杖なんて必要ない (青虹)
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原作第1巻 〜隣の美少女は杖使い〜
隣の美少女は小指キラー


原作沿いもやってみたかった。ただそれだけなんです。
Aクラスにしたのは、ただの気分だよ!




 ──Love is what happens to men and women who don’t know each other.

──W.Somerset Maugham

 

(──愛とは、お互いに相手を知らない男女の間に発生するものである。

──サマセット・モーム)

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

 拝啓、皆様方。私、中山祐介はとっても楽しい学校生活を送っています。

 銀髪の杖ついた美少女に奴隷のごとくこき使われ、絶賛学園生活満喫中です(白目)。

 

 コツ、コツ。今日も規則的な音がオレの元へ近づいてくる。

 これは悪魔の到来を知らせるアラームだ。何があっても目を覚ましてはならない。

 俺は嘘寝をする事で乗り越えようと決めた。元から眠いし、このまま夢の国へ誘ってくれないかなぁ。

 

「祐介くん。……あら? お休みですか。せっかく私が来てあげたというのに……。えいっ」

「痛あっ!?」

「おはようございます、祐介くん」

「おはようございます、じゃねえよ! 普通に痛かったんだけど!?」

「起きていなかった祐介くんが悪いんですよ?」

「理不尽……」

 

 暴力には逆らえなかった。渋々顔を上げると、ニコニコ笑顔の坂柳さん。

 とっても楽しそうな笑顔ですね(脳死)。それと、名前呼びは恥ずかしいからやめて。

 

 俺に下るは休日出勤の命。我が社はブラック、アットホームな環境で有名です。

 週休0日、不定期かつ緊急の出勤は数え切れない。そのおかげで、予定はコンビニが営業している間全て仕事で埋まっている。

 

 どうして俺はこんなことになってしまったんでしょうね。

 嗚呼、お父様、お母様。折角ここに入学させてくれたのに、息子は既に社畜への扉を開いてしまいました。どうかお許しを。

 

「祐介くん、お願い事があります」

「もういいや……で、何?」

「フフ、ものわかりが良くて嬉しいです」

「……」

 

 外面だけ見ればすぐに男を虜にする笑顔。しかし、その内面はえげつないものだ。

 Aクラスの完全支配を目論んでいやがる。もしそうなったら、うちの代の卒業生はみんな社畜になっちゃうよ? 

 

「ねえ、坂柳──」

「有栖」

「へ?」

「名前呼びだと決めたはずですが?」

「えぇ……」

 

 全方位から無数の撃龍槍が飛んでくるから嫌なんだけど。

 

「名前で呼ばないと杖で小指を──」

「分かったから! 有栖、これでいいだろ!」

「はい」

 

 痛え。周りからの視線が痛え。だけど、そんなの気にしてたらこの先やってけないもんな! 

 

「で、有栖。何で俺だけこんなに仕事が多いの?」

「優秀で扱いやすいからですよ」

「うへぇ……」

 

 ここまで来ると、ドMたちは大喜びだろうね。

 ドMの皆様、私と同じ仕事を始めませんか? 安心してください。『社員は皆家族』が我が社のモットーですので。

 

「では、私と一緒に来てください。そうすれば仕事内容を教えてあげましょう」

「はぁ、逆らえないからいいけど」

 

 坂柳に武力を行使すればいくらでもどうにかなるのだろうが、俺はそこまで腐った人間じゃない。

 

「早く行きますよ」

「はいはい、分かったから」

 

 何故かクラスメイトに睨まれたが、どうしてだろうか。え? 君たちもドMなんですか? なら代わってあげようか? 

 そう思いながら、坂柳の手をとって階段を一歩一歩少しずつ下っていく。

 

 ああ、どうしてこうなってしまったのだろうか。一介の高校生が社畜になってしまうなんて。俺の人生はまだこれからだというのに。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

 その少女と出会ったのは、偶然であり必然だった。

 

 東京都高度育成高等学校に進学した俺は、Aクラスの配属となり、その教室に向かっていた。

 中学校でもそうだったが、一年生の教室は最上階にある。小学校の時は逆だったのになぁ。

 

 そんな不満を抱きながら、えっちらおっちら階段を上っていく。

 俺は3階の踊り場で一人の少女に遭遇した。その少女は杖をつき、階段を登ることに苦労しているように見えた。

 何食わぬ顔で横を通り過ぎるという選択肢はなかった。生憎、俺はそんなに非情な心は持ち合わせていなかったのだ。

 

「えっと、大丈夫?」

「ええ。この生活にはもう慣れていますので」

「ならいいけど」

 

 それにしても、かわいいなぁ、この子。え? 高1? うせやん。絶対中2位でしょ。こういう子こそ、意外と右手が疼く、とか闇の力が、とか言ってるんだよ。

 あれだね、ギャップ萌えだね──ッ!? 

 

「痛っ!?」

 

 杖で小指突き刺すとかアホじゃねえの!? さてはお前、タンスの角に小指をぶつける痛みを知らないのか? ああん? しかも、それは初めてあった人にしちゃダメなことって分かってる!? 

 

「変なことを考えていませんでしたか?」

「イ、イイエマッタク」

「片言なのが気になりますが、今回は許しましょう。ですが、次はありませんよ?」

「アッハイ」

 

 覚えとけよこのロリめ……! 

 あれか、初見殺しとはまさにこのことなのかっ!? 

 

「私は坂柳有栖と言います。あなたの名前は?」

「俺は中山祐介だ。Aクラスだったぞ」

「奇遇ですね、私もです」

「えぇ……」

 

 うせやん。やな予感しかしないんだけど。

 若干ビビりながら階段をゆっくり上がっていく。

 4階に到達したところで、『1-A』と示された教室を視界に捉えた。

 

「おっ、ここみたいだな」

 

 坂柳の後に続き、教室に入る。この俺がレディーファーストを忘れるはずがなかろう。

 机にはそれぞれの名字が書かれていて、誰がどこに座るかが分かりやすくなっている。

 更には、ホワイトボードには机列表が貼られている。

 

「どうやら隣同士みたいですね」

「マジか」

 

 廊下側最後列、右端が坂柳、その隣に俺が座るという構図に。

 既に来ていたクラスメイトと思われる生徒から、ちらほら嫉妬の視線を送られてるし。お前ら一目惚れすんなよ。確かに坂柳は可愛いけど。ただし、俺はロリコンではない。俺の守備範囲はプラマイ2歳(見た目)だ。たとえ同級生でも、坂柳のような華奢で慎ましい体つきじゃちょっと無理だなぁあっ!? 

 

「杖で足を突き刺すのやめろよ!?」

「すみません、中山くんの足元に蚊が止まっていたもので」

「な訳ないやん」

 

 はぁ、とため息を零す。

 なんて面倒な奴と隣の席になってしまったのだろうか。

 俺の心は簡単に読み取られ、少しでもやましい思考になると杖であしを踏み潰される。

 

 見かけによらずヤベー奴なんだな、きっと。

 

「この学校は、進学率、就職率100%と謳われていますが、中山くんは本当だと思いますか?」

「そんな都合のいい話はないだろうさ。出来ることなら本当であってほしいけどな」

 

 もしそれが本当なら、この学校に紛れた能力の低い人も管理職に就いてしまう可能性もある。

 全員が優秀な人間であるなら話は別だが、それでも胡散臭いと思わずにはいられない。

 

 他にも、外部との連絡や敷地外への外出が禁止されていたり、その代わりに敷地内には街のようなエリアがあり、ショッピングセンターをはじめとした娯楽が揃っている。

 

 それだけでも十分情報量は多い。それでも、この学校においては()()()()()()()。謎の多くが未だにヴェールに包まれたままだ。

 

 しばらく坂柳との雑談に耽っていると、続々と学生が入ってきて、最後に一人の男性教師が姿を見せた。

 

「はじめまして、Aクラスの諸君。私がこのクラスの担任となった真嶋智也だ。担当教科は現代文だ。この学校では、クラス替えは存在しないので、君たちとは3年間の付き合いになる」

 

 デデドン(絶望)! 

 頭の中でこんなBGMが流れ出した。理由はただ一つ。

 俺の右隣にいる銀髪ロリ(貧乳)と3年も一緒に過ごさなきゃいけないからだ──っ!? 

 

「〜〜っ?!」

 

 声にならない悲鳴をあげる。この女に躊躇いという言葉はないのか!? 

 

「これから、この学校の資料と学生証カードを配る。資料に関しては、入学案内とともに配布されているので、細かい説明はしない」

 

 一度読んだ資料を机の端に置き、その後に回ってきた学生証カードを受け取る。

 

 ぱっと見では、どこにでもありそうなポイントカードだ。イ◯ンとかで使っても違和感なさそう。

 

「このカードには、pr(プライベートポイント)が振り込んである。prは1ポイントで1円の価値があり、毎月1日に振り込まれる。今、そこには10万ポイントが支給されているはずだ。我々からの入学祝いだと思ってありがたく受け取ってくれ」

 

 はえー、10万ポイントか……って、じゅうまん!? 

 俺たちは今10万円をただで貰ったってこと!? 

 

「めっちゃ大金やん、いいの? こんなに貰っちゃって」

「学校がいいと言うのですから、ありがたく貰っておきましょう」

「だな」

 

 ただ、逆に怖いのも事実。ただの高校生に()()()()()()()()()()()10万ポイントを渡すのだろうか。

 謎が多いこの学校において、疑わざるを得ないのは明白だった。

 

「このポイントは卒業後には回収される。貯めておいても無駄だぞ」

 

 ポイントを貯めまくって、卒業後の資金にはできない、と。

 わざわざそんな回りくどいことをする必要はあるのだろうか。

 

「私からの話は以上だ。質問があれば受け付けるが」

 

 一度教室を見渡し、手を挙げる人がいないことを確認すると、真嶋先生は再び口を開いた。

 

「入学式は1時間弱後に行われる。それまでは自由時間だ。お前たちは今日から3年間の付き合いになる。この時間にお互いのことを知っておいた方がいいだろう」

 

 そう言い残し、真嶋先生は教室を去って行った。

 それを確認すると、隣の坂柳が立ち上がる。当然、坂柳に注目が集まる。

 

「先生の言ったように、私たちは3年間同じクラスになります。お互いのことを知っておくことは重要だと思うので、この時間に自己紹介してはどうでしょう」

 

 坂柳がそう言うと、あちこちから賛成の声が上がる。

 

「そうだな。3年間も同じクラスの仲間として生活するのに、全く知らないのは良くない」

 

 誰だと思い、声の主へ視線を向ける。

 ……うっ、目が、目がぁ! 

 何だよあいつ。常時バルス発動してるのか? 

 

「では私から。私は坂柳有栖といいます。生まれつき疾患持ちで、日常生活には杖が欠かせませんし、当然運動は出来ません。ですが、皆さん仲良くしてくださると嬉しいです。3年間よろしくお願いします」

 

 当たり障りのない自己紹介だ。述べたことは全て見れば分かることばかり。

 それでも大きな歓声(主に男)が上がっているのは、やはり坂柳という少女が美少女という枠組みに当てはまるからだろう。それとも、ただのロリコンか。

 

 歓声が収まると、バルス持ちの男が立ち上がる。だから眩しいって。俺はムス◯じゃねえ。

 

「俺の名前は葛城康平。生徒会に所属していたことがあるので、ここでも生徒会に所属しようと思っている。見た目だけに近寄り難いと思われがちだが、そうではないので気軽に話しかけてほしい」

 

 拍手が沸き起こる。

 生徒会ね、俺は興味ないけど。だって面倒そうじゃん。仕事多そうだし。

 

「中山くん、あなたの番ですよ」

「お、おう……」

 

 坂柳に促され、立ち上がる。

 

「俺は中山祐介。これといった特徴はないけど、楽しい学校生活にしたいので、気軽に話しかけてください」

 

 取り敢えず笑顔を振りまいておく。自己紹介で爆死したくないし。

 

「中山と坂柳って付き合ってるのか?」

「……は?」

 

 俺と坂柳が付き合ってる? な訳ないだろ、今日出会ったばっかだぞ。出会い厨じゃないんだから、そんな冗談やめてくれよな。

 

「俺たちは付き合ってないぞ」

「そうか」

 

 あっさりと納得し、そのままその人の自己紹介が始まる。後藤輝樹という名前らしい。どこぞの塾長とは関係ないようだが、なぜか似たものを感じる。

 

 半数が終わった頃だろうか。一人の少女の自己紹介が始まろうとしていた。

 

 茶髪をポニーテールでまとめ上げ、瞳はエメラルドに輝いている。首から視線を少し下に落とすと、二つのオリンポス山が制服を押し上げていた。あ、オリンポス山は火星にある標高20000m越えの山だよ! 童貞の観察眼によると、小さく見積もってF、もしかしたらGやHに到達している可能性もあるとのこと。

 

 お隣さんは全体的にちんちくりんだが、この少女は肉付きがよく、男が集りそうな体つきをしている。

 

「田中加奈子といいます。小、中と水泳部に所属していたので、高校でも水泳を続けようと思っています!」

『うおおおおおおおっっっ!』

「痛っ!」

 

 おかしい、俺のした行動は間違っていないはずだ。

 巨乳で、明るく活発な美少女がピチピチの競泳用水着を着て泳いでるところを妄想しただけだ! 俺は悪くない、えっちいのが悪い! 

 

 後で連絡先を交換してもらおう。これは天命なり。

 

 全員の自己紹介が終わると、入学式まで残りわずかとという時間になっていた。

 それを見て、俺たちも移動を始める。

 

「大丈夫か?」

「はい、慣れていますので」

 

 それでも、どこか危なっかしいのだ。

 男なら、空いている方の手を握ってあげるんだけど、それが女子、しかも美少女となるとどうしても躊躇われてしまう。

 

 他の生徒が先に行ってしまう中、俺と坂柳はゆっくり階段を降りていく。

 既にAクラスの生徒は遥か向こうに行ってしまった。

 

「中山くんは優しいんですね。私に合わせてくれるなんて」

「そんなに危なっかしく降りられると不安になるだろ」

 

 それに、ぼっちってなんか嫌だし。他の人と話したことないし。だから、これは仕方がないんだ。

 

「きゃっ!?」

「ちょっ!」

 

 残り4段というところで坂柳が躓いてしまった。慌てて体を支えようとするも、狭い足場で耐えきれるはずもなく、転がり落ちていく。

 

「痛ぇ……」

「すみません……」

 

 上手いこと俺が下になったお陰で、坂柳は無傷で済んだ。代わりに、俺は全身を痛めることになったが。

 って、近い! 顔近い! 

 

「中山くん、顔が近いです!」

「そう思うなら退こうな?」

 

 あたふたする坂柳かわいい。とりあえずごちそうさまです。

 

「ごめんなさい、中山くん」

「いいって、これくらい」

 

 だから危なっかしいと言ったのだ。もし俺がいなかったら、大怪我をしていたかもしれない。

 それに、坂柳は疾患を患っていると言っていた。それも相まって、危険な状態に陥っていた可能性もあるのだ。

 

「そんなことより、早く行かないと遅れるぞ」

「そうですね」

 

 そうは言ったものの、坂柳に合わせてゆっくり進む。時計を見ると、開始まであと5分を切ったくらい。

 

「間に合うか?」

「ちょっと微妙かもしれませんね」

「おぶって行こうか?」

「そ、それは……」

 

 坂柳は、そのまま口を閉ざしてしまった。

 俺から目を逸らし、そっぽを向いてしまった。口を開いたのは、それからしばらくしてからだった。その間、俺たちはその場に留まったまま。少し時間を無駄にしてしまった。

 

「中山くん、おんぶしてもらってもいいですか?」

「あ、ああ」

 

 美少女が頰を朱に染めて、恥じらいながら瞳を潤ませて上目遣いでお願いしてくるのは卑怯すぎるわ! 

 一瞬思考が停止してしまった。もうロリコンでいいかもしれない……っ! 

 

「だから小指を狙うな!」

「ふふっ」

「笑い事じゃないんですけど!? これからお前をおぶって行かなきゃいけないの分かってる!?」

「分かってますよ。だから早くしゃがんでください」

「その上から目線やめい」

 

 色々言いたいことを飲み込み、大人しくしゃがむ。その上に坂柳が乗りかかってくる。柔らかな感触は微塵も感じられませんね! ていうか軽っ。本当にちゃんと飯食ってるのか? 坂柳は小柄な方だけど、ここまで軽いとは思わなかった。

 中身気体なんじゃねえの? 

 

「ふふっ、頑張って下さい」

「お前なぁ……」

 

 本当は走りたいが、坂柳を気遣い、振動を少なくするために大股で早歩きしているのだ。それが意外と疲れる。目指せリニア! 

 

「中山くんは面白い人ですね」

「何を言うか。俺の小中のあだ名は『黒子』だったんだぞ。もちろん、特になんの面白みのないことで有名だったんだからな」

「ああ、あの影の薄い……」

「そうそう。バスケのやつ」

 

 俺の存在はあってもなくても変わらない。誰よりも影が薄かったのだ。クラスメイトとは分け隔てなく会話をし、遊びに誘われれば出向いていた。

 当然ながら、特技と言えるものは何一つない。強いて言うなら、ここへの入学が決まってから始めた料理くらい。小中の頃は本当に何もなかったのだ。

 中山祐介といえば、と言われてもぱっと浮かぶものが何一つない。それが俺なのだ。

 

 鰹節並みに薄い小中学生活を振り返りながら体育館の方へ進んでいくと、徐々に喧騒が大きくなってくる。

 

「そろそろ降りた方がいいんじゃないか?」

「……そうですね。ありがとうございます」

 

 なぜか一瞬嫌がってた気がするのは勘違いってことでいいかな? 

 

 体育館を奥へ進み、自分の席に座ると、隣の奴が食い入るように聞いてきた。確か、中岡とかいう名前だった気がする。

 

「坂柳と何してたんだ」

「いや、何もしてないぞ」

 

 おんぶしてきたなんて口が裂けても言えるかっての。

 

「嘘つけ。あんな美少女と二人きりで何もないはずがないだろっ!」

「だから何もねえって」

「分かった、本当はあったけど恥ずかしくて言えないんだな!」

「違うって」

 

 当たってんじゃん。もしかして、こいつ意外と賢い? 俺の黒歴史誕生を覚悟したが、中岡はそこで詮索を止めて壇上へ向き直った。ニヤニヤしたままだったが。

 俺もそれに倣って顔を前に向けると、ちょうど入学式が始まるところだった。いつも通りありがたく興味のない話を聞いただけだったが、理事長の名字が坂柳だったのは気になった。何かしらの血縁関係があるのだろうか。

 

 それが終わると、再び教室に戻る。とは言っても、荷物を取りに行くだけだが。今度も、二人でゆっくり慎重に登る。

 

 国立の最新設備が整ってるなら、バリアフリーをもっと考えてくれてもいいと思うんだけどね。

 

 教室へ荷物を取りに戻り、真嶋先生から簡単な話を聞く。

 それで今日は解散となり、既に何人かのグループが作られ始めた。当然、隣人にも人がわらわら集まってくる。

 

 ほう、心なしか男が多い気がするな。やましい感情をお持ちなら、これからそいつをロリコン呼ばわりしてあげよう。

 悪口? いやいや、ロリコンとは称号なのだ。むしろ喜ぶべきだ。

 

「えいっ」

「だから止めろよ!」

「中山くんの表情が面白いので、それは出来ません」

「酷いこと言うなお前!」

「イチャイチャするんじゃねえ中山!」

「イチャイチャしてねえって!」

 

 杖なんてなきゃいいのに。そうすれば、ちょっとは俺にも平穏が訪れるんじゃないか。

 

「それで、これからどこに行くんだ?」

「商業施設を回りましょうか。どこに何があるか把握しておくべきだと思うので」

「それでいいんじゃないか」

 

 集団の一番前を坂柳と二人で進む。他の人とも会話するのだが、坂柳と話している時が一番楽しい。理由は分からないが、自然と会話が弾む。

 

 坂柳有栖は杖で俺の小指を痛めつける奴だ。正直言って気に食わない。

 だけど、憎めない奴なのだ。




私はロリコンではない。年下が好きなだけだ(確信犯)


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二人きりでデート的な何か

1話が予想外の大反響で驚いています。

何ですか、1話にしてUA数1800、お気に入り70件越えって。初めて見ましたよ。評価バーにも色ついちゃったし。本当にありがとうございます!
いつのまにかバーの色が赤から黄色に変わってたから、みんな赤に戻してくれないかなぁ(チラッ

感想もお待ちしています!


 校門を出て寮のある方へ進む。先頭を歩く坂柳の横に俺もつき、早くもセットとして見られそうである。

 特別な感情があるわけでもなく、自然な流れでそのポジションについてしまうのだ。

 

「なあ、やっぱ二人付き合ってるんじゃねえのか?」

「ねぇよ」

 

 後藤がそう茶化すように話しかけてくる。当然、俺は即座に否定する。

 俺はそこまで軽い男じゃない。それに、坂柳とは彼氏彼女という関係よりも兄妹の関係の方がしっくりくる。

 だって俺ロリコンじゃないし──っ!? 

 

「中山くんはMなんですか?」

「俺何も言ってないんだけど」

 

 杖での攻撃に早くも慣れ始めている自分がいて、その事実に俺は戦慄する。

 Mの扉をノックするなどあってはならない。あくまでも俺はノーマルであり、特殊な性癖は持っていない。影が薄いから当然である。

 

「顔が気持ち悪かったのでつい」

「あーそうですね、俺はキモいんですよっと」

 

 キモいとか言われたの何気に初めてなんだけど。かっこいい方だけど、いつも『いまいちパッとしない』とか『平凡なイケメン』とか『よくいるイケメン』とか『滑り止め』って言われ続けてたからな。

 なんだよ滑り止めって。俺を勝手に保険にするんじゃねえよ。で、俺は第何希望なんですかね? 

 

「これでも、何回か我慢しているんですよ」

「そりゃどうも」

 

 坂柳から鉄槌が下るのは、おそらく気分次第だろう。

 でも、俺は何も悪くないはずなのだ。事実だから。

 

 それに、何とかして表情を崩さないようにしなければならない。邪な考えがよぎっても、表に出なければ坂柳の攻撃を受けることはない。

 

 現実逃避を兼ねて、なんとなく後ろの会話に耳を傾けてみると、今日唐突に渡された10万ポイントについて盛り上がっているようだった。

 

「ねえねえ、ショッピングセンターに着いたらいっぱい服買わない?」

「いいね、行こ行こ!」

「里中くんも行くよね?」

「うん、もちろんだよ」

 

 自己紹介の時から圧倒的イケメンの力で女子の注目を一番に集めていた里中は、ここでも女子に囲まれてキャッキャしている。

 

 当然、里中は俺から見てもイケメンだ。俺みたいな中途半端なイケメンではない。ジャ◯ーズにいてもおかしくないような、そういう人間だ。

 

 時々すれ違う女子生徒からも視線を集めているのがよく分かる。そして、すれ違ってしばらくすると『あの子かっこよくない?』などとヒソヒソ話し出すのだ。

 俺にそんな経験はない。言われるとしたら『かっこいいけど、大事な何かが足りない』である。

 

 仕方がない。俺は全てにおいて平均の少し上なのだから。よく言えばオールラウンダー、悪く言えば秀でた部分がない。

 

 自分を批評していると、坂柳に肩をつつかれた。なんだと思い坂柳の方を見ると、坂柳はある場所を指差していた。

 その行方を追うようにその方へ首を動かすと、よく見る店が。

 

「コンビニエンスストアもありますね」

「ほんとだ、セ◯ンだな。俺は◯ーソン派だから納得いかないけど」

 

 ローソ◯はいいぞ。艦◯れやバン◯リを始めとして、色々なコンテンツとコラボしてくれるし。

 それに、たまに弁当が安くなってるとテンションが上がる。

 改善点があるとしたら、ジュースのレパートリーがもう少し増えるといいねってことくらいか。

 

「はぁ? 絶対ファ◯マだろ。ファ◯チキは最高、異論は認めない」

 

 俺の意見に、森重が反旗を翻した。

 おう、やるか? 

 

「お前アホなの? か◯あげクン舐めんなよ」

「フ◯ミマはな、スイーツが上手いんだよ」

「はっ、お前女かよ。笑わせんなよ三下」

 

 ファ◯マなんて◯Kを吸収して大きくなっただけの他力本願社じゃねえか。合併前はロー◯ンの方が店舗数多かったんだぞ。

 だから痛いって坂柳。

 

「下らない争いは他でやってくださいね?」

「す、すまん」

「だから俺だけ杖で踏みつけるのやめてくれない?」

 

 今の一連の戦争において、やましい考えなど一つもなかったじゃないか。俺にするなら森重にもすべき。この世は平等にあるべきだって言われてるじゃないか。

 まあ無理だろうけど。

 

 森重、最後にこれだけは言わせてもらおう。

 

「ファ◯マは明らかにロー◯ンに劣ってるからな!」

「それはねえ!」

 

 ファ◯マを鼻で笑い飛ばした俺に、森重は顔を真っ赤にして言い返してきた。

 

「まあいい、続きは後にしよう」

「いつでも受けて立つぞ」

 

 また小指を傷つけるわけにはいかない。

 いつの間にか爪が黒く変色していたなんてことにはなりたくないからな。

 

「お、スーパーもあるな」

「こういう店は寮の近くに密集してるのか」

 

 視線を戻してすぐ、それは目に飛び込んできた。大体コンビニから100m強。お互いがはっきり見える位置にある。

 

「今日の飯どうすっかな……」

「……料理とか女子力高っ」

「スイーツ男子が出しゃばるな。ブーメランであることを自覚しろ」

 

 森重、根に持ちすぎや。料理とか男でもするから。料亭や高級ホテルのシェフとかパティシエもそうだけど、そういう人は寧ろ男の方が多いんだぞ。

 

 スーパーを過ぎると、少しずつ建物が増えてきた。

 雑貨屋や洋服店、ファミレス、カフェなどが目立つ。

 後ろの女子は今度ここのカフェ行こ、などと盛り上がっている。店内を見ても女子生徒がほとんどで、男はごく少数。それも、女子と一緒に来るのが当たり前なのか、男だけで来ている生徒は見受けられない。

 

 そんな通りを道なりに奥へ進んでいくと、巨大施設が目に飛び込んできた。

 

「ここがショッピングセンターですか。なかなか大きいですね」

「学生しか来ないのに、やけに充実してるな」

 

 全校生徒480人。全員が来ても、他の大型商業施設よりも空いているだろう。

 それなのに、規模が他のそれに負けず劣らず色々ある。宝の持ち腐れになってないといいけどな。

 

 中身としては洋服屋や雑貨屋、食品店をはじめ、カラオケやボウリング場、ゲーセンのような娯楽施設なんかもあり、非常に充実している。

 

「折角ですし、何か買って帰りませんか?」

「いいね、行こ!」

 

 坂柳の提案に、女子が即座に反応した。

 

「では、15時を目処にここに集まりましょうか」

「おっけー」

「どこ行く?」

「まずはやっぱ服っしょ!」

「だよね〜」

 

 女子たちはみんなはしゃぎながら雑踏の中に消えていった。里中はそこに巻き込まれ、ズルズル引きずられていった。

 それ以外の男たちはというと、昼ごはんを食べようという話になったらしく、エレベーターを使って上の階にあるフードコートへ向かっていった。

 

 ポツンと取り残された俺と坂柳。何か意図的なものを感じるのは気のせいかな? 

 

「さ、さて、どこへ行こうか」

「やっぱり私服は欲しいですね」

「休日の外出も制服なのはちょっと嫌だしな」

 

 目的地が決まったところで、近くにあった洋服店を目指す。

 

 男女二人きりでの外出。実質デートという状況に、俺は狼狽しながらも楽しんでいた。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

 一通り服を買うと、いつの間にか1万ポイントが消えてしまっていた。

 10万ポイントあるとはいえ、無駄遣いしてはいけない。浪費し続けて金銭感覚を狂わせたくないのだ。

 

 これでも、比較的安いものを選んだはずだったのだ。それでも、持参してきた下着以外一式を揃えようとすると、どうしてもそのくらい消えてしまうものらしい。

 

「結構使っちゃったなぁ」

 

 椅子に置かれた大量の荷物を見て、そう呟かずにはいられなかった。ポイントを使い過ぎたという現実が、荷物の量となって襲いかかってくる。

 

「あまり使いすぎるのもよくありません。しばらくは大きな買い物を避けた方がいいでしょう」

「だな」

 

 ポイントが尽きて、振り込まれるまで極貧生活とか死んでも御免だ。フードコートにあった丸◯製麺のぶっかけうどんをすすりながらそう思った。こんな上手いうどんを食べられなくなるとか考えられん。

 

「それに、来月に10万ポイントが振り込まれるとは限りませんし」

「ん? どういうことだ?」

 

 うどんを掴む箸が止まった。うどんはするすると滑り落ち、出汁の中へ戻っていった。

 

「真嶋先生は『毎月ポイントが振り込まれる』と言っただけで『毎月1()0()()ポイントが振り込まれる』とは一言も言ってませんでしたが」

「あー、なんかそういうようなこと言ってたな。10万ポイント貰えたって事のインパクトが大きすぎて、はっきり覚えてないけど」

 

 坂柳は箸を置くと、饒舌に話し始めた。

 いつの間にか、俺も自然と箸を下ろしていた。

 

「それが学校側の狙いでしょう。10万ポイントという大金を、リスクなしで私たちにプレゼントする事で舞い上がらせる。そこにややこしい言い回しで毎月ポイントが振り込まれると説明する事で『毎月10万ポイントが振り込まれる』と思い込ませておく」

「うっわぁ、えげつないなぁ」

 

 学校側も学校側だけど、それを一瞬で見抜く坂柳も大概だって。

 ただ、そこで一つの疑問が浮かぶ。

 

「ということは、貰えるポイントが上下するってことだろ? その条件は何だ?」

「さすがにそこまでは分かりません。ですが、真面目に授業を受けるなど模範的な行動を取っておけば、突然大量に引かれることはないでしょう」

 

 授業中に私語をしたりとか、端末を触ったりとか、遅刻したりとか、そういうことをしない。マナーをきちんと守る。

 あまりにも当たり前なことだ。どのクラスもポイントを激減させることはないだろう。ましてや、0ポイントになってしまうなどあり得ない。

 

「この学校のことがよく分かっていない以上、変に事を荒立てない方がいいな」

「そうですね」

 

 それを俺たち二人だけが気をつけたところで、そう簡単に状況が変わるわけがない。

 

「どっかのタイミングでクラスメイトに伝えとかないとダメなんじゃないか?」

「そうですね。ですが、それはまた後日にしましょうか」

「出来るだけ早い方が良いんだろうけど、何か考えがあるならそれで良いんじゃないか?」

 

 俺たちは再び箸を手に取ると、残りを食べ始める。

 

 荒々しく麺をすする俺とは対照的に、目の前の少女は上品に食べ進めていた。

 

 俺がただのロリ美少女だと思っていた少女は、本当はめちゃくちゃ頭のキレる天才なのかもしれない。

 もしかしたら、他のやつよりちょっとだけ出来るだけの俺とは一線を画している可能性だってある。

 

 杖で俺を痛めつけるだけの厄介な少女は、表面のほんの一部分に過ぎない。

 俺は坂柳のことを何も知らない。それは坂柳だって同じはずなのだ。なのに、時々俺の方を見ては微笑む姿を見ると、どうしても全てを見透かされているような錯覚に陥ってしまう。

 

 俺は目の前の少女に今まで感じた事のない恐怖を覚えていた。

 

「どうしましたか? 手が止まっていますが」

「ああ、いや何でもない」

 

 いつの間にか、俺はただの屍になってしまっていたらしい。気がつけば坂柳は完食していた。

 それを見て、俺は完食に向けて急いで食べ進める。坂柳を待たせるわけにはいかないからな。

 

「よし、ごちそうさまでしたっと。あ、食器は持ってくからここで待っててくれ」

「ありがとうございます」

 

 坂柳の食器を右手に、俺の食器を左手に持ち、それぞれが注文した店の返却口へ食器を戻しに向かった。

 

 身軽になった身体で俺を待つ坂柳の元へ戻る。

 

「おまたせ。時間はまだあるし、もう少し回るか?」

「そうしましょう。中山くんは、行きたいところはありますか?」

「んー、雑貨見てみたいな。部屋が無機質ってのも嫌だし」

「分かりました。エスコート、よろしくお願いしますね?」

「お、おう」

 

 坂柳は上目遣いで俺に迫り、挙げ句の果てには杖を持っていない方の手で、俺の左手を握る。

 

 可愛いなぁ。もうロリコンでいいや──あっ!? 

 

「せめて加減しよう?」

「中山くんが邪な考えをしなければいいだけではないですか?」

「まあそうだけどさ」

 

 この少女はどこまで計算しているというのだ。

 

 左手に今までとは違う類の人肌の温もりを感じながら、俺の世界を彩ろうとしている小道具たちを探しに向かう。

 

「これはどうですか?」

「お、本棚の上に置いたらいい感じになりそうだ」

 

 坂柳が手に取ったのは、可愛らしい木製の犬の置物。本棚の上でもいいと言ったが、勉強机の上でもいいかもしれない。

 

「この杖はどうでしょうか。勉強中、眠くなった時にこれで小指を殴りつければ、眠気が覚めると思いますよ」

「たしかに眠気覚ましは欲しい。だけど杖で叩き起こすのだけは御免だ。そのうち小指を切断する羽目になる」

 

 坂柳に何度も痛めつけられた小指を、自ら追い討ちしようとは思わない。

 そもそも健常者の俺が杖を買えるかどうかってところからだ。

 

 その後も何店舗か回り、いくつか買うことが出来た。今日だけで1万5000ポイント弱も使ってしまっているので、これ以上は買う気にならない。

 

 俺の用事も済み2時半を回ったこともあり、そろそろ待ち合わせ場所に戻ろうということになり、1階へ降りる。

 

 その途中で、坂柳の視線がある一点に向いていることに気づいた。

 その方を見ると、そこにはアイスクリーム屋があった。坂柳も女の子。甘いものには目がないのだろう。

 

「食べてくのか? シャーベット」

「……では買っていきましょうか」

 

 若干顔を俯かせている坂柳を連れて、アイスクリーム屋に向かう。

 

「いらっしゃいませ、カップルですか?」

「違います」

 

 当然、即座に否定する。男女二人組で、しかも手を繋いでいればそう思われても仕方がなくない。俺もそういう人を見れば、リア充爆ぜろと思わずにはいられない。

 

「チョコを一つください」

「はい、かしこまりました! 彼氏さんの方は──」

「あ、結構です。それに彼氏じゃないです」

「かしこまりました〜」

 

 お願いだから信じて? 俺たちそんな関係じゃないって。

 店員さんがニヤニヤしながら、ショーケースの中のチョコアイスをカップ一つ分取ってスポーンを一つ刺すと、坂柳に渡す。カップに収まりきってないのは何故でしょうか。

 

「はい、チョコ一つで250ポイントです」

 

 坂柳が学生証カードを提示し、支払いを済ませる。

 

「彼氏さんも食べると思って少し増量しておきましたよ。私からのサービスです」

「余計なお世話ですね」

 

 絶対からかうためにやってるだろこの人。

 

 急ぎ足でその場を離れ、近くのベンチに腰を下ろす。

 時間はあまりないが、アイスを食べる時間は十分ある。それに、坂柳も歩きっぱなしで疲れていたようだし。

 

「あー、疲れた」

「どこかの誰かさんが私の心配もせずにあちこち連れ回したせいで足が限界です」

「そう言いながら結構はしゃいでたのはどこの誰でしょうね?」

「……」

「黙ってりゃ誤魔化せるなんて思わないでね!?」

 

 疲れた、本当に。二人分の荷物を抱えて歩き回るとかいつぶりだよって話。親に荷物持ち係として連れまわされた時と同じくらい疲れたんだけど。

 

 ……それはないかな。楽しかったのは事実だし。いつも、こういうところに来るのは親と一緒のことが多い。

 そのせいで、俺としてはあまり楽しくないし、予定よりも長引かせるせいでいつも以上に足が疲れてしまうのだ。

 

 今日も疲れているのは事実なのだが、それ以上に楽しかったからだろうか。足の疲れは思ったよりない。

 

「その……食べますか?」

「いや、いいよ。坂柳が自分で買ったやつだろ? それに、俺のスプーン無いし」

 

 そう言って断ったのだが、坂柳は諦める様子がない。

 

「私はこんなにも食べられません。なので、少し食べて欲しいんです」

 

 あの店員め。小悪魔のような笑顔が頭をよぎるでは無いか。

 

「ならいいけどさ……スプーン取って来るから待っててくれないか?」

 

 そう言って立ち上がろうとした。流石に間接キスはまずいと思ったのだ。

 しかし、それは叶わなかった。坂柳が服の裾を掴み、俺の行動が制限されたからだ。振り払うこともできたが、そうする気にはならなかった。

 

「私は間接キスでも構いませんよ?」

「割とはっきり口にするのな」

 

 もっと恥じらうものだと思っていた。しかし、坂柳がそう言うのであれば遠慮する必要はない。

 

「んじゃいただこうかな」

 

 俺は坂柳からスプーンを受け取ろうとした。

 しかし、スプーンを掴みとろうとする俺の手をひょいひょいとかわし、掴み取らせてくれない。

 坂柳の謎の行動に疑問を抱いていると、アイスをすくって俺へ差し出した。

 これってもしかして……

 

「あーん」

「……」

 

 それここですんの? 他の生徒がいるんだよ? ましてや、うちのクラスの誰かが見てるかもしれないんだよ? 

 

「あーん」

「……」

 

 本気なんですか、この人。メンタルどうなってんねん。疾患とか嘘なんじゃないのって思わせられるんだけど。

 

「早くしないと溶けてしまいます。口を開けてください」

「はぁ──むぐっ!?」

 

 ため息を漏らすと、坂柳はその僅かに開いた口にスプーンを滑り込ませてきた。

 それと同時にチョコの甘さが口いっぱいに広がる。

 

「美味しいですか?」

「美味いな」

 

 その後も、坂柳は何食わぬ顔でアイスを食べ進める。口の中に広がる甘さはチョコによるものだけではない気がした。

 きっと、俺の顔は羞恥心で真っ赤に染まっていることだろう。アイスを食べたはずなのに、やけに顔が熱い。スプーンを押し付けられるまではなんともなかったのだから、疲れたから、で誤魔化せるはずがなかった。

 

 坂柳がアイスを完食した頃には、待ち合わせ時間まで残り5分と迫っていた。恐らく既にみんな集まっている頃だろう。

 

 そう思ってそこまで行くと、案の定俺たち以外は揃っていた。

 

「お待たせしてすいません。それでは帰りましょうか」

 

 遅れたことを反省する様子もないけど、原因は坂柳自身であることを自覚しているのかな? 

 そう思ったが、誰も気に留めていない模様。時間には間に合ったし、深く気にする必要はないか。

 

 ショッピングセンターを出た辺りで、後藤が俺の耳元で口を開いた。

 

「随分とお楽しみだったみたいだな」

「まあ、それなりには」

「あーんしてもらってたもんなぁ。羨ましい!」

「──!?」

 

 は? ちょっ、どっから見てた!? 

 

「実を言うと、俺たちずっとお前たちを尾行してたんだよね」

「何してくれてやがるストーカー」

「チッチッチ、俺たちはストーカーをしていたのではない。お前たちを見守っていたんだ」

「はぁ?」

 

 尾行している時点でストーカーなのは確定なんだけど? 

 

「初日から随分仲良くしていたからな。気にならないわけがないだろ!」

「子供かお前ら」

「ちなみに、女子たちもみんないたぜ」

「嘘やん」

「マジマジ」

 

 これ完全に詰みですね。周りに坂柳と俺が付き合ってるって誤解される流れですね。しかも、付き合うのが早いから、変な噂が流れてもおかしくない。

 

「これあーんしてもらってた時の写真。お前いい表情してるなぁ」

「今すぐ消せ。そして広めるな」

「すまん、もうみんなに送っちゃった」

 

 そう言って、後藤は頭に軽く拳を打ち付けた。いやそのあざとい仕草をお前がやってもキモいだけだから。かわいい子がやって初めて成立するやつだから。

 

「すまん、軽い気持ちで坂柳を狙おうとしてた俺たちが悪かった。お前には敵わねえわ」

「だから付き合ってねえって」

「でも、もうすぐで付き合っちゃうんじゃないの?」

「それはない……と思うけど」

「なんだ、今の間?」

「……何でもねえよ」

 

 これ以上こいつと話していても埒があかない。

 後藤から離れて、坂柳の隣を行く。

 

 坂柳と付き合う、ねぇ。坂柳は誰が見ても美少女なんだけど、体つきがちょっと残念っていうか──っ!? 

 

「やっぱ仲良いなぁ」

「俺暴力振るわれてるんだけど!? 今のに仲良い要素あったか!?」

「逆に仲良い要素しかねえだろ」

 

 ありえん。俺と坂柳が付き合うなど。

 

 何故なら、坂柳は杖で人の小指を容赦なく痛めつける謎の多い少女だからだ。

 

 だから付き合うことはない。絶対に。



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自分自身の実力

UA数5300オーバー、お気に入り250手前、評価者25人。
想像をはるかに超える伸びで、何度見ても目を疑ってしまう。
このまま伸びてランキング上位に食い込んでくれないかなぁ。

感想もっとほちい。待ってるよ。


 授業というものは、どうしても好きになれない。

 話を聞くだけなのはつまらないし、それ以前に勉強自体が嫌いだ。

 

 この学校でも授業が始まった。先生はフレンドリーで、中学校の時よりかはマシだが、それでも好きになれない。それ以前に勉強嫌いが立ちはだかっているからだ。

 

 一昔前の人々は勉強を好んでやっていたそうだ。そういう風潮だったのだろうが、俺にはどうしても理解ができない。

 

 勉強。それは学生の本業であり使命。それはラスボスであり大半の学生にとっては負けイベント。

 

 それなりに勉強ができる俺も、例に漏れず勉強が嫌いだ。分からないからではない。単純に面倒なのだ。

 

 俺たちが生きる現代には様々な娯楽が生み出されており、そっちの方が楽しいと思ってしまうから、必然的に面倒なものの優先順位が低くなる。さらに、楽しいことの方が好きになるのは当たり前なので、人間はゲームなどの娯楽にのめり込み、勉強からは遠ざかっていく。

 

 もしかすると、昔の人々にとって勉強は一種の娯楽であったのではなかろうか。現代ほど謎が解明されていない古代に生きる人々は、知らないことを知ろうとして必死に学び、新しい知識を得て、そこに楽しさや喜びを感じていたのだろう。

 

 一方の俺たちはどうか。確かに俺たちは日々新しい知識を脳内に収めている。一見すると、古代も現代もさほど変わりないように思える。

 しかし、そこには決定的に異なる部分がある。

 

 能動的か受動的か、の差だ。

 

 古代の、主に学者と呼ばれる人々は()()新たな知識や法則を求めて日々探求を続けた。

 だからこそ、新たなものを得た時の達成感が大きいのだ。

 

 しかし、現代人にその感覚はない。そもそもそんな感情に至らせる環境にないのだ。

 

 教師によって知りたくもない知識を押し付けられ、子供たちはそこにストレスを感じる。

 勉強が嫌いになっていくのは当たり前だ。

 

 分かりやすい例で説明しよう。

 

 国民的人気ゲーム『ポケ◯ン』。子供の頃遊んだという人は多いだろう。当然、俺も何作にもわたってプレイした。最近でも新たなゲームを世に送り出し続けている素晴らしいコンテンツだ。

 

 例えば、ポケモンの名前や技。どのくらい出てくるだろうか。

 俺も子供の頃随分とハマったもので、未だにかなりの数を覚えている。

 

 勉強は覚えられない人でもこういうことは覚えられるという人は必ずいる。

 

 結局『やりたい』という意思があるかないかなのだ。あればやる気は出るし、色々覚えられる。逆もまた然りで、意思がなければやる気も出ないし、頭に入らない。

 

 そうして勉強がどんどん嫌いになっていくのだ。

 

 もし俺が孔子の時代に生きていたとして、勉強もとい学問を好きになれるかと言われても首を縦に振り難い。

 俺の中に、勉強を好きになるという概念がないのだ。

 

 勉強はしなければならないもの。大学に進学するために必要なもの。ずっとそう言われ続けてきた。将来いずれ必要になる。大人たちにそう言われても、大人の世界を知らない過去の俺たちに、それを理解することは不可能だ。

 

 だから、俺は勉強は嫌いだ。

 

 だけど、俺は知っている。小中の時も一人はいたからだ。

 

 どんなに勉強が嫌いでも。どんなに勉強を遠ざけても。

 

 

 

 ──当たり前のように難問を解き続ける()()が。

 

 

 

 目の前の少女は、まさしくそれに当てはまる存在だった。

 

 この学校のシステム見抜き、それを自分に付き従う者に情報を流し、そうでない者には流さない。そうすることで自らの配下に取り込もうとしている。

 

 この少女は賢い。そして、生粋の天才なのだ──。

 

「私の勝ちですね、中山くん」

「何だよ100点て。最後の3問とか高1の範囲じゃなかったろ」

 

 坂柳は勝ち誇った笑みで、テスト用紙をチラつかせながら自慢してくる。

 急に三次関数を解けって言われてもそれ高1の範囲じゃないから。解けるわけないじゃん。

 他の2問も、明らかに今の俺たちのレベルを超えていた。

 それなのに、この少女は当たり前のように解いてみせた。

 

「では、今日の夕食は中山くんのこと奢りということですね」

 

 俺との勝負に勝った喜びからか、坂柳の声は自然と弾んでいた。

 

「ならファミレスな。金使いたくないし──っ!?」

「場所は私が決めます」

「そろそろ小指が死ぬからやめてくれない? あー、そろそろプロテクターが必要かなぁ」

「もし装着したなら、他の足を狙うまでです」

「ならそこにも着けるわ」

「では鳩尾を狙いましょうか」

「そんな執念いらねえから!」

 

 せめて小指だけにして!? これ以上被害を広げないでくれないかな!? 

 

 どうして悶絶しながら奢る羽目になってしまったのか。

 それを語るには、少し前まで遡る必要がある。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

 4月の中旬、この学校では早くも水泳が行われるらしい。

 一部の男子がわちゃわちゃ騒いでいたのでその方へ向かおうとしたら、なぜか坂柳に止められた。

 もちろん杖で。

 

「あなたはそういう人ではないと思っていますが」

「そ、そうだな。俺紳士だもんな」

「誰もそんなこと言っていませんよ」

「うっ」

 

 まさか神経系に大ダメージを与える杖まで持っていたとは……

 やはりこの少女、杖ガチ勢だな()。

 

「中山くんは水泳は得意ですか?」

「いや、普通。いつも平均の少し上だし。上の方だけど、それよりも早い水泳部に注目が集まっている間にゴールして誰からの注目も集めない程度の速さだ」

「そこにドヤ顔はいらないと思いますよ?」

「だから心を抉らないで……」

 

 お前毎ターン『きゅうしょ に あたった !』だもんな。しかも杖は俺の苦手属性。よってダメージ4倍。

 痛すぎるぜ! 

 

「まあ、いつも通り目立たない位の速さでゴールするだろうさ」

 

 それが俺であり、俺の()()()()

 そう自分を揶揄していると、坂柳は挑戦的な笑みを浮かべてこう言った。

 

「では、もし一位でゴールできなかったら何か奢ってもらう事にしましょう」

「は、はぁ?」

 

 それは当然、俺には不可能なことだ。

 俺はずっと一位を取っていない。学年上位に食い込むことはたまにはあれど、一位には届かない。

 

「悪いが俺には一位を取ることができない」

「……そうですか。ですが、ちゃんと一位を取ってもらいますよ?」

「……だから無理なんだって。一位なんて」

 

 俺はそうやって消え入るような声でしか答えることができず、そのまま水泳の授業を迎えてしまった。

 

 みんなのやる気がなかったら、一位を取れる可能性だってあるかもしれない。

 そう思っていたのだが、それは叶わなかった。

 

 体育教師が一位には5000ポイントあげる、と言ったからだ。

 水泳が得意だという男たちが躍起になって一位を狙いに来ているのがよく分かる。

 

 水泳で一位になるだけで5000円、高校生の1ヶ月分のお小遣いくらいもらえるのだ。欲しいと思う人は少なくない。

 

「はぁ……」

 

 奢り確定ですね、わかります。

 

「何してんの? そんなに深々とため息吐いて。見苦しいわよ」

「相変わらずの毒舌っぷりだな」

 

 そんな俺を見た神室真澄が歩いてきた。

 

 この少女と出会ったのは約1週間前。たまたま坂柳とコンビニに行ったところ、神室が万引きしようとしてたのを見つけた。それを見かねた坂柳がそれを武器に配下につくように脅しをかけ、無事仲間入り。

 ようこそ我が家へ。我々は今日からみんな家族です! 

 

「これで一位になれなかったら奢れって坂柳が言っててだな……」

「そりゃ気の毒ね」

「絶対そう思ってないだろ」

「私は関係ないもの」

「せめてフォローはして欲しかった……」

 

 どこへ行っても心を抉ってきやがる。坂柳と神室からは直接、それ以外に泣きつけば『リア充爆ぜろ』だぜ? ひどすぎて草枯れるわ。

 

「そろそろあんたの出番よ。せいぜい頑張ってくることね」

「はいはい」

 

 結果はやらなくとも初めから分かっていた。

 予選落ち。5位で、決勝進出にはあと一歩及ばなかった。

 

 決勝に進んでいた里中が女子からキャーキャー言われてたので、リア充爆ぜろと呪いをかけておいたことくらいしか成果がなかった。

 あと田中さんの水着エロかったです。双丘の肉がこぼれ落ちててえちえちのえちでした。

 

「惜しかったですね。もう少しで決勝進出だったようですが」

「これが俺の限界だ」

 

 今回俺は里中の半身後ろを泳いでいた。当然里中は女子からキャーキャー言われ、その間に俺は地味なフィニッシュを決めた。

 誰から何か言われるわけではない。蚊帳の外にされている感じが居心地悪いと感じるのだ。それでも、見学ゾーンにいた坂柳に手を振られただけマシだ。

 

「納得がいきませんね……」

「へ?」

「今回は無しにします。そのかわり、次のテストで私よりも点数が低ければ今度こそ奢ってもらいます」

「えぇ……?」

 

 ますますこの少女が考えることが分からなくなってきた。

 

 その少女の言い分は、まるで()()()()()()()()()()()()()と言わんばかりではないか。

 

「俺はお前の思うほどスペックの高い人間じゃない。成績はいつも中の上、そこから上にも下にもいかないんだ。今度のテストだってお前に勝てるはずがない」

「そうでしょうか?」

 

 坂柳はまるで自分の考えが正しいかのように『おかしい?』と、そういう意味合いの含まれた返事を返してくる。

 

「ああ。だからお前に勝てるわけがない」

「ですが挑戦は受けてもらいます」

「勝手にすればいい。結果の見えている勝負なんてつまらないと思うけどな」

 

 そして冒頭に話は戻る。

 

 案の定俺は負けた。最後の難問を見た瞬間、解くのをやめた。高校一年生が解けるような問題ではなかったからだ。

 

 隣の少女が100点を取ってくるとは思わなかったが。

 

「真面目に解きましたか?」

 

 怒りのこもった声音で坂柳が問い詰める。

 

「ああ、大真面目だ。あんな問題解けるかっての」

 

 平均より少し上を行く俺に、高1の範囲を大きく超える問題が解けるはずがない。

 

「中山くんの負けは負けです。ちゃんと奢ってもらいます。ですが、私は()()()ので、ポイントが振り込まれるまで待ちます」

「そうか。ありがとうな」

 

 俺のお財布事情を考慮してくれるなんて優しいなあ。

 そう思う一方、この少女が俺に何を期待し何を求めているのかが全く理解できなかった。

 

「なあ、なぜ俺が一位を取れると思ったんだ? 俺はそんなにスペックの高い人間じゃないんだが」

「勘でしかありませんが、あなたは私と同じような人間なのではないかと思うのです」

「根も葉もない話はやめてくれ」

 

 俺と坂柳が同じ、つまり天才だと? 

 小学校の頃は確かにまともに勉強をしていなかったけれど、それなりの点数は取れた。しかし、それは小学校の勉強が簡単すぎただけであり、それだけで天才とは言えない。

 

 それに対して、この少女は高1の枠組みを大きく超えた、正真正銘の()()だ。

 

「お前に並ぶ天才はまずいないだろ」

 

 このクラスは比較的優秀な生徒が多い。

 その中でも、微笑みながら俺と相対している少女は、頭一つ抜きん出ている。

 平均の少し上を体現したような俺が、この少女と同じカテゴリー内に存在しているなど夢のまた夢だ。

 

「ふふっ、おそらくそのうち分かりますよ」

 

 柔らかく微笑んだ坂柳からは、僅かに幼さが読み取れた。

 

 それがどうしても頭から離れなかった。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

 5月1日。新たな月に突入し、暖かさも増してきた。敷地のいたるところに生える木々は緑が目立つようになってきた。

 

 この日、ここ高度育成高等学校では節目の1日を迎えていた。

 

 俺は朝起きてすぐ、支給された端末から学校のアプリを開き、残高を確認する。

 16万6256pr。そう表示されており、もともとあった7万2256prから9万4000ポイント増加している。

 

 今月もまた大量のポイントが振り込まれていることに喜びを覚えるのとともに、坂柳の予想が的中していたことに驚きを隠せなかった。

 

 Aクラス内では、坂柳派閥と葛城派閥が火花を散らしている。俺は有無を言わせず前者所属なのだが。

 

 坂柳曰く、もし予想が的中していれば葛城派閥のクラスメイトに葛城に対する不信感を与えることができる。

 今のところ坂柳の思うがままに事が進んでいて、このまま行けば葛城派閥は劣勢に追い込まれる。

 

 ここまで順調に行き過ぎると、逆に何かが起こりそうで怖い。

 

 朝ごはんを食べ、支度をして寮を出る。時計の針は、いつもより一つ小さな数字を指し示していた。

 この寮には学年全員が住んでいる。なので、他のクラスの生徒を見かけることもあるし、クラスメイトにばったり会うこともある。

 

「あれ、もしかして君は……」

 

 ストロベリーブロンドの少女が俺に声をかけてきた。どうやら、向こうは俺のことを知っているらしい。心当たりしかないんだけどね! 

 

「どうも。中山祐介です」

「私は一之瀬帆波! 君はAクラスの子だよね?」

「そうだけど。俺のことは噂とかで色々聞いてるんだろ?」

「にゃははー、やっぱり分かっちゃうか〜」

 

 一之瀬はそう言って笑った。

 

 確か、この生徒はBクラスに所属しているはずだ。時々Bクラスの生徒や担任の先生といるところを見かけていた。

 

「そういえば、ポイントいくら振り込まれてた?」

「うちは9万4000ポイントだな。そっちは?」

「私たちのクラスは6万5000ポイントだったよ」

 

 各クラスごとに振り込まれているポイントが違う。

 Bクラスの方が()()()()()()()()()()()()ということになる。

 

「どちらにせよ、高校生が1ヶ月生活するには十分な額だな」

「そうだね。こんなにポイントを持ってても、持て余しちゃうもん」

 

 そう言って、一之瀬は自分の端末を見つめた。

 いくら所持しているのか気になるところだが、覗き込むことはしなかった。というか、する勇気がなかった。並んで歩く数十cmの距離でも、香水やらシャンプーやら柔軟剤やらの香りで脳がクラクラしているのだ。これ以上は危険地帯、はっきりわかんだね。

 

 それに、人に所持ポイントを聞くというのも『今いくら持ち歩いてるの?』って聞くようなものだ。しかも初対面に。そんなのただの変質者じゃないか。

 

 俺よりもちょっと少ないかな程度だろうと予想して、この疑問は飲み込むことにした。

 

「ポイントが減った基準って何だろうね」

「私語とか居眠り、遅刻じゃないか?」

 

 教室にはいくつもの監視カメラが設置してある。それを使ってクラス全体を見落とすことなく調べ上げ、ポイントの減少に反映させている。

 

「月々に貰えるポイントを増やそうと思うなら、授業を真面目に受けていい成績を残すべきだろうな」

「だね〜」

 

 首を縦に振り、一之瀬は頷く。

 

「おーい、一之瀬()()()!」

「おはよう!」

 

 クラスメイトから声をかけられ、それに一之瀬は答える。

 クラスメイトが言っていた『委員長』とは何だろうか。クラス内の役職なのだろうが、うちのクラスには存在しない。当てはまりそうなのは坂柳だけど。

 

「えっと、君は?」

「俺は中山祐介。Aクラスのパシリ屋だ」

「私は白波千尋。よろしくね」

 

 やっぱり、同じクラスの女子同士ということもあり、仲がいいのだろう。白波が来てから、俺は完全に蚊帳の外。静かにフェードアウトしようにも、なんかそれじゃダメな気がしてきて、どうしようもない状況ってやつ。

 

「この学校って色々変わってるよね」

「そうだな」

 

 と思っていたら、一之瀬が俺に話を振ってくれた。これで気まずい状況から脱出できた。一之瀬ってコミュ力高いね。

 

 この学校の変わったものとは、Sシステムと呼ばれる制度ことだ。この学校にしかない、一味も二味も変わったものだ。

 

「ほんと、頭が追いつかなくて大変だよ」

「ねー」

 

 一之瀬と白波が頷きあう。

 一方の俺たちといえば、基本坂柳に任せておけばいつのまにかなんとかなっているので、頭が追いつかないとか以前に頭を使っていない。

 

「私たち、何すればいいのかさっぱりで」

「今はこの学校のことがまだよく分かってないから、大人しくしておいた方がいいんじゃないか」

「そうだね」

 

 寮から学校までに距離はそう遠くない。

 一之瀬と二人での登校も、短い時間だった。

 

「俺ここだから。じゃあな」

「うん、またね!」

 

 一之瀬、白波と別れて教室に入る。まあ、次の展開はなんとなくわかるよね。

 

 教室の前で美少女二人と別れる。

 それを男たちが見ている。

 目が据わっている。

 

「中山ー!」

「お前、坂柳という美少女がいながら、浮気をするつもりか!」

「違うから! たまたま声をかけられただけだから!」

「結局ハーレムじゃねえかこの野郎!」

 

 男どもが追いかけてきたので、全力疾走。

 って待て待て、橋下速すぎるって! 絶対に捕まるからぁ! 

 逃◯中のハンター経験あるだろ絶対! 

 

「よし、捕まえたぞ!」

「貴様ァ!」

 

 そのあと、ズルズルと引きずられて教室に戻されまして、こってり尋問されましたとさ。

 俺何も悪くないのに……

 

 しかし、それも長くは続かない。

 

「お前ら席につけ」

 

 いつの間にかホームルームの時間だったらしい。真嶋先生の声で無事解放された。

 全員が着席したのを確認すると、真嶋先生は話し出した。

 

「ポイントはちゃんと振り込まれたか?」

 

 朝確認したように、俺の残高には9万4000ポイント振り込まれている。それは他のクラスメイトも同じはずだ。

 

「ちゃんと振り込まれましたが、6000ポイント足りていないですよ!」

 

 声をあげたのは戸塚弥彦という葛城派の男だ。何故か葛城を尊敬している。ちょっとこの男のことよくわかんない。そもそも知ろうとも思わないけど。

 

 戸塚が言うには、本来10万ポイントが振り込まれるべきだ。しかし、振り込まれたのは9万4000ポイントのみ。残りの6000ポイントはどうなったんだ、と言うことらしい。

 

 葛城派の中で、ポイント増減の可能性は上がらなかったらしい。一方の坂柳派は『こいつ何言っちゃってんの?』という小馬鹿にしたような視線を戸塚に向けている。

 

「質問ありがとう。まずはこれを見てほしい」

 

 真嶋先生がホワイトボードに書いたのは、各クラスごとのある数値。

 

 Aクラス 940cl

 Bクラス 650cl

 Cクラス 490cl

 Dクラス 0cl

 

 って、おいマジかよ。Dクラス0なのかよ。

 

「何でしょうか、この数値は」

 

 隣の坂柳が手を挙げて質問する。

 

「これは『cl(クラスポイント)』というものだ。clはクラスごとに与えられていて、1clにつき100pr支給される」

 

 それにしても並びが綺麗だな。なんらかの偶然、というわけでもなさそうだ。

 

「先生、ポイントの並びが綺麗なのはどういうことですか?」

「この学校ではAクラスに優秀な生徒が、Dクラスに落ちこぼれた生徒が集まるようになっている」

 

 なるほど、つまり俺たちは優秀、やったねたえちゃん! 

 

「じゃあ先生、なぜclが減っているんですか?」

 

 またしても戸塚のターン。お前ちょっと出しゃばりすぎや。

 

「私語や居眠りなどがあったからだ。そういうところを細かく評価し、それをポイントに反映したものがこれだ。安心してくれ。Aクラスといえど、この数字は近年稀に見る好記録だ。それほど君たちは優秀ということだ」

 

 一部の生徒から歓声が漏れる。いやお前葛城派やんけ。結構寝てたろ、俺知ってるで。

 

「いいか、一つだけ忠告しておく」

 

 一瞬で空気が張り詰める。真嶋先生の持つ力なのか、それとも生徒自らが緊張からか発しているものなのか。

 

「この学校は実力至上主義だ。卒業後、進学率・就職率100%の恩恵を得られるのはこのAクラスのみ。ここで浮かれていると、あっという間に他のクラスに足元をすくわれるぞ。決して気を緩めることのないように。私からは以上だ」

 

 実力至上主義。この約60万平米、街一個分の世界は実力が全てということだ。

 

 果たして、そんな世界で俺は生きていけるのだろうか。平均より少し上の実力しか発揮できない俺は、もし大海原に放り出されたとしたら、一人で生きていけるのだろうか。

 

 改めて、隣に佇む少女の存在が大きいことを実感させられた。



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順調な滑り出し

まずは日間ランキング12位ありがとうございます。

そして、UA数11000越え、お気に入り550人突破も併せて感謝します。

今回は勉強の疲れの反動や、唐突に別作品が日間ランキング1位に輝いたせいで私のテンションがおかしい中の執筆となっていますので、カオスなことになっているかもしれませんがご了承ください。

でも、そんなよう実もありだと思うんです。


 現在、俺の隣のお嬢様(坂柳)はとてもご機嫌である。

 理由は単純明快、ポイント減少の予想が的中したからだ。

 既にクラス中には『坂柳派では減少の可能性が示唆されていた』という情報が広まっており、葛城派の生徒に葛城への不安を煽らせることに成功している。

 そして、それと同時に坂柳への信頼も高まりつつある。まさに一石二鳥だ。

 

 時折、戸塚がこちらをみては顔を歪めて睨みつけてくる。『葛城さんの邪魔をするな!』そう言いたげな表情をしている。

 悪いが戸塚、俺たちは何もしていないぞ。あくまでも予想をしただけ。逆にそっちが何もしていないだけなんだが? 

 

 そして、今日はポイントが振り込まれた日。つまり、そういうことさ。

 

「今日は5時半に寮の一階のロビーに集合ですよ?」

「分かった。ただし、優しくしてくれよ」

 

 もちろん値段設定をね。16万あるとはいえ、無駄遣いしたくはない。この学校において、ポイントはあらゆるものに使える。真嶋先生は最後にそう言い残していった。

 そうなると、使い道は無数に存在することになる。何にどれだけ必要なのか分からない以上、浪費だけは避けたいのだ。

 

 俺はそういう意図で言ったはずなのに。なのに、なぜか周りが凍りついている。

 喧騒に包まれていたはずの教室もいつのまにか静まり返っていて、坂柳やさっきまで騒いでいた戸塚飛び跳ねて驚き、葛城は苦笑い。そしてみんな俺を凝視したまま動かなくなってしまった。

 あれ、俺ってDI◯様だったっけ? 

 

 だけど、坂柳の顔が赤くなっているので、時が止まったわけではないと安心する。安心できる状況じゃないけど。

 

「優しく、っておま……」

 

 あの橋下や後藤ですら口をパクパクさせて驚いている。神室は少し離れたところでゴミを見る目をしていた。

 

 さあ、もう一度自分自身の所業を振り返ってみよう。

 後藤の反応からして『優しく』が問題だろう。そしてその用法を列挙すると──っ!? 

 

「やっと気付いたみたいだな……」

 

 橋下が呆れた表情をしているが、今ならはっきり分かる。みんなに『優しく』は◯◯◯◯◯◯(教育上よろしくない内容につき自粛)として捉えられてしまったのだッ! 

 

 そこからの行動は早かった。

 

「大変申し訳ございませんでしたァァァ!」

 

 俺は華麗にアクロバティックDO☆GE☆ZA☆を決める。プライド? んなもんとうの昔に下水道に糞と一緒に流したわ! 

 

「中山くん、覚悟はいいですね?」

「イ、イェッサー……」

 

 俺は大人しく小指を差し出す。いつもやられている右足の方は変色しそうだったので左側を出した。

 坂柳が思い切り杖を振り上げた。

 ああ、坂柳が魔王に見える……

 まあ、元々ロリ悪魔なんだけどね──っ!!? 

 

「〜〜!」

 

 声にならない悲鳴が上がる。

 

「うわぁ、痛そうだな」

「あれ食らったら、しばらく歩ける自信がねえぞ」

 

 やべえ、小指が壊死したかもしれない……

 ていうか坂柳さん、あなた非力なんじゃないんですか? 一体どこからそんな怪力が……

 はっ、まさか坂柳、吉田◯保里を内蔵しているのか──!? 

 

「反省しましたか?」

「いや、うん。あれはみんなの勘違いで、その、えと──」

「何か文句でも?」

「ないです」

 

 坂柳ハンパないって! あいつハンパないって! 後ろにめっちゃ修羅引き連れてるもん。そんなんできひんやん普通。

 

 しかし、この後坂柳に奢らなければならない。ここで死んでたまるかッ! 

 

「立ったんだけど!?」

「痛くねえのか?」

「慣れだ慣れ。段々気持ちよくなってきて、最終的には無しで生きていけなくなる体になってくんじゃね?」

「それはアウト」

「薬はあかん」

 

 そんなことはどうでもいい。早く家に帰って身支度を整えなくてはならない。いつも一緒にいるとはいえ、恥ずかしい格好はできない。しばらくそれで弄られる羽目になるからな。

 

「じゃ、俺はお先に失礼!」

 

 小指の痛み? そんなもん我慢に決まってる。Aクラスたる者、堂々としていなくては──。

 

「やっぱ痛え!」

「うるさいわね……」

「あ、すいません」

 

 黒髪ロングの美少女に真顔で注意されたので大人しく屈服しておく。下手に出れば基本どうにかなる。

 プライドは処分済みだから、ためらいなく頭を下げられるのだ。はっはっはっ。

 

 悲しいなぁ。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

 時刻は5時15分、紳士を体現した男である中山祐介は、坂柳を待たせまいとロビーへ降りていく最中にいた。

 15分前とか紳士失格だわ、とか声が聞こえそうだけど、俺には絶対に聞こえてこない。

 

 紳士失格? 笑わせるなよ。

 

 

 放課後にあの醜態を晒しておいて、紳士もクソもあるかって話だよ! 

 

 

 ……失礼、取り乱してしまった。

 

 ま、まあとにかく、足しにもならないだろうが、放課後の償いでもしておこうと思ってだな……

 

 あ、着いた。さて、どうやって出迎えようか──。

 

「遅いですよ、中山くん」

 

 うん、なんとなく察してた。15分前じゃ遅いかもなって思ってた。でも、もしかしたらいないんじゃないかなーとか思ってたけど、やっぱいたわ。

 

「す、すまん。待たせたな」

「いいえ。私が早く来すぎただけですので」

 

 俺はあまり知りたくないと思いながらも、気になって聞いてみた。

 

「ち、ちなみに、どのくらい待ったんだ?」

「10分くらいでしょうか」

 

 はいアウト。完全に遅刻。集合時間に間に合ってるから問題なし? ふざけるな。女の子が集合場所に来た時間が集合時間なのだ。それに遅れた俺は遅刻、恥ずべし。せめて、今来たばかりって嘘でもいいから言って欲しかった……

 

「もっと早く来ればよかったなぁ」

「放課後のことを気にしてるんですか?」

 

 寮から出たところで、そんな後悔の念が漏れ出した。坂柳の言うように、結構気にしているのだ。好感度下げたくないし? 隣のやつに嫌われたら気まずいじゃん? それに俺はガラスのハートの持ち主だからな。

 

「その、あれは本当にすまなかった。そういう意図を持って言った訳ではなかったんだ」

「そうでしょう。中山くんはそんな人ではありませんから」

 

 ああ、感じる。心が浄化されていくのが。

 

「中山くんはいつも私のことを気にかけてくれるじゃないですか。いつも感謝していますよ」

 

 そして俺は決意した。坂柳のことをもう悪魔呼ばわりしない、と。

 

 今まで散々ロリやら悪魔やらなど馬鹿にしてきた自分に猛省する。

 本当はこんなにいいやつなのに。しょっちゅう杖で殴りつけてくるけど、それはただの照れ隠しなのではないか? そう思うようになってきた。

 

「ですが、予定よりも高いレストランに行くので覚悟してくださいね?」

「ですよねー」

 

 そんな考えは一瞬で吹き飛んだ。やはり坂柳は坂柳。いつでも容赦ないのがこの少女の特徴なのだ。

 

 ていうか期待を返せ。

 

 そんな小さな怒りを覚えながらも、雑談で消しつつ俺たちは歩を進めた。

 周りの喧騒から隔離されたかのような錯覚を感じながら歩き続けること十数分。坂柳が指し示したところに、それはあった。

 

 目的のレストランは、ショッピングセンターのあるエリアから少し中に入ったところに佇んでいた。

 

 高いところにしたのは本気のようで、外装からして高そうだった。足りないということはないのだが、いくら飛んでいくのか、想像するだけで震え上がりそうだ。

 

 中に入ると、美人なお姉さんが接客に応じる──っ!? 

 

「おい」

「なぜか不吉な気配がしましたので」

「それは気のせいだ」

 

 そんな雰囲気出した覚えないし。一目惚れされるような人じゃないし。

 

「予約していた坂柳様でよろしいでしょうか?」

「はい」

「ではご案内しますね」

 

 あれ? 予約? 元からここだったの? つまり、初めから高いところだった、と。そっちの方が酷い気がするんだけど? 

 お姉さんの後について席に向かう。

 店内は木が基調の造りで、そこに光が照らされることで暖かさと高級感を生んでいる。

 

 案内されたのは、大きな窓に面する席だった。窓には俺たちの姿がはっきりと映っていた。

 俺たちは対面する形で座った。学校では机の並びの関係上隣同士なだけあって、新鮮だった。

 

「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」

 

 ご注文はお姉さんですなんて言おうものなら、小指を砕かれそうなので妄想にとどめておく。

 

 メニュー表を眺めてみると、この店は洋食も和食も扱っている店らしい。しかも、それぞれに専門のシェフがいるとのこと。

 値段は……うわぁ、いつも『ゴチになります!』ってやってるあの番組で見るような値段ばかりだ。ああ、俺の金ェ……! 

 

 しかし、もう逃れることはできない。今店を飛び出した方が後々大惨事になることは目に見えている。坂柳に嫌われたくないし。

 

 なるべく安い料理で済ませよう。こういう店はどれでも美味いからね! 

 そう思いながら、値段だけを見てメニュー表を読み進めていく。すると、あるページに目が留まった。

 

 そこに大々的に書かれていたのは『シェフのおすすめコース』。内容は名前のままで、旬の食材などの厳選された食材のみを使った料理が、コース形式で食べられるというものだ。

 とても美味しそうなこのコース、ただ一つ問題点があった。洋食コースと和食コースがあることだ。

 洋食専門、和食専門のシェフがそれぞれいるのだ。両方あってもおかしくない。しかし、どちらかに決めろと言われても、そう簡単にはいかない難しいものだった。

 

「中山くん」

「ん? どうした?」

 

 坂柳に呼ばれ、一旦メニュー表から目を離す。

 坂柳が指を指して見せてきたのは、ちょうど俺が気になっていたものだった。

 

「これを食べたいのですが、どちらも魅力的で決められないのですが……」

 

 珍しく坂柳が口ごもる。

 それだけ言いにくい話なのだろうか。坂柳が再び切り出すのを俺はじっと待つ。

 坂柳が再び口を開いたのは、それから少し間があった。

 

「それぞれが別々のコースを頼んで、分け合うというのはどうでしょうか?」

「おお、ナイスアイデア」

 

 これなら誰も損しないね、やったねたえちゃん! 

 

「じゃあそうしようか」

「はい」

 

 店員を呼ぶと、さっきの人がやってきた。

 そして、それぞれが別々のコースを注文した。

 

「予想、当たってたな」

 

 店員がいなくなったのを確認してから、俺から話題を振る。

 この店は穴場らしく、生徒の数は多くない。いたとしても上級生で、1年生らしき人は見られなかった。

 

「そうですね。これで少し優位に立てたでしょう」

 

 坂柳は嬉しそうに微笑む。

 

「正直、ガチガチの実力主義学校だとは思わなかった。授業もフレンドリーな感じだったし、ちょっと驚かされたな」

「そうでしたか? 私はなんとなくそんな気はしていましたよ?」

「え?」

 

 食堂の山菜定食が0ポイントだったこと。コンビニやスーパーの0ポイントコーナーのこと。

 そして、過剰とも言える量の監視カメラ。

 

「上級生の方が山菜定食を食べている光景はよく目にしましたよ」

「あー、確かに。でも俺は0円でどこまで暮らせるかっていうチャレンジをしてるのかと思ったわ」

 

 もちろん嘘だけど。本当のところは、ちょっと疑問に思っただけ。他人事だし、深くは気にしていなかった。

 

「私に嘘は通用しませんよ」

「だろうな」

 

 なにせこの少女は天才なのだから。優秀と言われたAクラスをまとめる存在。俺は中心人物だと思われがちだが、俺がしているのは坂柳の補助。俺の意見でクラスが動くことはそうない。

 

「clが逆転すればクラスは変わります。来月のポイント変動次第なのでなんとも言えないのですが、このままでは変わることはまずないと思いませんか?」

「確かにな。Bクラスとのポイントも300近い。同じように真面目に授業を受けてテストに臨むだけでは、クラスの交代などまず考えられないな」

 

 この学校の恩恵を受けるには、卒業時にAクラスでなければならない。しかし、普通の学校と同じようではBクラス以下が受けようとしても不可能だ。

 

「はい。なので、c()l()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()です」

「まあ、そう考えるのが妥当だろうな」

 

 そうでなければ、わざわざクラスごとに配布するポイントに差をつける必要もないし、クラス替えを行う必要もない。ましてや、Sシステム自体が不要になるかもしれない。

 

「どちらにせよ、俺のすることは変わらんがな」

「私の手足となって働いてくれれば私もそれで満足ですから」

 

 だからなぜそこで満面の笑みを浮かべるんだ。可愛いから許しちゃうだろうが。

 

 ここで前菜が運ばれてくる。食べ物を口に含む時間が生まれ、会話のスピードが下がる。

 

「最悪、俺たちはポイントが減らなきゃそうそう逆転されることはないさ」

「確かにそうでしょう。ですが、それではつまらないと思いませんか?」

 

 口に含んだ食べ物を飲み込んで坂柳の問いかけに答える。

 

「そうだけどさ、わざわざリスク冒してまで戦わなくてもいいんじゃないかと思っちゃうんだよなぁ。もちろん戦うべきところは真っ向勝負すべきだと思うけどさ」

「大丈夫です。私が負けるなど()()()()()()()()

「……すごい自信だな」

 

 それでも信用できてしまうのがこの少女の強さでもあり恐ろしさでもある。

 

 こんなのが敵だったら、敵前逃亡待った無しだね。

 

 坂柳は幸せそうな笑みで食事を進めている。

 それが単純に料理が美味しいからなのか、それとも学校生活への期待感なのか、それともそれ以外の何かに対するものなのか、俺には分からなかった。

 

「さて、堅苦しい話はここまでにして料理を楽しみましょう」

「そうだな。俺が大量のポイントを払ってやってるんだからな。味をしっかり覚えとかないと得しねえもんな」

 

 ちょうど運ばれてきたメインディッシュに目を輝かせ、舌鼓を打ちながら他愛のない雑談へ身を投じる。

 

 俺はやはり、この時間の方が好きだ。

 

「あーん」

「またですか……」

 

 こういうのはかなり困るけどな。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

 フルコースを楽しんだ帰り道。ゴールデンウィーク直前の夜はまだ肌寒いと感じる程だった。

 辺りを吹き抜ける風によって木々は揺れ、葉は音を奏でる。虫たちは揃って歌い、閑散とした夜の世界に華を添えている。

 

 そんな中で、坂柳有栖をこの世界の住人にあてがうなら、間違いなく『女王』だろう。

 街灯に照らされて銀色の髪は淡く光る。その上に載せられたペレー帽は神秘さを醸し出している。

 彼女が歩くだけで絵になり、俺は必要ではないと思わされる。

 

「美味しかったですね」

 

 坂柳は嬉々とした表情で言う。

 一方の俺はというと、色々ヤバい。夕食だけで10000以上減ったし、何より──。

 

「あー、食い過ぎた」

「私の分も食べてくれましたからね」

 

 坂柳は疾患持ちである。そうなると、食事量があまり多くないというのは少し考えれば分かることだった。

 

 料理自体はめちゃくちゃ美味かった。でも、途中から苦痛になってしまうのは仕方ないことだった。

 

「しばらくは質素なやつでいいや」

「山菜定食は0ポイントですよ?」

「流石にAクラスの俺が食ってると変な目で見られるから無理」

 

 Dクラスを軽蔑しているというわけではないが、この学校で『不良品』とカテゴライズされているDクラスと同じ扱いはされたくない。

 Aクラスの生徒なら、それらしくあるべきだ。

 

「また来たいですね」

「俺はしばらくはいい。他の誰かを誘ってやれ。後藤とかどうだ」

「彼と一対一では心配しかありません」

「これ本人が聞いてたら超傷つくぞ……」

 

 ドンマイ後藤。そしてざまあみやがれ! 

 

 やっぱりロリはロリコンには振り向いてくれないらしいぞぉ! 

 

「だからまだ痛いんだから止めろって」

「ならやるしかありませんね」

「ちょっ、おいバカやめろ!」

「あなたよりバカではありません」

「プッ、子供みたいじゃねえか」

「私は子供じゃありません!」

 

 急いで杖の射程範囲内から離脱する。杖さえなければ負けることはない。そして煽りたい放題である。

 

「じゃああれか、コ◯ン型だな。見た目は子供、中身は大人。よかったじゃないか、半分は大人だぞ」

「見た目気にしてるんですからこれ以上言わないでください!」

 

 顔を真っ赤にしてぷりぷり怒ってる坂柳さんありがとうございます。端末で写真に収めてもいいんだけど、これは俺だけの隠し事にしておくことにしよう。この激レアシーンは誰にも渡すわけにはいかん。

 

「おー怒った怒った。可愛いぞ」

 

 また言い返してくることを期待してそう言ったのに、なぜか返事が返ってこない。

 あれ? どうしました? 俯かないで。可愛いお顔が見れねえだろうがァ! 

 

「おーい、大丈夫か?」

 

 流石に1分近くもその状態を続けられると心配になり、声をかけに側に寄る。

 もしかしてやり過ぎた? と思ったら杖がものすごい勢いで脛に。そして激痛がァァァァ!!! 

 

「痛っ! ちょっ、脛はねえだろ!」

「私を散々煽ってきたお返しです」

 

 くっ、こんな時に今日イチの笑顔をしやがって……! バッチリ脳内坂柳コレクションに保存したけどさ! 

 

「くっ、対価が重すぎる……」

「なんのことですか?」

「いや、こっちの話だ」

 

 坂柳のペースにならギリ合わせられる。けど、次食らったら無事帰還できるかどうか怪しくなる。ここからは無心で行こう無心で。

 

 結局、足に痛みが残ったまま10分弱歩き続け、なんとか帰ってこられた。

 

 エレベーターに乗り込み、それぞれの階で止まるようにボタンを押す。

 

 下の方の階の俺は先に降りる。

 

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 

 坂柳と別れを告げ、扉が閉まるのを確認してから自室に戻る。

 

「湿布湿布……」

 

 最近常備するようになった湿布を一枚取り、脛に貼り付ける。

 

 もう少し暴力行為を抑えてくれませんかね……

 

 今日は色々疲れたので、さっさと風呂に入って寝てしまおう。

 ベッドに入ったのはいつもより1時間早かったが、あっという間に意識は闇に誘われた。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

「可愛いって言われたの、本当は嬉しかったんですよ」

 

 扉が閉ざされてから言葉を口にしたところで、彼に届くはずもない。密室内で反響し、遂に誰かがその音を拾うことはなかった。

 

 今日もまた1日が終わる。そしてまた太陽は昇り、新たな1日をスタートさせるのだ。

 

 昨日までと変わらない日々を。この思いが届くまでは。



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懐かしの味とテスト

今回で1巻は終了です。次回からは2巻ですね。Aクラス全く登場してないからどうしましょうかね......

まあ、ちゃんと主人公は絡ませるしどうにかなるでしょ!


 学生の味方ゴールデンウィークを越えると、俺たちは再び学校という名の監獄に身を投じることになる。

 

 そして、俺たちの眼の前に立ちはだかるのは、考査とかいう中ボス。

 いつも平均より少し上とはいえ、少し気を抜けば成績が下がりかねない。それに、赤点で退学とか言っていたから、それだけは避けなければならない。

 履歴書に『成績不良により退学』とか書きたくねえ。

 

 そんな訳で、俺は坂柳派の面々と一緒に図書室に来ていた。葛城派から距離を置くためだとか、ベターな場所だからだとか、俺の脳内ではいくつかの説が上がっている。もし前者だったら、葛城派の扱いが酷すぎて軽く同情するな。ただし坂柳に反抗する輩に慈悲はない。

 

 現在俺は数学と格闘中。数Aがほんと嫌い。俺は無心で解く方が好きなんじゃい。

 

 と、俺が頭を唸られていると、どこからか怒鳴り声が聞こえた。うるせえ。

 

「中山くん、静かにさせてきてください」

「あ、強制なのね」

 

 面倒だと思いながらも坂柳の命令に逆らえないため、ため息を吐きながら席を立つ。

 

 言い争っているのは、おそらくCクラスとDクラスの生徒だ。もう少しこの茶番を見ていたいところではあるが、お嬢がキレそうなので止めに行く。

 

「図書館内では静かにしろ」

「中山くんの言う通りだよっ!」

「あ? 誰だお前……って一之瀬も……」

 

 一之瀬いたのか。俺いらなかったんじゃね? 

 とはいえ、口出ししてしまったので引くわけにはいかない。このままズルズル去って行ったらダサいしね。坂柳に小指潰されそうだし。

 

「どうも、Aクラスの中山祐介です」

「チッ、Aクラスかよ……」

 

 Aクラスって言った瞬間日和出したんだけどこの子。

 

「俺たちも勉強してんの。騒ぐなら邪魔だから出てって」

「あ? Aクラスだからって調子乗ってんじゃねえぞ!」

 

 レッドヘアーくん、沸点低すぎやしませんかね……? 俺はただ常識的なこと言っただけなんだけど? それで胸ぐら掴まれるって……

 

 か な り 恐 怖(便意) を 感 じ た。

 

「まあ、殴るなり何なり好きにすればいいけど、もしやったらどうなるか分かってるよね?」

「そうだね。停学とか、最悪退学になっちゃうかもよ?」

「チッ」

 

 レッドヘアーくんも流石に退学は避けたいらしい。大人しく引き下がってくれたようだ。

 

「ところで、何で言い争いになったんだ?」

「こいつらが煽ってきたんだよ!」

 

 だから声でかいって……お前体育祭とかで応援団長やってそう。性格に難ありだから無理かもしれなけど。

 

「まあ、Dクラスの連中がフランシスコ・ザビエルとか言って自慢してたからな」

「あれ? そこってテスト範囲じゃないよね?」

 

 そこは先週の金曜日に範囲の変更があって、テスト範囲ではなくなったところだ。

 ところがDクラスには話が伝わっていないらしい。この前うるさい、と言われた美少女がありえない、といわんばかりの表情をしている。

 

「先週の金曜日に変更だって聞いたんだけど、Dクラスは聞いてないのか?」

「……そうね」

「なら今すぐ担任に確認を取った方がいい」

「分かってるわよ」

 

 Dクラスの面々は荷物をまとめると、小走りに図書館を後にした。

 

「不良品の担任は不良品ってか。お似合いじゃねえか」

「……言い方には疑問を覚えるけど、Dクラスの担任が無能なのはよく分かるな」

 

 なぜ伝えなかったのだろうか。考査は生徒にとって重要なイベントだ。成績にも大きな影響を与えるので、範囲の変更があったならすぐに伝えなければならない。

 

「Dクラスの担任の先生、ちょっと変わってるよね」

「そうだな」

 

 担任として最低限の業務すら果たせないとはこれ如何に。俺たちのクラスには関係ないから深く気にする必要はないが。

 

 一之瀬と別れ、再びAクラスのメンバーと合流する。

 坂柳からありがとうございます、と言われ、それに答えて再び数学の問題に取り組む。

 

 いつもは騒がしい連中も今日はクソ真面目に勉強しているので、俺も自然とその方へ流される。

 

 気がつけば、時計は19時を指そうとしていた。2時間ほど勉強していた計算になる。

 

「腹減ったな……」

 

 そして夜ご飯の時間帯でもある。腹が減ったと思うと、よりお腹が空いてきた。

 

「そうですね。今日はここで切り上げて解散にしましょう」

 

 坂柳がそう言うと、みんな勉強道具を片付け始める。俺もそれに倣い、諸悪の根源を封印して席を立つ。

 

「中山くんはちょっと待っていて下さいね?」

「俺だって腹減ってるんだけど……」

 

 しかも、自炊派の俺はコンビニ弁当勢よりも食べるまでの時間がかかる。

 誰よりも早く帰らないと餓死しちゃう! 

 

「また坂柳とイチャイチャするつもりか?」

「お前だけ羨ましいぞ」

「あ、僕も女の子と待ち合わせしてるからこれで」

「里中ァァァ!!!」

 

 すげえな、あいつ。自ら男を敵に回すとは。俺には絶対にできない芸当だわ。まあ、そんなことしなくても勝手に敵は増えていくばかりだけどな。畜生め! 

 

 そのあと、男どもからは『早く爆ぜろ』とか『早く結婚しろ』とかありがたい(?)言葉をいただき、女性陣からはニヤニヤされた。だから付き合ってねえって。

 

「で、俺だけ残して何の用?」

 

 実を言うと、少し不機嫌だった。早く帰って飯を食いたかったから。それだけの理由だ。だからか、口調も少しぶっきらぼうになっていた。

 

「中山くんはいつも自炊しているんですよね?」

「そうだけど。だから早く帰って飯作んなきゃいけないの」

「では、私もお邪魔していいですか?」

「はえ?」

 

 思わず素っ頓狂な声が出てしまった。坂柳に急にそんなことを言われたら驚かざるを得ないだろう。

 

「ですから、私も中山くんの手料理を食べたいと──」

「それは分かってる」

 

 確か2週間くらい前に高級レストランで奢らされたばかりな気がするんですけどね。一体何のつもりなんだこのわがまま嬢は。

 

「来たきゃ来ればいいけど。材料は足りるだろうし」

「ありがとうございます」

 

 坂柳はご丁寧にも頭を下げた。

 

 いつも通りに並んで俺たちは寮を目指す。

 いつもはここに神室と橋下がいるのだが、それはあくまでも学校生活のみ。プライベートでは俺と二人でいることが多い。

 

 なぜ坂柳が俺に執着するのか分からない。俺に特筆すべき特徴は何もなく、かと言って昔接点があったとも考えにくい。意外と幼少期の記憶はないから本当はあったのかもしれないが。

 はたまたそれ以外にも何か理由があるのか。少なくとも坂柳に興味を抱かせるような点は何もない。

 

 平凡な人間に天才の思考が分かるはずもなかった。

 

 依然として隣の少女は俺の反対側で杖を地面に打ち付けてゆっくりとした速度で歩き続けている。

 

 浮かべる微笑みはいつもと何ら変わりなく、やはり思考を読み取ることはできなかった。

 

「今日は何を作る予定ですか?」

「今日は……豚バラピーマンでも作っとくか。あれ結構簡単だし」

 

 調理時間たったの10分、その間に早炊きしておけばまだもう一品くらい作れるね、やったぁ! 

 

 腹が減って、早く行ってしまいたいのを何とか我慢して坂柳の隣を歩き続け、やっとの思いで自分の部屋に到着した。

 

 玄関を開け、明かりを灯す。フローリングの床にカーペットが敷かれ、ところどころに置かれた小物が出迎える。

 

「ソファーに座って待っていてくれ。すぐに作る」

「楽しみにしていますね」

 

 ささっと作って大体25分。パーフェクト。それでも俺の腹持ちは限界の様子。

 

 テーブルには白米と豚バラピーマン、味噌汁が並んでいる。

 

「いただきます」

 

 坂柳が一口含む。俺はその様子を麦茶片手に見ている。感想は聞きたいしね? 

 

「美味しいです」

「よかった」

 

 これでまずいとか言われたら一生引きこもっていた自信があった。学校へ出ても葛城派や他のクラスに情報を流しまくっていた可能性だってあった。それくらい俺は情緒不安定なのです。

 

「この味噌汁は自分でだしから取ったのですか?」

「ん? そうだけど。昆布と鰹節、煮干しっていうあたり障りのないやつだけどな」

 

 俺は本だしなど信じん。自分で取るだしが至高なのだッ! 地味に味見が楽しみだったりする。

 

「すごく美味しいですよ」

「ありがとさん」

 

 久し振りに純粋無垢な笑顔を見たかもしれない。

 坂柳は整った所作で食べ進める。背筋はピンと伸び、まるで絵のようだった。

 

「何故か懐かしい味がします」

「そう? 気のせいだと思うが」

 

 俺の料理は母さんから教わったものだ。母さんの味噌汁は隠し味としてさっきのだしにごま油を少量加えている。汁を飲むと香ばしい香りがして個人的にはかなりお気に入りなのだが、それを懐かしいと言うとは。

 

「どこかで食べたことがある気がしますね……」

「どっかの店とかじゃないか? 隠し味にごま油入れてるんだけど、そういうところって意外と少なくないだろ」

「そうですね」

 

 坂柳はまた何事も無かったかのように食べ始める。

 

 もし俺と坂柳が会ったと仮定したら、それはいつのことだ? 中学生の時、俺は杖をついていた少女に会ったことはない。小学生の時もそんな子がいた覚えもない。

 

 ただ、もし坂柳が俺と以前会っていたとなると、俺に興味を示していてもおかしくない可能性もある。

 

 あの日、あの選択をしなければ。そうすればあいつに遭遇することもなかったのに。そうだったら俺は……

 

「中山くん?」

「あ、ああ、何だ?」

「難しい顔をしていたので」

「いや、何でもない」

 

 あの過去は今もなお俺に呪いの如くつきまとう。いくら逃げても、どこまで逃げてもそいつはピタリと俺の背後をつけてきて、世界の果てまで追いかけ回してくる。

 俺は過去のしがらみから逃れられない、弱い人間なのだ。

 

 俺はコップ一杯に注がれた麦茶を一気に飲み干した。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

 坂柳が駄々をこねた。娯楽がないから、らしい。

 

 俺の部屋は何もないわけではない。しかし、それは最低限のみ。必要以上にものを増やさない。それで片付けられなくなってゴミ屋敷と化してしまうのは御免だからだ。

 

「中山くん、何か娯楽ものはないのですか?」

「ないな。ポイントは節約する派だからな」

 

 今月使ったポイントはまだ1万ポイント程度。その半分以上が食費だ。

 

「暇にならないのですか?」

「テレビと端末があれば十分だろ」

 

 ここで禁止されているのは『連絡』のみ。逆に言えばそれだけで、Y◯uTubeの視聴やスマホゲームのインストール、プレイなどは可能だ。

 俺が暇を潰すには十分なものが既にある。

 

「オセロやチェスは置いてないのですか!?」

「人を部屋にあげたの坂柳が初めてだし」

「なっ!?」

 

 いつも俺は遊びに行く側だからな。里中とか橋下とか後藤とかの部屋にはよく入り浸っているぞ。

 里中の部屋にお邪魔するといつも田中さんがいるのはどういうことでしょうか。はっ、まさか──!? 

 

「そういうわけで俺の部屋にはマルチプレイできるゲームは無い。やりたかったら自分のところから持ってきてくれ」

「分かりました! 分かりましたよ! 今からチェスを持ってきます! 中山くんをボコボコにしてあげますぅ!」

「キャラ崩壊してない?」

 

 普段はお淑やかなのに、どうしちゃったんでしょうかね──っ!? 

 

「不意打ち反対!」

「今度ウノでも何でもいいので買っておいてください!」

「はいはい……」

 

 坂柳は俺の小指を杖で殴りつけ、自室へ戻っていった。流石に買ってくるか。毎回取りに行かせるのも可哀想だしなぁ。

 

 ……別の日にもまた来るつもりなのかよ!? 

 

 彼氏彼女の関係でもないのに部屋にあげまくるってどうなのよ。俺の性癖にヒットしていないのが幸いだが、もし坂柳が田中さんとかだったら一線を越えてしまう自信がある。あと一之瀬もレッドラインですねぇ。

 

 待つこと数分、坂柳がチェスの道具を持って帰ってきた。

 

「すまん、ありがとう」

「早速始めますよ」

 

 手際よく準備を始め、俺の先行で始まる。

 

 チェスをするのはいつぶりだろうか。小中とまともに触った覚えはないので、10年以上前か。

 

「……3300ですか」

「何がだ?」

「中山くんには関係のない話です。気にしないでください」

 

 坂柳が発した『3300』という数字。なにかを指し示しているのだろうが、俺にはさっぱり分からなかった。

 

 気がつけば劣勢に追い込まれていた。坂柳はやはりチェスでも天才らしい。

 

「チェックメイトです」

「強いな。俺には勝てそうにもない」

 

 俺の手を数手先まで見抜き、終始圧倒され続けていた。坂柳の腕前はもはやプロレベルだった。

 

「ですが、中山くんも久しぶりにしては強かったですよ」

 

 圧倒されているところにそう言われてもな。いまいち喜び難いんだよね。

 

「私はそろそろ帰りますね」

「ああ」

 

 あぐらの状態から立ち上がり、玄関まで見送りに行く。

 

「じゃあ。また明日」

「はい、また明日」

 

 俺は坂柳がエレベーターに乗り込むまでずっと後ろ姿を見つめていた。

 

 もしかしたら何か分かるかもしれない。そう思ったが、やはり何も見えてこない。俺と坂柳の関係性はここで出会っただけのもの。そう捉えるのが妥当なはず。

 

 なのに、どうしても見たことがある気がしてならなかった。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

「私の勝ちですね」

「さすがに古典以外満点はえぐいって」

 

 高校初めての考査を終え、俺たちは結果を見せ合っていた。

 やっぱり坂柳には勝てなかった。ほぼ満点、唯一満点でなかった古典も98点とか頭どうかしてるぜ! 

 

「中山くんも全教科80点超えじゃないですか」

「真面目に勉強したからな」

 

 これから今回ぐらい勉強しよう。そうしたら坂柳には勝てなくとも、上位に食い込めるだろう。

 

 そもそも、あらゆるところで聞こえてくる点数争いの数字の次元が違うんだよな。当たり前のように90点台が飛び出してくるもん。確かに今回はちゃんとやれば簡単なんだろうけど、流石におかしいって。普通出来る人とそうでない人が混在するはずでしょ? それで優越感に浸るのが最高に楽しいのに(ゲス顔)。

 これがAクラスの実力ということか……! 

 

「気抜いたら一瞬で抜かれちゃうなぁ」

 

 平均より少し上とは地味な順位だ。しかし、裏を返せばそれだけ安定した順位ということであり、低くて悪目立ちするよりはマシである。

 

「私に勝てるように頑張ってくださいね?」

「勝てるとは思えないけどな。でも、やれるだけやってやるさ」

 

 いつまでも負けてばかりではなんかやだ。一科目でもいいから勝ちたいものだ。

 

「おい中山、お前何点だった?」

「ほれ」

 

 後藤が半分煽りながら点数を聞いてきたので、素直に見せてやった。

 

「は? お前高くね?」

「まあ、俺にかかればこんなもんだ」

「つ、次は絶対に勝ってやる……!」

「ちなみにお前は何点だったんだ?」

「覚えてろよ!」

「えぇ……」

 

 返り討ちに出来たのは楽しかったんだけども、点数教えてくれなかったのが納得いかねえ。自分の点数の方が低いからって聞こえてないふりして逃亡したのはもっと納得いかねえ。

 

 そういえば、さっき橋下と点数見せ合ってたろ。ていうかずっと前から勝負やって言ってたもんな、お前ら。

 

「橋下ー」

「なんだ?」

 

 席を立ち、橋下の席へ向かう。

 

「お前どうだった?」

「こんな感じだ」

「意外と高いな」

 

 橋下は80点台から90点台前半の高得点だった。だいたい俺と同じくらい。

 だが、俺が一番知りたいのは橋下のじゃないんだ……

 

「ところでさ、後藤って何点か知ってるか?」

「は? ちょ、橋下言うな──」

「現文が──」

「橋下ォォォ!!!」

 

 なお、後藤の点数は60点台後半から80点台前半だった。

 

「安心しろ、学年平均くらいだ。多分」

「それじゃ納得いかねえよ!」

 

 普通に考えて、この点数も低いってわけじゃないんだけどね。周りが高いから見劣りしてしまうって感じだな。

 

「ロリっ娘を狙ってばかりいないで、高得点を狙ったらどうだ?」

「それは無理」

「よし、じゃあ110番を──」

「マジでやめてくださいお願いします」

 

 真顔で懇願されたので大人しくやめておいてあげよう。Aクラスから犯罪者が出たってなっても困ることしかないし。

 

「じゃあな。いいこと聞けたし、俺は満足」

「橋下、あとで覚えとけ」

「いつでも受けて立つぞ」

 

 何やら戦争が始まりそうなので、そそくさと撤収しておく。

 

「そういえば、このテストは成績にどう反映されるんだろうな」

「clのことですか?」

「そうそう」

 

 クラスの平均によっては多少加算されていてもおかしくないだろう。ただ、それがどれくらいのものなのか、気になるのだ。もしかしたら、1000ポイントを超えるかもしれない。

 

「分かりませんが、考査は学生としてはかなり大事なのでそれなりに入るんじゃないですか?」

「それなりには加算されるってことか」

「そうでしょう」

 

 しかし、年に数回しかないテストだけでクラス順位がひっくり返るとは到底思えない。

 そもそもクラスは実力順で振り分けられており、Aクラスに行けば行くほど平均的な学力が上がっていく。

 

 なくてもいい話なのだが、DクラスがAクラスに上がることはまず不可能だし、BクラスですらAクラスを脅かすには困難を極める。

 

 そう考えると、やはり『clが大きく変動するイベント』があると考えるのが妥当か。

 例えば体育祭。普通の学校では点数で優勝を争いそれで終わりだが、ここならば順位でポイントを割り振ることだって出来る。

 

「要するに、まだ始まってすらないということか」

「そうなのかもしれませんね」

 

 俺たちはまだこの学校に来て2ヶ月しか経っていない。

 この学校について何も知らない俺たちに、この先の困難が予測できるはずもなかった。

 

 どれだけ天才であろうとも、平凡であろうとも、俺たちはまだ()()なのだから。

 

 Aクラスの教室には喧騒が広がる。こうやって余裕ぶっていると、足元をすくわれるのは時間の問題なのかもしれない。



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原作第2巻 〜中山祐介という人間〜
誰に向けたものでもない独白


日間4位に上り詰めました。本当にありがとうございます!
評価バーも無事真っ赤に染まりまして、軽く発狂してました。

さて皆さん、投稿日9/25は何の日か分かりますよね?
そう、よう実11.5巻発売日です。皆さん、財布の確認はしましたか?私はテストを受けてからなので書店に行けるのは昼過ぎですが、必ず手に入れます。
堂々と制服で突撃します(真顔)

あと、今回は幕問という位置付けですので、文字数が超少ないです。すいません。それと、坂柳がいません。マジですいません、許しーー(血まみれで読めない)

11/17 後半部分を差し替えました。迷惑をおかけして申し訳ありません。


 それは突拍子もなく始まった。

 突然校舎裏に呼び出されたかと思えば、頰に強烈な痛みが走った。地面に倒れ臥す俺を、少年が不敵な笑みを浮かべて見下していた。

 

 少年の右手が握りこぶしになっていた。痛くないはずがない。口が切れたのか、口内に錆びた鉄の匂いが充満する。

 

 少年が俺の方へ一歩一歩進めるたびに、俺は這うように後ずさりした。

 しかし背後は壁で、とうとう捕まってしまった。

 

 少年は俺の胸ぐらを掴み体を起こさせると、頰を何度も殴打し始めた。

 

 殴る、殴る、殴る、殴る……

 

 生きている心地がしなかった。時間の感覚も失い、俺の中から痛みという概念は消滅していた。

 

 頰は真っ赤に腫れ上がり、手で触れるたびに盛り上がっているのが感じ取れた。しかし、脳に伝わる感覚はなかった。自分に触れているはずなのに、それが自分でないような錯覚に陥っていた。

 

 立て、そう言われた。逆らえばまた同じ目に遭う。だから俺は立ち上がった。痛みは感じなくとも、精神的苦痛は無限に襲いかかってくる。

 力の入らない足で立ち上がった。生まれたての子鹿のように足は震え上がり、だっせえなと鼻で笑い飛ばされた。

 

 次の瞬間、肺の空気が一瞬にして全て吐き出された。そして鳩尾に足裏が突き刺さり、背後の壁に激しく激突した。

 酸素を求めんと激しく呼吸する。しかし、肺が運動をする度に体に激痛が走る。

 

 そんな哀れな俺を少年は雑魚だと吐き捨て、数回死体蹴りをして去って行った。

 

 薄暗い校舎裏の影地帯は人目につきにくく、声すら出せず助けを呼べぬまま俺は意識を失った。

 

 そしてまた地獄は繰り返されるのだ。

 

 

 

 景色が変わった。ごく普通の一軒家のリビングで幼い少年と少女が遊び、その親と見られる人が何やら話し込んでいる。こちらからは聞き取れないが、楽しげであることは確かだ。

 

 ただ、二人の幼い子供たちの遊びには少し、いや、かなり違和感を感じた。幼少期の遊びといえば、鬼ごっこやかくれんぼなど活発に動き回るものが多い。

 しかし、彼らはずっと室内でおままごとをしていた。それ自体はなんら不思議ではない。しかし、彼らのおままごとに終わりは見えなかった。

 

 次第に、少年と少女は仲を深めていく。

 

 俗に言う、幼馴染、親友、そんな関係になっているのが見て取れる。

 

 二人の表情は靄がかかって一切見ることはできない。

 

 しかし、楽しげな表情なのは眼に浮かぶ。

 

 手を伸ばしても届かず、掴みとろうとしても虚空を掠めるだけ。その輪に俺の存在はなかった。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

 人の性格を形成する要素はいくつかあると言われている。

 

 遺伝的要因が一つ。そして、環境的要因が一つ。

 

 遺伝的要因とは、文字通り遺伝子が性格の形成に関わるというものだ。

 一方で環境的要因とは、人間関係や住む場所、家庭環境などを指す。

 

 遺伝的要因は基本的に先天的で影響を受けにくいが、環境的要因は周囲の環境でその人の性格を大きく変えてしまう。

 

 特に、幼少期は環境的要因が大きく影響してくる。母親が温厚で優しい性格の場合、子もその性格に近くなるし、一方で近所に住む人に悪事を働いてばかりの母親だと、子もそうなってしまう。

 

 幼少期は周りの大人を見て育つため、子は母に似やすいのだろう。

 

 しかし、人格の形成はそれだけではない。

 

 例えば、親からの虐待。例えば、学校でのいじめ。あらゆるマイナス要素が幼い人間の心を深く傷つけ、トラウマとして植え付けられ、本能が保守的行動を起こす。

 

 そしてそれらは何らかの原因で再び想起させ、当事者を永遠に苦しめ続けるのだ。

 

 だが、加害者側に罪があるとは限らない。引っ越し、クラス替えが原因のものは予測不可能であり、仕方のないことだ。

 

 許せないのはもう一方。悪意ある言動、行動によって人間の人格を狂わせて、その後の人生をも捻じ曲げてしまう悪質な人間だ。

 

 絶対に許してはならない。たとえ、それが嘘でも真でも。

 

 

 

 

 

 その男と対面したのは何年振りだろうか。この男がこの学校に来ているとは夢にも思わなかった。

 

 再会は本当に偶然だった。俺と相対するそいつは、あの時と同じ憎たらしい笑みを浮かべて、喉を鳴らしていた。

 

 俺がその男の名前を忘れるはずがない。あの日、俺の精神を完膚なきまでに叩きのめし、破壊した男。

 もう出会うことはないと思っていた男に恐怖を覚える。

 あの時とは違う、そう思っても、本能が警鐘を鳴らす。心臓が鳴らす鼓動は時が進むたびに加速する。

 

 足は震え、地に根を張ったように硬直する。喉は乾ききって、呼吸のたびに喉が痛みを訴える。

 

 男は何もせず、ポケットに手を突っ込んだまま俺を見て嘲笑うだけ。それでも、俺にとってそれが嵐の前の静けさにしか見えず、思考がショートしてしまう。

 

 こうして俺とこいつが再会してしまったのも、全て俺のせいなのだ。当然、誰のせいでもない。再会するなど思いもしなかったのだから。

 

 だが、どんなに悪夢が繰り返されようとも、俺はこの男を許さない。

 幸い、この学校は実力主義だ。実力を測る指標ならいくらでもある。

 

 過去を断ち切るために。俺が俺であるために。俺はこの男に復讐しなければならない。

 

 俺は憎しみを込めて、その名を震えてしゃがれた声で叫ぶ。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

「ふぅ……」

 

 コンビニの中にある休憩スペースで、俺はアイスコーヒーを一口だけ飲む。

 ここには俺以外いない。とても静かで、コーヒーを飲む音やコップを置く音がいつもよりもはっきりと耳に残る。

 

「本当ならカフェに行きたかったんだけどな……」

 

 珍しく、坂柳は他のクラスメイトと遊びに行くらしい。何をするのかと疑問に思ったが、追求することはしなかった。遊びに行くと言っているのに、他クラスの調査なんじゃないかと聞いたらそれこそ失礼だと思ったからだ。

 

「やっぱり一人は落ち着く」

 

 朝から変な夢を見てしまったせいで、思い出したくないことまで思い出してしまった。

 あの時の痣はもう消えている。小学生の時だから当然だが。

 一体、今あの男は何をしているのやら。中学校卒業以来顔を見ていない。

 とはいえ、この学校に進学していないとも限らない。学校の敷地は広いのだ。教室は近いとはいえ、今まで偶然会っていなかっただけなのかもしれない。

 

「……んなわけないか」

 

 流石にそれは思い込みが過ぎたか。入学して1ヶ月半、あれだけ目立つ男を今まで一度も見ていないなどあり得ない。どうせ別の学校に進んでいるのだろう。

 

「やめだやめだ」

 

 そこまで考えて首を横に振る。

 思い出したくもないことをここで自ら思い出すという愚行をするわけにはいかないからだ。

 あれは過ぎ去ったこと。完全に過去の話だ。あれから色々なことがあったが、今俺はここにいる。それでいいじゃないか。

 坂柳という美少女に出会ってそれなりに充実した学校生活を送っている。まとわりつく足枷はないし、毎月大量に支給されるポイントのおかげで生活にも困らない。これ以上を求める必要はない。

 

 ちびちびと飲み進めていたコーヒーの残りを飲み干す。

 いつまでもここに居続けるわけにはいかない。そう思って出口に向かった所で、見知った顔に出会う。

 

「あっ、中山くん」

「一之瀬か」

 

 6月が迫り、気温が上がってくる頃だ。一之瀬は清涼感溢れる白のワンピースに身を包んでいた。

 本人がどれくらい意識しているのか知らないが、男にとっては相当危険である。少しでも下に視線を向ければ、凶器を目に映すことになる。

 

「中山くんは何してたの?」

「たまには一人でいたいと思って、そこでコーヒー飲みながらぼーっとしてた」

「あー、坂柳さん?」

「当たり」

 

 一緒にいる時間が至福であるのは紛れもない事実なのだが、たまには一人でいたいと思うこともある。

 

「一之瀬は何しに来たんだ?」

「今日暑いでしょ? だからアイス食べたいな、って思って」

「なるほどな」

 

 一之瀬がアイス売り場の方へ向かったので、俺もそれについて行く。

 チョコアイスからあずき、ソーダのものまで様々だ。

 一之瀬がどれがいいかな、と独り言を漏らしながら決めるのを待っているのだが、それを見ていると俺まで食べたい気分になってくる。

 カリカリ君でいいか。安いし。

 

「「あっ……」」

 

 そう思って伸ばした手が重なった。俺が触れたのは冷たいアイスではなく、暖かく柔らかな肌だった。

 俺は慌てて手をどかす。その時に手をぶつけてしまったようで、手のひらがヒリヒリと痛む。

 

「ご、ごめん」

「いいよいいよ」

 

 頭が混乱した俺は、とりあえず謝罪の言葉を並べた。

 胸の前で手を振って、一之瀬は許してくれたが──俺たちは一体何をしているんだ。

 これじゃまるで両思いだけど告白に踏み出せていない初心なカップルじゃないか。一之瀬の顔が赤いが、それは俺も同じだろう。今、とても顔が熱い。

 

「とりあえず買おっか」

「お、おう」

 

 一之瀬からカリカリ君を受け取り、レジへ向かう。

 平静を保とうとしても、定期的にあの光景が一之瀬の柔らかな手の感覚と共に襲ってくる。

 そのたびに、顔がゆでだこと化すのを感じるのだ。

 

 会計を済ませ、休憩スペースに逆戻りする。

 さっき俺が一人で居た時と同じようにすごく静かで、カリカリ君をかじる音しか聞こえてこない。

 男とならば会話が弾むのだろうが、今隣にいるのは坂柳と違うベクトルの美少女。

 さっきの一件も相まって、気まずい雰囲気が流れている。そのせいで、なかなか話し出しにくい状況が生まれている。

 

 俺はさっさと食べ終わってしまったが、一之瀬はゆっくり食べる派のようで、カリカリ君を少しだけかじったり舐めたりしている。

 そんなことをしていると、アイスはあっという間に溶け出してしまう。

 

「一之瀬、垂れてるぞ」

「あっ」

 

 俺が教えてやると、一之瀬は側にあったティッシュを取ってアイスを拭き取る。

 そのあとは流石にかじって食べていた。これ以上被害を広げない方がいいと思ったのだろう。

 

 ……それにしても、なぜ一之瀬はこんなにも無防備なのだろうか。

 誤って路地裏にでも入ってしまえば120%連れ去られるし、海に行けば何回もナンパされることだろう。

 今も二つの凶器が暴れまわっている。

 そういうことに気を使わないと、いつか痛い目に遭うぞ。

 

 視線を外に向けると、籠の世界が広がっている。

 俺が見知ったコンビニは、外にポストがあった。しかし、あまり必要性がないからか設置されていない。

 小学校時代、遠くにいる誰かに向けてよく手紙を送ったものだ。

 その人とは関わりが深かったのだろうが、今では記憶が薄れていて思い出すことができない。

今思えば、なんで俺はあんなに躍起になって何度も何度も手紙を送りつけていたのだろうか。その人と俺はそんなに親密な関係にあったのか?

 

「中山くん」

 

 あの人は今どこで何をしているのだろうか。今朝の夢が関係していそうだが、思い出すことはできなさそうだ。

 

「中山くん」

「ん?」

 

 どうやら、一之瀬が声をかけ続けていたらしい。肩を叩かれてようやく我に返った。

 

「全然反応してくれないから心配になっちゃうよ」

「ごめんごめん。気づかなかった」

 

 一之瀬は一瞬頰を膨らませて不機嫌そうな顔をしたが、席を立つ。

 

「私は友達と遊ぶ用事があるから行くね」

「おう」

「中山くんも来る?」

「……いや、やめておくよ。Bクラスばかりだろ? その中に俺がいたら周りになんと思われるか分かったもんじゃないからな。気持ちだけ受け取っておくよ」

 

 本当なら一緒に行っても良かったんだが、この学校の特殊な環境がそうはさせてくれない。断腸の思いで誘いを断った。

 

「こっちこそごめんね」

「いいっていいって」

 

 じゃあね、と手を振る一之瀬に俺も振り返し、再び一人になる。

 もともと帰るつもりだった。だから、一之瀬の姿が見えなくなったのを確認して俺も席を立つ。

 アイスのゴミを捨て、自動ドアを潜る。

 少しばかり進んで振り替えると、そこには見慣れたコンビニが佇んでいるだけだった。しかし、どこにもポストはない。俺の思い出はもうどこにもなかった。



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本当の幕開け

前回のコンビニのやつ、かなり賛否両論ありましたね。ただ、低評価が流れ込んでくるとモチベが下がってしまいますね......

もしまたやるとなったら、前回のもまとめて別枠で投稿するかもしれません。


 嫌な夢を見たものだ。真夏でもないのに汗をぐっしょりかき、服を着たまま水に飛び込んだのかと思わせるほどだった。

 

 風呂に一目散に向かって汗と気持ち悪さを洗い流し、背筋の凍るような恐怖をお湯で中和する。

 

 シャワーで体を洗い流し、制服を見に纏う。

 

 夢はあまり覚えていないことが多い。しかし、時々やけにはっきりと覚えている夢がある。

 

 今回のがまさにそれだった。身に降りかかる拳を思い出す度に身の毛のよだつ思いをし、恐怖に体を震わせる。

 

「はぁ……」

 

 煌々と輝く太陽とは対照に、俺の心は底知れぬ沼にはまっていた。

 

 俺は見えない何かから逃げるように端末に光を灯した。今日は6月1日だったからだ。しかし、そこに光る数字は一つ足りとも変化せず、これも悪い夢なのだろうか。

 

 いや、まさか。Aクラスがポイントを全て吐き出すはずがない。流石に夢ではないかと思って頬をつねっても、さっき悪夢から覚めたばかりであり、当然ベッドから起き上がることもなかった。

 

 さらに端末を操作して、各クラスのcl一覧を開いても、Aクラスが0になっている痕跡はない。むしろ1004と数字を増しているくらいだ。

 

 国管轄のこの学校に限って、システムトラブルなど起こるまい。

 そうなると、clに関わりかねない事件や事故が発生した可能性があるということだ。

 

 突然、端末が振動した。電話の相手を確認し、端末を耳に当てる。

 

『おはようございます、中山くん』

「ああ……おはよう」

 

 電話の相手はいつも通りの口調で社交辞令をしてきた。

 

『中山くん、いつもより調子が悪いのですか?』

「いや、寝起きなだけだ」

『ならいいのですが』

 

 半分嘘で、半分事実である言い訳をした。シャワーを浴びたとはいえ、まだ寝起き。恐怖はまだ残り、そのおかげで頭が機能しきっていないのだろう。

 

 坂柳の言う用事とは、間違いなくポイントのことだろう。

 

『中山くん、ポイントは振り込まれていましたか?』

「いや、全く」

 

 坂柳は予想通りの質問をしてきた。振り込まれていないのを再確認して、俺は答えた。

 俺だけ振り込まれていないという可能性もあったが、坂柳もだとは。もしかしたら、Aクラス全員、いや、学年全員という可能性もある。

 

『学校のシステムトラブルでしょうか?』

「どうだろうな。国立の学校がそんなことやらかすとも思えんけどな」

『となると、ポイントを配布できない特別な事情でもあるということでしょうか』

「まあ、それが妥当だろうな」

 

 万が一それでポイントの変動が起こっても、俺たちには関係のない話だ。

 

『分かりました。ありがとうございます』

「ちゃんと振り込まれるといいな」

『そうですね』

 

 坂柳との電話を終え、端末を机に置く。悪夢に強制的に起こされたので登校まではあと10分ほどある。

 少し早いが、早いに越したことはないのでもう出てしまおう。

 

 学校に向かう時も、ポイントが振り込まれていないという声があちらこちらから聞こえてくる。

 特にDクラスの生徒の嘆きは大きなものだった。今月、Dクラスは87ポイントを手に入れていた。

 金額にして8700ポイント。節約すれば生活できるくらいの額だ。

 

 いつもよりも時間が早く、教室にいたのは数人程度。当然、葛城派の人間も、坂柳派の人間もいた。

 

「ねえ、中山くん」

「ん? どうした?」

 

 俺は、平静を繕いながらも驚いていた。決して女子への耐性がないわけではない。むしろ坂柳のおかげでつきまくっている。

 俺が驚いたのは、この女子生徒が葛城派の生徒だったからだ。

 

 だからか、相手の女子生徒もしどろもどろに話を進めていた。

 

「その……ポイントって振り込まれた?」

「いや、振り込まれてないな。もしかして、そっちも?」

「うん……」

 

 やっぱりか。事件が起こった可能性が高いな。

 

「何か原因って知ってる?」

「いや……詳しくは分からないな。学校側にトラブルがあったか、生徒側に問題があったか、どっちかだと思うけど」

「えっ!? 私たち何かしちゃダメなことしちゃった?」

「俺たちは何もしていないけど、他のクラスで何かあったのかもしれないぞ」

「そ、そうだよね……よかったぁ……ありがとう」

 

 女子生徒は安心した様子で自分の席に戻っていった。

 

 そういえば借りていた本があった。そう思い、文庫本を開いた。本の世界に入ることで朝の悪夢を忘れようとしたのかもしれない。

 

 その甲斐もあってか、時間を忘れて本を読み続けていた。25ページほど進んだところで、いつもの小指に激痛が走った。痛い。

 

「中山くん、本を読むのをやめてください」

「もうそんな時間か。でも、わざわざ杖を使う必要はなかっただろ」

「その方が面白いリアクションを見れると思いまして」

「だからって俺の小指を犠牲にしていいわけじゃないんだけどな?」

 

 そろそろ俺の小指が限界に差し迫っている。今度小指の防御を固めることにしよう。

 

 だが、真嶋先生が教室に入ってきたことにも、坂柳が登校してきたことにすらも気づかないくらいに没頭していたのは事実。

 後ろの方の席だったから安心感はあるけども、最前列だったらただの恥さらし。

 

「ポイントの振り込みだが、少しトラブルが起きていてもう少し時間がかかる。すまないな」

 

 真嶋先生がそう言うと、戸塚が焦りを含んだ口調でまくし立てる。

 坂柳派の中では、すぐにしゃしゃりだす面倒な男という印象が板についている。

 

「先生、ちゃんと10万400ポイント振り込まれるんですよね?」

「ああ。それは保証する」

 

 よかった。うちのクラスは問題ないようだ。もともと、Aクラスの生徒が問題を起こしたと言う話は聞いていなかったが。

 

「先生、どこのクラスが関係しているかなど教えて頂けませんか?」

 

 うるさい戸塚の代わりに、俺が質問する。

 

「今はまだ教えることはできない」

「では、事件の内容は」

「それもまだだ」

「……分かりました」

 

 結局この日は原因を知ることが出来ぬまま流れていった。しかし、真嶋先生は『今は』と言っていた。おそらく近いうちに知ることができるはずだ。

 

 俺の願いが叶ったのは、それから2日後のことだった。

 

「ポイントが振り込まれていない理由だが、Dクラスの須藤健という男がCクラスの生徒を殴ったという事件が発生したからだ」

 

 もしかしたら、図書館で騒いでいたあの赤毛の男のことか? 

 だとすれば、Dクラスは相当大きな爆弾を抱えてしまっていることになる。この前は無事テストを乗り切ったようだが、その直後にこんなことをされたらたまったものではないだろう。

 

 俺がそう分析している間、クラスは非難の嵐に包まれていた。一人の男のせいで10万ポイントという大金が振り込まれなくなっているのだ。納得がいかないのは当然だろう。

 

「んだよ、不良品のくせに……!」

「須藤って男、最低だよな」

 

 Aクラスといえど、やはり人間。集団心理が働いてしまい、僅かに上がった罵詈雑言はあっという間に全体に広がった。

 

 それに紛れて、坂柳が俺の肩を(つつ)く。

 

「中山くん、この一件に少し手を出してみませんか?」

「うちは関係ないだろ。無理に首を突っ込む必要はないんじゃないか」

「他のクラス同士だからこそです。他のクラスがどんな仕掛けをするのか、よく観察しておくのも大事です」

 

 なるほどな。これからの戦いを見据えておくのも大事ってことか。さすが坂柳さん、そこに痺れる、憧れるゥ! 

 

「ん、分かった。ただ、期待はするなよ」

「頑張ってくださいね」

 

 実力至上主義の前哨戦、そんな位置付けで今回の件を見ておこう。

 

「静かにしろ」

 

 真嶋先生の声が喧騒を切り裂く。一瞬で静まり返り、視線が一点に向けられる。

 こういうところはいいんだけどな。

 

「そこで、もし事件の目撃者がいればここで名乗り上げて欲しい」

 

 だが、誰も手を挙げなかった。場所は特別棟、よほどのことがない限り行かないだろう。

 この時期あそこは熱がこもってしまい、いるだけで汗を大量にかいてしまう。

 

「いないか。分かった」

 

 結局、最後まで手を挙げる人は現れなかった。

 

「事件の内容が判明した以上、すぐにポイントが振り込まれるだろう」

「本当ですか!?」

「ああ、それは保証する」

 

 ただ、それがいつかは教えてくれなかった。ただ、ポイント自体は大量にあるので、俺としては急ぐ必要はないと思っている。

 

「ただし、万が一知っている生徒がいるのであればこの後直接話しに来い」

 

 そう言い残し、真嶋先生は教室を後にした。

 

「中山くん、どちらへ行かれるんですか?」

「用を足しに行くだけだ」

「では、聞かないほうがよかったですね」

「ああ」

 

 相変わらずこの件に関する話題が絶えない教室を後ろに、俺は歩き出した。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

 翌日の放課後、DクラスがBクラスに聞き込みしているのを見かけた。

 しばらくは坂柳と離れての行動になるので、自分の事情だけで動くことができる。それがいいのか悪いのかは分からないが。

 

「なあ、何してるんだ?」

「中山くん、聞いてよっ!」

「例のアレか?」

「そうそう! 何か知らない?」

 

 クラス関係なく全員と仲良くなるのが目標だという少女、櫛田が俺の両肩を掴んでぐいっ、と迫ってくる。この少女の前ではパーソナルスペースが無意味になってしまう。逆にそれが怖いのだが。

 

「というか、まず詳しい状況を教えて欲しいんだが」

「ご、ごめんね」

 

櫛田が言うに、須藤健という男はCクラスの生徒を一方的に殴りつけ、相手に怪我を負わせてしまった。だが、Cクラスの生徒が脅してきて殴られそうだったので、須藤が先に殴った、と。

要するに、Cクラスの生徒は嘘をついているらしい。

 

「いや、知らないな。だが、手伝いくらいはできるぞ」

「ほんと──」

「悪いけれど、手伝いは要らないわ」

 

 櫛田が嬉しそうにしているのをよそに、黒髪の少女が真っ向から否定してきた。

 

「いいんじゃないのか。もしかしたらAクラスから何か情報が得られるかもしれないぞ」

「Bクラスですらあまり信用していないというのに、Aクラスは尚更ね。それに、Aクラスがわざわざ首を突っ込む必要はないわ」

 

 Dクラス側唯一の男子生徒が俺に助け舟を出してくれたが、黒髪の少女はそれすらも正論で一刀両断した。

 

「まあ、確かにそうだろうな。だけど、うちのクラスでもポイントを早く振り込めってぼやく生徒がいるんだ。それに、これはAクラスとしてではなく個人的に協力したいと思っているだけだ」

 

 坂柳に頼まれただけではあるが、クラスとしては静観の方針で決まっている。

 

「人数が多い方が効率はいいだろう。聞き込みくらいしかできないだろうけど、どうだ?」

「それ、私も手伝っていいかな?」

「え? 手伝うの?」

 

 教室の中から一之瀬がやってきて、俺と同じように黒髪の少女に申し出た。

 近くにいた白波から疑問の声が上がるが、一之瀬は大丈夫だよ、と言った。

 

「どうするの? 堀北さん」

 

 櫛田が黒髪の少女に問いかける。名前は堀北というらしい。あとで男の方にも聞いておかないと。

 

「……聞き込みなら手伝ってもらおうかしら」

「分かった」

「任せて!」

 

 無事俺たちの仕事が決定したところで、堀北たち一行はありがとう、と言い残して去っていった。彼女たちの方が忙しいのだろう。厄介なクラスメイトを持つのは大変だな。

 

 その場に残った俺たちは、早速聞き込みの方法について意見を交わすことに。

 

「じゃあ、どうやって聞き込みしよっか」

「直接聞くのは効率が悪いし面倒だな」

「じゃあ、掲示板はどうだ?」

 

 さっきからずっと一之瀬のそばにいた男が初めて口を開いた。坂柳にくっつく自分を見ているみたいだ。

 

「へえ、そんなものがあるのか」

「うん、これなんだけどね」

 

 一之瀬が見せてくれた掲示板は、俗に言う『裏掲示板』というものらしく、書かれている内容はなかなか闇が深いものもあったので、あとでしようとするのはやめた。もうやだ女子コワイ。

 

「じゃあ、ここで情報提供を呼びかけて、情報をくれた人にはポイントを譲渡するって感じでいいかな?」

「ああ、それがいい」

 

 一之瀬の案に賛成し、こちらの方針も固まってきた。

 

「ところで、お前名前は何だ? 俺は中山祐介だ」

「俺は神崎隆二だ。よろしく」

「よろしくな」

 

 差し出された手を取って、2、3秒ほど握手を交わした。

 

「それにしても、Aクラスってすごいよね。今clが1004だっけ?」

「そうだな」

 

 Bクラスもそれなりに伸ばしていたが、やはりすぐには縮まらない。

 

「そういえば、夏休みにバカンスに連れていってくれるとかって話があったな」

「ああ、そんな話もあったな」

 

 神崎の言葉で、話題がそちらへ移っていく。

 

「でも、正直怪しいよね。ただのバカンスじゃない気がするっていうか」

「まあ、そうだよな。今月になってもポイント差はほとんど縮まっていないし、夏休みにそういう()()()()があってもおかしくないだろうな」

 

 もし何もないのであれば、よほどのことがない限り俺たちがAクラスのまま卒業、進学率・就職率100%の恩恵を手に入れることだろう。

 だが、実力至上主義を謳うこの学校で、そんな俺たちにとって都合のいい話があるはずがない。

 

「だけど、それはその時になってから、だよね」

「そうだな」

 

 今はまだ確定した話でない以上、気にしてばかりではどうしようもない。それよりも、今大事なのは目先のことだ。

 

「じゃあ、目撃者の件は何か情報が入ったら教えてくれ」

「うん、任せてね」

「ああ。すまないな」

「ううん、全然気にしなくていいよ!」

「そうか。俺もそろそろ時間だし、他のクラスの前で長居しているのも良くないだろうから、そろそろ行くぞ」

「うん、ありがとう!」

「ああ」

 

 一之瀬、神崎と別れて階段をひた歩く。

 

 事件は解決に向けて順調に進み始めた。あとは、俺の参加に否定的な堀北の視線をかいくぐって櫛田や冴えない男子生徒に接触し、Dクラスの取る行動を観察すれば俺の任務は完了だ。

 

 今まで膠着状態が続いていただけに、学年内で動きがではじめたのだ。この程よい忙しさが充実感を生み、俺の心を満たしているのだろう。

 

 真っ赤に燃える夕日の下、軽い足取りで寮へ向かった。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

 放課後のDクラスの教室、そこで綾小路と堀北、櫛田は、Cクラスの嘘を証明する方法を模索していた。

 

「今のところ目撃者はなし、ね……」

「このままだと嘘だと証明できるだけの証拠は集まらないな」

 

 堀北は頭を抱えていた。綾小路の言うように、証拠も、情報も、圧倒的に不足していた。

 須藤は人の気配がしたと話していたが、見たわけではないし、いた気がするというだけの話だ。

 

 今はAクラスとBクラスからの情報提供を待つしか方法がないのだ。だが、審議までは1週間もない。

 

「ただでさえ時間がないというのに、このままではね……」

 

 堀北は顔を歪めて言う。

 

「やっぱり須藤くんを切り捨てた方が良かったかしら」

「そ、そんなことはないよ! ほ、ほら、須藤くんって運動出来るよ!」

「でも、それ以外が壊滅的では結局マイナスじゃない」

 

 櫛田のフォローにも堀北は容赦なく食い掛かる。

 

 先のテストで、綾小路と堀北は須藤の退学を食い止めるために、英語で足りなかった一点分、二人合計10万ポイントを支払っていた。

 

 堀北なりに須藤の運動神経を高く買い、数万ポイントも支払い、その上須藤に頭を下げたのだ。

 それだけに、今回の事件で須藤への不信感はさらに強まっていた。

 

「それにしても、あのAクラスの中山という生徒がこの件に絡んできているのがどうしても気がかりなのよね……」

 

 もしDクラスが負ければ、Dクラスのclは減らされる。それと同時に、Dクラスに加担したAクラスとBクラスも少なからずダメージを受けることになる。

 

 Cクラスと争っているBクラスはまだしも、Aクラスが関与する必要性は全くない。

 

「仮に中山が目撃者だったとしたら、すでに名乗り出ているはずだし、オレたちにも伝えてくれているはずだからな」

「ますます理由が分からないわ……」

 

 堀北にとって、中山祐介という少年は不可解でしかなかった。

 図書館で一之瀬とともに仲裁に入ったり、なんのメリットもない今回の一件に自ら関わってきたり。

 

 一之瀬も相当なお人好しだが、中山はそれ以上なのではないかと考えていた。ただ、堀北は完全な善人はいないと考えていた。

 

「利用されているのかしら……?」

 

 Aクラスであるという点、リスクを冒してまで接触してきた理由。堀北には、それが限界だった。

 

「助けてくれるだけありがたいと思った方がいいだろうな」

「そうね……」

 

 ただでさえ情報がないAクラスの一生徒について考えても、何も見えてこない。堀北はその結論にたどり着かないほど愚かではなかった。

 完全に出遅れたDクラスにとって、目先の問題を一個一個片付けていくのが何よりも重要であると、本気でAクラスを目指している堀北はよく理解していたからだ。

 

「今日はここまでね。これ以上は時間の無駄よ」

 

 堀北は教室を後にした。

 綾小路と櫛田はそれをただ見つめているだけだった。

 




11.5巻面白かったです。下校後全力で自転車を漕いだ甲斐がありました。


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約束の裏に

坂柳成分が少ないという旨の感想をいただきましたので、今回はたっぷり10000文字盛り込んでやりました。気がついたらこんなに長くなってました。

で、でも坂柳がたくさん見れるならそれでいいよね!3巻の前にたくさん出しておかないと(使命感)

それと、いつも誤字報告してくださっている方、本当にありがとうございます。これからもお世話になると思いますが、どうかお許しを。私自身だけでは意外と気づかないことが多いんですよね・・


 審議まで後3日と迫る中、俺と坂柳は昼間から街に繰り出していた。たまには休まないとね。それに、俺自身あんまり重要なポジションじゃないからね、バレないよね。

 

 暦は6月、梅雨入りはまだとはいえ暑い。暑くて溶けそうである。

 

「随分と暑そうですね」

「お前は汗かかんのか」

 

 俺がすでに汗だくになっている中、坂柳は涼しげにしている。

 

 俺は早すぎる日焼けのせいで肌が黒いが、対照的に坂柳の肌は雪を彷彿とさせる白さだ──っ!? 

 

「何ですか、ジロジロ見ないでください」

「あ、ああ、すまん」

 

 痛いのは事実。だけど、いつもよりは痛くない。理由はただ一つッ! 

 

「というか、プロテクターつけましたか?」

「当たり前だ。このまま歩けなくなったらどうするつもりだ」

「私が介護してあげましょうか?」

「それはそれであり──って次は薬指かよ!」

 

 せっかく小指を守ったのに、今度は薬指だ。こっちもプロテクターをつけるしかない。

 

 でも、坂柳の介護って悪くないよね。……いや、ロリに介護されてる男ってなんかやだ。

 

「何ですか、また薬指に杖を振り落としてあげましょうか?」

「やめてください」

 

 急いで煩悩を振り払わなければ、俺の足が危うい。今度足の指全部にプロテクターをつけに行こう。整体師の人に怪しい目で見られても構うもんか。俺の健康な生活の方が大事なんじゃい。つけた時の違和感は気合でどうにかします。

 

「んで、今日はどこへ行くんだ?」

「特に予定はないですよ。ただ、家にいるのが暇だと思いまして」

 

 まさかの行き当たりばったりだとは。俺も特にいきたいところはないしなぁ……と思ったけど、やっぱりあのゲームやりたいんだよね、アイス◯ーン。

 今までは本体すら無くてお小遣いが足りなくて買うことができなかったけど、今は親の監視もないしポイントも十分にある。多少の支出は仕方ないね。

 

「そこの家電量販店に寄ってっていいか?」

「ええ、いいですよ」

 

 本体とかは後でまるごと家に配送して貰えばいい。送料がかかるだろうけど、すぐ近くだし問題ないよね。最悪ロビーまででいいし。

 

 坂柳の了承も得たところで、店の中へ。冷房の効いた涼しげな空気が身を包み、とても快適だ。

 

「えーっと、ああ、あったあった」

 

 ゲームやらが売っているコーナーに、それはかなりの広範囲を占領して置かれていた。さすが人気タイトル、格が違うね。

 

「これですか。面白いのですか?」

「ああ。昔からやってるんだけど、大人数でやるとより楽しいんだよなぁ」

 

 ソロでタイムアタックする人外もいるが、モン◯ンとは友達とプレイしてこそというところがあるからな。

 

「では、私も買いましょうか」

「え? 買っちゃうの?」

「とても面白そうなので。ダメでしたか?」

「い、いや、別にいいけど」

「では決定ですね」

 

 うん、本人にそういう意図はないんだろうけど、自然と俺を見上げる構図になるからどうしても上目遣いになるんだよな。それを坂柳のようなかわいい子がやるとそれは致死レベルである。後藤とは違うってことがよく分かったわ。

 

 二人で本体とソフトを持って会計へ。すると、見覚えのある女子と見覚えのない女子が。

 

「あれ、中山くんだっ! と、隣の子は坂柳さんかな?」

「そうです」

 

 坂柳はふふっと微笑んでいる。なんとも穏やかですね。

 あなたの持つ杖が足の甲に突き刺さってなければね! 

 

「つ、杖大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。中山くんはもう慣れているので」

「それでも痛いわ」

 

 慣れたのではない。リアクションがしょぼくなっただけだ。

 

「で、櫛田たちはカメラの修理に来た、と」

「そうなんだけどね……」

 

 それなら早く出せばいいのにな。何してるんだか。

 

 と思っていたら櫛田が視線をある店員に向けた。

 ちょっとヤベーやつなオーラが漂っちゃってるねぇ。

 

「あー、うん。近寄りにくいな」

「でも、行かなきゃ修理できないからね。佐倉さん、行ける?」

「は、はい……」

 

 絶対無理してるよな。佐倉って子。

 そういえば、修理の時は商品を部屋に配送するためだとか、諸々の関係で部屋番号とか電話番号とか書かなきゃいけないんだよな。

 

「まあ、櫛田なら何とかなるだろ」

「あはは、私はそこまで万能じゃないって」

「何かあったら言ってくれよ」

「うん、ありがとう!」

 

 佐倉と櫛田は意を決して店員の方へ向かっていった。大丈夫かねえ。

 ……さて。

 

「いつまでそうしてるつもりなんですかね?」

 

 坂柳の持つ杖は未だに俺の足に突き刺さっていた。

 

「おっと、すいません。気づきませんでした」

「高さ的にも気づくだろ──」

「気づかなかったんです」

「そうならそれでいいけどさ……」

 

 ようやく坂柳が杖を降ろしてくれ、会計の方へ向かう。が、店員は一人しかいないらしい。仕方なく二人の後ろに並ぶことにした。

 

「あとはこれの配送手続きしなきゃいけないから、少し時間がかかるかもな」

「そうですね。私としてはこのまま荷物持ちを続けてくださっても構わないのですが」

「俺を殺す気ですか、そうですか」

 

 だって、まだ昼過ぎだぜ? 少なくとも夕暮れ時まではいるだろうから、腕が千切れてしまう。それだけは絶対に避けなければならないので、意地でも配送サービスを使ってやる。

 

 と、俺たちを抜かしていく影があった。おい、言おうとしたが、それはあの冴えない男だった。どうやら、一緒に来ていたらしい。だが、さっきまで何してたんだ? 

 

 男は二人の間に割って入ると、何やら書き出した。

 

「お、お客様、困ります!」

「何か問題でもありますか? 法的には何も問題ありませんよね?」

「わ、分かりました……」

 

 店員はしぶしぶ署名を認めた。もしかして、佐倉という少女の個人情報が貰えると思ったのか? 

 

「あの男、危険ですね」

「目が気持ち悪いな。同じ男だから分かるが、あれは絶対やらしい目で見てる──っ!?」

「今の中山くんも同じ目をしていましたよ」

「まじすか……」

 

 あんな男と同列とか泣くで。遠回しに俺犯罪者扱いされてる気がするんですけど。

 

「あ、終わったようですね」

「ちょっと怖いなぁ」

「あの店員はノーマルのはずです。……中山くんがノーマルかどうかは分かりませんが」

「俺もノーマルですけど!?」

 

 男に欲情するとかまじで無理っす。目の前の店員のような男と抱き合うとかそれはビデオの中だけにしてくれ。

 

「これ、配送でお願いします」

「了解しました。では、こちらに記入してください」

 

 折角のチャンスを逃してしまったからか、店員の声は沈んでいた。

 それでも、異常があるようには見えなかった。バレない程度に注視していたが、いたって通常通りの接客だった。

 

 手続きも無事滞りなく進み、俺は無事身軽になることができた。

 

「次、行きたいところとかあるか?」

「そうですね……カフェに入るのはどうでしょうか。途中経過も聞きたいところですし」

「面白い話かどうかは分からないけどな」

 

 外野の人間だから、詳しいことは探れていない。一之瀬と掲示板で協力を呼びかけたら、被害者の一人の石崎という男は、中学生の頃は喧嘩が強かったという書き込みがあったくらいだ。

 

 その生徒には、一之瀬の方からポイントが譲渡された。俺も名乗り出たが、なぜか断られた。俺は頼りないってか? ははっ、言えてるな。

 

「ここです」

「『パレット』じゃん。席空いてるの?」

 

『パレット』は女子に人気のカフェで、空きがほとんどない。櫛田からもちらほら話は聞いていたが、女子しかいないというので行く気にはならなかったのだ。

 でも、坂柳がいれば問題ないよね! 

 

「ちょうどあそこが空きましたね。行きましょう」

「ラッキーだな」

 

 四方八方から女子特有の香水やら砂糖の甘い匂いやらの香りが漂ってくる。頭がクラクラしそうで、天国か地獄なのかもう分からん。

 普通なら天国ではあるのだろうが、背後に迫る杖に警戒しなければいけない俺にとって、この環境は地獄でもあった。

 

「やっと座れますね」

「視線が怖いっす」

 

 数メートル歩いただけのはずなのに、精神的に疲労困憊だ。周りに女子グループしかいないからか『あれ付き合ってんの?』みたいな視線を向けられている。だから付き合ってないんだって。

 

「とりあえず入ったはいいけど、何か食べるのか?」

「いえ、そこまで空腹でもないですし、コーヒーを頼むくらいにしておきましょうか」

 

 坂柳はそう言うとメニュー表を取って眺め始めた。

 

「ふーん、お前コーヒー飲めたんだ」

「飲めますけど」

 

 おいおい、そんなジト目で見んなって。かわいすぎだろ──っ!? 

 

「バカにされた気がしたので」

「バカにしてねーよ」

 

 俺はいつもいつも事実しか言ってないし、考えも事実に基づいてしかしないからな。だから、坂柳に薬指を杖で殴られるのは間違っている。小指よりは痛くないんだけどね。

 

「ただ、どちらかと言えばコーヒーよりも紅茶の方が好きですね」

「紅茶は無糖派だなぁ。なんか砂糖が入ると邪魔っていうか……」

「むしろ砂糖入ってた方が美味しいです」

「やっぱ子供だな──ったぁ! ここ店の中だからね!?」

 

 だから頼むから杖で殴りつけるのやめていただけませんかね。そのうち歩くのに支障が出てしまうかもしれないんだぞ。

 

「私は子供じゃありません! 何回言ったら分かるんですか!」

「法律的には子供。見た目はもっと子供」

「くっ……言ってくれるじゃありませんか!」

 

 こうやって俺の煽りにすぐ感化されちゃうところも子供なんだよなぁ。かわいい。

 坂柳の攻撃は杖ただ一つ。足を引っ込めば、足の指は守られる。案の定机の下で杖を振り回しているが、かすりもしない。

 

「足を引っ込めないでください!」

「自ら食らいに行くほどのMじゃないって」

 

 怒った坂柳もかわいいっす。表情をコロコロ変えてて、見ていて飽きない。

 

「なあ、そろそろ注文しようぜ」

「そうしましょうか。いつまでも注文しないのは失礼ですし」

 

 一時休戦し、坂柳 と共にメニュー表を眺める。

 ちなみに、俺はカフェラテが一番好きだ。ブラックも飲めるが、よく飲むのはカフェラテだ。あの美味しさに勝るものはない。

 

 坂柳も決まったようなので、ベルを鳴らして店員を呼ぶ。

 

「紅茶を一つ、砂糖もお願いします」

「カフェラテを一つ」

「かしこまりました」

 

 店員はカウンター裏へ戻っていき、再び開戦。

 

「中山くん、私を子供だと見くびっていると、痛い目にあいますよ」

「物理攻撃は杖だけだろ? 当たらなきゃ怖くないんだよな」

「疾患持ちをこれほどまでに恨んだのはこれが初めてです……!」

「絶対にそれ以上恨んだときあっただろ」

 

 なんで俺がそこまで恨まれなきゃいけないんですかね。俺にはちょっと分かんない。

 

「ところで、進捗の方はどうなんですか?」

「ああ、暴力事件のやつね」

 

 このままでは埒があかないと思ったのか、ここで中間報告を要求してきた。面白いネタあんまないけど。

 

「DクラスはCクラスが事実を捏造して訴えたから、それを証明したいんだと」

「ですが、今のところ目撃者は現れていないんですよね?」

「いや、一応名乗り出てくれたんだけど、Dクラスの生徒だし名乗り出たのが遅かったからほとんど意味ないと思う」

 

 つまりどういうことかって? 詰みってことですよ。

 

 俺たちは初めから負け戦をしてるっていうわけ。俺は坂柳にやれって言われてやってるけど、ただの被害者なんだよなぁ。

 

「ですが、中山くんならどうにかしてくれるんじゃないですか」

「どうにもならんって。このまま審議に突入しても、Dクラスにとって理想の展開には持っていけない」

 

 Dクラスは、須藤の完全無実を勝ち取りたいんだとか。須藤は一年生にしてレギュラー入りの可能性を秘めていて、ここで汚点を残すとそれにも影響が出てしまう。だから、何としても避けたいのだ。

 

「そもそも証拠がなさすぎる。証人はいるにはいるけど、Dクラスで時間が経ってから名乗り出ているからなぁ」

「ほとんど意味はないでしょうね」

「そうなんだよな。先生が聞いた時に名乗り出てればもうちょっと楽だったんだ」

「そのあたりも不良品と言われる所以なのでしょう」

 

 4月にクラスポイントを全て吐き出すようなクラスだ。不良品と言わざるを得ない。実際、先輩にそうやって言われていたからな。

 ただ、どうしても拭えない疑問がある。

 

 なぜ、そんな彼らを合格させたのか? 

 

 この学校の受験倍率は、その特殊な制度もあり並の学校とは次元が違うはず。

 悪行を重ねる生徒よりも優秀な生徒は確実にいたはずだ。

 

 それに、そんな彼らにポイント争いを強いるというのも酷な話だ。はじめの所持ポイントは横ばいだったとはいえ、平均的な能力の差は歴然。1ヶ月経った時には天と地ほどの差が開いている。

 

「俺は一之瀬と掲示板を使って目撃者の情報を集めてたけど、その中の一人が元ヤンってこと以外は収穫なし」

「一之瀬……Bクラスも関わっているのですか」

「そうだ。俺たちはあくまでも追う立場と追われる立場だ。協力関係は今回だけ。そのあとはバチバチやり合うつもりだ」

 

 一之瀬としても、是非そうしてもらいたいだろう。

 

「紅茶とカフェラテです」

「ありがとうございます」

 

 店員から飲み物を受け取り、少し流し込む。このクリーミーさがクセになるんだ。

 

「Dクラスの勝算はありそうですか?」

「いや、ないね」

 

 即答で言い切った。このままでは、どこかで落とし所を見つけなければならない。須藤の罰を軽くするのが限界だ。

 俺としてはどんな結果になっても関係ない訳だけど。

 

「やっぱり、と言った感じですね。4月にクラスポイントを全て吐き出したのでどんなクラスかと思いましたが、Cクラスにすら追い込まれてしまうとは」

「しばらくはBクラスに専念できそうだな」

「そうですね。ちょっとつまらないですけど」

 

 坂柳は、紅茶の入ったカップを片手に残念そうな表情を浮かべた。

 

「CクラスやDクラスにお前の欲しいものを求めたって無理があるだろ。CクラスにもDクラスにも素行の荒い人間がいるんだ。普通の高校で言ったらかなり下のレベルだぞ」

 

 実際、俺が住んでいた地域はそういう人が多かった印象がある。放課後ふらっと出歩けば、どこからともなくオラオラ言い合っている声が聞こえたもんだ。

 

 至って普通な俺は、悪印象をつけられないようにそういうやつのパシリもしたことがあったけど。でも、大抵ぼっちの子とかよく被害にあってたもんだ。

 

「はぁ……」

「どうかしましたか?」

「いや、ちょっと嫌なこと思い出したなぁ、って」

 

 カフェラテを一口含み、心を落ち着ける。あいつらは地元の高校に進学したって話を聞いたから、ここにはいないはずだ。

 

 会話が途絶え、雰囲気が重苦しくなる。あれ、ここって『パレット』だよ? こんな雰囲気まずくね? 

 坂柳もそれに気づいてか、話題を変えるべく口を開いた。

 

「そういえば、里中くんが田中さんと付き合い始めたという話は聞きましたか?」

「はぁ? 何だよそれ聞いてねえよ羨ましいわお幸せに」

「情緒不安定すぎではないですか?」

 

 里中ァ……これがイケメンの宿命ですか、そうですか。どこの学校にもいそうな顔つきの俺には一生モテ期なんて来ねえよ。

 ねえ諭吉さん『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず』って嘘だよな。この後に『あっ、でもこれ学問にしか言えないからね、そこんとこよろしくね』追記してくれよ。

 

「でも、あいつが彼女持つなんて時間の問題だったからな。仕方ねえ」

 

 正直、里中なら諦めがつく。分かりきってたから。もし、後藤とかが付き合い始めたら俺発狂するよ? 自殺とか企てちゃうよ? 

 

「にしても田中さんかぁ。おそらく全男子が狙ってたろ」

 

 だって、スタイル抜群、性格完璧だぞ? それに、愛する男のためには尽くしてくれそうじゃん。夜も捗るじゃん。やっぱ里中、田中さんだけはダメだぁぁぁ!? 

 

「やめろって言ってもやめる気全くないよね?」

「当たり前です」

「即答すな」

 

 ほんとやだ。事あるごとに杖を武器にするロリなんて絶対やだ。

 

 お、俺は絶対に優しい子を落とすんだ! 

 

「さて、あまり長居していてもよくありません。そろそろ次行きましょう」

「はいはい、ノープランなのにそんなに急ぐ必要ないと思うけどね」

 

 急いでカフェラテを飲み干し、店を後にする。

 再び灼熱の太陽が俺たちを襲いかかる。やっぱり中で涼みたい。

 

「やっぱ暑い……!」

「情けないですよ」

「何も言えねえ……」

 

 何で坂柳はそんなにけろっとしてんの? 絶対体内の構造俺の方がしょぼいよね? 

 

「ほら、早く行きましょう」

「坂柳が楽しそうで何よりだけど……」

 

 もし一人で来ていたら、速攻で家に帰ってきていただろう。半強制的だからとか、坂柳が楽しそうにしているから、そういうこともあってその分俺も頑張れるのかもしれない。

 

「私は少し寄りたいところがあるので、中山くんは行きたいところに行っていていいですよ」

「行きたいとことかないんだけど」

「とにかく、どこでもいいので時間を潰していてください。私の用事が済んだら連絡しますので、ここに集合です。それと、絶対に私についてこないでくださいね?」

「お、おう」

 

 あれですね、見られて恥ずかしいものなんですね。例えばそう、したg──っ!? 

 

「今プロテクターにヒビ入った! バキッって言った! しかもいつもよりもめっちゃ痛かったんだけど!?」

「中山くん」

「は、はい……」

「次は、脛をフルスイングです」

「は、はい……」

 

 歩けなくなる前に、逃げるようにしてその場を後にした。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

『終わりましたよ』

『りょーかい』

 

 学校から支給されたスマホが振動し、坂柳からの連絡を受け取った。あれから1時間くらい経過していて、かなり時間がかかったようだ。人には見えないところとはいえ、意外と気にするものなのだろうか? 

 

 ゲーセンで暇を潰していた俺は急ぎ足で集合場所に向かった。今日こそは、俺が先に着いて紳士的一面を見せるんだ! 

 と、意気込んでたんだけどね……

 

「遅いですよ」

「どうせ距離的にお前の方が近かったんだろ? 俺結構急ぎ足で来たからね?」

「ええ、すぐそこでしたから」

 

 坂柳が指差した先に、今坂柳が持っている紙袋に描かれているロゴと同じものが見えた。

 俺氏、超不利過ぎてただの負け戦をさせられてた件。

 

「買いたいものは買えたのか?」

「はい」

 

 坂柳は声を弾ませて言った。欲しかったものが買えたようで何よりだ。

 

「夜ご飯にはまだ早いし、どうする?」

「しばらくショッピングセンターを歩き回りましょう」

「足疲れるだけじゃね、それ」

「では、他に暇をつぶす方法があるのですか?」

「い、いや、ないです」

 

 俺の意見は正論で瞬殺されたので、大人しく並んで歩くことに。

 

「夜ご飯はどうするんだ?」

「今日はそこまでポイントを使いたい気分ではないので、フードコートでいいでしょう」

 

 やったね、これでポイントが心許無くなることがなくなったよ! 

 

「なぜか嬉しそうですね」

「ポイント使わなくていいしな」

「たくさんあるんですから、そこまで気にしなくてもいいと思いますけど」

「だけど、浪費癖はつけたくないんだよな。卒業後とか大変そうじゃん」

「そういう考えもありますね」

 

 それで破産したら人生終わりだぜ? やっぱり生きる上で金は大事なんだよなぁ。愛だとか何だとか綺麗事並べるよりも、素直に金だと言うべきだ。どうせ愛がとか言ってる人も一番は金って絶対思ってるから。

 

「こういうときの◯亀。安くて美味いし最高!」

「私はどうしましょうか……」

 

 沢山ある店に迷っているらしい。坂柳は首をキョロキョロさせている。

 おお、迷える小娘よ。この俺が導いてあげましょう。

 

「なら◯亀でいいんじゃね?」

「で、ではそうしましょうか」

 

 俺は安心と信頼の釜揚げうどんだ。今までこれ以外頼んだこと無いんじゃねえのかってくらいこれしか食べてねえ。ちなみには天ぷらはかしわは確定、それ以外は気分だ。かしわは最強。

 

 この施設を利用するのが学生のみだからか、空席はすぐに見つかった。こういうのはありがたい。普通のとこはこの時間帯は満席だからね。

 

「いただきます」

「いただきます」

 

 ズルズル、と麺を吸い込むと、だしの旨味が口いっぱいに広がる。

 

 俺たちは雑談しながら麺を啜り続けた。うどんがいつもより美味しく感じたのはおそらく気のせいではない。

 

 うどんを食べ終わり、俺たちがショッピングセンターを出た時には既に空は闇に染まっていた。

 そよ風が頰を撫で、服はなびく。

 

「折角ですし、公園で涼んでいきませんか?」

「いいな。これから暑くなるし」

 

 とはいえ、急にどうしたんでしょうかね? ベンチに座っても何かイベントが起こるわけでもないし。

 

「今日は楽しかったですか?」

「楽しかったぞ」

 

 むしろ、坂柳と行けば場所なんてどこでもいいんだよなぁ。

 

「ところで、今日は何の日か分かりますか?」

「いや……分からん」

 

 強いて言うなら日曜日、明日から学校という絶望の日だな。日本人は夕方にサザ◯さんとかを見て明日からは平日だ、と嘆く日なのだ。

 

 と、そんな下らない事を考えていたら、坂柳が何やら紙袋を取り出した。って、それさっき買ったやつじゃね? 

 

「その……これを……」

 

 坂柳は柄にもなく、しどろもどろに呟いた。

 金縛りにあったかのように首が動かせず、横目で見ることしかできなかった。

 

 坂柳の言いたいことはすぐに理解できた。でも、その言葉は坂柳自身が言うべきだと思い、その時を静かに待った。

 

「こ、これを……受け取って欲しいんです……」

「あ、ありがとう」

 

 それ以上、言葉が浮かんでこなかった。

 ただ誕生日プレゼントを貰っただけなのに、なぜこうも緊張してしまうのか。

 

「そ、それは戻ってから見てください」

「分かった」

「誕生日おめでとうございます、ゆ──()()()()

「──!?」

 

 状況が理解できないでいる間に、坂柳は公園から去ってしまった。

 

 しばらくしてからようやく理解した。今明らかに名前で呼んだよな、あいつ。その瞬間、頰が熱くなるのを感じた。

 相変わらず頰を撫で続ける冷風だけでは、それを冷ますにはあまりにも不十分すぎた。

 

 取り敢えず家に帰ろう。誰かに見られたら黒歴史になりかねん。そう思って、急いで家に帰った。

 

 坂柳はかなり前に戻っているので、会うことはなかったのだが、他の生徒は結構な数いた。なるべく平静を装って帰宅したが、誰かに勘付かれていないか心配だ。

 

「はぁ、やっと着いた……!」

 

 自室に戻ると、どっと疲れが出てきた。これだけ疲れたのは今までで始めてだ。

 しばらくの間、机の上に置いた紙袋を開けようという気が起きなかった。

 

 でも、もしかしたら明日中身の感想を聞かれるかもしれない。そう思い、意を決して開けることにした。

 

「これは……チェス盤、それと、花かんむり?」

 

 シロツメクサを使って、丁寧に作られている。

 シロツメクサの花言葉は『約束』『幸福』とかそんな意味だったはずだ。

 

 ──約束……? 

 

 坂柳との約束に心当たりはない。高校で初めて会ったのだ。そこで大事な約束をした記憶はない。したとしても、待ち合わせだとかその類。

 

 明日の朝起きたら枯れてしまっているかもしれない。だから、俺は深追いすることはやめた。おそらく、幸せになってね、とかそんな意味合いなのだろう。

 

 チェスはまた今度やればいい。坂柳らしいと思って、花冠を飾り、チェス盤を片付けた。

 

 明日気まずくならないか、そんなことばかり気にしていた。

 シロツメクサの花言葉とか、もっとちゃんと調べておけばよかったのに。

 

 俺は昼家電量販店で買った商品を受け取ってから眠りについた。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

 時計の針はチクタクと規則的なリズムを刻んでいる。深夜の部屋は静寂に包まれていた。

 

「喜んでもらえたでしょうか?」

 

 暗がりの中、少女は不安げに声を漏らした。窓の外に目をやると、夜空に輝く星々が見える。

 しかし、じきに梅雨。しばしの間星空とは別れを告げなければならない。

 

 少女はしばしの間じっと夜空を見つめていたが、しばらくしてその場を離れた。

 

「大丈夫です。私が選んだのですから」

 

 鏡には、月明かりに照らされた少女が映る。頰が僅かに朱く染まっていた。

 

 少女は布団へと足を踏み入れた。

 

 一日中歩き回ったからだろうか、疲れは溜まっていたはずだった。しかし、それでもすぐには寝付くことはできないでいた。

 

()が頭から離れず、高鳴る鼓動は落ち着きを見せる気配がない。

 

「この感情は何と言い表せばいいのでしょうか」

 

 ぽつりと呟いても、言葉は返ってこない。いつものキャッチボールの相手はこの場にいなかった。

 

 今まで抱いたことのない感情。数多の知識、教養を我が身にしてきた彼女ですら、その正体を知り得なかった。

 それもそのはず、それは体験しなければ理解しようのない感情だから。感情とは、当人にしか理解できないものだから。

 

 しかし、少女はその正体だけは知っていた。

 

「これが……()と言うものなのでしょうか」

 

()()()に抱いた感情とは全く違う。

()()()に行った思考とは全く違う。

 

 少女は、まるで自分が自分でないような錯覚に陥っていた。

 

 少女は今まで()を倒すために生きてきた。だから、そういった感情を抱くことはあり得ない、そう思っていた。

 

「あなたなら分かりますよね……? 私が認めた()()なのですから」

 

 しかし、その声は届かない。その思いは届かない。今の彼はそんな素振りを一切見せない。

 少女が知る彼と今の彼は似ても似つかない。

 

「何が……あったんですか……」

 

 遂に少女は眠気に降伏した。目に涙をうっすらと浮かべながら。

 

 結局、()に関することは何も分からなかった。たとえ天才でも、知らないことは知らないのだ。

 

()()()()……」

 

 寝言を漏らす少女を、額縁に飾られて大切にされている一枚の絵が見守っていた。

 クレヨンで描かれた少女と少年が、仲良く手を繋ぎ太陽のように眩しい笑顔を浮かべて。

 

 時刻は深夜0時半、夜はまだ明けない。

 

 少女は、もう離すまいと枕を強く抱きしめていた。




別作品を見てくださっている方、もうしばらくお待ちください。スポーツの描写にかなり手こずっています。


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一発逆転

今度の修学旅行で鬼滅の刃を全巻大人買いしようと思った(聞いてない)


 この学校の生徒会室は4階にある。そこで今回の事件の審議が行われるのだ。

 

 審議開始少し前にCクラスが先に現れ、開始直前にDクラスが姿を見せた。

 Cクラスは石崎、近藤、小宮、担任の坂上先生というメンバー。対するDクラスは須藤、堀北、綾小路、担任の茶柱先生。

 

 少し離れたところで待機している俺には話の内容は全く聞こえてこない。生徒会室内にも監視カメラがあるのだろうが、一生徒に過ぎない俺が見ることはできない。そもそも、どこで見られているかすら分からない。

 

 ただ、お互いの意見は相変わらず相反していて一向に進展がないのだろう、ということは安易に予測できた。

 お互いに主張を曲げた瞬間、クラスが大きな被害を受けることになる。負けだけは絶対に避けなければならない。

 

 審議が始まってしばらくして、一人の生徒が中に入っていくのが見えた。この前カメラの修理に来ていた女子生徒だ。

 かなり緊張した様子だった。

 おそらく人前で話すことが苦手なのだろう。おそらく、彼女の主張は大した意味をなさないだろう。つい先日まで俺たちは目撃者探しをしていたのだ。彼女が名乗りをあげたのは、事件の詳細が知らされてから日が経っているはずだ。

 わざわざ証人になろうとする理由が分からない。あの行動はDクラスのためにはあまりならないはずだ。彼女を突き動かす別の理由があるのなら話は別だが。

 

 俺はそれを見届け、生徒会室の扉の前に移動する。

 

 しばらくして、部活動説明会の時に聞いた覚えのある声が聞こえてきた。

 

「行ってこい」

 

 同伴していた真嶋先生がそう声をかけた。

 

「任せておいてください」

 

 生徒会室へと続く扉に手をかける。

 

 これは俺たちの、俺のための戦いだ。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

 生徒会長も立ち会う、そう茶柱先生から聞かされた時背筋が凍った。

 この学校の生徒会長は他でもない、私の兄さんなのだから。

 

 兄さんの前で醜態を晒してはいけない。それは兄さんの顔に泥を塗ることと同じだ。

 

 そう何度も自分に言い聞かせて、やらなければならないことはやろう、そう意気込んで入室したのは良かった。しかし、生徒会室は兄さんのホーム。その場の雰囲気を掌握する力は飛び抜けていた。

 私の意気込みは何処へやら。兄さんの評価を下げないようにしなければならない、そう思うたびに私は萎縮していく。

 

 審議が始まっても、なかなか身に入らない。視線はずっと机に向かっていた。太ももに置かれた手はいつの間にか拳を作っていた。

 

 Cクラスの生徒と須藤くんが何か言い争っていることは理解できるけれど、制止しようとしても口が動かない。

 

 しばらくして、佐倉さんが入ってきたのが分かった。それでも、私は兄さんに束縛されてしまっているかのように首一つ動かせなかった。実際、兄さんに束縛され続けているのだろうけれど。

 入って早々、坂上先生の心無い言葉を佐倉さんは浴びせられていた。佐倉さんはただでさえ気が弱い。もしかしたら、このまま何も言えないまま黙り込んでしまうのではないかと思った。どちらにせよ、話してくれたところで大きな効果は期待できないだろう。

 

「わ、私は見たんです!」

 

 佐倉さんの絶叫が響いた。

 

 私は驚かずにいられなかった。あの兄さんを前にして佐倉さんが勇気を振り絞って自分の言葉で話を続けている。それでも、効果があまり得られないことには変わりない。

 一体、何が佐倉さんをそこまで突き動かすのか分からなかった。

 

 佐倉さんの主張はあまり効果がない、坂上先生からそう告げられて、佐倉さんは再び萎縮してしまった。

 

 やはり審議をしてもお互い譲らない。

 このままでは埒があかないと判断した茶柱先生と坂上先生が折衷案を出した。須藤くんが2週間、小宮くんと近藤くん、石崎くんが1週間の停学。須藤くんの方が期間が長いから、事実上Dクラスの負けだ。それに、clにどれだけの悪影響が及ぶか分からない。

 

 須藤くんが私に助けを求めても、思い通りに体が動いてくれない。

 

 ……結局、兄さんの名誉を傷つけるだけなのね。

 

「堀北、本当にもう手はないのか?」

 

 隣に座る綾小路くんが私にそう声をかけた。

 

「頭の悪いオレには何一つ解決策が思い浮かばない。それどころか、坂上先生からの妥協案を受け入れるべきだと思った」

「そうでしょう」

 

 机に視線を落としながら綾小路くんの話に耳を傾ける。同調する坂上先生の声は無視した。

 

「須藤の無実を裏付ける絶対的な証拠なんてあるはずもない。いや、存在しないんだ。これが教室やコンビニ──」

「そういえば、もう一人証人がいたな」

「え?」

 

 素っ頓狂な声は私の口から発せられたものだった。兄さんの声に綾小路くんが僅かに顔をしかめたのが分かった。

 

 どれだけ探し回っても、証人は佐倉さんしか現れなかった。一之瀬さんや中山くんを頼っても、名乗り出る人はいなかった。

 

 それは揺るがない事実であり──

 いや、佐倉さんのように証人という事実を伏せていたら? 

 

「いや、まさかな……」

 

 綾小路くんがそう声を漏らした。

 

 そして、私も綾小路くんも一つの結論に至ろうとしていた。

 扉の方へ視線を送ると、一人の生徒が入室してくる。その顔は見知ったものだった。

 

 中山くんだ。

 

 よく考えれば、Aクラスの彼がこの問題に関与する必要性は全くない。それなのに、彼は自ら協力を志願した。ハイリスクローリターンという、最も無意味な行動に。

 

 でも、もし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 

 自分へのリスクを確実に跳ね返すことができる。そうすれば、デメリットなどあってないようなもの。

 

「こんにちは。Aクラスの中山祐介です」

 

 やっぱり。あの時既に中山くんは証拠を持っていたのだ。

 

 それを誰にも知らせないようにして、私たちを試していたのだ。

 

「あなたが証拠人だとは。生徒会長、これは信憑性があるのかね?」

「ああ。事件の詳細が各クラスに伝わった日に俺と真嶋先生の元にこの動画を提出しに来ていた。信憑性は高い」

 

 橘書記が事件の瞬間を捉えた動画の再生の準備を進めていた。

 坂上先生の顔が曇った。石崎くんたちも不安そうに彼を見つめていた。

 

 しばらくして、動画が始まる。

 

「俺はあの日、理科の先生に頼まれて、理科室で手伝いをしていました。それを終えて戻ろうと思った時、人気がしました」

 

 スクリーンには須藤くんと小宮くん、近藤くん、そして石崎くんの姿が映し出されている。

 

「壁から少し顔を覗かせたら、彼らがいました。Cクラスの生徒がDクラスの生徒を煽っているように見えたので、慌てて録画することにしました」

 

 特別棟には防犯カメラが設置されていない。理科室前だろうと、それは例外じゃない。だから、証拠を確保するために録画という選択をした。

 

 この時から既にこうなることを予測していたのかもしれない。

 

「こちらの映像をご覧ください。Cクラスの生徒がDクラスの生徒を度々挑発しているのが伺えます」

 

 スクリーンに度々須藤くんを煽る石崎くんたちが映る。

 Cクラス側の表情がみるみるうちに青ざめていく。信じられないといった表情で、坂上先生は彼らを見つめたまま硬直していた。

 

「そして、先に手を出したのはCクラスです。Dクラスの生徒はその後でした」

 

 石崎くんが須藤くんに殴りかかった。須藤くんがそれに応戦し、小宮くんと近藤くんも加勢する。しかし、Cクラス側は一方的に殴られていた。

 佐倉さんのデジカメが捉えた通りだった。端に小さく写っているのも確認できた。

 

 映像は須藤くんが立ち去ったところで終わっていた。その頃にはCクラスの生徒はボロボロだった。

 

 映像が終わり、スクリーンが暗転する。

 

「以上が証拠です。Cクラスは初めから虚偽の報告をしていたのです。どうか、正しい判決を」

 

 中山くんは一礼すると生徒会室を後にした。

 

 彼は私たちにとって十分な活躍をしてくれた。彼のおかげでCクラスが敗北したことが確定したのだから。

 

「Cクラスは反論はあるか?」

「……」

 

 さっきまで饒舌だった坂上先生もすっかり勢いを失っている。

 

 中山くんが残した爪痕はあまりにも大きすぎた。

 

「……っ」

 

 それと同時に、Aクラスの強大さを実感させられた。偶然とはいえ、それをうまく活用し、結果的に彼にとって最善の結末を作り上げた。

 

 審議に関しては私たちにとても有利な状況に傾いている。あとは私が引き継ぐだけ。理由はどうあれ、中山くんが作ってくれた好機を逃すわけにはいかない。

 私は立ち上がる。そして、今上げるのだ。反撃の狼煙を。

 

「今彼がそう証言してくれたように、Cクラスの嘘は既に見抜かれていました。私たちはCクラスの動向を初めから見ていました」

 

 もちろん、そんなのは真っ赤な嘘。たった今考えたことだ。

 

「自分たちの罪を反省すべきだと私は思います」

 

 Cクラスからの反論はなかった。私が着席して程なく、兄さんが話し始めた。

 

「Cクラスの虚偽申告は当然許されるものではない。心の底から罪を償って、反省してもらわなければならない」

 

 最悪退学だ。そうでなくても長期間の停学は避けられない。卑劣な方法を使って敵クラスを貶めようとするとこうなってしまう。

 

 戦いは正々堂々とやらなければならない。そして、中山くんを倒してAクラスの座を勝ち取るのだ。

 

「Cクラスの生徒を3週間の停学とする。それと、坂上先生」

「何ですか?」

「あなたもCクラスの嘘に加担した。自分のクラスへの被害を少しでも減らしたかったのでしょうが、あなたの行為も許されるものではありません。このことは理事長に報告し、然るべき罰を受けてもらいます」

 

 坂上先生は俯いて返事をすることはなかった。

 

「この学校において、欺瞞は通用しない。上のクラスを目指したければ、正々堂々と実力で戦うように」

 

 まるで私にそう言っているかのようだった。兄さんにそんな意図はないはずなのに。

 

「ただ、暴力行為も到底許されるものではない。今回は正当防衛が認められたが、今回の件に関して反省しておけ」

 

 須藤くんはすぐに手を出してしまう傾向にある。今後もこのような事件を起こしてもらってはいらないマイナスがついてしまうかもしれない。

 これで反省してくれればいいのだけれど。

 

「以上で審議は終わりです。お疲れ様でした」

 

 橘書記がそう言うと、須藤くんは真っ先に部屋を後にした。早く部活に合流したいのだろう。

 

「綾小路くん」

「なんだ?」

 

 彼はすぐに動こうとしなかった。

 

「中山くんの行動も想定内だったの?」

「いや……全くだ」

 

 そう言うと、綾小路くんも部屋を後にした。私もそれに続き、部屋を出る。

 

 Cクラスは呆然として動く気配を見せなかった。

 

 振り返った時、石崎くんたちの体は震えていた。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

「中山くん、お疲れ様でした」

「ああ」

 

 生徒会室を後にすると、坂柳が俺を待っていた。坂柳は俺を見つけるなり、こちらに向かってくる。

 

「お前は俺が証拠を持ってるって知ってたのか?」

「はい。真嶋先生にこの事件について聞かされた時、中山くんだけとても冷静でしたから。まるで、既に知っていたかのように」

「やっぱすげえわお前」

 

 改めて、この少女には敵わないと痛感させられる。

 

「それほどでもありませんよ。上には上がいると言いますから」

「お前の上とかそれもう人間じゃねえよ」

 

 そんなの絶対に会いたくないわ。自分のあまりの平凡さにおいおいと涙を流すだけだから。

 

「Dクラスの皆さんを待つんですか?」

「そうだな」

 

 聞きたいこととかいくらでもあるだろうし。ここでさっさと帰って後日ストーカー並みの執着で追いかけられても困る。実際、堀北ならやりかねないと思っている。

 

 無言で扉を見つめること数分、須藤が生徒会室から出てきた。

 

「ありがとな!」

「おう」

 

 それだけ言うと、須藤は一目散に帰っていった。早く部活に行きたいんでしょうかね。

 

「中山くん」

 

 それからすぐに堀北と冴えない男──綾小路というらしい──たちが出てきた。

 

 堀北は俺を見つけるなり鋭い目で俺を睨んでくる。

 なんで不機嫌なんですかね……

 

「全て教えてちょうだい。なぜあなたはこんなに回りくどいことをしたの?」

「私がそう指示したんですよ」

 

 坂柳が俺の代弁をした。堀北の疑問はまだあるようで、更に疑問をぶつけてくる。

 

「目的は何かしら?」

「何故そんなことをさせたと思いますか?」

 

 坂柳は堀北の実力を試すように不敵に笑った。

 

「私たちの実力を測ろうとしていた、違う?」

「概ね当たりです」

「概ね? まだ他にも理由があるのかしら?」

「さあ。これはDクラスの皆さんには関係のない話ですので」

 

 うわぁ、女同士の争いマジ怖えよ。雰囲気だけはガチだもんな……堀北とかも普通に美人なのになぁ。どことは言わないけど、いいくらいの大きさなんだよな──っ!? 

 

 グリグリってすんな、グリグリって。堀北も呆れ顔じゃねえか。

 

「中山くん」

 

 堀北はまた俺の名を口にした。

 

「この事件の裏であなたがしていたことを教えてちょうだい」

「そんなに難しいことはしていない。先生と生徒会長に報告して、それを審議当日まで公にしないように頼んだ。それくらいだ。後はお前らの行動を知るために自ら手伝いを志願して、この事件にどう立ち向かっていくか見ているだけだ」

 

 ちなみに、綾小路が事件の起こった場所に防犯カメラを設置しようとしているという話は前に聞いた。

 

 っていうクソ真面目な話をしている間も杖が刺さってるんですよね、これが。

 

「さて、もういいでしょう。私たちはこれで失礼します」

「え、ええ……」

 

 困惑する堀北を差し置いて俺たちは並んで生徒会室を後にした。

 後ろから『中山ってもしかしたら頭のおかしい子なんじゃないか?』って綾小路の声が聞こえたけど、全力で否定させてもらうからな。どこぞの爆裂魔法で快感を覚える厨二ロリと同じ扱いすんなし。

 

「証拠はタダで提供したんですか?」

 

 堀北たちの姿が見えなくなったところで坂柳がそう切り出した。

 

「prが貰えるらしい」

「具体的にはどのくらいですか?」

「えーっと、大体3万くらいだな。事件解決に大きく貢献したからだけど、口止めの代わりに少し減らされたな」

 

 口止めするということは、それだけ事件の解決が遅れてしまうということ。だから、それは仕方のないことだ。

 だけど、俺たちは今月10万ポイント貰えている。もし振り込まれるポイントが少なかったら、ポイントを貰う方を選択しただろう。

 

「これで一件落着ですね」

「だな」

 

 しかし、世の中にはこんな言葉もある。

 

 

 

 ──一難去ってまた一難。

 

 

 

「オイ、よく俺の邪魔をしてくれたな、雑魚が」

「……っ!」

 

 足が止まった。金縛りにあったようにその男から目を離せない。その男はせせら笑いを浮かべていた。

 隣で坂柳が心配そうに見つめているが、それを気に止めている場合ではなかった。

 

 何故お前がここにいる? 

 そんな疑問が脳内を駆け巡る。

 どうやら、運命は俺に試練ばかりを与えてくるらしい。

 

 俺の人生を狂わせた元凶。そいつに向かって、最大限の憎しみを込めてその名前を吐き捨てる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍園翔……!」



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忘却の記憶

タグを見て、タグって何だっけ(哲学)となったのでタグ回収回その1です。

3巻と4巻は有栖がいないんですよね......3巻はどう頑張っても無理ですが、4巻は頑張って出したいところ。


 7月に入り、本格的に蒸し暑さが増してくる今日この頃。

 俺のすぐ近くに龍園がいることが判明し、その対策に乗り出さざるを得なくなった。このままだと、あの時の二の舞になることは目に見えている。何としてでもそれは避けたいところ。

 うちのクラスには鬼頭というやつがいるが、一人だと心許ないのも事実。

 風の噂によると、Cクラスには武闘系の生徒が多く集まっているのだとか。

 しかも、めっちゃデカくてゴツい生徒もいるらしい。勝ち目ないね、うん。

 龍園はそんな奴らに勝って従えてる訳だから、もっと無理。

 

「ねえ、話聞いてるの?」

「ああ、なんだっけ。今日の天気だっけ」

「そんなの見れば分かるわよ」

 

 はぁ、とため息を漏らし、神室真澄はアイスコーヒーを口に含んだ。

 須藤の事件が解決して早1ヶ月、あれからはどのクラスもアクションを起こすことはなく、束の間の休息となっていた。

 そのため、今日俺は坂柳とではなく偶然出会った神室とカフェに来ていた。窓から差し込む梅雨の貴重な太陽は、以前よりも熱量を増している気がしてならない。もう良いって、俺たちを焼き殺すつもりか。

 

「で、なんの話だったっけ」

「なんであんたが坂柳に目つけられてるのかって話」

「ああ、残念だけど知らないな。過去に接点があったわけでも無さそうだし。特徴がないのが一周回って特徴になってるんじゃないのか?」

 

 神室は坂柳に度々命令を受けて他クラスに探りを入れたりしているのだが、今のところめぼしい成果はない。

 Bクラスはまとまりが強い、とか、Cクラスは龍園がまとめているとか、表面上の事実だけ。決して神室が無能というわけではない。この時期にそんな多くの情報が集まるわけでもないのだ。

 俺も俺でこの前以来坂柳から指令を貰うようになり、堀北を中心にDクラスに定期的に接近したり、一之瀬にCクラスについて聞いてみたりと割と大変でシビアな役を担っている。

 だが、当然こちらもめぼしい情報が得られるわけでもなくほぼ無意味な時を過ごしていた。坂柳に意味ないと言ったことがあるが、続けろとしか言われなかった。理由くらい教えてくれても良いと思うのだが。

 

 そういうわけで他のクラスに探りを入れているのが今ここで呑気にカフェを楽しんでいる俺と神室だ。俺は正面から関わりに行って、神室は影に隠れてこっそりと情報を集める、そんな棲み分けがされている。

 

「でも、あんたたち入学初日から仲良さそうじゃない」

「席が隣だからってだけだろ。それに、あいつは杖をついてるからな。その助けをしただけだ」

 

 こういう時ってあれじゃん。先生が『お前は隣の席だから困ってたら率先して助けるように』っていうパターンのやつじゃん。俺はそれを先回りしてやっただけのことだ。

 

「あんたにだけは随分と気を許してる節はあるけど」

「んー、まあそう言われればそんな気もするけどな」

 

 だけど、本当に心当たりがない。坂柳の思い違いか、俺の記憶から消えてしまっているのか。坂柳が俺に執拗に接触してくる理由だけはどうしても分からないんだよな。

 

「まあ、坂柳があんたを気にしてくれてるおかげで私の負担が減るからその方がありがたいけどね」

「一体、1日のうち坂柳といる時間はどれだけ占めているのだろうか……」

 

 朝起きるじゃん。学校行くじゃん。坂柳に会うじゃん。一緒に教室で飯食うじゃん。一緒に帰るじゃん。その後高確率で用事があるって言って会うことになるじゃん。開放される頃には太陽は地平線の下にいるじゃん。

 

「朝8時半から夜9時……1日の半分じゃねえか」

 

 だから、こういう時間は本当に珍しいのだ。まあ、神室とはばったり会っただけなんだけども。

 

「随分と忙しいのね」

「なーんか人ごとな気がしてならないんだけど?」

「事実だし」

「そうだけどさ……」

 

 少しくらい同情してくれたって良いじゃないか、そう思わずにはいられなかった。同じ坂柳にこき使われている人間として、少しだけでも良いから賛同して欲しかった。

 

「あんたなんかこれといった特徴ないじゃない。顔も大してかっこいい訳でもないし。どう考えても坂柳があんたに興味を引く要素が見当たらないんだけど」

「自覚はしてるけど、面と向かって言われるのはやっぱ心にくるものがあるなぁ。でも間違ってないから何も言い返せないっていう」

 

 俺はピュアな少年なんだぞ。俺のハートはガラス製なんだからな。

 ……すいません調子に乗りました。だから睨まないで。

 何でそんな簡単に思考読まれるのかなぁ。本当に表情で読まれてるのか? 家に帰ったら鏡の前でやってみよう。

 

 はぁ、とため息を漏らした神室は、コーヒーを一口飲むと話を続ける。

 

「坂柳に聞いても『彼は優秀ですから』としか答えないし」

「俺より優秀なやつなんてそこら中にいるだろうに」

 

 たとえ俺が優秀だったとしても、必ずその上に更に優秀な人間がいる。俺が一番になることは絶対にない。どれだけ努力しようとも、届かない極地はあるのだ。

 

「でも、あんたはなんでもそつなくこなすって感じがするけど」

「まあ、そうだな。求められたことはきっちりこなすべきだし」

 

 任されている分だけ責任が伴う。

 やらかした暁には……想像もしたくないね。

 

「そういうお前は最近どうなんだ。まだ万引きしてるのか?」

「そんなことする暇もないわよ」

 

 神室としても坂柳に従うのは不本意なのだろうが、入学早々坂柳に万引きがバレた以上、強く出られない。

 逆らったら学校に報告するって言われてたからな。南無。

 

「放課後や休みの日に自由時間があることすら珍しいし」

 

 完全に労働環境がブラック企業のそれで流石に可哀想だ。今度坂柳に話してみようか。

 

「お前も大変なんだな」

「あんたは大変じゃないわけ?」

「そりゃ、手足の如く使われてるからな、大変じゃないわけがない」

 

 正直、もっと1人の時間が欲しいな、とは思う。度々飯に連れ出され、放課後寮でゆっくりしようと思ってた矢先に仕事が舞い込んでくる。

 社畜の1日ってこんな感じなのかなって。最近そう思うようになった。どんどん思考がおかしな方へ進んでいる気がしてならず、俺は真っ当な人生を送れるのだろうかと不安になってしまう。

 

「でも、Bクラス以下に落ちたくはないし、仕方ないかなとは思うな」

「それはそうだけれど」

 

 Aクラスで卒業することができれば、希望の進路に進むことができる。ほぼ間違いなく、多くの生徒はそれに釣られてきている。俺もその中の一人だったりする訳だが。今では社畜を逃れるため、というのも理由に含まれている。

 

「とりあえず今は大人しく坂柳に従っておけばいいんじゃないのか? なんだかんだ言って実力があるのは事実だし、葛城よりは可能性あるだろ」

「……そうね」

 

 神室は不服そうに唇を噛みしめた。そんなに嫌だったのかよ、と思わされるほどに。そんなに嫌なのであれば、自ら新しい派閥を作ってしまえばいい。神室には向かないだろうが。

 

「でも、そういうもんだろ。大人になったらどうせこんなのばっかりだからな」

 

 雑用が楽しいという思考に至るのは普通ならあり得ない。坂柳信者かそういうことが好きな変わった人だけだ。今おれと神室が行っているのは、いつまでやらされるか分からない偵察。しかも殆ど情報を得られないという。量だけがやたらと多い悲しき任務なのだ。

 

 チビチビと飲み進めていたラテが無くなってしまった。それは神室も同じだった。

 

「折角だし、どこか遊びに行かないか?」

「断る」

「……」

 

 即答ですか神室さん。日々疲れているであろう彼女の気休めが出来ればいいと思ったのに、そんな俺の好意を一瞬の間も無く木っ端微塵に砕いてしまうとは。俺泣いちゃうよ? 

 

「……少しだけならいいけど」

「あ、デレた」

「脛を蹴られたいの?」

「冗談ですすいません」

 

 坂柳は杖を装備しているとはいえ非力だ。だから、痛いけどそこまでだったりする。でも、神室の場合容赦なく蹴りを入れてくるタイプにしか思えないから本当に勘弁してください。神室に弄りはもうしないから! 

 

 胸の前で手を合わせ、俺は必死の命乞いをする。その甲斐あってか、神室は溜息をつくと、早くしなさい、と言って許してくれた。

 神室さんの睨みがコワイ。

 

「それで、どこに行くの?」

 

 相変わらずのぶっきらぼうな口調で尋ねてきた。

 どこに行くか、か。坂柳とよく行くところでいいのかなぁ。あまり行かないところにも行ってみたいという気持ちもあるし、この後の計画の困難さに頭を抱えることになった。

 

「希望があるなら聞くぞ?」

「ない」

「あっそうですか」

 

 うせやん。完全に俺に丸投げですか。

 そういえば季節はもう間も無く夏だ。そろそろ夏休みに向けて夏物を買っておかねば。ビシッとキメて坂柳を驚かせるんだ! 

 

「その気持ち悪い顔やめてくれない? どうせ坂柳のことでも考えてるんでしょ」

「何でバレてんの?」

「あんたの思考回路が単純すぎるだけ」

 

 俺の脳味噌が脳筋みたいだとかやめて頼む。

 ……実際坂柳にかなり肩入れしてるのは事実だけども。ただなぁ、友達以上恋人未満的な一から先に進まんのよ。俺がチキンなだけなんだけれどね! 

 

 あれ、待って。神室にオレの坂柳に対する気持ち悪い思考が筒抜けってことは、坂柳に対してもだよね? 

 ってことは俺嫌われてる? 

 

「……」

「今度は何? 顔芸が趣味なの?」

「……ここまでの俺の3ヶ月を猛省しているだけだ。本当は坂柳に嫌われたんやな、って」

 

 この際だから隠すのは止めにするが、俺は坂柳のことが好きだ。一目惚れだよ、悪いか? ロリは対象外とか知らん。ただの強がりだ。

 ちょっと乗せられれば、告白しちゃうだろうね。でも、向こうはどうなのかって話が浮上してくるわけで。玉砕されたらどうしよう、みたいな? だから未だに踏み出せていないのだ。

 

 ──チキンで悪かったな! 

 

「なるほどね……」

「え、そこまで読んじゃうの?」

「あんたが自分で言ったんでしょ」

「……えっ?」

 

 マジで言ってる? しかもここ公衆の面前だぜ? まだカフェを出ていないから誰も聞いていないだろうけど、出てたら間違いなくスリーアウトゲームセットだったわ。

 

「ちなみに、どの辺から?」

「俺は坂柳のことが好きだ、ってところから。気づかないとかやっぱあんた頭おかしいんじゃない?」

「殆ど全部じゃねえか。そしてこの期に及んで辛辣な口調を止めないか」

 

 終わったな、俺の人生。俺の恋愛事情が筒抜けだったとか恥ずかしすぎる。

 

「……どっかに奈落の落とし穴ない?」

「あるわけないでしょ」

 

 そりゃそうだ。あったら大問題だからな。ていうか、めっちゃ恥ずかしいんだけど。校則破って敷地外逃亡を図ろうとするレベルだ。

 

「そもそも、坂柳があんたを嫌ってるはず無いでしょ」

「マジ?」

「本当にあんたのことが嫌いだったら、毎日毎日しつこく磁石みたいにくっ付かないに決まってる」

 

 確かにそれはそうだ。正直駒ならいくらでもいるわけだし。橋下とかいるからな。後藤……は無理か。

 だが、納得がいかない。どうしても、だ。

 神室に諭されているという現実に。

 

「すごく不快な気分なんだけど」

「気のせいじゃないですかね」

 

 俺の表情筋どうなってるんですかね。綾小路のが固まってる分俺のは柔らかいって? そんなところよりも、身体が固いのをどうにかして欲しいものだ。

 前屈とかそもそも手が足につかないから。

 

「そんなことで悩んでるなんて馬鹿みたい。暑いし早く行くわよ」

「ちょっと待って、置いてかないで」

 

 俺を置いて歩みを進める神室を小走りで追いかけ、横に並ぶ。

 いつもの坂柳のペースよりもかなり速い。

 それでも、悪くないと思う自分がいた。

 

 気持ち悪い、というのはあくまでも神室視点でしかなく、坂柳がどう思っているとはあまり相関はない。

 

「……何で私がこんな話をしなければならないんだか」

「そこに神室がいたから」

「あっそ」

 

 神室が素っ気ない返事をした。絶対、ツンデレの素質あるよな。

 

「とりあえず服買ってこうぜ」

「好きにすれば」

 

 やっぱり服は大事だ。汚い服で会ったら好感度だだ下がりなのが目に見えている。

 女心ってのはよく理解できない。相対性理論くらい難しい。だから、憶測だけでも懸念材料は潰していかなければならないのだ。

 少なくとも、見た目で気持ち悪いなどと言われたらそこで試合終了だ。安◯先生も諦めるレベル。

 

 俺たちは色々な店を回った。坂柳が喜びそうな服装は何だろうか、着て行って恥ずかしくない服装はどれだろうか、と。正直神室には申し訳ないと思っている。

 

 その結果──

 

「あんた買いすぎ」

「これから夏なんだ。それ用に新しい服を買わないといけないだろ? 元からこういう予定だったからいいんだよ」

 

 俺は両手に幾つのも袋をぶら下げて帰宅していた。対する神室は片手に収まる程度。

 季節の変わり目は自然とこうなってしまうのだ。それに、毎月有り余る量のポイントが支給されている。多少は使っても問題無いのだ。

 

「それに、坂柳と出かける時に恥ずかしく無いような服じゃないとな」

「そう」

 

 ふと空を見る。太陽はかなり傾いているがまだ暗くはなっていない。しかし、夏は日の入りが遅い。想像以上に時間の進みは早いのだ。腕時計で時間を確認すると、5時半を回っていた。

 夕食は家で作って食べるのもいいが、疲れたしそんな気分ではなかった。

 

「どっかで食べてかない?」

「却下」

「そこは『仕方ないな〜♡』とか言って了承してくれるところじゃない……すいません」

 

 やべえ、神室さんやべえ。めっちゃ睨まれたんだけど。悪いけど、そういうのは坂柳抗体からは生成できないから、耐性がないんだ。蛇足だけど、坂柳抗体は足の痛みと過労に効果があるぞ! 

 

「あ、中山じゃん!」

「……何だよ後藤」

「そんな嫌な顔すんなって!」

 

 神室にビビっていると、どこからか後藤が表れて割り込んできた。どこかで食べて行こうと思っていたが一気に失せた。

 

「え? 今度は神室? お前、浮気はダメだぞ」

「違えよ。たまたま会っただけだっての」

 

 神室ととか考えられん。北斗◯の尻に敷かれる佐々木健◯状態は勘弁です。

 

「折角だし飯食いに行かね? あ、神室も来る?」

 

 そう言いながら神室の方を見たが、そこには誰もいなかった。

 ということはつまり。

 

「あの野郎先に帰りやがったな!」

 

 数十メートル先に神室の姿があった。余程後藤が嫌だったのだろう。

 

「じゃあ俺も帰る」

「ちょっと待てよ!」

 

 どうせこいつと行くところはファミレスかフードコート。それなら、自分で作って食べた方がマシだと思った。

 料理の腕を上げておいて損はない。

 

 今日は梅雨の間の晴れ。梅雨明けはもう少し先、明日も漁っても雨の予報だ。俺は今日だけでも晴れてくれたことに感謝して、帰宅路を追いついてきた後藤と共に歩き続けた。

 

「悪かったって! だから機嫌直してくれよ!」

 

 神室と一対一だったのを妨害してきた後藤を許す気にはなれなかったが。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

 ──夢を見た。

 

 公園で、幼い少女と遊んでいる夢。とは言っても、少女の方は足が悪いのか杖をついていて、俺が鉄棒とかブランコとかに乗って遊んで、少女がそれを見ている、という構図だった。

 近くに大きな遊具もあったが、行けず仕舞いだった。理由は言わなくても分かるだろう。

 一人よりも二人で遊んだ方が楽しい。だから、俺は少女に言うのだ。

 

 

 ──一緒に遊ぼう、と。

 

 少女は目を見開いて驚いた。そもそもどうやって遊ぶのか。親に見つかったらどうするんだ。問題は山積みだった。

 

「大丈夫だよ」

「……うん」

 

 何の脈絡もない感情論だ。子供らしい言い訳だった。どこからどう見ても、説得力に欠けている。

 少女は俺について来る事を選択した。なるべく安全な道を。そう思って進むものの、少女にとっては試練の連続だ。

 

 数十センチはあろうかという段差だらけの遊具。杖をつきながら遊ぶのは難しいに決まっている。なのに、少女は俺についてくる事を止めなかった。

 立ちはだかる障害物を、己の力だけで乗り越えようとしていた。心配になって伸ばした俺の手を取ることもせず。

 それは、疾患にも負けないという意志の表れにも思えた。

 

 結局、少女は俺が飽きるまで側を離れなかった。

 楽しかったかと聞いたら、しっかりと頷いてくれた。

 

 その表情を見て、俺は安心した。いや、それだけではない。

 

 ──俺はちゃんと彼女の側にいた。

 

 それが何よりも俺を安堵させていた。

 

 

 また遊ぼうね、そう言って別れたところで意識が現実に引き戻された。

 何日かに一回は夢を見るが、やけに現実味を帯びた夢は珍しい。

 夢での風景は見たことのあるもので構成される、という話を聞いたことがある。だが、どれも身に覚えのないものばかり。

 もしかしたら、今回のも俺の幼少期の頃なのかもしれない。それを脚色してあれは形作られた。杖をついた少女のモデルは坂柳なのであろうが、どれだけ記憶を遡ってもそれがヒットすることはない。小学校四年生より前の記憶が曖昧だ。以前にも思い出そうとしたが、その時も同様に思い出せなかった。

 

 小学校入学、そこが俺の記憶の切れ目だ。近所に住んでいた人によれば、俺はよく出来た子供だったらしい。学業も、運動も。

 現在はそこに至れない。もしかしたら()()()()()()()()のかもしれない。

 

 ふと思い出したのは、坂柳と初めて出会った階段での出来事。初対面だったはずなのに、躊躇無く杖で足を殴られた。

 水泳の授業の時には、俺が一位を取ると確信した口ぶりを見せた。

 抜き打ちの小テストでは、俺の方が勉強が出来る、というような発言をしていた。

 

 もしかしたら、俺は──

 

「──っ!?」

 

 一つの結論に至ろうとしたところで、脳に電撃が走った。

 まるで、思い出すことを許さないかのようだった。欠損した記憶が禁忌だと言わんばかりの痛みだった。

 

「──あれ、もうこんな時間じゃん」

 

 ベッドから起き上がってからの数分間、俺は何をしていたのだろうか。

 抜け落ちた数分間を全く思い出せないままいつも通りの朝支度を始めるのだった。



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原作第3巻 〜入り乱れる思惑〜
それぞれの戦い方


寒暖差が激しい時期になってきました。私は鼻水鼻詰まり、咳に悩まされていますが、皆さん元気にお過ごしでしょうか。

熱が出ないと学校を休めないという......いつも熱だけはないんですよね。上がっても7度くらいですし。

6話後半部分の話を差し替えました。物語の進行に影響はありませんので悪しからず。


 雲一つない空。煌々と照りつける太陽。頰を滴る汗。

 眼前に広がる光景はまさに夏そのものだった。セミの鳴き声が聞こえないのが少しばかり残念ではあるが。

 

「暑スギィ!」

「黙れ矢頭(やとう)、お前が喋るだけで汚物の匂いがする」

 

 この矢頭という男、生粋のホモであり語録を使いこなすだけでなく、性癖までホモに染まってしまった救いようのない汚物なのだ。何でも、本家に倣って体を鍛えているんだとか。多少の戦闘力はあると思う。役に立つかは知らないけど。

 ホモは凄まじい感染力を持ち、クラスの約半数が語録を覚えてしまうというAクラスにあるまじき状態になってしまっている。俺は感染していないゾ。

 

 そんなことよりももっと重大なことがあるのだ。

 今俺たちが立っているのは、太平洋のど真ん中にある学校所有の無人島。広がる地平線のどこにも他の陸が見られない。降りる前に島をぐるりと一周するという謎の時間もあった。

 そんな場所に俺たちは連れて来られたのだ。さっきまで豪華客船の快適な船旅を満喫していたというのに。

 学校からは、ここで1週間のバカンスと説明されていたのだが、そんな設備はどこにもない。それどころか、無人島には大自然が広がっている。

 以前、坂柳と話していた事が思い出される。

 

 ──clが大きく変動するようなイベントがいくつか行われるはずです。

 

 坂柳がそう言い放ったのは5月の頭だった。2ヶ月半も前のことだ。

 あの時は言われて初めて納得したが、聞かされなければその考えには絶対に至らなかっただろう。

 

 現在その本人はここにはいない。目と鼻の先に停泊し、今もなおDクラスが下船している最中の豪華客船、あの中だ。

 もしここで()()()()が行われるのであれば、疾患持ちの坂柳が参加できないのは当然のことだ。

 それ以前に、本来なら坂柳は客船に乗ることすらできなかったのだ。

 俺が真嶋先生を前に美しきDO☆GE☆ZA☆を披露した結果、乗船中常に誰かが付き添うことを条件に許されたのだ。本当なら四六時中一緒にいたかったが、俺も限界というものを心得ている。プライベートな部分は神室に頼み込んだ。

 神室は不服そうな顔をしていたが、初めから逃げ道はなかった。坂柳が参加する事が決まった後に伝えたからだ。

 

 Aクラスから順に降りること数分、ようやく全員が船を降りた。俺たちは携帯端末を先生に預け、手ぶらにジャージの格好で浜辺に整列させられていた。

 やっぱりバカンスは嘘らしい。

 

「では、これより今年度最初の特別試験を行う」

 

 ──来た。

 

 主にDクラスから聞こえてくる悲鳴を聞き流しながら、静かに覚悟を決める。

 今年度最初ということは、今後第2回、3回と行われるということ。逃げる立場にあるAクラスは、それらで上位の成績を収めなければならない。下位が続けば、あっという間に抜かれることになるだろう。

 派閥争いが続くAクラスでは、下位になれば不安に煽られる。責任は真っ先に指導者の立場にある坂柳か葛城に向けられることになる。

 

「では、試験の内容を説明させてもらう」

 

 俺たちは各クラス分かれて1週間生活する。基本的に自給自足だが、各クラスにこの試験専用のポイントが300ポイントだけ与えられ、それを使うことで楽に生活できる。

 だが、欠席やリタイアで30ポイントを失う。坂柳不在のために、俺たちAクラスは30ポイント少ない状態から始まることになった。戸塚が怪訝そうな表情を浮かべていたが、見て見ぬ振りをしておいた。

 与えられたポイントを全部使えばバカンスになるし、節約しようとすればするほどテレビで見るようなサバイバル生活に近づいていく。

 これだけならば全部使ったほうが得なのだが、そうはいかないのがこの学校。

 

「なお、残ったポイントはそのままクラスポイントに加算される」

 

 真嶋先生がそう言った瞬間、またしてもDクラスが騒がしくなる。ポイントの消費を限界まで減らすことで、少しでも他のクラスとの差を詰めたいらしい。一人の少年が0ポイントで生き残ってやると言ったのが聞こえた。

 1人だけなら十分に可能だろう。40人ともなれば話は別だが。

 一度全体での説明を終え、各クラスに分かれて説明は続けられた。主にリーダーに関してだ。

 リーダーは島の各所に設置されている『スポット』の占有ができる権利を持つ。『スポット』は8時間ごとに更新をする必要がある。しかし、一度占有する毎に1ボーナスポイントが与えられ、試験終了後clに反映される。

 だが、リーダーにもリスクが付きまとう。当てられると、50ポイント減点される上にボーナスポイントが全て没収される。逆に当てることができれば、1クラスにつき50ポイント獲得できる。最大で150ポイント得ることができる、ということだ。

 正直なところ、これが一番の稼ぎどころに思える。少なくとも、坂柳ならそうするだろう。

 しかし、今回は不参加。指揮を取るのは葛城だ。慎重な性格なので、リーダー当てに積極的に参加することはないだろう。

 

 説明が一通り終了すると、各クラスにマニュアル表が配られた。特別試験のルールとポイントで買うことができるものの値段が書かれているらしい。実際に見ていないが、戸塚が騒ぎ立てるものだから嫌でも耳に入ってくる。

 なぜ戸塚はAクラスに入れたのだろうかといつも疑問に思う。成績は真ん中程度。突出した能力も持ち合わせていない。クラス分けの判断基準が分からないので何とも言えないのだが。

 

「行くみたいだな。どこか当てはあるのか?」

「さあ。Dクラスを押しのけてまでして熱心に景色を見ていたんだし、無い方が困る」

 

 列の最後尾で橋下と言葉を交わす。坂柳がいない以上、俺たちが自ら大胆な行動を起こすことはない。葛城派の指示もまともに聞かないだろうけど。

 

「あのアナウンスに疑問を覚えたけど、まさかこんなことになるなんてな」

「『有意義な景色が見られるでしょう』だもんな。気持ち悪い言い回しだ」

 

 坂柳と部屋で惰眠を貪っていた俺は、面倒だったので外に出なかった。俺にとっては坂柳といる時間のほうがよっぽど有意義だ。

 前方では葛城と戸塚が会話をしていて、戸塚が定期的に葛城を褒め称えていた。入学直後から葛城に心酔しているようだが、俺には理解できない。葛城はそこまでの男ではないだろうに。

 

 しばらく進むと、かなりの大きさの洞窟が現れた。葛城は既にここを把握していたらしい。

 中は思った以上に広く、40人入ってもさほど窮屈しない。雨風も防げるし、支給されたテントの使い道が一つ減った。ここは素直に称賛しておこう。

 

 次の問題は、誰がリーダーを務めるか、だったはずなのだが……

 

「葛城さん!スポットを確保しておきました!」

「・・」

 

 予想通りというべきか、目先の利益に食いついた戸塚が既に入り口にあったスポットを占領してしまっていた。これには流石の葛城も頭を抱えていた。

 リーダー決めは一番慎重に行おうとしていたのだろう。もしクラス分けの基準に足を引っ張り具合があったら、間違いなく戸塚は最高評価を得るだろう。

 

 俺たちといえば、洞窟内に腰掛けてただぼーっとしていた。することがないし、何より()に指図されたくない。

 戸塚がしょっちゅう偉そうに指示していたが、坂柳派はほとんど動こうとしなかった。あくまでも俺たちは坂柳の指示を聞くだけ。それにしても、戸塚って嫌われ者なんだなって。葛城派からも疑問の声が聞こえるくらいだし。

 

「暇だし探検に行こうぜ」

「おお、行こうぜ! 楽しそうじゃん!」

 

 周りにいた坂柳派の男どもに聞くと、すぐに乗ってくれた。

 出て行く時、戸塚が何やら喚いていたがそんなことはどうでもいい。

 

 特別試験の可能性を予想していた坂柳が俺たちに指示したのは、葛城派の妨害。指示に従わないなどやることは幼いが、坂柳がそうしろというのだから仕方ない。今更反対意見を出す資格なんてなかった。

 何にせよ、葛城の指揮が失敗して勢力が弱体化してくれればいい。

 

「割と整備されてるんだな」

 

 そう呟いたのは後藤だった。今俺たちが歩いている道は、それなりに広さがあって獣道ではない。

 

「学校が管理しているからなんだろう」

 

 というかそれしか考えられないない。ここは私有地だから、勝手に関係者以外が立ち入ることはできないのだ。

 

「おい、こ↑こ↓見ろよ」

 

 集団の中の一人が、道の脇を指差した。そちらに目を向けると、そこには雑草ではない何かが生えていた。

 

「これは……畑か?」

「そうらしいな」

 

 少し開けた場所にとうもろこしが植わっていた。土は耕されていて、雑草も生えていない。しっかりと管理されているらしい。

 

 荷物になるということで持って行くことはせず、また歩き出す。途中で川のそばにあるスポットを発見したが、俺たちには手に負えなさそうだ。

 この辺りの木には実がなっている。こういうものに詳しい人が誰もいないのが悔やまれるが、流石に学校が管理する島に毒物はあるまい。あったら大問題だ。

 

「げっ」

 

 突然正面から姿を見せた一人の生徒は、俺たちを見るなりそんな声をあげた。

 

「一人で何してんだ?」

「お、お前たちAクラスには関係ない話だ!」

 

 そう言って俺たちの脇を通って、俺たちが歩いてきた方へ歩いて行く。

 

「その先を川沿いに進むと、スポットがある。周りを木々に囲まれていて、ある程度涼めるだろう」

「え?」

 

 俺がそう言うと、その生徒は立ち止まって振り返った。

 

「あそこはまだ占有されていない。善は急げ、だ」

「サ、サンキュー!」

 

 走って行くそいつを見送り、また歩き出す。すぐに橋下が俺に話しかけてくる。

 

「なあ、スポットを教えても良かったのか?」

「ボーナスポイントを獲得するためにあそこまで遠征するか? 流石に現実的じゃない。あそこは俺たちには関係のない場所ってわけだ」

「だからってあんなことする必要あるか?」

「さあ。でも、少なくとも損はないさ」

 

 戦いは目先を見るのではない。何手何十手も先を見て、誘導する。チェスで知った坂柳の戦い方だ。最善手を狙っていたつもりだった。しかし、全て坂柳がそこに駒を置くように誘導したものだった。

 

「あいつはDクラスの生徒だ」

「そうなのか?」

「多少の関係は築いているからな。葛城を負けさせようとしているとはいえ、BクラスやCクラスに大差で負けるような真似をすれば、俺たちにとっても不利だ。ならDクラスに番狂わせしてもらった方がいい」

 

 Dクラスはが持っているclは現時点で100にも満たない。Dクラスが全クラス的中させれば、俺たちへの被害は最低限で済む。

 

 しばらく進むと、浜辺が見えてきた。それと同時に、生徒の一団が視界に入った。開始から大体2時間が経過しようとしているところだと思うが、そのクラスに目立った動きは見られない。

 むしろ、()()()()()()()()。まるで、王の登場を待つ忠臣のようだ。

 

「……Cクラスか?」

 

 森重がそう呟く。

 

「Bクラスはこんなことはしないだろ」

「あそこは全クラスの中で一番雰囲気がいい。あんな重い空気とは無縁だろうな」

 

 あの中に顔見知りはほとんどない。ほぼCクラスで確定だろう。しかし、まるで行動が読めない。目に見えるところにスポットはなく、占有の意志はないようだ。

 

「今はとりあえず進んだ方がいいな。また後で見に来ればいい」

「だな」

 

 そのまま海沿いを進み、しばらくしたところでまた森へ入って行く。しばらく進んで分かれ道に辿り着くと、そこを曲がる。

 そこには井戸があり、ここにも生徒の集団があった。Bクラスだ。

 

「あ、中山くん!」

「よっ」

 

 真っ先に俺たちの存在に気づいた一之瀬が、走って向かってくる。何でジャージ姿なのに目が飽きることがないんでしょうかね……

 坂柳とは真逆の魅力があるんだろう、きっと。きっとね! 

 

「何しに来たの? 探索にはかなり早い時間だと思うけど」

「拠点の設営は葛城たちに任せてきた。暇だし探検しよう、ってなってな」

 

 後ろの男たちが頷く。Bクラスではテントの設営は順調に進んでいて、井戸の確認や買うものの確認など忙しなさそうだ。

 

「一之瀬、あれは何に使うんだ?」

 

 橋下が見つけたのは大量のエチケット袋。40人でも1週間で使い切れる量ではない。

 

「これを敷けば少しでも地面が柔らかくならないかなって。無料でいくらでも貰えるからオススメだよ」

「へえ」

 

 うちの拠点が洞窟であることを考えると、これはとてもありがたい情報だ。

 

「よく考えてるんだな」

「そうだね。無理なく試験を終えれればいいかなって思って」

「確かに、それが一番だな」

 

 後藤が頷く。体調不良者が出れば一人につき5ポイント失う。その方が結果として得する可能性もある。

 

「私たちは仲良く楽しく、がモットーだからね」

「ははっ、そりゃ羨ましい」

 

 派閥争いが続き、殺伐としているうちのクラスに比べれば随分と過ごしやすいことだろう。

 

「正直葛城よりも一之瀬の方が頼りになるな」

「にゃははー、お世辞ってことで受け取っておくね?」

「事実なんだけどな」

「中山くんには敵わないなー……」

 

 そう言って頭を掻く一之瀬。それと同時に、寒気を覚えた。恐る恐る後ろを振り返ると、鬼の形相で俺を睨みつける男子諸君がいた。

 

「行くぞ、女たらし」

「そうだ、リア充」

「帰ったら血祭りにあげてやる」

「最近爆発が足りねえからちょうどいい」

「ちょっと待って!? なんか物騒な単語が聞こえてきたんだけど!? 助けて一之瀬ェェ!」

「にゃははー……」

 

 四肢を完全に拘束されてなす術もないまま連れ去られて行く。

 

「これ以上の長居は良くないから、これで失礼するぞ、一之瀬」

「う、うん。あんまり変なことはしないようにね?」

「……」

「そこは分かったって言えよ!」

 

 頼むから橋下、そこで黙るな。不安しかないだろうが。

 

「なあ、確か爆竹ってあったよな」

「ああ。1ダース2ポイントだったはずだ」

「ちょっと!? お前ら本気かよ!?」

 

 その夜、島中に爆竹の音と一人の少年の絶叫が響き渡った。

 その事実を知ったのは翌日の朝の点呼であり、減点はなかったものの厳しく注意された。

 

 俺だけだったのが解せぬ。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

「おーい!」

 

 Dクラスのメイン集団の元に、スポットの探索に出かけていた生徒が戻ってきた。嬉々とした表情をしており、成果があったことが十分に伝わってくる。

 

「どうだった? 池くん」

 

 先頭を歩いていた平田が尋ねる。出発前、トイレを買うかどうかで一悶着あっただけに、ここから立て直したいと考えていた。平田はまとまりのないDクラスが団結する最大のチャンスだと考えていた。

 4月には全てのポイントを失い、6月には須藤が冤罪を疑われ、信頼を地に落としてしまった。

 無人島試験は初めてクラス単位で挑む試験であり、何としても成功させなければならないとずっと言い聞かせてきた。

 

「スポットを見つけたぜ! 俺が案内するからついて来てくれ!」

 

 興奮した様子で話す池を見て、平田は安堵の息を漏らす。そして、ここで油断してはならないと言い聞かせる。

 なんとか軌道に乗りそうだ。この試験をどう乗り切るかで上のクラスを目指していけるかどうか大きく左右される。僕が頑張らないと。

 

「行こ、平田くん」

「うん、そうだね」

 

 考え込む平田に、隣に立つ軽井沢が声をかける。平田は我に帰ると歩き始め、それに他のDクラスの生徒が続く。

 しばらく進むと、川のせせらぎとともにスポットが現れた。

 

「ここだぜ」

「凄いよ池くん、すごくいい場所だよ!」

 

 池はAクラスに教えてもらったことは伏せていた。自らの手柄にしたかったからだ。

 荷物を下ろすとすぐに平田の指示の下テントの設営を始める。Aクラスとは違って全員が参加している。

 

 それが終わると、次の問題は目の前の川へと移る。

 

「水ならこの川の水でいいんじゃね?」

「嫌よ、飲めるわけないじゃん!」

 

 トイレの時も散々口論した池と篠原が、ここでも大声をあげる。

 

「何でだよ? 透き通ってるし、飲み水にしても問題ないと思うぜ」

 

 そう言って手で水を掬うと、一気に飲み干した。池としては飲み水にしても問題ないと証明したかったのだが、それを見た女子が気持ち悪いだの何だのと騒ぎ、解決には至らなかった。

 

「それって沸騰させれば飲めるんじゃなかったか?」

 

 それを見かねた須藤が池に助け舟を出す。しかし、須藤を見る女子の視線は信頼感ゼロ。過去の所行のせいで、須藤の正しい意見から信憑性が失われてしまっていた。

 

「須藤くんの言う通りだよ。沸騰させれば殺菌できるからね」

 

 それを聞いた女子たちは渋々ながらも納得した。平田の助け舟はどうやら黒船だったようだ。あまりの手のひら返しに須藤は怒りを覚えるが、グッと堪える。あの事件の後、堀北に手を出さないようにと忠告を受けていたからだ。

 

 平田のおかげでこの場は収まり、それぞれが作業を始める。

 Dクラスとしては不安の残るスタートとなったが、これがまだ始まりでしかないということなど誰も知る由もない。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

 無人島は学校が管理し、それなりに整備されているとはいえその多くは自然そのままである。

 中山たちが歩いた道から少し中に入れば、野山とよく似た光景が広がる。

 

「ククッ、これで交渉成立だ。感謝するぜ」

「こちらとしてもありがたいことだ。だが、契約を破るような真似はするなよ」

「当たり前だ」

 

 二人のリーダーが手を取り合った。それは己を勝ちへ導くのか。それとも──悪魔との契約か。

 

 運命は誰も予測できない。たとえ誘導しても看破する方法はある。

 

 騙し騙される。勝つためなら手段を選ばず、時には狡猾に。

 

 水面下での戦いは既に始まっている。



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