東方転霖堂 ~霖之助の前世はサモナーさん!?~ (騎士シャムネコ)
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第一話 「転生香霖と幻想の鳥」

初めまして、騎士シャムネコと申します。

ハーメルンでは初投稿です、よろしくお願いします。


 後に『紅霧異変』と呼ばれる異変が起こったその夜。

 

 幻想郷を紅い霧が覆ったその日、僕は前世の記憶と能力を取り戻した。

 

 

 

                         森近霖之助

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の事はよく覚えている。劇的では無く、拍子抜けするほどあっさりしていたから、逆に印象に残ったのだが。

 

 あの夜、幻想郷を紅い魔力の霧が覆った時、僕は所謂前世の記憶と言う奴を思い出した。

 とは言え、それで何かが変わったかと言うと、あんまり変わらなかったとも言えるし、大いに変わったとも言える。

 前世の記憶を思い出したとはいえ、三十年にも満たなかった前世の影響で、半妖として生きて来た数百年の末にある今の人格が変わるべくも無く、僕自身の性格はあまり変わっていないと言える。

 ただ変わった部分としては、外の世界へ行ってみたいという気持ちが少なくなくなったことが一番に上げられる。

 

 前世の僕は外の世界、それも今より少し先の未来で生きていた。

 それ故に、今の僕には現在の外の世界在り様が、知識としては存在している。

 断片的にしか情報が入手出来ず、推察するしかなかった外の世界の情報が、今はある程度察することが出来るのだ。

 だからと言って全く興味が無くなったという訳では無いし、今でも外の世界に行ってみたいという気持ちは変わらないが、その気持ちは以前ほど必死では無いというのも間違いなかった。

 

 さて、では今の僕が一番求めている物は何かと聞かれれば、その前に僕が前世の記憶と共に取り戻した前世の能力について語らなければならないだろう。

 僕が取り戻した前世の能力、『召喚術を操る程度の能力』は文字通り様々な召喚術を行使するという能力だ。

 と言っても、これが完全に前世で所持していた能力かと聞かれれば、首を傾げざるを得ないのだが。

 

 前世において僕は、『アナザーリンク・サーガ・オンライン』という所謂VRMMORPGのプレイヤーであった。

 プレイヤーとしての名前は『キース』、能力の名前から分かる通りゲーム内では召喚術師、即ち『サモナー』の職業に就いていた。

 ゲーム内で僕がどんなプレイをしていたかだが……これについては割愛しよう。長くなり過ぎるし、何より途中で脱線が多くなりそうだ。

 

 首を傾げざるを得ないと言った理由だが、先ず第一にあくまでゲーム内の能力でしかなかった物が現実世界で使用出来てしまえることがあげられる。

 まぁこれについては、幻想郷だからの一言で済ませてしまえそうでもあるが。

 

 二つ目は、能力の自由度がゲームであった前世と比べて大幅に上がっている事だ。

 前世では自分の育てたモンスターや少し特殊な存在を召喚する事しか出来なかったわけだが、今の僕の能力はゲーム時代に敵として出て来たモンスターを召喚し操る事も、ゲーム時代に手に入れたアイテムを召喚と言う形で呼び出すことも出来てしまえる。

 

 さて、ここまで話してようやく本題である『僕が現在求めている物は何か?』という話に移ることが出来る。

 僕が現在求めている物、それはゲーム時代に僕が育てた配下のモンスターたちを召喚する事だ。

 

 不可能では無い、と僕はそう思っている。

 根拠は前述したゲーム時代に手に入れたアイテムを呼び出せるという点だ。

 所有していた物品を呼び出すという前世では出来なかった使い方が出来るのだから、本来の使い方である自身の召喚モンスターを呼び出せないという事は無いはずだ。

 それに、説明のし難い感覚ではあるが、能力を使ってモンスターやアイテムを呼び出す時に感じるのだ、繋がりの様なものを。

 

 前世に置いて、僕はゲーム内に自身の拠点である城を持っており、そこにはアイテムを捧げて対戦相手となるモンスターを召喚するという機能を持った闘技場が存在していた。

 感覚的な話だが、僕が現在呼び出せるモンスターたちは、どうもその機能を使って呼び出されているように感じるのだ。

 

 であれば、この繋がりを辿って行けば、いつか必ず召喚出来るはずだ。配下のモンスターたちを。

 明確な目的意識がある、そこへ到達するまでの手掛かりもある。ならば出来る筈だ、どれほど時間が掛かっても。

 

 そう思うと、僕の全身に懐かしい活力が漲って来るように感じられた。

 まるで、ゲーム内を配下達と巡っていた時の様な、熱く狂おしいほどの活力が。

 

「やれやれ、性格はあまり変わっていないと思っていたけれど、どうやらそうでもないらしいな」

 

 いや、変わっていないというよりも、前世と今生を合わせた結果あるのが今の僕なのだろう。

 かつての僕と今の僕、その二つは断絶した訳では無く地続きとなっている。ただそれだけの話だった。

 

「さて、先ずは何処から手を付けるべきか……」

 

 魔法関連から手を付けるなら、僕が経営している古道具屋『香霖堂』のお得意様である咲夜経由で動かない大図書館を頼るという方法が思いつくし、神様の御利益を頼るなら霊夢に相談するのも良いだろう。幻想郷の住人の能力を頼るなら、魔理沙に心当たりが無いか尋ねてみるのも良いかも知れない。

 幸い、この幻想郷なら取れる手段はいくらでもあるのだ。総ざらいで当たるのも一つの手だろう。

 

「おーい、香霖ー!」

「霖之助さん? 居るんでしょ?」

 

 物思いに耽っていると、騒がしい声が聞こえて来た。

 僕が返事をする間も無く勝手に店の中に入って来たのは二人の少女、紅白の巫女『博麗霊夢』と白黒の魔法使い『霧雨魔理沙』だった。

 

「君達、またお茶でもたかりに来たのかい?」

「失礼だな香霖、今日は恒例の鍋の日だからやって来たんだぜ?」

「材料は揃えてあるから、捌くのをお願いね霖之助さん」

「……勝手に来た挙句、調理まで要求するのか」

 

 見れば、魔理沙は両手でぐったりとした朱鷺を抱え、霊夢は鍋の材料が入れられているらしき荷物を両手に持っていた。

 言動から行動までどうしてこうも傍若無人さに溢れているのか、昔はもっと可愛げが……あったかな?

 

「おい香霖、今何か失礼な事を考えなかったか?」

「奇遇ね魔理沙、私も同じように感じていたとこよ」

「二人共、自分たちの日頃の行いを振り返ってみる事だね。原因はそこにある筈だ」

「それなら私は問題無いな、鬼巫女の霊夢が原因だ」

「それなら私は問題無いわね、原因はコソ泥魔法使いの魔理沙よ」

 

 両方だ、両方。

 お互いに擦り付け合っている二人にそう言ってやりたかったが、この後の展開は大体想像出来るし黙っておくこととしよう。

 

「なんだと?」

「何よ?」

「やるか?」

「やってやろうじゃない」

 

 それだけ言うと、二人は荷物を僕に押し付けて、スペルカードルールによる決着をつけるために店の外へと出て行ってしまった。

 予想通りの展開とは言え、僕は溜息を付く。

 やれやれ、二人が戦っている間にさっさと調理してしまうとしよう。作らなかったら作らなかったで文句を言われそうだからな。

 

「そう言えば、今は普通に料理が作れるんだよな」

 

 前世ではカレーさえ不味く作れることがある種の自慢だったが、今生では普通に料理が作れる。

 それで困るという事も無いし、寧ろ一人暮らしである以上作れるに越したことはない訳だが、思う所はある。

 

「自分で作った料理より、ナイアスの作った料理が食べたいな」

 

 前世では心の中で嫁とまで呼んでいた従者の一体を思い出す。

 こうしてふとした拍子に従者たちの事を思い出す事は増えて行くのだろう。そうしてそれは僕の中で熱として残り、目的達成の為の活力となる筈だ。

 

 窓の外から見える霊夢と魔理沙の弾幕の光を眺めながら、僕は脳裏に従者たちの姿を思い描きつつ、鍋の調理を進めた。

 





時系列で言うと、サモナーさんが行くの1280話後に力尽きた現実世界のサモナーさんが転生したのがこの作品の霖之助と言う設定です。

また、この作品の霖之助は現時点でゲーム内のアイテム及び、魔法や武技を使える代わりに配下のモンスターたちが召喚出来ないという設定になっています。(全解禁しちゃうと、ヘカーティアとかでも地の文でさっくり倒せちゃうから仕方ないね)

この作品の霖之助の性格は、基本霖之助時々サモナーさんぐらいの割合で構成されています。


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第二話 「転生香霖と愚者の石板」

第二話目です。

二次創作の投稿はこの作品が初めてですので、ドキドキしっぱなしです。


 『愚者の石板』というアイテムがある。

 

 このアイテムは前世のゲーム内に置いて中継ポータルの設置、分かり易く言えば自身の拠点を作成する為のアイテムであった。

 設置すると半径五十メートルの範囲に結界が張られ、魔石系統のアイテムである魔晶石や魔水晶を追加で消費する事で結界範囲の拡大や各種設備の追加などの強化を行うことが出来る。

 ゲーム時代の僕の拠点、『召魔の森』もまたこの愚者の石板の設置によって作成し、強化して行った末に完成した物だった。

 僕はこれを僕の店である香霖堂に使用しようと思っている。

 

 僕がこの考えに至った理由は四つある。

 

 まず一つ目が拠点化する事によって設置される結界そのものである。

 この結界は、内部に入れる者を制限することが出来る結界で、拠点内範囲にある物を不可視化するという機能を追加することも出来る。

 客商売をやっている以上、常に侵入制限をし続けるつもりは無いが、僕が不在の際に悪戯好きの妖精たちの侵入を防げるというのは大きい。

 

 二つ目は拠点の強化による地下空間の拡張だ。

 『塔の石板』という拠点の効果を強化するアイテムがあり、これは設置すると塔を形成するという特徴を持っている。

 僕は今回この石板によって作られる塔を地上では無く地下に伸ばす事で、そのまま塔を広大な地下空間として利用するつもりだ。イメージとしては、ゲーム時代にサモナーとして師事したNPCの師匠の拠点の地下空間である。

 最近は非売品となった商品によって店の倉庫が溢れかえっており、これを機にそれらを纏めて地下に移してしまおうと考えている。

 

 三つ目は地下ダンジョンの設置である。

 『節制の石板』と言うアイテムがあり、これを使用する事で地下洞窟型のダンジョンを設置する事が可能となる。

 このダンジョン内にはゲーム時代のモンスターたちが出現する為、設置が完了すれば安定供給とはいかないまでもゲーム時代のアイテムを定期的に手に入れることが出来る様になるだろう。

 現在僕がゲーム時代のアイテムを手に入れる方法は、能力を使いゲーム内で手に入れたアイテムを呼び出す事だけだ。

 しかし、それらは有限であって消費し続ければいずれは尽きてしまうものだ。後々の事を考えれば供給先を確保しておくことは必須事項であろう。

 

 四つ目は生産拠点としての強化だ。

 『教皇の石板』、これは設置した拠点における生産技能の使用にボーナスを与えるという効果を持っている。

 香霖堂は古道具屋だが、時折マジックアイテムの作成などを請け負っているし、僕自身趣味で個人的に色々と作っている。

 今回香霖堂を拠点化するに当たっての一番の目玉が、この教皇の石板による恩恵だ。

 僕自身、自分のアイテム作成の技能はそれなりの物であると自負しているし、前世の能力を取り戻したことで今では更に強力なアイテムの作成も可能となっている。

 この上拠点の恩恵も合わせれば、一体どれほどのアイテムを作成することが出来るだろうか……今から非常に楽しみだ。

 

 

 

「おい香霖、そんな石の板なんて眺めながらにやけてどうしたんだ?」

 

 店のカウンターの上に石板たちを並べて眺めていると、聞き慣れた少女の声が聞こえて来た。

 声の方向に視線を向けると、そこにはこれまた見慣れた白黒の魔法使いがこちらを見ていた。

 

「何だ魔理沙か」

「何だとは何だ、失礼な奴だな。それよりその石板はどうしたんだ? 見たところ何かのマジックアイテムみたいだが」

 

 失礼だと言いつつ、特に気にしてはいない様子である。

 そんな事よりも石板の方が気になるようで、魔理沙はカウンターに身を乗り出しながら訊ねて来た。

 

「これは愚者の石板と言う結界を張る為のマジックアイテムだよ、他の石板たちは愚者の石板を強化する為の物だ」

 

 そう言って手に取って見せながら、僕は魔理沙に敢えて大雑把な説明をした。

 詳しく説明した結果、いつもの様に持って行かれても困るからな。

 

「愚者の石板? 何だか頭の悪そうな名前のアイテムなんだな」

「愚か者と言う意味での愚者では無く、始まりという意味での愚者だよ。他の石板の名前を言っていなかったから勘違いさせてしまったが、この石板たちはタロットカードのスート、大アルカナに由来した名前を持っているんだ。そもそも大アルカナと言うのは―――」

「ああ、いつもの薀蓄なら勘弁だぜ」

 

 手をひらひらと振って、興味ないと言わんばかりに僕の話を拒否する魔理沙。

 折角以前から温めておいた二十二種の大アルカナに関する僕の持論を語って聞かせる機会が巡って来たと思ったのだが、どうやらまたの機会まで取っておくしかない様だ。

 まぁアルカナつながりで各種石板の効果について尋ねられても、困るのは僕の方だからある意味助かったと言えるのかもしれない。

 何せ、僕が所有している石板たちは八種類しか存在していないのだ。タロットに合わせて持っていない石板の効果について尋ねられたら答えに窮するしかない。

 

「それで、こいつを使って結界なんて張ってどうするんだよ? ただでさえ繁盛してない古道具屋が結界で客を閉め出した日には、閑古鳥が大鳴きするってもんだぜ」

「別に客を閉め出すつもりは無いよ、ただ留守の間に妖精にでも悪戯されない様に対策するだけさ」

 

 別に嘘は付いていない、言っていない理由が他に三つほどあるだけだ。

 だが魔理沙は僕が話した理由の裏にある物を何となく感じている様で、疑わし気な視線を僕に向けて来た。

 

「ふーん、今までそんな対策してこなかったのに、一体どういう風の吹き回しなんだ?」

「単に、これらが運良く手に入ったから使おうと思っただけだよ。以前から出かける時は魔法で鍵を掛けていたけど、それでも入られる時は入られていたからね」

 

 と言っても、前世の能力を取り戻した今の僕なら、妖精はおろかその他の妖怪たちも完全にシャットアウト出来る結界を張る事は可能だ。

 まぁ、一々結界を張るのが面倒だという点を考えれば、愚者の石板を使っておく方が楽だという結論に至るのだが。

 

「成程な、香霖も色々考えている訳か」

「言い方に気になる物はあるが、まぁいい……それで、今日は何しに来たんだ、また暇つぶしか?」

「おう、その通りだぜ!」

 

 胸を張って言う事じゃないだろうに。

 とは言え、このまま話題を逸らすことは出来そうだ。

 僕はさりげなく石板たちを片付けながら、魔理沙の気を逸らす為にお茶の用意を進めた。




説明文が多く、キャラクター同士の絡みが少ないのが悩みどころ。

次回からは、強キャラ霖之助と幻想郷の少女たちの関わりをもっと前面に出せるように頑張って行こうと思います。


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第三話 「転生香霖と完全で瀟洒なティータイム(前篇)」


今回は前後編です。


 以前拾って来た外の世界の道具であるストーブがしゅんしゅんと音を立てている。

 このストーブは僕が前世の記憶を取り戻す前から愛用していた物で、前世基準で考えるとかなり旧式の物なのだが、これはこれで趣きがあるため気に入っている。

 幻想郷では灯油が容易には手に入らない為、以前は燃料の枯渇が大きな問題となっていたが、幸い今は前世のゲーム内で手に入れた原油を魔法で精製する事で賄えるため、向こう十年ほどは燃料問題で悩まずに済む。

 ……十年後のその後の事は、その時になってから考えよう。その時はその時で、暖房用のマジックアイテムでも作成すればいいさ。

 

 ―――カランカラン

 おや、誰か来たようだ。

 悲しい事に、この店に来る者はその大半が騒ぐだけ騒いで碌に買い物もしない様な連中ばかりだが、覚えのある気配から察するにどうやら今回は真っ当な客が来てくれたようだ。

 

「誰かいます?」

「いらっしゃいませ。ようこそ香霖堂へ、何かご入用かな?」

「ええ、丁度良いティーカップを探しているんだけど、ここに置いているかしら?」

 

 やって来たのはこの店の数少ないお得意様の一人であるメイド姿の少女、『十六夜咲夜』であった。

 

「あぁ、ティーカップね。それならいくつか在庫があったはずだ、どんなものを探しているんだい?」

「えぇそうね。ちょっと小さめで、可愛らしくて、白くて……。紅い液体でカップの白が引き立つような。それでいてそんなに重くなくて、一番重要なのは形なのだけど……それは見てから決めるわ。それを二組欲しいのだけど?」

「ふむ、複雑な注文だね? カップ類は纏めてこちらに置いてあるんだが、お気に召すものがあるかどうか……」

 

 予想外に細かな注文をされてしまった。

 古道具屋、言い換えればアンティークショップの店主である以上、目利きの鋭さを見せたい所ではあるが、生憎前世を含めて、芸術的な審美眼に関しては些か自身の無い僕である。

 こんな事なら前世で『審美眼スキル』を取得しておくべきだったか。まぁ、来世で古道具屋の店主になる事等欠片も予想していなかったのだから、無為な考えではあるが。

 

 気を取り直してカップ類を纏めて置いていた一角を見回すと、一つのアンティークケースを発見した。

 確かこのケースには、僕のお気に入りのティーカップが二組入っていたはずである。

 前世の僕の拠点である、召魔の森の城で使われていた物と似通ったデザインの為気に入った物だ。これなら自信を持ってお勧め出来そうだ。

 

「あったあった、これなら気に入って貰えると思……う?」

 

 言葉が途中で疑問形へと変わる。

 ケースを開けるとそこには、思い描いていたティーカップでは無く、無残な残骸へと成り果てた可哀そうな元ティーカップが存在していた。

 

「粉々じゃ無いか、何があった?」

「どうしたんですか?」

「あ、いや。実はね……」

 

 砕け散ってしまった元ティーカップを見せながら事情を説明しようとすると、途中でケースの中に一枚の和紙が入っている事に気が付いた。

 何だろうと思い手を伸ばしたのだ、が。僕が手に取るよりも先に横から伸びてきた手がひょいっとその紙を手に取ってしまった。

 

「!? 嘘、今能力を使ったはずなのに……」

「? どうしたんだい?」

 

 紙を手にした咲夜は、何故か僕を愕然とした表情で見つめながら、ぶつぶつと呟いている。

 一体どうしたんだ、急に。

 

「能力は確かに発動した、ならどうして動けたの? 能力の無効化? いいえ違う、無効化したというよりも、そもそも能力の影響を受けなかったかのような……」

「咲夜? 聞いているのかい、咲夜!」

「ッ!」

 

 聞こえていない様子の彼女の肩に手を変えながら大きな声で呼びかけると、咲夜はようやく僕が呼びかけている事に気付いたようだ。

 

「あ、えっと。店主さん……?」

「ようやく気が付いたか、急にどうしたんだい? 様子がおかしかったけど」

「いえ、その……店主さん、何かしましたか?」

「? いや、何もしていないし、急に様子がおかしくなったのは君の方だろう?」

「そう、ですか……」

 

 訳が分からないという表情で僕が返すと、咲夜は釈然としない様子ながらも気を取り直したようだった。

 

「すみません、失礼しました。もう大丈夫です」

「そうかい? ならいいが」

 

 一体どうして彼女がこの様に取り乱したのか、まるで見当がつかないが、余り掘り下げようとするのも迷惑だろう。

 何より彼女は、この店の貴重なお得意様の一人だ。彼女の気分を害するような行動はしたくない。

 

「それで、その紙は一体何なんだい? 何か文字が書かれているようだが」

「あ、えぇっと、これはですね……」

 

 咲夜は、僕が指摘して初めて手に持ったままの紙の存在を思い出したようだ。

 少し慌てた様子でそれを確認する彼女の姿を眺めつつ、内心で苦笑する。

 霊夢や魔理沙たち、僕が良く知る少女たちに比べて、咲夜は随分と落ち着いた大人びた少女だと思っていたが、こういったふとした拍子に年相応の可愛らしさを感じてしまう。

 その感想を口にしてしまえば、へそを曲げられてしまいそうでもあるから、あえて口には出さないけどね。

 

「えっと、これは魔理沙の字かしら? 『すまん』って書いてあるわね。どういう意味かしら?」

「ああうん、大体分かった」

 

 犯人が特定出来た、妥当過ぎて驚くに値しないほどである。

 しかし参ったな、お勧めしようとしていた商品が砕け散っているとは……。

 

「やれやれ、魔理沙には後できつくお灸を据えるとして、だ。咲夜、君はどうするんだい? ティーカップを買いに来たんだろう?」

「ああ、そう言えばそうでしたね……」

 

 おいおい、買い物に来た本人が当初の目的を忘れてどうする?

 と言いたかったが、先ほどの狼狽えようを見る限り、あの出来事は彼女にとって余程ショッキングな出来事だったのだろう。

 僕には何が何だかさっぱりなのだが。

 

「……うん、そうね。あなたの言う通り気に入ったわこのカップ。これを頂けるかしら?」

「良いのかい?」

 

 少し時間を置いて何時もの落ち着きを取り戻したかと思っていたが、まだ混乱しているのだろうか?

 それとも、わざわざこの哀れさすら感じる残骸に何かしらの価値を見出したのだろうか?

 

「ええ、可愛いし、紅いお茶にも映えそうだし。お嬢様の注文にぴったりだわ」

 

 砕けた器の諸行無常に可愛らしさを見出すのが、彼女のトレンドなのだろうか?

 

 

 

 ―――カランカランカラッ!

 

「ちょっと! 咲夜、居るんでしょ?」

 

 咲夜の美意識について首を傾げていると、いつもの騒がしいのがやって来た。

 間違ってもお得意様とも常連客とも呼べない、紅白の少女だ。

 

「あら、霊夢じゃない。いつ神社に戻って来たの? それにお嬢様まで……」

「戻って来たの? じゃないでしょ! 人が居ないと思って神社に勝手に上がり込んで! おまけにこいつを置いて行かれたら、何されるか判ったもんじゃない」

「何もしてないわよ。神社に丁度良いカップも無かったし、ティータイムにもならなかったわ」

「勝手に上がり込んでお茶もへったくれも無いでしょ!」

 

 霊夢、君も人の事を言えないと思うのだが?

 日頃の自身の行いを棚に上げて怒りをあらわにする霊夢の隣には、蝙蝠の様な翼を持つ小さな少女が立っていた。

 彼女の名は『レミリア・スカーレット』。咲夜が仕える主人であり、以前にも語った『紅霧異変』を起こした張本人でもある吸血鬼の御令嬢である。

 

「散歩中でも、お茶の時間は必須なの。当然素敵なカップでね」

「レミリア。大体、何であんた昼間にうろちょろしてんのよ。吸血鬼のくせに。棺桶にでも入ってればいいでしょ?」

「私だって日光浴見くらいはするわ。ちなみに棺桶は死人が入る物。あなたは何か勘違いをしているわ」

 

 日光浴見とは、日光浴をしている人を鑑賞する事らしい。初めて聞いたよ。

 

 しかし吸血鬼か。僕の前世の従者にも、吸血鬼は二体ほどいた。

 一人は女性の吸血鬼で名前を『テロメア』、もう一人は男性の吸血鬼で名前を『ヘイフリック』と名付けた。

 二人はレベルアップとクラスチェンジを繰り返した結果、真祖に近い吸血鬼となり日光に対する耐性すら獲得していたが、この世界の吸血鬼はどうなのだろうな?

 まぁ、ゲームのモンスターの性能と現実の妖怪の能力の比べ合いなんて、不毛な事なのかもしれないが。

 

 僕が考え事をしている間にも霊夢とレミリアは言い争いを続けている。

 言い争っているというよりは、霊夢が食って掛かり、レミリアがそれを飄々と受け流していると言った感じだが。

 いい加減止めようかと声を掛けようとすると、ぴしっと不自然なくらい唐突に二人の声が聞こえなくなり、見れば霊夢とレミリアの二人はまるで彫像にでもなったかのように微動だにしていなかった。

 

「これは、一体?」

「―――やっぱり、店主さんは止まらないんですね」

 

 声の方向に振り返ると、そこにはいつの間にか懐中時計を手にした咲夜の姿があった。

 僕は止まらない。そう口にしたという事は、この不可解な現象は彼女が起こしたと見て間違いないだろう。

 一体何をしたと言うのか。

 

「ねぇ店主さん、少しお話をしませんか? お嬢様と霊夢は抜きで、二人っきりで」

 

 二人には聞かせられないという事だろうか?

 何にせよ、彼女が僕のことを酷く警戒しているという事は分かる。

 必死に隠そうとしているが、僕には彼女が僕の事を強く恐れている事が感じられた。

 

「……話、ね。ああいいとも、じっくり話し合おうじゃないか、何か行き違いがあるように感じられるしね?」

 

 彼女は何故か僕の事を危険視しているようだが、僕には彼女を害する意図など毛ほども無い。

 きちんと話し合って、その事を理解して貰う事に努めるとしよう。何より、訳も分からないままお得意様を失うのは嫌だからね。

 しかし、こういった話し合いは前世含めて苦手だった様な気がするが……。

 

 ま、まぁ、きっと何とかなるさ。多分。

 





咲夜「停止した時間の中を動ける、ですって!?」



はい、と言う訳で転生香霖のチートっぷりを最初に味わう事になったのは咲夜さんでした。
何故霖之助に時間停止が効かなかったかですが、これはサモナーさんの持つとあるスキルの拡大解釈によるもので、次回説明する予定です。

一応言っておきますが「俺が時を止めた、そして脱出出来た」と言う訳ではありませんよ? www
流石のサモナーさんも、時間停止は出来ませんからね(加速と減速くらいなら出来そうですけど)


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第四話 「転生香霖と完全で瀟洒なティータイム(中編)」

長くなったので中編です。

サモナーさんのチート具合を欠片でも表現出来れば幸いです。


 霊夢とレミリアが停止している横で、僕は咲夜と向き合っている。

 停止しているのは二人だけなのか? と疑問に思い、周囲に意識を向けたところで気付く。

 

 何も、何も聞えないのだ。

 

 僕と咲夜の息遣いや衣擦れの音以外は、ストーブの音も、風のに揺れる木々の音も、鳥たちの泣き声も何一つ。

 僕と咲夜が居るこの店の中だけぽっかりと穴が開いたかのように、世界から音と言う音が消滅していた。

 

「……まずは、そちらの事情から話してくれるかな? 僕には何故僕と君以外の全てが停止しているのかも、君が何故そんなにも僕を警戒しているのかも分からない。君から話してくれなければ、僕から話せるようなことは何も無いよ」

 

 僕がそう言うと、咲夜は少し悩むような仕草をしたが、このまま見合っていても埒が明かないと思ったのか、事情を説明してくれた。

 

「……そうですね。先ずは、私の能力から説明しなければいけないのですけど―――」

 

 

 

 そう言って咲夜は、自身の能力について話してくれた。

 

 彼女の能力は『時間を操る程度の能力』と言う、一瞬聞き間違いか? と思いたくなるような、規格外の能力であった。

 今現在、僕と咲夜以外の全てが停止しているのも、その能力で時間を停止させているからだそうだ。

 

「それはまた……とんでもない能力だね。人間でここまで強力な能力を持った者には、他に会ったことが無いよ」

「ええ、私も自分の能力に匹敵する様な能力を持った人間なんて……霊夢くらいしか心当たりが無いわね」

「ああ、確かに霊夢が居たね」

 

 霊夢は何と言うかまぁ……色々と規格外過ぎる娘だからな。彼女に関しては考えるだけ無駄な様な気もする。

 

「ん? なら何で僕は動けるのだろうか?」

「それが分からないから私も警戒しているんです。停止した時間の中で動ける相手なんて、初めてだわ」

「ふむ……」

 

 咲夜の能力は非常に強力だ、霊夢やレミリアも停止させられている以上そこに疑いは無い。

 では何故そんな、神の力にも等しい強力な能力が僕には効かなかったのか。

 ……考えられる可能性は、いくつか存在するな。

 

「……確証は持てないが、咲夜の能力が僕に効かなかった理由に幾つか心当たりがあるんだが、聞いて行くかい?」

「ええ、是非」

 

 事情を話したことで、幾分警戒心が薄れた様子の咲夜が、興味津々と言った様子で返して来た。

 僕の心当たりについては、いくつか伏せておいた方が良いような内容も含まれている気がするが、ここで変に情報を出し渋って警戒されるよりは、素直に全部話してしまった方が良いだろう。

 それに、僕の事情何てよくよく考えてみれば大したものでは無いのではないか?

 前世の記憶や能力がどうのと言えば、人里には阿礼乙女と言う前例が居るし、ゲームの能力がどうのと言うのも、そもそも大半の妖怪が実体の無い畏れから能力を獲得した者が多いのだ。

 僕が半妖である事も加味するに、架空の能力を実際に獲得するのは、この幻想郷では珍しい事とは言えないのではなかろうか?

 ならば、特に言い渋る理由も無いな。スパッと明かしてしまおう。

 

 結論が出ると、一気に心が晴れやかになるように感じられた。

 うんうん、何か知らないが良い調子だ。これならきっと大丈夫だろう。

 

「心当たりの候補は三つある、一つ目は僕が『時空魔法』の使い手だからという事だ」

「時空魔法、ですか?」

 

 小首を傾げる咲夜に僕の時空魔法についてを説明する。

 これは前世から引き継いだ能力の一つで、僕はゲーム内に置いて時空魔法のスキルを取得していた。

 この魔法は名前の通り、時間や空間に関する魔法を修得する為のスキルであり、このスキルを育てる事で他にも重力や星に関する魔法を修得することも出来た。

 時間に関する魔法が使えたから、時間停止の影響を受けないのかもしれないというのが、一つ目の予想だった。

 

「はぁ、それなら確かに……けど、確かパチュリー様も時空に関する魔法は使えたはずですし、理由としては微妙な様な?」

「まぁ、あくまで候補の一つだし、この場で実証出来る物でも無いからね。次の説明に移っても良いかな?」

「ええ、どうぞ」

 

 パチュリーと言うのは、レミリアや咲夜の住む館『紅魔館』内の図書館に住む魔法使い『パチュリー・ノーレッジ』の事だ。

 咲夜によれば彼女も時空魔法を修得しているそうだが、あくまでこの世界の魔法である彼女の時空魔法と前世のゲーム内の魔法である僕の時空魔法はおそらく完全に別物であろう。

 まぁ、そこら辺を説明し出すと話が長くなるから、聞かれない限り答えるつもりは無いが。

 

「次の候補だが、僕は正直これが本命だと思っている。二つ目は僕が持つ特性と言うか能力で、『全耐性』というものが時間停止の影響を防いだのではないかというものだ」

「全耐性、ですか。その能力は一体?」

「読んで字の如く、全てに対して耐性を持つ。という能力だよ」

 

 全耐性は前世に置いて、十種類存在する耐性系スキルのレベルを最大まで上げた時に、『耐え忍びし者』という称号の獲得と共に取得可能となったスキルだ。

 当時の僕は細かなスキルの性能検証などはしていなかった為、このスキルが時間停止に対しても耐性を持つという確証がある訳では無い。

 しかし、ゲーム時代モンスターの中には各種魔法属性に対する耐性を持った者が存在しており、時空魔法もまた属性魔法の一つである。

 つまり全耐性には、時空属性に対する耐性が含まれている可能性が高いのだ!

 

「僕が時空魔法を使える以上、全耐性には時空魔法や時空に関する能力に対する耐性が含まれている可能性が非常に高い。この全耐性こそが、時間停止の影響を受けなかった原因だと僕は考えているよ」

「それなら確かに、納得出来る理由ですわね」

 

 咲夜も僕の説明に信憑性を感じてくれた様で、腑に落ちたと言った感じで頷いていた。

 別に何か悪い事をした訳では無いが、身の潔白を証明出来たかの様で気分が良い。

 疑問に対する取り合えずの回答が得られたところで、そろそろ咲夜に時間停止を解除して貰おう。

 

「咲夜、そろそろ時間停止を止めて貰えるかな? 疑問は取り敢えず解消出来た訳だし、霊夢とレミリアをいつまでもこのままにして置く訳にはいかないだろう?」

「ええ、それもですね。ただ今―――それにしても、全耐性ですか」

 

 手に持った懐中時計を構えながら、咲夜は小さく呟く。

 まぁ改めて考えれば、あらゆる耐性を持つこのスキルは、それだけで一つの能力として確立してしまうような凄まじい物だからな。

 それがあくまで、僕の能力である『召喚術を操る程度の能力』に組み込まれた機能の一つでしか無いのだ。

 我ながら、反則も良い所だ。

 

 

 

「とにかく、悪魔の居る神社とか噂されたらどうするのよ!」

「何もしないわよ。それに賽銭箱の中身は空だったわ」

「でも、神様の居ない神社よりも御利益がありそうですわ。ねぇ、お嬢様」

「神様不在って言うなー!」

 

 時間が動き出すのと同時に、少女たちの喧騒が聞こえて来る。

 時間停止前から続く二人の会話にしれっと混ざれるのは、咲夜が自身の能力に習熟しているからだろうか?

 本人の性格故の気もするが。

 

「そうそう、咲夜。素敵なティーカップは見つかった?」

「ええ、見つかりましたとも。大変素晴らしい品ですわ」

 

 おっと、そうだった。そう言えば商談の途中だったな。

 しかし咲夜、その手のケースの中に入っているのは、素晴らしい品では無く素晴らしかった品の筈なのだが?

 

「お嬢様、これで見えますでしょうか?」

 

 咲夜はケースの蓋を開け、レミリアに見える位置まで高さを下げた。

 その砕けたカップで良いのか? 砕けた器に諸行無常の美を見出すのが西洋妖怪のトレンドなのか? それとも美しい品は無残なまでに壊れていてこそ芸術であるという、デスメタル的な美意識によるものなのか?

 様々な疑問が浮かんだが、答えはレミリアの反応で決まるだろう。

 

 そう思っていたのだが、粉々のカップを前にレミリアが見せたのは、疑問と困惑の表情と言う至極真っ当な物であった。

 

 

 




と言う訳で拡大解釈の内容は、『全耐性スキルの耐性に、時間停止耐性が含まれている』でした。

本文中にもある通り、時空属性に対する耐性と考えれば、それほど可笑しな話では無いと思っています。

それから、しれっと時間停止が効かなかった理由の三つの候補の内、三つ目だけ語っていませんが、そちらは次回話す予定です。


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第五話 「転生香霖と完全で瀟洒なティータイム(後編)」

間髪入れずに第五話の投稿だぁ!(約二時間)

筆が乗っている時は楽しいなぁ。


「あー? これは一体、何?」

 

 困惑を通り越して気だるげな様子で、レミリアは箱の中身を指さした。

 まぁ、当然の反応だろう。咲夜はティーカップを買いに来たはずなのに、選んだのはもはやティーカップとしての機能を残していない元ティーカップだったのだ。

 レミリアの命令で、何かおかしなオーダーでも出されたのかとも考えたが、どうやら違うらしい。

 レミリアと咲夜には、気ままで我儘なお嬢様とそれをサポートする有能なメイドというイメージがあったのだが、今はイメージが逆転して、レミリアの方が常識人なのでは? と、僕は感じ始めていた。

 

「え? 何って……ティーカップですが、お気に召さなかったのでしょうか?」

「えらく前衛的なデザインね。たとえば取っ手を持っても全体の三分の一もついて来ないし、まるでカップと思えない辺りが……。でも、もう少し液体が入る部分が多くても良いんじゃないかしら」

「でも、この柄が良いじゃないですか。私は、こういう落ち着いて高級感のあるアンティークな柄が好きなのですよ。それに店主さんのお気に入りの品の様ですし、ねぇ?」

「柄はともかく……。変わったのがお気に入りなのね、店主も」

「諸行無常と侘び寂びが感じられるだろう?」

 

 などとおどけて返してみたが、帰って来たのはレミリアの訝しむような、哀れむような視線だけだった。

 その視線は、ケースの中のカップにこそ向けてやって欲しい。

 一番の被害者は、無残にも打ち砕かれたカップ自身なのだから。

 

「あら、この紙は何かしら?」

 

 レミリアが見つけたのは、まるで隠す気も無い器物損壊犯の自主届である。

 

「多分、鑑定書か何かだと思いますわ」

「こんな、『すまん』とだけ書かれた鑑定書があるの?」

「『鑑定出来ませんでした』、という鑑定書でしょう」

「まるで『種も仕掛けもございません』って言う手品師の前置きみたいね」

「その例えは分からないが、僕には『私がやりました』と言う自白文に見えるよ」

 

 同じ紙切れに書かれた文章でも、見る者によってこうも感じ方が違うのだから不思議なものである。

 

 

 

 一方霊夢は、二人の言葉遊びに飽きたのか、一人でティータイムに入っている。

 そう言えば、何故かうちには霊夢専用の湯飲みが常備されているのだが、これは突っ込んだら負けなのだろうか?

 

「もう一度聞くわ。咲夜、これは一体何?」

「ですから、アバンギャルドなティーカップですわ」

「私は、そんな注文したかしら?」

「確か小さくて、重くなくて、普通っぽくなくて、可愛くて……」

「まぁ、これも可愛いけどね」

 

 可愛い、のか? やはりデスメタルな美的感覚の可能性が!

 

「それに、神社にあった奴よりも高級感が漂ってますでしょう?」

「確かに、形も似ているけど……」

 

 形も似ている? 博麗神社にこんな諸行無常なデスメタル感漂うカップ(だったもの)があるのか?

 それを聞いた霊夢が、心当たりが無いという表情で返す。

 

「そんなカップ知らないわよ?」

「あぁ、霊夢は知らないか。咲夜を送り出すちょっと前にはあったのよ」

「お嬢様、それでは判らないですわ。私たちが来た後に、カップがアバンギャルドな感じに変形した、のですよ」

「あぁん? あんたらさては、私のカップ割ったなぁ?」

 

 暫くの間、霊夢の怒りの言葉による弾幕が、店中に鳴り響いた。

 なるほど、そう言う事か。霊夢のティーカップを割ってしまったから、代わりの物を買いに来たって訳か。

 しかし、それなら何故咲夜は割れたカップを買う気になったのか?

 

「ねぇ咲夜、確かに私は霊夢のカップと同じような奴が欲しいと言ったわ。でもね、それは最終形態の物じゃ無くて、変形前の物よ。そんな事も判らないのかしら?」

「え、そうなのですか? てっきり、霊夢とお揃いのカップがお望みなのかなと……」

「これじゃお揃いも何も、混ざるわよ」

「でも、普通のカップを買っても『何やっているの? 形が全然違うじゃない』とか、言うつもりだったのではないですか?」

「そんな事……言わないわよ」

 

 絶対言うつもりだっただろう、その言い方。

 意外と常識人なのでは? とも思ったが、やはりレミリアは気ままで我儘なお嬢様だったようだ。

 咲夜の態度もこの意地悪なお嬢様に対するちょっとした意趣返しなのだろう。

 

「判りましたわ。普通のカップが欲しいのですね?」

「咲夜がそう思うなら、お好きにしてよ」

「もちろん、私がそう思っただけですわ」

 

 やれやれ、彼女たちも霊夢や魔理沙たちとはまた違った種類の面倒な娘達だな。

 そう思っていると、次の瞬間咲夜は何を思ったのか―――

 

「じゃあ、このティーカップはゴミね」

「待て待て待て! 何をしようとしているんだ君は!?」

 

 いきなりケースごとティーカップを放り投げようとした咲夜の腕を、慌てて掴んで止める。

 

「いきなり何をするんだ!」

「あら、ティーカップとしての機能をしていないならこれはゴミでしょう? だから処分しようかと」

「まだ代金も払っていない商品を勝手に処分しようとするんじゃない! それに、ゴミかどうかは店主である僕が決める」

 

 そういて僕は咲夜の手からケースを取り返す。

 全く、どうして幻想郷の少女たちはどいつもこいつも身勝手が服を着たような行動をするのか。

 

「でも店主、実際その最終形態ティーカップはもうどうにもならないでしょ? 潔く諦めた方が良いわよ」

「まだだ、まだこのカップは終わっていない」

 

 最終形態ティーカップって何だ、最終形態ティーカップって。ちょっと格好良いじゃないか。

 それはともかく、僕は咲夜とレミリア、それから暢気にお茶を啜りながらこちらを眺めている霊夢にも見える様にケースを開いて、中の砕けたカップを見せながら言い放った。

 

「見てろ。僕が諦めない限り、こいつはゴミでは無く商品のままなんだ」

 

 開いたケースの中のカップの破片の一つに手を触れる、すると手に触れた破片とその周囲の破片たちが光を放ち、磁石の様にお互いに引き合いくっ付いたかと思うと、次の瞬間には傷一つ無い完全体のティーカップがそこには存在していた。

 

「「「なっ!?」」」

「どうだい、僕の言った通りだろう?」

 

 目を丸くして驚いている少女たちに向かって胸を張る。

 ケースの中には、つい先ほどまで砕けた無残な姿であったとは信じられないほど綺麗なティーカップが収まっていた。

 

「……驚いたわ。それって魔法なのかしら? それともあなたの能力?」

「修復の魔法だよ。古道具屋の店主だからね、この手の魔法は覚えておいて損は無いのさ」

 

 正確には前世で取得した『錬金術』スキルの『修復』と言う技能なのだが、まぁこの世界では錬金術も魔法の一種である訳だし、魔法と言ってしまって差し支えないだろう。

 気分良くそう考えていると、いつの間にかすぐ傍まで来ていた霊夢が、やたらキラキラした目でこちらを見ていた。

 

「ね、ねぇ霖之助さん! それを使えば、私のカップも……!」

「お代は頂くよ」

「請求はレミリアにお願いね」

「まいどあり」

「ちょ、私に断りも無く決めないでよ!?」

「割ったのは君なんだろう? なら弁償はしなくちゃなぁ」

「そーよ、そーよ」

 

 とんとん拍子で進む僕と霊夢の会話にレミリアが待ったを掛けたが、これは正当な賠償の請求だ。君に拒否権は無い。

 自覚はあるようで、レミリアは「うー、うー」唸って不服の意を示していたが、霊夢が笑顔で御払い棒を取り出した辺りで、

 

「さぁ直ぐに行きましょう! 人間の人生は短いのだから、時間は有効的に使うべきだわ!」

 

 などと言って、物凄い速さで店を出て行き、霊夢も笑顔のまま無言でその後を追いかけて行った。

 

「やれやれ、先に飛び出して行っても、今の霊夢と二人っきりになる時間が長くなるだけだと思うんだが」

「おそらくお嬢様の頭にその考えは無かったのでしょう、大分慌てていたようですし」

 

 取り残された形の僕と咲夜だったが、急ぐ理由も無いのでゆっくりと店を出てから鍵を閉めた。

 ついでに、この間『愚者の石板』を設置した事で張られた結界も有効化しておいた。これをやるのとやらないので、防犯面での安心感が段違いなのである。

 

「待たせたね、じゃあ行こうか」

「そうですね、行きましょうか」

 

 律儀に僕が鍵を掛けるのを待っていてくれた咲夜に声を掛け、僕たちは神社へと出発した。

 

「そう言えば、まだ聞いていなかったですわね」

「何がだい?」

「時間停止が効かなかった理由の候補、その三つ目ですよ」

「ああ、それか……」

 

 正直、候補には挙げたもののあまり関係ないだろうと思ってすっかり忘れていた。

 

「二つ目の理由で納得はしましたが、折角ですから三つ目も聞いてみたいですね」

「三つ目か、これには前提条件があるから可能性が非常に低いと思っているんだけど、それでも聞いて行くかい?」

「ええ、是非」

 

 そこまで言われれば仕方ない。

 ああけど、実際可能性はほぼほぼ皆無だと思うんだけどなぁ。

 

「……この話の前提は、咲夜の能力が何かしらの神様由来の能力だったらって話なんだけど」

「神様由来、ですか。そう言った気配があるとはお嬢様や霊夢からも聞いた事がありませんけど、有り得るとしたらクロノスとかかしら?」

 

 クロノスと聞くと、僕はギリシャの時空神よりも前世の配下だったとあるドラゴンの事を思い出すんだけど、まぁそれは良い。

 

「言っておいてなんだけど、咲夜の能力は神様由来の物では無いと思うよ? 神気の類は感じられないしね」

「はぁ、そうですか。それはちょっと残念ですね」

 

 とは言いつつ、あんまり残念がっているようには見えない。

 彼女自身、自分の能力が神様由来の物だとは思っていないのだろう。

 

「それで、どうして私の能力が神様由来の物なら無効化出来たことに説明がつくんですか?」

「ああ、それなら簡単だよ。僕には神様の能力の類が効かないんだよ、『神殺し』だからね」

「………へ?」

 

 この時、僕は必死で吹き出すのを堪えていた。

 咲夜のここまで気の抜けたマヌケ面を見るのは初めてだった為、笑いを堪えるのには苦労した。




サモナーさんはねー、何がヤバいってねー。
個人の武力がスサノオやトールなんかの、主神級の戦神とタイマンで戦って正面からぶっ殺せるほど強いのに、同時にそれと同レベルの大魔法使いで、更にサモナーだから自分一人の数倍から数十倍の戦力を単独で即座に用意出来る事なんだよねー。

サモナーさんが行くの1236話~1240話にかけての、主人公の拠点がゼウスを始めとする主神級15柱と魔神たちに襲撃される話好き。ゼウスざまぁってなる。


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第六話 「転生香霖と地下ダンジョン」

前話の誤字部分を修正しました。

やっぱり夜中にテンションだけで書くと、誤字率高まるなぁ。


「よっと」

 

 ゴキリッ、という鈍い音が鳴り、続いてドサッと何かが倒れる音がする。

 前者は僕が首の骨を折った音、後者は首を折られて死んだモンスターの体が地面に倒れた音だった。

 

「よし、さっさと血抜きを済ませてしまおう」

 

 僕が現在いる洞窟は、『節制の石板』によって香霖堂の地下に形成されたダンジョンの内部だ。

 そしてつい先ほど仕留めたモンスターは、ゲーム時代にも狩った相手で名称は『闘牛』。

 名前の通り牛型のモンスターだった。

 この闘牛はドロップアイテムとして各部位の肉を落とす為、ゲーム時代はレアドロップのサーロインを目当てに沢山狩ったりもしたのだが、香霖堂地下ダンジョン出現したものを何度か倒して行く内に、有る事に気付いた。

 それは、ゲームから現実の物へとなったことによる変化であり、その内容とは倒したモンスターの死体が消えない事である。

 

 ゲーム時代、倒したモンスターの死体は一定時間経過するか、『剥ぎ取りナイフ』を突き立てるかすると消滅するという仕様だった。(剥ぎ取りナイフを使うと、一定確率でアイテムがドロップする)

 しかし、現実となったこのダンジョンでは、僕が剥ぎ取りナイフを使わない限り死体が消滅しないのである。

 これは正直に嬉しい誤算だった。死体が消えないという事は、自分で解体する手間はかかるが、倒したモンスターの素材をドロップ率に関係無く利用出来るという事なのだ。

 中にはアイテムドロップとしてしか手に入らない物もあるだろうが、少なくともこの闘牛の肉ならばドロップに頼らずとも全て利用することが出来る。

 この事が判明して以来、僕は嬉々としてダンジョンに潜り闘牛を一頭確保しては、地下ダンジョンと地上の香霖堂の間にある、『塔の石板』によって形成された地下塔の工房に運んでいるのだ。

 おかげで最近は、毎日好きな時にサーロインが食べられるという贅沢な状況となっている。

 

 ちなみに、余った他の部位の肉は霊夢や魔理沙におすそ分けをしている。記憶を取り戻してから、僕は前世同様に食欲旺盛となっていたが、流石に牛一頭丸々分の肉を一人で消費するのは無理がある。

 霊夢や魔理沙も、ただで肉が食べられるとあって喜んでいるし、Win‐Winの関係と言えるだろう。

 ただ一つ心配な事は、最近二人に僕が独占しているサーロインの存在が感づかれつつあるという事か。

 

「さて、血抜きと解体も終わったし、もう少し潜るか」

 

 魔法も併用して、闘牛の血抜きと解体を手早く済ませた僕は、もう一度ダンジョンに潜る事にした。

 今度の目的は牛肉の確保では無く、ダンジョン内の掃除が目的である。

 

 現実になったことで、死体が消えないというメリットが生まれたが、それは同時にデメリットでもある。

 ダンジョン内のモンスターはゲーム時代と違い、時間経過でデスポーン(自然消滅)する事も無く増え続ける。

 定期的に内部のモンスターたちを掃討しなければ、ダンジョン内が増え過ぎたモンスターやモンスター同士の争いで発生した死体などで埋め尽くされてしまうのだ。

 ダンジョンの入り口に結界を張っている為、溢れかえったモンスターがダンジョンの外に出るという事は無いが、溢れた死体が原因で疫病でも発生したら目も当てられない。

 定期的なダンジョン内の清掃、という名の殲滅戦は必須事項であった。

 

「しかし、出て来るモンスターの種類もいい感じに増えて来たな」

 

 現在ダンジョン内で出現するモンスターの代表例は、キノコ類をドロップする『ファンガス』系統のモンスター、原木類をドロップする『ブランチゴーレム』、各部位の肉をドロップする『闘牛』、肉と卵をドロップする『暴れキンケイ』など。

 そして目玉であり、現在出現するモンスターの中で一番強いのが、『魔水晶』をドロップする『レッドオーガ』だ!

 地下ダンジョンの掃討戦は、入り口から入って徐々に最下層を目指しながらモンスターを狩って行くのだが、最深部で待ち構えているのがこのレッドオーガの群れであり、こいつらを格闘戦で全滅させるのが最近の楽しみとなっている。

 オーガと言えば日本の鬼に匹敵する強大な種族なのだが、残念ながら今の僕にとってはレッドオーガ程度、徒手空拳で群れを全滅させてようやく楽しみを見出せる程度の相手でしかない。

 早くその更に上位種である『オーガロード』が出現するようになって欲しい物だ。

 一番は僕が『召魔の森』や配下のモンスターたちを取り戻す事なのだが。特に僕の配下であるオーガロードの『戦鬼』は、僕でも素の状態での格闘戦を躊躇うような奴なのだ、早くアイツにも会いたい。

 

「おや、随分と懐かしいのが居るな」

 

 掃討を続けながら進んで行くと、ここに来て今までは出現しなかった新しいモンスターの姿を見つけた。

 牛の頭を持つ人型と馬の頭を持つ人型、『牛頭』と『馬頭』だ。こいつらは確か『地獄の閂』という木材のアイテムをドロップしたはずだ。

 魔法発動にはほぼ寄与しないという特性があったため、霊夢の御払い棒の素材には使えそうにないが、まぁ頑丈な木材ではあるし、何かしらの使い道はあるだろう。

 牛頭と馬頭は、今にも僕に飛び掛からんと此方を睨み付けている。が、

 

「今更お前たち程度が出て来てもねぇ……」

(サンダー・シャワー!)

 

 比較的、洞窟への被害が少ないであろう雷の範囲攻撃魔法で瞬殺だった。

 魔法の雷撃が過ぎ去った後には牛頭と馬頭の姿は無く、ドロップアイテムである地獄の閂だけが残っていた。

 牛頭と馬頭がそうだが、ゲーム時代にはこんな風に剥ぎ取りナイフを使うまでも無く、倒せばドロップアイテムを残して姿を消すモンスターも存在していたと記憶している。確か妖怪類や神仏系統の敵がそうだったはずだ。

 しかし、まぁ判ってはいたが呆気ない物だ。出て来るならせめて、『六道の閂』を落とす『牛頭獄将』や『馬頭獄将』あたりとして出て来て欲しかった。

 

「もう目新しいのも出てこないだろうし、さっさと終わらせて帰るかな」

 

 ドロップした地獄の閂を回収した僕は、それを片手に足早に洞窟中を回り、ダンジョンの掃討戦を終わらせた。

 若干面倒になったので、最奥のレッドオーガの群れも範囲攻撃魔法で消し飛ばしたから、いつもより少し早く終わった位だった。

 店に戻ったら風呂に入って寝るとしよう。夜明けまでまだ数時間あるし、店を開ける時間には間に合うだろう。

 

 

 

「おーい、香霖。遊びに来たぜー」

「冷やかしに来たの間違いじゃ無いのか?」

「まぁそう言うなよ。ほら、お土産のキノコもあるぜ、有難く思えよな」

「ああ、助かるよ。そこに置いておいてくれ」

 

 うちの地下ダンジョンのドロップアイテムでもキノコは手に入るが、魔法の森で取れるキノコは独自の物が多いし、魔理沙の持て来る物は質の良い物ばかりなので素直にありがたい。

 帰りには牛肉と……暴れキンケイからドロップした鶏肉と卵を持たせるとしよう。毎回牛肉ばかりと言うのも飽きるからな。

 

「ん? 香霖、何だその板?」

「これかい? これは昨日手に入れた、ちょっと珍しい木材だよ」

 

 魔理沙が目を付けたのは、昨夜牛頭たちからドロップした地獄の閂だった。いや、日付は変わっていたはずだから昨日でも昨夜でも無いか。

 まぁどっちでもいいか。そう結論付けて僕は地獄の閂を魔理沙に見せた。

 

「おう、これは……何だか禍々しい感じの木材だな」

「地獄の閂、と呼ばれるものだよ。地獄樹から削り出された木材だそうだ」

 

 と言っても、これはゲーム内のアイテムだったものだから、実際の物はまた違うのだろうけど。

 

「地獄ねぇ……何だか縁起の悪い感じがするな」

「頑丈な素材ではあるし、何かの役には立つと思うんだが。マジックアイテムの素材には向かない様だから、使い道は考え中かな?」

「ふーん、そっか」

 

 マジックアイテムに使えないと知ったとたん、魔理沙は目に見えて地獄の閂への興味を失ったようだった。

 全く、マジックアイテムに向かなくても使い道は色々あるんだぞ。杖やトンファーに加工して、妖怪や悪霊をぶん殴るとか。

 

「そういえば香霖。前から思ってたけど、私や霊夢に何か隠している事が無いか?」

 

 ドキッとした。まさか、まさか遂にバレたのか? 僕のサーロインの存在が!

 

「……あいにく、何の事だかさっぱり判らないのですが」

「香霖に足りないものは嘘をつく能力だな。他にも足りない物ばかりだが」

 

 その後、僕は何とかのらりくらりと魔理沙のしつこい追及を躱していたのだが、後からやって来た霊夢までもが加わり、最後は二人にサーロインの存在がばれ、そのまま昼食として提供する事となってしまったのだった。

 

「んー、美味しー!」

「おい香霖! こんな美味い物を独り占めしてたなんてとんでもない奴だな!」

「はいはい。お代わりならまだあるけど、貴重な部位には変わらないんだから二人共、良く味わって食べなさい」

「「はーい!」」

 

 やれやれ、結局取っておいたサーロインの在庫は食いつくされ、僕の家での昼食だというのに僕自身はあまり肉にありつけなかったが……まぁ、たまにはこんな日も良いだろう。

 自分の作った料理を食べて喜ばれるなんて、前世では出来なかった経験だしね。




今回はサモナーさん成分多めで書いてみました。

転生香霖の戦闘能力ですが、素の状態で鬼と正面から戦って勝てるくらい強いです。
サモナーさんが行く本編でも、鬼から進化して神将となった配下のモンスターと自己強化バフ無しで格闘戦をするくらい強いですからね。
これで魔法や武技なんかのバフでステータスを超強化して来るんだから、全盛期サモナーさんホント強過ぎ。


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第七話 「転生香霖と霧雨の火炉」

二次創作楽しいなぁ。

なろうの方でオリジナル作品を書いてますけど、どうにも煮詰まっちゃったんでこっちに来たんですが、久々に筆が乗る感覚が続いてて楽しいです。

改めて、オリジナル作品で面白い作品を生み出している方々の偉大さを実感しています。


 今日は細かな雨が降っているな、こういった日は読書に限る。

 ダンジョンに潜ると言うのも一つの選択肢だが、つい昨日掃討戦をしたばかりだし、それほどモンスターも増えていないだろう。

 前世の記憶を取り戻してから、僕は体を動かす事と家でじっとしている事の両方を楽しめるようになった。

 今の僕程時間を有意義に楽しめる者も、そうはいないのではないだろうか。

 

 ―――カラン、カラン、バンッ!

 

「おい幻想郷の中心、早速だが何か拭く物を貸してくれ」

 

 目を向けると、濡れて少ししんなりしたいつもの白黒の姿が見えた。

 ああそう言えば、僕の周りには僕以上に人生を楽しんでいる少女たちが居たな。

 彼女たちが楽しむのに比例して、僕が被害を被ることも多々あるが。

 

「中心って、一体何の事かな魔理沙? ……って、かなり濡れているじゃないか。このタオルを貸すからよく拭くと良い」

 

 よく見ると思った以上にずぶ濡れだった魔理沙に、近くにあった使っていない綺麗なタオルを手渡す。

 魔法で一気に乾かすという手もあったが、加減が難しい上に服の生地はおろか髪や肌も痛めてしまうかもしれないので使うのは止めた。

 自分に使う分には良いが、女の子相手では流石に気が引ける。

 

「おっと悪いな。それにしても香霖、何で本を読んでいるんだ? 今日は雨の日だぜ? いつもは『晴れの日は本を読むに限る』って言っているじゃないか」

「晴れの日は『灯りを消して』本を読むのに限ると言ったんだよ」

「あ、そうそうこれやるよ。適当に喰って明るくなりな」

 

 魔理沙は体を拭きながら帽子を差し出した。中はキノコでいっぱいである。

 

「こんな怪しい物を食べろって言うのかい? まぁ、魔理沙の持って来た物なら大丈夫だと思うが……」

「キノコ汁にしろって事だ。あいよ、タオル返すぜ」

「おっと。って、もっとちゃんと拭きなさい! そんな状態で売り物を濡らされたら困るよ。ちょっとそこに立ってじっとしてなさい」

「そこは、私が風邪をひかないか心配するもんだぜ。っと、拭いて貰って悪いな。とにかく、今日は仕事の依頼を持って来たんだ。珍しいだろ?」

 

 魔理沙が放り投げて寄越したタオルを横に置き、新しいタオルを出して魔理沙の体を拭いてやる。適当に拭いたのか、まだかなり水気が多い。

 男の子じゃ無いんだからもっと丁寧に拭いたらどうなんだ? とは昔から言っているのだが、この娘は「香霖に拭いて貰った方が早い」と言って、改める気が更々無いのだ。

 大人しく僕に拭かれている魔理沙は「これの修復を依頼しに来たんだよ」と言って、スカートの中から八角形の香炉の様な物を取り出した。

 かなり使い込まれているようだが、所々に錆が目立つ。

 

「ああ、懐かしいじゃないか。この『ミニ八卦炉』、まだ使っていたのかい?」

「毎日酷使している、フル活用だぜ。 ……ただ、錆びちゃってな」

 

 この『ミニ八卦炉』は僕が記憶を取り戻すよりもずっと前、魔理沙が家を飛び出した頃に僕が作成してやったマジックアイテムだ。

 見た目は小さいが、これ一つで山一つくらいを焼き払えるほどの火力を持っている。

 色々な機能を持たせているので、暖房にも実験にも戦闘にも、何にでも使えるだろう。

 

「もう、これが無い生活は考えられないぜ」

「そうか、そう言って貰えれば道具屋冥利に尽きるよ」

「だから、もう絶対に錆びない様に修復して欲しい。そうだな、炉全体を『ひひいろかね』にしてくれ」

「……『緋々色金』、だって?」

 

 突然魔理沙から飛び出して来た異質な単語に、一瞬反応が遅れてしまった。

 

「驚いたな、まさか魔理沙が緋々色金を知っているとは思わなかったよ」

「知ってるぜ。良いもんだろ」

「ふむ、確かに緋々色金は素材として非常に優秀な金属だ。稀少な品だが、少しだけ僕が持ち合わせている物もある。それを使ってやっても良いんだが……」

「お願いするぜ」

 

 緋々色金は、確かに錆びる事の無い金属だ。どんな環境下でも材質が変化する事が殆ど無いから、これを使えば最高のマジックアイテムが出来るだろう。

 それに今の僕には、かつてとは違い前世から引き継いだ記憶と能力、そして前世で手に入れた数々の素材がある。

 それらを使えば、一体どれほどの物を作り上げることが出来るのか……一人の技術者として、挑戦してみたい気持ちも大いにある。

 

「そうだな。その依頼、請け負っても良いよ」

「ほんとか? それは助かるぜ」

「ただし、一つ条件がある」

 

 技術者としての気持ちは、寧ろ是非やらせて欲しいというものだったが、商売人としての気持ちがそれを押しとどめた。

 そこで僕は、折角だからと前々から興味があった物を交換条件として魔理沙に提示した。

 

「前に魔理沙が集めていた鉄くずがあったろう? 何に使うのかは知らないが」

「大事に使う様の鉄くずだぜ」

「大事だろうが使わなければ死蔵しているのと変わらないだろう? ……いや、今のは忘れてくれ。投げたブーメランがトマホークになって帰ってきた気分だ」

「なんだそりゃ?」

 

 この表現は魔理沙には分かり辛かったか。ブーメランとトマホークは、どちらも投擲武器の一種だ。トマホークは投げ斧と言い換えても良いが、まぁそんな事はどうでもいい。

 

「それよりも、その大事な鉄くずの中に確か古びた剣があっただろう? アレを譲ってくれれば、依頼料を大きく負けても良いぞ。ついでに処分に困ってそうな鉄くずの方を引き取っても良い」

「本当か! ……でも良いのか。あんな小汚い剣一本にそんな価値があるとは思えんが?」

「いやいやいや、確かに今は汚れているかもしれないが、あの剣はかなりの業物だよ。一度じっくり見ておきたいと思っていたんだ」

「ふーん、そんなにか。 ……どうしようかなぁ」

 

 そう言って悩む仕草を見せる魔理沙。どうやら実は価値がある物だったと判って、手放すのが惜しくなったらしい。

 

「嫌なら嫌で構わないけど、その時はきっちりと代金を全額支払って貰うよ。今回ばかりはツケも無しで、即金で用意して貰う。緋々色金はそれくらい稀少な物なんだ」

「ああ、判った判った! あの剣を渡せば負けてくれるんだろう!? だったら持ってくるよ。ついでに鉄くずも処分してくれるんだよな?」

「ああ、もちろんだとも。現物の剣を渡してくれるなら、残りの代金はツケでも良いよ」

 

 

 

 「修復には四日かかる」と伝えると、魔理沙は「それまでこの本でも読むぜ」と言って売り物の本を持って帰って行ってしまった。うちは図書館では無いんだがな。

 それと、ついでにミニ八卦炉無しで不便であろう魔理沙には、ゲーム時代に『冥府の白ポプラ』という木材から作った『冥府の杖+』を代わりに渡しておいた。

 台座に埋め込まれたダイヤモンドを始めとする宝石類を見て魔理沙は驚いていたが、性能で言えば『涅槃の閂』から作った『菩提の杖+』の下位互換の様な物だから、大した品じゃ無いんだがなぁ。

 

 さて、それはそうと久々の大仕事だ。

 地下工房の作業台の上には、魔理沙の置いて行ったミニ八卦炉と倉庫から引っ張り出した緋々色金に加えて、能力で呼び出した、生前手に入れた素材アイテムの中でも最上位の素材たちが並べられている。

 

 魔石系統のアイテムの最上位である『魔結晶』に、聖なる力を宿す『聖結晶』、召魔の森の闘技場で英霊を呼び出す為に使った『星結晶』に、最上位金属である『オリハルコン』。

 

 錬金術スキルの技能である『呪符生成』によって作った、使用した魔法を増幅する『ミラーリングの札』に、継続回復魔法である『リジェネレートの札』と回復と状態異常の解除を行う『リフレッシュの札』、短距離転移を行う『ショート・ジャンプの札』に、防御力の向上と魔法技能の向上を行う『フォース・フィールドの札』、それにステータスを強化する『エンチャント』系、『ブースト』系の札に、その他色々。

 

 それから『神樹石』と『コルヌー・コピアイ』、『色空竜の瞳』や『蜃帝真珠』に『如意宝珠』と、使えそうな物は片っ端から組み込んでやるつもりだ。

 

 くくっ、これだけの素材を使うのだ。ともすれば太上老君の持つオリジナルの八卦炉にも比肩するほどの逸品となるかもしれない。

 いやぁ、今から完成が楽しみだなぁ。

 

 あ、後なんか生成可能になってた『精霊召喚』と『英霊召喚』系統の呪符も全種類突っ込んでおこう。

 そもそも使えなかった精霊召喚が出来る様になったり、英霊召喚のクールタイムがなくなってたり、取得していなかった英霊の召喚呪文も使えるようになっていたのは、僕の能力が『召喚術を操る程度の能力』になったからかな? 

 正直、驚いたなぁ。

 

 

 

 それから三日がたった。今日は晴れだ。灯りを消して本を読むに限る、とはこういう日の事である。

 

 ―――カランカラン

 

「香霖、出来たか?」

「魔理沙か。ああ、出来ているよ」

 

 魔理沙が剣と鉄くずを抱えてやって来た。しかも四日かかると言ったのに三日でやって来たのである。

 まぁそれもいつもの事だ、だから僕はいつも一日多く言う。

 

「おお、悪いな。これはここに置いとくよ。もし出来て無かったらまた持ち帰るところだったぜ」

「一日早く来ておいて、理不尽な事を言うんじゃないよ。それに、また持ち帰る理由も分からんな。往復の手間がかかるだけだろうに」

「完成品と交換と言う約束だからな」

「まぁいいさ、これが緋々色金(とその他諸々)……のミニ八卦炉だよ。多分世界に一つしかない」

「うん? 今なんかボソッと付け足さなかったか?」

「気のせいだ」

 

 僕の小声に気付いた様子の魔理沙だったが、そんな事よりも完成したミニ八卦炉の方が気になるようで、早速手に取って色々な角度から眺めていた。

 これがひひいろかねか。と魔理沙は興奮しているが、実際に緋々色金が使われているのは表面のコーティングなどが主であり、骨組み部分などはオリハルコンやオリハルコンと緋々色金の合金を使用している。

 これによってミニ八卦炉は、極めて劣化がし難く、同時に破壊が不可能に近いほど頑丈で、その上魔法の使用に極めて大きく貢献する。という特性を持っている。

 他にも魔結晶類を組み込んだことで、独自に魔力を生成し続ける魔力炉心となっていたり、自己修復機能や所有者の自動回復機能なんかも働いていたりと、様々な機能があるのだが、これらは所有者である魔理沙が実際に使用して体感すべきものであろう。

 

 多種多様なミニ八卦炉の機能を、魔理沙はまだ欠片たりとも実感出来ていないだろうが、そんな事関係無いと言わんばかりに嬉しそうにしながら、珍しくすぐに帰って行った。

 恐らく、その辺の妖怪を相手に実地試験で性能を確かめようとしているのだろう。

 被害者となる妖怪たちには、心の中で合掌をしておこう。




アイテム作成チートの霖之助とサモナーさんの資産(溜め込んだ数々の素材アイテム)が合わさり最強に見える。

技術者に潤沢で高品質な資材を与えるとどうなるのかって? こうなるんだよ!



~その後の転生香霖と魔理沙~


「香霖! 新しいミニ八卦炉を使い始めてから、体の調子が良いぜ!」
「そう言う機能を持たせたからね」

「香霖! 新しいミニ八卦炉を使ったら、マスタースパークの威力が段違いになったぜ!」
「そう言う機能を持たせたからね」(笑顔)

「香霖! 新しいミニ八卦炉を使い始めてから、私も瞬間移動が使えるようになったぜ!」
「そう言う機能を持たせたからね」(超笑顔)

「香霖! 新しいミニ八卦炉を使い始めてから、弾幕ごっこの時に精霊たちが現れて一緒に攻撃してくれたり、弾幕ごっこ以外でも家で精霊たちが現れて、掃除何かをしてくれるようになったぜ!」
「そう言う機能を持たせたからね」(邪悪なほどの笑顔)

「香霖! ……新しいミニ八卦炉を使い始めてから、夢の中に変なおっさんたちが現れて、私に魔法を教えてくれるようになったんだぜ。錬金術師のパラケルススと道化師のオイレンシュピーゲルって名乗ってたけど」
「そう言う機能を、持たせたつもりは無かったんだけどねぇ……?」(困惑)


1、ミニ八卦炉は膨大な魔力を秘めた魔力炉心である。
2、ミニ八卦炉には英霊召喚の機能が組み込まれている。
3、ミニ八卦炉に組み込まれたコルヌー・コピアイは神話に置いてあらゆる願いをかなえる万能の願望器と伝えられている。

……あれ、これって聖杯じゃね? (Fate並感)


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第八話 「転生香霖と草薙の剣」

注意、今回の話から擬人化した半オリキャラが登場します。

苦手な方はブラウザバック推奨です。


「さて……」

 

 魔理沙が帰って行った所で、魔理沙が持って来た鉄くずの中から一本の古びた剣を手に取る。

 ミニ八卦炉の修復の代わりに僕が要求したこの剣。見た目は酷く汚れているが、その実態はとんでもない逸品だ。

 その名を『草薙の剣』、紛れも無い本物の神器である。

 かつて僕は、元々持っていた『未知のアイテムの名称と用途が判る程度の能力』でその正体を見抜いた訳だが、前世の能力を取り戻し、元々の能力が前世で取得した『識別』スキル、『鑑定』スキル、『看破』スキルなどと融合した今となっては、以前とは少々違った情報が僕の目には映っていた。

 

 

【武器アイテム:剣、刀】草薙の剣 品質X レア度‐

 AP? M・AP? 破壊力? 耐久値?

 魔力付与品 属性?

 八岐大蛇の尾より出でし神々の霊剣。別名を「天叢雲剣」。

 使用者の力を得て顕現する。素材の全てが緋々色金製。

 『天下を取る程度の能力』を持つ、天地を平定する権威の象徴。

 その刃は決して朽ちる事無く、相応しき者に祝福を与える。

 

 

 僕の読み取った情報がこれだ。

 内容的には、ゲーム時代の神仏の化身系統の敵が落とすレプリカの神器に近い物だろう。

 とは言っても、ゲーム時代のレプリカ神器と違い耐久値の回復が不可能であるという制約は無い為、より正確に言えば僕が持つ唯一のオリジナル神器である『グレイプニル』が最も近いと言える。

 このグレイプニルもまた、神器の名にふさわしいトンデモ性能を持っているのだが、まぁその話は後で良いだろう。今は草薙の剣が本題だ。

 

「しかし、相応しき者に祝福を与える。か、どういう条件なんだろうね?」

 

 この剣の使い手として有名なのは、須佐之男命と日本武尊命の二名だ。

 両者の共通点と言えば、やはり血縁関係にある事だろうか?

 しかし、この剣は須佐之男命に討伐された八岐大蛇の尾から出て来た物である。敵対者の血縁の者に祝福を与えると言うのもおかしな話だ。

 

「あるいは、単純に神々に連なる存在であることが条件。とかか?」

 

 この条件ならばある程度の説明はつく。そもそも、読み取った情報の中にはっきりと記されているのだ。この剣は『神々の霊剣』であると。

 であれば、この剣は神、あるいは神の血を引く者が振るってこそ真の力を発揮するのだと考えられる。

 

「だとしたら、僕には関係の無い話だったな」

 

 前世で神殺しの称号を得はしたが、今生の僕は正真正銘ただの半妖だ。

 人間方の先祖に神々の血を引く者が居たと云う事は無いし、妖怪の方の先祖に神として祀られた存在が要る訳でも無い。

 そもそも僕の両親は普通の人間だった。生まれつき銀髪に金の瞳を持っていたことから妖怪の子と言われ続け、実際この見た目の年まで育つと、それ以降老いることが無かった為半妖だと発覚したのだ。

 僕の妖怪部分が何の妖怪であるかは、僕自身ですら把握していないが、正直興味が無いしどうでも良いと思っている。

 ただ大雑把に、先祖返りか取り換え子(チェンジリング)だったのだろうと結論づけているだけだ。

 

 話が逸れた。本題に戻るとしよう。

 問題は、僕自身はこの剣の真の力を発揮出来ない可能性が高いという事だ。

 

「まぁ、それならそれで構わないが」

 

 至高とも言える武器が目の前にあるのに、それの力を発揮することが出来ないというのは、正直苦々しくはあるが、実際問題として別に使う武器には不足していないので、問題は無いとも言える。

 

 様々な形に変化する万能の武器『レーヴァテイン』、『ムシュフシュロード』の牙から作った『怒炎蛇竜神の小剣+』、投げても手元に戻って来る必中の槍である『グングニル』に、ゲーム時代に友人の鍛冶職人プレイヤーに作って貰った『オリハルコン合金』製の武装『オリハルコンランス』、『オリハルコンメイス』、『オリハルコンぺレクス』に『オリハルコンラブランデス』、『マハラジャアシパトラ』の翼から作った『神鋼鳥の刀+』に破滅の女神『ツィツィミトル』を両断した『虚無竜のデスサイズ+』などなど。

 そして、ある意味最も凶悪な能力を持つ『グレイプニル』。

 

 前世から引き継いだ武器たちに不足は感じていないし、寧ろ幻想郷では過剰火力になる事の方が多いだろう。

 それにあまり強力過ぎる武器を使っても、それを振るうに足る強敵が居ない現状では、戦いが温くなるばかりでデメリットの方が大きい。

 死力を尽くしてなお及ばない様な強敵が居るのならともかく、現状直ぐに戦える相手で一番強いのがレッドオーガの群れだからなぁ。せめてオーガロードの団体ならまだましなんだが。

 

「何にせよ、神器がこんな見る影もないほど薄汚れたままなのは居た堪れないな」

 

 とりあえず修復技能で耐久値を全快させてから、洗浄や細かな整備をするとしよう。

 そう思い、修復技能を使うために剣に魔力を注いだところで変化が起きた。

 

「何だ? これは……魔力が吸い取られている?」

 

 そう口にしている間にも、手に持った草薙の剣は僕からどんどん魔力を吸い上げて行く。

 その様は、僕には極度の飢餓状態から目の前に出された食料に無我夢中で食らいついているかの様に感じられた。

 一度手放した方が良いのだろう。しかし、僕には剣の起こした一連の現象に、どこか生物的な必死さを感じられ、どうにも手放す気にはなれなかった。

 

 剣は現在進行形で膨大な魔力を僕から吸い上げている。しかし、前世に置いて全てのプレイヤーの中で最も高レベルな魔法職であった僕の保有魔力の総量から見れば、吸い上げられている魔力はまだ危険域と言うほどでもない。

 それに、いざとなれば相手の魔力を吸収する『禁呪』スキルの呪文『エナジードレイン』を使えば、逆に剣から魔力を奪い返す事が可能だろう。

 故に、僕はもうしばらくこの状況を静観する事にした。

 

「……収まって来たか?」

 

 大体、僕の保有魔力の三分の一ほどを吸収した辺りで、剣が魔力を吸い上げる勢いが落ち着いて来た。

 かなり吸い取られたと言って良い量だが、この程度なら『スラー酒』を飲めば十分回復出来るし、単純な消費量で言えば一度の発動で最大保有量の半分を持って行く『英霊召喚』の方が消費量が多い。問題無しと言って良いだろう。

 

 それからしばらく穏やかに魔力を吸い取られ続け、僕の魔力の四割ほどを吸った所で剣は吸収を止めた。

 すると、剣は独りでに浮いて僕の手を離れ、光を放ってその姿を変えた。

 

「……これは、驚いたな。まさかこんな事になるとは」

 

 剣の放っていた光が収まると、そこには目を閉じた一人の少女が佇んでいた。

 身長は霊夢と同程度だろうか? 緑と白の着物を身に纏っている。

 髪は緑銀とでも言うべき不思議な色合いをしており、側頭部には人外の証たる二本の白い角が生えていた。

 

 だが、そんな見た目以上に印象的なのが、彼女が全身から放つ莫大な神気である。

 剣の姿から変化したこの少女は、間違いなく神霊の類だ。

 

(ふむ、広義的な意味での付喪神。差し詰め『女神・草薙の剣』と言った所か)

 

 日本における八百万の神々とは、森羅万象に神が宿るという概念だ。

 元から神器として名高く、信仰の対象となっていた草薙の剣が神霊と化しているというのは、別段おかしな話では無い。

 だがそう考えると、逆に何故草薙の剣が今まで鉄くずに紛れて薄汚れている状態に甘んじていたのかという疑問が出て来るが、その辺りの理由はこの剣が幻想郷に存在している事と、外の世界に形代として別の草薙の剣が祀られている事が関係しているのかもしれない。

 

 そう考察していると、少女の姿となった草薙の剣が閉じていた目を開け、一瞬の迷いもなく真っ直ぐに僕を見つめて来た。

 その瞳は、僕と同じ金色の瞳だった。

 

「―――この世に生まれ出でて幾星霜。もはや理想の担い手に巡り会う事など永劫無いと諦めていましたが、まさかこのような縁に恵まれるとは」

 

 そう言って彼女は、喜びを噛み締める様に静かに涙を流していた。

 僕は、色々と聞きたい事があったのだが、どうにも今話しかける事が無粋に思えて仕方なかった為、黙って彼女の言葉を聞いていた。

 

「強き方、名前をお聞かせいただけますか?」

「……霖之助、森近霖之助と言う」

「霖之助様……はい、しかとこの胸に刻みました」

 

 僕の名前を嬉しそうに口にした彼女は、涙を拭って僕に歩み寄って来た。

 

「では、これから末永くお傍に侍らせていただきますわね。旦那様!」

「……はい?」

 

 一瞬言葉が頭に入ってこなかったぞ。なんだ、彼女は今何と言った? 旦那様!?

 いや、僕はこの店の店主だし、香霖堂の旦那様と言う意味なら理解出来るが、どう見てもそう言う意味での旦那様では無かったぞ。

 

「ふふ、随分長くかかりましたが、ようやく理想の殿方と巡り会うことが出来ました。この叢雲、精一杯旦那様にお仕え致しますね」

「待て待て待て、えーと……君の名は叢雲と言うのかい?」

「まぁ! 申し訳ありません。わたくしったら、嬉しさばかりが先走って自己紹介を疎かにしてしまいました」

 

 そう言って彼女、叢雲は僕に謝罪すると、改めて僕に向き合い自己紹介を始めた。

 

「『都牟刈叢雲』、日の本において最強の剣を自負しております。どうぞご存分にお使いくださいませ、旦那様」

 

 そう言って微笑む彼女を見て、僕は頭を抱えたい気分になった。

 また厄介事が増えてしまったなぁ。




と言う訳で、草薙の剣の擬人化キャラとして『都牟刈 叢雲』、登場です。

外見や性格はFGOの清姫を元にしています。そう言えばサモナーさんの配下にも居るんですよね、清姫って言う名前のモンスターが。

個人的にサモナーさんの持つ武器の中で一番強いのはオリジナルの『グレイプニル』だと思います。ゼウスを捕まえるのにも役立ちましたし、縛り上げたら自力での脱出は不可能ですからね。


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第九話 「転生香霖と煙晶竜」

タイトルが地味かなと思い、ちょっと変えてみました。

よろしくお願いします。


 ニコニコと嬉しそうに微笑む少女が僕を見つめている。

 彼女の名は叢雲。魔理沙から受け取った神器、草薙の剣の神霊だ。

 問題は、この少女が僕の事を旦那様と呼び、仕えると言っている事なのだが、とりあえず理由を聞いてみよう。

 

「あー、叢雲。聞いても良いかな?」

「はい、何なりとお申し付けください」

「何故僕の事を旦那様と呼ぶのかな? それは僕が君の使い手として認められたという解釈で良いのかな?」

 

 出来ればそうであって欲しい。担い手として選ばれた僕が男だったから旦那様と呼んだだけで、女性だったらまた呼び方が違っていたとか言うオチなら大歓迎なのだが。

 だが、僕の言葉を聞いた叢雲は、ぱぁっと顔を輝かせると、嬉しそうに口早に捲し立てて来た。

 

「もちろん、わたくしの担い手として認めたという意味でもございます。しかし旦那様と呼んだのはわたくしが旦那様のご寵愛を賜りたいからに他なりません! 旦那様はわたくしの理想の殿方なのです。剣として生まれた以上、使い手には比類なき強者が望ましく、同時に女として生まれた以上、共にある方は好みの殿方が良いとわたくしは常々考えていました。そんな中で出会ったのが旦那様なのです! 手にしただけで伝わる凄まじいまでの武威、わたくしを顕現させてなお余りある膨大な魔力、そのお体から感じられる懐かしき竜の力、加えてお姿もわたくし好みの美男子と来ればもう! 旦那様とお呼びして生涯仕えるしかありませ―――」

「待て待て、ちょっと待ってくれ! 色々ツッコミたいが気になる一言があった。僕の体から竜の力を感じる、だって?」

 

 放っておいたら延々と続きそうな叢雲の話を割り込んで強引に中断させる。

 言葉の内容は頭の痛くなるようなものだったが、その中に非常に重要な単語が混じっていた。

 

「はい、旦那様のお体からは竜の力を色濃く感じます。差し詰め半人半竜と言った所ですね」

 

 わたくしも竜の特性があるので、竜の力には敏感なのですよ? そう言って彼女は首を傾けて、側頭部に生えた白い角を見せて来た。

 僕が半人半竜だって? 今まで自分の妖怪部分が何なのか分からなかったが、その正体が竜だというのか?

 

「……」

「あの、旦那様。如何なさいましたか?」

 

 僕は叢雲に返事もせずに深く考え込む。

 今まで僕の半妖のルーツは、先祖返りか取り換え子の類だと思い、真相を調べる方法が無い為そのまま放置していたが、半竜であると言うのならそのルーツに心当たりがある。

 

 僕は前世のゲーム時代に竜、と言うかドラゴン達と深い関わりを持っていた。

 名持ちドラゴンと呼ばれるドラゴンの長たちと友誼を結び、数々の称号を得てドラゴンを召喚する資格を得ていたのだ。

 僕の配下たちの中にはドラゴンの召喚モンスターが何体も居たが、その中には一体だけ変わり種が存在していた。

 その名は『ビーコン』。否、真実の名は『転生煙晶竜』。ゲーム内では遥か昔に滅びたドラゴン達の最初の王であり、紆余曲折を経て僕の召喚したドラゴンの体に憑依するという形で現世に復活した存在だった。

 今は召喚出来ないが、僕の『召喚術を操る程度の能力』の延長には僕の配下たちや拠点であった召魔の森が存在している事について、僕は確信を持っている。

 であれば、一応は僕の召喚モンスター扱いであった彼の竜が、一緒に来ている可能性は非常に高い。

 それに、ゲーム時代あのドラゴンが復活するまでの間、僕は知らず知らずの内に転生する前の『煙晶竜』の霊に取り憑かれていた。

 僕が召喚せずとも、自分の意志で召喚と帰還を自在に行えたあの竜が、もし肉体を呼び出せない代わりに霊体だけで僕に憑依しているのだとしたら、その影響で僕の肉体が変化しているかしている可能性は十分にある。

 

「煙晶竜! 居るなら出て来て下さい、煙晶竜!」

「だ、旦那様!? いきなり何を……ッ!」

 

 叢雲が困惑するのも構わず、僕が大声で呼びかけると途端に変化が起きた。

 僕の体から光の粒子たちが飛び出し、それらは渦を巻いて僕と叢雲の間で集まり、やがて形の無い霊体として姿を現した。

 

『……久しいのう、キースよ』

「ええ、お久しぶりです。煙晶竜」

 

 懐かしい名前で呼ばれた、ゲーム時代の僕のプレイヤーネームだ。

 

 そしてやはり居た。その姿はゲーム時代にも目にした事のあるモンスター『ファントム』とよく似た姿であり、ドラゴンの要素は欠片も無かったが、それでも僕には目の前の存在がかつて共に戦った煙晶竜だとはっきり確信出来た。

 霊体であるが故に表情は分からないが、どうにも声を聴く限り煙晶竜はバツが悪そうにしているようだ。

 

『すまんのう、汝とは母親の胎内にいた時から共に居たのだが、今の今まで姿を現さんでな』

「いえ、事情は説明してくれるのでしょう」

『うむ』

 

 驚きの余り声を失っている叢雲を横に、僕は煙晶竜と会話を進めた。

 煙晶竜の話によれば、煙晶竜自身もそうだが未だ召喚出来ない配下達や召魔の森なんかも、厳密には僕がゲーム時代に手に入れたものでは無いらしい。

 

「そうなんですか?」

『うむ、儂を含め汝の能力は、汝がこの世界の生命として魂を宿した際に能力として形作られたものじゃ。ただ、能力の規模が巨大過ぎて十全に機能を発揮出来ていなかったがな』

 

 なんと、煙晶竜によれば僕の能力として組み込まれた煙晶竜たちは、分かり易く言えばゲーム時代のデータからコピーされたような存在であるらしい。まぁ元々ゲームであった訳だしある意味納得だが。

 しかも、そうやって僕の能力に組み込まれたものは非常に多く、所持品や配下のモンスターから始まり召魔の森やもう一つの拠点である『海魔の島』、それから煙晶竜以外の名持ちドラゴン達やその生息地に、それらに棲むドラゴン達まで含まれているらしい。

 

「多くないですか、流石に」

『儂もそう思う。原因はおそらく、汝の持つ『ドラゴンメンター』の称号であろう。我ら竜と共にある存在、汝は世界にそう定義されたのだ』

 

 それから煙晶竜は僕が生まれてから今までの間、僕の中でどんな行動をしていたのか教えてくれた。

 僕の魂が赤ん坊に宿った際、確立された能力が巨大過ぎて殆ど赤ん坊に宿らなかった事に気付いた煙晶竜は、霊体だけで赤ん坊の僕に宿り、何とか能力との接続が分断されない様に保ってくれたそうだ。

 そこからは、前世の記憶も能力も無い僕の体に宿りながら、少しずつ僕と能力のつながりを強めて言ってくれていたらしい。

 そうして、ようやく僕自身と前世の記憶と能力をつなげられるようになったのがついこの間、『紅霧異変』の時だったそうだ。

 

「なるほど、それであのタイミングで記憶と能力が戻ったんですね」

『苦労したぞ。そもそも従者たちを抜きにした汝個人の力が既に強力過ぎて、接続するのに数百年もかかってしまった』

 

 少しずつ戻すのでも良かったのでは? と聞いてみたが、土台となる僕自身の力をきちんと取り戻してからでなければ先に進めなかった為、一度に戻すように調整したのだそうだ。

 まぁ理由があるのなら全然構わないが、それにしたって今まで姿を現さなかったのは何故だろうか、少なくとも紅霧異変の後からは記憶も戻っていたのに。

 

『あー、その、な。 ……汝は半竜として生まれたせいで色々と苦労をして来たじゃろう? その原因は儂にある、顔を合わせ辛くてのう』

「なんだ、そんな事だったんですか」

 

 確かに、半妖として生まれたせいで僕は人間からも妖怪からも長く半端者として迫害されて来た。記憶を取り戻す以前の僕なら、その事に思う所もあっただろう。

 だがまぁ記憶を取り戻した今となっては気にしていない。そもそも半妖では無い純粋な人間だったころから僕は人でなしの類だったのだ。血筋と、何より爺様の教えがあの頃の僕をそうさせていた。

 それに、あの頃の僕に比べれば今の僕の方がずっとましだろう。相変わらず戦うのは大好きだが、禁断症状が出るほど酷くも無いしね。

 

「その事なら気に病まないで下さい。大して気にしていませんから」

『ううむ、そうかの?』

「ええ。ところで、でしたら僕の持っていた『未知の道具の名称と用途が判る程度の能力』。アレは一体何だったんですか?」

『ああそれか。それはあの太陽神たちの仕業だな』

 

 なんと、ゲーム内で遭遇し色々とお世話になったアポロン神やアルテミス女神らの神々まで、領域ごと僕の能力に組み込まれているそうだ。

 神々の場合は、僕がゲーム時代に取得した『女神の祝福』の称号などを辿って無理やり組み込んだそうだが。おかげで余計に能力の規模が膨れ上がって能力を接続するのが難しくなったと煙晶竜がぼやいていた。

 僕のかつての能力は、ゲーム時代に手に入れた称号『百眼巨神の瞳』の影響で鑑定スキルなどが不完全に発揮された結果のものであるそうだ。どうも、今生の僕の様子を覗き見る為に、アポロン神がごり押ししたらしい。

 

「まぁ、結果的には良かったんじゃないですかね。役には立ちましたし」

『うむ、まぁそうではあるがな』

 

 結果的に、僕はこの能力があったからこうして古道具屋を開いている訳だし、様々な道具を製作する腕を磨くことも出来た。

 過去は代えられないのだから、何事も前向きに受け取るべきである。

 

「それで煙晶竜、その能力とのつながりを強めるために、僕に手伝えることは何かありますか?」

 

 一番気になっていた部分を訊ねてみる。

 煙晶竜の説明から、今の僕の目的であるかつての配下達を取り戻す為の具体的な方法が判ったのだ。

 ならば、後は僕がそれをサポートしてそれを速めれば良いだけである。

 

『ふむ、その事か……時にそこの少女よ、少し良いかな?』

「は、はい!?」

 

 突然煙晶竜から声を掛けられた叢雲が、ビックリしてきょどった返事をする。

 それを気にした様子も無く、煙晶竜は話を続けた。

 

『汝はキース。あー、今は霖之助と名乗っているのだったな? 霖之助に仕えるつもりであると、そう言う事で間違い無いな』

「え、ええ。もちろんです! この叢雲、全力で旦那様にご奉仕する所存です!」

『うむうむ、良い心がけじゃ』

「えー」

 

 そんな心がけして欲しくないんだが。そう思う僕を無視して二人は話を進めて行く。

 

『儂も一応は霖之助の従者の一人での。つまりは汝の先達に当たる訳だ』

「なるほど、先達の方でしたか。わたくし、都牟刈叢雲と申します。お見知りおき」

『我が名は煙晶竜である。よしなにな。うむ、中々礼儀正しく、可愛らしい娘じゃな』

「まぁ! うふふ。ありがとうございます」

 

 なんか、僕の関係無い所で急激に仲良くなっているな。あの二人。

 しかしよくよく考えたらとんでもない組み合わせの二人だな。片やドラゴンの最初の王の霊体、片や龍神とも伝えられる八岐大蛇の尾から現れた最強の神剣。叢雲は竜の特性を持っているし、相性は良さそうだ。

 

『実はの、霖之助には儂の様な従者が数多く存在している。が、その者達を呼び出すことが出来なくなっていてな。儂はそれを何とかする為に動いているのじゃが、仲間となる汝にもそれを手伝って欲しいと思って居る。どうじゃ、手伝ってくれるかな?』

「旦那様の従者たち……はい! この叢雲、旦那様のお役に立てるのなら全身全霊を尽くします!」

『うむうむ! そうかそうか』

 

 どうやら、話が纏まりそうである。しかし、未だに煙晶竜具体的な事を何一つ口にしていないのが不安だ。

 一体何をやらせるつもりなのか。

 

「それで煙晶竜、叢雲に何をやらせるつもりなんです? 僕に手伝えることは?」

『うむ、それなんじゃが。今から頼むことは叢雲一人にやって貰おうと思う。どうにも、キースには不向きそうであるからな』

「はぁ、結局何なんです?」

『うむ、それはじゃな……』

 

 煙晶竜はもったいぶって溜めを作ってから、高らかにこう言った。

 

『叢雲よ。汝にはこの幻想郷で、我らドラゴンへの信仰を集めて貰う!』




これが、後に幻想郷最大宗派の一つとして君臨する『竜信仰』の始まりである。

と言う訳で、今回はサモナーさんが行くの原作キャラ『煙晶竜』の登場です。
また、煙晶竜が登場した事で判明した情報として、転生香霖がサモナーさんの能力を仕える理由と転生香霖が何の半妖なのかが判明しました。

そして叢雲よ、君は竜信仰の巫女として自機組となり異変解決に参戦するのです。
出自的に六面ボスかEXボスの方が似合いそうだけど。


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第十話 「転生香霖と竜信仰」

本日最後の投稿だぁ!

明日からは仕事があるので一日に何度も投稿するのは出来なくなりますが、気長にお付き合いください。


 ―――幻想郷に新たな宗教が生まれ、その宗教の巫女が布教を行う様になった。宗教の名は『竜信仰』、あるいは『ドラゴン信仰』。そして巫女の名は『都牟刈叢雲』である。

 

 

 

「はぁ~」

「どうしたんだい霊夢、溜息なんてついて」

「溜息もつきたくなるわよ。ここ最近、人里の信仰をぜーんぶあいつらに持ってかれているんだから」

「あいつらって?」

「竜信仰の連中よ!」

 

 いつもの様に、買い物の一つもしやしない紅白少女がやって来たと思ったら、そのまま自分専用の湯飲みにお茶を淹れて僕に絡んで来た。

 もはやいつも通り過ぎて慣れてしまったが、それでも一言くらい断りがあっても良いんじゃないかと僕は思う。

 

「竜信仰か。新聞にも載っていたが、随分と人気なようだね」

「まったく、あんな連中が出て来たらうちの商売あがったりよ」

「博麗神社は元から参拝客なんてほとんど来ないだろ? 寧ろ人間より妖怪の方が良く来るから、真面目に参拝しようと思う人間は殆ど居ないって魔理沙も言っていたよ」

「余計なお世話よ!」

 

 かっかしている霊夢を宥めながら、定期購読している『文々。新聞』に目を通す。記事の内容は竜信仰と、その巫女として人里で布教を行う様になった叢雲についてである。

 普段の文々。新聞は、もっと記者の主観的な意見が入ったり、明け透けな内容だったりしているのだが、今回の物は随分と真面目で大人しい。

 おそらくは記事を書いた記者が、取材対象たちの実力を感じ取ったからだろう。記事の内容には、竜信仰への称賛や宣伝文句が多々あった。

 幻想郷で新聞を発行している天狗たちは、強者には下手に出て弱者には強気に出る者達だ。おそらく、他の天狗の書いた記事も似たようなものだろう。

 新聞の写真には笑顔を見せる叢雲と、彼女の肩に乗っているドラゴンの彫像が写っていた。

 

「はぁ~ぁ、やっぱり目新しい物だからみんな飛び付いているのかしら。うちの神社にも何か目玉になる様な物があればなぁ」

「それ以前に、博麗神社の場合はそこに辿り着くまでが大変だからあまり人が来ないんじゃないか? 竜信仰の方は、人里に置かれた像に祈ればいいだけみたいだしね」

「あんな『でっかい金ぴかの像』があれば、誰だってそっちに目が行くわよ!」

 

 ハハハ、すまないね。

 

 霊夢の言う『でっかい金ぴかの像』だが、あれは僕の作った物だ。新聞の写真に写っているドラゴンの彫像も同様である。

 両方とも、幻想郷において煙晶竜の仮初の肉体とする為に制作した。但しそれぞれで材質が違うが。

 叢雲の方に乗っているのは『オリハルコン』製で目の部分に『蜃帝真珠』を使用しており、人里に置いた方の像は軽量化の為に一度『六道の閂』で骨格を作ってからその上にタングステンで外殻を作り、仕上げに全身を純金でコーティングした物だ。瞳には『色空竜の瞳』を使用しており、二体とも煙晶竜をモデルにしている。

 この二つは、ゲーム時代に遭遇した『ゴーレム・オブ・ドラゴン』系統のモンスターに着想を得て製作した物であり、煙晶竜の霊が憑依する事で動かす事が可能となっている。

 また、小さい方には『星結晶』を、大き方には大量の『魔結晶』を動力として搭載した上で、状態異常の無効と継続回復の効果を持つ『コルヌー・コピアイ』を組み込んであるので、近くに居るだけで病気や怪我を癒す御利益のある、ありがたい像だと人里ではもてはやされているようだった。

 ちなみに、小さい方のオリハルコンの彫像の方は、オリハルコン自体に使用者の魔力に応じて色彩が変化するという特性があるため、煙晶竜の本来の体色と同じやや濃い茶色となっている。

 

 何故こんな事になっているのかと言えば、話は叢雲と出会い煙晶竜と再会したあの日まで遡る。

 

 

 

『叢雲よ。汝にはこの幻想郷で、我らドラゴンへの信仰を集めて貰う!』

 

 僕と叢雲を前に、煙晶竜は高らかに言い放った。

 信仰、信仰と言ったのか? 何故信仰を集める必要が?

 

「煙晶竜、ドラゴンは神と違い信仰を必要としませんよね? 何故それを集めさせる必要があるんです?」

『うむ、それはじゃな―――』

 

 煙晶竜の説明によれば、そもそも僕が能力を十全に獲得出来なかったのは、能力の内容そのものがこの世界との縁を持たなかったからだそうだ。

 

『信仰などの人々の認識によって、架空の存在であろうと力を持ち顕現するのがこの世界のルールだが、儂を含めキースの能力はこの世界とは縁も所縁も無い別世界の架空の力じゃ。だというのに、能力の規模は神話として広く多くの人々に認識されているのを前提とするレベルのもの。一つの能力として定義することは出来ても、実際の能力として確立するには下地不足だったんじゃよ』

 

 なるほど、だから煙晶竜は僕の記憶と能力を一度に戻せる時まで機会を窺っていたのか。

 僕が『召喚術を操る程度の能力』があると認識し、実際に行使出来なければ、能力の存在を周囲に広めて行く事も出来ない。

 妖怪を見たと誰かが認識し、それを聞いた他の誰かもそれが事実だと認識する事で妖怪が生まれるのと同じ理屈だ。

 

『これでも、汝が能力を取り戻してから大分やり易くなったんじゃよ? 汝一人が認識した事でゼロが一になった訳じゃからな。後は認識する者の数を増やして行けば、おのずと全てを取り戻すことが出来るじゃろう』

「なるほど。その為にドラゴンへの信仰を集める訳ですか」

 

 認識を増やすだけなら、僕が『禁呪』の変身呪文『メタモルフォーゼ』を使ってドラゴンに変身して暴れ回るという方法もあるだろう。

 しかし、ドラゴン達は妖怪とは違い人間に畏れられなければ存在出来ない怪物と言う訳では無い為、その方法は好まないだろう。

 それに、単なる怪物への恐怖では効率良く認識が広がるとは思えない。信仰の対象として、正しく名指しで認識されのが、最も効率が良い方法だ。

 

「判りました。なら、信仰の為の偶像兼、煙晶竜が幻想郷で活動する為の肉体の代わりになる様な物を僕が用意しましょう。叢雲、本来信仰される側の君に信仰集めなんて言う下働きをさせる事になってしまうが、頼めるかい?」

「お任せ下さい、旦那様。わたくしにはお二方の話している内容を十全に理解することは出来ませんでしたが、信仰を集める事が旦那様のお役に立つことは十分に理解出来ました。元よりこの身は神霊である以前に貴方様の剣、存分にお使いお役立てください」

「そうか……ありがとう、叢雲。頼りにさせて貰うよ」

「はい!」

 

 

 

 なんて事があり、現在に至る訳だ。

 すまないね霊夢、今君が散々愚痴をぶちまけている僕は、表立って活動していないだけで、裏ではガッツリ竜信仰側なんだ。

 まぁ、そうでなくても愚痴を聞く以上の事をするつもりは更々無かったけどね。

 

 結局、霊夢はその後愚痴を言いつつお茶を何杯もお代わりし、茶菓子を貪り尽くしてから帰って行った。

 ふむ、今度霊夢や魔理沙の対策に激辛煎餅でも用意しておこうか? ……いや、二人が残した後処分に困りそうだし止めておこう。食べ物を粗末にしてはいけない。

 まぁ、霊夢の場合は構わずばくばく食べそうではあるがな。あの腹ペコ巫女め。

 

「ただいま戻りました。旦那様~」

『キースよ、今戻ったぞ』

 

 霊夢が帰った後、夕食の準備が終わった辺りで叢雲と煙晶竜が帰って来た。元々、二人の帰宅時間に合わせて作り始めたから当然ではあるが。

 

「お帰り。夕食の準備が出来ていますが、直ぐ食べますか?」

『おお、いつもすまんな。早速頂くとしよう!』

「いつもありがとうございます。本当は、お夕食もわたくしが作れたら良いのですが」

「なに、二人共毎日朝から晩まで働いてから帰って来るんだ。家にいる時くらいゆっくりすると良いよ」

 

 二人は朝早くから人里に出かけ、煙晶竜を始めとする名持ちドラゴン達の話やドラゴンの生き方についての話を語り、人里の住人たちの相談に乗るなどを夕方まで続け、日が暮れたら煙晶竜が大きい方の像に憑依して人里周辺の上空を炎のブレスを吐きながら飛び回り、ドラゴンが人里を守っているというアピールをしてから帰宅すると言うのを毎日繰り返している。

 その効果は、煙晶竜によれば上々であるらしい。僕の記憶と能力が戻るのには数百年かかったが、このままの勢いなら十年以内に全ての力を取り戻せるかもだそうだ。

 とは言え、幻想郷の住人たちの数には限りがあるため、いずれその勢いは低速化する事だろう。それでも、世代交代などを考えれば百年以内には目標を達成出来る筈だ。焦らず気長に待つとしよう。

 

『それでキースよ、今夜の夕食は何だ?』

「今日は普段頑張ってくれている二人の為に『グリンブルスティ』の肉を用意しました。一頭丸々バラしたから、お代わりも自由ですよ」

『うぉおおおお! そうか! 早く食わせろー!』

 

 叫んだかと思えば、煙晶竜はそのまま食事の用意してある居間に突撃してしまった。

 煙晶竜の体は現在オリハルコン製の彫像だが、食事を摂り栄養を摂取し、食べたものの味を感じることも出来る。

 これは煙晶竜の体となる彫像を五行を当て嵌めて製作したからだ。

 

 まず主体となるオリハルコンの体、これは五行で言う所の金気に当て嵌まり、瞳に使われている蜃帝真珠は水気、動力部である星結晶は土気に相当する。

 これに加えて、木気に相当する神樹石と火気に相当する『迦楼羅鳥の翼』を組み込むことで五行を体現させているのだ。

 五行は体の各部位司っており、例えば舌は火気、胃は土気、大腸は金気が司っている。

 

 五行を当て嵌めた体であるから、煙晶竜の彫像は生身に近い性能を持っているのだ。なお、これは大きい方の像にも同じ加工がしてあり、大きい方の場合は瞳が木気に相当する色空竜の瞳である為、神樹石の代わりに水気に相当する素材が組み込まれている。

 

「あらあら、煙晶竜様ったらすごい勢いでしたわね。そんなに美味しい物なのですか?」

「ああ、僕が用意出来る肉類の中では、間違いなく最上級の逸品だよ」

「まぁ! それは楽しみですね」

 

 グリンブルスティはゲーム時代のモンスターで、『金耀猪の肉』と言う食材アイテムの中でも最上級の物をドロップする。

 今回は闘牛同様、全ての肉を得るためにダンジョンの奥に結界を張った状態で能力を使って召喚してから、速攻でグレイプニルを使って縛り上げてからそのまま仕留め、捌いて食卓に並べたのである。

 ちなみに、血も含めてグリンブルスティから得られたものは一切捨てていない。食材としても貴重な物だが、元より神獣の類である為、全身が稀少素材で出来ている様な物なのだ。捨てるなんて勿体ない!

 

『二人共、いつまでそこで突っ立っているつもりなのだ! 早くしなければ冷めてしまうでは無いか!』

 

 居間から煙晶竜の声が飛んで来た。どうやら律儀に食べるのを待ってくれているらしい。

 僕と叢雲は顔を見合わせて、お互いに苦笑しながら居間へと向かった。




ちょっとした団欒回、気付けば三人暮らしになっていた転生香霖でした。

そして人里の守護神『ゴールデンゴーレム・オブ・スモーキードラゴン』の爆誕である。

後に幻想入りする早苗さんが興奮しそうな、黄金のドラゴン型ゴーレムです。これには神奈子様も苦笑い。

関係無いですけど、アニメのバトルスピリッツで見た「神造巨兵オリハルコン・ゴレム」って言うのが名前含めてやたら格好良く感じた記憶があります。


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第十一話 「転生香霖と紫色を超える光」

気付けばお気に入りが四十とか行ってた。

すごい、これが香霖堂とサモナーさんの力か!


「これは……『人魂灯』か、今日は豊作だな」

 

 その日、僕は久々に『無縁塚』まで足を運んでいた。

 

 無縁塚は、幻想郷屈指の危険地帯と呼ばれている場所だ。

 この場所は幻想郷と冥界、幻想郷と外の世界を隔てる結界が綻んでいる場所であり、時折冥界や外の世界の道具が流れ着く。

 そして流れ着くものは道具のみに留まらず、外の世界の人間が流れ着く事もある。

 そう言った人間は、多くの場合この場所にうろつく妖怪たちの餌食となってしまい、その後は無縁仏としてここに埋葬される。

 故に、この場所は無縁塚と呼ばれているのだ。

 

「まぁ、僕にとっては宝の山だけどね」

 

 宝の山と呼んだのには訳がある。先ほど語った通り、無縁塚には冥界や外の世界の道具が流れ着く。僕は定期的にこの場所を訪れては、それらを拾い集めているのだ。

 以前から僕は、元々持っていた『未知の道具の名称と用途が判る程度の能力』を利用して無縁塚に落ちている道具の中から有用そうな物を拾い集めていたが、前世の能力と記憶を取り戻したことでその効率が段違いになっている。

 かつては名称と用途は判っても使い方の判らなかった外の世界たちは、前世の記憶がある事で大体使えそうな物かどうか判別することが出来る。

 また、前世の能力により使えるようになった探知呪文の『センスマジック』や『ダウジング』によって、今まで地面に埋まっているなどして発見出来なかった道具も掘り出す事が出来る様になった。

 まぁ、ダウジングは鉱物を探す為の呪文なので、主に役立っているのは魔力を視認出来る様になるセンスマジックの方だったが。

 

 僕は無縁塚中を歩いて回りながら、面白そうな道具を見つけては片っ端から『召喚術を操る程度の能力』で呼び出した前世の持ち物である『アイテムボックス』に詰めて行った。

 持ち運べる量を気にせずに、道具集めに集中出来るのも前世の能力を取り戻した大きな利点である。

 

「おや、あれは……」

 

 しばらく歩いて回ると、風に乗って生温い血の臭いが流れて来た。

 僕は、その先に待つ光景を半ば予想しながら、臭いの元へと走った。

 

 

 

「やっぱりか」

 

 臭いの元を辿ると、そこには獣型の低級妖怪たちに襲われている人間の姿があった。服装を見るに、外の世界からやって来た外来人の様である。

 年若い女性、いや少女の様であり、幻想郷の少女たちの様な並外れた美貌の持ち主と言う訳では無いが、普通に美人と呼んで差し支えない可愛らしい女の子であった。

 だが、少女は現在妖怪たちに手足を食い千切られ、引き裂かれた腹から内臓が零れ出ているような見るも無残な姿となっている。

 もはや、いつ息絶えてもおかしくない状態だったが、だが辛うじて彼女は生きていた。そして、

 

「たす…け……」

 

 僕の姿を目にした彼女は、微かにだが、確かに僕に助けを求めた。

 

(((((フォース・バレット!)))))

 

 『呪文融合』のスキルによって、五つ同時に発動した魔力弾を放つ攻撃魔法によって、妖怪たちを蹴散らし彼女に駆け寄った。

 別に義憤にかられたとか、彼女を助けなきゃという使命感に駆られた訳では無い。

 そもそも、現代ではまず起こりえなくなっているというだけで、僕が生まれ育ち、幻想郷に住み着くまでの間に見て回った当時の外の世界では、獣や妖怪に襲われて人が食われるなんて、日常茶飯事だったのだ。

 文明が発達したが為に外の世界の人々は忘れてしまったのだろうが、元より世界は弱肉強食である。今回の事にしても、もし僕が着いた時点で彼女が既に死んでいたら、妖怪たちが食い終わるのを待ってから遺体を埋葬するつもりであった。

 だが彼女は生きており、僕の姿を認めて助けを求めて来たのだ。これを見捨てるほど落ちぶれたつもりはない。

 我ながら中途半端な行動だ。時と場合によって人間に味方する事も妖怪に味方する事もある。

 かつては、こういった行動も含めて『半端者』と呼ばれるのだろうなぁ。と、自嘲した物だが、あいにく今ではまるで気にしていない。心の赴くままに、僕は僕のやりたい事をやりたい様にする。前世も今も、そう変わりはしない。

 

 さて、今目の前で問題は死にかけている彼女の方だ。

 辛うじて生きていると言ったが、本当に辛うじてだ。後一分もしない内に彼女の命の灯は消えてしまうだろう。

 

「いやぁ……しに、たくな……たすけ……」

「大丈夫だ。直ぐに治療する」

 

 だが、僕には彼女を救う方法があった。

 アイテムボックスから取り出す暇も惜しいので、能力を使って手元に呼び出したのは、ゲーム時代のアイテムで『神霊の桃』と言う物だった。

 このアイテムはHPを全回復させるという単純かつ強力な効果を持つ回復アイテムで、桃ではあるが食べずとも相手にぶつけるだけで効果を発揮する。

 僕は手に持った神霊の桃を、そのまま彼女の体に投げつけた。

 

「……どうやら、大丈夫のようだな」

「すぅ…すぅ…」

 

 彼女にぶつかった瞬間、神霊の桃は効果を発揮し、彼女の失われた手足や裂かれた腹を瞬時に再生させた。

 それを理解出来たのかどうかは知らないが、彼女は意識を保っているのが限界であったらしく、そのまま気を失ってしまったようだった。

 

「さて、この子をどうするか……」

 

 気絶した彼女を抱き抱えながら、妖怪に襲われてズタボロになってしまった彼女の服を修復しつつ考える。

 順当に行くのなら彼女は博麗神社に連れて行くべきだ。幻想郷の結界の管理者である霊夢なら、外来人を外の世界に送り返す事が可能だ。

 しかし、僕にはそれをすぐに選びたくない理由があった。センスマジックによる魔力を視認する視界に移っているのだ。腕に抱えた彼女が通って来たであろう、幻想郷と外の世界を隔てる結界の綻び部分が。

 おそらく、この綻びを通り抜ければ、僕は外の世界へと行くことが出来る。そう考えると、霊夢に頼むのではなく、自分で彼女を送り届けて、ついでに外の世界を観光して来るのも良いのでは? と、思ってしまったのだ。

 

「……よし、行くか」

 

 悩んだのはほんの数秒だった。我ながら決断が速い。

 思い立ったが吉日とばかりに、僕はこんな事もあろうかと用意しておいた、外の世界でも違和感がないであろうデザインの服装に着替えて、結界の綻びを潜り抜けた。

 ちなみに帰りの心配はしていない。帰る時は転移呪文の『リターンホーム』か『テレポート』で香霖堂に転移すれば良いだけだからね。

 

 

 

 どこか懐かしさを感じる、人々の喧騒。

 呼吸するのが少し嫌になる様な、排気ガスの交じった生暖かい空気。

 幻想郷ではまず見かけない、電気による温かみの無い光が洪水の様に押し寄せる。

 僕は現代の街並に懐かしさを覚えるのと同時に、余り長居したくは無いなと感じていた。

 

 

 

 綻びを通り抜けて辿り着いたのは、見慣れた鳥居と見慣れない大勢の人々が居る神社だった。

 ここは、博麗神社なのか? 集まっている人々は外の世界の住人たちのようだが。

 

 疑問に思ってよくよく観察すると、鳥居や神社の外観は霊夢の住む僕が良く知る博麗神社と似ていたが。細かい所が違うし、神社の外の光景も全く見た事の無い物だった。

 加えて、神社の中には沢山の出店が並んでいる。今日は祭りか何かである様だ。

 

「……差し詰めここは、外の世界の博麗神社と言った所か。おそらくここと、幻想郷の博麗神社を結界の基点にしている。と言った所か?」

「―――おーい、そこの君。少しいいかね?」

 

 おそらく二つ存在するのであろう博麗神社について考察していると、後ろから声がかかった。

 振り向くと、そこには特にこれと言った特徴の無い中年の男性が立っていた。いや、特徴はある。思い出すのが遅れたが、彼が着ているのは警官の服装だったはずだ。

 こちらの博麗神社はどうやら祭りをやっているようだし、パトロール中と言った所だろうか? 不味いな、今の僕は住所不定で無職の戸籍も無い不審者だぞ。

 そんな内心の焦りは欠片も見せずに、ごく自然に警官の男性に返事をする。

 

「はい、何でしょうか?」

「君が抱えている女の子。どうしたんだね」

 

 まぁ、普通にそこをまず突っ込むよな。予想通りの質問で逆にありがたい、用意しておいたカバーストーリーを無理なく使えそうだ。

 

「ああ、この子ですか。丁度良かった。実はこの子、先ほど向こうで倒れているのを見つけましてね? 怪我は無い様なのでおそらく貧血か何かだと思うんですが、間が悪くケータイを忘れて救急車も呼べずに困っていたんですよ。警官さんにお預けしても大丈夫ですか?」

 

 あらかじめ用意していたセリフなのでスラスラと話すことが出来る。言葉の内容は嘘だらけだが、警官に預けたいと言うのは本当だ。

 いつまでも僕が抱えている訳にはいかないからな。

 

「……なるほど、そうだったんですか。では婦警の応援と救急車の手配をしますので、少し待っていただけますか。そこで詳しいお話を」

「判りました。近くにこの子を寝かせられるベンチでもあれば良いんですけど」

 

 若干疑わし気な視線のままだったが、警官はトランシーバーで連絡を取り、応援と救急車を呼んでいた。

 よし、ここまで来ればもう勝利したも同然だ。警官は僕から色々聞き出したいようだが、付き合うつもりは無い。僕は直ぐに離脱させて貰う。

 

 少し離れた場所に誰も座っていないベンチを見つけ、「あそこが空いているみたいです。行きましょう」と声を掛けて警官をおびき寄せる。

 そしてベンチに女の子を寝かせたところで、警官から見えない様に体で隠しながら、僕は能力であるモンスターを召喚した。

 

「それでは後はお任せします。僕はこれにて失礼」

「はい?」

 

 僕のセリフに疑問の声を上げる警官に振り返りながら、僕は召喚したモンスターを警官に見せる。

 

「キー!」

 

 僕が召喚したモンスターは『ポイズナスバット』。名前からして毒を持っている事は明白だが、このモンスターはレベルアップをすると『忘却』と言うスキルを覚える。今回はそれを利用する為に召喚したのだ。

 忘却スキルを受けた警官は、放心状態で佇んでいる。今の内に離脱するとしよう。

 忘却スキルは数分前までの出来事を忘れさせる事しか出来ないが、あの警官の記憶からは間違いなく僕の事が忘れ去られている。

 同時にあの女の子の事も忘れられてしまったが、応援も救急車も呼んである為大丈夫だろう。

 

 僕は召喚したポイズナスバットを帰還させながら、人目を避けて移動し、周囲に誰も居ない事を確認してから光魔法の呪文である『インビジブル・ブラインド』で透明化した。

 これで人目を気にせず行動出来るだろう。無一文だが、ウインドウショッピング位なら楽しめるはずだ。

 そう考え、意気揚々と前へ踏み出したところで、どこからか声が聞こえて来た。

 

 

 

「あら駄目よ。こんな所に来ちゃ。貴方はこっちに来てはいけないの。貴方は人間じゃあないんだから」

「!?」

 

 

 

 気が付けば、今度こそよく見慣れた、幻想郷の博麗神社の境内に立っていた。

 どうやら連れ戻されてしまったらしい。あそこで警官に絡まれなければ、もう少し見て回れたんだがなぁ。

 

「もう、全然凝りていないみたいね。駄目よ。半分とは言え、妖怪の貴方が外の世界を出歩いたら困るんだから」

「半分では無く、完全に妖怪の君は良いのにかい?」

「私だから良いんです」

 

 声のした方へと振り返る。そこには豪華な金髪に派手な衣装を纏い傘を持った美しい少女が立っていた。

 

「初めまして、『八雲紫』。君の事は、霊夢や魔理沙からよく聞いているよ」

「初めまして、森近霖之助さん。貴方の事は霊夢や魔理沙から……あんまり聞いた事は無いわね?」

 

 そう、僕を外の世界から幻想郷へと連れ戻したこの少女の名前は八雲紫。妖怪の賢者と呼ばれ、幻想郷を作り上げ管理している大妖怪であった。

 

「やれやれ。せっかくの機会だから、色々見て回りたかったんだがね」

「もう、だから駄目よ。半妖の貴方が外の世界と幻想郷を行き来なんてしたら、結界に悪影響が出てしまうわ」

「君は頻繁に外の世界に行っているようだが?」

「私は色々自重したり、隠蔽したりで帳尻を合わせられるもの」

「僕も自重や隠蔽位は出来るよ」

「嫌よ。だって貴方、絶対に何かやらかしそうだもの」

「うーむ、否定出来ない」

 

 彼女とは初対面の筈なのだが、どうにも僕の事を良く理解されているように感じる。

 何故だろうと首を傾げていると、神社の方から霊夢と魔理沙が歩いて来るのが見えた。

 

「―――今度、貴方のお店にお邪魔しても良いかしら? 貴方とは前々から色々話して見たかったのよね。竜信仰の事とか、魔理沙のミニ八卦炉の事とか」

「お客さんならいつでも大歓迎だよ。冷やかしはお断りだけど」

「買い物もするけど愚痴くらい聞いて頂戴。色々と苦労しているのよ……ここ最近は貴方絡みの事で」

 

 おちおち冬眠も出来ないわぁ。と言って溜息を付く紫。

 霊夢や魔理沙からは何を考えているのか分からない胡散臭い奴だと聞いていたが、僕にはどうにも人間臭く感じられた。




転生香霖「苦労してそうだなぁ~」(他人事)

ゆかりん「誰のせいだと……!」(憤慨)



遂にゆかりん登場。苦労人ポジションですw

所で東方キャノンボールで高レアリティのゆかりん全く来ないんですけど……どうなっているんですか! (血涙)


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第十二話 「転生香霖と半竜の力」

話数を重ねる度に、一話一話の文字数が増えて行っている気がする。

今回は、ゆかりんとのコミュ回です。


「それでね。藍ったら私が目を離すとすーぐに橙を甘やかすのよ……って、聞いてるの? 霖之助さん!」

「はいはい、聞いてるよ」

 

 彼女の話に適当に相槌を打ちながら、先日無縁塚で拾って来た本に目を通す。ちなみに読んでいるのは魔導書の一種で『グラーキの黙示録』と言うタイトルだ。中々に興味深い内容である。

 

 

 

 僕が結界の綻びから外の世界へと赴き、直ぐに連れ戻されたあの日からしばらくたったが、気付けば霊夢や魔理沙たちの様に、八雲紫が店に入り浸る様になってしまった。

 紫は他の客が居ない時間を狙って訪れている様で、霊夢や魔理沙が帰った後に入れ替わりでやってきたり、逆に霊夢や魔理沙が来るのを察知すると姿を消してしまうのだ。どうやら、自分が頻繁にこの店を訪れている事を隠したいらしい。

 客としての態度は霊夢と魔理沙以上、咲夜とレミリア以下、と言った所か。霊夢や魔理沙と違い、毎回きちんと買い物をして行ってくれるのはありがたいが、咲夜やレミリアとは違い毎回毎回長い長い愚痴や世間話をしてくるのだ。まぁ、愚痴はともかく世間話の方は、主に外の世界の大きな出来事などについてなので、聞いていて面白いから良いのだが。

 

「もう、適当に返事して! 私にここまでぞんざいな態度を取るの何て、霖之助さんと霊夢くらいだわ!」

「それは驚いた。霊夢はやって来ては長ったらしい愚痴を聞かせて来るような相手にも、きちんとお茶と茶菓子を出すようになったのかい?」

「……訂正。霊夢の方がぞんざいな態度を取っているわ」

「だろうね」

 

 愚痴を言おうが絡んで来ようが、ツケばかりの紅白や白黒と違い、目の前の金紫の少女はきちんと現金で買い物をして行くお客様だ。態度がぞんざいになろうと、もてなしを忘れる事は無い。

 

「はぁ~……実際の所、霖之助さんには感謝しているのよ? 気兼ねなく日頃の鬱憤を吐き出せる相手なんて、今までいなかったから」

「おや、妖怪の賢者様には、愚痴を溢せる友人は居ないのかな?」

「友人ならちゃんと居るわよ! けど、親しき仲にも礼儀ありと言うでしょう? それに友人だからこそ、弱音なんて見せたくないのよ」

「なるほどね。暗に親しくも友人でも無いと言われた僕はどう反応すべきかな?」

「殿方でしょう? 女性が弱音を吐いて甘えているのですもの、甲斐性を見せて欲しい所ですわ」

 

 気取った口調でそう返してくる彼女に苦笑しつつ、「甲斐性はともかく甘やかすぐらいの事はしようじゃないか」と答えつつ、予めアイテムボックスに保管していた菓子を召喚して彼女の目の前に置いた。

 先日外来人の女の子を助けるのにも使用した、神霊の桃を使った桃のコンポートである。

 

「あら、美味しそう。それに随分と貴重な物を使っているようだけど、頂いちゃって良いのかしら?」

「もちろん、君の為に作った物だからね。愚痴は多くても君はこの店では貴重なちゃんとしたお得意様なんだから、このくらいのサービスはするさ」

「まだ通い始めてからそんなに経っては居ないのですけどね」

 

 けれど、そう言う事なら遠慮なく頂くわ。

 

 そう言って紫は桃のコンポートを口にした。味の感想は……花咲く様な彼女の顔を見れば明らかだった。

 

 

 

「ご馳走様。とっても美味しかったわ」

「お粗末様。そう言って貰えて何よりだよ」

 

 紫の食べ終わった器を回収し、お茶のお代わりを淹れる。

 どうも最近になって自覚が出て来たが、前世では料理の腕が壊滅的だった反動か、僕は自分の料理を誰かに美味しく食べて貰う事が好きである様だ。

 ……ふむ、折角だから紫が帰る時にお土産に何か渡そうか。彼女だけでなく彼女の式であるという藍と、更にその式であるという橙の分も含めて。

 

「―――さて、美味しい甘味も頂きましたし、そろそろお暇しようと思っていたのですが……」

 

 僕の淹れたお茶を飲んで一息ついた紫が、そう口にして店の入り口へと目を向ける。

 店の外からは出会ってから、あるいは再会してからそれほど時間が経っていないというのに、もはや共に居るのが当たり前に感じるほどに馴染んでしまった二人組の気配が近づいて来るのが感じられた。

 

「ただいま戻りました旦那様。それと……いらっしゃいませ、八雲紫。こうして顔を合わせるのは初めてですね」

『戻ったぞ、キースよ。それから汝は……確か妖怪の賢者とか言う娘だったな。普段は儂らを避けているようだが、今日は一体どういった風の吹き回しじゃ?』

 

 帰って来た叢雲と煙晶竜が、店のカウンター前に用意した椅子に座っている紫に目を向ける。叢雲は若干の警戒心を持って、煙晶竜は純粋な疑問を持って彼女を見ていた。

 二人の視線を受けた紫は、その視線を微笑みでもって受け止めると、椅子から立ち上がり優雅に一礼をした。

 

「御初に御目に掛かりますわ。竜信仰の象徴、煙晶竜様。そして竜信仰の巫女、都牟刈叢雲様。既にご存知でしょうが、私の名は八雲紫。この幻想郷の管理者を務めている者です」

「あれ、おかしいな。僕も竜信仰の側だけど、君からそんな丁寧な自己紹介を聞いた覚えが無いよ?」

「もう! 真面目な時なんだから茶化さないで、霖之助さん!」

 

 僕が指摘すると、途端に紫の余裕ある態度は崩れ去った。

 空気の読めていない態度ではあったと自覚しているが、謝りはしない。だってあの雰囲気のまま進めていたら、絶対無駄に回りくどい話し方をして話が前に進まないじゃないか。もうすぐ夕食なのだから、話があるならさっさと済ませて欲しい。

 

「君の事だ、茶化しでもしなければ中々本題に入れないだろう? 夕食まで時間が無いし、話ならさっさと済ませてくれ。それとも、家で夕食を食べて行くかい?」

 

 そう訊ねると、紫は少し悩む仕草をした後、残念そうに首を横に振った。

 

「いいえ。藍が夕食の用意をしてくれているし、またの機会にお願いするわ」

「そうかい。なら、僕は夕食の準備に取り掛かるから、話はその間に済ませてくれ。それと、帰る時は一言かけて行ってくれ。夕食と一緒に何かお土産を作っておくから」

「ありがとう、霖之助さん。色々頂いちゃって、悪いわね」

「そう思うなら、どうぞこれからも当店を御贔屓にお願いするよ」

「ええ、そうさせて貰うわ」

 

 お互いに微笑み合って言葉を交わすと、僕は夕食作りの為にお勝手へと向かった。

 

「むむ、いつの間に旦那様とあんなに仲良く……八雲紫、やはり侮りがたい相手のようです」

『ふむ、随分と気安い仲であると見える。 ……やれやれ、ナイアスめに知られたらどうなる事やら』

 

 心臓に悪い事を言わんでくださいよ煙晶竜! 別に僕と紫は、邪推されるような仲じゃないですよ!

 

 

 

 夕食の準備を終えると、丁度三人の話も終わったようであり、紫が挨拶をしに来ていた。

 

「話し合いは終わったわ。霖之助さんのおかげでスムーズに会話が進んで大助かりよ」

「そう思うなら、普段の会話からもう少し回りくどさを省いたらどうだい? それだけでも大分改善する筈だよ」

「おあいにく様。幻想郷の賢者ですもの、大物ぶった態度は欠かせませんわ」

「そうかい。なら、うちで話す時くらいは肩の力を抜いて行くと良い」

「元より、そのつもりよ。私が霖之助さんにもったいぶった言い方をした事があったかしら?」

「……そう言えば、なかったね」

 

 思えば、紫は出会った当初から僕には感情や言葉を真っ直ぐにぶつけて来たな。逆に霊夢や魔理沙などに対してはもったいぶった回りくどい話し方をしていて驚いたくらいだ。

 霊夢や魔理沙以外にも、普段からあの調子で周りに対して煙に巻く様な態度で接しているのなら、胡散臭いと評されるのも納得出来ると僕は思った。

 が、それには理由があったようだ。自分の真意を悟らせないような立ち回りは、彼女なりの処世術なのだろう。

 

「まぁ、それならそれで良いさ。息抜きがしたかったらいつでも来ると良い。また新しいお菓子でも準備して待っているよ。それと、これがお土産だよ。君の従者たちと食べてくれ、後で感想も聞かせてくれると参考になる」

「ふふふ、ありがとう。藍と橙もきっと喜ぶわ。それじゃあまたね、霖之助さん」

「ああ。またね、紫」

 

 お土産の入った包みを手渡し、お互いに別れの挨拶を交わすと、紫は僕に背を向け、中に沢山の目玉が浮かんだ空間の裂け目(スキマと言うらしい)を開いて、その中へと消えていた。

 前から気になっていたが、あの沢山の目玉は実際に目として機能しているのだろうか? それとも単なる模様なのだろうか? 機会があれば、何れ訊ねてみよう。

 スキマの中へ消えて行った紫の後ろ姿は、どこか楽し気に感じられた。

 

 

 

 紫が帰ると、入れ替わりに今度は叢雲と煙晶竜がお勝手に顔を出した。

 

「旦那様。八雲紫は帰られましたか?」

「ああ、今帰ったところだよ」

『ならばキースよ、そろそろ夕食にしようでは無いか。儂はもう腹が減って仕方が無いのだ!』

「もう出来てますよ。今持って行きますから、大人しく待っててください」

『うむ!』

「もう、煙晶竜様ったら」

 

 至極、欲望に忠実な煙晶竜の態度に、叢雲は手の掛かる子供を前にしたかのような顔でそう呟く。視線を向けられた煙晶竜は、明後日の方向を向いてその視線を交わしながら、今へと戻って行った。

 叢雲も、すっかり煙晶竜の人柄(竜柄?)に馴染んだ様だ。まぁ、毎日一緒に行動しているのだから馴染むのも早いか。

 

「やれやれ……叢雲、夕食を運ぶのを手伝ってくれ。早くしないと、煙晶竜待ちきれなさそうだ」

「ええ、お任せください」

 

 叢雲にも手伝って貰って、夕食を居間へと運んだ。

 今日のメニューは能力で呼び出した海魔の島産の魚介類を使った揚げ物だ。半妖の僕の体は、油っこいものを食べ過ぎても痛風になる事は無い。

 体調を気にせずに美味しい物を沢山食べられるのは、この体の大きな利点であった。

 

「それじゃあいただきます」

「いただきます」

『うむ、いただこう!』

 

 僕、叢雲、煙晶竜の順にいただきますの挨拶をして食事を始める。

 僕は食事を進めながら、叢雲と煙晶竜が紫と話した内容を聞いていた。

 

「八雲紫と話したのは、竜信仰を広めた真意や、広めた後でどのような行動に出るのかと言った内容が主でした。竜信仰を広めた理由については、煙晶竜様が明かしてしまいましたが、宜しかったのでしょうか?」

「構わないんじゃないかな? 別段隠すような理由も無いし、煙晶竜もそう判断したのでしょう?」

『うむ。儂らは別にあの娘と敵対するつもりも、この幻想郷に仇なすつもりも無いからの。隠し立てて余計な不信感を募らせる必要も無かろう』

 

 二人の話によれば、紫はその説明で納得したそうだ。ただ、僕の能力が完全に戻り、僕の配下やドラゴン達が幻想郷に来られるようになったら、事前に必ず連絡して欲しいと釘は刺されたそうだ。

 そりゃあいきなりドラゴン達が幻想郷に多数現れたら騒ぎになるからな。事前に連絡して欲しいという事は、その時は紫が上手く調整してくれる事だろう。

 

『それでキースよ。実は少々お前さんの力を借りなければならなくなったのだが、良いかの』

「僕のですか? 信仰集めで僕が協力出来る事なんてそう多くは無いと思いますが……何をすればいいんです?」

「実は旦那様。人里でこの様な事がございまして―――」

 

 叢雲の話によれば、竜信仰は人里に広く広まり人気を博しているそうだが、そんな中で本物の竜を見てみたいという意見が上がり、その考えを支持する者も沢山出て来たそうだ。

 

「なるほど、確かに人里にある像や叢雲が連れているのは僕が作った物だからね。臨場感はあれど、いや臨場感があるからこそ、偶像を通して夢想するしかない本物の姿を見てみたい。という事か」

「はい。ですが、これはチャンスでもあります。ここで人々の希望を叶えることが出来れば、竜信仰は更なる支持を獲得出来るでしょう」

『そこで汝の出番と言う訳だ。キースはほれ、確か姿を変える魔法が使えたであろう? それに、今の汝の体は半人半竜、魔法を使わずともドラゴンの姿になれるはずだ。その練習も兼ねてやってみてはどうかの?』

 

 煙晶竜の思いがけない言葉に目を見開く。

 そうだ、確かに今の僕は半人半竜。ドラゴンの姿に変身する事も可能だろう。

 実際、人里で暮らす昔馴染みの半妖の少女も、満月の夜には半獣の姿に変身出来たはずだ。僕の場合どんな姿になるかは分からないが、実際にやってみる価値はある。

 それに、煙晶竜言ったようにいざとなれば、僕には『禁呪』の変身呪文『メタモルフォーゼ』がある。半人半竜の力で完全なドラゴンの姿になれなくても、少なくともメタモルフォーゼを使えば、人里の住人たちにドラゴンの姿を見せるという当初の目的は果たすことは出来るのだ。

 そう言う意味では気楽な物だ、失敗しても別の手段が残っているのだからな。

 

「いいですね、夕食を終えたら早速試してみましょうか。場所は、店の前で良いですかね? この時間なら来客も無いでしょうし」

『うむ、儂が結界を敷くから、その中で試すとしよう。本番前に誰かに見られる訳にはいかないからな』

「わたくしも姿を変える感覚をお教えする事なら出来ますので、微力ながらお手伝いします」

「ああ、頼むよ」

 

 

 

 夕食を食べ終えた後、僕たちは店の前に煙晶竜が敷いた結界の中で僕の姿を変えるためにあれやこれやと色々試していた。

 手探りの状況ではあったが、元々ドラゴンであった煙晶竜の意見や、剣と人型の二つの姿を持つ叢雲のアドバイスは大いに役立ってくれた。

 

 そして、試行錯誤を繰り返すこと小一時間。僕は、思いのほか早く、竜に変ずる感覚を物にしたのであった。

 

 

 

 視線が高い。空を飛びもしないのに、香霖堂を上から見下ろしていると言うのは、何だか可笑しな感覚だった。

 

「旦那様……とっても素敵なお姿です!」

『ふむ、中々の男前であるな。儂の若い頃にそっくりだ!』

『ドラゴン男前とか分かりませんけど、まぁありがとうございます』

 

 二人の感想だけでは要領を得ないので、闇魔法の呪文『シャドウボディ』を使って分身体を生み出して姿を確認してみる。流石に香霖堂の店舗よりも大きなドラゴンが二体も並ぶとかなり手狭に感じるが、仕方が無い。

 確認してみたドラゴンの僕の姿だが、どうやら配下のドラゴンの最初の一体である『アイソトープ』の種族、『アポカリプスドラゴン』が一番近い様だ。

 

 かなり大きく細身で、アポカリプスドラゴンほどごついという印象は感じない。

 全身の鱗は僕の髪と同じ銀色で、長い尻尾の先が二股に分かれている。

 頭部から生える、前方へと伸びた湾曲する二本の角と鼻面の小さな角、額の第三の目と言う特徴もアイソトープと酷似していたが、両の目は僕と同じ金色で、第三の目はアルゴスの物を思わせる虹の光彩を放っていた。

 そして、更に特徴的なのが背中に生える三対六翼の大きな翼だった。拡げると、ただでさえ大きな体が更に大きく見える。

 

『……全体的に、アポカリプスドラゴンに似ているみたいですね。アイソトープを思い出します』

『うむ、そうだな。ところで、その姿で自由に飛べるのか?』

『前にドラゴンの姿で飛んだこともありますし大丈夫だとは思いますが……試しにちょっと飛んで来ますね』

「行ってらっしゃいませ、旦那様」

 

(インビジブル・ブラインド!)

 

 シャドウボディの分身を消してから、透明化の魔法を使って大きく空に羽ばたいた。

 予想以上に翼の力が強いのか、一瞬で地上から大きく離れ、気付けば遮るものの何も無い空の上で浮かんでいた。

 

『思った以上に力が強い。慣れないと色々危なそうだな』

 

 少しずつ全身に込める力を調節しながら、遊覧飛行を開始する。

 全身に伝わる風が心地良い。それに、不思議な開放感や爽快感がある。少し癖になりそうだ。

 

『中々気持ち良いものだな』

「あらあら。ご一緒させていただいても良いかしら、霖之助さん?」

『うん? 紫かい?』

 

 いつの間にか、僕の頭部に紫が腰かけていた。本当に神出鬼没だな、妖怪なのだから当然とも言えるが。

 

「半人半竜とは聞いていたけど、実際に目にするとすごいわね。勇ましくて素敵よ」

『まだまだこの姿で動くのは不慣れだけどね。しばらく飛んで回るつもりだけど、話し相手になって貰えるかな?』

「ええ、ドラゴンに乗って空を飛ぶなんて貴重な経験ですもの。私も堪能させて貰うわ」

 

 それからしばらく、僕は紫を頭に乗せたまま幻想郷中の空を飛び回った。

 その日から毎晩、僕は練習の為にドラゴンの姿で空を飛ぶようになったのだが、その度に紫は僕の頭上に現れ、翌日からは叢雲や煙晶竜も同乗して、僕の頭上でお茶会を開くようになってしまった。

 まぁ、仲が良さそうで一安心である。そう思っておこう。




『ドラゴノイド・オブ・ゴッドスレイヤー』

かつて別世界で、人類最初の神殺しを成し遂げた超常の戦士が転生した、半人半竜の存在。
虹の光彩を放つ第三の瞳は、監視者たる巨神の目その物である。



はい。と言う訳で、終始仲良さげな転生香霖とゆかりんでした。

前世の記憶を取り戻したことで人付き合いについて思う所があるのか、転生香霖は付き合いがかなり良い上、友好的な者に対してかなりサービス精神旺盛です。

そして転生香霖のドラゴンフォーム登場!
作者のイメージですけど、ドラゴンに乗って空を飛んだとか、レミリア辺りが羨ましがりそう。
ドラキュラ=竜の子で、吸血鬼とドラゴンは縁がありますし、本人もツェペシュの末裔を名乗ってますからね。


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第十三話 「転生香霖と白銀竜」

台風が来てても止まらねぇからよ!

と言うか、危ないからって仕事が休みになった。


 ドラゴンの姿になれるようになってから数日、この姿でも問題無く動けるようになった僕は、現在人里でのお披露目に向けて立ち回りの練習を行っていた。のだが、

 

「霖之助さん、もっと背筋を伸ばして顎を引いた方が見栄えが良いですわ。それと、視線は常に近くを見ていてもどこか遠くを見つめているような、超然とした雰囲気を出した方が断然素敵よ」

『……何で君が指導に回っているんだい?』

 

 ドラゴンの姿の僕にあれこれ注文を付けて来るのは紫だった。最初は煙晶竜と叢雲からアドバイスを貰っていたのだが、途中から呼んでも居ないのに参戦して来て、妙なこだわりを見せて僕の振る舞いにああじゃないこうじゃないとダメ出し話して来たのだ。

 

「だって、ドラゴンの姿の霖之助さんってとっても格好良いのよ? それなのに霖之助さんの立ち振る舞いで格好良さを台無しにするわけにはいかないでしょう?」

『ドラゴンの姿が格好良い、か……男の子みたいな感性だ』

「……洋の東西に関わらず、竜は力ある存在の象徴です。それに憧れを持つのに、人妖の差も男女の差も関係ありませんわ」

『拗ねるなよ。悪かった、ちょっと無神経な言葉だった』

 

 僕が男の子みたいと言うと、紫はつーんとそっぽを向いてしまった。

 怒らせてしまったようだ。男の子みたい、はちょっとデリカシーが足りないセリフだったな。

 

「紫様。こちらから押しかけているのに、あまり森近様にご迷惑を掛けてはいけませんよ? 申し訳ありません森近様、無理矢理押し掛けた上に注文ばかりで」

『構わないよ。実際問題、第三者の目からアドバイスを貰えるのはありがたいからね。それに、今のは僕の言葉にデリカシーが欠けていたのが原因だから、謝らなければならないのは僕の方だよ』

 

 紫の隣から僕に謝って来たのは、九つの狐の尻尾を持つ女性。紫の式である『八雲藍』であった。

 前々から紫の話で彼女の人となりは何となく知っていたが、今日初めて実際に顔を合わせた彼女の印象は……主を良くサポートしてくれる、優秀な従者の鏡と言った所だった。

 狐と言うと、僕は前世の配下であった『白狐』の『ナインテイル』と、『妖狐』の『命婦』を思い出すのだが、いたずらっ子の問題児たちであったあいつらに比べると、雲泥の差と言うレベルで藍の方がしっかりしていそうだった。まぁあいつらも頼りにならなかったと言う訳では無いが、ちゃっかりしてた印象の方が強いからなぁ。

 

 それともう一人、藍の式であるという二股の尻尾を持つ化け猫の『橙』も来ていたが、そちらはこっちの話に加わらず、叢雲が面倒を見ているようだった。

 

『ともあれ、人里でお披露目をするあと数日だ。紫、僕は当日どう動けばいいかもう一度確認させてくれないか?』

「……そうね。当日の演出は私たちも手伝うから、貴方は普通に人里に降り立って、予め用意しておいたセリフを二、三言ってから戻れば良いわ。あんまり長居しても、ボロが出そうなだけだし」

「当日は私も紫様と共に全力でサポートさせていただきますので、お任せください!」

『ああ、よろしく頼むよ』

 

 紫の機嫌はまだ直っていない様だが、必要な会話ならしてくれるようだ。後でご機嫌取りとお礼の為に何かお菓子でも用意しよう。折角だから奮発して、『黄金の林檎』を使ったアップルパイでも焼こうか?

 それにしても、藍は初対面だというのに異様に僕に好意的と言うか、丁寧に接して来る。

 はて、何故だろうか? そう疑問に思っていると、紫が答えを教えてくれた。

 

「前に霖之助さんが藍や橙の分も含めたお土産を持たせてくれたでしょう? あの時お土産に入ってた油揚げを食べてから、藍ったらすっかり霖之助さんの料理のファンになっちゃったのよね~」

「ゆ、紫様っ!」

 

 何と、原因は僕の料理であったようだ。

 しかし食べ物が原因か、ますますナインテイルと命婦を思い出す。あいつら食いしん坊というか、食い意地が張ってたからなぁ。特にナインテイル。

 

『おや、そうなのかい? なら今日のお昼は腕によりをかけて作るから、是非食べて行ってくれ』

「よ、宜しいのですか?」

『もちろんだとも。自分の作った料理を美味しく食べて貰えるのは嬉しいからね。僕の料理のファンだというなら、これ位のサービスはするよ』

「あ、ありがとうございます!」

 

 よほど嬉しかったのか、大きな声で感謝の言葉を告げた藍は、ぱぁっと顔を輝かせ、盛大に九本の尻尾を揺らしていた。

 配下の召喚モンスターたちもそうだったが、彼女もまた尻尾に感情が現れる様である。

 

「なによ、藍だけ特別扱い? 霖之助さんはこういう娘が好みなのかしら?」

『いい加減機嫌を直してくれよ。言っただろう? 僕は自分の料理を美味しく食べて貰うのが好きなだけさ。それに、藍は確かに魅力的な女の子だが、紫だって僕にとってはとても魅力的な女の子だよ』

「そ、そう……」

 

 なら良いわ。とだけ言って、紫はそっぽを向くを通り越して、完全に僕から背を向けてしまった。

 余計に怒らせてしまったのだろうか? 言葉の選択を間違ったのかもしれない。

 

「紫様は、もう怒っていらっしゃいませんよ。ただ、面と向かって魅力的と言われるのが久し振りで照れているだけです」

『……思ったんだが、君達って能力を使って僕の思考を読んでいるのかい?』

「能力何て使っていません。単に森近様が読み易いだけですよ?」

 

 前世でも似たようなことを言われた気がするな。僕ってそんなに考えが読み易いのかなぁ。

 

 

 

 そんなこんなで時は経ち、気付けばお披露目の当日となっていた。

 

 

 

「おーい霊夢。お前も『竜見物』に来たのか?」

「あら魔理沙……竜見物って、何?」

 

 知り合いに催し物があると聞いて人里に来ていたが、荷袋を片手に持つ霊夢に遭遇した。

 てっきり霊夢もその催し物を見に来たのかと思ったが、反応を見るにどうやら違うらしい。

 

「なんだ、知らないのか? 叢雲の奴が言ってたんだよ。今日は人里の連中が前々から見たいって言ってた生きている本物の竜が見られるって」

「また竜信仰の連中か……」

 

 霊夢が忌々し気にそう呟く。

 竜信仰の連中とは、最近人里で絶大な人気を誇る、新興宗教の布教をしている頭に角を持つ人外の巫女『都牟刈叢雲』と、叢雲が連れている竜の像『煙晶竜』の二人組の事だ。

 竜信仰が現れるまで、幻想郷には宗教者と呼べる存在が博麗神社の霊夢しかいなかった為、今まで独り占めにしていた客を持って行かれたと霊夢は嘆いていた。が、

 

「おいおい、別にあいつらは博麗神社に迷惑を掛けたりした訳じゃないだろう?」

「迷惑かけられてるわよ! あいつらが出てきたせいで、うちの参拝客がめっきり減ったんだから!」

「いや、博麗神社に参拝客なんて元から殆ど居なかっただろ?」

「うっさいわね! その殆どが更に減ったのよ!」

 

 竜信仰が人々に持て囃されている一方、博麗神社は昔から人気が無い。

 そもそも立地的に、幻想郷の外れにある博麗神社は、普通の人間からすれば移動するのにも一苦労で、祭りの時でも無ければ態々行こうとする者が皆無なのだ。

 それでも頻繁にやって来る者が私も含め皆無と言う訳では無いのだが、

 

「元から博麗神社は、人間より妖怪の参拝客の方が多い妖怪神社じゃ無いか。幾ら目立っているからって、竜信仰に八つ当たりするのは良くないぜ」

「判っているわよ。後、妖怪共はお賽銭を入れて行かないから参拝客とは認めないわ」

「そんなこと言ったら、博麗神社の参拝客が本当に居なくなっちまうぜ。あの神社にお賽銭を入れて行くような奇特な奴、香霖くらいじゃないか」

「霖之助さんは良いのよ、霖之助さんは」

 

 博麗神社にお賽銭を入れて行く者と言うと、真っ先に思い浮かぶのが香霖の姿だった。

 あいつは良く霊夢の元に差し入れとして食料を届けに行き、その度に必ず神社にお参りしてお賽銭も入れて行くのだ。まったく、律儀な奴だぜ。

 

「そう言えば、香霖が毎回神社に入れるお賽銭をどうやって確保しているんだろうな? あの繁盛していない香霖堂にそんな金があるようには見えないし、謎だぜ」

「金払いの良い常連さんが居るそうよ? お賽銭に使っているお金の出どころは殆どその人の払ったお金だそうだから、「君も彼女に感謝しておきなさい」ってこの間言われたわ」

「彼女って言う事は女か。常連って言う割にはそれらしい奴に会った記憶が無いが……もしかして咲夜の奴か?」

「咲夜ではないらしいわね。私や魔理沙の知る相手ではあるそうだけど」

「うーん、判らん」

 

 香霖も香霖で謎が多い奴だ。

 繁盛していない割に生活に困っているようには見えないし、最近は何処から手に入れて来たのか、肉だの卵だのの食べ物を惜しげもなく私や霊夢におすそ分けして来る。助かっているが。

 それに前々から霊夢とは違う意味でマイペースな奴だったが、レミリアの起こした紅霧異変の後くらいから更に大らかになったと言うか、泰然自若となったと言うか……いや、正直ちょっと大雑把になったな、うん。

 

「まぁ、そのおかげで結構得してるんだがな……」

「急に何言ってるのよ魔理沙」

「何でも無いんだぜ」

 

 首を振って霊夢に返す。そんなやり取りをしていると、にわかに人里の広場が騒がしくなる。

 どうやら、叢雲が言っていた竜を連れて来るって言う時間になったみたいだな。

 

「お、始まるみたいだな。とにかく行こうぜ霊夢。生きた竜を見れるなんてレアだぜ」

「はぁ、まぁそうね。見るだけ見てくわ」

 

 霊夢と共に人里の広場、竜信仰の黄金像が置かれている場所に大勢の人間が円となって集まっていた。

 円の中心のぽっかりと空いたスペースには、緑銀の髪に白い角を生やす人外の巫女、叢雲とその肩に乗る竜の像、煙晶竜の姿が見えた。

 それと、集まっているのは人間だけかと思ったが、よくよく見ると妖怪の姿もちらほら見かける。丁度近くに知り合いがいたので声を掛けた。

 

「よう、レミリアに咲夜。お前らも竜見物に来たのか?」

「あら、魔理沙に霊夢じゃない。ええそうよ、折角本物のドラゴンが見られるって言うのよ? 見逃す手は無いわ!」

「私はお嬢様の付き添いで来ただけですけどね。まぁでも、人並みに楽しみではあるわ」

 

 私が声を掛けたのは吸血鬼のレミリアと、そのメイドの咲夜だった。

 見た感じ、二人共竜を見るのが楽しみで仕方が無いらしい。レミリアは目に見えて興奮しているし、咲夜もクールぶってはいるが、どこかソワソワしながら叢雲の方へと視線を向けていた。

 

「なんだ、随分嬉しそうだなレミリア。そんなに竜が好きなのか?」

「当ったり前よ! 吸血鬼の代名詞であるドラキュラは竜の子って意味なのよ? ドラゴンが嫌いな吸血鬼なんて居ないわよ!」

 

 そのままレミリアが、興奮のままドラキュラと竜に関する長ったらしい話を開始しようとしたが、すんでのところで、広場の真ん中にいる叢雲からもうすぐ竜が到着する。という声が聞こえて来た事で中断となった。た、助かったぜ。

 叢雲は竜が降り立つ場所を確保する為に見物客たちを移動させると、十分にスペースを確保できたと判断したところで竜見物の開始を宣言した。

 

「皆々様、本日はお集まりいただきありがとうございます。この度は多くの希望の声を受け、この人里に生きた竜をお招きさせていただく事が叶いました。どうか実際に見て、肌で感じて、竜と言う存在が如何様な存在であるのかを知っていただければ幸いです。 ―――それでは『白銀竜』様、お願いします!」

『―――承知した』

 

 叢雲が空へ向けて呼びかけると、上空から重く圧し掛かる様な低い声が響いて来た。

 

「……すげぇ」

 

 私は、何とかそんな言葉を絞り出すことが出来たが、レミリアも咲夜も、あの霊夢でさえも言葉を失って空から降りて来たその存在の異様に圧倒されていた。

 

 白銀竜、そう叢雲は呼んでいたか。名前の通り磨き上げられたかのような白銀の鱗で覆われた巨大な体が空に浮かんでいる。

 長く伸びた尻尾は途中で二股に分かれ、その背中からはレミリアのものに似た細身の長い翼が六枚も大きく広がっていた。

 頭部からは、大きく太い二本の角が前方へと曲がって伸びていて、鼻面には小さめの角が縦に三つほど並んでいる。

 額には虹色に輝く第三の瞳が存在して、満月の様な黄金の瞳が静かに広場に集まった見物客たちを見渡して―――っ!?

 

「な、なぁ霊夢。あの竜って、もしかして?」

「……ええ、多分霖之助さんね」

「「えぇっ!?」」

 

 霊夢の言葉にレミリアと咲夜が驚きの声を上げる。けど、私と霊夢は確信していた。あの竜が香霖であると。

 あの竜が周囲の見物客たちを見渡した時、一瞬だけこちらへと視線を向けて来た。その時見た竜の目が、私や霊夢を見る時の香霖の目と、全く同じだったのだ。

 間違いない、あれは香霖だ。

 

「後で霖之助さんから、きちんと話を聞き出さなきゃね」

「ああ、そうだな」

 

 私と霊夢が確認し合っていると、初めて竜を見た衝撃が収まって来たのらしく、見物客からの割れんばかりの歓声が聞こえて来た。

 香霖、何でそんな姿になっているんだよ。絶対理由を聞き出してやるからな。




白銀竜、一体何之助なんだ? (霊夢と魔理沙には速攻でバレた)

話したからでも無く、そう思うだけの証拠があったからでも無く、目と目が合って確信を得たって良いですよね。絆を感じて。

次回。霊夢と魔理沙、ついでにレミリアと咲夜に転生香霖の事情を話します。

あぁ~、そろそろ『春雪異変』に入りたいんじゃ~。転生香霖は直接異変に関わりはしませんけど。(間接的に関わらないとは言っていない)
原作『妖々夢』との大きな違いは、自機組に叢雲&煙晶竜が混じっている事と、魔理沙が超強化されている事ですかねぇ。

霊夢と咲夜はどうしたかって? いやぁ~、あの二人は魔理沙のミニ八卦炉みたいな魔改造しやすい強化アイテムが無いからなぁ~。
今の時点では、霊夢を強化するアイテムを紫と転生香霖で共同開発したり、咲夜を強化するアイテムをパチュリーと共同開発する。みたいな話を作るのもありかなってくらいです。


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第十四話 「転生香霖と酒と串カツ」

気付けばお気に入り登録も百件を超え、そこそこ人気のある小説を名乗っても良いんじゃね? って自信が持てる様になりました。

このままサモナーさんの二次創作増えて人気再燃して、書籍の続巻でてくれねーかなー。

ナイアスやテロメアなど、女性召喚モンスターを四々九先生のイラストで見たいだけの人生でした。

というか、東方香霖堂の二巻はいつになったら発売されるんだ? 東方外来韋編で連載続いてるのは知っているけど、一冊にまとめられて無い分の話を全部集めるの無理だよ(涙)


 人里でのパフォーマンスは大成功だったと言えるだろう。

 行き帰りの移動を紫のスキマを利用する事で、僕がこの姿で人前に出る時間を最小限にすることが出来たし、紫が能力を使って全員に念話の様な物をつなげる事で、情報の共有と指示出しを受け持ってくれたのでスムーズに終わらせることが出来た。

 

 何事もなく無事に終わり、今日はこれから協力してくれた全員で、僕の店で打ち上げを使用という事になって帰って来た。が、

 

「……お帰りなさい、霖之助さん」

「……お帰りなんだぜ、香霖」

「や、やっと帰って来たわね。遅いわよ、店主!」

「こんばんわ、店主さん。お邪魔しています」

 

 戻ってくると、店の中には霊夢と魔理沙、そして少し久し振りなレミリアと咲夜が待ち構えていた。

 霊夢は不機嫌そう、魔理沙は何かを聞きたそうであり、レミリアは霊夢の様子に若干怯え、咲夜は別段変わった様子は無かった。

 

「君達……留守中に上がり込んだのは置いておいて、何の用だい?」

 

 留守中に勝手に入り込まれた事について思う所が無いでも無いが……まぁ、霊夢と魔理沙ならそれほど問題にならないか。

 魔導書の『グラーキの黙示録』を始めとする無縁塚で拾って来た危険物は、全てアイテムボックス内に移動させているし、貴重品は魔法で封印した地下倉庫に放り込んである。

 最近は非売品にせざるを得ない危険な物を拾う事も増えている為、霊夢や魔理沙が怪我などしない様に商品管理には気を使っているのだ。

 

 ちなみに、『グラーキの黙示録』は読むと首が無く、白い肌を持つ両手の掌が口になっている巨人が襲って来るという素晴らしい効果を持っている。

 初遭遇した時は、ゲーム時代に『アルゴス』や『アンタイオス』君と対戦した時の事を思い出して、久々に楽しく殴る蹴る投げる折るなどが出来たのだが、しばらく戦っている内にどこかへ行ってしまった。

 それからは、僕が魔導書を読んでも現れず、代わりに叢雲や煙晶竜に読んで貰って出て来たところを戦いに持ち込む。という方法を採用していたのだが、遂には他者に読ませても出て来てくれなくなってしまった。残念だ。

 巨人の名は『イゴーロナク』と言うそうだが、今は何処にいるのやら。

 

 そんな風に、僕が最近見つけた対戦相手について思いを馳せていると、四人が目配せをして、先ず霊夢から話しかけて来た。

 

「霖之助さん、聞きたい事があるんだけど」

「何だい?」

「竜信仰の連中が呼んだ白銀竜とか言うのだけど、あれって霖之助さんよね?」

「うん、そうだよ。良く気付いたね?」

「え、そんなあっさり!?」

 

 まぁ隠すほどの事でも無いからね。白銀竜と名乗った手前、人里の人間には聞かれない限り黙っているつもりだけど。

 霊夢の質問に対する僕の返答に、聞いた霊夢本人ではなく魔理沙の方が大きく反応していた。それが僕に聞きたい内容だったのだろうか?

 いや、反応と言う意味ならレミリアと咲夜も反応している。とは言え、目を丸くしているだけの咲夜とは違い、レミリアは子供みたいに目を輝かせて僕を見て来る為、こちらの方が対応に困りそうだったが。

 

「そう、じゃあやっぱり霖之助さんは竜信仰の連中とグルだったのね!」

「まぁ落ち着きなさい。その辺の話をするのは構わないが、もうすぐ夕食だし外に他の関係者たちも居るから、話は皆で夕食を食べてからにしよう」

「そう、ならしょうがないわね! 腹が減っては何とやらだもの!」

 

 夕食に誘った途端に態度を反転させる現金な少女に苦笑が零れる。花より団子とは言うが、霊夢は食欲に一直線過ぎるのではないだろうか。

 差し入れは小まめにしている為、ひもじい思いをしているという事は無いはずだが……今度から差し入れの量を増やすべきか?

 

「じゃあ霊夢。外の皆を連れて来るから、先に四人で居間で待っていてくれ」

「判ったわ、霖之助さん! ほら、あんたたち行くわよ」

「な、私はまだ香霖に聞きたい事が!」

「んなの後よ、後! 先ずは夕食が大事に決まってんでしょ!」

「ちょ、私は自分で歩けるって!?」

 

 見る間に霊夢は魔理沙と、ついでにレミリアの首根っこを掴んで居間へと引き摺って行ってしまった。その場に残ったのは僕と咲夜だけである。

 

「やれやれ、騒がしいね。咲夜、君も居間で一緒に待っていてくれ。後、お茶が欲しくなったら仕舞っている場所は霊夢か魔理沙が知っているから二人に聞いて勝手に飲んでくれ」

「はい……あの、本当に店主さんがあのドラゴンなんですか?」

「信じられないかい?」

「ええ、まぁ……霊夢と魔理沙は確信を持っている様でしたけど」

「なら、後で全員の前で変身するところを見せるとしよう」

 

 まぁ、実際に目にしない事には信じがたい話であろう。叢雲の様に、体に竜の特徴が出ている訳でも無いしね。

 じゃあちょっと呼んで来るよ。と咲夜に告げて店の外に出る。外には叢雲、煙晶竜、紫、藍、橙の五人が待っていて、僕は皆に中に入るように伝えた。

 

「全員もう中に入って良いよ。それと、霊夢と魔理沙に、レミリアと咲夜も来ていたから、全員で夕食を食べる事になった」

「そうでしたか。けど、お店を出る時に旦那様が鍵を掛けていましたよね? どうやって中に……」

「ああ、それなら霊夢と魔理沙にも店の合鍵を渡しているから、それを使ったんだろう。叢雲や煙晶竜も持っていますよね?」

「なるほど、そうでしたか」

『うむ、確かに持っておるの。儂のは面倒だから叢雲に預けてあるが』

「ちょっと待って。霖之助さん、霊夢たちに合鍵を渡しているの?」

「まぁね。いざという時に必要になるかもだから」

 

 紫の質問にそう返す。この場合のいざという時とは、霊夢や魔理沙が大きな怪我をしたり、病気になったりした場合の事だ。

 香霖堂には、常に『神霊の桃』の様な回復効果の高いアイテムや、『呪符生成』で作った回復呪文の込められた呪符などが常備してある。いざという時、霊夢や魔理沙がそれらをすぐに使える様に、二人には合鍵を渡し保管場所も予め教えてあるのだ。

 本当は二人の家に置いておいた方が良いのだが、神霊の桃は生ものだから直ぐに痛むし、呪符の場合二人がきちんと管理出来るかどうか心配だからな。

 

「……はぁ。色々言いたい事はあるけど、話は霊夢や魔理沙を交えて中できっちりしましょう」

 

 紫は溜息を付いてからそう言うと、藍と橙を連れて中へと入って行った。

 

「……僕たちも行きましょうか?」

『そうじゃのう。ところでキースよ、今日の夕食は何かな?』

「今日は打ち上げの予定でしたから、『グリンブルスティ』と『ヒルディスヴィーニ』の肉で串カツを作るつもりでした。仕込みも済ませてアイテムボックスに入れてありますから、後は油で揚げれば直ぐ食べられますよ」

『おお、そうかそうか!』

「グリンブルスティというと、この間食べたお肉でしたよね? ヒルディスヴィーニと言うのは初めて聞きますが、そちらも美味しいお肉なのですか?」

「ああ、両方とも最高に美味しい肉だよ」

「まぁ! それは楽しみです!」

 

 グリンブルスティとヒルディスヴィーニ、両方ともゲーム時代のモンスターで、それぞれ『金耀猪の肉』と『銀耀猪の肉』という、肉類の食材アイテムの中でも最上級の美味しさを持つアイテムをドロップするモンスターたちだ。

 それらを今回はそれぞれ三頭ずつ絞めて解体してあるから、肉の貯蔵は十分だ。今日は僕も大いに食べるつもりだったからね。

 

 僕ら三人が居間に入ると、そこではテーブルを挟んで片側に霊夢たち四人、もう片側に紫たち三人が座って睨み合いの様な状態になっていた。

 睨んでいるのは霊夢だけで、霊夢に睨まれている紫は閉じた扇で口元を隠して、どこ吹く風と言った態度だったが。

 まぁ暴れ出していないだけ理性的だ。居住スペースで暴れられたら、流石に僕も厳しく対応をせざる負えない。

 

「ふむ……この人数だと、流石に手狭になるな。近い内に改築した方が良いかな?」

「香霖……こんなピリピリした空気の中で、よくそんな平気な顔が出来るな?」

「喧嘩に発展して無いなら問題無いさ。それにピリピリしているのが霊夢だけなら、お茶と食べ物を与えておけば収まるだろう?」

「まぁ、そりゃそうかもだけどさ」

「あんたら……私の事なんだとっモゴっ!?」

 

 テーブルを叩いて立ち上がろうとした霊夢の口に、手元に呼び出したアイテムボックス内の菓子を突っ込んで静かにさせる。ちなみに呼び出したのは、黄金の林檎を使って作ったアップルパイだ。

 それを霊夢は吐き出す事も無くモゴモゴ食べて、食べ終わると頬に手を当ててうっとりと微笑んだ。どうやらお気に召したらしい。

 

「夕食の準備をしてくるから、大人しく待っていなさい。今夜は串カツ食べ放題だから、好きなだけ食べて行くと良い」

「はーい!」

「すげーな香霖。まるで猛獣使いなんだぜ」

「魔理沙、後で覚えときなさい」

 

 余計な事を言った魔理沙が、こちらに助けを求める視線を送って来たが、そこまでは知らん。

 僕に助けを求めるよりも、今回の事を教訓に自分で解決手段を用意しておいた方が今後の為だ。

 霊夢の機嫌は食べ物で治る。覚えておいて損は無い。

 

 

 

「うーんんんっ!! このお肉もお酒も美味しーい!! ありがとう霖之助さん!!」

「ハッハッハ、肉も酒もまだまだたっぷりあるから、どんどんお代わりすると良い。今夜は無礼講だ」

「霖之助さん大好き!!」

 

 金銀の猪肉を使った串カツを、霊夢はその体のどこに入っているんだといった感じで食べ続けている。

 ちなみに酒は、これまたゲーム時代のアイテムの『スラー酒』と『ソーマ酒』だ。これらを落とす敵は金銀の肉を落とす猪たちより厄介な『ヴリトラ』系統の敵なので、この世界では補充も難しい品なのだが、この二つでないと肉の味に釣り合う酒が無かったので放出する事となった。

 

「まったく、霊夢の機嫌もすっかり直っちまったな。にしてもこれ、滅茶苦茶美味いな香霖! こんな美味い物を今まで黙ってたなんて、酷い奴だぜ」

「今日の為に特別に用意した貴重な肉なんだよ。酒の方は更に貴重だから、良く味わって飲む事だね」

 

 魔理沙も用意した料理や酒を楽しんでくれているようだ。

 魔理沙は魔理沙で霊夢とは別に、どうして今まで竜に変身出来ることを隠していたのかと尋ねられたが、僕が半人半竜と言う種族であるという事を知ったことも、変身の仕方を覚えたのもつい最近の事の為、事実をそのまま伝えておいた。

 ただ、伝え方が悪かったらしく、僕の説明を聞いた魔理沙たち四人は『幻想郷に越して来た叢雲と煙晶竜が僕の正体を見抜き、自分の種族を教えて貰った事と半竜の力の使い方を教えて貰ったお礼に、僕が竜信仰の二人に協力している』のだと勘違いしてしまっていたが。

 実際に合っているのは叢雲と煙晶竜に僕の種族と半竜の力の使い方を教わったという部分だけで、二人はそもそも幻想郷に棲んでいたし(叢雲は剣の姿で喋れず、煙晶竜は僕に取り憑いた状態だったが)、竜信仰そのものが僕の本来の能力を取り戻す為の物なので、ある意味僕こそが竜信仰の黒幕と呼べるのだが。

 ……まぁ、今は酒も入っているし、訂正するのは後で良いか。本当は僕が異なる世界の前世の記憶と能力を持つ事や、竜信仰が僕の能力を取り戻す為の物だという事も伝えておきたかったのだが、この空気じゃあなぁ。

 

『バクバクムシャムシャバクバクムッシャー!!』

「あら橙、口元が汚れていますよ。拭いてあげますから少しじっとしていなさい」

「はい! ありがとうございます、叢雲しゃま!」

「ふふふ、良いんですよ。橙は可愛いですね」

 

 煙晶竜は酒も飲まずに、一心不乱に肉を貪っているし、叢雲は知らない間に随分と橙と仲良くなったようだ。

 橙は藍の式であるし、藍はどう思っているのかと思い目を向けると、

 

「これ、すごく美味しい。私が作るよりもずっと……」

「うむ、肉自体が非常に美味である事もそうだが、仕込みの丁寧さが味に出ている。これは参考になるな」

 

 咲夜と藍の従者二人組が、僕の作った串カツについて意見交換をしていた。

 二人はお互いに自身の主の為に普段から料理を作っている為、僕の料理の味に色々と思う所があるようだ。

 漏れ聞こえてくる会話の内容によれば、二人共僕の料理については非常に評価してくれているようである。

 嬉しい事だ。金銀の猪肉はまだいくらか調理していない物が余っているから、二人には帰りにお土産として渡すとしよう。

 

「ねぇ店主、いいえ霖之助! ドラゴン姿を見せてよ。私昔からずっとドラゴンに会ってみたいって思ってたのよ!」

「家の中では流石に見せられないよ。後で見せてあげるから、今はお酒でも飲んで我慢してくれ」

「絶対よ! 絶対絶対約束よ!」

「判った判った」

 

 一方で、従者二人の主の片割れであるレミリアは、やたらと僕に絡んで来た。

 話を聞くに、どうもドラゴンと言う存在に非常に強い興味や憧れを持っているらしく、ドラゴンの姿が見たいと僕にせがんで来た。

 半竜の僕に対してこの態度なら、僕が能力を取り戻して半分では無い本物のドラゴン達に会えるようになったら、どのような反応をするのだろうか?

 まぁその時を楽しみに待つとしよう。

 

「やれやれだわ。本当は霖之助さんと霊夢と魔理沙にお説教をしなきゃと思っていたのに、こんな状態じゃ何を言っても無駄になりそうね」

 

 そう言って溜息をつきながらソーマ酒を注いだ杯を傾けるのは紫だった。

 どうやらスラー酒よりもソーマ酒の方が気に入った様で、さっきからそればかり飲んでいる。

 

「はて、お説教されるようなことをしたかな?」

「大の大人の殿方が、まだまだ子供の女の子に自分の家の合鍵を渡したでしょう? 公序良俗に反するわ」

「邪推のし過ぎ、というか妖怪の言うセリフじゃないよね?」

「一妖怪である以上に、私はこの幻想の管理者ですもの。風紀を乱す行為に釘ぐらい差しますわ」

「霊夢や魔理沙が聞いたら、子ども扱いするなって言って来そうだね」

「子ども扱いされて不満に思う内は、まだまだ子供よ」

 

 気付けば、いつの間にか霊夢と魔理沙は酔い潰れて眠っていた。

 いや、叢雲とレミリアに咲夜、それに藍に橙も酔い潰れてしまっている。これは一体?

 

「霖之助さん、貴方気付いてなかったの? このお酒、飲み過ぎると直ぐに酔いが回って倒れるタイプのものよ」

 

 紫が手に持って見せて来たのは、スラー酒の入った酒瓶だった。そう言えば短時間に一定量飲むと昏倒するってデメリットがあるんだったなぁ。

 

「そう言えばそうだった。自分が平気だから忘れていたよ」

「全耐性とか言う能力のおかげで平気なんでしょうけど、貴方って結構抜けてるわよねぇ」

「否定出来ないな。というか全耐性の事を君に話した事あったっけ?」

「そこはちょっと、貴方の記憶を覗いてね?」

「公序良俗がどうのと言っていたのは何処の誰だったかな?」

「何事もケースバイケースですわ。貴方の力は、それだけ危険で注意が必要なものですもの。まぁ、そのおかげで貴方自身に危険思想など無いって分かったのだから良かったと私は思っているわ」

「記憶を覗かれたって事は、僕の事情は大体把握済みか。まぁ話す手間が省けたのは楽だったかな?」

「 ……というか、言っておいてなんだけど嫌じゃ無いの? 記憶を覗かれるなんて」

「まぁ確かに良い気はしないけど、煙晶竜も含めてドラゴン達の中にはそう言ったことが出来る者見るし、そもそも僕の私生活は生まれた時から神様に覗かれているらしいからね」

 

 この左目を通してね。そう指さしながら僕が返すと、紫は僕に同情的な視線を向けて来た。

 

「……世界が違っても、神々の横暴さは変わらない物なのね」

「ま、そう言う物だと思えば苦にはならないさ。良く言うだろう? お天道様が見ているって」

「確かに見ているのはギリシャのお天道様(太陽神)何でしょうけど……肝が据わり過ぎているわね」

 

 なに、考えてもどうしようもない事は、流されるままに受け入れているだけだよ。

 

 そんな事を語りながら、僕と紫は静かに飲み交わして夜を過ごした。

 

 

 

『バクバクムシャムシャ! うむ、美味い!』

 

 なお、その横で煙晶竜は用意した串カツを一人で食い尽くしていた。




冒頭でしれっとサンドバッグとして気に入られてるクトゥルフ神話の邪神『イゴーロナク』君、可哀そう。
狂喜振りまく系神話の邪神と、常時から正気と狂気を反復横跳びしてる系神殺しじゃ相性が悪過ぎたんじゃ。

次回はレミリアとの約束を果たす為に紅魔館にお邪魔するレミリアとのコミュ回か、人里で叢雲の布教活動をお手伝いする叢雲とのコミュ回を予定しています。どっちかが先になるってだけで、両方とも書く予定です。

書いてて思いましたが、どうにも転生香霖に対するゆかりんのヒロイン力(ひろいんちから)が強過ぎる。他の女の子たちの出番ももっと増やさねば!


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第十五話 「転生香霖と半竜のお仕事」

東方剛欲異聞……幻想郷産の石油とはたまげたなぁ。

これには燃料問題に悩む霖之助もニッコリ。


 人里での白銀竜のお披露目からしばらく経つが、今では定期的に白銀竜の姿で人里に顔を出すのが恒例となっている。

 ボロを出さない様、話し方に注意しなければならないのは面倒だが、白銀竜の登場により竜信仰の人気は更に爆発している。

 能力を完全開放する為にも、この流れを断ち切らずに続けて行きたい。

 

「では旦那様、本日もよろしくお願いしますね」

『ああ、任せてくれ』

 

 白銀竜のに変身し、頭の上に叢雲とその肩に乗る煙晶竜を乗せて空へ飛び立つ。

 別々に登場するより、竜に乗って現れた方が印象深いという紫の意見を参考にして、僕が人里に姿を現す日はこうして二人を乗せて飛んでいるのだ。

 

「風が気持ち良いですね、旦那様」

『そうだね。竜の姿で空を飛ぶのは、魔法で空を飛ぶのとは違った爽快感があるよ』

『それこそが我ら竜の心じゃよ。儂も早く肉体を取り戻して、キースと共に空を飛びたいものだ』

 

 竜の姿で飛んで行けば、人里には直ぐに着くのだが、時間に余裕もあるしこうして他愛のない話をする時間も好ましいので、僕は気持ちゆっくりと空を飛ぶ。あまり強く羽ばたくと、巻き起こった風で周囲が酷いことになると言うのもあるのだが。

 

「旦那様と煙晶竜様は前世で出会い、それからずっと共に居るのですよね? どのように出会ったのですか?」

 

 叢雲がそんな事を訊ねて来る。煙晶竜との出会いかぁ、今思うと恐ろしく偶然が重なって巻き起こった出会いだったな。

 人里に着くまで時間は無いが、軽く触り程度なら話せるだろう。

 

『煙晶竜とどんなふうに出会ったのか、か……あれは本当に偶々でしたよね?』

『うむ。あの時キースが来てくれなければ、随分と酷いことになっていただろうな。おそらく、儂の手で我が眷属たちに甚大な被害を出すことになっていただろう』

 

 煙晶竜との出会いは、ゲーム内で未到達エリアを更新していた時に起こった物だ。

 当時ゲーム内では戦争イベントが起こっており、僕たちプレイヤーは『魔神』と言う存在とその配下たちと敵対していた。

 僕が未到達エリアのエリアポータルである『岩雲城』に辿り着いた時、その地下では魔神たちの首魁である老人姿の魔神が儀式を行っていた。

 その儀式の内容こそが、当時すでに滅んでいたドラゴンの最初の王である煙晶竜の霊体を捕らえ、それを従属させて自分たちの戦力とすると言う物であった。

 儀式の途中でその場を見つけた僕は、その儀式を妨害する為に襲撃を掛け、最終的に煙晶竜の霊を救い出すことが出来たのだ。

 

『懐かしいのう。当時からキースは異端な戦い方をする召喚術師でな? 魔法で巨大な悪鬼の姿に変身し、縛霊身となっていた儂を素手で打ち倒して束縛を外してくれたのだ』

『打ち倒して、って別に倒しては居なかったでしょう? それに半ば操られた状態の体を煙晶竜が押し留めていましたから、それほど大変でも無かったですよ』

 

 あの時勝てたのは中途半端な状態の縛霊身だったからだ。煙晶竜の強さは良く知っている、もし全開状態で襲い掛かられていたら? 僕は間違いなく死に戻っていただろう。

 だが、叢雲が気になるのは別の部分であるようだった。

 

「素手、ですか……武器はお使いにならなかったのですか?」

『一応鉄球を投げつけたり、魔法で飛ばして砲撃したりもしてたけど、基本的には素手での格闘戦だね。変身した状態でも使える武器が無かったし』

「そうですか。その場にわたくしが居れば、旦那様の剣として共に戦うことが出来ましたのに……」

 

 どこか悔しそうに、叢雲はそう口にしていた。

 こうして共に生活していると忘れそうになるが、彼女の正体は神器である剣、ようは武器である。

 そして僕は日の本最強の神剣を自負する彼女に選ばれた使い手であった。が、僕は未だに彼女を武器として満足に振るう機会を得られていない。

 この幻想郷で、彼女を振るうに足る敵と戦える機会など早々ありはしないのだ。それが申し訳なくもある。

 

『……すまないね、叢雲。君を振るうに足る敵や戦場を用意できれば良いのだが、そのレベルの敵と戦うと幻想郷への二次被害が酷い事になってしまうからね。召魔の森の復活まで、待たせてしまう事になりそうだ』

「存じています。けど、やっぱり思ってしまうのです。旦那様と共に戦いたい、剣としての本懐を果たしたい。と」

 

 共に戦いたい、その気持ちは痛いほど良く判る。

 かつての様に際限なく戦いに飢えている訳では無い。けど、かつての様にみんなで一心不乱に戦いたいとも強く思っている。

 僕が居て、召喚モンスターたちが居て、煙晶竜を始めとしたドラゴン達が居て、対する敵は薄氷の向こうに死が存在しているような強敵だらけ。

 そんな極上の戦場で、叢雲を手に戦うことが出来たらどれほど喜ばしい事だろうか。想像するだけで、まるで夢でも見ているような気分になる。

 

 だが、この想像は決して夢では終わらない。

 竜信仰を広めて僕が召魔の森を取り戻せば、それらは実現可能なものとなるのだ。

 

『叢雲、僕も君と同じ気持ちだよ。君を手に、共に戦いたい』

「旦那様……」

『その為にも、今は共に竜信仰を広めて行こう。召魔の森ならば、それは叶う。全力を出しても壊れない戦場、死力を尽くしてなお敗北を予感させる強敵。そんな連中がいくらでも居るのが、僕の召魔の森だ』

「それは……何とも楽しそうな場所ですね」

『ああ、そうだ。最高に楽しい、僕の自慢の城だよ。だから叢雲、一緒に取り戻そう。全力で暴れられる、極上の戦場を。それまで待っていてくれ』

「はい……いつまでもお待ちしています。旦那様!」

 

 叢雲は涙交じりの声で、力強く返事をした。

 だが同時に、叢雲が笑顔を浮かべている事を僕は感じていた。

 

 

 

 夜、人里での活動を終えた僕は一人、以前レミリアとした約束を果たす為に紅魔館を訪れていた。

 

「あ、いらっしゃいませ、霖之助さん。お待ちしていましたよ」

「やぁ美鈴、約束通り来たよ。通っても大丈夫かな?」

「はい。お嬢様も首を長くしてお待ちですので、どうぞ中へ」

 

 挨拶を交わしている相手は、紅魔館の門番をしている赤髪の少女『紅美鈴』だ。

 彼女には数日前に、約束を果たす為に今日訪れる事を記したレミリアへの手紙を渡すと共に、今日訊ねることを伝えてあった。事前連絡をきちんとしていた為、実にスムーズに話が進む。

 美鈴は門を開けると、そのまま僕を中へと案内してくれた。

 

「君、門を離れても良いのかい?」

「アハハ、実は私も竜の姿を見て見たくてですね。今夜は霖之助さんが来た後、非番にして貰ったんですよ」

「そうかい。みんな竜がよっぽど好きなんだね」

 

 気持ちは判る。ドラゴンと言うのは、存在そのものがロマンの塊なのだ。僕も最初のドラゴン配下である『アイソトープ』を召喚した時は、自分でも苦笑するくらい興奮していた物だ。

 そのせいで危うくアイソトープを失いかけた事もあったが、今となっては良い思い出である。教訓と言う意味でね。

 

 美鈴に案内されて着いたのは、紅魔館の南側にある広い庭だった。僕の変身した姿である白銀竜の大きさでも十分に収まるだけのスペースがある。

 その庭の館に近い場所にテーブルと椅子が用意され、そこではレミリアと咲夜が僕の到着を待っていた。

 

「ようやく来たわね。遅いわよ、霖之助」

「お待ちしていました、店主さん。今日はお嬢様の我儘を叶えるためにご足労いただき、ありがとうございます」

「ちょっと咲夜! 我儘とは何よ、我儘とは! 言い方ってものがあるでしょ」

「はぁ。他に言い方がありますか?」

「いや、無いけど……」

 

 相も変わらず、仲の良さげな主従である。

 咲夜の態度は、主人に対する従者の態度として如何なものかと首を傾げたくなる部分もあったが、裏を返せば信頼関係が無ければ出来ない様な気安い態度とも言える。

 レミリアと咲夜の関係は、僕にとっては好ましく思える物だった。見ていて微笑ましいからね。

 

「待たせたねレミリア、約束通り竜の姿を見せに来たよ。それと咲夜、僕が僕の意思でレミリアと約束したんだ。約束を果たすのは当然だよ」

「左様ですか」

 

 レミリアの傍に控えていた咲夜は、レミリアの対面の席へと僕を案内してくれた。

 案内された席に座ると、咲夜は時を止めてお茶やお菓子をテーブルに並べだした。へぇ、魔理沙から咲夜が用意するお茶やお菓子は気付いたらいつの間にか用意されていると言っていたが、実際にはこんな風に用意しているのか。

 時間が止まっている事を除けば、やっている事は普通にお茶とお菓子を用意しているだけだった。

 

「あら? ……そう言えば、店主さんには時間停止が効かないんでしたね」

「忘れてたのかい? 君の能力を考えれば、結構大事な事だと思うけど」

「店主さんと敵対する事はまず無いから、気にしなくて良いと言われたのですっかり忘れていました。しばらくお店に行く用事もなかったですし」

「言われた。って、誰に言われたんだい?」

「お嬢様ですわ」

 

 レミリアがそんな事を言っていたのか。

 彼女の能力は確か、『運命を操る程度の能力』。詳細は不明だが、その大層な名前に恥じないだけの、力に対する自身や周囲の信頼があるのだろう。

 でなければ、咲夜が自身の能力の天敵の様な僕の持つ特性を忘れる筈が無い。 ……と思う。

 でもどうだろう、素で忘れていた可能性も十分ある気がして来た。この娘はこの娘で少しずれていると言うか、マイペースな所があるようだからなぁ。

 

「そうか。まぁ、僕もうちの店の貴重なお得意様を敵に回すなんてことするつもりはないからね」

「つまり、忘れていたとしても問題無いという事です」

 

 何故か胸を張ってそう結論付けた咲夜は、そのままお茶の支度を再開した。

 慣れた手つきは流石本職と言うべきものであり、料理や菓子を作るのが専門で配膳にはあまり気を配らない僕には到底真似出来るような物では無かった。

 別にそれが悔しいと言う訳では無いが、流れるような手際を見ていると、僕ももうちょっと食卓を美しく見せる努力をするべきなのでは? という気分になった。

 

 

 

「さ、お茶も飲んで一息付けたし、いい加減見せて貰うわよ!」

 

 咲夜が用意してくれたお茶を、レミリアは気持ち急いで飲み干しそう言って来た。

 余程楽しみだったのだろう。余裕のある態度を崩さない様にしてはいるが、待ちきれないとばかりにソワソワしていた。

 

「判った判った。そう慌てなくても、直ぐに見せるよ」

 

 身を乗り出して来そうな勢いのレミリアを押しとどめ、白銀竜の姿になるために庭の中心へと向かう。

 十分に距離を取ったのを確認してから、僕は最近かなりこなれて来た竜への変身を行った。

 

『ふむ。翼の数だとか、額の目だとか、一般的なドラゴンの姿からは結構かけ離れているとは思うんだが……お気に召したかな?』

「わぁ……!」

 

 どうやら、聞くまでも無かったようだ。

 レミリアは竜となった僕の姿を、キラキラした目で一心不乱に見つめている。頬を紅潮させ、瞳に憧れを浮かべて見つめて来る姿は、見た目相応の少女にしか見えなかった。

 

「すごい……すごいすごいすごい! 見て見て咲夜! ドラゴンよ! 本物のドラゴン!!」

「ええ、ドラゴンですね。お嬢様」

 

 会話の内容だけなら、興奮するレミリアの言葉を咲夜が聞き流しているように聞こえるが、実際には咲夜も僕の姿に視線が釘付けで、若干心ここに在らずと言った様子だった。

 ちなみに、白銀竜の姿を見るのが初めての美鈴は、少々マヌケな顔でぽかんと口を開けていた。

 

『そこまで手放しに喜ばれると、流石に少々気恥ずかしいね。 ……レミリア、折角だから僕に乗って空を飛んでみるかい? ドラゴンに乗る機会なんて中々無いだろうし』

「! いいの!?」

『もちろんだとも。それくらいはサービスするさ』

 

 実際に買い物に来るのは咲夜一人の事が多いが、そもそも咲夜はレミリアのお使いで香霖堂に買い物に来ている。

 ならば、レミリアは列記とした僕の大切なお得意様だ。このくらいのサービスはやってしかるべきである。

 

 僕が乗り易いように、首を伸ばしてレミリアの前で伏せると、レミリアは少々優雅さに欠ける元気一杯の大ジャンプで僕の頭上へと収まった。

 

『乗ったね? それではしばしの間、遊覧飛行をお楽しみください。お嬢様』

「ええ、お願いするわ。咲夜! 美鈴! ちょっと行って来るわね!」

「お嬢様お一人でですか? 私も同行いたしますわ」

「あ、私も!」

「駄目よ! 一番乗りは私なんだから!」

 

 いや、別に誰かを乗せるのは初めてじゃ無いし、何なら一番最初に僕に乗って空を飛んだのは紫なんだが……。

 まぁ、その事実を僕の頭上で自慢げにしているレミリアに伝える必要は無いだろう。

 言わぬが花という事は、往々にしてあるものだ。

 

『まぁ、今夜は丸々付き合うつもりだから、二人の番も回って来るよ。順番が来たら存分に楽しんだら良いさ』

「そう言う事よ。それじゃあ霖之助、お願いね」

『お任せあれ』

 

 日頃の特訓により、余り風を巻き起こさずに僕は空へと浮かび上がる。

 十分地上に居る咲夜や美鈴から距離を取ったところで、大きく羽ばたいて一気に上空へと飛び上がった。

 今夜はあいにくの曇り空だったが、雲を突き抜けてしまえば関係無い。僕とレミリアは雲海を見下ろしながら、月明かりに照らされていた。

 

「羽ばたき一つで随分高くまで飛び上がれるのね。すごいわ」

『君、さっきからすごいしか口にしてないよ?』

「しょうがないじゃない。だってすごいんだもの!」

 

 語彙力が無くなっている事を指摘したが、レミリアはまるで気にしていないようだった。

 

「……ありがとう、霖之助。私、また夢が一つ叶ったわ」

『ドラゴンに乗るのが夢だったのかい?』

「ううん、素敵な出会いに巡り会う事。素敵な縁を結ぶことが、よ。運命と言い換えても良いけどね」

 

 運命、か。

 他ならぬ彼女が口にする運命と言う言葉は、他の誰が言う物よりも重い意味を持つのだろう。

 彼女は宝でも紹介するように語ってくれた。

 

「幻想郷に来て良かったわ。あの日、霊夢と魔理沙が現れた時から、紅魔館の止まっていた時間が動きだしたように感じたわ。運命が動き出したとも言えるわね」

『紅霧異変、か。君達にとってあの夜がターニングポイントだったように、僕に取ってもあの日は新たな始まりとなったんだよ』

「あら、そうなの?」

『ああ。と言っても、異変とは完全に無関係で偶々タイミングが重なっただけだったんだけどね』

 

 紅い霧が幻想郷を覆ったあの夜、前世の記憶と能力を取り戻したあの日こそが、僕と言う存在の新たな始まりだった。

 あの日から今までにかけて、本当に予想外の事ばかりが起きて、騒がしい毎日が続いている。

 かつては想像もしなかった事だ。今こうしてドラゴンの姿となって、吸血鬼のお嬢様を乗せて飛んでいる事もね。

 

「その話、聞きたいわね。聞かせて貰っても良いかしら?」

『ああ、良いよ。元々、この前みんなが僕の店に集まった時に話そうと思っていた物だからね。みんな早々に酔い潰れてしまったから、機会を逃していたんだけど』

「あれは……あのお酒が悪いのよ。美味しかったけど」

『まぁ、そもそも用意した僕が飲み過ぎると直ぐに酔い潰れる事を忘れていたのが原因なんだけどね。 ……さて、どこから話そうか。実は僕には、前世の記憶と言う奴があってね―――』

 

 

 

 どこまでも広がる白い雲の海と、夜空に輝く月と星。その狭間では吸血鬼の少女を頭に乗せたドラゴンが飛んでいる。

 まるでお伽噺の様な景色の中、昔語りをする僕の声と、それに相槌を打つ彼女の声だけが響いていた。




転生香霖「一緒に最高の戦場を取り戻す為に頑張ろう!」

巫女叢雲「はい、旦那様!」


こいつら男女がどうの以前に血の気が多過ぎである。

そして転生香霖とレミリアですが、ここに来て転生香霖は霊夢や魔理沙を差し置いてレミリアに前世云々の情報を明かすという行動に出ました。(これは修羅場フラグ)

レミリアを乗せて転生香霖が雲海の上を飛んでいるシーンは、アラ〇ンとジャ〇ミンが魔法の絨毯で飛んでいる所を思い出しながら書いてました。
あんなロマンチックなシーンを文章で表現出来る文章力が欲しい物です。


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第十六話 「転生香霖とクリスマス(前篇)」

クリスマスイベントと新年イベントを終えたら、ようやく妖々夢に入れるかなぁ。

長くなったので分けました。


 忌々しい時期がやって来た。

 前世において僕がもっとも忌み嫌っていた冬の一大イベント、クリスマスの季節がだ。

 僕が前世でクリスマスを嫌っていた理由は……今更思い出したくもない。今生を過ごした時間を考えれば、もう数百年も前の話だ。一応の決着はついたし、今更蒸し返す意味も無い。

 ただ、僕の感情がクリスマスを受け付けないだけだ。

 幸い幻想郷にはクリスマスの文化が根付いていないし、人里に赴いて前世で見たようなクリスマスの飾りを見る事も無いだろうから、今年の十二月二十四日、二十五日はただの冬の一日として、心穏やかに過ごせることだろう。

 

 ……そう思っていた。そう思っていたのだが、はぁ。どうしてこうなってしまったんだ。

 僕が何故嘆いているのか、話は数日前に遡る。

 

 

 

 十二月も半ばを過ぎ、もう直ぐ今年も終わる。

 幻想郷の冬は、前世の世界とは違い静かで穏やかなものだ。と言っても、外の世界なら前世の頃とさほど変わらないだろうが。

 昨晩降った雪で幻想郷は白く染め上げられ、外からは雪や氷を司る妖精たちのはしゃぐ声が聞こえて来る。

 こんな日は、ストーブで暖まりながら本を読むに限る。ちなみに読んでいるのは『セラエノ断章』という魔導書で、『グラーキの黙示録』同様無縁塚で拾って来た物だ。

 

「ふむ、『クトゥグアの招来』に『黄金の蜂蜜酒の製法』か。 ……実に興味深い」

「おーい、香霖ー!」

「む、魔理沙か」

 

 読書を中断し、呼んでいた魔導書を魔法を使ってアイテムボックスの中へ転移させる。

 これはゲーム時代に無かった、僕の能力の一部である魔法スキルと、この世界で培った魔法知識を組み合わせて出来る様になった小技の一つだ。中々に重宝している。

 僕は何事も無かったかのように飲みかけのお茶に口を付けると、ズカズカと遠慮なく店に入って来た魔理沙に声を掛けた。

 

「……こんな雪の中どうしたんだ? 暖房にしろ、雪かきにしろ、大抵の事はミニ八卦炉出来ると思うが。それとも、いつもの暇つぶしか?」

「まぁ、そんなところだぜ」

 

 僕の質問に適当に返した魔理沙は、勝手知ったると言う様子で居間へと上がり込み、湯飲みを持ってくると僕がお茶を淹れるのに使った急須にストーブの上の薬缶からお湯を入れて、自分の分のお茶を淹れた。

 お茶を飲んで一息ついた魔理沙の様子は、まるで自宅にいる様な安心感さえ感じさせた。

 本当は注意した方が良い事なのだが、最近は当たり前の光景になり過ぎて素で注意するのを忘れている時がある。慣れって怖いなぁ。

 

 お茶をちびちび飲んで温まっていた魔理沙は、不意に僕に訊ねて来た。

 

「―――なぁ香霖、サンタクロースって知ってるか?」

「………サンタ……だと……?」

 

 馬鹿な、何故その名前が幻想郷で出て来る!?

 僕が驚愕により言葉を失っていると、そんな様子には気づいていないのか、魔理沙が話し始めた。

 

「……一応知ってはいるが、どこで魔理沙はサンタクロースの事を知ったんだい?」

「この前紅魔館に行ったとき、レミリアと咲夜から聞いたんだよ。外の世界じゃもう直ぐクリスマスって祭りがあって、その日の夜にサンタクロースって言う爺さんが、持っている袋を使って何でも願い事を叶えてくれるんだろ?」

「願いを叶えてくれるんじゃなくて、子供が欲しいと思った物をプレゼントしてくれるんだよ」

 

 微妙に情報がずれていた。レミリアと咲夜が大雑把に説明したのか、魔理沙が早合点したのかは知らないが、一応訂正しておく。

 サンタクロースの袋の中には、子供たちへのプレゼントが詰まっているのだ。願いを叶えるなんて効果は無いはず……?

 いや、見方を変えれば、あれが欲しいこれが欲しいという子供たちの願いを叶えるのが、サンタクロースのプレゼント袋と言える。

 そもそも世界中の子供たちの欲しがる物を予め調べて詰め、一晩の内に配り終える等、土台不可能な話だ。

 しかし、プレゼント袋に願いを叶える機能があるのなら、それも十分可能な話なのでは?

 

 魔理沙の発言から、サンタクロースの新たなる可能性についての考察が広がったが、魔理沙は僕の様子に「ああ、またか」みたいな顔をして、そのまま話を続けた。

 

「そうなのか? けどまぁ、欲しい物をくれるって言うんなら似たようなもんだな。確か靴下を飾ると出て来るんだろ? 出て来たところを取っ捕まえれば、欲しかったあれやこれやが何でも―――!」

「魔理沙。残念ながら、君の所にサンタは来ないよ」

「……え?」

 

 幻想郷ならサンタも現れるかもしれないが、少なくとも魔理沙の元に現れる事は無い。その事をしっかりと説明する。

 

「サンタクロースは、一年間良い子にしていた子供の元に現れ、その子の欲しい物をプレゼントしてくれるという存在だ。魔理沙のこの一年の行動を考えれば、おのずと答えは判るだろう?」

「わ、私は別に悪い事なんてしてないんだぜ!? 異変解決だって頑張ったし……」

「じゃあ聞くが、紅魔館に入った理由は何だ? 死ぬまで借りると言っていた本は、ちゃんと了承を得たのか?」

「……さ、最近は読み終わった奴から少しずつ返してるんだぜ。パラケルススやオイレンたちに怒られるから」

「だが新しく強奪し続けているんだろう? 全部の本をパチュリーに返して謝ってから、来年頑張るんだね。今年はどう足掻いても無理だよ」

 

 僕がバッサリ切り捨てると、魔理沙は肩を落としてとぼとぼ帰って行った。

 少し厳しい言い方だったかもしれないが、サンタクロースには良い子にプレゼントをくれる赤い通常のサンタの他に、悪い子を攫ってしまう黒いサンタも居るらしい。

 幻想郷なら、そちらのサンタが現れてもおかしくないし、魔理沙がその被害に遭う可能性も十分にある。

 今から改善しておけば、十分に危険は回避可能なのだ。ここは厳しく言わせて貰う。

 

 そんな風に考えていると、店の扉が開き新たな人物が入って来た。

 

「こんにちは霖之助さん。この間レミリアたちから聞いた話なんだけど、サンタクロースって知ってる?」

 

 霊夢、君もか。

 

 

 

 魔理沙が去り、続いて現れた霊夢もまた魔理沙の様に肩を落として帰った後、僕は一人お茶を飲みながら、再び魔導書に目を通していた。

 

「クリスマス、か。この幻想郷でもその言葉を聞くようになってしまったか、複雑な物だ……」

「―――貴方の前世のトラウマだものね。今生では関係無いとは言え、あんなことがあったのですもの。仕方の無い事だわ」

「紫―――」

 

 いつの間にか、スキマから上半身だけ身を乗り出した紫が、僕の直ぐ隣に浮かんでいた。

 そう言えば、彼女は僕の記憶を読み取っていたのだったな。ある意味、煙晶竜以上に僕の事を良く知るのが彼女だ。

 僕のクリスマスに関する前世の嫌な記憶について、彼女が知っている事に驚きは無いが。彼女が態々その話題を出してくるとは思わなかった。

 

「意外だね。知っていてもおかしくは無いんだろうが、その話題を紫が面と向かって振って来るとは思わなかったよ。激昂した僕が襲い掛かるとは思わなかったのかい?」

 

 魔導書を閉じ、ゆっくりと立ち上がりながら紫と向き合う。

 戦うつもりも、殺すつもりも今は無いが……彼女の返答次第では、斬る事になるだろう。

 殺気は込めず、しかし闘気は漲らせながら紫を見据える。やろうと思えば、今すぐにでも『封印術』を掛けて能力を封じながら、彼女の首を刎ねることが出来るだろう。

 店内の空気が緊張感で満たされ、一触即発と言った状況になりつつある。

 

 だが……僕の質問に対して紫は、柔らかく微笑むだけだった。僕にはその笑顔に、僕への労りが込められているように感じられた。

 

「思わなかったわよ。クリスマスを忌まわしく感じるのは『×××』の感情であって『森近霖之助』の想いでは無いでしょう? 貴方自身はクリスマスを憎むべき理由を持っていないんだから」

「……まぁ、そうだね……」

 

 紫の言葉を聞き、闘気を収めて椅子に座り直す。

 彼女の言う通りだ。クリスマスを忌々しく思うのは、前世である『×××』の経験によるものであって、僕自身の経験から来る物では無い。

 確かに僕の前世と今は地続きの物であるが、この世界に生まれ、数百年を過ごした僕は既に『×××』ではなく『森近霖之助』だ。

 無念であったのならともかく、一応は決着をつけて、最後はそれなりに満足して死んだのだ。

 前世と今生で、分けるべきものは分けるべきだ。特に前世の感情を理由に、今生で出来た友人を傷つけるなんて、あってはならない事だと思う。

 

「……君の言う通り、クリスマスにトラウマを持っているのは、既に死んだ『×××』だ。今を生きる僕には、クリスマスを憎むような経験は何もない。 ……割り切るべき。いや、弁えるべき事なのだろうね」

「別に無理に忘れろなんて言うつもりは無いのよ。ただ、今日の霊夢や魔理沙がそうだったように、これから幻想郷にもクリスマスという文化が広まって行き、それを楽しみにする人たちが増えて行くわ。きっと冬の楽しいお祭りとして定着する事でしょう。そんな中で、貴方だけが本心を隠して、愛想笑いで誤魔化しながら周囲に気を使って楽しんでいるフリをする。そんな事にはなって欲しくないのよ」

「紫……」

「貴方の為、だけじゃ無いわ。これは貴方と心から楽しみ合ってクリスマスを過ごしたいって言う私の我儘よ。 ……ごめんなさい。こんな理由で貴方の触れて欲しくない部分に踏み込んで」

「いや、良いんだよ。 ……ありがとう、紫」

 

 改めて、僕は出会いの縁に恵まれていると、そう強く感じる。

 彼女の様な友人を得られたことは、この人生における何よりの宝だろう。

 その思いと感謝を込めて、僕は紫を見つめていた……が、

 

「ちょっと待て、紫。その手に持っている物は……何だ?」

「何って、見れば分かるでしょう?」

 

 いつの間にか、紫は両手に荷物を抱えていた。

 右手にはハンガーに掛った服を、左手には服とお揃いの帽子を持っている。

 紫が持つ一式の衣装は……どう見ても、サンタクロースの衣装であった。

 

「何でそんな物を持っている……?」

「何でって、着るのよ。霖之助さんが」

「何故、僕が……?」

「霊夢と魔理沙がサンタが来ないって言われて残念がっていたでしょ? 実際二人の日頃の行いを考えれば、来る訳が無いとしか言い様が無いけど、それじゃあ可哀想じゃない? 外の世界じゃ基本的に親が子供にプレゼントを買ってあげるんだし、二人にプレゼントをあげるサンタさんなら、霖之助さんがピッタリじゃない」

「その理屈は判るし、僕から二人にクリスマスプレゼントを渡す事に異論は無いが。僕がサンタの格好をする必要は無いだろう!?」

「必要ならあるわよ。単にクリスマスプレゼントを貰うのではなく、サンタさんからプレゼントをして貰う事に意味があるのだから」

「いやいや、いやいやいや!!」

「判り易く言うのならそうねぇ。 ……霖之助さん、貴方がサンタになるんだよ!」

 

 パチンッ、と紫が指を鳴らすと、僕の足元にスキマが開かれてそこに椅子ごと落っこちる。

 落ちた先はどこかの一室であり、そこではサンタの衣装や付け髭、プレゼント袋などの小道具が用意され、藍と橙がスタンバイしていた。

 

「お待ちしておりました、森近様。紫様の命により私たちが衣装選びをさせて頂きます」

「いただきます!」

「ちょっ」

「衣装から小道具に至るまで、全て最高級の物を用意させていただきましたので、お任せください」

「おまかせください!」

「待てっ」

「紫様も今年は冬眠も惜しんで、森近様と過ごすクリスマスを楽しみにしていらっしゃいます。私たちもお二人の時間の為に、精一杯務めさせていただきます!」

「がんばります!!」

「待てって言っているだろう!?」

 

 

 

 結局僕はクリスマス当日、霊夢と魔理沙、それからレミリアたち香霖堂のお得意様達にも、サンタの姿でこっそりとプレゼントを渡してから、紫たちの暮らすマヨヒガの屋敷でパーティーをすることになった。

 皆へのプレゼントは、事前に紫がリサーチして用意してくれるらしい。

 その上紫は、事前に叢雲と煙晶竜にも根回ししていたらしく、マヨヒガで衣装合わせをしていた僕の元へやって来た二人からも、サンタをやる様に説得されてしまった。

 なお、サンタはお爺さんなのだから、僕よりも煙晶竜の方が似合うのでは? という反論は、僕も数百年生きているのだから、人間基準では十分お爺さんだ。という返しで却下された。割と胸にグサリと来た。

 

 はぁ、せめてプレゼントを配る皆には、姿を見られない様に気を付けよう。




本編では語っていませんが、白銀竜形態の転生香霖は宇宙空間での活動が可能なので『黄金の蜂蜜酒』が飲み物として以上の価値が薄かったりします。(この辺、食べると一時的に不死身になる『黄金の林檎』を食材としてしか利用していなかったサモナーさんっぽくある)

そして新たなクトゥルフ神話系邪神の名前が出ましたが、遭遇はまた後程。
この作品の邪神たちは、存在してはいるが実態を持っておらず、夢の中などの精神世界で無いと人間に干渉出来ないという設定になっています。
実体を持つには、設定上のスケールが大きすぎて信仰が足りていないって感じですね。


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第十七話 「転生香霖とクリスマス(中篇)」

中篇です。案の定長くなった。

次の後篇で終わるかなぁ?


 クリスマス当日の真夜中午前零時、僕はまず香霖堂から一番近い魔理沙の家へと来ていた。

 格好は紫たちが用意したサンタ衣装一式であり、左手にはプレゼントの入った白い袋を担いでいる。口元に付けている付け髭が少しかゆい。

 

 魔理沙の家には『霧雨魔法店』の看板が掲げられており、見た通り香霖堂同様自宅兼店舗となっているのだが、本人が幻想郷中を飛び回っていて、留守にしている事がしょっちゅうの為、店としてはほとんど機能していない。

 入り口付近の看板に書いてある文句が『なんかします』では、実際に客が来たところで困惑するだけだろう。

 以前来た時は店の建物自体も店内もほったらかしの散らかし放題と言った具合だったが、久々に見た感じかなり綺麗にされているようだ。以前魔理沙が言っていたが、掃除しているのは精霊たちであろう。

 ミニ八卦炉に組み込んだ精霊召喚の機能が役立っているらしく何よりである。

 

 雲に覆われた、月も星も見えない真夜中であるが、魔理沙の家の周囲は意外なほど明るい。ミニ八卦炉の機能で呼び出された精霊たちが、家の周囲を巡回して警備しているからだ。

 見た感じ数が多いのが光の精霊『ウィル・オ・ウィスプ』と氷の精霊『ジャック・オ・フロスト』、闇の精霊『シェイド』などであり、元気に周囲を飛び回っている。

 そしてよく見れば、周囲には森の木々に擬態した木の上級精霊『バオバブエント』やその枝に止まる雷の上級精霊『ワキヤン』、風の上級精霊『ジンニーヤ』などの姿も見られる。警備体制はかなり厳重であるようだ。

 出来れば僕の存在は知られたくないのだが、流石に真面目に警備している精霊達を嘲笑う様に侵入するのは気が引ける。

 ここは隠さず姿を現して、正直に理由を説明して通してもらう事としよう。なに、彼らを召喚しているミニ八卦炉を作ったのは僕だし、魔理沙を守っている彼らなら、僕の事を無下には扱わないだろう。

 

 そう考えて、身を隠していた茂みから出ようとしたところで、にわかに精霊たちが騒ぎ出す。

 何事かと目を向けると、何者かが魔理沙の家に近づき、精霊たちに阻まれたようだった。

 一体こんな夜中に、魔理沙の家なんかに何の用があるのか? と、自分の事を棚上げしてその何者かの姿を確認する。

 

(ショートジャンプ!)

 

「ケェアッ!」

「ガッ!?」

 

 姿を確認した瞬間、短距離転移で近付くのと同時に飛び蹴りをそいつの顔面へと放つ。

 その者は全身に黒い衣装を纏った口髭の豊かな老人で、手には何かゴツゴツした物が入って良そうな大きな袋を持っていた。

 どう見てもブラックサンタである。

 

 顔面を蹴りつけられてブラックサンタが派手に吹き飛んだところを、能力でグレイプニルを呼び出しながら捕まえる。

 最初に顔面を蹴飛ばした時に気絶していたらしく、なんの抵抗も無くスムーズに梱包することが出来た。

 その様子に唖然とした雰囲気となっている精霊たちに、手を振りながら「騒がせて悪いね」と声を掛け、念話の魔法である『テレパス』を使って紫へと連絡を取る。

 

『紫、聞こえるかい?』

『あら? 霖之助さんの声が……ああ、テレパスを使ったのね。どうしたの? 何か問題でも起きたのかしら?』

 

 話が早くて助かる。

 いつの間にかは知らないが、僕の記憶を覗いたらしい紫は、僕の能力や技能を誰よりも良く理解している。

 ゲーム外の事を含めれば、煙晶竜以上に僕について詳しいのが紫だ。

 碌に説明しなくても話が進むこのテンポの良さを、僕は頼もしく感じていた。

 

『ああ、問題と言うか……魔理沙の家に入ったら出たんだよ』

『出たって何が?』

『僕以外のサンタ、しかも全身真っ黒な奴がね』

『まぁ』

 

 僕が説明すると、紫も驚いた声を上げた。紫もまさか、幻想郷に黒いサンタが出現するとは思っていなかったのだろう。

 

『……黒いサンタというと、悪い子を攫いに来るって言うクネヒト・ループレヒトだったかしら? まさか幻想郷にも現れるなんて思ってなかったわねぇ』

『気絶させた上で捕まえてあるんだが、回収を頼んでも良いか? 出来れば午前零時の間に全て配り終えてしまいたいし、こいつに時間を掛けたくないんだが』

『ええ、そのサンタさんの処理はこちらでしておくわ。こっちでは煙晶竜が首を長~くして待っているから、早く帰ってきてあげてね』

『待っているのはパーティーの為に用意したご馳走の方だろう? ま、なるべく早く戻るよ』

『ええ、待っているわ』

 

 念話を終了させるのと同時に縛り上げて転がしておいたブラックサンタの下にスキマが開かれ、そのままサンタが落ちていく。

 一段落着いたな。このままさっさとプレゼントを置いて、次にプレゼントを配る相手である霊夢の元へと向かおう。

 

 魔理沙の家を守る精霊たちに、魔理沙にプレゼントを持って来た事と、魔理沙には僕がプレゼントを持ってきた相手であることは内緒にして欲しい旨を伝えると、精霊たちの中からシェイドが一体僕の方に飛び乗って来て、そのまま僕を中に通してくれた。

 夜の間、魔理沙の家には精霊たちの張った結界に守られており、精霊たちの許可が無いと中に入れないみたいだ。

 僕の方に乗ったシェイドは、僕を結界の中に入れるのと同時に、中でおかしなマネをしない様に監視する為に同行してくれたようである。

 まぁ、いくら親しい間柄であり邪な思いが無いのだとしても、年若い女の子の寝ている所に、大の男を一人で向かわせるのは不味いからな。当然の判断だ。

 

 家の中に入り、魔理沙の部屋まで音を立てない様に、浮遊魔法の『レビテーション』で床から浮いた状態で移動する。

 魔理沙の寝室までたどり着くと、音を立てない様にシェイドが静かに扉を開いてくれた。

 

「すー…すー…むにゃ……」

 

 寝室の中は温かく、ベッドで眠る魔理沙の枕元では稼働状態のミニ八卦炉が淡く発光していた。

 ミニ八卦炉は暖房としても問題無く稼働しているようだな。これなら魔理沙が風邪をひく心配も無いだろう。

 魔理沙の枕元にはミニ八卦炉の他に、ミニ八卦炉の光に照らされた靴下の存在が見て取れた。

 プレゼントをくれる方のサンタは来ないだろうと伝えたのだが、何ともまぁ諦めの悪い事だ。

 しかも、その事を伝えた僕本人がサンタとなってプレゼントを持って来たのだから、世の中何が起こるか判らない物である。

 

 後日、魔理沙や霊夢から嘘つき呼ばわりされるかもしれないなぁ。と、苦笑しながら、僕はその靴下の中に紫が用意してくれたプレゼントを入れた。

 さて、次は霊夢の番だ。と、踵を返して立ち去ろうとすると、服の一部が引っ張られる感覚がして動きを止める。

 見ると、ベッドから伸びた魔理沙の手が、僕の来ているサンタ衣装の裾を握っていた。

 

「う~ん…香霖……」

「……やれやれ、勘が良いと言うべきなのかねぇ?」

 

 寝言で僕を呼ぶ魔理沙の手を握り返し、ゆっくりと指を外させてから腕を布団の中へと戻し、眠っている魔理沙の頭を軽く撫でる。

 その感触が心地良かったのか、眠れる魔理沙は笑顔を浮かべた。

 

「おやすみ魔理沙。良い夢をね」

 

 ついて来たシェイドに後はよろしくね。と伝えて、僕はその場から転移魔法の『テレポート』を使って移動した。

 転移する直前に目にした魔理沙の寝顔は、とても幸せそうに見えた。

 

 

 

 さて、魔理沙の家に続いてやって来たのは、霊夢の住む博麗神社である。

 一応確認はしたが、ブラックサンタが居たりはしない様だ。

 博麗神社は、雑多な妖怪にとっては近づき難い場所だ。とは言え、敷地内に入ること自体は魔理沙の家ほど面倒では無いだろう。精霊たちに守られた魔理沙の家と違い、博麗神社には警備員などいないからね。

 それはそれで心配になるから、今度霊夢に警備用の精霊を召喚するアイテムでも渡すべきだろうか?

 

 そう考えながら少し歩くと、霊夢の寝室から近い縁側に辿り着く。

 さて、ここからだ。このままプレゼントを置いて、霊夢の次であり最後に回る予定の紅魔館への配達を終えればミッションコンプリートとなる。

 だが、プレゼントを置こうとしたところで、霊夢がいつもの様な勘の良さを発揮して目を覚ます可能性は十分に考えられる。

 ここは慎重に行動しなければ……。

 

 万全を期すために、アイテムボックスから『隠蔽』スキルに大きな補正の掛かる『金毛羊革のコート』と魔力遮断効果を持つ『黒のローブ』を呼び出してサンタ衣装の上から着込む。

 サンタの赤い衣装が隠れてしまうと、見た目は完全に不審者以外の何者でも無くなってしまうが、背に腹話変えられん。

 透明化魔法の『インビジブル・ブラインド』と透視魔法の『クレヤボヤンス』とショートジャンプを組み合わせて、透明状態で室内に転移し、そのままプレゼントを置いて脱出する。

 これならバレる心配もなく、最速で事を終えることが出来るだろう。そう考え、実行しようとした次の瞬間―――

 

「―――誰かいるの?」

「!?」

 

(ショートジャンプ!)

 

 突然中から寝間着姿の霊夢が出て来た。

 びっくりした。咄嗟にショートジャンプで転移して近くの木の上に隠れたが、バレてしまっただろうか?

 インビジブル・ブラインドは使っていたから、姿は見られていないはずなのだが……。

 

「……居るのは判っているのよ? 大人しく出てこないつもりなら、退治される覚悟はあるのよね?」

 

 不味い、完全にバレている。霊夢の霊力が高まっているのを見るに、このまま僕の隠れている場所へ『夢想封印』でも打ち込むつもりなのだろう。

 万事休すだ。ここは素直に出て行くしかあるまい。

 しかし、不審者度を増大させているコートとローブは脱ぐとしても、このまま出て行けば僕であることがバレてしまう。

 それだけは何とか避けたいが、これ以上僕に招待を隠したりする方法は……いや、ある!

 

(メタモルフォーゼ!)

 

 変身魔法、『メタモルフォーゼ』がまだ僕には残されていた。

 この呪文を使って老人の姿となれば、何とか誤魔化すことが出来るだろう。変身のモデルとして選んだのはゲーム時代の召喚術師としての師匠であったNPC『オレニュー』師匠の姿だった。

 

「―――いやー、すまんすまん。起こしてしまうつもりは無かったんじゃが、すまんかったのう。お嬢さん」

 

 コートとローブを戻し、インビジブル・ブラインドを解除しながら霊夢の前に両手を上げて姿を見せる。

 全身赤い服に白い大きなプレゼント袋を持つ老人と言う特徴的な姿を見て、霊夢は目の前に居る僕が何者なのかに思い至ったようだ。

 目を大きく見開き、震える手で僕を指さしながら訊ねて来た。

 

「あ、あんた……もしかしてその格好……レミリアの言ってた、サンタとか言うお爺さん!?」

「ほっほっほ。うむ、如何にも。サンタクロースじゃよ」

 

 そう僕が精一杯サンタっぽい口調を心掛けて返すと、霊夢は両手を振り上げながら「やったぁーーーっ!!」と叫び、飛び上がって喜びを全身で表現していた。

 

「やったやった! 私にもサンタさんが来てくれたわ! 何よ霖之助さんったら、私のとこには来ないなんて言って。こうしてちゃんと来てくれたじゃない」

「うむ。その霖之助と言う者の言った事は別に間違ってはおらんよ?」

「えっ、そうなの!?」

 

 僕がそう言うと、霊夢ははしゃぐのを止めて、絶望的な顔で訊ねて来る。

 喜んでいる所に水を差して悪いが、ここで釘を刺しておかなきゃ来年どうなるか判らないからな。

 最悪、霊夢の所にもブラックサンタが現れるかもしれない。今の内に対策の一つでもしておかねば。

 

「ふむ。本来は一年間良い子にしていた子供にプレゼントを配るのが儂の仕事であり、お嬢さんはその対象外なのじゃが……ま、今回は特別じゃ。この幻想郷で儂の事を知っているのはお嬢さんくらいじゃし、儂がこの幻想郷でプレゼントを配るのは今日が初めてじゃからの」

 

 そう言って、僕は霊夢へと袋から取り出したプレゼントの入った箱を手渡す。

 それを受け取った霊夢は、ぱぁっと顔を輝かせた。

 

「わぁ~! ありがとう、サンタさん! 大事にするわ!」

「うむ。ただし、無条件に渡すのは今回限りじゃ。来年はちゃんと、プレゼントを貰えるように、良い子にしておるんじゃよ?」

「はーい!」

 

 心底嬉しそうに喜ぶ霊夢に僕は笑顔を浮かべると、能力を使いゲーム時代に遭遇したトナカイ型のモンスター『ブラックレインディア』をソリごと召喚した。

 このモンスターは、ゲーム時代に遭遇した『ダークサンタ』と言うモンスターが引き連れていたモンスターで、名前の通り真っ黒な外見をしたトナカイだ。

 こいつらは飛行能力も持っている為、サンタのフリをするならこれ以上適したモンスターは他に居ない。真っ黒なせいでちょっと禍々しいけど。

 

 僕はトナカイの引くソリに飛び乗ると、手を振って霊夢に別れを告げながら、次の目的地である紅魔館を目指して飛び去った。

 

「それではお嬢さん、来年まで良い子にしているんだよぉ!」

「はーい! また来年よろしくねー!!」

 

 

 

 トナカイたちの手綱を握り、博麗神社から十分に離れた所で一息つく。

 はぁ、正直シンドイ。

 

「サンタって大変なんだなぁ……」

 

 改めて、僕はそう実感するのだった。ただしブラックサンタ、お前はダメだ。




複数の上級精霊と多数の下級精霊に守護された魔理沙の家の警備は万全です。
これも全部、魔改造ミニ八卦炉とか言うチートアイテムの仕業なんだw

因みに今回出て来たブラックサンタですが、魔理沙を攫いに来たわけではありません。
黒いサンタには悪い子を攫うパターンの他に、石や石炭などの貰っても嬉しくない物をくれるパターンがあり、今回登場したのは後者の方でした。

……というか、炭鉱が存在していなさそうな幻想郷なら、石炭は普通に嬉しいのでは?


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第十八話 「転生香霖とクリスマス(後篇)」

めっちゃ長くなった。けど何とか後篇に収めたぞ!


 ブラックレインディアの引くソリに乗って紅魔館を目指して飛んでいるが……正直もうかなり疲れて来た。

 もういいんじゃないかなぁ、正体を隠す努力とかしなくても。

 

 霊夢に見つかり、何とかサンタのフリで乗り切った訳だが、なんだかどっと疲れてしまった。

 そもそも二人に正体を隠してプレゼントを届けたのは、事前に僕が霊夢と魔理沙に、君達の所にサンタは来ないと言ってしまった手前、顔を合わせ辛かったと言うのが原因だ。

 レミリアと咲夜にはそんなこと言っていないし、もう普通に会いに行ってお得意様へのサプライズプレゼントという事で渡してしまっても良いんでは無いだろうか?

 少なくともブラックサンタが出現したのなら、普通のサンタが出現する条件も整っているだろう。

 来年以降は本物に任せて、僕はさっさと今日配る分のプレゼントを渡して来てしまおう。

 

「そうだ、それが良い。そうしよう」

 

 そう考えると、一気に心が軽くなって来た。

 マヨヒガで皆を待たせている訳だし、さっさと終わらせてしまおう。

 

 

 

 なんて、そんな都合の良い事を考えていた時期が僕にもあったよ。

 現実は非情だ。そうそう思い通りに入ってくれない。

 

「む、こんな夜分に何者ですか! ここを紅魔館と知っての……え、え? ええ!? も、もしかしてサンタクロース? 本物のサンタさんですか!?」

 

 紅魔館の正門前でソリを着陸させ、こんな真夜中でも門番をしている美鈴を労いつつ、挨拶しようとした途端にこの反応だ。

 ここで僕はようやく自分の失敗に気付いた。僕は未だにメタモルフォーゼによって老人の姿となっており、この状態では僕が森近霖之助であるなんて、事情を把握しているか心でも読めない限り判りっこないという事に。

 

 ま、不味い。やってしまった。美鈴は完全に僕がサンタクロースであると信じている。

 今からメタモルフォーゼを解除して、実は僕だった何て言えない状態だ。

 それに……。

 

「わぁ~……!」

 

 そんな幼気な少女の様なキラキラした瞳で僕を見ないでくれ! 物凄く居た堪れないんだ!!

 ど、どうするべきだ? ブラックサンタが現れた以上、本物のサンタクロースが幻想郷に現れるのも時間の問題。

 そうなれば、僕が偽物だって言う事は直ぐ知られるし、結局は彼女の顔を曇らせてしまう事になるだろう。霊夢? あっちは知らん! 口に菓子でも突っ込んどけば機嫌を直すさ。

 そもそも霊夢も魔理沙も、子供の夢がどうのって柄じゃ無いだろう。サンタの話も中途半端にしか知らなかったわけだし。

 

 問題は美鈴の方だ。今ここで正直に正体を明かしておいた方が、一番傷が少なく済むが……。

 

「あ、あの! 紅魔館に御用ですか、サンタさん! 私、サンタさんに会うのは初めてで、えっと、えぇっと……!」

 

 興奮して上手く言葉が出てこない美鈴がしどろもどろになっている。

 目の前のこの少女の夢を壊すような真似、僕には出来ない。

 なら―――

 

「ほっほっほ! まぁまぁ、落ち着きなさいお嬢さん。メリークリスマス! プレゼントを持って来たよ」

 

 このまま誤魔化し通すしかない!

 僕は精一杯サンタクロースらしい口調を意識しながら、美鈴へ朗らかに笑いかけた。

 

「わ、私にですか!? 本当に!! あ、で、でも……私がプレゼントを貰っても良いんですか? 私は妖怪なんですよ……?」

「なに、儂がこの幻想郷でプレゼントを配るのは今日が初めてじゃからの。初回サービスと言う奴じゃよ」

 

 不安そうな顔をする美鈴に笑ってそう返す。

 ああ、やってやるよ! このままサンタを演じきって、皆を笑顔にして見せるさ!!

 

 若干可笑しなテンションになっている自覚はあるが、構わず僕は袋からプレゼントを取り出して美鈴に手渡した。

 

「わぁ……! あ、ありがとうございます! 一生大事にします!!」

「ほっほっほ。喜んで貰えて何よりじゃ」

 

 勢いが大事、勢いが大事。

 このまま流れに乗って行くんだ。

 

「……それでお嬢さん。この館に住む他のお嬢さんたちにもプレゼントを持って来たんじゃが、良ければ配るのを手伝ってくれんかな?」

「え、はい! それはもちろん構いませんが……良いんですか? サンタさんならこっそりプレゼントを置いて行くものじゃ……」

「なに、サンタとしてプレゼントを置きに来たのだとは言え、見ず知らずの者が館に侵入したなど門番であるお嬢さんの立つ瀬がないじゃろ? 普段はこんな事をしないんじゃが、今回は特別じゃよ」

「わ、私に気を使ってくれて……! ありがとうございます! そう言う事なら、是非ともお手伝いさせていただきます! ……あ、でも、私がここを離れる訳には……」

「ほっほっほ。なに、少しの間ならこ奴らにも門番の真似事は出来るじゃろう。それに、この後向かわねばならない場所もあるからの。それほど時間は掛けないつもりじゃよ」

 

 そう言って僕は、乗って来たブラックレインディアたちに目を向けた。

 余りレベルの高いモンスターでは無いが、雑多な妖怪程度なら十分轢き潰すことは出来るだろう。

 

「それなら……判りました。この紅美鈴、全力でサンタさんのお手伝いをさせて頂きます!」

「ほっほっほ。頼もしいのう」

 

 何かもう心が痛くて仕方が無いが、やる気満々の美鈴に案内して貰って、レミリアと咲夜の部屋にプレゼントを届けて回った。

 

「どうしてお嬢様と咲夜さんだけなんですか?」

「ほっほっほ。今回は特別と言ったじゃろ? あのお嬢さんたちが儂の事を話してくれたから、幻想郷に来ることが出来たんじゃよ。つまり、今回のプレゼントはクリスマスプレゼントと言うよりも、儂個人からのお礼という意味合いが強いんじゃ。お嬢さんに渡した分は、こうして案内して貰っているお礼じゃよ」

 

 まぁ、案内して貰えずとも渡していたがの。

 そう伝えると、美鈴は得心が行ったという顔をして、なるほど。と、返して来た。

 我ながら、次々嘘が出て来て申し訳なさ過ぎる。 

 というか、レミリアは吸血鬼なのに夜に眠るんだな。意外だった。

 

 あどけない表情で眠り、枕元には大きな靴下を飾っていたレミリアの事を思い出しながら、プレゼントも配り終えたしもう帰ろう。と、考えていると、廊下の向こうから足音がした。

 はて、こんな時間に誰だろう? 動かない大図書館だろうか? それともその使い魔であるという小悪魔? 足音からして紅魔館で雇っているという妖精メイドやゴブリンたちでは無いと思うが?

 疑問に思っている間にも、足音の主はどんどん近づいて来る。

 やがて姿を現したのは、僕の予想のどれとも違う人物だった。

 

「あれ、美鈴だ。それに……そのお爺さん、誰?」

 

 現れたのは、レミリアと似たデザインの帽子を被り、紅い衣装に身を包んだ、金髪の小さな女の子だった。

 とても可愛らしい少女ではあったが、何より特徴的なのが背中から生える一対の翼だ。

 枯れ木の枝に七色の宝石の様な物が連なってぶら下がっているように見える。この特徴的な翼の持ち主を、僕は霊夢や魔理沙から聞いて知っていた。

 

「い、妹様!?」

 

 妹様。そう呼ばれた彼女の名は『フランドール・スカーレット』。この紅魔館の主であるレミリアの妹であったはずだ。

 非常に危険性の高い能力の持ち主で、長い間館の地下に閉じこもっていたとも、幽閉されていたとも聞いていたが、実際の所どうなのかは詳しくは知らない。

 ただ、紅霧異変の少し後から、閉じ籠っていた地下室を出て館内を出歩くようになったとは魔理沙から聞いている。こうして出会うのもそうおかしなことでは無い。

 なので僕としては、見つかってしまったこと自体は驚きはあれど、まぁ仕方ないと半ば諦めの気持ちになっていた。

 しかし、僕を案内してくれていた美鈴の様子は、どうも見ず知らずの存在である僕が見つかって不味い。というだけのものでは無いように見えた。

 

「……ねぇ美鈴、誰なの? そのお爺さん。お客様? それとも美鈴のお友達?」

「あ、いえ、この人はその……」

 

 フランドールの質問に美鈴は言い淀み、僕へと視線を向けて来る。

 言って良いのかどうか判らなかったのだろう。というか、割と分かり易い恰好をしているのだが、彼女はサンタクロースを知らないのだろうか?

 

 何て事を考えていると、フランドールからどんどん不穏な気配が漂って来る。

 いや、不穏ではあるのだが……なんだ? 妙に覚えがあると言うか、自然と笑顔になる様な心地良さがあるぞ?

 これは一体……。

 

「……ふーん、答えないって事はお客でも友達でも無いんだ? なら、私が玩具にしても良いよね」

「な!? 待って下さい、妹様!!」

 

 美鈴の言葉を無視して、フランドールは子供が新しい玩具を前にした様な、無邪気な笑顔を浮かべて僕を見る。

 ああ、判ったぞ。この当たり前すぎてつい存在を思い出せなくなるような、内に秘めた熱量が暴れ出す間際のこの感覚……紛れも無く、狂気だ。

 フランドールは僕と同じく、心に狂気を持っているタイプの少女であった。

 道理で心地良く感じるはずだ。実家の様な安心感を感じるレベルである。

 

 僕はフランドールに対し、親近感さえ感じ始めていたが、フランドールは子供が蟻を踏み潰すような無邪気さで、僕に向けて右手の平を突き出して来た。

 その瞬間、僕は久方ぶりに明確な死の気配を感じた。余りにも懐かしい感覚に、思わず笑い声が漏れそうになる。

 ククッ、確か彼女の能力は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』だったか。そりゃあそんな能力を向けられれば、死の気配の一つも感じるだろう。最高だ!

 

 だが、感じている死の気配だけは最高だったが、あいにく彼女は僕の敵では無いし、そもそも戦ってもあまり面白そうな相手だとは思えない。

 いや、それ以前に今の僕はサンタクロースだ。子供相手に戦う事を考えてどうする。

 取り合えず、彼女を止めよう。話はそれからだ。

 

(((((八部封印!)))))

(十二神将封印!)

(ミラーリング!)

 

「キュッとして―――あれ?」

「こらこらお嬢さん。あまり物騒な事をするもんじゃ無いよ?」

 

 フランドールは前に出した右手で何かを握り潰すような動作をしたが、どうやら不発に終わった様で首を傾げていた。

 僕が無詠唱で発動した、相手の全能力を封印する『八部封印』と相手に掛けた呪文の効果を解除し辛くし、効果時間の延長する『十二神将封印』、組み合わせた呪文の効果を強化する『ミラーリング』のコンボにより、彼女の能力を封印する事に成功したようだ。

 フランドールは驚きの表情で自分の掌を見つめながら、握ったり開いたりして呆然としている。

 

「……『目』が、見えない? 感じられもしない。どうして……?」

「ほっほっほ。それはお嬢さんの能力を少しの間封印させて貰ったからじゃよ」

 

 フランドールの能力は、『目』と彼女が呼んでいる何かしらを握り潰す事で発動するらしい。

 彼女だけが認識している『目』は、凡そ全ての物体に宿っている様で、彼女はそれを自由に手元に呼び寄せる事も可能であり、恐らく視界の全てが能力の射程範囲となっているのだろう。

 しかし、僕が能力を封印したため、『目』を認識すること自体が出来なくなっているようだった。

 

「封印? 霊夢の術みたいなもの? こんなことも出来るんだ……」

「ほっほっほ。なぁに、儂の封印術は特別なものじゃからの」

 

 フランドールは、自分の能力が使えなくなっている事に驚きはすれど、危機感は持っていないようだった。

 彼女は五百年生きているレミリアと、数年ほどしか年が違わないと聞いたが、どうにも精神がまるで成熟していないように見える。これなら彼女の外見と同年代の人間の子供の方が、よほどしっかりとした危機管理能力を持っているだろう。

 まぁ、その辺りは部外者である僕が関与する事では無い。今は何とかこの状況を切り抜けて、一刻も早くマヨヒガに帰還しなければ。

 

「封印術? サンタさんが……? まさか妹様の能力を封印してしまうだなんて……」

 

 隣で美鈴が、今のやり取りを聞いて驚愕の表情でこちらを見ている。

 放っておくと面倒だ。何とか誤魔化そう。

 

「ほっほっほ。伊達に世界中を飛び回っては居ないからのう。方々を回る内に、便利そうな術を学んでおいただけじゃよ」

 

 この国の言葉で言えば、亀の甲より年の劫と言う奴じゃ。そう伝えると、美鈴は「なるほど、流石はサンタさんです」と、納得していた。

 僕が言うのもなんだが、ちょっとチョロ過ぎるのではないだろうか?

 

「……貴方、サンタって言うの?」

「うむ。サンタクロースと呼ばれている、ただの爺さんじゃよ。この館には、プレゼントを届けに来たんじゃ」

「プレゼントを? どうして?」

「お嬢さんは儂の事を知らないようじゃが、儂と言う存在は中々に有名でな? 十二月二十五日の真夜中に、一年間良い子にしていた子供の元にプレゼントを配る。と、そう伝えられているのじゃよ。サンタクロースはそう言う存在である、と言う訳じゃ」

 

 サンタクロースの説明には少々不適切だが、妖怪に例えれば理解し易いだろう。

 吸血鬼は人の血を吸う。そう伝えられ、実際にそう言う存在であるというだけだ。

 

「そうなんだ。けど、この館に一年間良い子にしていた子供なんて居たかしら?」

「いやな、今回はサンタクロースの役目では無く、儂個人のお礼の為にこの館に住むレミリアと咲夜にプレゼントを配りに来たんじゃよ。あのお嬢さんたちが儂の事を噂してくれたおかげで、儂もこの幻想郷に姿を現すことが出来る様になったからのう」

 

 美鈴にしたものと同じ説明をフランドールに聞かせる。

 実際、レミリアと咲夜が霊夢と魔理沙にサンタの話をしたから、僕がこんな事をする羽目になったのだ。この部分だけは嘘では無い。

 

「ふーん、そうなんだ。 ……なら、私の分のプレゼントは無いんだね」

「妹様、それは……」

 

 残念そうに表情を曇らせるフランドールを前に、美鈴は掛ける言葉を無くしていた。自分はプレゼントを貰っている為、声を掛ける資格が無いと思ったのだろう。

 何とも言えない雰囲気が、場を満たしていた。

 

 ふむ、出来ればさっさと帰りたいところだが、この状況を見過ごすのはサンタクロースの行動では無いな。サンタとして振舞うと決めた以上、何とかしたい。

 だが、既に持っていたプレゼントは配り終えてしまった。そもそも僕が配ったプレゼントは、全て紫が用意してくれたものだ。その中に、想定外の相手であるフランドールの分は無い。

 

 万事休すか? ……いや、まだ方法はある。

 無ければ作れば良いのだ。僕にはそれを実行するだけの力がある。

 

「ふむ。お嬢さん、少し待っておれ」

「「?」」

 

 首を傾げるフランドールと美鈴を前に、僕はアポーツを使ってアイテムボックスの中からルビーとエメラルドを手元に呼び出した。

 

(シェイプチェンジ!)

(テレキネシス!)

 

 更に物体を柔らかくする呪文『シェイプチェンジ』と念動力の呪文『テレキネシス』を使って、ルビーとエメラルドを液体の様に柔らかくしてから、念動力で形を整えていく。

 その様子を、フランドールと美鈴はキラキラとした目で見つめていた。

 

「―――うむ、完成じゃ。即席で申し訳ないが、お嬢さんにはこれをプレゼントしよう」

「わぁ……!」

 

 僕が作ったのは、花の部分がルビー、葉と茎の部分がエメラルドで出来た一輪の薔薇だった。

 それを受け取ったフランドールは、頬を紅潮させ、目を輝かせて喜んでいた。

 

「すごい! すごいすごい! こんなに素敵なプレゼントを貰ったの、初めて!!」

「ほっほっほ。喜んで貰えて何よりじゃ」

「うん! ありがとう、サンタのお爺さん!」

 

 ふぅ。何とかなって良かった。

 隣で美鈴もフランドールの様子を見て胸を撫で下ろしているし、この辺で退散させて貰おう。

 

「さて、では儂はもう行くよ。美鈴、案内して貰って助かったよ。ありがとう」

「いえいえそんな。 ……私こそ、ありがとうございました。こんなに喜んでいる妹様の姿を見るのは初めての事です」

 

 そう言って美鈴は、喜びはしゃいでいるフランドールを愛おし気に見つめていた。

 館の住人たちとフランドールはあまり仲が良くないと聞いていたが、どうやら美鈴にとっては大切な存在であるようだ。

 

「えぇー! お爺さん、もう行ってしまうの?」

「うむ。申し訳ないが、儂はこの後も向かうべき場所が有るからの」

 

 僕が居なくなると聞いて、寂し気な様子のフランドールに、屈んで目線を合わせながら、頭を撫でつつ言い聞かせる。

 

「儂が来るのを待っている子たちが居るのじゃよ。サンタとして、行かねばならぬ」

「そんな……」

 

 それ以上、フランドールは何も言わなかった。無邪気ではあるが、賢い子だ。これ以上引き留めるのは、僕の迷惑になると判っているのだろう。

 僕は最後に彼女の頭を一撫でしてから、今度こそ館の出口へと歩み出そうとした。

 

「待って! ……お爺さん、最後にちょっとだけお耳を貸してくれる?」

「うん? なんじゃね」

 

 呼び止められてしまった。どうやら内緒話があるようだ。なんだろう?

 美鈴は気を利かせてこちらに背を向けて、両手で耳を塞いでいる。

 最後にと言っている以上、フランドールも長く引き留めるつもりは無いだろうと判断して、僕はしゃがんでフランドールへ耳を貸した。

 フランドールは自分の両手で僕の耳を包むようにして、小さな声で僕に言って来た。

 

「お爺さん。ううん、お兄さん。どうしてお爺さんのフリなんてしているの?」

 

 ……驚いた。まさか僕の変身が見破られていたとは。一体どうやって?

 

「うむ。 ……どうして判ったのか聞いても良いかな?」

「今は見えないけど、能力を封印されるまでは見えてたんだよ? お爺さんの姿の下に隠された、お兄さんの姿が」

 

 フランドールは、得意気にそう言って来た。

 やれやれ、どうやら彼女の瞳には、『目』以外にも色々な物が見えているようだ。

 

「ふぅむ、参ったの。出来れば内緒にしておいて欲しいんじゃが」

「どうして?」

「儂が本物のサンタでは無かったとバレてしまうと、残念がる子が居るからじゃよ」

 

 そう言って、僕は美鈴へと視線を向ける。

 その視線を辿って、フランドールは僕の言わんとする事を理解したようだった。

 

「そっか。 ……じゃあ、黙っている代わりに、お願いを聞いて欲しいんだ」

「どんなじゃな?」

「また、会いに来て欲しいの」

 

 フランドールは、僕の目を真っ直ぐ見つめながらそう言って来た。

 

「ふむ、承知した。また後日、今度は本来の姿でお嬢さんに会いに来るとしよう」

「本当!? あ、でも……お姉さまにはなんて言ったら……」

「なぁに、それなら心配いらんよ」

 

 そう言って僕は、アポーツを使ってアイテムボックスからオリハルコンを呼び出し、そのまま先ほどと同じようにシェイプチェンジとテレキネシスで加工していく。

 出来上がったのは、オリハルコンの元来の色である黄金色に光る、僕のドラゴンの姿。白銀竜の像だった。

 

「レミリアにはこう言えば良いよ。本物のドラゴンを見てみたい。とな」

 

 僕の言葉に驚いているフランドールにドラゴンの像を手渡し、今度こそ立ち上がって別れを告げた。

 

「ではお嬢さん、これにて失礼するよ。また会える日を楽しみにしておるぞ」

 

 そう言うと、フランドールは嬉しそうに笑顔で返してくれた。

 

「うん! 私も楽しみにしてる! またね!」

 

 彼女の笑顔は、プレゼントした宝石の薔薇よりも、オリハルコンの像よりも、綺麗な物であるように僕には感じられた。

 

 

 

 ブラックレインディアの引くソリに乗って紅魔館を離れ、適当な森の中に着陸してからブラックレインディアたちを帰還させる。

 そのままマヨヒガへとテレポートし、今度こそ忘れずにメタモルフォーゼを解除してから、僕はマヨヒガの屋敷の中へと入った。

 

「―――お帰りなさい。お疲れ様でした、霖之助さん」

 

 出迎えてくれたのは、紫だった。

 柔らかく微笑む彼女の顔を見ると、ようやく終わったのだと実感出来て、どっと疲れが押し寄せて来た。

 

「ただいま、紫。本当に疲れたよ、まったく」

「うふふ。波乱万丈だったみたいだものね? 今夜は沢山愚痴りたいでしょうし、酒の肴に聞かせて下さいな?」

 

 楽し気な紫に案内されて、皆の待つ宴会部屋へと通された。

 宴会部屋には藍や橙、叢雲や煙晶竜の他に、僕が取っ捕まえたブラックサンタまでいて驚いたが、紫の説明によればどうやらそう悪い奴じゃないそうだ。

 魔理沙の家に来ていたのは、魔理沙を攫う為では無く、石ころと石炭をプレゼントする為だった?

 ……石炭なら寧ろ僕が欲しいな。いくらか販売して貰えないだろうか?

 

 そんなやり取りもしながら、僕は幻想郷で初めて過ごすクリスマスパーティーを楽しんだ。

 ブラックサンタの彼だが、交渉の結果クリスマス以外でも石炭を卸す為に、定期的に幻想郷に来てくれる事となった。

 クリスマスにサンタをやらされたと思ったら、新たな商品の仕入れ先を手に入れるとは……世の中、本当に何が起こるのか判らない物である。

 

 僕は購入した石炭を眺めながら、来年こそは平穏なクリスマスを過ごそうと決意していた。

 

 

 

 ―――そして後日、霊夢と会った時の事だが。

 

「あ、霖之助さん。プレゼント、ありがとね。来年も期待してるわよ。幻想郷のサンタさん?」

「……え? 何でバレたんだい?」

「目を見れば、霖之助さんが化けている事くらい判るわよ。魔理沙でも判るんじゃないかしら?」

 

 あれだけ誤魔化す努力をしていた僕の行動は一体……次からはサングラスでも掛けるべきだろうか?




という訳で、転生香霖のクリスマス、終了です。
今回のクリスマスイベントは、ぶっちゃけフランと転生香霖を絡ませるきっかけ作りの為に描いたのですが、ここまでボリュームが膨れ上がるとは正直思ってませんでした。

次回以降は、新年イベントを挟んでからようやく妖々夢に入れそうです。


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第十九話 「転生香霖とお正月(前篇)」

お気に入り登録が三百件に到達しそう。い、一体何が起こっているんだ? (震え声)

それはそうと前篇です。


 大晦日の夜。僕と叢雲、そして煙晶竜は紫たちの住むマヨヒガの屋敷で過ごしていた。

 

 紫は毎年冬になると冬眠しているらしいのだが、今年は冬眠することなく起き続け、年が明けて新年の挨拶をしてから眠りにつくのだそうだ。

 その理由を本人は茶化すように、僕となるべく長く一緒に居たいからだ。と、言っていたが、それがお世辞でも何でもなく、本心からの言葉で言う事を、今までの付き合いから僕は察することが出来た。

 何ともこそばゆい気分だが、多少の誤魔化しはあれど本心を語ってくれた友人の希望を叶えることに否は無い。

 例年は、一人静かに年越しを過ごしてきた僕だが、今年は随分賑やかな年越しとなりそうだ。

 こう言うのも、悪くない。

 

 

 

「「『「「「明けまして、おめでとう(ございます)! 今年もよろしく(おねがいします)!」」』」」」

 

 六人分の声がハモる。幻想郷に、新たな年がやって来たのだ。

 年が明ける瞬間の確認は、マヨヒガの屋敷にあったテレビに映る、年末特番を見ながら行った。

 紫や藍、そして橙はテレビを見慣れているらしく、特に驚きも無く見ていたが、テレビを初めて見た叢雲と煙晶竜は驚き、興味深そうに画面を食い入るように見ていたのが笑いを誘った。

 年末特番を見ながら、六人で藍の作ってくれた年越しそばを食べたのだが、それがまた美味かった。

 特に出汁が良い。幻想郷では入手が困難な、鰹節や昆布などの海産物を使った出汁は、美味い以上に懐かしい気分を感じさせた。

 

「―――さて、それじゃあ名残惜しいけど、私はそろそろ眠るわ。おやすみなさい、霖之助さん」

「ああ、おやすみ紫。春になったらまた会おう」

「ええ、楽しみにしているわ」

 

 そんな短いやり取りの後に、紫は一人スキマを開いて姿を消した。

 残った者の内、藍は紫の代わりとして結界の調整など、様々な仕事があるため直ぐに部屋を後にし、叢雲と煙晶竜は博麗神社で行われる初詣を手伝いに向かった。なお、橙はまだ藍の仕事を手伝うのは難しい為、叢雲の手伝いとして神社へとついて行った。

 部屋に残ったのは、僕一人だ。

 

「さてと、僕も店に戻るとしようか。 ―――おや?」

 

 座っていた座布団から立ち上がろうとした瞬間、足元に開かれたスキマに座布団ごと落ちて、気付けばどこかの部屋へと移動していた。

 

「どうしたんだい、紫? さっきの今で」

「うふふ、ごめんなさい。眠る前にちょっと霖之助さんにお願いがあって……」

 

 座布団に座ったままの僕の直ぐ隣には布団が敷かれ、そこでは紫が横になっていた。

 これから眠る為いつも被っている帽子を付けておらず、パジャマに着替えている彼女の姿は、とても新鮮に感じられた。

 しかしお願いか。一体何だろうか?

 

「ふむ。どんなお願いなんだい? 僕に出来る事なら言ってごらん」

「……その、ね。眠るまでの間、手を握っていて欲しいのよ」

 

 そう言って少し恥ずかしそうに右手を伸ばしてくる紫の姿に、思わず少し笑ってしまった。

 馬鹿にした訳では無い。確かに子供みたいなお願いだとは思ったが、それ以上に頼られているという感じがして嬉しかったのだ。

 

「もう、酷いわ。こっちは勇気を出して言ったのに、笑うだなんて」

「ごめんごめん。悪気は無かったんだよ。ただ、君に頼られているなぁって思うと、何だか嬉しくてね」

 

 僕がそう言うと、少しだけむっとした顔になっていた紫は機嫌を直してくれた。

 伸ばされた紫の手をそっと握る。思っていた以上に小さく、そして華奢な腕だ。

 この手でずっと幻想郷を守って来たのだろう。博麗の巫女は代替わりするが、彼女は僕たちの住むこの土地を始まりからずっと、変わらず一人で守って来たのだ。

 藍を始め手助けをしてくれる者は居るが、主導しているのは常に彼女だったはずだ。

 そう考えると、僕はこの小さな手の主に、無性に感謝を捧げたくなった。

 

「……いつもありがとう、紫」

「急にどうしたの?」

「いや、何だかどうしても、君に感謝を伝えたくなってね」

「そう? でも、ありがとう。嬉しいわ。 ……私もいつも感謝してるし、頼りにしているわよ。霖之助さん」

「そうか。光栄だね」

 

 お互いに感謝し合い、僕たちは他愛も無い話をしながら時を過ごした。

 やがて紫が眠りにつき、僕は眠る紫の頭を一撫でしてから静かに立ち去った。

 

 おやすみ、紫。次は春に、桜でも見ながら話をしよう。

 

 

 

 香霖堂に戻り、少しだけ仮眠を取った僕は、用意していた食材をアイテムボックスから取り出して、料理を始めた。作っているのは、おせち料理だ。

 作っている量は、とにかく沢山。霊夢や魔理沙、叢雲と煙晶竜、橙の分に加え、レミリアたち紅魔館の住人たちも全員初詣に来ると聞いたので、彼女たちの分も含めて、かなり多めに作っている。

 中でも霊夢と煙晶竜はかなり食べるだろうし、僕だってそれなりに食べる方だ。藍に差し入れする分もあるし、余ったら初詣に来ている他の客にでも振る舞えば良いのだから、とにかくじゃんじゃん作って行こう。

 そう考えて作り続けていたのだが、

 

「ふむ。流石にこれは作り過ぎたなぁ……」

 

 出来た端からアイテムボックスに詰めていったため、どれくらい作ったのかを視覚で確認出来なかったと言うのもあるが、気付けば馬鹿みたいに料理を作り続けていた。

 確認して見ると、出来た料理の量はちょっとした貨物コンテナが満杯になるほどの量であった。

 というか、そもそもどうしてこんなに作れるほどの食材を僕は用意したのか。

 

「……まぁ、作ってしまった物はしょうがない。きっと何とかなるさ」

 

 最悪、食べ切らなくてもアイテムボックスにさえ入れておけば、痛むという事は無いのだ。余ったら、少しずつ消化して行けば良いさ。

 そう結論付けた僕は、支度を整えて博麗神社へと向かった。

 

 

 

 長い階段を登りきると、そこには普段は見られない、人々で溢れているという博麗神社の珍しい光景が広がっていた。

 境内には様々な出店が立ち並び、その中を霊夢が忙しくも楽しそうに動き回っている。

 博麗神社の数少ないかき入れ時だからだろう。こういう時の霊夢は、本当に生き生きとしている。

 その働きっぷりの一割でも、普段から発揮出来れば、神社ももっと繁盛すると思うんだけどなぁ。

 

 駆け回る霊夢を見ながらそう思っていると、僕の姿を見つけた霊夢が、やたら嬉しそうな顔で駆け寄って来た。

 

「あけましておめでとう、霖之助さん! 素敵なお賽銭箱を今年もよろしくね!」

「こら! 新年の挨拶ぐらいちゃんとしなさい」

「あ痛っ」

 

 新年のあいさつの定例文を、微妙に自分に都合が良い物に改造して言って来た霊夢の額を軽く小突く。

 まったく、こんな時ばかり調子が良い所が、神社に人が寄り付かない原因なのではなかろうか?

 ……いや、それも氷山の一角な気がするな。

 

「痛ったぁ……もう、新年から酷いじゃない!」

「酷いのは君の挨拶の方だ」

 

 涙目で額をさすり、文句を言って来る霊夢をバッサリ切り捨てる。

 もう少し真面目に出来ないのだろうか? ……無理そうだな。

 

「はぁ……それで霊夢、他の皆はもう集まっているのかい?」

 

 僕が聞くと、霊夢は額をさすっていた手を放し、そのまま親指を立てて、神社の方を指さした。

 

「ああ、魔理沙たちなら、もう神社の裏で飲み始めてるわよ。まったく……あいつら、私の分の料理とお酒を残してなかったらただじゃ置かないんだから」

 

 どうやら、先に飲み食いを始めている魔理沙たちが、霊夢が来る前に全て飲み尽くし、食いつくさないか心配なようである。

 逆の立場だったら、自分は構わず食いつくすのだろうに……。

 

「心配しなくても、僕も追加の料理や酒を持って来たから、君の分がなくなる事は無いよ」

「あら、そうなの? それにしては霖之助さん、手ぶらみたいだけど」

「魔法で仕舞ってあるだけだから、手ぶらでも問題無いよ。一段落したら、君も合流しなさい。君が居なくなる間の事は、叢雲にでも頼めば良いさ」

「判ったわ。それじゃあ後でね、霖之助さん」

 

 霊夢と別れ、僕は神社への裏手へと向かって歩き出した。

 途中で裏へ回る前に、お賽銭を入れて行ったが幾分少なかっただろうか?

 記憶を取り戻してからというもの、どうにもお賽銭の様な外の世界と共通のものを前にすると、双方を比べて基準が曖昧になる時がある。

 博麗神社の賽銭箱に入っていたお賽銭は、音からして外の世界の人気の無い神社と比べれば十分入っているように感じられる。

 しかし、博麗神社は幻想郷唯一の神社である事と、このお賽銭が霊夢の生活費になる事も考えると、些か心もとなく感じる量であった。

 

 僕からお年玉も渡すし十分か? いや、お賽銭は生活費に使うとして、お年玉の方は自由に使って貰いたい。やはりもう少し多めに入れておこう。

 

 思い直した僕は、人に見られない様にこっそりと手元にアイテムボックスから掌大の金塊を取り出し、それをシェイプチェンジで粘土ほどに柔らかくしてから千切って、いくつか賽銭箱に入れておいた。

 これなら当面の生活費として十分だろう。

 そう判断した僕は、今度こそ神社の裏手へと向かった。

 

 

 

 神社の裏手に出るとそこには沢山の敷物が敷かれ、見知った顔の者達が飲めや歌えの大騒ぎをしていた。

 新年から騒がしい連中だ。まぁ、騒がしくない時を探す方が困難な連中ではあるが。

 

「よぉ香霖! 遅かったな、もう始まってるぜ!」

 

 最初に僕の姿に気付いて声を掛けて来たのは魔理沙だった。既にそこそこ飲んでいるらしく、頬を赤らめてほろ酔い気分を楽しんでいるようだ。

 

「あけましておめでとう、魔理沙。新年なんだから、先ずは挨拶をしなさい」

「あけましておめでとう! 今年もよろしくなんだぜ!」

「ああ、よろしくね」

 

 新年の挨拶をしただけで、どうだとばかりに胸を張る魔理沙に苦笑しつつ、僕は他のメンバーへの挨拶回りに向かった。

 

「あけましておめでとう、レミリア、咲夜、美鈴。今年もどうぞご贔屓に。ね」

「あけましておめでとう、霖之助。ふふ、今年もよろしく頼むわよ。色々ね?」

「あけましておめでとうございます、店主さん。今年もお世話になりますわ」

「あけましておめでとうございます、霖之助さん。私はあまりお店の方には顔を出せないでしょうが、今年もよろしくお願いします」

 

 先ずは顔見知りである紅魔館の少女たちに挨拶をした。

 意味深な顔で笑うレミリアに、いつも通りの落ち着いた態度な咲夜、少し申し訳なさそうな美鈴。三者三様の挨拶が返って来る。

 彼女らは、日頃からお世話になる香霖堂のお得意様達だ。今年も良い取引を続けて行きたいものである。

 他にも挨拶する相手は残っているが、先に給仕をしている咲夜に持って来た料理と酒を渡しておこう。

 

(アポーツ!)

 

 アイテムボックスの中から、重箱に入ったおせちと酒類を呼び出した。とりあえず十人前ほど。

 信じられないような話だが、十人前出しても僕が朝作った量の一割にも満たない。正直あの時の僕は馬鹿だったと反省している。

 それはそうと、敷物の端に重箱と酒瓶を置く。十人前ともなると、流石に邪魔くさいからね。

 

「咲夜、酒と料理は足りているかい? 僕が持って来た分もあるから、足しにしてくれ」

「店主さんの料理ですか……勉強させていただきます」

 

 いや、教材にせずに楽しんで貰えたらそれで良いんだが……?

 まぁ僕の料理をそれだけ評価してくれているという事だから、嬉しくもあるのだが。

 とりあえず咲夜、重箱を職人の目で見つめるのは止めないか?

 

「……何、今の魔法。見た事の無い系統だわ……」

「あ……あなたは……」

 

 聞き覚えの無い声と、聞き覚えのある声が聞こえて来た。

 一人は、以前から知っていたが今日初めて会う少女。もう一人は、以前にもあった事があるが今日初めてあった事になっている少女だった。

 

「―――君達と会うのは初めてだったね。初めまして、僕は森近霖之助。レミリアが利用している古道具屋『香霖堂』の店主だよ。あけましておめでとう、今年からよろしくね」

 

 僕が挨拶すると、二人も少しぎこちないながら挨拶を返してくれた。

 

「……初めまして、『パチュリー・ノーレッジ』よ。あけましておめでとう、古道具屋さん」

「えっと、初めまして! 『フランドール・スカーレット』です。あけましておめでとう……お兄さん?」

 

 動かない大図書館ことパチュリーと、レミリアの妹フランドール。以前から話してみたいと思っていた少女たちだ。

 特に、フランドールとはクリスマス以来、ようやく本来の姿で会いに行くという言葉を実現できた形だ。

 彼女たちともゆっくり話せると良いのだが……まぁ、それは今日じゃなくても構わない。

 折角の宴会なんだ。今日はただ飲んで騒いで、楽しめたら良いさ。




お判りいただけただろうか? (転生香霖の霊夢甘やかし問題)

そしてついに、ぱっちぇさんを登場させることが出来ました。
最近「東方CB」の方で、やたらぱっちぇさんを引いたので、早く出たいのかなぁって(内訳は、星五1枚 星四2枚)。

次回はぱっちぇさんを通して、周りから見た転生香霖作の特級危険物「魔改造ミニ八卦炉」の評価でも書けたらなぁ。と、考えています。


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第二十話 「転生香霖とお正月(中篇)」

昨夜、突如パソコンのキーボードが反応しなくなるというアクシデントがあったため、投稿が遅れてしまいました。

そろそろ買い替えた方が良いのかなぁ。


 既に新年の挨拶を終えている叢雲と煙晶竜、それから叢雲に餌付けされている状態の橙に軽く声を掛けてから魔理沙の隣に腰を下ろしたのだが、座った途端に少女たちから囲まれてしまった。

 

「なぁ香霖! この酒甘くて美味いな! 前と違う奴だろ? こんな美味い酒の事を黙っているなんて酷いぜ!!」

「ねぇ貴方、さっきの魔法はどうやったの? 明らかに私の知っているどの魔法系統とも違うものだったわ。どこで学んだの? その魔法に関する魔導書はあるの? ねぇ!」

「えっとえっと、お兄さん! お姉さまから聞いたけど、お兄さんってドラゴンなんだよね? お姉さまは乗せて貰って空を飛んだって言ってたし、私も乗せて欲しいなって! ……そうすれば、二人きりでお話出来るし」

「アハハ、何と言うか霖之助さん。すみません」

 

 僕の右手側に座った魔理沙は、僕の持って来た『八塩折之酒』を気に入ったらしく、ぐびぐび飲みながら僕の首に腕を回して絡んで来る。

 対して僕の左手側パチュリーは、僕が使った呪文が気になるようでグイグイと質問して来るのだが、魔理沙が僕に絡んでいる内は話が出来ないと思ったのか、僕の左手を抱きしめる様に抱えながら、魔理沙から引き剥がそうと引っ張っている。

 また、僕の正面に座るフランドールは、一生懸命僕に話しかけて来るのだが、僕の隣の二人が騒がしくて話が聞こえ辛いと感じたのか、どんどん僕との距離を詰め、今では胡坐をかいている僕の足に手を乗せ、下から上目遣いに見つめて来た。

 また、フランドールが大きな日除けのパラソルが張られた紅魔館の住人たちの敷物から出て行ってしまったため、彼女に日傘を差す為に美鈴もフランドールの後ろについていた。 

 

 絡みつく魔理沙とパチュリーの胸が当たっているわ、フランドールが話しかける度に首元に吐息が掛かってくすぐったいわで大変だったのだが、

 

「あら、霖之助。モテモテじゃない。こんなに可愛い女の子たちから求められるなんて、罪作りな男ね?」

「あぁ、店主さんのおせちが……」

 

 更にレミリアが面白がって背中から抱き着き、この状況を茶化して来た事で更に事態の収拾がつかなくなって来た感じだ。

 フランドール同様、レミリアに日傘を差す為に咲夜が付き添っていたのだが、レミリアに日傘を差しながら名残惜しそうに僕の作ったおせちの重箱を見ていた。よそ見をしている為、日傘がきちんと日光を遮断出来ていない。

 大丈夫かレミリア? 日傘の影からはみ出た羽の一部が、ちょっと焦げ出しているようだが。

 

「この状況を嬉々として悪化させておいて言うセリフかね? ……とりあえず君達、全員離れてくれ。女性としての慎みというものは無いのかい?」

 

 僕は彼女たちが恥じらいというものを思い出してくれることを祈って言ったのだが、誰一人として取りあってはくれなかった。

 それどころか、魔理沙とパチュリーは更に強く抱き着き、フランドールは姉の真似をして僕の体に抱き着いてくる始末である。

 更に悪化しているじゃないか!

 

「嫌だぜ! 第一、なんで私が香霖から離れなきゃいけないんだ! 離れるなら、今日初めて香霖と会ったパチュリーとフランが、慎みを持って離れるべきだぜ!」

「私は魔導の探究者として、新たな神秘の知識を持つ彼から聞かなければならない事が沢山あるの。離れるなら、元から彼と知り合いの魔理沙と、魔法の研究をしている訳じゃないフランが離れなさい!」

「わ、私だって、お兄さんとお話したい事いっぱいあるもん! 魔理沙とパチュリーこそ、お兄さんから離れて! ……私が先に約束してたんだもん」

「あら、フランったら大胆ね。霖之助、いつの間に妹をここまで誑し込んだの?」

「誑し込んでない!」

 

 余りにも酷い風評被害だ。断固として否定する!

 というかレミリア、君は特に僕に抱き着く理由は無いんだから離れてくれ。さっきから咲夜の持っている日傘と美鈴がフランドールの為に持っている日傘がぶつかり合っているじゃないか。

 それと、本当に大丈夫か君の羽!? 焦げ出すを通り越して火が付き始めたぞ!

 

 もうどうすればいいのかと困り果てていると、意外と早く救いの手が差し伸べられた。

 

「あら霖之助さん。妖怪たちに群がられて困っているみたいね。美味しいおせちと引き換えに退治してあげましょうか?」

「お年玉も付けるから直ぐに頼む。後レミリア、君は一度離れて自分の身体の確認をした方が良い。羽の端に火が付いているぞ」

「え? ……きゃぁあああ!?」

「お年玉! やった! 言質取ったからね!!」

 

 元々上げるつもりだったものでやる気を引き出せたのなら何よりだ。

 それと、自分の羽が燃えていることにようやく気付いたレミリアが離れてくれたのも助かった。そのまま元のパラソルの下で大人しくしていてくれ。

 

 お年玉という言葉に目を輝かせた霊夢は、腕をまくりながら自身の周りに複数の『陰陽玉』を出現させる。

 あれは博麗神社の秘宝であり、普段から霊夢が妖怪退治や異変解決でも使用している物だが、その本来の機能は……って、ちょっと待て! 僕まで巻き込んで攻撃するつもりか!?

 

「ちょ、霊夢!? それは流石にシャレにならないぜ!?」

「妹様! 一旦離れますよ!」

「きゃっ、美鈴!?」

「むきゅ?」

 

 霊夢の霊力の高まりにいち早く気付いた魔理沙は、真っ先に僕から離れ逃走を試みる。

 それに続いて美鈴がフランドールを抱えて素早く後退し、レミリアたちの居るパラソルの下へと飛び込んだ。

 結果、その場には僕と、僕の腕に抱き着いたまま逃げ遅れたパチュリーだけが残された。

 

 ふむ、詰んだか? いやいや、まだ何とかなるだろう。多分。というか、むきゅって何だろうか? 鳴き声?

 僕が一瞬、現実逃避気味に考えるのと同時に、霊夢の十八番と言うべきスペルカードが放たれた。

 

「『霊符・夢想封印』!」

 

(ピットフォール!)

(レビテーション!)

 

「「「「「ぎゃわぁぁああああ!?」」」」」

 

 五人分の断末魔めいた叫びが聞こえる。

 が、僕は無傷だ。何とか回避する事が出来た。

 

「あ、えっと、ありがとう。助かったわ」

「どういたしまして」

 

 咄嗟に抱き抱えたパチュリーが、僕の腕の中からお礼を言って来る。

 先程までは自分から僕の腕に抱き着いていたくせに、今は僕に抱き抱えられて年頃の少女の様に頬を赤らめているパチュリーを見ていると、どうしてその恥じらいをもっと早くに持ってくれなかったのか、と言いたくなったが、何だか気疲れしてしまったのでやめた。

 僕とパチュリーは今、僕が落とし穴を造る呪文『ピットフォール』で作った穴の中に落ちている。

 落ちたといっても、ピットフォールと同時に、浮遊呪文の『レビテーション』を使っていた為、体を打ち付けるなんて言う事は無かったが。

 

(フライ!)

 

 周りが静かになったところで、飛行魔法の『フライ』を使って穴を出る。

 落とし穴を出た先に広がっていたのは、霊夢に蹴散らされた少女たちの屍(死んでない)と、素知らぬ顔で僕が咲夜に渡した重箱を開け、中のおせちを食べ始めている霊夢の姿だった。

 

「あ、霖之助さんモグモグ。見ての通りモグモグ、きちんと退治しておいたわよモグモグ」

「―――僕ごと退治しようとしたことは置いておいて、食べるか話すかどちらかにしなさい。行儀が悪い」

「モグモグモグモグ」

「よろしい」

「良いんだ……」

 

 食べる事に集中する事にした霊夢を見て僕が頷いていると、抱えたままのパチュリーが不思議そうに呟いた。

 良いんだよ、霊夢の場合はこれで。あれをしろ、これをしろだなんて言った所で、素直に言う事を聞いてくれる事なんてそうそうないんだから。

 

「それよりパチュリー、倒れているみんなをきちんと寝かせてあげよう。どうせ直ぐに復活して来るだろうけどね」

「……ええ、それもそうね」

 

 おせちを美味しそうに頬張る霊夢を横目に、僕とパチュリーは協力して倒れているみんなを横に寝かせた。

 全員を寝かせ終わった後で、一応回復呪文を掛けておいたが、その様子をじっと観察するように見ているパチュリーが印象的だった。

 まぁ、彼女とは前から話をしてみたかったわけだし、この分なら後日話し合いの場を設けることが出来るだろう。

 

 その時はその時で、またひと悶着ありそうな予感もしたが、僕はなるべく考えないようにした。

 

 

 

 しばらくすると、霊夢にぶっ飛ばされて気絶していた面々が徐々に目を覚まして行った。

 その間に僕はレミリアにもした、僕が別世界の前世の記憶を持ち、その世界でプレイしていたゲーム内の技能を能力として獲得している事について軽く説明した。

 説明を聞いたパチュリーは、その出来事の内容を自分なりに考察しているのか、ぶつぶつと呟きながら考え込んでいた。

 まぁ、絡まれるよりは大分マシである。

 

 パチュリーが離れた事で自由になった僕は、持って来たおせちを摘まみながら、同じく持って来た酒を呑んでいた。ちなみに、飲んでいる酒は人里で購入した普通の酒である。

 僕の持って来た八塩折之酒は確かに美味しいのだが、僕に取ってはちょっと甘過ぎるのだ。

 

「イッテテ、酷いぜ霊夢。私は妖怪じゃ無いんだから、一緒に退治する事無いだろう?」

「魔理沙が霖之助さんを困らせるから悪いのよ」

 

 まず復帰して来たのは魔理沙だった。霊夢に文句を言ったが、言われた方の霊夢はどこ吹く風だ。

 しかし、その態度を特に気にした様子も無く、魔理沙は霊夢の隣に腰を下ろし、そのままおせちや酒を飲み食いし始めた。普段から、弾幕ごっこで対戦している二人にとって、スペルカードを放つのも、スペルカードを食らうのも、日常茶飯事なのかもしれない。

 

「うう、何で私まで……」

「お嬢様ともかく、私は完全にとばっちりでしたわ」

 

 次に復帰したのは、レミリアと咲夜だった。

 レミリアは自業自得だから良いが、咲夜は本人が言う様に完全にとばっちりだった。後で御詫びの品を渡すなり、次に店に来たときサービスするなりで対応するとしよう。

 

「痛ったーい。酷いよ霊夢」

「あはは、相変わらず容赦ないですね。霊夢さん」

 

 最後に復帰したのは、フランドールと美鈴の二人だった。

 フランドールの場合は少し可哀そうだったが、霊夢がその辺を気にする訳も無い。

 美鈴は……疲れた笑顔に、普段から理不尽な目に遭うのは慣れていると言わんばかりの哀愁が漂っている。彼女にも後で詫びの品を送ろう。

 

 これで全員目を覚ました訳だが、霊夢が見ている為、先ほどの様に僕に絡んで来る者は居ない。ようやくゆっくり宴会を楽しむことが出来る様になったか。と、思ったのだが、

 

「ちょっとパチェ! どうしてあなただけ無事なのよ!?」

「古道具屋さんに助けて貰ったからよ、レミィ」

 

 自分たちは霊夢にやられて服が汚れているのに、一人だけ無事なパチュリーの姿に気付いたレミリアが騒いだ。

 更にその話を聞き付けた魔理沙が、僕に文句を言って来た。

 

「なんだよ香霖、私を差し置いてパチュリーだけを助けたのかよ!?」

「君は自分一人でいち早く逃げ出していたじゃないか? 僕が身を守るののついでに、一番近くで逃げ遅れていた彼女を助けただけだよ」

 

 魔理沙の文句をバッサリと切り捨てる。僕を置いて一人で逃げた事、忘れていないからな。

 すると今度は、咲夜が霊夢に気になったことを質問して来た。

 

「そう言えば霊夢、どうして店主さんまで巻き込むような攻撃をしたの? 店主さんは半竜だから頑丈かもしれないけど、霊夢の攻撃が直撃したら危ないんじゃない?」

「危なく何て無いわよ。どうせ霖之助さんならどうにかして防ぐなり、避けるなりするって判っていたもの。それに、私の攻撃なんて霖之助さん相手じゃ石壁に泥団子を投げつける様な物よ。大してダメージがあるとは思えないわ」

「えっ、私すっごく痛かったんだけど……」

 

 大丈夫だと思ったからで攻撃して欲しくないんだが、実際避けたけど。

 実際に当たっても大した事にはならなかったと霊夢が語る一方、直撃のダメージで気絶していたレミリアは、その評価を聞いてびっくりしていた。

 呆然としているレミリアに変わってか、今度は美鈴が霊夢に質問して来た。

 

「霊夢さん。霖之助さんってそんなに強いんですか? 半竜なのは知っていますが、正直あまり強そうには見えないんですが……」

「そう? 私が知っている中で、一番強い人が霖之助さんなんだけど。正直私よりもずっと強いわよ?」

「「ええ!?」」

 

 レミリアと美鈴の驚きの声が重なる。

 声こそ上げなかったが、咲夜やパチュリーも目を丸くして驚いていた。後、何故魔理沙は自分の事の様に自慢げな顔で胸を張っているのだろうか?

 そしてフランドールは、霊夢が自分より僕の方が強いと言った事で、キラキラした目で僕を見つめて来た。

 

「霊夢より強いの!? お兄さんすごい!!」

「いや、勝手に霊夢がそう言っているだけだよ? 戦ったことがある訳でも無いしね」

 

 実際の所、対戦したら僕と霊夢のどちらが勝つのだろうか?

 負けるつもりは無いが、だからと言って勝てるとも言えないのが正直なところだ。

 まぁ、男の僕は弾幕ごっこなんてやらないし、霊夢と対戦する事なんて無いだろうけどね。

 

 フランドールは素直に霊夢の言葉を信じて、すごいすごいと言っているが、レミリアの方は今一信じ切れていない様だ。

 

「……正直信じ難いわね。私に勝った霊夢の力は知っているし、霊夢が嘘なんて言わない事も知っているけど。 ……この冴えない店主が強いの?」

「悪かったね、冴えない店主で」

 

 疑惑の目を向けて来るレミリアにそう返して、僕は再び酒を呑む。

 そんな目を向けられても、僕が弾幕ごっこをやらない以上、証明のしようが無いし、わざわざ証明したいとも思わない。

 だが、魔理沙は僕が疑われているのが気に喰わないらしく、声を大にして主張した。

 

「おいレミリア! 香霖は本当にすごい奴なんだぜ!」

「いや、半竜だしすごいのは知っているけど、私はあくまで弾幕ごっこの強さとかが気になるだけで……」

「香霖は私のミニ八卦炉を作ってくれたんだ! 弾幕ごっこだって、やろうと思えば滅茶苦茶強いに違いないぜ!」

「「「「「え゛っ」」」」」

 

 ざっ―――

 

 魔理沙がスカートからミニ八卦炉を取り出して掲げながら言った瞬間、紅魔館住人たち全員が妙な声を出して魔理沙や僕から距離を取った。

 その反応はちょっと傷付くが、魔理沙は彼女たちの度肝を抜けたことで機嫌を直していた。

 信じられない様な物を見る目を彼女たちが僕に向けてくる中、恐る恐ると言った様子でレミリアが魔理沙に質問した。

 

「ね、ねぇ魔理沙? ミニ八卦炉って霖之助が作ったの?」

「そうだぜ。作ってくれただけじゃなく、前に錆びちゃった時に直して貰ったら、ひひいろかねを使って更に便利に作り変えてくれたんだ!」

「作り変えてくれたって……それじゃあマスタースパークの攻撃力が明らかに前の数倍になっていたのも?」

「香霖のおかげだぜ!」

「私のナイフの弾幕が、ミニ八卦炉から出た良く分からない反射シールドで全部跳ね返されたのも?」

「香霖のおかげだぜ!」(笑顔)

「私の属性魔法のスペルカードが、実体化して無限湧きした精霊たちに、徹底的にメタられて食い破られたのも?」

「香霖のおかげだぜ!」(超笑顔)

「私のレーヴァテインが直撃しても傷一つ付かなかったどころか、逆にレーヴァテインが砕けそうになるくらいミニ八卦炉が頑丈だったのも?」

「香霖のおかげだぜ!」(有頂天なまでの笑顔)

「それじゃあ私が魔理沙さんに為す術も無く負けたのも?」

「いや、それは香霖とは関係無しに美鈴が弱かっただけだぜ?」(無慈悲なまでに冷静な顔)

「(´・ω・`)ショボーン」

 

 レミリア、咲夜、パチュリー、フランドール、美鈴の順に質問して行き、魔理沙はそれに機嫌良く答えていく。

 ……最後、美鈴の所だけ冷静になったのは少しだけ可哀そうだったが。

 

 しかし、確かに魔理沙のミニ八卦炉は自信作だったが、それほど騒ぐようなものだろうか?

 幻想郷にだって、もっと驚く様なマジックアイテムは沢山あると思うのだが。

 

「いや、私の知る限り、魔理沙のミニ八卦炉ほど頭のおかしい道具なんて、他に無いわよ?」

「そうかい?」

「前に紫が霖之助さんについて私や魔理沙に聞いて来た事があったけど、あれって魔理沙が新しくなったミニ八卦炉を使っている所を見たのが原因だと思うわ。勘だけど」

「なるほど」

 

 そう言えば紫と初めて会った時も、ミニ八卦炉の事について話したいって言ってたっけなぁ。

 去年の秋ごろに出会ったばかりなのに、もう随分と昔からの付き合いのように感じる、冬眠中の友人の姿を思い浮かべながら、僕は再び酒を煽った。




前後篇で終わらせたかったけど、長くなったので中篇です。

転生香霖は魔改造ミニ八卦炉を自信作ではあっても、それほど大した代物だと思っていません。
根本的に、転生香霖の中での最高の道具の基準が、日本神話最強の神剣である『叢雲』や捕らえれば神だろうが何だろうが問答無用で無力化する『グレイプニル』ですので、転生香霖は魔改造ミニ八卦炉をそれらより数段劣る程度の道具であると認識しています。(その数段劣る程度が十二分にヤバいと何故気付かない)

まぁ一番の原因は、魔改造ミニ八卦炉出来る大抵の事が、転生香霖自身の技能で出来てしまう事だからなんですけどね。(だから、それがヤバいと何度も)


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第二十一話 「転生香霖とお正月(後篇)」

お正月篇、完!

今年も残り二か月ちょっとなんだなぁって考えると、感慨深いものがある。


 ミニ八卦炉を作ったのが僕だと知った紅魔館の住人たちから次々に質問が飛び交い、最終的にパチュリーから来た「どうやって作ったのか?」という質問に魔理沙も含め、霊夢を除いた全員が興味を持ったので、アイテムボックスから当時材料に使った素材を取り出して解説をする事となった。

 

 まぁ、魔理沙だって自分が使っている道具の事を知りたいだろうし、否は無い。

 商品のプレゼンの様な物だと思えば良いか。どれもこれも、幻想郷では手に入れるのが面倒な非売品ばかりだけど。召魔の森さえ取り戻せればなぁ、いくらでも手に入るんだがなぁ。

 

「―――さて、皆の聞きたいミニ八卦炉は、魔理沙に依頼されて修復、改良して以降の物だろうからそれを基準に話すが。まず、ミニ八卦炉に使った材料の一つは『緋々色金』だ。これは魔理沙も知っているね?」

「ああ、それを使って直してくれって依頼したのは私だからな」

 

 『緋々色金』、ミニ八卦炉のコーティングと骨組みとなる合金の素材として使用した、朽ちる事の無い稀少金属だ。

 とは言え、こちらは既に在庫が無いので、概要を説明するぐらいしか出来ないのだが。

 

「緋々色金なら知っているわ。以前から知っていた物だし、現物だって少しだって持ってる。コーティングに使われているのを見て目を引いた事は記憶に新しいもの。それより、私が知りたいのはその他の素材よ。明らかに未知の素材がふんだんに使われていたわ。盗んだ魔導書の代わりに寄越すように、魔理沙に交渉するくらいは興味があるわ」

「あれは交渉じゃ無くて脅しだろ? それに、盗んだんじゃ無くて借りてるだけだぜ! それに、最近は少しずつ返してるだろ?」

「うっさい。私は貸し出しを許可した覚えは無いわよ」

 

 悪びれずそう宣う魔理沙をパチュリーは睨み付ける。

 まったくこの娘は、新年早々からこの調子じゃあ、先が思いやられるな。

 

「……魔理沙、君へのお年玉は半分カットだ」

「何ぃ!?」

「あ、霖之助さん。ならその半分は私に頂戴?」

「ああ、賽銭箱に放り込んでおくよ」

「やった!」

「ちょっ!? 霊夢! 香霖も! 酷くないか!?」

「フンッ、良い気味だわ」

 

 酷いのは魔理沙の普段の行いの方だ。

 はぁ、パチュリーには御詫びに、この後紹介する素材のいくつかを提供する事としよう。

 

「さて、それじゃあ話を戻して、素材の紹介の続きをするとしよう」

「さて、じゃない! 香霖、私のお年玉は―――」

「霊夢、取り押さえてくれ」

「了かーい」

「ちょっ、ムグゥッ!?」

 

 霊夢の放った無数のお札に張り付かれ、魔理沙は身動きの取れないままミノムシの様に敷物の上に転がった。

 その姿を見て、昔小さな頃の魔理沙があんな風に僕の布団にくるまって遊んでいた姿を思い出した。

 と、いかんいかん。昔を思い出してほっこりしている場合じゃない。

 魔理沙に反省を促す為にも、ここは厳しい態度を取らねば。

 

「魔理沙、君はそのまま少し反省していなさい」

「ムグゥー!」

「フフッ、まるで芋虫みたいな姿ね。良い気味よ」

「すまないねパチュリー。お詫びと言っては何だが、この後紹介する素材のいくつかを君に渡すよ」

「あら、本当? なら、遠慮なくいただくわ。本泥棒も、偶には役に立つものね」

 

 そう言って機嫌良さげにパチュリーは微笑んでいる。

 貴重な素材を無償で提供する事となったが……まぁ、それほど手痛い出費と言う訳では無い。

 これで彼女が機嫌を直してくれるなら、安い物だ。

 

「では、次の素材を紹介しよう。今度はこれだ」

 

 僕が次に取り出したのは、『オリハルコン』のインゴットだった。

 手の平大の金属塊は、日の光を受けて黄金の輝きを放っている。

 

「……見た事の無い金属だわ。これは?」

「これはオリハルコン。ミニ八卦炉の骨組みや外装に使っている金属だよ」

「オリハルコンですって!? 神話の金属じゃない!!」

 

 パチュリーは目を見開いて、僕の手にあるインゴットを凝視している。

 『オリハルコン』、これはパチュリーの言う通り、ギリシャ神話に登場する伝説の金属だ。

 とは言え、これはあくまで前世のゲーム内のアイテムだったものだ。この世界のオリハルコンとは別物だろう。

 

「君が僕の事情をレミリアから聞いているかは知らないが、一応これは僕がオリハルコンと呼んでいるだけの金属だから、君の知っている物と同じかは判らないよ? まぁ、質の良い素材であることは保証するけどね」

「……その話、まだレミィから聞いてないわね。まぁいいわ。なら、その金属について説明して下さる?」

「もちろん。この金属は、膨大な魔力を内包する特殊な金属でね。加工するにはコツが居るんだが、上手く加工すると頑丈なだけじゃなく、使用者の魔力を増幅する効果を発現させられるんだ」

 

 ゲーム時代で言えば『知力値上昇[小]』と『精神力上昇[小]』の効果だ。

 上昇幅こそ少ないが、持っているだけで発揮されるミニ八卦炉の有用な効果の一つである。

 

「使用者の魔力を増幅する、ですって? ……それ、下手をしなくても魔法使い同士で奪い合いが起きてもおかしくない代物よ。一体どうやってそんな物を……」

「入手先は秘密だよ。さっきも言った通り、これは君に譲るから、好きに研究すると良い」

 

 そう言って僕がオリハルコンのインゴットを手渡すと、思っていたよりも重かったらしく、取り落としそうになったパチュリーの手を掴んで受け止めた。

 

「あ、ありがとう。 ……でも良いの? こんな貴重な素材を無償でだなんて」

「お詫びの品だからね、気にしなくて良いよ。それに、ちょっと面倒なだけで手に入れようと思えば、いつでも手に入れられるからね」

 

 貴重な物だが、手に入れる方法はある。

 入手方法は香霖堂地下のダンジョンの最奥で『ヘパイストスの化身』を召喚して、そのまま倒すというものだ。

 ヘパイストスの化身を倒し、そのドロップアイテムである『オリハルコン鉱』を魔法で精錬すれば、オリハルコンが手に入る。

 

 面倒だといった理由は二つ。

 一つはヘパイストスの化身が暴れると地下ダンジョンが崩れる危険性があるため、召喚したら速攻でグレイプニルを使って縛り上げなければならない事。

 もう一つはオリハルコン鉱を製錬してオリハルコンに変えるのが大変というだけだ。

 

「これほどの素材を好きな時に入手出来るって言うの? ……ミニ八卦炉の件と言い、まるでびっくり箱ね」

「客を飽きさせないのも仕事の内だよ」

「逆にこっちは胃もたれを起こしそうよ……」

 

 いや、素材の紹介はまだまだこれからなのだが? 序盤も序盤の所で胃もたれを起こしそうになられても困るのだが……。

 ふむ、これは一度全部出してから、一通りざっくり説明した方が早いんじゃないか?

 

(アポーツ!)

 

 そう考えた僕は、アイテムボックスからミニ八卦炉の改良に使ったのと同じ素材を全て取り出した。

 これで一気に説明が進むだろう。

 

 

 

「む、むきゅぅ……」

 

 ぐったりしたパチュリーが崩れ落ちている。

 ふーむ、テンポを重視したからそんなに時間は掛っていないのだが……体が弱いと聞いているし、外に長く居過ぎたのかもしれない。今は冬だしね。

 

「いや、パチェがダウンしているのは、霖之助が紹介した頭のおかしい素材たちのせいよ?」

 

 横からスッと入って来たレミリアが、呆れた顔で僕にそう言って来た。

 

「頭のおかしいとは酷い言い草だな。簡潔に、理路整然と説明したつもりだが、何かおかしな箇所があったかい?」

「全体的におかしいわよ。なに? このオーバースペックな素材たち」

 

 そう言ってレミリアは、僕が敷物の上に拡げた素材の内の一つである『魔結晶』を手に取った。

 その魔結晶にしたって、誤解の無いように端的に過不足なく説明したのだが。

 

「何よこの素材、内包する魔力総量を減らさずに魔力を発し続けるって、要するに魔力の永久機関じゃない。これ一つでも十分おかしいのに、それと同等で頭おかしい素材を湯水の様に使ってミニ八卦炉に組み込んだんでしょ? ……一体、何をどう考えたらここまでやらかせるのかしら?」

「今の僕の全力で、どれほどの道具が作れるのか試したくなってやった。反省も後悔もしていないし、僕は割と満足している」

「発想がマッドサイエンティストとかのそれね」

 

 はぁ、とレミリアは溜息を付く。

 いやまぁ、そう言われると僕自身否定出来ない物があるが。

 

「―――とりあえずレミリア。この素材はパチュリーの代わりに君が受け取ってくれないか? 彼女はしばらく復帰出来なさそうだし」

「そうね。咲夜、素材の方はあなたが運んで。美鈴はパチェを頼むわね。そろそろ帰るよ」

「おや、もう帰るのかい?」

「流石にもう色んな意味でお腹一杯よ。今日の所はお暇させて貰うわ」

 

 どうやら、彼女たちはもう帰るようだ。

 まぁ、パチュリーも倒れてしまったし、早めに帰って休ませる方が良いだろう。

 レミリアたちが帰り支度を始める中、フランドールが一人だけポツンと取り残されたようになっていたので声を掛けた。

 

「フランドール。今日はあまり話せなかったから、また今度紅魔館へ会いに行くよ」

「うん。 ……あの、お兄さん。お願いがあるの」

「うん? なんだい?」

「フランって、呼んで欲しいなぁ」

 

 懇願するように、上目遣いで彼女はそう言って来た。

 愛称で呼んで欲しいという事か、それくらいはお安い御用だ。

 

「ああ、判ったよ。また会おうフラン、約束だ」

 

 僕はフランの前で片膝を付いて目線を合わせ、彼女の目の前で右手の小指を立てた。

 

「うん! 約束だよ、お兄さん」

 

 僕の小指に、フランの小さな小指が絡みつく。

 その感触と、指切りをする僕たちの手を嬉しそうに見つめているフランの顔が、僕を何ともくすぐったい気分にさせた。

 

 

 

 紅魔館の少女たちが帰った後、僕は霊夢と魔理沙にお年玉を渡し、霊夢の代わりに神社で忙しく働いていた叢雲に声を掛けてから帰宅した。

 帰る時に魔理沙に渡すはずだったお年玉の半分を賽銭箱に投入するついでにおみくじを引いたのだが、結果は『大吉』だった。

 まぁ、博麗神社のおみくじは元々大吉かハズレくらいしか入っていない為、僕の運が特別良かったという訳では無いだろうが、それでもハズレを引かなかっただけ幸先の良い気分になった。

 結局、作り過ぎたおせちの消化は出来なかったな。神社で配ろうかとも思ったが、出店の営業妨害になりそうだったから、配るのを断念することになったし。

 明日から知り合いに配り歩いて、少しでも減らしていくしかないかなぁ……。

 

 

 

 その日の夜の事だった。

 

 夢を見ている。と、僕は自覚していた。所謂『明晰夢』や『覚醒夢』と呼ばれる類のものだ。

 去年にも似たようなことがあった。その時は、夢の中で魔導書に書かれていた邪神である『イゴーロナク』が襲い掛かって来た訳だが、今回は果たして……。

 

 明るい、そして熱いと感じた。

 その感覚がした方向に目を向けると、そこにはまるで太陽の如き巨大な火の玉が存在していた。

 煮え立つように蠢く紅蓮の炎の球体、その表面からは時折プロミネンスの様な炎の触手とでも言うべきものが伸びている。

 それを目にした瞬間、僕は直感した。この巨大な炎の塊は生きていると。

 

 『生きている炎』、そのキーワードにより僕は、とある邪神の存在を思い出した。先日読破したばかりの魔導書『セラエノ断章』に描かれていた炎の邪神『クトゥグア』の存在を。

 間違いない。目の前に存在するのは、フォーマルハウトに巣くう炎の邪神クトゥグアに違いない。

 

「ハハッ!」

 

 思わず笑い声が漏れた。これが笑わずにいられるか。

 イゴーロナクに逃げられてから、不完全燃焼気味で燻っていた狂気が一気に燃え上がる。

 イゴーロナクよりも更に非生物的なクトゥグアだったが、それでも奴から感じる敵意や害意に肌が泡立つ。

 素晴らしいな、最高だ! 初夢でこんなにも強大な敵と戦えるなんて、大吉を出していて良かった!

 

「ハハハハハハハハッ!!!」

 

 もう我慢出来ないとばかりに、僕はクトゥグアへと襲い掛かった。

 頼むからイゴーロナクの様に逃げないでくれよ、クトゥグア。僕を目一杯楽しませてくれ。

 

 

 

「おはようございます旦那様。おや? その人魂はどうされたのですか?」

『ふむ、炎の神性を感じるな。そんなもの、どっから拾って来たのじゃキース?』

「なに、ちょっと初夢でね」

 

 その日から、僕は肩の辺りに赤い炎の人魂を連れ歩くようになった。

 名前はクトゥグア。まぁ、見た目は光の精霊である『ウィル・オ・ウィスプ』の色違いの様な物なので、可愛い物である。




転生香霖は、『邪神クトゥグア』をゲットした!

イゴーロナクは転生香霖に何度もボコられて逃げ出しましたが、クトゥグアは逃げずに最後まで戦い、最終的に敗北して服従した感じです。

この作品内でのクトゥルフ系邪神たちは、語られている存在の規模に対して信仰がまるで足りていないので、現実世界で実体を持つことが出来ない程度の力しか持っていません。
ですが、今のクトゥグアは転生香霖の持つ『召喚術を操る程度の能力』によって顕現している為、神としての本来の性能を持って実体化しています。


Q、つまりクトゥグアってどうなったのさ?

A、転生香霖のスタンドになった。(ただし、周りの人から見えるし触れもする)


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第二十二話 「転生香霖と終わらない冬」

原作供給が足りず、内に抱えた妄想を書きだし発散させることで飢えを凌ぐ。
これこそ我が二次創作の本懐よ。

つまり何が言いたいのかと言うと……



東方香霖堂二巻とサモナーさんが行くⅥ巻、私はいつまでも待っているからな!


「それでは旦那様、本日も行って参ります」

「ああ、こっちでも追加で物資を用意しておくから頼んだよ。煙晶竜もお願いします」

『うむ、任せよ』

 

 本来なら人里に置かれている黄金の像に憑依した煙晶竜と、それに乗った叢雲が人里へと飛び立って行く。

 煙晶竜は僕が地獄の閂で作成したコンテナを運んでおり、中には人里への支援物資である食料や薪、それからクトゥグアの力も借りて作った、特殊なランプが詰まっている。

 飛び去る煙晶竜の姿を見ていると、はらはらと雪が舞い落ちて来るのが目に入った。

 

「また降るのか……」

 

 少しだけ陰鬱とした気分になりつつも、僕はクトゥグアを店番代わりに残して、香霖堂地下ダンジョンへと再び向かった。

 

 今日は五月一日。本来初夏の季節だが、幻想郷の冬はまだ終わらない。

 

 

 

 この異常事態に気付いたのはいつ頃からだったろうか?

 三月になった時点では、今年の冬は長いなぁ。としか思っていなかった。

 しかし三月が終わり、四月が過ぎ、遂に五月となった今でも冬が終わらない。これは明らかに『異変』だ。

 霊夢もその事には既に気付いているはずだろう。実際、魔理沙は少し前から独自に動き始めているようだ。

 だが、霊夢はまだ動かない。何か理由があるのかもしれないが、もどかしく感じるのも事実だ。

 けれど、異変解決は博麗の巫女である霊夢の役目だ。僕の口出しする事では無い。

 しかし、異変解決が僕の仕事では無いとは言え、このまま何もしなければ人里から餓死者や凍死者が出てしまう。

 そんな中で僕が何をしているのかと言えば、叢雲と煙晶竜を通して、竜信仰からの援助という名目で、人里に支援物資を送り続ける事だった。

 

「よっ、と」

 

 力を込め過ぎない様に蹴り飛ばした、全身が木で出来た人型のモンスターが洞窟内の壁に叩きつけられてそのまま動かなくなる。倒したのは各種原木をドロップするモンスター『ブランチゴーレム』だった。

 僕がこの終わらない冬の中、人里への支援物資を揃える為に狩っているモンスターは主に薪となるこのブランチゴーレムと、キノコ類をドロップする『ファンガス』に、牛肉……もとい『闘牛』と、果物類をドロップする『コボルト』系統のモンスターたちである。

 

 狩っているモンスターは主に二種類に分けられる。

 一つは倒した後、『剥ぎ取りナイフ』を使ってドロップアイテムを確保するモンスター。

 もう一つは、倒した死体をドロップアイテム化させずに、そのまま利用するモンスターだ。

 前者は主にファンガスとコボルト。こいつらはドロップアイテム化させないと食料が手に入らない。

 後者は主にブランチゴーレムと闘牛。こいつらは死体をそのまま解体すれば、薪や肉が手に入るからである。

 解体の手間はかかる物の、後者の方が一度に獲得出来る量が優れている。しかし、栄養バランスを考えると、一度に入手出来る量は少なくとも、キノコや果物はどうしても確保しておきたかった。

 

 地下ダンジョンでの物資確保が一段落したところで、僕は地下塔の中に増設したガラス工房へと向かった。

 ここではクトゥグアの協力の下、とあるマジックアイテムを製作している。

 製作しているマジックアイテムの名前は『炎の精のランプ』。煙晶竜に運んで貰ったコンテナの中にも入っていた物だ。

 このランプは『サンドコロッサス』というモンスターがドロップする『魔珪砂』というアイテムを原料にした、特殊なガラスを用いて作成している。

 魔珪砂を原料として作る『封魔のフラスコ』というアイテムがあり、これには中に注がれた物質の劣化を防ぐという効果がある。

 同様に、魔珪砂を使用して作ったこのランプには中に居る存在の劣化を抑える特性があり、炎の精のランプには文字通り、クトゥグアの呼び出した精霊と言うか眷属である『炎の精』という存在が入っている。

 炎の邪神の眷属であるこいつらの入ったランプは、燃料要らずの暖房器具として人里で重宝されている。

 なにせこれ一つで人里の民家一つを丸ごと温め続ける事が出来るのだ。

 薪の節約にもなるし、腰から下げておけばたとえ薄着で外を出歩こうとも風邪をひくことが無いほどである。

 これもまた、人里全体に行き渡らせるために大量生産をしているであった。

 

『―――主よ、来客だ』

『うん? そうか、今行く』

 

 炎の精を入れる為のランプを新たに百個ほど作成したところで、クトゥグアからの念話が届いた。

 クトゥグアは発声器官を持たない為、声を出すことが出来ないのだが、今の様に念話を使っての会話は出来る為、意思疎通に苦労した事は無い。

 離れていても直ぐに連絡が来るため、こうして店番を任せるには丁度良かった。

 

 

 

 地下塔から店へと戻ると、そこにはお茶を淹れて客をもてなしているクトゥグアの姿があった。

 見た目こそ赤い人魂だが、この邪神は触手を使って人間の手先以上に細かな作業すら出来る器用な邪神なのだ。

 

 クトゥグアに店番を任せてよかったと再認識した僕は、クトゥグアの淹れたお茶を飲むお客様へと声を掛けた。

 

「いらっしゃい、『アリス』。何だかボロボロだけど、大丈夫かい?」

「大丈夫じゃ無いわ。魔理沙にやられたのよ、酷い目に遭ったわ」

 

 店に来ていたのは魔法の森に棲む魔法使いの少女『アリス・マーガトロイド』であった。彼女の隣には、いつも連れ歩いている人形が浮かんでいる。

 彼女は霊夢や魔理沙の古くからの知り合いで、昔から偶にうちの店に顔を出している。

 レミリアや咲夜ほどの頻度では無いが、この店にとってはお得意様と呼んで良い相手だろう。

 

「魔理沙がかい? あの娘は異変解決の為に動いていたはずだが……」

「手掛かりが見つからなくて、行く先々で出会った相手に勝負を吹っかけているみたいね」

「何をやっているんだあの娘は……」

 

 あ、頭が痛い。また方々で暴れ回っているのか。

 見知らぬ相手ならともかく、アリスが異変に関わっていない事なんて判るだろうに。

 

「……すまないね、アリス。今度何かお詫びの品でも届けるよ」

「あら、霖之助さんが謝る事は無いのよ。それに、拒否せず受けて立ったのは私だしね」

 

 何でも無い事の様にそう言ってのけるアリス。この少女、見た目の可憐さに似合わず、意外と好戦的だ。

 まぁ、見た目と中身の差が激しいのは、幻想郷の少女たちの大半に言える事だが。

 

「そう言って貰えると助かるよ。それで、今日は何をお探しなんだい? サービスさせて貰うよ」

「あら、本当? 嬉しいわ。実は、この前霖之助さんから貰ったこのランプの事なんだけど……」

 

 そう言ってアリスは、腰から下げていた炎の精のランプを外して、店のカウンターの上に置いた。

 アリスに渡した物もそうだが、僕個人が知り合いの少女たちに直接渡したランプは、、叢雲と煙晶竜が人里で支援物資として配っている物と少し違う。

 人里で配っている物は、封魔のフラスコと同等のガラスと、普通の鉄や木材で作った金具や台座を組み合わせた物だ。

 しかし、アリスらに渡した物は、封魔のフラスコの上位アイテムである『封神のフラスコ』と同等のガラスに、最近地下ダンジョンの最奥で採掘出来るようになった『ミスリル』と鉄の合金で作成した金具、そして耐熱性に優れる地獄の閂で台座を作った特別性である。

 

 竜信仰が配っている物を、僕が作成して知り合いに配って回るのは問題があるように見えるが、僕が半人半竜であり竜信仰と繋がっている事は、妖怪たちにとっては周知の事実となっている。

 その為、生粋の魔法使いであるアリス相手に、僕がランプの製作者であるとバレる事は問題では無い。

 

「炎の精のランプだね。アリスにあげた物は、人里で配っている物より材料にこだわった特別製なんだけど、何か問題でもあったのかい?」

「ランプ自体に問題は無いわ、重宝してるし。今日はランプに使われているガラスや金属が欲しくて来たのよ」

「ああ、素材の方が目的だったんだね」

 

 お目当ては封神のフラスコとミスリル合金だったか。

 確かに両方とも、魔法使いにとっては非常に有用な素材だ。アリスが欲しがっても無理はない。

 

「古道具屋さんに頼む事じゃないけれど、このガラスにしろ金属にしろ、今まで見た事の無かった素材だし。霖之助さんに頼む以外に手に入れる当てが無いのよ」

「まぁ、それはそうだろうね」

 

 ゲーム時代のアイテムは、僕の能力によって生み出されているといっても過言では無い物だ。

 世界中で僕以外に、同じ物を用意出来る者は居ないだろう。

 

「―――判った。あの素材は僕以外には用意出来ないだろうしね、請け負おう」

「ありがとう、霖之助さん。助かるわ!」

「ただ、販売となると結構高いよ? 入手自体はそう難しくは無いけど、一度に手に入れられる量が少ないからね」

「高いって、どれくらい?」

「量にもよるが、このランプを一つ作る程度の量なら……サービスしてもこれ位だね」

「……おぉう」

 

 算盤ではじき出した値段を見せると、アリスは女の子らしさの欠片も無い声で呻いた。かなり珍しい姿である。

 

「こ、こんなに高いの……?」

「何せ幻想郷中探しても、僕以外に用意出来る者は居ないだろうからね。稀少中の稀少素材で、効果も高いんだ。どうしたって高額になるよ」

「そう言われるとそうよね。けどこの値段は……」

「ちなみに、これがランプにする前の見本だよ」

 

 僕はアイテムボックスの中から、器に入った魔珪砂と封魔のフラスコ、封神のフラスコにミスリルインゴットとミスリル合金のインゴットを取り出してカウンターの上に並べた。

 

「こっちのフラスコがアリスのランプに使われているのと同じガラスで、隣のは人里で使われているのと同じガラスのフラスコだよ。こっちの砂がガラスの原料になる。こっちのインゴットは金具に使っているのと同じ合金で、隣のは合金化する前のインゴットだ。合金に使われているもう一種類の金属は普通の鉄だよ」

「これは……手に取って見ても良いかしら?」

「もちろん」

 

 アリスは僕が並べた素材たちを真剣な目で眺めている。

 僕が提示した値段を見て躊躇していた彼女だったが、この様子を見る限り、彼女の気持ちは固まったようだった。

 

「……これ、全部いただくわ。お勘定をお願い」

「毎度あり」

 

 アリスは即金で全額支払い、購入した素材を人形に持たせて帰って行った。

 出費は痛かっただろうが、店を出て行く彼女の表情は、手に入れた素材の使い道を考えてワクワクしている。と言ったものであった。

 僕もまた技術者だ。彼女の気持ちは良く分かる。

 アリスの背を見送りながら、いつかパチュリーも交えて三人で意見交換会を開くのも良いな。と、僕は考えていた。

 

 

 

 夜になり、夕食の準備をしながら叢雲と煙晶竜の帰りを待っていると、慌てた様子の叢雲と煙晶竜から念話が届いた。

 

『旦那様。聞こえますか、旦那様!?』

『叢雲? どうしたんだい、そんなに慌てて』

『それが……わたくしたちは今、冬が終わらない異変の元凶の元に辿り着いたのですが、少々面倒なことになりまして』

『キースよ。すまんがこちらにクトゥグアを寄越してくれんか? 術式の構築にあやつの力を借りたいのじゃ』

『判りました。僕が手伝えることはありますか?』

『キースはそのまま店で待機していてくれ。幻想郷側にも、いつでも動ける者が残っていて欲しいからの』

『了解です。叢雲もそれで良いかい?』

『はい、よろしくお願いします。旦那様』

『ああ、そっちも頑張って』

 

 念話を切ると、僕は手短に念話の内容をクトゥグアに伝え、二人の元へと向かって貰った。

 

「と言う訳だ。二人の手伝いを頼むよ」

『了解した。主よ』

 

(シャドウ・ゲート!)

 

 僕は闇魔法の『シャドウ・ゲート』を使ってクトゥグアを二人の元へと転移させた。

 現地で何が起きているのかは判らないが、きっと今夜中にでも長かった冬が終わるだろう。

 僕はそう予感した。




アリスさんがログインしました!

そして、まーたヤバそうなもんを作っているいつもの転生香霖である。人里中でSANチェックが起こってそう。(起こってません)


Q、クトゥグアが術式構築の役に立つの?

A、クトゥグアのINT(知性)の値は28である。(人間の限界値が18)



なお、「INT28? ザッコwww」とかぬかしやがったイゴーロナク君(INT30)は燃やされました。

固有の二つ名すら持ってない没個性が、外なる神にも喧嘩を売る、二つ名『生きている炎』なクトゥグア様に喧嘩を売るから……。(クトゥルフ神話TRPGのルールブックに記載されている邪神の中で、イゴーロナク含め四体だけ固有の二つ名が無く、単に『グレート・オールド・ワン』としか書かれていない没個性邪神が居る)


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第二十三話 「転生香霖と冬の終わり(前篇)」

本当は一話に纏めたかったけど、結局長くて分ける事になってしまった。

そしてある意味タイトル詐欺、今回は現場の叢雲視点です。


 人里へ届けた支援物資を配り、人々からの相談を受けた帰り、煙晶竜様と共に空を飛んでいると、箒に乗った魔理沙さんに出会いました。

 

「お、叢雲に煙晶竜じゃないか」

「こんにちは、魔理沙さん」

『うむ、この寒空の下でも元気そうじゃな、小さき魔女よ』

「小さいは余計だぜ? それに、どう見ても叢雲の方に乗ってる煙晶竜の方が小さいじゃないか」

『ハハハ、違いない』

 

 小さいは余計、と言いつつも魔理沙さんはあまり気にしていないようです。

 煙晶竜様と魔理沙さんは相性がよろしい様で、いつだってこうして楽しそうにお話しています。

 

 魔理沙さんは霊夢さん同様、妖怪退治や異変解決を行う人間の魔法使いです。

 旦那様とは幼い頃からの付き合いであるそうで、旦那様の事を信頼している事も、旦那様から大切に思われているのも見ていて伝わってきます。

 そしてわたくしにとっては、魔理沙さんは生涯の大恩人と呼べるでしょう。魔理沙さんのおかげで、わたくしは旦那様と出会うことが出来たのですから。

 この御恩は決して忘れません。

 

『しかし魔理沙よ、随分と機嫌が良さそうじゃな。何か良い事でもあったのか?』

「おお、そうなんだよ! 終わらない冬の原因の手掛かりをようやく掴んでな。今から元凶の所へ向かうとこだぜ」

「遂にですか、それは良かった」

 

 わたくしと煙晶竜様が、毎日旦那様の用意してくれた支援物資を届けてはいますが、それにしたっていつまでも続くものではありません。

 人里では体調不良を訴える者も増えてきていますし、直ぐにでも異変解決に向けて動くべきでしょう。

 

「魔理沙さん、わたくしたちもご一緒させて下さい」

「ん? 叢雲たちもか?」

「はい、人里に物資を届けてはいますが、最近は体調を崩す方も増えてきましたから、異変解決は早いに越したことは無いでしょう。煙晶竜様、勝手に決めてしまいましたが宜しかったですか?」

『うむ、汝の思う通りにすると良い。儂も助力は惜しまんよ』

「ありがとうございます」

 

 わたくしと煙晶竜様がそう話していると、魔理沙さんが感心した様な顔でわたくしを見ていました。

 

「そうか。そう言えば叢雲たちはそんな事もしてたな。霊夢なんかよりずっと立派な巫女様だぜ」

 

 よし、そういう事なら案内は私に任せな! そう言って魔理沙さんは案内を買って出てくれました。

 

 魔理沙さんの後を追って、空を上へ上へとどんどん登って行きます。

 飛んでいる途中、魔理沙さんから聞かされた話によると、この先に幻想郷から『春』を奪って回った者が居るそうです。

 高度を上げていくほどに、上空から感じるこの世ならざる気配、あの世の気配が強くなっています。

 この先には、現世と冥界を隔てる結界があったはず。という事は、この異変の黒幕は冥界に居るという事でしょうか?

 一気にきな臭くなって来たように感じます。

 

 

 

 桜の花びらが混じる雲を突き抜けると、そこには現世と冥界を隔てている堅く閉ざされた門と、見知った二人の少女たちの姿がありました。

 

「おー、霊夢。それに咲夜も、来てたのか?」

「魔理沙……それに叢雲と煙晶竜じゃない。あんたたちも来たのね」

『うむ、久方ぶりじゃの。小さき巫女よ』

「こんにちは。霊夢さん、咲夜さん。霊夢さんはともかく、咲夜さんは何故ここに?」

「お嬢様からの命令です。いい加減飽きたから、冬を終わらせて来いって」

「なるほど」

 

 一人は、紅白の巫女装束に身を包んだ博麗霊夢さん。

 霊夢さんは異変の最中であるからか、普段と雰囲気が少し違う様です。普段よりもずっと、容赦が無いように感じられます。

 

 そしてもう一人は、青いメイド服を身に纏う十六夜咲夜さん。

 話を聞くに、咲夜さんは相変わらず、主であるレミリアさんに振り回されているみたいです。

 けど、咲夜さんがレミリアさんを突飛な行動で困惑させている事も良くあるようですし、ある意味似た者主従なのでしょうか?

 

 霊夢さんはこの幻想郷を守る博麗神社の巫女で、魔理沙さんと同じく異変解決のスペシャリストです。

 その身に持つ才能は、神話時代に見た最上位の神々と比べてもひけを取らない物です。まぁ、私にとっての一番はもちろん旦那様なのですが。

 

 咲夜さんは旦那様のお店である香霖堂のお得意様であり、同じくお得意様であるレミリアさんという吸血鬼のお嬢様に仕えるメイドさんでもあります。

 そしてこの咲夜さんもまた、霊夢さんに負けず劣らずの才覚の持ち主です。人の身でありながら、時間を操る能力を持つなど他に聞いた事がありません。

 

 どうやらお二人も、異変解決の為にこの場に集まったようです。

 ならば、ここは全員で協力して異変解決の為に尽力しましょう!

 

 わたくしはそう考えていたのですが、この場に集まった方々はどうやら気が短い様で、ろくに話し合いもせずに先に進んでしまいました。

 

「とりあえず、この先に異変の元凶が居るって事で良いんだよな?」

「多分ね、勘だけど」

「この辺りの空だけ桜の花びらが待っているし、妙に温かい。私も間違いないと思うわ」

「なら、先手必勝だぜ! 『恋符・マスタースパーク』!!」

 

「「「きゃぁぁあああーーーっ!!!???」」」

 

 魔理沙さんが突如放った魔力砲撃、マスタースパークにより、結界に固く閉ざされていたはずの門は、易々と粉砕されてしまいました。

 流石は旦那様が自重無しに作り上げた道具、最強の神剣であるわたくしをして、些か嫉妬の念を抱かせるほどの素晴らしい火力です。

 見た限り、あれでも大分威力を加減して放っていたようですが、全力で放てばどれほどの破壊を巻き起こすのでしょうか。同じ武器として、少し気になります。

 

 それはそうと、三人分ほどの少女の悲鳴が聞こえたような気がしましたが、気のせいでしょうか?

 

「皆さん、先ほど三人分の悲鳴が聞こえた気がしたのですが?」

「気のせいじゃないかしら? 私には何も聞えなかったわ」(霊夢)

「悪いな。マスパを撃った直後だったから、しばらく耳が聞こえて無かったんだ。何か聞えたのか?」(魔理沙)

「さぁ? 私には何とも。けど、こんな所に私たち以外に人がいるとは思えないし、気にする事はないんじゃないかしら?」(咲夜)

『ふむ、何かいたような気配はあるが、まぁ死んではおらんようだし大丈夫じゃろう』(煙晶竜)

 

 どうやら、声が聞こえたのはわたくしだけのようです。

 ですが、皆さん気にしていないようですし、今は人々の為にも異変解決が最優先事項です。

 煙晶竜様も大丈夫と言っていますし、気にせず先に進みましょう!

 

 

 

 破壊された門を超えた先には、長い長い石の階段が続いていました。

 ここは既に冥界、熱を持たない死後の世界だというのに、進むごとにどんどん暖かくなり、宙に舞う桜の花びらの量も増えて行きます。

 そうしてしばらく進むと、わたくしたちの行く手を阻むように、一人の少女が姿を現しました。

 

「―――みんなが騒がしいと思ったら、生きた人間だったのね」

 

 現れたのは、二本の刀を携えた白髪の少女でした。その立ち振る舞いから、剣士であることが伺えます。

 ……それはそうと、わたくしと煙晶竜様は人間ではありません。

 これでもわたくしは女神ですし、煙晶竜様は立派なドラゴンです! ……体は旦那様の作った像ですけど。

 

「あんな乱暴に結界をぶち破って何がやって来たのかと思ったら、まさか生きた人間だったとは……」

「あんたも人間に見えるけど?」

「半分だけね、もう半分は幽霊よ。半人半霊って言うの」

「で、その半人半霊が何の用だ? 私たちはこの先に用があるんだが」

「無粋な侵入者の排除よ。もう少しで、『西行妖』の花が満開になる……排除ついでに、あなたたちの持つなけなしの春を、根こそぎ貰って行くわ!」

「そう、なら敵って事で良いのね」

 

 刀を構える少女に対し、霊夢さんはお祓い棒と札を、魔理沙さんは杖とミニ八卦炉を、咲夜さんは両手にナイフを構えて応戦の姿勢を見せる。

 しかし、今まさにぶつかり合おうとする四人の間に、わたくしと煙晶竜様が割り込んだ。

 

「―――この場はわたくしたちが引き受けます。みなさんは先へ進んで下さい」

「それは助かるけど、良いの?」

「はい、今回が異変初参加であるわたくしと違い、みなさんは異変解決のエキスパートですから、黒幕の相手はみなさんにお願いします」

「叢雲……判ったぜ。直ぐに終わらせて戻って来るから、それまで持ち堪えろよ!」

『なに、心配するな魔理沙よ。叢雲には儂もついておるのじゃ、そうそう負けたりはせん』

「私はどちらかと言うと異変を解決した側では無く、起こした側なのですが……ともかく、ここはお任せしますわ」

「ええ、お任せください。皆さんも気を付けて」

 

 霊夢さんたち三人がその場から飛び去り、後に残ったのはわたくしと煙晶竜様、そして半人半霊だという少女だけだった。

 

「……自分を犠牲に仲間を先に進ませたようだけど、ハッキリ言っておくわ。彼女たちは死ぬ。危険なのは、この場に残ったあなたより、先に進んだ彼女たちよ」

「犠牲になったつもりも、彼女たちを心配する必要もありませんわ。彼女たちは勝ちますし、わたくしもあなたに勝って、彼女たちに直ぐにでも合流します」

「世迷いごとを……我が名は『魂魄妖夢』! 西行寺家の庭師兼剣術指南役! 妖怪が鍛えたこの楼観剣に、斬れぬものなど、あんまりない!」

 

 威勢良く吠える少女、妖夢さんに対抗し、こちらも旦那様から頂いたオリハルコン合金製の鉄扇『オリハルコンファン』を懐から取り出して構えます。

 

「名乗られたからにはこちらも応えましょう。我が名は都牟刈叢雲。竜信仰の巫女にして旦那様の剣。我が身に勝る武器など無し、身の程を刻みなさい!」

『では儂も名乗るかの。我が名は煙晶竜。ま、気楽に行こうじゃないか小さき者よ』

 

 お互いに名乗り上げ、私たちの弾幕ごっこが始まった。

 

 

 

「み、みょん……」

「ふぅ、手強かったですね……って、どうしました。妖夢さん?」

『ふむ、何やら様子がおかしいのう』

 

 わたくしと妖夢さんの弾幕ごっこですが、何とか勝利を収めることが出来ました。

 元々霊夢さんたちも含めたわたくしたち全員を相手取るつもりであったようですが、それが実行可能であると判断するのも頷ける強敵でした。

 勝ちはしましたが、わたくし自身、煙晶竜様のサポートが無ければ危なかっただろうと思う場面は多々ありました。

 女神としての性能や煙晶竜様のサポートでゴリ押ししましたが、これから先も異変解決に参加する事を考えると、このままで居る訳には行きません。帰ったら更に鍛錬を積まないと。

 ……それにしても、妖夢さんは先程から蹲ってどうされたのでしょうか? どこか打ちどころが悪かったとか?

 

「ど、どうしよう……欠けちゃった、楼観剣が欠けちゃったよぅ……」

 

 妖夢さんは泣いていました。どうやら打ちどころが悪かったのは、妖夢さん自身ではなく持っていた刀の方だったようです。

 そう言えば、勝負がつく直前に、妖夢さんが振るってきた刀を手刀で防いだことがありましたね。

 

 わたくしこと『草薙の剣』、というか『天叢雲剣』には一つの逸話があります。

 須佐之男が八岐大蛇の尾を斬ろうとした時、振るった剣が何かに弾かれ刃が欠けてしまい、その中から見つかったのがわたくしであるという逸話です。

 この時須佐之男が使っていた剣は『天羽々斬』と言い、これまた強力な神剣の一つであったのですが、それと打ち合ったわたくしは、一方的に相手に刃を欠けさせました。

 

 この逸話からも分かる通り、わたくしには武器破壊の能力があり、その力は人型である今の状態でも発揮出来ます。

 つまり妖夢さんは、わたくしの手刀と打ち合った結果、大事な刀が欠けてしまってショックを受けているようです。

 

「うぅ、どうしよう。大事な楼観剣を欠けさせたなんて、『幽々子』様に怒られる……」

 

 戦場で武器が破損するなど当たり前の話では?

 そう言いたくなったがぐっと堪えた。破損させた張本人であるわたくしが言ってもただの煽りにしかなりません。

 それに、使い手に大事にされていると考えれば、剣として悪い気はしません。

 

 ……そうですね、ここは大切に使われている楼観剣に免じて、手を差し伸べましょうか。

 

「―――妖夢さん、そんなに落ち込まないで下さい。その剣を修復する方法なら、心当たりがあります」

「え? 本当ですか!?」

 

 ガバリと顔を上げた妖夢さんが、食い気味にそう訊ねて来た。

 急に話し方が敬語に変わりましたが、恐らくこちらの方が素なのでしょう。

 真面目で礼儀正しく、それ故に時に頑固で融通が利かない。妖夢さんはそのような方なのだと、わたくしは感じていました。

 

「ええ、本当です。こういった物品の修復は、旦那様の得意分野―――」

『気を付けよ! 来るぞっ!』

 

 煙晶竜様の鬼気迫る声が響き、私たちの元へと無数の弾幕が降り注ぎます。

 それらは煙晶竜様の放った光線によって一掃されましたが、弾幕は次々と私たちの元へ、いえ、周囲一帯へと降り注いでいます。

 弾幕の放たれた方向を見ると、そこにはもはや満開に近いほど花を咲かせた大きな桜の木、『西行妖』の姿がありました。

 あの桜には元々不吉な物を感じていましたが、今は明確に脅威を感じます。

 この悍ましい気配は、死の穢れ? こんな物が込められた弾幕を浴びれば、わたくしや煙晶竜様はともかく、人間である霊夢さんたちにはひとたまりもありません。

 早く救援に向かわなくちゃ!

 

「……どうやら、緊急事態のようですね。妖夢さん、動けるなら一緒に行きましょう」

「え、でも……」

「この状況で一人残る何て、命がいくつあっても足りませんよ? それに、この様子では霊夢さんたちどころか、あなたの主も危機的状況にある可能性が高いでしょう」

「そんな……幽々子様!」

「今は一時休戦としましょう。先ずはお互いに大切な人たちを助けてから、決着をつけるのはそれからでも遅くありません」

「……判りました。一緒に行きます!」

『話が付いたのなら急ぐぞ! 不穏な気配がどんどん膨れ上がっている。このままでは碌なことにならんだろう!』

 

 煙晶竜に急かされ、わたくしと妖夢さんは協力して降り注ぐ死の穢れの乗った弾幕を打ち払いながら先に進みました。

 

 霊夢さん、魔理沙さん、咲夜さん。どうか無事で居て下さい。




『叢雲の自機性能』

叢雲自身が放つ弾幕に加え、霊夢の陰陽玉の様なポジションで煙晶竜が弾幕やレーザーを放つ。また、転生香霖の作成したオリハルコン合金製の鉄扇『オリハルコンフィン』には、ゲーム時代の武器アイテム『俱利伽羅剣』が組み込まれており、相手を追尾する炎で出来た龍(ドラゴンでは無く東洋の龍)を放つことが出来る。

ボムとして使用するスペルカードは『竜符・ドラゴニックオーバーロード』。
煙晶竜が体として使っている彫像に転生香霖が組み込んだ『メタモルフォーゼの札』の効果が起動し、一時的に煙晶竜がゲーム時代の『転生煙晶竜』の姿を取り戻して攻撃する。(名前の元ネタはヴァンガード)


戦闘シーンは長くなり過ぎるので省きました。真面目に弾幕ごっこのシーンを描写しようとすると、それだけで丸々一話か二話使いそうですしね。


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第二十四話 「転生香霖と冬の終わり(中篇)」

後篇で終わらせようと思っていたのに、結局長くなっていつも通りの中篇になってしまった。
おのれディケイド!!(冤罪)


 妖夢さんと共に、西行妖のとまで辿り着くと、そこには何らかの術を発動させようとしている霊夢さんと、霊夢さんを守るために弾幕を撃ち落とし続けている魔理沙さんと咲夜さんの姿が目に入りました。

 弾幕自体は、西行妖を背に浮かぶ曖昧な人型の何かから放たれているようです。

 

「叢雲、煙晶竜! それに、そっちの半人半霊も来たのか」

「加勢します! ざっくりとで良いので状況の説明を!」

「幽々子様は、幽々子様はどうなったんですか!?」

「説明するから先ずは落ち着きなさい。一瞬でも気を抜くとそのままお陀仏よ」

『ふむ、あの巫女は封印術の類を用意している様じゃの。一体何があったのじゃ?』

 

 魔理沙さんと咲夜さんの話を纏めると、今回の異変の黒幕は冥界の主である亡霊の姫君『西行寺幽々子』。

 その目的は、今も死の穢れ撒き散らし続けている西行妖を満開にさせる事であり、その為に妖夢さんを使って幻想郷から春を奪って集めていたそうです。

 霊夢さんたちは、話を聞いてそのまま幽々子さんと交戦したそうですが、その途中で異常事態が発生しました。

 西行妖が幽々子さんを取り込み、暴走状態となったのです。

 霊夢さんの見立てによると、西行妖は元々封印されていた妖怪桜であり、今回春を集めて力を得た事で、自力で封印を破ろうとしているそうです。

 幽々子さんは、西行妖の封印に何らかの形で繋がっているらしく、西行妖が封印を破ろうとする過程で取り込まれてしまったようでした。

 今は、西行妖を再封印する為の術を、霊夢さんが準備している状態のようです。

 

「待って下さい。それじゃあ幽々子様はどうなるんですか!?」

「……判らないぜ。もしかしたら、妖怪桜と一緒に封印してしまうかもしれない」

「そんな……!」

『ふむ、ならば儂は巫女のサポートに回ろうかの。封印術の構築に余裕が出来れば、その幽々子とやらをあの魔樹から引き剥がす余裕も生まれるじゃろうて』

「では、その様にお願いします。妖夢さん、私たちは霊夢さんと煙晶竜の護衛に回りましょう。お二人を守ることが、あなたの主を救う事にも繋がる筈です」

「……はい!」

「話が纏まったのなら、こっちを手伝ってくれるかしら? いい加減そろそろきつくなって来たわ」

 

 咲夜さんは普段と変わらぬ余裕ある態度を崩してはいませんが、放っている弾幕からは余裕の無さが伝わってきました。私たちも直ぐに迎撃に加わります。

 それにしても、この場において凄まじいまでの戦果を挙げている方が居ます。魔理沙さんです。

 魔理沙さん自身と、魔理沙さんの周囲に並ぶ精霊たちが放つ無数の弾幕によって、西行妖の放つ弾幕の半分以上が無力化されています。

 その上で、魔理沙さんは咲夜さんよりもずっと余裕があるようです。

 旦那様の作成したミニ八卦炉の恩恵もあるでしょうが、魔理沙さん自身の魔法技能も日を追う毎に高まっています。よほど良い師に恵まれたのでしょう。

 

 このまま行けば……そう思った時、事態は更に厳しい物となりました。

 西行妖はより密度の高い弾幕に加え、複数の光線を放って来たのです。

 

『いかんな。あの魔樹も儂らを邪魔せねば自身が再び封印されると理解しているのじゃろう。なりふり構わず抵抗して来よった』

「……面倒ね。これだけ暴れられたら封印がかけ辛いったらありゃしないわ」

「おいおい、面倒とか言うなよ霊夢! ……お前でも無理そうなのか?」

「煙晶竜が手伝ってくれてるし、普段より速いし楽なくらいよ。 ……けど、どうしても術の完成直前に邪魔が入るの」

 

 煙晶竜様は現在、霊夢さんの肩に止まって封印のサポートを行っています。

 霊夢さん自身が言う様に、余り術には詳しくないわたくしから見ても、術の構築が目に見えて速くなっているのが判りました。

 ですが、それが理解出来ているのは西行妖も同様で、あと一歩のところで複数の死の穢れの乗った光線が霊夢さんに襲い掛かり、術の発動を阻止され続けています。

 

「困ったわね。私は守りの手段が無いから、あのレーザーには対応しきれないわ」

「わたくしもです。鉄扇で光線を弾き返すぐらいは出来ますけど、複数の方向からとなると手数が足りません」

「……その鉄扇ってレーザーも弾けるの?」

「もちろんです。旦那様に作っていただいた物ですから」

「旦那様?」

 

 わたくしの旦那様という言葉に、咲夜さんが首を傾げています。

 ……そう言えば、皆さんの前で旦那様の事を旦那様と呼んだことはありませんでしたね。

 そもそも他の方が居る時は、旦那様との交流を邪魔しない様に控えていましたし、わたくしが旦那様を旦那様と呼んでいるのを知らない方は、意外と多いのかもしれません。

 

『……ふむ、ここはもう行って欲しい所じゃな。叢雲よ、キースに連絡を取ってくれんか?』

「旦那様にですか? 判りました。直ぐに」

「キースって誰だよ煙晶竜? ってか旦那様って、叢雲って結婚してたのか!?」

 

 そう言えば、煙晶竜様が旦那様の事をキースと呼んでいるのも、あまり知られていませんわね。

 魔理沙さんは、わたくしに自分が会った事の無い夫が居るのだと勘違いされている様で、顔を赤らめてそう訊ねて来ました。

 

「いいえ、籍を入れている訳ではありません。ただわたくしが旦那様とお呼びして慕っているだけですよ」

「そ、そうなのか。って、慕ってるって事は、好きなんじゃないのか!?」

「ええ、もちろん好きですし、寧ろ愛していますよ」

「お、おぉう。そうなのか、大人だぜ……」

「それに、旦那様は魔理沙さんも良く知る方ですよ? 森近霖之助様です」

「「「なにぃぃぃっ!?」」」

 

 わ、ビックリしました。

 魔理沙さんだけでなく、霊夢さんや咲夜さんまで大きな声で驚いています。

 それと、一人だけ黙々と弾幕を打ち払い続けている妖夢さんですが、こちらの話にはしっかりと聞いている様で、耳が真っ赤になっていました。お年頃ですね。

 

 と、それはさておき、早く旦那様に連絡をしなくてはなりません。こうしている間にも、状況は悪化してしまうかもしれませんから。

 わたくしは煙晶竜様と共有する形で、旦那様に念話を繋ぎました。

 

『旦那様。聞こえますか、旦那様!?』

『叢雲? どうしたんだい、そんなに慌てて』

『それが……わたくしたちは今、冬が終わらない異変の元凶の元に辿り着いたのですが、少々面倒なことになりまして』

『キースよ。すまんがこちらにクトゥグアを寄越してくれんか? 術式の構築にあやつの力を借りたいのじゃ』

『判りました。僕が手伝えることはありますか?』

『キースはそのまま店で待機していてくれ。幻想郷側にも、いつでも動ける者が残っていて欲しいからの』

『了解です。叢雲もそれで良いかい?』

『はい、よろしくお願いします。旦那様』

『ああ、そっちも頑張って』

 

 念話が切れてから少しして、わたくしの影の中から赤い人魂の様な存在、今年の初めから旦那様に付き従う炎の邪神、クトゥグアが姿を現しました。

 

『―――到着を確認、状況説明を求める』

「手短に話しますと、今回の異変の元凶である亡霊が、あの暴走状態の妖怪桜に取り込まれました。現在霊夢さんと煙晶竜様が、亡霊の救出と妖怪桜の封印の為に術式を組んでいる所です。クトゥグアにはその手伝いをお願いします」

『了解、これより両名の支援に入る』

 

 堅苦しいを通り越して、無機質にも感じられる返答と共に、クトゥグアは霊夢さんと煙晶竜様の元へと向かいました。

 そっけないようにも見えますが、クトゥグアは自分の仕事に誇りを持ち、きっちりとやり遂げるタイプです。その仕事ぶりに不安はありません。

 

 わたくしがクトゥグアを見送ると、入れ替わる様に魔理沙さんと咲夜さんが弾幕を維持したままこちらに近づいて来ました。

 

「おい叢雲! どういうことだよ!? 何でお前が香霖をだ、旦那様なんて呼んでいるんだ!?」

「私も気になりますね。お二人にどのような馴れ初めが?」

 

 魔理沙さんは顔を真っ赤にして、咲夜さんは普段通りに見えて、その実好奇心に目を輝かせながらわたくしに訊ねて来ました。

 

「旦那様と呼んでいるのは、わたくしが生涯尽くす方だと決めているからです。馴れ初めの方ですが、きっかけは魔理沙さんですね。魔理沙さんはわたくしと旦那様を引き会わせてくれた大恩人なのです」

「まぁ!」

「生涯尽くすって……それに私が引き合わせたってどういう事なんだ!? そんな事した覚えはないぜ!?」

 

 そう言えば、魔理沙さんはわたくしが元々魔理沙さんが持っていた剣であることを知らないんでしたっけ?

 わたくしの正体を知っているのは、旦那様と煙晶竜様にクトゥグア、それから紫さんたちくらいでしょうか? その他の方には、竜信仰の巫女であるとしか自己紹介していませんし、当然と言えば当然でしたね。

 

「そのお話はまた後程、今は目の前の問題を解決する事を優先しましょう。魔理沙さん」

「ぐっ、けど……!」

「魔理沙、優先順位を間違えてはいけないわ。叢雲から話を聞き出すのは、後でいくらでも出来るのだから」

「くっ、判ってるよ! 叢雲! 後で徹底的に話を聞き出してやるから、逃げるなよ!!」

「逃げも隠れもしませんので、いつでもどうぞ」

「くそっ、余裕ぶって……こうなったら、化け桜に八つ当たりしてやるぜ!」

 

 言うが早いか、魔理沙さんの放つ弾幕がより一層激しさを増し、西行妖の弾幕のほとんどを撃ち落としてしまいました。

 火力と手数の多さに更に磨きが掛かっています。今のわたくしでは、煙晶竜様のサポートがあっても勝てるかどうか怪しいですね。

 

「やれやれ、私の出番がなくなりそうね。 ……それで叢雲、結局あなたと店主さんはどのように知り合ったの?」

 

 魔理沙さんが相手の弾幕を軒並み撃ち落とし続けている為、手持無沙汰な様子となった咲夜さんがそう聞いて来ました。

 

「それほどドラマチックな出会いでは無かったのですよ? 魔理沙さんが、ミニ八卦炉の修復を旦那様に依頼した時、旦那様がその対価として求めたのがわたくしだったのです」

「……え? それって、店主さんと会う前は魔理沙の元に居たって事? と言うか人身売買?」

「いえ、人身売買と言う訳では。確かに魔理沙さんの元には居ましたが、正確には所有されていたと言うべきですし」

「魔理沙の奴隷として物扱いでもされていたの?」

「いえいえ、実際物でしたよ? 何せ、当時のわたくしは物言わぬただの古びた剣でしたから」

 

 そう前置きしてから、わたくしは咲夜さんの前で少しの間だけ、本来の姿である剣の姿となりました。

 その様子を見ていたのは咲夜さんと妖夢さん、それから遠目ですが霊夢さんも視界に入れていたようです。

 霊夢さんは特に動じた様子はありませんでしたが、咲夜さんと妖夢さんは目を丸くして驚いていました。

 

「……驚いたわ。あなたって人間じゃ無かったのね」

「いえ、角もありますし元から人間だとは言ってませんでしたけど? まぁこの通り、付喪神の一種みたいなものです」

「あの、叢雲さん。あなたの手刀と打ち合って楼観剣が欠けちゃったのって、もしかして……」

 

 剣の姿を見せたわたくしに、妖夢さんが話しかけて来ました。

 聞きたい事は何となく判りますから、ここは旦那様の剣として胸を張って応えましょう。

 

「妖夢さん、名乗った時に言った筈ですよ? 『我が身に勝る武器など無し』と。わたくしの剣としての名は『草薙の剣』、もしくは『天叢雲剣』。この日ノ本において最強を自負する神剣です。妖怪が鍛えた剣風情に耐えられるほど、『天羽々斬』を欠けさせたわたくしの刃は甘くはないですよ」

「天叢雲剣!? あの伝説の!?」

「どの伝説かは判りませんが、わたくしですわ」

 

 咲夜さんはピンと来ていない様子でしたが、妖夢さんはわたくしの事を知っていたようです。

 驚くと共に、キラキラとした憧れの目で見られてしまいました。少し気恥ずかしいですね。

 

「昔、お祖父ちゃんが読み聞かせてくれた須佐之男の八岐大蛇退治に出て来た、あの天叢雲剣ですよね!? まさか本物に巡り会えるなんて……あなたほど有名な剣が、どうして幻想郷に?」

「時代の流れ、と言う奴です。いつの間にやら幻想郷に流れ着き、巡り巡って今の担い手である旦那様の元に辿り着いたのですわ」

「天叢雲剣の担い手……まさか幻想郷にそんな方が居たなんて。その人はどんな方なんですか?」

 

 妖夢さんが、興味津々と言った様子で訊ねて来ます。

 旦那様の事を語ろうと思えば、わたくしはいつまでも語り続けられる自信がありますが、旦那様を語る上で必要な事はそう多くはありません。

 ただの一言で事足りてしまいます。

 

「強い。ただただ誰よりも強い剣士。そういうお方ですわ。恐らく。いいえ、間違いなくわたくしを手にして来た今までの誰よりも強いお方です。最初の担い手たる須佐之男でさえ、旦那様の前では膝を付く事でしょう。最強にして最後の担い手、それこそがわたくしの旦那様です」

「……それほどまでの、方なんですか」

 

 わたくしの言葉に、妖夢さんは武者震いと共に好戦的な笑みを浮かべました。

 畏れなく上を目指す、良き剣士の顔ですね。

 

 妖夢さんは、将来剣士として大成する事でしょう。

 わたくしがそう一人頷いていると、後ろから声がかかりました。

 

「君達、非常事態だと聞いて来たけど、結構余裕そうだね?」

「だ、旦那様!? 何故こちらに」

「いや、煙晶竜に呼ばれてね。妨害が鬱陶しいから封殺してくれって」

 

 わたくしに声を掛けて来たのは、お店で待機していたはずの旦那様でした。

 旦那様のお手を更に煩わせることになってしまいましたが、わたくしは何とも気の抜けた気分になってしまいました。

 

 旦那様であれば、如何なる状況でも必ず勝利する事でしょう。

 わたくしは、それを当たり前の事の様に確信していました。




一話ぶりの主人公登場。勝ったなガハハ(フラグですらないただの事実)

次回の後篇で春雪異変は終わります。
転生香霖なら、戦闘シーンなんてサクッと終わらせてくれるはず。帰って神社で宴会だ!


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第二十五話 「転生香霖と冬の終わり(後篇)」

駆け足気味だけど何とか後篇に纏められたぞ!

と言う訳で、今度こそ春雪異変終了です。


 叢雲と煙晶竜の元にクトゥグアを送り出してから少しして、再び念話の連絡が来た。今度は煙晶竜だけだったが。

 

『キースよ、すまんが直ぐにこちらに来てくれんか?』

『どうしました煙晶竜? 何かあったんですか?』

『いやな、もういい加減鬱陶しいし面倒臭くなっての? お前さんが来てあの魔樹を封殺してくれんか?』

『ええー』

 

 また何か状況の変化が起こったのかと思ったら、単に煙晶竜が面倒臭くなって、僕に丸投げして来ただけだった。

 店で待機云々の話は何処へ行ったのやら。

 

『正直気が進みませんねぇ。弾幕ごっこはあくまで女の子同士の戦いですから、男の僕が介入するのはちょっと』

『クトゥグアはともかく、儂は男のつもりじゃが?』

『叢雲の装備品枠なのでセーフです』

『全く汝は……屁理屈をこねおってからに』

 

 念話越しに煙晶竜の呆れた様子が伝わる。

 いや、面倒になって僕を呼び出そうとしている方に呆れられたくないんですが?

 

『まぁ判りましたよ。叢雲の影に跳べば良いですか?』

『いや、儂は今巫女の肩に居る。巫女の影へ跳んでくれ』

『霊夢のですね? 了解です』

 

(シャドウ・ゲート!)

 

 

 

 

 僕自身の影の中から、霊夢の影の中への移動が完了する。

 影の中から周囲の様子を見ると、やたら馬鹿でかい桜から大量の弾幕やレーザーが放たれ、それを魔理沙が精霊たちと協力して撃ち落としているようだった。

 少し離れた場所には叢雲と咲夜、それから見覚えの無い、二振りの刀を持ち緑の服を着た、白髪でおかっぱ頭の少女が、三人で何やら話していた。

 そして僕の直ぐ近くには、右肩に煙晶竜を乗せ、左肩の辺りにクトゥグアを浮かばせる霊夢が居た。

 どうやら三人で協力して術を組んでいるらしく、術式の構築自体は直ぐに終わるのだが、完成直前で必ず複数の方向からレーザーを撃たれて、阻止され続けているようだった。

 

 これが何度も続いているのなら、煙晶竜が面倒になったと言ったのも頷けるが、これ僕が必要になるほどの状況かなぁ?

 とりあえず影から出て、煙晶竜や霊夢から話を聞くとしよう。

 

「どうも、到着しましたよ」

「霖之助さん? ……どっから出て来てるの?」

「君の影の中からだよ。それより、どういう状況なんだい?」

『ようやく来たかキース! なら話は早い、あの木を少々大人しくさせてくれ。ちまちまと邪魔して来よって、何度丸ごと焼き払おうと思ったか判らんぞ!』

『同意。フラストレーションの増大を認識しています。我が主よ』

 

 三人の話によると、あの桜から放たれる弾幕には触れた者を即死させる効果があるそうだ。

 そのせいで、大した威力でも無いのに無視することが出来ず、結果ズルズルと状況が膠着してしまったそうだ。

 というか、クトゥグアからフラストレーションなんて言葉が飛び出したのがビックリだ。

 

「あ~、だろうね? ……霊夢。確認するけど、あの木って燃やしちゃ駄目な奴なのか?」

「う~ん、正直私も燃やした方が早いと思うけど……燃やしたらきっと碌な事にならないと思うわ。勘だけど」

「霊夢の勘なら間違いないさ。 ―――けど、僕が介入してしまっても良いのかい? 異変解決は君たちの役割だろうに……それに男の僕が弾幕ごっこに割り込むのもねぇ」

 

 僕がそう訊ねると、霊夢は少し考えてから胸を張ってこう答えた。

 

「霖之助さんの言いたい事も判るけど……今回は非常事態だし特例ってことにするわ。博麗の巫女である私の決定よ!」

「―――了解、なるべく木を傷つけないように何とかするよ。とりあえず、一旦全員に一か所に集まって貰いたいから、魔理沙や叢雲たちに声を掛けて来るよ」

「ええ、お願いね霖之助さん。 ……私も早く帰ってお茶が飲みたいし」

 

 君、異変の解決よりお茶の時間を重視しているんじゃないだろうね?

 

 三人に断りを入れてから、先ず一番近くに居る叢雲たちへと声を掛けに行った。

 魔理沙が殆どの弾幕を撃ち落としているから余裕があるのは判るけど、流石にここで話し込むのは気を抜き過ぎじゃないかな?

 まぁ実際、魔理沙の撃ち漏らしは殆ど無いから、僕自身も普通に歩いて叢雲たちに近づいている訳だが。

 時々飛んで来る程度の弾幕なら、防ぐまでも無く普通に避けられるしね。

 

 

 

「君達、非常事態だと聞いて来たけど、結構余裕そうだね?」

「だ、旦那様!? 何故こちらに」

 

 叢雲は、僕の登場に目を丸くして驚いている。

 まぁ、元々僕は待機という話しだったからね。当然の反応だろう。

 

「いや、煙晶竜に呼ばれてね。妨害が鬱陶しいから封殺してくれって」

「旦那様……という事は、あなたが叢雲さんの使い手なんですか?」

「うん?」

 

 横から僕に声を掛けて来たのは、刀を持つ白髪の少女だった。近くに来たから判るが、この娘の刀、少し欠けている。

 それと、この少女の近くには大きな幽霊がついており、その幽霊が弾幕を放って桜の木が放つ弾幕を撃ち落としていた。ビット兵器か何かかな?

 

「ああ、確かにそうだけど、君は……?」

「申し遅れました。ここ『白玉楼』の主人である『西行寺幽々子』に仕える半人半霊の剣士で、『魂魄妖夢』と申します」

 

 白髪の少女、妖夢は礼儀正しく挨拶をして来た。これだけ丁寧な挨拶をする娘は幻想郷では珍しいな。

 真面目そうな良い娘だ。

 

「ご丁寧にどうも。僕は『森近霖之助』、叢雲の使い手であり、幻想郷の古道具屋『香霖堂』の店主だよ」

「ちなみに私は、吸血鬼『レミリア・スカーレット』様の暮らす『紅魔館』のメイド長を務める『十六夜咲夜』と申します。お見知り置きを」

「あ、はい。霖之助さんに咲夜さんですね。よろしくお願いします!」

 

 僕の挨拶に便乗して、自分も自己紹介をしてくる咲夜。

 どうやらお互いの自己紹介もままならない状態で共闘していたらしい。非常事態だし仕方が無いか。

 

「よろしくね。さて、早速で悪いけど、みんなで霊夢の所に集まってくれるかな? 僕は魔理沙に声を掛けて来る」

「はい、それは構いませんが、どうして霊夢さんの元に?」

 

 叢雲が首を傾げて訊ねて来た。まぁ、そんなに難しい理由がある訳じゃ無いんだが。

 

「なに、みんなが集まった時点で僕があの桜を黙らせるから、みんなには封印を行う霊夢たちに邪魔が入らない様に守って欲しいだけだよ」

「黙らせるって……出来るって言うんですか? あの西行妖を相手に、そんな簡単に!?」

 

 妖夢が驚愕の表情で僕に聞き返す。

 出来るか出来ないかと聞かれたら、もちろん出来るとしか答えられないが……そんなに驚く事かな?

 今この場に居るメンバーでも十分出来る事だと思うけど。

 

「出来るよ。と言うか、そんなに驚かれるとこっちがビックリするよ。そんなに難しい事じゃないと思うんだけどなぁ?」

「難しい事じゃ無いって……そんなあっさりと」

「うーん、これについては理由に心当たりがあるから、とりあえず君達は霊夢の所に向かってくれるかな? どうせなら魔理沙や霊夢にも纏めて説明するから」

 

 妖夢にそう答えてから、僕は三人を霊夢の元に向かわせた。

 よし、次は魔理沙だな。

 

(フライ!)

(アクロバティック・フライト!)

(十二神将封印!)

(ミラーリング!)

 

 飛行呪文の詰め合わせを発動させて、上空から西行妖とやらの弾幕を撃ち落とし続ける魔理沙の元へと飛ぶ。

 近づくと、魔理沙より先に周囲の精霊たちが僕に気付いたので、軽く手を上げて挨拶した。

 

「おーい魔理沙、ちょっと降りて来てくれ」

「あ? なんだよ香霖、今忙し……って、香霖!? なんで香霖がここに居るんだ!? ってのわぁっ!?」

 

 魔理沙は僕の登場に随分と驚いたようだ。驚いた拍子に箒から落ちかけて、周囲の精霊たちに支えられていた。

 まぁ、さもありなん。僕が異変解決の現場に居るなんて、普段ならあり得ない事だからな。

 

「おっと、気を付けなよ魔理沙。飛んでいる時はきちんと注意しないと危ないよ?」

「驚かせた張本人に言われたくないんだぜ! てか香霖! お前叢雲から旦那様って呼ばれているのか!? 私は何も聞いてないんだぜ!?」

 

 あれ、魔理沙は叢雲が僕を旦那様と呼んでいるのを知らないんだったっけ?

 ……そう言えば、魔理沙や霊夢が居る時に叢雲から旦那様と呼ばれた時ってなかったか。

 香霖堂の営業時間中に暇つぶしに来る魔理沙と霊夢と、香霖堂の営業時間終了後に人里での布教を終えて帰って来る叢雲とじゃ、活動時間が被らないからなぁ。

 まぁ、そういう事もあるか。

 

「ああ、魔理沙は知らなかったのかい? そうだよ、叢雲は僕をそう呼んでいるんだ」

「そんなあっさりと……香霖は、叢雲にそう呼ばれるのを受け入れているのか? ……香霖は、香霖は叢雲とけ、結婚するつもり、なのか……?」

 

 魔理沙の言葉に嗚咽が混じる。魔理沙は涙が零れるのを堪えながら、僕にそう訊ねて来た。

 確かに旦那様と呼ばれていれば、そう思うのも当然の流れだが……まさか泣かれるとは思わなかったな。

 実家を飛び出した時も、強がって笑顔を見せていた娘が見せた涙は、思っていた以上に僕に衝撃を与えた。

 

「魔理沙……っ!?」

 

(ショート・ジャンプ!)

 

 攻撃の手を手を止めてしまった魔理沙に西行妖の放った弾幕の一つが迫り、僕は咄嗟に魔理沙の前へと転移して、迫った弾幕を素手で叩き落した。

 僕が防がなくても、周囲の精霊たちがどうにかしただろうが、考えるより先に体が動いてしまった。

 

「香霖!? 何やってんだよ! その弾幕に振れたら危ないって霊夢が言ってたんだぜ!? 大丈夫か!!」

 

 僕が弾幕を素手で弾いたのを見た魔理沙は、涙を引っ込めて僕の安否を確認して来た。

 そう言えば、この弾幕には即死効果があるんだったな。『全耐性』や『耐即死』のスキルが無かったらヤバかったかもしれない。

 

「大丈夫だよ、魔理沙。こういった瘴気や呪詛の類は僕には効かないからね」

「効かないからって素手で触る事は無いだろう!? 万が一が有ったらどうするんだ!!」

 

 魔理沙は僕の服を掴み、僕の胸元に顔を押し付けながらそう言って来た。

 ……服が湿っぽくなっている。泣き顔を見られない様にしているのだろう。

 

「……悪かったよ、心配かけて」

「……あんま無茶するなよ」

「うん、ごめん」

 

 顔を押し付けたままの魔理沙の背中をあやすように撫でる。

 桜からの弾幕は相変わらず飛んで来るが、精霊たちがきっちりと防いでくれているようだ。

 

「―――魔理沙、霊夢たちの所で少し待っていてくれるか? そうしたら、叢雲の事を説明するからさ」

「ぐすっ、いいけど……待っていてって、その間香霖は何をするんだよ」

「なに、ちょっとあの桜に身の程を叩きこんで来るだけだよ」

 

(ショート・ジャンプ!)

 

 魔理沙を抱えたまま、霊夢たちの元へと転移する。

 そのまま僕は、まだ涙をぬぐい切れていない魔理沙を霊夢に預けた。

 

「霖之助さん。それに魔理沙……って、何泣いてんのよあんた?」

「う、うるさい! ちょっと目にゴミが入っただけだぜ!」

「そうは見えないけど」

 

 強がる魔理沙と、首を傾げる霊夢に苦笑しつつ、僕は久しぶりに防衛戦用の呪文を発動した。

 

(((ルミリンナ!)))

(十二神将封印!)

(ミラーリング!)

 

 氷の城を生み出す呪文『ルミリンナ』により、一瞬にして氷で出来た臨時の防衛拠点が現れる。

 この中に居れば、弾幕もレーザーも防げるだろう。

 

「みんなこの中に入ってくれ。霊夢たちは中で封印の準備を」

「あら、霖之助さんってこんなことも出来たのね」

「……スゲェ、こんな魔法始めて見たぜ」

「パチュリー様でもこの規模の魔法を一瞬で出来るかどうか……流石店主さんですね」

「え!? あの、霖之助さんって剣士じゃ無かったんですか!?」

「妖夢さん。旦那様は比類なき剣士であり、大魔法使いでもあるんです」

『うむ、キースの作る城なら頑丈さは折り紙付きじゃ。中なら安全じゃろう』

『了解した、主よ。防衛拠点内にて術式構築を再開する』

 

 全員が中に入ったのを確認したところで、僕は改めて西行妖を見据えた。

 

 

 

 色々とあったが準備は整った、さっさと終わらせるとしよう。

 西行妖は、変わらずこちらに弾幕とレーザーを放って来ているが―――

 

「―――そんなものがどれほどの役に立つって言うんだ?」

 

(((フラッシュオーバー!)))

 

 視界内の広範囲を一瞬で焼き払う呪文『フラッシュオーバー』によってその全てが焼き払われる。

 攻撃範囲をミスって、西行妖の枝の一部も炭化していたが、些末な事だろう。

 

(ショート・ジャンプ!)

 

 短距離転移で、西行妖の幹に直接触れられるほど近付く。

 そのまま素手で触れて、接触型の呪文を発動させた。

 

(((((エナジードレイン!)))))

(ミラーリング!)

 

 触れた相手の魔力を奪い取る禁呪『エナジードレイン』によって、西行妖の持つ力を大きく削る。

 

(((((八部封印!)))))

(((((九曜封印!)))))

(十二神将封印!)

(ミラーリング!)

 

 更に相手の能力の全てを封じる『八部封印』と相手の行動そのものを封じる『九曜封印』を使った事で、西行妖は完全に沈黙した。

 後は霊夢たちが封印するだけだ。

 

「霊夢っ!!」

 

 西行妖の下から声を張り上げる。

 その声が聞こえたかは判らないが、西行妖が沈黙したこと自体は察知出来た様で、氷の城から霊夢の封印術が西行妖へ向けて飛んで来た。

 

「『霊符・夢想封印』!!」

 

 色とりどりの巨大な光弾が西行妖へと直撃し、西行妖の咲かせていた花が一瞬で散り散りに吹き飛んだ。

 煙晶竜たちによれば、あれこそが幻想郷から奪われた春その物であるそうだ。

 それが解放されたという事は、もう直ぐ幻想郷に春が訪れるという事だろう。

 

「ん?」

 

 頭上から気配を感じて上を向くと、水色の着物を纏った少女が空から降って来た。

 自由落下では無いゆっくりとした落下をして来た彼女を思わず受け止めると、彼女の体の冷たさに驚いた。

 この冷たさは生者のものではない。恐らくこの娘こそが、異変の首謀者であるという亡霊の姫君『西行寺幽々子』なのだろう。

 

「……ん、ここは……あら? 殿方に抱き抱えられるなんて初めてだわ。どちら様?」

「君、あれだけの事があったのに、開口一番で言うセリフがそれかね?」

 

 余りにもマイペース過ぎる発言に肩の力が抜ける。

 周囲を無自覚に振り回しそうなこの感じは、ある意味お姫様らしいのかもしれないが。

 正直、疲労感が半端ないな。

 

「幽々子様ぁ~!!」

「あら、妖夢」

 

 やはり、抱えている彼女の名は幽々子で合っているらしい。

 彼女の名を呼びながら駆け寄って来る妖夢と、後からついて来る霊夢や魔理沙たちの姿を見て、ようやく僕は異変に一区切りついたのだと実感した。

 

 空を見上げると、そこには花がなくなり、枯れ木の様になった西行妖の枝が見える。

 折角春が来るのだから、どうせなら妖怪では無い桜で花見がしたい。

 

 そうだ。帰ったら、みんなで花見をしながら盛大に飲もう。僕はそう心に決めた。




転生香霖「何だか良く判らないが、魔理沙を泣かせてしまった。辛い。 ―――だからお前は盛り上がりも見せ場も無く消えろ」

西行妖「理不尽過ぎる!!」



はい、と言う訳で決着です。とは言え、戦闘自体はあっさり終わりましたが。

転生香霖がやった手順は、「範囲攻撃で弾幕を無効化して、瞬間移動で近付いて、魔力を奪って弱らせて、封印術で何も出来なくさせた」ですが、この手順実は転生香霖が居なくてもその場にいたメンバーで出来ました。

大体魔理沙の魔改造ミニ八卦炉の機能を使うなり、それぞれの手順を分担するなりで解決可能だったので、転生香霖は現地に到着してからも自分が来る必要があったのか疑問の思っていました。

その場にいたメンバーがこれを出来なかったのは、弾幕ごっこに慣れ過ぎていたからですね。
回避不能の範囲攻撃をブッパするとかのアイデアが出て来なかったり、そのアイデアが出て来る者が攻撃に参加して無かったりのせいで苦戦していました。(主に煙晶竜とクトゥグア。煙晶竜の場合は妖夢戦で切り札を使ったばかりで範囲攻撃をする為の魔力が不足していた。クトゥグアの場合は範囲攻撃のコント―ロールが苦手で、西行妖を丸ごと焼き尽くしそうだから攻撃できなかった)

次回は魔理沙たちへの事情説明と異変解決後恒例の宴会です。


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第二十六話 「転生香霖と異変後の宴」

東方CBの霖之助の声優さん、誰かと思えば鈴村健一さんだったんですね。

つまり転生香霖はCVスズケンで戦闘狂……銀魂の沖田かな?


 西行妖を封印した後、僕はその場にいた全員を『テレポート』で博麗神社に連れて来ていた。

 異変を解決して安全が確保されたとはいえ、いつまでも生者である僕たちが死後の世界である冥界に留まり続けるのも居心地が悪いしね。

 慣れた博麗神社に戻ってから、魔理沙たちに叢雲とのことを説明しようと思ったのだが。

 

「おいお前! 香霖から離れるんだぜ!」

「そうですよ幽々子様! お、男の人にそんなにくっ付くなんて、は、はしたないですよ!」

「うふふ、やぁよ」

 

 何故か今回の異変の首謀者である西行寺幽々子が僕に抱き着いて離れなくなってしまい、それが騒ぎになって話が全然進まなかった。

 最初は直ぐに引き剥がそうと思った。亡霊に抱き着かれている何て、寒くて仕方なくなりそうだったからね。けど、そんな事は無かった。

 

 出会った当初は酷く冷たかった幽々子の体は、時が経つ毎にどんどん暖かくなり、今では生身の人間とそう変わらないほどになっていた。

 そう言えば幽霊と違い、亡霊は体温があったり、しっかりと人の形や意思を保っていたりと、色々違うんだったな。

 

 何て事を思い出していると、別の事に気付いた。背中に当たる、柔らかくて暖かい、二つの弾力の存在にだ。

 当たってる。思いっきり当たってます。

 これは魔性の柔らかさだ。引き剥がしたいと思っていたはずなのに、その気持ちがどんどん失せて行く。

 

 いかん、ふわふわだ。このまま流されてしまおうかなぁ? と、そう思ってしまうほどに。

 だが悲しいかな。僕の冷静な部分が、話が何時まで経っても進まないからさっさと引き剥がそう。と言っている。

 くっ、せめて二百年ほど前にこの柔らかさに出会えていたら、この時間を純粋に堪能出来たのだが……はぁ、改めて年を取った事を実感してしまい、何とも言えない気分になる。

 

 ……よし、切り替えた。いい加減、魔理沙と話をするとしよう。ちゃんと説明するって言ったしね。

 

「幽々子、そろそろ離れてくれ。これじゃあ話が進まない」

「あら、別にこのままだって良いじゃない? こうしている方が私も楽しいわ」

「楽しんでいるのは君だけだろう? 自分一人だけが楽しんでいると言うのは、あまり良い事では無いよ。 ……僕の場合、余り他人に説教出来る立場では無いけどね」

 

 自分で言っておいてなんだが、前世の僕自身に対する酷いブーメランだ。

 前世での所業の数々は、我ながら「無いわぁ~」としか言い様の無い物である。

 ……まぁ、今生ではその辺り自覚出来ているし自重も出来ている。先人として警告するくらいは問題無いだろう。

 

『……キースよ。汝、自分で思っておるほど変われておらぬぞ?』

「いきなりなんですか、煙晶竜?」

『いや、何故かそう言わねばならんと思っただけじゃ』

 

 藪から棒に何を言っているんだこの人、いや、このドラゴンは。

 僕の生まれる前から数百年、ずっと僕に取り憑いていたというのに、何を見て来たんだか。

 

 ま、煙晶竜の事はとりあえず置いておいて、先ずは幽々子を何とかしよう。

 

「クトゥグア、引っぺがしてくれ」

『了解』

 

 淡々と答えたクトゥグアは、伸ばした幾本かの触手を使って幽々子を僕から引き剥がした。

 触手と言うと些か卑猥な物を感じるが、実際に幽々子が引き上げられる様子は、僕にUFOキャッチャーを連想させた。 ……ふむ、幽々子キャッチャー。

 

「あら、随分力持ちの人魂さんね? 赤い人魂さんなんて、始めて見たわぁ」

『人魂では無くクトゥグアである』

「クトゥグアさんって言うの? 私は幽々子、よろしくね」

『承知した』

 

 いや本当にマイペースだな、幽々子は。

 とりあえず、このマイペースさで話の邪魔をされても困るし、食べ物でも与えて大人しくさせておくか。

 僕はアイテムボックスから作り置きしてあるお菓子を取り出して幽々子に与えた。

 

「幽々子。とりあえずこれでも食べて大人しくしていてくれ」

「あら、良い匂いね。何かしら?」

「アップルパイだよ。僕が作った物だ」

 

 アイテムボックスから取り出したのは、黄金林檎では無く普通の林檎を使って作ったアップルパイだ。

 普通の林檎と言っても、この林檎は召魔の森で採れた林檎である。味は極上であると保証しよう。

 

「アップルパイ。以前に紫からお土産として貰った覚えがあるわ」

「紫から? 君は紫と親しいのかい?」

「ええ、もう千年ほど前からの友人よ」

 

 なんと、そんなに長い付き合いの友人が居たのか!

 千年単位の付き合いと言うなら、紫にとってとても大切な相手である事だろう。助けられてよかった。

 紫の大切な友人だと言うのなら無下には出来無い。盛大に歓待しなければならないだろう。

 

 僕はアイテムボックス内から追加の菓子や料理、それに酒を大量に出し、更に能力を使ってゲーム時代、プレイヤーもモンスターも問わず、多くの者を魅了した最高の毛並みを持つモンスター『ゴールドシープ』を召喚した。

 

「メェ~」

「あら、金色の羊さん? 始めて見たわ。それにとっても大きいのね」

「少し待っていてくれ、幽々子。紫の友人だというなら無下には出来ない。今この羊の毛を刈って敷物を作るから待っていてくれ」

「メ!? メェ~!!」

「暴れるな。別に殺しはしない……いや、そう言えばゴールドシープの肉は食べたことが無かったな。神々の食物と紹介されていたし、味は良い筈だよな……?」

「メェ~! メェメェ~!!」

「まぁ、駄目よ霖之助さん。そんな可哀そうな事をしては」

 

 『神鋼鳥の小刀』を取り出しながら僕が考え込むと、クトゥグアに捕まったままの幽々子に止められる。

 僕が動きを止めるのを見たゴールドシープは、慌てて空に駆け上がり、そのまま幽々子の背中に隠れる様に身を縮込ませてしまった。全然隠れられて無いぞ。

 

「敷物が必要なら、この子の上に座れば良いわ。それに、料理もお菓子も足りてるし、無理にこの子を捌く必要は無いわよ」

「メェ~、メェ~!」

「ほら、この子も自分からクッションになってくれるみたいよ。温かくてとても気持ち良いわ」

「う~ん、そうかい? 幽々子がそれで良いなら構わないが……」

 

 直接座れば良いと幽々子が言うと、ゴールドシープはすぐさま幽々子の下に回り込んで、自分の背中に幽々子を乗せた。

 幽々子は、その背中を撫でて触り心地を確かめている。その毛並みを堪能しているのは、表情を見れば一発だ。

 

 ふ~む、彼女もモフモフ好きの女子だったか。なら仕方ないな。

 

「なら、その羊は幽々子にあげるから、乗って寛いでいると良い。クトゥグア、幽々子の給仕を頼めるか」

「あらそう? なら羊さん、私のうちに来る?」

「メェ~!」

「ふふ、よろしくね」

『給仕の任、了解しました。我が主』

 

 気に入ったようだし、ゴールドシープは幽々子に譲ろう。

 最近出来る様になったが、僕の『召喚術を操る程度の能力』は少し進化したらしく、ゲーム時代のモンスターたちを友好的な存在として召喚することが出来る様になったのだ。

 以前の召喚でもモンスターを使役すること自体は出来たが、魔法で洗脳して操っているような状態なので、僕から離れすぎると洗脳が解けて暴れ出すという欠点があった。

 しかし現在の召喚方法では、故意に怒らせるなどをしなければ、普通に言う事を聞いてくれるため、今回の様に他者に譲渡することも出来るのだ。

 これを利用すれば、今は土地が無いから無理だが、いずれゲーム時代以上の規模で『アマルテイア牧場』を作ることが出来るかもしれない。

 

 僕がそんな野望を抱いていると、クトゥグアは触手を伸ばして僕の取り出した食べ物や飲み物を取り、幽々子への給仕を始めた。

 幽々子もゴールドシープの上でアップルパイを食べ出したし、これで大丈夫だろう。

 ようやく魔理沙たちと話が出来る。

 

「お待たせ魔理沙。それじゃあ言った通り、叢雲と僕の関係についての説明を……どうしたんだ?」

「いや、どうしたじゃなくて。香霖、お前は鬼か?」

 

 魔理沙は「ドン引き」と言わんばかりの表情で僕を見ていた。

 はて、何だか身に覚えのある視線だな。具体的には、ゲーム時代によくこういう目で見られていた気がする。

 

 他の少女たちも、概ね僕に同様の視線を向けて……いや、同様の視線を向けているのは妖夢だけだな。

 霊夢と咲夜はゴールドシープを見ながら、「あれって美味しいのかしら?」とか、「どんな料理が合うかしら?」とか呟いているし、煙晶竜を肩に乗せた叢雲は、僕が手に持つ神鋼鳥の小刀を嫉妬の籠ったドロドロとした目で見つめている。

 そんな目で見ないでくれ、武器として使おうとした訳じゃないから。毛刈りに使おうとしただけだから!

 

「どうしたんだい、叢雲? 僕が使っている包丁をそんな目で見た事無かったろうに」

「……いいえ、旦那様。わたくしには判ります。その方(小刀)は、旦那様と多くの戦場を共にされた方です。わたくしはまだ一度も戦場で振るて貰っていないのに……。先達の方とは言え羨ましい……」

「お、おい香霖。なんで叢雲はその刀を怨みがましく見ているんだ?」

 

 嫉妬に身を焦がす叢雲を見て、腰が引けている様子の魔理沙が、僕の袖を引っ張りながら聞いて来た。

 

「ああ、何と言うか……僕はまだ叢雲を武器として使ってあげられて無いからね。そこに昔、武器としてよく使ってた小刀を見せちゃったもんだから、嫉妬したんだろう」

「いや、意味判んないんだぜ。叢雲が武器ってどういうことだ?」

「そういえば言ってなかったっけ? ミニ八卦炉を修理する時、対価として貰った剣があっただろう? 叢雲はあの剣の付喪神なんだよ」

「えええええぇぇぇーーーーーっ!!!???」

 

 魔理沙は、顎が外れるんじゃないかって言うくらい口を大きく開けて驚いていた。

 いくらなんでも驚き過ぎじゃないかな?

 

 

 

 嫉妬に駆られた叢雲を宥めつつ、僕は以前話しそびれた僕の前世に関する事情や、叢雲と出会ったから経緯に竜信仰の真実などを、その場にいた全員に説明した。

 ぶっちゃけ妖夢や幽々子は、この辺りの話に関して完全に部外者だったが、まぁ聞かれて困る様な話でも無いし、気にする必要は無いだろう。

 

「―――なるほど、それで叢雲は私が香霖と引き合わせたって言ってたのか……くそっ、失敗したぜ……」

「私はお嬢様経由である程度の事情は知ってましたけど……店主さんも随分と奇妙な経験をしているんですね」

「この羊さんはそのげぇむとか言うのに出て来る生き物なのね? こんな毛並みを持つ生き物が居る世界なんて、行ってみたいわぁ~」

「伝説や神話の怪物たちと戦って来たんですか……霖之助さんは異世界の英雄だったんですね!」

 

 魔理沙、咲夜、幽々子、妖夢の順で感想を言って来たが、これだけ荒唐無稽な話だというのに普通に受け入れている。

 まぁ、幻想郷で常識云々を考える方が間違っているようなものだし、非常識を当たり前に受け入れる姿は幻想郷の住人らしい姿とも言えるが。

 

「……叢雲、ちょっと話がある。来い」

「ええ、構いませんよ魔理沙さん」

 

 魔理沙が叢雲を連れて、神社の建物の影へと入って行く。

 前世の学生時代を思い出し、割と不安になる光景だが、叢雲なら大丈夫だろう。釘バット程度じゃ、叢雲には傷一つ付かないはずだ。いや、魔理沙が釘バットを持っているはずないのだが。

 

「ところで幽々子さん、でしたっけ? その羊の触り心地ってどうなのかしら?」

「あなたは咲夜、だったわよね? とってもふわふわして気持ち良いわよ。このまま百年でも抱き着いて居たいくらいに」

「ゆ、幽々子様。私も触ってもよろしいですか?」

「そうねぇ、この子が良いって言うのなら良いんじゃないかしら?」

「メェェ~」

「良いみたいよ?」

「わぁい!」(モフッ)

「あら、なら私もご一緒させて貰うわ」(モフッ)

「私も負けてられないわねぇ、とうっ」(モフッ)

 

 咲夜、妖夢、幽々子の三人は、ゴールドシープのモフみに沈んで行った。前世の後輩サモナーたちを思い出す光景だ。

 いや、召喚モンスターたちも僕が初めてゴールドシープの配下、『火輪』を召喚した時も、その毛並みに大いに興味を示していたし、何なら積極的に毛並みを堪能しに行っていた。

 これでもし、ゲーム時代も毛並みのモフモフさが評判だった、『ホワイトファング』や『アマルテイア』まで召喚したらどうなるだろうか?

 きっと、モフモフ天国から帰って来なくなるのだろう。想像に難くない。

 

 そんな中、話に参加してこなかった霊夢と煙晶竜は、少し離れた所で僕が出した料理や酒を口にしていた。

 見ると、どうやらクトゥグアが触手を伸ばして、そちらにも料理と酒を届けているようだった。実に気の利く奴だ。

 僕はクトゥグアの働きぶりに感心しながら、霊夢たちの元へと向かった。

 

「二人共、楽しんでいるようだね」

『おお、来たかキースよ。話は終わったかな?』

「ええ、終わりましたよ。元々知っていた煙晶竜はともかく、霊夢はあまり興味が無いみたいだね」

「別に、そんな事は無いわよ。ただ……」

 

 そこで言葉を区切った霊夢が、目線で僕に隣に座る様に促してくる。

 拒む理由も無いので、そのまま腰を下ろすと、霊夢は僕に猪口を渡して、そこに酒を注いで来た。

 

「ただ、何を聞かされようとも、霖之助さんは霖之助さんでしょう? そこだけ判っていれば十分だわ」

 

 なんだか随分と男前なセリフを聞かされてしまった。

 僕は何故だかそのセリフに気恥ずかしくなってしまい、それを誤魔化すように酒を呷った。

 

 いや、理由は判っている。

 霊夢が僕は僕だと、僕の事情を知った上で受け入れてくれたことが嬉しくて、受け入れて貰えないかもと不安だったことを自覚したから気恥ずかしかったのだ。

 僕は凡そ普通の感性から大きく外れていると自覚しているが、誰しもが当たり前に持っている感情と無縁と言う訳では無い。

 嬉しい時は嬉しいし、悲しい時は悲しいし、寂しさを感じる事も不安を感じる事もあるのだ。

 僕に取って、霊夢と魔理沙は最も親しい人物たちだ。そんな彼女たちが、僕の事情を知っても忌避する事無く、当たり前に受け入れてくれる事が嬉しいんだ。

 

 きっと、僕が紫を信頼している理由もそこに繋がる。

 僕の事情を知った上で、僕を受け入れ友人として接してくれるから、僕は彼女の事を好んでいるし、力に為りたいと思っているんだろう。

 改めて、彼女と言う存在の有難さが身に染みる。冬眠開けは、盛大にもてなさなければなるまい。

 

 そこまで考えると、僕は随分と晴れやかな気持ちになり、自然と霊夢にお礼を言うことが出来た。

 

「そうか……ありがとう、霊夢。そう言って貰えて嬉しいよ」

「っ! ……霖之助さん。その笑顔、あんまり他の人に見せちゃ駄目よ。危ないから」

 

 笑顔が危ないってどういう事なんだ!?

 前世でも同じことを言われたぞ? 今そんなにヤバい顔してたのか僕は!?

 

「危なくて見せちゃ駄目な笑顔ってどういう事なんだ!? 僕はそんなに酷い顔をしてたのか!?」

「……知らない」

「霊夢!!」

 

 プイっと、霊夢はそっぽを向いてしまった。

 直視出来ないレベルなのか? そんな馬鹿な、前世よりは狂気も減って大分マシになっているはずだ!

 

 確かめるための鏡になる物がアイテムボックス内に無かったか思い出していると、神社の影から戻って来た魔理沙と叢雲が、僕たちの様子に気付いて近付いて来た。

 

「よー、戻ったぜ。って、どうしたんだ霊夢? 顔真っ赤だぜ?」

「……知らない。霖之助さんが悪いのよ」

「……ああ、何となく判ったぜ」

 

 霊夢と魔理沙は何か通じ合うものがあるようで、霊夢は具体的な事を何も言っていないのに、魔理沙は理解を示していた。

 

「ただいま戻りました。旦那様? 何かお悩みのようですがどうなさいました?」

「いや、霊夢から僕の笑顔が危険だと言われてしまってね。実際にどんなものか確かめるために、鏡が無かったか思い出しているんだよ」

「笑顔が危険、ですか? 旦那様の笑顔なら素敵な物だと思いますが……宜しければ、わたくしが見て確かめましょうか?」

「ああ、頼むよ」

 

 霊夢は他人に見せてはいけないと言っていたが、叢雲は他人ではなく身内だ。確認して貰う分には問題無いだろう。

 僕は先程霊夢にお礼を言った時の気持ちを思い出しながら、叢雲に笑いかけた。

 

「っ! これは、確かに。 ……旦那様、霊夢さんの言う通りその笑顔は危険です」

 

 叢雲も同意見、だと……!? その上叢雲まで顔を背けてしまっている。

 駄目だ。逃げ場が完全に塞がれた。こんな所でも前世の業が。

 

 何だか悲しい気持ちになり、僕は肩を落として溜息を付いた。

 

「なに溜息なんてついてんだよ香霖。幸せが逃げちまうぜ?」

「……そういう君は随分とスッキリしているみたいだね。叢雲とは気の済むまで話せたのかい?」

「ああ、バッチリライバル宣言して来たぜ!」

「いや、何のライバルだよ」

「色々だぜ、色々」

 

 何がどうしてそうなったのか。

 まぁ、本人が納得しているなら良いか。泣かれるよりはずっとましだ。

 

 

「―――香霖。私、負けないからな」

 

 

 そう言って来る魔理沙の顔が……余りにもまっすぐで、眩しく感じられて、気恥ずかしさで顔を背けるのも勿体無く感じられたから、僕は笑顔で魔理沙に返した。

 

「ああ、応援しているよ。君が自分の信じる道を進むのなら、僕はいつだって君を支持するとも」

「っ! ……香霖、その笑顔は危険なんだぜ。私以外には見せるなよ」

 

 

 

 ……僕の笑顔、呪われ過ぎじゃないかな?




魔理沙「香霖は私が振り向かせる! お前には負けないぜ」(一世一代のライバル宣言)
叢雲「ふふ、それは楽しみですわ」(正妻の座は譲っても良し。ただし愛刀の座は譲らない)


みたいなやり取りがあったのかもしれませんw
根本的に乙女である者と、根本的に武器である者とでの意識のすれ違いが起きてそう。


それと地味に、転生香霖の『召喚術を操る程度の能力』が強化されて魔法で操っている訳では無い、純粋に友好的なモンスターが召喚出来る様になりました。
ゲーム風に言うと、『NPC扱いの有効的なモンスター』ですね。
生産技能持ちのモンスターや、アマルテイアの様に食料アイテムや素材アイテムを生産できるモンスターでの大規模牧場も可能となっています。(ただしそれを実行する土地が無いので、やはり召魔の森がry)


次は萃夢想ですが、その前に閑話的な話を投稿する予定です。
絡ませたいキャラや、やっておきたいイベントが色々あるのですw


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第二十七話 「転生香霖と春の宴会(前篇)」

まぁた一話に収まり切らなかった。
ははぁ~ん、さては萃夢想到達まで結構かかるな?


 異変解決から数日後、改めて博麗神社で宴会が開かれる事となった。

 参加するのは、霊夢や魔理沙は当然として、紅魔館の面々や今回の異変の原因だった幽々子と妖夢、それに僕と叢雲、煙晶竜とクトゥグアも竜信仰勢力として招かれていた。

 

 どうやら今回の宴会は、各勢力同士での顔合わせの意味合いも持つらしいが、そんな事よりも重要な事がある。

 今回の宴会を取り仕切っているのは、長い冬眠からようやく目覚めた紫なのだ!

 その話を聞いて、僕は直ぐにでも会いに行きたくなったが、手ぶらで行く訳にもいかないし、準備で忙しいであろう時に行くのも気が引けたためぐっと堪えた。

 まぁ、一番の理由は、僕らを宴会に招待する旨を伝えに来た藍から、「宴会当日まで大人しく待っていてね」という紫からの伝言を伝えられたからなのだが。

 

 ともかく、久しぶりに紫に会えるとあって、僕は全力で宴会に向かう準備をした。

 宴会までの少ない時間の中で、『金耀猪の肉』の元である『グリンブルスティ』、『銀耀猪の肉』の元の『ヒルディスヴィーニ』、『金冠鶏の肉』と『金冠鶏の卵』を落とす『グリンカムビ』、『蜃帝蛤』『蜃帝牡蠣』『蜃帝鮑』を落とす『元始蜃帝』、『死神海老の爪』を落とす『デスオマール』、『魔鉱ウニ』を落とす『魔針海栗』、『巨渡蟹の卵』を落とす『ジャイアントガザミ』。等々、思いつく限りの食料アイテムを落とすモンスターたちを徹底的に狩り、食材を集めては調理し続け、『八塩折之酒』、『スラー酒』、『ソーマ酒』、『スットゥングの蜜酒』などの酒類も大量に用意した。

 

 正直ホストを差し置いてやり過ぎたと思うが、まぁテンションが上がってしまったのだからしょうがない。

 アイテムボックスに入れておけば腐らないのだから、宴会の際に必要な分だけ取り出して、残りは後々消化して行けば良いだろう。

 ちなみに、同じような感じで作ったおせちが、まだまだ大量に残っているが、そちらは気にしない事とする。

 後で絶対食べるから、残さないし無駄にもしないから!

 

 

 

 そんな感じで少々失敗しつつも、僕は宴会当日を迎えた。

 宴会の開始は日が暮れてからなので、それまでに準備を済ませてから会場の博麗神社に向かう。

 とは言っても、必要な物は既にアイテムボックス内に準備済みだったので、軽く身嗜みを整えたり、叢雲の準備が整うのを待つくらいしか無かったのだが。

 

「叢雲、準備は出来たかい?」

「はい、ばっちりです」

「煙晶竜とクトゥグアは?」

『儂は問題無いよ。態々準備するものも無いしの』

『同じく』

「では、出発しましょうか」

 

 確認を終えると、僕は白銀竜の姿となり、叢雲たちを乗せて飛び立った。

 白銀竜の姿で向かうのは、一種のデモンストレーションだ。幽々子と妖夢は僕のドラゴンとしての姿を見たことが無いから、少し驚かしてやろう程度の考えだが。

 

 僕のドラゴンとしての姿は名前の通り全身白銀色の為、夜には非常に目立つ。

 だが、叢雲から聞いた話によると、夜に空を飛ぶ僕の姿は人里では吉兆とされているらしい。

 なんでも、白い光が一直線に横切る姿が流れ星を彷彿とさせ、その正体を白銀竜(信仰対象)であると叢雲が人里で説明した結果、流れ星に願い事をすると叶うという話しと混じって、『夜に空を飛ぶ白銀竜の姿を目にすると幸福が訪れる』という話しが広まってしまったそうだ。

 

『別に僕には、見た人を幸福にする能力何て無いんだけどねぇ』

「まぁ、こういったものはゲン担ぎみたいなものですから。あまり気にしなくてもよろしいのではないでしょうか?」

『うむ、汝が無理に何かしなくても良かろう。信じたい者には信じさせておけば良いのじゃ』

『煙晶竜に同意します。信仰されているからと言って、全ての祈りや願いを聞き届ける必要はありません。祀られるに値する者であると示し続ければ良いのです』

『そう言うものか……』

 

 信仰の対象になると言うのは、前世も含めて初めての経験だ。

 まだまだ不慣れで、どう行動するべきか悩むことは多いが、幸いアドバイザーが周りに居てくれるため何とかなっている。

 長年祀られ、信仰されていた叢雲は言わずもがな。煙晶竜もゲーム時代も含めて人々から信仰されるドラゴンであったし、クトゥグアもまた邪神とは言え立派な神だ。

 信仰対象としての先輩が周りに居てくれると言うのは、非常に心強い。

 

『……やれやれ、まだまだ学ばなくちゃならない事ばかりだな。叢雲、煙晶竜、クトゥグア、これからもよろしく頼みますよ』

「ええ、お任せください。旦那様」

『うむ、任せておくが良い。友よ』

『お任せ下さい、我が主』

 

 みんなの頼もしさを噛み締めながら、僕は博麗神社を目指した。

 

 

 

 しばらくして神社に到着した僕は、神社の上空を滞空していた。

 今はこの図体だから、下りられる場所が無いかを探していたのだ。

 叢雲たちは、既に僕から降りて宴会に参加していた。僕も早く合流したいところだが。

 

「霖之助様、こちらです! こちらに着陸用のスペースを確保してあります!」

『ありがとう、今行くよ』

 

 声を掛けられ、僕は宴会会場から少し離れた所にある空きスペースへと降り立った。

 僕が着陸する為に紫が用意してくれたスペースらしく、スペース内に誰かが入り込まない様に藍と橙が見張っていてくれた。

 

『こんばんわ。藍、橙』

「こんばんわ、霖之助様。今夜はようこそおいで下さいました」

「こんばんわです。霖之助しゃま!」

 

 以前は僕の事を『森近様』と呼んでいた藍だが、今では下の名前で『霖之助様』と呼んでくれている。

 紫が冬眠している冬の間に、差し入れなどを繰り返している内にそう呼んでくれるようになったのだ。

 

『今日は招いてくれてありがとう。これはお土産だよ。こっちが藍の分で、こっちが橙の分だ』

「ありがとうございます。これは……霖之助様の作った油揚げですね!」

「わぁい! お魚、お魚~!」

 

 アイテムボックスから予め用意していたお土産を呼び出し、藍と橙、それぞれに渡す。

 藍には手作りの油揚げを、橙には海魔の島産の魚の一夜干しを渡した。

 二人共尻尾を大きく振って喜んでいる。その姿は、ゲーム時代の配下達の姿を思い起こさせた。

 

 ―――ああそうか。この姿が見たかったから、僕は毎度彼女たちに好物の食べ物を渡していたのか。

 特に藍は狐である為、配下の『ナインテイル』や『命婦』の事を思い出す。

 お調子者で問題児だったあいつらも、会えないと思うと寂しい物だ。

 

『……藍、紫は会場の方かな? このまま向かっても大丈夫かい?』

「はい、大丈夫です。 ですが……その、紫様は今大変お疲れですので、霖之助様に労って頂ければ、と」

『大変お疲れって……何があったんだい?』

「行けば判ります」

 

 それ以上、藍は何も言わず、僕を会場へと促した。

 冬眠から目覚めて早々に霊夢たちと弾幕ごっこを行ったとは聞いたが、その時の疲れが残っているのだろうか?

 僕は首を傾げつつ、ドラゴンの姿のままのそのそと会場へ向かった。

 

 

 

『し、死屍累々、だと……?』

 

 驚愕の余り声が震えるのを自覚した。

 宴会場には数多くの敷物が敷かれ、春の遅れを取り戻すかのように桜が咲き乱れている。

 招かれている者は多く、見知っている者も初見の者も、数多くの者が参加していた。

 

 が、そこには宴会らしい和気藹々とした雰囲気は微塵も無かった。

 

 参加者の多くは、まるで屍の様に敷物の上に横たわり、辛うじて意識を保っている者も疲労感に満ちている。

 先に会場入りしていた叢雲たちは、倒れている者達の介抱をしているようだ。

 会場の各所には、洗い立ての様な綺麗な食器が積み上げられ、そしてその中心には唯一元気いっぱいの様子で食事を続ける者が居た。

 傍らには次々と料理の乗った皿を運び、順次空になった食器を片付けている妖夢。

 敷物の上には、『日輪』と名付けられたゴールドシープが伏せ、その上では日輪の主人となった幽々子が、次々と妖夢の運んで来た料理を平らげていた。

 不思議な事に、幽々子の食べた終えた料理の皿には、食べかすも一つもついていない。不自然に綺麗な食器が積み上げられていたのはこれが原因か。

 

 余りにも混沌とした光景に呆然としていると、僕に近づき声を掛けて来る者が居た。

 

「―――ようやく来てくれたわね。お久しぶりね、霖之助さん」

 

 声を掛けて来たのは、今にも倒れそうなくらい疲労感を感じさせる紫だった。

 

『久しぶりだね、紫。大丈夫かい? と言うか、何なんだこの状況は……』

「色々あったのよ。色々とね……」

 

 紫の説明によると、事の発端は日輪を連れて幽々子と妖夢が宴会に現れた事だったようだ。

 

 それまでは、皆が皆ようやく訪れた春を祝い、紫が用意した酒や料理を楽しんでいたそうなのだが、幽々子たち、と言うかゴールドシープである日輪が登場してから流れが変わった。

 宴会に参加した者の一人が日輪の毛並みに興味を持ち、触ってみたいと言ったのだそうだ。

 それを幽々子が快諾し、実際に触った者がその毛並みの気持ち良さを騒ぎ立てた事で、自分も自分もと、次々に希望者が増えて行った。

 ゴールドシープは通常の羊よりもずっと大きいが、流石に一度に全員が触れるような大きさでは無い。

 当然、触れる者は早い者勝ちとなったが、その順番を決めるために参加者全員で弾幕ごっこを行う事となった。

 

 結果、敗れた者達が周囲の敷物に力無く横たわり、勝利した者達は日輪の毛皮に上半身から突っ込んで動かなくなったそうだ。

 よく見ると、霊夢や魔理沙を始めとする、見知った少女たちの下半身が日輪の毛皮から生えていた。

 ちなみに、紫が用意した料理の大半は、参加者たちが弾幕ごっこを繰り広げている間に幽々子の胃袋の中に消え、現在進行形で食い尽くされている最中だそうだ。

 ドラゴンの姿で驚かせようと思っていた二人の内、幽々子は食べるのに夢中で、妖夢は死んだ表情で給仕を続けていて気付いていない。

 

「霖之助さん……悪気が無かったのは判るけど、なんてものを幽々子にあげたのよ」

『正直すまなかった。まさかこんな事になるとは』

「霊夢たちは人をダメにする毛皮に飲み込まれて帰って来ないし、用意した料理も八割方幽々子に食べられちゃうし……もう滅茶苦茶よ」

『すまない……けどそれ、半分は幽々子が原因だよね?』

 

 とは言いつつも、僕はアイテムボックスから用意して来た酒や料理を取り出して見せた。

 作り過ぎた料理も、偶には役に立つものだ。

 

『ほら、とりあえず料理が足りないなら、僕が持って来た分があるからこれを使うと良い』

「あら、こんなに沢山……ありがとう、助かるわ。 ……けど、あなたまた張り切って後先考えずに作り過ぎたわね?」

『何故その事を……』

「藍から聞いたのよ。あなたがおせちを作り過ぎて一時期配って回っていたって」

 

 そう言えば、冬の間にその事を藍に話していたっけ。そりゃバレるわな。

 

「おせちの方もまだまだ残っているんでしょ? そっちは幽々子にあげれば良いわ」

『良いのかい? 春の宴会でおせちって』

「構わないわよ。時季外れはともかく、霖之助さんの料理なら文句なんて出ないから」

 

 言い切る紫は、僕の料理の腕を随分と信用してくれているようだ。

 今晩の宴会の料理も、張り切って作った甲斐があった。紫には是非とも料理の味を楽しんで貰いたい。

 特にゲーム時代の食材を使ったものは、回復効果を持つものも多い為、疲れている今の紫にはぴったりだろう。

 

『そう言って貰えると、作った甲斐があったというものだよ。紫の手伝いには叢雲を同行させよう。僕は幽々子の所におせちを届けて……幽々子の給仕はクトゥグアに交代させて、妖夢を休ませようかな?』

「……そう言えば、霖之助さんの所にまたとんでもないのが増えたそうね? クトゥグアって言えば、クトゥルフ神話の邪神じゃない。あの邪神たちは実体を持てるほどの力は無かったはずだけど……」

『紫が冬眠した後直ぐに夢の中で戦ってね? 殴り倒したら僕の配下になりたいって言うから、僕の能力で召喚して色々手伝わせているんだよ』

「コズミックホラーの神格を殴り倒したの? あなた……」

 

 頭が痛いと言わんばかりに額に手を添える紫。

 実は地味にゲーム時代のスクショ機能や動画撮影機能も能力に組み込まれている為、その時の様子を動画で見せることも出来るのだが、後で見せた方が良いかな?

 

『クトゥグアとの戦闘なら動画に残っているが、後で見るかい?』

「……いいえ。正気度が削られそうだから、遠慮しておくわ。他の人にも軽はずみに見せちゃ駄目よ?」

『了解』

 

 紫からの忠告を承知し、僕は会場内で倒れている者達の世話をしていた叢雲たちを呼び寄せて、紫を手伝うように頼んだ。

 さて、僕の方はクトゥグアと一緒に幽々子たちの元へ向かわなきゃな。

 

 

 

 ……そう言えば、紫たちはともかくとして、宴会に参加している者達の誰一人としてドラゴンである僕の姿に驚かないのは何故だろうか?

 まさか気付かれてないとか? ……この姿、結構目立つと思うんだけどなぁ。




ゆかりん「冬眠から目が覚めたと思ったら、巫女たちに襲撃されて宴会やることになるわ、千年来の親友がやらかしているわ、やらかすだろうなぁと思っていた道具屋さんが案の定やらかしているわ……もう、なにこれ?」

転生香霖「ごめんて」



ゆかりん復活!
けど、目覚めた直後に色々あったり色々知らされたりで、気分はバッドモーニングですw
とりあえずゆかりんは、ゆゆ様の相手を転生香霖に任せて、自分は転生香霖が作って来た料理をやけ食いする事にしましたw


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第二十八話 「転生香霖と春の宴会(後篇)」

東方外来韋編の最新刊を買いました。
外来韋編の香霖堂は、霊夢と魔理沙に加えて菫子が良く出て来ますね。

……この作品で深秘録に辿り着くのっていつだ? (白目)


(レビテーション!)

 

 とりあえず、ドラゴンの姿のまま進むと、敷いてある敷物を踏み潰してしまうので、魔法で浮遊しながら幽々子たちの元に近づいた。

 途中倒れている者達の上を通過しているのだが、全然反応されないな。逆に心配になって来たぐらいだ。

 

 幽々子に近づくと、真っ先に反応を示したのはゴールドシープの日輪だった。

 ドラゴンが近づいて来たからなのか、それとも近づいて来る者の正体が僕だと判ったからなのかは知らないが、ようやくまともな反応が帰って来た気分だ。

 僕と眼が合った日輪は、小刻みに震え出し「メェェ~……」と、情けない声を上げていた。

 

「ん? どうしたの日輪……って、うひゃぁああ!?」

 

 日輪の反応に気付いて、こちらへ振り返った妖夢がようやく僕の姿に反応してくれた。

 驚いて腰を抜かした妖夢は、その拍子に手に持っていた幽々子の食べ終わった皿を宙にぶちまけていたが、それらは僕に同行しているクトゥグアの伸ばした触手にキャッチされていた。

 

「どうしたの妖夢、そんなに大きな声を出して?」

「ゆ、ゆゆ、幽々子様!? り、竜が、でっかくて白い竜が!?」

「でっかくて白い竜?」

 

 食べていた料理から視線を外し、幽々子がこちらに視線を向ける。

 ようやく幽々子にも気付いて貰えた。君達、いくらなんでも料理に集中し過ぎでは?

 

「翼を持つ四足歩行の竜……ドラゴンと言う奴かしら? 初めまして……?」

『初めましてでは無いよ、幽々子。僕だよ』

「あら、その声もしかして、霖之助さん?」

「ええぇーーーーー!?」

 

 ドラゴンの正体が僕だと気付き、妖夢は盛大に驚いていたが、幽々子はあまり驚いていない様子だった。

 紫から事前に聞いていたんだろうか? いや、幽々子なら前情報無しでもこんな反応な気がする。

 

『こんばんは。幽々子、妖夢。また随分と食べているね』

「こんばんは。霖之助さん。ええ、美味しくいただいているわぁ」

「こんばんはです。霖之助さん……え? ていうか本当に霖之助さんなんですか!?」

『そうだよ、ほら』

 

 二人の反応は見れたので、僕はドラゴンから人の姿に戻って見せた。

 

「本当だった……霖之助さんって竜だったんですね」

「正確には半人半竜だね。妖夢が半分幽霊なら、僕は半分ドラゴンなんだよ」

「はぁ、そうだったんですね……私と同じ半人」

 

 自分と同じ、そう言って妖夢は少し嬉しそうにしていた。

 半妖の類は昔から少なかったかね。人間からも妖怪からも半端者として迫害される事が多かったし。

 僕も幻想郷に移住する前は各地を転々としていたし、一つの所に長く留まれたことなんて無かったからなぁ。

 

 まぁ、あの頃は僕の性格にも問題があったと、今では反省しているけどね。

 人妖を問わず、半妖を理由にごちゃごちゃ言って来た連中の腕を、片っ端から圧し折って回ったのは流石に今では反省―――

 

「そうだ妖夢、幽々子の給仕はしばらくクトゥグアに変わって貰うから、君は少し休むと良い」

「え? でも……良いんですか?」

「構わないさ。それと幽々子、僕が持って来た料理があるんだけど、食べるかい?」

「ええ、もちろんよ!」

 

 食い気味に答えて来た幽々子に苦笑しつつ、紫の言っていたようにおせちの重箱を取り出してクトゥグアに渡す。

 とりあえず四十人前くらい渡しておけばしばらく持つかな? いや、既に食べられた後の皿の数を見るに、これでもまだまだ足りないのか?

 

 僕について来たクトゥグアは、幽々子の肩の辺りまで移動すると、触手を伸ばして重箱を受け取り、そのまま給仕を始めた。

 

『主の命により、貴殿への給仕を開始する』

「ふふ、よろしくね。クトゥグアさん。あら、中身はおせちなのね。季節外れだけど、美味しそう」

「正月に作り過ぎてしまったものでね。保管方法が特殊だから作りたてのままだよ。今日の為に作って来た料理もあるけど、そっちは他の参加者たちにも十分に行き渡ってからだ。量だけは沢山あるから、好きなだけ食べて行ってくれ」

「好きなだけ食べて良いの? 嬉しいわぁ」

「あの、霖之助さん。大丈夫ですか? その……幽々子様はかなりの健啖家でいらっしゃるんですが」

「少なくとも、おせちだけでも今空になっている皿の量の十倍以上はあるから、気にしなくていいよ」

「じゅ!? 十倍以上、ですか?」

「ああ、十倍以上なんだ」

 

 ほんと、何でこんなに作っちゃったのかな? うっかりし過ぎだよ、ほんと。

 改めて作った量を確認して、後悔が押し寄せて来た。

 だが、そんな事は関係無しに、幽々子は楽し気におせちを食べ始めた。

 

「いっただっきまーす!」

 

 ひょいぱくひょいぱくひょいぱくひょいぱくひょいぱくひょぱひょぱひょぱひょぱひょぱ―――

 

「うーん、美味しいわぁ」

「えぇー」

 

 僕も自分は結構健啖家な方だと思っていたが、彼女を前にすると自信が揺らぐ。

 なんだこれ? 食べる姿から優雅さは決して失われていないというのに、驚くほどのスピードでおせちが食い尽くされて行く。

 彼女の胃袋はブラックホールか何かなのか? いや、亡霊だからそもそも肉体的な胃袋が無いのか? まさか、食べた傍から直接エネルギーに変換を!?

 

「……これはすごいな。クトゥグア、直接コンテナを出しておくよ」

『了解』

 

 アイテムボックス内から、おせちの詰まった貨物コンテナサイズの木造コンテナを取り出し、レビテーションで浮かせる。

 流石にこれを食い尽くすまではしばらく時間が掛かると思うが、今の内に速く料理を配っておいた方が良いだろう。

 

「妖夢、僕は宴会の参加者たちに料理を配って来るよ」

「あ、それなら私も手伝います」

「いや、さっき言った通り、妖夢は休んでいてくれて良いよ。それより、出来ればあの連中を引っ張り出しておいてくれないか?」

 

 そう言って僕が指さしたのは、現在進行形で日輪の羊毛に埋もれている霊夢たちだった。

 それを見た妖夢は、顔を引きつらせていた。

 

「あ、あの人たちをですか?」

「なに、無理にとは言わないさ。僕が来たことと、料理を配っている事を伝えてくれればそれで良いよ。それでも出て来なければ、料理は不要と判断するだけさ」

 

 それだけ伝えてから、僕は料理を配りに行った。

 さて、これで素直に出て来てくれれば良いが……まぁ、出てこなかった時はその時だ。

 

 

 

「こんばんは、霖之助」

「こんばんは、フラン。最初に来たのは君だったか」

 

 料理を配っている途中、最初に僕の元を訪れたのはレミリアの妹のフランだった。

 正月に改めて会って以来、彼女とはちょくちょく紅魔館で開かれるお茶会に誘われる仲だ。

 そうしてしょっちゅう会っている内に、自然と僕の呼び方が名前呼びとなっていた。

 彼女は少し、僕の配下である『ヘザー』と似ている所がある。フランとヘザーを引き合わせたらどうなるだろうか? きっと仲良くなれると思う。

 

 それはそうと、他の者達はどうしたのかと思って日輪の方を見ると、抜け出そうと藻掻くが直ぐに脱力してしまうか、そもそも微動だにしていないかの二通りで、しばらく来る様子は無かった。

 

「君以外は……しばらく帰って来なさそうだね?」

「もう、みんなだらしないんだから。お姉さまなんて、普段は吸血鬼の誇りがどうのって言ってる癖に……」

「ま、それだけ魅力的な毛並みだって事だろう。気持ちは判るよ、あの毛並みは魔性だ」

「確かにそうだけど……」

 

 だらしないと言いつつ、フラン自身ゴールドシープの毛並みを実際に味わっている為、レミリアたちの行動を否定しきれないのだろう。

 まぁ、自力で脱出して来たフランの方がよほどしっかりしているとも思うが。

 

「あら、妹様。私は既に脱出していますよ?」

「あ、咲夜。抜け出せたんだ」

「ええ、つい先ほど。それとこんばんは、店主さん。料理の配膳でしたら、お手伝いしますわ」

「こんばんは、咲夜。助かるけど良いのかい?」

「ええ、この程度はメイドの職務の内です」

 

 凛とした佇まいで咲夜はそう返す。

 先程まで頭から日輪の毛並みに埋もれていたとは思えないほど、完全で瀟洒な姿だ。

 だが、フランは何か言いたい事があるのか、不満げな顔で咲夜を見ていた。

 

「もう、咲夜。いつまで霖之助を『店主さん』なんて他人行儀な呼び方で呼ぶつもり? 付き合いなら私より長いんだから、咲夜も名前で呼ぶべきじゃない?」

「え? ですが……」

 

 フランの言葉を受け、咲夜は困った様子で僕を見て来る。

 僕としては、名前で呼ばれる事の方が多いし、好きに呼んでくれれば良いとしか言い様が無いのだが。

 

「咲夜の好きに呼んでくれれば良いさ。店主と言う呼ばれ方が嫌いな訳じゃないし、名前で呼んで貰えるなら、それはそれで嬉しいからね」

「はい……では、霖之助さんと、お呼びしても?」

「もちろん」

 

 少し恥ずかしいのか、咲夜は薄く頬を染めながら僕の名前を呼んで来た。

 霊夢や魔理沙と比べて大人びているが、こうしていると年相応の少女らしい可愛らしさを感じる。

 その様子に満足したのか、フランはうんうんと頷いていた。

 

「さて、それじゃあ手伝いを頼むよ咲夜。もっとも、もう大半配り終えているから直ぐに終わるだろうけどね」

「はい、お任せください」

「霖之助! 私も手伝って良い?」

「フランもかい? じゃあお願いするよ」

 

 新たにお手伝い二名を加えて、僕は料理の配膳を再開した。

 メイドとして普段から慣れている咲夜に比べ、料理の配膳を行うのが人生初めての経験だというフランの働きはぎこちない物だったが、おっかなびっくりでも頑張るフランの姿を、咲夜と共に見守りながら回るのはなかなか楽しい経験だった。

 手伝ってくれた二人には、後でデザートでもサービスしよう。そう僕は心に決めた。

 

 

 

 料理を配り終えた僕たちは、幽々子の居る敷物から少し離れた場所で料理を食べている妖夢の元に合流した。

 

「やぁ妖夢、料理は口に合ったかな?」

「あ、おかえりなさい霖之助さん。はい、とっても美味しいです!」

「そうか、それは良かった」

 

 手元に料理と酒を呼び出しながら、僕は妖夢の座る敷物に腰を下ろした。

 続いて咲夜とフランも同じ敷物に座る。

 

「あ、咲夜。それから、フランドールだっけ?」

「フランで良いよ、妖夢」

「ようやく抜けられたみたいね、妖夢。あなたのご主人様、健啖にもほどがあるんじゃないかしら?」

「あはは……」

 

 咲夜からの指摘に、妖夢は力無く笑う。

 幽々子が普段からあれだけ食べているのか、それとも今日が宴会だから羽目を外しているのかは知らないが、これだけ食べる相手に普段から仕えているとなると、色々大変だろう。

 

「そ、そう言えば霖之助さん! ご相談したい事があるんですけど」

「うん? なんだい?」

 

 露骨に話を変えて来た妖夢だが、まぁ敢えて指摘はしない。

 時には不都合な現実から目を逸らす事も大切なのだ。問題自体は解決しないが、精神衛生上は必要だ。

 

「実は、この剣の事なんですが……」

 

 そう言って妖夢は、背負っていた二本の刀の内、長刀の方を鞘ごと僕に差し出して来た。

 

「ふむ、拝見しても?」

「ええ、お願いします」

 

 妖夢の許可を得て、受け取った刀をゆっくり抜く。

 鞘から現れたのは、一目で名刀の類だと判る素晴らしい刀だったが、刀身の一か所が欠けていた。

 

「これは……」

「先日叢雲さんの手刀と打ち合った時に欠けてしまいまして。どうしたものかと困っていたところ、叢雲さんから霖之助さんなら修復出来ると伺いました」

「なるほどね」

 

 叢雲と打ち合ったと言うのなら納得だ。

 彼女は誇張無しで、日本神話最強の神剣だ。名刀も鈍も神剣も関係無しに、彼女と打ち合えば一方的に刃が欠けてしまう事だろう。

 

 ……しかし、刀の修復か。ふむ……。

 

「相談と言うのは、この刀の修復の依頼か……良いよ、請け負おう」

「え、そんなにあっさり……良いんですか?」

「ああ、もちろん。叢雲が欠けさせた物だし、彼女の担い手として、僕が責任を持って修復しよう」

「本当ですか!? 良かったぁ……」

「ただし、」

「へ?」

 

 安心している所で悪いが、話はまだ終わっていない。

 まぁ、ここからは完全に趣味になるし、妖夢に断られればそれまでなのだが。

 

「ただし、一つ相談なんだが。この刀、僕に打ち直させてくれないか?」

「打ち直し、ですか?」

「ああ、より強力な物となる事は約束するよ」

 

 刀と言えば、僕に取って最も馴染み深い武器と言える。

 前世の素材や、最近生産出来るようになったオリハルコン合金を使って、僕が今作れる最高の刀を作ってみたいという気持ちは、前々からあったのだ。

 ただ、刀なんて打った日には叢雲が絶対に嫉妬するから、今まで製作に踏み切れなかったのだ。

 だが、今回合法的に僕が刀を製作出来る機会がやって来た。折角なら、物にしたい所である。

 

「より強力に、ですか。具体的にはどれほどの物になるでしょうか?」

「それはやってみなければ判らない。が、僕自身のアイテム作成の腕は中々の物だと自負しているよ。君が知ってそうな所だと、魔理沙のミニ八卦炉や叢雲の鉄扇は僕の作品だ」

「あれって霖之助さんが作ったんですか!?」

 

 大きく口を開けて、妖夢は派手に驚いた。

 ふむ、この驚きは良い意味で受け取って良いもの、だよな? あんなすごい物を作ったのか!? みたいな。

 

「楼観剣もあんな風に……ぜひお願いします!」

「うむ、任せたまえ」

 

 正式に妖夢から依頼を受け、彼女の愛刀である『楼観剣』を受け取った。

 仕事の話も終わったし、後は普通に宴会を楽しむだけだなと思ったら、今度は咲夜から相談があった。

 

「霖之助さん。実はその、私も霖之助さんに装備の製作依頼をしたいのですけど」

「咲夜、君もかい?」

 

 咲夜の話によれば、今回の異変の際自分の力不足を感じ、その不足を補う為にの方法をパチュリーに相談したところ、以前僕が渡した素材を使ってアイテム作成を行うという話になったのだが、その際僕の力も借りたいとの事だった。

 

「霖之助さんに以前いただいた素材ですが、パチュリー様もまだまだ利用法の確立に難航していまして、素材の利用方法を知っている霖之助さんの知恵をお借りしたいそうです」

 

 そう言う事か。確かに、あの素材の特性を一番知っているのは僕だし、利用方法のテンプレを知っているのも僕だ。

 未知の素材を一から研究するより、その素材をある程度理解していて、利用法も知っている僕の協力があった方が何倍も速いだろう。

 

「判った。その依頼も受けよう。ただし、料金は当然しっかり貰うよ? 妖夢の場合は僕の趣味と言う面が強いから、そんなに高い料金設定にするつもりは無いけど」

「ええ、当然ですね」

「あ、安くなるんですね。良かったぁ」

「もー、三人とも! いつまで仕事の話をしているつもり? 折角の宴会なんだから楽しまないと!」

 

 僕たちの話が一段落したところで、フランがそう言いながら僕たちに酒の入った杯を差し出して来た。

 確かにフランの言う通りだ。折角の宴会を楽しまないなんて損と言うものだ。

 僕と妖夢、咲夜は顔を見合わせると、少しだけ苦笑してから手にした杯を持ち上げた。

 その様子で、何をするのか察したフランもまた、ニコニコしながら自分の杯を掲げた。

 

「「「「乾杯!」」」」

 

 軽くぶつけ合った杯から飛び散った酒の雫が、月明かりを受けてキラキラと輝いた。

 

 

 

 なお、この後妖夢から預かった楼観剣の代わりに、僕の『神鋼鳥の刀』を貸し出したのだが、その時近くを通りかかった叢雲が、物凄い目で神鋼鳥の刀を見ていたのが軽くホラーだった。




フラン「お肉美味しい~!」

咲夜「海鮮美味しいですね」

妖夢「このお酒、美味しいです!」

転生香霖「君らの分? 無いよ。君らは羊毛に包まれていれば満足だろう?」(ムシャムシャ)

霊魔レ美パ「えぇ~、そんなー」(うるうる)

転生香霖「はぁ、しょうがないなぁ……今回だけだよ」

霊魔レ美パ「わぁい!」



結局あげる転生香霖であった。
こうやって無自覚に餌付けして行くんやなって。


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第二十九話 「転生香霖と魂魄の刃」

厨二武器、爆誕☆


 宴会の翌日、僕は店番をクトゥグアに任せて、香霖堂地下塔の工房へと来ていた。

 目的は、妖夢から請け負った『楼観剣の修復と強化』である。

 

 工房の作業台の上には楼観剣が置かれ、その周囲にはオリハルコン合金や魔結晶などのお馴染みの素材たちが所狭しと並んでいる。

 これらを使えば、間違いなく強力な剣が出来上がるが……。

 

「ふむ、少しつまらないな」

 

 そう、それだけじゃあつまらないと、僕は感じていた。

 思えば最近は、便利だからと言ってオリハルコン合金に頼り過ぎている気がする。

 別にそれが悪いと言う訳じゃないが、ワンパターンなのは飽きてしまう。

 折角なら、もっと別の素材も使ってみたい。

 

「となると、あれか……」

 

 僕はアイテムボックスから、金属的な光沢を持つ漆黒の素材アイテムを取り出した。

 ゴトリ、と重たい音を響かせて、その素材が作業台の上へと置かれる。僕が楼観剣の強化素材として選んだのは、『ボイドドラゴン』のドロップアイテムである『虚無竜の翼爪』だった。

 

 この素材は、僕の得物の一つである『虚無竜のデスサイズ+』や、ゲーム時代に生産職のプレイヤーに作って貰った『虚無竜の投槍+』の素材となったアイテムである。

 その威力は折り紙付き、デスサイズの方は破滅の女神『ツィツィミトル』さえ一撃で両断した逸品だ。間違いなく強力な武器となってくれるだろう。

 

「それと、組み合わせるならこれだな」

 

 続けて、僕が取り出したのは『仏像シリーズ』からのドロップ武器の一つである『七星刀』だった。

 

 叢雲の使う鉄扇『オリハルコンファン』を作った時、僕は耐久値の回復が出来ないゲーム時代の武器たちのデメリットを、他の武器の素材にする事で、武器性能だけを移してデメリット部分を克服するという方法を編み出した。

 正確には、魔理沙のミニ八卦炉の時も組み込んだアイテムの中に耐久値が回復出来ない『如意宝珠』が混じっていたのだが、その時は組み込んだ素材が膨大過ぎて気付かなかったのだ。僕ってばうっかりし過ぎかな?

 

 まぁとにかく、デメリットを打ち消した上で武器をより強力な物に出来るこの手法は画期的だった。

 これに気付いた時は、テンションが上がってゲーム時代に使っていた武器同士を合成させて、色々と強化して見たものだ。『オリハルコンランス』と『グングニル』を組み合わせるとかね。

 

 後でその事が叢雲にバレた時、物凄い目で見られたが……まぁ、はい。すみませんでした。

 

「って、そうじゃない。今は妖夢からの依頼を完遂しなきゃな」

 

 脳裏に浮かんだ叢雲の顔を振り払い、僕は作業を開始した。

 この刀は良い物に生まれ変わる。それも、とびっきりの良い物に。

 

 

 

 後日、楼観剣の修復が終わった事をクトゥグアに白玉楼まで伝えに行って貰った所、帰りのクトゥグアと共に妖夢が店にやって来た。

 余程楽しみにしていたのだろう。

 

『ただいま帰還しました。主よ』

「こんにちは霖之助さん! あの、クトゥグアさんから楼観剣が直ったって聞いて来たんですけど……」

「ああ、もう仕上がっているよ。最後に妖夢が実際に振るうのを見て微調整したいから、外に行こうか」

「はい! あ、では先にお借りしていた剣を返しておきますね」

 

 妖夢が背負っていた神鋼鳥の刀を鞘ごと外して僕に返して来た。

 そのまま受け取って、何となく腰に差す。うん、叢雲には悪いけど、やっぱり馴染むなぁ。

 

「貸してた間、不自由しなかったかい? 元々自分用に作った物だったから、体格的に妖夢には使い難かっただろう?」

「いえいえそんな! こんなにすごい刀を振るえて楽しかったです! 調子に乗って振ってたら、白玉楼の燈籠を一本真っ二つにしちゃって、幽々子様から怒られてしまいましたけど……」

「ははは、気持ちは判るけど、周りには気を付けようね? 新しくなった楼観剣でもその調子だと、また怒られてしまうよ」

「うぅ、はぃ……」

 

 妖夢の失敗談に苦笑しながら、妖夢とクトゥグアを連れて店の外に出る。

 店の前の広いスペースまで歩いたところで、僕はアイテムボックス内から改修した楼観剣を取り出した。

 

「手持ちの素材で強化したら、鋭くなり過ぎて鞘が持たなくてね。勝手ながら新調させて貰ったが、構わないかい」

「あ、はい。それは全然大丈夫です。それよりも鋭くなり過ぎたと言うのは?」

「……まぁ、実際に見て見れば判るよ。素材の関係で前より少し重くなっているから、気を付けてね」

「はい、判りました。 ……っと、確かにちょっと重たくなってますね」

 

 刃の長さや握りの部分は前と変わらないが、逆にそのせいで感覚のずれが大きいかも知れない。

 まぁこの辺は実際に使い込んでなれるのが手っ取り早いのだが、妖夢が振っている所を見て微調整すれば多少マシになるだろう。

 

「抜いて見てごらん。強力なだけじゃなく見た目もかなり綺麗になったと自負しているよ」

「そうなんですか? では、失礼して……わぁ!」

 

 刃に釣り合う様に『涅槃の閂』から作った鞘から、生まれ変わった楼観剣が姿を現す。

 

 刀身は虚無竜の翼爪と同じ漆黒に染まり、剣腹には七星刀に由来する北斗七星の輝きが宿っている。

 この輝きはの正体は、凝縮して組み込んだ『星結晶』の放つ光だ。

 妖夢は掲げた楼観剣の刀身に見入り、頬を紅潮させてうっとりと眺めている。

 

「……妖夢、試しに何度か振ってみてくれないか? その様子を見て最終調整がしたい」

「―――は、はい! 判りました! ……すみません、つい見蕩れてしまって」

「いや、そう言って貰えると、作った方としても嬉しいよ。なにせ僕自身会心の出来だと思っているからね」

「はい! 本当に素晴らしい出来です! こんなに良い物を作って頂いて、何とお礼を言ったら良いのやら……」

「なに、その反応だけで十分だよ。職人なんて言うのは、自分の作った物を褒めて貰うのが一番の報酬だからね」

 

 もちろん、仕事である以上代金はきっちりと貰うが、それはそれとして、料理然り作った物を喜んで貰ったり、褒めて貰うのが作った側としては何より報われる瞬間なのだ。

 妖夢の言葉や表情は、今回の仕事における僕への最大の報酬と言って良いだろう。

 

「さ、妖夢。気持ちは十分に伝わっているから、試しに振るってみてくれ。最後の微調整を残したままじゃ、画竜点睛を欠くからね」

「―――判りました。本当にありがとうございます、霖之助さん!」

 

 妖夢の純粋な笑顔が眩しい。

 こう無邪気な反応をされると、つい霊夢や魔理沙の小さい頃を思い出して頭を撫でたくなるのだが、今はぐっと堪えよう。

 まずは、楼観剣をきちんと仕上げないとな。

 

「では、行きます。 ―――セイッ、ハァッ!」

 

 正眼に構えた妖夢は、洗練された動作で次々に剣を振るう。

 見た事の無い型だったが、恐らく妖夢の使う流派の型なのだろう。

 澱みの無い動作は、日頃の訓練の賜物であろう。実に美しい剣筋だと、僕は感じた。が、

 

(少し綺麗過ぎる。それに、型に嵌り過ぎているな)

 

 ただ剣を振るう姿を見ているだけでも、判って来る事はある。

 妖夢の剣閃は実に美しい。だが、綺麗過ぎて遊びが無い。

 それに型を意識し過ぎて、動作が固くなってしまっている。

 基本を疎かにしない姿勢は好感が持てるが、それも行き過ぎれば対応力を落としてしまうだけだ。

 この辺りは、実戦を繰り返して実感と共に鍛えて行くのが一番なのだが、どうも妖夢は、長い間一人稽古を続けてきたように感じられる。

 振るう剣が相手を想定した物では無く、ただ型をなぞる為の物であるのがその証拠であろう。

 

 見どころはある。才能があるだけでは無く、妖夢の直向きさ剣の道を行く上で大切なものだ。

 だが、余りにも環境に恵まれていない。

 稽古や試合を行える相手が居ないと言うのは、彼女の成長にとって大きなマイナス点となるだろう。

 一人で極められるほど、剣の道は容易く無いのだ。

 まぁ、極めたとは口が裂けても言えない僕が言っても説得力が無いかもだが。

 

「―――ふぅ。あの、どうでしたか? 霖之助さん」

「ふむ、そうだね……」

 

 考え事をしている間に、妖夢は一通り型を振るい終えて、僕に話しかけて来た。

 考え事をしながらでも、振るう様子は見ていたので、調整には問題無い。

 

「刀身のバランスと、握りを少し調整すればバッチリだね。少し貸してくれ」

「はい、お願いします」

 

 妖夢から受け取った楼観剣の刀身を、魔力を込めた手で撫でる。

 もう少し大掛かりな調整をするなら工房に向かっている所だが、ほんの少し微調整するだけなら、ちょっとした魔法を使うだけで十分だ。

 調整が終わった楼観剣を、再び妖夢に返す。

 

「これで大丈夫のはずだ。試してみてくれ」

「はい。 ……わ、すごい。さっきよりもしっくり来てます!」

 

 どうやら調整は上手く行ったようだ。では……。

 

「妖夢、後は振るうのに慣れさえすれば大丈夫だね?」

「はい、大丈夫です。これ位なら直ぐに慣れて見せます!」

「そうか……なら構えなさい」

「……え?」

 

 腰に差した神鋼鳥の刀を抜き、片手で半身に構え切っ先を妖夢に向ける。

 妖夢は自体について行けていないようで、呆けた様子で疑問の声を上げたが、構わず僕は続ける。

 

「型通りに振るうだけじゃ判らない事は沢山あるからね。実戦稽古に勝るものは無い、とは言わないが、感覚を掴むなら実戦の方が優れているのも事実だよ」

「……そう、ですね。お師匠様も昔似たような事を言っていました」

 

 お師匠様、とやらの言葉を思い出したのか、妖夢は居住まいを正した。

 うん、良い顔になったじゃないか。

 

「実戦稽古や試合は長い事してないんだろう? 今日は僕が付き合うから、いくらでも打ち込んで来なさい」

「はい! ……けど、どうして判ったんですか? 私がしばらく対人戦を経験していないって」

「剣を振るう姿を見れば、判って来る事もあるんだよ」

「なるほど。お爺ちゃんも斬れば判るって言っていたし、そういう事なんですね!」

「まぁ、ニュアンス的には似ているかな?」

 

 そのお爺ちゃんと言うのが、妖夢の師匠という事なのかな?

 爺様が師匠と言うのは、前世の事を思い出して嫌な気分になるが……まぁそれは置いておこう。

 

「一応は先達の剣士として、今日は胸を貸そう。来なさい!」

「はい! 行きます!」

 

 思い切り良く踏み込み切りかかって来る妖夢。

 躊躇いが無いのは良い事だ。では、こちらも行くとしよう。

 胸を貸すと言った以上、妖夢にとって得るものの多い試合を心掛けなくちゃな。

 

 

 

「はぁ、はぁ……うー……」

 

 地面に倒れ伏す妖夢が呻いている。心なしか、隣の半霊もへたって居る様に感じるな。

 

「立てるかい、妖夢?」

「うぅ、て、手足が動きませんー……」

「なら、魔法で回復させよう。そうしたら続きだ」

「ひぇ~、ちょっとは休ませて下さいよぉ」

「駄目だ」

 

 ここまで打ち合ってみた感想だが、妖夢は動きが硬すぎる上力み過ぎている。

 型通りを意識し過ぎるから、簡単に足払いを食らってしまっているし、脱力が出来ていないから体力も直ぐに尽きてしまっている。

 この二つの問題の根本は同じ、圧倒的な経験不足だ。

 駄目な点を僕が口で指摘するのが一番早いが、それでは自分で考える力を育めなくなる。

 

 足払いを食らったから足元ばかり注意し、逆にそこを付かれて剣を弾き飛ばされ、今度は弾かれない様にと強く握り込んだところで、今度は動きの鈍くなった腕を掴んで投げ飛ばす。

 そう言ったことの繰り返しの中で、一つの事に集中するのではなく、全体に気を配る感覚を身に付けて欲しい。

 理想は自分の背後に目があるかのように、全体を俯瞰する事だ。

 

 そして体力の限界まで自分を追い込むことで、自然と最小限の動作で動く事や、適度に力を抜く事を体が覚えて行くだろう。

 

 つまり何が言いたいのかと言えば、剣の修行は自分を追い込むことが一番の近道なのだ。

 追い込み過ぎても体を壊すだけだが、その辺は僕が気を配ればいいだけだ。

 

「だから妖夢、続けるよ。それが妖夢の為にもなる」

「ふぇぇ、お師匠様だってここまでスパルタじゃ無かったですよぅ」

「そりゃあ僕は君のお爺ちゃんじゃないからね。別人なんだから、教え方だって違って来るさ。さぁ、喋っている間に体力も回復しただろう? 継続回復の魔法を掛けているから、まだ回復していないなんて言わせないよ。立つんだ。ハリーハリー!」

「ひぇぇ~、幽々子様ぁ!」

 

 

 

 泣き言を無視して、その後も日が暮れるまで妖夢との稽古を続けた。

 終わってから、少し厳しくしすぎたかな? と思ったが、翌日も妖夢は店に来て、僕の稽古を受けて行った。

 

 それからは、妖夢も白玉楼での仕事があるため、毎日では無いが数日おきに店に顔を出すようになった。

 後に、あれだけ泣き言を言っていたのに、良く自分から来る気になったね? と、訊ねてみると。

 

「確かにきつかったですけど、誰かに稽古をつけて貰うのは本当に久しぶりで、嬉しかったですし、楽しかったんです。霖之助さん、どうかこれからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」

 

 そう言って妖夢は丁寧に頭を下げて来た。

 

 以来、妖夢との稽古は僕の楽しみの一つとなっている。

 次はどんな稽古を付けようか? そう考え悩む時間もまた、楽しいひと時だった。




『楼観剣・改』

虚無竜の翼爪と七星刀を組み込んで作られた、漆黒の刀身に輝く北斗七星が浮かぶオサレ武器。
この剣で斬れない物は、割とマジで殆ど無い。(それでも叢雲なら刃毀れを生じさせられる当たり、流石は最強の神剣の貫禄である。例によって自己修復機能があるから、多少刃毀れさせたところで直ぐ元通りになるけど)


なお、七星刀は時空属性を持っている為、楼観剣・改には『ショート・ジャンプの札』が組み込まれているので短距離転移が使える。
この機能を初めて使った時、妖夢は縮地が使えるようになったと勘違いして喜んでいたが、後に転生香霖から刀の機能だと教えられてショボンとなった。


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第三十話 「転生香霖とカレー日和」

カ、カハッ、カッハ、カパパパパ……(サモナーさんが更新されて嬉しいけど、続きが気になり過ぎて喘いでいる欠食読者)


 最近気付いた事だが、どうやらアイテムボックスの中身と容量が増えているらしい。

 

 先日の事だが、無縁塚でアイテム収拾をしていた時に、一冊の外来本を拾った。

 その本と言うのが料理雑誌で、内容がカレー特集だった為、僕は無性にカレーが食べたくなった。

 だが、僕の店にも、普段使っているアイテムボックスの中にもカレーの材料は無かった為、もう一つのアイテムボックスの中から材料を呼び出そうとしたのだ。

 

 ゲーム時代、僕は二つのアイテムボックスを手に入れた。

 一つは僕自身が携帯し、もう一つは拠点に召喚モンスターを配置する呪文『ポータルガード』で召魔の森に配置したモンスターたちが集めたアイテムを保管する為に、召魔の森に置きっぱなしにしていた。

 召魔の森に置きっぱなしにしていた方には、召魔の森で採れた作物なども保管されている為、そこから材料を呼び出そうとしたのだ。

 

 そうして呼び出せる材料の量を確認して見ると、明らかにゲーム時代の限界量以上のアイテムが保管されていて驚いた。

 どうやら、転生した際にアイテムボックスの保管量の限界が無くなっていたようで、僕が転生してからの数百年の間、配下のモンスターたちは収集したアイテムをずっと、アイテムボックスの中に回収し続けてくれていたようだ。

 その量は膨大で、僕一人じゃ一生かかっても使いきれない様な有様だったが、まぁ消費しきれるかどうかは置いておいて、僕は配下達に感謝しながら材料を呼び出してカレーを作った。

 

 作ったカレーの量はとにかく沢山。

 甘口、中辛、激辛、インド風、ビーフ、ポーク、チキン、シーフード。

 様々な種類の物を学校給食でも作っているのかと言われそうなくらい、沢山作った。

 アイテムボックスの中に入れておけば腐る事は無い以上、作りたくなった時に沢山作って、食べたくなった時にいつでも食べられるようにしておくのが良いと判断した上での行動だ。

 決して、作っているのが楽しくなって作り過ぎてしまっている訳では無い。

 

 それに……最近は、料理を予め大量に作っておいた方が良い事情がある。

 

 

 

 ―――カランカラン

「こんにちわぁ」

「こんにちは、霖之助さん」

 

 ドアベルが鳴り、聞き慣れた少女の声と、最近よく聞くようになった少女の声が聞こえて来た。

 その声を聞いて、僕は少しばかり頭を抱えたい気分になった。 ……主に最近よく聞くようになった声のせいで。

 

「……いらっしゃい。紫、幽々子。今日は何をお探しで? って、聞きたいところだけど……」

「今日もお昼ご飯を御馳走になりに来ました。代金はきちんと払うから、お願いね?」

「いつもごめんなさいね、霖之助さん。けど、幽々子ったらどうしても霖之助さんの料理が食べたいって聞かなくって」

「……まぁ、僕の料理が求められているのは嬉しいんだけどね」

 

 店にやって来たのは、申し訳なさそうな様子の紫と、「今日のお昼は何かしら?」なんてマイペースに呟いている幽々子だった。

 この二人は、最近は数日おきに連れ立って店を訪れ、僕の作った料理を食べて行く。

 一体いつから香霖堂は食事処になったのか? と言われかねない有様だが、二人共食事の後は必ず買い物をしてくれるし、食事の代金もきちんと払ってくれる。

 特に幽々子は毎回食べて行く量が膨大な為、幽々子の食事代による収入はかなり多く、その上毎度毎度本当に美味しそうに食べてくれるため、結局断れずに食事を提供し続けてしまっているのだ。

 

「とりあえず座ってくれ。今日はカレーにしようと思っていたんだが、味は甘口、中辛、激辛、インド風。種類はビーフ、ポーク、チキン、シーフードで用意してあるけどどれが良い?」

「じゃあ、私は甘口のビーフカレーでお願い」

「私は全部でお願いするわぁ」

 

 紫が甘口のビーフで、幽々子が全部っと。

 幽々子の注文に苦笑してしまうが、まぁどれか一つを集中的に食べられるよりはマシか。

 下手したら、追加で更に作ることになってしまうかもしれないからな。

 

「了解っと。トッピングは福神漬けの他にチーズやトンカツなんかも用意出来るが、要るかい?」

「なら、私は福神漬けだけ貰おうかしら」

「私はこっちも全部でお願いね」

「毎度あり」

 

 いっそ清々しいほど幽々子の態度は一貫しているな。

 まぁ、二人はこの店にとって貴重なお得意様だ。しっかりもてなそうじゃないか。

 

 僕は『アポーツ』で手元に呼びよせたコップ二つを二人の前に置き、水を生成する『リキッド・ウォーター』で水を注ぎ、氷の礫を生成する『フリーズ・バレット』で氷を入れた。

 コップと同様に、カレー皿と炊いた米の入ったお櫃、カレーの入った鍋と福神漬けの入った壺やトンカツの乗った皿とチーズを入れた容器を呼び出せば準備はほぼ完了だ。

 後はスプーンとお玉、しゃもじを呼び出して、カレーを盛り付ければ配膳は完了。この間約三十秒ほどである。

 

「わぁ、美味しそう」

「いつ見ても手馴れているわねぇ」

「なにせ、普段から良く食事をたかりに来る娘たちが居るからね」

 

 手慣れている、と評した紫にそう返す。思い浮かべたのはいつもの紅白巫女と白黒魔法使いの姿だ。

 

「……毎度幽々子を連れて来ている私の言えたことじゃないけど、霖之助さんも大変ね」

「私は一人でも来れるのだけど?」

「それじゃあ心配だからいつも連れて来ているのよ。放っておいたら、お昼どころかここに住み込んで毎日三食霖之助さんに作って貰おうとしそうだもの」

「あら、それ良いわね! 霖之助さん、お願い出来るかしら?」

「はっはっは。駄目だよ」

「ぷぅ」

 

 そんな風に可愛く口を尖らせても、駄目なものは駄目だ。うちは旅館でもホテルでも無く古道具屋なんだから。

 こうして食事を出しているのは、店のお得意様に対するサービスだ。

 

「まぁなんにせよ、冷めないうちに食べてくれ。何せこのカレーの材料は全て召魔の森産の物だ。どんな高級食材にも負けない物だと自負して―――」

 

 ―――カランカランッ

 

「こんにちは、霖之助さん」

「おーい香霖、来たぞー」

「こんにちは。あの、幽々子様がこちらに来てませんか?」

 

 おや、急に人が増えたな。扉を開けて入って来たのは霊夢、魔理沙、妖夢の三人だった。

 三人ともこの店にはよく来るが、三人一緒にと言うのは少し珍しい。まぁ、店の前か店に来る途中で行き会ったとかだろうが。

 

「いらっしゃい、三人とも。幽々子なら来ているよ」

「あ、居た。幽々子様! また霖之助さんにご迷惑を掛けているんですか?」

「あら妖夢、人聞きが悪いわね。迷惑なんてかけていないわよ。代金だってちゃんと払っているのだし」

「……まぁ実際、幽々子の食事代は結構な収入になっているけどね」

 

 それでも古道具屋であるうちに毎度毎度食事メインで来ている事に思う所が無い訳じゃないが、まぁなんだかんだ僕自身も幽々子が来るのに備えて、大量の料理を作るのを楽しんでいる。

 妖夢にはそう説明しておこう。

 

「あら、紫までいたの。なんだか美味しそうなもの食べているわね。霖之助さん、私にも頂戴?」

「あ、私も私も! 紫や幽々子にだけこんな美味そうな物を出すなんてズルいぜ!」

「ズルくない。紫も幽々子もきちんと食事の代金を払っているからね。妖夢の分くらいならサービスで出しても良いが」

「え? 良いんですか?」

「食事だけでなく、幽々子は店できちんと買い物もしてくれるからね。幽々子の従者である君の分ならサービスで出すよ」

「あら霖之助さん、主人である私へのサービスは無いの?」

「そもそも君が満足する量の料理を、古道具屋である僕が用意していること自体がサービスなんだが?」

「ふふ、そうよねぇ。幽々子の食事を用意するのは私でも大変だもの。それを食事処と言う訳でも無いのに毎回用意してくれているんだから、これ以上のサービスは無いわよねぇ」

 

 僕の物言いがツボにでも入ったのか、紫はお腹を押さえて笑っている。

 笑われた方の幽々子は、軽く頬を膨らませてプイッとそっぽを向いてしまったが、それほど怒っているようには見えない。

 随分長い付き合いの友人同士であるらしいし、お互いに対する気安さが感じられた。

 

「それで、結局私たちはそのカレーは食べさせてもらえないの?」

「えぇー、食わせてくれよ香霖!」

「うーん、普段なら別に構わなかったんだが、代金を払ってくれている二人の前で、同じ物を出すのはなぁ」

 

 いつもなら昼食ぐらい出しても構わなかったんだが、いつもツケばかりの霊夢と魔理沙に、きちんと代金を払っている紫や幽々子と同じ物を出すのは憚られる。

 おにぎりくらいなら直ぐ出せるが、かと言ってカレーを食べている横でおにぎりをもそもそ食べさせるのも可哀そうだしなぁ。

 

「しょうがないわね。じゃあお勝手にある物を使って自分で作るわ。行きましょう魔理沙」

「おう、そうだな」

「待て待て待て、蛮族か君たちは。判った判った、カレーは食べさせてやる。けど、一つだけ条件がある」

「条件?」

 

 店の奥に入り込もうとした霊夢と魔理沙の襟首を掴んで引き留める。

 まったく、ご飯を貰えないからって、人んちの食材と台所を使って料理を作ろうとするなんて、発想が斜め上過ぎるぞ。

 

「そう、条件だ。みんなが食べ終わった後の食器、それを洗うのを手伝ってくれるなら、カレーを食べる事を許可しよう」

「いや、みんなって言うかそれ、主に幽々子が食べた食器だろ? あれを全部洗うのか……」

 

 遠い眼をしてそう言う魔理沙。おそらく宴会の時、幽々子が積み上げた大量の食器でも思い出しているのだろう。

 あれを思えばかなり厳しい条件だが、代金を払っていない二人にも食べさせるなら、これ位の条件は付けなくっちゃなぁ。

 

「嫌なら別に構わないぞ。ただし、その時は具の無い塩むすびしか出さん」

「……私はやるわ。魔理沙は塩むすびにする?」

「ちょ、私もやるから! 具無しの塩むすびは止めてくれ!」

「よろしい。では、好きなのを選んで盛り付けると良い」

 

 アイテムボックスから複数のカレー鍋と食器を呼び出し、先に呼び出しておいたカレー鍋やお櫃を『テレキネシス』で浮かび上がらせる。

 バイキングスタイルみたいなものだ。と言うか、紫や幽々子に出す時も始めからこうすれば良かったな。

 ついでに周囲の空気をコントロールする呪文『エアカレント・コントロール』も使っておこう。店の中がカレー臭くなってはかなわんからな。

 

 浮かび上がった食器の中から大きな皿を取った霊夢と魔理沙は、これまた限界ギリギリを責める様にご飯とカレーを超大盛りでよそっていた。妖夢は二人の後から遠慮がちに普通盛りだった。

 ついでに僕の分も自分でよそっておこう。もちろん大盛りで。

 

「皆に行き渡ったみたいだね? それじゃあ改めて、いただきます」

「「「「「いただきます」」」」」

 

 僕に後に続いて、五人が声を揃える。

 ずいぶんと賑やかな昼食になったが、こういうのも悪くない。

 

 

 

 と、それで終われば良かったのだが、事件は起きた。

 事件と言うか、魔理沙の自業自得だったのだが。 

 

「……っ! ……ッ!?」

 

 魔理沙が悶絶しながらのた打ち回っている。原因は、僕が食べていたインド風カレー(超激辛)だ。

 日本で普段食べられているカレーと違い、大量のスパイスを使用し、小麦粉を使ってとろみを出さないインド風カレーは、他のカレーとは見た目がかなり違う。

 その事で興味を示した魔理沙が、僕が止めるのも間に合わず、僕が食べていた物をスプーンで一掬い食べた結果、予想以上の辛さでこうして苦しんでいると言う訳だ。

 

 魔理沙はコップの水を必死に飲んで辛味を押し流そうとしているが、それは悪手だ。辛味と言うものは、水を飲むとより強調されてしまう。

 こういう時は牛乳とかの方が良いんだが、アイテムボックスの中に在庫があったかな? いや、そうだあれがあった!

 僕は新しいコップと、目的の物が入った容器を呼び出して、その中身をコップに注いだ。

 

「魔理沙、これを飲みなさい。楽になる」

「…! ごくごくごく、ぷはぁー! た、助かったぜ……」

 

 魔理沙が息を吐くのと同時に、周囲に果物のような甘い香りが漂う。

 魔理沙に飲ませたのは、山羊型のモンスターである『アマルテイア』から採れるミルク、『豊穣の乳』だ。

 本来は生産量が限られるかなり貴重なものだが、数百年分の蓄積で在庫はたっぷりある。

 それにこのミルクは、ギリシャ神話においてゼウスがこの乳を飲んで育ったとされる物で、ゲームのアイテムとしての効果は『経験値取得効率向上』だ。育ち盛りの魔理沙にはぴったりの物である。

 

 魔理沙は豊穣の乳の味が気に入ったのか、ゴクゴクと飲み干した後お代わりを要求して来た。

 

「あら、美味しそうな匂いね。霖之助さん、私も同じ物を頂けるかしら?」

「ああ、構わないよ。沢山あるから、みんなも遠慮せず飲むと良い」

 

 全員に振舞った豊穣の乳の味は大好評だったが、紫だけは飲み干した後に「美味しいけど、またとんでもない物を……」と、呟いていた。

 どうやら紫だけは、豊穣の乳の事を知っているようだった。僕の記憶を覗いた時に知ったのだろう。

 

 そうだ、これからは霊夢や魔理沙、妖夢に咲夜の分も豊穣の乳を毎朝届けると言うのはどうだろう?

 妖夢は半分幽霊だが、人間である彼女たちは今が育ち盛りだ。豊穣の乳の効果はきっと役に立ってくれるだろう。

 

 その事を紫に相談すると、紫はかなり長い間悩んだ後「橙の分もお願いするわ」と言って許可してくれた。

 子供たちの健やかな成長を願う気持ちは、人間も妖怪も半妖も変わらないのだ。




深夜にこの話を書いていたら、お腹が減り過ぎて途中でダウンしてこんな時間の投稿になりました。
けど、一晩寝たらカレー食いたいって言う気持ちが引いて来ちゃったんですよねぇ。
なんで私に気持ち良くカレーを食わせないんだ! (トーマス並感)

そして転生香霖がアマルテイアミルクのデリバリーを開始しましたw
神々の王を育てた食べ物を毎日食べられるようになった訳ですから、自機組は将来有望ですねぇ(白目)


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第三十一話 「転生香霖と門番と魔女たち」

ヒャァ! サモナーさんの蛇足が連続更新されてる!!
でもやっぱり続きが気になる終わりなんじゃぁぁぁ!!


 ―――カランカラン

 

「こんにちはー。霖之助さん、居る?」

 

 その日店を訪れたのはアリスだった。

 異変終結の日に素材を売って以来会っていなかった為、少し久し振りに感じる。

 そう言えば、神社の宴会にも来ていないみたいだったが、体調でも崩していたのだろうか?

 

「いらっしゃい、アリス。今日は何をお探しかな?」

「お探しと言うか、ちょっと霖之助さんに相談があって……」

 

 アリスにカウンター前の席を勧めると、彼女はそこにちょこんと座ってから相談の内容を話してくれた。

 どうやら以前彼女に売った素材だが、その加工や利用に難航しているらしい。

 有用な素材だと彼女自身も理解しているが、それを利用出来る段階までは至れていないので、僕から色々話を聞きたいのだそうだ。

 

「それなら丁度良い。実はこれから紅魔館で僕の持つ素材の説明や利用法の実演をする予定なんだが、アリスも来ないか?」

「紅魔館と言うとパチュリーの所? 彼女にも素材を売っていたの?」

「まぁそんなところだね」

 

 正確には、魔理沙が盗んだ魔導書のお詫びとして渡したのだが、追加で欲しいと言われればその時は普通に販売するつもりだし、些末な事だろう。

 

「咲夜からの依頼で、咲夜の使う装備の製作を僕とパチュリーの共同で行う事になっているんだよ。実際に素材がどんなふうに使われているか、どんなふうに加工されているかを見た方が参考になるだろう。一緒に来ないか?」

「ええ、そう言う事なら是非ご一緒させて貰いたいけど……私が行ったら迷惑にならないかしら?」

 

 まぁ技術流出の事を危惧するならそうなのだろうが、今日はあくまで僕がそれぞれの素材の特徴や加工方法を説明するだけで、本格的に共同開発を開始するのは次回からだ。

 今日に限っては彼女が居ても問題無い。

 とは言え、パチュリーがOKを出すかが判らないな。

 

「そうだね。本格的に共同開発を始めるのは次回からだから、今日参加する分には大丈夫だと思うが……パチュリーに確認の手紙を出すとするか」

「今から書いて出すの? 返事が帰って来るまでに時間が掛かり過ぎるんじゃ……」

「なぁに、直ぐだよ。 ……そう言えば、この機能についてはまだ説明していなかったね」

 

 僕は手元に呼び出した紙にパチュリー宛の手紙を書きながら、倉庫で整理を行っているクトゥグアを念話で呼び出した。

 

『戻りました、主よ。如何なる御用で?』

「来たか。早速だがこの手紙をパチュリーのランプに送ってくれ」

『承知しました』

 

 書き上がった手紙を店の奥から出て来たクトゥグアに向けて放る。

 その手紙をクトゥグアは伸ばした触手で掴むと、そのまま身の内に取り込んだ。

 

「よし、これで手紙がパチュリーに渡してあるランプに届いたはずだ」

「ランプに?」

「ああ、最近クトゥグアの眷属である炎の精たちが出来る様になった小技でね。ランプ同士の間で手紙やちょっとした荷物なんかの受け渡しが出来る様になったんだよ」

 

 僕がそう説明すると、アリスは腰に付けた炎の精のランプに手で触れた。

 

 春雪異変、そう名付けられた冬が終わらない異変の際、僕は炎の邪神であるクトゥグアの眷属である炎の精を宿したランプ、『炎の精のランプ』を暖房器具として叢雲経由で人里の人々に配ったり、アリスを始め親しい者達に人里で配った物よりも素材にこだわった特別製を手渡したりしていた。

 人里で配る際、叢雲はこのランプを人里で信仰されている僕のドラゴンとしての姿である『白銀竜』の配下となった炎の神の眷属が宿るありがたい道具、として広めたそうで、その結果クトゥグアも人里で信仰されるようになり、眷属である炎の精たちも力を増す事となった。

 そうして力を増した炎の精たちが新たに出来る様になった技能と言うのが、炎の精同士での物品の転送だったと言う訳だ。

 今回僕は、それを利用してクトゥグアからパチュリーに渡したランプの炎の精の元に、手紙を転送して貰ったのだ。

 

 その事を説明すると、アリスは得心が行ったとばかりに頷いていた。

 

「なるほどね。便利なランプだし、普段から重宝していたけど、そんなことまで出来たのね」

「正確には最近出来る様になった、だけどね。人里にはこの機能の事を叢雲に伝えて貰ったから、次第に広まっていくだろうね。叢雲の話だと、もう既にランプを持つ者同士での手紙のやり取りが流行り出しているらしいし」

「もう単なる暖房器具に収まらないわね、元々そうだったけど。こんな物を広めちゃって大丈夫なのかしら?」

「多分大丈夫だろう。人里に広める前に、紫に確認をして貰っているしね」

「紫に、ねぇ……」

 

 紫の名前を僕が出すと、アリスは疑るような視線を向けて来た。

 はて、癒着しているとでも思われたかな? まぁ似たような状態だけど。

 

「霖之助さんって、八雲紫と仲が良いわよね? 一体どんな関係なのかしら?」

「僕と紫がどんな関係であるか。それを一言で表すのは難しいね。彼女は僕に取って、友人であり、お得意様であり、協力者であり、相談相手であり……頼もしい相手であるし、頼って欲しい相手でもある。ってところかな。まぁ、僕にとって大切な相手であると認識してくれれば良いよ」

「お、おぅ。そう、なの……まさか真顔で大切な相手とまで言い切るとは思わなかったわ」

 

 頬を紅くしながら、アリスはそんな事を呟いていた。

 うん、素直な気持ちを吐露したつもりだが、かなり恥ずかしい事を言っていたな、僕。

 

 後から押し寄せて来た気恥ずかしさに苦笑しながら頬を掻いていると、クトゥグアがパチュリーからの返信の手紙が届いた事を伝えて来た。

 

『主よ。返信の手紙が届きました』

「お、そうか。どれどれ」

 

 クトゥグアから受け取った手紙を広げて見ると、パチュリーからの手紙にはアリスの同行を許可する旨が書かれていた。

 

「アリス、パチュリーからの許可が出たよ。行く前に何か準備したいものはあるかい?」

「私はこのままで大丈夫よ、霖之助さん」

「なら、早速出発しよう。クトゥグア、店番を頼んだよ」

『了解。行ってらっしゃいませ、我が主』

 

 アリスに確認を取ると、僕はクトゥグアに店番を任せて店を出た。

 僕の準備は既に済んでいる。必要なものはアイテムボックス内から呼び出せば良いだけだからね。

 

 

 

 店を出てアリスと共にしばらく歩き、森を抜けたところで紅魔館が見えて来た。

 相変わらず紅い、周囲の森や霧の湖が目に入らなくなるほど紅い。自己主張の激しい建物だ。

 館の外観だけでなく、門から館へ至る道や館の内装まで紅い為、慣れていないと目が痛くなる。

 レミリアの趣味なんだろうが、もう少し他の色を使っても使っても良いんじゃないか? と思う事も多々ある。

 まぁ、館の主人はレミリアなのだから、僕が口出しするようなことじゃないが。

 

「相変わらず紅いわねぇ。もう慣れちゃったけど」

「慣れた。と言うと、アリスは良くここを訪れているのかい?」

「ええ、大図書館の本目当てでね。パチュリーとはお茶をしながら魔法について議論をする事も多いわ」

「なるほど、パチュリーの手紙にアリスなら歓迎すると書いてあったのは、元々交流があったからか」

 

 元から意見交換をする事もあったアリスだからこそ、パチュリーもあっさり許可を出したのだろう。

 これが魔理沙辺りであれば、にべもなく断られるか、盗んだ魔導書を全て持ってくるようにと書かれていただろう。

 むすっとした顔で手紙を書き殴るパチュリーの姿を想像して少し笑ってしまい、アリスから不審そうな目で見られたのはちょっと失敗だったな。

 

 アリスと共に紅魔館の前まで近づくと、門の近くがなにやら騒がしい。

 はて、また魔理沙が盗みに入ったとかでは無いようだが、なんだろうか?

 

「やぁっ!」

「ぐっ! ……ま、参りました」

「ふぅ……よし、次!」

「はいっ、お願いします!」

 

 見ると、人里の住人であろう人間の男たちと美鈴が組み手を行っていた。

 そう言えば、美鈴は良く人里の住人から腕試しを挑まれているという話を前に聞いた事があったな。

 

 以前小耳に挟んだ話を思い出していると、僕とアリスの姿に気付いた美鈴が、相手をしていた男を適当に投げ飛ばしてからこちらに手を振って来た。

 一見雑な扱いだが、投げた相手が怪我をしないように調整されている。

 それを自然に行えている辺り、彼女の徒手格闘の実力の高さが伺えた。

 

 うむ、ちょっと対戦してみたいな! 

 まぁ今日は別の用事で来ているし、何となく事故が起きそうだからやらないが。

 それはそうと、美鈴に手を振り返しておこう。

 

「こんにちは、霖之助さん、アリスさん。ようこそ紅魔館へ、パチュリー様から話は聞いてますので、どうぞお通り下さい」

「こんにちは、美鈴。楽しそうな事をしているね、僕も混ぜて貰いたいくらい」

「こんにちは、美鈴。って、霖之助さん。あなた格闘技なんてやるの?」

「ああ、もちろん。これでも結構得意な方なんだよ?」

「やっぱりそうでしたか!」

 

 僕がアリスの質問に答えると、美鈴が僕の手を掴みながらキラキラした目で見つめて来た。

 

「以前から立ち振る舞いを見て、霖之助さんはかなりの実力者だと思っていたんですよ! 宜しければ今度手合わせして頂けませんか?」

「ああ、良いよ」

「即答なのね」

 

 食い気味、とはいかないまでも間髪入れずに答えた僕にアリスが呆れたように呟いた。

 もちろん即答だとも。まともな格闘戦が出来る機会なんて久しぶりの事だからね。

 鬼たちが地上に居た頃は相手に事欠かなかったんだが、今だと地下ダンジョンの底でレッドオーガ相手に暴れるくらいしか出来ないからなぁ。

 そもそもレッドオーガにしろ鬼たちにしろ、まともな武術なんて使えなかったし、格闘家の対戦相手が見つかったのは僥倖と言えるだろう。

 

「ともかく、今日はパチュリーに用があるから、この辺で失礼するよ。美鈴、またね」

「私も失礼するわ。頑張ってね、美鈴」

「はい、霖之助さん。また機会があればお願いします! アリスさんも、パチュリー様をよろしくお願いします」

 

 

 

 美鈴と別れ、僕たちは門をくぐって館の玄関まで歩いて行く。玄関の前に着くと、咲夜が出迎えてくれた。

 

「いらっしゃいませ、霖之助さん、アリス。今日はよろしくお願いしますね」

「こんにちは、咲夜。これ、お土産のお菓子だから後でみんなで食べてくれ」

「こんにちは、咲夜。私は付き添いと言うか見学で来たのだけれど、ともかくよろしくね」

「はい、ありがとうございます霖之助さん。パチュリー様がお待ちですので、二人ともどうぞこちらに」

 

 挨拶と一緒に、お土産に作って来たお菓子の入った籠をアイテムボックスから呼び出して咲夜に渡す。

 中身は召魔の森で採れた、様々な果物を使ったタルトだ。

 味は例の如く、最高の物であると自負している。どうにも召魔の森産の食材を使うと、気合が入り過ぎてしまうのだ。

 そのせいでまたアイテムボックス内にストックされているお菓子が増えたが、まぁ大体は幽々子の胃袋に消えてくれる事だろう。最近作り過ぎた料理やお菓子を『幽々子ストック』と呼んでいるのは内緒だ。

 幽々子が食べるから料理を沢山作っているのか、幽々子が食べてくれるから加減せずに料理を沢山作っているのか。果たしてどっちなんだろうな? きっと両方なのだろう。

 

 

 

 咲夜に案内され、紅魔館の長い廊下を歩き続けてようやくパチュリーの居る大図書館へと辿り着いた。

 扉を開いて中に入ると、幻想郷最大と言って良いであろう蔵書量を誇る沢山の本棚たちが姿を現す。

 僕も個人的に読書が好きだし、幻想郷中を見ても人一倍多く本を持っていると自負しているが、流石にこの大図書館と比べれば雲泥の差だ。

 

 今回は仕事で訪れた訳だが、仕事など関係無く長居してしまいたくなるな、これは。

 今なら魔理沙の気持ちも、少しだけ判る気がする。かと言って、大切なお客様から何かを盗もうだなんて思わないが。

 

「パチュリー様、お客様方をお連れ致しました」

「ありがとう咲夜。後はこっちで対応するから、お茶を淹れて来てくれる?」

「はい、かしこまりました」

 

 お茶の用意の為に咲夜が退室して行く。

 その姿を見送ってから、改めて僕とアリスはパチュリーに向き合った。

 

「こんにちは、パチュリー。今日はよろしく頼むよ」

「こんにちは、パチュリー。突然の申し出なのに、同席を許してくれて感謝するわ」

「いらっしゃい、霖之助、アリス。依頼を受けて頂いて感謝するわ。それからアリス、あなたたちならいつでも大歓迎だから、気軽に来てくれて構わないわよ」

 

 パチュリーはアリスに薄く微笑みながらそう告げた。

 パチュリーからここまで言われるとは、アリスはやはりパチュリーから好ましく思われているようだ。

 それに引き換え魔理沙ときたら……はぁ、何だか本当に申し訳ない。

 

「立ち話もなんだし、二人ともこっちに座って。咲夜がお茶を淹れて来るまでの間に、軽くお話でもしましょうか」

 

 

 

 そう言ってパチュリーが席を勧めて来たので、僕とアリスは腰を下ろし、咲夜が戻って来るまで僕らは軽く世間話をした。

 世間話と言っても、話す内容は最近の自分の研究や手に入れたマジックアイテムの話などが主だったが。

 話に上がった中で、特に興味を持たれたのは僕が無縁塚で定期的に拾って来るクトゥルフ神話関連の魔導書の存在だった。

 アリスもパチュリーも読んでみたいと言って来たが、正直お勧め出来ない。

 あれらは読んでいるだけで正気が削られる呪われたアイテムの類だ。僕の場合は全耐性スキルで防御出来ているが、二人の場合はどうなるか判らない。

 

 一先ず精神防御用のマジックアイテムを共同で作成するまでお預け、という事で決着が着いた辺りで咲夜が戻って来た。

 お茶菓子には僕が持って来た果物のタルトが出され、味の方は大好評だった。

 また次回も作って来て欲しいと言われたので、次回は同じ物と、それとは別にまた新しいお菓子を用意しようと思う。

 

 結局その日はお茶やお菓子を楽しみながら、僕がゲーム時代の素材の特性や利用方法を説明するだけで終わったが、次回以降もアリスが共同開発の依頼に参加する事が決定した。

 ゲーム産のアイテムの利用方法を実地で学びたいと言うのもあるだろうが、どうも僕が作って来るお菓子も目的の一つの様である。

 

 女の子はお菓子が大好きだ。これは全世界共通の様である。




転生香霖のライフワークに魔女たちとの共同開発+お茶会が追加されました。
美鈴との対戦も近い内に追加されるかな? 事故が起きそうだけどw


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第三十二話 「転生香霖とソフトクリーム」

サモナーさんの蛇足最新話で、現実世界のサモナーさんがまるで変って無くて草生えたwww

何かもう、現実世界の話なのに、サモナーさんだけ別のゲーム始めてるわw
海外産の近未来が舞台のFPSみたいな感じ。


「よっ」

「あっ ―――きゃんっ!?」

 

 切り結んでいた妖夢の腕を掴み、そのまま投げ飛ばす。

 背中から落ちた妖夢の首に神鋼鳥の刀を突きつけて終了だ。

 

「よし、今日はこれまでだね」

「はぁ…はぁ…あり、がとう、ございました……」

 

 今日の稽古の終了を宣言をすると、妖夢は息も絶え絶えな様子でお礼を口にした。

 うむ、謙虚な姿勢は好感が持てるよ。

 

「いつも通り、冷やしたミルクが用意してあるから、少し休んだら飲むと良い」

「うぅ、最近あのミルクがやる気を維持している気がします」

 

 それでも良いさ。惰性で続けるよりも、何かしら目的をもって続ける方が上達するからね。

 食欲で釣られたって良いじゃないか。僕も君も、半分は人間なんだから。

 

 ちなみに、冷やしたミルクと言うのは、召魔の森で生産されたアマルテイアのミルクである『豊穣の乳』の事だ。

 『経験値取得効率向上』という凄まじく有用な効果がある貴重品だが、単純に食材や飲み物として見てもゲーム内でも最上級の物であった為、単純に美味い。

 つい先日から、僕は妖夢を含め親しい少女たちにこの豊穣の乳を毎朝配達しているのだが、その量はそれほど多くない。

 その為、稽古の後に出される豊穣の乳を妖夢は毎回期待しているのだ。

 

「こくこく、ぷはぁ。 ……最近このミルクを飲むために生きてるなぁって気がしてますよ」

「別に良いじゃないか。美味しい物を食べたいから生きる。それほど可笑しな話じゃないだろう?」

「まぁ、そうなんですけどね」

 

 真面目な彼女からしたら、食欲が生きる理由と言うのは不真面目に感じるのかもしれないな。

 とは言え、三大欲求は生きるために必要な物だから、自重する事はあっても拒むようなものでは無いと思うが。

 あるいは、半分幽霊である彼女からしたらまた違うのかもしれない。

 

 妖夢が飲んでいるミルクは、香霖堂前の氷で出来た箱の中で冷やされたガラス瓶入りの物だ。

 ガラス瓶は『魔珪砂』を素材に作った、中の物質の劣化を抑えるマジックアイテムであり、氷の箱の方は氷の城を作る呪文『ルミリンナ』をスケールダウンさせて作った簡易的な冷蔵庫だ。

 稽古の開始前にこの箱の中に瓶を入れておくと、稽古終了の頃には丁度良く冷える。

 激しい運動の後に冷たい飲み物と言うのは体に悪いように感じるが、僕も彼女も半分人間では無いので問題ない。

 そもそもこれは訓練後のご褒美だ。体に良い悪いよりも、味の方を追求すべきなのだ!

 

「ふぅ、ご馳走様でした。でも良いんでしょうか? 私だけこのミルクを沢山頂いてしまって。幽々子様も飲みたいっておっしゃっていたのに」

「まぁ、こればっかりは量が限られているし、このミルクは神話にも登場する飲んだ者の育ちを良くする縁起物みたいなものだからね。亡霊である幽々子が飲むより、育ち盛りの妖夢が飲むことに意味があるんだよ」

 

 今の所、豊穣の乳をデリバリーしている相手は霊夢、魔理沙、咲夜、妖夢、橙の五人だけだ。

 一人暮らしの霊夢と魔理沙はまだ良いが、咲夜と妖夢の周りからは自分たちも飲みたいという要望が寄せられた。橙の場合は、普段から世話になっている紫には特別に豊穣の乳を売っているので、文句も何もない。

 故に、今の所声を大にして自分もと言って来るのはレミリアと幽々子くらいなのだが。

 

「まぁ、このミルクに関しての問題はその内解決するよ。今紫やレミリアと話し合っていてね。このミルクを出す山羊、アマルテイアを紅魔館で飼育するって言う計画があるんだよ」

「紅魔館で飼育。畜産にまで手を出すんですか、霖之助さん?」

「直接運営する余裕は無いから委託と言う形になるけどね。何せ、僕個人じゃ山羊たちの世話をする余裕も、牧畜が出来る土地も用意出来無いからねぇ」

 

 召魔の森を取り戻せばまた別だが、今の僕に大規模な生産施設を用意するのは難しい。

 こういった規模の大きなことは、紫やレミリアと言った幻想郷の有力者たちに委託した方がやり易いのだ。

 

 何て事を妖夢と話していると、いつもの紅白と白黒がやって来た。

 

「こんにちは、霖之助さん。それに妖夢も。美味しい物の気配がしたから来たわよ」

「よう、香霖に妖夢。って、この匂い。妖夢の持ってるそれ、あのめちゃくちゃ美味いミルクだろ? 一人だけズルいぜ、私にも寄越せぇ!」

「きゃぁぁぁっ!?」

 

 飲み干した後のガラス瓶から、豊穣の乳の香りを嗅ぎ取ったらしい魔理沙が、妖夢へと飛び掛かる。

 普段なら軽くいなせただろうが、稽古の後で疲れ切っている妖夢は、避けることも出来ずに捕まり、揉みくちゃにされてしまっていた。

 まぁ、これもある種の修行になるだろう。疲労困憊の状態で襲われる事が、どれだけ致命的なのかを実体験できるのだから。

 

 それはそうと霊夢、魔理沙の様に匂いを嗅ぎ取ったならまだしも、気配を感じ取ったって言うのはどういう事なんだ。美食レーダーでも搭載しているのか? ……割とありそう。

 

「……なにか、私に失礼な事を考えなかった? 霖之助さん」

「さて、僕と君とじゃ失礼と感じる基準が違うかもだしね? それはそうと霊夢、豊穣の乳で作った氷菓子の試作品があるんだが、食べてみるかい?」

「食べる!」

 

 ちょろい。

 ジト目で僕を見ていた霊夢だが、アイテムボックスから呼び寄せた豊穣の乳を使ったソフトクリームを見せると、目を輝かせて飛び付いた。

 霊夢相手はこの手に限る。

 

「あぁっ! 霊夢だけズルいぜ! 私にも食わせろよ香霖!」

「食わせてやるから、妖夢も連れて手を洗って来なさい。二人共土埃塗れじゃないか、ついでに服も着替えて来るように」

 

 地面に転がってわちゃわちゃしていた魔理沙と妖夢は、すっかり土埃塗れになってしまっていた。

 そんな状態でこのソフトクリームを食べさせる訳にはいかない。味見したから知っているが、このソフトクリームもまた極上の味わいなのだ!

 それを土埃で汚すなんて、絶対に許されない。と言うか許さん。

 

 その気持ちを口にした訳では無かったが、魔理沙はソフトクリームが食べられると知って、やたら良い笑顔で妖夢を引き摺って行った。

 

「おう、判ったぜ! 行くぞ妖夢!」

「うぅ、酷い目に遭った。って、自分で歩くから引っ張らないでぇ!」

 

 魔理沙に襟首を掴まれた妖夢は、悲鳴を上げながら香霖堂の店内に引き摺られて行く。

 苦労性だなぁ、妖夢は。今度新しい甘味をサービスしてあげよう。稽古は一切手を抜かないが。

 

「妖夢も大変ねぇ。それはそうと霖之助さん、私は土に汚れて無いんだから、このまま食べて良いわよね?」

「着替える必要は無いが、手は洗った方が良いな。今水を出すからそれを使いなさい」

 

 『リキッド・ウォーター』で発生させた水を『テレキネシス』で浮遊させる。後は手作りの石鹸をアイテムボックスから呼び出しておこう。

 最近アイテムボックスの容量が無制限となってると判明したから、僕のアイテムボックスの中には生活必需品から使い所のまったくないガラクタまで、色々なものが入っているのだ。

 

「ほら、しっかり洗うんだよ」

「ありがとう、霖之助さん」

 

 魔理沙辺りならめんどくさがりそうなものだが、霊夢はしっかりと指の間や爪の間、手首なども洗っている。

 以前はこうでは無かったが、僕が注意してからは行儀よくしっかりと手を洗う様になった。

 まぁ、きちんと洗ったらお菓子の量を多くするなどして、それに味を占める形で習慣付かせたのだが。

 

「はい、タオル。拭き終わったらそのまま食べて良いよ」

「いっただっきまーす!」

 

 早い。僕が差し出したタオルを奪い取る様に素早く手にし、そのまましっかり手の水気を拭うまで二秒と掛っていない。

 どれだけ食い意地が張っているんだ。正直戦慄した。

 

 豊穣の乳を使ったソフトクリームの入った器は、呼び出してからずっと手に持っていたが、融けだしているという事は無い。

 触れた物を凍らせる呪文『フリーズ・タッチ』を弱めで使っていた為、ソフトクリームは適温を保ったままだ。

 

「ん~! 美味しぃ~!」

 

 スプーンで掬ったソフトクリームを一口食べた霊夢が、頬に手を当てて相好を崩す。

 気持ちは判る、僕も味見した時に同じような状態になったからな。

 豊穣の乳を使ったソフトクリーム、これは口にした者を幸せな気分にさせる食べ物だ。

 

 霊夢の姿を見ていたら、僕もまた食べたくなって来た。

 霊夢同様手を洗って、僕もソフトクリームを食べるとしよう。

 美味しい物を食べて幸せな気分になる時間は、共有すべきものだ。

 

 

 

 暫く霊夢と二人で舌鼓を打っていると、着替え終えた魔理沙が戻って来た。って、それ僕の服じゃないか!?

 店のタンスの中には霊夢と魔理沙の予備の服が入っているのに、どうして二人共僕の予備の服を着ようとするんだ。コレガワカラナイ。

 

「おーい、戻ったぜー。って、何先に食べているんだよ!?」

「遅かったじゃない魔理沙。ちなみに私はこれで三杯目よ」

「なぁにぃ~? 香霖! 私の分は!?」

「もちろんあるから騒ぐなよ。美味しい物はゆっくり味わうべきなんだからな」

「さっすが香霖だぜ!」

 

 魔理沙は僕が差し出したソフトクリームを受け取ると、スプーンで下の方から大きく掬い取り、大きなソフトクリームの塊を、そのまま一口で食べてしまった。頭キーンってなっても知らないぞ?

 ソフトクリームを食べた魔理沙は、先ほどの霊夢同様幸せそうな笑顔となっている。

 やはり豊穣の乳は良いな。今度はケーキでも焼いてみようか?

 

 ……ところで、妖夢はまだ戻ってこないのだろうか?

 店の中で休んでいるにしても、豊穣の乳の味を知る妖夢が、ソフトクリームを食べに来ないとは思えないが。

 

「魔理沙、妖夢はどうしたんだ? 疲れているにしても、もう氷菓子を食べに来れるくらいには回復してるはずなんだが」

「さぁ? 着替える時どの服を着るかで悩んでたみたいだけど、その内来るだろ。私が香霖の服を選んだ時は、なんか驚いてたが」

「そりゃ驚くだろ。自分の服の替えがあるのに、わざわざ僕の服を選んだんだから」

 

 何て事を魔理沙と話していると、店の扉が開きようやく妖夢が戻って来た。

 

「って、また僕の服かよ!」

 

 妖夢の姿を見て思わず突っ込む。

 着替えるのに迷っていたそうだが、迷った挙句に何故僕の服を選ぶんだ。

 霊夢のでも魔理沙のでも良いじゃないか!

 

「あ、すみません霖之助さん。服、お借りしてます」

「謝るくらいなら霊夢か魔理沙の服を着れば良かったじゃないか」

「いえ、それが、その……」

 

 僕が返すと、妖夢は顔を赤らめて俯いてしまった。

 

「どうした? もしかして、霊夢や魔理沙の服が恥ずかしかったのか? 確かに僕自身、あのデザインはどうかと思っていたけど」

「ぶっ飛ばすぞ香霖」

「ていうか、そもそもあの服作っているの霖之助さんよね?」

 

 僕自身だからこそ、色々思う所があるんだよ!

 服に仕込んだ術式の関係上あのデザインに落ち着いているが、どうせなら霊夢と魔理沙にはもっと色々なデザインの服を着せてあげたい。

 が、アイテムとしての性能向上はともかく、デザイン性の追求は難航しているからな。

 いずれアリスに協力を仰ぐか、紫に相談して外の世界のファッション誌でも取り寄せて貰うかを考えなければ。

 

 今にもスペルカードを発動させそうな霊夢と魔理沙を無視しつつ考えていると、妖夢は小声で「そうじゃないんです」と言って来た。

 

「じゃあどうして態々僕の服を着て来たんだい?」

「その、実は……サイズが合わなくって」

 

 何だそんな事か。

 やたら引っ張るからどんな事情かと思ったら、全然普通の内容じゃないか。

 けど、合わないって程、体格差あるかな?

 

「おや、そうなのかい? 三人とも背丈はほとんど変わらないと思っていたんだけどね」

「ははは! さては妖夢、太ったんじゃないか?」

 

 止めないか魔理沙!

 大体、毎日では無いにしても数日おきに僕と稽古しているのだから、脂肪なんてそうそうつく訳―――あ、もしかして筋肉か? 筋肉がついて太くなってしまったのか!? だとしたら完全に僕の責任だぞ!

 

 運動後にプロテイン感覚で豊穣の乳を飲ませていたのは失敗だったか。と、僕が後悔していると、流石に魔理沙の物言いにイラっとした妖夢が、否定の言葉を口にした。

 

「太って無いもん! ……あ、いや、確かに体重は増えたけどそうじゃなくて……その、サイズが合わなかったって言うのは……む、胸の話で……」

「「―――は?」」

「ぴぇっ」

 

 鬼が出た。

 妖夢が口にした言葉の意味を理解した瞬間、悪鬼羅刹の如き気迫を持って、霊夢と魔理沙が妖夢を睨み付けた。

 その鋭い眼光の直撃を受けた妖夢は、雛鳥の様な声を上げて涙目となっていた。

 

「……妖夢、ちょっと店の中まで来い」

「……そうね、中でじっっっっっくり、話を聞こうじゃない」

「二人共目が怖いよ!? 助けて霖之助さん!!」

「……すまない、ちょっと力になれそうにない」

「そんなぁ~っ!!」

 

 霊夢と魔理沙にズルズルと引き摺られて行く妖夢に背を向け謝罪する。

 本当にすまない妖夢。だが、男の僕が口出しすべきではない領域と言うものが、確かに存在するんだ。

 決して、今の霊夢と魔理沙を止めるのが面倒臭かった訳では無い。無いったら無いのだ。

 

 

 

 その後、霊夢と魔理沙の取り調べで、妖夢のバストサイズが一サイズ近く増えている事が発覚した。

 原因はおそらく、というか間違いなく豊穣の乳だ。

 稽古後に豊穣の乳をプロテイン感覚で飲ませていた妖夢は、他の豊穣の乳を常飲している少女たちよりも摂取量が多い。

 それが明確な差となって現れたのが今回の出来事だったと言う訳だ。

 

 この事が知れ渡った当初、霊夢や魔理沙からもっと豊穣の乳を飲ませろと言われたが、僕は断った。

 妖夢の場合は、僕が鍛えているからこそ更なる成長を願って飲ませていただけで、欲しいからと言うだけでは飲ませるに値しないと思ったからだ。

 

 その事を伝えた結果どうなったかと言えば―――

 

 

 

「ぜぇ…ぜぇ……」

「はぁ…はぁ……」

「み…みょん……」

「………」

 

 僕の目の前で、疲労困憊状態でぶっ倒れている四人の少女たちが居る。霊夢と魔理沙に妖夢、そして咲夜だ。

 妖夢に豊穣の乳を飲ませているのは僕が妖夢を鍛えているからだと言った結果、霊夢や魔理沙も稽古に参加するようになり、更にその話を聞き付けた咲夜までも参加して来たのだ。

 霊夢や魔理沙、妖夢とは違い咲夜は息を切らして居ない。元々かなり鍛えていたのだろう。

 だが、息を切らせていないだけで体力は限界であり、声を出す余裕も無いようだった。

 

「よし、今日はこれまで。みんな少し休んだら、冷やしたミルクを飲んで良いよ」

「「「「はぁ~い……」」」」

 

 声を揃えて返事した四人は、しばらくすると動き出してミニルミリンナからそれぞれ豊穣の乳の入ったガラス瓶を手に取った。

 豊穣の乳を飲みつつ一息つく彼女たちの姿を見ながら、ふと疑問に思った事があったので咲夜に質問してみた。

 

「そう言えば咲夜、どうして君も参加しようと思ったんだい? レミリアの所でアマルテイアの牧場を作る以上、わざわざ稽古に参加しなくても、その内いくらでも紅魔館で飲めるようになると思うが」

 

 僕がそう聞くと、咲夜は少し首を傾げて考えた後、いつも通りのすました顔で答えた。

 

「だって、私だけ仲間外れなんて寂しいですから」

「くくっ、そうか」

 

 そう答えた咲夜の頬は、少しだけ赤らんでいた。

 なるほど、確かに友人たちが一緒に何かをやっているのに、自分だけ除け者なのは寂しいものなぁ。

 

「ま、切磋琢磨する仲間が居るのは良い事だよ。僕にも覚えがある。 ……けど、どうして四人とも必ず予定を合わせて一緒に参加するんだい? 特に霊夢と魔理沙は、元々は豊穣の乳を多く飲みたいから稽古に参加しているんだろう? 妖夢や咲夜ほど忙しくは無いんだから、参加出来るだけ参加したら良いじゃないか」

「「「「あんな厳しい稽古、全員一緒じゃ無けりゃやってられない(わよ)(ぜ)(です)!!」」」」

 

 声まで揃えてそんなこと言われてもなぁ。まだまだ序の口なんだけどなぁ。

 ……もう少し鍛えたら、僕が召喚したモンスターと戦わせる実戦稽古も追加するんだが、果たして彼女たちは、その時どんな反応をするんだろうか?

 

 まぁ、答えはその時になったら判るだろう。

 今判っている事はただ一つ。その時僕は、彼女たちを誰一人逃がさないという事だけだ。

 一度稽古をつけると決めた以上、最後まで面倒を見るつもりだから安心して欲しい。

 

「り、霖之助さんの笑顔が怖いわ……」

「あれ、絶対よからぬことを考えてるぜ……主に私たちが酷い目に遭う事を」

「うぅ、怖いよー」

「……今の内に逃走経路を確保しておくべきね」

 

 そこ、失礼な事を言うんじゃない!

 それと咲夜、誰も逃げられないから意味無いよ。




転生香霖の門下生が増えたぞ! やったね、これで異変解決が捗るよ! (なお、異変を起こした側の難易度がルナティックになる模様)

そして発覚した妖夢の成長。
この話を聞いたレミリアは、急ピッチでアマルテイア牧場を始める為の土地の確保や施設の建造を行っています。


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第三十三話 「転生香霖と昔話」

次回辺りで『萃夢想』に入れるかな?


 ―――その日僕は、以前美鈴とした約束を果たす為に紅魔館を訪れていた。

 約束とはもちろん、手合わせの約束である。

 

 時刻は夜。

 僕と美鈴の手合わせの話を聞き付けた、レミリアを始めとした紅魔館の住人たちが観戦し、更に叢雲と煙晶竜にクトゥグア、霊夢と魔理沙に紫、幽々子と妖夢まで見学する為に集まってしまい、結構な大所帯となってしまった。後、幽々子が乗って来た日輪も少し離れた場所で寝転がっている。

 なお、手合わせをする時間帯に夜が選ばれたのは、美鈴との手合わせに来ている人里の者達が帰った後である事と、レミリアとフランの吸血鬼姉妹に配慮したためである。

 

 

 

「いやぁ、お待ちしていましたよ。霖之助さん」

「待たせてしまって悪いね、美鈴」

 

 それなりに多くなってしまったギャラリーに囲まれる中、僕と美鈴は軽く声を掛け合いながらも腰を落として構える。

 ふむ、こうして対峙しただけでも隙の無さが良く判る。

 いやはやまったく、開始前から楽しみで仕方が無いな!

 

「何だか嬉しいですね。幻想郷で格闘技を嗜んでいる方はあまりいませんから、こうして立ち合いが出来る機会が来るとは思っていませんでしたよ。 ―――実はですね。子供っぽいとは思うんですが、今日は楽しみ過ぎていつものお昼寝が出来なかったんですよ」

「ははは、判るよ。実は僕も今日は、楽しみでいつもよりも早く起きてしまって……いや、昼寝はいつもしてちゃ駄目なんじゃないか? 君門番だろう」

「あっ……いやぁ、あはははは……」

「美鈴……終わったら後で話があるわよ」

「ひぇっ、ごめんなさい咲夜さん!」

 

 どうして美鈴は、これから手合わせを始めるというのに墓穴を掘っているのだろうか? 緊張感が台無しだなぁ。

 ……というか、妙に謝り慣れ過ぎている感じがするが、いつもの事なのか? ……大丈夫か、紅魔館の門番。

 まぁ、これだけ隙の無い構えが出来る美鈴がそう簡単に侵入者など許すはずも無い。と思いたかったが、よくよく考えてみれば魔理沙が日常的に侵入しているんだよなぁ……。

 

「……美鈴、夜あんまり眠れていないとかだったら、寝具何かを格安で売るよ?」

「いえ、不眠症と言う訳では無くお日様を浴びていると眠くなってしまうだけですから、全然大丈夫ですよ!」

 

 全然大丈夫じゃないんだよなぁ。だって話を聞いてる咲夜が青筋立てて居るんだから。

 

 これ以上美鈴が失言を重ねる前に、早く始めるとしよう。

 このままでは手合わせを中断して咲夜が美鈴を説教し始めかねない。

 

「―――美鈴、そろそろ始めようか?」

「―――ええ、そうですね」

 

 僕が構え直し闘気を高めると、美鈴も先程までの陽気さを霧散させて拳を構えた。

 うん、良い緊張感だ。心地良い。

 

 美鈴は中国拳法の使い手だと聞いたが、前世含めて中国拳法の使い手と戦った経験はあまり無い為、非常に楽しみだ。

 得るものの多い戦いとなりそうだ。それを思うだけで、胸の内に狂おしいほどの喜びと熱が宿るのを僕は感じていた。

 

 

 

 しまった。確かに得るものの多い戦いを願っていたが、こういう意味でのものでは無かったんだがなぁ!

 

「ちょ、霖之助! 美鈴に何てことしてんのよ!?」

「……」

「……」

 

 レミリアの狼狽した声が聞こえるが、あいにく僕にも美鈴にも返事を返す余裕はない。

 

 最初の内は良かったのだ。

 美鈴の鋭い撃ち込みを僕が捌き、距離を詰めて関節技や投げ技を掛けようとする僕を美鈴がいなす。

 そう言った攻防と読み合いによる、至極真っ当な格闘戦が繰り広げられていた。

 

 正直、僕はこの時非常に楽しかった。

 妖怪相手だと相手の力をこちらの技で捌く事ばかりだったため、技と技同士でのぶつかり合いは非常に懐かしく、同時にあまり戦った事の無かった中国拳法との戦いは、僕に新鮮な驚きと喜びを与えてくれた。

 とにかくまぁ、海を挟んだ向こう側で培われた技術である為、こちらの術理とはかなり毛色が違い、使い手である美鈴がかなりの実力者であるから非常に苦戦させられた。

 

 無論苦戦するのは大歓迎である以上、僕としてはもっと長く美鈴との手合わせを続けたいと思っていたのだが……如何せん弾幕勝負に比べて絵面が地味である為、ギャラリーの方が先に飽きてしまった。

 叢雲や咲夜、妖夢などは結構真剣に見ていてくれたし、煙晶竜は面白そうに眺めていたのだが、レミリアは読み合いばかりで大きな動きが無い僕と美鈴の攻防に痺れを切らし、美鈴に勝負に出る様にと言ってしまったのだ。

 

 これを美鈴は承諾し、一気に踏み込んで来た。命令に逆らえなかったというよりは、美鈴自身このままでは決着が着かないと思っての行動だったようだが。

 当然僕はこれを迎撃した。しかし、中国拳法の立ち技の豊富さは非常に厄介で、捌き切れないと判断した僕はタックルで美鈴を押し倒し、無理矢理寝技に持ち込んだのだ。

 

 ―――その結果が、今のこの状況である。

 

「ぐくっ、振りほどけ、ない……」

「無駄だよ。この体勢になった以上、そうそう脱出は出来ない」

「二人共、何でそんな真面目な顔のままで居られるのよ!? ちょっと離れなさい!!」

 

 いや、まだ決着が着いていない以上離れる訳にはいかないし。レミリアの言いたい事も判るけどさ。

 

 今、僕と美鈴がどうなっているかと言うと、僕が美鈴にかけた三角締めが完全に極まっている状態だ。

 ……お察しの通り、傍から見た絵面は僕が美鈴の首に両足で巻き付き、股間を押し付けている。という体勢となっている。

 ああ、やってしまった。前世でもこの技は女性陣から色々言われたのを覚えていたから、極力使わない様にとは思っていたのだが、美鈴をタックルで引き摺り倒した時、一番かけ易かった技が三角締めだったのだ。

 まったく、どうしてこうなるんだか。

 

 僕としては、美鈴がまだ何とかしようとしている以上、このまま続けても良かったのだが、美鈴の方は打開策が見つけられなかったようで、レミリアの言葉もあって降参を宣言した。

 

「……これ以上は粘ってもどうにもならなそうですね。霖之助さん、参りました」

「ああ、了解した」

 

 美鈴が降伏して直ぐに、僕は技を解いた。

 技を解かれた美鈴はその場に寝転がり、星空を見上げて満足そうに息を吐いていた。

 

「ふぅ~……いやぁ、堪能させていただきました! 前々から霖之助さんは凄い物をお持ちだと感じていましたが、それをこの体で感じることが出来て大満足です!」

 

 美鈴、美鈴。僕の徒手格闘の腕を指してそう評価してくれているのは判るが、ちょっと言い方がきわどいよ?

 気付いてくれ美鈴。周りの女性陣が君を見る目がどんどん剣呑になっているぞ! 完全に別の意味に受け取られているから!

 

「へぇー、霖之助さんのを堪能したんだ。へぇぇ?」

「香霖のを、体で感じた、だとぉ?」

 

 能面の様に無表情となった霊夢が周囲に複数の陰陽玉を出現させ、青筋を浮かべた魔理沙が手に持ったミニ八卦炉に魔力を注ぎ込む。

 二人の目には殺意しか宿っていない。

 

「まぁ、霖之助さんのを体で堪能したなんて! ……これは少しお話しないといけませんわね?」

「あら、駄目よ紫。そんな怖い顔をしたら話なんて出来ないわよ? ここは優しく、ゆっっっくりとお話しないとね?」

「はわわわ……!」

 

 紫は扇子で口元を隠しながら笑いつつ、紋章の様な魔法陣を展開し、幽々子もまた同様に口元を扇子で隠しながら、背後に光を放つ広げた扇子の様なものを出現させる。

 二人共口では笑っているが、目が全く笑っていなかった。

 なお、妖夢は顔を真っ赤にさせながら両手で顔を隠していたが、開いた指の隙間からバッチリこちらを見ていた。

 

「美鈴ったらそんな、殿方のをた、堪能したなんて……は、はしたないわよ!」

「美鈴、どうやらお説教だけじゃ物足りないようね」

「キュッとしてぇ、キュッとしてぇ……何だったかなぁ?」

「むきゅぅ……」

 

 レミリアは顔を真っ赤にしてどもり、咲夜は屠殺される養豚場の豚でも見る様な目つきで美鈴を睨んでいる。

 レミリアはともかく、咲夜の目つきはとても怖い。僕がこんな目で見られたらと思うと背筋が凍りそうだ。

 そしてフランは左手に炎の剣レーヴァテインを出現させながら、右手を握ったり閉じたりする動作を繰り返し、パチュリーは不満そうな顔で唸ると、周囲に幾つもの魔法陣を出現させていた。

 

「あわわわわ! み、みなさんどうしたんですか!?」

「「「「「「「あぁッ!?」」」」」」」

「ひぇっ!?」

 

 周囲の尋常ならざる様子に気付いた美鈴が訊ねるが、帰って来たのは肉食獣のような獰猛な視線と威嚇の声だけであった。

 それに驚いた美鈴が、恐怖のあまり涙目で僕に抱き着いて来るが、そのせいで更に視線の圧が増していた。

 

「あらあら、大変ですね。美鈴さん」

『他人事じゃのう叢雲よ。まぁ汝の場合、競う部分が他の者達と違うからじゃろうが』

『……沈黙を推奨』

 

 これだけ剣呑な空気となっているというのに、叢雲たちは余裕だなぁ。

 出来れば僕もそちら側に行きたいが、如何せん当事者なので逃げられない。

 

 さて、どうやって彼女たちを宥めようかと考えていると―――。

 

「うん? ……美鈴、ちょっとだけ離れて貰ってもいいかい?」

「え? あ、はい」

「ありがとう。 ……覗き見とは相変わらず良い趣味だな、駄烏!」

 

 ヒュンッ、ガシッ!

 

「あややぁ!?」

 

 ドサァッ!

 

「あいたたた、いきなり何するんですか!?」

「何をするはこっちのセリフだ、その手に持ったカメラで何を撮るつもりだったんだ? 『文』」

 

 上空に覚えのある視線と気配の感じたので、跳躍して捕まえ引き摺り落した。

 視線の主は僕の古馴染みである烏天狗の少女『射命丸文』だった。

 

「何ってスクープに決まってますよ! タイトルは『紅魔館前にて修羅場発生、渦中の主は半妖のキレた斧』! なんてどうでしょう? これなら次の新聞大会で優勝を狙う事も可能な、あにゃにゃぁ~っ!?」

「よりにもよって定期購読者様である『オレ』を面白おかしく記事にしようとはな。その根性、気に入らん! お前は大天狗の爺の後塵を拝しているのがお似合いだ!」

「ひがへへふ、ひがへへふよ。りんひょふけひゃん!(地が出てる、地が出てますよ。霖之助さん!)」

「喧しい!」

 

 性悪天狗の両頬を摘まんで引っ張り、こねくり回す。

 良く伸びるな、餅のようだ。このままこねれば、こいつの性格も丸くなるかもしれん。

 更にこね回してやろうでは無いか!

 

 なんてやり取りを僕と文がしていると、周囲から困惑した空気を感じた。

 見ると、煙晶竜と紫以外の少女たちが、僕と文を何とも言えない表情で見ている。

 

 しまった。そう言えば、さっきはつい昔の喋り方と一人称に戻ってしまっていたな。これじゃあ自他共に認める、丸くなった今の僕のイメージが台無しだ。

 心の中でもっと気を付けないとと思っていると、霊夢が一歩前に出て僕に訊ねて来た。

 

「えっと、霖之助さん。新聞を買ってたのは知ってたけど、文と仲良いの? さっきは喋り方まで違ってたみたいだけど」

「喋り方は気にしないでくれ。文とはまぁ、古馴染みってだけだよ。話していると偶に今みたいに昔の喋り方が出て来るだけさ」

「偶にじゃなくて、私と会う時はしょっちゅうじゃないですか。天魔様も言ってましたよ、『斧足の奴は自分では変わったと思っとるようだが、中身が昔からまるで変っとらん』って」

「あの爺さんは、全く……」

「『斧足』?」

 

 天狗の頭目である古馴染みの爺さんの姿を思い出していると、文が口にした呼び名に反応して魔理沙が疑問の声を上げた。

 

「斧足、って香霖の事なのか?」

「ええそうですよ。他にも『半妖のキレた斧』何て呼び名もあります。まぁ、今では古参の天狗たちしか知らない古い呼び名ですけどねぇ」

 

 文が懐かしそうにそう語ると、先ほどまでの剣呑な雰囲気は何処へ消えたのか、少女たちはその話が気になるようで、文を囲んで話の続きを促した。

 

「その話、もっと詳しく聞きたいわね」

「香霖の昔話か、私も聞きたいぜ!」

「半妖のキレた斧……格好良い……」

「あらあら、長話になるなら折角だからお酒でも飲みながらにしない?」

「それもそうね。咲夜、準備をお願い」

「かしこまりました、お嬢様」

「斧足、ですか。確かに霖之助さんの足は見た目からは想像出来ないほど強く、逞しかったですからね。そう言われるのも納得――」

「――美鈴、あなたへのお仕置きは話を聞いた後しっかりやるから」

「ひぃっ、許して下さい咲夜さん!」

「霖之助の昔話……私も聞きたい!」

「かつての彼の話、興味深いわね」

 

 霊夢、魔理沙、妖夢、幽々子、レミリア、咲夜、美鈴、フラン、パチュリーの順に、僕の昔話に興味を持ちながら、とんとん拍子に腰を据えて話を聞く準備を進めて行く。

 紫や叢雲たちはどうしているのかと思えば、どこからか取り出したテーブルの席に着き、既に準備万端の状態で文の話を待っていた。

 

「煙晶竜様や紫さんも当時の旦那様をご存知なのですよね? ぜひお聞きしたいです」

「そうねぇ。とは言っても、私は霖之助さんの記憶を覗いただけだし、当時から取り憑いてた煙晶竜の方が良く知っているんじゃないかしら?」

『うむ、もちろん憶えておるぞ! しかし、先ずはあの天狗の娘の話を聞こうでは無いか。当時のキースを、周りの者がどんなふうに思っていたのかが良く判ると思うぞ』

『静聴を実行』

 

 全員興味津々かよ。まぁ良いけどさ。

 

 周囲にスキマが開かれ、そこからテーブルと椅子が出現し、続いて酒やつまみが用意される。

 紫が用意した物は外の世界の超一流の物で、僕としてもその味には大いに興味がある。

 これで酒の肴が僕の過去話で無ければ、素直に楽しむことが出来たんだがなぁ。

 

 文の語る僕の昔話を楽しそうに聞く少女たちを見ながら、僕は自分の昔話を語られる気恥ずかしさを誤魔化すように酒を呷った。




この後めちゃくちゃヤング香霖こと『斧足(おのあし)』の武勇伝が語られた。

所で天狗の頭目である天魔のイメージは、隻狼の『葦名一心』です。
誰か一心様が天狗に生まれ変わって、妖怪の山の天魔様になってる二次創作を書いてくれないかなぁ?


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第三十四話 「転生香霖と伊吹童子」

気付けばお気に入り件数が七百件を突破していた。
感無量である。


 もうすぐ六月だが、今年の春は遅かった為、まだ桜の花を見ることが出来る。

 

 その為……と言う訳では無いが、ここ最近は春の遅れを取り戻そうとするかのように、博麗神社で宴会がしょっちゅう開かれている。

 凡そ三日置きという短いスパンで開かれる花見の宴会は、楽しむ以前に体力を削られるばかりなのでは? と、疑問に思うばかりだ。

 まったく、そんなに何度も宴会なんて開いて、宴会で振る舞う酒や料理は何処から用意して来るつもりのかと言いたいよ。

 ……まぁ、用意しているのは僕と紫なのだが。

 

 何せ、今年の冬は五月初めまで続いた。それだけ長く冬が続けば、酒はともかく料理に使う食材が足りなくなるのは自明の理だ。

 そんな中で、三日置きに開かれる宴会の食料を用意出来る者など、僕か紫くらいのものであろう。短期間で繰り返される宴会の中、僕と紫は交代で宴会の酒と料理を用意していた。

 今日は、僕が当番の宴会である。

 

 

 

「ふぅ……やれやれ、よくもまぁこれだけ騒ぎ続けて体力が持つものだ」

 

 宴会用の酒と料理を霊夢に届け終えた僕は、宴会会場から少し離れた場所で一人酒を呑んでいた。

 桜の花びらが舞い散る中、宴会会場となっている博麗神社の境内には、人妖を問わず様々な種族の者達が集まっている。その比率は圧倒的に妖怪の方が多いが。

 この辺りが、博麗神社が妖怪神社と揶揄される理由なのだろうが、これはこれで良いと僕は思っている。

 人間と妖怪が共に宴会を楽しむという光景は、それなりに長く生きて来た僕の人生の中でも、ここ最近になってから見れるようになった光景だ。

 

 白玉楼で良く演奏会をしているという『プリズムリバー三姉妹』の演奏に耳を傾けながら、僕はふと、先日文が霊夢たちに話した僕の昔話を思い出した。

 文が語ったのは、当時僕と文が出会った頃の話だ。

 

 当時の僕は、どこか一つの場所に定住する事も無く、日本のあちこちを転々としていた。

 これはあちこちを見て回りたかったからというより、どこへ行っても追い出されたからと言う面が強い。

 あの頃は現代の外の世界と違い、妖怪の存在が人々にとって当たり前の存在であり、故にこそ忌み嫌われていた。

 白い髪に黄金の瞳を持つ僕の姿は、人々にとっては妖怪の持つ特徴その物で、半分は人間である事等お構いなしに恐れられるか、排斥されるかが関の山だった。

 

 西へ向かえば石を投げられ、東へ向かえば武功を立てようとする武士に追いかけ回される。

 そんな生活を続ける中で、僕の心はどんどん擦れて行ったのだと、今なら客観的に自覚出来る。

 

 人に受け入れられなかったのなら、妖怪の側はどうだったのかと聞かれれば、こちらも同様だったと言う他無い。

 混ざり者、半端者、忌子……どれも当時妖怪たちから言われた呼び名だ。

 半分妖怪であるから人間から排斥された僕は、半分人間であるから妖怪からも排斥された。

 いや、排斥されたと言うのは語弊がある。

 当時出会った妖怪たちにとって半妖である僕は、食料には向かないが気晴らしに小突くには丁度良い玩具程度の存在であったのだろう。

 人目を避けて旅を続け、人目を避けているからこそ妖怪と出会い、特に理由もなく半妖だからと言うだけでその地に住む妖怪たちから甚振られる。

 

 そんな生活を続ける中、僕の中の何かが切れたのを感じ……気付けば僕は出会う先々の妖怪たちに襲い掛かる様になっていた。

 いや、出会う先々だけでなく今まで出会い僕を甚振った連中全員の元にも出向いてズタボロにして回った事もあった。

 相手の数も大きさも強さも関係なく、僕自身の怒りに任せて視界に入った妖怪たちを襲って回っていた時代があったのだ。

 

 襲う相手は妖怪に留まる事は無かった。

 流石に一応手加減はしていたが、行く先々で人間たちに化け物と罵られるたびに、口を開いた人間の腕を圧し折って回った事もある。

 そうしている内に、段々と当時のバトルスタイルの様な物が確立されていった。

 人間相手には手加減の為に関節技モドキで腕を圧し折り、妖怪相手なら遠慮なく全力で蹴り足を浴びせるという戦い方。

 そんな中、ある時出会った一際強力な妖怪(その妖怪が鬼だとは後で知った)に、両断するつもりで全力の回し蹴りを叩きこんで吹き飛ばし気絶させたところ、その妖怪が結構な大物だったらしく、僕の蹴り足をまるで斧の一撃の様だったと語ったことから、『半妖のキレた斧』なんて渾名が定着してしまった。

 

 文との出会いは、その呼び名が定着して来て少ししてからの事である。

 当時いつもの様に山の中で見かけた妖怪を蹴り飛ばして、山肌に埋め込んでいたところ、空から降りてきた文が僕の蹴り足が届かない距離を保ちながら、喧しく話しかけて来たのだ。

 

『あやや、混ざり者の半端者だというのに、実に見事なお手前! あなたが最近噂の『半妖のキレた斧』さんですね! あなたのことは我々天狗の間でもよく話題に上がるんですよ。半妖の分際で鬼を偶然倒した幸運者って! ここで会ったのも何かの縁、是非お話を―――』

『シャァッ!』

『あややぁっ!?』

 

 話の途中でジャンプタックルで叩き落してやった。

 今も昔も、天狗と言う連中は自分の安全を確保した上で相手を煽るようなところがある。

 当時の文もその例に漏れず、開口一番こちらの神経を逆なでして来たのだ。まぁ、当時はまだ文も経験が浅く、安全確保の仕方が甘かったから、速攻で僕に叩き落されていた訳だが。

 

 叩き落した後、本来なら思いっきり蹴飛ばしていたところだが、当時の僕は、今も前世もそうだが、どうしても女性を殴ったり蹴ったりするのが気に入らず、結局は子供を叱る様に両手の拳で文の頭を挟んでグリグリする事で謝罪の言葉を引き出すに留まった。

 

 

 

 その後は何を思ったのか、文は僕の後を着いて回る様になり、それがきっかけで天狗の頭目である天魔の爺さんとも知り合う事になったのだが、それはまた別の話だろう。

 

「―――そう言えば文の後、『あいつ』とは天魔の爺さんと知り合う前に出会ったんだよな……」

 

 昔の事を思い出している中で、僕はふと当時文が付きまとう様になってから知り合った少女たちの事を思い出した。

 

「『萃香』も『勇儀』も、地底に引っ込んでからしばらく会って無いが、今頃何やってんだか……」

 

 僕が思い出した二人の少女の名は、『伊吹萃香』と『星熊勇儀』。どちらも鬼の少女である。

 鬼と言う種族の妖怪たちは、随分前に地底に移住してから姿を見かけていない。

 今頃は何をしているのだろうか? まぁ元気にはしているだろう。病気にも怪我にも無縁の連中だからな。

 

「しっかし、宴会が繰り返されるようになってから、妙に懐かしい気分になるのはなんでなんだろうな……うん?」

 

 不意に、視界に気になるものが映りこんだのでそちらを注視すると見覚えのある少女が倒れているのが見えた。 だがおかしい、彼女がこの場に居る筈は無いのだが?

 何かの間違いかと思い近寄って確認してみるが、近付いて確認して見るとやっぱり彼女だった。どうやら、酔い潰れて眠ってしまっているようだった。

 

「萃香じゃねぇか。何してんだ、こんなとこで」

 

 そう、酔い潰れて眠っていたのは、先ほど思い出していた鬼の少女、伊吹萃香だった。

 頬でも叩いて起こそうかと思い傍らにしゃがむと、嗅ぎ覚えのある甘い香りがする。香りの正体は僕が用意した八塩折之酒だった。

 八塩折之酒はゲームアイテムの酒であり、非常に甘く女性から人気のある酒であったが、飲み過ぎると昏倒してしまうというデメリットがある。

 萃香が眠っているのはそのせいであろう。であれば、叩いた程度では目覚めないはずだ。

 

「……とりあえず、連れて帰るか。このまま放置しておく訳にも行かなねぇしな」

 

 回復呪文のリフレッシュをかけるという選択肢も有ったが、気分良さげな寝顔を見るとこのまま寝かせてやっても良いかと言う気分になった。

 やれやれと首を振りつつ、僕はこの小さな古馴染みを抱えて博麗神社の階段を下りて行った。

 

 

 

「うーん……あれ? ここどこ?」

「ようやく目覚めたか、萃香」

 

 萃香を香霖堂まで運んだ後、布団に寝かせて目を覚ますのを待っていたのだが、結局こいつは昼頃まで爆睡しやがった。

 目が覚めた時に、こいつと知り合いのオレが傍に居なけりゃ騒ぎになるかもと思って待ってたら一睡も出来なかったとか……本当に鬼って連中は厄介事ばかり持ってくるな。

 

「……あれ? 斧足?」

「そうだよ。今は森近霖之助と名乗っているがな」

「そーなんだー」

 

 萃香はまだ意識が覚醒しきっていないらしく、とろんとした目と間延びした口調で返す。

 やがて目元を手で擦ると、段々意識がはっきりして来たらしく、今度こそ焦点のあった目で僕を見返して来た。

 

「斧足……斧足!? な、何で斧足が居るの!? しかも私布団に入って……いつ寝たのか記憶も無い!! も、もしかして斧足……あんた、私が寝ている間に何か……した?」

「誰がお前みたいなちんちくりんの寝込みを襲うってんだ? 勇儀や華扇の奴ならともかく」

 

 柄でも無いだろうに、生娘の様に顔を真っ赤にして聞いて来た萃香ににべもなくそう返す。

 そう言えば、華扇は地底ではなく山に住んでるんだよな。あいつにもしばらく会って無いし、今度顔出すかな?

 

「ち、ちんちくりん……言うに事を欠いてちんちくりん、だとぉ……!?」

「いや、事実だろ? 鬼が本当のこと言われてキレるのか?」

「本当の事だろうと言って良い事と悪い事があるでしょ! 女の子への配慮ってものが出来ないの!?」

「ハッ、一体何百年の付き合いだと思っている? 今更お前に配慮なんぞするかよ」

「くぬぅぅぅ……他の女の子や紫には優しい癖に、何で私だけ……」

「別に萃香だけじゃなく、文や『幽香』なんかの古馴染み相手には、大体こんな態度だと思うけどね。 ……それにしても、今紫だけ名指しだったね。知り合いだったのかい?」

「ずっと友達だったわよ、あんたには紹介しなかったけど! ていうか喋り方! なんで紫の名前が出た瞬間から昔の喋り方から今の喋り方に戻っているのよ!?」

「おや、そうかい? まったく意識して無かったね」

「こいつ……本気で自覚して無かったの!?」

 

 萃香に指摘されて気付いたが、いつの間にか喋り方だけでなく思考まで昔の物に戻っていたな。

 いかんいかん、昔の突っ張った話し方なんてしたら、客が店に寄り付かなくなりそうだ。

 丁寧な言葉遣いは客商売の基本。霧雨の親父さんの教えを無駄にする訳にはいかないからね。

 

「それはそうと萃香。もうすぐお昼だしお腹空いただろう? 何か作るから少し待っていてくれ」

「そりゃぁ助かるけど……喋り方は昔のに戻して。面と向かってその話し方をされると、違和感が凄いわ」

「はいはい、わーったよ。その代わり、大人しく待ってろよ。お前に暴れられたらこの店なんて簡単に崩れちまうからな」

「暴れたりしないわよ! ……はぁ。何でこいつ、他の女の子には優しく出来る癖に、私にだけ優しく無いのかしら」

「だから、古馴染みには大体こんな感じだって言ったろ? 俺が優しく無いって感じるのは、お前ら鬼ががさつだからだよ」

「じゃあ天狗は?」

「小賢しいから」

「幽香は?」

「あいつは……何かもう下手に出たら負けかなって?」

「まぁ判るけど」

 

 幽香はなぁ。普通に客として買い物に来る時は丁寧に対応してるけど、それ以外で会うとどうしても身構えちまうんだよなぁ。

 

 萃香や文と同程度に古くからの知り合いである『風見幽香』は、何と言うか苦手な相手だ。

 出会う先々の妖怪たちを誰彼構わずぶっ飛ばしていた僕が言えた事じゃないが、彼女もまた出会った当初は誰彼構わず噛み付く狂犬のような奴だった。

 僕と彼女が出会ったばかりの頃は、毎日の様に殺し合いになったものである。

 今でこそ彼女も落ち着いているが、その実内に秘めた凶暴性はまるで変っていないと僕は思っている。

 店主と客として会っている時はまだ良いが、それ以外で出会った時は決して油断して良い相手ではない。

 

 遭遇した時は、相手が去るまで決して目を逸らしてはいけない。幽香はそう言う手合いだ。

 

 何て事を考えている間に昼食の用意が出来たし、萃香の元に持って行こう。

 

「おう、待たせたな。出来たぞ」

「あれ、早かったね? もうちょっとかかるかと思ったけど、何作ったの?」

「おむすび。後は漬物と朝飯の味噌汁の残りを温め直して来た」

「すんすん。美味しそうな匂い……具は何?」

「たれで焼いた牛肉。まぁ味は保証するよ」

「朝から豪勢だねぇ! じゃあいっただっきまーす!」

「いや、だから昼だって」

「美味ーい!」

 

 僕の作ったおむすびを実に美味そうに食べる萃香。

 具に使ったのは地下ダンジョンで狩った闘牛の肉と自家製の焼き肉ダレだ。

 大皿に山盛りで作ったが、鬼の食欲なら丁度良い位だろう。僕の分も含まれている訳だし。

 

 僕もおむすびに手を伸ばしつつ、ほっぺたにご飯粒を付けながらもりもり食べる萃香の顔を見る。

 こいつ全然変わってねぇなぁ。と思いつつ、僕は萃香とお互いの近況を話しながら昼食を楽しんだ。




お判りいただけただろうか?

『鬼切』とも読める『おにぎり』を、あえて萃香の前では『おむすび』と呼ぶ転生香霖の判り辛い優しさが。

鬼はがさつと言っていた転生香霖ですが、萃香たちの事はぶっちゃけ嫌っていないし寧ろ好きです。
ヤング時代から、萃香たちは一貫して転生香霖を半妖であるからと言って侮ったりせず、その腕っぷしを認めて対等に接してくれていましたから。

ヤング時代、生まれて初めて半妖のレッテル抜きに、自分を一個人として見てくれたのが文や萃香と言った古馴染み連中だったので、彼女たちの事は正直大好きなのですが、ヤング香霖の要素が強いと、好意が判り辛くなるんですよw

え、ゆうかりんはどうなのかって?
彼女は何と言うか、熊みたいなもんですかねぇ。目を逸らさず、大人しく去ってくれるのを待つって辺りが特に。


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第三十五話 「転生香霖と萃夢想」

( ゚д゚)

お気に入り件数が、八百を超えた、だと!?


「霖之助さん! 今夜異変解決のお祝いの宴会をするから、お酒と料理をお願いね?」

「……はい?」

 

 古馴染みである萃香と再会した数日後。いつもの様に唐突にやって来た霊夢は、開口一番そう言い放って来た。

 え、異変? あったの?? いつの間に???

 

 頭の中が疑問符で埋め尽くされるが、霊夢が嘘を言う訳も無いし、異変があったのは事実なのだろう。僕が気付いていなかっただけで。

 とりあえず、どんな異変だったのかだけでも聞いておくか。

 

「異変なんて起こっていたのかい? 気付かなかったよ。一体どんな異変だったんだ?」

「ここの所、何度も何度も宴会が開かれていたでしょう? あれが異変だったのよ。ていうか、霖之助さんは気付かなかったの? あんなに妖気や妖霧が幻想郷中に広がっていたのに」

 

 妖気や妖霧、だって? あれは萃香が自分を拡散させていた物だったから特に気にしていなかったが……もしかして異変の犯人は萃香だったのか?

 

「……霊夢。その異変の犯人って、もしかして鬼の伊吹萃香だったのか?」

「ええ、そうよ。何よ霖之助さん、あいつと知り合いだったの?」

「ああ、まぁね」

 

 何をやっているんだあいつは。

 久しぶりに地上に顔を出したと思ったら、まさか異変まで起こしているとは。ある意味鬼らしい傍迷惑さだが、古馴染みとしては頭の痛いものがある。

 ついこの間会ったばかりの古馴染みが異変を起こしていたとは……全く持って申し訳ない限りだ。

 

「……悪かったね霊夢、あいつが迷惑を掛けて」

「別に霖之助さんが謝る事じゃないでしょ、やったのは萃香なんだから」

「まぁそうだけどね。 ……だが、あいつとは数日前に会っていたから、その時あいつが異変を起こしている事に、僕が気付いていたらと思うとね」

「確かにそうかもだけど……萃香がやった事って、宴会を開く様に誘導し続けたことくらいで、別に変な悪さをしていた訳じゃないから、霖之助さんが気付かなかったのも仕方ないわよ」

「そうなのかい? あいつ、というか鬼って連中は生まれつきのトラブルメーカーみたいな連中だから、もっと色々悪さしているかもと思ったけど……」

「うーん。まぁ本人は鬼を忘れた今の幻想郷で暴れ回って、自分たち鬼の存在を思い出させてやる。みたいなことも考えてたみたいだけど」

「あんのチビ鬼ぃ……!」

 

 やっぱり暴れようとしてたんじゃねぇか! これはちょっと話を付けに行かなきゃじゃねぇのか?

 

「……霊夢、当然今夜の宴会には萃香も参加するんだよな?」

「え、ええ、そうだけど……霖之助さん、怒ってる?」

「あぁん? 別にお前には怒ってねぇよ」

「喋り方が荒っぽくなってる……!」

「おっと」

 

 いかんいかん。萃香の奴をどうしてくれようかと考えていたら、ついつい喋り方が昔の元に戻ってしまった。

 粗野な喋り方は霊夢たちにはあまり聞かせたくないんだがなぁ。教育に悪いし。

 これも全て萃香のせいだ。どうしてくれようか?

 

「―――とにかく、今夜の宴会に酒と料理を用意すれば良いんだろう? 任せておきなさい」

「だ、大丈夫なの? 霖之助さん、顔は笑っているけど目が笑ってないわよ」

「大丈夫大丈夫。これから大丈夫じゃなくなるのは萃香だけだからな。ハハハ」

「うわぁ……」

 

 そんなに引かなくても良いじゃないか。別に霊夢をどうこうしようって言う訳じゃないんだから。

 さて、それじゃあ準備しないとな。萃香の奴、覚悟しとけよ。

 

 

 

「おいテメェ萃香! 異変起こしてたとはどういう了見だコラ!」

「イダダダダダ! 食い込んでる! 斧足、指が食い込んでるって!!」

「うるせぇ! 制裁だオラァ!!」

「ウギャァーーー!?」

 

 ピチューン!

 

 なにか変な音が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。

 夜、博麗神社に酒と料理を持って来た僕は、宴会会場となっている境内で萃香を見つけた瞬間、速攻で近付き問答無用でアイアンクローをかけていた。

 

「うわぁ、香霖があんな風に怒っているとこ、始めて見たぜ」

「そうよねぇ? 霖之助さん、何だかんだ優しいもの」

「あの鬼、結構本気で抵抗している様ですけど、ビクともしてませんね?」

「あの伊吹萃香を一方的に何て……流石霖之助さんです!」

 

 魔理沙、霊夢、咲夜、妖夢の順に、僕が萃香にアイアンクローをかけて居る姿を見て、次々に感想を口にする。

 聞けば彼女たちは、萃香を倒して(体を複数に分けて同時に戦っていたらしい)異変を解決に導いたそうだ。

 萃香と戦った時は、僕が普段付けている稽古が役に立ったと言ってくれたので、稽古をつけている側としても嬉しいものがあった。

 

 しかし異変解決の戦いで単なる弾幕ごっこではなく、武器戦闘や格闘戦まで必要になるとは。やはり仏像シリーズや神霊の化身などの人型モンスターとの戦闘も稽古の内容に追加するべきか。

 問題は場所だな。一番条件が良いのは香霖堂地下のダンジョンか。屋外での戦いもバリエーションとして欲しい所だが、そちらの行う場所の選定は、後で紫に相談するとしよう。

 

 霊夢たちが割と朗らかに話している一方で、どんよりとした雰囲気の一角も存在した。

 

「片手で鬼を封じ込めてる……霖之助さんって、もしかして滅茶苦茶強い?」

「そりゃ強いでしょうね、半竜な訳だし」

「やっぱりドラゴンって最強なのね。嬉しい様な、悔しい様な……」

 

 暗い雰囲気の者同士で集まっているのはアリスとパチュリー、レミリアだった。

 この三人も、萃香の分身と戦い、そして負けてしまったらしい。

 しかも戦った時、萃香から色々言われたため気落ちしてしまっているそうだ。うちの店のお得意様たちに何してくれてんだコラ!

 

「モグモグ、やっぱり霖之助さんの料理は美味しいわぁ」

「幽々子ェ。 ……それにしても、萃香には容赦ないわねぇ霖之助さん」

「メェ~」

 

 僕の用意した料理をマイペースに食べ続ける幽々子と、その隣で酒を呑む紫。二人は幽々子のペットである日輪をソファーにして寛いでいる。

 どうもこの二人は、異変の事やその犯人である萃香の事を、知っているか察した上で、他の者達が解決するのを静観していた節があるそうだ。

 まぁ異変解決は本来、博麗の巫女である霊夢の仕事な訳だし、そのこと自体に文句は無いが、少なくとも紫は僕と萃香が古馴染みであるのを知っているはずなのだから、教えてくれたって良かったと思うんだけどなぁ。

 

「あら、しょうがないじゃない。萃香が異変を起こして居るなんて教えたら、霖之助さんなら直ぐに飛んで行って今みたいに萃香を締め上げていたでしょう? それじゃあ博麗の巫女の意味が無いわ」

 

 仰る通りで。

 ナチュラルに心を読まれたが、能力を使われたのか、それともただ単に察せられたのかは判別出来ない。

 どうにも僕は、昔から周りの女性たちに考えている事を看破される事が多かったからね。

 ホント、何でだろう?

 

「―――ていうか斧足、そろそろ本気で放して? ちょっと意識が遠のいて来た……」

「おい、誰が寝て良いと言ったこの野郎」

「私はやろうじゃな、アイタタタ!」

「痛みだけじゃ足りないなら、シェイクも加えてみるか?」

「まぁまぁ旦那様、もうそれくらいに」

 

 痛みだけだと意識が飛ぶようなら、思いっきり振って意識が飛ばない様にシェイクすべきかと考えていると、叢雲が萃香を掴んでいる僕の腕に手を添えて止めて来た。

 

「萃香も反省していると思いますし、ここはわたくしに免じてもうお止め下さい」

「ふむ、叢雲がそこまで言うなら考えなくも無いが、どうして叢雲が萃香の為にそこまで?」

「何と言いますか……萃香はわたくしの妹みたいなものですからね」

「何ィ!?」

 

 萃香が、萃香が妹? 叢雲の!? 馬鹿な、有って良いのか? こんな事が!

 

「まさかそんな……このがさつで身勝手で大酒飲みでちんちくりんの萃香が、お淑やかで気が利いて頼もしくて見た目以上に胸のある叢雲と姉妹だと? こんな事があり得るのか!?」

「おい斧足。そろそろ私も怒るぞ? と言うか泣くぞ? 良いのか? 山の四天王が、恥も外聞もなく大泣きするぞ?」

「勝手に泣き喚いてろよ」

 

 にべもなく返した僕は、叢雲の言葉もあり萃香をその場にべしっと投げ捨てた。

 

「うわぁーん! 叢雲ーっ!! 斧足の奴が辛辣だよぉっ!!」

「ああ、よしよし」

 

 萃香は僕の方を指さしながら叢雲に泣き付き、叢雲はそんな萃香の背中を撫でながら抱き止めていた。

 こうしていると、確かに姉妹の様に見えるが、付喪神である叢雲と鬼である萃香が姉妹であるとはどういうことなのだろうか?

 

 そう疑問に思っていると、叢雲が萃香をあやしながら教えてくれた。

 

「旦那様もご存知の通り、わたくしは八岐大蛇の尾から生まれた神剣です。そして萃香は伊吹明神、つまりは八岐大蛇の神霊と人間の姫君の間に生まれた娘なのです。ですからわたくしは、萃香は自分の妹のような存在であると認識しているのです」

 

 なんと、そんな事情があったのか!?

 確かにそれなら姉妹と言うのも納得出来るが、まさか萃香が八岐大蛇の娘だったとは。

 僕自身が自分の生まれの事をあまり話したくなかったから、今まで萃香の生まれなど聞こうとも思わなかったが、萃香もまた随分と複雑な生まれをしていたんだな。

 

「なるほど、そんな事情が……しかしまさか、萃香が半人半神の生まれだったとは」

「加えて言うなら、龍神の娘でもあるので半龍とも言えますね。半竜である旦那様と友人で会ったのには、奇妙な偶然を感じますわ」

「確かに」

「グスグス」

 

 叢雲の腕の中でぐずって居る萃香の姿を見る。まさかこの小さな旧友が、自分と似たような出生であったとは思いもしなかった。

 西洋のドラゴンと東洋の龍とで違いはあるし、そもそも僕の由来は元々ゲーム内存在であったドラゴンである訳だが、半竜と半龍がお互いに自覚なく縁を結んでいたと言うのは、どこか運命の様な物を感じるな。

 

 それはそうと、いつまでぐずっているんだ萃香。らしくない。

 

「ほれ萃香、いつまでも叢雲に迷惑かけるなよ。こっち来い」

「うー、何だよ斧足。ってうわっ!?」

「お前はここで、酒でも飲んで大人しくしてろ」

 

 叢雲に抱き着いて居た萃香を引っぺがして抱え、そのまま近くの敷物に胡坐をかいて、その足の上に萃香を抱えたまま座らせる。

 昔からこいつはこの体勢になると大人しくなる。放っておくより、こうして捕まえておく方が安心だ。

 

「お、斧足? みんな見てるんだけど」

「お手本として見せつけてんだよ。お前への正しい対処法をな」

「いや、この対処法斧足以外がやっても意味無いからね?」

「そうか?」

 

 抱えている萃香の頭にあごを乗せながらそう返す。

 この体勢になると、丁度良い位置にこいつの頭が来るんだよな。何と言うか、しっくり来る。

 

 とりあえず萃香が気に入っている八塩折之酒と、自分で飲む用のスラー酒をアイテムボックスから呼び出していると、周囲の視線が突き刺さるのを感じた。

 

「……ねぇ霖之助さん。随分慣れているみたいだけど、萃香の事、そんな風に抱えていたの?」

「まぁね。こいつはこの体勢になると大人しくなるから」

「ほう、そうなのか。そいつは良い事を聞いたな。香霖、ちょっと萃香を貸してくれないか? 私も試してみるぜ」

「ああ、良いよ」

「ちょ、斧足!?」

「あら魔理沙、次は私にも貸してね? その鬼には色々と言いたい事があったから。そう、色々ね?」

「あ、私もお願いします。今こそお祖父ちゃんの言っていた相手を理解する方法を試す時ですから」

 

 霊夢、魔理沙、咲夜、妖夢の四人がやって来た。全員目が据わっている。

 

「ちょ、止め、私は斧足から離れるつもりは、力強!?」

「良いから来なさい」

 

 抵抗する萃香を、咲夜が以前教えた関節技の要領で腕を捻って引っぺがす。

 咲夜の身に付けているメイド服は、パチュリーやアリスとの共同研究で作った装備の一つで、身に付けた者の筋力を上昇させる『ダイダロスの帯』や敏捷値を上昇させる『エインヘリャルのブーツ』などのゲーム時代のステータス上昇効果を持った装備アイテムを組み込んだ上で、パチュリーとアリスの協力により、その効果を更に高める事に成功した逸品だ。

 流石に鬼並みの筋力とは言わないが、格闘技込みなら鬼の筋力に対抗出来るほどの強化が今の咲夜には施されている。

 

 その結果に満足していると、咲夜に捕まった萃香がこちらに手を伸ばして助けを求めて来た。

 

「た、助けて斧足! こいつらなんかヤバいって!」

「いや、鬼が人間相手に及び腰になってどうすんだよ?」

「ただの人間相手ならともかく、こいつらって言うか、こいつらの持ってる武器とかがヤバいんだって! こいつらの攻撃本当に痛かったんだから!」

 

 ふむ、霊夢たちの持つ武器か。

 

 霊夢が今右手に持ち、萃香を見ながら左手にパシパシさせているお祓い棒は僕が作った物だ。

 『涅槃の閂』を材料に作った『菩提の杖』に、『冥府の白ポプラ』で作った紙を組み合わせて作ったこのお祓い棒は、重く頑丈で、鋼の刀ぐらいなら簡単に叩き折れてしまうほどの強度を持っている。

 本来はかなり重いのはずだが、霊夢が軽々と振り回しているのは、能力によって重量を軽減させているからか、それとも本来の性能を発揮させているからなのか……。

 

 魔理沙の場合は言わずもがな。手にしたミニ八卦炉も、ミニ八卦炉を修理した時に貸してそのままの『冥府の杖』も僕が作った物だ。

 冥府の杖は魔理沙の地力の底上げに役立ってくれているし、ミニ八卦炉の場合は、全性能を完全に発揮すれば、神だって打倒し得る性能を持っていると自負している。

 意図していなかったが、魔理沙は『英霊召喚』の魔法使いの英霊からの指導も受けているそうだし、これからどんどん力を付けて行くだろう。

 

 咲夜の場合は、僕とパチュリーとアリスの共同で作成したメイド服に加えて、僕が量産した『アポーツの札』を組み込んだミスリル合金製の投げナイフと、オリハルコン合金製の小剣を二振り装備している。

 メイド服に比べて、投げナイフと小剣は間に合わせ感が強いが、こちらもいずれはパチュリーやアリスと共に作る逸品に換装されるだろう。

 何気に咲夜は剣術の才能も有り、今では二刀流同士という事で、僕の稽古以外の時に妖夢と手合わせする事もあるそうだ。

 

 妖夢の場合は僕が打ち直した漆黒の『楼観剣』に加え、元々持っていた『白楼剣』と、僕が贈った『神鋼鳥の小刀』の三本を差している。

 小刀の方は、『白楼剣』が幽霊を強制的に成仏させてしまうという特性上、簡単に抜くことが出来ないという事情を知った僕が、普段使いの為に贈った物だ。

 今では咲夜と共に、二刀流の指導もしているので、中々に楽しい。

 

 うん、改めて見ると、大体全部僕の作品だな。

 

「彼女たちの武器は大体オレが作った物だよ。中々だろ?」

「お前かよ! じゃあ魔理沙のミニ八卦炉を作ったのもお前か!? あれが一番ヤバかったんだぞ!!」

「ほう、具体的には?」

「何か変な爺さんが三人出て来たと思ったら急に能力が使えなくなって、その状態でマスタースパークとか言うのを連続でぶっ放して来たんだからな!? 割と本気で怖かったんだよ!!」

「ハハハ」

「笑い事じゃ無い!!」

 

 いや、笑ったのは嬉しかったからだよ。

 爺さんが三人って事は『太公釣魚』の英霊たちだろう、きちんとミニ八卦炉の性能を魔理沙が発揮出来ているようで何よりだ。

 萃香の場合は、『剛力無双』の英霊である『ヘラクレス』の方が好みだったかな? いや、それはどっちかって言うと勇儀か。

 

「まぁなんだ。ようこそ、オレたちの住む今の幻想郷へ。幻想郷は全てを受け入れる。それはそれは残酷な話だそうだよ?」

「あ、それ私のセリフ……」

「今まさに残酷な目に遭いそうな私を助けてよ!」

「甘んじて受けろ」

「助けて叢雲!」

「ごめんなさい萃香。こればっかりはあなたがズルかったと思うの」

「そんなぁ!!」

 

 ピチューン! と、また不思議な音が聞こえて来たような気がした。

 こうやって、萃香の存在もまた今の幻想郷に馴染んで行くのだろう。

 

 全てを受け入れる幻想郷は、優しく残酷で……やはりどこか温かい。




次回からは永夜抄までのインターバルとしていくつか閑話を投稿して行く予定です。
永夜抄は八月下旬から九月上旬の間の出来事だから、入る前に夏らしいイベントが色々出来るぞう!


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第三十六話 「転生香霖と虚実の像」

『純情アルメリア』のPV、だと!?

(作者視聴中)

良い……(尊死)

こんなの妖夢ルートのエンディング書きたくなるじゃないですか。
最高かよ!!


 その日も僕は霊夢、魔理沙、妖夢、咲夜の四人に稽古をつけていた。

 つけていた。と言っても、丁度終わったところなのだが。四人とも、精魂尽き果てた様子で地面に転がっている。

 

「よし、今日の稽古はこれで終了だ。四人とも、休んだらミルクで喉を潤して行くと良い」

「「「「はーぃ……」」」」

 

 四人から返事が返って来たが、疲労困憊の為まるでゾンビの呻き声の様だった。

 まぁ体力を使い切ると言うのは、それだけ稽古としての内容が充実していた証とも言えるのだが……ふむ。

 

「そろそろ中弛みの時期だよねぇ……」

 

 何事も、モチベーションを維持して続けると言うのは難しい物だ。

 特に武の稽古と言うものは、明確な終わりや目標が無いので猶更だ。どこまで鍛えれば良いと言うものでは無く、どこまでも鍛え続けるものだからね。

 より楽な動きをしようと工夫すること自体は、武道にとって大事な事だが、より楽をしようと言う精神はその限りではない。

 そう言った飽きの感情を抱かずに、真摯に武を続けられる精神を養う事もまた修行の一環とも言えるが、年若い少女たちにそれを求めるのは酷であろう。

 そもそも僕は、彼女たちを弟子として育てたいのではなく、彼女たちがより良い未来を掴むための手段の一つとして、戦い方を教えているにすぎないからね。

 

 となると、何か彼女たちの気分転換になるものが必要だな。

 気分転換には、彼女たちが喜ぶ物か、彼女たちが楽しめる物が良いだろう。

 パッと思いつくのは食事関連だが、これは既に今更感があるというか、そもそも稽古を始めたきっかけも豊穣の乳で食べ物関連だったわけだし、別の物が良いだろう。この後四人の体力が回復したら、新作のケーキを振る舞う予定なのは変わらないが。

 

 では女の子らしく服や装飾品をプレゼントすると言うのはどうだろうか?

 これは良いアイデアだと思うが、用意するのに時間が掛かり過ぎる。

 こちらは保留だな。後でアリスに相談するか、紫に外の世界で流行の服やアクセサリーのサンプルを頼もうか。

 

 ふーむ、色々アイデアは出そうと思えば出せるが、今必要なのは直ぐに用意出来て彼女たちを喜ばせるか楽しませることが出来るものだ。

 だが、直ぐに用意出来る物となると、僕に用意出来る物なんて、アイテムボックス内に保管してあるものか、能力で召喚出来る存在か、僕の魔法や技術で即席で作れる物くらいだ。

 この中で彼女たちが喜んでくれる物となると、ゴールドシープを始めとしたモフモフモンスターを呼び出して毛並みを堪能して貰うくらいか?

 けど、現在は六月の中頃、熱いし湿度も高く、毛並みをモフるには向いていない時期だ。

 氷属性を操る『ポーラーウルフ』や『ホワイトファング』なら行けるか? いや、ちょっと待て。

 なにもモフモフにこだわる必要は無いだろう。選択肢を狭めてはいけない。

 

 純粋に、彼女たちが嬉しがる物や楽しめる物を考えよう。いや、彼女たちと言う表現も選択肢を狭めているのかもしれない。

 彼女たちに限らず、一般的な範疇で人々が楽しめる様な物……そうだ、あれがあった。

 一歩間違えれば悪用も可能な物だが、彼女たちなら使い方を間違える事も無いだろう。

 

 僕がそう結論付けて視線を上げると、体力がある程度回復したらしい四人が、豊穣の乳の入ったガラス瓶を片手にホッと一息ついていた。

 丁度全員起き上がっているし、彼女たちにコレを渡してみるか。

 

「四人とも一息付けたみたいだね。そこで一つ提案があるんだが良いかな?」

「て、提案って何だよ香霖。まさか、一息ついたから稽古再開なんて言わねーよな?」

 

 僕が声を掛けると、魔理沙がそう聞き返して来た。

 手が震えているのは、キンキンに冷やしたガラス瓶が冷たいからかな?

 

「違うよ。さっき言ったろ、今日の稽古は終了だって」

「そ、そうか。なら良かった」

 

 あからさまにホッとした様子を見せる魔理沙。

 いや、口には出していないが、魔理沙以外の三人も同様に安堵の様子を見せていた。

 そんなに稽古の内容厳しいかな? 今は体力と体幹を養うために、体力の限界まで全身を運動させているだけだから、本格的に難易度が上がって来るのはこれからなんだけどなぁ。

 

「それで、提案って言うのは何なの霖之助さん?」

「ああ、提案って言うのはね。気分転換にこれで少し遊んでみないか? って話だよ」

 

 小首を傾げて訊ねて来た霊夢に、手元に紙束を呼び出しながらそう返す。

 呼び出した紙束の正体は、僕が『錬金術』スキルの技能である『呪符生成』で作成した呪符である。

 

「? なにそれ、お札?」

「似たようなものだけど、正確には呪符だね。これは僕が作成したもので、この呪符には僕が使うとある魔法の効果が封じ込められている。この魔法を使って気晴らしに遊ばないか? という提案だよ」

「魔法? どんな魔法が封じられているんですか?」

「『メタモルフォーゼ』という変身魔法だよ。遊ぶのにはもってこいだろ?」

 

 そう、僕が取り出した呪符は、ゲーム時代には作成出来なかった呪符『メタモルフォーゼの札』だった。

 この呪符に封じられている禁呪の呪文『メタモルフォーゼ』は、元々接触した対象に一定時間変身し、その能力すら完全に模倣すると言うものであったが、転生して能力として組み込まれたこの呪文は自由度が増しており、接触せずとも一度見た事がある物、会った事のある者に変身する事が可能で、見たことが無いものでもイメージさえはっきりしていれば変身可能となっていた。

 また、単純に効果も強力になっており、ゲーム時代よりもずっと長い時間効果が続いたり、効果を制限(見た目だけ模倣し、能力までは模倣しないなど)する事によって効果時間を延長するなどのカスタマイズも可能である。

 霊夢たちの気分転換にと取り出したこの札は、能力までは模倣しない、見た目だけの変身を行うための呪符だ。

 機能を制限した分、悪用される心配が少ないので、玩具にするには丁度良いだろう。

 

「へぇー、こんな紙切れがねぇ」

「変身魔法! なんだか面白そうだぜ!」

「変身……ちょっと興味あります」

「姿を変える魔法は非常に高度で扱い辛い魔法だとパチュリー様から聞きましたが、霖之助さんは紙一枚にその効果を付与出来てしまうんですね」

 

 全員中々良い食いつきのようだ。

 先程までの疲労困憊の様子はどこへやら、今は興味津々と言った顔で僕が手にした呪符の束を見ている。

 これなら丁度良い気分転換となるだろう。

 

「実際に使ってみるよ? まず手に持って変身したいものの姿を思い浮かべる。上手くイメージ出来ないなら、変身したい対象に直接手を触れれば確実に成功するよ。それが出来たら呪符に意識を集中させて、口に出すか心の中でメタモルフォーゼと唱える。もしくは呪符を破り捨てれば効果が発揮されるよ」

 

 そう説明しながら、僕は四人の目の前で手にした呪符の一枚を破り捨てた。

 変身する対象は……とりあえず紫で良いか。全員が知っている相手の方が分かり易いし。

 

 破り捨てられた呪符が塵となって消え、僕の視界が全体的に下がる。

 僕の方が紫より身長が低いのだから当たり前の事だが、体格は良いとして外見はちゃんと出来ているかな? 鏡が無いから確認出来ないが。

 

「とまあこんな具合だね……って、どうしたんだい?」

 

 自分の口から高い女の声が出てちょっと吃驚する。声も紫の物になっているはずだが、聞き慣れている者と少し違って聞こえるな。

 まぁ録音した自分の声を聞くと自分の声では無いように感じるって言うし、他者の発した声と、自分の肉体で発した声では聞こえ方が違うという事だろう。 

 

 そう一人で結論付けていると、霊夢たちがやたら険しいというか、鋭い視線で僕の事を見て来た。

 何故だろうか? ……ああ、男の僕が女の子に変身したのが不味かったかな?

 そう考えたのだが、代表して聞いて来た霊夢によると、どうも違う様だった。

 

「霖之助さん、よね? それって、誰の姿? 見覚えが無いんだけど」

「誰って、紫の姿になっていないかい? 紫をイメージして変身したはずなんだが」

 

 僕がそう返すと、一転して四人は困惑した様子を見せて来た。

 

「紫の? いいえ、そうは見えないのだけれど……」

「言われて見れば確かに、紫を幼くした感じの姿に見えなくも無いけど」

「紫様は幽々子様と同い年か少し上位に見えますから、大分幼いですよね?」

「そうですね。霖之助さんの姿は、霊夢や魔理沙と同い年か、少し下くらいに見えます」

 

 うんん? 何かおかしいぞ。

 四人の話を総括すると、自分たちの知っている紫よりもずっと幼い姿になっているらしいが、そもそも紫の姿は咲夜の言う通り、霊夢や魔理沙と同い年か少し幼いぐらいの少女じゃあないか。

 妖夢の言った、幽々子と同い年か少し上の見た目では断じて無い。

 これはいったいどういう事なんだ?

 

「……誰か、この呪符を使って自分の知る紫の姿に変身して見てくれないか? どうも僕の知っている紫の姿と、君達の知る紫の姿に齟齬があるようだ」

「それなら私がやるわ。 ……この中なら、私が一番紫の事を見慣れているだろうし」

 

 僕が提案すると、そう言って少し顔を顰めながら呪符を受け取ったのは霊夢だった。

 どうも霊夢は、紫の事を苦手に思っている様なんだよな。同時に信頼しても居るようだが。

 紫の思わせぶりな煙に巻くような態度が原因なんだろうが、二人共僕に取っては大切な友人であるのだし、もう少し仲良く出来ればと思わなくもない。

 この辺り、時間が解決してくれれば良いのだが、いざとなれば僕が間を取り持つべきか。

 

 霊夢は目を閉じ少し集中してから、僕を真似て呪符を破り捨てる。

 すると、霊夢の姿が変わり、僕の見た事のない少女の姿へと変化した。

 

「……これでちゃんと変身出来ているかしら。どう、魔理沙?」

「ああ、キチンと紫の姿に変身で来てるぜ。なぁ、妖夢、咲夜」

「う、うん。そっくり、と言うか瓜二つ?」

「見た感じは完全に同一人物ね。中身が霊夢だから雰囲気は違うけれど」

「そう、霖之助さんはどう?」

「……驚いたな。僕が知る紫の姿とは全く別物だ」

 

 正確には、僕の知る紫が成長したらこうなるのであろうと思える姿だった。

 年の頃は、妖夢の言う通り幽々子と同年代か少し上に見える。少女としての可憐さよりも、大人の女性としての魅力が強く感じられる姿だった。

 

 これが、霊夢たち四人が認識している紫の姿だというのか。

 だが、僕の認識している紫の姿とは全く違う。何故こんな事が起きているのだろう?

 

「ふむ……これはもしや、紫の妖怪としての特性なのか?」

「特性……ってどういうことなの?」

「そのままの意味だよ。僕と君たちが見ている紫の姿がかけ離れているのは、紫の妖怪としての性質がそうさせているんじゃないかと言う考察さ」

 

 本人に確認した訳では無いからまだ仮説の段階だが、境界を操るなんてトンデモ能力を持つ紫なら、十分あり得ると僕は考えている。

 僕はあくまでこの場で簡単に立てた仮説であると念を押した上で、四人に説明した。

 

「同じ物でも、見る者によって違って見えると言うのは良くある話だ。錯覚や主観の問題だけでなく、単に男女の差であっても、女性の目の方が色をより鮮やかに感じるというしね」

「霖之助さんが男だから、女の私たちとは見え方が違ったって事?」

「紫の場合はそれだけに留まらないだろう。なにせ『境界を操る程度の能力』なんてものを持って居るんだ。さっき上げた錯覚や主観、男女差なんかも含めた全ての要素が関わって来る。複雑すぎて事情を詳しく解明しようなんて気が起こらないほどだよ」

 

 思うに、八雲紫と言う妖怪は、目に見える以上に曖昧で混沌とした特性を持っているのだろう。

 その特性が発露した結果の一つが、今回判明した僕と霊夢たちで姿の見え方が違うという現象なのだ。

 

 境界を操るスキマ妖怪。まるで奈落や深淵の如き計り知れない存在だ。

 だが、だからこそ妖怪らしいとも言える。元より妖怪とは本来人知の及ばない不可思議な存在だ。そういう意味では、彼女は誰よりも妖怪らしい妖怪である。

 案外、彼女が強大な力を持つのはこの特性によるものなのかもしれないな。

 

「まぁあくまで仮説であり、仮定の域を出ない推測だよ。本当の所を知っているのは紫だけだろうけど、本人が教えてくれるとは思えないしね」

「うん? なんで香霖は紫が教えてくれないと思うんだ?」

「紫自身の弱体化につながるかもだからだよ。妖怪にとって、曖昧なものは曖昧なままの方が良いのさ」

 

 幽霊の正体見たり枯れ尾花。では無いが、曖昧で良く判らない幻想が、整然として良く判る現実に塗り潰されたことで妖怪は力を失った。

 なら、曖昧であることそのものを力とする紫にとって、自分の持つ曖昧さをはっきりさせられるなど、弱体化以外の何者でも無いだろう。

 

 僕が知る姿と霊夢たちが知る姿、どちらが本当の紫の姿なのか? それともまた別の姿があるのか?

 興味はあるが、それを知ることが紫の害となるかもしれない以上、知りたいとは思わなかった。

 

「……この話は、かなりデリケートな問題かもしれないし、ここまでにしよう。それより、呪符を皆に配るから、実際に使って見ると良い。持って帰っても良いけど、悪用はしないでくれよ?」

 

 

 

 話題を切り替えるように、僕はそう言いながら呪符を四人に配り、その日は皆で様々なものに変身して遊び、いくらかの呪符を持って四人は帰って行った。

 遊んでいる内に、自然と紫の姿の違いについては忘れて行ったようだが、肝心の僕自身が、霊夢の変身した紫の姿の事を忘れられないでいた。

 

「やれやれ……正直、かなり好みの外見だったな」

 

 次に会う時、ちょっと顔を合わせ辛いなぁ。

 

 前世も含めてもういい年だろうに、僕は大人な紫の姿を思い浮かべながら、そんな事を考えていた。




今明かされる衝撃の真実!
転生香霖の見ているゆかりんの姿は香霖堂バージョンだった!!

ゆかりんが境界(曖昧さ)を司る妖怪だから、霊夢たちと霖之助では見え方が違っているから、東方香霖堂の挿絵のゆかりんが幼い少女として描かれている説好き。


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第三十七話 「転生香霖と同窓会」

今更ながら、タグに『クトゥルフ神話』を追加しました。


 ザァザァと雨の降る音が聞こえる。

 例年は梅雨特有の湿気や肌寒さに悩まされるところだが、クトゥグアが店内の温度や湿度を管理してくれているので快適だ。

 こんな日は静かに読書をするに限る。

 

 僕が今読んでいるのは、クトゥグアと出会うきっかけとなった『セラエノ断章』と同じく、無縁塚で拾ってきた魔導書で、『黄衣の王』と言うタイトルの物だ。

 これをきっかけにまた夢の中で暴れる機会があるかもと思えば、中々に楽しみなのだが。

 

 

 

 ―――カランカラン

 

 おや、こんな雨の日に来客とは珍しい。一体誰だろう?

 

「いらっしゃいませ……って、幽香じゃないか」

「こんにちわ。しばらくぶりね、霖之助」

 

 見ると、少しだけ久し振りなうちのお得意様が姿を現した。

 雨に濡れた日傘を片手にやって来たのは、古馴染みの花の大妖怪『風見幽香』だった。

 

「久し振りだね、何かお探しかい?」

「別に、ただ萃香が地上に戻って来たみたいだから、昔馴染みに顔を見せておこうかと気が向いただけよ」

「なるほど」

 

 幽香もまた、文や萃香と同じくらい古くからの知り合いである。

 彼女と出会ったのは、文や萃香と出会った少し後くらいだ。即ち、斧足と呼ばれ始めた時代の僕を知る相手な為、気を抜くと直ぐに昔の喋り方が出て来てしまうから気を付けなければいけない。

 営業中の今は特にそうだ。古馴染み相手とは言え、きちんと接客しなければ僕を鍛えてくれた霧雨の親父さんに申し訳ない。

 

「萃香にはもう会って来たのかい? 今は博麗神社に住んでいるはずだけど」

 

 異変解決の宴会の後、萃香は博麗神社に住み着いたようだった。

 と言っても、時々帰る寝床に使っているだけで、基本的には幻想郷中をフラフラしているようだが。

 後、偶にうちでバイトをしている時もある。報酬には毎回、僕の持つゲーム産の酒を要求されている。

 

「いいえ、これから向かう所よ」

「そうかい。なら、これも持って行くと良い」

 

 そう言いながら、僕はアイテムボックス内から萃香の好物である『八塩折之酒』の入った酒瓶を呼び出してカウンターに置いた。

 これはドロップアイテムとしての八塩折之酒を『魔珪砂』を原料に作った酒瓶に移し替えた物で、贈呈用として用意していた物である。

 お土産として持たせるのには丁度良いであろう。

 

 だが、僕の言葉を聞いた幽香は、表情を変えないまま不機嫌そうなオーラを放ち始めた。

 

「あら、私にこの雨の中荷物運びをさせようって言うの?」

「高々、酒瓶一本程度の手荷物を運ぶのすら億劫になった。何て事を言うほど衰えた訳でも無いだろう?」

 

 幽香の理不尽な物言いに、にべもなくそう返すと、ギシリッ。と、幽香の手に持つ日傘から軋むような音が聞こえ、剣呑な雰囲気を撒き散らしながら幽香の妖気が高まって行く。

 だが、僕はあくまで自然体のままそれを受け流していた。

 

 店内には、一触即発と言った空気が充満しているがまぁ、いつもの事だ。

 彼女の場合、荷物を運ばせようとしたことを怒っているのではなく、それを口実に僕と喧嘩しようしているだけだからな。

 

 

 

 昔からそうだった。

 当時の僕が、出会った妖怪の内、僕が半妖であることを理由に侮辱して来た妖怪を片っ端から蹴り飛ばしていたのに対し、当時の彼女は腕の立つと噂の妖怪に片っ端から勝負を挑み打ち負かすという、道場破り染みた事をしていた。

 当時の僕は侮辱した相手への報復の為に、当時の彼女は戦って強くなる為にと、行動原理自体は違っていたが、やっている事は似ていた為、ある時偶然かち合ったのだ。

 

 幽香と初めて出会った時は結構な衝撃だった。

 彼女とは旅先で偶然出会い、目と目が合った瞬間いきなり襲い掛かって来たのが始まりだった。

 次々に繰り出される、鬼の怪力にも匹敵する彼女の拳や蹴りを、時に受け流し、時に蹴り足を合わせて相殺しを繰り返して、丸一日以上戦い続けていたと思う。

 そうしてお互いに体力が尽きかけて来たところに、お互いが叩き潰して回った妖怪たちが徒党を組んで襲い掛かって来た。

 そこで協力して妖怪たちを撃退したのをきっかけに、ちょくちょく彼女と話をしたり、一緒に酒を呑んだりするようになったのだ。

 

 ……いや、ちょっと盛ったな。

 別に協力しては居なかった。実際は、乱戦状態でお互いに目に着いた妖怪たちを片っ端からぶっ潰しながら戦い続けていたのだ。

 襲って来た妖怪たちを全てブッ倒した上でも更に戦い続け、体力も気力も使い果たしてお互いにぶっ倒れたのが、その時の決着だった。

 

 今思うと無茶したなぁ。

 一緒に居た文が手伝おうかと聞いて来た時も、手出し無用と断ったし。いやぁ、正に若気の至りと言った所だなぁ。

 

「……急に何を笑っているのよ」

 

 当時の事を思い出して苦笑していると、幽香が訝し気に訊ねて来た。

 

「いや、少し昔の事を思い出してね」

「昔?」

「君と出会った時の事だよ」

「ああ……」

 

 幽香も当時の事を思い出してか、少しだけ懐かしそうに目を細める。

 思えばあれをきっかけに、報復以外でも妖怪退治の類をするようになったんだよな。

 

「懐かしいなぁ。森を荒らしている化け百足の退治を手伝えって言われて着いて行ったら、森どころか山に巻き付くほどでかくって驚いたってことがあったっけ。あの時はこの女、信条を曲げてぶん殴ってやろうか? と思ったよ」

「あら、別に殴り合いは大歓迎だったのだけど? それに、その割には嬉々として蹴り飛ばしていたでしょ。あなた?」

「いやまぁ、僕の蹴り足をまともに食らって一撃でぶっ飛ばないどころか、甲殻に罅を入れるのが精一杯なんてのは初めてだったからね。つい蹴り甲斐があって楽しく……君だって、僕の横で嬉々として殴りまくってたじゃないか」

「そうね、サンドバッグに丁度良かったのは認めるわ」

 

 先程までの険悪な空気は何処へやら、一転して僕たちは昔話に花を咲かせていた。

 ま、僕たちの間柄なんてこんな物だ。和やかに話していようが、互いにど突き合っていようが、大して変わらない。

 どちらも単なるコミュニケーションの手段でしかないからね。

 

「あなたこそ、私を鬼の根城にカチ込むのに巻き込んだじゃない。あれでお相子よ」

「いや、あれは君が勝手に首を突っ込んで来たんじゃないか。君が来なくても僕一人で潰してたよ」

「それこそズルいじゃない。徒党を組んだ鬼たちとその対象を叩き潰しに行くなんて面白そうな事を、独り占めにしようだなんて」

「ズルいじゃ無いよ全く。君が一緒に行くってごねたせいで、結局萃香や勇儀たちまで参戦して来たもんだから、ろくにぶっ飛ばせもせず終わっちゃったじゃないか」

「総大将はあなたがぶっ飛ばしたんだから別にいいでしょ? 私なんて、倒した数はあの時一番少なかったんだから」

「そりゃ倒すのより相手を甚振るのをメインにしてたんだからそうなるよ」

 

 

 

 ―――カランカランッ!

 

 しばしの間、僕と幽香が昔話に花を咲かせていると、勢い良く店のドアが開き誰かが入って来た。

 

「斧足ー! 遊びに来たよー! ……って、あれ。幽香じゃない。久しぶりね!」

「あら、萃香。久しぶりね。これからあなたに会いに行こうと思っていたのだけど、あなたの方から来てくれるなんて、丁度良かったわ」

「うん? そうだったの?」

「ええ」

 

 やって来たのは、幽香が会おうとしていた鬼の少女、伊吹萃香本人だった。

 丁度良い。本人が来たのなら、荷物運び云々で幽香が文句を言う事も無いだろう。

 代わりにうちの店で酒盛りを始めるかもしれないが、その場合は僕も酒盛りに参加するから問題無い。まぁ、酒を飲むよりもツマミ作りに専念する事になるかもだが。

 

 などと考えながら、僕も萃香に声を掛けようとすると、続けざまにドアベルが鳴り来客を知らせた。

 

 ―――カランカラン

 

「こんにちはー! 霖之助さん。清く正しい射命丸が、新聞を届けに来ました……って、萃香さんに幽香さんじゃないですか。お久しぶりですね!」

「お、文じゃない。久しぶりー」

「あら、しばらくぶりね。文」

 

 萃香に続いてやって来たのは、幽香や萃香と同じく古馴染みの一人である天狗の少女、射命丸文だった。

 なにか、一気に古馴染みたちが香霖堂に集結して来たな。同窓会みたいだ。

 今は地底に住んでいる勇儀は来ないだろうが、このまま流れで妖怪の山に住む華扇が現れても、僕は驚かないぞ。

 

「いらっしゃいませ。萃香、文。客じゃ無いなら帰れ、と普段なら言いたくなったかもだが、今日は特別だ。二人ともゆっくりして行くと良い」

 

 そう言いながら、僕はアポーツで幽香と萃香、文の分の椅子を呼び出してカウンター前に並べ、更にカウンターの上にアイテムボックス内から呼び出した酒や、作り置きしてあるツマミを並べた。

 

「おお、美味しそう! なんだなんだ斧足、今日は気前がいいね?」

「幽香は萃香に会いに行くつもりだったそうだからね。折角古馴染みが揃ったわけだし、今日はこのまま四人で昔話でもしながら酒を呑もうじゃないか。店の方はまぁ、特別に臨時休業と言うことで」

「あやや、珍しいですね。霖之助さんがそんな事を言い出すなんて」

「萃香に会いに行くって言うから、幽香にお土産の酒を持たせようとしたら、自分に荷物運びをさせる気か? 何て言い出してね。いやぁ、そのまま箸より重いものは持たないとか言い出されるんじゃないかと思ったよ」

「言わないわよ、そんな事。日傘を片手に持ちながら、そんなマヌケな事を言う訳無いでしょ?」

「だろうね。その日傘、愛用してくれている様で嬉しいよ。作った甲斐があったと言うものだ」

「まぁ、実際便利だしねえ……」

 

 幽香の持つ日傘は、かつて僕が作って彼女にプレゼントした物だ。

 ……違った。プレゼントしたのではなく、作ったのを持って行かれたのだった。

 

 あの日傘は、日本の唐傘とはまた違う西洋の傘を無縁塚で見つけた時に、興味本位で作った物なのだが、それを見つけた幽香がデザインを気に入って持って行ってしまったのだ。

 思えば、霊夢や魔理沙がうちのお茶やお菓子を食べても腹が立たないのは、彼女たちより理不尽な幽香の行動に慣れているからかもしれない。

 

「ま、その辺の話も含めて、昔話を肴に呑もうじゃないか。どうせ全員暇だろ?」

「用があっても酒が飲めるならこっちを優先するさ!」

「そうですねぇ~。本当はこの後新聞配達の続きがあるのですが……まぁ、それは明日でも出来る事ですからね。私も飲みます!」

「あら、勝手に暇だと決めつけられたくないのだけど?」

「じゃあ何か予定があるのかい?」

「ええ、昔馴染みたちと酒を酌み交わす予定がね」

「それ結局参加するって事じゃないか!」

 

 どうして幽香はこうもひねくれた態度しか取れないのか。

 もう少し素直な態度なら可愛げもあるというものなのに……いや、素直な幽香とか想像出来んな。

 寧ろそんなものが目の前に現れたら偽物を疑うレベルだ。幽香は今のままで良い。

 

「……あなた、何か失礼な事を考えていないかしら?」

「別にそんな事は無いと思うが……」

「アハハ! 斧足は自覚ないだけで失礼な事を考えてるんだろうよ」

「あぁ、霖之助さんってそう言う所ありますもんねぇ」

「共通認識とは解せぬ」

 

 幽香の意見に萃香も文も賛成するとは……。

 ええい、僕に味方は居ないのか!

 

「それで、一体どんなことを考えていたのよ?」

「幽香は幽香のままが一番だ。そう思っただけだよ」

「はぁ? ……それ、なにかの嫌味かしら?」

「素直な所感だよ。君は君のままが一番だ」

「……なによ、それ」

 

 フンッ、と幽香は拗ねた様に顔を背けた。

 やれやれ、本当にそう思ったのだがな。

 

「……ねぇ、文。今の斧足ってあんなこと平然と言って来るの?」

「ええ、そうですね。どうも今の喋り方だと思っている事をそのまま口にしてしまうみたいで……丁寧に喋るのに気を使って、本心を隠すのがおろそかになっているからですかね?」

 

 そこ、聞こえているぞ。

 気を使って喋っているのは確かだが、別に昔の話方でも本心を隠しているつもりは無いぞ?

 ただ……昔の喋り方だと気恥ずかしくて言えない事でも、今の喋り方なら言えるだけだ。

 

 そんな本心は口に出さないまま、僕たちは日が暮れて叢雲たちが帰って来るまで、酒を片手に昔話に花を咲かせた。

 

 ……なお、叢雲たちが帰ってきた後は、叢雲も参戦して一晩中飲み明かしたのは言うまでもない。

 

 

 

 その日の夜、狙い通り夢を見た。

 

 目の前には、たなびく布にも束ねられた触手の塊にも見える表皮を持つ、ワニの様な巨大な爬虫類、あるいは翼を持たないドラゴンの様にも見えるものが存在していた。

 僕は、この存在を知っている。

 こいつの話は、以前クトゥグアからも聞いた事があった。

 

 その称号を『名状し難きもの』、あるいは『邪悪の皇太子』。

 クトゥグアが炎を司る邪神なら、目の前の存在は風を司る邪神である。

 名を『ハスター』。クトゥグア曰く、自分と同格の邪神であるそうだ。

 

「ククッ、クハハハハッ!!」

 

 おどろおどろしい邪気を放つ大邪神を前に、決壊したように笑いが溢れる。

 半年近くぶりに相対する、極上の獲物を前に自らの獰猛さを抑えられなくなっていた。

 いや、抑える必要は無い。

 解き放とう、この狂気を。猛り狂おう、ケダモノの様に。

 

「シャァァァァーーーーーッ!」

 

 叫びと共に、僕は襲い掛かった。

 何より嬉しいのが、クトゥグアと違い、ちゃんと手足のある相手だという事だ。

 殴る、蹴る、組み付く、圧し折る。きちんとした格闘戦が出来そうで、楽しみで仕方が無い。

 楽しませてくれよ? ハスター!!

 

 

 

「おはよー斧足ー。あれ、その蜥蜴どうしたん?」

「ちょっと捕まえてね。中々苦労したよ」

「おや、風の神性を感じますね。ちょっとだけ親近感……何かぐったりしてますね?」

「……何だかあなただけ盛大に楽しんでいたような気がするのだけど、そこのとこどうなのよ?」

「さてね……まぁ楽しい夢が見られたのは事実かな?」

 

 その日から、黄色い雨合羽を着た蜥蜴が、香霖堂の住人に加わった。

 名前はハスター。クトゥグアの様に、眷属として異形のドラゴンのような姿をした怪物である『ビヤーキー』を召喚することが出来るのだが……試しに一体召喚した時、炎の精の方が良いと意見が多数だった為しょんぼりしていた。ドンマイ。

 

 ところでハスターだが、姿を見ていると包丁とランプを持たせたくなるのは、何故なんだろうな?




ヤング香霖「好きだなんて、面と向かって言えるかよ。恥ずかしい」

転生香霖「面と向かって好きだと言えるよ。この喋り方ならね」


ヤング時代は気恥ずかしくて口に出来なかった言葉でも、老成した現在ならば、割と気楽に言うことが出来ています。
老成したと言っても、喋り方を昔の物に戻した途端に言えなくなるので、あんまり変わってないかもですけどねw



「包丁とランプを持たせたくなる」

紛れも無く、奴さ。(即死攻撃と「みんなのうらみ」ホント怖い)


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第三十八話 「転生香霖と着ぐるみパジャマ(前篇)」

久方ぶりの複数話構成だぁ!
次回の後篇で終わらせたいけど、これが既にフラグになってそう(震え声)


 結局、僕はハスター用にミニサイズの包丁とランプを作ってやる事にした。

 思い付きで作った訳だが、思いのほかハスターはこれを喜んでくれた。

 聞くと本人も、これを装備しなければならないという使命感の様な物を感じていたそうだ。

 ハスターもまた邪神とは言え神である訳だし、信仰されているハスターの姿が、雨合羽を着た蜥蜴の姿をしている今のハスターに近いのだろうか?

 

「そこの所どう思う? ハスター」

『……良く判りませんが、この姿は多くの人々から愛されている気がします。なにかこう……グッズ展開もされているような気が!』

 

 はて、外の世界ではハスターへの信仰が人気なのだろうか?

 折角だから、ハスターのぬいぐるみでも作って売り出すかな? 既にクトゥグアの眷属が宿る『炎の精のランプ』が人里で一般的に使われているし、作ったぬいぐるみにハスターの眷属であるビヤーキーを宿らせれば丁度良いだろう。

 

 ちなみに、ハスターの持つランプには炎の精ではなく僕の使う禁呪である『ヘルズフレイム』が宿っている。

 その為、ハスターのランプは真っ黒で少し不気味だ。後、包丁はお馴染みオリハルコン合金製である。

 

『―――主よ。倉庫内の清掃が終わりました』

 

 ハスターと話していると、店の奥からクトゥグアがふよふよと現れた。

 頼んでいた掃除は終わったようだ。クトゥグアの触手は、手の届かない隙間の掃除も簡単にこなせてしまうため非常に助かっている。

 クトゥグアが来てから、香霖堂はいつでもピカピカだ。

 

「ありがとうクトゥグア。じゃあ僕はハスターと一緒に無縁塚まで行って来るから、店番を頼んだよ」

『同行するのがハスターで大丈夫ですか? 私が行っても良いのですが』

「いや、来たばかりのハスターじゃ店番は任せられないからね。これまで店番を任せて来て問題無かったわけだし、クトゥグアが頼りになる事は誰よりも知っているからね。僕が居ない間の香霖堂はクトゥグアに任せるよ」

 

 僕がそう言うと、クトゥグアはしばし明滅し、それからその輝きを少し強めた。

 どことなく誇らしそうというか、胸を張っているように思える。

 人魂の姿をしたクトゥグアに胸なんて無いのだが。

 

『そう言う事でしたら承知しました。お任せ下さい、我が主よ』

「ああ、頼むよ。それじゃあ行こう、ハスター」

『あのクトゥグアが褒められて喜んでる……あ、今行きます。マスター!』

 

 カウンターからぴょんっと飛び跳ねたハスターは、そのまま僕の肩にぽふんと着地した。

 

「それじゃあ行って来る」

『行ってらっしゃいませ、我が主』

『えと、行って来ます?』

 

 行って来ますと言うのに慣れていないのか、ハスターは首を傾げながら疑問形でそう言った。

 その姿がどこか愛嬌があったので、僕は思わず笑ってしまった。

 

 

 

 つい昨日も雨が降ったばかりだが、無縁塚の大地は相変わらず荒涼としていて乾燥している。

 この場所は時間帯に関わらず薄暗く曇っていて、天気が変わる事も無ければ、昼夜で明るさが変わる事もほとんど無い。

 寒々しく寂しい場所だが、環境の変化が少ないために外から流れ着いた道具が雨風に晒されて痛むこともあまり無い。

 道具が流れ着く場所が偶々道具を拾うのに適したであったのか、それとも適した場所だからこそ道具が流れ着くようになったのか、僕には判らない。

 もしかしたら道具が流れ着くようになってからこんな風になったのかもしれないし、はたまた道具が流れ着く場所だから、誰かがこんな環境にしたのかもしれないが、それを知っているのは紫くらいだろう。

 

 今度聞いてみようか? まぁ、それほど興味がある訳では無いから、聞く前に忘れてしまうかもだが。

 

『マスター、マスター! 本が落ちているみたいです!』

「お、そうか。魔力を感じないから普通の本みたいだな。大きさ的に雑誌みたいだ、出来れば料理本とかだと嬉し……これは!」

 

 ハスターの見つけた雑誌を目にし、その表紙に書かれた内容を把握した途端、僕は駆けだした。

 落ちている雑誌の元に駆けよって手に取り、そのままパラパラとページを捲って内容を確認する。

 

「フフ、フフフフフ」

『マ、マスター? どうしたんですか?』

「フフフ。いやぁ、ハスターは良い物を見つけてくれた。丁度欲しかったんだよ、こういう外来本が」

 

 ハスターが見つけた雑誌、その正体は女性向けのファッション誌だった。

 やったぞ。これなら以前から考えていた、霊夢たちにプレゼントする服の参考になる!

 しかも、雑誌に書かれていた服の内容は、普通の服とは一風変わったものだった。

 

 『着ぐるみパジャマ特集』

 

 雑誌に載っていたのは、動物やアニメのキャラクターを元にしたデザインのパジャマの特集だった。

 パジャマなら普段寝る時に使えるし、デザインも女の子の好きそうな可愛らしいものを選べば喜んでくれるだろう。

 ククク、待っていろよみんな。飛び切り素敵なパジャマを作ってやるぞ!

 

 

 

 ―――カランカラン

 

「こんにちはぁ。霖之助さん居る……って、どうしたの霖之助さん!?」

「……やぁアリスか、いらっしゃい」

「大分やつれているけど大丈夫なの?」

「ああ、まぁ体は問題無いよ。心は絶賛挫折中だけどね」

「えぇ……」

 

 アリスが困惑気味に項垂れている僕を見て来る。が、僕の方は久しぶりに心が折れてしまいしばらく立ち直れそうになかった。

 

 無縁塚で雑誌を拾った後、急いで香霖堂に帰って来た僕は、早速手持ちの素材で着ぐるみパジャマを作成してみた。

 作成したのは、雑誌の表紙にも載っている猫の着ぐるみパジャマである。

 金羊毛を中心に、着心地が良い素材を選んで作ったのだが、出来上がった物が……何と言うか酷かった。

 実際に作成した物をクトゥグアとハスターに見て貰ったのだが、その時の感想が……

 

『マスター、これ完全にバーストですよ』

『同意。この姿はバーストと完全に一致しています。我が主よ』

 

 だったのだ。

 クトゥグアとハスターによれば、『バースト』と言う猫の頭部を持つ女神とそっくりらしい。

 ちなみに僕が思い起こしたのは、エジプト神話の女神『バステト』だった。

 

 なんかこう、気付いたら滅茶苦茶リアルな猫の頭部を持つ着ぐるみパジャマを作っていたのだ。

 割と本気で、どうしてこうなった? こんなの着ぐるみパジャマじゃ無いよ! 映画の特殊メイクとかモンスタースーツだよ!!

 こんなのを作り上げるとか、僕は着ぐるみパジャマを作る才能が無いのかなぁ。

 

 

 

 以上の事を説明すると、アリスは呆れた顔で溜息を付いた。

 

「はぁ~。珍しく霖之助さんが落ち込んでいるから何があったのかと思えば、そんな事だったの」

「そんな事とは言うがね、アリス。実物を見れば僕の気持ちが判ると思うよ。作っておいてなんだけど、正直あれは酷い。夢に出て来るレベルだよ」

 

 僕がそう返すのを聞いて気を利かせてくれたのか、クトゥグアとハスターが協力してバースト着ぐるみパジャマを持って来てくれた。

 うわ、目が合った気がする。

 

「キャッ!? な、なんてものを見せるのよ!」

「だから言ったじゃないか」

 

 バースト着ぐるみパジャマと目が合ってしまったらしいアリスが、悲鳴を上げて僕に抱き着いて来た。

 やっぱり怖いよな、あれ。なんであんなの作っちゃったんだろ、僕。

 

『……主よ。気付いた事があるのですが』

「ん? どうしたんだ、クトゥグア」

『マスター。このパジャマ、バーストの神性が宿っているみたいですよ』

「何だって?」

 

 もしかして、そっくりに作り過ぎたから神性まで宿ったとか、そういう話か?

 それはそれですごい話だが、何か複雑だなぁ。

 

『いえ、そうではなく。主がパジャマを作っている際、バーストが干渉してこの形になる様に仕向けたのではないかと』

『バーストの神性に加えて、マスターの魔力もかなりの量籠ってますからねぇ。元の素材もかなり高位の物ですし、現世に顕現する為の依代としては十分な性能だと思いますよ?』

「……つまり、自分の依代を作らせるために、僕の着ぐるみパジャマ作成に横槍を入れた、と?」

『おそらくは』

『多分そうですねぇ』

「野郎ぶっ殺してやるぁっ!!!」

「ひゃっ!? 急に耳元で叫ばないでよ!!」

「あ、ごめんアリス」

 

 そう言えば、抱き着いて来たアリスを抱えたままだったな。座ったままだったから、アリスが僕の太ももに腰掛けながら抱き着いて居る。

 一旦パジャマを脇に片付けてから降ろそうか。

 

「クトゥグア、ハスター。とりあえずそのパジャマは片付けてくれ」

『了解』

『判りましたぁ』

「それからアリス、そろそろ降りてくれないか?」

「え? ……あ! ご、ごめんなさい、霖之助さん。その……重く、無かった?」

「いいや。寧ろこのままずっと抱きしめて居たいくらいだったよ。けど、女の子相手にそれは、ね?」

「ず、ずっと!? ……えっと、霖之助さんが嫌じゃ無いなら、私もこのまま「こんにちはー!」ひゃぇ!?」

 

 ―――カランカランッ!

 

 勢い良く店のドアが開くのと同時に、溌剌とした元気の良い声が聞こえて来る。

 見るとそこには、日傘を差したフランが楽し気に立っていた。

 

「おや、いらっしゃいフラン。今日は一人かい?」

「うん! お姉さまたちには内緒で来たの」

「そうか。まぁ君ならそうそう危ない目には合わないだろうが、あまり心配をかけるようなことをしてはいけないよ? ランプで手紙を送ってくれれば、僕が迎えに行っても良いんだからね」

「霖之助が迎えに来てくれるのは嬉しいけど、それじゃあつまらないわ。私は自分の目で外を見て回りたいの!」

 

 フランは胸を張ってそう答える。

 まぁ気持ちは判る。百聞は一見に如かずと言うし、自分の目で、肌で世界を感じるのは、人生において非常に価値のある事であろう。

 実際僕も、文に付き纏われながら日本中を旅して回っていた時期は、嫌な思いも沢山したが、同時に旅をして良かったと思える思い出がいくつもある。

 ずっと長い間、地下室に閉じ籠っていたという彼女が、自らの意思で外に興味を持ち、自らの足で見て回ろうとしている事は、非常に素晴らしい事だと僕は感じた。

 

「―――そうかい。それなら僕はフランの意思を支持するよ。けど、道案内が必要ならいつでも言ってくれて良いよ。こう見えて、一時期王女様の護衛を務めていたこともあるからね」

「王女様の護衛? すごい! 物語の騎士様みたい!」

「どっちかって言うと、騎士たちを鍛えた方かな? 騎士号は持っていないけど、王家剣指南役の位は貰ったから」

「え、霖之助さんって王家剣指南役だったの!?」

「まぁね。と言っても、前世での話だけど」

 

 『王家剣指南役』の称号に反応して、驚きの声を上げるアリスにそう返す。

 何だかんだ、知り合いの少女たちには僕が前世の記憶と能力を引き継いでいる事などは、全て話してしまっているな。

 普通は内緒にしたりする様な事かもだが、バレても困らないから秘密にする必要性がさっぱり無いんだよなぁ。

 

「……そう言えば、あなたパチュリーの友達のアリスよね? どうして霖之助の膝の上に座って居るの?」

「え? その、えぇっと……そういうあなたは、確かフランドールよね? こんにちは」

「こんにちは、フランで良いわよ。それで、どうしてアリスは霖之助に抱き着いて居るの?」

「それは……ええっと、えぇっと……」

 

 真っ直ぐアリスの目を見据えて訊ねながら近づいて来るフラン。

 それに対して、アリスは目を泳がせながらどう返答すべきか悩んでいるようだ。

 別に事実をそのまま言えば良いと思うんだけどね。代わりに僕が説明するか。

 

「フラン、アリスは僕が作ったパジャマのデザインにびっくりして抱き着いて来たんだよ。そこに君がやって来たから離れるタイミングを失っていたのさ」

「ふーん、パジャマって?」

「これだよ」

 

 僕が目配せすると、クトゥグアとハスターが再びバースト着ぐるみパジャマをフランから良く見えるように広げる。

 うわぁ、また目が合った気がするよ。

 

「わぁ、これがパジャマなの? 何だか悪趣味ね!」

「グフッ! ……ま、まぁ僕もそう思うけどね」

 

 子供のストレートな感想ってぐっさり来るなぁ。

 おのれバースト、絶対に制裁してやる。女神だろうが慈悲は無い。

 

「……良い訳のようだけど、本当はこう言うのを作りたかったんだよ」

 

 バースト着ぐるみパジャマを面白そうに眺めているフランに、僕は着ぐるみパジャマ特集の雑誌を見せた。

 

「わぁ、可愛い! もっと良く見せて!」

 

 そう言ってフランは、アリスの座っている僕の右足の反対側、つまり僕の左足に座り、体を支えるために僕の背中に手を回しながら雑誌を覗き込んで来た。

 

「おっと、いきなりだね」

「えへへ、だってこっちの方が楽しいもの! アリスもそう思うでしょ?」

「わ、私はその! 楽しいというか……ドキドキするというか……」

 

 同意を求めるフランの言葉に、しどろもどろにそう答えるアリス。

 やれやれ。まぁ、本人たちが嫌じゃ無いならこのままでも良いか。

 

「フラン、それにアリスも。どうせなら本を見ながら意見をくれないか? きちんとこの本に載っているような可愛らしいものが出来たら、君達にもプレゼントするからさ」

「プレゼントしてくれるの? やったぁ! どんなのが良いかなぁ?」

「わ、私にも? それなら、もう少し真剣に色々見てみたいかなぁ……あ、これ可愛い」

 

 フランは無邪気に喜びながらどんなデザインが良いか見て回り、アリスは途中から、真剣な職人の眼差しでじっくりと雑誌に載っているパジャマのデザインを吟味していた。

 この辺りの反応の違いは、アリスが普段から人形たちの服も作っているからだろう。

 

 心強い味方を得つつ、僕は本格的に着ぐるみパジャマを開始した。




『バースト着ぐるみパジャマ』

全ての猫たちの女神である、バースト様神性の宿るありがたい衣。
これを身に付けた、全ての猫科に属する存在を強化する効果があるが、その本質はバーストを現世に顕現させるための依代。

なお、バースト本人(本神? 本猫?)は依代とするつもりはなく、転生香霖に快く召喚して貰えるよう、お手伝いをして好感度を上げようぐらいの気持ちだったが、気合を入れ過ぎて依代と為れるほどの神衣となった上、それが狙いだと勘違いされた。
行動が裏目に出たバースト様は涙目である。



ところで、バースト様の外見はパズドラの『バステト』で良いよね?
バステトで検索して真っ先に出て来たのが『超転生バステト』だから、もうこれで良いや。
『光バステト』のデザイン、嫌いじゃないわ!


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第三十九話 「転生香霖と着ぐるみパジャマ(中篇)」

やはり中篇になってしまったか……。
後篇で終われるかなぁ?


 アリス、そしてフランと言う心強い助っ人を加え、僕は改めて着ぐるみパジャマ製作に乗り出した。

 とは言え、先ずは試作して見ない事には始まらない。

 とりあえず、アリスやフランの意見を聞いて、いくつか試作してみようか?

 

「アリス、フラン。手始めにいくつか試作してみようと思うけど、希望の動物は居るかい?」

「あ、それなら私、ゾウさんのが良い!」

「そうね……なら私は鳥のをお願いするわ」

「象に取りだね、了解。 ……けどフラン、何で象なんだい?」

「だってゾウさんの鼻って長いでしょ? 鞭みたいに振り回せそうだから!」

 

 振り回してどうすると言うのだろうか?

 疑問には思ったが、フランが楽しそうに笑っているし、まぁ聞かないでおこう。

 一応釘は刺しておくが。

 

「そうかい。けど、やる時は周りにぶつけないように注意するんだよ? それと、やり過ぎて首を痛めない様にも注意だ」

「大丈夫! お姉さまに向けてしか使わないから!」

「レミリアが一体何をしたって言うんだ……」

 

 何故かは知らないが、レミリアがピンポイントで狙われていた。

 おかしいな、レミリアとフランはそれほど仲は悪くなかったと思うのだが。

 

「お姉さまったら酷いのよ? この前咲夜が牧場の山羊たちのミルクから作ってくれたプリンを、一人でみんな食べちゃったの! 絶対に仕返ししてやるんだから!」

「なるほど、食べ物の恨みか」

 

 兄弟姉妹あるあるだなぁ。

 こういった程度の低い身内同士での諍いは、人間でも吸血鬼でも大して変わらないらしい。

 

 しかしプリンか。アマルテイアのミルクを使ったという事はミルクプリンだったのだろうが、プリンと言ったら大事なのは卵だ。

 レミリアの牧場も安定して来たようだし、アマルテイアに続いてグリンカムビの飼育もしてみないか、今度相談してみるか。

 

「そう言う事なら、今日はこの後おやつの時間にプリンを出そうじゃないか。二人共食べて行くだろう?」

「霖之助の作ったプリン!? 絶対たべりゅっ!! っ……!!」

「ちょっと、大丈夫?」

「らいひょふ……」 

 

 あちゃぁ。

 元気良く返事をしたフランだったが、勢い余って舌を噛んでしまったようだ。アリスが心配して声を掛けている。

 吸血鬼の回復力なら直ぐに治るだろうが、回復呪文を使っておくとしよう。

 

(ダークヒール!)

 

「フラン、回復魔法を掛けたけど大丈夫かい?」

「あ、痛くなくなった」

「それは良かった」

 

 接触型の回復呪文であるダークヒールだが、フランが相変わらず僕の膝の上に座ったままなのでそのまま使うことが出来た。

 ……というか、二人はいつまで僕の膝の上を占拠するつもりなのだろうか? どいてくれないと試作に入れないんだが。

 

「……二人共、試作をする為に工房に移るから下りてくれないか」

「うん、ヤダ!」

「即答かよ」

「えと……私ももうちょっとこのままが良いかなって……」

「アリス、君もか」

 

 やれやれ、こういった我儘は霊夢や魔理沙でお腹一杯なんだけどな。

 ……しょうがない。

 

「よっと」

「わっ」

「きゃっ」

 

 アリスとフランの腰に手を回して抱きしめ、そのまま立ち上がる。このまま工房に向かってしまおう。

 

「強引で悪いけど、このまま工房に向かうよ。文句があるなら自分で歩いてくれ」

「霖之助は力持ちね! ちょっと楽しいかも」

「だ、大丈夫! ……強引なのもちょっと悪くないかも」

 

 どうあっても自主的に離れないのか、君達は。

 心の中で溜息を付きながら、僕は二人を抱えて香霖堂地下にある工房へと向かった。

 店番は、クトゥグアとハスターに任せよう。

 

「……そう言えば、霖之助さんは試作で作りたい動物は居ないの?」

「ネコはもう作ったんだよね? 次は何を作るの?」

「そうだなぁ……」

 

 正直、二人が希望した象と鳥も含めて、またバースト着ぐるみパジャマみたいな事が起きそうで怖いのだが、そんな事は考え出したらきりがない。

 あまり悲観せずに考えよう。

 

「……うん。失敗に終わったけど、猫のパジャマはもう作ったから、今度は犬かな?」

 

 何となく、妖夢に似合う気がする。霊夢と魔理沙は猫かな? 咲夜は……どっちも似合う気がするな。

 

「えぇーつまんない。もっと面白い動物にしないの?」

「試作なんだから普通ので十分よ、フラン。種類なんて、これから増やして行けば良いんだから」

「そっかぁ。それもそうだね! じゃあ私、ゾウさんの次はクマさんが良い!」

「ふふふ、そうね。じゃあ私は兎にでもしようかしら?」

 

 仲良いなぁ、二人共。

 あまり接点は無かったはずだが、ここに来て急激に仲良くなっている気がする。

 まぁアリスにしろフランにしろ、交友関係が広がるのは良い事だろう。出来れば親交を深めるのは、僕の膝の上以外にして欲しいが。

 

 そんな事を考えながら、僕は工房へと向かった。

 

 

 

「………」

「………」

「………」

『………』

『………』

 

 工房内に沈黙が満ちる。

 来た当初は、物珍し気にアリスが工房内を見回したり、色々見て回りたくなったフランが工房内のあちこちを見学したりなど賑やかだったのだが、今では見る影もない。

 事態が事態だけに、後から呼び寄せる事となったクトゥグアとハスターも気まずげに沈黙している。

 

 その原因は僕たちの目の前にある、今しがた僕が完成させたばかりの三着の着ぐるみパジャマだ。

 

 

 一つ目はフランが希望した象のパジャマ。

 象と言うか像だ。布や糸で作ったというのに、まるで石で出来た彫像のように、どっしりと鎮座している。

 使うまでも無く大体の事情は分かったが、一応僕の元々の能力である『道具の名前と用途が判る程度の能力』を使って判明した名前は『チャウグナー・フォーン着ぐるみパジャマ』、用途は『邪神チャウグナー・フォーンの依代』。殺すか。

 

 

 二つ目はアリスが希望した鳥のパジャマ。

 フードの部分に大きな一つ目のデザインがあり、足を通す部分が分かれておらず筒状となっている。

 名前は『グロス=ゴルカ着ぐるみパジャマ』、用途は『邪神グロス=ゴルカの依代』。殺そう。

 

 

 三つ目はアリスとフランに聞かれて僕が答えた犬のパジャマ。

 何かもうパジャマじゃない。全体的に刺々しいというか、柔らかい部分が一切ない。なんと言うかこう、直截的な敵意や殺意を形にしたらこういう感じになるんじゃないか? と言う外見だった。

 名前は『ミゼーア着ぐるみパジャマ』、用途は『邪神ミゼーアの依代』。中々尖ったデザインで嫌いでは無い、だが殺す。

 

 

 もはや説明不要だが、またしても邪神たちの介入があったようだ。

 

「クク、クハハハハ」

『あ、あの、マスター? 大丈夫?』

『憤怒。バーストのみならず、他の者達も主の邪魔をするとは! ……我が主?』

「―――僕が前世で神殺しの称号を得た時、殺した神の数は丁度四体だったんだ……」

「り、霖之助さん? いきなり何の話?」

「霖之助、大丈……あ、これ駄目だ。一番テンションが上がっている時の私より目がヤバイ」

「―――今回の標的の邪神共も丁度四体。今生で再び神殺しを成し遂げるのも一興か……」

 

 これほど腹が立ったのは本当に久しぶりだ。

 具体的には、斧足と呼ばれていた頃に萃香や勇儀たちに、運良く手に入れ後で大事に飲もうと取っておいた龍泉酒(龍が作り出した、酒の湧く泉の酒)を、僕が留守にしている間に飲み干された時以来だ。

 あの時の恨み、まだ忘れて無いからな、あの鬼ども……!

 

 ……まぁ、古馴染みの鬼たちへの酒の恨みの話は今は良い。全然良くないが。

 

 問題なのは邪神共だ。

 このまま邪魔され続けたんじゃあ、いつまで経ってもみんなにプレゼントする着ぐるみパジャマを完成させることが出来ない。

 いつもなら夢の中で邪神と戦っている所だが、僕の堪忍袋の緒は既に引き千切れている。

 

 ……丁度依代もある訳だし、こうなったら僕の能力で召喚して、無理矢理現世に引き摺り出してやるか。

 

「……となると結界の準備が必要だな。良い機会だから、叢雲と一緒にやるか。二人揃っての初陣が邪神殺しなら、叢雲も喜んでくr『マスター、マスター』―――うん、何だ?」

 

 今後の予定を立てて居ると、ハスターが申し訳なさそうに近付いて来た。

 同時に、クトゥグアが四着の邪神着ぐるみパジャマを触手で吊るしながら近づいて来る。

 

『申し訳ありません、我が主。この者達から、我が主に直接申し開きをしたいとの連絡がありました』

「……ほぅ?」

 

 申し開き、なるほど申し開きと来たか。

 都合四度も僕のパジャマ製作を邪魔しておいて、今更謝ると? ほぅほぅ。

 

「……良いだろう、辞世の句を聞かせて貰おうじゃないか」

「こんなに殺意全開の霖之助さんなんて、初めて見たわ」

「前々から思ってたけど、霖之助って実は私より危ない人よね?」

 

 僕の言動にアリスは目を丸くして驚き、フランはしたり顔でそう呟いていた。

 危ない人だって? 僕は普通だよ。普通にやられたらやり返すを徹底しているだけさ。

 

「このパジャマたちを依代に、僕の能力を使えば良いかな?」

『はい、それで問題無いかと』

『ボクらの場合は、依代無しで直接召喚されているけど、それは夢の中で会って縁を結んだからだもんねぇ。アイツらはマスターと面識無いけど、依代を起点に召喚すれば大丈夫ですよぉ』

「なら、早速やろうか。一応言っておくけど、少しでも妙なマネをすれば、その瞬間マイクロ・ブラックホールで消し飛ばすからね?」

『構いません、奴らの自業自得ですから』

『ボクも別に構わないかな? アイツらとは別に仲が良い訳じゃないですし』

 

 同じ神話体系の邪神である、クトゥグアとハスターが気にしないと言うなら問題無いな。

 僕はクトゥグアが広げるパジャマに向けて魔力を送り、クトゥグアやハスターを召喚した時の要領で能力を行使した。

 

「―――サモン」

 

 唱えるのと同時に、四つのパジャマが光を放ちながらその形を変えて行く。

 

 猫の着ぐるみパジャマは、古代エジプトの貴人を思わせる、露出の多い装身具を身に纏った、猫の耳と尻尾を持つ少女に。

 象の着ぐるみパジャマは、デフォルメされた象のぬいぐるみ……と言うか、頭は象だが体は人型の為、インド神話のガネーシャっぽいな。ガネーシャっぽい像に。

 鳥の着ぐるみパジャマは、一つ目と一本足で、ハスターと同じくらいの大きさの黒い鳥に。

 犬の着ぐるみパジャマは、ジグザグとした堅そうな毛並みの狼に。

 

 順に『バースト』、『チャウグナー・フォーン』、『グロス=ゴルカ』、『ミゼーア』。

 四体の邪神が僕の目の前に降臨した。

 

 さて、こうして目の前にして感じる力の圧を見るに、この中ではミゼーアが最も力を持っているようだな。正直、クトゥグアやハスターよりもずっと強い思う。

 これは僥倖だ。クトゥグアやハスターも強かったが、更なる強敵が目の前に現れてくれるとは。

 思わず頬がつり上がり、僕の中の獣が唸り声を上げ始めたように感じるが、焦ってはいけない。

 先ずはこいつらの申し開きとやらを聞かなければ。

 

 そう思い、笑ってしまわない様に気を引き締めて四体の邪神たちに目を向けると、四体は揃って一斉にその場に伏せて謝罪して来た。

 

「『『『申し訳ありませんでしたーーーっ!!!』』』」

「!?」

 

 開口一番、土下座である。これには流石に驚いた。

 

 どんな言い訳をするのか、それとも神らしく不遜な態度で通すのかと予想していたが、迷い無く即座に全力で謝罪するとは予想外である。(グロス=ゴルカとミアーゼは体型的に土下座が出来ない為、工房の床に伏せただけだが)

 驚いて黙っていると、四体はそれぞれ謝罪の言葉を口にした。

 

「本当にごめんなさいです! 猫のパジャマを作っていたから、少しでも手伝いになればと思ってやっただけで、依代になる何て思ってなかったんです!」

『我々も同様である! 所縁のある動物の着ぐるみを作っていたから、出来栄えに貢献出来ればと思っただけで、依代を作らせようなどとは思っていなかったのである!』

 

 バーストはウルウルと涙目で悪気は無かったと言い、チャウグナー・フォーンは手や鼻を動かして無実を主張する。

 バーストは見た目が橙と同じか少し上程度の少女である為、涙目で謝られると僕の方が虐めているような気分になる。

 チャウグナー・フォーンの場合はあたふたと手足を動かす動作と見た目が相まって、憎めないコミカルさを感じさせた。

 

『クトゥグアやハスターの様に現世に召喚して貰えればとは思ってたけど、そのきっかけとしてパジャマ作りに貢献して、印象を良く出来ればと思っていただけなのよ! 信じて!』

『―――理由はどうあれ、やってしまった事は事実。良い訳のしようも無い。私は大人しく、あなたの下す沙汰を受け入れます』

 

 グロス=ゴルカは、高い声で姦しく自分が何を思って行動したのかを説明する。

 下心はあったようだが、別に僕を邪魔したかった訳では無いし、正直に話したことは評価しよう。

 そしてミゼーアだが、僕の沙汰を受け入れると言った後、目を閉じてそれ以上は何も言わなかった。

 まるで切腹を受け入れた武士の様な潔さだ。

 

 はて、弱ったな。

 話の通じない相手なら拳で語り合うだけだったが、誤魔化す事無く真っ直ぐに謝罪してくる相手となると、こちらも暴力に訴えるようなことはしたくない。

 非常に残念だが、もっとも戦ってみたかったミゼーアが既に、罰せられる覚悟を決めてしまっているようだ。

 

 ……まぁ、アリスやフランの居る前で暴れ回ったり、大人気無い態度を取るわけにも行かないし、先ずは落ち着いて話を聞くか。




ちなみに邪神四体のそれぞれの分類は、

『バースト』(旧神)
『チャウグナー・フォーン』(グレート・オールド・ワン)
『グロス=ゴルカ』(グレート・オールド・ワン)
『ミゼーア』(一応外なる神扱い)

です。



Q、一応外なる神扱いって何だよ。ミゼーア何て聞いた事ねぇぞ!?

A、ざっくり言うと、アザトースの次にヤバいヨグ=ソトースと同格の邪神。
  ヨグ=ソトースの支配する『曲がった時空』と対を為す『尖った時空』において、ヨグ=ソトースのポジションに居るのがミゼーア。
  所属する時空の発生起源が違う為、正確には外なる神でも邪神でも無いが、その力の強大さから外なる神として扱われている。
  何気に、作者の一番好きなクトゥルフ系邪神である。


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第四十話 「転生香霖と着ぐるみパジャマ(後篇その一)」

この作品を投稿し始めてから一か月と少し、気付けばお気に入り登録が千件を突破していました! 目出てー!!

それはそうと、結局後篇に収まり切らなかったぜ。(がくり)


 工房に椅子を用意し、アリスやフランを座らせて邪神たちの話を聞いた。

 

 依代である着ぐるみパジャマを元に召喚した四体の邪神『バースト』『チャウグナー・フォーン』『グロス=ゴルカ』『ミゼーア』の話を聞いた結果だが、どうも着ぐるみパジャマが依代となったのは偶然の出来事であったようだ。

 四体の邪神たちはそれぞれ、着ぐるみパジャマのクオリティを上げる手伝い程度のつもりだったそうだが、僕が用意した素材がゴールドシープの毛である金羊毛を初め、神性に対する親和性や依代としての適性が高かったために、あんなことになってしまったらしい。

 

「そりゃあ、あんなトンデモ素材に神格が力を注げば、思いもよらない物が出来上がるわよ」

「そうなの、アリス?」

「珍しい事例だけどね。神様レベルの存在になると、大なり小なり奇跡めいた事を起こす物なのよ。フラン」

「へぇー」

 

 邪神たちの説明には、僕よりもアリスの方が納得の様子を見せていた。

 まぁ僕自身も説明の内容に納得していない訳では無く、ただ四連続で作成を邪魔されたように感じていた為、まだ感情が追い付いていないだけだ。

 情はともかく理では納得出来た訳だし、当人(当神?)たちにも悪気は無かったと判った訳だし、今回の事は不問とする事にしよう。

 

「……話は判った。故意にやった訳では無いと言うのなら、責めはしないよ」

「よ、良かったです! 本当に申し訳なかったです」

 

 そう言って胸を撫で下ろしたのはバーストだった。

 本来は着ぐるみパジャマと同じく猫の頭部を持つらしいが、今の彼女の姿は橙と同じく猫の耳と尻尾を持つ少女のものだ。

 幻想郷にも様々な服装の少女が居るが、彼女ほど露出度の高い服を着た者は見たことが無いな。

 古代エジプトの装身具である様だが、正直目のやり場に困ると言うか、フランが彼女の格好に興味を示しているらしいのがとても困る。

 もしフランが同じ格好をしたいなどと言い出したら、レミリアから文句を言われそうだ。

 

「それで、話を聞くために召喚したが、君達はこれからどうするつもりだい?」

『叶うなら、吾輩たちもクトゥグアやハスターの様にここで雇って欲しいのである!』

 

 僕の質問にそう答えたのはチャウグナー・フォーンだった。

 雇って欲しいとはどういうことかと話を聞くと、どうやら彼ら邪神たちの間で、僕によって現世に召喚されるのが一種の流行と言うか、憧れの的となっているらしい。

 彼ら、クトゥルフ神話に属する邪神たちは、信仰の薄れた時代に誕生した比較的新しい神話の神である為、神話に語られる存在規模に比べて圧倒的に信仰が不足しており、現世に顕現することが出来ていない。

 その為通常、彼らは夢の世界でしか存在出来ないそうなのだが、僕の持つ『召喚術を操る程度の能力』であれば、彼らを現世に呼び出す事が可能であり、実際に召喚されているクトゥグアやハスターは、邪神たちの羨望の対象となっているそうだ。

 

『夢の世界からでも同じ邪神の事ならある程度は現実世界での様子も把握出来るから、現実世界でのびのび暮らすクトゥグアや、それに続いて召喚されたハスターの事がとても羨ましかったのである』

『特にクトゥグアなんか、この幻想郷の人里では終わらない冬の寒さに震える人々に対して、自分の眷属を遣わせて寒さから守ってくれた善神として信仰されているでしょ? 日本では災いを齎す邪神であっても、災いから守ってくれる善神として信仰される事が可能だから、アタシたちもそんな風になりたいのよ!』

 

 チャウグナー・フォーンに続いてそう訴えたのはグロス=ゴルカであった。

 確かに日本の信仰では災いを齎す悪神や妖怪が、守護神として祀られると言うのは良くある話だ。牛頭天王などがその代表例である。

 日本の信仰である神道では、神の持つ善悪の二面性を『荒魂』と『和魂』として受け入れて来た。

 確かに、生粋の邪神であっても、この国でなら本来は持たない善性の側面を獲得する事が可能であろう。

 この邪神たちはそれを願っているようだ。

 

「しかし良いのかい? クトゥグアやハスターの前例があるから今更だが、新しい側面を獲得するのであれば人格面にも大なり小なりの影響があるだろう?」

『問題ありません。と言うより、邪神としての性質しか無い現状の方が問題があると、我々は判断しました。多面性を持ち、善性の側面も持たなければ、信仰の獲得が困難ですから』

 

 僕の疑問に答えたのはミゼーアだった。

 信仰の獲得、それは神々にとって死活問題だ。特に彼らクトゥルフ神話は生まれた時代が現代に近い為、信仰を広めるのが非常に困難であると言える。

 そんな中、クトゥグアが期せずして示した善性の獲得と幻想郷での信仰は、彼らにとって新たな未来の希望その物であるそうだ。

 

『どうかクトゥグアと同じくあなたの従属神として、竜信仰の末席に加えて頂きたい。我々以外の多くの邪神も同じ気持ちですし、我ら邪神を現世に召喚する力を持つあなたの下であれば、誰も文句は言わないでしょう。と言うより、私が言わせません』

 

 背筋をピンと伸ばしてそう宣言するミゼーアの姿を見て、思わず笑ってしまいそうになった。

 それは滑稽だったからなどでは無く、似ていたからだ。僕の一番最初の召喚モンスターである『ヴォルフ』に。

 刺々しい毛並みを持つミゼーアだったが、その姿は紛れも無く狼のものであった為、どうしてもヴォルフの事を思い出してしまう。

 

 参ったな。これじゃあミゼーアたちの希望を叶えたくなってしまうよ。

 ここで突っぱねるのは、ヴォルフの事を思い出して胸が温かくなってしまっている今の僕には無理だった。

 

「……良いだろう。ここで働きたい、クトゥグアの様に白銀竜としての僕の従属神になりたいと言うのなら許可しようじゃあないか」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ、もちろん。ただし、その前に一つやって貰う事がある」

『やって貰う事と言うと、何であるか……?』

『アタシたちに出来る事なら、そりゃあ喜んで協力するけど……』

 

 チャウグナー・フォーンとグロス=ゴルカが、無理難題を押し付けられたらと考えてか、不安そうにしているが、別にそう無理な事を要求する訳じゃない。

 元々彼らがやろうとしていた事だしね。

 

「なに、簡単な事だよ。僕は元々着ぐるみパジャマを作ろうとしていた。そして君たちは、それを手伝おうとしていた。なら、改めてきちんとした着ぐるみパジャマを作るのに協力して完成させること。それを持って、君達を受け入れようじゃないか。どうだい?」

「『『『……はい! 喜んでやらせて貰います!!』』』」

 

 邪神たちから、息の揃った力強い返事が返って来る。

 明確な仕事を与えた事で、やる気が出て来たようだな。大いに結構。

 

 こうして僕は、新たに四体の邪神を仲間に加えて着ぐるみパジャマ作りを再開した。

 その結果、今度こそみんなにプレゼントする着ぐるみパジャマが完成し、正式に邪神たちを僕の配下として受け入れる事となった。

 完成した着ぐるみパジャマの出来は、試着してみたアリスとフランから「最高」との評価を貰えたので大満足である。

 

 

 

「やぁ、霊夢に魔理沙。丁度揃っているみたいだね」

「こんにちは。霊夢、魔理沙」

「こんにちはー!」

 

 着ぐるみパジャマを完成させた後、僕はアリスとフランを連れて、早速着ぐるみパジャマをプレゼントしに回っていた。

 一番最初に訪れたのは霊夢と魔理沙の元だ。

 

「あら、霖之助さん。それにアリスとフランまで……珍しい組み合わせね。二人共、素敵なお賽銭箱はあっちよ」

「おっす香霖。って、アリスとフランとは異色の組み合わせだな。宴会でも無いのに、こんな辺鄙な場所までどうしたんだ?」

「辺鄙は余計よ、魔理沙」

「事実だろ? 霊夢」

 

 縁側でお茶を飲んで過ごしていた霊夢と魔理沙が、いつも通り軽くじゃれ合っている。

 まったく、仲が良いんだか悪いんだか。まぁ、親友同士であることには間違い無いか。

 

「来て早々お賽銭を要求するんじゃ無いよ、霊夢。すまないね。アリス、フラン」

「霖之助さんが謝る事じゃないわよ。それより……霖之助さんにはお賽銭を要求しないのね、霊夢」

「霖之助さんは毎朝、ミルクを届けてくれるついでに入れてくれているもの」

「ミルクって、アマルテイアのミルク? 霊夢の所には、霖之助が届けてたの?」

「ああ、そうだよ。元々は紅魔館にも届けていたけど、今は牧場の方が稼働して届ける必要が無くなったからね」

 

 僕が召喚したアマルテイアを貸し出すという形でレミリアが運営している牧場では、現在十頭のアマルテイアを飼育している。

 そのアマルテイアたちから採れる豊穣の乳は、その大半が紅魔館の住人たちで消費され、ごく少量が外に販売されているという状態だが、それでも結構な収入になっているそうだ。

 稽古の時に咲夜から聞いた話によると、レミリアは人間の血を飲まずに豊穣の乳を常飲する事で、少しでも早く豊穣の乳の成長効果を得ようと努力しているようだが……悲しいかな、人間よりもずっと成長の遅い吸血鬼であるレミリアの体には、肌や髪の艶が良くなった以上の効果は出ていないそうだ。

 

「そうなんだぁ。あれってすごいよね! 私ね、咲夜が毎日あのミルクを使ったお菓子を作ってくれるようになってから、ちょっとだけ胸が大きくなったんだよ? 咲夜が近い内にブラジャーが必要になりそうって言ってた!」

「……ちなみに、その話をレミリアは知っているのかい?」

「ううん。咲夜が言わない方が良いって」

「……そうだね。メイドの咲夜は知っておかないと不都合があるから仕方ないにしても、例え姉妹でもあまりそういうことは口にしない方が良いだろう。今更だけど、男の僕の前で言うには、少々はしたない話題だしね」

「えぇ~、霖之助なら別に知っててくれても良いんだけどなぁ」

「それでもだよ。淑女らしく、なんて堅苦しい事は言わないが、節度はきちんと持ちなさい、フラン」

「はぁ~い」

 

 生返事をするフランに溜息を付きたくなったが、それ以上に僕の胸には悲しみの感情が溢れていた。

 悲しい。悲し過ぎるぞ、レミリア。まさか知らず知らずの内に、妹に成長を抜かされているとは。

 と言うか、同じ吸血鬼であるフランの体が短期間で多少なりとも成長したのに、レミリアの体には変化が無いという事は、その将来性は………豊穣の乳が何とかしてくれることを願おう。

 

「……ねぇ、霖之助さん。そのミルクの話、詳しく聞かせて頂けないかしら?」

 

 ガシッ、と力強く腕が掴まれる。

 振り返ると、そこには微笑みながら僕の腕を掴んでいるアリスの姿があった。目は全く笑っておらず、獣の様にギラギラとしていたが。

 

「紅魔館の牧場で飼育されている山羊のミルク、噂程度でしか聞いたことが無かったけど、フランの話を聞く限り効果は本物の様ね。それをどうして霖之助さんが毎日霊夢の元に届けているのかしら? 詳しく聞きたいわ」

「あ、そのミルクなら、私の所にも毎日届けてくれるぜ、香霖は」

「魔理沙……! 何故今火に油を注ぐ様な事を!?」

「……へぇ」

 

 いよいよアリスの目に危険な光が宿り始める。

 いや、割と本気で怖いな。アリスに対して、ここまでの恐怖を感じたのは初めてだ。

 女性は美容関連になると本気になるからなぁ。普段は本気を出さないアリスも、その例に漏れないらしい。

 

「―――判った、説明するよ。欲しいのなら販売もするから、とりあえず落ち着いてくれ」

「ホントに!? 販売してくれるの? 言い値で買うわよ!!」

 

 僕が販売すると言った途端、アリスはパッと手を放し、喜色満面の笑顔を浮かべた。

 霊夢や魔理沙を思わせる現金な行動だ。普段は冷静で物静かなアリスだが、中身は霊夢や魔理沙とそう変わらない見た目相応の少女なのだろうな。

 

 そんな風に思いながら、僕はアリスにレミリアが経営している牧場の山羊たちが、元々は僕が召喚し、貸し出している事や、稽古をつけている霊夢たちの成長を促す為に、毎朝豊穣の乳を届けている事を説明した。

 

「むぅ、何だかズルいわ。 ……私もその稽古に参加したら、毎朝ミルクを届けて貰えるのかしら?」

「おや、アリスも参加するつもりかい? 人が増える分には大歓迎だよ」

「止めとけ止めとけ、アリス。香霖の稽古ってアレだからな? 控えめに言っても鬼畜だからな? 異変でもいつも涼しい顔をしている霊夢が、疲労困憊でぶっ倒れるくらいヤバいからな!?」

「そ、そんなにすごいの?」

「……そうね。霖之助さんってこっちの限界を見切った上で、それより少し上のラインで鍛えて来るから、毎回へとへとになるのよ」

「別に普通じゃないか? 稽古こそ全力でやらなくちゃ、地力を上げるなんて出来ないよ。それに、これでも体を壊さないようにだとか、普段の生活に悪影響が出来ない範囲で調整しているつもりだよ?」

「ええ、おかげさまで異変解決の時も普段の稽古より楽だから余裕を持つことが出来たわ。ありがとうございました!」

「怒鳴ってお礼を言わなくても良いじゃないか……」

 

 加減して、心を削る様な厳しい稽古はしていないつもりだったが、それでも色々と溜まっているものはあったようだ。やはり必要だったな、プレゼント。

 

 猫が威嚇する時の様な目で見て来る霊夢を宥めながら、僕は今日の目的である着ぐるみパジャマの入った包みを霊夢に手渡した。

 

「しゃーっ! って、なによこれ?」

「普段から頑張っている霊夢に、ご褒美のプレゼントだよ。魔理沙の分もあるから、一緒に開けて中を見て見ると良い」

「私の分もあるのか? それなら遠慮なく貰って行くぜ!」

「ま、貰えるものは遠慮なく貰っておくわ」

 

 もう一つの包みを持ちながら言うと、魔理沙は素早くそれを掻っ攫って行った。

 ……引っ手繰る手つきが妙に手馴れていたが、まぁ何も言うまい。

 二人は僕の前で包みを開け、中に入った着ぐるみパジャマを広げて確認した。

 

「なに、これ?」

「アリスやフランたちに協力して貰って作った着ぐるみパジャマと言うものだよ」

「なんか猫っぽい耳と尻尾がついてるんだな?」

「そう言うものだからね」

 

 霊夢と魔理沙にプレゼントしたのはそれぞれ、白猫と黒猫をイメージした着ぐるみパジャマだ。

 お揃いで作ったから、きっと似合う。

 

「サイズは大丈夫だと思うけど、折角だから着て見せてくれなか?」

「それは良いけど……これ、魔理沙のとお揃いなのね」

「お、そうみたいだな。へへ、何か照れるぜ」

 

 お揃いという事で、霊夢は少し恥ずかしそうに、魔理沙は少し照れ臭そうにしている。

 喜んで貰えたようで何よりだ。

 

「ハハ、アリスとフランの分もあるから、折角だからみんなで着替えて来たら「あぁー! やっと見つけたぁ!」―――うん?」

 

 急に聞こえた声に振り向くと、そこには咲夜を引き連れたレミリアの姿があった。

 

「フラン! 一人で黙ってどこに行ってたのよ! 心配したじゃない!」

「げっ、お姉さま……」

「げっ、じゃないわよ! ちょっとそこに座りなさい!」

「うぇえ~、ごめんなさ~い!」

 

 咲夜から受け取った日傘を右手に持ったレミリアは、左手でフランの襟首を掴んでそのまま縁側に上がり込んでしまった。

 フランなら十分逃げられただろうが、姉として妹を叱るレミリアの迫力を前に、逃げるという選択肢さえ思い浮かばなかったようだ。大人しく引き摺られて行っている。

 

「あ、ちょっと! ……もぅ、上がるなら挨拶ぐらいして行きなさいよ」

「ごめんなさい、霊夢。お嬢様、妹様が居なくなってから心配で、朝からあちこち探し回っていたのよ」

「そうだったのかい? それならレミリアのランプに手紙の一つでも送っておくべきだったな。フランはずっとうちの店に居たんだよ」

「あら、霖之助さんの所に居たんですか? どうりで見つからないはずだわ」

 

 咲夜の話によると、レミリアは大分見当違いの場所を探し回っていたらしい。

 付き添いありきとは言え、フランは普段から香霖堂にもちょくちょく来ていたから、もっと他の見つかり難い場所に居るんだと思ったそうだ。完全に深読みのし過ぎであった。

 

「裏目裏目に出たね、レミリアは。まぁ、それはそれとして、だ。実は咲夜とレミリアにもプレゼントがあってね。外来本のファッション雑誌を参考に作った着ぐるみパジャマと言うものなんだが、折角だから二人も試着してみてくれ「すみませーん、霖之助さんはいらっしゃいますかぁー!!」……またか」

 

 上空から聞こえて来た、聞き慣れた声とともに再び言葉を遮られる。

 見上げると、そこには幽々子のペットであるゴールドシープの日輪の上から顔を出す妖夢の姿が見て取れた。

 

 やれやれ、会いたい相手が次々に向こうからやって来るのは、運が良いって事なのかね?




悲報。レミリア、フランに成長性で敗れる。

姉より優れた妹が存在してしまったパターンですなw
まぁ、豊穣の乳を常飲し続ければ、その内差は埋まりますから。(同じ期間常飲し続けたレミリアと、おやつとしてのみ摂取してたフランで差が出た以上、お互いの将来性に大きな開きがあるのは間違いないんだよなぁ)


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第四十一話 「転生香霖と着ぐるみパジャマ(後篇その二)」

あぁ~、誰か「サモナーさんが行く」と「カンピオーネ!」のクロス小説とか書いてくれないかなぁ?
カンピオーネの世界観なら、サモナーさん絶対生き生きし出すよね!

サモナーさんの場合、手に入れる権能も効果によっては、戦闘が温くなるから要らねって言い出しそうw
権能を手に入れるまでも無く、純粋に神も殺せるほど強くなったサモナーさんはこれだから……


 咲夜にレミリアの分も合わせた着ぐるみパジャマを渡していると、上から妖夢の声が聞こえて来たので見上げる。

 すると上空から妖夢を乗せた日輪が下りて来た。その背には、妖夢の他にも幽々子が乗っているようだった。

 

「やぁ妖夢、それに幽々子も。僕に何か用かい?」

「こんにちは、霖之助さん。お昼を御馳走になりに来たのだけど、お店の方に居なかったから探しに来たのよぉ」

「すみません、霖之助さん。幽々子様がどうしても霖之助さんのご飯が食べたいと仰られて。いつもなら紫様が幽々子様を連れて行ってくれるんですけど……」

「そう言えば今日は紫が一緒じゃないね」

 

 これは珍しい、と言うか初めての事だ。

 幽々子が香霖堂で食事を頼むようになってから、紫は必ず幽々子に付き添って店に来ていたというのに。

 

「紫に何かあったのだろうか?」

「それが霖之助さんに貰ったランプで手紙を送ってみたのだけれど、返事を見ても要領を得ないのよねぇ」

「手紙の返事が来たのなら、それほど大事では無いと思うが……ちなみになんて書かれていたんだい?」

「ただ一言、『邪神いっぱい』って書かれてたわぁ」

「『邪神いっぱい』、一体何の事なん、あいたっ」

 

 幽々子が紫から受け取った謎のメッセージの意味について考え首を傾げていると、突如スコーン!っと良い音を立てて僕の後頭部に何かがぶつかった。

 何事かと振り返ると、いつの間にか僕の真後ろにスキマが開いており、地面には紫がいつも使っている扇子が落ちていた。

 状況を見るに、紫がスキマ経由で僕の頭に扇子を投げつけたのだろう。一体何故?

 

 僕が後頭部を擦りつつ、地面に落ちた扇子を拾い上げながら頭に疑問符を浮かべていると、スキマの中からずるりと紫が身を乗り出して来た。その表情は、顔に掛かった長い前髪のせいで窺い知れない。

 ちょっと怖い。まるで呪われたビデオテープを題材にした昔のホラー映画みたいだ。いや、古いと言っても前世の話だから、今の時代だと新しい部類に入るのか? 外の世界に似たような映画があるのかは知らないが。

 

「……霖之助さん……」

 

 体を引き摺る様にしてスキマから出て来た紫が、ぼそぼそと僕の名前を呟きながら、揺ら揺らと不安定な歩調で僕に近づいて来る。

 何だかそのまま倒れ込んでしまいそうにも感じられたため、僕は一歩紫に近づき、両肩を掴んで受け止めた。

 

「どうしたんだ紫? ふらついているけど大丈夫かい?」

「大丈夫って、どの口が……」

 

 僕が安否を確認すると、紫はぼそぼそとした口調のまま僕の襟首を両手で掴み、そのままガクガクと揺さぶり始めた。

 僕の筋力なら、揺さぶられずにその場で耐えることも出来たが、紫の手にあまりにも力が籠っていなかった為、なされるままとなっていた。

 

「もう、もう! あなたって人は次から次へと! 邪神がもう一体追加されただけでも大事だって言うのに、それが一度に四体追加だなんて、キャパオーバーにもほどがあるのよぉ!」

「あぁ~、その、なんだ。すまなかった」

「謝るくらいなら事前に連絡ぐらいしてよ、霖之助さんのバカぁ!」

「ごめんて」

 

 もぉ~! と言いながら、涙目で僕を揺さぶる紫に平謝りする。

 そっかぁ、『邪神いっぱい』ってハスターやバーストたちの事だったのかぁ。

 クトゥグアも含めて六体『だけ』、と僕は考えていたが、紫の感覚では六体『も』増えた、と言う感覚だったのだろう。

 邪神を召喚するのに、事前に連絡も何もしなかったのも失敗だったか。

 

 いつの間にか、紫は僕を揺さぶるのを止めて、僕にしがみ付きながらえぐえぐと泣き始めてしまった。

 

「ぐすっ、邪神ってただ存在するだけでも結界に影響が出るのに、それが一度に四体も増えたものだから、今藍が必死に調整に回っているのよ?」

「あちゃ~、それは藍にも悪い事をしたね。紫はここに来てて大丈夫なのかい?」

「私が直接調整しなきゃいけないところが終わったから、こうしてあなたに文句を言いに来たのよ!」

「すみません」

 

 僕としては、着ぐるみパジャマ作りを邪魔した邪神たちに落とし前を付けさせる程度の認識で召喚した訳だが、どうやらバーストたちを召喚した事で、紫たちに余計な苦労を掛けさせてしまったようだ。

 本当に申し訳ない。自分で蒔いた種だし、僕に何か手伝えることがあれば良いんだが。

 

 そう考えていると、霊夢が僕にしがみ付く紫をグイッと引き剥がしながら割り込んで来た。

 

「別に気にしなくて良いわよ、霖之助さん。調整が必要って言ったって、直ぐに結界が壊れるって程じゃ無いんだし。それにこいつは普段から結界の調整を藍に任せてばかりで碌に働いてないんだから、偶には苦労した方が良いわ」

「その偶に負う苦労が尋常じゃないのよ。主に霖之助さんのせいで!」

「……問題を起こした僕が言えた事じゃないが、碌に働いてないってところは否定しないんだね?」

 

 一番苦労しているのは藍なのかもしれないな。

 今度会った時は、たっぷり労うとしよう。油揚げ食べ放題と……蜂蜜を使ったお菓子も用意しておこうか?

 

「……まぁ、なんだ。折角来たんだから紫もこれを試着してみてくれないか? 幽々子と妖夢もどうぞ」

「あら、私も?」

「これは……何でしょうか、霖之助さん?」

 

 紫、それに幽々子と妖夢にも着ぐるみパジャマを渡す。

 首を傾げている三人に、僕は着ぐるみパジャマについての説明をした。

 

「外来本のファッション雑誌に載っていた物を参考にして作ったパジャマだよ。みんなにプレゼントしようと思って作ったんだけど、折角集まっているから今渡そうと思ってね」

「そうなのね。試着って言うのは?」

「凡その目算で作ったから、細かな調整が出来ていないんだよ。パジャマだから余裕を持たせても良いとは思うけど、この辺は僕のこだわりかなぁ」

「あらあら、霖之助さんったら職人さんね」

 

 幽々子の質問にそう返すと、そんな感想が返って来た。

 僕はあくまで古道具屋の店主であって、道具作りが本職と言う訳では無いのだが、最近は色々作りまくっているからなぁ。

 幽々子の言う通り、細部までこだわろうとするのは職人のそれだ。だが妥協したくないんだからしょうがない。

 ……もう少し、香霖堂の商品にも、僕の作った道具を増やしてみるべきかなぁ? 試しに、個人に対して作るのではない、一般販売用の着ぐるみパジャマでも作って、店においてみるか。

 

「霖之助さんったら真面目ねぇ。私は単に、この服を着たみんなの艶姿が見たいのかと思ったわ」

「ハハハ、着ぐるみパジャマで艶姿は難しいんじゃないかな? まぁみんなの可愛らしい姿を見たかったのは確かだけどね」

「ふぇ!?」

「あら、大胆」

 

 可愛らしい姿を見たかったと素直に返すと、妖夢が顔を真っ赤にして驚き、幽々子はほんの少し頬を染めて口元を扇子で隠していた。

 

 ―――ガタッガタッ!

 

 急に騒がしくなったので目を向けると、紫を抱えた霊夢、それに魔理沙や咲夜がいそいそと縁側から母屋の中に入って行った。その手には、しっかりと僕の渡した着ぐるみパジャマが持たれているため、どうやら試着しに向かってくれたようだ。

 さらに一歩遅れる形で、アリスも後に続く。アリスの手には、自身とフランの分の着ぐるみパジャマが抱えられていた。

 

「みんな試着しに行ってくれたみたいだね。幽々子と妖夢も折角だからどうだい?」

「そうねぇ、それなら私たちも着替えに行きましょうか。ほら妖夢、早く着替えて霖之助さんに可愛いって言って貰いましょう」

「か、かわっ! わ、私がですか!?」

「他に誰が居るって言うの? さ、早く行くわよぉ~」

「ゆ、幽々子様ぁ~!?」

 

 顔を真っ赤にさせたままの妖夢を、幽々子は首根っこを掴んで連れて行った。その場に残ったのは、僕と日輪だけである。

 

「……」

「メ、メェ~……」

 

 視線を向けると、日輪はプルプル震えながら「食べないでぇ~」と言わんばかりに弱弱しく鳴いた。

 未だに僕が、かつて日輪を捌いて幽々子の食事にしようとしたことを覚えているらしい。

 ふむ、既に幽々子のペットである日輪にそんな事をするつもりは無い訳だし、このまま怯え続けられるのは少し困るな。

 何かしら日輪を懐かせる方法は無いものか?

 

 考えた結果、僕は召魔の森産の蜂蜜を与えて、懐柔を図る事にした。

 

「?」

「ほら、お食べ」

 

 呼び出したガラス瓶入りの蜂蜜を、同じく呼び出したスプーンで掬い、日輪の鼻先に持って行く。

 最初は警戒していた日輪だったが匂いを嗅いで興味を持ったらしく、しばらく鼻をヒクヒクさせた後意を決したように食いつき、蜂蜜の味に目を見開いたかと思うと、そこからは甘えた声で僕にすり寄って来るようになった。

 チョロい、やはり蜂蜜の力は偉大だった。やはり動物を手懐けるのはこの手に限る。

 

「メェ~!」

「仲直りの印だ、お代わりも良いぞ。長い事怖がらせたからその御詫びだよ。遠慮せず、今までの分も食べると良い」

「メェ! メェ! メェ!」

 

 日輪は必死にがっつく様に、蜂蜜を掬ったスプーンを舐めている。

 よしよし、この調子ならもう怖がられずに済みそうだな。この瓶の蜂蜜は全て日輪に与えてしまおう。

 それと、一応僕も着ぐるみパジャマに着替えておこうか。

 これはアリスとフランに言われて作りはしたが、着るつもりは無かったものだ。

 が、郷に入っては郷に従えと言うし、みんなが着替えたのに僕だけ着ないと、アリスやフランに怒られそうだからね。

 

 ガラス瓶の蜂蜜を全て日輪に与えた僕は、一旦シャドウ・ゲートで影の中に入り、そこで僕用の着ぐるみパジャマに着替えた。

 

 

 

 その後、着替え終わったみんなが縁側に戻って来たタイミングで、僕は影の中から姿を現したのだが、結果から言うとみんなから大爆笑されてしまった。

 初見である霊夢たちはともかく、一度試着している所を見ているアリスやフランまで同じくらい笑う事は無いんじゃないかなぁ。

 そんなに面白いかな? この熊の着ぐるみパジャマ。

 

 

 

 博麗神社でみんなに昼食を作ったり、フランとの約束通りプリンを作ったり、プリンに使った『金冠鶏の卵』を産むグリンカムビの飼育を牧場で出来ないかとレミリアと相談したり。

 そんな事をしながら騒いでいる内に、すっかり日も暮れて僕は香霖堂へと帰って来た。

 

「ただいま~」

「お帰りなさいませ、旦那さ―――ぷひゅっ」

『おお、帰ったかキースよ―――ぬくっ』

 

 ドアを開けて中に入ると、丁度叢雲と煙晶竜も帰って来たところであった様で、カウンター奥の居間に入ろうとしたところで僕に振り返って来た訳だが、二人共着ぐるみパジャマを着た僕の姿を見た瞬間に吹き出していた。

 

「ふ、ふふふっ、だ、旦那様? ど、どうなされたのですか……? その、お召し物は? ふふっ」

『くっ、くははははっ! き、キースよ。随分と可愛らしい恰好をしているでは無いか!』

「……解せぬ」

 

 やっぱりこの格好だと笑われてしまうな。叢雲は口元を抑えて堪えているが、煙晶竜などは隠す事無く腹を抱えて笑っている。

 まぁいい、笑わば笑え。実際僕も、鏡で自分の姿を見てちょっとお腹が痛くなったからね。

 

「着ぐるみパジャマという服だよ、叢雲。今日拾った外来本のファッション雑誌に載っていたから作ってみたんだ。君の分もあるから、今夜はこれを着て眠ると良い」

「そ、そうですか。ふふ、ありがとうございます。ぷふふっ」

 

 手元に呼び出した叢雲の分の着ぐるみパジャマを手渡す。

 受け取った叢雲は僕の目を見てお礼を言って来たが、それで再び僕の姿を視界に収めてしまい、顔を背けて吹き出していた。

 

 そんな僕らの話声が聞こえたようで、今の方からぞろぞろと邪神たちがやって来た。

 

『お帰りなさいませ、我が主』

『お帰りなさい、マスター!』

「お、お帰りなさいです、主様」

『お帰りである、主殿!』

『お帰りなさぁい、主様ぁ』

『お帰りなさいませ、我が君』

 

 クトゥグア、ハスター、バースト、チャウグナー・フォーン、グロス=ゴルカ、ミゼーアの順にお帰りと言って来る。

 こんなに大勢から一度にお帰りと言われるのは、随分と久し振りだな。

 

「―――ああ、ただいま。みんな」

 

 その事に胸の温かさを感じながら、僕は笑い返した。

 

 

 

 その日の夜、僕は夢の中でミゼーアと対峙していた。

 

『―――それでは、準備は宜しいですか? 我が君』

『ああ、もちろんだ。ミゼーア』

 

 僕は既に、白銀竜の姿でミゼーアと向かい合っている。対するミゼーアもまた、本来の姿で僕に相対している。

 

 その姿を何と言って例えたらいいだろうか?

 基本的な形は巨大な狼とギリギリ言えるのだが、全身の体毛から眼孔、爪や牙に至るまで、全てが鋭利な直角で構成された姿はどこか機械的な印象を覚えた。

 ミゼーア曰く、自身は直角を司る尖った時空の支配者である為に、このような姿となっているそうだ。

 

 だが問題、いや、重要なのはその姿以上に、ミゼーアが鋭く刺し貫く様な威圧感を全身に纏っていることだ。

 その圧は、クトゥグアやハスターを超えて、いや、二人を合わせたよりもずっと強いかも知れない。

 つまりは最高って事だ!

 

『覚悟は良いね、ミゼーア? 全力で行かせて貰うよ』

『胸をお借りします、我が君』

 

 胸を借りると言いつつ、ミゼーアの闘気が爆発する。

 これだよ。僕はこう言うのを求めていたんだ!!

 

『キィャァァァァァァァァァッーーーーーーーーーーーー!』

『ガァァァァァァァァァァァッーーーーーーーーーーーー!』

 

 互いに獣の叫びを上げながら、僕たちは激突した。




転生香霖の着ぐるみがクマになった理由は、

転生香霖=サモナーさん=戦闘狂=バーサーカー=ベルセルク(熊の毛皮を被った狂戦士)

って言う連想ゲームからですw


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第四十二話 「転生香霖と着ぐるみパジャマの流行」

まさか着ぐるみパジャマでここまで引っ張ることになるとは……。


「………」

 

 右を見る、着ぐるみパジャマを着た人里の住人が視界に入った。

 

「………」

 

 左を見る、着ぐるみパジャマを着た人里の住人が視界に入った。

 

「―――まさかこんなことになるとはね……」

 

 人里に、空前の着ぐるみパジャマブームが到来していた。

 

 

 

 日頃付き合いのある少女たちに着ぐるみパジャマをプレゼントし終わってから一週間ほど、人里では平服に混じって着ぐるみパジャマを着た者の姿が良く見られるようになっていた。

 原因と言うかきっかけは、文が自身の発行している『文々。新聞』で、僕がプレゼントした着ぐるみパジャマを取り上げた事である。

 

 外の世界のファッション誌を参考にして作られた着ぐるみパジャマは、斬新かつ子供や女性に喜ばれるデザインをしており、尚且つ僕が作った物は邪神たちの加護も乗っている為、丈夫で着心地が良く動き易い。

 その上、汚れを弾く特性まで持っている為、人里において着ぐるみパジャマは普段着として重宝されていた。

 

 パジャマとは本来寝間着の事であるが、何せ性能が高いためそんな事はお構いなしに、人々は着ぐるみパジャマを着て出歩いている。

 流石に、着ているのは女子供だけであるが。

 

「やれやれ、霧雨の親父さんに販売を委託して正解だったな」

 

 僕が今日人里を訪れていたのは、着ぐるみパジャマの販売委託について霧雨道具店の店主である親父さんと話していたからである。

 

 利益のみを考えれば、全て香霖堂で販売した方が売り上げが伸びるのだが、人里全体で流行する様な品物を香霖堂で取り扱った経験は無く、着ぐるみパジャマを求める客たちが一斉に香霖堂へと集まれば、対応しきれずパンクするのは目に見えていた。

 その為、流行の兆しが見えたのと同時に、人里で最大手の店である霧雨道具店で販売して貰えるように事前に相談していたのだ。

 

 その結果、販売を親父さんに任せながら、僕は人里に十分に行き渡る数の着ぐるみパジャマを製作し、需要に供給を追い付かせることが出来たのだ。

 販売開始からしばらく経ち、売れ行きもひとまず落ち着いたため、今日は霧雨道具店に着ぐるみパジャマの売り上げを受け取りに行っていたという訳だ。

 

「―――しかし、親父さんも言っていたが、これって古道具屋の仕事じゃ無いよなぁ……」

 

 販売委託をお願いする時にも親父さんからは、「古道具屋から呉服問屋に転向か?」と呆れられたが、あくまで香霖堂は古道具屋である。

 まぁ割と何でも置いてあるため、実質何でも屋と言い張って服を販売しても良いのだが、店主である僕が売り物を全て手ずから作るのは、古道具屋の仕事とはちょっと違うなぁと僕は感じていた。

 個人に対して作るのならまだしも、大衆向けに大量生産するなら、それはもはや服屋の仕事である。

 

「とは言え、収入が増えたこと自体は喜ぶべきか。ついでだから、帰りに鈴奈庵で本でも借りて「―――霖之助?」……うん?」

 

 後ろから名前を呼ばれて振り返る。するとそこには青い服を纏い、両手で大きな巻物と手荷物を抱えた少女が立っていた。

 

「やぁ『慧音』、こんにちは。寺子屋の帰りかい?」

「こんにちは、霖之助。まぁその通りだよ」

 

 彼女の名前は『上白沢慧音』。僕と同じ半妖であり、人里で寺子屋を開いて、子供たちに勉強を教えている。

 彼女とは僕が幻想郷に引っ越してくるより少し前からの知り合いであり、今でも時々彼女の家に食事招かれる程度には仲が良い。

 

「お前が人里まで出向いて来るなんて珍しいじゃないか。今日はどうしたんだ?」

「霧雨の親父さんと商売の事について話し合った帰りだよ」

「商売?」

「あぁ。 ……今人里で流行っている着ぐるみパジャマってあるだろう? あれは元々僕が個人的にお得意様相手とかに向けて作った物なんだが、新聞で取り上げられたせいで有名になってしまってね。製造から販売まで香霖堂でやったら大変なことになるから、販売の方を霧雨道具店に委託したんだよ」

「あれはお前が作ったのか!? ……何と言うか、その、似合わないな……」

「……美しい装飾を作るのが、武骨な職人であるなんて良くある話だろう? 作り手と作品のイメージが合わなくて悪かったね」

「ああいや、別に悪いって言う訳じゃないんだ! ただ、やっぱり私は昔のあなたの印象が強く残っているからなぁ……」

「ああ、そういう事か……」

 

 懐かしそうに目を細める慧音を見て、僕もまた懐かしい気分になりながら頷いた。

 

 

 

 慧音の言う昔の僕と言うのは、僕が斧足と呼ばれ、実際そう名乗っていた時代の話だ。

 

 当時僕が方々を旅していた頃、日頃くっ付いて回っていた文が僕から離れた時期があった。

 それが丁度、天狗や鬼たちが幻想郷に引っ越した時期だったのだ。

 風の噂で幻想郷自体の事は聞いていたが、僕自身は最初あまり興味が無かった。

 だが、鬼や天狗たちが引っ越し、その手伝いに文もついて行ったことで、何となく、そろそろ腰を落ち着ける場所を見つけても良いんじゃないかという気分になり、とりあえず自分も幻想郷に行ってみようと思ったのだ。

 慧音とは、幻想郷を目指す旅の途中で出会った。

 

「懐かしいね。あの時はまだ、慧音の身長も僕の膝くらいまでしかなかったっけ」

「む、それは聞き捨てならないな。確かにあの当時の私はまだ小さかったが、それでもあなたの腰ぐらいまではあったぞ?」

「そうだっけ? 間の太ももの辺りが有力に思うけど」

「うっ……確かにそれくらいだった気もする」

 

 確か当時の慧音が僕の足にしがみ付いて、僕の太ももで顔を隠していたから、太ももの付け根くらいの身長だったはずだ。

 そう考えると、僕より慧音の記憶していた身長の方が、実際の物に近いことになる。

 やれやれ、あの頃に慧音の第一印象は『ちっちゃな女の子』だったから、過剰に小さな身長だったと思い込んでいたようだ。

 

「……こうして思い出して見ると、慧音の記憶の方が正しいね。確か僕の太ももの付け根くらいはあったはずだよ」

「……ああ、そうだったな。やれやれ、少し盛っていたか」

「僕も結構うろ覚えだったからね、しょうがないさ」

 

 あの頃の慧音は、僕が小さいと言うと過剰に反応して、むきになって否定して来たっけ。今でも小さいけど。

 

「……霖之助、今何か失礼な事を考えなかったか?」

「何故バレる」

「あなたは分かり易いんだ、昔から。というか認めたな、失礼な事を考えたって! 何を考えた!?」

「紳士としては、女性に対して失礼な事を口にするつもりはないね」

「女性と言うか私個人に対して失礼な事を考えたんだろう!? 言え! 何を考えたんだ!? どうせまた私が小さいとか考えたんだろう!!」

「だから何故バレる?」

「やっぱりかぁ!!」

 

 叫んだ慧音は、飛び上がると僕の側頭部に両手を添える。

 次の瞬間、ゴチンッ! と堅い物同士がぶつかり合う音が人里中に響き渡った。

 

 久しぶりに食らったが、慧音の頭突きは半竜になっても痛ったいなぁ。

 

 

 

「うごご……あ、頭が割れそうだ……」

「まるで二日酔いのセリフみたいだね」

「誰のせいだと! っ、いったぁ……」

「ほら、少し見せてみ? 今治療するから」

 

 半竜の頭蓋に、思いっきり頭突きをして痛がっている慧音を連れて、僕は慧音の家までやって来ていた。

 今は慧音の家の居間で座布団に座りながら、慧音のおでこの様子を見ている。

 

(クレヤボヤンス!)

(リフレッシュ!)

 

 一応透視魔法で骨に異常が無いかを確認してから、回復と状態異常の解除を同時に行う呪文で慧音を治療する。

 うん、骨は大丈夫そうだ。クレヤボヤンスの方はさっさと解除しよう。

 

 透視の効果無くなった通常の視界で確認すると、赤くなっていた慧音の額は元の肌色へと戻っていた。

 

「……痛みが無くなった。今のは魔法か?」

「まぁね、簡単な治癒魔法だよ。それよりも、もう大丈夫かい?」

「ああ、大丈夫だ。それにしても……相変わらずあなたは引き出しが多いな。以前はこんな魔法使っていなかったと思うが?」

「前に話した事があるだろう? この魔法も前世で修得したものだよ」

「前世か……阿礼乙女が居るのだから、他に居てもおかしくは無いのだろうが……まさかあなたがそうだったとはな」

 

 慧音には、僕が前世の記憶と能力を取り戻した事や、竜信仰関連の事情を既に話している。

 人里に住む者で他に知っているのは、霧雨の親父さんや今代の阿礼乙女である阿求くらいか。

 

「しかし、あなたが半竜であると聞いた時は、心底驚くのと同時に納得もしたぞ。そりゃあ強い訳だと」

「それと似たようなことを阿求や妹紅にも言われたよ。自分が半竜だって自覚する以前は、半竜としての力は全く使えなかったんだけどね」

「……それはそれで、半竜の力無しであれだけ強かったんだから、やっぱりあなたはおかしいよ」

「おかしいな。人間だった前世でも似たような事を言われた気がするよ」

「じゃあもう、種族云々では無く魂の問題だな」

 

 何に納得がいったのか、慧音はうんうんと頷いている。

 まぁ実際、転生しても根っこの部分は変わっていない自覚はあるから、否定し辛い所ではあるが。

 

「……とりあえず、その話は置いておいて。君にもこれを渡しておこう」

 

 そう前置きしてから、僕は手元に慧音の分の着ぐるみパジャマを呼び出した。

 デザインは白い獅子に近い姿であり、ゲーム時代の白澤の姿をモデルにしている。

 ワーハクタクである慧音には、ピッタリであろう。

 

「これは……着ぐるみパジャマか。人里で見かける物とはまた随分と違う見た目なんだな?」

「そりゃあ販売用に量産した物と、君専用に作った物じゃ違うさ」

「そ、そうか……私専用かぁ」

 

 慧音専用と僕が言うと、慧音は受け取った着ぐるみパジャマを嬉しそうに抱きしめていた。

 そして何やら思いついたのか、顔を真っ赤にしながら少し大きな声でどもりながら言って来た。

 

「……せ、折角だから! 試しに着てみても良いか!? あなたに是非、み、見て欲しいのだが……?」

 

 最後だけしりすぼみになったように声が小さくなったが、慧音の提案は寧ろ望むところだった。

 慧音の体格なら良く知っているが、やはり実際に本人が着ている所を見ないと、細かな調整が出来ないからね。

 

「むしろこっちから提案しようと思っていたところだよ。細かな調整は、実際に着て貰わないと出来ないからね」

「……判っていた。判ってはいたが……あなたは殊物作りに関して、職人意識が強過ぎるのではないか? 霖之助」

「一点物を作るのに、こだわりを持たないようじゃ技術者は名乗れないよ」

「駄目だ、目が完全に職人の目になっている……」

 

 はぁ~、と慧音は大きなため息を付きながら、がっくりと崩れ落ちた。

 

「……まぁ着て来るが、似合わなくても笑ったりしないでくれよ?」

「僕が慧音の為に作ったんだぞ? 絶対に似合うし可愛いに決まっているだろう」

「……っ! き、急に可愛いとか言うな!」

 

 再び顔を真っ赤にした慧音が、白澤着ぐるみパジャマを抱えてどたどたと居間を出て行く。

 取り残された僕は、裁縫道具を準備しながらお茶を淹れて、慧音が帰って来るのを待った。

 勝手に他人の家の道具でお茶を淹れるのは、霊夢みたいで余り行儀の良い行動では無いが、何せ慧音の家は昔から訪れているので、この辺はなぁなぁになっている。

 逆に慧音が香霖堂に来た時に、僕の了解無しにお茶を淹れたとしても、僕が腹を立てる事なんて無いしね。まぁ、慧音はその辺しっかりしているから、必ず僕に予め了解を取るが。

 しっかりしていると言えば、妹紅も普段は自堕落な生活をしているが、マナーは結構しっかりしているんだよな。確か良いとこのお嬢様だったはずだし、染みついた礼儀作法が今でもしっかりと残っているんだろう。

 今度妹紅に会ったら、霊夢と魔理沙に礼儀作法を教える時の参考になる話が無いか聞いてみようかな?

 

 

 

 しばらくすると、着替え終わった慧音が戻って来た。

 顔を赤らめながら腕を組んで立つその姿は、堂々と言うか若干自棄になったような雰囲気を感じる

 

「さぁ! 着て来たぞ霖之助! 感想の一つでも言ったらどうなんだ?」

「ふむ、見た感じ概ね大丈夫そうだな。ただ、袖と裾は少し調整した方が動き易いか……」

「……もうお前服屋にでもなれよ」

「断る。僕はあくまで古道具屋だ」

 

 慧音にその場で動かないように頼んで、話しながら最終調整を行う。

 調整が終わったので慧音に具合を確かめるように言うと、軽く手を振ったりその場で歩いたりして動きを阻害されないか確認してくれた。

 

「……うむ、動き易いな。問題は無いぞ、霖之助」

「それは良かった。これで完成だね。うん、思った通りに合っているし可愛いよ。慧音」

「ばっ……! ふ、不意打ちは卑怯だぞ!」

「何の不意打ちだい?」

 

 あーもー! と叫びながら、両手で顔を抑えて畳の上をごろごろ転がり出す慧音。

 相変わらず、面と向かって褒められるのが苦手なようだ。彼女の両親が存命であった頃から、こういった反応はあまり変わっていない。

 

 いつまで経っても子供っぽさを失わないこの小さな友人の姿に苦笑しつつ、僕は慧音の気が済むまでごろごろするのを見守った。




ざっくりとした、転生香霖と慧音の出会い。


ヤング時代、天狗と鬼が幻想郷に引っ越すに伴い、文が天魔の元に戻ったのでヤング香霖がしばらく一人旅になる。

 ↓

数百年ぶりに一人旅をした結果寂しさを感じるようになり、風の噂で幽香も幻想郷に引っ越したと聞いたので、自分も行くか。となる。

 ↓

幻想郷に向かう旅の途中、自分と同じ半妖である慧音が、両親に庇われながら村人たちに囲まれている現場に遭遇する。(先祖返りなのか、神獣の気まぐれなのか、突然ワーハクタクの力を幼い慧音が手にして見た目が変わった事と、丁度日照りが続いていた為、半妖である慧音を生贄に雨ごいをしよう。みたいな感じになっていたらしい)

 ↓

村人たちを文字通り薙ぎ倒して慧音とその両親を助け出したヤング香霖は、行く当てがないという慧音らの話を聞いて、放っておくのも寝覚めが悪いと判断して、慧音ら一家を連れて幻想郷に向かった。

 ↓

旅の途中、ヤング香霖が慧音たちを攫っていると勘違いした妹紅と出会い、しばらく戦った後で誤解であったと判明し、その御詫びとして妹紅も護衛として旅に同行する事となる。
ヤング香霖と出会った妹紅は、ヤング香霖に対して「昔何処かであった事は無いか?」と質問し、それ以降もちょくちょく同じ質問をするようになった。どうやら昔出会った人物に、転生香霖が非常によく似ているらしい。

 ↓

幻想郷に到着したヤング香霖一行は、人里の有力者であった当時の阿礼乙女や博麗の巫女に慧音ら一家を受け入れて貰い、晴れて慧音は家族そろって安住の地を得ることが出来たのである。(なお、この出来事により半妖であろうと我が子を守ろうとする慧音の両親の姿を見たり、慧音らの生活が安定するまでは、と人里に留まった結果、当時の阿礼乙女に幻想郷縁起を編纂する為の手伝いとして、妖怪の取材に行く際の護衛を頼まれたりして交流を深めた事で、徐々にヤング香霖の人間嫌いが直って行った)


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第四十三話 「転生香霖と迷いの竹林(前篇)」

五千文字近くをまるまる書き直したので遅れましたが、私は元気です。

そろそろオリジナル小説の一つでも書きたいなぁ。

「RPGの男主人公に転生したら、幼馴染として女主人公も居たから敵国への仕官ルートに進んだ」話と、「転生チートは持ってないけど、色々やってたら魔法チートになってた一般転生者辺境王子様」の話。

今書きたいのは、この二つかなぁ。


 その日僕は、香霖堂地下塔の工房で初めての試みに挑戦していた。

 

 きっかけと閃きは同時にやって来た。

 きっかけは、慧音とほとんど同じくらいの付き合いになる少女に、少し特別な着ぐるみパジャマを作ろうと思った事。

 そして閃きは、彼女の為に作る着ぐるみパジャマの作成方法を考えていた時に舞い降りた。

 僕が思いついたのは、邪神たちから介入されずに最高の素材を使って着ぐるみパジャマを作成する方法だった。

 

「それじゃあ始めよう。クトゥグア、頼んだよ」

「了解」

 

 素材を並べた作業台に向き合いながら、右肩の辺りに浮遊するクトゥグアに声を掛ける。

 

 よくよく考えれば、簡単な話だったのだ。

 金羊毛を主軸とした、最上級の素材を使って着ぐるみパジャマを作成すると、僕がまだ召喚していない邪神たちに介入されて、邪神の依代となってしまう可能性が高い。

 だが、既に召喚している邪神が、最初から依代にならない程度に加護を掛け続けていれば、他の邪神が加護を掛ける余地がなくなる。

 こうすれば、邪神からの介入を気にする事無く、好きな素材で着ぐるみパジャマを作成することが出来る。と言う訳だ。

 

 今回作る着ぐるみパジャマは、渡す相手の事情を考慮して、火属性に対する耐性が欲しいと考えていた物だ。

 炎の邪神であるクトゥグアの加護があれば、尋常の炎では決して燃える事無く、更には着た者の使う炎の力を高める効果も付けることが出来るだろう。

 彼女にはぴったりの性能となる筈だ。

 

(浄土曼荼羅!)

(十二神将封印!)

(ミラーリング!)

 

 パジャマの製作に入る前に、僕の使う封印術の最高位呪文である『浄土曼荼羅』を発動させる。

 この呪文は本来、対象空間を世界から隔離し内部を浄化するという効果の結界なのだが、僕の能力である『召喚術を操る程度の能力』に組み込まれたことで、元々の使い方とは違う応用方法を編み出す事に成功した。

 それこそが、結界の体内展開による効果の増幅である。

 

 浄土曼荼羅は本来、範囲内に自然回復効果を高める結界を張るというものだったが、僕はその応用として結界を体内に展開する事により、自然回復効果を更に高める事に成功したのだ。

 マジックアイテムの作成には体力や集中力、そして当然ながら魔力を大量に消費する。

 僕の場合、保有している魔力の量が膨大である為、魔力の消耗自体は苦にならなかったが、体力や集中力が減ると、アイテム作成のパフォーマンスが落ちる為、今まで最高の素材でアイテムを作成する場合、何日もかかるのが当たり前だった。

 

 しかし、浄土曼荼羅の体内展開という新たな手段を得た事により、事情は一気に変わった。

 元々半妖としての身体能力で、不眠不休でも大丈夫な体だったが、結界の体内展開により自然回復速度が上昇したため、少しの休憩で最高のパーフォーマンスを維持する事が可能となったのだ。

 おかげで、以前よりも長時間集中して作業し続けても、全く苦にならなくなってしまった。

 

 楽を覚えるのはあまり良い事では無いかもだが、実際便利なのだからしょうがない。

 これからは、浄土曼荼羅を常時体内展開してても良いんじゃないかな? もちろん常時展開すれば相応に魔力を消費するが、自然回復量の方が多いから問題にもならないし。

 

『―――主よ、何やら気配が変わられましたね?』

「自然回復効果を高める結界を体内に展開したんだよ。これからはこの状態で過ごそうと思うけど、問題あるかい?」

『いいえ、良いのではないですか? 今の主からは、何やら清浄な気配が漂って来ます』

「ふむ? 確かにこの結界は内部の空間を浄化する効果を持っているが……本来外界と切り離される結界を敷いて、気配が漏れる物なのか? 本来のものとは違った使い方をしているから色々変わっているのかもしれないな。これも後で調べてみるか」

 

 また新たに気になる事が生まれたが、とりあえず今は作業に取り掛かるとしよう。

 とは言え、まずはパジャマのデザインを決めてしまわなければいけないな。

 デザインは……彼女には鳥、特に鳳凰などが似合うと思うが、ストレートにイメージ通りの鳳凰着ぐるみパジャマを作った場合、派手過ぎる上に皮肉が利き過ぎている気がする。

 ……折角だ。ここはひとつ、奇を衒って行こうじゃないか。

 基本デザインは鳥のままで、意外性のあるあの動物をモデルに―――

 

 

 

 翌日、体内展開した浄土曼荼羅の効果で、貫徹しても全く疲れの無い体と心のまま、完成した着ぐるみパジャマを手に、僕は彼女の住む『迷いの竹林』へと来ていた。

 

 迷いの竹林は、その名の通り中に入った物を迷わせる特性を持つ竹林だ。彼女曰く、侵入者対策に張られている結界の効果であるらしい。

 その結界を張った者と彼女は面識がある様なので、どのような人物なのかと何度か訊ねてみたのだが、その度に何故か彼女は機嫌を悪くして答えてくれなかった。なんでだろうな?

 

 意地でも教えない、と言わんばかりに頑なな彼女の態度を思い出しながら歩いていると、その内に彼女の家へと到着した。

 

「おおーい、妹紅ー! 居るかーい?」

 

 到着したのは古い木造の、今にも崩れそうに見える粗末なあばら家だ。

 扉をノックしただけで崩れてしまいそうだから声を張り上げた訳だが、参ったな。僕の声だけでも倒壊しそうだぞ?

 本人は自分で作ったこの建物を気に入っているようだが、その内地震でもあれば、倒壊して中の住人ごとぺしゃんこになりそうで怖い。

 後で萃香に、新しい家を作って貰う様に頼んでみるか。あいつの建築の腕は確かな物だからな。

 

「―――うん? 霖之助か、居るぞー!」

 

 僕が声を掛けてから直ぐに、あばら家の中から目当ての少女の声が返って来た。

 しばらくすると、ガタガタと不安になる音を立てながら扉が開かれ、中から長い白髪を持ち、霊夢とはまた違った紅白の衣装を身に纏った少女が姿を現した。

 彼女こそが僕と慧音の共通の友人である『藤原妹紅』だ。

 

「お、いらっしゃい。霖之助がここまで来るのなんて久しぶりだな。今日はどうしたんだ?」

「今日は君に渡すものがあって来たんだが……それにしても、いい加減この家どうにかしないか? 軽く触っただけでも崩れそうで、迂闊に近付きたくないんだが」

「はっはっは! いくらなんでもそんなに軟じゃ無いよ。私がこうして暮らしている訳だしな」

 

 いや、僕が不安なのは、半竜として覚醒した今の僕の身体能力が、並の鬼を軽く超えているからなのだが……けどその辺りを説明しても、妹紅の態度は変わらなそうなんだよなぁ。

 

「君がこの家を気に入っているのは知っているが、地震や台風が来たらあっという間に崩れてしまいそうだし、いい加減立て直さないかい? 腕の良い大工の知り合いがいるから、そちらに頼むて言うのでも良いし。もし自分でどうしても建てたいと言うのなら、せめて僕にも手伝わせてくれないか?」

「うん? 霖之助が手伝ってくれるのか?」

 

 腕の良い大工云々の話を無視して、妹紅は僕が手伝うという部分に食いついて来た。

 何故そこに食いつく? と聞きたくもあるが、折角妹紅が乗り気になりかけている訳だし、ここはそのまま押し込もう。

 

「もちろんだとも。 ……言っちゃ悪いが、正直これだけ全体的に傾いだ建物に入るのは、毎回結構不安でね。香霖堂を建てた時の経験もあるから、色々と力になれると思うよ」

 

 僕がそう言うと、妹紅は腕を組んでしばらく考えていたが、やがて結論が出たのか笑顔を見せた。

 

「そう言う事なら、今度手伝って貰おうかな。いつにする?」

「出来れば台風が来る前に完成させたいから早めの方が良いが、資材や道具の準備もあるし、来週あたりでどうかな?」

「来週だな? 楽しみにしてるよ!」

 

 予定が決まると、妹紅は楽しそうに笑っていた。

 こうして笑っている分には外見相応の少女にしか見えない為、時々彼女の方が僕より年上であるという事を忘れそうになる。

 まぁ、僕の周りには彼女より更に年上であろう叢雲なんかも居るんだが。

 

 藤原妹紅と言う少女は、端的に言って不老不死だ。

 聞いた話によれば千年以上も前に、飲んだ者を不老不死にする霊薬『蓬莱の薬』と言うものを口にして、それ以来老いる事も死ぬ事も無くなってしまったそうだ。

 その為、同じ時間を生きる事の出来ない人間社会に長く留まることが出来ず、長年各地を放浪していたらしい。この辺りは僕も似たような感じだったが。

 

 妹紅とは、慧音とその両親と共に幻想郷を目指して旅をしている途中で出会った。出会ったというか、正確には襲われたのだが。

 後から聞いた話によれば、僕が慧音たちを攫っている悪い妖怪だと勘違いしたらしい。

 炎を纏って襲い掛かって来た妹紅を僕が迎撃し、向かって来た妹紅の首を僕が蹴り足で刎ね飛ばす寸前で、慧音が止めてくれたんだったか。

 

 その後、慧音とその両親が事情を説明してくれたことで誤解が解け、勘違いで襲い掛かったことを詫びる為に妹紅が護衛として同行し、それ以来付き合いが今も続いているのだ。

 そんな事を思い出していると、妹紅がいつの間にか僕に近づき、下から見上げるように僕の顔を見ていた。

 

「? どうしたんだい、妹紅?」

「……やっぱ似てるなぁ。なぁ、ちょっと眼鏡を外してくれないか?」

「またかい? 構わないけど」

 

 妹紅の要望で、僕は眼鏡を外して懐に仕舞った。

 この眼鏡は度の入っていない伊達眼鏡なので、外しても特に問題無いが、霧雨道具店で修業していた時に親父さんから貰ったものなので、今でも大切に使っている。

 ……まぁ、親父さんが僕に眼鏡をくれた理由は、素顔だと目つきが鋭くて客が寄り付かないからと言うものだったが。

 

「……うん、やっぱりあの人に似てる。霖之助のご先祖様だったりするのかな?」

 

 妹紅が似ているという人物は、かつて妹紅が不老不死になるよりも前に、妖怪に攫われた自分を助けてくれたという男だそうだ。

 妹紅曰く初恋の相手で、容姿が僕に非常に似ているらしい。

 

「さてね。過去の出来事を知ることが出来る能力の持ち主とかなら判るんだろうが、少なくとも僕には判らないよ。 ……先祖だの親戚だのの話なんて、聞いた事も無かったしね」

「あ、ごめん! 嫌な事思い出させて」

「別に良いさ。もうそれほど気にしていないしね」

 

 僕は生まれついて半妖の忌子として両親から名前を与えられなかった。

 大体十五歳くらいの時に家を飛び出すまでは軟禁状態で過ごしており、それまではどのように扱われていたこと言えば、端的に言って道具作りの素材として飼われていたと言えばいいだろう。

 僕の父親は鍛冶師をしていたが、余り腕が良いとは言えず、家もそれほど裕福では無かったらしい。

 そんな中で、生まれつき白髪金眼の姿をした僕が生まれ、どうするべきかと考えた父親は、大陸から流れて来たとある話を思い出したそうだ。

 その話こそが、中国の名剣『干将と莫邪』の逸話であり、父親はその逸話に倣い人外である僕の爪や髪の毛などの体の一部を素材にすれば、自分でも名剣と呼ばれるほどの物を作り出させるのでは? と、考えたようだ。

 実際その考えは当たっており、僕の髪の毛などを素材に作った鍛冶製品は、二流の腕しか持たない父親が作ったとは思えないほどの逸品となったようである。

 それらの道具が高く売れた事で家はどんどん裕福になり、父親と母親は文字通り金のなる木である僕を幽閉し、一生飼殺そうと考えていたようだ。まぁ、結局僕は逃げ果せた訳だが。

 

 この話は、文や萃香と言った昔馴染みたちや、慧音と妹紅にも既に話している。

 その為、妹紅は僕の両親を思い出すような話を振ったことに対して謝罪したのだ。

 ちなみに、霊夢や魔理沙たちにはこの話はしていない。あまり気持ちの良い話では無いし、べらべらと喋るつもりも無いからね。

 慧音や妹紅にこの話をしたのは、確か出会って二百年くらいたってからだったか……。

 

「さて、そんな話は置いておいて、本題に入ろう。さっきも言ったが、渡すものがあって来たんだ。受け取ってくれ」

「―――ああ、そうだな。っと、これは?」

 

 暗い話は終わりにしようという僕の無言の提案を妹紅は受け入れ、僕が手渡した包みを受け取った。

 

「人里で流行りの着ぐるみパジャマと言う服だよ。慧音には既に渡していたんだが、妹紅のは少し工夫が居ると思って完成が伸びたんだよ」

「そう言えば、この間慧音の家に泊まった時、変な服を着ていたな。真っ白い獅子みたいな外見だったが」

「慧音に渡すものだから白澤をモデルにしたんだよ。と言っても、僕が前世で見た白澤だけどね」

 

 あいにくとこの世界の白澤には遭遇したことが無い為、この世界の白澤の姿を知っているものからしたら「こんなの白澤じゃない!」と言われるかもしれないが。

 

「なるほど、確かに慧音にはぴったりだな。それで、私のは何をモデルにしたんだ?」

「妹紅のは鳥だよ。何て言う鳥かは、見てのお楽しみだけどね」

「ふーん、鳥ねぇ……? これ、鳥か?」

「鳥だよ。幻想郷じゃあ、外来本に載っている写真ぐらいでしか、姿を見られないだろうけどね」

 

 妹紅に渡した着ぐるみパジャマ、それは前面が白く、背面が黒く染色され、袖の部分が指の無い手袋の様になっている。

 モデルにした鳥はペンギン、中でもアデリーペンギンと言う種類の姿をしていた。

 これが完成した時、脳裏に『ペンギンもこたん』というフレーズが浮かんだのは何故なんだろうな?

 

「これが鳥……何て言う鳥なんだ?」

「ペンギン、正確にはアデリーペンギンって言う種類のペンギンをモデルにしているよ。ペンギンは蝦夷よりもずっと寒い地方に生息していて、空が飛べない代わりに泳ぎが得意なんだ」

「へぇ」

 

 妹紅は手に持ったパジャマを広げながら、僕の話に相槌を打っている。

 反応が薄いなぁと思ったが、よく見るとパジャマに視線が釘付けな為、どうやら気に入って貰えたようだ。

 

「それじゃあ早速着てみてくれ。実際に着ている所を見ないと、細かな調整が出来ないからね」

「着て見ろって……まさか霖之助、覗く気か?」

「そう言うの良いからさっさと着替えて来い、アホ! 早くしろよ!」

「ちょ、押すな押すな! 昔の口調に戻ってるし、あんたほんと道具作りに関しては頑固ね」

 

 職人なんて頑固なものだ、オレに限った話じゃない。

 ……ああそうか。憎んではいないが、オレが父親嫌いなのはそう言う部分だったんだろうな。

 素材に頼りきりで、自分の腕を上げようとしなかった。職人として堕落しきっていた姿が、今でもオレは心底嫌いなんだ。




転生香霖はもこたんの方が年上だと思っていますが、本当はもこたんの方が年下です。

それと、もこたんの初恋云々の話ですが「もこたんは蓬莱の薬を飲んで髪色が変わって、容姿が変化している」ことと「第三十四話の感想返しで書いた『白鬼丸』の逸話」の事を考えれば、大体お察しですねw


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第四十四話 「転生香霖と迷いの竹林(中篇)」

判っていた、判っていたんだ。

バビロニアキャンペーンで交換した星四鯖が、ピックアップ対象になっていたから、フラグ立ってんなぁとは思っていたんだ。

……金回転からの、アシュヴァッターマン(二枚目)。

いや良いけど、宝具二なら良いけど。
……正直、これなら持ってなかったバサランテ交換しとけばよかったなぁって気持ちが無くも無いです、はい。


 妹紅の家の入り口から少し離れた所で、彼女の着替えが終わるのを待つ。

 最初は入り口の隣の壁に背中を預けようとしたのだが、背中を付けた瞬間「ミシリッ」と嫌な音がしたから離れたのだ。本当に崩れないんだろうな? 物凄く不安だ。

 

「―――り、霖之助。着替え終わったぞ?」

 

 再びガタガタと不穏な音をさせながら扉が開かれ、中から着ぐるみパジャマに着替えた妹紅が出て来る。

 

「ど、どうだ? 似合うか」

 

 少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら手を広げて見せてくる妹紅に対し、僕は妹紅が着替えている間にかけ直した眼鏡を指で押し上げてから、ばっちりだと頷いた。

 

「ああ、似合っている。予想通り……いや、予想以上に可愛いよ。妹紅」

「なっ!? ……霖之助、そのセリフこの服を作ってやった全員に言ってるのか?」

「まぁ言ってるね。当然だろう? 一人一人の事を考えて、それぞれが可愛くなるように作っているんだから。それとも僕が、わざわざ似合わない服を作って渡すなんて真似をすると思ったのかい?」

「いや、思わないけど。私が言いたいのは誰彼構わず可愛いと言っているのかって事で……」

「適当に可愛いとお世辞を言っているとでも? 可愛いから可愛いと言って何が悪いんだ? 妹紅は可愛いんだから素直に受け止めろ」

「そ、そんな真剣な顔で言わなくて良いから……!」

 

 似合わない物を着せてお世辞で可愛いと言っていると思われるなんて真っ平ごめんだ。

 その思いを込めて、妹紅の目を真っ直ぐ見つめながら言ったのだが、妹紅は顔を真っ赤にして両手……というか、ペンギン着ぐるみパジャマの手袋になっている袖で顔を隠してしまった。

 うん、仕草としても可愛いし、僕のデザインはばっちりだな。また少し、僕の腕が上がったぞ。

 

「とりあえず、最後に細かな調整をするから、その場から動かないでくれよ?」

「……うん」

 

 妹紅は顔を抑えたまま答えた。

 本当は、手を放してくれていた方がやり易いんだが……まぁこのままでも出来ない事は無いし構わないか。

 

 じっとして動かなくなってしまった妹紅の傍で屈みながら、修正すべきところを探し出しては直してを繰り返した。

 

「へ、変な所を触るなよ?」

「修正箇所によっては触ってしまうかもしれないが、その時は修正が終わってからぶん殴ってくれ。とりあえず手元が狂うから、修正が終わるまで動くなよ?」

「駄目だこいつ、物作りに関して本気過ぎる……」

 

 本気にならなきゃ良いものなんて作れないさ。

 微に入り細に入り、妥協無く作り上げてこそ、職人の腕も上がるってものだ。

 

 そうしてしばらくして調整も終わり、妹紅用のペンギン着ぐるみパジャマは僕自身がバッチリと胸を張れる仕上がりとなった。

 

「―――よし、終わったよ」

「ああ、みたいだな。 ……そう言えば、私のは少し工夫したとか言ってたが、どんな工夫をしたんだ?」

 

 調整した着ぐるみパジャマの着心地を確かめながら、妹紅は訊ねて来た。

 そう言えば、詳しい仕様は話してなかったな。

 

「そう言えば、説明がまだだったね。そのパジャマは妹紅用に耐火性能を最大まで引き上げてあるから、火にくべようが、溶岩に突っ込もうが焦げ目一つ付かない様になっているよ。燃やそうと思ったら太陽炉に放り込むか、地獄の炎に突っ込むかくらいしかないね。それでも燃やし尽くすのに何百年かかるかは判らないけど」

「……は?」

「それと、妹紅は炎の術をよく使うから、炎を強化する効果も持たせてあるよ。強化倍率が結構高いから、気を付けて使ってくれ。今までの感覚でマッチ程度の火を出そうとしたら、そのまま家を燃やし尽くすかもしれないからね」

「ちょっ!」

「それから、今まで説明したのが炎関連ばかりだから意外かもしれないが、ペンギンがモデルだから水に関する効果もあるよ。具体的には、これを着ていると泳ぎが上手くなる上水中でも呼吸が出来る様になる。後、寒さにもかなり強い」

「待て待て待て!」

「大体はこんな感じかな。後、基本性能として魔力攻撃に対する耐性と自動修復効果も乗っているから、いつまでも使い続ける事が出来るよ」

「霖之助!」

「? 何だい? 大声なんて出して」

 

 僕がペンギン着ぐるみパジャマの性能について説明していると、妹紅は大声を出して僕の話を遮って来た。

 視線を向けると、妹紅は腕を組みながら呆れた顔で僕を見ていた。うん、全体的にもこもことしたペンギン着ぐるみパジャマを着ているから、腕を組んだ姿がやっぱり可愛い。

 季節的には暑そうだが、僕の作った着ぐるみパジャマは全て、夏は涼しく冬は暖かくなる様に作ってある、善環境対応型だ。服に快適さを求めるのは基本中の基本である。

 

 しかし、ふむ……もこもこもこたん。何故かこんなフレーズが頭に浮かんだ。

 

「あのなぁ、霖之助。幾らなんでもタダでくれる物に手間かけ過ぎじゃないか?」

「? 個人にプレゼントするものだからこそ、全力で作ったんじゃないか。何かおかしいかい?」

「理屈はおかしくないけど、性能がおかしいんだよなぁ……」

 

 病気にならず、怪我も直ぐ治るというのに、妹紅は頭が痛いと言わんばかりに右手で額を抑えていた。

 そんなにおかしいか? 妹紅にプレゼントするに当たって、必要になりそうな効果とついでに付けられそうな効果を一通りバランス良くつけただけなんだが。

 

「……まぁ、いいや。とにかく、ありがとうな霖之助。大切に使わせて貰うよ」

「多少乱暴に扱っても構わないよ。頑丈さも自信を持ってお勧め出来るからね」

「そうかい」

 

 そう言ってお互いに笑い合う。

 これで友人たちには一通り着ぐるみパジャマを配り終えたな。

 

 達成感と共に竹林の隙間から見える空を見上げていると、近くの茂みからガサゴソと音が聞こえて来た。

 

「 ーぃ…」

「うん?」

「おーい!」

「おや、この声は……」

 

 聞き覚えのある声がしたかと思うと、茂みをかき分けて見覚えのあるウサ耳の生えた頭が飛び出して来た。 

 見覚えのあるウサ耳の持ち主は、そのまま僕に飛び付いて来たので、思わずキャッチする。

 

「おっと」

「やっほー! 久しぶりだね、霖之助」

「誰かと思ったら『てゐ』じゃないか。久しぶりだね」

 

 僕に飛び付いて来たウサ耳を持つ少女、彼女の名前は『因幡てゐ』。この迷いの竹林に棲む妖怪兎たちのリーダーであり、この迷いの竹林の持ち主でもあるという結構な妖怪だ。見た目からはそんな感じはしないが。

 

「あんたがこの辺まで来るなんて珍しいじゃないか、てゐ。今日はどうしたんだ?」

「ありゃ妹紅……って、どうしたのその格好?」

「ああ、これか? 霖之助がくれたんだよ」

「僕が作った、着ぐるみパジャマと言うものだ。可愛いだろう?」

「確かに可愛いけど……妹紅はそれ着てるとこを見られて平気なの?」

「あ、馬鹿。そんな事霖之助の前で言ったら……!」

「―――聞き捨てならないな、てゐ。僕の作った服が人前で見せられない様な物だって言うのかい?」

「ひぇっ!?」

 

 てゐの今の発言は、流石に看過出来ないな。

 この一部の隙も無い完璧なデザインに、何の不満があるというのかね?

 言ってみるが良い! 同意出来るものなら、今すぐ修正しようじゃないか。さぁ! さぁ!!

 

「遠慮はいらないから、正直に答えると良い。どこが問題だって言うんだね?」

「いやあの……パジャマって寝間着の事でしょ? 寝間着で外で歩いていいのかなって」

「……うん、そうだね」

 

 ド正論だった。

 そうだよ、人里で普通に着られているから麻痺していたが、普通パジャマって外出する時に着る服じゃないじゃないか!

 この辺、僕もちょっと感覚おかしくなってたなぁ。

 

「すまない、てゐ。君の言う通りだ。人里で当たり前に着られるようになってたから、パジャマと言うものの本質を見失っていたようだ」

「いや、別に良いけど……人里だとこういう服で出歩くの?」

「ああ、最近子供や女性の間で流行っていてね。人里に行けば、どこに居ても何人か着ぐるみパジャマを着て出歩いている人の姿が見られるよ」

「ふーん」

 

 僕の話を聞いて興味が出たのか、てゐは興味深そうに妹紅の着ぐるみパジャマをじろじろ見ていた。

 見られている妹紅は、少し恥ずかしそうに腕を組み直し、明後日の方向を向いていた。

 

「こう言うのが流行っているんだ。なら、お詫びに私にも何か作って貰おうかなぁ~?」

「毎度あり、お安くしとくよ」

「金取るの!?」

「もちろん、商売だからね」

 

 妹紅たちと違い、てゐは香霖堂のお得意様だったり、昔から親しくしていた友人などでは無く、単に妹紅が迷いの竹林に住み始めてから顔見知りになった知り合いだからね。無料でプレゼントするほどの仲じゃないかなぁ。

 

「……霖之助、あんたまだ昔落とし穴に引っ掛けたこと根に持ってるでしょ?」

「何のことかさっぱり判らないな。あの落とし穴のせいで、折角君に持って行こうと思っていた秘蔵の酒の酒瓶が割れて駄目になった事とか、僕は全然気にしてないよ?」

「ごめんてば~!」

 

 手を合わせて拝む様に謝って来るが、その手は乗らないぞ。

 てゐがとことん懲りない性格である事なんてとっくに承知だ。

 食べ物と酒の恨みは根深いものであると知れ!

 

 ……いや、本当はもうそんなに怒っていないんだが。何分てゐが懲りない性格だから、どうも許すタイミングを失っているんだよなぁ。

 てゐが悪戯をきっぱりやめるならこちらから歩み寄れるんだが、悪戯をしないてゐなんて想像出来ないし、そんな事になったら寧ろこっちが心配するレベルだ。

 やれやれ、上手く行かない物だな。

 

 手を合わせて拝みつつ、チラチラとこちらの様子を窺うてゐを前に、さてどうしたものかと悩んでいると、初めて聞く少女の怒った声がてゐの来た方向から聞こえて来た。

 

「―――てゐー! どこ行ったの!? 出て来なさーい!!」

「うぇ、やば。忘れてた!」

「……その言葉だけで大体察せるよ。また誰かに悪戯したんだね? てゐ」

「ありゃ『鈴仙』の声だな」

「鈴仙?」

 

 妹紅が初めて聞く誰かの名前を呟く。どうやら、妹紅はこの声の主の事を知っているようだ。

 

「あー、何と言うか……竹林の奥に住んでいる連中の一員と言うか、風変わりな妖怪兎と言うか」

「? 風変わりねぇ」

 

 妹紅の説明はあまり要領を得ないが、まぁ本人がこちらに近づいてきているようだし、どう風変わりなのかは直ぐに分かるだろう。

 とりあえず、こっそりこの場から逃げ出そうとしている悪戯兎の襟首を掴んで持ち上げ、逃げられない様に捕まえておく。

 

「わきゅっ!? ちょっと、なにすんのさ!!」

「どうせまた、君が悪戯を仕掛けた相手が怒って追いかけて来ているんだろう? 折角だから、きっちり怒られて行くと良い。その代わり、君の着ぐるみパジャマは無料で仕立てようじゃないか」

「メリットとデメリットが釣り合って無ーい!!」

「寧ろメリットしか無いだろう? 怒られるの事態は、君の自業自得なんだから」

 

 てゐはジタバタ暴れているが、無駄無駄。

 半竜の筋力を総動員してでも捕まえておいてやろう。

 

「うーっ! 霖之助、何かしばらく見ない間に力が更に増してない!?」

「? おや、てゐはまだ知らなかったのかい? 実は去年、ようやく僕の妖怪部分の種族が判ってね。自覚が出るのと同時にその種族の力も使えるようになったから、筋力もかなり増しているんだよ」

「え、そうなの? ずっと謎だったのに判ったんだ。なになに気になる! 教えて教えて!!」

 

 さっきまでとは、また違った意味で暴れ始めるてゐ。

 先程は逃げるために暴れていたが、今はまるで駄々っ子の様な暴れ方だ。

 その様子を見て、既に僕の種族の事などを知っている妹紅は苦笑いしている。

 

 ……うん、折角だから、今回は僕が驚かしてみようか。

 

「知りたいかい?」

「知りたい知りたい!」

「―――それじゃあ教えてあげよう。それっ!」

「ひゃぁっ!?」

 

 てゐを竹の枝に当たらない様に注意しながら上へと放り投げ、同時に白銀竜の姿となって落ちて来たてゐをドラゴンの腕でキャッチする。

 掌の上にぽてっと着地した体の顔を覗き込みながら、ドラゴンの顔で笑って見せる。

 

『改めて自己紹介をしよう。半人半竜、森近霖之助だ。驚いたかい?』

「………きゅぅ」(ぱたん)

『あれま、気絶させちゃったか』

「そりゃそうなるわよ」

 

 てゐは掌の中で、ぱたりと倒れて気絶してしまった。僕が少し驚いている横で、妹紅は呆れた様子でそう言って来た。

 それと同時に、妹紅は僕の姿を興味深げに見ている。まぁ、妹紅にこの姿を見せるのは初めてだったしね。

 

 何て事を考えていると、茂みをかき分けて件の風変わりだという妖怪兎、『鈴仙』らしき者が姿を現した。

 

「てゐー! もう、一体どこに……うっひゃぁああ!?」

 

 ―――ぱたん、きゅぅー

 

 ……気絶兎が二人に増えた。

 

「あーあ、どうすんのよこれ?」

『……とりあえず、二人を君の家で休ませて貰えるかい?』

「良いけど。その代わり、今度背中に乗せてくれないか? そう言うサービスもやってるって聞いたぞ」

『別にお金を取っている訳じゃないが、乗せて欲しいと言うのならいつでもどうぞ。そうだな、今度慧音も誘ってみるか』

「お、良いね。それじゃあ今度三人で、話に聞く夜の遊覧飛行とやらを頼むよ」

『了解。雲海が見れそうな空の日を選ぼう』

 

 僕は妹紅と雑談をしながら、気絶した二人をテレキネシスで妹紅の家の中へと運び入れた。

 本当は人の姿に戻ってやった方が簡単だったんだが、姿を戻そうとしたら妹紅が残念そうにしてね。

 

 やはり、ドラゴンの姿は老若男女問わず、人を惹きつけるものがあるようだ。




……そりゃ草食動物の前に急に生命体の頂点のドラゴンが現れたら、気絶位しますよねぇ。

それはそうと、古今東西の龍やドラゴンが酒好きである様に、転生香霖も結構酒にこだわりがあるので、酒関連の事は結構根に持ったりします。
まぁ、基本交友のある相手にはだだ甘ですので、ちょっと意地悪になる程度ですけどね。


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第四十五話 「転生香霖と迷いの竹林(後篇)」

撮り貯めてたバビロニアのアニメを一気見しての思った事。

もしバビロニアにサモナーさんが味方側として召喚されていたら?

……やべぇよ、ティアマト戦以外全部ヌルゲーになる。そのティアマトにしても、最悪グレイプニルで梱包すればどうにかなるし。
人類悪レベルでようやく苦戦になるサモナーさんっていったい……


 気付けばすっかり日も暮れて、迷いの竹林には星の輝く夜空よりも暗く、不気味さを伴う暗闇が広がっていた。

 まぁ、半分は妖怪である僕からすれば、心地の良い暗さであり、夜闇の中も普通に見通せるのだが。

 

「おーい、霖之助。二人が目を覚ましそうだぞ?」

『うん、そうかい? なら、そろそろ元の姿に戻っておこう。また気絶されても困るしね』

「あー…‥そう、だな。ちょっと残念だ」

 

 妹紅は随分と、僕のドラゴンの姿を気に入ってくれた様で、気絶している二人の様子を見ながらも、時々縁側の外に居る僕の姿を見て、感嘆の溜息を漏らしていた。

 判る。ドラゴンは格好良いものなぁ。まぁ僕の召喚モンスターの中には、格好良いというより愛嬌があると言った方が良いドラゴンも居たが。

 

 縁側から見える妹紅の家の中に敷かれた布団の上で、もぞりとてゐたちが動き始めたのが見えたため、僕はドラゴンから人の姿へと戻った。

 

「よっと、これで驚かれないかな?」

「ああ、大丈夫だろう。けど、もっと見てたかったなぁ……」

「ハハハ。なら、折角だから今日は僕の家に泊まって行かないか? それなら一晩中でもドラゴンの姿を見せられるよ?」

「お、良いな。じゃあお願いしようかな?」

「任せたまえ。今夜の夕食は、腕によりを掛けさせてもらうよ」

「そりゃ楽しみだ」

 

 その場のノリで妹紅が香霖堂に泊まる事となった。

 さて、では今晩の夕食は何を作ろうかな? と考えていると、てゐより先に鈴仙という名前であるらしい少女が起き上がって来た。

 

「うーん、ここは……って、あなたは確か姫様の…の…の…のぉ!?」

「? 何だよ急に」

「あわわわわわわわ……!!」

「うん? もしかして原因僕かい?」

 

 寝ぼけまなこで起き上がった鈴仙は、妹紅の顔を見た事で意識をはっきりさせ、次に僕を見た途端目を見開いて驚き、口をアワアワさせて怯えている様であった。

 バイブレーション機能でも搭載しているのか? というほど細かく体を震わせている鈴仙の振動が伝わったのか、続いててゐが目を擦りつつ迷惑そうな声で起き上がって来た。

 

「もう、うるさいわねぇ……何よ鈴仙、そんなに震えt」

「てててててててて、てゐてゐてゐ……!? あああ、あのお方っ!!」

「わぷっ、ちょ!? 揺さぶらないでぇ~!?」

 

 話しかけて来たてゐを鈴仙は混乱した様子でガクンガクンと揺さぶっている。

 いいぞ、もっとやれ! ……じゃなくて、僕の方を指さして「あのお方」と言っていたが、どういう意味なんだろうか?

 

「……なぁ霖之助。お前なんで鈴仙からあのお方、とか呼ばれているのか心当たりあるか?」

「いや、全然無い……と思うけど、どうかな? 一応僕は白銀竜として、竜信仰の祭神の一柱みたいな扱いになっているけど。妖怪兎の間でも竜信仰が流行っているのかな? いやでも、てゐは知らない様子だし……」

「つまり心当たりは無い、と。とりあえず本人に聞いてみるしかないか……おーい鈴仙ちゃん、その位にしとけって」

 

 揺さぶられ過ぎて、てゐが白目を剥いて泡を吹きだしていたが、そんな事には気づかずにてゐを揺さぶり続ける鈴仙に妹紅は近づき、二人の間に割って入る様にして鈴仙の肩を掴んで止めていた。

 

「あ……えっと、あなたは確か、妹紅……だったわよね? ってそうじゃなくて!」

「―――僕がどうかしたのかい?」

「あああ、はい! すみませんでしたー!」

 

 ベターッ、と鈴仙はその場で平伏した。その動きに合わせて、彼女の長い髪がさらりと広がる。綺麗な髪だなぁ。

 ‥‥…うん、現実逃避は止めて、目の前の問題に目を向けよう。何故彼女は僕に平伏しているんだ?

 とりあえず事情がある程度判りそうなてゐは……駄目だ、白目向いてる。

 

「……とりあえず、てゐが目を覚ますまで待つとしないかい? お互いの事情を説明するのに、一番役立ちそうなのが彼女だからね」

「ははは、はい! 御意のままに!」

「……なんだかなぁ」

 

 どうやら僕が話しかけたんじゃ、鈴仙が恐縮しまくって会話が成立しないみたいだ。

 てゐ、早く目覚めてくれ。君しか仲立ち出来そうな奴がいないんだ。妹紅は僕と同じで事情が把握出来てない上に、鈴仙を落ち着かせて話を聞き出せるほどは親しくないみたいだし。

 

 そんな願いを込めながら、僕はてゐに向けて回復呪文を送った。

 

 

 

「うぅ~、酷い目に遭った」

「君の場合、自業自得って感じしかしないが、まぁそんな事はどうでもいい。大して重要な事じゃないからね」

「こっちも酷い!」

「いいから、もうそう言うの。とにかくまずは、彼女を落ち着かせて会話が成立出来るようにしてくれ、話が進まない」

「うぅ、良いけど。霖之助が冷たい」

「後で甘味でもくれてやるから早くしろ!」

「はーい」

 

 やれやれ、これでようやく話が進むと良いんだが。

 

 傍にいては落ち着いて話も出来ないだろうという理由で、僕は鈴仙から離れ、妹紅の家の外でしばらく待つ。

 やがて鈴仙を落ち着かせ終えたのか、てゐが鈴仙の手を掴んで僕の元まで引っ張って来た。

 

「おーい、もう大丈夫そうだよ」

「ん、そうかい?」

「は、はい。すみません、取り乱してしまって……」

 

 良かった、今度はちゃんと会話が成立する。ちゃんと話し合うことが出来るって素晴らしい事だなぁ。改めて認識したよ。

 それはそうと、まずは自己紹介だ。彼女の名前は既にも香から聞いているが、お互いにまだな名乗りすらしていないからね。

 

「改めて、僕の名前は森近霖之助。幻想郷で香霖堂と言う古道具屋を経営している半人半竜だ。人里では、白銀竜と言う名前で信仰されてもいるね。君は?」

「は、はい。私は『鈴仙・優曇華院・イナバ』と言います。 ……えっと、霖之助さんは、月の都の方なのですか?」

「はい?」

 

 おずおずと尋ねる鈴仙の言葉に疑問符を浮かべて首を傾げる。

 月の都? 確か随分昔に、そんな話を聞いた覚えがあるが……確か、都の方でかぐや姫への求婚云々の騒ぎがあった頃だったか? そう言えば、あの位の頃に文と出会ったんだよなぁ。

 

「いや、違うよ。月の都、と言うのは良く判らないが……どうしてそう思ったんだい?」

「え、そんな……だって霖之助さん、全く『穢れ』て無いですよね!? そんな人、この地上で会った事無かったのに……」

 

 『穢れ』て無い? 月の都の住人は、穢れていないという事なのだろうか?

 穢れと言うのが何を意味するのか良く判らないが、心当たりは……まぁ、あるな。

 

「それなら多分、僕が体内に展開している結界の効果だね。結界の内部を浄化するという効果のものだから、多分そのせいだろう」

「穢れを浄化する結界!?」

 

 僕の説明に、鈴仙は酷く驚いていた。

 そんなに驚くほどの物だろうか? 巫女などの神職の者が行う禊を始め、古今東西不浄を清める儀式は数多く存在する。浄化効果のある結界と言うのもそれほど珍しいものとは思えない。

 それとも、彼女の言う『穢れ』と言うのは、それらの儀式では祓う事の出来ない特別なものなのだろうか?

 

 疑問に思いその事を訊ねると、鈴仙は自身の知る穢れについての知識を語ってくれた。

 

「―――私も詳しく説明出来るほどの知識は無いんですけど……『穢れ』と言うのは地上の生命が持つ穢れの事で、生きる事と死ぬ事。生きるために争い、そして死に向かう事。それその物が穢れであり、地上の生命に寿命を齎しているのだそうです」

「ふむ……地上の生命に寿命を、という事は、月の都とやらの住人は寿命の無い存在なのかい?」

「いえ、月の都に住まわれる月人様たちもわずかながらに穢れを持っているので、限りなく寿命が長いだけでいつかは死ぬそうです。月人様たちは、穢れの無い月に住むことで、永遠に近い時を生きているんです」

「なるほど……それで穢れが無いって言う僕を月人であると思ったのか」

 

 生と死の営みから離れる事で、生と死の軛から解き放たれようとしたってことか。

 差し詰め、仏教における浄土と穢土だな。月が浄土で、地上が穢土であると言う訳だ。

 

 納得したところで、改めて鈴仙の姿を見る。

 てゐと同じように、ウサギの耳と尻尾が他の妖怪兎たちと共通だが、その服はまるでブレザータイプの学生服であった。

 また、識別スキルが組み込まれた、元『道具の名前と用途が判る程度の能力』。いや、今の効果を考えれば『見たものの情報を閲覧する程度の能力』と呼ぶべき僕の目が、彼女の種族を教えてくれる。

 鈴仙の種族、それはゲーム時代にも戦った事のある、帝釈天によって月に召し上げられたという兎、『玉兎』であった。

 先程の月の都や、そこに住む住人である月人の話を知っている事を考えれば、彼女が何者であるかなど、能力を使うまでも無く判る。

 

「―――鈴仙、君は月から地上に来た月の兎。という事で良いのかな?」

「……はい、その通りです。まぁ、あんな話をすれば判りますよね」

 

 話した時点で、彼女自身も大して隠す気は無かったのだろう。

 しょうがない、と彼女の顔に書かれてあった。

 とは言え、だからどうこうしようって気も無いのだが。

 

「まぁ、何故月の住人である君が地上に居るのかとか、妹紅の言っていた竹林の奥に住む連中とやらが何者なのかだとかは聞かないよ。聞かれても迷惑だろうしね」

「そうして貰えると助かります。あんまりべらべら話すと、お師匠様に怒られそうですから」

「いやぁ、こんだけ話したんだから、私はお説教コース確定だと思うけどなぁ」

「……て~ゐ~っ! またあんたが仕掛けた落とし穴に落ちたこと、忘れて無いわよ~!?」

「……さらばっ!」

「コラッ、逃げるなぁ~!!」

「あ、ちょっと待った鈴仙ちゃん」

「ぐえっ」

 

 文字通り、脱兎となってその場から逃げ出すてゐ。

 すぐさま鈴仙はその後を追おうとしたが、妹紅に襟首を掴まれて動きを止められてしまった。

 結構思いっきり首が締まってたけど、大丈夫かな?

 

「けほけほ、もう何よいきなり……」

「ああ、悪い悪い。鈴仙ちゃんが行く前に、どうしても聞いておきたい事があってな」

 

 軽い調子で謝りながら、そう宣う妹紅だったが……その目はいつになく真剣なものであった。

 

「効いておきたい事? 一体何よ」

「……鈴仙ちゃんはさっき、月人は穢れが無いから寿命が無いって言ってたろう?」

「正確には、わずかながらには穢れを持っているから、寿命が限りなく長いって言った方が正しいのだけどね」

「ならさ……体内の結界で穢れを浄化し続けている霖之助の寿命はどうなるんだ?」

 

 決して嘘偽りは許さない。

 そんな意志を感じさせる目で、妹紅は鈴仙を見つめている。

 その視線を受けて、鈴仙は多少怯みながらも自信無さげにこう答えた。

 

「―――詳しくはお師匠様に見て貰わなきゃ判らないだろうけど……理論的には、穢れを常に浄化し続けている霖之助さんは既に、寿命の無い不老不死の存在である筈よ」

 

 

 

 鈴仙がてゐを追いかけて竹林の奥に姿を消した後、今夜は妹紅が泊まりに来るという話しになっていた為、僕は妹紅と共に香霖堂を目指して歩いていた。

 二人で並んで歩いている間、しばらくお互いに無言だったが、やがて妹紅が口を開き、ポツリと僕に質問して来た。

 

「―――なぁ、霖之助。どうして体内に穢れを浄化する結界なんて張ったんだ? 不老不死になれるなんて知らなかったんだろ?」

「たまたまだよ。僕が張っている結界、浄土曼荼羅には結界内の自然回復速度を強化する効果があるんだ。これには集中力なんかも含まれていて、それを利用して徹夜で妹紅の着ぐるみパジャマを仕上げていたんだよ。道具作りに役立つし、常時展開で消耗する魔力よりも、結界の効果で強化された魔力の自然回復速度の方が多いから、そのままにしてたんだ。まさか、不老不死になるとは思わなかったよ」

「そっか……お前らしいな。うっかり自覚無しに、不老不死になるなんて」

 

 そう言って妹紅は苦笑しながら僕を見上げる。

 初めて出会った時から、お互いの身長差はまるで変っていない。それはこれから先も、ずっとそうなのだろう。

 

「なぁ、どうなんだ?」

「どうって何が?」

「何がって、不老不死になった感想だよ」

「……特に何か変わった感じはしないかな?」

「反応薄いなぁ」

 

 あーあ、色々考えて損したー。何て言って、妹紅は呆れた表情を浮かべて来る。

 僕としては、劇的な反応を期待されても困るんだよな。元々半人半竜の寿命がどれくらいなのか判らなかった訳だし、寿命が延びた……いや、寿命が無くなったと言われても、今一ピンと来ないというか。

 

「……なぁ、霖之助」

「なんだい?」

「お前さ、いつまで生きるつもりなんだ?」

 

 妹紅は顔を逸らしてこちらを見ないまま、そんな事を聞いて来る。

 ふむ、いつまで生きるか、か。

 

「特に考えてないかな? 元々自分の寿命がどれくらいなのかも判らなかったし、とりあえず死にたくなるまで……生きる理由がある限りは生き続けるんじゃないかな?」

「そっか、そうだよなぁ……」

 

 僕の答えに対して、妹紅が何を思っているのかは判らない。

 ただ、妹紅は逸らしていた顔を僕に向け、どこか諦めたような、泣き出しそうな顔で僕に訊ねて来た。

 

「じゃあさ……お前が死にたくなった時、それでも生きて欲しいって言ったら、一緒に生きてくれるか?」

「妹紅……」

 

 妹紅のして来た質問に対し……僕は呆れた表情で返した。

 

「君、さっきの僕の話をちゃんと聞いていたのかい?」

「え? ちゃんとって、え……?」

「はぁ……さっき僕は言ったはずだよ。『生きる理由がある限りは生き続ける』って。君を残して死ぬつもりは無いよ」

「なぇぁっ!?」

 

 僕がそう言い返すと、妹紅はおかしな声を上げながら、顔を真っ赤にしてその場で飛び上がっていた。

 一体どういう反応なんだそれ? 女の子は良く判らないなぁ。

 着地した妹紅は、真っ赤な顔のままその場で動かなくなる。

 見ると、目がきょろきょろとあちこちを向き、手足をわたわたと動かしながら、「その」だの「えぇっと」だの上手く言葉が出てこない様子だった。

 

 あまり見た事のない様子だし、落ち着くまで待っても良いが時間も時間だ。

 叢雲や煙晶竜たちも夕食を楽しみにしているだろうし、ここは無理矢理にでも連れて行くか。

 

「ほら、行くよ妹紅」

「あっ……うん」

 

 妹紅の手を握って引っ張ると、少しだけ驚いたような声を上げた後、手を引かれるままに大人しくついて来た。

 やれやれ、世話がかかるな。

 

 握った妹紅の手が、更に強く僕の手を握り返してくる。

 繋いだ手から伝わる体温が、例え寿命がなくなろうとも、お互いが確かに生きているという何よりの証に思えた。




今回転生香霖が妹紅に言った事って、要約すると「君が僕の生きる理由だ」ですよね?

やべぇよ、この会話が知られたら修羅場不可避だよ。(転生香霖の場合、修羅場ってる横でしれっとご飯の用意を始めて、女性陣が争って力尽きた辺りで「ご飯だよー」とか行って来そうだけど)


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第四十六話 「転生香霖とキノコと宵闇」

東方キャノンボールをプレイしていた時思いついたネタです。
キノコ集め、大変だったなぁ……。


 流行と言うものは、定期的に訪れては去って行く嵐の様なものだ。それは外の世界であっても、この幻想郷であっても変わらない。

 人間であれ妖怪であれ、一定以上の知性を持つ存在がコミュニティを形成すれば、そこには自然と流行と呼べるものが生まれる。

 先日出会った玉兎の少女、鈴仙は月の都から来たそうだが、月の都でも流行は生まれる物なのだろうか?

 生命の営みから生まれる『穢れ』を嫌って地上から月へと移り住んだ月人、彼らにも流行があるのなら、流行と言うものは生命の営みとは無関係に生まれる、知生体に共通した摂理なのかもしれない。

 あるいは、流行があるのならそれが月人たちが持つ僅かな穢れの影響なのかも? 今度機会があったら聞いてみよう。

 

 さて、現実逃避はこのくらいにして、そろそろ目の前の問題に向き合うとしよう。

 とは言え……これ、どうするかなぁ。

 

 

 

 ―――カランカラッ

 

「おーい、香りっ、て何だこりゃ!?」

「こんにちわ、霖之助さん……何これ?」

「やぁ、魔理沙に霊夢か。いらっしゃい」

 

 ドアベルが少々乱暴に鳴らされるのと同時に、いつもの紅白と白黒が店内に入ろうとして足を止めた。

 まぁ、当然か。なにせ今の香霖堂の中には、一歩前へ進むだけのスペースも残っていないからね。

 

「香霖、中に居るんだよな? どうしたんだよ、この大量のキノコ」

「宙に浮いてるのは霖之助さんの魔法みたいだけど、入り口からいつも霖之助さんが居る店の奥が見えないなんて相当の量ね」

 

 魔理沙と霊夢が言う通り、今の香霖堂の店内は様々な種類の大量のキノコで埋め尽くされていた。

 宙に浮いているのは、僕がかけたテレキネシスの効果だ。床や商品の上に置く訳には行かないからね。

 とりあえず、浮かせたキノコたちを移動させて、二人が通れるスペースを確保しよう。詰めれば彼女たちが縦に並んで通れる分くらいは何とかなるだろう。

 

「おお、キノコが割れて道が出来て行く……」

「浮いたキノコが壁になってうぞうぞ動いてる……気持ち悪いわね」

「まぁこれだけあれば仕方ないよ。僕も若干、纏めて焼き払いたい気持ちが無いでも無いから」

「えぇ!? 勿体無いぜ香霖! 見た感じ、かなりレアなキノコも結構混じってるんだぞ!!」

「だから今必死に仕分けして片付けているんだよ。 ……クトゥグアたちが」

 

 シュパパパパパパパッ!!

 

 僕の背後から幾本もの触手が次々に伸び、店内に浮いているキノコたちを端からどんどん回収して行く。

 この触手の正体はクトゥグアの触手であり、クトゥグアは現在キノコを選別して種類ごとに別々の箱に詰めるという作業を行っている。

 他の邪神たちの内、ハスターは店内にキノコの胞子が定着しない様に空気の操作を、ミゼーアはクトゥグアの隣で香霖堂地下塔の倉庫に繋がる転移門の維持を、バースト、チャウグナー・フォーン、グロス=ゴルカの三体は手分けしてクトゥグアが箱に詰めたキノコを転移門を通って倉庫へと運び込んでいた。

 

 従業員たちだけを働かせて、自分はカウンターでお茶を飲んでいる僕の姿を見て、魔理沙が若干白い眼で見て来る。

 

「おいおい、香霖。あいつらにだけ働かせて、自分は暢気にお茶か? 良いご身分だな」

「いやいや、魔理沙。身分も何も、彼らは従業員であり僕はこの店の店主だ。僕一人で経営していた時ならともかく、今は従業員が複数いるのだから、彼らに仕事を割り振るのは当たり前の事だよ」

「まぁ確かにそうだが……後ろで頑張っている奴らが居るのに、一人だけお茶を飲んで休憩している奴がいるって言うのはなぁ」

「……正直な話、僕まで働いたら彼ら、特にクトゥグアやハスターの後から来た邪神たちの仕事がなくなってしまうんだよ。元々、僕とクトゥグアだけでも十分やって行けてたからね」

 

 元々僕一人で経営していた香霖堂に、クトゥグアが増えたことで大分余裕が生まれ、更にハスターが加わったことで、香霖堂は大分ゆとりを持った労働環境となっていた。

 だがそこに、バーストを始めとする四体もの邪神が一度に増えてしまった。

 元々香霖堂は、僕一人でも十分やって行ける程度には客が少なかったわけで、つまり労働出来る人数が七人になった今は、やらなければいけない業務に対して、労働力が過剰で常に余っている状態だ。

 ならばローテーションにすればいいだけの話だが、邪神たちは全員僕の役に立ちたいという気持ちが強い為、仕事が常に奪い合いのような状態となっている。

 その為、彼らに少しでも自分がやる仕事が回る様にするためには、僕が休んでいるしかないのだ。

 

「従業員であるだけでなく、彼らは僕の従者でもあるからね。主人である僕より働いていないなんてありえないんだってさ」

「はぁ……随分熱心なんだな」

「羨ましいわねぇ、うちにも一人来て欲しい位だわ。ぱりぱり」

 

 羨ましい。そう口にしながら霊夢は、いつの間にか僕の店に置いてある自分の湯飲みにお茶を淹れ、茶菓子に煎餅を齧っていた。

 まるで自分の家で寛いでいるかのような自然な振る舞い、余りに違和感がなさ過ぎて、クトゥグアたちも止められなかったようだ。

 いや、普段からこうだから、止める必要は無いと判断したのかな?

 

「あ、ズルいぞ霊夢。私にもくれよ」

「しょうがないわねぇ、特別にあげるから感謝しなさい」

「へへー、ありがたき幸せ~」

「君達……人んちの煎餅で小芝居を始めるんじゃ無いよ」

 

 相も変わらず、人生が楽しそうな少女たちの姿に呆れながら、霊夢の持って来た煎餅を口にする。

 その間にも邪神たちによってキノコ仕分けは進んで行き、その光景を見ながら僕は霊夢たちに何故こんなにも大量のキノコが香霖堂にあるのかを説明した。

 

「最近ね、どうもうちの店にキノコを持ち込めば、物々交換で色んなものを貰えるって話が妖怪や妖精たちの間で広まっているみたいなんだよ」

「何だそりゃ、どこからそんな話が出て来たんだ?」

「多分、この間お腹を空かせて彷徨っていた『ルーミア』に、彼女が持っていたキノコと交換でご飯を食べさせてあげたのが原因かなぁ」

 

 

 

 宵闇の妖怪『ルーミア』。

 昔から幻想郷のあちこちを彷徨って暮らしている小さな少女の妖怪だ。

 実は彼女とは結構昔からの仲なのだが、本人はその事を忘れている。

 僕の知るかつての彼女は、美鈴と同じ位の外見の少女だったのだが、いつの間にやら今の小さな姿となり、昔の記憶を失っていた。

 原因は、彼女の髪にリボンの様に巻き付いた封印の御札であり、恐らくしばらく会わない間に何処かの強力な術者に封印されたのだろう。

 かつてのルーミアは、それこそ幽香とタメを張れるほどの力を有していたのだから、彼女を封印した術者は相当強力な力を持っていたのだと思われる。

 実際、ルーミアのリボンを見た時、僕の能力でリボンの情報を見た結果、『南祖坊』と言う名前の術者が施した封印であるという事が判明した。

 

 もしこの南祖坊が、僕の知る者と同一人物であると言うのなら、ルーミアを封印で来たのも納得出来る。

 なにせ南祖坊は、龍神である『八郎太郎』にさえ勝利した術者だ。その力は、神の域に届いていると言っても過言では無い。

 むしろ、ルーミアは良く生き残った方だろう。

 

 かつての彼女と交わした言葉は少ないが、それでも僕に取っては仲の良い友人と呼べる相手であった。

 そのため、どうにも今の彼女を昔の彼女の妹のような存在に感じてしまい、たまに見かけた時は何かしてやりたくなってしまうのだ。

 

「ルーミアにご飯を? 霖之助さんって、ルーミアと知り合いだったの?」

「まぁね。あのなりと言動だから勘違いされ易いが、ルーミアはかなり古くから居る妖怪なんだよ。それこそ、幽香や萃香なんかよりも年上かも知れないな」

「え、あいつがか!? ……全然そうは見えないぜ」

「だろうね。精神年齢がずっと幼いままなんだよ、彼女は。それこそ並のどの妖怪よりも古株であろうに、若い小さな妖怪や妖精たちと一緒になって遊んでいるくらいね」

 

 それが別に悪いって言う訳では無いし、以前ルーミアに封印を解除しようか? と尋ねたら「このままでいい」と言われたので何もしていないが……時々、昔の彼女を思い出して寂しくなることもある。

 今思うと、当時の彼女は今生における僕の初恋であったのかもしれない。

 初めてルーミアと出会った満月の夜、月明かりの下で静かに佇む彼女は、目も心も奪われるほどに美しかったのだ。

 ―――たとえ彼女が、食い殺した人間たちの血で汚れていたとしてもだ。

 

「―――それで香霖。ルーミアに飯を食わせたのがどうつながるんだ?」

 

 昔を思い出して懐かしんでいると、魔理沙が続きを聞かせろと書いてある顔で訊ねて来た。

 そうえば話の続きだったな。まぁそれほど複雑な話でも無いため、直ぐに終わるのだが

 

「簡単な事だよ。キノコと交換でご飯を食べさせた後、ルーミアがその事を友達の妖怪や妖精に話したようだ。その話が広まって行く内に『ルーミアがキノコと交換で、香霖堂でご飯を貰った』という話から、『香霖堂にキノコを持ち込めば、物品と交換してくれる』という話に変化して行ったみたいだ。まぁ、よくある伝言ゲームみたいな話だよ」

 

 たとえ同じ話でも、話す者の主観や知識によって、話の内容は少しずつ変化して伝わるものだ。

 それが繰り返されて行けば、原形も留めないほどに元の話から変化してしまうと言うのは良くある話である。

 

「確かに良くある話よねぇ。けど大丈夫なの霖之助さん? こんなに大量に持ち込まれても、そうそう売りさばける物じゃ無いでしょう?」

「そうだぜ。このままこれが続いたんじゃ、店の商品が全部キノコに変わっちまうんじゃないのか?」

「なに、心配は要らないよ。それについては既に対策を講じてある」

 

 心配してくれる二人にそう返しながら、僕は作っている途中のある物を二人に見せた。

 

「なにこれ、看板?」

「えーっと、『ただいま期間限定、【香霖堂キノコ祭り】開催中! 集めたキノコを交換して、豪華賞品やお菓子をゲットしよう!!』?」

「一度広まった噂を訂正するのは骨が折れるが、方向性を誘導してやることぐらいなら簡単に出来る。キノコの交換が出来るのを、期間限定のキャンペーンとしてしまえば被害もある程度抑えられるさ」

 

 一番避けるべき事態は、キノコとの物々交換が常態化して定着してしまう事だ。

 だが、今更キノコを持ち込む妖怪や妖精たちに、一々キノコとの交換は受け付けないと言って断り続けるのも、店の評判を落とす上労力が掛かり過ぎて面倒臭い。

 

 そこで僕は発想を逆転させて、キノコでの交換を敢えて認める代わりに、期間限定の特別なものであると宣伝する事にしたのだ。

 これなら、設けた期間以降キノコの交換に応じなくても文句は出にくいだろうし、今回以降何かしら香霖堂でイベントをやる時も、前例があるため受け入れ易い土壌が出来るだろう。

 これをきっかけに店が忙しくなるだろうが、まぁ仕事を求めているクトゥグアたちからしたら願ったり叶ったりだろう。

 僕としても、一商売人として自分の店が繁盛しているのは嬉しいものがある。

 

 既に、キノコ祭りの具体的な期間や内容を掲載した新聞を発行する事を文に依頼してある。

 ここはポジティブに考え、魔法の森の珍しいキノコが大量に手に入るチャンスであると思おうじゃないか。

 実際、現時点でも狙って探そうと思ったらかなりの労力が必要になる類の珍しいキノコが纏まった量で持ち込まれているからね。

 

「期間は二週間を予定しているよ。折角だから、珍しいキノコが大量に手に入るチャンスだとでも思っておくさ」

「いいなぁ……私にも分けてくれよ、香霖!」

「キノコを仕分けして片付けるのを手伝ってくれるなら、報酬でいくらか分けても良いよ?」

「よし! それなら私の得意分野だぜ!」

「あ、なら私も手伝うわ。私の分は、普通の食べられるキノコでお願いね!」

 

 普段ならケチケチせずにタダでくれ。などと言い出しそうな魔理沙だが、キノコに関しては一家言あるためか、手伝いには結構乗り気であった。

 霊夢の方は、単純に食材目当てでの参戦であるようだ。

 実際、シイタケを始めとする普通の食用のキノコは、どうしても食べ切れないほどの在庫を抱えてしまう。

 報酬として多めに渡しても問題は無いだろう。在庫処分では無いよ?

 

 腕をまくって、クトゥグアと共にキノコの仕分けを開始した魔理沙や、バーストらと共にキノコの入った箱を運び出した霊夢の姿を見守っていると、再びドアベルが鳴り新たな客が入って来た。

 

 ―――カランカラン

 

「こんにちはー。キノコ持って来たから交換してー」

 

 両手にキノコがぎっしり詰まった包みを持って現れたのは、今回の騒動の発端となったルーミアであった。

 文句の一つでも言うべきか、きっかけはどうあれ店の繁盛に繋がりそうなためお礼を言うべきか、悩ましい所だ。

 

「えへへ、いっぱい持って来たわよ。今度は何と交換してくれるのー」

 

 そう言って無邪気に微笑む彼女を見ていると、文句を言おうという気も失せて行く。

 まぁ、ルーミアが楽しそうならそれで良いか。

 

「そうだね。今までもいっぱい持って来てくれたし、今回は特大サイズのケーキなんてどうかな? 何か他にリクエストがあるなら、その時は応相談だが」

「ケーキ! 良いわねー。どんなのがあるのかしら?」

「定番のイチゴ乗った物やチョコレートケーキ、チーズケーキに抹茶ケーキと。他にも色々用意してあるよ」

「うーん、悩ましいわー」

 

 サンプルとして、小さく切り分けられたケーキの乗った皿を出すと、ルーミアは真剣な様子でどれにするか吟味し始めた。

 その横顔が、昔のルーミアにそっくりな事と、その視線の先にあるケーキとのギャップで、僕は思わず笑ってしまった。

 初恋の相手であるこの小さな妖怪少女は、例え記憶が無くても根っこの部分は同じであるようだ。そこは前世を思い出す前の僕も同じかな。




いわゆる『EXルーミア』が、ヤング香霖の初恋の相手だったという設定。
当時のルーミアはバリバリの人食い妖怪でしたが、現在は封印されている影響であんまり人は食べません。
ちなみにEXルーミアは、大人ゆかりんと同様に転生香霖の好みドストライクのプロポーションの持ち主でしたw


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第四十七話 「転生香霖とかき氷」

そろそろ永夜抄に入りたい所だけど、閑話的な日常回で夏らしいイベントも色々やりたい。
悩ましいものだ。


 七月に入り、幻想郷では夏らしい暑い日が続いていた。

 例年なら夏の暑さに悩まされるところだが、半竜として覚醒した僕の肉体は、夏の暑さをものともしない。

 これはこれで便利なのだが、夏の暑さを感じられないと言うのは、それはそれで不便である様にも僕は感じていた。

 折角氷魔法が自由に使えるようになったから、かき氷が作り放題を楽しもうと思っていたのだけどなぁ……。

 

 

 

 ―――カランカラン

 

「いらっしゃいま……おや、霊夢じゃないか?」

 

 ドアベルの鳴り方が穏やかだったので、普通に客が来たのかと思ったら、入って来たのは霊夢だった。

 しかし、声を掛けたというのに返事が返ってこない。

 どうしたんだと疑問に思って注視すると、霊夢は全身汗だくで疲労感と言うか、全身から怠さが溢れていた。

 

「あ、あづいぃ……」

「……とりあえず、タオル使うかい?」

 

 アポーツで手元に呼び寄せたタオルを霊夢に放り投げて渡す。

 それを受け取った霊夢はタオルで顔や首元、汗で濡れた髪を拭き、そのままフラフラとカウンターに近づくと、カウンター前の椅子に座ってべたーっと突っ伏してしまった。

 

「あづぅぃ……」

「まぁ、ここのところ猛暑が続いているからね。これでも飲んで落ち着きなさい」

 

 タオルと同様に、アポーツで呼び出したグラスにリキッド・ウォーターで水を注ぎ、フリーズ・タッチで凍り付かない程度に水を冷やして霊夢に渡した。

 力無い様子で手を伸ばして受け取った霊夢は、それをコクコクと一息に飲み干し、それでようやく少しだけ元気が戻って来たようだった。

 

「ぷはぁぁ……あ~生き返る~……ありがとね、霖之助さん」

「それは何よりだ。けどそんなになるくらいなら、わざわざこの日差しの中うちまで来る事は無かったんじゃないかい?」

「ダメダメ、神社じゃ何処に居たって蒸し暑くってどうにかなりそうだもの。冷たいお水も貰えたし、霖之助さんの所に着て正解だったわ」

 

 あ、お代わり頂戴。と付けたしながら、霊夢は手をひらひらと振って答えた。

 なるほど、避暑地を求めてここまで来たわけか。

 外の世界なら、扇風機だのエアコンだのがあるが、幻想郷にはそんなもの無いからなぁ。まぁ、河童なら似た物を作れそうだが。

 幻想郷で自由に涼を取れる物なんて、僕のように氷の魔法を使える者や、能力を使ってどうにか出来る妖怪、それとこの間のキノコ祭りの時に何度かルーミアと一緒に来ていた氷の妖精くらいであろう。

 意外と多いのかも知れないが、人間に限定するならそれこそ魔理沙くらいか。ミニ八卦炉にも冷暖房は完備されているからね。

 

「そう言う事なら、店内も少し涼しくしておこう。それとかき氷も作ってあげるから、少し待ってなさい」

「かき氷!? ありがとう、霖之助さん!」

 

 かき氷と言う言葉を聞いた途端、目を輝かせて喜ぶ霊夢。

 彼女の現金な態度に苦笑しつつ、僕はかき氷を作るために台所へと向かった。あの態度を好意的に素直と受け取るかは人それぞれである。

 

(アイスエイジ!)

 

 本来広範囲を氷河期に変え、氷魔法の効果を増大させる呪文『アイスエイジ』を香霖堂の店内限定で、室内を涼しくする程度に効果を抑えて発動する。

 贅沢な使い方だが、使えるものはどんどん利用するべきだろう。率先して使う事が、能力を使いこなす事にも繋がるからね。

 

 魔法で店内を涼しくした後、僕は戸棚に仕舞ってあった無縁塚から拾って来たかき氷機を取り出し、魔法で氷を作りつつ、シロップは何が良いかと考えていた。

 

 

 

「お待たせ、出来たよ」

「待ってました! ……あれ、シロップは?」

「いくつか用意したから、好きなものを掛けてくれ」

 

 霊夢の疑問に返しつつ、僕はカウンターの上にいくつかのガラス瓶を置いた。

 

 まず並べたのは赤、青、緑、黄色の液体が入ったガラス瓶。それぞれ外の世界でも定番のシロップであるイチゴ、ブルーハワイ、メロン、レモン味のシロップだ。というか、市販の物なのでラベルに味が書いてある。

 これらは全て、無縁塚で拾って来た物だ。全て未開封だったので、恐らく店で売れ残った物か、買ったは良いが使わずに忘れられたものが流れ着いたのだろう。

 もちろん、口にしても大丈夫な事はこの目で鑑定済みである。

 

 次に並べたのは、それぞれ黄金色の液体と白の液体が入ったガラス瓶。片方は召魔の森産の蜂蜜の入った物で、もう片方には豊穣の乳が入っている。こちらは僕が作ったガラス瓶に入れられている。

 この二つは、合わせて使うとより美味しい事が味見の段階で判明している。

 が、蜂蜜と豊穣の乳を先に味わうと、普通のシロップの味が霞んでしまうので、これらは最後に味わった方が良いと僕は思っている。

 霊夢にもそう提案しよう。

 

「―――用意しておいてなんだが、こっちの二つは最後に取っておいた方が良いかな?」

「どうして?」

「この二つの味が、こっちの四つより圧倒的に勝っているからだよ。折角種類を用意したのに、先に美味しい方から食べたら、味を楽しめるのが二種類だけになっちゃうだろ?」

「そう……ま、美味しく食べられば何でもいいわ! 霖之助さん、イチゴ味から頂戴」

「はいよ」

 

 ガラスの器に盛られた氷の上に、イチゴシロップを適量かけてから霊夢にスプーンと共に渡す。

 スプーンと器を受け取った霊夢は、早速シロップの掛かった氷を大きく掬い取り一気に頬張った。

 そしてすぐにスプーンを持つのとは逆の左手で額を押さえる。判る判る、キーンっと来たんだね。

 

「く~っ、これよこれ! 夏と言えばこうでなくっちゃ!」

「楽しそうだね、霊夢」

「ええ、この痛みも立派な夏の風物詩だもの」

 

 ……やっぱり、半竜になって不便になった面も確かにあるんだよな。

 霊夢の言う風物詩も、今の僕には感じられない物だからね。それが少し寂しくも感じる。

 とはいえ前世でも今生でも、あの痛みを鬱陶しいと感じていたのも確かだから、無い物ねだりでしか無いけどね。

 

 ま、痛みは感じられなくても、味は問題無く楽しめるのだから、僕も一緒に食べようか。

 そう思い、僕も自身の分で用意したかき氷にブルーハワイのシロップをかけていると、ドアベルが再び鳴り誰かが入って来た。

 

 ―――カランカランッ

 

「おーい香霖! 遊びに来たぞー。うん? 二人共かき氷を食べてるのか。私にもくれよ!」

 

 ドアベルの音で判断するまでも無く誰が来たのかが判った。

 暑さに参っていた霊夢と違い、魔理沙は元気溌剌と言った様子でズカズカと僕たちの元まで歩いて来た。

 

「もう、騒がしいわね魔理沙。こんなに蒸し暑い日だってのに、あんたはよくそんなに元気で居られるわね?」

「へっへーん。なんせ私には、このミニ八卦炉があるからな。こいつのおかげで夏でも冬でも快適だぜ!」

「そうだろうとも。なにせミニ八卦炉には、冷暖房も完備しているからね」

「何で霖之助さんが自慢そうに……って、ミニ八卦炉を作ったのは霖之助さんなんだから当たり前か。 ……霖之助さん、私にも冷暖房完備の道具頂戴?」

 

 暑さにダレていた自分に比べ、快適な生活を送る魔理沙を羨ましそうに見ていた霊夢が、僕にそんな事を言って来る。言葉からして、ただで貰う気満々である。

 

 ふむ……ミニ八卦炉レベルの道具をくれと言われたら断っていたが、冷暖房にのみ機能を限定した道具なら、寧ろ作ってやるべきでは無いだろうか?

 これから暑さはどんどん厳しくなるわけだし、熱中症や脱水症状になったら命に係わる。

 紫や藍も普段から気にかけているとは思うが、一人暮らしである霊夢の体調面の事は、僕たち周りが気に掛けておくべきだろう。

 それを思えば、寧ろ今までそう言った道具を作ってやらなかった事の方が問題だった様にも思えて来た。

 

「……そうだね。猛暑が続くと、寝ている間に脱水症状を起こしてしまう事もあるかもだし、確かに一つくらい博麗神社にも冷暖房器具があった方が良いか。 ……よし、なら今日の所は帰りに店の中を涼しくしている魔法と同じ物を込めた呪符を何枚か渡すから、道具の方は少し待ってくれ。完成したら神社に届けに行くよ」

「オイオイ、良いのか香霖? 霊夢の事だから道具の製作費はツケになるぜ?」

「魔理沙のミニ八卦炉ほど凝った物を作るつもりは無いから、お代は要らないよ。熱中症か何かで倒れられる方が困るしね」

「タダで良いのか? ……香霖って、霊夢に甘いよな」

「そうかい?」

「そうだ。香霖は霊夢に甘い」

 

 憮然とした様子でそう言って来る魔理沙に首を傾げる。

 はて、甘いと言われるほどの事だろうか? そんな風に言われるほど、甘やかしてはいないと思うんだけどなぁ。

 

「―――言っても無駄よ、魔理沙。霖之助さんって色々基準がおかしいもの。甘やかすのも、厳しくするのもそう。普段の稽古とかで十分知ってるでしょ?」

「……ああ、そうだったな。確かに香霖の基準っておかしかったわ」

「別におかしく無いだろ? ……けど確かに、稽古ではかなり甘やかしていたね。もう少し厳しくした方が良いかな?」

「「そういうところがおかしいのよ(んだよ)!!」」

 

 うわ、ビックリした。いきなり声を揃えて叫ぶ事無いじゃないか。

 

「あの稽古のどこが甘いんだよ!? 毎回へとへとになってるんだぞ!!」

「そりゃみんなそれぞれの限界を見極めて、そのラインギリギリの所と、少し超えるぐらいの所の間を往復する感じで鍛えているからね」

「それが自覚出来てるのに、どうして甘やかしているなんて言葉が出て来るのよ……」

「もっと厳しくて効率の良い鍛え方だってあるからだよ。それを考えれば、今やっているのなんて全然甘い方だよ?」

「……魔理沙、判ったわ。霖之助さんの基準がおかしいのって、甘さと厳しさの最大値が高過ぎるからだわ」

「ああ、金持ちがそこそこの大金を端金に感じるのと同じだぜ……」

「僕は成金か何かかね?」

 

 なんだか、霊夢と魔理沙におかしな評価をされてしまった。

 確かに経済的には困っていないが、札束を燃やして灯りにするような真似はした事無いぞ?

 

 そんなに言われるほどおかしいかなぁ。と首を傾げつつ、僕は魔理沙の分のかき氷を用意した。

 

 

 

 三人でかき氷を食べながら雑談をしていると、三度ドアベルの音が鳴り響いた。

 今度は誰だ? 霊夢と魔理沙は居るし、かき氷を食べに来た紫と幽々子か、あるいはレミリアと咲夜辺りかな?

 

 そんな風に、来客は誰かを軽く予想していたのだが、実際に来たのは予想に掠りもしない相手だった。

 

「こんにちは~」

「いらっしゃいませ。君は……珍しいな。君が夏に現れるなんて。何かお探しですか?」

 

 店に入って来たのは、冬の寒い日限定で必ずと言って良いほど見かける妖怪の少女『レティ・ホワイトロック』であった。

 雪女の一種である彼女が、こんな真夏日に現れるなんて珍しい。何かの異変か?

 

「お、誰かと思ったら『レティ』じゃないか」

「あら、冬の妖怪がこんな真夏に出るなんて異変かしら?」

「異変じゃ無いし、別に私一人じゃないわよぉ」

「あ~づ~い~……」

 

 僕と同じ疑問を持ったレティが異変では無いと主張しつつ、自身の左下に視線を向ける。

 そこにはキノコ祭りの時にルーミアと共に何度か来店した氷の妖精、『チルノ』が何だか融けそうな感じ(しかも物理的に)でへばっていた。

 

「チルノまで来たのか。二人揃ってどうしたんだ?」

「冬を感じたからここまで来たのよ。この子とはその途中で一緒になったの」

「ふ、冬をくれ~……アタイに冬を~……」

「冬って、これの事?」

 

 冬がどうのと言っている二人に対し、霊夢は食べている途中のかき氷を見ながらそう訊ねた。

 

「違うわよ。このお店の中、弱く薄くだけど冬を感じるわ。それを求めて私もこの子も来たのよ」

「あたいの冬はどこだ~……」

「確かに霖之助さんが魔法で店の中を涼しくしてくれているけど、別に冬って程じゃあないわよね」

 

 あ、彼女たちの言いたい事が判ったかもしれない。

 

「とりあえず、君達もかき氷食べるかい? 話はそれからでも良いだろう」

「あら、ならご馳走になろうかしら」

「う~あ~……」

「チルノが本格的に融けて来たわね、まぁ構わないけど」

「いや、僕が構うから。店内で融けないでくれ」

 

 一緒に来たという割に薄情な態度のレティにそう言いながら、僕は融けかけているチルノに触れてフリーズ・タッチを発動させる。

 氷の妖精相手なら、これである程度回復出来るだろう。

 店内で融けられたら、大事な商品が濡れてしまうからね。

 

「うっ、おおおおお! あたい、ふっかつ!」

「うおっ、さむっ! おいチルノ! いきなり冷気を撒き散らすなよ!」

「む、これくらい良いじゃない! 夏場にこんなに元気になるなんて初めてなんだから!」

「相変わらず騒がしいわねぇ」

「ねぇ、かき氷まだ~?」

 

 言い争いを始めた魔理沙とチルノ。

 霊夢は我関せずと言った調子でかき氷を食べているし、レティは先程まで魔理沙が座っていた椅子に座って急かして来る。

 やれやれ、集まったメンツは珍しいのに、いつもとまるで変らない騒がしさだな。

 

「はいはい、今持ってくるから待っててくれ」

「お願いねぇ」

 

 ひらひらと手を振って来るレティを背に、僕は再び台所へと向かった。

 

 

 

「ん~、おいしぃ~。こんなに美味しいものが食べられるのなら、もっと前から通えば良かったわねぇ」

「はぐはぐはぐ!」

「うちは古道具屋であって、食事処じゃ無いよ。レティ」

「けど、紫や幽々子はちょくちょく食事しに来てるんだよな?」

「余計な事を言うな魔理沙、ややこしくなるだろう」

「ズルいわ。他にも居るなら、私も食事しに来たって良いじゃない」

「お代わり!」

「はいはいお代わりね、どーぞ。 ……まぁ、かき氷ぐらいなら直ぐに作れるから別に良いけど、今日来た本題の方は良いのかい?」

「あ、そうだったわ! ねぇ、どうやって店の中を冬にしたの? こういう場所があると、とっても助かるのよねぇ」

「店の中を冬にした……霖之助さん、心当たりある?」

「ああ、多分店の中を涼しくしている魔法だろう。元々は周囲一帯を冬に変えるって言う魔法を弱めて使っている訳だからね」

 

 レティが言う冬と言うのは、僕が使ったアイスエイジの呪文の事だろう。冬と言うか、文字通り氷河期を作り出す魔法な訳だが。

 

「そんな魔法も使えたのか香霖。けど、そんな魔法いつ使うんだ?」

「主な目的は、氷魔法の威力を増大させることだよ。後は、灼熱の環境を冷ます為とかかな」

「良いわねぇ、私は寒気を操るだけで、冷気や氷を直接出すことは出来ないから羨ましいわぁ」

 

 レティはかき氷を摘まみながら、余り羨ましそうには見えないのほほんとした表情でそう言った。

 レティの能力は、チルノの様に氷や冷気を直接生み出すのではなく、周囲の冷気を強化して操るという環境依存の能力である為、直接周囲を冬に変えるアイスエイジは、垂涎の魔法と呼べるものだろう。

 彼女の様な、特定の季節や条件でしか力を発揮出来ないタイプの妖怪は、それ以外だと居場所が無い場合も多い。

 ふむ、折角だから売り込んでみるか。

 

「―――レティ、良ければ君の求める冬と、ついでに氷で出来た家も用意しようか? もちろんお代は頂くけど」

「え、それ本当?」

「もちろんだとも」

 

 レティが求めているものは、アイスエイジとルミリンナの呪文を使えば簡単に用意出来る。

 実質タダで、相手の求める商品が用意出来るのだ。この機会を逃す手は無い。

 レティがお金を持っているかは知らないが、まぁ彼女だって結構昔から居る妖怪なのだ。珍しい道具の一つ二つ持っているだろう。

 

「なら、お願いしようかしら?」

「毎度あり。具体的にどこに作るかとか、どんなものにするかは後にして、今日は好きなだけかき氷を食べて行ってくれ。僕の奢りだよ」

「やったぁ!」

「あ、ズルいぜ香霖! 私にも奢れ!」

「ああ、折角だから構わないよ。どんどん食べてくれ」

 

 くくっ、魔理沙もレティも気付いていないな。

 実質タダで、元での掛かっていない物を使って僕が儲けようとしている事に。

 なに、氷の家はレティの要望通りに作るつもりだし、winwinの関係さ。

 キノコ祭りの時も何だかんだ収支はプラスになったし、いよいよ僕の商才が発揮されてきたかな?

 

 美味しそうにかき氷を食べている魔理沙とレティを見つつ、僕は自分の才能を称賛しながら自分の分のかき氷を口にした。

 

 

 

「ん~! ミルクと蜂蜜も合うわねぇ」

「がつがつがつ! うま~い!」

 

 僕が商談をしている横で、霊夢とチルノは僕らの話には無関心で、マイペースにかき氷を食べていた。

 冬云々はチルノにも関係があったはずだけど、それで良いのかい?




なお、実際にレティ宅を建築した際、調子に乗って氷結晶を使ってアイスエイジとルミリンナを固定化したため、収支はマイナスになった模様。

商売関連で調子に乗って失敗するところが霊夢と似ている転生香霖であった。


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第四十八話 「転生香霖と七夕祭り(前篇)」

お気に入り登録件数千二百件まであと少し、思えば遠くへ来たものです。

ボックスガチャイベントの周回してて更新頻度が少し下がってますが、これからも応援よろしくお願いします!


 賑やかな人々の喧騒と、華やかな祭囃子の音色。

 縁日特有のどこか浮足立つような空気を感じながら、僕はたこ焼きを作っていた。

 

「いらっしゃいいらっしゃい! 安いよ安いよ!」

「幻想郷では珍しい海の幸を使った屋台ですよー!」

「と、とっても美味しいので買って下さいですぅ~!」

 

 僕の右隣では、ハスターを助手に叢雲が焼きそばを、僕の左隣では、チャウグナー・フォーンを助手にバーストがイカ焼きを作っている。

 そしてこの場では姿が見えないグロス=ゴルカとミゼーアは、裏方で食材を切り分けたりしていた。

 

 今日は七月七日。

 七夕祭りの日であり、僕ら香霖堂のメンバーは博麗神社で行われる縁日の屋台を三つほど出店していた。

 売り物は海魔の島産の海産物を使った、たこ焼きと焼きそばとイカ焼きの三つである。

 

『―――主よ、そろそろよろしいかと』

「ああ、そうだね。よっと」

 

 僕の助手を務めるクトゥグアが、たこ焼きのひっくり返し時を教えてくれる。

 炎の神だけあって、こと焼き物に関しては最高の焼き加減の時を教えてくれるのでありがたい。

 と言うより、クトゥグアは三つの屋台すべてに触手を伸ばし、その触手から発生させた炎で調理をサポートしている為、三つの屋台の主はクトゥグアであると言っても過言では無い。

 料理がそれほど得意では無い叢雲とバーストが店に立って問題が起こって無いのも、全てクトゥグアのおかげだ。ありがたい。

 

 ―――さて、何故僕たちが香霖堂を留守にして、縁日の出店をやっているのかと言うと、話は数日前に遡る。

 

 

 

 その日の夜、夕食を終えた後叢雲から提案があった。

 

「―――七夕に何か催し物をやりたい?」

「はい。人里の方々に以前から、竜信仰主催で何かお祭りなどをやって欲しいとお願いされていまして。時期的に七夕祭りに何かやるのが丁度良いと思ったのです」

「なるほど。確かに竜信仰は今まで布教ばかりで、催し物の類はやってこなかったからなぁ……」

 

 竜信仰は、去年の秋頃から始まったばかりのとても新しい宗教だが、既に人里全体に浸透していると言って良いほどに広まっている。

 ここで一つ、七夕祭りの様な毎年行う縁日を開催する事で、竜信仰の祭りを人里の住人たちの年間行事として定着させるのも悪くない。

 

 ただ、それをやるには一つ問題がある。

 

「やるのは全然構わないが、場所はどうしようか?」

「はい、わたくしもそこが悩みどころでして」

 

 竜信仰は現在、神社や寺、あるいは神殿の様な拠点を持っていない。

 しいて言うなら竜信仰の本尊の一つである白銀竜、つまりは僕の家である香霖堂が竜信仰の拠点でもあるのだが、白銀竜の正体が僕であることはまだ人里では一般的には知られていないのだ。

 知っているのは、慧音や霧雨の親父さん、それに稗田家の現当主である『稗田阿求』ぐらいである。

 叢雲と共に、毎日人里に顔を出している煙晶竜は、既に親しみ易い存在として人々に知られているが、偶にしか姿を見せない白銀竜は、神秘的な存在と認識されている。出来れば今のイメージをあまり崩したくない。

 

 と、話が逸れたな。

 今問題としているのは、竜信仰の祭りを開催する場所が無いという事だった。

 

「人里の通りの一角を借りるって言う方法もあるけど、今から頼みに行っても七夕までに間に合わないだろうしなぁ……」

「場所を選ぶのにも、当日の為に周辺の方たちに話を通して調整して貰うのにも時間が掛かりますものねぇ……」

 

 うーん……と、叢雲と二人で頭を悩ませていると、解決手段は意外な相手から提示された。

 

『―――それならば、巫女の住むあの神社で開けばよいのではないか? 人が集まるなら巫女も文句は言わんだろうし、正月に叢雲が神社で手伝いをしていたのは人里の者たちも知っている。それほど違和感は感じないじゃろう』

 

 そう言ったのは、話し合いを僕たちに任せて今の自分の体と同じサイズの煎餅を食べていた煙晶竜だった。

 最初は勝手が違うと困惑気味だった手乗りサイズのオリハルコン像の体だが、最近はこの姿だと色々な食べ物が自分と同等かそれ以上に大きくて食べ甲斐があると言って、今の体を楽しんでいる。

 食道楽な所はまるで変らない煙晶竜であったが、こうして自発的に発言する時には、役に立つ事を言う事もあるのだ。

 まぁ、大抵の場合全く関係無い食べ物の話だったりもするが。

 

 それはそうと、煙晶竜の提案は非常に良いアイデアであった。

 竜信仰が主催とは言え、縁日を開いて人が集まるのであれば霊夢は文句を言わないだろうし、竜信仰と博麗神社は良好な関係であるというアピールにもなる。

 別に信仰の奪い合いをしている訳では無いのだから、寧ろ共同で開催した方がお互いに取って良い結果となるだろう。

 

「確かに、それなら今からでも十分人里の方々に楽しんで貰える祭りが開けるでしょう。煙晶竜様の言う通り、博麗神社での開催をお願いしてみてはどうでしょうか、旦那様?」

「ふむ、確かに良いアイデアですね。丁度本人も居ますし、今ここで聞いてしまいましょうか。 ……と言う訳で霊夢、そんな感じになったけど、どうかな?」

「……どうかも何も、寝込んでいる横で商売敵たちの話なんて聞かせないで欲しいんだけど」

 

 僕らは香霖堂の居間で話し合っていた訳だが、襖一枚隔てた先の寝室では、霊夢が布団で横になっており、霊夢にも僕らの話が聞こえるように襖は開いていた。

 何故霊夢が神社では無く、香霖堂の寝室で横になっているのかと言えば―――

 

「うぅ、お腹痛い……霖之助さん、助けて」

「冬の妖怪でも氷の妖精でも無いのに、彼女たちと同じ様なペースでかき氷をがつがつ食べるからそうなるんだよ。今夜は大人しく反省して寝てなさい」

「うー、霖之助さんの意地悪」

「意地悪で結構。ほら、きちんと布団は掛けなさい」

「寝苦しいんだもん、仕方ないじゃない」

「それで体を冷やしたら、更に体調が悪化するよ。良いから温かくして居るんだ」

「はーい」

 

 霊夢はしぶしぶと言った様子で頭から布団を被り直した。

 霊夢が居る理由はなんて事無い。ただ単純に、かき氷の食べ過ぎでお腹を壊したから、温かくしてじっとしているだけだ。

 

 魔理沙もそうだが、霊夢は昔から体調を崩すと、時にはわざわざ神社から香霖堂まで来て僕に看病をさせる事がある。

 チルノと一緒にかき氷をドカ食いした霊夢は当然の様に腹痛となり、神社に帰れず香霖堂に泊って行く事となったのだ。

 まぁ神社で体調を崩して倒れられたりするよりは、目の届くところに居てくれる方が心配が減るから助かるが。

 

 ……しかし、今回は香霖堂で体調を崩してそのまま居残ることになったから良い物の、もし神社で急病を患って動けなくなるなり、意識を失うなりすると最悪手遅れになる可能性もある。

 魔理沙の場合はミニ八卦炉が自動召喚する精霊たちや、英霊たちが様子を見てくれているから良いが、霊夢は基本的に神社では一人きりなのだ。

 今は神社の周辺に萃香が住み着いているし、紫たちも霊夢の様子は気にかけているだろうが、常に神社の様子を見ていると言う訳では無いし、何かしら対策をしておいた方が良いかも知れない。

 

「―――ふむ。となると、神社に住み着いて霊夢の様子を見てくれる者と、後は神社から簡単に香霖堂に移動出来るようにもしておいた方が良いか……」

 

 前者については、幽々子の日輪やレミリアの牧場のアマルテイアたちの様に、僕の能力で召喚したモンスターをペットにするのが良いだろう。どんなのが良いか、霊夢に希望を聞いてみよう。

 後者については、転送ゲートを設置する効果を持つゲーム時代のアイテム『審判の石板』を使えば解決する。これは設置しても大丈夫か紫に確認を取った方が良いな。

 

 よし、案が纏まったし、早速霊夢にペットにしたい動物が居るか聞いてみようと思った所で、霊夢が既に寝息を立てて居る事に気が付いた。

 この子は本当に寝つきが良いな。今の内に呪文で回復させて腹痛を治しておこう。

 反省を促すという意味で今まで使わなかったが、翌日まで体調不良を引き摺らせる意味は無いからね。

 

 そう言えば、結局七夕祭りに関しては博麗神社で開く了承を貰ってないな。

 まぁ、了承を貰った所で準備を始めるのは明日からなのだから、明日の朝また改めて霊夢から許可を貰えば良いだろう。

 霊夢の事だから、どうせ断らないだろうし。

 

「霊夢も寝ちゃったし、話はこのくらいにして僕たちも寝ようか。どっちにみち、本格的に七夕の準備をするなら明日の朝になってからだしね」

「そうですね。では、わたくし達も休みましょうか」

『うむ、そうじゃな』

 

 霊夢を起こさない様に、寝室に僕と叢雲の分の布団を敷く。位置としては僕を真ん中に、右側に霊夢が、左側に叢雲が眠る形となる。

 煙晶竜は眠る時、体に使っている像から抜け出して僕の体に戻って来るので寝具の類は必要としていない。

 クトゥグアを始めとした邪神たちだが、クトゥグアは僕が作った特別製のランプに宿るという形で休み、ハスターは僕が作った小さなベッドで眠る。

 バーストは押し入れで眠る事を好み、チャウグナー・フォーンは部屋の端で本物の彫像の様にその場で動かないという眠り方をする。

 グロス=ゴルカは僕が作った止まり木で瞳を閉じているし、ミゼーアは僕の布団の足元の方で丸まって寝ている。

 

 こうして見ると、眠り方ひとつとってもそれぞれの個性が出ているな。

 そんな感慨を得ながら、僕は部屋の灯りを消した。

 

「それじゃみんな、おやすみ」

『『『『『「「「おやすみなさい、(霖之助さん)(旦那様)(我が主)(マスター)(主殿)(我が君)」」」』』』』』

『(うむ、良き眠りを)』

 

 沢山の声と、自分の中から聞こえる煙晶竜の声を聴きながら瞼を閉じる。

 そう言えば、霊夢の声も混じっていたな。態々寝息まで立てて狸寝入りしなくても良いのに。

 ぼうっとした頭でそう思いながら、静かな微睡みに身を委ねた。

 

 ―――意識が完全に沈む直前に、誰かが僕の右手にそっと指を絡ませたのを感じた。

 

 

 

 と、そんな事があってから数日。

 霊夢からの許可も取り、現在僕たち竜信仰は博麗神社で行われる七夕祭りに、幻想郷では珍しい海産物を使った屋台を出店しているのであった。

 

 ちなみに、煙晶竜は人里に置いてある黄金像の体に入り、自身の体に沢山の笹の付いた竹を括り付けて、祭りにやって来たお客さんたちを歓迎している。

 煙晶竜自身が、七夕のモニュメントとなっているのだ。

 親に連れられてやって来た人里の子供たちが、楽しそうに願い事を書いた短冊を括り付けていた。

 

 そんな様子を見ながら、次々にやって来るお客の捌いていると、丁度客足が途切れたタイミングで満面の笑みを浮かべた霊夢がやって来た。

 

「霖之助さん、屋台の調子はどう?」

「ああ、中々盛況だよ。霊夢こそ全体を見回って来たんだろう? 今回の祭りは成功と言って良いかな?」

「もう成功も成功、大成功よ! お賽銭もいっぱい入ってウハウハだわ!」

 

 煙晶竜が居るのは、丁度賽銭箱の直ぐ隣だ。

 大抵の客は賽銭を入れてから煙晶竜の元へ行くし、煙晶竜の元に直接向かう者が居たとしても、煙晶竜本人が『先に祭りの場所を提供してくれた神社に挨拶するが良い』と言って、賽銭箱の方に誘導してくれるので、こうして話している間にもどんどんと賽銭が投げ入れられて行く。

 滅多に人の寄り付かない(魔理沙や咲夜などの例外は除く)博麗神社の普段の姿を思えば、正に夢のような光景であるだろう。

 

「こういうお祭りならじゃんじゃんやって欲しいわね!」

「そうだね。竜信仰の神社みたいな拠点はまだ無いし、また何かやる時は博麗神社を頼ることになるだろうね」

 

 語外に、竜信仰の拠点が出来たらそちらでやると取れる言葉で返すと、霊夢は笑顔のまま冷や汗を垂らし、今度は上目遣いで僕を見つめて来た。

 

「ね、ねぇ霖之助さん。竜信仰の御社を作るのも大事だけど、いざ実行するとなると場所選びから何まで大変だし、しばらくは共同開催の形で良いんじゃないかしら? そ、それにいざ御社を作ったとしても、博麗神社より行き来し辛いところしか作れる場所が無い何て事もあるかもだし、それに……」

 

 必死に博麗神社での共同開催の利点をアピールする霊夢の様子が可笑しくて、つい声に出して笑ってしまう。

 

「ハハハッ、そんなに心配しなくても、竜信仰の社が出来ても共同開催は続けるよ。博麗神社と竜信仰は仲が良いって事をアピールして行きたいからね。社が出来たら、今度はそちらに博麗神社から何か出店するって言うのも良いだろうし」

 

 僕がそう言うと、霊夢は目を輝かせて僕の言葉に大きく頷いて来た。

 

「ええ、それ良いわね! うちと竜信仰はこれからもずっと仲良しですもの! お互いに助け合っていかなくっちゃね!」

 

 助け合うというか、霊夢は竜信仰の人気に便乗する気満々なのだろう。今回の集客で味を占めたとも言える。

 まぁ、僕としても昔から知る博麗神社が賑わっているのは、中々嬉しいものであるので否は無い。

 

 元々竜信仰は僕の能力を取り戻すために始めたものだから、本格的な儀式や行事の類は一切無かったので、共同開催とする事で霊夢にその部分を受け持って貰えるとありがたかったのだ。

 竜信仰は人を集める、博麗神社は儀式を執り行う。正にウィンウィンの関係と言う奴だな。

 

「さ、霊夢もあちこち見て回って小腹が空いただろう? 僕らの屋台の食べ物はタダで良いから、好きなのを持って行ってくれ」

「え、良いの!?」

「ああ、共同開催者様への差し入れみたいなものだよ」

「なら全部一つずつ貰うわ。匂いを嗅いでからお腹が鳴りそうで仕方が無かったのよ!」

 

 そう言って霊夢は、たこ焼きと焼きそばとイカ焼きをそれぞれ一人前抱えて去って行った。

 

 さて、まだまだ日は高いが、祭りの本番は日が暮れてからだ。

 夜は夜で、ちょっとしたサプライズも考えているし、竜信仰が行う初めての祭りを、盛大に盛り上げて行こうではないか!




登場キャラが多いから、みんな出したいって考えるとどうしても話が膨れ上がってしまう。
今回も前中後篇になるか、それをオーバーするかなぁ。


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第四十九話 「転生香霖と七夕祭り(中篇)」

どうも、遊戯王の公式大会に参加して来た騎士シャムネコです。まぁ、一回戦で負けちゃいましたが。(手札事故が悪いよ~、手札事故が~)

ドラゴンリンクで、『霧の谷の巨神鳥&雷鳥』の先攻無限妨害(アストラム付)を手札一枚初動カード八枚体制で行ったんですけど……この作品呼んでいる人の中に、これ何言っているのか分かるデュエリスト方、どれくらい居るんでしょうね?

正直、サブで持って行った『未界域暗黒界デッキ』の方が強い事は内緒だよ?


 博麗神社で行われる竜信仰の七夕祭り。

 開始から数時間が経ち、人里からは続々と客が集まり、出店している三つの屋台のメニューも飛ぶように売れていた。

 

 

 

「―――あら、売れない古道具屋さんのお店にしては随分盛況ね。やっぱりあなた、料理屋さんとかの方が向いてるんじゃないの?」

「……そう言う事言わないでくれるかなレミリア? 割と自覚あるんだから……」

 

 お客さんがはけて来た頃、割と胸に刺さる言葉と共に現れたのは、レミリアと咲夜の主従コンビであった。

 夜の支配者たる吸血鬼が、何に憚る事無く堂々と真昼間っから出歩く姿は、上に立つ者のカリスマを感じさせなくもない。

 ……それはそうと、『食事処 香霖堂』とか絶対やらないからな! 間違いなく、幽々子が嬉々として入り浸って来る。

 開店から閉店まで、ノンストップで幽々子の食事を作り続ける生活なんて嫌だぞ。その分滅茶苦茶儲かるとしてもだ!

 

 ひたすら厨房で料理を作り続ける僕と出来た料理を次々に運ぶ邪神たち、そして運ばれて来た料理を片っ端からどんどん食い尽くす幽々子。と言う嫌な想像を振り払いながら、僕はレミリアと話した。

 

「―――それでレミリア、冷やかしじゃ無いなら何か買って行ってくれ。どれも味は保証するよ?」

「霖之助の用意した食事で味の心配なんてしないわよ。咲夜と違って、必ず美味しいものを用意してくれるじゃない」

「あらお嬢様、私が不味いもの用意した事がありましたか?」

「不味いというか、たまぁに変化球でおかしなものを出すじゃない。アレ結構びっくりするからね?」

「代り映えのしない日常に、一つまみのスパイスを加えているだけですわ」

「日常に刺激は欲しいけど、食事には安定安心が欲しいのよねぇ……」

 

 しれっと述べる咲夜に対し、レミリアは少し困った様な表情でそう呟いた。

 相変わらず不思議と言うか、独特の距離感を持つ主従だ。同じ主従である紫と藍、幽々子と妖夢などともまた違う。

 まぁ、険悪な訳でも無いから仲が良いなとしか感じないんだが。

 

「そうね。じゃあとりあえず、霖之助の屋台の料理を私と咲夜の分一つづつ貰おうかしら? 」

「毎度あり、冷めない内に食べてくれ」

 

 咲夜から代金を受け取りつつ、僕は竹と笹を組み合わせて作られた器に、一つにつき八個のたこ焼きを乗せて手渡した。

 

 ちなみに、この器は叢雲とバーストやっている焼きそばとイカ焼きの屋台でも使っているものであり、てゐに依頼して迷いの竹林の妖怪兎たちに量産して貰ったものだ。

 報酬には召魔の森産の人参を渡したのだが、かなりの好評で次何かあった時は是非声を掛けて欲しいと言われた。

 器に悪戯など仕掛けずに、真面目に作ってくれたみたいだし、何かあれば次回も頼もうと思う。もちろん、報酬に沢山の人参を用意してね。

 

 僕が手渡した器を受け取ったレミリアは、器に顔を近づけ匂いを嗅ぎ、その香りに顔を綻ばせた。

 

「わぁ、良い匂い。たこ焼きって前々から食べてみたかったのよね」

「そうなのかい? なら、作って良かったよ」

 

 レミリアはこう見えて日本の食べ物と言うか、日本の文化全般が好きだったりする。親日家と言う奴だろうか?

 僕が前に作って出した懐石料理も楽しそうに食べていたし、案外幻想郷に引っ越して来たのも、場所が日本だったからなのかもしれない。(紫に聞いた話だが、ヨーロッパの方にも幻想郷の様な妖怪の隠れ里はいくつかあるらしい。有名なのは『妖精郷(アヴァロン)』と言うのだとか)

 

「霖之助さんは、海産物も良く扱ってますよね。それも能力で呼び出して居るんですか?」

「似たような物かな? 僕の能力には、僕が前世で持ってた土地も組み込まれているから、そこの特産物を取り出しているんだよ」

 

 質問してきた咲夜にそう返す。

 幻想郷だと、海産物を手に入れる方法はかなり限られているからね。咲夜も料理を作る側だし、食材として欲しいのかもしれない。

 

「良ければ海産物もいくらか販売しようか? 値段の方は安くしておくよ」

「良いんですか? でしたら是非」

「ちょっと咲夜、主人を置いて勝手に商談を始めないで欲しいのだけれど?」

「あら、でしたらお嬢様は海産物はご不要ですか? それなら私が個人で食べる為に、自腹で買わせていただきますわ」

「誰も要らないなんて言ってないでしょう! 私だって食べられるならもっと海の幸も食べたいわよ……」

「なら、宜しいでは無いですか?」

「うん、まぁ……そうね」

 

 言い負かされるの速いな。それで良いのかレミリア?

 とは言え、商談が成立する分には構わないから、僕から指摘したりはしないが。

 

 主従って何だっけ? と思わなくも無いが、彼女たちらしいとも思う。何にせよ、微笑ましい事だ。

 

「―――まぁ詳しい事はまた後日詰めるとして、今日は僕の土地で獲れた海産物の味を確かめて行ってくれ。お客様の満足の行く商品を提供してこそだからね」

「それもそうね、じゃあ早速頂くわ」

「では、私も」

 

 僕が勧めると、レミリアと咲夜の二人は早速僕の作ったたこ焼きを口にした。

 もちろん味には自身があるが、それでもレミリアと咲夜にたこ焼きを振る舞うのは初めてな為、少しドキドキする。

 二人の口に合ってくれると良いが……。

 

「うん、美味しい!」

「ええ、とても美味しいです」

 

 良かった、心配は杞憂で終わってくれたようだ。

 レミリアははしゃいだ声で美味しいと言ってくれたし、咲夜もレミリアほど大きなリアクションでは無いが、花が咲く様な笑顔で美味しいと言ってくれた。

 

 彼女たちが喜んでくれて本当に良かった。

 二人の笑顔を見れたからこそ思う。結局のところ沢山売れて儲けるよりも、こうして自分の作った料理を純粋に喜んで貰える方が嬉しいのだと。

 こういった金銭に変えられない満足感が得られるところも、僕が料理を好きな理由なんだろうなぁ。

 

「喜んで貰えて何よりだよ。他の料理も、自信を持ってお勧め出来るものだから、後で是非買って行ってくれ」

「ええ、そうさせて貰うわ。日が暮れたらフランやパチェたちも来るから、ちゃんと全員分を残しておいてね?」

「ああ、もちろんだとも」

 

 その後、その場でたこ焼きを食べ切ったレミリアと咲夜は、霊夢に挨拶すると言って去って行った。

 日が暮れたらフランたちも来るそうだし、彼女たちにも僕が用意したサプライズを是非楽しんで言って貰おう。

 

 

 

「―――こんにちは、霖之助さん。美味しそうな物を売っているわね?」

「よう、香霖。何だか見慣れない食べ物を売っているんだな?」

 

 レミリアと咲夜が去ってからしばらく、今度はアリスと魔理沙の二人がやって来た。

 魔理沙は初めて見るたこ焼きに興味津々といった様子であるし、アリスは魔理沙ほどあからさまでは無いが、たこ焼きを始めとした屋台の食べ物に視線が釘付けだった。

 

「やぁ二人共、良く来てくれたね。これはたこ焼きと言う、海産物を使った料理だよ。外の世界の縁日だと、定番の食べ物なんだ」

「へぇー、そうなのか。随分旨そうな匂いだな。香霖、私にも一つくれ!」

「もちろん屋台なんだから販売するのは構わないが、お金はあるのかい?」

「ツケで頼む!」

「だと思った」

 

 魔理沙が支払いをツケにするのはいつもの事だから驚きは無いし、ここが香霖堂ならそれでも別に構わなかったが、あいにく今居るここは人里の住人たちの目もある場所だ。

 普段の様に、ツケ払いを許すわけにはいかない。

 だが、折角幻想郷ではめったに手に入らない海産物を使った料理を、竜信仰主催の縁日で振る舞っているのだ。出来れば魔理沙にも味わって欲しいのだが……さて、どうするか?

 

 僕がそんな考えの下、どうするべきか悩んでいると、それを察しての事かは判らないが、アリスが横から助け舟を出してくれた。

 

「はぁ……魔理沙、普段の香霖堂ならともかく、祭りの屋台でツケ払いなんて聞いた事無いわよ。今回の代金は私が立て替えるから、いつもみたいに霖之助さんを困らせないであげて」

「何だよアリス、いつもって。それじゃあ私がしょっちゅう香霖を困らせているみたいじゃないか?」

「みたいじゃなくてその通りじゃないか。何なら君や霊夢がツケにしている金額を記録した帳簿をこの場に出しても良いが?」

「私は過去を振り返らない女だぜ!」

「君が振り返らないのなら、僕が君を無理やりにでも振り向かせて見せるよ」

 

 帳簿を片手にね。

 

 最後にそう付け加えようとしたところで、魔理沙が顔を真っ赤にしながら大声で僕の声を遮って来た。

 

「わぁあああああっ!? い、いきなり何てこと言うんだよ!? しかもこんな大勢の前で!!」

「? 周りに誰がどれだけ居るか何て関係無いだろう? 僕は僕の気持ちを語っただけだ」

「こ、香霖の気持ちって……~~っ!!」

 

 僕がそう返すと、魔理沙は真っ赤になった顔を隠すように帽子のつばを両手でグイッと引っ張り、そのままものすごい勢いで走り去ってしまった。

 周囲の人々は、その魔理沙の様子を見て何だ何だと騒いだり、屋台の近くで僕たちの会話を聞いていた者たちは、僕や走り去った魔理沙の背中を生暖かい目で見ていた。

 

「……なんなんだ、一体?」

「霖之助さん……流石にあの姿を見た後にそのセリフは魔理沙が可哀想よ」

「え? 今の僕のセリフ、アリスが魔理沙を可哀想に思う様な物だったのかい?」

 

 魔理沙とアリスは別段仲が悪いと言う訳では無いが、同じ魔法使いの蒐集家同士という事で、若干ではあるがライバル意識の様な物を持っている。

 その為アリスは他人が見ている前では、魔理沙に対して素っ気無い態度を取っている事が多いのだが、今回ばかりは魔理沙の去った方向に案じるような視線を向け、ハッキリと可哀想と口にしていた。

 それは非常に珍しい事であり、だからこそ僕も結構な衝撃を受けた。

 

「……アリス、正直僕には自覚が無いのだが、僕はそんなに酷い言葉を言ってしまったのかな?」

「酷い言葉と言う訳では無いけれど……あ~、何と言うか、霖之助さんに他意は無かったにせよ、魔理沙には刺激の強過ぎる言葉だったのよ。しばらくそっとしておいてあげて?」

「それが最善だと言うのならそうしよう」

「あ~もう、そんなに心配そうな顔しなくても大丈夫よ。霖之助さんって、変な所で打たれ弱かったりするわよね」

「そうなんだろうか?」

「ええ、そうよ」

 

 アリスは呆れた表情ながらも、ハッキリと断言する。

 僕って打たれ弱いのかな? 一応鬼相手だろうが神相手だろうが、殴られたら笑って倍返しで殴りかかれる自信があるのだけれど。

 

「旦那様、わたくしもアリスさんの言う通りにするのが良いかと思います」

「わ、私もそう思うです。魔理沙さんには今、一人で落ち着く時間が必要なのです」

「叢雲とバーストもそう思うのかい?」

 

 アリス、叢雲、バースト。この場に居る三人の少女たちは、満場一致で今は魔理沙を一人にしておいた方が良いと判断しているようだった。

 一方で、ハスターやチャウグナー・フォーンは、そう言うものなのか? と首を傾げている。(クトゥグアとミゼーアは我関せずと言った様子で、黙々と作業を続けている)

 そして、この場に残る最後の一人、と言うか一体の邪神であるグロス=ゴルカが、訳知り顔で僕に助言してくれた。(グロス=ゴルカの姿は一つ目の鳥なので、表情では無く雰囲気で訳知り顔であると判断した)

 

『みんなの言う通りよ、マスター。アタシたち女の子の気持ちって言うものはね、男連中には時に理解不能なくらい複雑怪奇なものなのよ。今はそっとしておくべきだって意見、アタシも支持するわ』

「うん、え? 魔理沙をそっとしておくべきなのは理解したが、君って女の子のつもりだったのかい?」

『失礼ねマスター! 邪神の性別なんて曖昧なものなんだから、アタシ自身が女の子だと思ったなら女の子なのよ!』

「はぁ、そうかい」

 

 グロス=ゴルカは翼をバッサバッサと動かして遺憾の意を示しているが、どうにも僕は生返事になってしまう。

 本人は女の子だって言っているし、邪神なんだから性別の概念があんまり意味無いのも本当なんだろうが……こいつ、どうにも女の子と言うよりオカマっぽいんだよなぁ。

 

『……マスター、今何か物凄くアタシに失礼な事を考えなかった?』

「いやまぁそうだね。前々から思っていたけど、どうにも君からはオカマっぽい印象を感じるなぁって」

『オカッ……!? ほんっとうに失礼ね! こんな可愛い女の子を捕まえてオカマ呼ばわりだなんて!!』

 

 グロス=ゴルカは、更に激しく翼を動かして憤慨している。

 が、どうやら僕の感じた印象は他の者たちも共通であったらしく、次々と賛同の声が上がった。

 

「……すみません、グロス=ゴルカ。わたくしも実はオカマっぽいなと思っていました」

「私もです。グロス=ゴルカは、女の人っぽい喋り方の男の邪神だと思ってたです」

『ボクもそうだねぇ』

『吾輩もである』

『同意する』

『私はまぁ、他者の趣味に一々口出しするのも筋違いだと思っていましたが……概ね皆さんと同意見ですね』

「……ごめんなさい。あまり話した事は無かったけど、私も初対面の時からオカマっぽいって感じていたわ」

 

 叢雲、バースト、ハスター、チャウグナー・フォーン、クトゥグア、ミゼーア、アリスの順に、次々に僕に同意する声が上がる。

 その様子に、グロス=ゴルカは地団太を踏んで悔しがっていた。(一本足である為、地団太と言うかその場でぴょんぴょん飛び跳ねているだけだが)

 

『キーッ! 何よみんなして寄ってたかって! アタシのどこがオカマっぽいって言うのよ!?』

『『『『「「「「喋り方」」」」』』』』

『全員でハモらないで頂戴!!』

 

 

 

 全員の意見が一致していると知り、ひとしきり悔しがったグロス=ゴルカは、『そんなに言うなら、バーストみたいに女の子の姿になって、みんなを見返してやるわ!』と宣言していた。

 グロス=ゴルカが人型に変身したら一体どのような姿になるのか、見てみたいような見たくない様な……実際にどうなるかは、その時になってみないと判らない。




Q、結局グロス=ゴルカって、男なの? 女なの? オカマなの?

A、本人が女の子って言うんだから女の子なんだろ(多分)


マジレスすると、邪神なんだから性別なんて自由に変えられる。
体が男でも心が女なら、後から体も女に出来ます。
まぁ、グロス=ゴルカに限らず邪神たちの普段のマスコット形態は、性別の無い姿なんですけど。(バーストは例外、女の子で確定です)


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第五十話 「転生香霖と七夕祭り(後篇その一)」

どうも、アトランティスを攻略し、エウロペおばあちゃまを引いた豪運のマスターです。
年末に差し掛かり、更新頻度が落ちていますが、エタるつもりは無いのでこれからもよろしくお願いします。

ところでおばあちゃま、あなたピックアップされる時期間違えてません? 本来実装されるべきなのは、オリュンポス開始してからなんじゃ……。


 夕暮れと言うほどでも無いが、日も大分傾いて来た。もうしばらくすれば、空も茜色に染まるだろう。

 そんな中、遂に恐れていた相手がやって来てしまった。

 

「霖之助さん、こんにちは~。今日はたっぷりご馳走になるわねぇ♪」

「えっと、こんにちは霖之助さん。 ……その、本当にすみません! 幽々子様がお世話になります……」

「メェ~!」

 

 現れたのは、幻想郷一の胃袋を持つピンクの悪魔……もとい、妖夢と日輪を連れた幽々子である。

 

 幽々子は常の様に優雅に微笑んでいるが、視線は完全に鉄板で焼かれているたこ焼きにロックオンされている。 また、その幽々子を横目でチラチラ見ながら妖夢は、僕に対して申し訳なさそうに頭をぺこぺこと下げていた。

 そして日輪は……うん、突撃して来たりなどはしないようだが、物欲しそうに僕を円らな瞳で見ながらメェメェと鳴いている。蜂蜜が欲しいんだな。(断言)

 三人ともぶれないと言うか、至極いつも通りの姿であった。

 

 とは言え、客として来るなら歓迎するのが商売と言うものだ。

 確かに幽々子の食欲は脅威だし、普通に販売していたらあっという間に用意した食材を食い尽くされてしまうだろうが……なに、当然迎撃の準備は済ませてある。

 

「―――いらっしゃいませ、三人とも良く来てくれたね。うちの屋台ではたこ焼きと焼きそばとイカ焼きを作っているんだけど、欲しいものはあるかな?」

「全部いただくわ!」

「……言うと思ったよ」

 

 間髪入れずに幽々子が即答する。予想通り過ぎて驚きも無いよ。

 だがまぁ良い、予定通りだ。

 

 対幽々子の為の迎撃用意……それを僕は、既に整えていた!

 

「では幽々子、君の分の料理は予め用意してあるから、遠慮なく受け取ってくれ!」

 

 言葉尻に力を込めつつ、僕はこんな事になると思って予めコツコツ準備していた幽々子の為の料理、たこ焼きと焼きそばとイカ焼きをそれぞれ百人前ずつの、計三百人前をアイテムボックス内から召喚しつつ、テレキネシスで幽々子の周囲に滞空させた。

 

「わぁあああ!」

 

 三百六十度、自分の周囲を埋め尽くさんばかりに現れた沢山の料理を前に、幽々子が感嘆の声を上げ瞳をキラキラと輝かせる。

 何て良い目をしているんだ、まるで恋する乙女の様じゃないか。(瞳に浮かぶ感情は食欲だけなのだが)

 

 まぁ良い。何にせよ、幽々子用に用意した料理は今出した分で全てと言う訳では無い。

 在庫には余裕があるし、これなら十分に幽々子を満足させられ―――

 

「―――あら、そんなに余裕ぶってて良いのかしら。霖之助さん?」

「うん?」

 

 突然背後から聞こえて来た、聞き慣れた声に振り返る。

 そこには思っていた通りの声の主。スキマから上半身だけを出した、浴衣姿の紫がどこか悪戯っぽく微笑みながら僕を見ていた。

 

「紫? なんでわざわざ僕の背後に? 普通に正面から来ればいいじゃないか」

「正面からって、幽々子の周りに浮かんでる料理が邪魔で通れないじゃない。通行の邪魔になっているから、退かした方が良いわよ?」

「あ、それもそうだね」

 

 呆れた表情で物凄く正論な事を言われてしまった。

 そうだよなぁ。幽々子を驚かせようと思って、一気に三百人前を召喚して浮かべたけど、冷静に考えれば道を塞ぐから普通に邪魔だよなぁ。

 

 失敗失敗、邪魔にならない様に屋台側に退かすか、それか上空の方に移動させよう。

 なに、冷める心配は無い。最近見つけたゲーム時代の魔法の応用だが、相手の敏捷値を下げる時空魔法の呪文『スロウ』をかけることで、物品の時間の流れを遅くするという事が可能となったのだ。

 これを料理にかければ、かなり長い時間料理の温かさや鮮度を保つことが出来るのである。

 もちろん、呼び出した料理全てには予めスロウをかけている為、冷めるなどして味が落ちる事はまずない。

 

「それで紫、さっきの言葉はどういう意味なんだい?」

 

 浮かせた料理の器たちを移動させながら僕は紫にそう訊ねたが、紫は口元を扇子で隠しながら、実に楽しそうに目を細めて笑っている。

 

「見て居れば判るわ。我ながら、ちょっと性格が悪いと思うけれど、気分が良いわね。これも一種の因果応報かしら? 普段色々やらかしている霖之助さんが、巡り巡った自分の行いに苦しめられることになる何て」

「? それは一体どういう「ご馳走様でした~」っ! なに!?」

 

 のんびりした幽々子の声で聞こえて来たのはご馳走様の挨拶だった。

 見ると、既にからの器が積み上げられており、店側や上空に移動させていた分も含めて、全ての料理が食い尽くされていた。

 

 馬鹿な、早過ぎる! 紫と話していたちょっとの間に、三百人前の料理を食い尽くしたというのか!?

 

「……とりあえず、お代わりはあるけど要るかい?」

「まだまだ前菜にも足りないくらいよ。じゃんじゃん出して下さいな?」

「………了解」

 

 再び先程と同じようにたこ焼きと焼きそばとイカ焼きを三百人前。いや、ここはその倍の六百人前を出しておこう。

 今度は先程紫に注意されたことを踏まえて、予め大半を通行の邪魔にならない上空に漂わせておく。

 何か、水族館で頭上の水槽を泳ぐ魚の群れを眺めているみたいだな。

 

 って、それは置いておいて、今は紫から詳しい話を聞かなくては。

 

「紫……もしかしてこれが」

「ええ、そうよ。幽々子の食欲だけど、以前よりも大幅に強化されているみたいなのよ……」

 

 衝撃の一言だった。

 今までも怪物染みた食欲の持ち主だった幽々子の食欲が更に強化された……?

 

 馬鹿な……それが事実なら、幻想郷は直に過去最大級の食糧難に見舞われるぞ!!

 

「大変な事じゃないか! ……一体どうしてそんな事に?」

「どうしても何もあなたのせいよ?」

「え?」

「霖之助さんがレミリアにアマルテイアを貸し出して、幻想郷に豊穣の乳が出回る様になったでしょう? あれを飲んで能力やらなにやらが強化されるって言う事例がいくつか報告されているのだけれど……幽々子の場合は、どうやら食欲が強化されてしまったようなのよ」

「えぇ……」

 

 マジかよ……そんなアホな事があって良いのか?

 

 内心だけ昔の口調に戻りながら、改めて幽々子へと視線を向ける。

 気付けばまたしても出した食べ物が全滅しかけていたが、今度は幽々子の食べている姿を見ることが出来た。

 

「……幽々子、その食べ方できちんと味わえているのかい?」

「もちろんよぉ。タコもイカも歯ごたえが良くて濃厚な味わいだし、ソースも絶品だわ。それに、たこ焼きと焼きそばに使われている小麦粉自体も風味が良くていくらでも食べられそうよ♪」

「食材は全て僕の拠点で獲れたものだからね。味は当然自信があるが……歯ごたえ?」

 

 幽々子の食べ方は、どう見ても咀嚼抜きで吸い込んでいるようにしか見えないんだが……胃袋にマイクロ・ブラックホールでも入っているのかな?

 食べている時の擬音が「モグモグ」でも「パクパク」でも無く、「ヒュォォ~!」って言う、風が吸い込まれている音なんだよなぁ。「ゴクン」って言う嚥下する音も聞こえないし。

 

「……まぁ、味わってくれているのなら作った甲斐があったと言うものだが」

「お代わり~」

「もうかよ……どうぞ」

「まだまだあるのね! 流石霖之助さんだわ!」

 

 再び六百人前を召喚した僕を幽々子はそう言って称賛した。

 「幸せ~」などと言いながら嬉しそうに笑っている姿は、見ているこっちも思わず頬が緩みそうになるくらい魅力的だったが、あいにくそれ以上に幽々子の食べるペースが尋常じゃ無さ過ぎて、僕の頬は引きつりっぱなしだ。

 既に千人前以上食べているのに、まだ食べるペースが落ちていないだと? ……真面目に幻想郷が滅ぶんじゃないかな?

 

 そのくせ幽々子の食べて居る姿からは、優雅さや気品が未だに感じられるのが本当に解せない。

 なんかもう、色々とおかしな光景だった。

 

「いえ、幽々子の食べっぷりも大分おかしいけど、それに応えられるだけの料理を予め作っていた霖之助さんも大分おかしいわよ?」

「いやまぁ……作っている間に楽しくなっちゃってね?」

「それ、前にもどこかで聞いた気がするわね」

 

 そりゃぁ、僕が料理を作り過ぎる理由は大体これだからね。

 幽々子が居なければ色々と死蔵する羽目になりそうだから助かっていると言えば助かっているが。

 

「そんなに食材を消費しまくって、備蓄の方は大丈夫なの?」

「寧ろ定期的にこうして減らさないと、備蓄が増え過ぎて訳が分からなくなりそうなくらいだね。元々何百年分の備蓄があった訳だけど、最近向こうでの収穫量が増えたのかどんどん増えているんだよねぇ」

 

 召魔の森側で畑を広げるなりしているのだろうか? まぁそれだけ配下達が頑張ってくれているという事だし、みんなが元気にやっているという証拠なのだろう。

 早く会いたいものだ。

 

「……本格的に私も協力して、あなたの能力を取り戻すのを速めた方が良いかも知れないわね。今の幽々子を養う手段が、あなたの拠点の生産力くらいしか思い浮かばないもの」

「それは心強いね。けど、無理はしないでくれよ? 君には幻想郷の管理者としての仕事もあるだろう?」

「それなら平気よ、大体は藍に任せているもの」

「……今度藍に油揚げを差し入れするよ」

 

 それで良いのか管理者? と言いたい所だが、召魔の森を含め僕の能力を速く完全なものにしたいと言うのもまた事実だ。

 すまない藍、せめて特上の油揚げで労わせて貰うよ。

 

 僕がそう心に誓っていると、紫はあっけらかんとした様子で心配無用と言って来た。

 

「そんなに気にしなくても良いわよ。さっき豊穣の乳を飲んで、能力が強化された事例がいくつかあるって言ったでしょう? 藍もその内の一人なのよ。今の藍なら、私抜きでも余裕を持って結界の調整やらの管理者の仕事を出来るわ」

「そうなのかい?」

「ええ、何せ私の自慢の式ですもの」

 

 そう言って紫は得意気に笑っている。自慢気でもあるようだった。

 藍は、紫の式であると同時に『八雲』の姓を与えられた最も近しい従者でもある。

 単なる配下では無く、もっと大切な存在であるのは言うまでもない。

 

 優秀さを自慢げに語る辺り、子や妹の様な存在であるのかもしれない。

 そう考えると、途端に得意げに笑っている紫の姿が微笑ましく感じられてくる。

 

「……むぅ、なんだか霖之助さんから生温かい視線を感じるのだけれど?」

「生温かい視線って何だよ? そこは普通に温かい視線で良いんじゃないか?」

「単に温かいと受け取るのは、抵抗を感じる視線だったのよ」

「僕は一体どんな視線をしていたって言うんだ……」

「眼鏡の少年が首長竜の子供を育てるのを見守る青狸の様な視線よ」

「いやに具体的だけど、さっぱりイメージが湧かない」

 

 なんだ、その青狸って言うのは? 何かの妖怪か?

 眼鏡の少年と首長竜の子供が同時に出て来るのも良く判らないし……。

 もしかしたら、まだ幻想入りしていない外の世界の物語だとかも知れない。

 

 そんな風に考察していると、またしても幽々子がお代わりを要求して来た。

 

「ご馳走様~。霖之助さん、お代わりはまだあるかしら?」

「ああ、あるよ。好きなだけお食べ」

「やったぁ!」

「いやもうほんと……霖之助さん、一体どれだけ作ったのよ? 作ったのって七夕祭りが決まったここ数日でしょう?」

「七夕祭りが決まってから、毎日寝ずに作っていたんだよ。屋台の料理なんて普段作らないから、練習の意味も兼ねてね」

「料理に関してどれだけ本気なのよ……」

 

 そりゃぁ本気にもなるよ、竜信仰がやる初めての本格的な祭りなんだから。

 それに、開催場所が博麗神社である以上、霊夢にやって良かった、楽しかったと思われるようなものにしないとね。

 

 僕がそう返すと、紫は少しだけ頬を膨らませて、じっとりと睨むような目つきとなった。

 

「……前々から思っていたけれど、霖之助さんって霊夢の事好き過ぎるんじゃないかしら? ツケ払いだろうが、勝手にお茶を淹れて茶菓子まで食べようが怒らないし……」

 

 依怙贔屓していると言いたいのだろうか? まあ確かに、そう言った面があるのは事実だが……。

 

「言っておくが、ツケにしている分はきちんと帳簿に記録してあるし、後で必ず取り立てるつもりだよ? それと、僕が好きなのは霊夢に限らず、普段から付き合いのあるみんなだよ。だからこそ、料理だって一切妥協無く僕に用意出来る最高の物を提供している訳だし」

「け、結構ハッキリ言うのね……?」

 

 紫は扇子を広げて顔の下半分を隠し、目を逸らしていたが、扇子の端から見える頬が赤く染まっているのが見て取れた。

 どうやら恥ずかしがっているらしい。

 

「嘘偽りない本心だからね。もちろん、紫のことも好きだし、いつも感謝しているよ」

「そ、そうっ……あの、少し席を外しても良いかしら? 何と言うか……そろそろいっぱいいっぱいなので」

 

 そう言いながら、紫は左手で胸を押さえ、右手に持った扇子で完全に顔を隠してしまった。

 隠れていない首元や耳が真っ赤になっているのは判ったが。

 

「そうかい? なら、少し休むと良い。祭りはまだまだ続くからね」

「ええ、そうさせて貰うわ……」

 

 顔を隠したままの紫がスキマの中に沈んで行く。

 その時になって、僕はまだ紫に言っていなかった言葉があるのを思い出して呼び止めた。

 

「紫!」

「? 何かしら?」

「浴衣、良く似合っているよ。普段はドレスのイメージが強いから、和服姿が新鮮でとても魅力的だよ」

「っ!?」

「それだけ、また後でね」

「……はぃ」

 

 消え入るような小さな声の返事を残して、今度こそ紫は去って行った。

 やれやれ、キチンと言えて良かった。

 

 そう思いホッとしていると、後ろからどこか悪戯っぽい楽しげな声が聞こえて来た。

 

 

 

「あらあら、流石霖之助さんね。紫のあんな顔、私でも今まで見た事無かったわよ?」

 

 いつの間にやら、幽々子が直ぐ傍まで来てふわふわと浮いていた。どうやら料理は全て食い尽くされてしまったらしい。

 僕はもはや言葉も無く、新たに追加の六百人前の料理を召喚したが、驚く事に、組んだ手に顎を乗せた幽々子は、愉快気に微笑んでいるだけで料理に手を付けようとしていない。

 

「!? ど、どうしたんだい幽々子? まだ満腹と言う訳ではなさそうだけど……もしかして同じ物ばかりで食べ飽きて来た……とかかい?」

 

 声が震えるのを自覚する。

 飽きが来ないように味付けを工夫したという思いはあるが、それを差し引いても幽々子が目の前の食べ物に手を出さないなんて異常事態だ。

 

 もしや、何かとんでもない異変が起こる前触れなのでは……?

 

「あら~? 期待してた反応と違うわねぇ」

「あの、幽々子様……大丈夫ですか? もしやお体の具合が悪いんですか? 霊夢に言って母屋の方で休ませて貰いましょう!」

「メェ~!」

「あ、あなたたちまでぇ!?」

 

 決然とした表情の妖夢が幽々子を抱えて日輪の背に乗せ、日輪もまた普段は見せないキリっとした表情で背に乗せた幽々子を素早く、そして揺れ一つ起きない丁寧さで運んで行く。

 幽々子は「別にどこも悪く無いのに~!」と言う言葉を残して運ばれて行った。

 

 幽々子自身に自覚症状は無いようだが、大事を取るに越した事は無いだろう。

 何事も無ければよいのだが……。

 出店の仕事を出店放り出すわけにも行かないので、僕は料理を作り続けたが、同時に幽々子の無事を願い続けた。

 

 

 

「―――叢雲さん、誰かツッコんだ方が良いんじゃないです?」

「良いんじゃないでしょうか? 今回の場合、幽々子さんの普段の行いからの勘違いですし」

『ていうか、マスターは見れば相手の体調なんて一発で分かるんじゃないかなぁ?』

『それだけ動転していたという事である』

『放っておきなさいよ。別に事件でも何でもないんだから』

 

 叢雲と邪神たちが何やら話し合っている。

 実際の所、僕も目で確認したから幽々子が体調不良などでは無い事は判っているのだが……それでも不安にもなる。

 何せ、幽々子が食事に手を付けなかったんだからね。もはや天変地異みたいなものだ。

 

 そう言えば、結局幽々子は何が言いたかったんだろうな?




次回こそ七夕祭り編を終わらせてやる(決意)
タダでさえ投稿ペースが落ちているのに、これ以上グダる訳には行かないんでな。

紅魔郷、妖々夢、永夜抄が三部作構成なので、この作品も永夜異変解決の辺りを一つの節目にしようと思ってます。
と言っても、別に完結させるわけではありませんが。

そろそろタグの「FGO」をもっと生かしたいんじゃあ~。


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第五十一話 「転生香霖と七夕祭り(後篇その二)」

気付けば今年ももう終わりかぁ。
十月の初めの方に投稿開始したこの小説も、気付けばお気に入り登録千三百件越えになりました。
これも全て皆さんの応援のおかげです。

少し気が早いですが、来年も『東方転霖堂』をよろしくお願いいたします。



……予め言っときますが、今回が今年最後の投稿じゃないですよ?


 燃える様な紅に染まった空が、段々と黒ずんで行くかのようだった。

 夕日が沈み、間もなく夜がやって来る……つまりは、サプライズを実行するのに丁度良い時間になったという事だ。

 折角だ。祭りらしく、派手に行こうじゃないか!

 

「―――それじゃあ叢雲、僕は例の準備があるから後は任せたよ」

「はい、お任せください」

「みんなも頼んだよ」

『『『『『「了解(~)(です)(である)(よ)(致しました)」』』』』』

 

 叢雲たちに店を任せて、神社の裏へと移動する。

 っと、その前に煙晶竜にも声を掛けておこう。

 

 祭りの開始からずっと、煙晶竜は七夕飾りと言うか、祭りのモニュメントとして神社のすぐ横で動かず参拝客たちの相手をしてくれている。

 腹も空いているだろうし、祭りが終わったらグリンブルスティとヒルディスヴィーニの肉でたっぷり労わないとな。

 

 

 

「―――おや? アリスじゃないか、君も煙晶竜に挨拶かい?」

「あ、霖之助さん。ええ、そんなところよ。霖之助さんはどうしたの? お店の方は?」

 

 煙晶竜の元に向かう途中、短冊を片手に歩いているアリスの姿を見つけて声を掛けた。

 今回の祭りでは、願い事を書いた短冊は全て煙晶竜に飾り付けられた笹に括り付ける事になっているので、短冊を飾る事はイコールで煙晶竜に挨拶をする事となっている。

 

「店の方は少しの間、叢雲たちに任せて来たよ。僕は少し用事があるから、それを済ませる前に煙晶竜に声を掛けておこうと思ってね」

 

 話しながら、目的地が一緒なのでアリスと並んで歩く。

 思えばアリスとこうして祭囃子の中を一緒に歩くのは初めてである為、何だか新鮮に感じられた。

 

「そうなの。霖之助さんは何か願い事を書かないの?」

「僕が書くのは……どうなんだろうね? 一応僕も白銀竜として信仰されている側だし……」

 

 アリスからの質問に、少し返答を悩む。

 果たして僕が短冊に願い事を書いて吊るすのはありだろうか?

 竜信仰主催の祭りである以上、祀られる側の僕が願い事を書くのはどうかと思う。

 が、古来より祭りと言うものは人々の中に神や妖怪が正体を隠して紛れ、人間とともに楽しむものでもある。祭りでお面をつけるのはその為だ。

 であれば、白銀竜であることを隠している僕が、一人の参加者として短冊を吊るすのもありだと思える。

 吊るすか、吊るさないか、一体どっちを選べばいいのだろうか?

 

 こんな時、先達の意見でも聞ければいいが、知り合いの神様なんて妖怪の山で偶に出会う秋の女神姉妹か、幻想郷に越して来てしばらくした時に出会った、普段は『後戸の国』とやらに住んでいるという女神くらいだ。

 前者にしろ後者にしろ、直ぐに会うことは出来ない為、意見を貰うことは出来ない。

 

 さて、どうしたものかと悩んでいると―――

 

「―――そんなに悩まなくても、願い事があるなら書けばいいんじゃないかしら? 元々、七夕は竜信仰発祥のお祭りと言う訳でも無いのだし、霖之助さんが参加しても問題無いと思うわ」

 

 そう言って、アリスは僕に何も書かれていない短冊を差し出して来た。

 それを僕は、少しだけ間を置いて受け取った。

 

「そうかな? ……そうかもしれないね」

「ええ、そうよ。お祭りなんだもの、一緒に楽しまなきゃね」

 

 そう言って来るアリスの笑顔が何だか眩しくて、思わず目を細めてしまう。

 日が沈み、祭りの屋台の灯りが照らす中、アリスの髪と瞳がその光を受けてキラキラと輝き、それがなんだかとても綺麗に思えた僕は、思わずそれを口に出していた。

 

「―――綺麗だ」

「え?」

「綺麗だと、アリスの笑顔が何だか眩しくて、キラキラと輝いているように感じられて、とても綺麗だと思ったんだよ」

「………え?」

「綺麗だよ、アリス」

 

 何だか反応の薄いアリスに、念を押すように重ねて綺麗だと伝える。

 言葉の意味が頭に入って来ない様子のアリスだったが、段々と言葉の意味が入って来たのか、アリスが一気に紅潮して行った。

 

「え、あ、その……っ、ちょっと走って来るわっ!」

「あ、待って」

 

 いきなり背を向けてダッシュしようとしたアリスの手を掴んで止める。

 が、それでもアリスは止まろうとしない。

 手を掴んで尚、身を捩って進もうとするアリスを見て、このまま手を掴んでいると変に捻って腕を痛めてしまうかもしれないと思った僕は、アリスの腰の辺りに手を回して抱き寄せた。

 

「~っ!? は、放して霖之助さん! こんな往来で何を!?」

「いや、魔理沙や紫がそうだったけど、毎回逃げられてちゃ話が進まないと思ってね。もういっそ逃げるなら捕まえようかと」

「なんで私だけ逃がしてくれないのよ!? ちょっとだけ一人になって落ち着きたいだけなのに!」

「逃げてばかりじゃダメだよ? 少しずつでも慣れないと」

「慣れる日が想像出来ない!!」

 

 逃げられない様に腰の辺りで抱えて抱き上げると、アリスは手足をジタバタさせて抗議して来た。

 必死に逃げようとしているのは判るが、何だか小動物染みて思えて微笑ましいというか、このまま少し困らせて居たいという気持ちが湧いて来る。

 あんまり意地悪して嫌われるのは嫌だが、逃げられるのも困るので何とか説得して見るとしよう。

 

「面と向かって褒められて恥ずかしいのは判るけど、別に逃げるほどの事でも無いんじゃないか? アリスの事を綺麗だと思わない奴なんてまず居ないだろう。 ……もし居たら僕がシメるし」

「ボソッと怖い事付け足さないでよ!? ……あの、もう逃げないからホントに離して。周りの目が段々辛くなって来たから」

 

 アリスに言われて周囲を見ると、確かに祭りに参加している人々や妖怪たちが何だ何だとこちらに注目していた。

 あれだけ騒げば確かに目立つか。竜信仰関連の事を話しても人里の人々に聞えない様に、窒息呪文の『サフォケイション』を応用した音を遮断する魔法を使っていたのだが、姿自体は丸見えだからね。

 『イリュージョン』も使っておくべきだったか?

 

「ふむ……確かに女の子を荷物みたいに運ぶのは、ちょっと絵面が悪いか。ならこうしよう」

「きゃっ!?」

 

 僕はアリスを抱え直し、右腕でアリスの背中を支え、左腕でアリスの足を抱える。まぁ、いわゆるお姫様抱っこの体勢へと変えた。

 うむ、これなら絵面的にも悪くないだろう。

 僕が満足してそう頷いていると、アリスは更に顔を赤くして口をわなわなと振るわせながら抗議して来た。

 

「り、霖之助さん!? どうして更に恥ずかしい体勢に持って行くの!?」

「? 別に恥ずかしくは無いだろう? 女の子を運ぶなら、至極真っ当な体勢だと思うけど」

「普通に自分の足で歩かせてよ!」

「普通に断らせて貰うよ」

「何で!?」

「楽しいから、かな?」

「私は楽しくない!!」

「まぁまぁ、良いから良いから」

「何も良くないわよ!?」

 

 腕の中でギャーギャー騒ぐ、アリスの珍しい姿を眺めながら歩き出す。

 ふーむ、参ったな。正直アリスを困らせるのが凄く楽しくなってきている。

 歯止めをかけないと嫌われそうだし、煙晶竜の元に着いたらきっぱり下ろそう。それまでは抱え続けるけど。

 

 いくら騒いでも僕に下ろす気が無いと判ったからか、次第にアリスは静かになり、せめて精一杯の抵抗とばかりに両手で顔を隠してしまった。

 

「うぅ……霖之助さん、憶えてなさいよ……」

「忘れられない一夏の思い出と言う奴かい?」

「霖之助さん! 私を揶揄って楽しいの!?」

「正直とても。 ……済まないね、どうにもアリスの反応が可愛くて、楽しくなってしまったんだ」

「またっ!? ……もう、いつからそんな軽薄な事を言う様になったのかしら?」

「祭りの空気に当てられて、かも知れないね。迷惑な話だとは判っているけど、もう少しだけ付き合ってくれないかい? 煙晶竜の所に着いたら下ろすからさ」

「……はぁ、仕様が無いわね。今日だけ特別よ? それと、後で御詫びに何か貰うからね?」

「もちろん、御詫びの品は最高の物を用意するよ。 ……ありがとうアリス、僕の我儘に付き合ってくれて」

「ふん、日頃良くして貰っている自覚はあるから、そのお礼よ。 ……本当にズルい人だわ、霖之助さんって」

 

 そう呟いたきり黙ってしまったアリスに、僕もそれ以上は声を掛けず、お互いに黙ったまま境内を進んだ。

 やがて体のあちこちに笹付きの竹を括り付けた煙晶竜の姿が見えて来た時、アリスがポツリと呟いた。

 

「―――本当にズルいわよね。そんな風に、心の底から楽しそうにされたら、離してなんて言えないじゃない」

 

 

 

 近づくと、煙晶竜は眠る様に目を閉じて伏せていた。まぁ、半日ぐらいこの状態の為、飽きて来てしまったのだろう。

 アリスを下ろし、そんな風に考えながら近づくと、煙晶竜の瞼がぱちりと開きこちらを見て来た。

 彫像の体とは思えない生物的な動きだ。流石僕、と自画自賛しても許される出来栄えだと思う。

 

『おお、来たかキースよ。隣に居るのは、確か人形師の娘であったな?』

「アリスよ、こんばんは煙晶竜。短冊を吊るしに来たのだけど、良いかしら?」

『構わんとも、それが今日の儂の役目であるからな。 ……しかしキースよ、いい加減腹が減ったぞ。まだ動いてはならんのか?』

「もう少しの辛抱ですよ。祭りが終わったら、打ち上げの為に用意したグリンブルスティとヒルディスヴィーニの肉を好きなだけ食べて良いですから、それまで我慢して下さい」

『うむ。肉も良いが、あの貝も食べたいぞ?』

「そっちも用意してますよ。と言うより、僕が召喚したのをそのまま焼いて食べて貰おうと思っていましたけど」

『踊り食いと言う奴かな? なら、楽しみにしておこう!』

 

 そう言って煙晶竜は背筋をピンと伸ばし、無駄にキリッとした顔つきとなっていた。

 チョロい。食べ物に釣られる所は、前世から全く変わっていないんだよなぁ。

 

 ちなみに煙晶竜の言う貝とは、『蜃帝真珠』をドロップするモンスター『元始蜃帝』の事だ。ブレスによる炙り焼きが、ドラゴン達の大好物である。

 

「……最初はドラゴンって、どんな高尚な生き物なのかと思っていたけれど、こうして話して見ると食べ物好きだったりで、結構普通よね」

『なに、これも人生を楽しむコツじゃよ。美味い物を食う、好きな時に昼寝する、こういった当たり前を楽しめなければ、生きていてもつまらんじゃろう?』

「……ま、それもそうね。食事の不要な体ではあるけど、止めようだなんて思えないもの」

 

 アリスは食事や睡眠を不要の物とする『捨食』の魔法を修得している。

 だが、同じ魔法を修得しているパチュリーも含め、食事を全くしなくなった魔法使いには会った事が無い。

 魔法の本場である西洋ではまた違うのかもしれないが、僕の知る魔法使いは全員食事を楽しめる心を持っている。

 僕自身だって、もはや食事も睡眠も不要な不老不死の肉体だが、食事も睡眠も止めようとは思わないので、二人の意見には全く持って同意だ。

 

 そもそも、料理は錬金術の研究により発展したとも言われているのだから、魔法を使う者が食事を蔑ろにするなどありえないのだ。

 

「……なんで霖之助さん、一人で頷いているのかしら?」

『さてな、どうせ料理の事でも考えているんじゃろう。キースめはすっかり料理好きになってしまったからのう』

「あら、料理好きだと困るのかしら?」

『いやいや、そんな事は無いとも。儂もキースの手料理は毎日楽しんでおるからのう』

「あぁ~、良いわねぇ。霖之助さんの料理って本当に美味しいから、羨ましいわ」

『ならいつでも食べに来るが良かろう。キースとて、汝の来訪を拒んだりせんだろう』

「煙晶竜の言う通り、いつでも好きな時においで。アリス」

「わっ!? 話聞いてたの?」

「聞いてたと言うか、アリスが僕の料理を食べたいって言ってたのが聞こえてね」

「食べたいとは言ってないのだけど……」

「そう取れる事は言っただろう?」

 

 料理に対しての食いつきが良過ぎるわねぇ。と、アリスが呟きながら呆れた顔で僕を見て来た。

 自覚もあるし、改めようとも思わないが、やっぱり僕は料理が好きなんだよなぁ。

 前世で全く出来なかったからこそ、今生では得意と言えるほどの腕前となれたため本当に楽しい。

 

 その事を改めて自覚していると、後ろから声を掛けられた。

 

「あ、霖之助とアリスだ! 二人共こんばんは!」

「あら、フランじゃない。こんばんは」

 

 アリスが僕の後ろに向けて返事を返したのにつられて振り返ると、そこには笑顔を浮かべたフランがおり、更にその後ろには畳まれた日傘を片手に持つ美鈴と、煙晶竜に向けて興味津々と言った視線を向けるパチュリーの姿があった。

 

「こんばんは、フラン。今日は良く来てくれたね」

「ええ、今回のお祭りは霖之助が主催のお祭りなんでしょ? だから楽しみにしてたの!」

「おや、嬉しい事を言ってくれるね。香霖堂の出店にはもう行ったかい? サービスさせて貰うよ」

「ホント? 海の幸ってあんまり食べた事無かったから気になってたんだ!」

 

 トテトテと駆け寄って来たフランの頭を反射的に撫でながら、後ろからついて来た美鈴とパチュリーにも挨拶する。

 

「こんばんは。美鈴、パチュリー」

「こんばんは、霖之助さん。なんでも海の幸を使った料理を出しているそうで、今日はすっごく楽しみにして来たんですよ!」

「こんばんは、霖之助。 ……あれが噂に聞くドラゴンの彫像ね。初めて見たけど、とんでもない代物ね。ゴーレムの一種みたいだけど、どんな構造をしているのかしら……」

 

 フランと同じく、海の幸を楽しみにしていたという美鈴は楽し気に笑っていたが、パチュリーの方は挨拶もそこそこに、煙晶竜の体となっている黄金のドラゴンの彫像に釘付けとなっていた。

 花より団子、とは違うが、祭りや出店の食べ物よりも、初めて見るマジックアイテムを前に、子供みたいに目を輝かせているパチュリーに苦笑する。

 まぁ、作ったのは僕な訳だから悪い気はしないが。

 

「メニューはたこ焼き、焼きそば、イカ焼きの三種類で少ないが、味には自身があるからたっぷり味わってくれ美鈴。それとパチュリー、煙晶竜の彫像について知りたいなら後日解説するから、今日の所は祭りを楽しんで行ってくれ」

 

 そう二人に言ってから、僕は用意していた出店の割引券をフランに渡し、美鈴とパチュリーを叢雲が居る屋台まで連れて行ってあげるように頼んだ。

 

「放っておいたら、ずっとこの場に居座って観察を続けていそうだからね。パチュリーにもうちの屋台の料理を味わって欲しいし、多少強引にでも連れて行ってくれないか? フラン」

「任せて! パチュリーも折角来たんだから、お祭りを堪能しなきゃ損だわ。行くわよ美鈴! アリス、また後でねー!」

「あ、待って! もう少しだけ見させて―――ッ!」

「置いてかないで下さいよ。妹様ー!!」

 

 了承も得ずにパチュリーを両手で持ち上げたフランは、美鈴には一応声を掛けてから、屋台の立ち並ぶ方向に駆けて行った。

 フランの後を美鈴は直ぐに追いかけて行ったが、何故だかその背中にそこはかとなく哀愁めいた物を感じる。

 普段からああして一人で突っ走るフランの後を追いかけているのかもしれない。

 

「あっという間に行っちゃったわね。もう少し落ち着いて行動出来ないのかしら?」

『なに、祭りであるのだし、あのくらい元気な方が良いじゃろう』

「そう言うものかしらねぇ?」

『そう言うものじゃよ』

 

 走り去るフランたちの姿を見送るアリスと煙晶竜は、すっかり仲良くなったように見える。

 意外と相性が良いのかもしれないな、この二人は。

 

 そう考えていると、アリスが思い出したように僕に訊ねて来た。

 

「……そう言えば霖之助さん、短冊に願い事はもう書いたの?」

「ああ、それならもう書いたよ。見るかい?」

 

 見せびらかすつもりは無いが、特に隠す理由も無いのでアリスに短冊に書かれた願い事を見せる。

 するとアリスは、驚いたように少し目を見開いた。

 

「……びっくりしたわ。同じような願い事だったのね」

「同じ?」

「ええ、ほらこれ」

 

 アリスはポケットから短冊を取り出し、書かれた願い事を僕に見せて来た。

 お互いの短冊にはそれぞれ、僕の短冊には『早く会えますように』、アリスの短冊には『また会えますように』と書かれている。

 確かに、同じような願い事であった。

 

「確かに、似た内容の願い事だね」

「ええ、奇遇な事だわ」

「僕はまぁ普段から言っているように、前世の配下達に早く会いたいって願いなんだけど、アリスは?」

 

 僕がそう訊ねると、アリスは困ったように周囲に視線を彷徨わせ、やがてポツリと呟いた。

 

「……判らないわ」

「判らない?」

「ええ、そう。判らないのよ、会いたい相手が誰なのか。会いたい相手は居るはずなのに、その人の顔も名前も判らないの」

 

 それはまた、何ともおかしな話だ。

 記憶喪失の類かとも思ったが、どうやらそうでは無いらしい。

 では何なのかと聞かれれば、判らないとしか答えようが無いようであった。

 

 ―――ただ、

 

「けど、顔も名前も判らないけど、それでも分かることはあるわ。その人が私にとって、とても大切な人であるって事だけは」

 

 そう語ったアリスの表情は、まるで大切な家族の事を話すかの様な、温かく優しいものであった。




案の定終われなかった。
七夕祭り編、今年中に終われるのかな?

何とか気合で今年中には七夕祭りを終わらせますので、次回もお楽しみに!


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第五十二話 「転生香霖と七夕祭り(後篇その三)」

正真正銘、今年最後の投稿だぁ!!

来年もよろしくお願いしまぁーすっ!!

良いお年を!!


 煙晶竜の元でアリスと共に短冊を吊るした後、僕は一人神社の裏に広がる森の中へと来ていた。

 すっかり夜闇に染まった周囲一帯には、人間はおろか妖怪や妖精の気配も感じられない。

 まぁ、そう言った場所を探してここまで来たのだから、当然と言えば当然なのだが。

 

 何故こんな場所まで来たかと言えば、サプライズの準備をする為である。

 サプライズである以上、こっそりやるのが望ましい。喜んで貰えると良いのだが……。

 

「……さて、始めようか。召喚(サモン)」

 

 今回行う召喚術は、僕自身初めての試みだが……まぁ、上手く行くだろう。

 

 掌を開いて前へと翳した右手の先で、眩いばかりの光が生まれる。

 莫大な魔力の消費と共に、僕が召喚しようとしている存在が、徐々にその姿を現した。

 現れた『ソレ』の姿を見て、僕は確信を抱いた。これなら、みんな喜んでくれるだろうと。

 

 

 

 祭りの喧騒から少し離れた博麗神社の母屋の縁側前、既に魔理沙さんやレミリアさんたちが酒盛りを始めている中、わたくしは霊夢さんに引き摺られるように連れてこられました。

 旦那様から出店の事を頼まれた以上、余り離れたくは無かったのですが……。

 

「あの、霊夢さん? わたくし、旦那様から任されましたので、出店の方から離れる訳には行かなかったのですが? それに、今回の祭りの主催は竜信仰ですし、巫女を務めているわたくしまで離れる訳には……」

「それを言ったら、場所を貸して共同開催って事になってる私だって現場から離れているでしょう? 境内に煙晶竜も邪神たちも残っているんだから、少しぐらい離れたって大丈夫よ。それに、そんな事で文句を言うような人なんて居ないわ」

「ですが……」

「叢雲、初詣の時もそうだったけど、あんたこういう時、気を使って酒盛りに参加しないで働いてることが多いでしょう? もう少し肩の力を抜きなさいよ。霖之助さんだって、自分たちが開いた祭りなんだから楽しまずにずっと働け。何て事言わないわよ」

「確かに旦那様は、その様な事を仰る方ではありませんが……」

「なら決まりね、さっさと行くわよ」

 

 霊夢さんはずっとこの調子で、わたくしの手を引っ張ってここまで連れて来たのです。

 

 確かに霊夢さんの言う通り、わたくしはこういった催し物際、あまり皆さんと交流をせずに裏方に回っていたことが多い自覚があります。

 わたくしとしては、旦那様が快適に過ごされるためサポートの一環と思っての行動でしたが、こうして指摘されるという事は、霊夢さんから不快に思われていたのかもしれません。

 

 ……いえ、こういう言い方はよくありませんね。

 霊夢さんは、わたくしを気遣ってこうして手を引いてくれたのです。それを拒もうなどと言う気持ちは、わたくしの中にはありません。

 強引な所には、多少言いたい事もございますが。

 

「……はぁ、判りました。けど、もし旦那様にお店を離れたことを叱られてしまったら、その時は一緒に叱られて下さいね。霊夢さん?」

「大丈夫よ。私、霖之助さんに怒られた事なんてほとんど無いもの」

「では注意されたことは?」

「……憶えて無いわね」

 

 それはもしかしなくても、注意されたことが多過ぎて憶えて無いという事ですよね?

 

 気まずげな顔でわたくしの視線から逃れようとする霊夢さんにまたしても溜息を付きたくなりましたが、そうこうしている内に魔理沙さんたちが酒盛りをしている姿が見えてきました。

 

「おー、叢雲に霊夢。ようやく来たのか、こっちはもう始めてるぞー!」

 

 盃を片手にブンブンと元気良く手を振る魔理沙さんは、何と言うかもう既に出来上がっている感じがしています。

 大変機嫌が良さそうで、酒が入っているからと言う以上に顔が真っ赤です。

 そんな魔理沙さんの隣で飲んでいたアリスさんが、魔理沙さんを気遣わしげに見ていました。

 

「ちょっと魔理沙、いくら何でも飲むペース早過ぎじゃない? そんなんじゃ直ぐに酔い潰れるわよ?」

「あぁん? べつにこのくらいへーきだぜ!」

「きゃっ、ちょっと! 中身が入ったまま振り回さないでよ!」

「おお、わりぃわりぃ」

 

 盃を持った手を大きく振った際、まだ中に入っていた酒が雫となってアリスさんの近くに飛び散りました。

 その事にアリスさんは文句を言っていますが、魔理沙さんはまったく気にした様子が無くからからと笑っています。

 そんな魔理沙さんの様子に、アリスさんは溜息を付きました。

 

「はぁ、まったく……戻って来てからずっとこの調子なんだから」

「戻って来てからと言うと、出店の前で魔理沙さんが走り去ってからですか?」

「ええ、そうよ」

 

 わたくしが訊ねると、アリスさんはその通りであると答えました。

 確か、旦那様から口説き文句的な事を言われた恥ずかしさから駆け出したのでしたね。

 こうして戻って来たのですから恥ずかしさの方はもう大丈夫みたいですが、代わりにすこぶる機嫌が良さそうです。

 

 こうして見ている間にも、魔理沙さんは盃に追加の酒を注いでごくごくと飲んでいます。

 実にいい飲みっぷり……なのですが、アリスさんが心配する通り少しペースが速すぎるように思えます。

 

「あら、いつにも増していい飲みっぷりね、魔理沙? 何か良い事でもあったの?」

 

 この場で唯一あの時現場に居なかった霊夢さんが魔理沙さんにそう訊ねます。

 その質問を受けた魔理沙さんは、何と言うか……実に鬱陶しい感じで答えを焦らしていました。

 

「ん~? 知りたいのか、霊夢? 知りたいよなぁ~、別に教えても良いんだが、どうしよっかなぁ~?? ん~???」

「ぶん殴られたいの魔理沙?」

 

 わざとらしく首を傾げて悩む様子を見せる魔理沙さんに、霊夢さんは冷めた目を向けながら拳を握り締めました。

 腰を落とし、拳を構える姿は実に堂に入っています。日頃の旦那様との鍛錬の賜物でしょう。

 それを見ても魔理沙さんの余裕が崩れなかったのは、同じく旦那様から訓練を受けていて、避けるなり防ぐなりする自信があったからでしょうか?

 どちらにせよ、喧嘩に発展する前に止めなければと思い前に出ようとしたところで、アリスさんがあっさりと何があったのかを話してしまいました。

 

「霊夢、魔理沙は霖之助さんから口説き文句みたいなセリフを面と向かって言われたから機嫌が良いのよ。言われた時は恥ずかしくって、全力で霖之助さんの前から逃げ出したくせにね」

「……ああ、そう言うこと」

「ちょ、アリス! 何でバラすんだよ!?」

「別に良いじゃない、いつもの事でしょ?」

 

 自分が恥ずかしさから逃げ出した事も含めて暴露された魔理沙さんは、更に顔を真っ赤にしてアリスさんに詰め寄り、霊夢さんはアリスさんの話に静かに納得した後座った目つきになり、アリスさんは詰め寄る魔理沙さんからツーンと顔を逸らしつつも、何かを思い出したのか顔を赤くしていました。

 中々に混沌とした状況です。まぁ、旦那様が絡んだ場合はいつもの事と言えるくらいには、よくある状況ではありますが。

 

 さて、どう収拾をを付けたものかと悩んでいると、突如として境内のあちこちから驚きの声や歓声が上がりました。

 

「ん? 何よ急に……って、あれ」

「うん? ありゃぁ香霖の……」

「霖之助さんが言ってた用事って、この事だったのね」

 

 頭上から光が降り注ぎ、周りの人たちがみんな空を見上げます。

 それにつられてわたくしも上を向くと、そこには白銀竜の姿となった旦那様が周囲に魔法の弾幕や炎に雷、光の帯などを放ちながら博麗神社の上空を旋回していました。

 白銀に輝く巨大な竜が空を舞い、周囲に弾幕の様な色とりどりの魔法を振り撒く姿は、豪快で美しく夜空を彩っています。

 その姿を見て、祭りに集まった方々は人妖を問わず、最高潮の盛り上がりを見せています。

 

「見て見て咲夜! ドラゴンがあんなに派手に美しく弾幕を放っているわ!」

「ええ、そうですね。煙晶竜が放つ弾幕は見た事がありましたが、霖之助さんが弾幕を使うのは初めて見ます」

「はぁ~綺麗ですねぇ~。霖之助さんって格闘だけでなく、魔法もあんなに得意なんですね。パチュリー様?」

「あの弾幕、所々に霊夢や魔理沙、他にも大勢の弾幕を参考にした節が見られるわね。けど、ベースは外の世界の花火みたいね。避け難さは一切考えず、派手に美しく見せる事のみを追求しているわ」

「もぉ、パチュリー。お祭りなのに真面目に考察しているのよ! 折角霖之助があんなに綺麗な弾幕でお祭りを盛り上げようとしてくれているんだから楽しまないとでしょ!」

 

 レミリアさんを始めとした紅魔館の方たちが、旦那様の弾幕を見て盛り上がっています。(約一名は真剣な目で考察していましたが)

 パチュリーさんの言う通り、今回旦那様が使っている弾幕は、パフォーマンス用に開発した見た目の美しさと豪華さのみを追求した弾幕です。

 連日のお祭りの準備の途中、何かしらのサプライズを行いたいと仰った旦那様がわたくしや煙晶竜様にもアドバイスを求めながら開発したものです。

 

「ふわ~、霖之助さんって弾幕もお上手だったんですね。避けるのは難しくなさそうですが、とっても綺麗です!」

「うふふ、妖夢。この弾幕は魅せる事を重視した弾幕だから、避けられる事なんて考慮して無いのよ?」

「そうなんですか、幽々子様?」

「ええ、そうよ。それが見抜けないなんて、まだまだねぇ」

「うっ……精進します」

「うふふ、頑張りなさい」

「メェ~! メェ~!」

 

 少し離れた場所では、妖夢さんと幽々子さんがそんな風に話し合っており、その周りでは空を舞う色とりどりの光に興奮したらしい日輪が駆け回っています。

 日輪は黄金の毛並みを持つ大きな羊な訳ですが、弾幕の光に照らされて七色に輝くかのようでした。こっちもすごく綺麗ですね。

 

 美しい弾幕を見て争う気力が削がれたのか、霊夢さんと魔理沙さん、それにアリスさんの三人は揃って空を見上げていました。

 その様子を見て、わたくしが何かするまでもなかったですね。と、安心していると、後ろから声がかかりました。

 

「―――やぁみんな、僕の用意したサプライズは楽しんで貰えているかな?」

「「「「霖之助さん(香霖)(旦那様)!?」」」」

 

 そこに居たのは、今まさに上空でドラゴンの姿となり弾幕を披露しているはずの旦那様でした。

 その傍らには、扇子で口元を隠しながら優雅に微笑む紫さんの姿もあります。

 

 旦那様が二人? 一体何が起こっているのでしょうか?

 

 

 

 時は少し遡り、僕が召喚術を行使した場面へと戻る。

 

 召喚術を使って目の前に現れたのは、僕のドラゴン形態の姿である白銀竜その物であった。

 

「……よし、上手く行ったようだな」

 

 目の前に現れた白銀竜と瓜二つのドラゴン、これは僕の能力で召喚した存在であり、名付けるとしたら『白銀竜の写身』と言った所か。

 これは僕が白銀竜としての信仰を得て、神としての側面を持つようになったからこそ出来る様になった新たな召喚術だ。

 日本における神霊とは、神の精神部分を示す物であり、思想を他者に伝えても減ることが無いように、分割しても同じ力を持つという特性を持っている。

 これはゲーム時代に敵として出て来た、神の力を写し取った存在である『化身』系統のモンスターと非常に相性が良く、この世界の神霊の法則とゲーム時代のモンスターの特性を合わせる事で、僕は僕自身の分霊を実体化させて召喚する事が出来る様になったのだ。

 

 僕の分身である以上、白銀竜の写身は特に命令せずとも、自身が何をすべきなのかを理解している。

 白銀竜の写身は、僕からの合図を待たずに飛び上がり、複数の魔法を発動させながら博麗神社の境内へと向かった。

 

「―――見事なものね。自分の神霊を召喚して使役する神様なんて、そうそう居ないわよ?」

「おや、戻ったのかい紫?」

 

 背後から掛かった声に振り返ると、そこには藍と橙を伴った紫が立っていた。

 

「こんばんは藍、それに橙も」

「はい、こんばんは霖之助様」

「こんばんはです。霖之助様!」

 

 しばらくぶりに見た橙だが、少し背が伸びたようだね。

 言葉遣いにも以前の様なたどたどしさが無くなっているし、これも豊穣の乳の効果かな?

 

 そんな風に考えていると、橙が少し遠慮しながら僕に訊ねて来た。

 

「あの、霖之助様……今日はバーストも来ているんですよね?」

「ああ、出店の方を任せているんだけど……橙はバーストと知り合いだったのかい?」

「前に妖怪の山の近くをうろうろしていた時に、弾幕ごっこをしてから友達になりました! 初めて戦った時は私が勝ったんですよ!」

「ほぉ、それはまた、大金星と言う奴だね」

「はい!」

 

 自慢気に笑う橙に改めて感心する。

 バーストは弾幕ごっこの初心者同然だが、それでも本物の邪神であるのだ。しかも、猫に属する獣を統べる女神である。

 それに化け猫の橙が勝利したというの、経験の差があるとはいえ大金星と言って差し支えない。

 しかも友誼まで結んだと言うのだから、橙は将来大物になりそうだ。

 

 そんな風に考えていると、藍が橙の頭にポンと手を置きながら注意した。

 

「こらっ、駄目じゃないか橙! 紫様を差し置いて先に霖之助様とお話するなんて。すみません紫様、霖之助様」

「僕は別に気にしないよ。うちのバーストの交友関係が広がっていると知れて嬉しかったしね」

「私も別に気にしないわよ。霖之助さんとは、いつでも好きな時にお話出来るし」

 

 僕も紫も、特に気にしてはいないのだが、藍の方は申し訳なさそうにしていた。

 真面目だなぁ、藍は。その真面目さを、叶うなら霊夢や魔理沙たちにも分けてあげて欲しいと切に思う。

 

「あら、それなら霖之助さんも藍の真面目さを分けて貰うべきじゃないかしら?」

「息を吸う様に僕の思考が読まれているのは何故なんだろうね? 今紫、能力も何も使っていなかったよね?」

「顔を見れば判るわよ。霊夢や魔理沙にだって判ると思うわ」

「僕は一体どんな顔をしていたって言うんだ……」

 

 実際に鏡を召喚して自分の顔を見て見たが……うーん、判らん。

 とりあえず、女性の感性は鋭いという事で納得しておこう。

 

 僕が鏡を見て自分の表情を確認している間に、藍は橙を連れて出店の方に行くように指示を出していた。

 

「藍、橙を連れて霖之助さんの屋台の食べ物を買って来て頂戴。私は霖之助さんと先に霊夢たちの所へ行っているわ」

「はい、判りました」

「それと橙、料理を運ぶのは藍一人で十分だから、あなたはバーストと話してて良いわよ。お店の方が忙しそうなら手伝ってあげなさい」

「はい、任せて下さい!」

「おや、良いのかい紫? 確かに手伝って貰えると助かるけど」

「良いのよ。橙だって、折角のお祭りなんだから友達と一緒に居たいでしょうし。それに、霖之助さんには普段からお世話になっているもの。 ……主に幽々子の事で」

「ああ、そういう……」

 

 これはあれかな? これからも幽々子の事をよろしくという事かな?

 幽々子の食欲が増しているとか予想外だったし、これからは更に気合を入れないと色々ヤバいかも知れない。

 幽々子の事を口にした時に、どことなく哀愁を漂わせた紫の態度が僕にそう感じさせた。

 

「……本当に頼むわよ。私、親友が食料を食い尽くして幻想郷が滅びるとこなんて見たくないから」

「流石に幽々子もそこまでは……まぁ、善処するよ」

 

 お互いに幽々子ならあるいは! と思ってしまったらしく、視線が明後日の方向にそれてしまっている。

 微妙な空気を察した藍が、橙を連れてスキマを使って移動して行った。

 

「ええっと、それでは紫様、行って参ります」

「ええ、頼んだわよ。藍」

「霖之助様、行って来ます!」

「ああ、バーストによろしくね。橙」

 

 開いた隙間の中に二人が消えて行く。

 その姿を見届けた僕と紫は、どちらからともなく霊夢たちの集まるいつもの場所へと向かって歩き出した。

 しばらく歩いていると、紫が思い出したように僕に訊ねて来る。

 

「……そう言えば霖之助さん、あのドラゴンの今後の扱いはどうするの?」

 

 紫は空を舞う白銀竜の写身を見ながらそう聞いて来る。

 ふむ、写身の扱いか……。

 

「そうだね。このまま送還せず、幻想郷に常駐させようかと思うのだけど、どうだろうか?」

「うーん、そうね……悪くないんじゃないかしら。目に見える信仰対象が居るのって大きいものですし。霖之助さん、白銀竜の正体が自分だってバラすのは良いにしても、店に拝まれに来るのは嫌でしょう?」

「あぁ、それは確かに嫌だね。店に来る以上は、お客様として来て欲しいし。それに香霖堂は、大勢の参拝客を受け入れられる場所じゃないからねぇ」

 

 香霖堂に、今日の祭りに集まった様な人数が押し掛けるのを想像する。

 ……うん、人の圧で店舗が倒壊するイメージしか想像出来ないな。

 

 そんな事を思い浮かべながら、空を舞う僕自身の写身の姿を眺めていると、写身が雷の魔法を使うのと同時に、突如眼前に雷が発生する。

 

「!? これは一体……」

「誰かからの攻撃、と言う訳じゃないみたいね? 少しずつ勢いが収まって行くわ……」

 

 バチバチと言う激しい帯電音と発光が徐々に収まって行くと、そこには黄金に輝く一本の槍が存在していた。

 その槍に、僕は見覚えがあった。

 

「これは……確かゼウスの槍、だったか?」

「ゼウスの槍、と言うと『ケラウノス』? ……確かに霖之助さんの記憶で見た事があるわね」

 

 紫が口にした通り、僕の目も目の前の槍の名前が『ケラウノス』であると伝えている。

 この槍は、確かゲーム時代にゼウスを拘束した時に拾おうとして、掴んだ瞬間に消えてしまった物の筈だ。

 それが今になって、こんな形で姿を現すとは……。

 

 帯電の収まったケラウノスを手で掴むと、まるで吸い付くかのようにしっくりきた。

 この槍もまた、叢雲同様に使い手を選ぶ類のようだが、僕は問題無く受け入れられているらしい。

 それを確認した僕は、送還の要領でアイテムボックス内にケラウノスを収納した。

 

「うん、まぁ……驚くべき事ではあったけど、特に問題がある訳じゃ無いみたいだね」

「……あぁ、また頭痛の種が増えたのね。判るわ」

 

 紫がこめかみに手を当てながら呻いている。

 いやまぁ、これは別に僕が悪い訳では無いし……うん、すまない紫。

 

「はぁ……まぁいいわ。その槍の事はまた後日話し合うとして、今日はお祭りを楽しみましょう」

「そう言って貰えると助かるよ」

「ええ、楽しみますとも。こんな日は、酒を呑まなきゃやってられないわよ!」

 

 自棄になったような口調で、紫はズンズンと歩いて行く。

 本当にすまないなぁ。と思っていると、神社に近づくにつれて、大きな歓声が聞こえるようになって来た。

 

「どうやら、パフォーマンスは大成功の様ね」

「ああ、少し不安だったけど、上手く行って良かったよ」

「ふふ、そりゃぁ上手く行くわよ。アレだけ工夫を凝らした弾幕を披露すればね」

「……そうかい、君にそう言って貰えると光栄だよ」

 

 上空を旋回しながら弾幕を放つ、写身を見ながら紫が微笑む。

 あの弾幕は、ここ数日色々と考え抜いて作った自信作だったが、弾幕ごっこの第一人者の一人とも言える紫にそう言って貰えるのは嬉しかった。

 

 喜びを噛み締めて居ると、やがて森を抜け、空を見上げている霊夢たちの姿が見えて来た。

 

「―――やぁみんな、僕の用意したサプライズは楽しんで貰えているかな?」

 

 僕が考えて作った弾幕をみんなに楽しんで貰えている。

 その事が、とても誇らしかった。




駆け足気味だが、何とか終わらせたぞ!(それでも文字数は膨れ上がりまくった)

来年の『東方転霖堂』は、本格的に永夜抄に突入しますので、どうぞお楽しみに。


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番外編 「私立幻想郷学園(その一)」

あけましておめでとうございます。
今年も『東方転霖堂』をよろしくお願いします。

と言う訳で、お年玉更新として初の番外編を投稿しました。


 『私立幻想郷学園』

 

 そこは、全校生徒の女子生徒率99%以上である事を除けば、人妖を問わず多くの生徒が通う普通の学園である。

 教師、生徒を含め、個性豊かな様々な者たちが通うこの学園で、今日もまた騒々しく賑やかな一日が始まろうとしていた。

 

 

 

 扉を開けるまでも無く、教室の中からは生徒たちの賑やかな話声が廊下に響いている。

 その声を聴いてやれやれと苦笑しながら扉の前に立つ青年が一人。

 

 彼の名前は『森近霖之助』。

 目の前の教室、『私立幻想郷学園高等部一年一組』の担任教師だ。

 霖之助は教室に入ろうとしたところで、扉が少し開いている事に気付く。

 不審に思い視線を上に向けると、扉の間に黒板消しが挟まれ、開くのと同時に頭上に落ちて来るように仕掛けられていた。

 

「やれやれ、やったのはてゐか魔理沙かな? もしくは三妖精たちか……」

 

 こういった悪戯を仕掛けそうな生徒たちの顔を思い浮かべ、霖之助はきちんと注意しなければと思いつつ、扉に仕掛けられた黒板消しを手に取って外した。

 霖之助は黒板消しを左手に持ちながら教室の中に入る。すると―――

 

「おはようみんな。早速だけど、この黒板消しを仕掛けたのは……っ?」

 

 霖之助は教室の中に数歩進んだところで何かを足に引っ掛ける。

 その何かの正体はピンと張られた糸だったのだが、それを霖之助が認識するよりも早く、頭上から大きな金盥が落ちて来た。

 

 この時、霖之助は理解した。

 扉に仕掛けられた黒板消しはフェイク、本命はこの金盥であったのだと。

 だがそれに気付いたところで既に後の祭り、第一のトラップを見抜いた霖之助を嘲笑うかのように仕掛けられた第二のトラップは、数瞬後には轟音と共に昭和のコントの様な無様を霖之助に晒させ……

 

 ザンッ!

 

 ……る筈であったが、敢え無くその目論見は失敗した。

 

 いつの間にやら霖之助は、黒板消しを持っていない右手を振り抜いた体勢となっており、右手の手首から先が白銀の鱗に覆われ、鋭い爪が伸びている。

 次の瞬間、ガシャンッと言う金属音が響き、その音源には無残にも六等分に分割された金盥の残骸が転がっていた。

 頭上に金盥が落ちて来るのを認識した霖之助は、咄嗟に金盥を己の爪で引き裂く事で、直撃を防いだのだ。

 

 落下して来た金盥を引き裂いて防いだ霖之助の姿を見て、教室内の生徒たちが水を打ったように静かになる。

 霖之助は一切の感情が伺えない無表情のまま、持っていた黒板消しを黒板に戻し、鱗に覆われた手をそのままに教壇の前に立った。

 

「―――誰がやったのか正直に答えなさい。今なら犯人の首だけ……身柄を拘束するだけで済まそうじゃないか」

 

 首だけ、と言いかけた霖之助は、生徒たちを安心させるように笑顔を見せて言い直した。

 この時生徒たちは、笑顔は本来威嚇行動であるという言葉を心底から理解させられていた。

 

「「「「「「てゐです! てゐがやりましたぁ!!」」」」」」

「ちょ、みんな!?」

 

 協力こそしなかったものの、自分がトラップを仕掛けているのを面白がって一切止めなかったクラスメイト達が、霖之助の言葉で一斉に手の平を返す。

 その様に、身長が低い為一番前の席に座るてゐは驚き、立ち上がって振り返り文句の声を上げかけたが、後ろを向いた瞬間、瞬間移動染みた動きの霖之助に背後に回り込まれ、鱗に覆われていない左手でてゐの頭を掴み、そのまま持ち上げた。

 

「……てゐ、僕は和邇でも鮫でも無いから、別に皮を剥いだりしないけど、ドラゴンを怒らせたらどうなるかぐらい判るよね?」

「えーっと……あはは、ちょっと判んないかなぁ……なんて?」

 

 微妙に引きつった笑顔で知らんぷりをするてゐに対し、霖之助は非の打ちどころの無い微笑みを浮かべながら、無情に告げた。

 

「―――今日から一週間、てゐの宿題の量は三倍だ。後、てゐ止めなかった他の皆の宿題も二倍にするから」

「「「「「「えぇ!?」」」」」」

「……あ?」

「「「「「「何でも無いですっ!!」」」」」」

「よろしい」

 

 ドスの利いた霖之助の聞き返しに、てゐも含めた生徒全員が一糸乱れぬ敬礼でもって返す。

 割とこのクラスではいつも通りの光景であった。

 

 

 

 ここは私立幻想郷学園高等部一年一組。

 学園屈指の問題児たちの巣窟であるこのクラスの頂点に立つのは、半人半竜の最強教師である。

 

 

 

「あ、それと、罰としててゐは一時限目の授業が始まるまでこのままだからね」

「先生! それはてゐを贔屓し過ぎだと思います!」

「……この状態のてゐを贔屓されていると感じるとか、僕は君の将来が心配で仕方が無いよ。天子」




番外編は後いくつかやる予定です。
また、番外編ですので本編にまだ登場していないキャラクターが出て来たり、本編とは登場キャラの性格や行動が違っていたりすることもあるかと思います。
まぁ、ギャグパートですので深く考えないで下さい。


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番外編 「私立幻想郷学園(その二)」

楊貴妃がね、出ないんですよ。

ユウユウが欲しいが為に、放置していたフリクエの石を回収して回しましたが、来たのは二枚目のステンノ様でした。(地味に作者が初めて引いた星四がステンノ様だった為、結構驚いた)

運命力が足りないなぁ。
割と真面目に三箱買ってドラグーン・オブ・レッドアイズの20シク二枚抜きした豪運のツケが回って来ている気がする。(FGOマウント取れないから、遊戯王でマウント取ろうとするクソ雑魚マスター並感)


「―――あ、そうだ。先生、今日の調理実習では何を作るんですかー?」

「うん? 事前にクッキーだと伝えていたはずだが……聞いていなかったのかい、早苗?」

 

 てゐを片手で掴んだまま生徒たちと話していた霖之助は、生徒の一人である緑髪の少女『東風谷早苗』からの質問に首を傾げた。

 

 今日の授業の中には霖之助が担当する家庭科の授業の調理実習があり、その授業で作るメニューがクッキーであるという事は数日前から伝えていた。

 思い返してみても早苗はきちんと話を聞いていたはずであるのに、今この様な質問をされるのはおかしい。

 疑問符を浮かべている霖之助に、早苗はそうでは無いと首を振った。

 

「そうじゃなくて、私たち生徒ではなく霖之助先生が何を作るのかが知りたいんですよ。今回もゴチになります!」

「いや、ゴチになりますって……」

「先生の授業は調理実習だけが唯一の楽しみと言っても過言ではありませんからね!」

「そこまではっきり言い切られると流石にへこむんだが……」

「わっと」

 

 語外に調理実習以外の授業はつまらないと言い切られた霖之助は、思わずてゐを掴んでいた手を放して肩を落とす。

 言った方の早苗は、あまり良く判っていない様子で疑問符を浮かべている。

 悪意が無い分、言葉の針が鋭く霖之助の胸に突き刺さっていた。

 

 なお、唐突に離されたてゐは、そのまま着席しつつもどこか名残惜しそうにしていた。

 

「……そんなに僕の授業ってつまらないかな?」

 

 どこか自信無さげに早苗にそう問いかける霖之助。

 それに対し、早苗は少し慌てた様に両手を振って否定した。

 

「あ、つまらないとかそう言うんじゃ全然ないですよ! ……ただ、そのぉ……先生の授業内容は色々レベルが高いというか、特に裁縫の授業とか、要求される基準が厳しいと言いますか……」

「? 別に難しい事を要求してはいないと思うんだが?」

「「「「「「それは無い(わよ)(です)!!」」」」」」

 

 霖之助の言葉を早苗どころかクラス全体が一丸となって否定する。

 ぴったりと息の揃った大合唱に、教室の窓ガラスが少し震えた。

 

「うわっ、ビックリした。え、みんな僕の授業を難しいと思ってたの?」

「「「「「「そう(よ)(だよ)(ですよ)!!」」」」」」

「えぇー……具体的にどの辺が?」

 

 判り易く『解せぬ』と書いてある顔で訊ねる霖之助。

 代表して早苗が授業の難易度が高いという具体的な根拠を上げた。

 

「この前サキさんのお店に行った時に霖之助先生の授業内容の事を話したんですけど、本職から見ても専門学生でも無い生徒に教える内容じゃ無いって言ってましたよ?」

「マジか……」

 

 『サキ』と言うのは霖之助の学生時代からの友人であり、現在は幻想郷学園からほど近い駅前でブティックを経営している女性の名前だ。

 本職、しかもかつての学友からの意見という事で、生徒たちの反応に懐疑的であった霖之助もすっかり納得してしまったようだった。

 

「そっかぁ……難易度高かったのかぁ……済まなかったね、みんな。次回からはもう少し全体的に難易度を下げるとするよ」

「あ、それでしたら、サキさんから今度自分のお店に顔を出すようにと伝言を預かっているんでした」

「そうなのかい?」

「はい。『キースの事だから、授業内容を優しくするって言ったって斜め上の方向に行くだけよ。舵取りはこっちでしておくから、今度お店に顔を出すように言っておいてちょうだい』って言ってました!」

「完全に把握されてるなぁ……」

 

 苦笑いで頬を掻きながら霖之助が呟く。

 かつての学友たちにとって、霖之助がどういった行動に出るのかなどは、大体察せられてしまっているのだ。

 ちなみに、『キース』というのは霖之助の学生時代からの渾名である。学友たちはおろか、両親からもそう呼ばれている。

 

「……まぁ、伝言は確かに受け取ったから、近い内に行ってみるよ。それはそうと、今日僕が授業で何を作るかだったね。今日は季節の果物をふんだんに使ったケーキでも作る予定だよ」

「ケーキですか! 良いですね!」

「あらぁ、良いわねぇ。私もご相伴に与らせて貰うわね」

「果物のケーキかぁ。どんなのになるのか、今から楽しみだね。もちろん私も食べに行くよ!」

 

 霖之助の言葉を聞いて、早苗を筆頭に生徒たちが喜びの声を上げる。

 だが同時に、先ほどまでいなかったはずの二人の人物の声が直ぐ傍から発せられた。

 

「幽々子先生、それに諏訪子先生も」

 

 霖之助が新たに現れた二人の名前を呼ぶ。

 一人は国語教師である『西行寺幽々子』、もう一人は生物教師である『洩矢諏訪子』だった。

 

「一限目担当の幽々子先生は判りますが、諏訪子先生が何故ここに? 今日のうちのクラスの授業に生物は無かったはずですが?」

「ああ、その事なんだけど―――」

 

 一限目の授業である国語の担当の幽々子がこの場に居るのは別に可笑しな話では無いが、今日の一年一組の授業の科目に無い生物の担当の諏訪子がこの場に居るのはおかしな話だ。

 それについて訊ねられた諏訪子が、事情を霖之助に説明しようとしたその時。

 

 

 ドゴォーーーンッ!!!

 

 

 どこからか凄まじい爆発音が響き、後者全体に振動が走った。

 

「!? 今の爆発音はまさか!?」

「あ~うん、神奈子がにとりや空と組んでまた何かやらかそうとしててね。霖之助先生に止めて貰おうと思って呼びに来たんだけど、遅かったみたいだね」

「また神奈子かっ!!」

 

 神奈子こと『八坂神奈子』は化学担当の教師であり、よくよく実験と称して様々な事件を起こす事でも有名な教師であった。

 彼女の名前を叫びながら、霖之助は教室内に鋭い視線を向ける。

 にとりと空、本名『河城にとり』と『霊烏路空』は一年一組の生徒だ。

 先程出席を取った時は確かに居たはずだが……。

 

『ひゅい?』

『うにゅ?』

 

 いつの間にやら二人は、それぞれを模したと思われる、どことなくムカつく顔をした身代わりのロボットとなっており―――

 

 ポロッ

 

『『ゆっくりして行ってね!!』』

 

 違った、首の無いマネキンか何かにそれぞれの『ゆっくり饅頭』を乗せた、大分安上がりな身代わり人形へと変わっていた。

 ちなみに、『ゆっくり饅頭』もしくは『ゆっくり』は、幻想郷学園の生徒の誰かしらを模した姿となること以外は、詳しい生態の判っていない珍生物である。

 

「……二人が教室を出てい居たのなら流石に気付く。つまり二人は最初から影武者だったと言う訳だ。こんなことが出来るのは……君だね、ぬえ!!」

「ぬぇ!? もうバレた!?」

「カマかけだったが、あっさり自白した事だけは評価しよう」

「しまった!?」

 

 生徒の一人である『ぬえ』こと『封獣ぬえ』。

 この少女は『正体を判らなくする程度の能力』を持っており、その能力を使ってにとりと空の二人が身代わりであるとバレない様に協力していたのでは? と、辺りを付けた上でのカマかけだったのだが、ぬえは白を切る事無く自分が犯人であると自白してしまった。

 完全にうっかりである。

 

「まぁその事については置いておいて『ドゴォーーーン』……僕はちょっと神奈子たちを止めて来るから、授業は普通に始めておいて下さい。幽々子先生」

「いってらっしゃーい」

「行きますよ、諏訪子先生」

「はいはーい」

 

 後ろから首に抱き着く様に、諏訪子が背中に乗ったのを確認した霖之助がダッシュで廊下をかけて行く。

 その背中に幽々子がひらひらと手を振っていると、廊下から『こら、霖之助! 廊下を走るな!』『二回も爆発音が聞こえている時に気にする事かい、慧音!?』と言う声が聞こえて来たが、特に反応する者は居ない。

 この程度の騒ぎは、幻想郷学園では日常茶飯事なのだ。

 

 

 

「はーい、それじゃあ授業を始めるわよ。今日やるのは、『竹取物語』より古い童話の『白鬼丸』よ」

「止めてくれ先生、その話は私に刺さる」

 

 白鬼丸の名前を聞いた途端に顔を真っ赤にして俯いた生徒、『藤原妹紅』がそう言ったが、教師も生徒も全員聞き流していた。

 これもまた、割といつも通りの光景だった。




この後妹紅は、『白鬼丸』を朗読させられて轟沈した。

当時の自分たちが実際には言っていないセリフがかなり多かったけど、朗読しながら当時の自分たちが言って居る姿や、今の自分たちが言って居る姿を想像したからこんな事に……。

この後輝夜に爆笑されて喧嘩になった。


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番外編 「私立幻想郷学園(その三)」

番外編は今回で区切りをつけて、次回から永夜抄に入ろうと思います。
次回からは、タグの「FGO」が活かせる! 筈です……

結局、楊貴妃は出ませんでした。
私の癒しは「サイバー・ドラゴン・インフィニティ」の20シクだけですよ。
インフィニティ自体は「星杯の神子イヴ」を使えば結構簡単に出せますけど、「星守の騎士 プトレマイオス」はまだまだ帰って来れないでしょうねぇ。
ランク4エクシーズって頭のおかしい連中ばっかですから(ルーラーとかチェインとかナイアルラからセルフランクアップするアザトートとかホープ一族最強のライトニングとか古代呪文のプトレノヴァインフィニティとかとか)


 時は流れ、生徒たちが心待ちにしていた四時限目の授業、調理実習の時間となった。

 エプロンを身に付けた少女たちが、班分けされたそれぞれの調理台に着き、それらを見渡しながら授業の開始を宣言する。

 

「―――さて、それじゃあみんな、時間になったし授業を始めるよ。今日の授業は、と言うか今日の授業も、先生の何人かが見学に来ているんだが……」

 

 そう言いながら、霖之助は胡乱気な視線を教室の一角へと向ける。

 そこには授業を見学に来た……正確に言えば、霖之助が作るケーキを目当てに集まった教師たちが集まっている。

 それ自体は割といつも通りの事なのだが、今日に限って言えば集まっている面々がいつも通りとは言い難かった。

 

 

「あら、どうしたの霖之助先生? 私たちのことは気にせず、授業を進めて下さい」

「ケーキ、楽しみにしてるわよ。霖之助先生♪」

 

 霖之助の視線にそう返して来たのは、幻想郷学園の学園長である八雲紫と、一限目の担当であった西行寺幽々子の二人であった。

 この二人に関しては、霖之助の担当する調理実習の授業を皆勤賞で見学しに来ている為、今更驚きは無い。

 ただ、今頃は紫の代理として学園長の仕事をしているであろう、学園長補佐兼数学教師である八雲藍に、後で差し入れを持って行こうと心に決めていた。

 

 

「あのぉ……霖之助先生? 早苗の前だし、いい加減このプラカードを外させて欲し「駄目です」……はい」

「諦めなって神奈子~。霖之助先生、その辺厳しいんだから」

 

 霖之助に話しかけ、にべもなく返されたのは化学教師である八坂神奈子、そして神奈子に呆れた視線を向けたのは洩矢諏訪子であった。

 神奈子の首からは『私はダメな教師です』と書かれたプラカードがかけられており、その姿を生徒たち、特に神奈子と諏訪子が保護者である東風谷早苗に見られる事を神奈子は気にしている。

 保護者として、早苗に情けない姿を見せたくないと神奈子は考えており、霖之助もその事を承知していたが、プラカードを外す事を許可する気は毛頭なかった。

 と言うか、情けない姿とか以前に、学園の理科室を定期的に爆破するのを止めて欲しかった。

 

 学園内の設備の修復や整備を担当している、玄亀翁を始めとした精霊たちは霖之助が召喚しているのだが、精霊たちからの文句は召喚者兼窓口である霖之助の元に全て集まるのである。

 その事は諏訪子も知っている為、神奈子へ同情する気持ちは微塵も無かった。

 

 なお、ここまで言うと問題があるのは神奈子だけだと思われそうだがそうでは無い。

 実の所、教師生徒含めて、一番学園の設備を壊しているのは霖之助だったりする。

 と言うか、定期的に設備をぶっ壊している為、それをすぐに直せるよう精霊たちを配置しているのだ。

 

 具体的にどれほど壊しているかは明記しないが、学園内全体の施設が毎日新品同然の状態である辺り、お察しである。

 

 

 

 さて、集まっている学園の教師たちは以上の四人であり、この四人自体は頻繁に参加する面々なので特に問題無い。

 では、一体何が問題であるのかと言うと………。

 

 

「キースちゃーん! ほら、ハヤトちゃん。カメラカメラ!」

「うむ、バッチリ撮れているぞ!」

「……はぁ、何で二人がここに居るんですかね?」

 

 霖之助が重い溜息を付く。

 霖之助の視線の先には、霖之助が授業を行う姿をカメラで撮ろうとはしゃぐ二人の男女、霖之助の両親であるジュナとハヤトの姿があった。

 二人は現在、霖之助の母校であるベルジック学院の教師を務めており、今日が平日である事も含めて本来ならそちらで授業を行っているはずだった。

 それがどうして揃って幻想郷学園の授業の見学をし、まるで運動会のようにはしゃいでいるのか。

 その答えは、学園の最高権力者である紫から齎された。

 

「あら、私が許可を出したからよ霖之助先生?」

「何故許可が出たのかとか、ベルジック学院での授業はどうしたんだとかを知りたいんだけどね?」

「学院での授業は休暇を取ったから大丈夫だそうよ? 何故許可を出したのかって言うんだったら愚問ね。お義父様とお義母様からの頼みですもの、私が断る訳無いでしょう」

 

 ピシリ、と教室内の空気が凍り付く。

 だがそんな空気など関係無いとばかりに、紫は扇子で口元を隠しながら優雅に微笑みつつ、ジュナたちと談笑を始めていた。

 

「あら、嬉しい事を言ってくれるわね紫ちゃん! こんな気の利いた女の子が息子の居てくれて、お母さん嬉しいわぁ」

「いえいえ、この程度当然のことですわ。霖之助さんには普段から良く働いて貰ってますし、お義母様たちにもよくして頂いていますもの」

「うむ、不肖の息子であるが、紫殿のような方なら安心して任せられる。これからもキースを頼むよ」

「ええ、勿論ですお義父様」

 

 和やかな会話が繰り広げられる一方、生徒たちの間には絶対零度の空気が漂っていた。

 表情自体は綺麗な笑顔であるが、紫を鋭く貫く視線には抜け駆けしやがってこの野郎と言う感情がこれでもかと言うほど強く込められていた。

 一方で、それを自覚した上で紫は霖之助の両親らとの仲の良さを見せつけているようなので質が悪い。

 

「……先生、そろそろ授業を始めるべきじゃないかしら?」

「そうだぜ、折角だから見学に来た先生たちにも、私たちの料理を食べて貰おうぜ」

 

 そんな中、真っ先に動いたのは博麗霊夢と霧雨魔理沙の二人であった。

 この二人は、お世辞にも勉強熱心とは言えない性格なのだが、真っ先にこんな事を言いだしたのには理由がある。

 魔理沙が先生たちにも食べて貰おうと提案したが、その本来の目的は自分の料理をジュナとハヤトの二人に食べて貰う事である。

 学園長と言う立場を使って点数を稼いだ紫に対し、霊夢と魔理沙は料理の腕前でアピールをしようと言うのだ。

 その事に気付いた他の生徒たちもまた、次々にやる気を見せだした。

 

「よし、そう言う事なら私の焼き鳥料理をご馳走しようじゃないか!」

「家庭料理なら普段から神奈子様と諏訪子様のご飯を作っているから自信がありますよ!」

「わ、私だって幽々子様のご飯を普段作ってますし、自信ならあります!」

「鈴仙、てゐ、直ぐに準備をしなさい。妹紅には負けられないわ!」

「あいあいさー!」

「ええ! 姫様もやるんですか!? ……でも、私も一品くらい作ってお出ししようかしら?」

 

 生徒たちが沸き立つ中、教師陣もまた盛り上がりを見せる。

 授業と言うより、もはや料理勝負の様な展開となっていた。

 

「あらあら、これは願っても無い展開ね。審査なら私も参加するから、みんな頑張ってね~」

「早苗ぇ! 頑張りなさい、あなたなら勝てるわよ!」

「う~ん、主旨がブレてってるな~。楽しそうだし良いけど」

 

 そんな少女たちの意気込みを理解した上で、紫は余裕たっぷりに笑っていた。

 

「あら、みんな元気ね。このままだと大量の料理が届きそうですけど、お義母様は大丈夫ですか?」

「いざとなったら、ハヤトちゃんが食べてくれるから大丈夫よ。それより、紫ちゃんは参加しなくて良いの?」

「私はこれでも教師ですから。それに、毎日料理を作るよりも、毎日料理を作って貰う方が好みですから。 ……私より料理上手な訳ですし」

 

 最後にそう付け加えて霖之助へと視線を向ける紫。

 当の霖之助はと言うと、生徒たちが自身の得意料理を見学に来た先生方に振舞うといういきなりの展開に困惑していた。

 

「あのぉ、みんな? 今日はお菓子作りをする予定だったから、そもそも他の料理に使う食材は無いんだけど?」

「「「「「「先生、何とかして(くれ)(下さい)!!」」」」」」

「あ、はい」

 

 予定と違うんだけどなぁ。と呟きつつ、召喚術で次々と食材を呼び出して行く霖之助。

 少女たちはまだ知らない。料理大会染みたこの勝負の最大のライバルが、お互いでは無く食材を出して行く内に自分も何か作るか! と言う気分になってしまった霖之助となる事を。

 その事を現段階で予期していたのは、息子の性格を良く知る両親だけであった。

 

「あら~、これはキースちゃんまでやる気になっちゃったっぽいわね」

「満漢全席くらい作るのではないか? キースは加減と言うものを知らんからなぁ」

「それなら心配には及びませんわ、お義父様。きちんと食べ切ってくれる人が居ますから」

 

 そう言って紫が視線を向けた先には、笑顔で料理の完成を待ち構える幽々子が、準備万端でスタンバイしていた。

 

「うふふ、楽しみねぇ」

 

 結局のところ、最後に幽々子が一番得するのもまた、霖之助の調理実習ではいつも通りの事である。




神奈子先生は月数回のペースで学園の理科室を爆破していますが、霖之助先生はほぼ毎日学園の敷地内の施設全てに甚大な被害を与えています。
霖之助先生は料理部の顧問なんですが、料理に使う食材を学園内に設置したダンジョンのモンスターを狩ることで得ており、その際毎回『開幕カタストロフィ』を使っているので建物とか逐一精霊たちが直してます。

校舎を壊す先生は神奈子先生以外にいますけど、ダントツで被害規模が大きいのが精霊たちを召喚している霖之助先生本人なんですよねぇ(白目)


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第五十三話 「転生香霖の消失」

消失したとは言っていない。


 ギラギラと照りつく太陽。

 騒がしい蝉の声に混じって時折風鈴の音色が響いている。

 快晴の空の下、夏の風物詩を感じながら読書をしていると、大きな魔力の反応と共に見慣れた白黒と金の流れ星が落ちて来るのが目に入った。

 

「おーい霊夢、大変だ! 叢雲の奴が、香霖が行方不明になった……って……?」

「うーん……何よ魔理沙、昼寝の邪魔しないでよ」

『やぁ魔理沙、僕がどうしたって?』

「居たぁーーーーーっ!!!???」

「わっ」

『おっと』

 

 突然魔理沙が上げた大声に驚いて、背中からずり落ちそうになった霊夢を尻尾の先で支える。

 叢雲からちゃんと話を聞いていたのならここまで驚く訳は無いし、さては中途半端に話を聞いて、話の途中で飛び出して来たな。

 やれやれ。

 

『魔理沙、叢雲が話している途中で飛び出して来たんじゃないかい? 叢雲も僕が博麗神社に居るって事は知っているはずなんだが?』

「うっ、それは……」

 

 魔理沙が気不味げに目を逸らす。

 帽子のつばを引っ張って顔を隠そうとしているが、端から見える頬が赤い事から、早とちりで騒いだのが恥ずかしかったと見える。

 

 まぁ、完全な早とちりと言う訳でも無いのだが。

 

「な、なんだよ。神社に居るって言うなら最初からそう言えよな! 叢雲も行方不明になったなんて言うからびっくりした……うん? おかしくないか? 叢雲も香霖が神社に居る事は知ってるんだよな?」

『ああ、叢雲だけじゃなく煙晶竜や邪神たちも知っているよ』

「なら、何で『行方不明』なんて事を叢雲は言ったんだ? 居場所が判っているなら普通行方不明なんて言わないよな?」

『実際に僕が行方不明になっているから、叢雲はそう言ったんだよ。別に嘘でも誇大表現でも無い』

「???」

 

 言っている意味が理解出来なかったようで、魔理沙が頭に疑問符を浮かべている。

 まぁきちんと説明しなければさもありなん、と言った所か。

 苦笑しながら僕が説明しよとすると、それよりも早く霊夢が種明かしをしてしまった。

 

「行方不明になったって言うのは霖之助さんの本体の話よ。ここに居るのは七夕祭りの時に召喚してた神霊の方」

「あ、そう言う事か!」

 

 魔理沙が得心が行ったという表情で手を打つ。

 そう、霊夢が言う通り、ここに居る僕は七夕祭りの時に召喚した分身体、『白銀竜の写身』であった。

 

 

 

 七夕祭り以降、僕は本体が香霖堂の経営を、写身が竜信仰の祭神としての活動を、と言う風に役割分担をして来た。

 その為、邪神たち同様に僕は写身を召喚したままにしていた訳だが、今回はそれが役に立ってくれた。

 何せ、写身の僕が幻想郷に残っていなければ、僕は皆に無事を伝える事も、望めば直ぐに幻想郷に帰還出来るという状態にもなれなかったのだから。

 

『今朝目が覚めたら、僕の本体の方がクトゥグアやハスターと一緒にどこか別の場所に転移していてね。幸い本体と写身との間で情報は共有で来ているし、いざとなれば写身側の僕が本体側の僕を召喚するという形で帰還することも出来るから、心配いらないよ』

「そうだったのか……けど、どうしてそんなことになっているんだ?」

 

 僕の本体が無事だと聞いて、安心した様子の魔理沙が当然の質問をして来た。

 

『さてね。まだ僕自身把握しきれて無いんだけれど……煙晶竜が言うには「時が来た」という事らしいよ』

「それって……」

『……ま、僕としては結構期待しているよ。ようやく全てを取り戻せるんじゃないか、ってね』

 

 煙晶竜は多くを語らなかったが、恐らく間違ってはいないだろう。なにせ、含み笑いをしていたからね。

 なにが、『その時が来れば自ずと判る』だよ。格好つけやがってからに。

 

 まぁいい、元々何十年でも何百年でも待つつもりでいたんだ。

 ゴールが目前と判っているなら、いくらでも待てるさ。

 

『少し気が早いかも知れないが……僕が配下たちや城を取り戻したらパーティーでも開こうと思うんだけど、二人は何か食べたいものはあるかい?』

「私はとにかく色んな美味しい物を沢山食べたいわ!」

「私は……そうだな、香霖が作るやつなら何だって良いかな?」

『何でも良いが一番困るんだけどなぁ……』

 

 具体的なリクエストが無いと結構困るんだが……いや、ここは発想を逆転させよう。

 

 逆に考えるんだ、思いつく限りの料理を好きなだけ作っちゃって良いさ! と。

 

『ふむ、ふむ……食材の貯蔵量、召魔の森の生産技能向上効果、それに召喚モンスターたちの手伝いも含めれば……行けるか? いざとなれば、写身を複数対召喚すれば良いし‥‥…よし、任せなさい! 君たちが今まで見た事無いほどのご馳走の山を用意しようじゃないか!!』

「「やったぁ!」」

 

 行ける、そう判断した僕が太鼓判を押すと、二人ははしゃいだ声で喜んでくれた。

 これは腕が鳴るな。

 

 やるからには徹底的にだ。

 和、洋、中、海の幸、山の幸、神話の食べ物に至るまで、全てを使って過去最高の宴会料理を用意して見せよう。

 一度そう決めると、次から次に作りたいものが浮かんで来る。

 あれも作りたいし、これも作りたいし、料理だけでなくお菓子類も沢山用意したい。

 

 いやぁ、今から楽しみだなぁ。

 そう考えていると、その気持ちが無意識に体を動かしてしまったらしく、いつの間にやらパタパタと動いていた尻尾が砂埃を立ててしまい、霊夢から怒られてしまった。

 

「ちょ、霖之助さん。砂埃なんて巻き上げないでよ」

『ああ、ごめん。気付かなかったよ、すまないね』

 

 霊夢に謝りつつ、魔法で適当に風を起こして砂埃を吹き飛ばしていると、そう言えばと前置きした魔理沙が僕に質問をして来た。

 

「そう言えば……なぁ香霖、香霖の本体は今どこに居るんだ?」

『どこに居るか、か……』

 

 写身である僕と、本体の僕は現在リアルタイムで情報共有を行っている。

 その為、本体が現在どんな場所に居るのかは判るのだが……

 

『どこなんだろうね? 四方八方で火災が起き、人っ子一人見当たらない外の世界の街並が広がっているよ』

「外の世界の街並? って事は、香霖の本体は今、外の世界に居るのか?」

『いや、どうも違うらしい。単純に外の世界の何処かと言う訳でなく、外の世界の街並が広がる異空間のような場所みたいだ』

「異空間……と言うと、萃香と戦ったあの場所みたいな物かしら?」

『多分違うね。この幻想郷自体もそうだが、内部に侵入出来ない様に閉鎖されているのではなく、本体が居る場所はそもそも現世とは地続きですらないようだ。何かこう、現実にあるモノを写真の様に写し取った上で着色してあるというか……』

「? 良く判らないんだぜ」

『すまないね。今の段階だと、どうもうまく説明出来そうにない』

 

 こういった分野は、僕よりも紫の方が詳しいんだろうが、考察の一つもせずに彼女に訊ねるのは性に合わない。

 僕なりの考えを纏めてから、二人にはまた説明するとしよう。

 

「なぁ、本体の方の香霖は、その燃えてる街で今何してるんだ? どうせなら、外の世界の珍しい道具でもついでに拾って来てくれよ」

「そうね、私も外の世界のお茶やお菓子を食べたいわ」

『あっけらかんと火事場泥棒を要求するんじゃ無いよ。いやまぁ、色々拾っては居るけどね』

 

 本体の方は今、燃え上がる街を探索しながら使えそうな物を色々と拾い集めている。

 こればっかりは習い性と言うか……外の世界そのものでは無いにしても、外の世界の道具が大量に手に入る良い機会だし、多少はね?

 

「ほらやっぱり! 香霖なら絶対何か拾っていると思ったぜ!」

「私たちが何か言うまでも無く火事場泥棒してるわよねぇ」

『いやいや、これは火事場泥棒では無く保護だよ保護。このまま放っておいてもみんな燃えて灰になるだけだしね……おや?』

「? どうしたの、霖之助さん?」

『生存者が居たんだよ。しかも襲われていてね、とりあえず助けたから話を聞いてみるよ』

「助けるの速いな!? 見つけて直ぐじゃないか。魔法で倒したのか?」

『いや? 持ってた杖で殴り倒したよ』

「あ、そう」

 

 何故そこで呆れた顔になるのかは敢えて問うまい。

 それより助けた少年から話を聞く事に集中しよう。写身の方の僕が集中する意味は無いんだが。

 

 僕の『見たモノの情報を閲覧する程度の能力』で判明した少年の名前は『藤丸立香』か。

 能力を使えば彼の事情を知るのは簡単だが、それをやるのは少し無粋だ。

 まずは話し合いをしないとね。




原作サモナーさんが増えたので、こっちの転生香霖も増えましたw(原理は違いますが)

次回は転生香霖とぐだ男くんの邂逅です。
ようやくFGOタグが役立つぞう!


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第五十四話 「転生香霖の遭遇」

前回までのあらすじ。

転生香霖in特異点F


 まず最初に認識したのは匂いだった。

 木が、石が、鉄が、ガラスが、プラスチックが、コンクリートが……人が燃えている匂いだった。

 その匂いに対し、そう言った匂いがする程度の感想しか浮かばないのは、僕が半分人で無いからか、あるいは……プラスチックやコンクリートの匂いから、ここが幻想郷では無いと確信出来たからだろうか?

 

 

 

 目が覚めると、炎上する現代都市の真っただ中に立っていた。

 いや、現代と言って良いのだろうか? 僕の前世の時代から考えると一昔前と言った感覚だが、今の外の世界基準なら現代都市で合っているのかもしれないな。

 以前に無縁塚から外の世界に出た時に見た街並みは、この街並とそう変わらなかったような気がする。

 まぁ、場所によって発展具合と言うのは違うものだから、あんまり当てにならないかもしれないが。

 

『目が覚めましたか、我が主』

『おはようマスター。また可笑しなことになったねぇ』

 

 左右の耳元から声が聞こえて来た。

 目を向けると、右の肩にはクトゥグアが、左の肩にはハスターが浮かんでいた。

 どうやら、僕は一人で来た訳では無いようだ。

 

「おはよう二人共。早速だけど、ここがどこだとか、僕らが何故ここに居るのかとかは判るかい?」

『いえ、私もハスターも気付いた時には主と共にこの場所に居ました』

『日本のどこかみたいな街並だけど、この空間自体は閉鎖されているみたいだねぇ。ある程度先までは風が届かなくなってるよ』

 

 ふむ、やはり閉鎖された空間の中か。

 周辺空間の違和感から何となく察してはいたが、ハスターがその予想を確定させてくれた。

 

 僕のドラゴンとしての姿がアポカリプスドラゴンに近いせいか、ここ最近は時空間に対する感覚が鋭敏になってきている。

 その感覚が、今居る空間の異常性を教えてくれた。

 幻想郷は結界で隔離されているだけで、外の世界とは地続きとなっている訳だが、この空間は外側と地続きになっているという事も無く完全に隔離、あるいは遮断されている。

 いや、遮断されているというよりこれは……まるで写真の様に、現実に存在する土地を写し取ったかのような?

 

 僕が自身の感覚から得られた情報を元に、この空間について考察をしていると、黙って熟考を始めてしまった僕にクトゥグアが声を掛けて来た。

 

『―――主よ。考察も大事ですが、まずは周辺の探索をしてみませんか? 少なくとも、ここに留まるよりは多くの情報を得られると思いますが』

『ボクも賛成ー。折角外の世界っぽいとこに来たんだから、ついでに何か使えそうな物も拾って行こうよ』

「っ! ……そうか、確かにこれは外の世界の道具を大量獲得するチャンスだな」

 

 結局の所、無縁塚に流れ着く道具と言うのは、外の世界で忘れられてしまう様な物、使われなくなって忘れられた型落ちの様な物が多い。

 だが、外の世界そのものでは無いにしても、外の世界の都市部に限りなく近いこの場所なら、幻想郷に流れ着く物よりもずっと新しい道具が大量に手に入るかもしれない。

 

 なに、どうせ放っておけば全て燃え落ちてしまうんだ。

 まだ使える道具が無為に失われるのはあまりにしのびない。その前に僕が回収、いや保護するというだけだ。

 一体誰が、僕の行いを責められるだろうか? いや、責められる者など居ないだろう。

 何せ、この場には僕たちしかいないからね!

 

「よし、そうとなれば早速色々探そうじゃないか。ハスター、まだ火の手が回っていない建物を探してくれ。出来れば何かしらの販売店が見つかると良いんだが」

『了解~』

『あの、良いのですか主? 早く幻想郷に戻った方が良いのでは? 皆心配していると思うのですが……』

 

 探索に乗り気になった僕とハスターに対し、クトゥグアは皆が心配するからと早く変える事を勧めて来た。

 まぁ、確かに皆を心配させるのは本意では無いが……。

 

「……まぁ、大丈夫だろう。幻想郷には僕の写身を残してあるしね」

 

 七夕祭りの際に召喚した僕の分身体である白銀竜の写身は、現在博麗神社の境内に常駐している。

 僕と写身は常にお互いの五感を始めとした感覚を共有している為、皆への説明は写身に任せれば大丈夫だ。

 空間が遮断されている為か、念話も通じそうにないが、いざとなれば写身側から僕らを幻想郷に召喚すれば直ぐに帰還する事は可能だ。

 謎の異空間に来たと言えば大事に聞えるが、いつでも帰れるという点を考えれば、ちょっとした遠出と変わらない。

 原因は不明だが、珍しい体験なのだから僕は色々見て回るつもりだ。

 

「なに、向こうで何かあれば写身経由で直ぐに伝わるんだ。店の事は他の邪神たちに任せられるし、紫にバレ……戻って来いと言われるまでの間に、なるべく探索しておこう」

『今完全にバレるまでって言いかけましたよね? はぁ……我が主、また紫殿に叱られるのではありませんか』

「その時はその時だよ。こう言うと変な意味に取られそうだから言わないけど、紫に叱られるのは結構楽しいんだよね」

『マスター、Mなんですか?』

「そう言う事じゃないんだって」

 

 それなりに長く生きて来たが、誰かに叱られたという経験はとても少ない。

 紫以外で僕を叱るような存在と言えば、霧雨の親父さんと慧音くらいかな?

 三人とも、僕にとって大切な友人だったり恩人だったりと、叱られるからと言って苦手意識を持つような相手では無い。

 寧ろ、僕に真っ直ぐ向き合って叱りつけてくれると言うのが、とても嬉しく感じたりする。

 まぁ叱っている側からしたら、叱られて寧ろ喜んでいる何て、迷惑な話だろうが。

 

「兎に角だ、この場所自体もこの場所に着た経緯も謎だらけな訳だし、まずは色々と見て回ろう」

『行こう行こう~』

『了解……主よ、寧ろ紫殿に叱られるのを望んでいるという事はありませんよね?』

「だからそうじゃ無いって」

 

 どうもクトゥグアに変な誤解をされたかもしれない。

 被虐趣味でもあるまい、叱られて喜ぶ趣味なんて無いんだけどなぁ。

 僕はただ、紫が僕の目を真っ直ぐ見つめて話をしてくれる時間が好きなだけだよ。

 

 

 

 幻想郷の皆への連絡を写身に任せつつ、僕らは燃え上がる街の探索をした。

 僕は手にした涅槃の杖を使って瓦礫をひっくり返したりしながら、能力を使ってこの街についての情報を集めた。

 この街は『冬木市』と言う街であり、この空間自体は『特異点』と言うものであるようだ。

 

 僕らは数時間探索を続けたが、生存者の類を見付けることは出来なかった。

 代わりに居たのはモンスターの類、動く骸骨であるスケルトンの集団に何度か遭遇した。

 最初に見た時はこの街の住人たちの成れの果てかとも思ったが、剣や槍、弓などの現代日本では手に入れる事が難しいであろう武器を装備した者ばかりであり、どうも現地住民の成れの果てと言う訳では無いようだ。

 能力を使って調べた結果だと、この特異点で自然発生する特性を持つらしい。

 まぁ、妖精が自然発生している様な物だと考えれば、この数も納得出来るんだが―――

 

「―――それにしても、折角の戦闘なんだからもう少し歯ごたえが欲しい所だね」

『主が歯ごたえを感じる程度の敵と言うと、難しいのではないでしょうか?』

『この空間自体は特異なものだけど、内包してる魔力はそれほど多くないみたいだからねぇ。マスター基準での強敵を呼ぶには、リソースが足りないかなぁ?』

 

 僕のちょっとしたボヤキにクトゥグアとハスターがそう返して来た。

 ハスターの言う通り、この特異点に満ちる魔力の濃度は幻想郷に比べるとあまりに薄い。

 これじゃあさっきから遭遇しているスケルトンの集団くらいしか呼べないか。

 ごく少数なら、強力な存在も呼べるかもしれないが、生憎そう言ったものとはまだ遭遇出来ていない。

 折角多少羽目を外して暴れても問題無さそうな場所なんだから、出来ればもっとギラギラした殺意満点のケダモノみたいなのが出て来てくれると嬉しいんだけどなぁ。

 

「……ん?」

『おや?』

『あれぇ?』

 

 探索を続けていると、今まで感じていたスケルトンたちとは別の反応、生きた人間の気配と魔力を感知した。

 その方向に目を向けると、丁度そこには白を基調とした何処かしらの組織の制服を纏った、日本人らしき少年がスケルトンたちに襲われている所だった。

 少年は必死に逃げているようだが、弓持ちのスケルトンが狙いを定めている。

 捕まるのは時間の問題だろう。

 

 まぁ、僕に取っては僥倖と言うべき出会いだったが。

 

「生存者が居てくれたか。丁度良い、彼から話を聞くとしよう」

『生存者、と言ってもこの町の住民では無いように思われますが』

『服が全然汚れて無いもんねぇ。ボクらみたいに、突然この空間に連れ込まれちゃったんじゃないかな?』

 

 確かに、この街で生き残っていたというには、彼の服は焦げ目も煤汚れも全くなかった。

 ハスターの言う通り、どこか別の場所からこの特異点に引き摺り込まれた可能性が高いだろう。

 まぁ、それはそれとして、話は聞きたいしさっさと助けてしまおう。

 

(ショート・ジャンプ!)

 

 短距離転移呪文でスケルトンから逃げる彼の背後へと跳び、彼の背に迫ったスケルトンの矢を杖で払い落とす。

 

(パルスレーザー・バースト!)

 

 そのままスケルトンの集団に向けて光魔法の攻撃呪文を薙ぎ払うように放って殲滅する。

 やっぱり物足りないなぁ。

 

 そう感じつつ振り向くと、背後の僕に気付いて振り返り、スケルトンが排除されたのを見て立ち止まったらしい少年と目が合った。

 能力によると、この少年の名前は『藤丸立香』と言うそうだ。

 さて、彼には色々と聞きたい事があるが、まずは挨拶をすべきだろう。

 怖がらせない様に、笑顔を意識しなくちゃね。

 

 

 

 何故か笑顔を意識した瞬間、幻想郷の皆が揃って手を交差させて、大きなバツマーク作っている姿が思い浮かんだ。




転生香霖「怖がる事は無い。安心して、ゆっくり話をしようじゃあないか」(ニッコリ)


SANチェックが発生しそうな光景だけど、ぐだなら余裕で耐えそう。
精神の頑丈さのヤバさは、数億年這いずり状態でも心が折れなかったザビの方が有名だけど、ぐだもかなりヤバいんだよなぁ。



追記。
仮ステータス乗せるの忘れてたので追加しておきます。


【真名】 森近霖之助
【クラス】 フォーリナー
【属性】 中立・中庸
【時代】 現代
【地域】 幻想郷
【筋力】 A
【耐久】 A
【敏捷】 A
【魔力】 EX
【幸運】 A+
【宝具】 EX


『保有スキル』

・キュリオスフェロー:EX

・フォーマルハウトの大火:A+++

・アルデバランの追い風:A+++


『クラススキル』

・領域外の生命:EX

・神性:A

・闘争の化身:EX

・三界蹂躙:A+++

・召喚術を操る程度の能力

・浄土曼荼羅:A+


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第五十五話 「転生香霖と天文台の魔術師」

感想欄を見ているとFGO一部の冬木だと思っている方が多いようですが、ぐだの時系列は二部二章クリアから二部三章開始の間くらいです。(正確には二部三章のプロローグ辺り)

冬木の時点から転生香霖が仲間になってると、原作ブレイクが置きまくるししょうがないね。(誰か特異点Fで召喚したのがサモナーさんだった二次とか、書いてもええんよ?)



追記。
記載し忘れた情報があったので、あとがきに加筆をしました。


 さて、まずはどう声を掛けるべきか? と逡巡していると、助けた少年『藤丸立香』くんの方から声を掛けて来た。

 

「あの、助けていただいてありがとうございます」

 

 そう言って礼儀正しく頭を下げて来る。

 ふむ、驚き固まる事も無く、僕が何者なのか尋ねるよりも先に、まず礼を言えるのか。

 しかも、逡巡していた僕よりも先に行動したという事は、助けられたのだと認識して直ぐに礼を言うべきだと判断して行動に移ったという事だ。

 偏見かも知れないが、現代人にしては随分と礼儀正しい子だな。

 つい先ほどまで命の危機だったというのに礼節を持って行動出来る辺り、肝が据わっているというか大物と言うか。

 まぁ、好感の持てる相手である事は間違いない。

 この礼儀正しさ、うちの子たち(主に霊夢と魔理沙)にも分けて貰えない物だろうか……?

 

「……あの?」

「ん? ああすまない、少し呆っとしていた」

「ああいえ、こちらこそ急に話しかけてすみません」

「いやいや、こちらこそ」

「いえいえ、こちらこそ」

 

 

 日本人特有の軽い謝罪合戦をしばらく続けてから、僕らはお互いに自己紹介をした。

 

「改めて、ありがとうございます。オレは『藤丸立香』って言います」

「どういたしまして、と言っておくよ。僕は『森近霖之助』だ。よろしくね、藤丸くん」

「はい、森近さん」

「僕の事は霖之助で良いよ」

「なら、オレの事も立香でお願いします。霖之助さん」

「ああ、判ったよ。立香くん」

 

 お互いに握手をしながら名前を呼び合う。

 うーん、実に普通の挨拶だ。ここが人っ子一人いない炎上した都市の真っただ中で無ければの話だが。

 

「それから、こっちの火の玉が『クトゥグア』で、雨合羽を着た小さいほうが『ハスター』だ。どっちも僕の従者みたいなものだよ」

『うむ、よろしく頼む。藤丸殿』

『よろしくねぇ~、藤丸くん』

「よろしく。クトゥグア、ハスター。二人?もオレの事は立香で良いよ」

『了承した。立香殿』

『判ったよぉ。立香くん』

 

 僕が紹介したクトゥグアとハスターに対しても、立香くんは友好的に挨拶を終えた。

 これ地味にすごくないかな? 邪神相手にここまでフレンドリーに接せるとか。

 と言うか、驚かないんだね。火の玉と雨合羽を着た蜥蜴っぽい謎生物が喋っているのに。

 やはり大物か?

 

「喋れる火の玉と、雨合羽を着た蜥蜴? って初めて見ましたよ。マシュにも見せてあげたいなぁ」

 

 そう言って立香くんは、子供みたいな好奇心満点の目でクトゥグアとハスターを見つめている。

 うーん、大物では無く天然なのか? いやでも、この状況でこの余裕はやはり大物か。

 

 まぁ、そんな事は置いておいて、だ。

 自己紹介も済んだことだし、お互いについての情報交換をしよう。

 僕はまぁ何とかなるが、立香くんが帰る当てがあるのかが心配だな。

 

 

 

「幻想郷……忘れられた者達の集う、妖怪たちの楽園ですか……」

「カルデア……人理漂白に、異聞帯や異星の神との戦い……か」

 

 ハスターが見つけてくれた、火災に巻き込まれていない無事た建物で休みながら、僕らはお互いについての話をした。

 

 ざっと聞いた限り、立香くんは随分と過酷な戦いを経験し、生き残って来たようだ。

 その境遇、特に戦いの連続だったという部分を羨ましく感じるのは、やはり不謹慎な事だろう。

 表に出さない様に心掛けはしたが、立香くんは何となく察している様でもあったが。

 

「肝が据わっているとは感じていたが、随分と過酷な戦いを経験して来たんだね」

「過酷なばかりと言う訳でも無かったんですけどね。それに、一緒に戦ってくれる仲間たちが居たから、ここまで来れました」

 

 そう話す立香くんの横顔からは、その仲間たちに対する誇らしさが浮かんでいた。

 

 滅びた世界、あるいは滅びかけた世界で戦い続ける、か。

 前世の僕も滅ぼされかけの世界で戦い続けたが、彼とは違い一人きりでの戦いだったな。

 まぁ立香くんとは違い、世界を救うためでは無く自身が楽しむための戦いであったわけだから、あまり褒められた動機の戦いでは無かったと自覚しているが。

 

 結局の所、最後だって………?

 

「ッ!?」

「!? 急にどうしたんですか? 霖之助さん」

「い、いや、何でも無いよ……」

『主よ! 一体何が?』

『マスター。気分が悪そうだけど、大丈夫?』

「ああ、大丈夫だ……」

 

 立香くんやクトゥグア、ハスターが心配そうに僕の顔を覗き込んで来る。

 大丈夫だと口にしてはいるが、動揺して取り繕うことが出来ていない。

 それほどの衝撃が、僕の心を襲っていた。

 

 何故、今まで疑問に思わなかったんだ?

 僕は……オレはいつ、どうやって死んだ?

 漠然と死んだと思っていただけで、僕は前世でいつどうやって死んだのかの記憶が無い!

 

 死んだ瞬間の記憶が無いのならまだ判る。

 前世では警戒して常に停滞フィールド展開しながら移動していたが、停滞フィールドを突破する未知の兵器でも使われたのなら十分あり得る話だ。

 だが、死ぬ前後の記憶がまるで無いと言うのも、その事に今の今まで気付かなかったのも、明らかにおかしい!

 

 ……そもそも、僕が転生したのは偶然だったのか?

 幻想郷にも居る閻魔の様に、世界には輪廻を司る超常の存在が居る事を僕は知っている。

 僕が前世の記憶と能力を持って転生したのも、そう言った存在に介入された結果である可能性は非常に高いのではないか?

 

 それに、写身経由で煙晶竜から聞いた話から察するに、今回の事態は僕の能力が完全になる予兆の様な物であるみたいだが、何故それでこの特異点に来ることになったんだ?

 今この場に居るのも、その何者かの意思によるものでは無いのか?

 

 ……あくまで仮定の域を出ないが、心に留めておくに越した事は無いだろう。

 あるいは、この特異点を調べる内に何か判明するかもしれない。

 そう結論付けて、僕は気持ちを切り替えた。

 

「ふぅ……よし、もう落ち着いた。心配をさせてすまなかったね」

「いえ、大丈夫ならよかったです。けど、何かあったら遠慮なく言って下さい。あまり力にはなれないかもしれませんが」

「いや、そう言って貰えるだけでも十分だよ」

 

 やはり良い子だね、立香くんは。

 今は元居た南極のカルデア本拠地を離れ、彷徨海とやらのお世話になっているそうだが、帰る当てはあるのだろうか?

 

「ところで立香くん、この特異点から帰る当てはあるのかい? 僕らの方は、戻ろうと思えばいつでも戻れるけど」

「あはは。当ては無いですけど、帰れる自信はありますよ。結構いつもの事ですから」

「そうなのかい?」

 

 聞くと、立香くんは結構な頻度で夢を通じてこういった異空間に引き摺り込まれることが良くあるそうだ。

 眠るたびに命の危機に見舞われるなんて、眠るのが怖くならないのかい? と尋ねると、慣れましたと笑顔で返されてしまった。

 苦労しているなぁ……。

 

「……まぁ、こうして出会ったのも何かの縁だし、君がきちんと帰れるのを見届けるまでは一緒に居るとするよ。クトゥグア、ハスター、立香くんの護衛を任せるよ」

『承知しました』

『おっけー』

「すみません、お世話になります。霖之助さん、クトゥグア、ハスター」

 

 

 

 こうして、僕らは汎人類史最後のマスターである『藤丸立香』との縁を結んだ。

 まさかこの出会いをきっかけに、幻想郷とカルデアで起こる様々な事件や異変に、お互いに巻き込んだり巻き込まれたりするようになるとは、この時は僕も立香くんも夢にも思っていなかった。

 いや、立香くんの場合はそれまでの経験から何となくそうなるのではと思っていたみたいだが。

 

 

 

「ところで立香くん」

「はい、何ですか?」

「カルデアでは人類史に刻まれた英霊たちを使い魔の一種として召喚しているんだよね?」

「ええ、正確には英霊の影法師をいくつかあるクラスの型に当てはめたサーヴァントとして召喚しているそうです。オレは細かい原理とかは詳しくないんですけど」

「ふむ、そうかい……なら、戦力は多いに越した事は無いし、この場で一騎召喚してみようか?」

「ええ!? 出来るんですか?」

「ああ、カルデアの方式とは違うだろうが、僕も英霊召喚を行うことは出来るよ」

 

 呼び出すのは……そうだな、彼女が良いだろう。

 僕が初めて召喚した英霊であると言うのもあるが、彼女の回復能力は非常に便利だし、彼女の騎乗馬に立香くんを同乗させて貰えば、移動もずっと楽になるだろう。

 

 そうと決まれば、善は急げだ。

 僕は早速、自身の能力を使って英霊召喚の呪文を発動させた。

 

(緋炎聖女!)




次回、この作品だと人伝に魔理沙が召喚したって話を聞くだけだった、英霊召喚を転生香霖が使います。お楽しみに!



転生香霖のスキル解説のコーナー

『キュリオスフェロー:EX』

元ネタは東方鈴奈庵での霖之助の二つ名『古道具屋のキュリオスフェロー』から。
意味合い的には『骨董品の研究者』。

古道具を拾い集め、それを考察し利用する森近霖之助の生き方そのもの。
自身の持つ『見たものの情報を閲覧する程度の能力』とゲーム時代の倒した相手からドロップアイテムを得るというシステムが一体化したことで発現したスキル。
相手の持つ物品の真名、用途、使用方法を例え隠蔽されていようとも看破して把握し、それを奪い取る事で我が物とする事すら可能な反則能力。

物品系の宝具なら、ランクに関わらず真名解放が可能であり、奪い取る以外にただ相手を殺すか拘束する、気絶させるなりするでもドロップアイテムとして獲得可能。
但し前述した通り、奪える宝具は物品系に限られており、ヘラクレスの持つ『十二の試練』の様な肉体に付加された祝福の様な宝具は奪い取れない。

(追加分)

キュリオスフェロー。『骨董品の研究者』の意味を持つこのスキルの真価は、相手の宝具を奪った先ある。
研究者である事を示すこのスキルの真価とは、他者の宝具を解析し、その情報を元に新たな宝具を作成する事にある。
視認にしただけであらゆる情報を看破する瞳と、その情報を元に宝具を作成する技術こそがこのスキルの核であり、他者の宝具を奪えることはそのオマケでしかない。

本スキルをEXランクで所持する森近霖之助は、素材さえあれば対界宝具すら製作可能であり、その素材は大体アイテムボックス内に所有している。


盗むわけじゃない。ただ正面から殴り倒して、戦利品として鹵獲するだけだよ。(by森近霖之助)


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第五十六話 「転生香霖と緋炎聖女」

サモナーさんが初めて召喚した英霊はジャンヌ・ダルクでしたが、作者がFGOで初めて引いた星五のサーヴァントもジャンヌだったりします。

ちょっとした共通点ですねw


(緋炎聖女!)

 

「っ?」

 

 無詠唱で英霊召喚の呪文を唱える。

 本来なら、そのままこの場に英霊が召喚されるのだが、どうにも様子がおかしい。

 呪文を唱えるのと同時に地面の上に初めて見る術式が浮かび上がり、その更に上に十数個の光球が円形に出現する。

 その光球は虹色の光を伴いながら高速回転を始め、三つの光の輪となって広がったかと思うと次の瞬間、閃光と共に大きな馬に騎乗した甲冑姿の人物が出現した。

 

「サーヴァント・ライダー。『ジャンヌ・ダルク』、参上しました。こうして顔を合わせるのは随分と久しぶりですね、キース」

 

 鎧の中からくぐもった女性の声が聞こえて来る。

 前世の僕の名を口にしながら兜を脱いだその女性は、嬉しさとも懐かしさともつかない笑顔を浮かべた。

 『ジャンヌ・ダルク』。そう名乗った以上、間違いなく彼女は僕の英霊召喚で呼び出された英霊だ。

 

 ―――そのはずなのだが………

 

「え、いや、誰……?」

「え?」

 

 僕が困惑しながらそう呟くと、隣の立香くんが驚きながら僕へと振り返る。

 それに対し、ジャンヌ・ダルクを名乗った女性は笑顔を引き攣らせながら下馬すると、つかつかと歩いて僕の目の前に立ち、ビシッと僕へ指を突き付けた。

 なお、彼女の身長は僕と比べて顔一つ分以上低い。

 

「あなたに召喚された! 緋炎聖女の英霊! ジャンヌ・ダルク! です! いくら以前会ってから千年以上の時が経っているとは言え、共に数々の戦場を乗り越えた私を忘れたのですか!? キース!!」

「いや、ジャンヌ・ダルクにお世話になったことはもちろん憶えているけれど……本人なのかい? 以前会った時と、姿が全然違うじゃないか」

「そうなんですか?」

 

 知っているジャンヌ・ダルク姿と全然違うと僕が言うと、立香くんが不思議そうにそう訊ねて来た。

 どうも、立香くんはジャンヌ・ダルクがこの姿である事に疑問を抱いていない。というより、この姿であるのを当然だと感じているようだった。

 カルデアには様々な英霊が召喚されているそうだし、立香くんの知るジャンヌ・ダルクはこの姿なのかもしれない。

 

 しかし、僕が前世で召喚していたジャンヌ・ダルクは全く姿が違っている。

 ゲーム時代の彼女は、男装の麗人という言葉がピッタリの凛々しい女性だった。

 だが、今目の前に居る彼女は、幾分幼さも残した少女の姿をしている。

 年の頃は、霊夢たちよりも上、咲夜と同じくらいだろうか?

 

 僕と共に戦った記憶があるなら、彼女は僕の知るジャンヌ・ダルクの筈だが、姿は立香くんの知るジャンヌ・ダルクのものであるらしい。

 先程の召喚時に浮かんだ術式に関係があるのだろうか?

 そう考えていると、ジャンヌ・ダルク本人が答えを教えてくれた。

 

「……本来今の私は、あなたの能力に組み込まれた存在ですが、この特異な空間で召喚されるに当たり、こちらの世界のジャンヌ・ダルクと統合された状態で召喚されてしまったようです。サーヴァントのクラスに当てはめられているのが、その証拠ですね」

 

 自分で説明しながら、僕が困惑した事について納得してくれたらしいジャンヌ・ダルクは、ふっと息を吐いて表情を穏やかなものに戻した。

 

「ともかく、これで私があなたの知るジャンヌ・ダルクであるという事には、納得して貰えましたか? 何なら、あなたの『眼』で確認してくれても良いのですが」

「いや、それには及ばないよ。嘘をついていないという事ぐらいは判るしね」

 

 彼女の申し出を断りつつ、僕は彼女に握手を求めて手を差し出した。

 

「改めてお久しぶりです、ジャンヌ・ダルク。またお世話になります」

 

 僕がそう言うと、ジャンヌ・ダルクは苦笑しながら握手に応じてくれた。

 

「あなた以外ならそのままの意味で受け取るセリフですが、お世話になりますと言うのは、また稽古をつけて欲しいという話ですか?」

「ええ、是非に」

「千年以上も経っているというのに、全然変わっていませんね、あなたは。それでこそキース、と言うべきかもしれませんが」

 

 手加減はしませんよ、そう言いつつ手を握り返してくれた彼女に対し、感慨深い気持ちになる。

 ゲーム時代はこうして言葉を交わすことは出来なかった為、こうして会話出来ている状況が妙に嬉しく感じる。

 これならもっと早く他の英霊たちも召喚するべきだったな。話したい事や聞きたいことは山ほどあるというのに。

 と言うかそもそも、魔理沙が夢幻放浪の英霊たちと会話しているという話しは既に聞いていたじゃないか。僕ってば抜けすぎ!

 

「……あの、オレも挨拶しても良いですか?」

「ああ、すまない。置いてきぼりにしてしまったね。ジャンヌ・ダルク、彼は藤丸立香くん。僕の同行者だよ」

「ジャンヌで構いませんよ、キース。それに、もっとフランクに話してくれて構いません。 ――では改めて、初めまして、カルデアのマスター。あなたの事は、こちらの私の記録からある程度知識として知っています。私は緋炎聖女ジャンヌ・ダルク。あなたの知る私とは半分くらい違うので戸惑う事もあると思いますが、よろしくお願いしますね」

「こちらこそ、よろしくお願いします。 ……ところで、キースって言うのは?」

 

 ジャンヌと挨拶を交わした立香くんが、首を傾げながら訊ねて来る。

 当然の疑問だね、僕は立香くんに森近霖之助としか名乗っていないのだから。

 前世云々のややこしい話は抜きに、ざっくりと説明しよう。

 

「キースと言うのは、僕が昔名乗っていた名前だよ。今は森近霖之助と名乗っているしそう呼ばれているけど、当時からの知り合いは僕の事を今でもキースと呼ぶんだ」

「なるほど」

 

 大分ざっくりした説明だが、立香くんが納得してくれたし問題無いだろう。

 それより、僕も一つ気になっている事があるのだが……。

 

「ジャンヌ、さっき前に会ってから千年以上経っていると言っていたけど、どういう事なんだい? そんなに長くは経っていないと思っていたんだが」

 

 もしかして、僕が死んでから転生するまでの間に数百年の間があったのかな?

 そう思って訊ねると、ジャンヌは頭が痛そう溜息を付きながら答えてくれた。

 

「はぁ……キース、前々から言いたかったのですが……」

「?」

「あなた自分が数百歳だと思ってますけど、違いますよ? あなたはとっくに千三百年以上生きています!」

「???」

 

 え? マジで?

 

「千三百年……霖之助さんってそんなに長生きだったんですか?」

「ええ、本人に自覚が無かっただけでそんなに長生きだったんです」

 

 立香くんとジャンヌがそんな風に話し合っているが、ちょっと頭が追い付かないな。

 えぇ~、そんなに経ってたのか? ……全く自覚なかったなぁ。

 

「精々長くても六~七百歳程度だと思ってたよ……」

「キースの生まれは、西暦換算なら大体680年代の初頭頃ですよ? それなのにどうして、今までその半分程度だと思っていたんですか?」

「いや、暦とかいちいち確認して無かったから……」

「それにしたって、六~七百年はサバ読み過ぎです!」

「仰る通りで」

 

 参ったなぁ。西暦680年代初頭って言う事は、妹紅よりも年上って事じゃないか。

 今まで散々妹紅の事を年上扱いしておいて、僕の方が親子ほどに年上とか……一発二発殴られる覚悟はしておいた方が良いかもしれない。

 

「ふぅ、長年言いたかったことがようやく言えました。それで、これから二人はどう行動しようと考えているんですか? 私はもちろん何処へだろうと着いて行きますが」

「それについては――『主よ、ハスターが帰還しました』『ただいまぁ~、マスター』――お帰り、ハスター」

 

 ジャンヌを召喚している間、周囲の監視と警護を頼んでいたクトゥグアが、立香くんから提供された情報を元に冬木の街の探索に出ていたハスターを連れて戻って来た。

 これだけ早く帰って来たという事は、目的の物が見つかったかな?

 

 まぁその確認の前に、とりあえずジャンヌの紹介をしようか。

 

「クトゥグア、ハスター、彼女は僕が召喚した英霊のジャンヌ・ダルクだ。ジャンヌの方は……」

「私への紹介は不要ですよ。非召喚状態の時にあなたが見聞きした情報は、私たちにも共有されていますから。初めまして、クトゥグア、ハスター。私はジャンヌ・ダルクです」

『クトゥグアが。よろしく頼む、ジャンヌ殿』

『ハスターだよ。よろしくね、ジャンヌちゃん』

 

 三人が軽く自己紹介を済ませたところで本題に入るとしよう。

 ハスターは何か見つけてくれただろうか?

 

「それでハスター、立香くんから聞いた例の場所には何かあったかい?」

 

 『例の場所』というのは、以前立香くんがこの冬木の地で『聖杯』と言うものを見たという大洞窟の事だ。

 立香くんは何度もこの特異点に足を踏み入れているそうだが、大体の異常の原因はその場所で見つかる事が多いらしい。

 

『うん、中までは確認出来なかったけど、その場所から強い魔力を感じたよ』

「ビンゴだね。早速その場所に向かおうかと思うけど、立香くんやジャンヌはどうだい?」

「俺は賛成です。戦いは皆さんに任せっきりになっちゃいますけど」

「私もです。もっとも、私はどこへだろうとあなたと共に進むだけですが」

 

 二人共賛成してくれるなら、善は急げだ。

 特に立香くんは早く仲間たちの元に帰りたいだろうし、警戒しつつ駆け足で進むとしよう。

 

『あ、けど一つだけ注意した方が良い事があるよ』

 

 出立しようと杖を手に取ると、ハスターがそう言ってからその場に立体映像の様な物を映し出した。

 そこには、黒い煙か何かに包まれた様な、巨大な人型の何かが存在していた。

 

『洞窟の入り口前にこいつが居たんだぁ。多分番人か何かかな?』

「これは……ヘラクレス!」

「知っているのかい? 立香くん」

 

 黒い人型の正体を立香くんは知っていたらしく、『ヘラクレス』と口にして驚いていた。

 ヘラクレスと言えば、僕の英霊召喚呪文の一つである『剛力無双』の英霊であり、星座にもなっているギリシャ神話の大英雄だ。

 

「映像を見ただけですけど、間違いなくヘラクレスのシャドウサーヴァントだと思います」

「シャドウサーヴァント……か」

 

 立香くんの話だと、確か何かしらの要因で劣化したような状態のサーヴァントだったかな?

 劣化しているとなると、あまり期待できないかもしれないが……ま、本命は洞窟内の魔力反応の元な訳だし、ウォーミングアップだと考えれば丁度良いか。

 

「うん、行こうか」

「行くんですか!? ……その、例えシャドウサーヴァントでも、ヘラクレスは物凄く強いですよ?」

「なぁに、何とでもなるよ」

 

 と言うより、強敵であるなら寧ろ望むところだ。

 獣の様な狂気を撒き散らしながら、全力で殺しにかかって来て欲しい所だね。

 それくらいが僕の理想だ。




転生香霖が召喚したジャンヌの状態は、外見がFateで中身が緋炎聖女って感じです。


【真名】 緋炎聖女ジャンヌ・ダルク
【クラス】 ライダー
【属性】 秩序・善
【時代】 現代
【地域】 幻想郷(森近霖之助)
【筋力】 B++
【耐久】 B++
【敏捷】 A+
【魔力】 A+
【幸運】 B+
【宝具】 A++


『保有スキル』

・緋炎聖女:A++

・啓示:A

・魔力放出(炎):A+


『クラススキル』

・対魔力:EX

・騎乗:A++

・神殺しの同胞:EX


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第五十七話 「転生香霖と大英雄の影」

Q、作者の思う主人公と相性の良さそうなサーヴァントは?

A、長尾景虎かな? 何となく、転生香霖と景虎さんは相性が良い様に感じる。なんでだろうなぁ(棒)


「霖之助さんて、色んな武器を使うんですね」

「うん? まぁそうだね」

 

 ハスターが見つけた洞窟を目指しての移動中、何度目かのスケルトンたちの襲撃を撃破したところで、立香くんが僕の手にする武器を見ながらそう言って来た。

 

 僕が今手にしているのは、『オリハルコンメイス』と『オリハルコンラブランデス』の変則二刀流だった。

 その前にも、立香くんの見ている前で剣や槍、両手斧や大鎌など、色々な武器を使ってスケルトンを倒して行ったのだが、その様子が立香くんの目に留まったようだ。

 

「色々な武器を切り替えて使うのは珍しいかい?」

「ええ、まぁ。カルデアにも武器を切り替えて戦う人は居ますけど、基本的に一つか二つの武器を使うって人が多いですね」

 

 立香くんがそう説明すると、騎乗したジャンヌが補足説明をして来た。

 

「サーヴァントの場合、持っている武装がそのまま『宝具』である事も多いですからね。使わないというより、持ち込めないと言った方が正しいかも知れません」

「『宝具』……か」

 

 『宝具』、あるいは『ノーブル・ファンタズム』。

 英霊の象徴となる切り札と、立香くんは言っていたかな?

 時にそれは英霊の持つ名剣、魔剣の類だったり、英霊の逸話を体現した特殊能力だったりと種類は様々。

 有名どころだと、アーサー王の持つ聖剣『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』だとかが宝具に当たるそうだ。

 

「幻想郷、というか僕の居た世界には無かった概念だね。ジャンヌも持っているのかい?」

「ええ。こちらの世界の私から引き継いだものに加えて、緋炎聖女であるこの私がサーヴァントとして成立した時に獲得したものも所有しています。この子も宝具扱いなんですよ?」

 

 そう言いながら、ジャンヌは騎乗している馬の首筋を撫でた。

 

 彼女が騎乗しているのは、ホース系統の召喚モンスターの最終進化先の一つ、『キングスホース』である。

 僕の場合は進化先として選ばなかったから、その性能や特性は気になるところだ。

 宝具としての名前は『王者の軍馬(キングスホース)』と言うそうだ。

 

「確かライダークラスは、多くの宝具を持てるクラスなんだったっけ? 他にはどんなものを持っているんだい?」

「そうですね……」

「あの、それってオレが聞いちゃっても良いんですか?」

 

 立香くんが少し心配そうにそう訊ねて来る。

 確か、基本的に英霊の真名や宝具に関する情報は隠匿するものだったか。

 まぁ、手の内を隠すのは当然のことではあるが……

 

「別に構わないよ。僕と立香くんは別に敵対していると言う訳では無いし、一応は共闘関係なんだから、情報の共有はしておこう」

「あはは……共闘と言っても、オレは全然役に立ててませんけどね」

「なに、情報提供をしてくれたという時点で、君は既に貢献してくれているさ。何せ、僕はサーヴァントや特異点に関する知識は全く持っていなかったからね」

 

 僕の眼は見ただけで対象の情報を全て看破するが、別に全知である訳では無い。

 その場にあるものと無関係の情報は、どうやったって引き出すことは出来ないのだ。

 その点で言うと、立香くんはただ闇雲にこの特異点内を歩き回るだけでは知り様の無い情報を数多く提供してくれた。

 僕の方が、先に多くのものを貰っている状態なのだ。

 こうして僕が護衛を務めているのは、その対価に過ぎない。

 

「ジャンヌ、立香くんにも君の宝具の説明をしてあげてくれ」

「判りました。 ―――私の持つ宝具は四つ、こちらの私から引き継いだ結界宝具『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』と特攻宝具『紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)』、そして先ほど説明した『王者の軍馬(キングスホース)』と、それから―――」

 

 

 カタカタカタッ

 

 

 ジャンヌが四つ目の宝具の名を口に出そうとしたところで、再びスケルトンの集団が現れた。

 

 話の途中で無粋な。

 さっさと片付けて続きを聞こうと思い、範囲攻撃呪文で纏めて消し飛ばそうとすると、それをジャンヌが手で制して来た。

 

「丁度良いので、任せて貰えますか? 四つ目の宝具の実演を見せましょう」

「ふむ、そう言う事なら……立香くんも構わないかい?」

「はい。 ……けど、一人で無茶しないで下さいね?」

「ふふっ、ええ、気を付けます。けど、そのセリフが世界一相応しいかも知れない人が隣に居ますよ?」

 

 立香くんの「無茶しないで」と言う言葉に対し、ジャンヌは僕に目を向けながら笑っていた。

 おかしいな? 僕は無理も無茶も無謀もしない主義なんだが。

 ちょっとお互いに認識の違いがあるのでは? と思ったが、それを問いただす前にジャンヌはスケルトンの群れへと突貫して行ってしまった。

 

 ジャンヌの主武装である槍の穂先を持つ旗を真っ直ぐに構え、ジャンヌ自身や騎乗しているキングスホースから炎が巻き起こる。

 それらは断続的な爆炎と衝撃波を放ち、その勢いに更に後押しされるように加速して、ジャンヌは敵陣へと突っ込んだ。

 

 

「『爆ぜ轟け、激震の穂先(デトネーション・マキシマム・チャージ)』―――ッ!!!」

 

 

 着弾と共に天を衝く様な火柱が立ち、轟音と振動が周囲に広がる。

 ジャンヌを中心に炸裂した爆炎は、津波の様に僕と立香くんの居る辺りまで押し寄せて来た。

 

「おっと」

 

(((ウィンド・シールド!)))

(ミラーリング!)

 

 殺到する炎の津波を風の防壁で防いでいると、やがて爆炎が晴れて中から変わらぬ様子のジャンヌが姿を現した。

 

「―――これが私の第四宝具、『爆ぜ轟け、激震の穂先』です。いかがでしたか?」

「いや、いかかがも何も……とりあえずジャンヌ、僕はともかく立香くんが余波で怪我をするとか考えなかったのかい?」

「……あ」

 

 おおい! 何も考えて無かったのかよ!?

 大丈夫か、この聖女? 考え無しで突っ込み過ぎでは無いだろうか?

 

「……キースにだけは言われたくないです」

「いや、何も言っていないんだが?」

「心の中では言っていたでしょう? 判るんですよ、そう言うの」

 

 どうして誰も彼も人の心を容易く読んで来るのだろうか? そんなに僕って判り易いかなぁ?

 

「話を戻しますが、私は別に立香くんが巻き込まれて怪我をしても構わないなどと思っていた訳ではありませんよ? 立香くんは、キースや邪神たちに守られているから問題無いと判断しただけです」

「それにしたってねぇ」

「逆に聞きますが、神殺しと炎と風の邪神たちに守られている立香くんを一体誰が傷付けられるって言うんですか?」

 

 いやまぁ、確かにこのメンバーで対応しきれない攻撃なんてそうそう思いつかないけどさ。

 それでも一言くらい、突撃前に僕や立香くんに声を掛けてくれても良かったんじゃないかなぁ?

 

「あの、霖之助さん。俺は気にしてないから大丈夫ですよ?」

「そうかい? 文句があるなら遠慮せず言ってくれて良いんだよ? ある意味召喚主である僕の監督不行き届きみたいなものなんだから」

 

 立香くんの言葉に僕がそう返すと、立香くんは笑って首を振った。

 

「いいえ。ジャンヌさんがこちらへの被害を気にしていなかったのは、霖之助さんが対応してくれると信頼しているからだと感じましたから」

「……そうかい」

 

 一歩間違えば、と言うより僕が居なければ確実に死んでいただろう余波を撒き散らした相手にもそう言えるのか、立香くんは。

 何と言うか、底抜けのお人好しだな、立香くんは。

 彼がこんな人柄だから、沢山の英霊たちが立香くんに力を貸してくれているのかもしれないな。

 

 ふむ……なら、僕もジャンヌの大雑把な行動のお詫びに何か役立つ者を渡しておくか。

 

「……立香くんはそう言ってくれるが、ジャンヌの召喚主として僕は何かお詫びしたいって思っている」

「そんな、お詫びなんて良いですよ。霖之助さんが居なければ、オレはいつスケルトンたちに倒されててもおかしくなかったんですから」

「まぁまぁ、あくまで僕の気持ちの問題だから、お詫びとしてこれを受け取ってくれ」

 

 遠慮する立香くんへ、僕は半ば強引にお詫びの品を渡した。

 

「あの、これは?」

「元々あった『炎の精のランプ』と言う物を即席で改良した『緋炎のランプ』と言う物だ。きっと役に立つだろう」

 

 ランプのデザイン自体は、人里で普及している量産型の『炎の精のランプ』と同じだ。

 だが、立香くんに渡した物は台座を『涅槃の閂』、ガラス部分を『封神のフラスコ』、金具部分を『オリハルコン合金』で作成し、燃料部分に『火結晶』と『魔結晶』、『星結晶』を使用した上でクトゥグアの眷属である『炎の精』の統率個体『フサッグァ』を宿らせた特別製だ。

 更にそこへ、立香くんに手渡す際に『緋炎聖女の札』も組み込んである。

 これならば、人理を取り戻すという戦いに臨んでいる立香くんにも十分役立ってくれるだろう。

 

 ランプを見たジャンヌが思いっきり顔を引きつらせているのが気になったが。

 

「えっと、良いんですか? 何だか物凄い物に感じられるんですけど、今だって助けられてばかりのオレが貰ってしまって」

「なに、道具と言うのは必要としている者に使って貰うのが一番だよ。遠慮なく受け取りなさい」

「そうですよ、立香くん。 ……先ほどは、配慮が足りず申し訳ありませんでした。この失態はこれからの戦いで雪いでいきますので、よろしくお願いしますね?」

「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」

 

 ジャンヌが謝罪して頭を下げ、立香くんもつられて頭を下げている。

 こんな状況だというのに、妙に平和だなぁと感じてしまう光景であった。

 

「さて、それじゃあそろそろ移動しよう。いい加減、ヘラクレスの影も待ちくたびれている頃だろうからね」

「霖之助さん、楽しそうですね?」

「ああ、遠足前の小学生の気分だね!」

 

 

 

 幸か不幸か、その後はスケルトンたちの襲撃に遭遇する事も無く、スムーズに洞窟前へと辿り着けた。

 そして洞窟前には………影、あるいは黒い霧の様な物を纏った、巌の巨人が佇んでいた。

 能力で確認するまでも無い、ヘラクレスのシャドウサーヴァントである。

 

「ようやくご対面できたな。ジャンヌ」

「判っています。手出し無用、ですね?」

「ああ、当然だとも。クトゥグアとハスターは立香くんを頼むよ」

『了解』

『任せて~』

「あの、本当に一人で行くんですか? 霖之助さん」

「ああ、こればっかりは性分でね。 ――行って来るよ」

 

 心配そうに背中に声を掛けて来る立香くんに軽く腕を上げて応え、掛けていた眼鏡を外しながらヘラクレスの影と対峙した。

 

『■■■■■―――』

「……ハハッ」

 

 こちらの接近に気付いたヘラクレスと目が合い、思わず笑い声が出るのと同時に背筋が震えた。

 これは確かに劣化しているのだろう。間違いなく僕より弱いと言える。

 だが、それでも目の前に居るのはあのヘラクレスなのだ。

 理屈では無く本能、あるいは僕の中の獣が喜びと共に唸り声を上げたのを感じた。

 

 そしてそれは、ヘラクレスも同じだった。

 

『■■■■■■■■■―――――ッ!!!』

「シャァァァァァァァッーーーーー!!!」

 

 言葉などもはや不要。

 ここからは獣の様に戦うのみ。

 狂気と共に、打ち込め!




善意100%チートアイテムを渡して行くスタイル。
まぁ無双出来るほどの性能では無いから、原作ブレイクは起こらない。はず……


『緋炎のランプ』

クトゥグアの眷属である炎の精の統率個体『フサッグァ』が宿り、英霊召喚の呪文の呪符『緋炎聖女の札』が組み込まれている。
魔結晶類が組み込まれている為、使用者の魔力消費無しで利用することが出来る。
『緋炎聖女ジャンヌ・ダルク』と『フサッグァ』、『フサッグァ』の部下である大量の炎の精を自動召喚してくれるチートアイテム。



『フォーマルハウトの大火:A+++』

敵対者に災いと呪詛を齎す、炎の邪神クトゥグアの権能。
元ネタはクトゥグアと関わりが深いとされる恒星『フォーマルハウト』から。

敵対陣営は全ステータスが低下した上で、解除不能の呪詛の炎に焼かれ続ける事となる。
クトゥグアを配下とする森近霖之助は、このスキルを非常に高ランクで所持しているが、基本的に使う事は無い。
何故ならば、このスキルの大本である邪神クトゥグア自身が常に傍らにいるため、自分で使用する必要が無いからである。


『アルデバランの追い風:A+++』

味方に祝福と加護を齎す、風の邪神ハスターの権能。
元ネタはハスターとかかわりが深いとされる恒星『アルデバラン』から。

味方陣営の全ステータスが上昇し、かつ矢避けに類する加護を与える。
『フォーマルハウトの大火』同様、霖之助は基本的に使用しない。



『緋炎聖女:A++』

緋炎聖女の英霊、ジャンヌ・ダルクが持つ特殊能力。
現界中は継続的に味方陣営を癒し続け、魔力を回復し続ける。


『魔力放出(炎):A+』

緋炎聖女ジャンヌ・ダルクは森近霖之助の持つ『召喚術を操る程度の能力』に組み込まれた存在であり、霖之助の持つ技能を一部共有している。
このスキルは霖之助の持つ『火魔法』スキルとリンクしており、無詠唱で火魔法の呪文と同等の効果を発動することが出来る。



『爆ぜ轟け、激震の穂先』
ランク:A+ 種別:対軍宝具

デトネーション・マキシマム・チャージ。
元ネタはサモナーさんの持つ『馬上槍』スキルの武技『マキシマム・チャージ』と『火魔法』の攻撃呪文『デトネーション』。
デトネーションとは『爆轟』と言う意味であり、名前の通り爆炎と衝撃波を撒き散らしながら敵陣に突っ込む突撃宝具。
騎乗状態で無くとも、と言うか素手でも発動可能だが、騎乗状態の『A+』を最高威力として、非騎乗状態なら『A』、素手でなら『A-』と言った具合にランクと威力が下がって行く。


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第五十八話 「転生香霖と斧剣、後機関砲」

Q、邪神由来のスキル強力過ぎじゃない?

A、その気になれば天体の一つ二つ普通にぶっ壊せる、クトゥルフ神話の邪神由来のスキルって考えれば全然控えめですよ(クトゥルフ神話に希望も慈悲もありはしない)


 ―――まるで、二匹の獣が食らい合っているかのような光景だった。

 

 一方は影に覆われた巌の巨人、『ヘラクレス』のシャドウサーヴァント。

 もう一方は不思議なデザインの青い着物を着た、自分を助けてくれた恩人、『森近霖之助』さん。

 

 バーサーカーであるヘラクレスの戦いっぷりは相変わらずであったが、それと正面から渡り合っている……いや、余裕すら持って戦っている霖之助さんも凄まじかった。

 

「……凄いですね」

「いいえ、まだまだですよ。キースは完全に遊んでいますからね」

 

 自分はそんな陳腐な感想しか出なかったが、隣に居る女性から見ればそうでは無いらしい。

 『緋炎聖女ジャンヌ・ダルク』、自分が知るジャンヌ・ダルクとは似て非なるライダークラスのサーヴァント。

 霖之助さんとは千年以上の付き合いだそうだ。

 千年前と言うと、まだジャンヌ・ダルクは生まれても居ないはずだが……まぁ今までの特異点でも、生まれるよりもずっと前の時代に召喚された英霊は沢山居たし、それほど不思議な話じゃないのかな?

 

「遊んでいる、ですか?」

「ええ。キースの場合、全力なら魔法……こちらの世界で言うなら自己強化の魔術で身体能力を底上げしますからね。今は何の強化もしていない、素の身体能力だけで戦っています」

「あれでですか……」

 

 何の自己強化もしていないという霖之助さんの戦いっぷりを見る。

 自分の目には、カルデアのバーサーカーたちにも劣らない、狂戦士そのものの戦いに見えたが、全力ならここから更に強化されるらしい。

 素手でヘラクレスの斧剣を奪って格闘戦に持ち込んだというのに、更にその先だなんて自分には想像もつかない領域の話だ。

 霖之助さんは純粋な人間では無いそうだが、身体能力の高さはそれが由来なのだろうか?

 

「確か、霖之助さんは半分人間で半分妖怪なんでしたっけ?」

「正確には半人半竜、竜人(ドラゴノイド)とでも言うべきでしょうか? 人としての姿の他に、ドラゴンとしての姿も持っているんですよ」

「まるで清姫やジークみたいだ……」

 

 カルデアに居る、竜種への変身能力を持った二人のサーヴァントを思い浮かべる。

 あの二人はドラゴンへの変身が宝具になっているけど、もし霖之助さんがサーヴァントになったら、霖之助さんの宝具もそうなるのだろうか?

 

 自分がそんな事を考えていると、ジャンヌさんがもうすぐ決着だと伝えて来た。

 

「さて、そろそろ勝負が付きますね。立香くん、直ぐに移動することになりますが、用意は良いですか?」

「あ、はい、大丈夫です! けど、霖之助さんは休まなくて良いんですか?」

「必要無いでしょう。寧ろ、本人が直ぐ次に行こうと言うと思いますよ? 戦うほど元気になって行くのが彼ですから」

 

 そう言って呆れた様子で霖之助さんに視線を向けるジャンヌさんは、どこか嬉し気でもあった。

 霖之助さんとジャンヌさん、不思議な関係だなと感じていると、骨の折れる鈍い音が鳴り響いた。

 音の発生源に視線を向けると、そこには明らかに曲がってはいけない方向に首を捻じ曲げられたヘラクレスと、ヘラクレスの首に肩車の様に組み付き、首を捻じ折る霖之助さんの姿があった。

 

 霖之助さんの顔は、とても楽しげな笑顔であった。

 

 

 

 ゴキリッ

 

 

 骨の折れる鈍い音がその場に響き、続いてヘラクレスの巨体が地面に倒れ込む。

 前のめりに倒れたその姿は、首があらぬ方向に捻じ曲がっていた。

 まぁ、たった今首を圧し折ったのは僕なのだが。

 

「フゥーーーッ」

 

 死亡したヘラクレスの体が魔力の燐光と共に崩れ出したのを見届けてから息を吐く。

 大苦戦、と言う訳では無かったが、無強化状態なら苦戦には留まった為、中々に楽しむことが出来た。

 戦いが終わったばかりだというのに、体も心も羽のように軽い。

 寧ろ、この浮足立った心のまま次の戦いへと向かいたいほどである。

 

 

「――あの、大丈夫ですか? 霖之助さん」

 

 歌でも歌いたいような良い気分だったが、立香くんの声で現実に引き戻される。

 危ない危ない、今の僕は一人で戦っている訳じゃないんだから、自分一人で浸ってちゃ駄目だよな。

 

「ああ、問題無いよ。悪いね、僕の我儘で待たせてしまって」

「いいえ、カルデアにも霖之助さんみたいに、戦いにこだわりのある人は沢山居ますから」

「ほほう、それはまた仲良く出来そうな感じがするね。どんな人が居るんだい?」

「そうですね……霖之助さんみたいな徒手格闘ってなると……『ベオウルフ』とか?」

「ベオウルフ! 有名どころじゃないか。会ってみたいものだねぇ」

「あなたの場合、戦ってみたいの間違いではありませんか?」

「どっちも合っているよ。会って話をしてみたいし、対戦もしたい」

 

 

 『ベオウルフ』――英文学最古の叙事詩の主人公であり、叙事詩のタイトルにもなっている英雄の名前だ。

 若き日には巨人グレンデルを素手で屠るほどの膂力を持ち、老境には国を襲ったドラゴンを命をとして撃退した大英雄。

 剣士としても、格闘家としても、極上と言って良い相手だ。

 是非とも剣で、あるいは拳で語り合いたいものだねぇ。

 

「さっきのヘラクレスは劣化した影だったが、カルデアにはサーヴァントとして召喚された万全のヘラクレスも居るんだよね?」

「ええ、ヘラクレスやベオウルフ以外にも、強い人が沢山いますよ」

「羨ましい話だねぇ。その内時間が出来たら、僕もカルデアにお邪魔してみたいものだよ」

「あはは、霖之助さんなら大歓迎ですよ。オレもみんなに霖之助さんの事を紹介したいですし」

「お、嬉しい事を言ってくれるね。ならその時は、お土産をたっぷり持参して訊ねさせてもらうよ」

「はい、いつでもどうぞ!」

「――二人共、盛り上がっているところ申し訳ありませんが、そろそろ出発しませんか?」

「あっ、そうですね。オレはいつでも行けますけど、霖之助さんは大丈夫ですか?」

「二人共ちょっと待ってくれ、回収したい物がある」

 

 立香くんとジャンヌに断りを入れてから、ヘラクレスと戦っていた場所から少し離れた場所へと向かう。

 そこには、僕がヘラクレスから捥ぎ取って放り投げた斧剣が落ちていた。

 シャドウサーヴァントとなっていたヘラクレスが持っていた時は、この斧剣も黒い影だか霧に覆われていたが、今は岩盤を削り出して作られたかのような刀身が露わになっている。

 能力も使って見た所、特殊な能力がある物では無かったが、大英雄ヘラクレスが使用していた武器と言うだけで価値がある。

 忘れず拾っておこう。

 

「よいしょ……っとと」

 

 見た目から想像出来てはいたが、実際に持つとやっぱり重いな。

 持ち上げて軽く振り回してみた感じ、半竜の膂力なら持ち上げられるし振り回すことも出来るが、やはり物自体が大きすぎて振り回される感じがある。

 武技や呪文で強化すれば何とかなりそうだが……手に入れたばかりの慣れない武器をそのまま持って行くほど、慢心するつもりも無い。

 一先ずはアイテムボックスに入れておくとするか。

 

「―――待たせたね。さ、行くとしよう」

「あ、はい……今の、何処に仕舞ったんですか?」

「この袋の中だよ」

 

 手にした斧剣をアイテムボックスに転移させた光景を見て疑問に思った立香くんに、手元にアイテムボックス本体を召喚して見せながら説明する。

 ついでに実演として、中からいくつかアイテムを取り出して見せようか。

 

「わっ、色々入っているんですね」

「僕の持つ貴重品は大体この中に入っているよ。本当は手元に出さなくても中の物は出し入れ可能なんだけど、折角だから見せておこうと思ってね」

 

 オリハルコン合金製の武器や魔物素材で作った武器、魔結晶を始めとする素材アイテムに加え、黄金の林檎などのも含めて色々見せて行く。

 その中で、黄金の林檎を見せた時だけ立香くんの目の色が変わったが、大丈夫だろうか?

 まるで連日徹夜してなお、栄養ドリンクを飲んで無理矢理働き続ける社畜みたいに目が血走った様な気がしたが。

 黄金の林檎をしまったら元に戻ったから、大丈夫だと思いたい。

 

 一通りアイテムを見せてからアイテムボックスを仕舞うと、立香くんは息を吐いて感想を述べた。

 

「凄い……まるで『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』みたいだ」

「『王の財宝』? また気になる単語が出て来たね。その辺り詳しく……」

「二人共! いい加減出発しますよ!」

「「はい、すみません!」」

 

 語気を強くして居て来たジャンヌに、立香くんと声を揃えて謝る。

 流石にはしゃぎ過ぎてしまったな、面目無い。

 これ以上怒られない内に、先へ進むとしよう。

 

「――行こうか、立香くん」

「はい、霖之助さん!」

「顔だけキリッとさせても駄目ですよ、二人共。子供みたいにはしゃぐのも良いですが、時と場合は弁えて下さい」

「「仰る通りで……」」

 

 幾分肩を落としながら、僕と立香くんは先導するジャンヌの後に続いて、洞窟内へと踏み入れた。

 

 

 

 洞窟を奥へ奥へと進むと、開けた空間へと到着した。

 洞窟と言うよりは地下空洞と言うべき広い空間が広がっていたのだが……中に居る存在達のせいで、寧ろ狭いとすら感じてしまう。

 

「っ……こいつらは!」

「ほう、これはまた意外な相手だね……」

 

 それらの姿を見て、立香くんは戦慄を感じているようだったが、僕としては懐かしい気分を味わっていた。

 

 空洞内に居たのは三体の巨大なドラゴン。

 それぞれ別々の姿をしていたが、僕はそれらの名前を知っていた。

 『ユニバーサルドラゴン』、『アストラルドラゴン』、『ボイドドラゴン』。

 三体とも、ゲーム内で登場した最上位の魔竜たちである。

 

「ふむ、こいつらが出て来たか……これはいよいよ当たりか?」

「言っている場合ですか!? 来ますよ!!」

「おっと」

 

 僕の召喚術以外の手段でゲーム内のモンスターたちが現れたのなら、煙晶竜の態度から推測した召魔の森を取り戻す時に近づいているという予想も真実味を帯びて来る。

 ある意味喜ばしい事ではあるなと考えていると、三体が一斉にブレスを放って来た。

 

(((((ディメンション・ウォール!)))))

(ミラーリング!)

 

 次元の防壁を多重に築いてブレスを防ぐ。

 このまま戦っても勝てはするが、流石に立香くんを守りながらだと少し手間だ。

 ここは速攻で数を減らさせて貰おう。

 

「折角だ。作ったは良いが使い所が無かった魔法を使おうじゃないか」

 

(アポーツ!)

 

 アイテムボックスから久しぶりに、オリハルコン合金で作られた『オリハルコン球』を複数出現させる。

 この組み合わせを使うのも久しぶりだな。

 

((((((レビテーション!))))))

((((((((((テレキネシス!))))))))))

((((((((((マグネティック・フォース!))))))))))

(十二神将封印!)

(ミラーリング!)

 

 浮遊させ、電磁加速させたオリハルコン球で『多面結界』を敷く。

 ここまではゲーム時代と同じだが、ここから先は転生し、スキルが能力に統合され自由度が増したからこそ生まれた魔法だ。

 

 本来オリハルコン球を手に持たないと使用出来ない電磁砲の攻撃呪文『レールガン』、射出したオリハルコン球を回収する為の『アポーツ』、回収したオリハルコン球を冷却する『フリーズタッチ』、この三つを多面結界に組み込み、防御陣形を維持しながら連続砲撃を行う魔法。その名も―――

 

 

「『ガトリング・レールガン』―――ッ!!」

 

 

 直訳するなら『機関電磁砲(ガトリング・レールガン)』と言った所か。

 音速を超えたオリハルコン合金の砲弾が、秒間数十発と言う頻度で魔竜たちに襲い掛かった!




『闘争の化身:EX』

元ネタはアシュヴァッターマンのスキル『憤怒の化身』。
神々さえも驚愕させた、戦いを求め、戦いに狂い、戦いを愛した森近霖之助の精神性そのもの。
戦闘に移行すると同時に、『狂化』スキルの様なステータス強化が発生し、あらゆる精神干渉を完全無効とする。
また、このスキルにより霖之助は如何なる状態であろうとステータスが低下せず、戦闘技能が鈍る事も無いという、『天性の肉体』と『無窮の武練』を合わせたような特性を持つ。


『三界蹂躙:A+++』

天界、地上、冥界を駆け抜け制覇した、前世における森近霖之助、キースの功績そのもの。
前世において培った技能や称号の複合であり、森近霖之助はサーヴァントとして召喚された場合、このスキルと『闘争の化身』を必ず所持している為、宝具無しでも非常に高い戦闘能力を保持している。
戦闘スキル、魔法スキル、補助スキル、生産スキル、どれも非常に高レベルだが、『神殺し』や『ドラゴンメンター』を始め、強力な効果を発揮する称号も非常に多い。



『神殺しの同胞:EX』

神殺しである森近霖之助に召喚された存在であることを示すスキル。
森近霖之助が所有するスキルの内、自身と相性の良いものを共有するのと同時に、神性に対する特攻と特防を付与する。
このスキルは森近霖之助に召喚された存在全てに付与されるため、森近霖之助に召喚された存在は、その時点で神殺しの軍団の一員である。



『ガトリング・レールガン』

多面結界で展開したオリハルコン球を、そのままレールガンで連続射出するという、幻想郷では高威力過ぎて使用出来ないオリジナル魔法。
名前の元ネタはとある魔術のアレだが、似ても似つかぬビット兵器である。
『電磁特攻ファンネル』と呼んでも良い。


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第五十九話 「転生香霖と女神の残照」

今回はちょっとだけ、戦闘描写を頑張ってみました。(それでも結構短いですが)
作者自身のスキルアップの為にも、今後は戦闘描写をきちんと書いて行かなきゃなぁ……。


(((((((メテオ・クラッシュ!)))))))

(((((((ミーティア・ストリーム!)))))))

(((((((クェーサー!)))))))

((((((ダークマター!))))))

((((((ソーラー・ウィンド!))))))

((((((マイクロ・ブラックホール!))))))

(ミラーリング!)

 

 

 『ガトリング・レールガン』はもう打ち止めだ。

 『ユニバーサルドラゴン』を瀕死に追い込み、『アストラルドラゴン』と『ボイドドラゴン』に何もさせずに一方的にダメージを蓄積させるという大活躍をしてくれた新魔法だが、その強力さの代償に使用している『オリハルコン球』の消耗が非常に早いという弱点を持っている。

 あらかじめ予備のオリハルコン球を大量に用意しておけば対応可能な問題なのだが……幻想郷では使う予定の無かった魔法だから、予備は用意していない。

 後で用意しておかないとなぁ。

 

 

(((((((六芒封印!)))))))

(((((((七星封印!)))))))

((((((十王封印!))))))

((((((フォース・フィールド!))))))

((((((プリズムライト!))))))

((((((ダーク・フォール!))))))

(十二神将封印!)

(ミラーリング!)

 

 

 範囲攻撃呪文の連装で、瀕死だったユニバーサルドラゴンは沈んだ。

 残ったアストラルドラゴンとボイドドラゴンに、封印術の連装を追加する。

 

 残り二体、ここからは直接切り込むか!

 

「クトゥグア! ハスター! 立香くんの守りは任せたよ! ジャンヌは一緒に前へ!」

『承知!』

『お任せあれ!』

「ええ! 行きましょう!」

「立香くん、直に片が付くから待っていてくれ!」

「はい! お気を付けて!」

 

 

「神降魔闘法!」「金剛法!」「エンチャントブレーカー!」「リミッターカット!」「ゴッズブレス!」

 

 

(フィジカルエンチャント・ファイア!)

(フィジカルブースト・ファイア!)

(フィジカルエンチャント・アース!)

(フィジカルブースト・アース!)

(フィジカルエンチャント・ウィンド!)

(フィジカルブースト・ウィンド!)

(フィジカルエンチャント・アクア!)

(フィジカルブースト・アクア!)

(メンタルエンチャント・ライト!)

(メンタルブースト・ライト!)

(メンタルエンチャント・ダーク!)

(メンタルブースト・ダーク!)

(クロスドミナンス!)

(アクロバティック・フライト!)

(グラビティ・メイル!)

(サイコ・ポッド!)

(アクティベイション!)

(リジェネレート!)

(ボイド・スフィア!)

(ダーク・シールド!)

(ファイア・ヒール!)

(エンチャンテッド・アイス!)

(レジスト・ファイア!)

(十二神将封印!)

(ミラーリング!)

 

 

 久しぶり、というかジャンヌの話通りなら、およそ千三百年ぶりにゲーム時代の通常自己強化を発動させた。

 ゲーム時代とは違い、基礎となるのが半竜の身体能力である為、数値的にはゲーム時代よりも更に強化されているだろう。

 まぁ、その辺りはどうでもいい。

 呪文によって全員の強化も終わったことだし、後はこのまま突撃するのみ!

 

(ショート・ジャンプ!)

 

「キィャァァァァァァァッーーーーー!!!」

 

 アイテムボックスから両手斧である『オリハルコンペレクス』を呼び出しつつボイドドラゴンの頭上へと転移し、猿声と共に頭蓋へ振り下ろす。

 中々の手応え―――頭蓋を砕くには至らなかったが、罅を入れるのには成功したな。次の一撃で確実に砕ける。

 が、運が良いのか悪いのか、クリティカルヒットして気絶してしまったらしく、ボイドドラゴンはそのまま力無く地に伏せてしまった。

 

 む、もう少し楽しみたかったんだがな。

 まぁ良い。まだアストラルドラゴンが残っているからな。

 ジャンヌが片付ける前に、さっさとこいつを始末して合流するとしよう。

 全員、僕が仕留めて見せる!

 

「シャァァァァァァァァッーーーーー!!!」

 

「『爆ぜ轟け、激震の穂先(デトネーション・マキシマム・チャージ)』―――ッ!!!」

 

 振り被った斧をボイドドラゴンの頭蓋に振り下ろすのと同時に、離れた位置からジャンヌの真名解放の声が聞こえて来た。

 頭蓋を砕き、その下の脳漿を破壊する感触を手に感じながら振り向くと、そこにはアストラルドラゴンの胴体を騎乗馬ごと貫通したジャンヌの姿と、一瞬遅れて内側から爆破されて木っ端微塵にされるアストラルドラゴンの姿があった。

 ああっ! 僕が仕留めたかったのに!

 

 思わずがっくりと肩を落とす。きっと僕は今、玩具を取り上げられた子供みたいな顔をしているだろう。

 僕のそんな気持ちはお見通しであるようで、手にした旗を翻しながらこちらを振り返ったジャンヌは、「全くしょうがない人ですね、あなたは……」と言わんばかりの苦笑を浮かべていた。

 

 これだったら、自己強化は抜きにした方が楽しめたかなぁ……。

 そんな風に後悔しながら、地下空洞内での戦闘は終了した。

 

 

 

 時間すると三十分にも満たない戦闘は、若干不完全燃焼気味に終わってしまった。

 いやまぁ、僕の我儘だとは判っているが。

 先にジャンヌが立香くんと合流するのに遅れて、僕は三体のドラゴン達の死体に『剥ぎ取りナイフ』を突き立ててドロップアイテムを回収してから合流した。

 拾えたのは『色空竜の皮』に『星結晶』、『虚無竜の翼爪』の三つだった。

 

 まぁ、中々かな? 今更特に珍しいアイテムでも無いし、何ならこの街で出たスケルトンたちのドロップとして回収した『凶骨』の方が珍しい位だったが。

 なお、この凶骨は襲撃して来たスケルトン一体に着き一、二個くらいの頻度で落ちたため、かなり沢山手に入ってのだが、これを立香くんがとても欲しがり、売って欲しいと言って来た。

 

 返答は取り敢えず保留にして置いたが……ううむ、どうしよう。

 研究用にいくつか持っておきたいが、それ以外を売るのは問題無い。

 立香くんが対価として提示して来たカルデアの通貨だというQP(クオンタム・ピース)もかなり興味深い素材であった。

 

 異なる世界を跨いでの商売となれば、正に商人冥利に尽きると言った所だが……一番の悩みどころは、適正価格が判らない事なんだよなぁ。

 未知の素材に、未知の通貨、どのくらいの価格設定が正しいのか? 非常に難しい問題だ。

 商人スキルを持っていればある程度判ったのだろうが、ゲーム時代に取って無いからなぁ。

 まぁ無い物ねだりをしてもしょうがない。立香くんからも良く話を聞いて、適正価格を見極めるとしよう。

 

 

 三体の素材を回収して戻ると、クトゥグアとハスターに守られた立香くんが駆け寄って来た。

 

「お疲れ様でした、霖之助さん! 何か拾っていたみたいですけど、あれは……?」

「あのドラゴン達の素材だよ。折角だから、お土産に一つ持って行くかい? 皮や爪は大き過ぎて無理だろうけど、この結晶なら問題無いだろう」

「良いんですか? 凶骨と一緒に払いますよ?」

「一つくらいは、今後ともご贔屓にという事で良いさ。それに、『星結晶(これ)』はもうそれなりに在庫が余っている素材だからね」

 

 そう言い含めて立香くんに星結晶を持たせる。

 

「わぁ、綺麗ですね」

「落とさない様に大事に持っておくと良い。何せ……僕らにドラゴンたちを嗾けた黒幕のご登場だからね」

「え……?」

「隠れてないで出てきたらどうだ! その為に、態々この場に来たんだろう?」

 

 最初に三体のドラゴンが待ち構えていた場所の、更に後ろへ視線を向けながら声を掛ける。

 一拍遅れて、何も無い空間から溶け出る様に、黒幕が姿を現した。

 

 

『―――やはり気付くか、忌々しい神殺しめ』

 

 

 ノイズの走った様な、酷く聞き取り辛い声が響いた。

 現れたのは、ヘラクレスのシャドウサーヴァントと同様に、黒い影に包まれた人型だった。

 人型はゆっくりと、しかし先ほどのドラゴン達がまるでただの動物に感じるほどの圧力を伴って歩いている。

 僕やジャンヌ、クトゥグアとハスターは平気だったが、ただの人間でしかない立香くんは呼吸をする事すらままならない様子である。

 

「……ぐっ!?」

「下がってなさい、立香くん。彼女が用があるのは僕だからね」

 

 彼女。そう、現れた黒い人型は女性だった。

 そして僕は……それが何者であるのかを、能力を使うまでも無く理解してた。

 何故なら、それは僕が会った事のある存在だったからだ。

 

「あなたが出て来るのは予想外だったが……ある意味僥倖と言っても良いのかな? 何故あなたがここにこうして存在で来ているのか、理由を聞いても? ―――女神ツィツィミトル」

 

 

 女神『ツィツィミトル』。

 ゲーム時代に遭遇した、世界を滅ぼす力を持つという女神だ。

 魔獣を従える力を持つ彼女なら、あの三体のドラゴン達を使役していたのも納得出来る。

 問題は、何故ゲーム内の存在であった彼女が、こうしてこの場所に存在しているのかという事だ。

 それを知ることが出来れば、召魔の森を取り戻すのに役立つかもしれない。

 

 が、―――

 

 

『―――それを貴様に話す道理が、私にあると思っているのか? 神殺し』

 

 硬質な、それ以上に煮えたぎる様な怒りと憎悪を感じさせる声が返って来る。

 聞くまでも無く、答えるつもりは無いようだ。

 

 まぁそうだよなぁ。前世とは言え……僕、彼女の事を三回くらいぶっ殺してるからなぁ。さもありなん。

 

「ま、答えてくれるとは思っていなかったが、予想通り過ぎる返しだね。そっかそっかぁ………では死ね」

 

(ショート・ジャンプ!)

 

 いつかの焼き直しの様に、転移呪文でツィツィミトルの背後を取りながら、アイテムボックスから召喚した『虚無竜のデスサイズ』を振り被る。

 殺したところで死体は残らないだろうが、消滅するまでに数秒あれば、僕の能力で情報を引き出すことは出来る。

 どうやらかつてゲーム内で出会った時よりも大分弱体化しているようだったが、本物の神を相手に油断をするつもりは更々ない。

 

 僕は一切の躊躇いなく、横薙ぎにデスサイズを振り抜いた。




ドラゴン三体を配備して居た黒幕、『シャドウ・ツィツィミトル』の登場です。
シャドウサーヴァントと違って人格ははっきりしていますが、ゲーム時代より弱体化と言うか、劣化しているのが現在のツィツィミトルになります。

何故、ツィツィミトルが存在しているのか? その謎はこれから少しずつ明らかにして行こうと思います。


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第六十話 「転生香霖の新たな姿」

ツイッターなるものを新たに始めて見ました。
そして愕然とする事実の発見。

呟く事、何もねぇ……悲しいなぁ。


 ガキンッ!

 

 

『――ッ!』

 

「ほう? 護衛が居たのか」

 

 

 僕がツィツィミトルに放った刃は、唐突に現れた何者かに防がれた。

 ツィツィミトルが随分と無防備に僕の前に現れた事を疑問に思っていたが、どうやら護衛を連れていたからこその行動であったようだ。

 

 まぁそれはそれとして―――

 

 

「流石にそれはバレるよ?」

 

『――ッ!?』

 

 

 その場でクルリと回る様に、背後へ向けて大鎌を振るう。

 後ろから音も無く忍び寄っていた、二人目の護衛に向けて放たれた刃はこれまた上手く防がれてしまったが、衝撃は殺しきれなかったようで、二人目を大きく吹っ飛ばした。

 それと同時に一人目が複数の黒曜石の刃を持つ特殊な剣、能力で判明した名前によると『マカナ』で切り込んで来たが、こちらはマカナの側面を蹴り上げて防ぐ。

 そのまま一人目の首目掛けて大鎌を振るったが、一人目は大きく後ろに跳んでツィツィミトルを守る位置に着き、二人目もまた一人目との短い攻防の間に、ツィツィミトルの近くへと移動していた。

 

 新たに現れた二人はツィツィミトルと同じく同じく仮面を被っており、その表情を窺う事は出来ない。

 一人目はマカナと円形の盾を持った女性で、南米風の民族衣装を纏っている。

 二人目は……何だ、アレ? デフォルメされたネコ科動物の手と言うか、肉球が付いた長物を持ち、虎っぽい見た目の着ぐるみパジャマの様な物を纏っている。いや、ほんとに何だアレ??

 

 見た感じ僕が会った事の無い人物、いや、高い神性を感じる事から両者とも神霊である様だが、意外な事に立香くんは会った事のある相手であるようで、二人の名前を呼びながら驚いていた。

 

「ケツァル・コアトル!? それにジャガーマンまで!!」

 

 『ケツァル・コアトル』、それに『ジャガーマン』と来たか。

 両方ともマヤ・アステカ神話圏の神の名前だったかな? そんな相手にまで会った事があるのか、立香くんは。

 と言うかジャガーマンの姿に関して戸惑った様子が無いが、アレで良いのか? アレで!?

 

 立香くんの顔の広さ? に少々驚きつつ、マヤ・アステカ神話の神という事で心当たりがあった為、能力を使用して二人の情報を閲覧した。

 その結果、二人の正体が判明した。

 

「『白いテスカトリポカ』、それに『黒いテスカトリポカ』か」

 

 

 『白いテスカトリポカ』と『黒いテスカトリポカ』。

 それらは、僕がゲーム時代に『神殺し』の称号を得た際に殺した神々の名前だった。

 閲覧した情報によれば、どうやらこちらの世界の自身と同じ神性を持つ霊基の体で、サーヴァントとして現界しているようだ。

 その在り方は、奇しくも現在のジャンヌと似通っている。こちらの世界のジャガーマンって……

 

 ゴホンッ、まぁその辺りは僕がとやかく言う様な事でも無いから別にいい。だが―――

 

 

「二人だけなのかい? 赤いのと青いのが足りないじゃないか」

 

 

 その点が、僕に取っては不満だった。

 足りない、足りないぞ!

 

『――相も変わらず不遜な事だ。三柱の神を前にして、その様な口を叩くか』

「こっちにも邪神が二人いるしねぇ。それに、テスカトリポカに関して僕は四体セットだと認識しているんだけど?」

 

 僕が『神殺し』の称号を得た際、現れた神々は合計四体だった。

 即ち、『白いテスカトリポカ』、『黒いテスカトリポカ』、『青いテスカトリポカ』、『赤いテスカトリポカ』の四柱である。

 どうせなら四体纏めて出て来てくれた方が嬉しかったんだけどね。

 

 そう考えながら、若干の期待を込めてツィツィミトルたちを見つめたのだが、無情にもツィツィミトルたちは戦意を霧散させてしまった。

 

『まぁ良い。どの道、此度は貴様と戦いに来た訳では無いのだからな』

「はぁ? なら何しに来たって言うんだい?」

『知れた事、宣戦布告である』

 

 そう言うのと、ツィツィミトルたち三人の姿が薄らぎ消えて行く。

 それと同時に地響きが起こり、地下空洞全体が崩れ始めた。

 

 おい! 本当に帰るつもりかよ!

 

 

『覚えておくが良い、不遜なる者よ! 神々を愚弄した罪は重い、我らは必ずやその報いを受けさせる!!』

 

 

 その言葉を最後にツィツィミトルたちは完全に姿を消す。

 それに連動するように、地下空洞の天井が崩壊が加速し出した。

 あいつら、逃げやがったな? 折角来たんならもう少し戦っていけよ!

 

 そんな不満が僕の中で渦巻いていたが、立香くんも居る手前、流石に口にする事は無い。

 それよりも、早く脱出しないとだね。僕やジャンヌ、邪神たちはともかく、ただの人間である立香くんが崩落に巻き込まれたら普通に死んでしまうからね。

 

「おっと、不味いな。ジャンヌ! 立香くんを連れてこっちへ!」

「判りました!」

 

 馬上のジャンヌが僕の言葉に応えながら、片腕で立香くんを抱えてやって来る。ちなみにクトゥグアとハスターは立香くんにくっ付いてそのままやって来た。

 ジャンヌが来たことを確認した僕は、早速呪文を発動させる用意をした。

 今から走って脱出するのは無理だが、幸い僕には転移呪文がある。このままさっさと全員で、洞窟の外へ脱出するとしよう。

 

「霖之助さん! 彼女たちは一体!?」

「話は後だ! 直ぐに脱出するよ!」

 

 ジャンヌに抱えられた立香くんは、女神たちの圧力から解放されて喋れるようになった為か、色々聞きたそうにしていたが、今は脱出を優先させて貰うとしよう。

 予感だが、これは単なる崩落では無く、もっと強大な何かが迫っている。

 それを感じて楽しくなっている辺り、僕って本当にどうしようもないなぁと思わなくもなかった。

 

(テレポート!)

 

 

 

 洞窟から脱出すると、轟音と共に丁度僕等が居た地下空洞の直上へと拳を振り下ろしている巨大な人型の何かの姿を確認した。

 こう暗いと良く見えないな。

 暗視呪文の『ノクトビジョン』を使っても良いが、ここはついでにダメージも入るこの呪文を使っておこう。

 

(ホワイトナイツ!)

 

 『ホワイトナイツ』。これは昼夜を変化させ、強制的に広範囲を昼へと変えるという光魔法の呪文である。

 また、おまけみたいなものだが、範囲内に継続してダメージを与えるという効果も持っている。

 

 呪文の効果は直ぐに表れ、特異点内全域が太陽の無い青空という不自然な状態となる。

 そんな中、先ほどまではよく見えなかった巨大な何か、いや、何かたちが姿を現した。

 

「――また懐かしい連中が出て来たな、懐かし過ぎて笑えて来るよ」

「楽しそうですね、霖之助さん」

「まぁね、否定はしない」

「とんでもなく大きいのが四体も居ますけど、奴らを知っているんですか……?」

「あぁ、知っているよ。何度も戦った相手だからね。『ガイア』、『プルシャ』、『ユミル』、『ダイダラボッチ』。大地の巨神たちだ」

 

 正確には、その写身たちである様だが、まぁ些末な違いである。

 ゲーム時代に幾度となく戦った、文字通り天を突かんばかりの巨体を持つ神々の写身。

 それぞれ異なる特性を持ち、厄介な存在ではあるが、今更負けるような相手では無い。

 だが、奴らは巨体である分攻撃範囲が広く、倒すのに時間をかけると立香くんが被弾する可能性もある。

 

 さっさと片付けるとしよう。

 丁度良いから、アレをやってみるか。

 

「ジャンヌ。クトゥグアとハスターと一緒に奴らを蹴散らして来るから、その間立香くんを頼んだよ」

「承知しました。けど、大丈夫ですか? 流石にあなたでも巨神四体は倒すのに時間がかかると思いますが……」

「なに、丁度お誂え向きの新技があるから、奴らで試してくるとするよ。立香くん、あの女神たちに関しては戻って来てから説明するから、少し待っててくれるかい?」

「はい。オレの事は気にしなくて大丈夫です。それより、奴らを倒しに行くならせめてこれを」

 

 そう言うと、立香くんは僕へ向けて何らかの術を発動させた。

 ふむ、どうやら一時的に能力を強化するタイプのものみたいだね。

 

「『瞬間強化』って言うんです。気休めかも知れませんけど」

「いや、ありがたいよ。どうやらその服が術の発動を請け負っているようだね。ふむ、興味深い……」

『主よ。考察は後にされた方が』

『早くしないと折角の強化が終わっちゃうよぉ~』

「おっと、そうだね。それじゃあ行って来るよ二人共」

「ご武運を、キース」

「お気をつけて、霖之助さん」

「ああ、任せてくれ」

 

 

 手を上げて二人に応えながら、僕はアイテムボックス内からケラウノスを召喚しつつ、自身の体を白銀竜のものへと変化させた。

 そこから更に、クトゥグアとハスター、ケラウノスを僕自身の肉体に憑依、あるいは同化させる。

 

 すると、白銀竜の姿に変化が起こった。

 白銀竜の姿は、名前の通り白銀の体色をし、三対六枚の翼を持つアポカリプスドラゴンと言った感じなのだが、二体の邪神とケラウノスを取り込んだことで六枚の翼と頭部の湾曲した二本の角が大きく形を変えた。

 翼は皮膜を失い、複数の翼爪を折り畳んだかのような形、『翼脚』とでも呼ぶべき物となり、炎と風の邪神を取り込んだ影響かジェットエンジンの様な高音と共に超高温のエネルギーを吐き出している。

 そして頭部の二本の角は形を失って一つとなり、巨大化したケラウノスがそのまま生えたかのような一本角となった。

 

 これこそが、いつか宇宙空間を飛翔して他の天体に行く事を夢見て産み出した新形態。

 

 

 『白銀竜 星間飛翔形態』である。

 

 

 ケラウノスの放つ雷電を全身に帯電させながら、僕は迫る巨神の写身たちを睨み付けた。

 

 

『――一瞬で終わらせよう。写身如きが立ち塞がるな!』

 

 

 宣言と同時に翼脚から超高温のエネルギーを噴出させ、刹那にも満たない間にトップスピードとなる。

 そして、それで終わりだった。

 

 傍から見れば、転移したかのような一瞬の移動で僕は巨神たちの背後に再出現し、数瞬遅れて巨神たちは雷を撒き散らしながら爆散した!




 『天翔ける銀光、白き狂星』
 ランク:EX 種別:対星宝具
 バルファルク。
 森近霖之助のもう一つの姿、白銀竜の超高速飛翔形態。
 星間航行を前提とするこの姿は、クトゥグアとハスターを取り込む事で炎と風の権能を推進力としており、光速さえ突破した超スピードで、星々の宙を翔け抜ける。
 本来の種別は己自身を対象とする『対人宝具』だが、ケラウノスを取り込んだことで小惑星程度は易々と破壊出来る為『対星宝具』となっている。(と言うか、惑星も普通に破壊出来る)


イメージとしては、翼脚が六枚になり、頭部から『竜狩りの剣槍』の穂先を生やした『天彗龍 バルファルク』って感じですかね?

ドラゴンの状態でより早く飛ぶ方法を考えた時、羽ばたくのではなくジェット噴射で飛行するイメージが浮かんで、これってバルファルクじゃん! と言う結論に達してこの姿になりましたw

最初にあったジェット噴射での飛翔のイメージは、バルファルクでは無く『ソウルイーター』の『死神様』だったんですけど、共感してくれる人って居るんですかねぇ?


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第六十一話 「転生香霖と魔術師の別れ」

なろうの方で新作「現実世界にダンジョンが出来ましたが、そんな事より今日もペットたちの食費を稼がなくちゃなぁ……。」の連載を開始しました。

二次創作では無く、オリジナル作品だからこそ吐き出せる妄想とか設定とかってありますよね。


 自分でやっておいてなんだけど、あっけないほどの瞬殺で巨神たちを消し飛ばしてしまった。

 

 『星間飛翔形態』は、あくまで他の天体を目指して宇宙空間を飛行する為の形態である為、戦闘能力とかはあまり考えていなかったんだが……よくよく考えてみれば、鉛玉を音速程度で飛ばす拳銃があれだけの殺傷力を持っているんだから、邪神たちやケラウノスを取り込んだ状態のドラゴンが光速以上の速さで飛翔すれば、絶大な破壊力を発揮するのは当然の話か。

 

 いやぁ、周りに被害が出ないよう注意して、突進を直撃させるのではなく最小限の余波だけでダメージを与えるように飛んで本当に良かった。

 正に慧眼と言えるだろう。

 余波だけで粉微塵に消し飛んだのは、正直ちょっと驚いたけど。

 

 

 きちんと手加減をした自分自身を褒め称えていると、消し飛んだ巨神の写身の居た辺りから黄金の光を放つ何かが出現した。

 ドロップ品かな? 解体師匠が頑張ってくれたのかもしれない。

 

 近づいて確認すると、それは黄金の光を放つ、古めかしい金属製に見える杯であった。

 能力で判明した名称は『聖杯』。

 用途は『あらゆる願望を叶える』、か。

 

 そうか、これが立香くんの言っていた万能の願望器と言う奴か。

 ふむふむ、なるほど……あれ、これ頑張ったら作れそうじゃないか?

 というか、機能的に魔理沙のミニ八卦炉とかなり似通った部分があるんだが……これ下手すると、その内ミニ八卦炉が願望器として機能し出すんじゃ……。

 

 ………後で何かしら理由をつけて、ミニ八卦炉を整備しておいた方が良いかも知れないな。

 

 

 予想外の事実に驚いたが、今は置いておいて立香くんたちの元に戻るとしよう。

 星間飛翔形態のまま、僕は翼脚からの軽い噴射で方向転換をして、二人の元へと戻った。

 

 

『やぁ、戻ったよ。待たせて悪かったね』

「いえ、全然待ってませんよ? と言うかなんですかあれ? 何か、一瞬で決着がついて良く判らなかったんですけど……」

『あれはまぁ……要は体当たりだよ、体当たり。と言っても、直接ぶつかるんじゃなくて、通過した時の余波で蹴散らした形だけれど』

「余波だけで爆散させたんですか……」

『あれでもかなり手加減してたんだけどね? 手加減無しだと、この冬木の街くらい簡単に消し飛んじゃうから』

「ええ……」

「二人共、そんな無駄話で時間を潰していて良いんですか? 立香くんの体、消えて行っているみたいですよ?」

「え? ……うわっ、本当だ!?」

『おやおや、どうやら目覚めの時みたいだね』

 

 ジャンヌが言う様に、立香くんの体が徐々に薄らいで消え始めていた。

 肉体ごとこの特異点に来ていた僕や、この特異点内で召喚したジャンヌと違って、立香くんは夢を見るという形でこの特異点へと来ていたのだ。

 能力を使って立香くんの体と聖杯を確認したところ、どうやらこの聖杯が立香くんを呼び寄せたらしい。

 

『参ったな。立香くんには色々と話しておきたい事があったんだが、時間が無い様だね』

「みたいです。足の先から消えてるから、幽霊にでもなったみたいだ……」

『はっはっは。確かに足が無いのは幽霊の特徴だね。もっとも、知り合いの亡霊の姫君はきちんと足があるんだけど』

「それを言ったら、英霊である私も幽霊みたいなものですけど、きちんと足はありますよ?」

 

 そう言ってジャンヌは、騎乗したままグリーブに包まれた自分の足を見下ろす。

 ……そう言えば、足の無い典型的な幽霊よりも、足の有る亡霊だの英霊だのの方が、周りには多かったな。

 

 まぁそれはそれとして、立香くんが完全にこの特異点から退去する前に、伝えるべきことを伝えておかないとね。

 

『立香くん、あの女神たちはかつて僕が討伐した存在だ。目的はおそらく、と言うか間違いなく僕への復讐だろう。巻き込んでしまったようで悪かったね』

 

 そう言って僕が頭を下げると、立夏君は首を振ってそんな事は無いと否定した。

 

「いいえ、巻き込まれたなんて思ってませんよ。オレがこの場所に来たことには、ちゃんと意味があったと思ってますから」

『そうかい? 君がこの特異点で得られたものなんてあまり無いと思うけど』

「そんな事ありませんよ。霖之助さんからこのランプを貰いましたし、それにこうして霖之助さんと縁を結べたこと自体に価値があると思ってますから」

 

 そう言って立香くんは、腰から下げた『緋炎のランプ』に手を添えた。

 それにしても、僕と縁を結べて事が価値ある物、か。

 個人としても、商売人としても、冥利に尽きる事を言ってくれるじゃないか。

 

 クツクツと腹の底から笑い声が出て来る。何と言うか、立香くんは相手の望む言葉を自然と言えてしまうんだね。

 

『クックック、嬉しい事を言ってくれるね。立香くん、君、よく人たらしだ、なんて言われないかい?』

「実は結構。そんな風に自分の事を思った事は無いんですけどね」

『無自覚な所も含めて才能だよ。是非とも香霖堂の営業としてスカウトしたいくらいさ』

 

 割と本気でそう思っているが、実際にスカウトするつもりは今のところない。

 何せ、立香くんもまた、現在進行形で戦っている真っ最中なんだからね。

 

『さて、では迷惑をかけたお詫びにこれを渡しておこう。君の所で役立ててくれ』

「聖杯!? 良いんですか、そんな簡単に渡してしまって?」

『今の僕には、特に必要の無いものだからね。それにカルデアでは『聖杯転臨』とか言う、サーヴァントを強化する手段の一つとして、これを使うんだろう? なら、君達の戦力アップに使ってくれ』

 

 僕の手の中で浮かんでいた聖杯が、僕の意思に従ってふわふわと飛んで行き、そのまま立香くんの手に収まる。

 

「……ありがとうございます。必ず役立てて見せます」

『ああ、君の道行きに幸運がある事を願っているよ』

 

 と、そんな事を話していると、いよいよ立香くんの体の消滅が加速する。

 後三十秒もしない内に、立香くんはこの特異点から完全に退去するだろう。

 その事を自覚した立香くんは、最後に一つ、質問をして来た。

 

「霖之助さん! また、会えますか?」

『ああ、もちろんだとも。それこそ、君風に言えば縁が結ばれたのだからね。また会おう、立香くん』

「はい!」

 

 元気の良い返事を残して、立香くんはカルデアへと退去して行った。

 彼とはいずれ、また会う事となるだろう。

 その時は、きちんと彼が欲しがりそうな商品を取り揃えておかないとね。

 

 周囲から地響きが聞こえ始め、ホワイトナイツで強制的に青空に変えられた空が、端の方から崩れる様に消えて行く。

 どうやら立香くんが去った、あるいはこの特異点から聖杯が無くなったのを皮切りに、特異点自体が消滅を始めたようだ。

 

『――さて、僕はそろそろ行くが、ジャンヌはどうする?』

「そうですね……私はカルデアを尋ねてみようかと思います。まだ立香くんを宝具に巻き込みかけたお詫びをしきれていませんからね」

『そうかい』

「キースはあの女神たちを追うのですか?」

『まぁね、向こうも僕を待ち構えて色々準備しているだろうし、精々歓迎して貰うとするよ』

「……やっぱり、態と逃がしたんですね。あなたなら逃げる隙も与えずに全滅させられたでしょうに」

 

 ジャンヌの言う通り、ツィツィミトルたちを逃がさずその場で仕留める事は出来た。大鎌を振るうまでも無く、連装呪文を叩き込めばそれだけで妨害出来ただろう。

 それをしなかったのは、彼女らの本拠地を見付けたかったからだ。

 僕を罠に嵌めるにしろ、僕を叩き潰すだけの戦力を整えるにしろ、その準備をする為の本拠地をどこかに作っているはずだ。

 それを見つけ出す為の手掛かりとして、ツィツィミトルたちの存在はこの上ない道標となる。

 彼女たちの後を追えば、そこに辿り着けるはずだ。

 

「幻想郷には帰らないのですか? 皆心配しているでしょうに」

『写身を残しているから、大丈夫じゃないかな? それに、ツィツィミトルたちが幻想郷にちょっかいをかけて来たりするのは嫌だから、帰るならきちんと全滅させてからにするよ』

 

 もしツィツィミトルたちが、用意した戦力でもって幻想郷に攻め入るようなことになれば、その時は写身の方から僕自身を召喚して即時帰還するつもりだ。

 出来れば幻想郷を戦場にはしたくないから、さっさとケリをつけたいものだな。

 

 そんな事を考えている内に、いよいよ特異点の崩壊が直ぐ傍まで迫って来た。

 

『もう時間だね、カルデアに行くなら僕が能力で送って行くけど?』

「そうですか? ではお願いします」

『了解。じゃあ、立香くんに宜しく伝えておいてくれ』

 

 『召喚術を操る程度の能力』を使い、立香くんの持つ緋炎のランプの元へとジャンヌを召喚する。

 これでこの特異点でするべきことは全て終えた。僕らもそろそろ出発するとしよう。

 

『クトゥグア、ハスター、そろそろ出発しようか』

『承知しました』

『ガイドは任せて! あの女神たちの行方は、きちんとマークしてあるからね』

『ああ、頼んだ』

 

 女神たちの追跡をハスターに任せて、僕はドラゴンとしての時空や次元に介入する力で世界を渡る。

 僕らが去るのと同時に、冬木の特異点は完全に消滅した。

 

 

 

 

 

 後日、ノウムカルデアでは、マスター・藤丸立香の提案による英霊召喚が行われていた。

 

「先輩、召喚の準備が整いました。いつでも行けます」

「うん、ありがとうマシュ」

 

 きっかけは、藤丸立香のマイルームで発見された材質不明のランプから、異常なまでに高まった魔力反応が感知された事だった。

 ある日目覚めると、マイルーム内のベッドの枕元に聖杯と共に置かれていたこのランプは、解析の為にダ・ヴィンチ工房へと預けられていたのだが、それが突如として活性化し、活性状態のランプを見た藤丸立香が、英霊召喚を行うべきだと提案したのだ。

 

『藤丸君、君の言う事だから信じるけど、十分注意はするんだよ? そのランプに関してはこの私でさえも、判らないことだらけなんだから』

「大丈夫だよ、ダ・ヴィンチちゃん。来てくれるのは、きっとジャンヌさんだと思うから」

『ふむ……こちらの人類史に刻まれたジャンヌ・ダルクと統合された、異なる世界のジャンヌ・ダルク。藤丸君が言う所の緋炎聖女ジャンヌ・ダルクか。実に興味深い』

『私としては、そんなもの夢落ちだと思って見なかった事にしたいがね! 私のゴルドルフ・アイが、そのランプはとんでもなくヤバイ代物だと言っているのだよ! 時計塔でもここまで強大な魔力を感じる礼装はお目にかかったことが無い。 ……本当に大丈夫なのかね?』

 

 スピーカーを通して三人の声が聞こえる。

 カルデア所属のサーヴァントである『レオナルド・ダ・ヴィンチ』と『シャーロック・ホームズ』、そしてカルデア新所長の『ゴルドルフ・ムジーク』だ。

 

『大丈夫! なにせ、天才であるこの私が万全の準備を整えたのだからね。藤丸君、さっさとやっちゃって!』

「了解、行きます!」

『ちょ、まだ心の準備が!』

 

 ゴルドルフの情けない声が響くが、それを無視して藤丸立香は召喚サークルの中心に緋炎のランプを置く。

 途端に召喚サークルが回転を始め、光の中から藤丸立香取っては見覚えのある人物が、騎乗したままの状態で現れた。

 

 

 

「サーヴァント・ライダー。『緋炎聖女ジャンヌ・ダルク』、参上しました。これからお世話になりますね、立香くん」

「はい、ジャンヌさん!」

 

 思っていた以上に速い再会に、藤丸立香は笑顔を浮かべた。




次回予告


第三の異聞帯「シン」を攻略し、一時の休息を取っていたカルデア。

そんな中、突如として日本東北地方の一角で巨大な特異点が新たに観測された。

調査の為にレイシフトを行ったカルデア一行がそこで目にしたものは、巨人や魔物の軍勢、天使や悪魔たちに襲われる城郭都市と、それを撃退する侍たちであった。


次回『剣豪集結戦場 葦名 神々の帰還』


隻狼コラボ、始まります。


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第六十二話 「転生香霖の増殖」

(敵方や異変を起こした側から見たら)地獄の暴走召喚。


 本体の僕が、ツィツィミトルたちの後を追って異世界へと旅立ってから、一月ほどが経った。

 

 その間の幻想郷はどうだったかと言うと、まぁ概ね平和だったと言って良いだろう。

 細々とした、妖怪たちの起こす小さな事件はいくつか起きたが、いつも通り霊夢や魔理沙が解決したので問題無い。

 僕の方も、竜信仰の祭神として人里の住人たちから拝まれるのにもいい加減慣れてきたところだ。

 

 とは言え、あまり多く来られても気疲れしてしまうが……幸いにも僕が普段居る博麗神社は、滅多に人が来ない幻想郷の辺境だ。

 一日に数人から十数人程度の参拝客を相手にするだけで済むため、大分気楽である。

 もっとも、その程度の人数でも参拝客が沢山来たと言って、霊夢は大喜びしていたが。

 

 この一か月ほどの僕の日常は、態々博麗神社まで僕を拝むためにやって来た参拝客の相手をし、それ以外の時間は無縁塚で見つけた後積み本状態だった魔導書を読み進めながら、霊夢や神社に遊びに来る魔理沙やレミリアたちの話し相手をしたりなどだ。

 

 この一か月の間に、僕は『屍食教典儀』という魔導書を読破し、現在は『ニューイングランドの楽園における魔術的驚異』という、些か長いタイトルの魔導書を読み進めている。

 『屍食教典儀』を読んだ感想は……うん、あれは山羊では無いな。

 

 

 などと考えていると、魔理沙が神社へとやって来るようだ。

 何故そんな事が判ったのかと言うと……。

 

「おーい香霖! また新しい魔導書か? 私にも見せてくれよ!」

『魔理沙、僕が読み終わらない内はダメだよ。読み終わった物なら写本してあげるから、それまで待って居なさい』

「えぇー、読み終わっているんなら原本の方を見せてくれよ」

『見せたらそのままいつもの様に、死ぬまで借りて行くつもりだろう? その手は食わないよ』

「ちぇ、香霖のケチ」

『写本を作ってあげるんだから、文句を言うんじゃ無いよ』

「お、なら写本はタダでくれるのか?」

『もちろん、お安くしておくよ』

「あげると言っておいて金取るのかよ!? この守銭奴め!」

『商売人と言いて欲しいね』

 

 魔理沙と僕がそんな会話をしているが、会話をしているのはこの僕では無い。

 魔理沙が会話している相手は、魔理沙の肩に止まっている、小さな白いドラゴンであった。

 

 

 

 僕の本体が幻想郷を離れて数日。

 本体がツィツィミトルらの後を追い、幻想郷に帰還するまで長くなりそうだと判断した時点で、僕は香霖堂の運営の為に追加で写身を召喚した。

 とはいえ、白銀竜が複数いるのは人里視点から見て不自然だし、そもそも白銀竜のサイズでは店の中に入れない。

 普通に人型の僕自身の姿取れば良いだけなのだが、何となく本体以外の僕を人型にするのは気が引けたため、別の方法を取る事にした。

 

 それこそが、『白銀竜小竜形態』。

 手乗りサイズのドラゴンの姿である。

 

 僕の作った彫像を体にしている煙晶竜の姿を見て以前から、巨大化方向のドラゴンの体だけでなく、小さなドラゴンの体での行動にも興味があったのだ。

 実際になってみた結果だが、これが意外と快適なものだった。

 それに何もかもが自分よりも大きいと言うのは、子供の頃を思い出して、世界がより広く大きく感じられて楽しくもあった。

 

 ……楽しかったのだ。霊夢たちにこの姿を発見される数時間前までは。

 

 小さな姿のまま店の中をあちこち見ていると、そこへ霊夢や魔理沙、更に申し合わせたかのようにレミリアと咲夜、紫と幽々子と妖夢、おまけに文と萃香と幽香までもが、一度に店を訪れたのだ。

 

 

 ―――そして、そこからが酷かった。

 

 

 僕の姿を目にした霊夢は、異変解決時を思わせる凄まじいまでの体捌きで、誰よりも早く小竜の僕を確保しようと動いた。

 だが、霊夢が僕を掴み取ろうとした次の瞬間、『ショート・ジャンプ』で転移した魔理沙が一瞬早く僕を鷲掴みにして確保した。

 しかし、魔理沙が更に次の転移でその場から離脱しようとしたその時、一瞬早く咲夜が時間を停止させ、停止した時間の中を悠々と歩いて魔理沙が握り締めた僕を奪い取った。

 僕を奪い取った咲夜は、そのままレミリアを抱えて逃走しようとしたが、いつの間にか楼観剣を抜き放った妖夢が黒刀を煌めかせながら咲夜に迫った。どうやれ時空結晶の組み込まれた楼観剣の能力で、咲夜が停止させた時間に介入して来たようである。

 魔理沙にしろ、妖夢にしろ、僕の改修した道具を良く使いこなして来ているなぁ、と感心している間に、妖夢の接近に驚き時間停止を解除してしまった咲夜に幽々子が忍び寄り、そのまま妖夢に注意を向けた咲夜の意識の隙を突き、するりと僕を抜き取った。

 と、今度は物凄い力で僕の体が萃香の元へと吸い寄せられた。どうやら僕自身に対して萃める能力を使用したようだ。

 驚きの吸引力で引き寄せられた僕は、萃香の手に収まる寸での所で、同時に伸ばされた二つの手によって弾かれてしまった。二つの手の持ち主は、それぞれ文と幽香である。

 同時に掴もうとして、しかしお互いの手が勢い良くぶつかって掴み損ね、その時思いっきり弾き飛ばされた僕は、高速回転をしながら宙を舞う事となった。

 

 

 ああ、回る。世界が廻る。

 普段認識する者はあまりいないだろうが、世界と言うものは常に回転の中にある。

 惑星の自転と公転、そして僕たちの住む太陽系もまた、銀河の中を回っている。

 回転と言う力は、人類や妖怪、そしてあるいは神々が生まれるよりも前から、僕たちと共に常に在り続けた大いなる力なのだ。

 ああ、見える。見えるぞ! 直線と曲線の織り成す、美しい黄金比の図形が。

 それは二次元的な平面から、三次元的な立体へ、そして四次元的な奥行きを持つ超常へと昇華する無限の螺旋。

 ああ、理解した。今こそ僕は理解した。黄金の如き美の真理を。

 それは過去、現在、未来を通し、全ての芸術家が……いや、美しきものを美しいと感じ追い求める、全ての生命が辿り着くべき場所。

 黄金長方形によって導き出される、無限回転の螺旋―――ッ!!

 

 

 と、そこまで思考したところで、空中に開いたスキマに落っこちた僕は、そのまま紫の手の中に納まり抱きしめられた。

 

 

「えっと……大丈夫? 霖之助さん」

『……まぁ、何とかね。ありがとう紫』

 

 途中で思考が異次元に跳びかけていた気がするが、僕は元気だ。

 そもそも小竜とはいえ、この程度でどうにかなるほどドラゴンの体は軟じゃない。

 

 ……とは言え、だ。

 

 

『君達……言いたい事が沢山あるから、奥に来なさい』

 

 

 この後、僕をまるで玩具みたいに奪い合った者達全員に正座をさせてお説教した。

 僕がくどくどとお説教をするなんて、相当珍しい事だよ?

 

 が、二時間ほどお説教をしても全員全く堪えた様子が無く、その上で全員が小竜形態の僕を欲しがった。

 だから僕は玩具でもぬいぐるみでも無いとあれほど……。

 はぁ、まぁ良いか。写身をいくら増やしたところで、僕の力が分散して弱くなるだの、写身たちから送られる情報量のせいで、僕の脳がオーバーヒートを起こすって訳でも無いしね。

 

 

 そんな訳で、幻想郷には現在あちこちに小竜の姿の写身たちが存在している。

 一番大変なのは……アリスとフランの所の僕かな?

 フランにせがまれたアリスが日夜小竜の僕に着せるための衣服を作っており、結構な頻度でその衣服の納品の為に紅魔館を訪れている。

 そしてその度に僕は着せ替え遊びに付き合わされているのだ。

 アリスとフラン、それぞれの所の僕がタキシードとウェディングドレスを着せられて並べられた時は、心を無にして耐えるのに苦労したなぁ……。

 

 ま、そんなちょっとしたトラウマの話は置いておこう。

 思い出したくない記憶の一つや二つ、あっても良いじゃないか。

 ……紅魔館の僕のトラウマは、日常的に増えて行きそうだけど。

 

 そんな事を思い出していると、神社の縁側で霊夢とお茶を飲んでいた魔理沙が質問して来た。

 

「……なぁ香霖。本体の香霖が居なくなって一月くらい経つが、いつになったら帰って来るんだ?」

「私も気になるわね。いつになったらお土産を持って来てくれるのかしら?」

『いつになったら、か……』

『霊夢……気になるのはお土産なのかい?』

 

 霊夢と魔理沙、それぞれについている僕が答える。

 少し不安げに聞いて来た魔理沙と、全く心配していない様子の霊夢が対照的だった。

 心配をかけたい訳ではないが、全く心配されている様子が無いと言うのも微妙な気分だなぁ。

 

『後一か月もしない内に決着がつくだろうから、心配はいらないよ。魔理沙』

『お土産はいくつか見繕っているけど、お勧めは『竜泉』って言うお酒かな? まぁ楽しみにしていると良いよ、霊夢』

 

 僕の本体は今、戦国時代末期頃の東北の山奥に発生させた(・・・・・)特異点でツィツィミトルたちの軍勢と戦っている。

 相手方も多勢に無勢だが、召喚した味方たちも精鋭揃いだ。

 そう遠からず決着がつくだろう。

 

「そうか……何にせよ、早く帰って来いよな」

「『竜泉』? 聞いた事の無いお酒ね。どこのお酒なの?」

 

 霊夢が『竜泉』について尋ねて来る。

 まぁ、知らないのも無理はない。

 今僕が居る特異点は、この世界には存在しない土地なのだからね。

 僕は霊夢に、本体が居る土地の名前を教えた。

 

 

『今居る土地の名前は『葦名』だよ』

『大きな城のある雪国でね。こっちは夏だけど、向こうでは普通雪が降るから少し不思議な気分だよ』




小竜形態はデフォルメした『幻龍王・ゼローグ∞』って感じですかね?(前方に湾曲した二本角があるし、翼が六枚あるし)

現在小竜形態の写身たちは、幻想郷に二十体くらい居るので、もしツィツィミトルたちが幻想郷に攻め入ったら地獄を見る事になるでしょうねw


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第六十三話 「転生香霖の待つ舞台」

お待たせしました、今回はカルデア視点での導入です。

なろうの方でオリジナル作品の毎日投稿をやっていたり、そもそも導入部分という事で、どのようにカルデアと葦名勢力を邂逅させるかで悩んだりで大分遅くなりましたが、何とか形になりました。

オリジナル作品を毎日投稿して改めて判る、「サモナーさんが行く」の凄さよ。
本編完結まで数年毎日投稿を続けた上、時々連続更新まであったんだから、本当に凄過ぎます。
やっぱり私がなろうで一番好きな作品は「サモナーさんが行く」ですわ。


 雪の積もる針葉樹の森が広がり、吐く息が白くなるほど空気は冷たい。

 

 険しい山間の森の中に、カルデアのマスター『藤丸 立香』は契約しているサーヴァントたちと共に降り立った。

 

「ここが、霖之助さんの居る特異点……何ですよね、ジャンヌさん?」

 

 立香が確認の為に傍らに幾名か居るサーヴァントの内の一人に振り返る。

 そこに居るのは、軍馬に騎乗したまま周囲を警戒する鎧姿の少女、カルデアが第三異聞帯へ突入する少し前に契約したサーヴァント『緋炎聖女ジャンヌ・ダルク』であった。

 ジャンヌは周囲に敵性存在の気配が無いのを確認すると、警戒を完全には解かないまま立香の質問に答えた。

 

「ええ、そうです。この特異点『葦名』こそが現在キースと破壊の女神、それぞれの軍勢がぶつかり合う戦場となっています」

「―――そうですか」

 

 ジャンヌの言葉に、幾ばくかの間をおいて相槌を打つ立香。

 改めて、木々の隙間から見える景色―――焼け爛れ、踏み砕かれ、荒れ果て尽くした戦場と、その中心でなお揺ぎ無い姿で聳え立つ巨大な城郭『葦名城』の姿を見据える。

 

 その光景に、立香はこれから身を投じる事となる戦場の過酷さを感じ取り、小さく身震いをした。

 

 

 

 ノウム・カルデアが第三の異聞帯『シン』を攻略してから早数か月。

 

 新たに巨大な特異点が観測されたことを聞かされた立香は、更にジャンヌからその特異点に、以前夢の中で助けられ、緋炎聖女であるジャンヌ・ダルクを召喚するきっかけとなった恩人『森近 霖之助』が滞在している事。

 そして彼が現在、かつて経験した七つの特異点、その中でも特に厳しい物であった第七特異点に勝るとも劣らぬ地獄のような戦場に身を置いている事を知った。

 

 この特異点に関し、特殊な召喚形式であるため常に霖之助と繋がった状態であるジャンヌから、この特異点が放っていてもいずれ霖之助自身の手によって解決される立香は聞かされた。

 しかし、例えどれほど厳しい戦場であろうと、足手纏いになる可能性が高かろうと、以前助けられた恩を返したい、もう一度会って話をしたいと立香は望んだ。

 

 もちろんこれに対し、カルデアの面々からは数々の苦言を呈されたが、直近の出来事として霖之助がジャンヌをカルデアに寄越さなければ、立香とカルデアの新所長である『ゴルドルフ・ムジーク』の命が危うかったという事情もあり、その恩を返す為、また独自の英霊召喚技術と、高度な魔術技能を持つ霖之助に対し、カルデアへの協力を要請する為という建前の下、立夏はジャンヌを含めた数名のサーヴァントを伴って、こうして特異点『葦名』へと足を踏み入れたのであった。

 

 

 

 これまでの経緯を回想しつつ、立香はサーヴァントたちと共に木々の間を進む。

 先導をしているのは、アーチャーのサーヴァント『アーラシュ』であった。

 

「―――ストップだ、マスター。こっからはどうも、どっかの勢力の警戒区域になっちっまうみたいだ。慎重に進んだ方が良い」

 

 至極真剣な声で、アーラシュがそう忠告する。

 だが、それの意見をジャンヌが否定した。

 

「いえ、その必要はありません。寧ろ堂々と進んで、私たちを見付けて貰いましょう」

「何でですか、ジャンヌさん」

 

 ジャンヌの意見に、立香は当然の疑問を抱く。

 尋ねられたジャンヌは、その理由を語った。

 

「立香くんもご存知の通り、私とキースの間には今もパスが繋がっています。故に、キースも私たちが既にこの特異点へ来ている事を知っているんです。キース側の勢力の警戒区域に入ったのなら、そのまま迎えが来るはずですし、女神側の警戒区域に入ったのだとしても、哨戒の部隊を相手取っている間に、騒ぎを聞きつけたキースが迎えの手勢を向かわせてくれるはずです。故に、私はこのまま進む事を進言します」

「話は判ったが聖女さんよぉ、もし敵側の警戒区域(デンジャーゾーン)に入ったんなら、迎えが来るまでマスターを守り切れる保証はあんのか?」

 

 ジャンヌの言葉にそう訊ねたのは、同行するサーヴァントの一騎であるライダーのサーヴァント『坂田 金時』であった。

 そのもっともな意見に、ジャンヌは笑顔で自身を持って答えた。

 

「ええ、勿論です。何せ、戦いの場があるなら誰よりも早く参戦し、一人でも多くの獲物を仕留めようと動くのが、キースと言う男ですから」

 

 輝く様な美しい笑顔とは裏腹に、そのあんまりな物言いに立香は思わず吹き出した。

 確かに、立香の記憶に残る霖之助と言う男は、そう言った部分を持つ人物であった。

 

「それなら、確かに何とかなりそうですね。なら、ジャンヌさんの意見を採用して、このまま進んで霖之助さんの迎えを待ちましょう」

 

 立香がそう決めると、他のサーヴァントたちも特に異論はない様で、そのまま先へ進む事となった。

 

 

 

 しばらく進むと、先頭を歩くアーラシュが手を横に広げて一行を押し止める。

 

「マスター、どうやらお迎えが来たようだ」

 

 その言葉に応える様に、木々の合間から鎧兜を見に纏った男が姿を現す。

 男から感じられる魔力はサーヴァントの物であり、特徴的な大弓を背負ったその男は、鋼の如き鋭い眼差しと声でもって、立香たちを誰何した。

 

「―――カルデアのサーヴァント、そしてそのマスターである『藤丸 立香』殿らとお見受けするが、如何に?」

 

 その言葉に対し、立香は一歩前へ出て応えた。

 

「はい、俺が藤丸 立香です。貴方は?」

「これは先に名乗りもせず失礼した―――」

 

 そう言って居住まいを正したその男は、堂々と名乗り上げた。

 

 

「サーヴァント・アーチャー。『葦名 弦一郎』。我が主、森近 霖之助の使いとして、貴殿らをお迎えに参上した。ここより少し離れた場所に、主より借り受けた移動用の魔物を待機させてある。どうぞこちらへ」




弦ちゃん登場、しかして次回は未定。

エタるつもりは無いけど、「東方香霖堂」「サモナーさんが行く」「FGO」「隻狼」の四作品をクロスオーバーさせて、尚且つ全ての作品のキャラクターを立てようとすると、ハードルが高杉問題。(何故こんな苦行を進んでやってしまったのか)

まぁ、二次創作なんて義務的にやる物じゃないですから、気ままに続けて行こうと思います。

あ、それと、取材旅行も兼ねて久々に葦名に逝って来ようと思います。(白目)
いやぁ、何回死ぬのかなぁ……(とりあえず赤備え共ぶっ殺して、勘を取り戻さないと)
隻狼のステージは鉄砲砦が好きだけど嫌いです。(戦国弾幕ゲーは見てる分には楽しいけど、死にまくるし大筒持ちが固いから嫌い)


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第六十四話 「転生香霖に会うために」

お久しぶりです。


 森近霖之助に召喚されたというサーヴァント、『葦名 弦一郎』の案内の下、立香たちは森の中を進む。

 その道中、立香は弦一郎からこの特異点『葦名』の事や戦いの様子、そして霖之助の近況など様々な話を聞いていた。

 

 

 

 

「―――そうですか、霖之助さんが元気そうで何よりです」

「ああ、つい先日も気分転換と称して、襲い来る巨人たちを竜の姿で迎え撃ち、その全てを組打ちで首を圧し折って仕留めていた」

「あはは、本当に相変わらずだなぁ……」

 

 容易に光景が想像出来る話を聞き、立香は苦笑いをしながら頬を掻いた。

 

 

 弦一郎の話によると、この特異点『葦名』にサーヴァントが召喚されたのはおよそ二週間ほど前であるそうだ。

 最初に十数騎のサーヴァントが召喚され、その中に『葦名』所縁のサーヴァントがおり、その縁で弦一郎ら葦名出身の英霊たちが召喚されたらしい。

 現在は、最初に召喚されたサーヴァントたちと葦名英霊のサーヴァントたちが協力して、女神勢力の迎撃に当たっているという。

 相互の戦力は現在、葦名側が優勢であるそうだ。

 

 

「―――とは言え、我らサーヴァント以上に活躍しているのが、我らが主である森近霖之助殿なのだがな」

「まぁ、そうでしょうね。彼は戦士としてだけでなく術師としても超一流ですから」

「まったくだ。敵勢全てに対して痛痒を強いる術、自陣に有利な地形を作り出す術、自陣を支援し強化・回復する術……どれもこれも強力で、生前あの方が味方に居れば。と、思う事も多い」

「ああ、判ります。ただでさえ戦士としての実力が飛び抜けているのに、術師としての万能さまで持ち合わせていますから、味方にすればこの上なく頼もしいのですよね……敵からすれば悪夢でしょうけど」

「くく、違いない」

 

 弦一郎とジャンヌは、共に霖之助に召喚されたサーヴァントだ。

 ジャンヌは現在立香と契約している状態だが、共に霖之助の性格や戦い方を知っているという点では共通している。

 共通の話題がある事で話も弾み、弦一郎と立香たちは徐々に打ち解けて行った。

 

「ほう、貴殿がかの有名な足柄山の金時童子であったか……共に戦えるのは光栄だが、その装いは一体?」

「おうイカすだろ? オレッちのゴールデンコスチュームだ! 何せバイカーでライダーだからな。アンタもどうだい?」

「ふむ……時代も地域も異なる場所に呼び出されるのが我らサーヴァント、その場に合った装いに身を包む事も時には必要か……」

「はっはっは! そんな堅く考えずに、現代の文化を楽しむって考えりゃあ良いさ。アンタだって、自分が生きたよりもずっと先の世界の事は、多かれ少なかれ気になるだろう?」

「ふむ、確かに」

 

 同じ日本の出身という事で、金時の話を聞きたいらしい弦一郎と、そんな彼に現代服を勧める金時。

 真面目な弦一郎の受け答えに快活に笑うアーラシュと、男性サーヴァントたちはあっという間に仲良くなっていた。

 そんな三人の様子を見て、立香は自分も話に混ざりたそうにソワソワしていた。

 

 

「……ねぇ、移動用の魔物とやらの所へはまだ着かないの?」

 

 

 そんな中、弦一郎に対して不機嫌そうに質問したのはアヴェンジャーのサーヴァント、『ジャンヌ・ダルク〔オルタ〕』であった。

 彼女は本来今回の特異点攻略に参加する予定は無かったのだが、当日強引に同行を申し出て来たのだ。

 

 カルデアに緋炎聖女ジャンヌ・ダルクが召喚されて以来、ジャンヌ・オルタは何かと張り合う様に模擬戦を申し込んだりなどしていたが、結果は全戦全敗。

 ジャンヌ・オルタ自身も戦闘力の高い方であったが、カルデア所属のサーヴァントの中でも最上位に位置する者達と日々対等に戦い続ける緋炎聖女相手では分が悪かった。

 

 直接的な戦闘では自分の方が不利だと悟ったジャンヌ・オルタは、それ以降緋炎ジャンヌの行く先々に付き纏い、緋炎ジャンヌ以上の活躍をして見返してやろうと躍起になっていた。

 今回の強引な同行も、特異点攻略時に緋炎ジャンヌ以上に活躍して、緋炎ジャンヌを悔しがらせようと画策してのものである。

 

 ……まぁ、そんなジャンヌ・オルタの姿を、緋炎ジャンヌは微笑ましく思っているのだが。

 

 そんなジャンヌ・オルタの質問に対し、弦一郎は生真面目な態度のまま返した。

 

「もう直ぐだ、オルタ殿。そこの茂みを超えた先に、同行者と共に魔物が待機している」

「同行者って?」

「俺と同じく、霖之助殿に召喚されたサーヴァントの一人だ。と言っても、召喚されたのは俺よりもかの御仁の方が先なのだがな」

 

 立香質問に、弦一郎がそう返す。

 

 茂みをかき分けながら進むと、開けた先には見上げるほど大きな鳥と、その傍らに佇む白い女武者の姿があった。

 

「おや、戻られましたか弦一郎殿。無事にカルデアの方々を見付けられたようですね」

「ああ、今戻った……『巴殿』」

 

 名前を呼ぶ際、何故か少し言い淀む弦一郎。

 その事も少し気になったが、それよりも立香は自分も良く知るサーヴァントの姿をした女武者に気を取られていた。

 

「あの、貴女はもしかして……」

「ええ、私は貴方の想像通りの経歴のサーヴァントですよ」

 

 みなまで言わずとも、立香の言いたい事を大体理解したそのサーヴァントは、緋炎ジャンヌに目を向けてから自己紹介をした。

 

 

「初めまして、カルデアのマスター藤丸立香殿とそのサーヴァントの方々。私はサーヴァント・セイバー『剣豪降臨 巴御前』。そちらのジャンヌ殿と同じく、キースに召喚された英霊です」

 

 

 そう言って柔らかく微笑んだ顔は、立香の知るアーチャーのサーヴァント『巴御前』と同じ物だった。




なろうでの毎日投稿も板について来たので、ぼちぼちこちらも進めて行きます。

次回辺りには、ぐだ男と転生香霖を再会させる予定です。


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第六十五話 「転生香霖の統べる空」

ハーメルンよ、私は帰って来た!


「わっと……はは、すごいですね! ちょっと怖いけど、風が気持ちいいなぁ」

「ふふ、楽しんでいただけているようで何よりです。ですが立香殿、はしゃぎ過ぎて落ちない様に気を付けて下さいね?」

「はい!」

 

 

 はしゃいだ調子の立香の声とそれを嗜める巴の声が響くも、それらは直ぐに風に流され掻き消えた。

 それもそのはずだ。何故なら立香たちは現在、特異点『葦名』の空を高速で飛行しているのだから。

 

 

 

 霖之助に召喚された『剣豪降臨』のサーヴァント、巴御前との挨拶もそこそこに、立香たちカルデアメンバーは霖之助の用意した移動用の大型モンスター『ロック鳥』の背に乗り込み飛び立った。

 ライダー系のサーヴァントたちの持つ、様々な騎獣に同乗した経験のある立香であったが、ここまで巨大な鳥の背に乗った経験は無く、ロック鳥の羽毛の感触と空から見下ろす『葦名』の景色を純粋に楽しんでいた。

 とは言え、警戒を怠っている訳では無いが。

 

 

「……それにしても、天気が悪いな」

「全くよ、こっちの気分まで滅入りそうだわ」

 

 空を見上げながらポツリと呟いた立香の言葉をジャンヌ・オルタが拾う。

 事実、葦名の空は暗い曇天に覆われ、時折ゴロゴロと言う音が響き、稲光が走っていた。

 雷でも落ちて来そうだな、と心配する立香に対して、巴が微笑みながらその心配は無いと説明した。

 

「天気の事でしたら心配は無用ですよ。何せこの雷雲はキースが作り出した物ですからね」

「霖之助さんが?」

「はい……おや、これは丁度良い。皆様、あちらをご覧ください」

「「「「「?」」」」」

 

 

 丁度良い、と言った巴が彼方へと指を指す。

 その先には、立香たちが乗っているロック鳥よりも一回りか二回りほど小さなドラゴン達が数匹一塊となって飛んでおり、ドラゴン達は立香たち目掛けて飛んで来ているのが見えた。

 

「襲撃っ、アーラシュ!」

「おう、任せな!」

 

 その姿を見るや否や、立香は瞬時に弓兵であるアーラシュに指示を出す。

 向かって来るドラゴンは全部で五頭。

 どれも立香が初めて見る種類の物であり、その大きさは現在背に乗っているロック鳥に比べると幾分小さい。

 それでもなお人間なら一度に複数人を飲み込めるであろう程の巨大さだったが、立香は臆することなくドラゴン達を見据え、冷静に観察していた。

 

 その姿を見て、弦一郎は「ほう…」と感心した声を上げる。

 弦一郎から見て立香は荒事とは無縁の、ごく普通の青年であるように感じられた。

 だが、いざ敵を前にした立香は恐れる事も油断する事も無く、敵と周囲の状況を観察しどのような指示を出すべきか冷静に考えている。

 その姿にはある種の風格が感じられ、彼が歩んで来た道のりが決して楽なものではなかった事と、そこで培われた経験の深さを察せられた。

 

 戦場での立香の姿を見た事で、頼もしい味方が来てくれたと喜ぶ弦一郎。

 また、召喚時に与えられた知識によって『東方の大英雄 アーラシュ・カマンガー』の伝説を知っている為、同じ弓使いとして生まれた時代も地域も異なる異境の英雄の腕前を見られる事を楽しみにしていた。

 

 立香たちが乗るロック鳥と、迫りくるドラゴン達の距離はまだかなり離れており、ドラゴン側からの攻撃が届く事は無い。

 しかし、ドラゴン達にとっては射程の範囲外であろうと、アーラシュにとっては余裕で届く距離だ。

 赤い弓につがえられ、引き絞られた矢は瞬く間にドラゴン達を射抜くだろう。

 今まさにアーラシュの矢が放たれんとする中、しかし彼を止める者が居た。

 

「お待ちをアーラシュ殿、手出しは無用でございます」

 

 そう言って巴が、弓を構えるアーラシュの腕にやんわりと手を置く。

 ドラゴン達から視線を外さないまま、横目を向けて何故と問い返そうとするアーラシュに、巴は柔らかく微笑みながらこう続けた。

 

「先ほど申し上げた通り、この葦名の空は今やキースの支配下です。その下を敵対している者が不用意に飛べば、ほらあの様に―――」

 

 

 言葉の途中で立香たちの視界が真っ白に染まる。

 それに驚く間もなく、一瞬の後には大気を(つんざ)く様な雷鳴が鳴り響き、視界が回復するとそこには落雷に打たれて黒焦げとなったであろう五匹のドラゴンが、断末魔の叫びを上げる事すら出来ずに、黒煙を上げながら墜落している所であった。

 

「――と、このように葦名の空を堂々と飛べるのは我々キース側の勢力の者のみです。ですので皆様方は、安心して空の旅をお楽しみください」

 

 そう締めくくった巴を前に、カルデアの面々は驚愕と畏怖を禁じ得ない。

 特に雷神の息子である金時は、空に浮かぶ雷雲やドラゴン達を打ち据えた稲妻を通して、それを操る霖之助の力の片鱗を強く感じ取っていた。

 

「……こいつぁおったまげた。マスターやジャンヌの姐さんから色々聞いちゃいたがとんでもねぇな! 下手な雷神よりもずっとゴールデンだぜ!!」

「? そのごーるでんと言うのは良く判りませんが……そうですね。キースは下手な鬼神よりも鬼神染みていますし、その評価は間違っていないでしょう。元はただの人間だったはずなのですけどね」

「霖之助さんは確か人とドラゴンの半妖……何でしたっけ?」

「ええ、そうですよ。半分人で半分竜、今は信仰される側でもありますから、神性まで持っていますね」

「竜と神……だったら、金時とちょっと似てますね」

「おや、そうなのですか?」

 

 巴の説明を聞き、立香は金時の出自を思い出してそう呟いた。

 首を傾げて聞いて来る巴に、立香に代って金時自身が説明する。

 

「ああ、オレっちのダディは雷神であり、龍でもあるからな。神性と竜種、両方の特性をオレも持ってんだよ」

「おや、そうだったのですか。何とも奇遇な話ですね――おや? あれは……」

「? どうしました?」

「―――奴か」

 

 

 話の途中で、巴は何かに気付いた様子で彼方へと視線を向ける。

 つられて見ると、そこには離れて居て尚その巨大さがうかがえる、自分たちが乗るロック鳥とはまた別の種類の巨大な鳥が飛んでおり、その背には何者かを乗せている。

 弦一郎はその何者かを知っている様で、視線を鋭くしてどこか忌々しげに呟いていた。

 そんな弦一郎の姿に、事情を知っている巴は仕方ないなとばかりに苦笑してた。

 

「ああ成程、彼ですか。皆様ご安心ください、あちらの彼もまた私たちと同じ、キースに召喚されたサーヴァントの一人です」

「彼、って事は男の人なんですか? 俺の目だと良く見えないですね……アーラシュは?」

「ああ、見えてるぜマスター。少し煤けちゃいるが、橙色の服を着て腰と背中に刀を差した男が一人乗ってる。どことなく小太郎の服装に似ている気がするな」

 

 立香の質問に、千里眼を持つアーラシュがそう答える。

 アーラシュは服装のデザインを説明する際にカルデアの仲間であるアサシンクラスのサーヴァント、『風魔小太郎』を引き合いに出したが、ある意味で正鵠を射た発言であった。

 小太郎と同じく、彼もまた『(しのび)』なのだから。

 

 

 橙色の服を着た彼も立香たちの存在には気づいていたが、彼は急ぐ用事があった為乗っていた巨鳥の背中を軽くたたいて先を急がせた。

 生身の人間である立香では耐えられないであろう速さで巨鳥が遠ざかっていく。

 彼らがの姿が小さくなる中、巴は気を取り直してみんなに声を掛けた。

 

「さて、彼も行ってしまいましたし、私たちも急ぐとしましょう。皆様、彼について気になるでしょうが、彼については城で顔を合わせた時にでもご紹介いたします。ここで説明すると、弦一郎殿がますます不機嫌になってしまいますからね」

「……俺は不機嫌になどなっていない」

「そんなしかめっ面で言っても、説得力がありませんよ。弦一郎殿?」

 

 眉間に皺を寄せながらそう返す弦一郎に対し、巴は手の掛かる子供を見る様な笑顔で嗜める。

 その笑顔を向けられて、弦一郎はバツが悪そうに顔を背けていた。

 

「えっと……弦一郎さんとあの人? は、仲が悪いんですか?」

「生前の因縁と言う奴ですよ。お互い恨み骨髄と言う訳では無いのですが、和解するまでには至っていないのです」

 

 立香がヒソヒソと巴に訊ね、巴もヒソヒソと返す。

 もちろん直ぐ近くに居る弦一郎にも会話の内容は聞こえていたが、あまり話題にはしたくない為務めて聞こえないふりをしていた。

 

 

 

 

 

 ―――ともあれ、その後は大きなアクシデントも無く、一行は目的地である葦名勢力の拠点『葦名城』へと到着した。

 

 森近霖之助と藤丸立夏、二人の召喚者(サモナー)たちの再会の時は近い。




大分お待たせしましたが、ぼちぼち続きも書いて行こうと思います。

ハーメルンで二次創作を、なろうでオリジナル作品を書いていますが、両方やるのは闇ですね。
この数か月、続きを書こう書こう思っていましたが、オリジナル作品の方が迷走して評価が下がった辺りで、「書いたところで二次創作の方も評価が下がるだけなんじゃ」とか「続きを書いてもつまらないと言われるだけなんじゃ」とか「そもそも私程度が二次創作を書くなんて原作に対して失礼なんじゃ」とか、そんな考えばかり浮かんで書く気力がなくなると言うのの繰り返しでした。

そんな折、読者の一人から直接メッセージをいただきまして、「ああ、私なんかの拙い物語でも、待ってくれてる人が居るんだなぁ」と思い、何とか今回の話を書き上げました。

次回もまたいつ更新出来るかは判りませんが、これからも拙作『転生香霖堂』をよろしくお願いします。


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