夏野林太郎は勇者部顧問である (うりぼーノック)
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ゆゆゆい - 1

新規連載スタート。手探り状態なので、ご指摘とか頂けると嬉しいです。


 

 

 

 

私の名前は夏野林太郎。大赦の職員兼讃州中学の数学教師。そして勇者部の顧問である。

勇者部と言うのは――――むっ、何だか、これといって説明しなくてもいい予感。私の勘は当たるのだ。

 

 

 

あえてざっくりと説明すると、表はボランティア活動に励み、裏では世界を襲う脅威と戦う少女達の集まり、という事になるだろうか。

 

 

 

そして日々過酷な戦いに身を投ずる彼女たちを補佐すべく、大赦より派遣されたのが私なのである。

 

 

 

――――――色々あった。

 

 

 

部長の犬吠崎風をはじめ、部員たちは年端も行かぬ少女達ばかり。そんな彼女たちが戦場に向かうのを見送るしかない私。

補佐も過酷な役目である、と言ったのは、かつての補佐役である安芸先輩だっただろうか。彼女の言葉が身に沁みて解った。

 

 

 

戦いの日々に消耗していく彼女たちに、私ができる事は数少ない。それでも彼女たちが少しでも日常を謳歌できるように頑張るのが、補佐役たる私の務めであった。

 

 

 

部活動に付き合うのは勿論、勉学のサポートに身の上相談。そして他色々。感情のまま当たり散らされることもあったし、何なら殺されかけたこともあった。

しかし大赦への不信を募らせる彼女たちに、所詮組織の一部である私が何をできるわけでもない。真摯に向き合う、それだけであった。

 

 

 

力になれたとは到底思えない。だが戦いにケリがついたときに彼女たちは、ありがとう、と言ってくれた。それは私の生涯の宝物と呼べるものだった。

 

 

 

そんなこんなの紆余曲折の末に、勇者部に乃木園子が入部。彼女たちのお役目は終わり、補佐役であった私自身も、今後の身の振り方を考え始めた時――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――異世界召喚である。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

異世界――正しく神樹様の内部世界―――に召喚されてから数日。勇者補佐たる私は忙しない日々を送っていた。

詳しい経緯は省くが、この異世界には神樹様によって、様々な時間や場所から勇者様達が召喚されてきている。 彼女たちは一様に勇者部に集っており、元々勇者部所属の勇者を補佐していた私は、新たに召喚された勇者様の補佐も行うようになったのだ。

歴史書に記されるような勇者様の補佐ができるのは、大赦の職員としては光栄なことなのだろうが……。

 

 

(やっぱり普通の女の子たちなんだよなぁ……)

 

 

実際に接してみて解ったことだが、いくら後に偉大と語られるような勇者様でも、結局は神暦の勇者様と同じく、普段は普通の少女達であった。

他と違うのはただ一点のみ―――――神に選ばれたという事だけである。

 

 

(神様と言うのは酷だよ、ホントに)

 

 

少女たちに過酷な運命を背負わせ、私達大人には只々無力感を感じさせる。 神樹様にも何某かの理由があるのであろうが……やはり多少思う所ができてしまうのだ。

我ながら罰当たりなことを考えているとは思う。 しかしこれで罰が当たるなら、私は甘んじて受ける。

そういう思いがなければ、勇者補佐の役目はやれるものではないと思うのだ。

 

 

「難しく考えすぎかな」

 

 

などと思っていると、勇者部部室の扉の前。ごちゃごちゃと考えていたことは頭の片隅に追いやり、私は部室の扉を開く。

 

 

「あ、先生!」

 

 

部室ではミーティングが行われていたらしく、勇者部部長の犬吠崎風――私は部長と呼んでいる――がホワイトボードの前で、何事かを説明している最中だった。

そして振り向く部員たち。数日前から比べて倍以上になった部員たちの視線に、私は思わず部室の扉を閉めた。

 

 

「何でよ!」

 

 

直ぐに扉が開き、部長によって部室に引きずり込まれる私。

 

 

「いい加減慣れなさいよ!この数日間、何度同じことをやるわけ!?」

 

「面目ない……」

 

 

立腹した様子の部長の言葉に、私は返す言葉もない。 中学生に叱られる教師って……。

 

 

「まだ、私達には慣れませんか?」

 

 

そういったのは上里ひなた様。西暦よりやってこられた巫女で、神暦の四国の礎を築かれた方の一人だ。

尚私は、上里様を含めた勇者、巫女様達に、普通の生徒と同じように対応するようにお願いされている。

元々そのつもりだったのだが、ご本人たちの願いであれば、上層部にも言い訳ができるなぁ、などと思ってしまったのは宮仕えの性である。

 

 

「……話を聞きなさい!」

 

「あうっ」

 

 

部長に足を蹴られて、現実に思考が戻る。すぐに思考の海に沈むのは、私の直さねばならないところである。

私は咳払いをしてから、正直な心境を話す。

 

 

「……上里達には慣れたよ」

 

「だったら何故?」

 

「かつてなく高い部室の人口密度に慣れなくて……」

 

 

上里に、何だコイツ、といった目を向けられる。そりゃそうだろう。

 

 

「ホント、しっかりしてよね!」

 

「はい」

 

 

私が反省し、部長が手打ちとしたところで、ミーティングが再開。今日の活動は川の清掃と、迷子の猫探しと、商店街夏祭りの飾りつけの手伝い、らしい。

 

 

(多いな……)

 

 

部長は―――と言うよりも勇者部全員が―――お人よしの傾向があり、頼られると断らずに依頼を詰め込むことが多々ある。

そういう時は私の方で、調整しなければならない。明日以降の予定を部長と話し合っておかなければ。

 

 

「――――と言う訳で、勇者部出動よっ!」

 

 

部長の号令に応じて、部員が各々振り分けられた依頼解決へと赴く。様々な時代から勇者が召喚されようとも、それを束ねる部長の手際の良さは感心してしまう。

大人としてどうなんだ、それは?

 

 

「私達も行きましょう、先生!」

 

「え?」

 

 

気づくと、私の腕を結城友奈が掴んでいた。

 

 

「行くって、何処に?」

 

「え? 先生は私や東郷さん達と一緒に川の清掃に行くんですよね?」

 

「……え?」

 

 

言われて見渡すと、東郷美森に部長、そして高嶋友奈に郡千景、乃木若葉と上里がこちらを見つめていた。

……成程。私も部活動の戦力に数えられていたという事か。

 

 

「……行こうか」

 

「はい!」

 

 

結城の元気のいい返事に、私はこっそりため息を吐く。小テストの採点をしようと思ってたんだけどなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

川から拾い上げたごみを、分別して袋に詰め込む。やや量が多いので、大赦に頼んでトラックでも出してもらおうか。

 

 

「この世界でも、川にゴミを捨てる輩はいるのね」

 

 

同じくごみを分別していた郡が呟く。どことなく寂しげな雰囲気だ。

 

 

「やはり西暦の頃にも?」

 

「もっと酷かったわね」

 

「これよりもか!?」

 

 

私の目の前には積もり積もって、三つになったゴミ袋がある。これよりも多いの……?

 

 

「酷い時には自転車が捨てられたりしていたからな……」

 

「壊れた家電とかも!」

 

「汚れすぎて、生き物が減ったりもしたんですよ」

 

「えぇ……」

 

 

乃木と高嶋、上里の言葉に、私は戦慄する。 何なんだ西暦、どんな時代だ西暦。

 

 

「ふふ……」

 

 

西暦に思いを馳せながら慄いていると、何故か郡が笑いだした。と言うか乃木も高嶋も上里も笑っている。

 

 

「先生は……本当に面白い人ね」

 

「そうだな。 見ていて、感情の揺れ動きが激しいのが解る」

 

「え、そうなの?」

 

「うん!」

 

 

高嶋の返答に、私はどう答えていい物か迷う。

 

 

「ふふ……別に責めているわけではありません。そういう先生だからこそ、私達も何となく信頼がおけるのですよ」

 

「何となく」

 

「はい、何となく、です」

 

 

上里の言葉に困惑する私。何となく……何となく……。

 

 

「じゃぁ、いいか……」

 

「良いんですか……」

 

 

振り向くとそこには苦笑いを浮かべた東郷美森がいた。結城と部長も一緒だ。

 

 

「お、そっちは終わったのか?」

 

「はい!」

 

「バッチリよ!先生たちの方は?」

 

「終わっている」

 

「見違えるように綺麗になったかな!」

 

「よし!これにて依頼完遂ね! お疲れ様!」

 

 

乃木と高嶋の返答に、 部長が満足そうに言う。 積まれたゴミ袋は計六個。仕分け済みなので、収集場に持っていけば、直で引き取ってもらえるはずだ。

これならトラックでなく、私の愛車――軽のワンボックス――で十分。六個は重いが、学校へと持って帰って……。

 

 

「さ!先生も行くわよ!」

 

「え」

 

 

気づくと各々がゴミ袋を持っていた。

 

 

「先生の車に乗せるんでしょ?」

 

「え? 口に出してた?」

 

「言わなくても、先生の考えなんてお見通しなのよ!」

 

「風先輩の先生への理解力はすさまじいですから……」

 

 

苦笑する東郷。 何となくこれ以上口を出さないほうがいい予感。

 

 

「疲れてるだろうに……」

 

「最後までやってこそ部活動でしょ?」

 

 

部長にはかなわないなぁ。 

 

 

「……じゃあ、最後の一頑張り。頼めるか?」

 

 

はーい、と元気よく答える勇者部の部員たち。 では、私ももう一頑張りと行こうか。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

地面に鍬を振り下ろす。やってみて解ったのだが、この畑を耕すという単純作業が意外と難しい。

知識だけでは解らないことは沢山ある、という事を実感する。

 

 

「あら、先生もだいぶ様になってきたじゃない!」

 

「白鳥の指導のおかげだよ……」

 

 

白鳥歌野。諏訪よりやってきた西暦の勇者様の一人。今いる畑の主でもあり、私の農業の師だったりもする。

 

 

「鍬を振り下ろすなんて、簡単なことだと思っていたんだが……」

 

「ノンノン! 畑仕事には知識とともにテクニックも必要なのよ!」

 

「お世話をおかけしました」

 

 

自身の最初を思い……出すのはやめておこう。心が折れる。

 

 

「でも先生も大したものよ! 畑にするには最上の、しかも広い土地を見つけてきてくれたんだもの!」

 

「知識はあったからね……」

 

 

この世界にやってきてすぐの白鳥から、畑に適した土地を提供してほしい、と頼まれた際、私は白鳥歌野についての資料の記述を思い出していた。

曰く、諏訪の食糧危機を救った勇者―――――すると彼女が求めているのは、家庭菜園の規模ではない。恐らく本格的な農地であろう。私はその前提で大赦所有の土地を選定した。

やや土地管理の担当部署と揉めることになったが……畑からの収穫を、相応分大赦に収める、と言う文言でどうにか調整がついた。

 

 

「……そういえばこの前、経理担当の同期が、白鳥様にお礼を言っておいてくれ、って。 良質な野菜が神官や巫女様に好評なんだそうだよ」

 

「あら、そう言ってもらえると嬉しいわね! 私の作るベジタブルが、色々な人の役に立つなんて素敵!」

 

「美味しいうえに収穫量も上々……本当に白鳥は凄いな」

 

「ありがとう!」

 

 

笑う白鳥。彼女の畑は収穫量が多く、担当部署も手のひらを返すようにご満悦。

農業王の名前は伊達ではない、という事だろうか。

 

 

「うたのーん!せんせーい!」

 

「あ、みーちゃん!」

 

 

声がする方向へと白鳥が走っていく。その先には、彼女の親友にして西暦の巫女様である藤森美都がいた。

 

 

「お昼ご飯を持ってきたよ」

 

「みーちゃんのお握り! タイミングもナイスよ!」

 

「えへへ……」

 

 

仲良く笑いあう二人に、何となく微笑ましい気持ちに私はなる。 この光景の為なら、上役とやりあう苦労なんて些細な事だ。

……私はお昼をどうするかな。久しぶりに携行栄養ゼリーで済ましちゃおうかな……。

 

 

「お、やってるわね」

 

「こんにちは、歌野さん、美都さん」

 

「あら、風さんに樹ちゃんも来てたの?」

 

「うん、何でも先生にね……」

 

 

犬吠崎姉妹登場。畑の外での急展開に、私は鍬を所定の位置に戻して帰ることに決めた。

 

 

「どこに行くのかしら、先生?」

 

 

決めた瞬間に部長に肩を掴まれる。ふぇぇぇ……。

 

 

「先生?」

 

「いや、作業も終わったし、帰ろうかなって……」

 

「え? 一緒にお昼を食べていかないんですか? 昨日風さんと話し合って、一緒にお昼を作ってきたんですけど……」

 

「みーちゃんと風さんの合作ランチ!? 先生、食べていかないなんて損よ!」

 

「勿論、断りませんよね?」

 

 

退路を塞がれる。と言うか、部長の妹である犬吠崎樹の圧が凄い。

中学生の圧に負ける教師を、君はどう思うか。

 

 

「食べていきます」

 

「よろしい!」

 

 

そう言って部長は、にこっ、と眩しい笑みを見せた。

 

 

「と言う訳で、じゃーん!」

 

「グレイト! みーちゃんのお握りもおいしそうだけど、風さんのお弁当も気合入ってるわね!」

 

「当然です。 先生の健康は、お姉ちゃんの肩にかかっていますから」

 

「先生の健康……?」

 

 

感嘆の声を上げる白鳥に、犬吠崎が自慢げに答える。そしてその答えに藤森は首を傾げた。

 

 

「この人、放っておくと食生活が崩壊しちゃうのよ」

 

 

部長にこの人呼ばわりされた……しかし口を挟むとろくなことにならないような気がする。

もう遅いか……。

 

 

「食生活がブロークンするって?」

 

「三食を携行栄養ゼリーとかにしちゃうの。 信じられないでしょ!」

 

「三食携行栄養ゼリー!?」

 

 

藤森に、何だコイツ、と言うような目を向けられる。傷つく……。

 

 

「いや、休日はカップ麺とかレトルトカレーとか食べるし……サプリも摂取するし……」

 

「それ、フォローのつもり……?」

 

 

白鳥にも、何だコイツ、と言う感じの目を向けられた。

 

 

「という訳で、私がちょくちょくとお弁当を差し入れているわけよ」

 

「ああ……たまに先生に手渡してる包みって、お弁当だったんだね……」

 

 

部長の言葉に、藤森が苦笑する。

 

 

「偶に家にも招きますしね?」

 

 

そして犬吠崎に止めを刺される。 へぇ、と言った感じの白鳥と藤森の表情がいたたまれない。

 

 

「……いただきます」

 

「はい、先生お茶。 水分補給はしっかりとしないとね?」

 

「ありがとう……」

 

 

部長が水筒から紙コップにお茶を注いで、私に手渡してくれる。 お茶、美味しい……お弁当もおいしい……。

何やら微笑まし気な犬吠崎や白鳥たちの視線を受けながら、私は何度目かの自身の生活改善を誓うのであった。

 

 

 

 

 

 





うたのんエミュ難しい……気を抜くとルー大柴さんのノリになる。 もしかしてそれで正解だったりするんですかね……。


感想、ご指摘をお待ちしています。


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ゆゆゆい - 2



第二回目です。キャラ同士の呼称表が欲しい今日この頃。
 
 
前回書くのを忘れたのですが、この作品では「ワタシ」と「アタシ」は「私」で統一しています。
漢字変換するとどちらも「私」で変換されるんですよね……ご了承ください。



 

本日は休日。何しよう!とか考えていると、インターホンが鳴る。

着替えていてよかった、などと考えつつ、私は家のドアを開けた。

 

 

「おはようございます、夏野さん」

 

「おはよう、三好」

 

 

扉を開くと、そこには三好夏凜の姿があった。服はジャージで、肩には木刀が入っていると思われるケースを下げている。

……嫌な予感がする。

 

 

「今日は久しぶりに、夏野さんに稽古をつけてもらいたいと思ってきました。お願いできますか?」

 

「……稽古ねぇ」

 

 

嫌な予感的中。 私の気の抜けた返事に、三好は「はい!」と強く頷いた後、一気に詰め寄ってきた。

 

 

「久しぶりに夏野さんと剣を交えたいんです! どれだけ私が夏野さんに近づけたのか、知りたいんです!」

 

「もう君のほうが強いと思うけどなぁ……そういえば最後にやったのは、勇者最終選考の前日だったかな?」

 

「はい! でもそれ以来、夏野さんと手合わせをしていません。だから……!」

 

 

更に詰め寄ってくる三好。 こうなっては仕方がない、か。 一応の師匠として、弟子の成長を実感するとしよう。

 

 

「解った、用意してくる。 どこで待ち合わせする?」

 

「ここで待ってます!」

 

「……中に入って待つと良い。お茶でも淹れるから」

 

「ありがとうございます!」

 

 

とことん体育会系ノリの三好に、私は苦笑するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで私と三好夏凜の関係について語っておこう。彼女は私の高校時代からの友人の妹である。

彼女の兄である三好春信とは妙に気が合う仲で、ちょくちょく互いの家を行き来していた。そんな時に出会ったのが、三好夏凜だったのである。

最初の方はたいして接点はなかったように思う。が何かの切欠で、彼女と言葉を交わすようになり、親しくなった頃に、剣の稽古をつけてほしい、と頼まれた。 当時の私は剣道部のエースだったので、その話を春信から聞いたのであろう。

私は知り合いの道場を借りて、三好と剣を交えるようになった。三好の剣の腕はみるみる上達し――――――何時の間にか彼女は勇者になっていた。ビックリだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

三好に連れられて砂浜へと向かう。いつもここで剣を振るっているそうだ。

到着すると、そこには既に先客たちがいた。乃木若葉に弥勒夕海子。それにもう一人。

 

 

「……三好夏凜」

 

「楠芽吹じゃない……それに若葉や弥勒も? 何やってるのよ?」

 

「訓練よ」

 

 

三好の疑問に答えたのは楠芽吹。防人と呼ばれる勇者候補生の集まりのリーダーである。

防人自体とは担当部署が別なので交流はなかったが、楠の父親は私の恩人であり、その縁で彼女自身とは知り合いだった。

その娘が勇者候補生の一人で、しかも防人と言うお役目についていたことは知らなかったが。担当部署が違えば、案外解らないものなのだなぁ……。

 

 

「夏凜は解るが……先生も?」

 

「あら、先生も木刀をお持ちになっていますのね?」

 

「そう言えば夏凜が言っていたな……先生も剣をかなり使える、と」

 

 

弥勒夕海子――彼女もまた防人の一人――の疑問に、乃木が思い出したように呟いた。

 

 

「当然よ! 夏野さんは、私の剣の師匠だもの!」

 

「夏野さんが三好夏凜の師匠……? どういうことですか、夏野さん?」

 

 

何故か胸を張る三好の答えに、楠がすぐさま反応。私を睨みつけてくる。やっばーい!

 

 

「貴方は私の師匠ではなかったのですか?」

 

「……どういう事?」

 

 

三好までが睨んできた。私はどう答えたものかを思案する。 すぐに結論に至る。

 

 

「よし! 始めるぞ、三好!」

 

「逃げましたわ!?」

 

 

私の、逃げる、という選択肢に、弥勒が愕然とする。 いやだって、どうしようもないよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三好夏凜と夏野さんが剣を交え始めた。三好夏凜の二刀での攻撃を、夏野さんは流し続けている。

 

 

「中々やるな……」

 

「当然よ」

 

 

若葉の感心したような言葉に、私は短く返す。夏野さんが強いことは、私が一番知っているつもりだ。

 

 

「むむっ……しかし防いでばかり。劣勢には変わりがないのではありません事?」

 

「姿勢が崩れていない。劣勢ならば、夏凜は押し切っている」

 

「夏野さんは目が良いの。生半可な太刀筋では、早々押し切れないわ」

 

 

弥勒さんの問いに若葉が答え、私がさらに続ける。そして解る。恐らく三好夏凜も解っているだろう。

 

 

「そろそろ、夏野さんが反撃に転じるわよ」

 

 

私がそういった瞬間、夏野さんが大きく踏み込んで、三好夏凜へと剣を振るった。 しかし読んでいたのか、三好夏凜は身を逸らすことでそれを躱し、すぐさま右の刀を振り上げる。

夏野さんはその一撃を、身をよじることで躱した。

 

 

「あれで姿勢が崩れないか……」

 

 

若葉の言葉通り、直ぐの反撃にも夏野さんは対応して見せた。さらには反撃とばかりに剣を振るい、三好夏凜の左の刀を重い一撃で手放させた。

返す刀で夏凜の首元に、木刀を突き付ける夏野さん。決着がついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうにか師匠としての体面を保てただろうか。そう思いながら三好と向かい合い、互いに頭を下げる。

勝負の後は礼儀が重要だ。

 

 

「……勝てませんでした」

 

「いや、私も危なかった。 体格差がなければ、君の圧勝だったと思うよ」

 

 

悔しそうに言葉を零す三好に、私は素直な感想を話す。20半ばの男と中学生の女子では、そもそもの体格差で圧倒的にこちらが有利なのだ。

 

 

「確かに夏野さんは背が高いな」

 

「186cmありますからね」

 

「何で知ってるんですの!?」

 

 

乃木の問いに、さらりと答えを返す楠。それを聞いて弥勒が驚くが、それにも楠はさらりと答える。

 

 

「夏野さんは、私の父の下で大工仕事をしていたの。作業着のサイズを測っていたのを見たのよ」

 

「成程、そういう訳でしたのね」

 

「高校生から大学生までやってたんだよ。親父さんにはお世話になった……」

 

 

その答えに弥勒は納得したらしい。私はと言うと、学生時代にお世話になった楠の父親の事を思い出していた。

 

 

「何かと目をかけてくれて……あの人がいなければ、今の私は無かったかもしれないなぁ」

 

「……その癖にウチの就職蹴って、あっさりと大赦に入社しましたけどね」

 

「う……」

 

 

楠からの恨みがましい視線に胸を抑える。いや、親父さんとはちゃんと話し合いましたしね?解っていただきましたしね?

我ながら言い訳がましい……。

 

 

「夏野さん! もう一本お願いします!」

 

「お、おう! 相手しよう!」

 

 

三好の言葉にここぞとばかりに乗っかる私。 正直疲れているけど、この楠からの視線から逃れたい……!

 

 

「その後は私とお願いします」

 

「私ともお願いいたしますわ!」

 

「私も手合わせ願いたい」

 

「……解った!」

 

 

楠、弥勒、乃木の言葉に、私はやけくそ気味に答える。やってやる!やってやるぞぉ!

 

 

 

結局、全員合わせて10本ぐらいやった。死ぬぅ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教頭から小言をいただいた。曰く「生徒との距離が近すぎます」との事。勇者部の部員だけではなく、全校の生徒に対して、らしい。

試しに「どのぐらいの距離が適切ですか?」と聞いてみる。すると「自分で考えなさい」とのお答。

 

 

「教師と言うのは難しいんだなぁ……」

 

 

新任だと覚えることがいっぱいだ。 などと考えつつ勇者部の部室の戸を開ける。

 

 

「あ、ナツリン先生~」

 

 

私に気づいて、部室内にいた乃木園子が声を上げた。

ちなみにナツリンと言うのは、私に対して乃木園子がつけたあだ名で、紆余曲折の末に部活中限定でその名前で呼ぶことを許可している。

ひょっとしてこういう所で許可してしまうのが、教頭の小言につながるのか?

 

 

「こんにちは、乃木」

 

「こんにちは~。 ところでナツリン先生。私が昨日投稿した小説は読んでくれました?」

 

「読んだよ。 ……と言うか、感想欄に感想を書いたよね?」

 

「確認したくなっちゃいまして~」

 

 

乃木の趣味は小説の執筆。 かなりの実力者のようで、私も彼女の作品は欠かさず読んでいる。

 

 

「え、先生もソノコストだったんですか!?」

 

 

突然伊予島が声を上げた。 そういえば彼女も乃木の小説のファンだったか。しかしソノコストとはいったい?

 

 

「……まぁ、ファンとして欠かさず読んでいるよ」

 

「そうですか! 昨日の投稿もすごく素敵でしたよね!」

 

「そう言って貰えると嬉しいな~」

 

 

熱量のこもった伊予島の称賛に、乃木が少し頬を赤くする。 昨日の投稿、ね……。

 

 

「乃木……あれ『拾った』だろ?」

 

「ぎくっ」

 

「解りやすい反応をありがとう」

 

 

彼女の小説のクオリティは確かだし、読み応えがあるのは確かなのだ。なのだが。

 

 

「あまり周りに迷惑をかけるなよ。 人物のモデルは結城と犬吠崎で間違ってないよな?」

 

「えへへ~……創作意欲が刺激されちゃって~……」

 

「伊予島も程ほどに。 この間なんて土居が相談に来たんだぞ……」

 

「す、すみません……」

 

 

度々周りからメモを取る乃木に、偶に協力してしまう伊予島。これに小学生の乃木園子が加わると、暴走と言っていいありさまとなる。

ちょくちょく釘を刺しておかねば。

 

 

「そう言えば今日のナツリン先生は、部室に来るのが遅かったね~?」

 

「まぁ、ちょっとあってね」

 

 

乃木の露骨な話題転換。 まぁ、折角だし、生徒との距離について彼女たちの意見を聞いておこうか。

 

 

「唐突な質問なんだけど、私と生徒との距離感をどう思う?」

 

「本当に唐突ですね……先生の生徒との距離感、ですか」

 

「勇者部だけじゃなくて~?」

 

「そうだ」

 

 

私の質問に乃木と伊予島が思案し始める。

 

 

「他の先生に比べると……近いかもしれませんね」

 

「やっぱりか……」

 

 

伊予島の答えに肩を落とす。 参考までに、どういう所が距離が近いと思うかを訊いてみる。

 

 

「うーん……休み時間に男子によくサッカーに誘われてるところとか~?」

 

「え、ああいうの断ったほうがいいの?」

 

「そういう先生には会った事がないってだけかも~?」

 

 

そうか……確かに私もそういう先生には会った事がなかったな……。

 

 

「あ、そういえば先生、この間女子生徒達に何かもらっていませんでしたか?」

 

「調理実習で作ったクッキーをもらったよ。 結構くれる子が多いんだよね」

 

 

クラスの男子とかに渡したりとかする青春はないのだろうか。

 

 

「へぇ……」

 

 

そして何故か乃木が目を細め、私の背中に悪寒が走る。 ……きっとメモでも取るんだな!次回作のネタにしちゃうんだな!そうに違いない!

ここは目くじらを立てずに許してやろう!はい、この話題は終了!

 

 

「つまりサッカーの誘いは断り、調理実習の後のおすそ分けは拒否する……そんな感じか?」

 

「他にも色々あるよね~」

 

「……そういえばクラスメイトに聞いたんですけど、先生って生徒からのラブレターに、一つ一つお手紙でお返事をしているとか」

 

「へぇ」

 

 

伊予島の言葉に、再び乃木の目が細る。 待って、伊予島は私に何か恨みでもあるの?言わなくていいじゃん、そういうのは!

 

 

「……全部断りの手紙だよ。当然だけど」

 

「そうですか」

 

 

にっこりと笑う伊予島。何か怖い。気のせいに違いない。

ともあれ、結論は出た。

 

 

「つまり私は生徒との距離が近すぎるという事だな?」

 

「そういう事になるのかな~……?」

 

「悪い事だとは思いませんけど……」

 

「でも、何で急にそんなことを気にしだしたの~?」

 

「うーん……まぁ、ここまで話したんだから言ってもいいか」

 

 

ここに来る直前に頂いた教頭からのお小言を話す。 それを聞いた乃木と伊予島は顔を見合わせた。

 

 

「先生って、そういうお小言を気にするタイプだったんですね……」

 

「今日の伊予島は辛辣だな……」

 

 

そんなに私はお気楽に見えているのだろうか……? また一つ、悩みが増えた。

 

 

「うーん……」

 

「乃木?」 「園子先生? どうかしましたか?」

 

 

一方の乃木は唸ったまま動かない。私と伊予島が声をかけると、乃木は、あ、と呟いて顔を上げた。

 

 

「あの教頭先生って、乃木家の分家の一員だったね~」

 

「乃木家の分家……え、勇者補佐の再選考の関係って事?」

 

「見覚えあるからね~」

 

 

これで得心がいった。 この世界に来て少しした頃、一時私は勇者補佐のお役目を下ろされたことがあったのだ。

原因は初代勇者様達。西暦よりやってこられた偉大な勇者様に仕えることは、夢にも見れないほどの栄誉だ。

そういう訳で名家や派閥等が、どこに所縁がある人間が、その栄誉を得るかを争っていたらしいのだが……。

 

 

「園子先生や若葉さん、ひなたさんにもこっ酷くやられたのに……何というか逞しいですね……」

 

 

伊予島が苦笑するのも当然で、乃木達が相当厳しく彼らに『言いつけた』らしい。何をやったかの詳細は聞いていない。怖いから。

ともかくその効果もあって、三日もしないうちに私はお役目へと復帰することになったのだ。

 

 

「もう一回、ぷんぷん、ってしちゃう~?」

 

「必要ないよ」

 

 

乃木の可愛らしい言葉での提案を私は断る。 だってこの子、目が笑ってないの……。

 

 

「ま、原因も解ったことだし、この話題は終了でいいか……二人とも、今日の予定は?」

 

「ありません~」

 

「私もありません」

 

「今日は勇者部の活動予定もないし……かめやにでも行って、最近出た小説についてでも語り合う? 相談に乗ってくれたお礼に奢るよ」

 

「いいですね、それ!」

 

「私も賛成で~す」

 

「決まりだ」

 

 

という訳で、我々はかめやに場所を移して、様々な小説について語り合うのだった。

 

 

 

翌日、職員室で仕事をしていると、教頭が真っ青な顔で「言い過ぎました」とか言ってきたので、「気にしないください」と返しておいた。

何があったのだろうか……いや、どのような事情があろうとも、私は只々勇者補佐のお役目に邁進するのみだ。それが私の使命だからである。

だから部室に行ったら乃木園子と上里が満面の笑みを浮かべていて、その横で乃木若葉が苦笑いしていたとしても関係ないのだ。ないったらないのだ。

 

 

 





余談ですが夏野は、若葉、園子はそれそれ乃木呼び。園子(小)は園子ちゃん呼びにしています。
若葉と園子が一緒にいるときは、フルネームで呼んでいます。意地でも生徒の事をファーストネームで呼ぼうとしない人なのですね。メンドクサイ。(えー


感想、批評をお待ちしております。


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ゆゆゆい - 3


第三回です。間が空き過ぎたような気もしますが、気のせいに違いないです。


今回も「ワタシ」と「アタシ」は「私」に統一させていただいております。
次回以降、ちょっと修正を図っていこうかな……。


 

 

 

定期テスト終了。採点の為に暫く勇者部の活動に顔を出せない日々が続いたが、それも終了。

私はその日の業務もそこそこに部室へと向かう事にした。

 

 

「……うーむ」

 

 

しかし部室に近づくにつれ、段々と私の足は重くなっていく。過るのは英語担当の教師から言われた一言。

うーん……多分彼女達も自覚はしていると思うが……私からも言わないとダメだろうか?

等と考えながら部室の扉を開けると、部員達の一部が机に向かっている姿が目に入った。

まぁ、全教科の答案が返ってきているらしいし……むべなるかな。

 

 

「あら、こんにちは先生」

 

「こんにちは、上里」

 

 

私に気づいた上里が声をかけてきた。

 

 

「定期テストの採点、お疲れ様です」

 

「そんなでもないよ……むしろこの後の生徒のほうが大変なんじゃないかな」

 

 

上里の言葉に私は軽く答える。そして、ふ、とホワイトボードへと目を向けてみる。

そこには「勇者部英語科目教科週間」と大きく書かれていた。

 

 

「……ほら、やっぱり生徒のほうが大変だ」

 

「仰る通りかもしれませんね」

 

 

私の言葉に、上里が苦笑する。

そう、定期テストにおいて我らが勇者部美員たちの多くは、英語教科の成績が振るわなかったのである。

 

 

「確か結城と土居は補修だったか?」

 

「ご存じでしたか」

 

「英語担当の秋山先生に小言を頂いたからねぇ」

 

「あらまぁ……」

 

 

私の答えに、上里は返答に困った様子だ。 深刻にとらえられてしまったか?

 

 

「大したことは言われてないけどね。 一応顧問として注意をされただけだよ」

 

「そうですか」

 

「それにしても……補修組の結城と土居以外も勉強しているんだな」

 

 

机へと視線を向ければ、結城と土居の他にも英語の教科書を広げている部員がいる。

 

 

「部長と犬吠崎と加賀城に山伏……」

 

「ギリギリだったそうです」

 

「へぇ」

 

 

補修じゃなければ別に気にする事はないような……と思ってしまうのは、私が真面目な学生ではなかっただろうか。

そもそもこの世界で勉強をする意味は然程ない。私なら盛大にサボっていただろうなぁ……。

まぁ、教師として、そんな事は口が裂けても言えないのだが。

 

 

「それに、テスト期間の前後にバーテックスの激しい侵攻がありましたから……思うように勉強できない人も多かったようです」

 

「そう言えばそうだったか……どうにも忘れがちだ」

 

 

バーテックス侵攻の際、私は樹海からは切り離されてしまうので、侵攻の多い少ないの実感は湧きにくいのだ。

しかしそれを教えてくれた上里は問題なさそうな様子だ。

 

 

「上里は大丈夫だったのか?」

 

「私は問題なく。若葉ちゃんも完璧ですよ」

 

 

ふ、と視線を向ければ乃木若葉が虚ろな目で、ぼんやりと窓の外を眺めている。そしてそれを見つめる上里は満足げに笑みを浮かべていた。

……まぁ、テストを落とさなかったのであれば教師的には問題ないし!何があったは聞かないでおこうかな!

 

 

「……けれど、他の教科の点数はそこまで落ちてなかったがな。 何で英語だけ?」

 

 

私の担当する数学教科に至っては、全員が平均点以上を取っていたぐらいだ。何故、英語だけが?

その疑問に答えてくれたのは、郡だった。

 

 

「神暦では英語自体を使うことが少ないじゃない?この世界に来てから、英語を主に話す人に会った事がないわ」

 

 

成程、確かに神暦の四国において公用語は日本語である。

そして部員達から聞いた外のありさま。それを考えれば、外国人などが来れるはずもない。

英語を使用する機会なんてそうそうないわけだ。

 

 

「むしろ三百年経っても、英語の授業というものが残っていたことが驚きね」

 

「そうは言っても、いずれ平和な時代が訪れるだろうから。 その時に備えておかなくちゃ、ね?」

 

「そうだよ、ぐんちゃん! 何時の日か勇者が天の神を倒す時代が来るんだよ!」

 

「……そうね、高嶋さん」

 

 

高嶋の力強い言葉に郡が頷く。 私もその日を信じているからこそ、勇者補佐の役目を務めているのだ。

それはともかくである。

 

 

「……で、英語の触れることが多いはずの西暦組の土居はどうして補修なんだ?」

 

「要領が悪いんじゃない……?」

 

「うおぉぉい! それは酷いんじゃないか、千景ぇ!」

 

 

バッサリと切り捨てた郡に、土居が叫ぶ。

 

 

「そもそもバーテックスが悪いんだぞ! ちまちまと侵攻してくるから、タマが勉強する時間が取れなかったんじゃないか!」

 

「そーだよ! ちゃんと勉強する時間が取れていたら、もっと点数が取れたんだよぉ!」

 

 

土居の熱弁に加賀城が便乗してくる。 うーん、確かに激しい戦いの後に、勉強の時間をとれ、というのは酷な話か。

学生と勇者のお役目の両立は、私が思う以上に難しいのかもしれない。

正直教師としては取りたくはない手段なのだが……。

 

 

「……多少、融通が利くように頼んでみるか?」

 

「え!? そんな事ができるんですか!?」

 

「そういうのは早く言ってよ!」

 

 

結城と部長が大きな声を上げた。 というか、部室にいる部員全員がこちらを見ている。

そんなに大変だったのか……まだまだ私の気配りが足りない、という現れなのかな。反省。

 

 

「それは……大赦経由で頼む、という事ですか?」

 

「いや……まぁ、そちらも介すつもりではあるけどね」

 

 

伊予島の問いに私は首を振る。それよりも手っ取り早い方法があったりするのだ。

 

 

「英語の秋山先生は個人的にも親しい人だから。 私のお役目の事も知っているし、何とか頼み込んでみるよ」

 

 

瞬間、部室の空気が凍った。

 

 

「え」

 

 

思わず動揺する私。何だ、今回は何が地雷だったんだ!?

 

 

「先生……」

 

「あ、はい」

 

 

何処か底冷えのする結城の声に、私は敬語で返してしまう。情けない、とは思うが迫力がね?

 

 

「先生って、秋山先生と親しいんですか?」

 

「あ、ああ。まぁ、ね。 よく一緒に呑みに行ったりするよ」

 

 

据わった眼で訊いてくる結城に、私は怯みながら答えた。

ますます冷える部室の空気。 どうしよう……。

 

 

「へー……あの美人先生とねー?」

 

 

部長参戦。 それに続いて神暦の勇者部員達が口を開く。

 

 

「スタイルも抜群ですよね」

 

「胸も大きいですし……」

 

「腰は細くて~」

 

「お尻も大きいわよね」

 

 

上から東郷、犬吠崎、乃木園子、三好の言葉となっております。

すっごく怖い……逃げたぁい……。

 

 

「……雀」

 

「はぇっ!? 何、メブ!?」

 

「しっかり勉強しなさい。 私も付き合うから」

 

「え、でも融通が利くって……」

 

「加賀城……今の楠に何を言ってもダメ……」

 

「しずくさんの言う通りですわ……私達も協力しますから」

 

「せ、せんせぇ~!」

 

 

加賀城が涙目で助けを求めてくる。むぅ~りぃ~。 

あと、何故か国土がこちらへと、にっこり笑いかけているぅ……。

 

 

「ゆ、結城!タマたちは補修なんだぞ!? ここは融通を利かせてもらうべきだろ!?」

 

「勇者部五か条! なせば大抵なんとかなる!」

 

「その意気よ、友奈ちゃん。 私も全力でサポートするわ」

 

「ありがとう、東郷さん!」

 

「私達も頑張るわよ、樹!」

 

「うん! お姉ちゃん!」

 

「あ、杏ぅ~……!」

 

「もうどうしようもないよ、タマっち先輩……頑張ろう?」

 

「……私も協力するわ。 流石に同情を禁じえないもの」

 

「千景ぇ~……!」

 

 

意気込む結城や犬吠崎姉妹とは反対に、涙目で叫ぶ土居が伊予島や郡に慰められている。

混沌としか言いようがない。

 

 

「ホント、先生は面白すぎるにゃー」

 

 

秋原の一言が、何故か私の心を抉った。

 

 

 

 

 

 

結果。結城と土居は補修において満点に近い点数を取った。さらに直近の小テストにおいては、勇者部全員が好成績をおさめたそうだ。

 

 

 

秋山先生からはお褒めの言葉を頂き、祝いの飲み会を提案された。

勿論丁重にお断りした。これ以上の混沌は避けたいのです……。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

休日。諸々の生活用品を買い足すために、愛車を駆って買い出しに向かう。

 

 

「ついでに食料品の類も買っていこうかな……」

 

 

カップ麺も栄養ゼリーもストックがあるが、早め早めに買っておくに越したことはない。

等と考えていた時だった。道の向かい側の公園に見知った顔を発見する。

 

 

「あれは……銀ちゃんか」

 

 

三ノ輪銀。今より少し過去からやってきた小学生勇者だ。

その彼女の傍には何やら号泣している女の子がおり、どうやらその対応に苦慮している様子である。

 

 

「何があったのやら……」

 

 

見て見ぬふりはできない。手近な場所に車を止めて、銀ちゃんの下へと向かう。

 

 

「こんにちは、銀ちゃん」

 

「あ、夏野さん……!」

 

 

私に気づいた銀ちゃんの表情が、ぱっ、と明るくなった。助けに船、とでも思ったのだろうか。

 

 

「何か困りごとかい?」

 

「そうなんですよ……実はこの女の子の自転車がですね……」

 

 

泣き続ける女の子の傍らには、自転車が転がっている。

 

 

「私が歩いていたら、この子が泣いていまして。話を聞いたら、転んで自転車を壊しちゃった、っていうんです」

 

「壊した? どんな風に?」

 

「聞けたのはそこまでで……その後はずっと泣き通しなんで、どうにかしてあげたいんスけど……」

 

「そこまで手が回らない、と」

 

「女の子の方を放っておくわけにはいかないですし……それに自転車のどこが悪いのかもわからなくて困っていたんです」

 

「成程……」

 

 

女の子の傍に転がる自転車を持ち上げてみる。

 

 

「あ、ナツホの自転車……!」

 

「心配しなくても大丈夫!」

 

 

声を上げる女の子に、銀ちゃんが笑いかける。

 

 

「この人は私の知り合いで、凄い人なんだ! 自転車なんてすぐに直してくれるよ!」

 

「本当!?」

 

「ですよね、夏野さん!」

 

「……おう!」

 

 

期待の目を向ける銀ちゃんに、思わずどもる。

何かハードルをとてつもなく高く上げられた……。 ともあれ自転車の具合を見てみる。

 

 

「ああ……チェーンが外れてるのね……」

 

 

しかも厄介なことに少しねじれて、絡まっている。

 

 

「な、直りますか?」

 

「これくらいなら、ね」

 

 

心配そうな銀ちゃんに、軽く答える。昔から機械弄りの類は得意なのだ。自転車のチェーンのまき直しなんて、お手の物。

 

 

「……これで良し! ちょっと乗ってみてくれるかな?」

 

「う、うん!」

 

 

女の子が恐々といった様子で、自転車に跨る。私と銀ちゃんもその姿を、固唾をのんで見守る。

 

 

「あ……走れる!走れるよ!」

 

「ほっ……」

 

「あぁ、よかった! 流石、夏野さん!」

 

 

喜ぶ女の子に、ほっ、と安堵の息を吐く。 隣にいる銀ちゃんも同様だ。

しばらくすると女の子は再び私達の下へと帰ってきた。

 

 

「ありがとう、お兄さん!」

 

「力になれて、よかったよ」

 

「よかったな、お嬢ちゃん!」

 

「うん! お姉ちゃんもありがとう!」

 

「どういたしまして!」

 

 

女の子のお礼に、笑って応える銀ちゃんと私。

やがて走り去っていく女の子の背を見ながら、私はもう一度安堵の息を吐く。

 

 

「巧く直ってよかったよ」

 

「すいません、夏野さん。 私の事に巻き込んじゃって……」

 

「これくらいどうって事ないよ」

 

 

申し訳なさそうに言う銀ちゃんに、私は首を振る。

 

 

「それに困っている人を放っておけないのは、銀ちゃんの良い所だものね」

 

「えへへ……」

 

 

私の言葉に照れくさそうに笑う銀ちゃん。その反応に私は懐かしさを感じていた。

 

 

 

 

 

 

かつて私は三ノ輪家の近所に住んでおり、銀ちゃんとは顔見知りだった。

 

 

すれ違えば挨拶をしたり、時々立ち話をする程度の関係だったが、お互いに知った仲だったので、この世界で再会したときに銀ちゃんは相当驚いた様子であった。

 

 

近所の気やすい新卒のお兄さんが、二年後には勇者の補佐役になっていたのだ。驚くのも無理はない、といったところだろうか。

 

 

 

 

 

 

「夏野さん?」

 

 

銀ちゃんの呼びかけに、はっ、と意識が戻る。

 

 

「え……ああ、どうした?」

 

「いえ、何かボーッとしてたんで……」

 

 

心配そうに私の顔を覗き込む銀ちゃん。自身の悪癖で、要らぬ心配をかけてしまったか。

 

 

「悪い癖でね……何かを考え始めると、すぐに周りが見えなくなってしまう」

 

「考え事ですか?」

 

「大した事じゃないけど、ね」

 

 

心配そうな銀ちゃんに、私は笑って返す。あまり深堀されるとまずい。

話題を変えよう。

 

 

「そう言えば銀ちゃんは、何しにここに? 何処かに出かけるのかい?」

 

「……あ」

 

 

私の問いに、銀ちゃんが、しまった、という表情で固まった。

 

 

「イネスで須美と園子と待ち合わせしてたんだった!」

 

 

また遅刻だ!と肩を落とす銀ちゃん。

そう言えば以前に、遅刻が多くてよく先生に怒られる、と話していた記憶がある。生活態度に問題のあるような子には見えなかったので、その時は不思議に思ったものだったが……。

今日のようにトラブルに巻き込まれては、解決の為に奔走していたのだろうか。遅刻も多くなるわけだ。

 

 

「待ち合わせ時間は?」

 

「えっと……!」

 

 

私の問いに銀ちゃんが答えた時刻と今の時刻、そしてイネスの場所を考える。 ……徒歩では到底間に合いそうもない距離だ。

しかし徒歩でなければ。例えば車なら。

 

 

「私の車に乗っていくといい。イネスまで送るよ」

 

「え!?良いんスか!? でも夏野さんにも用事があるんじゃ……?」

 

「問題ないよ」

 

 

申し訳なさそうに言う銀ちゃんに、私は笑って見せる。

 

 

「どうせ日用品や食材の買い出しに行くところだったんだ。 イネスで買っていけば問題ないよ」

 

「あ……ありがとうございます!」

 

 

話は決まった。早速近くに止めた車へと乗りこみ、イネスへと向かう事にしよう。

 

 

「そう言えば……夏野さんも料理をするようになったんスね?」

 

「え?」

 

 

シートベルトを締めながら銀ちゃんが言う。

料理?何のことだ?

 

 

「だって日用品と一緒に、食材も買いに行くんでしょ?」

 

 

私の戸惑いを余所に、銀ちゃんが一抹の疑いもないまなざしを向けてくる。

ああ、食材ってそういう……うん……うん……。

 

 

「……流石に、食生活の改善は必要かと思って、さ」

 

「そうですよね!」

 

 

何やら嬉しそうに笑う銀ちゃんに、私はあいまいな笑みを浮かべながら思う。

言えない……私の言う食材とはレトルトにカップ麺、栄養ゼリーの事だなんてとても言えない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イネスに到着。銀ちゃんに別れを告げて、一人スーパーへと向かう。

目的の日用品を籠に入れたら、次に目指すはカップ麺のコーナーだ。

ずらりと並んだ商品に、思わず目移りしてしまう……!

 

 

「お、新商品が……カップ蕎麦?」

 

 

うどんとラーメン以外のカップ麺なんて、近所のスーパーではお目にかかれないので思わず籠に入れてしまう。

香川人と言えども、偶には蕎麦も食いたくなるよネ!

 

 

「許せ、乃木若葉……」

 

 

想像の中の乃木若葉が裏切者!と騒いでいるので、謝罪を述べておく。

さて、次はレトルト食品コーナーだ。私は買い物カートを押しながら、ふ、と三人の小学生勇者達の事を考え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二年前。私は大赦の庶務課に所属していた。業務は多岐にわたり、入赦したばかりの私は作業にてこずってばかりだった。

 

 

そんな中祭事担当部署から、庶務課に応援の要請が来た。何でも勇者様の一人が、お役目で命を落としたらしい。その葬儀の応援にきてくれ、との事だった。

 

 

それを聞いたとき、私は勇者様の尊い犠牲に感謝はしていたが、悲しみなるものはさほど感じてはいなかったように思う。

きっと勇者様を遠い世界の存在のように思っていたからだろう。

名も顔も知らないが、神樹様に選ばれた勇者という崇高なお役目につく人――――そんなイメージがあったのだ。

 

 

その考えを打ち砕かれたのは、祭儀場にいた夫婦を見た時だった。見知った顔――――そう三ノ輪夫婦である。

体を震わせながらも、悲しみをこらえる夫婦。彼らが抱える遺影には――――つい昨日にも挨拶を交わした少女、三ノ輪銀の姿があった。

 

 

神樹様に選ばれ、人知れず世界のために戦っていた勇者は、私の近所に住む元気な女の子だった――――その事実に私は打ちのめされた。

 

 

幸いと言っていいのか私の動揺は仮面のおかげで気取られることはなかった。

そしてその動揺を誤魔化す様に、淡々と祭事担当の神官の指示に従って葬儀の準備に加わった。

 

 

もちろん三ノ輪夫婦や銀ちゃんの弟たちとも言葉を交わすこともなく。

 

 

そして壇上の前で泣いていた二人の女の子とも―――――――。

 

 

その後の私は以前にも増して、大赦の業務に励んだ。

そしてそれが評価されたのかどうかは知らないが、半年ほど前に勇者補佐のお役目を頂き、今に至ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時から、がむしゃらにやってきた。だからこそ痛感する。

昔も今も……大赦は、いや大人は無力だ。

 

 

「考えても仕方がないんだろうけど……」

 

 

それでも私は行動せずにはいられない。今はこの世界での経験を、どうにか一部だけでも持ち帰る方法を探っている最中だ。

バレたら神樹様への不敬という事で、大赦どころか四国にも居場所がなくなるのであろうが……その時はその時だ。

 

 

「レトルトはOK。後は栄養ゼリー、栄養ゼリー……」

 

 

まぁ、それはさておき。私は本命の栄養ゼリーコーナーの前に立つ。

さぁて、どれを買おうかなぁ……。

 

 

「みぃちゃったぁ~♪」

 

「え?」

 

 

背後から聞き覚えのある声がした。 嫌な予感しかしない!でも振り返る以外の選択肢はない!

果たしてそこには、先ほどまで思いを馳せていた三人の小学生勇者の姿があった。

 

 

「何故君たちがここに……?」

 

「ミノさんから聞いた、ナツリンさんが食材を買う、っていうワードで、面白い事が起きそうな予感がしたんです~♪」

 

 

楽しそうに笑う乃木園子(小)。 面白い事って……何?

 

 

「夏野さん……いや、想像はしていましたけどネ?」

 

 

銀ちゃんが苦笑いしながら言う。 え、最初から信頼されてなかったの?

そして最後の一人、鷲尾須美が怒りの表情を浮かべて言う。

 

 

「……風さんに通報します」

 

「止めよう。それだけは止めよう?」

 

 

恥も外聞もなく小学生に縋る大人を、君はどう思うか。しかし形振り構っていられない事情がある。

これ以上彼女に生活を侵食されたら、本当にダメ人間になっちゃう!

 

 

「こんな食生活をしておいて、今更ダメ人間も何もありません!」

 

 

須美ちゃんの正論にぐぅの音も出ない。でも……!でも……!

 

 

「部長にだけは……部長にだけは言わないでくれ……!」

 

「風さんとの間に、いったい何が!?」

 

 

私の情けなすぎる対応に、銀ちゃんが愕然としている。  嫌だ、語りたくない!

 

 

「大丈夫だよ、ナツリンさん?」

 

「え?」

 

「そのっち?」

 

 

わたわたとやっていると、園子ちゃんが口を開いた。首を傾げる須美ちゃんと私。そして苦笑いする銀ちゃん。

そして彼女は言った。

 

 

「わっしー先輩に通報したから~」

 

「…………」

 

「フーミン先輩じゃないから、セーフなんよ~」

 

「………………」

 

「あ、夏野さんが膝をついた」

 

「そのっち……見事な止めの刺し方ね」

 

「それほどでも~」

 

 

絶望的な事態だ……。 最早打開策は、無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

それからというもの神暦の勇者部の面々や、楠に国土等と言った面子が度々私の家に来ては食事を作ってくれるようになった。

 

冷蔵庫には常に誰かの作り置きがある。しばらくすると小学生組や西暦組、そして残りの防人組も来るようになってしまった。

 

私の食生活に関する記憶だけは、元の世界に持ち帰ってほしくない。そう思いながら、結城と東郷の合作和風ハンバーグを食べるのだった。

 

……美味しい。

 

 

 

 





ちなみに銀ちゃん他死亡組生き残りルート解放のカギは、この世界でヤンデレる、だったりします。
という訳で頑張れ、夏野。勇者達の幸せの為にヤンデレフラグを乱立させるのだ!

尚この攻略情報の真偽を書く予定はないです。(えー


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ゆゆゆい - 4



第四回です。かなり散らかった内容になってしまった……。けどお出しします。
こういうのは開き直りが大事だと思うんですヨ!(虚ろな目



当作品では「ワタシ」と「アタシ」は「私」で統一させていただいております。
よしなに。


 

 

 

 

 

 

郡千景。乃木若葉らと共にこの世界へと来訪した、西暦に活躍した初代勇者の一人……らしい。

何故、らしい、という曖昧な表現になるのかというと、郡千景なる勇者の記録がどこを探しても存在しないからである。

 

 

「うーん……やっぱり見つからない」

 

 

西暦の勇者達が来訪してから、私は折を見ては大赦の資料室に籠るようになった。

各時代の記録を調べ上げて、勇者補佐として各勇者様達へ違和感のない生活を提供できるように、という理由だ。

その【ついで】に、郡千景なる勇者の記録を探していたのだが……。

 

 

(一向に見つからないとはネ)

 

 

確証はないものの、郡千景という勇者は間違いなく存在していたと私は考えている。

初代勇者様達の彼女への接し方を見ればその信頼関係は一目瞭然であるし、そもそも実際に勇者システムを起動して造反神と戦っているのだから疑う余地はないだろう。

だからこそ、記録が見つからないのが不可解なのだ。

 

 

「検閲事項が多いし……」

 

 

膨大な資料の半分は検閲済みの記録であった。正直歴史資料としては価値がないといってもいいぐらいだ。

大赦の秘密主義は知っていたつもりだったが……こうもまざまざと見せつけられると思う所も出てくるなぁ……。

 

 

「神樹様の内包世界なんだから、もうちょっと融通が利いてもさぁ……」

 

 

いくら現実世界を再現しているとはいえ、少しくらいは余地を残してくれてもいいじゃん!

……などとと思うのは神樹様への不敬が過ぎるだろうか。誰かに聞かれれば事かもしれない。

まぁ、心中で思った時点で、神樹様には筒抜けなんだろうけどもね。

 

 

「……帰ろう」

 

 

ふ、と時計に目をやると、そろそろ昼飯時が近かった。

午後には予定があることだし、資料を片付けたら帰ることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自宅(木造の平屋)に帰ると、居間で勇者部の数人たちがゲームに興じていた。

 

 

「あ、お帰りなさい、先生」

 

「……こんにちは、伊予島」

 

 

少し離れたところで本を読んでいた伊予島の言葉に、私は苦笑いで挨拶を返す。

ここで「ただいま」なんて言おうものなら、ますます彼女達に生活を侵食されてしまう気がしたのだ。

もう遅いとかいう人は嫌いです。

 

 

「あ、ゲーム機借りてまーす!」

 

 

そう申告したのは銀ちゃんだった。ちなみに視線は画面にくぎ付けのまま。勝手知ったる……といったところか。

部屋を見渡すと、他に土居球子に郡千景がゲームに興じており、それを高嶋友奈や乃木園子(中&小)、鷲尾須美らが眺めているのが解った。

 

 

「あ、お帰りなさい、先生!」

 

 

台所からエプロン姿の部長が顔を出した。居間にいるので全員じゃなかったんだ……。

 

 

「もうすぐお昼ができるから。 今日のメニューは肉うどんよ!」

 

「……それは美味しそうだね」

 

 

部長の言葉に、私は絞り出すような声で答える。

肉うどんかー……部長のうどんは美味しいもんなぁ……楽しみだなー……。

 

 

「あ、鞄は私が預かります。何時もの書斎においておけばいいんですよね?」

 

「うん……」

 

 

手に持っていた鞄が伊予島に奪われる。 わぁ、気が利くなぁ……。

……何で?何で皆、我が家の事に詳しいの?

 

 

「何をボーっとしてんの! 早く手を洗ってきなさい!」

 

「はい……」

 

 

部長の急かす言葉に、私は洗面所へと向かう。もう何だろう……取り返しのつかないことになっている気がする。

……悲しみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員で部長の作った肉うどんを啜る。美味しいなぁ。

 

 

「……先生が遠い目を!」

 

「状況に心がついてきていないのね……可哀想に」

 

 

高嶋と郡が言う。 だったら勝手に家にあがらないでくださいます!?

……と口に出して言えない私。だからダメなんだ、という自覚はあります。

 

 

「あの……何と言ったらいいのか……申し訳ありません」

 

「いや……まぁ、別に怒っているわけじゃないから。そんな風に謝らなくていいよ」

 

 

心底から謝意を伝えてくる須美ちゃんに、少し心が癒される。

でも結局は彼女も家に上がっているんだけどね……。

 

 

「そうだよ、リトルわっしー。 別に泥棒をしたりしてるわけじゃないんだから~」

 

 

乃木はもう少し遠慮してくれない?

 

 

「しっかし先生の家にはいろいろなものがあるよなー!」

 

「もうタマっち先輩ったら……でも本にゲームに、CDやDVD……トレーディングカードとかもあるからね」

 

「しかも全部にラベリングして、ジャンルや媒体ごとに綺麗に棚にしまってあるもんね~。 色々と探しやすくて便利です~」

 

 

土居の言葉に伊予島が苦笑しつつも同意し、園子ちゃんは目を輝かせながら言う。

泥棒はされてないらしいが、家探しはされているらしい。まぁ、ここまで生活を浸食されたならそれぐらいは気にならないけど。

諦めとかやけくそとも言う。

 

 

「掃除も洗濯も完璧なのにねぇ……どうして、食事だけは疎かにするのか理解に苦しむのよねぇ」

 

 

そんな私に向かって、部長が嘆かわしげに言った。そんなに言うほど?

 

 

「食事なんて、ただの栄養摂取の作業じゃないか」

 

「栄養は美味しく摂ってこそ、よ! 作業とかいうんじゃないの!」

 

「夏野さん……それは流石に改めたほうがいいっすよ」

 

 

私の反論に部長が怒声を上げ、銀ちゃんには悲しそうな目を向けられる。

というか、周りの全員が悲しそうな目で私を見ていた。

うーん……まぁ、確かに美味しいご飯のほうが嬉しいとは思う。

 

 

「ごめんなさい」

 

「……解ればいいのよ」

 

 

私の言葉に、部長が言う。しかしやはり不満げな様子だ。

その一方で、

 

 

「……園子先輩、これ少し調べたほうが~……?」

 

「そうしよっか~……絶対に何かあるからね~……」

 

 

乃木園子(中&小)が何事かを囁きあっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼食後。何故か郡と格闘ゲームで対決することになってしまった。

どうしてこうなった、とは思うのだが、昼食時に食卓を変な空気にしてしまった負い目があるので大人しく参加する事にした。まぁ、少しぐらい生徒の前で息抜きしても良いよね!

……とか思っていた過去の自分に後悔している。。

 

 

「中々やるわね……!」

 

「……っ!」

 

 

郡強い。めっちゃ強い。相当なゲーマーとは聞いていたが、こんなのプロレベルじゃないっすか!

1R目はカウンターで一気に潰されたので、2R目は弱攻撃で隙を伺い続ける。隙なんてないけど。

 

 

「おお……本気の千景と対等に渡り合ってるぞ!?」

 

「夏野さん、スッゲー!」

 

「ふっ……ここまで本気を出すのは久しぶりだわ……!」

 

 

郡の猛攻を防ぎ続ける私に、土居と銀ちゃんが驚きの声を上げた。

驚いているところを申し訳ないが、郡みたいに喋る余裕とかないですぅ!負けそうですぅ!

 

 

「ぐんちゃん!先生は余裕ないみたいだよ!押しきっちゃえ!」

 

「解ったわ、高嶋さん!」

 

 

高嶋の言葉に郡の動きが更に早くなる。要らない事を言ってくれちゃうなぁ!

うぬぬ……!

 

 

「1F読みとかずるくない、ぐんちゃん……!」

 

「え?」

 

「へ?」

 

 

突如郡が間抜けな声を上げて固まった。その瞬間、私が破れかぶれで入力した必殺コマンドがさく裂。

まさかの大逆転勝ちー! ……でいいのかしら?

 

 

「何があった……?」

 

 

横にいる郡は顔を真っ赤にして固まり続けている。そして周りを見回せば、やはり固まっている面々が。

何があったんだ……。

 

 

「先生……今、何て言った?」

 

「え?」

 

 

何やら部長が震えた声で問いかけてくる。何って……。

 

 

「何か言ったっけ?」

 

「……今、千景さんの事を「ぐんちゃん」って呼びましたよね?」

 

「?」

 

 

伊予島の言葉に首を傾げ……先ほどの勝負の最中のことを思い出した。

言いましたね。生徒の事を、反射的にあだ名で呼んじゃいましたね。

ふむ。

 

 

「辞表書きます……」

 

「「早まるなぁ!」」

 

 

部長と土居に取り押さえられる。

 

 

「離してくれ! 生徒との垣根をなくしてしまった教師など碌でもないに違いないんだ……!」

 

「お、落ち着きタマえ! 生徒を自宅に上げている時点で垣根なんて無いようなものだろ!?」

 

「辞表書くー!」

 

 

どったんばったん。 そして私は簀巻きにされた。

 

 

「許してくれ、郡……決してハラスメントとかそういう意図はなかったんだ……」

 

「そんな事思ってないわよ……」

 

 

私の謝罪に、郡は呆れたようにため息を吐く。

 

 

「どうせ高嶋さんの呼び方に釣られたんでしょう? どれだけゲームに必死になってるのよ」

 

「いや、そっちこそ1F読みは酷くない? ガチすぎるでしょ」

 

「だよなぁ、先生! 千景はもう少しタマ達に華を持たせてくれてもいいよな!」

 

「はい、タマっち先輩はこっちに来ましょうねー?」

 

 

土居が伊予島に引きずられていく。ドナドナ……。

 

 

「……とにかく私は気にしていないわ。本人がそう言っているんだから、それでいいでしょ?」

 

「むぅ……」

 

 

郡の寛大なお言葉に乗ってもいい物かどうか悩む。

でも本人が言っているんだから、これ以上騒ぐのはあれだよなぁ。

 

 

「解った、辞表書くのやめます」

 

「それでいいのよ……という訳で」

 

 

郡がゲームコントローラーを差し出してくる。

え?またやるの?

 

 

「負けっぱなしは性に合わないの」

 

「それにさっきのは不意打ちだもんね! 先生、ぐんちゃんの挑戦をもう一度受けてくれますよね!」

 

「……仕方がない。受けて立つよ」

 

 

高嶋の言うとおりである。先ほどのは所詮ラッキーパンチにすぎないのだ。

ここはたとえ負けしか見えていなくとも、勝負を受けるべきだろう。それがせめてもの礼儀……!

 

 

「せっかくだから罰ゲームとか設定しちゃう~?」

 

 

突如乃木園子(中)が言った。

え?

 

 

「先生が負けたら~……今日一日は私達の事を名前で呼んでもらいま~す」

 

 

え?え?

 

 

「……やれる、千景?」

 

「任せて、犬吠崎さん。 どちらにせよ負けるつもりはないもの」

 

「ぐんちゃん! 頑張って!」

 

 

え?え?え?

 

 

「……ご愁傷様です」

 

 

須美ちゃんの一言で、私は目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辞表書きたい……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





風先輩が通い妻面してて草。
勝手にキャラが動くというか、自分の欲望が駄々洩れになっているというか。
……解るでしょ?(同調圧力




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ゆゆゆい - 5


ポケモンたーのしー。(殴


それはそれとして今回は難産でした。無理矢理に形にはしてみましたが……。
とりあえずお出しします。後々修正を加えるかもしれません。


ちなみに活動報告欄でリクエストを募集しております。書いていってくれると嬉しいです。


本作では「ワタシ」と「アタシ」は「私」に集約させていただいております。よしなに。



 

 

 

 

 

 

 

 

その日、勇者部の部室は重苦しい沈黙に包まれていた。

その沈黙の中心にいるのは国土亜耶。そして彼女の手の中には、一通の手紙があった。

 

 

「……亜耶ちゃんに……亜耶ちゃんに……!」

 

 

伊予島が震える声で言う。

 

 

「亜耶ちゃんに、ラブレター……!?」

 

 

そういう事なのである。

 

 

 

 

 

 

国土亜耶。防人組のサポートを務める巫女。

 

 

神樹様への信仰心は篤く、その心は清らかにして純粋。凡そ悪意というものとは無縁な少女である。

 

 

その性質故か、様々な人物に慕われたり可愛がられたりしており、私も密かに心が癒されたりしている。

 

 

生徒に癒しを求める教師って……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラブレターと言えば私の出番ね!」

 

 

等と考えていると、突如部長が立ち上がった。

唐突な展開に防人組は「え?」という風に戸惑い、残りのメンバーは「またか」というように苦笑する。

まぁ、私も予想はしていましたよ。

 

 

「そう、アレは助っ人でチア――――――」

 

「お姉ちゃん?」

 

「なぁに?いつ……き?」

 

 

例の鉄板ネタを語りだそうとした部長を遮り、犬吠崎が、にっこり、と微笑む。

固まる部長。部室に走る謎の緊張感。怖い。

 

 

「座ってて?」

 

 

犬吠崎が静かに言った。

 

 

「え、でも」

 

「話がややこしくなるから、ね?」

 

 

それでも食い下がろうとした部長だったが、再び犬吠崎ににっこりと微笑みかけられると、見る見る萎れていき……。

 

 

「……はい」

 

 

項垂れながら静かに着席。そして犬吠崎は言った。

 

 

「それで亜耶ちゃん、そのお手紙はもう読んだの?」

 

「あ……はい。目は通しました」

 

 

最早自身の姉の事はどうでもいいらしい。あぁ!あんまりな扱いに部長が涙目になっている!

……一応、フォローしておくか。

 

 

「部長」

 

「……何、先生?」

 

「部長が後輩の力になろうとしたことは、私が解っているから。 あんまり気に病むな……」

 

「先生……!」

 

 

私が声をかけた事で感極まったのか、部長が抱き着いてきた。相変わらず変な所でメンタルが弱いな、などと考えつつ頭を撫でる。

それにしても犬吠崎は逞しくなったなぁ……姉の後ろに隠れていた内気な少女の頃が、何だか懐かしく思えるよ……。

 

 

 

 

 

 

閑話休題。再び国土のラブレター問題へと話題は戻る。

 

 

 

 

 

 

犬吠崎や伊予島、楠と山伏までもが加わって検証した結果、国土が貰った手紙は紛れもなくラブレターである、という結論に至った。

 

 

「亜耶ちゃんにラブレターなんて……まぁ、共学なら何れはある事だろうと思っていたけれど……!」

 

「何処のどいつだぁ!? うちの国土に手ぇ出そうとしてんのは!」

 

「メブもシズクも落ち着こうよ!?」

 

「それでも由々しき事態には変わりありませんわ……!」

 

 

荒ぶる防人組。山伏に至っては人格が変更されている……。

ちょっと過保護過ぎない?

 

 

「先生は危機感が薄すぎます!」

 

「うおっ、どうした伊予島!?」

 

「亜耶ちゃんは純粋なんです! もしそのラブレターの主が悪い男だったらと思うと……!」

 

 

自身の妄想にやられたのか伊予島が身悶え始めた。

私は土居へと視線を向ける。首を振られた。じゃあ、もう放置しておくしかないね!解決!

 

 

「……あ!ラブレターの最後に名前が書いてある!」

 

 

ラブレターをしげしげと眺めていた結城が声を上げた。隣にいた東郷もそれを見る。

 

 

「本当ね、友奈ちゃん……えーと……誰かしら?見覚えのない名前だわ」

 

「先生は解りますか?」

 

 

結城が例のラブレターを差し出してきた。

うーん……生徒が受け取ったラブレターを、教師が読んでもいい物なのか?

 

 

「先生なら構いません。 どうか私にお力をお貸しください」

 

「それにこれは教師ではなく、勇者補佐のお役目の範疇だと思いますよ?」

 

 

ぺこり、と国土に頭を下げられ、続けて上里がフォローを入れてきた。

ここまで言われたら、仕方がないのかなぁ……等と思いつつ手紙を受け取る。

すぐに名前の人物に思い当たった。

 

 

「……ああ、彼の事なら知ってるよ」

 

「本当ですか!?」

 

「いったい、何処の誰なんだ!?」

 

 

言うや否や、楠と山伏が身を乗り出してきた。圧が凄い……!

 

 

「二人とも落ち着きなさい! 夏野さんが面食らってるじゃない!?」

 

 

三好が二人を引き剥がしてくれた。感謝。

 

 

「それで、手紙の差し出し主は誰なんですの!?」

 

 

身を乗り出しこそしなかったが、妙な迫力で弥勒が先を急かしてくる。

過保護すぎる……。

 

 

「男子剣道部の主将だよ。 ほら、この間、乃木若葉と手合わせをした」

 

「ああ、若葉ちゃんにボコボコにされた人ですね?」

 

 

上里の言い方ァ!もっとオブラートに包めないものかね……。

ともあれ私の答えに、関係者が件の人物に思い当たったようである。

 

 

「あー、そういえば先週ぐらいにそんな事があったらしいわねー」

 

「女子剣道部との稽古の最中に、突然乱入してきたとか……」

 

「あー、そんな事があったわ」

 

 

白鳥と藤森の言葉に、三好が思い出したかのように頷いた。

 

 

「男子剣道部の精鋭だか何だかか、私達に、勝負しろ!とか言ってきたのよねぇ」

 

「ああ!そんな事もありましたわ!」

 

「不躾かつ、手ごたえのない相手だったわね……」

 

 

弥勒と楠も思い出したらしい。と言うか、皆辛辣過ぎる……。

そう言われても仕方がない相手ではあったのだけども。

 

 

 

 

 

 

先日、女子剣道部から勇者部に、稽古をつけてほしい、という依頼があった。

その依頼に出向いたのは、乃木若葉、三好夏凜、楠芽吹に弥勒夕海子の武闘派メンバー。それに加えて上里ひなたに国土亜耶、そして私がいた。

女生徒からの人気も高い彼女たちを見に、そこそこギャラリーも集まった中で稽古に励んでいたのだが……。

 

 

「突然、体育館にずかずかと乗り込んで果たし状とか突き付けてきたのよ? 頭おかしいんじゃないの?」

 

 

稽古に熱が入っていた最中、突然現れたのが件の男子剣道部。彼らは乃木若葉達に果たし状をたたきつけにきたのだ。

その不躾な態度を思えば、三好が吐き捨てるように言うのも無理はないだろうと思う。

勿論最初は勇者部の部員達も無視を決め込んでいたのだが。

 

 

「大声でまくしたてるわ、露骨に煽ってくるわ……剣士の風上にも置けない奴らだったわね」

 

 

楠の言った通り、男子剣道部の振る舞いには目を覆うものがあった。

最早この状況では稽古どころではない。乃木若葉たちの堪忍袋の緒が切れた。

 

 

 

そんなこんなで勇者部の数名と男子剣道部の数名が立ち会う事に相成ったのである。

 

 

 

 

 

 

結果、男子剣道部は勇者部の面々にボコボコに伸された。

大勢のギャラリーの前で、プライドをバッキバキに折られた彼らの心情は如何なるものであっただろうか。

まぁ、動機なるものは想像がつくのだがなぁ。

 

 

「良いカッコをしたかったんだろうな……」

 

「? どういうことですか?」

 

 

私の呟きに東郷が首を傾げて言う。

やはり察してはもらえない彼らの動機を考えると、思わず苦笑が浮かぶ。

 

 

「勇者部の部員は総じて美少女揃いだからね。格好いいところを見せたくなったんだろう」

 

「びっ……!?」

 

 

私の答えに奇妙な沈黙が部室を包んだ。

あえて気づかないフリをするのが処世術!話を続けてしまおう。

 

 

「それに乃木若葉たちには女生徒のファンが多いから。 そういう子たちにも格好いいところを見せたかったんだろうね」

 

「……つまりあの人たちは、モテたかった、という事ですか?」

 

「そういう事だろう」

 

「バッカじゃないの?」

 

 

秋原が吐き捨てるように言った。酷い……けど言い返すこともできない……。

 

 

「まぁ、男の子なんてそんなものなんだよ」

 

「夏野さんもそうだったんですか?」

 

「どうだったかな」

 

 

三好の問いに、私は答えをはぐらかす。あまり中学生時代の事は話したくはないのだ。

 

 

「そうですか」

 

 

そしてそれを察してくれたのか、三好もそれ以上は踏み込んでこなかった。春信から何かしら聞いていたのかもしれない。

 

 

「……で、その男子剣道部の主将が、何故亜耶ちゃんにラブレターを?」

 

「立ち合いの後に男子剣道部の手当てをしたのが切欠かもね」

 

「……手当て?」

 

「はい! 芽吹先輩たちが稽古に戻った後に、私と先生で男子剣道部の方々の手当てをしたんです」

 

 

首を傾げる犬吠崎に私が説明すると、楠が首を傾げる。

そんな楠に国土は状況を説明した。

 

 

「……成程にゃー」

 

「? 今ので雪花は何か解ったのか?」

 

「その主将さんが如何にちょろいのか、という話ですよ。 ね、先生?」

 

 

総てを理解した様子の秋原に、いまだに得心がいかない様子の古波蔵。

二人の反応の差異に、私は少し面白みを感じてしまう。

 

 

「それで正解だと思うよ。 飴と鞭。キッツイ鞭の後に、慈愛という飴をもらったわけだ」

 

「え!? でも怪我をした方にやさしくするのは当然の事では?」

 

「うんうん。 あややはその心を持ち続けてね」

 

「?」

 

 

加賀城の言葉に、尚も首を傾げる国土。眩しい。

それはさておき国土は、このラブレターにどうこたえるのだろうか?

 

 

「お断りするつもりです」

 

 

国土がはっきりという。

 

 

「今の私は神樹様にお仕えする身ですし……そもそも男の方と付き合うなんて想像もつきません」

 

 

それに、と国土ははにかんだ笑みを浮かべて続けた。

 

 

「今は、勇者部での活動が楽しいですから!」

 

 

天使かな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、国土はラブレターの差出人に、自身の答えを伝えた。

 

 

差出人の剣道部の主将は、素直にそれを受け入れた。男として最低限の矜持はあったようで良かったと思う。

 

 

……等という結末は全て一部始終を見届けた勇者部全員から聞いた話である。

 

 

やっぱり過保護過ぎだよ!

 

 

 

 

 

 

 





亜耶ちゃんエミュ難しすぎ……コレジャナイ感が凄い……。
でもラブレター先輩ネタを書けたのでとりあえず良しとします。(えー

前書きにも書きましたが、活動報告欄でリクエストを募集しています。
ジャンル問わずに受け付けておりますので、気軽に書いていってくださいな。


感想、ご批判お待ちしております。


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ゆゆゆい - 6

 
Gジェネ面白ーい!(殴


今回は書きたいものを書きたいように書きました。何時もの事?そうだネ!(えー
 
 
 
本作においては「あたし」「わたし」は「私」に統一させていただいております。よしなに。
それと活動報告にて、リクエストなぞを募っております。良ければ書いていってくださいな。


 

 

 

 

 

 

クリスマスも近くなったある休日。私はイネスで人を待っていた。

余裕を見てやや早い時間に待ち合わせ場所に来たので、何となくクリスマスツリーに飾られたオーナメントの数なぞを数えてみる。

 

 

「あら、先生! もういらっしゃっていたんですか?」

 

「む。 待ち合わせまでにはまだ時間があったはずだが……」

 

 

後からの声に振り返ると、そこには待ち人である上里ひなたと乃木若葉の姿があった。

私は、はは、と少し笑う。

 

 

「君たちこそ、ずいぶんと早く来ているじゃないか。 まだ三十分前だぞ?」

 

「先生を待たせるわけにはいかないからな」

 

「そんなに気を使わなくても……」

 

 

乃木の答えに正直な感想を漏らす。

 

 

「先生こそ、どうしてこんなに早くから?」

 

 

今度は上里が先ほどとは反対に問いかけてきた。

なので、私も先ほど反対の答えを返す。

 

 

「生徒を、しかも女の子を待たせる訳にはいかないだろう」

 

「あら、まぁ……」

 

「む……」

 

 

頬を赤らめる上里と乃木。 何も間違ったことは言ってない筈……だよね?

ここは気づかないフリをするのが得策だと思う。

 

 

「……じゃあ予定より早いけど、さっそく用事を済ませるとするか。 まずは雑貨屋だったか?」

 

「え、ええ。 児童館に集まる子供たちへのプレゼントの購入ですね」

 

「で、では、行くとするか!」

 

 

乃木がどこか固い動きで、我々を先導して歩き出す。私と上里もそれに続いて、歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回、我々がイネスへと赴いたのは勇者部の活動に関する事柄である。

 

 

 

クリスマスにチャリティーイベントを行う団体からの依頼で、我々にもイベントに参加して、何かしらの演目を行ってほしい、という事であった。

 

 

 

検討の結果、勇者部は演劇と、その後のクリスマスプレゼントの配布の一部を担当することになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

雑貨屋へと到着。早速プレゼントに適した物を探し始める。

 

 

「予算は相当に確保できたからな。 ちょっと高い物でもいいぞー」

 

「予算の確保、か……」

 

 

私の言葉に乃木が苦笑する。

 

 

「大赦との打ち合わせの時のひなたは凄かったなぁ」

 

「うふふ……」

 

 

乃木の言葉に上里が不敵に笑う。怖い。

予算確保のための打ち合わせの場所には、上里の他に乃木と私がいたのだが、大赦との折衝の殆どは上里がやってしまった。

乃木と私は大赦の予算担当官が涙目になっていくのを、見ているだけであった。

 

 

「ですが、それもこれも先生の事前の根回しのおかげですから♪」

 

「……まぁ、多少はやったけども、ね」

 

 

関連部署に軽く探りを入れて、予算編成の『余分』な部分をリスト化。それを監査部署に提出しただけだ。

 

 

「監査部署には同期がいてね。 リスト化した後はそいつに丸投げしたようなものだよ」

 

「そのリストがエグいのなんの♪ あちらこちらに伸びた監査の手が、私の追い風となりましたから♪」

 

 

上里がスゲー楽しそうに言う。怖い。

思わず乃木に視線を向ける。乃木が首を振る。じゃあ、もうしょうがないネ!

……前にもこんな事があったな。

 

 

「しかし何と言っても、若葉ちゃんの存在は外せません♪」

 

「わ、私か? ただ座って見ていただけだぞ……?」

 

「あー、それは解るなぁ」

 

 

上里の言葉に戸惑う乃木だったが、私は彼女の存在の大きさを感じていた。

 

 

「海千山千の妖怪達が、乃木が視線を向けるだけでおろおろしていたからな……」

 

「妖怪……?」

 

「言葉の綾だよ」

 

 

首を傾げる乃木に、私は力のない笑顔を返す。

あの老人達の悪どさなんて、乃木が知る必要のない事だろうし。

 

 

「要は若葉ちゃんが偉大な勇者である、という事に尽きます。 ね、先生?」

 

「そういう事だ。 あの交渉の場に乃木がいて、私たちは随分助かったよ」

 

「そ、そうか……」

 

 

尚も納得していない様子の乃木。だが、そんな乃木だからこそ、あの妖怪達もたじろぐのである。

彼女の真っすぐな視線は、それだけの力がある。そして彼女が前を見据え続ける事ができるのは上里の力があってこそなのだ、とも思った。

私は何となく、上里にも声をかけておいたほうがいいような気がした。

 

 

「……上里」

 

「何ですか、先生?」

 

「何と言ったらいいか……」

 

 

声をかけておいて言葉を濁す私に、上里が首を傾げる。

そして私は、思ったことを素直に口に出すことにした。

 

 

「乃木の傍にいるのが、君でよかったと思うよ。 一人の大人として……そして教師としてそう思う」

 

「……そうですか」

 

 

上里が笑う。私の言いたいことは伝わっただろうか……自信がなぁい……。

 

 

「先生」

 

 

そんな私に、上里が何でもないように言った。

 

 

「この束の間の時間であっても……貴方が私達の先生で、よかったと思っています」

 

「そうか」

 

「ひなた!先生! 子供たちのプレゼントにこんな物はどうだろうか!?」

 

 

しんみりとした空気の私達に、突然タコっぽいキャラクターが付いたボールペンを差し出す乃木。

……うむ。

 

 

「……いいんじゃないかな?」

 

「若葉ちゃんらしいものを選びましたねぇ……」

 

 

その謎のチョイスに対し、私達はどうにか感想を絞り出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマスプレゼント選びはつつがなく終了。モノは私の自宅へと配送してもらう事にして、後は三人で昼食でも取ってからお開き―――――

 

 

 

 

 

 

 

だった筈なのだが。

 

 

「わぁ……大きな映画館ですねぇ」

 

「イネスは凄いな……本当に何でもある」

 

 

母さん、僕は今教え子二人と映画館に来ています。

なんでぇ?

 

 

「……あの、上里。映画なら乃木と二人っきりで楽しんできたほうがいいのでは?」

 

「いえいえ、先生にもいてもらわなければ!」

 

 

そう言って上里が上映中映画のポスターを指さした。

 

 

「何せ、今から見る映画の入場特典は三種類あるのですから!」

 

「……そういう事らしい、先生」

 

 

目を輝かせて喋る上里に、乃木が苦笑する。

 

 

「連続ドラマの劇場版らしくてな……ひなたがドハマりしていたんだ」

 

「何だか、意外な一面を見た気がするな」

 

「私も、あんなひなたは初めて見た気がする」

 

「だって、本当に面白いドラマだったんですよ!?」

 

 

目を輝かせて、そのドラマの魅力を語りだす上里。

まぁ、普段大人びた――良い意味でも悪い意味でも――上里の、俗っぽい一面が見れたのは良いことなのかもしれない。

 

 

「解った。 一緒に見るよ」

 

「ありがとうございます!」

 

「じゃあ、チケットを買いに行くか」

 

「私は飲み物やらを買ってくるかな……乃木。チケット代を渡しておくから、そっちは頼むぞ」

 

「……金額が多すぎないか?」

 

「三人分なら、そんな物だろう?」

 

「そんな!こちらの我儘に付き合わせるのに、チケット代を出してもらう訳にはいきません!」

 

「そこまで先生に甘えるわけには……」

 

 

上里が勢い良く、首を振る。乃木も慌てた様子だ。

私は少し笑ってしまう。

 

 

「女の子と映画を見るのに、割り勘というのはどうもね……」

 

「女の子……」

 

「ですか」

 

 

あ、今地雷っぽいものを踏んでますね……。流石に解る。

とは言えども、このまま突っ切ってしまおう。

 

 

「じゃあ、後で清算すればいい。 もたもたしてると上映時間が来てしまうぞ?」

 

「……解りました。絶対ですよ!」

 

「解ってるよ」

 

 

受け取るつもりはないけどネ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ともあれ、乃木達はチケットを購入。私は適当に飲み物などを見繕って、三人そろって映画館の中へ。

 

 

 

上映終了。

 

 

 

 

 

 

 

「はー……感動してしまいました……」

 

「うぅ……ぐすっ」

 

 

内容としてはお涙頂戴系のラブロマンスだった。

上里は映画の余韻に浸り、乃木は感動のあまり、涙が止まらないというありさまだ。

 

 

「先生は如何でしたか?」

 

 

上里がキラキラとした目で、私へと問いかけてくる。

……うん、うん。

 

 

「中々興味深い映画だったと思うよ」

 

「……お気に召しませんでしたか?」

 

 

私が言葉を選びながら感想を述べると、見透かされたのか上里が表情を曇らせる。

うーん……まぁ、何というか……。

 

 

「単純に好みの問題だな……面白い、面白くないで言えば面白いとは思うよ」

 

「好み……ですか?」

 

「……誰かが死ぬことで、涙を誘うという展開は好きじゃないんだ」

 

 

映画の最後。ヒロインと大恋愛を繰り広げた彼氏が死んだ。

そしてヒロインは彼との思い出を胸に秘めながら、強く前を向いて、これからを生きていくことを誓う。

―――――そういう結末だったのだ。

 

 

「物語としては成り立たないだろうし、もしそうなったら駄作どころの騒ぎではないんだろうが」

 

 

映画の結末を見た時、私の脳裏には資料で見た歴代勇者の足跡が頭をよぎった。

お役目に殉じた勇者達の事を、美辞麗句によって賛辞する資料。

きっと尊い事なのだろうし、その犠牲があればこそ今の私達があるのも確かなのだろう。

でも、それでも。

 

 

「とんでもないご都合主義でも起きて……彼女らが二人で生き続ける終わりでもいいじゃないか、と思ってしまうんだよ」

 

「………」

 

「私は、二人が末永く添い遂げる未来が見たかった……」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

外出を終えたひなたは自室に戻ると、上着を脱ぎ棄てて、そのままベットへとその体を横たえた。

 

 

「……ご都合主義、ですか」

 

 

夏野が言った言葉を呟く。

 

 

(先生が言ったあの言葉は……あの映画に対してではないのでしょうね)

 

 

ひなたは思う。

 

 

(きっとあの言葉は……『私達』へと向けられた言葉なのでしょう)

 

 

薄々と気づいてはいた。きっとこの地に集まった勇者の中には、現実世界へと帰った後の戦いで命を落とすものがいるのであろう。

映画への感想だと思われた夏野の言葉は、全て勇者達へとむけた言葉だとひなたは直感していた。

 

 

(若葉ちゃんは、ボロボロ泣いていたから気づいていないでしょうけど)

 

 

あの会話の後の空気を和ませてくれたのは若葉だった。

もう、顔がぐちゃぐちゃになるまで泣いていたのだ。夏野と上里は若葉の顔を拭いたり、何かしら声をかけたりとてんやわんや。

その光景を思い出して、ひなたは少し笑った。

 

 

(……この世界は束の間の幻なのでしょう)

 

 

ひなたはそう思いながら、この地で出会った勇者部の仲間達を思い浮かべる。

 

 

(でも、元の時代へと戻れば全てを忘れてしまう)

 

 

対策を探して夏野が奔走しているのをひなたは知っていたが、恐らくどうにもならないだろう。

―――――それはきっと夏野自身も解っているはずだ。

でも、だからこそ。そうやって諦めずに、勇者達の為に奔走できる彼だからこそ。

 

 

(全て忘れてしまうのだとしても)

 

 

ひなたは思う。

 

 

(私は、貴方の教え子になれたことを嬉しく思っています―――――)

 

 

 

 

 




 
わかひなとデートしたい。
皆だってそう思うだろう?そうだろう、そうだろうともさ!


皆様の感想やご批判をお待ちしております。


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ゆゆゆい - 7

 
リング☆ドリームのサービス終了を悲しむ男!(挨拶


第七回目です。年越し回です。頑張れば書けるものですねぇ……。



本作では「ワタシ」と「アタシ」は「私」に統一させていただいております。


活動報告欄ではリクエストを募集中です。良ければ書いていってくださいな。


 

 

 

大晦日。教師としてだけではなく、大赦の職員としても仕事納め。

早々に仕事を切り上げて、家路につく事にする。

 

 

「あー……しかしうっとうしい……」

 

 

私は久しぶりにつけた大赦の仮面へと思いを馳せる。

しっかりと前が見えるように作られているとはいえ、顔を何かで覆うというのは中々に邪魔くさい。

これ、神樹様にお仕えするうえで必要な事なのだろうか?

 

 

「答えは出そうにないな……」

 

 

勇者部の巫女の面々に尋ねれば、何かが解るだろうか……等と考えていた時だった。

 

 

「やぁ、林太郎じゃないか」

 

「む?」

 

 

振り向けば、久しぶりに見る友人の姿があった。

 

 

「春信じゃないか。 君も今帰りかい?」

 

「そんな所だ」

 

 

三好春信。三好夏凜の兄にして、私の学生時代からの友人である。

 

 

「実際に会うのは久しぶりだっけか?」

 

「連絡は取り合ってはいたが……顔を合わせるのは久しぶりかもね」

 

 

私の問いに春信が答えた。確かにそうだ。前に顔を合わせたのは、この世界に来てすぐぐらいの事だった筈だ。

 

 

「まぁ。お互い忙しい身だからな……」

 

「自分で言うのか?」

 

「少なくとも、君はそうだろう」

 

 

苦笑する春信に、私はそう言ってやる。

彼は勇者システムの制作・改良を受け持つ部署―――サイバー課に所属している。その業務が如何にハードであるかは、私でも察する。

 

 

「……まぁ、ね」

 

 

そして春信は否定しなかった。

 

 

「だが、僕たちの頑張りが勇者様達のお力になると考えれば、ね」

 

「…………」

 

 

勇者様達のお力、か。

 

 

「……妹とは連絡を取っていないのか?」

 

「難しいよ、やっぱり」

 

 

私の言葉に春信が苦笑する。

 

 

 

妹―――勇者部所属の三好夏凜の事である。彼女と春信の間には、多少の確執があることを私は知っていた。

 

 

 

「この世界には君たちの両親は来ていないんだろう? 遠慮することもないだろう」

 

「別に両親に配慮して連絡を取ってるわけじゃないからな……」

 

 

苦い表情で言う春信。この兄妹の確執には、彼らの両親が深く関わっているのだ。

ついでに言うと彼らの両親にとっては、私も気に入らない類の人間であるらしい。

 

 

「君にも、嫌な思いをさせたしな」

 

「私の事は良いんだよ。 というか自分で言うのもなんだが、私はどこの馬の骨とも知れない人間だから」

 

 

幼い頃に両親を亡くしている事に加え、春信と出会った当初はグレている扱いだったからね。

が、私の言葉に春信は苦い顔で言う。

 

 

「そういう事を言うものじゃない。 君は立派な人間だ」

 

「……その真っすぐさで、妹にも当たってみればいいのに」

 

「茶化すな!」

 

「茶化してるんじゃない。 心底からそう思っているんだ」

 

「む……」

 

 

言葉に詰まる春信。

それを見て、私はこれ見よがしに溜め息をついてみせる。

 

 

「……とにかく連絡を取るなら、君からの方が良いのは間違いない。 これまでの経緯を考えれば、妹の方から連絡を取るのはハードルが高すぎると思うぞ」

 

「そ、それはそうだが……」

 

「こういう事を言うのは何だけど……この世界での経験は、元の時代では忘れてしまうのだからさ。 あまり失敗することを恐れなくてもいいと思うよ」

 

「……そうやって割り切れないから、困っている」

 

「それもそうなんだろうけどね」

 

 

まぁ、これ以上言っても栓のない事か。それにもしもの時は、私が何やかんや理由をつけて、二人を引き合わせてやればいい事だ。

戦いの終わりが見える頃だったら、私にも後腐れないしね?

 

 

「話は変わるんだが」

 

 

ここぞとばかり春信が話題を変えてくる。 まぁ、ここは乗ってやろうじゃないか。

 

 

「何だ?」

 

「これから同期の連中と飲み会をやる予定なんだが……君も来ないかい?」

 

「飲み会かぁ……」

 

「同期の連中の殆どはこちらの世界に来ていてね。 君の様子の事も気にかけているんだよ」

 

「知らなかった」

 

「君は殆ど大赦にいないからな」

 

 

そりゃそうだ。大赦の職員としてよりも、中学教師としての勤務時間のほうが断然長いのである。。

しかし飲み会かぁ……久しぶりに同期の顔を見たい気持ちはあるのだが……。

 

 

「残念だけど……今回はパスかな」

 

「理由を聞いても?」

 

「……我が家は今、勇者様達に占領されていてね」

 

「はぁ?」

 

 

心底不思議そうに首を傾げる春信に、私は力なく笑う。

 

 

「年越しと新年のお祝いをするそうだ……」

 

「会場にされているという事か?」

 

「いやぁ、どうだろう……『年越しうどんが伸びるから、早く帰ってこい』的なメールが来ているからなぁ……」

 

「君も一員なんだな……」

 

「光栄な事だとは思うよ」

 

「……まぁ、そういう事なら仕方がない。同期の連中には、君が元気にやっていることを伝えておくよ」

 

「そうしてくれ」

 

「では、良いお年を」

 

「そっちもね」

 

 

という事で私達は別れて―――――と、忘れてた。

 

 

「春信」

 

「何だい?」

 

「今年も三好が晴れ着を着ると思われるんだが……」

 

「写真を頼む」

 

「……解った」

 

 

まったく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我が家に到着。もちろん中の電灯はついており、恐らく勇者部の全員が来ているであろうことは察しが付く。

 

 

「……我が家のセキュリティとは」

 

 

合鍵作られた時点で、諦めてるけどね? 何か納得いかないよね?

そんなことを考えながら、玄関の引き戸を開ける。

 

 

「お帰りなさい、夏野さん」

 

「やぁ、三好」

 

 

開けるとすぐに三好の姿があった。何故か玄関前の廊下を雑巾がけしている。

 

 

「……何をしているんだい?」

 

「料理組以外のメンバーで、家を掃除しているんです」

 

「えぇ……何でぇ?」

 

「お家をお借りしていますから、それぐらいはするべきだと思いまして」

 

「そっか」

 

 

そっかぁ……。 本当に勇者部のメンバーは律儀だなぁ……。

いやいや!家主の許可なしに、大掃除とか始めちゃうのはアリなの!?

 

 

「お帰りなさいませ、先生!」

 

 

そう言いながら奥から現れたのは、国土であった。手には箒とはたきを持っている。

 

 

「そっちは終わった、亜耶?」

 

「はい!もともと綺麗に掃除されていた事もあって、順調に終わらせました!」

 

「そう」

 

「夏凜先輩の方も……ピッカピカですね!」

 

「勿論よ!完成型勇者は掃除も完璧なのよ!」

 

 

完成型勇者は凄いなぁ……。

 

 

「……? どうか致しましたか、先生?」

 

「え?」

 

「いえ、玄関に立ちっぱなしだったので……」

 

「あ、本当……私、邪魔でしたか?」

 

「ああ……いや、そんな事はない。ちょっとボーっとしてた……」

 

 

若しくは唖然としていたというか。

 

 

「では、鞄をお預かりいたしますね!」

 

「私は風に先生が帰ってきたことを伝えてきます」

 

「すぐに年越しうどんか出来上がると思いますから、先生は手を洗ってきてください!」

 

「……解った」

 

 

国土に鞄を預け、台所へと向かう三好を見ながら、私は洗面台へと向かう。

おお……洗面台の水垢がきれいに落ちているのが解る……鏡の反射の仕方も全然違うなぁ!

 

 

「…………いやいや、諦めてなるものか」

 

 

まだ間に合う。これ以上の彼女らからの生活への浸食を食い止めねばならぬ。

もう無理ですよ、とかいう人は嫌いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者部の部員が全員揃っている中、私は用意された場所に座る。

目の前には二つの器。一つにはうどんが、一つには蕎麦が入っている。

 

 

「何これ?」

 

「私が作った蕎麦よ!」

 

 

白鳥が胸を張って言った。成程。

 

 

「……解らん」

 

「うたのんが「年越しには蕎麦」と言って聞かなかったんです」

 

 

藤森が苦笑いしながら言う。

 

 

「そうしたら若葉ちゃんが「年越しにうどん」と張り合い始めちゃって……」

 

 

藤森の説明を上里が引き継ぐ。

 

 

「もう収拾がつきそうになかったので、先生にうどんと蕎麦のジャッジをしていただくことにしたんですよ」

 

「申し訳ありません……」

 

 

困った顔で言う上里に、頭を下げる藤森。

ふ、と視線を移せば、乃木若葉と白鳥が顔を突き合わせてにらみ合っていた。

 

 

「年越しといえば蕎麦! これはワールドワイドな常識よ!」

 

「いーや!年越しにはうどんだ!」

 

 

年越しには蕎麦かうどんか、で喧嘩する、伝説に語り継がれる西暦の勇者様二人。

歴史の教科書には載せられないなぁ!

 

 

「……とりあえず食べよう。 では、皆。いただきます!」

 

「「「「いただきまーす!!」」」」

 

 

うどんにせよ蕎麦にせよ、もたもたしていると伸びてしまう。

とりあえず全員で、いただきます、をしてから、私は二つの器に取り掛かることにする。

 

 

「まずは蕎麦からかな……」

 

「ふふん♪」

 

 

先攻を勝ち取ったからか、白鳥がドヤ顔で乃木若葉を煽る。

 

 

「へぇ……」

 

「どう!?私が作った蕎麦はデリシャスでしょ!?」

 

「確かに美味しい」

 

「なっ!?」

 

 

私の言葉に、乃木若葉が愕然とした表情を浮かべる。

 

 

「先生!貴方は四国に生きる人間の魂を失ったのか!?」

 

「そこまでの話だったの?」

 

 

まぁ、それはともかくとして。

 

 

「これが本場仕込みの蕎麦かぁ……神暦の四国では食べられないクオリティだ」

 

「そうでしょう、そうでしょう! 本場の蕎麦を味わえば、四国中のうどんを駆逐する事だって夢じゃないのよ!」

 

「壮大な話だな……」

 

 

うどんを駆逐……白鳥にとって、うどんは敵か何かなのだろうか?

 

 

「次はうどんだ」

 

 

うどんを啜る。うむ。

 

 

「部長が作ったうどんだな……」

 

「勿論!私特製の女子力うどんよっ!」

 

 

私が無意識につぶやいた言葉に、部長が身を乗り出して答える。

 

 

「どう?美味しい!?」

 

「いつも通り、美味しいうどんだよ」

 

「ふふ♪ ありがとう♪」

 

「先生が……」

 

「餌付けされている……」

 

「風のうどんは美味しいからな」

 

 

愕然とした表情でつぶやく三好と楠。そして何故だか自慢げな表情の古波蔵。

どういう事なの……。

 

 

「ちなみに上に乗ったてんぷらは、私が作らせていただきました」

 

「東郷さん特製の天ぷら! 美味しいですよねっ!」

 

「うん、美味しい」

 

 

東郷と結城の説明を聞きながら、天ぷらを食べ、うどんを啜り、また天ぷらを……。

そして完食。ついで蕎麦も完食。そして私が出した結論は!

 

 

「どっちでもいいです」

 

「「ええー!?」」

 

「おいしゅうございました!」

 

 

強引に話題を切り上げた私に、納得のいかない様子の乃木若葉と白鳥が文句をぶつけてくる。

私は騒ぐ二人を言葉をスルーしながら、ふぅ、とため息を吐く。

 

 

「……困ったものだな」

 

「先生! TVのチャンネルを歌合戦に変えていいですか?」

 

「どうぞ」

 

 

等と答える前に、犬吠崎はTVのチャンネルを歌合戦へと変えていた。

君、本当に図太くなったよね……。

 

 

「…………」

 

 

今年が終わる。果たして来年も、このメンバーで年越しを迎えるのであろうか。

それとも全ての決着がついて、我々は元の世界で本来の年越しを迎えるのだろうか。

 

 

――――――この世界での記憶を失って。

 

 

「先生?」

 

「む?」

 

 

気づくと、私の顔を結城が覗き込んでいた。

 

 

「どうした、結城?」

 

「……いえ、何でもありません!」

 

 

えへへ、と笑う結城。

……気を遣わせたか?この子は、人の空気には人一倍敏感だからなぁ。

 

 

「私も、まだまだ未熟者だな」

 

「え?」

 

「こっちの話。 さて、年が明けるまで何をしたものかなぁ」

 

「ボードゲームをしましょう」

 

「うおっ!?」

 

「東郷さん!」

 

「例の倉庫を掃除していたら、色々と興味深いのを見つけたの。 一緒にやりましょう、友奈ちゃん?」

 

「面白そう! やる!」

 

 

東郷の説明に、結城が目を輝かせる。

また勝手に持ち出されている……まぁ、いいんだけどさぁ!

 

 

「先生も一緒にやりますよね!」

 

 

そう言って結城が、私の腕を引っ張る。

まぁ、時間を潰すにはちょうどいいのかなぁ。

 

 

「やろうか」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、年明けを迎えたのである。

 

 

 

 

 





来年も本作をよろしくお願いします。



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