最強パーティーの雑用係 〜おっさんは、異世界の客人を迎えたようです〜 (エコー)
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第1話

『最強パーティーの雑用係~おっさんは、無理やり休暇を取らされたようです~』
コミック・アーススターにて9月26日より連載開始予定!

このSSは好きな作品のコミカライズを祝して、もうひとつの好きな作品
オーバーラップノベルズ刊
『景品として異世界転生したら捨てられたので好きに生きようと思う』(しろいるか 著)
とクロスさせて勝手に書いたものです。



 

 

 

 レヴィは後悔していた。

 クトーが所用で出掛けている隙に宿を抜け出し、クサッツの街から程近い原っぱまで来たのだが──

 

「くっ、なんであの時みたいに速く走れないのよ」

 

 ──かつて対峙した魔物に、思わぬ苦戦を強いられていた。

 

 レヴィは今日、クトーに内緒でギルドに行き依頼を受けていた。

 内容は、街道筋に出没するラージフットの討伐。

 お金が欲しかったレヴィが、ウインドウショッピングのついでに立ち寄ったギルドで見つけた依頼だ。

 レヴィは、ラージフットの倒し方をクトーにレクチャーされている。

 だからこそ、レヴィはその薄い胸を張って依頼を受けたのだ。

 しかし。

 

「きゃっ」

 

 何度も背後に迫る、巨大な前足による押し潰し攻撃。

 辛うじてそれらを避けたレヴィは、クトーの教え通りにラージフットの周りを走りながら、話が違う、とごちている。

 ラージフットの基本的な倒し方は、魔物を中心に円を描くように一定方向に走り、目を回したところで頭のツノを切り落とす。そうクトーに教えてもらい、実際にやって、成功した。

 

 だが目の前にいるラージフットは、あの時のそれよりもずっと素早い。それに、心なしかツノの色も違う様にレヴィは感じた。

 だが現在進行形の危機にあるレヴィにとっては、些事に思えた。

 

「わ、私だって、私だって──」

 

 ラージフットの個体差に気づかない程に、レヴィは苛立っている。

 理由は分からない。けれど何故か宿の女将を見る度に、その苛立ちは募るのだ。

 だからこそ今回の暴挙に出たのだけれど。

 

「そりゃクシナダさんは美人だし、私より胸も大きいけどさ」

 

 元から雑念だらけのレヴィは、今回の戦闘においてクトーの教えの大事な部分を失念していた。

 有り体に言えば、倒せる相手だと最初から油断していたのだ。

 

 雑念から油断が生じ、綻びになる。やがてそれは繕えない程に大きくなり。

 

「──やばっ」

 

 とうとうラージフットの長く巨大な前脚に、レヴィは吹っ飛ばされた。

 

「──かはっ!」

 

 宙を舞い、背中を地に叩きつけられたレヴィは、衝撃で硬直し、息ができなくなる。

 押し潰されなかっただけ幸運なのだが、最悪な状況に変わりは無い。

 

「クトー、ごめん……」

 

 今のレヴィに出来るのは、師とも言えるクトーに対する詫びを呟くことくらい。

 その呟きも風にさらわれ、あとは目を閉じて祈るくらいしか出来ない。

 

 その時。

 聞き慣れない声音と共に、突風が吹いた。

 

「ミキシング……エアロ!」

 

 レヴィの僅か上空を通過した風の刃は、的確にラージフットの顔面を切り刻む。

 状況が分からずに、茫然と切り刻まれるラージフットを見つめていると、レヴィは何者かに身体を起こされた。

 

「大丈夫、ですか」

 

 優しい声音と、柔らかな香り。ふと顔を上げたレヴィの前には、自分よりも年下と思われる少女の笑みがあった。

 

 * * *

 

「助かったわ、ありがとう」

「いえ、間に合って良かったです」

 

 レヴィは、討伐されたラージフットの脇に正座をして、命の恩人である二人に深々と頭を下げた。

 よく見れば二人とも、レヴィよりも随分と年下である。

 その年下の少年は、あの時のクトーの様に魔法一発でラージフットを倒し、少女はレヴィに回復魔法を使用した。

 つまり、この二人よりも、自分は格下。

 その事実が、レヴィの苛立ちを消沈させていた。

 

「僕はグラナダ・アベンジャー、こっちはメイ。あなたは?」

「私はレヴィ。この先のクサッツに滞在しているわ」

 

 クサッツという言葉を発した途端、恩人二人は小さな会議を始めた。

 ごにょごにょ。

 ごしょごしょ。

 そして、二人は互いに頷き合い。

 

「レヴィさん、クサッツの街を案内してください!」

 

 二人同時に花咲く笑顔をレヴィに向けた。

 

 * * *

 

 昼過ぎ。

 討伐依頼の達成報告をしに、レヴィとグラナダ、メイはクサッツのギルドを訪れていた。

 倒したのはグラナダであるが、クサッツのギルドに登録しているのは三人の中ではレヴィのみ。

 依頼の報酬は、ざっくり山分け。

 レヴィは受け取りを拒否したが、

 

「あそこまで魔物を疲弊させたのはレヴィさん」

 

 というグラナダの言葉に、レヴィが渋々押し切られた形だ。

 

「さあ、何か食べに行きましょう」

「レヴィさん、クサッツの名物って何ですか?」

 

 グラナダとメイは、未知の街並みとそこに漂ってくる食べ物の匂いに、テンションが上がりきっていた。

 

「──その前にちょっと寄りたい店があるんだけど、いいかな」

 

 快く了承したグラナダとメイは、レヴィと連れ立って少し街を歩くことになり。

 

「レヴィさんは、いつからクサッツにいるんですか」

「少し前からよ」

 

 メイは、興味津々でレヴィに話しかける。それに応えるうちに、レヴィの表情も元の明るさを取り戻していた。

 

「なんだか、姉妹みたいだな」

 

 一方グラナダは、クサッツの賑やかな雰囲気を楽しみながら、先行く二人の少女を見つめる。

 一軒の土産物店に立ち寄ってしばらく。ふとレヴィが立ち止まる。

 

「あれ、ない……ない、ない!」

 

 頻りに自身の髪を撫で回す仕草に、グラナダは気づいた。

 

「どうしたんですか、レヴィさん」

「無いの。クトーに貰った髪留めが!」

「クトー?」

 

 グラナダは、新たに飛び出した名前に首を傾げる。

 

「さっきの戦闘の時、でしょうか」

「そうね、きっとそうに違いないわ。どうしよう、クトーに怒られる……」

「その、クトーさん、とは?」

 

 クトーという人物について尋ねられたレヴィは、面白い様に顔色を変えてゆく。

 

「クトーはね。あのドラゴンズ・レイドの雑用係で、眼鏡で、細かくて、時間にうるさくて、着ぐるみで、可愛いものが大好きで、それで、それで……」

 

 最終的にレヴィの顔面は、ほんのりと朱に染まる。

 

「わ、わかりました。そのクトーさんはレヴィさんのことが大好きなんですね」

 

 そのレヴィに追い討ちをかけたのは、無邪気な笑顔のメイだった。

 

「ち、違うわよ、誰があんな奴──」

「ほう、誰がこんな奴なんだ」

「だからクトーよクトー、だいたい今までどこ行ってたの……え?」

 

 ぎぎぎ、と音が鳴りそうな動きで、レヴィは後ろを振り返る。

 そのレヴィの視界には、さっきまで散々語っていた人物、クトーが立っていた。

 

「い、い、いつからいたのよ!」

 

 レヴィは声を震わせて零す。あまりのレヴィの変わりっぷりに、グラナダもメイも苦笑しか出来ない。

 

「少し前から後ろにいたが」

「じゃ、じゃあ、髪留めを失くしたのも……聞いてた?」

「無論、聞いていた」

 

 クトーのしなやかな指が、眼鏡の縁を持ち上げる。その奥の視線は鋭いが、決して冷たくはない。

 グラナダとメイにはそう映ったのだが、どうやらレヴィは違うようだ。

 レヴィはすっかり意気消沈し、借りてきた猫のように大人しくなった。

 

「さて、レヴィ。理由を聞こうか」

 

 低く通る声に、鋭さを増す視線に、ますますレヴィは縮こまる。

 

「ご主人さま、あの目……」

「ああ、少しフィルニーアに似てるな」

「はい、お説教の時は、いつもあんな目をしてましたね」

 

 メイの耳打ちに、グラナダは苦笑してしまう。まさか同じことを考えていたとは。

 クトーが一歩前へ出る。

 レヴィは一歩後ずさる。

 それを見かねたグラナダは、助け船を出した。

 

「ちょ、ちょっと待ってください」

 

 冷たいオーラを纏うクトーと気圧されるレヴィの間に、グラナダが割って入る。

 

「失礼、誰方(どなた)かな」

「僕はグラナダ・アベンジャーと申します。レヴィさんは……むぐっ!?」

「言わないで!」

 

 クサッツまで戻る道中、グラナダはレヴィが単独で討伐依頼を受けた理由を訊いていた。

 それをバラされては堪らないレヴィは、背後から必死にグラナダの口を塞ぐ。

 

「──何か理由があるようだな」

「な、なんでもないの」

 

 それきりレヴィは、喋らなくなった。

 

 団子に固まって歩く途中。

 グラナダとメイがレヴィを助けたと聞かされたクトーは、丁寧に礼を述べた。

 それから最後尾でしょげているレヴィに、少々きつい視線を向ける。

 

「グラナダ君、後で理由を聞かせてもらうぞ」

「はい。でも、レヴィさんを叱らないでください」

「──それは理由を聞いてからの話だ」

 

 レヴィは、自身より背の低いメイに支えられて歩き、一行はクトーたちの定宿であるクシナダの旅館へ着いた。

 女将のクシナダに訳を話したクトーが、グラナダとメイに宿への滞在を勧める。

 もちろん事情を聞く為なのだが、グラナダは逡巡した。

 メイは、そこかしこに飾られる見慣れない調度品に目を輝かせている。

 そんなメイを見たグラナダは、笑顔でクトーの誘いを受けた。

 とりあえずクトーたちが泊まる部屋へ通された四人は、早々に本題であるレヴィの件について話し始めるのである──

 

 ──ひと通りレヴィの言い訳を聞き終えたクトーは指でこめかみを押さえ、ついでに眼鏡の縁を持ち上げた。

 

「──で、一人で、勝手に、討伐依頼を受けたのか」

 

 座布団というクッションの上で背を丸めるレヴィは、まともにクトーの方を見られない。

 

「だ、だって、倒し方を教わったラージフットが討伐対象だったし」

「それで、その倒し方を実行出来ずに助けられたのか」

「な、なんか変だったのよ。ツノの色も前のと違ったし」

 

 その時、クトーの纏う雰囲気が変わった。

 

「ツノの色が、違った?」

「そうよ、動きも前のより素早かった気がするし、力も強かったと思う」

 

 顎に手を当てたまま聞いていたクトーは、立ち上がると同時にレヴィを見つめた。

 

「なるほど、調べてこよう。レヴィはここにいろ」

 

 そのままクトーは、部屋を出て行った。

 

 

 




お読みくださいましてありがとうございます。
このSSは全3話構成。
明日、明後日も1話ずつ投稿させていただきます。


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第2話

前回のあらすじ

ピンチに陥ったレヴィは、突然現れた二人、グラナダとメイに救われて──


 

 

 

 ──夕刻。

 レヴィが落ち込んでいる部屋に、夕食の膳が運ばれ始めた。

 前世で馴染みの食器を見たグラナダは、感嘆の声を上げる。

 

「お椀だ! 和食だよ、メイ」

「はい、よかったですね。ご主人様」

 

 グラナダは喜び、メイはグラナダの為に味を覚えておこうと決意する。

 

「遅くなった」

 

 クトーが帰ってきたのは、人数分の膳が整う少し前だ。

 とりあえず備えつけのお茶でも飲みながら、というクシナダさんの提案で、一同は卓を囲んで座る。

 

「──あのラージフットは、変異種だった。それを教えていなかったのは俺のミスだ」

 

 現場を見てきたクトーは、湯呑みを置く。レヴィは、クトーの意外な謝罪に瞠目し、顔を逸らして俯いた。

 

「ううん、私こそ……勝手なことして、ごめん」

 

 緩やかな風が、レヴィの長い髪を揺らす。

 時折眼鏡を押し上げながら、クトーは腕組みをしている。

 

 二人の様子を眺めるグラナダとメイは、互いに顔を見合わせて、頷いた。

 次の膳を運んできた女将のクシナダを呼び止め、グラナダは耳打ちをする。

 

「僕たちの分は、僕たちの部屋に運んでください」

 

 クトーとレヴィの様子を見たクシナダは、意味ありげに微笑んで、かしこまりました、とグラナダの耳元で囁いた。

 

 * * *

 

「ご主人様」

「ん?」

 

 グラナダとメイが割り当てられた部屋。

 二人きりの食事は、静かだった。

 

「……クシナダさん、お綺麗でしたね」

 

 西京焼きの様な魚を口に運びながら、メイは呟きを漏らす。その目にはもはや光は無い。

 

「ご主人様も、ああいうダイナマイトな女性の方が……」

「メイ」

 

 努めて優しく、グラナダはその名を呼ぶ。

 

「今は、元の世界へ帰ることだけを考えよう」

 

 グラナダの声音は、まだ発育中の薄いメイの胸にすっと沁みていく。

 

「そう、ですね。村を復活させなきゃ、ですものね」

「それだけじゃない」

「え」

「あの村でみんなと、メイと、ポチと、一緒に暮らすんだ」

 

 グラナダはメイの肩を両手で優しく包みながら、柔らかく言い聞かせる。

 その所作に、何より間近で見つめるグラナダの笑みに、鬱屈としていたメイの顔は急激に紅潮した。

 

「は、はいっ!」

「さあ、早くごはんを食べてしまおう。露天風呂が待っているよ」

「露天風呂っ!?」

「ああ、景色を見ながら入れるお風呂だ」

「は、はい、頑張ります……優しくして、くださいね」

 

 メイが何を頑張るつもりなのか解らないグラナダだったが、その花咲く笑顔に水を差すのは何となく気が引けた。

 

 

 

 

 

 

 グラナダは一人、広い露天風呂を堪能していた。

 前世では体験出来なかった、憧れの露天風呂である。

 メイが一緒に入りたいと粘ったが、レヴィが迎えに来てくれたお陰で助かった。

 

「ふう……気持ちいいなぁ、露天風呂って」

 

 垣根の向こうの景色をぼんやりと眺めながら、グラナダは思考をフル回転させる。

 

 ──三日前、俺とメイは魔力の渦に飲み込まれ、突然この世界に飛ばされた。

 俺が経験した異世界ガチャなどではなく、本当に突然だった。

 

 ポチは、元気にしているだろうか。

 帰りたい。

 フィルニーアとメイ。

 三人で過ごした、あの村へ──

 

「失礼する」

 

 よく通る低い声に、グラナダの思考は断ち切られた。湯殿に現れたのは、クトーだ。

 掛け湯を始めるクトーの広い背中に、

 

「クトーさん、良い宿を紹介していただいて、ありがとうございます」

 

 グラナダは頭を下げ、礼を述べた。

 が、クトーは淡々と入浴の準備を進めながらグラナダに応える。

 

「レヴィを救ってくれた恩人に、ぞんざいな扱いなど出来る筈がない。宿代もこちらで持つ」

「そんな、そこまでしてもらっては……」

「気にするな。恩は返せるうちに返せ、だ」

 

 クトーは、あくまで宿代はレヴィを救ってくれた対価だという。

 そんな不器用な優しさに、グラナダは苦笑まじりに頷いた。

 身を清めたクトーは、グラナダから少し離れて湯に沈む。

 

「それに君たちは、この世界の人間では無いのだろう?」

「──気づいていましたか」

 

 グラナダたちは、レヴィには異世界から来たとは語っていない。

 つまりクトーは状況だけでその結論に辿り着き、それは異世界転移が今回の自分たちだけではない、という証左となる。

 

「君が使った魔法は、この世界には無い魔法だったとレヴィが言っていた。しかも、特殊な技術が使われているようだ、と」

 

 たったそれだけの事から異世界人だと推察したのか。

 クトーの洞察力に舌を巻くグラナダは、同時にレヴィの観察眼の高さにも驚いた。

 

「同じ魔法を、同時に放ったらしいな」

「ええ、ミキシングという技術です」

「ミキシング?」

「低位の魔法を複数同時に行使する事で、相乗効果を得る方法ですよ」

「なるほど、そのような方法が普及した世界なのか」

「いえ、普及はしていません。我が師が編み出した独自の技術です」

 

 グラナダは両手を見つめながら、師であるフィルニーアを思い出していた。

 ミキシングの技術も、この両手も、フィルニーアに貰ったものだ。

 それらが無ければ、今の自分は存在し得ない。

 そう思うと、自然とグラナダの目から雫が零れた。

 

「──へェ、異世界にゃ色んな凄ぇ奴がいるんだねェ」

 

 そんなグラナダのセンチメンタルをぶん投げるように、それは突然現れた。

 

「猫?」

「ああ、猫だ」

「……せめて白虎と呼んでもらえないものかねェ」

 

 とても白虎には見えないそれは、湯気のようにぷかりと浮きながら、手にしたキセルをピコピコと動かして笑った。

 

「初めまして、わっちはトゥス。嬢ちゃんの、付き添いみたいなもんさ」

「嬢ちゃん?」

「レヴィのことだ。少し前に色々あってな」

 

 小さな白虎のようなトゥスは、キセルを燻らせながら苦笑を浮かべる。

 その姿にグラナダは、元の世界に残してきてしまったポチを重ねた。

 

「ポチ、元気かなぁ」

「ポチ?」

「ああ、向こうの世界に残してきた神獣です」

「ほう、神獣ときたかい」

 

 グラナダは、ポチと自分の関係を説いて明かす。

 と、トゥスのキセルがグラナダを指した。

 

「もしかしたらそのポチが、あんたらを元の世界に帰してくれるかもしれないねェ」

「どういうことだ」

「どういうことですか」

 

 同時にトゥスへ問うたのは、グラナダとクトーだ。

 

「あんさんとその神獣さんは、魂で繋がってるんだろ。ならその繋がりを辿れば、また元の世界へ戻れるかもしれない、ってことさねェ」

 

 クトーは軽く頷き、グラナダは呆然とトゥスを見つめている。

 

「トゥスはこれでも仙人のような存在だ。知識なら誰よりも蓄えている」

「なるほど……そうか、そうか!」

 

 湯の中でグラナダは立ち上がる。股間が目の高さに来たせいで施設を避けたクトーにも気づかないまま、露天風呂に仁王立ちで両の拳を握りしめる。

 

「もしもまだそこに次元の歪みがあるのなら、飛ばされて来た場所でアクティブ・ソナーを使えば……元の世界とのリンクも可能かもしれない!」

 

 グラナダの発する聞き慣れない言葉に疑問を持つが、それで思考を邪魔するほどクトーは無粋ではない。

 それに何よりもグラナダの希望に満ちた顔が、クトーには好ましく思えた。

 

「明日、やる事は決まったな」

「はい。ありがとうございます、クトーさん、トゥス仙人」

「仙人なんて呼ばれると、何だかくすぐったいねェ」

「すぐにメイに知らせてやります」

「ちょっと待て」

 

 そのまま風呂から上がろうとしたグラナダの背中に、クトーの声音が響く。

 

「ひとつ聞いておきたい」

「な、何でしょうか」

「ポチは……可愛いのか?」

 

 

 

 

 

 




お読みくださいましてありがとうございます。
明日は最終話。
18時に投稿いたします。


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第3話

前回のあらすじ

異世界に転移してしまったグラナダとメイ。
それを見抜くクトー。
果たしてグラナダとメイは、元の世界へ帰れるのだろうか。
そして、レヴィは──


 

 

「メイ!」

「きゃっ」

 

 グラナダが勢いよく障子戸を開けると、メイは浴衣の着方に悪戦苦闘している最中だった。

 幼く細い肩がはだけているのを見てしまったグラナダは、すぐにメイに背を向けて障子戸を閉める。

 

「ご、ごめん!」

「だ、大丈夫です、心の準備はもう──」

 

 心の準備は、もう。

 その続きをメイに問うことは、グラナダには出来なかった。

 何となく、わかってしまったから。

 

 気まずくなって、背中合わせに座るメイとグラナダ。

 グラナダの背後からは、衣摺れとメイの呼吸の音だけが聞こえる。

 

「そ、それより、ずいぶん慌ててましたけど」

「あ。そうだよ! 元の世界に帰れるかもしれないんだ」

「本当ですか!?」

 

 浴衣を着崩したまま、メイはグラナダの背中に抱きついた。

 色々な諸々がグラナダの背中に柔らかい刺激を与えまくっているが、今はそれより大事な話がある。

 

「ああ、実はな──」

 

 

 * * *

 

 

 翌日、クサッツ近郊。

 クトー、グラナダ、レヴィ、メイ、トゥスの四人と一匹は、街道から少し外れた森の中にいた。

 ここは、グラナダとメイがこの世界に降り立った場所だ。

 

「始めます──アクティブ・ソナー」

 

 グラナダは、虚空に向かってソナーを打つ。

 他の面々は、その様子を固唾を飲んで見守る。

 方向を変え、高さを変え、何度も繰り返しソナーを打っていると、微かに反応がある箇所が見つかった。

 

 よく見ると、そこだけ空気の屈折率が違うように見える。

 

「ここか」

 

 屈折率の違う空間に向けて、グラナダは手を伸ばす。

 

「感じる……ポチだ!」

 

 クトーの思う通り、グラナダとポチのリンクは繋がったままだ。

 

「頼むぞ……シラカミノミタマ」

 

 歪んだ空間は渦を巻き始め、ポチとグラナダのリンクが強くなる。

 同時に、渦の向こうへと引っ張られる感覚がグラナダを襲う。

 

「いける、いけるぞメイ!」

「はい!」

 

 虚空に現れた渦はグラナダの魔力を巻き込んで拡大し、その中心に巨狼と化したポチの顔が見えた。

 

「ポチ!」

「わふっ」

 

 数日振りの対面に、ポチは渦越しのグラナダの顔面を舐めまくる。メイは飛び上がって喜び、レヴィは唖然としていた。

 ただ一人、クトーだけが渋い顔をグラナダに向けた。

 

「──どういうことだグラナダ」

 

 眉をひそめるクトーに、グラナダとポチは首を傾げる。

 

「ポチは、ポチは、可愛くないではないか!」

 

 あらかじめグラナダからポチの普段の姿を聞いていたクトーにとって、ポチとの対面は非常に楽しみであった。

 それが、いざ蓋を開けてみれば──巨狼である。

 

「ポチ、普段の姿に戻って」

「わふ」

 

 次元の渦から顔を出しているポチは、シュルシュルと縮んで小犬の形態となる。

 その瞬間、クトーの眼鏡がキラーンと光った。

 

「かわ……もふ……」

「クトー、しっかりして!」

 

 どうやら巨狼からのギャップで、可愛いものには目がないクトーは誤作動を起こしたようだ。

 

「もふもふ、もふもふじゃないか!」

「だ、だめクトー! なんか違う世界に行っちゃいそうだから!」

 

 取り憑かれたように、渦の中のポチに手を伸ばすクトー。それを羽交い締めで止めるレヴィ。

 

「やめてクトー、向こうは違う世界だから」

 

 もうある意味「違う世界」に入りつつあるクトーは、がっくりと項垂れてしまった。

 

「なぜだ、そこにもふもふが存在するのに。なぜ愛でられないのだ!」

 

 そんなクトーの姿に笑い転げるのはトゥスだけ。

 

「いやぁ、兄さんのそんな姿を拝めるたぁ、長生きはするもんだねェ」

 

 その言葉がクトーの癇に障ったのか、ポチの代わりとばかりにトゥスをわしゃわしゃと触り出す。

 

「今日はこのモフモフで勘弁してやる。さっさと帰れ」

「あんたら早く、わっちが犠牲になってる隙に!」

「クトー! トゥス! なにしてるの!」

 

 もうカオスである。

 苦笑しつつ、内心で別れを惜しんだグラナダは、メイを抱き寄せる。

 

「ちょっとどいてろ、ポチ」

 

 渦の向こうからポチの顔が消えた。

 クトーが残念そうな顔をしたその瞬間、グラナダの魔力が膨れ上がる。

 

「え、なにそれ……」

 

 今にも白目を剥きそうなレヴィをよそに、グラナダは空間の渦に向けて魔力を解放した。

 

「真・神威(カムイ)!」

 

 ポチの魔力を借りた、グラナダの技だ。

 放たれた強大な魔力は、虚空の穴を少しずつ広げていく。

 魔力の放出が終わる頃には、渦は大きな空間のトンネルとなった。

 

「さあ、これで帰れるぞ、メイ」

「はいっご主人様!」

 

 抱きつくメイを、グラナダは更にきつく抱き寄せる。

 トゥスをモフり終えて平静を取り戻したクトーは、カバン玉をひとつ、グラナダに手渡した。

 

「土産だ。クサッツの名産品が入っている」

「ありがとうございます、クトーさん」

「また来い……とは、迂闊に言えないな」

 

 グラナダとクトーは、顔を見合わせて苦笑する。

 

「じゃあ、クトーさん。レヴィ」

「──ああ。達者でな」

「メイ……」

「レヴィさん……」

 

 グラナダとメイは、元の世界へと帰って行った。

 

 * * *

 

 クトーとレヴィ、二人きりで街道を戻る。

 トゥスはモフられ過ぎて、疲れて隠れてしまったようだ。

 

「行っちゃったね……」

「ああ、本来在るべき世界に戻ったんだ」

「たった一日だったけど、なんか昔から知ってるような感じだったなぁ」

「錯覚だ」

 

 クトーの冷静な物言いに、レヴィの足が止まる。

 

「──クトーって、冷たいよね」

「合理主義なだけだ」

 

 振り返ることなくクトーは答えて、再び歩き始め、すぐに立ち止まった。

 そのクトーの手は、自身の懐にある。

 

「レヴィ」

 

 懐から包みを取り出したクトーは、レヴィにそれを差し出す。

 

「ほら、髪留めだ」

「拾っておいて、くれたの?」

「いや、新しいのを買ってきた」

「どうして」

「センツちゃんの髪留めの新バージョンが売っていてな」

「私、前のがいい」

「いや、こっちも可愛いぞ」

「前のがいいの」

 

 最初、レヴィは髪留めが気に入らなかった。

 だが、失くしたと思った時、寂しさを感じたのだ。

 その寂しさの原因は、レヴィにはまだ判らない。

 ただ、寂しくて衝動買いした物は、確かに自身の懐にあった。

 レヴィは、その包みを出してクトーに渡す。

 

「なんだこれは」

 

 いつものように感情を見せずに、レヴィの包みを受け取るクトーは、中身を見た途端、少しだけ表情が柔らかくなった。

 

「まさか、これを買う為にラージフットの討伐を」

「だ、だって……お金、無かったもん」

 

 惜しむらくは、その表情をレヴィが見落としてしまったことなのだが、それも致し方ない。

 レヴィはレヴィで、照れ臭くて俯いたままだったのだから。

 

「ペンダント、か」

 

 包みの中身は、レヴィが落とした髪留めと同じデザインの、ペンダント。

 

「ぺ、ペンダントなら、身に着けても服の下に隠しておけるし、それに……」

 

 もう色々と限界だったレヴィは、言い終えないうちにクトーを置いてクサッツの方へと走り出す。

 

「いつも、お世話になってるし……お揃い、だから」

 

 その微かなレヴィの呟きがクトーの元へ届くまでには、もう少し時間がかかりそう、である。

 

 了

 




最後までお読みくださいましてありがとうございます。
また、3話通して読んでいただいた読者さま、本当にありがとうございます。

そして『雑用係』の、peco先生。
並びに『景品転生』の、しろいるか先生。

大事な作品を二次創作させていただき、本当にありがとうございます。

最後に両作品の宣伝を。
しろいるか著『景品として異世界転生したら捨てられたので好きに生きようと思う』
オーバーラップノベルズから好評発売中。

peco著『最強パーティーの雑用係~おっさんは無理やり休暇を取らされたようです~』
第2巻好評発売中。

そして、『最強パーティーの雑用係〜』コミカライズ!
9/26よりコミック・アーススターにて連載開始予定!

メチャクチャ面白いので、どうぞお手に取ってみてくださいませ☆

では、お付き合い頂きまして本当にありがとうございました。


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