IS〔インフィニット・ストラトス〕 〜買われた少女の物語〜 (アリヤ)
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プロローグ
プロローグ
ってなわけで、またしても新作です。
正直この作品は話が重たいというか狂っているというか……とにかく酷いと思いますので、プロローグ読んでからどうするか考えてもらえると嬉しいです。
『く、来るな……こっちに来るな!!』
アメリカ合衆国ネバダ州、ラスベガス。カジノが賑わうこの町の夜――とある路地裏である男性が壁に背中を着けながら、怯えた顔をしていた。
彼はとある人物に追われ、路地裏を使って逃げ延びようとしていたのだが、逃げた先に分かれ道が一つもなかった一本道で、その先は行き止まりだった。
足音が次第に大きくなってゆき、丁度月の光で近付いてくる人物の姿が見える。アルビノのような色の髪をし、日系アメリカ人もしくは日本人のような顔をした15歳くらいの女性だった。彼女の服装には紋章があり、それを見た彼は誰の命令で動いているのかすぐに理解し、生きることを諦めた。
『お、お前はヴォロフの所の人間か……よりにもよって、とんでもない相手に目を付けられてしまったわけか……』
『…………』
『一つだけお願いしたい。誰がヴォロフに依頼したのかだけでも教えてくれないか? 逃げようとは思わないから、せめて教えてくれ』
『……私は、与えられた任務を遂行するだけ。それ以上の質問は答えられない。それに、依頼内容を教えることは会社の問題でもあるからできない』
英語で会話している辺りからして日系アメリカ人のように思えるが、彼女は日本人である。ある一件で誘拐され、彼が言ったヴォロフという人間に買われた存在。人を殺めることに特化され、それ以外の感情という感覚は消され、ヴォロフの命令のみに従う人間と変わり果ててしまった。ヴォロフに与えられた任務は確実に遂行し、例え命乞いや質問などをされようとも答えるつもりはないほどの惨忍であるが、それもヴォロフによって育てられた結果である。
彼はせめての質問にも答えられないと言われた時点で、殺される覚悟はすでにできていた。最初に彼女を見かけた時から、とてつもない雰囲気を漂わせていたのは気づいていたし、それ以前にヴォロフの人間だ。ヴォロフの人間から逃げ切れることは絶対にないと、裏の世界では有名な事であり、すでに逃げ道がない時点で逃げ切れると彼は思っていなかった。そのため、彼が取った行動は逃げもせずに潔く殺される覚悟を決め、目を瞑った。
『そっか……なら、さっさと私を殺せ。それが、お前の役目だろ?』
『最初からそのつもり。それじゃあ、さようなら』
どこから取り出したか分からない拳銃を握り、一瞬にして銃弾を一発彼に向けて放った。彼女は彼に対して同情をするつもりはなく、それ以前に彼女は彼に対して何も思っていなかった。それもまた、ヴォロフによって植えつけられたものであり、相手に何も感情を持たないようにされた。
銃弾一発で亡くなったことを確認するために、彼女は彼の首から脈が動いていない事を指で確認した。亡くなっていることが判ると、彼女はすぐさま持っていたスマートフォンを取り出し、とある人物に連絡する。コールする音が鳴っていたが、十秒もしないうちに連絡相手と繋がった。
「……F5268。任務遂行しました」
『そうか。ご苦労だ、F5268』
日本語で会話し、通話先から聞こえてくる声は男性だった。彼こそが、彼女に命じた張本人であり、先ほど彼女と彼女が殺した人物の会話で出ていたヴォロフである。
イリア・ヴェロフ――それがヴェロフの名前で、世界の裏を操る組織のリーダーだ。ある時は武器商人として武器の売買をし、ある時は暗殺の依頼を請け、そしてある時は女性しか使えないIS――インフィニット・ストラトスの技術提供などをしている。
『それで、いつも通り迎えを行かせるのだが……』
「……どうか、されたのですか?」
『いや、そういうわけではない。いつもならばこのまま私の所へ戻させるところではあるのだが、続けて依頼が届いたものでな。F5268にはすぐにそちらへ向かってもらいたい』
「そういう事ですか。それで、行き先と依頼内容はなんでしょうか?」
『行き先は日本、しかもIS学園だ。そして依頼内容だが……あの兎に次ぐ天才――
「織斑春十の……暗殺……」
『あぁ、ようやくお前の因縁を終わらせることが出来るだろう?』
織斑春十――最近ニュースで話題となり、唯一ISを操作できる男として有名だ。今年の4月からIS学園に入学することとなり、現在IS学園にて授業を受けている。イリア・ヴェロフが言った兎こと、IS開発者である篠ノ之束に次ぐ天才と言われ、世間では知られていないが、篠ノ之束のみが作れると言われているISのコアを作れる人物でもあった。
彼女にとって織斑春十という名は特別な意味を持っていた。切っても切り離せない人物であり、イリア・ヴェロフに買われることになった原因の一つ。正確に言うと春十もそれに巻き込まれた側ではあるのだが、彼女が復讐したい人物の一人だった。彼のおかげで彼女の人生は狂わされ、買われる以前も毎日生きた心地がしていなかった原因である。
しかし、彼女にとって今の生活の方が心地よく思えており、表情には現さないが人を殺めることを快楽と感じているほど狂っていた。
彼女は人を殺めることを快楽だと思うまで、一度も快楽というものを味わったことがなかった。生きていることがあまりにも窮屈で、苦痛としか思わなかった。そんな彼女が人を初めて殺めた時、人がこんなにも簡単に殺せるものだと感じ、その殺害方法も数多あると知り、次第に快楽へと変化していった。
基本的彼女が使う殺害方法は拳銃を使ったものが多いが、やはりそれは拳銃を使った方が効率良いという事だけで、状況に合わせてその場のペンなどの先が尖ったものや、ナイフなどの刃物などを殺害道具として使う事もある。最も効率よく殺せる方法を選択し、人を殺めることが成功する――それが彼女にとって一番の快楽となっていた。効率よく殺せる方法の中には、対象相手と交わることもあるが、その行為が快楽だと彼女は一度も思ったことがなく、殺すための手段としか思っていない。それほどまでに彼女はすでに狂っていた。実際彼女は、先ほどの殺害にも快楽を感じていたほどだった。
しかし、彼女はイリア・ヴェロフに買われている身。無差別に人を殺めることは許されていないし、イリア・ヴェロフの命には絶対に従わなければならない。だが彼女にとって、快楽という感情を教えてもらったのはイリア・ヴェロフであり、彼の命令には絶対に従うようにしていた。春十には復讐したいという気持ちがあるが、そのおかげで今の自分が存在するという事を考えると、彼には感謝したいという点もあった。
「しかし、よろしいのでしょうか? 確かに、私はあいつには復讐したい点がありますけど……」
『昔の君ならばこんな命令をしなかったが、今の君ならば大丈夫だろう? 殺人に快楽を持った時は殺人衝動まで持ってしまうのではないかという不安もあったが、その心配はないからな。以前、君に何度も殺人の命令をしたおかげで、殺人衝動に駆られるようになった人間を見ただろう』
「はい……あれを見たとき、さすがにあんな風になりたくないと思いました」
殺人衝動に駆られ、毎日人を殺めなければ気が狂ってしまう人間を、イリア・ヴェロフに一度見せてもらったことがあった。その時見た感想は、殺人に快楽を感じる彼女だとしても絶対になりたくないと尚の事思った。如何にして効率よく殺せるかに拘っている彼女として、単に人を殺めることに快楽を持っている人間には絶対になりたくないと前々から思っていた。人を殺しては生きていられないような姿を見て、さすがに彼女も引いたほどだった。
『それでいい。とにかく、荷物などの物は後で届ける。拠点も日本で伝える』
「分かりました。それでは――」
『待て、もう一つ要件がある。こちらは個人的な事だから気楽にしても良いぞ』
「……私はヴェロフ様に買われた身です。これ以上言葉を崩すのは恐れ多いこと――」
『君は相変わらず堅苦しいな……そのようにさせたのは私だが、状況に合わせての対応をもう少し教えるべきだったかな?』
「……それで、要件というものはなんでしょうか?」
ヴェロフに堅苦しいと言われつつも、彼女はその口調を変えるつもりはなかった。それ以前に、これ以上言葉を崩してもよいと言われても、どのように崩せばいいのか彼女には分からなかった。正直にどのように言葉を崩せば良いのか分からないと言えば良かったのだが、そのことを伝えるのがなぜか恥ずかしく思ってしまい、買われたヴェロフ相手にこれ以上言葉を崩すのはできないような言い回しになってしまった。ヴェロフも彼女の言い回しが本当の理由ではないとすぐに理解したため、ヴェロフはもう少し状況把握した話し方を教えるべきだったと思った。
しかし、今はそんな話に時間を取っている場合ではないため、ヴェロフはさっさと本題の要件について話し始める。
『君は……いや、あえて名前で言おうか。
「……正直に言ってもよろしいでしょうか?」
『もちろん、それを聴くために私は聴いているんだ。思っていることをすべてぶちまけても構わないよ』
彼女――
「……この世界は、欲望の塊です。欲望の為にハッキングしては世界に知らしめたり、欲望の為に人間を売ったりする。そしてその欲望の線に届かなければ、比較され軽蔑されたりする。人間によって汚れた世界です」
『それは、私も含まれるのか』
「失礼ですけども、ヴェロフ様もその一人です。そして私も――その人間の一人。私は人間という存在が嫌いであり、その中には私自身も含まれています。欲望のためならばなんだってするこんな世界に、私は生まれたくなかった」
『……一夏がそのように思っているとは、初めて知った。しかし、そこまで思っているのならばどうして今も生きようとする? 自殺してもおかしくないように思えるのだが……』
「過去に自殺しようと思ったことはありました。しかし、それは逃げているだけではないかと思ってしまい、以後、自殺しようとは思ったことがありません。この欲望の塊しかない世界で、寿命が尽きるまで生き抜いてみようと思い、今もこの考えは変わりません」
『……ようするに、こんな糞みたいな世界で、何かを見つけ出そうとしているわけか』
「簡単に言えば、その通りになります」
ヴェロフは今まで一夏が他の人間に対して余り興味を持っていないことに気付いていた。ヴェロフはIS開発者である篠ノ之束と過去に何度も会っていた関係であり、束も人間に興味を持たない人間だった。一夏から話を聴くまで、一夏と束は似たような性格だと思い込んでいた。
しかし、ふたを開けてみれば二人の性格は全く以て違った。束の人間嫌いの方が生易しいくらいで、一夏の人間嫌いは人間に対して絶望してしまい、興味すらない以前に欲望の塊としか思って居ないのだろうとヴェロフは思った。ヴェロフの命令は絶対にする一夏であるが、そのヴェロフに対しても一夏は興味を持ってなく、人間という全てに対してどうでもいい存在だと、実際には思っていた。
ヴェロフが一夏を買った時から、一夏の目は既に虚ろで死んでいたような感じだった。最初は誘拐された場所でいろいろと薬を投入されたのかと思ったが、投入された薬は性別を変換させる薬だけだと調べた結果分かり、人身売買をするにあたって怪我をさせるのは余りよろしくないため、性的な行為をされるわけもないとその時ヴェロフは思った。どうしてそんな風になった原因は今まで把握しきれていなかったが、今回一夏が思い込んでいたことをすべて話してくれたおかげで、大体把握することが出来た。
一夏は姉である織斑千冬と双子の弟である織斑春十の三人で暮らしていたが、ヴェロフはそのことを買う以前から知っていた。姉である千冬は第1回モンド・グロッソで優勝し、ブリュンヒルデの称号を授けられ、双子の弟である春十は幼い頃から天才と言われていたがために、常に一夏はその二人に比較され、特に弟が出来るのに兄である一夏が出来ない事が多かったため、出来損ないと言われるほどだった。そして第2回モンド・グロッソの時に一夏と春十の二人が誘拐され、千冬は先に春十を救い出すものの、一夏の行方は掴めず、誘拐された組織で女性に変えられてヴェロフに売られた。
これが一夏の経歴だが、先ほどの一夏の話を聴いて、軽蔑されてから数年した辺りから人間に対して興味を持たなくなっていったのだろうと、ヴェロフは推測した。そしてそれをさらに加速させたのが誘拐された一件で、千冬に助けてもらえなかったことが、人間は欲望の塊だという結論にたどり着いてしまったのだろう。それがまた、ヴェロフは一夏に対して尚の事興味を持つこととなった。
『……ふ、ふははははは!! やはり君は最高だ!! さすが、私の一番のお気に入りだけはある!!』
「…………」
『とにかく、私からの要件は以上だ。もうじき迎えが着くころだろう。君は迎えが来るまでその場で待機してくれ』
「……分かりました」
通話が切れると、一夏は誰もここに来ないように路地裏の入り口前まで移動することにした。入り口から行き止まりまで一本道なため、そこに立っていれば誰かが入ってくれば分かるだろうと思ったからだ。
そしてヴェロフが言った迎えの姿が見え、その者達は一夏を近くで止めた車まで移動し、車に乗せて空港へと向かって行くのだった――
イリア・ヴェロフはロシア人です。わざわざロシアの名前と苗字を調べてこうしました。
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学園編
第一話
本当ならば、この投稿している第一話の内容は予定ではカットする場面だったのだけど、鈴やセシリアの立ち位置について書く場面がないことに気づき、第二話の内容を書いている途中で急遽こちらを書いた感じというww しかもすでに半分も書き終わっている状態w
なので、次に投稿するもの多分この作品だと思われ。
それではどうぞ!!
「え、二組に転入生? なんでこんな時期に」
四月下旬のIS学園にて、男性で唯一ISを動かすことが出来る織斑春十は同じ教室に居た数人の女子生徒と話をしていた。その中には幼馴染でありIS開発者である篠ノ之束の妹、篠ノ之箒の姿もあった。
それにしても、この時期に転入生というのはおかしかった。入学式から二十日程度しか経過していないし、普通なら入学式に合わせてくるはずだ。わざわざ遅れてIS学園に転入してくる理由がよほどの事であったのではと春十は考えた。
「そう!! 何でも、中国の代表候補生なんだって!!」
「……中国、まさかね」
中国と聞いて、春十はある人物を浮かんだ。その人物とは春十にとってあまり仲が良かったわけでもないが、現在行方不明になっており、春十の兄である織斑一夏とはとても仲が良かった。春十にとって一夏は料理しか取り柄のない屑でしかなく、その一夏と知り合いだった人物とは一夏のことで口喧嘩する事が多かった。一夏が行方不明になってから約一年後に家の事情で中国へ行ったようだが、春十は厄介者が消えたとしか思っていなかった。
春十は最初、その人物が日本に戻ってきたのかと考えるが、そこまで世の中が狭いとは思っていない。しかし、完全に否定しきれないところもあり、その中国の代表候補生がどんな人物なのか知りたかった。
「まぁ、誰であろうと天才の僕に勝てる人なんていないだろうし」
「そうだな。一ヶ月後にはクラス対抗戦があるが、専用機持ちも春十とオルコット、あと四組代表だけだからな。オルコットが別のクラスだったら問題だが、私たちと同じクラスだからな。気にするべきなのは四組代表だけだろ? 十分優勝も狙えるはずだ」
「篠ノ之さんの言うとおりだよ!! それに、優勝したらデザートフリーパスが貰えるのだから、織斑君には頑張ってもらわないと!!」
別に春十はデザートフリーパスに興味があるわけではないが、クラスの期待には応えてあげたいとは思った。
ちなみに、春十は一組のクラス代表であるが、クラス代表になるにあたって同じクラスの専用機持ちであるセシリア・オルコットとクラス代表決定戦が行われた。その結果は春十が勝利を収め、春十がクラス代表となった。またセシリア・オルコットだが、入学した当時は女尊男卑の影響を受けている典型的な人物の一人だったが、クラス代表決定戦の後、今までの事を反省して春十に一度謝っている。しかし、セシリアは春十に対して価値観が合わず、仲が良いというところまではいっていない。今現在も春十に集まっている女子生徒に混ざってはおらず、他の女子生徒と話し合っていた。
「……その情報、古いわよ」
春十達が話し合っていると、突然女性の声が教室のドアの近くから聞こえてきた。全員がそちらに顔を向けると、ツインテールをした見覚えのない女子生徒が立っていた。
彼女を見た春十は、突然嫌そうな顔をした。彼女こそ、中国の代表候補生の話を聴いて浮かんだ人物であったからだ。そして彼女も春十の方に視線を向け、その視線は軽蔑するような嫌な目だった。
「……久しぶりだね――
「相変わらずのフルネームで呼ぶのね、あんたは」
「なんだ? 一夏みたいに
「はぁ? そんなわけないでしょ。あんたからその呼び名で呼ばれるのは不快なんだけど」
先ほどまでの和やかな会話から、春十と鈴が発するただならぬ雰囲気により、空気が一変した。
「……相変わらず僕には刺々しいな。正直おまえと再会したいとは思っていなかったのだけど」
「それはこっちのセリフよ。元々IS学園になんか行く予定ではなかったのに、どこかの誰かさんがISを起動させたから行かされる羽目になったし」
春十に向けて放った言葉は要するに嫌味で、鈴がIS学園に来るきっかけとなった本当の理由ではない。確かに鈴はIS学園に通う予定ではなく、中国の学校で高校生活をするつもりだった。その後、春十がISを起動させたことによって中国から行くようにも言われたが、最初はIS学園に通うつもりはないと断っていた。しかし、何度も同じことを話しかけられていく内に、IS学園へ通うメリットを考えてゆき、行方不明となった一夏を探すにはもってこいの場所かもしれないという結論に辿り着いた。IS学園に通うことによって自由度は無くなるかもしれないが、中国に居るよりは情報が手に入るのではないかと考え、入学式に遅れることになったが転入する決意をした。
鈴は行方不明となった一夏を中国の時から探し回っていた。しかし、鈴一人で手に入る情報なんて良くて一握りであり、全く以て情報が手に入らなかったと言ってもいい。それでも鈴は諦めず、情報を手に入れるために場所を変えて、一から始めようと思っていた。
いがみ合っていると、突然春十が口を開いて鈴に忠告をする。
「あ、そうそう。そろそろ後ろを確認した方が良いよ」
「はぁ? あんた何言って――」
「織斑の言うとおりだ。いつまでそこに立っている」
「げっ、この声は……」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた鈴は、冷や汗を掻きながらもゆっくりと後ろへと振り向いた。そこに居たのは春十と一夏の姉である織斑千冬が仁王立ちしていた。
「ち、千冬さん」
「織斑先生だ。とにかく教室に戻れ」
千冬は持っていた出席簿で鈴の頭を叩いた。鈍器のような痛みを感じた鈴は、どうやったら出席簿でこれほどの痛みが起こせるのか疑問に思いつつも、涙目になりながらも教室へと戻って行った。
そんな様子を見ていたクラスの生徒達だが、教師が来たことをすっかり忘れて自分の席へと戻らずにいた。
「いつまでその場に立っている!! 授業をはじめるぞ!!」
その千冬の言葉で立っていた生徒は慌ただしくも自分の席へと戻り、その間にも千冬は教卓の前に立ち、全員が席に座ったのを確認してから授業を始めた――
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「……久しぶりね。この国も」
飛行機で日本へと降り立ち、空港から交通機関でIS学園がある街へと着いた一夏は、周りの建物や景色を見て日本に戻ってきたのだと実感し、その場に立ち止まった。日本に居た頃の思い出は無いに等しいが、やはりそれでも懐かしさというものは一夏にもある。春十に比較されたことによって同級生の女性生徒などに虐められ、生きた心地がしない日々を過ごしていたが、それでも助けてくれた友達は一夏にも居た。しかし、その友達がどうしているかというのは、今の一夏にとってどうでもいいことになっており、たとえ再会したとしても、何をしていようが気にしないだろう。自分はイリア・ヴェロフに買われた身……それ以上でもそれ以下でもない存在なのだから――
立ち止まって数分後、一夏は持っていたスマートフォンを取りだす。マップ画面を表示させ、自分が拠点となる住所を入力し、現在地からその住所までのルートを表示させ、そのルート通りに一夏は歩み進めた。元々一夏は地図を読むことすらあまり得意としていなかったが、イリア・ヴェロフに買われてから強制的に覚えさせられた。地図が読めなければ目的地まで行けないし、目的地まで向かってくれないことだってある。そのためには地図が読めなければ困るため、イリア・ヴェロフの下に居る人間は全員地図が読めるように特訓させられた。
「あれは……」
拠点に向かっている途中で、一夏と同年代の学生や、一夏と同じように双子の弟が姉を追いかける姿もあった。一夏はそんな姉弟の様子を見て一度足を止めたが、すぐに歩み始めた。一瞬だけその様子を見ていたが、あのままあの光景を見続けてしまうと羨ましくて殺しかねなかったからだ。一夏がずっと昔から望んでいた姿であり、そんな光景を崩さないためにも見続けずに先に進むことを選んだのだ。
それからもありとあらゆる人が通り過ぎていった。子供連れの家族が楽しそうにしている姿や、学校帰りであろう学生が他愛無い会話をしている姿。しかし一夏はそんな光景をあまり見向きもせずに歩いて行った。
「……ここね」
そんな光景を無視しながら先へと歩いていくと、一夏が拠点となるマンションが見えてきた。四階建てのよくあるマンションで、この建物の三階にこれから一夏の拠点となる場所があった。一夏は三階へと上がり、指定されていた番号の前に着くと、持っていた鍵を開けて中へと入っていった。家の中は引っ越した時のようにダンボールが積み重なっている……という光景はなく、家具や必要な道具などは全て片付けられていた。
いつでもIS学園へと出られる状態になっているが、今回の命令はいつもと違い、単独行動で動くことを禁じられている。イリア・ヴェロフから毎回連絡があり、その時に指示されるような形で動くように事前に言われていた。自分の作戦で暗殺してよいというわけではないため、拠点に居たとしても暇になる時間の方が多かった。こういう命令は何度もあるわけではないが、一夏も数回経験している。その数回に共通していることは、暇な時間ほど退屈で一日の時間が遅く感じてしまう事だ。何か一つ趣味などがあれば暇な時間も退屈せずにできるが、一夏に趣味なんて言うものは一つもない。興味を持つ時間すら、誘拐される以前も以後もなかった。
「……寝よう」
一夏が取った行動は睡眠だった。無駄に時間を費やすのならば、少しでも寝ていつでも備える様にしておこうと考えた。それから一夏はベッドに倒れ、夕方まで寝ることにするのだった――
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第二話
まさか、原作一巻の部分で四話分も使うとは思ってもなかったよw
予定では第三話の時点で原作二巻の内容に入っている予定だった。
まぁ、予定通りにうまく進まないのは分かっているのですけどねww
鈴がIS学園に転入したことによって春十と多少のいざこざがあったが、その日以降は何事も起きずに平和な日々が続いていた。鈴が転入した翌日以降、春十と鈴は廊下ですれ違う程度には見かけていたが、興味がないという雰囲気を互いにだしつつ、どちらかが話しかけることなんて一度もなかった。
そんな日々の中、授業が終わって日が沈み始めた頃に、鈴は屋上にてある女子生徒と話し合っていた。彼女とは一度話しかけたあと、互いに意気投合して共にいることが増えていた。
「そういえば今更かもしれませんが、どうして入学には間に合わずに、転入という形でIS学園に来ることになりましたのですか?」
「本当に今更よね、それ。まぁ、簡単に言えばIS学園に通う事でのメリットを考えていたというか、セシリアには正直どうでもいいことよ」
鈴は彼女――セシリア・オルコットに簡潔に答える。IS学園に遅れて来ることになった理由は鈴個人の問題であり、セシリアに説明する必要はないだろうと鈴は思い、余り詳しく話さなかった。
「……わたくしには関係ないことになりますと、鈴さん個人の問題という事でしょうか?」
「まぁ、そうなるわね。それに、聞いても面白くない内容だから聞かない方が良いわよ」
「それでも、わたくしが知りたいと思っても?」
「…………」
思わず言葉が詰まってしまった。そこまでしてセシリアが聞きたいのかという理由が鈴には解らず、何を言えばいいのか瞬時に浮かばなかった。
別に鈴は一夏の名前を言わずに話しても良いとも考えていた。簡潔に答えたのもセシリアが興味を持つ内容ではないと思っていたからで、ここまでセシリアが詳しく聞いてくるとは考えていなかった。だからこそ鈴は、逆にセシリアが詳しく聞いてくるのか気になり、思わず問い返していた。
「……どうして、そんなに気になるわけ?」
「最初は詳しく聞こうと思っていなかったのですが、鈴さんの悲しげな顔をしていましたので、なにがあったのか気になりまして……」
その言葉を聞いた鈴は思わず荷物から手鏡を取りだし、自分の顔を確認した。セシリアの言う通り、鈴の顔は少し悲しそうな顔をしており、その自分の姿を見て鈴は驚き、どうしてこんな顔をしていたのだろうかと思った。しかし、無意識の内に表情がでてしまったのだろうと鈴は考えると、表情にでるほどまでに行方不明となった一夏の事が心配していたと思った。
(こりゃ、セシリアも気にするわね……)
一人で抱え込まず、誰かに話して少し気分を良くしたい――そのような気持ちが小さくあったのだろうと思った鈴は、これ以上勿体ぶるようなことはせずに、本当の事をセシリアに話すことにした。
「……あたしね、二年前から行方不明になった友達を探しているの」
「ゆ、行方不明ですか……」
「うん。最初はIS学園に通うつもりなんかなかったし中国の方で探そうと思っていたのだけど、よくよく考えたらIS学園に通う方が自由度はあるんじゃないかなと思い、その結論に至った時には、既に入学式に間に合わなかったから、転入する形でIS学園に来たわけ」
「……確かに、代表候補生である鈴さんならば、自国よりは良いかもしれませんわね。わたくしもIS学園に来る以前は自由な時間なんてあまりありませんでしたし」
「そういうこと。それに――あいつがここに居ることもあったから、尚更行くことにしたわ」
「あいつ……というのは織斑春十のことでしょうか?」
セシリアは鈴がいうあいつが織斑春十の事を指しているのだろうと感づき、鈴はそれに頷いた。
クラス代表決定戦の時、セシリアは織斑春十に負けて今までの事を反省し、男性に対しての価値観が改めるきっかけとなったが、春十に対してはさほど良い印象を持っていない。なんでもできるという考え方が気に食わず、努力して代表候補生まで上り詰めたセシリアにとって、すべてを侮辱されたかのように思えたからだ。もし春十から話しかけられたら多少の会話をするだけで、なるべく距離を取りたいとセシリアは思っていた。
「えぇ。あいつが原因で友達が行方不明になったと言っても等しいのよ。だからあたしはあいつを許せない。なんとしてでもあいつには反省してもらいと思っているわ」
「……そういえば、クラス代表戦の初戦は1組のクラス代表と2組のクラス代表の対戦らしいですわね」
「もちろん知ってるわ。だからこそ、そこであいつとけりをつけてやるんだからっ!!」
セシリアは鈴と春十の間に何があったのかまでは詳しく聞かなかった。そこまで細かく聞こうとは元々考えていなかったし、鈴が転入してきた理由を聞けただけで十分だった。
そして鈴は、クラス代表戦で春十を絶対に打ち負かし、春十とけりをつけるのだと意気込んでいた――
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そしてクラス代表戦当日まで何も大きな出来事は起こらず、ついにクラス代表戦当日となる――
「ついにこの日が来たわね……」
「そうですわね…… 鈴さん? さっきからわたくしの顔をずっと見ていますけど、何かついているのですか?」
「いや、なんであんたがこっちにいるわけ!? せめて向こうのピットに居るべきでしょ!?」
二組側のアリーナのピットにて、凰鈴音は一組のクラスであるセシリア・オルコットが二組側のピットに居ることにずっと気になっていた。普通、敵側のクラスに居ることがおかしいことである筈なのに、セシリアは平然とクラスメイトのように鈴と話していた。余りの違和感のなさに鈴は最初気にしていなかったが、よくよく考えたらセシリアがここに居ることがおかしいと気付き、思わず口に出していた。
一方のセシリアは自分がここに居て何がおかしいのかと首を傾げ、鈴がなぜそんなことを聞いてくるのかさっぱり分かっていないような感じだった。
「わたくしが、こちらに居るのがおかしいと言うのでしょか?」
「おかしいわよ!! 次の試合は一組対二組でしょ!! 一組であるセシリアが、どうして二組であるあたしの応援をしているのよ!!」
「そういうことですか。確かにわたくしのクラスが優勝してほしいとは思いますけども、相手が鈴さんだと聞いてこちらのピットにくることにしましたの。それに、鈴さんに織斑春十を倒してほしいという個人的な理由もありましたから」
「矛盾しているわよ。それ」
「もちろん、分かっていますわ」
想像していた以上に大した理由ではなかった鈴は内心ため息を吐きつつも、どちらもセシリアの本心だろうと思っていた。たとえ矛盾していようが、セシリアは自分のクラスが優勝してほしいとも思っているし、織斑春十を倒してほしいとも思っていたのだろう。
そんな事を話し合っていると、セシリアは突然何かを考え始める表示に変わり、鈴もその変化に気付いてどうしたのかと問う。
「急にどうしたのよ?」
「……これで本当によろしいのでしょうか?」
「なにが?」
セシリアは鈴の様子を見ながらあることに気になっていた。鈴が織斑春十に対して因縁があるという事は聞いていたが、その因縁の考え方がどのように捉えているのかによって違ってくるからだ。鈴の顔からは把握することが出来ず、もし復讐の為に周りが見えていないという最悪な状態であのならば、どうしても阻止したいところだった。
一方の鈴はセシリアが一体何を心配しているのかが言葉から理解できず、思わず聞き返していた。しかし、セシリアも答えたところで正確な答えが返ってくるとは思っておらず、聞いてみる意味があるのかと思うが、聞かないよりはましと咄嗟に思い、鈴の聞き返した質問に遠回しに言う事にした。
「鈴さんは、織斑春十と戦って何を得たいのですか?」
「得たいって……そこまで大げさな事ではないわよ。あいつには、今までの事を全部反省してもらいたいため。ただそれだけよ」
「それだけなら別によろしいのですけど……」
「なによ、何が言いたいわけ?」
セシリアが何を言いたいのかさっぱり解らず、思わず強い口調で聞き返していた。
「はっきり言ってしまいますと、織斑春十に対して復讐したいという気持ちはありませんか?」
それを聞いて鈴はセシリアが何を気にしていたのかようやく理解した。鈴は、春十に反省してもらいたいだけではなく、一夏が行方不明となった原因として復讐したいという気持ちはないかを、セシリアは確認していたのだろうと思った。
しかし、鈴は復讐したいという気持ちまでには至ってはいない。反省してもらいたいと思っている程度で、別にそれ以上の事は求めるつもりはなかった。反省したところで春十が何か変化するとは思ってもいないが、だからって復讐をするとなれば春十と同類になると鈴は思っていた。それに、反省させたところで一夏が戻ってくるわけでもないし、春十に反省させようとするのも、ただの自己満足なのかもしれないと鈴はセシリアに言われて思い始めた。
「……別にあたしは復讐がしたいということは思っていないわよ。けど、あたしがあいつに反省してもらいたいという思いは、正直自己満足かもしれないわね……」
「鈴さん……なんかごめんなさい」
「どうしてセシリアが悲しそうな顔をしてあたしに謝るの? 確かにセシリアに言われて自己満足かもしれないとあたしは思ったけども、事実なんだから悲しそうな顔をする必要はないわよ」
「ですが、わたくしは鈴さんに余計な事を言いましたから……」
「……だから、気にしなくていいってあたしが言ってるの!! 私のことで落ち込まないでよ!!」
セシリアが鈴を気にしていたはずなのに、どうしてセシリアを慰めるような形になったのかと鈴は思い、内心ため息を吐いた。けど、セシリアのおかげで少しは元気づけられ、目的を間違えないように気を付けるべきだと鈴は思った。
セシリアを慰めている中、そろそろ試合が開始される時刻となったため、鈴は途中で諦めて自分のIS――
「そろそろ時間みたいだから、詳しいことは後で言うわ。とにかく、今はあたしの試合を観ていなさいよ!!」
「……わかりましたわ」
「それじゃ、少し暴れてきますか!!」
その言葉を最後に、鈴はピットから飛び出して行った。
そしてその少しした後、試合開始のブザーが鳴り響き、セシリアはピットから試合の様子を見届けるのだった――
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第三話
「……イベントなど人が多いところで暗殺をすることもあるけども、そういうときの暗殺って正直デメリットしかないと思うのは私だけかな?」
アリーナの天井にて、織斑一夏は目の前で行われているクラス対抗戦を静かに眺めていた。現在、暗殺対象である織斑春十と代表候補生である凰鈴音の専用機同士の対戦が行われた。
春十の専用機は
一方の凰鈴音のISは甲龍で、燃費と安定性を第一に設計されており、衝撃砲などの攻撃を使用する。
さっさと春十を暗殺して終わらせたいところではある一夏だが、このクラス対抗戦で暗殺を行う事があまりにも不利で、有利な点よりも不利な点の方が多かった。しかし、クラス対抗戦で暗殺するようにとイリア・ヴェロフから命令されたため、仕方なしに今日であるこの日にIS学園へ潜入することとなった。
正直な事を言ってしまえば、あまりにも不利なこの日に暗殺をしたいとは思わなかった。不利な大きな点としてすでに五つあり、この時点で成功すると一夏は思っていなかった。
その五つが何かというと――
まず一つ目は人が多いという点だ。正直暗殺することが気づかれれば、自分の事が公になる可能性があった。なるべく人気が少ないところで暗殺するのが得策なため、なんとしてでもこれだけは回避したかった。
二つ目はこのIS学園には更識楯無という対暗部用暗部「更識家」の当主が生徒会長として居ることだ。例え生徒に存在が気づかれなかったとしても、彼女だけには気づかれる可能性があった。気づかれたとしても対応はできるが、暗殺することができなくなる可能性が高かった。今のこの時点で一夏の存在に気付かれている可能性があるが、そのためにも楯無が攻撃を仕掛けられないだろうと思われるこのアリーナの天井で待機することにしていた。
三つ目は暗殺対象である織斑春十。一度暗殺が失敗すれば、感づかれる可能性が考えられた。暗殺を得意とする一夏にとって、相手の警戒心なるべく無いようにしておきたかった。それに一夏は春十の事をよく知っているため、一度警戒されたら暗殺することは難しいという事は知っていた。
四つ目は春十の姉である織斑千冬。一夏が見る限り姿は見えないが、映像カメラなどを使ってクラス対抗戦の様子を見ている可能性がある。千冬の場合は春十が生きている限り仕掛けてこないだろうと思うが、暗殺が成功した後の事が一番恐ろしいというのがあった。一夏が行方不明であり、さらに春十まで亡くすこととなれば襲撃される可能性があった。
そして五つ目は篠ノ之束。遠くでクラス対抗戦の様子を見ている可能性があり、束に気付かれれば一夏の正体が気づかれる可能性が考えられた。こればかりは一夏だけではどうしようもないことであり、一夏としては束が見ていないことを祈るしかなかった。
この五つの内、二つ目と五つ目に関しては最低限度の対応はしているが、それでも気付かれる可能性は考えられるため、気付かれても仕方ないと思っており、四つ目に関しても暗殺するまでは特に気に知る必要がない。
しかし、一つ目と三つ目に関しては特に警戒しておく必要があった。一つ目と三つ目は気付かれたら対応が面倒になり、それがどうしようもなければ今日の暗殺は中止するつもりでいたくらいだ。イリア・ヴェロフも状況が悪ければ実行しなくてもよいと言われているため、なるべく無理はしない範囲で動こうと一夏は考えていた。
ちなみに、一夏が有利な点としては織斑春十がクラス対抗戦で対戦していることで、ようするに別の事に集中しているという点しかなかった。はっきり言ってこれだけしか有利な点がなく、不利な点の方があまりにも多いため、一夏は今日暗殺を実行するのはよろしくないと思っていた。
また、一夏は五つの不利な点以外にも、主であるイリア・ヴェロフに対してため息を吐きたかった。今回の作戦がどうせ失敗するだろうと見越した上で、イリア・ヴェロフが暗殺を命令したのだろうというのは今までの経験からして一夏も解っていた。そして一夏がそのことに気付かれていることをイリア・ヴェロフは知っており、尚の事酷いと一夏は思っていた。
「……試合を観ている限り、やはり春十の方が有利かな?」
試合が開始してからすでに二十分ほどは経過していたが、春十の方が優勢だった。試合が開始した最初は鈴の攻撃パターンを把握するように避け、
鈴の攻撃パターンを把握したのか、開始して十五分ごろに春十は反撃を開始し、今現在まで春十の攻撃によって鈴に隙を与えないようにしていた。鋼螺に搭載されている
「さすが天才……と、言いたいところだけど、そのせいで私は……」
全てが狂わされた。周りが優秀すぎて、一夏は壊れたのだから――
誘拐される以前は親友でもあった鈴が春十にやられていようが、今の一夏は鈴に対して何も感情を持っていない。人間は欲望の塊でしかないと思っている一夏にとって、鈴がどうなろうがどうでもいいと思ってしまうほどだった。
「……さて、始めようかな」
失敗するだろうと思いながらも、とりあえずさっさと終わらせようと思った一夏はズボンのポケットに入れてあった拳銃を取り出し、春十が乗っている鋼螺に狙いを定める。本当ならば遠くからスナイパーで狙いたいところだが、動き回っているので固定して定めることはできない。そう思ってアリーナの天井の上に居るのだが、それでもかなり動き回って確実に当てられるかというのは難しかった。
それ以前にISには絶対防御やシールドエネルギーが付いている。それを突破しない限りには春十を暗殺するなんていう事はできるはずもなく、人間が使う拳銃の銃弾では確実に不可能である……普通の銃弾ならばの話だが。
「……チャンスは一度きり。正直この暗殺は成功すれば嬉しいけども失敗するリスクが高い。けれどこんな殺し方は面白くないし、せっかく楽しみにしていた暗殺がこうも面白くないなんてね……」
命令だから仕方ない。そう自分に言い聞かせてはいるが、こんなやり方で春十を暗殺したいとは思わない。効率が悪く、周りの状況が良くない場所で暗殺を行うことが、一夏にとって何とも面白くない方法だった。わざと失敗して今日は日本にある拠点に帰りたいと思っていたほどだが、そんなことをイリア・ヴェロフが許してくれるはずがないし、嘘を通そうとしても気付かれる可能性が高い。このクラス対抗戦の状況を、イリア・ヴェロフどこかで見ている可能性があったから――
とはいえ、イリア・ヴェロフも失敗するだろうという仮定で命令している可能性があるため、緊張というものは意外にもなかった。だが失敗する可能性が高いとはいえ、わざと外すことは許されない。だから一夏は今まで暗殺してきたように一発で決め、それが失敗したのならば今日のところは諦めようと決めた。何発も打てば春十に気付かれる可能性が高くなるので、一夏にとってそれだけは避けたかった。
鋼螺の行く方向を予測し、照準を先回りしてみる。そのためには
そしてその予測の基で照準を合わせ、躊躇せずにすぐさまに放った―― 拳銃にはサイレンサーも搭載されているため、ISで大きな音を鳴り響かせている中では拳銃音に気づくものはいなかった。銃弾は一夏が予想していた通りの軌道を描き、その銃弾の軌道を邪魔するかのように春十のISが入ってきた。これを見た一夏は上手くいったと確信を得たが、その確信はすぐに打ち砕かれることに、まだ気づいていなかった。
銃弾がもう少しで鋼螺に衝突しようとした刹那、突如銃弾と鋼螺の間に入ってくるかのように正体不明のISが現れた。そのまま銃弾はその正体不明のISに衝突し、着弾と同時に正体不明のISがバラバラになって弾き飛ばす形となり、機体のほとんどが溶けてしまった。
「なっ!?」
さすがの一夏もこれは想定してなく、思わず声を出してしまった。突然ISが落下してくるなんて考えていなかったし、そもそも気配すら感じ取ることが出来なかった。それは一夏だけではなく、春十や鈴も正体不明のISに気付いていなかった。
それよりも一番の問題は、正体不明のISが邪魔をしたおかげで暗殺が失敗したことを意味し、対IS用の銃弾が気付かれてしまったことを意味していた。一夏が放った銃弾は一発でISそのものをコアごと破壊させ、再生不可能にするために機体を溶かしてしまう性能を持っていた。それは人間すらも溶かし、原型を留めないほどの威力だった。溶かしてしまう性能はISの機体に直撃した時だけ発動する仕組みになっており、それ以外の場合は普通の銃弾のような性能を持っていた。
「……これはまずい、ISに衝突しなければ地面に衝突するだけで気付かれることもなく終わったはずだけど、これでは誰かが春十を暗殺しようとしたことがすぐに気付かれる…… それにしても、一体誰があのISを……」
一夏は誰がISを使って邪魔をしてきたのかと思うが、そんなの考える必要すらなかった。タイミングよくISを使って妨害してきたなんていう所業ができる人物なんて限られているし、今回に限ってはメリットがある人間が一人くらいしかいなかった。そう、一夏が不利な点で挙げた五つ目――
(篠ノ之束……面倒な事をっ!!)
篠ノ之束――正直一夏は束がこのクラス対抗戦を見られていないと考えていた。束はある一定の人物しか興味を持たない人間であり、それ以外の人間はたとえ初めてでなくても記憶から消えているはずだった。だからこそ、束がこのような事をしたのか疑問に思えてしまっていた。
(けど、どうして篠ノ之束はこのような事をした? 篠ノ之束が春十を守るような行為をすることは絶対に無いはず……そう思ってこのクラス対抗戦はどこかで観ていないものだと思っていたのだけど……)
一応春十の名前も束は覚えているのだが、春十と束の二人はISに対しての考え方が大きく違い、昔から仲が悪いことを誘拐される以前から知っている。そのことからして、束はクラス対抗戦に興味がないと思っていたのだが、予測が外れたためにこのような結果になってしまった。
(……まって、そういえば私は昔から篠ノ之束に気に入られていたような気がする。誘拐される以前の記憶なんてほとんど曖昧になっているから忘れかけていたけど……もしかして目的は私!?)
しかし、今の一夏は誘拐される以前の一夏と性別が変わり、同一人物だと思う人間は一人もいないはずだ。しかし、篠ノ之束ほどの天才ならば調べてしまえば分ってしまうかもしれない。その結論に至ってしまえば、春十を暗殺する行為は余りにも危険かもしれないと一夏は思ってしまった。
(くっ……とにかく、この場から逃げることが先決かもしれないわね)
起きてしまったことを悔やんでも仕方がない。これ以上この場に居ても危険だと思った一夏はすぐさま天井から木々がたくさんある場所へと飛び降り、誰にも気づかれないようにIS学園から脱出することにした。
しかし、このとき一夏はあることを失念していた。一夏が挙げた不利な点はまだ四つもあり、その中には束と同じように、一夏の存在にすでに気付かれているかもしれなかった人物が、一人だけいたということを――
「あら、どこに行くのかしら?」
「っ!?」
すぐに嫌な予感がした。逃げようとしているときに誰かに会うという偶然はありえないに近いことだったし、話しかけた言葉からしてとっくに気付かれていたのだろうと、すぐに理解した。そして、この状況で一夏に話しかけてくる人物なんて現状一人しかいなかったため、誰が話しかけたのかすぐに解っていた。
「更識楯無……」
「あら、顔を見ずによく誰だか解ったわね」
一夏にとって、今の状況は余りにも都合が悪かった。別に逃げられなくはなく、戦闘になっても不利というわけではないが、どこの組織なのか気付かれる可能性があったということだ。どうにかして気付かれないように一夏はしたいところだが、相手は暗部――更識家の当主である更識楯無だ。行動や言葉のミスによって感づかれる可能性は容易に考えられた。
「……私に、なんのよう?」
「それは大体予想がつくでしょ?」
「…………」
一夏は楯無の用件がなにかなんて、なんとなく解っていた。この場所で遭遇する時点で、一夏の存在にかなり前から気付かれていたことなんて一夏でも解っていた。
「それにしても、正体不明のISが来なければ織斑春十は殺されていたわ。アリーナの天井に居た理由は、たとえあなたが誰かに気付かれようとも、あなたに攻撃することはできない状況だった」
「……えぇ、あの場所ならば、大きな戦闘は避けたいでしょ? 生徒達を巻き込む可能性があったし、また遠くからライフル銃などで狙ったとしても生徒を人質にされる可能性があった。だからあなたは、私の目的を阻害することは出来なかった」
「…………」
「それで、私をどうするわけ? まさかと思うけど、私を捕らえようという考えじゃないよね?」
「その通りよ。そして、あなたを命令した組織をあなたから聞き――」
全てを言い終える前に、楯無の言葉は止まった。なぜならば、今まで前に居た一夏が一瞬にして姿を消したかと思えば、突然こめかみに銃口を突き付けられていたから――
「っ!?」
「……実は言うと私ね、人を一瞬で殺めることには長けているのよ。こめかみに銃口を向けた直後に私が引き金を引いていたら、間違いなく私に殺されていたわね」
一瞬にして恐怖を覚えた。冷酷で、ほとんど無表情のまま一夏は言葉を放ったからだ。暗部に居る楯無だからこそすぐに解り、目の前にいる人物は楯無ですら次元が違いすぎると自覚してしまったほどだった。
楯無は思わず膝から崩れてゆき、それを確認した一夏は楯無に向けていた拳銃をしまう。楯無は暗部の人間でありながらも体が震えて立ち上がる事すらできず、一夏が怖くて何もできなかった。
「……正直期待はずれかな? どうして私はこんな人物を不利な人物の一人として挙げていたのか解らないほどに。とにかく、次に邪魔するときは容赦なく本気で殺すから」
その言葉を最後に、一夏は木々の奥へと消えていった。
楯無は一夏を追いかけることをせず、その様子を見続けるしかなかった――
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第四話
「織斑先生。これがクラス対抗戦で起きた一件を纏めた報告書です」
「山田先生ありがとう」
「いえ、私もその報告書を詳しく読んでいないのですが、一体何が起こったのですか?」
「私も解らん。解る事と言えば、正体不明のISがアリーナに近付いてきていることが自爆する前に反応があったことくらいだ」
織斑千冬は先ほど起きた一件について検証が終えたのを聴いて、山田真耶に資料を持ってくるようにと頼んでもらっていた。
千冬は自爆と言っていたが、実際そうではないという事を千冬も真耶も解っていた。何かによってISの機体が溶けた形跡があり、暴発して溶けたわけではないという事は状況から見て把握していた。幾つかの言い方があると解りにくいこともあり、原因が解るまでは正体不明のISが自爆したという言い方で統一するように教師の間で決め、資料を読んでいない千冬は今もそのような言い方をしていた。
千冬は真耶から資料を渡してもらい、内容を確認する。数分後、全部目を通した千冬は資料を真耶に返した。
「……そういう事か。まったく、あいつがタイミングを計ったのか?」
「……どんなことが書かれてあったのですか?」
「正体不明のISが自爆したのかということは判明した。タイミングが重なってあのようなことになったと言っていいだろう」
「タイミングが重なったというのはどういう……?」
「正体不明のISの機体が溶けていたのは、本来春十に当たるはずだった銃弾が原因だ。その銃弾には機体を溶かすような細工が施されていたようで、もし正体不明のISが来なければ鋼螺に当たり、春十も亡くなっていただろう。実際、鋼螺にもほんの一部だけ機体が溶けていた部分があったという報告は既に受けている」
「っていうことは、その銃弾を放った人間は織斑君を暗殺しようとしていたということですか!?」
「そういうことになるな。このことは私から織斑に伝えておく。想像していた事態より遥に超えていたようだからな」
千冬や真耶が想定していたのは正体不明のISを破壊するために用意されたものだと最初は考えていた。しかし、銃弾が落ちていた方向は丁度正体不明のISと春十のISである鋼螺が一直線上にあり、そのことからして正体不明のISを狙ったわけではなくて鋼螺を狙った可能性の方が高いと、報告書には書かれてあった。
そして、機体を溶かす液体は人間も溶かすことが可能だということも報告書には書かれてあった。それらのことからして銃弾が春十を狙っていた可能性が高く、それを防ぐかのように正体不明のISが乱入してきたように思えた。
「……織斑先生は何も思わないのですが?」
「なんのことだ?」
「弟が暗殺されようとしたのですよ!! なのに、いつも通りの表情でいられるのって私にはおかしいと思うのですが……」
「そのことか。どちらかといえば、今の私は怒りというよりも内心安心している気持ちの方が強い」
「暗殺が未遂で済んだからですか?」
「だろうな」
春十が生きているだけで、千冬にとっては怒りよりも安堵する気持ちの方が強かった。今まで千冬は――いや織斑の家族は過去に何人もの人間を行方不明となっていたからだ。
最初は両親。突然姿をくらまし、子供だけを残して居なくなってしまい、捨てられた。このことについて千冬は、最初両親を恨んだことも過去にあったが、現在では普通に生活することはできているため、さほど気にしなくなった。
次に行方不明となったのは妹の織斑マドカ。春十よりも年下で一番の年下であったが、突如居なくなってしまった。もちろんこれはニュースになるほどであったが結局進展せず、何処にいるか今でも解らない。
そして三人目は春十の双子の兄である織斑一夏。第2回モンド・グロッソの時に春十と共に誘拐され、春十はドイツからの情報により救出することが出来た。しかし一夏の情報は何一つ出ず、マドカと同じように何処にいるか今でも解らない。
これらの事から、千冬は春十まで失いたくないという気持ちが強かった。しかも行方不明ならまだ生きている可能性があるのに、暗殺なんかされたら千冬の心が持つかどうかも解らなかった。今でもマドカと一夏を行方不明になっていて心が弱くなっているのに、追い打ちをかけるようなものだった。だからこそ千冬は怒りという気持ちが余りなく、安心した気持ちの方が強かった。
「だが、まだ解決したわけではないから、気をつけなければならないのだが」
「そうですね。次にどんなふうに仕掛けてくるのか」
「多分、向こうも想定外だったのだろう。もし外れていたとしても、爆発しないように施されていただろうと考えられる。しかし、思わぬ介入が入ったことによって正体は知られていないが、周知に知らしめることとなった。迂闊に暗殺することは難しいだろう」
「このままで終わるような気がしませんからね」
「何も起こらないと良いが……という事にはならないだろうな」
一体これから先何が起こるのだろうかと思いながらも、千冬と真耶は出来るだけ被害を弱めるように努力し、生徒が安全に生活できるようにしようと思うのだった――
--------------------------------------------
『それで、状況としては最悪だと』
「申し訳ございません。まさか、あそこで篠ノ之束がISを使って妨害してくるとは……」
IS学園からなんとか拠点へと戻ってきた一夏は、すぐにイリア・ヴェロフに連絡し、失敗したことを結果報告することにした。
一夏にとって、束の妨害は想定していなかったことだった。見ていたとしても様子を確認するだけだと考え、妨害してきたとしてもハッキングなどをして中止させるなどをしてくるなどと思っていたが、まさかISを使ってまで妨害してくるとは想定していなかった。
束のおかげでIS学園側はセキュリティなどを厳しくなるだろうから潜入する事すら難しくなり、行動し難い状況になっていた。束の介入は想定外であり、ヴェロフからの無茶な命令であったが、失敗したのは一夏である。失敗を良い成果にするためにも、いち早くヴェロフからの命令を確認したかったのだ。
『まぁ、無茶な命令をしているのは分かっていたのだけどな。しかし、あんな派手に暗殺しようとしていたことが気づかれてしまったのは私も想定外だ』
「……それで、次の命令はどうすれば?」
『しばらくは待機としか言いようがないな。本来なら確実に暗殺をする命令をしたいところであったが、あんなことになってしまったからな。F5268には悪いが状況が余りにも悪い』
「っ……わかりました」
待機と命令された時、一夏は思わず何も持ってなかった左手を強く握りしめていた。無茶だと解っていたのに春十を暗殺するチャンスを一度失い、束の介入があったからというのもあるが次の暗殺のタイミングが悪くなってしまった。そのことが余りにも悔しくて、思わず自分を恨んでしまうほどだった。
『あーそうだ。一つ言い忘れていたことがある』
「……言い忘れた事ですか?」
『あぁ、本来次に命令するはずだった内容に、二名ほどF5268と共に織斑春十の暗殺をするつもりだった。すでにその手配をしてしまったおかげで、後に引き返せなくなってしまった』
「どういうことですか?」
『その二名にはIS学園に通う生徒として潜入してもらう予定だったのだが、IS学園に転入する手続きをすでに終えてしまった。二人には命令内容を織斑春十の情報収集という名目に変更してもらうようにすでに伝えてあるが、F5268と共に作戦を考える様に伝えてある』
「はぁ、その二人とは……?」
『F5268とはかなりの知り合いのはずだ。私の戦力の中でもF5268と同様に一桁の順位を争う人物といえば、分かるだろう?』
「……私の知り合いの中には三人もいるのですが? それに、そんなに織斑春十に対しての戦力を入れてもよろしいのでしょうか?」
『そのうちの二人だ。戦力についてもここ最近なにか大きな事を任せることもないのでな。とにかく、先ほど日本に着いたことの連絡がきたから、そろそろそちらに着くころだと思うが……』
ヴェロフが一夏にそう伝えたその直後、突如インターホンが鳴り響き、その音は電話越しでも僅かに聞こえてくるほどだった。
『どうやら来たようだな。詳しい命令内容についてはその二人から聞いてくれ』
「了解しました」
『それと、一応次の命令は既に決まってある。時期は様子を見て伝えるが、それまでは待機しておくように。F5268は勝手に行動する人間ではないと知っているが、念のため忠告しておく。以上だ』
その言葉を最後に通話が切れ、一夏はすぐに玄関へと向かう。待機と言われたことに納得しているわけではないが、ヴェロフの命令は絶対であり、従わなければならない。しかし、春十を暗殺する機会は沢山あるのだから待機と言われた時に悔しがったが、命令だから仕方ないと思って納得するくらいで済んだ。
「結局、誰が来ることになっているのだか……」
とにかく今は外で待たせている仲間の事を今は考えることにした一夏は玄関に着き、すぐさまドアを開いて二人の仲間を中に招き入れるのだった――
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「あ~あ~ さすがに場所までは見つけられなかったか」
ISの開発者――篠ノ之束は彼女が所持している移動式のラボ、『吾輩は猫である〜名前はまだない〜』にある大きな画面にある少女の画像を表示させていた。
先ほどまで束はIS学園に現れた画面の少女の拠点を上空から探していたが途中で見失い、それから探し回ったけども結局見つかることはなかった。
「それにしても、今まで何も情報がなかったというのに、姿を現すとはね……」
その少女――織斑一夏が女体化した彼女を、束はずっと探していた。
正体不明のISをアリーナに突撃させたのも、一夏が予想していた通り束であり、一夏の目的を阻止するために、わざわざ織斑春十の前に間に合わせる様に投入させた。阻止したことによって一夏が焦り、慌てて拠点としている場所に戻る事を望んでいたが、周囲を気にしながら逃げていたことは束にも解り、結局見失う結果となった。
「ようやく手掛かりを見つけたよ。でもまさか、
そう、束はずっと一夏の手掛かりを探し回っていた。一夏が第2回モンド・グロッソの時に誘拐されたという情報が束に届くのが遅く、届いたときにはすでに一夏の行方が解らなくなっていた。この時の束は同じく誘拐された春十が救出され、一夏が行方不明になったことで春十を憎んだが、それが八つ当たりだという事は解っていた。
束が春十をそこまで興味を持たないのは、ISの価値観が大きく違ったからだ。束がISを作った理由としては宇宙進出が目的で作成したが、春十としては兵器としてのISだと考えていた。春十は束と同じで天才という事もあって、過去には束のIS開発の手伝いをすることもあったが、次第に意見が大きく食い違い、少しずつ春十に興味がなくなってしまった。その変わりなのか解らないが、一夏と会うたびに一夏を可愛がり、一夏に会いに行くためにわざわざ家まで行ったこともあった。
「……イリア・ヴェロフ。武器商人、暗殺、護衛――多種多様な仕事をしている組織――通称、
イリア・ヴェロフの事を束は詳しく知っている。幼馴染だったという事もあり、束がISの開発を始めた時にはかなりの関係者だった。途中から束と千冬の近くから居なくなったので、一夏と春十はイリア・ヴェロフとの面識は一度もなく、一夏がヴェロフに買われた時まで知らなかったくらいだ。ヴェロフが束や千冬と幼馴染だったことを一夏は今でも知らず、買われた一夏からもヴェロフの過去の事を聞くことは一度もなかった。
また、世界が
「しばらくはIS学園を監視しておいた方が良いかな? 暗殺が一度失敗しただけで、諦めるわけがないだろうし」
暗殺するのは時間を置いて実行することになると思うが、監視などでIS学園の近くに居る事になるのは間違いないだろうと思った束は、IS学園周辺の街を中心に捜索することにした。どんな手で来るかなんてさすがの束でも解らないことであるが、対策を練ることくらいは今からでも出来る。最善の対策を今からしておこうと束は考え、すぐに行動することにした。
「いっくん……いやいっちゃん、待っててね。絶対に救って見せるからね!!」
理想世界(ユートピア)……もしかしたら名前変えるかも。
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第五話 episode of memories 凰鈴音
というか2か月ぶりなんですね……なんかすみません。
正直仕事が始まって執筆する時間もほとんどなくなってしまいましたので、良くて2か月ペースになりそうです。
さて、今回の話ですが……多分すぐに気付いたと思うのがサブタイ。
サブタイは毎回付くわけではありません。ヒロインたちの過去に関わる話があると付くことになります。ってなわけで今回は鈴ちゃん回です。
それではどうぞ!!
あと感想なんですが、全部返すことは多分しないと思います。すみません
「ど、どうしてあんたが!?」
凰鈴音は今起きているこの状況が理解できないでいた。
今日は休日ということもあり、久しぶりに日本の町を見てみたいと思って、鈴は目的もなく適当に歩いていたのだが、途中で変装しているのがバレバレな女性に話しかけられた。最初は適当にあしらって離れようと思ったのだが、想像していたよりもしつこかったので、話だけでも聞くことにした。
鈴は彼女の後についてくと、人気のない路地裏に連れてこられた。路地裏に連れてこられた時には、いつでもISを起動できるようにして彼女に攻撃を仕掛けられるように準備していたが、変装していた彼女が正体を表したときには驚きを隠せなかった。
鈴が驚いた目の前の彼女-―篠ノ之束は鈴の知り合いでもないし、テレビの画面で束を見た程度だった。鈴の友達の知り合いではあるが、鈴にとっては赤の他人でしかなかった。
「あれ~ もしかして、私が鈴ちゃんに会いに来たのかさっぱり解ってないような顔をしてるね?」
「鈴ちゃん!?」
「あれ、もしかしてダメだった?」
「い、いえ、そういうことではないんですけど……」
「ん~?」
初対面なのに馴れ馴れしく思えたが、鈴にとってそれは予想外だった。
昔、束と知り合いである友達から束について興味本意で聞いたことがあったが、その時聞いたときの性格と違いすぎた。友達から聞いていた話だと、一部の人間しか興味がなく、興味がない人間は冷たいと言っていた。
しかし目の前にいる束は、誰がどう見ても初対面である鈴に興味を持っているように思えた。興味を持たれるような記憶は鈴のなかでは思い付かないが、共通な点があるとしたら一つだけあった。しかしそれは、束が興味を持つ理由として考えられないことで、どうして興味を持たれたのかさっぱり解らなかった。
「まぁ、とりあえずこの辺りにしよっか。自己紹介は別にしなくても良いよね?」
「えっ!? あっはい、大丈夫ですけど……」
さっきまで友達感覚のように接してきたと思いきや、突然空気が一変したことに思わず驚いた。さっきから完全に束のペースに乗せられているなと鈴は思ったが、自分のペースに合わさせる必要があるわけでもないし、そもそも束のペースを見ていて、自分のペースにする自信はまったくなかった。
「さて、まず何から話そうか」
「あのー、話が見えないのですが……第一、あたしと束さんと話すような内容が一つも思い出せないのですけど……」
「んー? 私と鈴ちゃんが共通で話せることと言えば一つしかないでしょ?」
その言葉を聞いて、鈴は束が自分に会いに来た理由をすぐに理解した。確かに赤の他人ではあるが、二人に共通していること――共通している人物がいた。束の知り合いで、鈴が束について聞いたことがあった友達――織斑一夏のことしか考えられなかった。
「一夏を見つけたのですか!?」
「確かにそのことについてなんだけどさ……さっきから気になってたけど、私に対する言葉遣いは別に気にしなくてもいいよ」
「え? いや、それよりも一夏のことなんですが!!」
自分に対する言葉遣いに気になった束は、友人と話すような会話で良いと鈴に言ったが、鈴はそれよりも一夏のことで何かを知っている束から、情報を聞き出したかった。
鈴が出来る範囲で情報を調べまくっていたが、何一つ一夏の情報は出てこなかった。だからこそ、一夏のことについて何か知っているような雰囲気を出している束から、いち早く話を聞きたかったのだ。
「それは後で連絡するよ。それと、これから連絡取り合うことになるから、登録しておいてね」
「取り合うって、もしかしてあたしに手伝わせるつもりですか?」
連絡を取り合うという事は、一夏の事で束は何かをしようとしているのではないかと鈴は想像したが、鈴としては正直ありがたかった。篠ノ之束という強力な協力者がいるとなれば、一夏を見つけ出すことはあっという間に近づけると思ったからだ。
一方の束はやはり鈴が自分に対する言葉遣いに気になってしまった。昔ならば気にもしなかったことだったが、一夏が行方不明となってからは今の自分を改めなおそうと思った。一夏を助けるためにも、協力してもらえるには同等な立場でなければ難しいし、協力者を一方的に興味ないように接したら誰もが付いてこないだろう。だからこそ束は過去の自分を改善し、上下関係なく接したいと思っていたので、鈴の言葉遣いに気になってしまうのだ。
「……まぁ、そっちはゆっくり直してゆけばいっか。私がそうだったように、いきなり言われても難しいことだし……とにかく、そういうことだからこれからよろしくね」
「は、はぁ」
「それじゃあ、詳しくはまた後日連絡するね。今日は鈴ちゃんに会いに来ただけだから」
「え、ちょっと待って!!」
鈴に伝えたいことを伝えると、束はすぐに路地裏から出て行った。鈴はまだ他にも聞いておきたいことがあったので、すぐに束を追いかけようとするが、路地裏を出た直後に見失う。辺りを見渡しても束らしき人物はなく、人がそれほどいるわけでもないのに束の姿を見失ったのには気になった。
とにかく鈴は今回の束の行動について、全く意味が解らならかった。初対面である束に会ったかと思いきや、突然一夏を見つけたと言われ、用件だけを伝えるとすぐに姿を消した。本当に会いに来ただけというのならば、わざわざあんな雑な変装をして鈴に会いに来る意味がない。何が目的で自分に会いに来たのか、鈴は気になっていた。
一夏のことを教えるため――たとえそれが目的だったとしたら、別に今日である必要はない。束の力ならば鈴の電話番号なども簡単に調べられると思うし、直接会いに来ることのほうが束にとっては危険のはずだ。一夏を探し始める様になってから鈴は人を疑い深くなり、何にしても思惑があるものだと思い、だからこそ今回の束の行動には意味があると思っていた。
しかし、今回の束の行動に思惑があるかと言えば、全く持ってなかったりする。そもそも束は自分が思ったままに行動するタイプであるし、思惑があったとしても相手によってするか決めるくらいだ。鈴に会いに行った思惑は一応あるが、電話で会話せずに直接会いに行った理由なんて、鈴の顔を直接見てみたいというだけだった。
普通の人間ならば、例えば相手がどんな人物なのかというのを調べるために、直接会いに行くというなどの考えが浮かぶ。紙やデータから得た情報というのは第三者から見た主観であり、情報に偏りがあるかもしれない。だからこそ、どういう人間なのか調べるために直接会うという方法を取るだろう。
だが束は基本的考えない。一々考えているだけで馬鹿らしく思え、直感で思ったら即行動という方法を取っていた。しかしこれは元からあった束の性格ではなく、回りによる影響が原因だった。ISを発表してから束に会いに来る人間は必ず思惑があり、束ねもそれに気づいていた。一々思惑を考えながら話し続けている様子を見ていて、余りにも馬鹿らしく思えてしまい、思惑しながら行動するという事が面倒になってしまったのだ。
だから鈴が考えていることは、全く以て意味がない事だった。そもそも常識が通じないのが篠ノ之束という存在であり、それを鈴が知らないとはいえでも、唯の深読みしすぎただけだった。
「……はぁ、いろいろ聞きたかったけど、詳しくは連絡が着た時に聞けばいっか」
考えただけで答えが見つからないだろうと思ったら鈴は、時間も夕方に近付いてきていたこともあってIS学園へと戻ることにした。後日連絡すると言われたのだから、その時に全て聞こうと思った。束の言い方からして、鈴に一夏の事で協力してほしいように鈴は思えたので、自分の質問には大抵答えてくれるだろうと思っていた。
しかし、鈴がここまで一夏に拘るのだろうか。鈴は元々親に連れられて日本に来たのが、日本の学校に転入してから数日後には虐められるようになった。きっかけは些細なことで始まり、それが次第に悪化していったが、それを救ってくれたのが一夏だった。
それ以降、鈴と一夏は仲良くなり、鈴にとっては一夏が日本で初めてできた友達だった。しかし、当時の一夏は双子の弟である織斑春十と比較され、鈴と同じように虐められていた。だがそのおかげで鈴はそれ以降虐められることは次第に少なくなり、その代りに一夏へと虐めの対象になることが次第に増えていった。
それは中学になった時も一夏が虐められていることは変わらなかったが、それでも鈴はどうにかして一夏を救いたいという気持ちが強くなり、いつの間にか一夏の事が好きになっていた。しかし、その思いは鈴が想像していなかった出来事によって打ち砕かされた。
第2回モンド・グロッソにて一夏が行方不明になった。誘拐事件が身近で起きるなんて一度も思ったことがないし、他人事のように思っていたくらいだ。さらに言えば、一夏の姉が第2回モンド・グロッソに参加することもあって一夏が市内に居なかったこともあり、一夏が誘拐されたという事に実感が湧かなかった。
そして実感が湧いたときに、ようやく自分は何も一夏にしてあげられることがなく、今の自分では一夏を救う手伝いすらできないと気付かされた。
しかし鈴はその誘拐事件が起きてからある事を決意した。たとえどんな好機であろうともすべて利用し、絶対に一夏を救ってみせると思った。
実際、鈴は恵まれていた。一夏が行方不明になった後、鈴のIS適正が高かったこともあって中国に戻ることになったが、鈴にとってはありがたいことだった。中国の代表にもなれば、自分の手で一夏の事を調べられるかもしれないと思い、そのためならば努力を怠ることはしなかった。
しかし恵まれていたからというが、束が会いに来るのはさすがに想定外すぎた。しかも束が自ら会いに来るとは考えてなく、正体を現したときにはさすがに声を上げて驚いたくらいだ。束が居なくなった今でも夢でも見ているのではないかと疑いたくなり、自分の頬を思わず抓っていた。
「やはり夢ではないのね…… 一体、何されるんだろう?」
多分一夏絡みであろうが、救出するだけで納まる気がしなかった。今まで何一つ情報がなく、束によってようやく一夏の手掛かりが掴めるかもしれないくらいだ。絶対に何かある――鈴はどうしてもそう考えてしまった。
それから鈴は何事もなくIS学園の寮に戻ってくることが出来たが、その日の夜――
「……ねぇ、電話鳴ってるよ?」
「本当だ。ちょっと出てくるね」
ルームメイトであるティナ・ハミルトンが鈴の携帯から電話が鳴っていることに気づき、すぐに鈴に伝えた。鈴はティナから携帯を受け取ると部屋から出てすぐに電話に出たが、ちょっと急いで部屋を出たために、誰からの電話なのかを確認せずに電話に出ていた。
「はい、どちら様――」
『もすもす鈴ちゃ~ん。今大丈夫?』
「たっ――」
思わず束さんと声が出そうになったが、咄嗟の反応で抑えた。ここで束という名前を言ってしまえば大騒ぎになりかねなく、もしかしたら一夏事で関わっている人間が居るかもしれない。だからこそ束の名前をここでするのは危険で、声を抑えるべきだと鈴は思った。
それから鈴は小声で束と話しつつ、なるべく人気がないところへ移動することにした。
「それで、一体何の用でしょうか? 後日メールで話してくれるのではなかったのですか?」
『……やっぱりその口調どうにかならないかな? それでどうして連絡したのかというと、ちょっと事態が変わっちゃってね』
「どういう事でしょうか?」
『明日、そっちに二人の転入生が来るのだけど、その二人がいっくんに関わっているらしくて』
「……要するに、私がその二人を気付かれない程度に見てほしいと?」
『そういうこと。そういう事だからよろしくね♪』
いっくんという束の言葉に鈴は誰の事だろうと一瞬思ったが、この場で二人が関係している名前を考えれば束が一夏の事を呼ぶときのあだ名だろうと思った。
とりあえず鈴はなるべく人気のない場所に移動することが出来たので、声をいつもの大きさに戻して話し続けた。
「それで、その二人の名前は?」
『結構有名な名前だしいよ。私は知らないけど』
「だから、名前を教えてもらえるとうれしいのですが……」
『う~ん……教えたいところなんだけど、余り名前を覚えるの得意じゃないから覚えてないんだよね。ちょっと待ってて』
鈴は束に言われた通りに待つことにしていたが、電話からキーボードなどを操作するような音が聞こえてきた。数分してその音が聞こえなくなり、その数秒後に束の声が戻ってきた。
『あったあった。それじゃあ名前言うね。多分鈴ちゃんからしたら驚くかもしれないけど……』
「なるべく驚かないようにします」
『じゃあ言うよ。シャルロット・デュノアとシルヴェーヌ・デュノアの二人が転入してくるからよろしくね』
そう言ってすぐに、束は鈴との通話を切ったが、その二人の名前を聞いて鈴はここでその名前を聞くとは思いもしなかった――
さて、誰もがあの二人だと思っただろうが、誰がそう言った。
いや、感想の返信で嘘言いましたけど!!
ちなみにラウラの登場はまだ先です。期待してた人すみません。
……余談ですが、シャルロットっていう名前、フランスでは女性の名前としてはやっぱり普通なのね。
シルヴェーヌの名前をどうするか考えていた時にフランスの女性名を調べていたのですが、シャルロットという名前を見つけたのでね。当たり前なのかもしれないけど。(ちなみにラウラもそうでした)
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第六話
――時は数週間前に遡る。
「……どういうつもりよ? どうして、こんなことを生みの親に対して向けるの!?」
フランス、デュノア社――ISを制作しているフランスの会社であるが、ある一室でとんでもないことが行われていた。
壁に寄りかかりながら地面に座って怯えている女性と、拳銃を向けている高校生くらいの女の子。どうしてこのような光景になっているのかというのも疑問であるが、それ以上に疑問なのは髪や顔が似ているという点だ。
怯えている女性はクラリス・デュノア――デュノア社社長であるラザール・デュノアの妻であり、現在クラリス拳銃を向けているシルヴェーヌ・デュノアの母親でもある。要するに、実の娘が母親に向けて拳銃を突き刺している状態だった。
「……生みの親? 昔、あなたに対して尊敬していたこともあるけど、今は違うわ。あんたはフランスの害でしかないし、唯の邪魔な存在よ」
「生みの親に対してよくそんなことを言えるわね!! 私の身に何かがあったらすぐに駆けつけて捕らえることもできるのよ」
クラリスは社長の妻であり、なにかあったらすぐに連絡が飛ぶようにボディーガードを呼ぶことが出来るスイッチをいつも手に持っている。自分の身が危険だと思ったクラリスはそのスイッチを押して助けを求めようとした。
だが、その助けを求めてスイッチを押している光景を見ていたシルヴェールは、思わず笑みを零していた。その奇妙な笑みにクラリスは自分の娘でありながらも気味が悪く思えた。
「な、なによ……何がおかしいというの!?」
「言っておくけど、そのスイッチを押したところで誰も助けには来ないわ。この命令を下しているのはあなたが嫌っているあの男よ。要するに、あなたはフランス全体から見捨てられたという事を指しているのよ」
「あなたもあいつの手に落ちたというの!! あんな男の為に協力しているなんて、堕ちたものね」
「堕ちたのはあなたよ。男というだけで何も知ろうとしないし、フランスを救ってくれたのはあの男よ? それを未だに認めていないあなたなんか見捨てられて当然よ」
クラリスはISが女性しか使えないという事で偉くなっている女尊男卑の影響を受けている一人だった。男性は自分の道具としか思ってなく、フランスを救ってくれた男性が居なくてもフランスは持ち直せたと思い込んでいる一人だった。
元々フランスはIS開発に置いて、他国では第三世代まで開発が進んでいるというのにもかかわらず、第二世代までしか作ることが出来ないでいた。それを救ってくれたのがある男性で、おかげで他国を追い抜くほどのスピードで成長していった。それを認めていないのが女尊男卑の影響を受けた女性たちで、その中心に居たのがクラリス・デュノアだった。
余談だが、娘であるシルヴェーヌもクラリスが原因で最初は女尊男卑の影響を受けたが、ある事がきっかけによって改心することになった。その改心することになったきっかけについては今は語らないが、いつか語るとしよう。
「くっ、だけど、あのままあの男に頼ってはいずれフランスは崩壊するわ。絶対にね!!」
「そんな戯言なんかどうでもいい。というか、銃を構えながら遺言聞いているのが馬鹿らしくなったから、さっさと死んでね。お母さん」
刹那、シルヴェーヌは生みの親だというのにもかかわらず、躊躇なく拳銃の引き金を引いた。確実に殺すように銃弾が入っている数だけ銃を放ち、その時の表情は無表情だった。悲しむことも怒ることもせず、母親だというのに何か思う事は一つもなかった。
何発も放ったことによってクラリスの服から真っ赤な血の色が染まり始め、動くような気配はなかった。見た限り動けなくなったことを肉眼で確認すると、邪魔だった母親をようやく殺せたことにホッと一息を吐いて、拳銃を片付けてこの部屋を後にしようとした。
「……うわ、派手に銃を撃ったね」
「だれ……ってこの声はシャルロットね。脅かさないでよ」
「ごめんごめん、気付かれないように動いていくことに慣れちゃったからさ」
シルヴェーヌの近くでさっきから声が聞こえてきたが、その本人がシルヴェーヌの近くに突然と現れる。どうやらクラリスとシルヴェーヌが居た位置から丁度死角となっていた部屋の隅に隠れていたようで、そのことにすら気づかなかったシルヴェーヌは自分の警戒心がまだ足りてないなと思った。
そしてその声の張本人――シャルロット・デュノアはシルヴェーヌが殺したクラリスの近くまでより、靴で押しながらまだ生きていないか確認する。
「それで、なんでここにずっといたのよ?」
「今日は元々非番だったし、別に気付かれなければここに居ても良いってヴェロフに言われたから。シルヴェーヌがあの女を殺す様子を僕は見届けたかったし」
「……殺人をしようとしている光景を見届けるって、物騒な事を言っていることに気付いているの? まぁ、私が言えたことじゃないけども」
紛争地帯ならばまだ理解できなくはないが、ここはフランスだ。先進国の一国であるこの国で、高校生くらいの女の子二人がそんな会話をしていること自体、余りにも物騒な事だし、それ以前に彼女たちはデュノア社社長の娘たちだ。シャルロットの場合、ラザールと愛人の間にできた子ではあるが、それだとしても社長の娘達がこんな人殺しを簡単にしていること自体がおかしな光景だった。
「……あ、そうだ。シルヴェーヌに伝えることがあったんだ」
「伝える事? もしかして明日のIS学園への転入について?」
「そうだね。前に言われた通り僕たちはIS学園に転入するんだけど、織斑春十の暗殺は中止だってさ」
「中止? どういうこと?」
シャルロットから言われたことに理解できなかった。元々シャルロットとシルヴェーヌの二人は、もし一夏が暗殺するのを失敗した時にIS学園へと転入し、一夏と共に春十の暗殺を行う予定だった。しかし暗殺をすることを中止となると、何のためにIS学園に転入するのか解らなかった。
「どうやら、篠ノ之束が暗殺の計画を邪魔したらしくてね。おかげで春十を暗殺しようとしたことが大きく知れ渡ることになったらしい。本来なら僕たちの転入を中止する予定だったけど、すでに手続きが終了しちゃったらしく……」
「それじゃあ、私たちは何のためにIS学園に行くのよ?」
「一応、春十の事についてと、IS学園の情報収集をするようにという事らしい。暗殺できないから、一夏も待機という命令がされたようだからね。とりあえず学生ライフを満喫してこいと言ってたよ」
正直デュノア姉妹にとっては簡単すぎる命令だった。久しぶりに聞いたような言葉でもあり、シルヴェーヌにとっては正直やる気がなかった。
手続きが終了したから仕方ないとはいえ、情報収集という休暇を貰ったようなものだからだ。デュノア姉妹はイリア・ヴェロフの部下であり、今回に限らず何度も人を殺めてきた。長期の休暇を頂いたことはありがたいが、逆にそれは何かすることが無くなると同じで、のんびりと生活しているIS学園に通う事すらあまり好んでなかった。
しかしそれだとしても与えられた命令は遂行する――だからシルヴェーヌはシャルロットに命令の詳細について確認することにする。
「近況報告とかはどうするの? 毎度連絡取っていたら怪しまれるでしょうし……」
「それについては最低でも一ヶ月ペースで外出届をだして、一夏が居る拠点場所に行って一夏に報告しろという事らしい。ちなみに最低でも一ヶ月というのは、ずっと一ヶ月で報告するわけではなく、不定期に一夏のところに向かって報告しろという事らしい。外出理由もその度に理由を変える様にとは言っていたけど」
「要するに、なるべく怪しまれないようにという事でしょ? とにかく、当分の間はのんびりできると思って良いのね?」
「そういうことになるね」
「とりあえず了解したわ。とにかくずっとここに居るのも嫌だからここから出ましょ? 死んでいるとはいえ、こいつと一緒に部屋に居るだけで虫唾が走るから」
シャルロットとシルヴェーヌの二人はクラリスの死体があるこの部屋にずっといるのもどうかと思ったので、クラリスの死体をそのまま放置して部屋を後にした――
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「それでは転入生を紹介します!!」
1組の教室は副担任の山田麻耶から突然言われた転入生ということに、一部を除いて騒ぎ始めた。
ついこの前2組に転入生が来たという話で盛り上がり、それからまだ一ヶ月程度しか経過していないのに、またしても転入生が来るという事に大半が驚いていた。続けざまに転入生が来るようなものではないし、転入生が来ることの方が珍しいくらいだ。IS学園というISの為にある学校だからなのかもしれないが、それだとしても一ヶ月で転入生が来る頻度ではないだろう。
しかし、そんな転入生という事に驚いていない人物が数人ほどいた、そのうちの一人である織斑春十は転入生が来るという事すら気にせずに、ここ最近ずっと気になっていたことについて考えていた。
(……教師陣は何も言わなかったが、クラス対抗戦のあれはやはり俺を狙った攻撃だろう。無人機のISが来なければ、確実に殺されていた。しかも、どこが暗殺を仕掛けたのかという情報が全く入らないって、どういうことだ?)
そう、クラス対抗戦の時、春十は自分が殺されそうになったことを知っていた。寸前まで無人機がなく、割り込むような形で暗殺を阻止したのだから、目の前の目撃者である春十から見れば殺されそうになったとすぐに分かっていた。
別に暗殺されそうになったことに怖がっているわけではない。織斑千冬の弟であり、さらには天才児とも言われている春十を欲しがる国は多い。そのため、一々怯えていたらきりがないことであり、過去にも似たようなことは良くあった。
しかし暗殺というよりも、どちらかと言えば織斑春十がどういう人物なのかという事が多くて監視していたようなものであり、今回みたいに大がかりに暗殺をしようと企んだのは今までいなかった。別にそれだけならばさほど気にすることでもないが、いつもなら暗殺や監視してきた国や組織はすぐに割り出せる事が出来る春十にとって、何一つ情報が手に入らなかったことの方が気になっていた。
そんなことが出来る人物は春十の中では篠ノ之束しかいないが、今回の場合、篠ノ之束は春十を守った方だと解っていた。無人機のISを作れる人物なんてISの発案者である束くらいだし、両方とも束の仕業ならばただの自作自演で、わざわざする必要すらない。だからこそ、暗殺を仕掛けた組織は絶対にまた狙ってくるだろうし、なにより春十自身が今までにない以上に危険だと思っていた。
(……そしてもう一つ気になる事と言えば、束の行動が解らない。束とは意見が食い違って仲が悪いほどであり、俺を守るためにわざわざ無人機のISを使ったとは考えられない。そのことを考えれば、束は絶対に俺を暗殺した組織を知っている)
正直、クラス対抗戦での束の行動は春十でも解らなかった。一番考えられるとしたら、春十を暗殺しようとした組織と何らかの関わりがあるということであり、そもそも人間に興味を持たない束がある組織を気にすること自体が春十にとって驚きだった。絶対に何かある――そう踏んでいる春十であるが、その情報を束本人から聞くことが出来ないのが辛かった。それほどまでに束と春十は仲が悪く、一夏が誘拐される以前は一夏を介して話していたくらいで、誘拐されてからは一度も会話したことすらなかった。
言ってしまえば、情報が何一つつかめず、どこかの組織に狙われていると知っている状況だった。いつ狙われるか分からないこの状況であり、おかげでいつも警戒心を強くしていた。
「それでは、入ってきてください!!」
(っと、今は考えているよりも授業に集中するか……って、転入生が来るのか?)
真耶の言葉が聞こえて、授業に集中しようとしたが、春十はようやく転入生が来るという事を知った。それを知った直後に教室のドアが開き、IS学園の制服を着た二人の女子生徒が入ってきた。
「ね、ねぇ、あの二人って――」
「ゆ、夢じゃないんだよね……」
二人の生徒を見て生徒たちはさらに騒ぎ始めた。その間に真耶は黒板に転入生の名前を書いていき、教卓の近くで立ち止まったと同時に名前を書き終えて生徒たちの方へと振り向いた。
「はい、それでは自己紹介をお願いします」
「シャルロット・デュノアです。よろしくお願いします」
「シルヴェーヌ・デュノアよ。よろしくね」
その二人の名前を聞いた瞬間、先ほどまで騒いでいた声が一気に静かとなる。そして数秒後、先ほど騒いでいたよりもはるかに大きく騒ぎ始めた。
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーデュノア姉妹よっ!!」
「あ、あのデュノア姉妹がどうしてIS学園に!?」
「デュノア姉妹が目の前にいるなんて、夢を見ているみたいだわ!!」
「しかも同じクラス!! さらにいえば千冬様が担任で春十君とも同じクラスなんて!!」
女子っていつもこんなに騒ぐものなのか。と、春十は思いつつも教卓の近くにいるデュノア姉妹を見ていた。
シャルロット・デュノアとシルヴェーヌ・デュノア――その名前を知らないものはこの世の中ほとんどいないだろう。フランスにあるデュノア社の娘たちであり、ハリウッド女優かのようにフランスの有名人だ。
デュノア姉妹が有名人になったのかといえば、フランスで行われたタッグでのIS対戦だった。二人はまだ代表候補生という扱いだが、そのコンビネーションはフランスのIS代表コンビを打ち負かしてしまったくらいだ。相手に隙を与えないほどの攻撃を繰り返し、無傷で勝利したというのはフランス内では有名な事で、デュノア姉妹のタッグに勝てる相手はほとんどいないと言われるほどだった。
その後、その情報は世界中へと広がり、あっという間に世界中で有名となった。ちなみに個人戦に関してもフランスの代表に勝てるほどではないが、代表候補生になるほどの実績は残しているくらいだった。
「静かにしろっ!!」
生徒が騒いでいたのを、千冬が一喝して生徒全員を黙らせた。生徒が黙ったのを確認すると、千冬は真耶に話を続けるように言う。
「それでは山田先生」
「あっ、はい。それではお二人は、空いている席が二つあると思いますので、どちらでもいいですから座ってください」
「解りました」
デュノア姉妹はすぐに空いている席を見つけ、それぞれの席に移動した。
そして二人が座ったことを確認すると、SHRにて連絡事項などを説明して千冬と真耶の二人は教室を後にし、生徒達はデュノア姉妹のところへと一気に集まった。
「ねぇねぇ、どうして転入してきたの!?」
「好きなものとかなにかある? 教えてほしいのだけど!!」
「あぁ、フランスの美少女姉妹がIS学園に来るなんて……」
「神様、ありがとうございます!!」
そんな様子を見ていたデュノア姉妹は思わず苦笑いをしてしまう。正直こうなることは転入してくる以前から何となく察していたが、想像以上に質問攻めをされて思わず戸惑ってしまうほどだ。二人はとりあえず一人ずつ質問するようにと言って、一人ずつ受け答えすることにした。
さまざまな声が聞こえている中、春十はそんな様子を見ずにさっさと教室を後にする、最初の授業はISを使った授業な為、急いで出ないと間に合わないからだ。多分今日はデュノア姉妹の質問攻めで遅れてくるだろう生徒もいるだろうが、そんなことどうでもよい春十は更衣室へと向かうのだった。
しかし、春十が教室が出て行く様子を、デュノア姉妹は質問されながらも密かに見ていた。本来、暗殺するためだった対象であり、一夏を貶めたと過言でもない人物。暗殺の対象は消えたとしても、春十の事を調べる必要があり、その命令を遂行するつもりでいた。
そんな春十の様子を見ていながらも、とりあえず今はこの質問攻めをしている生徒達をどうにかしようとデュノア姉妹は思うのだった――
次回は多分、そのまま授業かと。デュノア姉妹のコンビネーション見せるために。
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第七話
「それでは、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」
最初の授業から実践授業であったために、1組と2組の生徒たちはアリーナの一つを借りて授業を行っていた。
結局授業に間に合わずに遅れてきた1組の生徒が数名降り、先ほど千冬から出席簿で叩かれたものだから、今も尚頭を押さえていた。その中にはデュノア姉妹の二人も含まれ、余りの痛みに何かあの出席簿には金属でも入れてあるのではないかと思わず疑ってしまうほど痛かった。
「まずは専用機持ちの二人にはある人物と対戦実践をしてもらおうか。そうだな……オルコット!! 凰!!」
「え、わたくしですか!?」
「あたしも!? てっきりデュノア姉妹がするのかと――」
まさか呼ばれるとは思っていなかった二人は、千冬から呼ばれたことに思わず驚いてしまった。
専用機持ちの二人と言っていたが、先ほど1組には有名なデュノア姉妹のコンビがいるし、二人のコンビネーションでも見せるのだろうとてっきり考えてしまっていた。そう思っていた二人だからこそ、呼ばれることはないだろうとつい気楽にしていた。
そんな気楽にしていた様子を千冬は見逃していなかった。そもそも頼もうとしていたのが、セシリアと鈴の二人だったくらいだ。デュノア姉妹のコンビネーションは国代表ですら倒してしまうという事は千冬でも知っていたくらいであり、今回の実戦で頼むことは余り意味を成さなかったからだ。春十に頼むという考えもあったが、セシリアと鈴の二人が春十と仲が良くないことは知っていたし、うまく連携が取れるとは思っていなかった。はっきり言ってしまえば、消去法でその二人しかいなかったわけだ。
とはいえ、元々気楽に居てやる気なんてさらさらなかった二人にとって、モチベーションは余りにも低いものだった。見世物扱いにされることに余り好きではなく、テレビのインタビューに答えることもなるべくしたくないくらいだ。そもそも彼女たちが代表候補生をしているのは、ある事に気づかれないようにすることと、フランスの知名度を上げるためだけの理由で、フランスの代表になるためではないのだ。
「デュノア姉妹が実践させると、問題があるからだ。とりあえず準備しろ」
「……わかりましたが、対戦相手は一体誰でしょうか?」
「そろそろ来ると思うのだが……」
「ど、どいてくださああああああああああああああいっ!!」
突如聞き覚えのある声が上空から聞こえてきて、見上げると山田真耶が生徒たちがいる方向へ突き進んできていた。その光景を見たデュノア姉妹は何をやっているのかと思わずため息を吐きたくなかった。
とにかくこのまま止めないというわけにもいかないため、お互いに視線を一瞬だけ合わせ、シャルロットが自身の専用機を展開させて真耶先生を受け止めた。
「大丈夫ですか先生?」
「あ、ありがとうございますデュノアさん」
何とか被害がなく終えることが出来たが、こんなのが教師で大丈夫なのかとデュノア姉妹は正直不安になった。
真耶はシャルロットから離れ、何事もなかったかのように生徒達の方へとISを動かした。これ以上時間を掛けるわけにもいかないと思った千冬は一度ため息を吐きながらも、先ほどから何も準備をせずに立ち続けている鈴とセシリアの方へと振り向き、近づいて二人の肩を叩いた。
「そこの二人、何ぼさっとしている。さっさと準備をしろ」
「あ、は、はいっ!!」
「わ、わかりましたわ!!」
千冬に言われた二人はそれぞれ自分の専用機を展開させ、真耶と対面するような形となり、そのまま上空へと上昇していった。そもそもタッグで戦う事すら初めてだったが、とりあえず二人はプライベート・チャンネルを繋ぎ、作戦を考えることにした。
『セシリア。あんたはISの性能的に遠距離からの援護をお願いできる?』
『そういうとは思いましたわ。鈴さんの攻撃に合わせばよろしいのですね?』
『えぇ、それでは行くわよ!!』
鈴の合図と共に
あまりにも単調で解りやすい攻撃はある事に、真耶は攻撃を仕掛けてくる即座に避ける。もちろん鈴もこんな攻撃が通るとは思ってもいなかったし、避けられた即座に甲龍を大きく捻りながらも、もう片方の右手に持っていた
「っ!?」
あまりにも簡単な攻撃をしてきた理由はこれかと真耶はすぐに気付くが、避けきること自体が難しい攻撃だった。だがこんなところでダメージを受けるわけにはいかないので、何とかして防ぐように近接装備で鈴の攻撃を防ぐように行動した。正直防ぎきれるかギリギリのところであり、何とか防げた事に少し安心をした。
「やりますね……」
「まぁね。あたしにはISを使ってやりたいことがあるのでね!!」
「そのために代表候補生となって、力を手に入れていたと。ですが――これではまだまだ甘いです!!」
「なっ!?」
突然鈴の
鈴は真耶に最初に攻撃を仕掛けようとした
このまま攻撃を繰り返しても分が悪いと考えた鈴はそのまま真耶から少し距離を離れ、体制を整えることにする。そう簡単に勝てる相手とは思っていなかったが、不意打ちの攻撃以外は読まれていたことに少し悔しかった。
「鈴さん、やりますね」
「あたしの攻撃を全て防いどいた癖にそのような言葉を言われるのは癪だけど、ありがたく貰っておくわ。だけど、何か忘れていないかしら?」
「え? 一体何の事でしょう――」
真耶が何かを言おうとした刹那、真耶の背後からレーザー攻撃が迫り、そのままISに直撃した。鈴の攻撃が予想よりも強かったことで、セシリアの存在をすっかり忘れていたのだ。
経った数分でセシリアの存在を忘れていたことに真耶は自分が夢中になりすぎていたと気付き、教師としては余りにも見本にならないことだった。
「まったく、あたしを意識し過ぎよ。まるで狙ってくださいと言っているようなものじゃない」
「……そうですね。教師としては良くない見本ですね。ですが、これ以上はこんな失敗はしませんよ!!」
真耶は苦笑せざるをおえなかった。昔ならばこんな失敗をしなかったはずなのに、無駄なダメージを受けてしまったことに自分を悔やんでいた。変なところでダメージを受けてしまう羽目となってしまい、そのことを後で千冬に言われてしまうだろうなとちょっと思いつつも、これ以上このような失敗はするわけにはいかなかった。
そして真耶は一度セシリアのISであるブルー・ティアーズに向けて一発の銃弾を打ち、遠距離攻撃を仕掛けてくるセシリアから先に攻撃を仕掛けることにするのだった――
--------------------------------------------
「さて、今の間に……デュノア姉。山田先生が使っているISについて解説しろ」
「解りました。フランス、デュノア社製第二世代型IS――ラファール・リヴァイヴ。苦手とする距離を持たない汎用型のISであり、第二世代最後発のため高い整備性と安定した性能のおかげで七ヵ国でライセンス生産、十二ヵ国で制式採用され、専用機としていろいろなカスタム機があるわ。一番の特徴としてはISの癖がなく、操縦者を選ばない操縦の簡易性となっているわ。また、武装による全距離対応可能になるおかげで、複数機を使ったチーム線で一番使われることが多い機体だわ」
「よし、それでいいだろう」
シルヴェーヌの説明に、生徒達は少し歓声が上がった。
一言も噛まず、一つも間違えずに言えたことに多少驚き、思わずすごいと思ってしまっていた。
それからシルヴェーヌはシャルロットの近くまで寄り、鈴とセシリアの戦い方について考察を始めた。
「それにしてもあの二人、初めてにしてはかなり上出来じゃない? 初めてという事もあって多少のロスが幾つかあるけど、お互いに任せるところは任せているわね」
「そうだね。初めてだからお互いの性能を生かせずに倒されるという光景が見えると僕も思ったけどね。織斑先生もそうなるだろうと思っていたと思うけど、僕としては上手くタッグが出来なくて無様な姿を晒す結果を望んだのにな……」
「……シャルロット、なんか最近腹黒くない?」
「え、そう?」
シルヴェーヌの言葉にシャルロットは首をかしげるが、自分が腹黒い人間後気付いていないシャルロットにシルヴェーヌは妹なのに思わずドン引きしそうになった。シルヴェーヌの母親を殺したときも足を踏みつけていたし、何事もなかったかのようにシルヴェーヌと会話していたくらいだ。あの時のシルヴェーヌはさすがに母親を殺したことに多少の感情があったけども、シャルロットの場合はシルヴェーヌが死んだとしても憎しみなどを見せずにいつも通りの顔をしていた。
そしてそれは、シルヴェーヌの母親を殺したとき以外でもあった。シルヴェーヌとシャルロットが共に殺しの任務を受けた時、シャルロットは表情一つ変えずに次々に人を殺めた。その様子を近くで見ていたシルヴェーヌだが、まるでその光景は誰かの真似をしているかのようにも思えた――
(っ!? シャルロット、まさかあんたっ!?)
「あ、山田先生が少し本気になったかな?」
シルヴェーヌはようやくシャルロットの正確が変化し続けている原因が誰なのかようやく気付き、シャルロットの方に顔を向けていたが、当のシャルロットはシルヴェーヌが顔を向けられていることに気付かず、上空で行われている戦いをずっと見上げていた。
まるで少し前のある人物に似ている――その人物はようやく感情を取り戻し始めているが、その近くにシャルロットはその人物の殺し方や暗殺を参考にしてしまったのだろう。敵に対する感情は何一つ捨て、容赦なく殺す一時期の彼の殺し方を――
このままいけばシャルロットは昔の彼みたいなことになってしまうかもしれなかった。何とかしてそれを阻止したいところであるが、彼のように時間は掛かってしまう。幸い、IS学園に居る限り、殺しなどの任務が与えられることは当分ないだろうと思われるが、急遽呼び戻される可能性だって考えられた。
とりあえずこのことはヴェロフに報告しておく必要があるとシルヴェーヌは思い、とりあえず今はシャルロットと同じように試合の光景を見届けることにした――
「あ、一瞬のすきを見つけて一気にセシリアに近付いたね」
「……山田先生、本気を出しているように見えないのは気のせいかしら?」
「うん、それは僕も思った」
シルヴェーヌは途中から試合を見始めたが、真耶が余りにも手加減なしで戦い始めているように思えた。本気で挑まなければ倒される可能性があると思って本気で戦うようにしたのかもしれないが、正直鈴とセシリアのコンビが真耶を本気にさせないと勝ち目がないというほどなのだろうかとシャルロットとシルヴェーヌは思ってしまった。
しかしそうなると、意外とあのコンビで戦ってみたいという気持ちも高まっていた。教師を本気にさせるほどのコンビネーションというほどであるのかと思うと、シャルロットとシルヴェーヌは興味をもち、思わず闘争心が芽生えてしまった。
「……IS学園でタッグ対戦があれば、一番苦労するのはあの二人かもね」
「まぁ、あるかどうかはわからないけど、是非あのコンビで闘ってみたいものね。フランスで行われたタッグ大会よりは面白そうだわ」
大会がなかったとしても、最悪二人に頼んで模擬戦をしてもらえばいいと思い、シャルロットとシルヴェーヌはその時を楽しみにしていようと思っていた。
ちなみに戦いの結果だが、真耶が本気を出していたおかげで鈴とセシリアが押されていたが、それでも真耶に攻撃を何度か仕掛けてダメージを与えていたことを繰り返していた。
しかし、戦いが余りにも長くなりそうだと判断した千冬は授業時間も限られていることもあって中断させることとなり、決着がつかないまま終わる形となってしまうのだった――
シャルロットは色々と不安定です。しかし、そんなシャルロットが次回メインです。
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第八話
今日一日の授業が全て終了したあと、シャルロット・デュノアはIS学園の建物がどのようになっているか一人で調べていた。
本当ならばシルヴェーヌ・デュノアと共にする予定だったが、先ほどヴェロフから連絡があり、してもらいたいことがあったらしいので寮の自室に戻って行った。おかげで予定にしていたIS学園内の見学をシャルロット一人ですることとなってしまった。
「う~ん……やっぱり建物とか見ると普通の学校と変わらないね。そりゃ、教師や関係者以外立ち入り禁止区域は解りにくいところにあるだろうし、当たり前かもしれないけど……」
とりあえずIS学園の地図を見ながら進むが、これと言って怪しいところは今のところ見つからなかった。そう簡単に見つからないのは当たり前であるが、やはり収穫がないというのは余り面白みも感じず、ただ時間が過ぎていくだけにしか思えなかった。
とはいえ、何かありそうであれば報告したいところであるし、今後のシャルロット達にいい方向へと繋がるかもしれない。そういう事もあって中断して寮に戻るという事はするつもりはなく、とりあえずIS学園から支給された校内の地図を頼りに歩き続けていた。
「あー、ここがISの整備室か。そういえば、僕のISってあの時の大会のままだったな……」
色々と歩き回ったが、シャルロットはISの整備を行う整備室に辿り着いていた。今後利用するところになる場所ではあるだろうが、シャルロットは自分の専用機がフランスで行われたタッグ大会の状態である事を今更ながら思い出した。
シャルロットの専用機はラファール・リヴァイヴ・カスタムIIであるが、基本装備の一部を外し、後付け装備用に拡張領域を原型機の二倍にまで追加しているのだが、対戦相手によってその装備を一々変えている。シャルロットがISを最後に使用したのがタッグ大会の決勝戦だったため、それからずっと装備を変えていないことに気付いたのだ。
とりあえず後で整備室に戻ってきて、IS学園様に装備を変更しておこうと思ったシャルロットは、整備室を後にしようと考えたが、シャルロットの位置から水色の髪をしている一人の女の子が専用機を弄っている姿を見かけた。基本的誰かが整備してもさほど気にしない筈だが、IS学園には専用機を所持している人数は少ないはずであるし、それを整備しているという事は同じ専用機を持っている生徒なのだろうと思い、誰なのかと考えていた。
一応、IS学園に通っている生徒の名簿や経歴などは全て調べられているのであるが、その資料は現在寮の自室に置いてある。一旦寮に戻ってくるのも面倒であるが為、シャルロットは彼女に話しかけてみようかと考え、彼女に近付いて行った。
「ねぇ、ちょっといいかな?」
「っ!? 突然後ろから話しかけないでっ!?」
「ごめんごめん。別に脅かすつもりはなかったのだけどさ――」
突然声を掛けられたことに彼女は驚いてしまったが、シャルロットが謝ることによってすぐに落ち着きを取り戻していた。
シャルロットは彼女の顔を見て、どこかで見たような記憶があるような気がした。最初、ヴェロフが要注意するべき人物に挙げられていたかと思ったが、それならシャルロットは記憶しているし、忘れるはずがない。そう考えればそこまで要注意するべき人物ではないと解るが、見覚えのあるという感じが気になって仕方がなかった。
とりあえず、彼女と関わりを持つことによって名前や経歴を調べておこうと思った。彼女の事が今現在でわかる事と言えば、専用機持ちの生徒だという事くらいだ。彼女が整備していた機体が専用機である事は機体を見るだけですぐに解るほどだが、どのみち模擬戦や大会などで戦う事になる可能性が高いこともあり、専用機持ちの生徒くらい覚えておけば良かったなとシャルロットは思ってしまった。
「……それで、何の用?」
「いや、別にこれと言った用があるわけではないんだけどさ……」
「なら話しかけないで。今忙しいから」
「ならごめん……って、君ってまさか自分で機体を改造しているの?」
「……? そうだけど?」
彼女はそれのどこがおかしいのという顔をして、首をかしげていた。
彼女の専用機の周りにはその専用機の物だろうと思われる部品が幾つか落ちていた。全てを接続しなおせばISとしての機能が使えると思われるが、折角できている機体を一部解体して改良を行おうとしているなんていうことが驚きだった。そんなことが出来る人物は専用機持ちでも少ないだろうし、シャルロットもできる様になったのは最近の事だ。
「……ちょっと見せてもらってもいいかな?」
「別にいいけど……」
シャルロットは彼女がどのような専用機を作ろうとしているのか少し気になり、なぜだか興味を持った。まさか自分と姉のシルヴェーヌ――そして生徒会長以外にも専用機を作ることが出来る人間がいるとは思いもしなかった。シャルロットも今に至るまでかなり苦労し、シルヴェーヌとどれだけ比較されたくらいだ。
シルヴェーヌも専用機を作ることが出来たおかげで、シャルロットはいつも国内から出来損ないと言われ続けてきた。シルヴェーヌは生まれながらの天才と言われたおかげで昔から比較され続け、さらに言えばシャルロットは愛人との娘であるがために、何もできない愛人の娘というレッテルをフランス国内で付けられたこともあった。
しかしそれを改善してくれたのが、姉であるシルヴェーヌだった。元々シルヴェーヌはシャルロットのイメージを払拭しようと努力していたくらいで、その結果を出したのがタッグ戦での優勝だった。そのおかげでシャルロットの見るイメージが変化を始め、今でもシルヴェーヌがコンビを組もうと言ってくれたことには感謝していた。
「そういえば名前言ってなかったね。僕はシャルロット・デュノア。一応フランスの代表候補生でもあるんだけど、君の名前は?」
「……更識簪」
「更識――なるほどね……ってこれはっ!?」
シャルロットはようやく彼女が誰に似ているのかようやく理解できたが、それよりも彼女――
基本的な事はしっかりできているのだが、細かな部分が全くできていないし、このまま作成してしまえば絶対にエラーが発生するか、バグが起きて上手く機体が動かない可能性だって考えられた。このまま彼女一人に任せるのは危険すぎる――そう思ったシャルロットは手伝ってあげるかどうか考え始めた。
正直な事を言えば、こんなことで手伝うのは余りよろしくない。本来の目的とはかけ離れていることであるし、シャルロットにとって利益を得るようなものは何一つない。しかし、簪がここまでして努力する理由はシャルロットも何となく想像できた。更識というのだから姉はあの生徒会長である更識楯無だろうし、自分と同じように比較され続けたのだろうとなんとなく推測できた。楯無が出来たのだから妹である簪にもできないはずがない――そう思い込んで努力をしているのかもしれないが、それだとしてもシャルロットにとっては共感できる事だった。
「……突然こんなことを言うのはどうかと思うけど、この専用機を完成させるの手伝っていいかな?」
悩んだ末に出した結論は、簪の専用機の設計を手伝うことにした。このまま見逃して知らないふりをすることをシャルロットにはできず、どのみち時間に余裕はあるから良いだろうと思った。
「別に頼んでないのだけど……」
「はっきり言うけど、このままいけばバグやエラーを起こしまくって上手く動いてくれないよ。さっき名前聞いてようやく分かったけど、そんなに姉に勝ちたいわけ?」
「っ!? あなたに何が解るの!?」
まるで解るような言い方をされて、簪は思わず声を出して起こってしまったが、シャルロットは気にせずに話を続ける。
「詳しいことは解らないけど、多分これだけは言えると思う。君は僕と同じように姉と比較され続けてきて生きてきたという事だけは――」
「えっ!? でもあなたとあなたの姉との仲は別に問題なさそうだけど……」
さっきから怒ったり驚いたりして表情が大きく変わるな……とシャルロットは思うが、そうさせているのは自分だという事は理解しているし、予想通りの反応ではあった。しかしそこまで表情が変化すると、簪からしてみれば怒られるかもしれないが、シャルロットはそう思わずにはいられなかった。
「確かに仲は良いよ。だけどフランス国民からは比較され続け、フランスの学校でも虐められることもあった」
「なら、姉を恨んだことだってあるはず……」
「ない……と言ったら嘘になるね。というより、僕はある時までシルヴェーヌを恨み続けていた事だってあったくらい。だけどシルヴェーヌは僕の事をずっと考えていてくれて、何とかしようとしていたらしい。まぁ、そのおかげでフランス国民から比較されたりすることは無くなったけど」
「……そうなんだ」
詳しいことを省いてシャルロットは話したが、正確にいえばシルヴェーヌが自分を救おうとして居る事に対してシャルロットは怒りを覚えた。シルヴェーヌの母親――クラリス・デュノアは夫の愛人の娘であるシャルロットを恨んでいることもあり、いい子気取りで自分の株を上げようとしているようにしか見えなかった。それに、そう簡単に今の状況が変わるとは思えなかったし、もしシルヴェーヌが本気で救おうとしたとしても、クラリスによって邪魔をされていたに違いないとも思っていた。
しかし、その状況を覆す結果となった人物がいる。それがヴェロフと一夏だった。ヴェロフが現れた瞬間フランスのISは大きく変わる事となり、もちろんクラリスはそれを許さず、ヴェロフを暗殺しようと企てた。しかしそれを全て阻止したのが一夏であり、想うようにはいかなかった。
その間にも、フランスではヴェロフによるIS改革が行われていた。そのおかげで第二世代までしかISを作れなかったフランスは、他国に劣らないようになり、クラリスの立場が危うくなり始めた。そこでクラリスは夫のラザール・デュノアを使い、シャルロットをヴェロフの元に置くこととなった。だが、それがクラリスの失敗で、シャルロットにとっては人生にとって一変することとなった。
シャルロットはヴェロフによって、フランス内の事情を全て知ることとなり、シルヴェーヌが本当に自分を救おうとしていたことも知った。それからのシャルロットはシルヴェーヌに協力的となり、シルヴェーヌから頼まれたことは基本的手伝うように始めた。そしてその結果、シルヴェーヌが考えていた通りにフランスがシャルロットを見る視線が変化し、今ではシルヴェーヌと同じで人気があり、ファンができるほどだった。
「とにかく、姉を気にし続けると自分の力を発揮できないのは確かだよ。たとえ姉妹だろうと得意不得意は違うし、自分が得意な部分で姉に勝つ方が簡単だよ。姉も成長していくのだから、姉に追いつくことなんて不可能に近いんだよ」
「だけど!! 私が姉に勝るものなんて……」
「絶対に何かあるはずだよ。僕はここまでしか言えないけど、アドバイスくらいならばいつでも歓迎するよ。それじゃあ、エラーやバグのところは抽出しておいてあげたから、あとはそこを治せば問題なく完成するから――」
その一言を伝えて、シャルロットは整備室を後にした。
正直の事を言えば自分らしくなかった。人間をあまり信用していないシャルロットが、誰かに対してアドバイスや手伝いなどを行うなんて今まで一度もなかった。評価が良くなった途端に視線を変えて接してきた人間を、シャルロットは何度も見てきた。だからこそシャルロットは一部の人間を除いて信用してなく、もちろんそれは先ほど話していた簪相手でも同じことだった。
だが簪を見ていると、昔の自分に似ているようにシャルロットは思えた。姉と比較され、劣られていることを気にしている。周りから何かを言われたかどうかは分からないが、姉を気にして周りが見えていなかったのは昔の自分を思わせるところがあった。何時もなら話しかけても詳しいことまで聞こうとは思わないのだが、簪の事をシャルロットは気にしないで接することが出来なかった。
「……なにやっているんだろうね、僕は」
そんな一言を苦笑いしながら呟いた。結局自分のISの調整を行う事をせずに整備室を後にしてしまったが、また今度行けばいいかと思いながらも、そろそろヴェロフとの連絡が終えたであろうと思い、寮の部屋に戻ろうとした。
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シルヴェーヌがヴェロフ連絡が終えてから1時間くらいした頃、一夏はヴェロフと連絡をしていた。
「……え、あいつがこっちに来るのですか?」
『あぁ、ってなわけであとはそっちに任せる』
それから電話を切り、一夏はこれから待ち受けているだろう不安を考え、ため息を吐くしかなかった――
感想は読んでいますが、時間があまりないので修正は後日行います
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第九話
一話一話の投稿感覚が長いかもしれませんが、読んでくれるとうれしいです。
「これより転入生を紹介します」
数日後、山田麻耶からその言葉を聞いて、1組の生徒たちは騒ぎ始める。
ついこの前、デュノア姉妹がIS学園に転入してきたばかりだというのにもかかわらず、またしても転入生が来るとなれば驚きを隠せないだろう。ISのためにある学園で、他と違って転入生も多いのかもしれないが、それでも一ヶ月以内に三人という人数はさすがに多いようにも思えた。
そんなみんなが驚いている最中、驚いていない生徒が四人もいた。
一人はセシリア・オルコット。代表候補生ということもあってか、転入生が来るということだけでさほど驚いていなかった。デュノア姉妹の時も驚きはしなかったが、転入生がデュノア姉妹だと解るとさすがに驚いたくらいで、今回はそんな有名人が来るわけではないだろうと思っていた。
もう一人は織斑春十。デュノア姉妹の時は考え事をしていたこともあって、転入生がくることすら気づいていなかったくらいだが、今回は朝のホームルームの内容を聞いていた。しかし天才である春十にとってさほど興味がなく、たとえ代表候補生だとしても自分に勝てる人間は来ないだろうと思い込んでいた。
そして、残りの二人はデュノア姉妹だ。イリア・ヴェロフの下で人殺しをしている彼女たちにとって、正直どうでもいいことだった。唯一気になることといえば今後自分たちの邪魔をしてこないかというくらいで、そうでなければ他の生徒たちのように馴染み込めればいいとしか思っていなかった。だが、そんなデュノア姉妹の考えがすぐに崩れ去られることを知る由もなかった。
「それでは入ってきてください」
麻耶の一言で、その転入生はドアを開けて教室の中へと入ってくる。その転入生の姿を見たデュノア姉妹は、思わず目を開いてその転入生を見ていた。どうして、彼女がIS学園に転入することになったのか知らず、思わず驚いてしまっていた。
そう――その転入生はデュノア姉妹の知り合いでもあり、イリア・ヴェロフにかかわりがある人間だった。普段ならその情報が事前に伝われるはずなのだが、そんな情報が伝えられてなく、数日前にきたヴェロフからの連絡には彼女のことについて一切知らされていなかった。
その転入生――長い銀髪で左目に眼帯をしている彼女は教卓の近くで立ち止まり、生徒たちのほうへと体を向けた。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「……ってあれ、それだけですか?」
「それだけだ」
「で、ではボーデヴィッヒさん、シルヴェーヌさんの後ろに空いて…る……」
麻耶が席を教えようとするが、ラウラは突如歩き出し、春十の目の前で足を止めた。
春十も思わずラウラの方に顔を向けるが、その直後に思いっきり殴られ、椅子から転げ落ちてしまった。
すぐに殴られたと分かった春十は、即座に立ち上がり、ラウラを睨み付ける。
「……どういうつもりだっ!!」
「……認めない。貴様が教官の弟などと!! そして――」
「っ!? まずい!!」
「あの人をどん底に落とした貴様を、絶対に認めてなるものか!!」
シルヴェーヌはラウラ・ボーデヴィッヒがある名前を言うんではないかと思って、思わず声に出してしまったが、さすがのラウラも場をわきまえていたことに思わず安心してため息を吐いてしまった。
ラウラは何事もなかったかのように後ろのシルヴェーヌの席がある後ろの席に座り、その様子に生徒たちは何が起こったのか理解できてない人ばかりだった。そんな様子に見かねた千冬は教卓を両手で叩き、自分に注目させた。
「以上でホームルームは終わる。さっさと次の授業の準備でもしてろ」
『は、はい!!』
一瞬にしてこの場の空気を換えた千冬はそのまま教室を後にして、それに続くかのように麻耶も千冬の後を追っていくのだった。
「……これは、一波乱おきそうなきがするわね」
先生の二人がいなくなったのを見て、後ろにいるラウラが何かしでかさないかと不安で、二度目のため息を吐くのだった――
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「……で、なんでラウラまでIS学園に通うことになっているのかしら?」
今日一日の授業が終えた放課後、シルヴェーヌはラウラとシャルロットを誘い、屋上へ来るようにと伝えてあった。
そして怪しげな行動に思われないためにも、それぞれバラバラな時間に屋上に行き、三人集まったところでシルヴェーヌがラウラにIS学園に転入することになった説明を求めた。
「簡単だ。私がヴェロフ元帥に直談判をしたからな」
「じ、直談判!? よく話が通ったものね……」
「いや、別に説得させることもなく、即座に了承されたのだが」
「……うん、今の説明でなんとなく察したわ」
思わず額に手を当てたくなりそうになった。イリア・ヴェロフにとって、今の状況は暇といっていいほどなのだろう。シルヴェーヌを含むこの四人をIS学園、もしくはその周辺に暮らさせるなんて、本来ならあり得ないことだ。それくらいが可能なまでに、これといった大仕事がないということを指していた。
実際、IS学園に来る以前にやっていた仕事をシルヴェーヌは考えてみると、どれもすぐに終わるような任務ばかりで、これといって難しい任務を最近与えられたことはなかった。だからこそ、ラウラが説得もすることもなくIS学園に転入することができたのだろうとシルヴェーヌは思った。
「……ちなみに、ラウラが来たがった理由って一夏の近くに私たちがいるからだよね?」
「もちろんその通りだ!! 貴様ら姉妹だけがお姉さまの近くにいて羨ましいと思っただけだ!!」
「思いっきり本音言っちゃってるよ……」
ラウラから本音を聞こうとしたシャルロットだが、あまりにも素直すぎる答えに質問した自分が馬鹿らしく思えてしまった。
一方のシルヴェーヌは、そんなラウラを見て正直不安でしかなかった。任務内容的なことは転入する前に聞かされていると思われるが、今のラウラの様子からして本当に大丈夫なのかと思い、念のため確認することにした。
「……解っていると思うけど、私たちの任務は織斑春十の監視よ。そしてIS学園の生徒である間は、たとえ更識家の当主であろうと殺すのは禁止だということは知っているわよね?」
「それくらい解っている。織斑春十を殺しても構わないとは言われたが、あいつを殺すのはお姉さまだ。とにかく、織斑春十を監視していればいいのだろう」
「……ならいいけど」
まだ不安な点は残っているが、ラウラもデュノア姉妹と同じくイリア・ヴェロフに従っている身だ。命令違反をしたなんていうことは一度も聞いたことがないし、信用するレベルにはなんとか超えていたので、これ以上は何も言わなかった。
大体のことは話し終えていたが、デュノア姉妹はもう一つだけ気になっていることがあった。というより、気になっていることだ。肝心なことでもあったため、任務内容の話を終えてすぐにシャルロットがラウラに確認した。
「……あとさ、もう一つだけ聞きたいのだけど、どうして僕たちにラウラがIS学園に通うことを知らされていなかったのかな?」
「私もシャルロットと同じことを聞きたかったわ。どうして知らされていなかったのかしら?」
「そのことだが、ヴェロフ元帥が面白がってあえて伏せていたらしい。どういう反応するかとかを見たかったとか」
「……それ、私たちを驚かせたとしてもヴェロフ本人に見えてないよね?」
「それにヴェロフがあえて言わなかったとしても、ラウラは転入する前に一夏に会っている筈だよね? そうなると一夏から僕たちに伝えられそうだけど……」
「いや、一夏には日本に来る前にヴェロフ元帥から伝えてあったらしいぞ」
「……本当に何がしたいのよ」
これ以上考えても意味がないと解っているので、シルヴェーヌは気にしないことにした。イリア・ヴェロフはたまに意味も解らない行動を起こしたりするため、気にしても理解できないことは前々から知っていた。
これは一夏が多少ながらも感情が戻ってきたときに聞いた言葉だが、あの篠ノ乃束も意味も解らないことをしていた事があったらしい。馬鹿と天才は紙一重ということわざが日本にはあるらしいが、天才が考えることは一般人には理解できないというのはイリア・ヴェロフに限ったことではないと知り、思わず納得してしまったことがあった。
「とりあえず、これ以上の質問はないわ。それで今後のことだけど、私たち姉妹は仲良く学園生活を送っている姿を見せておくつもりだけど、ラウラはどうするの?」
「たぶん誰とも付き合わずに生活していくだろうな。転入した第一声があれでは、私に近づこうとする人間なんていないだろう」
「ラウラって、自分がしたことは一応理解しているんだね。ラウラがそれでいいなら僕からもお願いしていいかな?」
「当然だ。それに、今後貴様ら姉妹と一緒にいるところを見られたら、生徒会長の更識楯無とかに怪しまれる可能性だって考えられるからな。とりあえず私は……っ!?」
ラウラはある異変に気付いた。屋上に上がる際、ラウラが最後に上がってきたのだが、その時屋上のドアを完全に閉めてからデュノア姉妹が居るほうへと向かった。だが今見るとドアが多少開いたままの状態になっており、そこからして誰かがデュノア姉妹とラウラの会話を盗み聞きされていた可能性があまりにも高かく、思わず慌てている表情に変化していた。
一方、突然ラウラの表情が変わった理由がわからないデュノア姉妹は、ラウラがどうして慌てているのか解っていない。ラウラの視線を向いてみると、屋上の出入り口に向いており、そこでラウラの表情が変わった理由がなんとなく推測でき、まずいことになったことにデュノア姉妹も気付いた。
「……もしかして、誰かに聞かれていた可能性がある?」
「あぁ、私は確かに屋上のドアを閉めて来た筈だ。ドアが開いていることから考えて、誰かに聞かれていたかもしれない」
「でも、僕たちがいることに気付いて、帰ったっていうことも考えられるよ?」
「それはないわ。出したら冷静な判断ができて、ドアを閉めてくれるはずよ。それに、ドアの音をしないように開けることからして、私たちもその音に気付くはず」
音を出さずにドアを開けた時点で、屋上に上がる時点から怪しまられていた可能性があった。どこでそう思われたのかは解らないが、三人は有力な犯人を絞り始める。
「一番有力なのは生徒会長の更識楯無だが、違うだろうな。私たちの思惑が知られたとなれば、絶対に妨害してきたはずだ」
「織斑千冬も違うでしょうね。教師としての立場からして、密かに盗み聞きするなんて思えないわ」
「そうなると、有力なのは……」
「私たちの行動に怪しんだ織斑春十か、布仏本音の二人か」
「いや、凰鈴音も含まれるわ」
「凰鈴音? 中国の代表候補生のか?」
シルヴェーヌはラウラが挙げた二人のほかに、凰鈴音の名前を挙げた。ラウラはどうして鈴の名前を挙げたのか解ってなく、シルヴェーヌはそのことからして、急遽任務に就くこととなって詳しく聞かされていないのだろうと思い、鈴について説明を始めた。
「凰鈴音は一夏と深く関わりがある人物なの。一夏が行方不明になってからというもの、独学で一夏の所在を調べていたという情報が入っているわ」
「なるほど。だから凰鈴音か」
「……その三人の中だと、一番厄介なのは僕たちのターゲットである織斑春十だね。一夏が生きていることもばれてしまうし、ラウラがさっき言った――『織斑春十を殺しても構わない』という発言を聞いていると思うから、かなりの警戒をされているでしょうね」
「屋上を選んだのは失敗だったようね。織斑春十以外ならばまだ何とかなるのだけど、祈るしかないわね…… とにかく、私たちは解散としましょうか」
「そうだな。過ぎたことをどうこう言っても意味がない。お互いに気を付けよう」
その言葉を最後に、ラウラは先に屋上を後にした。すでに誰かに気付かれてしまっているが、これ以上の失敗をしないためにも、デュノア姉妹は十分くらいを戯言などで時間をつぶし、それから自分の寮の部屋へと戻っていった――
だが、この時の三人は全然知らなかった。盗み聞きされていた相手が、織斑春十と同じくらい厄介になるかもしれなかったということを――
なんかさ、シルヴェーヌのキャラ位置のせいなのか、シャルロットが目立たない……
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第十話
ラウラ・ボーデヴィッヒが転入してきてから数日が経ったが、織斑春十とのことで問題になったことはなかった。しかし、ラウラは転入時の印象からして他の生徒と関わりがなく、ほとんど孤立しているような状態となっていた。
こんな風になることはラウラも予想していた範囲内であるし、それが解っていて転入時に春十を殴っているため、これと言って気にしていなかった。それに、ラウラがIS学園にいる理由は任務の為であり、誰かと友好を築こうとは思ってもいなかった。
そんなある日のこと、凰鈴音はセシリア・オルコットとともにアリーナの使用許可を頂き、次に行われる大会の為に、模擬戦形式で行いながらお互いの弱点について調べつくしていた。
「やっぱり、セシリアのブルー・ティアーズは他との連携が難しそうね」
「ティアーズを操作しながらスターライトを使えたのでしたら、こちらの隙がなくなるのですけど、やはりそれだけに集中しないと今のところは難しいですわ……」
「二重処理能力を鍛えればいけるかもしれないとはちょっと思ったけど、セシリアを見ると先が遠そうだし……」
二人は一度ISの展開を解除し、まずはセシリアのISに搭載されている兵器――ブルー・ティアーズについて考えていた。
ブルー・ティアーズを使用すると、どうしても他の兵器が使用できなくなるという問題をどうにかしたいとはいつもセシリアは思っているが、あまりにも先が遠すぎる話で、次の大会までにはという期限までには無理に等しいものだった。
「いっそのこと、ブルー・ティアーズを封印してパッケージで他の兵器を搭載するのは?」
「それも良い考えではあるのですが……そうなりますとライフル銃による攻撃しかなくなりまして……仲間がいれば問題ないのですが」
「確かにそうなるとブルー・ティアーズを使用した方がまだいいわね。やっぱりすぐには難しい問題なのかな……とりあえずあたしのことについて聞いてもいい?」
これ以上話し合っても解決策は見つからないと思った鈴は、一旦ブルー・ティアーズについて話を止めて、今度はセシリアから弱点について聞くことにした。
「そうですわね……正直言いますと、欠点といったところはさほど見つかりませんでしたわ」
「え? なんか一つでもありそうな気がするのだけど」
「鈴さんの場合、元々隙を与えないような連続攻撃を繰り返すものですから、先ほどの模擬戦にしても結構よけるのに苦労しましたわ」
「あれ? でもセシリアの表情を見ても焦っているようには見えなかったけど?」
「あれはポーカーフェイスですわ。焦っているような表情を見せるよりも、余裕そうな表情を見せていた方が逆に相手を焦らせると思いませんこと? 現に先ほど、鈴さんはわたくしの表情をみて焦りましたわ」
「うぐっ。だ、だってあれはセシリアがあんなに連続攻撃を繰り返しているのに、余裕そうな顔をしていたら誰でも焦るわよ!!」
鈴は思わず反論をしてしまったが、実際セシリアが使ったポーカーフェイスは戦闘中において使用するにおいて、よい手段ともいえるだろう。鈴も真似たいところではあったが、実際に使えるかどうかといえば無理という二文字で結論つけられてしまう。ポーカーフェイスは鈴にとって苦手な分野に近いし、そもそも表情に出やすいタイプな人間であるため、実戦で使えるかといえば不可能と言えてしまったのだ。
自分が踊らされていたことに気付かれた鈴はセシリアに怒っていたが、そんな鈴を見ていたセシリアは苦笑いを浮かべながら話を続けた。
「ですが先ほどの模擬戦――鈴さんはいつも通り龍咆を使ってきましたが、いつ放ってきたのか解りませんでしたわ。前は鈴さんの視線を追えば放ってきたかどうか解りましたのですが……」
「あぁ、そのこと? 前々から気にしていたから、何とかして改善してみたの。直すのに苦労はしたけどね」
「おかげで大変でしたわ。まぁ、徐々に鈴さんの方が焦っているように見えましたが」
「あれはセシリアのせいでしょうが!!」
お互いに欠点などを真面目に話していたが、セシリアが和ませるかのようなことを言いつつ、シリアス過ぎないようにしていた。いつもなら鈴も和ませるような会話を入れてくるのだが、なぜか今日はセシリアに弄られるような形となっていた。そんなセシリアは鈴の反応を見て笑みを浮かべながらも楽しそうにしていた。
しかし、そんな二人の前にISを纏った一人の少女が現れた。すぐにその気配に気づいた鈴とセシリアはその少女の方へと顔を向け、先ほどの和んだ空気から一変した。
「ドイツの専用機――シュヴァルツェア・レーゲン」
「……何の用かな? ラウラ・ボーデヴィッヒ」
「……どうやら歓迎してくれているわけではないようだな」
その少女――ラウラ・ボーデヴィッヒは二人の反応や表情を見て、歓迎されていないことを察した。だがその反応はラウラにとって想定内の事で、そもそも転入してきた時から嫌われるように装っていたようなものだ。そもそもあまり親しく話しかけられることにラウラは慣れていないし、一人のように思えてもデュノア姉妹が一緒にいるために寂しいと思うこともない。それに、ラウラは自ら志願してIS学園に転入してきたようなものだが、任務で来たことには変わりがなく
「それで、鈴さんも言いましたがどのようなご用件で?」
「なに、他国の代表候補生がどれほどの実力なのか確認しに来ただけだ。信じてくれるとは思わないが、他意なんてないさ」
「嘘にしか思えないわね……IS展開している時点で、戦おうとしていることに気付くのだけど」
「言っただろう。実力を確認しに来ただけだと。実力を確認するのに有効な手段として、戦うという選択をとるというのは最善ではないか?」
ラウラの言い分は解るが、要するに戦えと言っていると理解した。実際、二人のコンビネーションで教師である山田麻耶を引き分けにしたということを、ラウラはデュノア姉妹から聞いている。それを聞いたラウラは単なる好奇心のために、鈴とセシリアの戦いを申し出たのだ。
もちろん、デュノア姉妹のコンビネーションに比べれば劣るとは思っているが、それでも気になっていた。デュノア姉妹のように長い時間をかけてお互いの戦術を知り尽くしたわけでもないはずなのに、教師相手に互角の戦いを行ったことについて興味を持っていた。
「確かにそのとおりね。だけど、初対面であんな行動をされたら、何か変な行動を起こすのではないかと思うのは当然でしょ?」
「やはり信用されないか。だが、もし私がそのように考えていたのであれば、不意打ちで攻撃をしていると思うが? それに、この学園で戦いを申し込む理由として、考えられる理由は少ないと思うぞ」
確かにラウラの言う通りだとセシリアは思う。相手に戦いを申し込む理由として考えられるものとして、第一にISでの実力を上げるという理由だろう。他にもいくつか考えられるが一番悪い理由として考えられたとしても、専用機持ちの相手の戦術や性能を調べ、その情報を国に渡すくらいしか考えられなかった。ISを盗むためという事も考えられるかもしれないが、ラウラは代表候補生であるため、そんなことをしたらドイツの立場が弱くなるだけだ。それ以前に盗むのであれば戦わないという選択肢をとったほうが安全で、隙をみて盗んだ方が最善だとセシリアは思えた。
ならば別に対戦相手として戦うのはさほど問題がないとセシリアは考えたが、鈴が今もラウラに警戒心を解かないでいたために、ラウラの戦いの申し込みを受けられなかった。どうして鈴がそこまでラウラを警戒しているのかセシリアは解らなかったが、その理由はラウラを信用することが出来ない決定的な情報を鈴が持っていたからだ。
ISの開発者である篠ノ之束からデュノア姉妹を監視するようにと言われていたが、ラウラが転入してくる前に束から連絡があった。そこで知ったことは、ラウラ・ボーデヴィッヒも織斑一夏とつながりがあるということで、その真偽を調べるためにラウラの後を尾行し、屋上にてラウラがデュノア姉妹と話す姿を見ていた。
そう――あの時屋上にて見ていたのは凰鈴音だ。デュノア姉妹とラウラは鈴が盗み聞きしていた有力候補として挙げてはいたが、たとえ解ったとしても脅威になるとは思っていなかった。しかし、鈴のバックに束がついていたとすれば話が全く変わってくる。あの時の三人は普通に一夏の事について会話してしまっているため、一夏の所在が束に知らされてしまったようなものになってきてしまった。
もちろん、そのことを知らないラウラは鈴がそこまで警戒してきていることを知らないし、鈴も一夏についてラウラに問いただそうというつもりはなかった。
このままでは平行線で何も進まないと思ったセシリアは、鈴にラウラを警戒している理由についてラウラに聞こえない程度の声で聞いてみることにした。
「鈴さん、どうしてそこまでボーデヴィッヒさんを警戒しているのでしょうか? ボーデヴィッヒさんが言いましたことを考えましても、こちらとして不利になる点は少ないと思いますが……」
「……理由は言えないのだけど、あたしはあいつの言葉が信用できない」
「何か訳ありのようですね……詳しいことはお聞きしませんが、ここは鈴さんに従いましょう」
「ありがとう、セシリア」
「小声で話し合っていたようだが、話は済んだようだな。それで、戦いの申し込みは受けるのか?」
鈴とセシリアの間で口が動いていることに気付き、戦いの申し込みを受けるか話し合いを行っているのだろうと思ったラウラは、二人が話し終わるまで一言も声を出さずに待っていた。セシリアの方はラウラに対して警戒心を弱めていたが、鈴の方がいつまでも弱めようとはしなかったため、二人で話し合いを行って結論を出させた方が早いと思ったからだ。
その結果、戦いの申し込みを受けない可能性が高いことも、ラウラはなんとなく解っていた。鈴が自分に対してそこまで警戒してくるのかラウラには解らないが、警戒されている以上、断る選択をとることなど容易に想像できた。
そしてラウラが予想していた通りの答えが、セシリアの口から答えられた――
「すみませんが、その申し込みにつきましては断らせていただきますわ。理由についてですが――」
「それについては、なんとなく想像はついている。この数分の間を見ればさすがに私でも解るさ」
「……? だったら、なんで断られるのがすでに解っていたのにもかかわらず、そんな申し込みをしてきたのよ? なんとなく解っているのであったら聞かなくてもいいでしょうに」
「断られることが想像できたとしても、念のため聴いてみるほうが確実だからだ。やらずに後悔するよりやって後悔する方がいいという言葉と似たようなものだ」
「確かに、そうかもしれませんね」
やって後悔した方がいいとラウラは言ったが、本当のことを言えば、その言葉は時と場合によるとしか考えていない。戦場においてその言葉は無駄に人を亡くすことや、自分の命を粗末にしてしまう可能性だって考えられるからだ。
犠牲者を最小限に抑えるための事を考えれば、やらずに後悔をしていた方が断然よろしかった。ラウラ自身、そのような後悔を持っていたりする一人でもあるが、自分が行動したところで何か変化したのかと問われれば否としか答えられない。どうしようもない犠牲というものは必ず存在するものであり、それを区別できる人間がいるとすれば未来から人間のみだろう。
「さて、断られてしまった以上、私は退散するとしよう」
「……断ったからと言って、本当に何もしてこないのね」
「別に実力を調べる方法なんて、いくらでもあるからな。仮にもここはIS学園だ。今後も大会などのイベントが行われるのであれば、そこで実力を見るのもさほど変わらないだろ?」
「……ボーデヴィッヒさんのイメージが、少し変わりましたわ」
「初対面のイメージが強すぎたことが原因だろうな。素の私はこんな感じだからな。とりあえず邪魔したことはすまないと最後に言っておこうか」
最後にそのことを二人に伝えると、ラウラはアリーナを後にして、鈴とセシリアだけがその場に残った。結局何しに来たのかよくわからなかった鈴とセシリアはどうすればいいのか解らず、お互いに顔を向けていた。
「……何もしてこなかったわね」
「……そうですね。特に何事もなかったのはよろしいことですが、この後どうしましょうか? まだ時間がありますが」
「なんかもう、今日はこれで終わりにしない? さすがにこの後模擬戦を行おうという気持ちにはなれないわ」
「そうですわね。また後日行いましょうか」
アリーナの使用許可の時間はまだあり、本来ならばもう一度模擬戦を行う予定ではあったが、ラウラの介入により模擬戦をしようという意欲がなくなっていた。ラウラと戦うのであればまだ問題なかったが、結局何しに来たのかよく解らないまま去ってしまったがために、中途半端な気持ちになってしまったのだ。
セシリアも鈴の提案に賛成だったため、二人もラウラの後に続くかのようにアリーナを後にするのだった――
前回の最後、あんなにもったいぶったのに結局鈴かよと思った方が多いと思いますが、正直デュノア姉妹とラウラはあまり鈴を警戒しているわけではありません。
鈴個人として動いていたとすれば、警戒するべき人物ではないからです。
しかし鈴の後ろに束が付いていたとすれば話が変わってくるため、鈴に聞かれていたことはかなり厄介なことになる……という事で前回の最後の一文はあんな感じになりました。ちょっとわかりにくかったかもしれません。
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第十一話
半年近くも投稿してなかったとは思わなかった……
出来るだけ早く投稿できるように次回から努力していきます……
「うん、僕がこの前伝えたバグやエラーはすべて取り除かれているね」
「本当にっ!?」
「後は確認を行えば……って顔が近いよ!!」
「あっ……ごめんなさい!!」
シャルロット・デュノアは前回整備室に来たときは更識簪にアドバイスを行っただけで、整備室に来た理由であった自分の専用機の整備が出来なかったため、時間が空いた今日を使って整備を行おうとしていた。
しかし、整備室に来てみると、前回来た時と同様に簪の姿が見え、簪もシャルロットの姿を見つけ、シャルロットに駆け寄ってきた。
駆け寄ってすぐに簪からこの前の事について感謝されたが、その後申し訳なさそうに再度バグやエラーなどの確認を行ってほしいという事で、結局断りきれずに手伝うことにした。
その結果、特にこれと言った問題はなく、最後にしっかりと動くかどうか確認を行い、それで問題がなければ大丈夫だろうとシャルロットは伝えようとしていたところで、現在に至り、シャルロットは簪に話を続けた。
「とりあえず、バグなどを取り外せたことだからここまで出来ているのであれば問題ないかな。あとは自分好みの調整を行うようにしたりするくらいだから、僕がアドバイスするようなことはこれ以上ないと思うよ。まぁ、その辺の調整とかも実際に載って確認するしかないけど」
「……わざわざ助けてもらってありがとう。なにか、お礼をしたいのだけど――」
「別に気にしなくていいよ。僕が勝手に手伝ったようなものだし、簪さんを最初見た時に昔の自分を見ているようで、単に見ていられなかっただけだから……」
「それでも、なにかお礼しないと気が済まない」
何かお礼するまで諦めないかのような眼差しを向けられて、シャルロットは少し考えることにした。
今すぐ何かしてほしいようなことがあるわけでもないし、今度何かを奢ってもらうのも気が引けてしまう。
しかし、何かお礼をさせないと整備室に来た本来の事が出来なくなってしまうこともあり、とりあえずこの状況を終わらせるためにシャルロットはある策を使うことにした。
「ならさ、また今度考えさせてもらっていいかな? お礼と言われても、何をしてもらうかすぐに思いつかなくて……」
「……そう言ってお礼させないとかではないよね?」
「そこまでしないから!! たとえば何か手伝ってほしい際に伝えるからさ!!」
「……解った。なら連絡交換しておこう?」
「あ、うん。それくらいならいいよ」
渋々ではあったが、何とか納得することができたシャルロットは多少疲れはしたが、納得してくれたおかげで何とか助かったと思う。このまま断り続けていればどのくらい時間を使われたか解らないし、そのことを考えると少し恐ろしく思った。
そのあと、簪はシャルロットに一度礼をしてから整備室を後にし、整備室にはシャルロット一人だけとなっていた。ようやく自分がしようとしていたことをできるとは思ったが、その前に先ほどから気になっている
「……それで、さっきから僕を監視している生徒会長さんは僕に何の用かな?」
「あら、ばれちゃった?」
「さっきまでしていなかった気配が、突然感じてしまえば僕でも気付くよ? まるで、見つけてほしいと言っているみたいにしか思えなかったけど……」
物陰から現れたのはIS学園の生徒会長であり、先ほどシャルロットが話していた簪の姉に当たる更識楯無だった。
整備室に来るまで楯無の気配を感じることはなかったが、簪と会話したとたんに何者かの気配をシャルロットは感じていた。簪と話している間に一度だけ視線を気配に向けてみると、簪と同じような水色の髪の色をした女性が見えたため、簪と会話してすぐに気配を感じたことからして更識楯無であろうとシャルロットは結論に至り、確定ではないにしても生徒会長だと決めつけて楯無の方に話していたわけだ。
しかし、簪が居なくなったこともあって、この状況は余りにも悪いとシャルロットは思った。フランスとドイツ――この二国が何か怪しげな行動をしていると、暗部組織である更識家が気づいていないはずがない。そもそも、イリア・ヴェロフという名前が裏社会にて有名なこともあり、どこまで情報を知っているか解らないが、関係性があると思われていたら面倒だとシャルロットは思っていた。
とにかく、今は相手の出方次第を待つしかないと考え、シャルロットは会話をしつつ、更識家がどのくらい情報を知り得ているのか探ることにした。
「それで、僕に一体何の用なの?」
「そんなに睨まなくても、もう少し和やかに――」
「和やかにする気がないくせに、よく言うよ。聴きたいことは一体――」
「どういう理由で妹に近づいたのかしら?」
先ほどまでの悪巧みするような顔が一変し、真剣な雰囲気を楯無は出した。殺気を出していたわけではないが、その顔から察するに冗談で返せるような顔ではないとシャルロットは思った。
簪と会ったこと自体はそもそも偶然起きたことに近く、その延長線上で整備の手伝いをしたりしていたくらいで、これと言って何か目論見があるわけでもなかった。そのことを正直に話しも構わないが、それでは楯無がどのくらいの情報を知っているのかという事を探ることができない。
しかし、探るとしてもそう簡単にこちらの情報を渡すわけにもいかず、シャルロット自身の正体まで知られるわけにはいかない。とはいえ、質問の返答が遅れることも怪しまれる理由としてなってしまうため、本当のことを混ぜながら返答していくようにシャルロットは考えた。
「別に、近づいた目的なんてないよ。そもそも最初に会った経緯ですら僕が自分の専用機を整備しようとしていただけで、様子を見ていたらどうしても気になっただけ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「本当にそうなのかしら?」
「その前に、どうして僕が妹に近づいたくらいで疑われるのかな? それ相応な理由を見せてくれないと、これ以上答えるつもりはないし、生徒会長さんの事を疑うし嫌うことになるよ」
たとえ嫌われたところで楯無にとってはさほど痛いわけではないだろう。重要なところはそこではなく、ここで答えないなどという返事をしてくるのであれば、楯無の信用性を失うという言葉の方が問題だ。
もし見当違いであれば嫌われるだけで問題はないかもしれないが、なんらかの企みがある場合には多少だとしても情報を引き出せなくなってしまうかもしれない。暗部組織とはいえ情報を入手するには難しく、入手できる情報であれば多少であっても欲しいというものもあった。
また、シャルロットを疑っているという点については実はある理由がある。最近、フランスとドイツにて不穏な動きを見せているという噂が更識家にも伝わってきているのだが、転入してきたシャルロット・デュノア、シルヴェーヌ・デュノアについては何一つ怪しそうな情報が何一つもなかった。
ラウラ・ボーデヴィッヒについては軍人という点があるため、それだけで怪しいとは思われたが、デュノア姉妹の何一つ怪しいところがないというのは逆に怪しいとしか思えなかった。人間、それがどうでもいいことであろうとしても、何かしら一つくらいは怪しそうな部分がある筈だ。それすら何もないという時点で怪しかった。
さらに言えば、数週間前にIS学園には所属不明のISと織斑春十の暗殺を企てた一件があったにもかかわらず、フランスは特に気にせずにデュノア姉妹を転入させたことも気になっていた。これはドイツにも言えることではあるが、普通そんな暗殺未遂が起こった場所に国が送るとは思えなかった。
それに、何も怪しいところがないということ以外にも、デュノア姉妹が転入する前に、母親であるクラリス・デュノアが殺されたにもかかわらず、何事もなかったかのように転入をしてきたことも謎なところだ。生徒たちはその話題を避けようとしている仕草を何度か見受けられたが、異母違いであるシャルロットは別としても、実母にあたるシルヴェーヌは一度も悲しげな表情を今のところ見せたことがなく、シャルロットと仲が良いという事がよく耳に入ってくることしかなかった。
それらを総合的に考えて、デュノア姉妹は何かしらの裏が存在するとしか楯無には思えなかった。今回接触した大きな理由としては何かしらの企みがあって妹の簪に近づいたと思ったが、逆に追い込まれるような形となってしまった。
しかし、ここで何か言わないと情報が手に入らないこともあり、咄嗟に思いついた答えを楯無は答えることにした。答えよとしている内容は余りにも意味をなさず、もしシャルロットが何らかの組織に属しているとしたら本音でないと思われるだろうが、考える時間がない楯無はそれ以外な返し方が見つからなかった。
「疑っているわけではないわ。単純に簪ちゃんが最近生き生きとしているように思えてね……」
「だとしても、気配を消していた理由には――」
「正直に言うけど、あまり簪ちゃんと仲が良くないのよ。仲直りはしたいのだけどね……」
楯無が思っていた通り、半分くらいは嘘だろうとシャルロットは思ったが、それでも楯無の表情からして本当の事ではあろうと思った。
事実、シャルロットが簪と最初に会った時よりも生き生きとしているようには感じていた。そこまで詳しいことを話したわけでもないが、簪の事情はなんとなく知っていた。
その辺の事からして、楯無は簪と仲を取り戻したいのだろう。しかし、それは楯無の立場的に難しいことで、結局見守るという選択肢しかとれず、シャルロットが簪と接触する前も簪の様子を見ていたのかもしれないとシャルロットは思った。
そしてまた、手助けをしたいとも内心では思っていたことに、シャルロットは気付いていた。
(……駄目だね僕は。仮にも敵である人間に対して情を持ってしまうなんて)
こういうことに関して、本当に自分は情に流されやすいとシャルロットは思った。仮にもイリア・ヴェロフの下にいるシャルロットとしては、情を捨てなければならないのだが、事情を聴いてしまうとどうしても助けてやりたいという気持ちになってしまう。
一夏に救われて以降、自分なりに人助けをしたいという気持ちがあり、一夏に感情を取り戻そうとしているのも、シャルロット自身が一夏に救われたことも関係しているが、救われたことと関係なく救いたいと思っていた。
「はぁ、まさかそんな話を聞かされるとは思わなかったけど……」
「私もこの話をするとは思ってなかったわよ……」
「でしょうね。とりあえず多少の手助けはするから後は自分でがんばってね」
「え? 今なんてっ!?」
「そんな顔をされると、こっちが気になって仕方ないから手伝ってあげるよ。セッティングとかは全部僕がするから、詳しいことはまた今度で」
これ以上、楯無と一緒にいると何かが崩れそうな気がしたから、シャルロットは急いで整備室を後にしようとしていた。けど楯無がシャルロットの言葉に驚いて呆然としていたため、追いかけてくる様子はなくかった。
そして、整備室からある程度離れたところで、シャルロットはため息を大きく吐いた。人助けをしたいという自分の気持ちを抑えられず、つい楯無の前で手伝うようなことを話してしまったことに後悔をしていた。こんな話をシルヴェーヌやラウラに話したら呆れた顔をされそうなのは目に見えるし、しかも独断で決めてしまったものだから、もし気付かれてしあうようであれば面倒な事になるだろうと想像がついた。
とはいえ、一度承諾してしまったものでもあるし、結果的に言えば話の論点がずれたおかげで楯無から逃げられることができ、更識姉妹の仲直りをしている間は楯無から何か問われることは少なくなる事だろうとは思っていた。それだけでもまだよかったのかもしれないとシャルロットは考え、寮の自室へと帰ることにした――
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第十二話
「そろそろ休憩しようか」
シャルロット・デュノアが整備室を後にした丁度その頃、織斑春十と篠ノ之箒の二人はアリーナの使用許可を教師から承認され、アリーナの一つを使ってISの練習を行っていた。
本日の授業が終えてから今に至るまで、休憩も取らずに練習をしていた。元々春十の練習に付き合う形のはずではあったが、いつの間にか春十が箒に教えるような形になっていた。
「なんかすまないな。本当ならば春十の練習に付き合う筈だったのに……」
「別に構わないよ。強くなると言っても、そこまで急ぐ必要はないから」
「私からしてみたら、春十は強いと思うさ。クラス対抗戦の時だって、襲撃がなければ春十が勝っていただろうな」
箒が言ったことは、春十にとって忘れたいことであった。なぜなら、クラス対抗戦で正体不明のISが襲撃してこなければ春十は確実に暗殺されていたからだ。さらに、その正体不明のISを襲撃させた犯人が、箒の姉である篠ノ之束だという可能性が一番高いということが春十にとって気に食わなかった。
箒とは仲が良いけども、箒の姉である束とは物凄く仲が悪い。ISのコアを作れる春十と束ではあるが、そのISに対する価値観があまりにも違うおかげで、お互いに嫌い始めたのがきっかけだ。その嫌っている束に守られたということが、春十にとって許せないことだった。
そしてまた、自分があまりにも弱いということがあのクラス対抗戦で身を知らされた。束が守ってもらわなければ殺されていたということは、春十の実力では自分を守ることすら出来ないということだった。1ヶ月くらい前であれば天才だからと言って何でも出来ると思い込んでいたが、セシリア・オルコットや鳳鈴音の対戦の時に、そこまで実力さがないことを知ってしまった。セシリアの時はなんとか勝てた程度であり、鈴の時も春十が押してはいたが、多少春十が強い実力しかないことを実感させられた。これではIS学園の生徒会長である更識楯無にすら勝てないかもしれなかった。
「…………」
「は、春十? もしかしてなんか悪いことを言ってしまったか?」
「……大丈夫、なんでもないから」
「な、ならよいが……」
明らかに地雷を踏んでしまったなど箒は察してしまったが、とにかく機嫌を良くしようと頭を回転させる。しかし、咄嗟に思い付く事が少なく、なんとか思い付いた少ない中の一つを話して気分を変えようと試みようとした。
それが、さらに地雷を踏むとは知らずに――
「そ、そういえば、あのラウラ・ボーデヴィッヒが言っていた『あの人』とは、一体誰の事なんだろうな」
「っ!?」
その発言は、今の春十にとって禁句にも等しかった。
春十を恨んでいる人間は、春十が覚えているだけでも二桁は越えている。IS学園に入学する前、天才だったということもあって、他者に対して見下す癖があった。特に、春十が気に食わないと思った人間に対しては、他人を使っていじめを行っていたくらいで、それは春十の弟であった織斑一夏も対象だった。
ラウラが転入時に放った言葉は、春十は疑心暗鬼にさせるようなものだった。IS学園に来てからというもの、春十は入学以前に行っていた行為を忘れようと努力していたが、ラウラによって思い出されてしまった。
ラウラは春十が行っていたことに対して知ってはいるのだろう。そして春十が疑心暗鬼になり始めているのは、ラウラ以外にも自分を恨んでいる人間がIS学園にいるのではないかということ。そして何より、暗殺を仕掛けようとした人物も春十の被害者ではないかと、被害妄想してしまうくらいだった。その被害妄想はあながち間違いではないが――
とにかく、箒が話してきた内容に春十は気分が悪くさせる内容だった。あえて忘れていたことを箒が思い出させていたおかげで、休憩する気にはなれず、気分を紛らわすためにも特訓の続きをしたかった。
「……さて、そろそろ再開しようか」
「ちょっとまて、まだ一分くらいしか休憩してないぞ!!」
「箒が余計なことを思い出させるからだよ」
「そうだな、そのまま自分がやったことを思い出して、おね……あの人に謝れ」
春十と箒の会話に、突如第三者の声が聴こえ、春十と箒の二人はその声が聴こえてきた方向へと振り向く。そこにいたのは、見覚えのないISに乗っていて、先ほど話題に出ていたラウラ・ボーデヴィッヒだった――
「……なんのようだ」
「織斑春十――私と戦え」
「……戦う理由は?」
「戦う事に理由が必要か? まぁ、理由を述べるのであれば、あの人を絶望に堕とした天才がどれ程の実力を持っているのか気になるだけだ」
先ほどからラウラが言っている『あの人』というのが誰だか解らないが、ラウラがかなり慕っているのだろう。でなければ、春十をここまで憎み、先ほどからあふれでている程の敵意を表さないだろうから――
とはいえ、その『あの人』が誰の事を指しているのかが解らない。春十に関わりがある人間であろうと言うことは推測できるが、春十に恨みを持っている人間はかなりいることもあって、誰なのか絞ることが難しい。そして、『あの人』が誰の事を指しているのか気になり、ラウラに質問してみることにした。
「さっきから言っている『あの人』とは一体誰の事を指しているの? それに答えなければ戦う気はないよ」
「貴様が知る必要もない。それと、戦うつもりがなかろうと戦わせるように誘導すればいいことだっ!!」
ラウラは右肩に武装されていた大型のレールカノンから春十に向けて放たれた。春十が戦うつもりがないにもかかわらず、そんなことは関係ないかのようにラウラは攻撃をしてきた。
しかし、あそこまで敵意を向けられたらいつ攻撃を仕掛けてもおかしくないと考えていたこともあり、春十はラウラが攻撃してきたと同時に、春十のIS――鋼螺を展開し、すぐさまラウラからの攻撃を避けた。箒もラウラが現れた辺りから春十から離れて、自分に被害が来ないようにアリーナの隅に逃げていた。
「ほう、戦う気になったか?」
「そのつもりではなかったけど、まさか本当に攻撃してくるとは思わなかったからね。ISを持っていない箒に当たったらどうするつもりだった!!」
「貴様が最初から戦う気でいればよかっただ。では往くぞっ!!」
「っ!? 羅閃っ!!」
ラウラは春十に向かって近づき、近接武器にて攻撃を仕掛けようとする。それに対応して春十はラウラと同様に近接武器にて迎え撃とうとしていた――
「――そこの生徒!! 一体何をやっている!!」
しかし、聞き覚えのある怒声がアリーナの放送機から響き渡り、ラウラは急停止した。
あの声が誰だか解っていたラウラは展開していた近接武器を仕舞い、春十に背中を向けた。
「……興が冷めた。貴様とは学年別トーナメントで決着をつけてやる」
ラウラは面倒事になる前に、アリーナを後にした。ラウラが居なくなったとほぼ同時に春十も展開していた近接武器を仕舞い、箒がいる方へと振り向いた。
「……今日はここまでにしようか。さすがに練習する気分ではなくなってしまったから」
「あ、あぁ、そうだな」
ラウラの乱入によってさすがに練習しようと思う気持ちはなくなり、春十と箒の二人もアリーナを後にすることにした。
--------------------------------------------
「どうして、こんなところで教鞭なんか!?」
「…………」
ラウラがアリーナを後にして、寮に戻ろうとしていたところ、偶然にも織斑千冬の姿を見つけて話しかけた。しかし、あまり他人には聴かれたくないような内容でもあったため、人気のないところで移動してといいかと千冬に確認し、千冬もラウラが何を話そうとしているのか大体把握できたので、了承してラウラと二人で移動し、ラウラはそこに着いたとたんに千冬に問いかけた。
しかし、千冬はラウラの問いにすぐに答えず、ラウラの話を詳しく聴こうとした。
「こんな極東の地で教鞭したところで意味がありません!! ISをスポーツだと思い込んでいる人たちに教鞭なんてっ……!!」
「ほう」
「もう一度ドイツで教鞭を!! 救われない人たちを救うためにも――」
「いい加減にしろよ、小娘が。たかが15、6歳の貴様にこの世界の何が解るというのか」
ラウラが言ったことを、千冬は一蹴した。千冬からしてしまえば、この世界のことを詳しく知らないくせに、そのようなことを言う資格はないと思っていた。
千冬が言ったその言葉は、ラウラにとって衝撃的だった。そして理解してしてまった。この人は――この世界のことを全く知っていないということに――
この世界を救ってくれる人間は千冬だけだとラウラは思っていた。しかしその千冬はイリヤ・ヴェロフが現在何をしているのすら知らないのだと解ってしまった。暗部である更識ですらイリヤ・ヴェロフのことを目につけている事であるのにもかかわらず――
だからこそラウラは千冬に失望してしまった。ラウラ自身を、そして千冬の弟であった一夏を救ってくれるとずっと思い込んでいたから――
「……わかりました。では失礼します」
これ以上千冬と話しても意味がないと理解してしまったラウラは、いち早く千冬の前から離れたいと思い、走ってその場を後にした。
ある程度離れたところで歩くことにしたが、その近くに腕を組んでシルヴェーヌ・デュノアの姿を見つける。シルヴェーヌはラウラの表情から何があったか察し、思わずため息を吐いた。
「……前に言ったでしょ? 期待している人間に裏切られた時のショックは大きくなるって」
「……教官であれば、ドイツとフランスの状況を知っていると思っていた。ドイツで教鞭してくれたら、シュヴァルツェ・ハーゼも昔みたいに戻ってくれると――」
「……そうだったわね。今のシュヴァルツェ・ハーゼはラウラとクラリッサ・ハルフォーフしか正常な人間がいないからね……」
ラウラにとって、シュヴァルツェ・ハーゼを救えるのは千冬だけだと思い込んでいた。今のシュヴァルツェ・ハーゼはラウラとクリラッサの命令は聞いてくれるが、殺すことしか脳がない機械人形と成り果ててしまっていた。機械人形に成り果てる前のラウラの階級は少佐ではあったが、上からの命令には逆らえず、その結果が今のシュヴァルツェ・ハーゼを作ってしまったと何度も後悔している。今では階級をかなり昇級しているが、昇級したところでシュヴァルツェ・ハーゼが変わるわけでもなく、これ以上被害を増やさないための被害防止でしかなかった。
だからこそ、ラウラは千冬がもう一度教鞭をすることで、ドイツ実情を知ってもらいたかった。ラウラがIS学園に来た目的は、確かに一夏やデュノア姉妹がいることもあったが、千冬にドイツで教鞭してもらうことがなによりの目的だった。その事に、シルヴェーヌは途中で気づいていたが……
「とにかく、これ以上変なことは起こさないでよね。ラウラの気持ちは解るけど、いつ見られているのかわからないのが私たちの組織でしょう?」
「わかっている。これ以上余計なことをするつもりはない。おとなしく命令に従うさ……」
「そう、ラウラを殺さなくて済むのであれば問題ないわ。とにかくこれ以上ラウラと一緒に居たら怪しまれるから、先に行くわね」
「そういえば、IS学園ではそうだったな」
「ラウラ……自分が転入早々にやらかしたことを忘れてないよね?」
「忘れるわけがない。自分の意思でやったことだからな」
本当に大丈夫なのかとシルヴェーヌは思っていたが、とにかくラウラと離れるためにその場を後にした。そして、ラウラもシルヴェーヌの姿が見えなくなった辺りで移動し、自分の寮に戻っていくのだった。
現在進行形で一番辛い思いをしているのは実はラウラだったりします。
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第十三話
そして数日経ち、学年別トーナメント当日となったIS学園。アリーナでは多数の生徒と各国からきた国賓の方々で観客席を満員としていた。
その国賓の中には、クラス対抗戦にて織斑春十を暗殺しようとした弟――いや、妹?の織斑一夏もいた。
イリヤ・ヴェロフが裏で手続きを行い、正々堂々と侵入することができ、来賓の一人ということもあって、暗部で生徒会長である更織楯無は手出しすることが不可能な状況であった。とはいえ、この場で暗殺されないためにも、一夏が見えるところで監視はしているが、一夏はその事に気づいているし、そもそも今回侵入した理由が春十の暗殺ではなく別件なため、特に問題にしていなかった。
しかし、その別件の問題が起こって欲しくない為、別の意味で一夏は不安になり、珍しく苛立っていた。
「あの
その連絡があったのは学年別トーナメントのトーナメント表が決まった翌日のことだった。
トーナメント表が決まった翌日に、ラウラが一夏に個人携帯で連絡をしてきたくらいだ。一夏の為に勝ってみせると意気揚々にしていたが、ラウラとの連絡を終えて数分したあとにヴェロフからの電話が鳴った。
『ラウラのISに
あんなにラウラが喜んでいたこともあって、あまりにもついてないと思った。デュノア姉妹とラウラは表面上仲がよくないという形でIS学園にそれぞれ潜入していることもあり、デュノア姉妹に頼ることができないからこそ、一夏しか止められる人は居なかったのだ。
しかしそれは、公に一夏の姿を見せるということになる。ヴェロフにとってそれは痛手となり、一夏による春十の監視は今後出来なくなることを意味していた。ヴェロフから言われなくても想像出きるくらいで、余計なシステムを組み込んだ研究者達を思わず殺してやりたいと思ったくらいだ。
だからこそ、誰よりも何も起こらずに終えてほしいと一夏は祈った。起こってしまえば、春十を殺すチャンスを当分逃してしまうことを意味していたから――
「……で、何故国賓席に生徒会長様が居るのかしら?」
「国賓の方々にお話ししなければならなかったからよ。そうしたら、あなたの姿が見えたものですから」
すでに学年別トーナメントは始まっているのだが、一般生徒同士の対戦であるため、先ほどから後ろで気配を出していたIS学園の生徒会長――更織楯無の方向に向けて話し始めた。
楯無は国賓の方に用事があったと言っていたが、それが建前だということは予測でき、クラス対抗戦で逃した一夏に会うことが本来の目的だと予測できた。
「それで、今回は何しようとしているのかしら? もしかして、織斑春十の暗殺をしにきたのかしら」
「……何もするつもりはない。それに、わざわざ国賓として来て暗殺するメリットが解らない。今回は普通に観戦を……いや――」
企んでいることを気づかれないようにと一夏は考えたが、伝えておいた方がむしろ好都合かもしれないと思った。もしあのシステムが発動したことを考えれば、楯無に知らせておくことで、楯無が教師陣に伝えてもらえば、何かしらの事態に対応させられるだろうと思った。そうすれば、一夏が阻止したところで報告し遅れたなんていう事態にはならないと一夏は思っていた。
「……更織楯無。『更織家』として一つ頼みたいことがある」
「あら、私があなたの頼み事を聴くとでも?」
「あぁ、絶対に了承するだろうね。何せ、私が国賓として来た理由は、これから起こるかもしれない暴走を止めるためであるから」
「……詳しく聴かせて」
予想通り食いついてきたと一夏は思い、そのまま話を続けた。
「――ラウラ・ボーデヴィッヒの専用機に
「……あなた、確かドイツの軍人としてデータは登録されているけど、何かドイツであったのかしら?」
「まぁ、そういうこと。VTシステム組み込んだ研究者達の独断で起こされたの。まぁ、その研究者達は捕まえているし、処罰を受けているだろうけどね」
実際のことを言うと研究者達は殺されているだろうが、とにかく今はVTシステムのことを伝えることが大事だ。楯無は一夏の言葉を信じないだろうが、もし本当のことだのしたらみて見ぬ振りするわけにもいかない。そのことか解っているからこそ、一夏は楯無につたえたのだろう。
また、一夏もVTシステムについて伝える必要はなかったりしたが、VTシステムが発動した際に、観客が避難しようと逃げ惑うことが妨害になる可能性があった。教師陣に伝えておくことで、ある程度妨害をされないようにするための措置だった。VTシステムが発動してしまえば、結局教師陣や楯無には知られてしまうこともあり、一夏側としては伝えておくことによる問題がなかった。あるとしても、ドイツが違法であるVTシステムを使用していたという、VTシステムが発動してしまえば気づかれてしまい、ドイツが問題追求されることは変わりない。それなら、先に事情を話しておいても問題はないと判断して、慌てないように避難してくれた方が一夏にとって効率が良かった。
「……あなたが言っていることが真実かどうかは解らないけど、もし本当のことだとすれば危険ね。癪だけど、あなたの話を伝えておきましょう」
「解っていると思うけど、ラウラ・ボーデヴィッヒと織斑春十の試合が始まる前に、教師には伝えておいて」
「それくらい解っているわよ。それで、他に話しておくことはないの?」
「……クラス対抗戦の時はあんなに怯えていたというのに、どうして私に対して強気になれるのかしら」
「だてに暗部であることを舐めないでちょうだい」
殺されかけたというのにもかかわらず、平然と接触をしてきていることに不思議に思った。一夏は楯無が怯えている顔を見ていたからこそ、何事もなかったかのように話してくるとは思いもしなかった。結局一夏の質問に楯無は答えなかったが、詳しく聞くつもりもなかったので、これ以上は問わなかった。
「とにかく、迅速にお願いするわね」
「言われなくてもそのつもりよ。それにしてもあなた、表情には出てないけど苛立っているようね。詳しいことは聞かないけども――」
その一言を残して、楯無は一夏の前から立ち去った。
楯無が最後に放った言葉は、一夏がとって考えさせられることだった。
『苛立ち』――言い換えれば『怒り』。
喜怒哀楽の内の一つである怒りを表すなんて、一夏にとって驚きのことだった。楯無に言われなければ気づかなかったことだが、誰かに対して怒るとは思いもしなかった。
「……感情なんて、私にはいらない」
先ほどの怒りの感情を捨てたいと思う一夏だが、一度覚えた感情を捨てるなんてことは至難の業だ。それに、一夏は気づいてないが、春十を暗殺しようとしたクラス対抗戦の時にも一度感情を出している。春十を暗殺しようとしたとき、暗殺方法が『面白くない』と言っていた。感情が戻りつつあることに、一夏は未だに気づいていなかった――
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「更織……それはどこからの情報だ」
楯無はいち早く教師陣に伝えられる方法を模索していた結果、織斑千冬に伝えることが一番早いと判断し、千冬が居ると思われたピットへとすぐに向かった。
千冬に一番早く伝えるべきと考えたのは、一年のクラス内で緊急時の指揮官を担当する事が決まっているからで、一年の教師陣は基本的に千冬の指示で動くようになっているからだ。
また、何故千冬がピットに居ると考えたかというと、織斑春十とラウラ・ボーデヴィッヒの試合はそろそろ回ってくる頃で、春十が出場するピットに居るだろうと推測したからだ。
案の定、千冬はピットにいて、そこから試合の様子を見ていた。次に試合を行う生徒が待機していたので、千冬に近づいて小声で密かに伝えた。そしてその情報を聴いた千冬は楯無の方に振り向いて、情報源がどこか問い返した。
「……更織家である一件を調べていた結果、偶然でもその情報を手に入れまして」
実は春十を暗殺しようとした人物からの情報なんて言えるはずもなく、偶然にも入手したと伝えた方が最適だった。もし詳細なことを問われた際に、別件のことが関わるために教えることはできないと言うだけで済むからだ。本当のことを言えば更織家としても大問題で、事態が大きくならないためにも最小限にしようと考えた。
「なるほど。しかし、今更学年別トーナメントを中止にするわけにはいかない。多くの国賓の方々が参列していることは解っているだろう?」
「解っていますわ。だからこそ、織斑先生にVTシステムが発動した際の即時対応をお願いしているのですから」
「了解した。VTシステムが発動した際、即座に避難できるように教師達には伝えておくようにしよう」
「ありがとうございます」
これで避難対応は速やかにできるだろうと思い、そしてまた、千冬が情報源について問われなかったことに、楯無は内心安堵した。ラウラの対戦相手は春十であり、もしVTシステムが発動すれば、一番危険なのは春十で、姉である千冬が何か質問してこないかと不安ではあったが、杞憂に終わったようだ。
楯無は千冬に連絡する内容を話し終えた後、すぐさまピットを後にして観客席へと移動した。楯無自身もVTシステムが発動した際の対応をできる限りしておきたいということもあり、しかし一番最適であるピットには教師が居るため、追い出されてしまうことから渋々観客席で待機する事にしたわけだ。
「……何事も起こらないで終わることを祈りたいけど、難しいでしょうね……」
そして、楯無がピットで準備していた生徒たちの試合が終わり、ついに春十とラウラを試合の順番となり、それぞれISを纏って出場していった――
--------------------------------------------
「ほう、怖じ気もせずに出てきたか。天才の織斑春十」
「……確かに実力としてはそこまで強くないさ。だから努力してどこまで戦えるか確認したい」
ラウラ・ボーデヴィッヒの恨み言葉に対し、織斑春十は事実だと認めつつ、そのために努力をしていると答えた。
しかし、その返事の仕方はラウラにとって尚のこと怒りが湧いた。受け答えについても怒りが湧いたが、それよりも春十の口から努力という言葉を放ったことが許せなかった。
「努力だと……貴様が過去に努力していた人間を踏みにじったくせに、努力だとっ!? ふざけるのも大概にしろ!!」
「……前から気になっていたけど、何故俺にそこまで拘る。前に言っていたあの人が関係しているのか?」
「あぁそうだ。貴様さえ居なければ、あの人はあんなことにならなかっただろうからなっ!! なんなら、貴様が今までやっていたことを公開してやろうかっ!?」
その言葉に、春十は戦慄した。ラウラの気迫も含まれていたが、ラウラが春十の過去を本当に知っているのならば、春十が過去にしてきたことが公になってしまうことだ。別にラウラの言葉だけでは信じる人は少ないかとしれないが、国賓と見ている学年別トーナメントで言われるとなれば状況は大きく違ってくる。調べたりすれば簡単に出てきてしまうからだ。春十の過去に関する情報は春十自身がある程度処分をしていたが、完全に処分出きるわけでもないし、人からの口頭であれば春十としてはどうすることも出来なかった。
それに現状、春十が過去にしてきたことを話そうとする人がIS学園の生徒として一人いて、しかもその人物は中国の代表候補生ということもあり、もしその人物――鳳鈴音が話してしまえば春十の立場は確実に危うくなってしまうだろうと推測できた。
だからこそ、自分の立場をなんとか維持させるためにも、ラウラを阻止しなければならなかった。そして都合のいい形で、試合開始のカウントダウンが始まったところだった。
「……そこまで話す時間はないか。なら勝ってから話すまでだ!!」
「……そうか、ならこっちだって全力で戦ってやる!!」
そして、カウントダウンが終わり、試合開始の合図が鳴り響いた――
「「絶対にぶっ倒すっ!!!!!」」
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第十四話
「はい……わかりました」
『そういうことだから、F3248とF4634に任せるよ。どの道、そちらでは大きく行動する事は不可能なのでね。F5268とF2179には私から話しておくよ』
イリヤ・ヴェロフからの連絡を切ったシルヴェーヌ・デュノアは、先ほどイリヤから聴かされた話しを考え、思わず溜め息を吐いた。
F4634というのはシルヴェーヌのことを指し、F3248はシャルロット・デュノアのことを指している。自分とシャルロットは待機という命令であったが、問題はF2179――ラウラ・ボーデヴィッヒのことだ。
ヴェロフはVTシステムの一件が終えた後、VTシステムが発動しようがしなかろうと、ラウラに任務を与えるつもりでいた。VTシステムが仕組まれていたという理由で一度ラウラをドイツに帰国させ、ISを整備している間にF5268である一夏と共に任務を与えるつもりのようだった。
シルヴェーヌも任務内容を多少だけども聴かされたが、別に問題があるわけではなかった。シルヴェーヌが溜め息を吐きたくなったのは別の事だ。
「……これでは、ラウラが可哀想よ」
可哀想だと思いながらも、自分には何も出来ないことに、シルヴェーヌは悔やむしかなかった――
--------------------------------------------
「先ほどの意気込みは何処へいった。天才何だろう? 何でも出来るんだろう? なら私を倒すことすら造作もないだろう!!」
「……うるせぇよ。それに、天才だと言われても全て出来るわけではない!!」
試合様子を簡単に言ってしまえば、あまりにも一方的で、春十は防戦一方な戦いをすることしか出来なかった。
(……それにしても、なんだこの戦いにくさは。別に織斑春十が私と同等に強いわけでもないのに、なぜこんなに戦いにくい?)
ISの性能や春十の実力、ISテクニックなどを考えたとしても、自分の方が上だということは誰が見たって解るとラウラは思い、実際その通りだった。
しかし、今までこのような戦いにくさは、ISの性能や相手のISテクニックなことを除いて今までなかった。前者が一夏で、後者がデュノア姉妹のことを指しているが、春十はどちらにも当てはまらなかった。
とにかく、さっさと試合を終わらせて戦いにくさを調べよう――と考えたラウラは意識を試合に集中することにした。
「……少し考え過ぎたか」
考えごとしている間に、ラウラの視線から春十の姿は消えていた。これに関しては想定内のことで、ハイパーセンサーを使えば問題ないと思っていた。
しかし、ようやくそこでラウラの機体に異変が起こった――
(なっ!? ハイパーセンサーが機能停止しているだとっ!?)
元々ラウラはハイパーセンサーを頼りにしない。故にラウラが思っていた戦いにくさ――機体の違和感に気づかなかった。
基本的ラウラは気配で判断し、機械に頼らないようなタイプだ。ISに乗っている以上は頼らなければならないところもあるが、自分でなんとか出来るようなハイパーセンサーなどのような機能は基本的に使用していなかった。
偶にはハイパーセンサーを使用して対応使用としたがきっかけで、ようやく気づいたようなものだ。
また、気配で判断するとしても、ハイパーセンサーの通知はいつもなら聞こえてくるし、多少ではあるが無意識にハイパーセンサーで判断していることもあった。そのことにラウラ本人が気づいていなかったこともあって、春十相手に戦いにくいと思いこんでいた理由だった。
ハイパーセンサーが使えないとなれば、いつものように気配で対応する必要がある。しかしその間の判断遅れは、数秒も使用してしまっていた――
「もらったっ!!」
「くっ!?」
背後からの攻撃――鋼螺の近接武器である鋼閃を間一髪のところで避け、いつもならば気配で簡単に避けられたが、意識を集中せずにハイパーセンサーに頼ったがために気づくのが遅くなった。
春十からの攻撃を避けたあと、ラウラは反撃を仕掛けようと考えたが、咄嗟の判断で中断し、春十から一旦離れることにした。本当ならばそのまんま反撃したいところではあったが、ハイパーセンサーの故障から考えて、他の機能も何か問題があるかもしれないと思い、状況把握するまで無闇に攻撃する事は控えたかった。
(くっ、一体何が起こっているっ!?)
避けたりすることはラウラの意志で操作できるため、最低限度の問題はないと避けている間に把握できたが、他については確認しなければ解らなかった。
一旦離れたこともあって、まずラウラはレールカノンを春十に向けて放ってみる。真正面からの攻撃なため、春十からしてみれば簡単に避けられる攻撃だが、とりあえずレールカノンの問題は見当たらないことを確認できた。
「……ふざけてるのか、お前」
「ふざけてる……だとっ!!」
「さっきまでの攻撃はどうしたんだ。手加減つもりかって聴いているんだよ!!」
春十からしてみれば、急に手加減されているようにしか見えず、ラウラに対して怒りが湧いていた。そんな様子をみて見当違いな考えに思わず滑稽だと思っていたが、何も知らないのに怒られるのは癪だった。
実はこのとき、春十が話しかけたことによって動きを止めたため、ラウラは
(くっ、AICまで使えなくなっているのかっ!?)
それからラウラは、直進して鋼閃を振りかざそうとしている春十に対して、避けることをせずにプラズマ手刀で防いで見せようとするが、プラズマ手刀が発動せず、春十の鋼閃を直撃で受けることになった。ラウラはそのままアリーナの壁に激突しかなりダメージを受けてしまった――
--------------------------------------------
「……ラウラの機体がおかしい」
ラウラの違和感にすぐさま気づいた一夏は、一度席を外して人気のないところへ移動する。そこで携帯電話を取り出し、シャルロットに通話することにした。
『……どうかしたの?』
コールを数回してようやくシャルロットは通話に出たが、シャルロットも一夏と同様に人気のないところへ移動したからだろうと推測し、特に気にせずに話しかけた。
「……ラウラの機体の異変に気づいてる?」
『うん。織斑春十から鋼閃……だっけ? それを避けた辺りから違和感覚えたから』
「そのことはシルヴェーヌには?」
『さっきイリア・ヴェロフから連絡あって席外していてまだ伝えてない。そろそろ戻ってくると思うから、伝えておくね』
「お願いするわ」
通話を切り、一夏は自分が居た席へと戻ることにした。一つの不安を残しながら
(……何事も、起こらなければ良いけど)
--------------------------------------------
(状況把握はできたが、この状況は不味いな……)
現状使用可能な武器がレールカノンしか無いことを把握したラウラだが、いつレールカノンも使用不可能になるが解らなかった。
ワイヤーブレードについては試してないが、全て発射出来るとは思えず、現状の中で使用不可能な物も含めると一番使いにくいものだ。幾つ放つことが出来るだけ確認することも考えたが、ワイヤーブレードを使うだけで隙を与えることも考えられ、何よりも春十に機体の異変に気づかれる可能性が高いために使用したくなかった。そのまま試合が中断して春十に心配なんかされると考えると、ラウラにとって侮辱でしかなかったから――
(とにかく、レールカノンで何とかするしかないな…… さすがにこれだけだと単調過ぎて読まれるかもしれないが、そこは技術で補うっ!!)
「どうした、まだ手加減するというのか」
「なに、貴様などレールカノンのみで十分だ」
「……ならその余裕をへし折ってやるっ!!」
戦術が決まったラウラはまずレールカノンで一発放った。春十は簡単に避けてラウラが居る方向へ突き進もうとしたが、既にラウラはそこに居なかった。
「なっ、居ないだとっ!?」
「遅いっ!!」
「っ!?」
ハイパーセンサーで背後からの警告音が聞こえてきたが、間に合わずにダメージを受けた。
どうやって背後に回ったと春十は思うが、とにかく背後を振り向いた。しかしまたしてもラウラの姿はなかった。
「くっ、どこに――」
「こっちだ」
聞こえてきた方向は上で、上を見上げると既にレールカノンから放たれた後だった。気づいてからでは当然避けられるわけでもなく、またしてもダメージを受け、シールドエネルギーはあと僅かにまで減らされてしまった。
「どうした、私の余裕をへし折ってやるのではなかったのか?」
「……お前、
「
「なっ!? ならどうやって背後にっ!?」
「……特別に教えてやろう。あれはこのシュヴァルツェア・レーゲンに搭載されている
「……おいまさか、その気になれば永遠にスピードを出せると言わないよな。そんなことすれば肉体が持たないぞ!!」
「確かに永久的に使用すれば耐えられないだろうな。なら
そのため、
余談だが、
(それに、
肉体が耐えられない代物を普通搭載するかと思うが、
「さて、そろそろ終わらせようか。残り一撃――貴様は逃げられるか?」
「くっ、」
刹那、ラウラは
春十はまた背後に回られたかと思ったが、背後にはラウラの姿はなく、上空と左右もすぐさま見たが、姿は見えなかった。
「……やはりな。背後と上空を攻められたら、自然と全方向を確認する。しかし、人間という動物は本来地面に着いて生きているからこそ、下からの攻撃には疎いっ!!」
「なっ!? 下からだとっ!?」
「これで――っ!?」
ラウラがレールカノンを放とうとした刹那、シュヴァルツェア・レーゲンに更なる異変が発生した。
レールカノンも使用不可能になってしまったのだ。さらに、ISの操作、脱出手段などの全ての操縦が、ラウラの指示に反応しなくなった。これでは降りることも不可能で、この状態で動かすことすら出来なくなっていた。
「くそったれがっ!? 遂には全機能いかれたかっ!!」
「……一体何が?」
一方の春十は、何が起こっているのか理解できなかった。突然ラウラが怒鳴り始めるし、いつになってもレールカノンから放たれる事がないために、様子がおかしいということにようやく気づいた。
考えてみれば途中からラウラの戦い方が変ではあった。最初は全力で挑んできたというのに、突然の手加減をされ、レールカノンしか使ってこなくなった理由がずっと謎だった。
ラウラの言葉からして、ISがラウラの指示を完全に受け付けなくなったのだろうと思うが、本来ならば自分にそのことを気づかれたくなかったのだろうと、春十は思った。手加減させていると思わせ、気づかれないように試合を続行していたことからして。
その後、ラウラの画面にはシステムの、コマンドが勝手に表示され、次々に羅列していった。
System Condition…………Error
reload System? [y] or [n]…………y
reload System…………Error
「くっ、リロード失敗したか……」
勝手に表示されていく文字を見ながら、ラウラはどのような原因なのか探っていく。システムのことについて詳しい訳ではないが、英文は読むことが出来るので、状況把握くらいはある程度できた。
だが、ラウラにとって予想していなかったことが起こる――
Searching System files.............................!!
Start Preparation
「……なに? 別のシステムが見つかっただと?」
もう一つシステムが組み込まれているなんて聴いていなかったラウラは、そのシステムについて怪しいと感じた。
そしてその嫌な予感、ラウラの予想通りになる――
【Valkyrie Trace System】…………boot
「なっ、ヴァルキ――」
ラウラが驚いて何かを叫ぼうとした刹那、ラウラは突然意識を失った――
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第十五話
「ちっ、危惧していたことがやはり起こってしまったか……っ!!」
VTシステムの発動を確認した一夏は、起こって欲しくないことが起こってしまい、思わず舌打ちをしてしまった。想定内のことではあるが、起こらずに済むのであれば簡単に終わらせることができた。
一夏は周りを一度見渡した。どうやら異変に気づいた、もしくはVTシステムが発動したことに気づいた国賓席の人たちは即座に避難していて、観客席にいた生徒たちも教師たちの指示の従って避難を始めていて、最終的に一夏のみとなっていた。これも一夏としては予想していた範囲で、おかげで対処するのに邪魔が入らないで済んだ。
「さぁ、始めましょうか」
--------------------------------------------
「これは……まさかVTシステムだとっ!?」
織斑春十は突然ラウラの機体が黒いものに覆われたのを見て、予想もしていなかった。
先ほどまでラウラが手加減し始めたと思ったら、今度はVTシステムときた。ラウラが何かを叫ぼうとしていた事からしてラウラとしても予想外なことだったんだろう。
「……もしかして、あいつの機体が操作を受け付けなくなっていたのは……」
VTシステムを無理やり組み込まれ、それによる障害ではないかと春十は考えた。正確な原因は機体を調べなければ解らないが、その可能性は一番考えられた。そう考えると、よくそのような状態で戦い続けようと思ったものだと春十は思わず感心してしまった。
「さて、さっさと止め……なっ!?」
春十が鋼螺を動かして鋼閃で攻撃を与えようと考えたが、VTシステムによる機体の変化に思わず驚いてしまった。春十が驚くのもその筈で、変化した姿はかの有名なISの姿をしていたのだから――
第一回モンド・グロッソの優勝で、ブリュンヒルデと呼ばれている、姉である織斑千冬の機体――暮桜にそっくりになっていたのだから――
「……てめぇ、俺の前で姉さんの機体を真似するなんて、良い度胸しているじゃねぇかっ!!」
――織斑春十は表情に出して怒ることは少ない。基本的に人に対して怒ったときは表面上に出すことはせず、他人に任して仕返しする行為を今までしてきた。
しかし、そんな任せる人はIS学園に存在しないし、そもそもその怒り相手はVTシステムによる機体だ。VTシステムを組み込んだ人物に対して仕返しするという考え方でもあったが、そこにたどり着くまでに時間を要してしまうことは想像でき、割に合わないくらいだ。
まぁ、それ以前に春十が仕返ししようとしていた人物たちは、既にこの世には存在しないが――
「……ぶっ殺す。姉さんを侮辱した貴様は絶対に――」
「それはやめて貰おうかな? これはドイツの問題なので」
「っ!? 誰だ!?」
突如女性らしき人物の声が聞こえ、春十は辺りを見渡すが、何処にも声を発してきたと思われる人物は見つからなかった。
「ここよ、織斑春十。君が乗っている機体の右肩付近にいるよ」
「なっ!? どうやってそんなところに!?」
春十から見て右上側を見ると、アルビノの髪をした同年代くらいの少女が宙に座っていた……いや、正確には少女が座っている部分に展開されているシールドエネルギーに座っていた。
シールドエネルギーが展開されていようと、別に攻撃を受けているわけでないからダメージを受けているわけではないが、今までシールドエネルギーに乗って座るなんていう、ふざけた行為をする人間がいると、春十は思いもしなかった。
しかしそれよりも、その座っている少女――織斑一夏が先ほど言った内容の事の方が気になった。
「ドイツの問題って、どういう事だ」
「私はラウラ・ボーデヴィッヒと同じで、ドイツの軍人だからよ。VTシステムは反逆者共がシュヴァルツェア・レーゲンに仕組んだことによるものでね。それで私はVTシステムを止めにきたわけ」
「……ふざけるな。あれは俺の獲物だ。邪魔するならたとえお前でも――」
「別に誰が倒すことは、私も気にしていないよ。けど、そう言っていられる時間もなくてね。一、二分の間にVTシステムを止めなければ、中にいるラウラが死ぬ」
「なっ!?」
一、二分で死ぬと言われ、春十は驚いた。VTシステムは時間が経過すると操縦者を殺してしまうことは知っていたが、そこまで猶予がないとは思わなかった。
「一、二分で確実にVTシステムを止められるというなら別だが、そうでなければ邪魔よ」
「くっ、そこまで言うのであれば、君は確実に止められるというのか?」
「ないならそんなことは言わないわ」
春十のシールドエネルギーは残り僅かで、一撃でも受けたらVTシステムを止めることすら出来なくなる。それに、一、二分の間で確実に倒せるかという点でも
それ以上の時間を要してしまう事も考えられた。
一年前なら無視して止めにいっただろうが、天才だろうと全てが出来るわけではないということは、IS学園に来てから思い知らされたし、そのおかげで冷静に判断する事が出来た。最も、傲慢なところは性格故に抜け切れていなかったりするが――
「さて、そろそろ対処しないと不味い。君はさっさと安全な場所に逃げなさい」
「……一体、何するつもりなんだ」
一夏は鋼螺から飛び降りて、春十に背中を向けながら言った。春十は一夏が一体何をしようとしているのか気になり、その場から逃げようとはしなかった。
「簡単な事よ。相手が暮桜の機体を真似ているならば、こちらも
「っ!? お前まさかっ!?」
春十が何かに感づいたようだが、一夏は気にせずにVTシステムへ突き進んだ。その途中で、一夏は自信のISを右腕から右手にかけて部分展開させ、一つの刀を展開させた。その刀は春十にとって覚えがある刀であり、姉である千冬の専用機であった暮桜の武器と、ほぼ似ていた――
「――零落白夜改」
一夏が言うと、持っていた刀は青白く光り始め、そのままの状態で突っ込んだ。
しかしVTシステムも静観しているわけでもなかった。一夏が近づいていることに気づくと、一夏を倒そうと攻撃を仕掛けてきた。一夏にとっては予想通りの攻撃で、攻撃が当たるという寸前で避けるという芸当みたいなことを見せた。寸前で避ける方法は確実に攻撃を回避するために使う方法で、確実に一夏の攻撃を当てるために使った。時間の猶予があればこんな危険な方法は取りたくないが、仕方ない手段だった。
もちろん、VTシステムがこれだけで終わるわけがない。次々に一夏へと攻撃を仕掛け、一夏はそれらを全て寸前で避ける。避けることを寸前にすることによって、多少ではあるが相手の次の攻撃を遅らせる事が出来る。たとえ相手が機械のみで操縦していようが、避けるタイミングが遅いほどその遅らせた分だけ、次の攻撃を考え始める時間も遅くなるということだ。
「……ラウラ、今すぐ助けるから」
そして一夏は、VTシステムの目の前にたどり着くと、一閃を振るった――
零落白夜改は千冬の専用機、暮桜の武器である零落白夜の改良版だ。零落白夜の弱点であるシールドエネルギーの消費を完全に無くし、それ以外の変更点はないが、これによってシールドエネルギーを気にする必要はなくなった。零落白夜であった頃はシールドエネルギーを消費して相手のシールドエネルギーを零にする、諸刃の剣と言われていたが、シールドエネルギーの消費が無いというだけで、相手にとってはかなりの脅威になるだろう――
そして案の定、ラウラの包み込んだVTシステムは零落白夜改の一閃を受けただけで機能が停止し、元のシュヴァルツェア・レーゲンの形に戻っていった――
「…………」
一夏は無言でラウラをシュヴァルツェア・レーゲンから取り出し、お姫様抱っこをする持ち方をして、アリーナを後にしようとした。
「おい、ちょっと待てよ」
このまま誰にも声をかけられずに出られると思っていた一夏だが、まだアリーナにいた人物――春十から声をかけられた。
正直なところ、一夏は春十に話しかけた時から、春十を殺したい衝動を抑えていたくらいだ。唯でさえ自分から話しかけるだけで虫唾が走るというのに、これ以上話していたら殺しかねない。だから何も言わずに立ち去ろうとしていたのだが、その春十から話しかけられたおかげで計画が崩れてしまった。
このまま無視して居なくなることも考えたが、IS使って突っ込んできたら面倒なので、仕方なく振り向いた。
「……なに、さっさと私は離れたいのだけど」
「……なぜ零落白夜を使っている。あれは姉さんの――」
「それを私に聴かれても困る。私が作ったISでないし、私はこのISを軍から配備されて使用しているだけに過ぎない。作った本人にでも聴いてくれ」
実際、一夏も零落白夜改が搭載されているのか知らない。造ったのはイリヤ・ヴェロフで、なぜ搭載したということを一夏は一度も質問したことがない。というより、質問したところでくだらない返答が返ってきそうな点と、一夏自身がどうでも良いと思っていたからという二つの理由が大きかった。これから質問しようとも思わないし、質問したところで時間の無駄をするだけだと一夏は考えていた。
「話はそれだけ? なら私は行きたいのだけど」
「なら一つだけ、お前は何者だ」
「……ドイツ軍の元帥をしている――ということだけを言っておきましょうか」
話し終えると、一夏はラウラを連れてアリーナを後にした――
--------------------------------------------
「で、弟の次は姉ですか……」
アリーナを後にして歩いていると、今度は教師をしていて、春十の姉にあたる人物――織斑千冬が待ち伏せをしていた。
「……ドイツ軍元帥、エルマ・ベルクだな。確認したいことがある」
「……あぁ、更織楯無から聴いたのですね」
何故自分の偽名を知っているのだろうかと一夏――もとい、エルマ・ベルクは思うが、楯無から聴いたのだろうと納得した。
楯無からVTシステムの事を聴いた千冬はVTシステムが発動後、偶然にも楯無と遭遇していた。そのときに再度情報源について問いただす……という名の権限を使って、誰から情報を知ったのか聴いていた。
その結果、国賓として来ていたドイツ軍の元帥、エルマ・ベルクだと知った。その時にはVTシステムを止めようとしていたエルマ・ベルクの姿が見えたので、VTシステムを片づけ終えた所を、千冬が待ち伏せしていたわけだ。
「それで話というのは?」
「VTシステムがラウラ・ボーデヴィッヒの機体に組み込まれていたのか、詳細を聴いてもよろしいか?」
「そのことですか……ドイツにあった違法研究所が危うくなったところ、最後の足掻きとしてシュヴァルツェア・レーゲンにVTシステムを組み込んだらしいです。その情報を知ったのは昨日の夕方です」
正確にはもう少し前に知っていたが、本当のことを言えば何故IS学園に伝えていなかったのかと問われてしまうからだ。昨日の夕方と言っておけば、こちらに来る準備が手続きなどで報告が遅れたことによって伝えられなかったと、多少の言い訳は出来るし、当日だとドイツの情報が他国に遅いと思われてしまう。だからこそ、前日にVTシステムが組み込まれている事を伝えておけば、一夏――エルマ・ベルクのミスという形で収められるからだ。
「……その事をラウラには?」
「……大会を楽しみにしていたようでしたので、水を差したくないと思いまして」
「あのラウラが?」
「あのラウラが、です」
千冬はドイツで教導していた事もあって、ラウラの経歴をある程度は知っているし、ラウラの性格なども把握している。だからこそ、ラウラが試合を楽しみにしていたということが想像できず、一夏の言葉を聴いて思わず笑みを浮かべるほどだった。
「……これからのことですが、シュヴァルツェア・レーゲンに異常がないか確認するために、ラウラを二週間ほどドイツに帰国させてもよろしいでしょうか」
「それなら、別に機体だけでも構わないだろう。それに、IS学園の生徒である間はどの国にも属さないことは分かっているはずだ」
「その事を含めてお願いしています。どの道、シュヴァルツェア・レーゲンの異常確認が終えた際、ラウラを一度帰国させなければなりません。わざわざ私たちがIS学園に来て確認するという方法でも問題はないですが、もし他に異常が残っていたとしたら再度IS学園に来るという手間をしなければなりません」
「しかし……」
「それに、ラウラの健康状態についても確認しないと行けませんし、丁度私が日本に来ているので、このままドイツに連れて行くべきかと思いまして……」
もしこれでも否定されるのであれば、最終手段を使うまでだと一夏は考えていた。正直なところ使いたくない手段で、IS学園からあまり良くないように思われてしまうからだ。しかし、IS学園の教師たちがそこまで融通が効かないと思っていなかったので、丁度千冬が居たからついでにラウラを一時帰国させる話をした。
しかし、今考えると失敗したと一夏思っていた。元姉だからこそ解るが、融通があまり効かず、校則だからという理由で否定される可能性が考えられたからだ。過ぎたことは仕方ないと思い、とりあえず千冬の返答を待つことにした。
「……わかった。一度ラウラを帰国させることを許そう。学園側には私から報告しておく」
「あ、ありがとうございます。それでは私はこれで失礼します」
「……最後に一つだけいいか」
一度礼をして、一夏がラウラを連れて歩き始めたところで、千冬に声をかけられたので足を止めた。まだ話すことはあるのだろうかと思いながら、一夏は千冬の言葉を待った。
「……ラウラは、昔より笑うようになったか? さっきの話を聴いている限り、良くなったと私は思ったが」
「……えぇ、笑うようになりましたよ。それではこれで」
正直言えば嘘だ。千冬がドイツに教導していた頃より酷くなっているが、一夏は言わなかった。
それから一夏は再度歩き始め、ラウラの意識が回復させるために、一夏が拠点にしている場所へと向かって行くのだった――
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第十六話
「うっ……ここは?」
「ようやく目覚めたようね」
ラウラ・ボーデヴィッヒが目を覚ますと、一度だけ来たことがある家の天井が見えた。そこにはラウラが尊敬している人物、エルマ・ベルクこと織斑一夏だった――
「お、お姉さま? 私は一体……」
「……意識が失って記憶が欠落しているようね。どうして意識を失ったか思い出せない?」
「……っ!? そうか、私は確かっ!!」
ラウラが何かを思い出したかのような顔を見て、どうやら目覚めたばかりで何があったか思い出せないでいただけと一夏は判断した。思い出したと考えた一夏は、ラウラが思い出したであろうことについて疑問が出るだろうと考え、ラウラが質問する前に答えることにした。
「ラウラの機体――シュヴァルツェア・レーゲンに、Valkyrie Trace System――通称VTシステムが仕込まれていた」
「……やはりか。意識を失う直前に、VTシステムの名前らしきものが見えた気がしたんだ」
「ラウラも気づいていたのね。とりあえずその後のことを言うと、私が突入して、零落白夜改でシールドエネルギーを0にすることでVTシステムの暴走を止めさせた。織斑春十に、私の顔を見せることになってしまったけど……」
「すまない!! 私のせいで――」
ラウラは折角一夏が暗殺するチャンスを更に失ってしまったことに、自分の責任だと悔やんでしまった。ラウラがIS学園に来た理由は、シルヴェーヌとシャルロットのデュノア姉妹と一夏がいるからという理由もあるが、一夏が安全に春十を暗殺出来るように環境を整えるためだった筈なのに、結果的に一夏の行動範囲を縮めてしまう結果となってしまった。ラウラが転入しなければこんなことにならなかった筈であり、うまく暗殺できていたかもしれないと考えるだけで胸が苦しくなった。
しかし、一夏は特に気にしているわけでもなく、ラウラの言葉を遮るかのように、微笑みという作り笑いを浮かべながら答えた。
「ラウラのせいではないわ。前回の篠ノ之束が影響を与えたわけでもないし、今回は運が悪かっただけ。私が暗殺する事は、難しくなったけどもね……」
「しかし、私が転入してこなければこんなことにはっ!!」
「それは結果論よ。それに、ヴェロフ様は篠ノ之束の一件で、織斑春十の暗殺を諦めていた節がありそうだからね。だからこそ私とラウラに任務が与えられ、IS学園に無理を言って、ラウラを二週間ほどドイツに帰国させることを認めて貰ったのだから――」
「それは私とお姉さまに別任務を与えられたと?」
「えぇ。それも、表面上はドイツ軍の任務として――」
表面上ということは、公になってもいい任務だと、ラウラは察した。ドイツ軍の任務ということで、表面上ドイツ軍として所属している元帥の一夏ことエルマ・ベルクと少佐のラウラ・ボーデヴィッヒの二人が召集されたのだろう。
しかし、元帥のエルマ・ベルクが召集されるという時点で、既に不穏な気配をラウラは感じていた。エルマ・ベルクという人物は、世間的に言えば突然ドイツ軍の元帥として名前を挙げることになり、ドイツ軍でも謎多き人物とされている。ドイツ軍の公式イベントなどに参加することはなく、将官の人間ですら素性を知られていないくらいだ。今回の学年別対抗戦の国賓として参加したこと事態がドイツ軍にとって驚きなことで、今回ドイツからの国賓はエルマこと一夏のみだった。そんなドイツ軍で謎多き元帥に召集が掛かる時点で、表面上という意味がラウラにとって察してしまうくらいだった。
「……それで任務というのは?」
「ヨーロッパにある
「なら、私たちには何の任務が?」
「……そのまえに、ラウラは
任務内容を言う前に、一夏はラウラに
ラウラはなぜそのような質問をしてきたのか解らなかったが、とりあえず自分が知っている範囲で答えることにした――
「
「そうね。だからヴェロフ様に関わりがあるドイツやフランスが狙われていることが多いと」
「中でも要注意としているのはスコールを率いる部隊だったか? そのあたりまでしか把握していないが……」
「……いや、正直スコールの名前まで知っていると思わなかったわ」
「そのことだが、単にイリヤ・ヴェロフが普通に呟いて聴いただけだが?」
「ヴェロフ様……極秘情報呟くような組織の長が居ますか普通……」
情報入手理由があまりにも酷すぎて、一夏は思わず頭が痛くなりそうだった。イリヤ・ヴェロフに拾われてから、彼の性格などをある程度知るようになったが、非道なことは普通にするくせ、自分から極秘情報を漏らしたり、他人を気にかけたりするという、イリヤ・ヴェロフを長く知っている人間ですら、彼の行動は理解不能と言われるくらいだ。
結果的に言えば、ラウラに教える手間が多少省けたと思えば良いのかもしれないが、それで納得しろと言われたら無理があるだろう。なぜイリヤ・ヴェロフが組織の長をしているのか、一夏は解らなくなってきた。
しかし、今はイリヤ・ヴェロフのことを考えでもって意味がない――そう思った一夏は意識を切り替えて、ラウラに説明を始めた。
「とにかく、今は
「要するに、評価が良すぎて周りに嫌われているということか」
「そういうこと。
「話を聴く限りには……」
「そこで、私たちは
「なるほど、私とお姉さまが呼ばれたから、表面上はドイツとしての任務になっているのか」
どういう経緯で任命されたのかとラウラは思ったが、一夏から一通り聴いて納得していた。しかし、ラウラが最後に言った内容だけ少し違っていたので、一夏は訂正することにした。
「逆よ。表面上はドイツとしての
任務にしたかったから、私とラウラの二人だけになったという方が正しいわ」
「そうか。それで、その任務に参加する人員は私とお姉さまだけではないだろう? 他には誰がいる?」
「……どの道、話さないといけないから、部隊編成について話しておくわ。多分、驚くことになるだろうけど」
一夏が言っていることが解らなかったラウラは、一夏の歯切れが悪かった。数年前までは淡々と他人を考えずに伝えた筈なのに、歯切れが悪いのは逆に違和感があった。しかし、次第に感情が戻りつつあると思うと、ラウラは嬉しく思ったが、このあとラウラにとって最悪なことを伝えられるとは知る由もなかった――
「まず、総合指揮官はラウラにやってもらうわ」
「お姉さまは?」
「私は自由行動してもよいと言われたけど、基本的にラウラの指揮で動くつもりだから。それで副指揮官だけど……」
「……そんなに言いにくいことなのか?」
「……いや、なんでもない」
流石に気になってしまったラウラは、思わず一夏に問いかけてしまうが、それよりも何故か胸騒ぎがしてしまうことかに気になった。
何か嫌な予感がする――ラウラはそう思うが、次に一夏からつたえられたことを聴いて、嫌な予感は更に酷くなった――
「……副指揮官、クラリッサ・ハルフォーフ大尉」
「おいまさか、それってっ!?」
流石のラウラも、一夏の反応や先ほどからしていた嫌な予感がどのようなものか察しがついてしまった。ラウラにとって何よりも阻止したかったことで、できれば違って欲しいと祈るほどに――
しかし、そのラウラの願いは見事に打ち砕かれる――
「……参加メンバー、シュヴァルツェ・ハーゼ部隊全員――以上よ」
最後に一夏が放った言葉は、ラウラにとって鈍器で殴られたような感覚になった。クラリッサ・ハルフォーフの名前が出てきた辺りから、シュヴァルツェ・ハーゼである可能性が一番に考えられ、ラウラにとってシュヴァルツェ・ハーゼであって欲しくなかった。
「シュヴァルツェ・ハーゼが選ばれた理由は、ラウラが一番解っているわね」
「……他の薬物投与された人間と違い、私とクラリッサの指示には従うから――」
「そう――普通ならば廃人になるか、頭が狂って殺すことしか考えなくなる。だから指示ができ、機会人形になったシュヴァルツェ・ハーゼは他と違って特別扱いをされている」
「……どうして――」
「ラウラ? 何か言った――」
一夏はラウラが小声で何かを言っているような気がして、何か聴きたいことがあるのか問いかけようとしたが、最後まで言い切れる事はなかった。なぜなら、ラウラがベッドから立ち上がり、一夏の襟首を掴み、かなりの怒りを見せていたからだ。
「どうして!! イリヤ・ヴェロフはこんな非道なことができるっ!! 折角ここまで上り詰めた意味が解らないではないかっ!!」
「……私に八つ当たりされても困るのだけど。それに、既にこの命令は確定事項だから、ヴェロフ様が命令を変更するまで、覆らないわ」
「お姉さまは何も思わないのか!! 毎日のように非道なことが行われ、何人ものの人間が狂わせられているというのに、何故平然とした顔をしているのですか!!」
「……私はヴェロフ様の駒よ。それ以上でもなければそれ以下でもないし、ヴェロフ様の指示に従うだけ。それ以外のことなんかどうでもよいわ」
「……そこの所は、昔から変わらないのですね、お姉さまは――」
このまま八つ当たりしても意味がないと思ったラウラは、一夏の襟首を掴んでいた両手を放し、ベッドに落ちていくかのようにそのまま座った。そんな様子を見ても、一夏は何も感じすらしないが、ラウラがこのようになるのは想像できていた。しかし、イリヤ・ヴェロフの命令は一夏にとって絶対なため、致し方ないものだと思っていた。
「……とにかく、このあと私たちは一度ドイツに戻り、シュヴァルツェ・ハーゼと合流し、ドイツで準備を整え次第に中国へ向かう」
「……なぜ、中国なのですか?」
「一番近いアジトが中国にあるからよ。そこから出撃し、太平洋にある、国に属していない無人島へ向かう。そこに、スコールが率いる部隊が所属している
「……解った。今すぐ準備をする」
シュヴァルツェ・ハーゼ部隊の参加を聴いて、ラウラは元気が無くなっていたが、このまま何もしなければシュヴァルツェ・ハーゼに何かさせる可能性だって考えられる。だからこそラウラは一夏の指示に従い、準備に取り掛かることにした。
(教官は何も知らなかったし、シュヴァルツェ・ハーゼを守れるのは私しか居ない。私がいる限り、これ以上好き勝手にさせるものかっ!!)
ラウラは準備しながらも、これ以上は阻止するつもりでいるくらいの意気込みで、シュヴァルツェ・ハーゼを守る決意をした。そのためにクイーンと呼ばれる地位になるまでに努力を繰り返したのだから、このままでは何のために努力したのか意味が無くなってしまう。今回の任務については仕方ないが、これ以上シュヴァルツェ・ハーゼを危険な目に合わせるつもりはなかった。
「ラウラ、準備はできたかしら?」
「はい。というか、意識を失っている間にお姉さまに連れて来られただけだから、荷物もいうもの自体少なかったですが……」
「そうだったわね。なら、行きましょうか」
一夏は必要な荷物だけを持ち出し、ラウラと共に空港へ向かって行くことにした。
一応これにて学園編終了です。
次回からは亡国機業・襲撃編になるのですが、
次の話が第五話でやったepisode of memoriesシリーズのラウラ編なんですよね。
活動報告見た人は察してしまうかもしれないのですけども……まぁ、知りたい方は活動報告をみてください。
それではまた次回。
さて、次回からがこの物語の真骨頂、殺し合いの始まりだ。
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亡国機業・襲撃編
第十七話 episode of memories ラウラ・ボ―デヴィッヒ
ラウラの人生は生まれた時から今に致までほとんどが、救われない世の中に生きていた。
ラウラの生まれ方は遺伝子強化試験体として産み出された試験管ベビーで、親という人物は居なかった。強いて言えば、遺伝子強化試験体の研究員が実質的な親だったのかもしれない。
そんなラウラだが、物心ついた時から扱いは酷かった。戦うための道具として、ありとあらゆる兵器の操縦方法や戦略等を強制的に体得させられた。
当時のラウラは何がなんでも覚える事や努力する事には惜しまなかったが、それにはある理由があった。
ラウラと同じように試験管ベビーで、成績があまりにも酷かった人間は当然のごとく廃棄されていった。そしてその廃棄される光景は、ある程度操縦方法や戦略について教えられた後に、ラウラと同じように生まれた試験管ベビーが廃棄という名の圧殺を見せられた。既に死ぬや殺されるというものが教えられているため、ラウラを含めその光景を見ていた試験管ベビーたちは絶望し、その後研究員によって出来損ないの末路だと伝えられた。そうならないためにも誰もが努力するようになっていった。
その中でもラウラは優秀な成績を残していて、研究員からは可愛がられ、ラウラと同じ試験管ベビーはラウラを恨み、虐めを行うようになっていった。誰もが気に入られたいように努力し、努力しなければ廃棄されると知っているからこそ、気に入られているラウラへの虐めが発生したのだ。
しかし、そんな虐めなんてラウラは気にしなかった。何故ならばそれは自分が誰よりも優秀であるが故にされることで、劣る者たちの八つ当たりに過ぎなかったからだ。そんなに気に入られたいなら限界を超えるほどまでに努力すればいいだけだとラウラは思っていた。実際、ラウラがここまで上り詰めるまでに何度も失敗し、それでも挫けずに自分の限界を超えるという意気込みで努力したからこその結果なのだ。だからこそ、そういう虐めをしている者に対しては、見下すようにラウラは見ていた。ラウラと同じように限界まで努力し続けたような人間は、ラウラ以外に存在するし、その中にはラウラと同じように虐めを受けて、泣き崩れた人もいたが、それでも努力することを続けていた。そしてラウラも努力することを続け、優秀な軍人として生きていくと心に誓っていた。
しかし、たった一人の兵器によって、ラウラの人生は一変してしまった。
そう――篠ノ之束によるISという兵器の登場だ。
ISの操縦というものはIS適性というもので決まり、今までの努力だけでは誰もが使いこなせる兵器ではなかった。しかも、ISは女性しか扱えないという問題があり、試験管ベビーで男性の場合は優秀な人間だけを残し、後は全て廃棄させられる始末だった。
また、女性しか扱えないという事もあり、逆に女性の試験管ベビーは優秀な人間を除いて誰もが喜んでいた。IS適性が高ければ、巻き返せるチャンスがあったからだ。
そして即座に、女性の試験管ベビーは全員IS適性があるかの確認が行われ、もちろんラウラも含まれていた。
その結果、最高位のAランクから最下位のFランクある内のDランク。Fランクは事実上、ISの使用不可能という意味なため、IS使える中でも最下位となってしまった。ラウラはもちろん落胆したが、ラウラを気に入っていた研究員たちも期待から絶望に落とされたくらいだ。しかし、ラウラを含め優秀な試験管ベビーたちをただの兵士として扱うのはさすがに勿体ないと感じたのか、IS適性を上げるためにある手段を用いられた。
それが、現在ラウラが眼帯で隠している左目――
しかし、ラウラは
それから数年経過し、第2回モンド・グロッソが行われた年に、ドイツにとって吉報が回ってきた。第1回モンド・グロッソの優勝者――織斑千冬の弟である織斑春十が誘拐されたという情報を仕入れたのだ。その情報を織斑千冬本人に伝えることによって、見返りとしてドイツで教官として教えて欲しいと思ったのだ。
そしてその思惑通り、織斑千冬はドイツで教鞭することになり、主にラウラが所属している部隊の教官をお願いした。その時にラウラが所属していた部隊は出来損ないが集められる部隊となっていて、大半の人間が努力を諦めていた部隊でもあった。千冬に教わり、少しでも使える人間を増やしたいというドイツの思惑からだった。もし千冬に教わって駄目であれば、普通に入隊した人間ならば軍を止めさせ、試験管ベビーなら廃棄するつもりで、ラウラも後者の中に含まれていた。
しかし千冬が教官として教えた結果、ドイツとしても想像以上の結果をもたらした。たった一年で、その部隊全員を最強部隊と言われるまでに千冬は成長させたのだ。中でもラウラはその部隊の中でもって実力を上げ、千冬が日本に戻ったときには少佐まで上り詰め、自身の部隊であるシュヴァルツェ・ハーゼを持つまでに至った。千冬の教鞭によって再度努力するようになった結果だった。
これにはドイツ軍全体でも衝撃的で、千冬が任期を終えて日本に戻ることになった際は、千冬にドイツでの教官を続けて欲しいとドイツ軍全体でお願いしたくらいだ。それほどまでに千冬が残した影響は強く、軍の上層部自らが日本風の土下座をするくらいにお願いしたくらいだ。
しかし何度もお願いしても、結局千冬は日本に戻ることになったが、ドイツ軍の活気は以前より活気に満ちていた。
だが、その活気も一人の人物がドイツを指揮する事によって大きく変化してしまった――
そう――イリヤ・ヴェロフがドイツに来たことによって――
イリヤ・ヴェロフが来て直後、ドイツはイリヤ・ヴェロフの指示の元に動くようになっていた。普通、何もせずにそこまで上り詰める事は不可能だが、彼はたった一人を除いて誰もが造れない物を造ることが出来た。
それが、篠ノ之束しか造れないと言われたISの心臓であるISコアと、現在の常識を覆すかのようなIS兵器だ。
イリヤ・ヴェロフはそれらを提供する変わりに、ドイツ軍の指揮権を得ようとしたのだ。もちろんそれに反対する者も表れたが、現在その反対していた人間は誰も残っていない。何故ならばイリヤ・ヴェロフのお気に入りで、F5268と呼ばれ、現在のドイツ軍の元帥で、エルマ・ベルクという偽名で通っている少女――織斑一夏に暗殺されたからだ。
その結果、ほぼ強制的にドイツ軍はイリヤ・ヴェロフの指示の下で動くようになった。
とはいえ、イリヤ・ヴェロフが最初の頃に行った事と言えば、
とはいえ、試験管ベビーの廃棄処分が完全になくなった訳ではなかった。ドイツが行っていた、恐怖心を植え付けることによって努力させるという考え方には、イリヤ・ヴェロフも賛同し、試験管ベビーが新たに作られる度に一度だけ行う形となっていた。
話を聴いている限り、その時のラウラに被害がさほど無さそうに見えるだろうが、ここからがラウラをまた振り回される出来事になる話だ。
ある日、ラウラは副隊長であるクラリッサ・ハルフォーフの二人だけである任務を受けた。任務内容はこれといって難易度が高いような任務ではなく、一日あれば終わるような内容だった。
その任務が終えた翌日、シュヴァルツェ・ハーゼのメンバー全員を集めた定例会が行われる予定だったが、ラウラとクラリッサを除いた人間全員が何時もと違った。全員眼が死んでいるようで、中には涎が垂れているものも居た。
それをみた、ラウラとクラリッサは直ぐに異常を感じ取り、即座に上層部に問い合わせた。問い合わせたところ、実行したイリヤ・ヴェロフ本人が答えるとなり、シュヴァルツェ・ハーゼのメンバー全員に何をしたのか怒鳴りながら問いただした。
『何って、簡単なことだよ。現在、成績優秀ではない試験管ベビーに投与している薬を投与させただけだ』
その言葉を聴いたとき、ラウラは思わずイリヤ・ヴェロフの襟首を掴んだくらいだった。ラウラにとって、シュヴァルツェ・ハーゼという部隊の隊長に上り詰めるまで、かなり苦労していた。シュヴァルツェ・ハーゼという部隊に任命された後も、あまり部隊のメンバーと他愛もないような会話をしたことはなかったが、それでもシュヴァルツェ・ハーゼという部隊全員をラウラは密かに考えていた。それを目の前にいるイリヤ・ヴェロフはたった一つの薬を投与させただけで無茶苦茶にさせられたのだ。
しかし、襟首を捕まれているというのに、イリヤ・ヴェロフは冷静に返した。
『……いいのか、あいつ等を生かすも殺すも私の命令次第で動かせるのだぞ』
それを聴いて、ラウラは即座に襟首を掴んでいた手を離し、イリヤ・ヴェロフから少し離れた。それ以降はラウラとクラリッサの問いに答えるだけの会話となり、最終的にはシュヴァルツェ・ハーゼという部隊は残す形となった。とはいえ、このときのイリヤ・ヴェロフはまともに部隊として動かないだろうと予測していたが、シュヴァルツェ・ハーゼのメンバー全員がラウラとクラリッサの命令だけには従ったのだ。これにはイリヤ・ヴェロフも予想外の展開で、ラウラとクラリッサに人望が凄かったのか驚いたくらいだった。
その後のラウラだが、誰よりも努力するようになった。その理由はシュヴァルツェ・ハーゼをこれ以上好き勝手にさせないためで、そのためには自分が更なる実力をあげないと駄目だと思ったからだ。特にIS操作に関しては、 経験と実力をかなりつけるようにして、場合によっては別部隊で参加して成果をかなり残した事もあった。
しかし、なかなかうまく行かずに挫折してしまう時が一度だけあった。このままでは駄目だとラウラは理解しているのに、思うようにいかなかった時期があった。その時にラウラに声を掛けたのが聞こえ偶然通りがかった織斑一夏だった――
このときのラウラは一夏がイリヤ・ヴェロフのお気に入りだと知っていたし、最初は貶しに来たのかと思ったが、一夏は無表情で話し始めたのだ。
『……ヴェロフ様に破壊されたというのに、あなたはよく頑張るわね。何があなたをそうさせるの?』
『貴様には解らないだろうな。だが、私もそうだった。教官とシュヴァルツェ・ハーゼの部隊長を任させるまで、私は貴様と同じようにただ上の指示に従っていれば良いと思っていた。だが、感情を持ってしまうと、誰かを護りたいと思う気持ちになっていた』
『誰かを護りたい気持ち……か』
『そうだ。だから貴様やイリヤ・ヴェロフなどに屈するつもりは毛頭ない!! 貴様等に見せてやる、これが私だということを!!』
このときラウラは再度決意した。上から見下している奴らを絶対に蹴落とし、自分が護れるだけの力を手に入れると――
その話を聴いた一夏は相も変わらず無表情であったが、何かを思いついたのかラウラにある提案を始めた。
『私にはよく解らない事だけど、なんだか気になったわ。そこで提案だけど、私があなたを強くしてあげるわ』
『……はい?』
このときラウラは一夏から言われた意味が最初理解できなかったが、最終的には一夏による強化特訓を受ける事になった。その特訓の時に見た一夏の隙のない綺麗な戦い方を見て、後にラウラは一夏の事をお姉さまと呼ぶようになったが、ちなみにその呼び方を考えたのはクラリッサだったりする。なんでも、日本のサブカルチャーを知った言葉とか……
とにかく、一夏から特訓を受けた後、ラウラはたった一人で対立組織を潰せてしまう程の実力を持つようになり、表向きには少佐だが、クイーンと呼ばれる立場まで上り詰める事ができた。そしてそれが現在へ繋がり、途中で知り合ったテュノア姉妹と仲良くするようになっていったのだ――
読んで気付いた人もいるでしょう。端折りすぎではないかと。
本当に申し訳ございません!!
12月の中旬ごろの活動報告で言いましたが、私としても納得いっていないです。
どうしてこのような形になってしまったのかと言いますと、
一話で話を収めるためにセリフなどをかなり省略しまして、地の文多めの内容になってしまったこと。
そして、その省略前の内容で書くとおよそ4話分まで使ってしまうこと。
この話であまり時間をかけたくなかったという事もありまして、苦肉の策としてこうなってしまいました。
完全版につきましては、タイミングがあったときに投稿しようと思います。
本当にすみませんでした。
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第十八話
東南アジア――無人島某所――
「それで、その情報は本当何だろうな、スコール」
一人の女性が、スコールと呼ばれていた女性と共に歩き、先ほど聴かされた情報に嘘がないか確認していた。
スコールと呼ばれていた女性が言った内容が本当のことであれば、彼女たちが所属している組織が崩壊の道をたどる可能性があったからだ。あまりにも一大事なことであったので、スコールから言われたことは信じたくなかったからだ。
「本当のことよ。ドイツ軍が私たち亡国機業の本部に対して総攻撃が行われるわ。先ほど本部から要請があって、至急本部へ急行するようにと」
「けっ、こういう時だけ私たちが頼りなのかよ。いつもは私たちの評価がいいものだから支部に配属させるくらいなのに。それで、要請には従うのか?」
「オータム、解っていながら聴いてないかしら?」
「さぁ。一応スコールの口から聴くのが下にいる私たちの役割だろう?」
確かにオータムと呼ばれた女性の言うとおりであるが、言い草からして知ったような話し方をしてきているので、スコールは溜め息を吐きながらも話した。
「……オータムが言った通りよ。だけど要請に応じない理由はしっかりとあるわ」
「それはあるのか。てっきり仕打ちが酷いからないと思っていたが」
「従わなかったら私たちの状況が尚更酷くなるだけよ。釈然しないけど、上層部の命令には従わないと」
「……で、その理由というのは?」
「明らかに怪しいと思わないかしら? あの上層部が私たちよりも情報を仕入れるなんて」
「……それもそうだね。何か罠があるとしか考えられない」
スコールの言い方からして、オータムは納得していた。いつもならば、スコールを部隊長とする部隊から本部に情報を伝えることがかなり多く、本部からの情報が来るとしても今回みたいな緊急時である場合の要請くらいだ。しかし、今回みたいに情報を仕入れたから要請があるなんて、明らかな罠としかスコールは思えなかった。これは、スコールに部隊を要請に応じるように促しているのではないかと――
その刹那、緊急を知らせるアラームが鳴り響き始めた――
《全員に告げる!! 北西の方向からISの反応が多数ありっ!! 明らかにこの支部に向かっていますっ!!》
「っ!? オータム!! 今すぐ管制室に向かうわよ!!」
「解ってる!! スコールが怪しいと思っていた理由はこれかっ!!」
緊急事態だと知ったスコールとオータムは、即座に管制室へと急行した。
そしてこのときスコールはすべてを察した。亡国機業本部への襲撃させる情報をあえて流し、要請の準備をしている間に襲撃するつもりだったと。それによって指示を変更しなければならないため、多少の混乱をさせている間に襲撃しようとしていたと。
「くそっ、本部襲撃というのは錯乱するための嘘かっ!?」
「……オータム、それは違うと思うわ。本部襲撃の情報は本当のことでしょうね。ドイツ軍は今回の襲撃作戦で亡国機業を再起不能にするつもりでしょう。あのイリヤ・ヴェロフが敵対している私たち亡国機業を残しておくと思えない」
スコールとオータムが会話している間に、目的地である管制室にたどり着いた。扉を開けて中にはいると、既に画面には敵のISが映像に映されており、その中心辺りにオータムと同じでスコールの部下にあたる、織斑千冬を高校生くらいに若くした女性が立っていた。スコールとオータムは即座にその彼女へ近づき、状況を聴こうとした。
「M、状況はどうなっているのかしら」
「……スコールか。それとオータムも」
「おい、私はついでかよ」
「二人とも、今は喧嘩している場合ではないわ。とにかく、状況を伝えてもらえるかしら?」
彼女――Mの一言でオータムと一触即発になりそうだったが、スコールが割り込んで阻止した。Mとオータムはスコールの言葉に従ったが、お互いに目線を合わせようとせず、Mはスコールに言われたように状況説明を行った。
「……相手の部隊は二十前後。一機を除いて全て同じ機体のようだ」
「イリヤ・ヴェロフが開発した、団体戦専用のフォーマット機体ね。それで、多分部隊長である機体は?」
「イリヤ・ヴェロフが造ったものだから情報がないが、同乗者については誰か把握する事ができた」
「一体誰かしら」
「部隊長らしき機体をズームしてくれ」
「はい」
Mの指示で、管制室にて画面を操作していた女性の一人が答え、言われたとおりに部隊長らしき機体を拡大してくれた。そこには銀髪で左目を眼帯している女性が乗っており、その人物がなにものなのかスコールは即座に思い出し、最悪な状況だと知ってしまった。
「シュヴァルツェ・ハーゼの隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐。またの名を、イリヤ・ヴェロフのクイーンと呼ばれている内の一人」
「よりによってクイーンの一人かよっ!?」
「それほど、本気で壊滅させるつもりでしょうね……」
スコールの言葉に、オータムも状況が最悪だということを把握した。クイーンをこの支部に投入している時点で、スコールの居場所が知られているということだろうからだ。クイーンと聴いて今からこの支部を捨てて、逃げ出すことをスコールは咄嗟に考えたが、既に間に合わない状況なので即座に切り捨て、迎え撃つ選択肢しかなかった。
「オータムとMを除いて、迎え撃つように総員へ伝えなさい。相手はクイーンが指揮する部隊――ミスしたら殺されるという緊張で挑みなさいと伝えなさい」
「は、はいっ!! 総員に告げる――」
「スコール、一つ今更なことを聴いてもいいか?」
「M、どうかしたの?」
スコールが指示した女性が支部の全員に伝えている間、Mは今まで疑問に思っていたことをスコールに確認することにした。
「クイーンという人物がどれほど危険な人物だという事は聴いている。たが、どのくらい危険かよく解っていないから、今の内に教えて貰っても構わないか」
「……そうね、オータムとMにもクイーンと戦うことになるかもしれないから、知っている範囲で再度説明しておきましょうか」
スコールは元々相手の戦力をある程度落としてから、自分を含めオータムとMにも参戦してもらう形にする予定だった。そのため、今の内にクイーンについて話しておいた方が、戦う際の状況が変わるかもしれないとスコールは思い、オータムとMには知っている範囲を詳細に説明することにした。
「初めに、イリヤ・ヴェロフについてだけど、ドイツとフランスを裏で操っていることは知っているよね?」
「確かそうだったな。ドイツは秘密裏にやっていた人体実験が目的で、フランスは第二世代までしかISを作れなかったのを利用して、その結果両国を裏で操れるようになったとか」
「その辺は噂でしょうけど、間違っていないでしょう。それで、ここからが本題だけど、クイーンと言われている人間はその二国から、イリヤ・ヴェロフが気に入られている人物を集めた三人が呼ばれていて、イリヤ・ヴェロフを守護する最強の三人だということは知っているよね?」
「その辺は前に聴いたな。ラウラ・ボーデヴィッヒ以外のクイーンは把握していないということも……」
「M……揚げ足取らないで。とにかく、その内の一人であるラウラ・ボーデヴィッヒが今攻めてきていることを考えると、状況的には最悪……」
「だが、クイーン一人ならまだ何とかなると、スコールは考えているのだろう?」
スコールの否定的な言葉に、オータムは嫌らしい笑みを浮かべながら言う。スコールはそんなオータムを見て溜め息を吐きながらも、頷いて答えた。
「その通りよ。ラウラ・ボーデヴィッヒはクイーンの中でも指示能力がかけ離れている。けど、そのラウラ・ボーデヴィッヒを攻略すれば、一気にこちらの優勢に持ち込めるわ」
「しかしスコール、クイーンと呼ばれている一人だぞ。そう簡単にうまくいくとは思えない」
「確かにオータムの言うとおりよ。けど、自ら犠牲になって突っ込んでくるジャックス部隊や、他のクイーン、そしてジョーカーと呼ばれている人物たちに比べたら一番勝率があるのよ。」
「要するに、個人としての実力を考えると、他のクイーンやジョーカーより劣ると。だから部隊を混乱させるようにすれば、勝ち目があるということか」
「そういうことよ。シュヴァルツェ・ハーゼについての実力は知らないけども、流石にジャックス部隊よりは危険ではないでしょう」
スコールの言いたいことを把握したMは、スコールの言いたいことを要約して纏め、それに付け足すかのようにスコールは話した。確かにそれなら勝ち目はあるかもしれず、ここから逃げ出せる可能性だって考えられた。
「それで、作戦内容としてはどういう方法を取るんだ?」
「既に手は打ってあるわ。咄嗟の判断だったけど、私たち三人を残したのはラウラ・ボーデヴィッヒに気づかれず反撃するのよ」
「ってなると、気づかれないようにする方法が難しいな。ハイパーセンサーがある以上、気づかれないようにするなんて……」
スコールが考えた作戦は確かに良いが、気づかれずに行動するということは難しいとオータムは思った。スナイパーするような兵器はMのサイレント・ゼフィルスに搭載されている
そう考えると、気づかれないようにする方法として、一番考えられるのは囮を用意して攻撃する選択肢くらいしかなかった。ハイパーセンサーがある以上、誰かが囮にならなければその囮に対して意識が向けられる。それを利用して残り二人のISで、シールドエネルギーをゼロにするような一撃を与えるという作戦だ。
その考えに至ったスコールは誰が囮になるか決め、それをオータムとMに話した――
「……私自ら囮になって、オータムとMは不意打ちを狙うようにしなさい」
「なっ、なんでスコールがわざわざ囮なんかになる必要がっ!?」
「ドイツ軍の目的は確実に私よ。だからこそ私が囮になることで、ラウラ・ボーデヴィッヒの隙を大きく作るのよ」
「しかしっ!!」
「オータム、私の指示に従いなさい」
「っ!? 解ったよ、くそっ」
オータムの言葉にもスコールは意見を変えず、納得していないがオータムが折れる形となった。
スコールとオータムはいわゆる恋人関係だ。オータムとしては、スコールに危険な行為をして欲しくないと思いでの否定だった。
しかし、スコールとオータムの上下関係がある以上、オータムが折れるしかなかった。
「……とりあえず今のところは先に準備させている全員が出撃次第、状況に応じて私たちも出動するわ」
「了解だ」
「了解した」
スコールはオータムの気持ちも解っていたが、オータムを励ますことをせず、とりあえずは様子を見てから動くことを伝えるのだった――
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第十九話
「まぁ、こんな堂々と攻め込んできたら気づかれるよな」
ラウラ・ボーデヴィッヒは、島に搭載されていた砲撃から避けつつも呟いていた。
ラウラが考えた作戦なんて、正直ないに等しかった。シュヴァルツェ・ハーゼの戦い方は、基本的に正々堂々と攻め込み、一日で攻め落とすことに適している部隊になっている。その原因となったのがイリヤ・ヴェロフによる実験のせいで、それしか戦い方がないのだ。
ジャックス部隊も正々堂々と攻め込む部隊であるが、ジャックス部隊は多数による暴力で攻め落とすに近く、シュヴァルツェ・ハーゼは少数で一人の犠牲を出さず、ラウラの多少の指示によって各々が判断して殲滅する部隊となっていた。
今回、ラウラが指示した内容も――
『各々、全てを殲滅するために確実な行動をとれ』
たったこれだけしか指示を出してなく、これだけでシュヴァルツェ・ハーゼは無駄のない動きを発揮させる。命令というよりは、ある意味呪いを掛けるようなもので、確実な行動をするためにはどうすればいいのかという考えを行い、勝手に遂行してくれるのだ。
シュヴァルツェ・ハーゼはラウラのロボットでしかないと、イリヤ・ヴェロフは言っていたことがある。それも、曖昧な指示でも最短で済ませることが出来る、高性能なロボットだと。
こうなった背景には、過去にラウラがシュヴァルツェ・ハーゼに指示した内容が原因だ。イリヤ・ヴェロフによって弄られたあとにあったシュヴァルツェ・ハーゼの任務で、ラウラは言った――
『絶対に自らを犠牲にするな。シュヴァルツェ・ハーゼのメンバーを犠牲にして勝とうとするな。この命令だけは、絶対に守れ』
これが、現在のシュヴァルツェ・ハーゼになった原因で、ジャックス部隊よりも強いと言われている由縁だ。
しかし、シュヴァルツェ・ハーゼはラウラかクラリッサがいなければ上手く働かなくなる。そのため、ラウラとクラリッサが殺されたらその場で暴れ回ってしまい、周りに多大な被害を及ぼしてしまう。だからもしものために、クラリッサには待機させ、ラウラが殺された際の対応を任せていた。
それに、ラウラもクィーンという立場にいる。それは指揮権が良いからというわけではなく、ラウラ自身が強いからこそ、その立場に上り詰めることが出来たわけだ。
今回、ラウラが乗っている機体はシュヴァルツェア・レーゲンではなく、イリヤ・ヴェロフから貰っていたもう一つの機体だった。
――フェアリュクト・レーゲン。狂った涙という意味だが、これはイリヤ・ヴェロフが名付けたものではなく、ラウラ自身が名付けた機体名だ。他人から見ればなんという名前を付けているのだろうかと思えるが、シュヴァルツェ・ハーゼや自分のことを含めて、狂ったという意味を付けていた。
「さて、そろそろISを出現させてくるだろう。ほら、予想通りに――」
ラウラが亡国機業の行動を予測していたら、その数秒後に相手側のISがこちらに向かってきた。相手のISは全て訓練機のようだが、ここからがシュヴァルツェ・ハーゼの本領発揮であり、殺戮の始まりだった。
「総員っ!! いつも通りの戦術で仕留めるぞ!!」
ラウラの言葉に誰も反応はしなかったが、その言葉を境にシュヴァルツェ・ハーゼは各々行動を起こした。
ラウラを除くシュヴァルツェ・ハーゼが乗っている機体は、イリヤ・ヴェロフがシュヴァルツェ・ハーゼの為だけに用意してくれた機体で、名前はプッペと言われている
プッペの機体は、フランスの第2世代である、シャルロットか公に使用しているラファール・リヴァイヴ・カスタムIIを参考にされた機体で、
プッペという名前はイリヤ・ヴェロフが名付けたもので、ラウラとクラリッサの指示しか動かない『
「始まったか」
そして、亡国機業のISがこちらに攻撃を開始したと同時に、戦闘が始まった。
シュヴァルツェ・ハーゼは大まかに分けて四つに役割分担させている。
一つ目はライフルによる遠距離射撃で、これはラウラの護衛兼囮用だ。この役割はラウラの周りに集まり、集まることによって意識をラウラがいる方向に向けさせる。ラウラ自身が囮に近い状態になるが、部隊長が目立つようにすることによって、別方向に意識を向けさせないためだ。もちろん、不意打ちを仕掛けられても、一部の囮が近接兵器に切り替え、さらにはラウラ自身が気配に敏感こともあって、自分が対応するような仕組みだ。
二つ目は近接兵器を使用した二刀流による瞬殺させる役割で、
三つ目は狙撃する役割で、相手が複数の場合に使用される。二つ目の役割で相手を倒した後、相手の意識はどうしても倒したISに対して集中してしまう。それを妨害するために、一つ目の役割とは別に用意していた。一撃で倒せる兵器を積ませているわけではないが、それでも意識分散させるためには十分な程だ。そして、意識分散させたところで二つ目の役割による瞬殺が行われるということだ。
「い、いや……たすけ――」
「エミルっ!! き、貴様らっ!! ぐっ」
「な、狙撃っ!? 一体どこからっ!?」
その結果、ラウラの予測通りの結果となり、序盤はシュヴァルツェ・ハーゼの優勢に持ち込めた。いつも通りの戦い方で、相手を錯乱させることによって組織力を分散させていた。
基本的にシュヴァルツェ・ハーゼの戦法はどうしても同じ戦い方を強いられてしまう。別の作戦方法を考える場合、ラウラが一人一人教え込まなければいけなくなってしまい、普通の部隊と違って効率が悪すぎるのだ。その代わり相手に戦術が読まれてしまうという問題もあるが、その問題はイリヤ・ヴェロフが情報流出をさせないためにも、手段を問わず処理しているから、今まで漏れていなかった。
しかしラウラは、今回これらの役割がそこまで通用するとは思っていなかった。相手は亡国機業――それもスコールが率いる部隊だ。ある程度は削れると思うが、それぞれに警戒されて上手く機能しなくなると思っていた。そして案の定、相手側は一ヶ所に集まり、近接兵器対策をさせられた。今までのような戦い方では通用せず、近接兵器のISが近づいても返り討ちにされるだけだった。
「やはりこうなったか……」
「ふん、貴様らシュヴァルツェ・ハーゼの思い通りになると思うなよ。こっちも亡国機業だ。それなりに対策は出来るんだよ」
「そうか、ならば纏めて死ね」
「は、一体何を……っ、真下から多数の攻撃はんの――」
刹那、亡国機業側に目掛けて、多数の青白い銃弾が直撃した。しかも、その一部が貫通して――
貫通した後をみると、そこには血だらけの人の姿があった。要するに、シールドエネルギーや絶対防御を完全無視して人間に当たったのだ。
しかし、そんなグロテスクな光景を見たのに、シュヴァルツェ・ハーゼは全員吐き気がありそうではなかった。ここまで、全てラウラの予測通りの展開だからだ。
「……さて、これである程度ISの戦力は減らせただろう」
ラウラが行った方法は四つ目の役割だ。
モイヒェルメルダーと呼ばれており、英語で言えばアサシン、日本語で言えば暗殺者だ。
実は、シュヴァルツェ・ハーゼの役割で一番人員が多くしていて、確実に相手を殺す役割を持っていた。搭載それている兵器はたったの二つで、その内一つを使用していた。
兵器の名前はヌル――英語や日本語で言えばゼロで、絶対防御を無視してIS操縦者に直接銃弾を打ち込むという、競技用の兵器では競技規定違反とされ、使用禁止されているようなものだ。だがあくまで競技内の話で、軍隊に配備されているISは基本的に破っていることがどの国も当然に近く、あってないような規定になっていたりする。
また、このヌルも言われている兵器、実はある近接兵器を参考にしてイリヤ・ヴェロフが考えたものだ。それは第一回と第二回で優勝した人物、織斑千冬が私用していたIS――暮桜の近接兵器、零落白夜の能力だ。自らのシールドエネルギーを削り、振れることによってバリアなどを無効にする
「海にいるモイヒェルメルダーはISを回収しておけ。訓練機ではあるが、ISコアが手に入る分にはイリヤ・ヴェロフの手間が減るのでな」
ラウラは先ほどと違って、声を大きく言わずに、通信でモイヒェルメルダー全員に命令した。実は、ヌルが放ったモイヒェルメルダーは海に潜り込んでいて、銃口だけを海の上から出して放っていた。モイヒェルメルダー全員の機体には水中で呼吸が出来るよう、人が居るところを囲むように、透明な球体が付いている。海の上での戦闘を考えて、ラウラが依頼して搭載させたものだ。
実は、シュヴァルツェ・ハーゼの戦術的で、第一に有利なフィールドが海上だったりする。有利なフィールドの順で言うと、海上、湖、森林、山、街、平原という順だ。要するに、水中を含めて隠れやすい場所を得意としていた。だからこそ、ラウラが率いるシュヴァルツェ・ハーゼに任されたのだ。
「狙撃と囮は即座に敵への攻撃を開始しろ!! 近接とモイヒェルメルダーは私と共に待機だ」
いつものように返事が来ないが、シュヴァルツェ・ハーゼはラウラに指示されたように行動を開始した――
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「……スコール、隙を作る余裕無くなったぞ。しかも、亡国機業のなかでも優秀な部隊が一瞬で壊滅させられたって」
「……まさか、海中から攻撃仕掛けられるようにしているとは思わなかったわ」
スコールとオータムは目の前に映っている光景を見て、驚きを通り越して普通に会話していた。一瞬で主要部隊が壊滅されたとなれば、もはや亡国機業側の勝ち目はないに等しいし、そもそも海中に潜んでいると考えれば、スコールが考えた作戦は通用しないと解ってしまった。ここでラウラに気づかれず攻撃したとしても、海中に潜まれていればそこから攻撃されて殺されてしまうだけだった。
それに、海中に潜んでいるとなると、気づかれずに近づくことすら不可能だった。スコール達はラウラに近づくために水中を使用しようと考えていたので、先に水中を取られてしまえば、水中の使用はあまりにも危険な作戦となってしまったのだ。
「……逃げるしかないのね。非常出口を使って」
「しかしスコール、あの非常出口は一度外に出ていかなければならないぞ。今の状態で外に出るのは流石にまずい」
「そんなこと解ってるわ。だから、私たち三人の中で一人を犠牲にしなければならないのよ」
最初から逃げていればスコール達三人は助かっただろう。しかしそれは相手の戦力を見誤ったから起きてしまったことで、言ってしまえば情報戦ですでに負けていたのだ。それに、まだラウラ自身は命令するだけでこちらに攻撃を仕掛けていない時点で戦力差は歴然だった。
こうなれば意識を誰かに向け避けて、その内に逃げるしかない。要するに一人は犠牲にしなければならないが、その犠牲になる人間はある程度複数のISに対して対抗できる人間に限られてしまい、その限られている人間が、スコール、オータム、Mの三人だけだった。誰もが自ら犠牲になると名乗り出るわけがなく、スコールもそれを指示することはできなかった。指示すること言うことは、犠牲になってくれと言うものだから――
数分の沈黙があった後、オータムはため息を吐いて、スコールとMに話した。
「……解ったよ。私が邪魔をしてくる」
「オータム、あなた何言っているか解ってるの!?」
「三人の内誰かが犠牲にならないといけないのだろ? だったらこんなことに時間を使っていたら、助かる命も助からなくなるぞ」
「だけと、わざわざオータムが犠牲になる必要は」
「だったら、スコールは指示できるのか?」
「それは……な、なら私が――」
「それこそ一番よろしくない選択肢だ。スコールが居なくなれば、この部隊は誰が仕切るんだ」
「……オータム、本当にいいのか」
先ほどまで黙っていたMが、オータムに問いかけた。Mとしては、自分が犠牲になるだろうと思い込んでいたので、オータムが自ら犠牲になると言うと思っていなかった。だから確認を含めてオータムに問いかけたのだ。
「……あぁ。なんだ、自分でなくて良かったとでも思ったか」
「そういうことでは……いや、多少は思っていた」
「ふん、こういうときぐらい嘘でも否定しろよ。相変わらずお前は気にくわない奴だな」
「それはこちらのセリフだ」
またいつもの口喧嘩が始まるかと周りにいる人間は思ったが、オータムとMは何故か笑みを浮かべていた。お互いに嫌っていたが、それでもお互いに認め合っていたのだ。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「……オータム、貴方のことは忘れないから」
「なに、最後の別れみたいな感じになっているんだよ。スコールが逃げ切ったら私も逃げるからさ。じゃあ、行ってくる」
オータムは管制室を後にした。恋人であるスコールは抱きしめるなどをしなかったので、Mは思わず質問した。
「……あれで良かったのか?」
「いいのよ。本当は抱きしめたりしたかったけど、そうすると離したくなくなりそうだったから」
「そういうものか」
「そういうものよ。とにかく、オータムの為にも総員逃げるわよ!!」
スコールその場にいた全員に対して命令を下し、この拠点を捨てることにして非常出口へと向かうのだった――
しかし、これはまだ序の口で、ここからが亡国機業に対する地獄が待っていることを、この時は知る由もなかった――
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第二十話
――フランス某所
「全軍に告げる!! この戦いは第二次世界大戦以降、裏で操っていた組織――亡国機業の壊滅が目的だ!! 相手は殺し合いに手慣れている人間ばかりであり、余裕を見ていると足をすくわれるぞ!!」
ドイツ軍中将――ロッテ・ヴァルネファーの命令を聴いているドイツ軍は、全員が彼女をずっと見続け、彼女の言葉を静かに聴きていた。
銀髪で年齢は二十歳前後という若さで中将に上り詰め、また、美少女と思われるくらい綺麗なため、ドイツ国内で彼女の存在を知らないものはいないくらいだ。ドイツ軍のアイドルと言われているくらいで、ファンクラブが存在するくらいだ。
若さといえばドイツ軍元帥であるエルマ・ベルクこと織斑一夏もそうだが、エルマはあまり顔出しをすることはしないし、素顔もIS学園で公開してしまったくらいだ。しかし、公開した彼女がエルマ・ベルクだと知る人は一握りで、一部に知られたが世間で騒がれることは無かった。そのため、ロッテ・ヴァルネファーが一段と目立つ形になっていたのだ。
ロッテ自身としては、階級的には下でありながらクイーンと言われているラウラ・ボーデヴィッヒや、元帥であるエルマ・ベルクの顔を知っているから、自分だけアイドルみたいな扱いをされて、騒がれていることに違和感しかなかった。
そんなことを思っているロッテだが、ドイツ軍で中将になるまで努力し、今回のような大きな出撃に関しては、殆どロッテが任されることが多かった。
余談だが、中将まで努力した理由は親友であったクロエ・クロニクルを探すこと。ロッテとクロエは同じ試験管ベビーとして同時期に生まれ、一番仲がよかった。そのクロエが突然行方不明となり、ロッテは即座に嫌な予感がよぎった。元々クロエは
しかし、調べることから探すことに変わったため、中将になったとしてもクロエの居場所を探す時間が掛かってしまうこともあり、現在は上からの命令に従って現状維持することにしていた。これより上を目指そうとすると、全ての命令がイリア・ヴェロフから直接の指示になってしまい、逆に行動に制約が出来てしまうからだ。
「今回、フランスに許可を得てフランス国内にいる!! 他国にある組織の襲撃なため、くれぐれも周囲に気をつけるように!!」
ロッテ・ヴァルネファーは今回の任務について詳しく聴かされている。だからこそ疑問に思わないが、一部を除いた今回のドイツ軍は誰もが不思議と思っていたことがある――なぜ、フランス国内にあった亡国機業をドイツに任されているのかということだ。
普通に考えれば、ドイツ軍ではなく、フランス軍に任せれば良いだけのはずなのだ。にもかかわらず、今回の任務にフランスは誰一人参加や協力する事はなく、ドイツに全て任せているように思えた。
中には、亡国機業は武器商人をしているから、フランスが黙認しているという可能性を考える人も居て、フランスは
しかし、これらの理由でフランスが参加していない訳ではなく、フランスはドイツと同様、イリア・ヴェロフによってIS開発がかなり進んでいて、またドイツとは秘密裏に同盟を結んでいた。フランスとドイツはイリア・ヴェロフの指示で動かせる二国であるため、イリア・ヴェロフの指示により、フランスは亡国機業襲撃に関して、あえて参加させないようにさせたのだ。その理由はいくつかあり、今回行おうとしていた作戦プランにも関係していることだった。
「それでは任務を開始する!! ヴェルツマルシュ!!」
ロッテの言葉で、ドイツ軍全員が森林の先に微かながら見えている建物へ襲撃していった。
建物的には自然に囲まれたログハウスだが、これが亡国機業の本部の入り口となっている。亡国機業は今まで普通の住宅や企業に紛れていながら組織として活動していたので、ドイツ軍としては驚くこともなく、ログハウスを囲むように陣形を取った。
そして先行する軍隊をロッテは見届けようとしたときに、玄関付近を見ていてある違和感に気づいた。玄関付近に監視カメラが二つほど付いていることに最初から気づいていたが、先ほどから動いている気配がなかったのだ。ロッテは先行した部隊から報告を待って状況判断しようとした。
『先行部隊、地下への入り口を見つけ、侵入しました!! ですが――』
「どうした? 襲撃でもあったか!!」
『いえ、そういうわけではありません。先ほど入り口の扉を切断して中に突入したまでは良かったのですが、中は真っ暗で人の気配すら感じられないのです!!』
「……そういうことか」
ロッテはようやく監視カメラが動いていない理由が理解できた。亡国機業本部の電源を亡国機業自ら切断させ、暗闇の中で戦闘をしようという考えだったと。建物の構造が詳しいからこそ出来る行動で、このまま送り込んでも不利になるのは目に見えていた。
また、ロッテはこの時もう一つの可能性についても考えていたため、ここは先行部隊だけで様子を確認してもらうことに命令した。というより、そのもう一つの可能性が高かいと考えたため、先行部隊に任せるような命令にしていた。
『……ロッテ中将、どうしましょうか?』
「……いや、先行部隊を先に進ませる。それ以外はこの場で待機だ」
『それはかなり危険のような機がするのですが……』
「その通りだが、私の予測が正しければ問題ないだろう。それよりも、プランFを発令する準備をしておけ」
ロッテからプランFと聴いたドイツ軍は、突然ざわめき始めた。それもそのはずで、プランFは本来任務が終了した際に発令させる予定だったからだ。今回の任務の計画としては確実に実行する事が確定していたものだが、今発令するのはさすがに早すぎだとロッテ以外の誰もが思っていた。
そしてそれを代表するかのように、あまりにも場違いな一人の幼き少女が、ロッテに異議を唱えた――
「ろ、ロッテ中将!! さすがに実行が早すぎです!! どうして今発令をっ!?」
「いや、準備をしておけと言っただけだ。私だって確定してなければ命令を下さない」
「……まさか、既に亡国機業本部には誰も居ないというのですか?」
ロッテと話していた幼き少女――オリヴィア・ヴァラハの予測に、ロッテは思わず笑みが出ていた。そう――ロッテは監視カメラが動いていないことや、亡国機業本部が暗闇になっていることからして、電線を全て切断、もしくは電源の心臓を破壊して、その後本部を捨てて逃げられたとロッテは思っていた。わざわざセキュリティーまで解除させて、暗闇の反撃を亡国機業が考えているとは思えず、時間稼ぎのために電線の切断か電源の心臓を破壊したのではないかと、ロッテは考えていたのだ。
「相変わらず察しがいいな、オリヴィア大佐。イリア様のDNAで生まれただけの頭脳はあるか」
「その言い方はやめてと言ってるでしょ。私は失敗作ではあるし、あのラウラ・ボーデヴィッヒよりも評価的には下なのよ。裏事情を知っているとはいえ……」
オリヴィアはイリア・ヴェロフと試験管ベビーで使用しているDNAを合わせて生まれた存在で、肉体的には六歳だが、頭脳や精神的には成人レベルの天才だ。しかし、イリア・ヴェロフのDNAを使っているというのに、ISのコアを作成する事ができず、更に言えばISの機体すら作ることが出来ないという欠陥だった。
しかし天才だったからなのか、オリヴィアは将来的に有望な人材になるとロッテは思っている。現に今は大佐であるのは、オリヴィアがその場で材料を集めて、生物兵器を作り上げるということが可能で、一軍人としても優秀で暗殺を得意としていた。オリヴィアが持つ部隊も暗殺と工兵を得意した部隊になっており、気づかれないうちに生物兵器を投入して一掃したなんていう話はよく聴くくらいだ。
またロッテは、イリア・ヴェロフが科学の天才ならば、オリヴィア・ヴァラハは化学の天才と考えていた。ロッテ個人としては、一番敵に回したくないのがオリヴィアで、状況次第ではラウラが率いるシュヴァルツェ・ハーゼが全滅、もしくは相討ちに出来るだろうと思うくらいだった。
ここまで聴いているとどうして評価がラウラよりも下とされているかと疑問に思えてしまうが、オリヴィアを近くに置くほど、裏切られたときに対処できずに生物兵器で殺されてしまう可能性が物凄く高いからだ。だからこそイリア・ヴェロフはオリヴィアの評価をあえて下げることによって、オリヴィアと直接会うことがない程度の距離に離し、命令はロッテを経由しての連絡という形をとっていた。そのため、オリヴィアはイリア・ヴェロフが居る場所について知っていなかった。
「……とにかく、結果によっては私たちの部隊は必要なかったということか」
「その場合、本部を任されていた私たち全員が該当するがな。正直言えば、何か起こって欲しいものだが、わざと情報を流している時点で、逃げられたという可能性は考えられたからな。そのためのプランFでもあるからな」
『ロッテ中将!! 報告がありますっ!!』
ロッテとオリヴィアが会話していると、先行部隊から連絡があった。ロッテはすぐに対応して、先行部隊からの報告を聴いた。
『現在、管制室らしき場所に到着したのですが、やはり人の姿はありません』
「ほかの場所は?」
『地図が解らないので、正確なことは言えませんが、今の所人の気配すら感じられず――』
「電源室などは見つけているか?」
『はい。現在部隊を分散させて行動していまして、電源室のような部屋を別部隊見つけましたが、非常電源の電線から全て切断されていまして……』
「……了解した。多分逃げられているだろうし、時間稼ぎと情報漏洩しないために電線ごと切ったのでしょうけど、引き続き捜索をお願いする」
『わかりました!!』
通話が切れたことを確認したあと、ロッテは想定通りだとため息を吐きながら思った。元々、今回の亡国機業襲撃は本部襲撃がメインではなく、スコールが居る支店がメインなのは知っていた。だからこそ本部に襲撃がやってくるという情報を漏らしたし、イリア・ヴェロフ率いる組織が相手となれば逃げられてしまうことも予想ついた内容だった。スコールのが居る組織さえ潰せてしまえば、亡国機業なんて簡単につぶせてしまうから――
「で、結局誰も居なかったと」
「確定ではないけど、おそらくそうでしょうね……」
「なら私たちの部隊帰っていい? やることないから」
「解らなくないけど、先行部隊に何かあった場合のことを考えて残って。とにかく、私は全部隊に連絡してプランFの実行命令をする」
「……まぁ、そうなるか。こうなったら仕方ないし、とりあえず了解した」
正直言えば、プランFの実行だけはしたくないというオリヴィアの気持ちがあった。このプランFはイリア・ヴェロフが考えたものだが、よくこのようなことを平然と出来ると、生物兵器を扱えるオリヴィアだからこそ、イリア・ヴェロフが誰よりも恐ろしい人物だと思えた。少数を犠牲にして多額の利益を得ようとこの亡国機業襲撃作戦内でしようとしているのだから。
「これよりプランFを開始する。計画した通りの内容で実行しろっ!! 犠牲者は最小限に抑え、亡国機業幹部を見つけた場合は即座に殺害しろっ!!」
そして、ロッテはそのプランFを本部襲撃を任されていないフランスにいるドイツの部隊に命令を下すのだった。この作戦は世界で大問題になるようなことだが、今回それが目的であるため、仕方ないことだとロッテやオリヴィアなどの幹部は思っていた。
その数秒後、ドイツ軍によるフランス国内を閉じこめるような作戦――プランFが実行されるのだった――
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第二十一話
「……ようやく主力の一人が登場か。それにしては遅すぎやしないか」
「ふん、こっちも事情というものがあるんだよ」
ラウラは目の前にいるオータムの姿を見つけると、オータムに話しかけていた。
それでもオータム一人しか来なかったことを考えると、亡国機業の作戦が何となく想像できた。オータムを犠牲にして、スコールとMの二人は逃がすという方法だろうが、既に遅すぎることをオータムは気づいていないだろう。このまま伏せたまま殺すのも面白いが、伝えることによって焦られるのも手段だとラウラは考え、オータムに絶望を与えることにした――
「貴様はスコールとMを逃がしたと思っているが、違うことを教えてやる」
「ふん、どうせはったりだろうが!!」
「信じるかどうかは任せるよ。たとえ生き残ってスコールの所へ戻った所で、見える光景は絶望でしかないからな。というか、拠点からの砲撃がいつの間にかなくなっていることに気づかないのか?」
「っ!?」
ラウラに言われてオータムはようやく気づいた。そう――開戦時には砲撃はいつの間にか静かになっているのだ。みた感じ外傷があって使えなくなった訳ではないのに、援護砲撃してくる気配がいつの間にかなかった。
考えられる案として、スコールが砲撃を停止させたと考えられるが、わざわざ砲撃を停止させる理由がオータムは思いつかなかった。そうなると考えられるのは何者かによる襲撃を受けた可能性であるが、襲撃者であるシュヴァルツェ・ハーゼは内部に侵入した気配は今までなかった。シュヴァルツェ・ハーゼによる侵入でないとすれば、一体誰なのか――そう考えた時になって、ようやくシュヴァルツェ・ハーゼの役割が何だったのか、オータムは理解してしまった。
「まさか……あんたらシュヴァルツェ・ハーゼはっ!!」
「今更気づいたか。私を含めてシュヴァルツェ・ハーゼは全て囮だ。ジョーカーを侵入させるためのなっ!!」
ラウラの言葉は、オータムにとって残酷なものだった――
ジョーカー――スコールが一番危惧していた人物であり、現れたら勝ち目がないと言っていた。そのジョーカーが内部に侵入されていたとなれば、確実にスコールの身が危ないとオータムは思った。スコールが危惧するほどの相手であるとしたら、こんなところで戦っている場合でなかった。
しかし、オータムがここに来た理由はシュヴァルツェ・ハーゼの足止めであり、元々勝てないことは知っていた。ここまで一方的な展開になると、亡国機業の人間は誰も想定していなかっただろう。勝機があると思っていたとしても、結局はイリヤ・ヴェロフのクイーンと言われているくらいで、そう簡単に勝たせてもらえるということ自体が間違いだ。もはやオータムに勝機がないというのに、シュヴァルツェ・ハーゼはいつでも殺せる状態だった。
「オータム、貴様にチャンスを与えると言ったらどうする」
「……どういうことだ」
「私たちは攻撃しないから、スコールの所へ行けばいい」
「どういうつもりだ」
「何、生き残れるチャンスを与えるだけだ。最も、行ったところでジョーカーに殺されるだけだが」
「何か裏がありそうな気がするのに、はいそうですかと頷くとでも?」
「本当に他意はない。それに、信じるかは貴様次第だ」
本当にラウラは他意がなく、スコールと共にジョーカーことエルマ・ベルクもとい、織斑一夏に殺されるかオータムに選ばせるだけだった。ラウラにしてみれば殆ど任務が終えたようなもので、ここでオータムを殺そうがスコールを追いかけさせて一夏に殺させようがどちらでも良かった。最も、攻撃してくるならば、即座にオータムを殺すつもりでいたが。
「さて、どうす――ちっ、こんな時にクラリッサから連絡か? シュヴァルツェ・ハーゼ全員はオータムが妙なことをしたら殺せるようにしておけ」
選択肢の答えを問おうとしたその時、ラウラのプライベートチャネルに突然通信があった。連絡主は待機させていたクラリッサで、いい気分だったのに邪魔されたので、思わず舌打ちしつつも繋げた。
オータムはラウラを仕留めるチャンスと考えたが、ラウラがシュヴァルツェ・ハーゼに指示されたことによって、迂闊に動けなくなっていた。
「なんだクラリッサ。今は任務中だぞ」
『解っています。しかし、今すぐ伝えておく必要がありまして……』
「……なんだ?」
戦闘中なのに連絡してくたということは、何かしらの緊急事態が起こったのだろうと思うが、その割にはクラリッサが冷静に話していた。そのことからしてシュヴァルツェ・ハーゼのことではないと想像できるが、何が起こったのだろうかと思い、クラリッサの言葉を待った。
そして、クラリッサが次に言った内容は、衝撃的な出来事だった――
『……フランス国内にある全ての空港及び全ての港にて、爆破事件が発生したという連絡が、ドイツからありました。おそらくテロかと――』
「なっ!? ドイツ軍がフランスに居る間に、テロ事件だとっ!?」
『はい』
あまりにも衝撃的過ぎてラウラは周りのことを気にせずに驚いていた。
フランスと言えば、ドイツ軍が亡国機業本部があるとされている場所に襲撃を行っていた筈だ。まるでそれを予測したかのような爆破事件であり、またこの事件はフランスとドイツの双方に大打撃を受けることが既に予測できた。
フランスは自国内で連続テロ事件が起こったとなれば、他国への信頼を失うようなことであり、しかも鉄道以外の他国移動を一斉に麻痺させられたようなものだった。
ドイツに至っては尚更酷い。ドイツはフランスの許可を得てフランス国内にドイツ軍を入れていたという問題がある。そんな最中に爆破事件が起これば、真っ先に疑われるのがドイツだ。そうなれば、必然とフランスからも批判が起こり、フランス以上に他国からの信頼を失いかねない問題だった。
また、このテロ事件が亡国機業によるものだという可能性は低いという件も、ドイツが一番怪しまれてしまう理由だ。今回爆破が起こった場所は空港や港という、他国に行くための交通手段であり、亡国機業がやったとするならば、逃走経路をわざわざ失うような行為にしかならない。逃走後に妨害行為として仕掛けた場合も考えられるが、ドイツもしくはフランスが他国と連携して、行き先で待ち伏せしている動きをしていている場合が考えられ、亡国機業自身の首を絞めるような行為だ。完全に亡国機業によるものだということは捨てきれないが、ドイツによる仕業と一番に考えられてしまう可能性の方が高かった。
「……クラリッサ、今すぐ情報収集を頼む。何が起こっているのか把握できないから調べてくれ」
『そういうと思って、現在本国に問い合わせています。返答に時間が経ってしまうと思いますが』
「解った。情報が解り次第、私に伝えてくれ」
クラリッサからの情報を聴き終えたラウラは、情報を把握したら連絡してくるように伝えて、プライベートチャネルを切った。それからオータムが居た方に視線を向けると、オータムはクラリッサからのプライベートチャネルに通信がある前と変わらずラウラを睨みながら見ていた。少しでも不振な動きがあれば攻撃するように、シュヴァルツェ・ハーゼへ伝えてあったから、身動き取れずにいて、ラウラを睨むしかなかったのだ。
「どうやら、何かアクシデントが起こったようだな」
「……亡国機業本部があるフランスでな。詳しいことは私も解らないが」
「……本部でだと?」
ラウラから言われたことにオータムは疑問に思えた。何が起こったのか知らないが、ラウラ側からしてアクシデントが発生したということは、亡国機業本部の人間が何かしらの策があったという意味で、そのことがオータムにとって不思議だった。
ラウラたちシュヴァルツェ・ハーゼが襲撃前に、亡国機業本部から援護要請をしていたので、人員が足りないから足止めの為にスコールが率いる自分たちを利用しようとしていたと、亡国機業本部の連中は思っていたのだろうとオータムは考えていたので、ラウラから言われた内容は疑問しかなかった。亡国機業本部の人間は、本部を捨てて逃げるだろうと思っていたから――
「私もよく解らん。だが今は貴様と始末することが最優先なのでな」
「……なら、なぜその情報を私に渡した」
「特に意味はないさ。私は知っている情報を全て伝えた訳でないし、ここで伝えたところで何か行動できる状況でないからな」
「……そうだな。正直、本部の事なんかどうでもいいと思っているくらいだ。というか、私やスコールが本部と仲が悪いことを知っていたのか」
「こんな支部に配属されている辺りからして、それくらい想像できる。さて、無駄話もこれくらいにして、最後に遺言だけでも聴こうか」
フランスの情報を早く知りたいラウラだが、今は目の前の任務を遂行する事が最優先だと考え、オータムとの戯言を切り上げた。
状況的には変化していないが、オータムの目的だった時間稼ぎについては予定通り出来ていた。最も、ジョーカーが内部に侵入されていることからして、成功したかと言えないけども。
というより、ラウラもわざとオータムの時間稼ぎに乗ってあげたようなものであり、ラウラ側シュヴァルツェ・ハーゼはいつでも殺そうと思えば殺せた筈だった。しかしラウラは余裕を見せるかのように、オータムと戯言をしていたようなものだった。クラリッサからの通信をしていた際も、シュヴァルツェ・ハーゼに殺しておけと伝えておけば殺すことができたのだから――
「遺言? はっ、そんなものないよ。元々死ぬ覚悟でここに来ているのだからな!!」
「……そうか。ならば死ね」
ラウラが言った刹那、海の中に潜ませていたモイヒェルメルダーがオータムに向けて放った。しかしオータムは放たれたというのに、その場から動こうとせずにいたが、直撃しようとした直後、瞬時にラウラを守っていたシュヴァルツェ・ハーゼを通り抜けてラウラの目の前に移動していた。
「なっ!?
「とっておきというのは、こういうときのために隠しておくんだよっ!!」
オータムが
オータムが使用するISらアラクネと言い、第二世代型ISで元々はアメリカが開発した専用機を盗んだものだ。手に持っているドリル型よ武器を使い、ラウラの機体であるフェアリュクト・レーゲンを突き刺すように前に出した。
「くっ!!」
「さっきまでの余裕はどうした!!」
「モイヒェルメルダー以外の全部隊っ!!」
オータムは更なる追撃をしようとするが、オータムが無視したシュヴァルツェ・ハーゼによって妨害される。ラウラはシールドエネルギーは減ったけども、今の内に崩れた体勢を戻した。
「……まさか、シールドエネルギーを減らされるとは」
「けっ、そんなに減ってない癖によう言うよ」
「……気が変わった。貴様は私一人で始末する。全部隊待機だ!!」
ラウラの一言で、ラウラを除いたシュヴァルツェ・ハーゼは全員その場から動かなくなった。待機と言っても、自分に危機が迫った場合は独自行動をするようになっているので、乱入者やオータムが攻撃してきたとしても問題なかった。
「……どういうつもりだ?」
「何、貴様にはクイーンの恐ろしさを教えた方が良さそうなのでな。あんな不意打ちで勝てるほど、クイーンは甘くないということを!!」
「そんなの――っ!?」
オータムは否定しようとしたが、直ぐにアラクネの様子がおかしいことに気づいた。
オータムの指示が何一つ反応しなくなったのだ。動かなくなったことから、すぐに原因が解り、ラウラを睨みつけた。
「……AICか」
「残念だが違う。さらに言えば、AICの発展型でもない。
「聴いた限りだとAICの発展型だろっ!!」
「使い方についてはそうだな。たが、AICはPICを参考にしているが、これはこの機体の
「なんだよそれ、勝ち目なんてないじゃないか」
ICの説明を聴かされたオータムは、自分がただの的になっていると気づいた。指示、命令をオータムから受けつけなくなっていて、AICみたいに集中できないようにすれば解放されるわけでもなければ、一方的にラウラから攻撃を受ける大きな的でしかなかった。
「ではさらばだ」
そしてラウラは、オータムに向けてビーム砲を放った――
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第二十二話
「……亡国機業の中でも優れた人間が勢揃いと聴いていたけど、これでは他愛もない」
エルマ・ベルクこと織斑一夏は周りに居る死体を見下しながら、呟いていた。
一夏の周りにいる十人ほどの死体は、全て一夏が殺めた亡国機業の人間だった。頸動脈を斬られていたり、仲間の銃弾や一夏の拳銃で撃たれた跡があったりなど様々で、場所によっては血の池を作っていた。そんな中、返り血を浴びていた一夏は、詰まらなそうにしていた。
別に一夏は戦闘狂でも殺人衝動を起こしているわけではなく、いかに効率良く殺す方法を取るように行動しているだけで、少しは抵抗するかと思っていたが、期待外れ過ぎたのだ。こんな感じで次々に来られたとしても、面白みがないと思ってしまうので、誰かしら楽しめるような相手は来ないものかと思ってしまうのだ。
というより、一夏は相手に対して過大評価することが多いことも理由である。過大評価する事によって、より緊張感と注意力が上がるので利点ではあるが、一夏の場合は過大評価したことによって、自分の思っていたより低いせいで、簡単に殺されて面白くないと感じてしまうことがあった。
あまりにも酷いとなると、一夏はあまりにも面白くなくて、任務放棄したことが過去に数回している。もちろんこの場合は一夏が居なくても成功していたという最終結果で、一夏が任務放棄した後も、一夏なしで簡単に任務成功していた。
とはいえ、任務放棄するようになったのはこの半年くらいの話だ。昔であればつまらないという感情ですら捨てていたことなので、これといって意識する事はなく、イリヤ・ヴェロフにただ従うだけだった。未だに感情はいらないと一夏は思っているが、つまらないなどと思っている時点で否定出来なくなっていることに、一夏は気づいていなかった――
「……で、確か管制室はあっちだが、先にあっちを対処しておく方が最適か」
ちなみに、一夏が現在居る場所は亡国機業の内部にある通路であり、ここまで来る経緯をまず話すとしよう。
一夏がどうやって亡国機業の内部に侵入したかといえば、ラウラ達シュヴァルツェ・ハーゼが戦闘を開始してから約十分後、一夏は普通にボートで島へ接近しただけのことだった。上陸した後、一夏は上陸するために使ったボートにピストルを放ち、穴を開けることによって利用されないようにした。本当であれば火で燃やしたかったところだが、煙によって気づかれる可能性があるので、なるべく気づかれないように穴を開け、乗ったら沈むようにするしかなかった。
それから亡国機業のアジト内に侵入するために、入り口へ向かっていった。亡国機業内の構造は理解していて、亡国機業のアジトだと気づかれないように、島周辺には監視カメラしか設置されていないことは知っていた。
しかし一夏が現在着ている服装と、靴底に埋め込まれている電波を発生させることにより、周囲の電子機器を一定時間停止させ、監視カメラであれば一日前の映像を映させるようにハッキングできるようになっていた。
そのため、監視カメラなんて今の一夏からしてみれば意味をなしていなかった。また、一夏が先ほどまで殺していた亡国機業の人間が殺されている光景も、監視カメラに映ることはなく、それらのハッキングシステムを一夏が持ち歩いているために、まだ一夏の情報が亡国機業に伝わっていなかったのだ。
その結果、ここまで亡国機業側に一夏の存在が気づかれていなかった。気づいたとしても、現在一夏の周りに散らばっている死体になってしまうので、一夏が通った後に誰かが死体を見て報告されない限りは気づかれない状態だった。
一夏が島に上陸して、入口に向かっている話に戻すが、一夏は監視カメラに気づかれないまま、亡国機業の入り口まで近づくことができた。とはいえ、さすがに入り口付近には侵入者対策として、亡国機業の人間が二人居たが、勿論正々堂々と前からやってきたのですぐに気づかれた。しかし一夏は即座に移動して、まず片方の背後に回ってナイフで首を切り、それに対応するようにもう片方が一夏に向けて重を構えていた。けど一夏は殺した人間をもう片方の方へ投げ、視界を妨げている間にもう片方の人間を同じように首を切りつけて殺めた。
それから一夏は亡国機業のアジト内に侵入することに成功した。途中、通路内で遭遇した、もしくは見かけた亡国機業の人間を次々に殺めていき、時には殺した人間を盾の代わりにしたり、同士討ちさせるように行動したりしていた。利用できるものは何でも利用し、誰一人逃がすことはなく、罪悪感もない無表情な顔で殺していった。
その結果、何度も返り血を浴びることになったが、一夏は返り血すら気にせずに突き進み、現在に至る――。
「――ここね」
一夏は目的地である管制室の前に辿り着くと、持っていたピストルを構え、扉が開いた瞬間に中にいた亡国機業の人間全員に撃ち放った。
「……い、一体何が」
状況すら理解できてなく、突然の発砲音に亡国機業の人間は誰もが驚いたが、驚いたことによって反応が大きく遅れてしまい、何も理解できていない間に撃たれてしまった。次々に倒れていったが、そんな様子を一夏は見下しているだけだった。
「……うん、やはりスコールは居なかったか。回収対象も居なかったようだし、やはり非常通路で逃げようとしているか」
一夏はここにスコールが居ないことを知っていたかのように言ったが、管制室に居ないという可能性は高かった。しかし、管制室にまだ居るかもしれないということを考慮して、第一に管制室を襲撃することを最優先にしていたのだ。
また管制室を先に襲撃すれば、監視カメラなどによって、一夏が侵入していると知られない為でもあった。だからこそ可能性が薄いこの場所を襲撃するのは優先する内容でもあった。
一夏が管制室にスコールが居ないと考えていたのは、海や上空ではシュヴァルツェ・ハーゼが一方的に殺戮しているような状態だと言うこともあり、ISの展開がしにくい管制室に留まっている可能性は少ないと一夏は思った。
そう考えると、シュヴァルツェ・ハーゼに襲撃をするか、次のために対策を考えるために逃げるかの二択が考えられたので、一夏はスコールが管制室に居ないだろうと推測していた。
「さて、私も非常通路の方へ行くとしましょうか。居なかったとしても、他の退路は情報の限りないはずだからね」
管制室に居た亡国機業の人間が全員殺しただろうと考えた一夏は、管制室を後にして、非常通路の道を塞ぐために急いで移動することにした。
もちろん、歩いている間に亡国機業の人間と遭遇することがあったので、その度に一夏は殺害を繰り返していた。
しかし一夏が管制室から十分程度歩いたとき、分かれ道があるところで一夏が来た方向以外の三方向から、亡国機業の人間が一夏の方へ歩いていく様子が見えた。よりによってまた面倒なパターンだと思ったが、幸いにも一夏が分かれ道の時に急いで前に進んで気づかれないようにしたため、亡国機業の人間に気づかれなかったので、そのまま突き進んで前にいた亡国機業の人間四人を先に始末する事にした。
「なっ、侵入し――」
「気づくのが遅いっ!!」
一夏は声を出そうとした亡国機業の人間を先に殺めるべきと考え、頸動脈を切るようにナイフで切りつけた。
「なっ、血で目がっ!?」
「くそっ、近すぎて銃口が定まらない!!」
「私を近づかせた時点で、あなた達の死亡は確定しているよ」
一夏は続けて二人目と三人目を一人目と同じように首をナイフで切りつけて殺害した。この場にいる人間は残り一人だが、その人物は無線で緊急事態たということを伝えようとしていた。しかし、そんな事を一夏が許すはずがなく、背後からナイフを差し込んだ。
「侵入者だ!! 逃がすなっ!!」
「ちっ、気づかれたか」
先ほど後回しにしていた亡国機業の人間に一夏が侵入していたことに気づいたようだが、一夏が居る場所は分かれ道の所であったため、即座に視界が入らないように移動した。それからすぐに何発も銃弾を放ってきたが、一夏は気にせずに持っていたピストルを取り出し、マガジンを取り出して別のマガジンに入れ替えた後、様子を見ずに亡国機業の人間が居た方向へ数発放った。
刹那、突然亡国機業の人間が居た方向で、一夏が放った数と同じ回数の爆発が起こった。
一夏が先ほど入れ替えたマガジンは特殊な弾丸で、グレネードと同等の火薬を物凄く圧縮させたもので、地面や壁に触れるだけで着火して爆発する、グレネードランチャーのピストル版と言える。まだ試作品の段階で、暴発する恐れがまだ残っているし、何より銃弾を間違えて落としてしまうだけで暴発してしまう可能性が残っているので、試作である今の時点で、誰も好んで使おうと思う人は居なかった。
しかし一夏はそうなんども使うことはないが、今まで何度かこの銃弾に頼ることがあった。とはいえ、暴発の恐れが残っていることには変わりがないので、一夏はこの銃弾を入れたマガジンは一つしか用意していなかった。
「……うん、全員死んでいるね」
一夏は飛び散った肉片や、もはや人間の跡形もない状態であり、たとえ人間の形を残していたとしても意識がないことを確認し、全員殺したであろうことを確認した。
先ほどの爆発音からして、他の亡国機業の人間に気づかれるだろうが、無闇に時間を伸ばして伝えられるよりは最善たったので、仕方ないと思っていた。とりあえずこの場に居るのはまずいと思い、すぐに目的地へと進んでいくことにしようと、振り返って反対方向に歩いていくが、ある程度歩いたところで立ち止まった。そして突然振り向いたかと思えば先ほど使ったグレネード並みの威力を持つマガジンを取り出して、死体がある方向へ投げた。投げたあと、一夏は全速力で死体から遠ざかっていった――
そして、マガジンが地面についた直後、マガジンに入っていた銃弾が暴発し、飛び散った肉片から燃えている物もあった。
一夏がマガジンごと投げ捨てたのは、情報が相手に伝わった際に、対策される可能性があり、持ち歩いていても一夏が危険しかないからだ。そしてなにより、死体の中には飛び散っていない人間の形を維持していた者もあったので、もし生き残っていた場合も考慮して、捨てることにした。
「さて、逃げられないうちに、さっさと逃げ道を封鎖しておきましょうか」
その後、本当に死んだか確認せずに、一夏は走りながらも目的地である非常通路へ行くことにした。
しかし、その後は先ほどの爆発音が聞こえていた亡国機業の人間によって侵入者だと気づかれ、一夏は何度も殺し合う羽目になった――
「侵入者を見つけたぞ!!」
「殺されたみんなの敵!!」
「相手は一人だ!! 数で言えばこちらが有利なはずだ!!」
やはり面倒なことになったと一夏はため息を吐きたくなるが、逃げ道がない一本道で前には二桁を越えない程度の敵がいると考えたら、状況的に悪かった。ダクトなどの逃げ道はないかと前を向きながら視線だけを動かして探すが、あったとしても届きにくい場所しかなかった。
仕方ないと思った一夏は、前でピストルを構えていることに動じることはなく、一言呟いた――
「――joker」
一夏が一言呟いた刹那、ほぼ同じタイミングで亡国機業の人間たちが一斉に一夏に向けて放った。銃弾の軌道は一夏に向かっていたが、それらすべてが見覚えのあるシールドによって弾かれていた。
そう、ISに備わっているシールドエネルギーらしきものによって――
「し、シールドエネルギーだとっ!?」
「バカな……ISを部分展開すらしていないのに、どうしてシールドエネルギーがっ!?」
一夏を囲むようにシールドエネルギーが展開されたことに、亡国機業の人間たちは驚いていた。なぜシールドエネルギーが発動したのか理解できず、このままでは一方的に殺されてしまう落ちしか見えなかった。
そして、亡国機業の人間たちが驚いている中、一夏は表示を変えずに、何も持ってなく、しかも一夏の届く範囲に誰も居ないにも関わらず、突然横に切るかのように振っていた。何をしているのかと疑問に思った亡国機業の人間たちだったが、お腹辺りから足までの感覚が無くなっていることに気がついた。思わず下を向くと、お腹付近で大量の出血をしていて、背中まで出血していた。何が起こったのか咄嗟に理解できなかったが、一夏が無視して先に進み始めた辺りで、何故か体が動かないことでようやく理解した。体を半分に切断されたということに――
「い、いやあああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
「足が動かないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
「動いて……お願いだから動いて」
ようやく現状に気づいた亡国機業の人間たちだったが、絶望の黄色い声が響き渡った。
そんな様子すら一夏は気にせずに、一つだけ告げて亡国機業の人間たちに更なる地獄にさせた。
「たとえ生きていたとしても普通の生活は出来ないでしょうね。あえて殺さないであげるから、地獄のような生活を味わいなさい」
殺された方がどれだけましだったかと思わせるようなことを伝えた一夏は、背後で落ちる音が聞こえてくる中、先へと進んでいった――
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第二十三話
投稿する暇がなかなか見つけられず、なんとか投稿できるようになりました……
『E-13地区内にて爆発音が発生!! 繰り返す――』
「……なっ、一体どうやって侵入をっ!?」
「スコール、これは流石にまずいのではないかっ!?」
オータムと別れたスコールとMは、アジト内に侵入者が居たということに驚いていた。
シュヴァルツェ・ハーゼだけでスコールが率いる亡国機業のアジトを舐めているのかと思ったが、シュヴァルツェ・ハーゼ以外に単独行動をしている人間がいるという話であれば変わってくる。しかも、スコールたちにとってその場所はあまりにも危険だった。
E-13地区は十分程度前に通り過ぎた場所で、そこまで侵入者に気づかれなかったことに驚きだった。監視カメラがあるというのに、侵入者の存在を今まで知らなかったのだから、驚くのは当然だった。
「……兎に角急ぐわよ。非常通路に来られる前に脱出するわ!!」
「解ってる!!」
急がなければ追いつかれると思ったスコールとMは、走って目的地である非常通路の入り口へ向かった。スコールとMが逃げ切らなければ、オータムをわざわざ残した意味がなくなってしまう。他の亡国機業の人間の為、そしてオータムの為にも、絶対に逃げ切ってみせると――
「っ、見えたわっ!!」
走っていると、目的地の非常通路の入り口にたどり着いた。入り口付近には非常通路からの侵入、もしくは侵入者が非常通路へ行かせないように、亡国機業の人間が待機していたが、スコールの姿がこちらに近づいてきていることに驚いていた。
ここにいる二人はスコールと同様に、先ほど起こった爆発音で、確実にこの場所に向かっている可能性が高いと気づいたが、何が起こっているのか理解しきれていなかった。
「スコール様、一体どうなって」
「詳しいことを話している場合ではないということくらい解りなさい!! 私達は今すぐ非常通路から脱出するけど、あなた達二人はこの非常通路を閉鎖しなさい!!」
「し、しかし他の人間が――」
「そんな悠長なことを言っている場合ではないわ!! 確定情報ではないけど、爆発音がした時点で何人か殺されているでしょうから、さっさと命令されたことをしなさい!!」
「りょ、了解!!」
スコールに命令された二人の亡国機業の人間は、スコールとM、そして自分たちが非常通路の入り口から入り、非常通路の入り口を封鎖するように操作した。
すると、ゆっくりとシャッターが降りてきて、一分程度で閉めることができた。
「ふぅ、とりあえずこのシャッターがあれば時間稼ぎにはなるでしょう。とりあえず急ぎましょう。あなた達二人もついて来なさい」
「わ、分かりました……」
スコールの言葉に二人は従い、そのままスコールの後についてくることにした。
状況が解らないが、何者かが侵入してきて、スコールとMがアジトを捨てて逃げようとしていることは理解できた。スコールが逃げるということは、相手はとんでもないということくらい想像できるし、いつもスコールと共にいるオータムの姿が見えないことから、非常事態といえるだろう。
「後それから、この先にある、非常用シャッターも一つ一つ閉鎖しなさい」
「わ、解り――」
『E-25エリアにて、非常用シャッター最終防衛が破壊、これより全ての非常用シャッターを作動させます。また、隣接するシャッターの管理権限は危険因子を取り除くまで解除出来ないようにロックします』
「っ!? まずい、次のシャッターが閉まる前に通り抜けないと!!」
E-25エリアの非常用シャッターというのは、先ほどスコールが二人に命令して閉めさせた非常用シャッターのことで、スコール達はその場所から既に七分ほど走っていた。要するに、こちらに向かって来ていることを意味していた。
そもそも非常用シャッターは爆発にも耐えられるような構造になっていて、たとえISが部分展開したIS兵器であろうと耐えられるほどの性能があった筈なのだ。それをいとも簡単に破壊されしまったとなれば、もはや非常用シャッターは邪魔物でしかなかった。
次の非常用シャッターまで一分も掛からないところにあり、既にスコール達がいる所から見えていたので、その非常用シャッターが完全に閉鎖する前にくぐり抜けた。
くぐり抜けられなかった場合、非常用シャッターに隣接している非常用シャッターなので、スコールの権限ですら開くことが一時的に出来なくなり、敵に絶対に追いつかれてしまうからだ。
しかし、次の非常用シャッターを開けるまでに、今通り抜けた非常用シャッターが壊されたら、次こそ閉じ込められてしまう。だから悠長にしている場合ではないと考え、スコールはこの場にいる三人に急ぐようにと促した。
「急いで次の非常用シャッターを開けるわよ!! 開ける前にこの非常用シャッターが破壊されたら逃げ場がなくなる!!」
ISを使えば急いで脱出することが可能だが、この非常通路はISが移動できる程の大きさを持っていなかった。ISがなかった時代から存在していた非常通路なので、ISが通り抜ける想定がされていなかった。
スコール達はなんとか次の非常用シャッターまでたどり着いたが、すぐにスコールのセキュリティーカードで一時的に解除して非常用シャッターを開けた。非常用シャッターが破壊されたことによって、非常用シャッターを解除できるのがスコールのみとなってしまったからだ。
非常用シャッターが開き始めたのを見て、すぐにスコール、Mという順番で完全に開いていない状態で通り抜けたが、三人目が通り抜けようとしたときに、放送が入った。
『非常用シャッター第三防衛が破壊されましたので、非常用シャッター第二防衛をロックします』
「っ!? 急ぎなさい!!」
スコールに言われてなんとか一人は通り抜けることができたが、開こうとしていた非常用シャッターが閉まってしまい、一人を取り残してしまう結果となってしまった。この非常用シャッターは先ほど放送で言っていた非常用シャッター第二防衛だったので、たとえスコールであっても解除する事が出来なくなっていた。
「私のことは気にせずに行ってください!! こうなってしまった以上、私が助かる可能性はありませんから――」
「……そう言ってくれたのは助かるわ。でも、ごめんなさい」
非常用シャッターによって閉じ込められた一人は、スコールが後悔させないように伝えた。スコールも解っていたことなので一言誤り、スコールを含めた残り三人と一緒に逃げることを最優先にした――
非常用シャッターを開けなければならないのは残り一つで、それさえ開けることが出来れば、時間を取られる必要はなかった。残してしまった一人が侵入者に対抗して、多少でも時間を稼いでくれたらロックされる前に開けられる可能性があった。
しかし、非常用シャッターが何とか開けられたところで、危機が迫っていることには変わりがないだろう。非常通路を抜ければ近くにある島の森に抜けられるように造られ、その島に隠してあるボートで脱出することで、ようやく逃げ出せるような形になるため、それまでに侵入者に追いつかれないかという心配は残っていた。
さらに言えば、この非常通路が侵入者に知られている時点で、ボートの存在を知られている可能性だって考えられた。そうなればISによる脱出を試みるしかないが、そうなればシュヴァルツェ・ハーゼにも気づかれるだろう。ほぼ積みかけているけども、可能性を信じて逃げるしかなかった――
「っ、見えたわ!!」
最後の非常用シャッターが見えると、スコールはすぐさまセキュリティーカードで非常用シャッターを開いた。ここに来るまで繰り返したように、完全に開く前にくぐり抜けるような形で、スコールを含めた三人は通り抜けた。そしてそのまま非常通路の出口が見えたので、そのまま突き進んでいった。
『非常用シャッター第二防衛が破壊されましたので、非常用シャッター第一防衛をロックします』
その放送が聞こえたのは非常通路の出口を開いた頃で、また第二防衛が破壊されたということが何を意味しているのか理解できてしまった。
「……このまま森の中に隠れるわ。ボートで逃げたとしたら、自分の居場所を言っているようなものよ」
先ほど置いていったしかし悲しんでいる場合でないことに変わりがなく、とにかく今は見つからないようにすべきと森の中に隠れることにした。
すぐにボートに乗るという選択肢もあるが、相手がIS所有者であれば逃げる意味もないと感じ、森の中で行方を眩ませる方法がよいと考えていた。しかし、これも逃げ切ったといえるものではなく、単なる様子見にしかならなかった。
「……この辺りに居ましょう。見つかるか変わらないけど、一旦作戦を練り直さなければ逃げられなさそうだから」
「しかしスコール、これからどうするんだ? ここまで来たら逃げる方法なんてボートしかないが……」
「Mが言った通り、逃げる方法はボートしかないわね。ISを使うなんて見つけてくださいと言っているようなものだから、ボートという選択肢しかない。けどそのまま逃げでも気づかれるでしょうから、今考えているのはどうにかして相手を欺かせる方法よ。それでなければ逃げられないでしょうから――」
スコールが大雑把に伝えると、Mは既にスコールが何かしらの策があるのだろうと予測できた。そのため、勿体ぶっている場合ではないと考えたMは、すぐにスコールに方法内容について教えるように促した。
「それで、何か策はあるのか? その言い草からして、一つくらいあるのだろう?」
「……よく解ったわね。私が考えた方法は、誰も乗っていないボートで欺かせ、その間に逃げるようなことをするとかね。だけどそれだけでは危ういから、誰かが犠牲になる方がありがたいのだけど、これ以上犠牲を出したくないというのも本音ね」
「……なるほど、この方法だと誰かを犠牲にすれば可能性が上がるから、スコールは言いにくそうにしていたのか。しかし、手段を選んでいる場合ではないから、犠牲にするとしてもしないとしてもこの方法にすべきだ」
「……そうね、そうしましょうか」
とりあえず手段は決まったが、今度は誰かを犠牲にするかしないかという議論になってしまった。この中で犠牲にするとしたら一人しか居ないのだが、その事を伝えることはあまりにも酷なことでなかなか言えなかった。しかし、何かを感じ取れたのか、スコールが犠牲にしようとしていた彼女が、自ら名乗りでた――
「……私がその囮をしますよ。確実に生き残れる人が一人でも居た方が、殺された仲間のためでしょうから」
「けど、それがどういう意味をしているか解っているの!?」
「解っていますよ。だからスコール様が悔やむ必要はありません。自らの意志で犠牲になるのですから――」
彼女の目は覚悟をした目をしていた。たとえ自分が死ぬことになろうとも、スコールとMを絶対に逃がすという程の覚悟を――
「……解ったわ。せめて、あなたの名前だけ教えてもらえるかしら?」
「エフィリナ……エフィリア・フェリスです」
「エフィリア・フェリスね。名前を覚えておくわ」
彼女――エフィリア・フェリスの覚悟を聴いたスコールはエフィリアのためにも、絶対に逃げてみせると覚悟を決めた。最低でも、Mか自分が生き残ってみせると――
「それでは、行ってきます!!」
エフィリアの顔は笑顔で、これから死に行くというのに笑顔を見せるとは思わず、スコールが泣きそうになっていた。
そして、エフィリアは自分の任務を遂行させるために、スコールとMから離れていくのだった――
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