ハリー・ポッターと透明の探求者 (四季春茶)
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プロローグ

 運命なるモノは、理論上の確率を超越した一種の芸術品(アート)である。

 これが仮想の創作物(フィクション)であれば、全ては理路整然とした確率の上に収束し、伏線と理論が織り成す物語という形に仕上がるのだが。
 例えそれがどれだけ奇抜な舞台で、不思議な配役で、混沌とした設定であったとしても、最初から最後まで一貫とした筋書き(シナリオ)として成立するものであり、そうでなければならない。
 もし仮にその法則が崩れてしまおうものなら、読者は、観客は、斯くしてこう怒り出すに違いない。

「こんなものは陳腐なご都合主義でしかない」と。

 しかしながら、現実というものは往々にして小説よりも奇なり。理屈では説明出来ないレベルの、それは彼らの言う「ご都合主義」さえ裸足で逃げ出す程の偶然と奇跡とミラクルの果てに生み出された芸術的産物こそが、人生の岐路となり得るものなのである。

── 筆者不明のとある手記より、一部抜粋



「色無き探求者によって、本来生まれ得ぬ新たな運命の天秤が作られる。探求者の手を引くは、まつろわぬ傍観者。導かれるがまま、眠れる守護者と邂逅を果たすだろう。しかしその均衡は一時の黄昏の安寧に過ぎぬ。探求者の心は薬と毒の紙一重。正しく導けば救済の暁光へ、誤れば破滅の宵闇へ。数多の因果を巻き込みながらも、いずれは一方へと見えざる天秤は傾くであろう」

 

 

 闇の帝王に打ち勝つ「運命の子供」の予言を終えてもなお紡がれる言葉。これもまた紛れもない予言だ。

 しかし、最初の具体的な予言に比べると余りにも抽象的で、曖昧な内容であった。故に盗み聞きしていた者は当然この部分を聞いてすらいないし、真っ正面から聞いていた者もその時はまだ軽く心に留める程度だった。

 

 そう、流石に誰一人として予想していなかったのである。まさか違う内容の予言の主役達が、実は双子の姉弟であるという事を。

 

 

 本来ならば、その姉弟は普通の双子のはずだった。

 

 二卵性双生児ならばありがちな、容姿の似ていない双子。けれども、同じ色の黒髪と瓜二つな緑色の瞳は、確かに血の繋がりを主張していた。双子で誕生日が二日違いなのは少々珍しいかもしれないが、取り立てて騒ぐ様なものでも無い。──本来ならば。

 

「7月末に闇の帝王に打ち勝つ子供が産まれる」という傍迷惑極まりない予言に該当してしまったが為に、身を隠すだのどうのと本人達の預かり知らぬ所で話が急速に動き出していた。7月31日生まれの弟は確実に該当するとして、二日早い7月29日生まれの姉はどうなのかという話にもなり、ますます大騒ぎだった。

 不死鳥の騎士団を率いるアルバス・ダンブルドアは当初、間違いなく予言の内容に合致している弟を「予言の子」として騎士団で重点的に保護し、彼よりは些か予言から遠い姉は安全な親族の家に疎開させるべきだと考えていた。ただでさえ予言に合致している子がポッター家のみならずロングボトム家にもいるのだ。安全の為というのも勿論嘘ではないが、動きが制限されてしまう騎士団員を極力減らしたい、闇の帝王を倒し得る子供をまず確実に護る為に候補を絞りたいというのも、隠し様の無い本音であった。

 しかしながら、そんなダンブルドアの思惑を知ってか知らずか、その案に対して真っ向からに反発し、猛反対した者達がいた。二人の両親、ジェームズ・ポッターとリリー・ポッターである。当然だ。どこに居たって危険が付きまとうご時世に、何を根拠に親戚の家なら安全だと言えるのか。そもそも仮に親戚の家が安全だとして、何も身を護る術を持たない、まだ1歳にも満たない小さな我が子をたった一人だけ家族の元から引き離すなんて、親として考えられない。ポッター夫妻のみならず、彼らの学生時代からの親友達も一様に口を揃えて姉弟を一緒に護るべきだと主張した。

 

 結局、大議論を繰り広げて揉めに揉め、漸く至った結論は「二人とも同じ様に厳重に警戒して保護するが、その為に秘密の守人を立てて一家で隠れる」というものだった。秘密の守人はジェームズの一番の親友であるシリウス・ブラックが二つ返事で引き受けた。

 現在進行形で予言に振り回されているポッター家の姉弟──姉のシャーロットと弟のハリーは、かくして両親と共にゴドリックの谷に隠れ住みながら秘匿される事となったのである。

 

 

 二人ともそれぞれ1歳の誕生日を無事に迎えた数日後、シリウスがポッター邸へ訪れていた。

 とにかく子供達が可愛くって仕方ないシリウスは、せっかく整った容姿が形無しになる位に笑み崩れながら、親友夫妻そっちのけで小さな姉弟と遊んでいた。途中で黒犬に変身してご満悦な様子のハリーを背中に乗せて爆走しつつ、どことなく眠そうなシャーロットを構い倒していると、途中からジェームズも乱入して一緒になって大騒ぎし始めた。結果、堪忍袋の緒が切れたリリーから特大の雷が大人二名に叩き落とされる事となる。全て毎度繰り広げられるお決まりの流れだ。

 さて、多少の落ち着きを取り戻したリビングでは、相変わらず元気いっぱいのハリーがおもちゃの箒を乗り回し、一連の騒ぎで眠気が飛んだらしいシャーロットは小さなトイピアノで適当なメロディを奏でている。基本的に何事にも興味津々で人懐っこいハリーと比べると、シャーロットは一人黙々と遊ぶ事が多く、興味の有無もハッキリと分かれているように見える。我関せずに好きな事を一人で熱中するシャーロットの様子に、大人達は誰に似たのか首を傾げつつ、それも個性であり、シャーロットは独特な感性の持ち主なのだろうと結論付けている。

 おもちゃには全く興味を示さないシャーロットが楽器や音楽には反応していたのを見て、ジェームズはもしかしたらシャーロットは芸術家としての素養があるかもしれないと興奮気味に騒いでいた。ちなみに箒を乗り回すハリーには将来のクィディッチ選手に違いないと自慢していたので、つまるところ彼は親馬鹿なのだ。そんなジェームズに同意しつつ、シリウスは誰に言うでもなく呟いた。

 

「それにしても、シャーロットは誰に一番似てるんだろうな」

 

「そうね。確かにハリーは一目瞭然だけど、シャーロットは親の特徴が見事に分散しているわね」

 

「髪の色と輪郭は僕、髪質と瞳はリリーだね。他の親戚からも色々と受け継いでいる様な気もするけど」

 

「なんとなく楽器を弾いてる時の雰囲気はユーフェミア小母さんに近いかもな」

 

「母さんかぁ……確かに母さんも昔からピアノが好きだったから、案外シャーロットは似てるかもしれない」

 

「ふふ、皆の良いところを貰えたのね。勿論、シャーロットだけじゃなくてハリーもね。……でもハリーはちょっとジェームズの要素が濃すぎて心配だわ」

 

「リリー!?何が心配なんだい!?」

 

 どんな時代でも子供の将来を想像するのは親の特権。早くも学校に入学したらこうなるに違いない、こんな才能を開花させるはずだと、嬉々としながら親馬鹿トークを彼らは繰り広げる。

 しかし、そんな楽しい話ばかりしていられないのも現実だった。一頻り子供達の話をした後、真面目な表情を浮かべた。

 

「ところでジェームズ、秘密の守人の件なんだが──」

 

 

 才能というものは、いつ、どのタイミングで開花するのか分からないものである。たゆまぬ努力の果てに目覚める事もあれば、生まれながらの体質である事もある。

 シャーロットが特殊な能力を持っているかもしれないと最初に気が付いたのはリリーだった。いつもの如く、ふと興味を示したオルゴールの方へ行こうとしたらしいシャーロットの姿が突如霧のように揺らいだかと思ったら、光の軌跡らしきものと共に消え、少し離れた位置に現れてみせたのだ。

 最初は幼児にありがちな魔力発現の一つだと思っていたが、どうもそんな単純なものではなさそうだった。姿現しや目眩まし術とも違い、静かに空気に溶け込んで透明になり、次に姿を見せるまで存在ごと消えたようになっているのだ。心配したリリーはジェームズに相談して、二人で情報を共有する事にした。シャーロットが消える瞬間を実際に目の当たりにしたジェームズは一つの仮説を引っ張り出した。

 

「もしかしたらシャーロットは透明人間(インビジブル)なのかもしれない」

 

透明人間(インビジブル)?」

 

「七変化や生来の開心術士みたいな生まれつきの能力の一つだよ。何かで聞いた事がある。呪文無しで姿と気配を一時的に消せるという、文字通り透明人間になれる体質だったはずだ。実例はほぼ無いに等しい位少なくて、正直僕も眉唾物だと思っていたけど……」

 

「シャーロットの能力の事は騎士団にも報告するべきかしら」

 

「いや、まだ止めておこう。透明人間(インビジブル)は未だ解明されていない部分が多い体質だし、余りにも隠密行動に適し過ぎるから敵味方関係なく利用される危険だってある。下手に知られると危ない」

 

「……そうね。それにシャーロットが透明人間(インビジブル)だとしたら、双子のハリーも同じ体質の可能性もあるわよね?」

 

「ああ。その辺りもしっかりと見極めておかないといけないね」

 

 幸いにも透明人間(インビジブル)の体質を持っていたのはシャーロットだけだった。最初は未知の体質を発現させた娘が心配で仕方ない様子だった二人も、一ヶ月もしないうちに慣れて受け入れていた。ジェームズに至っては、ある程度状況が落ち着き次第、まずは親友達に娘の素敵な能力をお披露目して驚かせてやろうと画策していたのだった。──もっとも、その目論見が叶う事はついぞ無かったが。

 

 

1981年10月31日

 

 様々な思惑と事情が水面下で動いていたものの、少なくとも表向きは不穏さなど全く感じさせないまま、それどころかちょっとした平和すら錯覚させながら過ぎていた。

 そんなこんなで迎えたハロウィンも、以前のように派手なパーティーこそ出来なかったが、家族四人でささやかながら一家団欒の時間を楽しんでいた。

 

 けれども、幸せは唐突に終わりを告げる。

 

「リリー!二人を連れて逃げろ!あいつだ!行くんだ、早く!僕が食い止める──」

 

 招かれざる客に、ジェームズは叫ぶ。リリーは真っ青になりながらハリーとシャーロットを連れて二階の子供部屋へと逃げ込んで、不思議そうな様子の二人をベビーベッドに置いた。下から聞こえてくる物音に状況を察し、逃げ場も失ったリリーが悲鳴を上げたが、嘆く猶予は無い。ほんの僅かな、気休めにもならない程度の時間稼ぎにしかならないのは重々知りつつ、それでも我が子達だけでも守る為に必死にドアにバリケードを積み上げていた時だった。

 

 バチンという音が部屋に響いた。

 

「──っ!?シャーロット!?シャーロットはどこ!?」

 

 突然後ろから魔力が膨れ上がって暴発したかと思った瞬間、姿くらまし特有の破裂音が聞こえた。リリーが慌てて振り返ると、ベビーベッドにはハリーしかいなかった。シャーロットが透明人間(インビジブル)で消えたのではないと直感で分かった。けれども理性が否定する。そんな馬鹿な、この家は姿くらましを封じていたはずだと。

 慌ててベビーベッドへ駆け寄ろうとしたリリーだったが、ドアがバリケードごと吹き飛ばされた事で妨げられた。そして──

 

 

 

 闇の帝王が倒され、ハリー・ポッターただ一人が生き残った。

 

 暗黒の日々に終わりを告げた英雄の出現に魔法界の世間の人々は浮かれ、大騒ぎした。両親を殺害し、小さな姉を遺体すら残さず消し去った残虐な帝王を、生き残った男の子が打ち破った。誰もがその顛末こそ全てだと考えていた。

 

 だから、誰も知らない。

 

 消えたシャーロット・ポッターは、本当は()()()()()()()()()()()()()()という事を、彼らは誰も知らない。

 

 

1981年11月2日

 

 一度あることは二度あるとは、よく言ったものである。だが、流石にこの光景を見つけた時、その男は思わず表情を険しくさせた。

 無造作に転がりながら泣いている赤ん坊。果たして誰が考えるだろうか。よもや自宅──それも門や玄関の前ではなく倉庫内、つまるところ完全なる他人の敷地内に赤ん坊が捨てられているだなんて。ありえない。最低限の常識と良心を持っている人間ならば、こんな事をする筈が無い。

 当然ながら、彼も真っ青になって彼女を抱き上げて救助する。

 

(何時からここに置かれていた!?)

 

 その赤ん坊にとって不幸だったのは、倉庫の中という居住スペースから微妙に離れ、人目に付きにくい場所に放置されている状態だったがゆえ、発見されるまで時間が掛かってしまった事だ。だが、同時に幸運でもあった。 彼女が置かれていた、というよりも転がっていた場所は、倉庫とはいえ室内。雨風が凌げる上にそこそこ保温性のある場所だったからこそ、丸一日以上も放置された状態でもそれなりの小康状態を保っていられたのは間違いない。

 何より、この家の主の本業は医者だ。そして、彼は救うべき患者に対してはどこまでも善人であった。

 故に、まずは深い事情を考えるよりも先に哀れな赤ん坊を保護して手当てをするべく、診療室の方へ大急ぎで舞い戻ったのだ。

 

 彼はこの赤ん坊が自宅の倉庫に置かれるに至った経緯も、出自も、一切合切を何も知らない。ただ、今までの経験から感じていた。この子も()()()()()相当の訳ありなんだろうな、と。そしてほぼ間違いなく家の住人が増える事になるだろう、とも。

 彼は理屈では説明出来ない勘が侮れないものである事を嫌というほど身を以て知っていた。

 

(これはもしかしなくても、()()()()()()の可能性が高いのかな。だとしたら、早急に記憶を確認した上で戸籍を作るべきか否かを判断しなくてはならないのだけど。さてどうしたものか……)




初めまして。四季春茶でございます。
ハリポタ熱が再燃して初の二次創作に飛び込んでみました。
ハーメルンの機能をまだ理解しきれていないのと、執筆速度にかなり波がある可能性が高いため、お見苦しい所も多々あると思われますが楽しんで頂けると幸いです。

ステルス能力を持った主人公ですが、隠密とは程遠いタイプになるかと思われます。ここから上手く原作に絡めていけるように頑張っていきますので、何卒よろしくお願いいたします!


【オリジナル設定】

透明人間(インビジブル)
ステルス能力。七変化と同様に生来の特殊能力の一つ。
かなり珍しい能力のため、よく分かっていない事が圧倒的に多い。
目眩まし術との大きな違いは、気配もろとも存在を消せる事。
消え方は霧だったり蜃気楼だったりと個人差はあれど、目撃される特徴は軒並み「空気に溶け込むように」消えるらしい。


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賢者の石
私の日常生活


1991年7月末──

 

 自分の部屋で黙々と9月から通う事になっている中学校の準備と予習をしていた私──マーガレット・ディフルレリア・ノリスは、家の一角から突如轟いた爆発音に顔を上げてまたかと呟いた。

 

 受験の直前は我ながら相当神経質になっていたというのも相まって幾度となくキレ散らかしたりもしたが、無事に行きたかった中学校への進学が決まった今は落ち着いた日々を過ごしている。本音としてはこのまま我関せず予習を続けたい。もしくは、受験でブラスバンドを引退して以降、ほとんど触れていなかった愛用のホルンを久々に吹くでも良い。基本的に私は自分の興味ある事を最優先にやりたい性分なのだ。……が、仮にもお世話になっている家でそれは余りに自分勝手が過ぎるし、流石に爆発したと思われる部屋をそのまま放っておく訳にもいかない。心底面倒だと溜息をつきながら私は教科書に栞を挟んで立ちあがった。

 

 ここはロンドン郊外の閑静な住宅街から大分外れた場所にある私達の家だ。本来はおよそ爆音とは無縁であるはずの家だが、食品を未知物質に変え、更には爆発物をも錬成してしまう御仁がいるおかげで爆発がそこそこ日常茶飯事だ。

 

クレイ医薬研究所(Clay pharmaceutical laboratory)》──それがこの建物の名前だ。

 

 私達にとってせめてもの救いは、この家が住宅街から相当離れた位置に立地している事だろう。そうでなければ、間違いなく住宅地のど真ん中で事件(テロ)が起きたと即刻大騒ぎになっている筈だ。

 不思議なのは立地条件だけの影響とは到底思えないぐらい、多少の爆発では騒ぎにもならない事だ。いや、多少も何も普通は爆発そのものが大問題だし、研究所としてどうかと思っている。思ってはいるが、薬品実験で爆発した事は一度も無いのだから、実害なし。いちいち目くじらを立てるのもアホらしいというのが私の本音だ。

 ついでにどうでも良い話をすると、なかなかに仰々しい名前の研究所を銘打っているものの、その実、所属している人員は所長兼研究員を称するフリーランスの医者一人に、勝手に助手を名乗らせて頂いてる子供二人。建物も個人経営の病院に居住スペースを構えている程度。確かに調剤スペースを改造したドクターの研究室は圧巻だが、それ以外は案外普通の住宅だ。

 もっとも生活する上では大変快適なので、ありがたく日常生活を満喫している。強いて言えば掃除が多少面倒だが、合法的にお手製の合成洗剤やら何やらを試せるので私は気にしていない。

 

 

「……メグ、また爆発物を錬成したんですか?」

 

 爆発音の発生源であるキッチンへ、とりあえず後始末と復旧作業を迅速に行うべく現場へ急行しようとしたら、私と同じように部屋から出てきたレイに声を掛けられた。出会い頭でいきなり濡れ衣を着せられかけた私は、当然ながら抗議する。

 

「レイ酷い!またって何ですか、またって!冤罪です!私じゃなくてドクターです!大方、思い立ったが吉日でスープでも作ろうとして、ちょっと何かしらの匙加減を間違えたのではなかろうかと」

 

「毎度思いますが、どう考えても『ちょっと』というレベルの爆発では無いですよね。仮にスープを作ろうとしたとして、何をどうしたらスープが爆発するんですか……」

 

「我らがドクターは調薬作業なら完璧なんですけどね。お料理だけは壊滅的ですから仕方ありませんよ。……それよりも、あれだけ勝手に料理を作るなと言っているのに、なにゆえドクターは勝手に爆発物を錬成するのでしょうか」

 

「あれでも純粋な善意なんですよ。僕らは勝手に家事を先回りでやっているだけですが、ドクターからすると『子供の仕事じゃないのにやらせてしまった』とお思いのようです」

 

「私達としては、毎度毎度キッチンを派手に吹き飛ばされる方が大問題なんですけどね」

 

「確かに。……ところで念のために再確認しますけど、実はメグがまた薬品を勝手に持ち出し、何か怪しい調合をしていたというオチはありませんよね?返答によっては片付けと対処法が大きく変わってきますので、悪しからず」

 

「失敬な!未来の薬剤師たる私がそんな事をする訳がないじゃないですか!」

 

「へえ、未来の薬剤師、ですか……。ところでメグ、以前君が興味と好奇心だけで()()()()作り上げた愉快な()()花火と謎の液体塗料を部屋中にぶちまけた前科があるのを忘れたとは言わせませんよ。あれだって、かなりの大惨事でしたからね?」

 

「うぐ……、流石にその件は申し訳なかったと思ってますよ……」

 

 

 微かに青みを帯びた灰色の瞳に諦めと呆れを滲ませた黒髪の華奢な少年、レイことレイモンド・アルフレッド・バラード。彼は限りなく家族に近い幼馴染だ。やたらと整った顔立ちの持ち主で、微笑めば穏和な正統派王子様、無表情でも少し高慢な貴族風美形という若干腹立たしいレベルの顔面偏差値だ。困らせるのが分かっているから絶対に面と向かって本人には言わないが。

 十年来の幼馴染のレイだけど、私が彼について知っている事はそんなに多くない。完璧なクイーンズ・イングリッシュと英国紳士のお手本の様な所作からして、元々はかなりの家柄出身なのだろうと一応当たりは付けているが、生憎人様の秘密やプライバシーを暴く趣味は無い。せいぜい知っている個人情報と言えば、幼少期に水難事故に遭った上に左腕を義手にせざるを得ない大怪我を負った事、何らかの持病の関係で身体が成長しづらい体質だという事、そしてその怪我と持病のリハビリ兼治験の名目でドクターに引き取られた事。それだけだ。いつかレイが話したいと思った時が来れば、その時に話してくれればそれで良い。

 

 そもそも、個人的な事情という部分に関しては私だって大概だ。全く記憶に無いので正直他人事に等しい話だが、私は赤ちゃんの時に研究所の倉庫に捨てられていたらしい。当初は何らかの事情がある可能性を鑑みて保護者が戻ってくるのを待ってみたものの、結局名乗り出る人は現れなかったため、ドクターが保護者として私の戸籍を用意して引き取ってくれたそうだ。

 だから私は両親の顔を知らないし、今の名前が本名なのかも分からない。機を見計らったドクターからその事実を打ち明けられた時、一緒に立ち会っていたレイが心配してくれたけど、私は泣かなかった。というよりも特に何も感じなかった。敢えて言及するなら「興味ない」「どうでも良い」「所詮は無縁の過去の人」といったところだろうか。産みの親より育ての親とは、よく言ったものだ。

 

 私の諸事情はさておき、レイは見た目以上に面白い少年であると常々思っている。達観した顔で本を読んでいると思えば、嬉しそうな笑顔で寄ってきた猫と戯れてみせる。繊細な印象に反して意外とスポーツ好きで、種目こそ限られるものの相当の負けず嫌いを発揮させる。何より普段の丁寧で上品な言葉遣いからはおおよそ想像も付かない、とんでもない毒舌を炸裂させた時に私は「あぁこれが素なのか……」と思わず笑ってしまった。

 

 さて、この研究所には私やレイ以上に個性的な人間が一人いる。言わずもがな、我らがドクター、ユークリッド・クレイ医師だ。

 ドクターはやたらと童顔で若く見えるが年齢不詳の御仁だ。年齢を聞いても何故かはぐらかされる。それでもれっきとしたフリーランスのベテラン医師であるのには変わりなく、今でもよく総合病院から呼び出しを受けている。近年、というよりもレイと私を引き取って以降は医薬品の研究方面にシフトチェンジしつつあって、周囲からは「隠遁した賢者」とかいうよく分からない敬称(なのか若干疑問がある呼称)で呼ばれているそうな。

 ドクターは子供は楽しく学業に励むのが仕事だから生活の事は気にしなくて良いとは言っていたが、お世話になっている身としてドクターの何かしらお手伝いが出来ないかと考えていた。いくら私が自分の興味に忠実な性格であっても、それぐらいの恩義は最低限持ち合わせているつもりだ。

 ドクターは医者としては非常に優秀だが、些か……いやかなりの仕事中毒(ワーカホリック)な所があり、放っておくと平気で食事もそっちのけで何徹でもやりだす人だ。その実、一旦オフモードに入るとかなり大雑把で殊更自分の事は適当極まりない。そして申し訳ないがドン引きするレベルで料理が壊滅的に苦手ときた。

 ドクターに「医者の不養生」だなんて不名誉を負わせないため、そして何より私達の日々の美味しい食事を死守するため、自称助手として家事全般を先回りしてやろうという運びとなったのだ。役割分担は几帳面なレイがドクターのスケジュール管理と雑多な書類関係の整理を行い、私が栄養バランスを考えて料理を作ると決めた。掃除や洗濯は二人で手分けして遂行する事にした。

 

 もとより化学実験が大好きな私にとって、料理は実験の延長線上と言っても過言ではない。ついでに課題研究を行う感覚で美味しさと栄養価のバランスを突き詰めたメニューを探求出来るとあらば、まさしく一石二鳥だ。個人的には煮込み料理がお気に入り。野菜も肉も鍋でまとめて煮込んで召し上がれ。美味しいは正義。

 

 

「……あら?」

 

「メグ?どうかしましたか?」

 

「今、窓に……あれ、何もいない?ごめんなさい、何かいた気がしたんですけど、どうも気のせいだったみたいです」

 

「?とりあえず、キッチンの復旧を最優先でやりましょうか。爆発音からして、今回はいつも以上に酷い有り様でしょうし……」

 

「そう、ですね……」

 

私は足早にキッチンへ向かいつつ、横目でもう一度だけ窓を見た。やっぱり何もいない。確かに何か……というか、梟がいた様に見えたけど、どうやら見間違いだったようだ。

 

 

「うわぁ無惨。とっても無惨」

 

「……これを復旧しろと言うんですか」

 

 私達が台所を覗くと、そこには案の定というか、お約束とも言うべき惨状が広がっていた。思わず匙を投げたくなった。

 ぷすぷすと黒煙を上げ、何かが炭化物に成り果てたと思わしき、見るも無残な暗黒物質(ダークマター)。悲劇なんて余裕で通り越し、もはや喜劇の領域と言っても差し支えないレベルで焦げ付いた鍋。ド派手に吹き飛んだ備品と木っ端微塵になった材料の残骸達。その中心地にて、親愛なる我らがドクターが天を仰いでいる。

 本当にどうして、ドクターは医薬品調合なら完璧なのに、料理のみ一点集中でここまで壊滅的に下手なのか。長年一緒に暮らしてきて、こればかりは甚だ疑問でならない。

 

「……これはまた随分と派手に鍋ごと消し炭を錬成されましたね。ここまで来ると消し炭という表現ですら、生ぬるい気がしますよ」

 

「せっかく調味料を取り寄せたから味噌汁(ミソスープ)作りたかったんだよ」

 

「何か召し上がりたい料理がある時はレシピだけ用意して下さい、あとは私が栄養バランスを計算した上で作って提供すると、何度も申し上げたはずですが。なにゆえ勝手に作ろうとなさったんです?貴重な材料を無駄にした挙げ句に、大惨事じゃないですか……」

 

「いや、いつも任せっぱなしで悪いなと思って……」

 

「良いですかドクター、私にとっての料理はもはや研究なんです。なんならマーガレット・レポートの一環だと思って頂けるとお分かり頂けるかと思います。私が好き勝手に楽しく研究しているだけですので、任せっぱなしも何も無いのです。下手に設備を吹き飛ばされる方が余程困ります」

 

「そっかぁ、ごめんよ……」

 

しゅん、と落ち込んでしまったドクターに若干の罪悪感を感じない事もないが、それとこれは話が別だ。ちなみに一緒にいるレイは素晴らしくニコニコ笑ったままキッチンを検分している。笑顔だけど目が笑ってない。……これはかなり怒っている。

 

「とりあえず今から僕達で片付けますので、ドクターは余計な物に触らず、即刻キッチンから退却を願います。あと当面の間、ドクターはキッチンへの立ち入りを禁止します」

 

「まさかの出禁!?」

 

「当たり前じゃないですか。今までどれだけ鍋を爆破させて、キッチンを滅茶苦茶にしたと思っているんですか!これ以上、片付ける前から被害が拡大しようものならもう目も当てられません。僕達が良いと言うまではキッチンに近寄るのも駄目です!」

 

「レイが部屋の復元、私が鍋の洗浄をします。それまでドクターはリビングか適当な部屋での待機をお願いします。本当に待機以外、何もなさらないで下さい」

 

「いや、流石に自分の不始末ぐらいは自分で片付けるよ」

 

「これ以上キッチンを破壊するつもりですか!?」

 

「このままお任せしたら最後、全員仲良く路頭に迷う羽目になるので、絶対に止めて下さい!!」

 

 流石にこれ以上は冗談じゃない。修繕作業をする身にもなってくれ。そんな切実な思いを込めてハモった私達の前では、幾ら恩人たるドクターと言えども反論する言葉も、弁明する余地も残念ながら存在しなかった。




シャーロット・リリー・ポッター改め、マーガレット・ディフルレリア・ノリスとなった主人公です。愛称はメグ。
趣味は料理とホルンと薬品調合な、薬剤師を夢見る11歳の女の子に成長しました。過去には全く拘らないタイプ。

限りなく家族に近い幼馴染のレイモンド(レイ)と保護者のドクターと共に色々と突き進みます。彼らについても追々と。


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非日常への誘い

 キッチンの復旧作業はあのキッチンの惨状から考えると、驚くぐらい早く終わった。

 というのも、レイが完全に手慣れた手捌きで備品の修繕を行っていく傍らで、私が最新版お手製洗剤の「中性7号」「弱酸性4号」「弱アルカリ改2号」を使い分けて鍋やお玉、食器を同時進行で洗浄復元する事に成功したからだ。流石にひしゃげた形までは直せなかったけど、我ながらかなりピッカピカに仕上げたと思う。どうせ私にネーミングセンスなんてものが無いのは分かっているから、洗剤の適当な名前に関しては放っておいて欲しい。

 

 片付けを終えた私達がリビングに戻ると、何故かドクターが焼き立てのスコーンを並べていた。ご丁寧に私達がそれぞれ好きなジャムとクロテッドクリームまで用意してある。思わずドクター何してるんですかと聞くと、へにゃりと笑いながら「キッチンは出禁でも、お菓子を買うなとは言われてないからね」と言った。……確かに、買うなとは言っていない。

 

「二人とも毎回全部任せちゃって悪いね」

 

「私達は勝手にやっているだけですので、お気になさらずとずっと申し上げているつもりなんですけどね。ついでに『中性7号』君の効能テストも出来たのでわりと達成感あります」

 

「……見ての通り、メグは特に好き勝手に楽しんでるんですよ。僕も色々とやってみるのも悪くありません。ただ、吹き飛ばされた部屋を片付けるのは骨が折れますので勘弁して下さい」

 

「心して覚えておくよ。それにしても、しれっとお手製洗剤と言うが……普通に大学とかでやる内容も含まれていると思うんだが」

 

「好きこそ物のなんとやら、というやつですよドクター」

 

「好きな科目はそれだけ絶大な熱量と実力を発揮出来るのに、嫌いな科目は超低空飛行なのがメグらしいというか……ほんの少しだけでもその熱量を宛がっていれば余裕で不動の主席だっただろうに」

 

「暗記科目は敵ですので。理屈無しの丸暗記ほど気持ち悪いものは無いです」

 

「そういえばテストで覚えるしかないという状況になった時には、ほぼ確実に発狂してましたよねメグ……。テストの度に僕が宥めていた気がします」

 

「……まぁ、キレ散らしてかなり見苦しい姿を晒したのは反省してますよ」

 

 自分の恥を思い返してレイに謝ると、あの程度ならまだ余裕なので良いですと返されて、この幼馴染は学校でも喧嘩の調停に駆り出されていたなと思い出す。驚く程に聞き上手なレイは、同級生の癇癪やヒステリーを柔和な笑顔のまま鎮めるのがやたらと上手かったのだ。少なくとも私には真似出来ない才能だ。

 私がそれを伝えてみると、「君の探求心には負けると思うよ」と言われた。探求心は才能なのだろうか。

 

「でも正直メグがここまで薬学にどっぷりハマったのには驚いていますよ。てっきり君は専攻が歌かピアノか、はたまたホルンかどうかは別にしても、音楽方面に進むものと思っていましたから」

 

「私も最初はそのつもりだったんですけどね。でも!でもでもっ!物質の神秘と浪漫に巡り会ったが百年目!それを突き詰めるのが私の運命だと確信しましてっ!!」

 

 きゃ、と思わず恋する乙女の様なポーズをとってしまったが反省はしていない。確かに音楽は今も好きで進路の候補にいれていたけれど、実はドクターの仕事を見て医療関係にもかねてより興味を持っていたのだ。照れくさいから絶対言わないけど、私にとってドクターは恩人であり、憧れだ。そんな将来の夢について複雑に悩める小学生だった私の心は、とある大学が主宰で開いたサイエンスショーを見た事によって、私の目指したい方向が明確に定まったのだ。

 憧憬と興味が合致した私に迷うものなぞ何もあるまい。言わば、私の熱意は下手な恋心なんかよりも遥かに熱いのである。ふざけている様に見えるかもしれないが、私は至って真剣そのものだ。

 

「目の覚める様な二クロム酸カリウムの橙赤色に、透き通る様な硫酸銅のブルー!無機物が織り成す色鮮やかな炎色反応!匙加減を替えるだけで無限の可能性を秘めた有機物達!!最高にドキドキします!!こんなにもときめいたのは、後にも先にもきっとあのサイエンスショーの時だけです!!ああ、私はもっと仕組みや原理、反応を詳しく知りたい……!!」

 

「……ねぇレイ、どうしよう。この調子だとそのうちメグが『薬品と結婚します!』って言い出したりしない?大丈夫かな?」

 

「……僕に聞かないで下さい。僕だってメグの感性は理解の範疇を軽く越えているんですから……」

 

 微妙に引き気味の殿方二人の声に我に返った私はそそくさとクールダウンする。つい勢い余ってエキサイトしてしまった。流石にそんな事言いませんよ、とボソッと呟いてから照れ隠しにスコーンを齧った。あ、このお店のスコーン美味しい。あわよくば自分で再現してみたい。

 

 

 掃除後のティータイムを楽しんでいたら、不意に窓の外からコツコツと何かを叩く音が聞こえた。窓の方を見ると、梟が二通の手紙らしきものを足に持って窓をノックしていた。なるほど、どうやら私がキッチンを片付ける前に梟らしきものを見たと思ったのは、見間違いではなかったらしい。

 伝書鳩ならぬ伝書梟に対するリアクションは三者三様だった。

 

「おや、梟が来た……」

 

「このご時世に伝書鳩?しかも鳩じゃない?」

 

「梟、しかも二通……!?」

 

 順に何かを感じ取ったらしいドクター、時代錯誤なやり方に困惑する私、何故か愕然としているレイだ。とりあえずドクターが窓を開けて手紙を受け取る。梟にスコーンを割って渡すと、仕事を終えたと言わんばかりに舞い戻っていった。

 ドクターは無言で宛名を確認すると、無言で私とレイへ手紙を差し出した。どうやら自分の目で確かめろという事らしい。

 渡された手紙は確かに紛れもなく自分達宛てであった。しかし、やたらと細かく──普通の郵便ならまず記される筈の無い、今現在いるリビングルームの位置まで書かれた宛名を見て、私は思わず不信感を抱く。一応は危険物ではなさそうだから、とりあえず中身を確認するべく慎重に封を開ける。

 

──────────────────

ホグワーツ魔法魔術学校 校長 アルバス・ダンブルドア

 

マーリン勲章勲一等、大魔法使い、魔法戦士隊長、

最上級独立魔法使い、国際魔法使い連盟会員

 

親愛なるノリス殿

 このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。

 新学期は九月一日に始まります。七月三十一日必着でふくろう便にてのお返事をお待ちしております。敬具

 

副校長 ミネルバ・マクゴナガル

──────────────────

 

「……3ヶ月前倒しのハロウィンですか?」

 

 一通り目を通した私の第一声はこれだった。訳が分からない。

 魔法だの何だのと訳が分からない。お伽噺か、ファンタジーか。意味が分からない。余りにも現実味の無さ過ぎる。新手の悪戯だろうか。だとしたら何がしたいのだろうか。わざわざ梟を使ってまで送り付けるとは、その手の込み様には畏れ入るが。私はため息をついて、同じく手紙を読んでいるレイを見る。てっきり彼も同じように呆れているだろうと思っていたのだが。

 

「………………」

 

 レイが珍しく狼狽えていた。狼狽えている、というか目を見開いて固まっていた。もはや驚きを通り越して、どこか焦ってすらいる様な面持ちで、そんな馬鹿な、と呟いたきり固まっている。何があってもほとんど動じないレイがここまで動揺している様子は、そうそう見られるものじゃないから新鮮だけど、それにしても様子がおかしい。少し心配になった私はレイの眼前で手を振って彼の意識を現実へ引き戻そうと試みた。

 

「レイ?もしもしレイー?大丈夫ですか?意識飛んでません?一旦現実に帰ってきて下さーい!ちゃんと脈あります?もし心停止したならば、蘇生を施しますよ?」

 

「……バイタルチェックせずとも、ちゃんと意識があるので大丈夫です。ただ、少し驚いているだけです」

 

「それなら良いんですけど。にしてもレイらしくないですね。随分と手が込んでるとはいえ、たかが悪戯、ドッキリでしょうに」

 

「いえ、これは……多分、悪戯ではなく……」

 

「え?まさか本物だって言うんですか?魔法だなんて、ファンタジー小説の世界じゃあるまいし。ねぇ、本当にレイったらさっきから様子おかしいですよ?どうしちゃったんですか?」

 

 どこか言葉を選ぶ様子で言い淀み、何とも歯切れの悪いレイに、私は更に困惑するしかなかった。彼は私以上に冷静で現実主義な人間だと思っていたから、魔法学校とやらの手紙にここまで反応するなんて、一体どういう風の吹き回しなのだろう。

 

「というより、メグ……寧ろ、君こそ今まで本当に自覚無かったんですか?」

 

「はい?何がですか?」

 

透明人間(インビジブル)……」

 

「え?イン、ビジブ……?今なんて言ったんですか?」

 

透明人間(インビジブル)です。そうですね、分かりやすく言うとステルス、光学迷彩といったところでしょうか。メグ、時々君は物理法則を無視した手法で姿を消していたんですよ。……まさか無自覚でしたか?」

 

「は!?」

 

「流石に人前で消えたりは一度もしませんでしたけど、家の中では突然何かに吸い込まれる様に溶け込んで、そのまま気配ごと姿を眩ませていました。てっきり魔法と思わずとも何かしらの『特別な力』を持っていると気付いている上で使っていたのかと思っていましたが……」

 

「そんな筈は──」

 

「──だからこそレイはこの手紙は正真正銘の本物だって言いたいんだね?メグ、驚いて混乱する気持ちは分かるけど、どんな事象も頭ごなしに否定するのは良くない。何事も0と100はあり得ない、だろう?」

 

 そろそろ収集が着かなくなりそうな雰囲気にドクターが静かに割って入る。思わずパニック気味に食ってかかりそうになっていた私も、冷静なドクターの声を聴いて、喉元まで出掛かっていた言葉を飲み込んだ。

 

「……僕に関しては、メグの力を直接見て知っていたのと、その……魔法とか、そういった類いの話自体、ちょっとした事で聞いていましたので……」

 

「私は魔法なんて初耳ですよ!?」

 

「君の場合、興味無い事は端から聞き流すでしょう……」

 

「あう、た、確かにそれは、自分の性格的に否定は出来ない……」

 

 俄には信じがたいが、自分の性格を鑑みたら仮に魔法なるものがあったとしても完全スルーしている可能性が高い。それを頑なに認めず否定するのは、確かに間違っているだろう。

 けれども、とりあえず百歩譲ってこの魔法学校からの手紙が本物だったとして、そして私達がその魔法とやらが使えたとして、だ。何故私達に魔法学校の入学証が届くのか。そもそも願書すら書いた覚えも無いのに。勝手に許可されても困る。というかもし万が一このまま魔法学校とやらに通わざるを得ない流れになったら困るどころの話じゃない。

 

「……ドクター、この手紙はあくまで入学許可書ですよね?許可が下りただけなんですから、辞退という選択肢も許されて然るべきですよね?」

 

「うーん、どうだろう……文面から察するに、返信を待つと言いつつも余り選択の余地は無さそうな気が──」

 

「………………」

 

「っ、ドクター!!メグ、落ち着いて下さい。まだホグワーツへの入学が強制的に決まった訳では無いんですから、希望通りの進路に行ける可能性も……、あぁ……ほら、泣かないで下さい、ね?」

 

「あ。あああ!ごめんよメグ!今のは完全に私の失言だった!悪かった、メグの気持ちを考えていなかったね……」

 

 私の表情を見たドクターとレイがかなり慌てた様子で声を掛けてくれるけど、進路の雲行きが怪しくなってきた現状を前にしては流石に冷静を保つのは無理だった。

 私の進路が単なる惰性で最寄りの中学校へ進学するという状況であれば、この魔法学校からの手紙は諸手を挙げて喜べるものだったに違いない。きっと私の知らない未知の世界や新しい学問の存在に心を躍らせただろう。

 でも、今は全く嬉しくなかった。喜べなかった。何故なら自分なりに真剣に将来を考えて、薬剤師になりたくて進路を決めたのだ。特にこの一年は本当に必死になって受験に向けて本気で頑張って、その上で合格という結果をもぎ取ったつもりだ。

 それが、実は特別な能力とやらを持っていたからという理由で勝手に進路を変えられる?私の努力も意志も関係無しに?──そんなの、冗談じゃない!!

 

「とりあえず、学校の方から詳細を聞いてみよう。メグの進路に関しては余りにも時期が悪すぎるし、レイだって身体の事を含めて色々と問題があるだろう」

 

「……えぇ、そうですね」

 

「話を聞いてみない事には何も決めようがない。二人ともひとまずはそれで良いね」

 

 ドクターが何とか場をまとめてくれたものの、私には自分がこの先どうなっていくのか全く分からなくて、ただただ不安を抱えるしかなかった。




手紙が届いた段階でここまでギャン泣きする寸前の主人公はかつていただろうか……。
でも新学期が始まる1ヶ月前に入学案内は、結構遅いと思うんですよ。少なくともハリーの同世代組ではジャスティン少年がかの有名なイートン校への進学を蹴ってホグワーツに来ていますよね。あれ、ご家庭によっては進路でかなり揉めるんじゃなかろうか。

イギリスの受験事情はイマイチよく分かっていませんが、少なくとも受験で決まっていた進路を入学1ヶ月前にひっくり返されたら、もう辛いどころでは済まないと個人的には思っております。


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魔法使いの杖

 魔法学校に関する説明にいらしたご婦人は、言うなれば「教師」という概念に「厳格」という単語をくっつけて擬人化させた様な印象の方だった。三角帽子にローブだなんてハロウィンの仮装染みた格好なのだが、余りにもキッチリと形になっている。

 応接室に案内したお客人にメインのソファーを勧め、ドクターが応対する姿勢に入った。私とレイは普段の来客対応と同じようにお茶出しを一通りしてから適当な椅子を持ってきて腰掛けた。

 

「初めまして、わたくしはミネルバ・マクゴナガルと申します。ホグワーツ魔法魔術学校の副校長を努めております」

 

「こちらこそ初めまして。マクゴナガル教授、本日は説明の為に遠路遥々ご足労頂き感謝致します。クレイ研究所の所長で、二人の保護者のユークリッド・クレイと申します。そして、後ろに控えている子供達がレイモンド・バラードとマーガレット・ノリスです。それでは早速本題なのですが──」

 

 基本的にドクターは理詰めで話すタイプだ。ホグワーツのマクゴナガル先生も理性的かつ理路整然と話すタイプであるらしく、私達が余計な口を挟む暇もなく情報の擦り合わせが行われていく。下手に感情が入る人達じゃなくて良かったと、私は内心で独りごちる。流石に私の進学問題が発端に怒鳴り合いの様相を呈する事態になったら、居心地が悪いどころの話じゃない。

 ハラハラしながら見守る私達を他所に、ドクターは直面する問題点、懸念している点を挙げている。私についてはホグワーツからの入学案内が来る前にこちらの世界の学校の入学を決めていた事、その学校への入学は試験を受けて合格を貰ったものである事が伝えられる。そしてレイに関しては持病の関係で服薬しなくてはならない事と義手である事を鑑みて全寮制の学校で大丈夫かどうか不安だと伝えていた。

 マクゴナガル先生はドクターの話を真剣に一通り聞くと、真面目な面持ちのまま答える。

 

「まずミスター・バラードの件ですが、各先生方と情報を共有した上で万全の安全配慮の下、生活をサポートするとお約束致します。服薬に関しても同様に、校医と薬学専門の担当者が責任を持って服薬管理、指導を行いますのでご安心下さい」

 

 チラッと横目でレイを見たけれど、相変わらず複雑そうな表情を浮かべている彼からは考えを読み取る事は出来なかった。とはいえレイが何を考えているのかはさておき、少なくとも彼の問題自体はそこまで拗れないだろうとは思っていた。

 確実に拗れるとしたら、間違えなく私の方だ。

 

「ミス・ノリスの件になりますが、まずは案内が遅くなった為にご迷惑をお掛けしている事についてお詫び申し上げます。試験を受けて決めた進路に割り込む事の図々しさも承知しております」

 

 ただ、とマクゴナガル先生は一言置いてドクターとその後ろにいる私の方へ視線を向けると、それまでと同じく理路整然と魔法学校の入学を強く勧める理由を述べていった。

 曰く、魔法なるものはコントロールする為には訓練が必要で、学校に通うのが一番確実である。親が魔法使いであるならば家庭教師を雇って自宅学習という選択肢もあるが、マグル(魔法使いじゃないこちらの一般人をそう呼ぶらしい)の世界ではそれも難しい。そもそもコントロール出来ないと、万が一暴発した場合に周囲へ甚大な被害をもたらす危険がある。エトセトラ、エトセトラ……

 だんだん泣きたくなってきた……無理だ、勝ち目が無さ過ぎる。もし単なる「能力認めちゃる、嬉しかろう」といった話だったら完膚無きまでコテンパンに論破してやろうと思っていたのに、マクゴナガル先生の話は余りにも筋が通っていて、ここで私がごねるのは我が儘でしかない。仕方ない、自分で納得する為にもどうしても譲れない部分だけ確認するとしよう。

 

「あの……私からも質問してよろしいでしょうか」

 

「はい、ミス・ノリス。何でしょうか」

 

「私が魔法学校に通うべき理由は分かりました。でも、私は薬剤師になりたいという夢は諦めたくありません。そちらに入学しても、大学への進学は可能ですか?」

 

「勿論です。マグルの学歴で取り扱う場合、ホグワーツでの生活はスコットランドのパブリックスクールに通っていたという扱いになります。毎年少数ながら卒業後に大学進学を選ぶ生徒がおりますので、学校側でも進学希望者向けの課外講習をマグル学教師が行っております」

 

「……そうですか、分かりました」

 

 それならば、もう断りようが無い。私は諦めて未練たらたらな想いを内心に押し込んで入学に同意した。ちなみに、魔法とは関係なくとも薬学、化学関係の書物を持ち込んでやると心に誓ったのは、完全なる余談だ。

 

 

 学用品お買い物ツアーなるものを開催するらしい。

 

 なんでも、私達のようなマグルの環境下で育った子や両親がマグルという子の為に先生引率の下、学用品を買うのに合わせて簡単な魔法界案内をしてくれるそうだ。多少ごねたとはいえ、一旦行くと決めてしまえば後は素直に私の探求心に従うまで。どんな世界なのか見てやろうじゃないという気持ちでいた。寧ろ、さっきから居たたまれない表情でいるのはレイだ。

 

「……本当に僕が来て良かったんでしょうか」

 

「気にし過ぎですってば。先方で私達二人とも同じ日程を指定したんですから。別にレイが希望した訳でもあるまいし」

 

「君はそれで良いかもしれませんけどね……」

 

「もう!誰もいちいちそんな事で目くじら立てませんよー!」

 

 レイが絶妙に困っている。まぁ、確かに該当する女子生徒が行くべき日程に、私と家が同じという理由で一緒に加えられたのはレイとしては気まずいというのも分からなくはない。彼は根っからの紳士な部分があるから、私はさておき同行するであろう他の女の子達が嫌がるのではないかと気にしているのだろう。

 

「少なくとも、今回に関しては家庭と日程の都合でと言えばそれまでの話ですよ。それで怒るほど狭量な子なんて逆にそうそういませんって。……あら、あの子ですかね」

 

 指定された場所にレイと共に行くと、女の子が一人既に来て待機していた。ふわふわの栗色の髪が印象的な子だ。私達が声を掛ける前に栗毛の少女が気付いて話し掛けてきた。

 

「あなた達もホグワーツの新入生?」

 

「はい、そうです。私はマーガレット・ノリス。で、こっちの彼が幼馴染のレイモンド・バラードです」

 

「……諸事情で僕もこちらの日程で参加しています。どうぞお気になさらず……」

 

「ハーマイオニー・グレンジャーよ。二人は一緒に来たみたいだけど、知り合いなの?」

 

「ええ、十年来の幼馴染です。私の感覚では家族とほぼ同じカウントに含まれていますね」

 

「そうなのね!それにしても、魔法なんてずっとファンタジー小説ぐらいのものだったから、まさか歯医者の娘が魔女だったなんて驚きだわ!でもよく考えてみると、確かに不思議な事は起きていたのよね。ずっと気のせいだと思っていたけど。二人はどう!?」

 

「私は余りそういった自覚が無かったですね。言われてかなり驚きました」

 

「……同じく驚いています」

 

「やっぱり驚くわよね!でもどんな事を勉強するのかとっても楽しみだわ!今日は先生の引率で制服や教科書を買うのよね。買ったらすぐにでも目を通して予習しなくちゃ!」

 

 簡単な挨拶を交わすや否や、目を輝かせたグレンジャー嬢がハイテンションで話し始める。男の子であるレイがいても全く気にしないタイプのようで何よりだ。マシンガントークを繰り広げている姿を見るに、彼女は私以上に知識欲を爆発させる子な気がする。

 話を聞くに彼女のご両親は歯科医なのだとか。身内が医療従事者という共通点からの親近感も手伝ってか、私がグレンジャー嬢改めハーマイオニーと打ち解けるまでそう時間は掛からなかった。

 

「おや、今日のメンバーは全員お揃いですね。それでは早速お買い物をしていきましょうか」

 

 先日いらしたマクゴナガル先生とは違う、ニコニコと温和に笑う引率担当者の先生がやって来た。薬草学を担当されているスプラウト先生だそうだ。薬草と聞いて反応した私と知的好奇心の塊になっているハーマイオニーがスプラウト先生にどんどん質問をしていく傍らで、相変わらずレイが何とも形容しがたい表情のまま見事に気配を消している。思わず「レイこそ透明人間(インビジブル)とやらの素質あるのでは?」と聞きたくなる位の気配の消しっぷりだった。そこまで男子一人という状況が辛いのか、それとも他に理由があったのか私には判断しかねた。少なくとも、この時は。

 

 

「ようこそ、ダイアゴン横丁へ」

 

 漏れ鍋というパブから学用品を揃えるお店がある場所──ダイアゴン横丁に入ると、そこには確かに今までの常識を全て投げ捨てた世界が広がっていた。

 まずは持参したお金をイマイチ変換のレートが分からない魔法界のお金に両替してから順番に道具店、書店を回っていく。書店に入った私達が三者三様に「もっと見たい」という空気を醸し出したのを感じ取ったらしいスプラウト先生が、穏やかに笑いながら「たくさんの種類があるから時間ある時にゆっくり見ましょう」とやんわりと私達を連れ出していた。残念。本は教科書以外も色々と目を通してみたかった。

 ちなみに買った荷物はスプラウト先生が私達の自宅に直接届けられるように手配して下さっていたので、手ぶらのまま気軽に横丁ツアーを楽しめている。

 

 途中でアイスを食べて休憩を挟みつつ、ペットについて話を聞く。スプラウト先生はペットも購入したいならお店に寄ると言って下さったが、私達は三人とも今日即決するつもりは無いという判断だったから断った。その後、洋装店で制服の採寸をした私達が案内されたのは随分と古めかしいお店だった。オリバンダーの店と書かれている。

 

「ここで皆さんが使う杖を買います」

 

「杖!それで魔法を使えるのね!」

 

「どんな感じなんでしょう。触媒に近い感じでしょうか?それとも指揮棒のイメージ?」

 

「………………」

 

 杖というワードにハーマイオニーが目を輝かせ、私が目を瞬かせ、レイが目を伏せた。こうもリアクションが分かれるのは面白いなと他人事みたいに思いつつ連れられるがまま店内に入ると、いかにも職人気質そうなご老人が出迎えた。分かりやすく彼が店主であるようだ。

 

「いらっしゃいませ。これはこれはスプラウト先生。本日は新入生の方々の杖をお探しですかな?」

 

「ええ。この子達に合う杖を見繕って下さいな」

 

 オリバンダー氏は私達の方を向くと、落ち着いた声で滔々と演説めいた内容を話し始める。それを聞きながら私は、この人物は職人気質だけでなく研究者気質も持っていると謎の確信をした。

 

「当店の杖は、強力な魔力を持った物を芯に使っております。ユニコーンの毛、不死鳥の尾羽、ドラゴンの心臓の琴線。素材にも違いがあり、同じ杖は一本たりとも存在しません。それ故に、他の魔法使いの杖を使っても、決して自分の杖ほどの力は出せないのです」

 

 演説を終えたオリバンダー氏は、まずハーマイオニーの杖から見繕う事にしたようだ。

 

「栗の木にユニコーンの毛、25センチ、よくしなる」

 

 手に握らせた途端によく分からない火花が散った。オリバンダー氏は首を振って杖を取り上げると、ここから怒涛の勢いで杖を渡しては取り上げるを繰り返し始めた。ハーマイオニーも真剣な表情で杖を試している。何本目か分からないが、葡萄の木にドラゴンの心臓の琴線の杖を持った瞬間、部屋中が明るくなってキラキラとした光が舞っていく。

 

「ブラボー!」

 

 なるほど、自分に合った杖を持つとこんな風になるのか。

 興奮冷めやらぬといった様子で今しがた手にした杖を見つめているハーマイオニーにどんな感覚なのか聞こうとしたら、私が呼ばれた。次は私の杖を選ぶ番のようだ。

 

「柳に不死鳥の尾羽、27センチ、振りやすい」

 

 私が軽く振った瞬間、部屋の備品がド派手に吹き飛んだ。木っ端微塵。えっ、吹き飛んだ……!?

 私はもとより、ハーマイオニーもレイもドン引いている。が、スプラウト先生は微笑ましそうに見ているので、どうやら杖選びには良くある……良くある?事らしい。ちなみに部屋を滅茶苦茶にされたオリバンダー氏は怒るどころか職人のスイッチが入ったらしい。目を輝かせながら、凄い勢いで箱を開けて杖を取り出していく。

 

「桜に不死鳥の尾羽」

「花水木にユニコーンの毛」

「ナナカマドにドラゴンの心臓の琴線」

「胡桃の木にユニコーンの毛」

 

 片っ端から試しては、部屋の随所を吹っ飛ばして破壊するの繰り返し。解せぬ。ハーマイオニーの時は合わなかった杖はお行儀良く沈黙するか、せいぜい火花を上げるか煙を出すかといった程度だったというのに!

 このままだとそのうち爆破クイーンに認定でもされるんじゃなかろうかと思っていたら、十数本目の杖を渡された。

 

「ブナの木に不死鳥の尾羽、24センチ、やや硬いが手に馴染む」

 

 余計な装飾の付いていない、シンプルな乳白色の杖だった。

 私が握った途端に、杖先に眩しい閃光が灯った。そしてほぼ同時に燐光を帯びた水がぶわっと飛び出したかと思えば、私が散々破壊しまくった部屋を片付けて元通りに直した。間違いない、この杖が私に最適なパートナーなのだろう。

 オリバンダー氏の方を見ると、彼も大変に満足気な様子で手を叩いている。無事決まって何よりだ。

 

 さて、残りはレイ一人となった。私もハーマイオニーもそれなりに時間が掛かったから、彼もまたお試し奮闘でもする事になるものとばかり思っていたが、意外な事にあっさりと決まった。

 

「杉にドラゴンの心臓の琴線、29センチ、堅実で使いやすい」

 

 なんという事でしょう。軽く振ったら、室内に降り注ぐ流星群。非常に壮観な光景だけど、まさかの一発目で決まるとは。完全なる八つ当たりなのは分かっているけれど、私の爆破芸は何だったのか問い詰めたくなってくる。

 

「ブラボー!……しかし不思議な縁もあるものです。かれこれ20年近く前にも同じ杉で製作した杖を売った事がありましてな。あの時も、杉にドラゴンの心臓の琴線を使っておりましたが、彼は……」

 

「………………」

 

 オリバンダー氏が懐かしむような、感傷に浸るような雰囲気になって考え込んでしまった。レイはレイで何も語らないし、私達の位置から彼の表情は見えない。

 それまで静かに杖選びを見守っていたスプラウト先生のお会計をしましょうと言ったのが鶴の一声となって、とりあえず微妙な空気は払拭された。そんなこんなで、本日のお買い物ツアーは全ての工程を終えたのだった。




少しずつ原作キャラと邂逅し始めました。
新入生の買い物付き添いについて、全てワンツーマンでやっていたら先生方の仕事が大変な事になりそうだなぁと思っていたので、普通はまとめて案内するという設定にしています。


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特急は邂逅の旅路

「へぇ、特急で行くとは聞いてましたけど、キングスクロス駅の柱を突っ切って9と4分の3番線に入るんですか……」

 

 届いた切符と行き方が書かれた手紙を読むと、私はすぐに興味を失った。正直、場所と時間さえ分かれば特に困らない。そんな事よりも、魔法薬学の教科書をセルフ検定する方が、私としては圧倒的に優先度が高い。ひたすら最新版の本と教科書を読み比べては、付箋紙とメモを張り付けていく。こっちが正しい手法かどうかを入学したら、なるべく早く先生に確認したい。

 いやはや予習がてら教科書を見て、何気なく出版・改定の日付を確認した瞬間に思わず愕然としたのは当面忘れられそうに無い。最新版が軽く見積もっても50年以上前って!それは流石に教科書としてあり得ないだろう!思わずぷんすこ怒りながら部屋で叫んでしまった事については、少し騒ぎ過ぎたと反省している。

 

 幸いにも私とレイは後日ダイアゴン横丁へ再度訪れ、書店で教科書以外の本を買おうという話になったので事なきを得た。書店に寄る前に検知不可能拡大魔法とやらが掛かった容量無制限のバッグを買ったのを良い事に、お財布が許す限り興味のある薬学関連の本を大量に買いまくったが、まぁそれはご愛敬、良き事だ。多分。

 ちなみにレイは本よりもやたら新聞や雑誌を買っていた。パッと見ておよそ過去10年から12年分位の記事だろう。何に使うのかを聞いてみたら、最新の情勢ぐらい押さえておくべきだと返された。そういうものなのだろうか。

 

 それにしても、このバッグは超絶便利だ。想像を遥かに超えて内側が広いから好きなだけ荷物を入れられる。既に居心地の良いプチ図書館になっているけど、上手くこの魔法を調整出来れば実験室とかを作るのも夢じゃないかもしれない。

 その場合は、作るとしたら魔法薬学用の鍋をかき混ぜる部屋と、こっちの薬品を扱う用の理科室みたいな部屋が必要になりそうだ。

 そんな空想を挟みつつ、改定と修正に励むこと小一時間。

 

「……確認しなきゃない訂正箇所は、大方こんなところですかね。魔法薬学って薬学という割りには料理に案外近いんですね。手順こそ複雑ですけど、濃度計算とかpH計算が無いなんて、雑というか適当というか。まぁ、こっちの感覚と一緒にしたら駄目なんでしょうけど。系統が違うと薬同士の相性も悪い可能性が高そう?」

 

 とりあえず私の独り言はまだまだ終わりそうに無い。

 

 

1991年9月1日

 

 来たる新学期当日。私はローブ以外の制服に薄手のセーターを着て、昨日のうちに纏め終えた荷物の最終チェックをしていた。忘れ物が無いのを確認し、トランクに鍵を掛ける。

 

「メグ、確認は終わりましたか?」

 

「バッチリです。レイは……聞くまでも無いですね」

 

 流石スケジュール管理のプロと内心で呟いた。私が自分の荷物と昼食の包みを持って玄関へ行った時には、とっくにレイも準備を終えていた。彼も既に制服の上からジャケットを羽織っていて、後でローブと代えるだけの状態になっている。レイは流れる様な動作で荷物を持ち直し、私から包みを受け取った。

 

「乗車の一時間前だけど、もう駅に行く?」

 

「行きましょう。キングスクロス駅は普通の往来だけでも相当混みますから、時間に余裕を持つに越した事はありません」

 

「私もギリギリよりは早過ぎるぐらいの方が良いです」

 

「分かった。じゃあ出発しよう」

 

 

 時間にかなり余裕を持っていったおかげで、私達は難なくコンパートメントを確保できた。発車するまで時間があるから、窓越しにドクターと色々と会話をする。

 

「良いですか、ドクター。ご飯は一週間分の作り置きを用意していますので、作り置きがあるうちにちゃんとした食事の供給源を確保して下さいね。間違っても私達がいない間にキッチンを吹き飛ばす事の無いようにお願いします」

 

「大丈夫だって。私よりも自分達の心配をしなさいな。メグ、好きな事にのめり込みのは良いけど、選り好みは程々にね。……レイ、メグの事を頼んだよ。数ヶ月間は君の方が年上だから」

 

「……心得てます」

 

「勿論、言うまでもないがレイも充実した日々を楽しんでおいで。はい、このタイミングになって悪いけど……誕生日おめでとう」

 

「!ありがとうございます」

 

「ああっ!ドクターに先を越された!」

 

「ははは、本当は家を出る前に渡したかったんだけども。私は今逃すと当日じゃなくなってしまうから。簡単なお守りみたいな物だけど、使ってくれると嬉しいな」

 

 軽く笑いながら話すドクターだけど、ふと真面目な表情を浮かべた。そして些か真剣な声音で私達に言う。

 

「二人とも。これだけは絶対に忘れないで。自分の在るべき居場所っていうのは必ずしも一つだけじゃない。食わず嫌いは良くないけど、物事にはどうしたって合う合わないがある。今は新しい学校での生活を楽しんで学ぶ事に専念出来れば一番だけど、どうしても何かしらの問題にぶつかった時は抱え込まないように。君達が望むのなら、世界中どこへでも行けるのだから」

 

 学校生活の閉鎖環境や人間関係の難しさは小学校でも十分見ていただけに、言わんとしている事は良く分かった。ドクターのどこか予言めいた言葉が単なる杞憂であって欲しいと内心で祈りながら、私は神妙な顔で頷いた。

 

 

「レイ、少し出遅れましたが、お誕生日おめでとう」

 

 9月1日は新学期が始まる日でもあり、レイの誕生日だ。

 例年なら学校を終えた後、ドクター含めて三人でささやかながらお祝いのパーティをしていたけれど、今年からはそうもいかない。それが少し寂しい気もするが仕方ない。

 

「今年は例年よりも簡易包装になって申し訳ないんですけど、どの本にも合わせやすいデザインのブックカバーにしたので、気が向いたらどうぞ。……毎年そうですけど、さてはドクターに言われるまで自分の誕生日忘れてました?」

 

「まぁ、未だに僕の誕生日が今日だと言われてもピンと来ませんからね……。こればかりは正直どうしようもないですよ。でも気持ちは嬉しいので、プレゼントをありがたく使わせて貰います」

 

「確かに、誕生日だけはふわふわした感覚のままですよね。それで何か困るとかはありませんけど……」

 

 私達は色々と特殊な事情を抱えているが故に、私達はそれぞれ研究所に来た日が誕生日になっている。だから、戸籍上の誕生日が本当の誕生日かどうか分からない。別にその事に不満は微塵も無いけれど、人よりも誕生日というものが他人事に感じてしまう。

 とはいっても私達にとっては最早気にするまででも無い話だったから、特に感慨に耽るでもなく話題は移り変わる。

 

「ところで、メグが読んでいるのは透明化の本ですか?」

 

「一応、自分の体質ぐらいはちゃんと把握しておかないとと思いまして。と言っても透明人間(インビジブル)については本当に微々たる事しか書いて無いので、実質収穫ゼロですね」

 

「紺色のカバーが付いてますけど、その本って『透明術の透明本』ですよね……確か本が透明だとか言われていた様な気がしますが」

 

「書店の店員さんに透明人間(インビジブル)について調べたいって相談をしてみたら、本を見失う前に目印を付けて下さったんです。これを杖で突っつくと、水の表面張力みたいな輪郭が現れて読めるようになるんですよ。開いちゃえば液晶ディスプレイっぽい感覚なので、気分は最先端技術ですよ」

 

「……前々から気になってましたけど、メグの魔法ってやたらと水と相性良いですよね」

 

「人体の7割弱は水で構成されていますので。それに私の杖の木材、保水性の高いブナですし」

 

「……そういうものなんですか?」

 

「そういうものですよ多分」

 

 怪訝そうなレイに、私は事も無げに返す。周囲に私達以外の人がいないのをいいことに、透明本を指先で軽く弄りながら脱線しかけた話を戻す。

 

「収穫ゼロと言いましたが、なかなかに興味深い本でもあるんですよ。ただ、端から見るとブックカバーだけ謎の形状記憶になっている様にしか見えないので、向こうで出すのは憚られるんですよね。こっちなら別に気にしなくて良いので遠慮なく出してますけど」

 

「あぁ、確かに。あれから自分で能力を発動させてみたりはしたんですか?勝手に消えたりはしていないようですが」

 

「意識して姿を消すのは成功していないです。正直、感覚が掴めないんですよね。透明人間(インビジブル)の能力を完璧に使いこなせる様になると、姿を見せたまま気配だけ消したり、気配だけの存在になったり、完全なる無に徹したりと状況に応じた使い方が出来るらしいですが、果たしてどこまで出来るのか──」

 

 透明人間(インビジブル)についての考察は、控え目なノックの音によって遮られた。レイが応答してコンパートメントのドアを開けると、細身で背の高い男子生徒が立っていた。

 

「……相席しても構わないか?」

 

 

 相席の少年はセオドール・ノットというらしい。長身で気付かなかったが、話を聞くに私達と同じく新入生のようだった。

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 相席とは言ったものの、私達は名乗ったきり誰も喋らない。三者三様、各々で本を読んでいるだけだ。目ぼしい反応と言えば、名乗った時に「ノット」と聞いたレイが一瞬だけ顔を引き攣らせたぐらいか。そういえばレイは新聞の他にも魔法界の貴族目録みたいな本も眺めていたから、もしかしたら旧家の御曹司とかなのかもしれない。ノット少年も私達の名前を聞いた時に微かに何かを吟味している様子だったから、パーティーか何かで見た事のある人と勘違いして声を掛けたパターンかなと勝手に予想している。

 私といえば、かれこれ11年の人生で対人関係は来る者拒まず去る者追わずを地で行くというのを息する様にやってきた人間だ。細かい事はいちいち気にしない。元より思考は個人の自由だもの。

 

 そうやって続いていた奇妙な静かなる読書タイムは、人の良さそうな車内販売の魔女がやって来た事で中断された。

 

「坊っちゃん方、お嬢さん。車内販売はいかがですか?」

 

 カートには初めて見るお菓子の数々。私がカートを見て迷っている傍らで、さくっと決めたらしい男性陣が既に決めて買っていた。流石にこれ以上長々と時間をかけるのは悪いし、昼食は持参してるからチョコレートを一つ購入した。

 そのままの流れで昼食も食べようかという流れになったは良いけど、ノット少年がさっき購入していたカボチャのパイをご飯代わりにしようとしていたのを見て、思わず持参のサンドイッチを勧めてしまった。育ち盛りの少年がそんな食生活するのは非常によろしくない。これでも栄養バランスと味にはかなり自信ある。もし嫌がられた時は素直に退けば良いだろう。

 結果としては、少し驚かれた以外は特に拒絶されなかった。口に合ったみたいで何よりだ。

 

 それにしても魔法使いの感性がよく分からない。何でチョコレートの形が蛙。しかも動くし。パッケージを開けた瞬間に逃げようとしてたのが見えて、思わず袋を閉じた。レイもノット少年も普通に食べてるけど、男の子ってそういうものなんだろうか。意を決して暴れるチョコレートを口に放り込んでみたら、普通に美味しいチョコレートだった。安心したのは言うまでもない。

 

 

「アンタ達は、入る寮を決めているのか?」

 

 ちょっとだけ会話したり、本を読んだり、昼食前と同様に静かに過ごしていたら不意にノット少年が沈黙を破ってそう聞いてきた。……寮か、確か特色の違う四寮に分けられるんだったか。下調べでは色々と事細かに書いてあった気がするけど──

 

「大まかに要約すると目指すタイプが騎士、学者、政治家、僧侶といった感じに分類されるんですよね、多分」

 

 私が何気なくそう呟いたら、二人がほぼ同時に「は?」とかなり怪訝そうに返してきた。普通に言ったつもりだったのに。解せぬ。

 

「ほら、寮ごとに特徴があるらしいじゃないですか。それを一纏めにしたら、って事ですよ。そんなに変でしたか?」

 

「いや、変というか……そんな要約をする奴を初めて見た。純粋に着眼点の違いが新鮮なだけだ。普通はどこかしらを嫌う奴が多いんだけどな。アンタは偏見とか無いのか」

 

「私は基本的に物事は自分の目で見てから判断する主義ですので。見てもいないのに、好きも嫌いも無いでしょうよ。それに人の噂ほどアテにならない物は無いんですから、それに踊らされて感情論に走るなんてエネルギーの無駄かと」

 

「自分の目で見てから、か……。同年代でそこまで公平な奴ってなかなか珍しい部類だと思うぞ。少なくとも俺の周りにはノリスみたいなのはいなかった」

 

「いや、いやいや。ミスター・ノット、メグの感性は一般的な女子のそれよりも遥かに独特ですので。彼女の場合、判断基準は単純に自分が興味あるか無いかですよ」

 

「レイ酷い!まるで私がワールドイズマイン精神を爆走しているみたいに言わないで下さいよ!?そりゃあ、確かに他人のあれそれは興味無いですけど!全く慮らない訳では無いですからね!?」

 

 レイの物言いに反論しつつ、学校の寮について考えてみる。けれども育った環境の問題なのか、私にはどうしても授業を受ける人数単位だとか進路別のクラス分け以上の意味を見出だせなかった。

 

「……こほん。ええと、どの寮に入りたいかでしたよね。私としては楽しく快適に自分の学業に励めればどこでも、っていうのが本音なんですけど」

 

「……僕はどうなんでしょうね。まぁ、静かに過ごせるなら……」

 

「相変わらずレイは無欲ですねぇ。ミスター・ノットは?希望している所があるんですか?」

 

「家系からして十中八九、スリザリンだろうな」

 

「学校の寮は家系にも左右されるんですか……?」

 

「家系と素質と本人の希望を鑑みて判断されるらしい。……実際に話してみないと分からないって本当だな。アンタ達の見た目の印象と、今の印象が全然違う」

 

「印象ですか。ちなみにどんな印象だったのか訊いても?」

 

「端的に言うと、ノリスはグリフィンドール、バラードはスリザリンに組分けされそうだなと思ってた」

 

「……随分とざっくりとした印象ですね」

 

「見た目の第一印象だからな」

 

 見た目の印象と組分けが直結するってどういう印象なんだと思ったけど、敢えて言及はせず、そうですかと言う程度に留めた。どうせ聞いたところで理解出来ないだろうという判断だ。それにしても、つくづく魔法の世界は未知との遭遇だと思う。今までの常識が通じない上に、その先に何があるのか全く予想出来ない。

 何かしらの話題が無ければ基本的に率先して喋ろうとしない面々だから、寮の話題を終えると再び沈黙に包まれる。会話が無いなら本を読めば良いと、私は特に気にせず自分の世界に舞い戻った。

 

 だから、その間に他の二人がどういう面持ちでいて、何を思っていたのか、私は全く気付かなかった。




正直、誰とこの特急でのタイミングで接点持たせるか滅茶苦茶迷いました。で、迷った結果が彼となりました。
あと原作の謎プリでも思いましたけど、魔法界に教科書改定という概念は無いんだろうか。何十年も同じ教科書って古き良きってレベルじゃないよね!?となります。


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四色の可能性と選択

 特急の旅路は、あの後は特に変わりなく静かかつ平穏に過ぎていった。途中、ペットの蛙がいなくなったと半泣きの新入生と思われる少年がコンパートメントにやって来たり、買い物ツアーで既知の仲だったハーマイオニーが間髪入れず蛙捜索で現れたりという軽い遭遇イベントはあったが、無事に終点に到着した。

 

「イッチ年生!イッチ年生はこっち!」

 

 入学式に相当するものがあるのかは分からないけど、どうやら一年生だけは上級生とは別行動になるらしい。ランタンを持った大男に案内されるがまま、私達は道を歩いていく。

 結構な距離を歩いたかと思ったら、今度は4人ずつボートに乗って湖を渡っていく。私が乗ったボートは隣にいたレイの他に列車で蛙を探していた少年、赤みがかった茶髪の少し気の強そうな少女が一緒だった。皆それなりに緊張と興奮が入り乱れた雰囲気の中で、レイが静かに遠くを見つめていた。黄昏ている様にも、水面を視界に入れないようにしている様にも見える。きっと彼にとって水面は嫌な記憶を引っ張り出すのだろう。同乗の二人に気付かれない程度に大丈夫かと声を掛けたら、微かに笑みを浮かべて大丈夫だと返してきた。私から言わせれば全然大丈夫には見えなかったけど、強く言う訳にもいかず、そのまま黙るしかなかった。

 

 

 湖を渡りきった先の広大な城へと到着すると、新入生の案内役はマクゴガナル先生に引き継がれた。待機スペースと思われる場所に着くと、7年間を過ごす寮を決めるべく、これから一人ずつ組分けの儀式が行われると説明された。

 寮はグリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。寮ごとに年間得点を競う制度があり、自分の行動次第で得点が増減したりする。つまるところ連帯責任。聞いた話を纏めると、概ねこんな感じだろう。

 

(あー……なるほど、ミスター・ノットの言う『偏見』云々ってこれに起因してる感じですかね。競争相手の所属がそのまま肩書きになって固定化されている、と……)

 

 それならば、確かに組分けが第一印象と結び付けられても不思議ではないなと今更ながら思った。でも勝手に人を四種に判断するのは些かどうかとも思うが。そんな私はさておき、周りは一体どんな儀式なのか不安そうに話していた。……幾らなんでも、流石に入学式でテストやら試練は無いと思いたい。

 

 準備が終わったらしく、戻ったらきたマクゴナガル先生に誘導されるがまま、私達は列になって大広間に通される。大広間の幻想的な光景に、思わず私も息を呑んだ。

 

「あれは吹き抜けじゃなくて、魔法で星空を映しているのよ」

 

 私から少し離れた位置からそう解説する声が聞こえた。多分、あの声はハーマイオニーだろう。

 上級生達が寮ごとに分かれて座っていて、ここから見ると見事にローブの色で四色に分かれている。そして更に前──教員席の手前に、椅子とオンボロと言いたくなる程度には随分と年季の入った三角帽子が置かれていた。もしやあれを組分けに使うのかと考えていた瞬間、帽子の切れ目が口みたいに開いて歌い出した。

 

 

「私はきれいじゃないけれど

 人は見かけによらぬもの

 私をしのぐ賢い帽子

 あるなら私は身を引こう

 山高帽子は真っ黒だ

 シルクハットはすらりと高い

 私はホグワーツ組分け帽子

 私は彼らの上をいく

 君の頭に隠れたものを

 組み分け帽子はお見通し

 かぶれば君に教えよう

 君が行くべき寮の名を

 

 グリフィンドールに行くならば

 勇気ある者が住まう寮

 勇猛果敢な騎士道で

 他とは違うグリフィンドール

 

 ハッフルパフに行くならば

 君は正しく忠実で

 忍耐強く真実で

 苦労を苦労と思わない

 

 古き賢きレイブンクロー

 君に意欲があるならば

 機知と学びの友人を

 ここで必ず得るだろう

 

 スリザリンではもしかして

 君はまことの友を得る

 どんな手段を使っても

 目的遂げる狡猾さ

 

 かぶってごらん!恐れずに!

 興奮せずに、お任せを!

 君を私の手にゆだね(私は手なんかないけれど)

 だって私は考える帽子!」

 

 

 在校生と先生方が拍手喝采をするのにつられて私達も拍手する。……ところで、スリザリンの狡猾って褒め言葉なんだろうか。せめて野心、いや野心も捉え方によっては少々アレだから、向上心が高いとか、臨機応変とか、もう少し別の言葉選びでも良かったのではと思わなくもないのだけど。

 

「アボット・ハンナ!」

 

 ABC順で最初の名前が呼ばれると、金髪の三つ編みの女の子が前に出てくる。彼女が帽子を被ってから、さほど時間が経たないうちに帽子が高らかに叫んだ。

 

「ハッフルパフ!」

 

 すぐにハッフルパフのテーブルから上級生達からの歓迎の拍手と歓声が沸き起こる。組分けを終えたアボット嬢は嬉しそうな笑顔でハッフルパフのテーブルへと向かっていった。

 

「バラード・レイモンド!」

 

 二番手はレイだった。そういえばレイは小学校ではずっと名前順の出席番号だと一番だったなと思い出す。かなり緊張した面持ちのレイが帽子を被ると、先程のアボット嬢の時とは違って帽子はすぐには叫ばなかった。随分と時間が掛かっている。体感で数分は経過しているし、在校生の方も少しざわつき始めている気がする。

 ややあって、漸く帽子はレイが入る寮を決めて叫んだ。

 

「グリフィンドール!」

 

 じっと固唾を飲んで待っていた先輩方のうち、今度はグリフィンドールのテーブルが爆発的な歓声を上げて、若干放心気味なレイを迎え入れて歓迎している。とりわけ女子生徒から熱烈歓迎受けているような気もしないでもないけど、あの王子様フェイスならそうなるだろうなと思う。

 レイ以降はそこまで時間をかける事もなく順調に組分けされていく。私は同級生の名前と顔を一致させようという試みを早々に諦めていたので、とりあえず見知った顔や名前が出てくるまでは何も考えず眺めるのに徹していた。

 

「フォーセット・アマンダ!」

 

「レイブンクロー!」

 

 さっきボートでも一緒だったフォーセット嬢はレイブンクローへと組分けされた。ハーマイオニーはレイと同じく時間をかけてからグリフィンドールへ。これまたボートで一緒だったネビル・ロングボトムも随分と長く座った末にグリフィンドールに決まった。

 ちなみに余談だけど、ロングボトム少年は余程緊張していたのか帽子を被ったまま席に行こうとしてしまい、大広間に爆笑の渦を巻き起こしていた。これまた大慌てで次の子に帽子を渡すと、彼は物凄く恥ずかしそうにしながら戻っていった。偶然にも隣の席だったレイが彼を慰めているのが見えたけど、案外彼は大物になるタイプかもしれないと直感で思った。特に根拠は無いが。

 組分けに掛かる時間は本当に個人差が激しいらしい。今しがた名前を呼ばれていた少年は帽子が触れるかどうかというタイミングで寮を宣言されていた。恐らく最速組分けの部類ではなかろうか。

 

 なんとなく思うのだが、スリザリンは他の三寮に比べて即決率が高い気がする。ついでに言えば、明らかに貴族出身っぽい生徒が多い気もする。そこから察するに、もしかしなくとも組分けにおいて一番比重の多い要素は家系なのかもしれない。まぁ、元の世界とて有名なパブリックスクールは良家出身の人が多いと聞くし、そういう伝統とか格式と言えばそれまでなんだろう。

 

「ノリス・マーガレット!」

 

 名前順がMまで来ていたから、そろそろかなと思っていたところで私が呼ばれた。帽子のある椅子まで歩くと、否応なしに上級生達の視線を感じずにはいられない。確かにこれは余程の強心臓じゃないと普通に緊張する。

 帽子を被せられると、頭の中に直接語りかける声が聞こえた。

 

『──フーム、これはなかなかに難しい。学問に対してとてつもなく強い意欲がある。公平な視点で物事を俯瞰出来る。迷わずに突き進む強さも、必要とあらば手段を選ばぬ機転も持ち合わせている。実に難しい。それに君はもしかして……いや、違うのか?』

 

「どなたかと勘違いしているのか存じ上げませんが、私はマーガレット・ノリスです。それ以上でもそれ以下でもありません」

 

『ふむ?まぁそれは良かろう。素直に君の適正に従うべきか、これから伸びるであろう可能性を鑑みるか。さて、どうしたものか』

 

「私に一番適正があるのはどこなのでしょうか?」

 

『適正という視点だけならば間違いなくレイブンクローであろう。そこならば君の有り余る程の探究心と知識欲を間違いなく満たせる筈だ。だが、同時にそれは自己満足で能力の幅を狭め、終わり無き命題に捕らわれてしまう恐れが否めないのも、また事実。選択次第で君は英雄にも偉人にもなれる可能性を秘めている。それでも知識を望むか?名声は望まないか?──君が一番望む物は何かね?』

 

「私は別に英雄にも偉人にもなりたくない。名声なんて端から興味無いので要りません。どうでもいいです。私が望むのは、好きな事を好きなだけ、心ゆくまで探求する事だけです」

 

「ならば迷う事はない──レイブンクロー!」

 

 頭上の帽子が高らかに宣言すると同時に、レイブンクローのテーブルから歓声と共に青色が沸き立った。思わずどぎまぎしながらテーブルの方へ向かうと、監督生のバッジを付けた女子生徒が出迎えてくれた。

 

「レイブンクローへようこそ。貴女を歓迎するわ!」

 

 

 自分の寮が決まった後は、さっきよりもかなり気楽な気分で他の人が組分けされていくのを眺めていられた。相変わらず組分けは人によって長さがまちまちだった。偶然にも私の次だったノット少年は流石に瞬殺決定ではなかったが、コンパートメントでも言っていた通り、ほぼ間髪入れずスリザリンに決まった。双子の少女達は二人ともたっぷり時間をかけて、グリフィンドールとレイブンクローの別々の寮に組分けされていた。途中、グリフィンドール席にいるレイと目が合ったから手を振っておいた。

 新たにレイブンクローへ組分けされたサリー-アン・パークスという少女が私の隣に座り、互いに軽く挨拶を交わしていた時、その名前は点呼された。

 

「ポッター・ハリー!」

 

 一瞬にして大広間は水を打った様に静まりかえった。そして何処からともなく囁く声が伝播していく。「あのハリー・ポッター?」「生き残った男の子?」「英雄の子が来た!」と、四寮関係無しにざわめきが波紋の如く広がっていくのを、私はどこか他人事の様に聞いていた。いや、正確には人の囁き声が頭に入って来なかった、と言うべきか。

 

 ()()()()()()()()()、何故かそんな気がした。

 

 癖毛の黒髪に、眼鏡をかけた痩せた少年。全く面識の無い顔の筈だ。それなのに、どうしてか遥か昔に何処かで会った事がある様な気がしてならなかった。

 そんな筈は無い。どうやら彼は有名人であるらしいから、きっとレイが読んでいた新聞辺りに顔写真付きの記事でもあって、それを偶然私も目にしていたとか、そういうオチに違いない。

 

「グリフィンドール!!」

 

 本日最大とも思える歓声が大広間に炸裂して、自動的に私の思考もシャットアウトされた。グリフィンドールの盛り上がり方が凄まじい。「ポッターを獲った!」とコールしてる先輩方(見間違いで無ければ、双子だった気がする)もいる位だし、やはり相当な有名人の様だが、生憎そういった分野は特に興味が無いのも相まって、組分けが終わる頃にはすっかり他人事のカテゴリーに分類されていたのだった。

 

 

 最後の一人がスリザリンに組分けされ、無事に全員の組分けが終わった。それを見届けた校長が立ち上がった。

 

「ホグワーツの新入生、おめでとう!歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせていただきたい。──そーれ!わっしょい!こらしょい!どっこらしょい!以上!」

 

 校長からの入学式の挨拶……挨拶?を終えると、晩餐のご馳走がテーブルに一気に現れる。そのラインナップの数々を見て、思わず顔が引き攣るのを自覚した。

 

(わぁ、芋と肉のオンパレードぉ……)

 

 由緒正しき英国料理の数々だから当然と言えば当然なのだが、とにかく芋、芋、芋、そしてそれをも上回る肉料理がずらっと並んでいる。完全に炭水化物と脂質の暴力と言っても差し支え無い。

 ……何を隠そう、私はハッキリ言って肉料理が余り好きではないのだ。肉料理というか、肉の脂身が好きじゃない。研究所では献立・調理担当の地位を存分に活用して、なるべく油っぽくならないメニューをチョイスし、更に自分の皿に入る肉を少なくしていた程度には苦手だ。なお、その好き嫌いがレイにバレて、有無を言わさぬ笑顔で皿にチキンをしこたま盛られたのも記憶に新しい。

 極力付け合わせの野菜をメインに確保しつつ、比較的許容範囲に含まれるシェパーズパイを控え目に分けていたら、向かい側の席から話かけられた。

 

「あなた、随分と少食なのね。もしかしてお肉がお嫌い?」

 

「えぇ、まぁそうですね。余り好きではないので、どちらかと言えば野菜を優先的に食べたいです。そういえばあなたは、確かボートで一緒に乗っていましたよね。確かお名前が──」

 

「アマンダ。アマンダ・フォーセット。あたしの事はアミーって呼んで貰えると嬉しい」

 

「私はマーガレット・ノリスと申します。家族からはメグという愛称で呼ばれています。よろしくお願いいたします、アミー」

 

「よろしくね、メグ。家族って事は、もしかして同じボートにいたグリフィンドールのイケメン君と親戚だったりするの?」

 

「レイの事ですか?彼なら限りなく家族に近い幼馴染です」

 

「なにそれ羨ましい!そんな素敵なロマン小説みたいな事が日常だなんて!宇宙の神秘と星の神話と同じぐらい魅力的よ!」

 

 おおっと、何やら分野こそ違えど私と同じタイプの予感がする。何より波長が合いそうだと直感で確信した。……後々、学校内外で名前を認知される「レイブンクローの変人協奏曲(クレイジーコンチェルト)」なる学問狂いのグループの、最初期メンバー(と勝手に設定された)二人のファーストコンタクトだった事を、私はまだ知る由も無かった。

 それぞれ先輩方や同寮生と親睦を深めている間に、食事はデザートに移り変わっていた。私はアミーと、隣席のサリーと共に一番最寄りの位置にいた二年生のマリエッタ先輩から授業のコツや注意点を聞いていた。マリエッタ先輩はクールそうな雰囲気に反してかなり世話好きのようで、後で要点を纏めたノートや教科書を見せてくれると言ってくれた。

 

 食事はメインからデザートへと移り変わる。嬉々として大皿からケーキをたくさん取り分ける子供達の例に漏れず、私も大好物のブラマンジェをここぞとばかりに取り分ける。肉料理は苦手だけど、甘いものは私も大好きだ。暫しデザートタイムを満喫していた後、全員の食事が終わった頃を見計らったのか、テーブルのお皿から料理が消えた。再び校長が立ち上がると、学校での禁則事項を簡潔に伝えていった。森への立ち入り禁止も含め、基本的には学校生活を送る上で当たり前の事だろう。そう思いつつ聞いていたら、最後の注意事項に思わず眉を潜めたくなった。

 

「とても痛い死に方をしたくない生徒は、決して四階の右側の廊下には入らないように」

 

(──は?)

 

 何で学校にそんな命の危機がある場所があるんだ、というよりもその説明では余りにも釣り針が大きすぎるだろう等々、諸々を叫びたくなったのを辛うじて飲み込む。ちょっと子供の好奇心と行動力と残虐性を甘く見過ぎだろう。

 急激に不安を感じて、ちらっと周りを見渡すとアミーを含め、少なくとも近くのレイブンクロー生は私と似たり寄ったりの表情をしていた。……良かった、少なくとも変な冒険心で危険な事をする人は今のところいなさそうだ。

 

 そう思って少し浮上した私は、校歌を歌うという時に先程とは違う理由でドン底へと叩き落とされた。

 まさかの指定メロディ無し、各々勝手に歌え。即ち、音響兵器。

 とんでもない不協和音の騒音に、私は当然悶絶した。生徒の半分と先生方の大多数の目が死んでる。地獄の聴覚破壊兵器は超スローテンポの葬送行進曲で歌っていた人達が終わるまで続いた。

 

 私は心の底から思った。──何なんだ、この学校はっ!!




メグがレイブンクロー、レイがグリフィンドールに決まりました。つまり原作イベントの事件がメグにも飛び火する可能性が大幅に跳ね上がった瞬間をお知らせします!

【キャラ紹介】

アマンダ・フォーセット
原作では飛行術の授業の時に名指しで挨拶されていた子。映画版では何故か獅子と蛇の合同授業にも関わらず、一人だけ混ざっていたレイブンクロー生。丁度良く名前不明の「ミス・フォーセット」というレイブンクロー生がいたので、そのまま彼女の名字という設定にしています。

サリー-アン・パークス
原作では組分けの時に名前だけ登場していた、所属寮が不明の子。
ハリーと同学年のレイブンクロー女子はパドマ以外描写されてないうえ、名前が判明している子が少ないので、勝手にレイブンクローに入れました。


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時は金なり学べよ乙女

 レイブンクロー寮に案内された私が最初に抱いた印象は「快適に勉強と日常を両立出来そう」だった。

 

 西塔の螺旋階段を登った先にはブロンズ製のノッカーがあり、ノックして出題された問題を解いて中に入る仕組みだそうだ。特殊な識別認証とかパスワードじゃなくて謎解きが鍵代わりというのは、流石は学問の寮ならではと言ったところだろう。どうやら魔法使いというものは理論や理屈をスッ飛ばして考える嫌いがあるそうで、単純な仕組みにも関わらず部外者を遠ざけ続けているとのこと。

 

「種が無い葡萄はある?」

 

「実を付ける前、花ならば種は無い」

 

 監督生が目の前で実演してくれる。解けるかどうかはさておき、中に入る為のシステムは理解した。ところで、種無し葡萄自体はジベレリン処理で作れるのだけど、果たしてあの鷲のノッカーはそう回答した場合、正解判定してくれるのだろうか。

 

 中に入った先に広がっていたのは円形の談話室だった。絶景を拝めるアーチ型の窓、青とブロンズ色のシルクの壁掛けカーテン、そして星が描かれたドーム型の天井と濃紺の絨毯。談話室の中にはテーブルや椅子、本棚という勉強に必須アイテムと、創設者の一人であるロウェナ・レイブンクローの大理石象が建っている。聖堂とも図書館とも思える内装の、爽やかでありながら落ち着いた雰囲気のこの寮を私は一目で気に入った。

 監督生のロバート・ヒリアード先輩が言うには、レイブンクローは個性的な人が多く、中には変人と呼ぶ人もいるみたいだが天才と変人は紙一重、全員ここでは好きな物を着て、好きな事を信じて、思った事を話す権利があると考えてる、との事だ。

 

「僕らは我が道を行く生徒を嫌ったりしない、むしろ評価しているんだ。──ホグワーツで最も賢くて、奇抜で、面白い寮の一員によくぞなってくれた!」

 

 うん、今まで説明を聞いただけでもレイブンクローが好きな事を好きなだけ、心ゆくまで探求出来る場所なのは間違いなさそうだ!

 

 寮の部屋は歓迎会で親しくなっていたアミーとサリーが同室だった。同じ波長を感じていたアミーは勿論、改めて挨拶してすぐにサリーとも授業のコツ講座を聞いて時より打ち解けられた。二人とも魔法界で暮らしていたそうで、私がマグルの世界で育ったと聞くや否や興味津々に目を輝かせていた。

 特に自己紹介もそこそこに宇宙の神秘への愛を熱烈に語っていたアミーは、マグルの学問に地学や宇宙科学、果てには多元宇宙論といった高度な専門学問があると聞いて、是非とも本を読んでみたいとテンションを突き抜けさせていた。私は私で、アミーのお父様が癒者(魔法版の医者に相当する職業らしい)で大病院に努めていらっしゃる関係で自宅に薬学に関する論文や書物が掃いて捨てる程あると聞いた瞬間に文字通り飛び付いたので、反応としては似たり寄ったりだと思う。

 

 ちなみに、私達がハイテンションで好きな分野をエキサイトしながら話すのを見て驚いていたサリーだが、まだそこまで熱狂出来る物が無いなんて言いつつ、「恋い焦がれる様な学問に出会いたい」と恋バナにでも興じる口調で言っていた辺り、高確率で私達と同類の素質があると見た。早くサリーとも推し語り(科目トーク)がしたい。

 

 

 ホグワーツ城の名物(?)である、142もの階段の数々。動くのは当たり前、一段消えたり、行き先週替わり、果てにはどこに繋がっているのかすら謎なものエトセトラと、とにかく大小様々なギミックがてんこ盛りなのが特徴だ。そして驚くべき事に、特盛ギミックの洗礼は階段だけではなく扉やら何やらも同様という、凄まじき徹底っぷりである。ぶっちゃけた本音を申し上げると、学校として何のためにその機能を搭載したのかと思わない事もない。

 まぁ何が言いたいかというとアドベンチャー過ぎて教室が遠い。インドア派にはキツイのなんの……

 私達にとって幸いなのは、初日に監督生から配布された通称「鷲の目」こと「ホグワーツ移動階段・廊下一覧表」なるプリントのおかげで、今のところは迷子にならずに済んでいる事だ。なんでもこの超ありがたい一覧表、歴代の先輩方が階段の移動先やギミック、扉の特徴、紛らわしい廊下、抜け道、隠れ道等々を見つけては記録し、統計を取って纏めたデータなのだとか。それを後輩達が引き継いで加筆訂正し続けているそうな。

 

 

 この一週間で色々な授業を受けた。まだ受けていない科目もあるが、早くも私の得手不得手がハッキリと現れた。

 

 まずは妖精の魔法。呪文学の入門に相当する科目で、恐らく一般人が想像するであろう「魔法」のイメージそのものの内容だった。まずは杖を振る前段階の下準備といった感じだったけど、我らが寮監のフリットウィック先生の説明が非常に分かりやすくて純粋に楽しい授業だと感じた。呪文を覚えられるかが心配ではあるけど、そこは興味が成せる技でなんとかなる気がする。

 

 魔法史。これは無理。絶対無理。確実に試験で発狂する。無理。暗記科目は敵。無理。真面目に受けるとか以前に無理……!!

 

 変身術。一番難しい科目の一つという評判通り、確かに難しい。けれどもしっかりとした理論から入る授業である分、私としてはかなり取っ付き易かった。理論を一通り版書した後、その理論を使ってマッチを針に変えるように指示された。綺麗な針に変えられたのはテリー・ブートだけで、他の皆は銀色のマッチ棒やら何やらを量産させるに留めていた。かくいう私も体質の影響なのか、スケルトンなマッチ棒になってしまった。マクゴナガル先生は初めてで皆がこれだけ変化を出せたのは素晴らしいと仰っていたけど、折角ならもっと綺麗に成功させたい。後でテリーにコツを聞かねば。

 

 天文学。珍しい夜間授業という事で事前にコーヒーを胃に流し込んでおいたものの、副交感神経が全力で仕事するというか、授業中だと意識して緊張し続けないと既に全開で放出されているα波がそのままθ波やδ波に移行しそうだ。天然プラネタリウムのヒーリング効果が半端ない。電飾の存在しないホグワーツの天文台から見る星空は、向こうでは絶対に見えない等級の星まで見える。今まで地学系は興味の範疇外だったけど、一気に好きな科目になった。ちなみにアミーが始終興奮しっぱなしで、授業が終わってからも目を星の如く輝かせていたと補足しておく。

 

 闇の魔術に対する防衛術。ノーコメント。

 

 

 そして遂に来たる!魔法薬学の授業!!

 朝イチの授業なんてなんのその、私のテンションはとっくに突破させていた。同室のアミーとサリーは普通に「楽しそうね」という反応だったから良いものの、部屋割りの違うパドマやリサ達に何事かと驚かれて、マンディには熱でもあるのかと心配された。更には大広間で会ったレイにまで苦笑いされつつ「魔法薬学、楽しめると良いですね」と言われた。そんなに駄々漏れなんだろうか。

 

「今のメグに石化呪文かまして彫像にでもしたら、絶対に『楽しき学問』ってタイトルの如何にも学校らしい像になると思うの」

 

「サリー、真顔でなんて事言うんですか」

 

 とまぁ、こんな微笑ましい?会話をしつつ目指すは地下牢教室。歓迎会のご縁で何かとアドバイスをくれるマリエッタ先輩曰く、魔法薬学の先生はとんでもないスリザリン贔屓だから気を付けて……との事だけど、正直言って先生の人となりなんぞ全く興味が無いので、私の気分は上々だ。

 

 地下牢教室に一番乗りしたのを良い事に、私は堂々と最前列の真ん中を陣取って座る。私の隣にアミー、後ろにサリーが座った他、テリーやアンソニー、マイケルといった男子の一部も前列へ来ていた。他の皆はというと、教室の中央より少し前の辺りに集中して広がる青色、最後列付近からじわじわ前に進行してくる黄色という具合だ。レイブンクローもハッフルパフも授業前は至って真面目に待機しているので、余計な私語を挟まず、静かに行儀良く先生が来るのを待つ。私も髪をきっちりと束ねて準備万端だ。

 

 時間になると同時に入ってきたスネイプ先生を見て、先輩の誰かが「育ち過ぎた蝙蝠」と評していたのを思い出した。あの長ローブ、実験とかには不向きそうだけど大丈夫なんだろうとか考えてたら、出席を取り終わるや否や徐に表情を変えずに演説を始めた。

 

「このクラスでは魔法薬調合の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ」

 

 調合!科学!なんて素敵な言葉!

 

「このクラスでは杖を振り回すようなバカげたことはやらん。そこで、それでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。フツフツと沸く大釜、ユラユラと立ち上る湯気、人の血管をはいめぐる液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。吾輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である。──ただし、吾輩がこれまでに教えてきたウスノロたちより諸君がまだましであればの話だが」

 

 熱い期待を込めてガン見していたらスネイプ先生と目が合った。何故か一瞬だけギョッとされたけど、すぐに私の手元──インデックスや付箋を貼りまくり、書き込みのメモで分厚くなっている教科書に視線を向けた。その間、僅か1秒足らず。

 

「……どうやら、早くも高学年で習う内容まで読み込む程に熱心な者もいるらしい。それではミス・ノリス、お答え願おうか」

 

 おや、先生直々のご指名ときた。ワクワクする!

 

「アスフォデルの球根にニガヨモギを加えると何になる?」

 

「『生ける屍の水薬』という無色透明の強力な睡眠薬です。一般的な睡眠薬の類いとは違い、この水薬の最も多い使用用途は、激痛を伴う呪いや致命的な怪我の痛みによるショック死を防ぐ為の緊急投与ですが、その強過ぎる睡眠導入作用ゆえに用量用法を誤ると文字通り生ける屍──永遠に眠りから覚めなくなるとされています」

 

「ベゾアール石を見つけてこいと言われたら、どこを探す?」

 

「山羊の胃から探します。ベゾアール石は萎びた茶色の石で、古くから希少な万能解毒薬として使われていますが、安定して採取出来る山羊の種類、雌雄での違いといった部分は統計数が少なく、未だに解明されていません。一説に依ると、結石に間違われやすいのも解明が進まない一因と言われています。見付ける事さえ出来れば、動植物由来の毒薬はほぼ全て解毒可能です」

 

「モンクスフードとウルフスベーンとの違いは?」

 

「どちらも植物で、定義上はどちらも同じアコナイト……即ちトリカブトの事を指しています。ただ、近年は薬品の多様性によって供給が複雑化している関係で、便宜的にマグルの医薬品でも使われている減毒処理のされたものをモンクスフード、純粋な毒薬や脱狼薬といった毒性が優先されるものをウルフスベーンと呼び分ける専門家も増えつつあります」

 

「……最低限、自分の頭を使って教科書を読み込んでいるらしい。レイブンクローに1点」

 

 スリザリン以外には加点しないと噂の先生がレイブンクローへ加点した事に、思わずどよめきが広がった。そんな生徒達を一睨みしながらスネイプ先生は何事も無かったかの様に授業を進めていく。

 

「大方はミス・ノリスが回答した通りだ。補足するならば『生ける屍の水薬』には先程述べた二つの他に、カノコソウの根と催眠豆の汁が材料として必要となる。諸君に上級の魔法薬を調合するだけの腕があるならば、いずれは取り扱う内容だ。……今のをノートに書き取っているのが、前列の僅か数人足らずという時点でお察し申し上げるが」

 

 その言葉を聞いて、一斉に羽根ペンを動かして羊皮紙に書き込む音が広がる。私もメモだらけの教科書を開いて、自分の回答に瑕疵が無いか確認した。

 版書を終えた後は、実習でおできの治療薬の調合だった。やっぱり魔法薬学って私の知っている調薬というよりも料理だよなぁとは思いつつ、問題なく鍋をかき混ぜる。私とアミーのペアは何事もなく完成して提出まで漕ぎ着けたが、どこかのペアが火から降ろす前の鍋にヤマアラシの針を入れかけたとかで、スネイプ先生に滅茶苦茶怒られていた。怒声に縮こまっているのが見えたけど、うん、それは普通に怒られるやつだ。やるなって言われる物事には理由があるのだし、万が一鍋が爆発したら洒落にならないもの。寸止めの未遂で済んで何より。

 

 

 そんなこんなで所々でハプニングはあれど、私にとっては初回の魔法薬学の授業は非常に大満足だった。個人的には物質の変化の法則とか原理とか理論が気になるから、放課後にでもセルフ検定した内容の確認と一緒に質問しに行こうかしら、とか思いながらアミー達とレイブンクローの集団に混じって教室を退出しようとしていた時だった。

 

「ミス・ノリスは少し残りたまえ」

 

「え?はい。……すみません、アミー達は先に戻っていて下さい」

 

 アミーやサリーは「あたし達も廊下で待っていようか?」と心配そうに言ってくれたけど、友達を廊下でずっと待たせてしまうのも申し訳ないから行ってもらった。それにしても、何か呼び止められる様な事をしただろうか。私自身は全く心当たり無いが。

 皆が退出した後の地下牢教室はいやに静かで、どことなく寒々しい雰囲気を感じさせた。無表情のスネイプ先生からは考えが全く読めそうにない。

 

「君が使っている教科書について訊きたい事があって呼び止めた。ごく最近の論文に書かれていた内容まで含め、随分と事細かに書き込みがされてある様だが、ミス・ノリス、これらを全て君が調べて書き込んだのかね?」

 

「はい。もともと薬学分野に一番興味があったのと、教科書がほぼ数十年間改定されていないのを見て、失礼ながら絶対に最新情報とズレがあるだろうと思いまして。ちょうど今日が魔法薬学の初回授業だったので、放課後に調べた内容が合っているか確認して頂きたいと考えていた所でした」

 

「何故、情報がズレていると判断した?」

 

「進歩し続けない限り、後退しているのと同義だからです。特にこの分野は、生命が進化し続ける以上は決して止まらないものです。少なくとも50年以上も停滞する事はあり得ません」

 

「……良いだろう。教科書を出したまえ。真に最新の情報か、内容に間違いが無いか検定してやろう。明日の放課後、薬学準備室に来たまえ。それから……正直、それだけのやる気がある者を授業のみで燻らせるのは些か勿体ない。お望みなら実地で特別課題を出して差し上げるが、如何かね?」

 

「……!!是非、是非とも宜しくお願いいたしますっ!!」

 

 これは寧ろ私からお願いしたい事だ。授業だけでも興味深いが、それ以上の内容まで踏み込めるなんて夢みたいな話だ!

 一気に限界値までテンションを跳ね上げ、満面の笑顔でウキウキしている私を見て、スネイプ先生が微妙に表情を引き攣らせている。複雑な表情にも、ドン引きしている様にも見えたけど、物質の浪漫に心を踊らせている私は全く気にする事なく、単純に喜んでいたのだった。




メグさんお待ちかねの魔法薬学の授業回。あのスネイプ先生すらも若干ドン引きさせていますが、彼女の場合まだまだ序の口です。
ちなみに、教科書外の部分は全て妄想ですので悪しからず。

「進歩し続けない限り~」の所は、かの有名なナイチンゲール女史の言葉より引用。絶対にこの台詞は言わせたかった。

【キャラ紹介】

ロバート・ヒリアード
ポッターモアで出てくるレイブンクローの監督生。
この作品内でも監督生の代表として彼に挨拶をしてもらいました。ああいった場を纏める立場=最上級生と解釈しています。

マリエッタ・エッジコム
原作では正直「密告者」のイメージが強過ぎる一学年上の先輩。
でもポッターポータルとかで細かい人物象を見たところ、恋愛関係でチョウが孤立しかけた時にずっと見捨てないで側にいたらしく、普通に友好関係築いた相手にはそこそこ面倒見が良さそうな感じの子だったので、その解釈で彼女を所々で登場させています。


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大鍋ティータイム

「えぇ、あの先生から得点?しかも追加で講習?天変地異の前触れか何かじゃないでしょうね」

 

 私達の最近の日課になりつつある、先輩達を交えて繰り広げている談話室での夕食後のガールズトーク。その最中で今日の魔法薬学での顛末を聞き、思わずといった感じで述べたマリエッタ先輩からの第一声である。

 

「もう、マリエッタったら。ここは素直にマーガレットが得点を獲得した事を喜ばなきゃ」

 

 そう言ってふんわりと微笑むのはチョウ先輩。マリエッタ先輩と同じく二年生で、東洋系特有の艶やかな黒髪が眩しい先輩だ。パドマもだけどレイブンクローってエキゾチックな美人さんが多い気がするのだけど、気のせいだろうか。

 

「それもそうね。その講習って明日の放課後だっけ?流石に6年生以上の内容を新入生相手にはやらないとは思うけど、あの人はかなり容赦無いのは全学年の共通見解だから、念の為に上級の教科書を軽く眺めておいた方が良いかもしれないわ。理解云々よりも事前知識としてね。談話室の本棚にも確か入っていたはずよ」

 

「上級の教科書ですか。ありがとうございます、予習がてら読んでみます!ちょうど明日の授業は薬草学と飛行術なので、予習は実質一科目ですし」

 

「飛行術!いよいよ箒デビューなのね!とっても楽しいわよ!」

 

 飛行術というワードに花の様な笑顔を浮かべたチョウ先輩が、箒の魅力と乗り方のコツを伝授してくれる。私達も真剣に聞いたり、メモを取ったりして明日の訓練でどういう風に飛んだら良いのかというイメージトレーニングに励む。そんな中、そういえばと前置きしながらリサが小さく呟いた。

 

「……アマンダ、明日大丈夫かな」

 

「あー……アミー、お腹痛いって言って、ペネロピー先輩に医務室に連れていってもらってましたものね。今日の明日で、回復していれば良いんですけど」

 

「さっきの様子じゃ座学はともかく、外で動き回るのはキツそうな気がするわ……」

 

 その呟きに触発されてみんな心配そうに話す。体調の事は勿論だけど、普通の座学と違って実習系の科目は、欠席するとその分の穴埋めが難しい。そこも踏まえて心配なのだ。

 当然、私達のその辺りの心配を先輩達も見抜いていて、少し難しい表情で考えてから顔を見合わせる。

 

「確か、飛行術の最初の数回は欠席しても振替出来る様に時間割を組んでいるんじゃなかったかしら?一年生だけの授業だから、万が一欠席しても日数を補える仕組みって聞いた事あるけど……」

 

「そうね。とりあえず授業自体は欠席してもどうとでもなるわね。……ま、あなた達がハッフルパフと合同って時点で、正規の日程で受けないと面倒なのは間違いないでしょうけど。少なくとも、私は残りの組み合わせに混ざるなんて絶対嫌だわ」

 

「マリエッタ、言い方」

 

「事実だもの。とにかく明日までに元気になるのが一番って話よ。早く治ると良いんだけど」

 

 

 残念ながらアミーは本調子と言えるまで治癒しなかった為に、医務室のマダム・ポンフリーからもう一日入院を言い渡され、自動的に今日の授業全ての欠席が決まってしまった。

 朝食後にサリー達と一緒にアミーのお見舞いに行ったら、それはもう物凄い形相で欠席せざるを得ない事を嘆いていた。レイブンクロー生は基本的に根っからの真面目な学問好きが多い。授業に出られない嘆きは良く分かる。戻ってきたら、薬草学の補習やレポートに付き合うと約束してから私達は医務室を後にした。

 

 さて、そうして迎えた一時限目の薬草学。スプラウト先生に「今日の作業は二人組でやります」と言われて、少し困ってしまった。何せ、いつもペアでの作業は全てアミーと組んでいたのだ。しかも、レイブンクローは欠席一名で人数が奇数、合同でやっているスリザリンは欠席無しだが奇数だったかどうか……いや、それ以前に雰囲気的に組んでくれる気がしない。先入観は良くないが、身内以外は拒否されそうな空気へ割って入る勇気なんぞ残念ながら持ち合わせてはいない。ハードルが高過ぎる。そんな私の状況を察したパドマとサリーが一緒にやろうと言ってくれたので、先生に事情を説明して三人でやらせて貰おうと考えた時だった。

 

「奇数で余っているなら、組んでくれないか」

 

 すらっとした長身の男子生徒。ネクタイとローブの色は緑色。まさかの申し出の相手に、私は目を丸くした。

 

 

 各方位、とりわけスリザリン側からの視線を感じつつ、ペアを組んでくれたノット少年と共に特に会話も無く黙々と作業を続ける。かなり真面目に予習をしていたらしく、最低限の確認だけでスムーズかつスピーディーに工程を進んでいく。私としては大変にやり易くてありがたいが、なにゆえと思わなくもない。流石に郷に入れば郷に従え、この一週間で魔法界のお家柄事情とか暗黙の了解というものは何となく把握した。当然、目の前の彼の家がどういう立場なのかも、一応ながら理解はしたつもりだ。まぁ、本人が気にしないのなら別に私は全く構わないのだけど。そんな事を内心で思っていたら、特に目線を上げる訳でもなく、ノット少年がボソッと発した言葉に、思わず首を傾げたくなった。

 

「ノリスがまともに授業を受けるタイプで助かった」

 

「まともにって……そりゃあ、予習復習を最低限やった上で真面目に授業を受けるのは当たり前の事でしょう?」

 

「……アンタはアレ見てもそう言えるか?」

 

「?……あー、なるほど。お察し申し上げます……」

 

 すいっと彼が視線を向けた方を見て、察した。

 真面目にやっている子も勿論それなりにはいるが、そうじゃない子が色々とヤバい。恐らく入学前に家庭教師でも雇っていたのであろう、余裕ぶっこいで私語(というか自慢話)に興じてるお坊ちゃんと、目をハートにしながらうっとりと聴き惚れている恋する乙女。更には全く先生の話を聞いていなかったのか、石像の如く固まって微動だにしない二人組。この辺りは特に混沌としていてヤバい。

 

「いくら同寮生相手だろうと、授業中に自慢話の首振り係は真っ平御免だ。介護職員なんてもっとやってられるか。だったら、真面目そうなレイブンクローの誰かと組んだ方が遥かに集中出来る」

 

「授業は自分の学習最優先が一番かと。まぁ、ミスター・ノットが気にしないなら、誰と組もうが自由だと思いますよ?」

 

「その辺りはやろうと思えばどうとでも取り繕える。……それに、ノリスは完全な純血ではないにしろ、かなり近い部類だしな」

 

「……?ごめんなさい、最後の方なんて言いました?」

 

「いや、何でもない。ただ、なんだ……敬称付きで呼ばれると俺じゃなくて父上が呼ばれているみたいで落ち着かないとは思った」

 

「うーん、流石に歴史ある旧家の名前を軽々しく呼び捨てにする度胸は無いですねぇ……」

 

「へぇ、意外。アンタは他人には我関せずかと思ってた」

 

「まぁそれはそうなんですが。でも、これでも私なりに場の空気は読んでいるつもりなので、後が怖いのは憚られるといいますか。下手に睨まれるのは面倒なので回避したいんですよ」

 

 私はそう言ってから少し考える。本人に了承を取れば良いだろうと脳内で結論を弾き出す。

 

「一対一で話す時はお名前で呼んでも良いですか?人前ではこれまで通りミスター・ノットと呼ぶと思いますが」

 

「……どうぞご自由に」

 

 そんなこんなで、コンパートメントでのご縁で知り合ったノット少年改めセオドールと何かと話す様になるのだった。ちなみに、私達が小声で会話している間も手を止める事なく作業は続けていて、きっちり時間内に終えたというのも付け加えておこう。

 

 

 薬草学を終えれば、みんなお待ちかねの飛行術……なのだが。正直なところ、私からすると特に言及する事が無い。確かに飛んでみて風が気持ち良いと思ったけど、根本的に私はインドア派なのだ。その時点で察して欲しい。自分が飛ぶんじゃなくて、第三者が空想的に見る──そう例えば、ジャパニーズアニメのモップで空をひとっ飛びしている宅配屋の可愛い魔女さんとかに、ドキドキワクワクしながら憧れるぐらいが私には丁度良いのだ。

 

 周りも楽しそうにしつつ、一部の例外を除くと程々の高さで安全運転に興じているのがほとんどだから、授業としては実に平穏かつ平和だったと思う。

 数少ない例外といえば、なかなかに見事なアクロバット飛行を披露していたマイケルと、名前が分からないハッフルパフの男子ぐらいじゃないだろうか。時折、低空飛行組から歓声が上がっていた。

 あ、彼らとは違う意味で凄まじかったのはリサだった。同級生の中で一番物静かで大人しい彼女が、箒に乗った瞬間にトップギア飛行をし出したのには一同目を疑った。素人目で見てもコントロールは非常に上手いんだけど、寿命が割りと本気で縮む気分だった。

 

 ……もし万が一、箒での移動に留まらず、リサがマグル社会で車の免許でも取ろうってなった暁には、それはもう大変な事になりそうだと思ったのは、きっと私だけではない筈だ。

 

 

 無事に午前中の授業が終わって、いよいよ迎える放課後の時間。昨日と同じく足取り軽く、若干鞄を振りながら薬学準備室に向かっていたら、途中で意外な人物と鉢合わせた。

 

「……メグ?どうして此処に?」

 

「あら、レイ?偶然ですね。私はこれからスネイプ先生に教科書のセルフ改定の添削と追加講習をして頂く約束なんです。もしかしてレイも薬学準備室の方に行く途中だったりします?」

 

「えぇ。僕も服薬の件でスネイプ教授に用事がありまして」

 

 服薬と聞いて、思わず私は眉を寄せた。持病で身体が成長しにくい、というより薬を飲まないと成長が止まってしまう体質らしいレイが飲んでいる薬に関する事なのだろう。個人情報の関係もあって、ドクターがどういうレシピで調剤しているのか私は分からないけど、インスリンみたいな自己注射じゃない辺り、単なる成長剤ではないんだろうなと当たりは付けているが、何か不測の事態でもあったのだろうか。私の表情を見たレイにはそんな思考が筒抜けだったらしく、苦笑いしていた。

 

「別に体調不良とか、そういうものではないですよ。ただ、数日前に校医と先生方を交えて面談をしたんです。今は週単位でドクターが薬を処方して送って下さる手筈になっていますけど、学校でも薬は調合出来るから直接渡した方が良いのではないか、と」

 

「でもドクター処方の薬って私達にとってはお馴染みの有機化学を突き詰めた分野じゃないですか。学校でって事は魔法薬ですよね?成分的に再現出来るんですかね?」

 

「僕もそう思って、ドクターに了承を取った上で最初に薬の再現性を解析してもらっていたんです。で、ちょうどその結果を受け取りに行く途中だったってところですね。どうせ長年の治験生活ですから、この際効くなら新薬でも魔法薬でも有り難く飲みますよ」

 

 あっけらかんとした感じで言うけど、表情はいつもよりも硬い。そりゃあ、本人は慣れた様に治験って軽く言うものの色々と不安はあるだろう。せめて副作用が無いと良いのだけど……

 というか、魔法が日常に絡み初めてからレイはどことなく張り詰めている気がする。今彼に聞いても高確率ではぐらかされるのだろうけど……私だって心配なんだよ、と言いたい。

 

 レイと共に準備室に入ると先生が一瞬だけ怪訝な表情をしたが、すぐに私には待機するよう指示を出した。そして、最初にレイを呼んで要件を話しているらしい。らしい、というのは教室の奥の方とはいえ同じ室内で全く会話が聞こえないから。恐らくは何らかの防音魔法でも使ったのだろう。紙を見ながら何点か確認をした後、レイは一礼して準備室から去っていった。

 

 先生は杖を一振りすると教室に音が戻る。そして、待っていた私の方へと向き直って、私の教科書を音もなく取り出す。

 

「さて、ミス・ノリス。少々遅くなったが追加講習を始める。まず君が調べた教科書の情報だが──」

 

 間髪入れずに講習が始まるや否や、スネイプ先生はほぼノンブレスかと思うペースで昨日提出した教科書の正誤、最新情報の追加、補則事項を述べ始めた。私も一言一句聞き漏らすまいと、速筆でメモを取っていく。これは付箋でやっておいて正解だったかもしれない。直接書き込んでいたら、教科書がカオスな惨状になるだろうと思う程度には情報量が多い。後でノートにも纏めねば。

 

「──とまぁ、概ねこんな所だろう。新入生でここまで調べ上げたというのは、純粋に評価して良いだろう。余程薬学分野がお好きなようですな」

 

 先生の言葉を真剣に聞いていたら目が合った。けれども、すぐに視線を反らされる。そこに複雑な心情が混ざっていた様にも感じたけど、余りにも一瞬の出来事だから分からない。

 

「ところで純粋な疑問なのだが……全体的に細かく調べてあるが中でも、とりわけ毒薬に関連する内容が一層細かく、丁寧に纏めてある様に見受けられるのだが。よもや興味でもあるのかね?」

 

「はい。薬学の中でも、その辺りは浪漫の真髄ですので!」

 

 ……言った刹那、先生が物凄い形相を浮かべた。あ、やっちまったと内心で焦る。今の発言だけ聞いたら完全に私はアブナイ人認定されること間違いなしだ。流石に危険人物判定されるのは困るので、速やかに誤解を解かねば。

 

「あの、念のために申し上げておきますと、あくまで学問の一環として興味があるだけで、別に毒薬を使いたいという願望は一切無いという事だけは強調させて下さい」

 

「……その願望があるなんぞ言おうものなら、我輩は君への認識を早急に改めねばなるまいだろう」

 

「魔法薬学にも当てはまるか分かりませんが、マグルの医薬品と呼ばれる類いのものは基本的にどれも薬と毒が紙一重なんです。というよりも健康な人間が飲めばすべからく毒になります。けれども、正しい調合と指導の下、適切な用量用法を守って飲むならば、とても強力な薬に化ける……」

 

「………………」

 

「トリカブト、ジギタリス、ベラドンナ。それから鈴蘭、紫陽花、ウィスタリア。観賞するだけなら綺麗な花、雑に盛ればただの毒。ですが、厳密に調合した途端、危険な成分が素晴らしい効果を生み出す原料へと変わるんです。確かに扱いには細心の注意を要するものばかりですけれど、素材の特性を生かすも殺すも私達次第。一匙の工夫で数多の命を救う特効薬さえも作れる可能性を持ち合わせているのに、有毒であるという一面だけで危険だと決め付け、挙げ句に排除するなんて、愚の骨頂だと思いませんか?──私はそこに薬の可能性と浪漫を見出だしている、それだけです」

 

 トリカブトは流石に毒性が強過ぎるかもしれませんが、ジギタリスとベラドンナは華麗なる生薬の筆頭だと思うんですよねぇ、とうっとりしながら言ったら、スネイプ先生に盛大なため息をつかれた。心なしか疲れた様に天を仰いでいる。まぁ呆れてはいるみたいだけど、危険人物疑惑への誤解は解いて頂けたようだ。

 

「ミス・ノリスの言わんとしてる事は理解した。だが!くれぐれも、くれぐれも!今の毒が浪漫云々は、絶対に他言しないように。一歩間違えたら、闇の魔法に傾倒していると見なされかねん」

 

「はい。肝に命じて気を付けます」

 

「……ハァ。それだけ熱い想いで学んでいるのであれば、当然今日の講習の分もさぞかし力を入れて予習してきたのでしょうな?残念ながら毒薬の原料は用意しておらんが、『安らぎの水薬』と呼ばれる薬の材料が此処にある。完成させる為には材料を正確な分量で計り、正確な順序で大鍋に入れねばならんが、上級生でも間違えて失敗する者が多い。当然、一年生が取り扱う範囲ではない。心して取り組みたまえ」

 

「はい!」

 

 調合方法の書かれた紙を見て、私は腕捲りをする。キッチンで料理を煮込んでいる時とは違う高揚感、実験室でフラスコを振って反応を見る時の緊張感がアドレナリンとして私の体内を駆け抜ける。──さぁ、楽しく大鍋をかき混ぜるとしましょう!




薬学ガールは毒薬がお好き(誤解)
メグの思考は聞く人によっては一発アウトかもしれない。スネイプ先生だから少し呆れただけで済みました。

さて、今は寮の関係で原作組と全く接点無しの主人公ですが、そろそろイベントが発生する時期が迫ってきています。伏線を仕込むのは楽しいけれど、綺麗に回収出来るかちょっと心配。


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トリック・アンド・トラブル

「……アミー、生きてます?大丈夫ですか?」

 

「………………」

 

「返事がない。ただの屍になっていらっしゃる」

 

 こんなふざけた会話を繰り広げる本日の大広間。昼食の為に自習を切り上げた私は、先日欠席していた飛行術の振替授業に出るアミーと終わり次第合流する約束をしていた。で、約束通りの時間に行ったら、先に到着していたアミーが精魂尽き果てた状態でテーブルに突っ伏していたという訳だ。

 

「信じらんないし、あり得ない。無理無理、ギスギスなんて可愛いものじゃない。あたし、あの空気の中なら3日もしない内に胃に穴あく自信あるわよ……。何でグリフィンドールもスリザリンも平然として喧嘩に勤しめるのかなあ!実は宇宙人なんじゃないの」

 

「……そんなに大変だったんですか、今日の振替授業」

 

「もう二度とイヤよ!先生方も何であの組み合わせを容認してるのか理解に苦しむわ。言っちゃ悪いけど、入学してまだ一週間ちょっとしか経っていないのにあそこまで雰囲気拗れるなら、もう最初から接点無くすべきじゃないのってレベル」

 

「うわぁ……」

 

 先輩も獅子と蛇の組み合わせには混ざりたくないって言っていたけど、それは酷い。仮にも教育機関として良いのか。というか私の印象ではスリザリンが他と断絶気味に感じているのだけど、それも長年の慣習とか何とかで放っておいてる様に思えてならない。

 早々に学校の闇深案件の一端を垣間見てげんなりしていた私に、まだ突っ伏していたアミーが爆弾を投下した。

 

「そういえば、さっきの飛行術。メグの幼馴染のイケメン君、怪我してたよ。重症では無さそうだけど、一応お見舞い行ったら?」

 

「は!?えええ、怪我!?」

 

「何かね、仲良いお友達がパニックになってトルネード大回転からのダイナミックなアクロバットフリーフォールを敢行しちゃって、それを咄嗟に助けようとした彼が腕を怪我したってところ。見た感じ、関節やっちゃったみたいね。左肘の辺り押さえてたから。で、二人纏めてそのまま直行で医務室送りになってたの」

 

「左腕……って、そのお友達も含めて、どう考えてもかなりの大惨事じゃないですか!?」

 

「まぁね……。あ、でもお友達を空中でキャッチする姿は滅茶苦茶カッコよかったよ。その後のポッターインパクトで忘れられてる感あるけど、あたしはミスター・バラードも十分に称賛されるべきだと思うんだけどなぁ」

 

「私は一体どこから突っ込むべきなのでしょう……!」

 

 訳が分からないわ、とつい叫びたくなった私はきっと悪くない。

 

 

 医務室に顔を出すと、ちょうどレイ達も簡易的な昼食を食べている最中だった。アミー曰くのトルネード大回転少年って誰だろうと思っていたら、ロングボトム少年の事だったらしい。

 ロングボトム少年と真っ正面から話すのは初めてだったけど、彼がとても温厚な性格の子だったのと、レイが仲介役となって私達それぞれを紹介してくれたのもあって、すぐに打ち解けた。私個人の感覚としては、ありがちな信用止まりではなく、真の友達として信頼関係を築けるタイプだなという印象だ。何と言うか、人に対して真摯に向き合う子だと見た。

 お互いに自己紹介して、名前で呼ぶ程度まで打ち解けると、私は医務室に訪れた本来の目的を訊く事にした。

 

「何だか二人とも、飛行術では色々と大変だったみたいですね……怪我は大丈夫なんですか?」

 

「僕は、レイモンドが助けてくれたから大丈夫。着地する時に転んじゃって、足を捻っちゃったけど……。でも、僕が箒を暴走させたせいでレイモンドまで怪我させちゃった……」

 

「随分と情報が早くありませんか?……いや、そういえばレイブンクローの方が一人振替で来ていましたね。僕としては、寧ろ彼女の精神的ダメージの方が心配ですよ。ほら……こっちの二寮はかなり独特な空気になるので……」

 

「その子、私と同室の友達なんですよ。まぁ見事にアミーは空気に当てられてグロッキー状態になっていましたけど、なんだかんだで元気なので大丈夫です。アミーは。──で、レイは?」

 

「……話を反らしたの、バレましたか」

 

 まぁでも、そろそろ潮時ですかね。そう小さく言いながらレイは私達の方に向き直った。そこで私も、レイが友人に腕の事を話していないかもしれないという可能性を失念していた事に気付いた。

 

「実を言いますと、怪我自体は大したこと無いんですよ。ただ──あー、ネビル、今からの話を他の方々にはまだ言わないで下さい。余り見せ物にしたくは無いので」

 

「う、うん。分かった」

 

「ありがとうございます。……早い話、僕は左腕が義手なんです。普段はマクゴガナル教授から頂いたグローブのおかげで普通の人と同じ様な見た目になっていますが、外すとこの通り」

 

「っ!!」

 

「さっきのも関節が外れた訳ではなく、うっかり自分が義手であるのを忘れて何も考えずに箒を握ろうと負荷を掛けた結果、留め具が壊れて軽く肉を抉ってしまったというのが顛末です」

 

 なんて事無い口調で外していたグローブと義手を並べてから、レイは人から見えない様に毛布で隠していた腕を出してみせる。そこにあるのは、肘の少し上辺りで途切れた腕だ。……本当にこればかりは何度見ても慣れない。初めて目の当たりにしたネビルに至っては、真っ青になって息を呑んでいた。

 軽く肉を抉っただけだなんて言うけど、全然軽い話じゃないし、聞いている方が痛みを想像してしまう。それに、良くも悪くも噂話が広まりやすい学校という閉鎖空間でも平穏でいられるよう、特殊なグローブでせっかく上手く隠して立ち回っていたのに、それを私が無神経にも友人の目の前で暴かせてしまった。

 

「レイ……ごめんなさい」

 

「どうしてメグが謝るんですか。遅かれ早かれ、どのみち説明しないといけない場面が来るんです。大勢の人が見てる所で腕が外れるだなんて大惨事になる前に、信頼出来る相手に前もって説明できたんですから、寧ろ、これで良かったぐらいです」

 

 怒るどころか穏やかに微笑む姿に、自然と罪悪感が軽減されていくのを感じる。常々思うが、レイは人を宥めるのがとても上手い。私と同い年の筈なのにまるでそんな気がしない。

 私以上に青ざめて固まっていたネビルはというと、我に返った途端に半泣きになっていた。

 

「僕も秘密を話させちゃってごめんね。今日の飛行術だけじゃなくて魔法薬学の時も散々迷惑をかけてるし、助けてもらってばかりだけど、レイモンドが困っている時は必ず力になれる様に頑張るね。僕じゃどこまで出来るか分からないけど……」

 

 その言葉に目を丸くしていたレイが、一拍置いてからさっきよりも小さく「ありがとう」と言って、軽く俯いた。

 

「……本当に、僕は人に恵まれているよ」

 

 表情は見えなかったけど、何となく今は、その言葉の意味にこれ以上踏み込んではいけない気がした。

 

 

 ところで、アミーがぽろっと言っていたポッターインパクトとやらが何の事なのか、翌日に案外あっさりと明らかになった。

 

 飛行術でとんでもない才覚を発揮し、クィディッチなる魔法界のスポーツの寮対抗チーム、それも唯一無二の花形(シーカー)ポジションに抜擢されたそうな。で、朝一番に早速ハリー・ポッターの元に競技用の箒が届けられたという。その辺りからはスリザリンの子が食ってかかったり、別のグリフィンドールの子が言い返したりという一連の騒々しい流れを私も見ている。正直かなり騒がしかった。他所でやってくれ、どうでもいいから朝食くらい落ち着いて食べさせろ、というのが私の感想だ。

 それはまぁ良いとして、本来は二年生以上が選抜テストを受けてチーム入りする所を一年生が選ばれるのは異例中の異例。という事で、当事者のグリフィンドールに留まらずレイブンクローでも少なからず話題になった。純粋に驚いていたり、控えめに称賛するといった反応も多かったけれど。

 

「──何あれ。ズルい」

 

 決して大きな声ではないけど、ハッキリと聞こえた。言い放った声の主はマンディだった。普段の生真面目で穏やかな彼女からは想像も付かない程、冷ややかな眼差しで大騒ぎの中心地を見据えていた。マンディと仲の良いリサも、どこか刺々しい視線を向ける。

 

「グリフィンドールだけ特別待遇?英雄だからって?完全に依怙贔屓も良いところじゃない。……レイブンクローだって、ちゃんと平等に選抜テストを設けていたら、とても上手かったマイケルは選ばれたかもしれないのに。不公平よ」

 

 マンディとリサだけじゃない。周りを見ればマリエッタ先輩や他の上級生達もだ。あそこに乗り込んだスリザリン生の様にあからさまに文句を言う人こそいなかったけど、少なくない数のレイブンクロー生が明らかに不満そうな表情を浮かべていたのも事実だった。

 直接その場に居合わせたアミーも「アレが選抜扱いなんだ……」と呆れていた。見ていないから何とも言えないけど、余程規則を強引に捻じ曲げたとみえる。

 

(年齢制限ガン無視かつ規定のテストをスッ飛ばしてのチーム抜擢。それも補欠スタートとかではなく、初っ端から重要らしいポジション。そもそも校則で一年生の箒持ち込みを禁止されているにも関わらず、特例扱いで学校側からプレゼント。しかも、よりによって全校生徒が揃っているであろう、朝の大広間で。……これ、擁護出来ない。マンディやリサ達の反応は当然ですよ)

 

 ……これを決定した先生方は、この決定を補講とか特別講習と同じ次元だとお思いなんだろうか。幾らなんでも校則まで捻じ曲げるなんてやり過ぎとしか思えない。

 件のハリー・ポッターが異様な「特別扱い」される程、普通に接していた人間も敵に変わってしまうというのに。先生方も随分と残酷な事をなさるものだ。

 

 

 私自身の学校生活は、早くも一部の教科(というか魔法史)が脱落寸前になっている以外は至って平穏かつ順風満帆だ。

 

 特に魔法薬学の追加講習では、少し前から上級の魔法薬調合を実践するだけではなく、新しい実験もやる様になっていた。とっても楽しい。材料の特性から組み合わせた場合の反応を予測し、実証実験を行う。結果を考察したら、また理論を組み立てる。以下、その繰り返し。この上なく楽しい。

 魔法薬は料理みたいだと思っていたが、訂正しよう。漢方薬の調合に限りなく近い。それでいて組み合わせと手順は無限大。可能性も無限大。楽しすぎて最高に気分が良い。そんなこんなで今日も薬学情報について纏めているマーガレット・ノートは順調にページ数を増やしています。最近はスネイプ先生も乗ってきているらしく、ノートに魔法を掛けて無限にページ追加及び並べ替えが出来る様に細工して下さった。使ってみた印象では、魔法版書き込み式ノートパソコンといった感じだと思われる。途中から先生自身の研究も多分に含まれている様で、初日の微妙なドン引き具合は何処へやら、存分にやれと言わんばかりに資料やら材料やらを提供して頂いている。超楽しくて笑いが止まらない。

 

 ただ、順調に進んでいない事もある。

 

 私の透明人間(インビジブル)については、どれだけ調べてみてもどうにもパッとしない。先天的な変身系能力、生来の目眩まし術使い、気配もろとも消える事から実は隠蔽魔法の系譜ではないかとの諸説あり──収穫はこんなものだ。

 そろそろ単独で調べるのも限界かもしれないが、「消える」という特性を考えると余りおおっぴらにはしたくない。

 

 そうやって充実した日々の中に、ある種の煮詰まりとジレンマを感じながら、10月31日──ハロウィンを迎えた。

 

 

「──何なんですか。私が何をしたっていうんですか」

 

 一人で文句を言いながら、粉だらけのローブとスカートを叩いてから濡らしたハンカチで拭き取っていく。盛大な独り言だけど、言わないとやってられない気分だ。

 

 何故私が小麦粉まぶしになっているのか。それは少し前に遡る。

 授業を終えて、大広間に向かう道中。朝から既にカボチャ料理の甘い香りが充満していたのと、学校での初めてのハロウィンというのが相まって、私達はいつになく浮かれていた。で、そのタイミングでポルターガイストのピーブズに狙い撃ちされた訳である。……悲しいかな、私は運動神経の無さが遺憾無く発揮された結果、かわせずに投げつけられた小麦粉の袋を頭から被ってしまったのだ。他の皆はちょっと被弾する程度で済んだのに!

 

 流石に全身真っ白という悲惨な姿で大広間には行きたくない。仕方ないから、アミーとサリーに私の分の料理の確保をお願いしつつ、身綺麗にすべく最寄りの女子トイレに立ち寄って現在に至る。

 

 漸くある程度まで小麦粉を落とし終えたところで、個室の奥から誰かがすすり泣いているのに気付いた。プライベートの面倒事に首は突っ込みたく無いが、万が一具合が悪くて泣いているとかの場合だと放置するのは不味い。声を掛けるべきか少し迷ってから、その個室の前まで行くと控えめに声を掛けた。

 

「……あの、大丈夫ですか。もし体調不良でしたら、先生をお呼びしましょうか……?」

 

 驚かせてしまったのか、さっきまでの大きな独り言に萎縮させてしまったのか、中にいる人は息を潜めてしまった。さてどうしたものかと考えあぐねていると、恐る恐るといった雰囲気で反応が返ってきた。

 

「……マーガレット?」

 

「えっ、ハーマイオニー?って本当に大丈夫ですか?かなり元気なさそうですよ」

 

「……あなたも、私のこと、悪夢みたいな奴だって思う……?」

 

「は?え、逆に聞きますが、私、ハーマイオニーにそんな風に思わせてしまう様な言動を取りましたか?だとしたら、今すぐに誤解を解きたいんですが……」

 

 慌てて事情を尋ねたら、ぽつりぽつりと今日の顛末を話してくれた。曰く、授業でペアになった子にお節介を焼いて、強めの口調で助言してしまったらしい。その結果、ただでさえ良好とは言い難かった雰囲気が最悪なまでに険悪となった挙げ句、聞こえよがしに悪口を言われてしまい、耐えられなくなって此処に逃げ込んで泣いていたのだという。

 さてどうしたものか、と再び内心で考える。レイみたいに上手く慰める言葉が言えたら良いのだけど、そこまで対人関係は得意じゃない。ええいままよ、私も言葉を選びつつ率直に話そうか。

 

「まず、私自身はハーマイオニーを友達だと思っています。それこそダイアゴン横丁のお買い物ツアーの時から、同じ学校に通う、初めての友達だと認識しています」

 

「………………」

 

「その、正直上手く言えないんですけど、言い方がキツかったとかそういうのは、少しずつ距離感を掴んで変えていけば良いんじゃないかと。その辺りは意識の持ち様で幾らでも変わります。その点は私が保証します。というより実証済みです」

 

「………………」

 

「だから……そんな風に言われたからって、友達の存在を全否定しないで下さい。私まで悲しくなってくるじゃないですか」

 

 ドア越しにどこまで私の言葉が届いているかは分からないけど、一旦言葉を切って待つ。やがて、小さくドアが開いてハーマイオニーが出てきた。目が赤いけど、表情から私の言いたい事が伝わっているみたいで安心する。

 とりあえず顔を洗ってから大広間に行きましょう、と言い掛けた私の言葉は、突如漂ってきた悪臭によって遮られた。

 

 咄嗟に入り口の方に視線を向けて、後悔した。

 

 入り口にいたのは数メートルの巨体に棍棒を持った怪物だった。どう考えても、学校に居て良いようなモノでは無い。完全に思考停止に陥っていた私はハーマイオニーの「トロール……!?」という呟きで我に返った。

 今日ほど惰性でやっていた小学校の避難訓練に感謝した事は無いかもしれない。次元こそ違えど、非常時に冷静さを失わずに安全確保に意識を向けられたのは大きい。

 悲鳴を上げかけたハーマイオニーを何とか落ち着かせ、のそのそと入ってきたトロールから死角になる位置の個室に飛び込む。ここからどのルートなら安全に外へ脱出可能か、それとも隠れてやり過ごすべきか急ピッチで思考を巡らせていたが。誰かが外からドアに鍵を掛けやがった。──おいコラ、ふざけんな!殺す気か!?

 思わず悪態をつきかけたが、それ以上に最悪な誤算が襲い掛かってきた。私はトロールの知性の低さを見誤っていたのだ。視界から獲物が消えれば、物音さえ立てなければ、余程の嗅覚や知性を持ち合わせていない限り一般的な猛獣と同様に諦めると思っていた。

 

 だから本当に予想外だった。まさか、捕食対象(わたしたち)を諦めるでも探すでもなく、闇雲に棍棒を振り回すだなんて!

 

 結果、どうなるか。個室も、洗面台も、滅茶苦茶に破壊されて大惨事だ。私達だってしゃがみこんでいなかったら木っ端微塵にされていたに違いない。

 流石にこれには私達も限界を迎えた。先に悲鳴を上げたのはどちらかは分からない。けれど、個室の残骸の側でへたりこんでいた私達のうち、運悪く最初にトロールに目を付けられてしまったのは私の方だった。振りかぶった棍棒が私に振り下ろされるのを、私はただ目を見開いたまま、動く事も出来ず、いやにスローモーションに感じながら見ていた。

 

「あ、ああ────」

 

 ──そして、床が粉々に砕け散る音が辺り一帯に轟いた。




ハロウィン回にして、本格的なトラブル発生です。続きます。
残念ながら主人公も避けては通れない運命だったようです。


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透明の定義

 すぐ間近の床が叩き壊された音に、ハーマイオニーは絶望感と恐怖を募らせた。ついさっきまでその場所にいたマーガレットがどうなってしまったのか、恐ろしくて確かめられなかった。目を瞑って蹲ったまま動けない自分は格好の的だろう。きっと次は自分の番なのだ。同じ様に棍棒が振り下ろされるに違いない。そう思って、いよいよ絶望した時だった。

 

「──アグアメンティ!!」

 

 

 絶対に死んだと思った。それも原型を留めないスプラッタな死に方をしたと私自身が思い込んでいた。何せ私の真下の床は粉々になっているのだから、普通に考えたら私は無残なミンチになっていても何らおかしくはない状況だろう。それこそ、私が()()()()()()()()()()床だけ破壊するというミラクルでも起きない限り。

 だから、我に返った時に無傷の五体満足だった事に気付いた時、逆に呆気に取られてしまった。一瞬、ゴーストにでも化けたかと思ったが、至って健康な生身の肉体だ。

 

(あ、あれ?私、生きてる……?というより貫通した……!?)

 

 何が起きたのか全く理解出来ていなかったが、茫然自失になっている場合じゃなかった。何故か私ではなくハーマイオニーの方が標的になってしまっている。ほとんど一か八か、前に教科書で見た事のある呪文をトロールに向かって叫んだ。

 どう見てもぺーぺーの一年生の魔法なぞ雀の涙にもならない抵抗だろうがやらないよりマシ、という感じで叩きつけた咄嗟の魔法だったが、運は私を見捨てなかったらしい。私の杖は買った時から水に対してやたらと親和性の高さを垣間見せていた。そんな中で一切コントロールするつもりもなく唱えた水の魔法。しかも今いる場所は、破壊された洗面台というか水道から水が溢れ続けている。

 その結果、何が起こったのか。とてもシンプルだ。

 

 圧倒的な水量で、物理的にぶん殴る。以上。

 

 たかが水、されど水。その質量と圧力を甘くみてはいけない。

 私の渾身の一撃は思いがけず水壁と化して、さながら石盤でも叩き付けるかの如く力任せにトロールの頭へとぶちかました。流石にそのまま一発ノックダウンとまではいかなかったものの、怯ませて私達から意識を反らさせるには十分だった。

 

「こっちに引き付けろ!」

 

「やーい!ウスノロ!」

 

 ちょうど良いタイミングで助けに来たと思われる男の子達が転がり込んで来た。二人が落ちている物を手当たり次第投げ付けている間に、もう一人が上手く死角を通って私達の方に駆け寄ってきた。

 

「二人とも無事ですか!?」

 

 レイの顔を見て思わず脱力して泣きそうになったけど、何とか堪える。ハーマイオニーも未だに真っ青だったものの、震えながら気丈に頷いていた。今の私達ではこれ以上の対抗はかえって危険なのは分かっていたから、とにかく物音を極力立てない様にしつつ脱出を試みるものの、膝が震えて上手く立てそうにない。

 そうこうしているうちに、トロール相手に時間稼ぎしていてくれた二人が奇跡的な立ち回りの後、見事にトロールをぶちのめした。決定打は浮遊呪文。全く思い付かなかった。

 飛び込んで来たのは、レイを含めてグリフィンドールの子達だったらしい。一人は名前が分からないけど、もう一人は日々噂に登場しているハリー・ポッターだった。

 

(初対面の筈なんですけど、やっぱり見覚えあるような……)

 

 私が首をひねって考える傍ら、各々が安堵の雰囲気に包まれていた。が、唐突にハーマイオニーはハッと私の方を見てパタパタと全身を確認し始めた。男性陣が若干呆気に取られているが、彼女は至って真剣そのものだ。

 

「マーガレット、あなた怪我は無いの!?さっき明らかに直撃していなかった!?」

 

 直撃と聞いて、周りも一気に青ざめた表情で私を見る。かくいう私は、奇跡の謎回避で無傷だ。

 

「いえ……勢いでも余ったのか、床を砕いただけで私は無傷ですので大丈夫です。何が起きたのか分かりませんが──」

 

 私の言葉は、血相を変えて猛然と飛び込んで来た先生方の登場によって、そのまま飲み込まれた。……トロールを見てへたり込んだクィレル先生はともかく、いや防衛術の先生がそれで良いのかという思いだが、何よりもマグゴナガル先生、スネイプ先生、両名の雰囲気が非常に恐ろしい。

 スネイプ先生は無言のままトロールの検分を始め、マクゴガナル先生が私達を険しい表情のままその場にいる全員を睥睨してから口を開いた。

 

「一体全体、あなた方はどういうつもりなんですか」

 

 冷静に激怒するとはきっとこの事に違いない。非常に怖い。

 

「殺されなかったのは運が良かった。ミス・ノリスが取り残されているとは確かに聞いていましたが、グリフィンドール寮にいるはずのあなた方まで、どうしてここにいるんです?」

 

 誰もが上手く言葉が出て来ない中、一番冷静だったレイが説明しようとした。けれども、それよりも早く口を開いたのはハーマイオニーだった。

 

「あの……先生。聞いてください。三人は私を探しに来たんです」

 

 男子二人組は絶句した様にハーマイオニーを見ていて、レイは事情を知っているのか静観の構えを見せた。だとしたら、同級生とのゴタゴタがあったらしいという事以外何も分かっていない私は余計な口出しをしない方が良いのかもしれない。

 

「私がトロールを探しに来たんです。本で読んでトロールのことはよく知っていたので、一人でも勝てると思って……。もし、三人が私を見つけてくれていなかったら、私は死んでいました。たまたまこの女子トイレに居合わせただけのマーガレットまで巻き込んでしまって……。結局私が震えている間にマーガレットが水を叩き付けて、ハリーがトロールの気を引いて、レイモンドが私達を庇ってくれて、ロンがトロールを気絶させてくれました」

 

 いやいや、私に関しては本当に不幸な事故みたいなものなのだから、グリフィンドールの方々はともかくわざわざ私の事まで責任を追う必要なんて無い。思わず口を挟もうとしたら、レイに目線で制された。釈然としないが、それで良いらしい。

 

「ミス・グレンジャー、何と愚かしいことを。ましてや自分のみならず、他人の身まで危険にさらすとは。グリフィンドールから十点減点です!あなたには失望しました」

 

 厳しい言葉にハーマイオニーは項垂れていた。

 本当にこれで良いんだろうかと思っていたら、私達を一通り見回したマクゴガナル先生は静かに話を続けた。

 

「あなた達は運が良かった。しかし、大人のトロールと対決できる一年生はそう居ません。グリフィンドールとレイブンクローにそれぞれ15点ずつ与えます。レイブンクローに関してはミス・ノリスだけではなく、友人が取り残されている事を教員と監督生へ真っ先に伝えてくれたミス・フォーセットとミス・パークスの的確な判断の分も一緒に加点しています。二人ともあなたの事をとても心配していました。戻ったら忘れずにお礼を言うのですよ」

 

「はい」

 

「全員怪我は無いですね?ミス・ノリス、レイブンクローの監督生達があなたを迎えに来て廊下で待機していますから、彼らと一緒に戻ると良いでしょう。グリフィンドールのあなた方も速やかに寮に戻りなさい。パーティーの続きを寮で行っています」

 

 どうやら、これで一件落着の運びとなったようだ。……本当に、誰一人として怪我せずに済んで良かった。

 

 

「助けてくれて、ありがとうございました」

 

 寮に戻る前にお礼を言わねばと一声掛けると、近くにいたポッター少年が私の方を振り向いた。こう間近で見ると、私と同じ緑色の瞳が印象的な子で、噂に聞くよりもずっと大人しそうだった。

 

「あ……君も、ハーマイオニーも怪我していなくて良かったよ」

 

 気を付けて戻ってね、という言葉に私も頷きつつ、皆さんもお気を付けてと返した。ハーマイオニーにも一声掛けようかと思ったけど、赤毛の男の子と何か真剣そうに話していたから、雰囲気的に今は良いと判断した。

 砕けた床を見つめていたレイが、私の方を物申したそうな視線を寄越す。言わんとしている事は概ね予想が付いた。うん、私もこれに関しては要相談案件だと思っている。

 

 廊下に出ると、七年生のロバート先輩と五年生のペネロピー先輩が待っていてくれた。二人とも私を見るや否やほっとした様に息をついていた。

 心配と迷惑を掛けた事を謝ると、ロバート先輩は無事で何よりと言いながら土埃で白っぽくなっていた私のローブを魔法で綺麗にしてくれて、ペネロピー先輩にはさっきのハーマイオニーと同じく怪我が無いか一頻り確認してから抱きしめられた。……途端に再び泣きそうになったのは内緒だ。

 寮に戻ると入り口でうろうろしていたアミーとサリーに飛び付かれる。助けを呼んでくれた事のお礼を言ったら、アミーに怒られ、サリーに泣かれた。ここに来て、辛うじて持ちこたえていた私の涙腺があっさり陥落したのは、完全に不可抗力である。

 

 

 トロール騒動、もといハロウィンの翌日。

 

 私はレイと図書室の人目に付きにくい席にて昨日の件について話していた。案の定というか予想通りと言うか、やっぱりレイはハーマイオニーの言っていた「直撃」という言葉と、見事に叩き割られた床から「貫通」疑惑に行き着いていた。

 単に見た目が透明になるのと、物質的に透明になるのでは、正直言って雲泥の差がある。

 

「……で、メグ。実際のところはどうなんですか?」

 

「多分、透明人間(インビジブル)を使った状態で、直撃する筈の棍棒が貫通した……と思います。というより、そうとしか思えないです」

 

「やっぱりその結論になりますよね……まさか透明人間(インビジブル)は透過能力も兼ねているんでしょうか」

 

「ただでさえ圧倒的な情報不足で暗礁に乗り上げているというか、煮詰まっているというのに、昨日の一件で透明人間(インビジブル)がどういう能力なのか、本格的に分からなくなってきました……。光学迷彩みたいなものだと思っていましたが、明らかにそんな簡単な能力ではなさそうな感じですよねぇ。安易に使って良いのかも怪しいような」

 

「とりあえず、『透明になる』という能力の定義や意味合いから考えてみましょう」

 

 そう言うと、レイは羊皮紙にサラサラっとメモを走り書きしていく。どうでも良いが、単なるメモでも抜かりなく達筆だ。しかも羽根ペンを普通に使いこなして、滑らかとは言い難い羊皮紙で流麗な文字を書けるのだから羨ましい限りだ。……私?余りにもペン先の脆さにストレスマッハだったから、潔く諦めて授業中以外は万年筆を使っていますが何か?イリジウム最高。ブラボー白金属。

 まぁ、そんな脱線したペン談義は置いておくとして。

 

 レイは簡単に透明化の本質とは何かという考察を纏めていた。簡単なメモも付いていて、言語化すると思いの外イメージしやすい。

 考え得るパターンとしては大まかに四つに分かれるようだ。

 

①隠蔽(目眩まし術、透明マントと同義)

②幻惑(マグルの応用光学に近い技術)

③透過(一時的に肉体を透過する素材に変えている)

④消滅

 

「……透明人間(インビジブル)を文字通り捉えるなら①の杖無しで使える目眩まし術なのかなと。もしくは②のパターン。マグルでも有りがちな光学トリック──光の反射、屈折、偏光を操作して『見えない』状態を作る能力っていうのも現実的だと思ってましたけど……」

 

「昨日ので完全にその二つは崩れたという事ですね……いくら目視不可能と言えども、そこに本体がある限り、魔法を受ければ効果が現れるし、物理的にも触れられますから」

 

「そうなると、肉体を霧にでも変化させていたり、とかですかね?空気中の水分子でカムフラージュしているって可能性はあると思います?そうなると私は一時的とはいえ、主成分不明の謎物質に変身しているって事になってしまうので、余り嬉しくないんですけど」

 

 うっかり脳裏で想像してしまったスライム状の生命体擬きに化けている自分のイメージを、可及的速やかに頭から追放する。それはちょっと、いや、かなり嫌過ぎる。

 レイは難しい表情で思案しつつ器用に羽根ペンを回していたが、ややあってから「その可能性も無い事はないか」と呟いた。

 

「まぁ、もしそのパターンだったら、どちらかと言えば君の考えている様なイメージではなく、守護霊に近い存在に変身しているのではないかと思いますが」

 

「守護霊?」

 

「難易度の高い上級魔法の一つです。術者の幸福な感情エネルギーから作り出される半透明で銀白色の存在で、闇の生物を追い払ったり、仲間へのメッセンジャーとして使ったりします。手順や性質こそ違えども、一時的に自我を持ったアストラル状態になっていると考えるならば、一応は棍棒が貫通した事への説明は付きます」

 

「……守護霊に関しては、感情エネルギーやらアストラルと言われても、いまいちピンと来ないので何とも言えないです。けど!私の気持ちとしては是非ともその説が正解であって欲しいです。流石にスライム人間になるのは嫌です!断固拒否です!」

 

 思わず拳を握って力説する私にレイは苦笑している。ちなみに言うまでも無いが、図書室内なのでちゃんと小声での力説だ。これでも私はルールとマナーはちゃんと守って然るべきという認識を持っていると、勝手に自負しているのである。

 ……本当は。私だって分かっている。最後の説を深く考えたくないが故に、わざとこの話題を引き伸ばそうとしているだけなのは、嫌という程に自覚していた。

 

(透明人間(インビジブル)がなんちゃって守護霊状態に変化する能力なら、それに越した事は無い。変身後の影響とかは不安ですけど、まだ安心して使えるでしょう。でも……でも、もし、透明人間(インビジブル)の本質が『消滅』だったとしたら──)

 

「……ですが、万が一自分を『消す』能力だった場合、僕がメグに使って欲しくない魔法の最上位の一つに透明人間(インビジブル)が加わりますね、間違いなく。自分を消すだなんて、一種の自殺行為だ」

 

「………………」

 

 私の表情から考えを察したらしいレイが、敢えて言葉にした。

 見えない存在になる。無になる。──消えてしまう。言葉にするとこんなにも恐ろしいだなんて、思ってもみなかった。

 

「……とりあえず、こうなって来ると僕達だけの秘密で調べて良い能力ではなくなってきたのは確かです。口の堅い、信頼の出来る先生にも頼りましょう。子供は大人を頼るのも仕事です」

 

 下手な慰めは言わないレイの言い回しに、私も少しだけ笑った。本当にレイはいざという時、私よりも遥かにしっかりしている。それを承知で、私もささやかな軽口を叩いた。

 

「レイだって私と同じ一年生でしょう?」

 

 それに対して、彼は涼しげに答えた。至極正論だった。レイは私よりも誕生日が早いのだから、ごもっともだ。

 

 

「少なくとも今の君よりは年上ですよ、メグ」




ハロウィンの後半戦と考察回。透明とは何ぞや。
そして記念すべき原作組の主人公トリオが揃った場面だったというのに、ほぼ会話無しで終わるという悲劇。特にロン、すまん。
でも、互いに名前の知らない相手だから仕方ないのです。(噂での一方的な認知は知人とは言えませんし)

ひとまず、知らない同級生から顔見知りにランクアップしました。


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魔法薬と甘味料

「同じノリス同士、仲良くしましょう?」

 

 軽く伸ばした手を、目の前の御仁(?)はふてぶてしく尻尾で打ち払う。今日もまた、友好を求めた私の挨拶はすげなくお断りされてしまったようだ。でもまぁ、尻尾もフカフカだから問題ない。

 

「メグ、何してるの?」

 

「今日こそモフらせて頂こうかと思いまして」

 

「……ミセス・ノリス相手に何やってんのよ?」

 

「偶然同じノリスだったのも何かのご縁、それに『猫と和解せよ』って言いますし。何よりモフりたい」

 

「言わないわよ!というか、最後のが本音よね絶対……」

 

 寒くなってくると暖かさを求めたくなるのも人の性というもの。もふもふしていれば尚良し。何はともあれ、ここ数ヶ月間の私の学校生活は概ね平和である。

 

 ハロウィン以降は特別何か事件に巻き込まれる事もなく、学生の本業たる勉強に励みつつ、魔法薬学の講習で大鍋をかき混ぜながら新薬に挑んでみたり、親しくなった人達と交流を深めたりと、正しい意味で学校を満喫していた。

 11月2日の誕生日では、アミー達がパドマやテリーといった他の一年生を巻き込んで、大鍋キャロットケーキ(魔法ギミック付き)を用意して祝ってくれた。敢えて入れ物に魔法薬っぽい大鍋をチョイスする辺り、流石だと思う。ちなみに、その様子を笑って見ていた先輩方は、今年のレイブンクローの新入生達はかなり仲の良い学年だと感心していた。

 今までの誕生日はドクターとレイに、クラスメートやブラスバンドで特に仲の良かった子が数人祝ってくれる形だったから、盛大なお祝いに嬉しいやら照れくさいやら、とても新鮮な気分だ。

 

 人間関係はほとんどが寮内で完結している感じも否めないが、なんだかんだで個人主義の強いレイブンクローゆえ、四六時中みんな一緒という訳ではない。一人で自由気儘に過ごす事もあれば、合同授業の多い関係で結構打ち解けてきたハッフルパフの女の子達と雑談に興じてみたりしている。何気に個々で勉強会やランチ、お茶会という様な授業以外での繋がりも継続している。

 ちなみに勉強会はハーマイオニー、ランチはレイとネビル、そしてお茶会はセオドールという組み合わせだったりする。

 

 寮云々はともかく、どう見ても一匹狼気質な彼が薬草学のよしみとはいえど、授業やレポート絡みでも無い交流を続けるのは流石に意外だったが、彼が弾き出した理論を聞いて納得した。曰く──

 

 

「利害の一致とでも思っていれば良い。俺からすれば、スリザリンでも『あのスネイプ先生がお気に召した』と噂のレイブンクロー生と接点があれば、学業で大きなアドバンテージが得られる可能性が上がる。逆にアンタは、俺……というよりはノット家の人間と接点があると思わせておけば、少なくともスリザリンの奴からは余計な口出しをされない。アンタだって先生に媚を売っていると言われたり、家柄や出自をいちいち聞かれるのは煩わしいだろ?これでも、ノット家の名前は寮内ならそれなりに強い切り札になるんだぜ」

 

 

 ──とのこと。なかなかにセオドールは打算的で、計算高い考えをする思考の持ち主らしい。私個人としては嫌いじゃない。寧ろ、下手に善意全開な割りに何を考えているのか分からないタイプよりも、ある意味潔くて素直に好感を持てる。

 それを伝えたら、皮肉気な笑顔と共に「スリザリンの謳い文句通りだろ?」と返された。うん、そういうの嫌いじゃない。

 

 実際、私としても家柄云々以外にも助かる部分が多い。未だに魔法界に疎い私にとって、常識や慣習、情報の貴重なソースとなるのはかなり大きい。しかも、最初に薬草学のペアになる流れを同寮生が知っているおかげで、スリザリン以外から関係を問われた場合も「レポートの打ち合わせ」と言い切れるのだから抜かり無い。

 

 

 そうそう。11月になるとクィディッチのシーズンが始まるとか何とかで、各寮で盛り上がっている。

 

 その記念すべき最初の対戦カードは、グリフィンドールとスリザリン。噂のポッター少年のデビュー戦という事で、レイブンクローでもかなり注目されていた。聞いたところによると、箒が暴走してコントロール不能に陥るトラブルが起きたものの、凄い才能を見せて劇的な勝利を納めたらしい。実際、彼の抜擢に不満を持っていた人達の一部は、実力を直接見て評価を改めたそうな。

 

 ……何故に他人事なのか?だって事実他人事だもの。自分の寮でも無し、そこまでスポーツ好きでも無し、ついでにクィディッチのルールすら良く分かっていないという無い無い尽くしの私が、果たして競技場まで行く意味とは?

 いや、言い訳すると、ポッター少年ならハロウィンの一件で助けて貰った恩もあるから、少なくともデビュー戦の応援には行こうかなと思っていた。いたのだが、透明人間(インビジブル)関係で思考の海に沈んでいたのと、場所を問わずに繰り広げられていたグリフィンドールとスリザリンの罵倒の応報に、試合前から辟易していたのもあって見送ったのだ。ブーイング合戦なぞ聴覚狂うし、聞きたくもない。

 

 なお、決して面倒だったとかではない。

 

 

 突然だが、大抵の魔法薬はとても苦い。

 

 向こうの医薬品に比べると、魔法薬はとにかく味覚的なダメージが大きい。しかもほとんどが液体で、性質上迂闊に砂糖を加えると薬効が変わってしまうのだから、どうしようも無い。

 せめて医薬品と同じ様に賦形剤の糖分やデンプンでコーティングするなり、服薬ゼリーに混ぜ込むなり出来れば良いのだが。残念ながらそんなに甘くは無いらしい。

 

「──魔法薬と砂糖は非常に相性が悪い。どのような反応が起きているのか、説明したまえ」

 

「はい。砂糖は元を正せば魔法薬の材料と同じく動植物由来に行き着く為、調合した薬と物質的反応を起こす。そしてその結果、全くの別物になってしまう。……この解釈で合っていますか?」

 

「まぁ、大方その解釈で良いだろう」

 

 私の回答に頷いた先生は、眉間の皺を深くさせながら今日の実験に使う材料や器具を並べ始める。その間に恨みがましく呟かれた言葉を聞いて、内心でスネイプ先生に同情した。

 

「誰もがその理屈を正しく理解してくれるのならば、我輩もどれだけ安心して薬を調合出来る事か。砂糖を入れるなと言っているにも関わらず、勝手に入れ、勝手に薬を駄目にし、再調合してくれと泣き付かれる。……調合の才能よりも、材料と労力を悉く無に帰す才能に秀でている生徒の方が多いとは、なんと嘆かわしい」

 

(相当の薬を砂糖で駄目にされたんですね、先生……)

 

「故に、今日は趣向を変えて薬効を損ねない割り材を作れるか否かをテーマにする。……例年我慢してきたが、今年は特に酷い。まだ学期が始まってから半年もたっとらんのに、風邪薬の再調合回数は増える一方だ。我慢ならん!」

 

 割りと本気でお怒りモードに突入している先生に、私は懸命にも余計な事を言わずに苦笑を浮かべるに留めた。正直、スネイプ先生は薬効の改良には熱意を入れども、薬の飲みやすさには拘らないと思っていたから意外な気もしないでもない。でもまぁ、せっかく調合した薬を散々駄目にされまくったら、そりゃ怒りたくもなる。

 

「目標は砂糖として反応を起こさず、尚且つ他の物質と混ざっても毒物を生成しない割り材だ。液体が一番望ましいが、服薬を阻害しないのであれば他の形態でも構わない。……さて、ミス・ノリス。その為にある果実を用意したのだが、これの名前と特性は?」

 

 指し示されたバスケットの中には、薬瓶に似た形の薄緑色の果物が入れられていた。実物で見るのは初めての果物だ。

 

「これは……エトワールアンプルでしょうか。オーロラシュガーという別名を持つ魔法植物で、砂糖と反応すると発光してジャム状に変化します。また、毒性のあるものに触れると黒く変色する性質もあるので、毒物検査の試薬としても用いられます」

 

「その通り。それ以外にも、余り知られてはいないが面白い特徴があってだな……物は試しだ、一つ食べてみたまえ」

 

「えっ!?食べても大丈夫なんですか」

 

「心配いらん。エトワールアンプルは魔法植物の中でも、数少ないまともな食用植物として分類されている。まず最初に、手を加えていない状態の味を確認すると良い」

 

「分かりました。それでは一つ、いただきます」

 

 それならば、いざ実食。手触り自体は薬瓶型ネクタリンといった感じだが、味はどうなのか。一口齧ると果物特有の甘さが広がる。かなり水気の多い、滑らかな舌触り。味は甘いけどそんなにくどくは無く、案外さっぱりとしている。けれども酸味は強くない。結構好みの味だが、どこかで食べた事のあるような、無いような……。とりあえず似た味がないか思考を巡らせる。

 

(マスカット、洋梨、メロン、ライチ、パイナップル……なんかその辺りの系統のような、でももっと甘味が強いような……)

 

 そういえば、以前ドクターが何処だかの物産展で買ってきたコンポートだかシロップ漬けだか忘れたけど、こんな感じの甘さだったなと思い至ったところで私の脳内も結論を叩き出したようだ。

 

「……若桃のシロップ漬け?」

 

「……その『若桃のシロップ漬け』とやらは分からんが、大方は桃に近い味だと感じる者が多い。さて、今の味を覚えておきたまえ。今は果実としての形状を保っているが、砂糖を加えると発光すると同時に色や形が劇的に変化する」

 

 そう言って、スネイプ先生はおもむろに小皿にエトワールアンプルを一つ乗せると、予め準備していたらしい砂糖水をかける。

 確かに反応は劇的だった。マグネシウムの燃焼実験でもしているのかと錯覚するぐらい、白っぽい光を放ちながら形が崩れていく。そして、光が収まった後には淡紅色のジャムが完成していた。

 無言で先生からスプーンを渡される。どうやらジャムの味も確認しろという事らしい。とりあえず、指示されるがままにエトワールアンプルのジャムを口にして、かなり驚いた。

 

「!!?オレンジマーマレード!?味が変わった!?」

 

「左様。砂糖を加えると大幅に味も変わる。調理せずとも砂糖一つで勝手にジャムになるゆえ、知っている人間には便利な果物として重宝されていたりするのだが……今回は薬の割り材が完成するのが先か、用意した果実が全てジャムになるのが先か見物ですな」

 

 随分と悪役染みた笑いを浮かべてみせたスネイプ先生に、私も気持ちを切り替える。割り材、もとい賦形剤の調合も薬剤師の立派な仕事のうち。絶対に完成させると意気込み、作業へ取り掛かった。

 

 

「まさかの……全敗……!」

 

 ……意気込んだ結果がこれだ。エトワールアンプルは見事に全てジャムになりました。瓶の中で美味しそうな艶と質感を煌めかせているのがまた憎たらしい。

 魔法薬は漢方薬と同じく組み合わせの薬。だから、糖蜜や水飴、シロップといった動植物由来の砂糖では絶対に反応するだろうという予想は私もしていた。だから、糖単体を抽出すればイケるのではないかと思ったのだが……ご覧の通りの有り様だ。

 

(ブドウ糖(グルコース)果糖(フルクトース)麦芽糖(マルトース)ショ糖(スクロース)乳糖(ラクトース)……抽出ができた単糖類と二糖類は全部ダメ!後は何だ!?キシリトールとかトレハロースでも入れれば良いんですかね!?)

 

「ふむ、やはり既存の砂糖では加工、混合、抽出のどれをやっても全て反応するか。そうなると、やはり砂糖に頼らずに甘味を感じる薬を新しく開発するほか無さそうだな」

 

 新しく開発、という言葉に何かが引っ掛かった。私にとっては全く新しくないが、恐らく魔法界には存在していないであろう物質。それどころか、それらは自然界にも存在していない。人間の手で作り出された成分で、砂糖よりも甘味が強くて、尚且つマグルの市井では普通に入手出来る甘味料。私はそれを知っている。

 

「あの、スネイプ先生」

 

「何かね」

 

「新しく調合する訳ではありませんが……マグル製の人工甘味料は魔法薬学的に『砂糖』の括りに含まれますか?」

 

「……マグルの甘味料か。確かにその発想は無かったが、そこまで大きな違いがあるのかね?」

 

「平たく言いますと、自然には存在しない物質なんです。薬品と薬品を混ぜて反応させて、フラスコの中で生成された結晶とも言えます。あと、甘さが頭おかしいレベルなのも特徴の一つです」

 

 甘さが砂糖の100倍、200倍なんて普通、本当にヤバい物に至っては数十万倍という劇物というか味覚凶器と言っても差し支えない次元に到達しているのだから恐ろしい。それを伝えたら、スネイプ先生は微かに頬を引き攣らせていた。

 しかし流石は研究者気質なだけあって、先生も「マグルの甘味料は砂糖足り得るのか」という追加命題に興味が沸いた様子だった。

 

「魔法薬と妙な反応を起こして新種の毒物を生成する可能性も否めないが、確かに試してみる価値はありそうだ。次の機会までにその甘味料を入手出来れば良いのだが」

 

「それなら、私の保護者に手紙を送ってみます。ポピュラーな商品なら安価ですし、普通に使う分であれば安全性も担保されていますので、余程の事が無い限り毒にはならないと思います」

 

「もし新たに購入するのならば、研究材料費として謝礼金を支払うと保護者殿に伝えてくれたまえ。貴重な研究はガリオン以上の価値がありますからな」

 

「分かりました。その様に伝えておきます」

 

 何だか悪の秘密結社における密談染みた雰囲気になっているが、至って健全かつ有意義な、教授と学生による研究の相談である。

 

 それに、だ。今日は終始砂糖と薬効の話だったが、この実験の結果によってはかなり深刻な問題が浮き彫りになる可能性がある。

 何せマグルの医薬品は、それこそ漢方薬であったり生薬由来の薬で無い物の多くは人工的に作られているのだ。特に近年は目覚ましく開発が進み、より効果的で、よりコストの低い薬を作るべく研究され、天然に存在しない薬が数多出回っている。

 

 そして、それは毒物にも言える事。

 

 私も魔法薬学を学び始めた時から度々思っていたのだが、どうも魔法界では解毒剤の開発が他の薬と比べ、いまいち進んでいない。確かに緊急時はゴルパロットの法則やら何やらの面倒な理論をすっ飛ばして、ベゾアール石を飲ませた方が遥かに早く対処出来るのだから、わざわざ開発しようと思わないのかもしれない。

 だが、それは大昔の様に世界が断絶していて、尚且つ医療という概念が民間療法止まりだった時代なら許される話だ。

 ほぼ直接的な反応を起こす魔法薬と違い、最近の医薬品や毒劇物は複雑な反応機構と間接作用を以てして効果を発揮するものが主流になっている。それをベゾアール石は例外なく解毒出来るのか?

 

 魔法使いは総じてマグルを甘く見ている傾向が強いが、向こうの情報伝達と技術開発の早さはハッキリ言って桁違いだ。

 

 ベゾアール石は動植物由来の毒を無効化する。けれども、塩水を真水に変える事は出来ない。──少なくとも私は、これがもう答えだと思っている。

 

 

「──ところでスネイプ先生。大量に生成してしまったエトワールアンプルのジャムはどうしたら良いのでしょうか」

 

「我輩の研究室に置いていかれても困る。持ち帰ってトーストなりスコーンにでも塗って処理したまえ」

 

(一人では絶対に処理仕切れないから、アミー達にも頼んで寮の皆で消費するとしますか……)




ほのぼの(?)日常を満喫する主人公。
薬と砂糖と毒、その考察がどこで活きてくるかお楽しみに。

【オリジナル設定】

・エトワールアンプル
魔法版ベネジクト試薬(+銀の効果)とも言える食用魔法植物。
果実は砂糖と反応すると閃光を発しながらジャムに変わる性質から「オーロラシュガー」という異名を持っている。
見た目は薬瓶型のネクタリン(薄緑色)、生食するとややあっさりした桃(白色)、ジャム化するとオレンジマーマレード(淡紅色)になるという、何とも脳がバグる味と見た目が特徴的。


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鏡から始まる物語

 事の発端は、何気なく呟かれたパドマの言葉だった。

 

「気軽に他の寮と連絡が取れれば良いのに」

 

 その言葉に、いつものお喋りを楽しんでいた面々は一斉にパドマの方を向いた。突然どうしたのかという疑問に、パドマはちょっと恥ずかしそうに答えた。

 

「グリフィンドールに双子の姉がいるのは、みんなも知っているでしょう?パーバティと私は結構好みも似ていて、家ではお互いの本や小物を貸し借りしていたのよ。でもパーバティと寮が離れちゃったし、何か話をしようにもレイブンクローとグリフィンドールはかなり離れている上に合同授業もほとんど無いから、大広間でしか声を掛けられないの」

 

 だから何か気軽に遠隔での会話が出来る道具や魔法があれば良いなと思って、と続けられた。確かに言われてみれば、他寮の人との連絡手段は直接会いに行くか、わざわざふくろう小屋に行って手紙を送るかしかない。それは不便極まりないと思って納得する。そしてふと思い付く。どうやら私だけではなく、みんな似たような事を考えたらしい。

 

「──無いなら、作れば良いじゃない」

 

 斯くして、レイブンクローの一年女子を中心としたプロジェクトチームが発足したのだった。チーム名は特に無い。

 

 

 とはいえ、学問第一がモットーの我らがレイブンクロー。楽しい事に現を抜かす前に本業たる授業や課題を最優先にするのが流儀である。という事で、軒並みクリスマス休暇に入る前に予習・復習・提出物の追い込みに励んでいる。

 

 本当なら今日は定例となりつつある魔法薬学の追加講習がある予定だったのだけど、朝食の時にスネイプ先生から「諸用にてクリスマス休暇が終わるまで講習の時間が取れなくなった」と伝えられた。滅茶苦茶楽しみにしていただけにかなり落ち込んだが、先生だって本職の仕事があるのは当然の事。断じて私の家庭教師ではないのだから、残念だけどそればかりは仕方ない話だ。

 その代わりと言ってはなんだが、休暇中の課題として「魔法薬とマグルの薬についての考察」を纏めろとお達しがあったので、賦形剤作りも含めてキッチリと仕上げて、笑顔で提出する所存である。

 

 勿論、課題は日常の授業でも多かれ少なかれ出される。

 私も出された課題はその日の内に片付ける主義なので、さくっと図書室で資料を借りて夕飯までに仕上げようとお気に入りのスペースに向かうと、珍しく先客がいた。

 先客がいた所で別段どうという話でもない。私がいつも座る席と課題を広げるスペースは十分空いているし、先客も顔見知りだったから特に気にせず挨拶して座ったのだが、思いがけず予想外の反応が帰ってきた。

 

「こんにちは、ハーマイオニー。調べ物ですか?」

 

「っ!?まっ、マーガレット!?どうしてここに!?」

 

「え……どうしてって……普通に今日の課題を仕上げようかと思って来ただけですけど。ここは図書室の中でも静かで集中出来るので気に入っていまして」

 

「そっ、そうなのね!」

 

 相槌を打ちつつも明らかに挙動不審なハーマイオニーに私は思わず半眼になる。ハーマイオニーだけでなく、一緒にいる男子二人組も何やら焦っている。……別に詮索する気は全く無いし、彼らが何を企んでいようと私には関係無い。が、そのリアクションはあからさまに何か怪しい事をしていたとバラしているのと同義だと思う。

 一緒にいる男子二人は、あのハロウィン以来のハリー・ポッターとロン・ウィーズリーだった。直接の会話は無くとも、ハーマイオニー経由で話は聞いていたから、流石に名前と顔は覚えている。

 ……何故だか分からないが、知らぬ間に私は彼らから余り良いとは言い難い感情を抱かれている様子なのだが。解せぬ。身に覚えが無い。なにゆえ、そんな警戒心丸出しなのか教えて欲しい。

 そう思っていたら、明らかに私を一番警戒していたウィーズリー少年がくわっと食って掛かって来た。

 

「ハーマイオニー!こいつはスネイプの手先だ!」

 

「手先?」

 

「惚けたって無駄だぞ!僕はお前がレイブンクローの癖にスリザリンのスパイなのは知っているんだからな!」

 

「スパイ……??」

 

「ちょっとロン!マーガレットをそんな風に言わないで!彼女は私の大事な友達よ!」

 

 そのまま私をそっちのけで言い争いを始めたハーマイオニーとウィーズリー少年に、私は完全に置いてきぼりを食らっていた。もう放っておいて課題を始めようかと考えていたら、それまで何か言いたそうにしながら沈黙していたポッター少年が私に話し掛けた。

 

「えっと、ノリスだよね?聞きたい事があるんだ」

 

「はい、何でしょうか」

 

「君はよくスネイプの研究室に行っているみたいだけど、何の為にそんなに通っているんだ?レイブンクローの寮監じゃないのに」

 

「薬学分野の担当者にその専門分野に関する質問に行ったり、実験や論文に関して見解を尋ねているだけですが。寧ろ、それに関して何か問題でもありますか?」

 

「だってあのスネイプだ」

 

「えぇ、あのスネイプ先生ですね」

 

「えっ?」

 

「……皆さん、質問とか行かないんですか?」

 

「そんなの行った所で答えてくれる訳が無いだろう?」

 

「はい?」

 

 ……どうしましょう、何だか会話が噛み合っていない。

 絶妙にトンチンカンな会話のすれ違いをしていると、いつの間にか喧嘩していたハーマイオニーとウィーズリー少年も何とも名状し難い表情で私達を見ている。本当になにゆえ。

 十回ぐらい今の会話を脳内で査定し、ややあって結論と思しき事実に行き着いた。

 

「ええと、グリフィンドールとしては先生への質問も含め、スリザリン関係者と会話するだけで例外なくギルティ扱い、という解釈でよろしいでしょうか」

 

「いえ、マーガレット、そういう意味じゃないのよ。ただ……」

 

「何で庇おうとするんだハーマイオニー、こいつはスネイプとだけじゃなくてスリザリンの奴とも仲良く一緒にいたんだ!空き教室で確かに見たぞ!」

 

 ウィーズリー少年が再び私に噛み付いてくる。いやぁ、確かにグリフィンドールとスリザリンの仲は長年の寮単位で壊滅的だとは聞いていたけど、ここまでとは。面倒くさい。

 でも、残念ながら私はグリフィンドールじゃないので、その定義を当て嵌められても困るし、そもそも従う義理も無い。

 

「空き教室……あぁ薬草学のレポートの打ち合わせしてた時のあれですか。それこそ、人の多い所でやったら外野に大騒ぎされて肝心のレポートどころじゃなくなりますよ。というか、今まさにあなたが実証してくれました」

 

「そもそも一緒に組もうっていうのがおかしいんだ!」

 

「互いに奇数で余りましたので。薬草学は最初に組んだペアで最後まで一緒にやった方が絶対に効率良いですし、合理的判断かと」

 

 間髪入れずに答えていたら、顔まで真っ赤にさせたウィーズリー少年に思い切り睨まれた。何でだ解せぬ!素直に答えたのに!

 だんだん反応が面倒になってきた所で、さっきのトンチンカンな会話で固まっていたポッター少年が戻ってきた。

 

「それじゃ……ノリスにとってスネイプってどういう人?」

 

「魔法薬学の教授ですけれど」

 

「いや、そうじゃなくて!」

 

「それ以外に何と答えれば良いのですか?強い拘りのある研究者?でも、正直言って高等学問で研究職に付いている方って、あの手のタイプが多いですよ。気難しくて嫌味も普通に飛んで来ますけど、確たる価値観の中で自分の研究に没頭し続ける事が出来る。要するにそれも一種の才能の形。尊敬しますね」

 

 私がそう言うと、三人はそれぞれ表情を変えた。ハーマイオニーは少し安堵していて、ポッター少年は困った様な顔をして、ウィーズリー少年が「完全敵視」から「気に入らない」レベルにはほんの少しだけ睨みを緩めた。

 

「……まぁ人の好みに口を挟みませんけど、学業に関しては先生の好き嫌いと科目の好き嫌いを安直に結び付けていると後々損しますよ、とだけは言っておきます」

 

 魔法薬学はとても面白い科目なのに、と嘆息しながら呟いたら今度こそ男子二人組から奇妙な物を見る様な顔をされた。いっそのこと薬学の魅力を小一時間プレゼンテーションして差し上げようかと思ったら、脱兎の如く逃げられた。……そんなに嫌いなのか。

 あの後ハーマイオニーに二人の事を謝られたけど、まぁ、好きも嫌いもその人の勝手だ。私の知った事ではないし、それこそ興味も無いのだから、変に気に病まないでくれれば良いと思う。

 

 

 クリスマス休暇。休暇中の帰省を選択した私とレイは、同様に帰省する大多数の生徒達と共に汽車に揺られていた。

 

「──そんな事があったんですか。彼らは……そうですね、ある意味典型的なグリフィンドール生らしいと言いますか、一度決断した事に対しては危なっかしい程の真っ直ぐさと猪突猛進な好奇心があるとは思っていましたが……」

 

「まぁ、いきなり敵視された時には驚きましたけど。別に興味無いので気にしていないです」

 

 この間の図書室での出来事をレイに話したら、物凄く渋い表情を浮かべながら米神を揉んでいた。どうやら彼らはスリザリン嫌いの急先鋒になりつつあるとかで、色々な意味でのトラブル吸引要因になってきているらしい。他人事ながら何というか大変そうだ。

 

 私が目下気にしている事と言えば透明人間(インビジブル)の事、追加講習のレポートと実験の事、そして件のプロジェクト。

 今のところ、プロジェクトは持ち運びしやすい手鏡を素体にし、マグルで言うところの電話に魔法で便利機能を足していこうという方向性で纏まっている。

 実はこのプロジェクトに関する名案を出してくれたのは、私達女子ではない。数日前、どういった形態にするかで私達が盛り上がっていた際、偶然通り掛かったアンソニー、マイケル、テリーの三人が興味を示したのだ。特に、テリーが変身術を応用して手鏡かコンパクトを通信道具にしたらどうかと具体案を上げてくれたのも相まって、漠然としていたイメージは一気に固まっていった。

 

 変身術に関して話す時のテリーは、普段と比べて当社比数割増しレベルで楽しそうだった。もしかしたら彼も推し語り(科目トーク)出来るタイプかもしれない。せっかくだから休暇明けに聞いてみよう。

 

 

「ドクター!ただいま!!」

 

 汽車から降りた私達は、程なくして迎えに来てくれたドクターの姿を見付けた。別にホームシックになった覚えは無かったが、久方ぶりのドクターに私は思わず走って勢い良く抱き付いた。歩いてきたレイは、そんな私を見て、小さな子供に向ける様な笑みを浮かべている。……抱き付いたのは少しお子ちゃまだったかもしれない。

 ドクターは特に気にした様子もなく、入学前と変わらない笑顔で私とレイを出迎えた。

 

「二人とも、お帰りなさい」

 

 

 研究所兼自宅に戻ると、やはり愛すべき「日常の世界」へと戻った実感が湧いてくる。私達がいない間に当たったという懸賞とやらのせいで、キッチンに大量のトマト缶が鎮座していて思わず叫んだ以外は、魔法ではなく科学で構築されているこの慣れ親しんだ空気感に癒されていた。

 私達(というより主に私)はドクターに学校の授業、寮生活、友人達について話し、ドクターが相槌を打つ。レイと寮が違う分、時折知らない情報も入ってきて驚いたりもした。

 

 スネイプ先生と繰り広げている実験模様に、レイからは「二人揃って何をしているんですか」と突っ込まれたが、ドクターはかなり興味を持った様子だった。

 

「魔法薬は天然の砂糖だと反応して薬効が変質するから、天然に存在しない人工甘味料を使う……か。へぇ、確かに興味深いねそれ。飲み合わせの難しい抗生物質だって専用の服薬ゼリーが作れるんだから、やろうと思えば魔法薬でも作れると思うのだけど。そうだ!どうせなら、構造が糖と似ている物と全然違う物、それから天然由来だけど糖類違いの糖アルコールを試してみたらどうだい?より詳細な検証実験になるんじゃないかな」

 

「え、そこまで服薬ゼリーって進歩してましたっけ?うーん、向こうだと情報伝達が格段に落ちますねぇ……。それはそうと、確か家に何種類かその類いの甘味料があったと思うのですが、実験で使っても良いですか?」

 

「構わないよ。是非とも、後で私にもその実験レポートを送ってくれるかな?」

 

「勿論です!」

 

「……何だかドクターまで乗り気になっていませんか?」

 

「そりゃあ、本業だからね。──あぁそうそう、薬の話と言えば。レイ、手紙を見る限り魔法薬に切り替えても、特に問題は無さそうな感じだけど、実際のところ大丈夫なのかな?」

 

「えぇ。おかげさまで毎食服用せねばいけなかった薬が、定期的に医務室に行って服薬指導を受けつつ、その場で飲むだけで済んでいます。ただ、改めて医薬品というかドクターが処方する錠剤のありがたみも噛みしめましたが。……魔法薬の即効性と持続性は素晴らしいんですが、味は毎度悶絶モノですからね」

 

 ドクターとレイの会話を聞いて、私は俄然やる気が湧いてくるのを感じた。自分の好奇心の赴くままに調べるのも楽しくて仕方ないが、そこに目標が加われば更に遣り甲斐があるというものだ。

 

「レイ!任せて下さい!こうなったら、可及的速やかに魔法薬用の賦形剤を完成させてみせます!」

 

「え、ええ?ありがとうございます、メグ。でも程々にね?」

 

 意気揚々と宣言する私に少し気圧された様なレイだったが、暴走しないように念を押された。

 

「それよりもメグ。ドクターに相談するのではなかったのですか?君の透明人間(インビジブル)について──」

 

 

 透明人間(インビジブル)の本質に関して、私達が行き着いた考察と今後の方針案をドクターにも話す。真剣な表情で聞いていたドクターは、一頻り考えてから口を開いた。

 

「……そうだね、口が堅くて信頼出来る先生に体質の事を相談するのは大事だ。こればかりは私も専門外だから、そんなメグが消滅してしまうかもしれないだなんて大変な話を、何も知識が無い人間が簡単にどうこう言う訳にはいかないからね」

 

「はい……。問題は誰に相談すべきか、ですね」

 

「変身系の能力であるならば、やはりマクゴガナル教授が一番確実でしょうか。基本的には公正な方ですし」

 

「最終的には、メグ自身が確実に信頼出来ると思った先生に相談するのが一番だ。でもね、総合診療医として一つアドバイスすると、素人判断で専門を絞らない方が良い」

 

「専門を絞らない……」

 

「そう。まずは全体をくまなく見て、そこから少しずつ細部をピックアップしていくんだ。ま、そのやり方が魔法でも当てはまるのかどうかは、断言しかねるが」

 

 ドクターの言葉を何度も考える。確かに変身術ならマクゴガナル先生に頼るのが一番な気はする。でもそういった専門性には拘らずに相談へ行くならば、誰が良いのだろう。

 色々な先生を思い浮かべてみる。学問における専門家はたくさんいるけど、総合的な広い視野を持っていて、確実に信頼出来る先生となると自ずと限られていた。結論も自然と導き出される。

 

「とりあえず、レイブンクロー寮監のフリットウィック先生に相談してみます。総合的な考えで見て貰うなら、まずは寮監に頼るべきでしょうから」

 

 

 好奇心の冒険で、偶然行き着いた小部屋。そこに置かれていた、場違いな古い鏡。装飾部には何やら文字が彫り込まれている。

 

 “Erised stra ehru oyt ube cafru oyt on wohsi”

 

 何気なく覗いてみたハリーは、その光景に驚いた。無理もない、鏡に映っていたのは自分の鏡像(すがた)だけではなかったのだから。

 慌てて振り返ってみたが、部屋にいるのは自分だけ。恐る恐る鏡に近付いた彼は、一緒に映っている人達をじっと見つめた。

 

「父さん?……母さん?」

 

 自分がそのまま大人になった様な姿の男性と、美しい赤毛と緑の瞳が特徴的な女性が頷き、こちらに向かって手を振った。

 鏡に映っていたのは両親だけじゃない。自分の隣にはグリフィンドールのローブを着た小柄な女の子がいる。父にそっくりな自分とは対照的にその女の子は母にとても似ていた。自分との共通点は、黒髪と緑色のアーモンドアイ。彼女の姿を見てハリーは自分の家族に関する話を思い出した。

 

 本当なら双子の姉がいるはずだった。音楽が好きな子で、大人しくおっとりとした性格だったという姉。けれども彼女は、あの日に亡骸すら残されずに消されてしまったのだと聞いた。

 ハリーは掠れた声で姉の名前を呟いた。

 

「…………シャーロット……」

 

 ──鏡の中の姉は、応える様ににっこりと笑ってみせた。




薬学以外は案外年相応に子供なメグと、周りの在り方の話。
やっと原作組と絡み始めたと思ったらこの展開。特にロンごめん。決して彼に恨みは無いのですが、時期的にも立ち位置的にもアンチスリザリンを爆発させるのには適役過ぎた。
地味にハリーも可哀想かもしれない。みぞの鏡が「望み」を汲み取って家族の姿を反映させても、鏡のシャーロットと実物のメグは別物として写ります。理由はまだ秘密ですが、現状では聞いた情報から描いたイメージに理想と願望が詰まった鏡像でしかないです。

まさか幻の姉が薬学オタクの毒物フリークと化して生きているだなんて、ハリーも夢にも思うまい。


【おまけ】
ハリーとメグの噛み合わない会話に副音声をつけるとこうなる。

「えっと、ノリスだよね?(スネイプの悪事に加担しているどうかかを含めて)聞きたい事があるんだ」
「はい、(学問での会話で目の敵されるレベルの不仲っぷりで納得して貰えるかはさておき)何でしょうか」
「君はよくスネイプの研究室に行っているみたいだけど、何の為にそんなに通っているんだ?レイブンクローの寮監じゃないのに」
「薬学分野の担当者にその専門分野に関する質問に行ったり、実験や論文に関して見解を尋ねているだけですが。寧ろ、それに関して何か問題でもありますか?」
「だってあの(スリザリン贔屓で嫌な奴の)スネイプだ」
「えぇ、あの(薬学の研究にとても熱心な)スネイプ先生ですね」
「えっ?」
「……皆さん、(授業や予習で分からなかった事がある時に)質問とか行かないんですか?」
「そんなの(敵に直接何を企んでいるのかを尋ねに)行った所で答えてくれる訳が無いだろう?」
「はい?」

会話の前提が違い過ぎて、とにかく噛み合っていない!


R2.4.19 一部加筆訂正


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天秤に干渉する方法

 クリスマス休暇を終えて、私達は新学期を迎えた。また当たり前の様に魔法が飛び交う、私にとっては非日常と言える世界へと舞い戻って来た訳だが、入学当初と比べればかなり慣れたものだ。

 

「メグ!クリスマス休暇はどうだった?」

 

「アミーはご家族とディナーに行ったんでしたっけ。私はほとんど家にいたんですけど、鍋で世界旅行していました」

 

「……鍋で世界旅行?」

 

 私はドクターが大量のトマト缶を引き当てた幸運(不運?)な話を彼女に話してみせた。多少の保存は利くとは言え、ぶっちゃけてしまうとキッチンを埋め尽くすトマトは非常に邪魔で仕方ない。なので、私達が休みの間に至急処理してしまおうという事で、クリスマス休暇中は世界旅行と称してひたすらトマト料理を作りまくっていたのである。

 私としては学校にいる時よりも野菜をたっぷり摂取出来たし、なんだかんだ作っていて楽しかったから満足している。

 

 余談だけど、ここぞとばかりにレイへ肉を押し付けようとして、謎の攻防戦になった。まぁ、ご愛敬というものだ。多分。

 

「色々作ったんですよ。多分、今ならトマトを使ったレシピに関しては鍋マスターを名乗れる自信もあります。トマトシチュー、ポトフ、ミネストローネ、グヤーシュ、ボルシチ。結構珍しいものだとエゾゲリン・チョルバスとかハヤシライスですかね」

 

「途中から知らない料理名がたくさん出てきたわね……」

 

「でも、実は鍋料理以外にも最高に美味しいと思った料理がありまして。ハヤシライスを作ったついでに、同じ日本発祥繋がりでオムライスっていう料理も作ってみたんです」

 

「オムライス?オムレツとは違うの?」

 

「ええ。まずはライスと野菜とチキンをバターで炒めてトマトソースと絡めます。次にふわっふわのオムレツを上に被せます。最後にじっくりコトコト煮詰めたソースを掛けて、出来上がり!」

 

「ギャー!何その飯テロ話!お腹が鳴っちゃう!」

 

 なかなかに面白いリアクションを繰り出したアミーは、一拍置いてから、それにしてもと切り返す。

 

「あたしのママは料理なんて適当に茹でて盛っておしまいって感じで済ませているんだけど、話を聞くにメグってかなり拘って作っているわよね……面倒じゃないの?」

 

「魔法薬の手順に比べたら断然楽です。それに、味と栄養価が最高に釣り合うレシピを考えるのも、物凄く楽しいんですよ」

 

 考える事は有意義な一時だ。そこから更に工夫を重ねて研究を繰り返すという一連の流れは、どのジャンルにしてもとても楽しくて仕方ない。私のこの性分は、これからも変わらないだろう。

 

 

 

 さて、今日のお喋りテーマも、言わずもがな例のプロジェクト。

 流石に例のプロジェクト、例の某呼びは色々と面倒が多そうという事で、とりあえず「連絡網」という呼び方で統一する事にした。

 

「とりあえず、簡単に持ち歩けるコンパクトの手鏡を細工して気軽に離れている人と会話が出来るアイテムを作る……『連絡網』の最低条件はこれで大丈夫?」

 

 まとめ役のパドマに私達は異議無しと返答する。とはいえ、この会話機能はあくまでも最低限の目標、絶対にこれだけは作りたいという部分だ。出来るか否かはさておき、理想ぐらいは高く設定しても問題あるまい。

 

「せっかく作るんだから、私達にとって欲しい機能も出来る限り全部取り入れたいね。みんなは通信以外に欲しいのってある?」

 

「『鷲の目』も鏡で見れたら便利だと思う。便利なんだけど、荷物を持っている時に広げようとすると結構嵩張るのよね」

 

「ついでに現在地が何処か分かるようにして、羅針盤代わりの機能があれば最高じゃない?」

 

「あ、一緒に時間割も確認出来たら最高だわ!そうね、もし何か変更があったら情報をみんなで共有するっていうのはどうかしら?」

 

 サリーの問い掛けにマンディ、アミー、リサが順に答える。私もメモを取りながら、考えていた事を口にする。

 

「あと、緊急時の警報ベルみたいな機能があっても良いかもしれません。ほら、トロール事件の時みたいな事があった時、報せを聞いた人がより早く助けを呼べると思いまして」

 

 あそこまで極端な事案は無いにしても、箒が暴走して乗り手が墜落するだとか、失敗したら爆発する魔法薬といった具合で、聞く限りでも魔法学校はマグルの学校よりも日常的な危険が多いのでは、と感じていた。ならば、せめて緊急を伝える機能は欲しい。説明したら、最初は不思議そうな顔をしていた皆も納得していた。

 

「よしっ!それじゃあ、まずは各自で魔法具の作り方や使えそうな魔法を調べて情報収集から始めるわよ!」

 

 パドマの号令に、私達は意気揚々と頷いた。

 

 

 魔法薬と医薬品、作用機序の違いを例えるならば、天秤を例にして考えると非常にイメージしやすい。

 人間の身体を砂糖と塩が釣り合う様に載せた天秤だとする。天秤のバランスが崩れると人間は体調を崩すし、天秤そのものが変化しても身体的な変化をきたすという具合だ。

 

 さて、そう定義すると、魔法薬は皿の中身は無視して天秤の本体に直接作用させていると言える。本体を直に変えるという事はそれだけ即効性が期待出来るし、違う作用を重ねて発現させる事も理論上可能だ。もっとも、大抵は薬同士の作用で新たな薬効が生まれ、変な効果が追加されるパターンが多いのだが。

 逆に医薬品は皿の中身だけ変化させ、その帳尻を合わせる事で薬効を得られる仕組みだと言える。いかに皿を傾かせ、釣り合う様に調整するかという点で鑑みると、飲み合わせによっては相乗効果をもたらしたり、相殺し合ったりするのも当然だろう。

 

「──この様に、魔法薬とマグルの薬は薬効や製法以前に作用機序が根本的に違うものだと言えます。そして、その違いが最も顕著に現れるのは、種類の違う毒薬を同時投与した場合です」

 

 待ちに待った、休暇明け最初の特別講習。私はスネイプ先生より出されていた課題のレポートを発表していた。

 

「魔法薬ならば大抵の混合毒薬はゴルパロットの法則が適用されるが、マグルの薬は違う反応形態が生じるという事かね?」

 

「はい、仰る通りです。理論上は魔法薬ならば違う効果を重ねられるのですが、毒薬においてはゴルパロットの法則によって全く異なる毒物が生成され、高確率で本来は起こり得ない効果が生じます。そうですね……具体的な実例を挙げますと、フーフォーレ鬼火薬とシャスネージュ氷結薬がその典型と言えます。どちらも体温に異常をきたす作用を持つ毒薬ですが、過去に同時投与された人がいたそうで、その哀れな該当者は解毒が間に合わず、高熱を出しながら体組織が結晶化して石化したと記録されていました。ちなみに、件の方の最終的な死因は凍死との事。もはや理解不能です」

 

「……続けたまえ」

 

「一方、マグルの薬品理論において欠かせない毒物はテトロドトキシンとアコニチン、フグとトリカブトの主毒成分になります。両者とも非常に致死性の高い猛毒ですが、実はこの二つは人間の体内では真逆の作用を発揮するのも特徴なんです。先程の天秤の例えで言うなれば、正しくそれぞれ逆の皿へ干渉している状態です。体内で作用し合っている間は、二種類の猛毒を摂取しているにも関わらず相殺されて生き永らえるという、先程の魔法薬の例とは真逆の結果になります。……勿論、片方が代謝されてバランスが崩壊した暁には、普通に残りの毒で死にますが」

 

「………………」

 

「毒が云々はさておき、以上の観点から鑑みましても作用する際の経路、反応が決定的に異なっている点が薬としての違いを生じると共に、相互に干渉もされない性質になると私は結論付けました」

 

 先生相手に発表を終えた私は、小さい頃にドラマで見た大学生の研究論文発表みたいだと場違いな事を考えた。先生は先生で、私が発表したレポートを上から順繰りに読んで確認していたが、ややあってから嘆息気味に顔を上げた。

 

「レポートそのものは、君がまだ一年生である事を忘れる程度にはよく纏まっていて興味深い。……が、教職の一端に身を置く者として、我輩は君の毒への造詣の深さに関して称賛すべきなのか、悲嘆すべきなのか、非常に悩ましい限りなのだが」

 

「浪漫を感じていますが、決して悪用は致しません!」

 

「当たり前だ!」

 

 私の言葉に対して、ピシャリとほぼ即答で返される。ごもっともだ。それに今回に関して私が言いたいのは、もっと踏み込んだ部分とも言える。

 

「詰まるところ、それぞれの物質的な反応の在り方に帰結するんですよね。医薬品は物質一つ一つの構造、形質、状態によって大きく反応が変わって別物になりますし、魔法薬は細かい物質の差異よりは手順によって生まれる効果と総合的な材料の分量で全てが決まる、という感じでしょうか。……例えるならですが、思い切り日常生活レベルまで落とし込むと、お菓子作りとシチュー作りぐらいは違いがあると思います」

 

「……最後の例えで、それまでの薬学に関する神秘やありがたみが一気に吹き飛んだと感じたのは我輩だけかね?」

 

 元気良く「気のせいです!」と答えつつ、私は早速レポートの実証実験も兼ねて前回の甘味料検証の続きを行う準備に取り掛かる。

 どういう物質を使うのか、そして現時点における個人の見解は、事前にスネイプ先生にも伝えてある。今回の実験の為に、ドクターの研究室にあったエリスリトール、スクラロース、アスパルテームを分けて貰ってきたのだが、どうなる事やら。ちなみに私の予想はエリスリトールだけ反応する、である。これだけは他二つと違って果実とかにも含まれているから、恐らく物質的に砂糖判定されるだろうという推測だ。

 

「これが休暇前に提案したマグルが使う甘味料の一部になります。それぞれの特徴としましては、右から順に甘味料には分類されていない糖質のエリスリトール、一般的な砂糖と構造が似ている合成物のスクラロース、そして構造も含めて全く異なる合成物のアスパルテームとなります」

 

「見た目はいずれもほぼ変わらんのか。前二つは大なり小なり反応を呈しそうだが、最後のアスパルテームなる物質は相違点が余りにも大きい。その辺りが何かしら影響して、逆に何かしらの毒を生み出すと予想しておこう」

 

 

 前回散々ジャムに変えたエトワールアンプル再び。まずは結果から言うと、順にジャムになった、ちょろっと光ってから黒くなった、変化無しという少々予想外の反応となった。

 分類違いとはいえど、天然物のエリスリトールが砂糖判定されるのも、完全に別構造を持つ合成物のアスパルテームが全く反応しないのも、私としては「だろうな」という感じだったが、よもやスクラロースが反応して毒性を示すとは。これには本気で驚いた。

 

「……これ自体は安全な物質のはずなんですが、何で毒性が生じたのでしょう。しかも僅かながら閃光が見られたという事は、砂糖判定もされたって事でしょうし。謎です」

 

「これは砂糖とよく類似していると言ったか。解析してみない事にはハッキリと断言は出来ないが、恐らくは本来の砂糖と近すぎるが故に無視も出来ず、といった所か。通常の魔法薬であれば成否問わず、材料の特性からある程度は見当が付くのだが……流石に今回は見当が付かん。だが、魔法薬は手順・分量の過不足が一つでもあれば容易く変質する。下手な失敗作など毒薬よりも遥かに質が悪い。謂わば、究極の失敗作が完成したとでも言うべき状態ですな」

 

 微妙に困惑していた私に、スネイプ先生は淡々と見解を述べていく。……なるほど、つい癖で化学反応式を脳内検索していたが今の実験は魔法薬の実験でもあるのだった。うっかり忘れていた。

 しかし、この結果……私が思っていた以上に面倒な事実が浮き彫りになったかもしれない。

 魔法薬と医薬品は完全に相性が悪いだろうという予想は出来ていた。だが、反応性の違いから互いに干渉出来ないからこその相性の悪さだと考えていたのだ。それが、今回の結果から得られたものは「場合によっては反応する」「反応するトリガーは不明(物質の類似が濃厚?)」「反応した時に未知の物質が生じる可能性大」……そして極め付けは「未知物質は未知の毒である危険あり」ときた。

 これは正直言って、ベアゾール石でマグル製の毒を対処出来るか否かという次元を通り越す程度には、なかなかヤバいのでは?

 

 ──なんてこった、思わず天を仰ぎたくなった。

 

 恐る恐る先生に思い至った見当を伝えると、それはもう物凄く渋い表情をしていた。当然だ。万が一の際に解毒しようとしたら猛毒を爆誕させた、とか想像するだけでゾッとする。

 

 とりあえず賦形剤に関しては、安全検証をその都度行うのは言うまでもないが、全く干渉しなさそうで尚且つ安全性の高い合成物を利用して、ケミカル全開で作るという方向性で纏まった。

 そして、同時平行に研究するテーマとして「どうしたら完全なる解毒剤は作れるか」「最低条件として応急処置用の薬を作る」の二つも追加されたのは言うまでもない。

 

 

 夕食前のレイブンクロー寮内は人がいたりいなかったりと日によって変動が激しい。恐らく図書室で自習なり、先生方への質問に行っているのだろう。私が談話室に戻った時は、どうやら人がかなり少ないタイミングだったらしい。

 私が中に入ると、ちょうど一人で談話室のソファーで寛ぎつつコインに魔法を掛けていたテリーが私の方を向いた。

 

「お帰り。いつもの講習終わったところ?」

 

「えぇ。テリーは何をしていたんです?見たところ、宿題ではなさそうですが……変身術ですか?」

 

「あぁこれ?特に何って訳じゃないけど、コインをどこまで変えられるのか試してたんだ」

 

 テリーが杖を振る度にコインは次々と姿を変えていく。コップ、ボタン、マッチ、羽根ペン、ランプ、硝子玉……

 

「うーん、やっぱり無生物同士はやりやすいな。生き物から無生物もまぁまぁ。でもその逆は難しい。それが出来るようになれば、もっと色々な可能性が広がるんだけどなぁ」

 

「無から有を生み出す難しさに通じる感じでしょうか。それにしても、こうもポンポンと変えられるのは凄いですよねぇ……私はまだ上手くコツが掴めないんです」

 

「変身術ってコテコテの理論科目だけど、僕の体感では理論よりも想像力の方が大事だと思うよ。具体的に、精細に、どんな風に元の姿から変えるのかをイメージしてから杖を振ってごらん。多分、理論だけで考えるよりも上手くいくだろうし、慣れると面白い位に物を自在に変えられるよ」

 

「なるほど。参考になります」

 

 テリーによって早着替えならぬ早変身を繰り返すコインは、相変わらず目まぐるしく姿を変え続ける。砂時計、ロケット、ネクタイピン、インク瓶。大鷲の置物になって、元のコインに舞い戻る。

 コインを指で弾いて回収すると、彼は楽しそうに笑った。

 

「マーガレットは魔法薬学が物凄く得意だろう?マーガレットに限らず、一年女子は好きな分野に精通している子が多いよな。アマンダの天文学然り、マンディの呪文学然り」

 

「言われてみればそうですね。寧ろレイブンクローの一年生ってみんな研究者気質とも言うべき傾向がありそうな気がします。比較的バランスが良いというか、総合力が高いって言えそうなのはパドマとアンソニー辺りだと思いますよ」

 

「確かに言えてる。そうだ、せっかくだから魔法薬学の魅力を聞かせて欲しいな。よく女子達が好きな科目について熱く語っているのを見て、僕も一度詳しく聞いてみたかったんだ」

 

 どうやら私の直感は大当たりだったようだ。やっぱり予想通りテリーも推し語り(科目トーク)が出来るタイプだった。ならば話は早い。楽しい仲間は囲って然るべし!

 もっと話を聞きたいし、私も好きな事を語り倒したい!

 

 

「──私の知っている事で良ければ、喜んで!」




仲間だ囲め囲め!を地で行く主人公。彼女も色々と好きな事を語りたいお年頃なんです。
何事も魔法とマグルの世界は完全分離出来ないからこそ、楽しくてややこしい。一思いにスパッと切り離せたら平和なのですが。


【オリジナル設定】

・鷲の目(ホグワーツ移動階段・廊下一覧表)
7話時点でもしれっと登場していた地図モドキ。
歴代のレイブンクロー生達が城のギミックを調べて階段の移動先、扉の特徴、紛らわしい廊下、抜け道、隠れ道を見つけては記録し、データを集めては統計を取っていた努力の結晶でもある。
実用性よりも調査に重きを置いているのはご愛嬌。
学問と研究が大好きなレイブンクロー生達が寮の祖師たるロウェナ女史が考案したギミックを調べない筈が無いという謎の自信から、データ作りを設定しました。

・フーフォーレ鬼火薬&シャスネージュ氷結薬
今後出てくるか分からない毒性魔法薬。
ゲームで言うところの炎上と凍結の状態異常を叩き込んだら何故か石化して死んだぐらいのイメージを持って頂けると幸いです。


【キャラ紹介】

テリー・ブート
原作ではDAに参加していたレイブンクロー生。
上級の魔法薬学を受講出来ていた数少ないメンバーに含まれていたり、ハーマイオニーが使った変幻自在魔法を見抜いたりとレイブンクローの中でもかなり優秀な生徒だと思われる。
原作で確認出来た台詞の印象から、特に変身術が得意な生徒という設定にしています。


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感情アンサンブル

 レイブンクロー生にとって学年末試験とは、その年の一世一代の大勝負に等しいと言っても過言ではない。それ故に周りが何と言おうと寮内においては、暗黙の了解で年が明けたら早々と試験勉強を念頭に置いた時間配分に日常生活から切り替わっていくのも当然の事だ。それは良い。とても良いのだが。

 

「──マリエッタ先輩、チョウ先輩、助けて下さい。苦手な科目が太刀打ち出来ません!」

 

 アミーを先頭に私達はお馴染みの先輩達に泣き付いていた。

 理由は言うまでもない。私達の場合、余りにも得手不得手が両極端過ぎて、とてもじゃないが普通の試験勉強ではご臨終あそばれる未来しか見えない。せめて、コツだけでも聞かねば!

 私達の突撃にチョウ先輩とマリエッタ先輩は目を丸くしていた。

 

「えっ、皆ってそこまで壊滅的な苦手科目があったの?」

 

「今年の一年生は普通に真面目で優秀って聞くんだけど……ってそういえば、言われてみると確かに得意な科目が一極集中しているタイプの子が多かったわね」

 

 とりあえず、と各々の苦手具合を確認していったマリエッタ先輩だったが、余りの両極端へ突っ走る有り様に思わず遠い目をした。

 

「逆に凄いわ。本当にあなた達って研究者気質とでも言うのかしら……ここまで一つに特化しているなんて、逆に気持ちが良い位に清々しいわよ」

 

「あ、それなら自分の得意科目では先生役になって、お互いに教え合うっていうのはどうかしら?人に教えるのって、自分にとっても良い勉強になるわよ!」

 

「無理ね、チョウ。この子達に関してはその方法じゃ収拾付かなくなるのが目に見えているもの──特にマーガレットとアマンダ。見た感じ、男子も含めるとテリーもかしら。他の子達も素質ありそうで怪しい気がするけど、少なくともあなた達は絶対に魔法薬学とか天文学の話題になったら、エキサイトしてそのまま試験範囲を飛び越したまま止まらなくなるでしょ?」

 

 見事に図星だった私とアミーは揃って目を逸らした。確かにパドマとアンソニー、それからマイケル辺りはともかく、他の皆は程度の違いこそあれど総じて得手不得手がハッキリと分かれているし、私達はその最たるものだ。

 

「うーん、全体的に魔法史が苦手な子が多いのねぇ……。魔法史は難しく考えないで、書いてある通りに覚えれば良いのよ?」

 

 チョウ先輩のその言葉に私は灰の如く真っ白になった。私と同じく魔法史が苦手な面々も似たり寄ったりの反応をしている。典型的な暗記科目たる魔法史、対策はシンプルに覚えるだけ──

 

「チョウ先輩……その暗記が一番の曲者なんです。丸暗記しようとすると、教科書の何ページ何行目に何色の付箋を張ったとかは完璧に覚えているのに、肝心の内容がすっぽ抜けてしまうんです……」

 

「あらら……それは、また……」

 

「人名なんて最悪です。唯でさえ法則性の無い人の名前って覚えにくいのに、ナンタラ何世とか……似ているどころか同姓同名が多過ぎて教科書を投げ捨てたくなります」

 

「オッケー、分かったわ。そうね、とりあえず──魔法史の教科書をみんな持ってきなさい」

 

 目も当てられない次元で暗記が出来ない私の訴えに、天を仰いでいたマリエッタ先輩が目を光らせた。心なしか笑顔が怖いのは気のせいだろうか。その隣でチョウ先輩が苦笑いしている。

 

「ペンもメモもいらないわ。私が問題出して次々と指名するから、教科書から探して答えてちょうだい。大方、興味が無さ過ぎて頭を素通りしているんでしょうから、理屈も感情もなしで、ひたすら声に出して覚えるのみよ。──はい、まずはマーガレット!」

 

 ……本日の雑談改め魔法史口頭試問大会。なかなかの地獄絵図だったが、悶々と教科書を睨むよりは充実感があったと思う。完璧に頭へ入っているかは自信無いが。

 とりあえず、クールかつスマートなイメージが真っ先にくるマリエッタ先輩が想像よりも遥かにスパルタだったと報告しておこう。

 

 

「成る程、透明人間(インビジブル)ですか。確かにそれは極めて珍しい体質でありますし、迂闊に自己判断で使うのは避けた方が良さそうですね」

 

 自分の不可解な体質について我らが寮監のフリットウィック先生に相談した際の第一声である。ちなみに、私の目の前には可愛らしいカップケーキがクッキーと共に鎮座している。

 相談事があると言うや否や、即座にフリットウィック先生がカウンセリングルームさながらにお菓子やお茶を出して、先輩方曰く名物のカップケーキのダンスを披露してくれたのだ。そのおかげもあって、かなり話しやすい雰囲気だ。

 私から話を聞くと、フリットウィック先生は参考資料がてら一緒に持っていった「透明術の透明本」の他、教室にある本や資料を呼び寄せてざっと確認していった。少し考えながら見解を述べる。

 

「数少ない資料を見ると変身術の分野以外に考えられない文面で書かれていますが、性質的に『消える』『見えなくする』系統の魔法なら他の分野にも存在しますし、魔法具にもそういった類いの物がありますから少しずつ範囲を絞ってみましょう」

 

「変身術以外の分野……ですか」

 

 先生がパラパラ捲っていく本には色々な魔法具が載っている。液体なのか気体なのか分からない銀色の霞が入った石盆、光にも水にも見える物質が封じてある砂時計、不思議な色彩を湛えた水晶玉。垣間見えた物はどれも摩訶不思議で、用途も全く分からなかった。

 

「原理や本質、仕組みを調べるには透明人間(インビジブル)が発動する瞬間から確認して精査するのが一番ではあるものの、万が一を考えると魔法事故関連の予防策を念入りに講じてからやるべきでしょうな」

 

 万が一、そう透明人間(インビジブル)はそんな可能性が付き纏う体質なのだ。もし自分が消えてしまったら……そんな恐怖心にも似た感情が表情に現れていたのかもしれない。

 さっきまで鎮座していたカップケーキが再び元気よく踊り出す。最初のタップダンスとは違って、今度はクッキーと一緒にワルツを踊っている。なんともファンシーで楽しそうな光景だ。思わず頬が緩んでいたら、フリットウィック先生が満足そうに頷いていた。

 

「ミス・ノリス、確かに不確定要素の多い体質は不安だと思いますが、教員は授業をするだけの存在では無いのです。少しでも不安に思った事、気になった事があれば何時でも相談しに来なさい。それこそ些細な日常事の相談に乗るのも我々の役目というものですぞ」

 

「……はい」

 

 透明人間(インビジブル)に関しては先生も一緒に資料や文献を探して下さるという事と、守秘事項として他言無用を厳守すると約束してくれた。ホグワーツでは扱わない学問関係の書物も取り寄せて頂けると聞き、やはり大人に頼る事も大事なのだと認識した。

 先生にそのままお菓子も勧められ、ありがたく頂く。さっきまでダンスを披露していたクッキーやケーキを食べるのは少し名残惜しかったけど、甘くて美味しかった。

 

 

 

「………………」

 

 廊下を一人で歩きがてら、私は誰もいないのを良い事に思う存分自分の世界に浸って、とりとめも無い思考を走らせる。適度に集まったりしつつ、基本は個人主義なレイブンクローの特徴は、こういう時にも気楽で助かる。

 

 こうして過ごしていると、入学案内が届いた時にあれほどギャン泣き寸前でごねたのが嘘の様に学校生活や周囲の人達と馴染んでいるとは思う。まぁ、私の場合、人に恵まれている比率がかなり高いから尚更そう思えるのかもしれない。

 勉強も人間関係も良好、ちょっとした不安はあれど周りに頼れる人がいる。そんな贅沢な位に日常生活を満喫しているからこそ──今に始まった事でもないが、定期的に深みに嵌まる悩みもある。

 それは他ならない、私自身の性質について。

 

 決して誉められたものではない性質なのは重々理解しているのだが、どうにも小さい頃から改善されない短所……というより人としての欠点を私は抱え、誤魔化し続けている。

 

 ──私は人そのものに興味が持てない。感情を共有できない。

 ──何か興味がある事を介してしか、他者の事を理解出来ない。

 

 何か特別な要因があるとかではなく、恐らく生まれつきの性質なのだろうから、余計に厄介極まりない。

 今でこそ普通の常識的な人付き合いも出来る様になったから良いものの、小学校に入った直後辺りは本当に酷かった。レイが言うには、興味ある物以外は常時無口かつ無表情でとても近付ける雰囲気ですらなかったという有り様なのだから、間違いなくヤバい。

 

 一応、幼心にも自分の他者に対する無関心さや淡白さは異質だと自覚していたのか、ドクターの患者接遇で見せる立ち振舞いとレイの丁寧な話し方を真似て角が立たない対人関係、友好的な距離感というものを習得しようと躍起になっていた。幸か不幸か、いつしか私の言動は「幼さ故の人見知り」で済まされていたが……当時のクラスメート然り、ブラスバンドの仲間然り、よく無愛想極まりなかった私と仲良くしてくれたなと思うばかりだ。

 私とて率先して揉め事を起こしたくないし、不必要に敵を作るなんて面倒事が嫌で、わりと必死だったのを覚えている。

 

 果たして、今の私は友達とちゃんと向き合えているのだろうか。機械的な付き合いになっていないだろうか。私は人に対して真摯であると言えるのだろうか。……考えれば考えるほど、分からなくなる。理論も理屈も通用しない感情の難しさは何たるか!

 

 思わず現実逃避気味に昔を回顧していたが、実を言うと今も昔とは少々違うベクトルで対人関係で困っていたのを思い出した。

 

「………………」

 

 視線を感じる方を向くと、また同じ人物と目が合った。グリフィンドールのローブ、癖毛の黒髪、眼鏡を掛けた緑眼の少年。今や学校の誰もがその名を知っているであろう時の人、ハリー・ポッター本人である。相変わらず、何か言いたそうな、尋ねたそうな表情でいらっしゃる。……クリスマス休暇明けからずっとこの調子だ。

 友好的とは言い難いが、前に図書室で詰問された時みたいな刺々しさも無い。正直言って、私としても一番反応に困るパターンだ。いっそのこと敵対心剥き出しの方が対処しやすい。露骨に嫌われている相手ならば、自分から距離を取って無視すれば良いのだから。

 

 ……段々と私も視線やら何やらを考えるのが面倒になってくる。ため息を一つつくと、件の御仁の方へと足早に進んで表向きの笑顔を浮かべてから声を掛けた。

 

「ミスター・ポッター、私に何かご用ですか?」

 

「…………っ!」

 

 何故か酷く驚かれた。ますます意味が分からないが、とりあえず用件なり文句なりをさっさと聞いて対処してしまいたい。

 

「休み明けから、私に物申したそうな感じでしたので。先に申し上げておきますが、少なくともクリスマス前の件でしたら、あの場でお話しした事が全てですよ。それ以上もそれ以下もありません」

 

「違うよ!僕が訊きたいのはその話じゃない」

 

「……?それでは、改めてご用件を聞いても?」

 

 私が尋ね直すと、ポッター少年は物凄く躊躇っている様な表情を浮かべたが、やがて決心が着いたらしく口を開いた。

 

「あのさ、ノリスの親戚か知り合いの中に、エバンズって名字の人はいるかな?」

 

「エバンズ、ですか?」

 

「うん、クリスマス休暇中に……あー、ちょっと色々見る機会があってさ……なんかよく見たらノリスに似てる様な気がして、親戚の可能性もあるのかなって思ったんだ」

 

「……ごめんなさい、両親の人間関係は全く把握していないので、ちょっと分かりかねます。私自身も周囲にエバンズさんという方はいませんでした」

 

「そっか……ごめん、ありがとう」

 

「何だか全くお役に立てなくて、すみません……」

 

 目に見えて落ち込んだ様子のポッター少年には申し訳ないけど、事実知らないのだから仕方ない。それに、だ。もし仮に知っていたとして、私の両親絡みの人であるなら絶対に話さない方が良い。

 顔も名前も知らない実の両親なんて乳幼児を人様の家──それも玄関や門の前ならいざ知らず、敷地内の倉庫に捨てる様な人達だ。ドクターはかなり慎重に言葉を選んで、誰も傷付けないニュアンスで伝えてくれたけど、つまりはそういう事。そんな人達と親戚ないし血縁者だなんて、ポッター少年が言うそのエバンズさんとやらが可哀想で仕方ない。知らない方が幸せだ。

 

 ……あぁ、それにしても。私は歪みなく他者へと向ける感情というものが希薄であるらしい。というよりは本当に興味が湧かない。実の両親に対しての感情が最終的に「どうでも良い、どうせ他人」に行き着くのが、ある意味私が私たる所以なのかもしれない。

 

 

 そんなこんなで穏やかな日常が繰り広げられつつ、徐々に期末試験が迫るピリピリ感も全体的に混ざり始めた頃。学校全体を揺るがす大事件は唐突に起きた。

 

 朝食の為に大広間に向かうと、何故か寮ごとの得点を示している砂時計の前に人混みが出来ている。比較的早めの時間帯なのに、何でそんなに混んでいるのだろうか。(大変不本意ながら)私の身長では見えなくて、アミーに見えるか聞いたけど、彼女も場所の関係で分からないと首を振る。

 

「……グリフィンドールが大幅に減点されてる。スリザリンもそこそこ減っているけど、余りにもグリフィンドールの減り方が凄まじくて話題になっていない感じかな」

 

 声の方を向くと、私達と同じく砂時計を眺めていたアンソニーが今までに見た事が無い程に難しい顔をしていた。

 

「多分、ざっと見た感じ150点は減っているよ」

 

「はぁ!?」

 

「150点!?何でそんなに!?」

 

「詳しい事は分からない。ただ、どうも校則違反の深夜徘徊をやらかした人達がいたらしい」

 

 ……呆れた。冒険心でも抑えられなかったか知らないけど、何の為の校則なのか、考えれば分かるだろうに。規則を守っていたグリフィンドールの人達には気の毒だが、今回の大減点を食らえば流石にその方々も大いに反省したのではないだろうか。

 所詮は他寮の他人事というのもあり、少なくとも私はそれで完結した。けれども、そう思わない人達の方が圧倒的多数を占めているのは疑い様の無い事実だった。

 既に周囲の空気は最悪だったが、大広間はもっと酷い。犯人探しと罵倒と陰口が各所で渦巻いている。

 

 さて、その大減点をやらかしたのが誰なのか、その情報は嫌でもすぐに入ってきた。曰く、「ハリー・ポッターが馬鹿な一年生と共に深夜抜け出し、グリフィンドールから大幅に点数を引かれた」との事だ。個人的に驚いたのがその「馬鹿な一年生」とやらに含まれる残り二人がハーマイオニーとネビルだった事だ。

 

 昨日の夜まで人気者だったポッター少年は、一晩にして学校中の嫌われ者に転落してしまった訳だが──

 

「英雄だからって調子乗りやがって」「ポッター達のお陰でグリフィンドールが最下位になってくれた」「せっかく期待して応援してたのに」「またスリザリンが優勝かよ」「目立ちたがりが」……

 

 ──周りの声がノイズみたいに聞こえて、酔いそうだ。

 

 誰かが失敗した時に広がる、責める様な空気感、非難する様な視線の数々。これは小学校の時にも何度か見た事がある。でも、今あるのはその比じゃない。

 彼らを責め立て、罵倒の限りを尽くし、人格そのものを攻撃してしまえ!それこそが正義だ!……聞こえてくる言葉の端々にそんな雰囲気が確かに混ざっている。誰もがそれを否定しない。閉鎖空間の同調圧力。伝播する悪意、憎悪。ちらほらと見え隠れするのは、仄暗い愉悦。人を扱き下ろす優越感が滲んでいる。頭が痛い。

 

 彼らの発想に興味が無い。だから共感出来ない。……本当に?

 

 分からない。分からない。人の感情が分からない。関係する人達が怒るのは理解出来る。でも、今ここにいる大多数は無関係な筈なのに、どうして同調しているの?無責任に野次を飛ばす事に何の利益があるの?分からない。分からない!分からない!!

 

(あぁ、なんて、気持ち悪いんだろう)

 

 

 ──私の手にしていたグラスが、乾いた音を立てて割れた。




下手にトラウマがある訳ではなく本質的な問題だからこそ、拗れてややこしいというお話。ある意味、メグにとって地雷とも言えるかもしれない。後は学校の空気って時々怖いよねというのもある。
とりあえず、彼女の両親評をジェームズとリリーが聞いたら間違いなく泣いてしまうと思う。不可抗力だけど……


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人の心は珈琲より苦い

 大広間全体に渦巻く空気に当てられた私は、朝食を放棄して足早にその場を立ち去った。周りの友人達が心配そうに声を掛けてくれたけど、何と答えたのかよく覚えていない。恐らくは雰囲気で酔ったという様な、当たらずしも遠からずな返答をした様な気はする。

 嘘は言っていない。あれだけの剥き出しの感情を集団で発した場面に立ち合ったのは初めてだったから、一種の人酔いに近い症状を起こしたのだろうと思う。

 

 人と感情を共有出来ない私には、剥き出しの感情は猛毒でしかない。他者と平穏に共存する為にも呑まれてはいけない物だ。

 それならば、私自身の感情はどうなのだろう。喜怒哀楽はある。人並みに好き嫌いもある。得意分野は一極集中かもしれないけれども、とりあえず当たり障りの無い、無難な人間として立ち振る舞えているのではないかと思っている。でも……それは言い替えてしまうと、結局のところ私は毒にも薬にもなれない、つまらない存在に他ならないという証明なのではないだろうか。

 それはそれで、なんだか悲しい。上手く言えないが……

 

 さて、そんなモヤモヤした気持ちを持て余していた私なのだが、時間が経つにつれて変化していくのを自覚した。

 

(どうしましょう、この上なくムカついて仕方ないんですが)

 

 今の私の気持ちを端的に言うならば、シンプルに「腹立たしい」の一言に尽きる。対象は他ならない同寮生の大半だ。あの場で同調していた方々に物申したい。

 

(……そもそも、グリフィンドール生はまだともかく。何で!レイブンクロー生まで!ミスター・ポッターの得点を当てにしてるんですかっ!!あの人が頑張ったところで、増えるのは赤い宝石の数(グリフィンドールの得点)であって青い宝石の数(レイブンクローの得点)なんて一つたりとも増えないでしょうが!!)

 

 この際、囃し立てていたスリザリンと同調していたハッフルパフはとりあえず他人枠で置いておくとして、何だってレイブンクローまで一緒になっているんだという話だ。

 自分がレイブンクローの得点の何割を取ったとか、そんな傲った事を言うつもりは断じて無いけれど、少なくとも積み重なったあのサファイアの山に一石一石加えていったのは私達レイブンクロー生であって、間違ってもハリー・ポッターではないのだ。

 私なりの努力や頑張りを他ならぬ同寮生に「努力するだけ無駄」と言われて一蹴された気分で、それが何よりも悔しい。

 

(そりゃあ、人の不幸を喜ぶのは駄目ですけど!でも、せめてグリフィンドールの首位陥落に思う事があるなら、罵る前に『我こそが首位をもぎ取ってやる』ぐらいの気概があったって良いじゃないですか!全く、もう!!)

 

「──ああもう!イライラする!!」

 

「酷いわ!ただ静かに考え事をしていただけなのに!大人しくしていても、存在するだけでどうせ私は邪険にされるんだわ!」

 

 思わず独り言を声にした瞬間、すぐ側からとても傷付いた様な涙声が聞こえて、ぎょっとしながら我に返った。非常に間が悪く、私が叫んだタイミングで他の人が居合わせてしまったらしい。

 当然ながら、大慌てで謝罪と弁明をする。

 

「ごっ、ごめんなさい!唯の独り言です!周りに誰もいないだろうと思って愚痴を溢しただけで、決してあなたに対してぶつけるつもりは、本当に全く無かったんです!」

 

「どうせ私なんて居る価値も無いっていうのね。ずっと此処に住み着いているのに、わざわざ此処まで来るってそういう事でしょ!」

 

「本当に違うんです!人口密度の薄い方向へと向かって行ったら、偶然この場所に辿り着いた……って、あら?そういえば、無我夢中で歩いていましたけど、私が今いる現在地って──」

 

 どこなんでしょう、とフェードアウトしていった私に呆れて毒気が抜けたのか、話していた相手が少し落ち着いた声で話し始める。

 

「どこって、此処は女子トイレよ。三階の女子トイレ。えっ、それでもまだピンと来ない?……あんた、もしかして一年生?」

 

「あ、はい。一年生です」

 

「ふーん……それじゃ、私とは初対面なのは無理も無いかしら。それにしても、一年生が人目を避けて此処まで来るなんて。なぁに?あんたも誰かに虐められた?」

 

 そう言いながら話し相手は()()()()()()()目の前に姿を見せた。驚く事に、私が話していたのは年若いゴーストだったのである。

 

 

 マートル・エリザベス・ウォーレン、通称“嘆きのマートル”──それが私の目の前にて浮遊しながら会話しているゴーストのお名前らしい。二つ結びに厚めの眼鏡、恐らくは旧式のデザインであろう制服姿。ゴースト特有の霞がかった半透明なのでローブの色は分からないが、エンブレムを見るにレイブンクロー生。つまるところ、ゴーストとはいえ私の先輩に相当する人である。

 私がそう判断し、彼女をマートル先輩と呼んだら非常に気を良くして話を聞いてくれる様になった。灰色のレディ以外のゴーストとほとんど会話する機会が無いため、どんな風に話したら良いのか迷ったのだが、マートル先輩本人が細かい礼儀作法を気にしないタイプらしく、打ち解けてみれば思いの外フレンドリーだった。

 

 私が一人でここまで来るに至った経緯を聞かれ、今朝の出来事と個人的にモヤモヤした事をかいつまんで話す。一通り聞き終えると、器用に空中で座り直して事も無げに宣った。

 

「レイブンクロー生の大半はそんなものよ」

 

「えぇー……」

 

「お勉強しか出来ない頭でっかちで、プライドだけはエベレスト級に高くって、その癖に面倒な事は他力本願。しかも表沙汰にならないだけで、実は陰湿なイジメは確実に四寮最多よ?私が生きてた時からそんな感じだったし、今更驚きもしないわね」

 

 自分の所属する寮に関する闇深案件を知って、思わずガックリしてしまった。学校ほど排他性が強く、イジメが容易に起こり得る環境も滅多に無いのは知っていたが……何というか、その温床がよりによって自寮かよ!と言いたくもなる気持ちを理解して欲しい。

 

「ま、直接矛先向けられていないんだから放っておくのが一番じゃない?他の寮ならカリスマで纏めるって力業も使えるけど、良くも悪くも個人主義だもの」

 

 誰も見向きもしてくれないんだわ!と叫んでそのままマートル先輩は水道管のパイプに飛び込んで行ってしまった。ドップラー効果と共に去ってしまった彼女に私は暫し困惑していた。

 

 

「随分とご機嫌斜めだな。“トリカブト嬢(レディ・アコナイト)”と名高いマーガレット・ノリスもこうしてみると人並みに年相応らしい」

 

「………………はい?」

 

 反応するまで少しばかり固まってしまった私は決して悪くない。

 薬草学の授業中、なるべく朝の事が尾を引かない様に黙々と作業に取り組んでいたら、事もあろうにペアのセオドールが爆弾を落として来たのだ。予想外過ぎる。それに、突っ込む所が多過ぎる。

 

「何ですか、その妙ちきりんな呼び方は」

 

「密かに広まりつつあるアンタの別名。あの辺が特に使ってるな」

 

 セオドールが言う「あの辺」の方々とは、大抵授業中に自慢話の私語をしているあの一帯の御一行様の事。今朝の大減点事件を面白可笑しく囃し立てているが……少なからずスリザリンも減点されていたと思うのだが、良いのだろうか。

 普段はスリザリン側の私語を完全にスルーしているのに、言葉に出さずともそれに同調している雰囲気が微かに混ざっていて、更に私の機嫌が急降下していくのを感じる。目元が痙攣しそうだ。

 いや、そんな事よりもその意味不明な呼び名が付いている方が、私にとって目下の大問題だろう。

 

「私、彼らと接点無い筈なのですが」

 

「アイツも複雑なんだろ。ドラコは自他共にスネイプ教授のお気に入りだと思っているから。まぁでも、死んでも口にしないだろうが、アイツも一応はアンタに関しては一目置いているみたいだぞ?ただ、認めたくないから半分皮肉も込めて、わざとレディ呼び」

 

「それはどちらかと言うと、あなたと授業のご縁という名の繋がりがあるからでは?以前、セオドールが言っていた通りに」

 

「確実にそれもあるだろうし、純血貴族として対等とは思いたくないけど蔑称で扱き下ろすのも憚られる……大方そんな所だろ。で、アイツがそう呼ぶから、取り巻きも真似するって訳だ」

 

「良いのか悪いのか、判断しかねます……」

 

「あれでもドラコは貴族派閥の中心人物だ。ガッツリ権力持ってるアイツと真っ正面から揉める訳でも無い、露骨に貶められる訳でも無いっていうアンタの立ち位置は、少なくともこっち側からすれば一番安全なポジションだと思うぜ」

 

「……確かに今のところ4分の3は平和ですけれども。残りの4分の1も接点は一番少ないので、自ら突撃しなければ、まぁ……」

 

「向こうに関しては専門外だから、頑張って回避しろとしか」

 

「あと、個人的に重要な事ですが、トリカブトよりもジギタリス派なんですよ、私。どうせ毒草の名前が使われるなら、好きな生薬名とか学名で呼ばれたいなと思いまして」

 

「……そっちかよ」

 

 若干呆れた様な目線を寄せられたが、私としては結構重要だ。いや、確かにトリカブトも魅力的ではあるが。最推しを間違えられている件については強い憤りと共に遺憾の意を唱えたい。

 

「そもそも、何で私とトリカブトが結び付けられたんでしょうか。流石にそこまで熱烈な愛を大衆の前で吹聴した覚えは無いです」

 

「さぁな。些細な事がきっかけかもしれないし、アンタが何気なく言った言葉を勝手に拡大解釈されたのかもしれない。少なくとも、ホグワーツが噂とか評判は一両日中に全員へ知れ渡る環境だってのは、言わずもがなだろ?──見事に間抜けが実証したしな」

 

 その言葉に、私は「全寮制って感情が濃縮されるのかしら……」と結構本気で思ってしまった。でもまぁ、確かにティーンズが発信する噂の爆発力は本当に洒落にならない。メディアも真っ青だ。

 本当に色々儘ならないと、私は密かにため息をついた。

 

 

 図書室のお気に入りスペースに行くと先客がいた。非常に既視感のある展開だなと思ったが、今日はハーマイオニー達ではなくレイとネビルの二人だった。色々と察したけれど、私もその場所は気に入っているし、ルーチン的にも同じ場所で勉強したい。故に敢えて態度を変える事もなく、向こうがどう反応するかはさておき今まで通りに声を掛けた。

 

「こんにちは、私もここ使って良いですか」

 

「あ、メグ……」

 

 少し困った様に私の方を向いたレイと、あからさまに肩を震わせて俯いてしまったネビル。どうしましょう、何だか私が彼らを苛めているみたいな構図になってしまった。

 

「このスペース、私も気に入っていまして。お邪魔でなければ一緒にテーブルを使わせて貰っても良いですか?あ、殿方同士の密談とか秘密話であれば即座に退散しますので。その辺りはご安心を」

 

「いやいや、密談って君ね……」

 

「アミーが言うには、殿方の密談は恋の始まりらしいですよ?物語のカタルシスを語る上での重要なるファクターだとか」

 

「意味が分かりません。どんな因果関係なんですか。普通に考えても滅茶苦茶な理論でしょう。メグ、君はとうとう我が道を極めすぎて頭に草でも生えましたか?」

 

「同じ草なら薬草の方が良いです」

 

「知りませんよ」

 

 間髪入れずに私の言葉は一刀両断される。全く容赦が無い。私とレイのやり取りを俯きながら聞いていたネビルだったが、やがて私が特に攻撃してこないと判断したのか、かなりオドオドしつつ会話に加わってきた。

 

「その……マーガレットは、いつも通りなんだね……」

 

「えぇ。だって態度を変える理由がありませんから」

 

 本気で驚いた様子から、大減点の当事者三人を取り巻く環境がどんなものなのか如実に把握してしまった。ついでに朝から嫌という程に実感した、出来れば知りたくなかった我らがレイブンクローの負の側面も……。つくづく嫌になるし、うんざりしてくる。

 

「……あのですね、物凄く冷たい言い方をすると『他人事』なんですよ。確かに同じ寮の人なら、それなりに怒ったかもしれないですけど。でも事実、他寮の重大なトラブルであっても、私達には何の実害も無い。つまるところ私は、無関係の部外者で、野次馬の一人でしかない訳です。無責任に責めたって何の得にもなりません」

 

「ちょっと、メグ!」

 

「そりゃ、何でそんなアホな事をしたんだ程度は私だって思いましたけど!やってしまった事をグチグチ言っても仕方ないじゃないですか。ネビル達を罵倒した文字数だけ私達の得点が増えるというのならば、まぁ……多少は検討してしまうかもしれませんが」

 

「……検討はするんですね」

 

「………………」

 

「知ってます?人間って感情を発露させるだけでも、莫大なエネルギーを消費するんですって。何が悲しくてそんな事で限りあるエネルギーを使わねばならないのでしょうか。私は自分が興味のある事以外で貴重なリソースを割きたくありません」

 

 だから態度も変えないです、と言うと二人とも非常に名状し難い顔をしていた。あぁまたやらかしたかしらと思案していたら、真っ先にレイが浮上してきた。心なしかとても良い笑顔である。久々にここまで清々しく黒い笑顔を見たかもしれない。そして、相も変わらずこの幼馴染は顔が良い。

 

「……そうですね。確かに済んでしまった事よりも、これからどう挽回するかですよね。さてネビル、こうなったら落ち込んでいる暇はありませんよ」

 

「えっ、は、はい!?」

 

「流石に君の性格から考えても、目立つ形で得点を稼ぐのは難しいでしょうから、まずは提出物から確実に稼ぎましょう」

 

「で、でも……僕、レイモンドが書く様なレポート書けないよ」

 

(あっ、これ私にも流れ弾来るパターンだ)

 

「大丈夫ですよ、ネビル。僕はこう見えて、先生受けの良い定型文を書くのは得意ですから。自分の言葉で書くべき以外の所は型通りでも問題ありません。ふむ、提出する科目は──ああ丁度良いですね、メグが居合わせているうちに魔法薬学を完成させましょう」

 

「案の定、しれっと私を巻き込みましたね!?」

 

「使える者は使うのが世の常、でしょう?それに『興味のある事以外で貴重なリソースを割きたくない』と言ったのは君ですよ。つまり、逆に言えば興味あればリソースを割いてくれるという事になります。ましてや分野問わず薬学大好きなメグにとっては、これ以上無い位にリソースを割きたい話題ですよね?」

 

「黒い!レイがこの上なく黒いです!しかも、どさくさに紛れて言質取られました!?その謎手腕を私相手に発揮しないで下さい!」

 

「……ごめんねマーガレット。でも、魔法薬学は壊滅的に苦手で、いつも皆にも迷惑をかけちゃうんだ。だから、その……点数云々じゃなくて、コツとかポイントだけでも教えて貰えるかな」

 

 王子様スマイルで何て事を言うんだ!と思ったが、かなり切実な様子のネビルを見て私も割り切る事にした。

 マリエッタ先輩曰く、私は魔法薬学の先生役に回ったらエキサイトして確実に収集付かなくなるだろうとの事だけど、まぁその辺りはレイが上手く取り纏めるだろう。情報の取捨選択はご自分で、というスタンスで突っ走らせて貰おうか。

 

「……私、好きな分野は一切妥協しませんからね」

 

 

「あっマーガレット!やっと見つけた!」

 

 寮への道すがら後ろから私を追ってきたのはパドマだった。手には何故かバスケットを持っている。

 彼女は私に追い付くと、バスケットを私に手渡した。

 

「今日はほとんどご飯食べていなかったでしょ?いつもは健康を意識してバランス良く食べてるのに、朝は気分悪いって言ってすぐに行っちゃったし、お昼も飲み物で済ませていたみたいだったから」

 

「……!わざわざ用意してくれたんですか!?」

 

「ええ。それに今日は……多分、雰囲気は夜も一緒だと思うから、寮の中の方が良いかもしれない。それならマーガレットも落ち着いてご飯食べられるでしょ?お昼のメニューだから、夕飯にはちょっと物足りないかもしれないけど、空腹よりはマシだと思うわ」

 

「ありがとうございます、パドマ」

 

「どういたしまして」

 

 パドマが持ってきてくれたバスケットには、クランペットとキャロットジャム、野菜スープのポットが入っていた。昼食メニューで私がよく選ぶ好きな組み合わせだ。

 前にも先輩方は「今年の一年生はとても仲が良い」と言っていたのを思い出す。それは、言い換えれば仲がよろしくない学年もあって、寧ろそれが見慣れた光景なのかもしれない。

 

『お勉強しか出来ない頭でっかちで、プライドだけはエベレスト級に高くって、その癖に面倒な事は他力本願。しかも表沙汰にならないだけで、実は陰湿なイジメは確実に四寮最多よ?私が生きてた時からそんな感じだったし、今更驚きもしないわね』

 

 朝に会ったマートル先輩の言葉が脳内でリフレインする。

 ……確かにそれも事実なのかもしれない。きっと、そういう側面は確実にあるのだろう。それでも、私は。

 

(腹立たしい事も、嫌な事もあるかもしれないけど……それが全ての本質だとは思いたくない)

 

 今まで私が見て、感じてきた事だって、きっと本質の一部の筈なのだから。一日の出来事だけでそれを否定する理由にはならない。

 バスケットを抱きしめながら、私はそう強く思った。




メグは 寮の闇を 知った!
メグは あだ名を 知った!
メグは 友情の形を 再確認した!

悲しい事に、レイブンクローは本来最も個性を重んじる寮の筈なのに、イジメもまた多いんですよね。でも自分が所属する所の暗部を知るというのも成長の要因だと思うので、テスト前に軽く向き合って貰いました。


【キャラ紹介】

セオドール・ノット
原作ではマルフォイと対等だったスリザリン生。
彼の設定はかなり濃いというか、色々と美味しいのに、その大部分が表に出て来なかったのは勿体ない。セストラルが見える、全体的に身内で纏まっているスリザリンでは恐らく異色な一匹狼というだけでも相当独特なキャラであろうと勝手に思っている。
この話では、主人公とそれなりに友好的だが、真意は如何に。

パドマ・パチル
原作ではDAに参加していたレイブンクロー生。
唯一まともに描写のあるハリーと同級生のレイブンクロー女子でもあり、グリフィンドールに双子の姉がいる。映画版では姉妹揃ってインド系のエキゾチックな美人さんだった。
監督生に選ばれる子だし、グリフィンドールのパーバティも面倒見が良さそうと思われる場面が度々あったので、総合力が高くて皆を纏める学級委員タイプの子という設定にしています。


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一年間の締め括り

「全ての暗記科目を成立する前に滅ぼしたい」

 

 ぼそっと私は呟く。多分、かなり目が据わっていて相当の形相になっている事だろう。一つ深呼吸して、そのまま暴発した。

 

「ぎゃああああ!もう嫌!無理!イヤアァアアアァァ!!暗記科目大嫌い!!文字情報が頭の中で踊ってて気持ち悪い!!大体、同じ人名多すぎる!!ナンチャラ何世とか任意の自然数Xで良いじゃないですかもう!!勝手に代入でもして年代をご自由にご確定させやがり下さいませ、それで万事解決バンザーイ!!ハイッ、もうそのスタンスでいきましょお!!あはははははははははは……!!!」

 

()()()メグがぶっ壊れた……」

 

「まぁ嫌いな科目やってたらそうなるわよね」

 

「分かる、発狂の一つ二つ位したくもなる」

 

「大好きな魔法薬学やってる時のテンションも大概だけど、好きな科目だけじゃ進級出来ないからねぇ……」

 

 私のアクセル全開で絶叫している様子を見ても、友人達はとても冷静だった。たまたま今日発狂したのが私だっただけで、試験前は誰かしらそうなるのだ。連日寮内は阿鼻叫喚の様相を呈している。

 レイブンクロー寮内において、こういった学年末直前の発狂事案は全て一言で要約され、納得されるのが常なのである。

 

 

「試験前だもの、仕方ない」

 

 

 そんなこんなで迎えた学年末試験。

 

 初っ端から魔法史という私にとって最大の敵と対決、尚且つ試験だからカンニング防止用の羽根ペンを使わねばならないため、始まる前からストレスが限界突破しそうなのを何とか耐える。落第点じゃなければ何だって良いという、やけっぱちな気分で問題を解いていく。途中何度かペン先が引っ掛かり、うっかり羽根ペンを折りそうになったせいで、何度もカムバック万年筆!ギブミー上質紙!と叫びたくなったのは、どうでも良い余談である。

 

 地獄の魔法史が終わり、他の筆記試験に移る。最初に一番駄目なのを始末した分、残りはほとんどがサクサクと気楽に解けた。実質生薬な薬草学と実質地学な天文学なんて完全に癒し枠だ。授業が教科書を読んでただけに等しかった闇の魔術に対する防衛術は手応え的に少々怪しいが……まぁ魔法史よりはマシだろう。

 

 一部の科目は筆記試験と共に実技試験も行われる。

 

 妖精の呪文は、パイナップルを机の端から端までタップダンスさせるという内容。私自身の運動神経は皆無だが、リズム感なら自信ある。なかなかキレのある動きでパイナップルを踊らせたと思う。

 変身術は、鼠を嗅ぎたばこ入れに変身させるという内容。美しく完成度の高い物ほど高得点で、逆に尻尾やひげが残ってしまうと減点される。私が作った嗅ぎたばこ入れは、余計な装飾が一切無い超シンプルな仕上がりだった。恐らく私が嗅ぎたばこ入れと言われても全くピンと来なかったのが敗因だ。でもまぁ失敗した訳ではないし、実用性なら抜群な感じだから、総合的には可もなく不可もなくといった具合ではないだろうか。

 

 そして私の大本命たる魔法薬学。

 

 試験内容は「忘れ薬」の調合だった。これは魔法薬の中でも比較的……いやかなり調合しやすい部類で、手順さえ理解していれば非常に簡単である。そんな訳で、最短手順で完成させた私は、割り当てられた時間の九割以上を持て余していた。すると、試験の様子に目を光らせていたスネイプ先生が近くにやって来た。

 

「それだけ時間が余ったのならば、残りの時間でこの『忘れ薬』から派生して作れる魔法薬を可能なだけ調合したまえ」

 

 よしきた、と言わんばかりに次々と薬の量産を開始する。

 この薬、記憶や精神といった超繊細な部位に作用する薬にも関わらず、物凄くシンプルな手順で調合している。だからこそ、実は手順や少し材料を追加するだけで面白い程に違う薬に変化していくのである。完成した忘れ薬を起点にして作るにあたって、私は脳内にて薬の反応する順番を並べ、手元にある材料だけでより多く作れる最短の順番を考察して確定させた。

 

(右に二回かき混ぜて『幻惑薬』、そこから左に一回右に四回攪拌で『恍惚薬』、もう一回左に回せば『陶酔薬』、それから右に七回左に二回もう一度右に七回で『白昼夢の水薬』、左に八回追加で『微睡みの水薬』、ここでこれを加えて──)

 

 反応の起点になる薬が出来上がっているから、反応連鎖で面白い程に派生の薬も完成していく。試験中だって事をうっかり忘れそうになるぐらい楽しい。まさしく一匙の工夫というやつだ。

 

(──液体の色が青に変わったら『瞑想薬』、左右一回ずつ回して『錯乱解除薬』、残り時間は五分……それなら最後はこれとこれを混ぜて右に二回左に一回を五セット繰り返せば『沈黙の鎮静薬』の出来上がり。よしっ、三分弱残しで計算通り完成!)

 

 ズラッと並んだ薬瓶の数々に私も満面の笑みを浮かべた。

 終わり良ければ全て良しとはよく言ったもの。一部教科が瀕死ではあるものの、これをやり遂げただけでも私は大満足なのだ。

 

 

 

 試験の全工程が終わると、生徒達は解放感と諸々の感情を抱きながら思い思いに過ごしていた。結果発表までは自由時間、のんびり有意義に使えるのだ。

 流石に私も試験直後に実験だ何だとやるつもりは無いので、アミーと一緒に湖の畔でピクニック擬きをしていた。試験の手応えを確認した後、一週間の間に「連絡網」の基礎部分を実験的に構築してみるべく準備しようと相談している時だった。

 

「ノリス!ちょっと聞きたい事がある!!」

 

「え、えぇ……?私に何かご用ですか?」

 

 突如後ろから物凄い勢いで声を掛けられる。驚いて振り返ると、何故か全力疾走してきたらしいポッター少年が物凄く焦った様子で立っていた。更に遠くの方へと目を向けると、彼に置いてきぼりにされたのだろうハーマイオニーとウィーズリー少年もこっちに向かって来ていた。正直、ちょっと怖い。

 とりあえず余り人前で話したい内容ではなさそうな雰囲気だったから、私以上に呆気に取られた顔でポッター少年を見ていたアミーに一声掛けて離れた位置へ移動する。

 

「それで、聞きたい事とは?」

 

「この後でスネイプと何か予定を入れていたりしない!?」

 

「はい?……いや、流石に試験後は何もしませんよ。先生方だって採点や評定付けがあるでしょうし」

 

「それじゃ、試験前の出来事でも良いんだけど、何か変わった事はなかったかい!?何でも良いんだ!アイツのプライベートな事とか、ちょっとした言動や些細な変化があれば教えてくれ!!」

 

「はぁ?そんなの知りませんよ。私だって試験前は自分の試験勉強に専念していたんですから。大体、スネイプ先生のプライベートな話なんて私が知る筈ないじゃないですか」

 

 何でそんな情報を私が知っていると思うのか。解せぬ。というかそういう風に決め付けてる(様に私は見えた)時点で、考えている事が大方想像付いてしまった。流石に遺憾の意である。

 

「……要するにスネイプ先生が何か疚しい事をやっていて、私がそれに加担しているとでも言いたいんですか?」

 

「違う、そんなつもりじゃないんだ!ただ、今は時間が惜しいから少しでも情報が欲しいだけで!」

 

「それなら私に聞くだけ無駄かと。知りませんし、興味もありません。それでもまだ何かありますか?」

 

「……ううん、もう無い。呼び出してごめん。前は疑ったりしてたけど、今は君が純粋に魔法薬学が好きなんだろうなって僕も思ってるんだ。でも……あんまりスネイプを信用しない方が良いよ」

 

 言うだけ言うと、友人二人を連れて怒涛の勢いで去っていった。本当に何だったのか。訳が分からない。……ただ去り際の何か覚悟を決めた様な緑の瞳は、何故か妙に頭に残っていた。

 首をひねりつつアミーのいる場所に戻ると、相変わらず胡乱げな表情を隠す事なく浮かべている。

 

「彼、結局何だったの?」

 

「さぁ……?」

 

 私も何が何だかサッパリだが、彼自身の状況もさることながら、私の事を疑ったかと思えば意見求めたりと、随分忙しい人だなとは他人事の様にぼんやりと思っていた。

 

 

 ──彼らが何をしようとしていたのか。それを私が人伝に聞いたのは翌日の事だった。

 様々な噂だけが爆発的に広がっていき、その後にハーマイオニーから話を聞いた。曰く、特大釣り針案件だと思っていた四階の右側の廊下には錬金術で有名な「賢者の石」が隠されていて、それを悪用しようとした輩から防衛戦を繰り広げたのだとか。

 正しい事をしたのだと誇らしげな彼女には申し訳ないが、その話を聞いて私が真っ先に思ったのは「なんて無謀な」と「先生方は何をしてたのか」だった。普通、それは大人の仕事だろうに。少なくとも一年生の彼らがやる事ではないと思う。

 まぁ好き勝手言ってはいるが、所詮は無責任な部外者の感想だ。手放しに称賛出来ないのも、きっと私の感性の問題なのだろう。

 

 私にはどこまでが真相なのか、誇張された噂なのかを確かめる術が無いから分からないが、少なくともその日を境にクィレル先生が姿を消し、二度と見る事が無かった事だけは事実だ。

 

 

「また、一年が過ぎた」

 

 ダンブルドア校長が話し始めると、ざわめきが引いていく。学年末パーティーが開かれている大広間は緑と銀の色で飾られている。最後までスリザリンが独走し続けた結果だ。

 

「それでは寮対抗杯の表彰を行う。点数は次の通りじゃ。四位グリフィンドール、312点。三位ハッフルパフ、352点。二位レイブンクロー、456点。そして一位スリザリン、472点」

 

 結果を聞いて、スリザリンのテーブルから嵐のような歓声が上がる。それは良いのだが、床を踏み鳴らしたり、ゴブレットでテーブルをガンガン叩き鳴らすのはどうかと思った。仮にも貴族の多い寮だろうに、それで良いのかスリザリン。

 

(それにしても16点差……。うーん、要所要所でもう少し頑張っていればその位は取れ……いや、流石にあの時期じゃ難しいですかね。ちょっと悔しいですけど)

 

 半ば八つ当たり的にレイブンクローの得点を稼ごうと頑張ってみたものの、逆転には至らなかった。まぁ、やるだけやった結果だから、私は素直に拍手していたのだが。

 

「よし、よし、スリザリン。よくやった。しかし、つい最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまいて」

 

 その一声で、一気に静まり返った。私も物凄く嫌な予感がする。もし予想通りの展開が起きたら──

 

「駆け込みの点数をいくつか与える。……まず最初は、ロナルド・ウィーズリー君。この何年間かホグワーツで見る事の出来なかったような最高のチェス・ゲームを見せてくれた事を称え、グリフィンドールに60点を与える」

 

 グリフィンドールから天井を吹き飛ばす様な歓声が上がるけど、私は心の中で思わず悪態を吐いた。最悪だ。校長の匙加減一つでこれまで積み重ねた物が全てがひっくり返されるなんて、学校として一番やっては駄目な事だろうに。

 

「次に、ハーマイオニー・グレンジャー嬢。火に囲まれながら、冷静な論理を用いて対処したことを称え、グリフィンドールに50点を与える」

 

 また沸き上がる歓声の数々に、私の機嫌は反比例して急降下していく。もはや真面目に聞いているのも馬鹿らしくてならない。

 

「三番目は、ハリー・ポッター君……その完璧な精神力と、並外れた勇気を称え、グリフィンドールに60点を与える」

 

 耳を劈くような大歓声だ。土壇場の駆け込みのおかげでグリフィンドールはトップのスリザリンと同点で一位に躍り出たのと同時に、レイブンクローが三位へ転落した瞬間のお知らせである。

 校長が手を上げると、大広間は再び静かになる。

 

「勇気にも色々ある。敵に立ち向かっていくのにも大いなる勇気がいる。しかし、味方の友人に立ち向かっていくのにも同じぐらい勇気が必要じゃ。そこで、わしはネビル・ロングボトム君に10点を与えたい」

 

 グリフィンドールは勿論の事、ハッフルパフもレイブンクローも一緒になって総立ちで狂喜乱舞を繰り広げていて、逆にスリザリンは完全にお葬式状態になっている。無理もない。

 ため息と共に思わず「下らない」と呟いてしまったが、見事に喧騒に飲まれて消えた。今はこの場にいるのがただただ苦痛だ。

 校長はにこやかに大広間の装飾を変えたが、その意図がどうあれ私には完全に悪意が有る様にしか感じなかった。そんな上げてから下げる必要がどこにある?せめて得点発表前に加点しておいて、この場では表彰という形にしていれば、まだそこまで傷は深くなかっただろうに。自寮じゃない私がそう感じたという事は、当事者の彼らの心情は察して余りある。そんなに学校全体でスリザリンが嫌いなのであれば、もう別学にでもすればお互いの心の安寧のためにも良いのでは?本当に下らない。見ていて気分が悪い。

 

 あんな茶番劇をこの場で繰り広げた理由は何なのか。

 

 私は別に彼らの駆け込み点数自体が悪いとは思っていない。きっと噂通り色々と凄い事をやったのだろうし、友達のネビルやハーマイオニーが評価されたのは純粋に嬉しい。

 もし、今の得点が噂が広がった直後に加点されてこの結果になっていたなら、私も素直に尊敬の念を込め、皆と一緒に拍手していたに違いない。そうじゃないのは、何て事はない。単純にやり方が気に入らないのだ。

 

(何で、こう……人の努力とか、諸々の想いや感情とかを、こうも遠慮なく踏みにじる真似事を平気でするんですかね。積み重ねは無駄だと言いたいんですか)

 

 とりあえず校長は嫌いになりそうだと、喧騒の中で私は再びため息をついて、手近にあった水を飲み干したのだった。

 

 

 

 翌日、試験の結果が発表された。学年総合一位は薄々予想していたが、案の定ハーマイオニーだった。……もっとも、彼女からすると非常に不本意な結果だったらしいが。各科目が二位止まりだったのをとても悔しがっていた。

 我らがレイブンクローはアンソニーが二位でトップ、マイケルが四位、パドマが七位で上位十人以内に入っていた。納得の面々だ。上位十人は何気に親しい人達が多くて、三位にセオドール、八位にレイが入っていた。昔からレイは私と違って総合力が超高い几帳面なタイプだったからやはり上位に食い込んだと納得する反面、涼しい顔で何事もそつなくこなしているイメージだったから少し八位というのは意外な感じもする。まぁ彼に限って手を抜く訳は無いだろうから、十中八九私の考え過ぎか。

 後は、直接接点は無いけど私に「トリカブト嬢」だなんて呼び名を付けたマルフォイ少年に、パドマのお姉さんのパーバティ、時折お喋りを楽しむ程度に交流のあったハッフルパフのハンナの名前も上位十人の中に入っていた。

 ちなみに私を含めたレイブンクローの面々はどうだったかと言うと、まぁ分かりやすく研究者気質だと再確認した次第である。

 

「マーガレットが魔法薬学、アマンダが天文学、テリーが変身術、マンディが妖精の呪文、そして一位でこそ無いけど意外な伏兵だったのがリサの防衛術とサリーの薬草学の学科二位コンビ……上位十人以外で各科目一位二位が集結するなんて珍しいわね……」

 

 結果を見た先輩方は軒並み称賛半分呆れ半分の反応だった。

 偏りに偏りまくっているため、総合順位は上位層に入るか否か、中の上よりは上かという具合になっているが、得意科目に関しては最高に良い点数を取れた。逆に苦手科目は辛うじて、ギリギリ及第点という惨憺たる状態だが、落としていないから許容範囲だ。

 

「ねぇマーガレット。いえ、あなたに限った話じゃないけど、もう少しだけ苦手な科目も頑張りましょう?せっかく難関の魔法薬学が凄い点数なのに勿体ないわよ!?」

 

 ──いや、先輩の皆様は許容範囲じゃないらしい。マリエッタ先輩にガシッと掴まれて本気の眼差しで言われた。とりあえず、少しでも苦手克服をするべく頑張ろうと思った。

 

 

「随分と書類を貰ったみたいですが、どうしたんですか?」

 

 帰路に向かう特急の中でレイに聞かれて、私は読み進める作業を一旦中止する。確かに彼が言う通り、私の手には先生方から渡された多種多様の書類があった。

 

「フリットウィック先生とスネイプ先生から渡されまして。フリットウィック先生の方は、透明人間(インビジブル)の性質を調べるにあたっての資料です。本当は試験後すぐに渡す予定だったのがゴタゴタで年度末になったらしいですけど、どのみち本格的に検証を始めるのは来年度なので私としては全く問題ありません」

 

「かなり多くないですか!?」

 

「本当に先生様々って感じですよねぇ……色々な可能性を鑑みて、民間伝承レベルの資料まで用意して下さったんです。自分の体質が絡んでいなければ、純粋に興味深い話ばかりですよ……」

 

「……後で僕も読んでみて良いですか?」

 

「勿論です!」

 

 二つ返事で了承しつつ、書類の束を並び変える。こっちは量こそ多くは無いが、中身が非常に重要なやつだ。

 

「それと、こっちがスネイプ先生から渡された書類なんですけど、端的に言うと資格取得についての案内ですね」

 

「資格?魔法薬学関連の、という事ですか?」

 

「そうなんです!えぇと『危険薬・毒薬取扱者資格』『魔法薬販売者』『魔法調剤補助』だそうです。今後の進路に関わらず持っていて損は無いと仰ってました」

 

「危険薬に毒薬……そうですね、君の場合は持っていた方が絶対に良いと思います!間違いなく!」

 

 ……物凄い勢いで肯定されたが、別にそういう類いの薬を悪用するつもりは無いのだけど。まぁそれはともかく、先生が言うには正直魔法界の資格や称号はガバカバで、魔法省が執り行うOWL試験やNEWT試験の結果以外はほとんど有って無い様な物らしいが、持っていれば確実に色々出来るとのこと。何より一番大きいのは万が一の際、身を守る保険にもなるそうだ。

 それとは関係無しに、好きな事をやる上で資格を取れるのは嬉しいから私もこの三種は取得を視野に勉強していくつもりである。

 

 来年度もまだまだたくさん学ぶ事も、考える事もある。全てが円満とは言い難いけど、確かな収穫も多かった一年を終えて、私達は夏休みを迎える。

 来年も実りある一年になると良いなと思いながら、駅に着いた私はとりあえず駆け出した。

 

「──ただいま!」




色々あったり、思ったりしつつ、無事に一年生を終えました!
「賢者の石」編は番外編(というか他者視点)を一話挟んで完結する予定ですので、もう少しお楽しみ頂けると幸いです。
あ、本編の流れを変えない程度にレイブンクローへしれっと30点加点しましたが、ちょっとした親心的なものです。本編の大逆転に比べたら可愛いレベル……だと思いたい。


【オリジナル設定】

・試験の時に量産してた魔法薬
主人公がこの一年間で突き進んだ集大成。試験でも歪みない。
忘れ薬が出発点なので、記憶や精神に関わる薬が量産されてます。

・魔法薬関連資格の数々
文字通り魔法薬学に関する資格。ぶっちゃけ単なる肩書き。
非常に申し上げにくいが、わりと魔法界って細かい所がガバカバで、資格なんぞそれこそ魔法省がしっかりやっている(方だと思われる)OWLとNEWT、姿くらましの試験以外は重要視されていなそうだけど、何せ主人公が毒薬フリークなのでそういう資格があれば色々安心よね、という感じのものです。
イギリスの資格制度が全く分からないので、ほぼ日本で取得出来る資格のオマージュに近いです。というよりも、ほぼ魔法版の危険物取扱者、登録販売者、医師事務作業補助みたいな感じです。


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闇鍋より迷走する考察

 どんな場面に於いても、持たざる者というのは何処まで行っても異端であり、異質な存在だ。

 私の場合、生家において「持っている」事が当然だったものすら持たなかったという事情もあり、殊更生きにくさを抱えざるを得なかった。勿論、これに関しては誰のせいでも無い。しかしながら、だからと言って無条件で許容して貰えるほど甘くはなかった。ただそれだけの話だ。

「生き延びたくば、今持っている物を死ぬ気で使え」

 ……父親が私にそう言ったのは何時の事だったか。
 少なくとも、父親の言葉の真意を理解するより先に、それが決して脅しでもハッタリでもなく紛れも無い事実だと思い知る方が遥かに早かった事だけは今でも覚えている。
 早い話、生きにくい世界の中で私が抹消されずに生き残る為には形振りなど一切構っている猶予すらなかったのである。

── 筆者不明のとある手記より、一部抜粋



 彼女の人となりを、ハリー・ポッターは掴みあぐねている。

 

 マーガレット・ノリスとのファーストコンタクトは、ハロウィンのトロール事件の時に偶然居合わせていた事がきっかけだった。その時はほぼ会話もなく、特に彼女に関しては印象も残らなかった。せいぜい分かった事と言えば、どうやらハーマイオニーの勉強友達であるらしい事と、今のところ余り話した事が無い同寮生のレイモンド・バラードと幼馴染らしいという事だけだ。

 正直に言うと彼女に関してはそれ以上に興味を抱く訳でもなく、ただ同級生にそういう子がいると頭の片隅に認識された程度に留まっていたのだ。

 

 

 次に彼女の名前が浮上してきたのは、ひょんなきっかけで四階の右側の廊下に宝が隠されていると知った際の事だ。ハリー達から見ると怪しさしか感じられない容疑者筆頭のスネイプが気に入っているらしい女子生徒がいて、それがノリスだった。

 当然の事ながら、彼の親友であるロンは真っ先に彼女を疑った。レイブンクロー生でありながら、スネイプやスリザリン生と懇意にしている様子からスパイに違いないと憤慨していた。その都度ハーマイオニーはノリスを庇って反論していたが、ハリーもあんな奴らと親しくする理由が全く分からない以上、ノリスは限りなく怪しいと思っていた。

 

 ……もっとも、全くの偶然が重なってノリスから話を聞いて以降は、少なくともハリーの中では多少なりとも認識が変わったが。

 話の噛み合わないトンチンカンな押し問答の末に繰り広げた会話は、ただの学問好きとしか思えない内容で、これを理由にノリスを疑い続けるのは勘違いを加速させているだけの様に思えたのだ。

 

「それじゃ……ノリスにとってスネイプってどういう人?」

 

「魔法薬学の教授ですけれど」

 

「いや、そうじゃなくて!」

 

「それ以外に何と答えれば良いのですか?強い拘りのある研究者?でも、正直言って高等学問で研究職に付いている方って、あの手のタイプが多いですよ。気難しくて嫌味も普通に飛んで来ますけど、確たる価値観の中で自分の研究に没頭し続ける事が出来る。要するにそれも一種の才能の形。尊敬しますね」

 

「……尊敬?アイツを?」

 

「えぇ。()()()()()()()スネイプ先生を心から尊敬していますよ。……まぁ人の好みに口を挟みませんけど、学業に関しては先生の好き嫌いと科目の好き嫌いを安直に結び付けていると後々損しますよ、とだけは言っておきます。あぁ、もしお望みでしたら、古今東西、津々浦々、ありとあらゆる薬学の面白さや魅力を語り倒して差し上げましょうか?何時間でもお話しする自信がありますよ?」

 

 流石にそんな話を何時間も聞かされるなんて冗談じゃない!その時点でハリーはロンと共に脱兎の如く逃走した。

 研究者として名を馳せた偉人は何かしらズレた変人が多かったと何かで聞いた気がするけれど、まさしく彼女はそういうタイプであるらしいと察した。ロンはまだ疑っている様子だったが、既にハリーの中ではノリスが理解出来ないタイプであるものの、悪人と呼ばれるタイプとは違うだろうと認識しつつあった。

 

 

 そこから更に件のノリスに対して印象が変わったのは、クリスマス休暇中に「みぞの鏡」を見てからである。

 鏡の中に見た両親と姉の姿。彼らが生きていたならば、一緒に過ごしていただろう家族の姿。今のハリーの境遇からすると、その鏡像は余りにも甘美で残酷な光景だった。ダンブルドアの説得もあって何とか現実に戻ってこれたのだが、今度は一回りして違う可能性に行き着いてしまったのだ。

 

 鏡の姉──シャーロットとマーガレット・ノリスはどことなく似ている様な気がする。ならば……きっと他人の可能性が高いだろうが、もし、もしも彼女がダーズリー達とは違う親戚なら、わざわざあの一家に頼らなくて済むのではないか。ハーマイオニーから聞いた話だと彼女は医者の娘であるらしい。ならば、せめて成人するまでだけでも良いからもう一人ぐらい置いて貰えないだろうか。食事を抜かれたり虐げられたりさえしなければ、雑用も、手伝いも、なんなら病院の掃除だって喜んでするのに。……そんな思いが強くなっていったのである。

 

 残念ながら、ノリスはハリーの望む答えは持ち合わせていなかった。けれども一度抱いた幻想というものは、本人の意思とは関係無しに膨らみ続けるものである。

 クィディッチの試合にドラゴン事件、試験を経て「賢者の石」の攻防戦という普通とは違う多忙の合間に埋没していったとはいえ、根本的にハリーは家族に飢えていた。

 

 ──だから、自分で考えている以上にハリーは無意識レベルで家族を望んでいて、その自覚すら出来ていない非常に強い願望は後々まで深く影響を及ぼしていく事になるのである。

 

 

 彼女を見た瞬間、セブルス・スネイプは心底驚いた。

 

 今年は遂に「生き残った男の子」であるハリー・ポッターが入学する年を迎えた。死ぬ程憎んだ奴の息子であると同時に、最愛の初恋の人の息子を守る事が彼に課された任務だ。

 だが、正直言ってリリーの息子の件以外は大方例年と代わり映えしないだろうし、彼が何かと世話になっているルシウス・マルフォイの息子といった数少ない例外を除けば、特筆すべき新入生など特に入ってはくるまいと考えていた。

 

 だからこそ、全く何も意識していなかったレイブンクローとハッフルパフの合同授業で、何気なく最前列に座っていた女子生徒と目が合った時、セブルスは心臓が止まるかと本気で思ったのだ。

 

(なっ──その瞳は、リリー!?)

 

 見間違える筈も無い、緑のアーモンドアイ。記憶に焼き付いて離れない彼女の瞳と、その女子生徒──マーガレット・ノリスの瞳は間違いなく同じだった。

 何故、どうしてと混乱したのも束の間、セブルスは彼女の教科書に気付いた。一瞥しただけでも分かるぐらい読み込まれ、たくさんの付箋紙やインデックス、メモ用紙が貼ってあり、明らかに他の新入生達のものと比べると非常に分厚くなっている。普通に考えれば誰かから譲り受けた物だろうが、少なくとも彼が学生の頃から今に至るまで、そこまで魔法薬学に熱心な者は彼自身を除いていなかった筈だ。ならば、もしかして……そんな好奇心とも期待とも言える気持ちが湧いて、お手並み拝見と言わんばかりにマーガレットを指名してみると事にした。

 

「……どうやら、早くも高学年で習う内容まで読み込む程に熱心な者もいるらしい。それではミス・ノリス、お答え願おうか」

 

 ……指名した瞬間、何故か嬉しそうな顔をされた。そんな喜色満面なマーガレットに在りし日のリリーの笑顔をうっかり思い出してしまい、常時不機嫌全開な己の仏頂面に対して感謝する程度には、この時のセブルスは心中複雑な気分だった。

 

 

 さて、結論から言うと、マーガレットは真性の薬学好きである。正確には薬学好きなど優しいレベルを遥かに超えた、ある種の薬学狂いとも言うべき次元だった。

 

 ここまで薬学において見込みがある生徒も非常に珍しい。その日の問答とて、セブルスの立場や後々の面倒事を考えて必要最低限の加点だけに留めたものの、本音を言えばもっと加点して然るべきの返答だった。仮にマーガレットがスリザリン生だったならば、間違いなくもう一桁は多く加点していただろうに。

 自ら教科書に書き込んで改良するのはセブルス自身も学生時代にやっていたが、彼女はどうやらマグルの薬にも精通しているらしく、調べて情報を更新し続けるのに留まらず、独自の観点での考察検証までするタイプであるらしかった。セブルスにとっても今まで見た事の無いタイプなのは間違いない。……流石に素晴らしい満面の笑顔を浮かべながら「毒こそ薬学の浪漫の真髄」だと宣言された時には、本気でヤバい思想でも持っているのか案じたものだが。

 うっとりした表情でトリカブトやジギタリスといった毒草について語りつつも本人には一切他意が無い様子なのと、どうやらマグルの薬は毒と紙一重というのが基本概念らしいと理解した為、とりあえずセブルスもその辺りは深く気にしない事にした。

 

 ハリー・ポッターの護衛(日頃の言動の為にセブルスの方が敵にしか見えない)とクィレルの監視(同様の理由でどちらが悪人なのか分からない)日々の傍ら、時間の合間を使ってマーガレットに魔法薬学の特別講習を行っていたが、最初の戸惑いと一抹の不安は何処へやら、途中からセブルス自身も研究に熱が入って、気付いたらストッパー不在のまま色々な意味で有意義な時間へと変わっていた。特に、迂闊に魔法薬とマグルの医薬品を混ぜたら予測不能の劇物・毒物・危険物の数々を爆誕させると分かってからは、より一層の研究熱が燃え上がったのは言うまでもない。

 彼女自身、レイブンクロー生らしく学問好きであり、時たま実験でエキサイトする以外は至って真面目かつ品行方正な生徒だ。誰とは言わないが、普段から無駄に振り回される事の多いセブルスからすれば、その辺りもかなり好印象である。

 

 ただ、以前よりはマーガレットとリリーを重ねる事は格段に減ったとはいえ、やはりふとした時に彼女の面影に近いものを感じる事があった。そして、彼自身がそう感じる理由を単なる気のせいだと考える程、セブルスは愚鈍ではない。

 

 ──もしやマーガレット・ノリスは跡形も残さず消えたとされるシャーロット・ポッター本人ではないのか?

 

 だが、もし仮にそうならば、あのダンブルドアが何も動かない筈がない。秘密主義の校長とはいえ、何か彼女に対して動いている様子は少なくともセブルスが分かる範囲では皆無だ。

 それに、セブルス自身も時折浮かぶ己の推測に対して賛同しかねていた。確かに、リリーと瞳は非常に似ている。だが、それだけなのだ。言わば、パーツが似ているだけ。意識して共通する部分を探そうとすると、途端に緑の瞳すら全くの別人に見えてくる始末だ。

 

 あの忌々しいポッターですら、確かにリリーの息子だと思わざるを得ない程に親子関係を感じるというのに、マーガレットの場合、良く似た瞳に面影を感じても、それはやはり良く似た他人止まりでしか認識出来ない。

 

 ──ならば彼女はリリーとはエヴァンス家の血筋繋がりの遠縁の可能性があるのではないだろうか?

 

 色々と分からない事が多い現状、それがセブルスにとって最もしっくり来る結論だった。リリーに姉がいるのは当然知っているが、他にどんな親戚がいるかなんてセブルスは知らない。もし、リリーの親戚縁者の先に繋がりがあるというならば、妙に面影を感じる他人のそら似になるのも納得だ。

 とはいえ、この一年間でマーガレット・ノリスという生徒はそういったセブルスの私情とは関係なく薬学研究者として将来有望な生徒という立ち位置を築き上げている。

 ひとまず彼女の血縁関係はさておき、純粋に教員として育成したいと感じた生徒だ。来年以降も存分にその興味や知識欲を活かし、伸ばせたらさぞ愉快に違いない。

 

 

 ……ところで、実のところセブルスが密かに気に掛けている生徒がもう一人いる。何かとトラブルの中心地にいるポッター達と同じグリフィンドールの新入生、レイモンド・バラード。黒髪に灰眼という見た目のせいでポッターとセットで認識した瞬間は凄まじい拒否反応を起こしかけたが、冷静になればそもそも何で自分が反応したのが不思議なぐらい特徴の無い少年だ。グリフィンドール生にしては珍しく、至って物静かで大人しい、良くも悪くも目立たない没個性タイプとも言えるだろう。

 彼自身もポッターとはあまりつるまず、基本離れた場所を陣取ってネビル・ロングボトムと毎回組んでいて、失敗しそうになるのを先回りで止めるのが常である。何より単独ならばポッターの様に外見だけで憎悪が沸き上がる事も無いので、とりあえず今のところ普通に接する様にはしている。

 

 それはさておき、事前の申し送りを見て、義手に常時服薬必須とは入学前から随分と散々な状態で難儀な事だとは思っていた。だがそれだけだ。

 流れが変わったのは、実家から一週間分の処方を毎週送って貰っているという現状を見兼ねたマダム・ポンフリーとグリフィンドール寮監のマクゴナガルから学校の方で調合は出来ないのかと尋ねられた事により、彼の薬も調合を受け持つ運びとなった辺りだろう。正直マグルの薬品など専門外も良いところだが、ご丁寧にもレシピに成分毎の処方目的が書かれてあったのと、偶然なのか魔法薬とそこまで大差無い材料が多かったのもあって解析は出来た。

 それにしても、だ。鎮痛系の成分はともかく、老け薬と縮み薬を同時に飲んでいるのとほぼ同義である配合にはほとほと首を傾げざるを得なかった。どうやら想像以上に複雑な持病を抱えているらしい彼に、思わず柄にも無く同情してしまった。

 

 彼もまた、誰かに似ている様な気がしてならない。けれども、何度確認したところで認識するのは記憶に無い没個性の姿だけだ。

 どうしてこうも厄介な学年に、他人のそら似レベルながら誰かしらに似た者の入学が重なるのか。これが偶然なのか、作為的なのかは分からないが、これ以上厄介な事が起きなければ良いとセブルスは内心で切実に思った。

 

 

()()と遭遇した時、セオドール・ノットは密かに笑った。

 

 その二人を見つけたのは、ホグワーツへ向かう特急の中だった。実はかなり早い段階で列車に乗っていた彼は、敢えてコンパートメントを確保せずに座席を探している振りをしながら一両ずつ歩いていた。何故か?セオドールは()()()()()()()()()()()()()()()()、入学後も付き合うべき人か否かを選別していたのだ。

 セオドールの選別方法の真意を知る者はいないに等しい。同じ純血貴族の知人達や彼の父親ですら、単なる面食いだと認識している位だ。セオドールからすれば容姿なんてオマケの価値すら無い情報なのだが、敢えて教える気も無いので適当に受け流している。

 

 今は亡きセオドールの母は杖を振る魔法以外の事が殊更長けている人だった。彼がそんな母親から教わった技術の数々。数多の魔法具の作り方と使い方、記憶に纏わる魔法に特殊な隠蔽魔法、そして──相手の顔からある程度の血筋や系譜を割り出す骨格鑑定。

 仕組みが明確でない学問は蔑ろにされがちという例に漏れず、骨格鑑定はほとんど重要視されない。しかしセオドールからすれば、そこから得られる情報は下手な秘宝やら何やらを出されるよりも、遥かに信用するに値する。

 

 だからこそ、特急の中で愉快な二人組を見つけた時は驚き以上に笑いが込み上げてきたものだ。母親みたいに血筋の分布を含めた精密な鑑定は出来ずとも、頭に叩き込んだ貴族目録の系図を鑑みながら骨格鑑定をしていれば、自ずと彼らが「誰」なのか答えが出てくる。……周りが特に注目していない状況から察するに、まだ誰も彼らについて感付いてすらいないのだろう。

 

(へぇ、一体どういう風の吹き回しだ?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってだけでもなかなか愉快だっていうのに、一緒にいる相方は……まさか過ぎる。貴族録の内容を信じるなら、あの家って生き残っている奴ははみ出し者一人だけっていう没落っぷりの筈だが、まぁ、誰かしらの隠し子がいたってところが順当か)

 

 輪郭以外はパッと見ただけだと周知されているポッター家の要素が見つけ辛い少女の方はまだともかく、もう片方に至っては分かりやすく特徴的だというのに完全スルーとは。あれで何故に気付かないのか、逆に不思議で仕方ないとセオドールは思った。

 

 ……人との付き合いは打算ありきだとセオドールは考えている。呑気に仲良しこよしで七年間を費やす気も無い。

 脳裏に浮かぶのは年老いたやもめの父親だ。聖28家の旧家として、長らく続く純血貴族の一族として、今も変わらず血に拘る根っからの純血主義者。かつては古参の死喰い人でもあったが、闇の帝王が倒されてからは一転してもぎ取った無罪の名の下に、それなりの地位を持続させながら平穏を享受し続けている。その在り方は些か矛盾していて、何かの拍子に全てがひっくり返される危険を孕んでいるにも関わらず、父親はこれからもそのスタンスを通すらしい。ならば、自分はどう転んでも良い様に、あの二人と繋がりを持っておくのというのは悪くない選択肢だと彼は判断した。

 

 彼にとって必要なのは、己の実力だけで固めた確実な地盤。親の七光りだけで作る威光なんて、少し揺らいだだけで親もろとも道連れになって崩されるだけだ。

 男手一つでここまで育ててくれた父親に対して敬意はあるし、自分自身も負けず劣らず血に誇りと拘りがあるのは認めよう。だが、それとこれは別の話だ。特に今も変わらずに敬愛して止まない母親から、死喰い人絡みの苦労話をそれなりに聞かされていた身としては、断じて同じ轍を踏みたくないのだ。家の名を背負う以上はそこに付随する責務も当然果たすが、流石に死喰い人やら何やらという前時代の事まで背負うのは御免である。彼とて自分の人生くらい自分で選択肢を選びたいのだ。

 仮初めではない、何があっても変わらない安寧の為ならば彼は何だって利用する。

 

(さて、あの二人の今の名前は本名か否か。本名なら本家の近くと繋がりがあるんだろうが……まぁ、高確率で違う名前だろうな)

 

 雰囲気的に、取っ掛かりやすそうなのはシャーロット・ポッターの方だろうか。一緒にいる少年の方は恐らく高確率で警戒されると思っておくべきかもしれない。

 どっちにしろ、それなりの距離感で接点を作るのが今すべき最重要項目なのは間違いない。まずは上手く相席にならない事には何も始まらないのだ。

 控え目にノックをすると、予想に反して少年の方が応答してコンパートメントの扉を開けた。

 

「……相席しても構わないか?」

 

 さて、ここからどう転ぶのか……表情には出さずとも、権謀術数にも似た策略をセオドールは脳裏で手繰り寄せていた。




これにて「賢者の石」は完結です!

番外編の他者視点は彼女達に関して思う事。上から順に願望混じり、疑念あり、看破しているという現状のお三方でした。
とりあえず、セオドールがプロットよりも1.5倍は打算的なキャラになりましたけど、他の三寮ならともかくスリザリンで一匹狼貫くって相当計算高くないと単なるインテリボッチ状態になるのでは?と思ったのであんな感じになりました。

一年次はとにかく伏線をばら蒔くと決めていたのもあって、ハロウィン以外はそこまで原作組と関わる事もなく、案外平穏な学生生活となりましたが、二年次以降は原作でも更に事件とイベントが盛りだくさんになってきますので、否応なしに主人公達も巻き込まれていく事でしょう!(多分)

学年が上がっても主人公に我が道を爆走させる所存でございますので、引き続きお楽しみ頂けますと幸いです。


R2.6.11 一部加筆訂正


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秘密の部屋
ラプソディ・イン・ブルー


 青は奇跡の色だと、言ったのは誰だったか。

 

 青色、というものは世界に氾濫している数々の色の中で飛び抜けて再現性が低く、製造の難易度が高い。それ故に昔は青色顔料というのは宝石や鉱物を粉末にして使っていたのもあって非常に希少かつ高価な物だし、今とて合成法は解明されているものの、滅茶苦茶コストが掛かったり収率が見合わないものになったりで、これまた単価が高い物が少なくない。だからこそ青い鳥は幸せの象徴だし、青い薔薇は不可能と奇跡の象徴となっている訳で。

 少々脱線したが、つまるところ何が言いたいかというと、青という色は分野を問わず研究者が独自に作り出すにあたって最も高難易度の一つだというのが、私もよく知る化学においても例外なく共通見解に含まれている。

 

「……共通見解だと思ってたんですけどね」

 

 フラスコの中身を覗き込みながら、私は呟く。

 まぁ、魔法が存在している時点で共通見解も何もあったものではないが。私が手にするフラスコには、それはもう見事な青色の物質が揺らめいている。アズレンとかブリリアントブルーが泣いて逃げ出しそうなこの液体を振って攪拌しながら、つくづく魔法って不思議だと独りごちた。ベースに使った物の影響なのか、相変わらず脳がバグる色彩と味になる。この色からはおおよそ見当もつかない風味になった瞬間、思わず爆笑したのも記憶に新しい。

 

「まっ、でも今はそんな些末な事なんぞ後回しですよね!せっかく完成した訳ですし、レッツ検証ターイム!」

 

 

 そう、夏休みという時間たっぷり持て余す期間を利用して、私は遂に魔法薬用の賦形剤を完成させたのである!貯金をはたいてエトワールアンプルを鉢植えごと買った甲斐があったものだ。夏休み中の課題?そんなもの、日記形式の宿題を除き、私の美学に則り全て仕上げたので問題ない。通常の宿題は当日中、長期の時は継続してやる物以外は開始三日以内、どうしても不測の事態が起きても必ず一週間以内には片付ける。これが私の美学なのである。……まぁ正確に言えば、私の時間はとにかく好きな事の為に使いたい、時は金なり、有効に使ってこそ輝くというのがモットー(という名の本音)だという話なのだが。誰だって好きでもない事なんかに長々と時間を費やして、貴重な自由時間を減らしたくはないだろう。

 プチ理科室(元診察室)から意気揚々と飛び出した私が向かった先はというと、愛すべき我が幼馴染の部屋だ。

 

「レイ、少しお時間頂いても大丈夫ですか?」

 

「はい?別に構いませ、ん……」

 

 部屋から出てきたレイだったが、私の白衣と安全メガネを確認するや否や物凄い早さでドアを閉めようとしてきた。解せぬ、そんな時限爆弾でも見た様なリアクションをされるなんて!慌ててドアノブを掴んで閉め出されるのを阻止する。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!何で閉めるんですか!?まだ何も言っていないです!お願いだから無言で閉めないで!?」

 

「君がそのお馴染みの格好をしているって事は実験中ですよね!?身の危険を感じるので嫌です!」

 

「流石に危険な事に巻き込んだりはしませんって!安全確認は私が前もってキッチリやってます!レイには最終確認を行って欲しいだけです!というか本当に話だけでも聞いて下さいーっ!」

 

 不毛なドアの引っ張り合いは私の握力が早々に白旗を上げた事ですぐに終わった。自分で自覚しているレベルを大幅に上回る貧弱さを露呈させた握力の無さに落ち込みつつ、とりあえずドア越しに何をしていたのかを弁明する。いや、疚しい事は何も無いから弁明というのも何か変かもしれないが。

 部屋に一旦立て籠ったレイはというと、とりあえず説明を聞いて納得(根負け?)したらしく、ややあってから諦めた様な表情で出てきてくれた。

 

「……それにしても、凄い執念ですね。話を聞いていた限り、魔法薬を甘くするってほぼ不可能な領域だと正直思っていました」

 

「方向性はなんとなく見えてましたので。そこから、毒を生まない程度にケミカル全開っていう指針を突き詰めてみたんです。毒性検査の為に使っていたエトワールアンプルを賦形剤のベースにするっていうのは、完全に逆転の発想でしたけど」

 

「はぁ……少なくとも毒にはならないのは確かですよね?」

 

「そこは念入りに、徹底的に、重箱の隅を突くぐらいしっかりと確認したので大丈夫です。味もケミケミしいだけで無害ですよ?」

 

「ケミケミしい」

 

「エトワールアンプル以外は基本こっちの合成化合物を使っていますからね。合成感が半端ないお味なのは間違いないです」

 

「基本的に僕はメグの料理の腕前には全幅の信頼を置いています。ですが、実験になると何を出されるのか予測不能で怖いというのが本音です。本当に大丈夫なんですよね?」

 

「まぁ……少なくとも以前作った漢方茶の牛乳煮込み(チャイミルクティになり損ねた失敗作)に比べたら、遥かにマシかと。混ぜて味覚兵器になったものは私が試飲した時点でレシピから排除しましたし」

 

 中途半端に余っていた期限間近のスパイスを纏めて有効活用しようと実験ついでに調合したら、とんでもなく不味い代物に仕上がった悲劇を思い出す。……あれは芸術的に酷かった。理論上の配合計算と手順は合っていた筈なのだが、どうも鍋の火加減と組み合わせた紅茶がいけなかったらしい。

 私と同様にあの苦甘不味い謎液体を思い出したらしいレイから、色々と含みを持たせた視線を寄越される。

 

「……ちなみにちょっとした好奇心なんですけれど、君が言うその味覚兵器になった失敗作ってどういう感じだったんですか?」

 

「うーん……恐らくですけど、珈琲にコーラとオレンジジュースとブルーハワイのシロップをぶち込んで微量のゼラチンで緩く固めてみれば再現出来る感じかと。控え目に言って激マズです」

 

「………………」

 

 無言ながらも彼のブルーグレーの瞳にはありありと「本当に大丈夫なんだろうな」と言いたげなのが浮かんでいたが、その辺りは私がちゃんと実証済みだから敢えて彼の視線をスルーする。

 プチ理科室に舞い戻り、賦形剤をグラスに移してレイに渡した。

 

「これが件の魔法薬専用の賦形剤です。あっ、その前に一つ確認なんですけど、レイが学校で飲む魔法薬ってトリカブトみたいな毒性成分は入っていませんよね?」

 

「ええ。というより最初から毒薬を作るとかでない限り、魔法薬でそんなものを使うのって余程のレアケースなのでは?」

 

「それなら良いんです。なにせベースにエトワールアンプルを使った影響で、毒成分を感知するとすぐ変質しちゃうのが難点でして。医薬品でも結構反応しちゃうので、今のところは通常の魔法薬限定ってところの仕上がりです」

 

 もっとも、その魔法薬と合わせて本当に大丈夫かどうかは、休み明けにスネイプ先生に最終確認してもらってからになるが。

 さて、理論上の仕組みと独自の検証をクリアした「試作29号」改め「魔法薬シロップ1号」をどう試すのかというと、何て事はない。魔法薬に見立てた苦味の強い飲み物と混ぜて、苦いか否かを確認してもらうだけである。

 確認の流れを説明して、ビーカーで淹れておいた珈琲もレイに渡すと更に微妙な表情になった。

 

「魔法薬代わりの珈琲……これ、君が普段飲むやつですよね……」

 

「はい。マーガレットカスタムブレンドの飛びっきり深煎りです。私的には美味しくカフェインを脳に叩き込めて好きなんですけど、レイからすれば魔法薬の苦味代わりになるかと思いまして」

 

「まぁ、確かに。僕が確認すべきは、混ぜて飲んだ時に珈琲の味が消えるかどうか……で良いですか」

 

「はい!私も自分で試しましたけど、客観的な感想も欲しいので、何卒ご協力お願いします!」

 

 レイは一つため息をつくと、混合した液体を一気に飲み干した。彼の整った眉が一瞬動いたものの、それ以上は特別表情に変化は見られなかった。飲み終わってから少し反芻する様に考え込んで、そこから結論付けたのか漸く笑顔をみせた。

 

「うん。確かに珈琲の味はしないですし、シロップの味だけで苦味は完全に消えますね。ただ、君の言う『ケミケミしい』って意味も良く分かりました。なんでしょう、この世に存在しない味と言いますか、分かりやすく合成した味……なんでしょうね」

 

「ざっくり言うと、フラスコから生み出した青いオレンジジュースですからね。小児科で使うシロップ薬よりも薬っぽさは無いと思いますが、その分どうしても不自然なケミカル感は強くなりますね。──どうでしょうか、もしこれで苦味を緩和して魔法薬を飲む事になった場合、苦痛が伴いますか?」

 

「……いいえ。多少の不自然さはあれども、苦痛ではありません。僕としても、休み明けからの服薬にメグが開発したシロップを併用する許可が下りてくれる事を願っています」

 

 それを聞いて、私も嬉しくなった。本当にこれだから、この分野は研究の遣り甲斐があって止められない。私自身の興味が満たせる上に、それが誰かの役に立つなんて研究者冥利に尽きる。

 だから、私もつられて満面の笑みで答えた。

 

「むふ、喜んで貰えて何よりです!」

 

 

 さて、この夏休みの期間中に自分である程度調べておかねばならない事はもう一つある。──言わずもがな、私の正体不明な特異体質である透明人間(インビジブル)についてだ。

 フリットウィック先生から頂いた「透明」に纏わる資料を眺めながら、どれが一番自分に当てはまっているのか考える。

 

(単に透明になると言っても、思った以上に含まれる範囲が広いですね……要は系統によって大きく意味合いが変わってくる……)

 

 消えるという特性は色々なパターンがある。

 隠蔽、幻惑、透過そして消滅……これは前にも考えた。不可視、認識阻害、隠遁、同化、変身、非干渉──この内の何種類かは元を辿れば似た系統に統合出来るだろうが、さてこの場合は如何に。

 

(本当、自分の事じゃなければ面白い資料なのに。……自他相互とも一切の干渉を受け付けなくする「霊体化」……これならありそう。自分を別の存在として認識させる「身代わり」……うーん、ハロウィンの時に貫通した事実から考えると却下ですかねぇ。幽体離脱とか生き霊とかになってくると、もはや魔法じゃなくてオカルトとかホラーの領域になってきますね。まぁ、そもそも肉体ごと貫通してた時点でこの線も消えるでしょうけど)

 

 東洋の秘術には離魂術とかいう魂と肉体を一時的に切り離して別行動させるというものもあるとか。自由自在に行動出来て、認識の可否も本人次第である反面、厳密な時間制限と仮死状態が副作用として伴うそうな。秘術だなんてなかなか壮大で興味深い内容だが、流石にそんな恐ろしい能力ではないと思いたい。大体、あの場から肉体は動いていなかった筈である。

 

 この一年間で魔法に質量保存も物理法則もあったものじゃないというのは、身に染みる程に理解せざるを得なかった。なので、この際自分が霧なり蜃気楼みたいな形態、あるいは守護霊でもアストラルでも良い、何かしらに変化していたとしても今更驚くまい。

 一時的に光学迷彩が掛かる?霊体化してそこに在るだけの存在になる?それとも空気に溶ける?──どっちでも良い。でも自分が消えてしまうのだけは嫌だ。だって、考えてもみて欲しい。もし能力が発動している間は私が消滅してしまうというのならば、その時の私は何処にいるというのだろう。そして、再び現れた私が本当にそれまでの私だと誰が証明出来ると言うのか。

 ……なんて事を延々と考えていたら、頭が痛くなってきた。一旦ぐるぐると堂々巡りを繰り返す思考を強制的に打ち切る。資料を置いてベッドにダイブしてため息をついた。

 

「……哲学的な考え方は、完全に専門外なんですけどね」

 

 自覚はしているが、本当に私はそういう事を考えるのに向いていないらしい。大体、消滅するって何だ。自分で自己の実在を疑うとか完全に狂気の領域だろうに。いくら私が変人の部類に含まれようと、幾らなんでもそこまでトチ狂った覚えはない。

 

「でも……それでも消えるのは、嫌。消えたくない」

 

 あぁ違う、狂っているのではなくて私は怖いのだ。そして、納得して安心したいのだ。確かに私がいる証明がしたい。

 例えば、ここで可溶物質を水に溶かして水溶液を作ったとする。無色透明の溶液は見た目ではそこに元の物質が存在しているのか判然としないが、pHや試薬反応を調べて順番に分析していけば、客観的なデータとして存在を証明出来る。──ならば、私は?

 完全に袋小路に入っていた私だったが、部屋のドアをノックされた事により現実に引き戻された。この叩き方はレイだろう。

 

 この前と逆のパターンだなと思いながらドアを開けたら、案の定レイがいた。彼は私を見て微かに眉を寄せた。

 

「ちょっとメグ……なんて表情してるんですか」

 

「……そんなに酷い顔をしてます?」

 

「少なくとも、思い詰めている様に見えます。何か悩み事でも……もしかして、透明人間(インビジブル)の資料を読んで考察していましたか?」

 

「凄い、一発で看破されました……」

 

「そりゃあ、君との付き合いも何だかんだで十年以上になりますからね。それ位はもう、見れば分かりますよ」

 

 そう言うとレイは私の目を見る様にして話し始める。彼の静かな眼差しは昔から冷静な気持ちを取り戻させてくれる。テスト前に発狂した時も、悪夢を見た時もこうやって落ち着かせてくれた。本当にこういう時は彼に頭が上がらない。

 

「……僕の経験上、考えが纏まらない状態で根を詰めたところで、ろくな結果にならないです。少なくとも透明人間(インビジブル)は先生が安全対策を施した上で検証するのでしょう?今この場で一人で行って解決しなければならない訳じゃないんです。必要以上に精神を削って思い詰める必要はありませんよ」

 

「………………」

 

「そもそも、この炎天下では思考判断力が鈍るからこその夏休みですからね?どこまでも気になった事は探究しようとする君の姿勢は確かに美点ですが、それで自分を追い詰めていたら本末転倒もいいところです。一旦休憩しましょう」

 

「休憩、ですか?」

 

「頭をリセットしたら、案外違う事が見えてくるかもしれませんよ?丁度ドクターがアイスクリームを買ってきたと仰っていましたので、クールダウンついでに糖分補給は如何ですか?」

 

「アイスクリーム……!食べます!」

 

 思った以上に私は単純らしく、レイのおかげで浮上してきた気持ちは完全にアイスクリームという単語で引っ張り上げられた。我ながら単純過ぎる。でもまぁ、確かに堂々巡りで根を詰めても時間の無駄かもしれない。

 

 それに、だ。少なくとも私が今この場に存在しているのは、紛れもない事実である。まだ私は消えてはいないのだ。




「秘密の部屋」の二年生が始まりました。
夏休み中も実験諸々でエキサイトしたり、自分の事で悩んだりする主人公。じっくり悩むのも青春ならではですから、今のうちに存分に思考を巡らせ給えよという感じの休暇中でございます!


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自叙伝とうがい薬

 学校から新学期から使う新しい教科書の一覧が届いた。当たり前だ。学校なのだから学年に応じた教科書を使うに決まっている。

 二年生用の呪文集等々といった一式を新規購入する必要がある。そりゃそうだ。そんなもの論じるまででもない。

 普通だったら深く考える事なくリストを確認し、なるべく早く予定を立てて購入し、乱丁落丁の類いが無いかの確認もしつつ予習する。あわよくば好きな分野はセルフ改訂まで行う。それがホグワーツに入学する前から行ってきていて、学生の夏休みにおける当たり前のルーチンだと微塵も疑っていなかった。

 ……ところで、私とレイは新規購入教科書リストを眺めながら、現在進行形で絶賛困惑中である。それには深い(?)理由がある。

 

「……残念な事に文学分野は専門外ですゆえ、これらの良し悪しが全く分からないのですが……小説?」

 

「教科書に指定される位ですので、少なくとも小説ではなく自叙伝だとは思うんですけれども……この筆者が教科書になる程に偉大な人かと言われると……うーん……」

 

 そう、一部の教科書が余りにも教科書らしくないラインナップの数々が並んでいたのである。これは著者のネーミングセンスの問題なのか、それとも魔法界での出版社がこういう本こそノーマルだという認識なのか……

 私は改めてリストの教科書名を眺める。「泣き妖怪バンシーとのナウな休日」「グールお化けとのクールな散策」「狼男との大いなる山歩き」エトセトラ、エトセトラ。これで計七冊。……何これ。

 著者は全て同じ人でギルデロイ・ロックハートなる人の書籍らしい。人には興味が無い私からすると、ここまでこの人物の本を揃えさせる必要性がいまいち理解出来ない。

 

「この際、この本の良し悪しについては一旦置いておくとします。ですがこれで防衛術を学んで、身に付きますかね……?正直、去年の授業でも余りよろしくないというか、成績的にはこの科目、実は魔法史の次に問題ありなんですけれど……」

 

 流石にこれ以上壊滅的な科目が増えると不味い。魔法薬学一点突破で成績を維持している状態だから、リカバリーが利かなくなるというのは即ち学業が死ぬ事を意味しているのだ。余りにも不味い。

 戦々恐々としながら狼狽える私を見て、レイは本日何度目か分からないため息をついた。

 

「僕で良ければ防衛術を教えましょうか?薬学分野は君の方が僕よりも遥か上をいっているでしょうが、闇の魔術に対する防衛術なら得意科目の一つですし。メグさえ嫌でなければ学科・実技どちらもお付き合いしますが……」

 

「是非!是非ともご教示お願いいたしますっ!!嫌なんてとんでもないです!!あ、出来れば去年の範囲分から遡って教えて頂けると、非常に助かります……」

 

「分かりました。それでは此所で実技が出来ない分、休み中に座学の方を復習しましょう。どうせ教科書を購入するのですから、そのまま予習もある程度まではやっておくべきでしょうね」

 

 

 タイミングがとことん最悪だったと言わざるを得ない。

 

 新学期に向けて買い物をするべく私達は二人でダイアゴン横丁に赴いていた。入り口である漏れ鍋の近くまではドクターも一緒だったけれど、横丁には入らず近くのカフェで待っていると言って別行動をしている。実は去年の入学前、横丁ツアーの後に訪れた時もそうだった。あの時はドクターも用事があるという事で、最寄り駅までの送り迎えだけお願いする形となったが、今日はドクターの予定が空いている日。今度こそドクターも含めて三人一緒に……と思ったけど、横丁に入ろうとしない理由を聞いて納得してしまった。

 曰く、魔法使いのしきたりにそぐわない者が無作法に土足で踏み入れる真似はしたくない、とのこと。住み分けが原則であろう所へ勝手に入ってしまうのは、ドレスコードのある高級店や一見さんお断りの料亭にジャージで突入するのと変わらないと言われると、確かにその通りかもしれない。何せ、一年間見てきただけでも分かる程に魔法界という場所は、それこそ私が思っている以上に閉鎖的かつ保守的なのだから。

 余計なトラブルを回避する為には、自分から不用意に関わらないというドクターの判断は正しいだろう。……久々に三人での外出だと思っていただけに少し寂しいと思ったのは、私だけの秘密だ。

 

 私の密かな心情はさておき、ゆっくりで良いと言われつつもドクターを待たせている手前、極力寄り道はせずに買い物を済ませようと時間が掛からない所から順番に回っていたのだが……

 最後から二番目の予定の書店が非常に混んでいる。ロンドン市内のラッシュアワー並みに混雑しているかもしれない。とにかく人でごった返しているが、特にマダム達がたくさん集まっている。

 どうしてこんなに混んでるのかを確認しようとしたが、腹立たしい事に相変わらずの背の低さっぷりを披露している私の身長だと、こういう時はひたすら群衆の壁しか見えない。私よりは身長の高いレイが貼ってある掲示を見てくれたが、混んでいる理由を確認するや否や面倒そうな表情を浮かべた。

 

「あー……今からサイン会ですか……。買い物をするタイミングとしては、最悪ですね」

 

「はぁ、サイン会。どなたか有名人でもいらっしゃると」

 

「……無駄に冊数の多い教科書の著者殿ですよ。それにしても大々的にサイン会ですか……随分と御自身の偉業を誇っていらっしゃる様で何よりです。どうせなら、こんな一番混雑する時期の書店内ではなく、もっと華々しく広い場所でなさればよろしいでしょうに」

 

 心なしかレイが辛辣だ。物言いこそ丁寧だが、意訳すると完全に「邪魔だ他所でやれ」と言っている。恐らく当社比数割増しレベルで機嫌が悪い。それとなくその事を指摘したら、ダークスマイルを浮かべた。なまじ美形なだけにレイの黒い笑顔は凄味がある。

 

「ふふ。熱狂的なご婦人達の集まり方を見て、件の人物のタイプがおおよそ想像が付きましてね。ほらマグルでもいるでしょう?人気の俳優の情報を常にキャッチして追跡し続ける類いの方々が。あれと似た様な状況って事ですよ」

 

「アイドルの追っかけみたいなものですか……仮にも教科書の著者なので、ご本人は顔だけ人間じゃないと良いんですけど」

 

「どうでしょうねぇ……。さて、それにしてもどうしましょうか。この様子だとじっくり本なんて選んでいられませんし、先にペットショップに向かいますか?」

 

「……動物を連れてこの人混みの中をかき分けるのは流石に迷惑でしょうし、何より動物が可哀想なので教科書だけ購入しちゃいましょう。本当は参考書とか論文も一緒に見たかったんですけど、そっちはもう割り切って後日纏めて、という方が良さそうな──」

 

 私の言葉は一帯に響き渡った黄色い歓声に掻き消された。壇上にでも上がったらしく、大興奮している魔女達の向こう側にライラック色のローブを着た人が歓声に応えているのが見える。その瞬間、直感で悟った。……あ、駄目だ。一番苦手なタイプだ。

 単なるファンサービスなのだろうが、自分の本を持って「私だ」とポーズを決めている様子が私には自己顕示欲をひけらかしている様にしか見えない時点で無理だった。人間模様の観察で学んだ事だが、この手のタイプは「自分は自分、他人は他人」という理屈が通用しない。そして、勝手に他人と比較して、自分のプライドを完璧に満たす形で肯定して貰えないと暴発する。平たく言えば、とにかく面倒くさい。その人自身に全く興味無い私からすると、いかに自分が凄いかという自慢話を延々と聞かされても、正直リアクションのしようが無い。それ故に、高確率で相手が最もムカつくらしい無関心という名の地雷を、私は全く意図せず踏み抜く訳である。

 感情を剥き出しにしてくる人にも同じ事が言えるのだが、この手合を含め私が苦手とした人達は軒並み地雷を踏むと後々まで粘着されて面倒な事この上ない。反りが合わないなら関わらないが通用しないから困る。トラブル回避は危険察知と同義。上手く対処出来ないタイプは最初から認識されない方がお互いの為なのだ。

 

「……とにかくまずは集団の外側を突破しましょう」

 

「で、店内に入ったら教科書の売り場に一直線ですね」

 

 最短脱出を合言葉に教科書購入に走る。普段の書店巡りでは考えられないスピードで買い物を終えると、速やかに離脱あるのみ。途中、哀れにもロックハート氏に宣伝道具扱いで捕獲されたと思われるポッター少年の姿が見えた。お気の毒に。心の中で合掌しつつ、私達はそそくさとその場を立ち去ったのだった。

 私達が去った後、ニアミスで同級生の親達による乱闘騒ぎやら何やらがあったらしいが、運良く回避出来た私達には無関係、知ったこっちゃない。……とまぁ余裕ぶっていたが、「先生の好き嫌いと科目の好き嫌いを安直に結び付けていると後々損しますよ」と他人に言った言葉がまさかブーメランになって直撃するとは、この時点では夢にも思っていなかった。

 

 

 

 書店で教科書の購入を終えれば、ラストはペットショップに寄るだけだ。昨年はとりあえず二人揃ってスルーしたが、今の私は飼う気満々である。

 

「それで、メグはどの動物を飼うか決めているのですか?」

 

「はい!カエルにします!」

 

「えっ?か、カエル?……意外ですね。あのミセス・ノリスにさえ臆せず構うぐらい猫好きなので、てっきり猫を飼いたいのかと思っていましたが」

 

「もちろん猫も非常に魅力的ですし、梟も捨てがたいです」

 

「……それでは、その三種類の中から敢えてカエルを選んだ理由を尋ねても良いですか?」

 

 私の返答が予想外だったらしく、レイがかなり驚いた様に聞き返す。確かに普通ならペットとしては選ばないと思うが、今回はれっきとした理由があるのだ。

 

「ほら、二年生からはクラブ活動に参加出来るでしょう?クラブって言ってもクィディッチ一択みたいな感じかと思っていたら、聖歌隊があるみたいなんです!」

 

「聖歌隊……ああ、なるほど『カエルの聖歌隊』だからですか」

 

「オーディションあるみたいなので、聖歌隊に入れるかは分かりませんけど、少なくともパートナーのカエルは必要かと思いまして。まぁ確かに、ペットは梟がダントツで多いですけど」

 

「学校から正式に許可が下りているとはいえ、恐らくカエルは少数派ですね。ですが、僕がネビルのトレバー以外のペットのカエルを見た事が無いだけであって、聖歌隊が編成されるぐらいには意外と一定数連れて来ている方がいるんでしょうね。……実は、後で実験行きなんていう可哀想なオチがあったらどうしようかと」

 

「ちょっとレイ!偏見です!寧ろ、何で私がそんな事をするなんて思ったんですか!?」

 

「いえ、ネズミを使った実験を躊躇なくやっていた印象がありましたので、もしやカエルもと思いましたので」

 

「私はそんな悪魔じゃないですよ!?確かに薬学実験では被験者役として動物を使わせて貰う事もありますけど……それだって必要最低限、決して快楽趣味でやっている訳じゃないです!流石にそんな風に見られているなら、断固抗議します!心外の極みです!」

 

「それは……そうですね。失礼しました」

 

「大体、仮に実験目的での購入ならば、わざわざペットショップ経由だなんて、めちゃくちゃ愛着が湧くような選び方もしません。そこまで私は冷血じゃないですー」

 

 聖歌隊に入れれば一番だが、もしオーディションに通らなかった時は家でホルンを吹く時にでも合奏してくれると嬉しいなぐらいにはパートナーを意識しているというのに、あんまりな誤解をされているらしい。というか、私ってそういう人に見えるのだろうか。

 少し落ち込みつつペットショップに入ったら、店員さんにも似た様なリアクションをされてずっこけた。どうやら近年はペットにカエルを選ぶ子供って本当に珍しい部類であるとみた。

 聖歌隊の相方を探していると伝えると納得した様子で案内されたが想像以上に種類が多い。初めて見る種類のカエルは恐らく魔法界独自のものなのだろう。あと、何気に大きい。

 

「あ」

 

 どの子が良いかなと眺めていたら、模様が無いカエルが一匹いる事に気付いた。シンプルながら随分と光沢がある。銅みたいな色も相まって真鍮でコーティングされているみたいだという印象だ。

 私は杖の時もそうだったが、どうもシンプルな造形のものに縁があるとみた。それに、私が愛用しているホルンのベルに色が似ているのもポイントが高い。よし決めた。

 

「すみません、この子をお願いします」

 

 店員さんには模様が無いカエルで良いのかと何度か確認されたけど、私としてはこの金属味のあるツルツル加減を特に気に入っているので何ら問題はない。

 必要な物も含めて会計を終え、待たせていたレイの所に行くと彼は黒猫を眺めていた。当初、ペットを飼いたいと言ったのは私だけだったが、どうやらレイの様子を見るにかなり琴線に触れる何かがあったらしい。普段から抑制的というか、何が欲しいという欲求をほとんど言わない彼が珍しく心惹かれている。

 

「お待たせしました。それにしても可愛い猫ちゃんですねぇ」

 

「………………」

 

「レイはペットを飼わないんですか?」

 

 さりげなく後押しする様に聞いてみる。いつもレイは他人の望みを優先にして自分を後回しにする様な節があるのだから、こういう時ぐらい自分に忠実でも何ら罰はあたるまい。

 レイがこの黒猫を飼った暁には、盛大に私もモフらせて貰おうという魂胆があったのは否定しない。というか、かなりあった。

 

 

「なるほど、その子がレイの心を射止めた猫なんだね」

 

「すみませんドクター、最初からペットを飼うつもりだったメグはともかく、僕は予定していなかった筈なのですが……」

 

「レイならきちんと世話をするだろうし、君に関してはこういう時ぐらい自分の欲求に従うのも大事だよ。アニマルセラピーっていうものがあるぐらいだし、君は自分で思っている以上に世話好きで面倒見が良いからピッタリじゃないかな」

 

 所変わって、我が家たる研究所。

 お待たせしていたドクターと合流してから私達は帰宅していた。そして買い物での出来事やら何やらを話す傍ら、予定外のペットについてレイが申し訳なさそうに言ったら、ドクターがあっけらかんとそう返した。

 私はというと二人の会話を聞きつつ、これからの相棒となるカエルの名前を付けるべく、ひたすら名前の候補を挙げ続けていた。

 

「アスピリン、イブプロフェン……駄目ですか。ミルリノン、アリスキレン、カプトプリル……これもお気に召しませんか。それなら……フェノバルビタール、ロルメタゼパム、シスプラチン、クレスチン、テオフィリン、エリスロマイシン、クラリスロマイシン、インスリン、バソプレシン──」

 

 延々と名前を提示するものの、目の前のカエルは一向に反応が返ってこない。拘りがあってなかなか難しい相棒であるらしい。逆に何とも言えない表情で私を見ているのはドクターとレイである。ややあってからドクターが若干額を押さえつつ私に尋ねた。

 

「待ってメグ、さっきから薬品名列挙しているけどもしかしてカエルに命名する名前候補かな!?」

 

「はい。流石にペットに薬の試作品みたいなカエル1号って名付けるのは可哀想なので、素敵な名前を付けようと思いまして」

 

「……そっか。とりあえず、インスリンとかバソプレシンのホルモン系は止めてあげようか?名前って魂に直接掛かる一番強い呪文って言われるぐらいだから、流石にその辺りはね?」

 

 余りにも名前らしからぬという事でストップが掛かってしまったけど、さてどうしたものか。他に何か良さげな名前はと考えて、ふと思い浮かんだ。

 

「──アズ。アズノールは如何でしょうか?」

 

 それまで見事な無反応だったカエルが初めて一声鳴いた。うん、なかなか良い声をしている。とりあえず、私はそれを名前として認識した故の反応だろうと解釈した。一緒に聖歌隊目指しましょうと声を掛けると、また一声。意志疎通も悪くなさそうだ。

 満足している私を他所に、殿方二人組は更に頭を抱えていた。正確にはレイが若干半眼になっていて、何故かドクターが爆笑する一歩手前になっている。

 

「君の引き出しから鑑みて、アズノールも薬の名前ですよね」

 

「……アズノールって……それをカエルに付けるセンス……」

 

「はい、そうです。アズレンスルホン酸ナトリウム水和物含有の、抗炎症作用のある青いうがい薬です。でも響き的にも悪くないでしょう?ところでドクター、なにゆえツボに嵌まっていらっしゃるのかサッパリなのですけど」

 

「……本当に君はぶれませんね、メグ……」

 

「カエルにうがい薬……薬局のカエル、ブフッ!」

 

「えぇ……?そんなに笑います??」

 

 何でドクターがそこまで爆笑しているのか分からなかった私は、とりあえず話題を変えるべく、レイの方へ向き直った。彼の膝の上で優雅に丸まっている黒猫を見る。

 

「ところで、レイはその猫ちゃんの名前をもう決めたんですか?」

 

「えぇ、まぁ。ミモザ、という名前にするつもりです」

 

 ミモザと名付けられた黒猫は、相変わらず丸まりながら尻尾をぱたりと動かしてみせた。なんだろうこの可愛い生き物は。後でレイに頼んで毛並みを満喫させて貰おう。

 それぞれの相棒を連れての新学期に私は思いを馳せた。




ギリギリでサイン会周りのトラブルを回避しつつのペットを購入。カエルの聖歌隊の為とはいえ、割とその辺りの趣味は母親譲りかもしれない。
……ちなみに余談ですが、作者は雨蛙は平気ですけどガマガエルは学校での緑化活動の際にうっかり事故って鷲掴みして以降、ちょっとトラウマで苦手だったりします。あの時は滅茶苦茶怖かった……


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恋焦がれる新学期

 夏休みも終わり、学校への旅路再び。

 

 出発するまでの流れは去年とほとんど変わらない。強いて言うなら、去年の経験を踏まえて前日までに荷造りと作り置きの料理は全て終わらせていたのぐらいだろうか。更に言うと朝一番に当日の朝食と昼食を私が用意する傍ら、貴重品とペットのケージだけ持ってそのまま家を出れる様にレイが二人分の荷物をドクターの車に積み込んでおくという時短連携プレーを敢行した。しかも几帳面な彼らしく取り出し易い積み方に磨きが掛かっているというオプション付き。もはや外出前のもたつきとは無縁だ。

 そんなこんなで去年以上に余裕を持ってコンパートメントを確保出来たおかげで、本格的に混雑する前にレイの誕生日を祝いながらのんびりしていた。

 ちなみに、今年はインクセットを贈った。万年筆用のインクなのだが羽根ペンでも使えるから何ら問題無い。というかこれも去年の経験から分かった事だが、意外とこちらのインクは総じて筆記に特化している分使い勝手が良いのだ。魔術的効果は全く望めないが耐水性と耐光性は魔法界のインクよりも高いらしく、羊皮紙に書いてもそうそう退色劣化しないのがポイントなのである。

 

 さて、去年とどう変わったのかと言うと同伴者の存在だ。私達はそれぞれアズノールとミモザを連れているのもあってか、気持ち的には大所帯染みている気分なのである。

 そして何より違うのは、相席している相手が去年のセオドールではなく、今年はどこかで夢想的な雰囲気を纏いながら雑誌を眺めている女の子──ルーナ・ラブグッドという新入生である事だ。

 

 

 彼女とのファーストコンタクトは少し前に遡る。

 我ながら曖昧な言い方だと思うが、本当に気付いたら彼女と相席でコンパートメントを相席していた。まぁ別に誰が相席だろうとそちらが嫌じゃなければ気にしない、来る者拒まず去る者追わずだから良いのだけども、余りにも極自然に馴染んでいたのには驚いた。一瞬、私のイマジナリーフレンドとかだったらどうしようと内心で思ったのは内緒だ。

 

「私、ルーナ。ルーナ・ラブグッド。今年から入学するの」

 

 いつの間にか相席していた彼女に驚く私達を他所に、どこか夢見る様な口調で自己紹介された。これまた唐突な挨拶に面食らったが、相手が名乗ったのだから礼儀としてこちらも名乗るべきだろう。

 

「私はマーガレット・ノリスです。レイブンクローの二年です」

 

「グリフィンドール二年、レイモンド・バラードと申します」

 

 私達の返答に、ルーナは目を瞬いた。微かに首を傾げるとカブのイヤリングがちらりと見える。コルク栓のネックレスもだけど、なかなかに独特の感性を持っているらしい。

 

「二人は同級生だったんだね。私、てっきりもっと年が離れているのかと思った」

 

「あはは……よく言われます」

 

 私としてはそんなに自分って子供っぽいのかと思わなくないが、そもそも私自身が小学校に入るまでレイを年上だと思っていたのだから、客観的に見てそうなるのも無理はないのかもしれない。

 

「見えているものだけが全てじゃないもんね。過去の偉人だって寝ている時に時間旅行をして、いつの間にか何度も人生繰り返してるんだもん。きっとレイモンドも違う時間が流れているんだよ」

 

「あー、前世とかそういうやつですかね。確かにありそう。少年の見た目に反して、実は数百歳クラスのご長老だったというぐらいの衝撃の事実が有ったり無かったり?」

 

「……流石に無いです。残念ながらそこまで人間を逸脱した覚えもありません。だいたい数百歳クラスって、ニコラス・フラメルじゃあるまいし。というか、まさか君の口から前世だなんて言葉が出てくるだなんて思ってもいませんでしたよ、メグ。その手の話は科学と理論の世界から最も遠い部類ではありませんか?」

 

「単に齢12歳のお爺様って字面からして、なかなかシュールで面白いかと思いまして。魔法があるんですから、そういう奇跡の類いの一つ二つぐらい普通に転がっていそうですし」

 

「……君ってたまに現実主義(リアリスト)なのか空想主義(ロマンチスト)なのか分からなくなる事を言い出しますよね……」

 

「──それはね、ラックスパートが飛んでいるからだよ」

 

 ふわふわした口調ながら、楽しそうに答えたルーナの方を私達は見る。いつの間にか取り出していたらしい雑誌を何故か逆さまに持って眺めつつ、耳に杖を挟むという独自スタイルを更に極めていたが、それはともかく気になった事を尋ねた。

 

「……ラックスパート?」

 

「えぇと、ルーナ……ラックスパートって何ですか?」

 

「ラックスパートはね、目には見えないけど、人間の耳から頭に入り込んで頭をボーっとさせる生き物のことだよ。ボーっとしちゃうから、色々な事を無意識で考えちゃうんだ」

 

「へぇ……??」

 

 何だかよく分からないが、どうやら世界にはそんな不思議な生き物が存在するらしい。でもまぁ、私から見れば魔法なんて非科学の最たるものが堂々と存在しているのだから、そういう未知生物を含めて何でもありなのだろう。……多分。

 

 

 そんなこんな会話をしつつ、各々好き勝手に過ごしつつ。簡潔に言うと非常にまったりしていた。緊張感ゼロで空気がとても緩い。まぁ、平和なのは良い事だ。どうやらルーナは魔法生物が好きで、色々と調べたりもしているらしい。そして手にしているザ・クィブラーという雑誌はお父様が編集長として発刊しているそうで、親子で不思議な生物を見つけるのが夢なのだとか。

 

「しわしわ角スノーカックをいつか見つけたいんだ」

 

「それも魔法生物なのでしょうか?」

 

「うん。パパが言ってたから、見つけて記事にしたいの。ちなみに角を突っつくと爆発するんだって」

 

「……それってエルンペントなのでは?」

 

 時折レイからの突っ込みが入るものの、こうやって好きな分野について語る子は一緒にいて楽しい。ルーナは普通の動物も好きである様で、アズノールやミモザを見て目を輝かせたりもしていた。

 話に花を咲かせているうちに今回も車内販売のおばさんが来たけど、表面の光沢がどうしてもアズノールと被るせいで蛙チョコを食べる気にはならず、魔女の大鍋ケーキを買った。……買ったは良いが、明らかに一人で全部食べきれる量でもなかったから、レイとルーナにも三分の一ずつ渡して消費を手伝って頂いた。なお、あくまでもお近づきの印としてであり、決して餌付けでは無い。

 

 そんな中、のほほんとしたコンパートメントに現れたのはハーマイオニーだった。何故かどこか焦っている様な面持ちだ。

 

「お久しぶりです。ハーマイオニー」

 

「久しぶりね、マーガレット。それにレイモンドも。ええと、一緒にいる子は新入生?」

 

「はい。彼女はルーナ・ラブグッド、今年入学する子です。ルーナ、こちらの彼女はハーマイオニー・グレンジャーで、私と同級生のグリフィンドール生です」

 

「よろしくね」

 

「こちらこそよろしく。……って挨拶もそこそこで申し訳ないんだけど、このコンパートメントにハリーとロン来なかった!?」

 

「えっミスター・ポッターとミスター・ウィーズリーのお二方ですか?……いえ、こちらには来ていないですし、そもそも私達の所には絶対顔を出したりはしないと思いますよ?」

 

 私の返答にハーマイオニーは分かりやすくガックリとしていた。話を聞くと、どうやら彼らと一緒に駅へ向かっていたらしいウィーズリー家のご兄妹はみんな揃っているのに、肝心の二人がどこにもいないのだそうだ。……それって状況から察するにホームに入る前のキングズクロス駅ではぐれたか、人混みでごたついているうちに乗り遅れたのでは……?

 

「ハリー・ポッターだもん、空をひとっ飛びしているんだよ」

 

 恐らく似た想像でもしているのか各々言葉に詰まっていたら、ふわふわとした雰囲気のまま唐突にルーナがそう言い出した。確かにハリー・ポッターはクィディッチの花形選手に異例の抜擢されるぐらい凄腕の箒の乗り手と名高いが、幾らなんでも同級生と二人分の荷物を乗せながら列車と並走するのは物理的に無理だと思う。そう思ったのだが。

 

「でも、空を飛んでるよ。ほら、見て」

 

 ルーナが窓の方を指し示した。彼女の指につられる様に私もそちらを眺め、そのまま絶句した。困惑していたレイと、怪訝そうな表情でルーナを見ていたハーマイオニーも同様である。一瞬の沈黙の後、真っ先にハーマイオニーが声にならない悲鳴を上げた。次いで私達も騒然とする。

 

「う、嘘でしょ!?まさか、ハリー達はアレに乗っているの!?信じられない!?無茶苦茶にも程があるわ!!」

 

「え?え!?何で車が飛んでいるんですか!?というか誰が運転しているんです!?乗っているのが噂のお二人だけなら、無免許運転なんじゃ……」

 

「免許以前に、どう見ても魔法で改造したとしか思えないあの車自体が法律違反です……!運転者はもちろん、車の持ち主も普通に罰せられる事案ですよ」

 

 まさに、どうしてそうなったと言うしかない。ここまで来ると、行動力が有り過ぎるのも考え物かもしれない。再び距離が開いたのか、車窓からは未確認飛行物体さながらに飛行している車は見えなくなり、コンパートメントは奇妙な沈黙に包まれる。ややあってから、レイが静かに呟いた。

 

「……僕の記憶が正しければ、確か彼はペットに梟を連れていたと思うのですが。何かしらのトラブルで乗り遅れたにしろ、梟で学校に連絡を入れて待機していれば済んだ話だったでしょうに」

 

 何で車を使うという発想になったのか、この疑問に答える者はいなかった。というか多分みんな思っていた事だった。

 

 

 途中、衝撃場面を目撃する羽目になったものの、ちゃんと正規の手段である列車通学をしていた私達自身は別にトラブルも無く目的地まで辿り着いた。

 駅から別行動になる一年生のルーナと別れ、私達は一足先に学校へと向かう。馬車に乗るらしいが、牽引している馬が見えない。私の透明人間(インビジブル)と同じく、透明体質でも持った動物なのだろうか。

 幽霊船ならぬ幽霊馬車に乗っている気分で少々落ち着かないが、そのうちこれも適応して慣れるのか。些か自信無い。

 

「………………」

 

「レイ?何か見えるんですか?」

 

「……いえ」

 

 彼は軽く否定するものの、恐らく牽引している馬?が見えているのだろう。差異の条件は分からない。ただ馬車に乗って移動するだけにも関わらず、馬車の馬が見えようと見えまいとどちらにしろ複雑な気分を味わわされるとは、つくづく魔法界は謎に満ちている。

 しかし「見えない」という特性はかなり気になる。私の体質解明の為にも後で調べてみようと内心で思った。

 

 

 久しぶりの友人達と談笑しつつ、新入生の組分けを見守る。ガチガチに緊張している様子は非常に微笑ましいし、去年は組分けを見られる側だった私達がこうやって最初から受け入れる側にいると考えると何だか感慨深い。……ところで、寮監が揃っている筈の大広間にて、現在進行形でスネイプ先生が不在である。更には列車乗り遅れた&車で空をドライブした疑惑のある二人組の姿も未だに見えない。何と言うか、お察し申し上げる。きっと到着早々こってりと絞られているに違いない。

 

 そんな事はさておき、順調に組分けが進んでいく中、イザベラ・フォーセットという子が点呼された瞬間、アミーは器用に片眉を上げてみせた。名字がアミーと一緒なので親戚だろうか。

 

「ベルだわ。あの子、あたしの妹なのよ」

 

「あら!妹さんいたんですね」

 

 アミーの言葉に反応して、今しがた組分けされている女の子を改めて眺める。数秒の沈黙の後、イザベラはハッフルパフに決まった。赤みがかった茶髪のツインテールを揺らしながら、彼女は楽しそうにハッフルパフのテーブルに向かう姿は何とも微笑ましい。

 

「可愛いらしい子ですね」

 

「まーね!身内贔屓関係なく、あたしの可愛い妹なのは間違いないわ。お洒落と恋バナが大好きな、分かりやすくイマドキの子な節はあるけど、基本的には素直な子だし──」

 

「な、なぁフォーセット!さっきの子って妹なのか!?」

 

 私達の会話に同級生の男子が割り込んで来た。その瞬間のアミーを見てしまった私は思わず頭を抱えたくなった。近くに居合わせたアンソニー達三人組やサリー、マリエッタ先輩達も危険を察知したらしく微妙に表情が引き攣っている。

 

「えぇそうよ、ステビンス。それが何かしら?」

 

「あの子はイザベラっていうんだな!フォーセットよりもおっとりした感じで可愛いな。彼女ってどういうのが好みなんだ?」

 

(うわあああああステビンスううう!馬鹿あぁぁああ!!)

 

 色々な意味でアミーの地雷を確実に踏み抜いたであろうステビンスに、固唾を飲んで聞き耳を立てていた私達は一様に青ざめた。恋は盲目という言葉は確かにあるが、無自覚に彼女を貶めているとも取れる言動をするに飽きたらず、その相手に実の妹を口説く気満々としか思えない台詞を普通言うか!?

 アミーは静かに微笑みを浮かべている。なお、笑っているのは口元だけで、目は全く笑っていない。

 

「そうねぇ……あたしから妹に関してあんたに言える事は、今のところ一言だけだわ──手ェ出したら、こう、だからね?」

 

「ハ、ハイ、ワカリマシタ……」

 

 ステビンスのネクタイを掴みながら、親指で首を掻っ切るジェスチャーをしてみせたアミーに、流石のステビンスも真っ青になりながら頷くしか無かった様である。当たり前だ。

 

 

 こちら側ではちょっとしたいざこざがあったものの、私達の時みたいな有名人枠の人も特にいなかった事もあり、新入生の組分け自体は実にスムーズに行われ、各寮へと分けられていく。

 列車で相席したルーナがレイブンクローになり、私の隣にやって来た。笑顔で迎えながら思った。ルーナって青色や紺色が滅茶苦茶似合う。それに何よりも前年度にロバート先輩が言っていた「我が道を行く生徒」にピッタリ当てはまりそうだ。

 最後の一人であるウィーズリー家の女の子がグリフィンドールに決まった所で無事に全員の組分けが終わった。そこまでは(一部を除き)和気藹々として良かったのだが。

 

「……嘘でしょ?」

 

 新学期の大広間で私は今、打ちひしがれていた。

 

 ホグワーツに人事担当者なぞ存在するのかは不明だが、今の私の心情としてはその人に中指を立てて差し上げたい気分だ。ひたすらにお恨み申し上げたく候、まことに恐縮でございますが御逝去あそばしていただければ幸甚に存じます──という趣旨を教員の採用に携わった奴に叩き付けてやりたい。もっと端的かつ直接的な表現をするなら、ふざけんな死に晒せトリニトロトルエン頭にぶつけてやろうかゴルァぐらいは言いたい。

 

 何があったのかは実にシンプルだ。教授席──それも闇の魔術に対する防衛術の担当者の位置であのやたらと買わされた小説自叙伝の作者殿、ギルデロイ・ロックハートが無駄に華々しく手を振っている。全力で現実逃避したいが、要はそういう事だ。

 特にかの人物に危害を加えられたとかそういう事は全く無いのだが、何かもう、本能的に受け付けない。理由は知らん。寧ろ私が知りたい。でも苦手なものは苦手なのだ。

 これにより、私にとって苦手側の二番手である防衛術までもが、もれなく死亡診断書(という名の落第点)を書かれる危険が跳ね上がった訳である。どうしてくれるんだ。

 

「……ウッソでしょお?」

 

 何よりも私が打ちのめされたのは、あの人が紹介された瞬間の友人達を含めた大多数の女子生徒のリアクションである。アイドルの追っかけとは斯くいう者達なのか。所謂「黄色い悲鳴」を至近距離で聞くと頭蓋骨が激しく揺さぶられるという事を初めて知った。一つ賢くなったが、鼓膜と脳細胞にダメージが無いか心配だ。

 目を輝かせているパドマに顔を真っ赤にしているリサ、うっとりとした表情を浮かべているのはマンディだ。サリーも満更では無さそうだし、頼みのアミーは何だか楽しい玩具を見つけた様な笑顔で教師席を見ていた。そんな有り様になっているのはレイブンクローだけではない。各寮の女子の多くが似たり寄ったりの状態になっている。他人に対するガードが他三寮に比べて遥かに硬い筈のスリザリンでさえ、一部の女子生徒が恋する乙女さながらだ。

 

「ロックハート先生ってナーグルを率いてホグワーツを制覇するんだね。でも、本当はそこまでナーグルに懐かれないと思うんだ」

 

 もう諦めて思考放棄しようとしていた私に、隣にいたルーナがそんな事を言った。ナーグルが何かは分からないが、周りのある意味熱狂的な空気を物ともせず変わらず夢心地に言ってのけた彼女に、私は本気で感謝したくなった。

 

「……ルーナ。多分、今年はあなただけが同性の味方です」

 

「?そうなの?うーん、でも私は味方としてじゃなくて、マーガレットと友達になれる方が嬉しいな」

 

「勿論です!もし良ければ、私の事をメグと呼んで下さい。家族や親友はそう呼びます」

 

 可愛い後輩と仲良くなれるのは私も凄く嬉しいし、もっと色々と好きな事を話したい。そう思った私は、周囲のハートが飛び交っていそうな状況を一旦頭の片隅に追いやる事にしたのだった。

 ……ちなみに余談だが、私自身も浮かれていたのか校歌という名の音響兵器が炸裂する前に耳栓をするのをうっかり忘れてしまい、二年連続で悶絶する羽目になった。いい加減、最低限のメロディぐらいは統一して欲しいと切実に思った。




ギリギリ年内に滑り込めた……!
ルーナをやっと出せました!個人的に女性キャラの中でもトップクラスに好きな子なのですけども、どうにも喋らせる難易度が高い。でもそれが良い。
本能的にロックハートに対して拒否反応を起こしている主人公ですが、原作主人公のハリーも(彼の場合は散々な経緯もありますが)同様に拒絶していますので、その辺りは姉弟の感性が似ているが故の反応という事で。

そうそう、原作を眺めていて気付いたのですがミス・フォーセットってレイブンクローとハッフルパフにそれぞれいるみたいでして。偶然の同姓さんなのか、親戚の二人なのか。とりあえずこの作品内では姉のアマンダ(映画準拠)と妹のイザベラ(名前はオリジナル)という事にしています。
ちなみにステビンスも名前だけは原作に登場しております。


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覆水盆ごと叩き付ける

「それでは、今学期最初の『連絡網』作成会議を始めます」

 

 纏め役のパドマの宣言に私達は少々大袈裟にわーっと歓声と拍手を返した。みんな休み中に色々調べてきただけあって、この会議をわりと楽しみにしていたのだ。

 

「それじゃ、早速みんなで案を出していきましょう。実現の可否は考えず、良いと思った事はどんどん言ってね」

 

 私達の中でも一番速筆のマンディが大きめの羊皮紙を広げてメモを取る準備を整えると、私達も待ってましたとばかりに順次意見を述べて情報が飛び交い始める。

 

「鏡本体なのは良いんだけど、割れちゃったら大変だからやっぱりコンパクトへの収納は必須だと思う。で、コンパクトには防御魔法をしっかり掛けるっていうのはどうかな?」

 

「鏡に纏わる道具を調べてみたら『両面鏡』っていう遠隔で会話が出来る鏡があるみたい。それの術式をベースにするのが近道かも!ただ、それだとペアの鏡で一対一限定になるのがネックかも。絶対に複数人で使いたい時もあるじゃない?でも、今度は魔法の指定がややこしい事になっちゃいそう」

 

「あと、通信機能だけじゃなくて『鷲の目』と現在地、時間割とか警報ベルとか諸々の機能も入れたいって話してたじゃない?でも、持ち運べるサイズの鏡で術式を全部入れるのはゴチャゴチャになりそうよね。本の章分けみたいに項目ごとに分割出来れば上手く収まるんじゃないかしら?」

 

「マグルで普及している電話やテレビって端末個々ではなく基地局という情報を発信する大元を経由しているんです。それと同じ様に私達が持ち歩く『連絡網』のコンパクトの他に親機に相当する鏡を作るのはどうでしょうか?それを実践するとなると、以前テリーが言っていた超高難度の変幻自在術が必須にはなりますが……」

 

 リサ、サリー、アミー、そして私の話をさらさらっと記録していたマンディも一旦手を止めて、そういえばと続けた。

 

「魔法具って大抵は呪文にしろ特殊製法にしろ、調べてみるとぶっちゃけ『作りっぱなし』なのよね。私もお母さんがマグルっていうのもあって家では普通にマグル製品使っているんだけど、どの製品もメンテナンスは必要だし、製造する方だって常に改良し続けてるわ。せっかく作るんだから、後付けでの機能拡張とか術式の更新も出来る仕組みが良いと思うの」

 

「それなら鏡自体は情報を映すだけの仕組みに留めて、それ以外の術式や魔法の基盤はコンパクトの内側にセットするって形なら良い具合になりそうじゃない?あっ、それとは別件で提案があるのよ。安全の為にも厳重な防御が絶対いるのは分かるんだけど、非常時は簡単に使える様にしないと宝の持ち腐れになると思って」

 

 マンディの意見をパドマが引き継いで、更に問題点と提案を挙げる。私達は顔を見合わせ、どのアプローチなら最適解になり得るのかを考えていく。

 

「ダイアゴン横丁の入り口みたいにコンパクトを叩くとか?」

 

「非常時に複雑な手順を踏んでの使用なんて確実に無理でしょうから、一定時間内に連続でノックし続けると緊急解除になるっていうのは如何でしょうか?」

 

「それだったら、誰かが緊急解除した時は全員にSOS情報と位置情報を発信される様にした方が良いんじゃないかな?」

 

「どういう危険に晒されているかの情報も欲しいから、緊急解除した瞬間から自動で録音か録画を開始、それも緊急情報と一緒にリアルタイムで通信して伝えるのはどう?」

 

「通信合図とかがあればって思ったけど、本当にヤバい時はそういうのを全部すっ飛ばしてすぐに警報鳴る方が良いよね」

 

 ああでもない、こうでもないと議論しながら、漠然としたイメージが固まっていき、少しずつ完成の形が見え始める。魔法の技能云々もだけど、一人では知識や情報が偏ってしまうから絶対に図案化するだけでも途徹もない労力と時間を要しただろう。

 私達の得意分野や情報をそれぞれ持ち寄るというやり方は、言うなれば全てを足並み揃えてやる訳でもなく、個人プレーで突っ走る訳でもない。人によっては二度手間と言われるかもしれないけど、この程良い距離感と議論のメリハリこそ、学校における集団の作業を楽しく継続するコツだと個人的には思った。

 

 

 朝食中の大広間、グリフィンドールのテーブルから爆音が炸裂した。どうやら手紙が爆発したらしい。比喩表現ではなく文字通り、爆発である。魔法界恐るべし。

 友人達が言うには、あれは「吼えメール」なるもので文字ではなく怒鳴り声を送り付ける手紙、らしい。開けば吹き込んだ声がハウリング寸前の大音量スピーカー並みに増幅された状態で炸裂し、開けずにいても爆弾よろしく爆発して大惨事になるとか。

 

「あちゃー、やっぱり吼えメール送り付けられたか」

 

「……状況的には吼えメール程度で済んだのが奇跡だろう」

 

 少々呆れを滲ませながら近くにいたテリーとマイケルが話しているのが聞こえる。どうやら吼えメールを受け取ったのは、車でダイナミック通学をしてきた片割れ、ウィーズリー少年であるようだ。確かに大音量過ぎて所々聞き取り難いが、拾った単語から察するに親御さんがカンカンになって送り付けたといったところか。

 そりゃ無理も無いだろう。彼らの選択した方法が論外なのは勿論の事、そもそも改造車自体が法律違反、魔法界の朝刊大見出しにもすっぱ抜かれ、トドメとばかりに校内の貴重な古木に激突したとあれば、親御さんとて吼えメールを送りたくもなるに決まっている。寧ろつくづく罰則とお叱りで済んだものだなと思う。

 

 ちらっとグリフィンドールの方を見ると、撃沈しているウィーズリー少年と物凄く居たたまれなそうにしているポッター少年の姿があった。まぁ自業自得とはいえ、こんな全校生徒がほぼ揃い踏みしている場でお母様から吼えメールが炸裂するなんて大恥の屈辱も良い所だ。でも──

 

(……良いじゃないですか。ちゃんと常識をわきまえたお母様で。もっとも、世間一般の親御さんって本来はそういうのが普通なのかもしれませんけど)

 

 産みの親より育ての親、今の在り方に不満なんて物は全く無い。けれども、羨ましいだなんて、初めて無い物ねだりにも似た気分を抱いてしまったのも事実だった。

 

 

 ところで、本日の記念すべき一時間目の授業の科目が何かというと、闇の魔術に対する防衛術である。

 どうにも私は新任のギルデロイ・ロックハート氏に対して垣間見た第一印象からアレルギー染みた拒否反応を起こしているが、それはそれ、これはこれ。教員になる位なのだから相応の人格者ではあるのだろうし、あの小説教科書も授業を円滑に進める為の思惑が何かしらあるのだろう。偶然ファンサービスが軽薄さを際立たせただけで、それが本質だと決めて掛かるべきではない……なんて、微かながら期待(というか祈願)していた時間もありました。

 

 あった、という過去形で話している時点で察して頂きたい。

 

 

「私だ」

 

 そう言うと、表紙と同じようにウインクを決める。最前列を我先にと陣取っていた女性陣の大半がうっとりしている反面、真逆な事に最後列の争奪戦を繰り広げた男性陣と一部例外の女子達は絶対零度の視線を送っている。言うまでもないだろうが、私は後者だ。

 授業開始数分にして、蕁麻疹が出そうな位に私は心身共に拒絶している体たらく。これはもはや成績云々以前の問題かもしれない。

 

「ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員。そして『週刊魔女』五回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞。もっとも、私はそんな話をするつもりではありませんよ。バンドンの泣き妖怪バンシーをスマイルで追い払った訳じゃありませんしね!」

 

 知らんがな。私はもう表情筋の維持を完全に放棄し、目の前に座るアミーを盾に上手く隠れるよう深く座り直す。隣からは小さな舌打ちが聞こえる。普段と比較出来ないレベルでガラが悪くなっているテリーに、私は内心で諸手を上げて賛同した。その気持ちは非常に分かるぞ、同士よ。

 

「全員が私の本を全巻揃えた様だね。大変よろしい。今日は最初にちょっとミニテストをやろうと思います。心配はご無用。 君たちが私の本をどれぐらい読んでいるか、そしてどのくらい覚えているかをチェックするだけの簡単なテストですからね!」

 

 そう言いながらロックハート氏(申し訳ないが彼を「先生」呼びしたくない)が配ったミニテストとやらの内容だが。まぁ、端的に言って酷かった。

 

 問1.ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何か?

 問2.ギルデロイ・ロックハートのひそかな大望は何?

 ……エトセトラ、エトセトラ。以下省略。

 

 その場で羽根ペンをへし折って、テストを破り捨てなかっただけの理性を誉めて欲しいぐらいだ。これはテストではなく、唯の読者アンケートである。なにゆえ、この人物を教員に採用した?

 とりあえず件のテストは魔法史よりも空白の目立つ回答で提出した。私から言わせると、知らない、興味無い、どうでもいいという究極の三拍子揃いでしかない。

 

 ある意味悪夢としか思えない三十分の後、テストは回収される。それをパラパラと捲るだけで確認出来たのかは定かではないが、意味深かつキザったらしく指を振ってみせた。

 

「チッチッチッ、私の好きな色がライラック色だという事をほとんど覚えていない様ですね。それから、私の誕生日の理想的なプレゼントは魔法界と非魔法界のハーモニーです。尤も、オグデンのオールド・ファイア・ウィスキーの大瓶でもお断りはしませんよ!」

 

 知らんがな。それから仮に教員が賄賂を要求するなや。もうあのウィンクすら鳥肌が立って仕方ない。本当にここまで無理な人もいないかもしれない。ひたすら呆れと失望と面倒くささが入り乱れた気分で話を聞き流していた。

 

「流石は叡知の寮ですね。特に女子の皆さんは非常に優秀な方々が多いみたいですね。満点だったのはミス・パチルとミス・ターピンのお二人です!さ、満点のお嬢さん方はどこにいますか?」

 

 すかさずパドマとリサが挙手する。花の如く笑顔でロックハート氏を見つめるパドマに顔を真っ赤にさせて目を潤ませているリサ。友人とはいえ趣味趣向は個人の自由だから、彼女達が名前を呼ばれるだけでも嬉しいというならそれに越した事は無い。私としては非常に複雑な心境だが。

 

「よろしい!それではレイブンクローにはそれぞれ十点ずつ差し上げましょう!」

 

 一頻りテスト(というのも憚られるアンケート)の流れで満足したのか、布を被せた籠を持って来る。何らかの生き物でも入っている様で、それを見た私達も少し気を引き締めた。

 

「さぁ、気をつけて!魔法界の中で最も穢れた生き物と戦う術を授けるのが私の役目です。しかし心配には及びません。ここには私がいるのですから。どうか、叫ばないようお願いしたい!」

 

 あなたの声が一番大きい。物音からしても、既に籠の中の生物は興奮状態だと思われるので、刺激云々は手遅れではなかろうか。

 仰々しく言って籠の布を一気に外した。籠の中には小さい群青色をした生き物が群れている。刹那、私達の方は何とも言い難い空気になっていく。流石に真面目な生徒が多いだけあって笑いはしなかったが、軒並みリアクションに困っていた。

 

「捕らえたばかりのコーンウォール地方のピクシー妖精です!このピクシー妖精が本当に危険なのか疑問に持ちましたね?無理もない。見た目はこんなですから。しかし、油断は禁物です。こいつらは厄介で危険な小悪魔になり得ます。──それでは、君達がピクシー妖精をどう扱ってみせるか……お手並み拝見!」

 

 何を思ったのか、ロクな説明も無しに籠を開け放つ。途端に暴れ回るピクシー妖精に、各所で悲鳴が上がった。

 

「ほらほら!君達は知性を重んじるレイブンクロー生なのですから、スマートに対処出来るでしょう?」

 

 習ってもいない事なんて出来るか!と言えたらどれだけ楽か。正直、自分の荷物を死守しながら机の下に避難するので精一杯だ。

 一応、アンソニー達やリサみたいに防衛術が得意な子が中心になってピクシーを撃ち落としているが、余りにも数が多過ぎて捌き切れず苦戦している。

 

 さて私はというと、爆発寸前である。

 到底授業とは思えない言動に、意味不明なテスト紛いの何か。そしてここに来て暴れ回るピクシーときた。私も知っている呪文を唱えて対処を試みているものの、すばしっこく動き回る相手には狙いが上手く定まらない。呪文が当たらないのもまた、イライラする。

 

 繰り返すが、私は爆発寸前であった。

 

「っ!ちょっ、やめっ、髪を引っ張らな……痛い!痛いってば!」

 

 そこで髪を力任せに引っ張られたらどうなるか。

 髪を数本むしられた瞬間、私の堪忍袋の緒も一緒に弾け飛んだ。相手がピクシー妖精?だからどうした。人間であろうと無かろうと乙女の髪を鷲掴みにして引っ張るなんて、即刻ギルティだ。

 

「~~っ!纏めて煮てやるっっ!!アグアメンティ!!!」

 

 怒りに任せて水で髪を引っ張る不届き者をぶっ叩くと、間髪入れずに呪文を教室全体に飛ばした。正直、頭に血が上っていて、教室内で水系の魔法を行使した際の遠慮とか配慮は全く出来なかった。

 

「フルクティクルス・スクータムッ!!ベリィ・テンペスタッ!!──水でも被って反省しなさい!!!」

 

 空気中の水分を幕状の盾にして強制的に教室の中央側にピクシーを弾き飛ばし、そのまま十把一絡げに激流を叩き付けた。すると、その隙を見逃すまいと言わんばかりにテリーが水の射程先に一番近かった教壇を巨大な大鍋に変えた。

 

「ひとまずあれに閉じ込めろ!」

 

「任せて!ウィンガーディアム・レビオーサ!」

 

「インパービアス!これでも濡れるかもしれないから離れて!」

 

 アミーが鍋を激流の軌道上に浮かせて確実にピクシーを捕獲するべく構えると同時に、サリーも私のぶち撒けた水でみんなが濡れない様に座席側の方に防水呪文を唱えてフォローしてくれた。

 

「グレイシアス!」

「ペトリフィカス・トタルス!」

「インカーセラス!」

「インペディメンタ!」

 

 更には教室の至るところからピクシーをぶち込んだ大鍋に目掛けて様々な呪文が撃ち込まれる。凍らせたり、固めたり、抵抗を封じたりと、呪文の内容は千差万別といった感じだったが、程なくして教室の前方にはピクシー妖精を閉じ込めた巨大な大鍋のオブジェが完成していた。

 結果、授業中のレイブンクローとは思えない程の盛大な歓声が教室全体で響き渡っていた。各々が近くにいる生徒同士で呪文を誉め合い、健闘を讃えている。

 

「マーガレット!あいつらを一纏めにしてぶっ飛ばしてくれたの、最高にクールだったよ!」

 

「テリーこそあの大鍋を作り出した変身術、お見事でした!」

 

 私も隣にいたテリーとハイタッチを交わす。イエーイだなんて普段じゃ到底やらない様なテンションになる程度には、私も興奮していたらしい。

 

「アー……ちょっとばかり見え透いた手法ではありましたが、まぁ二年生の実技としては上出来でしょう。ただ、余りにも分かりやすいやり方を選んだのは残念ですがね」

 

 本当かしら。一気に白けた空気が流れる教室内だが、賢明にもそれを口にする者はいなかった。とりあえず、今にもロックハート氏を氷付けにしそうな雰囲気の面々と目に見えて落ち込んでいる面々に二分されている。

 これ以上の悪目立ちは正直御免蒙りたかったけれど、一番最初にブチ切れた手前、このカオスな空気を収束させる義務は生じてしまったかもしれない。この上なく面倒極まりないが。

 

「……申し訳ございません。髪を鷲掴みにされた勢いで理性が消し飛んでしまった次第でして。是非ともロックハート教授がお考えになっていらっしゃるスマートかつ意外性のある手法というものを御実演にて御教示願えますでしょうか。勿論、未熟者たる私達は離れた場所で待機し、一切手出しを致しませんので、その華麗なる杖捌きを存分にお振るい頂ければと存じ申し上げます」

 

 敢えて過剰気味の敬語でそう言ったところでチャイムが鳴った。私の実演依頼に彼は答える事なく、 早口で「次の授業の準備をしなくては!」と言って去っていった。非常に疲れたし、今の授業だけで私の中においてロックハート氏の印象に「不誠実」という単語が追加されてしまった。……今後どの様に事態が推移するのかは定かじゃないが、正直ここから彼の印象を好転出来る気がしない。

 とりあえず、今年は二番目に苦手な科目を独学で習得しなくてはいけない事態となった訳だ。魔法史の二の舞になる事だけは何としてでも回避せねばなるまい。

 それから要対策なのは……対人関係もだ。

 ここまで相性悪いというか苦手な人間と遭遇したのは初めてで困惑しているが、何が駄目なのかをハッキリさせたい。今後似た系統の人と関わらない保証も無いのだし、せめて対策ぐらいは立てないと円滑な人付き合いに支障をきたし兼ねない。

 

(今までは来る者拒まず去る者追わず、危うきに近寄らずの方針で上手く遣り繰りしてましたけど。……あ、そういう事か)

 

 思考を巡らせ、唐突に理解した。

 

 確かに、私は今まで基本的に来る者は拒まなかった。けれども、その時点でその人に興味があったかどうかと言われれば否と答えるしかない。そして何より、拒まない事と受け入れる事は私にとっては断じてイコールでは無いのだ。

 ──つまり、私にとって興味無い物事を一方的に押し売りされる事は、下手な相互不理解よりも耐え難い苦痛であるらしい。

 

 人間の心情とはつくづく難しいと、私はため息をついた。




苦手な相手こそ敬語を使いまくれと、ばっちゃが言ってた!
セールスマンタイプの人間はとことん苦手な主人公。人に余り興味を持てない弊害がここにも出てます。彼女に押し売りは厳禁。
ちなみに某セーラーな戦士の青い子の決め台詞を言わせたのは作者の趣味的なもので特に他意は無いです。


【オリジナル呪文】

フルクティクルス・スクータム
水幕の呪文。あれでも一応は防御魔法。
空気中の水分を薄い幕状の盾へと変える。全方位防御するも良し、広範囲包括するも良し。ただし、プロテゴ程の防御力は無い。

ベリィ・テンペスタ
激流の呪文。魔法自体に殺傷力は無いが、分類上は攻撃魔法。
作中ではブチ切れたメグが怒りに任せて高圧ジェット噴射をかました。水流や水圧を調整出来ればウォーターカッターみたいな芸当も出来るかもしれない。
某弾幕ゲームの「ベリーインレイク」を参考にしました。


【キャラ紹介】

リサ・ターピン
原作では組分けの時に名前だけ登場していた子。
彼女は名前しか分からないので、完全に名前から浮かんだイメージから想像しての設定になりました。
この話では大人しい眼鏡ガールだけど予想外にアグレッシブな一面がちらほらと見受けられる子になっています。

マンディ・ブロックルハースト
原作では組分けの時に名前だけ登場していた子。
純血じゃない事だけは公式(作者)情報で確定しているので、同級生メンバーの中では比較的マグル関連の知識があるかもしれない。
この話では基本的には穏和で生真面目な生徒、根っこの感性はメグに近い部分もあるという設定です。


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カエルに聖譚曲(オラトリオ)

 どうも。よろしく。そんな単語レベルの挨拶だけするや否や、私達はもう用が済んだとばかりにさっさと耳当てを装着する。別に非友好的という訳ではなく、これ以上の無駄話は必要としていないだけではあるのだが、周りの人達も同様にそう捉えているかどうかと訊かれると、果てしなく怪しいと言わざるを得ない。

 

 今年からペアではなく四人グループで作業する事となる薬草学。スプラウト先生はなるべく二寮が同じグループになる様に振り分けを試みていたものの、スリザリン側の結束力がかなり強かったのもあってか結局そのまま青と緑に分かれていた。レイブンクロー側だけ心機一転でペアのシャッフルが発生しただけである。去年は同性同士でのペアだったのがシャッフルで男女混合ペアに変わった事に関しては面白いと思ったが。先生も新たに決まったグループ分けに対して何も言及しない辺り、ほとんど予定調和なのだろう。

 そんな中、少しばかり他とは毛色の違うグループが出来ていた。──何を隠そう、他ならぬ私が振り分けられたグループである。

 

 私、アミー、テリーそしてセオドール。この授業において唯一の二寮混合グループだ。周りからの視線も凄い。

 

 ……私個人の視点で見ると順番に親友、同寮の男子、去年のペアなので誰と同じグループになっても別に不思議でも何でもない。が、グループとなった途端に面妖で複雑怪奇な組み合わせに見えるのだから、偶然の産物とは恐ろしい。

 流石に仲良くよろしくという雰囲気とは言い難かったが、みんな授業は集中して作業出来ればそれで良し、余計な事は深く考えないというタイプだったのが幸運だった。

 

(それにしても、魔法界のマンドレイクって生き物っぽいと言いますか……本当にファンタジー小説みたいな生態なんですね)

 

 本日の授業はマンドレイクの幼生を植え替えるという内容なのだが、私の知っているマンドレイクと全然違う。

 今まで私が認識していたマンドレイクの知識はというと、ナス科植物の例に漏れずアルカロイドが含まれる為に昔は薬草として用いられたが、これまたアルカロイドの例に漏れず強烈な有毒植物だ。根には幻覚や幻聴を伴い最悪死に至る神経性の猛毒が含まれているので、医薬品としては最早ほとんど使用されていない。どれだけ毒がヤバいかと言うと、アルカロイド系有毒植物の筆頭格があのトリカブトだと言えば、致命的なレベルの毒性なのが一目瞭然だろう。あと余談だが、個体によっては根が人型になる事もあるとか。

 

 さて、改めて引き抜く度に泣き喚いている(と思われる)マンドレイクを眺める。やっぱり私の知っているマンドレイクじゃない。

 

 向こうでも実物の薬用植物のマンドレイクとは別に、人のように動き、悲鳴をまともに聞いた人間は発狂して即死するという伝説の類いが、魔術や錬金術を元にした架空の作品中にはあったりする。今手に持って鉢植えに押し込もうと奮闘しているのが、まさに伝説の方のマンドレイクそのものである。幼生だから鳴き声を聞いてもまだ気絶程度で済むらしいが、そんな危険な伝説物を二年生が扱うのだから、魔法界とは本当に規格外でデンジャーな世界だと思う。

 それにしても、常時うごうごと動き回る植物達は普通の鉢植えと比べて文字通り格闘しないと作業が上手く進まない。この調子だと明日辺り筋肉痛になりそうだと内心で独り言をこぼした。

 

 それでも何だかんだで授業は特に問題なく……いや、途中でいつも先生の話を聞いていないとしか思えないスリザリンの二人が気絶したのを除けば、休み明けの割には順調に進んだと思う。

 それはそうと一つ問題がある。去年まではレポート作成の打ち合わせ(ついでにお茶会)を適当な空き教室でセオドールとやっていたのだけど、アミーやテリーは同寮同士のペアだったのもあって寮の談話室でレポートを片付ける習慣が定着している筈だ。その辺りをどうしようかと確認しようとした時だった。

 

「セオドール、あいつらの荷物を運ぶの手伝ってくれ。幾らなんでも僕一人で三人分の鞄は重すぎる」

 

「……あの二人の介護役はアンタの仕事だろう、ドラコ」

 

 セオドールに話し掛けた相手を見て、私は思わず一歩下がった。私自身は今まで全く接点が無かったものの、流石に彼は色々な意味で印象に残っているし、何ならハリー・ポッターとは別のベクトルで名前が知れ渡っているだろう。

 ドラコ・マルフォイ。スリザリンの純血貴族派閥の筆頭であり、うっかり揉めようものなら確実に学校の理事を務める父親の権力で社会的に抹殺されると噂の同級生だ。ついでにいつの間にヘンテコなあだ名を私に付けたらしい張本人である。普段の様子から鑑みた印象で、たとえ取り巻きがぶっ倒れようと知ったことかというスタンスを地で行くタイプだと思っていたから、授業で気絶して医務室送りになった二人の荷物を彼が回収していたのは意外だった。だが、それとこれは別問題。私個人としては可能な限り深入りしたくないタイプでもあるから、然り気無く離れて目に留まらない様にしようと思ったのだけど、一足遅かった。

 私の姿を視認したマルフォイ少年がセオドールと私を見比べて、どことなく皮肉っぽい笑みを浮かべた。

 

「へぇ?そういえばセオドール、君は今年もまたそこの彼女と同じグループだったか。相変わらずレイブンクローの“トリカブト嬢(レディ・アコナイト)”がお気に入りみたいだな?」

 

(だからトリカブト嬢って……しかも面倒な流れになりそう)

 

「勉学に関してだけは何よりも効率重視でやりたい主義なんでね。少なくとも予習不足で置物になる奴よりは、ずっとマトモに授業が受けられるだろう?」

 

「……まぁ、確かにクラッブとゴイルは予習云々以前の問題だな。──で?少なくとも僕は君を貴族のパーティーで一度も見た事無いが、セオドールと親しい辺り相応のご家庭なんだろう?」

 

 あーやっぱり来たか、と少し身構える。これ、確実に値踏みされているし、一応はセオドールが近くにいるからなのか直接的な言葉こそ使わなかったが、要するに純血か否かと尋ねられている訳で。マグルという単語は禁句だが、下手に嘘を言ってもすぐにバレるだろう。ここで返答に失敗しようものなら、一気に学校生活が地獄のハードモードに転落する事間違い無しだ。しかも私の友人達にも盛大なる迷惑が掛かるという悪夢のオプション付きである。

 レイブンクロー側の友人達からは心配そうな視線が向けられているが、恐らく一発触発の事態に陥って本当にヤバそうな流れになるまでは静観を貫くだろう。賢明だ。私もそうする。誰だって厄介事に巻き込まれたくはないだろうし、そもそもこの場で下手に当事者が増えようものなら、まず拗れて面倒な事になる。

 こういう時こそ伝家の宝刀、広く浅くの処世術、嘘はつかないが真実も聞かれなかったから言わないを発動させるに限る。

 

「……家族に関しては、残念ながら深くはお話し出来ないのです。何せ、私は幼少期に()()()()養子に出された身でして。ミスター・ノットには()()()()()()()()()()()()お世話になっておりますの」

 

 接遇用の笑顔を張り付けながら、あたかも意味深に伝える。嘘は言っていない。意図的に省いた情報はあれども、そんなもの解釈次第でどうとでもなる。

 事実、マルフォイ少年は私の言葉に含まれる意味合いを都合良く解釈してくれたらしい。

 

「ふん。ノリス姓自体は魔法界でも珍しくは無いから、少なからず親は魔法使いなんだろうな。何だかんだでセオドールも面食いの癖に、付き合うべき人間を見極めるのはかなり上手いしな」

 

「………………」

 

 余計な事は何も言わない。沈黙は金、雄弁は銀。ほんの少しだけ微笑みを添えるだけ。本当は子供向けというよりも先生や保護者受けの良いやり方ではあるけど、貴族相手には子供と言えどもかなりてきめんだった様で何よりだ。

 頃合いを見計らったのか、切り捨てるかどうかを見極めていたのかは分からないが、私達のやり取りをただ眺めていたセオドールがこのタイミングで割って入った。なかなかにドライだが、それを言ったら私だってしれっと繋がりのご縁を利用しての発言をしたのでお互い様だ。流石は利害一致の関係とも言えよう。

 

「だから言っただろう。ノリスは薬学分野が突き抜けているから、薬草学もペアだとやり易い部分が多い。魔法薬学が得意な奴の多いスリザリン生でも、ノリスの魔法薬学のセンスと成績には遠く及んでいないだろうよ」

 

「英雄気取りのポッターと同じで、トリカブト嬢の噂だけが先走っているのかと思っていたからな」

 

「……すみませんミスター・マルフォイ、差し支えが無ければそのトリカブト嬢の噂なるものの出所を伺っても?」

 

 ……とはいえ流石にこればかりは看過出来なかった。ジギタリス推しの私としては是非とも噂の出所を知りたい所存である。聞いた瞬間、何で当事者が知らないんだという顔をされた。解せぬ。

 

「お前、一年の時に魔法薬学でモンクスフードとウルフスベーンの違いを指名されて、トリカブトについて熱く語り倒して加点されたんじゃないのか?それがきっかけでスネイプ先生の覚えもめでたいという噂だが、違うのか?」

 

 危うく吹き出しかけたのを無理やり飲み込んだ。どうしてそうなった。ほんの一握りの真実に尾ひれが付きまくっている。確かにその質問はされたし、一対一の追加講習の場において毒の可能性と魅力と浪漫をスネイプ先生相手に語ったのも事実だ。それは事実だが!流石の私だってみんながいる授業中にそんな発言はした覚えなんぞ無い!本当にどうしてそうなった!?

 笑うべきなのか、訂正するべきなのか、困惑するべきなのか分からないが、とりあえず内心で盛大に叫んだ。私は悪くない。

 

 ──誰だ、そんなふざけた噂を広めた奴はっ!!

 

 

「そ、そうですか……っふ、くく……っ!」

 

「レイ。これ以上爆笑するのでしたら、先程もぎ取ってきた『魔法薬シロップ1号』君の使用許可を取り下げて、私の体感でも死ぬ程不味かった『試作15号』君の悶絶レシピに差し替えますよ」

 

 放課後、図書室にて今日の顛末を話したら、レイに爆笑された。余程ツボに入ったらしく、静かに爆笑するという高等テクニックを披露しながらの見事な笑いっぷりだ。遺憾である。

 半眼でボソッと呟いたら、やっと笑うのを止めたレイが思い出した様に「そういえば」と切り出した。

 

「シロップの許可を取ったと言っていましたが、薬の成分と混ぜても安全だと証明されたんですね」

 

「実際の魔法薬を使って毒性検査をやって頂いたんです。ついでに各種試薬を使った成分検査も。むふ、化学実験の試薬反応は実験の醍醐味みたいなものですけど、魔法薬の試薬試験もなかなかに興味深い物が多いんですねぇ……ああ、そうじゃなかった、違う違う、それを踏まえて総合的判断で大丈夫だと結論が出ました。味の方は相変わらず超ケミケミしいですけどね!」

 

「それでも元の味から比べたら天と地ぐらいありますよ。不味いのが当たり前の魔法薬を飲みやすくするってかなり画期的な事を君は為し遂げたという事です。マグルみたいな特許こそ無くともせっかくの研究結果なんです、発表したりはしないんですか?」

 

「スネイプ先生曰く、私にとっては当たり前の医薬品も魔法界では馴染みが無いものだから、保守的な魔法界の現状では握り潰される可能性が高い……らしいです」

 

「あぁ……なるほど」

 

「なので、新薬調剤実験と併せて、論文発表まで到達する事を目標に医薬品と魔法薬の相互作用についても研究してみる事にしました!反応の法則性さえ分かれば、どの薬を調合するにしても可能性は広がりますので!……ただ、当面は『危険薬・毒薬取扱者資格』の試験対策がメインになりそうですけど」

 

 夏休み前に勧められていた資格のうち、二つはイースター休暇前に学校での外部受験だから良いのだが、残りの「危険薬・毒薬取扱者資格」だけは試験日が10月31日で、受ける為に学校外の会場まで赴かねばならないのだ。夏休み中にある程度の対策と傾向に即した準備はしたとはいえ、実際の試験を見越した勉強も絶対必須だ。

 私がそれを伝えると、レイは少し考え込みながら手帳を出してカレンダーを開いた。

 

「そうすると、最初の資格試験終わるまで君のスケジュールかなり詰まっているって事ですよね。確か、聖歌隊のオーディションと透明人間(インビジブル)の検証も入ってくるのでは?」

 

「一番間近なのは聖歌隊のオーディションになりますね。ちょうど明日の放課後なので」

 

「授業と課題が終われば大抵暇な僕はともかく、防衛術の練習まで入れて大丈夫ですか?過密日程が続くなら、最低限落ち着いてからの方が良い様な気もしますが……」

 

 防衛術という単語に、私は初っ端で繰り広げられた悪夢を思い出して飛び上がった。

 

「いえ!そっちはレイがお手隙の限り、バンバン入れちゃって下さい!というか今のままだと確実に科目が死んでしまいます!あんなんじゃ下手したら魔法史以上の惨劇になる未来しか見えません!」

 

「まぁ、確かにあれはもう授業以前の問題でしたからね……。レイブンクローの二年が彼の授業の一発目だったと記憶していますが、メグ達は大丈夫でしたか?」

 

「………………ぶちギレて、高圧ジェット噴射を炸裂させました。ついでにみんなでピクシー鍋のオブジェを作りました」

 

「あー……概ねの顛末が見えました。やはり、レイブンクローでもピクシーを放流したんですか、彼は……」

 

 レイは疲れた様にため息をついていた。話を聞くに、どうやら懲りずに全く同じ事をやったらしい。恐らく次からは辛うじて取り繕っていた防衛術の体裁さえも消え去っているに違いない。ああ、考えるだけで頭が痛くなってくる。

 

「とりあえず座学は基本に沿って、歴代の二年生が使ったであろう()()()()教科書を図書室から探しましょう。実技は……授業があんな状態なので、もう護身に使えそうな呪文をピックアップして来年以降に備えましょうか。何せ、闇の魔術に対する防衛術だけは毎年必ず教師が変わるというジンクスがあるらしいですし」

 

「えぇ……そんな呪われた学科があるとか、学校としてどうなんですかね。しかも必修科目なのにそれって。寧ろ卒業後が悲惨って意味で生徒まで呪われそうじゃないですか……まぁそれは置いておくとして、何か予習とかしておくべき項目ってあります?」

 

「そうですね……それでは、盾の呪文、武装解除の呪文、閉心術、レベリオとフィニートの使い方、それから守護霊の呪文とは何かを調べておいて下さい。あくまで知識の一つとして調べるだけで大丈夫です。二年生で扱う内容じゃないのも交じっていますし、守護霊に至っては恐らく僕も出来ないので」

 

 予習内容をメモしていた私は、レイの最後の一言を聞いて思わず目を丸くした。何と言うか、予想外だった。

 

「ちょっと意外です。レイが出来ないって前置きするなんて」

 

「僕はただの人間ですから。千里眼も未来予知も無い、完璧なんてものからも程遠い存在なんですよ。──昔から、ね」

 

 

 幾ら私が歴史系が壊滅的だろうと、流石に一般教養として知っている物事はそこそこある。

 中世で行われた魔女狩りとてそうだ。そこから鑑みれば、魔法関係者にとって教会は天敵である筈なのだが。

 

「ねぇアズ、オーディション用として渡された今年の課題曲、ドリア旋法の聖譚曲(オラトリオ)とかいう超絶コッテコテの教会音楽なんですけど。意外と魔法使いって些末な事は気にしないんですかね」

 

 手元のアズノールは知るかと言いたげに鳴いてみせた。

 毎年振り幅の大きい事に定評のある聖歌隊の課題曲。音取りしてみれば、あらびっくり。代表的な教会旋法を使ったバロック時代の叙事的楽曲という、どこに出しても恥ずかしくない、見事な教会音楽なのである。

 

「良いのかなぁ……。まぁ、私としては気にする事でも何でもないから良いですけど」

 

 まぁ、オーディションの曲としては非常にやり易いのでありがたいが。恋愛的な歌謡曲を出されたら、正直どんな顔をすれば良いのか分からないし、聖歌隊としてはある意味王道と言えば王道だ。

 魔法界は総じて歴史や伝統を重んじる傾向があるとはいえ、案外細かい事は気にしない性質なのかもしれない。元を辿ればガッツリ宗教イベントのクリスマスも関係なく盛大に祝うぐらいなのだし。

 

 そんな事を考えつつ、軽く発声する。本日の喉の調子はそこそこ良好。夜の女王のアリアでも歌わない限り、特に問題は無い。

 

「とりあえず、今日のオーディションを突破出来る様に一緒に頑張りましょうー!」

 

 ちょっとテンション高めにアズノールに声を掛けると、普段は超マイペースを極める我が相棒も多少気合いを入れてくれたらしい。興味の有無が激しいのは私の影響もあるのかしらと頭の片隅に思いつつ、指定された教室へと私達は向かうのであった。




小学生の女の子達が大人もびっくりの策略的な会話を繰り広げていて、何とも言えない気分なったのは良い(?)思い出。
何気にマルフォイ初登場でした。彼みたいなタイプって認識はしていても、会話する機会とかってなかなか無いんですよね。


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透明の証明

「うーん……今日も和解大作戦失敗ですか」

 

 相変わらずミセス・ノリスは私の手をべしっとモフモフした尻尾で打ち払いながら立ち去っていった。レイのミモザを始めとした他の猫相手にはそこまで邪険にされてはいないから、猫自体には嫌われている訳では無い……と思いたい。

 

「多分照れているだけだと思うな」

 

 私と一緒に和解大作戦を実行していたルーナがのんびりとそう言うけど、心なしか私よりも懐かれていた様な気もしないでもない。というより、同じ寮内で彼女を見ていて思った事だが、普段のふわふわした言動とどこか夢想的な雰囲気を纏っているのに加え、誰に対しても自然体で接するが故に気付きにくいものの、ルーナは人の本質を見抜く事に関して恐らく天賦の才に近いものを持っている。

 そして、それが適応されるのは人間に留まらない。

 

「あっ、レディだ。こんにちは」

 

「!こんにちは、レディ」

 

「ごきげんよう。ルーナ、マーガレット」

 

 極自然に壁に向かって挨拶するルーナに、私は慌てて振り向いたら丁度後ろの壁から美しいゴーストが優雅に現れたところだった。我らがレイブンクローの寮憑きゴーストの灰色のレディだ。

 昨年度、私が入学した際にもロバート先輩が言っていた。灰色のレディは友好的なゴースト達が多いホグワーツの中では珍しく、プライドが非常に高くて生徒ともほぼ交流しない事で有名だが、実はレイブンクロー寮の生徒ならきちんと敬意と節度を持って話し掛ければ普通に話を聞いてくれると。寧ろ、相談事ならば親身になってアドバイスをくれたり、一緒に解決法を考えてくれたりする位には優しいと個人的には思っている。……もっとも、私の場合はその敬意と節度の範囲を掴み兼ねていたせいで、最初は挨拶以外の会話までなかなか辿り着けなかったが。

 ルーナの自然体と審美眼の凄さは入学後僅か三日足らずでレディと打ち解け、尚且つ同寮生の中でもぶっちぎりで親しくなれたというエピソードだけでも伝わるのではなかろうか。

 

「二人とも此処で何をしていたのですか?」

 

「ミセス・ノリスにも挨拶してたんだ。でも照れて逃げちゃった」

 

「あの猫は生徒達から厄介者扱いされる事こそあれども、純粋な友好を求められる事は稀ですからね。正直なところ、長らく接した事の無い人種相手で反応に困っているのでしょう」

 

 ……ゴーストのレディに「長らく」とか言わしめるという事は、もしかしてミセス・ノリスって私が考えている以上にご長寿なのだろうか。東洋では長命の猫は尻尾が二股に分かれた守護生物に化けるという伝説があるとチョウ先輩が言っていたのを思い出した。

 ルーナの猫談義を微笑みながら聞いていたレディは、ふと思い出した様に私の方へと向き直った。

 

「時にマーガレット」

 

「はい、レディ。何でしょうか?」

 

「貴女がカエルの聖歌隊に抜擢されたと聞き及んでいます。おめでとう、とても喜ばしい事です」

 

 レディに言われて、私は改めてオーディションに受かった興奮が駆け抜けていくのを感じた。そう、私は先日晴れて聖歌隊の一員に加わる事となったのだ!どうやら高音域を特に評価されたらしく、私が配属されたのはソプラノパートだった。

 レディが美しい顔を少し綻ばせながら言葉を続ける。

 

「聖歌隊はクィディッチの様な熱狂的な華やかさには今一つ欠けているものの、伝統ある由緒正しきクラブの一つ。レイブンクローの一員として、勉学と共にしっかりと励みなさい」

 

「ありがとうございます。心して研鑽していく所存です!」

 

「よろしい。その心意気です。ルーナもこれから益々学ぶ事が増えてきますから、日々の努力を怠らない様にするのですよ」

 

「はい」

 

 私達にありがたい助言をしてくれたレディは、そのまま静かに立ち去っていった。立ち去るその瞬間まで優雅だった。

 そんな私の考えを読んだかの様に、ルーナが呟いた。

 

「レディは生きている人よりも淑女(レディ)だね」

 

 ルーナの言葉に私も同意して頷いた。あの立ち振舞いは、誰であろうと一朝一夕では絶対に身に付ける事なんて出来まい。

 

 

 今勉強している「危険薬・毒薬取扱者資格」の範囲に含まれる薬というのは、何も殺傷力のある毒薬ばかりでは無い。スネイプ先生から貰った該当薬品一覧を眺めると、寧ろそういう分かりやすく危険なもの以外の薬が結構リスト入りしていたりする。

 毒薬ではないが効果が強力過ぎる故に制限されている真実薬(ベリタセラム)や、原材料が危険物であるマンドレイク薬がその代表格だ。その辺りが規制されるのは、自明というか当然であるので別段疑問を持ったりはしない。だが──

 

(洗脳薬の類いは軒並み規制対象なのに、なにゆえ惚れ薬は規制されないんでしょう……)

 

 愛の妙薬に分類されるものは総じてヤバいが、魅惑万能薬(アモルテンシア)は本当に洒落にならない。正直、下手な毒薬より倫理観が無いと思う。

 愛あらば何でも許されるのか、という話だ。盛った相手に対して強迫観念に近い執着心を迫るとか怖すぎる。大体、薬で愛情の紛い物を生み出したところで、行き着く先はどう考えても破滅一択だ。関係がどうあれ、誰も幸せにならない気しかしない。

 そもそも、そんな薬を盛ってまで特定の人に愛されたいというのがよく分からない。実行した所で虚しいだけだと思うが、まぁ薬が存在している時点でやる人はやるのだろう。

 ため息をついて一旦頭から惚れ薬の話を追い出した。リストの内容を纏め終えたノートを閉じると、思いっ切り伸びをする。ついでにちょっとだけぼやく。

 

「ぬあー!とりあえず、実験がしたいですー!」

 

 こういう座学も薬学ならば大好物だが、どうしてもご無沙汰になっている実地での実験がやりたい。上級の薬を調合するもよし、新薬を開発するもよし。或いは検証実験でも大歓迎だ。何でも良いから、大鍋をかき混ぜて実験したい。欲求不満だ。

 軽く不貞腐れていたら、はたと思い出した。

 

(あ、そういえば。リストを見て気になった事が……せっかくなのでこれも後で実験出来る様にメモしておきましょ)

 

 薬は効果・効能・適応が千差万別、多種多様であるが、その中でも特に普及していて謂わば「困った時の常備薬」的な感じで使われがちなものが幾つかある。私にとってお馴染みの医薬品であれば、その筆頭は間違いなくこれだろう。痛みや発熱があれば高確率で薬局なりドラッグストアにて真っ先に購入される解熱鎮痛消炎剤、アセチルサリチル酸。アナディン、バファリン、アルカセルツァー等々のご当地的な商品名もあるけれど、ただ一つの商標名でもほぼ万国共通通じてしまう薬のレジェンド。マグル側での生活経験者ならば、きっと一度は何かしらでお世話になった事のあると思われるアスピリン大先輩様だ。

 さて、魔法薬においてアスピリン枠になるだろう薬が何かと言うと、どうやら「元気爆発薬」と「安らぎの水薬」であるらしい。特に安らぎの水薬、もしくはそれと似た系統の薬は本当に多用される場面が多いのだという。……私個人の見解としては、風邪薬はともかく何で睡眠薬が多用されてるの!?と思わなくもないが、現実問題かなり普及している以上、そこをとやかく言っても仕方ない。

 それで、だ。医薬品と魔法薬を意図的に混和した場合を除けば、うっかり同時服薬になる可能性が高いのは、やはりこの組み合わせに行き着く訳で。

 

(アスピリンと鎮静系の魔法薬を混ぜたらどうなるか……毒になるか、薬になるか……)

 

 去年の甘味料での結果を鑑みるなら、成分が近ければほぼ確実に何かしら反応を起こすだろうが、この二つが果たして性質や成分がそこまで近いのか微妙なラインだ。けれども、現代に即した万能解毒剤を開発するという目標の為には、この二つの飲み合わせがどうなるかを確実に押さえておく必要があるのは間違いないだろう。

 勉強用のノートではなく、研究用のノートを開いてタスクリスト(という名の考察メモ)のページに万年筆を走らせていく。

 

「とりあえず目下の試験が終わり次第、この組み合わせの可能性と危険性についてと、実証の必要性についてをスネイプ先生に提案するとしましょう。ああ、楽しみ。うふふふふ……」

 

 あぁ、いけない。私ったら実験の予測をしてたらつい笑いが溢れてしまった。でも止められないし、楽しいのだから仕方ない。

 ……誰かに見られたら完全に通報案件の不審者っぽい笑い方だったのは、ちょっとしたご愛嬌だと言っておこう。

 

 

 自分でも分かる位に表情が強ばっていくのを感じつつ、フリットウィック先生が色々な道具を起動させるのを見守っていた。

 

 遂に私の透明人間(インビジブル)について先生立ち会いの下、検証する日を迎えた。今の私としては、知りたいという気持ちと、万が一消滅したらどうしようという気持ちがせめぎ合っていて、少し酔いそうだ。

 

「ミス・ノリス、心の準備は大丈夫ですか?」

 

「は、はい!」

 

「魔法事故防止の道具や魔法の仕掛けを念入りに設置しましたが、少しでも危ないと判断した時は、私がすかさず魔法で割り込んで中断させますから安心して下さい。ミス・ノリスは能力を発動させる事にだけ集中する様に」

 

「分かりました……」

 

 フリットウィック先生が描いた魔方陣の中に入るが、実を言うと自力での発動には未だ成功していないし、どういう法則で自分が透明になっているのかも分からない。

 とりあえず、変身術のセオリーである具体的な想像をしてみる。透明という特性に対して見合う、私が透き通っていくイメージを。水に物質を溶かし込む様に。光を透過させる素材になる様に。或いはゴーストが壁をすり抜けていく様に。自分が無色透明に変化していくイメージを脳裏に描きながら、強く強く念じてみる。

 

「………………」

 

 ちらりと掌を眺めてみるが、普通に見える。先生の反応を確認しても、やはり私に変化はまだ現れていないらしい。

 イメージが違うのだろうか。それとも、やはり単純に見えなくなる訳ではないという事か。

 

(……思い出せ。思い出すのよ、マーガレット。私が『消えた』時はどういう状況だった?何か共通点は?どのように透明化した?)

 

 考える。考える。考えろ。私はどうなっていた?単純に見えなくなっていた訳ではなかった筈だ。

 

 

 

『そうですね、分かりやすく言うとステルス、光学迷彩といったところでしょうか。メグ、時々君は物理法則を無視した手法で姿を消していたんですよ』

 

『流石に人前で消えたりは一度もしませんでしたけど、家の中では突然何かに吸い込まれる様に溶け込んで、そのまま気配ごと姿を晦ませていました』

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()──そうだ。入学前にレイは確かにそう言っていた。それも、私の知る物理法則を全て無視する様な消え方だったとも。

 それにトロールの時だって、確かに振り下ろされた棍棒は私をすり抜けて、私の足元の床を叩き砕いていた。それは何故?見えない状態になっていたとしても、その場所に本体がある以上は魔法を受ければ効果が現れるし、物理接触も出来る。一般的な目眩まし術はそれこそが実在の証明だ。けれどもあの時はそうならなかった。私の脳天を叩き潰さんばかりに()()()()()()()()()()()()()()()()()というのに。──何故、そのタイミングで発動した?

 

(あ……もしかして、何かしらの動きがある事こそ透明人間(インビジブル)が発動する為のトリガーになっているのでしょうか?)

 

 よくよく考えてみると、今まで私が自力で発動させようとしてみた時は、今みたいに静止した状態で鏡とにらめっこしていた。そして、その方法での検証では、どう頑張ろうと一度たりとも能力は発動出来なかった。それならば──

 

 

「おおっ!!ミス・ノリス、姿が透明に変わりましたぞ!」

 

 試しに一歩前に進んでみた瞬間、フリットウィック先生から鋭い声が飛んだ。それで私は自分の予測が当たった事を察した。やはり「動き」が何らかのトリガーになっていたらしい。

 でもそんな事より、私は真っ先に確認すべき事がある。

 

「フリットウィック先生!私、消滅していませんよね!?」

 

 端から聞いたら物凄く間抜けな事を訊いている様だが、私としては本気で死活問題レベルなのだ。一時的に姿が透明になるのは構わないけれど、私は消えたくない。消滅なんてしたくない!

 先生もそれを理解して下さっていたので、真剣な表情で頷いた。

 

「大丈夫です!姿や気配は消えていますが、声は聞こえていますぞ。こちらの探知用の道具は……一部には映っていますね」

 

 逆に言うと一部が探知不能になるという事だろうか。一抹の不安を覚えつつ、改めて自分の掌を翳してみる。私から見る分には変化は何も見受けられない。……大丈夫、消えてはいない。

 

「自分の方では何も変わっていないみたいです。先生、試しに何か呪文か物を飛ばしてみて下さいませんか?」

 

「分かりました。それでは保温呪文と浮遊呪文をかけて検証してみましょう。方向はこちらで合っているかね?」

 

「はい」

 

 先生が続けざまに呪文を唱えるのを私は固唾を呑んで見守る。保温呪文の光線も、浮遊してきた羽根も確かに私に飛んできたが、どちらも全て私をただ通り抜けていった。温かくもなっていないし、羽根も掴む事すら出来ずに落ちただけだ。

 

「……どちらもすり抜けました。変化なしです」

 

「成る程。今度はミス・ノリスが羽根を浮かせてみて下さい」

 

「はい。ウィンガーディア──あ、あれ?」

 

 浮遊呪文を唱え掛けた瞬間、透明人間(インビジブル)が解けてしまった。発動させた瞬間とは対照的に、まるでスイッチが切れたみたいに透明じゃなくなったのをハッキリ自覚した。集中力が切れたからなのか、それとも透明化と魔法の同時使用が出来ないのかは分からないが……とりあえず何だかもう一気に疲れてしまった。

 でも、せっかく検証の為に準備して時間を作ってくれたのに疲れたというのは余りにも我が儘が過ぎると思い直す。もう一度お願いしようとしたら、それより先に色々熟考していたフリットウィック先生が口を開いた。

 

「ふむ、一先ず今日はここまでにしましょう」

 

「えっ……」

 

「使い慣れない魔法というものは、総じて正確に使用するだけでもかなり消耗してしまいます。ましてや今検証している透明人間(インビジブル)は資料がほとんど無い中で一から調べているのとほぼ同義なのですから焦りは禁物ですぞ」

 

 ……確かに。というかこれ以上やったら倒れる様な気がしないでもないから、日を改めてお願いする方が賢明かもしれない。

 とりあえず今日の検証で分かったのは、発動させるには歩くなり何なりの動作(つまり運動エネルギー?)が必要らしい事、少なくとも発動イコール即消滅という訳では無さそうという事、そして透明人間(インビジブル)を使っている間は干渉は受けない(ただし自分も何も出来ない可能性大)であろうと思われる事……ぐらいだろうか。即効での消滅の危険が無くなったのは一つの安心要素ではあるが、微妙に探知不能になっていた辺り完全に安心出来ないのは少し辛い所だ。

 

 謎が謎を呼ぶというか、大なり小なりの不安を残しつつ、そんなこんなで一回目の検証を終えたのだった。

 

 余談だが、検証後フリットウィック先生が「疲れには甘い物が一番」と仰って可愛らしいキャンディがたっぷり入った袋を渡された。非常に美味しかったのだけど、今日に限らず割とお菓子に釣られてる自覚があるだけに、もしや自分は想像しているよりも遥かにお子ちゃまなのではと思い至ってしまい、若干居たたまれない気分になった。……もう少し大人な淑女を目指す所存である。




初めて透明化体質の検証が行われました。多少前進はしているものの、相変わらず透明人間(インビジブル)の謎は多い模様。
さりげなく聖歌隊に受かっていました。こちらも追々と主人公の世界が広がる要因ですが、今回はさらっと触れるに留まっています。


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真実薬(ベリタセラム)は偽らない

 反応に困るというのは、まさしくこの事に違いない。

 

 かつては無愛想だ無表情だと言われた時代もあったが、今は最低限の対人スキル程度なら習得出来ていると思っていたけど、どうやら何らかの不備があったらしい。……実は少し凹んでいる。

 私としては、普通に挨拶しただけのつもりだったのだが。何が不味かったのか。廊下でルーナを見掛けたから声を掛けた事までは普通だった。ただ、ルーナと一緒にいたグリフィンドール生のお友達──赤毛の感じとかを見るに、恐らくウィーズリー少年の妹さんだと思われる子のリアクションが普通じゃなかった。

 

「……えぇと。私、何かしましたか?」

 

 私と目が合うや否や彼女はぴゃっと飛び上がり、そのまま顔を真っ赤にして走り去ってしまった。私は呆気に取られつつ少女の後ろ姿を見送っていたが、我に返って若干助けを求める様にルーナの方を見た。ルーナはというと友人が去った方向を眺めつつ、何て事もない様に言ってのけた。

 

「メグはハリー・ポッターと似ているから、ジニーも恥ずかしくなったんじゃないかな」

 

「え、えぇ?似てる?私が?かの有名なミスター・ポッターと??髪と瞳の色以外、共通点すら無いと思いますよ……?」

 

「髪よりも瞳がね、凄くそっくりなの」

 

「……似てますかね?それを言い出したら黒髪緑瞳のイギリス人はみんな兄弟姉妹って事になりそうな気もしますけど」

 

 それに、瞳が似ている(らしい)他人であれだけのリアクションを露呈するって、それはもう本人を前になんてしたら気絶でもするのではなかろうか。まして、さっきのジニーなる子の所属はグリフィンドール。ポッター少年と同寮の直下の後輩とあらば、グリフィンドールとの合同授業が無いレイブンクローの私よりも遥かに接点が生じると思われるが。大丈夫なのだろうか。

 まぁでも。出会い頭の初対面で嫌われるよりはまだ良いかもしれない。私の事を相手がどう思おうが構わないし、知った事でもないが、一般的に第一印象が悪いというのは余りよろしくない。

 それにしてもポッター少年と似ていると言われたのは初めてだ。良いとか悪いとかじゃなくて、予想外過ぎてどう反応して良いか分からない。そもそも、似ている実感が皆無だ。

 

(そういえば、前に知人の方と私が似ているって、ミスター・ポッターに訊かれた事ありましたね……その絡み辺り、ですかねぇ)

 

 その知人が彼の親戚なのか、親しい方なのかまでは知らないが、もしも親戚だったならば私も……という事になるのだろうか。仮にそうだった場合、何親等に相当するのかはさておき、否応なしに私の実の両親の存在にも行き着いてしまう訳で。

 両親、と言葉には出さずに口内で転がした。……どうでもいい。興味無い。今も昔も、これからも。でも彼らは──私を捨てた。

 

「メグ、大丈夫?」

 

「え?あぁ、大丈夫です。ちょっと思考の海へと沈んでいました。……きっとラックスパートが飛んでいたんですね」

 

 軽く首を傾げながら私の顔を覗き込んだルーナに、私は慌てて笑顔を浮かべ、ボーッとしていたのだと、そう返答した。無縁の他人に感傷を抱くなんて、私らしくもない。

 血の繋がりの有無なんて、些細な事。「両親」など私の人生には必要が無かった、それだけの事。それ以上もそれ以下も無いのだ。

 

 

 ハロウィンが近付くにつれて、パーティーの話題がちらほらと増えてくるのは去年と変わらない。けれども、今年は去年以上に盛り上がっている様子だった。

 

「ねぇ知ってる?今年のハロウィンパーティーに『骸骨舞踏団』が来るんだって!」

 

 興奮覚めやらぬといった面持ちで話すサリーに、驚嘆の声がちらほらと上がる。何の話なのかピンと来ない私にアミーが解説してくれた。

 

「骸骨舞踏団っていうのはね、魔法界でかなり歴史ある音楽団なのよ!黒死病の流行とかはマグルの史実でもあったと思うんだけど、その時に景気付けの為に魔法使い達が始めたのが元になっているとされているわね」

 

「へぇ……。あ、もしかしてリストの『死の舞踏』とかと同じ起源だったりします?」

 

「そう!その系統のマグルの芸術作品は、彼らがモデルになっているのも結構あるらしいって言われているわよ!」

 

「なにそれ超見たい!」

 

 それは凄い。リストの「死の舞踏」なら私もブラスバンドの交流会で演奏した事がある。当時は交流会の演奏メンバーに抜擢された事よりも、そのお祝いで自分のホルンを買って貰える事になった事の方が嬉しかった記憶がある。それはもう自分でも笑ってしまう程の舞い上がりっぷりを披露しながら、材質やらマウスピースやらに拘りまくってマイホルンをカスタマイズしていた。肝心の楽曲の印象はというと、実は先生の趣味ってよく分からんと思っていた以外あんまり覚えていないのは内緒だ。だが、それもこうやって巡りに巡ってくるとなると、改めて興味深いと感じるのだから面白い。

 そう思ってワクワクしていた私に、サリーが困った様な笑顔を浮かべながら残酷な現実を突き付けた。

 

「でもメグ……ハロウィンの日は魔法薬の試験を受けに行くって言ってなかったっけ?」

 

「!!!そうでした、試験日……あああ……」

 

 その事実を思い出してガックリとしょぼくれた私の肩を、ドンマイと言いながらアミーとサリーが両側から叩く。好きな事の為の外部受験自体は全然構わないのだが、流石に骸骨舞踏団の話を聞いた直後では何というタイミングの悪さだと嘆きたくもなる。

 

「大丈夫、骸骨舞踏団なら見れるチャンスがまたあるわよ!それよりも、あたし達レイブンクロー生なら試験と付く物は如何なる時も一世一代の大勝負、でしょ?」

 

「試験帰りでヘトヘトになった頭に糖分補給出来る様に、ハロウィンのご馳走とお菓子を用意しておくね!何か希望ある?」

 

「……それなら、飛びっ切り特大のカボチャパイを所望します!」

 

 若干やけっぱち気味にパイを要求した私に、アミーとサリーは顔を見合わせるとにっこり満面の笑顔で答えた。

 

「任せて!一番大きいのを確保するわね!」

 

 

 

 1992年10月31日

 

 そんなこんなで迎えたハロウィンもとい試験日当日。レイブンクローの友人達に見送られながら、私は試験会場へと出発した。

 

 試験会場に移動が可能になる時間や点呼が始まる時間との兼ね合いで授業一つを欠席せざるを得なかったものの、幸運にも休むのは闇の魔術に対する防衛術だったから、何の心置きもなく欠席届けを提出してきた。ここまで心が痛まない欠席も多分無いと思われる。

 本来なら今回の試験への付き添いは寮監のフリットウィック先生か、受験手続きをしたスネイプ先生が妥当なのだが、ハロウィンパーティーで各寮が慌ただしいタイミングではどうしても抜ける訳にはいかないという事で、今回の付き添いはマグル学のチャリティ・バーベッジ先生が担当して下さる運びとなった。

 

 二年生の私では縁が無いと言っても差し支えないマグル学のバーベッジ先生は、言うまでもなく直接お話するのも初めての方だ。若干どぎまぎしながら「よろしくお願いします」と挨拶する私に、バーベッジ先生は気さくな雰囲気で応じた。

 

「こちらこそ今日はよろしく、ミス・ノリス。さて、早速移動……と言いたい所だけど、まずは会場に入る前に昼食を済ませてしまいましょう。いつもよりは少し早いと思うけれど、このタイミングを逃したら試験終わるまで食事抜きになってしまうわ」

 

「は、はい」

 

「さてと……場所的に一番最寄りにあるのはマグルのカフェになるのね。仕方ない、お店にいる間はローブを預かっても良いかしら?制服だけならともかく、ローブは悪目立ちしちゃうのよ」

 

 流石はマグル学の先生。その辺りはしっかりしていらっしゃる。私も二つ返事でローブを預けると、とりあえず適当なパブリックスクールに通うマグルの学生に見えるかどうか一通りチェックした。……うん。これなら大丈夫そうだ。レイブンクローのネクタイカラーがマグルの制服でも汎用されている紺色に近いのもあって、街中に溶け込める見た目になっている。バーベッジ先生もパンツスタイルとセーターというマグル側から見て極一般的かつ常識的な格好なので、同じく綺麗に溶け込んでいた。

 それにしても、まさか休暇中以外でマグルの市中のカフェで食事する事になるとは。モーニングなのかランチなのか微妙な時間帯故にシンプルな卵サンドとカプチーノというチョイスの昼食を味わいながら、私は魔法界特有の奇抜なギミックも何も無い普通のありがたみを改めて実感する。

 

 軽めの昼食タイムは普段の大広間の喧騒を思うと静かで、けれでも和やかな雰囲気だった。

 バーベッジ先生は私の緊張を解そうと色々と話し掛けてくれる。何というか、完全に私の中で先生のイメージが気の良い民俗学者さんという感じに固まった。何よりマグルの常識がある程度通用するっていうのは、実家の安心感に通じるものがあって落ち着く。

 

 

(いよいよ試験が始まります……!)

 

 お腹を満たしつつ、ある程度リラックスした所で遂に試験会場入りとなった。バーベッジ先生からローブを返して貰う際に、頑張ってという言葉と共にキャンディを渡された。会場内で食べられるかは分からないが、先生の心遣いがとても嬉しい。

 試験の流れは、筆記試験と実技試験、面接の三種類だ。大会場で筆記を行った後にそのまま実技を行い、そこから面接……となる。聞いた所によると、どうやら面接は直前の実技の完成度が合格ラインを満たした者のみ進む事が出来て、最後に筆記の点数と併せて合否判定されるという。

 

 つまり、実技の出来映えが一つの鍵となる訳だ。

 

 最初の筆記試験の座席に向かうと、他の受験生の魔女や魔法使い達がギリギリ最後まで追い込みをしてやるという勢いで分厚い本を復唱していた。うん、こういうのも受験ならではの光景だ。これだけでもかなり威圧感を感じるし、一歩間違えたら会場の雰囲気に呑まれてしまうだろう。つくづく自分が形式こそ違えど受験経験者で良かったと実感するばかり。

 

「──それでは只今より『危険薬・毒薬取扱者資格』の筆記試験を開始します」

 

 いつの間にか入室していた壮年の試験監督が無表情にそう言った瞬間、さらに緊張感が膨れ上がるのを如実に感じた。指示されるがまま、机の横に設置されているカンニング防止用の箱に荷物を全て入れると、箱が一瞬で掌サイズの真っ黒なキューブへと変化した。確かにこれならカンニングのしようが無い。

 そして、学校での試験でも使ったカンニング防止の羽根ペンとインク瓶、試験の問題用紙と解答用の羊皮紙が全員に配られると、試験監督は相変わらず抑揚の無い声で号令を掛けた。

 

「それでは回答、始め」

 

 問題用紙を見る。内容は確かに学校での魔法薬学の試験よりは高難易度の薬品名がずらりと並んでいるが、慌てる事なく解答を埋めていく。正直、体感としてはスネイプ先生が作成した対策問題集の方が遥かに難しかった。大丈夫、これならいけそうだ。

 筆記試験の解答を何度か確認し終えたところで終了の合図。羽根ペンが即座に問答無用で集められた事に驚いていたら、間髪入れず解答用紙も回収される。非常にせわしない。そして、一息つく間もなく実技試験の会場へと受験者達は移動させられた。

 こういうのは本当に気持ちの切り替えが大事だ。私も何度か深呼吸を繰り返して、頭の中を一旦リセットさせる。

 

「続きまして、実技試験を行います。試験内容は『安らぎの水薬』の調合です。制限時間は──」

 

 淡々と試験監督が指示を出す。私は態度にこそ出さなかったが、内心でガッツポーズした。勝つる!これも一番最初の追加講習のみならず、試験対策の講習でも出題される可能性の高い薬の一つとして念入りに練習したやつだ!

 冷静に、慎重に。自信のある時ほど油断せず、確実に。何度も何度も繰り返した手順を正確にこなしていく。最後にクリスマスローズのエキスを七滴入れると、軽く銀色の湯気が立ち上った。よし、完成。焦らず、慌てず、落ち着いて指定の提出用のクリスタル瓶に薬を入れ、しっかりと蓋を閉じる。この瞬間、私は少なからず面接には進めると直感で確信した。

 

 

「ミス・マーガレット・ノリス。面接室に入って下さい」

 

 自分の直感通り面接に進めた私は、点呼されるがまま入室する。きちんとノックと一礼も忘れない。

 面接官は先程までの無表情な試験監督に加えて、柔和な微笑みを浮かべた老婦人も一緒であるらしい。それは良いのだが……何故か小さなスツールがあり、その上に水差しとコップ、そして無色透明の液体の入った小瓶が置かれていた。

 老婦人の面接官は、にこにこと人好きの良い笑顔のまま私に着席する様に指示を出した。

 

「貴女がミス・ノリスですね。これから『危険薬・毒薬取扱者資格』の面接を開始致します」

 

「はい。よろしくお願い致します」

 

「それでは早速……と行きたい所ですが、その前に一つよろしいかしら?そこにある小瓶には真実薬(ベリタセラム)が入っております」

 

「っ!?」

 

「勿論、任意ですよ?事実、毎年この試験において罪人でも無いのに飲むのは我慢ならないと拒否する受験者さんも少なくありません。けれでも、もし御同意頂けるなら、適量飲んだ上で面接を受けて下さいませんか?」

 

 まさかの真実薬(ベリタセラム)の服用要請に、思わず私は怯んだ。幾らなんでも面接でこういう展開があるなんて夢にも思っていなかったのだ。

 面接官は小さくため息をついて、言葉を続ける。

 

「わたくしどもとしても、こんな事申し上げるのは心苦しいのですけれども。何せこの資格で扱える薬は軒並み厳重に規制されるものばかり。それ故に資格を扱う責任者としては、殊更慎重にならねばならないのですよ。とはいえ、これを拒否したからといって試験を不利にさせるという事は一切致しませんのでご安心を」

 

 面接官の説明に、面食らっていた私も覚悟を決めた。飲むとどうなるのか怖いものがあるし、私は毒物に魅せられている部分があるのも事実。が、疚しい事は何も無い。拒む理由なんて無い!

 コップに水を入れ、真実薬(ベリタセラム)を三滴垂らす。そのまま彼らの目の前で一気に飲み干してみせた。

 

「まぁ、御同意ありがとうございます。それではまず、まだホグワーツの学生である貴女が何故この資格を取得しようと思ったのか。お聞かせ頂けますか?」

 

「……私は将来薬剤師になりたいという夢があります。その夢をかなえるにあたって、魔法薬学分野においてはこの資格が役立つだろうと感じたからです」

 

 おお、自分でも気味が悪いぐらい言葉が滑らかに出てくる。これが真実薬(ベリタセラム)の偽らざる効果なのか。ちょっと興奮してきた。

 

「薬剤師、という職業は確か魔法薬調剤師のマグル版だと記憶しております。身近にその手のご職業に就いている方がいらっしゃるのでしょうか?」

 

「はい。私の保護者である養父が医者、マグル版の癒者です」

 

「なるほど。ですが薬を調剤するだけなら、毒薬も危険薬も必要ないのでは?」

 

「いいえ。医薬品……マグルの薬は全て毒と紙一重です。魔法薬こそ境目がハッキリしているだけなのです。今、魔法界とマグルの世界の交差が広がるのと同時に、薬品の多様性が広がっています。それは即ち、薬の調剤においても同様に幅が広がっているのと同義です。ならば、その可能性を考えて毒薬や危険薬の取り扱いを視野に入れる事は当然の流れだと考えます」

 

「……毒薬を患者に使うという事かしら?」

 

「その問いに対してはイエスともノーとも言いかねます。癒学では毒は毒、薬は薬と分けてありますからそう思われるのは無理もありません。ならば実例を上げましょう。私が薬と毒の境界線における可能性と魅力と浪漫の根拠の一つとしている、ジギタリス。ご存知だと思いますが、全草に猛毒がある植物です。それこそ魔法薬でも毒として定番のトリカブトと遜色の無いレベルの危険性を孕んでいますが、マグルの医学ではジギタリスは心不全に対して適応のある立派な薬なのです。私が調べた限り、魔法界では心臓の病気となると単なる『死病』として十把一絡げに扱われていますが、ジギタリスの毒はそんな患者達を救う可能性が多々秘めています。私はその可能性についてもっともっと深く考えて、限界を知りたいのです」

 

 私の自制も自重も関係無しに、普段の何倍も饒舌に語る。真実薬(ベリタセラム)の強烈さを我が身で体感しつつ、まだまだ止まる気配をみせない。こうなったら、もうどうにでもなれという感じだ。

 

「毒薬だから危ない。危険薬だから規制すべき。それは私とて重々理解しています。でも、だからといって患者を見捨てるのでしょうか?少なくとも私は、必要とあらば毒だろうと何だろうと利用してでも救うべきだと考えています。けれども、不用意に危ない目に遭わせたい訳ではありません。私は薬剤師になりたいのであり、断じて殺人者にはなりたくありません。取り扱う物が医薬品だろうと、魔法薬だろうとそれは同じ事です」

 

「なるほど。貴女はその信念に基づいているからこそ、資格を習得したいと考えた訳ですね?」

 

「はい。勿論、資格があるからといって何でも調合出来る訳では無いのは理解しています。けれども、いずれ私が調剤する立場となった際に、どんな選択肢でも選べる状況でいる為には正式な資格が必要なのです」

 

 私はそうハッキリと断言して、面接官達に微笑んでみせた。

 

 

「ミス・ノリス!お疲れ様、というより大丈夫?」

 

「……バーベッジ先生、お待たせしました……」

 

 ふらふらと試験会場から出てきた私に、バーベッジ先生が走り寄ってくる。どうやら、色々と凄まじい面接をしている間にとっぷりと日が暮れていたらしい。

 私は緊張感と真実薬(ベリタセラム)の影響でヘトヘトに疲れ果てていた。……我ながらべらべら語り過ぎた。

 

「この時間だと学校のハロウィンパーティーはお開きになっているけど、どうしましょうか?一応、外出許可の中には夕食まで含まれているけど……」

 

「いえ……友人達が私の分のご馳走を確保しておいてくれるそうなので、ご飯は寮で食べます。というより、若干燃え尽きていますので、帰りたいです……」

 

「うん、そうね。見るからに疲労困憊だもの。ここは真っ直ぐ学校に帰りましょう」

 

 先生に連れられるがまま、付き添い姿くらましを経て学校へと舞い戻る。私の様子からバーベッジ先生がそのままレイブンクロー寮まで送り届けてくれた。私の頭が若干寝ているのか、深く考えていなかった。

 

「本当に今日はお疲れ様。私から帰校の報告を済ませておくから、ミス・ノリスはもう休みなさい。……ご馳走もほどほどにね?」

 

「はい……今日はありがとうございました……」

 

 先生に挨拶をすると、寮の階段を上がる。ぼーっとする頭ながら条件反射みたいな感じで鷲ノッカーを突破して入る。……ここで初めて学校の空気がおかしい事に気付いた。試験とは全く違う緊張感に満ちた雰囲気に、半分寝ぼけ気味の頭が瞬時に覚醒する。

 

「あ……メグ!おかえりなさい」

 

「ただいま戻りました。……何かあったんですか?明らかにパーティー直後の雰囲気では無いみたいですが……」

 

 私に気付いたアミーとサリーにこの空気が何事か訊ねると、二人は困った様に顔を見合わせた。何だろう、とても嫌な予感がする。

 アミーが些か硬い表情のまま、口を開いた。

 

「……実はあたし達も何が起きているのか、正確な事は分かっていないの。ただね──」

 

 

 ──“秘密の部屋”が何者かの手によって開かれたらしいわ。




微妙にメグに巻き込まれるフラグが立った!
真実薬で饒舌になったメグが試験で大暴走!
疲労困憊で学校に帰ったら事件が起きてた!

……以上、今回のラインナップです。メグの語りが想像以上の長文になって笑ってしまった作者であります。何はともあれ、遂に秘密の部屋騒動が始まりました!
あと、試験の面接で真実薬はやり過ぎな気もしますけど、扱う物が物なので悪用する恐れが無いか念には念を、という事で任意使用の設定になっています。


【設定の端書き】

・メグのホルン
ゴールドブラスの太ベル、巻きがクルスペ型のフルダブル。
マウスピースはV型ダブルカップ、音色調整とアレルギー対策で銀とグリーンゴールドの下地にプラチナメッキを掛けている。
重厚感ある深めの音色がお好み。奏法の工夫も楽しんでいる。

……一応は調べて設定したものの、流石に音楽学校の物語じゃないのでバッサリ削除しました。明らかに話が脱線し過ぎるのと、本編で現ナマ的な話はちょっとアレだったので。
メグの研究者気質は薬学のみならず趣味でも発揮されるという事と、生育環境がハリーと比べて相当恵まれている事の補足説明でした。楽器なんてファイアボルト買える位の金額は軽くしますし。
何でもかんでもでは無いものの、好きな事をして伸び伸びと生活しているメグをハリーの境遇から見た場合、完全に考え方から根本的に違うお嬢様って事になります。良いか悪いかはともかく。


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防御は最大の攻撃

 “秘密の部屋は開かれたり 継承者の敵よ、気をつけよ”

 

 血文字よろしく赤いペンキで書かれた現場に、自然と眉が寄っていく。余りにも生々しくて、とても校内での出来事とは思えない。私が試験で真実薬(ベリタセラム)飲んでベラベラと毒……というかジギタリス愛を織り交ぜながら薬の可能性について語り倒している間に、学校では何やらとんでもない事件が起こっていた様だった。

 この文字だけでも事件としてお腹いっぱいなのだが、当日のこの現場は石にされたミセス・ノリスが吊るされていたというのだから堪ったものじゃない。物凄く嫌な予感がしてならない。

 

 ここまで心が掻き乱されるのは、何も私が猫好きだからという理由だけではない。魔法界でも当て嵌まるかどうかは知らないし、あくまでも一般論みたいな物だと思いたいのだが、公共の場において動物への虐待が露呈する時は猟奇殺人が発生する危険な兆候や前触れだったりすると、どこかで聞いた事があるのだ。

 流石に学校で殺人事件だなんて、そんなサスペンス小説みたいな事態は無いと思う……思いたいけど、去年のトロールやら防衛戦やらを考えると、強ち馬鹿馬鹿しいと一蹴も出来ないのがまた何とも言えなさを加速させていて、非常に辛い。

 

(……無事に早期解決してくれると良いんですけど)

 

 私はきちんと学生らしく学業に専念する日常を送りたいのであって、こんな悪い意味で刺激的な非日常は端からお呼びでは無い。

 

 

 とはいえ、こういう事件が起きると普段以上に情報伝達が跳ね上がるというのが人間というもの。

 ハーマイオニーが魔法史のビンズ先生から「秘密の部屋」なるものの存在について聞き出した話は一両日中に伝播し、他寮にも広く知れ渡る事となった。

 

 四人の魔女と魔法使い──ゴドリック・グリフィンドール、ヘルガ・ハッフルパフ、ロウェナ・レイブンクロー、サラザール・スリザリンによってホグワーツは創設された。順調と思われた学校運営も、やがて意見の対立が表面化してくる。この辺りは後の組分けでの基準にもなっているが、グリフィンドールは勇敢、レイブンクローは知性、スリザリンは血筋に拘り、ハッフルパフは全てを受け入れるという考え方である。スリザリンと他の三人との亀裂は特に埋めがたく、最終的にはグリフィンドールと争った果てに学校を去った。……これが広く伝わっている学校の創設秘話だそうな。

 さて、今話題の「秘密の部屋」が何かというと、どういう意図があったのかは知らないが、スリザリンは学校を去る前に隠し部屋を用意した。その部屋はスリザリンが認めるに足る、真の継承者とやらが現れるまでは誰にも開ける事が出来ない様に封印されている。そして、その継承者のみが「秘密の部屋」と封じられた恐怖を解き放ち、この学校から魔法を学ぶものに相応しくない者、つまりスリザリンの理念にそぐわぬ「継承者の敵」を追放するのだという。

 

 

「──何それ、面倒くさい」

 

「……まさか開口一番に面倒と言われるとは思いませんでした」

 

「だって、そんな何百年もの軋轢をこの時代にまで残してくれるなって思ったので。確執ゆえの喧嘩別れでも譲れない自己主張の結果でも、どっちでも良いですけど、少なくとも今を生きる私達まで巻き込むなって感じじゃないですか」

 

「マーガレットって時々すごく肝が据わっているよね……」

 

 ため息をついて、持ってきたサンドイッチを一口齧る。私のそんな様子に昨年からお馴染みの近況報告兼情報交換のランチタイムを一緒に過ごしていた彼らは揃って何とも言えない顔をしていた。具体的にはレイが若干呆れていて、ネビルが苦笑していた。

 今日の会話のネタはというと、私達の方もハーマイオニーが聞き出した例の話。というより、その場で直接聞いていた二人が私にも教えてくれたという訳だ。

 

「私の場合、別に肝が据わっている訳では無いと思いますよ?普通に石化事件は怖いですもの。ただ、何と言いますか……私の歴史系科目嫌いにも通じる部分なんですけど、こういうのって大概後世の人間の主観が混ざっているじゃないですか。話だけ独り歩きしているというか。なので、下手に歴史やら何やらが絡むと面倒くさいという感覚が先走るんです」

 

 暗記が大嫌いというのもあるが、本当に色眼鏡無しの情報なのかとか、どこまで客観的なのかとか、そういう白黒ハッキリしない部分があるというのが私としては堪らなく度し難い。

 今回の「秘密の部屋」も本来の意図を変な方向に解釈した上に色々と拗らせた馬鹿者が何らかの騒動を起こしたのではないか、というのが私の推測だ。

 

「まぁ、確かに今のスリザリンを巡ってはノブレスオブリージュを履き違え続けた結果とも言えるかもしれませんが……」

 

「でも、実際に被害が出ちゃったって事は、少なくとも『継承者』を名乗る犯人はいるって事だよね……」

 

「そこなんですよね……。ああもうっ!本当に面倒極まりないし、傍迷惑にも程がありますよ」

 

 ため息再び。人の思想自体はどういう考えでも自由だが、だからと言って危害を加えて良い訳じゃない。それに、だ。学校内で急速に広がりつつあるこの空気は、控え目に言っても非常によろしくない。下手したら目下は「継承者」そのものよりも危険かもしれない。だって──これは対応を誤ったら、絶対に犯人探しの槍玉に挙げられてしまうから。閉鎖空間の正義は悪意と表裏一体。物事の真実がどうあろうと、いとも容易く他人を傷付ける。

 難しい顔で思案をしていたレイも小さく嘆息してから、とりあえずはと切り出した。

 

「この事件が落ち着くまでは、少なからず不用意な事は言わない様に気を付けるべきですね」

 

「ですね。敵認定されて狙われるのも嫌ですけど、どっちかというと今は勝手に犯人扱いされる方が怖いです。特にホグワーツは逃げ場無いですし……」

 

「うん、そうだね。悪い噂ほどあっという間に広まるし、逆恨みなんてされたらひとたまりも無いよ」

 

 レイの言葉に私とネビルも頷く。本当、自分の身を守る為には予防策を徹底するに限る。厄介事はお断りだ。仮に運命やら何やらの導きであろうとも、断固お引き取り願うまで。

 とにもかくにも、不用意に目立つ事は避けるべし──今日のランチにて私達が確認した教訓は、この一言に要約されるだろう。

 

 

 

 さて、この「不用意に目立つべからず」という教訓は、実を言うともっと早い段階から身を以て実感していた。

 

 

 闇の魔術に対する防衛術の授業。案の定、ロックハート氏は以前のピクシー以来、授業の体裁を取り繕う事すら放棄した。

 ……で、その結果がコレだ。石化事件以降は輪に掛けて酷い。

 

「では、ミス・ノリス。今日のお相手をお願いしましょう!」

 

 ……無駄に華々しい笑顔と、キラッキラの歯が腹立たしい。衝動的に髪の毛をむしってやりたくなる気持ちを何とか抑制する。暴力は相手が誰であっても駄目な事。せめて、事故を装って以前偶然作り出してしまった発光塗料を投げ付ける位じゃないと。勿論、それだって思うだけでやりはしないけど。

 授業の体裁を取り繕わなくなった結果、この時間は何故かロックハート氏の小説朗読を兼ねた演劇の授業と化した。しかも、ロックハート氏が自分自身の再現的な事をして、私達生徒が倒される敵の役をやるという徹底っぷりだ。

 演劇の授業と割り切るには余りにも茶番劇が過ぎるし、本当に演劇を学びたかったら相応の音楽学校なり、劇団なりに所属した方が遥かに有意義な時間に違いないと確信している。まぁ、早い話がとんでもなく苦痛の一時である。

 

「………………」

 

「ホラホラ!ミス・ノリス、もっと笑顔で!」

 

 誰が笑えるか。頭の中で悪態を吐きつつ、諦めを超越した無の境地で前に進み出る。指名された瞬間、前の席のアミーに「ドンマイ」というお言葉を貰い、偶然目が合ったアンソニーとテリーからは滅茶苦茶同情する様な表情を向けられた。……ロックハート氏直々のご指名に対して羨ましそうにしている前列に座る友人諸君よ、こんなので良ければ何時だってお役目を譲るぞ。寧ろ、今すぐ代わってくれ。私はこんな形で目立つのは大変不本意なのだ。

 しかも何が最悪って、初回授業でやたらと悪目立ちしてしまったが故に、私は(とても不本意かつ不名誉ながら)このクラスにおいて女子生徒の中で指名回数は断トツのトップとなってしまった事だ。ちなみにクラス全体で計算した場合、私と同様に初回で結構目立ってしまったテリー、物静かながら女子から密かに人気あるマイケルに次いで、私は堂々たる三位である。こんな屈辱的な三位なんてありがたくも何とも無い。最悪だ。

 

(……いっそのこと、この人にも頭からジェット噴射炸裂の水をぶっかけて差し上げましょうか。ついでに過冷却起きるレベルの塩と氷も一緒に添えて、一思いにブチ撒けたらとっても快感でしょうに。あぁ、それともタライ落としの要領で脳天に物理的に叩き付けるのも一興かもしれませんねぇ……)

 

 完全に死んだ目をしつつ、脳内でそんな事を密かに考える。これも思うだけで実行はしないが。この人の為にパドマやリサ達から不興を買うなんて余りにも間抜けが過ぎるし、この自分大好き男からの心証なんぞ死ぬ程どうでも良いけど下手に恨まれて成績を下げられても困る。だから若干物騒な思考を脳内シミュレーション内にて好き勝手に暴れつつ、現実は無表情のまま従順に従っておく。そんなこんなで、今日も授業とも言えない何かが繰り広げられたのだった。……どうあがいても、時間の無駄でしかない。私の貴重な時間を何が悲しくてこんな事に消費せねばならないのか。

 

 以前、人様に「学業に関しては先生の好き嫌いと科目の好き嫌いを安直に結び付けていると後々損する」と言っておいてあれだが、本当にこの科目自体が嫌いになりそうだ!

 

 

「大前提として、防衛術とはあくまでも身を護る為の物であって、倒す為の物では無いです。結構そこを勘違いする人も多いですが」

 

 その日の放課後、前々からレイと約束していた防衛術を教えて貰っていた。私にとって二番目に成績不良の科目という事もあって、彼は基本のキからやってくれた。いやはや、それにしても空き教室での自主勉強の方が遥かに授業っぽいとは。

 

「……言うなれば、闇の魔法使いって呼ばれる類いの人は総じて呪いのエキスパートですからね。訓練を受けたプロですら命懸けで戦闘する相手に、そもそも素人が勝とうと思う方が間違っているという事です。……無謀にも挑みたがる人も多々いますが」

 

「つまり、防衛というだけあって護身術に近い感じですかね?」

 

「そういう事です。メグ、小学校の時にやった防犯訓練って覚えていますか?あれだって最低限自分の身を護りつつ、不審者から隙を突いて逃げるのが最終的な目標ですよね」

 

「確かに。……倒したり、捕まえたりするのはあくまでも専門家の仕事である、っと。あ、だからレイが予習を兼ねて指定した呪文もとにかく自己防衛的な意味合いが強かったんですね!」

 

 前に予習がてら調べておく様に言われた呪文の数々を思い出す。盾の呪文、武装解除の呪文、閉心術、レベリオ、フィニート、それから守護霊の呪文。出来るか否かはさておき、どれも突き詰めれば護りに特化したものばかりだ。

 全部出来ればそれに越した事は無いが、とりあえずは防御の王道たる盾の呪文と、一朝一夕で身に付くものでは無い閉心術から始めると決めた。閉心術に関しては、習得するまで練習中に記憶やら心の内が丸見えになるが大丈夫かとレイに聞かれたが、別に見られて困る様な事をした覚えは無い。幼さ故の赤っ恥な黒歴史も有るには有るけど、それだってほとんど身内と変わらない彼に見られた所で今更どうって事も無いのだから、別に問題は無い。そう答えたら、少しは他人に警戒心を持てと窘められた。……別に私は誰に対して開けっ広げな訳では無いのだけど。これでも信用する相手は結構選んでいるつもりだ。

 

 まぁ、それはそうとして。

 物は試しとばかりにまずは盾の呪文をやってみたが、やはり一発では出来ない様だ。一応は空気が揺らぐのは感じたけど、とても身を護れるバリアがあるとは思えない。

 

「うーん、水幕呪文のフルクティクルス・スクータムは一発で出来たんですけど、なんかプロテゴは微妙な感じがします……」

 

「防衛術が苦手と言う割には、プロテゴの理論は悪くないですよ。というより大人でも使えない人が少なくないという事実を考えたら、案外メグは習得方法さえ工夫すれば防衛術もかなり伸びる余地があると言って良いでしょう」

 

「そう、なんですかね?」

 

「はい。まぁ僕が思うに、一番大切なのはメグが如何に興味を持てるか否かだと思いますが」

 

「うぐっ……」

 

 伸びる余地があると言われて舞い上がったのも束の間、痛い所を突かれて思わず呻いた。私の興味関心の有無が両極端に振れている自覚はあるが……興味無いものは興味無いし、頭が拒否するのだ。でもそうも言っていられない。

 時間が許す限り、無心になってひたすらプロテゴを唱えまくって何とか簡単な障壁を作り出せるレベルにはなった。まだまだ盾と呼ぶには余りにも心許ないが、最初の状態よりは進歩したと思う。

 

 閉心術の方はというと、お試しに開心術を食らうとどうなるかをレイに実演して貰った。うん、あれはヤバい。心というか記憶を覗かれる感覚を実体験した感想としては、凶悪の一言に尽きる。えげつなさは真実薬(ベリタセラム)と良いとこ勝負かもしれない。確かに対応の術を身に付けて置かないとプライバシーもへったくれも無いだろう。ちなみにレイ曰く、今はわざと覗かれてるのが分かる様に乱雑な開心術を行使したのだとか。……という事は、実際は覗かれている事すら気付かずに記憶をすっぱ抜かれるという事か。更にえげつない。

 とりあえずは閉心術を習得するべく、寝る前にでも頭を空っぽにする習慣を付けると良いらしい。心を無にする事が心を覗かせない術に繋がる理屈はイマイチ分からないが、東洋ではザゼンとかメイソウという精神統一なる修行があるとパドマやチョウ先輩が言っていたので、要は精神を鍛えるという事なのだろう。多分。

 

「攻撃されない、攻撃を受けないという意味では、ひたすら回避に徹するというのも一つの手ですよ」

 

「と言いますと?」

 

「話を聞くに、やはり君の杖はどうも……水の魔法と相性が良いみたいですから、それを利用して相手を撹乱させるんです。で、その隙に安全な場所まで脱出する。本当は透明人間(インビジブル)が安全な能力であれば、一番その手の対応に向いているんですが……こればかりはある程度見極めるしかありません」

 

「確かにまだ透明人間(インビジブル)は怖くて当てにはしたくないですね……。でも、水で撹乱ですか……うーん?例えば、水幕越しにマグネシウムフラッシュでも炸裂させて、乱反射による目潰し作戦とか?」

 

「非常時にそんなもの用意出来るかはさておき、考え方はそれで合っています。ついでに自己防御出来るならば、一緒に爆音でも鳴らせばより効果的かと思いますよ」

 

「なるほど。確かに私はその方向も考えた方が良いかもしれないです。力押しになったら絶対に負ける自信あるので……」

 

 私の何とも情けない自信にレイは苦笑していたが、ふと真面目な表情になって少し考える。そして妙に爽やかな笑顔を浮かべた。

 

「……ちなみにですが」

 

「はい?」

 

「今から言うのは本当に不味いという状況で、尚且つ杖を抜く余地すら無さそうな緊急時の有効打の一つです。率先してやれとは言いません。というか断じて推奨している訳ではありません」

 

「杖無しの有効打……え、そんなものあるんですか!?」

 

「ええ。相手が男で、尚且つ君を小柄で非力な少女相手だと舐めて油断している様子の場合、問答無用で急所を蹴り飛ばして沈めるのが一番手っ取り早いです」

 

 ……爽やかな王子様スマイルで、なんてこと言うんだ。ま、まぁ確かにそれは向こうの防犯訓練でも暴漢に襲われた時、咄嗟の反撃として王道の一つだと言われたが。というか──

 

「魔法使い相手に通用するんですかそれ……」

 

「寧ろ、魔法使い相手の方が高確率で決まりますね。何せその手の人達ほど己の魔術の腕を過信する傾向がありますから。魔法での反撃なら条件反射で対処出来ますが、逆に言うと()()()()()()には滅法弱いんですよ。大抵はそんな事、想定すらしていません」

 

「へ、へぇ……」

 

「とはいえ即座に対応出来る人も当然いるので、それに頼り過ぎるのは危険なんですが。反撃しようとして拘束でもされた暁には、一巻の終わりだと思っておいて下さいね?」

 

 ニコリ、と効果音が付きそうな笑顔と共に念を押された。怖い。でも、確かにそれはごもっとも。しっかり肝に銘じておこう。

 

 

 レイのおかげで不得手な防衛術も何とか沈没回避の兆しが見えてきた。まぁ、今年度の成績に直結するかというと、授業が授業なだけに何とも言えないが。

 私としては大満足だったのだが、ふと思った。

 

(……あれ?ホグワーツに入るまで過ごしてきた環境は私もレイもほぼ一緒だったのに、何でレイはあんなに闇の魔法使いの実情っぽいものを知っているんでしょう……?)

 

 彼の凄い知識量に対して一瞬だけ疑問が浮かんだ。

 

(まぁ、好きな事はありとあらゆる所まで調べ尽くしたくなるのが人間ってものですし。私の薬学好きと同じ理由ですね!)

 

 でも、自分とてちょっとばかり毒薬にも愛を向けている気があるのだから、レイもなんだかんだ似た様なものだと結論付けて勝手に納得したのだった。




考え方も戦い方も人それぞれ。
非日常の入り口にて自分に合った対処法を考える話でした。

【キャラ紹介】

アンソニー・ゴールドスタイン
原作ではDAに参加していたレイブンクロー生。
パドマと共に監督生を抜擢されていた。公式情報によるとファンタビのゴールドスタイン姉妹と遠縁で、純血のユダヤ人とのこと。
個人主義の強いレイブンクローで監督生に選ばれるのだから、パドマと同じく成績優秀で総合力高いという設定にしています。というより、原作で読んだ時からアンソニーは優等生のイメージだったので、それを大いに反映させました。

マイケル・コーナー
原作ではDAに参加していたレイブンクロー生。
何気にハリーと同じ彼女遍歴を辿っていて、レイブンクローのクィディッチのチームにも入っている。映画版では物凄い耽美な雰囲気の美青年だった。それでいて魔法薬学の上級クラスにもいたのだから、学業もかなり優秀と思われる。
恋愛観はさておき、ロン曰く「暗い方がマイケル」らしいので物静かな人だと勝手に解釈しています。


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正常性バイアス

 いくら己のコミュニティ内で非日常な事件が起きようとも、我が身に降りかからない限りは対岸の火事でしかない。それどころか、他人の不幸は蜜の味という言葉が真実なのだと実感する程度には、適当な噂話に花を咲かせる始末だろう。

 要するに「自分なら大丈夫」という根拠の無い自信がある、という事だ。どうやら強いストレスが掛かった際、無意識に作用する心理的な防衛反応の一種らしいが……非常時にそんなものが働いた所で事態が好転する筈もなく。寧ろ不必要な被害、無駄な犠牲が増え兼ねないのだから、時折人間は進化の過程で変なバグを抱き込んでしまったのではないかと思わずにはいられない。

 

 今現在のホグワーツは正しくその状態を極めていて、嫌なピリピリ感を漂わせながらも結局は何も変わらずに授業を受け、クラブ活動に励み、寮で自由に寛ぐという日常を変わらずに送っていた。

 そんな私も警戒しつつ日常を満喫している辺り、例に漏れず無意識に大丈夫だと思っちゃっている一人なのだろう。

 

 

 クィディッチの初戦よりも一足先に聖歌隊は最初の活動日を迎えた。今回はメンバーの顔合わせを兼ねた集まりという事だった。指定された教室にて他のメンバーをそれとなく観察がてら眺めてみると、実に分かりやすく青と黄色の比率が高い。でしょうね、と言葉に出さない程度に私は独りごちる。

 基本的に少人数のアンサンブルでも無い限り、合唱は纏まった人数でやるものである。そうすると活動は自ずと四寮合同で、となる訳だが。まぁ、一般的な学校ならまだしも、寮への帰属意識がかなり高いホグワーツにおいて、そういう事を気にしない人が果たしてどれだけいるか。我らがレイブンクローは寮監が指揮している上、ぶっちゃけ他人の考え方には興味無いという人が私以外にも結構いるし、ハッフルパフは元より和気あいあいと社交的な方々が多い。だから普通に集まっている。では他の二寮はどうかと言うと、体育会系の人が多いらしいグリフィンドールは……まだしも、他寮よりも閉鎖的な傾向の強いスリザリンが全寮ごちゃ混ぜの活動を好んでやるイメージが浮かばない。まぁいたとしても、かなり珍しい部類になるだろうと思う。

 

 もっとも、自分が楽しく充実した時間を過ごせるならば誰がいようと構わない、というのが結論に行き着く私なので、どの寮の人がいようといまいと何ら問題無いのだ。

 

 さて、話を戻そう。

 伝統ある聖歌隊とはいえやはり花形のクラブでは無いのと、そもそもカエルを連れて来ている生徒が圧倒的に少ないというのもあってか、全寮全学年集まっても結構少人数だ。新メンバーも一桁、二年生は私を含めて二人という具合だし、先輩方も半分弱がレイブンクローの顔見知りである。これなら流石に人名を覚えるのが不得手な私でも然程苦労しない気がする。

 とりあえず同じソプラノの人は誰かなと思っていたら、横から声を掛けられた。

 

「えっと……レイブンクローのマーガレット、だよね?」

 

「はい。マーガレット・ノリスと申します。確かあなたは……」

 

「リリー・ムーンです。直接話すのは初めてだけど、私も同じ二年生だよ。よろしくね」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 話し掛けてきた彼女は、私と同じく新メンバーであり、ハッフルパフの同級生の子だった。確か、ミス・ミジョンとよく一緒にいる子だったと記憶している。ハンナやスーザンとは合同授業の折りに話す機会は度々有ったけど、彼女との会話は初めてだ。別に人見知りではないけれど、いつも人との初会話は少し緊張する。

 

「マーガレットはどのパート?私はソプラノなんだけど……」

 

「あら!私もソプラノです。同じパートなんですね」

 

「本当!?良かった……聖歌隊は楽しみにしていたけど、二年生が二人だけだから、実は少し心細かったの」

 

 そう言ってはにかむリリーに、私もつられる様にふにゃりと笑う。彼女とは一緒に楽しくクラブ活動が出来そうだ。仲良くなれる子が一緒で良かった。

 先輩方とも挨拶を交わしたり、練習日程について確認したりしつつ、紹介がてら自分のパートナーたる相棒のカエル自慢をしているうちに、最初の緊張は何処へやら。いつしか、実質今日が初対面だという事を忘れそうになる位には、私はリリーとすっかり打ち解けていたのだった。

 

 

「──という事で、解熱鎮痛作用のある医薬品と鎮静作用のある魔法薬の飲み合わせに対する検証が必要である、と私は考えます」

 

 試験の報告も兼ねた追加講習にて、私は以前思い付いた組み合わせについてスネイプ先生にプレゼンテーションしていた。

 

 筆記や実技に関する話はともかく、試験の面接で真実薬(ベリタセラム)を飲んだと言った瞬間、スネイプ先生が浮かべた物凄い形相は当面忘れられそうにない。流石の先生もまさか受験者にそんなものを飲ませるとは思わなかったらしい。

 任意ならば何故拒まなかったのか、とも訊かれたので、これまた正直に「疚しい事が無かったし、純粋に実物の真実薬(ベリタセラム)の効果に興味があったから」と答えたら、先生は暫く頭を抱えていた。

 

「……君自身に疚しい事が無くとも、その興味関心が向けられる方向は聞く人によっては有らぬ誤解を招くと思わなかったのかね?」

 

「多少は思いましたけれど、真実薬(ベリタセラム)を用意して面接を行うという事を鑑みると、彼らが知りたいのは資格で扱える様になる薬を悪用しないかどうか、ですよね。だったら、下手に本心を隠して会話するよりも、私の考えを偽りなく全てぶつけた上で判断して頂く方が得策かなと判断した次第です」

 

 まぁ、確かに我ながら少々危なっかしかったかなとも思わなくもないけど、こういうのは一度は体験してみて損は無い。とても良い勉強になった。私のジギタリス愛が伝わったかどうかはともかく、面接官もマグルの薬剤師という職業をそれなりに知っているみたいだったから、結果論としてはそこまで悪くないのではなかろうか。

 

 それも余す事無く報告したら、もはやスネイプ先生は諦めと疲れが多分に含まれた声で「自分を被験体にするのは程々にしたまえ」とだけ述べるに留まった。

 

 最初にするべき報告も終えた訳だし、時間もまだたっぷりあるのを良い事に、薬の飲み合わせ検証についての提案へと話題は移り変わる。それまで若干呆れ気味だった先生も、昨年度の実験にて無害な筈のスクラロースがエトワールアンプルで毒認定された事を鑑みたのか、表情を引き締めて真剣に聞いていた。

 私は念の為に持参してきたアスピリン錠剤の実物を先生に提示して、以前作って保管していた安らぎの水薬の瓶と並べて見せた。

 

「これがアスピリンなんですが、本当に医薬品の中で使われる頻度が途徹も無い次元です。実質、マグルの世界における万能薬扱いされていると考えて頂けると、如何に重宝されているか伝わるかと思われます。勿論、アスピリンも医薬品のお約束たる副作用や服用禁忌がそれなりにある薬なのですが、とにかく困った時はアスピリンという感じで使う人が多いんですよね」

 

「ふむ……確かに魔法薬では解毒目的でないものならば、大抵は安らぎの水薬を使いますな。純粋な鎮静作用のみならず、治療の為に眠らせる時にも重宝する」

 

「はい。なので、極々普通に生活するだけでも意図せず飲み合わせてしまう恐れが高い組み合わせ故に、安全検証は必須では無いでしょうか。そこから医薬品と魔法薬の組み合わせにおける反応の傾向を突き詰める事が出来れば、真の意味での万能解毒薬を開発するに当たってもかなり有用なデータになると考えます!」

 

 だから検証実験をしたい!という意味合いの希望も込め、いつも以上に先生へ熱烈なプレゼンテーションをしたのだが、どうやら私の期待を裏切らず、言外のアピールを汲み取って下さったらしい。スネイプ先生はアスピリンの入ったピルケースを暫し観察しつつ、一頻り思考を巡らせていた。

 

「まぁ良かろう。確かに去年の例を考えると飲み合わせ事故が起こる危険性がある物の検証は、調剤する立場として安全上必要である事には違いない。次の講習は鎮痛・鎮静作用の持つ薬同士の反応を調べるとしよう」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

「ちなみに、ミス・ノリス。そのアスピリンとやら以外にもマグルで多用される鎮痛剤はあるのかね?あわよくば、安らぎの水薬以外の鎮静系水薬も用いて考え得る組み合わせを試してみたいのだが」

 

「勿論です!次までにアスピリン以外の市販薬を家から送ってもらいます。ついでに成分の違い等々もレポートに纏めておきます」

 

 満面の笑みで答えながら、私の脳内で実験に使えそうな薬品名を列挙していく。イブプロフェン、アセトアミノフェン辺りはアスピリンと並んで市販薬御三家みたいな物だから必須だろう。本音を言うなら、せっかく実家が医薬研究所を銘打っているのだから市販薬では無いが手術後の鎮痛にも使われるオピオイドとかも試してみたいが、流石に処方箋無しで医療用医薬品を持ち出すのは……普通にアウトだが、駄目元でドクターに聞いて見ようか。あぁ、それにしてもこういうのは本当に想像するだけでゾクゾクしてくる。自然に笑いが込み上げてすらくる。

 

「新しい実験は結果予測を立てるだけでもワクワクしてきますね。うふふふふ……」

 

「……ミス・ノリス、悪い事は言わん。君が他意無く純粋に楽しんでいるのは分かっているが、頼むから外でその恍惚の笑顔を浮かべるのだけは止めなさい」

 

 

 さて、聖歌隊の活動が始まるという事は、自ずと学校一番の花形クラブたるクィディッチの試合も始まるという事を意味している。

 今年も初戦はグリフィンドールとスリザリン。正直言って私には余り関係が無い……と言ったらアレだが、実際わざわざ競技場に赴く程の興味はそそられない対戦カードである。だが、それにも関わらずアミー達と共に観戦に来たのには訳がある。

 

 二年生からはクラブへの参加が認められる、という事で我らがレイブンクローも二年生以上で箒の腕に自信のあるメンバー達が選抜テストを受けていたのは記憶に新しい。

 私達二年生からは案の定というか、同学年内で抜きん出て箒が上手かったマイケルがチェイサーに選ばれていたし、レギュラーではないものの補欠メンバーにはリサも見事に抜擢されたのだ。……これはちょっとした余談なのだが、応援と差し入れを兼ねて練習場に友人達と赴いた際に、あの大人しいリサが高笑いしながらアクロバットな高速飛行で爆走するという豹変っぷりを目の当たりにした瞬間、マグルの市中にて生活経験がある私とマンディは視線だけで危惧と誓いを交わした件も補足しておこう。

 

(ねぇマーガレット、あれは魔法界内ならまだともかく、マグル社会じゃ確実にアウトなやつだよね!?)

 

(アウトです。絶対駄目です。危険です。あんなスピード狂モードのリサを市中に放ってはいけません!)

 

 もし今後リサがマグルの世界で生活する事があったとしても、絶対に彼女が車の運転をする事だけは断固阻止せねばなるまい。それこそ友の使命である。アレは本当にヤバい。洒落にならない。

 

 まぁそれの話は置いておくとして。昨日の夜にリサから頼まれたのだ。「レイブンクローの初戦はまだ先だけど、前もって対戦相手を多角的に分析したい」と。いくらスポーツに興味無い私と言えども自寮のチームを応援したい気持ちがあるのは勿論の事、他ならぬ友人の頼みとあらば喜んで競技場まで足を運んで分析して進ぜようという流れになるのは当然である。

 それに、私は別にクィディッチという競技そのものが嫌いな訳ではないのだ。……ただ、お遊びのバレーボールですら自爆して顔面にボールをクリーンヒットさせる女が、空中で飛行しながら妨害やら何やらを掻い潜って激しい球技(で良いのか?)を行うという種目なんて、迂闊に手を出そうものなら間違いなく死ぬと自信を持って認識しているだけで。

 私がそんな諸々と余計な事を考えているうちに、いつの間にか試合が始まっていた。

 

「噂には聞いていたけど、やっぱりスリザリンは最新型の全員ニンバス2001を使っているのね。新シーカーのマルフォイも……思った以上に才能あって上手いかもしれない。正直、口だけのお坊っちゃまだと思ってたけど、ちょっと認識改めた方が良いわね」

 

「実際に見てみると、スピードは特に箒の性能差による影響が無視出来ないですね……あ、でもグリフィンドールはチェイサーの連係が去年よりも格段に跳ね上がったみたいです。あの連携プレーに持ち込まれる前に対処しないとズルズルと失点に繋がるかと」

 

 歓声とブーイングが同時に巻き起こる傍らで、私達はそれぞれの視点でメモを取っていく。後で他の面々とも情報の擦り合わせをして、相手の作戦傾向を纏めるつもりだ。そうやって私達が頼まれた使命を果たすべく試合の進行そっちのけで分析に勤しんでいたのだが、ふと異変に気付いた。

 

「……何か、ブラッジャーの動きおかしくない?」

 

 私だけではなく、見ていた人が軒並み似た事を考えたらしい。アミーは眉を寄せているし、サリーも些か顔色を青ざめさせている。

 明らかにブラッジャーの一つがポッター少年のみを執拗に狙っている様に見える。そんな彼を妨害から守る為にビーターの二人がシーカー側に付きっきりになり、なし崩し的にグリフィンドール側のプレーが崩壊しつつある。プレー云々もだけど、どう考えても異常事態が発生しているとしか思えない。

 こういう状況になっても止めないのか……と思っていたら、タイムアウトをグリフィンドールが要求して何かを話し合っている。そりゃそうだ。観客席の方も先程までとは少々違った空気でざわつき始めていた。

 

「多分、あのブラッジャー遠隔で魔法を掛けられてる……でも何の呪文なのか分からない」

 

 後ろの席からテリーがそう言うのが聞こえた。どうやら話を聞くに、去年もポッター少年の箒が暴走する事件があったから、また彼が狙われているのではないかという。

 

「そもそも、あれ……所謂『普通の魔法』じゃない気がするのよね。ここからじゃそれ以上の事は分からないけど」

 

「錯乱呪文って感じでもなさそうかも……何て言うか、文字通り動かされているっていうのかな……」

 

「えぇ、もうそれ、何で無効試合にならないの!?そもそも学生の試合であってプロの公式戦って訳でも無し、無理に試合続行させて学校で死者出したらどうすんのよ!?」

 

「そうは言っても、基本的にクィディッチって何があっても試合を止めないものだから……」

 

 マンディとリサもそんな会話をしているが、周りの反応を聞けば聞く程にゲームを続行させる意味が分からない。そういう外的要因のトラブルがあろうとも、どうやらゲームを仕切り直せないらしい。ちょっと想像を上回るレベルで正気の沙汰じゃない。

 どうやらグリフィンドールチームもタイムアウト中に対処を決めたらしいが……なんと狂ったブラッジャーをポッター少年が一人で引き受ける事にしたらしい。

 

 ハッキリ言って見ているこっちが生きた心地のしない気分だった気がする。当然、分析やら何やらは二の次だ。異様に時間が長く感じる試合はポッター少年がスニッチを掴んだ事でやっと終わった。

 

 ──いや、終わらなかった!試合が終了したにも関わらず、ブラッジャーまだ暴れ続けていた。

 

 再び観客席から悲鳴が上がるが、倒れ込んでいたポッター少年に直撃する前に先生方によって粉砕された。見た感じでは彼も無傷という訳ではなさそうだが、とりあえず命に別状は無い程度の脱臼か骨折で済んでいそうで何よりだ。いや、骨折は断じて軽症の範囲ではないのだけども。

 

「私におまかせあれ!治して差し上げましょう」

 

 後はグリフィンドールの誰かしらが彼をマダム・ポンフリーの下へと連れて行くだろうし、私達も心臓に悪すぎる一時が終わった以上は野次馬になる必要もないと思っていたら、競技場にその声はやたらと華やかに響いた。部外者でしかない私が思わずヒッと声にならない悲鳴を上げた。……ありがた迷惑という言葉が存在するが、その中でも世の中には勝手にでしゃばって「迷惑な事」と「取り返しの付かない事」の二種類がある。そして、応急処置ならともかく素人判断の治療というものに関しては、古今東西、いつの時代でも後者の部類に含まれる行為である。

 

(うっわぁ、とても無残……)

 

 ……見事にそのセオリー通りというか、ロックハート氏の魔法が失敗してポッター少年は腕を骨抜きにされてしまっていた。可哀想に。というか腕がぐにょぐにょになっているのもヤバいが、もしあれが腕ではなくて頭蓋骨や胸骨を抜かれていた場合、即死する可能性が高かったのだが。そこら辺の自覚はあるんだろうか。

 

 私は一連の流れを見ながら、げんなりとした気分で嘆息した。

 

 

 ……非常時ほど、人間は変に楽観的になる生き物である。

 根底にあるのは「自分は大丈夫」という何の根拠も無い安心感。ただそれだけだ。だからこそ、人は自分が当事者になるその瞬間まで、己の危機を見逃し続けてしまうのだ。

 

 ──グリフィンドールのマグル生まれの一年生がミセス・ノリスと同様に石にされたと学校中に知れ渡るのは、翌日の事だった。




秘密の部屋は一番物語の匙加減が難しいと感じる今日この頃。
とりあえず、本編の流れの中で主人公なりに人脈を構築している。まだ無関係な学生でいられるので幸せだったりする。

【キャラ紹介】

リリー・ムーン
原作では組分けで名字のみ登場していた、所属寮が不明の子。
公式の作者情報によりフルネームと女子生徒である事が判明したので、とりあえずこの話では聖歌隊仲間のハッフルパフ生という設定になっています。
当面は主人公にとって「リリー」という名前は、母親ではなく同級生のミス・ムーンという認識になります。

同じオリキャラ状態になるなら、名前だけでも原作に登場する子を積極的に登場させたいという作者の思惑があったり、なかったり。


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名も無き毒の矛先は

「今更だけど……情報筒抜けって不味くない?」

 

 誰からともなく呟かれた言葉に、私達は揃ってぐうの音すら出て来なかった。何故なら全くもって正論で、寧ろ何で今まで誰も気付かなかったのかと思う程度には至極当然の指摘だったからである。

 

 

 遂に生徒まで襲撃されたという緊急事態に、校内はこれまでの比では無いぐらい緊張感が広まっていた。そして、それは我らがレイブンクロー寮内でも同じ事。元より「連絡網」を作るべく試行錯誤していたが、その中でも非常用の警報ベルと緊急連絡の機能は前倒しで作ろうという流れになっていた。……で、その打ち合わせ中に飛び出したのが件の指摘という訳だ。

 一様にフリーズしていた私達だったが、ややあってからまとめ役のパドマが呻いた。

 

「……そうだったわ。元々は他の寮との連絡目的だったのに、完全に色々な機能搭載を考えるのに夢中になり過ぎて、すっかりその事を失念していたわ」

 

「だよねぇ……私達レイブンクロー生だけが使うなら全然問題無いと思うけども『鷲の目』とか一応は流出厳禁な機密文書扱いだし、何より寮内独自情報が漏れたら大変な事になるもんね」

 

「更に言うなら幾ら入り口に鍵代わりのノッカーがあるとはいえ、あれだって逆に言えば質問にさえ答えられる人ならば誰でも寮内に侵入出来てしまいますからね……」

 

 サリーと私も思わず頭を抱えながら続ける。何でもかんでも情報が筒抜けになってしまったら、それこそ何の為に寮ごとのセキュリティがあるのかって話にもなりかねない。

 

「どうする?とりあえず、早急に必要になりそうな非常ベルだけ『連絡網』の仕組みから独立させる?」

 

「でも、今から新しく構想練っていたら手遅れじゃないかな……」

 

 アミーの提案にリサが困った様に呟いた。確かにその通りだ。身も蓋もない言い方をするならば、それならマグル製の防犯グッズでも逆輸入した方が手っ取り早い。まぁ、魔法界ではマグル製品が誤作動を起こして壊れるらしいので、それならそれで使う為には何らかの手を施す必要があるのだが。

 と、ここで今までの議事録(という名のメモの束)を引っ張り出して黙々と読み返していたマンディが顔を上げた。

 

「ねぇサリー、確か『両面鏡』っていう道具の仕組みを参考にして『連絡網』の術式のベースを考えたんだよね?」

 

「えっ、うん。一番最初は『両面鏡』の術式に直接必要なのを追加するつもりだったんだけどね。今はそこから親機の鏡と持ち歩き用のコンパクトに分割しているよ」

 

「魔法道具の術式的に、それをもっと細かく分割って出来そう?」

 

「……どういう事?」

 

 マンディの質問にパドマが怪訝そうに尋ねる。私達も設計のメモと議事録を見返しながらマンディの言葉を待つ。

 

「私達が使うものは今まで通り、他寮の人に渡す方を『両面鏡』だけって出来ないのかなぁと思ったの。あくまでもペアになっているコンパクトと会話するだけのものなら、セキュリティ部分は解決しそうじゃない?」

 

「あぁ……つまりは、連係を二段構えにするって感じでしょうか?言うなれば親機、子機に続いて孫機みたいな……?孫機自体はそのまま『両面鏡』で良いとして、問題はどこまで個人の子機で御せるかだと思います」

 

「大鏡であたし達のコンパクトを一括管理して、更に各コンパクトで会話相手のコンパクトというか小鏡を管理するって解釈で合ってる?そもそも大元の部分から独立したシステムってどこまで自由に動くのかって話にもなりそう」

 

「それに、その形だとちょっとシステムが複雑怪奇になり過ぎそうじゃないかなぁ……?あ、でもどっちみち親機で一括管理するんだったら、コンパクト側で他の連係があろうと無かろうと、それも引っくるめて包括したシステムになるかも?それなら仕組みがちょっとややこしくなるだけで出来なくもない気がするよ」

 

 マンディの発想の趣旨は理解出来た。とりあえず私、アミー、リサの順に今聞いた感じの見解を述べてみる。お互いに疑問や見解を交えて意見交換をしてみて、最終的には「やろうと思えば出来なくはない」という結論に行き着いた。

 全員の意見を纏めたパドマが手を一度叩いた。

 

「よし、とりあえず少し方向修正して『連絡網』は駄目元で三世代式に舵を切ってみましょう!役割分担は今まで通りで良いわね?」

 

「はい!異議無し!」

 

 そんなこんなで「連絡網」プロジェクトは少し企画の修正を挟みつつ、また一歩前進したのだった。

 

 

 ……ところで途中から話が脱線して、私達は揃いも揃って最初に話していた「とりあえず非常ベルだけ先に作ろう」という議案が頭から完全にすっぽ抜けていた。今のご時世的は事を鑑みたら少々呑気過ぎたと言わざるを得ないが、まぁ真剣に熱中していたが故という事で大目に見て頂きたい、と言い訳しておく。

 

 

 薬草学のレポート打ち合わせを建前にしたお茶会は、今年も同じ空き教室で続ける約束となっている。幾ら授業がペアからグループに移行しようと、一年間で身に付いた習慣はそう簡単に変えられるものでは無い。それぞれにとって最も効率良くレポート作成をする為に四人で相談した結果、授業直後に押さえるべき要点を共有し、後は各自が昨年と同じスタイルで行こうという結論に至った訳である。勿論、後で何か共有すべき情報が出てきた場合は、それも別途報告しようという約束もした。

 まぁ、いざとなったら私がアミーやテリーの個人作成組とセオドールの中継役になるんだろうなと思っている。多少手間はあるものの、寮を跨いだグループならではの事だと割り切っているから、別に面倒とは感じていないので問題無い。

 

 さて、そんなこんなで今日は例のお茶会の日なのだが……いつも冷ややかなまでに冷静沈着に立ち振舞っている筈のセオドールが、今日は珍しく非常に苛立った様子で現れた。

 

「何かあったんですか?」

 

「別に。ただ、今まで過ごしてきた人生の中で初めて本気で殺してやろうかと思った奴が現れただけだ」

 

「……それ、は……随分と物騒ですね?」

 

「少なくとも、アンタなら居合わせていたら俺と同じ事考えると思うぞ?──魔法薬学の授業中、人の大鍋に花火を放り込んで授業妨害しやがった大馬鹿野郎がいたら、アンタだって呪いの一つ二つ位は叩き付けたくなるだろ?」

 

「は、はぁ!?それは勿論ギルティです!即刻ギルティですっ!!まぁ……流石に倫理的観念に基づき殺しはしませんけど、間違いなく鍋でぼっこぼこのタコ殴りにはします!!」

 

 今日のセオドールに少々恐怖を感じていた私だったが、彼が物騒発言した理由を聞いて、思わず私も叫んでしまった。いやいや、最早それは授業妨害ってレベルじゃない。余りにも危険過ぎる。どう考えてもアウトだ。ここまでスリザリンとグリフィンドールの組み合わせが致命的というか壊滅的という有り様なら、もう合同授業やらせるなよというレベルでヤバい。

 

「というか、鍋に花火って……怪我とか大丈夫でしたか?」

 

「薬品被った奴は結構いたが、スネイプ教授がその場で全員を治療して下さった。俺も座っていた場所が比較的薬が飛び散って来ない場所にいたから、授業を滅茶苦茶にされた事を除けばそこまでの被害は無い。調合していた薬も爆発騒動の前に提出していたしな」

 

「それなら良かったです。いや、全然良くは無いですけど」

 

「何かする為に騒ぎを起こしたのか、恨みある奴を貶める為にやったのか、或いは単にスリザリンが気に入らないのか、色々思う事はあるがこの際どっちでも良い。ただ、真面目に授業を受ける気が無いならサボるなり何なりして失せろって話だぜ。……迷惑だ」

 

 完全に目が据わっていて怖い。でも気持ちは非常に分かる。これはもう、それとなく違う話題に変えるのが吉だろう。しかし、本当に誰がやったのか知らないけど、変な意味で行動力を炸裂させるというのは考え物である。

 ……まさか、その件の騒動を起こした張本人の一人がハーマイオニーで、更には校則どころか法律的な意味でアウトな盗みに入った挙げ句、違法に禁書の薬品──ポリジュース薬の密造を行おうとしていたなんて、私は夢にも思ってもいなかった。

 

 

 決闘クラブなるものが開催されるらしい。

 

 個人的に決闘そのものには全く興味無いが、自己防衛の手数は多いに越した事は無い。レイに防衛術の練習を手伝って貰っているとはいえ、不得手なのには変わりないのだから、補習的な感覚で受けても損は無いだろう。

 それに聞いた所によると、昔フリットウィック先生は「決闘チャンピオン」だったらしいという。それならば、きっと為になる催し物であるに違いない。

 

 ……そんな風に期待していた時間もありました。えぇ、非常にデジャヴしかないこの一連の流れ。またもや過去形で言っている時点で察して頂きたい!

 

 

「静粛に」

 

 やたらと勿体ぶった口調で壇上に上がるロックハート氏に、前方に詰め掛けた女子生徒達からの黄色い歓声が上がる。……よりにもよってこの男が主宰者とは、天は完全に私を見放したらしい。

 

「皆さん集まって!さあ、私の声が聞こえますか?私の姿が見えますか?──結構結構!ダンブルドア先生から私がこの決闘クラブを開くお許しを頂けました。私自身が数え切れない程経験してきた様に、自らの身を守る必要がある、万一の場合に備えて皆さんをしっかり鍛え上げる為です!」

 

 再び上がる歓声。それに反比例するかの如く、私の機嫌は急降下していった。

 

「……もうやだ!私、(いえ)に帰る!帰ります!!」

 

 とりあえず、思わず羞恥とか人の目が気になるとかそういうのをかなぐり捨てて子供返りよろしく駄々をこね地団駄踏む程度には、私の気分は最低最悪だ。初回授業から拗れに拗れまくった結果、もうアレルギーを起こすのと同等レベルでロックハート氏そのものが精神的に受け付けないのだ。

 

「マーガレット、どうどう。落ち着こう。でも気持ちはすごく分かるよ。……僕も来た事を心底後悔しているし、帰りたい」

 

 少しでも前列から離れようとした同士たるテリーに宥められる。それにしても熱狂的な女子生徒が前列を占め、ファン以外の生徒達が後列に固まって冷ややかな視線を送るという、完全に授業中と同じ構図になっている。

 断言しても良い。それこそ突然ロックハート氏が正しい説明の大切さに目覚め、何でも目立てば良いという思考を破棄しない限り、ほぼ確実に防衛術の初回授業と似た様な展開になる。

 そんな私の諦めと嫌悪感と面倒くさい気分を他所に、壇上では新たな動きがあった。

 

「では、助手のスネイプ先生をご紹介しましょう。彼がおっしゃるには、決闘についてごく僅かにご存知らしい。訓練を始めるにあたり短い模範演技をするのに勇敢にも手伝って下さるというご了承を頂きました。しかし、私が彼と手合わせした後でも皆さんの魔法薬の先生はちゃんと存在します。ご心配めされるな!」

 

(うわぁぁぁ……スネイプ先生の表情が恐ろしい事になってらっしゃる……怖い、寧ろ私が逃げ出したいレベルで怖いです)

 

 どういう経緯でスネイプ先生が助手を引き受けたのか甚だ疑問だけど、本気で悪鬼と見紛う様なとんでもない形相のスネイプ先生を目の前にして、よくあんな煽っているとしか思えない紹介が出来るなと思う。わざとなのか素なのか。素ならある意味才能かもしれない。……少なくとも、私ならあんな殺気立った気配を差し向けられた瞬間、全速力で逃走したくなる。

 

「二人で作法に従って杖を構えています。それから三つ数えて最初の術をかけます。大丈夫です、お互い殺すつもりはありません」

 

 私の目には仮にロックハート氏はそのつもりが無くとも、スネイプ先生はどう見ても隙あらばぶっ殺す位の気分で構えている様に思えるが。気のせいだろうか。

 

「1、2、3──」

 

「エクスペリアームス!」

 

 カウントが終わるや否や、スネイプ先生が呪文を唱えた。武装解除の呪文は相手から杖を奪う呪文だったと記憶していたが、どうやら加減次第では相手ごとぶっ飛ばす事も可能らしい。

 さて、まともに呪文を食らったロックハート氏はというと、派手に吹き飛んで大の字になっている。

 前方の方からは悲痛な悲鳴が上がっているが、それ以外からスネイプ先生を賞賛する声が聞こえてくる。それこそ普段は蛇蝎の如く嫌悪感を剥き出しにしているグリフィンドールの方々さえも、スネイプ先生に拍手している人が一定数いるという具合だ。

 

「今のが『武装解除の術』です。ご覧の通り、私は杖を失ったわけです。スネイプ先生が今の術を見せたのは素晴らしい考えですが、やろうとしたことはあまりにも見え透いていましたね。それを止めようとしたら、いとも簡単に出来たでしょうが……」

 

 本当かしら。何だかこれも物凄いデジャヴしか感じない。

 ちなみに、あれこれ言い訳をしていたロックハート氏だったが、流石にスネイプ先生の本気の殺気と実力差を察したのか、一声掛けるとそそくさと二人一組のペアを組み始めた。

 私達レイブンクロー側は比較的平和というか、わりとまともな組み合わせだが、例によってグリフィンドールとスリザリンの方は酷い事になりそうなペアが多い。若干面白がっている様子でペアを指定していくスネイプ先生の姿に、噂は聞いていたけれども……と内心で独りごちた。

 

(心から尊敬しているだけに、あんまり……そういう方面の姿は見たくなかったです……まぁ言っても仕方ない事ですけど)

 

 それはそうと、私の周囲を見渡す。アミーはマクミラン少年、サリーはリリーとペアになっている。反対隣ではネビルとフレッチリー少年、テリーとセオドールの組み合わせが見える。さて、私のペアは誰かと言うと……

 

「おや、メグがペアですか。偶然ですね」

 

「レイ!良かったぁ。……あ、一応お手柔らかにお願いします」

 

 ある意味、私の実力を一番理解しているであろうレイと一緒である事に私は心底安心した。これなら事故を起こす危険性も格段に下がったと見て良いだろう。

 ろくな説明も無いまま実践に移ったのに一抹の不安と嫌な予感を覚えつつ、とりあえず杖を構える。武装解除の呪文なら一応は予習済みだし、相手は謂わば私の講師役と言っても過言ではないレイだ。多分、私達のペアに関しては大丈夫だろうと思う。そんな事を考えつつ、カウントを聞く。最初に動いたのはレイだ。

 

「エクスペリアームス」

 

「っ……!プ、プロテゴ!」

 

 若干、呪文を噛みかけたものの、何とか杖を持っていかれる前に防御に成功した。すかさず私も反撃に転じてみる。

 

「エ──エクスペリアームス!」

 

 私が呪文を唱えた瞬間、レイが破顔したのが見えた。その様子からして、十中八九レイは手加減していたのだろうけど、彼が手にしていた杉の杖は弾かれた様に私の方へ飛んで来た。左手でそれをキャッチしてから、レイに返却する。

 

「武装解除の呪文って今の流れで合ってました?」

 

「ええ。上出来でしたよ、メグ」

 

「誉められました!それなら不得手なりに一生懸命練習した甲斐があったという事ですね……って、きゃー!アミー!?」

 

 ……ただし、私達の様に平和かつ上手く練習が出来たペアはかなりの少数派だったらしい。各所で大惨事になっている。真っ先に視界に入ったアミー達の所ではなんと流血沙汰になっていた。怪我して座り込んでしまったアミーに、倒れ込んでいたマクミラン少年もかなり動揺しながら慌てている。

 

「すっ、すまない、ミス・フォーセット!決して怪我させるつもりじゃ……!しかも顔に当ててしまうなんて……」

 

「だ、だいじょうぶ……ちょっときっただけ……」

 

「アミー!とりあえず、鼻血ならここを押さえて下さい。止まり方が鈍い様子なら冷やした方が良いかもしれません」

 

 親友が怪我しているのを見て、私は慌てて彼女の下に急行する。壇上では先生の制止の声、生徒による披露という事でポッター少年とマルフォイ少年が指名されたのは聞こえていたが、悪いがそんなもの後回しだ。

 そんなあたふたしていた私達に、至極冷静だったレイが近付いて来た。まだ座り込んだまま動けずにいるアミー達に順番に治癒の呪文を唱えていく。

 

「一旦落ち着いて下さい。押さえて冷やす前に止血だけはしておくべきですよ。少々失礼──エピスキー。ミス・フォーセット、大丈夫そうですか?」

 

「え、ええ。ありがとう、ミスター・バラード」

 

 手慣れた手付きで応急処置の止血をやってのけたレイに私達は驚きと尊敬の眼差しで見た。エピスキーは教科書に書いてある内容部分なら予習していたものの、まだ使った事は無かった。

 まだまだ私は覚えて、学ばなければならない事がたくさんあると再認識して噛み締めていたその時だった。

 

「サーペンソーティア!」

 

 マルフォイ少年の声に、直感で嫌な予感がした私は壇上の方を振り返った。そして、後悔した。視界に入ったのは鎌首をもたげて臨戦態勢剥き出しの、なかなかに大きな蛇だった。普通に怖い。周囲が小さな悲鳴と共に一斉に後退る中、私達は見事にその流れから出遅れてしまった。

 

「私にお任せあれ!」

 

 悪い状況は重なるものらしい。何を思ったのか、ロックハート氏は杖を振り回しながら蛇に向かって何か唱えた……ら、大きな音と共に蛇が二、三メートルぐらい宙を舞ってから、思いっきり床に叩き付けられた。どう控え目に見ても蛇は完全に怒り狂っている。

 

 一番最悪だったのは──蛇が飛んで来た場所は、私達のすぐ近くだった事だ。

 

 一番近くにいるのはフレッチリー少年。そして、その次は私だ。牙を剥いて這い寄って来る蛇に、私は一気に血の気が引いた。

 

「─────!──!」

 

 その瞬間、突如として聞こえてきた声……いや、まるでモスキート音みたいな響きの、到底人が発した声とは思えない音に周りが一気に凍り付いた。先程まであんなに怒り狂っていた蛇は、まるで嘘みたいに大人しくなり、王様に忠誠でも誓っているかの如くポッター少年の方を向いて鎮座している。

 そんな中、ふと壇上にいたポッター少年と目が合った。彼はまるで何か良い事をしたかの様に笑っていた。嫌な汗が背中を伝っていくのを感じる。何が起きたのか分からないけど、とんでもない事が目の前で繰り広げられたという事だけはハッキリと理解した。

 

「いったい、何を悪ふざけしているんだ?」

 

 沈黙を破ったのは、フレッチリー少年の怒声だ。そのまま大広間を飛び出して行った彼に、ポッター少年が困惑している。さりげなく後ろから腕を引かれ、庇われる様に少し壇上の方から離された。そちらを見やるとレイが難しい顔をしていた。疑っているのとは少し違う、何か強い懸念を抱いている様子のレイは静かにポッター少年の方を見ていた。

 やがてポッター少年は、ハーマイオニーとウィーズリー少年に連れられて逃げる様に大広間を後にした。みんな一斉に離れて道を開ける。彼らが消えた途端、大広間が悪い意味でざわついていく。聞こえるざわめきに混じる単語は決して穏やかなものじゃない。

 

 あぁ、これはいつぞやと同じ雰囲気になってしまった。そして何より、奇しくも私が危惧していた展開の一つが現実になった瞬間でもあった。──いつだって閉鎖空間の正義は悪意と表裏一体だ。

 流石にポッター少年がわざと蛇をけしかけるタイプではないと思っているけど、あれは一体何だったのだろうか。

 

 不安、恐怖、不信感。見えざる敵に対する疑心暗鬼。そんなものが渦巻く中、あからさまに「普通じゃない」行動を大勢の目撃者の前で取ってしまったポッター少年。

 悪意は伝播する。静かに、でも確実に。毒みたいなこの感情の渦が指向性を一度定めてしまえば、もう一瞬で攻撃的な凶器へと変貌してしまう。

 

 斯くして、ポッター少年は継承者騒動の最有力容疑者として学校中に広まったのだった。




決闘クラブ回。ハリーの蛇語バレ回でもあります。つくづく原作見て思いますけど、逃げ場の無い所で犯人探しの槍玉に挙げられるのって本当に地獄だと思います。
あと、何気に「ミス・フォーセット」って原作では名前だけちょこちょこ登場しているんですよね。今回の決闘クラブにおける、女子生徒なのに鼻血という展開も原作準拠です。


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疑似家族と人生観

 昨日、ポッター少年がやってのけたあの不可思議な音は、どうやら蛇語という特殊な言葉だと先輩方から聞いた。蛇語を話せるパーセルマウスという能力はかなり珍しいものであり、使い手で最も有名な人物こそ学校の創設者の一人、サラザール・スリザリンその人なのだという。……なるほど、道理で一瞬にしてその場の空気が凍った訳だ。今まさに「スリザリンの継承者」というホットワードで学校中が疑心暗鬼に陥っている中で、かの人物の象徴たる能力を披露してしまったとあらば、そりゃあ嫌でも血縁を疑われる。

 ぶっちゃけた事を言うと、創設者達が生きていた時代は今から何百年も前の事なのだから、遡った先に血縁者として行き着いても不思議ではないと思うが。四半世紀ごとに子供を授かるという超雑な定義で考えた場合、百年で先祖は単純計算で十六人、そこから更に十世紀まで遡ったら該当する人数なんて途中放棄したくなるレベルの天文学的な数になる。平たく言えば、遡って考えるのはどう考えても不毛でしかない。けれども、現実に横たわる恐怖の前ではそんな事なんぞ関係無いらしい。

 

 それにしても、だ。彼はよほど幸運に嫌われているのか、はたまた本当に「継承者」であるのか。

 

 よりにもよって、決闘クラブの翌日というタイミングで二人目、いや、ミセス・ノリスの件を含めると三例目の石化事件が起きた。今度の被害者はジャスティン・フィンチ=フレッチリー。第一発見者はハリー・ポッター。……もう何と言うか、余りにもタイミングと組み合わせが最悪過ぎた。ほとんどの生徒達は完全にこの一件でポッター少年が最有力容疑者から実質確定という認識に悪い意味で跳ね上がってしまったのも、正直無理もない話だと思う。

 しかも今回の石化事件で一番恐ろしい所は、既に死んでいる命無きゴーストのほとんど首なしニックまで石にされたという状況だ。ここまで来ると最早生徒たちの恐怖は疑心暗鬼に収まらず、パニックと言っても過言ではないだろう。

 毎年家族と過ごすべく帰宅する人の方が多いクリスマス休暇とはいえ、今年に限って言えば大手を振って学校から離れられるという正当なる理由という事で、ほぼ全員が帰宅を選択したのは謂わば当然の反応なのかもしれない。まぁ、私に関しては別に今回の事件があろうと無かろうと元より帰宅するつもりだったので、どっちにしろ休暇中の予定は変わらないのだが。

 

 そんな事を考えながら歩いていたら、唐突に人口密度が減った。そして、人が見事に避けている空間の中心地にて、ポッター少年が物凄く居心地の悪そうな様子で立っていた。

 こんな所で何をしているのかと思ったら、所在無さげな様子だったポッター少年が私の方に気付いた。……私に心当たりは全く無いのだが、どうやら彼は私に用事があった様だ。

 

「あ……!あのさ、ノリス。ちょっと良いかな。君にどうしても話したい事があるんだ」

 

「え?私にですか?何でしょう──」

 

「マーガレット!」

 

 でも、ポッター少年の用件を聞く前に、というよりも私が応答する前に少し慌てている様な声が割って入った。声の主はマリエッタ先輩だった。普段私が目にしている面倒見の良い先輩と同一人物とは思えないほど刺々しい雰囲気を纏っている。かなり剣呑な眼差しでポッター少年を一瞥した後、そのまま有無を言わさず私の腕を掴んで歩き出した。

 

「良かった、あなたを探していたのよ。──行きましょう」

 

 流石に話し掛けられたのにも関わらず、強制終了みたいな形で立ち去る事に申し訳なさを感じて、一応は去り際にポッター少年の方に軽く会釈はした。その時の彼の様子から察するに、直接罵倒されなかったからこそ逆にマリエッタ先輩からの視線が殊更堪えたのか、どこか傷付いた様子で立ち尽くしていた。同級生として罪悪感を感じて、思わず私の手を引いて足早に歩くマリエッタ先輩の方をちらりと見やる。先程の剣呑さは既に無く、寧ろどこかホッとしている様にすら感じられた。幾ら人の感情に疎い私でも、マリエッタ先輩の行動がコミュニティから離れて単独行動していた後輩を心配するが故のものだと理解出来ただけに、どうしたら良かったのか分からなくなってしまった。

 マリエッタ先輩に限らず、レイブンクローでも大多数がポッター少年を継承者だと思っているのは事実だ。去年までの印象からしてポッター少年は正義感故の猪突猛進さこそあれど、今回の事件みたいな猟奇的な愉快犯みたいな真似事をするタイプだとは思えない。けれども、そういった人柄を無視し、犯人説が広まって断じられるに至る状況証拠は、余りにも彼一人に集中し過ぎていた。

 

 ……時が問題を解決するだなんて楽観視をするつもりは無いけれども、徒に事態が混迷するぐらいならば、頭を冷やす期間という意味でも然程間を置かずにクリスマス休暇を迎えるというのは、ある種の天の恵みに近いのかもしれない。

 

 

 新学期の時並みに満員となった汽車に揺られて帰路の途につく。ほぼ全校生徒が乗っているのだから、混んでいるのは当然の事だ。そんな中で私とレイの二人でコンパートメントを確保出来たのは、なかなかの幸運だと思う。勿論、普段なら相席でも全然構わないのだけど……今日に限って言えば、身内だけの空間がありがたい。

 

「メグ、今回の事件の事をドクターに話しますか?」

 

「絶対に心配させてしまうのが分かっているので、余り率先して話したくはないです。でも……ドクターは保護者です。未成年である私達の責任を持って下さる以上、私達の身の回りで起きている事を知る権利がありますし、本来なら学校だって報告する義務がある筈だと思います」

 

「知る権利、ですか」

 

「だって……もし何かあった時、保護者なのに何一つ知らされていなかったら、最終的に苦しむ事になるのは私達じゃなくてドクターじゃないですか……。私、そんなの嫌です」

 

 私の返答が予想外だったのか、レイは一瞬目を見開いた。それからどこか自嘲めいた表情を浮かべて窓の外を見やり、どこか悔恨を含んだ声音で小さく「それもそうですね」とだけ呟いた。

 

「……レイ?」

 

「いえ、何でもありません。そうそう、それよりもポッターから君宛の伝言を言付かっていました」

 

「私に?あ、そういえば何か私に言おうとしていましたね。心当たりあります。彼は何て言っていたんですか?」

 

「『決闘クラブの時、僕はジャスティンやその近くにいた君に蛇をけしかけた訳じゃない。寧ろ、手を出すなと止めに入っただけだ』──だそうです」

 

「あら、その事でしたか。……別に私だって彼がけしかけたとは思っていませんよ。ただ、私にとって身内でもない、寮も違う、極め付けは別にそこまで親しい相手でもないミスター・ポッターを率先して庇う理由が無いだけで」

 

 それに、と私は続ける。

 

「確かに彼を取り巻く状況証拠がとんでもない事になっていますけど、みんな曰くの決定打がパーセルマウス──先天的な能力っていうのは、下手にあれこれ言い出したら全部私にも特大ブーメランとして刺さるじゃないですか」

 

「ああ……確かに……」

 

 能力というキーワードにレイも呻いた。パーセルマウス程ではないかもしれないけど、これだって相当面倒な能力だ。

 透明人間(インビジブル)。私の先天的な透明化能力。フリットウィック先生立ち会いの下で何度か検証したのが効を奏したのか、一応これでも以前よりは少しずつ能力について、分からないながらも特徴は掴んできた。それでも解明した事なんてたかが知れている。透明中は何にも干渉出来なくなる、発動には何らかの動きが必要である、そして透明になっている間は原則魔法が使えない。これだけだ。……最後に関しては、厳密に言うと使えなくはないけれど、魔力を暴発させて搾り尽くす位じゃないと魔法は発動しない、というのが正解なのだが。要は理性がある状態では到底不可能。だからどうしたという感じも正直否めない。

 今の状況下で能力がバレていたら、透明化という性質を鑑みても疑われる気しかしない。しかも、周囲を納得させるだけの説明も出来る気がしない。というか、そもそも自分でもまだ完璧に解明し切れていない事を説明しろという方が俄然無理がある。

 

 人は自分の理解の範疇をはみ出すものを排除したがる生き物だ。

 

 つくづく私の透明人間(インビジブル)を秘匿にしていて良かったと思う。学校で知っているのがほぼ身内のレイと寮監のフリットウィック先生だけだから平穏に過ごせているものの、もし、この透明になれる体質が学校全体に知れ渡っていたら──?

 

(想像するだけで恐ろしいですね……)

 

 ……もしかしたら犯人扱いされて周囲から疑われ、怖がられ、避けられていたのは私かもしれない。あの日、マリエッタ先輩が向けた睨む様な視線を受けたのも私だったかもしれない。今の彼の現状は、謂わば私の有り得た可能性そのものなのだ。

 

 

 去年よりも些か重たい気分で帰宅した私達は、一息つく間もそっちのけに、話すと決めた気持ちが揺らいでしまわないうちにハロウィン以降の石化事件について、なるべく客観的に伝える様に心掛けてドクターに報告した。

 最初は石化事件を聞いて凍り付いていたドクターだったけど、私達が全て話し終えるまで黙って真剣に聞いてくれた。ややあって、静かな声で私達に問いかけた。

 

「君達が望むのならば、転校の手続きをしようか?」

 

「え……転校?」

 

「私にとって二人は血の繋がりは無くとも大切な子供達だ。少なくとも私は、君達にとって保護者であると同時に親だと考えているつもりだよ。レイとメグが危険な事に巻き込まれるかもしれない場所に、親である私が喜んで送り出すと思うかい?」

 

 私もレイも答えられなかった。心配されるとは思っていたけど、こうも真正面から言われると言葉に詰まってしまう。こんなにも裏表の無く心配する様子のドクターに、私も自分の気持ちと向き合った上できちんと答えないといけない様な気がした。

 

「とはいえ、私の一存で全てを強制したくはないって思いもあるんだ。レイもメグも決して私の分身ではないのだから、それぞれの意思を尊重したい。危険を承知で学校に戻りたいというなら一緒に安全策を考えよう。もう戻りたくないというなら……一緒にここから離れて遠くに行こう。もしもなんだかんだと理由を付けて魔法界から追手が来るのなら、別人になる事だって厭わないよ」

 

 事実だけではなくて率直な気持ちを、とドクターは言った。確かに今の学校は普通に勉学を楽しむ場所とは言い難い。けれども、一年ちょっと向こうで魔法を学んでみて、入学前よりも学びたい事が増えていた。それを果たして私は放棄してでも逃げたいだろうか。答えはすぐ出てきた。否だ。私はまだ知りたい事がたくさんある。それを全て諦めるには余りにも未練が有り過ぎる。

 

「私は……正直、秘密の部屋騒動、そこから広がった雰囲気の全てが怖いです。でもせっかく魔法に触れた事で得た夢──薬剤師になった上で一匙の可能性を追及し続けたい、どんな場面にも適応し得る完璧な万能解毒剤を開発したい、この夢をこんな得体の知れない者の為に諦めたくはありません。出来る事なら、私はもっと知りたいし学びたい。それに、寮の友人達と一緒にやっている『連絡網』プロジェクトだって最後まで、完成するまでやりたいです」

 

「それがメグの気持ちだね。レイはどうかな?」

 

 私と同じ質問をレイにも向けられる。彼は感情の読めない表情で少し俯きながら沈黙していたけど、やがて意を決したのか顔を上げた。青みを帯びた綺麗な灰色の瞳には、どことなく覚悟の様なものも見受けられる。

 

「……かつて治療して頂き、尚且つ今も投薬治療を続けて貰っている身分でこんな事を言うのは正直非常に申し訳ないのですけれど、正直な所、僕自身は失った片腕共々、一度死んだものだという認識でずっと過ごしていました。何かに執着する事もなく、ただ穏やかに生きていければもうそれで良いとすら考えていた位です。ですが、僕も少し考えが変わってきています。気になる事があるんです。それを確かめもせず、別人になってしまったら……恐らく僕はこれまで以上に後悔する気がしてなりません。だから、僕もホグワーツにはまだ残りたいです」

 

 私は小さく息を呑んだ。レイの胸の内をここまでハッキリ聞いたのは初めてだったし、まさかそんな虚無に近い感情を抱いていたなんて思ってもみなかった。

 ドクターがそれを知っていたのか分からない。けれども、私の時と同様に一切の否定をする事もなく聞いていた。

 

「二人とも思いを話してくれてありがとう。私もまだまだ不甲斐ない部分があると再認識したかな。これに関しては、済まなかった。でも、君達が残りたいと言うなら、少しでも不安を取り除ける様に一緒に考えるよ。まぁ……魔法使いですら無い私がどこまで出来るかと問われたら、困ってしまうけれどね」

 

 少し眉を下げて笑うドクターの姿に、私達も首を振りつつ釣られて笑う。やっといつもの研究所の雰囲気に戻った事に安堵すると同時に、先程の会話で滅茶苦茶気になった事を思い出した。

 

「ところでドクター。さっきしれっと『別人になる』なんて言っていましたけど、そんな簡単になれるものなんですか?戸籍とか諸々を鑑みたら、かなり難しいと思うんですけど……」

 

「ん?ああ。そういうのは、やろうと思えばどうとでもなるものだよ。例えば、名前を変える。これだけでも意外と認識がぶれたりする。……名前は魂にまで結び付く一番シンプルな魔法だと思うと分かりやすいんじゃないかな。あー……ほら、有名人だって稀にいるだろう?改名を機に人生をリスタートさせる人が。あれと似たようなものだと思えばイメージしやすくないかい?」

 

「そういうものなんですかね……?」

 

 確かに人の名前は覚えにくいとは思うが。些か不思議に思ったのが顔に出た様で、ドクターはそんな私を見て苦笑していた。

 

「まぁ、私もこう見えて生き残る為に色々と渡り歩いてきたからね。時代が時代だったし。幾度となく『事実は小説よりも奇なり』という言葉を噛み締めたものだよ」

 

「事実は小説よりも奇なり……」

 

 ドクターの言葉を私は復唱する。レイも黙ってこそいるものの、ドクターの話に興味津々である様子だ。

 

「……私はね、自分の人生は小説みたいなものだと思っているんだ。己の人生の主人公は確かに自分ではあるけれども、誰しもが華々しい物語を持った主役たる存在になれるとは限らない。下手したら主人公とは名ばかりで、端役にすらなれないと事すら時には多いかもしれない」

 

「………………」

 

「だったら、それならそれで良いじゃないか。その物語で端役以上になれないなら、自ら物語から退場してやれば良い。自分が自分たらしめる物語に、自分の意思で違う登場人物に変わってやれば良い。居場所も生きる世界も決して一つではないのだから。……私もそう思える様になるまで長かったけれどね」

 

 ドクターの例えは普段の現実的な話とは違って、私には少し掴み兼ねる部分もあったけど、私達が保護される前の時代のドクターはきっと随分苦労したんだろうという事と、言わんとしたいニュアンスは何となく分かった。その上で自分自身に当て嵌めて考える。

 

「……もしも別人になれるとしても、少なくとも私は今のままでいたいです。だって──私は『マーガレット・ノリス』である事に誇りを持っていますから!」

 

 能力や出自で悩む事があるかもしれないけど、私は今の物語(じんせい)を歩みたい。……たかだか十三の小娘が人生を語るなんて恥ずかしい気もするけど、それが嘘偽りの無い本音なのだ。

 

 

 休暇を迎え、閑散とした学校内。ルームメートが全員帰省中という事もあってか、彼女は部屋に閉じ籠って日記帳を夢中で書き続けていた。……彼女が書く度に、()()()()()()()()丁寧な返答を返していく。その様子は、あたかも誰かと会話している様だった。

 

『学校はクリスマス休暇を迎えたんですね。ここ最近は学校全体がバタバタしていた様ですし、この期間にゆっくりと過ごしてはどうでしょう?』

 

『そうね、トム。最近の私ったら色々とおかしいから、しっかり休むわ。でも……少しだけ残念な事があるの』

 

『何かあったんですか?』

 

『せっかく人がほとんどいなくて、ハリーと話せるチャンスなのになかなか話せなくって。それに、ハリーはもしかしたら気になっている人がいるのかもしれない』

 

『ハリーに?普段から仲の良い友達の女子生徒ではなく?』

 

『私、廊下で見ちゃったの。彼が休み前にずっと話したがっていた女の子がいたのを。レイブンクローの二年生の子だったわ』

 

 そこまで書いた彼女は、ふと思い出す。あの女子生徒の瞳を──ハリー・ポッターと同じ緑色のアーモンドアイを。

 

『……そういえば、あの子の瞳、ハリーとそっくりだった。もしかしたら、意中の人じゃなくて遠い親戚なのかしら?そうだったら、私にもチャンスが巡ってくるのに』

 

『へぇ……噂のハリー・ポッターの遠縁、ですか。そう言われると、逆に僕の方が気になってしまいますね。親戚まで気になるなんて、追っかけみたいでお恥ずかしい限りですが』

 

 その返答に彼女はくすりと笑う。普段から自分の悩みを聞いてくれる彼が垣間見せた人間味にこれまで以上の親近感を抱いたのだ。だから、彼女も更に高揚した気分でペンを走らせる。

 

『分かるわ、その気持ち。だって気になる相手の事なら、もっと知りたいって思うもの』

 

『そう言ってくれると助かります。ちなみにもし良ければ、参考までにそのレイブンクロー生のお名前を教えてくれますか?』

 

 ……異様に気分が高揚していたからこそ、彼女は自分が何をしているのか気付かない。何も疑問に思う事なく、彼が求めるままにその答えを書き込んだ。

 

 

 

『その子の名前はマーガレット。マーガレット・ノリスっていう子よ。私の友達は、メグって呼んでいたわ』




クリスマス休暇中の家族会議。三者三様に色々と胸の内に抱える物があったり無かったり。そして、地味に情報を売られたメグさん。……いや、この時の彼女に悪意は無かったんですけどね。
そういえば原作読んで思った事ですけど、学校内で事件が起きよう物なら、現代の感覚だと転校や休学を考える親御さんも出て来ますよね。魔法界ってあの段階なら静観レベルなのか、はたまた保護者に伝わらない様に箝口令を敷いていたのか。考え出すとなかなかの泥沼にはまりそうです。


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何でもない日の学校

 どういう訳かハーマイオニーがニャーマイオニーになっていた。

 

 ドクターやレイと共に今後の事を話し合ったり、新たな実験計画に使う薬品をレポート送付の条件で許可をもぎ取ったり、友人達からのプレゼントに心踊らせたり、料理のレパートリーを増やしてみたりと、我ながらなかなか濃密な休暇を過ごして戻ってきて早々に聞き付けた噂。ハーマイオニーが休暇中に医務室送りとなっていたらしい、と。休暇前の石化事件が頭によぎって、心配で医務室へと駆け付けた私が見たものは、黒い猫耳と尻尾を生やした彼女の姿だった。なにゆえ。どうしてそうなった。

 

「……えーと、ハーマイオニー。医務室で入院中と聞いて肝が冷えましたけど……とりあえずはお元気そうで何よりです?」

 

「何で疑問系なのかしら。でもそうね、見た目はともかく、寝るのに尻尾が邪魔で不便って事を除けば健康状態なら概ね元気よ」

 

「それならまぁ、良いんですけど……。それにしても、見事に部分的に猫化していますけど、休暇中を利用して新しい変身術か何かにチャレンジでもしていたんですか?」

 

「……出来ればその辺りはノーコメントって事にして欲しいわ」

 

「それなら敢えて深く聞いたりはしません。秘密を暴く趣味は無いので。ただ──」

 

 そう言いつつ改めて猫化している部分を眺める。ハーマイオニーの栗色の髪が途中から黒く変化して猫耳に辿り着いている。彼女の言動に合わせて動く様子は、レイのミモザを彷彿させた。

 ……滅茶苦茶気になる。駄目元で頼んでみよう。

 

「純粋に私の興味で申し訳ないんですけど、その猫耳触ってみても良いですか?手触りとか諸々が気になるんです!」

 

「ノリス繋がりって言いながらあのミセス・ノリスにも構う位だし、何となく言うと思ったわ。……仕方ないわね。不本意だけど、心配して真っ先にお見舞い来てくれたお礼って事にしておくわ」

 

「ありがとうございます!それでは、いざ!あぁー毛の感じは本当に猫ちゃんのそれですね。つやつや、もふもふ。癒されますー」

 

「私は物凄く複雑な気分よ……」

 

 微妙な顔をしているハーマイオニーには悪いと思いつつ、一先ず私はふわふわした猫耳を満喫したのだった。

 

 

 休みも明けて授業が始まった学校内がどういう状況かと言うと、やはり休暇を挟んだのが功を奏したらしい。相変わらずポッター少年への嫌疑でピリピリしている部分はあるが、石化事件の動きが止まった事で多少の平穏を得たのか幾分和やかな空気となっていた。

 みんな何事も無かったかの様に日常生活を過ごす。それは私だって同じ事だ。たとえその平穏が表面的なものであったとしても。

 

「あっマーガレット!こっちこっち!」

 

「リリー、お待たせしました」

 

 聖歌隊のパート練習を終えた放課後にて。今日は宿題がほぼ出ていないし、夕飯まで過ごすには時間が余っていた。ならば同じパートのよしみ、せっかくなのだから雑談にでも興じながら親交を深めようリリーと約束したのだ。

 リリー曰く「ハッフルパフ御用達のとっておきな場所」に招待してくれるという事になったが、その場所はペットを連れていく訳にはいかないという事だった。そう言われれば、それに従うまでのこと。私は一旦レイブンクロー寮に戻って部屋のケージにアズノールを戻す。決して邪険にする訳じゃないのよ、とアズノールに声を掛けたら大して気にも留めていない様子で鳴いて、そのまま昼寝の体勢に入った。……最近気付いたけど、うちのアズは寝るのがお好きらしい。たまに万年冬眠のきらいがあるのではと思わない事も無い。まぁ、カエルの個性も個体それぞれって事なのだろう。

 

 そんなこんなで、どことなくウキウキした様子で歩くリリーに付いていきつつ、ずっと気になっていた事を尋ねた。

 

「それでリリー、今日行く『ハッフルパフ御用達のとっておき』ってどこなのでしょうか?私が入って大丈夫なんです?」

 

「平気平気!別にハッフルパフ専用って訳じゃないし、他の寮の人も普通に来てるから。……と言っても、私はグリフィンドール生ぐらいしか見た事無いけど」

 

 そう言うと、リリーは果物の絵の前で立ち止まって描かれた梨を擽る。途端に現れた入り口に私は驚いた。そんな私のリアクションに、リリーは悪戯が成功した子供みたいな笑顔で言ってのけた。

 

「そもそも、厨房はみんなのものだもの!」

 

「えっ!?ちょ、ちょっ、待って下さい!入って良いんです!?」

 

 一切躊躇いなく厨房に入っていく彼女に私は焦った。でも、それ以上に厨房に広がる光景に驚いた。初めて見る小さな妖精?魔法生物?がせっせと厨房で働いていたのだ。昔読んだ絵本に出てきたブラウニーを連想させる生き物だ。そんな彼らは、入ってきた私とリリーに気付くや否やパッと駆け寄って来た。

 

「お嬢様方!ようこそいらっしゃいました!」

 

「今日は何をお召しに上がりになりますか!」

 

 キーキーとした声には分かりやすく喜色が滲んでいるから、恐らくは歓迎されているんだろう。とはいえ勝手が全く分からずに目を白黒させていると、リリーが私の手を引いてこじんまりとした座れるスペースに連れて行った。

 私達が椅子に座ると、すかさずテーブルにお菓子やら飲み物が並べられる。こうも甲斐甲斐しく給仕されると何となく面映ゆい。

 

「という事で、この厨房こそがハッフルパフ御用達の雑談スペースでーす!美味しいお菓子も食べれるんだよ!あ、もしかしてマーガレット、屋敷しもべ妖精を見るのって初めて?」

 

 どうやら彼らは奉仕本能を持つ妖精で、学校の厨房のみならず掃除洗濯等々の雑事を担ってくれているとの事。知らなかった。奉仕本能だとか隷属こそ誇りだと彼らも言うけれど、ある程度自分でやっていたからこそ分かる。当たり前だと思ってはいけない。少なくとも私は彼らの誇りと仕事に対して敬意と感謝を持って接すると、解説してくれるリリーの話も踏まえて殊更心に誓った。

 

「あ、そうそう。割とみんな自由に厨房で寛いでいたりはするけど、一応夕飯前は行かないっていうのが暗黙の了解なんだよ」

 

「それはごもっともかと。その時間帯の厨房は一番忙しいですし、仕事量だって桁違いになりますから」

 

「でもね、それ以外なら作りたてお菓子や料理を振る舞ってくれるし、味の好みとかのリクエストも聞いてくれるから好き嫌い多くても安心なの!寮が厨房近くだからこそのお得情報だよー」

 

「それは羨ましい!」

 

 味の好みを聞いて貰えるというのは、本当に羨ましい。

 私は研究所にて献立・調理担当の役職の名に懸けて、栄養バランスと味の調和を両立させるべくレシピをせっせと考案してきた。化学実験と同じく料理もトライアンドエラーの繰り返しなのだから、私にとって一番の得意分野の一つと言っても過言ではない。小学校の調理実習にて一部の男の子達からは薄味と評されたものの、病院の一般食として提供しても恥ずかしくないレベルだと自負しているし、実際その点に関してはドクターとレイからもお墨付きを貰っている。……が、ホグワーツ入学してからそれが予想外の弊害としてぶち当たった。

 決して学校での食事が不味い訳ではないし、英国内の料理水準を鑑みたら寧ろ美味しい部類なのだが、何と言うか、とにかく濃いのだ。いや、恐らく世間一般の子供達が好む味付けなのだろうけども……ただでさえ肉料理が苦手な私には、この塩分と脂質のタッグで重い、濃い、しょっぱいというコンボを毎食キメられるとなかなかにキツイ。

 

 厨房の妖精達が迷惑でないなら、たまにさっぱりした野菜料理をリクエストしても大丈夫かしら……と、クッキーのバスケットを持ってきてくれた子にそれとなく確認してみたら、何故か踊り出さんばかりの勢いで快諾された。とりあえず、リアクション的には嫌がられていないので、ここはお言葉に甘えても良さそうだ。

 

「お嬢様、たまにと仰らずにお召しになりたいものがあれば、いつでもご用意致します!寮までお届けだって致します!」

 

「えっ、とてもありがたいお話ですけど、流石にそれは私が申し訳なさで居たたまれないので直接伺いますよ!?」

 

「うんうん。私もマーガレットと同感。呼びつけるよりもこうやってリクエストついでに話すの楽しいし。……あ、その流れでって訳じゃないけど、今日はアップルパイが食べたいです!」

 

「畏まりました、リリーお嬢様!」

 

「リリー、あなた……会話の流れから息をする様にさらっとリクエストもしましたね。随分と手慣れているといいますか」

 

「えへ。いつもの癖で。私、ハッフルパフの中でも常連に近い感じになっているからつい。そうだ、せっかくなんだからマーガレットもリクエストしてみなよー。この子達もマーガレットが食べたい物言ってくれるのを、楽しみに待ってると思うよ?」

 

 ねー、だなんてリリーがわらわらと集まってきた妖精達に尋ねたら、間髪入れずに同意と期待する様な視線が返ってきた。……これは、あれだろうか。新規で来た客の注文を待ち侘びるウェイターみたいな感じなんだろうか。

 

「それでは……ブラマンジェをお願いしても?」

 

「勿論でございます!すぐにご準備致します!」

 

 つい一番好きなデザートを頼んだものの、普段から食後のデザートとして出ているプディングや糖蜜パイと違って四六時中あるわけじゃないのを思い出す。慌てて「もしあれば」と付け加えようとしたけど、その前に妖精達は即答し、あっという間に調理場の方へすっ飛んでいった。もはや「凄い」という感想しか出て来ない。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、リリーはにこにこ笑っている。……つくづく私にはまだ知らない事がたくさんあるのだと実感させられる。でも、未知との遭遇は楽しい事。変な事件は断固拒否の構えだが、新発見ならいつでも大歓迎だ。

 

 何より、作りたてのブラマンジェはとっても美味しかった。

 

 ……これを機に私もちょくちょくと厨房にお邪魔して妖精達と交流しつつ、野菜料理とブラマンジェをリクエストする様になったのは、また別の話。

 

 

 ドクターから鎮痛剤の実験使用の許可を得たとはいえ、流石に去年の甘味料検証の様に「用意しました、すぐやります」という訳にはいかなかった。

 

 当然と言えば当然だろう。今回は薬同士の組み合わせによる影響の検証なのだから、ただ毒か否かを見るだけではなく飲んだ時の影響も調べる必要がある。つまり動物実験が必要、という事だ。

 とりあえず実験計画の打ち合わせの時に持参した薬が三種類──アスピリン、アセトアミノフェン、イブプロフェンだとスネイプ先生に伝えた。先生も検証に使う予定の魔法薬を、数ある鎮静薬や睡眠薬の中から、安らぎの水薬、鎮静水薬、生ける屍の水薬の三種類に絞ったそうだ。という事で検証実験は九通りのパターン、平均を出す為に最低でも一例につき三回以上は施行する計算になる訳だが。……常識的に考えて、今日明日で準備出来る数じゃない。

 興味が爆発しそうだが、それはそれ、これはこれ。準備は念入りにやるのは鉄則だ。……ただ私にとって一つ気掛かりなのは、実験の性質を鑑みても明らかに死亡パターンが出そうだという事だ。こればかりは仕方ないとはいえ、実験で毒を引き当てて生存不可になった動物達にせめてもの供養として安楽死させる瞬間は、指先にこれでもかというぐらい命の重みを嫌でも実感する。実験は大好きだけど、あの感覚だけは一生慣れる事は無いし、決して慣れてはいけないものだと思う。

 

 それとは全くの別件で伝えられた事もある。

 何の事はない。イースター休暇前に校内受験する手筈になっている「魔法薬販売者」と「魔法調剤補助」の受験案内が届き、それに合わせて過去問と演習問題も頂いた次第だ。

 前回の試験の結果がまだ出ていないので何とも言えない部分があるとはいえ、正直記憶に新しい真実薬(ベリタセラム)の面接より大変ではない様な気がする。勿論、油断も慢心もせず全力で準備する所存だが。

 

 そんなこんなで薬学教室から寮へと戻ろうとしていた道すがら、偶然セオドールと遭遇した。

 

「こんにちは」

 

「どうも」

 

 挨拶だけ交わして、特に会話が続かないのはいつもの事。ただ、進行方向が同じらしく互いに無言のまま一緒に歩く。歩く音だけが廊下に響く。そんなお馴染みの沈黙と静寂は、セオドールがふと何かを思い出した様に話し始めた事で破られた。

 

「……そう言えば、アンタの事を後輩達が話していた」

 

「私の事、ですか?えっ、どなたでしょう。スリザリンの一年生とは面識無い筈なんですが……」

 

「一年生の双子が聖歌隊の練習を覗いていたら、レイブンクローの二年生が見学させてくれたって言っていた。聖歌隊所属の二年でレイブンクローってアンタだけだろ?」

 

「──あぁ!あの子達ですか!」

 

 セオドールの話を聞いて漸く合点がいく。確かにいつぞやのパート練習の時、教室前で練習を覗いていたスリザリンの双子ちゃん達がいた。彼女達は純粋に音楽が気になっている様子だったから、先輩方に取り次いで二人を教室に招き入れたのを思い出した。若干困惑していたソプラノパートの皆さんも、なんだかんだで聖歌隊は四寮合同だし……という感じで二人が教室の後ろで見学するのを容認していたんだった。

 

「あいつら、スリザリンなのに邪険な扱いされなかったって驚いていたぞ」

 

「妨害する人ならともかく、普通の見学ぐらいで邪険になんてしませんよ。元より聖歌隊は四寮合同なんですし。……まぁ、確かに実質レイブンクローとハッフルパフみたいな人数比ですけど」

 

「アンタみたいにそういう考えをする奴はかなり少数派だからな。継承者騒動が起きてからは特に十把一絡げで悪者扱いだ。それこそ新入生だろうと関係無しにな」

 

「……それはちょっと、暴論が過ぎると思いますけどね」

 

 確かに、マルフォイ少年やパーキンソン嬢みたいな目に余る言動をするスリザリン生がいるのも事実だが、それとて全員ではない。確かに貴族特有の気位の高さによる取っ付き難さは否めないが、そんなのマグルの方でも私立校に通えば似たようなものだ。思想が合わなそうな相手なら余計な事を言わずに距離を取れば良い話だし。事実、件の二人も私の事を相変わらずトリカブト嬢呼びする以外は特に突っ掛かって来ない。グリフィンドールとスリザリンはお互い干渉するから揉めるのだと再認識したのも記憶に新しい。

 私の返答の何が琴線に触れたのか分からないが、セオドールにしては少し興味深そうな様子で私に聞き返した。

 

「相手が純血主義だったとしてもか?」

 

「思想は人の自由ですから。言葉に出して相手を貶めない限りは、それを制限する権限なんて誰にもありませんよ」

 

 ……流石に人が何を考えていようと興味無いとは言わなかった。余りにも身も蓋も無い事を明け透けに言うのはよろしく無いという事ぐらい私だって分かっている。チラッと視線を寄越したセオドールの表情からして見抜かれている気がしないでもないが。

 

「アンタのその徹底的な平等さにはお見逸れするぜ」

 

「平等……なんでしょうか?」

 

「自分の興味関心に何より忠実なのを含めてな。人の好き嫌いで対応を変えるのが普通の人間なら、そもそも他人に興味無いから誰に対しても態度が変わらないってところか。ま、アンタのそういう所がマーガレット・ノリスたる所以なんだろう?」

 

 ……案の定どころか、ガッツリと見抜かれていた。

 

 

 2月14日。またの名をバレンタイン。

 

 私からすれば至極どうでも良いのだが、世間一般はそうじゃないらしい。みんなどことなく浮き足立っているし、何よりも我が親友のアミーがとんでもなく禍々しい事になっている。

 

「……とにかくあたしが真っ先にすべきは大広間でベルを保護する事だわ。それから届いた不愉快な貢ぎ物を回収して、徹底的検品しなきゃ。スカーピンの暴露呪文は確か『スペシアリス・レベリオ』よね……見つけたら呪い返しもしなくっちゃ」

 

 控え目に言って、とても怖い。目が据わっている。私と同じく彼女に恐れおののいた様子のサリーが小声で話し掛けてきた。

 

「ねぇ、アミーどうしちゃったの?」

 

「アミー曰く、前に妹さんがバレンタインに託つけて惚れ薬を送り付けられた事があるとか。滅茶苦茶アミーが殺気立っているのもそのせいかと」

 

「……アミーの妹ちゃんって一年生だよね?え?確かに可愛い子だけど、就学前の子に惚れ薬?ヤバくない?」

 

「倫理的に一発アウトですよねぇ……魔法界って怖いですね」

 

「いや、魔法界でもダメだからね!?でも……アミーのあの様子だと、いつか妹ちゃんに彼氏出来た日には修羅場になりそう。彼氏君をバックドロップ決めて簀巻きにするに一票入れておこうかな」

 

「それなら私は、相手の殿方を鯖折りにして吊るすに投票しておきます。まぁ、大丈夫だと思いますけどね……危なっかしい人は確かにいましたけど、アミー直々に釘を刺されていましたし」

 

 ……流石にステビンスもそこまで愚かではないと思いたい。

 そんな事を呟きつつ、相変わらず物騒な気配を発しているアミーを引っ張って大広間に向かう。ついでに道中でサリーと一緒に「連絡網」の事を話していた。昨日の夜にマンディとも話していたが、単に緊急事態と言っても相手を怯ませる必要がある時と隠れていなければならない時がある。その使い分けをどうするかだ。

 私とマンディの意見はノックで緊急解除する時は音無しで、音を鳴らしたい時はマグルの防犯ブザーみたいに鍵を引き抜く仕組みはどうかという感じで纏まった。

 

「……それ、確かに良いかもしれない。今度の打ち合わせの時に議題上げよう。いつも二人の意見は私達に無い視点があるから、凄く参考になるんだよね」

 

「仕上げ担当の私達はどうしても術式とか基盤は専門外で、形になるまでみんなに頼りっきりになってしまいますから。せめて意見ぐらいは出さ、ない、と──」

 

 目の前に広がる光景に私の言葉が思わず途切れた。サリーも同様に固まっているし、さっきまで目が据わっていたアミーも唖然としている。なんだこれは。

 ピンク、ピンク、ショッキングピンク。色彩の暴力。新手の拷問か何かか。……なんかもう、察した。

 即座に踵を返そうとした私だが、アミーとサリーに止められる。何が起きているか把握しないと後々大惨事になるから、と。二人の言う事はごもっともだったから、嫌々渋々ながら席についた。

 

「静粛に!」

 

 やっぱりあなたか。何十人からバレンタインカード貰ったとか、どうのとか言っているロックハート氏を横目で見やる。ああもう、思考のリソースを割く事すら煩わしいったらない。

 

「私の愛すべきキューピッド達です!今日は学校中を徘徊して、彼らが皆さんのバレンタイン・カードを配ります。先生方もこのお祝いのムードにあやかりたいと思っていらっしゃいます!」

 

 どこをどう見たらその解釈になるのか。先生方は一様に石像よろしく無表情に固まっていらっしゃる様にしか見えないのだが。それにキューピッド……ハープを持って金色の翼を付けられた無愛想な小人達に、私は嫌な予感しかしない。

 

「この機会にスネイプ先生に『愛の妙薬』の作り方を教わってみてはいかがですか?フリットウィック先生は『魅惑の呪文』について良くご存知のようですよ!」

 

 そんな事したら己の命日になる事間違いなしだろう。いや、フリットウィック先生なら引き攣った笑顔を浮かべながらも丁寧に教えて下さると思うけど、スネイプ先生にそんな事聞こうものなら毒薬のフルコースでおもてなしされそうだ。それぐらい視線だけで相手を射殺しそうな表情をしている。……検証実験が今日じゃなくて本当に良かったと私が安堵したのは言うまでもない。

 

 

 授業妨害やら何やらで、この日はとにかく散々だった。

 幸い、私にはあのキューピッドが襲来する事はなかった。廊下でマイケルが爆撃されていたのを目撃したが……名前を間違えられながら大声で愛のポエムを朗読されていたのには心底同情した。私にはあんな公開処刑なんて耐えられない。

 

 ただ、トチ狂ったキューピッドを使わない至極常識的な方法ではカードを二通頂いた。どちらも匿名だけど、そのうちの一通は毎年の事だし筆跡を見ただけでも送り主が分かる。日頃の感謝を流麗な達筆でしたためたカード。私の好きなブラマンジェのカップデザートが一緒なのも彼らしい。

 さて、もう一通はというと。恐らくだが純粋な友情に部類されると思う。要約すると「好きな事を全力で取り組む姿勢が好ましい。魔法薬学の資格試験を応援している」という内容だった。

 こういうカードを貰えるのはとても嬉しい。でも、我が儘を言うと少しだけ寂しい気もした。

 

(どちらかと言うとこれは直接言われたかったし、ご本人にちゃんとお礼を言いたかったです……)

 

 つくづく思うばかりだ。人の心って──本当に難しい。




「束の間の日常を満喫せよ」もしくは「マーガレットの倫理観」が今回の副題というかテーマになるかと思われます。
薬学狂いの毒物フリークな主人公ですけど、これでも彼女なりの倫理観とか譲れない信念がある訳です。スイッチが入るとエキサイトして暴走しますが。

ハリーの大好物は糖蜜パイですが、メグの大好物はブラマンジェ。……某有名小説からの連想ゲームから閃いた設定なのは内緒です。
物語のおやつって非常に心惹かれるんですよねぇ。

R2.5.30 サブタイトル変更


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アカデミック・シンドローム

 私がその手紙を受け取ったのは、ショッキングピンク事件(と私が勝手に命名したバレンタイン騒動)から数日後の事だった。

 

 アミー達と一緒に昼食で大広間にいたら、梟が私の方に飛んできた。朝は手紙ラッシュの時間帯だけど、この時間は珍しい。何より、私宛てに梟が手紙を持って来る事自体が物凄いレアケースだと言っても過言ではない。

 ……ところで、食事中に鳥が至近距離に突っ込んで来るって衛生的にどうなんだろう。こういう文化だと理解しているし、気になるならその時間帯を避ければ済む話だから、別に実害は無いのだが。何より、私は元より朝型人間だし。それでも、時々思い出した様にそんな疑問を抱くのは育った環境の影響なのかもしれない。

 

 それはそうと、私に届いたものはやたらと形式張った装丁の封筒である。分厚いし、手触りもつるつるした高級紙そのもの。その辺の適当な封筒とは違って如何にも「正式な書状」を送付する為の封筒という感じだ。……心当たりは一つしかない。

 

「随分と重厚な手紙が来たわね……ってメグ?」

 

「……十中八九、結果通知だと思います。ハロウィンの時に受けた試験の。時期的にも届いておかしくないですし」

 

 沈黙は数秒間。私は封書を手に立ち上がった。自信が無い訳ではないけど、だからといって大勢の人間がいる前で試験結果の公開開封なんてしたくはない。アミー達は私の意図を汲み取ってくれたらしく、私が席を立っても何も言わなかった。

 

「一度寮に戻って結果見てきます」

 

「幸運を祈っているわ」

 

 友人達の後押しの声を背に受けつつ、私は可及的速やかに寮へと向かう。自分で思っている以上に私も気が逸っているらしく、階段や廊下で足止めされる度にたたらを踏む。気まぐれに変動する城の構造がここまで煩わしく思う事もなかなか無いかもしれない。

 

「水の始まりは何処から?」

 

「……形を変えながら巡る円環に始点は無い」

 

 今回の鷲ノッカーの問題は少々自信無かったけど、結果的に突破出来たという事はあの答えで大丈夫だったらしい。毎度思うけど、このノッカーってどこまで学術的な答えを求めているのか。質問の本質を見抜くのは勿論の事なのだけど、どうも同じ答えでも詩的な答えをより好んでいる様な気がしないでもない。その辺りの判定基準が非常に気になる。

 でもまぁ、今私が気にすべきはそんな事じゃない。

 

 誰もいない自室に駆け込むと、一度深呼吸し、そのまま一思いに封を切る。そして中の書状を引っ張り出した。

 

 ──────────────────

 

 マーガレット・ノリス殿

 

 この度、1992年10月31日に執り行われました危険薬・毒薬取扱者資格試験におきまして、厳正なる考査の結果、貴殿が合格されました事を通知致します。

 貴殿には正式な認定証カードとバッジが後日送付されますので、それまで当通知を大切に保存されますよう、お願い申し上げます。

 

 癒薬安全管理協会 代表 ドリス・クロックフォード

 

 ──────────────────

 

 文面を三回読み返してから、私は言葉にならない歓喜の叫びを上げた。受かった!受かってる!!手応えのあった筆記と実技はともかく、面接で真実薬(ベリタセラム)効果も相まってベラドンナの毒について熱く語り倒した辺りどうなのかなと思ってたけど、受かってた!!

 

「やったぁ……!合格通知!合格!あぁとっても素晴らしい単語!私、やりました!受かってますー!あー幸せ」

 

 周りに誰もいないのを良い事に盛大なる独り言を声に出しつつ、私は一頻り一つ目の試験が受かった喜びを噛み締めていた。

 

 

 それから更に数日後。

 

 スネイプ先生から検証実験の準備が出来たというお達しがあり、予定を前倒しに実験する事となった。

 最高の形で一つ試験が終わったものの、私の資格試験はイースター休暇前に立て続けで二つ控えている。更には、休暇明けからは本格的に学年末試験の準備に専念しなくてはならない。その辺りを含めて諸々の考慮をすれば、前倒しの流れも当然だろう。

 

 実験の被験体として用意されたゲージの中のネズミ達を横目で眺めつつ、今回使う手筈になっている医薬品三種について成分や特徴を伝えていく。……今回の実験でネズミは果たして何匹生き残るのかという少々アレな予測は脳裏の片隅にしまっておいた。

 

「今回持参した三種類はいずれも医薬品の中でも服用率の高いものになります。アスピリン、アセトアミノフェン、イブプロフェンはどれも似たような錠剤ですが、成分は大きく異なります」

 

 ドクターからお借りした薬の小瓶と薬品情報のコピーを並べて、改めてスネイプ先生に提示する。大まかな特徴を纏めたレポートを一緒に提出するのも忘れない。

 

 アスピリン。古来から柳には鎮痛作用があると民間療法で知られていて、それを抽出した成分。ただし、その時点での薬は強い胃腸障害の副作用があり、それを抑えるべく成分を改良されたものこそ今現在広く流通しているアスピリン大先輩様だ。解熱、鎮痛、消炎等々と幅広く適応がある故に万能薬みたいに思われている節もあるが、一般的にはアスピリン=頭痛薬という処方が多いのではなかろうか。とはいえ、やはり困った時はこれを飲んでおけば安心という風潮がかなり強いし、実際かなり効く。……ただ、効果があるという事は、裏返せばそれだけ薬効が強いという事に他ならない訳で。正しく薬と毒が紙一重という部分そのものを体現しているとも言うべきか、それなりに禁忌も多い。今でも副作用を引き起こすと洒落にならない状態に陥る為、とにかく乱用は厳禁である。

 

 アセトアミノフェン。パラセタモールとかカロナール等々の名称を有する解熱鎮痛剤。炎症止めにこそ適さないものの鎮痛効果は文句無しにずば抜けているのが特徴で、アスピリン同様に最も利用される医薬品の一つに含まれている。総合感冒薬としては勿論の事、関節炎、痛風、結石、片頭痛、疼痛、歯痛、外傷、生理痛、腰痛、筋肉痛、神経痛といった数多の痛みに適応あり、更には外科手術での鎮痛目的にも使用されるという、文字通り、筋金入りの痛み止めのプロフェッショナルだと言えよう。解熱鎮痛薬の中では副作用が最も少ない部類であるため、多くの疾患で第一選択薬として使用されている。なお、あくまでも副作用が「少ない」だけであり、決して「無い」という訳ではない事に留意が必要だ。

 

 イブプロフェン。こちらは消炎作用が強い医薬品で、痛みを伴う炎症には一番効果的だと考えられている。元々は関節リウマチの薬だった事もあって、解熱鎮痛目的以外だと関節炎で特に強みを発揮する。処方薬として承認されたのは比較的最近であるものの、今では市販薬御三家と言っても良いレベルで広く認知されている。薬学分類上はアスピリンと同じグループに含まれていて、実は医学的作用には大差が無かったりする。異なるのは用量、服用方法。アスピリンよりは胃腸障害が起こりにくいとされているものの、イブプロフェンとてれっきとした医薬品。当然ながら副作用はあって然るべきなのだから、服用する際は例の如く注意しなくてはならない。

 

「──と、簡潔に違いを纏めるとこうなります」

 

「ふむ。今の情報だけで推測するならば、柳の成分が元になっているアスピリンが一番怪しいと思うが、去年の事を考えるならば意外と副作用の少ないアセトアミノフェンが危険やもしれんな」

 

「そうですね……こればかりは実際にやってみない事には何とも言えません。っと、手順は先にネズミへ錠剤を飲ませてから水薬を投与するので大丈夫でしょうか?」

 

「ああ。その流れで問題ない」

 

 スネイプ先生からのGOサインが出たのを確認したので、実証実験に早速取り掛かる。……自分達が実験に使われる事を、そしてそれが命に関わるであろう事を悟ったのか、ネズミ達がゲージの中で暴れて逃げ惑い始める。可哀想だけど……こればかり仕方のない。まさかいきなり人間に投与する訳にもいかないのだし。

 私は腕捲りをして覚悟を決めると、片っ端からネズミを捕まえて投薬を開始した。

 

 

 

「……これは、また。随分とてきめんだったらしい」

 

「まさか天下のアスピリンがここまで猛毒に豹変するとは思いませんでした。これ……事実上の即死薬と言っても良いのでは?」

 

 先生が静かに呟く声に、私も盛大に顔を引き攣らせた。エトワールアンプルが黒くなった時点で毒なのは知っていたけど、破壊力が抜群過ぎた。どの組み合わせも眠りに落ちた瞬間に生ける屍状態になり、タイムラグも与えずに文字通り本物の屍になってしまった。えげつない。流石の私でもこれを見てエキサイトは出来なかった。というか、幾らなんでもまだそこまで人間性を捨てた覚えはない。

 アスピリンと各水薬を併用させたグループはほぼ全滅だ。こちらが何か手を出す前に即死した。いや、正確には安らぎの水薬を組み合わせた内の一匹だけ濃度の問題なのか個体差なのか、即死を免れていたネズミがいるが、その個体も激しく痙攣している。この状態になってしまったら、もう助けるのは無理だ。

 

「──ごめんね」

 

 だから私がする事はただ一つ。これ以上の苦痛を与えない為にも速やかに安楽死させる事だ。私は痙攣するネズミを押さえると、手早く尻尾の根元を強く引っ張って頚椎脱臼させた。相変わらず、この命が消える瞬間のガクンと動きが止まる感覚は生々しい。

 顔を上げるとスネイプ先生が驚いた様に固まっていた。……つい癖で向こうでの動物実験マニュアルに則った方法で処理をやってしまった。端から見たら突然ネズミを素手で鷲掴みにして殺したとしか思えないだろう。

 

「すみません、スネイプ先生。ついマグル式で安楽死させてしまいましたけど、もしかして魔法界独自の動物実験マニュアルやルールがあったりしますか?」

 

「いや、特に決まりは無い。ただ、魔法や薬で処理するのが普通ではある。……君は自らの手で殺す事に抵抗は無いのかね」

 

「抵抗なら毎回ありますよ。寧ろやらなくて良いなら極力やりたくないです。でも動物の命を借りて実験している以上、どういう結果であれど最期まで見届けて必要あらばその命を絶って終わらせる事が、感謝と敬意と礼儀の形だというのが私なりの考え方です」

 

「……そうか」

 

 どことなく複雑そうなスネイプ先生を余所に、私は気持ちを切り替えて他のグループの方の結果を観察していった。こっちはこっちで生存こそしているものの、なかなかに酷い有り様だ。似た薬効なのにこれ程の混沌を発生させる要因は成分の基によるのだろうか。謎だ。死なない代わりに遺伝子組み換えレベルの大変身をしているが……こんなキメラ擬き状態になるならば、下手したら死ぬ方がまだマシかもしれない。ちなみにこちらも毒判定されている。

 

「イブプロフェンのグループはひたすらカオスの一言に尽きます。一応、水薬ごとに傾向は似ていますけど……」

 

「安らぎの水薬だと体毛の色がそれぞれ変色、鎮静水薬だと耳や尻尾といった体の部位のどこかしらが別の形状と化し、生ける屍の水薬に至っては……最早別の生物になっているな……」

 

「毛が長毛になって、体が肥大化して、各部位が全然違う形態へと変化……って、これはもうどう見ても新種の生物じゃないですか。でもアスピリンの全滅を見た後だと、死亡例が無いだけってわりと安全だと錯覚してしまう辺りが我ながら悲しいというか、麻痺しているというか。色々な意味で複雑な気分です」

 

 ここまでのヤバさを鑑みれば、残りのアセトアミノフェンもろくな結果じゃないだろう。そう思いながらゲージを見やり、固まった。確かにろくな結果とは言えない。言えないが──

 

「……縮み薬?」

 

 全て生存していた。──ただし、みんな可愛らしい子ネズミになっているという注釈付きで。

 何気にというか、驚くべき事にエトワールアンプルは反応していない。という事は中和して無毒化したものの、縮み薬みたいな成分が生じたといった所か。化学反応で縮み薬になったといえば聞こえは良いが要は副作用という事だ。通常の縮み薬みたいに一時的な変化であればまぁ許せる範疇かもしれないが、戻らなくなりそうな感じなのがなかなかにヤバい。

 

「一応は無毒みたいですけど、私の所見ではどう見ても永続変化で若返りしている様に思えるのですが」

 

「微妙な所だな。普通の縮み薬とは全く違う経路で若返った以上、まず間違いなく通常の解毒剤は効かんだろうが。我輩としては、このグループだけ一律に変化している事を鑑みて、鎮静薬との組み合わせのみならず精神作用のある薬とこのアセトアミノフェンで縮み薬擬きになるのかが気になる所だ」

 

「確かにそれは私も気になります!……あ、でも今回の結果を踏まえて、追加実証等々を行う前に、最低でも医務室のマダム・ポンフリーには魔法薬と医薬品の飲み合わせの危険さを迅速に周知しないと不味いと思います。マグル出身の子なんて特に、今日使った三種のどれかしらを常備薬として持っている可能性高いですし」

 

「……確かにこれで死亡事故を起こす訳にはいきませんからな。良かろう、我輩からこの件について教員間で申し送りしておこう」

 

 ヤバいだろうなとは思っていたが、想像を遥かに越えるレベルで医薬品と魔法薬は絶対に混ぜたら駄目なやつだった。文字通り「混ぜるな危険」案件だ。まぁでも、それを知れただけでも今回動物を使って実験をした甲斐があると言っても良い収穫だろう。

 

 

 妙に平和な空気が流れる学校内。特に事件もなく、普通にイースター休暇が終わり、例年通りの学期末に向かっている雰囲気だ。

 私も特に何事もなく今に至っている。休暇前に「魔法薬販売者」「魔法調剤補助」の試験を校内で受けたものの、最初の真実薬(ベリタセラム)のインパクトが凄すぎたせいか思いの外笑ってしまう位あっさりと終わり、今は結果を待つばかり。

 

 そんな中、私達二年生は目下の重大局面に瀕していた。何を隠そう、来年度からの選択科目をどうするかという案件である!……とまぁ仰々しく宣言してみたが、私の選択科目は最速で決まった。真剣に悩むみんなの手前、実はほぼ消去法だなんて口が避けても言えまい。一応これでも大学受験する可能性も考慮した結果だから、断じて適当に投げ捨てた訳ではない。

 まぁ……理論がはっきりしていない占い学は発狂する未来しか見えないし、バーベッジ先生は好きだけど敢えてマグル学を取得する必要性を感じない(どころか時間の無駄な説まである)し、魔法生物飼育学は……うーんどうだろうという感じだ。かの有名なニュート・スキャマンダー博士の講演とあらばお金を払ってでも受講したいが、果たして授業はどうなのか。私の経験則上、生物学(ナマモノ)系の授業は倫理観(じょうしき)変態度(こだわり)のバランスがどこまで取れるかが至高の授業か否かのポイントだと思っている。小耳に挟んだ情報では来年度から先生が代わるらしいので、新任にそれを要求するのは酷だろう。だったら、人体生理学や生化学等々を独学で勉強する時間に充てたい。

 

 斯くして、私の選択科目は実質数学な数占いとそこそこ理論っぽい古代ルーン文字学に決まったのである。

 

 ちなみに、みんなでマリエッタ先輩とチョウ先輩から教科書を借りてあれこれ意見交換していた時の一幕にて。サリーやリサはマグル学の教科書を見て興味津々で選択科目としてどうかという意見を求められたのだが、私とマンディは黙って首を振った。ついでに通りすがりのペネロピー先輩がズバッと正論を述べた。

 

 ──外国人観光客向けのイギリス旅行パンフレットを読んだ方が遥かに勉強になる、と。

 

 ぼくのかんがえたマグルといういきもの、みたいなトンチンカンな教科書に、魔法使いが時折向こうの感覚での常識を全部かなぐり捨てた様な行動をやってのける一端を、私は図らずも垣間見てしまったのだった。……せめて小学校の教科書でも借りれば良いのに。

 

 

 それから更に平和に学校生活を過ごしていたある日のこと。

 外ではグリフィンドール対ハッフルパフのクィディッチの試合があるけど、レイブンクローの私には余り関係ないのを良いことに、私は久々に女子トイレのマートル先輩の元に赴いていた。

 

「あら、マーガレット。久しぶりね。もう私の事なんて忘れちゃったのかと思っていたわ」

 

「お久しぶりです、マートル先輩。実は何度か近くに来ていたんですけど、いつも誰かが密談しているみたいだったので……」

 

「あぁ彼らね!気にせず入れば良かったのに。せっかく面白いものが見れたのに勿体ないわね~」

 

「え!?か、彼ら!?男子生徒が入り浸っていたんですか!?」

 

 それってちょっと……いやかなり大問題だろう。マートル先輩は全く気にしていない様子だが。そんな事を思いつつ、とりあえず本題に入る事にした。

 

「それはそうと、マートル先輩に折り入ってお願いがあります」

 

「なぁに?改まってどうしたの」

 

「このトイレでお手製洗剤の検証を行って良いでしょうか?」

 

 お願いしつつ、そこに至る経緯をかいつまんで説明する。

 発端はスネイプ先生との追加講習の際、私が入学前に課題研究と称してお手製洗剤を合成しまくっていたのを話した事だった。先生が思いの外その話に食い付いて、折角マグルの方で研究開発をしていたのならば、魔法薬版の洗剤も開発してみたらどうかという話になったのだ。目指すはピカピカクリア。

 

「──という訳で、一番人通りの少ない此所をお借り出来ればと思いまして。あわよくば先輩からの意見も貰えると嬉しいです。あっ!勿論、お借りする以上は責任持って備品の整備もやります!」

 

「ふーん?実験とはいえ自分から掃除したいって、あんたって結構変わっているわね。まぁ、私は別に良いわよ?もし失敗したら盛大に笑って上げるから、好きに使ってちょうだい」

 

「はい、ありがとうございます!笑われない様に頑張ります!」

 

 住人(?)たるマートル先輩から了承を貰えたので、心置きなくお手製洗剤を試せる。洗剤は合法的に薬学実験出来るものの一つなのだから、とても楽しみだ。

 そうやってどこか浮き足だった気分で本でも読もうと図書室に向かう私だったが。曲がり角の辺りで視界に飛び込んできたものに血の気が引いていくのを感じた。──見えるのは、人の足。あの角の所で誰かが倒れている。

 慌てて走り寄ると、彼女達の顔が見えた。倒れていたのがどちらも私が知っている人だった事に目眩がした。

 

「ペネロピー先輩……ハーマイオニー……」

 

 目を見開いたまま動かない二人はまるで石みたいだ。いや違う、まさしく石になっているのだろう。すっかり平和ボケして失念していたけど、年末に起きた石化事件はまだ解決していなかった。

 手前にいたハーマイオニーに頸動脈の辺りを触れる。当然ながら脈も体温も感じられない。石化と聞いているからこそまだ生きていると理解出来るが、事前知識がなければ死後硬直と錯覚してしまいそうだ。更に状態を確認しようとして、唐突に私は我に返った。

 

 仮にもお世話になっている寮の先輩と友達なのに、私は今、彼女達を助けるのではなく観察していなかったか?

 

「あ……あぁ、私は……」

 

 まるで動物実験で使ったネズミを処理するのと同じ様に、友人達の命の状態さえも淡々と眺めていなかったか?

 

「違う……私は、私、は……」

 

 一歩後退る。視界が揺れて見える。足元が歪んでいる気がする。くらくらする。また一歩後退る。力が抜けて座り込んだ。私は他人に興味無かった。でもまともな人間性だと思っていた。いつから?いつから私はこんな狂った事をする様になっていた?

 

「──ああああああああああああああああああ!!!」

 

 怖い。とにかく自分自身が怖かった。まるで私が人間性を削ぎ落とした化け物にしか思えなかった。誰か否定して欲しい。私は狂ってなどいないと。でも誰が否定してくれるというのか。今まさに私自身がやっていた事を。

 

 騒ぎを聞き付けた誰かが現場に駆け付けてくるまで、私はただただ絶叫し続けていた。




リアルの方で予定が狂いに狂いまくった結果、今までに無いほど遅くなってしまいました……!

動物実験からの石化事件再開でした。やっと物語が動きました。
効果的にも倫理的にも色々とアウトな合成薬の数々が爆誕していましたけど、断じてお世話になっている薬に恨みがある訳じゃないです。果たしてこれがどこで役立つ(?)事になるのか。
昨今の状況諸々を踏まえて念のために申しますと、途中のネズミの頚椎云々は本当に動物愛護に基づいた動物実験時のマニュアルであって、決して虐殺行為では無いです。
……それから薬の説明についてですが、悲しい事に作者の頭の中身ではウィキペディアを中心に検索しまくるのが精一杯なので、もしニワカな勘違いがありましたらコソッとご一報下さいませ。


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深淵への招待状

 どうやら私は相当酷く錯乱したらしい。

 

 らしいだなんて他人事みたいな言い方だが、気付いたら医務室のベッドに横たわっている状態だったのだ。パニックになって絶叫した記憶まではあるが、そこから医務室へと直送されるに至った経緯が分からない。……まぁ状況から鑑みるに感情ストレスの過負荷で神経系が暴走して、そのまま気絶したのだろう。

 

「………………」

 

 ちらっとカーテンの隙間の方に目を向ける。私がいる場所から更に厳重に仕切られている一角が見えるが……恐らくあそこに石化したみんながいるのだろう。ついでに錯乱して倒れた私の為に処方されたのであろう鎮静水薬の瓶がサイドテーブルに置いてあるのも視認した。これにアスピリンをぶち込んだら完全に自殺機構的な物の一丁上がりだなんて物騒な思考が浮かびそうになって、意図的に視界から外した。まだ精神状態は芳しくない様だ。

 余りにもあんまりな思考に我ながら呆れてしまう。だいたい錯乱って何だ。直接襲われた訳でもあるまいし。錯乱の一つ二つしたくなるのは私ではなく、襲撃されたペネロピー先輩とハーマイオニーだろうに。……でも確かに怖かったのだ。他ならぬ自分自身が。

 医療従事者を目指すのならば如何なる時も冷静に対処出来なければいけない。それは分かる。でも、あの時の私は──

 

「……メグ」

 

 控えめな声で名前を呼ばれる。いつの間にかレイがベッドの側に来ていた。恐らくは私が第一発見にて派手に発狂錯乱してぶっ倒れたが故に、実質身内の彼を先生の誰かが連れて来たのだろう。

 そのままで良いとは言われたけど、何となく寝たまま話すのは気が引けたから身を起こした。

 

「事情は聞きました。大丈夫……とは言えないでしょうけど、怪我はありませんか?」

 

「……錯乱した挙げ句に気絶したという事を除けば大丈夫です」

 

「それは無理もない事ですよ。今回石にされてしまった彼女達には申し訳ないですけれど、君が無事で良かった……家族が害される事ほど恐ろしい事はありませんから」

 

 昔から変わらない穏やかな話し方で、あやす様に背中を擦られると途端に涙腺が決壊しかける。断じて泣き虫であるつもりは無いし、そこまでお子ちゃまでも無い筈なのだが。

 やはりレイは人を宥める天才かもしれない。自分にとって兄だと言っても過言ではない彼は、今よりもずっと小さい頃──私が自分の世界に閉じ籠って絶賛無愛想を極めていた頃から、人との距離感が掴めずに荒ぶった私の話を黙って聞いては宥めてくれた。今もほんの少し会話をしただけでも、さっきまでのぐちゃぐちゃになっていた気持ちが嘘みたいに凪いでいくのが分かる。昔からの条件反射と言えばそれまでだが、私にとっては下手に鎮静水薬を飲むよりも遥かに落ち着ける気がする。

 常々思うけどいつも客観的な目線を持っているドクターと、誰よりも人の感情の機微に聡いレイ、この二人が私の「家族」じゃなかったら永遠に他者とは隔絶されていたという自慢にならない確信がある。自分の興味あるものだけで構成されて自己完結した世界から強引に引っ張り出すのではなく、少しずつ私自身の興味が外にも向けられる様に根気よく接してくれたのを知っている。だからこそ私はそれなりに真っ当な方向へと成長した。……少なくとも自分ではそう思っていた。でも、今は自信持って断言出来ない。

 

「……ねぇレイ」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「私は……狂っているんでしょうか」

 

 私の唐突な自己の正気を疑う発言に驚いたのか、背中を擦っていたレイの手が一瞬止まった。

 

「それはまた随分と藪から棒に……どうしました?」

 

 若干の困惑を含んだ声音で聞き返された。冷静に考えれば、至極当然の反応だ。私だって同じ事を言われたら「突然どうした!?」となるし、事情を尋ねたくもなる。

 自分でも否定して欲しいのか、アドバイスが欲しいのかは分からない。単に身内に不安をぶち撒けたいだけなのかもしれない。

 

 それでも私は順序とか考えとか全然纏まらないまま、ハーマイオニー達を発見するに至るまでの顛末を話した。最初は確かに倒れていた二人を助けるつもりで駆け寄った筈だったのに、いつしか石化した有機物のサンプルを検証している様に淡々と──いや、それどころか興味すら抱いて観察していた事を。

 怖かった。どうしようもなく怖かった。怪物や継承者、事件そのものなんかよりもずっと、友達と先輩すら実験サンプルの様に見ていた自分が恐ろしく思えた。そして、私のこの狂気染みた歪な興味関心はいつか取り返しの付かない大惨事を引き起こすのではないかと、底知れぬ恐怖と不安に駆られていた。

 だんだん途中から自分でも何を言っているのか分からなくなってきた辺りで、ずっと黙って私の話を聞いていたレイが真っ直ぐに私の目を見ながら断言した。

 

「メグは狂ってなんかいませんよ」

 

 光の加減で温度の無い無彩色の灰色にも、青色とも碧色ともとれる色味を帯びている様にも見えるレイの瞳は、まるで緻密に作り込まれた鏡みたいだった。静かでいてどこか意思の強さが垣間見える眼差しは、こんがらがって訳が分からなくなった私の内面を私以上に正しく全て見通している様にすら感じられる。

 その眼差しの強さに呑まれている私へ、レイは繰り返した。

 

「君は狂っていない。世間一般からすればメグが独特の見識を有している部類に含まれるでしょうけれども、少なくともメグのそれは狂気とは言いません。……大丈夫です。本当に狂っているのであれば、そもそも自分の行いに恐れをなす事すらしませんよ」

 

「……ハーマイオニーやペネロピー先輩を助けるでもなく観察していたのに?」

 

「最初は助けるつもりだったのでしょう?それとも、石化して物言わぬ姿となった彼女達を見て喜んだのですか?マグル生まれだから当然だと嘲笑ったのですか?」

 

「っ、そんな訳ないです!」

 

「でしょう?だったら大丈夫です。メグはちゃんと正常な倫理観に基づいて行動していますよ。何も狂っていません」

 

 何度も大丈夫だと繰り返され、漸く私の中でも安堵が広がっていった。安心感に引っ張られた影響なのか、既に崩壊気味だった涙腺が陥落してしまい、ほんの少しだけ泣いた。

 ……私が完全に落ち着くまでレイの都合なんてお構い無しにずっと付き合わせてしまっていた事に後々気付くのだけど、思い至った瞬間の居たたまれなさと申し訳なさで心底自分を埋葬してやりたい衝動が駆け抜けていったのは、また別の話。

 

 

 次の日、石化事件の対応に当たっていた先生方が寮へと戻ろうとしていた私の所へやって来て、あの時何があったのかと事情を問われた。勿論私は嘘偽りなく答えたけれども、正直なところ昨日レイに話した以上の情報は持っていなかったし、先生達も私に関しては二人が石化している事にショックを受けたという事実以外、有力な手掛かりは無いと判断した様子だった。

 寮に戻るや否やアミー達に何があったのか聞かれたが、石になったハーマイオニーとペネロピー先輩を見て取り乱したと答えたら大方の出来事を察してくれたらしく、それ以上深く追及しようとして来なかった。私としても何度も何度もしたい話では無いから、その気遣いは本当にありがたかった。

 

 大広間に行くと昨日の一件に加え、別の話題でざわついていた。嬉々として語っているのはマルフォイ少年とその取り巻きぐらいだけで、他の生徒達はみんな一様にこの世の終わりみたいな雰囲気を漂わせている。

 

 曰く、昨日の夜に理事の一人が魔法省大臣と共に訪れて校長を停職にしたのだとか。一連の事件を防ぐことができなかったのが原因だという。更には前回秘密の部屋が開かれた際、容疑者として退学になった前科のあるらしい森番も併せてアズカバンという魔法界の監獄へと連行されたそうだ。……正直、突っ込み所しか無い。

 興味無い事への情報収集を怠っていた私も悪いが、秘密の部屋騒動が今回初めての事じゃないとか、前回は石化どころか死者が出ていたとか、今になって把握した情報のヤバさにはちょっと待ってくれとも言いたくなる。前回って……一度起きた事件や事故防止の策を講じていなかったって事になるが、学校という公共の場のインシデント対策としてどうなんだ、それ。

 それに、だ。私個人の感情として、昨年度の学期末での一連のあれこれを目の当たりにして、校長に対して思う事がそれなりにあったのは否定しないが……それでも最終決定権を持つ責任者たる存在が校長だ。それなのに、幾らなんでも現在進行形で混沌と状態の学校内にてトップ不在だなんて……例えるなら船頭不在の船が難破している状況だと思われるのだけども。どんなに楽観的解釈を試みても、状況が悪化する未来しか見えない。

 

(大丈夫なんでしょうか、この学校……)

 

 私が第一発見者となったが為に、それまでのポッター少年の様に今度は私が容疑者として疑われてしまうのでは無いかと懸念していたものの、その点は余り……いや、全く無いとは言えないけども、少なくとも私にとって身近な存在のレイブンクローの同級生や先輩方、普段から懇意にしている友人達は疑っていない様子だった。そのおかげも相まってか特に居心地が悪くなる事も無かったのは、ある意味で不幸中の幸いだった。私にとっては、と注釈付きで。

 そうそう。今までずっと散々継承者だの何だのと噂されて針の筵だったポッター少年だが、ハーマイオニーが石にされた事によってみんなからの疑いが晴れたのは、何とか言うかとんでもなく皮肉な話だと感じたのは私だけじゃないと思いたい。

 

 学校内の空気はその日を境に分かりやすく一変した。それまでの平和ボケした空気は一切無くなり、クリスマス休暇前のそれよりもずっと張り詰めた雰囲気に満ちている。まぁ、当然だろう。

 事件が再び動き出した事でホグワーツには戒厳令が敷かれる事となった。夕方六時以降談話室の外への出る事が禁じられ、授業間の移動は教員引率付きで集団行動が義務付けられた。お手洗いさえも必ず先生の付き添い必須。クィディッチの試合も含めた全てのクラブ活動も禁止。それどころか、学校の閉鎖も現実的になってきた。

 

 もはや今いるのが学校なのか何なのか。それすらも分からなくなる環境で、私達は一刻も早く解決するのを待つ事しか出来ない。

 

 

 学校がこんな状況下であろうと、期末試験は予定通り実施されるというアナウンスに生徒達からは少なくないブーイングが飛んだ。安全上の観点からして大丈夫なのかと思わないでもないけど、こんな息が詰まりそうな空気の中なら、もういっそのこと試験勉強にひたすら没頭している方が気分的に楽かもしれない。そんなこんなで我らがレイブンクローは全員で籠城よろしく授業以外は寮内に引き籠る流れになるのも当たり前だった。

 

 が、ひたすら勉強しよう作戦も新たな問題にぶち当たった。何て事は無い。レイブンクロー生は総じて個人主義なのだ。それの何が問題か?簡単な話だ。まだ自己流の勉強スタイルを確立させていない一年生以外、みんな自分にとって一番やり易い方法で各々試験勉強を進めるのが常だが、それをやるには圧倒的に談話室のスペースが足りないのである。

 これまでなら図書室や空き教室も活用しつつ自分がやり易い様に上手く分散していたから良かったが、今はそのやり方が出来ない。だからといって各々の自主性に委ねていたらトラブルに繋がりかねない。特に試験に関わる事なら尚更。

 

 困り果てた私達は監督生を中心に緊急会議を行い、妥協案にて問題解決を試みる事にした。

 

 OWL試験、NEWT試験のある五年生と七年生は例年通り最優先で本棚近くのスペースを使う。それ以外の学年は臨時で用意したテーブルを一・二年生、三・四年生、そして六年生という組み合わせのローテーションで使う。談話室が使えない日は自室で頑張る。

 当初は慣れないやり方に戸惑う声も少なくなかったが、談話室の外で広がる事件に対する殺伐した緊張感を考えれば、ある意味レイブンクロー寮内の試験一色な様相はとても平穏な証拠だった。

 

 

 同級生の友達が何やら様子が日増しにおかしくなっているのだとルーナから相談を受けたのは、そんなレイブンクロー籠城大作戦に慣れて、期末試験まであと数日という頃合いだった。

 

「おかしい、という事は体調面と言うよりも精神的にという事でしょうか?試験前のノイローゼではなく?」

 

「ううん、試験は関係無いと思う。何だかどんどん元気が無くなっているし、前から急に塞ぎ込んだりしていたけど、最近は特に何かに取り憑かれているみたいなんだ。どうみても日に日に窶れてきているから心配なの」

 

「取り憑かれ……!?ちょっ、それ、かなりヤバいのでは?何らかの呪いとかの可能性もあるのではありませんか?」

 

「そう思って、この前の合同授業で会った時に声を掛けたんだ。でもいくらジニーに聞いてみても『大丈夫』の一点張りで、それ以上は黙り込んで何も言わないんだよ」

 

「ジニーって……確かグリフィンドールの子ですよね。ミスター・ウィーズリーの妹さんでしたっけ」

 

「うん。お兄さん達もかなりジニーの体調を気にしているみたいなんだ。でも私は体調の問題じゃないと思う。先生にも伝えたけど、やっぱりノイローゼだろうって。それも違うと思うんだけどな」

 

「そう、ですか……」

 

 ルーナ経由で聞いた情報は確かに体調不良で片付けるにはそのジニーなる子の様子は余りにもおかしいと感じた。何よりこういうルーナの第六感とも言うレベルの直感は甘く見るべきじゃない。が、いくらルーナの友達とはいえ学年も寮も違う上に、兄であるウィーズリー少年達とも仲が良い訳でもない私が下手に首を突っ込んだところで、拗れる事こそあれど何も解決はするまい。

 とりあえず、グリフィンドールの子ならレイとネビルに情報提供するぐらいが関の山といった所か。

 

 

 そんな中、朝食の席でマクゴナガル先生が漸くマンドレイクが収穫出来ると発表した。それは即ち、その日の夜に石にされた被害者達を元通りに蘇生出来る事を意味していた。

 その宣言に生徒達の大多数は喜び、安堵していた。それこそ事件はもう終わりだという空気すらその場には流れていた。

 

 私も──正直思っていた。ハーマイオニー達が元に戻れば詳細が分かるだろうし、そこから糸口を得ればきっと解決の方向に進むに違いない、と。

 

 

 そうやって浮わついていたのがいけなかったのかもしれない。

 

 午前中の授業間の移動中の事だった。

 いつも通り先生に引率されつつ列の最後尾を歩いていると、視界の端に赤毛の子が映る。何気なくそちらを見て、私は息を呑んだ。女の子──体格から判断するに恐らく一年生。体調不良か何かで動けなくなっているうちに置いてきぼりにされてしまったらしい。

 

「っ、ちょっと待って下さい!あの子を連れてきます!」

 

 アミーにそれだけ伝えてから走り出す。幸い、廊下の交差している場所とはいえそこまで離れていないし、今私達が通過中の位置からその子がいる場所まで何かが潜む場所も曲がり角や死角も無い。ただ、急いで彼女を集団の方へ連れてくるだけだと思っていた。

 

「ねぇ、大丈夫ですか?」

 

「………………」

 

「一人は危険ですから、とりあえずあそこにいるレイブンクローの二年生達と合流しましょう。その後で先生に医務室へ──」

 

 そこまで言い掛けて、唐突に気付いた。

 赤毛の一年生。ウィーズリー少年の妹さん。グリフィンドールの女の子。つい先日ルーナが言っていた、日々様子がおかしくなっているという彼女の友達って今まさに目の前にいる子では?

 それに少し考えれば、直前の私の行動も色々とおかしい。普通、今の状況下で単独で集団から飛び出すか?どう考えても自殺行為でしかない。引率中の先生に報告して保護、そこから医務室のマダム・ポンフリーなりグリフィンドール寮監のマクゴナガル先生なりに連絡するのが筋だろうに、どうして私は飛び出した?

 

「………………」

 

 私が抱え起こそうとしていたジニー・ウィーズリーは踞ったまま沈黙している。いや違う、彼女は恐らくジニー・ウィーズリーの姿をした別人だ。私の直感がそう訴えている。ヤバい。脳裏で警鐘がガンガン響くけど、きっと時既に遅し。

 そして何より不味いのは、例え私が浮わつく余りトチ狂った行動を取ったにしろ、少なくともアミーには直接声を掛けた筈だし、同じく最後尾付近にいたサリーやテリー、アンソニー辺りには絶対聞こえていただろうに……誰一人として反応しなかった事だ。

 事実、私達以外はもう誰もいない。私も置いていかれた。

 

(これは……私、死んだかもしれない……)

 

 そんな私の内心を読み取ったかの様なタイミングで目の前の少女が顔を上げた。笑っていた。前に会った時とは全く違う仄暗い瞳──()()()()()と目が合ったのを最後に私の意識は途絶えた。

 

 

「とうとう起こりました。生徒が二人、怪物に連れ去られました──『秘密の部屋』そのものの中へです」

 

 震える声で告げられたマクゴナガルの言葉にフリットウィックが悲鳴を上げ、スプラウトが口を手で覆った。スネイプはまだ冷静なのか、普段よりも幾分か低い声で問うた。

 

「……なぜ、そんなにはっきり言えるのかな?」

 

「継承者がまた伝言を書き残しました。最初に残されていた文字のすぐ下にです。『彼女達の白骨は永遠に“秘密の部屋”に横たわるであろう』と……。そのうちの一人は授業の移動途中で連れ去られたのでしょう。廊下に教科書の入った鞄が落ちていました。我々教師が引率していたにも関わらず、すぐ間近でみすみすと……!」

 

 フリットウィックはワッと泣き出し、マダム・フーチは腰が抜けたように椅子にへたり込んだ。

 

「どの子ですか?」

 

 

 

「ジネブラ・ウィーズリー、それから──マーガレット・ノリス」




お約束のフラグ回収。やっぱりというか、案の定というか主人公は秘密の部屋に放り込まれました。事件が解決するまでは安心、安寧から程遠いみたいですね。
それにしても、いたいけな少女に取り憑いて自在に操るなんて酷い事をしているのは誰なんでしょうね……(棒)


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地底の玉座と継承者

 遠くで水が滴り落ちる音と、息苦しさを感じる様な重苦しい湿った冷気で私の意識は浮上した。目を開けても見えるのは一面の闇しかない。感覚的に無駄に空間はあるらしいので、此処は地底洞窟か何かなのだろうか。

 

「…………っ!!!」

 

 寝起き直後よろしく半ば夢と現実の区別がついていなかったのもあって呑気に周囲を見回していた私だったが、漸く脳細胞が正常に機能してくれたらしい。直前の記憶と自分が置かれている状況を把握した瞬間、冷や水を被ったかの様に背筋が凍った。

 

 慌てて飛び起きると、自分の身体と荷物をチェックする。

 

(拘束はされていないし、何かしら漁られた形跡も無い。杖もちゃんと収納されたまま。……鞄は無い、ですか。盗られたというよりも落としましたかねこれは……)

 

 これはヤバいわと、思わず独りごちる。鞄の中には「連絡網」の参考用として持って来ていた防犯グッズが入っていたのに。それが無いという事は、杖一本と身一つで脱出するしかない。一応、鞄の中身以外に何も持っていないという訳では無いけれど……簡易的な拡大魔法でも掛かっているのか、ローブのポケットも見た目に反して収納性がそれなりに高いし、寧ろそれを良い事に色々と持ち歩いていたりもしているが……

 

(──実験の試作品とか、筆記用具とか、身嗜み用品とかをこんな所でどうしろって言うんですか!!)

 

 思わず地団駄を踏みたくなった。でも今はそれどころじゃないから自重する。とりあえず、音も気配も何も無いという事は少なくとも近くには私以外誰も……何も?いないという事だろう。全方位に用心しつつ、杖に光を灯す。

 

「……ルーモス」

 

 やはり此処はがらんどうな地下空間の様な場所らしい。状況からどう考えても「秘密の部屋」に投げ込まれたとしか思えないけど、こんな暗黒迷宮みたいな場所に一人とか……本格的に冗談キツイ。

 

「せめて音だけでも外と通じそうな場所を探さないと。多分、学校の敷地内の地下でしょうから天井か壁越しに助けを……きゃっ!?~~っ、痛い────ッ!!」

 

 それでも大きな独り言を呟きつつ、何とか立ち上がって移動してみようとした瞬間、思いっきり何かに躓いて転んでしまった。完全に灯台もと暗しだったらしい。命綱とも言うべき杖は転倒の衝撃でも手放さなかったが、その代償に膝と肘先の上腕骨内側(ファニーボーン)を強かに打ち付けた。激痛に悶絶しつつ、躓いた原因の方へと杖先を向けて──そのまま小さく悲鳴を上げた。

 

 私の足元にいたのは、人間だった。意識を失って倒れている。それが誰なのか、だなんてわざわざ考えるまでも無い。彼女はここに拉致される直前に会った、グリフィンドールのローブを着た赤毛の女の子──ジニー・ウィーズリーだった。

 今度は一目見た瞬間に彼女は「本物」だと分かった。そして、どうやら今までの被害者達とは違ってジニー嬢は石にはなっていない様だった。事故とはいえ年下の女の子を蹴っ飛ばしてしまったのは我ながら大変遺憾かつ非常に申し訳ないのだが、その時の感触も石像ではなくちゃんと人間の質感そのものだった。

 ジニー嬢は私よりも先に此処へ連れ去られていたのだろうか。杖先の灯りだけでも分かる程に顔色が悪いし、体温も異様に低い。ただ幸いな事にやや徐脈ではあるものの息はあるし、目立った外傷も無さそうだ。昏倒している人間を不用意に動かすのは愚の骨頂だけども、まさかこんな所へ一人置き去りにする訳にはいかない。とにかく彼女を背負って出口を探そうと考えた瞬間だった。

 

「おや。今回は随分と『普通』の反応だね?」

 

 ──今まで一切気配が無かった場所から、声を掛けられた。

 咄嗟に声の方に杖を向けると、年上の少年が立っていた。ローブから判断するにスリザリンの六年生辺りの上級生だと思われるが、生憎どちら様なのか全く分からない。まぁ……レイブンクロー以外の同学年ですら未だに大半の顔と名前が一致していない人間が他寮の上級生なんて知っている訳もないが。ただ、レイとは違うベクトルの物凄く整った顔立ちの美青年だから、ここが日常の廊下や大広間であれば彼を見た女子生徒達が色めき立ち、さぞかし大騒ぎになっていた事だろう。

 

「……誰ですか」

 

 ただし、その美青年が今の状況下で現れた第三者とあらば、話は別だ。どう見ても救助に駆け付けた人には見えない。

 それにパッと見た感じは確かに私達と同じ学生のそれだが、よく見るとデザインが違う。旧式の──マートル先輩の制服と同じデザインだ。外部の人間か、はたまた人ならざる者の類いなのか。

 彼は私の質問には答えず親切な優等生の様な、それでいて底無しに冷たい笑顔を浮かべただけだった。問答無用で攻撃や拘束をしてこないのは、私程度ならわざわざ杖を取り上げたりせずとも楽勝と考えているのだろう。事実、悔しいが二年生の私に出来る事なんてタカが知れている。

 

「それはもう一人、此処に来るであろう客人が来たら教えてあげよう。君だけに話した所で二度手間になってしまうからね」

 

「………………」

 

「そんな恐ろしい顔をしなくとも、今はまだ何もしないよ。強いて言うなら、退屈しのぎの会話にでもお付き合い願おうか」

 

「目的が見えません」

 

「君にとっても悪い提案では無い筈だ。友人が石にされても冷静に観察するぐらいなんだから、この僕の情報を直接得られるのは願ったりだろう?ふふ、まさか賢くてお利口なレイブンクローがヒントを手に出来るチャンスを考え無しに溝へ捨てたりはしないね?」

 

 

 三階の女子トイレ──嘆きのマートルの居る場所に、彼らはやって来ていた。

 ハリー、ロン、そして何故か二人に杖を突き付けられたロックハートという珍妙な組み合わせだ。今まで武勇伝を語り倒していた人間とは到底思えない様子のロックハートは隙あらば逃げ出したいと言わんばかりだ。

 

 ロックハートの逃走を阻止しつつ、ハリーがマートルに死んだ時の話を聞き出す。ハリー達が考えていた答えの通り、彼女は前回の「秘密の部屋」騒動の時に怪物──バジリスクで犠牲になった女子生徒だった。そこから更にマートルから情報を聞き出し、彼女が指し示した手洗い台を検分すると蛇の彫刻がある蛇口を見つけた。

 ハリーが蛇口に向かって蛇語で「開け」と言うと、手洗い台が回り始め、沈み込んでいく。太いパイプが剥し出しになると大人一人が滑り込める程の滑り台が現れた。此処こそが、部屋の入口だ。

 

 この期に及んでも何とか言い募って逃げようとするロックハートに業を煮やした二人が容赦なく蹴り落とし、自分達も中に乗り込もうとした時だった。

 

「僕も同行させて欲しい」

 

 気配も無く現れた同寮生にハリー達は驚いた。同時に困惑する。無理もない。二人にとって彼──レイモンド・バラードは同じグリフィンドールの二年生でありながらも遠い存在なのだ。ネビルと仲が良いという事以外ほとんど知らないレイモンドが、このタイミングで彼から声を掛けて来たのだから。

 

「どうしてバラードがここに?」

 

「君達がロックハートを引き摺っていくのを見たので、勝手に尾行したんですよ。流石に僕にとっても、この『秘密の部屋』の騒動は我関せず静観していられない事態になりましたから」

 

 そう言われてハリーはレイモンドがレイブンクローのマーガレット・ノリスと幼馴染だという事を思い出す。そして、件のマーガレットもジニーと共に「秘密の部屋」へと連れ去られている事も。

 

「そうか、ノリスを助けに……でもこの先にいるのは」

 

「バジリスクと継承者、でしょう?」

 

 ハリーの言葉を遮る様に事も無げに言ってのけたレイモンドに、ハリーは思わず目を剥き、ロンは唖然とする。

 

「!?……まさか気付いてたの?」

 

「不本意ながら確信したのはつい先程ですが。蛇に纏わる怪物で候補は絞っていたものの、即死ではなく石化する点がどうしても結び付かなかったものでして。……そうやっている間にメグが拐われたのは不覚以外の何者でもない」

 

 無表情で呟いたレイモンドだが、彼の灰色の瞳には確かに激情の片鱗が燃え上がっていた。

 

「おったまげ……君って見た目に似合わず意外とアツいんだね」

 

「ウィーズリー、乗り込む理由は君と大して変わりませんよ。僕にとってあの子は幼馴染であると同時に、妹みたいな存在なんです。家族を害される事は死と同義……それだけの話です」

 

 それだけ言い切ると、彼はハリー達の方を改めて見据えた。

 

「……無駄話をし過ぎました。中に入りましょう」

 

「僕から行く。最初にロックハートを入れたからクッション代わりにはなると思う。ロンとバラードはその後から来てくれ」

 

 決意と覚悟に満ちたハリーの言葉に、ロンとレイモンドは黙って頷いて「秘密の部屋」の中へと乗り込んでいった。

 

 

 この青年は間違いなく大詐欺師になれる。カルト教団の教祖でも良いかもしれない。とにかく絶対に信用してはならぬ。私は目の前の優等生顔で会話に興じる青年に対し、脳内でそう結論付けた。

 最初は彼の言う「退屈しのぎの会話」とやらで時間稼ぎと情報の引き出しを試みようと思っていたけれど、すぐに無理だと悟った。余りにも話術が巧み過ぎる。多分、ちょっとでも気を抜いたらすぐに誘導されて致命的な言質を取られかねない。……表面だけなら、他人に興味無い私ですら虜になりそうなのが心底怖いったらない。

 

 極力ジニー嬢の介抱に徹して、余計な事を言わない事に全神経を集中させる。それにしても──

 

(幾らなんでも衰弱が激しすぎる。もしかして、呪いとかそういう類いのものだったりするのでしょうか)

 

 だとしたら今の私では完全に専門外だ。どうしたものか。こんな風に人が真剣に考えているのに、あの青年ときたらそれこそお構い無しだ。流石は元凶、真犯人だと私の中では断定している人物だ。さぞや高みの見物は楽しいだろう。良い御身分である。

 

「ところでずっと気になっていたんだけど、ジニーのおチビが言うには君ってかの有名なハリー・ポッターの親戚なんだって?真偽はどうなんだい、ミス・ノリス?」

 

 情報を引き出せない以上、諦めの境地とささやかな意地でホグワーツのあるべき姿やら血脈がどうとかの話をひたすら聞き流していたが、この質問は一瞬反応してしまった。

 

「……仮にそうだったとして、あなたに何の関係が?」

 

「ふふ、純粋な興味だと言ったら?」

 

 互いに質問を質問で返す。会話のキャッチボールとしては崩壊の一言に尽きる。しかしここでポッター少年の名前が出てくるとは。もしや狙いは彼なのだろうか?超過激な純血主義、ポッター少年への執着……何かが繋がりそうだったが、その前に青年に話し掛けられて思考が霧散する。

 

「それじゃあ質問を変えよう。『あの子の瞳、ハリーとそっくりだった。もしかしたら、意中の人じゃなくて遠い親戚なのかしら?』──こんな下らない話で勝手に名指しされた感想は?」

 

「興味無いのでどうでも良いです」

 

「……そう、興味が無い。見ていてすぐに分かったよ。君は他人なんてどうでも良いと思っている。普通の女の子の様に立ち振舞っているけれど、本当はどこまでも狂っていて、自分本位だ。無価値な人間ほど煩いだけで、物事の真意を理解しようともしない。君だってそれを自覚しているのだろう?違うかい?」

 

「………………」

 

「純血に関する考えには相違があれども、君のそのスタンスは嫌いじゃない。僕なら君のその狂気を理解してあげられる」

 

 とにかく徹底して聞き流すつもりだったけど、今度こそ私は動きを止めた。ついでにこの人に関してもう一つ評価が加わる。人の地雷を踏み抜いてタップダンスする天才だ。

 家族でも友達でもない、初対面の赤の他人に私の事を我が物顔で語られるとか……冗談じゃない。虫酸が走る。

 

「……っふ、ふふふ」

 

「何が可笑しい?」

 

「理解してあげる、だなんて随分と恩着せがましい。何処のどなたとも知らない方に理解される筋合いなんてありませんね。狂っている?ご丁寧にどうも。そうかもしれません。でもそれが何だと言うのでしょう?なにゆえ、()()()()()()理解されねばならないのでしょうか。そもそも私は()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ……!」

 

「私はいつだって自分の興味、関心、知識欲に忠実なんです。好きな事をただ知りたいだけ。もっと識りたいだけ。自分の世界や見聞を広げる為に人と気持ちを共有したい気持ちはありますけど、別に同調されたい訳じゃない。余計なお世話だ。……あなたはあなたで独自の思想で勝手に閉鎖世界を築けばよろしいかと。でも、私には関係ない。どうでも良い。()()()()()()なんて興味無い」

 

「この小娘が……!僕を愚弄して、そんなに死に急ぎたいのか?」

 

「っ……!ぐ、ぎぃ……!」

 

 ……あぁ、私も勢い余って彼の地雷を踏み抜いたらしい。よほど自分に自信があったのか、私の興味無い連呼が気に障ったのか。

 端正な顔を歪ませて一気に距離を詰めると同時に、力任せに首を絞めてきた。体格差で足が地面から浮いているせいで余計に気道が圧迫されて苦しい。

 というかこの人、勝手に亡霊か何かと思っていたけど実体ある人間なのか、だなんて酸素不足に喘ぎながらも呑気な事をぼんやりと思っていた時だった。

 

 

「──ステューピーファイ!!」

 

 赤い閃光が走り抜けた瞬間、地面に投げ落とされる。激しく咳き込んでいたら、誰かが走り寄って来た。一人は倒れたまま動かないジニー嬢へ、もう一人が私の方へ。

 

「ジニー!死んじゃ駄目だ!お願いだから生きていて!」

 

「杖から手を放すなポッター!メグ、遅くなって申し訳ありません。怪我はありませんか!?」

 

 息を整えて自分は大丈夫だと答えようとして、サッと血の気が引いた。杖が無い。慌ててあの青年の方へ視線を向けると、いつの間にか手に持った杖をくるくると弄んでいる。乳白色のシンプルなデザインの杖──私のブナの杖だ。さっき首を絞められた時に落としてしまった……!

 私の杖が奪われたのを察したらしいレイが即座に庇う様に私とジニー嬢の前に立つ。自分が不甲斐ないやら申し訳ないやらで唇を噛み締めた。

 

「その子は目を覚ましはしない」

 

「……トム・リドル?」

 

 呆然としたポッター少年の言葉に、リドルと呼ばれた青年は先程の激昂っぷりは何処へやら、再び余裕綽々な笑顔を浮かべて待ってましたとばかりに語り出した。

 自分こそが継承者であり、「秘密の部屋」を前回開けた張本人である事、そして平然と他人に罪を被せた事。そして今回はジニー嬢を実行犯に仕立てて事件を引き起こした、と。

 偶然ジニー嬢が手に入れた日記を通して彼女を魅了し、操ったという。ジニー嬢が様々な悩みや心配事を書き綴り、それに対してリドルが同情し、親身になって返事を書く。そうやって「交流」していくうちに彼女の深層心理──とりわけ仄暗い秘密を餌食にして力を付けたリドルは、今度は自分の魂を彼女に注ぎ込み始めた。そうして彼女を手駒の如く意のままに操って今までの事件を引き起こさせた、と。実体のある亡霊よりも遥かにタチが悪い。

 ちなみに私までターゲットにされた理由は、何気なくジニー嬢が書き込んだ「マーガレット・ノリスとハリー・ポッターは瞳が似ている」という情報から、ポッター少年を誘き寄せる人質、ついでにジニー嬢が力尽きた時のスペアにでもしようと思っていたらしい。

 

(……そんなに目が似てますかね?確かに青や茶色よりは少ないとはいえ、ヨーロッパで緑の目なんて珍しくもないと思いますけど)

 

 恋は盲目と言うが、それに関しては甚だ疑問だ。

 緊張感で頭が疲弊してきたせいか、若干の現実逃避に走る様に時折思考を脱線させる傍ら、ポッター少年とリドルの話は続く。

 

 そんな中、遠くから旋律が聞こえてきた。この世の物とは思えない旋律が近付いている。そして、炎を纏った深紅の鳥が姿を現した。長く美しい金色の尾羽を輝かせたその鳥は、何やら随分と古ぼけた布みたいな物を掴んでいる。よく見たら組分け帽子だった。

 火の鳥はポッター少年に持っていた帽子を落とすと、そのまま彼の肩に止まった。警戒していた様子のリドルは、現れたのが鳥だと分かると心底馬鹿にした様に嘲笑した。

 

「ダンブルドアが味方に送ってきたのはそんなものか!歌い鳥に古帽子じゃないか!さぞかし心強いだろう?もう安心だと思うか?」

 

 それにしても「継承者」として事件を起こしていた彼が、途中から狙いをポッター少年へと移っていたは。私はそれを聞いて酷く嫌な予感がした。

 

「これといって特別な魔力も持たない赤ん坊がどうやって彼を破った?ヴォルデモート卿の力が打ち砕かれたのに、たった一つの傷痕だけで逃れたのは何故か?」

 

「僕が何故逃れたのか、どうして君が気にするんだ?ヴォルデモートは君より後の人だろう」

 

「ヴォルデモートは僕の過去であり、現在であり、未来なのだ……ハリー・ポッター」

 

 そう言うと、リドルは私の杖で空中に文字を書いた。

 

 “TOM MARVOLO RIDDLE(トム・マールヴォロ・リドル)”

 

 もう一度杖を一振りすると、単なる名前だった文字が並び方を変えた。思わず目眩がした。

 

 “I AM LORD VOLDEMORT(私はヴォルデモート卿だ)”

 

 そういう事か。となると、私はとんでもない相手の地雷を踏み抜いた訳だが……あの場で首をへし折られて胴体と離れなかったのは幸運なのかもしれない。冷や汗とともにそんな事を思った。

 

「ハリー、聞かせてもらおうか。二度も君は僕と出会った。そして二回とも僕は君を殺し損なった。君はどうやって生き残った?全て聞かせてもらうぞ……長く話せば君と友人達はそれだけ長く生き延びる事になる」

 

「……どうして君が力を失ったのかは僕が知りたいくらいだ。でも何故殺せなかったかは分かる。母が僕を庇って死んだからだ!母は普通のマグル生まれの母だ!」

 

 ポッター少年は怒りを抑えている様に、ワナワナと震えていた。そして痛烈に言い放った。

 

「君が僕を殺すのを、母が食い止めたんだ!僕は本当の君を見たぞ。去年の事だ。落ちぶれた残骸だ!かろうじて生きているだけの、醜い成れの果てだ!」

 

 途端にリドルは表情を歪める。杖を持っている余裕か、さっきの私の言葉の方が逆鱗に触れたのか、先程みたいに衝動的に攻撃はしてこない。ただゾッとする様なおぞましい笑顔を張り付けていた。

 

「そうか。母親が君を救うために死んだ。なるほど、それは確かに呪いに対する強力な反対呪文だ。結局、君自身には特別なものは何もないわけだ」

 

 一人で勝手に結論付けると、リドルは不敵にクツクツと笑う。

 

「さて──サラザール・スリザリンの継承者、ヴォルデモート卿の力と、有名なハリー・ポッターと、ダンブルドアが下さった精一杯の武器とを、お手合わせ願おうか」




トム・リドル、描写が滅茶苦茶難しい問題。
特にどこまで物理干渉出来るのかが分からず頭を抱えました。とりあえずジニーの魂吸いまくっていて実体化していますので、普通に物理干渉してます。でもほら、現在でもハリーの杖を普通に持っていたのだから、接触ぐらいは余裕じゃないかと思ったり……

とりあえず、無自覚ながら姉弟共々リドルの逆鱗に触れる事を言い放つ所を書けて満足。


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イン・レインボウズ

 私の耳にはモスキート音みたいな異音にしか聞こえない声音が、薄暗い地下空間に響き渡る。

 開いた石像の口から巨大な蛇──これこそが「怪物」の正体であろう生物が現れた瞬間、レイが私とジニー嬢にまとめてローブを被せた。ローブ越しでも何かの呪文を掛けられるのは分かった。

 

「ちょっ、レイ!?」

 

「あの怪物──バジリスクの目は見た瞬間に即死します!二人とも視界を遮断していて下さい!」

 

「……ははっ!その年齢で骨の髄まで紳士を極めているとは、流石は英雄様のご学友殿だ!丁度良い、グリフィンドールの騎士道精神とやらでお姫様達をどこまで護れるのか試すとしようか!」

 

 音だけでも凄まじい状況になっているのが分かる。咄嗟に事後報告でも良いからジニー嬢の杖を借りて、レイ達に加勢すべきじゃないかと考えた私だったけど、頭の片隅に残っていた冷静な思考がそれにストップをかけた。

 ──果たして私が飛び出した所で加勢になるのか、と。

 確かに私は魔法薬学なら負けないと自負しているし、一部の暗記科目を除けば座学もそれなりにいけると思う。でも実技に関しては高く見積もってもせいぜい中の上ぐらいだろう。そんな私が考え無しに飛び出す?どう考えてもレイとポッター少年の足を引っ張って大惨事になる未来しか見えない。

 

(何か私に出来る事は無いのでしょうか……!?せめて、少しの時間稼ぎでも出来れば……!)

 

 布一枚隔てた先では激戦が繰り広げられている。恐らくポッター少年がバジリスクなる怪物と、そしてレイがトム・リドルと戦っているのだろう。時間的猶予は無い。

 先程までの会話を必死で思い起こしながら、私は自分のローブのポケットをまさぐった。少しでも逆転に繋がる物を探す為に。

 

 

「これは驚いたよ!君に関してはジニーの無駄話にすら話題にならないから、正直言って全く気にも留めていなかったのだけども」

 

「………………」

 

「!やれやれ……君は躊躇いなく攻撃してくる人間だったか。それにしてもまさか二年生で無言呪文を使ってくるとはね!」

 

 チラッとバジリスクの方へ視線を向けたリドルが蛇語で指示を出すと、再びレイモンドに向き直る。リドルの一瞬の動きに合わせてすかさず移動し、バジリスクの動向がギリギリ確認出来る範囲で邪眼の効果が及ぶ範囲の死角に潜り込んだレイモンドにリドルは口角を吊り上げた。

 

「君は随分とグリフィンドールらしからぬ様だ。勇猛果敢が売りじゃなかったのかい?ほら向こうのハリーをご覧よ。効果が無いながらも知っている呪文を乱れ撃ちし続けているよ?あれこそがグリフィンドール生だろう?」

 

 馬鹿にした様にリドルは嗤う。そんな挑発を受けてもレイモンドは顔色一つ変えない。見ようによってはバジリスクの相手をしているハリーを見殺しにしてでもリドルを討とうと画策している様にすら感じられる立ち回り方に、流石のリドルも警戒心を強めた。そして気付く、彼の立ち回り方はグリフィンドール的なそれとは明らかに異なる事を。それどころか、寧ろ──

 

「……誰からその魔法の使い方を習ったんだい?さっきからの立ち回り方といい、呪文の選び方といい、その動きの端々に対して嫌に既視感がある。もしかして君は──」

 

「フルガーリ!!」

 

 リドルの話を遮るかの様にレイモンドは呪文を放った。禍々しい光の鎖だけではなく、更に追撃とばかりに無言呪文で紫色の炎もリドルへ差し向ける。立て続けに飛んできた呪文のチョイスには流石のリドルも一瞬だけ驚いた素振りを見せた。

 どうやらレイモンドに関して何か感じとったらしい彼は、炎と鎖を叩き落としながら更に追及しようとした。まさにその時だった。

 明らかに苦しんでいる故の悲鳴としか思えない、狂った様なシューシューという音が聞こえ、リドルがそちらに視線を送る。不死鳥がバジリスクの周りを飛び回り、鋭い嘴で目を潰していた。それまでひたすら目から逃れつつ呪文を放っていたハリーは、のたうち回るバジリスクの尾を避けられず柱へと叩き付けられる。

 

「──────!」

 

 苛立ちながら蛇語で指示を出すリドル。大方、目が駄目なら嗅覚で追えとでも命令したのだろう。だが、レイモンドはリトルが再び向き直る直前、不死鳥がハリーが組分け帽子を被り、質量のある物が脳天に当たったかの如くよろめいたのを見逃さなかった。レイモンドは帽子から何かしら武器が出現したのではないかと推測した。

 そして、レイモンドの予測は的中する。ハリーが帽子を脱いて、引き抜いたその手には美しい銀の剣があった。

 

「今更杖以外の武器を手に入れた所で、一体何になる?全てが遅すぎた!何も役に立つまいだろうよ」

 

 だが、完全に舐めきっていたリドルの思惑に反し、ハリーは上手く剣を使って立ち回った。盲目にハリーを襲うバジリスクが真っ正面から襲い掛かってくるタイミングを狙い、ハリーはバジリスクの口蓋にずぶりと突き刺したのだ。

 だが、バジリスクを倒す為に受けた代償も大きかった。猛毒の牙がハリーの腕に突き刺さっていた。辛うじてハリーが牙を傷口から引き抜くと、そこから鮮血が溢れ出る。不死鳥はそっとハリーに寄り添うと、傷口に涙を落とした。

 

「やれやれ……レイモンドだったか。君はこの光景を目の当たりにしても顔色一つ変えないのか。ハリー・ポッターは死ぬ。ダンブルドアの鳥にさえそれが分かるというのに、涙一つ流さないとは随分と冷酷じゃないかな?」

 

「………………」

 

「死に逝く友をそのまま黙って見送るつもりなのかい?だったら、いっそのこと君がご丁寧にローブで隠して、ずーっと大事に大事に護っていたお姫様達にも見せてあげたらどうだい?」

 

 ……己の勝利を確信したが故の慢心か、或いは未来の闇の帝王たる自分に出来ぬ事など無いと考える傲慢ゆえか。リドルは失念していた。()()()()()が一体どういう効果をもたらすものなのか。

 

 

 そして──反撃の機を伺っていたのはハリーとレイモンドの二人だけでは無いという事を。

 

 

 被せられたままだったローブから一人分の足音が飛び出してくるのと、有頂天なリドルから見えない位置で懐の杖に手を掛けていたハリー、じっと()()()()()()()を観察していたレイモンドがそれぞれ呪文を唱えたのは、ほぼ同時だった。

 

 

 ローブ越しの激戦を聞きながら、私はリドルに勘繰られ無い様に細心の注意を払いつつ自分のポケットをまさぐっていた。

 大した武器になる様な物は入っていないけれども、一つだけ勝算に繋がり得る物の存在を思い出したのだ。実験の試作品と共にローブのポケットへ捩じ込んでいた検証材料として持って来ていたピルケース、そしてあの魔法薬の瓶。

 

(……ありました!鎮静水薬!中身は手を付けていないので丸ごとある!それから……ピルケースも中身入っていますね)

 

 本当ならピルケースのラベルを確認したい所だけど、布を被って視野が真っ暗な状態では無理だ。実験では三者三様の効果があったから、どれを引き当てるにしろそれ相応の副作用があるのは間違いない。ただ……生物ならともかく亡霊擬き──ジニー嬢の魂を吸って実体化した記憶に果たして効果があるかどうか。こればかりは一か八か、賭けるしかない。

 私はピルケースの中身を慎重に瓶の中に投入して、静かに攪拌しながら耳を澄ませる。私が出るタイミングはバジリスクが無力化される瞬間、そして狙う矛先はリドル……ではなく、その記憶の保存媒体であろう本体。即ちジニー嬢が書き込んでいたという日記帳。

 

 そしてそのタイミングは訪れる。

 巨大な何かが倒れる轟音が響き、一旦静寂に包まれる。戦闘も一時休止中なのか、やたらと饒舌なリドルの声だけが聞こえる状況だ。私は床を這いつくばる様にしながらそっとレイのローブの裾を持ち上げ、日記帳がどこにあるのか探す。──見つけた。

 

 飛び出す直前に、私のもう一つの切り札である透明人間(インビジブル)を発動させる。上手く出来るかはこれまた賭けだったけれど、実証の時のあの感覚を信じ、私は目的の日記の方へと駆け出した。

 

「っ!?ちいっ、あの小娘……!!たかが目くらまし術を施した程度で、この僕を欺けると思うな……っ!?」

 

「エクスペリアームスッ!!」

「インペディメンタ!」

 

 天は私を見放さなかった。私が走り始めた瞬間ポッター少年とレイが呪文を唱えるのを聞いた。私は全力で走る。非常時ゆえの火事場の馬鹿力というものだろうか。運動音痴の私にしてはやたらと身体が軽く、感覚的にはほぼ一瞬で日記へと辿り着けた。

 そして私は──瓶を振りかぶって、力任せに叩き付ける!!

 

「でっえええぇぇぇぇいッッ!!!」

 

 瓶がパリンと小気味良い音を立てて割れ、中の実験の副産物(混ぜるな危険)がぶち撒けられる。薬液が染み込んだ日記帳は……ぐずぐずと嫌な音を立てて真っ黒なインクが滲み始めていた。ハッとしてリドルの方を見ると、彼の姿も日記帳と同様に崩壊しつつあった。

 一瞬、何が起こったのか理解出来ない様子で呆気に取られていた彼だったが、すぐに崩れて消えゆく身体に対して激しく身悶えながら苦しみ、耳を劈く様な悲鳴を上げて──そのまま消えた。

 

 

 

 リドルの消滅と共にジニー嬢が目を覚ました。ポッター少年が安心させる様に彼女へ話し掛ける傍らで、私は今更ながら空になったピルケースを確認していた。……アスピリン。どうやら私は鎮静水薬との組み合わせの中でも一番凶悪なのを引き当てて、日記帳へとぶち撒けた訳になるのだが。

 

(……もしかして、これって魂をまるっと消し飛ばすとか、そういう作用だったりします……?え、嘘でしょ?怖っ!?そんな超危険物がお手軽生成出来ちゃう感じですか!?)

 

 てっきり睡眠薬のオーバードーズみたいな原理で致命的な副作用を生んでいると考えていたけど……想像の遥か斜め上にヤバい物を生成してしまったらしい。これだけは二度と作るまい。絶対だ。絶対に鎮静系の魔法薬とアスピリンなんて混ぜるものか。即死効果があるどころか、魂を溶かす薬(暫定)だなんてその辺の大抵の闇の魔法すら可愛く思えるレベルだ。

 私が固く心に誓っていると、いつの間にか隣にレイがやって来ていた。いつの間に回収したのか、その手には銀の剣を握っている。そして、無表情でぐずぐずになった日記帳の残骸を眺めると、そのまま一思いに突き立てた。

 

「念には念を入れて、とどめを刺しておきましょう」

 

「……そうですね」

 

「メグが投げ付けた薬もかなり気になりますが……今はそんな事どうでも良いです。先程『あれ』を使っていましたけど、異常はありませんか?」

 

「そっちは前に検証した時と同じ感じなので多分大丈夫です」

 

「そうですか……本当に無事で良かった……」

 

「はい。色々ありましたけど、私もミス・ウィーズリーもちゃんと生きてます。あとは校舎へ帰還するだけですが……」

 

 どうやって戻るんでしょうか、と言おうとする前に私達の会話が聞こえたらしいジニー嬢と目が合った。……思いっ切り泣かれた。待って、私何もしてないのに、なにゆえ。

 

「ごめんなさい、あたし……あなたにもとっても酷い事した!あ、あなたのこと勝手にハリーの親戚だと思って、ちょっとした話題のつもりでトムに名前を教えて、あたしが巻き添えにしたの!」

 

 なるほど、その事か。まぁ正直申し上げれば、知らない所で個人情報が漏洩していた件には思うところが多々あるが……今更だ。それでジニー嬢を責め立てても仕方ない。終わった事だ。

 

「……もう済んだ事ですよ。今は戻る事だけ考えましょう?ルーナが心配していました」

 

「他のみんなにも早くジニーの無事な姿を見せないとね。入り口の方でロンが待ってるよ」

 

 私の言葉にポッター少年も続ける。ジニー嬢は暫くすすり泣いていたけど、ややあってから小さく頷いた。ウィーズリー少年の名前を聞いたレイが何故か微妙に頭を抱えていた。

 

「……そういえば、上に戻ったら早急にウィーズリーの杖を弁償しなければいけませんね。事故とはいえ折ってしまったので」

 

「あれは不可抗力じゃないかな……ちょっとでも遅かったら僕達はあのままロックハートに記憶を消されていただろうし」

 

「……?何かあったんですか?」

 

 どうやらこの場所に辿り着く前にロックハート氏関連でも一悶着あったらしい。どういう経緯か知らないが、ロックハート氏が実は今までの実績を他人に忘却術を掛けて盗んでいたペテン師だと暴いた彼らは、一応の大人枠として「秘密の部屋」へ一緒に連れてきたらしい。十中八九、脅したんだろうなと思ったけど敢えてこちらから何も言うまい。……それはともかく、地下に降りて道半ばといった所でロックハート氏が不意打ちでウィーズリー少年の杖を奪い、口封じよろしく忘却術をかけようとしたものの、その前にレイが先手でぶっ飛ばして拘束したそうな。なんというか……何処から言及したら良いのやら。さっきまで泣いていたジニー嬢も困惑した様子で話を聞いている。

 

「ロックハートに関しては気絶させた上で念入りに金縛り呪文と足縛り腕縛りからのインカーセラスで縛り上げて無力化しておいたので良いのですが、咄嗟に吹っ飛ばした時の衝撃でウィーズリーの杖が真っ二つになってしまいまして」

 

「ロンの杖はほら……新学期の時のあれで折れ掛かっていたから、勢いに耐え切れなかったみたい。流石に杖無しで怪物と鉢合わせたら大変だから、ロンはロックハートを見張りながらけ助けが来た時の説明役で残って貰ったんだ」

 

「……ソウデスカ」

 

 余りにもあんまりな展開とカオスっぷりで思わず場にそぐわない乾いた笑いが出てしまったが、断じて私は悪くない。

 

 

 結局、私達はウィーズリー少年(とほぼ簀巻き状態のロックハート氏)と合流してから不死鳥の力を借りて脱出した。その後の怒涛の説明ラッシュについてはほとんどポッター少年がやってくれた。

 私が説明した事と言えば、私とジニー嬢が拉致された件で保護者を学校に呼ばねばならないのにも関わらず、すぐにすっ飛んで来たウィーズリーご夫妻と違って未だ連絡が取れず仕舞いのドクターに関して情報提供した位だろう。ドクターは時折学会に参加する為に海外に行く事がある。魔法とは一切関わりの無いマグルである上、イギリス国内にいないとなれば学校側も連絡の取り様があるまい。

 そうそう、今回の件で私を含めた四人にホグワーツ特別功労賞をと言う話が上がったのだけど、流石にそれは丁重に辞退した。私がやった事は、いわば幸運にもラストアタックが成功しただけの話。それをレイ達三人と同列にするのはおかしい。それでも咄嗟の機転に対する評価という事で大得点は頂いた。まぁ、その辺りはありがたく貰っても悪くはあるまいか。

 実を言えばレイも目立つのは……といった感じでいたけれども、そこはポッター少年達が説得していた。

 

 それ以上の事は、私の首の痣を見咎めた先生方によって医務室へと強制連行された為に分からない。あの後、校長室でどういう会話が為されていたのか、誰がどのような事をしたのか。蚊帳の外へと出された私には知る術は無い。知らなくて良いというなら別に構わないと思う辺り、私の感性も相変わらず自分の興味ある事象のみに忠実であるらしい。

 

 

「……漸く学期末を迎えた訳ですが。無事に帰宅の途に着けて良かったとつくづく思いますよ」

 

「色々な意味で凄まじい一年間でしたよね。我ながら生還できたの本当に奇跡ですよね。それにしても……今思えばバジリスクなんて伝説級の生物がいたんですから、せめて牙の一つぐらい持ち帰れば良かったです」

 

「こら、メグ。駄目に決まっているでしょう。大体、あの時はそんな余裕なんて小匙一杯分たりともありませんでしたよ」

 

「それは私も分かっていますよー!でも是非とも成分を解析してみたかった……残念無念」

 

 学期末も終え、帰宅の旅路にて。列車のコンパートメントの中で私はレイとそんな会話を繰り広げていた。平和なのはとても良き事だと改めて実感する。

 

「事件解決後で唯一……なのかは分かりませんけど、ある意味大騒動になった事といえば、学年末試験がお祝いで中止になった事ぐらいですよ多分」

 

「それで大騒動?あぁ、レイブンクローならなりますね」

 

「上級生ほど膝から崩れ落ちて錯乱してました。まぁ、試験ならいつでも一世一代の大勝負というのが我らがレイブンクローですし」

 

「そういうメグは案外あっさりしてませんか?」

 

「そりゃあ、あれだけ濃ゆい一日を過ごしましたから。幸い戻った後、危惧していた展開もありませんでしたし。それに正直、試験関係は夏休みに結果通知の届く資格試験二つの方が気になります」

 

 私が危惧していたのは、「秘密の部屋」に拉致された事により実は犯人なのではと疑われる事だった。けれども寮に帰還した瞬間にアミー達同級生を中心に飛び付かれ、盛大に泣きながら無事を喜ばれた。学年の違うルーナやマリエッタ先輩達からも同様のリアクションと言葉を掛けて貰った。更には石にされていたペネロピー先輩も寮へと戻って来るや否や、騒々しいのを好まないレイブンクロー寮では非常に珍しく学年の壁をマル無視で無礼講上等な祝賀をやったのも記憶に新しい。

 

 他の寮はどうなのか知らないが、そこまで私を取り巻く環境は変わらない気がする。というのも、帰る前にリリー、セオドールとそれぞれ話す機会があったのだ。その印象では多少の話題にはなったものの、それ以上もそれ以下もないという感じだ。

 ……ハッフルパフはともかく、スリザリンでも変化無しというのは意外だった。てっきり継承者に拐われる=スリザリンの理念に反する存在、と認識されるものと思っていたのだが、セオドール曰く以前マルフォイ少年相手に嘘ではないけどわざと意味深に語った事が予想外に影響したのだとか。即ち、継承者本人ではないが手下ポジションに違いないと解釈した人が多いという事だ。更にはマルフォイ少年辺りが相変わらず私をトリカブト嬢呼びしているのも少なくない影響があるらしい。釈然としないけど、私の日常が変わらないのならば敢えて気にする必要も無いのだろう。

 

 そんな事を考えつつまったりと車窓を眺めていた私だったけど、コンパートメントのドアをノックされた音で思考が引き戻された。レイがドアを開けると、そこにいたのはポッター少年だった。

 

「……少し話をしても良いかな」

 

「え、えぇ。どうぞ……?」

 

「一人なのは珍しいですね。ウィーズリーやグレンジャーとは一緒じゃないのですか」

 

「うん。どうしてもノリスに聞きたい事があったから、ロン達には適当な理由を言って抜けてきた」

 

「……私、ですか?」

 

 私に用事があるというポッター少年。何だかデジャヴ。じっと私達を見たレイは何かを察したのか、静かに立ち上がる。

 

「僕は飲み物を買いがてら、席を外しますね」

 

 二人きりになって何とも言えない空気が降りる。沈黙を先に破ったのはポッター少年だった。

 

「……ジニーが言っていた事が本当なのか確かめたかったんだ」

 

「あぁ……瞳が似ているから親戚、って件の事でしょうか。それに関しては寧ろ私が聞きたいです。緑の瞳って北欧やスコットランド、アイルランド辺りではかなり多いんですから別に珍しくも無いでしょう?」

 

「瞳の色だけじゃないんだ。実は一年生の時に家族の姿を見る機会があったんだけど、君の瞳は間違いなく母さんと姉さんの瞳と同じだった」

 

「お母様と、お姉様?」

 

「あの時僕が見たものは家族が生きていたら見れたかもしれない姿だと思う。息が止まるぐらい驚いたんだから、絶対に見間違える訳がない。絶対に瞳は同じなんだ。……ねぇ、ノリス。前にも聞いたけど、本当に親戚にエバンズって人はいないのかな」

 

 真剣な眼差しに私は少々たじろいた。……余り身の上話をべらべらと喋りたくはない。でも、今の彼にのらりくらりと誤魔化すのは不誠実だ。私もちゃんと話すべきだろう。流石に実の両親の所業まで話すつもりはないけれども。

 

「……親戚にエバンズさんという方がいるのか、いないのか。私自身本当に知らないんです。というのも、そもそも私は実の両親を知らないからです」

 

「えっ……」

 

「養子なんです、私。物心着く前に今の養父に拾われました。だから私自身、両親の事どころか自分の本名も誕生日も知りません。当然、血縁者が誰なのかなんて知る術すらありません」

 

 目に見えて動揺する彼と目が合う。これまで全く似ているとは思わなかったけど、こうして見ると確かに同じ色かもしれない。

 

「私はあなたと母方の血筋の親戚なのか、それとも本当に全く別物の他人のそら似なのかは分からない。でも、少なくともずっと十年以上もマーガレット・ノリスとして生きてきたのだけは確かなんです。あなたが求めている『家族』に関する情報については期待に応えられませんが、これが私の個人情報です」

 

「……そっか。教えてくれてありがとう。やっぱり直接話せて良かった。それじゃあ良い夏休みを」

 

「ええ、あなたも良い夏休みを」

 

 少し残念そうな、それでも彼なりに納得した表情を浮かべて席を立つ。私も挨拶を交わしてそれを見送る。そのままコンパートメントを立ち去ろうとしていたポッター少年だったが、ふと何かを思い出した様に立ち止まって振り返った。

 

「あ……もう一つだけ頼みたい事があったんだ」

 

「はい?何でしょうか」

 

「君の事を名前で呼んでも良いかな?」

 

 予想外のお願いに、私は目を丸くした。彼はちょっとばつが悪そうな表情で目を反らした。

 

「今回の件で話してみて、なんとなく目が似ているって事以外にも共通点が多いなって思ったんだ。親戚じゃなくてももっと色々と話してみたいんだ。えっと……駄目かな?」

 

「……いいえ。それぐらいお安い御用ですよ。それなら、お近づきの印に私も名前で呼んで良いですか?」

 

「うん!もちろん!……来年度もよろしく、マーガレット」

 

「こちらこそ、ハリー」

 

 今度こそ満足そうにコンパートメントを去るポッター少年改めハリーと入れ替わる様にレイが戻ってくる。その後ろ姿を見て、軽く片眉を上げてみせたけれども、何の話をしていたのかは特に聞いてこなかった。

 その代わり、大分都会的になった車窓を見ながら呟いた。

 

「……今年は去年以上にドクターへの報告案件が多いですね」

 

「あー……そういえば、何だかんだで未だに私の『秘密の部屋』への誘拐事件、報告出来ていなかったんですよね。うわぁ、リアクションが恐ろしいです……」

 

「黙っているという選択肢は無いんですよね?」

 

「そりゃあ勿論。……レイも説明、手伝って下さいね」

 

「元よりそのつもりです」

 

 少しずつ列車が減速していく。きっとまもなくキングスクロス駅に到着するのだろう。私は駅で待っているドクターの顔を思い浮かべながら、とりあえず何て声を掛けるか考える。

 レイの言う通り、今年は私もレイも事件の当事者である以上、話すべき事はたくさんある。……あぁでも。それでも最初に言うべき第一声はきっと去年と同じなんじゃないだろうか。

 

 

「──ただいま、ドクター!」




これにて無事……無事に?二年生も終わりました。 ハリーとは一気に知人から友人へとランクアップしました。(ロンと仲良くなるのには、もう少し時間が掛かるかも……?)
自分でも薄々思ってましたが「秘密の部屋」編は匙加減が本当に難しかったです。主人公には半分部外者で半分当事者っていう距離感で突っ走って貰った感じです。
さて「秘密の部屋」編は残すところ番外編の一話のみ。他者視点のストーリーもお楽しみ頂けると幸いです。


【原作との大きな相違点(補足説明)】

・ロックハートが記憶喪失じゃない
あくまでもぶちのめされて拘束されただけなので、バッチリ記憶はあります。当然、事件後に魔法省へ通報されました。投獄されたのか揉み消されたのかの情報は表舞台には明かされていません。
……というかメグ視点ではとことん興味無い事なので、せいぜい「来年度の先生はちゃんと『先生』と呼びたくなる人だと良いな」ぐらいにしか思っていないです。嫌いな人も目の前から去れば後腐れなくアッサリ。それがメグクオリティ。

・秘密の部屋で杖を奪われるのがハリーじゃない
杖ありの上に戦闘要因のレイが加わった事で原作よりは攻略難易度下がりました。相対的にトム君の舐めプっぷりが凄い事に。言うて原作でも杖無しのハリー単独だからこそ絶望的な難易度でしたけど、舐めまくっていたせいで不死鳥の涙の効果をど忘れする致命的な凡ミスやらかしていますが。いつでも油断大敵です。

・リドルへのトドメを刺したのはメグの魔法薬
二次創作ならではというやつです。マジモンのヤバい薬を作ってしまった件は本人が一番怯えています。
まぁ無事グリフィンドールの剣が分霊箱キラーへ進化したものの、バジリスクの毒をラストアタックに使わなかった事が後々どう影響するのか。吉と出るか凶と出るか……


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緑宝玉(エメラルド)の幻影は呪縛の如し

 感情で動くとろくな事が無いとは言うものの、時にはありとあらゆる魔法や技能を超越して作用する事もまま起こり得るらしい。

 私が「持っている」と言えた数少ない物の一つに存在を偽る技能がある。これだけはあの父親を以てして、唯一価値を見出だされた能力だった。
 極々普通に全うな生活を送る人間にとっては無用の産物に他ならないだろうが、私に於いては絶対に無くてはならない能力だ。

「お前の『それ』を見破るには、余程の型破りな手法を用いるしかないだろう。或いは──」

 存在を偽るという事は、それまでの自分を捨てる事と同義だ。
 私は消されたくなかった。ただただ、その一心で私は自分で自分を捨て続ける。なんて酷く矛盾した行為なのだろう。 もっとも、無我夢中で生きていくうちにそんな迷いは綺麗に消え去ったが。
 ……ただ、時々思い出した様に不安に駆られる事がある。

 私はとんでもない過ちを犯してはいないだろうか、と。

── 筆者不明のとある手記より、一部抜粋



「こんにちは『マダム・カップケーキ』、今日のオススメのお菓子はどれでですか?」

 

 来客を告げる鐘の音に菓子屋の女主人が振り向くと、可愛い悪戯が成功したかの様に微笑みながら客の少女がそう言った。かれこれ数年振りに来店した彼女を見て女主人も笑顔を浮かべる。

 

「まぁ!メグちゃん、久しぶりね!」

 

「お久しぶりです、メリーさん。……本当は去年の夏休みやクリスマス休暇の時に行きかったんですけど、ちょっと環境の変化諸々やら何やらでバタバタしてまして」

 

 ほんの少し眉を下げてそう言ったマーガレットに、メリーはあぁと納得する。マーガレットはこの店から程近い場所に住んでいる女の子だ。昔から店のお菓子を買いに来る常連客でもあり、よくブラスバンドの練習帰りに友人達と来店していたものだった。そんな彼女も受験に進学と目まぐるしく環境が変わったと聞いている。店から足が遠退くのも少し寂しくはあったものの仕方ない事だ。

 

「確かにあの時の常連組はみんな受験して遠くの学校に進学したものねぇ。レミちゃんやニーナちゃんにも暫く会えていないわ」

 

「私も休暇の時にカードや手紙の遣り取りはしているんですけれど、どうしても進学先がバラバラだと会える日のタイミングが揃わないんですよね。こういう休暇じゃないと懐かしのメンバーで金管セッションなんて夢のまた夢です」

 

 楽器の入った大きなケースを持ちながら各々好きなお菓子を買っていた小さな女の子達の姿を思い出し、懐かしい気分に浸っていたメリーは何気なく以前聞いた話を尋ねた。特に他意など無く、音楽のコンクールにも出ていたのを知っていたからこその、ちょっとした雑談のつもりだったのだが。

 

「そう言えばメグちゃん。中学校に入る直前に急遽進路変更したって聞いたけれど、海外留学でもしていたの?」

 

「いえ、国内には居ます。ただ、スコットランドの方のパブリックスクールに通う事になりまして。全寮制の学校だから、どうしても地元とはご無沙汰になっちゃうんです」

 

 マーガレットの返答に、思わず手がピタリと止まった。

 

「……スコットランドのパブリックスクール?」

 

「はい。入学証が届くの遅くて結果的にかなりギリギリの進路変更になってしまったんです」

 

「そう……」

 

 何とか取り繕ったメリーは静かに目を伏せた。

 スコットランドのパブリックという進路先は、メリーにとっても嫌というぐらい縁がある。というよりも、彼女にとってその進路は一ヶ所しか思い浮かばなかった。

 ──ホグワーツ。かつてメリーが通っていた学舎。そして彼女にとっては、ひたすら苦い記憶の象徴たる場所だ。

 

 

 メリーの両親は菓子店を営む非魔法族(マグル)である。

 

 自分が魔女であると知った時はとても驚いたが、魔法学校からの入学証を素直に喜んで心を踊らせていた。実際、最初のうちは新しい事ばかりで楽しかった。けれども、それも長くは続かなかった。

 少なくともメリーが在学していた時は、彼女の様な魔法族の血が流れていない者はスクールカーストの最下位に置かれ、それはもうイジメやら差別の対象とされた。陰口なんて可愛いもの。罵倒された回数も数えるのを諦めたレベル。果てにはただ出自が気に食わないというだけで悪質極まりない呪いを同級生に掛けられる始末だ。もはやこんな仕打ちを受けてまでわざわざ魔法界になんて居座りたくも無い、寧ろこっちから願い下げだと思う程度には卒業前に気持ちも離れ切った。 どうせ自分の様な立場の者を貶めて排斥しようとしている闇の勢力が台頭していた、まさに全盛期だったのだ。いらないと言われる場所に敢えて居場所を求める必要も無い。こっちから先に見切りを付けてやったのだと、自分を納得させて記憶の片隅からも抹消していた。……それをまさか今更思い出すとは。

 

(そう言えば友達(リリー)も、とても綺麗な緑の瞳をしていたわ)

 

 同じ学年、同じ寮、そして同じマグル出身のリリー・エバンズはメリーにとっては学生時代で一番仲の良い友人だった。恐らく彼女ほど勇気を標榜する寮が似合う女性もなかなかいないだろう。

 日増しに自分を取り巻く現状に嫌気が差して投げ遣りな気分になっていた自分とは違い、理不尽な目に遇おうと真っ直ぐと──時には傲慢なまでの絶対的な正義感を掲げた彼女は、卒業後も闇の勢力と戦う事を選んでいた。家族の安全の為にも友人を含めて魔法界から一切の関係を絶っていたメリーは細かい顛末を知らないが、暗黒の時代が終わる間際、リリーが最後の犠牲者の一人だったらしいと後々になってから風の噂で聞いた。……あんなに仲の良かった友人だったというのに、我ながら随分と冷たいとメリーは思う。けれども関係を絶つという事は、即ちそういう事だ。

 リリーが勇気を以て戦う選択をしたというのならば、メリーは勇気を以て絶縁を選んだ。それが誉められるか否かは別として。

 

 何とも言えない感傷には浸っていたメリーだったが、頭を振って思考を引き戻す。そもそもマーガレットがホグワーツに通っているとは限らない。本当にスコットランドにある普通の学校に進学しているだけかもしれない。それ以上踏み込むつもりもない以上、昔の事は今考えるべきはない。

 

「……あらやだ、私ったらお話に夢中で肝心の注文を取っていなかったわね。今日はお花のカップケーキが作りたてなのよ。良かったらお茶のお供にいかが?」

 

「あっ!それなら、カスタードプディング二つとブラマンジェに、お花のカップケーキ三つ下さい!それにしても、いつ見てもメリーさんのカップケーキって本当に凄く綺麗ですよねぇ」

 

「うふふ、ありがとう。これならマダム・カップケーキの名前はまだまだ通用しそうね」

 

「勿論です!多分、今でもカップケーキデコレーションはマダムの『魔法』だと思っている子供達って多いと思いますよ」

 

「!」

 

 マーガレットの「魔法」という言葉に、メリーは目を丸くする。確かに店に来る子供達がよくカップケーキのデコレーションを魔法だと言っていた。メリーの「魔法」は杖も呪文も必要ない。あるのは甘いカラフルなバタークリームと、絞り袋だけ。

 少なくともメリーは、もう二度と魔法を使うつもりは無い。

 

「……そうだわ。せっかく久々に来てくれたから一個サービスしちゃおうかしら。メグちゃんだから、木春菊(マーガレット)のデコレーションなんてどうかしら?」

 

「良いんですか!?」

 

「えぇ!マダム・カップケーキの名前と看板に賭けて、甘くて美味しいとっておきの魔法を魅せてあげるわね!」

 

 自分が使う「魔法」はこれだけで十分だ。

 己に流れる血を理由に罵倒される事もなく、家族や馴染みの客と穏やかな日常を送る日々。魔法で繋がった友人達とは恐らく二度と会えないという現実に一抹の寂しさを覚えつつも、やはり自分の選択は間違っていないはずだとメリーは密かに思った。

 

 

「やっぱり、駅から出ると本格的に帰宅しているという実感が湧いてきます!平穏無事な日常が一番です……!」

 

 大変不本意極まりなく、嫌々渋々といった面持ちを全く隠さず、身内としてカウントするのも癪で仕方ない甥を迎えに来ていたペチュニアは、そんな話声にほんの少し気を惹かれた。特に理由なんて無い。強いて言うなれば、彼女から見て頭の可笑しいだけの連中が繰り広げるお花畑会話が勝手に耳へ入っただけである。

 

(平穏無事な日常、ねぇ……魔法なんて非常識なものを持っている限りは絶対に無理でしょうよ)

 

 ため息と共に飛び出しかけた悪態を飲み込んだペチュニアは、何気なく会話が聞こえた方を横目で見やった。近くにいたのは親子と思われる黒髪の三人組だった。恐らくは、学校帰りの兄妹と彼らの父親なのだろう。魔法使いだなんてトチ狂った集団の割には親子共々まともな格好をして、上品な立ち振舞いをしている部類だとペチュニアは思う。

 余所の家族をジロジロ眺めるつもりも無い彼女はそのまま視線を外したけれど、一瞬だけ女の子の方と目が合った。その子は鮮やかな緑色の瞳をしていた。──その色合いは、思い出す事すら腹立たしい、とうの昔に絶縁した(リリー)とよく似ていた。

 

 苛立たしい気分が込み上げてきて、思わず衝動的に舌打ちしたくなったのを辛うじて押し留める。愛する家族の前でそんな無作法な真似はしたくない。

 ……無関係な少女の、それも化粧や服装ではなく瞳の色で苛立つのは幾らなんでもお門違いも甚だしいのは分かってはいるものの、何でよりによって緑なんだと思わずにいられない。

 

 

 かつては仲の良かった姉妹仲も魔法の存在一つでヒビが入り、修復不能なまでに崩壊するなんて瞬く間の事だった。

 一つ気に食わない事を自覚すると、芋づる式にあれもこれも気に入らない。面白くない。我慢ならない。まさにその悪循環だ。ペチュニアから見て、リリーは小さい頃から両親のお気に入りだった。明るくて元気なリリー、自慢のリリー、可愛いリリー。いつだってリリー、リリー、リリー!自分の様に地味な人間がどれだけ頑張っても手に入らないモノを、あの子はさも当然の様に享受していた。そもそも彼女は、与えられない人間がいる事すら理解していないのだ。あの緑の瞳で笑いながら、無意識かつ無自覚に無神経な言葉を何度言われた事か!

 

 ──どれだけ私がお前の尻拭いをさせられたと思っているんだ!

 

 もっと早い段階から本人へ面と向かって直接そう怒鳴り付けてやれたなら、どれだけ楽だっただろう。ごく普通の街の中ではリリーの奇妙な能力(魔法の力)は酷く目立つ。平気で外で使おうとする彼女を何とか咎め、注意するのはいつも(わたし)だけ。

 

 ──魔法を教えた忌々しい元凶の少年も、我が家に魔女が生まれたと呑気に喜ぶ両親も何も考えやしない!

 

 そういう思いが募り募って鬱屈していったペチュニアが、勝手に手紙を読まれた件で爆発し、感情のままリリーに向かって「生まれ損ない!」と吐き捨てたのは無理からぬ事だろう。

 

(緑の瞳なんて見るものじゃない。余計な事を考える)

 

 せっかく実家に見切りを付け、普通を愛する人と廻り合い、普通の幸せを手に入れたのに、魔法の世界は傍迷惑な事にペチュニアを逃してくれなかった。妹夫婦が死んだという手紙一つで押し付けられた甥は……まぁ控えめに言って、ペチュニアにとって現在進行形で悪夢以外の何者でもない。

 

(魔法族はきっと子育ては愛の無償ボランティアで成り立つとでも思っているに違いないわ)

 

 それでも彼を放り出せないのは何故なのか。腹立たしいほど父親似でありながら目だけは妹そっくりの甥。彼を家族だと認めた事なんてないのに、時たま妹の顔がちらついて仕方ない。……きっとあの瞳が全て悪いのだ。

 ペチュニアはため息を一つ吐くと、先程の家族のいた方をもう一度チラッと見る。彼らは既に立ち去った様でもう誰もいなかった。

 

「………………」

 

 緑の瞳の女の子。もし()()()が生きていたとしたら、さっきの子と同じぐらいだったのだろうか。頭の片隅でそんな事を考えて、そんな発想が浮かんだ事実にペチュニアは少なからず驚き、同時にそんな馬鹿らしい事を考えた自分自身にげんなりした。

 

 実はペチュニアには姪がいた。ハリーの双子の姉で、名前はシャーロット。一度だけ絶縁後に届いた、子供達の誕生を伝える手紙にそう書いてあった。写真もろともすぐにゴミ箱へ叩き込んだけれども、姪も妹と同じ緑色の目だったのが嫌に記憶へ焼き付いていた。

 ペチュニアは夫や息子にも彼女の事を話していない。ダーズリー一家の人達は妹夫婦の遺児はハリーだけだと思っている。置き手紙によると、まだ赤ん坊だった幼い姪は遺体無き死を迎えたらしい。本当かどうかは知らないが、置き去りにされていたのが甥だけという事は恐らく生きてはいないのだろう。

 ……どうして彼女の存在を伏せたのか、ペチュニア自身も分かっていない。幼い子供を持つ母親として思う事があったのか、はたまた同性であるが故に深層心理で妹を連想したせいなのか。ただ、一度だけ手紙で認識しただけで、それ以外は直接の実害を被った訳でも無い子まで扱き下ろす気には流石になれなかった。

 

 きっと知らない他人でいた方がみんな幸せだったのだ。中途半端に関わる羽目になるから、みんな不幸になるのだ。ペチュニアや家族の精神衛生上の安寧としても、この家で暮らさざるを得なくなった甥の感情的な平穏としても、他人なら良かったのに。

 

(姪の存在をはっきり認知せずに済んで、本当に良かった)

 

 唯でさえ爆発寸前なのに、緑の瞳の女の子とも毎日顔なんて合わせていたら、それこそきっとペチュニアは発狂してしまうに違いない。知らないという事は、ある意味では救いなのだ。

 

 

『私は見届けたい!一匙がもたらす可能性を、瓶の中身が生み出す結末を。余す事なく、全てを!』

 

 新聞のほんの片隅に載っていた小さな記事。写真の真ん中に写っているのはまだ幼さすら感じるホグワーツの女子生徒。それだけ聞くと彼女が有名人か何かと思うだろうが、記事を書かれる事は案外珍しくもない。過去にも論文やクラブ活動で表彰された者がインタビューを受けて、新聞に掲載されるのはまあまああった事だ。勿論、そういうインタビューが日常茶飯事レベルであるとまでは言わないが、取り立てて騒ぐ程の出来事でも無いのである。

 大多数の一般人はこの記事を見たところで、せいぜい将来それなりに有望な学生がまた現れたんだなぐらいにしか思わないだろう。

 

 ──あくまでもその読者が日常生活を送っている一般人だったならば、の話であるが。

 

 記事を食い入る様に見ていたその男は、残念ながら一般人ではない。そもそも彼が今いる場所自体、一般人は立ち入れない。

 絶海に囲まれた最果て、魔法使いの監獄。そのアズカバンの中でも特に極悪な者達が収監されている最深部に彼はいた。同じ場所にいる者達が幸福の記憶を失って次々と絶望し、発狂して「脱落」していく中、ただ一つの妄執にも似た感情だけで正気を保ち続ける彼はある種異質な存在である。それこそ見た目だけは骸骨よろしく完全に落ちぶれているが、十年以上も厳重な監視下にいながらも、たまたま視察に来ていたらしい魔法大臣に「クロスワードがしたい」と手持ちの新聞を要求する程度には気力が残っていた。

 そうやって入手した(というよりは彼を気味悪がった魔法大臣に投げ付けられた)新聞で暇潰しにでもと読み耽っていた時に、件の少女のインタビュー記事を見付けたのだ。

 

「あの子が……生きているのか……!?」

 

 ……彼にとって重要なのは、記事の内容ではない。写真に写っている少女の存在そのものだ。それでも彼はその少女に関する更なる情報を求め、血眼になって記事を読み進めた。

 魔法薬学の資格を学生でありながら取得し、その熱意と独自の視点が評価された彼女は、ダモクレス・ベルビィ以来の約二十年振りに癒薬安全管理協会の魔法薬研究チームへ特例研究員として招待、参加が認められたのだという。

 記事を一通り読んだ男は改めて写真を見る。癒薬安全管理協会代表のドリス・クロックフォード、マーリン勲章も受勲している名誉研究員のダモクレス・ベルビィ、そして彼らと一緒に写る──

 

「マーガレット・ノリス……」

 

 男が少女の名前を呟く。……少なくとも彼にとってその名前は、全く記憶にない。写真さえ見なければ、間違いなく彼は記事の少女の事を見ず知らずの赤の他人だと判断していただろう。

 けれども彼は彼女の顔を知っている。彼があの子──親友一家の長女を最後に見たのは十年以上前だが、今でも親友も、その妻である同級生も、二人の双子の姉弟も、全員の顔を今でもハッキリと、それこそアズカバンにいてもなお明確に覚えているし、例え名前が違かろうと自分が見間違える筈はない。

 父親と生き写しの弟とは違い、()()()()()()()()()()()()()双子の姉。明確に親からそのまま受け継いだのは、黒髪と鮮やかな緑色の瞳だけ。モノクロの写真越しでも、母親譲りの美しい緑の瞳が容易に浮かんでくる。もしあの子が生きていたならば……赤ん坊だった彼女が成長してホグワーツに入学していれば、まさしくこの記事のマーガレットなる少女とそっくりの容姿となっていた筈だ。

 

 シャーロット、と記憶に残っている彼女の名前は掠れて声にならなかった。自分が最悪な判断ミスをしたせいで、きちんと弔ってあげる事すら叶わない状態にされたあの子が、違う名前を得て生きているかもしれない。それだけでも、男にとっては格別の希望であり、この地獄で生きる為の活力に他ならなかった。

 もう一度だけ記事を隅から隅まで読み通すと、そのページだけ丁寧に折り畳んで懐へと仕舞った。

 

 どこか感極まった面持ちのまま何気なく残りの新聞に目をやった男だったが、その途端に彼の表情は一変した。

 

 

 

 彼が見たものは、ガリオンくじの賞金を当てた家族がエジプト旅行へと行ったという写真付きの記事──仲睦まじい一家団欒の中には末息子が連れて来ていたペットのネズミも一緒に写っていた。




これで「秘密の部屋」も完結し、いよいよ物語は「アズカバン」へと突入します。
正直に申し上げますと、プロットの段階で作者が一番楽しみにしていた章の一つが三年次ですので、思いっ切り楽しみながら物語を進めて参りたい所存でございます!

今回の番外編の他者視点は、リリーとマーガレットを知っている人→リリーの血縁者→リリーとシャーロットを知っている人、というラインナップになっています。
一番最初のメリーさんに関しては名前だけの登場人物というポイントを大いに活用し、とことん捏造と妄想を大量に詰め込んでおります。マーガレットはとにかくハリーと徹底的に対となる環境にしたかったので、そういう意味でもリリーの友人(と思われる)メリー・マクドナルドという人物はベストポジションでした。

【キャラ紹介】

メリー・マクドナルド
原作ではスネイプがつるんでいたマルシベールに闇の魔術を掛けられたらしい人。リリー(親世代)の話で名前だけ登場している。
この物語では「魔法を捨てた顔馴染みのご近所さん」で、ハリーにとってのフィッグ婆さんに近い立ち位置の人です。あと、かつてはリリーの親友だったけど魔法界そのものに見切りを付けてみんなと絶縁したという設定は、さりげなく悪戯仕掛人の関係と顛末も意識していたりします。今後どの程度出てくるかは未定。

ちなみに彼女をお菓子屋さん設定にしたのは、作者の好みです!!パティシエさんの技術って魔法みたいだなぁと思っていまして。


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