騎士達は、ハジメ達がいるとまた諍いを起こしそうなので置き手紙で留守番を指示しておいた。聞くかどうかはわからないが。

 

希依は起こされなかったのだが、自発的に朝早くから起きて白飯を炊き、ハジメ達に卵かけご飯を振舞った。数ヶ月ぶりの醤油味に感動を隠せずにご飯三杯と味噌汁を完食。ユエとシアは卵を生で食べるという事に多少の抵抗があったようだが、ハジメが食べているのを見て口に運ぶと、目を輝かせてハジメ以上のスピードで完食してハジメを軽く引かせていた。

 

「南雲君、先生は先生として、どうしても南雲君からもっと詳しい話を聞かなければなりません。だから、きちんと話す時間を貰えるまでは離れませんし、逃げれば追いかけます。南雲君にとって、それは面倒なことではないですか? 移動時間とか捜索の合間の時間で構いませんから、時間を貰えませんか? そうすれば、南雲君の言う通り、この町でお別れできますよ……おそらくはは」

 

「愛子ちゃんもちゃんと教師として、大人としての風格を発揮してきたみたいだね。ねぇハジメくん、この通り迷惑はかけないし、なんなら捜索も私が手伝うから連れて行ってくれない?私と愛子ちゃんだけでもいいからさ。というか、拒否したところで私が愛子ちゃん連れて追いかけるから愛子ちゃんだけでも乗せてけ」

 

愛子から視線を逸らし天を仰げば、空はどんどん明るくなっていく。ウィルの生存の可能性を捨てないなら押し問答している時間も惜しい。ハジメは、一度深く溜息を吐くと、自業自得だと自分を納得させ、改めて愛子に向き直った。

 

「正直、喜多の足の速さは今の俺でも脅威と感じるくらいには役に立つ。わかったよ、同行を許そう。といっても話せることなんて殆どないけどな……」

 

「構いません。ちゃんと南雲君の口から聞いておきたいだけですから」

 

「はぁ、全く、先生はブレないな。何処でも何があっても先生か」

 

「当然です!」

 

 

ハジメが折れたことに喜色を浮かべ、むんっ! と胸を張る愛子。どうやら交渉が上手くいったようだと、生徒達もホッとした様子だ。

 

「……ハジメ、連れて行くの?」

 

「ああ、この人は、どこまでも〝教師〟なんでな。生徒の事に関しては妥協しねぇだろ。放置しておく方が、後で絶対面倒になる」

 

「ほぇ~、生徒さん想いのいい先生なのですねぇ~」

 

ハジメが折れた事に、ユエとシアが驚いたように話しかけた。そして、ハジメの苦笑い混じりの言葉に、愛子を見る目が少し変わり、若干の敬意が含まれたようだ。ハジメ自身も、ブレずに自分達の〝先生〟であろうとする愛子の姿勢を悪く思っていなかった。

 

「でも、このバイクじゃ乗れても三人でしょ? どうするの?」

 

園部がもっともな事実を指摘する。馬の速度に合わせるのは時間的に論外であるし、愛子を乗せて代わりにユエかシアを置いて行くなど有り得ない。仕方なく、ハジメは魔力駆動二輪をどこかににしまうと、代わりに魔力駆動四輪を取り出した。

 

ポンポンと大型の物体を消したり出現させたりするハジメに、おそらくアーティファクトを使っているのだろうとは察しつつも、やはり驚かずにはいられない愛子達。今のハジメを見て、一体誰が、かつて〝無能〟と呼ばれていたなどと想像できるのか。ハジメは「喜多、お前は荷台な」と言い残し、さっさと運転席に行くハジメに複雑な眼差しを向ける希依。

 

「荷台は交通違反でしょうに。元魔王なめないでよね。

あぁ、皆ちょっと衝撃注意ね」

 

「貫通力MAX」と呟きながら無造作に裏拳を背後に放つと、まるでそこにガラスがあったかのように割れ、真っ黒な穴が空く。

 

希依の行動に訳が分からないと目を丸くする愛子やハジメ達を放置し、希依は穴に頭を入れて「クックちゃーん、出番だよー」と呼びかけて穴から離れると、巨大な生物が穴を広げながら飛び出てくる。

 

獅子の頭と胴体、背から生えた鷹のような翼、尻尾の代わりに生えた蛇。

いわゆるキメラと呼ばれる幻獣が現れた。

 

「き、キメラ、なのか?」

 

「ハジメくん正解。こことは違うファンタジー世界で魔王やってた時にペットにしたキメラのクックちゃん。多分エヒトより強いから気をつけてね~」

 

軽々しく恐ろしいことを言う希依をクックは蛇を希依に巻き付かせ、獅子の方は希依の顔を舐める。

 

「さ、行こっか。クックちゃん、自分より弱い人は子供以外基本乗せないから優花ちゃんたちはお留守番お願い」

 

希依はクックの背に跨って飛んでいくがすぐに戻ってきた。

 

「…ハジメくん、先導してくれる?私もクックちゃんも方向音痴だからたどり着ける気がしない」

 

「弱いやつは乗せないとか言うプライドはどこやったんだよ」

 

「ほら、よく言うでしょ?馬鹿な子ほど可愛いって」

 

ハジメはチラッとシアを見た後に納得した風で魔力駆動四輪に乗り込んだ。

 

「ちょっとハジメさん!?何でこっちチラッと見たんですか!」

 

「…ん、大丈夫。シアは可愛い」

 

「いまは馬鹿を否定して欲しかったですぅ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 前方に山脈地帯を見据えて真っ直ぐに伸びた道を、ハマーに似た魔力駆動四輪が爆走し、その背後を幻獣キメラが追跡する。

 

車内はベンチシートになっており、運転席には当然ハジメが乗り、隣の席には愛子が、その隣にユエが乗っている。愛子がハジメの隣なのは例の話をするためだ。愛子としては、まだ他の生徒には聞かれたくないらしく、直ぐ傍で話せるようにしたかったらしい。

 

本来、ハジメの隣はユエのものなのだが、ユエは、愛子の話の内容をハジメに聞かされて知っているので、渋々、愛子に隣を譲った。愛子もユエも小柄なので、スペースには結構余裕が有る。

 

 

 

ハジメから当時の状況を詳しく聞く限り、故意に魔法が撃ち込まれた可能性は高そうだとは思いつつ、やはり信じたくない愛子は頭を悩ませる。心当たりを聞けば、ハジメは鼻で笑いつつ全員等と答える始末。

 

一応、檜山あたりがやりそうだな……と、ニアピンどころか大正解を言い当てたハジメだが、この時点では可能性の一つとして愛子に伝えられただけだった。愛子もそれだけで断定などできないし、仮に犯人を特定できたとしても、人殺しで歪んでしまったであろう心をどうすれば元に戻せるのか、どうやって償いをさせるのかということに、また頭を悩ませた。

 

うんうんと頭を唸って悩むうちに、走行による揺れと柔らかいシートが眠りを誘い、愛子はいつの間にか夢の世界に旅立った。ズルズルと背もたれを滑りコテンと倒れ込んだ先はハジメの膝である。

 

普通なら、邪魔だと跳ね飛ばすところだが、ハジメとしても愛子を乱暴に扱うのは何となく気が引けたので、どうしたものかと迷った挙句、そのままにすることにした。

 

 

「…ハジメ、愛子に優しい」

 

「まぁ、色々世話になった人だし、これくらいはな」

 

「…ふ~ん」

 

「ユエ?」

 

「…」

 

「ユエさんや~い、無視は勘弁」

 

「…今度、私にも膝枕」

 

「喜多にやってもらえ」

 

「や、…ハジメがいい」

 

「……わかったよ」

 

 



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第14話

北の山脈地帯

 

標高1000mから1800m級の山々が連なるそこは、どういうわけか生えている木々や植物、環境がバラバラという不思議な場所だ。日本の秋の山のような色彩が見られたかと思ったら、次のエリアでは真夏の木のように青々とした葉を広げていたり、逆に枯れ木ばかりという場所もある。

 

また、普段見えている山脈を越えても、その向こう側には更に山脈が広がっており、北へ北へと幾重にも重なっている。現在確認されているのは四つ目の山脈までで、その向こうは完全に未知の領域である。何処まで続いているのかと、とある冒険者が五つ目の山脈越えを狙ったことがあるそうだが、山を一つ越えるたびに生息する魔物が強力になっていくので、結局、成功はしなかった。

 

ちなみに、第一の山脈で最も標高が高いのは、かの【神山】である。今回、ハジメ達が訪れた場所は、神山から東に1600キロメートルほど離れた場所だ。紅や黄といった色鮮やかな葉をつけた木々が目を楽しませ、知識あるものが目を凝らせば、そこかしこに香辛料の素材や山菜を発見することができる。ウルの町が潤うはずで、実に実りの多い山である。

 

ハジメ達は、その麓に四輪を止めると、しばらく見事な色彩を見せる自然の芸術に見蕩れた。先程まで、生徒の膝枕で爆睡するという失態を犯し、真っ赤になって謝罪していた愛子も、鮮やかな景色を前に、彼女的黒歴史を頭の奥へ追いやることに成功したようである。

 

ハジメは、もっとゆっくり鑑賞したい気持ちを押さえて、四輪をしまうと、代わりにとある物を取り出した。

 

それは、全長三十センチ程の鳥型の模型と小さな石が嵌め込まれた指輪だった。模型の方は灰色で頭部にあたる部分には水晶が埋め込まれている。

 

ハジメは、指輪を自らの指に嵌めると、同型の模型を四機取り出し、おもむろに空中へ放り投げた。そのまま、重力に引かれ地に落ちるかと思われた偽物の鳥達は、しかし、その場でふわりと浮く。愛子達が「あっ」と声を上げた。

 

四機の鳥は、その場で少し旋回すると山の方へ滑るように飛んでいった。

 

「あの、あれは……」

 

音もなく飛んでいった鳥の模型を遠くに見ながら愛子が聞く。

 

それに対するハジメの答えは〝無人偵察機〟という自動車や銃よりも、ある意味異世界に似つかわしくないものだった。

 

「じゃ、私も行ってくるね。クックちゃん、愛子ちゃんのことよろしくね」

 

希依は道中の魔物の死体を丁寧に食べるクックを一撫でしてから音もなくその場から消える。

 

 

 

 

 

 

ハジメ達は、冒険者達も通ったであろう山道を進む。魔物の目撃情報があったのは、山道の中腹より少し上、六合目から七合目の辺りだ。ならば、ウィル達冒険者パーティーも、その辺りを調査したはずである。そう考えて、ハジメは無人偵察機をその辺りに先行させながら、ハイペースで山道を進んだ。

 

おおよそ一時間と少しくらいで六合目に到着したハジメ達は、一度そこで立ち止まった。理由は、そろそろ辺りに痕跡がないか調べる必要があったから。

 

愛子は途中で力尽き、クックの背に乗せられて上空からハジメ達を追っていた。

自分より強いものと子供以外乗せないという希依の言葉を思い出すも、子供扱いなんて今更だと自分に言い聞かせる。が、蛇が愛子に頬ずりするなど、愛子は子供がどうのというのに関係なくクックに好かれたようだが全長10mを超える巨体に尻尾代わりに生えている蛇はかなり大型なもので愛子は戦線怖々といった様子だった。

 

 

「……これは」

 

「ん……何か見つけた?」

 

ハジメがどこか遠くを見るように茫洋とした目をして呟くのを聞き、ユエが確認する。その様子に、愛子達も何事かと目を瞬かせた。

 

「川の上流に……これは盾か? それに、鞄も……まだ新しいみたいだ。当たりかもしれない。ユエ、シア、行くぞ」

 

「ん……」

 

「はいです!」

 

ハジメ達が到着した場所には、ハジメが無人偵察機で確認した通り、小ぶりな金属製のラウンドシールドと鞄が散乱していた。ただし、ラウンドシールドは、ひしゃげて曲がっており、鞄の紐は半ばで引きちぎられた状態で、だ。

 

ハジメ達は、注意深く周囲を見渡す。すると、近くの木の皮が禿げているのを発見した。高さは大体二メートル位の位置だ。何かが擦れた拍子に皮が剥がれた、そんな風に見える。高さからして人間の仕業ではないだろう。ハジメは、シアに全力の探知を指示しながら、自らも感知系の能力を全開にして、傷のある木の向こう側へと踏み込んでいった。

 

先へ進むと、次々と争いの形跡が発見できた。半ばで立ち折れた木や枝。踏みしめられた草木、更には、折れた剣や血が飛び散った痕もあった。それらを発見する度に、愛子の表情が強ばっていく。しばらく、争いの形跡を追っていくと、シアが前方に何か光るものを発見した。

 

「ハジメさん、これ、ペンダントでしょうか?」

 

「ん? ああ……遺留品かもな。確かめよう」

 

シアからペンダントを受け取り汚れを落とすと、どうやら唯のペンダントではなくロケットのようだと気がつく。留め金を外して中を見ると、女性の写真が入っていた。おそらく、誰かの恋人か妻と言ったところか。大した手がかりではないが、古びた様子はないので最近のもの……冒険者一行の誰かのものかもしれない。なので、一応回収しておく。

 

その後も、遺品と呼ぶべきものが散見され、身元特定に繋がりそうなものだけは回収していく。どれくらい探索したのか、既に日はだいぶ傾き、そろそろ野営の準備に入らねばならない時間に差し掛かっていた。

 

未だ、野生の動物、魔物以外で生命反応はない。ウィル達を襲った魔物との遭遇も警戒していたのだが、それ以外の魔物すら感知されなかった。位置的には八合目と九合目の間と言ったところ。山は越えていないとは言え、普通なら、弱い魔物の一匹や二匹出てもおかしくないはずで、ハジメ達は逆に不気味さを感じていた。

 

しばらくすると、再び、無人偵察機が異常のあった場所を探し当てた。

 

「おいおい、マジか」

 

「ん、ハジメ、なにか見つけた?」

 

「…喜多が男担ぎながら龍しばいてる」

 

「はい?」

「っ…」

 

シアは何かの聞き間違いかと気の抜けた返事をし、ユエは人間が龍を相手に互角以上に戦えるなんてありえないという表情だ。

 

「南雲くん!なにかありましたか!」

 

立ち止まったハジメ達のもとへ愛子を乗せたクックが着陸して愛子が大きな声をあげる。

クックは地面に伏せてもなお、背の高さは約5mとかなりの巨体だからそれなりに大きな声を出さないと聞こえにくいのだ。

 

「喜多が多分行方不明者のやつ見つけたから俺達も向かうぞ」

 

「ごめんなさい!聞こえないです!」

 

「見つかったからそっちに向かう!」

 

「はい!」

 

 



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第15話

「一体何があったらこんなことになんだよ」

 

ハジメ達が希依のもとへと駆けつけると、既に黒龍との戦闘は終わったのか大量の魔物の死体の山の上で黒龍が気絶しており、行方不明者かと思われる冒険者の鞄を希依が漁っているところでハジメ達が到着した。

 

「お、ステータスプレートみっけ。ウィル・クデタ、ねぇ」

 

「希依さんメッ、ですよ!人の荷物を漁ってはいけません!」

 

「先生、まず言うことがそれかよ」

 

「…ん、愛子、意外と逞しい?」

 

「ハジメくん!探してた人ってこのウィルって人でいいの?」

 

「おう。てか随分早かったな」

 

「私の気配察知は2050年の軍事レーダーよりも広範囲で高精度だからね!」

 

「そこまで来ると怖えぇよ。…それなら落ちた俺を探しに来れたんじゃねぇの?」

 

そういえばこいつ、俺が落ちる時笑ってやがったなと思い出す。

 

シアとユエ、愛子までもが「確かに」と、希依に疑いをかける。

 

「なんで?助けに行く必要あった?」

 

「「「は?」」」

 

「だってハジメくんがどうやってかは知らないけど助かって、強い力をもって迷宮から出てくるのは分かってたことだし、獣人であるシアちゃんを人間の街でもお構い無しに連れ回すのはびっくりだけどそれでも女の子連れてるくらいは予想通りだし。

そもそも仮に、もし私があの後飛び降りてハジメくん担いで香織ちゃん達と帰ったとして、その場合ユエちゃんとシアちゃんはこの場に居られたのかな?

二人にどんな事があって何をしてもらって何をもたらしたかなんて知らないけど、ハジメくんのもとで仲良く幸せにとはいかなかったと、勝手ながら思わせてもらうよ」

 

「希依さん、その、その考え方は…」

 

愛子は恐れるような、憐れむような目で希依を見つめる。

 

「そんな、そんな理由で見捨てるなんて…」

 

「…ん。でもシア、そんな理由でもそうでないと私達はハジメに助けてもらえなかった。そもそも、怒るも怒らないもハジメ次第」

 

「ま、そもそも私には直接的な手助けが根本的というか、血縁的に向いてないからっていうのもあるんだけどね。お父さんが這いよる混沌だし」

 

「最後の一言で決心したわ!お前二度と関わんじゃねぇ!」

 

「南雲くん!?それはちょっと酷くないですか!?」

 

「いいか先生、這いよる混沌、ニャルラトホテプっていうんだが、人間に規格外な兵器とかよこして破滅させるクトゥルフ神話最強クラスの神の一柱だ」

 

「お父さん曰く感覚的にはなろう系のラノベ読んでるのと似た感覚だったらしいけどね。

お母さんに色々されて改心したあとは自己嫌悪しまくったあと親バカになって私が困ったりしたけど。

君たちにわかる?魔王よりも魔王みたいな登場してきたくせ邪神が赤いスーパーヒーローみたいなふざけた格好して君のお父さんだよーなんて言われた当時19歳JK兼魔王だった私の気持ちが!」

 

「わ、悪かったよ。なんかすまん」

 

「あと一応肉体的には100%人間らしいから安心していいよ」

 

「…お前の身体能力は100%邪神って言われた方が納得いくんだが」

 

「そこはまぁフワッフワさせておこうよ」

 

説明面倒だし。と付け加えて希依はクックが魔物を一通り食べ終えて地面に寝かせられている龍を引きずって持ってくる。

 

「ねぇ愛子ちゃん、この龍どうしたらいいと思う?喋ってたから食べる気にはならないんだけど」

 

「さ、さぁ?」

 

「龍はどうでもいい。それよりこいつだ」

 

ハジメは手っ取り早く青年の正体を確認したいのでギリギリと力を込めた義手デコピンを眠る青年の額にぶち当てた。

 

バチコンッ!!

 

「ぐわっ!!」

 

悲鳴を上げて目を覚まし、額を両手で抑えながらのたうつ青年。愛子は、あまりに強力なデコピンと容赦のなさに戦慄の表情を浮かべた。ハジメは、そんな愛子をスルーして、涙目になっている青年に近づくと端的に名前を確認する。

 

「お前が、ウィル・クデタか? クデタ伯爵家三男の」

 

「いっっ、えっ、君達は一体、どうしてここに……」

 

状況を把握出来ていないようで目を白黒させる青年に、ハジメは再びデコピンの形を作って額にゆっくり照準を定めていく。

 

「質問に答えろ。答え以外の言葉を話す度に威力を二割増で上げていくからな」

 

「えっ、えっ!?」

 

「お前は、ウィル・クデタか?」

 

「えっと、うわっ、はい! そうです! 私がウィル・クデタです! はい!」

 

一瞬、青年が答えに詰まると、ハジメの眼がギラリと剣呑な光を帯び、ぬっと左手が掲げられ、それに慌てた青年が自らの名を名乗った。どうやら、本当に本人のようだ。奇跡的に生きていたらしい。

 

愛子はハジメに一言物申したいようだったが希依に「あくまでも依頼を受けたのはハジメくん。私達に文句を言う資格はないよ」という言葉にしぶしぶだがお説教を諦めた。

 

「俺はハジメだ。南雲ハジメ。フューレンのギルド支部長イルワ・チャングからの依頼で捜索に来た。(俺の都合上)生きていてよかった」

 

「イルワさんが!? そうですか。あの人が……また借りができてしまったようだ……あの、あなたも有難うございます。イルワさんから依頼を受けるなんてよほどの凄腕なのですね」

 

尊敬を含んだ眼差しと共に礼を言うウィル。先程、有り得ない威力のデコピンを受けたことは気にしていないらしい。もしかすると、案外大物なのかもしれない。いつかのブタとは大違いである。それから、各人の自己紹介と、何があったのかをウィルから聞いた。

 

ウィル達は五日前、ハジメ達と同じ山道に入り五合目の少し上辺りで、突然、十体のブルタールという魔物と遭遇したらしい。流石に、その数のブルタールと遭遇戦は勘弁だと、ウィル達は撤退に移ったらしいのだが、襲い来るブルタールを捌いているうちに数がどんどん増えていき、気がつけば六合目の例の川にいた。そこで、ブルタールの群れに囲まれ、包囲網を脱出するために、盾役と軽戦士の二人が犠牲になったのだという。それから、追い立てられながら大きな川に出たところで、前方に絶望が現れた。

 

漆黒の竜だったらしい。その黒竜は、ウィル達が川沿いに出てくるや否や、特大のブレスを吐き、その攻撃でウィルは吹き飛ばされ川に転落。流されながら見た限りでは、そのブレスで一人が跡形もなく消え去り、残り二人も後門のブルタール、前門の竜に挟撃されていたという。

 

ウィルは、流されるまま滝壺に落ち、偶然見つけた洞窟に進み空洞に身を隠していたら、下半身の膨れた女に殴られて気絶して気がついたらハジメにデコピンを受けていた。

 

 

ウィルの話を聞いた全員が希依に目を向けると希依は照れるような仕草をしながら言った。

 

「いやー、さすがに光より早く走るってなると脚二本じゃ安定感が足りなくてね。無理矢理だけどお父さん(膨れ女)の力を引き出したんだよ」

 

まさか、見られるなんて思わなかった。と希依は締めくくったあとクックの毛並みに顔をうずめた。

 

「き、希依さん?なんでそんなに恥ずかしそうなんですか!?」

 

「愛子ちゃんならいっか。人間の身体で生やした触手ってね、性感帯なんだよ」

 

「へっ!?」

 

愛子も希依が何を言いたいか察したようで顔を赤くする。

 

「そ、そそそれってつまり…」

 

「女の子で言うところのおっぱいとかが見られたのと同じってこと」

 

「はわわわわわっ、希依さん、シーっです。シー!」

 

「愛子ちゃんが癒しすぎる~」

 

愛子を抱きしめたまま寝そべるクックを背もたれにすると、クックは羽根を布団のように希依と愛子に被せる。これにてふわふわ癒し空間の完成である。

 

 

 

 

 

ウィルは、話している内に、感情が高ぶったようですすり泣きを始めた。無理を言って同行したのに、冒険者のノウハウを嫌な顔一つせず教えてくれた面倒見のいい先輩冒険者達、そんな彼等の安否を確認することもせず、恐怖に震えてただ助けが来るのを待つことしか出来なかった情けない自分、救助が来たことで仲間が死んだのに安堵している最低な自分、様々な思いが駆け巡り涙となって溢れ出す。

 

「わ、わだじはさいでいだ。うぅ、みんなじんでしまったのに、何のやぐにもただない、ひっく、わたじだけ生き残っで……それを、ぐす……よろごんでる……わたじはっ!」

 

洞窟の中にウィルの慟哭が木霊する。誰も何も言えなかった。顔をぐしゃぐしゃにして、自分を責めるウィルに、どう声をかければいいのか見当がつかなかった。近くにいた愛子と希依はいつの間にか居なくなっており、ユエは何時もの無表情、シアは困ったような表情だ。

 

が、ウィルが言葉に詰まった瞬間、意外な人物が動いた。ハジメだ。ハジメは、ツカツカとウィルに歩み寄ると、その胸倉を掴み上げ人外の膂力で宙吊りにした。そして、息がつまり苦しそうなウィルに、意外なほど透き通った声で語りかけた。

 

「生きたいと願うことの何が悪い? 生き残ったことを喜んで何が悪い? その願いも感情も当然にして自然にして必然だ。お前は人間として、極めて正しい」

 

「だ、だが……私は……」

 

「それでも、死んだ奴らのことが気になるなら……生き続けろ。これから先も足掻いて足掻いて死ぬ気で生き続けろ。そうすりゃ、いつかは……今日、生き残った意味があったって、そう思える日が来るだろう」

 

「……生き続ける」

 

涙を流しながらも、ハジメの言葉を呆然と繰り返すウィル。ハジメは、ウィルを乱暴に放り出し、自分に向けて「何やってんだ」とツッコミを入れる。先程のウィルへの言葉は、半分以上自分への言葉だった。少し似た境遇に置かれたウィルが、自らの生を卑下したことが、まるで「お前が生き残ったのは間違いだ」と言われているような気がして、つい熱くなってしまったのである。

 

もちろん、完全なる被害妄想だ。半分以上八つ当たり、子供の癇癪と大差ない。色々達観したように見えて、ハジメもまだ十七歳の少年、学ぶべきことは多いということだ。その自覚があるハジメは軽く自己嫌悪に陥る。そんなハジメのもとにトコトコと傍に寄って来たユエは、ギュッとハジメの手を握った。

 

「……大丈夫、ハジメは間違ってない」

 

「……ユエ」

 

「……全力で生きて。生き続けて。ずっと一緒に。ね?」

 

「……ははっ、ああ当然だ。何が何でも生き残ってやるさ……一人にはしないよ」

 

「……ん」

 

傍らでウィルが未だに自分の内面と語り合っているのを放置して、ハジメとユエは二人の世界を作る。ユエには敵わないなっと、ハジメは優しくユエの頬を撫で、ユエもまた甘えるように、その手に頬ずりする。何が何だか分からない怒涛の展開にシアは半眼でハジメとユエを見つめる。

 

密かに目を覚ましていた龍は空気を読める龍のようでふたたび眠りにつくのだった。

 

 

 



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第16話

「いや寝るなし」

 

ウィルとハジメ達のやり取りの間に復活した希依が眠りにつこうとする龍の鼻をクックから抜けた羽でくすぐると龍は目を開き、希依を視界に収めると赤い眼を見開き、四本足を必死に動かして後ずさろうとするが上手く動けないでいる。

 

まるで、産まれたばかりの子鹿のように。

 

『い、いやっ、死にたくないっ、食べないで』

 

「殺さないし食べないっての。会話できる子を食べようとか思うわけないじゃん」

 

『ほ、ほんと?』

 

「すき焼きとしゃぶしゃぶ、どっちが好き?」

 

『いやああああ!!』

 

「あれ、分かるの?」

 

『へ?え、へ?』

 

この世界には焼肉や野菜炒めくらいならともかく、すき焼きやしゃぶしゃぶのような料理は存在しない。それが意味することとは…

 

「なんでもないよ。怖がらせてごめんね」

 

『なに、を…』

 

希依は龍の頭を撫でると、力が抜け、安心したように龍は眠りにつく。

 

「喜多、なんでお前せっかく起きた龍眠らせてんだよ」

 

ハジメは一段落ついたのか、龍と会話したら、ばたつかせたりしている希依の方へ来た。

 

「んー、仕事の内容がやっとわかったとでも、言えばいいのかな」

 

「はぁ?」

 

「それよりハジメくん、あれの相手お願いしていい?」

 

希依はハジメの背後を指さす。

 

低い唸り声を上げ、漆黒の鱗で全身を覆い、翼をはためかせながら空中より金の眼で睥睨するもう一匹の黒龍がそこには居た。

黄金の瞳が、空中よりハジメ達を睥睨する。低い唸り声が、黒竜の喉から漏れ出している。

 

その黒竜は、ウィルの姿を確認するとギロリとその鋭い視線を向けた。そして、硬直する人間達を前に、おもむろに頭部を持ち上げ仰け反ると、鋭い牙の並ぶ顎門をガパッと開けてそこに魔力を集束しだした。

 

キュゥワァアアア!!

 

不思議な音色が夕焼けに染まり始めた山間に響き渡る。ハジメの脳裏に、川の一部と冒険者を消し飛ばしたというブレスが過ぎった。

 

「ッ! 退避しろ!」

 

ハジメは警告を発し、自らもその場から一足飛びで退避した。ユエやシアも付いて来ている。だが、そんなハジメの警告に反応できない者が居た。愛子、そしてウィルはその場に硬直したまま動けていない。愛子は、あまりに突然の事態に体がついてこず、ウィルは恐怖に縛られて視線すら逸らせていなかった。

 

「あーもぅ、忙しい時に!

求めるは防壁、もたらすは不変、大きければなおよし!」

 

希依の詠唱もどきにより地面から巨大で分厚い壁が飛び出てきて、金眼の方の黒龍のレーザーのようなブレスから愛子とウィル、眠る赤眼の黒龍に一切の怪我を負わせなかった。

 

「愛子ちゃん、ウィルさん、絶対にここから髪一本たりとも動かないで」

 

「「は、はい!」」

 

「じゃあ私はちょっと連絡することがあるから」

 

そう言い残して希依は壁の向こう側に背を預けてハジメ達と黒龍の戦闘を観戦する。

 

 

「おぉ~。って、そんな場合じゃないんだった」

 

希依はジーンズのポケットから折りたたみ式の携帯電話、いわゆるガラケーを出して登録してある番号に電話をかける。

 

コールはほとんど鳴らず、相手はすぐに出た。

 

「もしもし、ステラちゃん今ひま?」

 

『もっしー、希依ちゃん。今暇だよー。どったの?』

 

電話に出たのは希依の同一体にして送り出した張本人、ステラ・スカーレットだった。

 

「世界一個作って貰っていい?原作通りで、一切転生者とかの干渉が無い世界」

 

『んんー、なるほどね。わかった、いいよ。原作は?』

 

「〈ありふれた職業で世界最強〉錬成士の少年がなんやかんやで最強になったりハーレム作ったりする異世界転移ファンタジー」

 

『はーい。ところで希依ちゃん、そっちは楽しい?』

 

「まぁ、うん。琴音がいなくて寂しいけどそこそこ楽しいよ」

 

『そっか。ん、作り終わったよ。もうそっちは好き勝手壊しまくって大丈夫だからね』

 

「ありがとステラちゃん、愛してる」

 

『へっ!?ちょ、ステラには――

 

通話を終了してハジメ達の方を見ると、既に戦闘は終わりに近いようで、ハジメのパイルバンカーが黒竜の尻にズブリと音を立てて勢いよく突き刺さった。と、その瞬間、

 

『アッーーーーーなのじゃああああーーーーー!!!』

 

痛々しい悲鳴が、希依や愛子にまでしっかりと届いた。

 

『お尻がぁ~、妾のお尻がぁ~』

 

黒竜の悲しげで、切なげで、それでいて何処か興奮したような声音に「一体何事!?」と度肝を抜かれ、黒竜を凝視したまま硬直する。

 

どうやら、ただの龍退治とはいかないようだった。

 

『ぬ、抜いてたもぉ~、お尻のそれ抜いてたもぉ~』

 

北の山脈地帯の中腹、薙ぎ倒された木々と荒れ果てた川原に、何とも情けない声が響いていた。声質は女だ。直接声を出しているわけではなく、広域版の念話の様に響いている。竜の声帯と口内では人間の言葉など話せないから、空気の振動以外の方法で伝達しているのは間違いない。

 

どうしよう、すっごい話しかけたくない。

 

「希依さーん!もうそっちに行って大丈夫ですかー!」

 

愛子にあのような光景を見せる訳にはいかないので希依は愛子がいる方へと戻っていった。

 

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「愛子ちゃんはあっちに行っちゃダメ。教育上よろしくないから」

 

「あなたは私のなんなんですか!…いえ、さっきの声で何があったのかはなんとなく分かりますけど」

 

「とりあえずウィルさんは行っていいよ。というかちょっとどっかいってて」

 

「は、はあ」

 

ウィルはしぶしぶといった様子だがハジメ達の方へと向かっていった。

これでこの場にいるのは赤眼の黒龍と愛子、希依だけになった。

 

希依は眠る龍の頭部を膝に乗せてなでると、

 

龍は全裸で黒髪ボブの幼女へと変化した。よく見ると背中には小さい羽が生えている。

 

幼女は希依の膝枕で眠り続ける。

 

「あの、希依さん。その子は一体なんなんですか?」

 

愛子の当然の疑問に希依は優しく頭を撫でながら答えた。

 

「この子はいわゆる転生者ってやつだよ。愛子ちゃんや香織ちゃん達とは違って、一度死んでから生前の記憶を持ってここに召喚、または誕生した子。

そしてかつての私の同類でもある」

 

「同類、ですか?希依さんの?」

 

「一応プライバシーだからね、この子が起きてから――

 

「ん、んん…、あれ?ここどこ?」

 

タイミングよく起きた幼女は寝ぼけ目で辺りを見渡し、最後に見上げると希依の顔があって怯えるが希依が頭を撫でているのでそこから逃げられない。

 

「あれ、なんで、人になってる?」

 

「なりきれてないし、たぶんそういう種族なんだろうね。龍人族とかそんな感じの。君、生前の名前は言える?」

 

「えっ、なんで知ってるの?」

 

「私は君を転生させた神の、えっと、まぁ上司みたいなものなんだよ。ちょっと部下がやらかしたから旅行ついでに私がミスの修正に来たって感じ」

 

「…修正、私を殺すんですか?」

 

「そんなこと私がさせません!希依さん、絶対ダメですよ!」

 

「しないってば。さっきしなくていいようにお願いしてきたからね。で、名前は?」

 

「…東江(あがりえ) 宇未(そらみ)

 

「日本の方、だったんですか」

 

「愛子ちゃん、転生者の見た目と出身地に関係性はないよ」

 

「そ、そうなんですか」

 

「宇未ちゃん、実は私、君の記憶を一通り見ちゃったんだけど、愛子ちゃんに話していい?宇未ちゃんの目的は、愛子ちゃんに少なからず影響があるのは分かるでしょ?」

 

「愛子、あなたが、畑山先生、ですか?」

 

「は、はい!私が畑山愛子です」

 

「一度でいいから、あなたのような先生が担任だったら、きっとこの場にはいなかったでしょう。会えて嬉しいです」

 

「ど、どういたしまして?

…希依さん、なぜ彼女は私のことを?」

 

「それは、転生者の都合っていうか、神のみぞ知るっていうか…。ごめん、ちょっと言えないや」

 

「…そうですか」

 

「私の過去、でしたね。いいですよ話して。知られたところで大した影響はないでしょうから」

 

「では。

愛子ちゃん、さっき宇未ちゃんは私の同類って言ったよね、覚えてる?」

 

「私は先生です。しっかり覚えてます。で、どういうことなんですか?」

 

「彼女のことをものすごく省略して言うと、他人の正義に削り潰されて自殺に追い込まれた、人畜無害で善良な悪党。どういうことかわかる?元の世界に帰っても教師を続けるつもりなら、私は是非とも愛子ちゃんに知っておいてもらいたいんだけど」

 

「…ごめんなさい、分からないです」

 

「世の中にはね、自分の正義を絶対なものだと信じて、他人にも信じさせられるようなカリスマ性をもった、まさしく天之河光輝のような人間が稀によくいるんだよ。そんな人間は、多くの人間を助けると同時に少数の人間を追い詰めているんだよ。

 

宇未ちゃんはとても身体の弱い子だった。運動なんて当然出来ないし、かといって勉強も得意という訳ではなかった。

 

天之河光輝のような人間、仮に勇者と呼ぼうか。

勇者は宇未ちゃんの低スペックぶりを、努力が足りないと罵った。当時中学三年生の宇未ちゃんを、全校生徒約500人全員でね。その中には、勇者の正義を信じて疑わない担任の教師や校長なんかもそこにはいた。

彼らは宇未ちゃんから色んなものを奪っていった。努力をしないやつには必要ないと教科書を破き捨て、ペンを折って捨て、決して多くないお小遣いを貰った次の日には奪い、女の子として大切な処女すらも奪っていった。

 

咎めるものは、誰一人いなかった。学校や街は既に勇者の正義が侵食を終えていて、両親は周囲の目を気にして宇未ちゃんの努力不足だと罵らざるを得なかった。警察はイタズラも程々にしろとまともに聞き入れない。

宇未ちゃんの楽しみ、生きる理由は図書館で読む小説と、普段遊び回っていてたまにしか帰ってこない、お世辞にも良い姉とは言えない姉との会話だけだった。

そんな姉も、妹の評判の被害を受け、ある日ボロボロの体で家に帰ってきてからは部屋に引きこもり、また宇未ちゃんの生きる理由がひとつ無くなった。

両親はそれすらも宇未ちゃんのせいだと罵り、図書館に行くことを禁止した。学校や図書館に連絡して、見つけたらすぐに連絡するように根回しまでして。

 

生きる理由を完全に無くした宇未ちゃんは、最後に姉に『ごめんね、今までありがとう』という手紙を残して学校の屋上から飛び降りた。

この時、不幸なことに足から落ちてしまった宇未ちゃんは死に切れず、最後は勇者が蹴ったサッカーボールが偶然頭部にあたって首が折れ、それでやっと死に至った。

 

これから愛子ちゃんが学ぶべき教訓はね、教師は正義の味方だけをすればいいという訳では無いし、時には悪の味方をして欲しいという、私や宇未ちゃんのようないじめられっ子の些細でちっぽけな願望なんだよ。

この件は教師達が必死に宇未ちゃんの味方をすれば、街や学校に勇者の正義が侵食することは無かったからね」

 

希依は顔を伏せ、宇未は静かに涙を流す。愛子は自身も泣いてるにも関わらずハンカチを宇未に手渡す。

 

「…ねぇ、神様、畑山先生。私、どうやったら幸せになれたんでしょう。私は、姉や両親と仲良く暮らせればそれで良かったのに、これは悪いことだったんですか?」

 

「そんなことありえません!!そんなこと…」

 

「私のために、泣いてくれるんですね。あなたはきっと、いい先生になれると思います」

 

「家族と仲良く暮らしたい、それは決して悪いことではないよ。ただ、運が悪かっただけで。

いじめに関して悪い悪くないっていうのはね、運の問題なんだよ。運悪くいじめの標的になってしまったらその人は殺人犯もびっくりの大悪党になるし、運良くいじめをする側になったらその人は悪を裁く正義の英雄となる。

どちらでもない人が大悪党の味方と正義の味方、どっちになるかなんて一目瞭然でしょ。

学校の場合、教師という平等の裁判長がいることが唯一の希望なんだけど、教師は正義に染まりやすい。

私の高一の時の担任なんて『世の中に無駄なものなんてない。あらゆるものが世界を救っている。つまりいじめにあっている貴女は世界を救っている』なんて超理論を私の前で話して周囲の教師から拍手貰ってたしね」

 

宇未は涙を拭い、一つ決心して話す。

 

「…私の目的は、天之河光輝を見極め、殺すことです。出来ることなら神様が言うところの勇者を殺したいと言ったのですが、それは出来ないと言われましたから」

 

「天之河君を!?なんで、そんなのって」

 

「えぇ、八つ当たりです。分かっていますそんなことは。正しいことだとも思ってません。それでも、偽りの正義の体現者から真意を聞き、殺さないと気が済まないんです!誰かのためなんて言いません。私のために、私から姉を奪った者と似ているだけでも、私を犯した者と似ているだけでも、それを殴りたくて潰したくて殺したくて仕方がないんですよ!!」

 

宇未の悲痛の嘆きは愛子に痛いほど伝わっていた。決して感情移入できる内容ではなかったが、教師として、人間としてそれを強引に止める訳にはいかないと。

 

 

 

 

 

 



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第17話

 

「とりあえず、殺す殺さないは置いといて宇未ちゃんの服をどうにかしなきゃだね。ハジメくん、幼女サイズの服持ってるかな…」

 

「わ、私南雲くんに聞いてきますね!」

 

一度その場から離れたかった愛子は壁の向こう側へとかけていった。

 

 

 

「南雲くーん!女性用の服を貸していただけませ…ん…か?あの、貴女は?」

 

愛子がハジメのもとへ来ると、ウィルやユエにシア以外にもう一人、長く艶やかなストレートの黒髪が薄らと紅く染まった頬に張り付き、ハァハァと荒い息を吐いて恍惚の表情を浮かべている女性がそこにいた。

 

「む、お主の仲間か?妾の名はティオ・クラルス。最後の竜人族クラルス族の一人じゃ」

 

「は、畑山愛子です。ってそうじゃなくて!南雲くん、この際なんでもいいので服を一着貸してください!」

 

「お、おう。ほら」

 

ハジメは愛子に白い服を手渡す。

愛子はワンピースの類だと判断し、ハジメに「ありがとうございます!」と言い残して壁の裏へ戻っていった。

 

 

 

 

 

「これは、…ハジメくんの趣味?」

 

愛子が持ってきた服を宇未に渡し、とりあえず着せてみた。

畳まれた状態で、ワンピースかと思われたものは、

 

男性用のワイシャツのみだった。

 

裾は太もも半ばほどまで隠しており、大事な部分は十分に隠せているが、下着を付けずに着たからか全裸の状態よりも恥ずかしがっていて、前と後ろを手で必死に抑えている姿は希依だけでなく愛子までも頬を緩ませるほどの破壊力を持っていた。

 

「はわわわわわっ、宇未ちゃん、なんだか裸よりもえっちぃですよ!」

 

「か、神様、似合います、か?」

 

「ちょー可愛いけどごめん、その仕草は反則すぎる」

 

「へっ?もしかして似合ってないですか?」

 

「いや全然!…宇未ちゃん、その格好で町の服屋さんまで我慢できる?」

 

「神様がしろと言うのでしたら、頑張ります」

 

「ごめんね、ハジメくんの趣味があれなばっかりに。あと希依って呼んでいいよ。確かに神だしなんならその中でも偉い方だし世界観によっては狂信者が無礼だなんだつって殺しかねないけど基本ほかの神達からは娘扱いか妹、姉扱いがほとんどだから宇未ちゃんもそうしてちょうだい」

 

「えっ、なんて?」

 

「お姉ちゃんと呼んでください!」

 

「で、でしたらお姉様、と呼ばせて頂きますね」

 

「なんで!?愛子ちゃん、どうしたらいい?」

 

「頑張ってくださいね?お母様?」

 

愛子はとても美しく恐ろしいような笑みを浮かべていた。

 

「やめて!様付けとかされるの正直苦手なの!宇未ちゃんの神様だって実はズキズキしてたんだから!

愛子ちゃんには是非ともママと呼んでほしい!」

 

「呼びません!もう絶対にお母さんともお母様ともママとも呼びません!」

 

「えと、お姉、ちゃん?」

 

希依に上目遣い、目を潤ませてのお姉ちゃん呼びは希依に多大なショックを与えた。

 

ギュッ

 

希依は宇未の腰が折れるのではないかというくらい強く抱き締めた。

 

 

 

「おい、そろそろ町に戻…る…。喜多、お前そんな趣味あったのか」

 

「あるけどこれは違うから!そもそもこの服用意したのハジメくんでしょうが!」

 

「あるのかよ…」

 

用事が一通り終わったようで希依達のもとへティオも共に来ると裸ワイシャツの幼女を抱きしめる希依の姿がそこにあった。

 

「とりあえずハジメくんのでいいから女性用の下着と下に履かせるものちょうだい」

 

「俺の女性用下着ってどういうことだおい!」

 

「えっ、まさか持ってないの?毎晩夜の営みの後眠る時にユエちゃんとシアちゃんの下着をクンカクンカしてないの?」

 

「ハジメさんにそんな趣味が!?」

 

「…ハジメ、えっち」

 

「おいこら信じるな」

 

「ご主人様、妾のものでいいのなら、いい感じに蒸れた脱ぎたてのものを…」

 

「誰がご主人様だ!あと脱ぐんじゃねぇ!先生やめろその若干諦めたような目!」

 

「し、仕方ありませんよね、南雲くんも男の子なんですし、美人さんを二人も連れてるんですもんね」

 

「…ハジメ、私のもいらない?…私、いらない子?」

 

「ゆ、ユエさん?続きは宿屋で、な?」

 

「ユエさんだけズルいですぅ!私も!」

 

「妾も!」

 

「だぁあああ!!まとめて相手してやらぁあ!」

 

「あ、あれが南雲ハジメさん…ちょっとイメージと違うような…」

 

「ギャグコメディ成分がかなり割増されてるからね」

 

「なるほどです」

 

 

 

 

百合空間にハジメが乱入することにより時の流れすらも狂わすカオス空間に変貌してすぐのこと。

クックが「ガウッガウッ」と吠えながら希依のもとへ駆けつけてくる。

 

「どったのクックちゃん。…いやいや、約6万の魔物なんて殺したら死体が臭すぎて街滅ぶよ?そんな臭すぎてなんて草すぎる滅ぼし方したら草生えるどころかジャングル爆誕だよ?

というわけでハジメくん、波にのまれる前にウルに帰るよ!」

 

「いやすまん、何言ってるかさっぱりわからん」

 

「ここが魔物で洪水になるから急いで町に戻ろうと、そう言いたかったのですよね?かm…お姉、ちゃん」

 

「いえーす、その通りだよ。って訳だからハジメくん!急いで帰るよ!全ては宇未ちゃんの服を手に入れるために!」

 

「お、おう」

 

若干引き気味なハジメ達は魔力駆動四輪に乗り込み、希依と宇未はクックの背に乗ってウルの町に戻るのだった。







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第18話

魔力駆動四輪が、行きよりもなお速い速度で帰り道を爆走し、整地機能が追いつかないために、天井に磔にしたティオには引切り無い衝撃を与えていた。

 

希依は宇未を背に乗せ、着地する前にもう一度ジャンプする二段ジャンプの要領で四輪に並走する速度で低空飛行していた。

 

と、その時、ウルの町と北の山脈地帯のちょうど中間辺りの場所で完全武装した護衛隊の騎士達と愛子の生徒達が猛然と馬を走らせている姿を発見した。ハジメの『遠見』には、先頭を鬼の形相で突っ走るデビッドやその横を焦燥感の隠せていない表情で併走するチェイスの表情がはっきりと見えていた。

 

しばらく走り、彼等も前方から爆走してくる黒い物体を発見したのかにわかに騒がしくなる。騎士達から見ればどう見ても魔物にしか見えないだろうから当然だろう。武器を取り出し、隊列が横隊へと組み変わる。対応の速さは、流石、超重要人物の護衛隊と賞賛できる鮮やかさだった。

 

別に、攻撃されたところで、ハジメとしては突っ切るし、希依は空中浮遊くらい容易く出来るから問題なかったが、愛子はそんな風に思える訳もなく、天井で妙に艶のある悲鳴を上げるティオや防具一つ付けていない希依と宇未が攻撃に晒されたら一大事だと、サンルーフから顔を出して必死に両手を振り、大声を出してデビッドに自分の存在を主張する。

 

いよいよ以て、魔法を発動しようとしていたデビッドは、高速で向かってくる黒い物体の上からニョッキリ生えている人らしきものに目を細めた。普通なら、それでも問答無用で先制攻撃を仕掛けるところだが、デビッドの中の何かがストップをかける。言うなれば、高感度愛子センサーともいうべき愛子専用の第六感だ。

 

手を水平に伸ばし、攻撃中断の合図を部下達に送る。怪訝そうな部下達だったが、やがて近づいてきた黒い物体の上部から生えている人型から聞き覚えのある声が響いてきて目を丸くする。デビッドは既に、信じられないという表情で「愛子?」と呟いている。

 

一瞬、まさか愛子の下半身が魔物に食われているのでは!?と顔を青ざめさせるデビッド達だったが、当の愛子が元気に手をブンブンと振り、「デビッドさーん、私ですー!攻撃しないでくださーい!」と、張りのある声が聞こえてくると、どうも危惧していた事態ではないようだと悟り、黒い物体には疑問を覚えるものの愛しい人との再会に喜びをあらわにした。

 

シチュエーションに酔っているのか恍惚とした表情で「さぁ! 飛び込んでおいで!」とでも言うように、両手を大きく広げている。隣ではチェイス達も、自分の胸に! と両手を広げていた。

 

騎士達が、恍惚とした表情で両手を広げて待ち構えている姿に、ハジメは嫌そうな顔をする。なので、愛子は当然デビッド達の手前でハジメが止まってくれるものと思っていたのだが、ハジメは魔力を思いっきり注ぎ込み、更に加速した。

 

距離的に明らかに減速が必要な距離で、更に加速した黒い物体に騎士達がギョッとし、慌てて進路上から退避する……しようとしたが、体をくの字に曲げながら吹き飛んでいった。

 

「悪質なロリコンの駆除はロリコンの仕事。警察に仕事なんてさせやしない」

 

愛子の「なんでぇ~」という悲鳴じみた声がドップラーしながら後方へと流れていき、デビッド達は建物の壁に衝突まま固まった。そして、次の瞬間には、「愛子ぉ~!」と、まるで恋人と無理やり引き裂かれたかのような悲鳴を上げ、立ち上がろうとして腰から崩れ落ちる。。

 

「希依さん! どうして、あんな危ないことを!」

 

愛子がプンスカと怒りながら、車から降り、希依に猛然と抗議した。

 

「んー、いい感じの思いつかない。明日メールするからそれでいい?」

 

「理由もなく蹴飛ばしたんですか!?」

 

「あ、いい感じの建前思いついた。

あのまま騎士共に止められて、そしたら事情聴取されるわけよ。多分、新顔のティオさんと宇未ちゃんは特に念入りに。

あんな幼児体型の愛子ちゃんラブなロリコン共に裸ワイシャツの宇未ちゃんを預けてみ?また速攻で処女散らされちゃうよ」

 

「た、建前と言いつつ反論出来ないです……」

 

若干、納得いってなさそうだが、確かに、勝手に抜け出てきた事やハジメの四輪の事も含めれば多大な時間が浪費されるのは目に見えているので口をつぐむ愛子。

 

「じゃ、そういう事だからちょっと私と宇未ちゃんで行ってくるねー」

 

呼び止める間もなく、希依は宇未を肩車して町中へと消えていった。

 

 

 

 

ウルの町のとある服屋さん。

 

「宇未ちゃん、なんか良さげなのあった?」

 

「いえ、ワンピースやドレスなんて着たこと無いのであまり」

 

「奇遇だね。私も二万年以上生きててドレスなんて魔王時代に片手で数えられる程度だしワンピースなんて漫画の方しか知らないよ」

 

「神、なんですよね?」

 

「神って基本的にコスプレ勤務だよ?」

 

「そんなこと知りたくなかったです!」

 

「神といえば…宇未ちゃん、私の眷属になる気は無い?そうすれば私的には気に入った可愛い子が部下になるし、服の問題も解決するしで一石二鳥なんだけど」

 

「そ、そんなこと急に言われても…」

 

「今急に思いついたからね」

 

「その…眷属になったら、ずっと一緒に居られますか?」

 

「もちろん。私、喜多希依とステラ・スカーレットは眷属を家族として対等に接するし、よく遊びに連れて行ったりするよ。…たまに今の私みたいに異世界に内容不明な仕事と一緒に放り出されたりするけど」

 

「家族…、なりたいです!お姉ちゃん、私を眷属にしてください!」

 

宇未の背を見ると、シャツがパタパタと動いている。中で羽根が動いているのが丸わかりだ。

 

「じゃ、とりあえずお店からでよっか」

 

「は、はい」

 

いつの間にか大声を出したことに気づいた宇未は顔を赤くそめ、急ぎ足で外に出た。

 

 

人気のない路地裏で、希依は折りたたみ式携帯電話を取り出した。

 

「じゃあはい、これね」

 

希依が宇未に渡したのは金色ベースに赤い線模様が入った折りたたみ式携帯電話。

 

「あの、なんでケータイ?」

 

「えっと、近いものでいうと社員証みたいなものだよ。ステラ・スカーレットには吸血鬼としての一面もあるから眷属化するには吸血鬼としての眷属にしないと…」

 

ゴクリと固唾を飲み込む宇未。

 

「し、しないとどうなるんですか?」

 

「私たちとその眷属にありがちな中二要素がちょっと薄いかな~」

 

「それは無いといけないものなんですか!?」

 

「いや全然。我が家でちょっと浮くくらいで大したことないよ。眷属じゃない子の方が多いし」

 

「全然平気じゃないですか。時間ないんで早くしてください!」

 

焦らされたあとの呆れからなのか、段々と宇未の口調が崩れていく。若干笑みを浮かべているのはこれまでこのようなやり取りをしたことがなかったのだろう。

 

「じゃあ、覚悟はいい?」

 

「は、はい!」

 

覚悟を決めた宇未はギュッと目を閉じる。希依はそんな宇未の方顔に手を当て、額に軽くキスをする。

 

「へっ、あれ?」

 

「ん、終わったよ。体調悪いとかない?」

 

そっと、慎重に目を開くと、ワイシャツ一枚だったはずの服装が、白と黒という変わった配色の巫女服を身につけている。

 

「体に大した変化はありません。なんで巫女服?」

 

「ステラちゃんの普段着が巫女服だから眷属も女の子は巫女服になるんだよ。制服ならぬ聖服ってやつ?服の神と季節の神と熱の神が悪ノリと中二病拗らせて出来たから汚れない、破れない、一年中快適というすごい服だよ」

 

「その、お姉ちゃんみたいなパーカーとか無いんですか?」

 

「これ?これはただのユニシロで買った普通のパーカーとジーンズだよ?」

 

「…そっちの方がまだ良かったです」

 

「でも巫女服可愛いよ?」

 

「…ちゃんと着ます」

 

 




今話からはちゃんと宇未ちゃんもパンツを履いてます。履いてますよ!

ちなみにユラさん自身も時々なんて読むのか分からなくなるのでここでちゃんと書いときますね。

東江(あがりえ) 宇未(そらみ)

感想や評価よろしくお願いします!


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第19話

「愛子様、万歳!」

 

 

ハジメが、銃のようなものを空にかまえ、空から街に襲いかかる魔物を倒し、愛子を讃える言葉を張り上げた。すると、次の瞬間……

 

「「「「「「愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳!」」」」」」

 

「「「「「「女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳!」」」」」」

 

 

ウルの町に女神が誕生した。町の人々は皆一様に、希望に目を輝かせ愛子を女神として讃える雄叫びを上げている。遠くで、愛子が顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。その瞳は真っ直ぐにハジメに向けられており、小さな口が「ど・う・い・う・こ・と・で・す・か!」と動いている。

 

 

 

 

宇未を眷属化するという、本来神社や教会、神の住まう土地などで行われるような儀式を路地裏のような神聖でないどころか良くないものが集まりかねない場所で神聖な儀式を行うのは希依と同一体であるステラ、そして実は先代にして現最高神である『おじいちゃん』から続く一種の恒例行事ともいえた。

 

そんな神としてあるまじき行為、という程悪質ではなくむしろステラや希依が他の神々に可愛がられる要因の一つとなる奇妙な習性を終えた希依とその眷属にして部下、宇未は路地裏にも聞こえてきた騒ぎに駆けつけると、そこではさながら現人神のように担ぎあげられていた。

 

「ちゃおー愛子ちゃん。ちゃんとお賽銭貰ってる?」

 

「希依さんまでなんですかもう!あなたも戦ってください!」

 

愛子が指さす方にはハジメ達が兵器や魔法で無双している光景が広がっていた。

 

「やだよ、めんどくさい」

 

「ちょっと!?なんですかその理由!…あれ、宇未ちゃんの服、巫女さんですか?」

 

担ぎあげられた恥ずかしさから半狂乱になった愛子の言葉に返した希依の答えは面倒という理由にもならないような理由による拒否だった。大抵のお願いは二つ返事でやってくれたり、お願いする前に既に終えてたりする希依が拒否するという予想外の返答に愛子は冷静さを取り戻した。

 

「ってそうじゃなくて、なんですかめんどくさいって!宇未ちゃんからも言ってください!」

 

「…ごめんなさい、畑山先生。私は、この町の人達のためには戦いたくないです」

 

宇未は希依の腕にしがみつき、羽根と脚は微かに震えている。

 

「それって、どういう…っ」

 

愛子は、自身を祭り上げていた人間達の視線の異常に気づく。

 

女神として祭り上げられて人権以上の立場を持った愛子、二万年前、不幸も幸運も全てが負として降りかかった希依とも、宇未は違う。

 

宇未は街ぐるみのいじめによって自殺をし、それから転生して一日も経っていない。

 

幼げながらも整った顔、細すぎず太すぎずのバランスのいい身体、見慣れぬ服装、悪魔や龍のような皮膜のある翼。

 

その肉体、容姿は魔人、魔物への『嫌悪』、女気のない冒険者達や騎士の『情欲』を一身に受けていた。

 

「愛子ちゃん、私はいつでも弱い子の味方って言ったよね」

 

「は、はい…」

 

「この場合、私はどっちに着くべきなのかな?家族をこんなにした人間に味方すべきなのか、放っておいてもハジメくんが無双して全滅するであろう魔物達か。

私は結構本気で、この街の人間には滅んで欲しいと思っちゃってるんだよね。

魔に対して持つべき嫌悪も、私は残念なんて全く思わないけど欠落してるし」

 

「そ、それはもちろん人間の…」

 

「私は天之河光輝のように、無償で表面的な解決なんて出来ない。

有償で、根本的な解決を」

 

「…有…償」

 

「愛子ちゃんが望むなら、後払いでいいよ」

 

「お願いします!魔物を倒し、それを操る人を私の前へ連れてきてください!」

 

「その願い、承った。

いくよ、宇未ちゃん!人間の為じゃない、愛子ちゃんの為に!」

 

「はい、お姉ちゃん」

 

希依が宇未の頭を撫でると、最初に出会った時と同じ赤眼の龍へと変化する。

 

宇未は希依を乗せて空へ飛び立つ。

 

上空から見下ろすと、地上に約20000、空中には残り100体も居ない。

ティオやユエがかなりの活躍をしたようだ。

 

「魔物達、大した恨みはないけど、君たちを私の敵と認識する。

『FAIRY TAIL』より『妖精の法律(フェアリーロウ)』を、出力」

 

希依は宇未の背に立ち、手を合わせて優しくも強烈な光が街や荒野、山脈を覆う。

 

術者の主観での敵のみを攻撃する超差別敵攻撃は辺り一帯の魔物を消滅させた。

 

「さ、戻ろうか宇未ちゃん。グダグダと貰うもの貰って美味しいものでも食べに行こ」

 

『はい。楽しみです』

 

黒幕らしき人間をハジメが回収するのを見届けると希依は宇未の背に腰を下ろした。

 

希依を乗せた宇未はウルの町の、龍形態の宇未が着陸できる広場に降り立つ。

 

 

 

着陸した宇未に、一般人はいないものの騎士達と愛子、その生徒達が集まってきた。

 

宇未を撫でて人形態に戻す希依に愛子は歩み寄る。

宇未という得体の知れない存在に近づくなと、騎士達が押さえ込もうとするが愛子の覚悟を決めたような顔に怯み、立ち止まってしまう。

そんな愛子を見て希依はニヤニヤとしながら愛子と視線を合わせる。

 

「ありがとうございます、希依さん。宇未ちゃん」

 

「お礼は要らないよ、愛子ちゃん。神に願ったんだもん、するべきことがあるよね?」

 

「…はい」

 

「ちょっと待って!喜多さん、愛ちゃん先生に何するつもり!」

 

短剣を握りしめて希依に詰め寄るのは愛子の生徒の一人、優花。

 

「何って、貰うべきものを貰うだけだけど」

 

「いいんです園部さん、私が決めたことですから」

 

「そんなっ、ダメだって!」

 

騎士達に生徒たちまでもが希依を睨みつける。険悪な雰囲気のなか、希依の言葉は彼らの不安、心配を盛大に踏みにじった。

 

 

「お賽銭。二拝二拍手一拝は省略でいいよ。相場はやっぱり五円が定番かな?」

 

「ほえっ?」

 

愛子は一気に緊張感が抜けて変な声が出て、生徒たちは腰が抜けたように座り込む。騎士達は賽銭やゴエンなど聞きなれない単語に疑問符を浮かべ、愛子たちの反応から危険はないことを察するのが限界だった。

 

「あっはっはー。まさか生贄になるのを想定してた?想像してた?期待してた?まさか。生贄信仰なんて今どき時代遅れだよ?確かに昔は神も食べるものに困って食物と一緒に若い女の子を要求したみたいだけど、最近は生贄なんて捧げられてもその捧げられた子を自分の子として育てるために必死に子育てするから民になにかする余裕が無くなって一時的に怒りとか無くなったあと怒りがより強くなるだけだし。

あ、もしかして愛子ちゃん私の子になりたかった?」

 

「ち、違います!…五円で、いいんですか?」

 

「額なんて関係ないからね。お金を受け取ったっていうのが重要なんだよ」

 

「は、はぁ。」

 

愛子は財布を取り出し、日本の五円玉を希依に手渡した。

 

「まいどあり。愛子ちゃんに幸があらんことを。ってね。

さてさて、それじゃああとは仕上げかな。破壊力min」

 

 

 

 

流石に疲れを見せながら帰ってきたハジメが運んできた今回の黒幕、行方不明だった生徒、清水を希依は一切の破壊力のない蹴りを放ち、愛子のすぐ近くまで蹴り飛ばした。

 

「何だよ! 何なんだよ! ありえないだろ! 本当なら、俺が勇者グペッ!?」

 

悪態を付きながら必死に立ち上がる清水の後頭部に拳骨をかます希依。清水は、顔面から地面叩きつけられ、再度倒れる。

 

「悪いけど、基本的に勇者は敵の称号だから。私の気に障ることをする度に殴るからそのつもりで」

 

地面に手を付き、立ち上がろうとする清水に希依は理不尽極まりない忠告を告げる。

 

 

 

「清水君、落ち着いて下さい。誰もあなたに危害を加えるつもりはありません。…先生は、清水君とお話がしたいのです。どうして、こんなことをしたのか……どんな事でも構いません。先生に、清水君の気持ちを聞かせてくれませんか?」

 

膝立ちで清水に視線を合わせる愛子に、清水のギョロ目が動きを止める。そして、視線を逸らして顔を俯かせるとボソボソと聞き取りにくい声で話……というより悪態をつき始めた。

 

「なぜ? そんな事もわかんないのかよ。だから、どいつもこいつも無能だっつうんだよ。馬鹿にしやがって……勇者、勇者うるさいんだよ。俺の方がずっと上手く出来るのに……気付きもしないで、モブ扱いしやがって……ホント、馬鹿ばっかりだ……だから俺の価値を示してやろうと思っただけだろうが……グガァッ」

 

「あ、ごめん。汚いのが気に障った」

 

確かに血や泥で汚れていて、それは、ハジメに魔物の血肉や土埃の舞う大地を魔力駆動二輪で引き摺られて来たからである。

 

再度顔面をめり込ませた希依に冷たい視線が突き刺さるが、清水の汚れが消え去ったので文句は言えなかった。

 

「てめぇ!なにしやがグゴッ」

 

「今の話し相手は愛子ちゃんでしょうが。ちゃんと聞け。ちゃんと話せ」

 

「ちっ…」

 

「沢山不満があったのですね……でも、清水君。みんなを見返そうというのなら、なおさら、先生にはわかりません。どうして、町を襲おうとしたのですか? もし、あのまま町が襲われて……多くの人々が亡くなっていたら……多くの魔物を従えるだけならともかく、それでは君の価値を示せません」

 

 愛子のもっともな質問に、清水は少し顔を上げると薄汚れて垂れ下がった前髪の隙間から陰鬱で暗く澱んだ瞳を愛子に向け、薄らと笑みを浮かべた。

 

「……示せるさ……魔人族になら」

 

「なっ!?」

 

 清水の口から飛び出したまさかの言葉に愛子のみならず、希依や宇未、ハジメ達を除いた、その場の全員が驚愕を表にする。清水は、その様子に満足気な表情となり、聞き取りにくさは相変わらずだが、先程までよりは力の篭った声で話し始めた。

 

「魔物を捕まえに、一人で北の山脈地帯に行ったんだ。その時、俺は一人の魔人族と出会った。最初は、もちろん警戒したけどな……その魔人族は、俺との話しを望んだ。そして、わかってくれたのさ。俺の本当の価値ってやつを。だから俺は、そいつと……魔人族側と契約したんだよ」

 

「契約……ですか? それは、どのような?」

 

 戦争の相手である魔人族とつながっていたという事実に愛子は動揺しながらも、きっとその魔人族が自分の生徒を誑かしたのだとフツフツと湧き上がる怒りを抑えながら聞き返す。

 

 そんな愛子に、一体何がおかしいのかニヤニヤしながら清水が衝撃の言葉を口にする。

 

「……畑山先生……あんたを殺す事だよ」 

 

「……え?」

 

愛子は、一瞬何を言われたのかわからなかったようで思わず間抜けな声を漏らした。周囲の者達も同様で、一瞬ポカンとするものの、愛子よりは早く意味を理解し、激しい怒りを瞳に宿して清水を睨みつけた。

 

清水は、生徒達や護衛隊の騎士達のあまりに強烈な怒りが宿った眼光に射抜かれて一瞬身を竦めるものの、半ばやけくそになっているのか視線を振り切るように話を続けた。

 

「何だよ、その間抜面。自分が魔人族から目を付けられていないとでも思ったのか?ある意味、勇者より厄介な存在を魔人族が放っておくわけないだろ……『豊穣の女神』……あんたを町の住人ごと殺せば、俺は、魔人族側の勇者として招かれる。そういう契約だった。俺の能力は素晴らしいってさ。勇者の下で燻っているのは勿体無いってさ。やっぱり、分かるやつには分かるんだよ。実際、超強い魔物も貸してくれたし、それで、想像以上の軍勢も作れたし……だから、だから絶対、あんたを殺せると思ったのに!何だよ!何なんだよっ!何で、六万の軍勢が負けるんだよ!何で異世界にあんな兵器があるんだよっ!魔物を全て消し去る魔法とかどうなってんだよ!お前は、お前らは一体何なんだよっ!」

 

最初は嘲笑するように、生徒から放たれた殺すという言葉に呆然とする愛子を見ていた清水だったが、話している内に興奮してきたのか、ハジメと希依を視線が転じ喚き立て始めた。その眼は、陰鬱さや卑屈さ以上に、思い通りにいかない現実への苛立ちと、邪魔したハジメへの憎しみ、理解不能な魔法を使った希依への慷慨、そして、その力への嫉妬などがない交ぜになってドロドロとヘドロのように濁っており狂気を宿していた。

 

どうやら、清水は目の前の白髪眼帯の少年をクラスメイトの南雲ハジメだとは気がついていないらしい。元々、話したこともない関係なので仕方ないと言えば仕方ないが……

 

清水は、今にも襲いかからんばかりの形相でハジメを睨み罵倒を続けるが、突然矛先を向けられたハジメはと言うと、清水の罵倒の中に入っていた「厨二キャラのくせに」という言葉に、実は結構深いダメージをくらい現実逃避気味に遠くを見る目をしていたので、その態度が「俺、お前とか眼中にないし」という態度に見えてしまい、更に清水を激高させる原因になっていた。

 

なお、それを希依が面白がり機嫌を良くしたのは言うまでもないだろう。

 

ハジメの心情を察して、後ろから背中をポンポンしてくれているユエの優しさがまた泣けてくる。

 

シリアスな空気を無視して自分の世界に入っているハジメとシリアスを天然で破壊する希依のおかげ?で、衝撃から我を取り戻す時間が与えられた愛子は、一つ深呼吸をすると激昂しながらも立ち向かう勇気はないようでその場を動かない清水の片手を握り、静かに語りかけた。

 

「清水君。落ち着いて下さい」

 

「な、なんだよっ! 離せよっ!」

 

突然触れられたことにビクッとして、咄嗟に振り払おうとする清水だったが、愛子は決して離さないと云わんばかりに更に力を込めてギュッと握り締める。清水は、愛子の真剣な眼差しと視線を合わせることが出来ないのか、徐々に落ち着きを取り戻しつつも再び俯き、前髪で表情を隠した。

 

「清水君……君の気持ちはよく分かりました。『特別』でありたい。そう思う君の気持ちは間違ってなどいません。人として自然な望みです。そして、君ならきっと特別になれます。だって、方法は間違えたけれど、これだけの事が実際にできるのですから……でも、魔人族側には行ってはいけません。君の話してくれたその魔人族の方は、そんな君の思いを利用したのです。そんな人に、先生は、大事な生徒を預けるつもりは一切ありません……清水君。もう一度やり直しましょう? みんなには戦って欲しくはありませんが、清水君が望むなら、先生は応援します。君なら絶対、天之河君達とも肩を並べて戦えます。そして、いつか、みんなで日本に帰る方法を見つけ出して、一緒に帰りましょう?」

 

清水は、愛子の話しを黙って聞きながら、何時しか肩を震わせていた。生徒達も護衛隊の騎士達も、清水が愛子の言葉に心を震わせ泣いているのだと思った。実は、クラス一涙脆いと評判の園部優花が、既に涙ぐんで二人の様子を見つめている。

 

が、そんなに簡単に行くほど甘くはなかった。肩を震わせ項垂れる清水の頭を優しい表情で撫でようと身を乗り出した愛子に対して、清水は突然、握られていた手を逆に握り返しグッと引き寄せ、愛子の首に腕を回してキツく締め上げたのだ。思わず呻き声を上げる愛子を後ろから羽交い絞めにし、何処に隠していたのか十センチ程の針を取り出すと、それを愛子の首筋に突きつけた。

 

「動くなぁ! ぶっ刺すぞぉ!」

 

裏返ったヒステリックな声でそう叫ぶ清水。その表情は、ピクピクと痙攣しているように引き攣り、眼はハジメに向けていた時と同じ狂気を宿している。先程まで肩を震わせていたのは、どうやら嗤っていただけらしい。

 

愛子が、苦しそうに自分の喉に食い込む清水の腕を掴んでいるが引き離せないようだ。周囲の者達が、清水の警告を受けて飛び出しそうな体を必死に押し止める。清水の様子から、やると言ったら本気で殺るということが分かったからだ。みな、口々に心配そうな、悔しそうな声音で愛子の名を呼び、清水を罵倒する。

 

ちなみに、この時になってようやく、ハジメは現実に復帰した。今の今まで自分の見た目に対する現実逃避でトリップしていたので、いきなりの急展開に「おや? いつの間に…」という顔をしている。

 

「いいかぁ、この針は北の山脈の魔物から採った毒針だっ! 刺せば数分も持たずに苦しんで死ぬぞ! わかったら、全員、武器を捨てて手を上げろ!」

 

清水の狂気を宿した言葉に、周囲の者達が顔を青ざめさせる。完全に動きを止めた生徒達や護衛隊の騎士達にニヤニヤと笑う清水は、その視線をハジメに向ける。

 

「おい、お前、厨二野郎、お前だ! 後ろじゃねぇよ! お前だっつってんだろっ! 馬鹿にしやがって、クソが! これ以上ふざけた態度とる気なら、マジで殺すからなっ! わかったら、銃を寄越せ! それと他の兵器もだ!」

 

「あはははははははっ!」

 

清水の余りに酷い呼び掛けに、つい後ろを振り返って「自分じゃない」アピールをしてみるが無駄に終わり、嫌そうな顔をするハジメ。緊迫した状況にもかかわらず、全く変わらない態度で平然としていることに、またもや馬鹿にされたと思い清水は癇癪を起こす。そして、ヒステリックに、ハジメの持つ重火器を渡せと要求した。

 

ハジメは、それを聞いて非常に冷めた眼で清水を見返した。

 

「いや、お前、殺されたくなかったらって……そもそも、先生殺さないと魔人族側行けないんだから、どっちにしろ殺すんだろ? じゃあ、渡し損じゃねぇか」

 

「うるさい、うるさい、うるさい! いいから黙って全部渡しやがれ! お前らみたいな馬鹿どもは俺の言うこと聞いてればいいんだよぉ! そ、そうだ、へへ、おい、お前のその奴隷も貰ってやるよ。そいつに持ってこさせろ!」

 

冷静に返されて、更に喚き散らす清水。追い詰められすぎて、既に正常な判断が出来なくなっているようだ。その清水に目を付けられたシアは、全身をブルリと震わせて嫌悪感丸出しの表情を見せた。

 

「お前が、うるさい三連発しても、ただひたすらキモイだけだろうに……ていうか、シア、気持ち悪いからって俺の後ろに隠れるなよ。アイツ凄い形相になってるだろうが。可哀想だろ」

 

「だって、ホントに気持ち悪くて……生理的に受け付けないというか……見て下さい、この鳥肌。有り得ない気持ち悪さですよぉ」

 

「まぁ、勇者願望あるのに、セリフが、最初期に出てきて主人公にあっさり殺られるゲスイ踏み台盗賊と同じだしなぁ」

 

「あははははっ!

てことはさぁああ!ここでハジメくんが助けたら愛子ちゃんはヒロイン入り!?あはははははっ!」

 

「喜多、ちょっと黙れ」

 

「お姉ちゃん、うるさい」

 

本人達は声を潜めているつもりなのかもしれないが、嫌悪感のせいで自然と声が大きくなり普通に全員に聞こえていた。清水は、口をパクパクさせながら次第に顔色を赤く染めていき、更に青色へと変化して、最後に白くなった。怒りが高くなり過ぎた場合の顔色変化がよくわかる例である。

 

清水は、虚ろな目で「俺が勇者だ、俺が特別なんだ、どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ、アイツ等が悪いんだ、問題ない、望んだ通り全部上手くいく、だって勇者だ、俺は特別だ」等とブツブツと呟き始め、そして、突然何かが振り切れたように奇声をあげて笑い出した。

 

「……し、清水君……どうか、話しを……大丈夫……ですから……」

 

狂態を晒す清水に愛子は苦しそうにしながらも、なお言葉を投げかけるが、その声を聞いた瞬間、清水はピタリと笑いを止めて更に愛子を締め上げた。

 

「……うっさいよ。いい人ぶりやがって、この偽善者が。お前は黙って、ここから脱出するための道具になっていればいいんだ」

 

暗く澱んだ声音でそう呟いた清水は、再びハジメに視線を向けた。興奮も何もなく、負の感情を煮詰めたような眼でハジメを見て、次いで太もものホルスターに収められた銃を見る。言葉はなくても言いたいことは伝わった。ここで渋れば、自分の生死を度外視して、いや、都合のいい未来を夢想して愛子を害しかねない。

 

ハジメは溜息をつき、銃を渡す際にワイヤーを飛ばして愛子ごと〝纏雷〟でもしてやろうと考えつつ、清水を刺激しないようにゆっくりとドンナー・シュラークに手を伸ばした。愛子は体がちっこいので、ほとんど盾の役割を果たしておらず、ハジメの抜き撃ちの速度なら清水が認識する前にヒットさせることも出来るのだが、愛子も少し痛い目を見た方がいいだろうという意図だ。

 

 

 

が、ハジメの手が下がり始めたその瞬間、事態は急変する。

 

 

 

「ッ!? ダメです! 避けて!」

 

そう叫びながら、シアは、一瞬で完了した全力の身体強化で縮地並みの高速移動をし、愛子に飛びかかった。

 

突然の事態に、清水が咄嗟に針を愛子に突き刺そうとする。シアが無理やり愛子を引き剥がし何かから庇うように身を捻ったのと、蒼色の水流が、清水の胸を貫通して、ついさっきまで愛子の頭があった場所をレーザーの如く通過したのはほぼ同時だった。

 

射線上にいたハジメが、ドンナーで水のレーザー、おそらく水系攻撃魔法〝破断〟を打ち払う。そして、シアの方は、愛子を抱きしめ突進の勢いそのままに肩から地面にダイブし地を滑った。もうもうと砂埃を上げながら、ようやく停止したシアは、「うぐっ」と苦しそうな呻き声を上げて横たわったままだ。

 

「シア!」

 

突然の事態に誰もが硬直する中、ユエがシアの名を呼びながら全力で駆け寄る。そして、追撃に備えてシアと彼女が抱きしめる愛子を守るように陣取った。

 

ハジメは、何も言わずとも望んだ通りの行動をしてくれたユエに内心で感謝と称賛を送りながら、ドンナーを両手で構え〝遠見〟で〝破断〟の射線を辿る。すると、遠くで黒い服を来た耳の尖ったオールバックの男が、大型の鳥のような魔物に乗り込む姿が見えた。

 

ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ!

 

ハジメは、一瞬のタメの後、飛び立った魔物と人影にレールガンを連射する。オールバックの男は、攻撃されることを予期していたように、ハジメの方を確認しつつ鳥型の魔物をバレルロールさせながら必死に回避行動を行った。中々の機動力をもってかわしていた魔物だが、全ては回避しきれなかったようで、鳥型の魔物の片足が吹き飛び、オールバックの男の片腕も吹き飛んだようだ。それでも、落ちるどころか速度すら緩めず一目散に遁走を図る。攻撃してからの一連の引き際はいっそ見事という他ない。

 

 おそらく、あれが清水の言っていた魔人族なのだろうとハジメは推測した。既に低空で町を迂回し、町そのものを盾にするようにして視界から消えている。ハジメの攻撃手段を知っていたような逃走方法だったことから、魔人族側にハジメ達の情報が渡るだろうと苦い表情をするハジメ。逃走方向がウルディア湖の方だった事から、その手前にある林に逃げ込んだなら無人偵察機などによる追跡も難しいだろう。何より、今は優先しなければならないことがある。

 

「ハジメ!」

 

 ユエも敵の逃走を察したのだろう、普段の落ち着た声音とは異なる焦りを含んだ声でハジメを呼ぶ。

 

 ハジメは、ドンナーをホルスターにしまうと、近くで倒れている清水には目もくれずシアのもとへ駆け寄る。シアは、ユエに膝枕された状態で仰向けになり苦痛に顔を歪めていた。傍には愛子もおり同じく表情を歪めてユエに抱きしめられている。

 

「ハ、ハジメさん……うくっ……私は……大丈夫……です……は、早く、先生さんを……毒針が掠っていて……」

 

 シアの横腹には直径三センチ程の穴が空いていた。身体強化の応用によって出血自体は抑えられているようだが、顔を流れる脂汗に相当な激痛が走っている事がわかる。にもかかわらず、引き攣った微笑みを浮かべながら震える声で愛子を優先しろと言う。

 

 見れば、愛子の表情は真っ青になっており、手足が痙攣し始めている。愛子は、シアとハジメの会話が聞こえていたのか、必死で首を振り視線でシアを先にと訴えていた。言葉にしないのは、毒素が回っていて既に話せないのだろう。清水の言葉が正しければ、もって数分、いや、愛子の様子からすれば一分も持たないようだ。遅れれば遅れるほど障害も残るかもしれない。

 

ハジメが何かをしようと近寄るが、それより先に希依が愛子達のもとへ来る。

 

「ハジメくんはいいよ。宇未ちゃんに攻撃させないためとはいえ、何も出来なかった私にこれくらいはさせて」

 

「すぐに治癒の魔法でもあるのか!?俺はこの程度すぐに直せる薬を持ってんだぞ!」

 

「治癒なんて、そんな素敵に綺麗なものじゃないよ。因果律コントロール、MAX」

 

希依は清水の顔面を蹴飛ばす。

 

すると、愛子の顔色は良くなり、シアの横腹の穴は最初から無かったかのように塞がっていた。

 

「二人とも無事?違和感とかない?痛むところは?どっか上手く動かないとかない?」

 

「「な、何をしたんですか!?」」

 

愛子にシアだけでなく、ハジメ達含む全員が今何があった?という表情をしていた。

 

「私は何もしてないよ。因果律を操作して、なんとなく蹴り飛ばしたら、たまたま愛子ちゃんの毒が消滅して、たまたまシアちゃんの怪我が何故か完治しただけで」

 

「あ、ありがとうございます。えと、希依さんとお呼びしていいですか?」

 

「ん、どういたしまして。ついでに治したい所はない?」

 

「た、大丈夫です」

 

「俺からも礼を言う。ありがとう、喜多」

 

「ハジメくんから礼を言われる筋合いは無いし…あ、そうだ。その腕直したげよっか?」

 

「いや、今はいい。便利だしな。直せるなら帰れてからにしてくれ」

 

「それまで私がいるか分かんないけど、うん。その時はちゃんと直すよ」

 

 

 

 

一段落着いたと察した外野が再び騒ぎ始める前に、おそらく全員が忘却しているであろう哀れな存在を思い出させることにした。特に、愛子にとっては重要なことだ。おそらく、愛子は、突然の出来事だったので忘却しているわけではなく理解していないのだろう。

 

ハジメは、一番清水に近い場所にいた護衛騎士の一人に声をかけた。

 

「……あんた、清水はまだ生きているか?」

 

その言葉に全員が「あっ」と今思い出したような表情をして清水の倒れている場所を振り返った。愛子だけが、「えっ? えっ?」と困惑したように表情をしてキョロキョロするが、自分がシアに庇われた時の状況を思い出したのだろう。顔色を変え、慌てた様子で清水がいた場所に駆け寄る。

 

「清水君! ああ、こんな……ひどい」

 

清水の左胸にはシアと同じサイズの穴がポッカリと空いていた。出血が激しく、大きな血溜まりが出来、心臓は止まっていた。確実に死んでいるだろう。

 

「希依さん!私とシアさんにしたのを清水君にも!」

 

「ごめん、死んだ奴を生き返らせるのは、無理。物理的に出来ない訳では無いけどやりたくない、けど愛子ちゃんのためだったらやってあげたいけど、無理」

 

「なんでですか!出来るならやってください!お金なら払いますから!言うことを何でもしろと言うのならしますから!」

 

「そうじゃない。そうじゃないんだよ愛子ちゃん。神はね、人を生き返らせてはいけないんだよ。死んだ人を生き返らせていいのは、人だけなんだよ。

これは私のやる気とかでも、愛子ちゃんの意志とか、そんなのは関係ない。

転生はさせることは出来るかもしれないけど、罪深すぎる。まずは地獄で罰を受けて反省した後だから何兆年も先になる。

というかそもそもさぁ、私情で愛子ちゃんを殺そうとし、ついでに町一つ滅ぼそうとしたこのクズを助けたいなんて、正気の沙汰じゃない。狂気の沙汰だよ。教師としても、人間としても異常だよ」

 

「確かに、そうかもしれません。いえ、きっとそうなのでしょう。でも、私がそういう先生でありたいのです。何があっても生徒の味方、そう誓って先生になったのです」

 

愛子の言葉に、優花達だけでなく騎士達までもが涙を流している。

 

そんな者達を退けて、宇未が前に出てくる。

 

「畑山先生、その意思は素晴らしいものだと思います。やっぱり、貴女が私の担任だったら今頃私はこの場に居ないでしょう。

でも、それでも救うことだけでなく罰することも大事だということを知っておいてください。

私や姉さん(壊された姉)お姉ちゃん(希依)のような人達は救うべき善良な悪党ですが、この人は悪質な悪党です。この世界に来る前、私がこの世界に来る前どうだったか知りません。ですが、南雲ハジメさんが連れてきたあとの私から見たこの人は確実に、罰するべき悪党でしかありません。

罰するというのは敵対する行為ではなく、無駄に背負った分の罪悪感を払拭する行為です。

どうか、救うというのは味方になるだけでなく、罰するということも含まれることを、あなたは知るべきです。そうじゃなきゃ、あなたの理想は幻想でしかありません。いつか破綻します」

 

宇未の救われる側の、被害者側の言葉は既に疲弊した愛子の心にストンと落ち着いた。

 

 

辺りは静寂に包まれ、ハジメ達は魔力駆動四輪に乗り込んでいて、愛子の前で止めていた。

 

「……先生の理想は既に幻想だ。ただ、世界が変わっても俺達の先生であろうとしてくれている事は嬉しく思う……出来れば、折れないでくれ」

 

そして、今度こそ立ち止まらず周囲の輪を抜けると走り去ってしまった。

 

後には、何とも言えない微妙な空気と生き残ったことを喜ぶ町の喧騒だけが残った。

 

「…南雲くん、最後の最後で、宇未ちゃんとセリフ被ってます」

 

 




い、一万文字超えてたァ…

感想や評価よろしくですよー


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第20話

 

「今度は希依さんと宇未ちゃんが行方不明です!」

 

「…ごめん、愛ちゃん先生、宇未ちゃんって誰?」

 

「希依さんと一緒にいた黒髪赤眼で羽根の生えた女の子です!」

 

 

騒動のあった翌日。昼食を食べながら愛子は生徒たちに希依と宇未が行方不明になったという報告をした。

 

「それってあれじゃないの?アルバイト。ほら、料理の」

 

「…居ませんでした。いえ、美味しそうなお味噌汁は作り置きしてありましたが」

 

「あれ喜多さんが作ったんだぁ…。負けた。女子力的に」

 

「騎士の方たちに町中の捜索をお願いしたんですが、ウルの町やその周辺には居なかったみたいです」

 

「また人探しか~」と男子の誰かが文句を言いながら項垂れてると、食事を終えた愛子の目の前に手紙が落ちてきた。

驚いて上を向くも、そこには照明と天井があるだけで、誰も居ないし落とすような隙間もない。

 

「あ、愛ちゃん先生それ!まさかラブレター!?」

 

「えぇ!?まさか、そん、な…」

 

手紙はピンク色の封筒に入っていて、ハートマークのシールで封をされている。

 

「と、とととりあえず開けてみますね」

 

生徒たち、特に女子生徒は固唾を飲み込み手紙を焼き焦がさんばかりの視線を向ける。

 

中には一枚、手紙が入っていた。何の変哲もない、元の世界では見慣れたルーズリーフが入っていた。

 

「よ、読み上げますね。

 

愛子ちゃんと生徒のみんなへ

ちゃお、愛子ちゃん。可愛い子の手作りお味噌汁で少しは回復出来たかな?なんとあれ、私が教えて宇未ちゃんが作ったんだよ?凄いでしょ。

 

さてさて、今はきっとお昼頃で、私と宇未ちゃんが行方不明って優花ちゃん達に伝えて、一通り町中を騎士共に探させた後かな?

これ、当たってたら「なんで分かるんだよ!」ってつっこみ入れるんだろうけど間違ってたらめちゃ恥ずいね。

 

まぁ、文字数稼ぎはこの辺にして私達が今どこにいるのかだよね?気になるのは。

今ちょっと帰ってるから。実家というか、職場というか。上司って訳じゃないんだけど、同一体というか、本体というか、ステラちゃんっていう、赤と白のオッドアイでユエちゃん以上の金髪美女美少女な子なんだけど、その子に宇未ちゃんのことを紹介しなきゃいけないんだよね。

 

って訳だから、テキトーにそっちの世界に戻るからそっちはそっちで旅に出ていいよ。

 

あぁ、私が別世界に行けるからって、これは君たちを元の世界に帰すには使えないから、期待してたならごめんね。

 

ps.手紙書く時ってps.って使いたくなるよね!

 

愛子ちゃんのママより。

 

…以上が希依さんからの手紙です。誰がママですか誰が~」

 

「ねぇ、愛ちゃん先生。あの二人って何者なの?なんか、喜多さんに五円玉渡したりしてたし。知ってるなら教えてよ、先生」

 

ウンウンと、他の生徒たちも頷きながら愛子に目を向ける。

 

「…べつに、口止めをされてる訳では無いですしそういう発言もしていたので言ってもいいのですが、私も話を聞いただけです。それでもいいですか?」

 

「「「「はい」」」」

 

口を揃えて返事する生徒たちに愛子は苦笑いを浮かべる。

 

「では」

 

コホンと、わざとらしく喉を整えてから希依と宇未について知っている限りを語る。

 

「希依さん。喜多 希依さんは、先の手紙にもあったとおり、ステラ・スカーレットという星と世界を司る神様だそうです。ここには、旅行と仕事で来たと言っていました。

また、希依さんは以前にも私達のようにクラスメイトの方たちと召喚され、勇者の方と共に旅して魔王を倒すように命じられたそうです。が、魔王を倒すどころか14代目の魔王になり、希依さんは就職と言っていましたね。魔王に就職し、忌み子と呼ばれ虐待されている子や両親に捨てられてしまった子、家族を殺された子等を保護する孤児院を作ったりしていたそうです。

そこから、約二万年の時が経ち、この辺はあまり知らないのですが死亡し、ステラさんという神と融合?したそうです」

 

神や元魔王を自称したりしていたのを実際見ていたのだが、予想以上の内容に絶句する。

 

「宇未ちゃんは、街ぐるみのいじめにあい、自殺をした後この世界に龍人種となって昨日転生したそうです」

 

皆、いじめで自殺するなんてニュースで見たりはしたものの周囲にそのような人間が居なかったのもあって半ば冗談だと思っており、今の話を聞いて口を抑えてしまう。

 

「いじめの原因は、天之河君に性格がとてもよく似た人物だそうです。名前は知りませんが、希依さんは彼を『勇者』と呼んでいました。

曰く、彼が悪といえば無害な子でも悪になり、いじめというのも烏滸がましいような恐ろしいいじめにあうそうです。そんな人を、宇未ちゃんは『人畜無害で善良な悪党』と言っていました。希依さんも、そして宇未ちゃんのお姉さんも。

運動も勉強も苦手な宇未ちゃんを、努力すら出来ないように追い詰めてから『勇者』は、努力不足だと罵り、街中の、学生や大人、家族までもが『勇者』に賛同していったそうです。

努力しようにも教科書は破り捨てられ、本を買おうにもお小遣いを全て奪われ、外で運動しようとしたら蹴飛ばされ。

楽しみであり生きる理由であった図書館での読書も出来なくなり、お姉さんとの会話も、お姉さんが追い詰められて引きこもってしまい出来なくなり、生きる理由を無くした彼女は自殺したそうです」

 

愛子は聞いた話とはいえ、壮絶さに気分を悪くし、水を一気に飲み干して続きを話す。

 

「宇未ちゃんの目的は、天之川君を見極め、殺すことだそうです。八つ当たりとは分かっていてもやらずにはいられないという宇未ちゃんの意志は固くて強く、先生には、…止められそうにありませんでした」

 

なんでそんなことをと思いつつ、それを伝えたい人が居ない以上口にしたところで意味が無い。

 

「それっ、てさぁ。今の状況不味いんじゃないかな?ここに帰ってきて、天之川君を直接殺しに行ったり、しちゃうんじゃない?」

 

「「「「あ…」」」」

 

女子生徒の言葉に、気付かされてしまった。

この世界に帰ってくるとはいえ、直接愛子達のもとへ帰ってくるかは分からないということに。

 

 



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第21話

「ただいまーステラちゃん」

 

「ん、おかえり。希依ちゃん、宇未ちゃん」

 

「お、おおおおお邪魔しますステラしゃま!」

 

「にゃはは、ステラはステラちゃんでいいよ。よろしくね」

 

場所は家具も本も文字もペンも、何もかもが白い空間。八歳児ほどの身長で綺麗な赤と白のオッドアイの目、口の端からキラリとのぞく八重歯。今年で十歳になる彼女こそがステラ・スカーレットである。

 

「あ、東江宇未です。眷属となりました、よろしくお願いします」

 

「ウンウンよろしく!それにしても希依ちゃん、可愛い子を眷属にしたんだね」

 

そう言いながらステラの胸元に管のようなものが数本付いた目玉が現れ、ステラの紅白の目と共に宇未を見つめる。

 

「あ、あの…?」

 

そうすること数秒。

微笑ましいものを見る目から一変、優しい目に変わった。

 

「苦労、したんだね。もう、大丈夫だよ。ステラ達が宇未ちゃんの家族だから、いっぱい頼ってね」

 

「え?あの、はい。あれ?」

 

何がどうだか分からないという様子の宇未。

 

「ステラちゃんはね、修行時代に身体の一部を弄ったりしてるの。胸元の目は妖怪『覚』の目。心を読む目。わざわざ物質化する必要は無いんだけど、そこはまぁステラちゃんの趣味だね」

 

「は、はぁ。お気遣いありがとうございます。ステラさん」

 

「にゃはは、いいのいいの。ところで宇未ちゃん、希依ちゃんの子ってだけでなく、私の子にもなる気は無い?デメリットは無いはずだよ。吸血鬼になってもステラの眷属なら血を吸う必要なんてほとんどない訳だし。どう?どう?」

 

「えぇっと、それで、お姉ちゃんやステラさんの役に立てるなら、お願いします」

 

「それは宇未ちゃん次第だね。とりあえず途方もなく強くなるし死ななくなるけど、それでもステラのおかーさんは基本ニートだし。どう?」

 

「強く、死ななく…

お願い、します。もっと強くなって、お姉ちゃんの役に立ちたいんです」

 

「おっけー。希依ちゃん、一応聞くけどいいよね?」

 

「聞くだけ無駄でしょ?ステラちゃんだって私なんだから」

 

「じゃ、いくよ」

 

「はい!」

 

「カプッ」と、宇未の首筋に牙を立てて皮膚を食い破る。

 

「ンッ、んぁっ、んんんっ」

 

ステラの吸血は若干の痛みとともに快楽を伴わせる。宇未は嬌声をこぼしながら希依に倒れそうな身体を支えられる。

 

「ンクッ。…終わったよ。身体平気?」

 

牙を抜いて、最後に零れた血を舌で舐めとって宇未

に微笑みかける。

 

「はひぃ~。…ら、らいひょうふでしゅ」

 

「あらら、蕩けちゃったか」

 

「…ステラちゃん、牙に媚薬とか塗ってない?」

 

「無いよ!」

 

「じゃあ宇未ちゃんが敏感なだけか。そろそろ戻っていい?あ、それともステラちゃんも来る?」

 

「ううん、いいや。てか、この後宇未ちゃんを送る世界を間違えた人の所に行って、さらにその後他にミスが無いか色んな世界巡ってこなきゃだから」

 

「それめっちゃ忙しくない?」

 

「流石にこれをステラだけではやらないからね?他の神もこれから探しに行くから。

あ、希依ちゃん吸血鬼の力の使い方って教えられる?」

 

「大丈夫。傷物語の原作と映画両方見てきた」

 

「ならば良し。あぁ、そうそう、ちょっとお願いがあるんだけど」

 

「何?」

 

「いま希依ちゃんが色々してる世界、イレギュラーは宇未ちゃんだけじゃないみたいだから見つけたらよろしくね」

 

ステラが腕を振ると希依の足元に裂け目のようなものができ、宇未を背負った希依が落下していく。

 

「落下なんて今更ありふれてるっつーの!」

 

 

不遇な少女達に、幸があらんことを。

 

なんて、ステラには似合わないか。

 

 

 

 

 

 

場所はオルクス大迷宮90層

 

「ごめん……先に逝く……愛してるよ、ミハイル……」

 

愛しそうな表情で、手に持つロケットペンダントを見つめながら、そんな呟きを漏らす魔人族。

 

彼女の頭上数ミリの場所から聖剣を振れないでいる天之河光輝。

 

光輝の表情は愕然としており、目をこれでもかと見開いて魔人族の女を見下ろしている。その瞳には、何かに気がつき、それに対する恐怖と躊躇いが生まれていた。その光輝の瞳を見た魔人族の女は、何が光輝の剣を止めたのかを正確に悟り、侮蔑の眼差しを返した。その眼差しに光輝は更に動揺する。

 

「……呆れたね……まさか、今になってようやく気がついたのかい? 〝人〟を殺そうとしていることに」

 

「ッ!?」

 

そう、光輝にとって、魔人族とはイシュタルに教えられた通り、残忍で卑劣な知恵の回る魔物の上位版、あるいは魔物が進化した存在くらいの認識だったのだ。実際、魔物と共にあり、魔物を使役していることが、その認識に拍車をかけた。自分達と同じように、誰かを愛し、誰かに愛され、何かの為に必死に生きている、そんな戦っている〝人〟だとは思っていなかったのである。あるいは、無意識にそう思わないようにしていたのか……

 

その認識が、魔人族の女の愛しそう表情で愛する人の名を呼ぶ声により覆された。否応なく、自分が今、手にかけようとした相手が魔物などでなく、紛れもなく自分達と同じ〝人〟だと気がついてしまった。自分のしようとしていることが〝人殺し〟であると認識してしまったのだ。

 

「まさか、あたし達を〝人〟とすら認めていなかったとは……随分と傲慢なことだね」

 

「ち、ちが……俺は、知らなくて……」

 

「――知らなかった?私が結構最初の方で教えたでしょうが。魔族、魔人族にだって彼らなりの正義があり、家族がある。妻がいる人、夫がいる人、娘がいる人、息子がいる人、恋人がいる人、友人がいる人、親友がいる人、悪友がいる人、恩師がいる人、愛する人、愛される人、そんな人達を滅ぼせるの?ってさ」

 

「ウガッ」

 

「あ、ごめん。踏んだ」

 

「っ……喜多さん?なぜ君がこんな所にいるんだ!ここは君がいていい場所じゃない!」

 

突然どこかから現れた希依と宇未。二人は光輝を睨みつけていた魔人族の女の上に着地してしまっていた。

 

「アハトド! この女を狙え! 全隊、攻撃せよ!」

 

アハトドと呼ばれた怪我を負った魔物が魔人族の女の命令に従って、猛烈な勢いで希依に迫る。突如現れた、魔人族を味方するようなことを言いながら自身を踏みつけたどちらの勢力かも分からない希依を真っ先に狙わせたのだ。

 

「宇未ちゃん、待機。今はまだその時ではないよ」

 

「はい、お姉ちゃん」

 

ガシッというより、グワシッといった方が正しいような掴み方でアハトドの顔面を掴み、希依は持ち上げる。

 

「君、アハトドって言ったっけ。魔のものが私に襲いかかるのがどういうことか、分かってる?」

 

「グッ、ガァ」

 

「故郷にでも帰って怪我を治して、健気に生きなね」

 

希依が離すと、アハトドはどこかへ立ち去ってしまう。

 

「アハトド!…あんた、いま何をしたんだい!」

 

希依がいましたのは初代魔王が得意としていた言葉の通じない生物とのコミュニケーション能力と、13代目魔王の十八番、無意識下にあった欲望の解放。

 

「魔人族の人とは初めてあった…いや、ウルでも顔をチラッと見たんだっけ。まいっか。んー、やっぱり魔族とは違うっぽい。

ほらほらみんなも、アハトド君に続いて帰りなね」

 

魔人族の女に従っていた他の魔物達も希依の言葉を聞いてどこかへ立ち去ってしまう。

 

 

 

ドォゴオオン!!

 

轟音と共に天井が崩落し、同時に紅い雷を纏った巨大な漆黒の杭が凄絶な威力を以て飛び出した。

 

 全長百二十センチのほとんどを地中に埋め紅いスパークを放っている巨杭に、眼前にいた香織と雫はもちろんのこと、光輝達、そして魔人族の女までもが硬直する。

 

戦場には似つかわしくない静寂が辺りを支配し、誰もが訳も分からず呆然と立ち尽くしていると、崩落した天井から人影が飛び降りてきた。その人物は、香織達に背を向ける形でスタッと軽やかに魔人族の女を踏みつけながら降り立つと、周囲を睥睨する。

 

そして、肩越しに振り返り背後で寄り添い合う香織と雫を見やった。

 

「……相変わらず仲がいいな、お前等」

 

苦笑いしながら、そんな事をいう彼に、考えるよりも早く香織の心が歓喜で満たされていく。

 

「ハジメくん!!」

 

「遅いよハジメくん。もうあらかた終わったよ?」

 

「げっ、喜多。なんでここに…つーか、なんでお前がいてここまでになんだよ」

 

「私もここに来たばっかなんだよ。分かる?実家から戻ってきてまず視界に入るのが可愛い愛子ちゃんかと思ったら岩壁と魔人族だった私の思いが」

 

「分かんねぇよ」

 

 



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第22話

 

「へ?ハジメくん?って南雲くん?えっ?なに?どういうこと?それに喜多さんまで」

 

香織の歓喜に満ちた叫びに、隣の雫が混乱しながら香織とハジメ、希依を転々と見やる。どうやら、香織は一発で目の前の白髪眼帯黒コートの人物がハジメだと看破したようだが、雫にはまだ認識が及ばないらしい。

 

しかし、それでも肩越しに振り返って自分達を苦笑い気味に見ている少年の顔立ちが、記憶にある南雲ハジメと重なりだすと、雫は大きく目を見開いて驚愕の声を上げた。

 

「えっ? えっ? ホントに? ホントに南雲くんなの? えっ? なに? ホントどういうこと?」

 

「いや、落ち着けよ八重樫。お前の売りは冷静沈着さだろ?」

 

「いやいやハジメくん。君の格好は堕ちる前と比べたらイメチェンどころか厨二病拗らせてガチコスプレした高校生くらい変貌してんだから、雫ちゃんの反応が正しいよ。むしろすぐに分かった香織ちゃんがおかしい」

 

 香織と同じく死を覚悟した直後の一連の出来事に、流石の雫も混乱が収まらないようで痛みも忘れて言葉をこぼす。

 

ハジメは、ふと気配を感じて頭上を見上げた。そして、落下してきた金髪の女の子ユエをお姫様抱っこで受け止めると恭しく脇に降ろし、ついで飛び降りてきたウサミミ少女シアも同じように抱きとめて脇に降ろす。

 

最後に降り立ったのは全身黒装束の少年、遠藤浩介だ。

 

「な、南雲ぉ! おまっ! 余波でぶっ飛ばされただろ! ていうか今の何だよ! いきなり迷宮の地面ぶち抜くとか……」

 

文句を言いながら周囲を見渡した遠藤は、そこに親友達と魔物の群れがいて、硬直しながら自分達を見ていることに気がつき「ぬおっ!」などと奇怪な悲鳴を上げた。そんな遠藤に、再会の喜びとなぜ戻ってきたのかという憤りを半分ずつ含めた声がかかる。

 

「「浩介!」」

 

「重吾! 健太郎! 助けを呼んできたぞ!」

 

「…ハジメくん、あれだれ?」

 

「影薄いやつ。むしろ無い」

 

「グハッ」

 

「「浩介~!!」」

 

「重吾、健太郎。助けを…呼んできた、…ぞ」

 

「「造介~!!」」

 

もうここは、完全にはシリアスになりきれない空間となってしまった。

 

 

「そこの赤毛の女。今すぐ去るなら追いはしない。死にたくなければ、さっさと消えろ」

 

ハジメは銃を突きつけて彼女に問いかける。

 

「……何だって?」

 

「戦場での判断は迅速にな。死にたくなければ消えろと言ったんだ。わかったか?」

 

改めて、聞き間違いではないとわかり、魔人族の女はスっと表情を消すと「殺しな」と諦めたように顔を伏せた。

 

 

 

 

「何なんだ……彼は一体、何者なんだ!?」

 

光輝が動かない体を横たわらせながら、そんな事を呟く。今、周りにいる全員が思っていることだった。その答えをもたらしたのは、先に逃がし、けれど自らの意志で戻ってきた仲間、遠藤だった。

 

「はは、信じられないだろうけど……あいつは南雲だよ」

 

「「「「「「は?」」」」」」

 

遠藤の言葉に、光輝達が一斉に間の抜けた声を出す。遠藤を見て「頭大丈夫か、こいつ?」と思っているのが手に取るようにわかる。遠藤は、無理もないなぁ~と思いながらも、事実なんだから仕方ないと肩を竦めた。

 

「だから、南雲、南雲ハジメだよ。あの日、橋から落ちた南雲だ。迷宮の底で生き延びて、自力で這い上がってきたらしいぜ。ここに来るまでも、迷宮の魔物が完全に雑魚扱いだった。マジ有り得ねぇ! って俺も思うけど……事実だよ」

 

「南雲って、え? 南雲が生きていたのか!?」

 

光輝が驚愕の声を漏らす。そして、他の皆も一斉に、現在進行形で自分達よりずっと強い魔人族を殺そうとするハジメを見て……やはり一斉に否定した。「どこをどう見たら南雲なんだ?」と。そんな心情もやはり、手に取るようにわかる遠藤は、「いや、本当なんだって。めっちゃ変わってるけど、ステータスプレートも見たし」と乾いた笑みを浮かべながら、彼が南雲ハジメであることを再度伝える。

 

皆が、信じられない思いで、ハジメの無情ぶりを茫然と眺めていると、ひどく狼狽した声で遠藤に喰ってかかる人物が現れた。

 

「う、うそだ。南雲は死んだんだ。そうだろ? みんな見てたじゃんか。生きてるわけない! 適当なこと言ってんじゃねぇよ!」

 

「うわっ、なんだよ! ステータスプレートも見たし、本人が認めてんだから間違いないだろ!」

 

「うそだ! 何か細工でもしたんだろ! それか、なりすまして何か企んでるんだ!」

 

「いや、何言ってんだよ? そんなことする意味、何にもないじゃないか」

 

遠藤の胸ぐらを掴んで無茶苦茶なことを言うのは檜山だ。顔を青ざめさせ尋常ではない様子でハジメの生存を否定する。周りにいる近藤達も檜山の様子に何事かと若干引いてしまっているようだ。

 

そんな錯乱気味の檜山に、比喩ではなくそのままの意味で冷水が浴びせかけられた。檜山の頭上に突如発生した大量の水が小規模な滝となって降り注いだのだ。呼吸のタイミングが悪かったようで若干溺れかける檜山。水浸しになりながらゲホッゲホッと咳き込む。一体何が!? と混乱する檜山に、冷水以上に冷ややかな声がかけられる。

 

「……大人しくして。鬱陶しいから」

 

その物言いに再び激高しそうになった檜山だったが、声のする方へ視線を向けた途端、思わず言葉を呑み込んだ。なぜなら、その声の主、ユエの檜山を見る眼差しが、まるで虫けらでも見るかのような余りに冷たいものだったからだ。同時に、その理想の少女を模した最高級のビスクドールの如き美貌に状況も忘れて見蕩れてしまったというのも少なからずある。

 

それは、光輝達も同じだったようで、突然現れた美貌の少女に男女関係なく自然と視線が吸い寄せられた。鈴などは明からさまに見蕩れて「ほわ~」と変な声を上げている。単に、美しい容姿というだけでなく、どこか妖艶な雰囲気を纏っているのも、見た目の幼さに反して光輝達を見蕩れさせている要因だろう。

 

「宇未ちゃん、あれが吸血鬼の特性の一つ、魅了だよ。ちゃんと使えるようになったら是非とも私に使ってね」

 

「…っ、貴女、宇未…だっけ、吸血鬼、なの?」

 

希依が宇未に話した内容にユエが興味を持ち、宇未に詰め寄る。

 

「い、一応はい、そうです」

 

「よろしく。仲良くしよう」

 

ユエにとっては初めての同種族の女の子。宇未は是非とも仲良くしたい存在だった。

宇未も満更でもないようで、羽根がパタパタと動きながらユエの差し出す手を握り返した。

 

「私は東江宇未です。よろしくお願いします!」

 

「私はユエ。よろしく」

 

「良かったね宇未ちゃん。もしかして愛子ちゃんと私以外だと友達って初めてなんじゃない?」

 

「はい!」

 

「ユエちゃん、宇未ちゃんと仲良くしたげてね」

 

「…ん、ハジメを狙わないなら、是非」

 

 

 

 

 

「あんた、本当に人間?」

 

「実は、自分でも結構疑わしいんだ。だが、化け物というのも存外悪くないもんだぞ?」

 

希依が目を逸らしているうちにも事態は進行していた。

 

魔人族の女は手足に銃撃による怪我が無数にあり、大量出血で今にも死にそうな様子。

 

「さて、普通はこういう時、何か言い遺すことは? と聞くんだろうが……生憎、お前の遺言なんぞ聞く気はない。それより、魔人族がこんな場所で何をしていたのか……それと、あの魔物を何処で手に入れたのか……吐いてもらおうか?」

 

「あたしが話すと思うのかい? 人間族の有利になるかもしれないのに? バカにされたもんだね」

 

嘲笑するように鼻を鳴らした魔人族の女に、ハジメは冷めた眼差しを返した。そして、何の躊躇いもなくドンナーを発砲し魔人族の女の両足をさらに撃ち抜いた。

 

「あがぁあ!!」

 

悲鳴を上げて崩れ落ちる魔人族の女。魔物が息絶え静寂が戻った部屋に悲鳴が響き渡る。情け容赦ないハジメの行為に、背後でクラスメイト達が息を呑むのがわかった。しかし、ハジメはそんな事は微塵も気にせず、ドンナーを魔人族の女に向けながら再度話しかけた。

 

「人間族だの魔人族だの、お前等の世界の事情なんざ知ったことか。俺は人間族として聞いているんじゃない。俺が知りたいから聞いているんだ。さっさと答えろ」

 

「……」

 

痛みに歯を食いしばりながらも、ハジメを睨みつける魔人族の女。その瞳を見て、話すことはないだろうと悟ったハジメは、勝手に推測を話し始めた。

 

「ま、大体の予想はつく。ここに来たのは、〝本当の大迷宮〟を攻略するためだろ?」

 

魔人族の女が、ハジメの言葉に眉をピクリと動かした。その様子をつぶさに観察しながらハジメが言葉を続ける。

 

「あの魔物達は、神代魔法の産物……図星みたいだな。なるほど、魔人族側の変化は大迷宮攻略によって魔物の使役に関する神代魔法を手に入れたからか……とすると、魔人族側は勇者達の調査・勧誘と並行して大迷宮攻略に動いているわけか……」

 

「どうして……まさか……」

 

ハジメが口にした推測の尽くが図星だったようで、悔しそうに表情を歪める魔人族の女は、どうしてそこまで分かるのかと疑問を抱き、そして一つの可能性に思い至る。その表情を見て、ハジメは、魔人族の女が、ハジメもまた大迷宮の攻略者であると推測した事に気がつき、視線で「正解」と伝えてやった。

 

「なるほどね。あの方と同じなら……化け物じみた強さも頷ける……もう、いいだろ? ひと思いに殺りなよ。あたしは、捕虜になるつもりはないからね……」

 

「あの方……ね。魔物は攻略者からの賜り物ってわけか……」

 

捕虜にされるくらいならば、どんな手を使っても自殺してやると魔人族の女の表情が物語っていた。そして、だからこそ、出来ることなら戦いの果てに死にたいとも。ハジメとしては神代魔法と攻略者が別にいるという情報を聞けただけで十分だったので、もう用済みだとその瞳に殺意を宿した。

 

魔人族の女は、道半ばで逝くことの腹いせに、負け惜しみと分かりながらハジメに言葉をぶつけた。

 

「いつか、あたしの恋人があんたを殺すよ」

 

その言葉に、ハジメは口元を歪めて不敵な笑みを浮かべる。

 

「敵だと言うなら神だって殺す。その神に踊らされてる程度の奴じゃあ、俺には届かない」

 

互いにもう話すことはないと口を閉じ、ハジメは、ドンナーの銃口を魔人族の女の頭部に向けた。

 

しかし、いざ引き金を引くという瞬間、大声で制止がかかる。

 

「待て! 待つんだ、南雲! 彼女はもう戦えないんだぞ! 殺す必要はないだろ!」

 

「……」

 

ハジメは、ドンナーの引き金に指をかけたまま、「何言ってんだ、アイツ?」と訝しそうな表情をして肩越しに振り返った。光輝は、フラフラしながらも少し回復したようで何とか立ち上がると、更に声を張り上げた。

 

「捕虜に、そうだ、捕虜にすればいい。無抵抗の人を殺すなんて、絶対ダメだ。俺は勇者だ。南雲も仲間なんだから、ここは俺に免じて引いてくれ」

 

「うわ、うわぁ…お姉ちゃん、まだダメ?」

 

「ダメ。R18Gを今やるのはちょっとよろしくない。せめて外に上がってからね」

 

「…はい」

 

 

余りにツッコミどころ満載の言い分に、ハジメは聞く価値すらないと即行で切って捨てた。そして、無言のまま……引き金を引いた。

 

ドパンッ!

 

乾いた破裂音が室内に木霊する。解き放たれた殺意は、狙い違わず魔人族の女の額を撃ち抜き、彼女を一瞬で絶命させた。

 

静寂が辺りを包む。クラスメイト達は、今更だと頭では分かっていても同じクラスメイトが目の前で躊躇いなく人を殺した光景に息を呑み戸惑ったようにただ佇む。そんな彼等の中でも一番ショックを受けていたのは香織のようだった。

 

人を殺したことにではない。それは、香織自身覚悟していたことだ。この世界で、戦いに身を投じるというのはそういうことなのだ。迷宮で魔物を相手にしていたのは、あくまで実戦訓練なのだから。

 

だから、殺し合いになった時、敵対した人を殺さなければならない日は必ず来ると覚悟していた。自分が後衛職で治癒師である以上、直接手にかけるのは雫や光輝達だと思っていたから、その時は、手を血で汚した友人達を例え僅かでも、一瞬であっても忌避したりしないようにと心に決めていた。

 

香織がショックを受けたのは、ハジメに、人殺しに対する忌避感や嫌悪感、躊躇いというものが一切なかったからである。息をするように自然に人を殺した。香織の知るハジメは、弱く抵抗する手段がなくとも、他人の為に渦中へ飛び込めるような優しく強い人だった。

 

その〝強さ〟とは、決して暴力的な強さをいうのではない。どんな時でも、どんな状況でも〝他人を思いやれる〟という強さだ。だから、無抵抗で戦意を喪失している相手を何の躊躇いも感慨もなく殺せることが、自分の知るハジメと余りに異なり衝撃だったのだ。

 

雫は、親友だからこそ、香織が強いショックを受けていることが手に取るようにわかった。そして、日本にいるとき、普段から散々聞かされてきたハジメの話しから、香織が何にショックを受けているのかも察していた。

 

雫は、涼しい顔をしているハジメを見て、確かに変わりすぎだと思ったが、何も知らない自分がそんな文句を言うのはお門違いもいいところだということもわかっていた。なので、結局、何をすることも出来ず、ただ香織に寄り添うだけに止めた。

 

だが、当然、正義感の塊たる勇者の方は黙っているはずがなく、静寂の満ちる空間に押し殺したような光輝の声が響いた。

 

「なぜ、なぜ殺したんだ。殺す必要があったのか……」

 

ハジメは、シアの方へ歩みを進めながら、自分を鋭い眼光で睨みつける光輝を視界の端に捉え、一瞬、どう答えようかと迷ったが、次の瞬間には、そもそも答える必要ないな!と考え、さらりと無視することにした。

 

もっとも、そんなハジメの態度を相手が許容するかは別問題である。

 

必死に感情を押し殺した光輝の声が響く中、その言葉を向けられている当人はというと、まるでその言葉が聞こえていないかのように、スタスタと倒れ伏すメルドの傍に寄り添うシアのもとへ歩みを進めた。

 

ユエの方も、宇未と存分に話せたのかハジメ達の方へ向かう。背後で「あぁ、お姉さまぁ!」と速攻で落ちた羽根をパタつかせる幼女が叫んでいたがスルーだ。

 

「シア、メルドの容態はどうだ?」

 

「危なかったです。あと少し遅ければ助かりませんでした。……指示通り〝神水〟を使って置きましたけど……良かったのですか?」

 

「ああ、この人には、それなりに世話になったんだ。それに、メルドが抜ける穴は、色んな意味で大きすぎる。特に、勇者パーティーの教育係に変なのがついても困るしな。まぁ、あの様子を見る限り、メルドもきちんと教育しきれていないようだが……人格者であることに違いはない。死なせるにはいろんな意味で惜しい人だ」

 

ハジメは、龍太郎に支えられつつクラスメイト達と共に歩み寄ってくる光輝が、未だハジメを睨みつけているのをチラリと見ながら、シアに、メルドへの神水の使用許可を出した理由を話した。ちなみに、〝変なの〟とは、例えば、聖教教会のイシュタルのような人物のことである。

 

「……ハジメ」

 

「ユエ」

 

「んっ」

 

シアと話しているうちにユエが到着する。自分の名を呼び見上げてくるユエの頬を優しく撫でながら、ハジメは、感謝の意を伝えた。それに、視線で「気にしないで」と伝えながらも、嬉しそうに目元を綻ばせるユエ。自然、ハジメの眼差しも和らぎ見つめ合う形になる。

 

「……お二人共、空気読んで下さいよ……ほら、正気に戻って! ぞろぞろ集まって来ましたよ!」

 

既に病気と言ってもいいくらい、いつも通り二人の世界を作り始めたハジメとユエに、シアがパンパンと手を鳴らしながらツッコミを入れて正気に戻す。

 

何やら、光輝とは違う意味で睨む視線が増えたような気がするハジメ。特に、光輝達とは別方向から来る視線に、何故か背筋が粟立った。

 

「おい、南雲。なぜ、彼女を……」

 

「ハジメくん……いろいろ聞きたい事はあるんだけど、取り敢えずメルドさんはどうなったの? 見た感じ、傷が塞がっているみたいだし呼吸も安定してる。致命傷だったはずなのに……」

 

ハジメを問い詰めようとした光輝の言葉を遮って、香織が、真剣な表情でメルドの傍に膝を突き、詳しく容態を確かめながらハジメに尋ねた。

 

ハジメは、一瞬、自分に向けられた香織の視線に肝が冷えるような感覚を味わったが、気のせいだと思うことにして、香織の疑問に答えることにした。

 

「ああ、それな……ちょっと特別な薬を使ったんだよ。飲めば瀕死でも一瞬で完全治癒するって代物だ」

 

「そ、そんな薬、聞いたことないよ?」

 

「そりゃ、伝説になってるくらいだしな……普通は手に入らない。だから、八重樫は、喜多にでも直して貰え。できるだろ?」

 

取り敢えず、メルドは心配ないとわかり安堵の息を吐く香織達。そこで、光輝が再び口を開く。

 

「おい、南雲、メルドさんの事は礼を言うが、なぜ、かの……」

 

「雫ちゃんこっちおいでー。他にも怪我してる子はこっちね。女の子が顔に怪我なんて残しちゃダメだよ!」

 

「は、はい」

 

希依は「因果律コントロールMAX」と呟きながら雫の頭を撫でると、怪我だけでなく防具も新品同様に直ってしまう。

 

「おい、南雲、メルドさんの事は礼を言うが、なぜ、かの……」

 

「ハジメくん。メルドさんを助けてくれてありがとう。私達のことも……助けに来てくれてありがとう」

 

そして、再び、香織によって遮られた。光輝が、物凄く微妙な表情になっている。しかし、香織は、そんな光輝のことは全く気にせず真っ直ぐにハジメだけを見ていた。ハジメの変わりように激しいショックを受けはしたが、それでも、どうしても伝えたい事があったのだ。メルドの事と、自分達を救ってくれたことのお礼を言いつつハジメの目の前まで歩み寄る。

 

そして、グッと込み上げてくる何かを堪えるように服の裾を両の手で握り締め、しかし、堪えきれずにホロホロと涙をこぼし始めた。嗚咽を漏らしながら、それでも目の前のハジメの存在が夢幻でないことを確かめるように片時も目を離さない。ハジメは、そんな香織を静かに見返した。

 

「ハジメぐん……生きででくれで、ぐすっ、ありがどうっ。あの時、守れなぐて……ひっく……ゴメンねっ……ぐすっ」

 

クラスメイトのうち、女子は香織の気持ちを察していたので生暖かい眼差しを向けており、男子の中でも何となく察していた者は同じような眼差しを、近藤達は苦虫を噛み潰したような目を、光輝と龍太郎は香織が誰を想っていたのか分かっていないのでキョトンとした表情をしている。鈍感主人公を地で行く光輝と脳筋の龍太郎、雫の苦労が目に浮かぶ。

 

シアは「むっ、もしや新たなライバル?」と難しい表情をし、ユエはいつにも増して無表情でジッと香織を見つめている。

 

ハジメは、目の前で顔をくしゃくしゃにして泣く香織が、遠藤に聞いていた通り、あの日からずっと自分の事を気にしていたのだと悟り、何とも言えない表情をした。

 

正直、ユエには一度、自分の境遇を話す上で香織の話をしたことはあったのだが、それは奈落にいるときのことで、それ以降、ウルの町で愛子達に再会するまで香織の事は完全に忘れていたのだ。なので、これほど強く想われていた事に、少しだけ罪悪感が湧き上がった。

 

ハジメは、困ったような迷うような表情をした後、苦笑いしながら香織に言葉を返した。

 

「……何つーか、心配かけたようだな。直ぐに連絡しなくて悪かったよ。まぁ、この通り、しっかり生きてっから……謝る必要はないし……その、何だ、泣かないでくれ」

 

そう言って香織を見るハジメの眼差しは、いつか見た「守ってくれ」と言った時と同じ香織を気遣う優しさが宿っていた。その眼差しに、あの約束を交わした夜を思い出し、胸がいっぱいになる香織。思わずワッと泣き出し、そのままハジメの胸に飛び込んでしまった。

 

胸元に縋り付いて泣く香織に、どうしたものかと両手をホールドアップしたまま途方に暮れるハジメ。他のクラスメイトだったら、問答無用に鬱陶しいと投げ飛ばすか、ヤクザキックで意識を刈り取るかするのだが、ここまで純粋に変わらない好意を向けられると、奈落に落ちる前のこともあり、邪険にしづらい。

 

ただ、ユエの手前、ほかの女を抱きしめるのははばかられたので、銃口を突きつけられた人のように両手をホールドアップさせたまま、香織の泣くに任せるという中途半端な対応になってしまった。実に、ハジメらしくない。

 

傍らにいる雫から「私の親友が泣いているのよ! 抱きしめてあげてよぉ!」という視線が叩きつけられているが、無言で見つめてくるユエの視線もあるので身動きが取りづらい。仕方なく間をとって、ポンポンと軽く頭を撫でるに止めてみた。本当に、いつになくヘタレているハジメだった。

 

 

「……ふぅ、香織は本当に優し……」

 

「あ、喜多さん喜多さん!名前で呼んでいい?鈴のことは鈴って呼んでね!」

 

「おっけ鈴ちゃん!あ、プリン食べる?」

 

「食べるー!」

 

ハジメと香織に割って入ろうとした光輝、クラスメイトの女子を落とし餌付けを始める希依、そしてされる谷口鈴。三名にお前ら空気読め!という視線が突き刺さるも本人達は気づかない。

 

「あれが、天之川光輝…」

 



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第23話


投稿する度に感想くれる方を神、または休みをくれない社長(褒め言葉)と呼ぼう。

社長!夏休み以降有給いただきます!


 

「香織は本当に優しいな。クラスメイトが生きていた事を泣いて喜ぶなんて……でも、南雲は無抵抗の人を殺したんだ。話し合う必要がある。もうそれくらいにして、南雲から離れた方がいい」

 

何度も遮られた言葉をようやっと言えた言葉だが、クラスメイトの一部から「お前、空気読めよ!」という非難の眼差しが光輝に飛んだ。この期に及んで、この男は、まだ香織の気持ちに気がつかないらしい。何処かハジメを責めるように睨みながら、ハジメに寄り添う香織を引き離そうとしている。単に、香織と触れ合っている事が気に食わないのか、それとも人殺しの傍にいることに危機感を抱いているのか……あるいはその両方かもしれない。

 

「ちょっと、光輝! 南雲君は、私達を助けに来てくれたのよ? そんな言い方はないでしょう?」

 

「だが、雫。彼女は既に戦意を喪失していたんだ。殺す必要はなかった。南雲がしたことは許されることじゃない」

 

「あのね、光輝、いい加減にしなさいよ? 大体……」

 

光輝の物言いに、雫が目を吊り上げて反論する。クラスメイト達は、どうしたものかとオロオロするばかりであったが、檜山達は、元々ハジメが気に食わなかったこともあり、光輝に加勢し始める。

 

次第に、ハジメの行動に対する議論が白熱し始めた。香織は、既にハジメの胸元から離れて涙を拭った後だったが、先程のハジメの様子にショックを受けていたこともあり、何かを考え込むように難しい表情で黙り込んでいた。

 

「……くだらない連中。ハジメ、もう行こう?」

 

「あー、うん、そうだな」

 

絶対零度と表現したくなるほどの冷たい声音で、光輝達を〝くだらない〟と切って捨てたのはユエだ。その声は、小さな呟き程度のものだったが、光輝達の喧騒も関係なくやけに明瞭に響いた。一瞬で、静寂が辺りを包み、光輝達がユエに視線を向ける。

 

ハジメは、元々遠藤から話を聞いて、香織を助けるために来ただけなので用は済んでいる。なので、ハジメの手を引くユエに従い、部屋を出ていこうとした。シアも、周囲を気にしながら追従する。

 

そんなハジメ達に、やっぱり光輝が待ったをかけた。

 

「待ってくれ。こっちの話は終わっていない。南雲の本音を聞かないと仲間として認められない。それに、君は誰なんだ? 助けてくれた事には感謝するけど、初対面の相手にくだらないんて……失礼だろ? 一体、何がくだらないって言うんだい?」

 

「……」

 

「お姉ちゃん、やっぱりダメ?」

 

「我慢して」

 

光輝が、またズレた発言をする。言っている事自体はいつも通り正しいのだが、状況と照らし合わせると、「自分の胸に手を置いて考えろ」と言いたくなる有様だ。ここまでくれば、何かに呪われていると言われても不思議ではない。

 

ユエは、既に光輝に見切りをつけたのか、会話する価値すらないと思っているようで視線すら合わせない。光輝は、そんなユエの態度に少し苛立ったように眉をしかめるが、直ぐに、いつも女の子にしているように優しげな微笑みを携えて再度、ユエに話しかけようとした。

 

このままでは埓があかないどころかユエを不快にさてしまうと感じたハジメは、面倒そうな表情で溜息を吐きながらも代わりに少しだけ答えることにした。

 

「天之河。存在自体が色んな意味で冗談みたいなお前を、いちいち構ってやる義理も義務もないが、それだとお前はしつこく絡んできそうだから、少しだけ指摘させてもらう」

 

「指摘だって? 俺が、間違っているとでも言う気か? 俺は、人として当たり前の事を言っているだけだ」

 

「いい加減にしてください、天之川光輝。間違っていなければいいのではないし、周囲に理解されていない時点でそれが当たり前なのはあなたの中だけです」

 

「なんだい、君まで。間違っていない事の何がいけないんだい?…その羽根、まさか他にも魔人族が居たとはね!うおぉおお!」

 

我慢の限界を迎えそうな宇未がついに牙を向く。宇未を魔人族と勘違いし、聖剣を振るう光輝に対し、宇未は一切の防御の姿勢をとらずじっと見つめている。

 

「キャー!」

 

女子生徒の誰かが悲鳴をあげる。

 

振り下ろされた聖剣は宇未の肩から腰を斜めに切断し、半身が地面に落ちる。

 

「なっ、あ、いや、なんで、俺はそんなつもりじゃ、…そ、そうだ!これはきっと幻覚に違いない!卑怯だぞ!正々堂々と戦え!」

 

「…そんなわけない。あなたが私を殺した」

 

落ちた上半身だけの宇未が血を吐きながら光輝に事実を伝える。

 

顔が青ざめる光輝に宇未がさらに追い打ちをかける。

 

「お前は、南雲ハジメさんがあの女を殺したから怒っているんじゃない。人死にを見るのが嫌だっただけ」

 

「な、何を言っているんだ!」

 

「でも、自分達を殺しかけ、騎士団員を殺害したあの女を殺した事自体を責めるのはお門違いだと分かっている。だから、無抵抗の相手を殺したと論点をズラした。見たくないものを見させられた、自分が出来なかった事をあっさりやってのけられた……その八つ当たりをしているだけ。さも、正しいことを言っている風を装って」

 

まぁ、八つ当たりは私のお前を殺す理由と同じだからあまり言えたことではないけど。

 

「ち、違う! 勝手なこと言うな!南雲が、無抵抗の人を殺したのは事実だろうが!」

 

「敵を殺す、それの何が悪いの?」

 

「なっ!?何がって、人殺しだぞ!悪いに決まってるだろ!」

 

「人殺しは悪だと言いながら、お前は悪だと言いながら人を追い詰める輩を、私は『悪質な正義』と呼んでいる」

 

宇未の下半身が灰になり、未だ落ちたままの上半身から巫女服と一緒に下半身が再生する。

 

「私は悪党。正義に奪われ、犯され、殺された罪無き悪党」

 

「だ、だからなんだと言うんだ!俺は君から奪いなんてしていない!」

 

「そんなこと知ってる。運の悪い己を恨め。これはかつてあなたのような正義に言われた言葉。そっくりそのまま押し付けてあげる」

 

龍人種としての腕力、吸血鬼としての怪力、神の眷属としての神通力。それら全てを込めて殴り掛かる。

 

「私の八つ当たりのために死ね」

 

「…っ」

 

「はいストップ。宇未ちゃん、外に出てからって言ったよね?」

 

宇未の表面が龍の腕のように変化した右腕を希依は片手で防ぐが、衝撃は殺しきれず背後にいた光輝が吹き飛ばされて気絶する。

 

「ごめんなさい、お姉ちゃん。…我慢、出来なかった」

 

「そっか。じゃあ、宇未ちゃんのために一度皆で外に出よっか。皆、聞くだけ聞くけどそれでいい?」

 

展開が急すぎてついていけないのか、反応できるものが居ない。

光輝がハジメに言ったことにハジメやユエ以上の怒りを見せた宇未に戸惑っているようだ。

 

「『ドラゴンクエスト』より、『リレミト』を出力」

 

その場に居る全員が光に包まれ、一瞬にして大迷宮の入場ゲート前へと転移した。

 

 

 

「あっ!パパぁー!!」

 

「…ミュウか」

 

ハジメをパパと呼ぶ幼女の登場である。

 

光輝の頓珍漢と宇未の怒りによって生まれたシリアスが、外に出た途端幼女によって優しく崩された。

 

「パパぁー!! おかえりなのー!!」

 

オルクス大迷宮の入場ゲートがある広場に、そんな幼女の元気な声が響き渡る。

 

各種の屋台が所狭しと並び立ち、迷宮に潜る冒険者や傭兵相手に商魂を唸らせて呼び込みをする商人達の喧騒。そんな彼等にも負けない声を張り上げるミュウに、周囲にいる戦闘のプロ達も微笑ましいものを見るように目元を和らげていた。

 

ステテテテー!と可愛らしい足音を立てながら、ハジメへと一直線に駆け寄ってきたミュウは、そのままの勢いでハジメへと飛びつく。ハジメが受け損なうなど夢にも思っていないようだ。

 

「あの厨二病拗らせたハジメくんにさらにパパ属性の追加!?ママは誰?ユエちゃん?シアちゃん?それともティオさんとそういうプレイでもしたの?」

 

ドパン!

 

「喜多、黙れ」

 

希依の右手にはハジメお手製の弾丸が握られた。

 

「ちょっ、ハジメくん!?普通か弱い女の子に向かってレールガンなんて撃つ!?」

 

「か弱い女の子はレールガン素手で掴み取らねぇよ!」

 

周りのクラスメイト達もウンウンと首を上下させている。

 

「パパ、あの人パパの友達??」

 

「あれは喜多っていう妖怪だ。友達じゃない」

 

「ふーん」

 

「ちょ!妖怪は無いでしょ妖怪は!せめて邪神か魔王にしてよ!」

 

「ミュウ、迎えに来たのか? ティオはどうした?」

 

「無視すなー!」

 

「うん。ティオお姉ちゃんが、そろそろパパが帰ってくるかもって。だから迎えに来たの。ティオお姉ちゃんは……」

 

「妾は、ここじゃよ」

 

「くっ、ハジメくんのお嫁さんたちが美人揃いだからハジメくん以外に文句は言えない…」

 

人混みをかき分けて、妙齢の黒髪金眼の美女が現れる。言うまでもなくティオだ。ハジメは、いつはぐれてもおかしくない人混みの中で、ミュウから離れたことを非難する。

 

「おいおい、ティオ。こんな場所でミュウから離れるなよ」

 

「目の届く所にはおったよ。ただ、ちょっと不埒な輩がいての。凄惨な光景はミュウには見せられんじゃろ」

 

「なるほど。それならしゃあないか……で? その自殺志願者は何処だ?」

 

「いや、ご主人様よ。妾がきっちり締めておいたから落ち着くのじゃ」

 

「……チッ、まぁいいだろう」

 

「……ホントに子離れ出来るのかの?」

 

ハジメとティオの会話を呆然と聞いていた香織達。ハジメが、この四ヶ月の間に色々な経験を経て自分達では及びもつかないほど強くなったことは理解したが、「まさか父親になっているなんて!」と誰もが唖然とする。特に男子などは、「一体、どんな経験積んできたんだ!」と、視線が自然とユエやシア、そして突然現れた黒髪巨乳美女に向き、明らかに邪推をしていた。ハジメが、迷宮で拷問殺人した時より驚きの度合いは強いかもしれない。

 

ゆらりと一人進みでる。顔には笑みが浮かんでいるのに目が全く笑っていない……香織だ。香織は、ゆらりゆらりと歩みを進めると、突如、クワッと目を見開き、ハジメに掴みかかった。

 

「ハジメくん!どういうことなの!?本当にハジメくんの子なの!?誰に産ませたの!?ユエさん!?シアさん!?希依ちゃん!?それとも、そっちの黒髪の人!?まさか、他にもいるの!?一体、何人孕ませたの!? 答えて!ハジメくん!」

 

「えっ、私ハジメくんに孕まされたの?」

 

「少なくとも喜多はねぇよ!」

 

ハジメの襟首を掴みガクガクと揺さぶりながら錯乱する香織。ハジメは誤解だと言いながら引き離そうとするが、香織は、何処からそんな力が出ているのかとツッコミたくなるくらいガッチリ掴んで離さない。香織の背後から、「香織、落ち着きなさい!彼の子なわけないでしょ!」と雫が諌めながら羽交い絞めにするも、聞こえていないようだ。

 

そうこうしているうちに、周囲からヒソヒソと噂するような声が聞こえて来た。

 

「何だあれ? 修羅場?」

 

「何でも、女がいるのに別の女との間に子供作ってたらしいぜ?」

 

「一人や二人じゃないってよ」

 

「五人同時に孕ませたらしいぞ?」

 

「いや、俺は、ハーレム作って何十人も孕ませたって聞いたけど?」

 

「でも、妻には隠し通していたんだってよ」

 

「なるほど……それが今日バレたってことか」

 

「ハーレムとか……羨ましい」

 

「漢だな……死ねばいいのに」

 

「いやいや、あんな微笑ましい光景見て和もうよ。大迷宮なんて篭っててもモテ期なんてこないんだから」

 

「「「「グハッ」」」」

 

 どうやらハジメは、妻帯者なのにハーレムの主で何十人もの女を孕ませた挙句、それを妻に隠していた鬼畜野郎という事になったらしい。未だにガクガクと揺さぶってくる香織を尻目に天を仰ぐハジメは、不思議そうな表情をして首を傾げる傍らのミュウの頭を撫でながら深い溜息をついた。

 

 

 

「岩石の土炒めと、水晶の刺身。お姉ちゃん、どっちが食べたくない?」

 

「八つ当たりで食べさす気?とりあえずミネラルは豊富そうだね」

 

既に宇未の手には岩と土を混ぜて焦がしたものを皿に盛り付けたものが出来上がっていた。

 

「栄養を取らせて丈夫なサンドバックに…」

 

「ねぇ宇未ちゃん、その超肉体派魔女みたいな考え方やめない?」

 

「じゃあ、お姉ちゃんならどうする?」

 

「香織ちゃんとハジメくんの縁結びとか?」

 

「それお願い」

 

「いいよー」

 



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第24話

ハジメ達は、現在、入場ゲートを離れて、町の出入り口付近の広場に来ていた。ハジメの漢としての株が上がり、社会的評価が暴落した後、ハジメは、ギルド長の下へ依頼達成報告をし、二、三話してから、いろいろ騒がしてしまったので早々に町を出ることにしたのだ。

 

光輝達がぞろぞろと、出ていこうとするハジメ達の後について来たのは、香織がついて行ったからだ。香織は、未だ羞恥に悶えつつも、頭の中は必死にどうすべきか考えていた。このままハジメとお別れするのか、それともついて行くのか。心情としては付いて行きたいと思っている。やっと再会出来た想い人と離れたいわけがない。

 

しかし、明確に踏ん切りがつかないのは、光輝達のもとを抜けることの罪悪感と、変わってしまったハジメに対する心の動揺のせいだ。しかも、その動揺を見透かされ嘲笑されてしまったことも効いている。

 

香織も、ユエがそうであったように、ユエがハジメを強く思っていることを察していた。そして、何より刺となって心に突き刺さったのは、ハジメもまたユエを特別に思っている事だ。想い合う二人。その片割れに、「お前の想いは所詮その程度だ」と嗤われ、香織自身、動揺する心に自分の想いの強さを疑ってしまった。

 

自分の想いはユエに負けているのではないか、今更、自分が想いを寄せても迷惑なだけではないか、何より、自分は果たして今のハジメを見れているのか、過去のハジメを想っているだけではないのか、加えてユエの尋常ならざる実力の高さとハジメのパートナーとしての威風堂々とした立ち振る舞いに、香織は……圧倒されていた。要は、女としても、術者としても、ハジメへの想いについても、自信を喪失しているのである。

 

いよいよ、ハジメ達が出て行ってしまうというその時、何やら不穏な空気が流れた。それに気がついて顔を上げた香織の目に、十人ほどの男が進路を塞ぐように立ちはだかっているのが見えた。

 

「おいおい、どこ行こうってんだ? 俺らの仲間、ボロ雑巾みたいにしておいて、詫びの一つもないってのか? ア゛ァ゛!?」

 

薄汚い格好の武装した男が、いやらしく頬を歪めながらティオを見て、そんな事をいう。どうやら、先程、ミュウを誘拐しようとした連中のお仲間らしい。ティオに返り討ちにあったことの報復に来たようだ。もっとも、その下卑た視線からは、ただの報復ではなく別のものを求めているのが丸分かりだ。

 

この町で、冒険者ならばギルドの騒動は知っているはずなので、ハジメに喧嘩を売るような真似をするはずがない。なので、おそらく彼等は、賊紛いの傭兵と言ったところなのだろう。

 

ハジメ達が、噛ませ犬的なゲス野郎どもに因縁を付けられるというテンプレな状況に呆れていると、それを恐怖で言葉も出ないと勘違いしたようで、傭兵崩れ達は、更に調子に乗り始めた。

 

その視線がユエやシアにも向く。舐めるような視線に晒され、心底気持ち悪そうにハジメの影に体を隠すユエとシア。

 

「ユエお姉様にそんな目を向けるな」

 

宇未が手に握るのは無骨で通常のものより一回り太く、刃こぼれやヒビが無数に出来ている刀。名を『罰廻』特殊な効果を一切の持たない、ただ重くてボロボロな刀。

それを振るわれた傭兵崩れ達は手足や背骨、あばら骨等をバキバキとへし折られ、痛みに悶える。

 

「おおー。やっぱりロリっ子にはでかい武器が定番だよね」

 

「…ん、宇未、ありがとう」

 

「どういたしまして、お姉様!」

 

「ん、よしよし」

 

ユエよりちょっとだけ背の低い宇未はユエに撫でられて頬を緩ます。

 

 

「んー、気が変わった。縁は縁でも別の縁にしよ」

 

希依はポケットから赤い糸を取り出し、未だメルドに担がれている光輝に向けて糸の片端を投げると、糸は伸び、光輝をグルグル巻にする。もう片端を、ハジメを睨んでいる檜山に投げつけると光輝と同じようにグルグル巻にしてしまう。

 

あくまでも糸なので注意力が散漫になっている檜山は気づかないが、希依の行動を見ていた他の生徒たちやメルドは訝しげながら見ている。

 

「これは『縁を結ぶ赤い糸』って言ってね、二人の人間を物理的に縁結びしてくれる便利アイテムなんだよ」

 

物理的に縁結びする糸。その糸が光輝と檜山に巻きついている。つまりは、そういうことだろう。

 

「それではご唱和ください。it's showtime!!」

 

糸は収縮し、光輝はメルドから離れて檜山に近づいていく。流石に檜山も異変に気づくも、神の縁結びには逆らえず光輝と檜山の顔は目と鼻の先。

この後の展開が読めた男子達は苦笑いを浮かべ、女子達はキャーキャーと言いながら顔を手で隠すも目の部分に当てている指には隙間が空いていてしっかりと見ている。

檜山は腕を伸ばして近づけないようにしようとするが、そうすると腰に巻きついた糸がくい込んで痛みが生じ、腰に手を当ててしまう。

ブッチュウ、と未だ気絶している光輝と目を血ばらせている檜山の唇が重なる。

唇を重ねてなお、糸は収縮をやめない。腹が重なり足が重なり、全身が重なったところでバランスを崩し、光輝が檜山にのしかかる姿勢で押し倒されてしまう。

檜山は文句を言おうとするも光輝の唇は離れず、口もまともに開けないでいる。

 

「「っ~~!~!」」

 

どうやら倒れた拍子に光輝も目が覚めたようだが既に力を入れられるような状態では無く、キスをした状態で動けないでいる。

 

散々この二人から迷惑をかけられたハジメやユエ、宇未からは「よくやった」とでも言いたげな目を向けられるが、何処からか殺気の篭った視線が希依に突き刺さる。この二人のどちらかに惚れてる子でも居たんだろうと解釈した希依はお構い無しに本来ハジメと物理的縁結びをする予定だった香織のもとへと向かう。

 

「さ、香織ちゃん。今のうちにハジメくんに告っておいでよ。今なら邪魔する人は居ないよ」

 

「えっ、いや、でも、えっと~」

 

「あなた、この状況で告らせるって結構な鬼ね」

 

雫がつっこみを入れるがその言葉は希依にも香織にも届かない。

 

「何を躊躇ってるの?告るだけなら失うものなんて大してないでしょ?」

 

「いや、えっとね、その~…」

 

何かに悩み行動出来ないでいる香織。

 

「香織ちゃん、そんなもたついて、明日告られたらどうするの?」

 

「へ?」

 

「ハジメくんからじゃないよ?今日というか今すぐにでも出発しちゃいそうだし。

例えばそこの天之川光輝とか、檜山とか。仮にその辺のから告られたとして、それを香織ちゃんはOK出せるの?」

 

「そ、そんなわけ…」

 

「そう、無い。そりゃそうだよ。香織ちゃん、そいつらのことそんなに好きじゃないんだもん。

当然振るとして、その後一緒に訓練とか迷宮攻略とかできると思ってんの?」

 

「そんなの、…ううん、そうだね。ありがとう希依ちゃん!私行ってくる!」

 

香織は魔力駆動四輪に荷物を積んでいるハジメのもとへ駆けていく。

 

「驚いたわ。あなた、まともなアドバイス出来るのね」

 

「意外と失礼だね、雫ちゃん」

 

「あそこで香織が決心しなかったらどうする気だったのかしら?」

 

「その時はまぁ、物理的縁結び?」

 

「もっと普通の縁結びは無いのかしら。あれじゃあその先に幸せが無さそう」

 

「そう?私が告ったときは割とあんな感じだったけど」

 

「あなたに恋人がいるの?」

 

「またまた失礼な。いるよ、琴音っていうとびっきり可愛い恋人が」

 

「名前からして、女の子よね?」

 

「うん。妹で後輩の女の子」

 

「私、あなたにだけは恋愛相談しないと決めたわ」

 

「神々って結構同性愛が普通なんだよ。つまり、同性愛を嫌う人間の方が異常」

 

「その超理論で納得出来る人間は極僅かよ」

 

「いつでも少数派の味方、そんな神で私はありたい」

 

「神って、あなた厨二病?」

 

「むしろこの世界の人達の大半が厨二病でしょ。何あの鳥肌が立つような詠唱」

 

「それは否定できない…って、どうやら済んだみたいね」

 

 

 

 

「雫ちゃん、みんな、ごめんね。自分勝手だってわかってるけど……私、どうしてもハジメくんと行きたいの。だから、パーティーは抜ける。本当にごめんなさい」

 

そう言って深々と頭を下げる香織に、鈴や恵里、綾子や真央など女性陣はキャーキャーと騒ぎながらエールを贈った。勇者パーティとは別の前線組の永山、遠藤、野村の三人も、香織の心情は察していたので、気にするなと苦笑いしながら手を振った。

光輝と檜山も香織の言葉が聞こえたようでモゾモゾと悶えるが指を絡ませたり足が絡んだりと気色悪いオブジェが出来るだけだった。

 

「香織、こっちは私が上手いことやっておくから気にせずイチャついて来なさい。

南雲くん、ちゃんと香織のことも見てあげてちょうだい。そうでないと、大変なことになるわよ」

 

雫の悪魔のような笑みにハジメは顔を引き攣らせる。

 

「『白髪眼帯の処刑人』なんてどうかしら?」

 

「……なに?」

 

「それとも、『破壊巡回』と書いて『アウトブレイク』と読む、なんてどう?」

 

「ちょっと待て、お前、一体何を……」

 

「他にも『漆黒の暴虐』とか『紅き雷の錬成師』なんてのもあるわよ?」

 

「お、おま、お前、まさか……」

 

突然、わけのわからない名称を列挙し始めた雫に、最初は訝しそうな表情をしていたハジメだったが、雫がハジメの頭から足先まで面白そうに眺めていることに気がつくと、その意図を悟りサッと顔を青ざめさせた。

 

「ふふふ、今の私は神の使徒で勇者パーティーの一員。私の発言は、それはもうよく広がるのよ。ご近所の主婦ネットワーク並みにね。さぁ、南雲君、あなたはどんな二つ名がお望みかしら……随分と、名を付けやすそうな見た目になったことだし、盛大に広めてあげるわよ?」

 

「まて、ちょっと、まて! なぜ、お前がそんなダメージの与え方を知っている!?」

 

「香織の勉強に付き合っていたからよ。あの子、南雲君と話したくて、話題にでた漫画とかアニメ見てオタク文化の勉強をしていたのよ。私も、それに度々付き合ってたから……知識だけなら相応に身につけてしまったわ。確か、今の南雲君みたいな人をちゅうに…」

 

「やめろぉー! やめてくれぇ!」

 

「あ、あら、想像以上に効果てきめん……自覚があるのね」

 

「こ、この悪魔めぇ……」

 

「ま、雫ちゃんがそんなことするまでもなく香織ちゃんだけでなくユエちゃんにシアちゃん、ティオさんを一人でも悲しませたりしたら私が適当にイシュタル辺りと縁結びするから片隅にでも思い留めておいてね」

 

「お前…やっぱ妖怪だろ」

 

「だから邪神か魔王にしてって」

 

「喜多さん、それは流石に私もどうかと思うわよ」

 

「最低でも四人、ミュウちゃんも入れれば五人と人生を共にするんだから、ジジイかおっさん辺りとキスするくらいの覚悟はして貰わないと」

 

既に、生まれたての小鹿のようにガクブルしながら膝を突いているハジメ。

 

「ふふ、じゃあ、香織のことお願いね?」

 

「……」

 

「ふぅ、破滅挽歌(ショットガンカオス)復活災厄(リバースカラミティ)……」

 

「わかった!わかったから、そんなイタすぎる二つ名を付けないでくれ!喜多は糸を取り出すな!」

 

「香織のこと、お願いね?」

 

「……少なくとも、邪険にはしないと約束する」

 

「ええ、それでも十分よ。これ以上、追い詰めると発狂しそうだし……約束破ったら、この世界でも日本でも、あなたを題材にした小説とか出すから覚悟してね?」

 

「おまえ、ホントはラスボスだろ?そうなんだろ?そして喜多は裏ボスか」

 

「薬草五つ分の金を持たせて魔王討伐を命ずる王様よりマシでしょ?ほら、そろそろ縁結びの効果が切れるから今のうちだよ」

 

「はぁ~」と露骨にため息を吐きながらハジメは魔力駆動四輪に乗り込む。希依の「またねー」という言葉に返事を返さずに魔力駆動四輪は次の目的地へと走り出した。

 

 

 



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第25話

 

ハジメ達の乗る魔力駆動四輪の姿が見えなくなるまで見送った後、怒声が聞こえてくる。

 

縁結びから開放された天之川光輝が希依達のもとへと詰め寄って来た。

 

「なんてことをしてくれたんだ!君たちのせいで香織が南雲に連れ去られたじゃないか!」

 

「お姉ちゃん、いい?」

 

「いいよ。もう精神を殴るような悲劇的シーンなんて作れないだろうしね」

 

ついに希依が天之川光輝殺害の許可を出した。

 

「世界と星を司る神、ステラ・スカーレットの名をもって許す。思うがままにやりきりなさい。

ワンポイントアドバイス!ステラちゃん曰く特殊な武器を作る時に重要なのは絶対的なその武器への自信と奇抜なイメージだってさ!」

 

「はい。ありがとうございます、ステラ様」

 

希依のアドバイスを聞きながら希依の前に出る宇未。

 

「喜多希依!俺と決闘しろ!武器を捨てて素手で勝負だ!俺が勝ったら、ちゃんと皆に謝るんだ!そうでなきゃ君たちを仲間として背を任せられない!」

 

「天之川光輝、あなたの相手は私。私の八つ当たりのために死ね」

 

「なんなんだ君は!魔人族の君は決闘の後に牢獄へ連れていく!」

 

光輝の的外れで無意味な発言を無視し、宇未は目を閉じて吸血鬼の物質創造能力で創る武器のイメージを固める。

 

宇未を無視して希依に近づこうとする光輝の文字通り目の前に、白い刀身が飛び出る。驚愕し突き出した方を見ると宇未の手には少し前に創った『罰廻』とは違い打ち合えば折れそうな細身の白い日本刀が握られていて、もう片手には紫色の刀身の小刀が握られている。

 

「あなたは私と関係ない。だけど死ね」

 

「何!」

 

当然飛び退く光輝。後退して距離を置く光輝に、宇未はゆっくりと近づいていく。

 

「待ってくれ!今ならまだ間に合う!捕虜になるんだ!そうすれば君は生きられる!」

 

「一つ聞きたかったことがあります。

あなたは南雲ハジメさんに『努力をしないオタク』と、言ったことがあるそうですね。まるであの方を悪人のように。いえ、今もそれに加えて殺人鬼でもあると決めつけているのでしょう。

努力をしないのは、悪いことなのですか?」

 

「当たり前だ!そんなのはただの甘えだ!迷惑でしかない!」

 

「それは天才の考え方ですね」

 

「違う!俺は努力で力を手に入れた!」

 

「かの天才は言いました。天才とは、99%の努力と1%の才能で出来ている、と。南雲ハジメさんの力は1%の才能である『錬成』と、99%の努力である『迷宮からの脱出』であのような力を手に入れられたのでしょうね。

しかし世の中には、努力ができない人間が存在します。やる気が無いという意味ではなく、出来る環境が無いという意味で。

勉強がしたくとも机も紙もペンも無い。

運動がしたくとも周囲には強い敵だらけ。

そのような恵まれなかった私でも、それは悪人ですか?」

 

「そ、そうだ!努力をしないで弱いお前が悪い!」

 

「…やはり、『悪質な正義』であるあなたと『善良な悪党』である私では話になりませんね。だから死ね」

 

一気に駆け寄り刀を振るう。

光輝は聖剣で受け止めると、黒く変色した後に折れてしまう。

 

「なっ!何をしたんだ!卑怯だぞ!」

 

「悪い頭で作り上げた刀。名を『悪刀(あくとう) 黄泉送り(よみおくり)』切ったものを死なせる自信作です。では死ね」

 

小刀の方は後ろに下げ、黄泉送りだけを振るう。

キラキラと輝いていた鎧は砕け、胴には黒い一筋の切り跡を残して光輝は倒れた。

 

倒れた光輝に馬乗りになり、宇未は振るわなかった小刀を光輝の胸に突き刺す。

 

「神では使えない刀、『神刀(しんとう) 黄泉帰し(よみがえし)』名前の通り、切ったものを蘇生する刀です」

 

死んだ光輝は生き返るも、宇未は胸に突き刺さった黄泉帰しをグリグリと動かすと「がァあああああ!」と悲鳴をあげる。

 

光輝のクラスメイト達は止めようにも天之川光輝が最大戦力であり、それに大きく劣る自分達では宇未に敵わないことを理解せざるを得なかった。

 

「一度死んだくらいで楽になれると思うな。私は毎日死ぬ思いで生きてきた。せめてその日数分は死ね」

 

胸の次は腕、その次は脚と、鎧を黄泉送りで破壊してから黄泉帰しを突き刺すという拷問の域を超えた猟奇的な戦闘には希依も苦笑い。

 

「死ね!死ね!死ね!!」

 

「あああアアアアア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」

 

全身突き刺した宇未の手には大量の五寸釘。それを一本一本丁寧に突き刺し、地面に縫い付けていく。

 

二十本を超えたあたりで心臓を貫き、死亡するも顔面に黄泉帰しが刺さっていて即座に蘇る。

 

三十本、四十本と突き刺すにつれて、宇未の動きが鈍くなっていく。

 

「死ね…死ね…しね…」

 

「……………」

 

もう悲鳴をあげることすらできない光輝。

 

握った釘に刺さっていた釘があたり、宇未の動きは止まってしまう。

 

「…どうして、どうしてなんですか。…満たされないんです。…あれだけ我慢したのに。あれだけ殺したかったのに。あれとこれはそっくりなのに。…どうして、私の心は満たされないんですか。

どうしたら、私は満足できるんですか。私は、私は一体どうすればいいんですか。

ヒーローのように、人助けでもすればよかったんですか。

魔王のように、世界を支配でもすればよかったんですか。

アイドルのように、たくさんの人を笑顔にできればよかったんですか。

テロリストのように、笑顔を無くせばよかったんですか。

ペットのように、飼い主に可愛がられてればよかったんですか。

奴隷のように、鞭を打たれていればよかったんですか。

一体どうすれば、私は満足に死んで、今を生きられるんですか」

 

宇未の口から出るのは疑問では無くただの愚痴。答えなど無く、それは全知全能の神であろうともどうしようもないこと。

 

宇未は顔を歪め、血の涙を流す。涙は頬を伝い、光輝に零れ落ちる。

 

吸血鬼の血は治癒力を急激に上昇させ、傷を全快させる。二振りの刀と釘はいつの間にか消滅していて、そこにはただ天之川光輝に馬乗りになり、宇未が血の涙を流しているという奇妙な光景が出来上がっていた。

 

「殺してみてどうだった?」

 

希依は中腰になって宇未に視線を合わせ、聞くまでもないことを聞く。

 

「…お姉ちゃん。分からないんです。私が何をしたいのか。私はどうすればいいのか。どうしたら、いいんですか?教えてください」

 

希依は困ったような顔をしながらハンカチを取り出し、涙を拭う。白いハンカチに血が染み、赤く染まる。

 

「っ……」

 

眼から頬に残った血の跡を洗い流すように、透明な涙が一筋流れた。

 

「宇未ちゃん?」

 

宇未は希依の首元に手を回し、しがみつくように抱きついた。

 

「宇未ちゃん?どうしたの?」

 

「分かんない、分かんないんです。…でも今は、こうしたいんです」

 

「…そっか」

 

 

 

 

生前、宇未が姉を生きる理由にしていたのは姉が宇未をきちんと人間として、妹として見ていたから。

生前、宇未が読書を生きる理由にしていたのは主人公に、またはそのヒロインに自分を投影して擬似的にでも愛を感じたかったから。

 

無意識であろうとも、宇未が求めていたのは『家族』と『愛情』

それは産まれてから十年近く家族がいなかった希依、血縁の居ないステラが求めたものでもあった。

 

宇未はその欲求に上塗りするように、天之川光輝(勇者・正義)への殺意という塗料を塗り固めた。

それは実際に殺すことで薄れていき、それまで内から滲み出る程度だった家族と愛情への欲求が溢れ出した。

 

それは、覚の目を物質化して心を見るステラ程の読心能力を持たず、明確に読み切れない希依にも分かってしまうほどにわかりやすいものだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第26話

二人の少女と幼女が月明かりに照らされて佇んでいた。

 

場所は、小さなアーチを描く橋の上だった。町の裏路地や商店の合間を縫うように設けられた水路に掛けられものだ。水路は料理店や宿泊施設が多いことから必要に迫られて多く作られており、そのゆるりと流れる水面には、下弦の月が写り込んでいて、反射した月明かりが橋の欄干に腰掛け、足をプラプラとさせながら水面を覗き込む幼女の整った顔を照らしていた。

 

目はルビーのように輝かせ、容姿は幼いながらもユエとは違う妖艶さを振りまく幼女の顔は、さながら洗脳されて人を殺し、その後洗脳が解けて罪悪感に苛まれる正義感溢れる主人公のように負を纏う幼女こそ、東江宇未である。

 

「なにか、文句の一つでも言ったらどうなんですか?」

 

宇未が、後ろに振り向いて声をかけた。その相手は、昼間何度も殺された勇者の幼馴染の片割れ、八重樫雫だ。

 

雫は、宇未とは違って橋の欄干に背を預けながら、少し仰け反るように天を仰ぎ空に浮かぶ月を眺めていた。欄干の向こう側に、トレードマークのポニーテールが風に遊ばれるようにゆらりゆらり揺れている。名前を知る程度で、あまり知らない幼女の言葉に、雫もやはり視線を合わせず、月を見つめたまま静かに返した。

 

「何か言って欲しいの?」

 

「……」

 

今、宇未はお世辞にもいい表情と言える顔をしていないが、それでも決して天之川光輝を、最終的な損害は剣と鎧だけとはいえ殺したことに罪悪感など一切感じてはいなかった。

 

今罪悪感を感じているのは天之川光輝の関係者であるクラスメイト、特に幼なじみである八重樫雫、白崎香織の前で凄惨な光景を見せてしまったことにである。

 

「…光輝みたいに、あなたは悪くないなんて、言う気は全くないわよ」

 

「言われなくても。

天之川光輝を殺したことに関して、悪いことをしたなんて思ってもいません。お姉ちゃん、ステラ様がお許しになったからというわけでもなく。産まれて、いえ、死んで始めてやりたかったことをやりきれたのですから」

 

「それにしては、あまりいい表情とは言えなかったわね。あんなワンワン泣いて、誰も怒るに怒れないじゃない」

 

「…忘れてください。泣いてる顔なんて、いくら見られても出来れば見られたくないんです」

 

「血の涙なんて、普通では無かったと思う。あなたは何を思って光輝を殺し、あなたは泣いていたのかしら」

 

水面に映る宇未の赤い眼を見つめる。

 

「あの時は、殺したい一心でした。大迷宮の90層の時から、抑えるのに必死で、すぐにでも殺したかったんです。

別に天之川光輝に恨みがあったわけではありません。似た人間を殺すだけじゃ足りないくらいに恨んでいただけで。

ほら、私を怒らないのですか?こんな自分勝手な八つ当たりで幼なじみを殺そうとした私を」

 

「怒らないわよ。それで帰れるならまだしも」

 

雫は微笑みながら宇未に目線を合わせる。

 

「…そんなこと言わず、怒ってくださいよ。正直、今のあなたの笑顔が、私は怖いです。なんで幼なじみを殺した人に微笑みかけることが出来るんですか」

 

「大丈夫そうだから、かしらね?」

 

「…は?」

 

宇未は呆けた返事を返す。

 

「南雲くんが奈落に落ちた時ね、皆暗い顔してたのに希依さんだけは笑ってたの。彼が無事であるのを察してね」

 

「…お姉ちゃんが?」

 

「ええ。あなたのお姉ちゃんが、よ。ちょっとは似てたかしら?」

 

雫の言葉にクスッと笑って答えた。

 

「似てはいませんね。あなたの微笑みは、母親が娘に向けるような、そんな笑みです。イメージでしかありませんが」

 

宇未の答えに一瞬「あんたもか」と顔を歪ませるもすぐに戻し、宇未の頭を撫でる。

宇未も、それに甘んじて受け、目を細める。

 

「ずいぶんと、大きい娘ね」

 

「これでも0歳です。産まれたばかりの赤ちゃんですよ」

 

「赤ちゃんに戦闘で敵わないようじゃ、まだまだ訓練が足りないわね」

 

「……八重樫雫さん、もし、もし良ければなんですけど、私と一緒に大迷宮に行きませんか?南雲ハジメさんが行ったという奈落の更に底へ」

 

「…私は近接だから、多分居なくてもそんなに問題は無いと思うけど……」

 

「私から見て、あなたは強さは頭一つ抜けてます。正直、あなたや天之川光輝が居ない方が、あなたのクラスメイト達が戦闘経験を積むということにおいては効率がいいです」

 

天之川光輝は未だ目を覚まさず、近々王宮に送られる予定となっている。他のクラスメイト達も戦線復帰まであと少なくともあと数日はあるだろう。

 

「そうね、武器がすぐにでも用意できるようならお願いしたいんだけど…」

 

「なら、お詫びも兼ねてこれを差し上げます」

 

宇未白い鞘の日本刀を出す。抜くと、黒い刀身が覗く。

 

「神が創った刀の模造品。『模刀(もとう) 現切り(うつつぎり)』」

 

「現…切り…」

 

雫は恐る恐る刀を受け取る。

 

「ステラ様の創った刀、『妖刀 現崩し(うつつくずし)』を元に創った刀です。刃に触れた部分を崩壊させる効果を持ち、ありとあらゆるものを切断できる、要するに手入れ不要でよく切れる刀です」

 

雫は鞘から抜き、黒光りする現切りを素振りする。振り心地、重さなどを確かめ、鞘に収める。

 

「一つ注意事項です。通常の刀と違い、当てるだけで切れてしまうので多少切り心地に違和感が生じるかもしれません」

 

「それくらいの方が、使いこなし甲斐があるってものよ」

 

ニヤリと笑みを浮かべて柄を撫でる。

 

 

 

「――こんな所で何してんの?」

 

「「っ!?」」

 

突然声をかけられ、顔を合わせた二人は肩をビクッとさせる。

夜の橋の上に居る二人に声をかけたのはTシャツ一枚の希依だった。

 

「お、お姉ちゃん。…寝てたのでは?」

 

「いや、余裕で起きてたけど」

 

「バレないように宿を出た私の努力は…」

 

顔に両手を当てる宇未。羽根もへんなりとする。

 

「こっ、こんばんはー、希依さん」

 

「ん、ばんはー、雫ちゃん。およ、その刀どったの?宇未ちゃんの新作?それともハジメくん?」

 

「東江さんよ。それで、その…」

 

「迷宮に着いてくるんでしょ?いいよー。最低でもハジメくん程度には強くしたげる」

 

「聞いてたのね…」

 

「お姉ちゃん、どこから聞いてたの?」

 

「んー、「なにか、文句の一つでも言ったらどうですか?」ってところからだけど」

 

「最初っからじゃないですか!」

 

「そんなことよりもほら、二人とも串焼き食べる?」

 

希依が取り出したのは肉と野菜が三つ交互に刺さった串焼き。タレがテカテカと月明かりを反射していて、空腹を誘う香りが漂う。

 

「お姉ちゃん、それどうしたんですか?」

 

「宿の厨房を借りてね。あ、ちゃんと材料は私が買ったやつだよ」

 

二人に手渡しながら自分も肉にかぶりつく。

 

「ん、美味しい。さすが私」

 

「確かに美味しいわね。希依さん、あなた料理出来たのね。意外だわ」

 

「まともなご飯食べてこれなかった子に美味しいもの食べさせてあげようと思ったら自然にね。今では趣味のひとつだよ」

 

「…ハムっ………ハムっ……」

 

無言で食べる宇未。何も言わないが、頬が緩み、羽根がパタパタと動いている。

 

「ねぇ希依さん、あなた恋人がいるって言ってたわよね。どんな子なのかしら?」

 

「んー、琴音がどんな子か、ねぇ。とりあえず可愛い子だったよ。私みたいな茶色混じりじゃない黒髪姫カットで、私と違ってゴスロリが似合ってた。

性格は、身内には優しい子って感じかな。喧嘩っぱやくて、勇者が攻めてきた時はそいつが拠点にしてた場所を魔境に変貌させて街ごとほぼ全滅にしてたし」

 

「なんだか南雲くんみたいな子ね」

 

「言われてみれば確かにそうかも。…久々に話したら会いたくなってきた」

 

「今はどうしてるのでしょうね」

 

「さぁね、天国か地獄で楽しくしてたらいいけど」

 

「っ!…ごめんなさい、失言だったわ」

 

「んーん、そんな気にしなくていいよ。琴音を殺したのは私だし、私を殺したのは琴音だもん。お互い未練なく死ねて、私はステラちゃんになって琴音は魔法学の教員としてあの世で働いてる」

 

「死んだ…のよね?」

 

「琴音は確かに大量殺人をしてるけど、過去と経緯を考慮して地獄で働くって形で償いをしてるの」

 

「過去って…」

 

食べ終えた宇未が話に入ってくる。

 

「内容は伏せるけどぶっちゃけ宇未ちゃん以上に酷かったね。10歳まで拷問みたいな虐待受けて、学校ではいじめにあってって感じで、まぁ人の不幸なんて比べたところで無駄なんだけどさ」

 

「なんか、お姉ちゃんの周りの人って…」

 

「偶然だよ偶然。類は友を呼ぶってやつなのかもね。じゃ、そろそろ宿に戻ろっか。明日からしばらく帰って来れないからちゃんと休みなね」

 

「明日から行くのかしら?準備は?」

 

「ハジメくんは準備して落ちた?」

 

「…なるほどね。それなら今からでもいいわよ」

 

「強い子だね、雫ちゃんは。でも宇未ちゃんが眠そうだから明日からね」

 

宇未は眠そうに目を擦り、船をこいでいる。希依は宇未の腰に手を回し、抱き抱える。

 

「まったく、可愛いねぇうちの子は」

 

 

 

 

 

 

 



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第27話

 

早朝、まだ日が登りきっておらず街の住民のほとんどは起きていないような時間帯。

そんな早い時間に大きめのバックを持った希依と手ぶらの宇未、そして新たな武器を腰に下げた八重樫雫はオルクス大迷宮65層、ベヒモスとの戦闘時にハジメが落下した橋に三人はいた。

ここまではわざと転移トラップにかかるなどしてショートカットして来たので疲労はほとんどない。

 

「…ここまで一時間もかからないなんて、私達の努力って一体……」

 

「落ちこんでる暇はないよ、雫ちゃん」

 

以前と同じようにベヒモスが現れる魔法陣が展開されている。

 

「へっ!?」

 

ベヒモスを警戒している雫を横抱きにし、橋のふちに立つ。

 

「き、希依さん!?何する気!?」

 

「宇未ちゃんは自力でね!」

 

ベヒモスが現れると同時に雫を抱えた希依は奈落へと飛び降りた。宇未もそれに続き、飛び降りる。

 

「きゃああああああ!!」

 

希依はダンっ……ダンっ……と、時々空を蹴って減速し、宇未は羽根を広げてパラシュートの要領で降りて行く。

 

 

一分ほど落下すると、地面に着地した。

周りは薄暗いが緑光石の発光のおかげで何も見えないほどではなく、視線の先には幅五メートル程の川がある。

遠くには脚が異常発達したウサギと、爪の長いクマが争っている。ウサギはピョンピョンなどとゆっくりでなく、雫には目で負えないような速さで飛び回り、クマを翻弄している。クマは、その剛腕と爪でウサギに攻撃しているが、その力強さは音で聞こえてくる。

 

「こっ、こんな化け物を南雲くんは倒したっていうの!?」

 

「多分、これでも弱い方だと思います。特にウサギは雑魚枠かと。いっぱい居ますし」

 

目を凝らすと、岩陰などに体の一部が覗いている。

 

「宇未ちゃんはクマを倒してね。力加減のための戦いだから、部位欠損をさせてはダメ。

雫ちゃんは、まずは私の戦いを見て、技を盗んでちょうだい。教えるのは剣じゃなくて殺戮。一対多の戦い方だからね」

 

「「はい!」」

 

返事をした後宇未は脚を龍のように変化させ、一気に跳躍してクマを蹴り飛ばした。

 

「むっ、もうちょっと強くても良さそうですね」

 

獲物を取られたウサギは、標的を宇未に変えた。

 

「求めるは刀剣、質は硬、性は斬」

 

希依の右手に無骨で一切の無駄がない刀のようなものが現れる。

 

「殺戮演技、一の型。斬殺劇」

 

宇未に迫るウサギの脚を、縦に振り下ろされた刀が切り落とし、そのまま流れるようにウサギの首を切り飛ばす。これで足を止めず、そのまま走り岩陰に隠れるウサギを次々と首を切り落とし、攻撃してくるウサギの脚を切り落とす。

 

「コツは一度動いたら手も足も動きを止めないこと。それと、相手の攻撃は見てすぐに最低限の動きで回避して、即攻撃に移る。気配を察知して避けるなんてしてたら、いつの間にか逃げ場が無くなるから最初のうちは絶対やっちゃダメ」

 

剣道とも、戦闘訓練での剣とも違う戦い方に雫は唖然とする。

戦闘訓練で習った戦い方は基本的に一人が一体を相手取る多対多の戦い方。これは、出来た隙を味方がフォローする戦い方なのに対して希依の戦い方は隙を作らず、または隙を狙わせて相手に隙を作らせる戦い方。

 

「どう?雫ちゃん、出来そう?」

 

「やって、みせるわ」

 

柄を握る手に汗が滲む。

 

ドスーン、と巨大なものが倒れる音が聞こえてきた。

そちらに目を向けると、所々に肉や骨が露出しているクマが倒れていて、その上には 手足を血で染めた宇未が立っていた。

 

「雫ちゃん!」

 

希依の声が響き渡る。

 

現切りを抜刀し、襲いかかってきていたウサギの胴を上下に切り裂く。

 

動きを、止めない!

 

抜刀した勢いで片足を軸に回転斬り、そのままウサギがいる方に突きを放って先手必勝、頭部を貫く。切り上げて右に曲がり、隠れていたウサギが素早く飛び去る。正面からの攻撃がかろうじて見え、雫は刀を縦に振り下ろしてウサギを真っ二つにする。

 

おおよそ狩り尽くしたのか、戦闘音がなりやむ。

 

「予想以上だね雫ちゃん。でもまだまだ甘いね。栗きんとんのはちみつ漬けよりも甘い」

 

なによそれ、と希依のいる方に振り向くと大量のウサギと狼の魔物の死体の山が積み上げられていた。

 

「希依さん、それは…」

 

「雫ちゃんが見逃してた魔物。もっと視界を広く持たなきゃね。最初にやってた回転斬り、あれは良かったかな」

 

「お姉ちゃん、私は?」

 

「宇未ちゃんは……」

 

クマの死体を観察する希依。

 

「うん、攻撃する時に当たる寸前に力を込めるようにしよっか。無駄に力を込めてるから肉が抉れちゃってる」

 

「うーん、難しい」

 

「ま、課題が見えてきたところで朝食にしよっか」

 

「そういえば、なにか持ってきているのかしら?」

「フライパンと包丁、それと調味料を色々と持ってきたんだよー」

 

「…食材は?」

 

宇未が死体の山を指さす。希依は死体を川に運び血抜きを始めた。

 

「…うそ…でしょ?」

 

雫が不安を胸に抱えたまま10分ほどが経過した。

チラホラと現れてきた魔物を宇未と雫で倒し、希依はフライパンでクマ肉とウサギ肉を焼き始めた。

 

シュパシュパと小気味いい魔物を斬る音を立てる雫、魔物を傷つけないように蹴り倒す宇未、魔物肉に胡椒と塩で味付けする希依。

 

「出来たよー」という声が聞こえると魔物を倒していた二人が希依のもとへ戻って来る。

 

皿に盛り付けられているのは元が魔物とは思えないほど美味しそうなクマ肉とウサギ肉のステーキ。

 

「これ、食べても大丈夫なのかしら?魔物の肉ってたしか…」

 

「大丈夫。良くないものだけをしっかりと取り除いたから食べて死ぬなんてことは無いよ」

 

「そんな、ジャガイモの芽を取るみたいなことなの?」

「それよりはフグの毒ぬきに近いかな?まぁ大丈夫だって」

 

見せつけるようにクマ肉のステーキを頬張る希依。

 

「んん、ちょっと筋っぽいけど味はなかなか。ビーフジャーキーみたいな感じ」

 

「ネズミの丸焼きよりずっと美味しいです」

 

ウサギ肉を食べて不穏な台詞を吐く宇未。

 

「そ、それなら…」と、躊躇いながらもウサギ肉を口に運ぶ。

 

「確かに硬いけど味は――ウグッ…ガあああああああああ!!」

 

飲み込んですぐ、雫は腹部を抑えて断末魔のような声を上げながら蹲る。

 

「雫ちゃん!?大丈夫!?喉に詰まらせた!?」

 

「お姉ちゃん!そんなんじゃなさそうです!」

 

緊急事態に二人とも狼狽えながら雫に駆け寄る。

 

希依が前から支えて宇未が背をさすると、雫は希依の背に手を回し、爪をたててしがみつく。

 

雫の事態はすぐに収まり、希依に寄りかかるようにしてぐったりとしている。

 

「ふぅ、宇未ちゃんはなんともない?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「はぁー」と一息つく二人。

 

「…あの、お姉ちゃん」

 

「ん?どったの?」

 

「八重樫さんの髪色って、何色でした?」

 

「何色って、黒…色…あれ?」

 

雫の髪色が白色になっていた。他にも、胸は豊満になったり、背が伸びたりと、より女性として魅力的な肉体へと変化していた。

 

「あれ、私…あれ?えっ、なにこれ!?」

 

苦痛がおさまり、自身の変化に気がついた雫は当然狼狽えた。

 

「なるほど、ハジメくんのあのイメチェンはこれが原因だったのか」

 

「あの強靭な肉体は魔物を食べたためのものだったのですね」

 

「なんで二人は納得してるのよ!」

 

「雫ちゃん雫ちゃん、ハジメくんを思い出してみ?」

 

「え、南雲くん?………あっ」

 

白い髪、伸びた背、…魅力的な肉体。

見事に奈落に落ちる前のハジメと最近のハジメの変化と共通している点が多い。

 

「ステータスはどうなってる?」

 

希依に聞かれて懐からステータスプレートをとりだす。

 

八重樫雫 17歳 女 レベル:89

天職:剣士

筋力:1480

体力:1530

耐性:590

敏捷:3590

魔力:630

魔耐:780

技能:剣術[+斬撃速度上昇][+抜刀速度上昇][+移動速度上昇]・縮地[+重縮地][+震脚][+無拍子]・先読・気配感知・隠業[+幻撃]・魔力操作・胃酸強化・天歩[+空力]・言語理解

 

「うそ、ステータスがかなり上がってるわ。それに、魔力操作に胃酸強化、天歩って……」

 

「間違いなく、魔物肉の副作用って感じだね」

 

「あの、希依さん?なんで笑って…」

 

「修行に食事を追加ね♪」

 

「いやよ!?かなり痛かったんだから!」

 

「まぁまぁ、最初だけだから、ちょっとだけだから」

 

「な、なんか言い方が卑猥なんだけど?」

 

希依がフォークに刺さったクマ肉を差し出す。

 

「あーん」

 

強くなれるのも事実。我慢して食べると、今度は痛みもなく、さらにステータスが上昇していた。

 

最初は希依も冗談で言ったものの、苦痛が無いならと本格的に食事を修行に導入したのだった。



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第28話

 

 

朝食で雫が豹変してから、まず始めたのは慣れない体格で戦うためのリハビリだった。

一体ずつ二尾の狼や脚が発達したウサギを倒し、慣れてきたら新たな技能、天歩を使って立体機動を交えながら魔物達を殺戮していく。

 

「雫ちゃん、立体機動で戦うコツは無理に頭を上、脚を下って風にせず、天井に立ち壁を走るような動き方が大事だよ」

 

急上昇したステータスも合わさり、朝食前は目で置いきれなかったウサギよりも速く動き、追い抜き、正面に回って切るという芸当までやってのけた。

 

「そろそろ次に進んでもいいかな。宇未ちゃーん、おねがーい?」

 

「はーい!」

 

最後のクマの魔物を全力で地面に叩きつけ、下の層への大穴をあける。

 

下の層の地面までは約5mほど。躊躇うことなく三人は飛び降りていった。

 

 

その階層はとにかく暗かった。

穴のあいた天井の下はかろうじて地面が見えるものの、少し離れると暗闇だ。

 

「求めるは視界、もたらすは光源」

 

希依が魔法を使い、三人の目の前に光の球が現れる。

光は隅々まで行き渡り、闇に包まれていた光景を顕にした。

 

光に引き寄せられたのか、2mほどのトカゲの魔物が襲いかかってきた。

 

「っ、バジリスク!こいつの目を見ちゃダメ!」

 

希依の警告を聞いて雫と宇未、そして希依がバジリスクと呼んだトカゲも顔を伏せてしまう。

 

「ここは修行には不向きすぎる。さっさと食べて次に行こうか」

 

希依の言うことを素直に聞いてしまったトカゲを容赦なく輪切りにする。

 

「お姉ちゃん、流石にちょっと…」

 

若干引き気味の宇未はジトーっとした目を希依に向ける。

 

「宇未ちゃん、魔物でも騙し討ちとかするんだから、あぁいう一見こっちが有利になりそうな行動に出たら容赦なく殺すように」

 

「はい。…それでもあれはちょっと……」

 

「ステラちゃんならあのまま手懐けるんだろうけど、私の場合そんな綺麗に上手くいかないからね。具体的にはトカゲが勝手に私の信者になって、いつの間にか魔物達から信仰されるようになって色々面倒」

 

「あなたと魔物の間に何があったのよ…」

 

「お父さんが色々あれな人でね…」

 

希依は遠い目をしながらも包丁でトカゲの肉からよく分からない見た目のよくないものを取り除いていく。

 

「…お姉ちゃん、もう遅かったみたい」

 

「………え?」

 

希依が手元から目を離して周囲を見ると、トカゲの魔物達の他に、サメの魔物が陸地に上がって悶えながらも必死に希依の前で頭を垂れている。

 

「うっそーん……」

 

「なんか、砂糖に群がる蟻みたいね」

 

「雫ちゃんもっといい例えないの!?」

 

「魔王が魔物たちをひれ伏せさせてる図」

 

「ヘルムートでも魔物は基本動物園にしかいなかったっての。

あーもー散った散った。君らに頼むことなんて何も無いよ」

 

手をひらひらとさせながら魔物達を説得すると全員引き下がり、トカゲは闇の奥へ、サメは沼へと帰っていった。

 

「トカゲは蒲焼きかな~」

 

「そういえば、それ食べるの!?」

 

「そりゃそうでしょ。雫ちゃんが石化の魔眼を使えるようになったら面白そうだし」

 

「いや、その…食べたことの無いものを食べるのって怖いじゃない?」

 

「日本人はイナゴの佃煮を食べるような人種でしょ?」

 

「そうだけどそうじゃなくて!」

 

「多分、カエルと似たようなものなのでは?」

 

「宇未さんはカエルを食べたことがあるの!?」

 

「うん。梅雨の時期はおなかいっぱい食べれました」

 

「…帰れたらステーキでもお寿司でもなんでも奢るわ」

 

「それならあなたの血を少しください。お姉ちゃん以外の人の血を飲んだことがないので。…処女の血は美味しいとも聞きましたし」

 

「す、少しなら……大丈夫かな。

ちなみに希依さんの血はどんな味なのかしら?」

 

「はちみつのように甘く、ミルクのようにまろやかな優しい味です」

 

「聞いといてあれだけど血からその味がするのは想像つかないわね」

 

「おそらく母乳に近いのでは?」

 

「…宇未ちゃん、自分の血の味の感想を言われるのって意外と恥ずいのが分かったからやめて」

 

「はい。あ、美味しそうな香りです」

 

「あらほんと。…なんであのトカゲからこんな美味しそうな蒲焼きができるのかしら」

 

「そのままじゃ不味いものを不味いまま食べさすなんてしたくないからね。」

 

「優しい風だけど、食べさせられるのはあくまでもトカゲなのよね」

 

「そりゃ修行も兼ねてるからね。

苦を伴わない修行を努力とは言わせないよ」

 

「…いただきます」

 

目を閉じて鼻をつまみ、盛り付けられた分を一気に流し込む。

 

「…喉に詰まらせないでよ?」

 

ゴクンと音を立てて飲み込む。

 

「…意外と美味しかったわ」

 

「それは良かった。技能はなんか追加されてる?」

 

「えっと、そうね、…石化耐性が追加されてるわ」

 

「…期待外れ」

「…ガッカリです」

「そんなこと言われる筋合いないはずなんだけど!?」

 

「まぁまぁ雫ちゃん。次の層に行くから準備してね?」

 

準備と言っても、立って衝撃に備えるだけなのだけれども。

三人とも立ち上がり、希依が踵を振り下ろす。

 

ミシミシと地面が音を立て、直径が10mはありそうな大穴があく。

 

「あっ、やべ」

 

「「っ!?」」

 

希依の言葉を聞き逃さなかった二人は視線を縦横無尽に動かして状況を掴む。

 

一つ、二つ、三つと、床のようなものが通り過ぎていくのを見届けながら下の見えない場所へと落下していく。

 

「ごめーん!」

 

希依の謝罪が迷宮中に響き渡った。

 

 

 

地面に着くまでに数十秒かかかった。

 

「雫さん、何層通ったか数えられました?」

 

「少なくとも40はあったわね」

 

「てことはだいたい40~50層でしょうか」

 

「残念、ここは62層目だね。…あれ、つまり約60階建てのビルから飛び降りたような感じ?すげくね?」

 

「希依さん、あなたはもっとすげーことをやらかしてるのよ?」

 

「お姉ちゃん、雫さん、話してる場合じゃなさそうですよ」

 

「「え?」」

 

宇未が指さす方向の一本道から数百頭のティラノサウルスのような魔物が頭に花を咲かせて襲いかかってくる。

 

「「はぁ!?」」

 

「悪刀、黄泉送り」

 

かつて天ノ川光輝を殺した刀、黄泉送りを乱雑に振り回しながら宇未が群れに突撃していく。

 

一撃必殺の連撃が一体一体着実に殺していくが、精々間引き程度の成果で焼け石に水にしかなっていない。

 

「はぁぁあああ!!」

 

遅れて雫が抜刀、跳躍しながら突撃していく。魔物達の頭上を駆け、上から刀を振り下ろして致命傷を与えていく。

 

希依は二人の撃ち漏らしをデコピンで破裂させていく。

 

だんだんと撃ち漏らしが無くなり、道を進めるようになると周囲が植物に覆われていることに気付く。

 

花を生やした魔物達を全滅させると、醜悪なアルラウネ、人型の植物の魔物が三人を待ち受けていた。それがいる空間は広い広間のようになっていて、そこからいくつかの通路が続いており、魔物達がこちらに向かってきているのがわかる。

 

 

三人が部屋の中央までやってきたとき、それは起きた。

 

全方位から緑色のピンポン玉のようなものが無数に飛んできたのだ。雫と宇未は一瞬で背中合わせになり、飛来する緑の球を迎撃する。

 

しかし、その数は優に百を超え、尚、激しく撃ち込まれる。

 

雫と宇未は切り伏せていくが明らかに手数が足りていない。

 

「二人とも!全力で耳を閉じて!」

 

希依の声を聞き、二人は即座にしゃがみこみ、耳に手を当てる。

 

「声量、MAX

だあぁぁああああぁぁぁあああ!!!!」

 

山をも砕きかねない希依の声は無数の玉を粉砕し、部屋の地面や壁に細かいヒビを作る。

 

「行きます!」

 

宇未が立ち上がり、アルラウネに突きを当てる。眉間を貫き、後頭部から緑色の液体を吹き出し、アルラウネは植物のように変色して枯れる。

 

「あらら、流石にこれは食べられないか」

 

 

この後昼食にティラノサウルスの魔物をステーキにして三人で食べ、先に進んだ。

 

 

 

 

 

 



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第29話

 

 

宇未と雫を鍛えることを目的とした大迷宮攻略を初めて三日が経過した。

既に雫のステータスプレートは数値表記が文字化けし、機能しなくなっていた。

宇未は鍛えるのではなく、吸血鬼の創造能力で新たな武器を作ることと、力加減を覚えることを目的としていたため、目立った成長はないが確実に相手に傷を与えることなく倒し、奇抜で奇妙で奇天烈な武器を多数創る事に成功している。

 

希依は、度々二人の持ってくる現代ではまず有り得ない肉体構造をした魔物を解剖、毒ぬきをし、美味しく調理することに専念することにした。

 

そんな彼女達は今、百層のラスボス部屋に拠点をとしていた。

その階層は、無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本が直径5mはあり、一つ一つに螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が彫られている。柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでおり、天井までは約30m。地面も荒れたところはなく平らで綺麗なものである。どこか荘厳さを感じさせる空間。

 

その部屋の中央に、巨大な魔法陣が現れた。赤黒い光を放ち、脈打つようにドクンドクンと音を響かせる。

魔法陣はより一層輝くと、遂に弾けるように光を放った。

 

体長三十メートル、六つの頭と長い首、鋭い牙と赤黒い眼の化け物。例えるなら、神話の怪物ヒュドラだった。

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

不思議な音色の絶叫をあげながら六対の眼光が希依達を射貫く。

 

「これで四回目ですね」

 

「こういうのを、周回プレイっていうのよね?」

 

「雫さん、ちょっと違います」

前日、二日目から彼女等はここにいて、三回ヒュドラを倒している。

そもそも大迷宮の魔物は数に制限はあれど残機は無限。ベヒモスのように、何度倒しても時間が経つとまた生まれる。

 

一回目は宇未と雫の二人で。二回目は宇未のソロで。三回目は雫のソロ。

今回は、ジャンケンで負けた希依がヒュドラを倒して奥へと進むことにしている。

 

「私は戦わないつもりだったのになぁ。

ほら、来なよラスボス。魔王が直々に相手してあげるよ」

 

希依が右手をチョイチョイと、定番の挑発行為をする。

 

六つの首のうち、赤い紋様が刻まれた頭がガパッと口を開き火炎放射を放った。それはもう炎の壁というに相応しい規模である。

 

「まだまだ弱火だね!空気弾(エアバレッド)(物理)!」

 

指をデコピンの形にし、指先の空気を弾丸として炎に打つ。

空気は炎を突き破り、そのままヒュドラに命中。炎を放った首が弾け飛んだ。

 

が、白い文様の入った頭が「クルゥアン!」と叫び、吹き飛んだ赤頭を白い光が包み込んだ。すると、まるで逆再生でもしているかのように赤頭が元に戻った。白頭は回復魔法を使えるらしい。

 

「なるほど、六つの命を一つにしてるんじゃなくて一つの命を六等分してるんだ」

 

独り言を話しつつも空気弾(物理)を、回復役の白頭に向けて放つが黄色の文様の頭がサッと射線に入りその頭を一瞬で肥大化させる。そして淡く黄色に輝き、多少のダメージは負うが受け止めてしまった。衝撃の後には無傷の黄頭が平然とそこにいて希依を睥睨している。

 

攻撃を受け止められた経験が実はあまりない希依はニヤリと笑みを浮かべる。

 

空気砲弾(エアキャノン)!」

 

拳を握り、やや上気味に正拳突き。空気を殴り飛ばし、今度は黄頭をはじけ飛ばす。

 

すかさず希依の攻撃を回避した白頭が黄頭を回復させる。全くもって優秀な回復役である。

 

次は何をしてくるかと希依が待ち受けると、黒頭が睨むような行動をすると、突然希依が頭を抑えてしゃがみこんでしまう。

 

「あっ…………いや……やめて…………もぅ………」

 

攻勢だった頃からは想像もつかないような弱々しい声が零れる。

 

その隙をヒュドラは逃すわけもなく、六首全てが希依に食らいつきに行く。

 

流石に雫と宇未も心配になり、駆け寄ろうとするが、希依から制止の指示が出た。

 

「そラみちゃン……シずくチゃん………コナいで……」

 

「「っ!」」

 

ヒュドラ達は希依に噛み付くが、衣服は破れても肌には傷の一切もつかない。

 

「くとぅるふ・ふたぐん。にゃるらとてっぷ・つがー しゃめっしゅ。しゃめっしゅ。

にゃるらとてっぷ・つがー。くとぅるふ・ふたぐん」

 

希依が、雫も宇未も知らない奇妙な詠唱を、まるで機械音声が読み上げるように淡々と唱える。

 

「にゃる・しゅたん!にゃる・がしゃんな! にゃる・しゅたん!にゃる・がしゃんな!」

 

何かに取り憑かれたかのように、ヒュドラに噛み付かれたまま立ち上がり何かを叫ぶ。

 

「くとぅるふ・ふたぐん!にゃるらとてっぷ・つがーしゃめっしゅ!しゃめっしゅ!

にゃるらとてっぷ・つがー!くとぅる・ふたぐん!」

 

希依の背後に、闇のオーラのような、炎のような、目のような、顔のようなものが現れる、

 

「にゃる・しゅたん!にゃる・がしゃんな!」

 

闇が、人型に変化した。

 

安っぽい赤色のライダースーツ。田舎のヒーローショーで出るような、ネットにも載らないご当地ヒーローのようなヒーローマスク。

 

明らかにその場には不釣り合いな赤いヒーローが、希依を背後から抱きしめた。

 

「まったく、誰かが必死に呼んでるから来てみたらまさかピンチなのが希依ちゃんとはね。まぁそもそもこんなボクを呼べる人間なんて希依ちゃんしか居ないか」

 

ヒーローを避けるようにヒュドラが後退し遠のいていく。

 

「……おとう…さん…?」

 

「あぁ、お父さんだ。もう安心だよ。希依ちゃんが見たのはずっと昔のことだ」

 

「うん……でも…でも……。嫌われるんじゃないかって……宇未ちゃんから……琴音から……」

 

「そんなことないのは希依ちゃんが分かってるだろう?」

 

「…うん」

 

希依はヒーロー男に抱きつかれたまま胸に顔をうずめる。

 

ヒュドラの赤頭が、空気を読まずに二人へ火炎放射を放つ。

 

「ちょっと、黙っててくれるかな」

 

希依を右手で抱きしめたまま、左手をヒュドラに向ける。

ヒュドラの足元と頭上に、その巨体を上回る大きさの魔法陣が現れ、そこから無数の吸盤や口、手のようなものが付いた触手がヒュドラを引きちぎり、貪り、潰す。

 

ヒュドラの討伐は、完了。

 

希依を心配し、雫と宇未が刀を構えながらヒーローに近ずいていく。

 

「あなた、何者?」

 

「君は…八重樫雫さん、そっちは東江宇未ちゃんだね。

僕の名前は喜多(きた)煌鬼(こうき)。這いよる混沌だよ」

 

「喜多…お姉ちゃんの血縁者?」

 

「まって、這いよる混沌って、…ニャル子さん?」

 

「ハッハッハ~。残念、あれは別個体だよ。僕は宇宙人ではなく人間だ。紛れもなくニャルラトホテプではあるのだけどね」

 

「…雫さん、ニャル子さんって誰ですか?」

 

「あなたのお姉ちゃんに聞きなさい。多分困った顔しながら教えてくれるわ」

 

「お姉ちゃん、教えてください」

「…ニャルラトホテプ星人。宇宙人」

 

「間違ってはいないけど雑じゃないかな?

まぁいいや、ボクは宇未ちゃんが察した通り希依ちゃんの血縁者、というか希依ちゃんの実の父親だよ」

 

「父親…お姉ちゃんの、お父さん?」

 

「YES。宇未ちゃんもパパと呼んでくれたまえ。

それじゃあ、あんまり長居しすぎると怒られるからボクはもう行くよ。チャオ♪」

 

赤いヒーロー、ニャルラトホテプは希依を雫に預け、手を振りながら虚空へ消えていく。

 

 

「…行っちゃった。てか、希依さん軽いわね」

 

「……ありがと雫ちゃん。先に進もっか」

 

希依はフラフラと不安定ながらも歩み出す。

 

「あっちょ、希依さん!」

「お姉ちゃん!」

 

両側から二人で希依を支えながら次の部屋へと進んでいく。

 

希依の目は虚ろで、一筋の涙が流れた跡が残っていた。



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第30話

 

希依は、体全体が何か温かで柔らかな物に包まれているのを感じた。随分と懐かしい感触。

 

あれ?私、どうしたんだっけ……

 

覚醒しきらない意識のまま手探りをしようとする。しかし、右手はその意思に反して動かない。

 

「ぅん……おねー……ちゃ……」

 

あれ、この声…琴音?

 

体を起こすと、希依は自分がベッドで寝ていることに気がついた。純白のシーツに豪奢な天蓋付きの高級感溢れるベッド。

そんなことよりもである。希依の右手を抱きながら眠っているのは、間違いなく希依の最愛の妹にして恋人であり、今は死後の世界で魔法学教授をしていてここにいるはずのない喜多琴音であった。

 

「……どこ、ここ…?

ことねー、ちょっと起きてくれるー?」

 

希依が琴音の肩をユサユサと揺らすと「んっ、んぅ…」と艶かしい声をこぼしながら目を覚ました。

 

「あ、おねーちゃん起きたんだ。おはよー」

 

「ん、おはよ琴音。ここどこ?雫ちゃんと宇未ちゃんは?」

 

「ここ?ここは、オルクス大迷宮の最奥。解放者、オスカー・オルクスの住処だった場所だよ。

おねーちゃんは二時間くらい寝てて、ヤエちゃんとソラちゃんが物色中」

 

「ふーん、そっか」

 

「とりあえず二人のところに案内したげる。おねーちゃん一人で歩かせたら一人で外に出てそうだし」

 

「失礼な。精々ここから出られなくなるくらいだってば」

 

二人は楽しげに、手を繋いで雫と宇未のもとへと向かっていく。

 

 

 

「そういえばなんで琴音がいるの?」

 

「…聞くのちょっと遅くない?」

 

「だって、会えて嬉しいって気持ちの方がずっと強いし」

 

「…シスコン」

 

「琴音もでしょ?」

 

「まぁそうだけど」

 

「で、なんでいるの?てかどうやってきたの?」

 

「んと、お義父さんからおねーちゃんのことを聞いて、ステラちゃんの所に転移して、ごうも…尋問しておねーちゃんのいる座標を聞いて転移してきたの」

 

「…一応ステラちゃんは私の同一体だって分かってるんだよね?もしかしてもしかしなくても、その拷問は前に『性的な』が付くよね?」

 

「……」

 

「こーとーねー?」

 

「さっ、ここだよおねーちゃん!」

 

「ちょっと!?」

 

 

 

 

 

二人は三階の奥の部屋に向かった。奥の扉を開けると、そこには直径7~8m精緻で繊細な魔法陣が部屋の中央の床に刻まれていた。

 

しかし、それよりも注目すべきなのは、その魔法陣の向こう側、直前まで誰かが長いこと座っていたような跡のある豪奢な椅子。

 

そんな不気味でありながら、どこか神秘的な部屋に雫と宇未もいた。

 

「…宇未ちゃん、食べすぎた?」

 

「違います!死体は最初からなか…お姉ちゃん目が覚めたのですか!…そちらの方は?」

 

「あら、希依さん目がさめ…おかしいわね、私も疲れてるのかしら。一人多い気がするのだけれど」

 

怪訝な目で琴音を見る雫と宇未。

 

「初めまして、私はおねーちゃんの恋人で妹の喜多琴音。よろしくね。ヤエちゃん、ソラちゃん」

 

「ヤエちゃん!?初対面で、いえ、そうでなくてもそんな呼ばれ方したことないわよ!?」

 

「私もです。ソラちゃん、いい響きです。今日は喜多姓とよく会う日ですね」

 

「おねーちゃんと血の繋がりは無いんだけどね」

 

「あなたのことはちょっとだけ希依さんから聞いているわよ。私は八重樫雫。よろしくお願いするわ」

 

「あれ、別に私が起きる前に出会ってた訳じゃないのね」

 

「はい。私と雫さんで寝落ちしたお姉ちゃんをたまたま見つけたベッドに寝かせたあと、琴音さんとは出会っていません」

 

てっきり、琴音が知り合ってる風に話したからてっきり知り合ってるものかと思ってた。

 

「ほむ。で、琴音、ここはなんの場所なの?」

 

「ここは言わば大迷宮のゴール、報酬を貰える場所だよ。三人ともそこの魔法陣の上に立ってくれる?」

 

琴音に言われるがまま、希依と宇未と雫は魔法陣の中央に立つ。

魔法陣の中央に足を踏み込んだ瞬間、カッと純白の光が爆ぜ部屋を真っ白に染め上げる。

やがて光が収まり、目を開けた三人の目の前には、黒衣の青年が立っていた。

 

中央に立つ三人の眼前に立つ青年は、古めかしいローブを着ていた。

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?」

 

話し始めた彼はオスカー・オルクスというらしい。【オルクス大迷宮】の創造者のようだ。琴音にその名を聞いた希依と、原作を既読済みの宇未はともかく雫は驚きながら彼の話を聞く。

 

「ああ、質問は許して欲しい。これはただの記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない。だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい。……我々は反逆者であって反逆者ではないということを」

 

 

語られるのは狂った神とその子孫達の戦いの物語。

 

神代の少し後の時代、世界は争いで満たされていた。人間と魔人、様々な亜人達が絶えず戦争を続けていた。争う理由は様々。領土拡大、種族的価値観、支配欲、他にも色々あるが、その一番は〝神敵〟だから。今よりずっと種族も国も細かく分かれていた時代、それぞれの種族、国がそれぞれに神を祭っていた。その神からの神託で人々は争い続けていたのだ。

 

だが、そんな何百年と続く争いに終止符を討たんとする者達が現れた。それが当時、〝解放者〟と呼ばれた集団。

 

彼らには共通する繋がりがあった。それは全員が神代から続く神々の直系の子孫であったということ。そのためか〝解放者〟のリーダーは、ある時偶然にも神々の真意を知ってしまった。何と神々は、人々を駒に遊戯のつもりで戦争を促していたのだ。〝解放者〟のリーダーは、神々が裏で人々を巧みに操り戦争へと駆り立てていることに耐えられなくなり志を同じくするものを集めたのだ。

 

彼等は、〝神域〟と呼ばれる神々がいると言われている場所を突き止めた。〝解放者〟のメンバーでも先祖返りと言われる強力な力を持った七人を中心に、彼等は神々に戦いを挑んだ。

 

しかし、その目論見は戦う前に破綻してしまう。何と、神は人々を巧みに操り、〝解放者〟達を世界に破滅をもたらそうとする神敵であると認識させて人々自身に相手をさせたのだ。その過程にも紆余曲折はあったのだが、結局、守るべき人々に力を振るう訳にもいかず、神の恩恵も忘れて世界を滅ぼさんと神に仇なした〝反逆者〟のレッテルを貼られ〝解放者〟達は討たれていった。

 

最後まで残ったのは中心の七人だけだった。世界を敵に回し、彼等は、もはや自分達では神を討つことはできないと判断する。そして、バラバラに大陸の果てに迷宮を創り潜伏することにしたのだ。試練を用意し、それを突破した強者に自分達の力を譲り、いつの日か神の遊戯を終わらせる者が現れることを願って。

 

長い話が終わり、オスカーは穏やかに微笑む。

 

 

「君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか。……君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」

 

 そう話を締めくくり、オスカーの記録映像はスっと消えた。

 

同時に、三人の脳裏に何かが侵入してくる。ズキズキと痛むが、それがとある魔法を刷り込んでいたためと理解できたので大人しく耐えた。

 

やがて、痛みも収まり魔法陣の光も収まる。

 

「なるほどねぇ。雫ちゃん、どうだった?」

 

雫は足を震わせ、鳥肌を立たせている。

 

「こんなのって、私たちは、なんのためにこの世界に連れてこられたの?」

 

雫の言葉に答えたのは琴音だった。

 

「邪神、エヒトルジュエが裏で暗躍している戦争に加えるスパイスってところだろうね。深い意味は無いよ。今も続く戦争に意味が無いんだから」

 

「…なんか、何もかも知ってそうな言い方をするのね。それになにか隠してそう」

 

「世界の全てを理解し、魔王のよき理解者となって導くのが私、理解者の役目だからね。一応なんでも知ってるよ」

 

琴音の、この世界で言うところの天職は『理解者』

ありとあらゆる知識を閲覧できる存在。希依が魔王となった世界では一人の魔王と一人の理解者がワンセットで、そのペアは何かしら深い縁、絆で繋がっている者達が後天的になるものだった。

 

「まぁ琴音のことは置いといて、雫ちゃん、どうする?」

 

「…光輝なら、話を信じずに戦争を続けるのでしょうね。でも、話が本当なら魔王を倒したところで帰ることはおそらく出来ない。

南雲くんは、多分ある程度は信じて神エヒトに頼らずに帰る方法を探している」

 

雫は険しい顔をして悩み込む。

 

「その通りだろうね。愛子ちゃんは、いつの間にかハジメくんから聞いてたみたいだし、もうそろそろ行動に出る頃かもしれないね」

 

「そう、先生が…」

 

「宇未ちゃんはどうする?エヒト殴る?」

 

「私は、お姉ちゃんと一緒に居られればそれでいいです」

 

「そっか。それで琴音は、どうするの?帰るの?てか帰れるの?」

 

「んー、ステラちゃんに頼めば帰れるだろうけど、現状自力で帰るのは無理かな。そもそも帰りたくないし。

ヤエちゃん達を元の世界に帰すのはもっと無理。魔法で帰すには知識だけじゃなくて技術もいるねこれは」

 

「もうちょい詳しく」

 

希依の言葉に若干面倒くさそうな顔をしながらも琴音は話した。

 

「魔法で転移する時は魔法陣に場所の座標を入れなきゃいけないんだよ。X軸、Y軸、Z軸って感じでね。私があの世に帰れないのはそれとは別問題だから置いておくとして、ヤエちゃん達を帰せないのはこの座標が問題なんだよ。

分からないってわけじゃないんだけどね、まったく同じ座標が二つあるんだよ。だからこそ、この世界に勇者達を呼ぶことがエヒトには出来たんだけど、これは同じ座標を重ねたからこそ成功した。

逆に私のやり方だと、どうしてもエラー、矛盾、パラドックスが発生する。同じ座標に同じ人間は居られないから、最悪のパターンとして文字通り無の空間に放り込まれることになる」

 

琴音の長い説明に、疲れきっていた雫は頭を抑えてしまう。

 

「とりあえず、しばらく休もっか」

 

休みを提案した希依自身、疲れたような表情をしていた。

 

 

 

 

希依達が眠っていたベッドに雫と宇未を寝かせ、希依と琴音はオスカーの住処で発見した大浴場に浸かる。二年ぶりの二人での団欒。

 

「琴音が地獄だか天国だかで魔法学の先生やってるってのは聞いたんだけどさ、結局なに教えてるの?」

 

「んー、色々だよ、色々。魔法の作り方とか、魔法による犯罪に関することとか、戦闘用魔法の日常生活での役立て方とか、色々。

…私のことよりもさ、おねーちゃん大丈夫なの?お義父さんから聞いてるんだよ?過去の記憶に干渉するタイプの精神攻撃受けたって」

 

「へーきへーき、だいじょ「大丈夫じゃないでしょ。私に隠し事できると思った?」…ごめん、まだ結構怖い」

 

「心配したんだからね?会ったばっかりの時みたいにぐったりしてて見てられなかったよ。何を見せられたの?」

 

「…宇未ちゃんに、嫌いって言われて刺された。お父さんに、家族じゃないって。琴音に、いらないって捨てられて。…いっぱい、いっぱい失くす夢見た。最後は…また一人になって…いっぱい犯されて…殴られて…怒られて……

琴音?な――

 

なんで、泣いてるの?

 

最後まで言えなかった。

 

「なんでなんて、言わないでよ。心配、したんだからね?おねーちゃんの妹で恋人なんだから、おねーちゃんが酷い目にあって泣かないなんて無理だもん!」

 

最愛の子が、私のために泣いてくれて、抱きしめてくれる。そんな私は、どうしようもなく幸せだ。

 

 

「おねーちゃん♪」

 

「なにっ――」

 

希依に琴音の唇が重ねられる。舌を絡ませたり、舐め回したり。

 

殺し別れて二年ぶりのキスの味は、甘くてちょっと、しょっぱかった。

 

 

 



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第31話

 

琴音が来て、一週間が経過した。

 

信憑性はともかく、世界の真実を知ってしまった雫は今後の振る舞いを、どうしても決めなくてはならない。勇者パーティの主力の一人で、天之河光輝程ではないにしろそれなりの立場、発言力があるのだから。

 

今後どうするか、その決断を一週間という期間で出した。

 

「希依さん、私は、神を倒して元の世界へ帰るわ」

 

「ん。まぁ、私に決意を伝えられてもって気が薄々してるんだけどまぁそこはいいよ。

興味本位で聞くけどなんで?」

 

「私は、南雲くんや光輝のように極端にはなれない。光輝は神に従って魔人族を滅ぼし、運が良ければ帰れるかもしれない。

南雲くんは、神もこの世界もどうでもいい。ユエさん達を連れて故郷に帰る。

世界の真実を聞いて、今更魔人族を滅ぼすなんて出来ないし、でもこの世界を放置して帰るなんて、そんなことが出来ないくらいにはこの世界で友達も出来た。

 

世界を救うなんて言わない。神は倒して、それだけをして帰るわ」

 

雫のそれは、どうしようもなく自分勝手なもの。中途半端な正義感で神を殺して、世界のその後は放置して元の世界に帰る。天之河光輝は間違いなく洗脳や催眠を疑うだろう。

 

「まぁいいんじゃない?神に負けるほど、私は雫ちゃんを弱く鍛えた覚えはないよ」

 

「中途半端に救うよりよっぽどいいです。

…お姉ちゃん、私、雫さんを手伝いたいです。いいですか?」

 

宇未は雫の手を取り、希依に頭を下げた。

 

「宇未ちゃん」

 

希依は微笑み、頭を上げさせる。

 

「それは雫ちゃんのため?それとも宇未ちゃん自身のため?」

 

「…自殺する直前まで、生きるのに必死で友達なんてつくる暇もありませんでした。泥を啜り、虫も食べ、人から逃げ隠れて。雫さんは、そんな私の初めての友達なんです。そんな友達を手伝いたいと思うことは、友達のために何かをしたいと思うことは、いけないことですか?」

 

「いんや、全然。それでこそ私の眷属だよ!私も手伝う!琴音もいいよね!」

 

宇未を思いっきり抱きしめ、琴音に振り向く希依の笑顔は太陽を錯視させるほど楽しげなものだった。

 

「おねーちゃんが楽しそうでなによりだよ。

そもそもおねーちゃん、ソラちゃんがどっち答えても許可出して手伝う気満々だったよね?」

 

「あ、バレた?」

 

「ヤエちゃんも分かってたでしょ?」

「えぇ、まぁ。でもいいの?神を、殺すのよ?そんな軽いノリで…」

 

雫は琴音を心配する目で見る。

 

「ヤエちゃん、私だって戦えるんだよ。私に理解される程度の神なんて取るに足らない」

 

「希依さん、琴音さんって何者?」

 

「琴音は全てを理解出来る超古代魔法使い。なんでも知れて割と色々できる、やりようによっては私より強い子だよ」

 

「それは心強い…というかいいの?希依さんや琴音がさんにも目的があるんじゃ…」

 

「私はおねーちゃんに会いに来ただけだよ?」

 

「私は仕事だけど、結局何すればいいのかよく分かってないしね」

 

「おねーちゃん、それはそれでどうなの?」

 

「文句はステラちゃんに言ってよ。なにも伝えずに放り込んだのはステラちゃんなんだから」

 

「ステラちゃんもおねーちゃんでしょうが」

 

「記憶の共有は一方通行なの。ステラちゃんはリアルタイムで私の記憶を見てるだろうけど私は見えない」

 

「えっ、じゃあ私とおねーちゃんのあれこれも…?」

 

(希依)に会いに来るために(ステラ)に性的拷問した子のセリフじゃないよねそれ」

 

「お姉ちゃん、セリフがなんか変」

 

「あなたと琴音さんの『おねーちゃん』『お姉ちゃん』も紛らわしいわよ」

 

「ヤエちゃんがちょっとメタイ!?」

 

「琴音だけは後々のことも考えて言っちゃダメでしょそれ」

 

グダグダわいわいと雑談に花が咲き出し、気がつけば一日が経つのだが、全員体力が並外れていて気がつく者はいなかった。

 

 

 

「ね、ねぇみんな、なんか、魔法陣光ってるんだけど」

 

「「「えっ?」」」

 

四人で雑談しながら何気なく部屋を歩き回ったり、小物を弄ったりしていると、雫が何かの魔法陣を発動させてしまう。魔法陣は強く輝き、三人の目を眩ませる。

 

光が止むと、雫はその場にはいなかった。

 

「…琴音、これなんの魔法陣?」

 

「脱出用の転移魔法陣だね。今頃ヤエちゃんは外にいるんじゃないかな」

 

「ふーん、じゃあ行こっか、宇未ちゃん、琴音」

 

「「おー」」

 

希依の呼びかけに二人は小さく拳を掲げる。

三人同時に魔法陣に乗り、雫がいる場所へと転移する。

 

先程と同じように、眩い光が三人を包み、転移が行われる。

 

 

 

光を抜けると、そこは洞窟だった。

 

「…普通さ、野外にしない?迷宮から出たと思ったら洞窟て」

 

「おねーちゃん、そんなこと言ってる場合?」

 

転移先が洞窟だが、そんなことよりも重視すべきは雫がいないこと。軽く見回してもそれらしき人影は見えない。

 

「とりあえず洞窟を出ましょう。もう外に出てるかもです」

 

宇未の言う通りに、洞窟の出口へと三人は目指す。

 

途中、幾つか封印が施された扉やトラップがあったが、琴音の魔法で尽く解除されていった。三人は、一応警戒していたのだが、拍子抜けするほど何事もなく洞窟内を進み、遂に外に出た。

 

 

 

外は既に夜だった。月がのぼり、雲に隠れながらも星がチラホラと見える。

 

先に外へ出ていた雫は、上を、星を眺めていた。三人が声をかけると驚いたものの、安心した顔でため息をついた。

 

「もう一度迷宮を降りないといけないのかと思ったわ」

 

「今の雫ちゃんならそれくらい余裕でしょ?」

 

なんてことないように言う希依の言葉に、雫は不穏なものを感じた。

 

「雫ちゃん、これから毎日大迷宮往復ダッシュを修行に追加ね」

 

「それ亀仙流の修行よりも過酷じゃないかしら!?」

 

「おねーちゃんの提案は鬼すぎるし、ヤエちゃんがドラゴンボール初期の話を知ってるのにもちょっと驚きだよ」

 

「琴姉様、そこですか?」

 

いつの間にか、宇未は琴音を琴姉様と呼ぶようになっていた。呼び方だけを見たら希依の立場が低そうだが、本人たちは気にしていない。

 

「琴音も雫ちゃんも何言ってるのさ。別に石ころに亀って書いて迷宮に投げ込んだりしないし、迷宮に牛乳配達させる気なんてあんまり無いよ?」

 

「いつかさせられそうで怖いわ…」

 

「最終的にはビーム撃ってもらわないと」

 

「希依さんの『殺戮演技』にはビームがあるの!?」

 

「えっ…おねーちゃん、ヤエちゃんにそのなんちゃって武術教えてるの?無茶すぎない?」

 

「…琴音さん、どういうことかしら?」

 

「おねーちゃんのオリジナル武術、『殺戮演技』っていうのはね、早く動いて早く攻撃すれば勝てるっていうステータスにものを言わせる超脳筋武術もどきなんだよ。それにおねーちゃんの技能、『究極の加減』で力加減を微調整していろんな殺し方を出来るっていう、普通の人にはまず使えない武術だね」

 

琴音の説明を聞き、雫は希依に疑いの目を向ける。

 

「別に、殺戮演技そのものを教えてたわけじゃないんだよ?その、刀で殺すなら参考にしやすそうな戦い方が殺戮演技ってだけで、雫ちゃんに打撃で動物型ソーセージを作らせたり、切った時の摩擦熱でステーキを作らせたり、薄く焼き切ってしゃぶしゃぶに出来るようにさせたかったわけじゃないんだよ?」

 

希依は目を逸らし顔を伏せ、指を絡ませたりしながら事実を語る。

 

「なんで完成形が料理なのよ…」

 

「おねーちゃん……それだからおねーちゃんに師匠ポジは無理って魔王のときも言ったのに」

 

「やめて琴音!そのアホな妹を見る出来のいい姉みたいな目をやめて。私がお姉ちゃんなんだからね!」

 

「歳の差なんて一歳しか変わんないじゃん。二万年も生きたら誤差でしょ。たまにはおねーちゃんが私を『琴ねぇ』って呼んでくれてもいいんだよ?」

 

希依と琴音の共通点として、気に入った子に姉と呼ばせることがときどきある。宇未は素直に従っているが、愛子に母と呼ばせることには未だ成功していない。

 

「あなた達、ほんとに血は繋がってないのよね?」

 

「お姉ちゃんも琴姉様も、同じようなこと言ってます」

 

ぶつかり合う、というか乳くりあう二人を後目に街へ行こうかと悩む宇未と雫であった。





どうしても琴音ちゃんが居ると雑談が多くなっちゃいますねぇ。あっはっはー ( ̄∀ ̄)


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第32話

 

 

 

勇者達が、【宿場町ホルアド】にて衝撃の再会と天之河光輝の虐殺から三週間が経過した。

 

現在、勇者達の早急に対処しなければならない欠点、〝人を殺す〟ことについて浅慮が過ぎるという点をどうにかしなければこれ以上戦えないという事と、意識を失い眠ったままの天之河光輝を休ませるという事で、彼等は王都に戻って来ていた。魔人族との戦争にこのまま参加するならば、人殺しの経験は必ず必要となる。

 

もっとも、考える時間は、もうあまり残されていないと考えるのが妥当だ。ウルの町での出来事は、既に勇者達の耳にも入っており、自分達が襲撃を受けたことからも、魔人族の動きが活発になっていることは明らかで、開戦が近い事は誰もが暗黙の内に察している事だった。従って、勇者達は出来るだけ早く、この問題を何かしらの形で乗り越えねばならなかった。

 

さらに、天之河光輝には声が届かないうえ、回復・治癒魔法も大した効果を発揮しないという始末。その上八重樫雫が行方不明になったことも多大な影響を与えている。

 

 

そんな勇者達はというと、現在、ひたすらメルド団長率いる騎士達と対人戦の訓練を行っていた。龍太郎や近藤達、永山達も、ある程度の覚悟はあったものの、実際、ハジメが魔人族の女の頭を撃ち抜く瞬間を見て、自分にも出来るのかと自問自答を繰り返していた。時間はないものの、無理に人殺しをさせて壊れてしまっては大事なので、メルド達騎士団も頭を悩ませている。

 

そんな、ある意味鬱屈した彼等に、その日、ちょっとした朗報が飛び込んできた。

 

愛子達の帰還だ。普段なら、光輝のカリスマにぐいぐい引っ張られていくクラスメイト達だったが、当の勇者に再起不能なことや、雫が行方不明になっていることで皆どこか沈みがちだった。手痛い敗戦と直面した問題に折れてしまわないのは、近藤や永山といった思慮深い者達のフォローと鈴のムードメイクのおかげだろうが、それでも心に巣食ったモヤモヤを解決するのに、身近な信頼出来る大人の存在は有難かった。みな、いつだって自分達の事に一生懸命になってくれる先生に、とても会いたかったのだ。

 

 

だが、帰って来たのは愛子だけではなかった。

 

ホルアドの街で豊穣の女神が帰ってきたという噂を聞いた雫も、クラスメイトのいる王宮へと向かったのだ。

 

白髪になり、身体が成長したのを見て驚かないかなど、愛子に会うのは楽しみにし、ハジメと似た変貌を遂げた自分をクラスメイトに見られたくないなと、色々な思いを胸にこっそりと、誰にも会わずお忍びで愛子の部屋向かう途中で、愛子が廊下の奥から、トボトボと何だかしょげかえった様子で、それでも必死に頭を巡らせているとわかる深刻な表情をしながら前も見ずに歩いてくるのを発見する。

 

雫は、一体何があったのだと、訝しそうにしながら、愛子を呼び止めた。

 

「先生……先生!」

 

「ほえっ!?」

 

奇怪な声を上げてビクリと体を震わせた愛子は、キョロキョロと辺りを見回し、ようやく雫の存在に気がつく。そして、長身白髪に変貌した雫を雫だと気づかず「だ、誰ですか?」と疑問を口にする。

 

「予想通りの反応で安心しました。私です、八重樫雫です。色々あってこんなになっちゃいましたけど正真正銘八重樫雫です」

 

「え…えええぇぇぇぇえええ!!?」

 

「お変わり無いようで何よりです」

 

「やっ、ややや八重樫さんですか!?どうしたんですかその姿は!?」

 

「成長期です。いっぱい食べて育ちました。背も、胸も。髪はストレスでしょうか」

 

平然と嘘ではないが限りなく嘘に近い言葉を愛子も真に受けてしまう。

 

「えっ、ええ?いえ、確かにそうですね、しばらく見ないうちに背が伸びるだなんてよくある事です。それでも育ちすぎな気もしますが、いえ、私の身長が伸びなかったことを気にしている訳ではありませんよええ、分かっていますとも。それにしてもその髪は、一体どれだけの苦労をかけてしまったのでしょう」

 

今の今まで沈んでいたというのに、口から飛び出るのは生徒の変貌っぷりへの驚愕と心配ばかり。相変わらずの愛ちゃん先生の姿に、自然と雫の頬も綻び、同時に安心感が胸中を満たす。

 

しばし、二人は再会と互いの無事を喜び、その後、情報交換と相談事のため愛子の部屋へと入っていった。

 

 

 

「そう、ですか……清水君が……」

 

雫と愛子、二人っきりの部屋で、可愛らしい猫脚テーブルを挟んで紅茶を飲みながら互いに何があったのか情報を交換する。そして、愛子からウルの町であった事の次第を聞き、雫が最初に発した言葉がそれだった。

 

室内には、やり切れなさが漂っている。愛子は、悄然と肩を落としており、清水のことを気に病んでいるのは一目瞭然だった。雫は、愛子の性格や価値観を思えば、どんな事情が絡んでいても気にするのは仕方ないと思い、掛けるべき言葉が見つからない。

 

しかし、このまま落ち込んでいても仕方ないので、努めて明るく、愛子の無事を喜んだ。

 

「清水君のことは残念です……でも、それでも先生が生きていてくれて本当よかったです。南雲君と希依さんには本当に感謝ですね」

 

 愛子は、微笑みかけてくる雫に、また、生徒に気を使わせてしまったと反省し、同じく微笑みを返した。

 

「そういえば先生、光輝のことは聞いていますか?」

 

清水が死んだ話の後に雫が振る話題は天之河光輝が殺された話。

 

「…はい。詳しくは分かりませんでしたが、異端者に殺されたものの、神の奇跡により無傷で生還したけれど、今は寝たきりだと、聞いています」

 

愛子が聞いた話は、事実とかなり異なる点がある。殺したのは宇未で、傷を治したのは宇未の血涙。決して神の奇跡では無い。

 

「先生、光輝を殺したのは、東江宇未という、羽根の生えた女の子なんです。決して異端者認定を受けているわけでもありません。そして、傷を治したのも彼女です」

 

「宇未ちゃんのことは、私も知っていますよ。天之河君のことを殺したがっていたことも。

宇未ちゃんはどんな様子でしたか?宇未ちゃんが私を先生と呼んでくれた以上、あの子も私の生徒です」

 

「…光輝を何度も殺しては生き返らせてを繰り返して、最後は泣いていました。どれだけ殺しても満たされない、どうしたらいいのか分からないって」

 

「そう…ですか。

宇未ちゃんの過去は私も聞いてますが、そこから来る恨みがどれだけのものか、私には分かりません。先生として、情けないです」

 

小さな手が拳を握り膝の上でプルプルと震わせる。

 

「その日の夜、私は彼女と話しました。もう光輝を殺すとは思えませんが、それでもあの子が何で満たされるのかは、結局分かりませんでしたが」

 

雫は宇未がくれた刀、現切りをそっと撫でる。

 

「それは…日本刀、ですか?もしかして南雲君の…?」

 

「いえ、これは宇未さんに貰ったものです。神が創った刀の模造品、『模刀 現切り』、生前の彼女のように癖が強くもたくましい、良い刀です」

 

恨み合うことなく、仲良く出来ているのを察した愛子は優しい笑みを浮かべた。

 

 

 

「そうだ、忘れてました。八重樫さん、その姿はいったい何があったのですか?さっきは誤魔化されそうになりましたが先生を誤魔化すことはできませんよ!」

 

「だから成長期ですって」

 

「そんなはずありません!その姿はまるで…」

 

愛子は雫を心配するような目で見つめ、言葉を濁らせる。

 

「まるで南雲くんのよう、ですか?」

 

雫と同じように、ハジメもウルの街であったときは背が伸び、白髪になっていた。

 

「…はい。一体何でそうなったのか、話してくれませんか?」

 

正直なところ、雫には話さない理由が『背を伸ばしたくなった愛子が魔物を食べようとするのを止めるのが面倒』程度しかない。ハジメから詳しく聞けなかったからなのか、必死な表情をしている愛子に話さないという考えは雫にはなかった。

 

「私は、強くなるために南雲くんが落ちたオルクス大迷宮65層から飛び降りて最下層まで降りてきました。希依さん、宇未さんと一緒に」

 

「そっ、そんな危険なことをしていたんですか!?」

 

「はい。希依さんに鍛えてもらうために。

この姿になったのは、希依さんの魔物料理を食べてすぐのことでした。希依さんいわく『良くないもの』を取り除いた魔物の肉を食べて、気がついたらこんな身体に」

 

とてつもなく危険なことをしてきた雫がハジメのように腕や目を失わずに帰ってきていることに愛子は安堵する。

 

「…南雲君は、奈落の底で解放者の語る世界の真実を聞いたと言っていました。八重樫さんも、聞きましたか?」

 

「はい。しっかりと。そして、それは真実で間違いないそうです」

 

「やっぱり、そうなんでしょうか」

 

「その事なんですが先生、私は、この世界の神を倒そうと思っています。みんなとは別行動で」

 

「なっ、何を言ってるんですか!?ダメです!絶対ダメです!危険すぎます!」

 

必死に止める愛子だが、もう雫は決心してしまっている。

 

「真実を知って、私は南雲くんのようにこの世界を完全に見捨てることは出来ない程度にはここにも愛着があります。でもやっぱり私は帰りたいんです。世界を救う訳ではありませんから、大したことではありませんよ」

 

「そう…ですか」

 

光輝のカリスマによる流れ・ノリ以上に止められそうにないことを愛子は察し、諦めるようなため息を吐く。

 

「それなら、聞いておいて欲しいことがあります。

正式に、…南雲君が異端者認定を受けました」

 

「っ!?それは……どういうことですか?いえ、何となく予想は出来ますが……それは余りに浅慮な決定では?」

 

ハジメの力は強大だ。希依含む僅か数人で六万以上の魔物の大群を、未知のアーティファクトで撃退した。ハジメの仲間も、通常では有り得ない程の力を有している。にもかかわらず、聖教教会に非協力的で、場合によっては敵対することも厭わないというスタンス。王国や聖教教会が危険視するのも頷ける。

 

しかし、だからといって、直ちに異端者認定するなど浅慮が過ぎるというものだ。異端者認定とは、聖教教会の教えに背く異端者を神敵と定めるもので、この認定を受けるということは何時でも誰にでもハジメの討伐が法の下に許されるという事だ。場合によっては、神殿騎士や王国軍が動くこともある。

 

そして、異端者認定を理由にハジメに襲いかかれば、それは同時に、ハジメからも敵対者認定を受けるということであり、あの容赦のない苛烈な攻撃が振るわれるということだ。その危険性が上層部に理解出来ないはずがない。にもかかわらず、愛子の報告を聞いて、その場で認定を下したというのだ。雫が驚くのも無理はない。

 

雫がそこまで察していることに相変わらず頭の回転が早い子だと感心しながら愛子は頷く。

 

「全くその通りです。しかも、いくら教会に従わない大きな力とはいえ、結果的にウルの町を救っている上、私がいくら抗議をしてもまるで取り合ってもらえませんでした。南雲君は、こういう事態も予想して、ウルの町で唯でさえ高い豊穣の女神の名声を更に格上げしたのに、です。護衛隊の人に聞きましたが〝豊穣の女神〟の名と〝女神の剣〟の名は、既に、相当な広がりを見せているそうです。今、彼を異端者認定することは、自分達を救った〝豊穣の女神〟そのものを否定するに等しい行為です。私の抗議をそう簡単に無視することなど出来ないはずなのです。でも、彼等は、強硬に決定を下しました。明らかにおかしいです……今、思えば、イシュタルさん達はともかく、陛下達王国側の人達の様子が少しおかしかったような……」

 

「……それは、気になりますね。彼等が何を考えているのか……でも、取り敢えず考えないといけないのは、唯でさえ強い南雲君に誰を差し向けるつもりなのか? という点ではないでしょうか」

 

「……そうですね。おそらくは……」

 

「ええ。私達でしょう……まっぴらゴメンですよ?私は、まだ死にたくありません。南雲くんを殺すなんてしたら、ユエさん達が悲しんで、私が希依さんに殺されます……想像するのも嫌です。

私以外のみんなじゃすぐ殺されそうですしね」

 

雫がぶるりと体を震わせ、愛子は、逆に殺されるとは言わないのかと苦笑いする。

 

そして、国と教会側からいいように言いくるめられて、ハジメと敵対する前に、愛子は、光輝達にハジメから聞いた狂った神の話とハジメの旅の目的を話す決意をした。証拠は何もないので、信じられるかは分からない。なにせ、今まで、魔人族との戦争に勝利すれば、神が元の世界に戻してくれると信じて頑張ってきたのだ。

 

実は、その神は愉快犯で、帰してくれる可能性は極めて低く、だから、昔、神に反逆した者達の住処を探して自力で帰る方法を探そう! などといきなり言われても信じられるものではないだろう。光輝達が話を聞いたあと、戯言だと切って捨てて今まで通り戦うか、それとも信じて別の方針をとるか……それは愛子にも分からないが、とにかく教会を信じすぎないように釘を刺す必要はある。愛子は、今回のことでそれを確信した。

 

「今晩……いえ、夕方、全員が揃ったら先生からお話したいと思います」

 

「それは……いえ、そうですか。私はその場には居られませんが…」

 

「仕方ない、ですね。今の八重樫を見て、みんなが冷静でいられるとは、あまり思えません」

 

「私は希依さんや宇未さんと、今晩にでも別の街へ向かいます。エヒトをおびき寄せるために色々とすることがあるので」

 

「くれぐれも、危険なことはしないでくださいね」

 

「はい。私も、帰りたいですからね」

 

雫の言葉に愛子は満足気に微笑む。

 

その後、雫と愛子は雑談を交わし、程よい時間で分かれた。

 

 

 

 

そして時刻は夕方。

 

鮮やかな橙色をその日一日の置き土産に、太陽が地平の彼方へと沈む頃、雫は既に王宮から立ち去り、愛子は一人誰もいない廊下を歩いていた。廊下に面した窓から差し込む夕日が、反対側の壁と床に見事なコントラストを描いている。

 

夕日の美しさに目を奪われながら夕食に向かう愛子だったが、ふと何者かの気配を感じて足を止めた。前方を見れば、ちょうど影になっている部分に女性らしき姿が見える。廊下のど真ん中で、背筋をスっと伸ばし足を揃えて優雅に佇んでいる。服装は、聖教教会の修道服のようだ。

 

その女性が、美しい、しかしどこか機械的な冷たさのある声音で愛子に話しかけた。

 

「はじめまして、畑山愛子。あなたを迎えに来ました」

 

愛子は、その声に何故だか背筋を悪寒で震わせながらも、初対面の相手に失礼は出来ないと平静を装う。

 

「えっと、はじめまして。迎えに来たというのは……これから生徒達と夕食なのですが」

 

「いいえ、あなたの行き先は本山です」

 

「えっ?」

 

有無を言わせぬ物言いに、思わず愛子が問い返す。と、そこで、女性が影から夕日の当たる場所へ進み出てきた。その人物を見て、愛子は息を呑む。同性の愛子から見ても、思わず見蕩れてしまうくらい美しい女性だったからだ。

 

夕日に反射してキラキラと輝く銀髪に、大きく切れ長の碧眼、少女にも大人の女にも見える不思議で神秘的な顔立ち、全てのパーツが完璧な位置で整っている。まるで、人形のように。

 

身長は、女性にしては高い方で百七十センチくらいあり、愛子では、軽く見上げなければならい。白磁のようになめらかで白い肌に、スラリと伸びた手足。胸は大きすぎず小さすぎず、全体のバランスを考えれば、まさに絶妙な大きさ。

 

ただ、残念なのは表情が全くないことだ。無表情というより、能面という表現がしっくりくる。著名な美術作家による最高傑作の彫像だと言われても、誰も疑わないだろう。全身何もかもが人形のように美しい女だった。

 

その女は、息を呑む愛子に、にこりともせず淡々と言葉を続けた。

 

「あなたが今からしようとしていることを、主は不都合だと感じております。あなたの生徒がしようとしていることの方が〝面白そうだ〟と。なので、時が来るまで、あなたには一時的に、退場していただきます」

 

「な、なにを言って……」

 

ゆっくり足音も立てずに近寄ってくる美貌の修道女に、愛子は無意識に後退る。その時、修道女の碧眼が一瞬、輝いたように見えた。途端、愛子は頭に霞がかかったように感じた。思わず、魔法を使うときのように集中すると、弾かれた様にモヤが霧散した。

 

「……なるほど。流石は、主を差し置いて神を名乗るだけはあります。私の魅了を弾くとは。仕方ありません。物理的に連れて行くことにしましょう」

 

「こ、来ないで!も、求めるはっ……うっ!?」

 

得体の入れない威圧感に、愛子は咄嗟に魔法を使おうとする。しかし、詠唱を唱え終わるより早く、一瞬で距離を詰めてきた修道女によって鳩尾に強烈な拳を叩き込まれてしまった。崩れ落ちる愛子は、意識が闇に飲まれていくのを感じながら、修道女のつぶやきを聞いた。

 

「ご安心を。殺しはしません。あなたは優秀な駒です。あのイレギュラー達を排除するのにも役立つかもしれません」

 

 愛子の脳裏に、自分を娘と呼ぶ魔王少女が思い浮かぶ。そして、届かないと知りながら、完全に意識が落ちる一瞬前に心の中で彼女の名を叫んだ。

 

―――希依さん!

 

 

 



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第33話

 

 

薄暗く明かり一つ無い部屋の中に、格子の嵌った小さな窓から月明かりだけが差し込んで黒と白のコントラストを作り出していた。

 

部屋の中は酷く簡素な作りになっている。鋼鉄造りの六畳一間、木製のベッドにイス、小さな机、そしてむき出しのトイレ。地球の刑務所の方がまだましな空間を提供してくれそうだ。

 

そんなどう見ても牢獄にしか思えない部屋のベッドの上で壁際に寄りながら三角座りをし、自らの膝に顔を埋めているのは畑山愛子その人だ。

 

愛子が、この部屋に連れて来られて三日が経とうとしている。

 

愛子の手首にはブレスレット型のアーティファクトが付けられており、その効果として愛子は現在、全く魔法が使えない状況に陥っていた。それでも、当初は、何とか脱出しようと試みたのだが、物理的な力では鋼鉄の扉を開けることなど出来るはずもなく、また唯一の窓にも格子が嵌っていて、せいぜい腕を出すくらいが限界であった。

 

もっとも、仮に格子がなくとも部屋のある場所が高い塔の天辺な上に、ここが【神山】である以上、聖教教会関係者達の目を掻い潜って地上に降りるなど不可能に近いのだが。

 

そんなわけで、生徒達の身を案じつつも、何も出来ることがない愛子は悄然と項垂れ、ベッドの上で唯でさえ小さい体を更に小さくしているのである。

 

「……私の生徒がしようとしていること……一体何が……」

 

僅かに顔を上げた愛子が呟いたのは、攫われる前に銀髪の修道女が口にしたことだ。愛子が、ハジメから聞いた話を光輝達に話すことで与えてしまう影響は不都合だと、彼女の言う〝主〟とやらは思っているらしい。そして、生徒の誰かがしようとしていることの方が面白そうだとも。

 

愛子の胸中に言い知れぬ不安が渦巻く。思い出すのは、ウルの町で暴走し、その命を散らした生徒の一人、清水幸利のことだ。もしかしたら、また、生徒の誰かが、取り返しのつかない事をしようとしているのではないかと愛子は気が気でなかった。

 

「どうにか……ここから…」

 

所持品を特に奪われなかった愛子の手には、いつか希依が願いの対価として要求した日本円の五円玉。

人任せになってしまうが、それでも自分の意地よりも生徒の安全を愛子は願った。

 

――にゃっははは、いいよ、その願い叶えてあげる。

 

にゃははと、奇妙な笑い声が部屋に響き渡る。

 

「だ、誰ですか?いったいどこから…」

 

「ここ、ここ。こっちだよー」

 

部屋の、小さな机の方から声が聞こえてきた。扉は開いていないことから警戒する愛子。

机の方を見ると、机の上から金色の髪、右目が白で左目が赤の、愛子をここに幽閉した女とは違う美しさを放つ女性の頭部が机に乗っている。

 

「ひっ!」

 

愛子から見たら机に生首が乗っているように見え、咄嗟にベッドの上に立ち上がって後ずさる。

 

「あ、は、ああ」

 

「にゃははは、怖がらせちゃった?」

 

女性は机の上に這い上がるように首から下が出てきて、机に腰掛ける。

 

身長は180を優に超える長身で、暴力的なまでに豊満な胸、宇未の着ていた白黒の巫女服を紅白にしたような巫女服を身につけていた。

 

「ステラはステラ・スカーレット。希依ちゃんから少しは聞いてない?」

 

「ステ…ラ…って、名前は聞いてますが、話ではもっと幼い容姿だとばかり……」

 

「まぁ幼女姿がデフォだからね。でもこっちの方が神様っぽいでしょ?」

 

「イエーイ」とピースするが、長身でやられても違和感しか感じない。

 

「じゃあさっさとここから出よっか。仕事が終わってステラも遊びに来たのにずっとここじゃ暇だからね」

 

愛子の近くまで来たステラは腰をかがめ、愛子の手をとる。

 

「あ、あの、何を?」

 

「ん?これ邪魔でしょ?」

 

ステラは愛子の腕に付けられたブレスレット型のアーティファクトをパキリと破壊し、その辺へ放り投げる。その際に愛子の手に握られた五円玉をかすめ取る。

 

「お賽銭はしっかりと頂いた。あとは愛ちゃんが救われるだけだよ」

 

「え、あ、えっと、はい…?わわっ!?」

 

流れるような動作に頭がついていかない愛子をステラは持ち上げ、胸が枕やクッションになる位置に抱き抱える。

 

ドパンッ!

 

乾いた破裂音が室内に木霊する。

それは、愛子には聞き覚えのある音だった。

 

「…南雲くん?」

 

「よう、無事か?先生」

 

声のした方、格子の嵌った小さな窓に視線を向ける。するとそこには、窓から顔と銃口を覗かせているハジメの姿があった。

 

「なに…を…キャアアア!!」

 

ステラ頭部が弾け飛び、血肉や脳漿が部屋中に撒き散らされ、それが愛子にもかかっていた。

ステラの頭部を失ってなお愛子を抱き抱えたままその場に立つ様すらも、美しさを損なわず芸術的だった。

 

「南雲くん何を!?」

 

「…いや、危なそうだったから撃ったんだが……それどうなってんだ?」

 

ハジメが本気で分からないような顔でこちらを見る。

 

「へっ?」

 

いつの間にか部屋に飛び散った赤は無くなっていて、ステラの頭部が元通りになっていた。

 

「あー、びっくりした。何すんのさ、ステラは希依ちゃんと違って脆いんだから丁重に扱ってよね」

 

音も立てずに壁に大きな穴を開け、当然のように空を飛んでハジメの前に出る。

 

「わっ、はわわっ!…あれ?」

 

「お前、何者だ?」

 

ハジメは〝空力〟で空中に留まりながらステラに銃を向ける。

 

「ステラはステラ。趣味と実益を兼ねて愛ちゃんの願いをかなえに来たの」

 

と、その時、遠くから何かが砕けるような轟音が微かに響き、僅かではあるが大気が震えた。

 

何事かと緊張に身を強ばらせた愛子がハジメに視線を向けると、ハジメは遠くを見る目をして何かに集中していた。現在、ハジメは地上にいるユエ達から念話で情報を貰っているのである。

 

「ちっ、なんてタイミングだよ。……まぁ、ある意味好都合かもしれないが……」

 

 しばらくすると、ハジメは舌打ちしながら視線を愛子に戻す。愛子は、ハジメが念話を使えることを知らないが、非常識なアーティファクト類を沢山見てきたので、それらにより何か情報を掴んだのだろうと察し、視線で説明を求めた。

 

「先生、魔人族の襲撃だ。さっきのは王都を覆う大結界が破られた音らしい」

 

「魔人族の襲撃!?それって……」

 

「ん、魔物は数は約十万、種類多数で強さはそれなり。南雲さん、とりあえずは休戦でいいよね?いま殺りあってる暇はない」

 

「チッ。先生が死んだらぶっ殺すからな」

 

ハジメが忠告した直後、

 

カッ!!

 

外から強烈な光が降り注いだ。

 

「「「ッ!?」」」

 

部屋に差し込んでいた月の光をそのまま強くしたような銀色の光に、本能がけたたましく警鐘を鳴らす。

 

ハジメとステラは脇目も振らず外壁の穴から飛び出した。急激な動きに愛子が耳元で悲鳴を上げギュッと抱きついてくるが、今は気にしている場合ではない。

 

二人が、隔離塔の天辺から飛び出したのと銀光がついさっきまで愛子を捕えていた部屋を丸ごと吹き飛ばすのは同時だった。

 

ボバッ!!

 

物が粉砕される轟音などなく、莫大な熱量により消失したわけでもなく、ただ砕けて粒子を撒き散らす破壊。人を捕えるための鋼鉄の塔の天辺は、砂より細かい粒子となり、夜風に吹かれて空へと舞い上がりながら消えていった。

 

目を見開き思わずといった感じで呟く。

 

「……分解……でもしたのか?」

 

「ご名答です、イレギュラー」

 

返答を期待したわけではない独り言に、鈴の鳴るような、しかし、冷たく感情を感じさせない声音が返ってくる。

 

ハジメが声のした方へ鋭い視線を向けると、そこには、隣の尖塔の屋根からハジメ達を睥睨する銀髪碧眼の女がいた。ハジメは、愛子を攫った女だろうと察する。

 

「ステラさん!私を閉じ込めたのはあの人です!」

 

「にゃっはは~。なるほどね」

 

女は白を基調としたドレス甲冑のようなものを纏っていた。ノースリーブの膝下まであるワンピースのドレスに、腕と足、そして頭に金属製の防具を身に付け、腰から両サイドに金属プレートを吊るしている。どう見ても戦闘服だ。

 

銀髪の女は、その場で重さを感じさせずに跳び上がった。そして、天頂に輝く月を背後にくるりと一回転すると、その背中から銀色に光り輝く一対の翼を広げた。

バサァと音を立てて広がったそれは、銀光だけで出来た魔法の翼のようだ。背後に月を背負い、煌く銀髪を風に流すその姿は神秘的で神々しく、この世のものとは思えない美しさと魅力を放っていた。

だが、惜しむらくはその瞳だ。彼女の纏う全てが美しく輝いているにも関わらず、その瞳だけが氷の如き冷たさを放っていた。その冷たさは相手を嫌悪するが故のものではない。ただただ、ひたすらに無感情で機械的。人形のような瞳だった。

 

銀色の女は、愛子を抱きしめ鋭い眼光を飛ばすハジメを見返しながら、おもむろに両手を左右へ水平に伸ばした。

 

すると、ガントレットが一瞬輝き、次の瞬間には、その両手に白い鍔なしの大剣が握られていた。銀色の魔力光を纏った二メートル近い大剣を、重さを感じさずに振り払った銀色の女は、やはり感情を感じさせない声音でハジメに告げる。

 

「ノイントと申します。〝神の使徒〟として、主の盤上より不要な駒を排除します」

 

ノイントから噴き出した銀色の魔力が周囲の空間を軋ませる。大瀑布の水圧を受けたかのような絶大なプレッシャーがハジメと愛子に襲いかかった。

 

愛子は、必死に歯を食いしばって耐えようとするものの、表情は青を通り越して白くなり、体の震えは大きくなる。「もうダメだ」と意識を喪失する寸前、愛子を紅い結界が包み込んだ。愛子を守るように囲う紅い立方体は、ノイントの放つ銀のプレッシャーの一切を寄せ付けなかった。

 

立方体型の結界はそのまま空中に留まり、愛子もそこに閉じ込められた。

 

「愛ちゃん、それビックバンでも壊れない丈夫な結界だからそこでちょっと待っててね」

 

ステラはそう告げてノイントに笑みを向ける。

 

「にゃは♪」

 

ステラは笑みを浮かべたまま、ノイントに一瞬で距離を詰めて殴り飛ばす。

ノイントは吹き飛び、山に衝突してクレーターを作る。

 

「…マジのバケモンかよ」

 

「あれじゃまだ死んでないから。あとは任せたよ」

 

ステラはそう言い残し、ハジメの背後に回る。振り返ると、既にステラも愛子もいなかった。

 

「クソっ!押し付けられた!!」

 

 

 

 

ステラは再び愛子を抱き、街中を歩いていた。

 

「あ、あの、もう降ろして下さい!」

 

「何言ってるのさ、今この状況で一番安全なのはステラの腕の中だよ?愛ちゃんには怪我一つでも負ってもらっちゃ嫌なんだから」

 

既に王都を囲い守っていた三重の結界は全て破れていて、人々は家から飛び出しては砕け散った大結界の残滓を呆然と眺め、そんな彼等に警邏隊の者達が「家から出るな!」と怒声を上げながら駆け回っている。決断の早い人間は、既に最小限の荷物だけ持って王都からの脱出を試みており、また王宮内に避難しようとかなりの数の住人達が門前に集まって中に入れろ! と叫んでいた。

 

夜も遅い時間であることから、まだこの程度の騒ぎで済んでいるが、もうしばらくすれば暴徒と化す人々が出てもおかしくないだろう。王宮側もしばらくは都内の混乱には対処できないはずなので尚更だ。なにせ、今、一番混乱しているのは王宮なのだ。全くもって青天の霹靂とはこの事で、目が覚めたら喉元に剣を突きつけられたような状態だ。無理もないだろう。

 

大地を鳴動させながら魔人族の戦士達と神代魔法により生み出された魔物達が大挙して押し寄せた。残る守りは、王都を囲む石の外壁だけ。それだけでも相当な強度を誇る防壁ではあるが……長く持つと考えるのは楽観が過ぎるだろう。

 

外壁を粉砕すべく、魔人族が複数人で上級魔法を組み上げる。魔物も固有魔法で炎や雷、氷や土の礫を放ち、体長四メートルはありそうなサイクロプスモドキがメイスを振りかぶって外壁を削りにかかる。

 

別の場所でも、体長五メートルはありそうなイノシシ型の魔物が、風を纏いながら猛烈な勢いで外壁に突進し、その度に地震かと思うような衝撃を撒き散らして外壁を崩していく。更に、上空には灰竜や黒鷲のような飛行型の魔物が飛び交い、外壁を無視して王都内へと侵入を果たした。

 

外壁上部や中程に詰めていた王国の兵士達が必死に応戦しているが、全く想定していなかった大軍相手では、その迎撃も酷く頼りない。突進してくる鋼鉄列車にエアガンで反撃しているようなものだ。

 

 

ステラは上空へ飛び上がると、城下町にある大きな時計塔の天辺からどうしたものかと眺めている金髪の幼女、ウサ耳の少女、黒髪金目の女性を発見する。

 

「三人とも、戦う人ってことでいいんだよね?」

 

「「「っ!?」」」

 

ステラは愛子を抱えたまま一瞬で三人のもとへ移動し声をかけた。

 

「誰じゃ?お主…そっちはご主人様の先生殿ではないか」

 

「わっ、スゴい綺麗な人です。ユエさんのお母様とかですか?」

 

「…シア、黙る。こんな母親いない」

 

言わずもがな、ハジメの仲間のユエ、シア、ティオである。

 

「にゃははは、無視するならやっちゃってもいいよね?」

 

城壁の外を見えるくらい上空まで飛び上がり、全体を見渡す。

 

「愛ちゃん、見ない方がいいよ」

 

ステラはそう言いながら愛子の顔を胸に埋める。

下から嫉妬の視線を感じるがステラは貧乳派である。故にその嫉妬を理解することは恐らくないだろう。

 

「っ――!――っ!!」

 

「にゃはは、くすぐったいよ。

六面圧縮結界展開!」

 

ステラは左腕で愛子を抱きしめながら右手を開いて前に突き出す。城壁の外に一辺5mほどの立方体型の結界が大量発生。

それは魔物の侵攻を抑えるのではなく集める。

 

「圧縮!」

 

前に出した手を握ると、結界の六面から圧力が発生。地上にいた魔物達のほとんどがグシャッと高さ2mほどのサイコロ状の塊になる。

 

その光景を見ていた三人と上空にいた魔物、魔人族が目を見開いて固まる。

 

「っ――っぷはっ!窒息するかと思いました!っってなんですかアレ!?」

 

城壁の周囲にばらまかれた赤黒い立方体達に愛子も驚く。

 

「にゃはは、残党狩りの前に愛ちゃんの生徒達を探そっか。三人は残りを先にお願いねー!」

 

返事を聞かず、ステラは白い右目を見開きながら立ち去って行く。

 

 



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第34話

 

「大型五重結界。魔物、魔族を隔絶指定」

 

地上の魔物の大半を圧殺したステラは街の中央で漢字のようなものが書かれた御札を五枚用意し、街全体をドームのように覆う結界を張った。

 

「あの、ステラさん、早く私の生徒達のもとへ……」

 

ステラと身長差が激しい愛子はステラの袖をチョコンと摘み上目遣いをする。ステラはニヤけるのを隠さずにニヤニヤとしながら愛子の手をとる。

 

「分かってるよ愛ちゃん。もう手遅れではあるんだけど、それでも急いだ方が良さそうだし」

 

「て…手遅れ?な、なんで言いきれるんですか!?まだ会ってもいないのに!」

 

「にゃははは。会ってはいないけど、視えるんだよ。ステラの右眼は、千里眼だからね。あぁ、設定盛りすぎとか言わないでよ?若気の至りってやつだから。今も若いけど。

ほら急ぐよー」

 

「は、はい!」

 

急ぐと言いつつ、ステラが愛子の歩幅に合わせて歩くおかげで二人は格好の的。既に街へ入り込んでいてステラの攻撃から免れた魔物達が次々と襲いかかってくる。

 

「ステラさん!また魔物が!」

 

「にゃっははは!これくらい問題ないってば。設定盛りすぎ第二弾、ステラ・スカーレットという吸血鬼は神である以前に怪異を司る吸血鬼である。ってね。

『怪異 命を削る人形』」

 

「へ?へ?」

 

二人に襲いかかる狼型の魔物の鼻先に、一つのビスクドールがくっつき、その魔物は足を止めて苦しみだす。

 

「命を削る人形。

50~60cmほどの背丈の美しい人形。特性は寝食を惜しんでまで世話をさせるほどの魅了(チャーム)と、死に至らしめるほどの原因不明の病魔。

人形ちゃんに任せてステラ達は行くよ」

 

人形は飛び回り、魔物を引き寄せ、触れた魔物から次々と倒れていく。

 

「愛ちゃんの生徒達は王宮にいるみたいだよ。…なんで戦っていないんだろ」

 

「フンっ、先生は今でも戦うことには反対なんです」

 

「ほらほらむくれてないで、結構ピンチっぽいよ?」

 

「ほんとですか!?急いでください!」

 

「いいけど、いいの?」

 

「当たり前です!」

 

「まぁステラは別に構わないんだけどさ。ほら、背中に乗ってよ。おんぶ」

 

「…ステラさんが走るんですか?」

 

「んーん、違うよ」

 

不思議そうな顔をしながらステラにおんぶされる愛子。

 

「お説教は無しでお願いね!

『怪異 ターボババア』」

 

クラウチングスタートの姿勢をしていて、背中に『ターボ』と書かれた紙が張り付いている老婆が突如現れた。ステラは一切の躊躇もなく老婆の頭の上に立つ。

 

「ちょっと!?これは絵的にマズいと思います!」

 

「れでぃー、ごー!」

 

ターボババアは本来高速道路を走る車と並走する老婆の怪異。

もちろん愛子は生身でその速度を体験したことなどなく、必死にステラにしがみつく。

 

「キャアアアアアアア!!」

 

「にゃっはははははははは!!」

 

一人は悲鳴をあげ、一人は奇妙な笑い声をあげながら髪をなびかせる。

 

「ちなみに愛ちゃん!このターボババアにはあと二段階の進化を残している!」

 

「ダメです!ぜーったいダメですよ!」

 

「にゃはははは!『ハイパーババア』!!」

 

「いやぁぁあああ!!」

 

老婆がさらに速度をあげる。音を置き去りにし、周囲の建築物にダメージを与え、魔物を轢き殺しながら勇者達のいる王宮へと走り抜ける。

 

その後、一分も経つことなく王宮へと到着した。

 

 

 

 

時刻は少し巻きもどる。

結界が破壊され、ステラが新たな結界を貼り直した直後のこと。

 

宇未による殺しと蘇生のループによる精神的ショックで寝込んでいた天之河光輝が、突如なんの前触れもなく目覚めた。

 

「…ここは、王宮か?なんだか外が騒がしいような……」

 

三週間近く眠っていたおかげで筋力が衰えているはずなのだが、光輝はそれを一切感じず、そしてその事に一切の違和感も感じない。

 

起き上がろうとすると、部屋に誰も居ないと思っていた光輝の横から声がかけられる。

 

「あ、天之河君、目、覚めたの?」

 

「っ!」

 

光輝に気配を感じさせずに横にいたのは、大人しい眼鏡っ子の恵里だった。

恵里は、何がおかしいのかニヤニヤと笑いながら光輝の方へ詰め寄った。

 

「え、恵里…っ…一体…ぐっ…どうしたんだ……」

 

雫達幼馴染ほどではないが、極々親しい友人で仲間の一人である恵里の余りの雰囲気の違いに疑問をぶつける光輝。だが、恵里はどこか熱に浮かされたような表情で光輝の質問を無視する。

 

そして、

 

「アハ、光輝くん、つ~かま~えた~」

 

そんな事を言いながら、光輝の唇に自分のそれを重ねた。妙な静寂が辺りを包む中、ぴちゃぴちゃと生々しい音が部屋中に響く。恵里は、まるで長年溜め込んでいたものを全て吐き出すかのように夢中で光輝を貪った。

 

「まさか、こんな簡単に手に入るなんてね~。

光輝くんを殺したのはムカつくけどあの子(宇未)には感謝しておかないと」

 

「恵里…急に、どうしたんだい?なんで君がこんな……」

 

「なんでそんな哀しそうな顔してるの?僕、頑張ったんだよ?光輝くんを手に入れるために騎士団をお人形にして、魔人族とコンタクトをとって、お人形にした異世界人を材料に魔人領に入れてもらって、僕と光輝くんだけ放っておいてもらうことにしたんだよ?」

 

「馬鹿な…魔人族と連絡なんて…」

 

光輝がキスの衝撃からどうにか持ち直し、信じられないと言った表情で呟く。恵里は自分達とずっと一緒に王宮で鍛錬していたのだ。大結界の中に魔人族が入れない以上、コンタクトを取るなんて不可能だと、恵里を信じたい気持ちから拙い反論をする。

 

しかし、恵里はそんな希望をあっさり打ち砕く。

 

「【オルクス大迷宮】で襲ってきた魔人族の女の人。帰り際にちょちょいと、降霊術でね? 予想通り、魔人族が回収に来て、そこで使わせてもらったんだ。あの事件は、流石に肝が冷えたね。何とか殺されないように迎合しようとしたら却下されちゃうし……思わず、降霊術も使っちゃったし……怪しまれたくないから降霊術は使えないっていう印象を持たせておきたかったんだけどねぇ……まぁ、結果オーライって感じだったけど……」

 

恵里の言葉通り、彼女は、魔人族の女に降霊術を施して、帰還しない事で彼女を探しに来るであろう魔人族にメッセージを残したのである。

 

恵里の話を聞き、光輝はキスで赤らんだ顔を青ざめさせた。

 

その時、ドアの辺りで何かが崩れ落ちる音がした。

 

「嘘だ……嘘だよ! ぅ…エリリンが、恵里が…っ…そんなことするわけない! ……きっと…何か…そう…操られているだけなんだよ! っ…目を覚まして恵里!」

 

部屋を覗いていたのは、中村恵里の親友であった谷口鈴。恵里の光輝に語る言葉を聞いてしまい、涙を流す。

よく見ると、鈴の後ろには大人数、恐らくクラスメイトのほとんどがそこに居る。全員が、恵里の言葉を聞いてしまった。

 

「聞かれちゃったのならしょうがない。っていうか、聞かれてなくてもやるつもりだったけど。じゃあ始めようっか、光輝くん」

 

光輝はおもむろに立ち上がり、近くに立てかけられていた、聖剣でもアーティファクトでもなんでもないただの剣を握る。

 

「うぉおおお!!」

 

「っ谷口!」

 

光輝は雄叫びをあげながら、一番手前にいた鈴に切りかかる。

咄嗟に反応した男子生徒がどうにかしようにも、迷宮でも訓練場でもないこの場に防具や武器を持ってきている訳もなく、鈴は腕で頭を守ろうとするが――

 

「アハハ♪最初の共同作業と洒落こもうか!」

 

恵里は短剣を取り出し、他の生徒達に斬りかかりに行く。

 

 

バゴーン!!

 

「滑り込みセーフ!!」

 

「アウトですよ!!」

 

鈴が光輝に腕と頭を切り裂かれ、恵里が誰かを刺そうとする所で、部屋に見慣れぬ老婆と金髪長身、見慣れた我らが愛ちゃん先生が壁を破壊して飛び込んできた。

 

全員が呆気に取られているうちに、愛子がどう見ても死んでしまっている鈴に駆け寄る。

 

「あ、あぁ…、谷口さん、どうして……なんでこんな…」

 

両腕は完全に切断されていて、頭部も頭頂部から鼻辺りまで切り裂かれていて頭蓋骨や脳の断面が覗いている。

 

「愛ちゃん、ちょっとどいてくれる?治すから」

 

ステラは襲いかかってきた光輝と恵里、背後から不意打ちしようとしてきた檜山を拳一つで黙らせて愛子と鈴のもとへ近寄る。

 

「治すって、神様は蘇生は出来ないんじゃ…?」

 

ステラは巫女服を軽くはだけさせると、右手をそこに突き刺し、血を流しながら引き抜く。

その手に握られているのは、心臓。原理は不明だが、血管から絶えず血が流れ続ける。

 

「心臓が止まっても約三分以内なら蘇生の可能性がある。小学生でも知ってることでしょ?」

 

「いやそれは…」などと周囲の言葉を無視して心臓をシャワーヘッドのように使い、鈴の頭部に血をかけていく。

 

切り目は完全に塞がり、腕は断面で塞がるのでは無く完全に新しい、新品の腕が生えてきた。

 

「神は人間を生き返らせることが出来ない。これは希依ちゃんから聞いたんだと思うけどさ、これも一種のルールとかマナーみたいなものでね。所詮は解釈次第というか認識次第というか。人を人と思わないゴミクズとか、よくわかんない理論武装してるときとかは例外的に蘇生が出来たり出来なかったりするんだよ」

 

血濡れの鈴が息を吹き返すのを確認したステラは心臓をもとある位置に戻すと、溝尾に怪力を誇る吸血鬼であるステラのパンチを喰らい悶えている三人へと振り返る。

 

「なにお腹抑えて寝てんの?さっさと愛ちゃんに土下座して謝れよ。愛ちゃんが泣きそうだよ?」

 

ステラはニヤニヤと上品な笑みを浮かべながら恵里の頭に踵をグリグリと。

 

三人はステラを睨もうとするも、ステラの目を見てつい目を逸らしてしまう。

 

ステラの目は、氷のように冷たい目をしていた。

 



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第35話

 

「なにがあった!壁を破壊したのは誰だ!」

 

天之河光輝に切られた鈴をステラが治し、光輝と恵里と檜山を見下しているその時、ステラ達が入ってきた穴からメルド率いる騎士団達が駆けつけてきた。

 

ステラと愛子が口を開こうとしたが、先に光輝が口を開いた。

 

「メルド団長!敵襲です!俺がいた部屋を襲ってきたんだ!」

 

光輝はさも必死そうに叫び、恵里と檜山はニヤリと笑みを浮かべる。

生徒達は「なんだと!?」っと光輝に詰めよろうとするが、ステラが結界を張って入れないようにする。ガンガンと、この世界ではトップクラスのステータスを誇る子供たちの攻撃にビクともしないし声も届かない。

 

 

 

 

「なんだと?…貴様の眼、まさか亜人族か?」

 

「にゃはっ、間違ってはいないんだけどさぁ、死体は死体らしく黙って死んでてねっ!」

 

「ステラさん!?なんで天之河くんを!」

 

ステラが動き出し、メルド達は剣を抜くがステラはメルドでは無く床にうずくまっている光輝をメルド目掛けて蹴り飛ばした。

 

「ゥグッ!…貴様、目的はなんだ。こんな時に一体何をしに来た」

 

「んーとね、旅行♪」

 

茶目っ気たっぷりに答えるステラ。メルドは剣を振り上げ、目を血ばらせながらステラに襲いかかる。

 

「覚悟ォ!」

 

「メルドさん!ステラさんは私達の味方です!」

 

愛子の言葉は届かず、メルドを筆頭に次々と騎士団達がステラを囲う。

 

「だから死体は黙っててっての。除霊解呪は専門外なんだけど?」

 

剣を振るわれるよりも早く、騎士たちの額に御札が貼られる。

 

「『怪異 キョンシー』、なんちゃって。

効果はただの死後硬直の超促進だけどね」

 

騎士団は石像のように固まり、驚愕の表情すら出来ない。

が、メルドだけは何事もなく動け、ステラの首筋に剣を止める。

 

「俺の部下に、何をしたんだ」

 

瞼をつりあげ、冷たく怒る騎士団長メルド。額には御札が付いているが効果を発揮していない。

 

 

 

「ハッ――ニャハッ――ニャハハッ――ニャハハハハッ――ニャッハハハハハハハ!!」

 

 

 

首筋に触れる剣をに見向きもせず、嘲るような高笑い。

 

「もしかして気づいてなかった?もう死んでるよ?騎士団達と、勇者天之河光輝は、もう既に殺されて死んでいる 。今はただの意思と記憶を持った動く死体なの」

 

「なんだと!?」

 

メルドはステラの言葉に驚きながら、這いずって見上げている天之河光輝の脈を確認する。

 

脈はあるが、身体は冷たく、血色も悪い。

 

「まさか…本当に、死んだのか…」

 

「あいつの言うことは嘘だ!騙されないでくださいメルドさん!俺は平気です!」

 

手首を握られたままの天之河光輝が必死に、死に物狂いならぬ死に者狂いで叫ぶ。

 

「平気?兵器の間違いでしょ。

やっぱり成仏させるとかは苦手だから助っ人を呼ぼっと。愛ちゃん、団長さん、本物の勇者ってやつを見せたげるよ」

 

「「…?」」

 

疑問符を浮かべる二人に、ステラは不敵な笑みを浮かべる。

 

「『不遇な少女達の魔王道』より、『ジュリエット・アリエル』を出力」

 

ステラの手に白い本が現れ、勝手に開き、一枚のページが暖かくも強烈で、苛烈な光を放つ。

光がさらに強くなり、その場の全員が顔を伏せてしまう。

 

光が収まり、顔を上げると、そこにはアイマスクを着けた一人のシスターがふらつきながらも立っていた。

 

「何々何々何々何々何々何々何々!?寝てたらピカッてワーッってってここはどこ!?」

 

アイマスクを引きちぎりながら慌てふためくジュリエット。見た目だけなら聖女の彼女があたふたとしているのはチグハグで滑稽な印象を与える。

 

「「「「………」」」」

 

「ジュリエットちゃん、早速で悪いけど死体の完全浄化をお願いしていい?」

 

「…だれよあんた。べつに、それくらいお願いされるまでもないわよ。『聖閃』」

 

ジュリエットの手足に光が灯る。

 

ジュリエット・アリエル

魔王時代の希依を最も追い詰めた、使命で戦い恥辱で敗れた勇者。元シスターの聖拳使い。

 

ジュリエットは、その場の誰よりも早く跳び走り、既に死んでいて動く死体となっている騎士達と天之河光輝の急所に拳や蹴りを当てていく。

 

焼け焦げ、爛れ、炭化して、最後に残るのは原型を留めていない人骨。水分が全く残っていない骨は、ジュリエットが踏む度にザクザクと心地良い音を奏でる。

 

「ちょっとやりすぎた気もするけど、まぁ集団火葬ってことでいいかしら?土葬よりマシでしょ」

 

愛子と恵里がワナワナとなにか言いたげな目で見るがジュリエットがギロリと睨みつけて黙らせる。

 

「なんで助けなかったとか、宣うんじゃ無いでしょうねぇ?死人は死人。いくら意志を持っていても、どれだけ自由自在に動けたとしても、一度死んだ時点でそれはもうただの動く肉の塊」

 

 

壁に空いた穴から空を眺めながら、ジュリエットは語る。

 

 

 

その穴から、一人の少女が飛び込んできた。

 

「雫ちゃん!

……あれ?」

 

飛び込んできたのは、ハジメについて行った治癒士、白崎香織。敵を警戒してか、自身に幾つもの障壁を展開しながら飛び込んでくるが、そこに心配していた親友の姿は無かった。

 

「にゃっ――にゃふっ――ふっっ――」

 

周囲をキョロキョロと見渡す香織の姿に、ステラは肩を震わせる。

 

「みんな、雫ちゃんはどこ?あれ、これ結界?」

 

ドア部分の結界の向こう側にいるクラスメイト達に尋ねると、声は聞こえてこないが、何人かが香織が飛び込んできた壁穴を指さしている。

 

 

「香織、私はこっちよ。変わってないわね」

 

いつの間にか、色々と変貌していて顔つきくらいしか面影のない雫の姿がそこにあった。

右手には香織の想い人であるハジメが、左手にはハジメが戦っていた銀髪碧眼の少女、ノイントの髪の毛を掴むように持っていた。

 

「間に合っては、いなかったみたいね」

 

ドパンッ!と、不敵な笑みを浮かべながら雫は手に持つハジメでジュリエットを殴りつける。

ジュリエットは危なげなく受け止めるが、表情はさっきのような怒り心頭な顔では無く驚愕に満ちた顔。

 

「いきなりなんなのこの子!?殴るべきはあっちでしょ!?」

 

恵里と檜山をジュリエットは指さすが雫はそれを無視。

 

「希依さんに、とりあえず金髪シスターは全力で殴っとけと言われてるのよ」

 

「あのシスコン魔王何考えてんの!?下手すりゃ死ぬっての!」

 

「私に言われても困るわよ」

 

「じゃあ誰に言えばいいのよ!」

 

「それはまぁ、希依さんか琴音さんでしょうに」

 

「いつか死ぬよりも辛い目に合わせるわ。三人とも」

 

「…聖女の言葉でも勇者の言葉でもないわね」

 

「フンっ」

 

ジュリエットは完全にそっぽ向いて帰りたそうにしている。

 

武器として使われたハジメはピクピクと痙攣しているが、それに気づくものはいなかった。

 

 

 

 

「雫ちゃん、その、ちょっと見ないうちに大分変わったね。特に胸とか」

 

香織は変貌して豊満になった雫の胸に視線を寄せる。

 

「そういう香織は全く変わらないわね。特に胸とか」

 

雫にとって大きな胸は戦闘中邪魔でしかなく、香織はお世辞にも胸が大きいとは言えず、求愛的な意味で大きな胸は求めるものだった。

 

香織の素直な願望に、雫は素直な願望を返すとお互いに煽りと認識したのかバチバチと睨み合う。

 

普段なら天之河光輝か谷口鈴が間に入って有耶無耶にするのだが、光輝はもう灰で、鈴は怪我はないがまだ目覚めてはいない。

 

見ることの無いクラスカースト二人のガチ喧嘩にクラスメイトや愛子は冷や汗を流しながら見守ることしかできず、香織には般若を、雫には蛇の髪をもつ怪物、メドゥーサを幻視する。

 

否、香織の般若は幻視だが、雫のメドゥーサは幻視では無く現実。変貌して白髪となった髪が白蛇へと変化して蠢いている。

 

「か、かお――

 

「「あんたは引っ込んでて!」」

 

「「グフェ!!」」

 

立ち上がり、香織に声をかけようとした檜山と、逃げ出そうとしていた恵里は香織と雫のパンチを顔面にくらい、メキョという奇妙な音を鳴らしながら気絶する。

 

「どうしたの雫ちゃん、あんまり言いたくないけどその髪、気持ち悪いよ?触りたくないけど、抜いてあげよっか?」

 

「気にしないでちょうだい香織。あなた分かる?石化能力持ったトカゲを食べて期待はずれって言われた私の気持ちが」

 

「ごめん分かんないや。ほんとに平気?魔人族に捕まって実験動物になってたりしない?」

 

「魔人族なんかに負けるほど弱くないわよ。そっちこそ大丈夫なの?南雲くんに乱暴されたりしてない?ユエさんからの正妻イビリとか平気?」

 

お互いヘラヘラと、目が全く笑っていない笑みを浮かべながら拳を握る。

 

「「……くたばれ親友!!」」

 

無数の障壁で包まれた拳と、ステータスプレートの数値限界を超えた拳が―――

 

「痛っつつ、いきなドフェエ!?」

 

ぶつからなかった。雫が部屋に放り込んでいたハジメが不幸で最悪なタイミングで目を覚まして立ち上がり、雫と香織の拳を同時に顔面で受けた。

 

「ニャッハハハハハハハ!!ニャハッ、ニャハハハハハハハハハハハハハハっケホッゴフェッ、ヒニャニャッ」

 

しょうもなくてくだらない愉快な喧嘩を前に、最高クラスの神の腹筋は崩壊した。

 



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第36話

 

「ヒニャ……ニャニャァ………ヒニャアッ!……ウゥ…」

 

「ステラさん、お腹大丈夫ですかー」

 

親友どうしの衝突から半刻ほど経過。喧嘩は、雫をジュリエットが押さえ込み愛子が説得。香織は目覚めたハジメとユエ、シア、ティオの四人で組み付かれてから愛子の説得で静止した。

 

今は、ステラは笑いすぎて痛めたお腹を抱えながら愛子に介抱されている。生徒たちは愛子を護衛していた騎士達が指揮をとりながら色々と崩壊した街での救助に向かった。

雫と香織はすんなり仲直りして、両者ともにハジメお手製の丈夫なロープで縛られながら互いの近況報告。

ユエ、シア、ティオは香織が動かぬうちにハジメに猛アタック。

檜山と恵里は気絶しているうちにハジメがより強固にした地下牢へと放り込み、鍵は愛子が管理している。

今回かなりの活躍を収めたジュリエットはステラが無事元いた場所へと送り返した。

 

魔物や魔人族はユエ達が対処していたのだが、広範囲故に雫襲来に間に合わず、残った数百の魔物と数名の魔人族は、ある者は切り刻まれ、またあるものは石となり、またあるものは歪な穴を胴に空けて死亡していた。

 

 

 

「うっ、うにゃっ、うぅ…」

 

ステラが苦しみながらも立ち上がり、雫の持ってきた銀髪碧眼少女ノイントの元へと歩み寄って行く。

 

「ステラさん?もう大丈夫なんですか?」

 

愛子が心配してステラのお腹を撫でながら付き添う。

 

「まだ痛いし、力入らないけど、最後にまだやることが、あるからね。うぅ、お腹が内から痛い」

 

「な、なにかお薬持ってきましょうか?」

 

「にゃはっはっ、大丈夫だよ愛ちゃん。吸血鬼の血より有能な薬なんて、あんまし無いんだか、らっ」

 

そう言いながらステラは愛子の手を離させると、右手の五指を腹筋に突き刺す。数秒グリグリと動かし、指を抜くと即座に傷が塞がり、血に濡れた床や巫女服が元通りになる。

 

「ス、ステラさん!?何を!?」

 

愛子だけでなく、ユエ達も驚いている。ハジメは頭部を爆散させても再生する所を一度見ているので他ほどの驚きはないが、それでも軽く引いている。愛子も見ているが、性格的に慣れることは無いだろう。

 

「さてさて、…もう回復してんでしょ、起きなって」

 

ステラがノイントの首を掴み、プラプラと体を振り子のように揺らす。

 

間もなくしてノイントは目を覚ましたがステラは揺らすのをやめない。

 

「星っ、神、ステッラ、し、主は、あなったの、退場っを、望んでっ、おられますっ」

 

「にゃははっ、何言ってるか分かんなーい」

 

「なら、揺らすのをやめ、ください」

 

「ん~、ダーメ」

 

むしろ、揺らすスピードは速まり、ブンブンと回転させる。

 

「こここっ、んなっ、こっ、無駄っ、で」

 

普段の愛子なら止めるところだが、回されているのは生徒を傷つけ自身を拉致、監禁した張本人。黙ってステラの狂行を見守っている。

 

ヒュンヒュンと音を立て始めた頃、新たな事件が始まった。

 

「「「あっ」」」

 

「えっ、ちょ、誰か紐解いてー!」

 

「「っ香織!!」」

 

ステラが手を滑らし、ノイントを離してしまった。某引っ張りハンティングRPGのように天井、床で跳ね返り、ロープで縛られていた香織と目と鼻の距離に。

 

気がついた雫はロープを力づくで引きちぎり、とハジメは組み付いていた三人を振りほどいて香織に駆け寄るが時すでに遅し。ノイントと香織の頭頂部がゴチンという古典的な効果音を立てながら衝突、両者気絶した。

 

「す、すまぬ。なも知らぬ少女よ」

 

目を伏せ、拳を握りながら演技くさい謝罪をするステラ。

 

「なにカッコつけてるんですか!

白崎さん大丈夫ですか!?あぁ頭にたんこぶがぁ…」

 

「あ、気絶してる。骨折とかは無さそうね」

 

「俺の苦労は一体…」

冷静に分析する雫、雫が来るまでに倒せなかったノイントをうっかりで気絶させたステラにガチ凹みするハジメ。

仮にも仲間の非常事態に、流石のユエ達も香織に駆け寄る。

 

 

 

二人とも常人離れしたステータスのため、目が覚めるのにそれほど時間はかからなかった。

 

先に目覚めたのは、香織。何も言わずに縛られたままムクリと上半身を起こす姿はサイボーグやロボットのようだった。

 

「…星神ステラの力、主の仰っていた通りでした。至急、対策が必要だと愚考します」

 

「か、香織?あなた何か変よ?なんか、そこに倒れてる銀髪みたいで」

 

雫が指さした方をノイントが見ると、飛び跳ねるように立ち上がった。

 

「なぜ、私がもう一人いるのですか?」

 

「「「「は?」」」」

 

香織の言葉にポカーンと口を開ける愛子、雫、ステラ、ハジメ。

 

「……壊れた。フッ、いい気味」

 

目を輝かせ、不敵に笑うユエ。

 

「ユエさん!?流石に不謹慎では!?」

 

そんなユエを咎めるシア。

 

「じゃが、これは…」

 

顎に手を当てて推理小説の探偵のように思考に耽けるティオ。

 

 

「ねぇ愛ちゃん、ステラの予想だとこれかなり愉快なことになってんだけど」

 

「やっぱり、…そうなんでしょうか。でもそんなことって…?」

 

ステラと愛子が予想したのは、香織とノイントの入れ替わり。アニメや漫画では定番のネタのひとつだが、どれだけラノベじみてて剣と魔法の世界で実は魂魄魔法というものがあろうと、ここはあくまでも現実である。そうそう有り得るものでは無い。無い……はず。

 

そんなことを考えているとノイントも目を覚ました。

 

「痛ったた、あれ、何があったんだっけ…?」

 

「香織を直しなさい!」

 

「あっぶな!?何すんの雫ちゃん!私だよ私!」

 

起き上がったノイントに雫はすかさず拳を振るった。感情の無さそうな彼女らしく無く驚きながらも、顔面目掛けて飛んでくる拳を最低限の動きで回避する。

 

「神の使徒ってわたしわたし詐欺なんて粋なことも出来るのね」

 

「だから違うってば!私だよ白崎香織!学校のマドンナ的な存在で、ハジメくんのことになると周りが見えなくなったり、感情の振れ幅が大きくて、雫ちゃんの幼なじみでハジメくんのことが大好きで、ユエに目の敵にされてて、ハジメくんの趣味を理解したくて雫ちゃんをゲーム屋さんのアダルトコーナーに連れていった香織だよ!」

 

「わかったわかったわかったから落ち着きなさい!あなたが香織なのね!?そうなのね!?そこまで自分のことを分析してると返って怪しくなるから落ち着きなさい!!そして最後のは何がなんでも忘却の彼方へと放り込みなさい!!」

 

おおよそ自覚してはいけない自身の設定を自ら言い放つ荒ぶる般若、中身香織の見た目ノイント。その両肩に手を当てて抑える雫は、見た目香織、中身ノイントの方に振り向いた。

 

「つまり、あなたがあの銀髪ってわけね!」

 

「グフッ、この肉体、軟弱すぎ…ま…」

 

縛られていて拳に対処出来なかった見た目香織のノイントは再度意識を沈められた。

 

「雫ちゃんそれ私の身体!なんで!?なんで殴ったの!?ちゃんと縛られてたじゃん!!」

 

「いやなんか、香織の顔であのキャラはなんとなくキモかったし」

 

「いまなんとなくって言ったよね!?そんな理由で殴ったの!?あとなんで私がフォローしなきゃいけないのかわかんないけど結構様になってたと思うよ!?いいじゃん真面目でクールな私も!」

 

「ダメよ!そんなの香織じゃないわ!!」

 

「雫ちゃんが私の何を知ってるの!」

 

「だいたい何でも知ってるわよ!!何年あなたの幼なじみやってると思ってるの!」

 

「雫ちゃん…!」

 

「香織!」

 

何かを再確認した二人は抱きしめ合い涙を流す。

 

 

 

「なぁ、この茶番いつまで続くんだ?」

 

「にゃははっ、それじゃあシリアスに戻そっか」

 

不敵な笑みを浮かべるハジメににゃははと微笑むステラ、手にはそれぞれ巨大な銃に異常に長い刀。

 



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第37話

 

「くたばれバケモン!!」

 

「にゃっはははははは♪」

 

一発一発がクレーターを作るほどの威力のレールガンを放つハジメ、そしてステラはその銃弾を長さ2m強の黒い刀身の刀、切ったものを崩壊させる刀、『妖刀 現崩し』で切り払いながらの空中戦。

唐突に始まった怪物同士の戦闘に街中の人間たちが目を丸くしながら、ただひたすらに街への被害が少しでも減ることを願う。

 

ハジメは持ちうる最高戦力を惜しまず、全ての弾をステラに向けて放つ。

 

「来て『怪異 斧乃木余接』」

 

現れた怪異は、世にも珍しい人間の死体の憑喪神。オレンジ色のドロストブラウスの上着に可愛らしいティアードスカート、そしてカラータイツにミュールといった奇抜なファッションの、ノイントともまた違った意味で人形じみた童女。

 

「GO!余接おねーちゃん!!」

 

「その見た目でおねーちゃんと呼ばないでくれるかな、怖気が走るから。

例外のほうが多い規則(アンリミテッドルールブック)』」

 

「っっ!!」

 

怪異、余接が突き出した人差し指が、急激に肥大化してハジメが吹き飛ばされた。

 

飛行能力を持たない余接は、重力に従い地面に吸い込まれるが、身を案じず落ちるに身を任せる。

 

落ちるハジメと余接。ハジメは技能、天歩で空中を足場にして再度跳び、余接の落下先にある、空間を裂いたようなものに吸い込まれていく。

 

空中で縮地を行い一気に距離を詰めるハジメ。今度は、両手に握られた拳銃二丁によるガンカタ。被弾数は遠距離戦よりも多く、かすったり、直撃したり。いずれもステラには大したダメージにはならないが、現崩しが長すぎるため上手くハジメに当てることは出来ない。

 

「にゃは♪近接戦なら勝てると思った?ミスタードーナツのポンデリングよりも甘いよ!」

 

ステラは現崩しを持たない方の手、左手を振るう。

 

ドガン!

 

ステラの攻撃は、宙に浮く盾のようなものに命中した。盾はひしゃげるが、貫通した拳が抜けないでいる。

 

「甘いのはそっちだぁ!!」

 

ドパンッ!!ドパンッ!!ドパンッ!!

 

二丁から交互に三発発射され、全てがステラに命中した。弾は貫通せず、ステラの肉体に残った。

 

「貫通しないように威力を下げた。さらに銀の弾丸だ。それ高いんだぜ?」

 

ヘラヘラと笑うハジメを無視して、ステラは傷口に指を突っ込む。

 

「別に、抜けばいいし銀も大して効かないんだけどね」

 

胸に二発、頭部に一発肉体に入り込んだ銀の銃弾は付いた血をジュウジュウと蒸発させている。

 

「嘘だろおい…」

 

顔を顰めるハジメに対し、ステラは新たな手札を切る。

 

「光の速さの衝突事故って、経験したことある?『怪異 光速ババア』」

 

ターボババア、ハイパーババアと進化していく走る老婆の怪異の第三形態、光の速さで駆ける光速ババア。

 

「ガァッ―――

 

老婆は一切の躊躇も無くハジメに突進し、神山のある方向へと自身事吹き飛ばす。

 

神山に巨大なクレーターを作り、その中心には血が滲んでいる。神山頂上にある神殿は崩壊を始め、山は土砂崩れを起こす。

 

 

 

 

 

 

「さぁ、それじゃあこっちも始めるわよ」

 

ところ変わって、というか戻って、壁に大穴が空いた王宮の治療室。

ハジメ達の戦闘を見守るユエ達に雫は刀を抜いた。

 

真っ先に動き出したのは雫と同じく近接が得意なシア。大槌状のアーティファクト、ドリュッケンを構え、柄で刀を受け止める。

 

雫が振るう刀は、ステラが愛用している刀、現崩しの模造品である現切り。線で崩壊させるこの刀に切れないものは、無い。

 

「うそっ!?」

 

「シア、退いて。『緋槍』」

 

シアを退かせて飛び出してきたのはユエ。炎の槍を雫目掛けて放ち距離をとらせようとする。

が、その槍は何かにぶつかる前に勢いが消え、炎の見た目をしたまま凍りつき、重力に従って落下した。

 

「っ!!?」

 

「『氷化消速』あなたの相手は私だよ!アレーティアちゃん!」

 

ユエの魔法を無力化したのは、大迷宮で希依のピンチに駆けつけた理解者にして超古代魔法使いである琴音。

背後に紅い目の龍と金髪紫眼のメイド、金色の毛並みの巨大な九尾の狐を従えて戦闘に参加した。

 

「……その名前は、もう捨てた。私はユエ。『蒼天』」

 

アレーティア。ユエの本名というべきか、捨てた名というべきか。全てを理解する琴音は知っているべきことなのだが、同じく一度名を捨てた琴音は捨てた名で呼ばれることの苛立ちを知っている。

 

「ごめん見逃してた!『白炎焼却葬』」

 

ユエの放った巨大な青い炎は、琴音の放つ白い炎に焼き払われた。

 

ユエの魔力量にものを言わせた強力な魔法に対し、琴音が使うのは効率、威力、範囲、汎用性と、あらゆる分野が時の流れにより完成された超古代魔法。本来発音不可能な詠唱を、日本語に訳したものを琴音は自在に操ることが出来る。

 

「…悔しいけど、勝てる気がしない」

 

冷や汗を流すユエに対して琴音はなんてことないように微笑んでいる。

 

琴音は『不壊氷牢』と詠唱し、ユエを氷の檻に閉じ込めた。『緋槍』『蒼天』『蒼龍』と、炎系の魔法攻撃を放つも、檻には傷一つ付かない。

 

 

 

苦戦するシアとユエ、音だけを残し消息不明のハジメ。残るは愛子とティオだが、愛子はいつの間にか琴音が睡眠魔法で眠らせてしまった。

 

「残るは私と貴方ですか。リンちゃんは希依様を探してきてください」

 

刀を納め殴り合う雫、閉じ込められているユエを微笑みながら見るだけの琴音。こちらで残ったのは金髪紫眼のメイドと九尾の狐。

 

メイドにリンと呼ばれた狐はコクリと頷き、どこかへ跳び去っていった。

 

「サシなら何とか…なる気がしないのぅ」

 

既に若干戦意喪失しているティオに対してメイドはニヤニヤと隠しきれない笑みを浮かべている。

 

「先手必勝じゃ!!」

 

竜人種のティオは人間形態でもかなりのステータスを誇る。メイドは両腕をクロスして構えるも、背後に吹き飛ばされて外へと出る。

 

ティオもすぐさま外に出て、巨大な竜に変化した。金の瞳はメイドを睨みつけるが、吹き飛んだメイドは埃一つ付かずに空飛ぶティオをニヤニヤと見上げている。

 

『ご主人様が苦戦する化け物に魔法使いに剣士、はたして主はなんじゃ?』

 

「まさか、それを答えるとでも?」

 

『まぁそうじゃろ――

 

「私は旧人類の最高傑作、自動人形(オートマタ)最終人形(ラストドール)です。ラストとお呼びください」

 

『答えるじゃと!?ついでに攻略法でも分かるとありがたいんじゃが……』

 

「あくまでも戦闘中ですから、作法は守らないといけません。『両腕変形(アームトランス) 鳥人(ハーピィ)』」

 

ラストはありとあらゆる超技術を組み合わせて作られた人形。永久機関やナノマシン、他にも現代の人類には発想すらない機能が山のように積まれている。

 

両腕を鳥の羽根に変化させたラストは羽ばたき、上空へと飛び上がる。

 

ティオは炎を吐き打ち落とそうとするもラストは素早く、ただひたすらに街へ被害をもたらす。

 

『クッ…』

 

「10倍速」

 

ラストに搭載された機能の一つ、時間操作。常時2倍速でようやく人並みのラストは、速さを10倍にするとさらに普段の5倍の速度で動くことが出来る。

 

「……」

 

『アッ――クッ―ンンッ――』

 

巨体であるティオに対して体格は人間とそう変わらないラストの蹴りは、速くとも重さが足りない。

ペシペシという効果音が似合いそうな攻撃は、ティオに微弱な痛みしか与えない。

 

『アンッ――もうちょっと、激しく…』

 

ティオから零れた変態発言に、ラストはより笑みを深める。

 

「2倍速。お望みとあらば、こちらはいかがでしょうか?『右脚変形(ライトレッグトランス) 巨人(ジャイアント)』」

 

はるか上空へと飛び立ったラストは、右脚だけを長さ4m、太さ1m程の巨大な脚に変化させる。腕を元の状態に戻すと落下を開始。

 

「100倍速」

 

『アガッ―――

 

ズドーン!!

 

竜が、巨人の脚に蹴り落とされる。特撮の巨大怪獣同士の戦いのように建物は尽く破壊され、地面は割れる。

 

ティオは気絶し、竜化が解ける。

 

「2倍速。…流石に100倍速は、やりすぎましたかね?」

 

しゃがみこみ、ティオの顔色を伺うラスト。気絶しながらも妖艶な笑みを浮かべているが気にせずその場を立ち去る。

 

 

 

 

 

「はぁぁぁあああ!!」

 

「ふっ!」

 

厳つい筋肉が浮き出るほどの身体強化をしたシアと、何故かうさ耳を生やした雫。

 

雫の蹴りがシアの鳩尾に直撃するもシアは吹き飛ばず、さらにそのまま顎に横蹴りを当ててシアの脳を揺らす。

 

「シアさん!!」

 

シアが膝をついたことで雫は一息つき、その間に未だ外見がノイントのままの香織がシアを治癒魔法で癒す。

 

「雫ちゃんなんで!なんでみんな戦うの!!」

 

「これは私が望むハッピーエンドを目指すための戦い。殺しはしないけど、香織、邪魔をするなら貴女でも殴るわ」

 

「ひぃっ」

 

狼のようなギロりという擬音が似合いそうな雫の睨みに香織は腰が抜け、股間部を中心に水溜まりができる。

 

「あっ……ぁ…」

 

「心配は要らないわ。誰も、死なないから」

 

雫は優しい笑みを浮かべ、香織の頭を撫でてからその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

「邪魔するやつは、殺す!」

 

「なかなかしぶといね!」

 

住民が一人もいない住宅街で向かい合う傷だらけのハジメと余裕綽々なステラ。

 

「ちょっと飽きてきた頃だろうし、遊ぼっか『怪異 ラーメン女』」

 

向かい合う二人の間に現れたのは、おかっぱ頭で青いジャージを着た赤い目の女。名前通り、手にラーメンを持っている。

 

ラーメン女は一切言葉を発さず、ハジメに駆け寄る。当然ハジメは銃を撃ったり、駆け回ったりするのだが一切動じずにハジメと一定の距離を保つ。

 

「いま!」

 

「……」

 

「いっ――!?

あっつぅ!!」

 

ステラの合図と共に、ハジメの顔面にラーメンをぶっかけた。

ステータスがステータスだけに大したダメージは無いものの、それでもラーメンをかけられて怒らないやつはいない。

 

「死ねぇ!!」

 

ラーメン女に目掛けて撃つも、既にその場にはいなくなっていてさらなる被害をもたらすだけだった。

 

「まだまだいるよ!『怪異 ヨタロウ』」

 

次に現れるのは人型だがモヤのようなものに覆われていて実体は見えない。

 

ドパン!ドパン!

とハジメが撃つも、銃弾は通り抜ける。

 

後ずさるハジメにヨタロウは一気に距離を詰め、人でいうところの腕をハジメの銃に這わせ、その数秒後にヨタロウは消滅した。

 

「何がしてぇんだ!」

 

青筋を浮かべるハジメはステラに向けて撃とうとするが、引き金が引けなかった。否、引き金が最初から無かったかのように跡形もなく無くなっていた。

さらに銃のバレルはグニャグニャと歪み、銃弾は向きが前後バラバラに装填されている。

 

「にゃはは。ヨタロウは出会うとなにか良くないことをされる怪異。嫌がらせにはもってこいだよね」

 

にゃっはははははははは♪

 

街の中心から、神の笑いが響きわたる。



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第38話

「魔王様を探すだけのつもりが、面倒なことになりました」

 

騎士から剣を向けられ、一般人から刃物を向けられ、武装した少年少女から武器を向けられるのは、頭部から狐の耳を生やし、九つの尾をゆらゆらと揺らす金髪の可愛らしい少女。宇未と同じ白黒の巫女服が綺麗な金髪をより際立たせている。名はリン。魔王時代の希依の遊び相手である。

 

 

ここは街の隅の大きな空き地に即席で作られた住民の集まるテント。

 

リンはラストに言われた通りに希依を探していたのだが、一向に見つからず、やむを得ず人間のいる地に降り立ったところ敵襲と思われ凶器を向けられているところである。

 

「聞くだけ聞きますが、あなた方の中に希依という名前の綺麗な人を知ってる人はいますか?」

 

「それなら――

 

希依という名前に少年少女達がなにか言おうとするが、騎士の一人が遮った。

 

「亜人に教えることなどない。今すぐ立ち去らないと言うのなら、騎士として貴様を斬る!」

 

騎士は、剣を両手で握りリンに襲いかかった。

 

「殺しはしないつもりですが、まぁ戦うしかありませんか。

ヘルムート王国魔王直属騎士団団長、リン。騎士として、あなたをぶちのめしましょう」

 

「オオオオ!!」

 

炎爪劇(えんそうげき)

 

リンの両手の爪が肥大化し、炎が灯る。騎士の剣とぶつかり合う爪は剣に食い込み、炎は剣を熱する。

 

「グッ」

 

「見た目が亜人だから油断しましたか?容姿が可愛らしいから手篭めにしようとでも考えましたか?

残念、私は魔族の妖狐、その上位個体である九尾の妖狐です」

 

リンが妖艶な笑みを浮かべると、騎士は剣を手放しその場で崩れ落ちた。

 

妖狐の特性の一つである魅了。生業とする淫魔や食事のために使う吸血鬼ほど本来強力なものでは無いのだが、リンのそれは質が違う。

自身に惚れさせるのでは無く、敵対者には罪悪感を抱かせ、味方には加護欲を湧きあがらせる。

 

「皆さんどうかどいてもらえませんか?私は魔王様を探しているだけなので」

 

「「「「っ!!」」」」

 

リンの魅了に頬が緩みそうになるも、『魔王』というワードに場が凍りつく。

 

すぐさま動き出したのは戦いを使命とする騎士達。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず――『聖絶』!!」」」

 

二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。何者にも破らせない絶対の守りが顕現する。純白に輝く半球状の障壁がリンを囲みこんだ。

 

「幼稚な魔法。詠唱はドヌーヴ様を思い出しますが、結果は大したことありませんね。『魔よ、我が魔を糧とし術者を屠れ』」

 

障壁に爪を突き刺し詠唱を唱えると、半球状の障壁はみるみる径を大きくし、リンを囲った者たちが押し退けられる。

 

「さっさと退いてください。風圧で身体が崩れますよ『翔狂爪(ときょうそう)』」

 

リンは肉体を全長2mの大きな狐に変化すると、威圧して周囲の人間を退避させる。

 

ソニックブームを発生させながら跳び去るリンを前にして追いかけようと思うものなど、そこには一人もいなかった。

 

 

 

 

 

 

何かないか何かないか何かないかっ──

 

武器、兵器、何もかもが無意味に終わる一方的な戦いに、ハジメはステラにダメージを与える手段を考える。

 

「アアアア!!」

 

「ニャハハ♪

戦いで解決しようとするあたり、南雲さんも主人公だね!」

 

「オラァ!!」

 

「ニャフフ。設定盛りすぎ第三弾、ステラ・スカーレットは氷の造形魔法の使い手である」

 

弾を撃ちきった銃でステラに殴り掛かるも、ステラに触れる前に氷の壁に阻まれる。

 

氷の造形魔法(アイスメイク) (シールド)。先生に教わった魔法だけど、なかなかうまいもんでしょ?」

 

「てめぇ、いくつ手札持ってやがる」

 

「ん──

 

両手を突き出し何かをしようとしたステラだったが、突然白い何かに変貌した。

丸みを帯びた形状、真っ白で艶のある表面、真円ではないが楕円でもない見慣れた形状。

つまりは、人間サイズの卵が道のど真ん中に設置されている。

 

何をしてくるのかと警戒するハジメだが、ステラ()は何もしてこない。

 

「私名物『ゆで卵』

残念ながらっていうか、喜ばしながら時間切れだね」

 

卵の後ろからひとつの顔が覗く。

 

「…あ?」

 

声も見た目も女性だが、頭だけで、首はなく黒い髪がだらりと伸びている。

 

デュラハンか?

 

そう思うハジメだったが、新たに現れた男の言葉に否定される。

 

「クハハハハ!惜しいがちげえよ南雲ハジメ。そのババアは首無しのろくろ首だ」

 

いつの間にか卵の上に胡座をかいていた色黒で美形の男は、ハジメの前で浮く生首を指さして笑っている。

 

男は生首をババアと呼ぶが、彼女の顔は若々しく快活な笑みを浮かべている。

 

「バケモンの次は妖怪かよ…」

 

「そんな鳩が小豆喰らったみたいな顔しないでよ失礼な。私はただの料理人だよ?」

 

生首だけの女の身体と思われるものが現れ、生首を首が本来ある場所まで持ち上げる。

女性的な凹凸のある身体に割烹着を身につけ、首にマフラーを巻いた、若干古風だが普通な女性の完成である。

 

――愛子さんがただの料理人とか、もはや詐欺でしょそれ。ニャハハハハ

 

ステラの奇妙な笑い声が、卵の中から響いてきた。

 

「なに!?マジか!」

 

「やっぱダメか~」

 

卵にヒビが入り、柔らかい白身と半熟のトロトロな黄身を撒き散らす。

そこからステラが現れ、卵に座っていた男は全身を卵まみれにして目元をピクピクとさせている。

 

「愛子…先生のことじゃねぇよな?」

 

「あー、うん。あんたの先生のことは知らないけど私の名前は愛子だよ。あの卵まみれはクラ坊ことクラーク。

希依ちゃんに誘われて遊びミャッ――

 

ハジメと会話すら愛子の頭をステラが掴み、遠くの山目掛けて投げつける。背景の一部になるほど遠い山にはここからでも見えるほどの大きなクレーターができた。

 

「いきなりなんてことすんのさステラちゃんや。今度は蒸すよ?それとも揚げる?」

 

吹き飛んだはずの頭は既にこの場にあり、周囲の建物には頭一つ分の穴が空き、そこから街の外を覗ける。

 

「は?いや、今ふっとんで…」

 

「ま、俺たち魔王はステータスがMAXだからな。そうそう怪我なんざしねぇよ」

 

「なろうかよ…あっ!返しやがれ!」

 

愛子にクラ坊と呼ばれた男、クラークはハジメの銃を掠め取り、カチャカチャといじりながらハジメに話しかけた。

 

「クハハッ」

 

「ッ……」

 

クラークは銃を片手で構え、引き金に指を当ててハジメに向ける。

 

「おいおい、弾切れだってのは南雲ハジメ、お前が一番分かってる事だろう?」

 

「チッ」

 

舌打ちをしつつも警戒をやめないハジメに銃を返すクラーク。

少し離れた位置でステラと愛子が顔面の飛ばし合いを始め、街や山がどんどん崩れていく。

 

「――時間切れだって言ったのは愛子さんでしょ?なに遊んでるのさ」

 

新たな声にステラと愛子は拳を止め、男はため息を吐く。聞こえてきた声にはハジメも聞き覚えがあるものだった。

 

「…喜多か」

 

九つの尾を生やした金色の毛並みを持つ狐に乗った希依が、この場の混沌を収めた。

 

「希依ちゃん遅かったね。うっかりスクランブルエッグにするところだったよ?」

 

「ごめんごめん愛子さん。ちょっと迷子になってたよ。リンちゃんもありがとねー」

 

希依が隣に佇む狐を撫でると、金髪の少女に変化した。人間の姿になっても希依が続けて撫でると、頬が緩み九つの尾がフリフリと揺れている。

 

「…お前ら何しに来たんだよ」

 

「世界を管理する神の仕事は、人類が滅ぼうと、己を崇拝する物が居なくなろうと、ただひたすらに見守ること。決して、自分の趣味のために直接介入してはならない。それを許されるのは、ステラと最高神(師匠)のみ」

 

ステラは空を見上げながら語る。

ハジメと戦っていた時とも、愛子とじゃれあっていた時とも違う、正しく神々しいとでも言うべき雰囲気を醸し出すステラにハジメは声を出すことすらままならなかった。

 

「おねーちゃーん!!」

 

「ハジメ!」

 

その場の全員が口を閉じたそのとき、上空から琴音と雫、ラストを背に乗せた赤眼の黒龍と、シア、ユエ、香織、愛子を入れた氷の檻を背に乗せ、檻から伸びた氷の鎖で繋がれた首輪を着けた黒竜がステラたちの元へ降り立った。

 

「もう!おねーちゃん、一人でどっか行かないでよ!また迷子になってたんでしょ!」

 

「んー、ごめん琴音。せっかくステラちゃん達が真面目な雰囲気にしてくれてたからその話はあとでいい?」

 

素で緊張していたハジメを除いた愛子(魔王)、クラーク、ステラは照れたように顔を逸らしている。

 

 

──ふふっ、私が来たからには、その気遣いは無駄に終わりますよ

 

とつぜん何も誰もいないはずの方向から女性の声が聞こえ、全員がそこに目を向ける。

 

そこに居たのは、一人の女子高生。配色を黒で統一したどこかの学校の学生服、足首近くまで伸ばされたクセひとつないサラリとした黒髪、ヘラヘラとした笑みを浮かべた顔は化粧っ気は無いものの整っている。

 

「誰だ。つーか、何だ、お前」

 

最初に話しかけたのはクラークだった。

 

クラークの質問に、女子高生は素直に答えた。

 

「希依お姉様とステラお姉様、琴音さん以外の方ははじめまして。

私は隔離高等学校、未知系創作科1年、楽羅來(らららい)ららと申します」

 

「ららちゃんには秘密兵器の制作をお願いしてたの。みんな仲良くしたげてね」

 

自己紹介を終えたららがこの場に来た理由をステラが説明したのだが、希依と琴音を除いた全員が警戒をやめない。

その様子に、ららはより一層笑みを深めて口を開いた。というか、語り聞かせた。

 

「魔国ヘルムート13代目国王、独身王(読心王)クラーク。理解者に義理の娘、マーフィという鬼神と人間のハーフの女の子をもつ。極度の親バカだが娘へのお土産ではかなりの高確率で詐欺、ぼったくりの被害に。

希依お姉様が王になってからはマーフィさんの経営している魔物達の動物園に勤務。

 

魔国ヘルムート11代目国王、卵王愛子。日本産まれの首なしのろくろ首。料理が得意だが極めて特出しているのが卵料理。無機物、有機物問わずあらゆるものを卵料理にしてしまうレシピは魔法以上の効力を発揮することも。クラークさんとはほぼ同時期に産まれた幼なじみでしたが、時間軸の都合でクラークさんよりも数万年年上。

 

ヘルムート王国魔王直属騎士団団長、リン。九尾の狐となる以前は普通の妖狐でしたが、両親と弟の仇である当時の勇者、織田(おだ)光亮(こうすけ)との戦闘中に九尾に変化した結果、元に戻らなくなった。国中の強者たちに鍛えられていてヘルムートでは最強である魔王を除けば五本指に入るほどに」

 

希依が呼んだという元魔王二人とリンについて、楽羅來ららは知らないはずの情報を語る。

 

「へぇ、よくもまぁ大した意味も無いもの集めたね。情報源はどこなんだか」

 

あまり動じなかった愛子はクラークの顔をチラリとみる。

 

クラークの顔が表しているのは、恐怖。

 

「…ババア、気をつけろ。こいつの心、人間とは思えねぇ。覗こうとしただけで強引に追い返しやがった。それもかなり機械的にだ」

 

「それはまぁ何回か心も身体も創り直してますから。って、こんなことしてる暇ほんとにないんでした。そろそろ急拵えの足止めも限界です。ステラお姉様、こちらをどうぞ」

 

「おおー!思ってた以上に小さくなったね」

 

ステラが受け取ったのは凹凸のないシンプルな形状の赤いハンドガン。

 

その銃の名は『ニルヴァーナⅡ』

 

かつて修行時代のステラが右眼を犠牲に封じ込めたものの改良、改悪したものだった。

 

 





楽羅來らら 16歳 未知系創作科
『楽羅來ららちゃんは語りたい』
『楽羅來ららは語りたい(ブログ)』
の主人公にして語り手。

限界が未知の物質創造能力をもつ。

脳を『知りたいことをなんでも知れる脳』に創り変えている。

極度の語りたがりで、知ろうと思えば分かることも出来るだけ人に聞くようにしている。

隔離高等学校に在籍。普段は同じ未知系の生徒と語らうなどして数年続くゴールデンウィークを満喫中。

身体能力はそれなりに優れているが、あくまで一般人程度。

希依、ステラを『お姉様』と呼ぶのは、ららと同じく二人が主人公であり、ららよりも早く生まれたからであり、血の繋がりがある訳では無い。



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第39話

「エヒトルジュエの名において命ずる『平伏せ!』」

 

「うるさい黙れ」

 

エヒトルジュエという名を名乗り叫ぶ金髪金眼で、平凡な顔立ちの男。

 

対するは、赤いショートヘアに茶色の眼、左目に片眼鏡をかけ、首と左足には動物用の首輪のようなものを身につけ、髪をひと房紫のリボンで括り、猫をモチーフとしたスリッパを着用し、ワイシャツ一枚を第3ボタンまで空けて身につけた属性過多な少女。名を絶対的百獣王者(ぜったいてきひゃくじゅうおうじゃ) 子猫(にゃんこ)。楽羅來ららと同じく隔離高等学校に所属する、未知系幻獣科の10年生である。

 

両者は神域とでも呼ぶべき神々しい雰囲気の場で向かい合う。

 

「『神言』が通じないだと?それにこの肉体、妙に馴染むがあまり動けぬか」

 

「ららは足止めだけって言ってたけど、手加減は無理かも」

 

子猫(にゃんこ)は一人なのに対し、エヒトルジュエには同じ容姿の銀髪の少女達(神の使徒)が武装して槍を向ける。

 

「我が使徒よ、この人間を殺せ!」

 

「リンドブルム。性質は高速飛行」

 

「なっ!! ──グッ」

 

子猫(にゃんこ)はクラウチングスタートの姿勢をとると、地面を蹴り、向かってくる使徒達を無視してエヒトルジュエに接近。胸ぐらを掴むと使徒達目掛けて鈍器のように振るう。

使徒達は回避するが、主が不調な上、敵の手にあるこの状況では下手に攻撃出来ない。

 

「フェンリル。性質は神殺し」

 

手刀をエヒトルジュエの頭部に突きつけると、子猫(にゃんこ)は使徒達を睨みつける。

 

「今すぐコレを殺されたくなかったら、わたしがいいと言うまで動かないで」

 

「エヒトルジュエの、名において「うるさいってば」ウグッ…」

 

抵抗するエヒトルジュエを子猫(にゃんこ)は黙らせる。

 

「ブラトム。性質は転移」

 

神域に神の使徒達を置き去りにし、子猫(にゃんこ)はその場を去った。

 

 

 

 

 

 

「時は来ました。これより神話は終わり、過激で危険な二次創作の始まりです」

 

ららがステラに銃を渡すと、空を見上げた。そこには渦巻きのような何かがあり、二人の人影が吐き出されるように出てくる

 

「琴音、お願いね」

 

「おっけー。『透覆幕光収壁』」

 

ユエ達を閉じ込めていた檻が消え、その代わりと言わんばかりに街をガラスのようなものがドーム状に覆う。

 

「懐かしいですね、琴音様の超差別的殺戮魔法。エヴァポレーション」

 

「何よその聞くからに物騒な魔法は」

 

魔王達やステラ以外の全員が気になったことを雫が代表して言った。それに答えたのは、それを懐かしんだラスト。ではなく楽羅來ららだった。

 

エヴァポレーション(evaporation)、蒸発を意味するこの魔法は、太陽の光を操って対象の水分を蒸発させる魔法です。街を覆ったドーム状のガラスのようなものは光を通す時に魔力を付与し光や熱を強化し、またレンズのような役割も果たすので、焦点を自在に作ります。また、覆うそれ自体にも凄まじい強度があるので敵を逃がさぬ籠としての役割も果たします。

かつて琴音さんはこの魔法で敵国を覆い、軍人達を蒸発させて戦意を喪失させました」

 

ららの言葉を聞き流しながら、雫は刀を抜く。

 

二人の人影のうちの一人が、もう1人を担ぎあげ、地面に叩きつけた。落ちてきたのは、金髪の男。その上に赤髪の少女が着地した。

 

「らら、ちゃんと連れてきたよ」

 

「えぇ。ありがとうございます。

さぁ、八重樫雫さん、現在子猫(にゃんこ)さんが踏みつけているあれこそ、殺すべき邪神エヒトルジュエです。さっさと倒してしまいましょう」

 

「え、えぇ。ええ?あの、さっき渡してた銃は使わないのかしら?」

 

倒すべき相手が既に瀕死で戸惑う雫の背をステラは押した。

 

「これを使うのはこの後のお仕事で。そこの神を殺すのはステラとか希依ちゃん達とか、そこのららちゃんと子猫(にゃんこ)ちゃんでも無い、君たちなんだよ。雫ちゃん。

本当は南雲さん達と協力してって感じにしようと思ってたんだけど、希依ちゃんがやりすぎちゃったみたいだしね。

だからこそ予定を繰り上げて今に至るんだけど」

 

「別に俺は誰が殺そうとどうでもいい。八重樫、しっかり殺れよ」

 

さらに後押しするハジメ。そもそも今のハジメには戦う武器がほとんど残っていないのだが、そこには誰も触れない。

 

「はぁ。分かったわよ。それじゃあえっと、誰だっけ」

 

雫はエヒトルジュエを踏みつける少女に尋ねる。

 

「絶対的百獣王者 子猫(にゃんこ)。子猫でいい」

 

無駄に中二くさくて長ったらしい苗字は無視して雫は刀を肩に乗せる。

 

「それじゃあ子猫さん、そのクズ上に投げてもらっていいかしら」

 

「うん、分かった。悪鬼。性質は怪力」

 

豆粒程になるくらい高く投げられたエヒトルジュエ。雫は、調子を確かめるかのようにつま先でトントンと地面を蹴ると、飛び上がった。

 

「八重樫流殺戮演技、三の型。空乱劇」

 

空を蹴る雫はエヒトルジュエに追いつくと、出鱈目かつひたすらに切りまくる。

すぐに原型は無くなり、血肉や臓物は街中に飛び散った。

 

断末魔も聞こえず、エヒトルジュエは死んだかと思われたが、その期待はすぐさま砕かれた。

 

エヒトルジュエの肉片達は、その一つ一つが再生を始めた。まるで、切り離されると複数の個体に増殖するプラナリアのように。

 

「嘘でしょ…」

 

数千人の金髪の全裸の男、エヒトルジュエが街に放たれた。

 

「「「「よォくも!エヒトルジュエの名において命ずる!『平伏せェ!』」」」」

 

全エヒトルジュエが同時に叫んだ。

 

明らかに、統制がとれすぎている。

 

雫や畑山愛子、ハジメ達に凄まじい重圧がかかる。足元の地面はひび割れ、足がめり込む。

 

この場では飛び抜けて弱い愛子は希依が抱き抱えることで守ったが、ららは崩れ落ちるように膝をつき、グシャッと潰れてしまった。

 

「ちょっ、大丈夫?」

 

余裕のあった魔王の方の愛子がららのあまりの弱さに狼狽えるも、ららはすぐに蘇った。

血肉の中から、植物が成長するように。赤子姿から幼女、少女、童女とみるみる成長していくも、その段階で成長はとまり、元の姿にはあと2~3歳ほど足りない。

 

「残り残機27京3598兆9807億4268万4456、まったく、私の弱さには呆れますね。残機が減った上、耐えられるように密度を濃くしたら縮んでしまいました」

 

「わ、可愛い~、じゃなかった。ららちゃん服!服!」

 

ステラが抱きしめそうになるも、ららは裸だった。そのことに気がつき、吸血鬼の創造スキルで即席のワンピースを手渡すも、ららはそれを断った。

 

「いえ、お気になさらず。私が創れますから」

 

そう言いながらららはさっきまでと同じ黒い学生服を直接身の回りに創る。サイズも小さくなっているので、今のららは中学生にしか見えない。

 

「らら、大丈夫?」

 

「ええ。大丈夫です子猫さん。ただ、流石に不便ですね。ステラお姉様、私たちはもう帰っても大丈夫ですよね?」

 

「えー、帰っちゃうの?んんー、まいっか。じゃあまたね、ららちゃん、子猫ちゃん」

 

「はい。ではまた」

 

「またね、みんな」

 

ららは赤い紙を二枚創り出すと、一枚を子猫に手渡す。

 

「そうそう、あのエヒトルジュエの肉体は私が創ったものです。適合率100%オーバー、他の肉体に憑依することは出来ません」

 

最後にそう言い残し、二人は紙を破ると、最初からいなかったかのように跡形もなく消えていった。

 

 

 

「ほらほら、二人が帰って終わりの雰囲気になってるけど今絶賛地獄絵図真っ只中だよ!ステラちゃんの言ってたこととか無視して大丈夫だからみんなでさっさとぶっ殺す!『光撃』」

 

琴音が声を張り上げながら、殺戮光線でエヒトルジュエ達を殲滅しているが辛うじて抑え込む程度。次々と干からびた死体が積み重なる。

 

「琴音ごめん!因果律コントロール、MAX!」

 

因果律を操作技術を最大値まで極めた希依のデコピンで竜巻が起こり、死体ごとエヒトを吹き飛ばす。

「スクランブルエッグと卵焼き、ポテトサラダってところかしら」

 

両手を手刀の形にした愛子はエヒト達に飛びつき、卵料理の山を築きあげる。

 

「こんなことで、諦めてられない!八重樫流殺戮演技、壱の型、流波劇」

 

一切の音もなく刀を振るいながら回り舞う雫。その静かな舞はエヒトの倒れる音すらも無い。

 

「俺は集団戦は苦手なんだが、なぁ!」

 

元魔王にして妖怪覚のクラークは、特殊な何かをするでもなく純粋な暴力でエヒトを殴り飛ばす。飛んだエヒトがエヒトを殺し、その死体がエヒトを殺す。計算し尽くされた暴力を振るうクラークが集団戦を苦手と言うのは明らかな虚言だろう。

 

 

 

おおよそのエヒトルジュエを倒したきった頃、街を覆った琴音の魔法を破壊し、ガラス片のようなものを散らしながら数人が降り立った。

 

そのうちの一人が、ステラの目的。

 

その名はブローベル。エヒトルジュエを含むこの世界のあらゆる全てを管理する、末端の神である。

 

「にゃっはははははははは♪もう逃がさないよ、裏切り者。ステラの仕事を増やしやがって……」




絶対的百獣王子猫。18歳。
未知系幻獣科10年生。
人類の創作した生物の力を使える。

人類最強の座に君臨する最も人外に近い生命体。
身につけている特徴的な小物は全てららが創ったもので拘束具の役割をもっており、子猫を人類の枠に押さえ込んでいる。
異能の都合上軽度の厨二病であるのだが、気だるげ、眠たげな雰囲気である程度中和されている。


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第40話

「ステラちゃん、来たよ」

 

「にゃはは、ん、分かってる。

さぁ、南雲さん、そして雫ちゃんも!」

 

「え、なに?」

 

「んだよ」

 

「ここまでお疲れ様! こっから先は二次創作の中でもぶっちぎりの危険度。あとはステラ達で、ていうか本当はステラだけでやらなきゃいけないことだから、安全地帯でちょっとまっててね!」

 

「「はぁ!?」」

 

雫やハジメ、ユエにティオにシアに香織、そして宇未とラストは、かつてステラがハジメと戦ったときにも使われた、空間を裂いたようなものに吸い込まれていく。

 

「あっ、ちょ、南雲くん!? 八重樫さんも!」

 

「ステラちゃん、愛子ちゃんを忘れてる」

 

「あ、ごめん愛ちゃん」

 

希依の腕の中で慌てふためく愛子は地面に降ろされる。

 

「愛ちゃんの生徒の子達は保護してるから、頑張ってまとめておいてね」

 

「えっ、ええ!?」

 

「後でね、愛ちゃん! 愛してるぜ!」

 

「え、あ、えっと、きゃあああ!」

 

愛子の足元が裂け、吸い込まれていった。

 

 

 

 

愛子が落ちてきたのは、柔らかいソファだった。

 

白い机、白い椅子、白い紙、白い本棚、白い本、白い地球儀、白い空間。

 

全てが白いその空間に愛子は、愛子たちは送られた。

 

愛子の生徒たちは一人も欠かさずその場におり、他にもさっきまで戦場にいた者たちもここにいた。

 

「先生、怪我はありませんか?」

 

「あ、八重樫さん……。あの、ここは?」

 

「それがさっぱりで。宇未さんは来たことがあるそうなんですけど、詳しくは知らないそうです」

 

愛子が腰掛ける二人掛けのソファに雫も腰掛け、一方を目を細めながら見つめる。

 

「そう、ですか。あの、八重樫さん?やえ……っ!!」

 

雫の見る方向を見て、愛子は目を見開いた。

 

そこに居たのは、赤い糸で縛られ、唇や股間部を強制的に押し付け合わせられる、天之川光輝と檜山大介。いつかと同じように、この場にいるべきでない二人は物理的縁結びで拘束されていた。

そしてもう二人、物理的に縁結びされている二人を、というか檜山を、目を血走らせて睨みつける中村恵理。もう一人は、ウルの街に六万の魔物をけしかけて、愛子を殺そうとした清水幸利。中村は首から下を御札に包まれ、ミノムシ状態で横に倒れながら涙を流す。同じように拘束されている清水の顔には、表情らしいものは見られなかった。

 

「一体どういうことですか!? 天之川くんは、それに清水くんも確かに死んだはずじゃ……」

 

「あれだけじゃないわ。先生、あっちも」

 

雫は死んだ魚、もしくはゴーレムのような無機質な目をしながら別方向を指さした。

 

「「私の身体、返しなさい!」」

 

お互いに身体を傷つけないように掴み合う二人の少女。

白崎香織と、神の使徒、ノイントがお互いに自分の身体をもつ者相手に、傷を負わせられないキャットファイトを繰り広げる。

 

「も、もう先生には何がなにやら~」

 

両手で顔を覆って俯く愛子。

 

「あっ、ちょ、先生!? 」

 

 

 

 

愛子とその生徒たちが状況についていけず混乱しているのにも構わず、リンは宇未に話しかけた。

 

「東江宇未さん、ですよね」

 

「っ、はい。あなたは、えっと……」

 

この場に送られる前でも顔見知り程度だった宇未は、緊張気味に返した。

 

「私はリンと申します。十四代目魔王、希依様の頃にヘルムートの騎士団長をしていました」

 

「はぁ。えっと、リンさん、なにか、ご用でした、か?」

 

「そうかしこまらなくていいですよ。こんな体格なので、魔王様方のようにリンちゃんとでもお呼びください」

 

「えっ、……いや、その、恐れ多いというか、年上をちゃん付けで呼ぶのはなんか……」

 

「あはは、まぁ呼びやすいように呼んでくださって結構ですよ。私は、あなたとお話したいんです」

 

「話、ですか?」

 

「ええ、お話です。雑談と言ってもいいかもしれません。

……東江宇未さん、私は、貴女が妬ましくて、そしてとっても羨ましいです」

 

「え?」

 

「私は、魔王様の師事では強くなれなかった。魔王様に助けていただいて、他の誰かを助けられるくらい強くなりたいと誓ったにも関わらず、私を鍛えようとして下さったにも関わらず、結局私はラストさんや琴様に強くしてもらったんです」

 

「あの……でも、それって」

 

「いえ、分かっていますよ。相性が悪かったからだというのは」

 

「そういえば、お姉ちゃんは、ちょっと悔しがっていました。『私に師匠は向いてない』『ご両親から預かった大切な子を、結局人任せにしちゃった』って」

 

「そう、でしょうね。あの方はそういう人です。心は誰よりも弱いのに、強がって何でもかんでもやりたがるんです。琴様は、そんな魔王様を『ありとあらゆる物事に対して方向音痴』と称していました」

 

希依には、才能と呼べるものが一切無かった。学者が向いてるとか、芸術家が向いてるとか、人の上に立つ才能も無ければ人の下で支える才能も無い。

努力を努力と思わず嬉嬉として技術を身につけていった希依にとって、人にものを教えるというのは何よりも苦手なことだった

 

「リンさん、私、あなたが羨ましいです」

 

「はい?」

 

「私は、誰かのために強くなりたいだなんて、全く思っていませんでした。復讐のために、八つ当たりのために、勇者を殺すために。私が力を欲した理由はそんな、お世辞にも綺麗とは言えない理由でしたから」

 

「そんなこと、ありませんよ」

 

「私、怖かったんです。勇者を殺した後。人に恨まれるのも怖かったし、自分が迷わず殺せたのも恐ろしかった」

 

「奇遇ですね、私も、勇者を殺してるんです。復讐で。八つ当たりで。

それでも、多分、私はあなたよりは恵まれていたんでしょうね。その勇者を殺しても恨むような人はその場にはいませんでしたし、家族の仇という口実もありましたから。

実を言うと、宇未さん、あなたの過去、少しだけですが聞いてます。その恨みつらみの全てを理解できるなんて、言えません。それを言えるのは理解者である琴様と、似た過去をもつ魔王様だけでしょう。

あなたの行いは許されざることだと思います。それでも、理解はされるべきです」

 

「理解……?」

 

「私の時には琴様がそうでした。琴様は、私の恨み、憎しみを間違うことなく理解して下さり、その上で正しく導いて下さいました。

だから、辛いことを誰かに、大切な人に理解してもらうというのは、とっても大事なことだと思うんです。

宇未さん、あなたにはそんな人はいませんか?」

 

「……私に。私の大切な……」

 

宇未は自身を友と呼んでくれた雫、生徒と言ってくれた愛子、妹として見てくれたユエをチラリと見て、「なにか、違う……?」と、顔を伏せる。

 

「宇未さん?どうかし──」

 

リンが宇未の顔を覗き込もうとした時、空間に鈴の音が響いた。

 

チリンチリンという音に気がついた全員が動きを止め、辺りを見回す。

ずっと笑みを浮かべていた顔を引き締めたラストと、宇未と話していたリンは、自然に空いていた不自然な誰もいない場所で頭を垂れた。

 

二人の前に、何の脈絡もなく、いかにも『神様』といった風貌の白髪白髭の老人が降臨した。幼女状態のステラによく似た、金髪赤眼の幼女を肩車しているが、それすらも様になっている。

 

「そうかしこまるな、面をあげい。儂はもう引退したようなものなのじゃから」

 

老人の言葉を聞いた二人は立ち上がって一礼すると元いた場所に戻った。

 

「リンさん、あのお二人は……?」

 

「私が紹介せずとも、自己紹介して下さいますよ」

 

そう言われた宇未は軽く目を擦ると二人の顔を見る。幼女は一度宇未を見て、軽く手を振ってから視線を戻した。

 

先に話し始めたのは、幼女の方だった。

 

「……あたしの名前は、エストレーヤ。……ステラのクローン。……出来損ないの吸血鬼」

 

ユエに似た、しかしそれ以上に静かな口調でエストレーヤは自身を語った。

 

「儂は、一応神共の王をしているジジイじゃ。ステラの先代をしておったのじゃが、あとを継がせて引退かと思ったら昇格しちまった、ただの慕われ者じゃよ」

 

優しいおじいちゃんのような微笑みを浮かべた神王は、腕を伸ばしてエストレーヤの頭を撫でると、エストレーヤは嫌がり、肩から飛び降りた。

 

「っ……痛い」

 

勢いよく落ちたエストレーヤは尻もちをつき、涙目になりながら立ち上がると、ソファに腰掛けた。

 

「あー……」

 

約三十名、約六十個の責めるような眼に神王は困ったような顔で頭をかく。

 

「あの、そのような偉い方が私たちにどのような要件で来たのですか?」

 

人外を除いた中で最年長の愛子が代表して聞くと、神王はすぐに答えた。

 

「儂の用事はそこの女子(おなご)じゃよ、中村恵里。両親から虐待を受け、一人の人間に執着、依存。琴音と似た過去を持つお主には、神にすら信仰される儂は聞かねばならぬ事が腐るほどあるのじゃ。そのような悲劇を生み出さぬために」

 

神王の言葉に中村は聞く耳を持たず、目も合わせない。

 

「その反応は予想しておったのじゃが、それでも堪えるのぅ……」

 

エストレーヤにしたのと同じように、中村の頭を撫でる神王。中村は神王をギロリと睨みつけた。

 

「おぉ、怖い怖い。聞きたいことはおおよそ知れたのでな、儂は帰るとしよう。どうにも、儂は子供受けがあまり良くないみたいじゃしのう。やれやれじゃわい」

 

チリンと鈴の音が鳴ると、神王はその場から消え去った。

 

 

 

「……八重樫雫、東江宇未、畑山愛子、話がある。着いてきて」

 

涙を拭いながらエストレーヤは立ち上がると、すぐ近くで座っていた雫と愛子に手を差し伸べ、宇未に薄く微笑みかけた。

 

 

 




エストレーヤ・スカーレット
希依がステラに転生し、神となるための修行中にとある敵がステラを殺すためにステラのDNAから生み出されたステラのクローン。
当然神のような力はなく、吸血鬼としての力も最低限。吸血鬼のありとあらゆる弱点を兼ね備えており、吸血鬼のありとあらゆる長所を再現できずにいる。
自他共に認める出来損ないの吸血鬼。
様々な魔導書、魔道具、薬物により人並みの生活と吸血鬼程度の戦闘能力を得て、安定化してからは緊急時のみステラの手伝いをしている。

神王
希依をステラとして転生させた神。当時は、現在のステラが携わっている全世界の管理をしていたが、ステラが跡を継ぎ引退。現在は人間ではなく神々に信仰される、正しく神々の王と呼べる存在。
ステラやエストレーヤを孫のように可愛がっているが、エストレーヤには嫌われている。


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第41話

宇未を転生させ、エヒトルジュエに小細工を施した末端の神、ブローベル。彼は現代の装いをした人間を数名連れて、ステラ達に宣戦布告をした。掟を破り、法を犯し、原作をも侮辱して。

 

「小娘、貴様の時代は決して来ない!! その歳でその座に至ったことは褒めてやるが、しかし! 我らがそれを認めると思ったら大間違いだ!」

 

「セリフがさぁ、いかにも惜しいところまでいって全滅する革命軍とか反逆者のそれだよね。──ニルヴァーナ」

 

ステラはららから受け取った銃を躊躇いなくブローベルに撃ち放った。

 

「エヒトルジュエ!!」

 

いくら殺しても増殖し続けたエヒト達がブローベルの前に立ち並び、ブローベル達の盾となった。

 

「行け! 我が下僕たち!」

 

ブローベルが小物臭く、大して強くもないようなラスボスのような言葉と動作に応じて、恐ろしい攻撃が放たれる。

 

「かー、めー、はー、めー……」

 

「束ねるは星の息吹、輝ける命の奔流、受けるがいい!」

 

輝く二つの光はどちらも強烈で強力。それが何かを知る希依と琴音は苦笑いを浮かべ、その二人の様子に愛子は戸惑い、クラークは警戒する。

 

「波ぁぁぁあああ!!!」

 

「エクスカリバー!!!」

 

自らの盾となっていたエヒトを蹴散らしながら襲い来る二つの光線。

 

基本的にどの世界観でも最強クラスの攻撃に、最強が立ちはだかった。

 

「筋力MAX」

 

英雄の光線を、希依は純粋な筋力で蹴り伏せた。

 

 

 

 

 

「畜神ブローベル、非認定転生者の確認により、悪神と認定。ステラ・スカーレットの名をもって、貴様を殺す」

 

ステラは銃をしまうと、ブローベルに殴りかかった。

 

「させるかよぉ! こっから先は一方通行だ!」

 

白髪の転生者が立ちはだかるが、ステラは勢いを弱めない。

 

「邪魔、腐れ童貞オタク、っ!」

 

転生者を殴りつけたステラの右腕が木端微塵に砕け散った。

 

「ギャッハハハァ! どうだぁ! 俺の女になりゃあ、見逃してやギャバッ」

 

「クハハ、女口説くにゃ弱すぎるぞ、もやしが」

 

転生者の能力の弱点を見抜いたクラークが、転生者を殴り飛ばした。

 

「死すなぞ許した覚えは無いぞ!」

 

「言われずともぉ!」

 

「そもそも、転生することすら許していないっての」

 

あらゆるベクトルを味方につけた拳を、ステラは最小限の動きで躱した。

 

「クソがァ!」

 

「クラーク、任せたよ」

 

「ったく、俺がやるまでもねぇだろうに」

 

言葉とは裏腹に、クラークは笑みを浮かべている。

 

「わりぃが、お前ら相手に手加減できる気がしねぇぜ!」

 

クラークの正拳突きが音もなく半数の転生者をふきとばした。

 

 

 

 

青いコートを羽織った少女が紅い槍を構え、愛子に駆け詰める。

 

「その心臓、貰い受ける──刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)!」

 

少女が突き出すのは因果逆転、必中必殺の槍。ケルト神話の英雄の一撃を少女は愛子に放つ。

 

他の転生者達に注意を向けていた愛子は触れる直前まで気が付かず、槍は愛子の胸を穿く。割烹着に血が滲み、口内に血が溢れる。

 

「やった!」

 

「──ゥガっ!」

 

槍は愛子の心臓を貫いた槍は半ば程で止まった。少女は笑みを浮かべ、槍を引き抜こうとする。

 

が、槍はビクともしなかった。

愛子が槍を握りしめ、槍からビキビキと罅の入る音が響く。

 

「弱いねぇ。ステラちゃんから強いって聞いてたんだけど」

 

「嘘でしょ!?」

 

「あっはっはー。魔王を相手に接近戦なんて自殺行為ってことを知っておくべきだったね」

 

愛子槍を引き抜くと、少女ごと地面に叩きつけた。

 

「長年料理人やってると、その食材が何に向いてるか分かるようになる。年の功ってやつなのかね」

 

「このっ……クソババアがっ!!」

 

「私をババアと呼んでいいのは私の家族だけだ、小娘。割って溶いて延ばして焼いて、細く切れば錦糸卵。精々、相方を探すことだね」

 

愛子の前には槍も残らず、あるのは大きな皿に盛り付けられた山盛りの錦糸卵。程よい焦げ目と光沢が視覚から食欲を刺激する。

 

 

 

 

 

風王結界(インビジブルエア)!」

 

「ハァ!」

 

金髪の美青年が振るう風を纏う不可視の剣と、希依の振るう鈍の剣が轟音を響かせる。

 

青年が両手で振るうのに対して希依は利き手では無い左手で乱雑に振るい、剣先で相手の攻撃を捌いている。

 

「本気で戦え!」

 

「悪いけど、男はあんま好きじゃない上に勇者みたいなやつは大っ嫌いなんだわ」

 

希依は目をジト目にしながら右手に魔法陣を展開する。

 

「小癪なァ!」

 

「ヘルムート式格闘術、身剣(みつるぎ)

 

希依の手刀の形の右手が鉄色に変色する。

 

「なにおぅ!」

 

不可視の剣が希依の剣を真っ二つに叩き割り、刃が希依に襲いかかる。

 

ガキン!!

 

刃は届いたものの、希依の右手には傷一つつかなかった。

 

「王に人の声が届かないように、魔王に人の刃は届かない」

 

「僕はアーサー王だ!」

 

「パチモンでしょうが!」

 

「うるさいうるさいうるさーい!!」

 

無茶苦茶に振るわれる剣。青年の顔は怒りで染まり、剣の動きは単調になる。

 

「見抜かれるとすぐ逆ギレ。これだから男で勇者風な奴は嫌いなんだよ。モノホンのアルトリアちゃんならともかく」

 

手刀を刀にする魔法を解いた希依は剣を掴む。

 

「遺伝子影響力、上昇」

 

希依の手足が黒く染まり、二の腕、太もも半ばからいくつもの触手に分裂する。

それは本来受け継がれることのなかったもの。クトゥルフ神話の邪神ニャルラトホテプを父に持つ希依は、活動を停止させられたはずの遺伝子を強引に働かせ、肉体を急激に変性させる。

 

青年の顔から生気が消え去り、涙と鼻水を垂れ流しながら声にもならぬ叫びを上げる。

 

「╋┣┗┫┏┳┗┯┏┫┫┫┫!!」

 

「うっさい」

 

「┏┗┃━┣┏┗┓╋╋┗━┏ァァァァァアアアアア──!!」

 

希依の怒りを買った騎士王の力を持つ青年は、つま先から足首、脛、膝、腿と輪切りにされ、局部に届く前に出血多量で絶命した。

 

 

 

 

 

「恐れろ! 怒れ! 狂え! 魔王からは逃げられねぇぞ!」

 

黒い褐色肌に妖力を滾らせた魔王、クラークは自信が吹き飛ばした転生者達を同時に相手をする。

 

「もらったぁ!」

 

『divide』

 

「あ?」

 

光の翼を生やした少女はクラークの鳩尾に手を当てると、何者かの声が響いた。

 

「がっっ──強すぎる──

パンッ

 

クラークに触れた手から順に肉体が膨れ、少女は風船のように破裂した。

 

ブローベルが少女に与えた特典は『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)

触れた相手の力を半減させ、吸収する神器(セイクリッドギア)

 

基本ステータスがMAXのクラークの力の半分を吸収するには少女の肉体は弱すぎた。

 

「オラッ、次ィ!」

 

CAROLINA(カロライナ) SMASH(スマッシュ)!!」

 

全身に筋肉の鎧をまとった金髪巨漢の男のチョップはクラークの側頭部に命中。轟音は鳴り響いたが大したダメージは入らず、クラークは不敵な笑みを浮かべる。

 

「きかねぇよ、ボケが」

 

「なんだと!?」

 

「『僕のヒーローアカデミア』……知らねぇな。転生特典は『ワンフォーオールとそれを使いこなす肉体』個性、異能みたいなもんか」

 

MISSOURI(ミズーリー) SMASH(スマッシュ)!!!」

 

攻撃しなかった方の左手でクラークの頭を挟むように手刀を放つ。

男の手刀はクラークに命中することはなく、どころか手刀ごと腕は消え去った。断面は焦げ付いていて、肉の焼ける匂いが周囲に漂う。

 

「イァァァ!!」

 

筋肉のおかげか、流れた血は少量であるが脂汗を滲ませる。

 

「なにを──」

 

ジュっと、液体が蒸発するような音とともに男は消え去った。地面は赤熱している。

 

「……琴音、余計なことしてんじゃねぇよ」

 

「アッハハハハハハ♪

早い者勝ちだよ、クラーク!」

 

狂ったようにケタケタと笑う琴音は、差別的殺戮光線で未だ絶滅しないエヒトルジュエと転生者達を一人一人蒸発させる。

 

「こらこら、食材を無駄にしたらダメだよ、琴音ちゃん」

 

「はーい。ごめんなさい愛子さん」

 

愛子が投げた解いた卵を殺戮光線でオムレツにしてはじき返す。

オムレツをチキンライスで受け止めると愛子は包丁で切り裂く。半熟の卵が溢れ、赤を黄色に染め上げた。

 

いつの間にか用意されていた大きなテーブルにフワトロオムレツをのせると、テーブルは様々な卵料理で埋め尽くされた。全てが何人もの転生者やエヒトルジュエを素材に作られた卵未使用の卵料理のフルコース。

 

黄色の絨毯はどうしようもなく戦場には似合わなかった。

 

 

 

 

「ば、馬鹿な!?

全員が最強の転生者達だぞ! 何をしたステラ・スカーレット!!」

 

転生者やエヒトルジュエが全滅した事に驚き叫ぶブローベル。

目を見開き唾を飛ばす様はいかにもな踏み台転生者のそれ。

 

「にゃはは、希依ちゃん曰く。

勇者じゃ軽くなろう系でも足らず、オリ主転生者でようやく辛うじて大目に見ても空気抵抗程度。最強を受け継ぐヘルムートの国王とは必中必殺の鏃である」

 

愛子、クラーク、希依。他十一名の魔王達は皆総じて先頭に立ち活路を切り開く鏃であった。止めることが出来たのは、矢そのものである国民のみ。

 

「巫山戯るなぁ!! そんな巫山戯た世界があってたまるか!」

 

「そんなことステラに合われても困るってば。希依ちゃん達、っていうかヘルムートのある世界を作ったのは師匠なんだから」

 

「あの方は力は素晴らしいが甘すぎた! だからこそ貴様のようなメスガキが神になるなどという過ちを犯した!!」

 

「メスガキって、乱暴な言い方だけど要するに子供の女の子なのになんかえっちぃ感じがするのは間違いなく日本人最大の過ちだよね。あとステラも神前ではちゃんと大人な姿になってるからメスガキじゃないし」

 

「若すぎると言っているのだ! 貴様のような若造が我らの上に立つなど誰が認めるものか!!」

「……勘違いするなよ、畜神ブローベル。賛同多数だからといってそれが正しいということは無いし、そもそも正しさを神が語る時点で神失格だ。神は常に正しく、何を成そうと意義はない」

 

「何も知らぬメスガキが生意気言いよって!!」

 

「生意気言うのがメスガキの仕事でしょ。そしてステラの仕事は神の行いに物申すこと。立場も役割も意義も、あなたとは違う」

 

しっかりと狙いを定め、ステラは引き金を引いた。

 

ニルヴァーナ、善悪を逆転させる光線は精神が形をもった存在である神を殺すに十分な威力だった。

 

「畜神ブローベル、あなたの代わりはいくらでもいるから安心してね。まぁ聞こえないだろうけど」

 

 

 



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第42話

 

「……三人それぞれ、悪いかもしれないし楽しいかもしれない知らせがある?」

 

雫、愛子、宇未の三人はエストレーヤに連れられて別室に案内された。

皆の居た何もかもが白い部屋とは違い、中央に炬燵があるだけの六畳ほどの和室。エストがどこからともなく人数分のお茶とみかんを出すと、座布団に腰掛けるように促した。

 

「いい話とか悪い話じゃないのかしら」

 

雫の呟きをエストは聞き逃さなかった。

 

「人によってはいい話かもしれないし、嫌な話かもしれないから」

 

「あの、先に聞いておきたいのですけど、何故私達なんですか? 南雲くん達も居た方が……」

 

「……端的に言う。まず八重樫雫と畑山愛子、二人はすぐには元の世界に戻れない。確定ではないけど、戻れない可能性もある」

 

「っ──!!」

 

「……は?」

目を見開き驚愕する愛子と、唖然とする雫。雫の髪が蛇に変化し威嚇しているよう。二人が今にも掴みかかりそうになるがその前に、エストが頭を下げた。

 

「これは全面的に神々(こっち)側の責任。不用意に介入したブローベルと、ステラ、そして希依。

二人には一切の責任も負い目も無い。管理者で責任者のステラに変わって、謝罪する。……ごめんなさい」

 

子供のように、しかし粛々と、エストは謝罪する。

 

宇未は心配そうに三人を見つめ、謝罪を受けた二人は落ち着きを取り戻した。

 

「何故そんなことになったのか、教えてください。それに皆のことも」

 

こんな時にも関わらず、愛子の心配の事はずっと変わっていなかった。

 

「ん。

……端的に言うと、二人は希依とステラの影響を受けすぎた。致命的に」

 

「影響って、それなら光輝と檜山はどうなのよ。あの縁結びとか」

 

「……あれは所謂ギャグパートだから。影響は誤差の範囲内。

……そもそも会話が成り立たないから影響が大きくてもこの場に招いたりはしない。あ……」

 

エストはみかんの皮を剥くのに失敗してぐちゃぐちゃにしてしまう。

 

「あ、あの、これをどうぞ。私はいいですから」

 

「……ありがと」

 

宇未は自分の分のみかんを皮を剥いた状態にしてからエストに渡す。

 

一切れ食べてからエストは話を再開した。

 

「……宇未は、ブローベルによって転生させられた転生者だからちょっと面倒。暫くはステラと一緒にいてもらう」

 

「あの、おねーちゃんは……」

 

「……希依はまだ別に仕事があるから忙しい。」

 

「そう、ですか」

 

落ち込む宇未を後目にエストはお茶を啜った。

 

「……別に、希依と琴音みたいに事情がないと会えないわけじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わっちゃったね、おねーちゃん」

「うん。……やろうか、琴音」

「あーあ、もっとおねーちゃんと一緒にいたかったな」

 

転生者達とエヒトルジュエ、ブローベルを倒したことで希依、ステラの仕事は全て終了した。

 

クラークと愛子はステラが元いた世界に帰した。

 

希依と琴音は距離を置いて向き合う。

 

ステラは瓦礫に腰掛け、二人を見守る。

 

「因果律コントロール、MAX」

 

「詠唱省略」

 

「「やぁああ!!」」

 

希依の拳と、琴音の放った緑色に妖しく光る光線がぶつかり合う。

 

光線は弾け、被弾した建物や地面が凍り、燃え、崩れて、消える。

「やめてよね、おねーちゃん。素直に当たってよ」

「アハハ、痛いからやだ。ちゃんと殴り合お? 琴音を感じさせてほしいな」

 

「んもぅ、おねーちゃんはワガママなんだから。一回だけね」

 

「大丈夫。一回で終わるよ」

二人は腕を伸ばせば触れる距離まで近づき、拳を構える。

 

「大好きだよ、おねーちゃん」

「うん。私も好きだよ、琴音」

 

 

 

「カウントいくよー。……さーん」

 

ステラは石をそこらから拾い、一つを投げた。

 

「にー」

 

「……」

 

「……」

 

宙を舞う石に、二つ目の石がぶつかり、一つ目が弾けた。

 

「いーち」

 

「またね、おねーちゃん」

 

「さようなら、琴音」

三つ目の石が二つ目の石を追いかけるように翔ぶ。

 

「ぜろ」

 

互いの拳が頭部にぶつかる。破裂音と共に一輪の花火が空に咲いた。

 

花はすぐに消え、希依には血肉の雨が降りかかった。

 

 

「……キヒャッ! キャハハハッ! キャッハハハハハハ!!」

 

妹であり、恋人であり、家族であった琴音の血肉を浴びながら、希依は笑う。

 

悲しみを殺そうと、強引に笑みを浮かべて腹を抱えて、涙を絶えず流しながら。

 

「……希依ちゃん、帰るよ」

 

「キヒャヒャッ! ……ごめ、ちょっと待って」

 

 

 

 

 

 

希依は琴音を愛している。正しく、間違いなく。殺しは決して望むものではなく、二人に殺意は無い。

 

そんな二人が殺し合う理由は、未だ語られない。

 

この物語は終わらぬ物語の成れの果ての、蛇足でしかないのだから。

 

楽羅來ららに言わせるならば、語らせるならば。

「語るまでもありません。これは自己満足であり、自己完結でしかないのですから」

 

 

 

 

 

 

「き、希依様……? 何をしてらっしゃるのですか!?」

 

希依と琴音の戦いを、物陰から見ていた者がいた。

 

「……だれだっけ?」

 

「私ですよ! リリアーナです!」

 

「………………?」

 

「希依ちゃん、知り合いじゃないの?」

 

「王女のリリアーナです! お話したりもしましたよね!?」

 

戦場となったこの国の王女、リリアーナが一人、護衛もつけずに来ていた。

 

「……やぁリリィちゃん。久しぶりだね」

 

「何事も無かったかのように仕切り直さないでください!」

 

「ごめんごめん。

ステラちゃん、先に帰ってもらっていいかな? 一仕事増えちゃったみたいでさ」

 

「一仕事、なんだね。……分かった。じゃあ後でね」

 

ステラは希依とリリアーナに手を振ってから消えていった。

 

 

「さてさて、他にもいるんでしょう? 私に用のある人達が」

 

「へっ?」

 

希依はリリアーナを頭を撫でながら、遠くを見やる。

 

ゾロゾロと出てくるのは、多数の人間達と、武装した獣人、兎人族。

 

人間と兎人族それぞれから一人が代表するように前に出る。

兎人族達は希依を警戒していて、先に口を開いたのは人間。

 

「神の使徒の一人、喜多希依だな。貴様を反逆者と認定し、この場で処刑する!」

 

「いや、今?

いや、そうだねぇ、こうしよう。リリィちゃんの命が惜しければ、その認定を取り消して貰おうか」

 

「ちょっ、希依様!?」

 

希依はリリアーナを背後から首に腕を当てる。

 

「下劣な!」

「卑怯だぞ!」

 

「キヒャヒャッ!

あいにく私は愛しの恋人を殺した直後で機嫌がすこぶる悪いんだ。あんまり騒ぐと殺しちゃうぞ?」

 

人間の騎士たちは歯噛みし、兎人族達は希依の発言に引いている。

 

「申し訳ございません姫様! うおぉ!──ッガッ」

 

「言ったでしょ?機嫌が悪いって」

 

希依に襲いかかった男の頭部が、卵のようにグシャリと握りつぶされた。

 

「さぁて、溜まりに溜まったストレス、発散しなきゃ」

 

「やめてください希依様! 私はどうなっても構いませんから!」

 

手の関節を鳴らす希依の前に、両腕を広げたリリアーナが立ち塞がった。

 

「やだよ、可愛い子を殺したって一文の得にもならないでしょ?

それにあれはリリィちゃんのことをなんとも思ってない無能の騎士もどき。元王としてアドバイスするのなら、あんな騎士さっさと解雇しなさい」

 

「そんなことありません! 彼らは紛うことなく誇り高き騎士です!」

 

「誇り高き騎士なら、そもそも人質を取られたりしないし、取られても無視はしない」

 

「私の命なぞどうなっても構いません!」

 

「そうじゃないんだよ、リリィちゃん。

それじゃないんだよ。私はただ殺したいんじゃなくて、苦手で嫌いで気に入らなくてムカついて腹のたつアイツらを殺したいんだ。

──だから殺した」

 

リリアーナが一瞬目を離した隙に、死体の山と顔面の海が街中に築き上げられた。

 

「へ……あ、……え?」

 

ペタリと地面に座り、表情の消えたリリアーナ。

足元には水溜まりが出来て、そこに水滴が垂れる。

 

「さて、次は兎人族の番だ。またせたね」

 

「……ボスを、南雲ハジメという人間を知らないか」

 

「あぁ、彼なら帰ったよ」

 

ボスって、いや人の趣味にとやかく言わないけど、ウサミミのオッサンにボスって呼ばせるのはどうかと思うよ……

 

「帰った……だと?」

 

「うん。なんの用だったのか知らないけど、まぁ縁があればまた逢えるでしょ」

 

あれ、ステラちゃんはまだ帰すことは出来ないとか言ってたっけ。……まぁこの世界から居なくなったのなら似たようなもんか。

 

「もうすぐここにも多くの人間が来ると思う。ケモ耳は世界の宝だからね、今すぐにでもこの街から離れることをおすすめするよ」

 

 

ヒソヒソと話す兎人族を後目に、希依は世界に穴を開けてその場から去った。



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第43話

 

白い空。白い床。白い机に白い椅子。何もかもが白いその空間に、ステラと希依も遅れながらも君臨した。

 

幼女姿のステラに、血濡れの希依の姿は、皆の警戒を煽った。

 

「全員揃ってるみたいだね。エストちゃんもお疲れさま」

 

「……別に、ステラのためだから」

 

拗ねたようにそっぽを向くエストレーヤ。

 

「さぁて、随分と待たせちゃったみたいだしサクサクと進めようか」

 

普段ステラが作業している机に腰掛けた希依が、書類を取りだし読み上げる。

 

「まずは死んだ天之川光輝と清水幸俊、立って」

 

二人の拘束が解かれ、見えない何かによって強制的に立たされる。

 

「なにを、する気だ……」

 

「うおー!!」

清水は全てを諦めたように無気力だが、天之川光輝は希依に殴り掛かる。

 

「二人は揃って地獄行き。どれだけ他人に迷惑をかけたのか、思い知るがいいよ」

 

二人の足元に黒い穴が発生、落下していった。

 

「き、希依さん! 二人はどこに……」

 

「ここの真下には地獄があってね。閻魔様の目の前に直行だから他の亡者よりかは楽なんじゃないかな。

それじゃあ次は、……これはステラちゃんにバトンタッチだね」

 

希依は椅子に座っているステラに書類を手渡した。

 

「ん、えーと、愛ちゃん、雫ちゃん、宙未ちゃんの三人を除いた皆には、元の世界に帰すんだけど、その準備に時間がかかるから異世界転生してもらうね。

人によるけど、だいたい人生二、三回くらいは遊べると思うよ。危険なところはないはず。

帰宅することがゴールなのだとしたら、もうちっとだけ続くんじゃって所かな。

詳しくは担当の神から説明があるから、あんまり迷惑かけないようにね?」

 

なんで。

今すぐ帰して。

 

そんな言葉を無視して、ステラは全員の足元に魔法陣を展開する。

 

それは始まりと同じように目が眩むほど輝くと、雫と愛子、宇未、ラストを除いた皆は居なくなった。

 

「ラストさん、お疲れ様。もう帰っていいよ」

 

「かしこまりました、希依様。いつでもヘルムートに遊びに来てくださいね。みんな喜びますから」

 

「うん、分かった。よろしく伝えておいてね」

 

「承りました」

 

ラストはその空間から溶けるように消えていった。

 

 

「み……みんなが……。

ステラさん! 希依さん! どうしてこんなことを!」

愛子が机をバンッと叩く。

 

ステラは、すぐに答えた。

 

「んー、愛ちゃんにわかりやすく言うのなら、死亡した二人を覗いた皆の肉体的、精神的な洗濯って所かな」

 

「せ、洗濯……?」

 

宇未と雫も首を傾げる。

 

「南雲さんなんか特にわかりやすいけど、全員、あのままの状態で元の世界に帰すのは色んな意味で危険なの。魔法やら、技能やら。

それらを悪用して強盗なんかをするかもしれないし、研究機関のモルモットになるかもしれない。過ぎた力はマイナスしか生まないからね。

そんな人並みから外れたものたちを全て無くしたノーマルな人間に転生してもらって、その後に元の世界に帰ってもらおうって感じ」

 

ステラの語る内容に間違いがないであろうことは愛子も分かっている。元々希依が直す約束はしていたが、ハジメの腕と目が直るというのなら文句を言うことではないと、愛子は判断する。

 

「んじゃ、あとは愛子ちゃんと雫ちゃんが私と一緒に、宇未ちゃんはステラちゃんとってなるんだけど、これはもうエストちゃんに聞いてるってことでいいんだよね?」

 

「は、はい」

 

「まぁ、そうね。中身は聞いてないけれど」

 

「にゃっはっはー、エストちゃん?」

 

ステラがどういうことかと聞くが、エストは希依の方を向く。

 

「……だって、聞いてなかったし」

 

「あれ、そうだったっけ。

ねぇステラちゃん、行先って私が決めてもいいんだよね?」

 

「そりゃもちろん、急ぎの用も現状ないし」

 

「おっけー。じゃあ雫ちゃん、愛子ちゃん、行こっか」

 

希依は本棚から一冊の白い本を抜き取ると、脇に挟んで、二人の手を取った。

 

「は、はい?」

 

「えっと……」

 

「じゃ、またね、宇未ちゃん」

 

「はい!」

 

希依と雫と愛子の三人は、何かに吸い込まれるように消えていった。

 

 

 

 

「じゃ、宇未ちゃんはステラのお手伝いね。

まずはブローベルが違法に転生させた転生者の処理だよ」

 

「処理、ですか」

 

「理不尽で残酷と思われるかもしれないけど、それは間違い。そもそも一度死んでるんだから、それらは有っちゃいけない命なんだよ。

まぁ、希依ちゃんはそれを無視しがちなんだけどね。だからこそ宇未ちゃんはここにいるわけだし、そのおかげで一部の眷属や下僕、使いを持てない神々の人材不足が解消されつつある」

 

「あの、それ大丈夫なんですか?」

 

「ダメだよ」

 

「ダメなんですか!?」

 

「これは希依ちゃんの発案で、希依ちゃんが全面的に責任を負うからってことで成り立ってるから、何か問題があったら希依ちゃんは責任を取らなければいけない。

あ、安心してね。ブローベルみたいな一部末端を除いた神々はみんな希依ちゃんのこと大好きだから宇未ちゃんが考えてるような事にはならないよ。そもそも強すぎて死刑執行されようと殺せないけど」

 

「へ、へー」

 

宇未は思ってた以上に重大だった自分と希依の状況に、思考が追いつかなくなった。

 

 

 

 

 

ところ変わって希依達が消えた行き先。

 

そこは幾つもの分かれ道に分かれる道の真ん中で、一つ一つの道の端に看板が立っている。

 

道はそれぞれ縦横無尽に伸び、先には舞台となる地が待ち受けている。

 

キョロキョロと周囲を見渡す愛子と雫に希依が声をかける。

 

「愛子ちゃん、雫ちゃん。エストちゃんから聞いてるかもしれないけど、……ごめんなさい。私は取り返しのつかないことを二人にした」

 

「希依さん?」

 

頭を下げる希依に困惑する二人。

 

「元の世界に帰れると期待させるだけさせておいて、この事態。殺されても仕方ないと思ってるし、そんな状況にしてしまってご両親や友人、なにより二人に申し訳ない」

 

「…………」

 

愛子は服の裾を握り俯く。

 

「……えぇ、本当にそうよ! ふざけんじゃないわよ! 私が何をしたっていうのよ! 何も悪いことしてない!」

 

希依の胸ぐらを掴み、溜まったものを吐き出すように怒鳴る雫。希依の背丈が雫より頭一個半低いことにより、足が浮く。

 

「ごめん」

 

「ごめんじゃ、ないわよ。……お母さんに、お父さんに会えると思って、わたしがんばったわよね?」

 

「ほんと、ごめん」

 

「ちょっと変わったけど、それでもまた香織と遊べると思ってた。今度は南雲くん達とも一緒に」

 

「……ごめんなさい」

 

「謝らないでよ、ズルいじゃない。……希依さんに対してそんなに怒ってるわけじゃないから、簡単に許しちゃうじゃない」

 

胸ぐらから手を離し抱きしめる。身長差によって頭を抱きしめるようになり、胸に顔が押し付けられる。

 

「……雫ちゃん?」

 

「……宇未さんと三人で食べたあの串焼き、また一緒に食べたい。迷宮のときみたく、笑ったり泣いたりしながら一緒にご飯を食べたい」

 

「……うん、いいよ。それくらいいくらでも作るから」

 

雫が希依を離すと、希依から抱きしめ返したあと、静かに涙を流す愛子を抱きしめた。今度は背丈にあまり差はなく、愛子の頭が希依の肩に乗る。

 

「抱っことか肩車とかはしたけど、こうやって普通に抱きしめるのは初めてだね」

 

「……希依さん」

 

「私は教師じゃないから愛子ちゃんがいま何を考えてるのか分からないし、最初に家族がいなかったから失うつらさも知らない。

だから同情なんてしないよ。雫ちゃんにも、愛子ちゃんにも」

 

「……違うんです。……希依さん、八重樫さん、……私、ちゃんと先生出来てましたか? 最後まで、みんなの先生で居られてましたか?」

 

「……うん。出来てた。二万年を生きたけど、愛子ちゃんほどいい先生を私は知らないや」

 

「ほんと、ですか?」

 

「もちろん。宇未ちゃんも愛子ちゃんを絶賛してたでしょ? 雫ちゃんから見てどうだった?」

 

「小学校六年、中学校三年、高校一年と少し、その中でも先生は一番いい先生、恩師です。断言しますよ」

 

「そう、ですか。良かったぁ」

 

緊張が解けたのか希依に身を任せる愛子。それをしっかり支える希依。小柄な二人を雫は両腕いっぱいに抱きしめた。

 

 

 

 

 



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番外編 サムライとセンセの人間卒業式
人間卒業 001


 

「ここがどこか、これから何をして、二人はどうなるのか、まずはそれを説明するために少し移動するよ」

 

希依は二人を先導して、数多ある道の中から一つを選び進む。

 

キョロキョロと雫と愛子は周囲を見渡す。

道で繋がった巨大なシャボン玉のようなものが無数に浮かんでいて、中には世界が広がっている。

 

巨大な木が中央にそそり立つ世界。

暗雲に包まれた摩天楼の世界。

草原と花畑が広がるのどかな世界。

学校の校舎内。

体育館。

箱庭。

 

 

希依達が進む先には、本がぎっしり詰まった本棚が見えた。

 

 

 

簡素なベッドと机、他には無数の本棚だけが広がる部屋に雫と愛子は案内された。

 

「お茶も出せなくてごめんね。もともとヘルムートにあった私の部屋と全く同じように創られたから、冷蔵庫とかキッチンとかがなくてね」

 

「気にしなくていいわ。それより話を聞かせて欲しいのだけど」

 

雫がキッと、鋭い目付きで希依を見る。

「うん。じゃあまずはさっきの場所がなんなのか、から話そうかな」

 

雫をベッドに座らせ、希依も愛子を膝に乗せるようにして隣に座る。

 

「あ……」

「うん、やっぱり心地いい。命の重みってやつだね。それとも愛情の負荷かな」

 

希依の重たい言葉に愛子は抵抗出来なくなる。

 

「シャボン玉みたいなのに包まれてた世界は、全部私が管理してる世界。人呼んで、というか、神呼んで滅界。滅ぼすことを許容された世界。

ステラちゃんは物語として、あの白い本で管理してたけど、私は流れとして道で管理してる」

 

「滅ぼすって、誰がですか?」

 

愛子が顔を希依のいる方に回して尋ねる。

 

「もちろん私が」

 

チュッと、愛子の頬っぺたにキスした。

 

「ヒャッ!?」

 

「改めて、今の状況で自己紹介しようか。

世界消滅要因が一柱にしてリーダー、神を超越せし者、全てを穿つ鍵担当、(Key)

ちなみにちなみに、さっき会った楽羅來ららちゃんも私と同じく世界消滅要因の一柱。有無を語る者、創造人、最後を歌う者、歌声(Lala)。」

 

「あの人も神なの?」

 

「違うよ。私はステラちゃんと同一ってことで人と神の両方だから、近い言葉で現人神なんだけど、ららちゃんは正真正銘人間。とは言っても、ららちゃんの世界ではららちゃん達のことは人外と呼ばれる。明確な基準は知らないけど」

 

「達って、その危なそうな人達がもっといるんですか?」

 

「いるよー、いっぱい。ららちゃんを筆頭に、愛子ちゃんじゃなくて卵料理人の方の愛子さんの上位互換である彩美加奈ちゃん、愛情を操る浄花町ののちゃん、エヒトしばいてたあの赤髪の子、ギリ人間の人間最強の子猫さん。などなど、ヘルムートとかトータスなんかと比べ物にならないくらいの怪物揃いの世界があるし、他にも世界消滅要因に認定されてる人は何人かいるって聞いた。ららちゃん以外に会ったことないけど」

 

「なんか、あれね、中二病?」

 

「やっ、八重樫さん!」

 

揶揄う雫を咎める愛子を優しく抱きしめる。

 

「たはは、いーのいーの。私にとって中二病は褒め言葉だから」

 

「それはそれでどうなのよ」

 

「雫ちゃんには言われたくないかな。ひとり怪物劇団(モンスターパレード)ちゃん」

 

「なっ、なにゃナンでそれを!!」

 

「八重樫流殺戮演技、演芸劇!」

 

「やーめーてー!」

 

「隠れて私の真似をしようと頑張ってた雫ちゃん、可愛かったよ」

 

「もう喋らないでー!」

 

両手で顔を隠して悶々とする。

 

「フッ、フフフッ」

 

肩を震わせて笑いを堪える愛子。

 

「せ、先生?」

 

「二人ともっ、中二病ですっ」

 

「あはははっ、そうだね、その通りだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むーー」

 

「ご、ごめんなさい八重樫さん」

 

「ごめんごめん、話に戻ろうか」

「フンッ」

 

愛子にまで裏切られて、雫は完全に拗ねてそっぽを向く。

 

「雫ちゃーん? 話進めていーい?」

 

「知らないわよっ」

 

「八重樫さん、悪気はなかったんです」

 

「……プィ」

 

「愛子ちゃんでもダメか……。

仕方ない。雫ちゃん、話はちゃんと聞いててね」

 

「……」

 

「いいよね? 実はそんなに怒ってないけどオーバーリアクションに拗ねちゃって素直になれない雫ちゃん?」

 

「分かってるならほっといて話しててよ! 終いにはもっと拗ねるわよ!?」

 

「それはそれできっと可愛いから見たいけど、うん、手短に話すよ」

 

「おふざけは無しですよ」

 

「ん、分かってる。

まず、これから何をするかだけど、いくつかの世界を巡って二人に力をつけてもらう。それも逸脱した、世界の特異点足りうるだけの」

 

「それって、どれくらいの強さなんですか? あと正直私には無理な気が……」

 

「だいじょぶだいじょぶ。折り紙よりも弱かったエストちゃんでも出来たんだから、ステラちゃんに変わって私が魔改造したげるよ」

 

「ぐ、具体的には……」

 

「エストちゃんを魔改造するときには、脳には魔導書、心臓には賢者の石を中に仕込み、骨はオリハルコンとヒヒイロノカネ、血は神の血を入れ替えたと聞いたよ」

 

「はわわわわわわわ」

 

「私にそんなこと、出来なくはないけどやらないから大丈夫だって。私は人を鍛えてるときほど優しいときはあんまりないよ。ね? 雫ちゃん?」

 

「……さぁね、どうかしら」

 

「……希依さん?」

 

「肉体改造は趣味じゃない」

 

「なぜかその一言で納得しました」

 

「まぁ納得しようとしなかろうと、鍛えるのに変わりはないんだけどね」

 

「私、たまに希依さんと一緒にいていいのかと不安になります」

 

「その不安は大正解だったわけだけどね」

 

「……そうでしたね。…………。」

 

「辛い時こそ、笑うんだよ。私はそうやって生きてきた。現代社会でも、ヘルムートでも。怒りも悲しみも、どれだけ辛くても笑っていればその時だけは忘れられる」

 

「……はい」

 

「ただし、キチガイに思われるからそこだけは注意」

 

「なんでかっこよく絞められないんですか、もぅ」

 

「ケヒャヒャヒャヒャヒャ! つらいなー! 泣きそうだなー!」

 

「それが演技なのは分かりますからね」

 

「たはは。

んじゃ最後、二人はどうなるのかって話だけど、……どうなりたい? 雫ちゃんの人生、愛子ちゃんの人生、二人はいま誰よりも自由だ。役割を、生き方を、生きる場所を、選べる」

 

「いきなり、そんなことを言われましても、大きすぎて」

 

「これはプレゼントでも報酬でもないよ。言うなれば賠償だ。世界を奪った、正しく人生を狂わせたことに対しての、私からの、星神ステラからの精一杯の損害賠償だ」

 

「「…………」」

 

「まぁこれはすぐに決める必要は無いよ。進路指導が私じゃ不安っていうのなら、色んな友達にも付き合わせるし、色んな世界に連れてってあげる」

 

「「……」」

 

「まぁ私が行きたい世界もあるからついでに付き合ってもらうけどね」

 

「もぅ、ずっと付き合わせますからね? ……おかあさん?」

 

「っ! 雫ちゃん! 愛子ちゃんがデレたぁ!」

 

「……よかったわね、お姉ちゃん」

 

「雫ちゃんまで! もしかしてここは天国!? 快楽浄土!?」

 

「何よその真っピンクな浄土は。宇未さんの真似をしてみただけよ。二度は呼ばないわ」

 

「えー」

 

「……ねぇ、希依さん」

 

目を細め、というか睨んで、雫は尋ねる。

 

「うにゃ?」

 

「ずっと気になってたんだけど、あなたにとって家族って何?

自分を姉とか母親みたいに呼ばせて、ちょっとおかしいと思う」

「……わたしも、気になります」

 

それは愛子も気になってはいたがずっと聞けずにいたこと。

 

「……家族、そうだね、多分みんなの言う家族と私の家族観はちょっと違うのかもしれないね。

まぁそれは、一緒にいればそのうち分かるだろうからさ、出発と行こうか。あんまりグダグダしすぎるとステラちゃんに仕事寄越されて面倒なことになるからさ」

 

希依は膝の上の愛子を肩車して立ち上がる。

「はわっ」

「……誤魔化したわね」

 

「仕事寄越されるってのはほんとだよ? ステラちゃんって立場的にはめちゃくちゃ偉いけど、できた人間じゃないから」

 

「そうは見えませんでしたけど……」

 

「愛子ちゃんの前じゃそうだろうね。私とステラちゃんは同一。好みのタイプも同一。カッコつけたがりだから」

 

「よく恥ずかしげもなく言えるわね」

 

「そっ、それよりどんなとこに行くんですか!」

「愛子ちゃんも誤魔化した。

まぁいいけど。最初に行くのはステラちゃんも修行に使った世界、魔法を使う者が魔道士ギルドで働く世界、『FAIRY TAIL』

まずは雫ちゃんの剣術と愛子ちゃんの魔法の魔改造からだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編 宇未ちゃんの職場体験
職場体験 001


白で統一された空間。

デーブルを挟み、向かい合って座る宇未とステラ。大量の白い本がテーブルに積み重なっていて、一冊一冊読み耽る。

 

「ねぇ、宇未ちゃん。『ハイスクールDxD』って知ってる?」

 

「はいすくーる……タイトルだけは見たことがあります。読まなかったので内容は知らないですけど」

 

「その『ハイスクールDxD』なんだけどね、ちょっと大仕事になりそうなんだよね」

 

「大仕事、ですか?」

 

読み終えた本をテーブルに積み、ステラの話を聞く姿勢になる。

 

「ブローベルの転生者がそこに複数人送られてるんだけど、もう取り返しのつかない数いるんだよね」

 

「そんなに沢山なんですか?」

 

「うん、沢山。

それに厄介なのが、全員じゃないけど自覚がない転生者がいるってところ」

 

「困るんですか?」

 

「困るっていうか、やりづらいんだよね。相手からしたら理不尽に襲われるわけだし。こういうのが相手のときは希依ちゃんが羨ましいよ」

 

「お姉ちゃんだけは自己責任で助けられる、でしたよね」

 

「ん、そう。

じゃあ行こっか。ブローベルが管理していた『ハイスクールDxD』の世界に」

 

「はい! 頑張ります!」

 

「そう気張らなくていいけどね。仕事より観光の方が比率的には長いんだし」

 

「そ、そうなんですか」

 

「そーなの」

 

ステラは一冊の本を真ん中あたりで開き、天へと掲げると二人は光に包まれ、上空へと飛びたった。

 

 

 

 

 

 

 

 

やぁやぁ、名も姿もなきどこかの誰かよ、俺だ。

偉大なる俺こと俺の名は中川昭一。豚とか牛みてぇな神様に転生されてやった、所謂神様転生オリ主ってやつだ。

 

当然、転生特典も貰っている。あぁ、わざわざ教えてやると思うなよ? 俺たる俺は俺たる為に俺の力は誰にも教えねぇと誓ってんだ。

 

当然、偉大なる俺に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステラと宇未が降り立った地はどこかの学校の屋上。ステラは何事もなく着地したが、宇未は突然現れた地面に驚き腰から落ちてしまった。

 

「いったたた……」

 

「にゃはは、大丈夫?」

 

「ステラ様、ありがとうございます。大丈夫です」

 

ステラが差し出した手を取り立ち上がる。

 

「ここ、何処ですか?」

 

「んー、私立駒王学園。主人公ほか主要人物が通う学校」

 

ステラは白い本を読みながら答える。

 

「学校、まぁハイスクールDxDって言うくらいですから、学園ものなんですよね」

 

「んー、そうとも言えるかな、うん」

 

「なんか曖昧な言い方ですね」

 

「そんなつもりはないんだけどねぇ」

 

ステラは本を空間に開けた裂け目のようなものに放り込むと、屋上から出る扉に手をかける。

 

「ねぇ宇未ちゃん、屋上っていい場所だと思わない?」

 

「そう、ですかね。私はあまりいい思い出はないんですけど」

 

「それは残念。観光スポットと言ってもいいんじゃないかなって思ったんだけど」

 

「私にとっては自殺の名所ですよ」

 

「そっか」

 

軋みながら開く扉。バタンと立ち入り禁止の立て札が倒れた。

 

「そんな名所を立ち入り禁止にするなんて、人間はやっぱり愚かだよ」

 

「……ステラ様?」

 

授業中で騒がしいのに誰も居ない廊下を歩くステラは満面の笑みを浮かべて振り返った。

 

「にゃはは! 宇未ちゃん、まずはドーナツ屋さんだよ!」

 

「は、はい?」

 

「ドーナツは有と無を両立させたお菓子なの」

 

「そんなに凄いものだったんですか!?」

 

「凄くなんてないよ、凄そうに言っただけでね。

これから学ぶべき教訓は、どんなものも言い方次第、見方次第で価値は変わってくるってこと」

 

「は、はぁ」

 

「なんてね、言ってみただけだよ。騙ってみたと言うべきかな。

ねぇ悪魔さま、貴女は自分をどう魅せる?」

 

「っ、何者ですか。学園関係者以外の方はまずは受付で入校許可証を貰ってから校舎に入ってください」

 

教室の扉が開いて、眼鏡をかけた黒髪の少女が二人の前に立ちはだかった。

 

「それは悪かったね。屋上に降りちゃったせいで飛び降りるか校舎内を通るしかなかったんだよ」

 

「……生徒会室に案内します。ついてきてもらえますか」

 

「……」

 

「……ステラ様?」

 

「ステラ、ドーナツが食べたいな」

抱きつき、上目遣いで見つめるステラから少女は目を逸らしながら頷いた。

 

「分かりました、用意させます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道中、ドーナツを買ってきた少女の使い魔にステラが一目惚れして欲しがったり、ヤキモチを焼いた宇未が龍化しようとしてステラが止めたりと、紆余曲折ありながらもなんとか生徒会室に辿り着いた三人。

ステラと宇未は出されたドーナツを頬張りながら少女との会話に花を咲かせる。

 

「改めて、聞かせてもらいましょうか。あなた達が何者なのか。なんのためにこの学園に近づいたのか」

 

「にゃははは、質疑応答の前には自己紹介をするべきじゃないのかな? 可愛い悪魔さま?」

 

「……この学園の生徒会長、支取蒼那です。」

 

「ん、ソーナ・シトリーちゃんね。ステラはステラ・スカーレット。この子は眷属の宇未ちゃんね」

 

「なぜ私の名をっ!」

 

「にゃははー、話さない理由はないけれど、わざわざ話す理由もないよね?」

 

「……私にはあなた達を殺すという手段もあります。正直に話してください」

 

「にゃは、にゃははははは!!」

 

ドーナツを食べ終え、ステラは立ち上がる。

 

「す、ステラ様?」

 

「ステラを殺すなんて、ロケット鉛筆で宇宙旅行に行くようなものだよ。ソーナちゃんじゃムリムリ」

 

「そんなこと!」

 

「でもまぁ、この学校には何回か来ることになると思うから、恩の一つや二つ売っておこうかなっ!」

 

ザスッ!

 

ステラは巨大な釘のようなものを創り、扉に突き刺した。釘は赤熱し、扉を溶かす。

 

「いきなり何……を……」

 

「やぁソーナ、俺だ。偉大なる俺のソーナに手ぇ出してんじゃねぇよ吸血鬼」

 

扉の向こうに、一人の男がいた。学校の制服を着ていて、身体中から煙が吹き出ている。

 

「……中川昭一」

 

「ソーナ、偉大なる俺を呼び捨てにしてんじゃねぇよ。偉大なる俺こと俺の名は俺に親しみを込めてショウちゃんと呼びやがれ」

 

「今更なにをしに来たのです、はぐれ悪魔が」

「偉大なる俺を裏切り者みてぇに言うなよ。ソーナが俺を切り離したんだろぅ?」

 

「……っ」

 

ソーナは男に怯え、ガタガタと震えている。

 

「罪状、ソーナちゃんを拉致して集団レイプ、後輩に強引なナンパ、幼女に性器を見せつけ欲情、満員電車で中学生に痴漢etc……、宇未ちゃん、仕事だよ。殺して」

 

「はいっ!」

 

「ぁん?」

 

宇未は右腕のみを龍化して、握り潰そうとするがすぐに手を離してしまう。

 

「熱っつ、ステラ様、これの転生特典はなんですか?」

 

凍る火柱(アイスファイア)、体温操作のスキルだよ」

 

「はっ! いぃぜ? 誰だか知らねぇがてめぇらも偉大なる俺様の性奴隷にしてやるよ。俺様に感謝しやがれ」

 

「巫山戯るな!! 悪刀 黄泉送り!」

 

手足を龍化して、背中の羽を巨大化させて、必殺の刀、黄泉送りで切りかかる。

 

「偉大なる俺こと俺様に金属製の武器は効かねぇよ! 凍る火柱!」

 

「よくもまぁ、こんなに綺麗に汚く地雷を踏みつけられるよね。宇未ちゃん、手助けいる?」

 

「必要ありません! 私の黄泉送りは、」

 

──セラミック製ですから。

 

切ったものを殺すその白い刀は、その場の音すらも殺した。

 

音はあと数分で戻ります。死体は私が処理しておきますから、あなたはせいぜい幸せに生きてください。

 

宇未はソーナにそう伝え、二人は校舎から出ていった。



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番外編 ノイントさんがノイントちゃんに
姉妹転生 001


異世界、トータスへと転移させられた者たちは、紆余曲折ありながらも、元の世界へと帰る方法を確立した。確立したというには神頼み過ぎるのだが、人間にはどうしようもないことである。

 

元の世界に帰る者たちは、トータスでの技能や魔法を持ち込まないために、異世界転生による浄化を強制された。

 

これはそのうちの、二人の少女の物語。

 

 

 

 

 

「あはははははひゃひゃひゃ!! ひひひひぃー!」

 

腹を抱え、脚をばたつかせながら爆笑する男。

 

「ステッ、ステラたんこれやらかしちまってンジャねえーの!? 面白すぎるゼ! 腹いてー!!」

 

「「とりあえず、身体を元に戻してください!」」

 

「もう息ぴったりジャねーか!! 手遅れだ手遅れ! あっははははは!」

 

「「どういうことですか! ム……」」

 

「わっ、わりぃ、腹筋が、腹筋が捩り焦げるっ!」

「「…………」」

 

「……クフッ。

……わりぃ、ステラたんのやらかしは珍しいとはいえ、笑いすぎたよ」

 

男は二人の冷ややかな視線に冷静さを取り戻し、未だ腹を抑えて涙目になりながらも語り始めた。

 

「いいかぁ、白崎香織に、ノイントっつったか、お前らは中身が入れ替わって、肉体と心が影響を及ぼしあって似たような精神になってる。

具体的には、肉体が白崎香織、中身がノイントのお前は六割ノイント、四割白崎って具合にな。中身が白崎の方も似たようなもんだ、六割白崎四割ノイントってな」

 

「どうにか、ならないのですか?」

 

訊いたのは中身ノイントの方だった。

 

「んまぁ、洗脳やら催眠術やらでそれっぽいことは出来るけど、あいにくそれは俺の仕事じゃねぇ。せいぜい可愛い双子の姉妹が出来たと思って可愛がりやがれよ」

 

相手も四割自分だけどな。男はボソッと呟くが二人には届いていなかった。

 

「白崎香織、あなたに私をお姉様と呼ぶことを許しましょう。ご主人様でも可」

 

「何言ってるのかな? ノイント、あなたが私をお姉たまと呼ぶの」

 

香織がドヤっと、笑みを浮かべて宣う。

 

「ええ、ええ、分かりました、分かりましたお姉たま。ではこれから私はあなたを常に、何時でも、常時あなたのことをお姉たまと、恥ずかしい姉を見る目で呼んで差し上げますとも」

 

ノイントは初登場時の無表情が影も形も消え失せた、ニヤニヤとした笑みを浮かべる。

 

「やめてくださいごめんなさいご主人様。ご主人様には今後誠意を込めに込めてご主人様とお慕い申しあげます」

 

「すみません、やめてください白崎香織。鳥肌が立ちました。気持ち悪いです気色悪いです私が悪かったです」

 

「謝るならちゃんと謝って欲しいかな? ほら、土下座して私の足を舐めてもいいんだよ?」

 

「ぺろぺろと舐めしゃぶっていいのですか!」

 

「…………ノイント、私以外の何かも混ざってない? あとこの身体はノイントのだからね?」

 

「いえ、これは間違いなく白崎香織の四割に含まれるものです。間違いありません。私が私の足を舐めたいだなんて思うはずがありませんから」

 

「私を変態みたいに言わないでくれるかな!」

 

「変態以外の何物でもないでしょう。白崎香織の四割には記憶も幾らか含まれているようで、南雲ハジメの○○○(ピーー)○○○○(ピーーー)したり、○○○○(ピーーー)○○(ピー)されたり、変態的な○○○(ピーー)○○○○(ピーーー)で白崎香織の○○○(ピーー)○○○○(ピーーー)しているような記憶も鮮明に残されています。他にも金髪の幼女の○○○(ピーー)を舐めたり、自身の○○○(ピーー)を舐めさせたり」

 

「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッ!!!」

 

叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。

 

「他にも南雲ハジメの穢れた○○○(ピーー)○○○(ピーー)をねじ込んだり、自身の○○○(ピーー)を料理に混ぜて食べさせたり、○○○(ピーー)○○○(ピーー)を擦り付けたり」

 

「死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせ」

「………………『せ』って大量に並ぶとカタカナみたいに見えますよね」

 

「そうか、俺には『甘』に見えてきた。もうお前ら行けよ、俺の加護とか転生特典とか無くても生きてけるって。なんならエヒトとかしばけるよ」

 

「ああ、今はもう亡き主よ。なぜお亡くなりになられたのか」

 

「お前がなんか余計なことしたからじゃねぇの?」

 

「私に表情がなかったからでしょうか。次の私はもっと素敵な笑みで主を讃えましょう」

 

「希依たんでも裸足で逃げ出すだろうな、それ」

 

「ノイント!!」

 

「……なんでしょう、白崎香織」

 

「私の舐めていいから舐めさせて!」

 

もう彼女はダメかもしれない。というかダメになった

 

「早く転生させてください。私の貞操が危ういので」

 

「やっぱ人間っておもしれぇわ」

 

「いいからはやく!!」

 

「ノイントー」

 

「オゥケイ! おめーらに俺の加護があらんことをってなぁ!!」

 

ノイントと香織に、鈍く銀色に輝くタライのようなものが落ちてきて、二人の意識は暗転した。





今年一書いてて楽しかった。感想くれると、ペースが上がったりして。


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姉妹転生 002

埼玉県川越市にて、二人はすくすくと成長した。

 

元白崎香織は、現、白神詩織(しらかみしおり)

元ノイントは、現、白神彩織(しらかみいおり)

 

一卵性双生児の姉妹として生まれた二人は、全く同じ顔、全く同じ身体、全く同じ環境で育った。にもかかわらず、現在中学生、全く異なる成長を遂げた。

 

中身がそっくりの二人は、十四年の時を経て外見はそっくりで中身は全く別人の二人になっていた。

 

片や、白神姉妹のうるさい方、白神詩織。

白神詩織は頭が良く、とてもよく喋る子だった。暇さえあれば誰かに話しかけ、暇がなくとも他人の迷惑を考えずに口を開き続ける。その話はいつも面白く、教師が注意しようにも、その教師までもが会話に参加してしまう。

白神詩織はつねに喋り続ける。さながら呪いでも掛けられているのかと思うほどに、白神詩織は黙らない。

 

片や、白神姉妹のやばい方、白神彩織。

白神彩織は物静かで、よく本を読んでいる子だった。常に片手には本があり、そのジャンル、大きさ、厚さは気がついた時には変わっている。

白神彩織は学園最強。強きをねじ伏せ弱きを蹴散らす。勘違いしてはならないのは、白神姉妹の通う学校は決して、授業で戦闘訓練を行うわけでもなければ、体育祭でトーナメントを行うわけでもない、普通の中学校だということ。

学園最強に至るには、やむにやまれぬ事情があった。白神彩織は、よく絡まれる。執拗に。粘着質に。病的に。

例えばいじめ。例えばカツアゲ。例えばカンニング疑惑。例えば一目惚れ。例えば八つ当たり。例えば最強への挑戦。それら全てに、彩織はコミュニケーションの手段として暴力を選んだ。

 

 

 

二人の生きる時代は2022年。香織が産まれ、トータスに召喚された年代よりも近未来な時代。

 

今日は、後に今世紀最大級の事件とされるであろう事件が起こる日だった。

 

 

 

三時間目の授業が終わってすぐのこと、一応私の姉である詩織が勢いよく扉を開けた。

 

「彩織ー! 早く帰ろー! 早く速く帰ろう、マッハ20なんて私たちの前では速さじゃないよ!」

 

「……詩織、仮にも祖母(存命)の葬式ということで早退するんですから、もっとテンションを下げなさい。それと殺せんせーは過去の私でもどうしようもないくらい速いです」

 

「まぁまぁまぁまぁまあまァマア! あと一時間で始まっちゃうんだから、間に合わなくなっちゃうよ!」

 

そうだった。そうでした。今日はあのゲームのサービス開始日。正午から始まるそれにいち早く参戦するために、私たちは学校を早退するのでした。

 

急いで帰るために普段は読み続ける本を鞄に仕舞い、走るのに邪魔になる膝ほどまで伸びた銀色の髪を高い位置で縛る。

髪を染めるのは校則で禁じられているのですが、同じ顔を持つ姉と見分けさせるため、特例的に認めさせました。

 

「早く帰ろ! ただでさえ彩織はキャラメイクに時間がかかるんだから! なんならおんぶしたげよっか?」

 

「家まで蹴り飛ばしますよ、詩織」はぁと、ため息をつきつつ鞄を肩にかけ、私たちは学校を後にする。

 

 

 

「《前代未聞の世紀の瞬間。ただし魔王誕生》みたいな」

 

「彩織? なんか言った?」

 

「なんでもありません。巫女子(みここ)ちゃん化してただけです」

 

「えーと、彩織の好きな小説の、告って死んじゃう子だよね」

 

「《神の冒涜。ただし性癖批判》み、た、い、な!」

 

「うん、彩織が怒ってるのは分かったから歩こっか」

 

「私への冒涜は構いません。主への冒涜は許しません」

 

「分からない! 私の妹が分からない! 双子なのに!」

 

 

 

 

 

何事もなく帰宅出来た私たちは、母に見つからないように部屋に飛び込み、昨日のうちにスタンバイさせていたゲーム機、ナーヴギアを被ってベットに横になる。

 

いざ、私の元いた世界に似た世界へ!

 

「リンク、スタート」

 

魔法の世界から、化学の世界に転生した私は、電子の世界へ。

 

 

 

 

 

 

 

ソードアート・オンラインに彩織を誘ったのは正解だったと思う。あの子、誘わないとずっと本読んでるから、たまには一緒に遊びたいし。

初めて出会ったときは敵どうしだったけど、十年以上家族として暮らしたら流石に愛情とかも芽生える。それでもハジメくんが一番だけど、今はユエくらいには好き、かな。

それにゲームはハジメくんのおかげで好きになれたものだから、次に会った時に思いっきり沢山話せるように思いっきり遊ばなきゃ!

 

「リンクスタート!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……彩織が来ない。彩織が来ない。彩織が来ない。い、お、り、が、来ない!! 他のゲームのときもキャラメイクに時間かける子だから覚悟はしてたけど、流石に四時間は遅すぎないかな!? 男の人たちがチラチラ見てきていい加減鬱陶しいんだけど。

 

「申し訳ありません。少々手間取りました」

 

「おそっ……い……、ノイント?」

 

「はい、キャラネームは〈noint〉です」

 

彩織のアバターは、装備は初期装備ではあるものの、一時は私の体でもあった転生前の銀髪美女のノイントのものだった。

 

「へー、……いいなぁ」

 

「あなたもやれば良かったじゃないですか。前世の再現。とりあえず名前を教えてください。呼ぶのに不便ですから」

 

「再現できるほど私の顔なんて覚えてないもん。名前は私も〈kaoli〉だよ」

 

「あぁ、カオリの顔は整ってはいましたが、パッとしない顔でしたからね。なってる間は苦痛でした激痛でしたいっそ致命傷でした」

 

「酷くない!? そこまでブサイクじゃないはずだよ!?」

 

「日本人の顔ってパッとしないんですよ。ライン生産品ですかあなたは」

 

「ノイント、すっごいデカいブーメラン刺さってるよ。私を巻き添えに」

 

今は私たち同じ顔だからね!

 

「……何の話ですか。ほら行きますよ、さっさと進めて私を再現しなくちゃいけないんですから」

 

「もぅ、分かったよ。今度なんか奢ってね」

 

「本ならいくらでも奢りますよ」

 

「本以外で!」

 

「ちっ」

 

「今舌打ちしたでしょ!」

 

「さぁ行きますよ、まずは本屋様です」

 

「武器屋さんでしょ!? 様!?」

 

 

 

 

 

始まりの街の武器屋は分かりやすい場所にあり、すぐに着きました。問題は私の武器なのですが……

 

「ない……」

 

前世で使っていたような全長2メートルほどの大剣を探したのですが、一番長いものですら1メートル強とは……

 

「ノイントー、いいのあった?」

 

「私はちょっと絶望してるところです。ほっといてください」

 

「みてみてこのナイフ、可愛くない?」

 

「…………」

 

「あー、このレイピアもいいかも! 二刀流とかできるかなぁ」

 

「…………仕方ありません、しばらくは槍で妥協します」

 

「ノイント! どっちがいいかな!」

 

「隣の店の包丁なんていかがですか? お似合いかと」

 

「どういう意味かな!? かなな!?」

 

「攻撃力は知りませんが、女子力は高いかと」

 

「なるほど! すいませーん」

 

大丈夫かこの姉。姉とすら認めたくない。

 

「カオリ、私は本屋様を探しに行ってきます。一時間後に中央の広場で合流しましょう」

 

「うんー」

 

 

 

 

 

私は街中を歩きまわり探したのですが、本屋様は一軒も見つかりませんでした。これは早急に攻略し、他の街や階層を探すしかありませんね。

回復アイテムや探索用アイテムを諸々買い揃えて広場に来たのですが、ほんとに、あのバカ姉はほんっとに!

 

「何を考えてるんですか!?」

 

「え、似合ってない? これ」

 

「いえ、あなたのようなバカにはお似合いです。似合ってますとも」

 

カオリの装備はエプロンにダガー扱いの包丁、盾扱いのまな板と、クッキングママ・オンラインと間違えたのかと思うような装備でした。

 

私の装備は、槍以外は初期装備の可憐さの欠けらも無い不格好なものですが、それでもこのバカよりはマシでしょう。

 

「ね、ねぇノイント」

 

「なんです? 私はいま今後あなたと行動をするか否かを真面目に考えてるところなんですけど」

 

「いやなんで? ってそうじゃなくて、この状況、おかしくない?」

 

「おかしいのはあなたの頭です」

 

「そうじゃなくって! 周りを見て!」

 

「はぁ、……は?」

 

気がついたら、広場は人間で埋め尽くされていました。広場は決して狭い訳ではありません。NPCでかさましでもしない限り、恐らくプレイヤー全員。

 

これは恐らく、いえ確実に、イベントだ。

 

急に空が徐々に赤くなり、巨大なローブが現れた。

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ、私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 

茅場晶彦、彼の出している書籍は読んだことはあるが、ゲームも作っていたのか

 

『プレイヤー諸君は、メインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかしこれはゲームの不具合ではない、繰り返す、不具合ではなくこれはソードアート・オンライン本来の仕様だ』

 

「あ、ほんとだ」

 

カオリがメニューを開いて確認している。

 

これってつまり……

 

私は考える。思考を廻す。目が回る。

 

『諸君は自発的にログアウトボタンはできない。また、外部からのナーヴギアの停止、あるいは解除もあり得ない。もしそれらが試みられた場合、ナーヴギアの発する高出力マイクロウェーブが諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』

 

「どういうことだ」

「盛り上がるための演出だろ?」

 

うるさい、周囲のプレイヤーの声が耳障りだ!

 

私がしゃがんで両手で耳を塞ぐと、誰かが私を抱きしめた。

 

『この警告を無視し、家族、あるいは友人が強制的に解除を試みた例が少なからずあり……その結果、213名のプレイヤーがアインクラッド、および現実世界から永久退場している』

 

………………

 

『しかし、諸君には今後、十分に留意してもらいたい。今後あらゆる蘇生手段は機能せず、HPが0になった瞬間、諸君らのアバターは消滅し、同時に諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』

 

「ねぇ、ノイント」

 

カオリの声がかすかに聞こえてくる。

 

『諸君らが解放される条件はただ一つ、このゲームをクリアすればよい』

 

「これってさぁ、つまり、お母さんに怒られずにずっと遊べるってこと?」

 

っ!!

 

そうだ。そうです! バカは私でした!

 

『最後に、諸君らのアイテムストレージにプレゼントを用意した。確認してくれたまえ』

 

「カオリ! あなたは天才ですか!」

 

「ええ? 普通の事じゃない? ほら、ノイントも手鏡出してって茅場さんが言ってるよ?」

 

促されるままにアイテムストレージから私も手鏡を取り出す。

 

突如私の体、カオリ、ここにいる全プレイヤーが光りだした。

 

光が止むと、辺り一帯のプレイヤーの容姿のレベルが数段落ちていた。ブサイクになる魔法か呪いでも使われたのでしょうか。

 

「い、彩織?」

 

「カオリ、ここでの私はノイ、ント……詩織?」

 

目の前には、カオリではなく詩織がいた。微小のズレはあるものの、間違いなくそれは詩織だった。

 

手鏡には、髪は銀髪のままで、カオリと同じ顔の私が映っていた。

 

つまり、周囲の人間たちの容姿がブサイクになったのではなく、現実の容姿に変えられただけ。

 

だけ……ではありません! 前世の私の再現にどれだけの時間を要したと思っているのですか! せめてスクリーンショット機能があれば……

 

あきらめます。私はバカ違って諦めのいい女なのです。

 

「ノイント?」

 

「カオリ、いますぐ別の街か村に行きますよ。そこで夜に備えます」

 

「夜?」

 

「RPGでの基本ですよ。夜はモンスターの発生率が高いんです」

 

カオリは少し考えるようにして、うなづく。

 

「うん、ごめん。ちょっと平和ボケしてたよ。行こっか」

 

「見敵必殺、効率重視で行きましょう。おんぶしてさしあげましょうか?」

 

「ううん、平気。ところでなんだけど、うずくまって何考えてたの?」

 

「知っていますか、カオリ。数日間の失踪はただの不良行為ですが、数年間の失踪は行方不明事件になるんです」

 

「ノイント、それ絶対に人前で言っちゃダメだからね」

 

「分かっていますよ。ただ、この世界はやっぱり安全ですよ。星神ステラが言ってたでしょう」

 

「私たちを入れ替えた奴の言ってたことだよ?」

 

「……そうでしたね」

 

 



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姉妹転生 003

楽しいことを最優先に進めていくタイプなんで、しばらくは姉妹転生最優先になると思います。
……感想をください。切実に。


モンスターを倒しながら進む道中、バカの更なるバカが露見した。

 

通常、戦闘時には武器に光が灯るのだが、私たちにはそれがなかった。

 

「ノイント、ソードスキルはどうしたの?」

 

「あんな素人くさい技、使っていられませんよ。カオリこそどうしました? 下手くそなくせに、私の真似ですか?」

 

「いや、スキル取ってないだけだけど」

 

「はぁ?」この姉は何を言っているんだ。確かに包丁でモンスターを倒せてはいるけど、明らかに時間がかかっている。「ならさっさと取りなさい。熟練度が上がりませんよ」

 

「いや、そのー、料理スキルとっちゃった」

 

目を逸らしながらバカは言った。

 

「…………」もう言葉もない。

 

「でもほら、料理スキルで戦ってるからレアなアイテムも落ちてるよ?」

 

アイテムを実体化させて見せてくる。どれもこれも肉や調味料ばかりだが。

 

「全部、余すことなく全部食材アイテムです! レア度の高いだけで全部食材で何の役にも立たないんですよ! そもそも熟練度上がってるんですか!?」

 

「そりゃもちろん。いま625だよ」

 

「まさか抜かれてるとは思いませんでした!」

 

ちなみに最大値は1000である。そして私の槍スキルの熟練度はまだ100にも満たない。ソードスキルを使わない故の弊害か。

 

「必要ありませんが、せっかくです。今日の夕飯は期待しておきます。今日食べない分は売ってしまいましょう」

 

仮にもレアアイテム。それなりの値段で売れるはずです。

 

「もう村に着きますよ。まずは宿を探していてください。私は本屋様を――

 

「はーい! あそこに〈INT〉って書いてるよ。あれって確か宿じゃなかった?」

 

遮るように、挙手してまで私の言葉を遮った。

 

「仕方ありませんね。今は夜に備えて、英気を養いましょう。英気というか、根気ですけど」

 

 

 

 

 

 

 

今日の夕食は、イノシシ肉を薄く切ったものに塩で味付け、いくつかのスパイスで香り付けしたものだった。宿に料理をする設備はなかったことを考えると、十分にご馳走と言えるでしょう。美味しいかはともかくとして、生のイノシシを食べるというのは仮想世界でないとできない美味しい経験です。

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、狩りの時間です。カオリ、今日は寝かせませんよ」

 

「ノイントこそ、ポーションの貯蔵は十分?」

 

「武器さえあれば十二分に。蹴鞠のように舞い、蹴鞠のように薙ぎ飛ばします」

 

イノシシ型モンスター、名はフレンジーボアと言いましたか。夜だからなのか、昼には見られなかったカラスのようなモンスターや大きい蛾のようなものも見られます。

現在レベル8の私ですが、ステータスはSTR(筋力)特化、重量級武器の槍、この組み合わせなら百発百殺です。

 

棒高跳びの要領で飛び上がり、槍を半ばで持って回すようにしてカラスや蛾を蹴散らし、脳天を突き刺すようにイノシシに突き刺して着地。この筋力を最大限生かしたイカした移動法ならSTR極振りだろうとそれなりに速く移動が可能です。

 

 

 

 

 

「はぁああ!! ぶつ切り薄切りみじん切りー!! オマケにまな板で叩き!」

 

脳筋おバカなノイントと違って私はSTR(筋力)DEX(器用さ)にバランスよく振ってる。もう治癒士のころとは違う! 私の前ではみんなみーんな食材なんだから! ノイントよりちょっと時間がかかるけど、妖怪を見るような視線を感じるけど! 私は気にしない!

 

「あっはははははは♪」

 

 

 

 

 

 

買いためた武器を全て使い切ると、夜が明けていることに気が付きました。八時頃から初めて、今は朝の六時ちょうど。十時間槍を振り続けたのですか。我ながら恐ろしい。

 

「……我が姉、生きていますか」

 

「ノンたん、呼び方変わってるよ」

 

「そちらこそ。というか、危ないのでその呼び方はやめてください」

 

「そう。ノイントたん、とりあえず寝ない? 疲れた」

 

「そうですね。脳に負荷がかかりまくってる感じがします」

 

フラフラ、プラプラと、カオリは宿に向かって歩きました。

 

私は使い切った槍とカオリの分の包丁を買い足してからから宿に向かいましょう。

 

 

 

 

 

目が覚めたら既に日が落ちかけていた。四時半。

 

一晩の戦闘で、私のレベルは23まで上昇していたみたいです。槍の熟練度は450と、まだカオリの料理スキルには届かず。あの調子だとすでにカンストしているのでしょうね。

ステータスはとりあえずAGI(敏捷)STR(筋力)に振り切り、目指すは立体機動での戦闘です。

 

そろそろカオリを起こしましょう。そろそろここを出ないと次の村に着く頃には夜になってしまいそうです。

 

「カオリ、起きてくださいカオリ!」

 

「ん……うにゃー、……おはよ、彩織」

 

「ノイントです」

 

「あー、んー、んー」

 

「もう四時半です。そろそろ出ますよ」

 

「んーおこしてー」

 

「キスか切開手術、どちらがお望みですか」

 

「わー! 起きた起きた起きたから私のために買ってくれたであろう包丁を向けないで!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソードアート・オンライン、サービス開始から一ヶ月が経ちついに、一層の攻略会議がトールバーナという街で開かれました。

 

一ヶ月の間に、私はついに本屋様、もうこのボケもいいでしょう。本屋さんを発見し、少ないながらも本を購入したのです。第一層の歴史書を数冊に、モンスターに関する本を数冊。どれもそこそこ高価でしたが、現状消耗品が槍しかないのでお金には無駄に余裕があるんです。

 

「確か会議をする場所はここですよ。……カオリ、今からでも着替えませんか」

 

「え、なんで?」

 

「エプロンで攻略とか、誰から見ても嘗めてるようにしか見えませんから」

 

「私はノイントとハジメくんにさえちゃんと見てもらえればいいの!」

 

「私から見ても変で妙で奇天烈な変な姉ですよ」

 

「変って二回も言ったぁ!」

 

「不覚ながら、視線が集まってきてます。お願いだから黙っててくださいね」

 

「えー? ……ぶー」

 

 

待つこと数分のうちに、そこそこの人数が集まり、会議が始まりました。

 

仕切るのは、青髪の自称騎士。名をディアベル。

 

「はーい! それじゃそろそろ始めさせてもらいます! 俺の呼びかけに応じてくれてありがとう! 俺はディアベル! 職業は気持ち的にナイトやってます!」

 

声を張り上げ、ハンドジェスチャーも混じえながら上手く仕切っていますね。あれは私には、そしてカオリにもないスキルです。……たしか、主の呼んだ勇者がそのようなスキルを持っているのでしたか。

 

「今日、俺たちのパーティがあの塔の最上階でボスの部屋を発見した!!」

 

やっとですか。いえ、二週間前に私が発見していて、ソロで挑戦したことを報告しなかったのは悪いとは思いますが、それでも遅すぎると思います。

 

「俺たちはボスを倒し、第二層に到達して、このデスゲームもいつか、きっとクリアできるとはじまりの街にいる皆に伝えなくちゃならない。それが俺たちの義務なんだ!! そうだろ、皆!!」

 

そうだろ、皆。いい言葉ですよね。いいだけの言葉です。それを言われてしまったら、拒否は許されない訳ですから。集団が許すわけがない訳ですから。

 

「じゃあまず、それぞれ六人でパーティを組んでみてくれ!」

 

あの悪魔(ディアブロ)、悪魔のようなことをのたまいやがりました。体育での二人組作ってーという言葉が、私は転生してから聞いた言葉で一番嫌いな言葉です。

 

「おっ、おおおおねーちゃん、おお願いです組んでくだささい」

 

震える手でカオリの袖を掴むと、カオリは満面の笑みでうなづいてくれました。おねーちゃんマジ天使。

 

「いいよー。相変わらずの人見知りだね? ノイントちゃん?」

 

カオリの可哀想な子を見る目はムカつきますが、今は我慢です。なぜ私に感情なんてものを搭載させたのですか!

 

「私が人見知りなんじゃないです。みんなが私を知らんぷりするんです」

 

「ケンカばっかりしてるからだよ」

 

「偉い人は言いました。売られた喧嘩は買うのが礼儀、と」

 

「偉い人っていうか、エラいこったな人だよね、それ言うの。私が思うに、怒りっぽいからだと思うんだよ」

 

「それは仕方ないことです。急に感情が芽生えても制御が難しいんです」

 

「んー、よくわかんない」

 

「週に一回はスーパーサイヤ人になってました」

 

「いつから私の妹は学園最強から人類最強に格上げされたの?」

 

 

二人でパーティを組んだところ、他にも二人組があったようで、そこと組まされて四人組のパーティになりました。

 

 




感想を……感想おぉ……

ギャグ、会話メインだと面白いのかすっごい不安なんです!


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姉妹転生 004

パーティを組まされて後、ベータ版プレイヤーの行動に関しての一悶着あったものの、色黒で大柄な男性によってその場は収められ、ながら解散となりました。

パーティを組んでいただいた二人とどこかで話そうかと思ったところで、バカにしてはバカらしくもなく、カオリが良い提案をしました。

 

「圏外の安全地帯で食べながら話しませんか? 私、料理スキル高いですから、焚き火で焼くだけでも結構美味しく作れますよ?」

 

「《初対面同士の飲み宴会。ただし全員未成年》かつ、《最初の冒険。ただしパーティ全員前衛職》みたいな」

 

フードを被った女性と、暗い色の装備で揃えた男性は、何の文句も言わずにうなづいてくれました。カオリの装備に怪訝そうな表情を浮かべていますが。

 

 

 

 

客人二人を招いての夕飯は、焼いたイノシシやカラスの肉に塩とスパイスで味付けして、ネギのような味の葉野菜で包んで軽く炙った、擬似的なネギまでした。

カラスの肉に不安は残りましたが、流石料理スキルカンスト、ちゃんと美味しくて二人は驚いていました。

 

「上手い! 数万コルは取れるんじゃないのかこれ」

 

「美味しい……」

 

「おかわりはいくらでも作れるんで遠慮しないでくださいね」

 

「ハム……」コミュニケーションはカオリに任せて、私は本を――

 

「ダメだよ、ノイント。ちゃんと会話に参加しなさい」

 

本を取り上げられてしまいました。

 

「あなたは私の姉ですか」

 

「そうだよ? もしかして忘れてたの!?」

 

「いえ、申し訳ありません。あなたが姉という現実から逃げていただけですから」

 

「それ忘れるより酷いから! アスナさんからも何か言ってやってください!」

 

「……姉妹なの? 顔は似てると思ってたけど」

 

「一卵性の双子なんです! おしりの形も一緒なんですよ!」

 

「そ、そう……」

 

「いえ、カオリの方が一回り大きいです」

 

「あれ、そうだっけ?」

 

「あんたら、男がいるのを忘れてないか?」

 

人見知りっぽい男性が呆れたような表情で言った。

 

「あははっ、そうでしたね。食事中にする話じゃなかったですね」

 

「そうじゃない、そうじゃないんだ……」

 

「……バッカみたい」

 

ふむ。「なら頭の良さそうなシラケる話をしましょう。えと、アスナさんでしたっけ。どのような戦闘スタイルですか?」

 

「え、どうって………………猪突猛進?」

 

アスナさんが数秒考えた末に出した結論は思いのほか脳筋でした。

 

「「「…………」」」

 

シラケた。

 

「え、なに?」

 

「話すことを変えましょう。お二人、レベルはいくつですか?」

 

「レベル、13」

 

「俺は16だな」

 

低い。思ってた以上に低い。……もしかして私がレベルを上げすぎましたか?

 

「……カオリ、あなたは」

 

「ここに来る時に20になったよ。あれ、もしかして私がいちばん高い?」

 

「いえ、いちばん高いのは私ですね。ちなみに28」

「うそ……倍以上?」

 

「どこで! どんな方法でレベル上げしたんだ!?」

 

「気になるのでしたら着いてきますか?」

 

「いいのか? 秘密の狩場とかなんじゃ……」

 

「問題ありませんが、やっぱり着いてこられても困りますね。ソロでボスの取り巻きを倒し続けるわけですから、取り分が半減すると困りますね」私は店売りの槍を取り出し立ち上がる。「では、行ってきます」

 

「まて、死ぬ気か?」

 

「そんなわけないでしょう。現に私、死んでないですから」

 

一階層でまともな経験値を得るならもうそれくらいしか相手がいないというだけのことです。

 

「カオリ、明日村に戻ったら連絡しますから、私の分の宿を取っておいてくださいね」

 

「待っ――

 

 

 

 

 

迷宮最奥のボスモンスターはイルファング・ザ・コボルド・ロード。これは流石に一人で倒すのは一苦労なので、今日も倒すのはその取り巻きのルイン・コボルド・センチネル。ボスから逃げながら倒すので多少手間取りますが、十分安全に倒せるモンスターです。一つ問題なのは、三体までしか湧かないことですが、ボス部屋からでて数十分待てば再度湧くので、そこは休憩時間として我慢しましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

数日が経ち、ボス討伐戦当日。迷宮前に、会議の時よりも数名の欠員はあるものの、ボスを倒せるであろう人数は揃いました。

私たち残りものパーティの担当は雑魚モンスターの処理と、取り巻き相手の補助。女三人にソロ一人ということもあり、その程度が妥当という判断なのでしょう。

 

「まとめて、吹っ飛べ」

 

「ちょっ! 嬢ちゃん殺す気か!?」

 

そんなハズレ位置に追いやられたんですから、押し付けて後ろを歩いてる重装備の男共に投げつけても、私は悪くない。

 

「ダメだよ、ノイント。しっかり倒さなきゃ経験値入らないよ」

 

「多少はダメージ入ってますから、微小ですが入りますよ。カオリ好きでしょう? みんなはみんなのために、all for all です」

 

「八つ当たりには適用されないかな!」

 

タンッと、コボルト型モンスターの首をまな板と包丁で挟むようにして倒すカオリに歓声が上がって、私には文句しか飛んでこないのは納得いきません。だから、私は悪くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

親の顔より見た扉。とまでは言いませんが、宿の戸より見た扉。というわけでボス部屋手前までは何も問題なく辿り着きました。

皆さんそれぞれポーションの準備などをして、ボスに備えています。

 

「カオリ、キリト、アスナ。武器の耐久は大丈夫ですか?」

 

「平気! ……あ、まな板がもう割れそうかも」

 

「問題ないわ。予備も買ってある」

 

「俺もだ」

 

カオリ用に買っておいたまな板を渡し、ついでに槍をもう一本取り出します。

 

「ノ、ノイントさん? 何に使うんすかそれ」

 

キリトが困惑しながら聞いてくる。

 

「筋力任せの二槍流です。跳躍用と攻撃用で使い分けたかったので」

 

「んな観賞用保存用みたいな……。ソードスキルも使えないだろ」

 

「だからこその筋力任せです。そもそも槍は両手持ちの武器です。片手で使うなら大半のソードスキルは発動しないのですから、二本使っても問題ありません」

 

「だからって」納得いかないのか、私の肩を揺さぶる。

 

「もう突入を始めてますよ。出遅れると面倒です」

 

「あ、まて!」

 

もうカオリもアスナも見えないところまで言ってしまいました。この方はソロらしいですし、ほっといても問題ないでしょう。

 

私は二本の槍の石突を地面につけて、腕の力で飛び上がり、取り巻きのコボルトの顔面目掛けて槍を突き出す。

 

「一体に何秒費やす気ですか。取り巻きは三体とも私が速攻で仕留めますから、全員ボスに攻撃してください。グダグダしてると、私一人で終わらせますよ?」

 

槍を顔面に突き刺したまま肩に着地し、首を切り落として一体目の取り巻きを仕留めました。

床と壁を利用して二体目の取り巻きまで飛び込み、心臓めがけて一突き。そのまま二本目を突き刺して、ポリゴン片になるのを確認したら、三体目の位置を確認して一度地面に着地。三体目に向かおうという所で、刺々しい髪型の男に肩を掴まれた。

 

「何を勝手なことしとるんや! 協調性っチューもん知らんのかおどれは!」

 

「知っていますよ。むしろ私の辞書には協調性以外の言葉は載っていません」

 

「ふざけてる場合とあらへんのやぞ! これは全員にとって大事な戦いなんや!」

 

「その全員に私を含めないでください。もう行きますよ」

 

「あ、まて!」

 

最後の取り巻きをカオリ、キリト、アスナの三人かがりで足止めしているのが見えました。全員レベルが低すぎです。他のオンラインゲームで何を学んできたのですか。

 

「射し、穿て!」

 

槍一本で真上に跳躍。もう一本を投擲スキルで投擲して、三体目の首から肩にかけて穿き仕留める。これで残りはボスだけですね。

 

ボス攻略開始から五分が経過。ボスのHPゲージはまだ一割も減っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取り巻きが全滅してから三十分が経過した。

私は巨大なボスの攻撃を受け流しつつ攻撃を加えていている。

ボスのHPが残りわずかとなったところで、ボスは二本目の武器を抜いた。

 

どんな技が来るかわからないので、何が来ても対応可能な位置まで下がると、キリトが叫びが聞こえた。

 

「だ……だめだ、下がれ! 全力で後ろへ跳べーーッ‼︎」

 

一人が飛び出し、他の全員は入口近くまで下がっていた。

 

……なぜ?

 

見捨てる気?

 

ボスのソードスキルの軌道は、しっかりと飛び出た一人を仕留められる軌道だ。不味い!

 

「支点力点、作用点!」

 

槍を一本投げ捨て、もう一本で跳躍して相手の剣を受ける。てこの原理で、私を支点として、ボスの剣が作用点、石突近くの腕が力点となるように振るい、剣を真上にかち上げる。

 

危うく死にかけたその男は、なんとディアベルだった。

 

「何をしているのですか。自殺願望なら後回しにしてください」

 

「キミも、ベータテスターなら分かるだろう?」

 

「さぁ。分かりませんね」投げ捨てた槍を拾う。

 

ボス以外が沈黙に包まれる。ボスは、私に襲いかかろうとしていた。

 

「攻撃は全て私が退けます! 全員でボスを切りなさい!!」

 

ボスの攻撃を全て無力化することで、防衛に回っていた人達を攻撃に回せる。これなら私一人での攻略よりよっぽど効率的です。

 

 

 

そこからは大した問題もなく、ディアベルも攻撃に参加して第一層のボス、イルファング・ザ・コボルド・ロードの攻略を完遂した。

 

そう、ここまでは大した問題はなかった。

 

「なんでや!!」

 

さっきのトゲトゲが叫ぶ。

 

「なんでディアベルはんを見殺しにしたんや!」

 

「み、見殺し?」

 

トゲトゲに睨まれるキリトと、ディアベルも困惑していた。

 

他の男が叫んだ。

 

「だってそうだろ! あんたはボスの使う技を知ってたじゃない!! あんたらが最初からあの情報を使えてれば、ディアベルさんは死なずに済んだんだ!」

 

「おれ、死んでないんだけどな。日差しが弱いのかな、ははっ」

 

「そんなこと言ってる場合じゃありませんよ。下手すれば、攻略はここで詰むことになりますから」

 

喚きは続く。

 

「オレ……オレ知ってる! こいつら、元ベータテスターだ! だから、ボスの攻撃パターンとか、旨いクエとか狩場とか、全部知ってるんだ‼︎知ってて隠してるんだ!!」

 

攻略は私一人でも不可能ではないでしょうが、効率はかなり悪い。仕方がありません。ここは感情封印といきましょう。

 

「知っていたらなんだと言うんです。あなた達がここで喚いて、それで誰が得するというのですか?」

 

「なんだと!!」

 

「あぁ、あなた達は得するのでしたか。なんでしたっけ、ベータテスターは死んだ約二千人に謝罪し、溜め込んだ金やアイテムを吐き出してもらわなきゃパーティメンバーとしては命は預けられない。でしたか。会議の時に言ってましたね」

 

「そ、そうだ! 全部出せ!」

「女だからって許されるとか思ってんじゃねぇぞ!」

 

「……許されなかったらどうなるのでしょうか?

そうですねぇ、私には姉がいますから、それを人質にでもとって性奴隷にするなんていいかもしれませんね? 女性プレイヤーは貴重ですから、性欲のはけ口にも一苦労でしょう」

 

「ほぉう、いい度胸しとるやないか。ならここで、裸で土下座の一つでもしてみろや」

 

男共が卑猥な目で私を見る。

 

「ノイント! ダメだよそんなの! そもそもノイントはベータテスターなんかじゃ……、っ!」

 

どうやらカオリは気づいたようです。

 

「そんなことしませんよ、カオリに言われるまでもなく。私はベータテスターではありませんから」

 

「そんなの信じられるか!」

「証拠を出せ証拠を!」

 

「証拠、証拠ですか。そうですね、ゲームをクリアした後ならそれも可能なのでしょうが、少なくとも今は不可能ですね。見た目で分かるものじゃありませんし、何か物的特典もありませんから。さながら魔女裁判ですかね」

 

「んなわけあるかい! 現に知っとるゆーとる奴がおるやないか!」

 

「なぜ、いつ、どーやって知ったのでしょうね。その方ももしやベータテスターなのでは無いですか? それなら知っていても、不自然ではありますが信憑性はあります」

 

「つべこべ言わず出すものだしやがれ!」

 

「……仕方がありません。でしたら私の槍、ボスの攻撃全てを受けきった環境トップクラスの槍を一本差し上げます。これでどうかご満足ください」

 

私が槍を放ると、そこにアリのように群がる下衆共。

 

「カオリ、先へ進みましょう。立ち止まっている時間が惜しいです」

 

「え、あ、うん。いいの? あれ」

 

「店売りの、それも耐久値ギリギリのオンボロ槍ですよ。処分する手間が省けました」

 

「……ノイント、嘘つきは泥棒の始まりって知ってる?」

 

「カオリ、私の今の気分は反逆者です。いえ、今思えば彼らは解放者なのですかね」

 

「それって、もしかしてトータスの?」

 

「全く、感情とは厄介なものです。正義と悪が簡単に切り替わっちゃうんですから」

 

かっこいいだけのことを言ってみましたが、そんなことよりも第二層本屋さんが楽しみです。いっそ、私も書いてみましょうかね。

 

 

 

 

 

 




ノイントの戦い方、なんかに似てると思ったらモンハンの操虫棍にそっくりでした。

賽銭箱に五円玉を放る感覚で感想をよろしくお願いします!

小説家は読者が思っている以上に感想に飢えに飢えまくっていることを、読者の皆様は知ってくださいまし。
-==≡カサカサm(* + *)m


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姉妹転生 005

 

 

「待ってくれ! あんた、もしかして――」

 

「なんです?」

 

二層へと向かう道中、他のプレイヤーは一層に戻ったのか、一人だけ、キリトだけが私たちを追いかけてきた。

 

「思い出したんだ。あんた、学園最強だよな」

 

「……ええ、まぁ、不本意ながら」

 

「ノイント、キリトさんって、リアルの知り合い?」

 

「さぁ。少なくとも蹴り飛ばした相手の顔は覚えてませんし」

 

「俺も蹴り飛ばされた覚えはねぇよ。忘れてても無理ないさ。学校の図書室で一度会っただけだからな」

 

学校、図書室……、思い出した。

 

「あぁ、もしかして痛々しい、読むに耐えない中二くさい本を山積みにしていた後輩の」

 

「そっちか!? そっちで思い出しちゃったのか!?」

 

「キリトさんって、もしかしてそんな趣味が……?」

 

「違う! 当時俺は中一だから中二なんかじゃない!」

 

「冗談です。確かにその光景は今も手に取るように思い浮かびますが、それとは別に彼と一度だけ話してるんです。カオリにも話したでしょう。読みたい本が被ってしまい、必死に譲ろうとしてきた女顔の後輩ですよ」

 

「あぁ! その話思い出した! あれだよね、ちょうどノイントが学園最強って騒がれだした頃の」

 

「ええ。……それで、何か用ですか? 今の私は気分がいいので、片手間程度になら頼み事も聞いてあげますよ、後輩」

 

私の言葉に、キリトは必死に顔を横に振った。

 

「違う違う、違うんだ。礼を言いたかっただけなんだ。

ありがとうございました、先輩。俺、実はベータテスターなんです」

 

「そうですか。ではこれにて。私はベータテスターを助けた覚えはありませんよ。……あ、ディアベルを助けていましたか。あれは単に、ベータテスターへのヘイトを有耶無耶にしただけですよ。ベータテスターは貴重ではありませんが重要な戦力ですから。

それでも私に恩を感じると言うのでしたら、せいぜい攻略に尽力してください」

 

私は二層へと続く門を開け、振り返らずに先へ進む。

 

「あぁ、そうだ、パーティは解散しておいてください。私とカオリはこれから単独行動が続くので」

 

この日、私たち四人のパーティは解散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

一気に時計の針を進め、一思いにカレンダーを捲り、サービス開始から一年と数ヶ月が経過したころ、私は遂に、ついについについに! 成し遂げたのです!

 

白を基調としたドレス甲冑のようなもの。ノースリーブの膝下まであるワンピースのドレスに、腕、足、頭に金属製の防具を身に付け、腰から両サイドに金属プレートを吊るした、前世の私の戦闘服。そして、銀色に輝く全長二メートル近くの大剣。

 

「フッ、フフッ、やりました! 一年四ヶ月、正真正銘三百六十度ノイントちゃんの完成と言っていいでしょう!! 惜しむらくは顔が再現出来ていませんが、しかし! 人間の顔なんて誤差なのです! 銀髪ワンピドレス甲冑で大剣持っていればそれはノイントちゃん! 間違いありません!!!」

 

……………………

 

反応する声がないどころか、その場には人間は一人しかいない。

「なぜ! なぜこの喜びを分かち合う相手がこの場に一人とて居ないのですか!」

 

それは、人目につかない中途半端な層の村か街か曖昧な町のはずれのホームに住んでいるからである。

 

「寂しい! 誰ですかこんなクソ田舎に住むとか考えたアホは!」

 

ノイントである。

 

そして住所は姉であるカオリすらも知らない。

 

「カオリ! アスナ! キリト! あなたたちは今どこに!」

 

キリトとアスナは最前線。カオリは下層で屋台。

 

「仕方がありません。これはきっと雑魚を相手に無双してこいという主のお導きに間違いなく違いありません! ビバ! 新たなる出会い!」

 

ビバは多分もう死語である。

 

 

 

 

 

 

35層の森。

「今日のラッキーナンバーは35!」と無我夢中に叫びながら走り回ったノイントは正気に戻ったら森の中にいた。

 

「……何処でしょう、ここ。これは迷子なんかじゃありませんよ! 遭難です! だからお姉ちゃんに言わないで! ……って、今は一人なんでした。」

 

あの私がここまで狂うとは、やはり感情は恐ろしいです。そして寂しい。

 

「都合よくプレイヤーに会えれば「ピナー!!」

 

都合よく、女の子の泣き声が私の耳に届く。

 

「試し斬りィィ!!」

 

大剣とは別に、両端が石突になっている槍(というか棍)、で飛び上がり、声の元へと切りかかる。

 

声の主の少女はゴリラ型モンスター三体に襲われていた。

 

「ひー! ふー! みー!」

 

「先輩!?」

 

槍で飛び跳ね、大剣で三体をまとめて切り払ったノイントは、偶然声を聞いて駆けつけてきた黒の剣士、キリトに切りかかる。

 

「よー!」

「まてまてまてまて! 俺だ!――ピッ!?」

 

キリトの顔面の真横に大剣が突き刺さり、ノイントは停止した。

 

「……どこに行っていた、後輩」

 

「それはこっちのセリフだ。前線からもいつの間にか居なくなってるし」

 

「あの……」

 

「まぁ、そんなことどうでもいいんです。見てくださいよこの装備! 可愛いでしょう! カッコイイでしょう! 完璧な再現度でしょう!!褒めてください! 称えてください! この喜びを分かちあってください!」

 

「あんたそんなキャラだったか!? カオリはどうしたんだよ!」

 

「カオリは、もうここには……」

 

「なんだと?」

 

「あのー、」

 

「冗談です。正直言うと一年ほど別行動中なので全く会っていません。メッセージでのやり取りだけで……す……、はっ、その手がありました」

 

「なんのことだ?」

 

「あの! 助けてくれてありがとうございました!」

 

「「っ!!」」

 

少女は立ち上がり、割り込むように礼を言う。

 

「……お気になさらず。 ……その羽根、もしかして竜騎士(ドラグナイツ)シリカですか?」

 

少女、シリカの手には青い羽根が握られていた。

 

「なに!? この子が竜騎士(ドラグナイツ)!?」

 

「あの、その竜騎士(ドラグナイツ)は知らないですけど、私はシリカです。これは、ピナの……」

 

テイムしたモンスターは、確か蘇生が可能なはずです。

 

「後輩、蘇生アイテムの入手は私たちでも可能ですか?」

 

「確か、四十七層の南にある思い出の丘っていうフィールドダンジョンでその蘇生アイテムが入手出来る……らしい。情報は確かなんだが、俺もこの目で見たわけじゃないんだ」

 

「47層……、大丈夫です。私、ピナのためならいくらでも頑張りますから」

 

テイムモンスターの蘇生、あまり興味がなかったので記憶が曖昧ですが、確か時間制限があったはずです。早い方がいいでしょうし、ついでに道案内もお願いしましょう。

 

竜騎士(ドラグナイツ)シリカ、交換条件といきましょう。私はいま遭難しています。アイテム入手を手伝いますから、私を街まで案内してください」

 

私が差し出す手を、シリカは申し訳なさそうにとった。

 

「ありがとうございます。でも、いいんですか? 私なんかにかまけて、攻略とかは」

 

「私は攻略組から離脱しましたので。そこの後輩は知りませんが、私はこの装備が作れた時点で暇なんです。

あぁ、申し遅れました。私はノイントといいます」

 

「私はシリカです! その、よろしくお願いします。ノイントさん、コウハイさん」

 

「……俺はキリトだ。この学園最強の後輩なだけで後輩は名前じゃないんだ」

 

「ごっ、ごごごめんなさい! 失礼しました!」

 

「いやいやいやっ、気にしなくていいって」

 

「後輩、SAOで二度とその名で呼ばないでください。さもなくば漆黒の剣士(ダークセイバー)キリトの名を流行らせますよ」

 

「……悪かったよ」

 

「もしかして竜騎士(ドラグナイツ)シリカもノイントさんが広めたんですか!?」

 

「コツは本人にだけは知られないようにすることですよ」

 

「でしょうね! 私初耳ですもん!」

 

「なぁ先輩、まさかとは思うが、閃光(セイント)アスナとか最終要塞(ラスボス)ヒースクリフとか棘頭(イガグリ)キバオウとかもあんたの仕業か?」

 

「はい。攻略組を抜けるときに置き土産として」

 

「私攻略組じゃないんですけど!」

 

「攻略組でなくとも、目立つ方には差し上げております。有名どころだと猟理人(クッキングママ)カオリとか鍛冶神(ヘファイストス)リズベット。代金は一切取っておりません。サービスです」

 

「あんたそのうち刺されるぞ!?」

 

「私を刺したところでその名は消えませんよ。死ぬまで背負ってください」

 

「下手な窃盗よりもタチが悪いです! ……この人に頼って大丈夫でしょうか」

 

「実力は問題ないと思うけど……ちなみに先輩、いまレベル幾つだ?」

 

「二ヶ月前、お正月辺りでカンストしましたよ。この装備のために裁縫スキル、鍛治スキル、採掘スキルなどなど、スキルスロットが大量に必要だったので」

 

「嘘だろおい……」

 

「攻略組ってすごいんですね!」

 

シリカがキラキラとした目をキリトに向ける。

 

「いやシリカ、先輩が異常なだけだ」

 

「ほぇー。ノイントさんって何者なんですか?」

 

「さて、なんなんでしょうね。わかりやすいところなら、ギルド《反逆者》の元リーダー、といったところでしょうか」

 

「反逆者、聞いたことないギルドです。キリトさん、知ってますか?」

キリトは険しい顔で答える。

 

「……ああ、知ってるさ。古参の攻略組の中では有名な話だ。ある意味殺人ギルド《ラフィンコフィン》以上の接触禁止(アンタッチャブル)、通称()B()A()N()()()()。メンバー全員垢BANで生死不明って聞いてたが、まさか先輩もそこにいたなんてな」

 

「そんな極悪集団みたいに言わないでください。どれだけ愚かでも、私の大切な友人達なんですから」

 

そう。彼らはちょっとばかし遊びすぎて運営に目をつけられただけなんです。

 

採掘スキルでダンジョンを破壊したりとか、

跳躍系ソードスキルを連発して上層に登ろうとしたりとか、

モンスタードロップのアイテムを全て実体化させながらのレベリングでサーバーに負荷をかけたりとか、そう、ちょっとばかし好奇心旺盛で行動力モンスターなだけなんですっ!

 

 

 





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姉妹転生 006

ちょっとした過去語り的な?

気軽に感想を書いてくださると嬉しいです。

では。


 

シリカの案内で35層の主街区に辿り着けたノイント達は、夕食を終えた後、宿に泊まることになった。もちろん、シリカとノイントの二人部屋と、キリトの一人部屋に別れて。

 

「……眠れませんか?」

 

「……はい」

 

シリカは枕を抱いて横になっているが、眠れそうになかった。

 

「明日は早くに宿を出るので早めに睡眠に入って欲しいのですが」

 

「ごめんなさい。なんか身体を休めたら、ピナのこと思い出しちゃって」

 

「まぁ、ギルドを解散したときは私もそうでしたから、気持ちは分かりますが。まったく、感情とは厄介なものですよ」

 

「ごめんなさいっ。その――」

 

「構いませんよ。まだ死んだのが確定しているわけではありませんし、全員が垢BANされたわけではありませんので」

 

「え? キリトさんは全員が垢BANされたって言ってませんでしたっけ」

 

「そんなことありませんよ。現に私は違います。有名どころだと、情報屋、鼠のアルゴも反逆者の一員でしたし」

 

「へ、へー」

 

ポカンとした表情を浮かべるシリカ。

 

「良かったら、他のメンバーの話でも聞きますか?」

 

「えと、じゃあお願いします」

 

「そうですねぇ、では、《反逆者》を結成するに至るまででも話しましょうか。寝物語になると幸いですが」

 

 

 

 

あれはまだ攻略組で戦っていた頃のことです。

 

彼と出会ったのは新月の夜でした。

 

 

「クソが! クソが! クッソがぁ!!」

 

 

彼の名はカイン。元々は攻略組のあるギルドに属していたのですが、レベルノルマについていけず、夜中の圏外に追い出されたそうです。汚い言葉を叫びながらモンスターと戦っていた彼はさながら狂戦士でした。

 

 

「なァにがレベルだ! ふざけんじゃねぇよ雑魚どもが! オレはテメェらより強え! それで十分だろうが! ああ!!ああ!!! ああ!!!!」

 

 

私はあのとき、さながら習慣になっていた深夜でのレベリングをしていました。そこにカインがやってきて、私のレベリングの障害になったので私から声をかけたんです。

 

 

「まるで狂戦士ですね。それでいて効率的。ただ、別の場所に移って貰えますか。ここは私の縄張りです」

 

「アァン!!? ……ちっ、テメェか、たしか――」

 

「ノイントです。そういうあなたはカインですね。舞突錐(ダンシングランサー)カイン」

 

「オレァ今機嫌が悪ぃンだ。死にたくなきゃ退()け」

 

「あなたに私は殺せませんよ」

 

「うっせぇ!! テメェもオレはレベルが低いだの武器がしょぼいだの言う気かゴラぁ!」

 

「レベルはともかく武器は私も人のことは言えませんよ。店売りの量産品ですから」

 

「だからどうした! 強ぇ奴らが気に入らねぇ! 弱い奴らも気に入らねぇ! 何もかもが気に入らねぇ! いいから黙ってどっか行きやがれ!!」

 

 

何もかもが気に入らない。今思うと、私は彼の言葉に何かを感じたのでしょうね。

 

 

「いいですね、あなた。よろしければ私と組みませんか?」

 

「はぁあ!? 意味わかんねぇよ! どういう意味だオイ!」

 

「端的に言えば、気に入りました。今のギルドをやめて、私と組みなさい」

 

「……何が目的だ」

 

「このゲームに逆らいましょう。ここのルールに逆らいましょう。茅場晶彦に逆らいましょう。何もかもに逆らい、全力でこのゲーム(人生)を楽しみませんか?」

 

 

私の主な目的はゲームのクリアではなく、(ノイント)の再現でした。ええ、ノイントにはモデルがあるんです。そのために、正攻法の攻略組を辞める口実が欲しかったんですよ。

 

 

第百層攻略以外の方法で、何時でもログアウトできる方法(バグ)を探すという、口実。

 

 

「ハッ! ハハッ! ハハハッ!! オーキードーキー、いいぜ、あんたに飼われてやるよ。そっちの方が楽しそうだ」

 

「それはそれは。では行きましょうか。あと何人か同士を見つけて、ギルドを作るんです」

 

「せいぜいオレを上手く使えよ? リーダー」

 

 

 

 

「彼は後、採掘スキルを極めてダンジョンを破壊、アカウントを削除されてしまいます」

 

「そんなことできるんですか!?」

 

「このゲームの製作者は人間ですから。偶然にも破壊不能オブジェクトで構成されていないダンジョンをアルゴが発見し、カイトが破壊しました。天井を階段状に破壊しながら登って、ボスを倒さずに上の階層に行ってしまい、垢BAN」

 

「あははは……」

 

「あれは一応運営側のミスですから、恐らく無事だと思うんですよね。現在自由かはともかく。

夜もおそくなって来ましたね。もう一人だけ話しますから、そしたら寝ましょう」

 

「はぁい」

 

シリカは眠たげな返事を返した。

 

 

 

 

 

プレイヤーネーム、アップル。通称りんごちゃんは、ログイン時点では十歳の女の子でした。

 

シリカならご存知かもしれませんが、一層のはじまりの街の教会で年少の子供たちを保護されています。

 

りんごちゃんは年齢以上に小柄な女の子だったため、強引に保護されたそうなのです。

ただ、りんごちゃんはゲームが大好きな上に活発で、よく抜け出してモンスターと戦ったり、クエストを受けたりして怒られてたそうなんです。子供が危険なことをするなって。

 

 

私とりんごちゃんが出逢うのは、カインと組み、本格的に仲間を探し始めて数日後のことでした。

 

カオリという、まぁ旅する料理人みたいなことをしてる、不覚ながら私の姉であるカオリに、りんごちゃんの噂を聞いたんです。

 

曰く、健気に走り回りながらモンスターを倒す幼女がいると。

曰く、軍を脅かす幼女型モンスターが色々な階層で走り回ってると。

曰く、大人に追いかけられながらモンスターを倒す幼女がいると。

曰く、曰く。曰く曰く曰く、とにかく幼女が走り回ってると。

 

確実に子供受けの悪いカインをカオリに預けて、私ははじまりの街に向かったんです。

 

 

 

「はーなーしーてっ! 離してってばー!」

 

「ダーメーでーす! 街の外は危険なんですよ!」

 

「だいじょーぶだもん! りんごは強いからへーき!」

 

「いーけーまーせーん! アップルちゃんはまだ小さいんだから」

 

「ヤーダー!」

 

 

私が教会の扉を開けると、ポニーテールの女の子を大人の女性プレイヤーが必死に抑えている光景でした。

 

「……何をしているのです?」

 

「うわっ!?」急に扉が開いたからか、はたまた急に声をかけたからか、急に抑えていた腕が解け、私に突撃来てきました。

 

「ととっ。……アップルという女の子に話があって来たのですが、まだいらっしゃいますか?」

 

「あの――」

 

「はいはい! アップルはりんご! あたしなんだよ!」

 

答えようとした女性の声を遮って、アップル、りんごちゃんが元気よく声を上げました。

 

「へぇ、あなたが。 私はノイント、元攻略組のプレイヤーです」

 

「アップルちゃんに、なんの用ですか」

 

「……私はパーティ、いえ、ギルドを組もうと思っています。時間と力と、なにより元気を持て余している最前線に居ないプレイヤーだけで組むギルドです。

そんな時に、ある料理バカからアップルさんの噂を聞きまして。

どうです、アップルさん。私たちと遊びませんか? この残り少ないゲーム(人生)を楽しみましょう」

 

「うんっ! りんご、もっといっぱい遊びたい!」

 

りんごちゃんはすぐに返事を返してくれましたが、それを女性は認めませんでした。

 

「いけませんアップルちゃん!! あなたはここに――」

 

「やだっ! りんごもっと遊びたいもん!」

 

「外は危険なんですよ! ここにいれば安全なんです! 私が守りますから!!」

 

「そんなの一回もお願いしてない! ここはゲームなんでしょ!? 学校の先生みたいなこと言わないでよ!! ()()()死んじゃうんならその()()()まで遊ばせてよ!!」

 

「っ!!」

 

りんごちゃんも、女性も、両者共に泣いていました。

 

数分、無言が続き、ついに折れてくださいました。

 

「……ノイントさん、アップルちゃんに、危険な目にあわせないと約束してください」

 

「無理です。この世界に絶対的安全なんて有り得ませんから。まぁ、それでも不用意に危険な目にあわせようとはしませんよ。私たちの目的は、いつか攻略されるその日までを全力で生きることですから」

 

「お姉さん早く行こっ! 遊びに!」

 

「ええ、はい。……では、アップルさんは私が頂きました。またいつか」

 

 

 

 

その後、カインと合流して、計三人で、後に接触禁止(アンタッチャブル)とまで呼ばれたギルド《反逆者》を結成したんです。

アルゴとは、それから少しあとにちょっと巻き込んでしまって、そのまま成り行きでギルドの一員に。

 

 

 

 

 

「どうです、聞いてみての感想は」

 

「あの、そのアップルちゃんはいまは……」

 

「行方不明です。恐らくはカインと同じ目にあったと思いますが、りんごちゃんの方は現場に誰もいなかったので」

 

「現場に、いなかった?」

 

「ええ。

デスゲームが始まってすぐのこと、アインクラッドから投身自殺するのが流行ったのは知ってますよね?」

 

「はい……。まさかっ!」

 

「いえ、逆ですよ。あそこからアインクラッドの外に出て、外側から登って行ったんです。そこから先はさっぱりですね」

 

「その……、無事、だといいですね」

 

「まったくです。案外、先に外で遊んでいるかもしれませんね」

 




感 想 く だ さ い !


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姉妹転生 007

 

翌朝早朝五時。シリカとキリト、ノイントは転移門へ。四十七層の転移門の広場は朝早いからか、普段はカップルで溢れるここもまだ無人だった。

 

「行きますよ。後輩、シリカ」

 

「は、はい!」

 

「おー。……なぁ、俺いらなくねぇか?」

 

「後輩は先輩に使われるものです。せいぜいか弱い女の子二人のために男を見せてください」

「おいいま聞き間違いじゃなきゃ使われるって言わなかったか? 言ったよな!」

 

「あ、あははは。二人は仲良いんですね。付き合ってるんですか?」

シリカの冗談に、キリトは飛び退いて否定する。

 

「無い無い無い無い無い無い無い! 百億歩譲って仲は良くてもこの人と恋仲とか宝くじで百億円当てるより有り得ない!」

 

「私も付き合いたいとか欠片も思いませんが、流石にそこまで言われると傷つきます。いっそ襲ってみましょうか」

 

「だからあんたは接触禁止(アンタッチャブル)なんだよ!」

 

 

 

 

 

 

迫り来る植物型のモンスター達。本来、特有の粘液やら触手やらを駆使していやらしく襲ってくるのだが、彼らは明らかにノイント達を避けるように、道の両脇で直立不動になる。

 

「ここのモンスターは決して危険ではありませんがやはり、見た目が気色悪いですね。……そのまま触手一本、粘液一滴たりとも触れないでください」

 

ノイントの言葉が通じたのか、頭部をブンブンと上下するモンスター達。

 

「キリトさん、ここのモンスターって、いつもこんななんですか?」

 

「いや、そんなはずないんだが……。先輩、なにやった」

 

「いえ、まぁ、反逆者のときにちょっとやんちゃしすぎまして。今の私に敵対するモンスターはボス級くらいですよ」

 

「マジで攻略組に戻ってくれよ」

 

「嫌ですよ。あぁ、でもまぁ、75層辺りですかね、その辺で復帰しますよ。今はまだ、私が表で動くべきではないんです」

 

「表、ですか?」

 

シリカが首を傾げる。

 

「いえ、そこの後輩は折り紙の表を黒く塗る変質性を持っているってだけの話です」

「何の話だ!?」

 

「……キリトさん、ちょっと、ほんとにちょっとですけど、ちょっときもちわるいです」

 

「やめてくれ! そんな趣味ないから! しかも〈気持ち悪い〉をひらがなで言うな! シリカに言われると俺が変態みたいになる!!」

 

「ほんとは街の男性プレイヤーくらい気持ち悪いです」

「やめろー!! 俺はロリコンじゃない! 違うんだ!」

 

「そんなまっくろくろすけ装備揃えてる時点で変態でしょう。いったい幾つの眼玉をほじくったのです?」

 

「サツキとメイじゃねぇよ! いやあの二人もほじくったりはしてないけども!」

 

「じゃあキリトさん、なんでそんなに真っ黒なんですか?」

「い、いや、それはその……」

 

「シリカ、男の子は何でもかんでも黒に染めたがる時期があるんです。時期が過ぎればピンク色のシャツなんかも着るようになります。けっして触れてはいけませんよ。デリケートな所ですから、触れるならアルコール消毒したゴム手袋を着け、熱消毒したピンセットで丁寧に触れてあげてください」

 

「俺を胎児かなんかだと思ってるのか!?」

 

「私から見れば、あなたなんぞ胎児のようなものです」

 

(いにしえ)より生きる妖怪かあんたは!!」

 

「あの……キリトさんより年下の私は一体……」

 

「シリカは飼い猫のようなものです」

 

「褒められてるのか、貶されてるのか、さっぱり分からないです」

 

「下を見なければ踏んでしまうから、大差ありませんよ」

 

「猫踏んじゃった!? ノイントさん酷いです!」

 

「正しく足元に及ばない、か」

 

「なんでキリトさんは冷静に分析してるんですか!」

 

「そういうお年頃なんです。放っておきなさい」

 

「ノイントさんの目が休日のお父さんを見るお母さんぐらい冷たいです!」

 

 

 

やんややんやと騒ぎつつ、一度も剣を抜くことなく丘に到着した。

 

「ほら、あそこですよ。花が咲くのは」

 

「ありがとうございます!」

 

とったとったと駆けるシリカを、ノイントとキリトが後を追う。

 

「キリトさん! ノイントさん! これですかー?!」

 

シリカの手に根から引っこ抜かれたプネウマの花が握りしめられていた。年相応の可愛らしい笑みで花をブンブン振るっている。

 

「あれってあんな強引に抜くアイテムだったか? もうちょっと丁寧というか、ファンタスティックな……」

 

「まぁ、甦ればそれでいいでしょう。

おめでとうございます、シリカ。嬉しいのは見て分かりますが、蘇生は街に戻ってからですよ」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

もう街に着く。この橋を渡れば。そんな所で、前を歩いていたノイントは後ろを歩く二人を制止した。

 

「ノイントさん?」

 

はぁーと、ため息をついてからノイントは剣を抜いた。

 

「さっさとそこを失せなさい。そうすれば少なくとも今日は、日を浴びられますよ」

 

ノイントがキッと睨むと、十人ほどが顔を出した。そして、最後に赤髪の女性にシリカが驚愕する。

 

「っ! ロ、ロザリアさん!? どうしてここに……」

 

「その様子だと、首尾よくプネウマの花を手に入れられたみたいね。おめでとう。じゃあ、早速花を渡してもらおうかしら」

 

「な、何を――」

 

「シリカ、後輩。嫌なものを見たくなければ、目と耳閉じて下がっていてください」

 

「待ってくれ! こいつらはオレンジギルド、タイタンズハンド。俺がっ――」

 

大剣の腹にキリトの顔が映った。

 

「すっこんでろ、後輩。私が殺ったほうが効率がいい」

 

「……ノイントさん?」

 

「大丈夫ですよ。殺した程度で、私に影響はありませんから」

 

ノイントはシリカの頭を撫でると、敵集に大剣を向ける。

 

「反逆者元リーダー、ノイント。接触禁止(アンタッチャブル)たりうる由縁、刻みつけて差し上げます」

 

「オラァァァッッ‼︎」

「死ねやぁぁッッ‼︎」

 

「のろい」

 

ノイント以外の目には、振るわれた大剣の残像すらも映らなかった。

まず襲いかかってきた二人の首が飛んだと同時にエフェクトを発生させることなく消え去る。

 

「こっ、殺したぞこいつ!」

「この人殺し!」

 

「それはあなた達でしょう? 私は悪くありません」

 

跳躍用の槍を取り出し、瞬きする間もなく全員を消し去った。

 

「ふぅ。これで全員でしょうね。……どうしました?」

 

「先輩、あんた、人を!! 人を殺したんだぞ!!」

 

鬼気迫る表情でノイントの胸ぐらを掴むキリト。

 

「ノイントさん、どうして……」

 

はぁーと、ため息をついてからノイントは語る。

 

「先に言っておきます。一人も死んでいませんよ。

接触禁止(アンタッチャブル)は反逆者メンバーを指す言葉であると同時に、それは私を、私だけを指す言葉でもあるんです」

 

「なんだと」

 

「ユニークスキル、独断権。私の攻撃で死亡したプレイヤーは、HP最大値の5%まで回復させて黒鉄宮の監獄に強制転移されます。おまけに一撃で殺せば私のカーソルもグリーンのまま。私の独断と偏見で断罪(斬殺)を正当化する権利、独断権」

 

「すごい……」

 

「待て! 待ってくれ、そんな」

 

シリカは感激するが、キリトは頭を抱える。

 

「そんな、アンフェアなスキルがこのゲームにあるのか? 発動条件はなんだ? そもそも茅場はなんのためにそんなスキルを……」

 

「全てを語ると私のアカウントも危ういので全てを語ることは出来ませんが、掻い摘んで伝えましょう。

〈独断権〉このスキルは、茅場晶彦を脅迫して創らせたものです。そして私は、この世界のプレイヤーとしての茅場晶彦を知っています」

 

「なに!? 誰だ! まずいるのか!?」

 

「私が語れるのはここまでです。反逆者のメンバーは知っていることですが、これ以上を口にした途端にこの世界から消滅(垢BAN)するでしょうね。反逆者の攻略対象(遊び相手)はアインクラッドではなくカーディナルであり茅場晶彦なんです」

 

 

この後、キリトとは一切の会話もなく別れ、ノイントとシリカは街の宿に戻った。

 

 

 

 

 





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姉妹転生 008

「ノイントさん、私を、最前線に連れて行ってください!」

 

「はぁ」

 

ピナを蘇生させ、二人してはしゃぎ倒した後のこと。腰を九十度直角に曲げ、頭を下げ頼み込むシリカに、すぐにいい返事は返せませんでした。

 

「ロザリアさん達と戦ってるノイントさんを見て、ついて行きたい、強くなりたいって思ったんです」

 

「あのときも言いましたが、あのときというかそのときに言いましたが、私の目的はアインクラッドの攻略では無いんです。そして一番の目的は既に達成してしまっています」

 

「分かっています。聞いてました。覚えてました。でも、こうも言っていたのも覚えてます。75層辺りに復帰するって。その時まででいいんです。その時までに、最前線に立てるくらい強くなってみせます! 弱いだけの、可愛いだけのシリカじゃ嫌なんです!」

 

シリカの横にいるピナも伏せをしていて、子と共に頭を下げる親のよう。

 

「わかりました。いいですよ」

 

「だめ、で…………いいんですか!」

 

「ええ。まぁ、ああは言いましたが、それまでにやることも大してありませんでしたから。アドバイスと用心棒と話し相手程度しか出来ませんがそれでいいのでしたら」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

「いえいえ。

とりあえず昼食にしましょう。今日はカオリにこの階層へ来てもらってますから」

 

「えっと、たしかノイントさんのお姉さんでしたよね?」

 

「残念ながら、そうなんですよね」

 

「残念って、何があったんですか?」

 

「まぁ、産まれる前から続くの因縁ってやつですよ」

 

「それ、とばっちりって言うんじゃ……」

 

 

 

 

 

 

 

カオリは解放されている各階層を日替わり、ランダムに移動しながら屋台をやっている。食材のレア度関係なく安価に豪華な食事が食べられることから、攻略組もこぞってやってくる。

 

 

 

「というわけで来てあげましたよ、カオリ」

 

「はじめまして。私はシリカっていいます」

 

「あー、久しぶりノイントー。元気にしてたー? ……ってなるわけないでしょバカ! ねぇノイント、あなた今までどこにいたの? ここ半年くらいは目撃情報すらなくて心配したんだよ?

あといらっしゃい、シリカちゃん。妹から聞いてるかもだけど、私はノイントの姉のカオリ。よろしくね」

 

「心配なんてしなくていいでしょう。肉体を奪い合った仲じゃないですか。もっと険悪であるべきです。

野兎定食とミックスフルーツパフェを二人分お願いします」

「肉体を奪い合うって、どんな仲なんですか……?」

 

「ふふふっ、ノイントがツンデレなだけだからシリカちゃんは気にしなくていいよ。はい、召し上がれ」

 

バターで味付けされた兎肉のステーキ。

兎肉と芋、野菜がゴロゴロ入ったシチュー。

程よい焦げ目のついたカリカリふわふわのパン。

柑橘系のフルーツを搾ってできたジュース。

様々な階層のフルーツが高々と盛り付けられ、蜂蜜とクリームがたっぷりかけられたパフェ。

 

「わぁー! いただきます!」

 

「S級レアのラグーラビットですか。よく手に入りましたね」

 

「ふふん、投擲スキルが最近カンストしてね。十匹分をどうにか仕入れたんだよ」

 

「へぇ、なるほど。そこそこ美味しいですよ」

 

「当然。ゲームだからカロリー気にしないで食べれるし、シリカちゃんもおかわり遠慮なく言ってね。お代はノイントが払うから」

 

「……まぁ、構いませんが」

 

 

 

カオリとシリカが会話に花を咲かせながらの食事を終え、時刻は一時頃。もう用はないので席を立った。

 

「そろそろ行きますよ、シリカ」

 

「あ、はい! カオリさん、ごちそうさまでした」

 

「ううん、また来て。もちろん、ノイントもね」

 

「……まぁ、たまになら」

 

「あ、そうそう」その場から去ろうとした私に、カオリは思い出したように言った。

 

「懐かしいね、その装備。忌々しいくらい可愛い」

 

「憎悪が隠しきれていませんよ、香織」

 

「ノイント、いい加減敬語やめてよね」

 

 

 

 

 

シリカとノイントは40層の主街区の人気の無い酒場で、必要事項を話す。

 

「シリカの装備、レベルならギリギリ40階層までなら、苦戦はするでしょうけど戦えます。つまりはここです」

 

「はい!」

 

くいっと、わざわざ装備したズレないはずのメガネの位置を直す。

 

「レベリングは絶対に店売りの武器を使ってください。耐久値が勿体ないですから。それと、これは上の階層に登る基準にもなります。そうですね……私は一撃で倒せるって言うのを基準にしてましたが、シリカはダガーなので、……二秒にしましょう。店売りの武器で二秒以内にモンスターを一体倒せるレベルになったら上に上がるということで」

 

「二秒、ですか? 安全マージンはたしか階層+10じゃありませんでした?」

 

「それは大した才能の無く、平々凡々なステータスのプレイヤーの場合です。一点特化のステータスでしたり、特殊なスキル構成、並外れた戦闘センスなんかで簡単にそのマージンは変わってきます。シリカの場合はピナがいるので、幾らか楽になるでしょうね」

 

一点特化はSTRに九割振ってる私が当てはまりますし、特殊なスキル構成は間違いなくカオリですね。あのバカは包丁を武器に使うくせに未だ短剣スキルを取っていないと噂で聞きますし。

 

「へー……、ノイントさん、そんなに色々考えてるんですね」

 

「違いますよ。予め決めておくことで今後考える必要を無くすためです。目安として一日十時間以上はぶっ続けで戦うことになるので、余計なこと考えてると体力が持ちませんから」

 

「十時間!?」

 

「あくまで目安ですよ。ただ、最前線で戦うなら戦闘継続スキルは必要になります。ステータスでは無いので、他のゲームで使える他、現実でも役に立ちますよ。体育の持久走とかシャトルラン、漢字の書取とかにも使えるでしょうね」

 

「な、なるほどです!」

 

「戦闘継続ができるようになったら、次は並列思考の訓練です。強敵と戦うときに、打開策をあらゆる知識、環境、状態から編み出すために、戦いながら考えるための技術です」

 

「なんだか難しそうです……」

 

「戦闘で考えるから難しそうに聞こえるんです。食べながら話すとか、ラジオを聞きながら運転するとかと一緒ですよ」

 

「そう聞くと簡単そうですね!」

 

「ちなみにりんごちゃんは戦闘継続が苦手でしたね。飽きっぽい子だったので」

 

「あららら。

……そういえばノイントさんって、基本呼び捨てなのにその、アップルさんだけはあだ名、それもちゃん付けで呼ぶんですね」

 

「あぁ、まぁ、ちょっとした賭けで負けたんです。りんごちゃんが勝ったらりんごちゃんのことは永久的にりんごちゃん呼び、私が勝ったら私のことはお姉ちゃんではなくノイントと呼ぶ。ってだけの」

 

「すっごい遊んでた反逆者」

 

 

 

 

 

 

時を進め二ヶ月が経過。

シリカとノイントは現段階の最前線、59層の廃村跡でレベリングをしていた。時刻は午後三時、既に戦闘開始から二十時間が経過していた。

 

「や……やりました、のい……しゃ、れべう80ですぅ……きゅー」

 

シリカは瓦礫に腰掛けていたノイントに報告してすぐ、しがみつくようにして倒れてしまった。

 

「まったく、私ってこんなに賭けに弱かったですかね」

 

前日の夕飯中の会話を思い出す。

 

 

 

「ノイントさんって、なんか学校の先生みたいですよね」

 

「やめてください。私の教え子って大概問題児になるので」

 

「才能じゃないですか?」

 

「ほぉう、言うようになりましたね」

 

「でもほんと、向いてると思いますよ?」

 

「そんなことありませんよ。私には道徳とか人道とか倫理とかが致命的に欠如してますから」

 

「十四年間日本でどんな生活を送ったらそんな致命傷負うんですか!?」

 

「蔑称というか、悪名ですけど〈学園最強〉なんて呼ばれてましたからね」

 

「番長だったんですか?」

 

「魔王ですね。どちらかというと。喧嘩を売ったら逃げられずに殺されるって噂が親にまで流れて大変でした」

 

「へ、へー。

ノイントさんって、……もしかしてリアルよりSAOの方が気楽だったりします?」

 

「そりゃもう。相手を殺さないように気を遣う必要がありませんし」

 

「独断権って、ノイントさんには必須スキルだったんですね。……主にレッド、オレンジのプレイヤーのために」

 

「そうですよ? 言いませんでしたっけ。ステータス補正、ダメージ補正は一切ありませんし、本当に相手を死なせないだけのスキルです。それくらいでないと、いくら脅したとはいえ茅場晶彦も創ってはくれなかったでしょうし」

 

「あー。

あ、そうだ、アップルさんとカインさんって、レベルは幾つくらいだったんですか?」

 

「唐突に話を変えましたね。

カインは早くにいなくなりましたから、たしか50くらい、りんごちゃんは80くらいでしたよ」

 

「80……、じゃあ、私、明日中に80まで上がったらノイントさんのこと先生って呼んでいいですか?」

 

「今日やっと60になったところじゃないですか。無茶はしないでくださいよ」

 

「はい!」

 

「あぁ、達成できなかった場合は一日水着でレベリングしてください」

 

「ええっ!? 失敗できなくなりました!!」

「アルゴに売ったりはしませんよ」

 

 

 




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姉妹転生 009

 

 

真竜騎士シリカへと進化したシリカが疲労で倒れたため、元反逆者のギルドホーム、今は私のホームになっている家でベッドに寝かせた。

 

「そういえば、私も寝てないんでした……」

 

私は防具を全て外し、ピナを抱き枕に泥のように眠りました。

 

 

 

 

 

 

 

「ん……んぅ、ほぇ?」

 

え? は、え? あれ?

 

ベッドで目が覚めたかと思ったら、隣に裸でピナを抱きしめるノイントさんが!? 同じベッドで寝てたから……。ノイントさんって女性ですよね!? ま、間違いは起きてない、はず。

ま、まぁ? もし仮にノイントさんが男性で、間違いが起きてたとしても、ゲームですし大丈夫ですよね?

 

「ここは……」

 

寝室なのか、大きいベッドと照明があるだけの、綺麗だけれど宿とは思えない小さな部屋。

それ以上に宿に見えないのは壁にかけられた額縁に入れられた写真。

 

右目から頬にかけて刺青を入れた男性(カイン)と、私より幼い女の子(アップル)が笑いあいながら一つの大きいマンガ肉にかぶりつく写真。

ネズミのヒゲのようなペイントをつけた女性(アルゴ)が、両手にダガーをもった女の子に追いかけられている写真。

刺青の男性と、女の子、ノイントさんの三人が泥まみれになりながら遊んでいる写真。

ノイントさんが女の子を肩車してクリスマスツリーに飾り付けしている写真。

ネズミヒゲの女性と、女の子、ノイントさんの三人がエプロンを着て料理をしている写真

内部をくり抜いて家にした巨大な木の前で四人集まっての記念写真。

 

 

「これ、もしかして反逆者の人達?」

 

「そうですよ」

「ひゃっ!?」

 

「おはようございます。といってももう夜ですけど」

 

「そんなことより早く服を着てください! 色々見えちゃってますから!」

 

「別に人間に見られようと何も思わないのですが」

 

「ノイントさんは人を犬猫と同列に見る人外かなにかですか!? そしてそんなこと言いながらクパッて見せつけないでください! 見てるこっちが恥ずかしいです!」

 

「どこをクパァしているというのですか? ほらほら、言ってみてくださいよ」

 

「そ、それは、お、おまっ、……言えるわけないじゃないですか! ノイントさんの変態!」

 

「頑張ったシリカへのご褒美にと思ったのですが、不評なようで残念です。私のような凹凸の乏しい身体は好みではありませんか?」

 

「私にそんな趣味ありません!」

「そうなのですか? カオリにはこうすると犬みたいにむしゃぶりついて来るんですけど」

 

「姉妹でなんてことしてるんですか!」

 

「あるスタイルを持たぬ芸術家曰く、《何々みたい》って表現は最大級の侮辱らしいですよ」

 

「なんでいまその話をするんですか! なんで自分のそこを舐めさせた人に最大級の侮辱をぶつけたんですか!」

 

「要するに、シリカは私の大人(アダルト)でもなく子供(ロリィ)でもない少女(ガール)の身体には欲情しないと」

 

「そもそも女性に欲情なんてしません! 早く服を着てください! 見苦しいです! 目の毒です!」

 

「毒って、流石に傷つきますよ」

 

「その割には無表情じゃないですか」

 

「あー、シリカのジト目、効くなー」

 

「マッサージみたいに言わないでください!」

 

それからもノイントの淫行やら、シリカのツッコミやらが続き、飽きるまでに一時間ほどを費やした。

 

 

 

翌日の事だった。

 

その日は早くから来客があった。

 

攻略組の戦力の一角。血盟騎士団副団長。閃光。閃光(セイント)アスナ。呼び名数あれど一人、アスナが知らないはずの私のホームに来てしまった。

 

「ノイントさん、今日は話があってきました」

 

「……まぁ、私も用があったと言えばあったので、まだ追い返したりはしませんよ」

 

シリカはまだ寝ている。というか、私もさっきまで寝ていた。

ゲームだというのに、アスナは規則正しい生活を送り続けているのでしょう。朝起きて、夜眠る生活を。不規則な生活を送っている私に合わせろという方が難しいのでしょうね。

 

カオリからもらった茶葉を使ったお茶を出して対面に座る。

 

「話より先に聞いておきたいのですが、どのようにしてウチの場所を?」

 

「情報屋から。思い出話のおまけまで頂いたわ」

 

「そうですか。まぁ、私も別に口止めはしていませんでしたしね。

ではどうぞ、アスナ。あなたの要望はおおよそ予測出来ますが、聞かせてもらいましょう」

 

アスナはお茶に口をつけることなく、背筋を伸ばして言った。

 

「ノイントさん、攻略組に戻ってきて下さい」

 

「イヤです」

 

今はまだ、その時じゃない。

 

「ノイントさんは、現実の私たちの身体がどうなっていると思いますか」

 

「私は現代医学に疎いので素人考えですが、病院か研究所か、はたまた専用の施設か、そこで生命維持されながら生きているのでしょうね」

 

「はい、そうです」

 

アスナは断言した。そして続ける。

 

「でも、それがあと何年も持つと思いますか?」

 

「知りませんよ。知りたくもない。そんなこと考えて楽しいですか?」

 

「話をそらさないでください。私たちには絶対的かつ致命的なタイムリミットがあるんです。それも残り少ない。一人でも多くの、戦力が必要なんです。あなたのような強者に、遊ばせている余裕はありません」

 

「タイムリミットがある、そんなの何処でだって変わりませんよ。生きているんですから、いつかは死ぬのにゲームもリアルも、物語も現実も、ファンタジーもSFも変わりありません」

 

「……少しでも早く、帰りたいとは思わないんですか?」

 

「思いませんよ。ここを、この家をどこだとおもっているんです?

ここは反逆者の巣窟です。人生(ゲーム)を楽しむことを諦めきれなかった、反逆者の巣窟です。攻略を反逆し、常識を反逆し、社会を反逆し、現実を反逆する。

アスナが帰りたいと思うのと同じくらい、この家に居た者たちはこの人生(SAO)を楽しみたかったんです。

そちらの話は以上ですか?」

 

「ええ。話にならないわ。はっきり言って異常よ」

 

「それはそれは。でも、私の話はあなたにとっても好都合な話のはずです」

 

「……なに」

 

「短剣使いで初のモンスターテイマー、レベルは80、名を竜騎士(ドラグナイツ)シリカ。彼女を攻略組に入れてやってください」

 

アスナが返事をするより前に、部屋の扉が開かれた。

 

「おはよーございますぅ、あれ、お客さんですか?」

ノイントが話しているところにちょうど起きてきた、ピナを胸に抱き抱え、寝癖のついたパジャマ姿のシリカが、二人が話していたリビングにやってきた。

 

「おはようございます、シリカ。彼女は血盟騎士団副団長、(セイント)☆アスナさんですよ」

 

「誰が聖人ですか!!」

 

「……えっ、血盟、騎士団? えっ!? どうしてもっと早く教えてくれなかったんですかぁ!!」

 

リビングを飛び出し、バタンッと、勢いよく扉が閉められた。

 

「えっと、その……」

 

「可愛らしいでしょう? 攻略組の華になるはずです」

 

「彼女、戦えるのかしら?」

 

「比較対象としてどうかとは思いますが、腕はヒースクリフ並に仕上げたつもりです」

 

「団長クラス……。分かったわ、今日のところはそれだけでも収穫としては十分です。団長に伝えておきます」

 

アスナは席を立った。

 

「その、朝早くに失礼しました。では」

 

「あぁ、そうだ、アスナ。さっきのタイムリミットの話ですが」

 

「はい?」

 

「タイムリミットが残り少ないという話ですよ。私は医学には詳しくありませんが、何も知らないし何も考えられないという訳ではありません。2017年には既にコールドスリープの実験で成功が収められているそうです」

 

「それが、どうかしたのかしら?」

 

「それからもう七年近くが経過しているんですよ。科学技術の発展の速さは加速度的だそうです。それなら、ナーヴギアではなく人間の身体に何か手を加えて安全にナーヴギアを取り外すくらい訳ないと思うんですよ」

 

「……だから、攻略をやめても問題ないと?」

 

「そこまでは言いませんよ。ただ、残り数ヶ月か数年か、それくらいのことは考えて生きて行く方が人生を楽しめると思いますよ。年長者からの、悲劇を楽しむためのアドバイスです」

 

「……お気遣い、どうも」

 

それから振り向くことなく、アスナは攻略へと戻っていった。

 

 

 

 

「ノイントさんのバカー!!」

 

「申し訳ありません、シリカ」

 

「恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい! もうお嫁さんにも攻略組にも行けないじゃないですか!!」

 

「ああ、その件ですが、了承してもらいましたよ。シリカ、攻略組入り決定です」

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 



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姉妹転生 010

あのあと、シリカはこの家を出た。此処を拠点に活動しても構わないと伝えたが、場所を特定されかねないと断った。お金は使い切れないから別の層にホームを買うらしい。

 

それから数日して、同じ学校に通う後輩キリトからメッセージが届いた。内容から察するに、運命、もしくは物語が加速しているらしい。

 

なんて、戯言遣いぶってみましたが、もしくは人類最悪ぶってみましたが、私には似合いませんね。傑作です。

 

 

 

 

「で、一体なんですか。私はそう暇じゃないんですが」

 

「文面だけでハイテンションなのが分かる様な返信したのは何処のだれだよ」

うぐっ。別に、シリカが居なくて寂しかったとかじゃないです。ないったらないんです。

 

「それはともかくとして、アスナがいるのは聞いていませんよ」

 

呼ばれてホイホイと来てみると、そこにはキリトだけでなくとてつもなく機嫌の悪いアスナがいた。

 

「言わなかったからな。だって言ったら来ないだろ?」

 

「そうですね。なら仕方ありません」

 

「…………」

 

まるで厄介者のような扱いをされたアスナは無言でゆっくりと鞘に手を伸ばした。

 

「と、とりあえずあんたを呼んだ理由はこれなんだ。この剣を鑑定して欲しい。装備作ったって言ってたから、鑑定スキルも取ってるよな?」

キリトは慌てて私に茨のような剣を渡してきた。

 

「なんとも滑稽な剣ですね。素材が憐れです」

 

「そんな感想はいいから、頼む。大事なことなんだ」

「もう少し攻略組は会話を楽しむということを学んだ方がいいと思います。なんなら私がやってあげましょうか? 《ノイント様の偏差値アップ講座》」

 

「いいから!」

 

怒られた。

 

「……製作者、グリムロック。特殊なスキルは特になし。スペックは割り箸以下。で、これが一体なんなんですか。いい加減教えなさい」

 

「あ、ああ。まず――」

 

 

 

後輩が語るには、圏内で殺人事件があったらしい。

何故か圏内で防具を身につけた男性が、この剣に突き刺され、宙ずりになっていて、死亡。デュエルの勝者表示も見つからなかったことから、圏内で殺人が出来るスキルか武器があるのではないかと疑っているらしい。

 

 

 

「で、こんなくだらないことに私を呼び出したんですか」

 

「くだらないって、あなたねぇ!」

「せっかくなので、暇つぶしも兼ねてクイズ方式にしましょう」

 

「…………」

 

アスナの突き刺すような視線が刺さる。私、なにかしましたかね?

 

「先輩、とりあえず緊急性はないんだな?」

 

「有り得ません。これはもう一通り遊び終えたネタですから」

 

「……遊び?」

 

刺さる。

 

「実は死んだのはNPCだった、とか」

 

「なんの意味があるんです? そもそも殺せませんし、誰も悲しまないしで事件にもなりませんよ」

 

後輩の頭が心配になってきた。

 

「うぐっ……」

 

「運営とか、茅場晶彦側の人間の仕業とかは無いかしら」

 

「だとしたらどうしようもありませんね。SAOのジャンルは謎解きミステリーではありませんよ」

 

「ちっ」

 

怖っ! 美人の舌打ちって怖!?

……そういえば今日はご飯食べてないですね。

 

「私はお腹がすいたのでもう行きます。どうしてもわからなかったらアルゴにでも聞いてください。こういう遊びを思いつくのはアルゴの担当でしたから」

 

「待って!」

 

「……まだ何か?」

 

アスナはどうしたのか冷や汗を垂らしている。

 

「あなた、何人殺してるの」

 

「……さぁ。いちいち数えませんよ、そんなこと」

 

「あなた、ノイントさん、それでも、人間なの?」

 

「一応は。私は受精卵の時から人間ですよ。それ以前は知りませんが」

 

きっと、アスナから見て私は冷静すぎたのでしょうね。冷静すぎて、無情すぎて、達観しすぎている。

 

「後輩、何故人を殺してはいけないか、知っていますか?」

「それは、法律で決められてるからとか、同じ人間だからとか……」

 

「答え、人を殺してはいけないからです。人を殺してはいけないから、人を殺しちゃだめなんです。そもそも殺す殺さないという選択肢に逢ってはいけないんです。万引き未遂はただの変なやつですけど、殺人未遂は罪になるんですよ」

 

「でも……、でも、あるだろ。殺さなきゃいけないときとか、殺すしかないときとか」

「ありますね。でも、そんなこと免罪符にはなりえませんよ。だからあなたは今でも気に病んでるのでしょう? ラフコフか、月夜の黒猫団か、それらとも違う私の知らないなにかか。知ったこっちゃありませんが」

 

「あんたに何がわかる」

 

「だから、知ったこっちゃありませんって。

あなたが求めてるのは罰であり許しではない。死者の亡霊でも出てきて、殺されれば満足ですか?」

 

「いや、それは……、そう、なのかもな。いっそ俺を、あんたが斬ってくれよ」

 

「はぁ? なぜ、私がそのような、となりの聖人さんに恨まれそうなことをしなくちゃいけないんですかめんどくさい。ノイントっていうのが私の名前なんですけど、知りませんでした?」

 

「「…………」」

 

無表情で睨まれた。

表情豊かですね人間!

 

 

 

 

 

 

 

「それで、そんな中途半端に突っつくだけ突っついて逃げてきたの?」

 

「黙りなさい、香織」

「ノイントが呼んだんでしょ。わざわざ分かりにくいホームの場所を細かく教えてまで。シリカちゃんが居なくなって寂しくなっちゃった?」

 

「斬りますよ」

 

「いいよ、死なないもん。

で? 結局その事件のトリックってなんなの?」

 

「簡単ですよ。カオリでも思いつきます。死んだのはプレイヤーではなく、プレイヤーの装備していた防具です。言ったでしょう、何故か防具を着ていたと。防具の耐久値が切れると同時に転移結晶で転移するんです」

 

「あ、ああ! たしかに。でもそれ、防具でなくても良くない? 普通の服にも耐久力はあるんだから」

 

「耐久値の問題ですよ。詳しくは知りませんが、事件を起こした彼らの目的は自分が死ぬところを出来るだけ多くの人間に見せる、アピールすること。服では刺してから耐久力が切れるまでの時間が短すぎるんです」

 

「なるほどね。なら、ノイント達はこれでどうやって遊んだの?」

 

「ドッキリです。アルゴが殺人犯役で、私が被害者役。りんごちゃんには何故か通じませんでしたが、カインは思いっきり驚いてくれました。具体的にはアルゴを殺しかけるくらい」

「反逆者って暇なの?」

 

「毎日遊んでたので暇ではありませんでしたね」

 

「このゲームでのそれは暇って言うんだよ」

 

「仕方ないじゃないですか。アルゴ以外攻略に興味が薄かったんですから」

 

「あ、そう、それそれ。ずっと気になってたの。なんでアルゴさんが反逆者にいたの? どちらかというと攻略組側じゃない?」

 

「情報源ですよ。反逆者は攻略組じゃ知ることの無いクエストやダンジョンをよく発見していたので、情報屋としては関わらざるを得なかったんです。というか売りつけてました」

 

「ふぅーん?」

 

「なんですか、その意味ありげな返事は」

 

「意味を込めたからね。きっとノイントのギルドなんだから、安く売ったりしたんじゃない?」

 

「よく分かりましたね」

「だって、ノイント優しいもん」

 

「そんなことありませんよ」

 

「あるって、絶対。断罪権だって、無闇に殺したくないから使ってるんでしょ? カインさんは分かんないけど、りんごちゃんを連れていったのだって優しさだよ」

 

「……気に入らないんですよ。そうも私を信じるあなたも。それに何処か喜ぶなかったはずの感情も。あなたに押し付けられた私の優しさも」

 

「それは、恨まれがいがあったね」

 

「恨みなんてありませんよ。私が恨むのは星神ステラただ一人」

 

「うん、まぁ、それは、そうだよね、うん」

 

「煮え切らない返事ですね」

 

「んー。ノイントはさ、希依ちゃん、喜多希依ちゃんのこと覚えてる?」

 

「大凡は聞いていますよ。星神ステラの同一体にして規格内。規格ギリギリの規格内」

 

「最後のは知らないけど、うん、そう。私、思うんだよね。希依ちゃんがハジメ君が奈落の底から出てくるのを確信してたみたいに、その星神ステラ? も、私とノイントがそれなりに仲良くなるのを、確信してたんじゃないかなって」

「それはないでしょう。その両者は同一体というだけで思考が同じという訳ではありませんし、何よりあの時入れ替わったのはただの偶然です」

 

「そうかもしれないけど、そうかな? ノイントは私たち以外に頭をぶつけて中身が入れ替わったのを見たことあるの?」

 

「魂魄魔法なんてものがありましたからね、そういった事例があるかもしれません」

 

「あー、そっか。そういえば魔法がある世界だったもんね」

 

「今や懐かしいですね。あまり覚えてませんけど」

 

「私は覚えてるよ。ハジメ君のことも、ユエも、シアさんにティオさんも、ミュウちゃんも。そして、雫ちゃんも」

 

「いつか聞きましたね。親友だったとか」

 

「うん、そう。ノイントは居ないの? 親友」

 

「いませんね。強いて言うならアルゴでしょうけど、あれはどちらかというと悪友の方が正しいでしょうし。りんごちゃんは、妹の方が近いですね」

 

「カインさんは?」

「あれ、前に言いませんでしたっけ。カインは私の、所謂彼氏、恋人ですよ」

 

「はぁあ?」

「なんですか、その出来の悪い妹にキレる姉みたいな声は」

 

「正しくその通りだよ! えっ!? あのイレズミマンが!? ノイントの彼氏!? 舎弟とかじゃなくて!?」

 

「イレズミマンて。いや、間違いではありませんけど。あれです、優等生が不良生徒に恋する、みたいな」

 

「優等生? ノイントが?」

 

「間違いないでしょう?」

 

「うん、そうだね。ノイントが優等生でないってところに目を瞑ればその通りだよ。さすが優等生」

 

「そもそも、男の趣味については香織も似たようなものでしょう。野蛮な男に変わりありません」

 

「ハジメ君は違うもん。優しいもんね」

 

「カインだって身内には優しかったですよ。見た目は確かにあれですが、程よい気遣いができる人です」

 

「ふんっ、所詮はゲームの中の恋人でしょ」

「はっ、この世に居ない男を語られましても」

 

「ハジメ君は魔王と書いてハジメ君だよ」

「カインは番犬と書いてカインです」

「……犬じゃん」

 

「犬です」

「犬なの?」

「形あるものをなきものにし、息の根を噛みちぎる、可愛らしいチワワです」

 

「チワワを凶悪の権化みたいに言わないで」

 

「ちくわが好物のチワワです」

「上手くないから。ちくわは美味しいけど」

「ちくわにするのが得意なチワワです」

 

「怖いから。ただただ怖いから。練って棒に付けて焼かないで」

 

「……話してたらカインに会いたくなりました。カオリ、今からリハビリに付き合いなさい。全盛期レベルまで鍛え直しますよ」

 

「え、ご飯は? 今作ってるところなのに」

 

「食事の暇なんぞ無いと思ってください」

 

「日を跨ぐ気!?」

 

「年を跨ぐ前に終わらせますよ」

 

「鬼! 悪魔! ノイント!」

 

「鬼畜を名乗らせないでください。私は神の使徒です」

 

「ノイントのノイントー! 絶対ノイントる」

 

「私の名前を動詞にしないでください。カオリますよ」

 

「え、臭う? ニンニクは使ってないはずだけど」

 

「なんか負けた気がします。次は斬る」

 

「なんか理不尽だー!」

 

 



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姉妹転生 011

 

お昼というには早い時間。来客があった。

 

「あの、困ったらとりあえずウチに来るのなんなんですか。特にアスナ」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「仕方ないだろ、いつでも暇そうなやつなんてあんたしか思いつかないんだから。エギルとカオリとリズを見習え」

 

 

殺人詐欺事件(私名称)から半年が経って十一月に入ったその日、かつての反省からお昼前頃にアスナとキリトが我が家を尋ねてきた。見知らぬ、りんごちゃんより更に小柄な女の子を連れて。

 

 

「リズベットの時といい、クラディールの時といい、あなたは私を頼るよりさっさと動いた方が手っ取り早いというのを学習しなかったのですか?」

 

「ノイントさん、もしかして私のこと嫌い?」

 

「まさか嫌われてないとでも? シリカを連れて勧誘に来た時は本気で垢BANに追い込もうかと思いました」

 

「せめて普通に殺してください」

 

普段のノイントとの会話とはかけ離れたアスナの言葉使いにキリトまでもが顔を引きつらせた。

 

 

 

「で? その子は一体なんなんですか? バグ? AI? イベント?」

 

ユイと紹介されたその少女は、どこか私を恐れていてキリトの後ろから覗いている。

 

「それを今から調査するんだ。手伝ってくれ」

 

「もしや、私を頼めばやってくれる都合のいい女だと思っていませんか?」

 

「そうだとしたら攻略組にいるでしょう?」

 

「もしや、私を頼めば殺ってくれる都合のいい女だと思っていませんか?」

 

「殺し屋だとは思ってねぇよ!」

 

「もしや、私を頼めばヤッてくれる都合のいい女だと思っていませんか?」

 

「キリトくん? 確かに仲のいい女の子が多いと思ってたけど……」

 

「ちっがーう! 俺にそんな仲の奴はいない! 俺はアスナ一筋だ!」

 

「へー。ふーん?」

「ア、アスナ?」

 

「とりあえずお昼にしましょう。手伝うかはともかく、お昼くらいは用意しますよ」

 

 

 

 

 

 

 

「はじまりの街の、子供たちを保護してるっていう教会に俺たちを紹介してほしい」

 

「よりにもよってそこですか」

 

「鼠じゃない情報屋にあんたに紹介してもらえと言われてな」

 

「お願いノイントさん、そこにユイちゃんのことを知っている人がいるかもしれないの」

 

「…………おねーさん?」

 

なぜか、私はユイが気になった。気になったというか、きにかかったというか。

 

「……いいですよ。ただ、一つ約束してください。私に何が起きても、決して妨げないと」

 

二人は頷き、ユイは不思議そうに見つめてきた。

 

 

 

 

 

 

はじまりの街は現在、軍の管理下に置かれている。軍の主な目的は、治安維持。ただ、それは建前で、実際は独裁国家を作り一部の人間だけで甘い汁を啜ろうというもの。税金回収という名の人間審査と金銭強奪。そこで払えなかった男は軍の下モンスターを倒す素材源。女は言わずもがな、制約と禁欲が多い軍の末端に送られる。

 

そんな街だから、入れば当然こういうことになる。

 

「ちょっと待てやお兄さん達。この街にいるってこたぁ軍の保護下にいるってことだ。感謝しながら所持金の八割、最低二十万払っていきな」

 

軍の下っ端であろう男たちが、私とアスナに鼻の下を伸ばしながら囲った。右手は腰にかけられた剣を握っていて、言わばこれはカツアゲだ。

 

「ったく、……いってぇ!?」

 

律儀に払おうとする後輩の脛を蹴りつつ、私は大剣を抜く。

 

「後輩、アスナ、手は出さないでくださいね」

 

「ちょ、ちょっと待ってノイントさん! ここは圏内よ!?」

 

「前にも言ったでしょう、私の名はノイントです」

 

大剣を横薙ぎに一振り。本来入らないはずのダメージが入り、男たちの首が舞う。HPゲージは黒く染まり、その場に何も残さず消えていった。

 

「断罪権はプレイヤーではなく運営向きのスキルです。日本で警官だけが拳銃を持てるように、私は私という正義の名の元に圏内でも悪を裁ける」

 

「……死んで、ないんだよな?」

 

「ええ。黒鉄宮の牢獄に転移しています」

 

「その仕様聞いてないんだが?」

 

「言ったら誤解を産みまくりますからね。軍の上層部には私という殺人鬼の情報が知れ渡っているのでここでは気にしませんが」

 

「あんた何してんだよ」

 

「カインと私で大暴れしたんですよ。舞突錐カインと銀翼ノイント、いやはや懐かしいです。……まさか攻略組から離脱するとは思いませんでしたが」

 

「待ちなさいノイントさん、まさか軍の攻略組離脱はあなたの仕業だったの?」

 

「全てがとは言いませんが、一端を担ってはいるでしょうね。他の原因として、質より量、足並み揃えて行進ワン・ツーというMMORPGではありえない、正しく軍隊な方針をとっていましたから、どうせ途中で頓挫してましたよ」

 

「あー、まぁ、防具を全員同じにして結束力を高めるとかなんとか言ってたな」

 

「確かに血盟騎士団の装備も似たような理由だけれど……」

 

「反逆者は皆それぞれで見た目重視でしたよ。ステータスよりもプレイヤースキルを優先してましたから。モチベーションの維持、向上を狙った戦略です」

 

「なるほど、そういうやり方もVRならありなのか……」

 

「なんか女の子として負けた気分だわ。それもノイントさんに」

 

「私ってそんなにお洒落のイメージないですかね。これでもキャラメイクにはこだわる方ですよ。裁縫スキルなんかも取ってるんですから。

……さぁ、着きましたよ」

 

「ここが、教会か」

 

「ユイちゃん、なんかわかる?」

 

「うぅん、なんにも」

 

 

 

当然のことながらインターホンが無いのでドアをノックすると、覗くように少しだけ開けられた。

 

「どうも、お久しぶりです」

 

顔を覗かせたのは、いつかりんごちゃんを必死に止めていたあの名を知らぬ女性だった。

 

「あなたは!! 二度と来ないでって言ったのを忘れましたか! アップルちゃんを殺したあなたにここに来る資格はありません!」

 

子供たちに向けていた優しげな表情からは想像できないような目で睨まれる。

 

「言ったはずですよ。りんごちゃんは死んでいません。アカウントが削除されただけで。それに、りんごちゃんが思いついてりんごちゃんが計画してりんごちゃんが実行したんですから、りんごちゃんの責任です。それを私のせいにされても困ります」

 

「アップルちゃんはまだ子供だったんですよ!」

 

「世間一般から見れば私もまだ子供です」

「そんなことを言っているのではなく!」

 

「ええ、そんなことを話に来たのではありません。とりあえず中に入れてくれませんか。話が進まないので」

「また子供たちを殺す気ですか!」

 

「あなたの子供ではないでしょうに……。

仕方がありません。アスナ、ここまで連れてきたのですから、後は自分たちでなんとかしてください。こうなるから嫌だったんですよ。努力を諦めさせる人間と、努力を踏みにじる人間しか居ないこの階層は嫌いです」

 

「あ、先輩っ」

 

「ノイントさん……」

 

嫌いです。嫌いです。大っ嫌いです。

 

「あぁ、そうそう。私の情報を売ったその鼠じゃない情報屋のことですが、二度と会えないと思ってください」

 

 

 

 

 

 

 

教会から立ち去った私は、酒場にいた。

 

「カウンセリング用人工知能、やはりAIでしたか」

 

とある者から送られた文書には、ユイと名付けられた少女に関する仕様、性能、考察がまとめられている。

 

以下内容。

 

メンタルヘルスカウンセリングプログラム試作1号、コードネーム、yui。

 

元々はプレイヤーの精神的ケアの為に創ったもの。

 

記憶(記録・データ)の一部を失っていたのはSAO正式サービス開始時カーディナルから権限を制限され、次第にバグを蓄積させていった結果だと思われる。

 

22層に現れた原因は不明。考察の余地はあるが必要性の少なさから省略する。

 

君が違和感を感じたほどの彼女の人間らしさは《不気味の谷》と呼ばれるものに近いもので、簡潔に言えばAIが文字通り必死に人間らしくあろうと人間観察した結果、中途半端に成功したものである。決して不具合ではない。

 

結論。ある意味君の考えた通り、彼女はこのゲームのバグであり、イベントであり、AIだ。決して人間では無いが、偶然とはいえこのゲームによって産まれた、私の娘のようなもの。君がプレイヤーと同じように接してあげてくれることを、私は期待している。

 

情報提供感謝する。

 

ヒースクリフ/茅場晶彦

 

 

 

「……そんなこと、私に期待されましてもね」

 

茅場晶彦の考察が真実であるならば、ユイ、彼女は私と少しだけ似ている。生まれる段階で、彼女には感情が不足していて、私には感情が過剰供給されている。そのどちらも、精神的に幼く、ある意味人間に達していないと言える。つまりは子供なのだ。

 

だからなんだと言われたら、なんでもないのだけれど。

 

私はアルゴに例の情報屋の情報を探させる。

 

 

 

 

その日、牢獄の人口密度が跳ね上がったそうな。

 

 



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姉妹転生 012

 

 

監獄すしずめ事件からそう経たずして、来たる75層ボス攻略会議が行われた。

 

いつか話した通り、75層に向かおうとドアを開けたところでアスナとシリカが待ち受けていて、私は最前線まで連行された。

 

 

 

ヒースクリフが場を仕切る。

 

「では、今から第75層攻略会議を始める」

 

攻略会議に集まったプレイヤーは静寂に包まれた。クォーターポイントのボスは強いらしい。私を除いた全員そのことをわかっているそうな。

 

「まず最初に、今回のボスに関しては事前情報が何もない。情報を集めるためにパーティーが入ったが、そのパーティーがボス部屋に入った途端扉は閉まった。閉まった扉は何をしても開かなかったそうだ」

 

いわゆる、ボス戦では逃げられないという、他のゲームではよくあるやつです。

 

「……しばらくすると扉は開いたそうだが、中に入ったプレイヤーは誰もいなかった」

 

現状、事前情報がない。初見での一回限りの勝負ということでしょう。

 

「今回は今までにないくらい危険な戦闘になることが予想される。また、チャンスは一度きりだ。最高戦力を持って臨む必要がある。攻略日時は五日後の15時。それまでに装備を整えておいてくれたまえ」

 

攻略会議はすぐに終わった。そもそも、情報がないのだから、会議をするのに議題がない。

 

今日の予定が終わったため、シリカと酒場でお喋りをしてその日を過ごした。

 

 

 

 

 

 

五日後。時間になり、75層の転移門の前に攻略組が集まった。

 

「コリドーオープン」

 

ヒースクリフがボス部屋の前に転移するための転移門を開く。

 

攻略組は転移してボス部屋の前に集まる。

 

「皆準備はいいな。基本的に血盟騎士団がボスの攻撃を防ぐので、ボスの攻撃パターンを見切り、柔軟に反撃してほしい」

 

私は一応新参者の身。隅っこでストレージから何時もの大剣と槍を取り出した。

 

それを見ていたプレイヤーが私に声をかけてきた。

 

「おいおい新入り、目立ちたいからってそんな無茶して死んでも知らねーぞ?」

 

「……問題ありませんよ。わたしの死ぬときが、世界の終わるときです」

 

「はっ、ガキは帰って寝てろっつの」

 

あくまでも心配して声をかけてきた男とは別の男が、威圧的に突き飛ばしてきた。

数歩後ずさった私は、知り合いのいる最前まで前に出ることにした。

 

私が前に来たのを確認したヒースクリフはゆっくりと門を開けた。

 

「戦闘開始」

 

ヒースクリフの声は、どこか楽しげだった。

 

 

 

ボス部屋の中に攻略組がなだれ込んだ。全員が中に入ると扉が閉まった。

数秒の沈黙。しかしボスは現れない。嫌な静けさが攻略組を緊張させる。

 

「上よ!!」

 

突然アスナが叫んだ。全員がアスナの声に反応して上を見る。天井にボスが張り付いていた。

 

ボスの名はスカルリーパー。骨だけの肉体、ムカデの体にカマキリの鎌を持ったような姿をしている。

 

ボスは天井から落ちるように襲いかかってきた。

 

私は槍で地面を突き、空中へ退避する。

 

「全員散開!」

 

アスナが叫ぶが、何人か逃げ遅れた。ボスが二人のプレイヤーに向かって鎌を振り下ろす。二人のプレイヤーはその攻撃を避けきれず飛ばされ、空中で消えた。偶然にも、その二人は私に声をかけてきた二人だった。

 

腰を抜かし逃げ遅れたプレイヤーがいた。ボスはそのプレイヤーに狙いを定めたらしく、右の鎌を振った。

そこを、ヒースクリフがボスの攻撃を盾ではなく剣で止めた。ボスはすかさず左の鎌で逃げ遅れたプレイヤーを狙う。

私は着地と同時にもう一度地面を突き、大剣の腹で攻撃を受け止めた。

 

「正面からの攻撃は私とヒースクリフが全て対処します」

 

「側面から攻撃に備えつつダメージを与えるんだ!」

 

ボスが待ってくれる訳もなく、私とヒースクリフを左右の鎌で同時に振り下ろしてきた。

私はなんともなく受け流すが、盾で受け止めたヒースクリフはHPゲージを少しずつ減らしている。

 

「ノイント君、どうにか片方だけでも破壊出来ないだろうか」

 

「出来ます。二秒待ちなさい」

 

「任せたまえ!」

 

ヒースクリフは回復ポーションを口にくわえながら、剣と盾それぞれで攻撃を抑えている。

 

私は店売りの槍をストレージにしまい、別の槍を出した。

細く長い三角錐の刃を持つ槍。銘を〈舞突錐(ぶつぎり)〉。かつてカインが使っていた錐のように細い槍。

 

「やってくれたまえ!」

 

「ええ。この槍に破壊出来ぬものはありません」

 

大剣で地面を叩きつけ跳躍、鎌の関節部分を突いた。

 

「舞突、錐!!」

 

右側の鎌が根元から破壊された。ボスのHPゲージが一割ほど減る大ダメージ。

 

「流石だ」

 

「そう思うのなら、次のゲームは私達にも一枚噛ませなさい」

 

「まだ噛み足りないのかね?」

 

「足りませんね! ほら、鎌は両方破壊しました。あなたも攻撃に参加してきなさい。私は再生後に備えます」

 

「……分かった」

 

 

 

 

 

戦いが始まってから、どれくらい時間がたっただろうか。ついにスカルリーパーはその姿をポリゴンに変えた。その瞬間周囲のプレイヤーは歓喜の声を上げることなくその場に崩れ落ちた。

 

「ふぅ、案外大したことありませんね」

 

私はキリトとアスナ、シリカの姿を探す。三人とも無事なようだ。

 

私以外に、一人だけ立っているプレイヤーがいた。ヒースクリフ。彼は剣を両手で地面にさし、その場に立っていた。

 

突如、一人のプレイヤーがヒースクリフに斬りかかった。斬りかかったプレイヤーはキリト。

 

二本の剣がヒースクリフのHPゲージを減らしていく。

 

「っ!! させません!」

 

キリトの攻撃で削りきるよりも早く、私は大剣でヒースクリフの首を切り飛ばした。

 

HPゲージは尽き、ヒースクリフはその場から消滅した。

 

その場にいたプレイヤーは全員二人を見ていた。

 

「キリト、くん?」

 

「……ノイントさん?」

 

静まり返ったその空間に、アスナとシリカの声はよく響いた。

 

誰が口を開くよりも先に、消えたはずの男の声が現れた。

 

世界観に似合わない白衣姿の男、茅場晶彦だった。

 

「惜しかったね、キリト君。ただ、それでもなぜ気づいたのか、参考までに教えてもらえるかな」

 

「……直感と消去法だよ。あんたと先輩、二人はあからさまに強すぎた。茅場晶彦は男なんだから、女の先輩はありえない。まさかグルだったとは思わなかったけどな」

 

「はっ、ははは! まさかそれだけの情報で私を殺しにくるとはね」

 

茅場晶彦は楽しげに語る。

 

「ヒースクリフの正体を見抜いたのは君で二人目だ。だが言った通り、惜しいが、間違いではないが、このゲームの攻略なら君は間違えた」

 

「……どういうことだ」

 

「このゲームのラスボスは途中で変わったということさ。察しているだろうが、もしくは知っていただろうが、見抜いた一人目はノイント君だ。彼女には断罪権というユニークスキルを与える代わりに、私の戦闘の師とラスボスという二つの仕事を引き受けてもらった」

 

「と、いうことです」

 

「まさか、攻略にいままで参加してこなかったのもそのためなの……?」

 

アスナはキッと睨む。

 

「そうですね……、そういうことにしておいて下さい。他の理由は語るまでもないでしょう?」

 

「本来の予定ではノイント君には100層のボスとして君臨してもらう予定だった。

さぁ、ノイント君。私は既に監獄で囚われの身だ。君のしたいようにしたまえ」

 

要するに、仕事の丸投げだった。

 

「……分かりました。後輩、ヒースクリフの正体を見抜いた報酬として、チャンスを差し上げます。この場で1対1で戦うチャンスを。不死属性などという無粋なものはありません。勝てばゲームはクリアされ、私含むプレイヤーはログアウトできる。負ければ断罪権により監獄行き。決して悪くない条件では? このゲームで最も平和的なボス攻略です」

 

「……こんなときでも後輩って呼ぶのやめてくれよ。斬りにくいから」

 

「……茅場晶彦」

 

「ああ。場は私が整えよう」

 

茅場晶彦は左手でウインドウを操作した。すると、私と後輩を除いたプレイヤーはその場に倒れた。麻痺。障害になりうるプレイヤーを麻痺させた。

 

私は舞突錐をしまい、いつもの槍と大剣〈銀翼〉を構える。

 

「後輩、そして他のプレイヤーに一つお願いがあります」

 

「なんだよ」

 

「私が勝とうと負けようと、香織を、カオリを恨まないでやってください。この件に関して彼女は一切無関係ですから」

 

「分かった。みんな! 分かったな!」

 

さぁさぁ、場は整いました。血湧き肉躍る決戦の幕開けです!

 

地獄という地獄を地獄しなさい(ゲームを終わらせなさい)

 虐殺という虐殺を虐殺しなさい(犯罪をいつまでも許すな)

 罪悪という罪悪を罪悪しなさい(殺したことなぞ気にするな)

 絶望という絶望を絶望させなさい(神を諦めさせなさい)

 混沌という混沌を混沌させなさい(このゲームに終焉を)

 屈従という屈従を屈従させなさい(眠りから覚めましょう)

 遠慮はするな私の名はノイントです。

 我々は美しい世界(現実)に誇れ。

 ここは魔王の寝室だ、存分に暴れろ銀翼が許す。」

 

……なんて、偉大なる御方の言葉をお借りしてみましたが滑稽でしょうね。戯言でもなく、傑作でもない。

 

 

 

最初に仕掛けたのはキリト。技量がソードスキルの上を行く私に合わせ、ソードスキルを使わずに斬り掛かる。

二刀流の多段攻撃を前に小回りの利かない私は防戦一方。

 

「あんたは攻略組をなんだと思ってたんだ!」

 

「あなたが望んでいるようなことは思ってませんでしたよ。滑稽だとか、愉快だとか」

 

「それでも人間か!」

 

「殺人鬼、人間失格に倣いまして。元天使、人間寸前といったところでしょうか」

 

「人でなしが!」

 

「だからそう言っているでしょう。 っ!!」

 

打ち合った槍と剣一本が同時に折れた。

 

「なに!?」

 

「武器は消耗品ですよ」

私の大剣がキリトの左腕を切り落とした。大した痛みはないだろうが、それでもバランスが悪くなる。

 

「負けられない!!」

 

「ならば私に勝ちなさい」

 

大剣を横薙ぎに振るう。キリトが対応できない速さで振るわれたそれは、抵抗なく上半身と下半身を切り離した。

 

「ふぅ、――なっ!!」

 

HPゲージが空になり、転移されると思ったところにキリトの一撃が命中した。しっかり急所を捉えたその一撃は、私の脳天を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付くと私は空にいた。

上も下も右も左も前も後ろも空。私は夕日の中の空に一人立っていた。足元にはガラスのような見えない床がある。

 

「ここは……、ああー、なるほど」

 

床の更に下に崩壊していく浮遊城アインクラッドが見えた。ソードアート・オンラインはクリアされたのでしょう。

 

「なかなかいい眺めだろう」

 

背後から声が聞こえた。振り返るまでもなく、茅場晶彦。

 

「ええ。ところで、あの戦いはどういう結末に落ち着いたのですか?」

 

「両者HPゲージゼロ、勝者なしさ」

 

「それはそれは。二年続いたゲームの結末にしては」

「滑稽かい?」

 

「はい。知っていますか? 西尾維新、戯言シリーズ」

 

「寡聞にして知らないな」

 

「すぐにでも読むことをおすすめします。さすれば次はもっといいゲームが出来上がるかもしれませんよ」

 

「……私は、子どもの頃空に浮かぶ鉄の城に憧れていた。そしてその城を、現実世界の法則を超越した世界を作り出すことだけを欲して生きてきた」

 

「へぇ」

 

「……興味、無さそうだね」

 

「何度も聞いた話ですから」

 

「さて、どうだったかな」

 

「そんなことより、どうです? ログアウトする前に、最後をあの城と共に過ごすというのは」

 

「よかろう。付き合うとも」

 

 

 

 

2024年 11月6日 17時30分 ノイント、ログアウト。

 



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姉妹転生 013

 

真っ白い天井に、知ってる顔が二つ。

 

刺青の入った顔に、可愛らしい笑みを浮かべた顔。

 

「……終わりましたよ」

 

「っ!? 彩織!」

 

「お姉ちゃん! 生きてる!?死んでない!?」

 

目覚めてすぐの私を、二人は抱きしめてくれた。

 

「カイン……りんごちゃん……」

 

「おう、カインだ。本名 祈和(いなぎ)歌夢(かのん)、呼び方はいつも通りな」

 

「りんごは樹生(きなり)りんごだよ、覚えてる?」

 

「えぇ、えぇ、覚えてます、覚えてますよ。何時だって、あなた達のことが気がかりでしたから」

 

ナーヴギアを被ったまま上半身を起こし、抱きついてる二人を思いっきり抱き返す。

「うおっ!?」

 

「アハハッ! 痛いよ、お姉ちゃん」

 

「心配掛けたんですから、これくらいさせなさい」

 

「ったく、二年も寝ててなんでこんな強いんだよ……」

「たかが数年寝込んだくらいでへばる筋肉していませんよ」

 

「バケモンかよ。いや、そうだったな」

 

「ねぇ、お姉ちゃん」

 

「なんですか?」

 

「お姉ちゃん、雨の日のわんちゃんみたいな臭いする」

 

「「!?」」

 

私とカインが驚愕した理由は、多分同じ理由。

 

「りんごお前……」

 

「まぁ、二年もお風呂に入れてませんからね。カイン、私の着替えってあります?」

 

「あ、ああ、あるぞ。おまえのおふくろさんが定期的に取り替えに来てるやつ」

 

カインは私に紙袋を手渡した。最低限の下着、上着もある。おまけに財布まで。これは好都合ですね。

 

「とりあえず銭湯か温泉に行きましょう。お風呂に入りたいです」

 

「待て待て待て待て待て。彩織、おまえ状況分かってる?」

 

「無人島から帰還した、みたいなものでしょう?」

 

「とりあえず病院が混乱するからこっから出んな」

 

「りんご、お医者さん呼んでくるー」

 

結局、その日外に出られたのは夜の八時頃だった。

 

 

 

 

ソードアート・オンライン攻略翌日、プレイヤー達に待ち受けていたのはリハビリ地獄。

 

キリトこと桐ヶ谷和人、カオリこと白神詩織は偶然にも同じ病院でリハビリに励んでいた。

 

そしてノイントこと白神彩織はというと……。

 

「やぁやぁ、無様にも這いつくばる様を嘲笑いに来て差し上げましたよ」

 

「ふつーに差し入れだけどな」

 

ノイントは既に退院していて、今日はカインこと祈和歌夢とお見舞いに来ていた。

 

「い、いおりー……たす……けて……」

 

「諦めて走りなさい」

 

「鬼ー、悪魔ー、ノイントー」

 

「詩織、実は余裕あるだろ……」

 

自然に詩織を名前呼びしている和人も息切れしていて倒れそうだった。

 

「おいおい大丈夫か漆黒の剣士(ダークセイバー)、歩けるか漆黒の剣士(ダークセイバー)、立てるか漆黒の剣士(ダークセイバー)かりんとういるか漆黒の剣士(ダークセイバー)

 

「くっそだまれ、てか誰だ……」

 

手すりに捕まって脚をプルプルさせている二人を相手に煽り倒す不良(ガチ)二人。

この煽りは休憩時間が来るまで続いた。

 

 

 

 

「……で、彩織、なんで来たの?」

 

「嫌でしたか?」

 

「そんなことない、嬉しいけど……」

 

「煽られて嬉しいって、お前の姉貴マゾなの?」

 

「そうですよ。元カレが超ドSでしたし」

 

「違うからね!? ハジメくんそんなんじゃないから!」

 

「そうでしたね。流石に脳内彼氏のことまで話すのは確かに卑怯でした」

 

「ちっがーーう!!」

 

「どうどう、分かったから落ち着け。ゼリー食べるか?」

 

「うぅ……、彩織の彼氏さんが優しい……イレズミマンなのに……」

 

「次それ言ったら左顔面だけに育毛剤塗りたくるかんな」

 

「どういう意図があって!?」

 

「……とりあえず病院では静かにしようぜ」

 

「何をいい子ぶってんだよ漆黒の剣士(ダークセイバー)

 

「次それ言ったら右眉毛だけピンクに染めるぞ」

 

「はっ、痛くも痒くもねぇぜ」

 

「カイン、私は右眉毛だけピンクの男が彼氏というのは嫌ですよ」

 

「オーキードーキー、悪かったな話し合おうか黒の剣士」

 

「頼むから普通に呼んでくれ……名前でいいから……」

 

「いや、お前の名前知らねぇし」

 

「……桐ヶ谷和人だ。SAOだとキリト」

 

祈和歌夢(いなぎかのん)だ。リアルでもカインでいいぞ」

 

「女の子の名前みたいで嫌なんだそうです」

 

「オーケイ、よろしくな歌夢(かのん)ちゃん」

 

「はっはっはっ、鼻毛を顎に植毛してやろうか」

 

「なんでさっきから仕返しに顔の体毛をいじろうとしてるのかな?」

 

「詩織、男子というのはいつでもハゲとかヒゲとかではしゃげる珍獣なんですよ」

 

「へー」

 

「「おい待てそこ」」

 

「はいはい白神さん桐ヶ谷さん、そろそろ休憩は終わりですよ」

 

パンパンと手を叩きながらナースが会話を中断させた。

 

「「休まってません!」」

 

「最近の子は元気ねー」

 

ナースに引きづられて行ってしまった。

 

 

 

 

「彩織、ナースって戦闘職だったりするのか?」

 

「それはまぁ、医療現場を戦場と称することもありますから」

 

「ほーん。……もう昼か」

 

「そろそろ帰りましょうか。今日のお昼はハンバーグがいいです」

 

「昨日ステーキ食って吐いただろうが。大人しくお粥とかにしとけ」

 

「肉体が肉を求めてます」

 

「胃が肉を拒んでんだ」

 

「血が足りません」

 

「卵粥作ってやるから」

 

「…………仕方ありません」

 

「んな泣きそうな顔すんなよ。プリン買ってこうぜ」

 

「コーヒーゼリーがいいです」

 

「ガキっぽいんだか大人っぽいんだかはっきりしやがれ」

 

「あなたとの子どもが欲しいです」

 

「聞いてねぇよ。……こんどな」

 

「知ってますよ。それ駄々こねる子どもをあしらう親の台詞ですよね」

 

「よく知ってんじゃねぇか。彩織の夕飯だけプリンかけご飯な」

 

「ごめんなさい私が悪かったですせめてお醤油下さい」

 

 

 

 

 

スーパーに寄り、夕飯の材料とデザートを買って帰宅した私たち二人は、キッチンに並んで昼食を作っていた。

 

カインは現在、私の家に居候している。どうやら、私たちよりも一足先に帰還したら身内全員が儀式殺人ならぬ儀式心中したらしく、家すらもなかったらしい。

そもそもカインの実家、祈和家はとあるカルト宗教と根深い関係にあったらしく、その彼も儀式の副産物として産まれたそう。顔の刺青は産みの親が語るには《但し落書き》という意味があるらしい。

 

「で、どうやって私の家を見つけたんですか」

 

「んー、あれだよ。俺が起きたときにやたら偉そうな奴が来たからついでに彩織とりんごが居る病院を聞いた。なんだっけ、菊岡だか、茎岡だかって名前だったと思う」

 

「あー、そっから先の展開はなんとなく予想出来ます」

 

「多分予想通りだ。ナーヴギアの中の画像データを印刷して、アルバムに綴じて見舞いに行ったら羽織さん(彩織、詩織の母親)に逢って、元プレイヤーだとか、彩織の彼氏だとか色々話して、なんやかんやで居候することになった」

 

「アルバムとは、随分洒落た物を持ってきてくれたみたいですね」

 

「だろ?」

 

「ええ。正直似合いません」

 

「正直に言ってんじゃねぇよ。塩取ってくれ」

 

「どうぞ」

 

「ん。次醤油」

 

「そっちに置いてありますよ。塩私にもください」

 

「あ、わりぃ。ほれ」

 

「あと胡椒ください」

 

「そっちに置いてあるぞ」

 

「いえ、そこのミックスの奴です。透明の、ゴロゴロするやつ」

 

「これ、胡椒だったのか……」

 

「黒胡椒に白胡椒、他に赤、緑、ピンクの胡椒が入ってるんです」

 

「ほーん。あ、そのゴリゴリ回すやつやりたい。入れてもいいか?」

 

「卵粥には合わないと思うのでやめてください」

 

「ちっ。夕飯はコンソメベースのパン粥にしてやるから覚悟しろ」

 

「パンのお粥って食べたことないので楽しみです」

 

「基本的に離乳食だからな」

 

「子ども扱いはやめてください」

 

「離乳食必須の胃になっておいて何言ってやがる」

 

「カインのチャーハンにザラメ入れますよ」

 

「やめろ。照りをつけようとすんな」

 

「冗談です。こっちは完成しましたよ」

 

「こっちもあと少し煮込んで完成だ」

 

 

 

昼食には、私がカインにチャーハンを作り、カインが私に卵粥を作ってもらいました。お互いに恋人の料理が食べたいという意見がぶつかりあった最善策です。

 

 

 

 

 

どうやら流石に、体力がかなり衰えているみたいで、昼食後の私は白神彩織の全盛期からは想像つかないくらい疲労感と眠気に襲われました。

 

 

 

 

「おいおい、食ってすぐ寝ると身体に悪いぞ」

 

「ふわぁ、……。カイン……」

 

「おい引っ付くな、羽織さんに見られたら不味いだろうが」

 

「……、膝枕」

 

「あぁ?」

 

「ノイントちゃんは、膝枕をご所望です」

 

「っ……(ヤバい可愛い抱きしめたい撫でたい可愛い抱きつきたい)」

 

「……ダメ?」

 

「……ソファで寝てろ。食器洗ってからならしてやる」

 

「やたー」

 

「ほんとにリーダーかよ、お前」

 

「スゥー……スー……」

 

 

 



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姉妹転生 014

 

「アル、ヴ、ヘイムオンライン?」

 

〈うん! 面白いからお姉ちゃんも一緒にやろうよ!〉

 

「いいですけど……」

 

〈ナーヴギアで遊べるよ? なんならお金、りんごが出してもいいよ?〉

 

「いえ、分かりました。今からバイクでひとっ走り行ってきます」

 

〈お姉ちゃんバイク持ってたの!?〉

 

「昨日の戦利品ですよ。免許は当然ありません」

 

〈大変だねー。増えたんだっけ? お姉ちゃん狙いのヤンキー〉

 

「というかカイン狙いがそのままプラスされたのでしょうね。なんだか私の周囲だけ一世紀くらい時代遅れな気がします」

 

〈川越は魔境だった?〉

 

「どうでしょうね。まあ、敵の勢力のほとんどを私とカインで活動不能にしたので、りんごちゃんもこっちに遊びに来ていいですよ」

 

〈ほんと!? やったー! それじゃありんごALOで待ってるね!〉

 

「いえ、あの、今から買いに行くんですけど?」

 

〈待ってるから! ばいばーい!〉

 

 

 

という通話があり、予定外の散財をしてしまった。まぁそれは昨日の川越学生乱争(私命名)で大量の財布と高そうなアクセサリー、バイク二人分を手に入れたので痛くも痒くもないのですが。疲労に目をつぶれば。

 

 

疲労に目をつぶれば。

 

 

まぁ、可愛い可愛いりんごちゃんのために私はバイクを走らせてきたわけなんですけどね。カインはアルバイトとかなんとか言って東京の方に行ってしまい、母は仕事で居ない、詩織はまだリハビリの為入院と、つまりは寂しいんです。というわけで二週間ぶりの仮想世界です。

 

 

「リンク、スタート」

 

 

 

 

 

 

あれ?

 

 

 

わたし、ゲーム始めましたよね?

 

 

 

いつか見たような、地面と空の区別がつかない真っ白い空間に私はいた。

 

 

 

本当に真っ白で私のアバターの身体も見えない。見えないというか、目もないから見てないのかもしれないが、すぐに見てないわけではないというのが分かった。

 

 

 

白衣姿の男、歴史的大事件の諸悪の根源、最終要塞(ラスボス)の名を与えられた騎士団長。

 

 

 

……茅場、晶彦、ですよね。

 

「ああ、その通りだノイント君。久しぶりだね」

 

ええ、お久しぶりです。というか聞こえてるんですか。

 

「ああ。ある用事があって私はここにいるのだが、その前に君が気になっていたであろうことを話しておこう。

SAOがクリアされたあの後、君と共に城の崩壊に巻き込まれた後のことだ」

 

ああ、そういえば知りませんでしたね。

 

「私はソードアート・オンラインのサービス終了と同時に、自身の脳に大出力のスキャニングをかけることで私の記憶・人格をデジタル信号としてネットワーク内に遺すことを試み、電脳化に成功した。現実の肉体は死亡してしまったが、まぁ君がいるのなら、君たち反逆者がいるのなら、さほど問題ではないだろう」

 

電脳化、ですか。都市伝説だと思ってたんですけどね。

 

「まだ都市伝説の域を出ないさ。ざっくり人口七十億として、成功例はそのうちたったの一人だ」

 

そうですか。まぁ、その電脳化に私は大して興味はありません。本題に入りましょう。

 

「ああ、そうだった。……そうだったそうだった。久しく対話というのをしていなかったからかね、珍しく舞い上がってしまったようだ」

 

割といつもそんな感じですよ、あなたは。

 

「……まずは報酬だ。これを受け取りたまえ」

 

茅場晶彦の言葉と同時に、私に肉体が与えられた。

 

服装を見るに、これは、SAOのアバター《noint》だった。

 

「それは君のデータを元にしてアルヴヘイム・オンライン用に私が作り直した君のアカウントだ。所持金とステータス、スキルはそのままコピーしてある。アイテムストレージは初期化されているが、君の気に入っていた装備品は全て使える状態で残してあるから安心したまえ」

 

「反則のような気もしますが、感謝しておきます」

 

「それは私を鍛えてくれた報酬だ。そもそもSAOプレイヤーのナーヴギアでALOにログインするとおおよそ同じことが起こる。大したことではないさ。それとは別にもう一つ。ヒースクリフの正体を見抜き、ラスボスを務めてくれた報酬を与えよう」

 

「は、はぁ。……なっ!?」

 

茅場晶彦の隣には、私が立っていた。ノイントが立っていた。かつての、前世の私に似た者が立っていた。装備は今の私が着ているものと同じだが、質が良いように見える。そして何より、背から白く大きな天使の翼が生えている。

 

「一体、どういうことですか」

 

「名をドイツ語で数字の九を意味する《neunt(ノイント)》。身体は君が時間をかけて作っていたあのアバターを流用させてもらった。装備は君のお気に入りと同じ見た目だが、数値的に強化を施してある。ステータスも同様だ」

 

「素晴らしい!! マーベラス!! エクセレント!! 翼が銀色なら完璧ですが、どういうことですか?」

 

「アルヴヘイム・オンラインはアバター作成時に九つの種族から一つ選択することになっている。君のアバターは音楽妖精族のプーカという種族だ。悪いが私が勝手に決めさせてもらった。

そしてこのneunt(ノイント)だが、種族は光妖精族のアルフという高位種族だ。九つの種族に別れたプレイヤー達は共通してアルフへの転生を目指すことになる」

 

「つまり、全クリ状態のアカウントということですか」

 

「厳密には違う。neunt(ノイント)には管理者権限というものを与えている。ステータスや装備、種族はもののついでだ」

 

「それで、何をしろと?」

 

「好きにして構わないさ。君には今、神に等しい権限が与えられた。かつてのように遊ぶのも、ラスボスの座を奪い取るのも好きにするといい。だがきっと、いつか君にはこの力が必要になるときが来るだろう」

 

健闘を祈る。そう言い残して、茅場晶彦はneunt(ノイント)と共に消えていった。それに続くように、私もその場から消滅した。

 

 

 

その後はプレイヤーネームを設定して、私は妖精の世界に投げ出された。

 

 

 

文字通り、はるか上空から。

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

下を見ると、一面緑の絨毯が広がっている。

 

「そういえば、飛べるんでしたよね、この世界」

 

前世の感覚を思い出し、翼を出現させて飛ぶ。白の半透明な翅が背から生え、飛行に成功した。

 

十七年ぶりの飛行! これはテンション上がります!

 

っと、遊びたいところですが、とりあえずりんごちゃんと合流が先ですね

 

おっきい木の所にいるよ! とメールで伝えられましたが……。

 

あれですね。明らかに一本だけ、世界樹やユグドラシルなんて名前が似合いそうな木が見えました。

 

 

 

幸い近かったのか、全速力の空中散歩で五分。木のある街に到着し、りんごちゃんと合流が出来ました。

 

私を見つけるとトテトテと駆け寄ってきてくれました。猫妖精族(ケットシー)特有の猫耳が庇護欲を掻き立てられます。

 

「お姉ちゃん!」

 

「こんにちは、りんごちゃん。名前はこっちでもnointですよ」

 

「りんごはapple、いつも通り呼んでね!」

 

腰にギュッと抱きついてくるりんごちゃんを軽く抱き返してから離す。

 

「はいはい。では遊びましょうか。どこかいいところはありますか?」

 

「んーとねー、圏外(おそと)! 街の外を歩いてるとね、色んな人が戦ってくれるの!」

 

「それ、多分襲われてるだけですよ」

 

「……そうなの?」

 

泣きそうな顔で訊いてくるりんごちゃん。やめてください! その顔は私に効きます!

 

「冗談ですよ、冗談。きっとりんごちゃんが可愛いから遊んで欲しいんですよ」

 

「お姉ちゃんも綺麗だからもっといっぱい来るね!」

 

あーもー! この子は本当にもう!

 

 

 

 

りんごちゃんの武器は短刀。私のストレージに残されていたりんごちゃん用に創った短刀、《りんご飴》を渡す、というか返しました。いつかカインにも舞突錐を返さなきゃですね。

 

 

 

火妖精(サラマンダー)火妖精(サラマンダー)火妖精(サラマンダー)

赤ばっかりですか好戦的なプレイヤーは!

 

「切る! 斬る! ()る! kill!! みーんな死んじゃえー!」

 

木々を飛び移りながら赤い短刀で首を落としていくりんごちゃん。火妖精は為す術なく殺されていく。

 

「退けー! 強いぞこのケットシー!」

 

「ガキ一人相手に逃げろってか!?」

 

「……私もいることをお忘れなきよう、よろしくはしないで構いませんよ」

 

片手で振るわれる銀色の大剣が赤を散らしていく。襲ってきた火妖精のパーティは私が殺した二人で最後だったようで、他に襲いかかってくる者はいなかった。

 

「大したことありませんね、ここのプレイヤー」

 

「……お姉ちゃん、さらに強くなってない?」

 

「ソードスキルのないこの世界はどうやら私向きみたいですね。いつか空中戦もやってみたいです」

 

「お姉ちゃん、もうラスボスより強いんじゃない?」

 

「SAOでレベル最大値のステータスですからね。そう簡単に負けるわけにはいきませんよ。さ、夕方まで喋りながら探検と行きましょう」

 

「おー!」

 

 

 

 




~あとがき。というか、今回の愚痴~

別に人間卒業とか職業体験をサボってる訳では無いんですよ!
ただ姉妹転生以外ボツが発生しやすいことしやすいこと……。
オリジナルも書きたいのになー。

別に感想とかくれてもいいんですからね!(ツンデレ風味)



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姉妹転生 015

十二月二十三日。クリスマスイブの前日。なにか特別な用事や行事がある日ではないのですが、おそらくこの日は終わりの見えてきた今年で最も騒がしかった日になることでしょう。

 

その日のお昼頃、一ヶ月以上の期間を費やし、生活できるだけの筋力、体力を取り戻した詩織は退院し、二年ぶりに自宅に帰ってきた。

 

しかし、そのとき我が家にはカインしかいなかったのです。

 

 

「サツマイモ、ごぼう、人参、ネギ、……豚肉入れて豚汁にするか。それと親子丼で……」

 

昼食の準備をしながら、冷蔵庫の中の食材で夕飯の献立をカインが考えていたタイミングで詩織は帰ってきた。

 

「わたし、帰還したであります!」

 

「おー、おかえり。……だれだ、彩織のパチモンか?」

 

「うわぁ!?」

 

「……人の顔みて驚くなよ」

 

「それは理不尽じゃないかな!? あとパチモンってなに!?」

 

「おんなじ顔で髪の色だけ違ったらもうパチモンだろうが」

 

「顔が同じなのは双子だからだよ!? ……あとなんでウチにいるのかな? エプロン妙に似合ってるし」

 

「家なくなったから居候さしてもらってんだ。いくらか金も出してるし家事も引き受けてる」

 

「それは、なんていうか、ご愁傷さまです?」

 

「気にすんな。昼は食ってきたのか?」

 

「ううん、まだだよ」

 

「そうかい。ならもうじき彩織がりんご連れて帰ってくるからそこで休んでろ」

 

「りんご……って、反逆者の可愛い子だよね」

 

「んあー、まぁ、そう。……まて、お前まさかカオリか?」

 

「今更!? 病院でも会ったでしょ!? しーらーかーみー、しーおーり! 彩織のお姉ちゃんだよ!?」

 

「お、おう。悪かった。思い出した思い出した。……いや待て、彩織と結婚したらお前が義姉になるってことか!?」

 

「嘘でしょ!? 待って! 二重の意味で待って! 彩織が結婚!? イレズミマンと!?」

 

「……育毛剤、取ってくるわ」

 

「なんでそれは覚えてるの!? てか持ってるの!?」

 

「俺もお前が義姉とか最悪だわボケが! 義妹なら九千九百九十七歩歩譲って我慢してやるけど義姉は無しだわ!」

 

「すごい! そこまで中途半端だともう三歩進ませて我慢の限界に挑戦したいよね!」

 

「育毛剤でぶっ殺すぞコラ!」

 

「育毛剤で!?」

 

「心臓フッサフサになって死ねや!」

 

「《毛の生えた心臓の持ち主、ただし心臓病で死亡》みたいな!」

 

「解して晒して生やして増やしてぶっ殺してやんよ!」

 

「《現代を生きる殺人鬼、ただし凶器が日用品》みたいな!」

 

「老若男女容赦無しに育毛剤にしてやる!」

 

「《錬金術師の人体錬成、ただし素材で人類滅亡》みたいな!?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……なぁ」

 

「……うん」

 

「ちっとばかし語ろうぜ。姉御」

 

「今夜は寝られないと思ってね、弟君」

 

口喧嘩の末に共通の趣味を見つけたカインと詩織。さながら河川敷で殴りあった男達のような時代遅れな絆が生まれた。

 

「カイン、帰りましたよ」

 

「おじゃましまーす!」

 

都合の良すぎるタイミングで、彩織とりんごが突撃していく。

 

「……悪ぃな彩織、りんご。俺は今から忙しいんだ」

 

「ごめんね、彩織。今夜だけ借りるね」

 

「借しませんしまだ昼です。いいからたこ焼きパーティ始めますよ。詩織の退院祝いなんですから」

 

「忘れてたんじゃなかったの!?」

 

「あははははっ! 反逆者のパーティはサプライズドッキリがなきゃね!」

 

「りんごちゃん、一緒にしないでくれるかな」

 

詩織の表情が急激に冷えた。

 

「まぁ、今日は実行犯だった俺が言うのもあれだけど、タチ悪いよな。こいつら」

 

カインは呆れた顔をしながら、本格的なガスを使用するタイプのたこ焼き器を点火して油を垂らしていく。

 

「……たこ焼きって、たこ焼きって言う割にタコは焼かないですよね」

 

「焼いてから生地流してみるか? 一応できるぞ」

 

「やめておきましょう。そんなことより具材、色々買ってきたんですよ」

 

「エビにー、カニにー、ウニー! あとマグロとカツオとイクラとイカとー」

 

「ポップコーンとポテトチップスもありますよ」

 

「お前らたこ焼きする気ないだろ!?」

 

「かろうじて海産物なりんごちゃんはともかくとして、彩織のそれはなに」

 

「い、いやほら、その、たこ焼きって待ち時間が結構あるじゃないですか? だからですね? その……」

 

「お姉ちゃん……」

 

なぜかりんごちゃんに憐れむような目で見られている。

 

「お姉ちゃん、ボケなのか天然なのか分かりにくい」

 

「四面楚歌!?」

 

「一面足りないけどね。三面楚歌かな」

 

「とりあえず焼くぞ。彩織のはともかくりんごのは入れたら美味いだろ、多分。出来れば寿司にして食いてぇけど、流石に酢飯炊く準備はしてねぇや」

 

「ま、まだです」

 

「あん?」

 

「もうすぐ、母上が――」

 

帰りの道中、母からメールが来ていた。

 

〈仕事ちょっぱやで終わらせたからママもタコパ混ぜてー! 入れる食材買っていくからー!〉

 

間もなくして、玄関の戸が開かれた。

 

「ただいまー! そしておかえり詩織! ビーフストロガノフとザンギとゴルゴンゾーラ買ってきたよー!」

 

私たちの母親、白神羽織は基本的に暴走列車なのです。それはもう、今は亡き父親ですらコントロールしきれなかったくらいには。

 

「「…………」」

 

「こんにちは! おじゃましてまーす!」

 

「流石はかか様です。私たちよりも高みにいらっしゃる」

 

「ああ! 私の愛しの娘たち! りんごたんギューってさせてー」

 

「えっ? わっ、わー!」

 

詩織とりんごちゃんを母様は二人まとめてギュッと抱きしめる。

 

「……どーすんだこれ。ザンギ(鶏の唐揚げ)とビーフストロガノフ(煮込んだ牛肉。美味しい)はともかくゴルゴンゾーラ(ブルーチーズ的な奴)の使い方なんて知らねぇぞ」

 

「なんか、ごめんなさい。お母さんまでこんなで」

 

「や、あれはもう慣れたけどよ。……俺、彩織が起きるまで羽織さんと二人で暮らしてたんだぜ」

 

「なにそれ危ない香りがすごい」

 

「ねぇよ。彼女の母親とそんな仲になってたまるか」

 

「ゲームとか同人誌じゃ結構あるんだけどね」

 

「おい待て姉御。情報量が多すぎて俺はそろそろ爆ぜるぞ」

 

「母娘丼なんかもいいよねー」

 

「ちょっとカインくーん、私お腹空いたー」

 

「ああああああ!! ……オーキードーキー!! 全部焼いてやろうじゃねぇかぁ!!! 彩織、舞突錐ィ!」

 

「どうぞ、こちら百均で買ったたこ焼きクルクルするやつです」

 

「でかしたマイワイフ!!」

 

「そしてこちら、夏に麦茶を作る時の容器に生地が入っていて、注ぎやすいです」

 

「神かお前はー!! りんご! お前も串二刀流で参戦しろやァ!!」

 

「いいの!!? やるー!」

 

「彩織詩織羽織さんはポテチでも食って待っててくれ! 速攻で焼き揚げらァ!」

 

親子三人、横並びに座らされてしまった。

 

カインが無駄のない動きで具材と生地を半球状の凹みが二十個ある鉄板に注ぎ、りんごちゃんが両手に串を装備してツンツンしている。

 

「カインくん、あのキャラでもちゃんと焼き揚げてくれるあたりかなりの女子力が根付いてるわよね。彩織が羨ましいわ」

 

「可愛いでしょう。あれ、私の彼氏なんですよ」

 

「逆じゃないの? それ」

 

「でも彩織はどっちかって言うとカッコイイ系の子だから、ちょうどいいんじゃないかしら」

 

「彩織がカッコイイ系? ないでしょ」

 

ナイナイと、手を横に振りながら詩織が言った。

 

「ほんと、双子で同じように育てたはずなのにどうしてこんなに差が出来たのかしらね」

 

「マミーに二人の人間を同じように育てるのは不可能かと。故に詩織の残念も私の血生臭さもお母様の影響を多大に受けたのかと愚考します」

 

「愚考する前に呼び方を統一しなさい。混乱するから。……え? 私のどこに詩織のおバカと彩織のヤン娘要素があるのよ」

 

「お母さん、結構豪快だしドジだと思うよ?」

 

「ママは天然でけんかっぱやい性格してますよ」

 

「まって、彩織のママの破壊力すっごい。もうママおなかいっぱい」

 

「母ちゃん、味をしめてないで起きてください。マザーが完成している料理を買ってきたせいで一人でも多く人員が必要なんです」

 

「彩織のその呼び方のレパートリーはなんなの?」

 

「二年も会わずにいたら呼び方くらい忘れても仕方ないでしょう」

 

「ママでいいんじゃない? 一応喜んでるみたいだし」

 

「ふむ……。コホン、……ママ、たこ焼き、一緒に食べよ?」

 

気持ち高めの声で、イメージするのは甘えてくれる時のりんごちゃん。

 

「決めた。私、彩織のママになる」

 

「落ち着いてお母さん。なるも何ももうお母さんだから」

 

「髪も銀色に染めるわ」

 

「ご近所さんがビックリするからやめて!」

 

「詩織も一緒に染めるのよ」

 

「髪の長さ以外見分けがつかなくなるでしょ!?」

 

「失礼な。私は詩織のような淫乱な顔してません」

 

「失礼は彩織だよ!」

 

「出来たぞ喰らえ!!」

 

「できたー」

 

焼き揚がったたこ焼きが皿に盛り付けられていて、既にカインは次を焼き始めていた。

 

「お姉ちゃん、あーん」

 

「ちょっ、待ってくださいりんごちゃん! それまだ熱いですよね!? 出来たては特に冗談じゃすみませんから! それはたこ焼きとかそのレベルじゃないんです! 火の玉とか熱した鉄球とかに近いなにかですから! だから口に近づけないでせめてソースとマヨネーズをアッヅェイ!?!?」

 

「お姉ちゃん、りんごの真似しちゃメッ! だよ」

 

りんごちゃんは頬を赤く染めて膨らませている。

 

「カ、カイン、氷を、冷気をください」

 

「お代わりはちょっと待ってろー! 今焼いてんだ!」

 

 




なんだこの楽しい家族。そしてノイントちゃんのオリ主化が加速しまくってる。

以下、感想催促。

なんで? なんでなんでどうして感想くれないの? 私こんなに頑張ってるのに! ……ねぇ、私のこと嫌いなの?(ヤンデレ風味)



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姉妹転生 016

四月。花見の季節であり、花粉の季節であり、そして何より新生活の始まる季節。

 

SAOに囚われていた学生達のために作られた中、高一貫の支援学校も四月に始まる。

 

そして今日は入学初日、入学式の日なのだが、私の日常は二年前のものに戻っていた。

 

「カイン! とりあえず学校まで走ればすぐです!」

 

「暇かよコイツら!! どっから湧いてきやがんだ!」

 

いつか起きた戦争ほどの規模では無いのですが、それでも数百人規模の襲撃にあうと、遅刻は約束されたも同然だった。

 

そもそも、学校の最寄り駅まで来てから襲われると、本当に付けられてるのか、実は日本中に潜んでいるのではないかと疑わしいものです。

 

まあそんなわけで、それなりに都会なこの地を私とカインは数百人を引き連れて走り回るわけです。

 

 

 

 

 

警察仕事しろマジで。

 

 

 

 

 

学校に辿り着いたものの、既に入学式は始まっているのか周囲に教師らしき人間は一人もいなかった。私たちはグラウンド中央まで引きつけると、振り返る。

 

「みじん切りになりたくなきゃ首を出せ。さもなくば殺す」

「ここなら逃げ場はねぇぜ、銀脚ィ! ギャハハハハハハハ」

「カーイン、いい加減こっちにつけや。そして頂点に立とうじゃねえか!」

 

「キャラ濃すぎません!?」

 

「彩織、お前が言うな」

 

刃物を構える者。鈍器を構えるもの。拳銃を抜く者。チェーンソーを起動させる者。拳を構えるもの。

 

統一性の欠けらも無い彼らは見慣れたものだった。

 

そして、殲滅も慣れたもの。

 

「死体の山を築きましょう」

 

「グラウンドを血のプールにしてやんよ」

 

殴っては投げ、ちぎっては蹴り、だんだんと出来ていく死体の山に積み重ねていく。

 

死体の山なんて言いましたが、一人も死んではいませんよ。せいぜい手足が一、二本なくなっている程度です。どうせすぐに誰かしらが通報するので問題ありません。

 

チャイムが鳴ると同時に、最後の一人を山に蹴り放る。

 

 

「相変わらず、大したことありませんね。準備体操にもなりませんよ」

 

「彩織、怪我はねぇか?」

 

「ありません。カインこそ、大丈夫ですか?」

 

「問題ねぇよ。返り血だ。彩織も返り血すげぇぞ」

 

二人とも、血に濡れていない部分を探す方が難しいくらい血濡れていた。

 

「いつもこんなですけど……」

 

「制服だから目立つっつってんだ。切腹したみてぇになってんぞ」

 

「まぁ、遅刻に対する反省ってことにしておきましょう」

 

「つぅか不可抗力だろ、これ」

 

「財布も持ってる人少なかったですからね。キャッシュレス決済なんて廃れてしまえばいい」

 

「……お釣りとか楽なんだけどな、あれ」

 

「どこまで主婦思考なんですか。彼女である私が女子力低いみたいに思われたくないのでやめてください」

 

 

 

 

とまぁ、そんなこんなで私たちは遅れながらも無事登校することが出来ました。

 

本来高校二年生であろう年齢の元SAOプレイヤーの集まる教室の戸を開けると、当然のように私たちに注目が集まった。

 

「白神彩織です。ちょっと数百人程の暴漢に襲われて遅刻しました」

 

ぺこりと一礼。

 

「祈和歌夢だ。以下同文ってな」

 

一瞬教室が沈黙に包まれ、直後――

 

「「「きゃあああああ!!?」」」

 

少ない女子生徒達が悲鳴をあげ、男子生徒も顔を顰めている。

 

 

 

 

 

その後、パニックが起きた教室に医者や警察官が訪れて混沌を極めた。

 

私たちは警察署に連れていかれ、事情聴取を受けて帰宅しました。学校で一、二を争う重要なイベントであるファーストコンタクトを私とカインは殺人鬼で終わってしまったみたいです。

 

 

 

 

そして次の日。入学二日目から本格的な授業が始まります。内容は、中学三年生半ばから高校一年、二年の授業を限界まで効率化された授業になるそうです。

とはいえ、私のすることはSAO前と変わらない。バックの中には最低限の筆記用具に財布、そして一日分の本十冊ほど。事前に届いていた教科書は一通り読み終えました。内容は頭に入っています。

 

授業中、同じクラスの詩織、アスナ、リズベットにチラチラと視線を向けられている。

 

……はっ、もしやまだ何処かに返り血の落とし忘れが!?

 

「ちげぇよバカ。授業中に本読んでんじゃねぇって目だ」

 

私の後ろの席のカインが小声で言った。

 

「問題ありません。大学を受験する予定はありませんから」

 

「もしかしてお前真性のバカだったりするか?」

 

「何を失礼な。私のIQは二百くらいありますよ」

 

「大バカだ。人間を知らないバカだ」

 

「偏差値も八十くらいあります」

 

「人並みを知れ」

 

「人波? あぁ、川越祭りのときにできる人間版流れるプールですね?」

 

「……埼玉県民あるある言われても困るっつうの」

 

「詩織は越生(おごせ)を《えっちぃ》と読んだ逸材ですよ」

 

「ちょっと待ってなんで私に飛び火してんの!?」

 

ブンッと、腰あたりまで伸ばしている黒髪が傘のように広がる勢いで詩織が振り向きながら叫ぶ。

 

「白神詩織さん、私語は慎んでください」

 

憐れ詩織。

 

昨日の騒ぎを知る教師は私たちと関わりたくない者がほとんどなのです。

 

 

 

 

 

 

お昼休み。昼食はカインが重箱に三人分(詩織と彩織とカイン)のおかずとお握りを詰めて持ってきてくれている。当初、中等部のりんごちゃんと合流して四人で集まるつもりでしたが、アスナ、リズベットに誘われ、そこそこの大所帯になってしまいました。

 

集まったのは、アスナ、キリト、リズベット、シリカ。そして、私、詩織、カイン、りんごちゃん。私は全員と一応面識があったものの、早くに離脱してしまいまともに面識が無かったカインとりんごちゃんの自己紹介から始まった。

 

「りんごは樹生りんご! 十四歳! ゲームだとアップルだよ!」

 

「……祈和歌夢。リアルでもカインで頼む」

 

りんごちゃんの元気いっぱいな自己紹介とは裏腹に、カインの自己紹介は消極的なものだった。

 

「一応補足しておきますと、りんごちゃんは弩が付くほどのお嬢様で、カインは刺青が彫られてますけど決してヤンキーではありません。あと私の彼氏です」

 

「よろしくね! えっと、閃光アスナさんに、鍛冶神リズベットさん、漆黒の剣士さん、だよね? 」

 

りんごちゃんのセリフに顔を引き攣らせる三人。

 

「……ねぇ彩織さん、あなたりんごちゃんにどんな教育をしていたのかしら?」

 

「私のようにはなるなとさんざん言い聞かせていました」

 

「失敗してるじゃないのよ」

 

リズベットが苦笑いしながら焼きそばパンにかぶりつく。……妙に似合いますね、リズベットに焼きそば。

 

そういえば、シリカとりんごちゃんは同じクラスでしたか。

 

「シリカ、クラスでのりんごちゃんはどんな様子ですか?」

 

りんごちゃんの箸の動きが止まった。

 

「えっと、静かですよ? ……ずっと読書してて先生を困らせてましたけど」

 

「べ、勉強なんてしなくても大丈夫だもん。りんご頭いいもん」

 

「バカが量産されてやがった!?」

 

「あららら……」

 

「あんたマジで教育向いてないのね」

 

「そんなことありませんよ。教え子であるシリカとかヒースクリフはいい子じゃないですか」

 

「でもでも、珪子ちゃんはずっとペン動かしてて先生が指名しにくそうにしてたよ!」

 

「そういえば団長も……」

 

「先輩、二度とユイに近づくな」

 

漆黒の剣士のエクストラスキル《親バカ》が発動。

 

しかし、効果はいまひとつだった。

 

「残念でしたね。既に私とユイは一緒に勉強するくらい仲良しです」

 

人間、感情に対して未熟者どうし、反逆者や身内以外なら一番の仲良しかもしれない。

 

「《妹の数少ない友達、ただしAIでかつロリ!》みたいな!」

 

「……詩織、教室であなたのことを《ご主人たま》と呼んで社会的地位をどん底に叩きつけますよ」

 

「残念だったね彩織。昨日彩織が血塗れで登校したせいでお姉ちゃんの私までどん底だからもう手遅れだよ♪」

 

「妹が妹なら姉も姉ね」

 

「どういうことですか鍛冶神(ヘファイストス)

 

「せめてリズベットって呼んでくれないかしら!? ……出来ればリアルじゃ本名がいいけど」

 

「いやだって、知りませんし。あなた達の名前」

 

「「「「えっ……」」」」

 

アスナ、キリト、リズベット、シリカが固まった。

 

「今更覚えるのも面倒ですし、私のことはノイントと呼んでくださって構いませんよ。詩織もカオリの方がいいでしょう?」

 

「えっ? ……あー、まぁ、うん」

 

「先輩、一応SAOでのことはタブーなんだが……」

 

キリトが頭を抱えながら言う。

 

「ふっ、SAOでの出来事を小説にしてネットに投稿してる私達に言うことではありませんね」

 

「……カイン、お前のとこのリーダーだろ」

 

「ハッ。嘗めんなよ漆黒の剣士(ダークセイバー)。ウチのリーダーはノイントと書いてノイントだぞ」

 

「お姉ちゃんはお姉ちゃんと書いてノイントだよ!」

 

「伊織は天使と書いてノイントだからね」

 

「伊織さんは先生と書いてノイントさんです」

 

「忘れましたか、私の名はノイントです」

 

りんごちゃんの悪ノリに詩織とシリカまでもが乗っかってきた。

 

「打ち合わせでもしてたのか!?」

 

黒の剣士の叫びが辺り一面に響き渡った。

 




《平和な日常、ただし全員は戦闘民族》みたいな!

ユラさんの中で巫女子ちゃんブームが凄いんです。みんな読もう、クビシメロマンチスト。

以下感想催促

感想なんて不要よ。そんなもの無くたって、私は書き続ける。書きたければ勝手に書けばいいわ。(クール極振りのクーデレ風)

……あれ、催促出来てなくない?


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姉妹転生 017

 

頬をかすめる凶弾。鼻腔にこびり付く油と埃の臭い。聞こえてくるのは走る足音と火薬の爆ぜる破裂音。両手に握る二丁の散弾銃の重い引き金がどこか心地いい。

 

仲間への警告を叫び合う男四人の集団に対して、私は一人駆ける。

 

ダァン!!

 

二丁同時に中距離から放たれた無数の弾が集団を襲う。距離を置いて放ったため、全員に命中はしたもののHPゲージを半分削る程度に収まってしまう。

 

「クソっ! ショットガンの二丁拳銃とかどんなステしてやがんだ!」

「足も速いぞ! 多分防御力は低い!」

「距離詰められる前に撃て! ショットガンなら距離とれば届かない!」

「ひたすら撃てぇ! GO! GO! GO!」

 

四丁からなる弾幕を躱すため、私は相手から距離をとる。岩陰に隠れ、狙撃銃のように構え引き金を引く。

 

ダァン!! ダァン!!

 

「あまり知られていないことですが、ショットガンでも弾の形状次第で距離五十メートルほどなら狙撃可能です」

 

まぁ、聞こえていないのでしょうけど。

 

四人の銃士が上半身を赤く染めて死亡した。

 

私はキルした四人のドロップアイテムを確認していたら、私の直感が何かを察知した。

 

ガシュン!! ドスッ

 

咄嗟に散弾銃を盾のように構えた直後、何かが銃身を貫き、頭の真横を掠めた銃弾が岩肌に突き刺さった。

 

ほほぅ、私に狙撃で挑みますか。

 

弾丸の飛んできた方向を凝視すると、一キロ程度離れた位置のビルに、ポカンと口を開けた女性を発見した。

 

……私の手持ちは散弾銃一丁とサブのハンドガン。名前は覚えてませんし、思い入れがある訳でもないですし、まぁいいでしょう。

 

私は散弾銃を振りかぶり、狙撃手目掛けて投擲する。

 

あらゆるゲームで最上級を誇る筋力値で放たれた散弾銃はさながら砲弾。見事命中し、女性の頭蓋を粉砕。

 

街に戻りましょうか。流石に今の状態で襲われたら対処が面倒ですしね。

 

人外じみた殲滅を成し遂げたプレイヤーの名はneunt(ノイント)、他のMMORPGの多くで猛威を振るう、元ラスボスである。

 

 

 

 

 

 

 

 

待ち伏せして、通りかかったプレイヤーに襲いかかるだけのはずだった。パーティを組んだ四人は前線に出て、一人のプレイヤーに全滅させられてしまった。

 

距離千二百、おまけに相手は私に気づいていない。外すわけがない、はずだった。

 

察知すらされないはずの狙撃を察知し、あろうことかショットガンで軌道を逸らした!?

 

私はあれがNPCなのかとすら疑った。人間がやっていいことじゃない。

 

……まて、あのプレイヤー何をしているの?

 

裸眼では良くは見えないけれど、少なくとも狙撃するポーズではなかった。

 

スコープを覗くと、野球のピッチャーのようにショットガンを振りかぶる、銀髪の女性プレイヤーが見えた。

 

直後、私は死亡した。

 

 

…………はぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メインウェポンを二丁とも失った私はガンショップで失ったものと同じ散弾銃と、各種銃弾を購入しながら、このゲームに来た目的を思い返す。

 

きっかけはカインから誘われたデートだった。銀座なんていう似合わない場所を選んだかと思ったら、カインからのサプライズが待っていた。

 

サプライズワーク(急な予定)が待っていた。

 

高そうなスイーツ店に連れられて、カインのアルバイトの雇い主である菊岡という方との対談。

 

話は、今プレイしているゲーム、GGO、ガンゲイル・オンラインでの不可解な事件のことだった。

 

曰く、《死銃(デスガン)》と名乗る不審なプレイヤーがいるとか。

曰く、そのプレイヤーはモニターに映るプレイヤーを打ったとか。

曰く、そのプレイヤーに撃たれると死亡するとか。

曰く、死亡とはゲーム内のことではなくリアルでのことだと。

曰く、プレイヤーはナーヴギアではなくその後継機、アミュスフィアでログインしているとか。

曰く、そのためリアルに干渉、殺害は不可能であるとか。

 

曰く、曰く、曰く。詳しい話を聞いていて、私とカインはハッキリとした既視感を感じた。SAOで行われた、遊び要素のある、遊び甲斐の無い殺人劇。知ってはいるが、イタズラにも使えない手品だった。

 

今後のVR界隈のため、私とカインは二手に別れて犯人の捕獲を買って出た。

 

私は茅場晶彦お手製のチートアバター、neunt(ノイント)でGGOにログインし、死銃と接触。及び、可能な限りのプレイヤーの護衛。

 

カインはリアルで待機。死銃の片割れ、リアルで活動している殺人犯の居場所がわかり次第突撃することになっている。

 

 

 

 

――ちょっと! ねぇってば!!」

 

「っ!! おや、あなたはたしか……」

 

他に使えそうなものがないか探していたら、このゲームでは珍しい女性プレイヤーから話しかけられていた。

 

「さっき、私をキルしたの、あなたよね」

 

走って来たのか、息を切らしながら言う。

 

「さっき……、あぁ、あの私の銃をお釈迦にしてくれた狙撃手ですか」

 

女性でスナイパー、色素の薄い青髪……、もしや……。

 

「もしや、冷血の狙撃手(コールレッド・スナイパー)ですか」

 

「まってその呼び名知らない」

 

「それはともかくとして、何か用ですか? 冷血の狙撃手(コールレッド・スナイパー)

 

「その呼び方確定なの? シノンでいいわよ。長いでしょ」

 

「カッコイイじゃないですか。私のことも銀翼と呼んでくださって構いませんよ」

 

「まさか厨二病ってやつ……?」

 

「それは私の後輩ですね。で、何か用事があったのでは?」

 

「大したことじゃないわ。時間も取らせない」

 

「時間はかけてくださって構いませんよ。明日のBoBまでは基本暇なので」

 

「なら、その辺の酒場に行きましょ。お金は私がだすわ」

 

「へぇ、いいですよ。珍しくもなくナンパには積極的な私です」

 

「なっ、ナンパて!?」

 

「申し遅れました。私の名はノイント、反逆を生業としております」

 

「は、はんぎゃく? ……さっきも言ったけど、私はシノン。スナイパーよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

ガンショップ近くの人気のない酒場に私は連れられた。

 

「で、なにか聞きたいことがあるのでしょう? ここでは珍しい女性同士なわけですし、今なら口座番号すらも答えるかもしれませんよ?」

 

「それはやめなさい。危険だから」

 

「それはともかく、時間は有限ですよ。お喋りで今日を潰すのは賛成ですが、用事を先に済ませましょう」

 

「そうね。……じゃあ、遠慮なく聞くわ。私をキルした攻撃、一体何をしたの」

 

「見えませんでしたか? 銃弾の弾道を辿ってあなたの場所を特定し、全力で散弾銃を投げました」

 

「距離千二百はあるのよ!? それに私はビルの屋上! 有り得ない!!」

 

「そんなことありませんよ。リアルの私なら目視可能位置であれば砂粒でも命中させられます」

 

「私よりよっぽどスナイパーじゃない……」

 

「私の名はノイントです。戦闘において、物理的に可能なことはおおよそ可能です」

 

「……どうしたら、どうしたらそんな強さが手に入るの」

 

「そうですね……」

 

考えたこともなかった。私が最も強かった全盛期は産まれた時のことですし、……。

 

「なにか目的を持ってみては如何でしょう?」

 

「目的?」

 

「例えばムカつくあいつを殺したいとか、気になるあの子にいいとこ見せたいとか、彼氏と肩を並べて立ちたいとか、奈落の底に落ちた彼を助けたいとか」

 

「なんで四分の三が恋愛なのよ。最後の妙に具体的だし」

 

「恋は人を強くする、らしいですよ? 私の姉がその典型例でしたし」

 

「お姉さんの彼氏に何があったのよ……」

 

「あなたも落としてみては?」

 

「それはどっちの意味でかしら?」

 

「お望みとあれば私が背を押しても構いませんよ。日本にも奈落はともかく、滝つぼくらいはありますし」

 

「それ意味無いでしょ。復讐鬼に目覚めて強くなるってルートも無いし」

 

「へぇ、あなたは意外と少年漫画な思考をしてらっしゃるのですね」

 

「それ、女子に言っていいセリフじゃないわよ」

 

「それは失敬。お詫びにひとつアドバイスを差し上げましょう」

 

「アドバイス?」

 

「これは後輩にも聞かれたのですが、殺しの責任の上手いやりすごし方、とでも言いましょうか。あなたの目はそれに近いものを求めている気がします」

 

「っ!! あなた、どこまで知って……」

 

「私は何も知りませんよ。あなたが知っているのです。あなただから知らないのです」

 

「はぁ?」

 

「数えることです。殺した数を。そして、生かした数を」

 

「生かした、数?」

 

「口よりも目が語っています。あなたは決して殺してはならない、善良な一般市民を殺せるような人間ではありません」

 

「そんなこと!」

 

「事情は全く知りませんが、推測するにあなたは殺人犯、または強盗犯でしょうか。そのような輩を返り討ちにしたのでしょう?」

 

「だからって、殺しが許されるって言うの……? ふざけないでよ!」

 

シノンは般若のように顔を歪めて怒鳴る。

 

「あなたの今の怒りは、罪悪感からなるものでしょう? ……本当に恐ろしい人間というのは、私のような罪悪感を持たずに人を殺せる人間だそうです」

 

「殺せる人間はどうあろうと恐ろしいわよ」

 

「……むぅ、案外話の通じない人ですね。ついでに日本語のお勉強も教えてあげましょうか? 偏差値カンストさせて差し上げます」

 

「馬鹿にしないで。そして偏差値は基本的にカンストしない」

 

「冷静になったようですし、わかりやすく簡潔に言いましょう。あなたが殺した人間は、確実に誰も殺さない人間でしたか? 悪意をもって、殺意を向けて、法から目を逸らして、他人に迷惑をかける人間ではなかったのですか?」

 

「どういう意味」

 

「分かっていることから目を背けないで下さい。やれやれ、日本人は罪の意識にばかり敏感で困ります。数えましょう、殺した数と、生かした数を。あなたは一人を殺したことで、何人の人間を生かしましたか?」

 

「生かしたって……」

 

「世の中、弱肉強食なんかじゃ終わりませんよ。焼肉定食です」

 

「……は?」

 

わけがわからない。そんな顔をしている。国語の教科書にすら載っているような言葉遊びですが、伝わりませんでしたかね。

 

「シノン。死ぬべき人間がいるのなら、それは死ぬべき人間です。殺すことで救う者がいる。死ぬ事で救う者がいる。あなたが前者であり、あなたが殺した者が後者であった。ただそれだけのことです」

 

「殺して、救う。だけのこと……」

 

「つまりはさっさと忘れてしまうことです。殺した家畜の顔を覚える肉屋はいませんよ」

 

「それが出来たら苦労なんて……」

 

「人殺しは最悪の行為です。許すとか許さないとか、許容云々以前の問題です。……だからといって、人を殺したからといって、幸せになってはいけないというわけでも無ければ、他人に気を使う必要もないんです。だって、誰にだってあるでしょう? いわゆる法律とか常識とか、そういったものが吹っ飛んでしまう瞬間って」

 

「…………」

 

「私はそろそろ行きますよ。BoBのエントリーを忘れていました」

 

「そう……。あ、私もだ」

 

「聞かないと思いますが、一応忠告です。今回のBoB、やめたほうがいいですよ」

 

「分かってるなら言わないでちょうだい」

 

「これまた失敬。……シノン、殺しあったのも、ここで話したのも、何かの縁です。困ったことでもどんなことでも、何かあったら我々反逆者を頼りなさい」

 

「はん、ぎゃくしゃ?」

 

「全てを敵にしてでも救済を。我々反逆者はあなたを勝手ながら味方します。……では、縁があったらまた逢いましょう」

 

 




やっちまったやっちまったやっちまったやっちまった。



以下感想催促

感想なんて無くたって、書くけれど、たった一言でも貰えたら、私とっても嬉しいわ。(デレ極振りのクーデレ風)

今度は間違いなく催促だ。うん。感想ください!



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姉妹転生 018

 

BoB予選一回戦は私にはただの作業でしかなかった。私が得意としている立体機動も、散弾銃による狙撃も使わず、真正面からのヘッドショット。

 

私は待機エリアにすぐに戻ってきた。待機エリアには私以外に、もう一人のプレイヤーがいた。ボロボロのマントに顔を覆うマスク、赤く光る目。映像で見た、今大会に潜む癌、《死銃》がいた。

 

「どうも、死銃。ちょっと死んでくれませんかね?」

 

「……おまえ、なにもの、だ?」

 

機械で加工されたような声で、極限まで個性を押し殺した口調だった。

 

「私の名はノイントです。私の予想では、あなたには一度名乗ったような気がします」

 

「おまえ、銀翼、本物、なんだな?」

 

「言ったでしょう、私の名はノイントです」

 

「反逆者。いつか、絶対に、殺す。伝えて、おけ」

 

「お断りします」

 

「…………そうか」

 

死銃は、腕に巻かれた包帯の隙間から覗く黒い棺桶、ラフィン・コフィンのギルドマークを見せつけるようにしながらその場を去った。

 

ラフィン・コフィン。かつて反逆者と肩を並べ、同時に対に位置した殺人ギルド。彼らは私たちの敵であり、殺戮対象であった。

 

「フ、フフ、フフフ。キャハハハハハハハハ!! ラフコフ! ラフコフ! ラーフコフ!!」

 

狩り残した敵の再登場に、ノイントは笑う。

 

「キャハハハハハ! 愉快痛快! 楽しくて仕方がありません! 楽しみで仕方がありません! 殺しましょう死なせましょう逝かせましょう!! キャハハハハハハハハハハ!」

 

「ノイント……さん?」

 

遅れて待機エリアに戻ってきたシノンが、気味悪く笑うノイントに声をかけた。

 

「おや、シノン! 今日はとても良い日です! 祝杯をあげましょう! 赤飯を炊きましょう! 血の花火を打ち上げましょう!!」

 

「……はぁ? あっ」

 

困惑しているシノンを放置したまま、小躍りしながらノイントはフィールドに転送されていった。

 

「なんだったのよ、もぅ……」

 

観戦用の画面を見ると、ノイントが相手のプレイヤーの頭部を蹴り飛ばしている映像が流れていた。WINNER表示が現れ、ノイントは戻ってきた。

 

「キャッハハハハハ!」

 

まだ、正気に戻ってはいなかった。

 

「やり残したことをやり直せる! 人生って素晴らしい!!」

 

 

 

 

 

 

予選決勝戦、順調に勝ち上がったノイントとシノンは剣を交えることとなった。

 

初めてのときと同じように、シノンは高所からノイントを狙う。

 

初めてのときとは違い、ノイントは地を駆ける。シノンを目視出来ていないがため、狙撃されないために縦横無尽に跳び駆ける。

 

「速すぎる! どんなステして、っ!! 見失った!? いつの間に……」

 

スコープから目を離した一瞬の間に、ノイントは消えた。

 

あのキチガイじみた笑い声が嘘のように、何も無い屋上は静寂に包まれた。

 

トン。

 

何かが落ちる音がした。

 

「っ!!」

 

ドゴン!!

 

即座にグレネードを投げると、地面に落ちる前に爆ぜた。

 

爆煙の向こうで無骨な銃を二丁もった銀髪が笑っている。目を細めて、口を三日月のように歪めて。

 

「こんにちわ、シノン♪」

 

「一体どこから……! AS12、コンバットショットガン!?」

 

「……へぇ、この銃そんな名前だったんですか」

 

「ありえない!! 一丁五キロもあるのよ! 走れるわけがない!」

 

「私の名はノイントです。ところでシノン、敵の前で無駄口を叩けるのは、強者の特権なんですよ」

 

「っ!! (……それはつまり、私はまだ弱いってこと?)」

 

ダァン!!(ダァン!!) ダァン!!(ダァン!!) ダァン!!(ダァン!!)

 

二重に重なった三度の銃声がシノンの視界を赤く染めた。

 

 

 

 

 

 

構える隙すらなかった。弾道予測線は見えたのに、避けようと思うことすら出来なかった。勝てる気がしない。次元が違う。世界が違う。何もかもが敵わない、完全なる敗北だった。

 

そもそもなんなのあの銀色! 初めて会った時も意味わかんない攻撃でキルされるし、店で声掛けたら変なあだ名付けられた挙句ナンパ扱いしてくるし、強くなる方法聞いてるのによく分かんない恋バナされるし、大会じゃなんかとち狂ってるし……。

 

「色々ムカつく!」

 

コーンと、地面に転がっていた缶を蹴飛ばす。

 

BoB予選決勝戦が終わってすぐ、あの銀色と顔を合わせたくなくてすぐにログアウトした。今は夕食の食材を買いに行った帰り道、人気の少ない道を選んで独り言をボヤきながら歩いていた。

 

飛んでいった缶が偶然道路に飛び出して、偶然通りかかったパトカーが缶を跳ね飛ばし、私から大分離れたところを歩いていた人の頭にぶつかった。

 

「あ……」

 

「いってぇぇええ!?!?」

 

偶然にも角の部分が当たってしまったらしく、後頭部を抑えて悶絶している。駆け寄ると、安否を確認するまでもなく彼は立ち上がった。

 

「あ、あの」

 

「くっそがあのパトカー! 轢き逃げ殺人詐欺強盗暴行虐待万引き反逆罪で通報してやろうか」

 

「……盛りすぎじゃないかしら」

 

「おぉ?」

 

彼が振り返って、顔を見た瞬間私は二十秒前の缶を蹴飛ばした私を呪った。

 

どこからどう見ても不良としか言えない容姿だった。右目から頬にかけて文字、単語のような刺青が彫られていて、目つきは鋭い。口の左側から八重歯が覗いていて、私にはそこらのGGOプレイヤーよりもよっぽど恐ろしく見えた。

 

「あっ、そそそそその、ごごごめんなさい!!」

 

その顔から目を逸らしたくて、私はすぐに頭を下げた。

 

「……はぁ? 俺あんたになんかされたっけ? 刺された覚えも、薬盛られた覚えも、轢かれた覚えも、ナンパされた覚えもねぇんだが」

 

「あのっ、その、」

 

「ハッキリ言いやがれよオネーサン。大学生、じゃねぇな。高校生か?」

 

「さ、さっきの缶」

 

「缶? あぁ、コブにもなってねぇし救急車は要らねぇぞ」

 

「そうじゃなくてっ! さっきの缶、蹴ったの私、なんです」

 

「ほぉう?」

 

「ヒッ!」

 

ニヤリと笑うその顔はとても冷たくて、なんだか重たかった。

 

「ヒッて、はっ、はははははっ、けひゃはははははははは!!」

 

「へ?」

 

あの笑みが嘘かのように、楽しげに笑う。下品に、今にも両手を広げて踊り出しそうな楽しげな笑い。

 

「けひゃははっ! んなもん気にすんなってオネーサン。むしろ誇れ。俺に一発入れるなんてそこらの不良五億人いたって出来てねぇんだ」

 

「は、はぁ」

 

不幸中の幸いというべきか、思ってた五億倍心の広い人だった。

 

「ビビらせちまったみてぇでこっちこそ悪かったな。この刺青と目は産まれた時からなんだわ。不良じゃない、と思う、多分、きっと……」

 

だんだん表情が暗くなっていった。気にしてるのかしら。

 

「こっちこそごめんなさい。缶を当てた挙句、勘違いまでしちゃって」

 

「だから気にすんなって。あんまり謝ると鼻ん中育毛剤で埋めるぞ」

 

「なんで!?」

 

「なんでって、女子を育毛剤で脅すなら鼻か心臓だろ?」

 

初めて聞く二択だった。彼は私を脅しながら、ポンポンと頭を撫でる。

 

「俺はカインだ。オネーサン、名前は?」

 

「シノんーじゃなかった、詩乃。朝田詩乃」

 

外国の人なのかな。プレイヤーネームみたいな名前でこっちもそう答えそうになった。

 

「ほーん、うし、多分覚えた。じゃーな詩乃。縁が合ったらまた逢おうぜ」

 

気がついたら家についていた。カインと名乗った彼は手を振りながら去っていく。

 

「……いきなり名前呼び」

 

 

 

なんとも不思議な出会いだった。私があの銀色にムカついて無ければ、あのとき缶を蹴飛ばさなきゃ、あのときパトカーが来なければ、どれか一つでも抜けたら出逢うことは無かった。そんな気が、全くしない。運命の出会いとかじゃないけど、今日逢わなくてもカインとは何かしら、どこかしらで逢っていた、そんな気がする。なんて、詩人が過ぎたかしら。

 




ノイントちゃんの使っていたAS12 コンバットショットガンはフルオートのショットガンです。当然片手で撃つことは想定されていないでしょうね……。

以下感想催促……?

かん……そう…………ワカメ……。(乾燥ワカメを切らしたユラさん風)


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姉妹転生 019

 

 

BoB本戦のバトルロワイヤルは同じマップに本戦進出者30人がランダムに配置される遭遇戦である。

開始位置は予選とは違い、他プレイヤーとは一キロは離れて開始する。本線のマップは直径十キロ。山、砂漠、森、廃墟都市などが配置されているためステータスでの有利不利が無い様になっている。

しかし、戦場が広いと漁夫の利狙いで最後まで隠れるというプレイヤーが必ず出るため、プレイヤーには《サテライト・スキャン端末》というものが渡される。十五分に一回、上空をスパイ衛星が通過し、全プレイヤーの位置を端末に表示する、という設定。さらに表示された光点に触れれば名前まで分かる仕様。

 

……私は今、心底そのサテライトスキャンを恨む。

 

数にして十五。言い換えて半分。それらが私に向かって銃口を向けている。そのなかにシノンや死銃は居ない。

 

「耐久面もそれなりに高くはあるのですが、死なない訳じゃないんですよね……」

 

フルオートとはいえ所詮はショットガン。マシンガンやハンドガンほど数撃てる訳じゃないそれを一丁だけアイテムストレージにしまい、代わりにナイフを取り出す。

 

「フフフフフッ。作用反作用の恐ろしさ、見せつけて差し上げます」

 

姿勢を低く、前傾姿勢。右手は逆手にナイフ。左手のショットガンは後ろに向ける。さながら、ロケットのジェットエンジンのように。

 

「IT'S SHOWTIME!!」

 

一度に放つ玉の数よりも火薬の量を優先した結果生じる衝撃が、私に速さを与える。

 

ダァン!! ダァン!!

 

弾幕を迂回するように接近し、当たれば必殺の部位、すなわち頭や首にナイフを刺し、斬る。

 

ダァン!!

 

斬る。

 

ダァン!!

 

斬る。斬る。

 

ダァン!! ダァン!!

 

斬る。斬る。斬る。

 

脚が縺れようと、防具に弾がかすろうと、私は止まらず斬り切りkill!

 

 

 

 

 

ちょうど十五分。最後のスナイパーの首をはねて廃墟都市のプレイヤーは私を残し消えていった。

 

「これで何人か、死銃からの被害を免れてくれればいいのですが……」

 

周囲を見渡せる場所に腰掛け、サテライトスキャンで他のプレイヤーの位置を確認する。

 

ふむ……。近くにプレイヤーは無し、移動を考えると誰を狙うにしても大差は無い。ひとまずシノンと合流しましょうか。スナイパーなら移動距離は少ないでしょうしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「目的を持つ……。ムカつくあいつを殺したい……。」

 

自身が認めてしまった強者の言葉を反芻しながら、逃げ惑うプレイヤーを追い詰めたプレイヤーの頭部に銃口を向ける。

 

「まだ……、まだ……、……いま!」

 

キルしたプレイヤーが一息吐ききったところで引き金を引く。弾は吸い込まれるように防具を突き破る。プレイヤーは倒れ、ポリゴン片になって散った。

 

「やっと、二人目ね。気が遠くなるわ」

 

多数のプレイヤーを同時に相手できるあの銀色が羨ましいわね。

 

「次は、あっちかし――

 

その場から移動しようと立ち上がった瞬間、全身から力が抜けてその場に倒れた。

 

 

なにっ!?

 

 

声すら出ない。首も口も舌も動かない。手も足も指も爪も腰も背骨も尻も胸も肺も心臓も胃も腸も震えている。歯がガチガチと恐怖を主張する。

 

 

カチリ。セーフティを外す音が聞こえた。コツコツと、足音が近づく。

 

 

こんな、こんなところで私は負けるの? 強くなったつもりだった。まだ、足りないっていうの?

 

 

敗北を告げる銃声は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞こえなかった。

 

「ギリギリセーフ。……だといいのですが」

 

聞こえてきたのは聞き慣れた訳でもないのに脳裏にこびり付いた銀色の声。

 

「聞きたいことがあるのですが、まずは逃げましょう」

 

胸がヅキヅキと痛む。視界が霞む。

 

「死銃、あなたとの喧嘩は後回しです」

 

「……逃がすと、思っているのか」

 

「はっ、私の名はノイントです。……それに、やはり反逆者と殺人者の戦いに命なんて無粋なものを関わらせるべきではありません」

 

「……………………今だけだ。次は、殺す」

 

「私は死にませんよ。あなたが死ぬんです」

 

 

カチリ。セーフティがかかる音と共に、死が去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

「なんで、なんで助けたのよ」

 

全員敵なはずなのに助けられるなんて……。

 

「死んで欲しくなかったから、ではいけませんか?」

 

「頼んだ覚えなんか無い!」

 

「頼まれた覚えもありません。ただ、言ったでしょう。あなたの味方を、勝手にすると」

 

「……やめてよ。そんな、その程度で、私を助けたつもり!?」

 

「いえ。ただ、話した人間に死なれたら気持ち悪いじゃないですか」

 

「関係ないじゃない! ほっといてよ! 私は一人で強くならなくちゃいけないの!」

 

「人は一人で強くなんてなれませんよ。人は一人で人ではいられませんから」

 

「だったら、だったらあんたが一緒に戦ってくれるの!? 人殺しと肩を並べて、人殺しに背中を預けて!」

 

銀色は顔色ひとつ変えず、こくりと頷いた。

 

「シノン、私があなたを愛しましょう。人殺しだろうと殺し屋だろうと殺人鬼だろうと、私の前ではあなたはシノンです。清廉潔白の聖人だろうと、極悪非道の悪魔だろうと、私はシノンが大好きです!」

 

はっ!? へっ!? ひょ!??

 

「はっ!? へっ!? ひょ!??」

 

「魂に刻みつけなさい。これは呪いです。全人類があなたを人殺しと罵ろうと、ノイントという人間寸前がシノンを呪い続けると」

 

「なっにゃにゃにゃに言って!?」

 

「安心してください。わたしはそれなりに浮気には寛容ですから」

 

「ばっ、ばばバッカじゃないの!? 誰があんたなんかっ」

 

「私はシノンに愛を求めたりしません。それは求めるものではなく押し付けるものですから」

 

銀色が、ノイントが私を抱きしめる。愛を、無理やり押し付けてくる。

 

「世界に、ゲームに、人生に誇りなさい。あなたは美しい」

 

麻痺はもうとっくに抜けたはずなのに体が震える。呼吸が上手くいかない。頬が濡れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

落ち着いたシノンに死銃に関する事情を話し、迅速な保護のために住所を訊いた。それを、管理者権限を利用してカインに伝えてシノン宅に向かわせる。いくつか理由はあるが、リアルで活動している死銃はシノン宅、もしくはその周辺にまだ居座っていると考えられる。であるならば、その間に私はこっちの死銃との決着をつけるだけ。

 

三回目のサテライトスキャン。残りプレイヤー三人だった。私とシノン、そして死銃と思われるプレイヤー。名をsterben。離れた位置にいることから、私たち以外のプレイヤーを倒しに行っていたと思われる。今はこっちに向かって進んできていて、このペースなら次のサテライトスキャンを待つことなく決着はつきそう。

 

「ね、ねぇ、」

 

シノンはどこか怯えながら、私の装備の裾を掴む。

 

「どうしました?」

 

「思いついたんだけど、いま私たちが自滅してあいつを優勝させちゃうっていうのは、ダメなの?」

 

「ダメですね。最悪であるシノンが殺される、の、その次に最悪です」

 

「どうしてよ」

 

「反逆者もラフコフも、望むところは決着なんです。ここでやらなければ、おそらく次の戦場はリアルになります。埼玉、下手すれば東京や千葉辺りまで血の海、死体の山の阿鼻叫喚な地獄絵図」

 

「なんで、なんで、そこまで戦えるの」

 

「まぁ……、結局のところ同じなんです。反逆者もラフコフも、どちらも法や常識から逸脱してしまった集団。だからこそ互いを許容できない。警察官と犯罪者ではなく、殺人鬼と殺し屋。水と油なのではなく、N極とN極。キノコの山とタケノコの里ではなく、ポテトチップスコンソメ味とのり塩味」

 

「……だんだんよく分からなくなってきたんだけど」

 

「要は気持ち悪いんですよ。目を逸らしても目に入る。耳を塞いでも臭ってくる。気持ち悪い。長靴の中に雪が入ったまま歩いてるみたいに気持ち悪いんです」

 

「…………もういいわ。つまり家の中にゴキブリが湧いたから見失う前に殺したい、みたいなことなのね」

 

「シノンは理解力が高くて助かります。是非ともリアルで語らいましょう」

 

「一応楽しみにしておくわ」

 

「こういうのも死亡フラグって言うんですかね」

 

「この戦いが終わったらってやつ?」

 

シノンが不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。

 

「私、この戦いが終わったらシノンに浮気するんだっ!」

 

ライフルをちゃんと装備したシノンに習い、私もストレージからフルオートショットガンを二丁取り出す。

 

「まず告白をしなさい」

 

「もうしたじゃないですか。好きですよ、シノン」

 

「死ね」

 

「残念、私の名はノイントですから」

 

「私はシノンよ」

 

「くふふ」

 

「あはは」

 

さぁ、時は来ました。反逆の時間です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




試行錯誤の末にノイントちゃんの無双ゲーに……。

ノイントちゃんは男女どっちもいける子です。(主に香織の影響)



以下感想催促。

感想、評価、お気に入り登録よろしくお願いします! (動画投稿者風味)


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姉妹転生 020

何も無い静かな荒野。

 

「来たな、銀翼の接触禁止(アンタッチャブル)……。」

 

「決着を終えましょう。赤目の殺人狂鬼(シリアスキラー)

 

赤い目をギロリと光らせる死銃。不敵な笑みを浮かべる銀翼。

シノンは限界まで離れた位置から狙撃とサポート。

 

「…………」

 

「…………」

 

お互い、武器をぶらりと無気力に持ち向かい合う。

 

十メートルも無い近距離で使うには不向きなスナイパーライフル。想定されていない二丁拳銃のフルオートショットガン。だまし絵のような構図はしっかりと、シノンの目に映っていた。

 

ダァン!!

 

爆ぜる轟音。足元に向けられていたライフルが跡形もなく破壊され、死銃の武器が無くなった。

 

「私の名はノイントです。殺戮を反逆し、規則を反逆し、常識を反逆してご覧にいれましょう」

 

ノイントは両手のショットガンを放り捨て拳を構える。

 

「愚かな。だが、それでこそ、我が天敵」

 

死銃も拳を構え、距離を詰める。

 

「死になさい、ザザ」

 

ザザ。SAOで一度も剣を交わすことのなかった、天敵の名。

 

「銀翼は、俺が殺す」

 

銀翼。ノイントが呼ばれた、最初の異名。

 

 

 

技術も効率も一切ない純粋な暴力。ときに拳。ときに蹴り。手刀、膝蹴り、かかと落としにヤクザキック。武器での戦闘を前提とするこのゲームではHPゲージの減りが少ないことが闘いをより白熱させる。

 

 

「名を、覚えて、いたのか」

 

死銃の拳がノイントの鳩尾に突き刺さる。

 

「知っていただけですよ。会ったことはなかったはずです」

 

ノイントの頭突きが死銃のマスクを砕く。

 

「そうだ。だが、それでも我々は」

 

死銃の横蹴りがノイントの腕に防がれる。

 

「殺し合う運命。ゲームなんて関係なく、いつか私はあなたを殺した」

 

「おれが、貴様を殺した」

 

拳と拳が交差する。互いに頬を打ち、顎を砕く。

 

死銃は数歩後ずさり、ノイントは腰を地面に打ちつけた。

 

「っっ!」

 

「死ね」

 

「死ぬのはあなたです。死亡せずとも、もう成すことはないでしょうから」

 

ノイントは放り捨てたショットガンを躊躇いなく構えた。

 

「キサマッ」

 

「卑劣だなんて言わせませんよ。あなたの人生は、ここで終わります」

 

ダァン!! ダァン!! ダァン!! ダァン!! ダァン!!

 

死銃に蹴られながらの五連射。手足を吹き飛ばし、最後は頭を吹き飛ばした。

 

「……とはいえ、悪いとは思っていますよ。人殺しの終わりには似合わない。いささか滑稽にも程がある」

 

滑稽、滑稽。罪人に相応しい残念な死に様。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてさて、どうしましょうかシノン。私とあなたの決着はついてますし……」

 

「そうね……。まだ始まって一時間とちょっとだし、前回、前々回と比べて終わるには早すぎるのよね」

 

「私とザザが飛ばしすぎましたかね」

 

「あっそうよっ! あんた初っ端から一区画分を狩り尽くしたじゃない」

 

「仕方ないでしょう。十五人に囲われなんかしたら、殺戮せざるをえませんよ。

そうだ、このままトークショーでもします? 私なら観戦映像に音声を付けられますし」

 

「やめましょう。失言の嵐になるから」

 

「しかたないですね。おっと、リアルの死銃の捕獲が完了したようです」

 

「そう。ねぇ、お土産グレネードって知ってる?」

 

「あぁ、いいですねそれ。せっかくだから盛大にやりましょう」

 

シノンがグレネードを一つ出すのに対し、ノイントはダイナマイトの山を築きあげた。

 

「時間なんて物足りなさ、吹き飛ぶくらい盛大に」

 

「……は?」

 

目を丸くしたシノンを山の上に押し倒す。

 

「スリーカウントで逝きましょう。さーん」

 

「に、に?」

 

「イーチ」

 

「え、え?」

 

ドーン。

 

全映像が爆炎に包まれ、シノンとノイントの優勝が知らされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大会が終わってすぐ、私たちはログアウトした。ノイントから、心配は要らないけど念の為警戒するように言われた。

 

「ん、んぅ……」

 

……あれ、明るい。電気が付いてる?

 

「おー、詩乃。やっと起きたか」

 

「!?!?」

 

聞きなれない、馴れ馴れしい男の声が聞こえた。

 

「だ、誰!?」

 

思わず頭のアミュスフィアを投げてしまった。

 

危なげなく受け止めた男の目つきは鋭くて、ノイントの笑みと比べたら可愛くすら見える笑みからは八重歯が覗いていて、右目の下に刺青が……、刺青?

 

「か、カイ、ン?」

 

「おう。詩乃に空き缶ぶつけられた可哀想な男の子なら、間違いなくカインおにーさんだぜ。おねーさん?」

 

「なんで、ウチに……」

 

なんだか調子が狂う。

 

「あれ、彩織から聞いてねぇの?」

 

「いおり? って、だれ?」

 

「あー、なるほどな。オーキードーキー。とりあえず行こうぜ、詩乃」

 

カインは何を納得したのか頷きながら私の手を取った。

 

「行くって、どこに? 警察?」

 

「んまぁ、それはこの後来るけどよ、その前に俺らはトンズラこくんだ。ウチのお嬢から迎えも寄越されてるしな」

 

「お、お嬢?」

 

「おう。ドが付くほどのな」

 

「……ドジョウじゃない」

 

「りんごだけどな」

 

「……は?」

 

戦場から戻ってきて、現実感の無さから更に頭が混乱してきた。

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

カインに連れられるまま玄関の扉を開けると、一人の青年が泡を吹いてもがいていた。

 

「おらどけ邪魔だ。こっち来んじゃねぇよ気色悪い」

 

「し、新川君? なんで!?」

 

彼は、私の数少ない友人だった。

 

「ア、アバガバン……アババガンッ!アザババン!」

 

縛られたままもがき、目を血ばらせて、泡を吹き散らかしながら叫んでいる。

 

「カインあんた! 新川君に何をしたの!?」

 

「不法侵入及び薬物による殺人容疑及び殺人未遂現行犯、で、ひっ捕らえた」

 

「や、薬物? 殺人?」

 

この刺青男は何言っている? 新川君が、そんなことするわけ……。

 

「詩乃達が相手してた死銃な、此奴とその兄貴だったんだ。兄のほうはもう警察が捕まえに行ってて、此奴もこの後連れてかれる」

 

「あ、泡を吹いてるのは……?」

 

「育毛剤切らしてたから代わりにシャンプー使って殺った」

 

そう言ってカインは詰め替えタイプの、女性用シャンプーの空を見せる。それ、結構良い奴だったような……。なんでこの男がそんなものを?

 

「って、そういえばなんでシャンプー!?」

 

一番の謎が誤魔化されそうだった。危ない……。

 

「舐めんなよ詩乃。俺は武器を選ばねぇ。石鹸だろうとボディソープだろうと、たとえリンスだろうと泡を吹かせてみせる」

 

「武器が一つもないじゃない!」

 

「何言ってやがる、人を殺せりゃ立派な武器だろうが。人間その気になりゃコンニャクで撲殺するくらい朝飯前だ」

 

「それはもう素手の方が強いじゃないのよ」

 

「カビキラーと大根はオーバーキルになっちまうから気をつけろよ」

 

数少ない武器になりそうなものの扱いが銃刀法だった。

 

「やっぱ理想は育毛剤か長ネギだよな。程よい粘度、程よい長さ」

 

「本質を見なさい。それは育毛剤とネギであって武器ではない」

 

「はっ、ならそれがお前の限界だ」

 

「カッコイイ……。世界観がファンタジーで私が戦闘職だったら目がハートマークになって惚れそうなくらいカッコイイ……」

 

「欠片も惚れてねぇじゃねぇか」

 

「それがあなたの魅力の限界よ」

 

「ツンデレだな。それもブタみたいなファンばっか増えるあざといやつ」

 

「ならあなたはナマハゲね。本質を見てもらえず、恐れられる」

 

「そりゃむしろ彩織だ。《人を狂わす傾国の美女、ただし囲うは荒くれ者》みたいな」

 

「だから誰よ……」

 

 

 

 

 

偏差値とかIQとかが下がりそうな会話を続けながら、私たちは執事さんの運転する車で、千葉に連れてこられた。

 

千葉。最近よくニュースで聞いた単語。なんだったか、流通を一部遮るとか、他県と大きく差別化するとか、そんな事を言っていた気がする。

 

県境を過ぎて更に一時間、延々と森の中を揺られて、時間はもうすぐ午後九時になりそうな頃に車は止まった。

 

「カイン様、朝田詩乃様、到着致しました。既に彩織様もいらっしゃっておりますので」

 

「サンキューシツジ。俺ら今日は泊まってくから、夕飯期待しとくぜ」

 

「存分に」

 

カインが降りて、反対側、つまりは私側のドアを開けた。

 

「ほれ、降りろ詩乃。……もしかして疲れたか?」

 

「平気。歩ける」

 

嘘だ。かなり疲れてる。怒涛の一日だ。

 

 

 

目的地は、ひと目で分かった。

 

 

 

とてつもなく大きく、窓も扉も無い、赤い立方体。

 

 

 

首が痛くなるほど高く、気が遠くなるほど長い。

 

 

 

「……ここは?」

 

カインは壁をなにやらぺたぺたと触りながら答えた。

 

「樹生家当主、樹生りんごの家。兼、樹生第二研究所」

 

「研究所? これが?」

 

「一辺五百メートル、多分世界一高い研究所だな。東京タワーが余裕で入る。つっても、この赤いのの中身はスパコンやら冷却装置やらで居住空間とか実験室とかは地下だけどな」

 

「へ、へー」

 

開いた口が塞がらない。驚愕とか恐怖とかじゃなくて、大規模かつ許容圏外すぎて一切の感情が湧いてこなかった。

 

カインの手が止まった。壁中に青い光線が走り、壁に穴が開き、地下の階段へ続く道が現れた。

 

「階段、足下気をつけろよ」

 

「あ、うん……」

 

左右に両手を広げられない程度の広さの通路を、カインに手を引かれながら進む。

 

「なんなの? ここ」

 

カインは悩むような表情をしながら答えた。

 

「んー、あぁ、あー、人それぞれ、だ。役割っつーか、使い方っつーか」

 

「役割?」

 

「おう。アルゴはシェルター、彩織は世界、りんごはドラえもんの不思議アイテム、俺はたまり場。ここがどういう所かなんてものほど無駄な問いはねぇ。金の無駄遣いだと思う奴もいれば、最良の使い方だと思う奴もいる。ファンタジーだと思う奴もいればSFだと思う奴もいる。図書館だと思う奴もいれば、ゴミ捨て場だと思う奴もいる。陳腐な言い方をするなら、何でもできるところだ」

 

なんでも……

 

「権力、財力、武力、技術力。大抵のものは揃ってる。りんご様々だな」

 

――カイン、遅いですよ」

 

「ひゃっ!?」

 

背後から女性の声が聞こえた。一本道だったから後ろにまでは気を回していなかったから余計に驚いた。

 

「壁ぶち抜いてまで驚かすなよ」

 

「反逆者とドッキリは切っても離せないものでしょう?」

 

クスクスと笑う女性。膝下まで伸びた銀色の髪は三つ編みに結われている。

 

「……もしかして、ノイント?」

 

「ええ。少しぶりですね、シノン」

 

数時間ぶりの再開は《ドッキリ大成功!》の看板に挟まれながらだった。

 

 



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姉妹転生 番外編の番外編


多分今年一番の手抜き回です。ごめんなさい。


樹生りんごは弩が付くほどのお嬢様である。

 

樹生りんごは産まれた時からの樹生である。

 

樹生りんごは生まれた時からの禁忌である。

 

樹生りんごは禁忌をもたらすリンゴである。

 

 

 

 

 

 

樹生機関。近い言葉でタイムカプセル。身近なものでSDカード。つまるところ記憶媒体であり、樹生は世界のありとあらゆる情報を蒐集、保存し、次代へと受け継ぐ家系であり、世界の裏側に根付いた不可視。

 

 

 

 

 

 

 

樹生りんご。樹生家長女、樹生桜と樹生家三男、樹生金木犀の間に産まれた、樹生が嫌悪した樹生の集大成。人類三大タブーが一つ、近親相姦は樹生をして忌み嫌う禁忌であった。

 

故にリンゴ。禁忌の子であることの目印のように、禁断の果実の名を与えられた。

 

葡萄、桃、梨、檸檬。四人の兄と、蜜柑、いちじく、 柘榴。三人の妹と共にすくすくと育ち四年、りんごの異常性にようやっと、樹生は気づいた。既に、手遅れであった。

 

 

樹生りんごの精神の異常性。りんごの精神には《躊躇い》という概念が存在しない。我慢は出来る。許容も出来る。過去を振り返ることも出来るがしかし、後先を考えることが出来ない。

 

他人を傷つけることに躊躇いがない。

兄弟を陥れることに躊躇いがない。

両親を恐れることに躊躇いがない。

 

 

 

樹生りんごの頭脳の異常性。りんごの頭脳、思考は立体的であり、交差的であり、そして混沌としている。繋がっているが方向が定まらず導き出される結論は常軌を逸している。国語の問題を数式で解き、数学の問題を文章として読み解く。

 

りんごにとって《1+1=2》は文章であり、《色は匂へど散りぬるを》すらも数式である。無駄は多いが誰よりも正確で、誰よりも脳を使いこなしている。

 

 

 

樹生りんごの肉体の異常性。りんごの肉体は八歳を迎えた辺りで成長を拒絶するようになった。原因は近親相姦由来の遺伝子異常。事実上の不老ではあるが、時を経ると共に肉体が劣化していくため常人よりも寿命は短いと予想されている。

 

 

 

樹生の本文は観察と保存である。故に、樹生はりんごの異常性を観察するだけに留めた。

 

 

 

結果。りんごは両親を枯らし、兄弟姉妹を喰らい尽くし、樹生を切り崩した。六年間の放置の末、世界を裏から覗く都市伝説は当時小学四年生の幼女によって事実上絶滅した。

 

 

 

 

 

そして現在、りんごを当主とする樹生は拠点を千葉に移し、活動方針を急転させた。

ありとあらゆる情報を駆使し、古代から現代に至るまでの技術を再現し、未来に至る技術を誰よりも早く過去にした。世界中に蔓延る権力者に樹生の認識を改めさせず、観測者だと思わせたまま新たな樹生を築きあげた。

 

 

 

 

今、樹生を手中に収めるということは、世界を手中に収めることと同意義である。樹生こそが頂点であり、樹生こそが真実であり、樹生こそが唯一であり、樹生こそが世界である。

 

樹生はこれを予測していた。情報として知っていた。元々、樹生の血を継ぐ者は大小あれど才能に恵まれていた者が多かった。だからこそ、樹生は近親相姦を必要以上に嫌ったのである。濃い樹生は必要以上の異常を引き起こし、破滅を孕む。

 

 

 

 

赤色が人類最強であるように、狐面が人類最悪であるように、橙色が人類最終であるように、禁断は人類最新と言えよう。世界を超え、次元を超えた他所の概念。

 

禁忌の子。禁断の果実。知恵の実。そして今は反逆者である。

 

 

落ち無し

 

 

 



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姉妹転生 021

 

 

「カイン、シノン、とっても愉快でとっても大事なお知らせがありますよ」

 

場所は樹生第二研究所地下二階第二会議室。反逆者のリーダーであるノイントと、破壊担当であるカイン、狙撃担当のシノンが集められた。既にデスガン事件から一週間が経過しているが、高校生反逆者たちは一歩も外に出ずに過ごしていた。

 

「それはいいけど、私いいかげん学校行かないと単位まずいんだけど」

 

「あー、そういや行ってねえな。ワンチャンもう忘れられてんじゃね?」

 

シノンは心配そうな顔つきで、カインはカラカラと笑いながら脚を組み直した。

 

「そのことなのですが、その心配は一旦不要になりますよ」

 

「おっ、なんだ、ついにやめんのか? それなら俺は賛成だな」

 

「それもありなのですが、ママに高校は出ておけと言われたので学校には通いますよ」

 

「ママ? ノイント今ママって言った?」

 

「シノン、そこは突っ込まないでください」

 

「こいつ、自分の母親の呼び方忘れて矯正されてんだよ」

 

「バカなの?」

 

「勉強は人並み以上にできるはずなんですけどね」

 

「ついにバカを認めやがったな」

 

「まぁそんなことはいいのです。お姉ちゃんがばらしたおかげでシリカがちょっとうざくなりましたがそれも些細な問題です」

 

「お姉さんにもされてるのね……」

 

「私たち反逆者、と言ってもアルゴとりんごちゃんは別なのですが、つまりは私たち三人なのですが、この研究所のある千葉のある高校に転校することになりました」

 

「「は?」」

 

「あぁ、手続き等に関しては気にしなくて構いませんよ。りんごちゃんとシツジさんがここ一週間のうちに全てやってくれました」

 

「いやいやいやいや、待ちなさい。転校? 私親になんて言ったらいいのよ」

 

「全てやってくれたと言ったでしょう。そこもシツジさんが伝えてくれています」

 

「準備が良すぎる!?」

 

「諦めろ詩乃。彩織とりんごが組むとこうなるんだ」

 

「……あんたも苦労してるのね」

 

「楽っちゃ楽だからいいんだけどな。おかげでりんごがSAOから起きてからは一切書類というものを書かなくなった」

 

「それは素直に羨ましいわね」

 

「まあな。で、彩織、なんでいきなりんなめんどくさそうなこと言い出しやがったんだよ」

 

「理由はいろいろあるのですが、建前と本音どっちが聞きたいですか?」

 

「……とりあえず建前から聞かせなさい」

 

「わかりました。えぇ。建前として一番は移動距離ですね。今後、我々反逆者は樹生の研究所を拠点に活動するわけじゃないですか」

 

「そうなの?」「そうなのか?」

 

「なんでカインも把握してないんですか」

 

「いや聞いてねえし」

 

「訊かれませんでしたからね。と、お決まりのやりとりは置いといて、まぁそういうことなんです。となると、都内のシノンはもちろん川越に住まう私とカインにしても移動が面倒なんですよ」

 

「おぉ、まぁ確かにそうだわな」

 

「ついでにりんごちゃんがここから川越に来るのもいい加減悪いですから」

 

「それは、そうなのかもしれないわね」

 

「あといい加減不良に毎朝追いかけられるのも蹴散らすのも面倒ですから。警察を顔パスってどういうことですか」

 

「本音それだろ絶対。貴重な収入源だっただろうが」

 

「……あんたらどんな生活してたらそうなるわけ?」

 

「知るかよ。気づいたら湧いてやがんだ」

 

「だから、現在樹生によって日本から隔離、及び管理されている千葉に住もうというわけです。世界で最も重犯罪の無い土地ですから」

 

「それならしゃーねぇな」

 

「そうね。まぁどうせ、友達いなかったし……」

 

シノンはこの一週間の間見聞きしてきた樹生の得体の知れない恐ろしさを想起する。

 

「で、伊織、行く学校ってどんなとこだ。まさか底辺校とかじゃないよな?」

 

「それなりの進学校ですよ。カインやシノンでも問題ない程度の」

 

「言ったな? 真獄校とかの言い間違いでもなんでもなく進学校と間違いなく言ったな?」

 

「カインあなた、これまで恋人に何をされてきたのよ」

 

「聞きたいか、疲れて帰ってきたところに『仲間が裏切って恋人が殺されるドッキリ』されるような、途中離脱するまでのオレのSAO生活を」

 

悪霊のような怖ろしい顔でカインは笑う。

 

「え、遠慮しておくわ」

 

「ふふっ、遠慮せずとも、シノンもこれから理解することになりますよ」

 

「……帰りたい。切実に」

 

「シノン、あなたも既に反逆者ですよ。すぐに私のそばが帰る場所になりますよ」

 

「んにゃっ! にゃにゃうにゃにをっ」

 

ノイントの言葉に、シノンは頬を赤らめた。

 

「あー、もう染まり始めてんな」

 

「カッ、カインこいつっ!」

 

「諦めろ。こいつ、姉の影響だか母親の影響だかで男でも女でもイケるし、おまけに嫌味ゼロの完璧(パーフェクト)ナルシストだ」

 

「はっ、はぁ!?」

 

「ま、否定はしませんよ。私は人でなしの人間寸前、性別なんぞ些細な問題です」

 

「あんたそのものが大問題じゃない!」

 

「問題の無い人間というのは、それはそれで大問題でしょう」

 

人でなし(モンスター)がよく言うわ」

 

「……、ひゃははは! 彩織! 詩乃は当たりだぜ! おい!」

 

「でしょうでしょう、そうでしょう! 近年稀に見る崩壊っぷりでしょう!」

 

「だなぁ!」

 

「あんったたちねぇ!! 脳天()()くわよ!?」

 

 

反逆者、激昂担当、朝田詩乃。アバターネーム、シノン。

注釈。冷血の狙撃手(コールレッド・スナイパー)。だがわりと短気。

 

 



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