抜錨!対ブラック企業連合艦隊! (劉翼)
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プロローグ

 ブラック企業。

 明確な定義は定まっていないが、社員や従業員に過酷な労働を強いて、さらに改善の意思を見せないどころか隠蔽を図る企業全般を指す事が多い。

 今なおあちこちで問題となっているブラック企業だが、それはこの世界……“艦これ”世界で異形の侵略者・深海棲艦と戦う艦娘達の所属する鎮守府にも存在する。

 ……そして……それは深海側にも……。

 

 

 

 

 

 空から降り注ぐ大量の砲弾、そして海中を進むこれまた大量の魚雷。

 僚艦が次々にその毒牙にかかり、断末魔を上げながら海中へ沈んでいく。

 

「モチコタエロッ! マモリヲカタメテ、タエレバイイ! ムリニシンゲキスルナ!」

 

 レインコートのような物を纏い、ネックウォーマーを着けた少女が叫んでいる。

 そのレインコートの裾からは長い尾のような物が伸び、先端の主砲が轟音と共に火を噴いた。

 

「クソッ、南方ノヤロウ、ハヤクシヤガレ……! オレタチガゼンメツシチマウゾ……!」

 

 彼女の名は戦艦レ級。半年ほど前に目覚めたばかりの深海棲艦である。

 他の同級よりも高い戦闘力を持ち、今回の侵攻作戦では前線指揮官である南方棲鬼から一個艦隊を任されている。

 この作戦はレ級の艦隊による陽動を行い、迎撃のため出撃した艦娘を南方棲鬼の本隊が奇襲し、レ級艦隊と共に撃滅する手筈……の、はずだった。

 

「オイッ! マダアイズハナイノカヨ!」

 

 レ級は苛立ちを隠す事無く、脇で共に砲撃を行う軽巡ツ級に叫ぶ。

 

「マダ……カクニン……デキマセン……」

 

「クソガッ……!」

 

 もう艦娘と交戦を始めてから1時間が経過した。

 あくまで陽動を目的とするレ級の艦隊は、機動力を重視した駆逐艦・軽巡洋艦を中心に構成されており、重火力はレ級の他は2隻の重巡リ級のみ……それもすでに海の藻屑と化している。

 にもかかわらず、いまだ艦娘側に奇襲の混乱は見られず、包囲網が徐々に狭まっている。

 

「……マサカ、南方ノヤロウ……! ハカリヤガッタカ!?」

 

 レ級を嫌な予感が襲い、一瞬判断が鈍った事で接近する魚雷に気付くのが遅れてしまう。

 

「ッ!?」

 

 爆発。

 レ級の前に飛び出したツ級が、装甲の軋む音と共に海中へと沈んでいく。

 

「……ニゲテ…………モウ……ココハ……」

 

 ツ級がそれ以上の言葉を紡ぐ事は無く、海面に虚しく泡だけが残った。

 

「……クソッ……クソッ! クソッ! クソォォォーーーーッッッ!! ……テッタイダ! ゼンカンテッタイ!」

 

 レ級の悲痛な叫びと共に、残存戦力が退却していく。

 気が付けばレ級の艦隊は、その戦力の70%を喪失していた……。

 

 

 

 

 

「……レ級ガ戻ッタ?」

 

 その報告に、長い真っ白なツインテールをなびかせ、少女が振り向いた。

 右目は前髪に隠れて見えないが、その左目は冷ややかな視線を向けている。

 

「……南方ォッ! テメェ、ドウイウツモリダ!」

 

「アラ、レ級ゴクロウサマ。オカゲデ敵ノ防衛戦力ヲ把握デキタワ。前哨戦ハコレデ十分ネ」

 

 レ級の怒号なぞどこ吹く風とばかりに、南方棲鬼はしれっと言い放つ。

 

「ゼ……ゼンショウセン……ダト……?」

 

「エエ、今度ハアナタニモモット大規模ナ艦隊ヲ率イテモラウカラヨロシク。サア、ワタシハ今回ノ情報ヲ元ニ作戦ヲ練ルワ。出テイッテチョウダイ」

 

 それだけ言うと、南方棲鬼はレ級に目もくれず、薄ら笑いを浮かべながらデータの確認を始めた。

 

「……ダ……ダマシタノカ……テメェ……! オレタチヲダマシテリヨウシヤガッタノカ!?」

 

「出テイッテト言ッタノガ聞コエナカッタ?」

 

 振り向きもしない南方棲鬼の態度に、レ級は怒りがこみ上げるのを抑えられなかった。

 他の艦艇を守るために前へ出て沈められたリ級達、壁を失い、次々に消えていった駆逐艦達、そして自身を庇って眼前で轟沈したツ級。

 それら犠牲全てがただ情報収集をするための捨て石だったと言うのか。

 

「テメェ……ヨクモオレタチヲ……ツカイステノコマミテェニッ!! ユルサッ!?」

 

 怒りを言葉に乗せるレ級の顔面に、武装と一体になった南方棲鬼の右腕による裏拳が叩き付けられ、細腕からは想像もできない力に、レ級は吹っ飛ばされてしまった。

 

「……ミタイ、ジャナクテ、使イ捨テノコマナノヨ、アナタ達下級艦艇クラスナンテ。消耗品、ワカル?」

 

 食ってかかるレ級に苛立ったのか、南方棲鬼が立ち上がり、倒れたレ級の髪を掴んで引きずり起こす。

 

「アナタ達クライ、イクラデモ代ワリガイルノヨ? アナタハ少シ優秀ダッタカラ部隊長ニシテアゲタンダケド……」

 

「……フザ……ケン……ナ……!」

 

「……コウモ不安定ジャ、使イ物ニナラナイワネェ……マタ別ノ子ヲ使ワナキャ」

 

 南方棲鬼はレ級を引きずりながら部屋を出ると、赤い霧の立ち込める空を目掛けてレ級を放り投げた。

 

「アナタハ廃棄処分ヨ。ジャアネ、消耗品サン」

 

 そして、両腕の砲塔が空中のレ級に狙いを定め、爆音を轟かす。

 砲弾が炸裂し、レ級は大爆発に巻き込まれて、煙を引きながら着水し、力無く海中へ沈んだ。

 

「レ級ハドウニモ感情ガ不安定ネェ……少シ性能ハ落チルケド、ル級カタ級ヲ使ッタ方ガ良イカシラネ」

 

 南方棲鬼はぶつぶつと呟きながら部屋へと戻っていく。

 その頭からは、もう粛清したレ級の事など綺麗さっぱり消えていた。

 

 

 

 

 

「(……チク……ショウ…………オレタチハ……ショウモウヒン……ツカイステ…………クソッ……)」

 

 ボロボロになり、もはや力などまったく出ないレ級は、海流に浚われて海の中を漂う。

 目覚めてから今日まで、深海棲艦の覇権のため、戦場に身を投じてきた。

 仲間のためならばと、気に入らない南方棲鬼の指図にも従ってきた。

 その報いがこれか。

 

「(セメテ……南方ノ……ヤロウヲ……ブンナグッテ……)」

 

 捨て石にされ、散っていった仲間の無念を少しでも南方棲鬼に……その願いすら叶わず、このまま海の藻屑となるのか。

 

「(……アア……クソッ………………ク……ソ……)」

 

 レ級の意識はそこで途切れ……身体はただただ海の気分ひとつであちらこちらを漂うばかりだった……。

 

 

 

 

 

【キャラクター紹介】

 

■戦艦レ級

 目覚めて1年と経っていない新参深海棲艦。

 他のレ級よりも生まれながらの戦闘能力が高く、肉体も頑強。

 仲間想いであり、これまでの戦闘でも多くの同胞を救い、軽巡ツ級の内の1個体から慕われている。

 一方でどこかに甘さも持ち併せており、敵艦娘にトドメをさせる場面で引き金を引けなかった事もある。

 深海棲艦の未来のために奮戦するが、自身の所属拠点を任されている南方棲鬼とはソリが合わない。

 

■南方棲鬼

 レ級の所属する拠点を守る前線指揮官。

 冷徹な性格をしており、個体数の少ない自分達『鬼』や『姫』以外の深海棲艦を見下し、立案する作戦もそれらの被害を鑑みない物が多い。

 だが、優れた部分を持つ者であれば、そんな下級深海棲艦でも取り立てる公平さを持ち、少なくとも人事に私情は差し挟まない。

 

■軽巡ツ級

 レ級の脇に控える軽巡洋艦クラス深海棲艦。

 かつて撤退戦において取り残され、あわや轟沈というところをレ級に救われた過去を持つ。

 それ以来、常にレ級の側近くに控えて共に戦い、相棒と呼べる間柄になった。

 南方棲鬼による敵領海への侵攻作戦(実際には本番前に敵情報を得るための前哨戦)で、魚雷からレ級を庇い轟沈した。




レ級ちゃんの性格が俺のイメージと違う?
……気にすんな!


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許されざる邂逅

 ――――漂う。

 身体も、意識も。

 指揮官である南方棲鬼の、味方を平然と捨て駒にする作戦に反発した戦艦レ級は、彼女の手によって粛清されて海へと投棄された。

 だが、なまじ並のレ級よりも頑丈な身体を持っていたがために、彼女は即死せずに海流に弄ばれていた。

 

「(…………ナンダ……マダイキテタノカヨ……オレ……)」

 

 廃棄された直後は南方棲鬼への復讐心が湧いていたが、海中を漂い、幾度も意識を失っては取り戻しを繰り返す内、もはや生きる事への諦めすら抱いていた。

 今はもう、ただこの静かな海の中に眠りたい。

 そんな願いも、突発的に強くなる海流が許さない。

 

「(モウイイ……ネムラセテクレ……ツ級タチノトコロヘ……イカセテクレヨ…………ア……ソウイヤ……ニンゲンタチノイウ……テンゴクトカ、ジゴクトカッテ……アンノカナ……)」

 

 生への執着を失ったレ級は、どうでも良い事を考えて残る生命が消える瞬間を待つ。

 その時だ。

 海上から煌々と光が射し込み、レ級の身体を照らし出したかと思うと、人影のような物が近付いてきたのだ。

 

「(……アア……アレガ……アノヨカラノ……ムカエッテヤツカ…………ウミンナカマデ……ゴクロウナコッタ……)」

 

 抱き上げられ、急速に浮上する感覚。

 息苦しさが消え、身体の中に酸素が入り込んでくる。

 

「……! 生きてる……まだ生きてるのです!」

 

「でも、~~ちゃん……これ、深海棲艦だよ……?」

 

「……わかってるのです……でも、たとえ敵でもこんな状態で放っておけないのです……それに……」

 

「それに?」

 

「……この子……とても悲しそうな顔をしているのです……」

 

 

 

「ちょっと! なんでこんなの拾ってきちゃうの!?」

 

「で、でも……」

 

 喧騒にレ級の意識が覚醒する。

 うっすらと目を開けると、似通った栗色の髪色、似通った髪型、似通った顔立ちの2人の少女が言い争いをしており、赤みがかったピンクの髪の少女が焦った表情でその顔を交互に見ている。

 

「こんなの司令官に見つかったら、どんな目に遭わされるか……」

 

「でも! 見殺しにはできないのです!」

 

「そ……そりゃ……それは後味悪いだろうけど…………だけどね……仮に助かったって、こんな所にいたんじゃ……どのみちロクな目に遭わないわよ……」

 

「……ナンダヨ……ジゴクノオニッテノハ、ズイブントチマッコインダナ……」

 

「「っっ!!」」

 

 突然口を開いたレ級をギョッとした表情で見た少女の内、気の強そうな1人が、馬乗りになって腕に取り付けた主砲をレ級の顔に突き付けた。

 

「……ソウアワテンナヨ……コンナジョウタイジャ……ロクニウゴケヤシネェカラナ……」

 

 レ級自身の言う通り、応急処置こそ施されているものの、その身体はいまだボロボロで動かす事もままならない。

 

「……テキヲロカクシタンダ……モットヨロコンダラドウダヨ? ソレトモ、イッカイノセンカンジャァ、テガラニナラネェッテカ?」

 

「……勘違いしないで。あんたはこの子達……(いなづま)とイムヤが善意で助けたのよ。鹵獲しようとしたわけじゃない」

 

 少女は突き付けていた主砲を引っ込め、レ級から離れる。

 

「……? タスケタ? テキヲロカクモクテキイガイデ? アタマダイジョウブカオマエ?」

 

「そういう子なんだから仕方ないじゃない。電達の優しさを馬鹿にする奴はこの(いかずち)様が許さないわよ」

 

 そう言って鼻を鳴らす少女達を改めて見れば、本当に小さい。

 

「(サッキノシュホウコウケイ……クチクカンクラスカ……)」

 

 万全の自分ならば、3対1でも片手で捻れる相手だが、今はその立場は逆と言っても過言ではない。

 

「わかったら、さっさと傷治して帰りなさいよ。こっそりね」

 

「ンナコトドウデモイイ……サッサトコロセヨ。ドウセオレニハモウ、カエルトコロナンテネェンダ……ジヒッテモンガアンナラ、アタマフットバシテ、イッシュンデオワラセテクレ……」

 

「そ、そんな事できないのです! 命はもっと……大……事に……」

 

 電の声が徐々に小さくなっていく。

 

「……ダイジニダ……? フザケンナヨ、チビ……! オレハナ……ツカイステラレタショウモウヒンナンダヨ! ソレノナニガダイジダッテンダ!? ナニモシラネェクセニセッキョウナンカスンジャネェ!!」

 

 無理矢理身体を引き起こして激昂するレ級に竦み上がる電とイムヤに対し、雷は神妙な顔つきでレ級を見つめている。

 

「……使い捨て……消耗品…………わかるわよ……雷達だってそうだもの。……少なくとも、ここの司令官にとっては……」

 

 声を震わせる雷の言葉に、電もイムヤも沈んだ表情を見せる。

 早い話、先ほど電が言い淀んだのも、そもそもにして自分達自身の命が大事なのかという疑問を捨てきれていないのだろう。

 

「…………チッ…………」

 

 レ級は強引に起こしていた身体を横たえて目を閉じる。

 

「(……ニンゲン……カンムスガワニモ、オレヤ南方ノヤロウミテェナノガイルッテワケカヨ……クソッ……)」

 

 

 

 基地内通路を、1人の女性が歩いている。

 後頭部で髪を纏め、前髪は綺麗に切り揃えられ、利発そうな顔……というのは本来なら、の話である。

 今の彼女の表情は暗く沈んでおり、ある扉の前に立つと溜め息を吐いた後、表情を引き締める。

 

「失礼します。司令、電さんが哨戒から戻ったようです」

 

「……やっとか……予定より遅いではないか奴め」

 

 女性の報告に、つまらなそうに報告書を読んでいた中年男性が文句を垂れる。

 彼はここ、鹿屋基地の司令・筑紫(つくし)准将である。

 

「しかし、いまだ報告書が上がっていないようだが?」

 

「は……」

 

 電からの報告書が来ていないと言われても、今現在の自分にはどうしようもないので、曖昧な返事しかできない。

 

「まったく、これだから駆逐艦は使えん。弱い上に行動もいちいち遅い。そうは思わんか妙高(みょうこう)?」

 

「………………」

 

 女性……妙高はあえて何も言わない。

 いくら司令の言葉とはいえ、仲間への悪口雑言に同調などできるはずもない。

 

「やれやれ、司令の手を煩わせるとは、艦娘にあるまじき行為だ。矯正が必要か」

 

 筑紫は面倒くさそうに立ち上がり、妙高の肩を抱いて部屋を出る。

 行き先は電達が屯しているであろう格納庫だ。

 

 

 

「……イナヅマ、ツッタカ。ナンデタスケヨウトオモッタ? マサカホントウニイノチガダイジ……ソレダケガリユウッテンジャネェヨナ?」

 

 レ級は自身の右腕に包帯を巻く電に、不機嫌そうに、尋ねる。

 

「……本当にそれだけなのです。命は1人に1つしか無い、大切な物なのです」

 

「そうだよ。消耗品とか言っても、生きている以上それは生き物で、命なんだから」

 

 電の言葉にイムヤが追従する。

 しかし、それらの言葉はまるで自分達に言い聞かせようとしているようにも取れる。

 

「……っ! 電! イムヤ! そいつ隠して! 誰か来る!」

 

「はにゃっ!?」

 

 格納庫の扉に耳を当てていた雷が、目を見開いて電達に叫んだ。

 電とイムヤは、慌ててレ級を格納庫の隅へと連れていき、手近な所にあった布を被せると、雷と並んで扉を見つめる。

 足音が扉の前で止まり、乱暴に開け放たれた。

 

 

 

【キャラクター紹介】

(いかずち)

 (あかつき)型駆逐艦3番艦。 

 鹿屋基地に所属する2隻の駆逐艦の片割れで、電の姉。

 姉である暁と(ひびき)が他の基地に配属されたため、電の唯一の家族であり、しっかり者の雷は彼女を守る事を第一に考えている。

 電を庇って筑紫准将の暴力を日常的に受けており、他の基地職員から同情されている。

 

(いなづま)

 暁型駆逐艦4番艦。

 鹿屋基地に所属する2隻の駆逐艦の片割れで、雷の妹。

 敵であろうと見殺しにはできない心優しい性格だが、それが災いして、神経質な筑紫准将の逆鱗に触れてしまって体罰を受ける事もある。

 

伊168(イムヤ)

 海大VI型潜水艦1番艦。

 鹿屋基地に所属する唯一の潜水艦。

 雷、電と共に行動している事が多く、明るいムードメーカーとして暗くなりがちな基地の雰囲気を改善しようとするが、これまた筑紫准将の暴力を招く事も少なくない。

 

妙高(みょうこう)

 妙高型重巡洋艦1番艦。

 鹿屋基地に所属する唯一の重巡。

 筑紫准将の秘書艦であり、彼からセクハラ被害を受けている。

 真面目でしっかりしているが、艦娘は司令官に尽くす事が使命と考えている上、自身が筑紫准将の機嫌を損ねる事で矛先が雷達に向く事を恐れて逆らえないでいる。

 

筑紫(つくし)准将

 鹿屋基地司令。53歳。

 出世欲が強いが、ロクに深海棲艦が現れず、手柄を立てようにも立てられない辺境に左遷されて常に苛立っている。

 艦娘を道具のように扱い、憂さ晴らしや八つ当たりとして事あるごとに暴力やセクハラに走る俗物。

 それを隠しもしないため、基地に勤める職員や妖精にも嫌われている。




この手のクズキャラは大抵中年という風潮。


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振り上げた拳

 南方棲鬼に粛清され、大破して漂流していたレ級を救助したのは、敵であるはずの艦娘・(いなづま)とイムヤだった。

 レ級を連れて戻った電達を叱る(いかずち)であったが、基地司令から日々道具のように扱われ、暴力を受けていた事から、廃棄されたレ級に共感と同情を覚える。

 しかし、哨戒任務から戻ったにもかかわらず報告書の提出に現れない電に業を煮やした基地司令・筑紫(つくし)准将は、秘書艦である妙高(みょうこう)を伴い、電達がいるであろう格納庫へ向かうと、その扉を開け放った。

 

「おい貴様ら! 何をこんな所で油売っておるか!」

 

「ひっ……!」

 

「し、司令官……様」

 

 筑紫准将の剣幕に電とイムヤが縮こまり、雷は取って付けたように司令官『様』に敬礼する。

 

「電……艦娘が任務から帰還した後にする事はなんだ?」

 

「ほ……報告書の即時作成と基地司令官への提出……なのです」

 

 ツカツカとこれ見よがしに足音を立てて近づきつつ問いかける筑紫に、電は震えながら答える。

 

「で、貴様はそれをやったのか?」

 

「……ま、まだ……です…………っ!」

 

 電が答えた瞬間、その頬を筑紫がひっぱたき、妙高が口元を押さえる。

 赤くなった頬を手で覆い涙ぐむ電の前に慌てて雷が立ち、懇願するように筑紫を見上げる。

 

「ま、待ってください司令官様! 電達を引き止めたのは私です! だ、だからこれ以上……」

 

 だが、筑紫は雷が喋っている事などお構い無しに、今度は彼女の頬を叩く。

 

「関わった者全て連帯責任だ。そこの潜水艦、貴様もだ」

 

 そして青ざめるイムヤへと目を向け、歩み寄ろうとするが、その肩を妙高が抑える。

 

「お、お待ちください司令! 彼女達も反省しているようですし、どうか……」

 

「甘いな。貴様がそんなでは困るぞ妙高。これは職務怠慢と命令不服従に対する正当な罰だ。廃棄処分しないだけありがたいと思え」

 

 妙高の手を払いのけてイムヤに近づく筑紫の腕を、今度は雷が掴んだ。

 

「……お、お願い……します……私が3人分の罰を受けますから……!」

 

「い、雷ちゃんっ!?」

 

「……ほう、殊勝だな。ワシも鬼ではない……それで勘弁してやろう」

 

 そう言うと筑紫は拳を握り締め、右腕を大きく振りかぶると、歯を食い縛る雷の顔面を目掛けて全力で突き出した。

 

「っ!! ………………?」

 

 鈍い音はした。

 だが、自分には衝撃も痛みも無い。

 雷が恐る恐る目を開くと、真っ黒な背中が見えた。

 

「な……な……な……」

 

 筑紫は驚愕に目を見開き、口をパクパクさせている。

 突き出した彼の拳は、雷との間に立ちはだかった人物が交差させた腕に阻まれ、雷には届かなかったのだ。

 

「……キニイラネェナァ……ヘイゼントブカニテヲアゲルヤツッテノハ、ダイキライナアイツヲオモイダスゼ」

 

 腕の間から自身を睨むレ級に、筑紫は背筋が凍り、青ざめていく。

 

「し……ししし……深海棲艦っ!?」

 

 慌てて拳を引くと、腰が抜けたようにへたり込み、這うように妙高の後ろへと隠れた。

 その妙高は、突然の深海棲艦の出現に戸惑いながらも、即座に臨戦態勢に入っていた。

 

「な……なななぜだ……! なぜ基地内に深海棲艦が…………そ、そうか! 貴様ら! 敵に寝返りおったか!!」

 

「ふえっ!?」

 

 指差されたイムヤがすっとんきょうな声を上げる。

 それは雷と電も同じ事。

 

「そうだ、そうに違いない! 妙高! こいつらを全て破壊しろ!」

 

「えっ……!? い、いえ司令、それは軽率かと……! まだ彼女達は……」

 

「駆逐艦や潜水艦程度なら、戦闘で沈んだとでも言えば本営から補充が来る! それよりもワシの基地に敵が侵入した事実こそ問題なのだ!」

 

 もはや恥も外聞も無く、彼の頭の中は保身の事でいっぱいいっぱいのようだ。

 

「……チッ、ドウヤラ……マジデドウシヨウモネェ……クズミテェダナ……!」

 

 レ級は怒りのままに拳を握り、筑紫へと駆ける。

 

「っ! させません!」

 

 妙高が床を蹴って逆にレ級に肉薄し、両者は取っ組み合いの末、一歩も引かない硬直状態となってしまった。

 

「(チィッ、ジュウジュンクラス……コンナヤツトゴカクトハ、ナサケネェ……!)」

 

 レ級は負傷のために力を十全に出せぬ自分に苛立ち。

 

「(この深海棲艦……よく見たら傷だらけ……こんな状態で身を挺して雷さん達を……!?)」

 

 妙高は負傷しながらも敵である艦娘を守ろうとするレ級の姿に驚いていた。

 自分の知っている深海棲艦のイメージとはあまりにかけ離れた行動。

 

「っ……どうして……!」

 

 一方、雷達はこの状況をどう収拾すべきかわからず、ただ3人寄り集まる事しかできなかった。

 

「い、雷ちゃんどうしよぉ……!」

 

 涙目のイムヤの頭を撫でつつも、雷にもどうするべきかなどわからない。

 

「そ、そんなの私にだって……」

 

 その時、チャキッという音が雷達の耳に入ってきた。

 

「えっ……!?」

 

 そちらに顔を向けると、筑紫が拳銃を抜いて雷達に銃口を向けている。

 

「妙高め、使えん……! こうなればワシの手で粛清してくれるわ、裏切り者どもめ!」

 

「ち、違うのです……! 怪我をしてたから助けただけなのですっ!」

 

 青ざめながらも弁明する電の言葉に、ますます筑紫の怒りが強くなっていく。

 

「敵を助けるという事は敵であろうっ! 役に立たん上に欠陥品とはな! 貴様らは廃棄処分だ、死ねっ!!」

 

「っ!!」

 

 不意にレ級が力を抜き、全身に力を込めていた妙高は勢い余って転倒してしまう。

 そんな妙高を一瞥もせず、レ級は脚力をバネにして一気に加速し、左腕を伸ばした。

 直後、夜の静寂を裂く銃声が響き、雷達の前に立ったレ級の腕からは青い体液が滴り落ちる。

 

「(グッ……! コンナ……マメデッポウデ……ヌカレルトハ……! ヨワッテルッテレベルジャネェゾ……クソッ……!)」

 

 平時であれば、自分の身体は拳銃弾どころか艦娘用火器ですら軽傷で済ませられるところだが、どうも本格的にガタが来ているらしい。

 どうにか貫通はせず、背後の雷達には当たらなかったようだが、いずれにしても危機的状況には変わりが無い。 

 

「それ見た事か! 深海棲艦に守られているではないか! 敵を庇う深海棲艦など聞いた事が無いわ! つまり、貴様らは深海側に付いたのだ!」

 

「し、司令、お待ちを! この個体は明らかに我々の知る深海棲艦とは異なります! もう少し様子を見て……」

 

 筑紫とレ級の間に割って入った妙高だが、その言葉は彼には届かない。

 

「どけっ!」

 

「あぐっ……!」

 

 左手で払うように殴られた妙高が、格納庫の冷たい床に倒れ込む。

 ちょうどその時、格納庫に武装した憲兵が銃声を聞きつけてバラバラと入ってきた。

 

「司令! さっきの……うっ!?」

 

「こ、これは……!?」

 

 憲兵達は思わず自分の目を疑う。

 頬を赤く腫れさせ倒れた妙高。

 銃を持った筑紫。

 寄り添い合ってガタガタと震える雷、電、イムヤ。

 そして、青い血を流しながら雷達の前に仁王立ちした深海棲艦。

 

「おう来たか! あの駆逐艦どもは敵に寝返っておる! ただちに処分せよ!」

 

「て、敵に……!?」

 

 言われて憲兵達はまじまじと雷達を観察する。

 だが、彼女達にはいつもと違うところなど無い。

 あるとすれば、その目と顔が、突きつけられた恐怖と絶望にひきつっている事だけだ。

 

「お……おい……」

 

「う……」

 

 憲兵達にはどうしても銃を向ける事ができなかった。

 日頃から雷達には明るく話しかけられ、筑紫から虐待を受けながらも一生懸命に仕事に取り組む彼女達の姿に元気付けられていたと同時に、痛々しくも思っていたからだ。

 それは雷達だけではなく、妙高もそうだ。

 彼女の気配りと優しさにどれだけ心を救われてきたか。

 

「何をしておる! 早く撃たぬか!」

 

 言いながら自身も銃声を響かせるが、その弾は全てレ級の身体が受け止め、その度に青い体液がピュッと吹き出した。

 

「ガッ……八…………クソッ……」

 

 弾倉が空になると、レ級はガクリと崩れ落ち、膝が青い水溜まりに浸かる。

 

「(カラダガ……ウゴカネェ……シカイガボヤケル……クソッ……)」

 

 なぜなのか。

 なぜあの深海棲艦は、これほどの瀕死状態になりながら雷達を守っているのだろう。

 仮に彼女達が寝返っていたとして、これほどの確固たる守護の意思を以て守る事などあるのだろうか?

 駆けつけたばかりで状況の飲み込めない憲兵達にはわからない。

 わからないが……。

 

「……っ!? き、貴様ら……!?」

 

 憲兵達の小銃が、筑紫へと向けられる。

 

「つ、筑紫准将! あなたの身柄を拘束させていただきます!」

 

「な……は、反乱か貴様らぁ!? それでも兵士か! 軍人か!」

 

 筑紫は激昂しながらも、5人の憲兵相手では勝ち目は無いと理解しているようで、ひたすら罵声を浴びせかける。

 

「先に艦娘達を裏切ったのはあなたでしょう! 我々はもう、あなたの艦娘達への不当な扱いに耐えられません!」

 

「そうです! 暴力を始めとしたあなたの行動の数々……証拠として掴んではいました。まがりなりにも基地司令であるあなたにいなくなられては困ると思い、隠してきましたが……」

 

「あなたをこのままにしておけば、この基地は内部から崩壊してしまいます! 艦娘達はあなたの道具ではありません!」

 

 口々に非難され、さしもの筑紫も絶句して後退りする。

 

「(……ナカマワレ……カ…………ヘヘッ……コイツラモ……オレラト……タイサ…………ナイ………………)」

 

 レ級の意識はそこで途切れる。

 最後に見たのは、憲兵達に取り押さえられ、必死に喚き暴れる男の姿だった。

 

 

 

「どうなのです?」

 

「んー、深海棲艦て元々顔色悪いからよくわかんないわね……」

 

 大量のチューブを繋がれてベッドに横たわるレ級の顔を、雷と電が覗き込んでいる。

 

「私達艦娘を参考にした治療を施しましたが、果たして成功しているのか……」

 

「きっと大丈夫だよ妙高さん! 大丈夫だったら良いなぁ……」

 

 妙高は自身を元気付けようとしつつも不安は隠せないイムヤの頭を撫でる。

 

「(あなたには聞きたい事があるのです……どうか無事に目を覚ましてください……)」

 

 敵である深海棲艦の快復を願う事に複雑な感情を抱きながらも、妙高は胸に手を当てて祈る。

 どうか彼女が、自分の望む答えを返してくれますように、と。

 

 

 

 ーーーー時は少し進み、七尾基地

 

「司令、本営からです」

 

 執務室に鉢巻を巻いた少女が長い髪を靡かせて入り、中にいた男性に封筒を手渡す。

 

「今の時代に電報……嫌な予感が………………くあっ……!」

 

 眼鏡をかけた痩せ型の男性は恐る恐る手紙を開き、視線を走らせると頭を抱える。

 

「異動だとさ……鹿屋基地……かなりの辺境だな。確かに目覚ましい戦果は挙げてないけど、そこそこやってると思ってたんだけどなぁ……はぁ、まさか左遷されるとは……」

 

「……司令、実はもう1通……」

 

 少女は懐からこっそりと小さな封筒をとりだした。

 

「(……? 機密書類……? どれどれ……………………)っ!?」

 

「司令?」

 

「……基地司令として許可する。読んでみてくれ」

 

 男性は少女に読み終わった書類を手渡した。

 その顔は険しい。

 

「は、はい、では失礼して…………………………っ! こ、これは……!」

 

「噂には聞いてたが、本当に艦娘をこんな風に扱う所があったとはな……それなら話は別だ。この基地のスタッフや艦娘達にも慣れてきて少し寂しいが仕方ないな」

 

「……確かに、これは捨て置けませんね……」

 

 少女も男性と同じように厳しい表情を見せ、眉をひそめる。

 

「さっきも言ったが、ここはかなりの辺境だ。………………ついてきてくれるか? 神通(じんつう)

 

 神通と呼ばれた少女は、その言葉を聞くと不思議そうに瞬き、表情を和らげると男性の胸板に手と頭を預けた。

 

「……もちろんです。この神通……浅井(あざい)司令の往く所であればどこまでも……」

 

「……ありがとう」

 

 浅井は神通の華奢な身体を抱き締め、短いながらも精一杯の気持ちを込めた感謝の言葉を贈った。

 

 

 

【キャラクター紹介】

 

■憲兵少尉

 鹿屋基地の保安担当。

 艦娘達には強い感謝と同情の念を抱いており、彼女達をぞんざいに扱う筑紫には反感を抱き、彼を告発する材料を集めていた。

 

神通(じんつう)

 川内(せんだい)型軽巡洋艦2番艦。

 七尾基地所属の軽巡であり、同基地司令である浅井中佐の秘書艦。

 彼には4年間付き従って転戦し、強い絆で結ばれている。

 真面目で優しい努力家だが、相手を思いやる一方で自分の事は二の次三の次な場合が多く、働きすぎになりがちな面も含めて浅井からは心配されている。

 練度の高い一部の艦娘に見られる“改二化”が発現している。

 

浅井(あざい) 誠貴(まさたか)中佐

 七尾基地司令。23歳。

 年若いが人心掌握に優れ、艦隊指揮においてそれなりの成果を挙げているため、人材不足もあって基地司令に任命されている。

 本人の性格は若年故の正義感の強さが際立ち、与えられた役割には熱意を以て臨むが、たまに熱意が先行しすぎて空振る事もある。

 深海棲艦との激戦の矢面に立たされる艦娘達を不憫に思い、役に立てない自分に情けなさを感じている。

 情に弱いためにあまり軍人向けとは言えない事は自覚済みで、一時期無理矢理冷徹になろうとしたところ、単なる厨二病のようになってしまい、艦娘達の失笑を買ったため二度とやるまいと誓う。

 神通とは戦いを共にする内に互いに信頼し合える間柄となっている。




ブラック企業は頭すげ替えでホワイト企業にしましょう。

前回まで鹿屋基地を鹿谷基地と誤植してました。※修正済み


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あなたの名は

「…………ウ…………」

 

 ゆっくりと瞼を開くと、見覚えの無い天井と電灯。

 後頭部や背中にはふかふかとした感触がある。

 

「……マタ……シニソコナッタ、カ……」

 

「死なれては困ります」

 

 目覚めたレ級が声のする方へと頭を動かすと、妙高(みょうこう)が立っていた。

 

「テメェハタシカ……アノムカツクヤロウノソバニイタ……」

 

「妙高です。妙高型重巡洋艦のネームシップ、妙高」

 

 妙高はしっかりと礼を取って頭を下げる。

 

「……マダ、オレニヨウガアンノカ?」

 

「聞きたい事がありました。……なぜ、あなたは(いかずち)さん達を守ったのですか? 我々艦娘と、あなた達深海棲艦は敵同士でしょう?」

 

「カンチガイスンナ。オレハアノヤロウニムカツイタダケダ。ダカラ……」

 

「それなら彼女達を守る必要はありませんよね? 別に彼女達が討たれた後に不意討ちを仕掛けても良い……むしろその方が都合が良かったはずです」

 

 妙高のもっともな指摘に、レ級は目を逸らして黙りこくってしまったが、しばしの沈黙の後、ようやく口を開いた。

 

「……カリガアッタ」

 

「借り?」

 

「ノゾンデモネェシ、タノンデモネェガ、オレハアイツラニタスケラレタ。カリハカエサネェトキモチワリィンダヨ」

 

 それはまさしく、妙高が望んだ答え。

 すなわち……。

 

「……そう……やはり深海棲艦にも、義理や恩を感じる心があったのですね……」

 

 これまでの妙高の知識と経験では、深海棲艦はただただ無慈悲に人類を蹂躙する悪鬼の群れか、具現化した災厄でしかなかった。

 それが艦娘……自身の敵を身を挺して守るという光景に、妙高は深海棲艦という存在がどういうモノなのか、わからなくなりかけていた。

 

「……ふぅ……感性が近いようで安心しました」

 

 だからこそ、妙高は知りたかったのだ。

 どういう意図、どういう理屈でこの深海棲艦があのような行動を取ったのかを。

 

「……イットクガ、オレミタイノハイレギュラーダ。キホンテキニハテメェノソウゾウシテルトオリダゼ」

 

「それでもです。話の通じる相手がいるという事がわかれば十分ですから」

 

 もしもここでレ級が返した答えが、もっと機械的な物であったならば、どうあれ雷達の恩人である彼女を抹殺しなければならなかった。

 そういう意味でも妙高は安堵しているのだ。

 

「……コッチカラモキキテェ。アノヤロウハドウナッタ?」

 

「……筑紫(つくし)元司令なら更迭されました。基地職員の皆さんが前々から告発のために集めていた証拠の数々を出されては、本営も動かざるをえなかったようです」

 

 それを聞くと、レ級はホッとしたような表情を見せた。

 

「ソウカイ……ソリャオメデトサン」

 

「2日ほどで新しい基地司令が着任する予定になっています。それまでにあなたの処遇を……」

 

 と、その時、バタンと扉が開いて、雷達が雪崩れ込んできた。

 

「妙高さん、あいつが目を覚ましたって?」

 

「あっ、本当なのです!」

 

「は~、良かったぁ」

 

「ア? オイ、ナンダコラ? オイ、チカヅクナ!」

 

 雷、(いなづま)、イムヤの3人は、やいのやいの言いながらレ級の横たわるベッドの周りに集まってきた。

 

「助けてくれてありがと!」「なのです!」「ありがとー!」

 

「アアモウ、ウルセー!! ミミモトデサワグンジャネェー!!」

 

 思うように動けないレ級は剣幕で威嚇しようとするが、心根は優しい相手だと認識してしまっている雷達には効果が薄いようだ。

 

「ほら皆さん、相手は怪我人ですからほどほどに、ですよ」

 

 妙高が優しく諭すと、ようやく雷達が距離を取った。

 

「さて、こんな状態ですが、尋問をさせていただきますね。えー、ではまず……あなたは戦艦レ級タイプのようですが……名前は?」

 

「ア? ネェヨソンナモン。コタイメイナンテイラネェシ」

 

「えー!? そんなの味気ないじゃない!」

 

「かわいそうなのです……」

 

「オマエラトオレラトジャ、ジョウシキガチガウンダヨ! カッテニアワレムナ!」

 

 哀れみの視線を向けてくる雷達に牙を剥いて威嚇するレ級を尻目に、妙高は涼しい顔で質問を続ける。

 

「なるほど。では次に……ここへ来た目的は?」

 

「ダカラネェッテノ。ソコノチビドモニツレテコラレタダケナンダカラヨ」

 

「ふむふむ……では最後に……あなたはこれからどうするつもりですか?」

 

 その質問にレ級は真顔になり、言葉をつまらせる。

 

「…………わからないようですね。では、こちらからの提案です。その答えが出るまで、ここにいませんか?」

 

「……アア? オマエ……ナニイッテルカワカッテンノカ? テキヲハランナカニカカエルッテノカ?」

 

「これは雷さん達や、基地の皆さんと相談して決めた事ですが……我々はあなたを艦娘として受け入れようと思っています」

 

 ドヤ顔の雷達の頭を撫でながら妙高が紡いだ言葉。

 レ級は目を丸くし、しばらく思考が停止した。

 

「ハ…………ハアァァァ!?」

 

「仕方ないでしょう? この基地の人々は雷さん達を助けてくれたあなたを認めていますが、だからと大っぴらに深海棲艦を置いておくわけにもいきませんからね。そう、あなたは今日から……」

 

 妙高は目を開き、懐から取り出した紙をレ級に見せて宣言する。

 

金剛(こんごう)型巡洋戦艦5番艦・蓮華(れんげ)となるのです!」

 

 ……その場にいる全員が表情を強張らせて無言になり、しばらくして雷が静寂を破った。

 

「……やっぱり実在しない艦として報告するのは無理が無いですか?」

 

「し、しかし……実在する艦だと、いざ本人と遭遇した時が面倒ですし……新規設計という事で……」

 

「こんな辺境の基地で新造は難しい……というか無理なような……」

 

 イムヤもまた雷に追従して苦言を呈する。

 

「で、でも個体名はやはり……」

 

 雷とイムヤに否定され、妙高はだんだんと弱気になってきた。

 

「じゃ、じゃあ、とりあえず本営に報告する名義はもう少し考えるとして……今は蓮華さんを縮めて『レンさん』と呼ぶのはどうでしょう?」

 

 見かねた電が折半案を繰り出した。

 

「そ、そうですね! 確かにあまり急いでも仕方ないですし……新しい基地司令殿と相談してからでも大丈夫でしょう!」

 

「オイ、トウニンヲホッタラカシテスキカッテイッテンナヨ」

 

「そうと決まれば、服装も考えなければいけませんね。……イムヤさん、確か倉庫に金剛型用の服がありましたね。持ってきていただいて良いですか?」

 

「はーい!」

 

 呆れ顔で声をかけるレ級を無視して、どんどん話が進んでいく。

 

「持ってきたよー!」

 

「ありがとうございます」

 

 イムヤが広げたのは、白を基調とした巫女装束を改造したような衣装で、それを見たレ級は眉をひくつかせる。

 

「……オイ、マサカソノヒラヒラシタノヲ……オレニキセルキカ!?」

 

「下着の上にレインコートな今よりマシでしょ? はい、大人しくしてよね」

 

「なのです!」

 

 雷電コンビがガシッとレ級を拘束し、妙高とイムヤが邪悪な笑み(レ級視点)を浮かべながらじりじりと迫ってきた。

 

「オイ、バカ、ヤメロ! ケガニンヲナンダトオモッテヤガル!」

 

 掴まれた腕を外そうともがき、尻尾がビタンビタンとベッドを叩く。

 

「それだけ暴れられるならもう大丈夫でしょう。安心してください、すぐ済みますからね」

 

「ヤ……ヤメロォォォーーーーッッッ!!」

 

 ……レ級改めレンの悲痛な叫びが、鹿屋基地に木霊した……。

 




本作の妙高さんは、原作よりもはっちゃけ気味です。
レ級のツンデレはどこぞの学園都市第1位を想像していただけるとわかりやすいかと。


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着任

「ここが鹿屋基地か……」

 

「辺境とは言っても、ちゃんと最低限の設備は整っているようですね」

 

 基地入口に設けられたゲートに停まった軍用車両の後部座席から基地施設を眺める男女1組。

 確認を終えて開いたゲートをくぐり、車は敷地内へと入り、大きな建物の前で停車した。

 

「お待ちしておりました。基地司令不在につき代行を務めております、妙高(みょうこう)型重巡洋艦1番艦・妙高と申します」

 

「大本営より当基地司令としての異動を申し渡されました、浅井誠貴(あざいまさたか)中佐。ただいま着任しました」

 

川内(せんだい)型軽巡洋艦2番艦・神通(じんつう)です。僭越ながら浅井中佐の補佐を務めさせていただいております」

 

 建物の入口で妙高が2人を出迎え、挨拶を済ませると、建物の中へと案内する。

 

「前任者の事は聞いています。さぞ苦労なさったでしょう」

 

「お心遣い、痛み入ります」

 

 廊下を歩きながら浅井から発せられた言葉に、妙高が頭を下げる。

 否定しない辺り、実際にとんでもない苦労をしたであろう事が窺える。

 

「基地司令ともあろう方が、艦娘を物のように扱うだなんて……」

 

 神通が拳と声を震わせ、目を伏せる。

 浅井の下で他の仲間達共々、戦友として大切にされてきた神通にとって、この基地で当たり前に行われていた筑紫元司令の暴挙はにわかには信じがたい出来事なのである。

 

「まぁ、唯々諾々とそれを受け入れるしか無かった私達にも非がありますが……全ては勇気を出して告発に踏み切ってくれた皆さんのおかげです。……こちらが基地司令の執務室となります。すでに所属艦娘が待機中です」

 

 妙高が扉を開けると、4人の艦娘が整列し、1名を除いて素早く右手をかざして海軍式の敬礼を行った。

 

「当基地司令として着任しました、浅井誠貴中佐です。よろしく。……こほん……あー、上下関係はあまり気にせず、仲良くしてもらえたら嬉しい。それじゃ、皆の事を聞かせてもらっても良いかな?」

 

 明らかに雰囲気の違う1名が気になりつつも、浅井は順番に自己紹介を促した。

 

伊号(いごう)第百六十八潜水艦(だいひゃくろくじゅうはちせんすいかん)……えっと、伊168です。気軽にイムヤとお呼びください!」

 

「コンゴウガタジュンヨウセンカンゴバンカン、レンゲデス。ヨロシク」

 

(あかつき)型駆逐艦3番艦、(いかずち)です。よろしくお願いします」

 

「あ、暁型駆逐艦4番艦、(いなづま)です! よろしくなのです!」

 

「うん………………うん? なんか……変なの混ざってなかったか?」

 

 一通りの自己紹介を聞いた浅井は、納得しかけた首を傾げる。

 

「……チッ。オイ、ミョウコウ。ヤッパスグバレルジャネェカ」

 

 そう言うと、巫女装束のような服に身を包んだ艦娘は、スカートの中に巻き込んでいた尻尾を展開した。

 それと同時に床を蹴った神通が、その艦娘の喉笛に貫手を突き付けた。

 しかし、神通の首筋にもまた相手の手刀が添えられている。

 

「ヘッ……ハヤイナ、テメェ。フチョウノセイニスルツモリハネェガ……ワズカニテメェノガハヤカッタヨウダゼ」

 

「……妙高さん、これはどういう事ですか? なぜここに深海棲艦が?」

 

 神通の視線を受け、妙高と雷達は降参といった素振りを見せる。

 

「まぁ……いずれは話さねばならない事ではありましたから……。申し訳ありません、浅井司令。彼女は深海側の上官によって廃棄された個体で、我々が救助したのです。義理堅い性格で、筑紫元司令の失脚は彼女の功績と思っていただいてかまいません」

 

「今、電達がここにいられるのは、レンさんのおかげなのです!」

 

 妙高達の目を見て、その言葉に嘘偽りが無いであろうと判断した神通が身体を引くと、レンも同時に腕を引いた。

 

「失礼いたしました」

 

「オマエラトオレタチハ、ズットコロシアッテキタカンケイダ。トウゼンノハンノウダロウヨ」

 

 神通が浅井の右隣へ戻ると、レンはそっぽを向いて鼻を鳴らした。

 

「しかし驚いたな……深海棲艦が人間や艦娘の仲間になるなんて……」

 

「カンチガイスンジャネェ。カリヲカエスタメニココニイルダケデ、オトモダチゴッコスルキハネェ。ヨウガスンダラ、サッサトデテイカセテモラウ」

 

「まったく、レンは素直じゃないわねぇ」

 

「レンさんらしいのです」

 

「アー、ウットオシイ! ヘバリツクナチビドモ!」

 

 左右から肘で小突く雷電姉妹を、腕を振り回してレンが追い払う。

 それは殺し合いをする敵同士とは思えない光景であり、浅井にも神通にもかなりのカルチャーショックであった。

 

「さっそくですが浅井司令。デスクの上に当基地の資料をご用意しておきましたので、ご確認をお願いいたします。はい、皆さん、司令へのご挨拶も終えましたから、騒いでないで部屋を出てください」

 

「ヘイヘイ。オラ、サッサトイクゾチビドモ」

 

 イムヤが扉を開け、両手で雷電姉妹を摘まみ上げたレンが部屋を出るとイムヤが続き、最後に妙高が一礼をして出ていき、扉を閉じた。

 

「……深海棲艦がいる事を、基地の誰もが疑問に思っていない、か」

 

「これまでにたくさんの深海棲艦と戦ってきましたが、あんな個体は初めてですね……」

 

 レンの深海棲艦らしからぬ言動と行動、そしてそれに対する周囲の反応に驚きつつも、2人は用意された資料を読み始める。

 

「これまでに敵襲はほとんど無し。戦闘と言えば哨戒中に遭遇した駆逐艦や軽巡のはぐれ艦程度か……」

 

「以前はもっと多くの艦娘が所属していたようですが、他の激戦区に異動になったようですね」

 

 一時期ほぼ完全に支配されていた海の一部を取り返した事で、大陸間、国家間の連携が取れるようになり、敵をほとんど駆逐できた海域も存在する。

 早い話、この鹿屋基地の管轄区域もそのクチであり、過剰な戦力は不要とされたというわけである。

 とはいえ、敵は神出鬼没の深海棲艦……いないと思ってたら大挙して押し寄せてきた、なんて話もある。

 

「……しっかし……彼女達にはいつ話すべきかなぁ……」

 

「そうですね……ですが、早めにお話しした方がよろしいかと。彼女達は被害を受けていた当事者なのですから」

 

「だよなぁ……まったく、本営のお偉方も無茶を言うよ、本当に……」

 

「ええ、なにしろ……人間や艦娘と戦う事になりかねない計画ですから……」

 

 

 

【キャラクター紹介】

 

■レン

 金剛(こんごう)型巡洋戦艦5番艦・蓮華(れんげ)……という肩書きを用意されるところだった戦艦レ級。

 個体名が無いと不便という事で、上記の肩書きから取った名前を与えられた。

 倉庫に眠っていた金剛型共通の巫女風装束を着用し、元々纏っていたレインコートに留め金を付け、両肩に固定してマントのように羽織っている。

 尻尾の先端は南方棲鬼の攻撃による損壊が激しく、艦娘の艤装修復のノウハウを活かしてほぼ新造されている。

 そのため以前よりも生物感が減り、主砲や機銃、魚雷発射管、爆雷投射機などを選択して装着可能なハードポイントを4つ持つ複合兵装ユニットとなっており、鈍器にもなる。




テンプレのような『借りは返す系ツンデレ』。


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病巣処理

 鹿屋基地施設内を、黒髪の女性が歩き回っている。

 

「レンさんを見ませんでしたか?」

 

 尋ねられた艤装の整備員は、仲間にも聞いてから振り向くと、首を横に振った。

 

「そうですかありがとうございます。お仕事中に失礼しました」

 

 頭を下げた女性……妙高(みょうこう)が格納庫を去る。

 

「困りましたね……どこに行ったのでしょう」

 

 妙高はレンを探して基地内の心当たりを訪ねるが、なかなか有力な情報が無い。

 

「……ア゛ー……ア゛ーイ゛ーウ゛ーエ゛ーオ゛ー……イヤ、コウカ。アーイーウーエーオー」

 

「すごいすごい! できるじゃない!」

 

「なのです!」

 

 そんな妙高の耳に、呻くような不気味な声と、聞き慣れた可愛らしい声が聞こえてきた。

 

「……ここは資料室ですが…………レンさん、ここにいますか?」

 

 覗き込むと、レンは(いかずち)(いなづま)のコンビになにやら指導されているようだ。

 

「あっ、妙高さんこんにちは! レンならここですよ!」

 

「今、レンさんはお勉強中なのです!」

 

「勉強?」

 

 妙高が覗き込むと、レンはヘッドホンで何か聞きながら発声に関する本を読んでいる。

 

「ほら、レンて発音も滑舌も深海棲艦訛りで聞き取りにくいから……」

 

「まぁ、確かに……なるほど、それで学習中ですか」

 

「ンー……アイウエオ……カキクケコ…………ン? ナンダ、ミョウコウジャネェカ、ナンカヨウカヨ?」

 

 ヘッドホンで聴覚をシャットアウトしていたためか、ようやく妙高に気付いたようだ。

 

「勉強中にすみません。浅井司令が私とあなたにお話があるとの事なので、一緒に来ていただけますか?」

 

「アン? オレニモ?」

 

 レンはヘッドホンを外すと、妙高に連れられ資料室を出ていく。

 しばし歩くと2人は司令執務室の前に立ち、妙高が扉をノックする。

 

「司令、妙高、レン両名参りました」

 

「ああ、入ってくれ」

 

 浅井の許可を得ると、扉を開いて一礼の後入室する。

 

「ヨウ、オレニナンカヨウカ?」

 

「ちょっ……! レンさん!」

 

 どう考えても部下から上司への物ではない言葉遣いに、妙高が慌てて制止する。

 

「オレハココニセワニナッチャイルガ……テメェノブカニナッタツモリハネェシ、ヒツヨウイジョウニナレアウキモネェ。ナンカモンクアルカ?」

 

「しっ、司令! 申し訳ありません! しっかり教育いたしますので、ここはどうか……」

 

「いや、かまわないよ妙高。レンの言う通り、彼女は我が軍に正式に所属しているわけじゃないからね。いわば上下関係の外の存在……というか、君も彼女ほどでないにしても、もう少しフランクで良いんだよ?」

 

 無礼極まりないレンの発言と、妙高の必死の謝罪にも浅井はケロリとして顔で答える。

 筑紫元司令の圧政下にあったためか、必要以上に目上の者への恐れを抱いていた妙高であったが、彼の言葉でようやく落ち着きを取り戻した。

 

「お、恐れ入ります。しかし、最低限の礼節は必要ですので、やはり教育はさせていただきます」

 

「ンナコトヨリ、ナンカハナシガアルンジャナカッタノカヨ?」

 

「ああ、そうだったそうだった。神通(じんつう)

 

 頷いた神通が、小脇に抱えていた封筒を妙高へと手渡した。

 

「……? 司令、これは……?」

 

「大本営からの機密指令書類だよ」

 

「っ!?」

 

 さらっと言い放った浅井に、妙高が目を丸くする。

 

「読んでくれてかまわない。君達にも無関係な話ではないからね」

 

「は……で、では……………………っ! …………! …………司令……こ、これは……本気なのですか……!?」

 

 信じられないという表情を浅井へ向ける妙高の手元を、レンが覗き込む。

 

「ア? ナンダヨ、ナニガカイテアンダヨ?」

 

 その質問に答えたのは、他ならぬ浅井だった。

 

「近隣の軍事基地への立ち入り調査をしろって話さ。それも、武力行使も辞さずにってね」

 

「……ナンダト?」

 

「……この基地の前任者が行った艦娘達への不当な扱いとその顛末を知った大本営は、これを機に同様の事態を起こしているとおぼしき基地司令の徹底的な調査と逮捕を決定した。レンにも説明しておくと、今のこの国は各地に設置された多数の軍事基地と、それを地域ごとに統括する鎮守府を対深海棲艦の要としている」

 

「……ですが、深海棲艦による攻撃がほとんど行われない辺境基地などでは、鎮守府の目を盗んでの不正が横行していたようなのです。私もこの指令書を見て知りましたが……」

 

 神通による補足説明の合間にお茶で喉を潤した浅井が、再び口を開いた。

 

「辺境の基地の腐敗に目を向けている場合ではなかった大本営だったが、この基地の兵士達による決起を知ると、他の基地でも艦娘や兵による大規模な反乱が起きるのではと危惧するようになった。艦娘は核などの大量破壊兵器を除けば、貴重な深海棲艦への有効打となる存在だ」

 

「不平不満が溜まりに溜まって艦娘が反乱を起こせば、大打撃となります。そこで大本営は、その疑いのある基地を調査し、基地司令の素行に問題があった場合はその指揮権を剥奪して基地戦力を浅井司令、そして鎮守府に集める計画を立てたのです。浅井司令は行く先々で兵や艦娘に評判が良く、その指揮下ならば艦娘にも不満が溜まらないであろうと」

 

「正直荷が重いけどね。名将と言われるような人が他にもいる中で俺が選ばれたのは、単純に目立った功績が少ないから辺境への異動をしても違和感の無い若僧だからだ」

 

 あまりの情報量に混乱気味だった妙高だが、ようやく頭の中で処理を終えたらしい。

 

「で、ですが……いくらなんでも実力行使で指揮下にというのは……大本営からの命令で解任させたりなどでも良いのでは……?」

 

「それでは駄目なのです。あくまで逃れようの無い証拠を突き付けての失脚という形で処理し、基地の艦娘達に『悪人を倒した英雄』として浅井司令を信頼してもらわねば。さっきも言ったように、浅井司令の下ならば安心して働けると思ってもらいたいのです」

 

「……妙高の気持ちもわかる。俺だって別に暴力や戦争が好きなわけじゃないし。……だけど、先日までの君達のように、基地司令の横暴に苦しむ艦娘や兵達がいるとなれば、指令なんか関係無く解放したいと俺は思う。君はどうかな? 苦しめられる同胞を見て見ぬふりができるか?」

 

 浅井は少し意地悪とは思いつつも妙高へと尋ねる。

 

「そ、それは……」

 

 妙高は迷っている。

 それも当然。なにしろ実力行使も厭わないという事は、人間を守るために作られながら、人間を相手に戦わざるをえない状況もあり得るのだから。

 

「オモシレェジャネェカ」

 

 静寂を破ったのは、妙高の隣で話を聞いていたレンだ。

 

「ソコマデシテセンリョクヲアツメルッテコトハ……ナニカヤルンダロ?」

 

 レンの鋭い視線が浅井を射抜く。

 

「……その通り。今回の第一目的は艦娘の解放だが、最終目的は辺境基地に分散している戦力を佐世保鎮守府に集めて大規模な艦隊を編成、舞鶴鎮守府、呉鎮守府、横須賀鎮守府の所属艦隊と一斉に行動を開始し、連携と反撃の間を与えずに近隣の深海棲艦の拠点を一挙に壊滅、日本近海の制海権を完全奪取する事にある。この国の安全を確保するための大規模反抗作戦だ」

 

「ここ、佐世保鎮守府の管轄域が特に戦力の分散が激しいため、高官の方々がどうしたものかと悩んでいたところへ今回の鹿屋基地の騒動……これを利用し、戦力の集結と問題解決をまとめて片付けてしまおうと考えたのが、この計画との事です。深海棲艦が活発に活動する海域が減少した今だからこそ、と」

 

「……なるほど。艦娘の不平不満解消、不穏分子の処理、戦力集結、そして制海権確保……実現できれば得られる物は大きい………………わかりました。正直に申し上げまして、気乗りはしませんが……祖国と同胞のため、鬼となりましょう」

 

 決意を固めた妙高の表情を見て、浅井は安堵の溜め息を漏らした。

 

「ふぅ……ありがとう、妙高。無論、実力行使は最後の手段だ。念入りな調査はするし、相手が諦めて協力的になってくれれば戦わずに済む。それに仮に戦闘になったとしても実弾は使わず、訓練用模擬弾の他、催涙弾や閃光弾などの非殺傷武器を使用する。他の皆への説明は君から頼むよ」

 

「了解しました。では、失礼しました」

 

 一礼した妙高が部屋を出ていく……が、レンは残って浅井を凝視している。

 

「……ええと……なにかな、レン?」

 

「センリョクヲアツメルッテンデ、チョットキョウリョクシテヤロウトオモッテナ」

 

「協力?」

 

「オウ。シンカイセイカンノコウクウキヲミカケタラオシエロ。ココロアタリガアル」

 

 レンは机の上に地図を広げて見せる。

 

「チズヲシラベタガ、オレノショゾクシテタキョテンカラハ、コノキチハズイブンハナレテル。コノヘンニャシンカイセイカンガワノコウクウキチハ……ナイ」

 

「では、さっき言っていた深海棲艦の航空機とは?」

 

「……3カゲツホドマエ、オレノイタキョテンカラ、4セキノクウボガキエタ。ハヤイハナシ……ダッソウダナ」

 

 レンは記憶の糸を手繰り寄せながら言葉を紡ぐ。

 

「脱走? 深海棲艦にもそんな奴がいるのか?」

 

「マァ、オレラミタイナシタッパハ、キホンテキニハロクニカンジョウナンテモンハナイ。ダガ、タマニイルンダヨ……カンジョウノアルヤツガ」

 

「それが脱走したと?」

 

「アア。アマリハナシタコトハネェガ、センソウニハノリキジャァナカッタ。タブン、イマモドコカニカクレスンデルダロウサ。コウクウキデマワリヲサグリナガラナ。ヲ級1セキニ、ヌ級3セキガシタガッタヨウダガ……ククッ、アノトキノ南方ノヤロウノカオッタラナカッタゼ」

 

 レンは憎たらしい仇敵の悔しがる顔を思い出し、小さく笑いを溢した。

 

「確かに航空戦力の足りない今、それが味方になってくれれば頼もしいが……そもそも戦いを嫌って脱走したのに、また戦いの中に飛び込んでくれるのか?」

 

「マ、ソコハカケダナ。マズハオレガセットクシテミルサ。ンジャ、ソウイウワケデヨロシクナ」

 

 言うだけ言うと、レンは部屋を後にして資料室へと戻っていった。

 

「……どう思う?」

 

「まだなんとも言えませんが……妙高さん達の恩人とはいえ、彼女が深海棲艦である事はお忘れ無く」

 

 神通が目を伏せると、浅井は残っていたお茶を飲み干してから尋ねる。

 

「まだ、信じられないか?」

 

「……頭ではわかっているのです。ですが……私はこれまでに深海棲艦と戦いすぎました。彼女と同タイプの艦も沈めました。……なかなか割り切れません……」

 

「……まぁ、仕方無いな。昨日の敵は今日の友とは言うが、心ってのはそうそう簡単に切り替えられるもんじゃない。……今はその疑念を彼女自身が晴らしてくれる事を祈ろう」

 

「……はい。あ、お茶……新しく淹れてきます」

 

 神通は空になった湯飲みを盆に乗せると、そそくさと部屋を出ていってしまった。

 

「……神通の気持ちもわかるけどな。深海棲艦のいる生活か……まさかこうなるとは想像してなかったなぁ……」

 

 浅井は天井を眺め、そのまま目を閉じて眠りに落ちていった。




皆大好きヲ級ちゃんの出番が近い…!
でもその前にレンの言葉遣いをマシにしないと、読みづらい&書きづらい!


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旧知

「……はぁ……」

 

 (いなづま)がカレーライスを食べながら何度目かの溜め息を吐く。

 

「ご飯中に溜め息吐くのやめなさい……って言いたいけど、まぁ仕方無いわよね……」

 

 向かいの席に座る(いかずち)も浮かない顔でスプーンを口に運ぶ。

 

「私もご飯が喉を通らない感じ……」

 

 そう言いながら完食間近なのはイムヤだ。

 3人の憂鬱な原因は言わずもがな、妙高(みょうこう)伝いに聞かされた大本営の計画である。

 下手を打てば人間相手に戦わねばならないというのだから無理も無い。

 

「そりゃ他にも苦しんでる艦娘がいるなら、その苦労を知ってるだけに助けてあげたいけど……」

 

「そこは司令が相手と上手く話をつけてくれるって期待するしか……」

 

 スプーンを置いた雷の言葉にイムヤが紙ナプキンで口周りを拭きながら続き、そして3人は揃って溜め息を漏らした。

 それを少し離れて見ているのは、妙高とレンの2人である。

 

「……やはり参っていますね」

 

「マ、チビドモニャァスコシバカリキツイダロウヨ。オレダッテ南方ノヤロウヲブチコロシニイクンナラ、ムカシノナカマトモタタカワナキャナラネェ。ソノキツサハ……ワカルツモリダ」

 

「……レンさん……」

 

 白い髪を掻き上げ、悲しげに目を伏せて雷達を見つめるレンの仕草は、青白い肌を除けば完全に可憐な少女のそれであり、感情無き殺戮兵器と思っていた深海棲艦のイメージとは大きくかけ離れている。

 

「……アッ……イヤ、ソノ……カンチガイスンジャネェゾ! ベツニアイツラニドウジョウトカシテネェカラナ!」

 

「……ぷっ……ふふっ、では、そういう事にしておきましょうか」

 

 喚くレンをいなしながら食堂を出ようとしたその時、1人の兵士とばったり出くわした。

 

「あっ……す、すみません、大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈夫です妙高さん! それにちょうど良かった。妙高さんに来客があったので、お呼びしようと来たのです」

 

「来客? 私に? ……もしかして……!」

 

 妙高はその兵士が客を通したという応接室に走ると、ノックの後に扉を開けた。

 

「お待たせしました!」

 

「……! 妙高姉さん!」

 

 妙高の姿を見るや、ソファーに座っていた女性が立ち上がり、駆け寄ってきた。

 軽くウェーブした黒い長髪で、前髪には白いカチューシャを取り付けており、服装は妙高とほぼ同じ紫色の制服を着用している。

 

「よく来てくれましたね、足柄(あしがら)……! 見ない間に少し大きくなりましたか?」

 

「ちょ、ちょっと……子供じゃないんだから……!」

 

 再会の喜びから頭を撫でようとする妙高を慌てて制止する女性。

 女性の名は足柄。妙高型重巡洋艦3番艦……つまり、妙高の妹である。

 

「あら、ごめんなさい。つい嬉しくて……」

 

「嫌ってわけじゃないけど……ちょっとね……」

 

 顔を赤くして頬を掻く足柄は、ハッとして真顔に戻る。

 

「そうだ姉さん。聞いたわよ今回の事件! ったく、筑紫(つくし)のエロジジイ、やっぱり異動する前にぶん殴っておくんだったわ……!」

 

 忌々しい相手を思い出して苦い顔をする足柄が、左の手のひらへ右拳を打ち付ける。

 

「姉さんが言ってくれれば、すぐにでも駆けつけてあいつ殴り飛ばしてあげたのに……雷ちゃん達の事を気にしてたんでしょうけど、ああいうのはさっさと片付けちゃった方が良いのよ?」

 

「ふふっ、すみません。……確かに私は艦娘の使命という鎖に縛られて決断する事ができませんでした。それが結果として雷さん達をより長く苦しめる事となってしまいましたし、恥ずかしい話です……」

 

 頬に手を当てる妙高を見て、足柄はやれやれといった様子。

 

「はぁ、妙高姉さんは変わらな…………いや、やっぱり少し変わったかしら? 前よりも表情が豊かになった気がするわ。昔は真面目な堅物の典型みたいな鉄面皮だったもの」

 

「そ、そこまででしたか……?」

 

「ええ。……ところで……そこの金剛型もどき」

 

 足柄はふと妙高の頭ごしに見える扉の隙間から覗く白い服の端に声をかける。

 

「盗み聞きなんて趣味が悪いんじゃないの?」

 

「……スルドイヤツダ」

 

 レンは扉を開け放ってゆっくりと部屋へと入る。

 

「……深海棲艦、ね」

 

「ヘェ、オマエハオドロカネェノカ」

 

 自身の姿を見ても涼しい顔のままの足柄の様子に、レンが意外そうな表情を見せる。

 

「驚いてるわよ。でも、妙高姉さんがほっといてるなら、とりあえず大丈夫でしょってだけ」

 

「……その信頼、嬉しいですよ足柄。彼女はレンさん。訳あって深海側からこちらへ亡命中の方です」

 

「ドーモ」

 

 ぶっきらぼうに軽く頭を下げるレンに、足柄もとりあえず立ち上がって挨拶を返す。

 

「妙高型重巡洋艦3番艦の足柄よ。戦場以外で深海棲艦を見るなんて初めてだわ」

 

「妹の足柄は普段は気さくで親しみやすい子ですが、戦場においては獣のごとく縦横無尽に駆け回り、至近距離からの重火力で一撃の元に敵を殲滅する優秀な艦娘です」

 

「もう~! そ、そこまで言われると恥ずかしいってば姉さん!」

 

 じゃれ合う妙高と足柄の姉妹を眺め、レンはぼりぼりと頭を掻いている。

 

「……デ、ソノミョウコウジマンノイモウトサンガ、ナニシニキタンダ?」

 

 レンの言葉で、足柄は自分の来た目的を思い出した。

 

「あ、そうそう。妙高姉さん、最近那智(なち)姉さんと羽黒(はぐろ)から連絡あった?」

 

 妙高型重巡2番艦・那智と、同4番艦・羽黒。

 どちらも以前はこの基地に所属していた妙高の妹達である。

 

「いえ……もしかして足柄の方にも?」

 

「そうなのよ……今回のこの基地の一件を聞いて、もしかしたらあっちの方でも似たような事があるんじゃ……と思って、一応妙高姉さんにも確認しとこうと。那智姉さんはともかく、羽黒が手紙の1つもよこしてないなんて……」

 

 顎に手を当て唸る足柄。

 

「……あの2人が異動したのは岩川基地でしたね………………さっそく行動しなければならないかもしれません」

 

「え? 行動?」

 

 ポツリと呟いた妙高の声を足柄が拾ったようで、妙高はハッとして手を振る。

 

「あ、いえなんでもありません! ともかく、私の方でも調べてみましょう。わざわざ伝えに来てくれてありがとう、足柄」

 

「気にしないで。妙高姉さんの事も気になってたし。あ、雷ちゃん達にも会っていきたいんだけど……良い?」

 

「もちろん、雷さん達も喜ぶでしょう。レンさん、案内をお願いしても? まだ食堂にいると思いますが……」

 

 振り向いた妙高の目配せに気付き、レンは溜め息を吐きながら頷いた。

 

「シカタネェナ……オラ、ツイテキナ」

 

「はーい。じゃ、姉さん、またね」

 

「ええ、また。………………さて……」

 

 足柄がレンに連れられ出ていくと、少し遅れて妙高も応接室を後にし、執務室へと向かった。

 

 

 

「岩川基地か……」

 

「……確かに、この基地も要チェック対象となっています」

 

 妙高から那智と羽黒が音信不通となっている事を聞いた浅井(あざい)が唸り、神通(じんつう)は周辺基地のリストを確認し、岩川基地の名の横に赤い印が付けられている事を確認する。

 

「現在の基地司令は龍造寺兼昭(りゅうぞうじかねあき)大佐……年齢48歳、実戦経験はあまり無いようです。……補足情報によると、賄賂を贈って自身が激戦区に配属されないよう根回しした疑惑があるとの事」

 

「それはまた……嫌でも疑念の目を向けたくなる奴だな……」

 

 うんざりといった表情の浅井に対し、妙高が言葉を続ける。

 

「では、我々の調査対象第1号……という事になるのでしょうか?」

 

「もう少し下調べが必要にはなるが、恐らくはね。本格的な立ち入り調査を行う事が決定するまで、他の皆には伏せておいてほしい」

 

「了解しました。では」

 

 1歩さがって一礼した妙高は、執務室を出ようとするが、その背中に浅井が声をかけた。

 

「あ、妙高。どこかでレンに会ったら、ここへ来るように言ってくれないか? 少し話があるんだ」

 

「はっ、了解です」

 

 浅井からの頼みを、笑みを浮かべ了承した妙高は、改めて頭を下げ、部屋を出ていった。

 

 

 

「……その時にレンさんが雷ちゃんの前にパッて駆けつけて守ってくれたのです!」

 

「その後も筑紫さんに何回撃たれても決してどこうとしなかったんですよ!」

 

「えへへ……あの時のレン、格好良かったわよ♪」

 

「……ウッセェナァ、ムカシノコトイツマデモ……」

 

 雷、電、イムヤの3人は、久しぶりに再会した足柄と挨拶を交わした後、口々にレンと出会った時の話をしていた。

 それに対してレンは青白い顔をわずかに赤らめ、そのやり取りを足柄が微笑ましく見守る。

 

「(この子達も最後に会った時よりずっと生き生きしてるわ。……レン……この深海棲艦のおかげ、なのかしらね)」

 

 ベタベタくっついてくる電とイムヤを引き剥がそうとするレンの豊かな表情変化を見ている内に、足柄の中の深海棲艦に対する印象も変化しつつあった。

 そんな和気藹々の食堂へ、妙高が戻ってきた。

 

「レンさん」

 

「ア?」

 

 

 

ガゴンッ! ガゴンッ!(ミシッ)

 

「オウ、キタゾアザイ」

 

「……なにやら激突音と共に扉が歪みましたが、今のはノックのつもりですか?」

 

 真ん中がベコンと押し込まれたような形になってしまった扉を力尽くで開けて、レンが執務室へと入ってくると、呆れたような目の神通が溜め息を吐いた。

 

「は……はは……さすが戦艦クラス……」

 

 さしもの浅井もひきつった笑みを浮かべるのがやっとであるようだ。

 

「デ、ナンノヨウダヨ? ……アア、モシカシテ……ミツカッタカ?」

 

「ご明察だよレン。神通」

 

「はい。さっそく情報を集めましたところ、複数の目撃情報があり、写真にも撮影されていました」

 

 神通は机の上に印のついた地図を広げ、そこへ何枚かの写真を置いた。

 写真に写っていたのは、カブトガニのような形をした黒い物体。下方には機銃らしき物が伸びているのがわかる。

 

「ナルホド、ヲ級ノヒョウジュンテキナカンサイキダナ。シルシガツイテルノガモクゲキサレタバショダナ?」

 

 レンは机に両手をつくとじっと地図を眺め、頭の中で様々な計算を始めた。

 

「(コノタイプノコウゾクキョリ……ブソウペイロード……オソラクダンヤクモネンリョウモサイテイゲン……ナラコウドウカノウハンイハ……トナルト……)」

 

 恐ろしく早い呪文詠唱のような小声がレンの口から漏れ出るのを見て浅井と神通は顔を見合わせる。

 

「なんか目の左右の動きが凄いな……(ひそひそ」

 

「どうやら脳内での計算を口に出している事に気付いていないようです……(ひそひそ」

 

 レンはおもむろに近くにあった羽ペンを取ると、地図に次々と記号や印をつけていく。

 

「……ヨシ。ダイタイケントウガツイタゼ。ンジャ、チョックライッテクル」

 

 そしてそのまま地図を持って踵を返し、執務室を後にした。

 

「……よろしいのですか? 彼女は当基地の事を知りつくしています。このまま深海棲艦側に戻れば……」

 

「そうだね。でも俺は信じられると思うよ。雷達とじゃれ合ってる時の顔、見ただろ? ……あんな表情をする子を疑うなんてできないさ」

 

 能天気とも取れる笑顔を浮かべながら言葉を紡ぐ浅井に対し、神通は少し考えた後、苦笑混じりながらも表情を和らげた。

 

「……そう……ですね。司令は人を見る目は確かです。その司令が信じるとおっしゃるのならば、私もお付き合いいたします」

 

「助かるよ」

 

 軍人として浅井はあまりにも甘い。

 だが、その性格故にこれまで多くの人々に慕われ、絆を結んできた。

 他ならぬ神通自身も、そんな彼の優しさに惹かれ、どこまでも付き従う覚悟を決めてここまで来たのだ。

 ならば、行ける所まで行こう。行くべきだ。

 それが、この人を信じた自分の心が正しかったのだと誇れる未来を形作る……そんな確信を抱いた神通は、自然と穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 

 

【キャラクター紹介】

 

足柄(あしがら)

 妙高型重巡洋艦3番艦。

 以前は鹿屋基地に所属していたが、国分基地へ異動となった。

 妙高型姉妹の中でも気さくで話しやすい性格をしており、事あるごとに得意のカツ料理を振る舞い、雷や電、イムヤ達のお姉さん役として慕われていた。

 姉の事は堅物と思いつつも大切に想い、彼女の決定には大抵の場合は従う。

 その一方で筑紫元司令の横暴にはあからさまな嫌悪感を抱いており、思わず手を上げそうになるのを度々妙高に止められていた。

 戦闘時には重巡とは思えない敏捷性を発揮し、一気に懐へ飛び込んで重火力を叩き込む獣のごとき戦いぶりを見せる。




足柄さんを飢えた獣とか行き遅れとか言ったのは誰だ!
気さくでスタイル良くて料理(カツ)も上手いなんて最高だろうが!


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ヲッ!優しき空母登場!

 鹿屋基地から少し離れた、陸地もだいぶ小さく見える鹿児島湾上。

 その青い海の上を、1つの人影が滑走する。

 

「フゥ……コノクウキ……ヒサシブリダゼ」

 

 レンは上機嫌で波間をかき分け進み、時折スケートのようにその場で回転する。

 傷が癒えるまでは海に出る事はおろか、基地施設の中でしか行動できなかったため、久々の広大な海が開放的な気分にしてくれたようだ。

 

「ット……アソンデルバアイジャナカッタゼ。エート……」

 

 地図を開き、尋ね人のいそうな場所につけた印を確認する。

 ヲ級が偵察に出したとおぼしき航空機が目撃された場所を線で結び、さらにこのタイプの航空機の積載可能燃料および弾薬、満タンの状態で脱走したと仮定した場合のその後のやりくりなどなど、諸々の計算の末に3ヶ所に絞る事ができた。

 

「アトハ……『ノトナレヤマトナレ』ッテヤツカ」

 

 資料室で読んだ本に書いてあった言葉を引用しつつ、地図を懐にしまって行動を再開し、爪先で切った波を後方へ押し流して大海原へと走り出した。

 

 

 

「…………ヲー…………」

 

 地図には小さな粒のようにしか書かれていない、名も無き小島。

 休憩を挟んでも1日あれば1周できてしまうような小さな島だが、潮流の都合上、周りには魚が集まりやすく、林の中には果物のなる木も生えている。

 その海岸で、岩に座り、枝に括り付けた紐を水中に垂らしている人影が1つ。

 時折潮風で肩や顔面にかかった白い髪を掻き上げ、あまり生気を感じられない白い肌と、青い瞳を露にする。

 上半身は身体にフィットした白いボディスーツ……白、白、白と続くが、下半身はそれらと対照的な黒いズボンで覆われている。

 

「……ヲッ? ヲッ! ヲッ!」

 

 水中に引っ張られるようにしなる枝を懸命に引き、青い瞳を光らせて一気に引き上げれば、太陽光に照らされた銀色のアジが彼女の手の中へと落ちてきた。

 

「……ヲー! ヲッ♪ ヲッ♪ 喜ブ! 元気出ル!」

 

 釣り上げたアジを木で組み上げた籠に入れ、他の釣った魚と共に意気揚々と持ち帰る。

 しばらく林の中を進んだ少女は、その中に隠された洞窟へと入っていく。

 薪を一ヶ所に集め、大きめの枝に別の尖った枝を押し当てて人間業とは思えない速度で回転させると、瞬く間に煙が上り始めた。

 出来上がった種火を薪の中へ入れ、消えないようにそっと息を吹きかけて少しずつ大きくすると、枝に刺した魚をその周りに立てていく……前に、またも青い瞳を光らせ、魚を凝視する。

 

「……ヲッ! イナイ、寄生虫」

 

 気を取り直して魚を焼き始め、しばらく経った後、両面の焼けた魚を2尾、葉で作った皿に乗せて洞窟の奥へと歩いていく。

 

「…………起キテル?」

 

 その声に反応し、籠と同様に木で組んだベッドに寝ていた茶色の髪を2つのおさげにした少女が半身を起こす。

 

「あっ……おかえりなさ……っっ!」

 

 ちょうど上半身を起こし終えた瞬間、少女が苦悶の表情を浮かべ、左脇腹を押さえる。

 

「ヲッ……!」

 

 それを見た白い方の少女は、近くの岩の上に皿を置くと、慌てて駆け寄る。

 

「……傷……マダフサガラナイ……」

 

 セーラー服を捲り上げ、少女の脇腹に貼ってあった葉を剥がして傷口を確認する。

 ほんのわずかだが皮膚の表面には焼け跡があり、その中心部分は少し抉れてしまっている。

 

「……大丈夫です……初めに比べればかなり良くなっていますから……」

 

 汗を浮かべながら笑顔を作る少女に、もう1人の少女は悲しげな表情を見せる。

 

「……ヲッ…………ゴ飯、食ベル。元気ツケル。傷ナオル」

 

「……ふふっ、ありがとうございます。……すみません、お世話になりっぱなしで……」

 

 差し出された魚の乗った皿を受け取り、茶色い髪の少女は笑顔を向けた後、申し訳ないという表情に変わる。

 

「気ニシナイデ。白雪(しらゆき)、トモダチ。ダカラ助ケル」

 

「ええ……本当に感謝してもし足りません。……でも……ふふっ……ほんの半年前の私に、深海棲艦と友達になる……なんて言っても信じられないでしょうね、ヲ級さん」

 

 白雪と呼ばれた少女は、白い少女……ヲ級の手を取り、両手で握りしめる。

 その時。

 

「ッ!」

 

 ヲ級の目が光り、素早く後ろを振り向く。

 

「……ダレカ、近付イテクル。深海棲艦」

 

「……私に……トドメを刺しに来たのでしょうか……それともヲ級さんの追手……?」

 

「ワカラナイ……ココニイテ。白雪、マモル」

 

 ヲ級は牙のような意匠と触手の付いた巨大な帽子を被り、身長の半分はある黒いステッキを手に取ると、洞窟を飛び出していった。

 

「ヲ級さっ……!」

 

 自分のために駆け出した深海棲艦の背中に手を伸ばしかけるが、傷口の痛みがそれを妨害した。

 

 

 

――――2ヶ月前・志布志湾沖合

 

「このっ……!」

 

 白雪の12.7cm連装砲が火を吹き、正面から迫っていた駆逐イ級の頭部を撃ち抜いた。

 だが、海中へと沈むその亡骸を避けるようにしてもう1隻の駆逐イ級と軽巡ホ級が、主砲を放ちながら迫る。

 

「きゃあっ!」

 

 直撃には至らないものの、至近距離に着弾して水柱が上がる。

 

「くっ……!」

 

 視界が悪い中、先ほどまで敵の見えていた場所へと主砲を放つと、イ級の断末魔が聞こえる。

 だが、水飛沫の向こうにわずかな明かりが灯り、白雪は反射的に横へと飛び退く。

 間一髪。白雪の立っていた場所には、ホ級の主砲弾が着弾していた。

 

「(主砲は残り4発、魚雷は1本……これで……これでどうにか……!)」

 

 弾薬の残りは心許ないが、決して白雪が無駄遣いをしたわけではない。

 そもそもこの哨戒任務に出た時に持たされた弾薬が必要最低限だったのだ。

 ……口減らし。

 大規模な艦隊は確認されていないものの、はぐれ深海棲艦が度々目撃されているこの海域に、駆逐艦単艦かつ武装も十全とは言えない状態で行かされたのは、そういう事なのだろうと白雪は思い始めていた。

 

「(……私……私は……)」

 

 もしここで勝利して帰っても、あの基地司令は無事を喜ぶどころか、舌打ちをして見下してくるであろう。

 「なぜ、生きて戻ったのか?」と。

 

「(私は……!)」

 

 人類の希望となって深海棲艦と戦うべく作り出された艦娘。

 それが、わずかに敵が沈静化すると厄介者として扱われ、このような死地へと赴かされて謀殺される。

 

「(私は……なんのために……!)」

 

 戦闘中だというのに、じわりと溢れた涙が視界を曇らせる。

 その瞬間、ホ級の副砲が火を吹いた。

 ほぼ同時に白雪の主砲も轟音を海原へ響かせ、ホ級の艤装からはみ出た胴体を貫き、爆散させる。

 そして、相手の砲撃は白雪の脇腹へ着弾し、その肉体に大きなダメージを与えた。

 

「ぁっ……か……ぅ…………」

 

 それを見た白雪は、もはや帰還は叶わぬと本能で察し、その場で飛沫を上げて仰向けに倒れる。

 

「(……良いんです……どうせ戻っても………………それならせめて……艦娘として……司令官の望む通りに……)」

 

 生きる希望を失った少女の身体から艤装が剥がれ落ちて海中へ消えていき、本人の身体も後を追うように少しずつ少しずつ沈んでいく。

 波打つ海面が涙を洗い流し、白雪が瞼を閉じる寸前、先ほどまで血みどろの戦闘があったとは思えないほどに澄み渡った青空が視界に広がった。

 

「(……私も……生まれ変われたら…………もっと……平和な……時代……に…………)」

 

 少女が意識を手放した直後、その身体を担ぎ上げ、海面を目指す白い影が浮上した。

 

「……ヲッ…………カンムス……イキテル……」

 

 

 

「……ん……ぁ…………あ……れ……?」

 

 次に白雪が目を覚ました時、真っ先に視界に映ったのは、薄暗い洞窟の天井だった。

 

「(私……沈んだはず……)」

 

 どうにか身体を起こすが、被弾した脇腹が痛む。

 だが、その痛みに何か違和感を感じて見てみると、表面に何かを塗り込んだ大きな葉が、植物のツルで傷口に固定されていた。

 

「これは…………塩……?」

 

 傷口に塩を塗り込むと、痛みはあるものの殺菌や腐敗防止の効果があるという。

 つまり、これは誰かが自分を手当てした、という事だ。

 痛みに耐えつつ立ち上がり、風の流れに従って洞窟内を歩くと、パチパチと焚き火の音が聞こえる。

 その音へと近付くと、火に当たる人影が見えた。

 

「あ、あの……あなたが私を……」

 

 礼を言おうとその背中に声をかけながら近付くと……。

 

「……ヲッ?」

 

「っっっ!!!」

 

 白い髪、白い肌、青い輝きを放つ瞳。

 

「深海……棲艦……!」

 

 白雪は腰が抜け、その場にへたり込んでしまう。

 それを見た深海棲艦が立ち上がり、ゆっくりとした歩調で歩み寄ってくる。

 

「あ……ぁ……あぁぁ……!」

 

 「生け捕りにされた艦娘は、深海棲艦へと肉体を改造され、死ぬまで酷使され続ける」……そんな噂話を思い出し、白雪はガタガタと震え、言う事を聞かない身体を懸命に動かして後退りするが、背中が壁に当たってしまった。

 

「ひっ……!? ぁ……あぅ……」

 

 白雪が視線を正面に戻せば、とうとう深海棲艦が眼前に立ち、その感情の無い青い瞳で見下ろしていた。

 

「………………」

 

 その黒いマントの下から白い腕が白雪へと伸び……。

 

「っっ……!! ………………?」

 

 ギュッと目を瞑った白雪が右目を開けると、深海棲艦は白雪の服を捲り、傷口をじっと見つめている。

 

「……ダメ……マダ……ウゴイチャ……」

 

 言うなり白雪の身体を持ち上げ、いわゆるお姫様抱っこをして洞窟の奥へと歩いていく。

 

「えっ? え……あ……?」

 

 白雪は状況を飲み込めず、ただ言葉にならない声と瞬きを繰り返すだけ。

 そんな白雪の顔を見下ろし、深海棲艦がポツリと呟いた。

 

「……スキジャ……ナイ……タタカイ……」

 

 そして、白雪を元の木のベッドに寝かせると、自分のマントを外して白雪の身体に被せた。

 

「オトナシク……スル……キズ……ナオラナイ……」

 

 そう言って、深海棲艦はまたさっきの場所へと戻っていった。

 

「……どういう……事なの……?」

 

 それからの2ヶ月間、その深海棲艦は自分を改造したり捕食したりするどころか、果物や魚を持ってきたり、傷を手当てしたりと献身的に接してきた。

 当然、初めの内は白雪も警戒心と敵愾心を露にしていた。

 だが、たどたどしい彼女の言葉から彼女が深海棲艦の基地を脱走した事を知ると、次第にそれらの感情は薄まっていき、何より彼女の優しさが言葉以上の事を語っていたのだ。

 

「……あの……あり…………ありがとう……」

 

 ある時、果物を持ってきてくれた彼女にポツリと礼を言うと、驚いた顔をした後。

 

「……ヲッ!」

 

 それまでの感情の無い無機質な表情からは想像もつかない無垢な笑顔を見せた。

 それからは少しずつ会話が増え、彼女が連れてきたという軽母ヌ級達とも会う。

 白雪との会話で言葉を学習したようで、彼女……空母ヲ級の喋る言葉は日に日に流暢になっていき、表情も様々な色を見せるようになった。

 

「ト……モ……ダ……チ……?」

 

 白雪の言葉を復唱したヲ級が首を傾げる。

 

「はい。仲の良い相手、大切に思う相手の事です」

 

 白雪が日頃の世話の礼として、人間側の色々な言葉を教えている時、友達という言葉にヲ級が反応したのだ。

 

「トモダチ…………ヲッ! 白雪、トモダチ?」

 

 自分自身を指差して尋ねてくるヲ級に、一瞬驚いた白雪であったが、返す言葉はすぐに浮かんだ。

 

「……ええ。私とヲ級さんはもう友達です。いつもありがとうございます」

 

 そう言ってヲ級の手を握ると、彼女は笑顔を浮かべる。

 

「ヲッ♪ トモダチ! 好キ、コノ言葉♪」

 

 純粋無垢な子供のような笑顔に、白雪の心が癒されていく。

 岩川基地の艦娘仲間も心配ではあるが、今はまだもう少し……この生まれも形も違う友達と共に……白雪はそんなささやかな願いを胸に抱いていた。

 

 

 

【キャラクター紹介】

 

■空母ヲ級

 深海棲艦側の主力航空母艦。

 レンも所属していた南方棲鬼指揮下の基地から脱走した個体。

 生まれながらに確固たる自我を持ち、人間や艦娘を相手に日々殺し合いを続ける事に疑問を抱き、ある時、わずかながら感情を持つ3隻の軽母ヌ級を連れて脱走して、名も無き小島に隠れ住む。

 白雪とはぐれ深海棲艦の戦闘を、偵察に出していた艦載機を通して見ており、轟沈寸前の彼女を思わず助けてしまう。

 それからは彼女との共同生活を送り、互いに異種同士の友情を感じるようになるが、いつか彼女を人間側に帰さねばならない事も理解している。

 口癖は「ヲッ!」。

 

白雪(しらゆき)

 特Ⅰ型駆逐艦とも呼ばれる吹雪(ふぶき)型駆逐艦2番艦。

 真面目で気配りのできる、海軍エリート学校出身の才女。

 岩川基地に所属していた時も、仲間の艦娘達へ常に気を配っており、仲は良好だった。

 だが、龍造寺(りゅうぞうじ)司令からはエリート故か疎まれ、大した戦闘の無い基地な事もあってか艦娘全般を穀潰しと見られていた。

 ある時、口減らしのために弾薬不足の状態で哨戒任務へ送り出され、敵艦との相討ちの末、司令官に見捨てられた事に絶望しつつ轟沈するところをヲ級に救助された。

 2ヶ月の生活の中で、彼女とは種族を越えた友人関係を築いており、人類と深海棲艦の関係が本当に殲滅戦争しか無いのかと考え始めている。




ヲ級ちゃんとほっぽちゃんは深海のアイドル。異論は認める。


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トモダチ

「ンー……イチバンチカイノハアノシマカ……ショッパナカラアタリナララクナンダガ……」

 

 海上を滑り、レンが小さな島へと近付く。

 この島はこれまでの目撃情報から絞り込んだ、ヲ級が潜伏していると思われる候補の1つ。

 どうにかしてヲ級を発見して仲間として引き入れたいレンは、ぼやくように呟いていざ上陸……。

 

「……ヲッ!」

 

「ッ!」

 

 しようとした矢先、突如として海中から飛び出した人影が杖のような物を振り下ろしてきた。

 レンは咄嗟に右腕で受け止め、力任せに振り払う。

 

「……ヲ……」

 

 曲者は身体を丸めて宙返りすると、海中から浮上した軽母ヌ級の上に降り立った。

 牙の意匠を持つ、ヌ級に似た大きな黒い帽子に、身体を覆う黒い外套。

 

「……マジデアタッタ……オレノウンモステタモンジャネェナ」

 

 そう、彼女こそレンが探しに来た空母ヲ級その人である。

 ヲ級は風切り音を上げてステッキを振り回すと、ヌ級を蹴って再度レンへと打ち込んできた。

 

「ヲッ!!」

 

「ウオッ……! マテ! マテッテノ! オレハテキジャネェ! オマエヲツレモドシニキタワケデモ、ケシニキタワケデモネェ!」

 

 尻尾の武装ユニットでステッキを受け、相手の腕を掴んで落ち着かせようとする。

 ヲ級はそれを見てしばし考え、押しきろうと全身に込めていた力を弱めると、後方へ飛び退いて再びヌ級の頭へ着地した。

 

「……怪シイ」

 

「オマエニイワレタカネェヨ! コノカッコウミテワカルダロ!」

 

「騙シ討チスル気カモ」

 

「……ワカッタヨ、コウスリャイインダロ」

 

 レンは尻尾を背中側へと巻いて収納し、両手を上げて戦闘の意思が無い事を伝える。

 

「オレハマエマデオマエノドウリョウダッタンダゼ。南方棲鬼……オボエテルダロ? アノヤロウノトコニイタ」

 

 そこまで言われてようやくヲ級からも敵意が弱まる。

 

「……ジャア、ソノ同僚ガナニシニキタノ」

 

「イロイロアッテ、オレハイマニンゲンドモトイッショニイル。オマエニハオレトイッショニ、ソイツラノテダスケヲシテホシイ」

 

 ヲ級は眉をひそめ、あからさまに嫌そうな顔をする。

 

「……戦イハ好キジャナイ」

 

「ワカッテル。ダガ、南方ノヤロウミテェナノガコノサキモフエリャ、イズレセカイヲマキコム……ドロヌマイキダゼ? タガイニアイテヲイッピキノコラズホロボスマデノナ」

 

「……ソレハ……」

 

「ソウナリャオマエノイシナンザカンケイネェ……イヤデモマキコマレルゼ?」

 

 元よりこの戦争は深海棲艦からの敵意を切っ掛けとして始まった戦いであり、以来、両者は殺し殺されを繰り返し、相手への対抗策を次々に投入し、そして憎悪を募らせ続けて現在に至っている。

 お互いに過激派が数を増やして台頭すれば、大量破壊兵器を投入しての根絶戦争も十分にありうる。

 無論そうなれば産業廃棄物や放射能等による自然環境への影響も無視はできず、相手は滅ぼしたが周りは死の世界と化していた……なんて事も考えられるだろう。

 

「ソウナルマエニ、セメテカゲキナヤツダケデモツブサナキャナラネェ。トリカエシノツカナクナルマエニナ。……ソレニヨ」

 

 レンは空を見上げ、憎い南方棲鬼の姿を思い起こす。

 

「南方ノヤロウガドンナヤツカ……オマエモシッテルダロ? ジブンタチ『オニ』ヤ『ヒメ』イガイノイノチナンザゴミドウゼンサ。テキニモミカタニモ、ヒツヨウノナイギセイガデルダロウナ。……ドウスル? ホットクカ?」

 

 南方棲鬼はレンの知る深海棲艦の中でも最も残忍にして非情であり、彼女の指揮した作戦は多大な戦果を挙げると同時に、味方の下級艦艇の被害も大きい。

 とどのつまり、いくらでも代えの利く駒としか考えておらず、その被害を度外視……時に捨て駒や、攻撃の巻き添えとなる事を初めから想定した戦術を立てるのである。

 そんな彼女が方面司令官として重用されているのは、ひたすらに功績が大きいからだ。

 大胆かつ冷徹な戦術で重要拠点を陥落させ、逆に敵の攻撃からは死守する。

 言ってしまえば、かつて1度は日本の制海圏を奪い、他国との連携を完全に潰したのも彼女による作戦指揮であった。

 人類の反撃によって戦線が後退しても、南方棲鬼直轄の日本南西海域はいまだ深海棲艦の支配下にある。

 

「カイセンイライ、ヤツノサクセンデシンダノハドレダケノカズダロウナ……テキモ、ミカタモダ」

 

 彼女の冷徹さは、ヲ級もよく知っている。

 ある時は一個艦隊を遊撃に出し、あえて敵にそれを発見させて殲滅させる事で油断させ、敵基地の場所を探って強襲、陥落を短時間で成し遂げた事もあった。

 さらにある遭遇戦では、自軍前衛艦隊と交戦して釘付けになった敵艦隊に対し、苛烈な航空攻撃を行って艦1隻、乗員1人と残さず海の藻屑と変えたのだ。味方諸共に。

 

「オレタチハツカイステノヘイキダ。ダカラ、センジョウデシヌノハベツニカマワネェ、モトヨリソレガヤクワリダ。ダガヨ……ムイミニシヌノハゴメンダ。オレハイミノアルコトニイノチヲツカイテェ。ソシテオレハ、ニンゲントノコロシアイニハ……アンマリイミヲカンジネェンダヨ」

 

 自我を持ってしばらくは、深海棲艦全体のために戦い続けてきた。

 だが、続ければ続けるほどに虚しさが募り、疑問を抱くようになった。

 そしてあの時……南方棲鬼によって、単なる情報収集のために自身の部隊が騙され、捨て石にされ、部下の大半が海の藻屑と化したあの戦闘で、その疑問は確信へと変わった。この戦争、そしてその果てに、意味など無いのだと。

 

「オマエダッテ、ソコニイミヲカンジネェカラダロ? コロシアイニイヤケガサシテニゲタノハ?」

 

 ヲ級はヌ級の上に座り込み、下を向いたまま答えようとしない。

 だが、その沈黙こそが彼女の答えなのだとレンは理解している。

 

「……オレトコイ。ニンゲントオレタチハ、コロシアウダケノカンケイジャネェ。ソレイガイノホウホウデセンソウヲオワラセルンダ。オレタチノテデソレヲミツケル。ココロノアルオマエナラワカルハズダ。……オレハ……アイツラノテキニハナリタクネェ」

 

 レンは水面を静かに歩き、ヲ級へと腕を伸ばし、相手の反応を待った。

 

「……少シ……考エタイ。……ツイテキテ」

 

 ヲ級はレンの差し出された手は取らずに立ち上がり、ヌ級に乗ったまま島へと移動し始めた。

 レンがついていくと、そこは島の大部分を占める林の中の洞窟。

 散らかっている手作りの道具、焚き火の燃え跡、蓄えられた食料……明らかな生活の痕跡からヲ級の暮らしぶりがよくわかる。

 

「住ンデタ、逃ゲテカラココニズット」

 

「ハァー…………トコロデヨ。サッキカラオモッテタンダガ……オマエ、ミョウニニンゲンノコトバガリュウチョウダナ」

 

 レンのその言葉を受け、ヲ級は立ち止まって振り返り、わずかに微笑んだ。

 

「……暗イ海ノ中ト血生臭イ戦場シカ知ラナイ私ニトッテ、飛ビ出シタ世界ハ初メテガイッパイダッタ。初メテヤッタ魚釣リ、初メテ食ベタ木ノ実ノ味、初メテ見タ鳥ヤ獣……ソシテ……」

 

 そのままヲ級が向かったのは、洞窟の一番奥……部屋のようになったそこに設けられた、木のベッドで静かな寝息を立てている少女を、ヲ級は優しい眼差しで見下ろした。

 

「初メテノ……トモダチ」

 

 茶色い髪をした少女を見守るその目は優しく、まず敵へと向けるそれではない。

 

「ニンゲン……イヤ、カンムスカ」

 

「ソウ、白雪(しらゆき)。脱走シタ私ニトッテ、艦娘ハモウ敵ジャナイカラ助ケタ。……タクサンヲ話シシタ……言葉モ教エテクレタ……私ノ大切ナトモダチ」

 

 そして、レンに向き直ったヲ級の表情は、決意を固めた真剣そのものの色となっていた。

 

「私ハ白雪ヲ守リタイ。彼女ノ傷ヲ治シテ助ケテクレルノナラ、ソノ恩返シハスル」

 

「…………ワカッタ、カケアオウ。……トモダチ、カ……」

 

 自分よりもずっとまっすぐに感情を向け、言葉を紡ぐヲ級から強い意志を感じ取り、レンもそれに応えるべく力強く頷く。

 そして、この話を浅井(あざい)達に伝え、白雪の治療を申し入れるため、レンは一時鹿屋基地へと引き返していった。

 

 

 

「…………ん………………ヲ級さん……」

 

「ヲハヨウ、白雪」

 

 目を覚ました白雪に、ヲ級はレンの事を話し、治療受け入れを条件として協力を約束した旨も説明した。

 すると白雪は、幼さの残る顔に柔らかい微笑みを浮かべた。

 

「そうですか……私達以外にも……いたんですね、人や艦娘とわかり合えた深海棲艦が」

 

「ウン………………私、彼女ト一緒ニモウ1度戦ウヨ。トモダチ……白雪ノ暮ラス世界、ソシテ、コレカラモ私ニタクサンノ新シイ物ヲ見セテクレル世界ヲ、滅ボサセタクナイカラ」

 

 ベッドの端に置かれたヲ級の白い手を、白雪の伸ばした手が握る。

 

「……人に絶望しかけた私ですが……その話を聞いてもう1度信じたくなりました。……私も一緒に戦います。友達は助け合うものなんですよ、ヲ級さん」

 

「…………ウン。頼リニシテル」

 

 2人は笑い合う。

 やがて再びやって来たレンと衛生兵によって白雪は鹿屋基地へと搬送され、当面傷の治療に努める事となった。

 

 

 

「白雪ヲ助ケテクレテアリガトウ、浅井司令」

 

 ヲ級が大きな帽子を脱いで浅井に頭を下げる。

 

「よしてくれ。傷付いた艦娘を見捨てられるほど外道なつもりは無いってだけさ。それに礼を言いたいのはこっちだ。君とヌ級達の協力を得られて百人力だよ」

 

「しかし……」

 

 と、眉をひそめた神通(じんつう)が口を開いた。

 

「白雪さんを見殺しにしたという基地司令……岩川基地の龍造寺(りゅうぞうじ)大佐」

 

「ああ……件の基地司令だ。どうやらクロかな、これは」

 

 妙高(みょうこう)の音信不通となっている妹、那智(なち)羽黒(はぐろ)が所属しているはずの基地としてマークしていたが、白雪の存在が一気にそのキナ臭さを現実的な物とした。

 

「……はぁ……信じたくないもんだったが……残念だな。神通、岩川基地を探れ。……動くぞ」

 

「了解しました。……いよいよ始まってしまうのですね……ある意味では深海棲艦との戦闘よりも過酷な戦いが」

 

「ああ、見て見ぬフリはできない。艦娘に命令する立場の俺が言うのもおかしいが……あんな子をむざむざ死地に向かわせるような腐った奴は許しておけない」

 

 それはむしろ、同じ艦娘の上に立つ者としての怒りだろう。

 これまでいくつかの戦場を転々とし、様々な艦娘と出会った浅井だが、どこまでも健気で一生懸命な彼女達を死なせたくないがため、自分にできるだけの事を全力でやり遂げてきた。

 だというのに件の男は……。

 

「……救うぞ。奴に利用されている者、搾取されている者、虐げられている者……その全てを」

 

「……はい。この神通、それがどのような苦行の道であろうとも、どこまでもお供いたします」

 

 浅井の怒りに震える手を、神通の両手が優しく包み込んだ。

 




違う種族同士の友情は燃えると個人的に思ってるのです。
そしたらこんな事になっちまったのです。


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悪辣なる者

那智(なち)さんと羽黒(はぐろ)さん……ですか」

 

 白雪(しらゆき)が鹿屋基地へ保護され、治療を受ける事になってから1ヶ月。

 ほぼ完治し、単独で出歩けるようにまでなった彼女の元を、妙高(みょうこう)が訪ねていた。

 

「はい。岩川基地に所属しているはずなのですが……」

 

「……確かにお2人とも所属していました。ただ……」

 

 白雪は少し考え込む素振りを見せてから、改めて口を開いた。

 

「ただ……私を含めた所属艦娘は、お2人が一緒に行動している場面を見た事がありませんでした。聞いた話では、決して仲の悪いご姉妹ではないはずなのですが……」

 

「ええ、那智はとても勇敢で頼りになる子で、気の弱い末っ子の羽黒をいつも気にかけ、羽黒も那智を信頼していました」

 

 妙高の記憶にある2人は、仲の良い妙高4姉妹の仲でも特に一緒に行動する事が当たり前のような関係だった。

 それが別々に行動しているというのだからどうにも臭い。

 

「……お話、ありがとうございました。白雪さん、お大事に」

 

「いえ、何かお役に立てたのなら」

 

 互いに礼儀正しい2人はほぼ同時に頭を下げ、その事に妙なおかしさを感じて上品な笑い声を残して別れた。

 

 

 

「司令、失礼いたします。岩川基地の調査報告書をお持ちしました」

 

「おっ、来たか。それでどうだった?」

 

 以前レンの力任せのノックで歪んだ執務室の扉を軽くノックし、神通(じんつう)が入室してきた。

 結果を聞こうとする浅井(あざい)だが、神通の表情から事態が深刻である事を察する。

 そして、彼女から手渡された資料を読み進めると、すぐさま主だった面々に招集をかけた。

 20分後、会議室に浅井と神通をはじめ、妙高、(いかずち)(いなづま)、イムヤ、レン、最後にヲ級と彼女に付き添われて白雪が集まった。

 

「神通に進めてもらっていた岩川基地に関する調査資料が揃った。皆の手元にある冊子は、その資料をコピーして纏めた物だ。まずは1ページ目を開いてくれ」

 

 一同が指示に従ってページを開くと、そこには艦娘の名前と思われる物が並んでいた。

 

「その名簿は、現在岩川基地に所属しているとされている艦娘のリストだ」

 

「……オイ、コリャドウイウ事ダヨ、浅井」

 

 この1ヶ月でだいぶ言語の勉強が進んだレンが、人差し指で資料をトントンと小突く。

 そのリストはこうだ。

 

妙高型重巡洋艦2番艦 那智

同型4番艦 羽黒

長良(ながら)型軽巡洋艦3番艦 名取(なとり)

初春(はつはる)型駆逐艦3番艦 若葉(わかば)

白露(しらつゆ)型駆逐艦2番艦 時雨(しぐれ)

 

 そして……。

 

吹雪(ふぶき)型駆逐艦2番艦 白雪

 

「……そうだ。白雪が現在も変わり無く所属している事になっているんだ。……各地の基地は、戦闘や訓練で消耗した物資を、毎月管轄の鎮守府に報告し、予算と共に翌月に支給される事になっている」

 

「……つまり……」

 

 眉をひそめた妙高に、浅井が苦々しい表情で頷いた。

 

「そう、戦死……贔屓目に見ても作戦行動中行方不明となった白雪の事を、上に報告せずそのまま“幽霊”として残し、艦娘1人分の給金や維持費等の予算、各種物資を余分に計上していると考えられる」

 

 集まった面々は互いの顔を見合わせてざわめく。

 

「そんな……! そんなのズルじゃないの!」

 

「なのです! なのです!」

 

「艦娘をなんだと思ってるんですかその人!」

 

 雷と電が憤慨し、イムヤも同調する。

 

「まったくだ……しかも、事はそれだけじゃない。神通」

 

「はい。皆さん、次のページを」

 

 怒りを抑え、ページを捲る一同の目に次に映ったのは、軍事基地らしき場所の入口を写したらしい写真が数枚。

 

「それは岩川基地の入口部分で、時間は月毎の補給が行われた日の深夜。その正面に立っている人影は、岩川基地司令・龍造寺兼昭(りゅうぞうじかねあき)大佐です」

 

 画質が荒くわかり辛いが、中肉中背の平均的な成人男性の体格のようだ。

 2枚目の写真に視線を移すと、新たに3つの人影がそこへ近付いているらしく、内2人はアタッシュケースのような物を持っている。

 

「ナンダ? コイツラハ……」

 

「……さて、3枚目を見ると、またそいつらが写っているが……」

 

 だが、2枚目と異なり、今度はシートを被せたリヤカーを引いて基地から出てきたらしい。その手には持っていたはずのアタッシュケースは見られない。

 

「恐らくだが……そいつらは裏社会と繋がりのあるブローカーと推察される」

 

「……!? じゃ、じゃあ……このリヤカーは……」

 

「……余剰物資の横流し……と、考えられます。調査を進めたところ、白雪さん失踪の翌月から現れ始めたようです」

 

 つまり、幽霊となった白雪の分として支給された物資を彼らに売りつけ、そこから裏に流しているのだ。

 

「ゆ……許せません……! 軍人にあるまじき行いです!」

 

「……金ノ亡者ッツーノカ? 筑紫ノヤロウモ腐ッテタガ、コイツモイイ勝負ダゼ……」

 

 テーブルに拳を叩き付けて怒りを露にする妙高の言葉に、レンからも呆れの混じる追従の声。

 

「艦娘を謀殺しようと目論み、その死すら私腹を肥やすために利用する……もう考えるまでも無い。これより我々は大本営からの命令に従い、岩川基地司令・龍造寺兼昭大佐を艦娘への不当な扱いをしている矯正対象と判断。その身柄の確保を第一目的として行動を開始する。各々への指示は追って行うので、皆も自分なりの準備を進めてほしい」

 

「「「了解!!!」」」

 

 

 

「や、やっぱり……やるのですね……!」

 

「まぁ、まずは司令が本人と会って探りを入れるらしいけど……」

 

 身震いする電に声をかけながらも、雷も不安そうな表情だ。

 

「別ニチビ共ハ無理シテ来ナクテイインダゼ? 下手スリャ相手方ノ重巡モ出テクルカモシレネェシナ。知ッテル顔ナンダロ?」

 

 麻酔銃に弾を装填しながら、レンが2人へ出撃を止めるような言葉を投げかける。

 

「そ、そうはいかないのです!」

 

「そうよ! ここで待ってるだけなんて、そっちのが嫌!」

 

「ダッタラ覚悟決メナ。ホレ」

 

 レンは催涙ガス弾を発射する小型のグレネードランチャーを2人へ手渡す。

 

「戦ウツッテモ、コッチハ相手ヲ殺サネェヨウニ動ク。ダガ、向コウモソウスルカハワカラネェ。迷ッテタラ死ヌカモシレネェゾ。……忘レンナ、オレ達ノ行ク先ハ……戦場ダ」

 

「……本当は、戦う事になんてならないのが一番なんですけど、ね……」

 

 雷達に発破をかけるレンを見て、妙高が溜め息を吐く。すると……。

 

「そうも言ってられないでしょ、妙高姉さん?」

 

「……!? あ、足柄(あしがら)!? どうしてここに……!?」

 

 部屋に入ってきたのは、今はもう部外者となっているはずの足柄だった。

 

「レンから話を聞いてるわ。水臭いじゃないの、姉さん」

 

「レ、レンさん!? これは大本営からの機密指令ですよ!?」

 

「那智ト羽黒ッテノハ、オ前ノ姉妹……ナラ、足柄ニトッテモ姉妹ッテコッタロ。ダッタラ、無関係ジャネェダロウガ」

 

 赤い袴のようなスカートに隠れた左右の脚のホルスターへ、2挺の麻酔銃を収納しながらケロリと言うレンを見て、妙高はさらに大きな溜め息ひとつ。

 

「そ、それはそうですけど、そういう事でなく…………はぁ……まぁ、こうなってしまっては仕方ありません。人手も欲しいですし、ここは素直に足柄にも手伝ってもらいましょう」

 

「そうこなくちゃ。那智姉さんと羽黒の事は私だって心配してたんだからね」

 

 めでたく仲間入りした足柄は思わずガッツポーズ。

 

「まず、第1段階。浅井司令がレンさんを秘書として連れて、龍造寺大佐と面会……それとなく内部調査を行います。レンさんは髪を染めて肌に特殊メイクを施せば、まぁ、金剛(こんごう)型として通用するでしょう」

 

「メイク……苦手ナンダヨナァ、アレ。クスグッタクテヨ」

 

 ポリポリと頬を掻くレンの姿に、妙高は苦笑いする。

 

「ま、まぁ、我慢してもらうしかありません。いざという時、司令の護衛役としてあなた以上の人材はいないのですから。……第2段階は、ヲ級さん達深海棲艦組が沖合から近付き、基地側に警戒態勢を取らせ、その混乱に乗じて我々が基地へ潜入。龍造寺大佐の汚職、その証拠を捜索します」

 

「ヲ級……?」

 

 足柄が部屋の奥の方を見ると、白雪と話していたヲ級と目が合い、挨拶された。

 

「ヲッ!」

 

「……なんかどんどん深海棲艦増えてくわね……」

 

「そうですね。でも、それでも良いと思いますよ。深海棲艦だから全て人類の敵、というわけではない……今ではそう思えますから」

 

 電磁警棒にバッテリーを挿入しながら、妙高は雷や白雪と確かな絆を結んでいるレンやヲ級を見て微笑む。

 

「……ま……そうよねぇ……少し前まで、深海棲艦もあんな表情するんだって事すら知らなかったし」

 

 足柄も妙高の視線を追い、腕を組んで笑みを浮かべる。

 

「確かに異質は異質だけど、私達と同じ部分だってあるのよね」

 

「ええ」

 

 微笑ましく見守る2人の視線に気付き、背中にへばりついたイムヤを剥がそうとしていたレンがジト目で睨む。

 

「……ンダヨ、ナニニヤニヤ見テンダヨ気持チワリィ」

 

「いえ、別に」

 

「気にしないで♪」

 

 なおも生暖かい視線の2人に、レンはつまらなそうな表情のまま準備を進めていった。

 

 

 

「司令、失礼いたします。鹿屋基地司令の浅井中佐が着任の挨拶に来た、との事ですが」

 

 執務室に入ってきた男性の報告に、デスクに座ったもう1人の男性が灰色の眉をひそめて怪訝そうな顔をする。

 この人物こそ岩川基地を管理する龍造寺兼昭大佐である。

 

「浅井……? 知らん名だな」

 

「たしか、1、2ヶ月ほど前に前司令が更迭され、その後任として着任した人物でしたが……」

 

「1、2ヶ月前……? それが今さら挨拶?」

 

 狡猾で用心深い龍造寺大佐は、この状況に疑念を抱き始める。

 

「自分の記憶が正しければ、所属艦娘への暴力行為を兵士によって暴かれ、急遽逮捕・更迭となったはずですので、恐らくは引き継ぎや事後処理に手間取ったのではないでしょうか? いかがいたしますか?」

 

「……ふん……まぁ、せっかく挨拶に来たのだ。顔ぐらいは合わせてやるとするか。通せ」

 

「はっ」

 

 

 

「お待たせしました。中へどうぞ」

 

「ありがとう」

 

 基地のゲートで足止めを食っていた浅井とレンを乗せた軍用車が、ゲートバーが上へ開くと同時にゆっくりと動き出す。

 

「……わかってると思うけど、無口で無愛想な金剛型で通すんだぞ。まだまだ深海訛りが抜けてないからな」

 

「ヘイヘイ。シカシ一歩間違エバ敵ダラケノトコニ2人ダケデ潜入トカ正気ジャネェヨナァ」

 

「ははっ……その時は完全復活した君に頼らせてもらうよ」

 

 こうして浅井達による九州基地戦力統一計画……その調査・介入そして逮捕第1号となる龍造寺大佐との駆け引きが始まろうとしていた……。

 

 

 

【キャラクター紹介】

 

龍造寺(りゅうぞうじ) 兼昭(かねあき)大佐

 岩川基地司令。48歳。

 出世などにはさほど興味が無く、安定して稼げれば良いと考えており、現在の辺境基地司令としての地位が戦闘も無く搾取も容易として気に入っている。

 元々は貧民の出身であり、より稼ぎの良い仕事に就くために猛勉強をして海軍に入隊し、手段を選ばず今の地位を得るに至る。

 そんな出自故か、エリート士官学校出で優等生タイプの白雪を妬んでおり、物資の横流しを円滑にする事も兼ねてその謀殺を目論む。

 深海棲艦と戦うために生み出された艦娘の事は見下しており、人間である自身が彼女達をどう扱おうと構わないと本気で考えている。

 趣味は貯蓄であり、あの手この手で部下や艦娘から搾取し、老後の蓄えとしている。




ブラック企業と美少女といえばアレだけど、R-18にせにゃならんのでやりません。


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潜入!岩川基地の闇!

 応接室に通された浅井(あざい)は、ソファーに座って基地司令である龍造寺(りゅうぞうじ)大佐を待つ。

 その背後に立つのは、髪を茶色く染め、メイクによって健康的な肌色になったレンだ。ただし、足の異形だけは誤魔化せないため、巫女風装束とはやや不釣り合いなロングブーツを履いて隠す事になったが。

 

「やぁやぁ、待たせたね中佐」

 

 通されてから10分ほど経った頃、龍造寺大佐がやってきた。

 写真で見たよりもやや小太りだが、他の身体的特徴は一致しており、本人で間違いなさそうだ。

 浅井は立ち上がり、深々と頭を下げる。

 

「こちらこそ、挨拶が遅れました事、そして事前の連絡無しでの来訪というご無礼、どうかお許しください」

 

「まぁまぁ、座りたまえ。いや、鹿屋基地への着任の裏には様々なゴタゴタがあったと聞いている。忙しかったのだろう?」

 

 龍造寺は、意外なほど大らかな態度を見せている。

 恐らくは寛大なところを見せる事で、妙な詮索をされないようにしているのだろう。

 

「恐れ入ります」

 

 浅井と同時に着席した龍造寺は、後ろ手に組んでその背後に立つレンに目を向ける。

 

金剛(こんごう)型か。それが君の秘書かね?」

 

「はい。ほら、大佐殿にご挨拶を」

 

 浅井からの催促で、レンは無言で頭を下げた。

 

「……まったく……申し訳ありません、大佐殿。ご覧の通り無愛想で無口な奴でして……」

 

 とはいえ、これも打ち合わせ通り。深海棲艦特有の訛りが消えないレンは、迂闊に口を開くわけにはいかないのである。

 

「なに、かまわないとも。それにしても、金剛型には性格に癖のある者が多く、扱い辛いと聞く。よくそんなモノを秘書にしているな。こう言ってはなんだが、物好きだね君は」

 

 さりげなく艦娘をモノと呼んだ龍造寺の発言に浅井の眉がピクリと動いたが、どうにかこらえて話を合わせておく。

 

「……ははっ……いえいえ、なにしろ性能は十分ですので。……ところで、本日は大佐殿に折り入ってお願いがありまして……」

 

「ほう、なんだね?」

 

「……吹雪(ふぶき)型駆逐艦の白雪(しらゆき)という艦娘の事なのですが」

 

 余裕のある笑みを浮かべていた龍造寺の表情が、わずかに変化する。

 

「……うむ」

 

「こちらの基地に所属していると聞きまして……実はこちらの彼女は白雪と顔馴染みで、運良く近場の基地に配属されたため、ぜひとも面会したいと……」

 

「お……おお、そうか…………いや、しかし間が悪いな。白雪は今、体調を崩して寝込んでおってな……」

 

 龍造寺の顔を一筋の冷や汗が伝うのを、浅井は見逃さなかった。

 ここまでの態度からも、彼が白雪を謀殺(未遂)し、その死を利用しているのは間違いない。

 

「……そうですか、それは残念です。では……」

 

 その時、突然基地内に警報が鳴り響いた。

 

「むっ……!? 失礼」

 

 龍造寺は立ち上がると、備え付けの電話機を操作し始めた。

 

「何事だっ!」

 

「はっ……! 南の海上にてレーダーが不審な影を感知し、無人偵察機を出しましたところ、ヲ級1、ヌ級3から成る深海棲艦の機動艦隊を確認いたしました!」

 

「き、機動艦隊だと……!? くっ……何故よりにもよって……!」

 

「(……始まったか)」

 

 焦る龍造寺の背中を見て、浅井がほくそ笑む。

 妙高(みょうこう)らの侵入を支援するべく、ヲ級達による陽動が始まったのだ。

 

「……どうもこうも無いわ! 迎撃だ! 那智(なち)名取(なとり)を向かわせろ! 駆逐艦どもにもあらん限りの対空装備を持たせて基地周辺に展開! 敵の航空攻撃を許すな!」

 

 龍造寺は乱暴に受話器を置くと、浅井へと向き直る。

 

「すまんが聞いた通りだ。君にはしぱらくここにいてもらう」

 

「それはかまいませんが……たしか……こちらには他にもう1名重巡洋艦が所属していたと思うのですが、出さないので?」

 

「あ、ああ……羽黒(はぐろ)も体調を崩していてな……と、ともかく私は指揮を執らねばならん! ではな!」

 

 羽黒の事を指摘されてしどろもどろになった龍造寺は、誤魔化すようにまくし立てて部屋を後にした。

 

 

 

「急げ名取! 基地が火の海になるぞ!」

 

「ま、待ってください那智さん!」

 

 艤装の装着を完了し、動作を確かめるように主砲塔を可動させた黒髪サイドテールの女性がもう1人のやや小柄な少女に声をかけ、少女も少し遅れて装着完了。

 

「で、でもいきなり機動艦隊だなんて……どうなっているんでしょう……?」

 

「私が知るか。だが、羽黒や皆を守るためにも、さっさと敵を殲滅せねばならん! ……あの下衆の指示でというのが癪に触るがな……!」

 

 苛立ちを隠さない那智へ、ガチャガチャと針鼠のような対空火器を装備した2人の少女が走り寄ってくる。

 

「那智さん、名取さん!」

 

 肩にかかるかどうかという長さの栗色の髪を揺らしてきたのは、初春型駆逐艦の若葉(わかば)

 

「待たせてごめん!」

 

 そして、長めの黒髪を三つ編みにして肩から垂らしているのは、白露型駆逐艦の時雨(しぐれ)だ。

 

「2人は基地周辺に展開し、我々の撃ち漏らした敵航空機の迎撃を頼む。……行くぞ! 那智戦隊、出撃!」

 

 姿勢を低くしてカタパルトに乗った那智と名取が勢いよく射出され、海面に着地……もとい着水し、膝で衝撃を吸収すると、そのまま滑るように海の上を往く。

 一方、12.7cm単装高角砲を手にして高台に陣取った若葉と時雨は、すでに遠くなっていた那智達の背中を見送った。

 

 

 

「慌ただしくなってきましたね……そろそろ行きましょう」

 

 基地の近くの茂みから顔を出した妙高が、警報と怒声の響く岩川基地を眺め、他の面々にハンドサインを送る。

 

「皆さんわかってると思いますが……」

 

「誰も殺さない、死なせない、でしょ? 妙高姉さん」

 

 最後の確認を行おうとした妙高の言葉を遮り、皆の代表として足柄(あしがら)が答える。

 

「ええ。では、行きますよ」

 

 茂みから飛び出した一行は素早く監視カメラの死角に滑り込み、持参したペンチでフェンスを切断して基地敷地内に突入を開始した。

 妙高が手にした無線機から、かすかな物音が一定のリズムで聞こえてくる。モールス信号だ。

 

「……ハ・グ・ロ・ヲ・サ・ガ・セ…………羽黒を探せ、ですか」

 

「つまり、出撃した中に羽黒はいなかったって事ね」

 

 あえて羽黒を出撃させなかったのには相応に理由があるはず……ならばまずはそれを探るのが先決だ。

 

「お2人が一緒に行動しているのは見た事が無く、かつどちらかが行動している間、もう片方は決して見かけませんでした。つまり、その間は人目につかない場所にいると考えられます」

 

 白雪の発言を受けて顎に手を当てた妙高がしばし考え込む。

 

「……白雪さん、そういう場所に心当たりはありますか?」

 

「……もしかしたら、ですが。基地開設当初は火器の格納庫として使われていたそうなのですが、間も無く火災が発生して現在では閉鎖し、使われていないエリアがあります。まず人が寄り付く事はありません」

 

 広げた見取り図の特定のポイントを指す白雪と、それに頷いた妙高。

 

「……なるほど。では、足柄と(いかずち)さん、(いなづま)さんは白雪さんと共にそちらへ。イムヤさんは私と一緒に汚職の証拠を探ってください」

 

「任せて!」

 

 両手を握って意気込むイムヤの姿を頼もしげに見つめた妙高は、1度目を閉じてから鋭い視線を妹へと向ける。

 

「……足柄、雷さん達と……羽黒をお願いします」

 

「ええ、絶対に見つけて見せるわ! 姉さん達も気を付けてよ? それじゃ、後でね!」

 

 白雪の案内で足柄、雷、電の3人が姿勢を低くして物陰へ消えると、妙高とイムヤも行動を開始する。

 深海棲艦が間近に迫っている今の状況ならば、龍造寺は指揮のために司令執務室を離れているはずである。

 

「後ろめたい物は自分の手元に置いておくのが定石……行きましょう」

 

 コピーした見取り図を確認し、周囲を窺いながら、妙高達も基地内へと侵入していった。

 

 

 

「(ええい、くそっ……! なんなんだあの若造は……! まるで何かを探るように……まさか、何か勘づいてやって来たわけでは……)」

 

 的確に白雪や羽黒の事を尋ねてくる浅井の姿勢に苛立ちながら、龍造寺は廊下を進んで司令部を目指す。

 本人の性格が自己中心的の極みなだけに、一旦疑い始めると浅井の行動も言動も自分へ探りを入れているかのように考えてしまう。(実際そうなのだが)

 

「(あの手の若造は青臭い正義感で何をやらかすかわからん……くっ……! 冗談ではないぞ……そんなちっぽけな自己満足などで私の豊かで幸せな老後計画をぶち壊されてたまるか……! なんとかしなければ……!)」

 

 そんな厚顔無恥甚だしい事を考えていると、技術班の作業する研究室の前を通りかかる。

 ここでは深海棲艦や艦娘に関する研究が進められ、新兵器の設計や試作も行われている。

 ふと思い立った龍造寺は、身体の向きを変えて研究室へと入っていく。

 

「あっ……し、司令! お疲れ様です! ……あの……この騒ぎは……?」

 

 入ってきた龍造寺に気付いた研究員の1人が話しかけてきた。

 

「ああ、ちょっとな。……おい、たしか1週間ほど前、イ級の残骸が漂着してそれを回収したな?」

 

「えっ……? あ、は、はい……3隻分……」

 

「……それは動かせるのか?」

 

「……は?」

 

 藪から棒におかしな事を聞いてくる龍造寺に、思わず素の反応をしてしまう研究員。

 

「その残骸を動かせるのかと聞いている」

 

「え、えぇと……まぁ……生命活動は停止していますが、神経系は生きていますので、特定の電気信号で神経に命令を与えれば……」

 

「そうか……動くのだな? ……お前、家族は大人数だったな。養うのも大変だろう? ちょっとアルバイトをしてみんか?」

 

 ニコニコとした笑みの裏に、保身のための下劣な策略が浮かび上がっていた。

 

 

 

「こ、こちらです」

 

 廊下を歩く浅井とレンを先導するのは先ほどの研究員だが、白衣ではなく基地の兵士と同じ制服に着替えている。

 

「も、申し訳ありません。いかんせん状況が状況で何が起きるかわかりませんので……」

 

 万一に備えてシェルターへ案内するという名目で浅井達を連れ出した研究員は、龍造寺の指示のままに施設内を進む。

 その様子をモニターしている龍造寺は、下卑た笑みを浮かべている。

 

「(深海棲艦はまだまだ解明されていない事だらけ……まぁ、不幸な事故も起きるというものだ……くくっ……事故ならば上の連中に少しばかり金を握らせれば揉み消せる。奴が私を探りに来たのか否かはわからんが……ま、疑わしきは殺せ……というわけだ、すまんな)」

 

 そして、その視線は先導する研究員に向けられる。

 

「(……くっくっ……悪く思うなよ。基地の人員にも被害が出た方が事故としてのリアリティが増すのでな……)」

 

 そう、ハナからあの研究員に報酬を支払う気などさらさら無いのである。

 龍造寺の狙いは、彼に案内させた先の研究棟で、暴走させたイ級によって浅井達を亡き者にしようというもの。

 運悪く敵の襲撃に居合わせた浅井達が、避難の中で運悪く深海棲艦の残骸の暴走に巻き込まれ、運悪く命を落とす……というのが筋書きである。

 謎の多い深海棲艦の残骸となれば、基地に接近した深海棲艦に共鳴して再起動云々と言い訳もできるだろう。

 いよいよ浅井達は研究棟に入り、その通路を進んでいく。

 

「ここは?」

 

「け、研究棟です。鹵獲した深海棲艦の破片や死骸などから研究を行っています……」

 

 その説明通り、普段そこで働いている研究員達が避難して無人となったガラス張りの部屋の中には、目と口の付いた黒い魚雷とでも形容すべき駆逐イ級3隻の残骸が様々な機器に接続された状態で置かれている。

 

「……ン……」

 

 通りすぎようとしていたレンは、その残骸に何か違和感を感じて視線を向ける。

 

「どうした?」

 

「……イヤ……ナンデモナイ」

 

 だが、違和感の正体がわからないレンは浅井に小声で尋ねられ、曖昧な返事をしてその場を離れる。

 ……しかしその直後、金属の軋む音と共にイ級の残骸が一斉に口を開き、中から砲身が伸びて浅井達の背中に狙いをつけた。

 

 

 

【キャラクター紹介】

 

那智(なち)

 妙高型重巡洋艦2番艦。

 末妹の羽黒と共に鹿屋基地から岩川基地へ転属。

 性格は勇敢にして豪快な武人気質だが、姉妹を始め仲間への思いやりは強く面倒見が良い。

 特に気弱な羽黒の事は常に気にかけており、異動の際には羽黒が1人きりになる事を避けるため同じ基地への異動を願い出るほど。

 酒上戸であり、大の男と飲み比べをして相手が潰れても本人的には水を飲んだようなものであるほどの女傑。

 ある事情から従ってはいるが、龍造寺のようなタイプは下衆と侮蔑している。

 

名取(なとり)

 長良(ながら)型軽巡洋艦3番艦。

 軽巡洋艦として確かな実力はあるのだが、肝心の当人は自信を持てていないタイプ。

 戦闘を好まず、他の誰かと一緒にいないと落ち着かない小動物のような愛嬌があり、羽黒と並んで那智が気にかけている艦娘である。

 駆逐艦ながら博識で頼りになる白雪とは仲が良く、彼女が消息を絶った際には普段は頭の上がらない龍造寺相手に捜索に出る事を願い出ている。(却下されたが)

 気弱仲間の羽黒の事はいつも心配している。

 

若葉(わかば)

 初春(はつはる)型駆逐艦3番艦。

 口数は多いわけではないクールな性格だが、行動自体は活発で戦闘にも意欲的。

 なんだかんだで仲間への気配りもでき、気付くと若葉にフォローされていたという事も少なくない。

 那智とはウマが合うのか彼女の補佐を行う事が多く、なんらかの理由で彼女が任務を離れねばならない場合、若葉が後任として引き継がれる事も。

 龍造寺の事は当然のように嫌悪しているが、リスペクト対象である那智が(やむなく)従っているため、若葉も我慢している。

 

時雨(しぐれ)

 白露(しらつゆ)型駆逐艦2番艦。

 明るく活発な艦娘が多い白露型の中では珍しい物静かな性格。

 言動もボーイッシュだが、どこか儚げな雰囲気も漂わせている。

 自分よりも他人を気にかけるタイプで、言動や行動の端々から相手への思いやりが溢れているが、自分を二の次にする傾向があるため那智からは心配されている。

 元々龍造寺には苦手意識をもっていたが、友人である白雪の一件があってからはさらに強い疑念を抱くようになっている。

 

■研究員

 岩川基地で働く名も無きモブ研究員。

 両親に加えて弟と妹が2人ずつおり、彼らを養うべく奮闘するが、そこを龍造寺につけ込まれ、浅井暗殺に加担させられてしまう事となる。




本作においては海からの脅威へ迅速に対応するため、史実では内陸に存在する基地も沿岸部に建てられている事が多くなっており、艦娘達はドックから直接海へ出撃可能となっています。


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開幕

「……妙だと思わないか、名取(なとり)

 

 敵機動艦隊迎撃のため出撃し、長いサイドテールを靡かせて海上を滑走する那智(なち)は、脇を往く名取にポツリと話しかけた。

 

「はい。空母4隻の機動艦隊のはずなのに、敵艦どころか航空機1機すら見えないなんて……」

 

 那智の口振りから何が言いたいかを察した名取も、抱いていた疑問を口にする。

 地上施設へ空襲を行うための攻撃機や爆撃機はおろか、偵察機すらも影も形も無い。

 偵察機はその名の通り艦隊の目として攻撃目標の位置や兵力、戦力配置を偵察する他、気候の変化が極端な海では気象データの収集も役目となる。

 いわば艦隊の行動には必要不可欠な存在であり、これを出さずに手探りで攻撃を行うなど自殺行為とすら言えるだろう。

 それがまったく姿を見せないというのが不気味でならないのである。

 

「対空レーダーにもそれらしい気配は無し……いるのは海鳥ばかり、か」

 

「もしかして気まぐれに嫌がらせされたんじゃ……?」

 

「いや、燃料や出撃後の装備点検の資材もタダじゃない。それを浪費して困るのは奴だ。それを流して利を得るのが奴の目的なのだからな」

 

 知りたくもないが、嫌でもあの司令の特徴がわかってしまっている那智は訝しげに呟く。

 その時だ。

 

「……むっ……!」

 

 彼方の水平線上に、4つの影が見えてきた。

 人型の影が1に、クラゲのような影が3。報告通りのヲ級とヌ級だ。

 

「……出たぞ……! 先手を打つ!」

 

「は、はいっ!」

 

 足でブレーキをかけ、姿勢を低くしながら艤装の主砲を展開した那智と名取は、まだこちらに気付いていない敵空母を照準。

 

「……撃ぇっ!」

 

 そのまま那智の20.3cm連装砲と、名取の14cm単装砲が轟音と共に火を吹いた。

 その音で相手方も気付いたようで、3隻のヌ級は潜航して身を隠し、ヲ級は艦娘同様に海上を滑走して回避に動く。

 その素早さはかなりのもので、着弾地点からすでに大きく離れている。

 

「速い……!」

 

「(……おかしい。ここまでまったく見かけなかったという事は、艦載機はまだ格納しているはず。ヲ級の搭載能力からして、艦載機が入っている状態であれだけの機動力を出せるのは……)」

 

 深海側の空母はどういう原理か航空機をある程度縮小して搭載できるが、だからといって質量保存の法則を無視して重量まで減るわけではない。

 にもかかわらず軽快な動作で回避運動を行えるという事は……。

 

「(まさか……搭載していないのか……!?)」

 

 だとすれば、なぜこんなところをうろついていたのか。

 空母4隻が航空機も他の護衛も無しに活動するなど普通はありえず、はぐれ艦にしても駆逐艦や巡洋艦といった随伴艦が1隻もいないのは不自然だ。

 

「……ヲッ!」

 

 そんな思考を巡らせていた那智の隙を突き、一気に肉薄したヲ級が手にしたステッキを振り下ろした。

 

「むっ……!」

 

 右腕に取り付けた砲塔で反射的に受け止め、重巡のパワーで押し返す。近接戦闘ならば空母にパワー負けはしない。

 

「なっ、那智さん! ……えっ? ひゃあぁぁぁーーーーっっっ!?」

 

 那智の援護のため再度主砲を構える名取であったが、突如海中から飛び出したヌ級に激突されて転倒してしまった。

 だが、ヌ級達は再び海中へと消え、追い討ちしようとはしなかった。

 

「(……さっきのヲ級も本気でこちらを討とうとはしていなかった……こいつら、何が目的だ……!?)」

 

 海面を滑って名取へ近付いて助け起こすと、距離を取ってヲ級とその周りをぐるぐる回るヌ級と対峙する。

 相手の意図も掴めぬまま、状況は膠着状態へと移行する事に……。

 

 

 

「……んん……?」

 

 研究員が扉の横に取り付けられたコンソールを操作している。だが、何度ロック解除を打ち込んでも扉は閉ざされたままだ。

 

「開かないのかい?」

 

「は、はい……おかしいな」

 

 こうなると研究員の心中には恐怖や焦燥が渦巻き始める。

 

「(ま……まさか……まさかそんな……)」

 

 その時。後方からガラスの割れる音が響き、3人が振り向くと、3隻の駆逐イ級が床をのたうちながら近付いてきているではないか。

 

「っ!?」

 

「ひぃっ……!!」

 

 次の瞬間、開いた大口から一斉にせり出した砲身が震え、3人目掛けて主砲が発射された。

 

「チッ……!」

 

 レンは右手に浅井(あざい)を抱え、左手で研究員の首ねっこを掴んで横へと飛び退くと、デスクの陰に2人を放り込む。

 3人のいた場所には3発の砲弾が着弾し、壁に風穴が空けられている。

 

「(……コイツラ、死ンデヤガル。……死体ヲ無理矢理働カセルヨウナ真似シヤガッテ……!)」

 

 離反したとはいえ、自分が深海棲艦である事実が変わったわけではなく、彼らがかつての同胞であるのもまた事実。

 その死体に鞭打ち、死してなお動かされる仲間の姿にレンは怒りが込み上げるのを感じる。

 

「ひっ……ひっ……ひぃぃっ!」

 

 と、その時、ガタガタ震えていた研究員がパニックを起こして走り出し、扉を叩き始めた。

 

「しっ、司令! 開けてください司令っ! 龍造寺(りゅうぞうじ)司令! 大佐ぁっ!!」

 

 喉が潰れるのではないかと不安になるほどの叫びを上げながらガンガン扉を叩くが、そんなもので開くのならロックなど無意味であろう。

 完全に暴走状態となったイ級は、センサーが捉えた動体反応……すなわち研究員を標的と認識し、じりじりと近付き……。

 

「あっ……」

 

 魚雷のような身体からは予想もできない挙動で飛び跳ね、研究員の頭目掛けて頑強な歯の並ぶ口を開いた。

 決して鋭い牙とはいかないものの、人間の頭蓋骨程度ならば顎の力で強引に砕いてしまえるその大口が、今まさに研究員に襲いかかろうとした瞬間、その前に横から飛び出した影が立ちはだかった。

 

「……ワリィナ……」

 

 そう言いながら腕を引いたレンは、眼前に迫るイ級へと弾丸のように拳を突き出した。

 その拳はイ級の表面装甲を砕いたばかりか、まったく減速する事無く進み続け、なんとイ級の身体の上半分を抉り千切ってしまった。

 見るも無残な状態となった下半分が慣性のままに飛んでいって壁に激突し、上半分はひしゃげ、潰れ、ただの黒い金属の塊にしか見えない状態でレンの拳にしばらく付着していたが、少し間をおいて床に落下した。

 飛び散った青い体液を拳から滴らせるレン。

 この個体は恐らくは元から自我など持たない、いわば人形、兵器だったのだろう。

 だが、感情が無くとも、すでに死していようとも、確かに自分と同じ深海棲艦だった存在なのだ。そんな相手にこのような残虐なトドメを刺した事に、レンはわずかながら罪悪感を抱いた。

 ……が、今は感傷に浸っている暇など無い。イ級はまだ2隻残っているのだ。

 

「……フッ……!」

 

 浅井へ砲身を向けていた1隻に飛びかかって床へと押し付け、そのまま腕と肩に力を込めて胴を真っ二つに粉砕。

 残る1隻に目を向けると、研究員へ主砲が発射されようとしていた。

 今の立ち位置では本体への攻撃は間に合わないと判断したレンは、床が削れるほどに足腰に力を込めて走り出す。

 そして、レンが立ちはだかるのと、イ級の主砲が発射されるのはほぼ同時だった。

 

「ッ……! ……アッブネェ……」

 

 熱を持ったレンの手の中から白い煙が上がり、砲弾がその回転を完全に停止する。

 そう、研究員とイ級の間に立ったレンは、なんと発射された砲弾を掴んで受け止めたのである。

 レンは相手が次弾装填を始める前に一気に距離を詰め、その顔面に拳を叩き込んで装甲を突き破り中枢回路を破壊。これで3隻のイ級全てが機能を停止した。

 深々と刺さった腕をイ級の残骸から引き抜き、浅井へと歩み寄る。

 

「助かったよ、レン」

 

「イヤ………………トリアエズ、野郎ニハ落トシ前ツケテモラワネェトナ」

 

「ああ……まさか痛い所を突かれたからとこうも強硬手段に出てくるとは。あ、君、大丈夫か?」

 

 腕を組んで考え込んでいた浅井だったが、ふと思い出して腰を抜かした研究員へと声をかける。

 

「……も……」

 

 手を差し出された研究員は慌てて起き上がったかと思うと、深々と土下座を始めた。

 

「申し訳ありません! ぼ……僕はとんでもない事を……! 本当に申し訳ありません!」

 

「……よしてくれ。それより、これは君の独断てわけじゃないんだろう?」

 

 まさかの土下座謝罪に驚いた浅井だったが、穏やかな笑みを浮かべてしゃがむと、研究員の肩に手を置いて優しく語りかける。

 

「……は……はい……僕はここの研究スタッフで……龍造寺司令からあなた方をここへ連れていくようにと…………ど、どうなるかは薄々わかっていたのに……本当にどうお詫びすれば……!」

 

「いや、君に悪意があったわけじゃないのはわかる。むしろ君も被害者だ。……レン、次はどう仕掛けてくると思う?」

 

「一旦仕掛ケテ失敗シタンダ。ナニガナンデモ消シニクルンジャネェノ? コッチガクタバルマデヨ」

 

 イ級の残骸を1ヶ所に集めながら、浅井からの質問に答えるレン。

 呆然とその後ろ姿を見ていた研究員だったが、その内にふとある事に気付いてしまった。

 よく見ると、今の戦闘でレンの前腕部分の特殊メイクが剥げてしまい、青白い素肌が露となってしまっているのだ。

 その事とエコーがかったような独特な声、そして先ほどの暴れっぷりから、彼の中には1つの疑問が湧いてしまう。

 艦娘は艤装を装着する事によって初めて身体能力のリミッターが解除され、人間を圧倒し、深海棲艦と渡り合える力を得るのであり、そうでない場合は並の人間より多少打たれ強く力があるという程度のはずなのだ。

 

「……も……もしかして……彼女は……!」

 

「しっ!」

 

 レンを指差して何か言おうとした研究員へ、浅井が人差し指を立てて口止めする。

 

「……言いたい事はあるだろうけど、今は言わないでほしい。少なくとも彼女は人類の敵じゃないんでね」

 

 口調にも表情にも嘘のようなものは感じられない浅井の態度を見て、研究員は半信半疑ながらもコクコクと頷く。

 

「オイ、ソコノ。コノ扉ブッ壊シテ良イカ? ココカラ出ルナラ壊サナキャダシヨ」

 

「あっ……は、は、はいっ! どうぞどうぞ!」

 

 半ば反射的に答えてしまった研究員の返事を聞いたレンは、扉と向き合って右腕を振り回し……。

 

「……フンッ!」

 

 その拳で扉に風穴を空けると、そこに両手をあてがってメキメキと穴を押し広げていく。

 

「はー……完調状態だとこれほどのパワーが出せるのか……」

 

「コンナモン、軽巡クラスデモデキラァ。……ヨシ、コレデ通レルダロ」

 

 人1人が十分に通れる大きさに広げられた穴を見ながら、レンは首をコキコキと鳴らしている。

 

「ありがとう、レン。……君も一緒に来た方が良い。たぶん向こうは君も口封じしようとするはずだからね」

 

「はっ、はいっ……!」

 

 

 

「急げっ! 奴らが研究棟を離れる前に始末するんだ!」

 

 30名ほどの完全武装の兵士を焚き付けながら通路を進む龍造寺大佐。

 彼らは岩川基地に所属する兵士の中でも問題視されている荒くれ者達であり、龍造寺の悪行に協力する見返りとして多額の報酬を受け取っている、いわば龍造寺が効率良く搾取を行うための手駒達である。

 龍造寺の行いが明るみに出れば、彼らも今のような甘い汁を吸えなくなるばかりか、芋づる式に処罰されかねない。

 そう諭された兵士達は、簡単に稼げる今の状況が消える事を恐れ、その危険因子たる浅井達の抹殺に動き出したわけだ。

 龍造寺は龍造寺で、イ級の暴走による事故に見せかける計画が破綻してしまい、やむ無くこの手駒達を使っての直接的な殺害へと切り替えたのだ。

 イ級が暴れて荒れ放題の研究室でならば、派手に銃器を使用しても、暴走を止めようとしたためと言い張る事ができる。

 

「(そのためにも、研究棟へ急がねば……!)」

 

 

 

「……ン……足音……多イナ」

 

 扉に空けた穴から顔を出したレンは、全神経を聴覚に集中させて辺りを探っている。

 

「敵か?」

 

「カモナ。普通ノ人間ヨリ重々シイ音ダ。急イデ離レタ方ガ良サソウダゾ」

 

 扉を抜けると、通路は左右と正面の3方向に伸びており、音は正面から聞こえるようだ。

 

「……レン。重武装の兵士を相手に時間を稼げるか? 無論、殺さずにだ」

 

「デキネェ事ハネェガ……妙高(みょうこう)達ガ何カ見ツケルノヲ待ツノカ?」

 

 浅井からの問いかけに、レンは決して不可能ではない事を伝える。

 

「こっちが下手に逃げ回って頭に血が上ったら、何をしでかすかわからないタイプだからなぁ、あれ……」

 

「……シャーネェナ。ダッタラオ前ラハ机ノ陰ニデモ隠レテナ」

 

 レンは研究室から引っ張り出した机や資料棚でバリケードを作り上げると、その陰に2人を放り込み、改めて通路へ戻りながらスカートを捲り上げ、太股に括り付けたホルスターから2梃の麻酔銃を抜き、曲がり角に身を隠して敵を待ち受ける。

 

「……サテト……人間ハ弱ッチイカラナ……力加減ヲ間違エネェヨウニシネェト」

 

 気配を殺して待つレン、そして浅井達に、悪意と殺意が迫りつつあった……。

 

 

 

「……ん……?」

 

 ダダダダダという廊下を駆ける2つの足音が聞こえ、兵士がそちらを振り向いたまさにその瞬間。

 

「ごめーーーーんっ!」

 

「なさいなのですっ!」

 

 2つの人影……(いかずち)(いなづま)のタックルを受け、兵士はたまらず倒れ込んでしまった。

 

「あがっ!? な、なんだ……」

 

「えいっ!」

 

 電が全身で押さえ込んでいる間に、雷が出力を抑えたスタンガンを兵士に押し当ててスイッチを入れる。

 

「かっ……!」

 

 兵士は起き上がろうとしたところへ電流を流され、ガクンと失神した。

 

「……2人とも見ない間にアグレッシブになったわねぇ……」

 

 自身の所属していた頃からは想像もつかない雷と電の大胆な行動に、足柄(あしがら)は頬をポリポリと掻いている。

 その後ろから顔を出した白雪(しらゆき)は、兵士の服を探り、1枚のカードを発見した。

 

「近海に深海棲艦が現れたこの状況下で、こんな基地の片隅を完全武装の兵士が見張っているなんておかしいですからね。きっとこの先の扉を開けるカードキーです。……少しお借りしますね」

 

 白雪を先頭に4人は廊下を駆け、その突き当たりに扉を確認する。

 見れば、周りの壁にはかつての火災の痕が残っているが、扉は新調され、横にはこの扉と連動しているであろうカードキーを通すロックシステムが設置されている。

 

「普通に考えて、火災事故で閉鎖した倉庫をそのままにした上、こんな物取り付けないわよね……」

 

「はい。つまり、ここには人目につかせたくない何かがある、という事です」

 

 白雪はカードキーをじっと見た後、システムの溝に当てて上から下へと通す。

 鍵を認証したシステムは、ランプの色を赤から緑へ変え、扉を開いた。

 

「……これは……」

 

 中に入った一行は驚いた。

 何しろそこは、後から作られたとおぼしきコンクリートの壁で仕切られたいくつもの部屋に鉄格子まで嵌まって、完全に牢屋の様相を呈していたのだから。

 

「……うっ…………雷ちゃん、電ちゃん。……右側の部屋は見ちゃ駄目よ」

 

 先行した足柄が口元を手で覆い、雷達に忠告する。

 雷達も馬鹿ではない。その言葉が何を意味しているのかは、足柄の表情からもわかった。

 その時、奥の方の部屋からわずかな息遣いが聞こえてきて、一行はそちらへ目を向ける。

 

「……!」

 

 足柄は姿勢を低くして歩みを進め、こっそりと部屋の中を覗き込む。

 

「っ! 羽黒(はぐろ)っ!!」

 

 そして、部屋の中に座り込んだ人物を見て、思わず声を上げたのだ。

 名を呼ばれた獄中の人影も、初めは力無く俯いていたが、その声を聞くと目を見開いて顔を上げる。

 

「えっ……? ……ぁ………………足柄……お姉ちゃん……?」

 

 チカチカと一定のリズムで光る首輪と、頑強そうな手枷を付けた少女……羽黒は足柄の姿を見るや、じわりと目に涙を浮かべる。

 

「お姉……ちゃん…………足柄お姉ちゃぁん……!」

 

「羽黒……良かった……! ……助けに来たわよ! 妙高姉さんも来てる! 今すぐ出してあげるからね! ……ぬ……ぬぬぬぬ……うりゃあっ!!」

 

 足柄は格子を両手で掴むと、渾身の力で左右へ引っ張って歪めてしまった。

 

「さぁ、その悪趣味な首輪と枷も……」

 

「ぐすっ……ま、待って足柄お姉ちゃん…………この首輪……爆薬が埋め込まれてて…………ぐすっ……龍造寺さんの持ってる端末からじゃないと外せないの……うぅ……無理に外そうとしたら…………ごめんなさい……迷惑かけてごめんなさい……」

 

 首輪を指差して泣きながら、力任せには動けない理由を話す羽黒の話を聞いた足柄は、目を丸くする。

 

「ばっ……爆薬っ……!? あのオヤジ何考えてんのよ……!」

 

 足柄は舌打ちしながら無線機を手に取り、敷地外で待機中の神通(じんつう)へ連絡を取る。

 

「……あっ、神通、足柄よ。羽黒を見つけたわ。……でも、爆薬を取り付けられてる上、迂闊に手を出したらドカンといきそうなの。操作できる端末は龍造寺が持ってるらしいんだけど……」

 

「なるほど……妙高さんにも連絡し、司令執務室に無いか探してもらいましょう」

 

「お願い。あと、どうにか那智姉さんと連絡を取れない? 羽黒の身柄を確保できた以上、もう戦ってる必要は無いもの。あまり時間をかけると、こっちの事情なんか知らない那智姉さんがヲ級達を沈めちゃうわよ」

 

 艦載機を積んでいないのでかなり身軽になってはいるが、所詮は空母であるヲ級達では戦闘技術もパワーも那智には及ばない。

 時間が経つほどに不利になると考えて良いだろう。

 

「了解です。恐らくヲ級さんは戦闘中で手が離せないはず……私が直接行って那智さんに伝えてきます」

 

「間に合う?」

 

「軽巡の機動力を甘く見ないでください。川内型の名に懸けて間に合わせます。そちらは妙高さんからの連絡をお待ちください」

 

 足柄との通信を切った後、改めて妙高に先の件を連絡した神通は、那智達とヲ級達の戦闘が行われている沖合へと走り出した。

 

 

 

 

 

《キャラクター紹介》

 

羽黒(はぐろ)

 妙高型重巡洋艦4番艦。

 妙高型姉妹の末っ子で、那智と共に鹿屋基地から岩川基地へと異動となった。

 気弱で臆病な性格で、口癖なのかと思うほどに「ごめんなさい」と謝る。

 性格に引っ張られてか身体も縮こませている事が多く、背筋を伸ばして歩く事はあまり無いが、仲間が多かった鹿屋基地所属時には明るい表情を見せる事も少なくなかった。

 最も気弱だったために龍造寺に目を付けられ、爆薬入りの首輪を取り付けて人質とする事で那智をタダ働きさせる餌にされてしまった。

 その後は怪しまれないように那智と役割を交代させられる事もあり、自分のせいで不自由な身となってしまった那智への申し訳なさで日々胸を痛めている。




どうしよ…龍造寺の悪辣さがどんどん増していく…。


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天誅

信じられるか…?これ、3ヵ月ぶりの更新なんだぜ…?
間が空きすぎてもう追ってる人いなさそう…。


「司令、B班C班準備が完了しました」

 

「うむ」

 

 研究棟から少し離れた通路で、兵士の報告を聞いているのは龍造寺(りゅうぞうじ)大佐だ。

 突入の準備が完了し、邪魔者の抹殺まではあともう少し。あの化け物じみた金剛(こんごう)型用として無反動砲に対物ライフルまで持ってきたのだから、討ち損じる事は無いはずだ。

 

「……よし、行け。目標の3匹は全て消せ」

 

 通信機から響く龍造寺の命令を合図として、暴徒鎮圧用の盾を持った2人を先頭に、その後に通路を進む4人の兵士達が続く。

 しばらく進むと、先頭の2人が盾を構えたまま左右に分かれ、その間に大きな黒い筒を持った兵士が膝立ちの体勢を取る。

 カールグスタフ84mm無反動砲。スウェーデン製の対装甲火器であり、あのRPG-7同様に様々な国や組織で運用されている。

 近年は技術進歩で戦車などにはほとんど通用せず、無論深海棲艦相手にも力不足となっているが、施設ごと人間を吹き飛ばすくらいなら十分な殺傷力だ。

 他の兵士達もバックブラストを避けるために通路の端に寄って姿勢を低くし、発射準備は完了。

 

「ソウハイカネェンダナァ!」

 

 トリガーに人差し指をかけたまさにその瞬間、曲がり角から猛スピードで飛び出した白い影が盾持ちの間を一陣の風のごとくすり抜けていき、左腕で無反動砲を払うと、振り上げた右脚の踵落としによってその黒い筒を切断してしまった。

 

「……へっ……?」

 

 無反動砲を持っていた兵士も、周りの兵士も目を丸くしてぼーっとその光景を眺めていたが、斬られた先端部が床に落ちる音と共に正気に戻って銃を抜いた。

 

「で……出たぁっ!!」

 

 盾持ちの2人が拳銃を構えるが、影の主……レンの行動はその先を行く。

 

「フッ!」

 

「はごっ……!」

 

 無反動砲の残骸を取り落とした正面の兵士の胴を蹴って宙返りしたレンはさらに通路の天井を蹴り、2人の盾持ちの間に割り込むと、彼らがこちらを向く前に、回し蹴りでまとめて壁へと蹴り飛ばした。

 

「がっ……!」

 

「かひゅっ……」

 

 めり込むかめり込まないかという絶妙な力加減で壁に叩き付けられた2人はそのまま失神してしまった。

 

「ひっ……!」

 

 一瞬で半数を無力化され、カバー要員の残り3人は慌てて銃を構える。

 が、深海棲艦の反応速度に敵うはずもなく、レンは両手に握っていた麻酔銃を兵士達へ向け、一瞬で狙いを定めると首筋目掛けて麻酔弾を発射。

 あまりにも動きの流れが速すぎたため、2人の兵士は何が起きたかも理解できず、混濁する意識の中で小さく呻くとその場に倒れてしまう。

 そんな仲間に気を取られた残り1人には、鳩尾への拳をプレゼントした。

 

「……ヨシ、全員生キテルナ。ッタク、ヒヤヒヤサセヤガル」

 

「……B班どうした! 突入合図はまだか!?」

 

「ン……」

 

 倒れた兵士の通信機から声が聞こえる。

 どうやら今無力化したこのグループは、無反動砲で入口を抉じ開けると同時に、その爆発を合図に他のグループに突入タイミングを指示する役割だったらしい。

 

「……トイウ事ハ……」

 

 事前に記憶した見取図を思い出しながら、他のグループが待機している箇所に当たりをつけ、そちらの撃破へ向かう。

 

「か、艦娘だあぁぁぁーーーーっ!!」

 

 すると、案の定注意喚起など無く発砲してきた。

 

「今度ハ不意討チジャネェカラメンドクセェナ……仕方ネェ」

 

 曲がり角に身を隠していたレンは、やむ無く飛び出すと両腕で顔を覆って兵士達へ突進していった。

 息もつかせぬ銃弾の雨霰。

 だが。

 

「な……なんだコイツは!? なんで艤装無しでこんなに……!」

 

 銃弾が傷付けているのは、纏った金剛型の衣装のみ。

 そして露になっていく青白い肌に、兵士達の恐怖が煽られていく。

 

「ま……まさか……まさか……!」

 

 この兵士がその先の言葉を紡ぐ事は無かった。

 銃弾の嵐を駆け抜けて兵士達の間に割り込んだレンは麻酔銃を投げ捨てて左右に腕を伸ばすと、手頃な所にいた2人の兵士の顔面を掴み、その場で回転しながら他の兵士達へ向かって投げつけたのだ。

 その後はまるでドミノ倒し。投げられた方も、ぶつけられた方も、折り重なるように倒れて山になり、その大部分が気絶してしまった。

 

「くそっ、化け物めっ!」

 

 少し離れていた1人が、他の兵士の持つ自動小銃とは明らかに異なる威容を持つ銃をレンへと向ける。

 バレットM95対物狙撃ライフル。アメリカ製のM82ライフルを小型軽量化した廉価モデルである。12.7×99mm弾という、対装甲火器を除いた歩兵携行火器としては最大級の弾薬を使用し、まともな人間であればたとえ当たったのが腕や脚であっても、着弾の衝撃でショック死するとまで言われている。

 これが頭にヒットすれば、いくら艦娘でも艤装無しなら即死は間違いない。

 兵士は眼前の脅威に対して迷い無く発砲。さしもの化け物もこれで沈黙する。……はずであった。

 

「……ぇ……?」

 

「……ハフヘェハァ(あぶねぇなぁ)……」

 

 それはまさに絶望的な光景。

 人体を激しく損壊させる恐れがあり、人間に対する使用が非人道的とも囁かれる12.7mm弾が、その少女の上下の鋭い歯に挟まれ、白い煙と共に回転が止められていたのだ。

 

「……プッ………………サァテ……」

 

「あ……あぁあ…………ぁ……」

 

 そして、完全に停止した弾丸を噛み砕き、破片を床へ向けて吐いたレンは、首を鳴らしながら歩き出したかと思うと一気に距離を詰め、絶望感からライフルを取り落とした兵士の腹に膝をめり込ませて意識を奪った。

 

「イッチョアガリ。ッテナ。……アーア、ボロボロニナッチマッタ……雷達ニ何言ワレッカナァ……」

 

 倒れた兵士達の中心で、パンパンと手や服に付いた汚れを払い落としながら、穴だらけになってところどころ破けた衣装と、メイクが剥げて本来の青白い肌が露になった自分の姿に溜め息を吐く。

 

「……こ……こちら……C班…………化け……物…………が……」

 

「ア?」

 

 不意に聞こえてきた声の方向へ顔を向けると、最初に投げ飛ばした兵士の1人が通信機を手にしている。

 

「突入……突入を……! ぁぎっ!?」

 

 そんな兵士に歩み寄ったレンは、通信機を持った腕を捻り上げる。無論、引き千切ってしまわないよう力加減には細心の注意を払って。

 

「マダイルノカ……残リハドコニ待機シテル?」

 

「……ぐ…………!」

 

 顔を近付けて威圧するレンに怯みながらも、兵士は口をつぐむ。

 

「……ナァ、オ前…………『命アッテノ物種』ッテ言葉知ッテルカ?」

 

 レンは兵士の首を掴むと、ゆっくりゆっくり……あえて時間をかけて少しずつ力を強めていく。

 万力でじわじわと締め上げられるように、人間離れした握力で喉が握り潰され、空気の行き交う道が狭まっていく感覚。兵士の目には明らかな恐怖の色が浮かび、冷や汗がどっと出てきた。

 

「ぁが……が……わ……わ゛がっ……た! 言う゛……! 言い……まずぅ……! だ……助けで……! ……っげほっ……げほっ……!」

 

 その言葉を待っていたとばかりにレンが手を放し、身体に力の入らない兵士は崩れ落ちて咳き込む。

 

「げふっ…………ぇ……A班は……研究棟の……西側出入口を……封鎖してます……。B班は……研究室への……突入口を……開けるために……」

 

「アア、ソコハイイワ。ゴ苦労サン」

 

 知りたかったのはA班だけの居所だけで、B班は今さっき壊滅させてきたばかりだ。

 知りたい情報を得たレンは、恐ろしく速い手刀で兵士を気絶させると、残る敵のいる研究棟入口へと向かった。

 

 

 

「はぁっ!!」

 

「ヲ゛ッ……!」

 

 那智(なち)の放った回し蹴りがヲ級の腹部にめり込み、吹き飛ばされた身体が2度3度と海面を跳ねる。

 だが、のんびり倒れているわけにはいかない。那智はすぐさま艤装の主砲を展開し、追撃の砲弾を発射しているのだから。

 ヌ級達もその動きを学習してきた名取(なとり)の牽制射撃でヲ級の救援に迎えない状態だ。

 

「ヲ……」

 

 砲弾を飛び上がるように回避し、那智との距離感を図りながら時間を稼ぐ。

 だが、やはり最強にして唯一の武器たる航空機を使わない空母では、重巡洋艦の相手をするのは厳しい。

 航空機の無い空母など、主砲の無い戦艦、魚雷の無い駆逐艦も同然だ。いや、装甲や速力に特別優れているわけでない分、それらよりも劣るとすら言えるだろう。

 

「ちょこまかと……! これでどうだ!」

 

 那智の艤装が可動し、61cm三連装魚雷発射管がヲ級へその矛先を向け、3本の魚雷が飛び出して着水するや、加速しつつ扇状に広がっていく。

 

「(ッ……! 下手ニ動ク方ガ当タル……!)」

 

 三連装ならば魚雷1本1本の間隔はそう狭くはなく、那智とヲ級の距離から計算すると、こちらへ到達する頃にはかなり幅が開いているはずだ。

 足でブレーキをかければ、案の定魚雷は自身の前後をすり抜けていってしまった。

 

「取った!!」

 

「ッ!」

 

 砲撃の轟音が響き渡る。

 この魚雷はあくまで牽制と足止めが目的であり、本命は魚雷で動きを止めたところへ放たれる主砲というわけだ。

 20.3cm砲弾4発がヲ級へと降り注ぐ。

 

「ヲッ……!」

 

 最初のかなり離れていた位置関係ならまだしも、この距離で発射された4発の砲弾を全てかわす事など叶わない。

 

「……白雪(しらゆき)……」

 

 ヲ級の目前に迫るは、深海棲艦の下級艦艇には隣り合わせが当たり前の『死』。

 だが、自我とトモダチを得た彼女は、いまだかつてないほどにそれを恐れ、目尻からは雫が零れた。

 ……しかし、突如として横から飛んできた物体が砲弾に激突して誘爆し、砲弾が彼女を殺める事は無かった。

 

「(っ!? 今のは……魚雷!?)」

 

 那智の目にははっきりと自身の砲弾に横からぶつかる物体の正体が見えていた。

 どこからともなく飛んできた4本の魚雷が、飛翔する砲弾に寸分違わず命中し、爆発に巻き込んだのだ。

 が、当然の事ながら魚雷は通常は空など飛ばない。つまり、あの魚雷は発射管から放たれたのではなく、手動で投擲された物だ。

 

「申し訳ありませんが、横槍を入れさせていただきました。これ以上の戦闘は無意味ですので」

 

 緑色の鉢巻と艶やかな黒髪を靡かせて海上を滑る人物は、ともすれば雅とも取れる軽やかな動きで那智とヲ級の間に割って入った。

 

「まずはこのように荒っぽい初対面となってしまった事をお詫びいたします。……そして、はじめまして。私は川内(せんだい)型軽巡洋艦2番艦・神通(じんつう)。鹿屋基地司令・浅井誠貴(あざいまさたか)中佐の補佐を務めさせていただいております」

 

 上品な所作でお辞儀する神通に、那智はすっかり毒気を抜かれてしまい、気付かぬ内に艤装の主砲も砲口が下を向いてしまっていた。

 

「あ、ああ……私は那智…………って、違う! どういうつもりだ貴様っ! なぜ邪魔をした!? 戦闘が無意味とはどういう事だ!!」

 

 我に返った那智が、ここぞとばかりに捲し立てる。

 

「……その疑問もごもっともですが、那智さんも戦闘中、彼女からまったく敵意を感じない事にはお気付きだったはずです。つまり、彼女にはあなた方を傷付けるつもりは毛頭無いのです」

 

「む……」

 

 確かにその違和感は戦っている間もずっと感じていた。

 

「……百歩譲って敵意が無いとしよう。ならばなぜ攻撃を匂わせる真似をしたのだ」

 

「あなたと羽黒(はぐろ)さんのためです。現在、妙高(みょうこう)さん、足柄(あしがら)さんを含む鹿屋基地所属艦娘が総出で羽黒さん救出のために動いています」

 

 姉と妹の名が出た事で、わずかながら那智の表情が弛んだのがわかる。

 

「な……妙高……姉が……? 足柄も……? 岩川基地に来ているのか……!?」

 

「はい。あなたと顔見知りのはずの(いかずち)さん、(いなづま)さん、イムヤさん、そして……白雪さんもです」

 

「……!? し、白雪が……生きているのか……!?」

 

 さらにダメ押しとばかりに出された、戦死したとばかり思っていた戦友の名に、那智と名取の戦意が完全に消えた。

 

「はぐれ深海棲艦との戦闘で重傷を負いましたが、彼女に救助と手当てを施されており、1ヶ月前に彼女共々鹿屋基地に保護されました。私達の今回の行動は、白雪さんの証言も考慮してのもの。現在は岩川基地で他の方々の案内をしてくださっています」

 

「……そう……か……白雪が……」

 

「……そして、先ほど監禁されていた羽黒さんの身柄を確保したとの連絡が入りました。しかし、羽黒さんの首に爆薬が取り付けられている、と」

 

 関係者しか知りえないはずの神通のその言葉で、嘘でない事を察した那智が眉をひそめ、名取はポカンとした顔を見せる。

 

「へ……? か、監禁…………爆……薬……?」

 

「……そうだ。羽黒と私は交代でそれを取り付けられ、奴に……龍造寺に無償で酷使され続けている」

 

 那智の告白に目を丸くしていた名取であったが、引っ込み思案な彼女には珍しく眉を吊り上げて那智の両肩を掴んだ。

 

「な……なんでそんな大事な事を話してくれなかったんですか那智さんっ!!」

 

 常には無い名取の激昂を真正面から受け、今度は那智が目を丸くする番になった。

 

「す……すまん……だが、これは私達姉妹の問題で、お前達に不安や心配をかけるわけには……」

 

「そんな事を2人だけで抱えるなんて……お2人はお馬鹿さんですっ!! 私達だって那智さんも羽黒さんも心配してるんですよ!? 仲間なんですから当たり前でしょう!? ……なのに……うぅ……」

 

 那智を掴んでいた名取の力が緩み、そのままずるずるとへたり込んでしまう。

 

「……もっと……全部、全部……話してほしかったです……」

 

 普段の姿からは想像もつかない大声で激したかと思うと、小声ですすり泣き始めてしまった。

 

「……すまなかった、名取。……話したところでどうにもならない、と諦めてしまっていた。……本当にすまない」

 

 泣かれてしまうと那智は弱く、目線を合わせて慰め、謝る外無い。

 しゃがんで名取の肩を抱きながら神通を見上げると、深々と頭を下げる那智。

 

「……神通。……頼む、羽黒を助けてくれ……。それと……」

 

 そして、ヲ級の方を向くとそちらにも頭を垂れた。

 

「すまなかった。危うく戦友の恩人を海の藻屑にするところだった」

 

「ヲッ、仕方ナイ。知ラナカッタカラ」

 

 ヌ級の上に座ったヲ級がパタパタと手を振って無邪気な笑みを浮かべる。

 確かに那智の知る深海棲艦であればまずやらない行動である。

 

「それで那智さんにお尋ねしたいのです。爆薬の解除は龍造寺大佐の持つリモコンでなければ不可能なのですか?」

 

「ああ。……だが……」

 

 神通の質問に答えた那智だが、少し考え込む素振りを見せてから言葉を続けた。

 

「もしかするとリモコンは2つあるかもしれない。前に羽黒と人質役を交代した時、奴の持っていたリモコンがいつもと微妙に違う色合いに見えたのだ」

 

「2つ……」

 

「あの用心深い龍造寺の事……リモコンが故障した場合を考え、予備を用意していてもおかしくはない」

 

 片方が故障しても、そちらが直るまでの間もう片方を持ち歩いている可能性がある、というわけだ。

 なにしろ、1つしかないリモコンが故障している事をなんらかの要因で那智らに悟られれば、その隙に首輪を外されてしまう恐れがあるのだから、警戒心の強い人物ならば十分に考えられる。

 

 

 

「なるほど、予備ですか」

 

司令執務室で不正の証拠とリモコンを探していた妙高は、神通経由で那智からもたらされた情報を再確認する。

 

「はい。恐らくはリスクを分散するため、同時に持ち歩く事は無いはずです。1つはその部屋にある可能性が高いかと」

 

 2つを同時に持っていて、なにかしらのトラブルに巻き込まれて纏めて壊れましたでは目も当てられない。

 で、あれば持ち歩くのはどちらか1つだけというのが道理だ。

 

「わかりました。那智に礼を伝えてください。……私から直接言うのは会ってからにしますので。はい、では……」

 

「……ん? …………! 妙高さん! ここの引き出し、底が二重になってるよ!」

 

 執務用のデスクを探っていたイムヤが声を上げた。

 駆け寄った妙高が慎重に底板を外すと、案の定複数の書類とリモコンのような物が中に入っていた。

 

「これは……ブローカーとの取引用の契約書や計画書……それに手紙、ですか。なるほど、電話や無線では傍受の恐れがあるので、このようなアナログな方法で連絡を取っていたわけですね」

 

 龍造寺の確認印も押してあるし署名もある。まさに動かぬ証拠だ。

 だが、今の妙高にとってそれよりも重要なのは……。

 

「これが予備のリモコンですね。イムヤさん、早速足柄達と合流しましょう」

 

「了解っ!」

 

 

 

「おい、B班C班からの連絡はまだか。まさかあれだけの装備を揃えて、艤装無しの艦娘1匹に苦戦しているのではなかろうな」

 

 苛立ちが募り、たんたんと足裏で床を叩く龍造寺。

 

「は、はぁ。先ほどから呼び出しているのですが……」

 

 一方、その怒りの視線を向けられている兵士は、何度も味方への無線連絡を試みるが、まったく応答が無い。

 

「や、やはり戦艦クラスの艦娘相手では……」

 

「馬鹿か貴様は。艦娘など艤装が無ければ人間より多少腕力と耐久力に優れるだけだ。なんのために重火器を持たせたのだ」

 

「そ……それはまぁ……」

 

 バタンッ!

 ……そんな人の倒れる音が2つ響き、龍造寺と残る兵士達の視線が一斉にそちらへ向けられる。

 

「残リハ2、4、6……9人カ。……ヨォ、龍造寺大佐ドノ?」

 

 額に麻酔針が刺さって倒れた2人の間をゆっくり歩きながら、レンは龍造寺を煽るように語りかける。

 

「貴様は浅井の後ろにいた……! な、なぜ生きている!?」

 

「他ノ2ツノグループナラ全滅シタゼ。アトハ……オ前ラダケダ」

 

 ……全滅。

 その言葉に、龍造寺の周りにいた兵士達が顔を見合わせてざわめく。

 

「ホラヨ」

 

 不意に後ろ手に持っていた鉄の塊を兵士達の前に放り投げるレン。

 それはレンの踵落としと手刀で切断された、カールグスタフとM95の残骸だ。

 力任せに折ったのではなく、鋭利な刃物で斬られたかのような切断面を見た兵士達の顔が見る見る内に青く染まっていく。

 

「な、何をしている! 撃てっ! 撃たぬかっ!」

 

 ヒステリックに叫ぶ龍造寺であったが、兵士達は完全に戦意を喪失し、銃を捨てて我先にと逃げ出してしまった。

 

「なっ!? も、戻れ貴様ら!」

 

 呼び戻そうと声を荒げても無駄だ。統制を失くした烏合の衆は、もはや掛け声1つで正気になど戻らない。

 彼らはあっと言う間に逃げ散り、残されたのは龍造寺とレンのみ。

 

「ハッ、1人モ残ラネェトハ、大シタ慕ワレップリダナァ、大佐サンヨ」

 

 皮肉たっぷりに言い放つレンに対して、拳銃の銃口を向けながら龍造寺は歯噛みする。

 そして、あちこち破れたその衣服の隙間から覗く青白い肌と、エコーするような独特の声から、レンの正体を察する。

 

「き、貴様……深海棲艦だな……! この……化け物がぁっ!!」

 

 響く銃声、その回数9回。

 辺境基地の所属とはいえ、さすがに本職の軍人だけあり、放たれた弾丸は寸分違わず全てレンの身体に命中した。

 しかし、9×19mm弾程度では戦艦タイプの深海棲艦には大したダメージなど入らない。

 目に当たりそうな1発だけは防いだが、他は全て防御もせず、撃たれるがままでも平然としている。

 

「ぐっ……」

 

 焦りの表情を見せる龍造寺を冷ややかに見つめるレンの背後から、1人分の足音が聞こえる。

 

「レン!」

 

「浅井カ」

 

 息を切らせて駆けてきた浅井は、レンの隣に立つと龍造寺に向き直る。

 

「大佐、あなたの目論見は全てあの研究員から聞きました。彼女に昏倒させられた兵士達からも色々と聞けるでしょう。何か申し開きはありますか?」

 

 浅井の問いかけに、龍造寺は眉を吊り上げ、指差しながら憤慨している。

 

「何が申し開きだ! 貴様こそ深海棲艦に寝返りおって! 人類の裏切り者めっ!」

 

「あいにくと彼女は深海側を離れた個体で、善意で協力してくれていますのでね。その謗りは的外れです」

 

 怒号にもまったく怯まない浅井に、逆に龍造寺が1歩後退してしまう。

 その時、浅井の懐から無線機の呼び出し音が鳴った。

 

「ん……失礼。……見つけたか? …………わかった、ありがとう。……大佐、監禁されていた羽黒を発見しました。手枷に首輪、それに牢屋ですか……軍法で定められている艦娘の取り扱いとはずいぶんと違うようで? 大佐殿ともあろうお方が、艦娘に人間と同等の人権を適用する艦娘栄遇法を知らぬわけではないでしょう?」

 

「ぅっ……ぐ……」

 

「ああ、それから物資の流れがなにやら不穏なようです。……艦娘1人分ほどの物資が、まるで本来それを受け取る艦娘がいないかのように扱われていますね? ……で、白雪はどこですかな?」

 

 妙高、足柄らの収穫を纏めた神通の報告を受けた浅井は、ここぞとばかりに龍造寺を追いつめ始めた。

 

「ま、待て中佐! 落ち着いて話し合おう! そうだ、君にも旨味のある話だ! こ、この事を黙っていてくれるなら……」

 

「白雪はどこだ、と聞いているのですが? よもや海の底、とは言わないでしょうね?」

 

 浅井を懐柔しようと話を持ちかけるが、まるで聞く耳を持たない。今の彼は金銭欲でなく海軍士官としての正義感で動いているのだから当たり前だ。

 

「……わ、悪気は無かった! あ……そ、そう! あれは白雪のためを思っての事だったんだ!」

 

 白雪のため。

 その発言が聞こえた瞬間、終始冷静に振る舞っていた浅井の眉が動いた。

 

「か、考えてもみてくれ! 艦娘は本来、人間のために深海棲艦と戦うべく生み出されたんじゃないか! だ、だがこんな辺境で普通にやっていてはその本懐は達せられないだろう? だ、だから戦場を与えたんだ! 深海棲艦と戦って散ったなら白雪も本望……」

 

 見苦しいどころではないその言い訳と責任転嫁が、最後まで紡がれる事は無かった。

 

「ォ……ご……ぉお……!」

 

 左手で龍造寺の胸ぐらを掴んだ浅井が、右手に握った拳銃の銃口を、その口の中へ押し込んだからだ。

 

「……黙って聞いていれば、言うに事欠いて白雪のため……? どの口が言うんだクズがっ!!」

 

「オ、オイ浅井!」

 

 まったく想定外の行動に出た浅井に面食らい、レンは反応が遅れてしまう。

 

「どこの世界に死ぬのを望み、喜ぶ奴がいるっ! 生まれた経緯など関係あるか! 彼女達はそれぞれ一個の人格も感情も、そして限りある命も持った、人間と大差無い存在なんだぞっ!! 同じ事を本人の前で言えるか!? お前はどこまで生命を愚弄するんだ!! えぇっ!?」

 

 銃を突っ込まれた時に歯が折れたのか、龍造寺の口から赤黒い血が流れ落ちるが、浅井はそんな事は気にも止めずにガクンガクンと揺すり続ける。

 

「……痛いか? だが、白雪の受けた痛みはその程度じゃ済まないぞ!! 艦娘の使命感から、お前のような俗物にも懸命に尽くし、そしてその尽くした人間の欲望のための捨て石にされた彼女の心がどれだけ傷付いたか貴様にわかるか!? どうなんだ龍造寺っ!!」

 

 当然龍造寺に答えようなど無く、涙目で懇願するように呻くだけだ。

 

「俺は認めないぞ……! 貴様のような外道が同じ軍人である事……いや、同じ人間である事など……!!」

 

 怒りに揺れる瞳と、恐怖に揺れる瞳の視線がぶつかり、引き金に添えられた指に力が込められ、そして……。

 

 

 

――1発の銃声が鳴り響いた。

 

 

 

「……はぁ……はぁ………………レン……なんで止めるんだ……なんで止めるんだよレンっ!!」

 

 煙を吐く銃が握られた浅井の右手は天井に向けられ、その手首をレンの右手が掴んでいる。

 発射寸前で龍造寺の口から銃を引き抜いたのだ。

 

「ぁがぁぁっ……!! は……はぐぁ……!!」

 

 本当にギリギリのタイミングだったため、鼻の頭と額を銃弾が掠めて龍造寺は転げ回っているが、命にかかわる事は無いだろう。

 

「こいつは……こんな奴は……!!」

 

「ダカラ落チ着ケッテンダ馬鹿野郎!!」

 

 掴んだ腕に力を込め、叱るように声を上げれば、わずかではあるが浅井の頭が冷えてきたらしい。

 

「……落チ着ケ浅井。今日オレ達ガ来タノハナンノタメダ。ゴミ掃除ノボランティアカ? ……違ウダロ。確カニコイツハクズダガヨ……ダカラッテ粗大ゴミ1ツ片付ケタカラナンニナル」

 

 平時であれば、激しやすいレンを浅井がゆるく諫めるところであるが、今回ばかりは立場が逆になった。

 次第に浅井の呼吸が落ち着き、自然と銃を持った腕が下ろされた。

 

「……そうだな。悪かった、レン」

 

 と、その時だった。浅井の背後から、カチリという音が聞こえてきた。

 振り返ると、倒れた龍造寺がリモコンのような物の赤いボタンを親指で強く押し込んでいた。

 

「……は……ははは……! 羽黒に仕掛けた爆薬を作動させた……! 貴様はあいつを助けに来たんだろう……? ふふふ……どのみち終わりならば、奴も道連れだ……! せいぜい救えなかった事を苦しめ馬鹿が! 陳腐な正義感を抱いた事を後悔しろ!! はっははははは……!!」

 

 倒れたまま狂ったように笑う龍造寺であったが、仰向けの視界の先に逆さに映る人影を見ると、その表情は真逆のものへと変化する。

 

「あーら龍造寺さん、誰を道連れだって?」

 

 それは、妙高、足柄の一行……そしてその背後に縮こまっている羽黒であった。

 さらには遅れて現れた白雪の姿に、完全に青ざめてしまう。

 1歩進み出た妙高は、複数のコードのはみ出た鉄製の輪を取り出すと、龍造寺の顔の横に投げ落とした。

 

「予備のリモコンで信管をロックし、その間に配線を切断しました。……妹達はもう、あなたの道具ではありません」

 

 そう言うや否や、もう片方の手に持っていたリモコンを音を立てて握り潰し、その破片をパラパラと床に落としていった。

 龍造寺を見下ろすその冷ややかな眼差しには、静かな怒りと侮蔑の意が込められているのが、端から見ても読み取れた。

 

「……はっ……はっ……! 妙高姉っ!」

 

 通路の曲がり角の向こうから徐々に大きくなって近付いた足音の主は、そんな妙高の姿を捉えると、肩で息をつきながら姉の名を呼ぶ。

 

「! 那智!」

 

 そして、姉もまた久々に再会した妹を見るや、駆け寄って抱き締めた。

 

「……フンッ……オラ、立チナ。テメェノ薄汚レタ目デ見テ良イモンジャネェ」

 

 抱き合う妙高と那智の姿を見てわずかに微笑んだレンは、呆然とする龍造寺の腕を掴んで強引に引きずり起こした。

 

「かぎゃっ……!?」

 

「ン……? アァ、ワリィワリィ、肩外レチマッタカ。人間ハ脆クテイケネェナ。マ、外レタモンハ戻シャ良インダ」

 

 深海棲艦のパワーで力任せに引っ張った結果、龍造寺の肩が脱臼したらしく、低く呻いて悶絶している。

 レンはそんな龍造寺の肩と二の腕を掴むと、ズレた位置を直すように思いっきり上下にスライドさせた。

 

「っ~~! ……っ! っ!!」

 

 当然の事ながら龍造寺は叫び声を上げそうになったが、姉妹の再会に水を差すまいと考えたレンに口を塞がれ、声にならぬ叫びを漏らしながら連れていかれてしまった。

 

 

 

「すまない、妙高姉……! 羽黒を守りたいと、無理を言って同じ転属先にしておきながら……守るどころか却って苦しめるような事に……どれだけ頭を下げても足りない失態だ……!」

 

 妙高の服に縋り付き、肩を震わせながらひたすら謝罪を繰り返す。

 

「いいえ、那智。あなたがいてくれたからこそ、最悪の事態にはならずに済んだのです。……よく、羽黒を守ってくれましたね。あなたは私の自慢の妹ですよ」

 

「そ、そうだよ那智お姉ちゃん! お姉ちゃんがいたから私もずっとずっと我慢できたの……! 今私がいるのは、那智お姉ちゃんのおかげ……私こそお姉ちゃんの足手まといになって……ごめんなさい……ごめんなさいっ……!」

 

 妙高に頭を撫でられ、羽黒にも涙ながらに感謝と謝罪を告げられ、那智の涙腺は完全に決壊してしまった。

 

 

 

「あの那智さんがあんなに泣くなんて思わなかったよ」

 

 慟哭する那智と、それを優しく抱き締めて宥める妙高の姿を少し離れたところから眺めていた時雨(しぐれ)がぽつりと呟いた。

 

「それだけ羽黒さんと2人で抱え込んでいたんですね……」

 

「気付けなかった……いや、何かおかしいとは思いつつも踏み込めなかった若葉(わかば)達にも責はあるが、もっと頼ってほしかったものだな」

 

 名取と若葉が時雨に続き、うんうんと頷いている。

 

「しかし……」

 

 若葉がちらりと見やるは、白雪と互いを気遣い合うヲ級である。

 

「変な気分だな。深海棲艦が近くにいるのに戦わなくていい、というのは」

 

 対空配置についていた時雨と若葉は、急いで帰還してきた那智、名取にまず驚き、次いで神通共々一緒に行動していたヲ級、ヌ級にまた驚き、彼女達には敵意が無いという事にさらに驚かされ、そしてそして那智、羽黒姉妹の境遇と白雪の生存を聞いてトドメの驚きを与えられた。

 

「まぁ、確かに悪い子には見えないね。……深海棲艦だから見た目は少しアレだけど……」

 

「ア、アレなんて失礼じゃないかな……白雪ちゃんの命の恩人なのに……」

 

 とは言うものの、名取もまだ深海棲艦とお近付きになるには少々勇気が足りないようで、一定の距離は保ったままだ。

 

「……まぁ良い。若葉達は基地の皆に事情を説明してこよう。龍造寺の所業の数々も含めてな」

 

「そうだね。この騒動でかなり混乱が広がっているようだし。……あ、でも……ヲ級達の事はどう説明したものかな……」

 

 歩き出そうとした若葉と、それに続こうとした時雨であったが、ふとそんな疑問が浮かぶ。

 時雨達がまだ割り切れないのと同様、人々には深海棲艦に対しては敵意と恐怖心しか存在していない。

 そんな彼らに「現在基地内に深海棲艦がいますが、敵じゃないから大丈夫です」などと言っても良いものだろうか?

 

「それに関しては正直に、そして根気強く説明するしか無いね」

 

 ひそひそと話し合う3人に近付いてそう語ったのは、ようやく落ち着いた浅井だ。

 

「どのみち龍造寺とそのシンパには戦闘中にバレてるんだ。彼らが聴取でその事を喋れば、当然こちらにも追及はあるだろう。今ここで下手に誤魔化したり隠したりすると、その時に不利になる。後ろめたい事じゃないんだから、むしろ正直に説明しておいて、より多くの人に周知しておくのが良い。「深海棲艦にも人や艦娘と同じ心を持つ者はいる」ってね」

 

「な、なるほどぉ~……」

 

 感心するような名取に対して、浅井は真剣な面持ちで続ける。

 

「だが、それを話すのはもう少し……本当にあと少し待ってほしい。この事は、1人でも多くの艦娘が説明した方が良い。深海棲艦との最前線に立つ存在である艦娘が言うからこそ、説得力も増すというものさ。だから……」

 

 そして、浅井の移した視線の先へ時雨達も目を向ければ、そこにはいまだ溜め込んでいた想いの整理がつかない妙高4姉妹。

 

「彼女達の力も必要だ。……彼女達が落ち着くまで待ってくれないか?」

 

「なるほど、一理ある。了解だ浅井中佐。……強引に割り込まず、あくまで自然に本人達の感情が整理できるのを待つという判断。……そこだけでも、あなたは龍造寺と違って信用のできる人物であるとわかるよ」

 

 そう言うと、若葉は浅井に歩み寄ってその顔を見上げ、右手を差し出した。

 

「若葉達はこれからあなたの指揮下に入るのだろう?」

 

「まぁ、恐らくそうなるかな。そうして戦力を集めるのが上からの指令だからね」

 

「それなら挨拶をしておくのが礼儀だ。……駆逐艦・若葉だ。よろしく頼む、司令官」

 

 真顔のままではあるが、纏う雰囲気は柔らかい若葉に、浅井も微笑み、その手を握り返した。

 

「浅井誠貴海軍中佐だ。こちらこそ頼らせてもらうよ」

 

 それを見ていた時雨と名取も続き、その場は俄に賑やかになっていった……。




リアルの多忙が憎い。
うちの会社こそ矯正してほすぃ…。


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忌むべき過去、進むべき未来

「あ~……なんとか終わったぁ……」

 

「お疲れ様でした、司令」

 

 鹿屋基地の執務室で、椅子の背もたれに体重を預ける浅井(あざい)と、その傍らに控えて彼を労う神通(じんつう)

 あの後浅井達は、岩川基地で起きた出来事……無論、龍造寺(りゅうぞうじ)の行いや、レン達協力者となった深海棲艦の存在なども含めた一連の騒動の真相を、所属していた全ての兵士、職員に包み隠さず説明した。

 当然の事ながら混乱は起きた。

 ……起きたのだが、収拾がつくのも早かった。

 これまで同時に姿を見せた事のほぼ無かった那智(なち)羽黒(はぐろ)の姉妹、そして失踪して死亡まで囁かれていた白雪(しらゆき)の生還という事実。

 そして何より彼女達の必死かつ真摯な言葉が、決して嘘偽りの無い真実なのだと皆の心に理解を促した。

 もちろん、拘束もされていないのに隣で大人しくしていたレンとヲ級の姿も説得材料の1つとなった。

 

「いやしかし、物分かりの良い者ばかりで助かったよ。本音を言うと、もっと面倒な事になると思ってたからね」

 

「それだけ那智さんや白雪さん達が、皆さんに慕われていたのでしょうね」

 

 やはり自基地に所属する艦娘の言葉はかなり響くのだろうか。

 まぁ、多くの人間は、艦娘という存在に人類の未来を託し、希望を抱いているので、その艦娘が言うならば……という事だろう。

 

「ふふっ……しかし、まさかレン達にサインや握手をねだる者までいるとはね。あの時の皆の顔は面白かったなぁ」

 

「ぷっ……ふふふ……そうですね……ふふっ……」

 

 神通もついつい思い出し笑いをしてしまう珍事件。

 レンは相手を傷付けるわけにもいかないので逃げ回り、ヲ級は白雪の背中に隠れてしまっていた。

 ……と、思い出話に花を咲かせていると、不意に電話が鳴り出した。

 

「おや? ……はい、こちら佐世保鎮守府管轄、鹿屋基地司令・浅井誠貴中佐です」

 

「……この電話に出た、という事は、本当に九州にいるのか……」

 

 受話器の向こうから聞こえてきたのは、呆れたような青年の声だ。

 

「ん……その声……もしかして朝倉(あさくら)か? 久しぶりだなぁ!」

 

 浅井の強張っていた表情が弛んだちょうどその時、レンがすでに開いた扉を申し訳程度に軽く叩いて入ってきた。

 口を開きそうになったレンに対し、神通が人差し指を立てて口元に当てる。

 

「電話中カ……」

 

 レンはそれならばと近くにあったソファーにどっかり座ると、浅井の電話が終わるのを待つ事にした。

 

「……だから! お前ほどの奴がそんな辺境で何をしているんだと聞いているんだっ!!」

 

 あまりの大声に、浅井は思わず受話器を耳から遠ざけてしまう。

 

「いや、何してるって言われても命令だからなぁ……」

 

「だったら俺が上層部に掛け合ってやる! お前ほどの人材、そんなところで遊ばせておくなど……!」

 

「いやいや勘弁してくれ。せっかくの休暇みたいなもんなのに。のんびりさせてくれよ朝倉」

 

「っ……! ……わかった。どうやら九州の暑さにやられて完全に堕落しちまったらしいな! もういいっ!!」

 

 一方的に騒ぐだけ騒ぐと、朝倉はプツンと通話を切ってしまった。

 

「……やれやれ、怒られちゃったよ。相変わらず熱くて騒がしい奴だ」

 

「朝倉中……いえ、今は大佐でしたね。お変わり無いようです」

 

 知り合いの変化の無さに苦笑いする浅井と神通。

 

「誰ナンダ?」

 

「ああ、レンすまなかったね。……彼は朝倉忠義(あさくらただよし)。士官学校の同期だよ。聞いての通りやたら声のデカくて暑苦しい奴さ。だが、猪突猛進てわけじゃなく、むしろ優秀な戦術家だ」

 

「現在は石川県の小松基地司令として功績を挙げている方です。まだ艦娘の配備されている基地が今ほど多くなかった頃に深海棲艦の襲撃を受けましたが、機雷と沿岸砲を用いた戦術で撃退に成功し、艦娘を含む救援部隊の到着まで持ちこたえた武勇伝があります」

 

「機雷ニ沿岸砲……? ……アー、ナンカ聞イタ事アンナ。北ノ海域ハ今、北方棲姫ッテノガ統括シテルラシイガ、ソノ前任ノ……ナンツッタカナ………………アァ、泊地棲鬼ダ。ソイツガ指揮スル艦隊ガソンナ戦術デ痛イ目ニアッタラシイゼ。南方ノ野郎ガ楽シソウニ言ッテヤガッタ」

 

 日本南西海域の深海棲艦を統べる南方棲鬼。

 冷徹にして冷酷な策略家であり、レンのかつての主でもある、深海棲艦の上位個体である。

 全深海棲艦は1体の司令塔の意思の下、世界中へ無数に拡散して作戦行動を行っているが、決して一枚岩ではない。

 特にプライドの高い南方棲鬼は日本列島を自身のテリトリーと考えており、北部や東部に展開する深海棲艦を快く思っていないのだ。

 

「人間は派閥争いがあるが、深海側にもあるのか」

 

「特ニ『姫』ヤ『鬼』ノ連中ハナ」

 

 上位の個体達は、それぞれの思想や価値観の違いから反目している者も少なくない。

 無論、協調性のある者もまたいるのだが……。

 

「ふむ……となると、例の大反抗作戦を行う際は、敵の間での相互連携はあまり心配しなくて良いのかな?」

 

 浅井の言う大反抗作戦とは、各鎮守府に結集した戦力を以て日本近海の深海棲艦拠点を一掃し、制海権を完全に取り戻すというもの。

 現在浅井達が進めている、不穏分子逮捕の最終段階とでも言うべき一大作戦だ。

 

「少ナクトモ、南方ガ他ニ救援ヲ求メル事ハ無イダロウナ。ツッテモ、オレガ把握デキテルノハ深海棲艦全体ノホンノ一部ダケダ。オレ達下級艦艇ハ消耗品。オレハタマタマ自我ガアッタカラ、部隊長トシテワズカニ情報ヲ与エラレテイタガ、本来ハソンナモン知ル必要モ考エル必要モ無い」

 

「本当に自分に関連する戦線の事しかわからないわけか」

 

「ソウダ。ソモソモ深海棲艦ノ目的スラ知ラネェ。オレ達ハタダ、前線ノ駒トシテ生マレ、ソシテ死ヌ……ソコニ思考モ感情モ……心モイラネェ。……オレモ……初メカラ心ナンテ無キャ……」

 

 ソファーに座ったレンは、神通の出した紅茶の水面に映る自身を見つめて目を伏せる。

 心さえ無ければ、今頃は苦しむ事も、悲しむ事も無く、ただ役目を果たした駒として死んで……いや、壊れていたのだろう。

 仲間を失って慟哭する事も無かった。

 廃棄されても痛みを感じる事も無かった。

 南方棲鬼への憎しみに心を焦がす事も無かった。

 ……ひょっとしたら、その方が……駒としての生き方の方が幸せだったのかもしれない。

 

「……雷や電の前で言うなよ、それ。あの子達は本当に君を慕っているからさ。……きっと今のを聞いたら悲しむ」

 

「……アァ」

 

 考えてみればおかしな話だ。

 艦娘という、深海棲艦としては本来相容れない敵。殺すか殺されるかしか無かったはずの相手。

 ……自分は今、その艦娘が傷付く事を嫌い、恐れてしまっている。

 

「……本当ニオレ……壊レテンノカモナ」

 

「そうですね。普通の深海棲艦としては壊れているかもしれません」

 

 自虐するレンの発言を、神通が肯定するように言葉を紡ぐ。

 

「……ですが私は、それは嘆くような事だとは思いません。むしろ、生き物として誇るべき進化を遂げたのではないでしょうか? どんな動物でも仲間や家族は大切にし、それを傷付けるものがあれば、団結して戦います。その生き物としての『心』を得たあなたは、決して忌避すべき存在ではないと私は考えます」

 

「ダト良インダケドナ」

 

 紅茶を飲み干したレンは、カップを置くとじっと天井を見上げる。

 

「……ところでレン。何か用があったんじゃ?」

 

「ン……アア、ソウダッタナ」

 

 と、声をかけられて思い出したように浅井の方へと向き直った。

 

「アンマ思イ出シタカネェダロウケドヨ、コナイダノ龍造寺ン時ノ事ダ」

 

「……あー……ははは……ちょっと過激になりすぎたからなぁ……」

 

 危うく龍造寺を殺害する手前まで行ってしまった浅井は苦笑いを浮かべる。

 

「ソレダヨ。アンマリニモオ前ラシクナインデ気ニナッテタンダ。確カニ龍造寺ハムカツク野郎ダッタガ、タダ頭ニ来タダケナラアソコマデハ行カネェダロ」

 

「…………」

 

 なんとも言えない微妙な表情の浅井の横から、神通がレンへ声をかける。

 

「あの、レンさん……その事は……」

 

「いや、良いよ神通。……隠すような事でもない」

 

 神通の肩に手を置いて諭す浅井に、今度は神通が苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

 

「…………茶葉が無くなりましたので、補充してきます。失礼します」

 

 そう言って部屋を後にした神通が気になりつつも、レンは浅井へと顔を向けた。

 

「神通ニモ関係アルノカ」

 

「ああ。……実を言うとね。俺も龍造寺やここの前の司令……筑紫の事をとやかく言えないんだ」

 

 改めて椅子に腰かけ、背もたれに身体を預けた浅井は、先ほどのレンのように天井を見上げる。

 

「こう見えて俺は士官学校を主席で卒業した、いわゆるエリートでね。卒業後、すぐに作戦指揮を任されたんだ。深海棲艦に制圧された軍事基地の奪還作戦をね。そこで出会ったのが神通達だった」

 

 思い出を懐かしむように目を細めた浅井だったが、その表情はすぐに曇る。

 

「……けど、エリートだ主席だと持て囃されたからかな……俺は自分の才能を過信し、ゲームみたいな感覚のまま……実戦てものを理解してなかった。教本通りの事態なんてそうそう起きず、むしろイレギュラーばかり起きるのが実戦だ。案の定、戦術教本には無かった敵の多重伏兵に驚いた俺の指揮は後手に回り続けた。海上から基地へ侵攻していた艦娘達は波状攻撃を受け、近くの孤島に立て籠る事態に陥った」

 

 できる事なら記憶から消したい経験。

 だが、その経験が今の自分を形作っているのもまた事実。

 

「敵の包囲を受けて消耗戦に持ち込まれたが、別行動を取っていた友軍の援護に乗じて、艦娘達は独自の判断で打って出た。そして、上手い事挟撃に成功し、どうにか基地の奪還はできたんだ」

 

 冷めつつあった紅茶を口に含み、辛そうな表情のままに浅井は続け、レンはそれを無言で聞いている。

 

「作戦終了後、俺は戻ってきた艦娘達を出迎えた。……幸い轟沈した者はいなかったが、皆傷だらけであちこちから血が滴っていた。愚かにも俺は、そこでようやく気付いたんだよ。彼女達は0と1の羅列でできたゲームの(ユニット)じゃなく……今そこに生きているんだ、とね」

 

 空になったカップを置き、しばし目を閉じた後、口と共にゆっくりと開いた。

 

「覚悟したよ。無能な指揮官への罵詈雑言、報復の拳。……だけど、そんな物は飛んでこなかった。代わりにもらったのはなんだと思う?」

 

 訊ねるような口振りではあるが、答えを求めているわけではない事を察したレンは、あえて無言を貫いた。

 

「……「期待に応えられなくてごめんなさい」……だとさ。そんな事を言われたらもう無理だ。俺は艦娘達の前で無様に泣き崩れたよ。皆驚いたような表情……だったかはわからない。涙で彼女達の顔なんか見えなかったからね」

 

 浅井はおもむろに立ち上がると、デスクから少し離れたタペストリーの上に置かれた写真を手にしてじっと眺める。

 神通と、彼女に似た服装の2人の艦娘の写真だ。

 

「俺も龍造寺達と同じ、艦娘達を物としか思ってなかったクズだったってわけさ。……でも、だからこそ……幸運にも彼女達の尊さに気付けたからこそ、俺は連中のような下衆は我慢がならないんだ。……同族嫌悪って奴かな、ははは……」

 

 乾いたような笑いと共に写真を戻した浅井は、また椅子に座ると、いつもの笑顔を浮かべてレンの方を向いた。

 

「ま、俺がこないだ熱くなってしまったのは、そういう事なんだ。要は自分を見ているようで気分が悪いってわけだよ」

 

「……ナルホドナ。ナントナクワカッタワ。邪魔シタナ」

 

 レンはそれだけ言うとソファーから立ち上がって扉へと向かうが、途中で立ち止まる。

 

「……ナァ、浅井。……アイツラ……龍造寺ヤ筑紫ハ艦娘ノ近クニイテモ変ワラナカッタ。ダガ、オ前ハ変ワッタ。……ナラ、オ前トアイツラハ別物ダ。少ナクトモ、オレハソウ思ウ」

 

「……ははっ……さっき神通に言われたみたいな事を言うね」

 

「……フンッ……」

 

 鼻を鳴らしたレンは、そのまま扉を開けて執務室を後にした。

 

「……話。終ワッタゼ」

 

 そして、廊下を少し歩くと、曲がり角に佇んでいた神通に声をかけた。

 

「……そうですか」

 

 頷いた神通は、茶葉の入った缶を抱えてレンの横を通りすぎ、レンもそのまま歩き出した。

 

「……私は」

 

 ……と、顔も身体も向きを変えぬまま神通が立ち止まり、レンのその背中に話しかけると、レンも足を止める。

 

「……私は、あの時……浅井中佐が私達のために涙を流してくださった時……初めて私達を兵器ではなく、人間同然に見てくれる士官に出会いました。……出会えました。……だから、私はこの先何があろうとも、あの方についていきます。初めて自分の意思でお仕えしたいと思ったあの方に」

 

 そして、身体ごとレンへ向き直り、改めて声をかける。

 

「レンさん。私は今まで、頭では理解していても、どうしてもあなたを敵と重ねて見てしまっていました。……でも、それはもうやめです。……中佐の暴走を止めてくださり、ありがとうございました。……その場にいたのが私だったら、きっとお止めできませんでした……」

 

 浅井の葛藤が、怒りが理解できるが故に、自分にはその行動を止める事はできなかったであろうと、確信のようなものすらある。

 

「そして、改めてお願いします。……これからも力を貸してください。中佐の願う平和な世界のため、人、艦娘、そして深海棲艦という枠組みを越えて、一緒に戦ってください」

 

「……借リヲ返スマデノ間ダケダ。………………マァ、ソレガイツニナルカハ明言シテネェケド、ナ」

 

 レンは鋭い歯を見せてニヤッと笑うと、手を振って歩き去って行った。

 

「……大切なのは、生まれの形ではなく心の形……ですか。……私も、やっと歩み寄れそうです。姿形の異なる……友人に」

 

 神通からそれまでの張り詰めていた空気が消え、今までに無い柔らかな表情を浮かべると、執務室へ向けて歩き出す。

 心無しかその足取りが軽くなっていたのは、きっと気のせいではないのだろう。




辺境辺境言いすぎて、そろそろ九州の人に怒られそう…。


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いつものおかしな日常

 その日、浅井(あざい)神通(じんつう)妙高(みょうこう)を伴って岩川基地に出向いていた。

 

「……と、いうわけで、更迭された龍造寺(りゅうぞうじ)に代わり、本日付けでこの岩川基地の管理を任される事になった浅井だ。……まぁ、鹿屋基地司令でもあるから、こちらには代理を立てて、俺は時々報告を聞いて指示を出すくらいだけどね」

 

 会議室に設けられたU字状の机と並べられた椅子。そこで浅井の言葉を聞いているのは、岩川基地の艦娘達。

 現在浅井が進行中の計画は、戦力の集中が目的だ。

 悪徳基地司令を排除しても、新たな司令を着任させて指揮系統を別にしてしまうと効果が薄い。

 なので、浅井が名目上岩川基地の司令を兼任し、実際の運営はその指揮下の者に任せれば色々と融通も利くのだ。

 

「それに伴って岩川基地所属の艦娘も俺の指揮下に入ってもらう事になる。……で、ここからが本題。さっき言った司令代理を……那智(なち)。君にやってもらいたい」

 

「なるほど、私か」

 

 指名された那智は、落ち着きのある声で浅井の指示を反復した。

 

「君はここの基地が長いし責任感も判断力もある。……それと、こう言っちゃ悪いけど……龍造寺の件で羽黒(はぐろ)と並んで兵士や職員から同情されていて、彼らを従わせるのに好都合なんだ。君の言う事なら素直に聞いてくれるんじゃないかと期待してるわけさ」

 

「ふむ……確かに同じ立場でも羽黒にやらせるわけにもいかん仕事だ。……了解した。この那智、謹んでその任を受けさせてもらう」

 

 立ち上がって一礼する那智のその言葉を聞いて、浅井は肩の荷が下りたとばかりに息をひとつ。

 

「助かるよ。では、岩川基地には那智の補佐として羽黒と……」

 

 岩川基地残留メンバーと鹿屋基地への異動メンバーを明かそうとする浅井だったが、那智の手がそれを制した。

 

「いや、羽黒は鹿屋基地へ連れていってくれ」

 

「えっ……那智お姉ちゃん……?」

 

 驚いた表情を見せる羽黒に、那智はそれまでの緊張感ある顔から一転し、柔らかい笑みを向ける。

 

「行ってこい羽黒。妙高姉や足柄とゆっくり過ごせるのをずっと待っていただろう? こちらは私に任せておけ。今まで散々窮屈な目に遭ってきたんだから、それくらいはバチも当たらん。……どうだろうか、司令官」

 

「ふむぅ……まぁ、他ならぬ那智がそう言うなら……羽黒もそれで良いかな?」

 

「はっ……はっ、はいっ! あ、ありがとう……那智お姉ちゃん」

 

 浅井と那智に順に頭を下げる羽黒を、皆が微笑ましく見守る。

 

「うんうん。じゃ、改めて人員の配置を発表する。岩川基地司令代行を那智に一任。その補佐として名取(なとり)時雨(しぐれ)を残し、羽黒、若葉(わかば)白雪(しらゆき)を鹿屋基地所属とする。また、足柄(あしがら)も正式に国分基地から鹿屋基地へ転属となった。……たぶん危険な戦闘などは発生しないと思うけど、戦力不足と感じたら無理せず言ってきてくれ。戦力の集中も重要だが、そのせいで君達を失っては本末転倒だからね」

 

「了解した。哨戒などは通常艦艇も交えて行うので、さほど問題は起こらないだろう」

 

 深海棲艦の出現、そして艦娘の実用化と共に、通常の艦艇は一気に旧時代の遺物と化した。

 人間大のサイズと機動力に艦船の火力を有する深海棲艦相手には、とてもじゃないが対抗できないからだ。

 無論、主砲が当たりさえすればダメージにはなるが、基本的に物量を以て押し潰してくる深海棲艦の戦術の前には焼け石に水なのである。

 それでも相手がせいぜい軽巡洋艦クラスまでなら処理も可能である事から、現在でははぐれ深海棲艦の出没海域での哨戒や、物資輸送などで運用され、深海側との戦闘の最前線に投入される事はほぼ無くなっている。

 重巡洋艦以上の大口径砲搭載艦は、拠点攻撃前の艦砲射撃などで使われる場合もあるが、やはり本格的な戦闘は艦娘任せで、露払いの意味合いが強い。

 

「わかった。無理はしないでくれよ。では、ミーティングはこれにて終了。転属の手続きはこちらで行うので、各々荷物を纏めるところまでは自分で頼む。運送は手配するから、準備完了次第連絡をくれ」

 

「「了解」」

 

 

 

 

――3日後、鹿屋基地

 

「ほ、本日付で当基地所属となりました、妙高型重巡洋艦4番艦、羽黒です! よろしくお願いしますっ!」

 

「同じく初春(はつはる)型駆逐艦3番艦、若葉。よろしく」

 

吹雪(ふぶき)型駆逐艦2番艦、白雪、正式に当基地所属となりました。改めてよろしくお願いいたします」

 

 羽黒、若葉、そして白雪の着任挨拶を受け、(いかずち)らから歓迎の声が上がる。

 1日早く着任していた足柄も、改めての妹との再会を心から喜ぶ。

 

「いやぁ~、それにしてもなんやかんや4姉妹が同じ指揮官の下に付けて良かったわ」

 

「そうですね。軍人なので任務や命令に私情は挟めませんが、やはり嬉しいものは嬉しいですね」

 

 足柄の言に妙高も頷き、筑紫の下での苦難が遥か過去の事のようにしみじみと今の幸せを噛み締める。

 

「ふふっ、向こうの司令代行役はその内交代制にしようと思ってるから、那智もこっちに来て本当に4姉妹肩を並べる事も将来的に可能になる。楽しみに待っててくれ」

 

「さっすが話がわかるわねぇ~!」

 

 浅井からのその言葉に、嬉しくなった足柄がバシバシと背中を叩く。

 

「あ、足柄っ! 失礼でしょう!」

 

「ははは、良いよ良いよ。俺も早くそれを実現できるように頑張るから、君達も力を貸してくれな」

 

 考えてみれば、基地司令相手にも調子が変わらない上、ここまでフレンドリーかつ豪快に接してくる足柄のようなタイプはこれまで鹿屋基地に属していた艦娘達には存在していなかった。

 

「こうしてると本当に昔の鹿屋基地みたいなのです」

 

「いやいや、それ以上よ、(いなづま)。若葉もいるし、那智さん含めた岩川基地の皆も司令の采配1つでこっちに来れるんだから」

 

 雷電コンビもまた、かつての同僚に新たな仲間も加わり、心底楽しそうに話している。

 

「…うん、それじゃ挨拶も終わったところでそろそろ仕事に戻ろうか。白雪」

 

「はい、司令」

 

「羽黒と若葉に基地内の案内を頼めるかな? 羽黒もここは久々らしいからね。ヲーミも一緒に」

 

「ヲッ!」

 

 ヲーミとは、大水上山から取られたヲ級の名前である。

 やはり彼女にもレンのような個体名が必要であろうという事で名付けられ、本人も気に入っているようだ。

 ちなみに彼女が連れてきたヌ級達にも名前が付けられたが、『ぬ』の付いた山というのが思いの外乏しく、空を飛ぶ生き物にも少ない。

 やむなく鵺という架空の生き物からヌエ太、ヌエ二、ヌエ三と付ける事となり、区別のためにヌエ太から順に赤、白、緑のバンダナを右腕に巻いている。

 レンやヲーミと比較するとまだまだ自我の薄い彼らだが、“大量生産されている消耗品のヌ級”の枠から抜け出し、個を確立できた事が嬉しいらしい。とは意思疎通のできるヲーミの談である。

 

「了解しました、司令。行きましょうか、オーミさん、羽黒さん、若葉さん」

 

 頷いた3人を伴って白雪が部屋を出ると、残った面々もそれぞれの仕事のために後に続いた。

 

 

 

「こちらが食堂となります」

 

「へぇ、さすがに広いな」

 

「わ、私がいた時よりも設備が充実してる気がする」

 

 若葉と羽黒は両開きの扉から中を覗き、興味深そうにあっちを見てこっちを見て目を輝かせている。艦娘といえどもやはりご飯は美味しい方が良いのだ。

 

「……おう、羽黒じゃないか」

 

 調理場で昼食の仕込みをしていた男性が、暖簾の隙間から顔見知りに気付いて出てきた。

 

「あっ……深水(ふかみ)さん……お、お久しぶりです……!」

 

 深水陽明(はるあき)

 鹿屋基地において長らく料理長を務めている男性であり、正確には軍属ではないながら、尉官クラスのセキュリティまでをパスできる権限を与えられている。

 その理由は単純で、確かな料理人としての腕前と、食材や予算のやり繰りの巧みさ。それらによる艦娘や職員のメンタルケアや、財政面などに多大な貢献があるためである。

 また、いわゆる鉄人や職人と呼ばれる人間に散見される気難しさなども無く、あまり無駄話をしない寡黙な人物ではあるが、料理の事になると饒舌になったり、親身になって相談に乗ってくれる性格などから、多くの者から慕われている。

 

「大変だったそうだな」

 

 深水は一行を席に着かせると、余った材料で手早く肉野菜炒めとサラダを用意し、お茶と共に持ってきた。

 

「は、はい。で、でも、皆のおかげでまたここに帰ってこられました。……あ、あの……」

 

 深水と話しながらも、羽黒は先ほどから食欲を刺激してくる醤油とだしつゆを混ぜた秘伝調味料の匂いに誘われるようにちらちらと皿に目をやる。

 

「……ああ、構わん。冷めない内に食いな」

 

「……い、いただきます!」

 

「「いただきます!」」

 

 一斉に割り箸を割った3人が、皿に盛られた料理を口に……3人?

 

「あれ……ヲーミさん?」

 

「……またか」

 

 深水は呆れたように踵を返して調理場に入ると、猫を摘まむようにヲーミをぶら下げて戻ってきた。

 当のオーミは鯖味噌の缶詰をもくもくと食べている。

 

「言えば飯は食わせてやるから、黙ってくすねるのはやめろっての」

 

「ングング……ヲッ」

 

 持っていたヲーミを席に着かせ、自身は隣のテーブルの席に座る深水。

 

「……よくあるのか?」

 

 箸を口に運ぶ手を止めた若葉が深水に尋ねる。

 

「ああ。最初は朝っぱらから調理場を漁っててな。どうもそこに食い物があるってのを学習してたらしくて、俺が見つけた時も鯖缶食ってやがった」

 

「ヲーミさん……お行儀悪いって言ってるのに……」

 

 呆れる白雪と深水とは対照的に、羽黒と若葉は驚いた表情だ。

 確かに普通の深海棲艦とは違うとは思っていたが、まさか盗み食いなどという無駄に人間臭い事をしているとは。

 そして、この基地の人間にとっては、深海棲艦がそんな事をするのが当たり前の日常のようになっているとは。

 

「なぁ、ヲーミよ。缶詰ってのは皆の大事な非常食だ。もしものために備えて蓄えてあるもんなんだ。他の飯ならあり合わせのもんで作って食わせてやるから、缶詰はやめてくれ」

 

「……ヲ……大事?」

 

 ヲーミは空になった缶と深水の顔を見比べる。

 

「そうだ。なんかあって普通の食いもん調達できなくなった時に皆が食う大事なもんだ」

 

 諭すように語る深水の顔を、ヲーミの青い瞳がじっと見つめる。

 

「……ゴメンナサイ」

 

 普通ならありえない光景だ。深海棲艦が遥かに弱小な存在である人間に頭を下げるなど。

 

「……わかりゃいい。さっきも言ったが、こんな賄い料理で良けりゃ作ってやる。……え……そ、それとも俺の料理は缶詰以下か?」

 

 だとしたら、それはさすがに料理人としてのプライドが傷付く。

 だが、ヲーミから返ってきた返事はまったく違うものだった。

 

「ヲ……違ウ。好キ、リョーリ。深水ノリョーリ。デモ、忙シイ、深水。皆ノリョーリ作ルノ、大変」

 

「ヲーミさん……」

 

 要約すると、どうもヲーミは、基地職員全員分の食事を作る深水の多忙を理解しており、自分が空腹だからとその手を煩わせる事はしたくないと考え、手軽に食べられる缶詰で腹を満たしていたという事らしい。

 

「……はっははは……! ……確かにな。確かに24時間いつでもってわけにはいかねぇ。だが、俺だって3食全部鍋に張り付きっぱなしってわけじゃない。シンプルにさっさと作れちまうから焦る必要も無いのもありゃ、長い時間煮込んだり漬け込んだりするもんもある。そういう時ならパパッと簡単なもん作ってやれるからよ。そんな遠慮すんじゃねぇや」

 

 深水は愉快そうに笑うと、ヲーミの白い髪をくしゃくしゃと少し乱暴に撫でる。

 

「……ヲッ♪」

 

 もしもヲーミに尻尾があれば、今は嬉しそうにぶんぶん振っている事だろう。

 時々白雪にもやられているが、頭を撫でられるのがお好きらしい。

 

「(餌付けされた犬……)」

 

「(犬さんみたい……)」

 

 羽黒も若葉も、ついつい箸を止めてその異様な光景を見守ってしまう。

 

「……ん、そろそろ鍋見てくるか。お前らはゆっくり食ってな。食器はそこのカウンターに置いといてくれりゃいい」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 深水が立ち去ると、ヲーミも逆手持ちしたフォークで料理に手をつけ始めた。

 

「……ング…………ヲゥ~♪」

 

 幸せそうなリスかハムスターの如く頬を膨らませるその姿からは想像もできないが、そもそもこの空母ヲ級は、深海棲艦の下級艦艇の中でも最も危険視される存在である。

 独特な帽子は多数の航空機を搭載し、発艦させる格納庫にして甲板。

 備えが不十分ならば瞬く間に制空権を奪われ、膨大な物量の航空攻撃で殲滅される。

 しかも、それが大量生産されているというのだから恐ろしい話だ。

 重ねて言うが、この愛くるしいマスコットのように食事を頬張っているのは、その恐ろしい深海棲艦である。

 

「……はぁ……ヲーミさんかわいい……」

 

 そして、この蕩けた顔でヲーミの頬を人差し指でつついているのが、真面目で厳格と謳われたあの白雪である。

 

「……現実っていうのは本当に何が起きるかわからないな」

 

「そ、そうだね……」

 

 理解の範疇を越えた目の前の現実に、羽黒達は半ば逃避気味に料理へ手をつけ、舌鼓を打った。

 

 

 

「ここが私達が生活する艦娘宿舎です。今の浅井司令が着任してから増築されたと聞いています」

 

「みたいだな。元は1階だけだったんだろう」

 

「お、おっきぃ……」

 

 4人の前に建つは、外観こそ簡素ながら、作りは土台からしてしっかりしており、白い壁と青い屋根によって青空のような印象を受ける3階建ての宿舎。

 対深海棲艦の要である艦娘には、可能な限りの事をしたいと考えた浅井のポケットマネーによって改修と増築を施されている。

 1階には大浴場……とまでは行かないが広々とした風呂場が設けられ、卓球台やカラオケルームなどお馴染みの娯楽も用意されており、さながら旅館である。

 なお、同様の施設が一般職員用にも別に作られているため、艦娘だけ依怙贔屓しているわけではなく、不満は上がっていない。

 入口付近には自動販売機や売店もあり、艦娘宿舎は基本男子禁制ながらここだけは例外となっている。

 ……ちなみに、ここまでやってしまった結果、浅井の懐は大層寂しい事になっている。

 

「ここで売っているお弁当やおにぎりは、深水さんと町のお弁当屋さんとの共同開発になっています。きっと浅井司令は、交流によって地域との距離を縮め、軍への忌避感や不信感を払拭するお考えなんだと思います」

 

「なるほど。確かに地元の住民からの支持を得られれば、あわよくば物資援助なども期待できるか。休暇時に町に出た兵士や艦娘のメンタル面への影響も変わるだろう。住民から疎まれていては気が休まらないからな」

 

 たぶん浅井そこまで考えてないよ。

 

「……ヲ……?」

 

「ヲーミさん?」

 

 ヲーミの耳がぴくりと動き、基地出入り用のゲートへ顔を向ける。

 

「何カ聞コエル」

 

 

 

「いや、だから困りますよ、いきなりそんな事を言われても……」

 

「そ、そこをなんとか……!」

 

 駆けつけてみると、困った様子の見張りの兵士と、手を合わせ頭を下げる50代ほどの男性がなにやら問答していた。

 

「どうかしましたか?」

 

「あっ、白雪さん。いや、それが……」

 

 ゲートの内側から話しかけてきた白雪に驚きつつも、兵士は変わらず困り顔。

 対する男性は、まるで救いの手が差し伸べられたかのような明るい顔へ。

 

「も、もしやあなたは艦娘の方ですか!?」

 

「え? えぇ、そうですが……」

 

「お願いします! こちらの基地の司令官さんにお話ししたい事があるのです!」

 

 捲し立てる男性の表情は、真剣そのもの。

 酒に酔っている様子なども無く、ただの迷惑な中年というわけではなさそうだ。

 じっと彼を見つめていた白雪は、兵士に向けて口を開いた。

 

「……身体検査をお願いできますか? 問題が無ければゲート開放を」

 

 

 

 20分後、司令執務室

 

「お忙しい中、わざわざありがとうございます!」

 

「いえいえ。鹿屋基地司令の浅井です。とりあえずまずは座って座って」

 

 何度も頭を下げる男性を宥めた浅井が着席を促すと、彼はおずおずとソファーに座る。

 

「わ、私は串間市で金物屋を営んでいる頴娃守康(えいもりやす)と言います」

 

「串間市ですか。それはまたずいぶんと離れた所から……私に話があるとの事でしたが……」

 

「は、はい。こちらの新しい司令官さんは、人にも艦娘さんにも優しく理解のある若い方という噂を聞き、お力を貸していただきたく……!」

 

 顔を上げた男性……頴娃は、神妙な顔になって語り始めた。

 

「……実は、私の地元にある軍の基地……崎田基地の事で……」

 

 崎田基地。

 その名を聞いた浅井の表情が変わり、隣に控えていた神通にハンドサインを送ると、彼女はぺこりと頭を下げて部屋を出ていった。

 

「……どうぞ、続けてください」

 

「は、はい……。その、崎田基地にも艦娘さんが何人か勤めてらっしゃるのですが……そのぉ……」

 

 頴娃は口ごもり、頬を指先で掻いた後、意を決したように口を開く。

 

「……街に、ボランティアに来てくださるのです」

 

「ボランティア」

 

「はい。地域の清掃や見回り、時には商店街の店の手伝いや工事なんかまで」

 

 そこだけを聞けば、むしろ微笑ましい話なのだが、本題はここからだ。

 

「私達も初めはそのご厚意を素直に喜んでいたのですが、それがもう半年、ほぼ毎日。夜明けから夕方までなのです」

 

「……ほぼ毎日ボランティア?」

 

「おかしい話とお思いでしょうが、実際に起きているのです。来てくださる艦娘の方々も、日増しに疲れや衰弱が見て取れるようになり、声をかけても「大丈夫」の一点張りで……もしかしたら、基地の偉い人の命令で無理矢理やらされているのではと皆が心配しているのです」

 

 出ていった神通が戻り、何枚かの資料を浅井に手渡した。

 

「(……崎田基地。やはりこのリストにも載っているな)」

 

 それは、今回の一大計画のために浅井に用意された、介入・矯正の必要性が予想される基地のリストだ。

 そこにはしっかりと崎田基地の名が記載されており、要調査対象となっている。

 

「基地司令は尼子和臣(あまごかずおみ)大佐。元は本州の米子基地司令でしたが、先の深海棲艦による攻勢時、上層部からの堅守の命令に反し、通常艦艇を率いて迎撃に出た結果、重巡1、軽巡1、駆逐4を失い、戦死者481名の大敗を喫して失脚。半ば左遷同然に崎田基地司令となったようです」

 

 資料に目を通しながら、神通の小声での耳打ちに頷いた浅井は、頴娃に向き直って口を開いた。

 

「良くわかりました。つまり、その基地司令に地域ボランティアを無理強いされているかもしれない艦娘達を助けてほしい、という話ですね?」

 

「大雑把に言えば、仰る通りです。……若い者が兵隊に行ってる街の皆にとっては、艦娘さん達は娘や孫みたいなもんなのです。どうか、無理な事はさせないよう説得していただければと……」

 

「……そんなにも艦娘達を思っていただき、ありがとうございます。神通、さっそく調査を進めてくれ」

 

「お任せください」

 

 神通が再度部屋を出ると、頴娃はまたも頭を下げる。

 

「あ……ありがとうございますっ!」

 

「いやいや、有益な情報をもたらしていただき、こちらが礼を言いたいくらいです。その話が事実ならば、これは身内の恥以外の何物でもありませんからね」

 

 頴娃と互いに礼を交わした浅井は、遠方より遥々やって来た彼の宿を手配して送り出した。

 

 

 

 そしてその夜、執務室で神通や妙高といった主だった面々との話し合いとなった。

 

「今はある程度沈静化しているとはいえ、深海棲艦との開戦以来、日本はずっと戦時下にある状態です」

 

 妙高がそう言えば、神通も頷き、続く言葉を引き継ぐ。

 

「常に緊張状態が続き、資源も軍事面に優先的に回されている今、国民には厭戦の空気が広まりつつあります」

 

「……つまり、民衆の軍への不信感を拭うために、艦娘を労働力として提供していると?」

 

「可能性はあるかと。艦娘は対深海棲艦戦における顔であるという認識は広く知られており、それらが身近で奉仕活動を行うとなれば、軍へのイメージを回復するための広告塔としては有効ではないでしょうか?」

 

「……やれやれ、それで肝心の民衆から艦娘が心配って声が上がるんじゃ本末転倒だろうに」

 

 浅井が呆れたように頭を掻く。

 

「聞けば尼子大佐は叩き上げの軍人ですが、思想に男尊女卑の傾向があるとの事」

 

「古い常識に囚われた頑固な老害ってわけだ」

 

「……言い方はなんですが、そうなります。叩き上げとなれば恐らくは軍人としてのプライドも高く、男性である自身よりも戦果を上げる艦娘が女性となれば、さぞ面白くないでしょう」

 

 浅井に倣うように妙高も呆れた声を出して頭を抱える。

 

「本人としては、大嫌いな艦娘への嫌がらせと、軍の威信回復をいっぺんにできる妙案、てか? ちっっさい男だねぇ……」

 

「本格的な調査はこれからですので、あくまで予想ではありますが……まぁ、そんなところではないかと思われます」

 

 ついに神通も呆れ顔になり、3人揃って溜め息を吐く。

 

「……しかしま……本人の思惑がいかに矮小でも、それで苦しむ艦娘がいるなら無視はできない。まして今回は一般市民からの嘆願でもある」

 

「では」

 

「あぁ。現時点を以て崎田基地を矯正対象に認定。対象基地の調査が完了次第、全艦娘を召集し、介入計画のためミーティングを行う。気を弛めるなよ」

 

「「了解!」」

 

 神通と妙高の力強い返事と敬礼とは裏腹に、夜は静かに更けていった。

 

 

 

【キャラクター紹介】

 

■ヲーミ

 個体識別用に名前を貰った空母ヲ級。

 名前の由来は大水上山で、新潟県と群馬県の境に存在する山。

 レンが金剛(こんごう)型の巫女装束なのに対し、こちらは赤城(あかぎ)型共通の弓道着を纏っている。カラーリングは緑。

 レ級ほど異形ではなく、肌も青白くないため、特徴的な帽子を外せばほぼ完全に擬装可能。

 一方、空母としての機能を司る帽子を外さなければ変装できないため、岩川基地潜入時のレンのように即座に戦闘に移る事はできない。

 本来深海棲艦の下級艦艇は使い捨てであり、大抵は食事が必要になるほどエネルギー消費する前に海の藻屑となるため、せいぜい生魚でも食べていればそれで済んだが、ヲーミは人類側に付いてから『食』の喜びに目覚めた。

 小動物じみたマスコットのような扱いを受けており、今日も鹿屋基地の食堂には、ハムスターのようにご飯を頬張る彼女を見ようとする人々が集まるであろう。

 

深水(ふかみ) 陽明(はるあき)

 鹿屋基地料理長。47歳。

 軍人ではなく、地元では名の知れた料理人。つまり民間人。

 筑紫よりも前の鹿屋基地司令がふらりと立ち寄った料亭でその腕前を奮っていたが、彼の料理を気に入った基地司令からの再三の懇願に折れ、基地へ出入りするようになった。

 筑紫が自称・食通だったため、彼の司令時代にも冷遇はされなかったが、深水自身は彼を嫌っていた。

 料理や食材を語る時には早口になり口数も多くなるが、基本的には無口な聞き役。

 さりげない気配りが光る大人の男性であり、男女問わず慕われている。

 信条は『安く、多く、美味く』で、高級食材などには拘らない。

 町の刀鍛冶に依頼して打たせた一品物の包丁を持っており、特に気合いを入れた料理を作る際に使用される。

 

頴娃(えい) 守康(もりやす)

 串間市のとある商店街の纏め役である金物屋。55歳。

 穏やかで面倒見の良い人柄だが、やや心配性で気が弱い。

 時折街に遊びに来ていた艦娘達を娘のように思っていたが、崎田基地司令が代わってから、彼女達が不自然なほどボランティアのために訪れるようになり、心配と不安から噂に聞いた若い司令官に協力を求めに鹿屋基地を訪ねる。




このペースだと10年経っても終わってなさそう。
終盤の展開なんかは頭にあるけど、そこに辿り着くまでの過程がスッカスカやぞ。


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