魔法少女 リリカルなのはStS,EX (ラナ・テスタメント)
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邂逅編
第一話「ボーイ・ミーツ・ガール」


「――ナンバー・オブ・ザ・ビーストを知ってるか?」


 

「強くなれ……」

 

 ――その言葉を忘れない。

 

「強くなれ。誰より強く誰よりも高く」

 

 ――けっして忘れるものか。

 

「強くなれ、シオン。そして……」

 

 ――そしていつか、アンタを。

 

「俺を、殺せる程に」

 

 ――この手で。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ミッドチルダ地上部隊の隊舎前。そこで青い空の下、懐かしい面々が久しぶりの再会に笑顔で談笑する。

 一年前に起きたJS事件を解決した、機動六課のメンバー達だ。

 半年前に解散し、今はそれぞれの道を行く彼女、彼等ではあったが、久しぶりに同窓会のようなものをやろうと集合がかけられたのである。

 勿論、それぞれ忙しい者達ばかりなので、全員が全員とは行かないまでも、参加者は少なくなかった。

 

 同窓会……と、いうには早過ぎるが、しかし各々楽しみに、この日を待っていた――のだが。

 

「おっそい……!」

 

 唸るような声を上げて、オレンジ色の髪の少女がきっと、隊舎前の道を睨む。

 機動六課、元スターズ4、ティアナ・ランスターだ。六課卒業後は、執務官補佐として活躍中であり近々執務官試験を受けようと言う有望株である。

 そんな少女は、まだ来ない元相棒に、苛立ち半分、心配半分な感じで腰に手をあてていた。

 

「そうだね……スバル。どうしたんだろ?」

 

 そんなティアナに、微苦笑を浮かべながらも栗色の髪の女性が頷く。元機動六課スターズ1こと、管理局の誇る言わずと知れたエース・オブ・エース、高町なのはである。

 JS事件の後は、様々な事情や本人の希望もあって、地上部隊の戦技教官を続けている。そんな彼女も、最近は義娘の高町ヴィヴィオに生活を合わせており、比較的スケジュールを合わせやすいようにしていた。

 少なくとも、六課隊長組である八神はやてやフェイト・T・ハラオウンよりはゆっくりとした生活を送れていると言えよう。

 

 閑話休題。

 

 ともあれ、来ない相手は約束の時間から僅かとは言え遅刻らしい遅刻はしないタイプと言う事もあり、若干心配そうな表情を、なのはが浮かべた。

 そんな彼女の前に、小学生低学年程の背格好の少女が不敵な笑みと共に前に出る。元スターズ2、ヴィータだ。ヴォルケン・リッターである彼女は基本外見上は歳を取らない為、「ちっこ可愛い教導官♪」と愛される(口に出すと、愛機であるグラーフアイゼンの落ちない染みにされる)騎士様なのだった。

 そんな彼女は小さい身体に不釣り合いな感じでのけ反り、ティアナに振り向く。

 

「ま、しばらくしたら来るだろ。あいつシフトでは休みだったけど、昨日、夜に出動だったんだろ? 確か海上の大型客船のレスキューだったっけか」

「はい。今日朝方まで出動だったらしいんですが……」

 

 ヴィータに頷きながら、ティアナは嘆息を一つ入れた。そう、まさに昨日、遅れている元相棒は緊急出動に駆り出されたのである。申し送りも含めて、全てが終わったのは日が上って大分経った後だったとか。流石に疲れていたのか、こちらに「起こして〜〜」とへたれた声でお願いして来たのだが。

 

「結局起きないし。あんまり無理するなって言ってんのにアイツは……」

「でも、やっぱり皆と会えるの楽しみだったんですよ」

「うん。私もエリオ君も昨日遅くまで寝られなくて」

 

 そう言って、頷き合うのは元ライトニング3、4、エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエだ。

 六課卒業後も進路を共にした二人は、今や兄妹もかくやとばかりの仲の良さである。そんな二人の無邪気な笑顔に毒気を抜かれ、ティアナは微苦笑を浮かべた。

 

「そりゃあね。私だって楽しみだったわよ。皆と久々に会えるんだもの」

 

 つい昨日も連絡をとっていたのだが、そこでも相当はしゃいでいたのである。しかし、さぁもう寝ようかと言うタイミングで出動が掛かったのだが。

 と、そこで皆の後ろに控えていた一際長身の女性が片眉をぴくりと動かして微笑する。

 元ライトニング2にして、ヴォルケン・リッターのリーダー、シグナムだ。

 いち早く近付く気配に気付いた彼女は、皆に言ってやる事にした。

 

「噂をすれば……と、言う奴か。来たようだぞ?」

「え? あ、ほんとだ」

 

 シグナムの台詞に、元ライトニング1にして管理局執務官。そして、現ティアナの上司であるフェイト・T・ハラオウンが笑顔で頷いた。

 その先には、一人の少女が息も絶え絶えに、しかしかなりの速度を維持したまま、こちらに走って来ている。元スターズ3、現レスキューのスバル・ナカジマである。彼女は、こちらに気付くと大きく手を振って来た。と、同時に大声でこちらに呼び掛けて来る。

 

「すみませ〜〜〜〜ん!」

「遅い!!」

 

 開口1番。ティアナの雷がスバルに落っこちた。まるで、本物のそれに打たれたかのようにびくぅとなりながらも、スバルはあははと罰の悪そうな顔をする。そして、ティアナに手を合わせた。

 

「あう、ティアもゴメン。起こしてくれたのに……」

「まったく……それよりアンタ。身体、大丈夫なの? あんまり寝てないんじゃない?」

 

 何だかんだ言っても心配性なティアナの疑問はしかし当たり前のものであった。

 スバルはある意味特別性ではあるが、それとて限度がある。まして昨日はかなりきつい現場であった筈だ。心配の一つもしようと言うものであった。しかし、スバルはそんなティアナの心配を余所に満面の笑顔を浮かべる。

 

「うん! 大丈夫だよ!」

「ならいいけどさ……」

 

 元気溌剌なスバルの笑顔に、ティアナは嘆息を再び吐くと、諦めたように頷いた。

 スバルは小さく「ありがと」とだけ言って、すぐに皆の方に振り向く。そちらでは、二人のやり取りをやれやれと見ている面々がいた。

 

「みなさん。遅れてゴメンなさい! そして……お久しぶりです!」

「まぁ、遅刻言うても10分ぐらいやしな。大丈夫やよ」

「いえ……でもありがとうございます。待ってて下さって」

「まぁ、でも遅れるなら遅れるでちゃんと連絡しろよな。なのはも皆も心配したんだぞ?」

「あうー。すみません。ヴィータ副隊長」

 もう副隊長じゃねぇ。と、続けてヴィータがツッコミを入れた所で皆から笑いが巻き起こった。

 ついつい六課時代を思い出して、出てしまった癖に恥ずかしがるスバルに、苦笑して最後に元六課部隊長の八神はやてが取り直すように六課隊舎を前にして一同を促す。

 

「それじゃあ立ち話もなんだし、行こうか?」

 

 そんな彼女についつい皆が了解と言いそうになって、また笑いが生まれた。

 

 季節は秋。機動六課が終わって、早くも半年ぶりに懐かしい隊舎は、卒業生達を迎え入れたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……すっご〜〜〜〜い」

 

 隊舎ホールでスバルが感嘆の声を上げる。

 六課の設立と解散の挨拶をしたこの場所は今、所狭しとテーブルが並べられ、そこに数多くのご馳走が並べられていた。

 

「これ……皆。なのはさん達が作ったんですか?」

 

 スバルほどでは無いが、ティアナも目の前のご馳走に目を見開いて驚く。

 さもありなん、明らかに手が込んである料理ばかりが、そこには並んでいた。ティアナの疑問に、はやては嬉しそうに答える。

 

「そや♪ まだまだ料理の腕は衰えてないよ〜〜♪」

 

 自慢気に二の腕を叩くはやて。実際、総指揮はやての元で、これらの料理は作られたのだ。

 

「うん♪ 昨日から頑張ったんだよ♪」

 

 同じく、その腕を振るったなのはも満面の笑顔で二人に答え、フェイトもにこにこと笑って頷いていた。そんな三人に、スバル、ティアナと他元六課メンバーは呆然とした。

 あまりショックを受けていないのは、エリオとキャロくらいか、不思議に思い聞いてみる。

 

「ちびっこ達はあんまり驚いてないのね……」

「あ……僕は前にフェイトさんやリンディ提督に料理を作って貰って……」

「私もです♪」

 

 よくよく考えれば二人はフェイトが保護者だった事もあり、必然手料理を味わった事がある筈であった。

 今更ながらそれに気付くが、かく言う二人も目の前のご馳走に嬉しそうにしている。

 

「本当なら毎日作ってあげたいんだけど……そうもいかなかったから」

 

 そんな二人にフェイトがちょっと寂し気に言葉を漏らす。

 管理局執務官と言う普段の忙しさがよく解る言葉であった。実際、フェイトは最近、なのはの部屋に泊まりが多くなり、近々同棲(二人は同居と言って認めないが、どう見ても同棲である)するのではと専らの噂なのだが。まぁ、それはともあれ。

 

「さ、皆。席についてな♪」

 

 テーブルを囲む一同に、はやてが呼び掛け、で皆思い思いの席に着いた。

 そして、いつかのように皆の前に立つと、おほんと一つ咳ばらいをした。

 

「さて、皆集まってくれてホンマありがとう♪ 皆一緒にこう言う席を設けられてホンマ嬉しいです♪」

 

 乾杯の挨拶を述べる。

 来られた者も、来られなかった者も含めて、皆一緒と言う言葉をはやては使った。そこには誰一人として欠けずにと言う意味も含まれる。頷く皆に、はやてもまた頷く。そして、グラスを手に持って掲げた。

 

「さて、長い挨拶は嫌われるしな♪ 皆、グラスを持って〜〜」

 

 号令に従い、それぞれグラスを持つ。未成年が多いはずのためお酒は入っていない……と思いたい。レティ提督もいない訳だし、多分。

 

「うん♪ 皆、準備はええな? それじゃあ、カンパ〜〜〜イ♪」

 

 −カンパ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜イ!−

 

 そして、はやての音頭に合わせて皆が杯を一斉に掲げる。宴が始まった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「フゥ……」

 

 夜の街をスバルが歩いていく。飲み物が切れた為、ジャンケンで負けたスバルが買い出しに出たのだ。

 

「にしても、凄かったな〜〜」

 

 ご馳走はもちろん美味しかった。だが、スバルが言っているのはもちろん違う。

 平たく言うとグラスにお酒が入っていたのだ。ちなみに犯人はシャマルである。

 いつから注がれたのか、なのはやフェイト、はやてまでいつの間にか飲んでしまっており、さらにあの人が来たのだ。

 そう、酒乱大魔王こと、レティ提督が。ちなみに後ろにユーノ・スクライアと、クロノ・ハラオウンを引き連れていた。二人の顔が引き攣っていたのは言うまでもあるまい。

 その後宴会がどうなったかは察して頂きたい。スバルは逆に宴会から逃げられてちょっとほっとしていた。

 

 ……皆、いろいろな酔い方があるんだな〜〜

 

 スバルはお酒を飲まされた方々に思いを馳せる。

 泣き出したり、笑い出したり……脱ぎ出したり。主に誰がやったのかは伏せるとして。

 

 歩くスバルを撫でる様に風が吹く。気付けばもう秋である。いろいろな事があった。

 機動六課が解散した後もレスキューで人を救い。今も夢を追いかけ続けている。その事が誇らしく、またちょっとだけ寂しかった。今日のようにまた皆とは会える。だけど、あの日のように皆で動く事はない、と……。

 そんな風に少しばかりアンニュイな気分に浸っていたのだが、急に空気が変わった。

 ふと気付く……ここはこんなにも暗かったろうか? 後ろをふり向く。だがそこもまた明かりはない。

 

 ……結界!?

 

 スバルは思わず目を見張る。誰が何の為に? そう思う、が。今は考えるのは後だ。

 

《マッハキャリバー。いける?》

【はい。いつでも】

 

 ――よし。

 

 スバルは相棒の返答に力強さを感じながら頷き、ポケットからその相棒。インテリジェント・デバイス。マッハ・キャリバーを取り出して空へと掲げた。

 

「マッハキャリバー! セット、アップ!」

【スタンバイ、レディ。セット、アップ】

 

 叫びにマッハ・キャリバーは瞬時に応え、スバルの身体が光に包まれる。

 そして次の瞬間、スバルの身体をバリアジャケットが包んだ。

 

 ――リボルバーナックル……よし。

 

 カートリッジの残弾を確認する。残弾予備含めて十二発。そして、自分の体調。……あまりよくはない。昨日の出動もあり、少しだけ疲労感がある。

 

 だけど……まだ、大丈夫!

 

 一人頷き、ギュッと右の拳を握りしめた。この程度の疲労でへこたれてはいられない。強い気持ちで、視線を前に、叫ぶ。

 

「時空管理局一等陸士、スバル・ナカジマです! 誰かいるのなら今すぐ結界を解きなさい!」

 

 強い口調で言ってみる……が、反応はない。

 

 ……こんな何もわからない所で一人で戦っちゃ、駄目だ。

 

【なら、まず行う事は】

 

 こちらの思念に即応してくれるマッハキャリバーの返答に頷き返す。

 

《うん、結界から抜き出なくっちゃ》

 

 だがもし、この結界を張った存在が自分を狙ったのなら。結界を破壊しているという、そんな絶好の機会を逃す訳がない。

 

 念話は……やっぱり駄目。

 

 繋がらない。助けは期待出来ない、という事である。そもそも結界を張った相手も解らないのだ。手の出しようがない。

 

 ……どう出る?

 

 瞬間、背に悪寒が走った。後ろ! スバルは悪寒に押されるようにして振り向き様に一気に後退する。

 そして、そこにいたのは――異形、だった。

 

 ……何? ……コレ?

 

 いや、その生物だけならスバルも知っている。

 時空管理局の管理する世界にはこうした大型の生物もいるのだ。

 確か、オーガ種の生物だ。だが、オーガ種は果たして、四本も手があっただろうか?

 回りにうごめく黒い点は何だ? 明らかに違う。何より、存在が! 異形が、吠える――。

 

「ガAabaaaa―――――――!」

 

 咆哮と同時に四本の手が一気にスバルへと放たれる!

 

「――っ! マッハキャリバー!」

【ウィング・ロード!】

 

 驚き。しかし、スバルは即座に叫んでのけた。掛け声と共に光の道が空まで延びる。スバルの固有魔法、ウィング・ロードである。

 マッハ・キャリバーが唸りを上げ、スバルは光の道を走って、天まで一気に駆け上がった。

 

「おぅりゃあああ!!」

 

 そのままくるりとウィング・ロードを逆さになりつつスバルは異形に右の拳を叩きつける!

 

    −撃!−

 

 ――だが。

 

 固っ……!

 

 異形の頭に叩きつけられた拳、リボルバー・ナックルは、しかし異形の皮膚で止まっていた。

 何と言う硬さか、まるで鋼を叩いたようである。

 しかも、異形の手がそんなスバルの手を捕まえようと動いた。

 

 させない!

 

 再び足元からウィング・ロードが伸び、手を回避。ぐるりと、回り込みながらカートリッジロード。空となったカートリッジが排出された。

 

 動き自体は大丈夫。遅いから避けられる!

 

 回り込み、地面に降り立ったスバルは思考しながら、止まる事なく次の技を放つ事を選択した。直接打撃が通じないのならば。

 

「リボルバー、シュート!」

 

    −破−

 

 リボルバーナックルが回転し、カートリッジ・ロード。

 そのまま右手を突き出すと、同時にリボルバーナックルから衝撃波が放たれる。

 真っ直ぐに渦を巻いた衝撃波は異形に真っ向から直撃した。あまり効いた感じではない、が。

 

 けど、体勢は崩した!

 

 衝撃の渦を撃ち込まれた異形は体をのけ反らせるようにして硬直していた。リボルバー・シュートの直撃で身動きが取れない状態になったのである。

 その隙を見逃さず、スバルは一気に異形の懐に潜り込む!

 

 ――しかし、そこにはあるはずがないものがあった。

 異形の前に光り輝く壁が展開している。プロテクション!

 

「な……! けど……!」

 

 一瞬驚くスバルだが、すぐに持ち直した。何故、は今は要らない。今必要なのは、これを打ち崩す事のみ。思考の柔軟さはなのはにより、みっちり鍛えられている!

 

「はぁっ!」

 

 一気にプロテクションへと右のリボルバー・ナックルを叩きつけた。同時にカートリッジロード。

 魔力がブーストされ、少しずつ拳がプロテクションを突き抜ける。だが、それでもまだ硬い。

 

「りぃやぁぁぁぁ……!」

 

 気合いの声を上げ、さらにカートリッジロード。魔力が一層激しく吹き出す。そして。

 

    −破!−

 

 次の瞬間、異形のプロテクションが砕けた。

 さらに体勢を崩す異形にスバルは止まらない。左手に環状魔法陣が展開。その先には光球が灯り、そのまま掲げた光球を異形に押し付け、叫び声を上げた。

 

「ディバインっ!」

 

 それは、憧れた人を真似して自己流に組み上げた砲撃魔法! スバルは迷い無く振りかぶった右手を光球に叩き付ける!

 

「バスタ――――っ!」

 

    −煌!−

 

 一撃が異形を貫いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「スバル、遅いな……」

 

 そうティアナが呟くのは宴会の真っ只中だ。ティアナは買い出しに出かけたスバルに思いを馳せる。……現実逃避、とも言う。

 目の前の状態はそれはもう賛嘆たる有様だった。

 はやて達を始めとした一同が酒を飲み、暴れているのだ。おそらく、明日はさらなる地獄が彼女達を襲うだろう。主に頭痛が。

 

「確かに遅いですよね」

 

 エリオがトコトコとティアに近付きながら、声を掛けて来た。それにティアナは半目を向ける。

 

「……エリオ。こっちに戻って来たの? キャロは?」

「キャロは……。捕まりました」

 

 フッとエリオが陰りのある表情となる。それを見て、ティアナはエリオが来た方向に視線を送った。

 その先ではキャロがお酌の相手をさせられているのが見える。雷部隊の隊長と副隊長に、だ。二人とも既に顔は赤ら顔である。

 

「……アンタ。ひょっとして、キャロを囮に?」

「い、いえ! 違いますよ! ただフェイトさんもシグナムさんも何故か僕を脱がそうとするから……!」

 

 ティアナから白い目で見られそうになり、慌ててエリオは弁明する。成る程、確かに先程そんな場面もあったかも知れない。……現実逃避をしていたので見逃していた。

 

「それでキャロが逃げろって?」

「ハイ……助かりました」

 

 ある意味哀れと言えば哀れである。よくよく見れば、そこかしこにキスマークらしきものがあるのは気のせいではあるまい。

 

「しっかし本当、アイツは買い出しにどんくらい掛かってるんだか」

「案外、逃げ出したのかもしれませんね……」

 

 再び二人共会場を見る。そこに広がるは正しく地獄絵図であった。

 

「笑えないわね」

「笑えませんね」

 

 二人共頷きあう。……だが二人共分かっていた。スバルが逃げる筈がないのだ。無茶苦茶だがそれでも楽しいのだから。

 

「仕方ないわね……」

 

 フゥ、とため息をつくとスバルに念話で呼びかける事にする。いくら罰ゲームとは言えど、もういい頃合いだろう。

 

《スバル……、聞こえる?》

 

 ちょっと遠慮気に念話で呼び掛けた。まぁ、罰ゲームを言い渡したのは自分である。しかし、数秒待つが返事は来なかった。

 

《ちょっと、スバル?》

 

 再度呼びかける、が返事はなかった。嫌な感じがする。予感とか、そういった事をティアナは信じないが、それでも何か嫌な感じがした。

 

「エリオ、ちょっとゴメン。スバル探してくるわね」

「え? あ、ハイ。了解しました」

 

 エリオが頷くが、その返事を最後まで聞く前にティアナは飛び出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「はぁっ……。はぁっ」

 

 渾身のディバイン・バスターを放ち、スバルは膝に手を付いて、息を荒げていた。

 流石に疲労が激しかったのだ。何せ、昨日の今日で、しかも全力のバスターだ。疲れもする。

 だが、異形は倒した。完全に沈黙している。

 

「これで、ようやく……かな?」

 

 そう言った瞬間、まるで言葉に応えるように結界が崩れ始めた。

 

「よっし♪」

 

 壊れた結界にスバルは歓声を上げる。これでようやくここから出られるのだ。しかし、これで結界が解けたと言う事は、やはりあの異形が何らかの関わりがあったと言う事なのか……? うーんと、頭を悩ましていると、直後にティアナから念話が入った。

 

《スバル!》

《あ、ティア〜〜》

 

 ようやく結界外と念話が出来る事に、スバルは安堵の声をあげた。

 

《このっ……馬鹿! 買い出しにいつまで掛かってんのよ!?》

《えっとね? いろいろあって。……いきなり結界に閉じ込められちゃってさ》

《はぁ? 結界? ……どういう事よ?》

《よく解んないんだけど……っ!》

 

 次の瞬間、背筋にぞくりという感覚をスバルは覚えた。急に背後から気配が生まれたのだ。何かが、居る。

 悪寒に気圧されるように、スバルはゆっくりと振り向く。そこには倒した筈の異形が立っていた――。

 

 ――”無傷で”。

 

《そんな……!》

《ちょ……スバル? スバル!?》

 

 ティアナに答える間もない。異形が即座に手を突き出して来たのだ。スバルはそれを見て、後退して避けようとする。しかし、何故か足が意思に反して動かない。即座に足元に視線を送った。そこには。

 

 ……っ!?

 

 足元には異形に纏わり付いていた黒い点がスバルに張りついていた。これが、動きを阻害していたのか。黒い点は、スバルの足を這いぞるように広がっている!

 

 ……何これ!?

 

 スバルはそれを見て、生理的――否、本能的な嫌悪感を抱いた。何とか逃れようとするも、全く剥がれない。そして、そんなスバルの一瞬の隙をついて異形から拳が放たれた。

 

    −轟!−

 

 そこでスバルも迫り来る拳に気付いた。が、最早回避も防御も出来るタイミングではない。

 

 そんな、こんな所で……。

 

 放たれた拳に何の反応も出来ないままスバルはその拳を見る。やけにゆっくりと迫るように見える拳。だが、身体は動かない。もう、どうする事も出来ず、スバルは目を閉じ――着弾する! その直前。

 

    −閃−

 

 ……へ……?

 

 光が走った。スバルの目の前でだ。その光に触れた四つの手がそのまま消滅する。何が起こったのか? ……スバルにもわからない。

 異形が吠える。痛みのせいか、あるいは。

 

「吠えんな。うぜぇ」

 

 光が走った方向から声が来た。スバルはそちらを向く。声の主は少年だった。

 銀髪の少年で歳はおそらくスバルと同じくらい。顔立ちは整っている、というよりはもはや女性的だ。黒を基調としたバリアジャケットを着ている。半袖に膝下までのズボンであり、防御力よりは機動性重視のスタイルだ。手には大剣を持っている。かなり大きい。恐らくはデバイスだ。少年はそれを肩に担ぐ。

 

「一つだけ聞くぞ。デカブツ」

 

 少年は眼光鋭く異形を睨みつける。そしてその言葉をスバルもまた聞いた。その言葉は。

 

「ナンバー・オブ・ザ・ビーストを知ってるか?」

 

 それが少女と少年の出会い。そして新たなる事件の幕開けだった。

 




次回予告
「楽しかった時間、それは唐突に破られて」
「現れたのは異形の怪物」
「出会ったのは一人の少年」
「少年と少女の出会いは、一つの物語の始まりを告げます」
「哀しい、EXと言う存在達の物語を」
「次回、第二話『剣の行方』」
「――ナンバー・オブ・ザ・ビーストを知ってるか? 少年は、ただ探し求める」


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第二話「剣の行方」

「懐かしい人達と過ごす楽しい時間。だけど事態は待ってくれなくて。現れたのは謎の異形。そして、謎の少年。動乱はまた、再び始まる。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」



 

 咆哮。それには様々な用途がある。威嚇だったり求愛だったり、仲間を逃がす為の危険信号だったりがそれだ。あるいは恐怖をまぎわらす為と言うのもあるだろう。

 だが異形の獣が放つ咆哮はこの場では意味を為していなかった。

 異形に対峙するは銀髪黒衣の少年。その目は対峙する存在に対して、恐怖も畏怖も抱いていなかったのだ。

 あるのはただ一つ。死刑執行者の目であった。

 

「もう答える意思も残ってねぇか」

 

 ぽつりと少年は呟く。先程の問いだ。

 

 ――ナンバー・オブ・ザ・ビーストを知っているか?

 

 その問いをスバル・ナカジマは思い出していた。

 

 ……何の事?

 

 自分を先程助けてくれた? 少年はそんな事を異形に聞いていた。だが。

 

「RuuuuGAaaa!」

 

 当然異形は答えなかった。いや、そもそも意思なんて物は、もはやないのではないのか? 知性など更に期待出来まい。

 

「使えねぇな」

 

 少年はただそれだけ呟いた。腰を落とし、左手に剣を持って腰溜めに構える。

 その構えを見て一瞬、確かに異形はうろたえた。だが、その恐怖をまぎわらすかのように異形は突進を開始。もはや腕を無くした異形は最後の武器とばかりに頭ごと突進して、その顎を開く。赤い口腔内に乱杭歯が乱立し、よだれが尾を引いていた。

 異形が少年に迫る。しかし、少年は意に返さない。

 

 少年は異形に対して、たった一歩を踏み込んだ。

 

    −閃!−

 

 瞬間、剣が閃く! 少年が放った一刀だ。同時、”何か”が飛んだのをスバルは見た。

 

 ……異形の首だ。

 

 首が宙を舞う空の下で、少年は異形に背を合わせる様に、剣を振り抜いた姿で残心している。

 

「嘘……」

 

 目を見張る。自分が放った拳もなんの魔法もなく堪えた異形。それが一刀の元に伏されるとは。しかも……。

 

「全っ然、見えなかった」

 

 呆然と呟く。いつ斬撃を放ったのかも解らなかったのだ。恐るべき剣速である。

 

「神覇壱ノ太刀・絶影」

 

 少年がぽそりと呟く。それがあの技の名前なのか。残心を解いた少年はしかし、異形から目を離さない。

 

「ここから再生するか。タフだな」

「え? ……っ!」

 

 疑問符を浮かべるスバルであったが次の瞬間、少年の言ってる意味を理解した。

 あの黒い点が斬られた部分に集まり、その形を取り戻していたのだ。再生。そう再生している。斬られた首から上を。そして、消えたはずの四つの腕を。

 

「うそ……」

 

 思わず呆然する。が、スバルもまた理解した。何故自分が倒した筈の異形が、あの時無傷で立っていたのかを。こんな風に再生していたのだ。

 

「チッ……! これだから”因子”に感染した奴は。うぜーな」

「ちょ、そんな事言ってる場合じゃないよ!」

 

 舌打ちする少年に声をかける。だが少年は、視線のみをスバルに向けると興味なさげに無視した。

 

「無視しないでよ!」

「黙れ、うぜーな」

 

 あまりと言えばあまりの言葉にスバルは絶句する。ここまで言葉が悪い人と会話をした事は流石になかった。近い人ではヴィータがいるがそれでもここまで悪くはない。

 そんな二人を余所に再生が終わったのか、再び異形は突進してくる。

 

「馬鹿の一つ覚えか。ん?」

 

 少年が完全に見下しながら異形を見ていると、突進してくる異形の足元から何かが走って来るのが見えた。あれは、先程スバルを捕まえた黒い点! さっきと同じように少年も拘束する気か。だが、少年は迫り来る黒い点に不敵な笑みを浮かべた。

 

「舐めんなっ!」

 

 吠えながら、足元に剣を突き立てる。黒い点は、そこに真っ直ぐぶつかった。だが、剣の腹に阻まれ、少年まで届かず霧散する――しかし。

 

「GAaaaa!」

 

 再び放たれる咆哮。直後に少年の頭上から異形の手が迫る!

 

「ハッ! ない頭使ったってか? 笑わせんな!」

 

 向かい来る異形に、少年は嘲笑すらも浮かべ、そのまま一気に剣を地面から引き抜いた。

 

「吠えろ……。イクス!」

【フル・ドライブ!】

 

 叫ぶ少年の意思に応え、剣のデバイスが魔力を爆発的に吹き出した。

 

「神覇弐ノ太刀・剣牙!」

 

 地面から引き抜きざまに振り上げられた剣が、頭上高くで光を放つ。少年は迷い無く一気に振り下ろした。

 

    −轟!−

 

 振り放たれた一撃は光斬の形状をもって異形へと突き進む。突進していた異形は、無論迫るそれを回避出来よう筈も無く、そして。

 

    −斬−

 

 一撃は異形をあっさりと両断。そのまま空へと消えた。

 

「終わったな」

 

 再び再生する気配がないか少年は探ったようだが、異形が塵に変わっていく事を確認すると漸く剣を下ろす。それを見て、呆然としていたスバルも我に返った。

 

「終わった、の?」

 

 少年に問い掛ける、が少年は完全に無視。振り向きもしない。

 

 「ねぇっ! 聞いてるの!? 君!」

 

 スバルが怒鳴る。そうした所で漸く、少年がスバルに向き合った。

 ひどく面倒臭そうにではあるが。紅い瞳が、彼女を映す。

 

「そうそう、会話のキャッチボールは大切だよ?」

「お前、何モンだよ?」

 

 少年の言葉には顔がひくりとなる事を自覚する。

 本当に言葉使いが悪い。スバルはそう思う。だがいちいち怒っていては、会話も成り立たない。こほんと咳ばらいすると、自分が大人になる事にした。

 

「普通、名乗って欲しかったら自分の名前名乗ろうよ」

「…………」

 

 少年はしかめっ面をして考え、暫くして漸くその口を開いた。

 

「シオンだ。神庭シオン」

「それだけ?」

「お前は名乗れって言ったんだ。んで俺は名乗った。……文句あるか?」

 

 あるに決まっている。これだけの戦いをやって、それだけで済ます積もりか。

 だが確かに向こうは名乗ったのだ。だからこちらも名乗る事にした。

 

「スバル。スバル・ナカジマ」

「それだけか?」

「君だって。……シオンだっけ? だって、それだけじゃない」

 

 だが少年は……。シオンはスバルの言葉に素知らぬ顔をする。

 

「生憎、無所属でな」

「そうですか〜〜」

 

 その返答にスバル自身気の無い返答をした。内心腹が立っていたらしい事を自覚し、落ち着けと自分に言い聞かす。

 無論、少年の言葉をそのまま信じるつもりもない。

 

「でも今の。何か知ってるんでしょ? 詳しく話しを聞かせて貰うよ?」

「答える義理はねぇだろ」

 

 シオンはあくまでも答える積もりはないらしい。だが、そうも行かなかった。スバルはむっとした表情で、彼に詰め寄る。

 

「あのね、私。襲われたんだよ? 話して貰う義理はあるよ。――それに義務も」

「……何?」

 

 スバルの言葉にシオンの目が細まる。その意味を理解せず、スバルは続けた。

 

「時空管理局一等陸士。スバル・ナカジマです。ちゃんと事情、聞かせて貰うからね?」

「管理局? ……成る程な」

 

 その言葉に納得したのだろう。シオンはフムと頷く。その様子にスバルは安心して話しを続けようとして。

 

「解った? ならまず武装を解除して――」

「飛んで火に入る夏の虫、だな」

 

 ――次の瞬間。スバルの首筋に刃が押し当てられた。

 イクス、と言ったか。大剣のデバイスを首筋に突き付けられたのだ。

 

「……っ!」

 

 一瞬訳が分からずきょとんとスバルはして、しかし突き付けられた剣にスバルは目を見開いた。シオンをキッと睨み付ける。

 だが、彼はその視線すらも構わない。

 

「これ、どういう意味?」

「そのままの意味だ。聞きたい事がある」

 

 スバルの問いにシオンはきっぱりと答える。

 そして、あの質問がスバルにも突き付けられた。

 

「ナンバー・オブ・ザ・ビーストを知ってるか?」

 

 異形に放たれたのと同じ、その質問が。

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ……あの馬鹿っ! どこ行ったのよ!?

 

 スバルとの先程の念話が途絶えてから、ティアナはずっと走り続けていた。息は荒く、肩で息をしている。

 

 あんな目茶苦茶気になる所で念話切るなんて……!

 

 スバルが何かの事件に巻き込まれた。それは間違いない。念話が途切れた後、エリオ達に連絡を取り、動かせる人数を動かせて貰ってる。

 幸い。宴会場には六課のメンバーが集結中だ。すぐに見つかる。ティアナはそう信じる事にした。

 

《見つけた!》

 

 管制担当にして、ヘリパイロットでもあったアルトの声がティアナに響き渡る。

 今、六課の隊舎に残っていた設備でスバルの魔力反応を追って貰っていたのだ。

 幸い、設備はまだ撤去されておらず、すぐに使える状況だったのも幸いした。

 

《スターズ3が何処にいるか解りました! スターズ3市街地の七番エリアにいます!》

《ティアさんが1番近いです。お願いできますか!?》

 

 エリオの声が響く。スバルの念話が切れた直後、同窓会会場にいた管制官達とエリオに連絡を取り、スバルを一緒に探して貰っていたのである。

 ……隊長陣は深酒をしていた事もあり、あえて連絡は取らなかった。エリオの念話にティアナは頷き返す。

 

《うん! 先に行くわ!》

 

 今は早く元相棒の元へ。ティアナは更に足を速めた。走りながらティアナは脳裏で愚痴る。

 

 ……ったく! これで何もなかった時は覚えてなさいよ!

 

 スバルの顔を思い描き、ティアナは内心スバルに向けて頬をどの角度で引っ張ればいいかを考えながら、更に足を速めたのであった。

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ……ナンバー・オブ・ザ・ビースト

 

 先程異形に彼、シオンが問うた単語だ。スバルはその響きを反芻する。だが。

 

「知らない……」

 

 スバルはシオンを睨みながらそう答える。ロストロギアの名前か、何かか。どちらにしろ、スバルには解らなかった。

 

「……チっ。使えねぇな」

 

 そんなスバルを見て、シオンがあからさまに悪態をつく。舌打ちまでして来た。

 あんまりと言えば、あんまりな態度に流石のスバルもムッと来る。

 

「そんなの見た事も聞いた事もないんだよ!? 解る訳ないじゃん!」

 

 思いっきり怒鳴る。が、シオンはそんなスバルの文句を完全に無視した。

 

「ま、大して期待してた訳でもねぇしな」

 

 その返答に更にスバルは怒りのボルテージを上げる。元より期待してなかったらしい。ならこの扱いは何なのか。

 

「なら、どうしてこんな方法で聞いたりしたの!?」

「もし、万が一お前が知ってたらって思っだけだ」

 

 あっさりと言ってくる。言い返してやろうかと思ったがシオンが喉に剣を突き付けたままなので何も言えない。ぐっと呻いて、スバルはシオンを睨み続けた。

 

「なんで剣を突き付けたままなの……!?」

「お前、正直やかましい。うぜーんだよ」

 

 要するに必要な事以外喋らせたくないらしい。シオンの態度に、スバルは更に激昂した。剣を突き付けられているとか、もうどうでもよくなり、文句を浴びせようとして――。

 

 突如、シオンは左へと顔を向けた。同時にシオンの手元が動く。スバルの首筋に当てられていた刃が離れた。その勢いのまま剣を振るうと、同時。

 

 −撃・撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

 光が剣とぶつかり、煌めいた。魔力弾である。突如として飛来した弾丸を、シオンは大剣で弾いたのだ。弾いているのはオレンジ色の魔力光を持つ弾。

 

「スバル!」

 

 弾を放ったのは少女。スバルの親友であり、元相棒、ティアナ・ランスターだった。周囲にスフィアを引き連れて彼女は走って来る。

 

「ティア!」

 

 現れたティアナに、スバルが喜びの声を上げる。だが、スバルとティアナの間にシオンはすっと身体を挟み込んだ。

 

「一人で来るか。……そこまで自信があるのか?」

 

    −閃!−

 

 訝しむように呟きながら、シオンは向かってくるティアナに右の足で一歩を踏み込み、体重を乗せた斬撃を放つ! しかし、その斬撃は完全に空を切っていた。

 

「!? 幻影か!」

「やあぁぁぁ……!」

 

 驚愕し、シオンが声を上げる。斬撃を放ち、振り抜いたシオンにティアナが姿を現した。これはティアナお得意の幻影魔法、フェイク・シルエット!

 先に、幻影を展開してこちらに来たのか。ティアナは、真っ直ぐに疾走してくる。

 クロスミラージュを2ndモードに移行。光が刃を形作る、と同時に展開していたスフィアを魔力弾として放つ!

 

 既に振り抜いた剣を今から戻すのは容易じゃないはず……!

 

 ならば、今放った一撃はかわせない。よしんば防御できたとしてもさらに勢いで体勢を崩す事になるだろう。そこでダガーを突き付けたら終わりだ。

 そう、ティアナは思い。だがシオンはそこからとんでもない行動に出た。

 斬撃の勢いのままに剣を手から離したのだ。

 

「な……!?」

 

 剣を離したシオンはその勢いのまま軽くなった身で測転での宙返りを敢行。結果、放った魔力弾は全て空を切った。

 

「っ! でも……!」

 

 驚き、しかしさらにティアナは走る速度を上げる。相手はデバイスを離したのだ。このまま突っ込んだら勝てる。

 しかし、シオンはそんなティアナの顔を見ながら天地逆さまで笑っていた。そして、測転での宙返りの最中に引っ掛けるようにして蹴りを放つ。相手はティアナではない。自分が離した剣。イクスだ。柄を蹴り上げ、そのまま斬撃の勢いを回転ベクトルに変換。

 その場でシオンとイクスは左右対象のように同じ速度で回転する。

 そして、シオンは地に着地したと同時、右手を横に差し出す。一回転したイクスはそのまますんなりとシオンの手に納まった。

 

 そんな……!

 

 シオンの挙動を見て、内心ティアナは驚愕していた。

 自分が放った魔力弾をかわしつつ、体勢までも整える。軽業師を思わせる、とんでもない手だ。

 

 けど……!

 

 確かに相手は体勢を整え、剣をその手に戻した。だが、そこまでだ。 既にティアナは少年の眼前まで迫っている。大剣型のデバイスではここからでは斬撃できない。近すぎるからだ。ならば、もはや詰みの段階である。

 

 勝った……!

 

 そう思い。光刃を突き付けようとして――しかし、ティアナもまた見た。未だに笑みを消さない少年の顔を。

 

「イクス、モードセレクト。ブレイズ」

【トランスファ−!】

 

 ぽつりと呟くと同時、シオンのバリアジャケットは変質した。黒から赤へ。ジャケットの部分が無くなり上は完全にシャツ一枚になった。

 更に所々パーツが無くなり、より機動に特化したフォルムへと変質する。

 そして、何より――ティアナは自分の額から汗が流れ落ちるのを感じていた。

 今まさにクロスミラージュを突き付けようとした瞬間、既に自分の首筋に刃が突き付けられていたのだ。

 大剣は既に無く。少年の手に握られているのは二刀一対の大型のナイフである。デバイスが変型したのだ。

 

「く……!」

「お前の負けだ。まだやるか?」

 

 シオンは未だ不敵な笑みを消さずに、呻くティアナに問う。

 

 そんな……。

 

 一方。かやの外に置かれたスバルはティアナの敗北をその目で見る事になった。

 目茶苦茶な方法で、だが無理矢理でも勝利をもぎ取ったシオンと敗北したティアナを。

 

 でも……、凄い。

 

 シオンの技量。そんな大胆な手を躊躇いなく使う胆力。そのどれもだが、何よりその何が何でも勝ちに行く姿勢。それがスバルにとって凄いと感じられた。

 

「さて、普通ならここでギプアップするか聞くんだろうがな」

「誰が……!」

 

 挑発的なシオンの言葉にティアナが唸る。それを聞いて、シオンは苦笑混じりの笑みを浮かべた。

 

「状況考えろよ。今、ここは意地になる所か?」

「アンタ、一体何者よ……?」

「質問するのはこっちだ。拒否権は認めない」

 

 質問するティアナをさらりと無視しつつシオンは告げる。取り合うつもりもないらしい。それを理解して、ティアナは歯噛みをした。

 

「聞きたい事はたった一つだ。ナンバー・オブ・ザ・ビーストを知っているか?」

「なん……? 何? それ?」

「成る程、いやもういい」

 

 この少女もまた知らないらしい。

 ティアナの答えにそれを悟ると、シオンは少し頭を振った。

 重い溜息を吐きながらぼんやりと思う。またハズレか、と。気を取り直すと、少女から刃を離した。

 

「……何のつもりよ?」

「もう用が無ぇんでな。帰る」

 

 訝し気に見て来るティアナにシオンはあっさりと言い放ち、踵を返した。

 二人の少女など、どうでもいいと言わんばかりに、置いて帰ろうとする。

 

「て、ちょ、認める訳ないでしょ……!?」

「お前に認められる筋合いなんざあるかよ」

 

 取り付く島もない。もはやスバルにもティアナにも興味を失ったらしく、シオンはさっさと離れていく。

 

「待って!」

 

 だが、突如として放ったスバルの大声に、ティアナはおろかシオンまでも立ち止まる。スバルは構わない。

 

「何か、探しものがあるんでしょ? その……。ナンバーなんとかって奴」

「ナンバー・オブ・ザ・ビーストだ」

 

 名前を覚え切れないスバルに、シオンは即座の訂正を入れる。漸く名前を思い出して、スバルは相槌を打った。

 

「うん、それそれ。それでさ……。よかったら私達と一緒に来ない?」

「スバル!?」

 

 ティアナから驚きの声が上がる。まさか、まさかの提案だったからだ。確かに、局まで事情聴取は必要だろうが、それにしても無茶苦茶である。元相棒の声にスバルは念話で答えた。

 

《大丈夫だよ……ティア。シオンは多分、そんなに悪い人じゃないと思う》

《……もうっ! 後でどうなっても知らないからね!》

 

 ゴメンね、と念話を返す。何だかんだで自分の事を許してくれる、そんなティアナにありがとうと、そう思った。

「その、管理局なら大抵の事も解るし、情報も集まるよ。シオンの探しものも見つかりやすくなるって思う」

 

 ゆっくりと、シオンに近付く。シオンの目を見て話したい。何故かそう思ったから。

 

「……どう、かな?」

 

 スバルはシオンの目を見る。しかし、その目はただただ、無感情で。

 

「お前さ、うぜーんだよ」

「え……?」

 

 呆然の声を上げたスバルに、シオンは構わない。無感情のまま続ける。

 

「いちいち人に構うな。そう言うの、なんて言うか知ってるか? ……有難迷惑なんだよ」

「で……でも!」

 

 スバルは更に引き止めようとするが、シオンは背を向けて、完全に拒絶する。もはや話す気もないらしい。

 魔法陣が現れる。見た事もない魔法陣だ。だが、意図は解る。空間か次元転移。ここから離れるつもりだ。

 

「シオン……!」

「……お前、本当もう俺に構うな」

 

 じゃあな。と、だけ付け加えてシオンはあっさりと転移して去った。

 スバルは手を伸ばしたまま、その場に立ち尽くす。

 

 差し出し。しかし、拒絶された手が風に触れて。

 

 寂し気に震えた。

 

 




次回予告
「差し出し、しかし拒絶された手は寂しく震えて」
「去っていった少年を、少女は想う」
「そして、少女は窮地の少年と再び邂逅する」
「少女の出した、答えとは」
「次回、第三話『刃と拳』」
「綺麗だな、ただそうとだけ思ったんだ」


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第三話「刃と拳」

「あの目を見た時からずっと気になってた。無感情の中に隠れてた激しい思い。孤独を望む思いと、孤独を否定する感情と。大切なものを失った喪失感で溢れてて。だから思った。なんとかしてあげたいって。孤独に怯えなくていいよって、伝えたくて。魔法少女リリカルなのはSTS,EX、始まります」


 

 時空管理局、ミッドチルダ地上本部。

 かつてジェイル・スカリエッティの引き起こした事件により、無惨にも破壊された場所である。

 だがあの事件より一年が経ち、地上本部は見事に再建されていた。

 その地上本部の会議室の一室に元機動六課の面々、そして。クロノ・ハラオウン提督。リンディ・ハラオウン総務統括官。そして、無限書庫の司書長のユーノ・スクライアにくわえ、スバルの父親のゲンヤ・ナカジマ三等陸佐、そしてスバルの姉のギンガ・ナカジマ陸曹が集まっていた。

 スバル・ナカジマが強襲された一件。

 その直後に事件の詳細を聞こうと、集まったのである。

 

「スバルは……大丈夫なんですか?」

 

 心配そうな顔でギンガが問う。連絡が来た時は不安で仕方なかったろうのだろう。

 それを聞いて、ゲンヤは落ち着かせるように、ギンガの頭に手を置いた。

 

「落ち着けギンガ。八神、スバルには特にケガはなかったんだろ?」

「はい。でも今は念の為、医務室に検査に行って貰ってます」

 

 問いに、うなだれるようにしてはやてが答える。

 自分達の目と鼻の先で、スバルは襲われたのだ。

 報告を聞いた時は血の気が引いたものである。ゲンヤには申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 そんなはやて達を慮ってか、ゲンヤは苦笑して手を振った。

 

「気にすんな。スバルもそう思ってるだろ」

 

 あっさりと言う。しかし、それでも謝りたかった。

 スバルが襲われたその時、知らなかったとはいえ、自分達は宴会をしていたのだ。

 

「あ……」

 

 扉が開く。検査を受けていたスバルとティア、そして検査を手伝っていたのだろう。シャマルが二人に付き添っていた。

 

「スバル、ティアナ……!」

 

 なのは、ギンガを始めとして、皆が一気に集まる。それを見て、二人は申し訳無さそうな罰の悪い顔を浮かべた。

 

「はい、すみません。お騒がせして」

「そんな事、ないよ。大丈夫だった? どこもケガとかない?」

 

 なのはが尋ねる。かつて、なのははスバルと似たような状況で大怪我を負った事があるのだ。心配もひとしおだった。

 

「シャマル?」

「はい」

 

 はやてに促され、シャマルが前に出る。検査の結果を聞く為だ。

 

「スバルちゃん、ティアナちゃん。共にケガなしですよ♪」

「そか〜〜」

 

 シャマルの言葉を聞いて、はやてを始めとした皆は一気に息を吐く。ようやく安心した為だ。

 

「本当、申し訳ありませんでした」

 

 そんな一同に、ティアナが頭を下げる。

 スバルもそれに倣って頭を下げた。そこまで、心配させてしまったと。そう思いながら。

 

「そんな、頭を上げて」

 

 頭を下げる二人に、フェイトが慌てる。謝りたいのは自分達なのだ。これではあべこべであった。はやてもフェイトに頷く。

 

「いや、謝るんはこっちや。ゴメンな。スバル、ティアナ」

「うん、ゴメンね」

 

 はやてを始めとして、皆が一斉に頭を下げる。これには二人も流石にたじろいだ。

 

「え……そ、そんな!? 頭を上げて下さい!」

「そ、そうですよ! ほら、ケガも無くて、ぴんぴんしてますし!」

 

 慌てたのはスバルとティアナだ。皆、全然悪くなんてないのに、謝られては申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。

 

「ううん、そんな事ない。二人共、大変な時に私達はお酒なんて飲んで……」

 

 なのはがそう言った途端。「あうっ!」と、シャマルが胸を押さえながら後ずさった。

 ……ちなみに、最初にお酒を飲ませたのはシャマルである。

 

「うむ……酒には飲まれるな。とは言うが今回はそれを痛感した。いつの間にか注がれたとは言え。弁解も出来ん」

 

 シグナムも続くと、さらにシャマルが「あうっ! あうっ!」とダメージを受けていく。勿論、精神的な意味で。

 

「だね。元々なのはも私もお酒、得意じゃないし……いくら、シャマルが旅の扉まで使って注いだって言っても。気付けなかった私達も悪いし」

 

 フェイトも続く。シャマルは「あうぅ……!。あうぅ……!」と悶えていた。

 

「そやね。約一名。妙に腹黒いんを忘れてもうたんが失敗やった。ウチの子の教育も含めて、ホンマ、ゴメンな〜〜」

 

 はやてが止めをさす。ついに、シャマルは泣き崩れた。

 

(え、ええっと……これ、イジメなのかな? ティア〜〜)

(そ、そんな事無いと思うけど)

 

 確信犯が何名かはいるが、それ以外は天然であった。まぁ、それはともかく。

 

「あの、このまんまじゃ話しが進みませんし。お互い謝るのはこの辺で……」

 

 そんな一同に、ギンガから助け船が出た。確かに、このままお互いが謝り続けるのも滑稽だろう。

 

「う〜ん。それもそうやな。二人からは話しも聞かんとあかんし」

「だね……」

 

 はやてにフェイトが同意する。続いてなのはを見ると、またなのはも頷いた。それを確認して、はやては二人に視線を向けた。

 

「スバル、ティアナ。悪いけど、あの時何があったか教えてくれるか?」

「あ、はい。解りました」

 

 その言葉を聞いて、スバルが身を乗り出しす。そして、最初から話しを始めた。あの時、何があったのかを。

 

 出会った、少年の話しを。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 第82管理外世界。その世界の星の一つに、延々と砂漠が続く星がある。

 かって十年以上前に、フェイトとシグナムが戦った星だ。そこに佇む少年がいる。神庭シオンだ。

 

「……また外れ、か」

 

 ぐっと呻くようにして呟くシオンの傍らには、灰になっていく存在があった。砂竜である。その周囲には消え行く因子もあった。

 

「くそ……っ」

 

 情報が集まらない。その事にシオンは歯噛みする。

 例え、因子に感染した存在を見つけても殆どの奴は自意識を失っている為、何を聞いても無駄であった。

 かと言って、”感染者”を追う以外に方法は無い。

 ナンバー・オブ・ザ・ビーストを追う手段は。

 

 くそ……!

 

 遠く、思う。今はもう傍らにいない存在に。自分の敵に。

 

 どうすりゃいい?

 

 自問する、が。解らない。

 二年もの間、彼は一人で様々な次元世界を渡り歩いて、かの存在を探し続けて来た。だが、未だ尻尾も掴めていないのが現状である。

 やはり、一人では数多の世界から隠れた存在を探しだすのは不可能なのか。

 

 私達と一緒に来ない?

 

「つっ……くそっ」

 

 唐突に、ある少女の言葉を思い出して、つい毒づく。イクスを握る手に力をこもった。自分の、情けなさに。

 

 情けねぇ……。

 

 久々に人の優しさに触れた。その記憶がシオンに染みわたっていく。

 ……俺は、一人で強くならなきゃいけないのに。

 

 忘れろ……。

 

 管理局ならたいていの事わかるし。

 

 忘れろ……!

 

 無視しないでよ!

 

 忘れろっ!

 

 シオン……っ!

 

 思いだしてしまった。

 少女の言葉を、そしてまるで泣いているような顔を。

 

 こんなにも後悔するなんて思わなかった。自分はもっと強くなってると、そう思っていた。

 こんな、悲しい顔をさせたくらいで辛くなんてならないと。

 

 俺は……何て、弱いんだ。

 

 強くなりたい。そう思う。冷たく、動じず。ただ強く。シオンは、ただひたすらに自分に言い聞かせた。そして。

 

【……見つけたぞ】

 

 イクスから報告が来る。

 それは感染者……つまり、因子の反応を検知したと言う事であった。シオンは長く息を吐く。

 

「そう、か」

 

 目を閉じる。一秒、二秒――と、やがてゆっくりと目を開ける。

 

「どこだ?」

 

 もう、大丈夫。俺は迷わない。迷っている時間なんてない。

 己にただ言い聞かせ、イクスの報告をシオンは聞いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「んー……」

 

 スバルとティアナからの事情の説明。それを聞いて、はやてを含む皆は呻くような声を漏らした。

 

「異形のオーガ種に、関係のありそうな少年な……」

「神庭シオンって言うみたいです」

 

 スバルがはやての言葉を引き継ぐ。それを聞いて彼女はもう一度頷いた。名前を聞く限りでは、自分と同じ出身世界にも思える。だとするならば。

 

「どう思う? フェイト執務官」

「……そう、だね。探してみる価値はあると思う。公務執行妨害だし」

 

 はやての表向きは隠された疑問に、フェイトは二重の意味で答えた。地球出身である事、そして方針である。

 

「それに、あの異形のオーガ。私達が追ってるのと関係あるかも」

 

 言いながら、ティアナとシャーリーの二人にフェイトは視線を向けた。彼女の執務官補佐でもある二人は、一度見合って頷く。

 

「恐らく――いえ、間違いなくそうだと思います」

「なら、重要参考人もつけられる、かな」

 

 ティアナの言葉にフェイトは再び頷く。何にしても、まずは捕まえる必要があると言う事だ。

 

「どっちにしても話しを聞かなきゃね」

 

 纏めるようにそう言い、その場に居る皆が頷く。しかし、一人だけそうしない人物がいた。スバルだ。彼女は顔を曇らせると立ち上がる。

 

「あの、ちょっと待って下さい」

「? どうしたん、スバル?」

「スバル?」

 

 立ち上がった彼女を見て、はやてとなのはが疑問符を浮かべた。何よりその表情を見てだ。

 スバルは自分に集まった視線に一瞬だけたじろぐ。だが、ぐっと堪えたように息を呑むと自分の意見を告げた。

 

「えっと、その……反対、していいですか?」

「? どういう事かな?」

 

 スバルの意見に、フェイトの目が鋭くなる。はやてや、なのはも訝しむような表情となった。それらを見て、慌ててティアナがスバルの顔を引き寄せた。

 

(スバル! アンタ一体何言ってんのよ!?)

(テ、ティア〜〜)

 

 思わぬプレッシャーを受けてか、スバルがこちらも小声で情けない声を上げる。それを聞いて、ティアナは嘆息。そして、忠告含めて説得に掛かった。

 

(アンタね、お人よしも大概にしときなさい。……アンタも、私も武器を突き付けられたのよ?)

(でも……)

 

 その、あの、と念話でゴニョゴニョ言う。それにだんだんティアは苛つき――そして、問答無用に爆発した。

 

「あ――――! もう、苛々する!」

 

 小声だった事も忘れ、思いっきり怒鳴った。周囲の視線が集まるが、彼女は全てを無視。びっくりした顔のスバルの襟首をがっしりと掴み上げた。

 

「ティ……、ティア?」

「はっきり言いなさい! はっきりと! アンタ、あいつにどんな事を感じたのよ!?」

 

 思いっきり問い詰める。

 ティアナのあんまりの剣幕に、スバルは呆然として、だがすぐに表情を変えると答え始めた。

 

「悪い人じゃないって思うんだ」

「さっきもそう言ってたわね……根拠は?」

 

 ティアナの問いに、スバルは少しだけ躊躇った。

 根拠なんてなかった。だけどあの目を見た時、そう感じたのだ。放って置けないと。

 

「目……」

「目ぇ?」

 

 繰り返すようなティアナの言葉に、スバルははっきりと頷く。そう、目。あの目だ。

 

「根拠なんてないよ。だけど、シオンのあの目を見た時、そう感じたんだ」

 

 スバルははっきりと、だが確信を持って話す。 横でそれを聞いていたなのはは、その感覚に覚えがあった。

 

 私とフェイトちゃんが出会った時と同じ……。

 

 あの時もそうだった。なのははフェイトの無表情の奥にある、寂しさ。悲しみを目で見た時、感じたのである。理屈じゃない。

 フェイトを見る。彼女もまた同じ事を考えたのだろう。なのはに頷いて見せた。だが。

 

「スバル」

 

「……はい」

 

 ゆっくりとフェイトが話しだす。それに、スバルがこちらを向いた。真っ直ぐな、いい目だ。

 人の本質を見抜く、そういう目である。フェイトはそう思う。しかし。

 

「スバルの考えは解ったよ。でも彼は犯罪を行った。公務執行妨害、暴行未遂。どれも犯罪だ。……それは解るね?」

「はい……」

 

 スバルは神妙に頷く。それは、彼女も良く分かっていると言う事だ。少年、神庭シオンが許されない事をしたと言う事実を。フェイトは頷き、更に続ける。

 

「それに、話しも聞かなきゃいけない。ひょっとしたら、これは大変な事件かもしれないんだ」

「え……?」

 

 スバルが聞き返す。フェイトの言葉が意外だったのだろう。この上、何があると言うのか。スバルの反応をフェイトは確かめ、そして自分が今追っている事件を話そうとして――突然、サイレンにも似た音が鳴り響き始めた。それはこの場に居る皆が聞き慣れた音。

 

 つまり、エマージェンシーコールが鳴り響いたのであった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 時間は少し遡り、場所は聖王教会。その一室に騎士、カリム・グラシアがいた。

 彼女の周りには多数の詩篇が浮いている。

 レアスキル『プロフェーティン・シュリフテン』。

 カリムの持つレアスキルで、その能力は未来予知。

 短くて半年。長くて数年後に起きる事件を詩文で書き綴り現す能力である。その能力が今、”勝手”に動いていた。

 

 何が起こったの?

 

 いきなりの事態に、カリムは戸惑う。こんな事は始めてであったのだ。戸惑いもする。

 そんな彼女の手の中に詩文の一枚がに納まった。

 

 これには一体、何が?

 

 手にある詩文をカリムはぐっと息を呑みんで取り。そして、朗々と読み上げた。その内容は――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「エマージェンシー? 一体何があったんや?」

 

 いきなり鳴り響いたコールに、はやては疑問符を浮かべながらも、地上本部の管制官に連絡を取りはじめた。何が起きたにしろ、聞かなければ始まらない。しばしの間を挟んで、通信が開いた。

 

《はい、こちら地上本部管制室です》

「八神はやて一佐です。何かあったんか?」

《八神一佐……! はい! ここ、クラナガン周辺で戦闘が発生しまして……! 現在、武装隊が出撃待機しています》

 

 管制官の言葉に、スバルは何故か嫌な予感を覚えた。まさか……。

 

「映像、回してくれるか?」

《了解!》

 

 はやてに管制官が即応で答え、ウィンドウが展開。そのモニターに映っていたのは見間違いない姿であった。

 

「スバル!」

 

 同時、なのはが気付いて、静止の声を飛ばす。

 だが一歩遅く、スバルは走り出してしまった。

 映像に写ったのはマンモスのような巨大な生物。

 だが、その周りには黒い点が纏わり付いている。

 対峙しているのは今、話していた少年。神庭シオンであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ミッドチルダ首都クラナガン。周囲をビルで囲まれた場所で、激音が響く。それは、紛れも無く戦闘の音であった。

 

「っおお!」

 

 その中心で、叫びをあげながらシオンは大剣を両手で持ち、袈裟からの斬撃を放つ。だが。

 

「p,ECAaaaa――――!」

 

 異形のマンモスは、全く斬撃を気にもせず突っ込んで来た。真っ正面から叩き込まれた刃が、鼻面を切り裂く。だが浅い。

 

「くっ……!」

 

 剣を引き抜く間もなく、異形は突っ込んで来た。

 軽いシオンの体が押され、イクスごと持っていかれそうになる。堪えられない。

 

「舐めんな!」

 

 しかし、シオンは未だ刺さったままの剣を踏み台にして、一気に異形の身体を登頂開始。十mに満たない身体を瞬時に駆け上がる。

 結果、異形は激突する対象を失って、近くのビルに盛大に突っ込んだ。

 

「GbGAaaa……!」

「やかましい!」

 

 間近で聞く叫び声に、顔をしかめる。異形の頭から飛び降りると、右手を掲げた。

 

「イクス!」

【リターン】

 

 叫ぶのは、デバイスの強制回収ワード。即座に異形の鼻先に突き刺さったままの大剣がその手に引き戻った。

 それは塞がっていた傷口が開く事を意味し、血がまるで噴水のように吹き出す。血のシャワーをシオンは盛大に浴びてしまい、視界を覆った。いくら全身を防護するバリアジャケットと言えど、視界を物理的に塞ぐのは阻止出来ない。

 

「くそ……!」

 

 失態だ。先程からつまらないミスばかりをしている。舌打ちしながら、グローブの甲の部分で視界を拭った。だが、その動きは明確な隙を生んだ。異形のマンモスは、生まれた隙を見逃す筈も無く突っ込む!

 

「BRUGaaa!」

「っ! がっ!?」

 

    −撃!−

 

 迷わず叩き込まれた突撃は、シオンの身体を人形のように弾き飛ばした。

 ダンプにでも轢かれたような勢いで、シオンは十数mを転がる。

 

「ぐっ……! っ!」

 

 ……くっそ。

 

 苦痛に呻きながも立ち上がろうとするが、それすらも上手くいかない。身体が思い通りに動かないのだ。理由は簡単――疲労である。

 何故なら、彼はスバル達と対峙した後も一切休まず戦っていたのだ。

 その疲労がピークに達しつつあった。

 

 くっそ……何なんだ、こいつら……!

 

 いつもは異形もここまで連続しては現れない。

 数ヶ月に一体とかもザラだったのである。だが、今日は違う。既に五体目の感染者とシオンは戦っていた。いくら何でも異常である。

 しかし、シオンもまた退かない――退けない理由があった。ナンバー・オブ・ザ・ビーストに繋がる存在なのだ。彼等、感染者は。

 いつもは座して現れるのを待つばかりの感染者が、連続して現れているこの状況。シオンにとっても好機なのである……彼が、生きていられたのならばの話しだが。

 そして、まさにシオンの命の脅威は、ゆっくりと近づいて来ていた。

 今ならくびり殺せると、そう確信ししたように異形のマンモスは迫り来る。

 

「舐めんな……」

 

 軋む身体を無理やり立ち上がらせ、イクスを構える。その姿には、あまりに力が無い。だが、それでもぎらつくような視線と殺気を、シオンは異形に向けた。

 

「舐めんな――――っ!」

 

 咆哮一斉!

 

 シオンは身体から魔力を放出させ、立ち上がった。イクスを肩越しに担ぎ上げる。

 

 勝負……!

 

 この一撃で決める。そう決めて、シオンは渾身の力を持ってイクスを振り下ろした。

 

「あぁぁぁぁ……っ。神覇参ノ太刀、双牙ぁ!」

 

    −轟!−

 

 振り下ろされたイクスを中心にして、地面を魔力斬撃が走った。それも二つだ。

 まるで挟み込むようにして放たれた魔力斬撃は、異形の前足を切り飛ばす。

 さらにシオンは、イクスを前に突き出して構えた。

 

「再生する前に終わらせる!」

 

 その構えは突貫。同時に噴出した魔力が、彼の身体を覆う。

 それは、彼自身を弾丸にした突貫魔法であった。

 引き絞られた矢の如く、シオンの身体は弾けたように突撃を開始する。

 

「神覇伍ノ太刀……! 剣魔ァ!」

 

    −轟!−

 

    −裂!−

 

 魔力を纏って突撃したシオンは、迷う事なく異形の中央へと飛び込み。その身体を真っ正面から貫通する。

 異形のマンモスは胴体をぶち抜かれて、一瞬だけ身を震わせると、ゆっくりと崩れ落ちて灰へと化していった。

 

「勝っ……た」

 

 灰に変じつつある異形のマンモスを確認すると、シオンはゆっくりと片膝をついた。

 疲労の極みで視界が危うい。このまま倒れられたら、どれだけ楽だろうか。

 だが、シオンはぐっと呻くとそれに堪える。

 何故ならは、次の来訪者に備えなければならなかったから。

 

「俺に関わるなって言ったろうが……!」

 

 スバル・ナカジマ。彼女が、前から走って来ていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「シオン……っ!」

 

 スバルは叫びながらシオンの元に走って行く。その表情に浮かぶのは、心配の二文字だ。

 

 あんなに血だらけで……! あんなに血の気を失った顔で!

 

 遠くから見ても、シオンの満身創痍ぷりは良く分かった。疲労も何もかもが限界に近いに違いない。

 何故、彼がここまで心配になるのか、その理由すらも分からないままにスバルは走る。彼の元に辿りつくまであと2メートル。

 だがその先から近づけなくなった。シオンが再び剣をスバルに突き付けたから。

 

「何しに来やがった……!」

「その、シオンが戦ってるの見て、気になって……」

 

 その言葉を聞くやいなや、シオンは舌打ちし、スバルを押し退けて歩きだす。

 自分を押し退けようとした力の弱さに、スバルはぞっとした。慌てて手を掴もうとする、が。払い除けられた。

 

「そんなボロボロで何処行くの!?」

「てめぇに関係あるかよ」

 

 まただ。シオンは自分を避けている。スバルはそれを理解した。

 気に入らないとばかりに、視線すらも合わせない。

 そして、また次元転移を行おうと魔法陣を展開した。

 

「ダメだよ!」

 

 行かせちゃダメ……!

 

 半ば本能的にスバルは止めに入る。このままでは、間違い無く彼は倒れるだろう。本人もそれは理解している筈である。だが、シオンは構わない。スバルを無視して、次元転移を開始しようとして。しかし、スバルが邪魔をする。転移の魔法陣に入って、シオンの正面に回った。

 

「シオン!」

「うぜーな……! 何度も言わせんな! 関係無ぇだろうがよ!?」

「あるよ!」

 

 ついに怒鳴るシオンに、しかしスバルは負けないくらいの声で叫んだ。息を呑んだ彼に、スバルは続ける。

 

「あるもん……」

 

 俯いて、呟くように告げるスバルに、シオンは顔を背けた。彼女の顔を見ないようにする為に。

 

 忘れようって思ったのに。

 

 だが、見てしまった。応えてしまった。ほとほと、自分の弱さが嫌になる。

 だから、強い自分を取り戻す為に、シオンは彼女との決別を望んだ。

 

「……どうしても俺を止めたきゃ、力づくで止めるんだな」

「そんなの、嫌だよ……」

 

 その言葉にカッとなった。シオンは凄まじい形相で、再びイクスをスバルの喉元に突き付ける。

 

「ふざけんな……! 俺を止めたい。けど戦わないって? 舐めてんのかてめぇは!?」

 

 叫ぶシオンと突き付けられた剣。だが、スバルはバリアジャケットすら纏わない。

 これが、スバルが出した答えであった。そう、自分はシオンとは”戦わない”。

 戦う為に来た訳では無い。自分は、彼を止めたいのだから。

 少年は少女に剣を突き付けた。だが、少女は少年に拳を向けない。

 スバルは再びシオンの目を見る。そこには困惑と――そして、悲痛さが浮かんでいた。

 

「退けよ」

「退かない」

「なら戦え」

「戦わない」

 

 まるで平行線。二人の意見は交わる事無く、平行線であった。

 スバルは退かない。それを理解して、シオンは呻く。

 

「なんで、だよ……?」

 

 ぐっと息を呑んで、シオンは言葉を吐き出した。苦しく重い言葉を。

 

「なんで、お前は俺を……?」

「……わかんないよ」

 

 スバルもまた言葉を放つ。自分の中にあるまったく解らない感情をだ。解らないままに、彼女は言う。

 

「でも、あの時、シオンの目を見た時思ったんだ。シオンに傷ついて欲しくないって」

 

 スバルの目をシオンは見る。あまりに真っ直ぐなに自分へと向けられる目。

 それを綺麗だなと、シオンは場違いな事を思った。

 

「お前は……っ!?」

 

 何かを言おうとして――だが次の瞬間、スバルをシオンは突き飛ばした。

 

「っ……! シオン!?」

 

 一瞬驚いた表情となるスバル。しかし、すぐにシオンが何故そんな真似をしたのか理解する。

 異形のマンモス――胴体を貫かれて、倒れた筈のそれが、突っ込んで来たのだ。突き飛ばされたスバルは衝突コースから外れ、しかし取り残されたシオンへと重量のある身体が激突する!

 

    −撃!−

 

「があぁぁぁっ!」

 

 直撃を喰らい、シオンはまるで冗談のようにすっ飛んだ。先に喰らった時より二倍は遠くに飛んで行く。

 その場に取り残された形となったスバルは血相を変えた。

 

「シオン! ――マッハキャリバー!」

【セットアップ!】

 

 瞬時に呼び出すと、即座に応えてマッハキャリバーが起動。バリアジャケットごと展開して、スバルは高速で移動。シオンが吹っ飛んで行く先に身体を割り込ませ、受け止めた。

 

「っう……!」

 

 腕を通り抜ける衝撃に表情を歪め、しかし離さずそのままシオンを抱きかかえる。彼はスバルの腕の中でぐったりとしていた。血の気が凍る。

 

「シオン……! シオン!」

「うるさい……少しは黙れよ、お前は……」

 

 叫びに答えるようにして、シオンは相変わらずの憎まれ口を叩いた。だが、変わらぬその口調にこそ、スバルはほっとする。

 そんなスバルの顔を見て、シオンは何かを諦めたような顔でゆっくりと立ち上がった。

 

「あっこから再生するのか……とんでもないな」

「でも、完全じゃないみたいだよ?」

 

 スバルが異形のマンモスを指差す。異形は、身体の所どころが欠落していた。無理矢理再生したのか……そうまでして攻撃して来た異形にシオンは舌打ちした。つくづく、タチの悪い存在である。

 

「……お前、スバルって言ったよな?」

「え……? あ、うん!」

 

 名前を呼ばれ、覚えてくれていたのかと、少し嬉しそうな声をスバルがあげる。

 シオンはそんな彼女からそっぽを向いて、イクスを構えた。だが、柄を握る手には明らかに力が無い。

 ダメージと疲労の極致で、握力すらも殆ど残っていなかった。あの異形は暫くすれば消えるだろう。だが、まだ一暴れくらいはしそうな気配があった。なら、どうするか……答えは一つ。だから、シオンは迷いながらもそれを選択した。

 

「止めはお前が刺せ」

「え……?」

 

 言いながら、イクスを構える手をスバルに見せる。握力の残っていない指は、イクスと魔力の補助があってさえ震えていた。

 

「俺には、あいつを仕留めるほどの力がもうない」

「シオン……」

「任せたぜ。……その後で俺の知ってる事を教えてやる」

「え……?」

「知りたいんだろ?」

「うん、でも」

 

 ……いいの?

 

 そう言おうとして、だが状況はそれすらも許さなかった。身体中を崩壊させながら、異形が突っ込んで来る!

 

「GAaaaa……!」

「来るぞ!」

「……うん!」

 

 異形が吠える。その咆哮で敵対する物、全て消えろとばかりに。だが、対峙する二人は抵抗するように前へと出た。

 

「おお……っ!」

 

    −撃!−

 

 シオンは左手にシールドを展開すると、そのまま異形の突進を受け止める。だが、押し留められる力も無いのか、シールドごと押され始めた。持たない……! だが、シオンはその中でも動き続けた。

 

「おおっ!」

 

 シールドの内側に最後の力を振り絞ってイクスを叩きつける。同時に、こちらも最後の魔力を注ぎ込んだ。叫ぶ、自分が放てる最後の魔法を。

 

「神覇四ノ太刀、裂波ァ……!」

 

    −波−

 

 シオンが叫ぶと同時にシールドが砕け、そこから波紋状の衝撃が放たれた。

 振動波――攻撃に使える程のものでは無いが、空間を走る振動波は対象を拘束する。言わば、空間振動波だ。全身にそれを受けた異形は身体中を震わせて、動きを止めた。

 そこに迷わず、スバルが飛び込む!

 

「行け!」

 

 シオンの叫びに頷き、スバルは異形の真ん前に踊り出た。狙いは一点。先程シオンが貫いた箇所。

 

「おお……っ!」

 

    −撃!−

 

 リボルバーナックルの一撃が、異形の腹に食い込む。即座に、スバルは戦闘機人モードに移行すると、IS・振動破壊を発動!

 

    −轟!−

 

 唸るようにして超振動による破壊は異形の内部へと叩き込まれた。内臓を根こそぎ破壊され、のたうち回る異形から、巻き込まれる前に離れる。そして、光球を左手で掲げた。

 

「ディバイン……!」

 

 環状魔法陣が、左手に展開。狙いは眼前で悶える異形。左手を真っ直ぐに突き出し、その光球を右の拳でぶっ叩く!

 

「バスタァァァァ――――――っ!

 

    −轟!−

 

    −砕!−

 

 そして、右拳から放たれた光砲の一撃は容赦無く異形を飲み込み。光の中で今度こそ、異形のマンモスは灰になったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ビルの間からヘリが飛んで来るのが見える。多分六課の面々が乗っているのだろうそれを見て、スバルは苦笑を浮かべた。

 

 ……飛び出して来ちゃったからなー……。

 

 お説教は確実であろう事は間違いない。主に、ティアナからのが。

 今度の説教は長引きそうな気がひしひしとした。でも。

 

「……ねぇ」

「あん……?」

 

 今度はシオンも一緒だ。

 初めて会った時は差し延べたままだった手を今では掴んでくれる。それが嬉しい。だが気になる事はあった。いきなり、シオンが態度を改めた理由である。あの感じでは、到底ついて来てくれそうに無かったのだが――。

 

「何で、知ってる事話してくれたりするって決めたの?」

「……俺の負けだから」

 

 ……意味が解らない。

 

 なので、もう一度問うてみる事にした。

 

「どう言う意味?」

「ぜってー教えない」

 

 あっさり拒絶して、シオンは背中を向ける。その態度にはありありと教えないと告げていた。

 

「え――! 教えてよ〜〜」

 

 後ろでスバルが騒ぎ立てるが、シオンは無視。聞こえていないフリをした。

 

 言える訳ねぇだろうが……!

 

 後ろの声に耳を塞ぐ真似をして、頭を抱える。

 それは何故か?

 思い出す。先程のスバルとのやりとり。そして、あの目を。

 顔が赤くなったのを自覚した。

 

 お前に負けたからなんて言える訳が無いだろうが……!?

 

 綺麗だと思ったその姿に、負けたと思わされた。

 そんな事を言える筈も無く、まだ騒ぐスバルに背中を向けたままでいる事にする。やがて、ヘリが降りたったのであった。

 

 




次回予告
「差し出された手を掴み、管理局へと来た神庭シオン」
「そこで彼は意外な提案を受ける」
「そして、明らかになるカリム・グラシアの予言と不吉な前兆」
「それを聞いて、私達は立ち上がる決意をしたのでした」
「次回、第四話『独立次元航行部隊』」
「こんな筈じゃない結果にはしない。それこそが、彼女達の想い」


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第四話「独立次元航行部隊」

「俺はただ求めていた。前を行く背中を、どうしても追いつけない背中を。だからずっと歩いた。一人で。でも気付かされた。ある少女に『一人で歩かなくてもいいんだよ』って。そして、俺は『仲間』に最初の一歩を歩みよる。魔法少女リリカルなのはSTS,EX、始まります」


 

 夜の森。それは一切の人工の光がない世界である。

 闇は幼い少年を怯えさせるのに十分だった。その中で、ぐすぐすと泣いている少年を神庭シオンは上から見る。

 

 これは……?

 

 その光景を見て、シオンは何よりも懐かしい気持ちでいっぱいになってしまった。

 あの泣いている少年。あれは、自分だ。

 そして、これは過ぎ去った筈の過去の光景。

 

 て事は……こりゃ夢か。

 

 嘆息する。いやに意識がはっきりとした夢を見るものだ。

 そして、未だに泣き続けるかっての自分を見た。

 

 ……泣き虫、だな。

 

 そう、ガキの頃の自分は泣き虫だった。今思い出しても、しょっちゅう泣いていた記憶がある。恥ずかしさを苦笑に滲ませながら、シオンは泣き続ける自分を見ていた――と。

 直後、子供の自分の後ろで、草木がガサガサと鳴った。

 泣いていた自分は、ビクっとなり、続いてガタガタと震えだす。

 その光景を、今のシオンは苦い思いで見つめる。次に出てくる存在を知っているからだ。

 

「……ここに居たか」

 

 草木を掻き分けて現れたのは、10、11歳くらいの少年であった。

 顔だちは端正ながら、やけに眠たそうな目つきが気になる。感情が、あまりに薄い印象の少年であった。

 そんな少年を見た子供の自分は顔をパッと綻ばすと、そのまま駆け寄る。

 

「タ……!」

「ぬん」

 

    −撃−

 

 そして、走って来た自分に対して、少年は思いっきりチョップを叩きこんだ。

 

 ……あれは、痛かった。

 

 苦笑いを浮かべる。今でも、あの痛みは忘れた事が無い。案の定、子供の自分も、打たれた場所を押さえて涙目となった。

 

「痛いよぉ……!」

「やかましい。着いてくるなと言ったのに着いて来て、さらに迷子にまでなったんだ。これくらいは当然と思え」

 

 きっぱりと少年は言う。

 それに子供シオンはうぅ〜〜と、また泣きかけそうになって。少年は、小さく嘆息した。

 

「泣くな。泣き虫め」

「泣いてなんか、ないやい!」

 

 子供シオンが叫ぶ。そう、負けず嫌いなのはこの時から全然変わっていなかった。

 

 本当は、泣きそうだったんだよな……。

 

 結構、恥ずかしいものである。当時はともかく、流石に今見ると、そう思う。そんな子供の自分に、少年は微苦笑した。

 

「ほれ、いつまでしゃがんでいるんだ? 帰るぞ」

「うん……!?」

 

 言われ、子供の自分が立ち上がろうとして、しかしまた尻餅をついた。……どうやら緊張が一気に解けて、腰が抜けたらしい。

 

「……何をやっとるんだ」

 

 少年が呆れ顔でぼやく。うっ、と子供シオンは呻き、また目尻に涙が浮かんだ。

 それを見て、今度こそ少年は一つ嘆息し。

 

「ほれ」

 

 今度の自分の正面に回り、しゃがんで背中を向けた。

 

「え……?」

「一つだけ教えておく。俺はさっさと帰りたいんだ。眠いんでな。……端的に言うと、乗れ」

 

 少年の意図を理解して、子供の自分が顔を赤くしたのが分かる。恥ずかしかったのだ。だから、ついつい声を荒げた。

 

「い、いいよ!」

「ほう? ちなみにシオン。お前には三つ選択肢がある。一つ、このまま置いてきぼり。二つ、兄式チョップ説得を受けた後で背中に乗る。三つ……素直に背中に乗る。どれがいい? ちなみに俺のオススメは二番目だ」

「……うぅ」

 

 置いてきぼりもチョップも御免であるのだろう。子供の自分は見るからに呻き、迷った。だが、その二つがダメなら選択肢はたった一つである。

 だから、子供の自分は少年の背中に覆い被さり、首に腕を巻き付けた。

 少年は、背中に体重が乗った事を確認して、立ち上がる。

 

「……軽いな、お前。飯しっかり食べてるか?」

「食べてるよ!」

 

 子供の自分が喚くようにして、反論する。そもそも自分が食べてるものを作っているのは、この少年なのだ。今更聞くような事でもないだろう。

 

「なら、いいがな」

 

 あっさりと頷くと、少年はそのまま歩き出す。

 この年頃の少年にしては軽々と子供の自分を背負って歩く。そんな背中に力強さを感じて、子供の自分は彼のうなじに顔を埋めた。そうやって、暫く歩いていると、少年が話しかけて来た。

 

「それにしてもお前の泣き虫は治らんなぁ」

「泣き虫なんかじゃないやい!」

 

 また叫ぶ。本当に負けず嫌いであった。

 それに少年は笑いを浮かべる。

 

「そういった台詞は頬を濡らんようになってからほざけ」

「あう……」

 

 痛い所を突かれ、子供の自分が俯く。そんな気配を察したのだろう。少年は微笑して続けた。

 

「まぁいい。しかしいつまでもこのままでは駄目だな。……お前も、男の子だろう?」

「うん……」

 

 コクリと頷く。それに、少年は微笑したままで頷き返した。

 

「……今はいい。だが、いつかは泣かないようにならなければな。どんなに辛い事があっても――男なら、どんな時でも涙を見せるな」

 

 目茶苦茶な事を少年は言う。実際、それは無理だろうと今でも思う。だが、この時の自分は、そんな少年に嬉しそうに笑って。

 

「うん!」

 

 そして、頷いた。シオンはそれに再び苦笑いを浮かべる。今は、どうなのだろうと、そう思いながら。

 

 直後、光が差し込むような感じをシオンは得た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 神庭シオンが目を覚ますと、そこには見覚えのない天井が広がっていた。白い天井には、シミ一つ見られない。

 

 ……ここは?

 

「あ、気が付いたみたいね」

 

 疑問符を浮かべていると、声が来た。シオンは反射的にそちらへと顔を向ける。

 そこには茶色い制服のような服の上に、白衣を着た金髪の女性が立っていた。

 多分、自分より3〜5歳くらい上であろう。優しそうな表情が印象的である。その女性は、水が入ったコップを差し出して来た。

 

「はい、お水」

「ども……」

 

 受け取り、水を飲む。相当咽が渇いていたらしく、シオンはコップに入った水を一気に飲み干した。

 その間に、女性は空中に投影されたコンソールを操作し、どこかへと通信を繋げる。

 

 ……?

 

 水を飲んで人ごこちついたシオンは、そんな女性を見て疑問符を浮かべた。よくよく考えれば、何も分かってはいないのだから。通信を終えると、女性はこちらに戻ってくる。

 

「それにしてもよく眠っていたわね。……ここ暫く、ろくに休んでなかったみたいだけど」

「はぁ、まぁいろいろあったもんで。あの、聞きたいんスけど……ここ、どこっスか?」

 

 いろいろ尋ねてくる女性を制して、シオンは逆に尋ねた。まずはここが何処なのかを知らなければ話しにならない。女性もそれに気付いたのか、ハっとした顔となった。

 

「あ、ごめんなさい。まずはそこからね。ここは時空管理局、地上本部の医務室よ。そして、私はシャマルっていうの。よろしくね」

「はぁ……よろしく――って管理局?」

 

 告げられた場所に、シオンは盛大に疑問符を浮かべる。何故に自分はそんな所にいるのか――。

 

「覚えてない? おとついの夕方、市街地で……」

「あ……!」

 

 そこまで言われて、漸く全て思い出した。

 感染者との五連戦。そして、少女との再会を。あの後、ヘリが降りた時からの記憶がない。

 

「現場に到着した時点で君は意識を失っていたの。疲労がもの凄かったのね。まる一日半も寝るなんて」

「……そんなに?」

 

 流石に驚く。そこまで自分は疲れていたのかと。……どうやら、相当に限界であったらしい。

 そこまで理解した所で、唐突に医務室の扉が開いた。女性が二人、入って来る。

 

「あ、ちゃんと目、覚めたんやね。シャマル、お疲れ様」

「はい♪ はやてちゃん。フェイトちゃん」

 

 先頭の、背が低いほうの女性の台詞に頷き、シャマルが二人を迎える。一人はセミロングの髪に、わりかし背が低めの女性。もう一人は、金髪で背が高い女性だ。

 

「さて、まずは自己紹介しとこうか。はじめまして、時空管理局一佐、八神はやてです」

「同じく、時空管理局執務官。フェイト・T・ハラオウンです」

 

 二人から自己紹介されて、シオンも居住まいを正した。何がどうなるかはさておき、礼には礼で返すのが当然だから。

 

「神庭シオンです。はじめまして」

 

 言った直後だ。二人して、ジ〜〜と、こちらを見て来た。思わず、シオンはベッド上でたじろぐ。

 

「あのー、どうかしたんスか? 俺、何かおかしい所でも……?」

「いや、そういう訳やないんやけどな」

 

 はやてが苦笑する。フェイトもだ。そんな二人の反応に、ますます解らなくなって、シオンは首を傾げた。

 

「あんな? スバル・ナカジマって覚えてるか? 君と一緒にいた娘やけど」

「? はぁ、そりゃまぁ」

 

 疑問符を浮かべながらも頷く。あれだけの事があったのだ。いろんな意味で、当分忘れる事はないだろう。……ちょっとだけ赤面したのは内緒だ。

 

「その娘がな? 『シオンって、もう目茶苦茶、言葉使いが悪いんですよ〜〜』って言うてたから覚悟しとったんやけど。思っとったよりまともやったから驚いとったんよ」

「んな……」

 

 絶句する。……そんなに言葉使い悪かっただろうか? そう思い。自分の言動を鑑みて――シオンは考える事を止めた。人間、自覚しない方が良い事もある気がする……多分。

 そんなシオンの思考が表情より漏れていたか、はやてとフェイトは微苦笑した。

 

「っと、話しが逸れたな。フェイトちゃん?」

「うん。シオン君だっけ?」

「呼び捨てでいいっスよ」

 

 思考から立ち戻り、シオンは頷く。その返答を聞いて、フェイトもまた頷いた。

 

「うん、じゃあシオン。君には今、公務執行妨害。並びに騒乱罪。加えて管理局局員に対する傷害未遂容疑がかけられている。これは間違いない?」

 

 フェイトが一つずつ指を立てて、罪状を説明する。公務執行妨害だけでも相当だが、その上二つまで罪状が付くとは。シオンは苦笑し、しかし。

 

「……はい」

 

 今さら否定するつもりもなく、素直に頷いた。自分がやった事だ。否定に意味は無い。フェイトも、そんなシオンの目を真っ直ぐ見て頷いた。

 

「うん。それで私達としては事情聴取の上、逮捕って形になるんだけど……」

 

 しかし、そこでフェイトは一旦言葉を切る。そして、じっとシオンの目を見詰めて、静かに告げた。

 

「でも、君は局員を――スバルを助けてくれたって報告もある」

「いや、あれは……」

 

 言われた言葉を、しかしシオンは否定しようとする。最初、自分としては助けるつもりなぞ更々なかったのだから。だが、フェイトはシオンの否定を切るようにして話しを続けた。

 

「最初にスバルと会った時はそうかもだけど、二回目の時は違うよね?」

「……」

 

 そう言われて、無言になる。

 あれも無意識の行動なので、助けたと言う意識はなかった。しかし、無関係かと言われると、流石に否定しづらくもある。

 シオンの反応に、フェイトは頷いた。

 

「それに、肝心のスバルとティアナからは傷害の容疑を取り消して欲しいとも言われてる。被害者が容疑を取り消すのなら、傷害未遂は無し」

 

 まず立てた薬指を、フェイトは仕舞う。

 

「続いて騒乱罪。こちらは局員が――スバルの事だね。が、到着するまで危険な暴走生物を止めてくれていたって報告だし、最後には協力してくれてる。……君がどんな想いで戦っていたのかは解らないけど、少なくとも君が戦ってくれたおかげで周辺の住民は避難できた。だからこちらも容疑を取下げるよ」

 

 続けて、中指を仕舞う。これで罪状は二つ消えた。後は一つのみ、だが――。

 

「でも公務執行妨害。これは消せない」

 

 ――人差し指を立てたまま、フェイトはそう言った。シオンも黙って頷く。スバルが同行を要請した時、自分はデバイスを突き付けてまで拒否したのだ。当然と言えるだろう。そんなシオンの反応に、フェイトもまた頷いた。

 

「……けど、君が今、私達が調べている案件に協力してくれるなら司法取引で減刑出来る」

 

 なる程。と、フェイトの台詞を聞いて、シオンは思う。

 スバルとの約束もあったのだ。シオンとしては、”ある程度の情報”は、最初からスバルとその仲間達に教える積もりであった。

 

「どうかな?」

「はい。その司法取引にのります」

 

 フェイトの問いに、シオンは即答する。それを聞いて、彼女も表情を和らげた。……後に聞いた話しでは、この司法取引を持ち掛ける時が、一番難しいらしく、シオンがあっさりと受けた事に安堵したらしい。ようやく弛緩した空気の中で、今度ははやてが進み出た。

 

「うん、話しは決まったみたいやね。今度はこっちのお話しや。シオン君、何か探してるそうやね?」

「はい。それは、スバ――ナカジマから?」

 

 頷き、つい名前で言いそうになって、苗字に直す。

 それに、はやては苦笑した。

 

「うん、スバルから聞かせて貰ったよ。それと、スバルとは私達も知り合いやし、名前で呼んでも大丈夫やよ?」

「そう、ですか」

 

 若干戸惑うようにして頷くシオンに、はやては苦笑。うんと頷き返してやり、先を続けた。

 

「そんでな。多分やけどシオン君。また、その探し物する為に、あの暴走生物追っかけるつもりやろ?」

「……」

 

 問いに、シオンは沈黙。しかしそれは、この場では肯定と同じであった。

 そんなシオンに、はやてはやっぱりと思い、そして本題に入る。

 

「それでこれは私からの提案や。シオン君、嘱託魔導師になってみらんか?」

「……嘱託魔導師?」

 

 魔導師はともかく、頭の嘱託の部分にシオンは訝しむような顔となった。彼の疑問に、はやては微笑する。

 

「嘱託魔導師制度言うてな。民間人でも協力者として、管理局員のお仕事が出来るんよ。これやったら情報も集まるし、戦える。君にうってつけやと思うんやけど」

 

 説明を聞いて、成る程とシオンは理解した。

 正式に局員になる訳ではないらしい。ならば、自分にとっては願ってもない事である。勿論、彼女達――時空管理局としては、含む所もあるのだろうが、これは破格の扱いと言っても良かった。

 

「シオン君、どやろか?」

「そうっスね。はい、なります」

 

 迷わずシオンは頷く。何かあれば、その時はその時だ。その答えを聞いて、はやては笑みを浮かべた。

 

「うん。早く話しが決まって、良かったわー。そんなら、はいコレ」

 

 朗らかな笑みと共に、はやてがシオンの傍らに何らかの本を置いていく。一冊、二冊――と。どれも、見るからに分厚い本達である。某町ページのような厚さだ。それを見遣って、シオンは呆然と聞いてみる。

 

「……これ、何スか?」

「嘱託魔導師になるんには試験を受けなアカンのよー」

 

 あっさりと、はやては質問に答えてくれる。しかし、何故かそんな彼女の優しい優しい笑顔に、とても嫌な予感をシオンは覚えた。

 

「……あ、あの――?」

「安心しぃ。試験は学科と実技と面接。実技はさらに儀式魔法と、模擬魔法戦での試験があるけど、これから家庭教師付きで教えたるから♪」

 

 とてもとても、いい笑顔ではやてが言う。……冷や汗を背中が流れていくのを感じた。

 

「フェイトちゃんが学科と面接を。頼めるかな? フェイトちゃん」

「捜査協力で話しを聞かせて貰ってからだけど。うん、任せて」

 

 フェイトもまた、はやてと同じ類の、いい笑顔を浮かべる。シオンの経験上、この類の笑顔を浮かべられた時はろくな目にあった覚えがなかった。

 

「儀式魔法は私が教えたる。安心し。厳しくもしっかり教えたるから」

「えっとあのー……」

 

 ……やっぱ考え直してイイっすか?

 

 それを言いたかったのだが、聞いてくれる気配がない。はやてはゆっくりと、しかし抵抗を許さぬ速度で話しを進める。

 

「模擬魔法戦は、もちろんなのはちゃんが。あ、シオン君はまだなのはちゃんの事分からんな? ちゃんと、紹介したるから安心しぃ」

「いや、ちょ、待……っ!」

 

 ついに声を上げようとする――が、機先を制して、シオンが何か言う前にはやては指を付きつけた。

 思わず黙った彼に、彼女はにっこり笑い。

 

「試験は一週間後や♪ みっちり行くからな〜〜♪」

 

 ……退路がない事を、その台詞から理解して、シオンは絶句する羽目となった。

 そんな少年に、フェイトが苦笑いを浮かべる。

 

「えーと、それじゃシオン。いろいろ聞かせて貰うけど、いいかな?」

「……はい」

 

 ついには色々諦め、取りあえず先の事は置いといておくとして、シオンは気持ちを切り替える事にした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ……時間は、少しだけ遡る。

 

 高町なのは。フェイト・T・ハラオウン。そして、八神はやては、とある豪奢な建物の前に集まっていた。聖王教会。そう呼ばれる建物である。ミッドチルダ、ベルカ自治区の中央に位置する聖王教会は、ミッド内に於けるベルカの存在を示していた。

 

「さて、着いたなー」

 

 教会を見上げながら、はやては微笑し、制服の上からローブを着用する。

 ここでは、彼女は必ずローブを身に着けていた。ベルカの騎士を表す為である。そんな彼女の台詞に、なのはとフェイトは頷いた。

 

「うん。でもカリムさん、何の用件なんだろ?」

 

 疑問符を浮かべ、なのはは首を傾げる。フェイトもまた、急に呼ばれた為に戸惑っていた。さもありなん、緊急の呼び出しなど滅多にあるものではない。しかも、この三人にだ。何かあると見て間違いなかった。

 

「うん。こっちで直接話すって言うてたけど。急ぎの話しらしいんよ。……二人共ごめんな。いろいろ忙しいやろうに」

「ううん。大丈夫だよ。それより、スバルが保護したあの子、まだ目を覚まさない?」

 

 首を横に振りつつ、なのはが尋ねる。スバルに剣を向け、しかし助けた少年の事だ。

 かつての自分達と似たような状況に置かれた二人だから、なのはとしても気になっていたのである。

 

「うん……。怪我の方はそれほど重傷って訳やなかったけど、疲労が大きいかったんやね。殆ど、休みなく動いてたみたいや」

 

 少しだけ俯いて、はやては答える。あの少年、神庭シオンが抱える危うさは正直、放っておけないものがある。いつかの彼女の騎士達のような――そんな危うさが、彼からは感じられていたのだ。放っては置けない。だから。

 

「あんな。なのはちゃん、フェイトちゃん。私、ちょっと考えがあるんやけど、ええか?」

「? うん」

「何?」

 

 問われ、二人は疑問符を浮かべながらも頷く。

 そんな彼女達に微笑して、はやては先程の不安と、シオンを嘱託魔導師にしないかという事を話した。

 

「どやろか?」

「うん。いい考えだと思う」

「そうだね。私も賛成。司法取引で話しも聞けそうだし」

 

 なのはとフェイト、二人からの同意に、はやては良かったと笑みを浮かべた。後は本人の意思次第であろう。そこは上手く説得するとして、もう一つ、二人に頼みたい事があった。

 

「そんでな? 二人に頼みたい事があるんや。良かったら、あの子の家庭教師やってくれんかな?」

「家庭教師?」

 

 なのはが小首を傾げるようにして聞き返す。それに、はやてはうんと頷いた。

 

「私の予想が正しかったら、多分早くにもあの子を使えるようにせなあかん」

「……その予想って?」

 

 はやての声音に、フェイトは若干静めるような声音で先を促す。しかし、それに彼女は首を横に振った。

 

「……まだ確証がないから今は内緒や。多分、今から話しがあるやろうし」

 

 はやてのその言葉に、釈然としないものを感じながら二人は頷く。彼女が今は話すべき内容ではない、と決めたのなら聞くべきではないだろう。そうこうしてる内に、教会の大きな扉が開き、一人のシスターが出て来た。

 彼女は、三人に会釈を送る。

 

「ようこそ、こんにちは。騎士はやて。フェイトさん。なのはさん」

「こんにちは。シャッハさん」

「お久しぶりです」

「シャッハ、久しぶり。元気してたか?」

「はい、騎士はやてもお変わりなく」

「……それ、背の事ちゃうやろな」

 

 さて、とはぐらかすシャッハに、ぶぅとはやてが頬を膨らませて、なのはとフェイトは微苦笑を浮かべる。序列で言えば、はやてはシャッハより上らしいが、実際の所は妹扱いが基本であった。シャッハは微笑を浮かべると、三人を教会に招き入れた。

 

「こちらで騎士カリムがお待ちです。……後でヴィヴィオちゃんの様子も見ていきますか?」

「はい♪ 是非♪」

 

 教会内を案内しながら進むシャッハが、苦笑いを浮かべながら提案する。三人共、たまに来てはヴィヴィオの授業風景を覗いていたのである。……あまり騒がしくし過ぎると、シャッハからお説教まで貰ったりするのだが。

 やがて、教会の奥にある一室に着くとシャッハは扉から一歩退き、三人に振り返る。

 

「こちらです。……騎士カリム、入ります」

 

 ノックした後、シャッハが扉を開け、三人を室内へと通し――そこで三人は直ぐさま凍りついた。

 何故なら、そこには騎士カリム。クロノ・ハラオウン提督。リンディ・ハラオウン総務統括官。騎士カリムのの義弟でもある監査役のヴェロッサ・アコース査察官。

 そして伝説の三提督である、レオーネ・フィルス法務顧問相談役。ラルゴ・キール武装隊栄誉元帥。ミゼット・クローベル本局総幕議長が居たのだから。

 

「……な」

 

 あまりに大物揃いの状況に、三人揃って一瞬言葉を失う。

 だが、すぐに気を取り直し。

 

「高町なのは一等空尉入ります!」

「フェイト・T・ハラオウン執務官入ります!」

「八神はやて一佐入ります!」

 

 姿勢を正して挨拶をした。それにミゼットがおやおやと笑う。

 

「そんな、畏まらなくても大丈夫よ。今回は非公式の会談でもあるのだから。……三人とも元気そうね」

 

 朗らかな笑みと共に告げられた言葉に、三人ともはいと頷く。そして、はやては奥のカリムに目を向けた。

 

「カリムも久しぶりー。で、この管理局大人物大盤振る舞いはなんなん?」

「ええ、久しぶり。はやて。フェイトさんもなのはさんもお久しぶり。まずは席に座って」

 

 にっこりと笑いながら、返事をして、着席を促して来る。それに、三人は目を見合わせて、席に座った。

 まさか、リンディやクロノ、カリム、ヴェロッサだけではなく三提督まで来ていたとは。つまり、これから話す内容はそれだけ重要と言う事でもあった。

 全員が着席した事を確認して、カリムは手元にコンソールを出し、操作。

 暫くして、部屋のカーテンが閉まった。これは外部に情報を漏らさない時の為に使う状態である。

 その徹底ぶりに、ますます三人は緊張し、顔を強張らせた。

 

「さて、三人に来て貰ったのは他でもないわ。私の『プロフェーティン・シュリフテン』が新たな詩文を書き出したの」

 単刀直入に告げるカリムに成る程、と三人は頷く。『プロフェーティン・シュリフテン』

 騎士カリム・グラシアのレア・スキルであり、一年前のJS事件を予見してみせた能力だ。簡単に言うと、未来予知の一種である。

 ただ、それは詩文形式で書き出され、内容の把握に手間取るものでもある上に条件もある――と、そこではやてが気付いた。

 

「ちょう待った。まだ時期が……」

「――そう。私の『プロフェーティン・シュリフテン』は、二つの月が重なる時にしか使えない能力なんだけど……」

 

 はやてに頷き、そこでカリムは一度言葉を切った。

 全員の顔を見回す。ここまでで、皆の理解を確かめる為だ。ある程度の事情を先んじて聞いていた面子も含めて、深刻な顔となっている事を確認して頷き、そして彼女はゆっくりと続きを告げた。

 

「今回のは私の意思とは関係なく発動したの。――”勝手に”、ね」

 

 流石に三人共、言葉を無くす。それがどれほど異常な事か解った為だ。それは、レア・スキルの暴走とも言えるものだが、逆に言えば、”そうまでして”現れた予言と言う事である。

 

「その詩文の内容もまた恐ろしい事が書かれていて……で、その判断をしてもらう為に旧知の仲であるリンディ・ハラオウン総務統括官や、クロノ・ハラオウン提督。そして、今の実質の管理局最高の責任者であるお三方に来て戴いたのよ」

「私達としてはもう隠居したいんだけどねぇ……」

 

 カリムの言葉を引き継いだミゼットの呟きに、他の二人も頷く。

 先のJS事件で実質の最高権力者達を失った為。すでに隠居寸前であった三人もまた引っ張り出されていたのだ。

 それには、クロノ、リンディは苦笑いを浮かべるしかない。

 

「お三方。その話しはまた後でと言う事で。……騎士カリム、続きを」

 

 クロノが三人を宥めつつ――老人の愚痴は一旦始まると非常に長い為だ――カリムに先を促した。彼女は苦笑と共に頷き、先に話しを進める。

 

「そして、これがその内容なのだけれど」

 

 言うと同時に、カリムの周囲に詩文が記された栞が顕れた。その一枚を掴み、そっと詠みはじめる。

 

 ――黒き闇の黒き遺思。其は須らく、遍く世界に終焉の鐘を鳴り響かせる。

 黒き闇は黒き亡者を呼び、666の名を持つ獣は亡者と遺思を喰らう。666の獣、聖剣を用い、黒き遺思と共に世界の全てに創誕の歌を奏でる。

 かくて、世界の全ては新たなる新生を迎える――

 

 場がしん、と静まった。

 詩文の内容、それが大問題だったからだ。”世界の終焉”。

 それも遍くだの世界の全てだのまでついている。これでは。

 

「……まるで、世界が終わるみたいな予言やな」

 

 重いため息と共に、はやてが呟く。カリムもそれに頷いた。

 

「突拍子もない話しだし。現実味もないけど……ここにいる皆さん。同じ意見よ」

 

 

 カリムの言葉にミゼットを始めとして皆、頷いた。更に、クロノが続けて言う。

 

「それに正直、心当たりが無い訳じゃあない」

 

 言いながら、フェイトの方を見る。彼女はその視線に頷くと、手元にコンソールを出現させて操作。ウィンドウを展開し、画像を呼び出した。

 

「はい。実は私が今追っている事件に、今の予言に多分に重なる部分があるんです」

 

 次々に展開していく画像。そこには、あの黒い点が絡みついた無数の獣――中にはシオンと争った獣も含めて――が居た。そして、フェイトは無数の画像の内で共通するものを拡大して、表示する。

 

「これです。この、黒い点。この黒い点が絡み付いた獣は、その全てが狂気に侵されたように暴走し、少なくない被害を出しています」

 

 確かに、どの画像にも泡にも見える黒い点が存在する。それを確認し、ミゼットはフェイトへと視線を向けた。

 

「この黒い点、ね。……どのくらい被害が広がっているのかしら?」

 

 その質問に、フェイトはちらりとカリムを見る――が、すぐに視線を戻した。

 

「……かなり広い範囲で。管理内外含めて、ほぼ三割の世界で出現が確認されています」

 

 その報告に、皆から驚愕の吐息が漏れる。被害の規模が、あまりにも広すぎた為だ。

 管理内外含めた世界の三割。この広大な次元連結世界の三割である。確認出来ていない被害を含めれば、どれ程のものに至るか想像も出来ない。沈黙が広がる中で、フェイトは報告を続けた。

 

「今、現在の状態では世界を滅ぼすような被害ではありません。ですが、流石にこの広さは異常です。それと、この黒い点が絡みついた獣達なんですが……いくつか特徴があります。まず一つ、普通ならありえないような力が備わる事。ある獣は防御魔法を使用しました」

 

 スバルと戦ったオーガ種の異形の事である。オーガ種はまず魔法なぞ使用しない。知性はかなり高く、またリンカーコアを持つ固体も存在するが、魔法を使った固体は今まで存在していなかった。

 

「続けて二つ目。これは管理世界駐在の局員が相当てこずっている事なのですが、異常なまでの再生力をどれもが持つ事。殆ど生命活動を止めても、ほぼ間違いなく再生します」

 

 フェイトの言葉と共にウィンドウに再生の様子が現れる。それを見て、一同の顔色が、より深刻となった。……余りに異常すぎる再生力だったからだ。

 半身を吹き飛ばされて尚、再生する映像はビデオの巻き戻しを連想させられる。

 流石に皆、顔を引き攣らせた。ご飯時には絶対見たくない光景である。

 

「続いて第三点。……1番重要な事なのですが、この黒い点が絡みついた固体は、例外なく死亡しています」

 

 死亡? と、フェイトが告げた報告に皆は疑問を思う。一体、それはどう言う事なのか。

 

「それは、暴走したが為に攻撃によって?」

「いえ……正確には、時間で勝手に」

 それを聞いて、一同はフェイトの言葉に合点がいった。つまりは。

 

「つまり、何もしていないにも関わらず、勝手に死んでいくのね?」

「……はい」

 

 フェイトが頷き、皆の間に神妙な空気が落ちた。より深刻な事態に陥った事に誰もが気付いたからだ。今は獣等にのみ、この現象が現れているが、これがもし――人に起きたらどうなるのか?

 

「……治療方や元に戻ったという報告は?」

「ありません。……例外なく死亡しています」

 

 やはりか、と一同はその言葉に頷き。そして、最後の確認を取る。

 

「人にこの黒い点が顕れた。という事例は?」

「それもありません。”今の所は”」

 

 事更に、フェイトはあえて強調して言う。

 つまりは、人にこれが発現してもその生存は望めないという事だ。

 

「成る程ね……」

 

 リンディが呟き、そして、三提督もまた頭を悩ませる。いくら何でも事件の規模が大きすぎる。通常ならば、ここまで次元世界に跨がって起きる事件など存在しないのだから。それ故、対処もまた特殊なものが求められていた。

 

「……やはり、あの案で行くしかないみたいですね」

 

 リンディが呟く。それに三提督も続いて頷いた。

 

「あの案?」

 

 思わず問い返したなのはの声を聞いたか、クロノはああ、と頷く。

 

「現状、この黒い点と暴走体はランダムにあらゆる世界へ現れていて、管理局はその対応が出来ていない」

 

 また、その余裕もないと続ける。つい一年前にJS事件が起きたばかりなのだ。あの事件による影響は、それこそ全管理内世界に不信と言う形で波及している。ここに来て、この事件である。正直、これだけ広範囲に起こっている事件に手を回す余裕はどこにも無かった――が、それでも。

 

「……だが、この被害範囲の広さ、そして予言。これらを考えると、この一件。放置する訳にも、まして対応に遅れる訳にもいかない」

 

 そして、チラリと三提督を見、次にリンディを見て、それぞれが頷くのをクロノは確認。その上で続けた。

 

「故に、管理局本局。及び地上本部はある提案を出した」

「地上本部も……?」

 

 さすがに驚いたのだろう。なのはが目を丸くする。

 地上本部。いくら前のレジアス・ゲイズ中将の時程ではないとは言え、本局とは犬猿の仲なのだ。まさか、本局に協力するとは……それ程の事態と言う事なのか。

 

「ああ、そこで八神一佐」

「はい」

 

 はやてが頷く。それを確認し、クロノは彼女の瞳を見ながら、とつとつと告げた。――彼女にしか頼めない事を。この事件に対する、管理局の対応を。

 

「君には一度、本局に異動してもらい。ある次元航行部隊を任せたい」

 

 そう、と区切る。そして。

 

「”独立次元航行部隊”の」

 

 クロノは、そう彼女達に告げたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「さて……」

 

 ここは本局の会議室の一室。

 そこに、はやてを始めとした元六課のロングアーチ。及び前線メンバー。さらに後見人の三人が集まっていた。

 シオンの事情説明を聞く為である。

 聖王教会での話しの後、その場にいた人物、全員にシオンの事は告げられた。

 故に皆、事情を聞きにきた訳である。

 情報が何もない状態なのだ。今は少しでも欲しい所であった。三提督ですらも通信で聞いている。

 

「八神はやて、入ります」

「フェイト・T・ハラオウン入ります」

「……神庭シオン。入ります」

 

 三人が入って来る。はやてとフェイトの後ろから室内に入ったシオンに、スバルはパッと顔を明るくさせ、しかしシオンは何とか動揺を堪え。

 

「よ……」

 

 と、だけ挨拶する。その表情は複雑の一言だ。だがスバルは構わず話しかけて来る。

 

「うん、シオン。よかったよー。怪我とか、大丈夫?」

「ま、特には……ッ!」

 

 直後、殺気を感じ、シオンは振り向く。そこにはティアナ・ランスターがいた。

 もんのすごい目でこちらを睨みつけてくる。

「……何だよ?」

「何よ?」

 

 言って、二人して睨み合いの状態になった。当然か。

 シオンからして見れば、いきなり攻撃して来た女であり、ティアナから見れば友達と自分に武器を突きつけた男である。

 仲の良くなりようがなかった。

 

「あの……二人共、その辺で……」

「「ふんッ!」」

 

 二人、まったく同じ仕草で顔を背けた。……意外と気が合うのかもしれない。

 そこで、ハタっとシオンは何かに気付いた動作をする。

 胸元に手をやり、続けてポケット。何かを探しているらしい動作に一同怪訝な表情をする。

 

「どうしたの?」

 

 フェイトが尋ねる。シオンは困った顔で、そんな彼女に答えた。

 

「俺の剣、知らないっスか?」

 

 ……そう言えば。

 

 言われ、一同に沈黙が降りる。まさか、現場に忘れたか? そう思ったと同時に一人の少女が声を上げた。

 

「あ、ゴメンなさーい」

 

 何故か手を上げた後、その手を重ねて謝る少女が居た。シャリオ・フィニーノ。フェイトの副官にして元六課の管制担当。

 そして、デバイスマイスターでもある少女である。

 

「あのデバイスなら私が持ってきてます」

 

 シャリオが右手を差し出す。

 そこにはちょうどイクスの鍔の部分を小さくしたアクセサリーが乗っていた。中央の宝玉がキラリと光る。それをシオンはうろんげな目で見た。

 

「……ちなみに、こいつ。何か喋った?」

「え? いいえ、何も――と、いうか喋るんですか?」

 

 その言葉にシオンは口許を引き攣らせた。ジロリと自らの剣を睨む。

 

「おい……」

 

 イクスに話しかける。が、剣は何も話す気配がない。

 そんなイクスをシオンはむんずっと掴み取ると、迷わず手近な壁に全力で投げ付けた。

 

『『!!』』

 

 流石に皆驚く。当然だ。

 自分の半身とも言えるデバイスを投げる魔導師がどこに居よう。……ここに居るが。

 だが、イクスは壁に当たる直前に空中で急停止した。

 

『『は……?』』

 

 その様子に一同、唖然とする。

 形からして、ユニゾンタイプでは有り得ないはずだがなのだが――。

 

【何故に投げる?】

「投げんでかい! 無愛想も大概にしろよ!」

 

 宙に浮いたデバイスにシオンは怒鳴る。

 ……それは様々な意味で、ものすっごく珍しい光景であった。

 と、言うかまず有り得ないとも言う。

 

【事情の説明等。一介のデバイスがやっても信頼は得られまい?】

 

「む、確かに。――で、その心は?」

 

【単に面倒くさかった】

 

「やっぱりか!」

 

【……しまった。えぇい、師匠を嵌めるとはそんな弟子を持って俺は悲しいぞ】

 

「うっさいわ! 弟子だろうが主に対してちっとはその負担を軽くしてやろうとか、そんなのは無いのかよ!?」

 

【微塵も無い】

 

「潰すッ!」

 

 シオンの手が伸びるが、それをひょいひょいとイクスは待機状態のままかわしていく。

 

「待てコラ!」

【はっはっは。人の言葉にして嫌なこった】

「潰す! マジでスクラップにしてやる!」

 

 暴れ回るデバイス(?)とその主(?)に、さすがに見ていられなくなったのだろう。スバルやなのはが止めに入った。

 

「ちょっ……待って、待って!」

「そこのデバイス。イクス君も、止まって!」

 

 二人の説得にようやく二人(?)共止まる。

 

「後で覚悟しとけ」

【出来もしない事を言うな】

 

 ……後々、ばっちりと怨恨は残ったみたいだが。

 

「とりあえずイクス。元に戻れよ」

【致し方なしか……面倒くさいんだがな】

 

 デバイスである筈のイクスがため息? らしきものを吐くと、光を放ち始め、次の瞬間。いきなり人型になった。

 

『『は……?』』

 

 更なる珍事に目を丸くする一同。それにシオンはため息をつきながら。イクスを指差した。

 

「紹介します。俺のデバイス兼――師匠のイクスです」

【よろしく頼む】

『『はぁ……よろしく』』

 

 言われるままに頷く一同。それは世にも珍しい挨拶であったと言う。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……つまりはユニゾンタイプでありながらアームドタイプでもある訳やね?」

 

 ようやく一同の動揺は収まり、シオンとイクスは自己紹介を行う。

 まずは師匠かららしく、イクスの方から紹介されていた。

 

【いや、正確には元はユニゾンタイプであるが、アームドユニットも組み込まれている、が正解か】

 

 さらりと答える。ちなみにイクス。人型では、銀髪銀眼、服も白銀の服を着ていた。

 さらに言うと、この場にも居るリインフォース‖(ツヴァイ)やアギトよりちょっと背が高い上に珍しい事に男性型であった。

 

「はぁー……」

 

 イクスの説明を聞きながら、はやては彼をためすすがめつ見て嘆息する。

 シャリオこと、シャーリーは目をキラキラと光らせていたが。

 

「イクス君については一先ず置いとこ。で、神庭シオン君?」

 

 視線が自分へと移るのを意識しつつ、シオンは、はいと答えた。

 

「自己紹介、してくれるか? 先ずは出身世界から」

「えー、神庭シオンって言います。出身世界は――なんか名前似てる人がいるからもしかしてと思いますけど、第97管理外世界。平たく言うとその地球、日本の出身です」

『『え――――!』』

 

 シオンの告白に皆、声をあげる。当たり前と言えば当たり前だなのだが。

 

「ま、待って! 地球にそんな魔法あるなんて知らないよ!?」

 

 皆を代表して、なのはが叫ぶ。地球、日本は、おもいっきりなのは、はやての出身なのだから。。

 その問いに、シオンは頬を掻きつつ。

 

「秘密組織と言うか何と言うか……。ぶっちゃけると世界の裏側じゃ結構使われてたんスよ。魔法って」

 

 あっけからんと答える。

 それには、流石にはやても目を丸くしていた。

 

「はぁー、何というか縁があると言うか」

「まぁ、世界の裏側で見えないようにして細々とやってたんで。まず一般の方々にゃわかりません」

 

 これまたあっさりとシオンは答えた。

 どうも、ミッドチルダに着いてから見慣れぬ術式に、こう言った質問が絶えなかったみたいである。

 

「術式の名前はカラバ式。戦闘スタイルは剣撃特化型の神覇ノ太刀です」

 

 シオンは続け様にさらさらと答える。が、はやては即座に口を挟んで来た。

 

「質問。なんや、そのカラバ式って?」

「んー……歴史を語るの面倒スから簡単に言うとミッド式と、ベルカ式ってあるじゃないですか? あれの両方を足して、2で割った感じっス」

 

 めちゃめちゃ適当な説明である。思わず一同深いため息を吐いてしまった。

 

「今詳しく聞くのはやめとこ。後で詳しーく、教えてもらおか♪」

「…………」

 

 その台詞に、非常にまずい事をしたのではと、しばし沈黙するシオン。

 何事も面倒くさがりはいけないものだ。

 

「で、これは本題なんやけど。なんでミッドや他の世界に?」

 

 その質問にシオンの顔つきが変わる。ぐっと何かを堪えた表情に。そして、その表情のままにシオンは答えを告げた。

 

「ナンバー・オブ・ザ・ビーストを、探しに」

 

 スバルとティアナが体を固くする。

 シオンの探し物、それが解る時が来たのだと理解したからだ。はやて達も目配せを巡らせ、続きを問う。

 

「それは、ちなみに何やの?」

「……人です。ただの人って訳じゃないですけどね」

 

 少しだけ顔を俯かせる。何故か、そこには哀しみがあった。が、それを振り払い、シオンは淀みなく答える。

 

「俺達の世界でも遺失物扱いの禁断の秘宝。『魔王の紋章』を盗み出し、揚句に暴走して世界を放浪する男。コードネーム:”ナンバー・オブ・ザ・ビースト”それが俺が探す存在です」

 

 シオンは迷わず言い切った。それに対し、イクスは何も言わずに宙に浮いたまま、だがその目に浮かぶは悲哀だった。

 

「それを……何で、シオン君が?」

「あれは、俺の大切な物を盗んでいったからです」

 

 苦々しい顔で話す。それは、あまりに痛々しい顔であった。

 

「それは何なのか、教えては貰えんのやろね」

「すいません」

 

 即座に答える。教えない、という事に関しての肯定の証であった。はやては、しばし息をつく。

 

「そんで? その男はどんな恰好してるんかな?」

「黒髪黒瞳。恰好も真っ黒で、目つきはやたら眠そうな感じです。そして……」

 

 シオンは続ける。その次の言葉は、はやて達に衝撃を与えた。

 

「666の文字を右手に刻んでいます」

『『ッ……!』』

 

 そこで、あの会議に出ていたメンバーが思い出すのは予言の内容、666の魔王。

 まさか、これとも関係あるとは……。

 

 ――これは、予想外の収穫やね。

 

 少なくともシオンは666の獣を知っている事になる……!

 

「……? どうかしました?」

「いや、なんでもないよ?」

 

 すかさず否定する。今の所、予言は機密事項なのだ。ここでは言えない。

 

「さて、重要な事、聞かんとな。シオン君。”因子”ってなんや?」

 

 単刀直入に、はやては問う。これは、最優先で聞かなくてはならない事であった。

 その質問に、暫くシオンは沈黙し――だが、ゆっくりと語り始める。

 

「あれは、世界を喰らう闇にしてある邪悪な遺思。そして、絶望」

 

 一息切って、続ける。

 

「アポカリプス因子。そう、呼ばれています」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 それは、一種のバグだったらしい。だが、ただのバグではなかった。

 ”世界”が作りだしてしまった異常。有り得ないはずの存在。

 それは世界を蝕み、世界を滅ぼし、世界を喰らう存在。世界に対しての絶対的な敵。”それ”は地球の、ある終焉の名前でこう呼ばれる事になる。

 

 ――アポカリプス、と。

 

「このアポカリプス因子は一種の生命体なんです」

「生命体!? あれが?」

 

 流石に驚きの声を、はやてが上げる。

 当然である。誰があれを生命体と思おうか。

 

「はい。精神生命体とでも言いましょうか……そういった存在です。問題なのは、このアポカリプス因子そのものには、一切の攻撃手段がない事です」

 

 一同、沈黙する。想像はしていたが、そこまでの存在とは。はやての額からも少し、汗が流れた。

 

「手の打ちようがない訳じゃあないんです。近くのものに感染すれば――俺達はそれを”感染者”って呼んでましたけど。それを殲滅すればアポカリプス因子も消えます」

 

 それは最悪の答え。つまりは、感染したらアウト、と言う事だ。

 

「……治療方は?」

「事例はたった一人だけ。でも、たった一人の成功例です。あてになりません」

 

 その答えを聞いて、場が暗くなった。それはろくな解決法が見つからないと言う事であったから。頭(かぶり)を振り、はやては気を取り直すと続きを促す。

 

「そか……他には?」

「いえ、アポカリプス因子に関しては俺に解るのはこれくらいです」

 

 ――シオン、嘘をついている。

 

 スバルは直感でそう悟った。理由は簡単である。

 何故、ナンバー・オブ・ザ・ビーストを追う彼が、何故アポカリプス因子感染者を追っていたのか。それをシオンは話してないからだ

 

 ――聞いても教えてくれないんだろうな。

 

 何となく、そう思った。

 

「どうやって感染するかは解るか?」

「それなら。アポカリプス因子に”喰われ”たらおしまいです」

 

 一瞬、辺りに沈黙が漂う。言葉の意味が分からなかった為だ。はやてが問い直す。

 

「どういう意味や?」

「詰まる所。あれは精神生命体で、そして群体なんです」

 

 つまりは――。

 

「体を覆い隠す程の因子に取り囲まれて、取り込まれる。これを俺達は喰われる。と、表現してます。この状態になると、感染します」

「……成る程なぁー」

 

 話しを聞き終わると、一同、ゆっくりと息を吐く。

 思った以上の話しだった。しばらく目を閉じ、最初になのはを。続いてフェイトを見る。二人共、頷いた。

 

「ん、シオン君。ありがとう。今の情報でかなり助かったよ」

 

 はやてが礼を言う。シオンはそれに、頬を指で掻きながら苦笑した。

 

「いや、司法取引ですし」

 

 そう返すシオンに、はやては微笑する。そして、皆へと振り返った。

 

「さて皆、今の話しどう思う?」

 

 問いかける。皆、各々意見はあるだろう。

 だがはやてはあえて自分の意見を言った。

 

「私は――放っておけんって思ってる」

 

 今の話しが本当ならば、言わば世界中の生命の危機である。それを念頭に置いて、はやては続ける。

 

「それで皆にも聞きたいんや。アポカリプス因子、皆も止めたいか?」

 

 その問いには流石にざわめきが起こった。だが、暫くすると、ざわめきは止まった。はやては続ける。

 

「怖い事や。本当に全ての世界の危機やからな。

それでも――だからこそ止めたいって思う」

 

 こんな恐怖を、普通に生きてる人には味あわせたく無い。そう、思う。皆も頷いた。だから――。

 

「だから、皆、もう一度私に力を貸して欲しいんや。この危機を、この恐怖を皆、一緒に止めて欲しい」

 

 そこで一旦区切り。

 

「お願いします」

 

 はやてが頭を下げる。しばし、沈黙が流れ――。

 

 ――駄目、なんか?

 

 そう思い、意を決して頭を上げる。そこには、皆、笑顔を浮かべていた。

 

「もー、今さらだよ? はやてちゃん」

「そうだよ?」

 

 なのはとフェイトが笑い。そして。

 

「「ね、皆!」」

 

 その叫びに弾けるような声が上がった。その場に居る全員が肯定の声を上げたのである。

 それを聞いて、はやては徐々に顔を綻ばせていく。

 

「みんな、おおきにな!」

 

 そして、クロノが最後に宣言を行った。

 

「ここに、クロノ・ハラオウン提督。並びにリンディ・ハラオウン総務統括官。そして、カリム・グラシア。さらに伝説の三提督を後見人として、”独立次元航行部隊”の設立を認める。責任者、八神はやて一佐」

 

 言われ即座にはいと頷く。

 目を合わせ、そしてクロノは頷く。

 

「任務内容。アポカリプス因子の感染阻止。並びにその調査。困難任務だが、君なら――君達なら出来ると信じている」

 

 ゆっくりと皆を見る。

いい目だ。そう思い、クロノは告げ。

 

「期待している!」

 

 敬礼をする。皆もまた敬礼を返したのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――凄い事になっちゃった。

 スバルはそう思う。シオンの話し、そして、それを契機にした独立次元航行部隊の設立。でも。

 

 ――アポカリプス因子……。

 

 そんな物に、”こんな筈じゃなかった”結果なんて出させない。スバルもまた拳を握りしめた。

 

「……で、シオン君?」

 

 盛り上がる会議室で唯一、黙ったままのシオンに、はやてが問い掛ける。

 シオンは思いっきり憮然としていた。

 

「……俺を嘱託魔導師にするってのはこれのせいスか?」

「うん……駄目かな?」

 

 シオンは暫くはやての目を見て、ため息を一つ吐く。

 

「誰かの掌の上ってのは正直気にくいませんがね……」

 

 だが、シオンはニヤリと笑った。盛り上がる面々を見て頷く。

 

「正直、面白そうだ」

 

 そして、一息に――。

 

「俺も部隊に参加します!」

 

 ――そう、宣言したのであった。

 

(第五話に続く)

 




次回予告
「独立次元航行部隊設立に伴い、忙しく立ち回る元機動六課の面々」
「その中でシオンは嘱託魔導師試験に挑むべく、三人の先生達に容赦無くしごかれ始めた」
「そして、嘱託魔導師試験が開始される――」
「次回、第五話『始める為に』」
「あの背中に追い付きたい。これは、その始まりを、始めるためのもの」


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第五話「始める為に」

「災厄に対して集まる力達。その準備はまるで嵐の前の静かさで。そして、シオンは私達の舞台に上がる為に”先生”達と修練の日々を過ごす。優しくも厳しい日々を。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」



 

 神庭シオン。

 

 魔力ランク(ミッド方式):S−。

 

 所有デバイス:イクス。

 デバイスタイプ『ユニゾンアームドデバイス』(八神はやて一佐命名)

 

 クラス(ジョブとも呼ばれる。ミッドでの陸戦や空戦といった分けかたに近い。なお。かなり細かく分けられている。):剣士。

 

 魔法術式:カラバ式。

 

 戦闘スタイル:剣撃特化型スタイル『神覇ノ太刀』

 

 カラバ式に関する考察。

 ミッド式や近代ベルカ式、古代ベルカ式のどれにも属さない術式。ただ近似としては古代ベルカより。

 対人戦というよりは、対巨大生物等のより大きな生物との戦闘を主眼に置いている。

 そこだけみればミッド式に近いが、ミッド式と違う点は、砲撃等による遠距離からの射撃ではなく、あくまで近接戦での戦闘を前提としている事である。

 ゆえに、その魔力使用も身体強化、並びに斬撃強化、打撃強化が計られ、また空間を『足場』と、する事で、空戦に於ける三次元的な動きが組み込まれている。

 なお、ミッドに於ける『レア・スキル』に近い物として、『アビリティ・スキル』があり。

 この『アビリティ・スキル』は魔力の大小。さらに戦闘スタイル。そして、魔力制御等の各戦闘技法にかなり影響を与えている。

 個人個人で保有しているスキルにもかなり違いが出ているが、神庭シオン曰く「人間が持ってる性能を修練により技能化したもの」との事なので、後天的技能と言える。

 

 神庭シオンの『アビリティ・スキル』

 

 『魔力放出・A+』

 魔法を介さず、魔力を放出する技法。この魔力は防御、攻撃追加、攻撃加速等、はば広く使用できる。余談になるが、それぞれスキルはランク付けされており、ミッドにおける魔力ランクと同じランク付けがされている。最高位はEX(実質の測定不能)で、こちらの呼び方はオリジナルとの事。

 

 『対魔力耐性・A』

 純粋な魔力に対する攻撃の耐性スキル。対魔法戦闘で、あくまで近接戦にこだわるカラバ式ではこのスキルの有無、大小はかなり明暗を分ける。

 Aは純粋な魔力攻撃ならばAランク以下の純魔法は全て耐えうる。だがあくまで純粋な魔力であり、副次作用を持つ攻撃には意味をなさず。また魔力による衝撃も消せない。

 

 『直感・A+』

 戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を選択するスキル。

 一種の第六感であり未来予知にも等しい。

 僅かな勝率の戦いでも無理矢理勝利する為の手段を”閃く”とも言える。

 

 『戦技変換・B』

 シオンと言うよりは所有デバイスであるイクスのスキル。

 戦闘時、自らのフォームを変換する事で、多彩な戦闘スタイルに変化できる。

 尚、元来はSSランクスキル。

 現在はシオンが”ノーマル”と、”ブレイズ”にしか変換できない為、Bランクにまで落ちてしまっている。

 

 『神覇ノ太刀』の技名並びに、その威力検証。

シオンの戦闘スタイル。神覇ノ太刀の威力のランク付け。

 ちなみに『魔力放出・A』による追加効果では各技の威力は1ランク上がる。

 

 『神覇・壱ノ太刀・絶影』。

 威力A+、速度S+。

 効果対象。1名。

 斬撃技。速さに特化した技でその速度が最大の特徴。尚、スキルによる恩恵もあり、威力は『シグナム一等空尉』の『紫電一閃』と、同等。

 

 『神覇・弐ノ太刀・剣牙』。

 威力B+、速度A。

 効果対象。1名〜4名。

 放出技。魔力で形成された斬撃を飛ばす技であり、近ければ近い程威力が上がる。剣砲とも呼ぶとの事

 

 『神覇・参ノ太刀・双牙』。

 威力A、速度B。

 効果対象。1名〜10名。

 放出技。地面を走る二つの斬撃を飛ばす技。

 ただ、技の特性状。空では使えず。また射程も低い。

 

 『神覇・四ノ太刀・裂波』。

 威力C、速度C+。

 効果対象。1名〜10名。

 放出技。掲げた剣を対象に衝撃波を放つ技。

 攻撃というよりは捕縛用の技である。

 尚、防御に組み合わせると、効果は絶大。

 また、威力によっては射撃魔法や砲撃魔法を跳ね返すことも出来る。

 

 『神覇・伍ノ太刀・剣魔』。

 威力S+、速度A+。

 効果対象。1名。

 突撃技。魔力を身に纏い、敵に突っ込む技。

 威力、速度共にかなり高いが、突撃技という特殊性の為、回避、カウンターを狙われやすい。

 

 『陸ノ太刀』以降は奥技ではあるが、今だシオンは習得していない為。ここでは割愛する。

 

 イクス『ユニゾンアームドデバイス』に対する考察。

 元来の名称は『イクスカリバー』

 だが本機の意向もあり『イクス』と略称で呼ぶ。

 元々は『ユニゾンデバイス』であるが、ユニゾンするための条件があまりに特殊過ぎる為(戦技変換におけるフォームチェンジの最終形態)。

 後からアームドデバイスとしての装備を取り付けられた。

 デバイスとして使用されている時は使用者と体(両手)の一部分のみユニゾンしている。

 尚、本機は元々はロストロギア扱いの物である。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ほらほら次、行くよー!」

「ッ!」

 

 なのはの宣言と共に、アクセルシューターの数が増える。

 それを、シオンはひたすらに回避しまくっていた。

 嘱託魔導師試験。実技模擬戦における家庭教師として、シオンは今、なのはに戦技教導をしてもらっていた。

 今は、そのなのはとの模擬戦の最中である。

 

 ――すごい。これ、全部かわすんだ……?

 

 涼しい顔でアクセルシューターを放ちながら、なのはは内心驚愕していた。

 シオンは今、一切の防御を取らず、身体を振り回して、シューターを回避していたのである。

 アクセルシューターの数、現在追加した分を含めて二十。

 ほぼオールレンジ攻撃と化したシューターを、シオンはひたすら回避し続ける。

 

「砲撃、行くよー!」

「ぐっ……!」

 

 一方で、シオンもまた、なのはに近づく事が出来なかった。

 攻撃濃度が高すぎる。正直、回避に専念しなければ今頃落とされていると言うのが現状だ。

 そこで、シオンはハタっと気付くと、身体を捻りながら回転し、空中に足場を展開して跳躍。その場からさらに離れる。

 

 ――気付かれちゃったか。

 

 なのはが笑う。今、シオンが気付いた場所には、設置型のバインドを仕掛けて置いたのだ。

 捕まえたら、直後に砲撃を叩きこんで終わりだっただろう。だが、構わずなのはは魔力を溜める。

 シオンはそこから『瞬動』を発動。

 なのはに急接近しようとして、しかし唐突に前方に足場を形成すると、足場にして、後ろに跳躍。

 直後、シオンの進行方向に、シューターが殺到した。

 

 ――あれも、気付くんだ?

 

 なのはの口元が緩む。大した空間把握能力である。

 

 ――でも、これならどうかな?

 

「ディバイーン……!」

 

 狙うのは、シオンの空中での着地点。なのはは、その一点を狙って魔力を放出した。

 

「バスタ――――!」

 

    −煌−

 

 砲撃の一撃が放たれる。

 光砲は、狙い違わず、シオンに殺到。だが、シオンは逃げなかった。着地と同時に空いた右手を振り翳した。そこに、光砲が直撃する!

 

    −撃!−

 

「っ――! 神覇四ノ太刀……!」

 

 左手でシールドを張り、光砲を堪える。直後に、シールドの内側へとイクスを叩きつけた。

 

「裂波!」

 

    −破−

 

 振動波が広がる。その波は、光砲を減衰させ、そして失速。掻き消してしまった。

 しかも、波の進行方向には、今まさにシオンを取り囲もうとしたシューターがあった。波と光射が衝突する。その結果は、相殺。

 シュータと波は同時に消え。

 そこをシオンは見逃さない。余波をかい潜るように、『瞬動』で一気に接近するとイクスを振り上げた。

 

「神覇壱ノ太刀!」

 

 なのはは既に眼前。そこに達した段階で、最速の技を放つ。

 

「絶影!」

 

    −閃−

 

 だが、そこでシオンは気付く。

 なのはのレイジング・ハートの先端には、既に光りが集束完了している事に!

 

「ッ!」

 

 漸く気付いたシオンは止まろうと形成した足場に足を叩きつけた。しかし、間に合わない。そして――。

 

「バスタ――――――!」

 

 二発目の光砲がシオンを飲み込み、完膚無きまでに撃墜されたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 「惜しかったね」

 

 なのはとの模擬戦が終わり、シオンはイクスを通常に戻しながら、その場にへたりこんだ。

 

 完敗。ものの見事に敗北してしまった。

 なのはが満面の笑みを浮かべながら歩いてくる。

 

「発想はよかったよ。バスターを弾いて、シューターを無効。こっちの守りはもう無いからね」

 

 なのはがシオンを褒める――本心だろう。だが、敗北した身としては欠点や至らない点も見えている。案の定、なのはは忠告して来た。

 

「けど、動きが直線すぎ。あれじゃあカウンター狙われちゃうよ?」

 

 まさしく今さっきカウンターを叩きこまれたのだ。シオンとしても黙ったまま頷く。

 

「うん、今回の課題はこんな所かな? ……それにしてもシオン君、すごい空間把握能力だね」

 

 なのはが言っているのは、自分が放ったシューターをシオンがひたすらによけまくった事だ。

 かなり高いレベルで空間を把握してなくては出来ない芸当である。

 

「……んー。ほら俺、空間に足場とか作るじゃないっスか? だから自分の周囲の空間の把握は絶対条件なんっスよ」

 

 肩で息をしながら言う。なのはも「そっか」と頷いていた。

 

 ――まだまだだな。

 

 そんななのはを見ながら、シオンは思う。自分の未熟さにちょっと呆れた、と。これで一人で戦おうとしていたとは。

 

 ――でも。

 

 シオンは一つの確信を得ていた。まだまだ自分は強くなれると言う事を。なのはとの模擬戦は、それを十二分に理解させてくれた。得た物も大きい。

 

 ――あの人に……。

 

「さて、次はフェイトちゃんの番だね」

 

 そこでシオンはピシッと固まった。

 シオンにとって一番苦手な時間が来たのである。

 同時に、訓練室へとフェイト・T・ハラオウンが入って来た。まさに時間ピッタリ、タイミングピッタリである。

 

「なのは、終わった?」

「うん。今終わった所だよ」

 

 なのはが満面の笑みで答える。フェイトもまた笑顔で頷き――。

 

「そっか。……なら、シオン?」

 

 そのままの笑顔で、シオンに声を掛けた。

 シオンがゆっくりと出口に向かおうと、最初の一歩を踏みだそうとしていた瞬間にである。

 固まったシオンに、フェイトはやはり満面の笑みで。

 

「お勉強……始めようか♪ それと、逃げようなんて考えないようにね?」

「……はい」

 

 ――この人からは逃げられまい。

 

 シオンは心の中で涙を流したと言う。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「へー。シオン。頑張ってるんだ?」

 

 ナカジマ家、スバルの部屋。

 元六課が解散した後、スバルは自宅に戻っていた。

 今は『独立次元航行部隊』による新たなる艦船に、自分の生活用品等を持ち込む為、いろいろ荷造りしていた所である。

 今現在、二週間後に『独立次元航行部隊』に異動するメンバーはおおあらわで引き継ぎを行っている最中であった。スバルも例外ではなく、所かしこを走り回っている。

 

《そうみたいよ。なーんか、なのはさん達から家庭教師って事で学科、実技の二種を徹底的にしごかれてるみたいね》

 

 念話しているティアナが笑いながら答える。

 内心はざまぁ見ろと言った所か。

 六課時代に散々味わった数々の教導を思い出し、スバルは苦笑いを浮かべる。

 

「うわ……シオン大変だねー。あ、そう言えばティア。私達の行く部隊名って聞いてる?」

 

 衣服をしわにならないように気をつけて畳みながらトランクに積めつつ聞く。

 

《そう言えば聞かないわね。艦の名前も聞いてないわねー》

「まさか、『アースラ』だったりして♪」

 

 スバルが笑いながら言う。アースラはかのJS事件の際、機動六課が乗り込んだ艦だ。ティアナはそれに呆れたような念話を返す。

 

《アースラは完全に廃艦。有り得ないわよ》

 

 JS事件後に退役となったあの艦は新旧合わせた乗組員一同の見る前で廃艦となった。だからこそ、有り得ないとあっさりと否定する。

 

「そっかー。気になるなー」

《ま、当日まで内緒なんでしょ。さて、そろそろ寝るか。アンタもさっさと寝なさい》

「はーい♪」

 

 スバルは頷き、荷物を積め終えたトランクを閉めると、布団に入った。

 

《それじゃあ、またね》

「うん。じゃあ」

 

 そして、二人は眠りの挨拶をかわす。まるで同じ部屋にいた時のように。

 

《オヤスミ》

「オヤスミー」

 

 直後電気が消え、スバルはぐっすりと眠りについた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ふ、フェイト先生、テスト、終わったっス」

 

 シオンは疲れきった声で、目前に展開されたウィンドウをフェイトに渡す。……いや、実際疲れたのだが。そのウィンドウには、嘱託魔導師試験における学科項目のテストが表示されていた。

 

「そう? どれどれ」

 

 そう言いながら、フェイトはウィンドウに目を走らせる。無言のままに採点していき、そして。

 

「……七十点。間違えた箇所、六問。シオン、解ってるよね?」

 

 その言葉にシオンがビクッ! となった。がたがたと震え出す。だが、フェイトはその反応を見遣り、次の一言をきっぱりと放った。

 

「間違った箇所、書き取り十回。合わせて六十回」

「嫌だ――!」

 

 フェイトの言葉にシオンは立ち上がり、扉に向かい全力疾走開始。だが、フェイトがパチリと指を鳴らすと、その場にすっころんだ。慌てて足を見る。すると、足首にいつの間にか設置型のバインドが掛かっていた。

 

「どこに、行くのかな?」

 

 ビクゥ! っと先の数倍もシオンの肩が跳ね上がる。

 そんな彼にフェイトは構わず、ゆっくりと近寄る。シオンは心底、恐怖した。

 

「い、いや。だって、ほら、もう三時間もしてますよっ!? ほ、ほらフェイト先生も疲れてるんじゃ!?」

 

 必死に叫ぶシオン。だが、フェイトは耳を貸さない。

 

「大丈夫だよ♪ 全然疲れてないから♪」

 

 どころかニッコリと笑って来た。とってもいい笑顔である。……シオンにとっては、ひたすら恐怖の笑顔だが。

 

「さ、続けようか」

 

 もはや、疑問符ですらもない。シオンは泣くように――と言うか実際泣きながら叫んだ。

 

「ご、後生です! これ以上はっ! これ以上はっ!」

 

 泣きながら、必死に拝み倒す。そんなシオンにフェイトは倒れた彼の前に移動し、目の前でニッコリと微笑んだ。

 その微笑みにシオンは一縷の希望を見出だし、ゆっくりと顔を破顔して。

 

「だ・め♪」

 

 フェイトの駄目出しを喰らった。

 

「いぃいやぁぁぁぁぁぁ――――――――!!」

 

 その切ない叫びは、本局に響き渡ったとか渡らなかったとか言う。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「お、来た来た。待っとったよー。……て、シオン君、どうしたん?」

 

 シオンが訓練室に入って来るのを確認して、微笑む八神はやて。だがシオンの様子を見て、さすがに心配そうな表情を浮かべた。

 

「うぅ……フェイト先生、もう、もう書き取りは……!」

 

 何故か涙を流しながら、譫言を呟いている。そんな彼に、はやては額から汗を一筋流した。

 

「ちょっ、シオン君? シオン君ー?」

 

 そこまで言われて、ようやくシオンは正気に戻った――戻るなり、目の幅程の涙を流して泣きついて来る。

 

「うぅ、はやて先生――――!」

「……なんか、私の番になる前、絶対フラフラやな。そんなにフェイトちゃん厳しいん?」

 

 答え。めちゃめちゃ厳しい。

 特にシオンは学科は不得意であったので、ここぞとばかりにフェイトはシオンに教え込んでいた。

 ある意味。気にいられているとは言えるのだが……。

 

「そ、その件についてはノーコメントで!」

「そうなん? なんや、めちゃ気になるなー」

 

 それはやめておいた方がいい。人間、普段は優しくとも怖い時と言うのは必ずあるものだ。

 

「ま、ええか。それじゃ始めようかー」

 

 その言葉に頷くシオン。こちらの授業もまた、かなり厳しいものがある為、気が抜けないのだ。

 

「さて、第一章から第二章まで永唱、開始しよかー」

 

 そして、シオンは目を閉じる。儀式魔法永唱開始。シオンはゆっくりと唱え始めた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 やがて、数日が経った。

 『独立次元航行部隊』に編入するメンバーは、それぞれ引き継ぎや部隊申請の為、疾走し。

 一人は来たるべき嘱託試験に対して、先生sにしごかれ。そして、試験当日が訪れた。

 

「さて、私が今回の嘱託試験の試験官を行う。クロノ・ハラオウンだ」

 

 試験会場に現れた人物に、シオンは唖然とする。

 その人物に見覚えがあったからだ。だが試験官は――クロノ・ハラオウンは、そんなシオンに構わず告げる。

 

「返事はどうした? 神庭シオン君?」

「と、すみません!」

 

 敬礼をしようとするが、クロノはそれを片手を上げて制止する。あくまで嘱託魔導師とは、民間協力者の延長線上の存在である。軍隊のような堅苦しい挨拶は必要無い。

 

「さて、試験の種類は知っているな? 最初は面接。次は学科を、その次に実技で儀式魔法の試験を、最後に模擬戦を見させてもらう事になる」

 

 試験内容を確認の意味も込めて、クロノは告げる。それに、シオンが頷いているのを確認。最後に一つ息をつき。

 

「以上だ。――頑張ってくれ」

「はい!」

 

 そうと言われ、シオンは元気良く返事を返した。まずは面接からだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「や、クロノ君♪」

「お、君達か……」

 

 現れた三人に、クロノが笑みを浮かべる。

 はやて、なのは、フェイトの三人が揃って歩いて来たからだ。

 

「なんだ? 神庭シオンの試験の様子を見にきたか?」

「ご明察や♪」

 

 即座にはやてが答える。

 やはり三人とも教え子の様子が気になっていたらしい。そんな彼女達にクロノは苦笑した。

 

「面接と学科の結果は、どう?」

「ああ、それなら問題ない。文句なしの”合格”だ」

 

 そこでフェイトの眉がピクリと動いた。ゆっくりと聞き直す。

 

「”満点”じゃあないんだね?」

「ん? ああ、その通りだが」

 

 妹の妙な気迫に、クロノは気圧された。こめかみを、一筋の汗がすべり落ちる。

 

「間違った所、後で教えてくれる?」

「ああ、でも何に使うんだ?」

 

 その質問に彼女は答えない。ただニッコリとした微笑を浮かべるのみだ。

 そんなフェイトの背後で、なのはとはやてが曖昧な笑みを浮かべる。

 何に使うか、大体検討が着いたからだ……シオンの明日を祈りたい。

 

「さて、なら今は儀式魔法の実技試験やな?」

「ああ、儀式魔法は、はやてが?」

 

 勿論、とはやてが答える。

 

「お、始まるぞ」

 

 クロノの言葉に、皆試験が行われている訓練室を見る。

 そこではシオンが広域に魔法陣を展開していた、永唱が始まる。

 

「アイン・ソフ・アイン。アイン・ソフ・オウル……」

 

 鍵となる永唱をシオンは繰り返す。

 それに比例して、ゆっくりと魔力光が強くなった。訓練室が、シオンの魔力光――白銀で満たされる。

 

「そう、それでええ♪」

 

 そんなシオンを見て、はやては頷いた。焦る必要は無い。儀式系の魔法に求められるのは、何より集中だ。規模が大きい為、ともすれば冷徹とも言える冷静さを要求されるのである。そして、永唱は続く。

 

「炎の民よ。それは太陽が最も輝く日、豊饒の祈り、願う夏の日、則ち火の日なり、則ち炎が猛る日なり。猛ろ。猛ろ、猛ろ、猛ろ猛ろ猛ろ猛ろ! 祭りはここに始まる――炎の日を祝うために!」

 

 一息区切り、シオンは目を見開くと同時に足元の魔法陣が拡張する。シオンが右手を上げると、そこに火が灯った。

 

「――民よ、夏至の祭に炎の中で踊れ!」

 

 叫びと共に呪文の結尾を結び、炎を纏った右手を足元に展開した魔法陣に叩きつけた。そこから一気に炎が膨れ上がる!

 

「炎界(ムスペル)!」

 

    −轟!−

 

    −爆!−

 

 直後、天を衝かんばかりの炎の柱が、魔法陣より伸び立ったのであった。

 

「……これは、合格だな」

 

 クロノが一人ごちる。残るは実技、模擬戦のみ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 本局第六訓練室。空間シュミレーターにより展開された森の中、そこにシオンはいた。

 

 ――最終関門。

 

 実技試験、模擬戦。

 面接、学科、儀式魔法、共に手応えを得たシオンは、イクスを握る手に力を込める。これを通れば合格する、と。そう思い。

 

【あまり気負い過ぎるな】

 

 だが、そんなシオンにイクスから声が掛かった。

 相棒の言葉に、シオンもまた息をつく。確かに、肩に力が入り過ぎるのはよくない。むしろ得意分野であるのだから、リラックスするべきだと。小さい声で礼を言い、苦笑した――と、同時に前方に魔法陣が展開した。ベルカ式の魔法陣であるだ。

 

 俺の相手……。

 

 その魔法陣から現れたのは女性であった。

 髪はポニーテール。手には魔剣レヴァンティン。

 顔は美しくも凛々しく、一降りの剣を彷彿とさせる。その名をこう呼ぶ。

 『ヴォルケン・リッター、烈火の将、シグナム』、と。

 

「待たせたな」

「いえ」

 

 シオンは否定する。多分に緊張していたので逆に助かったのだ。そんな彼を見てとったのだろう。シグナムは微笑した。

 

「では、早速だが始めるとしよう」

「はい!」

 

 シオンが頷き、どちら共なく、距離をとるため短く後ろに跳んだ。

 数歩の距離を挟んで対峙する。

 

 どう、来る?

 

 シオンの額に汗が浮かぶ。目の前の女性、間違いなく強い。

 その強さを、彼は肌で感じていた。シグナムがレヴァンティンを鞘より抜き放つ。静寂が辺りを包み、そして。瞬間、互いに距離を詰めた。

 

「ハァッ!」

「だぁぁッ!」

 

    −戟!−

 

 互いに一撃で相手を打ち倒さんとばかりに初撃から全力の一刀を交わす。真っ正面からぶつかりあった剣撃は、衝撃波を辺りにぶち撒ける。だが、そこで止まらない。

 二人は僅かに後退し合うと、まるで申し合わせたように、幾度も剣をぶつけ合った。シオンがパワーで押すように大剣を放てば、シグナムは技で弾き返す。互いに会話するように剣撃を交え、シオンの顔には笑みが浮かんでいた。

 

 おもしれぇ……!

 

 シオンは紛れも無く歓喜していた。目の前の女性の腕前は、間違いなくエース級である。そんな彼女の技量に純粋な感動と、それに追い縋れる自分。

 どれもが楽しくて仕方ない。シグナムもまた笑っていた。

 

「レヴァンティン!」

【エクスプロージョン!】

 

 シグナムが叫ぶなり、レヴァンティンは応え、カートリッジロード。魔力を込めた弾丸が吐き出される。

 同時、刀身に炎が巻き付いた。大上段に構える。

 

「紫電――」

「っ!」

 

 シグナムがとった構えを見て、すかさずシオンもまた、腰だめにイクスを構える。あれは生半可な一撃では無い。必殺の一撃、それが来る。だから。

 

「神覇、壱ノ太刀――!」

 

 彼もまた、自分が最も信頼する一撃を放つ事を選択した。そんなシオンに、シグナムは頷くように、更に魔力を注ぎ込む。刀身の炎が倍加した。

 

 シグナムは静かに。

 シオンは荒々しく。

 

 しかし、互いに剣を構え――そして。

 

「一閃!」

「絶影!」

 

    −戟!−

 

    −轟!−

 

    −裂!−

 

 次の瞬間、互いの剣撃がぶつかり合い、本日最大となる衝撃波が訓練室を奮わせたのであった。

 

 

(第六話に続く)

 




次回予告
「ついに始まったシオンの嘱託魔導師試験!」
「実技の相手は、烈火の将、シグナム。技量のレベルが違う彼女との戦いは、シオンをあっさりと追い詰めていく」
「シオンは果たしてシグナムに勝てるのか。そして、試験の結果は――?」
「次回、第六話『その名は』」
「少年は確かに成長していく」


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第六話「その名は」

「最初に剣を持ったのは、六歳くらいの時だった。ただ奮いただ振るい、でも、いつも何か掴めない気がしてた。けど、今なら何か掴める気がする。舞台に上がる為に必要な事。あの背中を追う為に必要な事。今、それらは俺の中では存在しない。ただ俺は語り合いに夢中になっていく。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 剣音が響き渡る。それは、まるで一つの音楽を彷彿とさせた。

 時空管理局嘱託魔導師試験。実技模擬戦。

 神庭シオンはヴォルケン・リッターのシグナムと剣劇を演じていた。

 

「おぉ!」

 

 吠える。届けと。そして大上段に構えた自らの大剣型のデバイス、イクスを振り下ろす――しかし。

 

「ふっ!」

 

 その斬撃は、あっさりと斬り流されてしまった。

 一撃の重みはシオンが上だが、シグナムの技量は半端ではない。

 この技量の差は簡単には埋められない。一撃を斬り流したレヴァンティンがそのままシオンの首を狙う。シオンは後退し、ぎりぎりで躱した。そのまま、数メートルも下がる。だが、シグナムは待たない。

 

「レヴァンティン!」

【エクスプロージョン!!】

 

 ロードカートリッジ。片刃の剣型アームドデバイス、レヴァンティンの柄がまるで引き金を弾くように上下から重なり合う。そして、レヴァンティンはその姿を変えた。

 連結刃。その名の通り、連なり結ばれた刃が伸長し、蛇の如く身をくねらせてシオンへと襲い掛かる!

 

    −閃!−

 

「ぐっ……!」

 

 正面から飛来したレヴァンティンを、首を反らせてなんとか躱す。しかし、レヴァンティンはそのままシオンを包囲し、さらにその首を擡げて全方位から殺到した。このままでは、やられる!

 

「っの! 四ノ太刀、裂波!」

 

    −波−

 

 叫びと共に振るわれたイクス――片刃の大剣型デバイスから空間に波紋が広がり、襲い掛かるレヴァンティンを一斉に叩いた。一瞬だけ包囲が緩み――同時に、開いた隙間からシオンは全力で飛び出す。

 瞬動だ。そして、行き先はシグナムの眼前。

 連結刃の状態のレヴァンティンは直ぐに戻す事は出来ない。その隙を突き、疾走する。そして、勢いのままに斬撃を放つ!

 

    −戟!−

 

 渾身の一撃、しかし放たれたイクスは、シグナムの左手に握られた鞘によって受け止められていた。

 

「ぐっ!?」

「はぁぁっ!」

 

    −撃!−

 

 直後、怯んだ隙に、蹴りを顔に叩き付けられた。

 体勢を崩すシオンへと、更に連結刃を解除したレヴァンティンを叩きつける。

 だが、その刃をシオンはがむしゃらに、しゃがむ事でやり過ごした。同時にイクスを翻し、真下からの斬撃を放つ――が、シグナムはその場で後ろに倒れ込むように宙返りを敢行し、斬撃を躱した。

 そして、シグナムは体勢を整える為に、シオンはイクスを引き戻す為。互いに、間が開いた――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「やるものだな」

 

 管理局本局第六訓練室。今、神庭シオンの嘱託魔導師試験の模擬戦が行われている部屋の前で、高町なのは、クロノ・ハラオウン、フェイト・T・ハラオウン、八神はやてが観戦していた。

 いや、クロノは試験官なのだが――完全にギャラリーとなっていた。

 

「うん、ちゃんと教えた通り出来てる」

 

 なのはが嬉しそうな声をあげる。今のシオンとシグナムの立ち会いは、彼女にとって満足のいくものであったか。

 

「シオンって前、なのはとの模擬戦じゃ結構アクロバティックな事してたよね? 試験じゃ、あまり派手な動きしてないけど――あれは、なのはが?」

 

 そんななのはに、フェイトが尋ねる。

 いつかの模擬戦で、シオンは、カラバ式の特徴である空間に足場を形成してのアクロバティックな動きを使っていた。だが今回はその使用頻度が少なかったからだろう。なのはは、フェイトに頷く。

 

「うん。あの動きはかなり隙が大きいから、滅多な事じゃ使わないように教えたんだよ」

 

 実際、なのはとの模擬戦では攻撃を躱した直後に生じた隙を突かれての撃破が多かったのだ。その為、試験までの期間、なのははシオンに一切の足場形成を禁じた。

 その甲斐があったのか、シオンは足を地につけての安定した戦い方を覚えていった訳だ。

 

「流石やね、結構シグナムが戦い辛そうにしてるし」

「何事も安定した戦い方というのは相手にとってはやりづらいからな」

 

 はやてとクロノが感心したように頷いた。しかし、とクロノは続ける。

 

「神庭シオンはシグナム相手に接近戦のみで戦うつもりか? 技量の差は身を持って解っただろうに」

「ううん、あれでいいんだよ」

 

 そんなクロノの疑問になのは首を振った。そのままきっぱりと言う。

 

「技量の差があるからこそ、前に出て戦わなきゃ。後ろに下がると後は一方的にやられちゃうだけだから」

 

 成る程と、一同は納得したように頷いた。

 高町なのは。自分より上の存在との戦闘を数多く行い、その全てを制した言葉はとても説得力があった。

 

「なのはさーん!」

「あ、スバル、それにティアナも!」

 

 唐突に呼ばれ、そちらに振り向くと見慣れたコンビがこちらに駆けて来るのを一同は見た。スバル・ナカジマと、ティアナ・ランスターである。近くまで来た二人に、なのはは笑顔になりながらも、疑問を放った。

 

「どうしたの? 引き継ぎとかいろいろ忙しいんじゃない?」

「いえ、たまたま時間が空いちゃいまして。ね、ティア?」

「ん……そうね」

 

 にこやかに答えるスバルに、ティアナが投げやりな返事を返す。

 確かに、奇跡的にこの忙しい中、たまたま時間が出来た。

 だが、いつの間にやら元相棒が本局に来ていて。

 まぁ時間あるからと、話しをしていたら、いつの間にかここまで来ていたのである。スバル、なかなかの確信犯っぷりであった。

 

《この借り、楽しみにしてなさいよ?》

「あは、あははー」

 

 ティアナのかなりドスの効いた念話に、冷や汗をかきながら渇いた笑いを返すスバル。その様子を、なのは達が疑問符を浮かべながら見ていると、またまた聞き慣れた声が来た。

 

「お、なんだオメー達も来てたのか?」

 

 今度はヴィータとシャマル、リインフォースⅡこと、リインとアギトである。模擬戦の相手がシグナムだから観戦に来たのか。

 

【なのはさん達も応援に来たですかー?】

 

 リインの問いに、なのはも微笑みながら頷く。そして、こちらも同じ質問を返した。

 

「うん。リインもかな?」

【はいです♪】

 

 こちらの問いにリインも元気よく答えてくれた。そんな彼女に微笑しながら、ヴィータが続く。

 

「ちなみにあたしはちび二人の引率な?」

 

 笑いながら言うと、横からアギトが嫌そうな顔をヴィータに向けた。

 

【ちびってのは、あたしの事か!】

 

 聞くまでも無い問いであるが、一同笑顔で誤魔化す事にした。……つまらない事で、誰も燃やされたくは無い。

 

【ちなみに、あたしはシグナムを応援すっからな!】

「わーった。わーった」

 

 ヴィータの気のない返事に、さらにヒートアップするアギト。ちなみにシャマルは完全な冷やかしらしい――しかし。

 

「……すごい人数になってきたな」

 

 クロノの呟きに、なのはもあははと苦笑いする。

 その直後に、さらにエリオとキャロが合流するに至って、クロノは声を上げた。

 

「待った待った! 流石に人数が多過ぎる。確か、ミーティングルームの空きがあったはずだからそこに移動しよう!」

 

 どう考えても通路にこれだけ集まるのは異様である。この提案は至極真っ当なものであった。当然皆に異論がある筈も無く、一同『は〜〜〜〜〜〜い』と、頷いたのであった。

 

 クロノ・ハラオウン。二児の父である働き盛りの青年は、ますます保護者気質になっていたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ふむ……」

 

 シオンと対峙し、シグナムは息を一つ吐く。今の剣撃で、シグナムの中でのシオンの評価は、筋はいい――で、あった。だがそれ故に。

 

 ……これ以上は酷か?

 

 そう思う。シオンがなかなかの使い手だった為に、シグナムもつい楽しくなってしまって、決着を長引かせてしまった。

 だが、自分とシオンの間には、技量にかなりの差がある。

 これ以上は、はっきり言って勝負にならないだろう。

 

 さて、どうやって……ん?

 

 ふと、違和感を覚えてシオンを見遣る。シオンの顔に浮かぶもの。そこにあるのは――笑みだった。

 獰猛な、獣のような笑み。だが、その笑いを。その目を。シグナムは純粋な子供のようだと思った。

 

「楽しいな!」

 

 笑いながら話しかけてくる。それは、シグナムが思い描いていたシオンの感想ではなかった。

 シグナムの予想では、技量の差にかなり追い詰められていると思っていたのだ。だが――。

 

「アンタと戦ってると――」

 

 シオンがイクスを振りかぶる。大上段だ。シグナムはすぐに反応するのを忘れ、だが瞬時にレヴァンティンを受けに構えた。

 

「――自分が強くなっていってるって――」

 

    −轟−

 

 魔力が吹き上がる。シオンの足元から膨大な勢いでだ。それは、一気にその身を加速させた。

 

 だが……!

 

 今までも、シオンは斬撃に魔力放出を乗せて威力強化を計っていた。

 その一撃もシグナムは受け流していたのである。もはや通用する筈も無い――その筈だった。

 だが、シオンの放出していた魔力は、今までのようにただ放出されるのではなく、一つの流れのように束ねられていた。

 

 そして、激流のようにイクスと共にシグナムに叩きつけられる!

 

「――実感できるっ!」

 

    −撃!−

 

「がっあ……!」

 

 撃音。凄まじいまでの撃音と共に叩き付けられた一撃を、シグナムは受け流せず数メートルも吹き飛ばされた。

 

「なん、だ……今のは?」

 

 なんとか着地して、シグナムは呆然とシオンを見た。その顔に浮かぶのは相変わらずの笑み。

 だが自分と先程、剣撃を繰り広げていた時とは明らかに違う。それは、魔力だ。

 魔力放出。シオンのアビリティースキルだが、シオンは今までとまるで違う方法でその魔力を用いていたのである。

 

「まだだっ!」

 

 呆然とする彼女に構わず、シオンは瞬動でシグナムに接近する。疾い。

 次は右からの斬撃だ。レヴァンティンを防御に向けながら、シグナムは見た。

 シオンから吹き出ている魔力、それが足元から螺旋を描き、そして、刀身に巻き付いているのを!

 

    −戟!−

 

「ぐっ――っぅ!」

 

 シグナムは受け止めこそしたが、その衝撃に顔をしかめる。重い、先程より、遥かに。

 先程の一撃は、技量も何もかも無視せんとするばかりの一撃であった――そして。

 

「お……っ! おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 連撃。遥かに重い斬撃が連続して、シグナムに襲いかかる!

 

「くぅぅぅぅっっっ!」

 

 だが、ヴォルケンリッターの将も伊達では無かった。明らかに重くなったその連撃にレヴァンティンを叩き付け、凌ぐ。凌ぐ凌ぐ凌ぐ凌ぐ凌ぐ凌ぐ……!

 だが耐えきれなかった。ついに、シオンの斬撃はシグナムの防御を抜けて、右の脇腹に叩きこまれたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「何だあれ!?」

 

 ミーティングルームでそれぞれ観戦していた面々だが。いきなりのシオンの攻勢に一同ア然としていた。

 戦技教導をしていた、なのはがぐっと息を飲む。

 

「最初に教導する前に――」

「なのは?」

 

 フェイトがなのはを見る。彼女はそれに構わず、手元のコンソールを操作し、あるデーターを出した。

 

「これ、シオンの……?」

「うん」

 

 問いになのはが頷く。最初に戦技教導をする前に、彼女はシオンからの情報。そして、技等を確認した後、データーを作っていたのだ。それを呼び出したのである。

 

「彼にはアビリティースキルって言うのがあってね? さっきのはコレ」

 

 データーの表示を下に持って行き、その場所を皆に見せる。

 そこには『魔力放出A+』との表示と、それに対するなのはの個人的解釈が載せられていた。

 

「まさか、こういう風に使うなんて」

「どう言う事だよ。全然訳わかんねぇ」

 

 データ自体は見たが、まだよく分からないのだろう。実際、なのはもシオンの戦技教導をやっていなければ分からなかったに違い無い。ヴィータの疑問になのはは頷いた。

 

「シオン君はね、最初はただ吹き出した魔力を……そうだな――まるでロケットの推進器みたいに使ってたの」

 

 なのはがロケットの絵――まぁ、かなりデフォルトされてはいる。を、描き、その下に火が吹き出している絵を描く。

 そして一同に見せ、それぞれ頷いたのを確認した。

 

「でも、今シオン君が使ったのはちょっと違うんだ。今はまるで一つに束ねるようにして使ってる」

「えっと……それ、何か変わりあるんですか?」

 

 まだ微妙に分かりづらかったのか、スバルが質問する。が、今度はヴィータがなのはの説明で理解したのだろう。代わりに答えた。

 

「例えばだな? 水道をただ出すのと、指で押さえるの。どっちがより多く飛ぶか、考えてみろ」

 

 あ、と一同が目を見開く。そう、当然ながら指で押さえられたホースの水は圧力で遠くに飛ぶ事になる――。

 

「そう、おおざっぱに言って、そんな感じだよ。ただ、他には螺旋のように渦を巻く事によって回転エネルギーとかも纏めてるって所かな?」

 

 成る程と一同、納得し頷いた。しかし、ただ……と、なのはは呟く。

 

「これを、もし模擬戦で考えついたとしたら……」

 

 それは異常な事だ。危地に陥った時。今まで出来なかった事が急に出来た――と言う事は、まぁある。

 だが、これは今まで出来なかった事では無い。今考えついた事だ。はっきり言おう。これは異常な成長速度であった。

 

 シオン君……君は。

 

 なのははモニターに目を戻す。そこには、立ち上がろうするシグナムが居た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 私……は?

 

 朦朧とする意識で、だがシグナムは立ち上がろうとする。

 自分が何故、ここに倒れていたのか、全くわからなかった。

 

「っ……!」

 

 軽く頭を振り、朦朧とする頭を起こす。顔を上げると、目の前にはシオンが居た。

 

 そうか……私は……。

 

 シオンの斬撃をまともに喰らい、地に伏していた。

 思い出して、シグナムは顔をしかめて、打たれた箇所を手でなぞる。非殺傷設定にされているデバイスは、刃引きがされておりかつ、肉体的なダメージとしてはあまり残らない。痛みはあるが、それくらいだ。

 だが、これは模擬戦である。これが実戦だったらと考えると、震えが出て来た。

 

「な? おもしれぇだろ?」

 

 シオンが問うてくる。その問いに、何を言っているのだろうとシグナムは思っていると、シオンは笑いを苦笑いえと変えた。

 

「気付いてねぇのか? 自分が笑ってる事に」

 

 言われ、シグナムは呆然となった。私が笑っている? しかし、レヴァンティンの刀身を鏡にして見ると、それが真実だと気付いた。確かに、自分は微笑している。

 

「もう一度言うぜ? おもしれぇだろ?」

 

 再びの問いに、彼女は噛み締めるように言葉を反芻した。

 そう、自分もまた楽しんでいる。何より、目の前のシオンの成長に、そしてそれに立ち向かう事に。

 

「ああ、楽しいな」

 

 微笑はついにはっきりとした笑みに変わった。

 その笑みは、あまりに穏やかで。そして、互いに近接の距離まで移動する。

 もはや二人に模擬戦だの試験だのといった”諸事情”は頭から綺麗さっぱり無くなってしまった。

 今は、ただ剣を合わせる事のみ。そして――再び、剣がぶつかりあう!

 

    −戟!−

 

「っ……!」

 

 叩き付け合った二つの剣は、しかしシオンに軍配が上がる。その一撃にシグナムは押された。

 彼の一撃は、もはや受け流す事も容易ではない。

 しかし、シオンの中で何かが変わったように、シグナムの中でもまた何かが変わりつつあった。

 自身の魔力を意識する。シオンのような真似はシグナムには出来ない――だが、似たような事は出来る!

 カートリッジロード。それを自身の基礎魔力の瞬間的向上に使用し、そして体内を流れる魔力をある一つの流れとして使う。

 流れに乗るようにして、逆袈裟からの斬撃を放つ。同時に下から斜めへ重心を移動させ、そして魔力を重心と共に流れるように剣に乗せた――。

 

    −撃!−

 

 轟撃! ついにシグナムの斬撃はシオンの一撃と同等の威力で放たれた。

 だがそこで終わりでは無い。剣が触れた合った所でさらに重心を移動。

 シグナムはシオンには未だ出来ぬ技法で斬撃を放つ!

 

    −裂!−

 

「っ……くっ!」

 

 そして、シオンの一撃が後ろに弾かれた。そのまま後退する。

 そんなシオンを見て――自身が為した、新たなる技術の獲得にシグナムは笑みを強くした。

 

「どうだ? 私もまだまだ強くなるぞ」

 

 その言葉にシオンは一瞬ポカンとし、直後に彼もまた笑いを強める。

 

「本当にスゲェな、アンタ!」

 

 その笑顔のなんて邪気のない事か。シグナムもまた似たような笑みで頷いた。

 

「そういや名前、聞いてなかったな」

 

 ぽつりと言う、確かに自分も名乗っていない事にシグナムも気付いた。

 

「済まない。今からでも名乗らせて貰おう。ヴォルケン・リッター炎の将、シグナムだ」

「うん……ありがとう。そして、シグナム」

 

 そこで一息区切る。ゆっくりと息を吸い、そして吐いた。ぐっと息を飲みイクスを構える。

 

「貴女に心からの尊敬を」

 

 その言葉に二人共、笑い――。

 

    −戟!−

 

 ――再度、剣を叩きつけあったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「何をやってるんだ、あの二人は?」

 

 クロノが呟く。モニターに映る二人は一切離れず、他の魔法を使用する気配すらない。

 それは模擬戦ではなく、まるで騎士の決闘を思わせた。

 

「ありゃあもう二人共試験って事は頭にねーな」

 

 ヴィータが呆れたように言う。それに、はやても笑いながら同意した。

 

「そやね……に、してもシグナム、何か斬り方とか変わった?」

 

 モニターに映る二人の剣戟に、はやては疑問符を浮かべる。それに、なのはもまた頷いた。

 

「多分、魔力を身体の中で束ねて流してるんだと思う。これで威力の差は無くなったね」

 

 つまりはシオンに有利だった点が無くなったと言う事だ。

 案の定、次第にシオンの斬撃が弾かれ、二、三歩離される。

 シグナムはさらに踏み込み、シオンに追撃をかけた。

 

「――これは、もう決まったかな?」

 

 シオンの手数に対して明らかにシグナムの手数が増える。技量の差が出てきたのだ。

 

「……善戦したがな」

 

 クロノが惜しむように呟いた。実際、あれだけ開いていた技量をこの一戦だけで縮めたシオンを見れば、惜しむのもむべなるかなと言ったところか。

 

「えっと、ハラオウン提督」

 

 呼ばれ、クロノがそちらに振り向く。そこには立ち上がりながらも、顔を俯かせるスバルがいた。

 

「スバル?」

 

 その様子になのはがスバルを呼ぶ。だが、スバルはそれには返事をせず、クロノへと話しを続けた。

 

「シオン、負けたら試験失格でしょうか?」

 

 それが問いたかったらしい。スバルの意図に気付き、クロノは苦笑を浮かべた。

 

「それは――」

「おいおい」

 

 答えを告げようとしたクロノの台詞を遮るようにヴィータから声が上がる。そこには驚愕が微かに入っていた。

 

「どうしたの……っ?」

 

 何事があったのか、なのはが尋ね。だが、モニターを見た瞬間、絶句する事になった。

 

「あいつ、この一戦でどこまで強くなるつもりだよ……?」

 

 ヴィータと、なのはが見るモニターの先には、シグナムと”互角に切り結ぶ”シオンがいた――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「違う――こうじゃない」

 

 シオンは、シグナムと剣をぶつけながら、一人ぶつぶつと呟く。

 シグナムとの間に、もはや一撃の重さの差はなく。そして、その技量にシオンは押されつつあった。だが――。

 

「違う。ここで、こうやって――」

 

 さらに切り合いながら、自身の斬り方、角度や体重の乗せ方を変えていく。それは、シオンの斬撃に変化をあたえつつあった。

 

 ――先程より、後退しない。剣も弾きにくくなっている。

 

 シグナムも、また一人ごちる。感じているのだ。目の前のシオンの成長を。今、シオンはシグナムの太刀筋を真似たりしながら、重心の変化等の技量も取り込みつつある。

 それはつまり、二人の隔絶した差があった技量が埋まっていっている事を意味していた。

 

「こう、だ!」

「く……っ!」

 

    −戟!−

 

 放たれる一撃に、シグナムは一撃を返す――と、まるで鋼が絡み合うような音が響いた。

 そして甲高い音を立てて、二人が弾き飛ばされる。

 

「つっ――!」

「うぉっ!」

 

 互いに、二歩、三歩と下がり、しかしシオンもシグナムも止まらない。前に出て更に斬撃を叩き付け合った。音が絡み合う――シオンも、シグナムも一歩も下がらない!

 ここに至り、二人は完全に互角と相成った――だが。

 

「まだだ」

 

 シオンが呟く。それは自らの技量の改善。

 為していく。成していく。

 それは相手を、シグナムを通じて行われる自らとの対話。身体をどのように捻ればよいのか?

 力をどのタイミングで入れればよいのか?

 刃の角度は?

 対話する。対話する。

 そして、その対話はシオンに確かな成長を促した。

 

「ふっ、う!」

 

    −閃!−

 

 シオンが左から腰だめに斬撃を放つ。対するシグナムは上段からの一撃。

 剣が重なり、だが、今度は音は鳴らず――そして、その一瞬は起こった。

 シグナムは目の前の光景をみる。自分の一撃が為した結果を。

 シオンとの一撃が重なり合ったその瞬間。

 シオンはシグナムのレヴァンティンを中心として、イクスを当てながら横向きに”回転”していた。

 

「……」

 

 絶句する。重みを感じない――いや、そもそも剣が触れ合っているという感覚がない。

 合気。シオンは剣でそれを行っていたのだ。シグナムの一撃が触れた瞬間、完全な形で斬り流し、更にシグナムの一撃の力をそのまま回転ベクトルへと変換したのである。

 例え話しをしよう。バケツに水をくんで縦に回転してみると、段々重さが無くなる。

 理屈としてはそれと同じ。だが、果たしてそれを剣で行えるのか――?

 

 そして、シオンが地面に降り立った、その瞬間。

 

    −撃!−

 

 訓練室に豪音が鳴り響く! シグナムは十メートル以上も吹っ飛ばされてしまった。

 シグナムの斬撃の威力。そして、シオン自身の斬撃。それらが全て重なり合った結果だった。

 シグナムはポカン、としている。シオン自身もだ――今、自分は一体何をした?

 集中しすぎて自分が何をしたのか、出来たのかを理解できない。

 だが、その顔は会心の笑みを浮かべた。

 

「へへっ。どうよ?」

 

 シグナムに尋ねる。彼女もまた、こちらを見遣っていた。それを確認しながらイクスを構える。

 

「俺もまだまだ強くなるぜ?」

 

 その言葉に、シグナムもまた微笑みを返す。今の一撃は何だ? それは今思いついたのか?

 聞きたい事は山とある。しかし、それは言葉を介して聞くものではなく、刃を重ねて聞くものだから。

 だからシグナムは言葉の代わりに、レヴァンティンを構えた。

 

 二人の戦いは最終局面を迎える――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「えっと……ちなみに今の、誰か解る人居ますか?」

 

 スバルが尋ねる。だが、誰も答えない。

 シオンが今シグナムに対して使った合気の事である。果たしてあれは何なのか。

 

「後で聞いて見なくちゃ、ね」

 

 なのはもまた顔を強張らせながら頷く。そうしながら思うのは神庭シオンと言う少年に対しての疑念であった。本当に一体、何者なのだろう。

 試験前と試験後では明らかに別人なのは間違いない。

 更に、その成長に引っ張られるようにシグナムもまた強くなっていた。

 

 二人の戦いは、今や互いの斬撃のみの戦いから通常の魔法戦へと移行している。

 まるで、今までの斬り合いを実戦として使えるかどうかを試すようにだ。

 

「……」

 

 その戦いを黙って見ながら、なのはは思わず自分の手をギュっと握りしめていた。

 戦いたい。そう思ってしまう。

 かつて大怪我をおった事もあり、全力での模擬戦等は控えている。

 だが今、なのははモニターに映る少年と戦ってみたくなっていた。

 あのような戦いを自分もしてみたい。命を賭けるでもなく、信念をぶつけ合う訳でもなく。純粋な戦士として、あのような戦いが出来たならば果たして、どのようなものが見えるのか? それを知りたくなっていた。

 横を見る。ヴィータもモニターをずっと見ていた。その表情を見て、やはり自分と同じ事を考えていると悟る。

 モニターに目を戻す。中の二人の戦いは舞踏のようなものへ変化していた。

 手と手を取り合う代わりに、剣を重ね。そして斬り”結ぶ”。

 踊る。踊る。ステップは歩法。そして、踏み込みはターンだ。

 シオンはまるで背に手をやるように優しく。だがそれとは似ても似つかない。斬撃を放つ。

 シグナムはそれに応えるかのように、もう片方の手を握るように儚なげに。だが、それと似ても似つかない斬り流しを行う。

 二人の表情は絶えず微笑み。それは凄絶とも言えるはずの戦いなのに、何故か華麗な踊りを反芻させた。

 

「これ、が?」

 

 そして――ティアナはその戦いを見て、誰にも聞かれないように一人ごちた。

 これがあの少年か? ――と。

 表情を見る。戦ってるはずなのに、その表情は優しい微笑み。

 最初に見た少年の表情は不敵。次に見た表情は落胆と失望。その次は意地とムキになった顔。そして、今は微笑み。

 何故か胸の奥でキュンッとしたものを感じた。

 

「……?」

 

 それが何なのか、ティアナには解らない。

 

「神庭シオン……」

 

 ただ自分でも知らず。名前を呟いた――。

 

 そして、その横で、スバルもまたモニターに釘付けとなっていた。

 だがその表情は何故かちょっと曇りがちであった。

 シオンが怪我をするのが心配なのか? 当たり前だ。でも今の思いとは違う。

 もしくは試験に落ちる事が心配なのか? それもそうだ。でも今の感情とは違う。

 

「何だろ……?」

 

 スバルもまた一人ごちる。シオンの表情を見て、優しい微笑みを見て、自分は何を考えた?

 

 ……羨ましい?

 

 近い感覚ではそれである。だが、決して違う心の動きであった。

 

「……?」

 

 それが何なのかスバルには解らない。二人の少女がその感情の名を知るのは、もう少し先の事であった。

 

「もう決着か?」

 

 ヴィータが呟く。モニターの中の二人は共に肩で息をしている。

 魔力も殆ど残っていまい。

 

「そやね……それにシグナムの持ってたカートリッジも残り少ないやろ」

 

 はやてもまた頷き、モニターに注視した。

 決着が着く。この、戦いに。ある意味に於いて勿体ないとも言える時間が終わりを迎える――。

 それぞれ思う事がありながら。一同はモニターに集中した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 互いに十歩の距離を挟んで離れる。二人共息は上がっており、魔力もほぼ枯渇した。

 だが、その表情は微笑みのまま。続けたかった。ずっとずっとこの”語らい”を続けたかった。

 だが、どんな時間でも必ず終わりは来る。シグナムが空薬莢を排出し、残りの残弾三発を装填していく。シオンはそれを見つめて、イクスを持ち上げた。

 

「それで、ラストか?」

「ああ……カートリッジはこれで終わりだ」

 

 装填が終わる。そして、シグナムもまたレヴァンティンを持ち上げた。

 

「次の一撃で、終わりだ」

「……」

 

 その言葉に、シオンは堪らなくなってしまう。表情に出たか、シグナムは苦笑した。

 

「そんな顔をするな。私まで寂しくなる」

「でも」

 

 まるで子供のように、シオンは呟く。シグナムは、まるであやすように言葉を重ねた。それは自分にも言い聞かせている事だったか。

 

「だから、次の一撃は今までで最高の一撃としよう」

 

 その言葉に、どれだけの意味が込められていたか、シオンは悟り、ゆっくりとだが頷く。

 そして、二人共黙った。もはや言葉はない。要らない。だって刃が語ってくれるから。

 二人は最後の”語らい”を交わす為に、己の武装を構える。

 

 最後の一撃は、互いのもっとも信頼する技で。

 

 二人共、声を介さずに、しかし頷き合う。どちらとも無く、そうしようと理解し合っていた。

 ゆっくりと、ゆっくりと近付く。

 

「レヴァンティン」

【エクスプロージョン!】

 

    −轟−

 

 三連カートリッジロード。同時に、シグナムの身体から魔力が炎となって吹き出した。

 シオンはまるでそれに応えるかのように、イクスの名を呼ぶ。

 

「イクス」

【フルドライブ!】

 

    −破−

 

 シオンの身体からもまた、魔力が一気に放出。二人の魔力は、正眼に構えられた剣に注ぎ込まれる。そして、一瞬の微笑みを交換し――二人は同時に駆け出した。

 互いに放つは、己が最も信頼する一撃!

 

「紫電――」

「――壱ノ太刀」

 

 全く同時に剣を振りかぶる。今、互いに放つ技は――掛値なしに最高の一撃!

 

「一、閃っ!」

「絶、影っ!」

 

    −轟!−

 

    −裂!−

 

    −破!−

 

 互いが互いに放った一撃は、その余波を周りにぶち撒け、訓練室どころか、本局そのものを揺るがしたと思わせる程の衝撃となる。

 

 そして、刃は一瞬の交差を交わし――。

 

 二人は背中を合わせて五歩の距離を挟んだ。

 

 やがて、片方は倒れ。片方は立ったまま――そう、立ったまま。

 そして、それがそのまま決着となったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンは朦朧としながら目を覚ます。目に映るは真っ白な天井であった。どっかで見た天井だな、とか愚につかない感想を抱く。

 

「あ、起きたわね」

 

 声がかかる。そちらに振り向くと、見覚えのある女性がそこに居た。確か、彼女は……?

 

「シャマル、さん?」

「うん、そうよ。良かったわ、すぐに気がついて」

 

 そう言われながら、水を出される。有り難く戴く事にし、一気に飲み干した。

 なんか、前にも同じ事があったな――と、そんな事を思う。

 そして、あの時と同じようにコンソールを操作し通信する。

 その間、シオンが思い出すのは模擬戦。決着はついた。シオンは気絶して、医務室行き。それが意味するものはただ一つだ。

 

 ……負けた、か。

 

 嘆息し、ただ、認める。しかし、シオンの表情は晴々としていた。

 あの一戦。あの語らいだけでも、試験を受けた甲斐はあったと。

 そして、戻って来たシャマルと話す。その会話も前と似た感じではあった。

 ここまで同じような感じと言うのも面白いなと、シオンは一人ごちる。

 そうこうしてると、扉が開いた。違うのは、ここからだ。

 

「おいおい……」

 

 ぞろぞろと入って来る一同に、シオンは驚くよりも呆れたような声を漏らした。

 模擬戦を見物に来ていたメンバーが勢揃いで来たのだ。呆れもしよう。

 

「何です? この、大人数は」

「皆、心配したんだよ? シオン君、いきなり気絶しちゃったから」

 

 シオンの問いに、なのはが答えてくれた。まぁあれだけ盛大にぶっ倒れたのだから分からない訳では無いが、それでも良く知らない野郎相手に、そんな心配をするとはお人よしにも程があろう。それに。

 

「いろいろ忙しいんじゃなかったんですか? 部隊申請とか引き継ぎとか?」

「ま、そこは蛇の道は蛇言うてな♪」

 

 はやてがにこやかに答えてくれた。……どんな手段を使って時間を作ったのか。ものすごい興味はあるが、聞けない。と言うか聞いてはいけない気がした。何となくだが。

 他に身体の具合とか、いろいろ話す――と。

 

「……?」

 

 ふとおかしな感じを覚えて、シオンは部屋を見回す。さっきから、何か違和感を感じていたのだが、よく見るとスバルが後ろの壁に引っ付いていた。

 短い付き合いだが、こう言った時には真っ先に間近に来そうなものだが――。そして、ティアナ。

 皮肉の一つも言ってこないとは、どう言う事なのか。

 

 ……まぁ、いいか。

 

 妙に気になったが、今は置いておく事にした。それより先にやらねばならない事がある。

 シオンは、なのは、フェイト、はやてに向き直ると頭を下げた。

 

「……すみません」

「え? え? シオン君、どうしたの?」

 

 三人共目を丸くする。何故謝られたのか解らないかった。だが、シオンは頭を上げずに続ける。

 

「いえ……試験、落ちちゃって」

「え?」

 

 シオンの言葉に、皆一様に疑問符を浮かべ、そしてその”誤解”に気付いた。

 

「えと、シオン君?」

「いやもう本当、あんだけいろいろ教えてくれたのに」

「あの」

「最後の最後でポカやらかして」

「いや、だから」

「本当、情けないと言うか」

「ちょっと」

「いや、でも模擬戦自体は面白かったと言うか、すっごい、いろいろ掴めたし」

「だから」

「えっと、だから、ありがとうございます。あぁ、でも。学課の追試だけは勘忍を……勘忍を!」

「はぁ」

 

 結局、皆はただ溜息をつき――やはりと言うか、クロノに後を任せる事にした。

 彼は苦笑いを浮かべながらシオンに近付く。

 

「神庭シオン」

「えと、あ、はい!」

 

 クロノに呼ばれた事でシオンは我を取り戻した。返事を聞いて、そのまま続ける。

 

「試験の結果だが」

「……はい」

 

 シオンもまた居住まいを正す。クロノは試験官であったのだ。きっちりその口から結果を聞く必要がある。息を吸い、そして吐く。覚悟を決めて、言葉を聞いた。

 

「合格おめでとう。これから、頑張ってくれ」

「………………はい?」

 

 今、何と言ったのでせう?

 

 言われた内容がよく解らず、シオンは小首を傾げた。確か、自分は負けて――。

 

「――ちなみに、模擬戦の合格は勝敗で決める訳じゃない」

「……」

 

 ようやくシオンは、自分の勘違いに気付いた。唖然とした表情から、首から耳まで真っ赤になる。そして。

 

「っ……! だぁ――――――っ!」

 

 そう、自分の馬鹿さ加減に全力で吠えたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 数日後、時空管理局本局。そして、新たな次元航行艦に、はやて達を始めとした元六課メンバー。そして、新たな少隊メンバー達――。

 ――何故か、スバル達と親し気なのか、仇敵なのかよく解らない会話をしてた少女達。そして、神庭シオンが乗り込んでいた。

 一同が集まれる場所は食堂しかなかったのか、そこに集合する。

 新部隊設立の挨拶が、部隊長であり艦長の八神はやてからあるのだ。皆が集まる中で、はやては堂々と向き合う。

 

「皆さん、お久しぶりです。今回の独立次元航行部隊の指揮を任せられた、八神はやてです。皆さん、この部隊の設立目的は聞いたやろうけど。私達はこれからアポカリプス因子の感染阻止。そして、この因子の調査が任務となります。……大変な任務です。でも、あの事件を乗り越えたメンバー達。そして、才能溢れる新たな前線メンバー。この、皆ならどんな任務でもやり遂げられる。そう、信じてます」

 

 そこで区切り、食堂に集まったメンバー達一人一人を見るようにゆっくりと視線を巡らせた。そして。

 

「皆さん、必ずこの任務。やり遂げましょう!」

『『はい!』』

 

 はやての挨拶の締めに、皆元気良く返事を返した。それを聞いて、はやては満面の笑みを浮かべる。

 

「そんでな。この艦の名前なんやけど、実はまだ決まってないんや。そこで。皆に決めて欲しいって思うんやけど……?」

 

 どうやろ?

 

 そう聞く。すると、皆申し合わせたように顔を見合わせ、そして、笑った。そう言われたなら、答えは一決まっている――。

 

「もう、決まったみたいやね♪ それじゃあ。この艦の名前は〜〜〜?」

『『アースラ!』』

 

 事情を知らないメンバー以外が、綺麗に声を合わせる。はやてもそれに頷いた。

 

「それじゃあ皆、頑張って行こうか♪ 各員持ち場に着いて――そして、新生アースラ出航や!」

『『了解!!』』

 

 そしてその日、思い出の艦の名を継ぐ新たなる艦が本局より初出航を果たしたのであった。

 

 

(第七話に続く)

 




次回予告
「ついに出港した新生アースラ!」
「その中で、案の定と言うべきか、なのはが提案したのは例によって例のもの」
「果たして、その結果は――?」
「次回、第七話『二回目の始まり』」
「互いの実力を知る為には、模擬戦が一番です」
「やっぱりか!」


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第七話「二回目の始まり」(前編)

「ついに出航したアースラ。そして、その中で集まった力達は自らの力を確かめる為に剣を重ねあう。そこには憎しみも悲しみも。信念のぶつかり合いもない。ただ強くなろうとする思いがこめられて。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 独立次元航行艦『アースラ』

 かつての次元航行艦アースラの名を継いだ艦。

 その特務性の為か、移動性(次元航行速度の事)に特化した性能を持つ。

 従来の管理局主流の次元航行艦より、およそ25%以上の移動性を持つが、代わりに武装の殆どを積み込んでおらず。防御性能もかなり低い。

 武装はアルカンシェルのみ。防御もSランク以上の砲撃には障壁が持たない。その性能を移動性と積載性に費やしているから当たり前だが。

 なお、独立次元航行部隊の名前通り。この艦は、許可つきで全管理内・外問わず。世界全てに介入可能。

 さらに個人と本局間での転移も認められている。

 なお、艦船には高性能AIが搭載されており。インテリジェントデバイスのそれに匹敵する。

 八神はやて一佐の許可付きでユニゾンデバイスでもある。リインフォースⅡ空曹長とのリンクによるワンマンオペレーティングが可能。

 だが武装はワンマンオペレーティング状態では使用不可。実質、時空管理局最速の艦である。

 

 『アースラ』に於ける主要スタッフ。

 ロングアーチ1。

 八神はやて一佐/部隊長/艦長。

 ロングアーチ2。

 グリフィス・ロウラン事務官/副長/副艦長。

 ロングアーチ3。

 シャリオ・フィニーノ執務官補佐/管制。

 ロングアーチ4。

 アルト・クラエッタ一等陸士/管制、及びヘリパイロット2。

 ロングアーチ5。

 ルキノ・リリエ事務官補/操舵手。

 他管制及び、設備士官。

 

 前線メンバー。

 スターズ少隊。

 スターズ1。

 高町なのは一等空尉/少隊長/教導官。

 スターズ2。

 ヴィータ二等空尉/副少隊長/教導官。

 スターズ3。

 スバル・ナカジマ一等陸士。

 スターズ4。

 ティアナ・ランスター執務官補佐。

 

 ライトニング少隊。

 ライトニング1。

 フェイト・T・ハラオウン執務官/少隊長。

 ライトニング2。

 シグナム一等空尉/副少隊長。

 ライトニング3。

 エリオ・モンデアル二等陸士。

 ライトニング4。

 キャロ・ル・ルシエ二等陸士。

 

 N2R少隊。

 N2R1。

 ギンガ・ナカジマ陸曹/少隊長。

 N2R2。

 チンク・ナカジマ三等陸士/副少隊長。

 N2R3。

 ノーヴェ・ナカジマ三等陸士。

 N2R4。

 ディエチ・ナカジマ三等陸士。

 N2R5。

 ウェンディ・ナカジマ三等陸士。

 

 セイヴァー。

 神庭シオン嘱託魔導師。

 備考:神庭シオンは正式な局員ではないため、少隊に編入させるのではなく、状況、及び作戦等でそれぞれ各少隊の前衛人員として入ってもらう。

 アーチャー。

 ヴァイス・グランセニック陸曹長/ヘリパイロット1/武装隊後衛狙撃手。

 備考:元来はヘリパイロットだが、状況、及び作戦等で各少隊後衛人員として入ってもらう。

 

 ブルー

 リインフォースⅡ(ツヴァイ)空曹長/前衛管制。

 備考:状況と作戦等で前衛管制とユニゾンデバイスとしてヴィータ二等空尉、並びに八神はやて一佐とのユニゾンを行ってもらう。

 

 レッド。

 アギト三等空士。

 備考:状況、作戦等でシグナム一等空尉とユニゾンしてもらう。

 

 『アースラ』

 備考:1、独立次元航行部隊の権限で各駐留魔導師や結界魔導師に協力を要請できる。

 

 2、独立次元航行部隊の権限で艦長の責任で、独自の判断で行動が許される。なお、独立次元航行部隊に命令する事が出来るのは秘匿コードAAA以上での命令のみである。

 

 3、独立次元航行部隊と、任務の特性状。保有魔力制限に左右されない戦力の保有を認める。

 

 任務内容:広域次元災害『アポカリプス』に於けるアポカリプス因子の感染阻止並びに当該因子の調査。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「さて、前線メンバーはこれで全員かな?」

 

 初出航を果たしたアースラ。

 そのアースラの中には広大な訓練施設がある。アースラは現場での魔導師を投入しての戦闘を前提として設立された部隊だ。それ故に、訓練施設はかなり広大なものを用意されているのである。

 そこに各少隊に別れて、前線メンバーが集結していた。

 

「それじゃあ、各員、自己紹介してもらおうかな?」

 

 なのはの言葉に従い。各自、前に出てコールサインと戦闘スタイル。保有スキルを発表する。

 シオンも自分の自己紹介を終え、フゥと息を吐いた。

 N2Rの面々は全員ナカジマ性を名乗っていたので気になっていたのだが――全員養子らしく、そこで得心がいった。

 

「全員、終わったかな? コールサインは必ず覚えてね。さて、それじゃあ……シャーリー?」

 

 なのはの呼びかけに応じて「は〜〜い」と眼鏡をかけた少女が出て来た。

 確か管制担当の少女だったっけ? と、シオンはロングアーチ組のメンバーを思い浮かべる。

「彼女はデバイスマイスターでもあるの。それでね、皆のデバイスの調整もしてくれるの」

「はい。度々訓練にお邪魔すると思いますけど、どうかよろしくお願いしまーす!」

 

 シャーリーが元気よく片手を上げて挨拶する。少隊メンバーはそれを苦笑まじりで眺めた。

 

「さて、じゃあこれから訓練に入りたいって思うけど。戦闘スタイルや保有スキルなんて、聞いただけじゃあ解らないよね?」

 

 その言葉にシオンは頷く。なにしろ、まともに戦闘を見た事があるのは、なのはとスバル。シグナムだけであるからだ。

 

「でね? 親交を深める意味も兼ねて、各少隊での模擬戦をしたいと思います」

 

 ……親交を深めるのに何故に模擬戦?

 一同、冷や汗まじりに思う。確かに必要な事ではある。だが、親交を深めるのに模擬戦はなかろうと思うのだが――。

 一部、うんうんと頷く、某烈火の将は置いておく。

 

「あ、あれ? どうしたのかな? 何かおかしいかな?」

 

 いや、まぁ。だが、それを言うのは憚られるし、さらに言うと必要な事ではある。

 アポカリプス因子感染体。通称『感染者』はいつ現れるか解らないのだから。各自、スキルの把握等は出来るだけ早いほうがいい。

 疑問符を浮かべるなのはに皆で揃って「いやいや大丈夫です。おかしくないですよ〜」と誤魔化しに入った。

 高町なのは。何がとは言わないが、基本的にそういった部分は昔から変わらないものである。

 

「そっか。うん♪ それじゃあ早速始めようか? シャーリー?」

 

 なのはの言葉に再度「はーい」と、片手をあげて返事をすると、近くの空間に投影したコンソールを操作する。

 すると、訓練室そのものが拡大し――そして辺りにビルが立ち並んだ。これは……?

 

「これ、六課の時の……」

 

 旧六課メンバーが呟く。それに、シャーリーが胸を張って頷いた。

 

「そうでーす。六課にあった、なのはさん完全監修の訓練施設。それをアースラに積めこんだんですよ♪」

 

 空間に結界を張り、任意の広さにまで広げるシステムすら追加されている。心底贅沢な訓練施設であった。

 

「あ、そうだ。シオン君は今日はN2Rに入ってね?」

 

 続くなのはの言葉にシオンは頷く。こちらの面々とは認識がないから少し戸惑ったが。

 

「さて、それじゃあ各員質問は? なかったらこのまま模擬戦に入るよ?」

 

 問い掛けた後、皆をしばし眺める。誰も質問しなかった。なのはは、満足気に頷く。

 

「ないみたいだね。それじゃあ模擬戦、始めよっか!」

『『はい!!』』

 

 なのはの言葉に一同、一斉に頷き、各チームにそれぞれ別れて簡易なブリーフィングを開始した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……で、チーム戦と言う訳なんだけど」

 

 N2R少隊の隊長、ギンガ・ナカジマが少隊の皆を集め、作戦会議を行う。

 N2Rの面々は家族だ。故にスキル等の問題はない。

 N2R。かつてJS事件でその力を奮った、ジェイル・スカリエッテイの作品群、戦闘機人。ナンバーズ。

 彼女達は事件終了後、ミッド地上の保護施設で更正プログラムを受けていた。

 そして、プログラム終了後、チンク、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディの四人はナカジマ家に引き取られたのだ。

 その直後に管理局入局。元来ならば、士官学校や各訓練校に通い、その後で、任務につくはずだったのだが。

 今回の事件を鑑みて、部隊長の八神はやてがスカウトした――と言う訳だ。

 閑話休題。

 そう、家族達に問題はない。今問題なのは外の要因――つまり。

 

「俺、チーム戦初めてなんだけど」

 

 セイヴァー、神庭シオン。彼にはチーム戦の経験が――少なくとも、ここでは無かった。

 元々は一人で戦い続けた為、集団戦闘という概念そのものが欠如しているのである。

 頭を抱えるギンガに、ノーヴェがハンっ! と息を吐いて、シオンを睨みつける。

 

「ギンガ姉ぇ。こんな使えねぇ奴。ハナッから数に入れなきゃいいじゃんか?」

 

 人の性格は変わらないもの。相変わらずのノーヴェの台詞にギンガは苦笑した。

 

「そう言う訳にはいかないわよ」

「でもウチ達の連携の邪魔になったんじゃあ話しになんないっスよ?」

 

 ウェンディもノーヴェに続く。ギンガは次にチンクに目を向けると彼女もヤレヤレと苦笑いを浮かべていた。

 

「でも、確かにノーヴェの言う事も確かなんだよな」

「……そう言われてもね」

 

 N2Rの面々がうーんと頭を悩ます――と、肝心の人物であるシオンが手を挙げた。

 

「提案があるんだけど」

 

 その台詞に、なになに? と集まって、ほしょほしょと話す。

 そして、シオンの提案を聞いた皆は一同揃って呆れた顔をする事になったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「それじゃあ模擬戦を始めたいと思います。第一戦はスターズ対N2R。……準備はいい?」

『『はい!』』

 

 皆から返事が返る。それを聞いて、なのはは頷き、片手を挙げた。

 

「それじゃあ――レディ……」

 

 なのはの言葉に一同、構えを取った。そして――。

 

「ゴー!」

 

 スタートの合図が鳴った。

 

「よし。じゃあまず……っ!?」

 

 ティアナがスバルにポジションの確認を取ろうとした、その瞬間に彼女は絶句させられた。何故なら開始早々、神庭シオンが突っ込んで来たからだ。

 

「シオン!」

 

    −撃!−

 

 突貫して来たシオンにスバルが迎撃に向かうなり、即座にリボルバーナックルに包まれた拳を繰り出した。

 放たれる拳を斬り流して斬撃を放つシオン。しかし、プロテクションで弾かれる。

 直後に、ティアナから放たれたマルチショットがスバルを援護する。だが、シオンはその場から動かない。

 

「何考えて――っ!?」

 

    −爆!−

 

 直後、ティアナの放ったマルチショットが爆裂する。

 チンクの放った、スティンガーによって全て迎撃されたからだ。

 さらにチンクの横からギンガとノーヴェが現れる――だが。

 

「シュート!」

 

    −閃−

 

 上空に居たなのはから放たれたアクセルシューターが、二人へ一斉に襲いかかって来た。

 向かい来る無数の光弾に、ギンガとノーヴェは乱数回避を行いながら何とか躱し続け、なのはに接近しようとする――が、あまりに攻撃濃度が高すぎた。たまらず一度下に下りる。近付け無い。

 とどめとばかりに、ヴィータが追撃をかけてくる。

 

「っ!?」

 

    −煌!−

 

 だが唐突に前方から砲撃が飛来し、回避する為にブレーキを掛け一時停止させられた。ディエチの砲だ。

 

 ――やるじゃんか。

 

 ヴィータは表情には出さずに、称賛した。なかなかのチームワークである。流石、元ナンバーズ、うまく連携が取れている。

 神庭シオンがいる事で連携の邪魔になる可能性もあったのだが――。

 こちらの追撃が止まった事を確認して、チンクがスティンガーを放った。

 

    −爆!−

 

 ランブルデトネイターによる爆発が引き起こり、煙幕がぶぁっと広がる。

 直後、ギンガがヴィータに突っ込み、拳を叩き込こんだ。

 それをヴィータはシールドで弾く――が、ギンガはそこで止まらない。拳を叩き込んだまま、シールド破壊を試みようとする。しかし、直後にティアナからの援護射撃で飛んで来て、ギンガはシールド破壊を諦めた。

 一時後退。ギンガは再び煙幕の中に戻る。それと入れ代わるようにノーヴェとシオンが突っ込んで来た。

 

「させない!」

 

 しかし、スターズの連携もさるもの。ヴィータの横からスバルも駆け付ける。スバルにはノーヴェが、ヴィータにはシオンがそれぞれ向かう。

 

「壱ノ太刀、絶影!」

 

    −閃−

 

    −撃!−

 

 シオンの斬撃をヴィータはシールドで防ぎ、そのまま後退。

 その直後に、なのはが放っていたシューターがシオン達を襲う――だが。

 

「私を忘れちゃあ困るっスよ!」

 

    −破!−

 

 ウェンディが放ったマルチショットが、アクセルシューターを迎撃する。まるで弾と弾の追いかけっこのように、弾が交わり合う。

 その上、なのはには長距離からの砲撃が襲いかかった。

 当然回避されるが、これはなのはの集中を遮る為だ。

 シューターへの集中が切れれば、なのはへ接近できる。

 シオンは、後退したヴィータの追撃に向かう――と見せかけて、ティアナへと駆けた。

 シオンはその戦闘スタイルから、遠間からチクチクやられるのは嫌いな為に、ティアナをまず迎撃しようと考えた訳だ。

 

「甘い!」

 

 だが、そんなシオンに、ティアナは迷わず迎撃開始。多数のスフィアを作りだし一斉に放つ!

 

「クロスファイアー……シュート!」

 

    −閃!−

 

 総計二十発の光弾がシオンとノーヴェを襲いかかった。

 ノーヴェは回避を諦め後退。だが、シオンは止まらない。

 その場で真横にジャンプすると、まるで壁があるように三角跳び。そこから直角に急激な方向転換を交えてティアナに突っ込む。

 カラバ式の特性である空間への足場の設置。それを利用した直角の乱数回避だ。

 

 ――もらうっ!

 

    −閃!−

 

 棒立ちするティアナに迷わず、斬撃を放つ――! が、斬撃はティアナを突き抜けて空を斬った。そのままティアナの姿が消える。

 

「げ! 幻!?」

「でぇぇい!」

 

    −撃!−

 

 隙が生じたシオンを見逃す筈も無く、今度はヴィータが突っ込んで来た。ブースターから激しく火を吹き出させて、轟速のラケーテン・ハンマーを叩き込む!

 シオンは慌てて、シールドで防いだ。が、ハンマーの突起がシールドを貫いていく――持たない!

 

「ブチ抜けぇ!」

「っ――! 四ノ太刀!」

 

 ついにシールドが貫かれる。その瞬間、シオンもまたシールドへイクスを叩きつけた。防御が持たないのならば、残された手段は一つしかない。

 

「裂波!」

 

    −破−

 

 シールドを内から叩き壊し、空間に振動波が放たれる。それはヴィータを捕まえた。彼女の動きが一瞬だけ止まる。

 その隙に、シオンは後退開始。させじと追撃を掛けようとするスバル、ティアナだが。直後にチンクが放ったスティンガーによるランブルデトネイターが発生し、追撃を阻止されてしまった。

 N2Rは後退を完了し、そして仕切り直しとなった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「うまく行くものね……」

 

 一時後退したシオン達と合流したギンガは一人ごちる。何故に連携戦闘の”れ”の字も知らないシオンがこれ程うまく連携を組めたのか?

 何の事はない。シオンは一切連携戦闘をすると言う事を考えていない。それだけであった。つまりは。

 

 ――始めっから連携なんて俺、考えずにいくから。援護等は勝手にやってくれ。

 

 これがシオンが出した提案である。当然、ギンガ達は呆れた。だが、まぁ無理に援護をやらせて自分達に攻撃がくるのもいただけない。

 なら、自分達がシオンに合わせてやればいいのかと作戦は決まり――ノーヴェは文句を言っていたが――結果、予想外に上手くいったと言う訳だ。

 

「なんだお前、そこそこやるじゃんか!」

 

 ノーヴェが横のシオンの肩をばっしばっしと叩きながら満面の笑みで褒める。シオンは痛いわ! と怒鳴りながら、一緒に駆け抜けた。

 

「さて、次はどうする?」

「向こうに攻めさせるのはよくねぇな」

 

 チンクの問いにシオンは答える。何しろ本当はチーム戦はこちら――と、いうか自分――は、ずぶの素人なのだ。

 攻めさせたら間違いなく瓦解し、確固撃破がオチである。

 

「なるたけ先手を打ち続けようぜ。向こうに攻めさせたらチーム戦じゃ、まず勝てねぇだろ」

「君以外なら大丈夫なんスけどねぇ♪」

 

 ウェンディが持ち前のIS:エリアルレイブでシールドの上に座って駆けながら、意地悪そうな目で言う。それには、流石にシオンも肩を竦めた。

 

「まぁ仕方ないよな――と言うかウェンディ。それ楽そうだな。私も乗せろ」

「嫌っス♪」

 

 横でイチャついてんだか喧嘩してんだか解らない姉妹に苦笑いしながらシオンもまた走る。そこでディエチから念話が入った。

 

《向こうはポジション相変わらずのまま。どうする?》

 

 それを聞き、ふむと皆で頭を悩ませる。安定した戦い方であるポジションを常に選択しているとなると、こちらではまともな方法では崩せまい――なら、”まともでない方法なら?”

 

「皆、耳貸せ」

 

 シオンがニヤリと、それはもう人が悪そうな笑いを浮かべる。そんなシオンの顔を見て、N2Rの面々は、ああこいつ絶対にSだと確信に至ったのであった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 変わって、こちらスターズ少隊は、変わらず適正なポジションを維持していた。

 スバルがフロントアタッカー。

 ヴィータがガードウィング。

 ティアナがセンターガード。

 そして、なのはがフルバック。

 元々はFA、CGが二人いる訳だが、そこはヴィータとなのはが上手くカバーしていた。

 

《さて、なのは。次あいつ達、どんな手で来ると思う?》

《そうだね。普通なら人数で勝る分。さっきみたく手堅く真っ正面からだけど……》

 

 だが向こうは問題を抱えている。先程の戦闘、上手く連携できていたように見えていたが、実際はシオンに合わせていただけである。

 次に同じ手で来たとしても、なのはとヴィータは落とせる自信があった。そして、それは向こうも理解しているはずである。

 

 ――さて、どんな手でくるか……?

 

 そう思って進んで行くと、開けた道路に肝心の少年をスターズ一同は見つけた。距離を数十メートル離れた所にシオンが一人立っていたのである。ここで現れる意味と言えば。

 

《陽動ですか?》

《かも。でもあんまりにもわかりやす過ぎなような……!?》

 

    −轟!−

 

 直後、スターズ全員を狙って砲撃が叩き込まれた。ディエチの砲撃だ。

 それと同じくして、ノーヴェ、ウェンディが突っ込んで来る――。

 

 ――? 陽動でもない?

 

 砲撃を回避しながら、それぞれポジションを取るも、なのはは怪訝そうに眉を潜めた。だが、迎撃しない訳にもいかない。

 リーダーであるなのはは、皆より後ろ寄りに位置取りし――その時、シオンが笑った。ニタリと。

 まるで、悪ガキが渾身の悪戯に成功したがごときの笑み。

 だが、シオンが企んでいたのはそんな”可愛いらしい”ものではなかった。

 そして、その直後、なのはの真横にあるビルが震えた――彼女は絶句する羽目となった。

 

    −破−

 

 ……えっ!?

 

 ビルが崩れて来たのだ。自分に向かって!

 さらに、ディエチからの砲撃がビルの側面に直撃し、角度が修正される。

 それは、なのはと他のスターズメンバーの間に落ちる角度であった。そう、まるで自分達を分断するように――!

 

「っ――!」

 

 そこで、ようやくなのははシオンの狙いに気付いた。仮想シミュレーターのビルは、例え倒れてその真下にいたとしても肉体的にダメージにはならない。精々が痛みと動きが疎外される程度だ。

 

 だが、”障害物”にはなるのである。

 

 崩れたビルは道を塞ぎ、チームと自分を分断するだろう。合流は難しくないだろうが、そのタイムロスが痛かった。何せ、向こうはこちらより人数が多いのだから!

 なのはは全力で、自分の少隊の元に飛翔する。既に他のメンバーはノーヴェ、ウェンディ、そして後から合流したギンガと交戦中であった。

 

 ――まだ間に合う!

 

 確信しながら、なのはは崩れ落ちるビルをくぐり抜けようとする。

 だが、この仕掛け人はそれを許すほど甘くなかった。

 

「残念でした!」

「っきゃ!?」

 

    −撃!−

 

 真っ正面に突如としてシオンが現れた。

 ビルが崩れ出した、その瞬間からなのはに突っ込んでいたのか。

 そして、シオンは渾身の斬撃をぶち込む。

 不意を打たれたなのはは、真っ正面から振り下ろされたその一撃を回避出来ず、シールドでガードした。

 掲げた掌に展開したシールドは斬撃を見事に防いで見せる。だが、仲間の元に行く動きは止められてしまった。

 さらに、シオンは瞬動の勢いも合わせて身体ごとなのはにぶつかり、そのままの勢いで崩れるビルの向こう側へと飛んでいく。そのまま顔も向けずに後ろへ叫んだ。

 

「後任せた!」

「任されました!」

 

 シオンの言葉にギンガが返す。そして、シオンはそのままなのはとビルを挟んだ向こう側に消えたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「さってと」

 

 崩れ落ちたビルを背中に、シオンはなのはから数メートル離れた所でイクスを構える。なのはも、レイジングハートを構えた。

 

「最初からこれが狙い?」

 

 なのはが肩を竦めるようにして笑う。流石に呆れたと言うべきか。何とも無茶をしたものである。

 

「流石に実戦でこんな真似はしませんよ」

 

 シオンも苦笑する。自分がどれだけ無茶をしたのか。そして、今からするのかを解っているからだ。

 

「狙いは時間稼ぎだね?」

「御明答です」

 

 あっさり答える。隠してもしょうがないと解っているからだ。

 

「俺じゃあ連携の邪魔にはなっても助けにはなりませんからね。なら、最大戦力を足止めして、向こうの戦力を削るのが最善です」

 

 これがシオンの立てた作戦であった。つまりはこう言う事である。

 

 

 

 

 

 

「まず俺が出て、目を俺に向けさせる。その後でチンク、あんたにはあるビルに仕掛けをして欲しい」

 

 先程の話しだ。N2Rと共に走りながら、シオンは作戦を伝える。

 

「俺が教えるタイミングで、ビルの柱に仕掛けたスティンガーをタイミングよく爆破」

《んでディエチ、あんたはこのビルの倒れる位置の細かい修正を》

 

 遠くに居るディエチには念話で話す。了解っと言葉少な気に返事が来た。

 

「そして、残りもの――ノーヴェうるせぇ! で、だ。この直前まで向こうの三人を足止めしてもらう。任すぜ?」

 

 それぞれ頷いたのをシオンは確認し、最後にこう締め括った。

 

「最後は俺だ。向こうのエースを足止めする。まず勝てないから俺の事は初っから捨て駒にするつもりでいけ。俺に連携戦闘は無理があるからな。ちょうどいい役回りだろ」

 

 そこまで言い切り、シオンはそれぞれの顔を見てニヤリと笑った。

 

「マジ頼むぜ? 一人でも多く数減らしてくれ。後が楽になる。そんじゃあリーダー? 後はよろしく!」

 

 

 

 

 

 

「成る程ね……作戦立案能力もあるんだ」

「んなご立派なもんじゃないですよ」

 

 なのはの褒め言葉に、シオンは謙遜して照れ臭そうに笑った。そして、でもと続ける。

 

「これで少ない人数がさらに少なくなって、尚且つ向こうはN2Rの面々が勢揃いですからね。……一人か二人を撃破できりゃあもうこっちの勝ちだ」

「それはどうかな?」

 

 なのはが珍しく不敵な笑みを浮かべる。彼女をよく知る人物がいたら、さぞや驚く事だろう。それは、闘志に満ちた表情であった。

 

「皆を甘く見すぎだよ? スバルもティアナも、ヴィータ副隊長もそんなに弱くないよ?」

 

 なのはが抱くその信頼にシオンも確かにと返す。その上で続けた。

 

「だからこそ、ここで時間を稼がせて貰います」

「どうかな? 私も急ぐからね。全力全開。フルパワーでいくよ?」

 

 なのはの言葉に、シオンはぞくりと震える――と同時に、強く思う。ここに来てよかったと。

 

 ――シグナム、そしてなのはさん。他にも強い人がいる。ここなら俺はもっと強くなれる!

 

 イクスを握る手に、力を入れる――風が吹いた。

 

「行くよ?」

「はい!」

 

 そして二人は同時に動き、周辺に衝撃波をぶち撒けながら魔力を叩きつけあったのであった。

 

 

(後半に続く)

 




はい、テスタメントです♪
そんな訳で前編終了です♪
本日より移転し始めたんですが、結構お気に入りして貰ってるようで、感謝、感謝ですよー♪
評価、感想もばしばし歓迎しております♪
是非、よろしくお願いします♪


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第七話「二回目の始まり」(後編)

はい、第七話の後編です♪
実はいろいろ伏線仕込んでたんだなとつくづく思う今日この頃。
その伏線が明かされるのも、お楽しみにです♪


 

 光が走る、縦横無尽に。その光は桜色。

 桜色の花火が、訓練室上の仮想の空へ色鮮やかに咲く。

 その光を少年、神庭シオンは横断していた。

 光の正体は魔法だ。高町なのはによる、手加減一切なしの魔法の乱舞であった。

 

「レイジングハート!」

【アクセルシューター!】

 

 インテリジェンス・デバイス、レイジングハートの先端に光が灯る――その光をシオンは見ながら、さらに増えるのか。と、半ば血の気が引いた顔で悟った。

 しかし、その顔には笑みが浮かぶ。目標は高ければ高い程いい。

 今、目の前にいる高町なのははまさしく目標とすべき人だった。

 

「シュート!」

 

    −煌−

 

 叫びと共に、光弾が一斉に放たれる。その数、四十。今、回避に努めているシューターと合わせると計六十発もの光弾だ。

 もちろん全てを制御してる訳ではない。半分は、レイジングハートの自動制御である。

 だが、それが尚更厄介だった。甘い一撃を躱したと思ったら、狙い澄ませた一撃を直撃させられる。

 シオンは未だに自分が墜ちていないのが奇跡とさえ思っていた。

 

 だが――なのはもまた、追い詰められていた。ここまでやってもシオンは墜ちていないのだ。

 それどころか、最初に放った光弾四十発の内、半分も迎撃されて消されている。

 シオンが追い詰められる度に、上手くビル内に逃げこんでシューターの軌道を限定し、一つ一つ確実に無効化しているのである。

 

《……これを凌がれたら》

【はい。最悪、エクシードモードを使用しなければなりません】

 

 レイジングハートの返答に、なのはも頷く。

 既にバスター等の砲撃系は発射、チャージタイムを見極められつつある。

 範囲は言わずもがな、だ。前に模擬戦を行った時はシオンの空間把握力に驚かされた。だが、それよりも驚異とすべき能力がシオンにはあったのである。

 それは、分析能力だった。半ば本能的に、シオンは攻撃を分析し解明している。

 この僅かな模擬戦回数。そして、この模擬戦で、なのはの戦術、間合いに対応しつつあるのだ。

 故に、今のシオンを時間をかけずに墜とそうと思うなら、シオンが知らなくて、かつ一撃で墜とせる攻撃が必要だった。

 そして、なのはにはその攻撃に心当たりがある。

 だが、まだここで使う訳には行かない。切り札の一種である為、ここでと言うタイミングでないと、まずい事になるのだ。

 もし外した場合、一撃目でどのような攻撃か、そして、その対応を必ずシオンは思いつくだろう。

 

    −閃−

 

 シューターの豪雨がシオンに降り注ぎ続ける。回避すべくシオンは動くが、そこで愕然とした。

 シューターの軌道を頭で思い浮かべるが、どう考えても何十発かは直撃を免れないからだ。

 

 ――ならば。

 

 シオンは一気に後退を開始。ビルの中に再度突っ込んだ。

 数が多ければ多い程、障害物でシューターを無効化出来る。

 ビルの中を壁を蹴り、床を蹴り、天井を蹴り、シオンは光弾を回避、迎撃していく。

 シューターはシオンが回避しながら振るわれるイクスによって消滅していった。           

 これなら、凌げる――!?

 

 と、そこでシオンは背中に走る悪寒に絶句した。

 天井を蹴って、床に着地する。そして近くの窓を見る――と、そこには桜色の光が辺りを照らしていた。

 

 ま、まさか!?

 

 シオンはその光に、ある事を思いつきぞっとする。そして、なのはの次の言葉はシオンの想像を肯定した。

 

「ディバイ――ン! バスタ――――!」

 

    −煌−

 

    −撃!−

 

 次の瞬間、極太の光砲が、シオンへと光の壁としか表現出来ないものとなって叩き込まれたのであった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――壁抜きの砲撃。かつてスバルを救った時、そしてJS事件の時、聖王のゆりかご内でクアットロを撃ち抜いた方法である。

 サーチャーで相手の位置を把握して、貫通性に優れた一撃により障害物や防御ごと相手を撃ち貫く攻撃方法がこれであった。

 

 目の前のビルは穴が穿たれ、完全に向こう側まで貫通している。シオンは直撃したのか、気配がしなかった。

 

 ……これで撃破かな?

 

 なのははそう思い、踵を返すと――同時。レイジングハートから叫びが放たれた。

 

【マスター!】

「え? ――っ!?」

 

    −壁!−

 

 一瞬疑問符を浮かべるが、背を走る悪寒になのはは慌ててプロテクションを張る。

 そこに、先程と違う赤のバリアジャケットに身を包むシオンがいた。

 戦技変換。シオンのアビリティースキルの一つだ。そして両の手には、大型のナイフが握られている。刃は、プロテクションに突きつけられていた。

 

「よく、気付きましたね?」

「……勘。みたいなものだったけどね」

 

 まさか不意打ち気味の一撃が防がれると思わなかったのだろう。シオンが笑みに苦いものを混ぜていると、返すなのはも苦笑した。なのは自身、今のはまぐれに近いと思ったのだろう。そして、残りのシューターを呼びよせると、シオンに向かわせる。

 しかし、シオンはその場で急後退。背中に光で出来たかのような幾何学模様の剣の翼を伸ばした。

 そこから、魔力が粒子状に広がる。

 

「なのは先生、悪いですが延長戦。続けさせて貰いますよ?」

「いいよ。でもそんなに長くは付き合うつもりはないから」

 

 そして、シオンはなのはに向かって瞬動で、突貫し、なのはは迎撃の魔法を放つ!

 

    −轟!−

 

 再び二人の魔力が激突し、訓練室の仮想空間を盛大に揺るがしたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 変わってN2Rの別動隊。こちらもまた、残ったスターズ小隊の面々に手こずっていた。

 二人のフロントに素早く出す、ティアナの指示の適切さ。そしてヴィータ、スバル二人のフロントの連携。その全てが合致し、N2Rの総攻撃を防ぎ切っていたのである。

 

「見事……ね」

 

 ギンガは苦笑いで呟く。シオンが時間稼ぎしている間に、こちらの数を減らさなければならないのだが、どうにも攻め切れなかった。

 

《こいつ達――!》

《ノーヴェ、落ち着くっスよー》

 

 ノーヴェとウェンディの念話が響いた、二人ともいつものノリを保てているが、流石に焦れ始めている。

 

《しかし、まずいな。いい加減時間を掛けすぎだ。シオンも、もう持たないかもしれない》

 

 チンクの念話に、ギンガもまた頷く。シオンが念話を切っている為、向こうの状態は定かではない――が、いくらなんでも、なのは相手にそう長くは持つ筈が無かった。

 

 どうしようかしら――。……?

 

 その直後だ。訓練室にサイレンが響き渡ったのは。

 このサイレンは緊急出動の合図である。それが意味する事はただ一つであった。

 

 アポカリプス因子感染体。則ち”感染者”の出現を、それは意味していた――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「終わり――だね」

「そうですね……」

 

 シオンとなのはもまた、互いに正面で向かいあった状態でサイレンを聞いていた。なのはは、盛大にため息を吐く。

 

「仕方ないかー」

「まぁ続きはいくらでも出来ますよ」

 

 シオンとなのはは下に降りながら、互いのデバイスを解除しつつ会話する。

 ちょっとなのはとの戦いが盛り上がっていたので、シオンとしてもちょっとばっかり残念であった。結構、いい勝負が出来ていたのだが。ともあれ、お互いに気持ちを切り替える。なのはは、その場に居る全員に呼び掛けた。

 

「うん、そうだね。とりあえずは皆、集合ー!」

『『はい!』』

 

 念話も含めた呼び掛けに答え、全員集まる。アースラの初任務が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「さて、前線メンバーは皆、集まったな?」

 

 はやての言葉に一同頷く。『アースラ』のブリーフィングルーム。そこに、各前線メンバーと部隊長のはやて。そして、シャーリーが揃っていた。

 

「まずは現状確認といこうか。シャーリー?」

 

 呼びかけられたシャーリーが――非常に珍しく「はい」、と神妙に頷き、各々の前に投影したディスプレイにデータを表示する。

 

「今、アースラは時空管理局管理内世界第三十世界に向かってる。そこでアポカリプス因子感染者が出現したそうや」

「待って下さい」

 

 唐突に、シオンが声を上げる。何故いきなり待ったをかけたのか。それは、表示されたデータを見た一同も解っていた。明らかに感染者とおぼしき光点が、多数あったからだ。一同もそれを見て冷汗を浮かべる。

 

「これ見るとまさか、とは思うんですが」

「……そう、今回感染者が複数出てるって言う話しや。でな? こん中で一番因子に通じてるシオン君の意見を聞こうと思っとったんやけど――」

 

 はやての視線の先で、シオンはジッとディスプレイを睨んでいた。そしてゆっくりと頭を振ると、重い口を開けた。

 

「……最悪ですね。なんでここまで”時間が掛かった”んです?」

 

 シオンがじろりと睨みながら問う。はやてはそれに少しだけ目を伏せた。

 

「……管理内世界の駐留魔導師が報告を怠って、自分達で解決しようとしたらいんや」

 

 それを聞いて、シオンが小さく舌打ちした。久しぶりに乱暴な態度のシオンを見て、スバルはおずおずと聞いてみる。

 

「えっと、そんなに問題なの?」

「当たり前だ」

 

 不機嫌そうに答える。そこには明らかな怒りがあった。気を落ち着かせるように嘆息し、シオンは話す。

 

「アポカリプス因子感染者は感染後、次の固体に感染を広げようとする。お前も知ってんだろ? あの異様な再生力。生半可な攻撃じゃあ感染者はまず倒せない。まごまごしてる内に感染は広がる。……これが単なる病気ならまだ対処方があるけど、感染されたら後に待つのは死だけなんだぞ? ――いや、最悪”死ななくなった”ほうが問題だけどな」

 

 そのシオンの言葉に、はやては反応した。今、聞き逃せない事を彼は言ったか? 話しを遮り、問うてみる。

 

「待った。それ、どう言う事なん?」

「……有り体に言うと、アポカリプス因子に感染して、それでも死なない奴は次の段階に進むんです」

 

 シオンはそこで一旦言葉を区切ると、一息吐く。そして、噛んで含めるように続けた。

 

「俺もまだ見た事はありません。でもその段階に至った奴を俺達は第ニ段階と呼んでます」

「第ニ……段階」

 

 なのはが呟く。まさか、感染者にそのようなものがいるとは。シオンはそんななのはや、皆の反応に頷く。

 

「はい。この段階に至った感染者は生物だけじゃなく。無機物にも感染するんです」

『『……っ!』』

 

 そこで、はやて達はシオンが言わんとしている事を悟った。

 無機物とはつまり大地も星も、最悪気体も含まれる。

 

「もう解るでしょう? これがアポカリプス因子のとんでもない所です。文字通り”侵略”ですよ」

 

 草も大地も星も、あらゆる全てが感染する。想像するだけで嫌悪感に皆顔を歪めた。無論、人だけが感染しない訳がない。

 

「成る程な……。ちなみに、第三段階とかあるん?」

 

 これは純粋な興味本意での問いだったが――シオンは、はやての疑問に苦々しい顔で頷いた。

 

「はい。第三段階は”空間”に感染します」

 

 シオンの答えに一同絶句する。空間に感染するとは一体どう事なのか。もはや、物理的な現象すらも越えている。

 

「そして最後が第四段階。……もう言うまでもないですね? 最後は世界そのものに感染していきます。ここまでなると、もう救う救わないの問題じゃないですね。いかにその感染した世界を潰すかを考えなきゃいけないって段階です。……実質の終わりですよ」

 

 ……流石に、はやてを始めとして皆が沈黙した。

 シオンの怒りが理解出来たのだ。詰まらないプライドや情けは、最悪一つならぬ複数の次元世界の終わりを意味する。

 

「――でも、まだそんな事態やないんやな?」

「映像を見る限りでは、第一段階でしょうね。まぁ、第ニ段階なんて見た事は俺もありません。今の話しも聞きかじりです」

 

 そこまで聞いて、はやてが疑問符を浮かべて首を傾げた。今の話しは、どこか矛盾がある。見た事も無いのに、何故こんなにも詳しいのか。

 

「その割には、えらい詳しい説明やったけど?」

「簡単ですよ。証拠があるんです。地球って言ったら解ると思うんですけど」

 

 

シオンの言葉に、はやてをはじめとして皆が頷く。シオンはそれらを確認して、話しを続けた

 

「あの世界は元々多重に重なりあった世界だったんです。けど、ある日を境に一つになったらしいんですよ。……もう、解りますよね? 多重に重なった世界は全て感染して、ただ一つだけ残ったのが俺達の居た世界なんです」

 

 流石に、それを聞いた一同は――特に、地球出身や、地球を第ニの故郷としている隊長陣はショックで閉口してしまった。まさか、地球にかような秘密があったとは――空気が重くなる。シオンの放った言葉は、それ相応のインパクトがあった。

 

「……で、そんな感染してしまった世界の遺された遺産が俺の使うカラバ式です」

「成る程――な。いろいろ調べなあかん事が出てきたな」

 

 はやては嘆息し、一人頷いた。アポカリプス因子や感染者。それらについて、自分達は殆ど何も知らないと言う事を再確認したのである。同時に、調査すべき事を頭に思い浮かべ――しかし、頭を一振りして追い出した。

 

「取り合えず今は、目の前の事件を解決しよう」

 

 まずは今出来る事を。そう決めたはやての言葉に皆が頷く。今あれこれ言っても仕方ないのだ。こちらに集中せねば。

 

「データを見て貰ったら解る通り、感染者は七体。三体と二体。んで一体ずつに別れて行動しとるな。これの元になった生物は――」

「――オーガ種ですね」

「やね。確かスバルが初めて襲われたのと同類や」

 

 最初の感染者との戦いを思い出したのか、鋭い目で言うスバルの言葉に、はやても頷く。そして、皆に視線を移した。

 

「でや、隊長陣の意見も合わせてやけど、こんな編成にしてみた」

 

 言うがいなや、それぞれのディスプレイに各自の編成が現れた。

 

 感染者三体。

 スターズ1・2及びライトニング1・2。

 

 感染者二体。

 N2R少隊。

 

 感染者一体A。

 スターズ3・4。

 

 感染者一体B。

 ライトニング3・4及びセイヴァー。

 

「これが私達が決めた編成や。今回は複数が相手やから、こちらも人数を分ける。――何か、質問ある人いるか?」

 

 見回すが、誰も質問せず、ただ頷いた。はやてはそれを確認して、最後に締めくくる。

 

「皆、シオン君の話し聞いた後で、ちょっと緊張するかもしれん。……でも皆、なんも緊張する事、あらへんよ? 皆、強いんやから」

 

 そう言ってはやては少し笑い、皆の顔を見る。皆、それに頷き返す。はやてもまた、頷き返した。後は何も言う事は無い。

 

「作戦開始や。行こう、皆!」

『『はい!』』

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 管理内第三十世界に到着後、それぞれヘリ1、ヘリ2に搭乗して現場に向かう。ヘリ1にはスターズ、ライトニング少隊と、セイヴァーことシオンが乗っていた。

 

「それじゃあ行ってくるね」

「お前達もしっかりやれよ」

「エリオ、キャロ。あんまり無茶しないようにね?」

「では、行ってくる」

 

 隊長陣は今回、三体との戦いの為、先にヘリから降りる事になった。開いたキャビンで皆に呼び掛ける――と、そこで、なのはとフェイトは気付いた。キャロが複雑そうな顔をしている事に。

 

「キャロ……」

 

 フェイトが心配そうな声を出す。キャロは召喚術士だ。故に抵抗があるのだろう。例え感染者であろうと、その命を奪わねばならない事に。

 

「ル・ルシエ、とか言ったっけ?」

 

 すると、いきなりシオンから声を掛けられてキャロはビクッと身を震わせた。よく考えると、話すのは初めてである。

 

「は、はい!」

「いや……そんな目一杯返事せんでも大丈夫だけど」

 

 シオンは若干緊張を滲ませる少女に、苦笑いを浮かべる。だが、次の瞬間にはその笑いも引っ込んだ。厳しい目付きで、キャロを見据える。

 

「お前、迷いがあんならここに残れ。……邪魔だ」

『『っ!』』

 

 シオンの容赦のない言葉に、皆非難の目を向ける。フェイトに至っては殺気まで滲ませていた。

 

「そんな言い方……!」

「フェイトさん、大丈夫です」

 

 反論しようとして、しかしフェイトを止めたのはエリオだった。その顔には、信頼の笑みがある。

 

「キャロは、大丈夫です」

 

 しっかりと断言する。キャロもまたエリオの言葉に頷き、シオンを見る。そして、花が咲くように笑った。

 

「大丈夫です。神庭さん、心配かけてごめんなさい」

「いいんだな?」

 

 シオンが再度問う。キャロは彼の目を見て、しっかりと頷いた。

 

「はい」

「……解った。アテにさせて貰う。モンディアル、お前もな」

 

 エリオもまた「はい!!」と力強く頷いた。

 

 二人の信頼、そして成長を見たフェイトはなにやら感動したのか目に涙を浮かべる――と言うか、その場の全員(シオンは除く)が、感動していた。そして、シオンは冷ややかに一言。

 

「……ところで、隊長陣はいつになったら出撃するんですか?」

『『あ!』』

 

 どうやら忘れてたらしい。慌てて彼女達は飛び降りていく。落ちていく途中でバリアジャケットを着込み、颯爽と現場に飛翔していった。

 それを見届けながらシオンはやれやれと笑う。

 

「あの……神庭さん?」

 

 するとエリオに再び呼ばれた。シオンが振り向くと、エリオはキャロの隣に移動し、頷き合うと。

 

「僕達の事はファーストネームでいいですよ。エリオとキャロで」

 

 そう言ってきた。シオンは少しだけ目を見開くと、しかしすぐに了解と軽く笑った。そして、二人にむかい自分も下の名前で呼ぶように言う。しかも「さん」なしでとの指示だった。流石に二人とも「いえ、それは!」と慌てる。

 

「……まぁうまい呼び方見つけとけよ。とりあえずはさんは禁止。鳥肌がたつ」

「「はぁ……」」

 

 二人して生返事をする。それを見て。スバルは真面目な二人には酷だなぁと他人事で笑った。ただ隣のティアナはぶつぶつと「私、名前――と言うか普通に呼んで貰った事ないなぁ」とか呟いてる。

 

「……?」

 

 そんなティアナに声を掛けようとしたら、シオンから先に声が掛かった。

 

「おーい、お前達の降下場所じゃねぇの?」

 

 その言葉に二人してハッとすると、すぐにシートベルトを外して、ハッチの前に出る。そんな二人をエリオとキャロが見送ってくれた。

 

「行ってらっしゃい、スバルさん。ティアさん」

「頑張って下さいね」

 

 それぞれエリオとキャロが応援してくれる。二人ともにこやかに応え、シオンは? と見遣ると、何故かシオンは窓から外を見ていた。声掛けてくれないのかな? ――と、ちょっと残念な気分でいると、ハッチが開く。

 よしっと二人で頷き合い、飛び降りようとした――その直前、シオンからぼそりと声がかかった。

 

「スバル、ランスター。二人共頑張って来いよ。必ず戻って来い」

 

 思わずスバルとティアナは振り向いた。その先のシオンは、やはりこちらを見ない。しかし、スバルは満面の笑みで応えた。だがティアナは少しだけ顔を曇らせる。

 

「私だけ、上の名前……?」

 

 それはとてもとても小さな声であった。ヘリのローター音に紛れて、隣のスバルでさえ聞き間違えと思った程の。――だが。

 

「帰ったら名前で呼んでやんよ」

 

 どうも聞こえたらしい。シオンがぽそりと、やはり呟く。ティアナはそれには応えず、プィと横を向いた――ただ顔は少しだけ赤くなっていた。

 

「それじゃあスターズ3!」

「スターズ4!」

「「行きます!」」

 

 そして、二人は叫び声を上げ、降下した。途中でデバイスをセットアップし、バリアジャケットを展開して地面へと下りていく。

 

「次は俺達だな」

「はい。それと、シオンさん?」

「……さん付けはやめろって。で? 何だよ?」

 

 ぼやくように振り向くシオンに二人共にっこり笑う。そんな少年少女に、シオンは疑問符を浮かべると、キャロが続けて言った。

 

「さっき言ってたじゃあないですか? うまい呼び方見つけとけよって」

「ああ、言ったな」

 

 シオンは頷く。そんな彼に、エリオとキャロは顔を見合わせて頷いた。

 

「それで、ですね。シオンさんの事、シオン兄さんって呼んでいいですか?」

「私はシオンお兄さんで♪」

 

 瞬間、呆然としてしまった。思いがけない提案であり、それ以上にちょっとした意味を持つ事だったからなのだが――そんな反応に、怪訝そうな顔となるエリオとキャロへ、シオンは微笑んだ。それは、ある意味での夢であったから――。

 

「えっと……」

「――ああ、いいぜ。そう呼びな」

 

 笑いながら、そう言ってやる。シオンの返事を聞いて、二人もにこやかに頷いた。直後、ハッチが開く。

 それを見て、シオン達もシートベルトを外した。

 

「そんじゃあ行くぜ? エリオ、キャロ!」

「「はい!」」

 

 頷き合う。そして、三人共、一斉に空へ身を踊らせたのであった。

 

 それはシオンにとって、元六課メンバーにとって、元ナンバーズ達にとって。

 

 それぞれ、二回目の始まりとなる出撃となったのであった。

 

(第八話に続く)

 

 




次回予告
「複数の感染者同時発生を対処するアースラメンバー」
「シオン、エリオ、キャロの三人も一体の感染者と対峙する」
「しかし、その最中に恐れていた事が現実となった」
「顕現したそれに、シオンは切り札を切る覚悟を決める」
「その名は――」
「次回、第八話『精霊融合』」
「守ると誓った。弟分と妹分を。その為ならば、ヒトを超える事も厭わない」


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第八話「精霊融合」

「その存在は一体何なのだろう? 感染者と戦うたびに、俺はそう思う。因子――アポカリプス因子、彼らに懐かしさを覚えるのは何故なのか。俺はまだ、その意味を知らなかった。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 時空管理局、管理内世界第三十世界。緑豊かな惑星が多数並ぶ世界である。その星の一つに、異形のオーガが立っていた。

 体中から黒い因子を溢れさせる彼等の思考はただ、喰らい、壊し、潰す事。ただそれだけしかない。いや、正確にはそれしか遺ってない、と言うべきか。

 そんな異形を前にして声が響いた。朗々とした声が。

 

「あんまり期待しちゃいねぇが……。一応、聞くのが俺の義務でな」

 

 異形に声が届く。だが、恐らく何を言われてるのか理解する事はないだろう。それでも声は続けた。

 

「ナンバー・オブ・ザ・ビーストを知ってるか?」

 

 声の主、神庭シオンは自らの所持デバイスであるイクスを肩に担いで問うた。その問いに対する異形は、ただ一つの返答を返す。

 

「RUGaaaaa――――――!」

 

 咆哮。それのみをただ異形は返した。

 

「やっぱ駄目か」

 

 そんな異形にシオンはげんなりとする。案の定と言うべきか。異形――この感染者に理性など期待出来なかった。

 

「えっと、シオン兄さん、もうあんまり時間掛けないほうが……」

 

 先程の会話からシオンの事をキャロ共ども、『兄さん』と呼ぶようになったエリオが、遠慮気味に言う。シオンは確かに、と呟いた。

 

「んじゃ一丁やるか。キャロ、補助頼む。エリオ、援護よろしくな」

「「はい!」」

 

 シオンの指示に、二人揃って頷いた。感染者との戦闘経験は、シオン以外にはスバルしかない。故に二人共、シオンの指示で動く事にしたのだ。

 

「基本的に致命傷を与えてもすぐに復活するから攻撃は一切緩めるな。例え半身潰してもお構いなく攻撃しかけて来やがるからな」

 

 その言葉に二人共再び頷くのを、シオンは確認する。その中で、素直な子達だなと、改めて思った。

 一瞬だけ目を閉じ、過去の自分を思い出した――苦笑する。だが、すぐにその顔は切れ味のある真顔に戻った。

 

「よし、行くぞ!」

「「はい!」」

 

 そして、シオンとエリオは異形へと一気に飛び込み、キャロは二人を補助すべく永唱を開始した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「アイゼン!」

 

 ヴィータが叫ぶ。その声に応じるように、所持デバイスであるグラーフアイゼンがカートリッジロードを行い、そして無骨な機械音声で叫び声を上げた。

 

【ギガントフォルム!】

 

 直後、グラーフアイゼンが質量、形状変化し、巨大な鎚――ギガントフォルムへと変化した。ヴィータはすかさず振りかぶる。と、同時にさらにカートリッジロード。

 グラーフアイゼンが倍に、そして、さらに倍に大きくなる。その大きさは今、対峙している異形のオーガを遥かに越えた。

 

「ギガント・シュラーク!」

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 轟天爆砕! 巨大化した鎚は、迷う事なく真っ直ぐに異形へと叩き込まれた。異形は、目の前で放たれた一撃を耐えようとしたのかプロテクションを展開する。

 しかし、その程度で止まる一撃では無い。寸秒も持たずに破砕され、直撃! ――だがヴィータはまだ止まらない。

 

「うぅりゃぁあぁぁぁっ!」

 

    −轟−

 

 何と、異形をグラーフアイゼンに張り付けたまま回転を開始する。異形は、砕かれた骨や肉を再生しながらそのまま持っていかれた。

 

「なのは、そっち飛ばすぞ!」

「うん、いいよ! ……行くよ、レイジングハート」

【はい、マスター!】

 

 空に待機するなのはへ呼び掛けたヴィータは、回転を停止。当然、グラーフアイゼンも止まるが、固定されていない異形は慣性の法則に逆らえず空へと放り投げられた。よほどの勢いだったのか、轟速で異形は空をかっ飛んで行き――次の瞬間、なのはの叫びが響き渡った。

 

「ディバイーン! バスタ――――!」

 

    −煌!−

 

 そして、鮮やかな桜色の光砲が放たれ、空を飛んで行く異形をぶち貫く。断末魔の悲鳴さえも残さずに、異形は塵と消えた。

 

「これで二体!」

 

 なのはとヴィータは頷き合う。隊長陣は最初の方こそ、感染者の再生力に戸惑い、手を焼かされた――のだが、流石と言うべきか、彼女達はすぐに対感染者へと対応ができるようになった。

 一体を撃破し、続けざまに二体目を撃破している。伊達に、Sランクオーバーの魔導師ではないと言う事か。

 

「はぁぁっ!」

 

 そしてラスト一体に、フェイトが迫る。亜音速で飛翔する彼女に気付いたのか、異形はフェイトへと振り返り、口を開けた。同時に口内から光が放たれる!

 

    −閃−

 

「っ!」

 

 唐突に放たれた光は、フェイトへと伸びる。しかし、彼女の姿はその瞬間に射線上から消えていた。

 ソニックムーブ。高速移動魔法を持って、完全に不意打ちだったのにも関わらず完全に躱してのけたのであった。

 

「砲撃……!」

「成る程、徐々に身体の機能を進化させている。戦いを長引かせれば長引かせる程、厄介になるな」

 

 回避機動を行いながら驚くフェイトに、シグナムの冷静な分析が飛ぶ。シグナムもまた。愛剣であるレヴァンティンを構えた。

 

「レヴァンティン!」

【エクスプロージョン!】

 

 カートリッジロード。続けて、シュランゲフォルムにレヴァンテインを変化させ、もう一度カートリッジロードを行う。魔力が一気に連結刃を走った。

 フェイトも続けざまに走って来る砲撃を躱しながら、シグナムと反対側に移動し、自身の周囲にスフィアを展開。光球は、雷球へと、やがて雷槍へ変化した。

 

「プラズマランサー……ファイア!」

 

    −迅!−

 

 迅雷疾駆! 放たれた雷槍は、異形へ即座に放たれた。異形は、飛来する雷槍をプロテクションでガードする――が、持たない。プロテクションはガラスのように割れ、そして異形を次々に刺し貫いた。さらに雷撃が異形の全身を叩く!

 

    −雷!−

 

「GAaaaaaa――――――!」

 

 刺し傷と、雷撃による痛みから、激怒し咆哮をあげる異形。だが、雷の効果か再生しつつも身体は動かない。その隙を見逃すライトニングの隊長、副隊長では無かった。

 

「バルディッシュ」

【ロードカートリッジ。トライデントスマッシャー、スタンバイ】

 

 フェイトが掲げた左手に環状の魔法陣が三連で展開。さらに、左掌の前に魔法陣が展開する。

 そしてフェイトとシグナムは、異形に断罪の一撃を叩き込むべく、それぞれの魔力を一気に開放した。

 

「飛龍――」

「トライデント――」

 

 朗々と響く処刑宣告。異形は未だ動けず、自らの処刑を告げる声を聞くしかない。

 

「一閃!」

「スマッシャー!」

 

    −轟!−

 

    −裂!−

 

    −撃!−

 

 そして、前後から放たれたそれぞれの一撃は、異形の全身をくまなく寸断した後で雷砲が飲み込み、再生させる間もなく塵へと変えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 空高く響く咆哮、異形の咆哮だ。だが、それに一切構わず、ギンガ、ノーヴェがウィングロードとエアライナーを展開し、疾走する。

 

「はぁっ!」

「おりゃあっ!」

 

    −撃!−

 

 拳と蹴。両側から挟み込むように叩きこまれた打撃に、異形が吠える。苦痛の叫びだ。だが、異形の苦痛はまだ止まない。

 

「IS」

 

 異形を冷ややかな瞳で見据え、ディエチが他のメンバーより後方から自身の固有武装、イノーメスキャノンを構える。砲口からは、光が溢れ出ていた。既にチャージは完了している。そして、ディエチは迷わず引き金を引いた。

 

「ヘヴィバレル」

 

    −轟!−

 

 一撃が走る。その光は迷う事なく異形の頭部に直撃し、頭部をごっそりと消失させた。頭を失った異形が膝をつく。

 だが、そこから異形の頭部に黒い点が集まり始めた。

 再生。まるで最初っからそうであるかのように、異形は瞬時に復活を果たした。異形が天を仰ぎ、吠える。――しかし。

 

「悪いっスねー」

 

 その視線の先には、ウェンディがいた。固有武装、ライデングボードの砲は既に異形に向けられている――。

 

    −閃−

 

 砲から光弾は即座に放たれた。光弾はすっぽりと異形の口内に侵入する。

 しかし――それだけ。一瞬の間を置いて異形が再び吠えた。何も効果が無かったのか、異形はウェンディに向かって歩き出す。彼女に襲い掛かるつもりだ。しかし、ウェンディはにやりと笑った。

 

「……流石にそう何度も再生されたら対応ぐらい思い付くっスよ」

 

 ウェンディは呆れたように呟き、ライデングボードに乗ったままふよふよと下がる。それと同時に異形の動きがピタリと止まった。――体内で膨れ上がるエネルギーに気付いたのだろう。しかし、もう遅い。

 

「炸裂反応弾。これ使うのも久しぶりっスねー」

 

    −爆!−

 

 そう呟くと同時、腹から全身を膨らませ、異形が内部から爆裂する! 異形は、そのまま塵と化していった。

 

「さて、つぎつぎ――と」

 

 次の獲物を捜さんと、ウェンディはもう片方の異形へと視線を向ける。しかし、そこで嘆息した。

 

「なんだ、もう決着つきそうじゃないっスか」

 

 もう片方の異形と対峙していりのはチンクであった。しかし、ギンガ、ノーヴェ、ディエチの援護もあったのか、既に異形の躯は朽ちかけていた。それでもまだ再生しようとする――もちろん、そんな隙をチンクが見逃すはずがなかった。

 

「スティンガー」

 

 チンクがぽつりと呟くと、それに応じるように、異形の周辺に固有武装、スティンガーが何十、何百、何千と現れる。チンクは、固有武装であるスティンガーを転送して無数に呼び出す事が出来るのだ。チンクが左手を挙げ、下ろす――。

 

    −閃−

 

 異形に殺意の群集が殺到した。

 もはや朽ちかけた躯ではろくに動けず。また防御も出来ず、異形は全身を刺し貫かれた。異形が吠える――痛みに、そして怒りに。その苦痛を憎悪と化しチンクを睨みつける。

 しかし、チンクは異形に背を向け、既に終わっとばかりにスタスタとその場から離れた。同時に、指をパチリと鳴らす。

 

「IS、ランブルデトネイター」

 

    −轟!−

 

    −爆!−

 

 直後、爆砕! 全身のスティンガーが一斉に爆裂し、異形の全身を飲み込んだ。苦痛の咆哮すらも爆炎に飲み込まれ、異形はその身を塵と化した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 管理内第三十世界。この世界の今居る星は、自然保護区として有名である。

 エリオ、キャロがJS事件後に就任した世界と同じく、また近いこの世界は近い世界だからか非常に似通っている部分があった。その森をスバルが駆ける。

 目差すは異形のオーガ。かつての――そして今また組んだパートナーと共に駆ける戦場に、不謹慎ながらもスバルは懐かしさを抱いていた。

 

《スバル! クロスシフトB、行くわよ!》

 

 ティアナから念話が放たれる。スバルもまた、笑顔で頷いた。

 

《うん!》

 

 一気に異形へとスバルは接近。異形もまた咆哮を上げ、迎撃せんと右の拳を固め、一撃を放つ。

 しかし、スバルはその一撃を難無くかい潜った――マッハキャリバーが叫ぶ。

 

【ウィングロード!】

 

 スバルは異形の足元からウィングロードを伸ばし、一気に駆け上がる。目指すは異形の頭!

 

「うおぉぉぉ!」

 

    −撃!−

 

 先程のお返しとばかりに、スバルが異形の顔面に一撃を見舞った。

 リボルバーナックルに包まれた右拳が叩き込まれる直前、異形は瞬時にプロテクションを展開。

 すんでで、スバルの拳は止まる。しかし、リボルバーナックルはそのままカートリッジロード。スピナーが激烈な回転を刻む。

 

    −破!−

 

 シールドクラッシュ。プロテクションを一気に打ち崩した。

 異形はその勢いでのけ反り、体勢を崩す――スバルは止まらない。その場で回転し、蹴りを放つ。右の蹴りが異形に叩き込まれた。だが、まだ止まらない。

 

【ショットガン・キャリバーシュート!】

 

    −撃−

 

 −撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

 連続蹴り。マッハキャリバーが唸り、異形の頭頂から腹まで余す事なく蹴りを叩き込んでいく。さらに、その回転エネルギーを右手に還元。

 従来の威力を凌ぐリボルバーキャノンを、異形の顔面へ放つ!

 

【リボルバーマグナム。ロードカートリッジ!】

「打ち、貫け!」

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 一撃は異形の顔面を完全に捉え、首から先がすっ飛んだ。

 しかし、即座に再生開始。スバルはさらにウィングロードを展開し、異形から離脱した。

 

「ティア!」

 

 呼ぶ。パートナーの名前を。そして、ティアナはその呼び掛けに応える――その一撃を持って!

 

「クロスファイアー! シュ――――ト!」

 

    −閃−

 

    −裂!−

 

 叫びと共に放たれた合計二十五発の光弾は、空を切り異形に殺到。

 先程スバルにプロテクションを破られている為、防御は叶えられず。全身に光弾が撃ち込まれた。

 苦痛の叫びを挙げる異形。だがスバルも、またティアナもまだ止まらない。

 

「マッハキャリバー!」

【ウィングロード!】

 

 スバルは空から真下に堕ちるより早く駆け。

 

「クロスミラージュ。3rdモード!」

【ブレイズモード】

 

 ティアナはクロス・ミラージュを3rdモードの砲撃形態へと移行し、構える。チャージ開始。

 再生していく異形に、まずスバルが疾駆し、接近する。異形は空を仰ぎ、口を開いた。光が集まる。

 フェイトの時にも見せた砲撃だ。異形は迷わずそれをスバルへと放つ。

 

【プロテクション! トライシールド!】

 

    −壁−

 

 しかし、スバルはその砲撃を受け止めた。プロテクションとシールド、二重に展開した防御で砲撃を弾いてのける。

 そのままスバルは真っ直ぐ異形へと走った。砲撃を二つに裂きながらだ。根負けした方が負ける――。

 やがて砲撃が止まった。先に力尽きたのは、異形の方であった。そして既に、スバルは異形の鼻先へと到達していた。左手を掲げる。そこに灯るは、光球――。

 

「ディバイン……っ!」

 

 ――その光を、右の拳が撃ち抜く!

 

「ブレイカ――――!」

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 右の拳に全身を乗せ、その全身を魔力が覆った。それは拳から円錐状に広がり、一本の錐を思わせた。そして、まるで一本の矢の如くスバルは駆ける。

 ディバインバスターからの派生技。ディバインブレイカー。それが、”一直線”に向かう事を突き詰めた技の名であった。

 一撃は異形の顔面に叩き込まれ、抵抗を一切許さぬまま頭部から股間まで一気に引き裂き、スバルは地面に降り立った。残心。そのままの姿でスバルは固まる。

 異形はまだ倒れない。その状態から再生を行い、スバルに手を伸ばす。だが次の瞬間、ティアナの一撃が放たれた。

 

「ファントム! ブレイザー!」

 

    −煌!−

 

    −撃!−

 

 放たれるは、一直線に走る光砲! ティアナが放った砲撃は、迷う事なく異形の上半身へと走り、丸ごと飲み込んだ。その半身を灰にする。

 

 光が納まった頃にはもはや、異形は塵へと還って逝っていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 三つの戦場での決着がつき始めた頃。シオン達もまた、異形を相手に剣を振るっていた。

 

「神覇、弐ノ太刀」

 

 シオンがイクスを振りかぶる。異形との間合いは十メートル程。狙いは異業の右腕だ。

 魔力放出。螺旋を描くそれがイクスに纏う。

 

「剣牙!」

 

    −閃−

 

 振り下ろした先から帯状の魔力が斬撃の形を持って飛ぶ。

 刹那の速度を持って剣牙は異形へと到達し、あっさりと右腕を斬り飛ばした。

 だが、異形はお構いなしとばかりにシオンに突撃する。しかし、駆け出した先には魔法陣が展開されていた。

 

「アルケミックチェーン!」

 

    −縛−

 

 キャロがケリュケイオンに包まれた左手を掲げて叫ぶ。同時に魔法陣から鎖が召喚され、異形へと巻き付いた。なす術なく鎖に全身を捕われる。さらに、横からエリオが駆けた。

 

「ストラーダ!」

 

 エリオが愛槍に声を掛ける。ストラーダはそれに応える為に、カートリッジをロード。穂先の両側からブースターが迫り出した。2ndモード、デューゼンフォルムへと変化したのだ。

 そこから光が放出され、エリオはその身体ごと、異形に突貫する。

 異形は捕われた躯では防御も叶わず、その一撃を腹に受け、おまけとばかりに左腕を断たれる。

 腹と両腕を失った異形はしかし、まだその命を失わず、再生を開始した。

 

「チッ……!」

 

 シオンが舌打ちする。いくらなんでも、この異形は再生し過ぎていた。計七度に及ぶ致命傷を与えたが、今だ異形は動き続けているのである。

 

 ――まさか……。

 

 アースラでのブリーフィングで自分が言った事を思い出す。

 ――”死ななくなったら”。

 まさかなと一人ごち――直後、異形の再生が瞬時で成った。従来の速度を遥かに上回る再生に、エリオが驚愕する。

 

「再生が早い! それに……!」

 

 エリオが驚く理由。それは、異形の両腕にあった。

 再生した両腕には、まるで大剣のような鉤爪が備えられていたのである。

 近接特化に進化したのか。アポカリプス因子は、時としてこの様な進化を感染者に促す。

 

「シオン兄さん!」

「構えろ。……来るぞ」

 

    −破!−

 

 次の瞬間、異形を縛っていた鎖は散り散りに切り裂かれた。

 縛から解放された異形が吠える。そして、一気に駆け出した。その巨体に似合わぬ速度でエリオに接近する。

 

「くっ!」

 

 エリオは唐突に上がった異形の速度に呻き、しかし直ぐさまストラーダを横に薙いで迎撃しようとする。だが次の瞬間、異形の姿が目の前からかき消えた。

 

「な――。っ!?」

 

 一瞬にして見失った異形に目を剥いて驚き――同時に背中を走った悪寒にエリオは戦慄する。

 その背後には背を屈めて、五つの刃を振りかぶる異業が居た。回避、防御、共に間に合わない――!

 

「壱ノ太刀、絶影!」

 

    −閃−

 

    −戟!−

 

 殺意の刃が振り下ろされんとした、その瞬間。シオンが絶影をもって、エリオと異形の間に割り込んだ。

 放たれる鉤爪と、放たれるイクス。刃が交錯する――結果、異形はその左手と共に、鉤爪を失った。だがそこからまたもや瞬時に再生を始める。

 しかし、エリオもシオンもそのまま止まらない。

 

「お前は左! 俺は右だ!」

「はい!」

 

    −閃−

 

    −裂−

 

 二人は両側から挟み込むように同時攻撃を行う。さらにキャロからスピードブーストが掛けられた。

 二人の速度は異形を越え、異形は二人を捕らえられなくなる。

 その隙を縫って、エリオのストラーダが、シオンのイクスが両腕を斬り断った。エリオはそのまま異形の懐へ潜り込む。

 

「ストラーダ!」

【エクスプロージョン!】

 

 ストラーダが吠えると同時にカートリッジロード。3rdモード、ウンヴェッターフォルムに変化する。そして、エリオは迷わずストラーダを異形へと放った。

 

「雷光一閃!」

【ライトニングスラッシャー!】

 

    −閃−

 

    −雷!−

 

 雷を伴う斬撃が、異形の上半身と下半身を分かつ!

 さらに雷撃が走り、異形が苦痛の叫びを挙げた。

 そのままエリオは上空へ跳躍する――そして、異形は見た。イクスを振りかぶるシオンの姿を!

 シオンはエリオが一撃を放つと同時に、その後ろ五メートル程に移動し、次の技を用意していたのだ。

 

「跪け……!」

【フルドライブ!】

 

 にぃと凶悪な笑みを浮かべ、シオンは一撃を放つ!

 

「神覇参ノ太刀、双牙ァ!」

 

    −轟−

 

    −裂!−

 

 振り下ろされた刃を中心にして、地を駆ける二つの斬撃が放たれる。それは異形へとひた走り――シオンはまだ止まらない。

 

「壱ノ太刀、絶影!」

 

    −閃−

 

 叫び、一気に駆ける。瞬動を持ってしての疾駆は自分が放った双牙を追い抜き、それは同時攻撃となった。

 

    −斬!−

 

 双牙は右の膝を、絶影は左の太腿を斬り断った。異形が、シオンの放った言葉通り跪く。

 そしてシオンもまた、エリオを追うように空へと跳んだ。

 二人が”射線”から離れると同時に、キャロが自らの竜に一撃を命ずる。

 

「フリード、ブラストレイ!」

「Oooo!」

 

 既にその真なる姿を開放したフリードが、口を開く。そこには焔が集っていた。

 さらにキャロのケリュケイオンから威力ブーストがフリードかかる。

 一瞬だけ、キャロは目を閉じる。目の前の異形を悼むように、助けられない事を悔やむように。

 だが、見開いた目に浮かぶは覚悟。そして、一撃を迷わず命じた。

 

「ファイア!」

 

    −轟!−

 

 焔が走り、異形を丸ごと飲み込んだ。異形に叩き込まれた焔は、すぐに全身に回り、その身を焼く。

 苦悶の叫びを挙げる異形。だが、その躯はいまだ朽ちない。

 焔が消え、ボロボロになった躯を前へと押し出す。

 そこに、ギロチンの刃が放たれた。空へと駆けたエリオとシオンだ。

 シオンはエリオを追い越し、足場を形成。そこに着地し、イクスを野球のバットの様に振るう。刃を横にして。

 そしてエリオは器用に空中で身を捻らせ、一回転。振られたイクスに着地し、足場にした。――跳ぶ。目標は異形の首!

 

「「いっけぇぇぇ!!」」

 

 二人は叫び、シオンが振るったイクスとエリオ自身の跳躍により、その身はまるでミサイルのように空を駆け、地へと走った。そこにあるのは当然、異形の首!

 

    −斬!−

 

 次の瞬間、異形の首は跳ね。一瞬の間を置いて漸く塵と化していった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「全前線での感染者、沈黙しました」

 

 管制のシャーリーからの報告に、はやてはホッと安堵した。

 アースラ初任務。どうやら無事に終われそうである。

 

「駐留魔導師から、御礼の言葉と現場検証を行いたいとの要請がきてます。それと、魔導師隊の隊長から事情の説明と会談の申し込みが」

「……断る。って訳にはいかんね。了解や。なら私は地上に下りる。グリフィス君、後頼むな?」

「了解です。各前線メンバーはどうしましょう?」

「そやねー」

 

 頷きながら、はやては首を傾げて考える。現場検証に付き合う必要はあるだろう。なら前線メンバーからも数人残さねばならない。周辺警備等も考えると――。

 だが、思考するはやてにしかし、その思考全てを台なしにする音が鳴り響いた。それは、エマージェンシーコールだった。

 

「な……! シャーリー、どないしたん!?」

「そんな……」

 

 シャーリーの驚愕に満ちた声が響く。そして、呆然としたま、報告を行い。そして、その内容に、はやてもグリフィスも一気に顔を青ざめさせたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 時はほんの少し戻る。シオンは地に倒れ伏した異形を見つめていた。

 それぞれのチームや管制からの念話を聞きながら、エリオはその様子を見る。

 

 ……何かあったのかな?

 

 先程からずっと見ているが、何かあるのか。そう思っていると、シオンから叫びが上がった。

 

「――違う!」

 

 その言葉にエリオは首を傾げ、シオンに声を掛けようとする。

 だが、その前にシオンはエリオに振り向くと、急にこちらに駆け出した。そして、エリオの襟首を捕まえるなり抱え上げる。

 

「シ……!」

「キャロ! 今すぐフリードに乗って空に上がれ!」

 

 襟首を掴まれて非難の声を上げようとするエリオだが、シオンはそれ以上の剣幕で吠える。

 

「急げ! 早く!」

 

 そして、またエリオも見た。シオンが見たものを。

 塵と化していきつつあった異形。その躯は、胴体しか残っておらず――しかし、どういう原理か”宙に浮いて”いた。

 エリオを抱えたままのシオンと、キャロを乗せたフリードが空に飛び上がったる。

 そして、その瞬間、それは起こった。

 

 宙に浮いた異形から黒い点が零れ落ちる――アポカリプス因子が!

 まるで滝のように溢れ落ち、地面に到達。そして、地面が黒く染まる。

 黒く染まった地面は一気に広がって行く――いや、地面だけでは無い。近場の木達も、異形を中心として一気に黒く染まる。

 エリオもキャロも、その光景を呆然と見ていた。

 

 異形の躯に大地が寄せ集まる。そして、オーガ種であったハズのそれは、漆黒の大地に繋がったまま三十メートル超の柱となり――続けて、そこから腕が生え、竜を模した頭が生えた。

 その顔は、竜の頭蓋骨を思わせた。さらに、大地で出来た躯が甲殻化する。

 ついに目に光が灯る。それを見て、シオンは呆然と呟いた。

 

「感染者は死ななくなった場合。周囲の無機物を取り込んで、さらにその形状を変化させる」

「シオン、兄さん?」

 

 エリオがシオンに呼びかける。何を言ってるのだろう、と。だがシオンは構わない。

 

「そして無機物に因子を感染させて、自らと繋がり、やがて星をも飲み込む」

 

 そこまで言われ、エリオはシオンが何を言わんとしているのかを察した。

 見るとキャロもまた理解したのだろう。顔から血の気が引いている。

 

「じ、じゃあ……あれが!?」

「最悪、だな。ああ、間違いない」

 

 シオンはエリオに頷き、そして大地と繋がって巨大化した異形を睨み付ける。

 異形が天を仰ぎ、咆哮する。産声。あまりにも汚れた産声を異形は放った。

 

「RAaaaaGaaa――――――――!」

 

 その産声を聞きながら、シオンはついにその名を呟く。

 

「感染者、第二段階だ」

 

 それは未だシオンにとっても、未知の存在であった。

 エリオもキャロも、そしてシオンも、大地を黒く汚して感染し続ける感染者を呆然と見る事しか出来なかった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 アースラでも今、シオン達の目の前で起きた現象をモニターで見ていた。

 そして、エリオからの通信で間接的にシオンの声を聞いた。

 

「あれが……」

 

 グリフィスが呆然と呟く。その声に、はやては我を取り戻した。

 

「シャーリー! 今、どのくらいまで”感染”された!?」

「え? あ、はい! 今、感染者を中心として半径二kmが感染! さらに感染、広がってます!」

「――くっ! 駐留魔導師隊に連絡! 強装結界の展開を!」

 

 はやてが矢継ぎ早に指示を飛ばす。シャーリーは「了解」とだけ応えた。

 

「全前線メンバー、セイヴァー、ライトニング3、4と合流! 急いでや!」

 さらに、はやてから前線メンバーに指示が飛ぶ――だが。

 

《それはやめて下さい!》

 

 しかし、シオンから通信で拒絶された。唐突の言葉に、はやては一瞬だけ呆然とし、直ぐさま呼び掛ける。

 

「どう言う事なんや、シオン君!?」

 

 はやてから疑問符が飛ぶ。シオンはそれに、直ぐさま答えた。

 

《結界が展開されたら、感染者はまず間違いなく結界を破壊に掛かります。でもそれはさせたらいけない。だから、他のメンバーには結界の破壊を妨害して欲しいんです》

「なら、シオン君達はどうするんや」

 

 はやてが問う。感染者第二段階。もはや対策は、アースラのアルカンシェルか、隊長陣達の殲滅砲撃での一斉掃射くらいしかない。

 だが、今現場に残る三人ではどうしようもないのだ。なのに、どうしようと言うのか。

 

《策があります。成功するかどうかはわかりませんけど》

 

 そんなシオンの言葉に、はやてはくっと呻いた。

 ――シオンが言っている事は正しい。結界が破壊されてしまえば、因子による感染は、一気に広がるだろう。対処はより難しくなる。それに――。

 しかし、あの現場に残ると言うのはもはや無謀以外の何物でもない。半径二km以上の範囲の大地、”全て”が感染者そのものなのだ。シオン達は今、感染者の腹の中に居るのに等しい。

 

「成功の確率は?」

《……五分、がいい所です》

 

 五分、完全な賭けだ。それが失敗したら、彼等を失う事になる――。

 

「……駄目や。そんな危ない事、させられへん」

《はやて先生!》

 

 シオンから非難の声が上がる。それに、はやては首を振った。

 

《……ここにも人が大勢います。もし、結界が破られでもしたら犠牲になるのは住民なんですよ!》

「それは……」

 

 計算では、感染者から十km程離れ所に人里がある。今から避難を行っても、間に合うとは思えなかった。

 

《先生!》

 

 シオンが叫ぶ――はやては一瞬だけ目を閉じ、そして開いた。覚悟を、決めなければならない。それを理解したから。

 

「……解った。でも、その策が失敗したら三人とも強制転送で移動してもうよ。後は、隊長陣での広域殲滅砲撃で感染者を倒す。異議はないな?」

《はい!》

 

 はやての言葉にシオンも、エリオ、キャロも頷いた。

 

「三人共、必ず、必ず帰ってくるんや。約束……出来るな?」

《はい、勿論です》

 

 三人の答えに、はやては頷く。そして、前線メンバーに指示を飛ばした。

 

「皆、聞いた通りや。感染者本体は、シオン君達に任す。皆は結界を破壊しようとする感染者の妨害を!」

《……了解!》

 

 なのはやフェイトは幾分迷ったみたいだが、すぐに了承の声が返ってきた。それを聞いて、はやても複雑な想いを吐息に含めて吐き出す。

 

「三人共、どうか無事で……」

 

 そして、ぽつりと呟く――作戦が始まった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「聞いての通りだ。二人共、準備はいいな?」

 

 空を飛ぶシオンの声に、エリオとキャロは頷く。それを見て、シオンはイクスを握り直した。

 

「まずは結界張るまでの時間稼ぎ。キャロ、プロテクション張れるな?」

「はい!」

「エリオ、お前はキャロの護衛だ。絶対守り切れ」

「分かりました!」

「……よし。俺はこれから囮になる。いいか? 俺達の敵は、今ここの大地全てだ。無茶はすんな? 後でどうせ無茶しなくちゃいけねぇんだからな」

 

 その言葉に、再度二人は頷いた。シオンも頷き返すと、第二段階に到達した異形へと視線を移す。

 

「よし、それじゃあ――行くぞ!」

 

 そして、シオンは宙を駆けた。同時にイクスを掲げる。

 

「イクス!」

【ブレイズフォーム】

 

 戦技変換。シオンの姿は黒から赤へ、イクスも大剣から大振りのナイフへと変化する。

 

「おぉおおおお――――!」

 

 急加速。一気にシオンは異形に向かって疾る。異形はそんなシオンに気付いたのだろう。シオンにぎょろりと視線を向けた。

 躯中から――否、その場の全てから触手が生え、シオンへと襲い掛かる!

 

    −寸−

 

「ちぃっ!」

 

 シオンは全周囲から襲い掛かって来た触手に舌打ちし、しかしブレイズフォームの速度を持って躱し、また斬り飛ばす。

 この形態は速度特化の形態だ。何せ、なのはからの全包囲射撃を凌ぐほどである。それに比べれば、触手のほうがまだしも回避しやすかった。

 だが、そんなシオンに業を煮やしたのか、触手の先端から目玉のようなものが迫り出す。そこから漆黒の光が生み出された。

 

「っ――! 砲撃っ!?」

 

    −轟−

 

 驚きに目を剥き、叫ぶと同時に、触手から光砲が放たれた。縦横無尽にだ。

 シオンは砲撃を辛くも回避する――。

 

 そして、エリオとキャロもまた、大地から生えた触手に襲われていた。

 近くの触手はエリオが斬り飛ばし、砲撃はキャロが防ぐ。だが。

 

「これじゃあ、キリがない!」

 

 触手を斬り伏せながら、エリオが叫ぶ。斬っても斬っても触手は生えてくるからだ。このままではこちらが先に倒れる。

 

「シオンお兄さん……」

 

 キャロが呟く。視線の先のシオンは、今最も危険な場所に居た。砲撃を躱し、触手を斬り裂く。空間への足場設置。そして、飛翔が出来るシオン以外は囮になれない。

 大地に足をつけたら、その時点で”喰われ”、感染する為だ。

 

「頑張って」

 

 シオンはその頃、感染者本体へと接近していた。

 砲撃、触手を回避しながらの接近は、シオン自身相当のリスクがあった。だが、接近せねば話しにならないのである。触手はあくまでも、こいつの端末でしかないのだから。

 

「くあッ!」

 

    −戟!−

 

 右のイクスを叩き付ける。しかし、そこにあるのはシールドだった――通らない。

 

 ――やっぱ、ブレイズフォームじゃ攻撃力は下がるか……。

 

 シオンは一人ごちる。ブレイズフォームはノーマルフォームと比べて格段に攻撃力が下がる。元々、スピード重視の姿だ。当たり前と言えば、当たり前ではあるのだが。

 

 ――やっぱ使わなきゃ駄目、か。

 

 それはシオンにとって禁じ手。完全に切り札だ。危険度も馬鹿にならない。しかし、それでも――。

 そう思っていると同時、ついに結界が展開された。

 

「よし!」

 

 シオンは歓声を挙げる。そして、エリオ達の元へと急後退した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 近くで触手が延びる。それを、エリオはすかさず斬り飛ばした。一体これで何本の触手を斬ったのか――荒い息で周りを見る。すると、まるでその隙をつくように触手がエリオ達の全周に現れた。殺到する――だが。

 

「シオン兄さん!」

 

    −斬−

 

 戻ってきたシオンがエリオに返答するが如く、触手に一撃を叩き込む!

 

「神覇壱ノ太刀、絶影連牙!」

 

 −斬・斬・斬・斬・斬・斬・斬・斬・斬−

 

 縦横無尽。シオンが放った双刀の絶影による連撃は、周りにある触手全てを切り伏せた。そのままエリオとキャロに振り向く。

 

「漸く、結界展開完了したな」

「はい……で、ここからどうするんです?」

 

 エリオが問う。シオンは確かに言ったのだ、策があると。シオンはその問いに頷いた。

 

「ん。俺が聞いた話しが本当ってのが前提条件なんだけどな。感染者第二段階。こいつには核ってのがあるらしいんだ。言わば心臓だな。こいつを潰せば、感染者はくたばる」

 

 他者からの受け売り――しかし、この事を教えてくれたのは、シオンが最も信頼”していた”人だ。故に、シオンは内容と裏腹に確信を持って答える。二人も黙って頷いた。

 

「でだ。その核に攻撃をしかけなきゃならないんだけど。どうにも向こうの防御性能が高くてな。俺の刃が通じねぇ」

 

 先程の一撃。シオンとしては、かなり本気で放った一撃である。だがシールドによってあっさり弾かれた。しかも、それが全身に及んでいると見るべきだ。

 

「どうするんです?」

「ま、防御は何とか崩せる。任せろ。……問題はその後だ」

 

 シオンは言いながらキャロを見る。キャロもまた、シオンに頷いた。

 

「奴の防御を突破した後、核を露出させなきゃいけない。キャロ、任せていいか?」

 

 出来るかどうかでは無い、やらなくてはならない。

 シオンの問いに、しかしキャロはしっかりと頷いてくれた。それに微笑を返してやる。

 

「最後はお前だエリオ。止め、任すぜ? 奴の核、ぶち貫いてやれ」

 

 エリオもまた力強く頷いた。シオンはしばし二人を見て――やがて、己が剣に目を移す。

 

「よし、んじゃ作戦開始だ。イクス?」

【本当に使うつもりか?】

 

 呼び掛けにイクスから来たのは問いであった。口調こそいつもの通りだが、そこには心配の色がある。しかし、シオンは柔らかな微笑を浮かべ、エリオとキャロを見る

 

「弟と妹が出来たんだ。ここで二人を守り抜けなきゃ、逆に後悔すんよ」

【そうか……。了解した、マスター】

 

 イクスの答えに、シオンは小声でサンキュっと返した。そして、目を閉じる。右の親指を口元に持って来て、皮膚を噛む――血が、流れた。

 

「シオン兄さん、何を!?」

「いいから、黙って見とけ」

 

 突然のシオンの行動にエリオが叫ぶ。しかし、シオンは構わず、永唱を始めた。

 

「契約の元、我が名、我が血を持って、今、汝の顕現を求めん。汝、世界をたゆたう者。汝、世界に遍く意思を広げる者。汝、常に我と共に在る隣人」

 

 しとどに流れる血をシオンはイクスごと握りしめた。そして、その拳の前後にカラバ式特有の魔法陣が顕れる。セフィロトの樹――そう、呼ばれる図形である。

 そこでキャロは気付いた。その術式は自分が使う術によく似ている事に。それは、つまり。

 

「召喚、術……?」

 

 呆然と呟くキャロに、やはりシオンは構わない。永唱に集中する。

 

「今、此処に汝を召喚する。汝が枝属は”雷”。汝が柱名は”ヴォルト”」

 

 そこまで永唱を唱えた――と同時、シオンの足場から巨大な魔法陣が広がる。

 そこから溢れ出した魔力粒子が周囲を照らした。

 光に感染者が気付いたか、再生した触手がシオンに向かって迫る。

 だが、フリードが即座に迎撃の焔を放ち、触手は余さず燃え尽きた。

 

 そして、ついに永唱が完了する。閉じた目が開かれる!

 

「来たれ。汝、雷の精霊。ヴォルトォ!」

 

 シオンの叫び――辺り一帯に響いた最後の永唱によって、”それ”は顕れた。

 巨大な雷が幾重にも重なり、球体となる。その球体に両側から目が現れた。

 

 精霊召喚。世界意思端末存在であり、”意思を持った概念”そのものたる精霊を呼び出す召喚術――それが、その名であった。

 キャロは現れた精霊に呆然とする。自分が使う召喚術とは、全く違う召喚術であったのだ。呆然ともしよう。

 シオンはそんなキャロの姿を見て微苦笑を一つ放つ。

 

「詳しい説明はまた後でな? 今は、時間がない――イクス!」

【了解。イクスカリバー全兵装(フルバレル)、全開放(フルオープン)、超過駆動(フルドライブ)、スタート】

 

 そして次の瞬間、ヴォルトの像が”ぶれた”。そして、そのままシオンと存在が重なっていき、完全に一つとなった。

 背より延びる剣翼から金色の魔力粒子が一気に放出され、辺りを包む。

 

 エリオとキャロは、シオンを見る。存在がもはや違っていた。ヒトと、これは呼んでいいのか? そんな疑問が浮かぶ程、今のシオンは神々しかった。

 シオンが呟く。自らの切り札の正体を――その能力の名を。

 

「精霊、融合!」

【スピリット・ユニゾン】

 

 精霊融合。シオンのアビリティースキルの一つであり、そして、切り札。

 カラバ式の思想である、セフィロトの樹。これは人間、天使、神様の身分階級を解りやすく十段階評価した図である。

 だが、この図には肝心の神様の事が書かれていない。神の領域にはヒトは行けない、と言う概念だ。

 ならばヒトを超えたならば? その一つの完成形がこれである。

 世界意思端末存在――概念の一角たる精霊。言わば神様の一部と融合する事により、ヒトを超える存在となる。

 世界の一部とはいえ、それと融合する事により、実質の魔力は無限。

 さらに限界反射、限界機動。ヒトが持つ限界を超える事を可能とする力。

 スキルランク:SSS+++。それが、シオンの精霊融合であった。

 

「シオン、お兄さん……」

「キャロ」

「は、はい!」

 

 唐突に呼ばれてキャロが飛び上がる。シオンは構わずに話した。

 

「この状態はもって三分。それ以上は無理だ。そして、三分が過ぎれば俺は力尽きる。だから、今の内にキャロも召喚を。……後は頼むぜ?」

 

 微笑と共に告げられたシオンの頼みに、キャロは「はい!」と変事を返す。

 シオンは頷きだけを返して、両のイクスを構えた。

 

「神庭シオン。推して――参る!」

 

    −閃−

 

 シオンが残像現象すら起こしながら、飛翔開始。感染者は即座に、迎撃の触手を延ばし――。

 

    −斬−

 

 ――だが、その全てが一瞬で斬り伏せられた。

 凄まじい速度である。もはや知覚不可能な領域だ。

 触手を斬り伏せ、感染者に到達。シオンは迷わず右のイクスを振り放った。

 

    −閃!−

 

    −裂!−

 

 右の斬撃は、シールドも甲殻も紙の如く切り裂く。威力も桁違いに跳ね上がっていた。感染者が吠え、躯中から触手を伸ばし、全周からシオンを襲い――しかし、彼はもはやそこにはいない。

 

 右、左、背中、顎、腹、胸。

 

 ありとあらゆる場所に、一瞬で斬撃が打ち込まれる。

 一撃一撃が半端じゃなく重く、また疾い。次々とシールドが、甲殻が、剥がされていく。

 

「凄い……!」

 

 エリオは、そんなシオンの姿を見て呟く。あれがヒトに可能な動きなのか。だが、いつまでも驚いてはいられない。頭を一つ振ると、キャロへと視線を移す。そこでは、また彼女も永唱を行っていた。

 

「天地轟命!」

 

 エリオが振り向くのと、キャロの永唱完了は同時であった。彼女が展開した巨大な召喚魔法陣から巨大な、何かが現れる。

 呼ぶ――彼女もまた、その切り札たる存在を!

 

「来よ、ヴォルテール!」

 

    −轟!−

 

 焔の柱が衝き建つ。そして、その中から漆黒の人の姿を持つ巨大な竜が顕れた。

 これぞ、真竜ヴォルテール。アルザスにおいて、『大地の守護者』と言われる竜族の中でも最強クラスの存在であった。

 

「エリオ君!」

「うん。行こう、キャロ!」

 

 言うなり、キャロはヴォルテールの掌に乗り移り、エリオはフリードを翔る。既にシオンによって花道は作られた。後は最高のポジションに移動するだけである。

 

 そしてシオンもまた、キャロがヴォルテールを召喚した事を確認した。

 

 ――あの歳で、あれ程の存在を召喚せしめるとは。

 

 その才能に苦笑し、そして時間を確かめる。精霊融合の残り時間、後一分半程。既にシールドと甲殻はあらかた剥がし終えている。後は、躯を砕いて核を露出させるだけだ。

 そう思った、その時。シオンにやられるだけだった異形が動き出した。シオンを無視して右腕を延ばしたのだ。その右腕は変化し、筒のようなものとなる。明らかに、砲台であった。

 キャロ達に砲撃を叩き込むつもりか――しかし。

 

「させねぇよ!」

 

 シオンは一瞬で右の肘まで移動し、技を解き放つ。

 

「神覇・壱ノ太刀、絶影雷刃」

 

    −迅!−

 

    −雷!−

 

    −斬!−

 

 雷を伴った斬撃が右腕をぶった斬る! 痛みに吠える異形。再び、甲殻まで含めて再生しようとするが、再生したはじからシオンは全て斬り断っていく。何も、させはしない!

 

 更にシオンは永唱を始めた。

 

「汝が枝属は炎。汝が柱名は”イフリート”。来たれ。汝、炎の精霊。イフリートォ!」

【ヴォルト、ユニゾン・アウト。送還。イフリート。スピリット・ユニゾン】

 

 直後、永唱に応え、炎の巨人を彷彿とさせる存在が顕れた。これぞイフリート。炎の精霊である。ヴォルトを融合解除し、すぐにイフリートと精霊融合を行った。融合可能時間は、残り三十秒!

 

「イクスぅ!」

【神覇・陸ノ太刀。リミットリリース。開放。イフリート、炎熱加速開始】

 

 シオンが跳ぶ――天高く! そして、その身体からは、炎が溢れ出た。その炎は不死鳥を象る。

 

「神覇陸ノ太刀、”奥技”ぃ――!」

 

 振りかぶる。それは、未だシオンにとっても未完成の技だ。だが、今は上手くいく。その確信がシオンにはあった。真っ直ぐに異形へと突っ込み、その技を解放する。叫ぶ! 技の名は――。

 

「朱雀――――――!」

 

    −轟!−

 

    −煌!−

 

    −爆!−

 

 轟炎爆砕! 放たれたその一撃は、異形に叩き込まれ、その半身を一瞬で灰へと変えた。

 半身を失い、感染者がぐらつく。しかし、直ぐに再生を始めた。

 だが、託された少女はそれを許さない!

 

「ヴォルテール! ファイア――――!」

 

    −煌!−

 

    −轟!−

 

    −爆!−

 

 天地爆裂! 命を受けたヴォルテールは、その翼に掲げた光球から大威力の砲撃を異形に叩き込む!

 その威力に、異形の残り半分の半身も砕かれた。

 そして、漆黒の”球”だけがそこに残る。それこそが第二段階に至った、感染者の核であった。

 その球に、フリードを駆るエリオは突っ込む。それは竜騎士として放つフリードとの合体攻撃。エリオの雷撃をフリードに纏わせ、共に突撃する一撃!

 

「ドラゴン・ストライクっ!」

 

    −閃!−

 

    −撃!−

 

    −塵!−

 

 迅雷疾駆! エリオはフリードと共に光りの矢と化し、一撃が核を打ち貫いた。

 一瞬の間が開き――。

 今度こそ、完全な塵となって感染者は消滅したのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 感染者が滅びた後、周りの風景は一変した。

 本体を倒した為、もはやその場にあったアポカリプス因子がそのものが死滅したのだろう。黒の点が綺麗に消えている。

 だが、そこにあった風景は、黒ならず真っ白と化していた。

 大地も木も、感染したものは全て”死んで”しまったからだ。

 キャロは一人、そこで佇む。その光景を見ながら浮かぶのは悲しみか――。

 

「キャロ……」

「ほれ」

 

 その姿を見ていたエリオの背中を、シオンが叩く。自分を見上げる少年に、シオンはニッと笑った。

 

「大切な娘、なんだろ? 慰めてやんな」

「でも……」

 

 迷うエリオに、だがシオンは頭をポフッと叩いてやる。

 

「ああ言う時は共に悲しんであげられる奴と一緒がいい。いいから行ってやれ」

「……そう、ですね」

 

 ようやくその言葉に頷き、そのまま小走りでキャロの元に向かう。

 二、三言、何かを話し後、泣き出したキャロにエリオは抱きしめられた。

 しばらくオタオタしていたが、やがてその背に手を回す。

 

 シオンはそれ以上見るのは野暮だな――と、エリオ達に背を向けて歩き出した。そこで、前から歩いて来たスバルとティアナにばったり出くわす。

 

「よ……」

 

 ――そう、声を掛けたつもりだった。が、失敗した。

 手を上げながら倒れ込みそうになるのを、慌ててティアナ、スバルが両側から支えてくれる。

 

「ちょ……! あんた、大丈夫!?」

「シオン!?」

 

 二人に支えられながら、シオンは「悪い」と呟いた。

 

「何で、こんな状態に……?」

「……精霊……融合は……極度の体力……精神力……魔力を……消費……する。……その反動で……術者は……極めて……短い……が、睡眠を……必要と……する。……よう……は……冬眠……だ」

 

 シオンがもはや薄れいく意識の中で、それでも何とか呟く。既に目が閉じようとしていた。よほど眠いのだろう。

 

「反動って、また厄介な代物なのね」

「悪い……もう、無理……このまま……寝るわ……」

 

 え、と気付いた時にはもう寝息を経て始めていた。あれだけの激戦をやったのに、むにゃむにゃと女の子のような眠声を出している。

 

「もうっ……!」

「あー、ほら、シオンも頑張ったし。ね?」

 

 頬を膨らませるティアナに、スバルがフォローを入れる。だが、次の一言に二人共黙る事になった。――それは、まるで呟くような寝言。

 

「大切……な奴達。今度は、守れたよ……ルシア……」

 

 顔を見合わせる。そして、今の一言でまぁしょうがないか――と、言う顔で、二人は意外に重いシオンを引きずるように運び始めた。

 今回は確かに頑張ったから、シオンは。

 だが、それとは別にして、二人の胸中にはある疑問が浮かぶ。

 それはモヤモヤとしていて、考えるのにちょっとした痛みを伴った。

 シオンの最後の一言。それに、二人は同じ事を考えていた。つまり――。

 

 ――ルシアって、誰?

 

 そんな三人を、遠く地平線に沈む陽が静かに照らしていた――。

 

 

(第九話に続く)

 

 

 




次回予告
「第二段階に到達した感染者との死闘を制したアースラチーム」
「そんなアースラのシオンだが、思いがけない事が判明する」
「はやては、容赦無くシオンに命じるのだった」
「次回、第九話『とある少年の休日』」
「休む事を忘れていた少年は、ようやくその羽を休ませる」


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第九話「とある少年の休日」

「――彼の瞳には何が映ってるんだろ? 私はときどき考える。666を追い続ける少年。新しい仲間。そんな彼は、ここに来て良かったと思ってくれているのだろうか。その瞳は、穏やかで。でも、どこか危うくて。そんな彼が、まだ心配で。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 アースラ艦内時間、午前四時、シオンの部屋で、目覚まし時計のベルが鳴る。

 アースラに置けるシオンの部屋は、ちょっとばっかり殺風景で、基本的に物がない。

 ある物と言えばシオンが唯一持ち込んだ物と、机、椅子、ベットくらいか。

 目覚まし時計のベルが鳴っているが、シオンは構わずくぅくぅ寝ている。

 やがて、シオンの所有デバイスであるイクスが浮かび上がる。人型だ。

 シオンの側まで近寄ると、イクスが光に包まれる――そこから顕れたのは、成人と変わらぬ身長となったイクスだった。

 大体の融合機に共通する事であるが、基本彼等、彼女等は、平均的な人の大きさになる事が出来る。

 普段それをしないのは、魔力の消費が多い為だ。

 だが、イクスはほぼ毎日成人クラスの大きさになる。

 ――曰く、弟子の修練に師匠が小さくてどうする――との事。

 イクスが目覚まし時計のベルを消す。そして、シオンの顔……正確には耳元に顔を近付け、そこで息を一息吸い。

 

【起っ! 床――――――――!】

「うっどわぁぁぁぁぁぁぁ――――!」

 

 力一杯耳元で怒鳴られ、シオンは跳ね起きた。そう、これがシオンの毎日の朝の風景であった――。

 

 午前四時十五分。

 アースラの訓練室に、シオンとイクスの姿はあった。

 こんな朝早くに何をしようと言うのか、シオンはカードを差し込むと、訓練室がそのデータに従い、空間が拡大。街の風景を形作った。

 

【さぁ、今日も張り切っていこう】

「……おぉー」

 

 どうにも朝が弱いらしいシオンが、気のない返事をする――と同時、どこから取り出したのか、イクスの手に木刀が握られた。そして、問答無用にシオンの頭へ叩きつけられる!

 

    −撃−

 

【返事ははっきり大きくと】

「お、おお!」

 

 弟子であるシオンは、イクスに修業中は基本従う。

 例え頭を木刀ではたかれようと、だ。……青筋が浮かんでいるのは御愛嬌であろう。

 

【さぁ、今日も楽しい散歩の時間だ】

「毎度ツッコムのもアレだけど、お師匠? これは、確実に散歩じゃないって……」

 

 そう言うシオンにはロープが巻き付けられ、そのロープはタイヤへと伸びていた。

 さらにタイヤの後ろにはロープが巻き付けられ、そのロープにはバーベルがこれでもかとつけられている。止めに、そのタイヤにはイクスが乗っていた。合計の重量は軽く百Kgを越えているだろう。だが、イクスは全く構わない。

 

【口ごたえするな】

「へぃよ……って痛い!」

 

 シオンに今度は鞭が叩きつけられる。どこからそんな怪しいものを持ってきたのかは謎であった。

 

【返事は「はい」だろう?】

「……は、はい」

 

 怒りで体が震えるシオン。だが、そこはぐっと堪えた。鞭はとっても痛いのだ。何度も喰らいたくは無い。

 

【では、今日は軽く5周程走るか】

 

 そう言いながら、訓練室に展開された町並みを見るイクス。ちなみに、距離にして75km程ある。

 これを散歩と言い切れるあたり凄まじいとしか言いようが無かった。

 

【さぁ、走れ。馬車馬の如く】

「い、いつか……! いつかスクラップにしてやる……っ!」

 

 涙ながらシオンが呟く。

 もはや、『歩』ではないのが涙を誘う。そして、シオンは走り出した。

 

【遅い。もっと速くだ。カメのほうがいくらか速いぞ】

「痛っ! 痛っ! ぬおぉぉ……! いっそ殺せ――――――!」

 

 シオンの怨嗟の声が響く中、散歩の時間は過ぎていった。

 

 午前6時。ようやく散歩が終わったのか、シオンが道端に寝転がる。

 だがあの距離を、あの重量で、1時間も掛からず走れるあたり、シオンも常人ではない。

 だが師匠であるイクスに容赦の文字はなかった。

 寝転がるシオンにバケツ――これもどこにあったか謎だ。に、汲んだ水をぶっかける。

 

【散歩でいちいちへばるな。次いくぞ】

「……はい」

 

 もはや反論も出来ず、シオンはイクスに続く。

 だが勿論、そこから先も地獄と名付けるのが相応しい修練が待っていた。

 

「ひーとーごーろーし――――!」

【人聞きの悪い事を言うな、この弟子は】

 

 喚くシオンに、イクスがさも心外とばかりに首を振る。

 だが、もしこの場に第三者がいたら、決してシオンの言葉を否定しないだろう。

 シオンは鉄棒に逆さで括りつけられ、下ではイクスが煌々と焚火を行っていた――いや、焚火と言うには火が強すぎる。キャンプファイアーもかくやとばかりに、炎の舌が上に伸びていた。それはちょうどシオンが居るあたりまで伸びている。

 シオンは火傷しないように腹を屈め、背中が熱くなったら背を反らせ、腹が熱くなったら――と、交互に火傷せぬように繰り返していた。傍から見れば、立派な拷問である。

 勿論、意味はある。要は腹筋、背筋の修練だ。

 ただやり方、と言うものがあるような気はするが。

 

【……もうちょっと火力を上げるか】

「おーにー! あーくーま――――!」

 

           

 午前6時半。ようやく。スルメ踊り(命名イクス)が終わる。

 だが当然、修練はまだまだ終わらなかった。

 

【頭が高い】

「ぬあぁぁぁぁ!」

 

 シオンの頭上をぎりぎり木刀が通り過ぎる。

 シオンは今、半腰になって、さらに腕を肩の高さに伸ばし、その両手には水が満載の壷(気合い、根性と名前付き)を握った状態で、木の杭をすり足でくぐり抜けている。ちょっとでも頭をあげると、木刀が容赦無く叩き込まれる仕組みだ。

 筋トレなのだが、いちいちレトロなのはイクスの趣味なのか――。

 

 午前7時。まだ修練は終わらない。

 今度は杭の上に片手で乗って逆立ちし、さらに足の上にイクスを乗せたまま腕立てを行っていた。バランス感覚と腕の筋肉を鍛える為の修練だろうか。

 

 そして、午前7時10分。

 

【ふむ、朝のウォーミングアップ終わり。飯にしよう】

「……うわぁい」

 

 心体共に疲れ果てたシオンがイクスに続き、訓練室を出る。ようやく、朝ご飯であった。

 

 午前7時半。シャワーを浴びたシオンが食堂に入る。ちなみにイクスは待機モード(大剣状態の鍔の形)に戻っていた。

 

「シオンー!」

 

 食堂に入るなり、名前を呼ばれる。声の方を見ると、スバルを始めとした前線メンバーが勢揃いしていた。ちなみに名前を呼んだのはスバルだ。

 

「よう皆も飯か?」

「うん、シオンもここに座りなよー」

 

 にこやかに言われ、勧められるがままに席に座る。

 目の前にはどん、と山となったスパゲティーがあった。

 

「んじゃ、いっただきます」

 

 両手を合わせる。シオンは何故かこんな風に礼儀正しい時があった。――礼儀正しいのはここまであったが。

 食らう。喰らう。喰らい尽くす。

 シオンがフォークを延ばすと、山が見る見る間に消えていく。

 先の修練の後で、よくぞそれだけ食べれるものだ。

 流石のスバル、エリオ(二人共大食い)も苦笑する。

 

「そう言えばシオン兄さん」

「んァ?」

 

 更なる山を消費しながら、エリオの方を向く。

 頬っぺたがリスのように膨らんでいるが、次の瞬間には飲み込まれていた。

 本当に噛んでいるのか問いたくなるが、シオンの顎の速度は並ではない。

 

「シオン兄さんって、朝の訓練の時、皆と一緒じゃないですよね? どんな訓練してるんですか?」

「……まぁ、いろいろ、な」

 

 エリオの問いに若干顔を引き攣らせながらシオンは笑う。

 なのは教導官による朝の教導。シオンはそれには参加していなかった(出来なかった)のだ。

 

「そう言えば、そうだねー。朝ご飯、毎回凄い食べっぷりだけど。朝、何してるの?」

「まぁ、修練を、ちょっと」

 

 あれをちょっととは決して言わないだろう。だが、師匠曰くウォーミングアップを、目の前で地獄の筋トレとは言えなかった。……倍増されても困るし。

 

【ふむ、興味があるならスバル・ナカジマ。君も修練に参加――】

「人死にが出るから却下」

 

 シオンがすげなく却下する。こうして、朝食の時間は過ぎていった。

 

 午前11時。アースラにエマージェンシーコールが鳴り響き、シオン達は出動する。

 基本的に感染者は時間を問わず発生する為、少隊毎に待機時間は違う。

 今回の昼待機はスターズ少隊であった――のだが、シオンは必ずと言っていい程毎回出動する。

 感染者にシオンが捜すナンバー・オブ・ザ・ビーストが関係している為なのだろうか?

 はやてや、なのはもシオンに休むよう度々言うが、シオンはまったく聞く耳を持たなかった。

 負けず嫌いの上に超、が付く程の頑固者であるシオンらしいと言えばシオンらしいが。

 

「OOOaaaaaaaaa!」

「っと!」

 

    −撃!−

 

 上から放たれた巨大な拳を、シオンはひらりと躱す。

 今度の感染者はゴーレム。魔法生命なのだが、アポカリプス因子にはあまり関係ないらしい。

 まぁ無機物にも感染する事を考えると、まだ理解の範疇だろう。

 ゴーレムのただ一つある目から光が放たれる――砲撃!

 

    −煌−

 

 しかし、シオンも、そしてスバルもあっさり回避した。この程度の砲撃は、問題にもならない。

 

「神覇参ノ太刀、双牙!」

 

    −裂!−

 

 シオンが放つ地を走る刃は二連。それは、外周から弧を描いて、ゴーレムの膝に直撃!

 たまらず両の足は崩れ、ゴーレムが前に倒れる。

 その方向には、スバルと、今まさに放たれたれんとしたリボルバーナックルの一撃があった。

 

    −撃!−

 

 リボルバーキャノン。その一撃が、胸部に直撃。

 ゴーレムは、今度は反対にのけ反った。

 そこに、なのはのアクセルシューターと、ティアナのクロスファイアーシュートが叩き込まれる!

 再生能力を持つ感染者に対する有効な手段。それは間断ない連続攻撃で再生をさせずに倒す、と言うものであった。スターズと、シオンはそれを実践する。

 

「行くぞ、アイゼン!」

【了解!】

 

 ヴィータの声に応え、カートリッジロード。

 グラーフアイゼンの片側から突起が、もう片側からロケットブースターが迫り出す。

 そして、そのままヴィータは回転開始。ロケットが火を吹いた。

 

「ぶち抜け――――!」

 

    −轟−

 

    −撃!−

 

 ラケーテンハンマー。ヴィータは回転しながらゴーレムに突っ込み、そしてゴーレムの胸部に轟撃の一撃を叩き込む!

 既にスバルから一撃もらった所である場所を直撃され、胸部はあっさり破砕し、そのまますっ飛ぶ。そこに――。

 

「神覇、弐ノ太刀――」

「ディバイーン……!」

 

 ――シオンとスバルの声が重なる。二人は並んで、それぞれ止めの一撃を放たんとしていた。

 ボロボロになったゴーレムは、ただその一撃を座して待つしかない。

 

「剣牙ぁ!」

「バスタ――!」

 

    −轟!−

 

    −破!−

 

    −撃!−

 

 そして二つの光は放たれ、飲み込まれたゴーレムはあっさりと塵へと還っていった。

 

 午後3時。ようやく感染者との戦闘の事後処理が終了し、スターズの面々は事務仕事に戻る。

 シオンも書類作成の為、ティアナからの助言を受けながら報告書を作成していた。

 

「そこ、誤字があるわよ?」

「ぬ、ぐぬうぅぅぅ!」

 

 ティアナに手伝ってもらいながら報告書を作るシオンは、ダメ出しを連発されて唸る。

 つくづく、机に向かうのが苦手なシオンであった。

 

 午後5時。なのは教導官の元、集団模擬戦及び、各個人技能の訓練を開始する。

 シオンは連携戦闘が苦手な為、なのはにみっちり扱かれていた。

 模擬戦の後に反省会。そして、少隊を変えての再度模擬戦。これをくり返す。

 シオンも最初の方は足を引っ張りまくりだったが、なかなかどうして。慣れて来たのか様になってきていた。

 ……油断すると、ヴィータから手痛い一言を貰う羽目にはなったが。

 

 午後8時。各少隊への申し送りなどの書類仕事を終らせ、ヴィータやなのは、フェイト等の隊長陣のチェックの後、漸くオフシフト。風呂に入る。

 

「しっかし、男が俺達だけって寂しい過ぎだなオイ」

「前線メンバーはシオン兄さんと僕だけですしねー」

 

 広い湯舟にシオンとエリオが浸かる。しかし、横の女風呂は姦しいのに、こちらは二人だけ。非常に寂しい光景であった。

 たまにヴァイスやグリフィスも交じる時もあるが、それでも少ない。

 

「どうせならエリオ。お前、女風呂に入ったらどうよ?」

「……流石にもう勘弁して下さい」

 

 六課時代の、地球への出張任務の話しを聞いていたシオンがにんまりと笑いながらエリオを冷やかす。それに頬を赤らめながら文句を言うエリオ。平和な時間であった。

 

 午後9時。再度、エマージェンシーコールが鳴る。

 シオンは今度はN2Rチームと出動する。向かった先には、先程と同じゴーレムの感染者がいた。

 

「……流行ってんのか、ゴーレムって?」

 

 勿論、そんな訳がない。単なる偶然である。すぐさまゴーレムに踊り掛かるN2Rとシオン。

 ……あっさり倒した為、戦闘描写は割愛する。

 

 午後11時。再度報告書を作成するシオン。今度の助言者はギンガだ。

 

「……ここ、脱字してるね?」

「ぐぬ! ぐぬぬぬ!」

 

 いい加減、机仕事に慣れようと思うシオンがここに居た。

 

 午前0時。

 

「おやすみー」

 

 床につくなり、速攻でシオンは寝息を立てる。彼は、寝付きはとても良かった。

 

 これが、ここ一ヶ月程に置ける、シオンの一日のパターンであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……流石にシオン君、働き過ぎやなー」

 

 アースラのブリッジにある艦長席。そこで、八神はやては呟いた。

 休めと言っても聞かないシオン。普段、何してるのかちょっと気になり、シャマルに頼んで、モニターして貰ったのだ(風呂の場面は除く)。

 それが今見たものである。感想は、よく体が持つものだの一言に尽きた。

 朝の修練など、見ているだけで絶句ものなのだが。

 

「働き者なのは結構なんですが、倒れられるのは困りますね」

 

 副官であるグリフィスも、もはや苦笑するしない、といった表情ではやてに頷く。

 いろんな意味で就業規則の緩い管理局。だが、だからといって体を壊すまで働けとは言っていない。

 

「やっぱり、無理にでも休ませるべきやろうね」

「同感です。なのはさんを始めとした隊長陣からも、強制的に休ませるべき、との意見が」

 

 やろうなぁーと、はやては頷く。物事には何事も、限度と言うものがある。そして、シオンはその限度を越えまくっていた。

 

「シャリー、悪いけどシオン君、ブリッジに呼んでくれるか?」

「はーい。了解しました」

 

 和やかにシャリーが返答し、シオンに通信で呼び掛ける。ほどなくして、シオンはブリッジにやって来た。

 

「神庭シオン、入りまーす。どうしたんですか、はやて先生?」

「うん。あんな、シオン君?」

 

 不思議そうな顔をするシオンに、はやては休暇の話しをする。だが、シオンの苦々しい顔をして、「NO」とだけ返した。

 

「……あんな、シオン君。勘違いしとるようやけど、これは命令」

「いや、でもですね?」

「でもも、へったくれもあらへん。アースラ初出航から一ヶ月。最初の感染者戦の後以外休んでないやんか」

 

 反論を容赦無くぶった切るはやて。そう、シオンは最初の感染者との戦いで、切り札である精霊融合を使い、丸一日昏睡。さらに、もう一日を体力の消耗等から休んだのだ。だが、それ以外は全部例の一日のように働き続け、休暇を一日も使わなかったのである。

 

「とにかくや、これは決定事項。反論等は聞かんから」

「いや、ちょっ! そんな横暴な!」

「休みは――そうやな。今日と明日。以上、解散!」

 

 シオンはしばらく喚くが、はやてが笑顔で「なら、医務室にでもバインドかけてほうり込んどこうか?」と言い出したので、仕方なしに退散する。

 

「二日間も何をしろってんだよ……」

 

 シオンは休みの癖にやたら重いため息を吐きながら、とぼとぼと部屋に戻ったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「と、言う訳で。今絶賛、暇なんだ」

『『はぁ……』』

 

 とりあえず、時間を潰そうと来たのは休憩所――ピロティであった。

 前線メンバーはここ等でだべる事が多い。ちなみにシオン、此処に来る前に訓練室に行っている。

 だが、どこをどうやったのか訓練室に入れないのだ。どうやら徹底的に休ませるつもりらしい。

 そんな訳で来てみたのは休憩所。そこで、ティアナ、スバル、エリオ、キャロがお菓子を食べながらだべっていたので混ぜてもらい、時間の使い方なんぞを聞いた見た訳だ。

 

「うーん。なら、ミッドのクラナガンに遊びに行ったらどうかな?」

「ダチがいるならともかく、一人で行って何をしろってんだよ」

「なら、部屋で寝てたらどうなの?」

「なんぼなんぼでも、二日も寝っぱなしは遠慮したい所だ」

「読書とかはどうです?」

「最近、本読んでないからなー。それに性に合わねぇ」

「詩でも書き綴るとか」

「……キャロ? お前は俺にどんなキャラを期待しとるんだ……」

 

 うーん。と、再び思考の渦に入り込む一同。なんと言うか、何故に休みの日なんぞで、こんなに悩まなければならないのか。

 

「と言うか、趣味とか無いの? あんた?」

「趣味かー。無い事も無いんだけど……?」

 

 ティアナにそう言われ、シオンはふむと考え込む――と、そこではハタっと動きを止めて、ティアナをジーと見つめ始めた。

 

「な、何よ? そんなに人の顔ジロジロと見て……」

「お前、今日はもうオフシフトだよな?」

 

 見つめられた為か、顔を赤らめるティアナに、シオンはなおも見つめながら問う。それに訝しみながらも、ティアナは頷いた。

 

「そう、だけど?」

「よっし、ちょうどいいや。そのまま此処で待ってろ」

 

 言うなりシオンは立ち上がると、自分の部屋へと戻っていく。突然のシオンの行動に、四人は呆気に取られた。

 

「……なに、あれ?」

『『さぁ?』』

 

 ティアナの問いに当然答えられるはずもなく、シオンの背中を見ながら、三人は首を傾げたのであった。

 

 そして数分後、シオンが戻って来た。

 その手にあるのはキャンバスとイーゼル。各絵の具とデッサン用の黒炭である。何やら上機嫌で用意を始めるシオンに、ティアナはとりあえず聞いて見る事にした。

 

「えっと……。一応、聞くわね? 何をするつもり?」

「ん? ああ、俺、絵を描くのがちょっとした趣味でな。絵を描こうと思ってさ」

 

 ………………。

 

 沈黙が広がる。一秒、二秒と、そして、三十を数えた頃、四人は一斉に爆発した。

 

『『ええぇぇぇぇ――――――――――!!』』

「……なんだよ? 四人揃ってその反応はよ」

 

 シオンがイーゼルにキャンバスをセットしながらジト目で問う。だが、四人はそれどころではなかった。

 シオンが返した答えが、あんまりにも意外過ぎたからだ。どちらかと言えば、そう言った繊細な事は不得手なイメージがあったのだが――。

 

「シオン、絵なんて描けたの!?」

「ああ、地球出てから描いてないけどなー。ある人の影響で描き始めたんだが、これがいろいろ楽しいんだよ。……もっとも、俺が得意なのは人物画だけど」

「待ちなさい」

 

 んあ? と、今まさしくデッサンを始めようとするシオンに、ティアナが静かに静止を掛ける。キャンバスの方向はこちらを向いているようなのだが――?

 

「一応、聞くわね? あんた、誰を描くつもり? 私、とっても嫌な予感がするんだけど?」

「お前」

 

 即答である。やっぱりか、とティアナはこめかみに手をやった。

 

「……私、描いていいなんて、一言も言ってないんだけど?」

「おお、そう言えば!」

 

 忘れてたのか、とゲンナリするティアナ。すかさず文句を言おうとする――が、しかし、シオンの一言が機先を制した。彼はにこやかに笑い。

 

「悪い。でもお前の顔綺麗だし、なんか絵映えしそうだったからさ」

 

 それは、何の邪気もない笑顔と一言であった。シオン自身素直過ぎる気持ちに、全く内容に含みが無い。しかし、それ故に、ティアナは思いっきりうろたえた。

 

「あ、あんた何言ってんの!?」

「ん? 駄目かー? なら諦めるけど」

 

 あっさりと言うシオンに、しばらくティアナは迷う。

 だが結局の所、興味が勝った。果たして、シオンは自分をどう描くのか――?

 それが、気になって気になって、仕方なくなってしまったのだ。

 

「――もぅ! わかった、描いていいわよ。その代わり、ちゃんと綺麗に描きなさいよ?」

「任せろ。本物より綺麗に描いてやんよ」

 

 シオンの返答に小さく「ばかっ」とだけ呟くと、観念したのか椅子に座る。そこで、シオンはふと気が付いたように顔を上げた。

 

「おっとそうだ。スバル?」

「え? な、何?」

 

 どうやら何か考え事をしていたのか。若干慌てながらスバルが聞き返す。

 シオンはそんなスバルの様子に気付かず、朗らかな笑みで問いを放った。

 

「次、お前を描かせてな? お前も綺麗だし、結構絵映えすると思うんだよ」

「へ? ええ!?」

 

 いきなりのシオンの言葉に、焦りまくるスバル。シオン自身は何気なく放った言葉でも、その威力は絶大であった。そんなスバルの様子に、このコンビ似たような反応すんなぁとか思いつつ、彼女にも聞き直す。

 

「駄目か? まぁ、なら諦めるけどよ」

「え、でも、その……! うー! や、やっぱりお願いします」

 

 最後らへんは消え入りそうであったが、結局ティアナと同じく好奇心に負けたらしい。

 そんなスバルの返答に、シオンはよしっと満面の笑みを浮かべた。

 その顔を見て、スバルもまたティアナに負けないくらい赤くなる。

 

 その頃、ティアナはシオンにいろいろ褒められたり、緊張のせいか周りが見えない程、まぁ、なんかいろいろ駄目になっていた。

 二人を駄目にしたシオンは、さらに続ける。

 

「明日はエリオとキャロなー?」

「えっ?」

「私達もですか?」

 

 思わぬ言葉だったのだろう。二人が問う。それにシオンは「おう」と答えた。

 

「二人、ツーショットで描いてやんよ」

「えっと、そのー。それじゃあ」

「よろしくお願いします」

 

 ペコリと仲良く頭を下げる二人に、先程と同じく頷くシオン。そして、再びティアナへと向き直った。

 

「んじゃあ描くな? ああそれと、そんなガチガチにならんでも大丈夫だぞ? 普通にしてろ、普通に」

「……う、うん!」

 

 だがティアナは聞こえているのか聞こえていないのか、ガチガチのままだった。

 シオンはそんな彼女に苦笑しながら、まぁいいか、とデッサン用の黒炭を走らせ始めた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……凄い」

「んー、でもないぞ? やっぱり腕、鈍ったなー」

 

 自らが描かれたデッサンを、ティアナは茫然と見る。シオンが描いたティアナは、素人から見れば充分綺麗だった。ただシオンは自身は、ちょっと不満そうである。

 

「ううん、全然上手いよ。シオン才能あるって」

「そうですよ。こんな絵が描けるって、充分凄いです」

「はい。この絵のティアさん、とっても綺麗です♪」

 

 皆が褒める中、キャロの言葉にティアナが「あう……」と、声を漏らす。何やら相当恥ずかしいらしい。しかし、シオンは苦笑いだけを零した。

 

「んー……。俺としちゃあいろいろ不満なんだが。ティアナ、モデルありがとうな」

「えと、その、私こそ、ありがとう」

 

 ティアナの礼にシオンが疑問符を浮かべて、首を傾げる。何故に礼を言ってくるのか。そんなシオンに、ごにょごにょと小さくではあるが、ティアナは言ってやる。

 

「ほら、さっき言った本物より綺麗に描くって……」

「ああ。でも駄目だな。まだお前のが綺麗だ」

 

 自分が描いたデッサンを見てシオンが言う。――この時、シオンには勿論、他意はない。だが、それ故に、ティアナには破壊力満載の言葉となった。

 

「その、あの、それ、どう言う意味……?」

「ん? そのまんまの意味だよ。まぁ、また描かせてくれよ。次こそは本物より綺麗に描いて見せるぜ」

 

 ニっと笑うシオン。そんな彼に、ティアナの顔がさらに赤くなった。……無自覚とは、本当に本当に恐ろしいものである。

 

「さて、次はスバルだな。ほれ、そこ座れよ」

「う、うん!」

 

 言われ、ティアナが居た席に今度はスバルが座る。

 しかし緊張の為か、ティアナ以上にカチンコチンであった。流石に、シオンが苦笑を漏らす。

 

「……お前ね。絵を描かれる位でそんな緊張してどうすんの?」

「だ、だって!」

 

 呆れたようなシオンに、スバルが珍しく食ってかかった。あのシオンが、自分を描くと言うのだ。緊張しないほうがおかしい。そんなスバルに、シオンは少し思案して。

 

「……ん。なぁ、スバル。服、脱いで見ないか?」

 

 ニンマリと笑いながらシオンが告げる。一同、何を言われたか分からず、一瞬呆然として、直後に大声を上げた。

 

「え、え――――――――――!?」

「ちょ、シオン! あんた、どういう積もりで――!」

「何を驚く? ヌードデッサンってのはあるんだぜ?」

 

 いけしゃあしゃあと言い放つシオン。そんな彼に、さらに二人は慌てまくった。

 

「シ、シオン、流石にそれはちょっと……」

「まぁ、勿論冗談なんだがな」

 

 涼しい顔でシオンは先程の自分の言葉を否定する。二人は、再び呆気に取られ、やがて拗ねたようにシオンを睨んだ。

 

「アンタね……」

「……シオン、酷いよ……」

「で、どうだ? 緊張解けただろ?」

 

 シオンがニヤッと笑う。そこでようやく二人共気付いた。つまり、今の冗談はスバルの緊張を解す為だと。

 

「ん。いい表情になったな。それでいいんだよ。普通のお前を描きたいんだから」

「う、うん」

 

 スバルに、にこやかな笑みを返すと、彼女は少し俯いて頷いた。それに微笑み、シオンはキャンバスに向かう。

 

「ほれ、顔上げろ。描くぞー」

 

 こうして静かに、だがシオンの休日は過ぎる

 この時だけは、五人の中で感染者への不安も恐れも、消えていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 XV級次元航空艦、クラウディア。

 その艦長である、クロノ・ハラオン提督は、モニターを見ながら顔をしかめる。何故か? それは、モニターの中にあった。彼は、通信先の管理局員に鋭い目を向ける。

 

「被害者は現地の住人で、何らかの犯罪に関わったわけではない――間違いないんだな?」

《はい、間違いありません》

 

 局員の男性は、神妙な顔で頷く。彼が持って来たのは、ある事件の現場の様子であった。モニターには、その現場が映し出されている。

 そこには、壁に背をつけてぐったりとする男の姿があった。

 彼は意識不明、目覚める気配はないらしい。

 そして、その男の胴には異質極まりない刻印が刻まれていた。それは。

 

「ナンバー・オブ・ザ・ビースト、か……」

 

 666。そう、はっきりと、そこには刻印されていたのであった――。

 

 

(第十話に続く)

 




次回予告
「――ずっと、ずっと、追っていた。追い掛け続けてたんだ。あの背中を」
「どこまでも、あの背中に憧れた。だから、誰よりも憎んだ」
「だから、俺は――」
「次回、第十話『魔王降臨』」
「其は真なる意味での神殺し。EXと呼ばれしもの」


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666編
第十話「魔王降臨」


「その背中を覚えてる。ただ、前に立つその背中を。ずっと守ってくれて、ずっと、俺の道標となってくれた背中。……もう、その背中は無い。だから、取り戻そうと、そう決めた――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 ――その背中を、覚えている。

 背中は大きくて、力強くて。気が付けば、守られていた。ずっと、ずっと。

 だけど、その背中は自分を。そして、周りを守る度に傷だらけになっていた。

 一度だけ、問うたことがある。何故、そこまでして皆を守るのか――と。

 それを問われたその背中の主はふっとだけ笑い、そして答えてくれた。

 

「理由か。考えた事も無いな。ただ、守りたいから守る。ただ、助けたいから助ける。それだけでは駄目か?」

 

 そう、言い切った。だが、自分は納得しなかった。

 だって、その主は自分の周りの人であれ、善人であれ、悪人であれ、救ったのだから。

 だから理由が別にあるって思っていたのだ。けど、それは違った。

 

「俺がやってるのはあくまで自己満足だ。別に誰かの為に助けたわけじゃない。どちらか言えば最悪の偽善者なんだろうな、俺は。む? なら、なんで悪人も助けるのか、だと? そんなの決まっている。気に入ったからだ」

 

 その返答に首を傾げる自分に、底意地の悪い顔で笑いながら、その主は続ける。

 

「世の中の為になるかならないか? そんなものは考えた事も無い。ただ気に入った奴なら、例え人殺しだろうが、世界征服を企む悪の統領だろうが、破滅を望む狂ったバカだろうが、助ける。それだけだ。まぁ、どこかの兄者に言わせれば、理解不能末期到達型馬鹿弟、とやらになるんだろうな――今、考えてみたら、相当酷い事言われてないか?」

 

 それには、ただ苦笑いを返した。そして、思った。

 なんでその主はそんな風に思うようになったのかを。

 

「さぁな? だが、確かに言えるのはこの身は”彼女”に救われたから、決して生まれてはならなかった。決して今、こうして存在してはならなかった。決して――ヒトとして、生きてはならなかったこの身を、救ってくれた彼女がいたから。この、俺を、こんな、産まれ落ちたその瞬間からヒトで在っては為らなかった、この俺にいろんな事を教えてくれた。此処(ここ)にいていいと言ってくれた。……生きていて、よかったと思わせてくれた彼女が居たから。……だから、俺は今、こうして此処にいる」

 

 だから、と笑いながら続け。

 

「だから、俺も気に入った奴等には此処にいていいと思って欲しい。そう思ってる――。理由をつけるんなら、そんな所だ」

 

 そう言って頭を撫でられた。……それには文句を言ったが。彼は、そんな自分に苦笑した。

 

「忘れるな? 人が人を救うなんてのはただの幻想だ。あってはならない事なんだろう。あくまで自分の為に人を助けろ。救われてしまった俺は、そう思う。だから、この身をもって、彼女を、お前を、兄者を、気に入った奴等も、助けたい――そう、思ったんだ」

 

 あくまで自分の為に。そう言い、そして。

 

「俺は、救われた分だけ人を救いたいんだよ」

 

 その生き方を、そんな在り方を。だけど、自分は眩しいと思う反面、ひどく悲しく思った。

 それは何故なのか――その時は、まだ分からなかった。けど、こうも思った。そんな背中の主を守りたいと。いつかその背中に並びたいと。だから――。

 

「そんな生き方もある――。それだけの話しさ、シオン」

 

 ――俺は、此処にいる。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「シオン!」

 

 感染者との戦闘中に、スバルから声がかかる。

 本日の感染者はこれで四体目。いい加減、皆。疲労が溜まり出して来ていた。に、シオンそれが顕著だったか、戦闘中に呆けてしまった。

 

「っ――!」

 

 スバルの声に反応して、シオンが眼前の大型犬のような感染者に気付く。だが、その反応は間に合わない。

 

    −撃!−

 

 突撃(チャージ)。もろにそれを受け、シオンはのけ反り――しかし、そのまま踏み止まった。反対に感染者を睨みつけ、顎を蹴り上げる。

 

「イクス!」

【トランスファー!】

 

 戦技変換。瞬時にブレイズフォームに変化したシオンは、そのまま二振りのナイフと成ったイクスを掲げた。そして、即座に魔法を解き放つ。

 

「神覇壱ノ太刀、絶影連牙!」

 

    −斬−

 

 −斬・斬・斬・斬・斬・斬・斬・斬・斬・斬−

 

    −斬!−

 

 縦横無尽! 高速斬撃の連続攻撃が、躯中を走り抜け、切り刻む! 感染者が悲鳴を挙げる――。

 そこを見逃さず、上空を飛ぶなのはが止めの一撃を放った。

 

「ディバイ――ン! バスタ――――!」

 

    −煌−

 

    −撃!−

 

 放たれた光砲は感染者を穿いて、飲み込み。そして、塵へと変えた。

 

「シオン!」

 

 感染者を滅ぼした事を確認し、スバル、ティアナがシオンへと近寄る。

 彼は大丈夫、と手振りで示すが、二人共離れなかった。

 

「シオン君、大丈夫? あんまり無理してちゃ、駄目だよ?」

 

 なのはも空から降りがてら心配そうな顔で近づく。それに、シオンは困り顔をした。

 

「でも最近酷いよな、感染者の出現率」

 

 ヴィータも近づいて来てぼやく。それに、一同沈黙した。

 ここ一週間程の感染者の出現率は日に日に上昇しているのだ。その為、毎回出動するシオンだけではなく、前線メンバー全員に疲労が溜まりだしていた。

 

「なんとかしなきゃいけない、ね……」

 

 なのはの呟きに、皆深く頷いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「感染者、消滅。状況、クリアーです」

 

 管制官のシャリオ・フィニーノこと、シャーリーからの報告に、アースラ艦長である八神はやてはホッと一息つく。

 最近の感染者の異常発生。それにより、前線メンバーだけでなく、アースラメンバー全員に濃い疲労が溜まり始めていた。

 

「スターズからの報告。周辺警備に残しますか?」

「……いや、スターズは引き上げさせてや。少しでも休憩させんと」

 

 指示を出し、シャーリーからの「了解」の返答と共に、はやては艦長席に身を沈めた。

 

「……昨日は十件、おとついは九件。――発生件数が前と段違いや」

 

 はやての頭を過ぎるのは昨日のクロノ・ハラオウンからの報告。666の刻印を刻まれた人達であった。

 現れたのはちょうど一週間前からである。そして、刻印を刻まれた人達に共通する事があった。

 意識不明。被害者は皆、ずっと昏睡状態にあったのだ。

 そして、666の被害者と、感染者が増大し始めた時と時期は、ちょうど同じであった。はやてでなくても関連性を疑うだろう。

 

 ……いっそ、シオン君に聞いた方が――。

 

 そこまで考えて、しかしはやてはフルフルと首を振った。

 恐らくは――だが、シオンはアースラを飛び出して666を追うだろうと思ったから。

 最初に会ったあの時、自分が感じたシオンの危うさを考えれば、それは無理はからぬ事だった。

 最近は随分と柔らかくなった感じはする。しかし、それはシオンの危うさが無くなる事とは、イコールではない。

 

 ――考えてみれば、私達はシオン君の事、何もしらんのやな……。

 

 シオンの過去、シオンの家族。アポカリプス因子との関係。そして、666との因縁。彼は、考えれば考える程、謎が多い。

 

「艦長。スターズ少隊、ならびにセイヴァー、帰還しました」

 

 シャーリーの声で、思考から立ち戻る。今の段階では、シオンの事は何もわからない。

 それに、今の異常の原因をシオンが知るなら教えてくれるだろう。そこはシオンを信じれる。

 だから、はやてはシャーリーに頷き返し、次元航行に移行するよう指示を出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「皆さん、お疲れ様です!」

 

 アースラに帰還したシオン達に、今はオフシフトのエリオとキャロが労いの言葉を掛けて来た。それに頷くと、なのはの前に集合する。

 

「さて、それじゃあ今からスターズとセイヴァーはオフシフト。しっかり休もうね。報告書は明日のシフト時間までに仕上げて。……N2Rへの申し送りも大丈夫だね? それじゃあ、解散」

『『はい!』』

「オフシフトだからって、あんまだらけんなよー?」

 

 ヴィータからの締めの言葉にそれぞれ頷き返し、部屋に向かう。それを見送った後、なのはは深くため息をついた。

 

「……やっぱ、皆疲れてんな」

「うん、ヴィータちゃんも早く休んだほうがいいよ?」

「お前が休むんなら私も休むけど……まだ、休まないんだろ?」

 

 ヴィータの疑問に、なのははただ誤魔化すように苦笑した。図星だったからだ。スターズ副隊長は、そんな彼女に嘆息する。

 

「……気持ちは解るけどよ。今、私達は休まなきゃ意味ねぇだろ?」

「……うん。でも、もうちょっと調べたいんだ」

 

 そう言って、なのはは手元のコンソールを操作する。

 そこに映るのは感染者達の出現状況であった。

 最近の感染者の異常な発生には、それぞれ技術部や、フェイト達執務官の方でも調べている。だが、なのはもただそれを見ているだけは出来ず、時間があれば何か手掛かりがないかを調べていたのだ。

 

「そもそも因子がどうやって世界を渡ってんのかもわかんねぇんだよな?」

「うん。シオン君もそれは解らないって」

 

 今の所、アースラ――管理局のアポカリプス因子の情報源は、シオンだけだ。

 だが、それだけでは当然心許ないので、シオンのかつて属してた組織。『グノーシス』なる組織に、管理局も情報開示を迫ったのだが、結果は拒否であった。

 どうも交渉に当たった者がかなりのクセモノだったらしく、傲慢にも『命令』と言う形で情報や『グノーシス』の魔法技術。はては所有ロストロギア――ここで言うロストロギアはあくまで管理局側からの視点であり、グノーシス側からしたら先祖代々から脈々と受け継がれた武装や霊装である――の接収まで強要したらしい。

 当然、受け入れられるはずもなく、目下両組織は対立と言う形になっている。

 クロノ・ハラオウンが珍しく頭を抱えて、はやてに愚痴るのも当然と言えた。

 両組織の橋掛けになりそうなシオンは、この問題に対して「知ったこっちゃない」と、言い放っている。

 まぁ自業自得の為、シオンの態度も解るのだが――ここに来て、そうも言ってられない事情が出て来た。感染者の異常発生である。

 

「……そういやさ、ヴィヴィオに今日は会いに行かねぇのか?」

「う……」

 

 痛い所を突かれ、なのはも唸る。

 ちょっと前までは、なのはもフェイトも、オフの時間はヴィヴィオに会いにアースラの転送システムによる個人転送で戻っていたのだが、最近戻るに戻れなくなっている。

 預かってくれているユーノもそうだが、何よりヴィヴィオが可哀相であった。

 

「今日はちょっと無理だからまた今度、になるかな……?」

「……ヴィヴィオがしっかりしてるのは解るけど。私が言うのも何だけどよ、あんまり良い事じゃねぇんじゃねぇか?」

 

 ヴィータの言葉になのはもうなだれる。解っているのだ。なのはもかつての幼少時、一人ぼっちだった時があるから。何とかしたいとは思うのだが――。

 

「ま。今は状況が状況だ。仕方ないんだろうけど、時間が出来たらちゃんと会いに行ってやれよ?」

「……うん、ありがとう、ヴィータちゃん」

「……おう。それといい加減休もうぜ。ちゃんと休んでないと明日持たないぞ」

 

 「うん」となのはは頷き、コンソールを操作して表示されたウィンドウを閉じる。そして、なのはに背を向け続け――しかし、待ってくれている同僚にして、親友に、言葉を掛けた。

 

「本当に、ありがとう」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 翌日、アースラ艦内に警報が鳴り響いた。感染者発見の警報だ。

 次いで、艦内に管制のシャーリーからアナウンスの声が響く。

 

《各前線メンバー及び、セイヴァーはブリーフィングルームに移動して下さい》

「……前線メンバー全員?」

 

 そのアナウンスに、シオンが疑問の声を上げる。

 アースラで前線メンバー全員を集める事は滅多に――と言うより、一番最初の感染者が複数発生した時だけだ。

 

「どうしたんだろ?」

 

 報告書を作成するために、一緒に居たスバルとティアナも、また疑問符を浮かべていた。だが、呼び出しは呼び出しである。ティアナは、ディスク上に展開したウィンドゥを消した。

 

「とりあえず行ってみましょ」

 

 ティアナに頷き、スバルとシオンも立ち上がる。

 何やら嫌な予感がする――シオンの直感は、そう告げていた。

 

「……また、複数発生とかじゃねぇだろうな?」

「流石にあれ以来もう無いし、それは無いと思うけど」

 

 スバルは苦笑して否定する。思い出すのは、最初の出動だ。あの時の第二段階感染者戦被害は、かなり大きな物だった。人的被害こそなかったが、あの死んだ森は未だ、白い死のまま取り残されている。

 

「わかんないけど、嫌な予感だけはするわね……」

 

 現実主義であるティアナも、また二人と同意のようだ。全員集合”させねば”ならない事態と見ていいのだろう。シオンも頷く。

 

「ま、着いたら解んだろ。さっさと行こうぜ」

 

 そう言いながら、ブリーフィングルームに三人は向かう。――結果として、感染者の複数発生と、言う事ではなかった。

 ”それ以上”の事態が今、進んでいたのである。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「皆、集まったな?」

 

 ブリーフィングルームに、前線メンバーと各管制官が集まったのを確認して、はやてが確認する。

 シオン達もそれぞれ頷き、自分達の席に着席した。

 

「それじゃあシャーリー、皆にデータを」

 

 はやての言葉にシャーリーが応えて、前線メンバー全員の前にウィンドウが展開した。それを見た一同が、首を傾げる。

 第37管理外世界。無人世界の一つだ。その世界は巨大生物が闊歩する世界である。

 

「一体……?」

 

 データを見たシオンも不思議そうに首を傾げる。

 データに印された感染者は一体。しかし、その感染者を中心として、円状に黄色い線囲み、他の地域と区切られている。

 それを見てしばらく訝しんでいた前線メンバーだが、その意味に気付くと顔を蒼白にさせた。

 

「これ……もしかして!?」

「そう、そのもしかしてや」

 

 叫ぶシオンの声を、はやてが静かに肯定する。シオンは茫然して、その意味を呟いた。

 

「第二、段階……!」

 

 無機物にすら感染し、星をも飲み込む巨大感染者。その存在が再び、現れたのだ。

 

「……今回は報告が遅れた訳でもない。ましてや周辺管理内世界の駐留隊員達はよくやってくれた。……けど、間に合わんかったんや」

 

 局員が駆け付けた時、既に感染者は第二段階になっていた。前回の件で、それが第二段階であると悟った局員達は、即座に強装結界を張ったらしい。

 合格と言える対応である。だが、感染者は結界を破壊に掛かったのだ。

 今、結界の境界線では局員と感染した大地から生み出された触手とで戦闘中である。

 だが感染者本体及び、その核を破壊しない限り、無限の再生力を持つ第二段階の感染者相手では旗色が悪く。局員は次第に追い詰められつつある――と言う状況だった。

 

「今の段階やと、はっきり言って結界の維持で手一杯や。そこでシオン君の意見も聞きたい。どういう作戦でいったらええと思う?」

 

 はやてに問われ、シオンは難しい顔で悩み出した。第二段階相手なら、まずその防御を砕く必要がある。そして核を露出させ、破壊せねばならない。ならば――。

 

「……まず、前回のように結界維持組が要りますね。対感染者本体組と二手に分かれて行動したほうがいいと思います」

「ふむ……」

 

 その後は言わずもがな、だ。そのチーム分けをはやては考える。

 まず空戦可能、これが対感染者本体組の絶対条件だ。

 地面に足をつけたら、喰われて感染者の出来上がりである。それだけは駄目であった。続いて火力。なのは、フェイトクラスの火力が欲しい所である。そして、スピード。結界に入って、その結界内全ての大地となった感染者を相手どらなければならない。その攻撃を躱せる程度の速度は必須だろう。

 

「……うん、ならこんなチーム分けはどうやろ?」

 

 

 結界守護チーム。

 スターズ3、4。

 ライトニング3、4。

 N2R少隊。

 アーチャー。

 

 感染者本体撃破チーム。

 スターズ1、2。

 ライトニング1、2。

 セイヴァー。

 ブルー

 レッド。

 

 

「今回シグナムとヴィータには、それぞれアギト、リインとユニゾンしてもらう。尚、なのは隊長とフェイト隊長はそれぞれファイナルリミットブレイク禁止や。……それとシオン君も、精霊融合は”最悪の状況”になるまで禁止。いいな?」

「はやてちゃん……」

 

 はやての命令になのはが弱々しく呟く。今、はやてが禁じたのはなのはのブラスターモードと、フェイトの真・ソニックフォームだったのだ。

 だがシオンの精霊融合、これは限定的な禁止であった。その反動は無視出来るものではない――が、必要とあるならば、使用出来るのだ。故に、最終手段として使ってもらう、とはやては言っているのである。

 それは、本当に最悪の事態の場合、シオンの精霊融合に賭けるしかない、と言う事だった。

 

「……ごめんな、シオン君」

「謝んなくて大丈夫です。俺としても、初っからそのつもりです」

 

 はやての謝罪にシオンが笑いながら言う。シオンにとってみれば寧ろ禁じられるほうが辛い。

 

「……うん、なら言い換えよ。ありがとな、シオン君」

「それなら、どういたしまして、と返します」

 

 はやての礼にシオンも笑いを返す。場が少しだけ明るくなった感じがした。そして、はやては頷く。

 

「よし、ほんなら皆、行こう!」

『『了解!』』

 

 掛け声に皆、元気よく返事を返す。

 今回は最初っからの第二段階の感染者。突発的ではない、実質最初の第二段階感染者攻略作戦が始まる――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 管理外第37世界。その一画で、第二段階に至った感染者を封じ込めた強装結界。

 その境界線で、時空管理局武装隊と、感染者が作りだした触手が激しい戦闘をくり広げていた。

 結界の内部にいる隊員――空戦魔導師が、触手に射砲撃を放つ。

 

    −閃−

 

    −撃−

 

 光砲と光弾は真っ直ぐに触手に叩き込まれ、その先端が吹き飛んだ。

 しかしその端から瞬時に再生し、射砲撃を放った魔導師にするりと巻き付いた。

 

「く……っ!」

 

 巻き付いた触手から黒い点がこぼれる。それを見た魔導師から血の気が引いた。これが全身を覆いつくした時、自分はアポカリプス因子に感染される――それは、死を意味するものであったから。触手から溢れ出す因子が、魔導師を包んでいく。

 

「助け……!?」

 

 魔導師は、助けを呼ぼうとする――が、その瞬間に絶句した。

 自分と共にいた同僚も、また触手に捕縛されていたから。

 

 ……万事窮す、か。だが感染者などにはならない! せめて人として……!

 

 思うなり、杖型のデバイスの先端に光が膨らんだ。

 その魔法は砲撃魔法。さらにバリアジャケットを一部解除し、デバイスを逆手に握って自分の身体にあてがう。その部分は心臓だった。後は、放つのみ。

 

 これで――!

 

 砲撃を放とうとした――その瞬間。叫び声が、響き渡った。

 

「駄目――――っ!」

 

「な……!?」

 

    −煌−

 

    −撃!−

 

 同時、一直線に疾る青の光砲が、自分達を拘束していた触手を破砕した。助かったのかと、呆気に取られたまま、魔導師達は砲撃が来た方向へ視線を向ける。

 

「あれは……」

 

 呆然と呟く。そこに見たのは、空を走る光の道。魔力光は、鮮やかな青と紫であった。

 スバルとギンガである。二人はウィングロードを伸ばして縦横無尽に疾りながら、触手へと次々に攻撃を仕掛ける。

 辺りの触手は、全てなす術なく消えていった。

 

「アースラの連中か……間に合った、か」

 

 ようやく状況を理解し、助かった事もあって安堵の息を吐く魔導師達。そんな彼らに、スバルが大声で叫んだ。

 

「独立航行部隊、アースラ前線メンバー。ナカジマ一等陸士です! 大丈夫でしたか?」

 

 心配そうに言ってくれる。それに苦笑しながらも、魔導師達は揃って手を上げて返礼とした。

 

「よかった……。ここから先はアースラ隊が受け持ちます。貴方達は後退を!」

 

 そう叫ぶと、スバルは新たに生えた触手に向かって走る。それを魔導師達は黙って見送り――。

 

「……後退を、か。だが、女の子だけに戦わせちゃあ男が廃るな」

 

 そう言って、仲間達を見た。彼らもまた頷いてくれる。

 

「よし、これより第705武装隊はアースラチームを援護する! 結界護衛班、気を抜くなよ! 行くぞ!」

 

 応、応、と頷きの叫び声が上がり、そして先行するスバルとギンガを追うように、空戦魔導師達は空を駆けていった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 そして、感染者本体撃破チーム。彼らが見る先に居る感染者本体は、イカのような形をしていた。

 と、言うよりもイカをまるごと串に刺しているような感じか。なんせ、イカの足の部分から一本、地面に向かって柱が突き刺さっている状態――と言えば分かって貰えるだろうか?

 ともあれ、シオンはそんな感染者を見て、当分イカは食えねぇな、と思う。

 なんせ三十メートル台のイカだ。

 考えても見て欲しい。もし三十メートルもあるイカが目の前に居たら、どう思うかと。

 はっきり言おう。凄まじく気持ち悪かった。

 ふと周りを見ると、やはりと言うべきか女性陣――詰まる所シオン以外だが、全員何となしに腰が引けていた。

 ……シオンは小さくため息を吐き、イカの形状をした感染者に目を戻す。……即座に後悔した。

 

「ROOOooo!」

 

 感染者が叫び声を上げると共に、その”全身”から、足がビチャビチャと生えて来た所を目撃したから。

 ……訂正しよう。当分、イカを見るのも嫌になった。

 シオン自身でここまで引くのだ。当然と言うべきか、女性陣が一斉にきっかり2メートル下がっている。

 つまりは、自分だけ取り残されていた。それを見て、シオンはジト目で言ってやる。

 

「さっきの威勢の良さは何処に行ったんですか……」

「えっと、でも、ね? アレは無いって思うの……」

 

 なのはが珍しく涙を目に浮かべて、感染者の名を借りたイカもどきを指差す。フェイトも、なのはに同意とばかりに首を激しく縦に動かしていた。……気持ちは、分からなくもない。

 

「て言うか、ヴィータ副隊長はともかく。シグナム副隊長? なんでそこまで下がってんだアンタ」

「…………いや、ああいった手合いに、ちょっと嫌な思い出が、な」

 

 なのは達よりさらに1メートル程後ろに下がったシグナムが引き攣った顔で弁明する。

 思い出すは、まだ闇の書の守護騎士だったころ。

 はやての為に蒐集を行っていた時の事である。

 砂竜に不意を突かれて触手で全身グルグル巻きにされた事が、彼女にはあった。

 あれのおかげで、不名誉な仇名で呼ばれたりした事もある。

 察しの良い方ならば理解してもらえると確信しているので、あえて説明はしないが。

 

「……てかこいつ、わざとじゃねぇだろうな」

「ROooo――――――!」

 

 見事にこちらの士気をくじいてくれたものである。正直、帰りたい気分でいっぱいであった。

 

《皆、気持ちはよ〜〜く解るけど……勘弁してや……》

 

 そんな一同を見かねてか、はやてから通信が入った。

 それはそうだろう。折角残りのメンバーと武装隊達で結界を守ってくれているのに。自分達が引いていては申し訳がなさすぎる。

 

「……ですね。ほら、皆さん」

「うん……ゴメン。じゃあ、皆、作戦通りの位置に!」

 

 シオンに促されて、ようやくやる気になったのか、なのはの指示に従い、それぞれのポジションに向かう。

 イカもど(感染者と呼ぶには何かプライドが許さなかった)は、何故か攻撃をしてこない。それを怪訝に思うが、訝しんでも仕方ない。

 

《……よし、皆、ポジションオッケーやな? 作戦開始!》

 

 はやての号令と同時に、ヴィータとシグナムから『ユニゾン・イン』と声が響く。

 同時にフェイトからプラズマランサーが十五発。なのはからアクセルシューターが二十発、イカもど目掛けて飛んだ。

 

    −煌−

 

    −撃!−

 

 イカもどの表面で爆光が閃き、その表面が削られる。しかし、即座に持ち前の再生力を発揮しようとした――だが、それを二人の騎士は許さない!

 

「うぉぉ――――!」

 

    −撃!−

 

 初手はヴィータ。ギガントシュラークが、イカもどにまともに叩きつけられた。

 だが、そこは軟体生物。叩きつけられた衝撃を見事に受け流してしまった。しかし、これで解った事がある。

 軟らかい、と言う事はつまるところ甲殻を持たないと言う事だ。則ち、炎の将、シグナムの面目躍如である。

 

「レヴァンティン!」

【エクス・プロージョン!】

【炎熱加速!】

 

 シグナム、レヴァンティン、アギトの声が重なる。同時、シュランゲフォルム――連結刃が伸び、炎が一気に走った。それは、イカもどを即座に囲み、全周囲から殺到する!

 

「【火竜、乱閃!】」

 

    −轟!−

 

    −裂!−

 

    −斬!−

 

 炎を纏う連結刃は、イカもどに巻き付き、一瞬で全身を引き裂いた。さらに、止めとばかりに爆発が起こる。

 

「G、GAaaaaaa――――――!」

 

 イカもどが悲鳴を挙げる。そして、更なる追撃がその苦痛をさらに引きずり出した。

 

「イクス、ブレイズフォーム」

【トランスファー】

 

 イカもどの直上、ブレイズフォームになったシオンが、そこで二振りのイクスを振るう。放たれるは、更なる乱撃!

 

「神覇弐ノ太刀、剣牙連牙ァ!」

【フルドライブ!】

 

    −閃−

 

    −裂−

 

 それは、幾十もの魔力斬撃となって、イカもどへ襲い掛かった。

 伸び行く斬閃は、イカもどをさらに細切れにする。

 再生する暇も貰えず、イカもどは悲鳴を挙げようとして――それすらも許され無かった。

 最後に用意されていたのは、今までとは比較にならない桃色と金色の光。

 イクシードモードのなのはと、ザンバーとなったバルデッシュを構えるフェイトが、挟み込むような位置で最大級規模の殲滅攻撃を行おうとしていたのである。そして――。

 

「エクセリオン! バスタ――――――!」

「ジェット、ザンバ――――――――!」

 

    −轟!−

 

    −煌!−

 

    −滅!−

 

 問答無用に叩きつけられるは、殲滅級の双撃! イカもどは、悲鳴すらも飲み込まれ、その体躯の全てを失った。

 

「コアは任せろ、アイゼン!」

【了解! エクスプロージョン! ツェアシュテールングスフォルム!】

 

 ヴィータが叫ぶと同時、ギガントフォルムのグラーフアイゼンから、ドリルと噴射機が迫り出した。

 第二段階の感染者相手に必要なのは、再生させずに一気に倒す事である。つまり、大威力の連続攻撃でコアを即座に露出させ、潰す。これが正しい戦術であった。

 その点で言えば、はやてが立てた作戦はまさしく正しく合格だったろう。

 

 そこに、イレギュラーさえなければ。

 

 なのはとフェイトが放った殲滅攻撃の余波が消える――しかし、そこにはコアは無かった。

 

《!? どういう事や!》

「コアが……無い……?」

 

 そこにあるのはただ空っぽの空間だけ、他には何も無い。もしや、コアもついでに消し去ったのか。

 そう思いつつ、しかしシオンは嫌な予感を覚えていた。

 先程、イカもどからは一切の攻撃が無かった。冷静になって考えれば、有り得ない事である。なら、それはどう言う事か。――その答えは、地面から出てきた。

 イカもどの触手がいきなり地面から出現し、1番上空にいたシオン以外を瞬時に絡めとる!

 

「な……!」

「え……!?」

「なんだよ! これ!?」

「く……!」

 

 更にシオンも拘束しようと触手が迫るが、不意を打たれずに済んだシオンは、イクスで斬り飛ばして難を逃れた。しかし、隊長陣は全員拘束されてしまっている。

 

「皆さん!」

 

 シオンは助けようと、なのは達に近付くが、触手が次々に現れシオンを近付けさせない。

 そして、地面から先程消えたばかりのイカもどの本体が出てきた。そこでシオンは気付いた。先程のイカもどが何だったのかを。あれは。

 

「擬似餌か!」

「んぅ……!」

「ふぅ……!」

「ぐっ……!」

「つっ……!」

 

 擬似餌――つまりは、己を模した囮。まんまと自分達はそれに引っかかってしまったのだ。してやられて、悔し気にシオンは歯噛みする。

 

 そして、四人が苦しそうに呻いた。最悪な事に、触手からは黒い点が零れ始めている。アポカリプス因子!

 

「最悪、だ……!」

 

 残る手立てはあと一つだ。精霊融合しか無い。しかし――

 

《……シオン君》

「……解ってます。解ってますよ! くそったれ……っ!》

 

 はやての呼び掛けに、シオンが苛立たしげに答えた。今、戦えるのはシオン一人しかいない。

 この状況では、精霊融合も許可されなかった。もし、制限時間までにイカもどを倒せなかったら――五人の感染者の出来上がりである。

 そして、このイカもどは制限時間内に倒せるか? 確かめて見るには、あまりにも分の悪い賭けだった。

 

 ――どうすりゃいい!

 

 いっそ使ってしまうか――そんな危険な誘惑に耐えながら、シオンは触手を回避し、斬り断ちながら、なんとか隊長陣の元に向かう。……駄目だった。あまりにも、触手が多すぎる!

 こんな時に砲撃が使えれば。無いものねだりと分かっていても、シオンは思わざるを得ない。自分には、砲撃系のスキルは無いのだ。

 故に、この状況ではコアの露出も出来ない。

 

 俺は、この期に及んで無力かよ……!

 

 自問自答し、ほぞを強く噛む。接近戦に特化し過ぎたスタイルがここまで仇になるとは。

 

 もし、自分があの人のようだったら、こんな状況はすぐに打破出来るのに。

 脳裏に浮かぶのは、一人の男だった。その男は槍を持ち、ありとあらゆる場面で危機と、危難をぶち貫いていた。

 

 あの力が欲しい……!

 

 願う、強く、強く。だが、その願いは届かない。奇跡は起きない。

 斬り飛ばした触手は八十を超す。しかし、再生した触手が更にシオンを襲う。四人への感染はそれぞれ、バリアジャケットと、プロテクションで何とか堪えているが、あれでは時間の問題だ。

 

 どうしたらいい? どうしたら……!?

 

 シオンの内なる問いに、しかし答える者は居なかった。刻々と、四人に因子は侵食していく――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「スターズ1、2。ライトニング1、2。未だ拘束!」

「セイヴァー、なんとか堪えていますけど、このままじゃあ……!」

 

 矢継ぎ早に飛ぶ管制二人の声に、はやてもまた顔をしかめる。感染者にしてやられた……! まさか、擬似餌なんて使ってくるとは。

 

 そんな知性ないって決めてかかったんがまずかった……!

 

 はやての胸を占めるのは過ぎた後悔。しかしそれを、はやては頭を一振りし追い出した。

 

 後悔なんて、後でも出来る! 今やる事は一つや!

 

「……グリフィス君」

「行かれますか? 艦長」

 

 こちらが最後まで言う前に、グリフィスからそう言われる。はやては、すぐに頷き返した。

 現状、他の前線メンバーを送る事は出来ない。しかし、隊長陣を感染者なぞにするつもりはない。なら、この選択肢以外に選択は無かった。八神はやて、自らの出陣だ。

 そこまで読み切った副官に、彼女は信頼の笑みを浮かべる。

 

「今からアースラの指揮権をグリフィス君に委譲。私はあの状況を止めてくる!」

「了解。艦長、お気を付けて」

 

 それはグリフィスの心からの言葉。はやても、しっかりと頷き、席を立とうとして。

 

「よし、それじゃあ――」

「――え? 何、この反応?」

 

 しかし次の瞬間、シャーリーから訝しむような声が届いた。

 何があったのかと、はやてとグリフィスは、そちらのモニターに視線を移す。

 

 ――そこには、見知らぬ一人の男が、唐突に現れていた。

 

「……オーバー、S? 違う……! 何、この反応? 何なの!?」

「シャーリー! 落ち着いて、何があったんや?」

「艦長、これを見て下さい……!」

 

 震えながら、シャーリーは呼び出したデータをはやての元に送る。そこには、とんでも無いものが表示されていた。

 

 出現魔力:測定不能、規格外。

 

「これ、は………?」

 

 何だ、これは? 流石にはやてもまた呆然とする。曲がりなりにも、アースラは最新鋭の次元航行艦である。その魔力測定器が、”魔力量を測定しきれない?”

 一瞬測定器の故障かと思うが、そんな筈は無い。現に、その場の皆の魔力は正しく表示されている。だとするならば、あの男は一体何なのか!?

 

《あぁぁぁっ! テメェェェェェェ――――――――――!?》

「っ! シオン君!?》

 

 唐突に通信越しから叫び声が響く。そのあまりの音量に――そこに込められた怒りに、はやては身をすくませた。

 それはシオン。彼は怒りに我を忘れて、魔力を激しく吹き出していたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 それはいきなりだった。

 イカもどが急に動きを停め、同時に、シオンも回避行動を止めて、一点を見たまま呆然としている。これは……?

 

 一体、何が? っ………!?

 

    −軋−

 

 唐突に、それは起きる。

 なのはは、フェイトは、ヴィータは、シグナムは、生まれて初めて、”気配”だけで空間が軋む音を聞いた。

 濃厚過ぎる気配。もはや一種の物理現象とまで化したそれ。そんな途方も無いものが、空間に軋みを上げさせていたのである。

 なのははそれを、まるで巨大な怪物の胃袋に入った気分と感じた。あまりの重圧。空が、低い……!

 

 そして、その気配の主も、また唐突に現れた。

 

 全く何の脈絡無く、漆黒の男が現れたのだ。

 バリアジャケットなのか、全身黒。半袖だが左右非対象、右の袖は肩口まで、左の肩口は長く、肘まである。

 下は、ふっくらとした黒いズボン。頭は右半分の顔を覆い隠すようなフードだ。

 故に、左の顔が現れているのだが、それもフードの前部分のせいでよく見えない。そして、両の拳のグローブ――特に右手が異質だった。まるで鍵を思わせるような拘束具が手の甲を覆っている。その右手に描かれるは――。

 

 

     666!

 

 

 ……っ、あれ、が!?

 

 確信した。あの男こそが、シオンの探していた人物。

 予言にありし、666の獣――つまりは。

 

 ナンバー・オブ・ザ・ビースト!

 

 666が、シオンの方を向く。

 なのは達からは背中しか見えない。だから、シオンが何を見たのかも解らなかった。だが次の瞬間、シオンは吠えた。

 

「……あ、あ、ああ、あぁぁぁぁぁ! テメェェェェェェ――――――――!?」

 

 叫ぶと同時に、魔力が激しく吹き出す! それは、まるで柱のように天に衝き建った。しかし、666はそれを見ない。彼が行った行動は唯一つ、足を三十センチ上げ、それを下ろした――それだけ。しかし、それだけで変化は起きる!

 

    −軋!−

 

 −軋・軋・軋・軋・軋・軋−

 

    −破!−

 

 空間が軋みを上げる。

 世界が震える。

 イカもどもに、衝撃が走る!

 それは666を中心として波のように広がり、イカもどに伝播。触れた触手が千切れ、細切れになる!

 まるで連鎖のように、全ての触手が消し飛ばされていく。

 四人を拘束していた触手も、また消えた。

 暫くすると、イカもどの触手は全て消えている。

 あまりの出来事に一同、何も出来ない。声を出す事すらもだ。

 

 だが一人、シオンだけは違った。666の元へ一気に疾駆し、襲い掛かる。だが、一撃はあっさり躱され、次の瞬間には666は遥か上空に居た。瞬動。しかし、それはシオンとは遥かに技量の違う代物であった。

 

「待てよ……! 逃げんなっ! 逃げんなよ!」

 

 シオンが叫ぶ。しかし、666は全く構わない。その場で八角の魔法陣を展開した。次元転移か何かか、この場から消えようとしていた。このままでは逃げられる――。

 

 ふざけんな……! ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな……っ!

 

 シオンの頭を過ぎるのはあの背中。

 護りたかった、共に並び立ちたかった、あの背中。

 今、その背中は”また”消えようとしている。

 

 ――許せなかった、あの男が。

 

 ――憎かった、あの男が。

 

 ……憧れた、あの男”に”。

 

 ――届け……。

 

 ノーマルフォームに戻ったイクスの先端を、666の背中に向ける。

 シオンは砲撃を持たない。故に、届く一撃を持たない。しかし、シオンはそれでも思う。願う。祈る。

 頭を過ぎるのは鎖。心の中に、何故かある一振りの刀。それを封印するかのように巻き付いた鎖!

 

 ――邪魔だ!

 

 理解する。この鎖は自分を封じるものだと。ならば引き千切ればいい。

 頭に思い浮かぶは一人の男。カバラ式でありながら、遠距離の相手すらぶち貫いた。槍の使い手。

 軋む――そして、鎖は音をたてて千切れた。

 

【――ウィズダムフォーム。モード、リリース】

 

 イクスから声が零れる。

 それは、自らの新たな到達。新たな力。シオンは迷いなく、それを引きずり出す!

 

「イクス! モードセレクト、ウィズダム!」

【トランスファー!】

 

 そして、シオンはイクス共に光に包まれた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「シオン……君……?」

 

 なのはが呆然と呟く。シオンは今、その姿を大きく変えていたから。

 纏うバリアジャケットは青。そして、半袖半ズボンだった服は長袖長ズボンになっている。

 背に広がるは幾何学模様の2対4枚の剣翼。

 そして、最大の相違点。右手に持ちし”突撃槍(ランス)”。

 その槍は突撃槍としては小さめだ。どちらかと言えば短槍のイメージがある。これが、シオンの新しい戦技変換形態、ウィズダムフォームなのか。

 驚きに呆然とした一同に構わず、シオンはイクスを666へと向けた――吠える。

 

「届け……」

 

 吠える。

 

「届け……!」

 

 吠える!

 

「届けぇ!」

 

    −轟!−

 

 そして、突撃槍は弾けた。”内側”から。

 

「な……っ!?」

 

 最初からそういう代物だったのか、刃のパーツが分解し、展開していた。先端がロケットの如く突き進む!

 魔力内蔵型の突撃槍。それが、ウィズダムフォームにおけるイクスの姿だった。

 穂先は真っ直ぐに666へと走る――が、届く前に、666はその姿を消してしまった。次元転移だ。

 

「ちぃっ!」

 

 舌打ちし、展開したイクスを元に戻す。そして、そのまま666を追おうとした。逃がすものか――!

 

「シオン君!」

 

 しかし、その瞬間に触手がシオンへと殺到した。

 いつの間に復活したのか、イカもどが四人とシオンを再び襲う。

 だが、シオンはそれを構えもせず受け止めた。プロテクション。しかし、その強度は凄まじいの一言に尽きた。あるいは、なのはのソレに匹敵する。

 

「……邪魔だよ」

 

 邪魔されたシオンは、殺気だった目でイカもどを睨み、親指を噛んで皮膚を噛みちぎった。血が溢れる。これは、精霊召喚の前準備!

 それに気付いて、はやてが通信から制止する。

 

《シオン君、あかん!》

 

 しかし、シオンは聞かない。全く無視し、精霊召喚に没頭する。今、自分の頭に浮かぶは新しいスキルだった。精霊融合とは違う、新たな力。

 

 ……試させてもらうぜ?

 

 眼下のイカもどを睥睨するシオン。その目は、死刑執行者のそれであった。

 

「契約の元。我が名、我が血を持って。今、汝の顕現を求めん。汝、世界をたゆたう者。汝、世界に遍く意思を広げる者。汝、常に我と共に在る隣人」

 

 唱える。そしてシオンの足元から、魔法陣が広がった。セフィロトの樹だ。そこから、魔力粒子が溢れ出る。

 

「今、此処に汝を召喚する。汝が枝属は水。汝が柱名はウンディーネ」

 

 シオン自身、この精霊を呼ぶ事は滅多にない。しかし、今頭に浮かぶ二つの四神奥義。その一つを使うには、この精霊が相応しい!

 

「来たれ。汝、水の精霊。ウンディーネ!」

 

 そして、それは現れた。水で構成された人魚。水の精霊、ウンディーネが。その姿は、あまりに美しかった。はやてが再び制止を掛ける。

 

《シオン君!》

「イクスぅ!」

【イクスカリバー。全兵装(フル・バレル)、全開放(フル・オープン)、超過駆動(フル・ドライブ)、開始(スタート)】

 

 シオンは完全に無視した。イクスに命じ、刃を展開させる。しかし、そこからが違った。精霊が吸い込まれる先は――イクス!

 

《な!?》

「え……!?」

 

 はやてとなのはが、揃って驚きの声を上げる。やはりシオンは構わない――そして、叫んだ。新たな、自らの力を。

 

「精霊、装填!」

【スピリット・ローディング!】

 

 精霊装填。融合ではなく、イクスに精霊を装填する事により、たった一発のみ――だが”必殺”の一撃を放つスキルである。

 融合程の反動がなく、またヒトを越えると言う意味すら無い。

 それは言わば、兵器としてのスキルであった。

 スキルランク:SSS+ランクスキル。

 シオンは今、それを開放する――。

 

「神覇八ノ太刀、奥義――玄武!」

【フルインパクト!】

 

    −壁!−

 

 突撃槍が展開し、イカもどの大地と繋がっている柱の部分に突き刺さる。

 そこから、まるで亀の甲羅を思わせる魔法陣が走った。それは分解して四人に、そしてシオンの前に展開する。

 

「これ……っ!?」

 

    −戟!−

 

 呟くなのはに触手が襲い掛かる――が、甲羅がそれを許さない。襲い掛かる触手を次々に弾いていく。完全に防ぎきっていた。

 

「すごい……」

 

 フェイトもまた呟く。この甲羅、どれほど硬いのか叩きつけられる触手にビクともしない。

 

「無駄だ。お前にそれは貫けない」

 

    −縛−

 

 言いながらシオンがイクスを振るうと、残る甲羅から蛇のような光が次々と現れ、イカもどに巻き付き、拘束してしまった。イカもどは暴れるが、拘束は完全にその動きを封じてみせる。

 神覇八ノ太刀、玄武。絶対防御、並びに絶対拘束能力を持つ技だ。

 いくら第二段階の感染者であろうと、この技には抗えない。そして、シオンはまだ止まらなかった。

 

「今、此処に汝を召喚する。汝が枝属は雷。汝が柱名はヴォルト。来たれ。汝、雷の精霊。ヴォルト!」

 

 シオンは新たにヴォルトを召喚し、ウンディーネを装填解除、新たに装填し直す。そうしながら、彼はイカもどに嘲笑を向けた。

 

「……死ぬ準備はできたか? イカもどき」

「シオン……?」

 

 その台詞を聞き咎めたか、シグナムが信じられないものを見るような目でシオンを見る。

 しかし、シオンは取り合わなかった。その目はただひたすらに冷徹である。そして、シオンは二つ目の奥義を開陳する!!

 

「引き裂き、喰らい尽くせ! 神覇九ノ太刀――青龍ぅ!」

【フルドライブ! フルバースト!】

 

    −煌−

 

 叫び、掲げるイクスが展開し、内蔵された魔力が龍と化す。それは龍の化身(アヴァター)であった。

 雷龍の化身を生み出し、砲撃とする技――それこそが、神覇九ノ太刀、青龍であったか。今、ここに暴れ狂う龍が、シオンの手により生まれ落ちた。

 

「ブチ、貫けぇぇぇぇ――――!」

【ゴーアヘッド!】

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 龍の化身――雷龍が、イカもどに突っ込む! 一撃はそのまま貫通し、しかし、そこで収まらない。そのまま首を擡げ、イカもどを喰らい始めた。

 

「シオン……君……!?」

 

 なのはも、フェイトも、ヴィータも、シグナムも、信じられない目でシオンを見る。

 これは、誰だ? 自分達が知るシオンとこのシオンは、遥かに掛け離れていた。暴虐に笑い。叫ぶ。

 

「ハ――ハ、ハハハハハハハ! 喰らえ、引き裂け!」

 

 喰らう、喰らう喰らう!

 それはもはや戦いではなく、一方的な殺戮であった。

 やがて、イカもどの体内から雷龍がコアを喰らったまま出てくる。シオンはそれを見て、左手を掲げた。五指をゆっくりと閉じていく――。

 

「……喰い殺す……!」

 

 すると、雷龍の顎はその動きに連動しているのか、噛む力が増加し、コアにヒビが入った。シオンの笑みがさらに凶悪さを増し、そして握り潰さんとした――瞬間。

 

「シオンっ!」

 

 声が、響いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「シオン!」

 

 その叫びは、殺戮の処刑所にあって清廉に響く。

 それは、ウィングロードに乗って現れたスバルの声であった。その後ろには、前線メンバーの皆が居る。

 

「皆、どうして此処に……!?」

「シオン兄さんがおかしくなったって聞いて、スバルさんとギンガさん。ノーヴェさんのウィングロードでここに来たんです!」

 

 先のショックが抜け切っていないのか、震えた声で聞くフェイトに、エリオが答える。

 結界の境界線には、既に感染者は無く。シャーリーからシオンがおかしくなったと聞き、慌ててこっちに来たのか。

 

「シオン、駄目だよ……! そんなんで戦っちゃ駄目だよ!」

「俺……は……」

 

 スバルの声を聞いて、シオンはようやく我を取り戻したのか、呆然と彼女達を見る。攻撃命令が消えたからか、暴虐の雷龍が消えた。感染者のコアが落ちる――それをシグナムが両断して、コアは瞬く間に塵となった。これで漸く、感染者は完全に滅んだ。

 

「今……俺……なに、を……?」

「シオン?」

 

 シオンは自分の両手を目の前に持ってくる。その手は、震えていた。カタカタと、まるで子供のように。今の自分は何だった? まるで、”あの人のような――!”

 

「シオン……! シオン!」

「俺……は」

 

 スバルが再び叫ぶ。それと同時、シオンは糸が切れたように意識を失って、落ちていったのであった。

 

 

(第十一話に続く)

 

 

 




次回予告
「ついに現れた666(ナンバー・オブ・ザ・ビースト)」
「彼の存在の出現は、シオンに暗い影を落として行く」
「そして出向いた先は地球。そこに待っていたのは――」
「次回、第十一話『ナンバー・オブ・ザ・ビースト』」
「こんな筈じゃない結果にしない。そう、願っていた。願っていた筈なのに」


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第十一話「ナンバー・オブ・ザ・ビースト」(前編)

「失ったもの、無くしたもの、……助けられなかったもの。いくつもの後悔が、人にはそれぞれあって。その全ては取り戻す事も出来ず、ただ両手から零れ落ちた。だけど、俺はそれを、認めたくなくて――魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 神庭シオン(ウィズダム・フォーム)。

 

 推定魔力ランク:S。

 

 デバイス:イクス・ウィズダム。形状、突撃槍(ランス)。

 

 追加アビリティースキル。

 

 精霊装填(スピリットローディング)スキルランク:SSS+

 

 精霊をデバイスであるイクスに装填する事で、一撃のみだが強烈な一撃を使用可能とするスキル。

 精霊融合と違い反動等はないが、その魔力消耗はかなり高い(シオンが二発しか撃てない程)。

 元来の精霊を召喚しての戦いは実質こちらが普通。精霊融合は使える者がまず極少なく、また反動がとてつもない。

 そのため、この精霊装填が主流となった。なお精霊融合とは違うため、融合のような付加効力もない。

 

 追加技。

 神覇八ノ太刀、玄武。

 威力AA。

 速度A。

 効果範囲1〜1000名。

 

 神覇ノ太刀に於ける奥義、四神の名を冠する技である。

 発動と同時に亀の甲羅を思わせるシールドビットが展開する。

 最高千人もの人間をガードでき、甲羅の一枚一枚がなのはのディバインバスターの直撃にも耐えうる。

 さらに甲羅から蛇のようなバインドで敵対象者を捕縛できる。

 このバインド。実は概念的に”異質”を取り払う術式が編まれている。

 その為、よほどの術者で無いと魔法が使用出来なくなる。対人としては最高レベルの捕縛術であり、その性能から絶対防御・捕縛魔法とも呼ばれる。

 なお、現状シオンはウンディーネを装填せぬ限りはこの技を使えない。

 

 神覇九ノ太刀、青龍。

 威力SS。

 速度A。

 効果範囲1〜〜100名。

 

 神覇ノ太刀の奥義にして唯一の砲撃魔法。

 龍の化身を生み出す事により絶大な威力を持つ。

 また、技を解かない限り対象を追い掛け続ける。シオンの意思に応じて操作も可能。

 その威力と操作性から絶対貫通魔法とも呼ばれる。

 なお、現状シオンはヴォルトを装填しなければこの技を使えない。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 夜は怖い。それは恐怖、畏怖の象徴であり、シオンにとっては死のイメージであった。

 故に夜の森で少年にチョップで黙らされたりもしたものだ。

 だけど、ある少女と出会いがシオンを変えていった。その少女は不思議な人だった。大人しいとかおしとやかとかそんなイメージをシオンは第一印象で抱いていたが、出会って数秒でそのイメージは破壊された。

 

「シオンって言うの? いい名前だね。……ところでアンタ、何してんの?」

「……土産」

「ふぅん……で、その掌で隠した中には何があるのかな?」

「勿論土産」

「……見せなさい」

「…………」

「三度はないわよ? 見せなさい」

 

 直後少年はダッシュ。しかし、少女は瞬間で少年に追い付く。

 

「必殺っ! スラ〇ュキ――クっ!」

「それは色々問題が起きると思――ぐはっ!」

 

 そんな感じで、出会いからして珍妙な夫婦漫才を二人は繰り広げた。

 因みに掌の中にはカエルが入っており、少女は苦手だったのか、さらに少年に蹴りを喰らわせていたのを後述する。

 お世辞にも人懐っこくなかったシオンはドン引きした。

 その最初の印象からか、シオンは少女にひたすら恐怖を抱いた――だが、だんだんと、そのお転婆な少女が大らかな母性を併せ持つ少女と解ってきた。

 それはある夜の事。また森の中で迷子になった自分を捜しにきた少女との話し。

 

「さて、シオン。なんでこんな夜に出掛けたのかな?」

「…………」

「大丈夫、怒らないから言ってごらん?」

「絵……」

「絵?」

 

 自分の言葉に逐一頷く少女に、シオンは洗いざらい自白した。シオンは子供の頃、秘密基地を作って遊んでいたのだ。

 ……当然、木や草とかで作った簡素なものだったが。

 シオンはその秘密基地を、森の奥にある大きな木に作っていた。そこから見る風景が好きだったのだ。

 だから、そんな風景を当時から好きだった絵にして描いていた。その絵を秘密基地に置いていたのだが、明日、台風が来ると言う。当然秘密基地は持たないだろう。そして絵も。

 秘密基地も守りたかったが、絵の方が大事だった。だから、絵だけでも取りに行きたかった。

 でも色々、刀の修業とか魔法の修業とかで行けなかったのだ。

 だから、全部終わった後に秘密基地に向かったのだが、そこは夜の森。

 当然、日頃遊んでいる風景とは違う。そして、シオンはあっさりと迷子になった――と言う訳だ。

 

「そっかー……」

「……ごめんなさい」

 

 ため息を吐く少女に、全てを話し終えたシオンは連れ戻される事を覚悟した。しかし、少女はそんなシオンに笑いかけ。

 

「それじゃあ、行こっか」

 

 と、のたもうた。あまりに予想外な言葉に、呆然としたのを覚えてる。

 結局、シオンと少女は秘密基地に向かった。歩いて向かう最中、いろんな事を話した。

 学校の事、修業の事、昨日見たテレビの事、いつもドツキ漫才を繰り広げる少年の事。

 本当に何でもない。とりとめもない話し。だが、とても楽しかったのを覚えている。

 そして、なんやかんやで秘密基地についたのだが、そこで唐突に風が吹いて来た。

 台風が来たのである。シオンはあわわわと慌てて、涙目で少女を見る――と、少女はフッと微笑を浮かべた。

 

「……よし、こうなったらこの秘密基地も守るわよ!」

 

 ……そのあんまりな少女の発言に、今度は呆然を超えて絶句した。

 少女は一旦言い出すと聞かない性格であった。

 あの思いっきりのよさはいろいろ見習うべきだと思わざるを得ない。

 結局、二人で秘密基地に上がり、プロテクションを二人ががりで張った。

 大騒ぎしながら台風が過ぎるのを待ったのである。気が付けば台風は過ぎていた。

 どうも途中で急に進路を変更したらしく、シオン達がいた所を掠める形で台風は過ぎ去ったのだ。

 それに、二人で笑い合った。いろいろあったけど、二人で秘密基地は守れたのだ。抱き合って喜んだ。

 そして、シオンは少女と守りきった秘密基地で、またいろんな話しをした。

 その中で少女が、シオンに唐突にある事を聞いてきた。

 

「……シオン、夜怖い?」

 

 シオンは少し黙り、こきんと頷いた。

 夜は怖い。不気味だから。暗いのも怖い。

 そうシオンが言うと、少女は微笑を浮かべて空を指す。

 

「シオン、見てごらん?」

 

 そして、シオンは暗いはずの恐怖しか感じなかった夜空を見る。

 その瞬間、シオンの中に駆け巡ったのは感動とかそんな言葉で言い表せないものだった。

 星空。満天の雲一つない星空がそこに広がっていた。

 今でも思い出す。あの星空を、あまりに綺麗なその空を。

 その星空を見て、呆然とするシオンに少女が微笑む。視線を感じて、少女を見たシオンは、その微笑みを見て、今まで感じた事の無い感情を抱いた。今思えば――それが初恋だった。

 

「どう、まだ怖い?」

「……ううん、怖くない」

 

 そう、その微笑みを、その星空と共に、シオンはずっと胸中に刻み込む――その少女の名と共に。

 

「怖くない。怖くないよ……ルシアお姉ちゃん」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「G、Gaaaa――――――!」

 

 断末魔の咆哮が響く。その咆哮をあげるのは感染者であり、そしてその感染者を冷徹な目で見るのは一人の少年だった。神庭シオンである。

 彼の手にはノーマルのイクス。あたりには感染者の手や足”だった”ものが散らばっていた。

 シオンが残った部分にイクスを突きつける。

 

【シオン!】

 

 イクスから声が非難の声がかかる。しかし、シオンはそれを無視した。

 

「……ナンバー・オブ・ザ・ビーストを知ってるか?」

 

 抑揚のない声。もし、数日前のシオンを知る人間がいれば目を疑っただろう。それ程、シオンは変質していた。

 

「U、G、aa……」

「……やっぱ、無駄か」

 

    −閃−

 

 そう言いながら、寸秒も待たずに首を落とす。その動作に躊躇も迷いもない。そして、その目に映る感染者は、シオンにとって屠殺場の豚となんら変わらなかった。

 シオンにとってすれば感染者に当たっていけば666に遭遇する可能性がある。感染者を殺すには、彼にとって十分過ぎる理由だった。

 

「……シオン」

 

 一緒に出撃していたスバルが、恐々と名を呼ぶ。それに一瞬だけ、シオンは目を向けると、踵を返した。

 

「状況、クリア。帰ろうぜ」

「……うん」

 

 スバルは戸惑うように頷きながら、シオンの変貌ぶりを考える。

 それはあの時、第二段階との戦いに現れた謎の男――666の出現からだった。第二段階を倒すと同時にシオンは倒れた。

 それは、イクスの話しによると魔力消耗とウィズダムの開放が原因らしい。

 

【シオンは、一つ。封印を解いてしまった】

 

 イクスはそう漏らした。それを聞いたアースラの皆は、イクスに封印とは何なのかを聞こうとした。

 だが、イクスはただただ首を振り黙するだけ。

 そして、それからだ。シオンが変わったのは。常にピリピリした空気を放ち、感染者に対しては一切の情を持たずに惨殺し始めたのである。

 

「シオン……」

「何だよ?」

 

 スバルが名を再び呼ぶ。シオンは返事こそ返すが、一切振り向かない。

 

「……なんでも、ないよ」

「そうか」

 

 それだけ。スバルは問いたい事を問えず、またシオンも話さない。

 結局二人はアースラに到着するまでの間、無言だった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「スターズ3、及びセイヴァー帰還しました」

「スターズ1、2、4。あと300秒で帰還します」

「……うん。スターズ及びセイヴァー帰還後、アースラは次元航行に入ってな」

『『了解』』

 

 各管制から報告を受けた後、はやては操舵士のルキノに次元航行を命令する。そして、重いため息を吐いた。

 グリフィスも、管制達からも心配そうな目を向けられる。

 はやての悩みであった感染者の異常発生は今の所、納まっていた。

 あの第二段階の感染者との戦いの後、急にだ。

 そして、それと反比例するかのように増加している事がある。それは、意識不明者であった。

 もう100を越える人数が意思不明に陥っている。

 そして、あの共通点。つまり刻印が全員に刻まれていた。

 ……結局の所、はやてはこれをシオンには言っていない。

 はやての予想通りになったからだ、シオンが。

 一時は艦を降りようとまでしたシオンだが、何とか説得をくり返してようやく残ってもらったのである。

 だが、いつ飛び出してしまうか、正直解らない状況が続いていた。

 

 666とシオン君……。

 

 はやての頭を過ぎるのは、あのシオン。怒りに我を忘れ、感染者を虐殺しようとしたシオンだ。まさか、あれ程感情を顕にするとは。

 シオンにとって、666はどんな関係なのか――はやては思う。自分達では、シオンのあんな感情は出せない、と。

 シオンにとって、666はそれ程までに特別な関係、と言う事であるのか。

 

 ――よくも悪くも、純粋なんやな。シオン君は。

 

 そう、はやては結論する。純粋だからこそ、その感情の発露は不安定だ。それはたやすく”暴走”に繋がる。

 

「……それに、こっちの問題もあるしなー」

 

 呟きながらコンソールを操作し、データを呼び出す。現れたデータの名前は『グノーシス』と言う組織であった。

 はやて、なのはの故郷であり、フェイトにとっても第二の故郷のようなものである地球。

 その地球にあり、かつてシオンも属していた魔法組織の名がそれであった。

 ぶっちゃけ、管理局としてはなんとしてでもグノーシスとコンタクトを取り、情報や協力を要請したいのである。……だが。

 

「よりにもよって、なー…………」

 

 このグノーシスとの交渉を受け持っている人物。グリム・アーチル提督と言うのだが、この人物が大問題であった。

 ちなみに、はやてが管理局において”嫌い”と断言する人物の内の五本の指に入る。

 性格はきっぱりと言って傲慢。自分より歳若い人間が活躍するのが許せないのか、毎回毎回会うたびにこちらに絡んでくる。

 実力に見合わない力や権力を欲する傾向にあり、彼のせいでいろいろ苦労させられた人物もまた多い。

 はやても機動六課設立の時は、散々嫌がらせを受けたものだ。

 かのレジアスや最高評議会は自らが考える”平和”の為に、はやてと対立する存在になっていたが、この男にはそんな正義感すらもない。

 はっきり言おう。あまりに巨大な組織である管理局が抱える”膿”。

 それがグリムであり、それと同じ考えの人間達であった。そんな男が今回の交渉役なのだ。あんまりと言えばあんまりである。

 と、言うより管理局は交渉するつもりがあるのだろうか? そんな疑いすら持ってしまう。

 このままでは管理局側とグノーシス側とで争いにも成り兼ねない状況であった。

 

「……やっぱり、シオン君に頼まなあかんかな」

 

 シオンに頼みたいのは橋渡しだ。が、今のシオンにそれを頼むのは気が引けた。

 今のシオンでも、命令はちゃんと聞く。だが、前述の通りシオンは今、不安定だ。

 こんな事を頼んだ日にはアースラを出ていきかねない所か、前と同じ状況になりかねない。

 

「……どうしたもんやろうかね」

 

 はやてがそう呟くと同時に、アースラが次元航行に入った。

 

 ――思案は後回しやね。

 

「アースラ、進路を管理局本局に向けてな」

『『了解!』』

 

 そして、アースラは久しぶりに本局に戻る事になったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……休暇、ですか?」

「うん、そうや」

 

 管理局本局。今、アースラは補給、整備中である。

 その為、現在クルー全員に半弦休息を申し送った所であった。そして、シオンに休暇を与える――と、はやては言ったのである

 

「今、アースラは補給、整備中やしね。大体、シオン君嘱託職員なのに、局員より働いとるし」

「……ちなみに、断った場合は?」

「言わんでも解るやろ?」

 

 はやての答えにため息をつく。確かにここ最近、休みも何も考えずにただただ動き続けている。ここらで休むのも手か――その結論に、シオンは行き着いた。

 

「了解です」

「ん。それと、これはついでなんやけど――」

 

 そう言いながら、はやてが差し出すのは三枚のチケット。次元転移による。他次元世界移動用のチケットだ。シオンはチケットを見て訝しげに目を細めた。

 

「……これは?」

「うん。実はグノーシスとの交渉役、私が受け持つ事になってな?」

 

 その言葉に、即座にシオンは目を細めた。先んじて言っておく。

 

「俺は橋渡しなんかしませんよ?」

「いや、それは期待しとらんよ。ただ先方さんから交渉にあたり、三名程前交渉って形で来て欲しい言われてな?」

 

 つまりは一度、本交渉の前に局員に来てもらい準備の為の交渉を行おうと言って来てるのだ。

 そこで、はやてはミッドと地球に詳しい人と言う事でなのはを、そして交渉人の護衛として、シオンとスバルを指名した訳だ。しかし、そこでシオンは首を傾げた。

 

「どうせ交渉に行くならフェイト先生の方がよくないですか?」

「私もそう思うんやけど、先方さんが、なんや地球出身にこだわってな? んで、これは前交渉と言うよりは親交を少しでも深めたいって意図らしいんよ。流石にこのままじゃあ管理局とグノーシスとでぶつかる可能性まで出てきたからな」

 

 まずは衝突回避の為の前交渉と言う訳だ。成る程と頷くが、そこでシオンは気付く。自分が行く意味が無い、と言う事に。

 

「なら、なんで俺やスバルが?」

「……それについては先方さんの希望や。それと、シオン君には先方さんから手紙が来てる」

 

 そう言いながらシオンに手紙を差し出す。手紙の宛て名には、『叶・統夜』と、書かれてあった。

 はやての記憶が正しければ、叶トウヤとはグノーシスの第一位にあたる人物――ようはトップだった筈である。

 そして、はやての交渉相手となる人物だ。

 何故に、そんな人間からシオンに手紙が送られるのかは解らない。何か関係があるのは確実なのだが。

 

「…………」

 

 シオンは苦虫を飲み込んだような表情で手紙を受け取る。

 内容は気になったが自分が突っ込む所ではない。そう悟ったはやては、あえて何も聞かなかった。

 

「出発は今日の午後から。向こうに一泊する予定やね。で、私達は本交渉の為に明後日から地球に向かう」

「……了解です」

 

 話しは終わったとばかりにシオンは退出しようとする。ドアのノブに手を掛けた――その時、はやてからこう言われた。

 

「どうせなんやし、ゆっくり休んでな?」

「……失礼します」

 

 シオンははやての気遣いに、しかし返す言葉を持てず。答えられないままに艦長室を退出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 雨、それは生命が生きるのに大切な現象だ。

 雨が降らなければ、そも生命は生まれる事すらなかったのだから。

 そんな高尚な事とは関係無しに、こんな時に雨なんて降らなくていいのに――。そう、スバルは思う。

 ただでさえ、シオンのピリピリとした空気が酷くなっている。その上で、この雨だ。嫌にもなって来よう。

 転移してる最中、なのはとスバルはよく話すのだが、シオンは口を閉じたまま最低限の返事しかしなかった。

 そして、地球に着いてみれば今度は雨だ。何の嫌がらせだろう――などと考えてしまう。

 

「失礼します。管理局、局員の方でしょうか?」

 

 そうしていると、突然女性から話しかけられた。長身に、紫紺のショートカットの髪が抜群に似合う、いかにもやり手のキャリアウーマンと言った風情の女性であった。その台詞の内容に頷き、なのはが代表として前に出る。

 

「はい。時空管理局、高町なのは一尉です。貴女は?」

「ああ、これは申し訳ありません。私はグノーシスの位階第六位、アシェル・リリイエと申します」

 

 アシェルと名乗った女性は、そう言いながら名刺を出す。なのはもまた名刺を出し、交換した。

 

「そちらの方は……?」

「あ、スバル・ナカジマ一等陸士であります!」

「…………」

 

 アシェルに聞かれ、スバルが敬礼する。しかし、シオンは欝陶し気に挨拶すらしなかった。不機嫌そうに明後日の方向を見ている。その失礼な態度に、スバルは慌てた。

 

「ちょ……! シオン! 挨拶しなきゃ!」

「シオン……? まさか、シオン”様”!?」

 

 ――”様”? その叫びの内容に、なのはとスバルも驚きの表情で、シオンを見た。彼は小さく舌打ちする。

 

「アシェル、俺の事は様なんか付けなくていい」

「そんな訳には参りません! ああ、二年も見ない間に随分ご立派になられて。きっとおに――」

「――アシェル!」

 

 アシェルの言葉の途中で、シオンが叫ぶ。そして、そのまま首を横に振った。

 

「……俺はもう、グノーシスと関係無い人間だ。だからあの人の事は持ち出すな」

「……はい」

 

 シオンの強い拒否に、そのまま神妙な顔をして、アシェルは頷く。そして、なのはとスバルに向き直った。

 

「申し訳ありません。お客様を放ってしまいまして」

「いえ、そんな事は……」

 

 アシェルの謝罪に、なのはは手を振りながらそう言う。シオンの事は気にかかったものの、今聞く事でもない。

 

「……シオン、ひょっとして、お坊ちゃんとか?」

「……そんなんじゃない。偉いのは”俺”じゃない」

 

 スバルの問いに、シオンはそれだけを答えた。ちらりとアシェルを見る。それを見て、アシェルはただ一つだけ頷いた。

 

「それでは、こちらへ」

 

 アシェルに促されるままついていく。雨は未だ止む気配を見せなかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 グノーシス日本支部。巨大なビルはしかし、別の名前の企業としてそこにあった。出雲本社、そこにはそう書いてある。

 

「……ビル、おっきいですね」

「出雲。これが、グノーシスの――」

「はい。出雲コンツェルン。それが私達の表向きの顔です」

 

 そう言いながらアシェルはなのは達を促す。ロビーを抜け、エレベーターに真っ直ぐ向かった。受付もスルーしたところを見ると、ある程度の事情は通っているらしい。

 再びアシェルに促され、入ったエレベーターには1〜80階までの表示があった。しかし、アシェルはボタンの場所でコンソールを操作し、そして現れたスリットにカードキーを通した。

 すると、エレベーターが”地下”に向かって降り始める。

 

「表向きの人に、地下に来て頂く訳には参りませんから」

 

 驚くなのはとスバルに、アシェルはそれだけを言った。

 暫くして漸くエレベーターが止まる。そこは、スバルやなのはの考えていた場所とまったく違ったものが展開されていた。

 人が逆さに、真横に、”座って”いたのである。

 

「さ、参りましょう」

「て、ええ! アレ、スルーですか!?」

 

 スバルが逆さづりの人を指差す。一瞬アシェルは不思議そうな表情をするも、直ぐさま納得したような顔となった。

 

「ああ、此処は”足を下にする”、と言う概念魔法がかけられていますので」

「「????」」

 

 スバルもなのはも、アシェルの説明ではちょっと解らず、はてな顔となった。

 そんな彼女達に、シオンがフォローを入れてやる。

 

「……つまり、此処じゃあ足が――正確には両の足の裏な? それを向けた方に重力が掛かるんだよ」

「……はぁ」

 

 シオンの説明で、なんとはなしに理解するスバル。なのはは思う所があるのか、ちょっと思索気味な表情となっていた。

 

「ほら、なのは先生も。先に急ぎますよ」

「あ、うん」

 

 シオン言われ、なのはも我に返ると再び歩き出す。シオンもスバルも、それに続いた。

 

 その後も奇天烈な光景が次々と広がっていた。

 例えば文字から火が出たり、いきなり身体が軽くなったり、形を常に変える石があったりと、まぁしっちゃかめっちゃかである。そんな光景を物珍しそうに見ながら歩き、ようやく応接間に着いた。アシェルはなのは達に振り向く。

 

「ここでグノーシスの第一位、叶トウヤ様がお待ちになっています。……トウヤ様? 失礼いたします」

 

 そしてアシェルは扉を開き、応接間に入る。彼女に続き、なのは、スバル、シオンの順で部屋に入り――そこで見たのは、華麗に宙を舞う男であった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 あまりの事態に一同凍りつく。しかし、時まで凍りつくはずもなく、宙を舞う男は当然重力に従い落下。頭から落ちた。

 

『『…………』』

 

 誰一人として反応出来ない。まぁ、当然か。

 部屋に入ったら、人一人が綺麗に宙を舞っていたら誰でも凍る。そんな、凍りついた場に声が響いた。

 

「……フ、フフ。ユウオ。君は相変わらずシャイだね?」

 

 その声の主は、今まさに頭から落ちた男であった。スクッと立ち上がる。

 顔は端正、鼻梁はすっと通っており、きりっとした顔は美形の一言に尽きた。

 短い髪はオールバックの黒。何故か目は緑色だった。身長も高い。190に明らかに届いていた。だが、その身は細身。一切の余分な筋肉がないその身体は、綺麗といっても差し支えないものだった。

 そして歳だが、恐らくは20代前半、なのは達とさほど変わるまい。服装は仕立ての良いスーツ。

 この青年の着こなしがよいのか、ビシッと決まっている。――だが、このプラスなイメージ全てをぶち壊しにしている部分があった。

 首だ。先ほどの落ち方が悪かったのか、首がヤバイ方向に曲がっている。

 それで平然と会話するのだから、ある意味とんでもない。

 

「……トウヤ。ボク、言ったよね? 仕事中にお尻を撫でるのは駄目だって」

 

 更に声が響く。その声色は見事、鈴が鳴るような声だった。

 ボク、と言う一人称を使う女性は腰まで届く黒髪。背は意外と低く、160に届くかどうか、その割には意外とグラマーなスタイルをしている。

 その身を包むのは、これまた仕立ての良いスーツだった。

 

「む。そうは言うがね、ユウオ。君のそのエロい――そう、エロエロのお尻が私の前を過ぎる度に、私の理性はノックアウトせんばかりにダメージを受けているのだよ!? ……我慢等、出来る訳がない。そう、断じてないっ!」

「お客が来てる前で変態然とした事を全力で叫ぶな――――――っ!」

 

 ――あ、ちゃんと解ってたんだ?

 

 呆気に取られたなのは達は、そんな感想だけを抱きながら、その漫才を見ていた。……漫才と言うには、あまりに肉体言語を使用しすぎな気もするが。

 

「コホン!」

 

 アシェルが一つ咳ばらいをする。そこで漸く気付いたが如く、青年がこちらを向いた。……首が変な方向のままなので、かなり恐い。

 

「……フム。どなたかな?」

「管理局からいらっしゃった方達です。本日の予定より少々早いですが、お連れしました――それと、トウヤ様? いい加減首を直して下さいませ。かなり怖いです」

「そうかね? では」

 

 アシェルの注意を受け、トウヤが首に手を添える。瞬間、ゴキン、とかなり鈍い音を立ててトウヤの首が直った。……いろんな意味で信じがたい光景に、なのは、スバルは声も出せない。そんな彼女達に、彼はにこやかに笑い。

 

「まずは自己紹介からだね? はじめまして。グノーシス、位階第一位。名を、叶(かのう)トウヤと言う。よろしく頼むよ」

 

 そう、名乗りをあげたのであった。

 

 

(第十一話、後編に続く)

 

 




はい、テスタメントです。
実は第十話から第二部「666編」に突入しております♪
え? なんで章分けしないのか?
それは携帯投稿だからさ!(涙)
この章からは、ガチのチートキャラの666が話しの主軸になって行きます。
にじふぁん時には一番の人気キャラでしたが……こちらではどうなるやら、楽しみにしております♪
ではではー♪


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第十一話「ナンバー・オブ・ザ・ビースト」(後編)

はい、第十二話の後編であります♪
こっから一気に鬱展開に突っ走りますが、大目に見てやって下さい♪
にじふぁん時にはアリサ道場がありましたが――復活させようかな?
では、第十二話後編どうぞー♪


 

 出雲本社ビルの存在しない筈の地下施設。応接間のソファーの座り心地が良く、スバルは思わず気を休めたように息を吐く。

 

「ふむ――緊張は解けたかね?」

 

 それを見たか、前に座る叶トウヤから声が掛けられた。

 今、応接間のテーブルを挟んでトウヤと対面するように、なのは、スバル、シオンはソファーに座っている。

 ちなみにユウオと言う女性は、お盆を持って紅茶を入れたカップを置いた後、トウヤの後ろに立ったまま控えている。

 その感じから秘書かな? と、なのはとスバルは思った。……先ほどの衝撃映像に関しては取りあえず置いておく事にする。

 

「あ、いえ……ありがとうございます」

「構わないさ。さて、私は名乗ったのだから、是非君達の名前を聞きたい所だね?」

 

 トウヤが柔らかい笑顔を向けながら名を聞いてくる。――その笑顔をどこかで見た気がする。

 だが、どうにも思い出せないので、こちらも置いておく事にした。

 

「はい。では、まず私から。時空管理局教導官。高町なのは一等空尉です」

「えっと、同じく時空管理局局員。スバル・ナカジマ一等陸士です」

「……」

 

 なのは、スバルがそれぞれ自己紹介をする――が、シオンだけは口を開かない。

 そんな彼の態度に、なのはもスバルも、先を促そうとする。だが、その前にトウヤが手を前に出し留めた。

 

「ああ、彼については構わない。”よく、知っている”のでね。……シオン。久しぶりだね」

「……うん、久しぶり」

 

 シオンもトウヤも言葉少なげにしか話さない。

 かつてシオンはグノーシスに所属していたのだから、知り合いでも何もおかしくはない。ないのだが、二人の交わす微妙な会話に、なのはとスバルはきょとんとした。それを察してか、トウヤは彼女達に向き直る。

 

「では自己紹介も済んだ事だし――始めるとしようか? お互いが解り合う為の、交渉を」

 

 そして、そう宣言した。これから、グノーシスと管理局の、実質最初の交渉が始まる――。なのは、こくんと頷いた。

 

「まずはそちらの要求から聞こう。ああ、ちなみに前の担当者がこちらに要求した件については忘れるとするので安心したまえ」

「……では」

 

 トウヤに促されるまま、なのはが口を開く。こちらが求めるものを静かに言いはじめた。

 

「管理局が貴方達、グノーシスに望むのは二点です。一つは情報。アポカリプス因子。そして、ナンバー・オブ・ザ・ビースト。この二つの事柄について情報の開示を」

「ふむ。条件付き、と言う事でよければ、そちらは構わない。――もう一点について聞こうか」

「もう一点は、アポカリプス因子感染者に対しての協力をお願いします」

「ふむ」

 

 なのはの言葉に一つ頷くトウヤ。カップを手に取り、紅茶を一口啜る。そして、きっぱりとこう言った。

 

「その件については断る」

 

 一瞬、なのはは言葉を失った。あまりに即答すぎて、思考停止してしまったのである。ゆっくりと呼吸をして、断られた事実を把握して問い直した。

 

「……何故、と聞いても良いでしょうか?」

「簡単な事だよ。こちらは自分達の世界を守るのに手一杯なのでね。”無関係”な世界にボランティアで貸し出せる人員はいない、と言う事だよ」

 

 平然と言ってのける。なのははそんなトウヤの態度に、少しムッとした表情になった。

 

「無関係とはどう言う事でしょう? そもそも、シオン君の話しによればアポカリプス因子はこの世界から生まれたものでは?」

「……ふむ。その前提からもはや間違っているね。シオン、お前も勉強不足だよ――まぁ、二年前だと、我々もその認識だったか」

 

 事もなげに言う。シオンも眉を寄せていた。二年前――つまりは、自分が出奔してから、因子発生の新しい発見があったのか。なのはとスバルも軽く驚いていた。

 

「……どういう事でしょう? 因子はこの世界から他の世界に渡ったのでは?」

「いや、違う」

 

 きっぱりと言い放つ。因子は、この世界由来のものではない――? なら何故、因子はいろんな世界に出現しているのか。

 

「解らないかね? 考えてみればすぐに解る事なのだが……そも、因子は何故、感染するのだと思う?」

「……それ、は」

 

 解らない。そもそも、それを調べている真っ最中なのだ。なのはが答えに窮しているのを見ながら、トウヤは答えを出した。

 

「簡単な話しだ。あれは単体では進化の敵わない存在、と考えれば答えはたやすい。あれの目的が進化にあるかは解らない――が。そもそも、アポカリプス因子は感染者が第三段階にならないと空間に干渉する事は出来ないのだよ。ましてや世界に感染しつつ渡るなど最終段階にならなければ不可能だ」

「なら、どうして多くの世界に出現しているんですか?」

 

 なのはの言葉に、トウヤはまたもふむと頷いた。足を組みながら冷たい目を向け、答える。

 

「渡っていないのならば後は自明の理だと思うがね? 簡単な話しだよ。因子はその世界で生まれている」

「…………」

 

 トウヤの出した答えに、暫くなのはも絶句する。それは則ち、一つ一つの世界で因子が生まれている、と言う事に他ならないのだから。

 

「後でそちらに渡すデータに添付するが、他世界でアポカリプス因子が生まれている映像もある。ああ、勿論偽造などではない。安心したまえ」

 

 勿論、一向に安心などは出来ない。それが真実ならば、全ての世界で因子が生まれる可能性もあるのだ。事態のより一層の悪化をそれは意味している。

 

「さて。これで理解は出来たと思うが、こちらが君達に協力する謂れも義務も、ましてや義理すらもない。この件はこれで終わりでいいかね?」

「それは――」

「何が不満かね? こちらは情報を開示すると言っている。それ自体が協力行為だろう?」

 

 トウヤの言葉になのはは唇を噛む。確かに、その通りだ。こと、アポカリプス因子については一番欲しかったのは情報なのだから。

 最低限の要求は通ったと、なのははそのまま頷こうとして――。

 

「異議あり」

 

 ――その言葉に動きを止めた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「異議あり」

 

 その言葉を放ったのは、シオンだった。なのはもスバルも、呆然とシオンを見る。トウヤもそちらへと視線を向けた。

 

「異議かね?」

「ああ。確かにグノーシスが他世界に関与する義務はない。だけど義理はある」

 

 シオンの言葉にトウヤはフムと再度頷く。その目が楽しそうに細められているのは気のせいか。

 

「よかったら聞かせて貰えるかね? その義理とやらを」

「簡単な話しだよ。そもそものグノーシスの理念だ。グノーシスの最優先事項は因子を消し去る事にある。俺の記憶が確かなら、その筈だろ?」

 

 二年前の記憶を引っ張りながらの、シオンの言葉。それに、トウヤも頷いた。

 

「その通りだ。第97管理外世界、地球――我々の世界は、元々感染者により滅んだ世界の寄せ集めだからね」

「そう、全次元世界において、因子による最初の被害を受けた世界――それが地球で、グノーシスはその対処を求められた組織だ。だからこそ、因子による世界の崩壊を未然に防ぐ事が目的だった筈だ。だから、義務は無くても義理はあるはずだろ? その理念の為って言う義理が」

 

 そこまで言われて、トウヤはシオンを見てニヤリと笑う。よく出来た――その瞳が、そう語っていた。

 

「だが、それだけでは動けないのもまた必定だろう? いくらそれが目的だろうと、それだけでは組織は成り立たない、こちとら無償のただ働きをする余裕は無い」

「……それについてなら、こちらから提供させて貰えるものがあります」

 

 そこで、なのはがシオンの言葉を継ぎ、トウヤに答えた。ようやく、彼のその言葉を引き出せたからだ。それを言わせるのが、彼女の目的だった

 

「ふむ、何を提供して貰えるのかな?」

「……シオン君の話しによれば、イクスのようなロストロギアは珍しくない――と言う話しでしたね?」

 

 ――地球にはそんな謎がある。

 まるで引き寄せられるが如く、ロストロギアが大量にあるのである。それについては、また諸事情があるのだが――シオンは敢えて、その事は伏せた。勝手に教えていいものでも無い。

 ともあれ、グノーシスは今の所地球上のロストロギアに関しては、管理してはいる。だが。

 

「曲がりなりにもロストロギア。扱いや封印が出来ないものも多数あるのでは?」

「確かに、その通りだ。……なる程、つまり君達は――」

 

 はい、となのはは頷く。そして、自分達の、管理局側の手札を迷わず切った。

 

「ロストロギア関連に於ける技術。これを提供させて頂きます」

 

 言われた言葉に、成る程とトウヤは頷いた。実際、その話しは大きい。

 管理局はその巨大さ故に様々な問題がある組織だが、その大きさ故の利点もある。

 つまり、技術力だ。様々な世界との交わりで、常に技術は向上しているのである。

 実際、グノーシスと管理局では、武装系技術はともあれ、その手のものならば、技術力の差は十年や二十年では済むまい。

 

「――なる程。これは、検討のしがいがあるね」

「如何でしょう?」

 

 なのはの台詞を楽しむように、トウヤは少しばかり思案した。どこまでの技術提供を受けられるか――そこは、これからの交渉次第だろう。トウヤの腕次第とも言える。ならばと彼は頷いた。

 

「協力について検討しよう。……こちらからの技術提供も含めて、ね」

「ありがとうございます」

 

 なのははトウヤの答えに頭を下げた。内心では安堵の息を吐いている所だろう。トウヤはそんな彼女に微笑を浮かべていた。

 

「まぁ、詳しくは明後日の本交渉次第だね」

「はい」

 

 そこまで聞いて、二人の会話にスバルがおや、と声を上げた。交渉はなのは担当であったし、そう言ったのは自分はよく分からないので、ずっと聞いてるだけだったのだが。

 

「えっと、じゃあ今日の前交渉って……?」

「ようはお互いの要求を出すだけが今回の目的だよ。もっとも、面白い話しが聞けたがね」

 

 トウヤの答えに成る程とスバルは頷いた。互いの要求を出して、本交渉に備えると言う訳だ。勉強になるなーと言った顔の彼女に、横でシオンが肩を竦めた。

 

「紅茶、冷めてしまったね。ユウオ、悪いが淹れ直してくれるかね?」

「うん」

 

 それまで立ったまま控えていたユウオが、トウヤからカップを受け取り、下がった。そのまま部屋を出る。彼はそれを見送って、なのは達に視線を戻した。

 

「さて、では前交渉は終わりだ。これからどうするかね?」

「せっかくなので、私は施設を見せて貰おうと思います。スバルとシオン君はどうする?」

「あ、私もなのはさんと一緒に見て回ります」

「俺は――」

 

 シオンは一旦言葉を切って前を見る。そこにはこっちを見るトウヤがいた。……彼と話しをしなければならない。色々と――本当に、色々と。

 

「少し、この人と話しがありますから」

「そっか。うん、なら後で合流って形でいいかな?」

「はい」

 

 シオンが頷くのを、なのはとスバル見る。席を立ち上がった。トウヤも視線を壁に移す。

 

「リリイエ君。悪いが高町君とナカジマ君の案内を頼めるかね?」

 

 そう言うと、今まで壁に控えていたアシェルが頷いて前に出た。扉を開き、なのは達を促す。

 

「では高町一等空尉、ナカジマ一等陸士。僭越ながら私が案内させて頂きます」

「いえ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 頭を下げて、なのは、スバルは、アシェルの元に向かった。そして、シオンへと振り向く。

 

「それじゃあシオン君、また後でね」

「シオン、あんまり遅くならないようにね」

「……了解」

 

 シオンの返事を聞いて、二人は退室した。紅茶を淹れ直しにいったユウオもいない。部屋に二人きり――シオンは逃げ場が無くなったような感覚を得ながら、トウヤへと視線を戻した。彼は微笑する。

 

「さて、こうやって会話するのは本当に久しぶりな気がするね……。改めて言おう。シオン、元気そうで何よりだ」

「……うん。皆も元気そうでよかった」

 

 それだけは本当に――本当に、そう思いながらシオンは言う。……自分には、心配する権利なんてない。それを知りながら、シオンは言う。トウヤも頷いた。

 

「……二年、長いものだね? シオン、色々聞かせては貰えるのかな?」

「うん。その積もりだよ――」

 

 そこでシオンは言葉を切る。そして目の前のトウヤを見た。目を見て、真っ直ぐに――続ける。

 

「――”トウヤ兄ぃ”」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 アポカリプス因子は、何処にでも現れる――それが例え、どんな場所であろうとだ。

 だが、因果と言うのがあるとすれば、それはあまりに皮肉としか言いようがなかっただろう。

 

「すずか、走って!」

「アリサちゃん!!」

 

 感染者は、町に現れる可能性もあるのだ。どれだけ確率が低かろうと。そして、それが人を襲わないなんて保証はない。

 

「痛っ……っ!」

「アリサちゃん!」

 

 そして、襲われる人がどんな存在なのかも、また関係がない。

 

「……すずか、アンタは先行きなさい」

「駄目! 駄目だよアリサちゃん!」

 

 そう、そして――。

 

「いいから、はやく!」

「嫌!」

 

 ――感染者が、人を新たな感染者にしない理由はない。

 

「……ごめん、すずか」

「いいから、急ごう?」

 

 それは、よくある話し。それが例え悲劇だったとしても、どこにでもある話しだった。

 

「……ごめん……すずか」

「アリサ、ちゃん?」

 

 現実は容赦がない。そして、また。

 

「アリサ、ちゃん……? いや……! いやぁぁぁぁ―――! 」

 

 こんな筈じゃない結果が生まれるのも、よくある話しだった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンはトウヤと会話を終え、なのは、スバルと合流先である町に出ていた。それは海鳴市と言う町だった。海を仰ぐ、いい町だろう。

 なのは曰く、久しぶりに親友達と会うそうなので、そちらにセーフハウスとして用意して貰ってる別荘があるらしい。

 なのはもスバルもまだ出雲本社ビルにいる。いろいろ興味を引かれるものがあったらしい。

 だからシオンは先にこの海鳴に来ていたのだ――来たはいいのだが、道が解らない。

 まぁ、後でなのは達と合流すればいいや、と呑気に考えて、ブラブラ歩く。

 シオンにとって徒歩とはそれだけで有意義だ。歩くのが好きなのである。

 それがなんでなのかと聞かれたら困るのだが。そうして歩いて行くと、海を臨む公園に出た。

 さぞかしいい景色なのだろう――雨が降っていなければ。

 ザァザァと降る雨は、それだけで気が滅入る。そうして思い出すのは、さっきのトウヤとの会話だ。

 先ほど話していたのは666について。しかし、グノーシス側でも殆ど何も解らないとの事だった。

 ――だが、一つだけ教えてもらった事がある。それは、管理局はやはり信用出来ないと言う事だ。

 トウヤが教えてくれたのは、666の仕業と思わしき被害者達の事だった。グノーシス側でも独自に追っていたらしい。666のかつての立場を考えれば当然の事ではあったが。

 ともあれ、それを自分に黙っていた事が、管理局に対しての不信になっていた。

 実際の所、はやてはシオンを心配した為の措置だったのだが――そんな事は、シオンにとって見れば知った事では無い。はやての気遣いは、完全に裏目となりつつあった。

 

「……666……」

 

 許せない存在。何を置いても最優先しなければならない存在だ。

 だが、それに割り込む奴達がいる。アースラの面々だ。

 彼等、彼女達と過ごす時間は、シオンにとって幸福だった。幸せすぎて、忘れていた。幸せすぎて、見ないようにしていた。

 でも、この間再認識した。やはり自分は666を優先すると言う事を。

 

「……降りるか」

 

 アースラを降りるか、否か。それをシオンは迷う。元々アースラに居るのも、666を探す為だ。それが、放っておくならともかく邪魔したのならば居る意味も無い。……しかし、ここで降りるのは――悩むシオン。

 

 だが、時は、運命は、シオンを待たなかった。

 

【シオン!】

「イクス?」

 

 イクスに、疑問の声を上げる。滅多に喋らないイクスが声をここまで上げるのは珍しい事だった。何があったと言うのか。

 

【感染者の反応がある! 近いぞ! 】

「ッ――! 何処だ!?」

 

 そこまで聞くと、シオンはイクスに言われるまま反応があった場所に駆け始めた。

 そう、運命は待たない――選択、と言う名の運命は。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 なのは達に緊急連絡し、シオンはそのまま駆け抜ける。

 吹き上げる魔力を放出し、トップスピードで現場へと向かった。

 感染者は”二体”。最短の道をイクスの指示に従い走る。シオンの胸中にあるのは焦燥だ。

 今、走っている区域はどう見ても街中である。こんな所で感染者が出現――それは、とんでもない事だった。最悪の事態に繋がりかねない。

 

【左の曲がり角を曲がれ! そこの路地裏だ!】

 

 言われるがいなや、路地裏に飛び込んだ。

 そこには、今まさに女性へと襲い掛からんとする異形の姿があった。感染者だ。

 オーク鬼、そう呼ばれる生物の感染者である。何故に、この世界にそんな生物が――?

 一瞬だけ疑問に思うが、シオンは即座にその疑問を頭から追い出た。

 

「イクス!」

【セット・レディ!】

 

 叫び、瞬時にバリアジャケットを纏った。イクスも大剣に変わる。

 そして、女性と感染者に割り込むなりイクスを一閃。

 

    −斬−

 

 一瞬にして、感染者の首を落とした。しかし、そこから異形は再生を開始する。だが無論、シオンも止まらない。

 

「絶影!」

 

    −閃−

 

 放つは最速の斬撃。高速の一刀は、即座に胴を断った。悲鳴が上がる。感染者と、背後の女性から。

 構わなかった。シオンは止まらない!

 

「終わりだ! 神覇参ノ太刀、双牙ァ!」

 

    −撃!−

 

    −裂−

 

 追撃で放たれるは、地を走る双刃。魔力で形成された斬撃は、たやすく感染者の四肢を断ち斬った。

 まだ終わらない。落ちてきた胴体と頭を、真っ正面。唐竹割りの一撃が両断する。

 

「――絶影」

 

 そして、漸く感染者は塵へと消えた。シオンはふぅと息を吐く。何とかなったか――。

 

「大丈夫、ですか?」

 

 振り向いて、倒れていた女性に手を貸して起こしてやりにいく。だが、女性は激しく首を振ると、シオンの背後に向けて叫んだ。

 

「アリサちゃん!」

 

 ――瞬間、シオンは言葉を失った。そう、イクスは言っていたでは無いか。

 感染者は二体だと。ゆっくりと、シオンは後ろを振り向く――そこに居たのは、黒の点に全身を侵され、こちらへとにじり寄る金髪の女性。

 

 アリサ・バニングスが居た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 雨は降る。ざぁざぁと。

 それを受けながらシオンは呆然とし――。

 

「……ッ!」

 

    −撃!−

 

 次の瞬間、放たれた右の拳を受け止めた。それで我に返る。現状を、認識する――無理やりに。

 

「イクス……?」

【……駄目だ。もう、完全に――】

 

 ――感染している。

 

 それはあまりに無情な言葉であった。もう、どうしようもないと言う事を意味するものだったから。

 

《シオン君! そっちの状況、どう!?》

「……なの、は先生……」

「なのはちゃん!?」

 

 シオンの横にウィンドウが展開して、なのはの顔が映る。空を飛んで向かって来ているのだろう。背に見えるのは未だ降り止まぬ雨雲だった。響いた声に、なのはもまた驚いたように目を丸くする。

 

《すずかちゃん!?》

「なのはちゃん! アリサちゃんが! アリサちゃんが!」

 

 すずかの剣幕。そして、親友の名前になのはの顔から血の気が引いていった。

 知り合い――いや、友人だったのか。なのはの表情にシオンは歯噛みし、しかし淡々と報告し始める。

 

「……先程、感染者を一体撃破しました。でも、その後ろに民間人がいて」

《……どう、なったの……?》

 

 一瞬迷う。だが、それは告げねばならない事。一度だけ目を閉じ、覚悟を決めると事実だけを告げた。

 

「民間人はアポカリプス因子に感染。今、攻撃を受けてます」

《……う、そ……?》

 

 なのはの呆然とした声に、しかしシオンは首を振る。横にだ。

 そして、ウィンドウを感染者に――アリサと呼ばれた女性に向ける。

 

《……そんな……!》

 

 アリサの姿を見て絶句するなのは。そんな彼女に、シオンは首を振り、更に告げた。

 

「……恨んでくれていい」

「え……?」

《シオン、君?》

 

 なのはとすずか、二人が呆然とシオンに問う。だがシオンは構わなかった。イクスを持ち上げる――。

 

「憎んでくれていい。ただ、俺を――俺だけを憎んでくれ」

《何? 何を言ってるの? シオン君》

 

 なのはが問いを重ねる。だから、シオンは答えた。そう、これはやらねばならない事だと。

 ……例え、それが憎まれる結果になろうとも。

 

「彼女を殺します」

 

 ――それだけ。それだけを、シオンは二人に告げた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《だ、駄目!》

 

 何を言われたか分からずにいたなのはは、我に返るとすぐに叫んだ。

 しかし、シオンはそれを無視する。ゆっくりと、ゆっくりとアリサに近寄った。

 

《シオン君!》

「なら、貴女に彼女を殺せるんですか?」

 

 シオンの問いになのはは絶句する。感染者の末路はただ一つ。一つしか、ない。

 イクスを構えると、同時に隣にいるすずかにバインドをかけた。

 

「……っ! これ……!?」

「ごめん。でも、邪魔されたくない」

 

 上段にイクスを持ち上げた。感染者となったアリサと言う女性はしかし、そのまま動かない。まるで、刃を待つかのようだ。彼女もまた、待っているのか――斬られる事を。

 

「アリサちゃん! 逃げてぇ――!」

《シオン君! 駄目ぇ――!》

 

 二つの声を無視する。そして、目の前の感染者を見た。腕が――いや、全身が震える。

 怖い。目の前の命を奪う事が、ただただひたすらに怖かった。

 ゆっくりと目を閉じ。そして、開ける。

 

「……ごめん」

「…………」

 

 シオンの謝罪に、しかし感染者となった少女は答えない。咆哮すらもあげない。当たり前だ――だが、シオンは頷いた。そして、刃を振りかぶる!

 

「おぉぉぉぉぉぉ!」

 

 叫ぶ。せめて苦しまないように、一撃でと。次の瞬間、刃は迷いなく放たれ――。

 

 ――刃が届く寸前に、虹の光芒が感染者となったアリサを貫いた。

 

「な!?」

「Aaaaaaa――――――!」

「っ……!」

 

 虹の光に押されてシオンは後へと飛ばされる。やがて、虹の光芒はアリサの身体から”何か”を引き出した。同時に、アリサの身体に刻まれるは刻印。

 

     666!

 

 舞い降りる。黒の王――純粋なる黒の魔王が。

 軋む。その存在の前に世界が。

 

 666は再び、シオンの前に顕れ、その場に降り立った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 雨はずっと降っている。ざぁざぁざぁざぁと、降り止む気配を見せない――

 

 ――その光景にあって尚、純粋な黒は異質だった。

 

 ――声が出ない。

 

 喉がやけに渇く。目の前の存在はただそこに在る。

 今度は立ち去る気配はない。こちらを、ただ感情の無い目で見る。

 シオンの脳裏を、様々な思いが駆け巡る。

 

 ――お前は、相変わらず――。

 

 その言葉と、そして思い出すのは教会。その床に寝そべって、刻印を刻まれた少女。

 

 ――ごめん、ね……。

 

 そして、その刻印を刻んだもの――ナンバー・オブ・ザ・ビースト! シオンの全てを奪った存在!

 

「てぇめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 叫び、シオンは目の前の男――666に迷いなく襲い掛かる!

 

「シオン君!」

「シオン!」

 

 たった今到着したのだろう、なのはとスバルの声が飛ぶ。

 だが、今のシオンには聞こえなかった。こいつは、こいつだけは!

 

「イクスぅ!」

【トランスファー!】

 

 ブレイズフォームに変化。高速で一気に間合いに飛び込んで、逆手に持った左のイクスを上段から叩きつける!

 

    −戟!−

 

 放たれる一閃。しかし、666はただ左腕を掲げ、それを拳で受け止めた。大した力も入れたようにも見えないのに、あっさりと!

 

「っ――――!?」

 

 シオンは、ぞくりと背筋に悪寒が走った事を自覚する。666は一切の魔法を使っていない。にも関わらず、イクスを全く押し込めない……!

 

「――っ! がぁぁぁぁぁぁぁ――!」

「……」

 

    −戟!−

 

 −戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟−

 

    −戟!−

 

 連撃。シオンはそのまま右の斬撃を、左の膝を、右の蹴りを左の突きを叩き込んだ。

 その全ては無駄に終わった。全て――全てだ。左手で捌かれ、防がれる!

 左腕以外は一切動かしていない。いや、そもそも左腕自体もさほど力を入れているようにすら見えない。なのに、通じない。使う必要もない――と言う事なのか。

 

「っ――! くっ!」

 

 業を煮やしたシオンは一気に後退。イクスをノーマルへと戻した。

 一撃の重さならばブレイズよりノーマルの方が上である。これなら、どうだ……!?

 

「らぁぁぁぁぁぁぁぁ! 絶、影!」

 

    −閃!−

 

 瞬動で再び666の眼前に駆け、絶影を叩き付ける!

 

    −戟!−

 

 だが、その一撃すらも放たれた拳により防がれた。全く躊躇なく刃面を殴りに来ている――にも関わらず、傷一つつけられない!

 

「っ――! く、た、ば、れぇぇぇぇ!」

「……」

 

 シオンは諦め無かった。そのままイクスを押し込もうとする。すると、ついに刃が少しずつ前に進んだ。にぃと口端をシオンは浮かべ――しかし。

 

「……」

 

    −撃!−

 

 666は左拳に少しだけ力を込めた。それだけ。それだけで、斬撃はあっさりと弾かれる!

 呆然とするシオン。666は、浮いた彼の腹に右の掌を押し当てる。

 何の変哲も無い動作だった。ただ、ポンと触ったようにしか見えない。だが次の瞬間、鉄骨が叩き付けられたが如き音が鳴り、シオンは至近で爆発を受けたかのように吹き飛んだ。

 

「――っ!? ご、ぶ……っ!」

「シオン!?」

「シオン君!?」

「か、ぁ……」

 

 吹き飛ぶシオンに、スバルとなのはが同時に叫ぶ。シオンは、それを聞く事すら出来なかった。腹を押さえて悶絶する――口から大量に血を吐き出した。

 もう駄目だ――。二人はそう直感し、シオンへと駆け寄ろうとする。しかし、シオンは二人をぎょろりと睨んで吠えた。

 

「来んなぁ――――!」

「っ……!?」

「シオン!」

 

 そのあまりの剣幕に、スバルどころかなのはすら立ち止まらされた。シオンはよろめきながらも立ち上がる。

 その脳裏に過ぎるは一人の女性であった。その笑顔を、シオンは覚えてる――。

 

 構わず、666はゆっくりと近寄り始めた。それを、シオンは睨む。

 あの笑顔を奪った存在――それが、例え彼自身の意思で無かったとしても。いや、彼だからこそ、それは許せない……!

 

「アンタが! ……何で、アンタがぁ!」

「…………」

 

 シオンの叫びに、しかし666は空虚なる瞳を浮かべるだけ。何も答えない。答えられる訳がない。だが、それが許せない!

 シオンは猛り、咆哮を上げた。何としてでも倒す。この男だけは、この男だけは!

 

「まだまだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――!」

【トランスファー!】

 

 ウィズダムに変化。一撃の威力だけを問うならば、この形態が今の最強だ。その一撃を持って倒す! シオンはそう決め、穂先を向けようとして――。

 

【っ……がっ!】

 

 ――次の瞬間、イクスが砕けた。

 

「……え? ……イク、ス?」

 

 砕けて、待機モードに戻る。シオンはそれを見て呆然とした。今、何があった? 何をされた――?

 

【……馬鹿者! よそ見を――!】

「…………」

 

 イクスから忠告が飛ぶが、間に合わない。気付けば、666は目の前に居た。

 

「……え?」

 

 何故、どうやって666がそこに現れたのか、シオンは全く分からなかった。

 だが、一つ思い出したのは、縮地と呼ばれるものだった。その一歩に届かぬ所無し。そう言われる、”空間転移歩法”。

 666はむしろゆっくりとした動作で頭を掴み、押し出した。

 

    −破−

 

「っが……!?」

 

 また吹き飛ばされた。今度はさほど強くなかったのか、4メートル程転がされる。しかし、それだけ。さほどダメージは無い――だが、それが致命的だった。

 

「…………」

 

 666は右手を掲げ、シオンへと向ける。その右手には、666の正位置を象った幾何学模様の魔法陣が浮かんでいた。

 

「……あ……」

 

 呆然とシオンが呟く。次に何をされるのかを悟った。回避も防御も、もう間に合わない――!

 

「あ、あぁ!」

 

 ただ悲鳴しか上げられず。そして、666は迷い無く虹色の光芒を放った。

 

「あぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!」

 

    −煌−

 

    −輝−

 

 自分を貫く虹色の光。吹き飛ぶバリアジャケット、そして焼き付く音と共に刻まれる刻印。

 ――何故か 、痛みは感じなかった。だが、意識が急速に奪われていく。

 意識が消える最後に見たのは、涙を流しながら駆け寄るスバルと、なのは――。

 

「……ご、めん……」

 

 そして、シオンの意識は闇へと消えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「シオン――――――!」

 

 叫び。シオンの元へ駆け寄るスバル。

 地に倒れ伏したシオンは、バリアジャケットが弾け、露出した胸に刻印が刻まれていた。666の、刻印。

 なのはは知っている。それを刻まれたものがどうなるのかを。地球に来る前に、はやてに教えて貰ったのだ。666の刻印を刻まれた人達の事を。

 アリサを見る。彼女もまた、刻印が刻まれていた。

 

「……アリサ、ちゃん……シオン、君……」

 

 スバルがシオンを何度も呼ぶ。しかし、シオンは応えない――応える事は、ない。

 シオンが倒れた為か、バインドが解けたすずかも、アリサの元に走る。そして、スバルと同じようにアリサを何度も呼んだ。

 だが、応えない――応える事は、ない。

 

 足音が響く。666だ。彼は踵を返し、去ろうとしていた。

 

「……待ちなさい」

 

 なのはが666に呼びかける。自分でも思った以上に冷たい声が出た。

 しかし、666は完全に無視した。振り返る事すらしない――。

 

 ――ならば遠慮はしない。レイジングハートを起動させると同時にエクシードモードに変化。そして、警告も無しに一撃を撃ち放つ!

 

「エクセリオンっ! バスタ――――――――――!!」

 

    −轟−

 

    −煌−

 

    −撃!−

 

 抜き撃ちのエクセリオン・バスター。その威力は怒りによって暴走してしまい、制御の効かない――だが激烈な威力となって666へと放たれた。光砲は真っ直ぐに666へ伸び。

 

「…………」

 

    −撃!−

 

 それを666は、事もなげに振り向き様に放った左拳で砕き切った。

 

「――ッ!」

「……」

 

 なのはが睨み。666はそんな彼女の視線を感情の無い瞳で受ける。やがて八角の魔法陣が展開し、666は消えた。次元転移だ。

 

「……っ」

 

 なのはは周りを見る。泣きじゃくるすずかとスバル。そして、目を覚まさないシオンとアリサ。事態は最悪の展開を迎えてしまった――。

 空を見上げる。そんな、なのはの瞳にもまた涙が浮かんだ。

 どうして、こんな事になったんだろうと。

 未だ、雨は止まない。止む気配はない。ざぁざぁと振り続ける――冷たく、冷たく。

 

 

(第十二話に続く)

 

 

 




次回予告
「666の前に倒され、刻印を刻まれたシオンとアリサ」
「後悔に沈む、なのは達は決意を新たにする」
「そんな一同の前に現れたのは意外な人物で」
「そして、シオンは――」
「次回、第十二話『だからさよなら』」
「少年は選択する。優しさに、背を向ける事を」


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第十二話「その優しさに背を向けて」

「優しくしてくれた人、助けてくれた人、その暖かさが嬉しくて。けど、俺はそれから背を向ける。行かなきゃならない所があるから。だから、俺は――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 時空管理局本局。その会議室の一室に、アースラの主要メンバー達は集まっていた。

 満ちる空気は暗く、そして重い。その中で、ティアナは相棒とも呼べる少女に目を向ける。スバルだ。

 いつもは元気な彼女も、先程まで泣きじゃくりながら、ある少年に付き添っていた。

 少年の名前は神庭シオン。彼は、666の襲撃から半日経った今でも意識を取り戻さない。

 

 ……いや、この先ずっと取り戻す事は無いかもしれない。

 

 自分の嫌な考えにティアナは自己嫌悪を覚えた。

 第97管理外世界、現地名称、地球。

 そこで起きた感染者の襲撃。そして、民間人――ティアナも知る所の人物、アリサ・バニングスへの感染。だが、結局彼女は死ぬ事はなかった。死ぬ事だけは。

 アリサ、シオンは666から謎の攻撃を受け、意識不明になったのである。それは今、管理内外で多発している意識不明者と症状が酷似していた。

 

 ――666。

 

 その刻印に、いかなる意味があるのか。それを刻まれた人は誰一人として目を覚まさない。

 最低限の生命維持に必要な身体機能以外は全て停止していた。つまりは植物人間の状態である。

 そして、今回の件で666に対する警戒レベルは第一級広域次元犯罪レベルに跳ね上がった。現在、各駐留部隊も展開し、666の足跡を追っている最中である。

 単身で第一級広域次元犯罪者とされるのも異例なれば、その対応もまた異例。とてもたった一人の人間に対しての対応ではない。

 何故、そんな事態にまでなったのか? 答えは一つ、その馬鹿げた被害者の多さだ。

 現在、刻印を刻まれ、意識不明となった人数は二千人を越える。広域テロだとかそんな物ではなく、一人の人間が”管理局の警戒システムを抜けて”成した結果だ。こんなにも馬鹿げた話しはない。

 

 そうしていると、ティアナの思考を中断するようにある女性が入ってくる。ヴォルケンリッターの一人にして、アースラの医療全般を管理する女性、シャマル。彼女は暗い面持ちで皆の前に立った。

 

「シャマル……シオン君とアリサちゃん、どうなんや?」

 

 単刀直入にはやてが問う。シャマルはそれに、一瞬だけ息を飲み、首を横に振りながら答えた。

 

「アリサちゃんに怪我は無いわ。シオン君は、肋骨が二本骨折。内臓もちょっと痛めていたわ。ダメージから言って、内臓破裂を起こしていてもおかしくなかったんだけど、そこまでじゃなかったのは奇跡――ね」

「それで、二人は目を覚ます気配、あるんか?」

 

 これが一番聞きたかった事なのだろう。その問いに、シャマルは目を伏せた。

 

「……今の所、二人とも目を覚ます気配は、ないわ」

 

 予想はしていた。だが改めて突き付けられた事実に皆も俯いた。

 

「……私の責任、だよ」

「なのはさん……」

 

 その中で、なのはが絞り出すように声を出す。スバルはそんな彼女の言葉を、首を振って否定した。

 

「なのはさんの所為じゃないですよ。あんなの、止められる訳ないです」

「ううん。私の所為だよ。シオン君にバインド掛けてでも止めればよかった……。アリサちゃんだって、昨日、私が行くって伝えなきゃ……」

 

 自分を責めるなのは。だが、それを遮るように、フェイトが前に立つ。なのはの目を見据えた。

 

「……フェイトちゃん?」

「先に謝るね。なのは、ゴメン」

 

 ――パシン。

 

 会議室に渇いた音が響く。フェイトが、なのはの頬を張ったのだ。なのはは、驚いた表情となった。

 

「フェ……」

「なのは、今する事はぐじぐじって後悔する事? ……私は、違うと思う」

 

 なのはの目を見ながら、はっきりとフェイトは言う。なのはの気持ちは良く分かる。だが、それでも今は言わなくてはならない。

 

「今、大事なのはアリサとシオンを元に戻す事を考える事だよ。……そんな風に悩む事じゃない」

「……ゴメン、そうだね」

 

 フェイトの言葉に、まだ後悔を滲ませながらもなのはは頷く。今大事なのは、二人の意識を取り戻す方法を探る事だ。後悔しているだけでは、何も始まらない。

 

「……スバル、あんたも」

「大丈夫」

 

 そして、ティアナもスバルに声を掛ける。なのはと同じく落ち込んでいたスバルは、しかし無理やりにではあったが笑って見せた。

 

「大丈夫、だよ」

「そう……」

 

 スバルの強がりとも取れる返事に、ティアナは頷く。大丈夫だと、この娘がそう言っているのだ。なら、それを信じるしかない。

 

「……さて。皆、聞いて欲しい事があるんや」

 

 場が収まったのを感じ、はやては唐突に話しを切り出した。皆も頷き、はやての言葉に集中する。

 

「アースラは本部からAAAランクの特秘コードを受けて、任務を追加になった。――追加された任務は666の拿捕、や」

「はやてちゃん……」

 

 なのはが呟く。艦長であり親友である彼女の名を。はやては力強く頷いた

 

「……アリサちゃんにシオン君。666は親友と生徒に手ぇ出したんや。ただじゃあおかん」

「――うん!」

 

 はやては言っているのだ。666に相応の報いを、と。

 復讐ではない。だが、こちらの大切な者を傷つけられてまで大人しく出来る人間でもない。それはアースラのメンバー全員がそうだった。

 

「よし。じゃあ、アースラは今から……!」

「まぁ待ちたまえ。情報も何もなく行くつもりかね? 君達は」

 

 え――? と、はやての言葉を遮るように響いた声に、皆がそちらに振り向いた。そこには、一人の青年の姿がある。

 それは此処には絶対いないはずの人物――いてはならない人物がだった。彼は。

 

「叶、さん?」

「シオンは何処かね?」

 

 いつからそこに居たのか、会議室のドアに背を凭れかからせ、腕を組んで皆を見るグノーシスのトップ。位階『第一位』叶トウヤがそこにいた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「叶さん?」

「……ふむ」

 

 管理局本局医療室。そこに一同は集まっていた。トウヤを案内がてら、皆もついて来たのである。

 シオンは、ベッドの上で眠って――いや、意識を失っている。

 結局、トウヤが何故此処にいるのかを聞けないまま、医療室まで来てしまった。

 すぐ近くにはアリサの姿もある。つい数時間前までは、すずかも付き添っていた。

 だが、このままでは体を壊すと、無理やり本局内の空いていた士官室へと押し込み、眠るように言ったのだった。

 

「あの……聞いてもいいですか?」

「答えられる範囲の質問には答えよう。何かね?」

 

 シオンからなのはへとトウヤは視線を移す。その視線に息を飲むも、促された為、そのまま聞いた。

 

「何故、此処に?」

「……まぁここまで来て内緒にする事でもないか」

 

 彼は「シオンの意思には反するのだがね?」と苦笑しながら言い、その上でこう告げた。

 

「家族が意識不明と聞いたのだ。普通、見にくるものだろう?」

「――――え……?」

 

 一瞬、意味が分からず揃って呆然とする。彼は、今なんと言ったか――? 家族?

 確かに家族ならば見舞いに来るのが当たり前だ。

 アリサの両親とて、さっきまですずかと共に本局に来ていたのだから。と言う事は、トウヤは――。

 

「再度、自己紹介をしよう。グノーシス位階『第一位』……そして神庭シオンの異母兄(あに)、叶トウヤだ」

「――兄弟?」

「正確には異母兄弟だがね」

 

 ようやく意味を理解して、直後に叫び出しそうになるアースラメンバーに、しかしトウヤは柏手を打つようにパンッと絶妙なタイミングで両手を叩いて鳴らした。タイミングを逸し、皆は呆気に取られる。

 

「色々と言わねばならない事や、渡すものもある。とりあえずは先程の部屋に戻らないかね?」

 

 そうして言われた事に一同頷いた。さすが、歳若いながら一組織のトップに立つ男である。あっさりと場を纏めてしまった。

 そして、先程の部屋にゾロゾロと戻る。会議室に入るなり、トウヤははやてにチップを放った。

 

「これは……?」

「666とアポカリプス因子についての情報をまとめたものだ。と、言っても666については二年前の情報だがね」

 

 二年前――確かシオンがグノーシスを出奔したのも二年前ではなかったか。

 

「……叶さん」

「先に言っておこう。シオンが何故、666を追うのか、何故地球を出たのかについては私からは言えない」

 

 はやてが疑問を形として出す前に、トウヤはその疑問を潰す。その声音に、はやては――皆は黙らざるを得なかった。

 

「いつか、知る時も来る。その時まで待っていてくれたまえ」

「……はい」

 

 シオンの過去、それはトウヤの口からは語れない――少なくとも、今は。そう、トウヤは言っているのだ。はやては後ろ髪を引かれる思いで、しかしトウヤに頷いた。

 

「それと、この度は申し訳ありませんでした。預かっていた弟さんを……」

「いや、謝罪しなければならないのは私の方だろう」

 

 続いて謝ろうとするはやてに、しかしトウヤはそう告げる。

 

「今回の件はグノーシスの管理下で起きた。こちらが謝りこそすれ、謝られる事ではない」

「ですが」

「こちらとしては謝られる方が困る」

 

 それだけ告げると、トウヤは踵を返して退出しようとした。もう用は無いとばかりに。はやてはそんな彼に聞く。

 

「もう、帰るんですか?」

「シオンの安否は確認出来たのでね。では、また会おう」

 

 それだけ言うと、トウヤは会議室を出ていった。はやてはせめて見送ろうと会議室を出ると、既にトウヤは何処にもいない。

 

「……あの一瞬で何処に行ったんやろ」

【今、本局の警備システムにデータを呼び出して貰ったですけど。叶トウヤさんの反応。何処にもありませんです】

 

 リインから告げられた内容に、はやては驚く。それはもはや、本局周辺に居ない事を意味するのだから。

 

「あの人、本当何もんなんやろ?」

 

 はやては呟く。その疑問が解けるのはかなり先の事になるのだが――今は知るよしも無かった。

 

「はやてちゃん?」

「ああゴメン、叶さんもう行ってしもうた」

 

 その言葉に当然なのは達も疑問に思うが、解るはずもない。ともあれはやては、再び皆に向き直った。

 

「とりあえず、貰えるもんは有効に使わせてもらおう」

 

 そう言いながら、データが入ったチップを手で弄ぶ。このデータで何が分かるのか――。はやては一人頷くと、皆に改めて告げた。

 

「それじゃあ皆、アースラに戻ろう。んで、666の追撃や!」

『『了解!』』

 

 はやての言葉に一同頷く。そして、出港する為にアースラへと向かったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンはまどろむ。思い出すのはかつての光景だった。そして、かつて言われた事――。

 

『お前はとことん刀しか才能がない』

 

 異母兄の一人にはそう言われた。

 

『お前は一流には至れるだろう。だが、俺達のような異端にはなれない――いや、なるな』

 

 憧れた存在にはきっぱりとそう言われた。

 

『あんたのような人が、きっと辿り着くのね』

 

 月を仰ぐ少女はそう予言した。

 

 それは神庭シオンという存在をもって初めて辿り着くと言う意味。今でも、その意味は分からない――。

 

「う……!」

 

 唐突に目が醒めた。ずきずきと痛む頭で、身を起こす。此処は……? 暗い病室で、シオンはぼんやりと辺りを見回した。

 

【やっと、起きたか】

 

 すると、傍らから声が掛けられた。イクスである。シオンはくっと身体を伸ばしつつ、イクスに尋ねる。

 

「なんか、良く寝た感じがするな」

【それはそうだろう、二日も寝ればな】

「二日も? ――っ!?」

 

 そこで完全に頭が起きた。思い出す、何がどうなったのかを。

 

「イクス! あれからどうなった!?」

【それ以前にシオン、お前はどこまで覚えてる?】

「決まってんだろ! あの人に、刻印刻まれ……て……」

 

 自分で自分が何を言ったのか悟り、シオンは言葉を尻すぼみさせた。そう、自分はあの時――そう思うなり、胸をはだけて胸元を見る。

 そこには消えかけているが、間違いなく666の文字が刻まれていた。

 

「なん、で俺、起きれたんだ……?」

【……】

 

 イクスはそれに沈黙。彼にも何故か分からないと言う事なのか。

 シオンは暫く頭を抱える。刻印を受けたはずなのに、ぴんぴんしている自分。だが、シオンの胸中にあるのは別の事だった。

 666と戦い、手も足も出ずに負けた――全く何も出来ずにだ。我知らずに、拳を握りしめる。

 強くなったと思っていた。でも、666にはまだ至れない、全然追い付いていなかった。俺の二年は、何だった……?

 

「……俺、は」

【シオン】

 

 イクスから声が掛かる。だが、シオンはそれを聞こえないフリをする。

 改めて思い知らされた――666の強さを。自分が憧れ、そして追い着かねば、追い越さねばならない強さを。

 

【シオン。奴に負けたのは別に恥でも何でもない】

「ッ……! それでも!」

 

 それでも、だ。勝ちたかったのだ。何としてでも! ”あの人達を取り戻す為に”。

 

「っ――――」

 

 顔を、立てた膝に押し付けてシオンはうずくまる。その姿はまるで泣いているようだった。暫く、そうして。やがて、シオンは顔を起こす。

 

「……イクス」

【何だ? マイマスター】

 

 シオンの呼びかけに、あえて主とイクスは呼ぶ。それにシオンはぐっと息を飲んだ。拳を、握りしめる。

 

「……アースラの皆は?」

【つい数時間前にトウヤと来ていた。命令が追加になったそうだ――666の拿捕が、な】

 

 そうかと頷く。そして、ベットから出た。ふと前を見ると、そこにはアリサと呼ばれていた女性がいた。……666の犠牲者が。

 

「俺、は……」

 

 思い出すのはある女性。彼女も未だ、目を覚ましていない筈だ。もう、二年も見ていないが――。

 そこまで思い、しかし頭を振って思考を追い出した。待機状態のイクスを掴む。

 

【行くのか?】

「ああ」

 

 何処に? とは聞かない。もう、シオンは決めてしまったのだから

 

「行こう」

 

 666を追う為に――。

 そして、シオンは病室を出た。

 

 朝方、見回りに来た看護士が見たのは、もぬけの殻となったベットだけだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 翌日。それぞれ準備を終え、アースラが出航せんとしていた時、はやての元に届いたのは一つの報告だった。彼女はそれを聞いて呆然とする。

 

「……行方、不明……?」

《はい。朝方、看護士が見回りに来た時には既にもぬけの殻だったそうで……》

 

 シオンが行方不明になった。その報告に、はやては絶句する。誘拐か、それとも――。どちらにせよ、あってはならない事である。だが、事態ははやての推測を裏切った。

 

《警備システムのカメラに映っていたのですが……自分で出て行ったようです》

「なんやて……?」

 

 さらに告げられた報告に、はやては動揺する。当然だ。アリサも含めて刻印を刻まれた人間は、未だ意識不明の状態なのだから。シオンが目を醒ましたのは、驚愕以外の何物でもない。

 詳しく調べれば、もしかしたら他の意識不明者も治せるかもしれない――だが、そのシオンはもういない。

 

「すぐにシオン君を見つけんと……!」

「ですが艦長。今、我々は――」

 

 アースラは命令を受けて今から出航だ。当然、シオンの捜索には向かう暇はどこにも無かった。

 

「――せめて、シオン君の行き場所さえ分かれば、誰かを行かせられるんやけど」

《それならば、本局の転移履歴に残ってます》

 

 今、はやてが通信しているのは本局の警備担当者である。故に、転移履歴をまず調べたのだろう。はやてはその報告に歓声を上げた。

 

「ほんま!? なら、そのデータを至急こちらに送って下さいますか!」

 

 担当者は二つ返事で頷き、すぐにデータを送ってくれた。はやては、逸る気持ちを抑えて内容を確認する。シオンの行き先は、ある意味当然の世界であった。

 

「……よりにもよって、か」

 

 苦々しく呟く。だが、理解は出来た。

 シオンがアースラを降り、そして666の追跡のみに集中するのならば、まず最後に666が確認された場所に行くのが普通だ。

 シオンが転移した先は第97管理外世界。つまり地球であった。

 

「どうしましょう? アースラで向かいますか?」

「うん。それは元から向かう予定やったしね。けど、次元航行で向かってたら時間がかかり過ぎる。シャーリー、悪いんやけど、スターズ3、4とライトニング3、4を呼んでくれるか?」

「はい」

 

 はやての指示にシャーリーは頷き、すぐに四人を呼び出す。数分後、スバル、ティアナ、エリオ、キャロがブリッジに現れた。

 

「八神艦長、どうしたんですか?」

 

 ティアナが皆を代表して聞く。それに、はやても頷いて事情を告げた。

 シオンが目を醒ました事、そして自分の意思で行方を眩ませた事を。

 最初シオンが目を醒ました事に四人とも喜んだが、次に告げられた事にショックを受けた。

 

「そんな……!」

「なんで、シオン兄さんが……?」

 

 アースラの任務には、666の拿捕が追加されたのだ。出て行く必要はない筈――。

 シオンの行動に疑問を抱く四人に、はやては目を伏せながら言った。

 

「……多分、私のせいや」

『『え?』』

 

 どう言う事なのか分からず、聞き返す四人に、はやては666の情報をシオンに意図的に黙っていた事を告げた。

 先程、トウヤからシオンがグノーシスに来た時に、666の被害者の件を話したと、はやては聞いていたのである。

 その為、シオンがアースラを出たとはやては考えたのだ。四人はそれを聞いて、しかしはやてはシオンの身を案じての行動であると容易に理解した。

 

「……あのバカ、単なる誤解じゃない……!」

「いや、意図的に黙ってたんは事実やしな」

 

 はやては目を再度伏せる。ただシオンに無茶をして欲しくなかっただけなのに、完全に逆効果になってしまったのだ。ともあれ今は後悔している暇は無い。

 

「話を戻すよ? 今、シオン君はどうも地球に向かったらしいんよ」

「地球に……? あ、そっか。あそこで666を見たから――」

 

 はやての言葉にスバルが納得の声を上げた。はやても頷く。

 

「うん。で、どちらにしろアースラも調査の為に地球に向かうけど、どっちにしろシオン君には追い付けんと思うんよ。それで、四人には転送ポートから長距離転移で地球に先に向かってシオン君を捜し出して欲しいんよ。頼めるか?」

 

 成る程、と事情を理解して四人ははやての言葉に頷いた。

 

「絶対見つけて来ます!」

「あのはた迷惑を放って置くのは色々危険な気がしますし」

「シオン兄さん、病み上がりですし、このままじゃあ心配です」

「それに、誤解されたままなのも嫌です」

 

 スバル、ティアナ、エリオ、キャロはそれぞれそう言った。それだけ、シオンがアースラに馴染んでいたと言う事でもある。はやては再び頷き、四人に頼んだ。

 

「シオン君の事、よろしくお願いな?」

『『はい!』』

 

 そして、四人もまたシオンを捜す為に地球に向かったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 管理外世界第97世界。地球、日本海鳴市。その町の一角で、シオンは佇んでいた。

 今居るのは、666と戦った場所である。そこから666の転移反応を探っていた訳だが――。

 

「わざと、か?」

 

 シオンは思わず呟く。666の使う魔法術式は特別だ――と、言うより666固有の物である。

 その名を固有魔法、『八極八卦太極図』と、言う。

 666が僅か十四歳の時に自ら考案し、編み出した魔法術式だった。それは異常や天才、と言う言葉では表現出来ない事。

 

 ――異端。

 

 かつての666は自らをそう評した。それはヒトとして決定的に違ってしまった事だと。

 そして、この魔法術式による転移反応はおそらく、シオンとトウヤを始めとしたグノーシスの人間しか解らない筈である。

 だが、それを差し置いても解る程に転移反応があからさまに過ぎた。今からでも追えるだろう。

 

「罠――か?」

【それは無いな。と言うより出来んだろう】

 

 そう、今の666がそれを出来る筈がない。何故ならば666にそんな思考は今、出来ないのだから。

 そこまで考え、シオンは頭を振る。余計な考えだった――と。

 

「……行くか」

【まぁ待て。お前、何も食べてないだろう? それに休みもとってない。しばらく休め。それに――】

 

 イクスの言葉にシオンは空を見上げる。そこには今にも雨が降り出しそうな空があった。

 

【――少なくとも雨が止むまでは、何処か店にでも入って休め】

「……解ったよ」

 

 イクスの言葉に、ため息を吐きながら場所を離れる。それは、あまりに正論だったから。暫くすると、案の定雨が降り出した。

 あの時と同じく、ざぁざぁと。

 

「降って来やがったか」

 

 それを見やりながら、シオンの胸中にあるのは666と対峙した時の事だった。

 そして救えなかった女性――アリサの事だ。

 シオン自身認めたくは無かったが、666の干渉がなければ間違いなく彼女を自分は殺していた。その事を思い出し、苦い表情をする。

 

「俺は、666に救われたのかな……」

【……さぁな】

 

 答えは出ない。出る筈がない。そして、雨の中を歩きながら近くの店に入った。

 それは、喫茶翠屋という名前の喫茶店だった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 スバルを始めとした四人――シオン捜索組は、まず地球に着くと同時に666の襲撃場所に向かった。

 しかし当然と言うべきか、シオンの姿はどこにもない。そこでシオンが既に666を追い駆けた可能性を考え、その場所に残った転移反応をティアナとキャロが調べたのだが――。

 

「……キャロ、この術式、解る?」

「その、解りません……」

 

 二人して、その魔法術式に頭を抱える羽目になった。

 特別を飛び越してもはや理解不可能なレベルの術式なのだ。あからさまに残された転移反応なのだが、何が何だがさっぱり分からない術式なのである。

 高度なレベルで編まれているのは解る。だが、その構成は極めて緻密。ここまでのものになると、いっそ魔法術式の専門家を呼んだ方が早い。

 

「でも、これでまだシオンは此処にいる可能性が出て来たわね」

「え? 何で?」

 

 唐突なティアナの台詞に、スバルは疑問符を浮かべる。それに、彼女は自分の予想を話し始めた。

 

「流石にこんな魔法術式じゃあ転移反応なんて解んないわよ。なら、666か感染者が見付かるまでは下手に転移しないと思うし」

「成る程ー」

 

 ティアナの予想にスバル達が感嘆の声をあげる。……実際の所は、シオンはもはや転移先を知っていたのだが――当の本人は翠屋で休憩を取ってる最中だったりするので、当たらずも遠からずと言った所か。ともあれ、この周辺を探す事にする。

 

「それじゃあ此処から先はそれぞれ手分けして捜すわよ?」

「うん。解った」

「「了解です」」

 

 ティアナの指示にそれぞれ頷く。そして、それぞれ何処から捜すか。合流場所は何処か。定時連絡は何時間置きかを決めた。

 

「雨が降っているから皆、滑って転んだりしないようにね? それじゃあ行くわよ!」

『『了解!』』

 

 ティアナの号令で四人は弾かれたように動き出す。かくして、シオンの捜索は開始されたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンが翠屋に入ってしばし経つ。その彼の前にあるテーブルには、所狭しと並ぶ料理があった。

 シオンは三日程何もお腹に入れていない。その為、頼んだ量の料理だったのだが――シオンは、出された料理を片っ端から腹に入れた。

 

「いや、いい食べっぷりだね」

 

 翠屋の店長。高町士郎がシオンに声を掛ける。これだけ食べて貰えれば料理人冥利に尽きるだろう。ちなみに作ったのは、喫茶翠屋名物パティシエであり、彼の妻である高町桃子であった。

 

「いや、俺もまだまだですよ」

 

 士郎の言葉にシオンもまた謙遜する。なにせ、自分を越える食欲の持ち主を知っているからだ。スバルとかギンガとか――前線メンバーは基本的に消費カロリーが半端では無いので当然ではある。あるのだが、流石にあの二人は食べ過ぎだろうと思った事があったりする。

 ――そこまで考えて苦笑し、シオンは頭を振って、思った事を追い出した。

 自分はあそこをもう降りた身だ、と。そんなシオンを見て、士郎が言葉を掛けてくる。

 

「そうかい? ……なぁ君。無理してないかい?」

「……無理、ですか?」

 

 「ああ」と、シオンに士郎は返す。胸中に浮かぶはかつての――まだ幼年期だった未娘の姿だった。

 自分は怪我を負い病院から出られず。妻と息子、そしてもう一人の娘は忙しく、彼女を幼少時にあまり構えなかったのだ。いつも明るく振るまっていたが、無理をしていたのは解っていた。

 今、目の前の少年はそのかつての末娘と多分に重なる。

 

「してないですよ。無理なんか。……でも」

「でも?」

 

 士郎に促され、シオンは話す。それは、普段のシオンであれば考えられない事だった。

 

「優しさに背を向けるのは辛いな、とは思います」

「……」

 

 シオンの言葉に士郎は黙り込んだ。優しさに背を向ける。その言葉を放った少年の顔が、まるで泣きだしそうにも見えたからだ。

 

「一つだけお節介を焼いてもいいかな?」

「お節介?」

 

 士郎の言葉に疑問符を浮かべるシオン。「ああ」と士郎は頷いた。

 

「君に何があったのかは僕には解らない。優しさに背を向ける理由もね」

「……」

 

 シオンの前の、空になった食器を片付けながら士郎は言葉を紡ぐ。その声音はとても優しかった。

 

「でも、いつかはその優しさに応えてあげなさい。それは、君にとって大切な物の筈だろうから」

「…………」

 

 士郎の言葉に、しかしシオンは答える事は出来ない。だが、その言葉は少年の中にスっと入った。

 

「今は解らなくていい。でも、いつかは考える事だよ。その時に、僕の言葉を覚えていて欲しいな?」

「……はい」

 

 士郎の言葉にシオンは頷く。不思議だった。この男性に自分は何も状況を喋っていない。

 だが、この男性はまるでそれらを理解しているように話していたのだ。

 何故かそれに苛つくこともなくシオンは素直に頷いていた。

 そこまで考えて、シオンは目の前の男性に名前を聞きたくなった。

 

「名前、聞いてもいいですか?」

 

 唐突な、そしてあまりに無躾な問い。だが、彼はその言葉に笑いながらも答えてくれた。

 

「士郎、高町士郎」

「俺は、神庭シオンって言います」

 

 二人は名前を互いに告げる。シオンにとって、何故この男性にそこまで親しみを覚えているのか自分でも疑問だったが――その答えがフッと浮かんだ。

 

 ――そっか。父さんってこんな感じなのかも知れない――。

 

 その存在は、シオンにとって一度も見た事のない存在。見ないままに消えた存在だ。だから士郎に、そんな幻を見たのかもしれなかった。

 

「さて、コーヒーでも飲むかい? 奢るよ」

「それじゃあ、有り難く頂きます」

 

 そして、シオンは666の襲撃以来、始めて笑みを浮かべたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 雨の町を歩く。先日も雨だったが、今日はむしろ小雨に近い。

 歩くスバルはそこだけ救いがあると思った。

 

 ……シオン。

 

 そして、心の中で少年の名を呟く。666と対峙したシオンを見て、自分は何と思ったか。

 それは恐怖だったかもしれない。しかし、それ以上に感じたのは哀しみだった。

 あのシオンはどこか哀しかった。まるで、大切な人と戦ってるような感覚。それをシオンから感じたのだ。

 

 ――アンタが! ……何で、アンタがぁ!――

 

 あの言葉にどんな気持ちが込められていたのか。

 憤怒――悲哀。

 あの時のシオンは、他の誰にも向けた事のない程、感情に溢れていた。それはスバルには引き出せ無かったもの。

 

 何か、モヤモヤする……。

 

 その感情がスバルは解らない。まだ知らない。だから、尚更にモヤモヤするのか。

 

《……スバル、そっちはどう?》

 

 そんな事を考えていると、唐突にティアナから通信が入った。定時連絡の時間か。同時に海鳴公園に入る。

 海を臨む公園だ。雨が降ってなければさぞかしいい景色だろう。

 気付けば辺りは暗くなり始めている。日が沈み出しているのだ。

 

《ううん、まだ見付から――》

 

 何故だろう。スバルはそこで言葉を切った。

 ……何故だろう。街灯が照らす、向こうが気になったのは。

 そして、何故だろう。そこに彼が居ると、確信したのは。

 

《スバル……?》

 

 ティアナから呼び掛けられる。しかし、スバルは無意識に通信を切った。

 歩く。

 歩く。

 そして、その姿を見る――彼を、見つける。

 

「……シオン」

 

 そこにはベンチに座り、一人佇むシオンが居た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 その背中を見る。シオンをスバルが見つけた時、胸に抱いたのは喜びだった。

 それは、はやてから目を醒ましたと聞かされても抱けなかった程の感情。だけど、近付けなかった。

 何故かは解らない。ひょっとしたら、近付いてしまうと消えてしまいそうな感覚を覚えたからか。

 シオンの背中は、まるで幻のようにスバルには思えた。それ程までに、彼の背中は儚い。

 気が付けば日は完全に沈み、辺りは夜の帳が包んでいた。

 スバルはしかし、シオンに声が掛けられない。時間だけが過ぎていく。

 そうしていると、暫くしてシオンが立ち上がった。雨の中、ゆっくりと――。

 

「あ……」

 

 声が、出ない。シオンは行ってしまうと言うのに。

 

「あ、あ……シ……」

 

 脳裏に浮かぶのは、二日前のシオン。

 666に刻印を刻まれ、意識を奪われたシオンだ。

 もし、また刻印をシオンが刻まれたら? 次は目覚めなかったら?

 最悪の結末だけがスバルの脳裏を過ぎる――声が出た。

 

「シオンっ!」

 

 叫び。届けと張り上げるその声に、シオンがびっくりしたように身を震わせて、直ぐさま振り向いた。

 

「スバ、ル……?」

 

 目を見開いて、こっちを彼は見た。その表情は驚き。

 シオンの顔を見て、スバルは泣きそうになった。自分の名前を呼ぶシオンの声に、泣きそうになる。

 幻のようだったシオンは、漸く実像をスバルの中で結んだ。

 

「シオン……」

 

 だけど言葉が見付からなくて、ただ名前だけを呼ぶ。シオンはゆっくりと近付いて来た。来てくれた。雨が降る。ざぁざぁと。

 

「……よう……」

「……うん……」

 

 それは会話にすらならない会話。二人とも、言葉が見付からないのだ。だが、それでも話さなければならない――ややあって、シオンが嘆息しながら聞いて来た。

 

「俺を、連れ戻しに来たのか?」

「……うん。あのね、シオン」

 

 そして、スバルもようやく話し始める。はやての事が誤解である事。アースラの任務に666の捕縛が加わった事を、だ。

 

「だから……ね? シオン、帰ろう?」

 

 アースラに。一緒に。それは。スバルにとって祈りとも言える言葉。だけど、シオンはただただ首を横に振った。

 

「なん、で?」

 

 シオンの返答に顔をくしゃくしゃにして、それでもスバルは聞いた。聞かなければならないから。……一緒に帰って欲しいから。でも、シオンは是と答えない。そのまま、言って来る。

 

「もう、決めたんだ。俺は666しか見ないって。そして――」

 

 ――そんな自分はアースラに居る事は出来ない。そう、告げられる。スバルは崩れそうになる心で、それでもとシオンの目を見つめた。

 

「そんな……そんな事ないよ!」

 

 声を荒らげるスバル。しかし、シオンは取り合わない。絶対に、譲らない。

 

「俺は、優しさの中に居れない。入れない。だって俺は……」

 

 復讐者だから。それは哀しい答え。だから、スバルはシオンの答えに、首をいやいやとするように横に振った。

 

「なら、忘れよう? 復讐なんて、忘れて――」

「それは出来ない。過去の俺が否定する。今の俺が拒絶する。そして、未来の俺が許さない」

 

 淡々と、淡々とシオンは告げる。もう決めた事だから、決めてしまった事だから。だから、頷かない。

 

「……ごめん。スバル、俺はこれだけしか言えない」

「シオン……!」

 

 スバルは叫ぶ。こんなにも叫んでいるのに、気持ちは届かない――通じない。

 

「ごめん」

 

 シオンはもう一度そう言いながら、スバルの横を抜けた。

 スバルはすぐにシオンに振り向こうとして。

 

 次の瞬間、シオンに抱きつかれた。

 

「え……?」

 

 背に手が廻される――ギュッと力を込められる。優しく、ゆっくりと。スバルは、シオンの胸に抱かれた。

 

「シ……オン……?」

「最後に言っとく」

 

 抱きついたままシオンは言う。それは多分、今生の別れとして。

 それを悟ったスバルは涙を浮かべ、唇を噛んだ。

 

「優しさの中に居させてくれて、ありがとう。お前と会えて、本当によかった。そして」

 

 別れの言葉は紡がれた。

 

「さよなら」

 

 背に廻された手は離れ、シオンは背中を向けたまま歩く。

 

「シオン……!」

 

 叫び、だけどスバルは駆け寄れない。その場に膝をついて、涙を流す。

 ただ名を呼ぶ事しか出来ない。そして、シオンは止まらない。

 やがて、スバルの目の前で魔法陣が展開し、シオンはこの世界から消えた。

 

「シ、オン……う……う! うぅぅ……!」

 

 スバルは泣き続ける。雨の中で、ただ一人。ただ、ただ、泣き続けた。

 

 

(第十三話に続く)

 




次回予告
「シオンはアースラから去った。その事実にスバルは泣いて」
「しかし、再び現れる666に、アースラは対処を求められる」
「そして、シオンもまた、彼の存在と再びの対峙を果たす」
「シオン、アースラ、666――三者の戦いの果てに判明する残酷な真実とは」
「次回、第十三話『痛む空』」
「少年の悲痛な叫びが、空へと響き渡る」


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第十三話「痛む空」(前編)

「彼は私達と一緒にいて、どう思ってくれたんだろ。優しさの中に居させてくれて、ありがとうと言った彼。居なくなった彼。その背中を追いたくて、でも追えなくて。私は――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 二年前の666のデータ。

 666(ナンバー・オブ・ザ・ビースト)。

 

 本名:伊織タカト。

 

 年齢:十九歳(二年前、今は二十一歳)。

 

 魔力ランク:EX(評価規格外)。

 

 グノーシスに於ける位階『第二位』(現在は失効)。

 

 魔法術式:八極八卦太極図。

 

 戦闘スタイル:魔神闘仙術。

 

 クラス:格闘士(グラップラー)。

 

 デバイス:なし(現在では魔王の紋章がその役割を果たしていると思われる)。

 

 八極八卦太極図について。

 666こと、伊織タカトが考案した魔法術式。

 だが、この術式そのものは異端である事を前提として頂きたい。この術式の特性は『自己改造』。

 まず、タカトが着目したのは『リンカーコア』の改造である。

 自らの『リンカーコア』を露出し、自己改造したのだ。タカトの『リンカーコア』は『八卦太極炉』と呼ばれるものになっている。これはリンカーコアを八門遁甲と呼ばれるもので囲み、そして、分解。次に八門遁甲を常に回転するように改造したのだ。

 この魔力炉を『八卦太極炉』と呼ぶ。八卦太極炉により、空間内の八極素――つまりは。

 

 天。

 火。

 水。

 土。

 山。

 雷。

 風。

 月。

 

 の八素を特殊な呼吸方で身体に取り込み、練り上げた所で八卦太極炉に流し込む事で従来では考えられない魔法特性を持つに至る。

 ようするにこれは呼吸をする事で魔力を補給出来るのである(空気の有無に関わらず)。

 さらに、八の門に魔力を流し込む事により、各属性の変化を可能にした。

 つまり、タカトは魔力変化資質を天然で八つ持つ事になる。

 『リンカーコア』を改造した後で次に行ったのはそれを応用した術式の構成である。

 それをタカトは東洋の魔法である所の『仙術』を研究する事により、構成した。つまり『カラバ式』を下地に『仙術』を組み込む事により、まったく別種の魔法を作ったのだ。

 『仙術』の特性は究極の肉体コントロール。そして、空間すらも制御する、術制御。

 これは『八極八卦太極図』の目指す物に限りなく近かった。

 『カラバ式』の魔力運用に『仙術』の制御能力。この二つを組み合わせる事により、途方もない緻密な制御を持って大魔力を運用する技法を持つ術式が生まれたのである。

 曰く、『大魔力と高速・並列処理は衝突(コンフリクト)するのが普通』であるが。

 『八極八卦太極図』はそれに当て嵌まらない例外となってしまっている。とは言う物の、この魔法術式を使用する為には『カラバ式』の魔法構築能力と『仙術』の肉体コントロール・術制御を極めて高いレベルで修めなければならず。それは才能で表すには余りに異才、それは努力で表すには余りに異常。

 そう取れる出鱈目な練武が求められた。

 これを十四で完成させたタカトが異常過ぎなだけであり、実質タカト以外にこの術式を使う者はいない(タカト曰く。『修練次第でやれば誰でも出来る』)。

 

 

 666のアビリティースキル。

 一応、彼はグノーシス側に居た人間である為、アビリティースキルでそのスキルを表す。

 

 無拍子:SSS。

 体術に於ける秘奥。一切の予備動作を廃し、打撃を叩き込むスキル。緩急動作の究極であり、傍目には過程をすっ飛ばして打撃を打ちこんでるようにしか見えない。このスキルは通常打撃以外の魔法打撃にも有効であり、これをもって放たれた技は須らく攻撃速度が測定不能となる。

 

 浸透勁:SS。

 体術に於ける秘奥。緩急動作、重心動作を極める事によって放たれる特殊な打撃法で、バリアジャケットやプロテクションと言った、防御障壁の一切を無視して衝撃を撃ち込めるスキル。

 

 魔力放出:S+。

 魔力を体外に放出する技法。これにより、攻撃加速、防御、威力増加等の幅広い効果が期待出来る。

 S+は実質の最高レベル。放出する魔力自身を攻撃に転化する事すら可能。

 

 対魔力耐性:S。

 純粋な魔力に対する防御スキル。対魔力耐性Sは、Sランク以下の魔力攻撃をほぼ完全に防ぐ。

 しかし、衝撃までは消えず、また追加効果に関してはダメージを受ける。

 

 心眼:AAA+。

 直感の正反対のスキル。修業、鍛練にて培った洞察力を戦闘に置いて今までの経験を持って引きずり出し、その経験と比較し、勝利する為の活路を見出だす戦闘論理。

 

 無窮なる練技:SS+。

 心、技、体の完全なる一体により、あらゆる戦場に置いていかなる精神制約下でもその能力を十全に発揮するスキル。

 

 八極八卦太極図:EX。

 上で説明した通り、大魔力運用を高速・並列処理可能とするトンデモスキル。

 しかも呼吸するだけで魔力を補給するので、実質の魔力制限はない。

 つまり、彼に魔力ダメージでのノックダウンは不可能と言う事である。

 

 

 666の魔法技の威力検証。

 天破疾風。

 威力:S+。

 速度:SS+(無拍子時、測定不能)。

 効果対象:一名。

 

 魔神闘仙術に置ける『風』の属性変化(カラバ式では変化資質の事をこう呼ぶ)技。

 纏う風を拳に込め圧縮し、対象にたたき付ける事により発動する。

 その風圧は台風レベル。効果範囲が一名だけではあるがその威力、速度は絶大。

 

 天破紅蓮

 威力:SS。

 速度:S(無拍子時、測定不能)。

 効果対象:一名。

 

 魔神闘仙術に置ける『火』の属性変化技。

 風と同じく。火を足に圧縮し、対象に蹴りをたたき付ける事で同時に着火し爆発させる。

 威力は瞬間で疾風を超える程。これも効果対象が一名ではあるが、威力、速度共に絶大。

 

 

 天破水迅。

 威力:AA+。

 速度:AA。

 効果対象:一〜千名。

 

 魔神闘仙術に置ける『水』の属性変化技。

 水を魔力と共に練り上げて水糸とし、広範囲に展開。対象を切り裂く。

 水を高密度に圧縮する事により凄まじい水圧で放つ。威力、速度、範囲共に強力。

 

 

 天破震雷。

 威力:SS+。

 速度:A(無拍子時、測定不能)。

 効果範囲:一名。

 

 魔神闘仙術に置ける『雷』『土』の混合技。

 雷だけでも土だけでも威力としては乏しかったらしく二つを組み合わせたもの。

 土をもって雷を集め、収束、圧縮する事によりプラズマ化したものを対象に叩きつける技。結局、四つの技では最強の威力となってしまった。

 0距離で対象に掌底をたたき込む事で発動。

 0距離でしか使えない為、速度こそAだが、威力はSS+。

 

 天破光覇弾。

 威力:SS+。

 速度:A。

 効果範囲:一〜百名。

 

 魔神闘仙術に置ける『天』の属性変化技。光を掌中で収束、圧縮し、放つ砲撃技。

 砲撃の為、速度にやや難があるが威力や範囲は絶大。

 

 絶・天衝。

 威力:SSS。

 速度:S(無拍子時、測定不能)。

 効果範囲:一名。

 

 魔神闘仙術に置ける『天』『月』の混合技。

 左右どちらかの掌に天と月の属性を組み合わせた魔力を収束、圧縮、そして加速する事により『闇』(もしくは『冥』)の異常属性変化を起こし、対象に『斬れぬ物なき斬撃』としてたたき付ける斬撃技。

 この闇は侵食という特性を持っており、あらゆる物質を闇へと帰す(タカトは高密度の魔力で手を防御して、侵食を防いでいる)。

 範囲こそ一名だが、威力は必殺。速度も速く、タカト最強の技である(ただこのデータは二年前の物)。

 

 他属性技。

 

 金剛体。

 威力:−。

 速度:−。

 効果範囲:−。

 

 魔神闘仙術に置ける『山』の属性変化技。

 と言っても、これは山の効果により自身の身体を金剛とする技法であり、攻撃性は基本無い。

 その硬さはまさしく金剛のそれに比肩する。しかし俊敏性にやや欠ける為、あまり使われない。

 

 

 備考。

 

 魔王の紋章。

 ロストロギア扱いの代物。だが、あまりに情報がない為、その能力は不明。

 一説にはある一つの術式を発動するためのデバイスでもあるらしい(ただし、これは仮説)。

 タカトは二年前に事故でこの紋章と接触し、自我が飲み込まれ暴走したと推測される。

 その後、グノーシス位階『第三位』の一人を刻印により意識不明にした後。グノーシスを出奔。今に至るまで暴走を続けていると思われる。

 やっかいなのは暴走しているにも拘わらず、スキル:無窮の練技によりその技能の全てを十全に扱え、心眼すらも使えてしまうという事にある。

 つまり暴走しているのに本人自身の技能は全く衰えていないのだ。しかも、八極八卦太極図で魔力は無制限である。

 

 以上、666の二年前の最後の情報である。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「――出鱈目やね……」

 

 モニターを見て、はやては冷や汗混じりに呟いた。今、モニターに表示されているのは、666の二年前のデータだ。そこには、信じがたいデータが並んでいる。

 

「普通考えませんよ。自分のリンカーコアを改造なんて……」

 

 隣のグリフィスも若干顔を青くして答える。666ことタカトの思考は、スカリエッティのそれに近い。

 自分を改造するか、他人を改造するかの違いだけでやっている事は大した違いもなかった。

 問題はコレと戦わなければならない、という事だ。

 今666の被害者は拡大傾向にある。正直、各駐留部隊では相手にならないどころか、足止めにもならないのが現状なのだ。

 そんな馬鹿なと思いたいが、モニターのデータはそれを裏付ける数値が並んでいた。

 現在、管理局における666に対抗出来る戦力は、アースラしかないと言って過言ではない。

 

「……結局。シオン君も行方不明のままやし、な」

 

 はやてが嘆息しながら呟く。地球についたのは半日前。そこに居たのは涙を流し続けるスバルと、慰めるティアナ達だけであった。

 どうもスバルはシオンと接触に成功したものの説得に失敗。引き止める事も出来ないまま、シオンを行かせたらしい。

 ぽつりぽつりと状況を聞いたが、酷い事を言われた訳ではなく。しかし、真っ正面から拒絶されたらしかった。

 それが尚更ショックだったのか、スバルは部屋に閉じ篭りっきりだ。

 

「変な所で素直な癖に肝心の部分が頑固と言うか……」

 

 シオンの事を、はやてはそう評した。素直なのだが、同時にとんでもなく頑固なのだ。彼は。

 一旦線引きをすると、そこから先には絶対に行こうとしないし、そして踏み込ませない。決して冷たいとか、そんな訳ではないのだが。

 

「優しさの中に居させてくれてありがとう、か……」

 

 シオンが最後にスバルに放った言葉だ。シオンのあるがのままの言葉だろう。だからこそ、切なかった。

 

「まだそんな事、言うんには早過ぎやろ……」

 

 スバルからそれを聞いた時、はやては決めていた。

 シオンをまた、その優しさの中に入れる事を。それが短い間でありながら、自分を先生と呼んだ生徒に対してのはやての選択。それは、なのは、フェイトも同意であった。

 

「取り敢えず捕まえたらお説教やな」

 

 女性陣全員はスバルを泣かせた、という段階でシオンに対してお説教をする事が決定事項となっている。

 シオンは知るだろう。なのはのお説教の怖さ等などを。伊達にアースラメンバーの多くは女性陣で構成されている訳ではないのだ。

 そんな事を考えていると、いきなりエマージェンシーコールが鳴る。この警報パターンは――!

 

「艦長! 第26管理内世界で666出現! 現在、511武装隊及び、駐留部隊と戦闘中です!」

「っ! ……来たな。総員第一戦闘配備! 前線メンバーをブリーフィングルームに呼んでな!?」

『『了解!』』

 

 さらに、はやては駐留部隊のカメラで戦線をモニターする事を指示する。

 先程の666のデータは二年前のものだ。今現在の――生のデータが、是非欲しかった。そう思いながら、はやてもブリーフィングルームに向かおうとして、しかし新たな警報が鳴り響いた。

 

「新たな転移反応……? 艦長!」

「どうした? っ!?」

 

 シャーリーに促され、はやてもまたモニターに顔を向ける。そのモニターに表示されたのは、もう見慣れた少年の姿だった。

 

「シオン、君……!」

 

 アースラを降りた彼が、そこには居た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 管理内世界第26世界。その中のある惑星で、511部隊、部隊長は、心の底から今目の前にいる。”化け物”に恐怖していた。

 世界が軋む、その存在に。それは、嘆きか、あるいは歓喜か。その存在は、人の姿をしただけの化け物だった。

 

「う、撃て――――――――!!」

 

 その化け物に、部隊長は砲撃を放つ事を命じる。それは、使命感からでも、ましてや正義感に駆られての命令ではない。純然たる恐怖によって、防衛本能のまま命じただけのものであった。

 しかし、周りの部隊員にはそんな事は関係ない。

 ”撃たねばやられる”。それを本能のレベルで理解した為に、命令のまま砲撃を放つ!

 

    −煌!−

 

    −轟!−

 

    −破!−

 

 511部隊の、ほぼ全ての人員から放たれる砲撃。それが化け物。異端なる者である666に真っ直ぐ突き進んだ。

 

    −爆!−

 

 直撃。部隊員の総員が放った砲撃は、地殻すらも揺るがす大爆発を引き起こす。明らかにオーバーキルだ。

 だが、それでも部隊員全員が止まらない。一度だけでは足りないと見たか、次々と砲撃を叩き込む!

 

 −撃! 撃! 撃!−

 

 その数、数千発。空間が揺るぎ、光の飽和現象が起きる。

 とてもでは無いが、たった一人の人間に放たれる量ではなかった。周辺は、砲撃によって生まれた煙が立ち込める。

 

 ――仕留めた……!

 

 部隊長以下、全員がそう思う。しかし、煙が消えた時、そこに在ったのは絶望の証だった。

 

 666は”無傷”でそこに佇んでいた。

 

「う……嘘だ……」

「何で! どうして!?」

 

 叫ぶ。しかし、現実は何も変わらない。

 実際666は防御などしていなかった。666は、自分に来た砲撃を全て”殴り”、消し飛ばしたのである。

 彼の持つアビリティースキルは魔導師殺しと呼ぶに相応しい代物だ。Sランク以下の純粋魔力攻撃を無効とし、さらに魔力放出が一つのフィールド魔法のそれと同じ代物とまで化している。

 ミッド式のものにとっては文字通り手も足も出ない化け物なのだ。例外はエース級だけだろう。

 

 666が一歩を踏み込む。右手を横に、肩の高さまで持ち上げた――すると、どこからか水が現れ、666の右手を螺旋を巻きながら対流する。

 もし、部隊の人間に冷静なものがいれば、周りの空気が異常に乾燥している事に気付いただろう。

 666は、空気から水分を取り出していたのだ。

 

 魔神闘仙術:天破水迅。

 

    −寸−

 

 踊る水糸が現れ、部隊員全員に悲鳴を上げさせた。

 水糸の射程距離、およそ2km。今、511部隊がいる全ての空間に届く距離だ。

 一瞬にして張り巡らされた水糸は、511部隊の部隊員全てを貫き、切って捨てた。

 そして666が手に在る水糸を切ると同時に、水糸はただの水に戻る。

 

 その場に、666以外立つ者は誰一人いなくなった。

 

 自分以外誰一人立つ事の無い荒野を、666は歩く。

 目指す標的は511部隊員の中に居た。まだ若い、恐らくは少年の部隊員だろう。今感染したのかは定かではないが、彼は完全に因子に感染していた。

 近付く666に少年は――感染者は逃げようとするが、既に手足は水糸で砕かれている。再生しようとしても、したはしから飛ばされた魔力に砕かれた。

 666が歩きを止め、右手を掲げる。閃くは666の正位置を模した魔法陣。

 

    −輝−

 

 ――断末魔が響いた。

 

 少年は倒れ、そして胴に刻まれる刻印。またここに一人、意識不明者が生まれた。

 666は踵を返す。もはや用は無いとばかりに――だが、唐突に左手を掲げた。

 掴む。”刃”を。その刃は大剣、イクス。持ち主はその主である神庭シオン! 今、再び両者は巡り会う――。

 

「てめぇ……っ!」

「……」

 

 吠えるシオンに、しかし感情の無い瞳で見つめ返す666。シオンは一旦刃を引き、3mの距離を挟んでイクスを構えた。

 

【シオン、あまり熱くなるな】

「っ。解ってる、イクス」

 

 忠告してくれた相棒に、シオンは返事をする。無理も無い話しだが、興奮し過ぎていたか。頭を振り、そして改めて666を睨んだ。

 

「アンタ、自分が何やってんのか理解してんのか?」

「……」

 

 尋ねるシオンに、しかし666は無言。あたり前だ――喋れる筈が無い。分かる筈が無い。理解出来る筈が無い!

 彼の自意識は、もう、とっくの昔にない。

 解っていた。でも許せなかった。”彼”だからこそ、そんな事は許せなかった。

 

「っ――! なぁ、アンタは……!」

【シオン……】

 

 666に、しかし語り掛けをシオンは止めない。泣きそうな程に切ない思いのまま話す。だが、語り掛けは続かなかった。666が一歩を踏み出したから。

 

「っく!?」

【シオン!】

 

    −撃!−

 

 放たれる拳は疾い。シオンはギリギリで反応し、イクスで受け止めた。しかし、受け止めたまま二歩の距離を飛ぶ。拳の威力に、シオンの身体が浮いた為だ。666はなおも間合いを詰める――。

 

「このっ!」

 

    −閃−

 

 シオンはその場で足場を形成。浮いた身体をその場に留め、斬撃を放つ。

 だが、今度は右手でイクスが弾かれた。シオンはそれを見て、そのまま空へ上がり後退――次の瞬間、666の姿が消えた。

 

「な――っ!?」

 

 ――気付けたのは、奇跡だった。シオンが振り向いた先、右に666の姿があった。いつの間にそこに現れたのか、既に攻撃体制に入っている。放たれるは左の拳。

 

    −撃!−

 

 拳は迷い無く着弾した。シオンはギリギリでシールドの展開に成功する。しかし、受け止めるとかそんなレベルの打撃ではなかった。そのまま数mの距離をすっ飛ばされる。

 

「ぐっ……!」

【シオン!】

 

 イクスから飛ぶ声。シオンは勢いのまま地面に辛うじて着地する。

 そして顔を上げた瞬間に、血相を変えた。666が既に目の前に居たから! 放たれるのは風の一撃。

 

 ――天破疾風。

 

 螺旋を描いて放たれた拳に、シオンは再びシールドを展開する。だが、それは刹那の抵抗の後、簡単に砕け散った。

 

「――イクスぅ!」

【トランスファー!】

 

 だが、その刹那の抵抗がシオンの身を助けた。シールドが持たないと直感で悟り、ブレイズフォームへと変化。増した速度で後ろへ下がる事に成功した。

 疾風が空を切る――だが、その余波は軽くシオンを空へと持ち上げてしまった。

 

「くっそ! 無茶苦茶だ!」

【あれの出鱈目さは今に始まった事じゃないだろう!】

 

 実力の違いに歯噛みするシオン。666は疾風を放った後、そのまま佇んだ。

 それを苦々しく見ながら、シオンは認める。666も自分も、その実力を完全に発揮する距離はクロスレンジだ。しかし、自分は今の段階で攻撃力、防御力、速度に負け。戦闘に於ける経験については比べるべくもなく劣っていた。そう、認めるしかない。レベルが違い過ぎる……!

 暴走状態だからと、まだ甘く見ていた。今の666は無窮の練技による十全たる戦闘力と、さらに経験からなる心眼すらも引き出している。勝ち目がない。後は――。

 

「……イクス」

【使うか?】

 

 精霊融合。アレならば、恐らく666とも互角に戦える筈だった。

 

 ……そう、”互角”にだ。

 

 それがシオンとイクスが考えた、精霊融合を用いて666と戦った場合に於ける仮想戦闘結果。つまり三分を過ぎれば負けるだけである。だが。

 

「このまま負ける方が嫌だしな」

【ああ】

 

 使う。そうシオンは決めた。今の状態ではジリ貧もいい所だ。どうあがいても精霊融合無しでは勝てない。分の悪い賭けだが、故にこそ賭ける価値がある。

 

「契約の元、我が名、我が血を持って。今、汝の顕現を求めん。汝――!?」

 

 精霊召喚の永唱を開始し始めた、その瞬間。

 666が現れた、頭上に! いつ、どうやって移動したのかも解らない。全く唐突に、666はそこに現れたのだ。そして、円を描いて高々と上げられる足。炎が燃え盛る――!

 

「っ! まず――っ!」

 

 ――最後まで声を出せ無かった。出来たのは、イクスを掲げシールドを張るまで。直後、赤熱化した蹴りがシールドに叩き込まれた。

 

    −轟!−

 

    −煌!−

 

    −爆!−

 

 烈煌爆炎! シオンの視界を炎が埋尽くす!

 

 ――天破紅蓮。

 

 その一撃は、蹴りが叩き込まれたと同時に、炎の柱として顕現。

 シオンの意識が一瞬、完全に途切れた――が、自らを焼く炎に瞬間で目が醒める。

 

「が、あっ……!」

【シオン! 生きているか!?】

 

 イクスからの声が遠くから聞こえる気がする。シオンは地面に叩き付けられていた。自分を中心とした半径数十メートルが完全に焦土と化している。一部の地面は蒸発すらしていた。

 よく生きているなと自分を褒めたいが。今は戦闘の真っ最中である。痛む身体を無理やり起こす――666が、目の前にまた現れていた。

 

「ぐっ! のぉ!」

「……」

 

    −閃−

 

 横薙ぎに放たれるイクス。だが、破れかぶれの一撃が通じる相手でも無い。666はその斬撃を身を屈めてあっさりと躱し、シオンの脇を抜けた――ヌルリ、と。

 

「っ!?」

 

 身を延べる。古流の格闘術にある秘伝の技法。シオンは名前だけ、それを知っていた。666はそれを持ってシオンの背後へと廻り、次の瞬間、無音の衝撃がシオンを貫いた。

 

「か……、ぁ……」

【シオン! シオン!】

 

 鉄山靠。または、貼山靠。ハ極拳の一手である。

 666はシオンの背後に廻ると同時に身体を回転させ、それを放ったのだ。

 打撃により呼吸が止まり、シオンの身体から力が抜ける。

 膝を付く。意思に反して動かぬ身体――イクスすらも取り落とす。

 そして後頭部を掴む右手の感触がした。後ろで刻印を刻む為の魔法陣が展開するのを感じる。しかし、シオンは何故か懐かしさを抱いた。”彼”に、頭を撫でられたあの感触を……。そして虹色の光が放たれんとした、その瞬間。

 

「ファントム! ブレイザ――――!」

 

    −煌−

 

    −撃!−

 

 666は真横から砲撃を叩き込まれたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 時間は少し遡りアースラ。

 ティアナは自室に居た。部屋の中で立ち、目の前のベットを睨む。

 そこは二段ベットだ。上の段にはルームメイトが居る。スバルだ。

 布団を頭から被り、外界からの情報を見ないようにしている。それにティアナは苛立っていた。

 

「いつまで、そこに居るつもりよ?」

「…………」

 

 スバルは答えない。黙ったままだ。ティアナはさらに苛立ったように眉を潜めた。

 

「あと、十分もしたら出撃よ。アンタ、出撃命令無視するつもり?」

「…………」

 

 答えない。スバルは、布団から出て来ない。

 

「そ。なら勝手にしなさい。私は行くわ。アンタみたいにうじうじしたくないもの」

「……ティアには分かんないよ」

 

 ――ようやく、ようやく声が返ってきた。ティアナはそれに、だが喜ばない。むしろ、より腹立たし気に眦(まなじり)を上げた。

 

「分かんないわよ。アンタがうじうじしてる理由なんか」

「……シオン。さよならって言った」

 

 スバルがぽつりと言う。拒絶された事を、それを直に言われた事を。

 

「ティアには分かんないよ……真っ正面から拒絶されてないんだもん」

「スバル――」

 

 ティアナはスバルの名を呼ぶ。だが、それはそれは慰める為のものでは無かった。違う、たった一つの事を告げる為。

 

「――甘ったれないでくれる?」

「っ……!」

 

 ティアナは断言した。今のスバルは、ただ現状に甘えているだけだと。

 

「アンタ。そこでそうやってたらシオンが帰ってくんの?」

「…………」

 

 ティアナの問いにスバルは答えることが出来ない。出来る筈が、ない。ティアナは更に続けた。

 

「いつか聞いた事があったわよね? アンタ、結局の所、どうしたいの?」

「私、は……」

 

 ティアナの問いに、スバルから声が漏れた。そこには迷い色がある。

 

「答えが出せないならそこで一生悩んでなさい。ぐじぐじね」

「ティアは!」

 

 その言葉にスバルがついに布団を跳ね退けた。目に浮かぶのはやはり涙。どれくらい前から泣いていたのか――頬を濡らしたまま、スバルは叫ぶ。

 

「シオンに直接言われてないからそんな事言えるんだよ!」

「知った事じゃないわよ」

 

 スバルの叫びに、ティアナは取り合わない。冷たい目で、パートナーだった少女を睨みつけた。

 

「直接言われた? だから何なのよ。さよならって言われた? だから何よ? アンタ、持ち前の我が儘はどうしたのよ?」

「だって!」

 

 叫ぶスバルに、ティアナは容赦なく続ける。こんな彼女は見たく無かった。だから、言ってやる。有りのままの気持ちを。

 

「何度でも何度でも捕まえればいいじゃない! 優しさの中に居れない? それがどうしたってのよ! なら何度でも入れてやればいいじゃない!」

「ティ……っ!」

「私は!」

 

 名を呼ぼうとするスバルに、ティアナはそれを遮った。何も反論なんかさせてやらない。言いたい事だけを言う。言わなくては、いけないから。

 

「アンタと違う。諦めない。必ず、あのバカを連れ戻すわ」

「ティア……」

 

《出撃前です。各前線メンバーはヘリポートに》

 

 そこまで言うと、艦内放送が響いた。出撃の時間だ。それを聞き、ティアナはスバルに背を向けた。

 

「行くわ」

「……」

 

 ティアナの宣言もあり、スバルは何も答える事が出来ない。ただ、その背中を見つめる事しか出来ない。

 

「ああそうそう、最後に一つだけ。アンタ、自分がどれだけ恵まれてるか、理解してる?」

「私が……?」

 

 呆然と聞き返すスバル。本当に理解していないのか――。ティアナは、苛立ちのままに答えてやった。この、鈍感な相棒に。

 

「アンタ一人だけよ? あいつにさよならって言われたの」

「……っ!」

 

 そう、ティアナは羨ましかった。スバルが。シオンは他の誰でもない。スバルにしか別れを告げていないのだ。

 

「そこの所、よく考えなさい」

「ティ……!」

 

 スバルは何かを言おうとして、しかし返事を待たずしてティアナは部屋を出た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ……アンタ、そこで何してんのよ。

 

 ティアナはそう思う。彼女が見ているのは、今再度刻印を刻まれかけたシオンだった。

 

「クロスミラージュ」

【1stモード】

 

 砲撃形態から元の銃型に戻す。そして、銃口を666に直ぐさま向けた。

 

 ――アンタはそこで何やってんのよ!?

 

「クロスファイア――――! シュート!」

 

    −閃!−

 

    −煌!−

 

 叫びと共に放たれたクロスファイアー・シュートが666に殺到する!

 しかし、666はその全てを拳で消し飛ばしてのけた。……データとモニターで見てはいたが、改めて実感する。とんでもない化け物だ。

 だが想定内である。何せ、自分は一人ではない。

 光弾を消し飛ばした666にシグナムが、ヴィータが、ギンガが、ノーヴェが一斉に襲い掛かる!

 

    −撃!−

 

 打ち込まれる剣、鎚、拳、蹴! その全てが666に放たれ、だが通じ無かった。

 666は腕を捻り、肩で弾き、足で蹴っ飛ばし、身体で跳ね飛ばし、迎撃してのけたのである。一瞬にして全員が蹴散らされ、弾き飛ばされた。

 あれだけの近接戦闘者達――エース級二人に、ストライカー級が二人もいるのに、全く歯が立たない! 技量の次元が、違い過ぎる。

 

 ――アンタはあの子を!

 

「レイジングハート!」

【アクセルシューター、スタンバイ、レディ!】

「バルディッシュ!」

【イエッサー。プラズマランサー、ゲットセット】

 

 なのは、フェイトがシューターとランサーを展開。接近戦組が吹き飛ばされたのと同時に、放つ! それは、追撃を阻止する為だった。

 

「シュ――――ト!」

「ファイアッ!!」

 

    −煌−

 

    −閃−

 

 ――あの子を泣かせたんでしょうが!

 

 閃く光芒が666に向かって突き進む。それに666は視線を上げ、一撃を持って粉砕した。

 

    −撃!−

 

 ――天破疾風。

 

 絶大な暴風を詰め込んだ拳が、纏めてシューターとランサーを砕く。

 

 ――そのアンタが!

 

 だが、その隙をチンクが見逃さなかった。666を中心としてスティンガーの包囲を完成させ――。

 

 ――何でこんな所で膝をついてんのよ!?

 

 ――直後、スティンガーが666の元に一気に殺到する!

 しかし、その全てを666は視認すらも霞む速度で拳を放ち、撃ち落とした。

 だが、直後に巨大な爆発が起こる。IS:ランブルデトネイターだ。

 さらに、駄目出しとばかりに、なのはからはエクセリオンバスターが、フェイトからはトライデントスマッシャーが叩き込まれた。

 

    −轟!−

 

    −裂!−

 

 ――シオン!

 

 巨大な爆発が連続で引き起こり、空間すらも震動したかのような衝撃が走る。

 だが、猛烈な熱波の中を、666は全くの無傷で現れたのであった。

 

 666とアースラチームが、ついに全面的な戦いに突入する――!

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 暗い、暗い室内でスバルは考える。ティアナに言われた事を、シオンの言葉を。

 

 ……私は、どうしたいんだろ?

 

 シオンに帰ってきて欲しい。これが、偽らざるスバルの気持ちだ。でも、シオンに戻る気はないだろう。

 

 ……私、は……。

 

 シオンには帰ってきて欲しい。ならば、何回でも説得すればいい。何回でも、何回でも。

 

 ……受け入れて貰えないかも知れない。

 

 シオンの言葉を思い出す。俺は優しさの中に居れないといった、あの表情を思い出す。

 

 ……今度は嫌われるかも知れない。

 

 そして、次に思い出すのは最初に会った時のシオンだ。信じられないくらい言葉遣いが悪かった。

 

 ……でも、私は。

 

 思い出す。楽しそうに絵を描くシオンを。思い出す。一緒に戦った日々を

 

 シオンと、一緒に居たい。

 

 ――思い出す。滅多に浮かべないシオンのあの柔らかな笑みを。

 

 だから、もう一度、話したい。シオンと。

 

 例え、それが剣と拳が交わる事になっても。

 

 シオンを取り戻したい。

 

 そして、スバルは漸く気付く。自分が何をしたいのか? それについてもう答えが出ている事に。ちょっとだけ、苦笑した。一人頷き、決める。

 

 ――行こう。

 

 ベットから降り、部屋の中央に立つ。そして相棒に呼び掛けた。

 

「マッハキャリバー?」

【はい。我が相棒?】

 

 自らの相棒の声にスバルが笑みを浮かべる。それは、いつもと変わらない筈なのに、どこか呆れを含んでいるように聞こえたから。ようやく決めたのか――と。

 答えは出た。ならば、後は向かうだけ。

 

 シオン……会いに行くよ!

 

「行こう! マッハキャリバー!」

【はい、行きましょう。相棒】

 

 そして少女もまた向かう。少年が居る、自分のパートナーも居る。

 

 戦場へ。

 

 

(第十三話後編に続く)

 

 

 




はい、第十三話前編でした。
ちなみに、この666のデータですが二年前の時点で十分チートなのに、今現在は更にパワーアップしてる罠だったりします♪ どんだけ(笑)
そんな第十三話、後編は最初から最後までひたすらバトルとなりますので、お楽しみを♪
ではではー♪


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第十三話「痛む空」(後編)

はい、第十三話(後編)です♪
しかし、この頃の666を読み直すとやたら感慨深いですな(笑)
今回は最初から最後までバトル♪ お楽しみに〜〜♪


 

 N2R少隊が一人、砲撃手のディエチ・ナカジマは長距離――1100m先から、その戦闘を見ていた。

 アースラ前線メンバーと、666の戦闘だ。

 シグナムが斬撃を浴びせているが、全ての斬撃は片手でいなされていた。ここからでも分かる、とんでもない技量である。

 なにせ、666と近接戦を繰り広げているのはシグナムだけではない。666の右手から振るわれるはハンマーの一撃。ヴィータだ。

 666は今、信じがたい事に左半身でシグナムの斬撃を、右半身でヴィータの鎚撃を完全に捌き切っていた。

 上段から放たれたシグナムの斬撃を、左手が巻き付くように絡め取り、その一撃の威力を足に伝達し、背後から放たれたヴィータのグラーフアイゼンに叩き込む。

 666はヴィータを見ていないのに、だ。後ろに目が付いているのかと疑いたくなる光景である。

 そして666はさらに止まらない。右の蹴りでヴィータを弾き飛ばすと、その勢いのままシグナムに密着。肩がシグナムの腹に接触した――直後、シグナムが爆発したかのように弾き飛ばされた。

 傍目からは666の肩がシグナムに軽く当たったようにしか見えない。しかし、あの威力。

 シグナムが空にいるまましゃがみ込み、激しく咳込む。口からは吐血していた。

 ――666の周りには誰もいない。まるで、孤高の王者の如く佇んでいる

 先程、ギンガとノーヴェも、シグナム達と同じく接近戦を演じていたが、二人仲良く空を舞った。合気。二人は自らの力をそのまま利用されて、投げとばされたのだ。

 今、二人は地面に倒れている。自分の攻撃の勢いのままに空から地面に叩きつけられたのだ。暫く立てまい。

 既に接近戦組は悟っていた。666に対してのクロスレンジは自殺行為だと。

 技量の桁が違い過ぎるのだ。次元が違い過ぎる。

 そして今、ヴィータは蹴りの一撃で吹き飛ばされ、シグナムは妙な技で弾き飛ばされた。

 だが、この瞬間をこそディエチは待っていたのだ。

 自然な形で、666の周囲に誰もいなくなる瞬間を。

 ディエチの狙いは狙撃。彼女の一撃ならば、666の防御を抜く事が出来る。不意打ちならば、各スキルも問題無い。

 今この瞬間こそがディエチの待ち望んでいた瞬間――。

 ディエチは自らの体内のエネルギーを固有武装イノーメスキャノンに注ぎ込もうとして。

 

 666と目があった。

 

 な――!? ……ッ!

 

 次の瞬間、ディエチは悪寒と呼ぶのも生温いものに突き動かされて、引き金を引こうとする。だが、それは叶えなれなかった。

 

 ――糸。

 

 水で出来た糸だ。それが、いつの間にかイノーメスキャノンに無数に突き刺さっていたのだ。知らぬ間に破壊されている!

 

 これ、は……!

 

 ディエチはそれを知っている。511武装隊を一撃で全員戦闘不能にした技。

 

 魔神闘仙術:天破水迅。

 

 ――まずい、と思った時には既に遅かった。

 水の糸はディエチの四肢に突き刺さり、瞬時に関節部の金属フレームを裁断する。手足を切り裂く事なく、彼女の最低限の身体機能のみを破壊してのけたのだ。

 

「そ、ん……な」

 

 その事実にディエチは戦慄した。これだけの長距離に於いて、なおこれだけの精密作業を行った666に。

 

「化物……か!」

 

 かつて、ディエチはなのはに対して人間かと疑った事があるが、しかしこれは別物だ。ヒトかどうかなんてものじゃない。

 666が左手を伸ばす。水糸が一斉に前線メンバーへと広がった。

 ディエチの手足は動かない。その光景を、ただただ見ている事しか出来なかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《N2R4! 戦闘不能……!》

「……っ!」

 

 シャーリーからの通信に、前線メンバーは一斉に息を飲んだ。

 ジャマーを用いての長距離からの狙撃。これがはやてが考案した対666用の策の一つだ。しかし、それはあっさりと失敗した。

 何の事はない、666が上手だったのである。圧倒的に。そして、今666と戦闘中の者も、またその驚異に晒される――。

 

 魔神闘仙術:天破水迅。

 

 既に666を中心として水糸は無数に形成されている。その射程は666を中心に半径2Km、そして、暴虐の水糸は放たれた。

 

「皆! 固まって!」

 

 なのはの叫びに、近くにいる者は彼女の背まで後退した。

 他の者もプロテクションを発動する。水糸の驚異は、その広範囲性と操作性にある。

 威力も確かにあるが、驚異には程遠い。それを見切り、プロテクションでの防御を選択したのだ。

 水糸はプロテクションに阻まれ、前線メンバーに触れられない。

 

「これで――っ!?」

 

 しかし、なのはは見てしまった。”目の前に現れた666を”。

 666は左手で水糸を操作し、右手には莫大な風を注ぎ込んだ拳を持ち上げて、なのはの前に立っていたのだ。

 

「二つ、同時に……!?」

 

 もう666のやる事に驚く事はないと思っていたが、そんな事はなかった。666は二つの大威力術式を同時に展開していたのである。

 これはマルチタスクでどうにか出来る物ではない。ただでさえ制御の難しい術を、二つ同時に使用しているのだ。

 限度と言う物がないのかと、なのはも苦々しく思う。

 

    −撃!−

 

 そして、右の拳がなのはのプロテクションに叩き込まれた。

 

 魔神闘仙術:天破疾風。

 

 プロテクションEXは刹那の抵抗も許されず砕かれた。同時に水糸が殺到する!

 なのはのプロテクション内に居たのはヴィータとウェンディ、そしてギンガだ。なのははプロテクションが砕かれると同時にラウンドシールドを張る。

 ヴィータも瞬時の判断でプロテクションを張るが、ギンガ、ウェンディは防御が間に合わない。

 キュンっという音と共に、ギンガ、ウェンディの体中に水糸が突き刺さった。

 

「うぁっ!」

「く、ぅ!」

 

 水糸は二人の体内に入ると、直ぐさまその中を蹂躙し尽くした。

 関節フレームを絶たれたのだ。ディエチと同じだ。

 

「ギンガ! ウェンディ!」

「こんのぉ!」

 

 チンクが叫び。ノーヴェは激昂して、666に突撃する。接近し、リボルバースパイクを見舞おうとする。

 その一撃はしかし、666に辿り着く前に砕かれた。全方位から襲い来るものがあったから。天破水迅――水糸!

 

「下がって!!」

 

    −撃!−

 

 なのはが叫ぶが、間に合わない。水糸はノーヴェの固有武装を砕き、そしてノーヴェ自身には666の右の拳が叩き込まれていた。

 

「あ、ぐ……」

 

 急所を撃ち抜かれて、ノーヴェがぐったりとなる。鳩尾に刺さった拳がノーヴェの意識を刈り取ったのだ。

 さらに666はノーヴェの首筋を掴み、チンクへと投げつけた。

 

「っ! ノーヴェ……!」

 

 投げられたノーヴェは凄まじい速度でチンクへと落ちる。意識がない彼女がこの勢いで地面に叩き付けられれば――考えるまでもなく、重大な損傷を負う事になるのは明らかだった。

 チンクはそれが絶対の隙を作ると確信しながら、しかし妹を見捨てられない。

 勢いを殺すようにその小さい体で抱き止めた――瞬間。

 

    −寸−

 

 疾る水糸が他の姉妹同様に、チンクに撃ち込まれた。

 

「ッ……」

 

 既にそれは覚悟していた事。彼女は自らの骨格フレームを切り断っていく水糸を感じながら666を睨み付ける。だが、666はもはやチンクに目を向けない。

 ここに至り、前線メンバーの三分の一が戦闘不能となった。……666に一切のダメージを与えられぬまま。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「N2R少隊、全員戦闘不能……」

 

 半ば呆然としたシャーリーからの報告にはやてはぐっと呻いた。

 奇襲作戦は失敗に終わり、さらに近接戦闘組が離れた所で広範囲攻撃による攻撃。小隊の一つが壊滅――。

 本当に暴走してるのか? そう疑いたくなる状況である。

 しかもN2Rのメンバーは”最低限”のダメージだけで戦闘不能に追いやられていた。

 緻密にして繊細。666が行ったのは、そんな代物だ。

 あそこまでの操作性を持つ魔法等、クロノ・ハラオンでも使えまい――。

 

「……? あれ?」

「艦長? 如何しました?」

 

 唐突に疑問符を浮かべるはやてに、グリフィスが不思議そうな顔となった。だが、彼女は構わない。

 はやては今、何かどうしようもない違和感を感じていた。何かおかしい。

 666は暴走している筈だ。それが、何故敵に対して最低限のダメージだけで戦闘不能に追いやっているのか?

 暴走しているのなら、そもそも手加減なんてする思考性からしてあるまい。

 666のスキル、無窮の練技。確か、あれは戦闘時において、十全の戦闘能力を発揮する技能の筈だ。

 なら一々難易度を上げて敵を戦闘不能にする事などは出来ない筈――。

 

「ま、まさか……?」

「艦長?」

 

 そこまで考えて、はやては恐ろしい事に気付いた。自分達が――グノーシスも、シオンも含めてとんでもない勘違いをしていた事に。

 暴走しているのなら有り得ない思考性。ならば、”その逆ならば?”

 

「っ――! グリフィス君、作戦中止! 前線メンバーを下がらせてや!」

「……? りょ、了解!」

 

 はやての命令に一瞬疑問符を浮かべるが、その剣幕に、グリフィスは即座に従った。各管制にその命令を伝える。それを見ながら、はやては苦々しい顔で再びモニターへと視線を向け直していた。

 

「間に合えばいいんやけど……」

 

 一人ごちる。モニターの中では、666に対して一時後退する前線メンバー隊長陣が映っていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 少し、時間は遡る――。

 

 前線メンバーが666と激戦を繰り広げている最中(さなか)。ティアナ、エリオ、キャロはシオンの前に立っていた。ティアナは、冷たくシオンを睨みつける。

 

「何やってんのよ、アンタ」

「……ティアナ、にエリオとキャロ……?」

 

 漸く呼吸が落ち着いたのか、シオンがティアナ達を見ながら呆然と呟く。それに、ティアナはとんでもなく苛立つ自分を自覚した。

 

「もう一度聞くわよ? アンタ、アースラを降りてまでここで何やってんのよ?」

「……俺、は……」

 

 呟き。しかし答える事が出来ない。そんなシオンに、ティアナの手が迫る。襟首を掴み上げた。

 

「ティアさん!」

「駄目です! ティアさん!」

 

 エリオ、キャロが止めようとするが、ティアナはそれに構わない。シオンを立たせると、真っ直ぐに目を見据えた。

 

「アンタはあの娘を泣かせてまで……! 皆を置いてまで! アレを追い掛けたんでしょうがっ!」

「……ああ」

 

 呟くようなシオンの返答に、ティアナはくっつかんばかりに顔を近付けた。そのまま吠える!

 

「そのアンタが! 何でこんな所で惨めな姿晒してんのよ!」

「……」

 

 今度は答える事が出来ない。……出来よう筈が無かった。自分は、無様に倒されていたのだから。彼女達の参戦が無ければ、間違いなくやられていた。

 ティアナは、無言なままのシオンに激昂し、拳を叩きつけようとして――。

 

「……っ! エリオ、キャロを!」

「え? あ、はい!」

 

 ――突如としてシオンに抱きすくめられた。エリオも、またキャロを抱きしめたまま後ろに下がる。

 

「て、ちょっと! 何を――」

「黙ってろっ!」

 

 顔を赤らめながらシオンに文句を言うティアナ。しかし、シオンは取り合わない。後退しながらノーマルフォームに戻ったイクスを振るう。

 

    −閃−

 

 直後、何かが斬り払われた。それは水だった。

 

「天破水迅か……!」

「これ、666の?」

 

 さらに後ろに下がり、ティアナを下ろす。エリオもまたキャロを後ろに下ろした。顔を上げて、前線メンバーと666の戦場に目を向ける。そこでは、666を中心に全周囲に張り巡らされた水糸が彼女達に襲い掛かっている光景があった。そして。

 

「ギンガさん達が!」

 

 エリオが指差す先で、ギンガ、ウェンディが666により戦闘不能に追いやられる。続けざまにノーヴェが、チンクが撃破されていった。666たった一人にである。彼は、あまりに圧倒的過ぎた。

 

「……イクス。まだ行けるな?」

【条件付きならばな】

 

 精霊融合。それが絶対条件だとイクスは告げる。シオンは迷わず頷いた。

 

「解った」

「待ちなさい! まだこっちの話しが終わってない!」

 

 行こうとするシオンにティアナは行かせまいとする。そんな彼女に振り返った。苦い表情で。

 

「……アースラを出たのは666に集中したかったからだ。元々の目的はそれだしな」

 

 淡々と告げる。だが、ティアナはそれに納得しない。

 

「666の拿捕なら、アースラにも命令来てたわよ」

「……違うんだよ、ティアナ」

 

 首を振るシオン。……そう、自分の目的は666の拿捕ではない。自分は――。

 

「――俺は、一人で666を倒したいんだ」

「何で?」

 

 さらに問うティアナ、しかしシオンは笑いしか浮かべない。解っているのだ。シオン自身、これはただの我が儘だと。

 

「……悪い」

「シオン!」

 

 ただ一言だけ謝り、シオンはティアナ達を置き去りにして飛び立った。向かう先は666。

 

「アイツ……! エリオ、キャロ、追うわよ!」

「「はい!」」

 

 二人に呼び掛け、すぐに追おうとする。しかし、そこでシャーリーからの通信が入った。666から一時後退するように――と。

 

「……どうします? ティアさん」

「……追うわよ」

 

 命令無視。しかし、ティアナは構わなかった。先程のシオンの顔を思い出す。それにイライラしていた。

 

 ――とりあえずは一発ぶん殴る!

 

「行くわよ!」

「「はい!」」

 

 そして、ティアナ達もまた、シオンを追い掛けて666の元に向かったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「一時後退!? なんでだよ!」

 

 シャーリーの通信にヴィータが叫ぶ。それに、はやてがモニターに現れて、苦虫を噛み潰したような顔で言って来た。

 

《ゴメン、ヴィータ。でも今は下がってや……》

「でも……!」

「ヴィータちゃん」

 

 なおも食い下がるヴィータを、なのはが制止した。既にN2Rの面々は転送で下げられている。現在は、なのは達で666を囲んでいる状態だ。

 

「シグナムさん、フェイトちゃん」

「ああ」

「うん」

 

 二人もまた頷き、666から距離を取り始めた。いきなりのはやてからの命令。666から一時下がる事。

 それが何故なのか、彼女達は分からない。だが、命令は命令だ。従うしかない。

 だが、なのははそれに葛藤していた。彼女の666に対する気持ちは複雑だ。

 アリサを始めとして、何の関係もない人達を意識不明にした怒りがある。

 しかし同時に、因子に侵されて死を待つしかない人達を生かしているのもまた事実。故に、なのはの胸中は複雑であった。

 666を見る。666もまた、なのはを見ていた。その瞳は徹底して感情を映さない――。

 

「……?」

「なのは? どうかした?」

 

 疑問が表情に現れていたか、フェイトがなのはを見て不思議そうな顔をする。それに、彼女は笑う事でどうにか誤魔化した。

 666は暴走している筈だ。だけど、自分が見たその瞳に何故か――。

 

 ――強い意思が感じられた。

 

「て、おい。アイツ……!」

「え……? あ!」

 

 ヴィータの叫びに我に返り、振り向いた先にはシオンが居た。巨大な魔法陣を展開しながら、ブレイズフォームへと変わっている。

 

「あれ、まさか!」

「間違いないな」

 

 叫ぶフェイトにシグナムが同意する。――精霊召喚。今、再びシオンは666と対峙しようとしているのだ。精霊融合を使って! ……だが。

 

「……」

 

 666が、それを待つ筈も無かった。彼はゆらりとシオンに視線を向けると動き始める。その身に莫大な魔力を宿して。

 

「っ! シオン君!」

「やべぇ!」

 

 なのは、ヴィータが駆け出す。シグナム、フェイトもまた666へと飛翔し始めた。だが、間に合わない。666はシオンへと肉薄し――。

 

「ディバイン……! バスタ――――!」

 

 ――しかし、頭上から放たれた光砲の一撃に吹き飛ばされた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――シオンは呆然とする。たった今、永唱中の自分を守るように放たれた一撃。それは、この戦場に居なかった者の声だった。そして、何より――666が吹き飛ばされた。

 その事実に声が出ない。そんなシオンの目の前に、道が顕れた。蒼い、綺麗な道が。その上を走るのはスバル。彼女はシオンの目の前に来て止まった。

 

「……シオン」

「なん、で……」

 

 自分の前に来たスバルに、何も言えない。スバルを置いて行ったのは自分だ。そこまでして、我が儘を通したかった。一人で666を倒すと言う我が儘を。

 

「スバル――」

「うん。……ね、シオン」

 

 まだ呆然とするシオンに、スバルはゆっくりと近付く。そして真っ直ぐ目を見た。いつものように。

 

「私ね? 聞きたいんだ、シオンの事、色々」

「……俺は」

 

 シオンは答える事が出来ない。自分は、スバルを置いて行った人間だと。だけど、彼女は構わなかった。

 

「私、決めたんだ」

「決めた?」

 

 問うシオンに、スバルは笑顔を見せる。それは、晴れやかな――綺麗な笑顔だった。

 

「シオンが私を置いて行っても、絶対追い掛けるって」

「……」

 

 スバルの決意。シオンは答える事が出来ない。だが、ぐっと息を飲むと言い始めた。今の、自分の思いを。

 

「俺は、二度とアースラに戻るつもりはない」

「でも、私は諦めない」

 

 帰らないと言うシオンに、スバルは諦めないと返す。二人の意見は、見事に平行線だった。

 

「シオンと話したい。シオンに絵を描いて欲しい。シオンとご飯食べたい。シオンと……一緒に居たい」

「我が儘、だな」

 

 そう言いながら、しかし初めてシオンはスバルに微笑む。柔らかい――優しい笑みを。スバルは頷いた。

 

「うん、知らなかった?」

「ああ……っ!」

 

 会話する二人に、唐突に漆黒の影が現れた。666! 彼は、拳を放ち――。

 

「エクセリオンっ! バスタ――――!」

 

    −煌−

 

    −撃!−

 

 ――次の瞬間、横から放たれた光砲に666は踏み止まった。そのまま目の前を通過させる。二人は、その砲撃を放った女性へと振り向いた。

 

「なのはさん!」

「なのは先生!」

「二人共、お話しは後! 特にシオン君! 後でちゃんとお話し聞いて貰うから!」

 

 ――何故だろう。その時、シオンの背筋を凄まじく寒いものが吹き抜けた。だが、そんな彼を置いて、隊長陣が集まった。

 

「なのは、どうする?」

《……皆、堂々と命令無視し過ぎやよー》

 

 集まる一同の前にウィンドウが現れ、はやてが苦笑いしている顔が映る。だが、それは先程とは打って変わって、どこか吹っ切れた顔だった。

 

「う……はやてちゃん、ゴメン」

《まぁ、あの状況なら仕方ないなー。……で、シオン君》

「……はい」

 

 はやてがシオンを呼ぶ。シオンは、それに申し訳なさそうな顔で答えた。

 

《後でキッチリ、話し聞かせてもらうよ?》

「……俺、は」

 

 言い淀む。だが、はやては有無を言わせない。ここで譲る訳には行かないから。

 

《その件も含めて、後でゆっくり話そうや。今は……》

 

 そう、今は――666に向き直る。彼は、相変わらず感情の無い瞳でこちらを見ていた――今は、戦いの最中だ。

 

「シオン君。精霊融合で666とどれくらい渡り合える?」

「多分、互角まで行けると思います」

 

 問うなのはに、シオンは答える。あの666と互角まで行けると言うのだから、精霊融合もやはり凄まじい。

 

「互角か……」

「それよりスバル、さっき何したんだ? 666簡単に吹き飛んだけど」

 

 むしろそちらの方が重要だと言わんばかりのシオンの問いに、スバルはあたふたとした。

 彼女は、戦闘機人である事をシオンにまだ伝えていないのだ。そんな彼女に肩を竦める。

 

「まぁいいや」

「う……ゴメン」

 

 謝るスバルに、シオンも苦笑いを浮かべる。どうにも、二人揃ってすれ違いまくりだと。

 

「とにかく、スバルの攻撃は666には通じるみたいだね」

「なら、スバルを中心に――」

「その件、なんですけど」

 

 作戦を決めようとする一同に、シオンが手を上げた。皆を真っ直ぐに見る。

 

「俺、一人でやりたいんです」

「……シオン君?」

 

 なのはが咎めるようにシオンを見る。しかし、シオンは譲らない。

 

「すみません。でも、俺は一人で戦います」

 

 シオンの返答になのは達は揃って嘆息した。何故に、こうも頑固なのかと。だが、譲らないのは分かった。だから。

 

「……解った。でも私達は私達で戦うから」

「それは――」

 

 渋るシオンに、今度はなのはが譲らなかった。彼を見据え、きっぱりと言う。

 

「こればっかりは駄目」

「……解りました」

 

 シオンもまた渋々頷く。

 直後にフリードに乗ったティアナ達も追い付いた。彼女はスバルをじっと見つめていた。

 

「スバル……」

「うん、ティア。心配かけて、ゴメン」

 

 それからありがとう、と伝える。ティアナは一度だけ嘆息して頷いた。もういいと言わんばかりに。次に、シオンを見る。彼は何か言われる前に言って来た。

 

「悪い。また後で皆と話すよ」

 

 一瞬だけティアナは迷い――だが頷いた。後で話す。ならば、今は問わない。そして、皆は前へと揃って視線を向けた。……そこに居る、666に。

 

「……666」

 

 眼前の敵を睨む。666は、まるでこちらの準備が整うのを待つかのようにその場で佇んでいた。シオンは息を飲み――そして、口を開いた。

 

「今、此処に汝を召喚する。汝が枝属は雷。汝が柱名はヴォルト――」

 

 最後の永唱をシオンは開始した。666は仕掛けて来ない――呪を紡ぎ、召喚を果たす!

 

「来たれ。汝、雷の精霊。ヴォルトォ!」

 

 ついに永唱は完成し、雷の精霊ヴォルトがすぐに顕現した。シオンはさらに叫ぶ。

 

「イクス!」

【了解! 全兵装(フル・バレル)。全開放(フル・オープン)。超過駆動(フル・ドライブ)。開始(スタート)】

 

 ヴォルトの姿がぶれ、シオンと重なる。それはシオンの切り札、精霊との合一。

 

「精霊、融合!」

【スピリット・ユニゾン】

 

 ついに精霊融合を完了し、シオンはその身から雷を迸らした。吹き上がる魔力が全て雷へと変換される。

 

「これが、精霊融合……」

 

 間近で始めて見る精霊融合に、なのはを始めとして声が出せない。それにシオンは構わず、双のイクスを構えた。

 

「神庭シオン。推して――」

 

 告げる。しかし、666は身構えない。ただ力を抜いて待ち受けるだけ――否、あれが666の戦闘姿勢であった。それを理解し、それでも告げる。

 

「――参る!」

 

    −雷−

 

    −刃!−

 

 次の瞬間、残像を残しながら666の懐に一瞬で飛び込む! 放たれたるは雷纏いし刃。

 666はその一撃を真っ向から迎撃してのけた。雷刃と拳が衝突し、凄まじい衝撃が周囲を走り抜ける!

 

 シオンと666の戦いは、ここに第二局面を迎えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「おぉぉっ!」

「……」

 

 雷を纏う刃が二連。残像しながら放たれる。シオンの一撃だ。視認速度を超えながら刃は真っ直ぐに666へ向かう。それに対し、彼は拳を叩きつけた。

 

「……」

「っ――!」

 

    −戟!−

 

 衝突し合った互いの一撃は、しかし互いを動かさない。

 精霊融合化したシオンの一撃が666と拮抗した証拠であった。さらにシオンはヴォルトと融合した事による圧倒的な機動力で666へと全周から襲い掛かる! あたかも分身したと錯覚する程の速度だ。それは、666を確実に上回っている――だが。

 

    −戟!−

 

 −戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟−

 

    −戟!−

 

 666は、その全てを迎撃してのけた。放たれた雷刃を、拳が、蹴りが、身体中のあらゆる部位が、確実に防いで見せる!

 その動きは、あまりに奇妙なものだった。傍から見ると、異常にカクカクした動作に見えたのである。漫画のコマ割りを想像して貰えば分かりやすいか。過程をすっ飛ばして、打撃の打ち込みを完了しているのだ。

 予備動作を廃し、緩から急への動作を極める事によって完成される体術――無拍子!

 それは物理的な速度すらも上回り、シオンの斬撃を撃ち落としていた――どころか、拳がいきなりシオンの眼前へと飛んで来る!

 しかし、今のシオンの反応速度は人のものでは無い。カウンターで放たれた拳を辛くも躱し、負けじと右の斬撃を放った。

 動のシオンと静の666。ここに至り、二人は完全に互角と相成った。

 だが、666の相手はシオンだけではない。

 

「やぁぁ!」

 

 シオンを迎撃する666の直上から舞い降りるはスバル。その瞳は金色に輝いていた。シオンは直感に従い瞬時に後退。666はN2Rの面々と同様、振るわれる拳を受け流そうとして――逆に左手が弾かれた。

 

「そこっ!」

「……」

 

    −撃!−

 

 そのまま666に拳を叩きつける!

 これも防ぐ事が出来ず、666は吹き飛んだ。

 振動破砕。スバルのISである。666は体術で、放たれた剣を、鎚を、拳を受け流したが、スバルのISは別物であった。手を取ろうにも超振動で弾かれるのである。流石に666の技にも超振動する攻撃なぞ想定されていなかったか――スバルの一撃は、666に対して有効打となっていた。

 

「まだまだっ!」

【ショットガン・キャリバーシュート!】

 

 吹き飛んだ666へ更に追撃をかけんとスバルは迫り、連続蹴りを敢行する。

 防御不能な連続攻撃に、しかし666の対処はとても単純なものだった。全ての蹴りを、回避する。

 見切り――心眼による攻撃対処法だ。先程、ギンガ、ノーヴェと闘い、シューティングアーツの動きを彼は完全に見切っていたのである。心眼による戦闘論理は、完成に至っていた。

 ここまでになると、スバルの技を放つ直前の動きを見て、事前にどの技が来るかを知る事が察知出来てしまう。もはや、666にスバルは攻撃を当てられない――。

 

「っ! マッハキャリバー!」

【ウィングロード!】

 

 全ての蹴撃を躱され、スバルはウィングロードを発動し、後退。そこに光砲が撃ち込まれた。

 

「エクセリオンっ! バスタ――――!」

「トライデントっ! スマッシャ――――!」

 

    −轟!−

 

    −煌!−

 

    −撃!−

 

 桜と黄金の光砲は迷い無く666へと突き進む。なのはとフェイトの砲撃だ。666はそれに対して、だが回避も防御もせず、ただ足を振り上げた。そこに灯るは炎。

 

 魔神闘仙術:天破紅蓮。

 

 その一撃を足元に向かって放つ!

 

    −轟!−

 

    −爆!−

 

 轟破爆砕! 一瞬、炎の柱が天地を繋ぐように突き建った。

 二人の砲撃も紅炎に飲み込まれ消え去る。しかし、炎の柱が消えたと同時に666の前に現れたのはシグナムとヴィータだった。すでに二人共、ユニゾンしている――!

 

「ギガント、シュラ――――――ク!」

「火竜! 一閃っ!」

 

    −轟!−

 

    −破!−

 

    −裂!−

 

 放たれたるは、極大の威力を持つ二つの一撃! 666は、ここで初めてシールドを張った。五連でシールドは展開する――しかし、二人の一撃を受け止める事は出来ず、シールドは堪らず砕かれていった。

 

「「ブチ抜けー!!」」

 

    −撃!−

 

    −砕!−

 

 シグナムとヴィータの声が重なると同時にシールドは砕け、二人の一撃を受けた666は地面に叩きつけられた。

 そこにシオンと、エリオの二人が飛び込む。二人が纏うは雷光!

 

「サンダ――! レイジっ!」

「神覇弐ノ太刀! 剣牙雷刃!」

 

    −雷!−

 

    −煌−

 

 二連の雷閃が666に襲い掛かる! 地面に落ちた666へそれは殺到し――直撃した。

 

「クロスミラージュ!」

【3rdモード!】

「フリード!」

「GAaaaa!!」

 

 だがまだ攻撃は止まない。ティアナが砲撃を、キャロがフリードに一撃を命ずる。

 

「ファントム! ブレイザ――――!」

「ブラスト・レイ! ファイアっ!」

 

    −煌−

 

    −爆!−

 

 直後、光砲と炎砲が666が居た地点に突き刺さり、その爆発的な威力が光の飽和現象を起こした。高熱がここまで届く程の凄まじい威力である。だが、その爆発も次の一撃の前には霞む。

 

「レイジングハート!」

【オーライ、マイマスター】

「バルディッシュ!」

【イェッサー、ザンバーモード】

 

 なのはとフェイト。二人は互いのデバイスを重ね合わせた。そこで、レイジングハートとバルディッシュは八連でカートリッジロードを行った。同時に爆発的な魔力が二人から吹き上がる! それを持って放たれるは、なのは、フェイトの連携空間攻撃!

 

「全力全開!」

「疾風迅雷!」

「「ブラスト・カラミティ!!」」

 

    −煌−

 

    −裂−

 

 二人のデバイスから放たれた途方もない魔力を注ぎ込まれた光砲が、螺旋を描いて絡みつき、一直線に666へとぶち込まれた。

 それは着弾と同時に空間を軋ませ、弾かせ、光が飽和を起こし――爆砕する!

 

 

    −轟!−

 

    −滅!−

 

    −爆!−

 

 比喩では無く、世界が丸ごと消し飛んだかのような衝撃が走り抜けた。それが終わった後ですら、余波がドーム状の爆炎を上げている。

 

「……これで」

「いや。て言うかこれは……」

 

 流石に一同、言葉が無い。極大威力に次ぐ極大威力の連撃。どう考えてもオーバーキルであった。

 

《凄い……》

 

 シャーリーも純粋に驚き、思わず通信先から言葉を漏らしていた。それ程のものだったのである。これでは666を拿捕どころか、生死を心配しなければならないような――と、スバル、ティアナ、エリオ、キャロは思う。だが、彼等は違った。

 隊長陣――そして、なによりシオンが一切の戦闘体制を解かない!

 

「なのはさん?」

「皆さん……?」

 

 エリオ、スバルが不思議そうに彼女達を見る。しかし、それに応えられない。ただ、大きく見開かれた目は一つの事を物語っていた。”馬鹿な、と”。

 

    −斬っ!−

 

 次の瞬間、ドーム状に広がっていた余波が真っ二つに斬り裂かれた。余波は、まるでそんなものは最初から無かったとばかりに消え去る。すり鉢状に抉られたクレーターを残して。

 そのクレーターから地面を踏み、歩く音が響いた。ゆらりと現れたのは――

 

《嘘……》

 

 ――666。純粋なる黒の魔王が、ただそこに佇んでいた。”全くの、無傷”で。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……アレでも、か……!」

 

 シグナムが驚愕に声を震わせながらレヴァンティンを構え直す――だが、その刃は真っ二つに砕け散っていた。ヴィータのグラーフアイゼンもだ。

 なのはも同様に驚愕しながら、666が何をしたのか悟る。彼は、叩き込まれた全ての攻撃を迎撃しつ尽くしてのけたのだった。

 まずシグナムとヴィータの攻撃をシールドが砕かれると同時に両手から放った天破疾風で相殺。しかも、その勢いを利用して地面へと下がり。エリオ、シオン、ティアナ、キャロの攻撃を順番に叩き落としたのだ。最後に、自分とフェイトのブラスト・カラミティを”漆黒の一撃”が叩き斬ったのである。なのはは直感する。あれがデータにあった666の最強攻撃。魔神闘仙術:絶・天衝だと。

 無傷のままの666は、ゆらりと視線を移す。見ているのはシオンだった。

 

「……」

「……っ!」

 

 シオンは666が無事だと確信して、既にある技を溜めていた。666はそれに気付いたのだろう。

 シオンを見ている。その、感情の無い瞳で。精霊融合終了まで残り三十秒。――ならば!

 

「おぉぉ――――っ!」

「シオン!」

 

 シオンは叫び、666へと突撃する。制止の言葉をスバルが叫ぶも、シオンは止まらない。刹那に666を間合いに入れ、技を解き放った。

 

「神覇漆ノ太刀、奥義……!」

「……」

 

 放つは奥義、絶対回避不能斬撃! しかし、それを前にして、666は逆に間合いを詰めた。

 

「白虎ォ―――っ!」

 

    −閃!−

 

 −閃・閃・閃・閃・閃・閃・閃・閃・閃・閃・・閃・閃・閃・閃・閃−

 

    −閃!−

 

 縦横無尽! 放たれる無数の斬撃がその場の全てを埋め尽くす!

 雷撃を纏いて、その速度を持って放たれる全周超高速斬撃。四神奥義、白虎――それがその名であった。刃の嵐が666を覆い――彼は、暴風を詰め込んだ拳を叩き込んだ。過程をすっ飛ばして、打撃が撃ち込まれる!

 

 魔神闘仙術:天破疾風。

 

 最速対最速。乱撃対一撃。

 二つの奥義は迷い無く両者に突き進み――。

 

    −撃!−

 

 ――そして、一撃は無数に放たれた乱撃を全て砕き切り、シオンへと叩き込まれた。

 直撃を受けたシオンはゆっくりと宙を舞う。直後に重力に従って地面に叩きつけられて、漸く敗北を悟った。

 

「が、ぐっ……う……!」

「……」

 

 精霊融合も同時に解けたのか、既にヴォルトの気配が無くなっていた。シオンはダメージと反動で立ち上がる事が出来ない。ただ、自分を見下ろす666を睨む事しか出来なかった。

 

「シオン君!?」

 

 敗北したシオンを見て、なのは達が助けようと、また666を退けようと向かって来る。

 666はそちらに振り向くと、両の掌を持ち上げた。そこに、絶大な魔力が集束、圧縮されている!

 右手には雷、左手には風、足には地。

 三つの属性を”組み合わせる”。ミッドはおろか、ベルカにも、ましてやカバラにすらない術式。

 それを感じ、なのは達も踏み止まった。しかし既に遅い!

 666は三つの属性を組み合わせ、さらに収束、圧縮し、加速させた。その極大な魔力を吹き上がらせ、独楽の如く回転する。

 

「だめ、だ……! 皆、もっと遠くにぃ!」

 

 シオンの直感が叫ぶ。この一撃は防御も回避も無意味だと。だが、もはや間に合う筈も無く、その一撃は放たれた。

 

 魔神闘仙術:”合わせ改式”、天破疾風迅雷撃。

 

    −轟!−

 

    −迅!−

 

    −雷!−

 

 そう、後に名付けられる技は、666を中心として雷を巻く極大の竜巻として発動。その大きさ、全長3000メートル。

 なのは達はプロテクションを張るが、そんなものが役に立つ攻撃では無い。プロテクションは硝子のように砕かれ、一同は暴虐の雷竜巻に巻き込まれたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 風が吹く――無情に。一同は倒れ、雷竜巻の影響か立ち上がる事が出来ずに居た。

 エリオ、フェイトはその属性故か、影響が低いらしく何とか膝をついているだけ。だが、そこまでだ。……動けない。

 そして666はシオンの襟首を左手で掴み、掲げるように釣り上げていた。

 シオンも先程のダメージか、精霊融合の影響か、ともあれ動く事がない。

 そんなシオンへと容赦無く向けられるは、右手に煌めく666の魔法陣。――刻印。それが放たれようとする。

 

「だめ……やめて……!」

 

 声が響く。スバルの声だ。必死に彼女は懇願する――だが、666は止まらない。

 なのは達も何とか止めようと力を身体に入れるが、身体が麻痺して動けない。止められない!

 

「お願い……やめて、やめて!」

 

 スバルの声に、しかし666は聞かない――止まらない。そして、腹に右手が叩き込まれ。

 

「シオン――――――!」

 

    −煌−

 

 虹の光が、シオンを貫いた。ビクンっと一つだけ、シオンは痙攣し、ぐったりとなる。……再び、刻印は刻まれた。

 

「……」

 

 ひょいと、シオンを地面へと放る666。

 その胸に刻まれた刻印を見て、一同は深くうなだれた。守れ無かった――と。

 その中を666は悠々と踵を返し、歩く。まるで無人の荒野のごとくだ。他のアースラメンバーを見る事なく、彼は歩き――。

 

「ま、てよ……」

 

 声が響いた。たった今刻印を刻まれ、そして精霊融合の反動で意識が無い筈のシオンが、膝立ちとは言え――起き上がっていた。

 

「シ、オン……?」

「待てって、言ってんだ、よ!」

 

 一同が呆然と見守る中、シオンの声が響いた。だが暴走している666は止まらない――歩く。

 

「アンタは、何で、こんな事をする……?」

 

 聞かない、止まらない、歩く。

 

「アンタは、何で俺に刻印を刻む……」

 

 止まらない。振り返らない。

 

「アンタは、俺に何をしたいんだ……何をさせたいんだ……」

 

 歩く。歩く。

 

「答えろ……」

 

 歩く。

 

「答えて、くれよ……!」

 

 歩く。

 

「”タカ兄ぃ”――――――――――!」

 

 声が響く。どこまでも遠く、切なく。そして――。

 

「強くなれ」

 

 ――声が、響いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「…………え?」

 

 なのはが目を見張る。他のメンバーもだ。シオンの叫び、タカ兄ぃ。そう呼んだシオンと、そして――振り返り、シオンを見る666に。

 

「タ、カ、兄ぃ……?」

「強くなれ」

 

 シオンが信じられないものを見る。だが、構わずそのまま666は続けた。”自分の意思で”。

 

「強くなれ、誰より強く、誰より高く」

「タカ兄ぃ……? 何、言って……?」

 

 呆然と呟くシオン。しかし、666は――否、伊織タカトと言う存在は続ける。

 

「全ての希望を喰らい、全ての絶望を飲み込み」

 

 タカトは続ける。他の誰でも無い、シオンを見据えながら。

 

「強くなれ、シオン。そして――」

「何……言ってるんだよ……タカ兄ぃ……」

 

 ただただ呆然と呟くシオン。タカトは止めない。無視して続けた。言われた通り、己の願いを、彼に告げる。

 

「――俺を殺してみせろ」

「タ、カ、兄ぃ……」

 

 そう言って、そのままタカトは消えた。言うだけ言って、彼はシオンから去ったのだ。

 シオンは吠える。もう、そこにいない存在に。

 

「タカ、兄ぃ――――――――――――!」

 

 悲哀。絶望。その全てが込められた叫びが、空高く響いた――。

 

 

(第十四話に続く)

 




次回予告
「全ては、666――否、伊織タカトが自らの意思で行った事だった」
「その事実に、シオンは絶望して」
「全てから目を逸らしたシオンはタカトへ復讐する為に暴走を開始する」
「そんなシオンを追うスバルとティアナが見たものとは」
「次回、第十四話『届く想い』」
「少女達の想いが、絶望した少年へと向けられる」


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第十四話「届く想い」(前編)

「彼は、どんな気持ちだったんだろ。大切な人を追い続けて、大切な人を倒そうとして。ギン姉の時、私は悲しかった。なら、彼もまた悲しいと思ってるのか。それが知りたくて。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 それは二年前のある日の出来事――。

 

 第97管理外世界。地球、日本。

 出雲、と名前のある道場で、シオンはある人物と対峙していた。シオンにとっての異母兄。長兄、叶トウヤである。その手に握るのは白い、ただひたすらに白い槍だ。

 彼と対峙しながら、シオンはイクスを構えたまま汗を流した。打ち込めない。

 隙がない訳ではないが、それは誘いだ。誘いに乗れば確実に――具体的には、三日は痛むぐらいの一撃を叩き込まれる事だろう。

 とは言っても、このまま硬直したままでも同じくらい痛い目に合うだろうが。

 そんなシオンにしびれを切らしたか、トウヤが半歩を踏み込んで来た。と、同時に、シオンは思いっきり後退する。瞬動すらも使った後退だ。だがしかし、トウヤは構わず槍を突き出して来た。

 

 −アヘッド・レディ−

 

 空気を介さずして、しかし空間に一つの声が響いた。キースペル、そう呼ばれるものである。これは魔法を放つ際に使われる――カラバ式のだが、もので、自己暗示を兼ねた鍵となる呪文だった。

 固有スペルであり、そのスペルは個人個人で違う。ともあれ、それが意味するのは攻撃が飛んで来ると言う事だった。

 

「捻れ穿つ螺旋」

 

    −閃!−

 

 瞬間、空気を、空間を、世界を捻れ、引き裂いて、螺旋を刻む槍が放たれる。その一閃は、高速で後退するシオンに難無く追いついてみせた。躱せない!

 直感でそれを悟ると、シオンは一撃をイクスの刃を横にして受けた。穂先が、そこに突き込まれ――直後、その螺旋に巻き込まれシオンの視界が180度回転した。

 捻れ穿つ螺旋の威力に耐え切れず、シオン自身が回転した為だ。

 

「っの!」

 

 呻き、空間に足場を形成。どうにか空中に止まる。しかし、次にシオンの視界に入ったのは”十の螺旋”。一息に、同時に放たれた捻れ穿つ螺旋だった。

 

「――ってぇ! 待った待った!」

 

    −撃!−

 

 無論、そんな泣き言は通る筈も無く、螺旋は余す事なくシオンに叩き込まれた。

 S+ランクの槍撃を合計十発同時に。大人気ないとしか言いようのない連撃を受けて、シオンは吹き飛んだ。

 非殺傷設定だからいいものの、そうでなければ確実に放たれた数の分だけ死ねる。

 

「……きゅう」

「二十数えるまでに立ち上がりたまえ。でなければ即座に追撃を掛けさせてもらおう」

 

 ――んな、無茶な。

 

 そう思いつつ、シオンは立ち上がらない(立ち上がれない)。

 トウヤは構わず、カウントを始め、九を数えたあたりでフムと頷き直す。

 

「長いな、やはり十秒にしよう」

 

 そんな事を、大人気ない異母兄は呟いた。慌てて、シオンは顔を起こす。

 

「後一秒じゃん! ぶっ!」

「気付いてるではないか。ならさっさと立ち上がりたまえ」

 

 顎先を容赦無く蹴り上げ、トウヤは言った。

 問答無用。その言葉がよく似合う人である。

 

「くー、顎痛っ……」

「さっさと起き上がらないからそうなる。三度はないと思いたまえ?」

 

 慌てて起き上がり、イクスを構える。トウヤもそれを見て、ゆらりと槍を構えた。

 シオンとトウヤのレベルには格段の差がある。ランクAAAとEXでは、はっきり言って象と蟻の対峙に等しい。……とても控えめな評価でだ。そして、対峙する二人は槍と剣を交え――その瞬間に、二人を邪魔するものが起きた。

 

 それは、鍋にお玉を打ち付けて鳴らす音だ。その音がした方に目を向けると、黒髪黒瞳の感情が薄い青年が立っている。黒のジーパンにまた黒いカッターシャツ。そして、その上に身に付ける。やたらと似合いまくった青いエプロンの青年。その名を伊織タカトと言った。シオンにとって、もう一人の異母兄である。

 

「二人共、飯。いらんなら構わんが」

「「食べる」」

 

 異口同音。トウヤとシオンは頷き合うと、即座に己の得物を仕舞った。そのまま道場を出るタカトの後に続いていく。

 

「今日のご飯は何だね?」

「今日はインドカリーだな」

「……タカ兄ぃ、贅沢言うのはアレなんだけど。俺、そろそろ日本が恋しくなってきたんだけど……?」

「文句があるなら食べるな」

 

 三人、揃って歩く。この三人に、シオンにとっての姉がわりの女性、ルシア・ラージネス。

 彼女を含めた四人と、そしてシオンの母、神庭アサギ。計五人が、シオンにとって家族であった。

 

「遅いー!」

 

 居間に着くと、いきなり女性から睨まれる。髪はロングで色は青に近い紺。彼女こそが、ルシア・ラージネスその人だった。

 シオンとトウヤは彼女を見るなり即座にため息を付く。

 

「……ルシア。女の子として、それはどうかと思うんだ俺」

「……せめて、女性としての尊厳として、手伝うべきではないのかね?」

「う……! 仕方ないじゃない。タカトの作るご飯の方が美味しいんだから……!」

 

 ぶーと膨れるルシア。しかし、料理をタカトに一切合切任せ、居間の主と化したその姿を見れば、シオンとトウヤの溜め息の理由も解ろうと言うものだった。二人はルシアからタカトへと半眼を向ける。

 

「タカトはルシアに甘い」

「そうか?」

「そうだよ」

 

 トウヤの呟きにタカトが素直に疑問を浮かべるが、即座にシオンが肯定した。ルシアはそんな二人にふんと睨みつける。

 

「なによ、なら私にご飯作れっての?」

『『それは是非遠慮して下さい』』

 

 三兄弟が見事にハモる。ルシアの料理は料理にあらず。タカト曰く「これは、料理と言う物にたいしての挑戦だ」――と、言わしめた程だ。二度と体験したく無い。

 しかし、二人としてはせめて料理の修業くらいはして欲しいと願わざるを得なかった。特にシオンは色々な意味でルシアに幻想を抱いているので、その気持ちが一潮である。と、そこで気付いた。家族が一人足りない事に。

 

「あれ? 母さんは?」

「アサギちゃんならさっき呼び出し喰らってたわよ?」

 

 シオンの疑問にルシアが答える。ここでの呼び出しとはつまり、「グノーシス」の方で何かあったと言う事だ。

 

「へぇ……」

「二人共食卓空けてくれ。ルシア、俺としてはせめて料理を運ぶくらいはして欲しいんだが?」

「解ったわよ」

 

 慌ただしくも食卓に料理が並んでいく。二つの大皿にはそれぞれナンと、こんがり焼けたタンドリーチキン(ヨーグルトに各種スパイスを加えたソースに漬け込んだ鶏肉を焼いた料理)。サラダが載っている。

 そして、次に出てきたのはカリーのルーだ。食卓に並んだそれらを前に、タカトは家族に説明を始める。

 

「カリーは辛口のマトンとキーマ。それと辛みを抑えた野菜カリーの三種類だ。ナンは普通のとレーズン入りのがある。手でそれぞれルーを付けて食べてくれ」

「……相変わらず、むやみやたらに本格的だね」

「流石、現代に蘇りしブラウニーねー」

「誰がブラウニーか、誰が」

「お前だ」

「アンタよ」

「タカ兄ぃだよ」

「…………」

 

 今度はタカトに対しての意見が一致する。タカトは全力で否定しているが、彼の家事に対しての情熱(執念)は、最早趣味の域を越え、生き甲斐とまで化している――というのが家族の共通認識であった。

 

「……まぁいい。さっさと食べるとしよう」

「うん、早く食べよ」

「それでは」

『『頂きます』』

 

 揃って合掌し、四人の手がそれぞれナンに伸びる。各々インドカリーとタンドリーチキンを存分に味わい始めた。

 

「うわ……! このチキン美味しい。タカトが確か朝から仕込んでたやつよね?」

「辛い! だが美味い……!」

「兄者、辛いカリーで口の中がやばくなったら今度は野菜カリーでレーズン入りのナンで食べるんだ。そしたらいい具合に辛さが和らぐ」

「確かに……。流石、ブラウニー、手抜かりはないね?」

「……ブラウニーはよせ。ブラウニーは……」

 

 和気あいあいとご飯は進む。カリーの辛さで、額に汗が浮かぶのはお約束だ。そうして、四人は全てカリーを平らげると、それぞれの時間に戻る。シオンは洗い物をするタカトをぼへーと見ながら、そう言えばと聞いてみた。

 

「……そう言えばさ? タカ兄ぃのキースペルって何だっけ?」

 

「……何だいきなり?」

「いや、さっきさ……」

 

 訝しむような表情となるタカトに、先程のトウヤとの模擬戦を説明する。それに成る程と、彼は頷いた。

 

「ふむ、俺の場合はコレだな」

 

 −トリガー・セット−

 

 タカトが言葉を返すと同時、居間に彼のキースペルが響いた。シオンはそれを聞いて羨まし気に、異母兄を見る。

 

「いいなー。俺、まだ見つけて無いんだよね」

「それは修業が足りんからだ。やれやれ、その分だと何時になったらオリジナルスペルが紡げるのやら」

 

 タカトがため息交じりに言うと、それを見てシオンは頬をブーと膨らませた。タカトは半眼で、見咎める。

 

「……ルシアの真似は止めておけ。お前がやると女にしか見えん」

「俺は男だよ! ……まぁそれ置いといて、オリジナルスペルなんて、グノーシスでも使えるの第三位以上だろ? 俺がまだ使える訳ないじゃんか」

 

 ふて腐れるようにシオンは言う。それは、遠回しに別の意味合いも持たせていた。

 つまり、タカ兄ぃもトウヤ兄ぃもどうやったらオリジナルスペルなんて見つけられたのさ? と。タカトはそれに気付き、苦笑する。

 

「こればっかりはキッカケだからな。そもそもお前の歳でキースペルを見つけられていないのが問題なんだ。位階も第五位のくせに」

「逆を言えば、キースペルも得ずにどうしたら第五位に至れるのか。と、思わなくもないね」

 

 居間の襖が開き、タカトの言を引き継いで声が来た。トウヤだ。風呂上がりなのか、首にタオルを巻いている。そんな彼に、シオンは呻いた。

 

「う……、やっぱ珍しいんだ?」

「普通は無いな?」

「普通はね」

 

 シオンが疑問系のままタカトに尋ね、タカトは苦笑いを浮かべたままトウヤに聞き直す。トウヤは「風呂は空いている。どちらか入りたまえ」と、言いながら冷蔵庫に向かった。取り出すのは牛乳だ。

 

「……それ以上、背が高くなってどうすんのさ?」

「と言うか、嫌みか兄者?」

 

 それを横目で見ながら二人は呟く。トウヤの身長は190は下らない。タカトは180そこそこと言った所か。シオンはかなり低く160に満たない。そんな二人が文句を言うのは当たり前と言えた。これ以上でかくなってどうすると。

 

「ひがみは止めたまえ、みっともない」

 

 そんな視線も文句も意に介さず、トウヤはぐびぐびと牛乳を飲んだ。タカトは嘆息し、再びシオンへと視線を戻す。

 

「話しを戻すが、実際キースペルは重要だぞ。自己暗示をもって深く集中する為には必須だからな」

「……て、言ってもなー」

 

 そう言われ、シオンはうだーとテーブルに突っ伏しながら呟く。トウヤはそんな彼を見て、フムと頷いた。

 

「シオン。魔力とは結局の所、何かね?」

「は……? えっと、魔力は意思を世界に具現化する為の媒介だろ?」

 

 いきなり問い掛けられ、シオンは少しうろたえた。しかし、カラバ式を使う者ならば基本となるものなので淀みなく答える。トウヤは一つ頷き、続けて問う。

 

「ならば魔法とは?」

「えっと、個人ならず集団の意思でもって、世界へと一時的に”自分の法則”の物理現象を起こすものだよ」

 

 シオンはまた即座に応える――詰まる所、魔法とは新たな”概念”を意思によって表現させる能力とも言えた。

 

「故にこそ、キースペルによる自己暗示で自らの心象心理を取り出すのは必須だ。それは、覚えておきたまえよ?」

「……解ってるよー」

 

 それが言いたかったのかと、トウヤに口を尖らせるシオン。直後にルシアが咽渇いたと居間に入ってきて、その話しは終わった。

 

 ――結局の所、これがシオンが思い出せる最後の家族の光景だった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――時は戻り、現代。

 

 666こと伊織タカトとの戦いが終わり、アースラは本局に一時帰投していた。

 タカトとの戦いは惨敗。N2Rの面々はフレームにダメージを受け、シグナム、ヴィータのデバイスは破壊されてしまった。これらにより、本局でのメンテナンスを余儀なくされたのである。

 そして、本局の会議室の一室に、アースラの主要メンバーと、後見人でもあるクロノ・ハラオウンが集まっていた。だが一人足りない――シオンの姿が、そこには無かった。

 

「……666を追って、か」

「うん……」

 

 クロノが空席を眺めながら呟き、なのはが肯定する。そう、彼はあの時――。

 

 

 

 

「タカ、兄ぃ――――――――――!」

 

 シオンが叫び。しかし、最早タカトはそこにはいない。ただただ叫びが空虚に響いた。

 そのまま膝を着き、シオンはうなだれる――。

 

「シオン……」

 

 スバルを始めとして、皆、シオンを痛まし気に見る。

 タカ兄ぃ。その言葉が示す物は実の兄という意味なのか――。

 だが事実として、シオンにとって兄と呼べる程に彼が親しかったのは間違いないだろう。

 風が吹く。寒い風が。ややあってシオンが立ち上がった。精霊融合の反動と、刻印の影響。その二つとものせいか、足取りは危うい。しかし、その足元にカラバ式の魔法陣が展開する。転移魔法だ。

 それに気付き、慌てて皆は立ち上がろうとするが、未だ麻痺は続いており、足が言う事を聞かなかった。

 

「「シオン!」」

《「シオン君!」》

 

 響く皆の声。しかし、シオンは構わない。ただ一言――その一言が辺りに響いた。

 

「……許さねぇ……」

 

 それは呟きだった。声も小さい。だが、その声に込められた怨嗟、憤怒、憎悪。その感情の凄まじさに一同総毛立つ。

 

「シ、シオン……?」

「……必ず、追い付いてやる。どこまでも追い続けてやる……!」

 

 声は響く。哀しく、悲しく。まるで食いしばるような、物言いだった。そのまま、彼は言った。己の、決意を。

 

「それが、望みだってんなら。俺が、アンタを……」

 

 ――殺してやる。

 

「…………っ!」

 

 その言葉の凶々しさ。そこに込められた意味に、今度は別の意味で皆に衝撃が走った。即座に悟る――彼が、本気でそう言っていると!

 

「だ、駄目だよ!」

「……うるせぇよ……」

 

 止めようとするスバルに、シオンは振り向かない。ただ、拒絶だけを言葉にした。

 

「シオンっ!」

「…………」

 

 返事はない。既に、シオンは決めていた。666を――いや、タカトをその手に掛ける事を。どんな手段を用いてでも。転移魔法が発動する。

 

「シオン!」

 

 無理矢理麻痺から脱っしたスバルがシオンに追い縋るが、間に合わない。彼の姿は消える――。

 そして、シオンは再び皆の前から去って行ったのだった。

 

 

 

 

「……はやて」

「……解ってる。解ってるよ、クロノ君」

 

 クロノははやてを見ながら、問い掛けるように名前を呼ぶ。はやてもまた、何故呼ばれたか理解していた。

 今、シオンの居場所は解っている――”残念”な事に。

 

「暴走……か」

「666が暴走していないで、シオン君が暴走しているってのは皮肉やね」

 

 会議室の中央にボール状のモニターが映る。そこに、シオンが映っていた。”瓦礫”の中に。

 シオンは、また感染者狩りを行っていたのだ。しかし、今度は前と明確に違う所がある。シオンは周辺の被害に一切構わず、感染者を狩っていたのだ。

 例え、そこに人が居ようと――だ。実際、シオンの攻撃に巻き込まれた人もいる。今のシオンはあまりにも見境が無くなっていた。

 

「……このままでは、彼は罪に問われる事になる」

「やっぱり、ね」

 

 クロノの言葉に、はやてはため息を付きながらも納得する。それ程に今のシオンの所業は酷かった。

 

「……ハラオウン提督……」

 

 クロノを呼ぶ声が響く。スバルだ。その顔は青白くなったまま、モニターを注視していた。

 

「これ、シオンがやったんですか……?」

「正確には感染者との戦いでだ。だが、彼が周囲の被害に気を配っていないのは明白。……今は大した被害が出てないから罪にこそなってはいないが……このままでは」

 

 言葉を切るクロノ。その続きは聞くまでもない。

 

「……居場所は解っているんですよね? なら、私達が……!」

「それも、許可は出来ないんよ」

 

 いきり立つティアナに、はやては首を横に振る。彼女は、珍しくはやてに食ってかかった。

 

「何でですか……!?」

「……ティアナ、分かるやろ?」

 

 はやてはただそれだけを言う。それに、ティアナもぐっと息を詰まらせた。感染者の異常発生。それがまた起き始めていたのだ。

 ただでさえアースラメンバーの内、三分の一は動けない状態なのである。

 事態の対処に追われて、シオンを止めに行く事が出来ないのだ。一同、それに歯噛みする。もどかしいとしか言いようがなかった。

 

「シオンについてはしばらく保留と――」

「その必要はないね」

 

 唐突に声が響く。その声に、クロノ以外のメンバーは聞き覚えがあった。

 声のした方、扉の方に視線が集まる。そこには何時から居たのか、一人の青年が居た。叶トウヤ、彼が。

 

「トウヤ、さん……」

「色々、説明せねばならない事。聞かなければならない事が出来たみたいだね?」

 

 そう言いながら、トウヤは勝手知ったる他人の家とばかりに椅子に座った。そんな彼へ初対面となるクロノが尋ねた。

 

「キミは?」

「そちらの御仁ははじめましてになるのだね。叶トウヤ。グノーシスの代表者みたいな者だよ。……そして、愚弟二人の兄でもある」

 

 トウヤの言葉、その後半に、一同トウヤを見る。――愚弟”二人”。それが指し示す物は一つしか無かった。

 

「じゃあ、やっぱり……?」

「ああ。伊織タカトは私の一つ年下の異母弟。そして当然、シオンにとっても異母兄に当たる」

 

 呟くスバルにトウヤは頷く。一同を見渡し、彼は深々と嘆息した。……本来ならば、これはシオンから告げられなければならない事だった。だが、既にそのタイミングは逸してしまった。故に、自分が語るしかない。

 

「……少々、長い話しになるが――聞くかね?」

「……はい」

 

 そんなトウヤの言葉に、スバルを始めとして一同は頷いたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 最初にその少年に会った時、トウヤの抱いた感想は恐怖だった。自分より一つ年下の少年、伊織タカト。彼は、あまりに異質だった。

 まず、喜びと言う物がなかった。

 次に、怒りを知らなかった。

 そして、哀しむと言う事を理解していなかった。

 最後に、楽しみが何かを認識できなかった。

 タカトと言う少年は人が人たらしめる感情の全てを欠落していたのだ。それを、タカトと共に居た少女はこう述懐した。

 

「ずっと、ずっと”地獄”に居たから、タカトはその感情を持つ前から、ずっと」

 

 ――そう、タカトは人として扱われた事、そのものがなかったのだった。

 

「……私がタカトと会ったのは相当昔でね。私が七歳、あいつが六歳になった頃だった。……詳しく話すのは避けるが、タカトはずっと”地獄”に居たらしい。もの心つく前から、ずっとね」

「……地獄?」

 

 トウヤの発した単語になのはが尋ねる。まさか、そのままの意味ではあるまい。それに、トウヤは頷いた。

 

「……タカトと近接戦をやったものは居るかね?」

「私と、他数名が」

 

 一同を代表してシグナムが頷く。トウヤはそれを見て、次の一言を放った。

 

「あいつは魔法を頼らない近接戦に於けるその戦闘技術を、”その時には完成させていた”」

『『…………は?』』

 

 トウヤの言葉に一同唖然としてしまった。聞いた話しだと、タカトは当時六歳の筈だ。それが、当時に”あの”戦闘技術を完成させいた……? どう考えても、おかしい。

 

「つまりは、その年齢で戦闘技術を完成させなければならない場にずっと居たと言う事だよ」

「………………」

 

 さらに追い討ちとなる言葉に、一同沈黙する。それがどんな状況なのかを想像してしまったからだ。わずか六歳の少年が、そんな状況に追いやられていたという事実を。

 

「そして、私があいつと会った時、あいつはヒトらしい感情を持っていなかったよ。……感情を持つ前に地獄に置かれたのだろうね」

 

 その言葉と共に、トウヤは思いを馳せる。はじめて会った弟の事を。無感情にして無邪気。そして無知。

 タカトは本当に何も出来なかった。当初は言葉も解らず。ただただ生きているだけの人形。それが彼だったのである。だが。

 

「……そんなタカトとずっと一緒に居てくれた少女が居てね。その少女をルシアと言う」

「ルシ、ア?」

 

 スバルが呆然と聞き返す。その名前に覚えがあったからだ。それは、いつかシオンが呟いた名前だった。

 

「ルシアはタカトを地獄から救ってくれた娘でね。母親のように、姉のように、タカトにいろんな事を教えていったよ。……元々は賢かったのだろうね。タカトはすぐに知識を身につけ、感情を、人格を形成できた。……少々、歪ではあったがね」

 

 そこでトウヤは少しばかり苦笑いを浮かべた。どこまでも無邪気だったタカトと、そして自分が知る最後のタカトの変わりっぷりを思い出してしまったからだ。よくあんな風に成長したものだと思う。そして、話しを続けた。

 

「そうこう言っている内に二年程経ってね。やがて、私達はシオンと出会った」

 

 一同がトウヤの言葉に耳を傾ける。シオン――今はもう居ない。しかし、仲間の秘められた過去が開陳されようてしているのだ。注視もしよう。トウヤは微笑して、そのまま続けた。

 

「あいつはもの凄い人見知りでね? いつもびくびくおどおどしていた」

「シオンが……?」

 

 スバルが意外そうな顔をする。いや、彼女だけでなく、トウヤ以外の全員がだ。微笑を苦笑に変えて、トウヤは頷いた。

 

「ああ、あいつは内気でね。私達も色々あってなかなか打ち解けられなかったものだよ」

『『はー』』

 

 意外なシオンの過去に、一同の吐息が重なる。今とは違い過ぎるシオンの話しは、とても興味深かった。

 

「最初に打ち解けたのはルシアとだった。ルシア姉、ルシア姉と、いつも後ろをくっついていたよ。――そして、次に打ち解けたのはタカトとだった」

 

 思い出す。あの日を。あの日は記録的な豪雨が降って、川が増水していた時だった。

 川は激流となり、それにシオンが流されたのだ。いきなり発生した鉄砲水に流されたのである。そして、一瞬我を失った自分達を尻目に、タカトはいきなり川に飛び込んだ。そこに、一切の迷いはなかった。

 結局、シオンとタカトは母、神庭アサギによって助けられたのだが。

 助けられた直後、タカトに抱きついてわんわん泣くシオンにアサギも苦笑いを浮かべていたのを今も思い出す。

 タカトは笑わず、怒らず、まだ感情の上手い表し方を知らなかったのか、無表情にずっとシオンの頭を撫でていた。

 

「で、私共色々あって、漸く兄と呼んでくれるようになった」

「……色々あったんやなー」

 

 人に歴史あり。それを実感して、はやても思わずコクコクと頷く。

 ……ただトウヤが一つ話さなかった事にも気付いていた。それは、父と母の事。異母兄弟――タカトもルシアについても言える事だが、家族関係は色々あったと、彼女達は悟った。

 

「で、何事もなく数年が過ぎた。だが、中学に私が上がる頃、事件が起きた」

「……事件?」

 

 トウヤは頷き、想いを馳せる。ある意味、全ての始まりとなった事件。ユウオと出会い、ルシアが狙われ、アサギが泣き――そして、タカトが”壊れた”事件だ。思い出すだけでも、重いものが心に落ちるのを自覚しながら、トウヤは無視して話しを続けた。

 

「詳しくはグノーシスの特秘事項になるので話せないがね。私達はそれに巻き込まれ、そしてタカトはその事件でリンカーコアに致命的なダメージを受ける事になった」

「……リンカーコアに?」

「ああ。タカトのリンカーコアは、今は八卦太極炉になっているのは知っているね? あれは好きでやった訳では無い。必要にかられたのが理由なのだよ」

 

 そうでなければ、既に完成していた魔法技術を失ってまで新たな魔法を見いだす事などしなかっただろう。……だが、事件はそれを許さなかった。それだけの事。

 

「結局、その事件は様々な確執を残しつつ解決してね。そして、その確執がまた新たな事件を呼んだ」

 

 「それに着いても詳しくは話せないが」と前置きするトウヤに、なのは達は思わず息を飲んでいた。まさか、自分達の故郷でそこまで事件が起きていたとは思わなかったからだ。しかし、それも無理は無い。当時、グノーシスは情報隠蔽を徹底的に行っていたのだから。彼女達の表情を見て、それを悟りながらも、トウヤは構わず話しを続けた。

 

「高校を私が卒業する頃かな? 漸く事後処理も含めて事件は終わった。私は――色々あってグノーシスの第一位となってね。そして、タカトは第二位、ルシアも第三位となった。……ちなみにシオンはパート扱いで第五位だったが」

 

 ――そして。

 

「ある遺失物。……君達の概念だとロストロギアだったか。それの調査を行う事になった。もう解るね? それが魔王の紋章だ」

「なら、その時に……?」

「ああ、私も現場に立ち会ってはいないので詳しくは解らないが。そこで何かが起きたのだろうな。結果から言うと、タカトは魔王の紋章を盗み。……そして”ルシアに刻印を刻んで”逃走した。現場を見たのはただ一人、シオンだけだった」

「………………」

 

 そして現在に繋がる。シオンがあそこまで感情を顕にする理由を彼女達は卒然と理解した。

 大好きだった兄が、大好きだった姉を意識不明にした。それは、裏切られたと思うには十分過ぎるだろう。

 

「以上がシオン、そして私達の半生だね」

「……そ、か」

 

 はやてが疲れたように息を吐く。皆も同様だ。トウヤが話した内容は、それほどのものだった。

 そして、シオンがなんで666を――タカトに執着するのかも知った。

 その上で、解った事がある。シオンにタカトを殺させてはいけないと言う事だ。

 それは、何も生まない、見出だせない。ただ後悔だけがシオンを支配するだろう。それが解ってしまった。

 

「さて、先程の話しの続きをしようか?」

「さっきの?」

 

 そんな一同に告げられたトウヤの言葉に、はやては疑問を浮かべる。トウヤはフムと一つ頷いて答えた。

 

「シオンが暴走しているが、止める為の人を向かわせられない――という話しだよ」

「あ……と、はい。それが?」

 

 そう言えば、そんな話しもあったとはやては頷き、先を促す。トウヤは苦笑して、促されるまま言った。

 

「止める為の人員を向かわせたまえ」

「えと、ですからそれは――」

 

 人手不足の事を話そうとするはやてに、だがトウヤはその言葉を遮る。

 

「だからこそ、私が今ここに居るのだよ」

「……は?」

 

 その言葉に、またもや聞き返すはやて。トウヤは苦笑を浮かべて、告げて来た。

 

「私がシオンに向かわせる人員の変わりに、アースラに入ろう」

 

 そう、トウヤはのたもうたのであった。一瞬、何を言われたか分からず、沈黙し――直後に、驚愕の声が響く。

 

「……え? えぇぇぇ――――――!」

「何かね? そんなに驚く事かね?」

 

 十分驚く事である。トウヤは曲がりなりにも一組織のトップだ。その彼が勝手にアースラに入っていいものだろうか? ……多分、よくない。

 

「ああ、安心したまえ。シオンが帰ってくるまでの交換条件だ」

「いや、でも……!」

 

 それでもうろたえるはやてに、トウヤはクロノへと視線を移動する。クロノは苦笑いを浮かべつつ、だが頷いた。

 

「……多少の問題はあるだろうが、このままシオンを放っておく方が問題だろう。……シオンを連れ戻しに行く人員を制限するなら構わない」

「クロノ君、大丈夫なん?」

 

 流石にはやても聞き返す。仮にも一組織のトップをいきなり入れるのは色々問題があると思うのだが。それに、彼は仕方ないと言うように吐息を零した。

 

「文句や問題は色々出るだろうが、それについては僕が何とかするさ」

「クロノ君……」

 

 なのはが不安そうにクロノを呼ぶ。フェイトやはやてもだ。

 ただでさえアースラは規格外の戦力を保有している事もあり、叩かれ放題なのだから。

 

「ふむ。ならば、八神一佐?」

「……了解しました。ちょっと釈然とせんけどな」

 

 肩を竦めるはやてに、クロノも苦笑する。いつもは振り回される側のクロノであるのに、今回ははやてが振り回されていた。それは、目の前のたった一人の青年が作り出した状況である。色々な意味で、このトウヤと言う人物は油断ならない存在だった。

 

「で、シオン君に向かわせる人員なんやけど――」

「「はい!」」

 

 即座に席を立ち、手を上げるのはスバルとティアナだ。半ば予想していたのか、はやては苦笑しながらなのはに視線を移す。

 

「ん。スターズから二名も出すんはちょい問題やけど……なのはちゃん?」

「うん、何とかフォローするよ。トウヤさんとヴィータちゃんのスリーマンセルになっちゃうけど……」

「任せてくれたまえ」

 

 はやてはなのはに了承の意を受け、そしてトウヤもまた頷く。これで、決定だと。

 また心労が増えそうな隊長陣にトウヤは構わず、スバルとティアナへと向き直った。

 

「……済まないね。どうしようもない愚弟だが――よろしく頼むよ」

 

 そして、ただ優しい声で二人に頭を下げた。スバルとティアナは少し慌て――だが、しっかりと。

 

「「はい!」」

 

 そう、頷いたのであった。これより、神庭シオン捜索に二人は向かう――。

 

 

(後編に続く)

 

 

 




はい、鬱展開をまっしぐら。だがそこがいいと宣(のたま)うテスタメントです♪
ちなみに、この鬱展開は実は慣らし運転だったのはここだけの話し(笑)
にじふぁんを見て頂けてた方には、納得でしょうか(笑)
アンチやヘイトは一切やりません。それだけにキャラを万遍なく容赦なく地獄に叩き込む事には定評のある私ですが、どうかお付き合い下さい♪
感想、評価もお待ちしてます♪
ではでは、後編にてお会いしましょう。まぁ、すぐなんですがね(笑)


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第十四話「届く想い」(後編)

はい、早速お届けの第十四話後編であります♪
にじふぁん時代知ってる方は知ってると思いますが、凶悪な文字数となっております♪
でも、仕方ないよね? テスタメントだもの(笑)
ちなみにこの話しは、第一話から第三話のリベンジにあたる話しとなっております。やたらシオンが仲間になるの早かったのはこの為ですな(笑)
そんな訳で第十四話後編どうぞー♪


 

 シオンは思い出す――その日、何があったのかを。

 

「やめろぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」

 

 シオンは声を限界まで振り絞って叫んだ。だが、彼は止まらない。振り返らない。自分の存在を黙殺したまま目の前の女性に手を掲げる。その右手に煌めくのは666の文字――そして、虹が放たれた。

 

「あああああああああ」

 

 虹が女性を貫いた。それをシオンは拒否することも出来ずに見せつけられる。

 大好きだった――初恋の相手だった女性、ルシアが虹に体を貫かれ、その意識を奪われるのを。

 

「ああああああああああああああああ」

 

 何も出来なかった。ルシアを救う事はおろか、身代わりになる事さえも、何も為せず、何ひとつとして成せずに、ルシアを奪われた。目の前の兄に。

 

「ああああああああああああああああああああ」

 

 そんなシオンにただ一言だけルシアの声が届いた――。

 

「ごめん、ね……」

 

 ただ、その一言だけが。

 そしてルシアは意識を失った。シオンは直感で理解する。……ルシアは、もう目を覚ます事は無いと。

 

「ああああああああああああああああああああああああ」

 

 シオンはただただ涙を流す事しか出来ない。無力な子供のように、ただただ。そこで、漸く兄が――いや、兄の姿をした何かが、シオンの方を向いた。シオンは我知らず、名を呼ぶ。兄の名を。

 

「タカ兄ぃ……」

 

 だが、兄はシオンを見ず、そのまま去っていく。全てを置き去りにして。

 シオンは吠える。兄を、ルシアを奪った物の名を。それはロスト・ロギア、魔王の紋章。しかし、正しい名前は違う。

 故に叫んだ。シオンはあらん限りの怨嗟の思いを込めて。

 

「ナンバー・オブ・ザ・ビーストォォォォォォォ!!」

 

 二年後、シオンは知る事になる。全ては兄が自らの意思で行った事だと。

 その時、執念は憎悪へと姿を変え、シオンは復讐者となった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 咆哮が響く――強く、激しく。

 だが、その咆哮は威嚇の為の物でも、ましてや自己を知らしめる為の物でもなかった。

 断末魔。長く響くその咆哮は断末魔だった。

 断末魔を上げた獣。二足で立つ、熊にも似た獣は因子に感染している。だが、既に再生は叶わず。ただ、身体はボロボロと崩れる。それを見ているのは少年、神庭シオンだった。

 だがその戦場は戦場に非ず。そこは、正しくは処刑場だった。

 感染者は激しく抵抗し、周りの施設や建物を激しく破壊したが、シオンは一切それに構う事はなく、また、自分の魔法の余波が周囲に被害を与えている事にすら目を向け無かった。

 故に、そこは感染者の処刑場であり、同時に同じく近隣の住人にとっては正しく戦場だった。

 そして、シオンは感染者にとっては処刑執行者。

 住人にとっては正しく厄災であった。周りにはケガをして泣き叫ぶ子供が居る。自らの子を探す親がいる。壊れた住宅を呆然と見ている男がいる。

 しかし、シオンはそれに目を向けない。

 

    −斬−

 

 感染者を最早用無しと縦に断つ。――はずれか、とただシオンはそれだけを思った。

 感染者にも周辺の被害者達にも何の感情も浮かべない――少なくとも、表面上は。

 

【シオン。いや、マスター。いい加減に……!】

「黙れよ」

【ッ……!】

 

 イクスがシオンを諌めるもシオンは聞く耳を持たない。そもそもイクスは、今シオンに”逆らえない”のだ。

 融合事故。それは何もマスターが乗っとられる事だけを意味しない。その逆も、また有り得るのだ――今と同じように。イクスはシオンに対していかなる抵抗も出来ない。

 シオンの”憎悪”と言う意思がイクスの制御を完全に奪っているから。

 

「666の反応は有っても、本人がいないのなら意味は無い、か……」

 

 ブラフ。タカトは転位反応の全てにブラフを仕掛けていた。しかもご丁寧に、感染者のおまけ付き。狙ったものかどうかは不明だが、シオンはタカトの狙いが何であるかをこの前、漸く理解した。

 タカトは人間の感染者のみを狙っているのだ。他の感染者はスルーしている節がある。

 それ故か、管理局側は今感染者対策に掛かりっきりになっている状況であった。

 よく考えたもんだな、とシオンは一人ごちる。管理局の目を逸らし、そして自分は悠々と獲物を狙える。

 逃亡と狩り、まさに一石二鳥である。ギリッとシオンは奥歯を噛み締めた。ふざけやがって、と。

 

「どこに居ようが、必ず見つけ出してやる。そして――」

 

 倒せるか否かは問題ではない。必ず倒す。それしか、今のシオンは考えていない。

 

「次だ」

 

 そう言いながら転移魔法を展開し、そしてシオンは消えた。

 

 ――周りの全てから目を逸らして。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ティアナとスバルがアースラを出て早三日。

 シオンの反応がある度にアースラから転移ポイントを教えて貰い、追っていたが、シオンにはついぞ会えなかった。

 彼女達が目にしたのは瓦礫の山。そして、傷付いた人達だった。

 ――これで五度。スバル達がシオンを追って見た光景の数である。

 まだ死者が出ていないのは幸いだが、シオンが起こした惨状に、スバル達は最初は戸惑いを、今では怒りを感じ始めていた。

 

「ティア」

「今、連絡したわ。もうすぐ救援部隊が来るって」

 

 通信を終えて、ティアナがスバルと合流する。スバルはただティアナが通信している間に救える人を救助していた。彼女はポツリと呟く。

 

「シオン、何でここまでしたんだろ?」

「さぁね。……でも、一つだけ言えるわ。あの馬鹿は許せない」

 

 ティアナはきっぱりと言った。その目は怒りに染まっている。スバルもまたシオンの行状に怒りを覚えていたが、まだ戸惑いが勝っていた。

 どうしてもイメージが結び付かないのだ。スバルが知るシオンと、今のシオンは。ティアナはと言うと、怒りの方が勝っている――失望とも言えるが。

 

「そっちはどう? 皆、救助出来た?」

「うん。何とか皆無事に、応急処置も済んだよ」

 

 流石、救助は専門分野のスバルである。そして、ティアナもまた災害担当部署にいた経験を活かし、スバルとコンビで救助に当たっていた。……こんな事でそんな経験を生かす場面が来るとは思わなかったが。

 

「……アースラの皆は元気かな?」

「私達がアースラを出て三日よ? 心配要らないわよ」

 

 そんな事を言っていたらクロスミラージュが点滅し、コールを鳴らす。アースラからの定期通信だ。

 ティアナとスバルは通信に出た。通信先に居たのは、管制のアルト。彼女と素早く情報交換する。

 そして、シオンの次の予測転移ポイントを教えて貰っていた。

 

「トウヤさんって……」

「よく考えたらあの人、666より位階上なのよね」

 

 通信でアルトから聞いたのは、スターズに臨時加入したトウヤの戦闘についての事だった。

 アルトがやや興奮気味で話していたのであまり状況が解らなかったが――どうにも、色々”やらかした”らしい。

 曰く、感染者を槍で少しずつ櫛削った。

 曰く、感染者が第二段階に危うくなりかけた瞬間に、超広範囲殲滅型の一撃をブチ込んで、周囲1Kmを底の見えないクレーターと化したとか。

 ……だけど、ちょっと納得もした。あの弟達にしてあの兄である。

 三兄弟とも、はた迷惑ぶりはよく似ていた。

 スターズ分隊長、副隊長のなのは、ヴィータには気の毒だったが。

 

「とりあえず救助隊に申し送り終えたら、次行くわよ?」

「うん。……今度こそ、見つけなくっちゃね」

 

 スバルとティアナは頷き合う。数分後に、漸く救助隊が来た――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ティアナ達は次元転移魔法をまだ使えない。それ故、本局のトランスポートで、シオンの行く先に出向いている。

 ただし、今回はシオンではなく、直接666の転移反応を追う事になった。

 トウヤから八極八卦太極図の転移構成術式のデータを貰い、解析した為である。

 シオンが666を追っているのなら、追いつける可能性があった。

 

「よし、転移座標入力完了っと。行くわよ、スバル」

「うん!」

 

 ティアナとスバルはポートに入り、そして転移ポートが低い音を響かせながら起動した。それを聞きながら、ティアナはふと思いついた事を言ってみた。

 

「……間違って666と遭遇しないわよね……?」

「ア、アハハハハハ………」

 

 それを聞いて、スバルは冷や汗混じりに笑った――可能性は0ではない。そして、そんな事態になった事を想像して出た笑いである。

 もし遭遇した場合は、即座に二人とも逃げ出す積もりだった。はっきり言って、二人だけでは勝算なぞ限りなく0に近い。

 そうこうしてると、ポートが転移座標を解析し、スバルとティアナの姿がぼやけていく。

 直後、ポート内のスバル、ティアナは次元転移を完了した。

 

 

 

 

 スバルとティアナが着いた世界は管理外世界の一つだった。

 だが、その世界の行き着いた先には、小数ではあるが、人が居る事が解った。やはりと言うべきか、666は居ない。居たら居たらで大問題だったが。

 

「とりあえず666は居ないわね?」

「うん……シオンも居ないね」

 

 二人はそれぞれデバイスから各情報を受け取りながら、がっかりとした顔になる。はずれかもしれない、と。だが――。

 

    −爆!−

 

 スバルとティアナは、同時にそれを見た。天高く燃え上がる炎の柱を。直後、二人のデバイスから次の情報が送られる。

 

 ――感染者発生、と。

 

「……っ! ティア!」

「解ってる、行くわよ!」

 

 鋭くティアナを呼び。またティアナもスバルに答える。二人は同時にデバイスを取り出した。

 

「マッハキャリバー!」

「クロスミラージュ!」

「「セーット・アップ!!」」

【【スタンバイ、レディ。セット・アップ】】

 

 二人の呼び掛けに応え、瞬時に組み上がるデバイス。それぞれのバリアジャケットが二人を包み込んで行く。次の瞬間には、既に戦闘準備を完了していた。二人は頷き合う。

 

「ティア!」

「待って! 距離は……近い。しかも人里がある……!」

 

 その言葉にスバルが唇を噛み締めた。思い出すのは、アリサの事だ。彼女は未だ、ベットの中で意識を取り戻せていない――。

 

「スバル!」

「うん! 一気に行く。乗って!」

 

 迷わずティアナはスバルの背中に乗る。おんぶだ。少々情けない姿だが、今はスピードが命である。

 そしてスバルは叫んだ。彼女の空へと繋がる道の名を!

 

「ウィング・ロード!」

 

 叫びと共に、青い道が空へと伸びた。そして、マッハキャリバーが後ろのマフラーから煙を吹き出す。

 

「マッハキャリバー!」

【はい、相棒!】

 

 次の瞬間、スバルとティアナは空へと猛烈なスピードで駆けた出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 二人が着いた時、そこに暴れるのは巨大な人型だった。トロル種。その巨大な体躯と、そして怪力はかのオーガ種とタメを張る。それが二体。

 ――複数発生、それがまた起きていた。そして、それを見てティアナがぽつりと呟く。

 

「ここでも……」

「どうしたの、ティア?」

 

 ウィングロードを駆けながら、スバルがティアナの呟きに疑問を浮かべる。それに、ティアナは頷いて、答えた。

 

「妙だと思わない? ここでもあんなトロル種なんているはずないのに」

「そう言えば……」

 

 ティアナの問いにスバルも頷く。地球でもクラナガンでも、居るはずの無い種が感染者となり襲ってきていた。

 考えてみれば、ここ三日程の間に行った世界の全てもまた、そうだった。

 

「……ひょっとしたら――だけど、誰かが感染者を転送しているかも」

「そんな! そんな事、誰がするの?」

 

 スバルの問いに「それが解れば苦労しないわよ」とティアナは返した。だが、その推理には問題がある。

 そこに動機がないのだ。感染者を送る事に何の意味があると言うのか分からないのである。

 暫く考えこみそうになったが、時は待たない。そう、時は待たないのだ。

 

「まず、降りるね?」

「了解」

【【相棒!/マスター!】】

 

 急に叫ぶマッハキャリバーとクロスミラージュ。何事かと聞こうとした――瞬間。

 それは現れた。いきなり放たれたのは、魔力斬撃。それは、二人はよく知っているものだった。

 ――神覇弐ノ太刀、剣牙。

 その一撃は迷う事なく感染者と、その近くに居た民間人を吹き飛ばした。

 

「な……!」

「ティア! アレ!」

 

 地面に降りたスバルはティアナを降ろし、空を指す。そこに、彼が居た。

 

 ……誰……アレ?

 

 二人はしかし、同時にそう思ってしまった。だが、現実は待たない。吹き飛ばされた人が苦し気に呻く。

 二人はハッとして、その人を助けに向かう。だが、彼は容赦しなかった。倒れた人の近くの感染者に止めを刺すべく、剣を振り上げる。

 

「駄目!」

「あの、馬鹿!」

 

 二人が駆け出すより、剣が振り下ろされる方が速い。このままでは間に合わない――しかし。

 

「ROoooo!!」

 

 倒れていた感染者が起き上がり、回避行動を取った。

 既に再生したのか、その身体には傷一つ無い。照準を変え、回避行動を取る感染者に彼は向かう。

 その間にスバル達は民間人へと辿り着けた。

 

「スバル、取り敢えず……!」

「……うん!」

 

 倒れた民間人を抱え、二人は戦線を離脱する。周囲の人は他には誰も居ない。とっくに逃げ出したのだろう。

 

「アイツ……っ! 何考えてんのよ!」

「…………」

 

 苛立ち紛れに怒りを言葉に乗せるティアナに、スバルは何も答える事が出来ない。チラリと後ろを向く。そこには新たに加わった感染者と合わせて二体まとめて戦う彼――あまりにも変わり果てた、神庭シオンが居た。

 変わったと言えど姿が変わった訳では無い。しかし、別人と言える程にシオンは変貌していた。

 

 ……シオン……。

 

 戦う彼の名を一人ごち、だが今は離れる事しか出来ず、スバルは唇を噛んだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 神庭シオンは一体目の感染者にイクスをたたき付け、さらに顎を蹴り上げる。

 

    −撃!−

 

「KRooooo!!」

 

 吠える感染者。シオンはそれに構わない。後ろにのけ反る感染者の胸を足場にそのまま180度回転する。そこに居るのは二体目の異形――感染者だ。だが、シオンは慌てない。既にイクスには光が灯っている。

 

「弐ノ太刀、剣牙」

 

    −閃−

 

 一閃! 放たれた剣牙は、シオンの憎悪に反応してなのか通常の剣牙とは威力の桁が違っていた。

 しかし、それは同時に余波を周囲にブチまける事に他ならない。剣牙の余波はそのまま建物を砕き、破壊する。そして、シオンは止まらない。足場を蹴って、縦に回転。向かうは剣牙を叩き込んだ感染者の頭頂部だ。感染者は再生を行いながらも、しかしその一撃を止められない。

 

    −斬!−

 

 シオンはそのまま、イクスを回転を保ったまま感染者の頭頂部に叩き付けた。頭を切り裂く。だが、そこで終わりでは無かった。

 

「――壱ノ太刀、絶影」

 

    −閃−

 

    −斬!−

 

 一気に縦一文字に感染者を斬って捨てる。再生途中なのに、十文字に斬り捨てられた感染者は悲鳴しかあげられない。ただ、その腕を振り上げた――そこまでだった。

 シオンはそのまま死刑執行を始める。

 

「イクス」

【トランスファー】

 

 瞬時にブレイズフォームに変化したシオンは迷い無く乱撃を放つ。感染者は、瞬時にその乱撃に身体を細切れにされた。

 

 ――神覇壱ノ太刀、絶影連牙。

 

 感染者はそのまま塵と消えた。シオンはそれを尻目に、最初の感染者に目を向ける。ひたすらに感情の無い――いや、ただ一つの感情を宿した瞳を。

 

「セレクト、ウィズダム」

【トランスファー】

 

 イクスとシオンは更なる変化を遂げる。ウィズダムフォーム。そして、瞬時に構えるは槍の一撃。

 

「神覇弐ノ太刀、剣牙・裂」

 

    −閃−

 

    −撃!−

 

 突撃槍と化したイクスが内部から弾ける。エネルギー内蔵型の槍――それがウィズダムの姿だ。伸びる穂先は、迷いなく感染者の右腕を貫き、消し飛ばす。しかし、穂先はそこで止まらない。そのまま突き進み、家をまとめて四軒破壊して漸く止まった。

 感染者は右腕を失ったまま、シオンに向かって走る。だが、シオンはそこから動かない。

 穂先がイクスに戻る。迫る感染者は構わず走る――シオンは体勢を低く取り、次の一撃を放った。

 

「――伍ノ太刀、剣魔・裂」

 

    −轟−

 

    −裂!−

 

 次の瞬間、石突きが弾け、地面に突き刺さる。それを推進力に変え、シオンは魔力を纏いながら感染者に突っ込んだ。

 突撃(チャージ)。放たれた一撃に感染者は反応出来ず、胴体に直撃を受けた。

 瞬秒も持たず、感染者は頭と左手、両足。それ以外の部品を消し飛ばされて、塵へと還っていった。

 そして、シオンの一撃は半壊した人里に止めを刺した。突撃は止まらず、そのままで村を横断したのだ。

 縦一直線に断たれる村。それを、漸く止まったシオンは興味なさ気に見ていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 スバルとティアナはケガを負った民間人を安心できる所まで連れて行き、そしてまた全力で村に戻って来ていた。

 しかし、そこにあるのは村であって、村ではない。

 崩れさった家達。無事な家の方が少ないだろう。そして何より、村を縦一直線に刻んだ傷跡がそこにはあったのだ。そう、既に村は人が住める環境では無くなっていた。

 

「これをシオンが……?」

 

 スバルが呆然と呟くのも当然と言えた。いくら感染者との戦いとはいえ、やり過ぎである。そして暫く歩くと二人は見つける。この惨状を起こした元凶に。

 

「……シオン」

「スバルか」

 

 呼びかけるスバルにしかし、シオンは感情の篭らない瞳で応じた。

 

「……なんで? なんでこんな事を!?」

「強くなりたいから」

 

 きつく問うスバルに、シオンはきっぱりと言い放つ。その内容に、彼女はしばし呆然とした。

 

「強く、なりたいって……」

「現状、666を殺すのに全然力が足りないんだよ。だから修業がわりに感染者を狩ってる。常に全力を出せるようにして、魔力量や最大瞬間発生魔力を上げるのが目的だな」

 

 淡々と告げる。感情はどこまでも篭っていなかった。そんなシオンに、スバルはついに叫んだ。

 

「でも、村とかこんな風にして! どうするつもり!?」

「知らねぇ」

 

 怒鳴り付けるような問い。しかし、シオンはきっぱりと言い放った。

 

「誰に迷惑が掛かろうが、誰が悲しもうが、誰が死のうが、そんなモンに興味はねぇ。――俺はただ、666を殺せる力が手に入ればいいだけだ」

「そんな……そんなの!」

 

 スバルは叫ぶ。そんな事は間違っている、と。絶対違うと。だが、シオンは応えない。どこまでも感情は篭らない。

 

「……もし、666を殺すのに感染者が邪魔するのなら感染者を殺す。管理局が邪魔するのなら管理局を潰す」

「シ、オ――」

「スバル」

 

 シオンのあんまりな言葉にスバルは名を呼ぼうとするが、しかしそれすらも遮られる。初めて、感情が顕になった。殺意と言う名の。

 

「俺の、邪魔をするな」

「……シ、オン」

「二度は言わない」

 

 シオンはそう言って、スバルを拒絶した。もう、何を言っても届かないのか。スバルの瞳に涙が浮かぶ――。

 

「……呆れたわ」

 

 ――しかし、たった一言が場をぶち破った。ティアナだ。

 彼女はただ一人腕を組み、そしてシオンを見下していた。

 

「何だと?」

「ティア……?」

 

 シオンが苛立ちながら聞き返し、スバルもまた信じられない物を見るようにティアナを見る。しかし、彼女は動じない。

 

「呆れたつったのよ。無様過ぎてね」

「……無様?」

 

 シオンの問い掛けにティアナは「ええ」と頷いた。その視線と言葉も冷たいまま。

 

「別に復讐なんて、好きにすればいい。でも、アンタがやってるのは何? 666に牙を剥く訳でも無い。ただ人に迷惑を掛けてるだけ。しかも、それが強くなりたいから? 笑わせるわ」

「黙れ」

 

 ティアナの台詞に、シオンが明確に苛立つ。だが、ティアナはそれを鼻で笑った。

 シオンが苛立つ以上にティアナは苛立っていたのだ。

 無様過ぎて、カッコ悪過ぎて。尋常ではない不快感を、今ティアナは感じている。

 今のシオンを視界に入れる事すら不快だった。しかし、あえてティアナはシオンをよく見る。

 感情(憎悪)が意思を増幅し、シオンの魔力量は凄まじい事になっている。だが、ティアナは恐れない。そんな物は恐れるような物ですらない、と。そう、こんなシオンは――。

 

 ――シオンなんかじゃないー!

 

「時空管理局執務官補佐として言うわ。神庭シオン、アンタを逮捕する」

「俺の邪魔をするって?」

 

 シオンの問い掛け。それはつまり戦うのか? という問い掛けだ。そして、ティアナは堂々と受けてたった。

 ティアナは言葉の代わりに一発、クロスミラージュからマルチショットを叩き込んだ。シオンはその一撃をイクスで弾く。

 

「そうか。なら、まずお前から――」

 

 ――殺してやる。

 

 瞬間、シオンから爆発的に魔力が広がり、殺意がティアナに襲い掛かる。それに、ティアナが返すはただ不敵。

 

「上等――!」

 

 直後にシオンは駆け出し、ティアナは引き金を引いた。

 

 銃と剣が今ここに交差する――!

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 放たれるマルチショト。それは、今のシオンには無意味な代物だ。魔力放出と対魔力効果で、大抵の純魔力攻撃はシオンにとって意味を成さない。

 故に、真っ直ぐ移動する事を選択し、瞬動。シオンは瞬間でティアナの眼前に移動する。そのままイクスを叩き付けようてしつ。

 

「クロスミラージュ!」

【ダガーモード】

 

    −戟!−

 

 2ndモードに移行したクロスミラージュの刃を交差し、イクスを受け止めた。だが、直後にティアナは顔をしかめた。

 

「っ!」

「その程度か?」

 

 ――力が違い過ぎる。

 

 シオンとティアナとでは、そもそもの地力が違うのだ。一気に押し、彼は構わずイクスを振り抜いた。

 堪らず吹っ飛ぶティアナにシオンはさらに追撃を掛ける。イクスを振り上げ、一撃を叩き込もうとして。

 

「……クロス! ファイアー!」

 

 その最中に、ティアナは叫び、周りに集まるスフィア達。その数二十。だが、シオンは構わない。

 イクスの一撃でティアナを落とす為に更に踏み込む。どちらにしろ射撃は効かないと、タカをくくったのだ。そんなシオンに一撃は放たれた。

 

「シュート!」

「っ! なぁ!?」

 

    −轟!−

 

 放たれたスフィアは一つに収束し、シオンに叩きつけられる。AAAは下らない砲撃と等しくなった集束射撃が、カウンターとなってシオンに直撃した。だが、直後に光砲が真っ二つに叩き斬られる!

 

「この程度か!」

「――!」

 

    −撃!−

 

 そしてティアナを間合いに入れたシオンは、そのまま一撃を叩きつけた。

 

「っ――! あぅ!」

 

 一撃に盛大にすっ飛ぶティアナ。直撃の衝撃で煙がブチまけられる。そのまま数メートルも飛ばされ、地面に転がった。よく見ると、バリアジャケットの一部が弾けている。

 

「く……っ!」

「多少、驚かされけどな」

 

 ティアナはすぐに起き上がろうとするが、即座にシオンのイクスが首筋に突き付けられ、身動きが取れなくなる。

 

「終わりだ」

 

 勝負は着いた。そう、シオンは言う。だが、ティアナが浮かべるのは笑みだった。そして、思いっきりアカンベーとする

 

「アンタがね」

 

 ――その声はシオンの後ろから響いた。脇腹に当たる硬い感触。そこにはブレイズモードのクロスミラージュを構えるティアナが居た。

 

「……幻影!? いつの間に――」

「さっき吹き飛ばされた時。煙が立ったからその一瞬でね」

 

 そう言いながら笑いを浮かべるティアナ。彼女は迷わず、引き金が引く。

 

「ファントム! ブレイザ――――!」

 

    −煌−

 

    −撃!−

 

 直後、光砲が零距離でシオンに叩き付けられる。

 シオンはそのまま吹き飛び、空中で爆発。

 ティアナは爆発で起きた煙の中を油断せず、クロスミラージュを構えた。

 零距離射撃。あの状態なら魔力放出の恩恵は受けられない――。

 

 ――勝った……?

 

 一瞬だけそう思うティアナ。だが、煙の中に未だ倒れぬ影を彼女は見る。シオンだ。

 

「……流石に効いた。でも、ここまでだ」

 

 シオンが一歩を踏み込みながら言ってくる。ティアナは、ハンっと鼻をツンと上げて笑ってやった。

 

「ボケた事言ってんじゃないわよ。アンタの方がダメージは上よ?」

「そうだな。俺も甘く見ていた。だから今からは――本気でいこう」

【トランスファー】

 

 イクスから快音が響くと同時にバリアジャケットが変化する。ブレイズフォームだ。

 ティアナもそれに合わせて2ndモードにクロスミラージュを設定し直した。

 

「構えろ、死にたくなかったらな」

「っ!」

 

 瞬動。一瞬でまたティアナと間合いを詰めたシオンは、その双刃を振りかぶる。ティアナは辛うじて反応し、イクスを受け止めた。

 しかし、ナイフを使った戦い同士だ。どうやってもシオンに分がある。

 数合程度で見切られ、左のイクスが複製された側のクロスミラージュを斬り裂いた。

 

「っ!」

「フッ!」

 

    −撃!−

 

 慌てて後退するティアナに合わせるように、シオンは更に一歩を踏み込み、彼女の胴に捩り込むような直蹴りを見舞った。

 

「あうっ!」

 

 直撃。ティアナはその場に倒される。そして、シオンは右のイクスを無感情にティアナにたたき付けようとした。だが。

 

「うりゃああああ!」

 

    −撃!−

 

 突如、乱入したスバルにリボルバーキャノンを叩き付けられ、シオンは数メートルも後退した。

 

「ティア、大丈夫?」

「っう。うん、問題ないわ」

 

 ティアナが蹴られた腹部を押さえながら立ち上がる。バリアジャケット越しに衝撃が叩き込まれたのか、まだ顔をしかめていた。

 

「それよりスバル、アンタ……」

「うん。……シオン」

 

 ティアナに頷き、スバルはシオンに呼びかける。

 シオンは既に戦闘体勢を整えている。シオンにとって、スバルも最早敵と言う認識なのか。

 

「最後に聞くね? ……シオンはどうしても今の行動を改めないの?」

「…………」

 

 沈黙。それはそれ以上無い肯定であった。

 

「……そっか」

「さっきも言ったな? 俺の邪魔をするな」

 

 ただそれだけを繰り返す。スバルは、そんなシオンに決意を固めた。

 

「言葉じゃ、もう止まらないんだね?」

「いつかの焼き直しだな。……俺を止めたきゃ――」

 

 ――戦え。

 

 シオンの言葉にスバルはゆっくりと、だがしっかりと頷く。リボルバーナックルが回転する。そして、スバルはいつか聞いた台詞をシオンに叩きつけた。

 

「シオン。少し、頭を冷やそうか……?」

「スバル……」

「……冷やさせて見せろ」

 

 風が一陣吹く――瞬間。スバルのマッハキャリバーが唸り、シオンが瞬動に入る。

 リボルバーナックルとイクスが交差し、至近で互いに睨み合った。

 

 かつてぶつからなかった拳と剣は、今ここに改めてぶつかり合ったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンの一撃に、スバルは右の拳を放つ。今までの模擬戦でもスバルはシオンと何度か戦った――戦績は、三戦して一本取れたらいい方だったが。

 しかも今のシオンは一切の手加減なしである。だが、スバルにもまだ勝ち目はある。

 シオンよりスバルの方が単純に力が上だ。故に、真っ正面からのぶつかり合いならばシオンより有利と言う認識がスバルにはあった。

 

 ――その認識が、いきなり裏切られる。

 

「フッ!」

 

    −撃!−

 

 シオンが一息と共にイクスを振るう。その一撃は、スバルの放った拳を弾いてのけた。単純な力押しで、スバルはシオンに敗北していたのだ。

 

「く、う……!」

「凌ぐか」

 

 十の拳と剣の交差の後、シオンがいきなり後退する。スバルもまた体勢を整えようとするが、シオンはそれを許さない。

 

「イクス」

【トランスファー】

 

 右の手に掲げるは突撃槍。ウィズダムフォームだ。スバルはそれで理解する。シオンが後退したのは誘いだったと。

 

「弐ノ太刀」

「っ! マッハキャリバー!」

【プロテクション。トライシールド】

 

 スバルの叫びに応え、マッハキャリバーが二重防御を展開した。今、彼女が行える最大の防御である。シオンは全く構わなかった。

 

「剣牙・裂」

 

    −閃−

 

    −裂−

 

 イクスが弾ける。その穂先がトライシールドの真ん中に突き立った。

 ――押される。その場に踏み留まれず、ゆっくりと。だが、シオンの攻勢はそこで終わりでは無かった。

 

「伍ノ太刀」

 

 その言葉にスバルは絶句する。シオンは体勢を低く取っていた。穂先はトライシールドに食い込んだまま――回避のしようがない。

 

「剣魔、れー」

「ファントムっ! ブレイザ――――!」

 

    −煌−

 

    −撃!−

 

 しかし、横から放たれた砲撃がシオンを吹き飛ばした。ティアナの砲撃だ。スバルは彼女へと振り向く。

 

「ティア!」

「……まったく。これ、私が売った喧嘩よ? アンタ一人で戦ってどうすんの」

 

 クロスミラージュを下ろし、ティアナはスバルに駆け寄りながら言う。二人はここに並び立った。

 

「これは私の喧嘩。アンタは引っ込んでなさい」

「そんなの駄目だよ! 私だって――」

「面倒だ」

 

 二人の言葉を遮るようにシオンから声が来た。砲撃を凌いだのか、ゆっくりと歩いて来る。

 

「二人同時に来い」

 

 それだけを言い放つ。それに、ティアナもスバルもムカっと来た。

 

「ずいぶん余裕ね? 二対一よ?」

「大した問題じゃない。お前等のレベルじゃな」

 

 余裕。挑発でも何でもない、シオンは真実、二対一で勝てるつもりなのだ。二人も即座に応えた。

 

「いいわ、やったろうじゃない!」

「後悔しても、知らないよ……?」

「さっきも言ったな? させてみろ」

 

 瞬動。シオンは瞬間で間合いを詰める――狙うはティアナだ。

 だが、スバルがそれを許さない。再度放たれるのは右の拳。しかし、シオンはノーマルに戻したイクスで正面からぶつかった。

 

「く……!」

「邪魔だ」

 

 一歩を踏み込んだ。単純な力押し、シオンはそれを持ってスバルを押しやる。

 

「クロスファイアー!」

 

 だが、スバルとの押し合いの間にティアナの魔法は完成していた。先程と同じく二十の弾丸。

 

「シュート!」

 

    −煌−

 

    −閃!−

 

 それらは、一斉に放たれる。同時に、スバルは後退した。無防備なシオンに弾丸は殺到し――。

 

「――四ノ太刀、裂波」

 

    −波−

 

 しかし、シオンはたった一つの技でそれを防ぐ。シオンを中心に広がる衝撃波。それが弾丸の勢いを尽く削ったのだ。シオンは更に動く。

 

「セレクト、ブレイズ」

【トランスファー】

 

 瞬間でブレイズフォームに変化し、一気に瞬動を開始。スバルがまた立ち塞がろうとするが、シオンは構わない。

 

「参ノ太刀、双牙連牙」

 

    −轟!−

 

 放たれるは大地を疾る”四条”の刃。双剣から双牙を放ったのか――。

 スバルは慌ててプロテクションを張った。そして、シオンは止まらない。一気に空へ駆けると、足場を設置し、直角の動きを持ってティアナへと向かう。

 

「く……! クロスミラージュっ!」

 

 再び2ndモードへと変化、それは先程の焼き直しである。

 クロスレンジではシオンの方がティアナより技巧的に上なのだ。瞬く間に押されて行く。

 

「ティア!」

 

 そこにスバルが駆け付けた。四条の刃を防ぎきり、すぐにフォローに来たのだろう。

 これにティアナはチャンスと思う。位置的にシオンを挟み撃ちに出来るからだ。スバルは走りながら右の拳を放つ。シオンは左手をイクスごと掲げ、シールドを展開。その真ん中にスバルの拳が刺さった。

 拮抗。しかし、当然ティアナはこのチャンスを逃さない。

 シオンはスバルの一撃を防ぎながら、右のイクスを振るいティアナと斬り合うが、手が足りない。シオンは防戦一方となる。

 

 ――いける――!

 

 ティアナがそう思った瞬間、シオンは驚く行動に出た。

 シールドを消したのだ。必然、スバルの拳はシオンへと向かう。だが、シオンが次に放つ一手の方が速かった。イクスの両の切っ先をスバル、ティアナにそれぞれ向ける。

 

「四ノ太刀、裂波・連牙」

 

 その技が放たれる。両のイクスを中心に、二人へと衝撃波が襲いかかった。この技に威力は無い。あるのは数秒のみの拘束力。

 だが、今このタイミングでは最高の効果を発揮する。スバルもティアナも動けない――シオンは瞬動を持って後退した。

 

「セレクト、ウィズダム」

【トランスファー】

 

 ウィズダムフォームへと変化――そう、二人が一カ所に固まり、身動きが取れないこの状態故にこそ、次に放つ一撃は最大の効果を発揮する。

 

 ――まずい!

 

 ティアナは内心悲鳴を上げ、全力で拘束から逃れようとする――が、解けない。スバルもまた同じく、動けなかった。

 

「「っ!」」

「……終わりだ。神覇伍ノ太刀、剣魔・裂」

 

    −撃!−

 

 直後、イクスの石突きが弾け、地面に突き立つ。そして、最大威力の突撃が放たれる――!

 

    −裂!−

 

 町を横断する一撃を受けて、スバルとティアナは盛大に吹き飛んだのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 スバルとティアナを吹き飛ばし、シオンは技を解く。完全に捉えた一撃は二人を倒した。だが……。

 

 ――情けねぇ……。

 

 シオンはそう思う。彼の頭を過ぎったのは僅かながらの後悔。二人に対しての一撃。殺すつもりで放った一撃だ。それを、少し後悔してしまったのだ。

 

 ――未練か。……本当に情けないな。

 

 そしてシオンは視線を巡らせる。視線の先にはスバルとティアナが重なり合うように倒れていた。ぴくりとも動かない二人――死んではいないだろうが、それでも重傷には違いない。

 シオンは一瞬だが迷う。二人を治療するべきか否かを。だが、首を振り、その場を後にした。シオンは決めたのだ。先程の宣言通り、誰が死のうとも……。それは二人も例外ではない。邪魔をするなら潰す――。

 

「……何て、顔してんのよ、アンタ?」

 

 ――直後、聞こえない筈の声が聞こえた。シオンは慌てて振り返る。

 

「何、だと?」

「アタタタ……!」

 

 驚愕するシオンを尻目に二人は立ち上がる。その身は、大したケガを負っているようには見えない。バリアジャケットさえボロボロだが――。

 

 ――バリアジャケットだけ、が?

 

「……ずいぶんと優しいのね? わざわざ”非殺傷設定”で攻撃するなんて」

「……馬鹿、な」

 

 ティアナのいっそ優しげとも取れる言葉に、今度こそシオン混乱する。非殺傷設定になどした覚えは全く無い。何があったと言うのか。

 

「……シオン」

【どうやら間に合ったか】

 

 答えはすぐ近くにあった。声が響く――イクスの声が。それに、シオンは卒然と理解した。

 

「イクス……! お前がやったのか!?」

【ああ、その通りだ】

 

 イクスが肯定する。それに、シオンは馬鹿なと再度思った。イクスは完全に支配下に置いていた筈だ。それが、何故――?

 

【解らないのか? お前はさっきの一撃の前に――】

「っ! 黙れ!」

 

 シオンは叫ぶ。それは命令ではなく、既に懇願だった。それを聞けば自分は……! イクスは、そんなシオンに構わず告げた。

 

【――二人を失いたくないと、自分で支配を解いたのだぞ?】

「…………」

 

 ――力が、抜けた。何も考えられなくなる。有り得なかった、認められなかった。666への復讐。それ以外を考えないようにした自分が、”二人を失う事を恐れた”など。

 

「……シオン……」

「…………」

 

 スバルもティアナも、何も言えない。シオンは復讐を存在意義にしていた。それを、恐らくは無意識だろうが自分で破るなんて考えられないに違いない。

 震えながら唇を噛み締める。やがて、シオンは再び二人に向き直った。

 

「もう一度、だ……」

【シオン、まだ……!】

「黙れっ!」

 

 叫ぶシオンにイクスはまた再び支配下におかれた。二人を彼は睨みつける。

 

「……もう、迷わない。今度こそは、お前等を――」

「シオン! もう、いいよ!」

 

 堪らなくなって、ついにスバルが叫んだ。続けて言ってやる。

 

「そんなに、無理しなくていいんだよ……!」

「俺は、無理なんか――っ!」

「……なら、何でアンタ、そんな顔してんのよ……?」

 

 スバルの言葉をティアナが引き継ぐ。二人がシオンに向ける感情は憐憫であった。

 

「……そんな、顔……?」

「……シオン、今にも――」

 

 ――泣きそうな顔してるよ?

 

 スバルの言葉に、シオンは漸く自分の感情に気付いた。二人が起き上がった時、自分は何を思った? 安心してはいなかったか?

 

「俺は……俺は!」

 

 シオンは自分の中で揺れる二つの心に混乱する。復讐と、そして友愛と。

 二人を見る。スバルとティアナこそ泣き出しそうな顔だ。それを見て、シオンはまたどうしようも無い感情が沸き上がるのを感じる。自覚した。本当に泣きそうだ、と。

 

「シオン……」

「……解ったわ。もう一度、戦ってあげる」

「ティア!?」

 

 ティアナの台詞にスバルが驚く。今のシオンは混乱している。また自分達と戦えば、どうなるか解らない程に。なのに、どうして……? そんなスバルを無視して、ティアナは続けた。

 

「……シオン。アンタを一度、コテンパンに負かせてあげるわ。そして……アンタを救ってあげる」

「ティア……」

「……俺を、救う? いらねぇよ……!」

 

 しかし、シオンはティアナを否定する。千々に乱れた心で、未だ、自分の復讐心にしがみ付く。

 

「お前達を叩き伏せて、俺は、俺を取り戻す!」

 

 シオンの宣言にスバルもまた向き合う。――考える。シオンに今、必要なのは何なのかを。

 ティアナを見る。ティアナもまたスバルを見ていた。

 言葉を交わさずに瞳で意思を交換する。

 

 ――シオンを取り戻すわよ? と、その瞳は告げていた。

 

 スバルは頷き、シオンにまた向き直った。拳を握る。

 シオンを取り戻せるのは、恐らくこれが最後。今の迷いを持つシオンでなければならない。

 

「シオン。取り戻すよ? シオンを」

「俺は……俺は!?」

 

 吠えるシオンは、それでもイクスを構えた。スバルとティアナもまた、それぞれの相棒を構える。

 

「相棒?」

【はい、私はいつでも行けます】

 

 スバルはマッハキャリバーに呼びかける。マッハキャリバーも、また応えてくれた。

 そう、決めたから。シオンを力ずくで取り戻すと。だから、その為の力を引き出す――。

 

「ティア?」

「うん。……やるわよ」

 

 互いに頷き合った。シオンに視線を向ける。その顔は泣きそうな――道に迷った子供を彷彿とさせた。スバルは拳を握りしめる。

 

「マッハキャリバー。ギア・エクセリオンっ!!」

 

 瞬間、翼が広がった。マッハ・キャリバーから。

 ファイナルリミッター解除のフルドライブ。

 それがマッハキャリバーのギア・エクセリオンだった。

 

【ACS。スタンバイ・レディ】

 

 マッハキャリバーの声を聞き、頷きながらシオンを見据えた。拳をぎゅっと握り込む。

 

 

「行くよ、シオン!」

「来い!」

 

 スバルとシオンは同時に駆け出し、ティアナはスフィアを展開する。

 迷える少年と、少年を救おうとする少女達の戦いは最終局面を迎えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ハァ――――っ!」

 

    −撃!−

 

 スバルは裂帛の叫びと共に一撃を放つ。リボルバーキャノン。シオンはそれを真っ向からの斬撃で向かえ撃ち、だが。

 

「あぁ――っ!」

 

    −轟!−

 

 咆哮一斉。スバルの一撃は、シオンごと斬撃を潰した。

 

「なっ!?」

「こんな事で驚かないで!」

 

 驚愕するシオンに、スバルは怒鳴る。こんな事で驚愕なんてしてもらいたくはなかった。回転しながら右の蹴りを放つ。

 

【キャリバーシュート、ライト!】

 

    −撃!−

 

 放たれる蹴撃を、シオンはプロテクションで防ぐ。だが、スバルの蹴撃は一撃では止まらない!

 

【ショットガン・キャリバーシュート!】

 

    −撃!−

 

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

 連続蹴り。回転を速めながら、スバルはプロテクションを削っていく。シオンは堪らず後ろへ後退した。そんな彼に、次に来るのはティアナの一、否、乱撃!

 

「クロス、ファイアー!」

【ロードカートリッジ!】

 

 5連カートリッジロード。それは、今のティアナの限界ロード数である。

 生み出されたスフィアの数はなのはのシューターを越えた。その数、60発。

 そして、ティアナは後退するシオンに一斉射撃を撃ち放つ!

 

「シュート!」

 

    −轟−

 

    −閃!−

 

 光の軍勢がシオンへと殺到する。さらにティアナはまだ止まらない。左右のクロスミラージュの残りカートリッジ、一発をロード。クロスミラージュから直接マルチショットを放ちまくる。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃−

 

「が、ぁぁぁぁぁぁ!」

 

 光の乱舞を浴びて、シオンが苦悶の叫びを上げた。

 対魔力は衝撃までは消せないのだ。百に値する乱撃を浴び、シオンは衝撃だけでダメージを受ける。

 

 ――強い……!

 

 シオンは思う。心の底から。さっきとは別人だ。それに較べて自分はどうだ。迷いが剣にまで現れている――集中が全く出来ない。

 

「くっそっ!」

 

 四ノ太刀、裂波を使い、光弾を半減させる。だが、その隙を彼女は……スバルは待っていた。

 

「やぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 真っ正面。光の乱舞の中を縫って来たスバルは、ノーマルフォームのイクスが振れない超至近距離にシオンを捉える。……防御も回避も間に合わない!

 

【リボルバーキャノン】

 

    −撃!−

 

 スバルの一撃がシオンの腹に直撃。彼は水平にすっ飛んだ。息を漏らし、呻く。

 

「くっ――っ!」

「まだまだっ!」

 

 スバルはすっ飛ぶシオンに、マッハキャリバーの速度を活かしてすぐに追い付く。シオンは空間に足場を形成、踏み止まりると、逆にイクスの一撃を叩き込む。しかし、スバルは体を下げて潜り込むようにして避けて見せた。

 

「マッハキャリバー!」

【ウィングロード! キャリバーシュート、レフト!】

 

    −撃!−

 

 サマーソルト。スバルのその一撃に、シオンは胸を蹴られ空中に上げられる。また空間に足場を作ろうとして――。

 

「ファントムっ! ブレイザ――――!」

 

    −煌−

 

    −撃!−

 

 ――しかし、出来ない。

 叩き込まれたティアナの光砲で、シオンは更に吹き飛んだ。

 

「っ、ぐぅ!」

「スバル! クロス・シフト、行くわよ!」

「うん!」

 

 未だ、吹き飛んだままのシオンにスバルは駆ける。螺旋軌道を描きながらウィングロードでシオンへと近付き、リボルバーキャノンの一撃を放った。

 シオンはそれに対して絶影を放ち、拮抗。

 だがスバルを掠めるように、ティアナのクロスファイアー・シュートがシオンに殺到する。

 凄まじいコントロールである。シオンは衝撃を殺せずに、ぐらついた所でスバルの一撃でまた吹き飛んだ。

 

「あぁぁぁぁっ!」

 

 咆哮一斉。シオンが魔力を放出する。

 こんな所で負けてなんていられなかった。666はまだ、遥か遠い高みに居るのだから。

 

「負けられ、ないんだよ! 俺は!」

「負かす、つってんのよ! 私達が!!」

 

 シオンが振り向くと、至近距離にティアナが居た。スバルのウィングロードに乗って、空に上がって来たのだ。

 クロスミラージュ。2ndモード。シオンも、またブレイズフォームへと変換。二人は双刃を煌めかせ、斬り合う。

 しかし、驚く事にティアナはシオンに押し勝った。クロスミラージュの光刃が、イクスの双刃を弾く!

 

「……っ!」

「さっきのお返し!」

 

    −撃!−

 

 ティアナはイクスを跳上げて空いた腹に膝を叩き込む。そのまま後ろへ跳躍。新たに作り出したスフィアをシオンに叩き込んだ。

 

    −閃−

 

「ぐ、あ……!」

「やぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 衝撃にのけ反るシオンに、再度2ndモードを起動したティアナは突っ込む。

 

「調子に、乗んなぁっ!」

 

    −閃−

 

 叫び、カウンターで斬撃を放つ。だが、斬られたティアナはそのまま姿を消す。幻影だ。

 

「くっ――!」

 

 シオンは即座に上を見た。降りてくるのは体を逆さにしてクロスミラージュを突き出すティアナ。だが、シオンはまだ止まらない。

 

「神覇壱ノ太刀、絶影!」

 

    −閃!−

 

 上から降ってきたティアナに、再び斬撃を放つ――また姿が消えた。

 

「二重、シルエットだと――!?」

「振り返りなさい」

 

 声が響く。真後ろから。

 そこに誰が居るのか――完全に背中を取られた事に歯噛みしながら、シオンはイクスを翻して、振り返った。

 

「噛ぁ、食いしばりなさい!」

 

    −撃!−

 

 直後、右の頬に衝撃が走る。腰の入った綺麗なストレートが、シオンの顔面に叩き込まれたのだ――しかし。

 

 ……何で、パンチ――――!?

 

「スッキリしたわ。後任せるわね? 行きなさい、スバル!」

 

 拳の一撃で空に体が泳いだシオンが見たのは鮮やかな青。スバルのウィングロードだ。

 そして、スバルの左手に灯るのは光。何度も見た、その光を。

 その度に魅了された。

 目が離せなかった――その輝きに。

 シオンは苦笑した。漸く気付いたのだ。あの時も言ったではないか。

 そう、俺の負けだと。始めっから勝てる訳がなかった。だって、俺は――。

 

「シオン! 目ぇ覚ましなさいっ!」

【ディバインブレイカー!】

 

    −轟!−

 

 放たれるは、光を纏いし拳――。それを見ながら、とりあえずシオンは心の中だけで突っ込みを入れておく事にした。

 

 ――いや、そんなの直撃したら目を醒ます所か、永眠すると思うんだけど……?

 

 そんな思考を浮かべながら、シオンはその一撃を受け――。

 

    −撃!−

 

 ――地面へと盛大に叩き付けられたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ……風が優しく凪ぐ。その中で、一撃をシオンに叩き込んだスバルは冷や汗をかいていた。

 

 ――やばい……やり過ぎた。

 

 シオンは地面に叩きつけられた直後、クレータをその勢いのまま作り。さらに大量の土砂を浴びて地面に半ば埋まっていた。ピクリとも動かない。

 

「……シ、シオン……?」

 

 返事は無い。当たり前だが。ティアナは、そんなシオンを見てぞっとした顔をスバルに向ける。

 

「ス、スバル、あんたまさか……」

「ち、違うよ! 生きてるよ!」

 

 パートナーの疑惑の目を、両手をブンブンと振りながら否定する。だが、どう見ても完全なオーバーキル。死んでないと言う方が寧ろどうよ? と、問いたくなる状態であった。

 

「と、とりあえず、降りましょ」

「う、うん……」

 

 二人揃って、コソコソと言う感じ地面に降りる。

 まさか防御行動を一切取らないとはスバルも想像出来ず、最大威力の一撃を叩き込んでしまったのだが。

 

「シ、シオン……。その、生きてる?」

 

 返事はない。当然だが。

 

「取り敢えず掘り起こしましょ……」

「う、うん……」

 

 なんか、墓場泥棒みたいな感じの二人である。だが次の瞬間、シオンが地面からはい出て立ち上がった。

 

「「シオン!」」

 

 二人はホッと一瞬喜ぶ――が、同時に喜んでばかりも入られない事に気付いた。

 このままではまた戦いが再開される。しかし、シオンからは闘志も例の殺気も感じられない。絞りカスのような空虚な存在感だけがあった。

 

「……シオン」

 

 その様子に、シオンはもはや戦う力も残っていないと二人共判断して彼に近寄る。が、その瞬間。

 

「――なっ?」

「――へっ?」

 

 シオンが間近に接近していた。気配すらも感じさせない程に鮮やかな歩法で。二人共まったく反応出来なかった。

 

 ――スパン。

 

 気付いた時には二人揃って宙を舞っていた。足を払われたと気付いた時には二人共背中から地面落ちる。

 

「あたっ!」

「いっつ!」

【ブレイズフォーム】

 

 悲鳴を上げる間もなく、シオンはブレイズフォームへと変換。両手のイクスをスバルとティアナに投げる。だが、イクスは二人に当たる事はない。その耳元に突き立っていた。

 

「え?」

「あれ?」

 

 二人共混乱する。しかし、シオンはアースラに居た時のようにフッと笑い。

 

「取り敢えず、借りはさっさと返して置かないとな?」

 

 そんな事をのたもいながら二人を見下ろしていた。あまりにもいつも通りに。

 

「「シオン……?」」

「おう。……なんだよ? 二人揃って狐に摘まれたような顔は?」

 

 呆れたような顔をする。だが、スバルもティアナもそれに構わない。あまりにもいつものシオン過ぎる顔に唖然としていたからだ。――しかし。

 

「「シ〜オ〜ン〜」」

「……待った。二人共、何故そんなダークオーラーを立ち上がらせる?」

 

 二人は当然聞かない。ぐっと拳を握りしめると、シオンへと襲い掛かる!

 

「「十倍返しだ/よ!」」

「そりゃちょっと多過ぎ、イタイイタイイタイ!!」

 

 二人から容赦無く報復を受けるシオン。だが、その表情は、いつもの通り。三人はようやく”いつも”を取り戻したのであった。

 

 

 

 

「……普通、ここまでするか?」

「アンタが悪いんでしょうが、アンタが!」

「そうだよ! シオンが悪い!」

 

 ボロボロなのに、さらにボロボロになったシオンの文句を二人は叩き潰す。彼は「やれやれ」と呟いて起き上がった。

 

「それで、アンタ。もう良いの?」

「……何がだ?」

 

 ティアナの疑問に、しかしシオンはそのまま疑問で返す。すると、彼女は若干聞きにくそうに、聞いて来た。

 

「その、復讐、は……?」

「忘れた訳じゃねぇさ。必ず、666には……タカ兄ぃには報復する。これは、絶対だ」

「シオン……」

 

 二人共、心配そうにシオンを見る。だが、シオンは二人に笑って見せた。

 

「でも、もう馬鹿な真似はしねぇよ。今度やったら命なさそうだし」

「そっか」

 

 笑いながら答えるシオンに、二人は頷き返す。今はそれでいい、と。まだシオンは不安定な所がある。復讐も忘れていない。

 けど、今のシオンは、さっきのシオンのように後ろを向いている訳ではない。しっかりと前を向いているから。

 

「それじゃあ、アースラに戻るかー! あ、シオン。アンタ、今回の騒動の分の反省文たっぷり書いてもらうからね?」

「な、なぬ!? 待った、聞いてねぇ!」

「そりゃそうよ。アンタ、あんだけの事しといてお咎めナシとか思ってたんじゃないわよね?」

「ぐぬぬぬぬぬ……!」

「ほら二人とも、そろそろ転送するって」

 

 わいわいと騒ぎながら三人は帰路につく。そして、シオンは漸くアースラへと戻ったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 三人は本局経由でアースラへと向かう。それにシオンは柄にも無く緊張していた。

 命令無視を始めとして目茶苦茶したのだ。しかも、黙って勝手に退艦した。

 普通なら、復隊など出来まい。罵倒他は覚悟しているが、いざアースラに戻るとなると少し怖くなる。アースラの方にはもう、連絡はいってるのだが――。

 転送が完了する。そして、シオンはアースラへと帰還した。

 

「あ……」

 

 シオンはアースラに着いた途端、懐かしさが胸に湧いたのを感じる。たった数ヶ月しかいなかったのに、何故かとても懐かしい。

 

「……シオン。艦長から取り敢えず、食堂に集合だって」

「……ああ」

 

 スバルに頷き返す。しかし、気分は晴れない。今更嫌われる事を恐れるとは、と苦笑いを浮かべる。

 

「大丈夫よ。艦長もなのはさん達も嫌ってなんか無いわよ。……しっかり怒られなさい」

「ああ」

 

 ティアナの言葉に、シオンは励まされたのを自覚した。

 

 ――しっかり怒られなさい。

 

 その事がとても有り難いと思えたから。やがて、食堂に到着する。

 

「……開けるよ?」

「おう」

 

 そして、シオンが食堂で目にしたのは――。

 

『『お帰りなさい!!』』

 

 ――アースラ・フルメンバー勢揃い状態と、皆からのお帰りなさい、だった。一瞬、シオンは唖然とする。

 

「あ、えっと、その……」

「シオン君、何か言う事あるやろ? お帰りなさいって言われたら?」

 

 はやてが笑いながら先を促す。それにシオンは頷き、言われるがままに答えとなるものを言った。

 

「……ただいま」

『『お帰りなさい』』

 

 再度響く皆からのお帰りなさいに、シオンは卑怯だと思った。ちょっと泣きそうになってしまったではないか。

 

「さて、お説教とかしたい所やけど。……スバルとティアナが盛大にやってくれたみたいやからそれは置いとこ。でも、シオン君がやったのは犯罪や。やから罰を受けなアカン」

「…………はい」

 

 はやての言葉に頷く。覚悟はしていた。果たして、どんな罰を受ける事になるのか……。

 

「と、言う訳でトウヤさん。カモン♪」

「ウム!」

 

 はやての呼びかけに応えて、有り得ない人物が現れた。叶トウヤその人である。

 

「え、え、えぇ――!」

 

 突然の闖入者にシオンの目が丸くなる。何で、よりによってこの人がここに居るのか。

 

「何でトウヤ兄ぃがここに居るのさ!? ――て、あ……!」

「フム、聞いてないかね? ナカジマ君とランスター君の交替人員として来ていたのだよ。それと、私達が兄弟だと言うのはすっかりバレているので心配しなくても大丈夫だよ?」

「何か、いろいろツッコミ所があるんだけど!?」

「気にするな。気にしたら負けだよ? さて、ではシオンの罰だが!」

 

 やたら高いノリでトウヤは何かを取り出す。それは紙芝居だった。

 しかし、その表紙にはこう書いてある。「シオンの恥ずかしい秘密。100選」と。

 

「な、な、ななななな!?」

「高町君、よろしく頼むよ」

「……はい」

 

 なのはが苦笑いを浮かべながら、シオンにレイジングハートを向ける。

 直後、バインド発動。シオンに無数のバインドが掛けられたのだ。

 

「ちょ! 何? 何が起きようとしてるのさ!?」

「ずばり、シオン君への罰はこれや♪ 本人の目の前で恥ずかしい話し大暴露♪」

「何っじゃ、そりゃああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 叫ぶ。しかし、誰も聞き届けてくれそうにない。それでも叫ばずにはおれず、シオンは叫び続ける。

 

「プライバシーの侵害でしょっ、コレは!」

「フ、ある人はこう言ったモノだよ? 犯罪者に人権はない!」

「いろんな意味で問題発言じゃねぇか!!」

「うるさいね。誰か、シオンにさるぐつわを」

「シオン、ごめんね?」

「スバル! お前まで!?」

「大丈夫、多分三十を越えたあたりで悟りの境地に辿りつけるらしいわよ?」

「そんなモン辿り付きたくもないわ!? ちょ、マジ勘弁! 勘べ――モゴモゴモゴモゴ!」

 

 さるぐつわを噛まされて、喋れないシオンを尻目にトウヤが紙芝居の始まりを宣言した。

 

「では始めよう! まずは第一章――――!」

「モッゴ! モゴゴ――――――!?」

 

 ――かくしてシオンはアースラに戻って来た。もう、家とも呼んでも差し支えないココに。それは、きっと幸せな事だった。

 

「モゴモゴモゴモゴ――――――!?」

「さぁ、次は中学生編だ! 性を覚え始めた少年の恥ずかしい過去とは――――――っ!!」

「モゴ――――――――――――――!!」

 

 ……大絶賛で精神的にピンチではあったが。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 時間は進む。

 どれだけ、嫌だろうと。それは自然の摂理。どうしようも無い事。

 

「666。いや、こう呼ぶべきなのだろうな。……伊織タカト」

 

 故に人の出会いと言うのも、また必然なのだろう。それは決められていた事なのか? もしくは――。

 

「伊織タカト、君を逮捕する」

「……やってみせてみろ」

 

 クロノ・ハラオウンと伊織タカト。二人の出会いも、また必然であったのか? その答えは、まだ誰もしる由も無かった――。

 

 

(第十五話に続く)

 




次回予告
「迷い続けたシオンは漸くあるべき場所に戻った」
「だが、時は彼等に安息を与えない」
「クラウディアに襲撃を掛けるタカト。そんな彼に挑むは、艦長。クロノ・ハラオウン」
「時と天の名を戴く二人が相対するのは、運命であったのか」
「そして、決着の行方は」
「次回、第十五話『時と天』」
「負けられない、譲れない、死ねない。――これは、男と言う名の信念の戦い」


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第十五話「時と天」(前編)

「僕は才能が無い。これは、常々思っている事だった。師匠であった猫姉妹からも、散々言われたものだった。なのはやフェイト、はやて達と会って、さらにその思いは強くなった。だけど、僕は信念を変えずにやって来た。そうやって、ずっとやって来た。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」



 

 シオンがアースラに戻り、三日が経った。その間、始末書に追われたり、偉い人に事情聴取をされたり、そして異母兄、叶トウヤからの訓練の名を借りたリンチを受けたりしていた。そして。

 

「……何も帰るのにここまで盛大に見送る必要は無いのだがね?」

 

 アースラの転送ポート内で苦笑いを浮かべるトウヤは、笑みのまま皆に向き合う。そこには今、待機中の人間を除くアースラの主要メンバーが集っていた。

 

「何言うてるんよ。もうトウヤさんもバッチリ、アースラメンバーなんよ?」

 

 微笑みながらそう言うのは艦長である八神はやてだ。その言葉に皆、一斉に頷く――深く。

 実際、トウヤはアースラに馴染みまくっていた。たかだか一週間程の期間しかアースラに居なかったのに、それが当たり前のような感覚を、皆が覚えていたのだ。

 基本、アースラメンバーは皆若い。ヴォルケンリッターと言う例外はあるものの、それを差っ引いても若い。

 そんな中でトウヤは兄貴的な存在と相成りつつあったのだ。はやてや、高町なのは、フェイト・T・ハラオウンでさえ、トウヤをそんな風に捉えていた節がある。

 そんなトウヤだが、彼は曲がり成りにもグノーシスのトップ。長くアースラに居る事も出来ずに、こうして地球、グノーシスに戻る日が来たのであった。

 

「そう言ってくれるのはありがたいね。私としてはもう少し此処に居て、シオン達に訓練を施したかったのだが」

「……心底、結構だよ。このドS」

 

 そんな事を言うトウヤに、神庭シオンが半眼で睨む。横でスバル達が苦笑いと共にそれを見ていた。

 実際、もっともトウヤの訓練と言う名のリンチを一番受けたのはシオンだからだ。次点はエリオ。

 二人共、得物が槍――シオンはウィズダムだが――で、ある為、槍術士であるトウヤにはもう徹底的に扱かれたのである。

 ……いや。実際、技能で言えば三日前とは比べ物にならないくらい上がっているのだが。

 

「早く行きなよ。ユウオ姉さんも待ってるんだろ?」

「ウム。……しかし、こう何だね。一週間もあのお尻と離れていたかと思うと――」

「……頼む。頼むからそう言った発言、慎んでよ。マジに」

 

 ナチュラルにセクハラ発言を始めるトウヤに、シオンが色んな物を諦めた表情でツッコミを入れる。それを見て一同が浮かべるのは笑みだ。この二人のやり取りは非常に微笑ましい。

 シオンは、気付く者は気付くのだが、トウヤに少し甘えている口調なのだ。

 それが普段とのギャップとなり、アースラの一同はその光景をほのぼのと見ていたのである。

 

「……そうかね? 私としてはユウオのあの魅力を小一時間は語りたいのだが」

「うん♪ とりあえず大却下♪ ……仕事があんだろ? ボケた事言わんでさっさと帰んなよ」

「何で我が家の弟達はこう兄を蔑ろにするのかね? ……まぁ、仕事があるのは事実だ。帰るとしよう。ではユウオのあのマロさについては次の機会に――」

「いらねぇって! ……じゃあね、トウヤ兄ぃ」

 

 マロさって何よ? と、言うツッコミは許されず、一同もそれぞれトウヤに挨拶する。トウヤはそれに逐一頷いて回った。そして、転送ポートが起動する。

 

「では、さらばだ。アースラ諸君。そして、シオン。また、いつかの日か必ず会おう」

 

 そして、トウヤは地球に帰って行った。一同、最後の言葉に少しだけ、しんみりとする。

 

「……なんちゅうか。最後にえらい気障な台詞を残すなー」

「ちょっとだけだけど寂しいね」

「ちょっとだけね?」

「……俺はとっても安心してます」

「あ、僕も」

 

 最後のシオンとエリオの言葉に笑いが飛ぶ。ややあってはやてから解散を告げられた――。

 

 ……しかし、アースラ一同も、トウヤでさえも知らなかった。

 今、この時点で知人が危地にいると。この一週間、まったく姿を現さなかった666――いや、伊織タカトが再び現れた事を。

 

 ――そして。

 

 突如、エマージェンシーコールが鳴り響いた。それに、シオン達は身構える。

 

「感染者か!?」

「ブリッジ! どうしたんや?」

 

 ――再び、起きるのは”こんな筈じゃない”――。

 

《き、救難信号です! 相手は――嘘……!》

「シャーリー? どないしたんや、シャーリー!」

 

 ――結果が生まれる。

 

《……次元航行艦。クラウディアから救難信号です。内部に、666が出現!》

「な、なんやて!?」

「クロ、ノ、君の……!?」

「クロノが!?」

 

 シャーリの報告に一同、絶句する。かくして、アースラは一路、クラウディアの次元座標へと急ぐ事になった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――少しばかり時間は遡る。

 次元航行艦クラウディアの艦長、クロノはブリッジにてあるデータを見ていた。

 666こと伊織タカトと、アースラメンバーの戦闘データである。

 それを見ているクロノは、頭の中でタカトと架空戦闘を想像する。……結果は惨敗。

 そもそもタカトの持つアビリティースキルからして反則レベルなのだ。射撃魔法の殆どは対魔力で効果を望めず、近接戦に於いては勝てる要素が一切ない。

 ……しかし、クロノはタカトに対して、いくらかのアドバンテージを有しているのを発見した。上手くいけば――。

 

「……あれ?」

 

 そこで、クロノの思考はオペレーターの一声で中断された。

 オペレーターである管制官の女性は、困惑の表情でクラウディアの管理システムを呼び出してチェックしている――何故かクロノはその時、奇妙な予感を覚えた。嫌な予感がする。

 

「……どうした? 何かあったのか?」

「いえ……少しシステムが不調を。大した事は無いと思うんですが」

 

 そう言いながら、オペレーターは再度システムをチェックする。――嫌な予感は止まらない。

 

「……どのような不調だ?」

「いえ……転送システムに妙な形跡があるんです」

 

 転送システムに? そう疑問を浮かべるクロノに、オペレーターは頷いた。

 

「はい。そんな反応は全然無いのに、まるで誰か”転送して来た”かのような――」

 

    −軋−

 

 次の瞬間、ブリッジに小規模の振動が走った。管制陣が軽く悲鳴をあげる中で、クロノが素早く指示を飛ばす。

 

「何があった!?」

「は、はい! ちょっと待って下さい! ……え? 嘘……!」

 

 クロノの叫びに応えて、オペレーターがコンソールを操作し、艦内のチェックを行う。そして浮かべるのは驚愕の表情だった。

 

「どうした、報告を!」

「は、はい! 現在艦内に侵入者がいます!」

 

 オペレーターの報告に、クロノも一瞬、絶句した。

 此処は次元航行艦。しかも最新鋭の、である。どうやったら侵入出来ると言うのだ。

 

「侵入者は武装隊と接触後、戦闘を開始した模様。現在B区画で戦闘中!」

「嘘!? 武装隊から援護要請! 侵入者、押さえきれません!」

「落ち着け! 艦内カメラをスクリーンに、侵入者の姿を!」

 

 混乱するオペレーター陣を、一言でクロノは落ち着かせる。

 オペレーターも、クロノの命令に従い艦内カメラの映像を出した。そして、スクリーンに現れた侵入者の姿を見て、クロノは今度こそ完全に絶句した。

 

「――666、だと!?」

 

 そこに映るのは武装隊を一蹴する純粋なる黒。666、伊織タカトがそこに居た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 クラウディアの艦内通路は広い。天井もまた、高い。

 それはクルーにとっては便利かつ、心情的に安心出来る空間だ。

 しかし、それは艦内に侵入者が入ってきた場合、逆に守りにくくなる。

 それを、クラウディア常駐の武装隊、隊長は痛感していた。

 水糸が疾る――悲鳴が上がる。

 

 魔神闘仙術:天破水迅。

 

 その魔法は、艦内と言う限られた空間にあって尚、驚異であった。

 既に半分の隊員は戦闘不能となっている。その惨状を作りあげた666――伊織タカトは、こちらが放つ射撃魔法も、砲撃魔法も意に介さずただ歩き、障害となる者はただ潰す。

 そこにあるのは、もはやヒトとも思えぬ化生の類であった。

 疾る疾る。水の糸が、拳が。その度に隊員は一人ならずまとめて倒されていった。

 

「何が、目的だってんだ……っ!」

 

 苛立ちながら叫ぶ隊長は、既に戦える者が殆どいないのを悟る。

 たった一人にこの損害。有り得ない事だった。周りの隊員達はまだ戦おうと呻くが、”身体の構造上”、絶対に動けない怪我をそれぞれ負っているのだ。立ち上がれる筈がない。

 

 そして、ついに隊長の目の前に彼は立った。全く、唐突に――気配すら見せずにだ。その目はただただ無感情――。

 激昂する。隊員達を傷付けておいて、そんな瞳を浮かべるこの男に。

 

「このっ! ……クソッタレがぁぁぁぁ――――――――!」

 

    −撃!−

 

 デバイスを構え、砲撃を放とうとして――しかし、砲撃は左の掌にかき消され。隊長の腹に拳が当てられる。伊織タカトは、そのまま一歩を踏み込んだ――次の瞬間。隊長は、身体を衝撃が貫いた事を確信する。

 バリアジャケット越しに叩き込まれた衝撃。その一撃で自分の身体から力が抜ける事を自覚した。

 

 ――駄目だ、強すぎる……!

 

 隊長は、それすらも声に出せず、意識を失った。意識を失った彼を、タカトはぼんやりと見る。

 

「見事」

 

 ただそれだけを呟いた。目の前の隊長と、隊員達に対しての一言である。

 やがて、タカトは踵を返し、歩き始めた。向かう先は奥の士官室。その一室で歩みは止まった。

 タカトは扉を確かめて、ロックされているのを確認し――直後、扉に直蹴りを叩き込んだ。

 

    −撃!−

 

 快音と共に、扉は盛大に部屋の中へとすっ飛ぶ。

 タカトは自身が蹴り飛ばした扉の行方には目もくれず、部屋へと入った。

 やがて扉が部屋の奥にぶつかり、そして落ちる。構わず、ゆっくりと歩いた。

 その先には一人の女性――恐らくは局員だろう、本局の制服に身を包んでいる女性が居た。

 タカトは歩く。そして、女性の目の前に立った。

 

「う……gu……」

「よく頑張った」

 

 タカトは女性を見ながら、ただそれだけを呟く。

 

 女性は因子に感染していた――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……武装隊。全員、戦闘不能……」

「666。今はレイナ管制官の部屋に入って動いていません」

 

 矢継ぎ早に飛ぶ報告。それに、クロノはたった一つだけ嘆息した。……目を、閉じる。短いながらも共に過ごしたこの艦の事を。

 

「……全クルーに告げる。ただ今を持って、全員退艦用意。動ける者は武装隊、隊員他を回収後、脱出艇で脱出」

「……艦長……」

 

 退艦用意。それはつまり、この艦を諦める、と言う事か……? だが、クロノは淡々と言い放った。

 

「復唱はどうした?」

「……はい……」

 

 促され、復唱する。次いで艦内に退艦命令を放送した。それを聞きながら、クロノは席を立つ。

 

「艦長。どちらへ?」

「レイナ管制官の下へな。見捨てる事など出来ない」

 

 それを聞いたオペレーター達もついて行こうと席を立つ。しかし、クロノはそれを片手で制した。

 

「君達にはまだ、役目がある。近場に来ているのはアースラだな?」

「はい。先程、救難信号を出しましたが……」

 

 それを聞いて頷いた。アースラが着くまでの時間は三十分程。666を、その時間まで足止めする必要がある。

 

「レイナ管制官を救出後、僕は666を足止めする。君達はアースラと合流後、僕が時間稼ぎをしている事を知らせてくれ」

「……艦長……」

 

 666の侵入。しかし、逆に言えばこれはチャンスとも言える。何せ、普段は探すのにも苦労する相手だ。ならば、今ここで捕らえる。

 

「レイナ管制官は見つけ次第、脱出艇付近に転移させる。いいな?」

「……解りました。艦長、御武運を!」

 

 ブリッジ要員達が敬礼する。クロノもまたそれを返し、そしてブリッジを出た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 クロノは進む――自らの乗艦を。戦闘の後の為か、周囲はボロボロだった。それ程激しい戦闘があった事を意味する。

 既に武装隊員はいない。全員短距離転送で脱出艇付近に居るはずであった。

 後はレイナ管制官のみ。基本、本人か、その付近の局員の認証がなければ短距離転送は出来ない事になっている。意識がない人間に短距離転送はかなり危険だからだ。しかし、こう言った時には必要だな。と、クロノは考える。

 ……こんな事がそう起きるとも思えないが。そんな事を思いながら飛翔していると、レイナ管制官の部屋が見えた。扉は盛大に破壊されている。クロノは即座に飛び込もうとして――だが、途中で止めた。空を飛んでいた彼は、その場に止まる。

 何故なら666が現れたから、扉から漆黒を纏って。

 その手に抱えるのは刻印を刻まれたレイナ管制官だった。666――否、伊織タカトは、彼女を抱えて、クロノの前に立った。

 それを見て、クロノは歯噛みする。意識不明者となった部下を、そしてそれを出してしまった自らの失態に。

 

「……彼女から離れてもらおう」

「……」

 

 意外にもタカトはあっさりと従った。彼女を下ろし、三歩下がる。クロノは即座に短距離転送を開始。管制に念話で伝え、後を任せる。ややあって、彼女は転送された。それを確認し、改めてタカトに向き直る。

 

「……君は何故、この艦に侵入した? 彼女が目的だったのか?」

「答える義務は無い」

 

 クロノの問い。タカトはそれに答えない。感情すらも交えずに、ただこちらを見据える。

 

「なら、力ずくでも答えて貰う」

「どうやって?」

 

 クロノの宣言にタカトはただ尋ねる。その一言は挑発だ。乗る必要は、無い。彼は、タカトの疑問を黙殺した。そして懐から、黒と白銀のカードを取り出す。

 

「……666。いや、伊織タカト、と呼ぶべきだろうな」

 

 二つのカードはクロノの意思に応え、起動する。

 右に持つのは氷結の杖、デュランダル。

 左に持つのは漆黒の杖、S2U。

 その二つの杖は少し改造されていた。デュランダルはオートマチック型のカートリッジシステムを。S2Uはリボルバー型のカートリッジシステムをそれぞれ装備していたのだ。

 二つの杖が撃鉄を下ろし、カートリッジロードを行う。クロノは杖を左右に広げながら構えた。

 

「クロノ・ハラオウンの名に於いて、君を大規模騒乱罪を始めとした容疑で逮捕する」

 

 クロノは堂々と宣言する。それに対するタカトの反応はただ無感情――だが、たった一言でクロノに応えた。

 

「……やってみせてみろ」

 

    −煌−

 

    −撃!−

 

 次の瞬間、クロノのS2Uが吠え、砲撃を放ち。タカトは一歩を踏み込みながら砲撃を殴り飛ばす。

 

 ――黒と黒、時と天を己の名に持つ二人の戦いが始まった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 クロノは後退しながらS2Uをタカトへ向ける。カートリッジロード。

 

【ブレイズ・キャノン】

 

    −煌−

 

 S2Uから淡々とした声が漏れると、同時に光砲が放たれた。

 カートリッジを使用し、威力が増幅された砲撃がタカトへ向かう。……クロノはこの一撃でのダメージを期待していない。タカトの対魔力は絶大だ。純魔力砲撃であれを抜くのはかなり無理に近い。

 だが、対魔力では砲撃の衝撃までは消せない。クロノの狙いはそこにあった。だが、タカトはその砲撃に対して一歩を踏み込む。放つは左の拳。

 

    −撃!−

 

 着弾。砲撃を真っ正面から殴り飛ばす! タカトはその勢いのままクロノへとスルスルと近寄って来た。

 両者の距離6メートル。クロノはさらに後退する。今度はデュランダルをタカトに向けた。

 

【アイシクル・カノン】

 

    −凍!−

 

 放たれるは氷の砲撃。クロノは魔力変換資質を持たない。だが、その手に握るのは氷結の杖。カートリッジロードを行う事により、擬似的に魔力変換を行える訳だ。当然、カートリッジの使用量は増えるし、従来の変換資質保持者と比べてロスが多い。

 だが、タカト相手にそんな物は気にしていられなかった。放たれた氷の砲撃は、迷いなくタカトへと迫り――しかし、タカトはその砲撃に対して一つのアクションを取る。

 身体を投げ出すように宙へと駆け、身体を横に一回転。回し蹴り――その足には紅蓮の輝きが灯る。

 

「天破紅蓮」

 

    −轟!−

 

    −爆!−

 

 轟天爆砕! 氷砲に叩き込まれた紅蓮は、直後に天井にまでそびえ立つ炎柱として顕現した。余波である衝撃が、辺りにぶちまけられる。

 さらに氷と炎の激突で大量の水蒸気が発生した。だが、クロノは慌てない。デュランダルを掲げる――カートリッジロード。

 

「凍てつけ!」

【アイシクル・ケージ!】

 

    −凍!−

 

    −結!−

 

 直後、周囲の水蒸気が纏めて凍り付いた。氷牢――それは、まさしく氷でできた牢屋であった。これで、身動きを封じる算段である。……だが、そんなものが通じる相手でも無かった。

 

「天破疾風」

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 暴風を詰め込んだ拳が、氷牢を一撃で薙ぎ払う。タカトだ。天破疾風の一撃は、氷の牢を完膚なきまでに破壊したのである。

 破壊された氷が結晶となって降り注ぐ。幻想的な光景だが、今此処に居るのは二人の戦士。そんな物になど構わなかった。

 さらに距離を詰めるタカト。クロノは後退を止めない。両者の距離、4メートル――カートリッジロード。

 

【スティンガースナイプ】

 

 掲げるはS2U。この魔法は、その操作性からクロノが最も信頼する魔法だ。それをタカトに向け、放つ!

 

「ショット!」

 

    −閃−

 

 光射が放たれる。その光は、クロノの意思に従い、タカトに迫り、彼は砲撃と同じく拳を叩きこもうとした。

 だが、拳が空を切る。クロノの操作だ。スナイプは右の拳をスルリと抜けながらタカトの胸に向かった。

 ――クロノの目的はタカトの足止めだ。いちいちタカトの距離で戦うのは自殺行為。ならば後退しながらダメージを与えていくしか無い。

 幸いにもタカトの遠距離攻撃は少ない。少なくとも、艦内で使える物など天破水迅くらいだろう。

 光射は迷い無く突き進む――当然ダメージは無いだろうが、足止めだけでも充分効果がある。

 ……それが、当たれば。次の瞬間、クロノの視界からタカトの姿が消えた。

 

「なっ……!」

 

 そして、クロノの背筋を悪寒が走る!

 クロノは勘に従い、背をイナヴァウアーよろしく反らした――直後に、クロノの顔があった部分を何かが通り過ぎる。

 

 ――拳。いつの間にかタカトはクロノの真横に移動しており、顎を撃ち抜くように横からアッパーの要領で拳が放たれたのだった。

 ぞっとしながら拳を躱したクロノは後退しようとすると、同時に視界が回転した。

 

「っ!?」

 

 足払い。タカトは真横に移動すると同時に、右の足をクロノの左足へと掛けていたのだ。当然、後退しようとすればひっくり返る。

 しかし、そこはクロノ。日頃の鍛練の賜物か、転倒を免れ、くるりと一回転。両の足を揃えて空中に制止してのけた――が、この時に限っていえば素直に転倒するべきだった。

 気付けば、正面に密着せんばかりに踏み込むタカトの姿がある!

 拳がバリアジャケット越しにクロノへ当てられる――。

 

    −撃!−

 

 ――直後、凄まじい衝撃が身体を突き抜けた。

 

「ぐっ、つぅ……!」

「……ぬ?」

 

 叩き込まれた衝撃にクロノの意識は飛びかける。だが、ギリギリで踏み留まった。お返しとばかりに放たれるは円の軌道を描くデュランダル。

 タカトはその一撃を屈む事でやり過ごした。振るった一撃にクロノは体を泳がせる。その表情は、苦虫を噛み潰したがごとく歪んでいた。

 クロスレンジでのタカトの技量はクロノの数段上だ。このままではじり貧どころか、即座に潰されかねない……!

 タカトが身を起こすと同時にクロノは打撃を警戒して、後退。だが、タカトはクロノを逃さず、その襟首を掴んだ。

 

 ――打撃じゃない!?

 

 そう思った、次の瞬間に、再度クロノの視界が回転する。タカトが仕掛けたのは、変形の内股だった。180度回転する――そのままタカトは止まらない。

 空いた左手でクロノの顎に掌を当てると、一気に押し込む! クロノの脳天に衝撃が走った。

 頭頂部から床に叩き込まれたと理解する時には、クロノの身体は仰向けに倒れていた。

 

「ぐっ……! っう!」

 

 視界が歪み。意識が飛びそうになる。だが、次に視界に飛び込んだ光景を見て、一気に意識が戻った。視界に映るのは、踵を振り上げたタカトの姿だった。足には炎。天破紅蓮! このままでは死ぬ――!

 クロノは殆ど無意識のまま、ラウンドシールドを前方に展開した。その中心に容赦無く、紅の蹴りが叩き込まれる!

 

「天破紅蓮」

 

    −轟−

 

    −爆!−

 

 クロノの意識が、今度こそ間違いなくすっ飛んだ。

 だが、あまりの痛みに意識が直後に戻る。身体が冗談のように撥ねたのを自覚した。

 クルクルと回り、落下するクロノに下からタカトが踏み込む。両の手には雷の輝きが灯っていた。

 それを見ながら、クロノはしかし諦めない! カートリッジロード。デュランダルとS2Uが同時に撃鉄を下ろす。

 宙で何とか体勢を整えるクロノに、タカトはそれを待たない。止めとなる一撃を放つ――!

 

「させるかっ!」

 

 吠える。それがキーとなり、二つのデバイスが咆哮に応えた。雷撃と双発の砲撃が交わる!

 

「天破震雷」

【ブレイズ・キャノン】

【アイシクル・カノン】

 

    −轟−

 

    −煌−

 

    −爆!−

 

 直後、ぶつかりあった互いの攻撃で、光の飽和現象が起きた。続いて起きるのは、衝撃が音速を越えて発生するソニックブーム。そして、熱と共に舞い上がるは爆炎だ。同時に煙が一斉に立ち込める。

 クロノはその煙を突っ切るように、水平にすっ飛んで壁に衝突した。

 

「ぐっ……!」

 

 衝撃が身体を貫く。バリアジャケット越しでも尚、衝撃は殺せなかった。

 コホコホと咳込みつつ、だがクロノは切り札を用意する。自身は満身創痍だが、まだ戦闘は可能なレベルだ。

 思わず頑丈に産んでくれた母と父に感謝しつつクロノは思考する。

 ――この状況。もし、クロノがタカトならば追撃に使うのは”あの技”の筈だ。

 視界は煙で0。ならば最も範囲が広く。また、捜索に向いたあの技を!

 カートリッジロード。デュランダルから空薬莢が飛び出す――そして、クロノはその一声を聞いた。

 

 −トリガー・セット−

 

「天破水迅」

 

 放たれるは緻密極まる水の糸。その精密攻撃とも呼べる技は、クロノにとって待ちに待ち望んでいた技だった。

 水糸が迫る――クロノは倒れたまま、デュランダルを水糸に叩き付けた。

 

【アイシクル・インパルス!】

 

    −氷−

 

    −爆−

 

「っ……!」

 

 直後、響くは”タカト”の声。クロノはそれを聞いて、自分の策が上手くいった事を確信した。

 

 ――煙が晴れる。そこには、身体の致る所に切り傷を受けたタカトがいた――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 クロノはゆっくりと身体を起こし、自らの状態を確認した。

 骨折等はないが、紅蓮を始めとした各攻撃によるダメージで少々不調。しかし、戦闘の続行に支障は無い。

 マグチェンジ。デバイスにカートリッジマガジンを装填する。そして、前方を見た。タカトだ。その身体は全身切り傷だらけ――当たり前だ。何しろ”自分の攻撃”なのだ。多少のダメージは無くては困る。

 

「……驚いたものだ。まさか、水迅の特性を利用するとはな」

 

 タカトが無感情のまま言う。それにクロノは頷いた。

 

「君の戦闘データーは見ていたからな。……あの技。天破水迅と言ったな? ”高密度に圧縮した水”を糸のように捩れ合わせて操作する魔法。だが、あの水糸は必ず君の手に大元の水がある。ならば凍りつかせてはどうかと思ったんだが」

「見事、だな。まさか俺の制御を奪い。水を凍りつかせるとは」

 

 そう、クロノが行ったのは放たれた水糸を凍り付かせて、タカトの大元の水も凍り付かせると言うものだった。水は凍ると体積が増える。

 タカトの水糸は相当量の水を高密度の水糸として圧縮して操作する技である。故に、凍り付かせて制御を奪われた水糸は、そのままその莫大な量の水が氷となり体積を増やしてタカト自身に襲い掛かったのだ。

 これが、クロノが考えたタカトに対してのアドバンテージ。”その1”である。

 

「だが、二度同じ手は通じないぞ?」

「……ああ、そこまで期待してはいない」

 

 クロノは再び愛杖を構える。タカトは 相変わらずの自然体。数秒、睨みあい――そして。

 カートリッジロード。それを契機に、タカトは駆け出し、クロノは右のデュランダルからアイシクル・カノンを放った。二人の戦闘は、第二局面を迎える――。

 

 クロノは今度は後退せずに、前へと前進した。それにタカトは訝しみながらも、歩を止めない。

 

【アイシクル・ランサー】

 

 そして、クロノの周りに氷の槍が形成された。その数三十。

 

「ショット!」

 

 即座に、氷の槍が放たれる。だが、タカトは前進を止めない。左右の拳が風を巻いた。

 

「天破疾風」

 

    −撃!−

 

    −撃!−

 

 左右の疾風が、氷の槍を容赦無く蹴散らした――と、同時に、タカトが凄まじい速度で踏み込んで来る!

 瞬動だ。異母弟のものより尚早く、尚滑らかな高速移動。それを持って、クロノの眼前に移動する。クロノは慌てて後退するが、しかし遅い!

 

 ――タン。

 

「なっ――?」

 

 そして、クロノは目を見張って驚愕した。自分は後退した筈である。なのに、何故タカトと自分の距離が寸分も変わっていないのか――!?

 

 ――縮地。その一歩に届かぬ所なし。そう言われる技法だ。その実態は、仙技、”空間跳躍歩法”であった。

 タカトは切り札ともなるこの技を、クロノ相手に開陳して見せたのだ。

 

「上手く防げ? 死ぬぞ」

「っ――!?」

 

 ぽつりと告げられた言葉に、心底恐怖し――だが、クロノは左のS2Uをタカトへと振り放った。カートリッジ・ロード。

 それに対するタカトの動きは一つ、順手での突きであった。

 S2Uがタカトに叩き込まれるも、ダメージを与えられず。クロノはその突きを受けて数メートル後退し――クロノはそこで異変に気付いた。

 タカトの突きは風を纏っていた筈だ。”この程度”の威力な訳が無い――。

 次の瞬間、タカトが突きを放った拳を折り曲げ、左手を肘に沿る。

 

 ――風が動いた。

 

 そして、タカトはその一撃の名を呼ぶ。

 

「天破疾風。”改式”」

 

 集う、集う、集う、集う集う集う集う集う集う! 風が集う!

 クロノは気付く。この周囲の風が今、クロノに向けて疾っていると。

 

「先程の礼だ。受け取れ、クロノ・ハラオウン」

「く、あ!」

 

 逃れようとするが、さっきの一撃に纏った風がクロノを縛っていた。動けない……!

 

 ――ならば。

 

 クロノは回避も防御も諦め、ある魔法を発動させる。その魔法の発動と、タカトの技の発動は全く同じタイミングであった。

 

「天破乱曲」

「ストラグル――!」

 

    −轟!−

 

    −縛−

 

 二人の魔法は交差し、そして互いにその効果を発揮したのであった――。

 

 

(後編に続く)

 

 

 




はい、第十五話(前編)でした♪
ちなみにStS,EXは、なのは登場キャラ現在リスペクトをタグに入れているように、死亡キャラ以外の殆どのキャラが出る上、特に男性キャラが活躍します♪
ユーノとかクロノとか、クロノとか、ユーノとかユーノとか(笑)
もちろん二人以外にも活躍しますので、お楽しみあれ♪
では、第十五話後編をお楽しみに♪


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第十五話「時と天」(後編)

はい、第十五話後編であります♪
クロノVSタカト決着!
ちなみにテスタメント、クロノとユーノはとあるSSの関係で非常に思い入れがありまして(笑)
にじふぁん時代では、そのリビドーをぶつけるかのように書いたのを覚えております(笑)
と言うか、半ばここからタカトが主人公やってるよーな(笑)
666編だし、いいよね?
……うん、ツッコミ待ちです(笑)
では、第十五話後編どぞー♪


 

 クロノ・ハラオンは床に倒れていた。天破乱曲と言う技を受けて。天破乱曲は、疾風のように拳に纏った風を叩き込む技ではない。風を周囲から捻れ合わせて、全身に万遍なく叩き込む技だ。

 言うなれば絶対回避不能攻撃。しかも、座標特定の為に振るわれた拳による風の拘束付き。普通ならば風圧でミンチになるか、最低でも全身骨折は免れまい――。

 

 ――普通ならば。

 

 クロノはゆっくりと立ち上がる。身体の様子をすぐにチェック。――全身打撲と言った所か。しかし、軽い方だろう。

 クロノはフッと笑う。策が上手くいったと。

 

「……成る程、な」

 

 声が聞こえてきた。666こと、伊織タカトの声だ。声には純粋に驚きの響きが交じっていた。

 

「これが、貴様の本来の戦い方な訳だ?」

「ああ。僕は元来まともな戦い方には向いていなくてね」

 

 タカトは左手を振るう。そこには、リング状の光の拘束具が嵌められていた――リングバインドだ。

 

「しかし、純正の物でもない。これには”拘束能力”が一切ないな?」

「その通りだ。伊織タカト。それは拘束能力を一切廃して、ある能力を付与した魔法だ。名を」

 

 ――ストラグル・リングバインド。

 

 そう呼ぶと、クロノは告げる。この魔法はかのストラグル・バインドの派生――いや、”変型”だ。

 この魔法に拘束された対象は強化魔法、変身魔法を解除され、そして”魔力出力減衰”の効果を付与される。

 つまり、今のタカトは身体能力も魔力も弱体化している状況と言う訳だった。先の天破乱曲を放たれる直前に、叩き込んだS2Uに仕込んであったのだ。ギリギリのタイミングだったが、上手くいった。

 

「だが、これではまだ、ハンデには届かないぞ? せいぜい、力の五分の一程度の弱体化では、な」

「……寧ろ、それを受けてその程度と言う事に僕は脅威を覚えるがな」

 

 タカトの台詞を聞いて、クロノは苦笑いを浮かべる。

 かのエース・オブ・エース、高町なのはでさえ、これを受ければ最大瞬間発生魔力を三分の一まで抑えられるのだ。

 実質、目の前の男はクロノが今まで出会った中でも最大の瞬間発生魔力量を誇っている事になる――だが。

 

「それはあくまでリングバインド。四肢に取り付けられれば、君とて取り押さえられる」

「それを俺が許容すると?」

 

 タカトが笑いながら尋ねる。当然、クロノとてそんな事は考えていない。

 

「もう一度、しかし違う言葉で言おう。伊織タカト、君を”無力化”する」

「……出来るものならば、な」

 

 そして互いに浮かべるのは不敵な笑顔――直後、クロノの二つの愛杖はカートリッジロードを行い、タカトは踏み込む。

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 放たれる一撃は互いへと炸裂し、爆音が周囲に撒き散らされた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「クラウディアからの脱出艇、収納確認出来ました」

「うん。脱出艇には医療班を向かわせてな?」

「はい。シャマル先生に連絡を取ります」

 

 報告を聞きながら、はやてはふぅと息を吐く。

 アースラは現在、クラウディアからの救難信号を受けて、向かっている最中だった。その途上で脱出艇を発見したのである。その収容が、たった今完了した所だ。

 

「クロノ、いるかな?」

「正直、おるとは思えんけどね」

「クロノ君、だもんね」

 

 フェイト、はやて、なのはは、一様に暗い顔になる。クロノとは長い付き合いだ、フェイトに至っては義妹である。故に、こんな事態に於いてクロノが艦を見捨てる、と言う選択肢を取らない事が解ってしまったのだ。

 

「艦長、クロノ提督ですが――」

「うん」

 

 シャーリーからの報告。クロノが脱出艇に乗っているかどうか、それを調べて貰ったのだが、結果は予想通りだった。クロノは一人、クラウディアに残っているらしい。

 

「時間稼ぎ、か」

「クロノ君らしいって言えばそうなんだけど」

「クロノ……」

 

 三人はやっぱりと溜息をつく。クロノは昔からそう言う所があった。誰よりも現実主義者のくせに、率先して自分を犠牲にしようとする所が。

 結婚し、子供を設けてからはそんな所が消えたように思えたのだが――人間、そう簡単には変わらないと言う事か。

 

「艦長。脱出艇に乗っていたクラウディアの管制官から、クラウディアの艦内カメラへの直結許可を貰いました!」

「ホンマ? シャーリー、すぐに繋いでや」

 

 思わぬ報告にはやては歓声を上げて、指示を出す。了解とシャーリーは返し、コンソールを操作。メインモニターに、クラウディアからの映像を出そうとする。

 しかし、モニターに映る映像はザーと言う馴染み深い物だった。

 

「す、すみません。ちょっとカメラとのリンク。暫く時間掛かるみたいです……」

「しゃあない、な」

 

 シャーリーが済まなそうな顔をするが、これはシャーリーの咎と言う訳でもない。焦れる気持ちを抑えながら、はやては頷く――と、念話通信が来た。シオンだ。

 

《はやて先生》

「シオン君か? どないしたん?」

 

 その通信に、はやては訝し気な表情をする――さらに警戒も。

 何せ、666絡みの事件だ。シオンの動きにも警戒しなければならない。彼の復讐は、何も終わっていないのだから。

 

《アースラの転送システムは使えないんですか?》

「最初に試した通りや。クラウディアの転送システムに不具合があるんやろうな。繋がらないんよ」

 

 ……そう。最初はクラウディアに直接前線メンバーを送ろうとしたのだ。

 しかし、向こう側の転送システムが壊れているのか、転送不可能な状況だったのである。……実際は、タカトが侵入した際にクラウディアの転送ポートの重要部品を天破水迅で破壊していたのだが。

 

《クラウディアの現在座標は解っているんですよね? なら、転送ポートを使った転移じゃなく、通常転送なら?》

「あかん、却下や。今の艦内がどないなってるか解らん以上、不用意な転送は許可出来ん」

 

 シオンの提案をはやてはスッパリと却下する。そもそも、アースラにはクラウディアの設計図なぞ無いのだ。下手に転移すると壁とかにはまり込む事になる。最悪、二人の戦闘の真ん中に出現する事になるかも知れないのだ。そんな危険な状態での転移なぞ、認められる筈もなかった。

 

「……シオン君、気持ちは解る。でも、焦ったらあかんよ?」

《俺は、焦ってなんか――》

《焦ってんでしょうが、この馬鹿》

《そうだよ。シオン》

 

 否定しようとするシオンに、二つの声が重なる。ティアナとスバルだ。彼女達は、さらに続けた。

 

《まったく……もう一発殴られないと解んないのかしら、この馬鹿》

《……馬鹿馬鹿連発してんな。暴力娘》

《何ですって? スバルはともかく、私はそんな事言われる筋合いないわよ!》

《ちょ、ティア! 私がって、そんな事ないよ!?》

《いや、スバル。お前は否定出来ないだろ? 俺、真剣にあの世に行く覚悟決めたぞ。あの一撃》

《ああ、やっぱり?》

《えぇ!? て、ティアも納得したように頷かないでよー!》

「あぁ、なんか青春しとるな〜」

「緊張してないのは良い事なんだけど」

 

 はやてを始めとして、ブリッジに苦笑いが広がる。――シオンは、あの二人がいる限り大丈夫だろう。もう、自分を見失う事は無い。そう思わせる会話だった。

 

「取り敢えず三人共、出撃前なんやからもうちょっと静かに、な?」

《《《……すみません》》》

「でも、元気があるのは良い事だよ? 三人共、そのままの気持ちでね?」

《《《はい!》》》

 

 はやてが流石に窘め、なのはが続けてフォローする。実際666を相手にしようと言うのに、気負いが無いと言うのは良い事だった。

 

「艦長。クラウディアまであと十分です」

「了解や。前線メンバーはヘリに待機してや。ヴァイス君、アルト、よろしくな?」

《了解! 任せてくださいや!》

《はい! こちらも準備完了です!》

 

 ヴァイス、アルト――二人のヘリパイロットからの返答に、はやては頷く。クラウディアに到着後、前線メンバーを送り届けるのは彼等の役目なのだから。時間との勝負となる今回に於いて、二人は頼りになる

 

「艦長、カメラ繋がります!」

「うん。ならメインモニターに出してな」

 

 はやてが頷き、メインモニターが呼び出される。

 クラウディアの艦内カメラが一つ一つ映され――やがて、メインモニターにある光景が映し出される。

 

 ――はやて達はその光景を見て、一斉に驚愕した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――時間は遡る。クロノとタカトの戦いまで。

 

 クロノは左のS2Uを掲げ、カートリッジロードを行うと、振りかぶった。

 

【ブレイズ・セイバー】

 

 直後、S2Uの先端から魔力刃が発生する。カートリッジロードの恩恵もあり、その刃はほぼ2メートル程。クロノは、それをタカトに向けて真上から振り下ろした。

 しかし、タカトは半身でその一撃を躱し、同時に一歩をクロノに踏み込む。振るうは左の拳、風巻く一撃だ。

 

 −トリガー・セット−

 

「天破疾風」

 

    −撃!−

 

 放たれる拳は真っ直ぐに突き込まれて来る――疾い! クロノは、反射的にデュランダルを向けた。

 ラウンドシールド。円形の魔法陣のど真ん中に暴風を詰め込んだ拳が叩き込まれた。シールドが軋む。……が、破壊されない。

 これだけでもストラグル・リングバインドが効果を発揮しているのが解った。――だが。

 

 ――長期戦は不利、か。

 

 クロノはそう判断した。タカトの術制御、構成能力は一見無造作に見える。しかし、実際は緻密かつ精密。クロノにさえ真似出来ない程の精緻な構成能力なのだ。

 そんな彼が、SR・バインドを解呪(ディスペル)しない訳がない。そう考えつつも、クロノはタカトに砲撃を叩き込もうとする――直後、タカトの姿を見失った。

 

「……っ!」

 

 先程と同じだ。瞬間移動にも等しい歩法。クロノは左右を瞬時に見るが居ない。

 

「何処を見ている?」

 

 ――――っ!

 

 声が聞こえた。後ろから。そして感じるのは背に背が触れた感触。即座に、クロノは迷わず溜めていた砲撃を敢えて、”暴発させる”。

 

 ――間に合え!

 

「天破紅蓮”改式”」

 

 タカトの声が響く。それと同時に、クロノの砲撃が暴発した。

 

「天破爆煌」

【アイシクル・カノン】

 

    −轟−

 

    −氷−

 

    −爆!−

 

 クロノの意識は、一瞬刈り取られそうになった。

 しかし、何とか繋げる――助かった。

 砲撃の暴発が、タカトの爆発技を防いだのだ。密着状態で放つ技に、クロノは戦慄する。あの威力の技を、通常動作と変わらぬ状態で放つなど、反則にも程があった。

 吹き飛ばされた勢いのまま身体を回転させる。続いて、すぐに両のデバイスをカートリッジロード。タカトに向き直る――が。

 

 ――トス。

 

 そんな音が響いた。クロノは呆然と右肩を見る。そこには5センチ程の穴が開いていた。次に来たのは激痛だ。しかし、それすらも次の言葉に掻き消される。

 

「天破水迅”改式”」

「っ――――!」

 

 響く声に、クロノは激痛を無視してシールドを張る。だが、視線の先にいるタカトは構わない。

 指に纏うのは水――だが水糸ではない。タカトはまるで矢のようにそれを纏めていた。

 

「天破鏡矢」

 

    −撃!−

 

 次の瞬間、シールドに重い衝撃が走る。クロノはそれに歯噛みをした。タカトには射撃系の魔法は無いと踏んでいたのだが、とんでもない。今、タカトは少量の水を弾丸として放っている。これでは先程のように凍りつかせて、制御を奪うような真似は出来なかった。

 そして、連発。シールド越しの衝撃に、手が痺れていくのを自覚する。

 やがて水矢を放ち終えたタカトが、瞬時にクロノに向かい駆け始めた――疾い!

 クロノは即座にシールドを解除すると、両のデバイスをカートリッジロードする。向けるのは右、デュランダルだ。

 

【アイシクル・セイバー】

 

 現れたのは氷の刃。長さはブレイズセイバーと同等だ。クロノはそれを腰溜に放つ――タカトは止まらない。躱す事もせず、左の拳を氷刃に叩き付ける!

 

「天破疾風」

 

    −撃!−

 

    −砕!−

 

 風巻く拳に、アイシクルセイバーが容赦無く砕かれた。その勢いのまま、タカトは左足でクロノに踏み込んで来る。

 

「く――っ!」

 

 右の回し蹴り。予備動作すらも廃いしたその一撃に纏うは炎。

 

「天破紅蓮」

 

    −轟!−

 

    −爆!−

 

 叩き込まれた回し蹴りから紅蓮の炎が爆発し、クロノは盛大に焼かれながら吹き飛んだ。だが、しかし。

 

「ちっ」

 

 タカトが短く舌打ちする。紅蓮の威力が相応に下がっていたのだ。その右足に灯るはリングバインド。SR・バインドだ。

 それを見て、クロノは転がりながら笑みを浮かべる。紅蓮の一撃を回避も防御も不可能と悟ったクロノは、S2Uを紅蓮が来るかも”しれない”方向に放ち、そして永唱完了したSR・バインドを仕掛けたのだった。

 結果は成功。基本、こう言った博打を嫌うクロノだが、悪くないと口元を歪ませる。

 そして、転がる勢いを利用して立ち上がる――が。居ない、タカトが。

 

 ――どこ、だっ!?

 

    −撃!−

 

 直後、クロノの意識が飛んだ。顎を蹴りで撃ち抜かれてだ。それを放ったのは、当然タカト!

 クロノが起き上がるタイミングを見計らい、縮地で懐に潜り込んで顎を蹴り抜いたのか。

 盛大に脳を揺さぶられ、瞬間だけクロノの意識がカットされる――タカトがそんな隙を逃さす筈が無かった。

 クロノの首を捕まえると同時、一気に駆け出す。向かう先はクラウディアの壁。そのままの勢いで、タカトはクロノを壁に叩きつける!

 

    −撃!−

 

「ぐっ!?」

「ひゅっ!」

 

 叩きつけられた衝撃で、息を詰まらせたクロノに聞こえたのは短い呼気。

 直後に、拳と蹴りの乱撃が放たれた。今のタカトの身体能力や魔力はおよそ半分程。故に、魔力攻撃や単発攻撃に頼らない攻撃方法に切り替えたのである。幸い速度は殺されておらず、これは図に当たった。

 放たれる乱撃に、クロノは全身をズタボロにされていく。そして、止めとばかりに顎を右の拳で撃ち抜かれた。

 

「か、う……」

「天破――」

 

 乱撃に加え、再度顎を撃ち抜かれた事によりクロノの意識はほぼ完全に絶たれる。その上で振るわれんとしているのは天破疾風の一撃であった。

 クロノはそれを、絶たれた意識でぼんやりと見る。胸中に浮かぶのは、やはり勝てないのか? との思いだ。かつて、クロノはこう言った事がある。

 魔法戦闘で大事なのは状況判断力とそれに応じた魔法行使だと。だが、目の前の男を見てその考えは揺らぐ。

 なのは達もそうだった。万全の策を、あらゆる不利な条件も踏み潰す。戦いに置ける”天才”。目の前に居る男は、まさにその具現だ……。だが、しかし。

 

 頭に過ぎるのは母――。

 

 しかし……。

 

 次に過ぎるのは仲間達――。

 

 しかし。

 

 そして義妹――。

 

 しかし!

 

 そして最愛の……!

 

「ウォォォォォォ!」

 

 その顔が、妻と子供達が脳裏を過ぎった瞬間、クロノは意識を取り戻した。

 死ぬ訳にはいかない。こんな所で、終わる訳には行かない……!

 カートリッジロード。クロノはS2Uを振り放つ――三つめの切り札を!

 

「――疾風!」

【ブレイク・インパルス!】

 

    −撃!−

 

    −爆!−

 

 直後、交差を果たす拳と杖。勝利したのは杖だった。

 タカトのグローブ状のバリアジャケットが引き裂かれ、左手に裂傷が走る。同時に、S2Uに皹が入った。

 ――ブレイク・インパルス。固有振動を対象にぶつけ、破砕する魔法である。

 クロノはタカトの戦闘データを見ていて、唯一完全に防げない攻撃があるのを発見していた。スバルのIS、振動破砕だ。故に、自分の固有振動波が通じるのではないかと予想した。……ただでは通じないとも。

 タカトにダメージを与える為には、通常の数倍に匹敵する威力が求められたのである。故にこれは切り札。S2Uを損傷させる程の振動波を起こさせるように、魔法を事前に改造していたのだ。

 ……使いたくは無かった。クロノはそう思い、しかし迷わない。

 振動波で今度は逆にタカトが吹き飛ぶ。千載一遇のチャンス、これを逃すクロノではない。マグチェンジを行い、即座にカートリッジロード。

 使用するカートリッジは、それぞれ一発を残して全弾。

 それはクロノの限界ロード数を越えた数だ。クロノは、体内に渦巻く魔力に体が耐え切れず、内臓が傷付けられる。

 吐血。クロノの口から血が溢れ出す。しかし、クロノはその膨大な魔力を制御しきった。

 

【アイシクルブレイド】

【スティンガーブレイド】

 

 二つのデバイスもその魔力に耐えられない。微細な皹が入っていく。だが、デバイスもまた主人の思いに応えるかのように、その魔力を凌ぎ切った。

 タカトは吹き飛ばされながらも、体勢を整える。床を削り、両の足で滑りながら制止した。

 次に見たのはタカトを持ってしても信じられない光景だった。

 

    −刃−

 

−刃、刃、刃、刃、刃、刃、刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃!−

 

 3メートルを越す刃の葬列。その数は軽く四百を越える。通路中に現れた氷と光の刃。切っ先の全ては、タカトに向けられていた。

 そしてクロノは叫ぶ。処刑を意味する断罪の一撃の名を!

 

「エグゼキューション・シフトっ!」

 

    −砕ー

 

−砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕−

 

    −砕!−

 

 クロノの叫びに応え、一斉に放たれた刃の葬列は、迷う事無くタカトへと叩き込まれた。刃の絨毯爆撃とも呼べるものに、煙りが立ち込める。衝撃が、クラウディアを揺るがせた。威力はSを超えて、SSに確実に届く。あるいは超えている。

 クロノは放たれ続ける刃の群れの中で、血を吐き続ける。デバイスの皹も広がっていく――放たれる。放たれ続ける。

 刃が全てを蹂躙し、消し飛ばす。一人に向かって放つ量では無い。完全なオーバーキルだ。

 

 ――しかし。

 

 クロノは予測する。あの男は倒れないと。この程度で倒されるのならば、既になのは達に倒されている。

 故にクロノはさらに永唱した。そして、見る。母から贈られた杖。ずっと共にいた愛杖を。

 

「S2……いや」

 

 クロノはなれ親しんだ愛称ではない。本当の名を呼ぶ。

 

「ソング・トゥ・ユー。済まない。そして……ありがとう」

【お気になさらず】

 

 S2Uは……意思を持たない筈のストレージデバイスは、しかし確かにクロノに応えた。

 クロノは微笑み、次いで眼前を睨むと、”それ”を仕掛けた。S2Uの最後のカートリッジをロード。

 

 後退する――。

 

 ――煙りの中に彼は立っていた。そう、まだ立っていた。伊織タカトだ。

 彼は全ての刃を防ぎ切っていたのである。

 疾風を纏い、水迅で薙ぎ、紅蓮を放ち、震雷で滅ぼす!

 そして、最後の刃を消し飛ばすと同時に駆け出した。

 向かうは正面に佇むクロノだ。先の魔法で力尽きたか、動くことは無い。右拳に風を纏う――影が見えた。その影に、タカトは決着となる一撃を放つ。

 

「天破疾風!」

 

    −撃!−

 

 暴風巻く拳は、クロノへと確かに叩き込まれ――砕いた。確かに砕いた。”漆黒の杖”を。

 幻術! タカトはそれに驚き、しかし、驚愕はそこで止まらない。杖がたった一言を砕き切られる前に呟いたからだ。

 

【ストラグル・バインド】

「っ――!」

 

    −縛−

 

 失策に気付き、後退しようとするタカト。だが、間に合わない。

 杖を基点として光が彼を拘束していく。普通なら意に返さないそれも、今の弱体化したタカトには充分な拘束力を持っていた。

 そして眼前から迫るのはクロノ!

 カートリッジロード。右手に握る白の杖から、氷刃が生えた。それを抱えるように、クロノは走る。

 タカトに魔力ダメージでの敗北は望めない。ならば致命的なダメージを与えて敗北させる!

 走る、走る――タカトはそれを見るしか出来ない。もがくも、ストラグルバインドは解けない。それでも、無理矢理に右手の拘束を破った。だが、遅い!

 

 ――勝った!

 

 クロノは勝利を確信して、懐に潜り込む。

 そんな彼にタカトが浮かべたのは一つの笑み。そして一言だ。

 

「見事だ。クロノ・ハラオウン」

 

 自分を褒め讃える声。直後、次の言葉が世界に響いた――。

 

 −神の子は主の右の座に着かれた−

 

    −斬!−

 

    −撃!−

 

 ――そして、二つの影は互いにぶつかり、決着はつけられた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 アースラ、ブリッジ。そこに居る全ての人は、その光景を見ていた。同時に響くのは、叫び。

 

「クロノ――――っ!」

 

 フェイトの切ない、切ない叫びであった。

 メインモニターに映るのは、クロノと666こと伊織タカトだ。二人は重なるようにして立っている――しかし、異様な点が一つだけあった。

 

 ――手、だ。

 

 クロノの”背中より飛び出た手”。左の肩を貫いて、タカトの手が飛び出していたのである。

 

 致命傷、あるいは即死しているかもしれない程の傷であった。そして響くのは一言だ。タカトの一言。

 

《見事だった。クロノ・ハラオウン。敬意を表し、その名を俺は生涯、忘れない》

 

 ――次の瞬間。映像が途切れた。

 

「っ――! シャーリー!?」

「すみません! カメラが……! 何で、こんな時にっ!?」

 

 悲鳴を上げるシャーリー。コンソールを必死に操作し、繋げようとする。だが、カメラは繋がらない。ザーと、言う音を立てるだけであった。

 

「ルキノ! 後、何分でクラウディアに着く!?」

「後、五分――いえ、二分下さい!」

 

 叫び、続いて前線メンバーにヘリで待機するように指示を出すはやて。

 アースラメンバーが慌ただしく動く。

 あの傷。そして、出血量と時間――どう考えてもギリギリだった。

 

「私達も……! フェイトちゃん!」

「……っ! うん!」

 

 なのは、フェイトも我に返るなり駆け出した。今は嘆いている場合ではない。一刻も早く助けなければならない。はやては呻き、呟いていた。

 

「クロノ君……! どうか、どうか……!」

 

 そして二分後、アースラはクラウディアへと到着した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……ごっ……ふ……」

 

 ――クロノは既に痛みを感じていなかった。口の中にあるのは血だ。尋常な量では、ない。そして悪寒。ただただ、寒い。

 

「絶・天衝」

 

 タカトは呟く。それは、彼が放てる最強の技の名だった。クロノは息をしようとして――出来ない。

 ただ血を吐き続けるだけ。片方の肺が潰されているのだ。呼吸はともかく、気道に血が溜まっている。そんなクロノに、タカトの声が響く。

 

「見事だった。クロノ・ハラオウン。敬意を表し、その名を俺は生涯、忘れない」

 

 クロノはその声を聞きながら、自らが生んだ血の海へと沈んだのであった――。

 

 

 

 

 タカトはクロノを見遣る。そして、自身も片膝をついた。口に浮かぶのは笑いだ。苦い、笑い。

 

「まさか、”相打ち”とは、な……」

 

 そう言いながら押さえるのは、左の腹。そこからは血が溢れていた。

 ――あの時、タカトは右手の拘束を破り、そしてオリジナルスペルを紡いで技を放った、絶・天衝を。

 しかし、タカトの目論みはクロノに潰された。タカトは絶・天衝でデバイスごと貫こうとしたのだが――。

 

「――まさか、デバイスを持ち替える、とはな」

 

 クロノは瞬時に、抱えていたデバイスを右手のみで持ち、突き出したのだ。意識的かどうかはさておくが、見事としか言いようが無い。

 タカトはクロノを見る。この出血量ではあと数分もしないうちに死ぬ。 ……タカトはそれをしばし見て、やがてクロノのデバイス。デュランダルを手に取った。

 

「上手くいくか、な」

 

 そう呟くと、右手に666の魔法陣が展開。それは、握るデュランダルへと放たれたのであった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 クラウディアに到着したアースラ前線メンバー、その中で、誰よりも先に疾走する存在がいる。フェイトだ。その顔に浮かぶのは焦燥だった。

 あれから五分程立っている。あの距離を本当に二分で駆け抜けたルキノもそうだが、さらに一分弱でアースラからクラウディアに辿り着いたヴァイスの腕も驚嘆に値する。

 ……しかし、それでも足りなかった、時間が。例え生きていたとしても間に合わない。それほどの傷だったのだ、クロノの傷は。

 

 クロノ……クロノ……!

 

 フェイトの胸中にあるのは義兄の姿だ。優しくも厳しい兄の。もう、家族を失いたくは無かった。それなのに――!

 

 間に合って! 死なないで!

 

 胸中は張り裂けそうだ。叫ぶ、叫ぶ。一分一秒があまりに惜しい。

 

《そこを右です!》

「了解……!」

 

 シャーリーの指示に従い疾るフェイト。そして――。

 

「クロノ……っ!」

 

 ――そこに在るのは。

 

「これ……」

 

 ”こんな筈じゃない”結果のもう一つの――

 

「どういう事、なの……?」

 

 ――姿があった。

 

「フェイトちゃん! っ!? ……これ……」

 

 追いついたなのはを始めとした一同が、一斉に固まる。彼女達の前に在るのは――。

 

「氷、漬け……?」

 

 ――全身を氷漬けにされ、氷柱の中で眠るクロノ・ハラオウンだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――高町ヴィヴィオは、聖王教会付属の魔法学校に通っている。

 まだ幼年ながらもしっかりとした考えを持ち、成績も良い。そして、今は放課後だ。子供にとっては待ちに待ち望んだ時間だろう。しかし、そんなヴィヴィオは少々元気が無い。何故か?

 答えは簡単。最近、最愛のママ達に会っていないのだ。

 ユーノの家に厄介になって二ヶ月程経つ。なのはもフェイトも、最初の一ヶ月は頻繁に会いに来ていた。だが、最近会いに来ない。

 ……解っている。ママ達が最近凄く忙しい事くらいは。それでも納得出来ないのが、子供と言うものだ。加えて、最近ユーノまで忙しくなっている。

 いろいろ調べなくてはいけない事が急に増えたらしい。それでも夜には帰ってくるのが流石と言えた。

 ヴィヴィオは歩きながら溜息をつく。彼女は人当たりもよく、その容姿故に結構評判がある。ぶっちゃけモテるのだ。本人はひたすら無自覚だが。

 そんなヴィヴィオに憧れる同級生達も、悩んでいる内容を知れば、多少は評価が変わるかも知れない。ヴィヴィオは歩く。今、居るのはまだ学校内だ。

 帰路には学校内のポートを使って、クラナガンに帰る必要がある。そして、ポートは本校舎から少し遠い場所にあった。ヴィヴィオはポートへと続く道を歩く、校舎の横には結構な茂みがあった。いっそ林や森といっても構わないだろう。しかも結構深い。そこを見ながら歩くのが、ヴィヴィオの日課なのだが――。

 

 ――妙な、気配がした。

 

 予感、とも呼ぶべきか。ヴィヴィオは立ち止まり、もう一度、茂みをじーと見る。茂み自体は変わった所はない。しかし、確かに”違う”。

 何が? と、言われれば非常に困るのだが……。

 結局、ヴィヴィオは好奇心に負けた。ゆっくりと草を掻き分けて、茂みへと入る。

 そうして十分程、真っ直ぐに進んだ時だろうか? いきなり草が揺れた。

 

「――っ、なに……?」

 

 ガサカザと揺れる草。それにヴィヴィオは若干恐がりつつ。だが、果敢にも進んで行く。そして、”それ”は現れた――。

 

「……わぁ♪」

 

 白いウサギが。ヴィヴィオはそれを見て、目を輝かせる。

 そんなヴィヴィオを見て不穏な気配を感じたのか――。

 

 ウサギが少し、後ろに下がる。

 

 ヴィヴィオが少し前に進む。

 

 ウサギがさらに下がる。

 

 ヴィヴィオがさらに前進する。

 

 ……しばしの沈黙。直後、ウサギは回れ右をして茂みの奥へと駆け込んだ。

 

「ウサギさん、まって〜〜♪」

 

 当然、ヴィヴィオも追っかけ始めた

 

 ……しかし、ヴィヴィオは気付かなかった。学校内に野良とは言え、ウサギはいない――と言う事実に。そして。

 

「ウサギさん〜〜♪ ……?」

 

 少女は――

 

「……ウサギさん?」

 

 ――出会う。

 

「……誰?」

 

 運命に。

 

 ヴィヴィオの見ている先には、ボロボロになって尚、巨竜の如き存在感を醸しだし、眠りこける青年。

 

 ――伊織タカトが居たのであった。

 

 

(第十六話へと続く)

 

 

 




次回予告
「クロノとの戦いで重傷を負ったタカト」
「そんな彼と出会ったのは一人の少女、ヴィヴィオだった」
「そして、それは、ユーノとの出会いも意味していて――」
「次回、第十六話『幸せの意味』」
「幸せ、それは青年にはあまりに重いもので。だが、友となった彼に、それは許せない事で」


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第十六話「幸せの意味」

「いつから俺はそうなってしまったんだろう。十年前のような気もするし、そのずっと前からだったかもしれない。それは、もう分からなくて。ただ、それは俺には――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 高町ヴィヴィオが”それ”を見た時、感じたのは純粋な感動だった。

 巨きい巨きい、竜の如き存在感を醸し出す黒ずくめの男を見た時に抱いた感情は感動だった。

 人間、あまりに巨きな存在を見た時に感じるのは恐怖では無く、感動だと言う。ヴィヴィオが男に感じているのも正しくそれであった。男は、あまりに無防備だった。

 そして、ただひたすらに、ひたむきに純粋だった。

 先程のウサギが彼の足に纏わり付いている。小鳥が彼の肩で羽休めをしている。傍らには犬種だろうか、かなり大きい――が、傍らで侍っている。

 その巨きさに比べてあまりに無防備。竜、いや、大樹。とんでもなく大きいそれを感じさせる。まるで万物の父であるかのような、そんな感覚だった。

 ヴィヴィオはゆっくりと近付く。周りの獣達はちらりとヴィヴィオを見るが、しかし警戒すらもしない。

 ヴィヴィオは男の傍らにいつの間にか座っていた。男はまだ無防備に眠っている。無意識に、手を男の顔に当てなぞってみた。

 

「ん……」

 

 男が少し、声を漏らす。だが起きない。むしろヴィヴィオの行為に気持ち良さそうにしていた。面白くなって、さらに触る。

 チチチっと小鳥が囀る。他の獣達も、男に身を寄せる。まるでここ以上の安全な所などないかのように。

 ヴィヴィオもまたそれを感じていた――と、そこではたと気付いた。男の服がボロボロな事に。穴だらけとも言う。そして、服には血の跡があった。

 これに気付いて、ヴィヴィオは流石に慌てた。相手はケガ人だと言うのに、自分は何をしていたのだろう? と。

 慌てるヴィヴィオの気配に、獣達は一斉に散って行く。同時に、男もまた目を覚ました。

 

「……こ、こ……は?」

「あ、あの、だいじょうぶ?」

 

 起きる男に思わずヴィヴィオは尋ねる。ようやく、男はヴィヴィオの存在に気付いたようだった。

 

「……心配は、要らない。ケガ自体は”修復”してるし、な」

「しゅ……?」

 

 男は変な言い回しをした。治療でもなく、回復でもなく、修復、と。まるで自分をヒトじゃない、人形のように扱っている言い方だった。

 

「それより、お前は……?」

「あ! えっと、その……」

 

 尋ねられ、しかし何と答えたら言いのか解らず、アタフタとするヴィヴィオ。そんな少女に、男は左手を頭に乗せる。そして、優しく優しく、撫でられた。

 そんな撫で方を、ヴィヴィオは初めて受けた。ママ達の様に、髪を撫でるのでは無く、無骨に頭を撫でる――そんな撫で方を。しばらく男はそうやって撫でる。

 ヴィヴィオもまた、その撫で方が気に入り、されるがままとなる。ややあって男は自ら名乗った。

 

「……伊織、タカトだ」

「え……?」

「俺の名前だ。お前の名は? よかったら聞かせてくれ」

 

 男、タカトは微笑みながら名前を聞いてくる。頷き、ヴィヴィオもそれに応えた。

 

「ヴィヴィオ。高町ヴィヴィオ」

「ヴィヴィオ――鮮やかな、か」

 

 男はヴィヴィオのオッド・アイと、金の髪を見て優しく微笑む。そして、こう言った。

 

「……ん。お前によく似合う響きの名だな。気にいった」

「……」

 

 タカトの言葉に、少しばかりヴィヴィオは顔を赤らめる。

 伊織タカトと、高町ヴィヴィオ。これが、この二人の初めての邂逅であった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「じゃあ、クロノ君は?」

「うん。一命は取り留めたって」

 

 アースラのブリッジ。その艦長席で集うのは三人、なのは、フェイト、はやてだ。

 はやての傍らにはグリフィスもいる。

 クラウディアへのタカト襲撃から三日程経つ。タカトとの戦いで敗れたと思わしきクロノ――氷漬けのクロノを見た時、一同は少し混乱した。

 取り敢えず氷の中からクロノを掘り出そうとした訳だが、シャマルから「絶対に駄目!」と、強い口調で嗜められ、氷漬けのままアースラに搬送。そのまま本局に転送し、そこで氷漬けを解除して手術を受ける事になった。結果は成功。

 クロノは無事一命を取り留めた。しかし、当然まだ意識は取り戻しておらず、何があったのかを聞く事は出来ない。

 本局上層部の人間は、クロノが最後に自爆覚悟でデュランダルに登録されている永久の棺(エターナル・コフィン)を発動し、しかし666には逃げられたのでは無いか? と言う結論でまとめられている。……しかし。

 

「どう、思う? フェイトちゃん」

「予想でいいなら。多分、永久の棺を使ったのはクロノじゃない。……666だと思う」

「……やっぱ、そうなるなー」

 

 一同、溜息をつく。クロノが助かってホッとしたのはいいのだが。問題が一つ出て来たのだ。666こと、タカトの行動である。

 何故、タカトが永久の棺を使ってクロノを助けたとフェイト達が推理したか? 簡単である。推理ですら無い。

 デュランダルは氷漬けにされたクロノより少し離れた所にあったからだ。クロノが使用したのならば、クロノの手に握られていなくてはおかしい。

 だが、ここで一つ疑問が生まれる。何故に敵である筈のクロノをタカトは助けたのか? と、言う疑問だ。

 

「結局、よくわからんのやな。666の行動」

「うん。こちらでもいろいろ調べてはいるけど、何て言うか――行動がちぐはぐしてる」

「最初に会った時からそうだしね」

 

 最初にタカトがアースラメンバーの前に現れた時、彼はただシオンの前に顔を出しただけのように思える。しかし、実際はなのは達を助けているのだ。

 だが、次に現れた時は敵対していた。一体何がしたいのか全然解らない。味方な訳でも無い。確実に敵対すべき存在なのだが。

 

「666の目的捜査はこっちでもやるよ」

「うん。フェイトちゃん、よろしくな?」

「フェイトちゃん、あんまり無茶はしないようにね? フェイトちゃん、ライトニングの隊長でもあるんだから」

「うん……でも、なのはもね?」

 

 三人は笑いながら頷く。三人共、結構無茶を通すタイプなので、お互い様と言う事でもあった。

 

「艦長、N2Rとの合流まであと一日ありますが」

「うん、ちょっとばっかりはやく戻ってきてもうたし……。あ、そや。なら、なのはちゃん、フェイトちゃん」

「え? 何? はやてちゃん」

「どうしたの?」

「うん、あんな?」

 

 はやてが提案したのは二人に休暇を、と言う事だった。それを聞いて、流石に二人は慌てる。

 

「で、出来ないよ! はやてちゃん」

「そうだよ。感染者がいつ出るかも解らないんだよ?」

「その為の本局、地上本部との直接転送許可やん? 二人とも、いい加減働きすぎやよ?」

 

 うろたえる二人に、はやてはスッパリ言い放つ――それを聞いて、横でグリフィスがポツリと呟いた。

 

「それを言うなら艦長もですね? 有給休暇、いくら溜まっていると?」

「うっ……! い、痛い所、突くなー。グリフィス君……」

 

 冷や汗まじりに呟くはやてを横目で見て、グリフィスはふむと、一つ頷いた。

 

「シャーリー? 艦長の出勤状況は?」

「うん。これだよ」

「ちょっ! シャーリー!」

 

 はやては二人のやり取りに流石に叫ぶ。何がまずいと言うか、このままでは――。

 

「……見事に休んでませんね」

「うっ……」

 

 目の前に展開されたウィンドウに表示されたデータに、グリフィスが苦笑い混じりに呟く。そこには、シャーリーから送られたはやての出勤状況が表示されていた。

 実際、はやては休暇を取らない――と、言うより隊長陣三人共、休暇をあまり取ろうとしていなかった。サービス残業に至っては、いくらやってるか見当も付かない。

 

「この際ですから三人共、休みを取られたら如何でしょう?」

「いや、あんな? グリフィス君、私は艦長やし――」

「そうだよ? 私も皆の戦技教導とかあるし――」

「私も666の捜査が――」

 

 三者三様の言い訳をする三人娘。しかし、グリフィスはたった一言を呟いた。「シャーリー?」と。そして、幼なじみはあっさりと「は〜〜い」と応えた。そして、メインモニターに現れたのは――。

 

《あらあら。ここが新しいアースラのブリッジなのね》

「「「な……」」」

 

 思わず唖然とする。そこには、顔を大にして現れたアースラ後見人の一人でもあるリンディ・ハラオンがにこやかな笑みを浮かべていたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――そして時間は三日前。ヴィヴィオとタカトの邂逅後まで遡る。

 ユーノ宅の居間で、ヴィヴィオは緊張していた。そろそろユーノが帰ってくるからだ。

 しかし、何故にヴィヴィオはこんなに緊張しているのか? それは今、ヴィヴィオの部屋のベットで眠る一人の男、タカトの存在故であった。

 あの時、名を交換した後、病院へ向かわなくていいの? とヴィヴィオは問うたのだが、タカトはそれを拒否。

 ケガは治っているので、後は血がちょっと足りないくらいらしく、寝てれば大丈夫とタカトは言ったのだ。だが、ヴィヴィオは納得しなかった。

 血がどれだけ足りないのかは知らないが、青を越えて真っ白な顔をしても説得力がまるで無い。人を呼びに行ってもいいのだが、ヴィヴィオの直感は告げていた。

 確実にタカトは居なくなると。……何故、ヴィヴィオ自身ここまでタカトに固執するのかは解らないのだが、一人にさせてはいけない気がした。

 そして結局、最終兵器(乙女の涙)の存在にタカトは敗れた。

 ヴィヴィオの提案により、今の住居、ユーノ宅で休むと約束してしまったのだ。

 ある意味誇ってもいい。タカトに言う事を聞かせられる存在なぞ、次元世界全てを含めても、三人と居ない。

 ようやく頷いたタカトと、そのままポートを使いクラナガンまで移動。そこで、初めてヴィヴィオは気が付いた。

 そう、ユーノへの説明をどうするのかだ。……結局何も考えつかなかったのだが。

 タカトを自分の部屋のベットに寝かせ(よほど疲れていたのか、彼は瞬時に寝た)、ヴィヴィオは居間でああでもない、こうでもないと悩みに悩み抜き、そして、今に至ると言う訳であった。

 

「ただいま〜〜」

「……っ! お、おかえりなさーい」

 

 そうやって悩んでいる内に声が玄関でした。ユーノの声だ。――ヴィヴィオは決める。タカトの存在を隠し通そう、と。

 一人決意を固め、拳をヴィヴィオは握る。ユーノが居間へと入って来た。

 

「ゆ、ユーノさん。きょうは、はやかったんだねー?」

「え、そうかな? いつもと変わらないと思うけど?」

 

 ユーノは笑いながらそう指摘する。ヴィヴィオもまた「そうだっけ〜〜?」と、笑った。……思いっきり、誤魔化し目的の笑いだったが。そして少しホッとする。どうやらバレてはいないようだと。

 

「うん、ところでヴィヴィオ」

「う?」

 

 再度ユーノに向き直る――そして、ユーノは笑顔で爆弾を落として来た。

 

「お客さん、誰か来てるのかな?」

「!? え、えー? なんのこと?」

 

 何故、唐突にバレたのか。ヴィヴィオはそれでも何とか白を切ろうとする。だが、しかし。

 

「え? だって靴、大きいやつが玄関にあったから」

「…………」

 

 ヴィヴィオ。痛恨のミスである。さらに――。

 

「ヴィヴィオすまん。少々寝過ぎ、た……」

 

 ――居間に入って来る人物がいる。言うまでも無く、タカトだ。ユーノの気配で起きたのだろう。居間のソファーと入口で固まる二人。やがて彼らは揃って口を開いた。

 

「「……誰?」」

 

 ヴィヴィオは二人の言葉に「はぅっ」と、だけ声を漏らしたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ヴィヴィオが……」

「ええ。おかげで助かりました」

 

 あれから十分程経つ。居間には、ユーノ、ヴィヴィオ、そしてタカトが集まっていた。

 タカトは眠る前にバリアジャケットを解除していたのか、黒のシャツにジーパンと簡素な服装である。何より異質なのは片目、右目が常に閉じられている事か。

 ……結局、ヴィヴィオは洗いざらいユーノに自白した。てっきり大目玉かと思ったのだが、ユーノが浮かべるのはただ笑みだけであった。

 

「ユーノさん。おこってない……?」

「怒ってないよ」

 

 ヴィヴィオはびくびくしながらユーノに聞くが、ユーノは首を横に降る。そして、こう言った。

 

「人助け、だったんだよね? ヴィヴィオがやった事は立派な事だよ。だから怒ってない。……でも、一言は言って欲しかったかな?」

「……うん。ユーノさん、ごめんなさい」

 

 ヴィヴィオの素直な謝罪に、ユーノはただうんと答えた。それをタカトは眩しそうに見て、席を立つ。

 

「? どうしたんですか?」

「いや、時間も遅いし、そろそろ御暇乞しようと思いましてね」

 

 そう言うタカトは、しかしヴィヴィオを見て、「うっ」と唸った。ヴィヴィオの瞳には、再度最終兵器が装填されようとしていたのである。そんな二人の様子に、ユーノはただ笑い。彼に提案する事にした。

 

「よかったら、今日は泊まっていきませんか?」

「いや、しかし」

「うー……!」

 

 ヴィヴィオの声に、再度タカトの肩は揺れる。やがて溜息を一つ吐いて、首を縦に振った。

 

「……すみません。なら、今日はご厄介になります」

「いえ、いいですよ。あ、僕の事は呼び捨てで大丈夫ですよ? 敬語もいりません」

 

 タカトの答えに、ユーノは朗らかに笑う。彼もまた微笑んだ。

 

「なら、俺も呼び捨てで。ユーノ」

「ああ。タカト」

 

 二人は互いに頷き合う。こうして、ユーノ宅にタカトは滞在する事になった。……しかし、誰が予想しただろう。この滞在が長期に渡ろうなどとは。

 そして、ユーノとヴィヴィオもまた知らない。目の前の男が、第一級の次元犯罪者である事を。ヴィヴィオにとってのママ達である、なのは達と戦ってる存在である事を。

 タカトもまた知らない。目の前の男が敵対している存在と親友である事に、そして少女が娘である事に。

 

 ――皮肉に、運命は針を進めたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 夜。ユーノ宅の食卓は、かつて無い程の料理が並べられていた。

 唖然として席に座るのはユーノだ。その隣ではヴィヴィオがにこにこ笑っている。

 そして、肝心のタカトはと言うと――。

 

「よし、と。おまちどうだ」

 

 ――エプロンを付け、台所に立っていた。問答無用に立っていた。

 タカトが身に付けるのは、ユーノが台所に立つ時用の淡い翠のエプロンである。もっとも、ユーノはあまり料理が得意な方では無く、現在絶賛修業中だった訳だが。

 食卓には大皿に盛られたミートソースとクリームソースのスパゲティがある。かなりの量だ。さらにヴィヴィオ、ユーノの前にあるのはオムレツである。

 ヴィヴィオのに至っては、ケチャップで似顔絵まで書いてあった。おまけとばかりにあるのはシーフードサラダ。これも、また見事な盛り付けだ。

 これらの料理、全てを作りし男は鼻歌を歌いながら調理器具を片付けている。ユーノはその手際を見て、なのはの世界のある家事妖精の伝説を思い出していた。

 ブラウニー。まさに目の前の男は、現代に蘇りしブラウニーであった。

 

「さぁ、食べてくれ。久々に作ったから味は少々保証出来んが」

「あ、ああ。うん戴きます……」

「いただきま〜〜す」

 

 ブラウニー(タカト)に促され、早速スプーンを手に取る。オムレツを一切れ掬い、口に入れた――瞬間、ユーノの表情が真顔になった。まずい訳では無い。と、言うより――。

 

「おいしい〜〜♪」

 

 ヴィヴィオがにこやかに言う。そう、美味いのだ。とんでもなく。

 正直に言おう。レベルはかの八神はやてと同等、あるいは上回る。

 

「……えっと、これ作ったのタカトだよね?」

「目の前で作ってただろうが」

「いや、まぁ、そうなんだけど……」

 

 激しく納得いかない。目の前の、この無骨然とした男がこの料理を作った事に……!!

 

「……ユーノ。何か、ひたすら失礼な事考えていないか?」

「い、いや! そんな事ないよ!? そ、そう! このケチャップも市販の物じゃ無いよね?」

「ああ、ちょっとタバスコを利かせて見たんだが――どうだ?」

「……うん。甘くなくて、オムレツによく合うよ」

 

 やはり微妙に納得いかず、しかし和気あいあいと夕食は進む。そんな中でユーノが思い出すのは先程の事だ。

 そろそろ夕食にしようという所で、タカトから「世話になるだけなのは性に合わん。夕食を作らせてくれ」と言われたのだ。

 実際、ユーノは前述の通り料理はあまり上手くない。ヴィヴィオはあまり文句を言わないが、それでもなのはやフェイト、はやての作る料理とは表情が明らかに違う。

 その為、最近料理を修業していた訳だが、結果はまだまだであった。

 真剣に料理教室に通おうか、と考えていた程である。……ここに、また一人親バカ在り。

 結局は仕事が増えた為、料理教室へは行けなくなった訳だが。

 ……ユーノは知らない。その仕事を増やした原因が、今まさに目の前で料理を振る舞っている事に。

 これは、偶然と言うよりは、もはや必然であったか。

 

「ああ、ヴィヴィオ。そのクリームソースのパスタだが――」

「う?」

 

 タカトが今、まさにクリームソースのスパゲティを食べようとするヴィヴィオに何かを言いかけるが、若干遅い。

 器用にフォークとスプーンを使って、ヴィヴィオは口の中にパスタを入れる――直後、ヴィヴィオは固まった。

 タカトは最後まで見て、続きの言葉を放つ。

 

「――もの凄く熱いからキッチリ冷ますように。……もう、遅いか」

「にゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!」

 

 一拍遅れてヴィヴィオが悲鳴を上げる。ありし日(9歳)の母を思わせる悲鳴である。慌てて水を飲むヴィヴィオを笑うタカトに、ユーノは半眼で告げた。

 

「……わざとだろ?」

「まさかな?」

 

 それは、全然説得力の無いタカトの台詞であった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 何だかんだで夕食は終わり、ヴィヴィオはお風呂に入り、その後ベットに入ると即座に寝た。寝付きが良いのは良い事である。たくさん遊んで、たくさん学んで、たくさん寝る。世の子供の鏡であった。

 そんな中、ユーノは書斎に居た。その顔は夕食時に無かった程に暗い。ヴィヴィオには伏せたのだが、悪い報せがユーノの元に来ていた。

 クロノ・ハラオウンの事である。生死不明状態で本局に担ぎ込まれ、手術を受けたのだ。

 どうにか手術自体は成功したが、未だ危篤状態には変わりない。

 夕方まで、本局の医療施設にハラオウン家の皆と居たのだが、「今日はもう遅いから」と言われ、帰されたのである。

 ヴィヴィオも待っているので、渋々帰ってきた訳だが。

 ――ユーノは後悔していた。クロノに情報を与える事が出来なくて、だ。

 

 ――666。

 

 クロノに依頼されていたのは、この次元犯罪者が使う術式の構成となるカラバ式と仙術なる異端の術の情報だ。

 しかし、カラバ式はある程度グノーシスからの協力者により術式の情報が得られていたのだが、もう一つの仙術はからっきしであった。

 元々、仙人と言う存在そのものが希少らしく。手掛かりは0。グノーシスの協力者も首を横に降る始末であった。

 ユーノは思う。正しく情報があれば、クロノはそんな事にならなかっただろうか? と。

 なのはの時にも思った。その時の後悔も、後押ししている。

 自分が正しく情報を見つけられたら、なのはやクロノは怪我なんて負わなかったのではないか? 有り得ないIF。ユーノとて、解っている。

 情報があったからと言って、それだけで事態は回避出来ない事くらいには。

 しかし、それでもどうしても考えてしまう。溜息をまた一つ吐いた時、書斎にノックが鳴った。思わず飛び上がりそうだったが、悲鳴は押さえ込んだ。――扉が開く。

 

「よう」

 

 そこにはコーヒーカップを片手に持つタカトが居た。ユーノは瞬時に笑顔を作る。一夜のみの客人だが、辛い顔は見せたくなかった。

 

「タカト、どうしたの?」

「いや、昼間寝たせいで、どうにも寝られんでな。ちょっと出てみたら、ここから光が漏れていたんでな?」

 

 タカトはそう答えながら、カップを差し出す。当然コーヒーが入っていた。

 

「……これは?」

「何、まだ寝る気配が無いんで淹れてきた」

 

 仕事か? と尋ねられたのでそのまま頷き、カップを受け取る。一口、口をつける――随分美味しかった。

 

「……これも、君が?」

「ああ、執事経験がこんな所で役に立つとは思わなかったがな」

 

 この男の経歴を聞いてみたくなる言葉である。執事経験なんて、普通は積むまい。それを言えば、料理もだが。

 

「執事って、昔何してたのさ? あの、料理もそうだけど」

「料理はいろいろあってな。俺の出身世界を色々と回らなくっちゃあならない時があって、その時に。食いっぱぐれがないから主に飲食店で働いてたんだよ。執事は、バイトと言う奴だな」

 

 バイトで執事なんてあるんだ? と、新たな事実にユーノは笑うと、タカトはふむと頷いた。

 

「……漸く、まともに笑ったな?」

「へ?」

 

 タカトの言葉に流石にユーノは驚く。タカトは笑って、そのまま続けた。

 

「お前、何があったかは知らんが、結構暗い顔してたぞ?」

「……」

「ヴィヴィオも気付いていた」

 

 タカトの追撃の言葉に、流石にユーノは笑う。自嘲気味にだ。天を仰ぐように、椅子に背をもたせ掛けた。

 

「……どうにも、僕は演技が下手らしいね」

「だろうな。初対面の俺に気付かれるようではな」

 

 タカトがおどけた様に笑う。ユーノもまた――苦笑ではあったが、笑った。

 

「……何があったのかは聞かない方がいいか?」

「うん……ごめん」

 

 タカトにユーノは謝る。時空管理局の事件なのだ。一般人に語れる内容ではない。タカトは「そうか」と、だけ答えてくれた。

 

「……そう言えば、礼がまだだったな。ユーノ、今日は済まない」

「そんな事ないよ。こっちこそ、我が儘に付き合わせてごめん」

 

 礼を述べるタカトに、ユーノは首を振る。言ってみれば、今日はこちらの我が儘に付き合わせたような物だからだ。

 

「……でも体調、本当に大丈夫?」

「ああ。流石に全快とはいかんがな」

 

 尋ねるユーノにタカトも苦笑いを浮かべて答える。しかし、ユーノは逆に、眉を額に寄せた。

 

「やっぱり、まだ全快してないんじゃないか」

「いや、確かにそうだが――あまり一所にいられる人間でもないんでな。それに――」

「……それに?」

 

 一所にいられない。そう言うタカトの言葉も気になったが、先が気になった。ユーノに促され、タカトは続ける。

 

「――俺には色々勿体ない」

 

 そんな事をタカトは言う。その表情は、ユーノから見ても哀しかった。そして、何が勿体ないと言うのか。

 

「……何が勿体ないのさ?」

「済まない。気を悪くしたのなら――」

「違うよ」

 

 ユーノの言葉を、タカトはやんわりと遮ろうとして、しかし出来なかった。ユーノが真剣な表情で再び聞いて来たから。

 

「僕は”勿体ない”と、言う言葉の意味を聞きたいんだよ。タカト」

「……お前も、大概」

 

 お人良しだな、とタカトは続け、微笑む。だが、その微笑みすらもどこか哀しい。

 

「……勿体ないと言うのは、そのままの意味だ。”伊織タカト”と言う人間にこんな幸せは勿体ない」

「……何でだい?」

 

 あくまでユーノは続きを促す。そんな彼に、タカトはそのまま答えた。

 

「ユーノ、俺にはな――」

 

 タカトから答えが告げられ――次の瞬間、扉が開いた。ヴィヴィオだ。

 眠そうに、目をしょぼしょぼしている。しかし、この場に漂う空気に気付いたのだろう。首を傾げた。

 

「……どうしたの?」

「……ふん。何でもない。それよりヴィヴィオ、どうしたんだ? こんな夜に」

 

 疑問に疑問で答えるタカトに、ヴィヴィオは笑顔で「おトイレ」と返す。それにタカトも苦笑いして頷いた。

 

「そうか。ならベットに戻って眠れ。俺も、寝るとしよう――ユーノ?」

「あ、ああ。うん」

 

 タカトに呼ばれ、ユーノはうろたえた。それに、ヴィヴィオは首を傾げるが、タカトに背を押されて書斎を出る。そのまま一緒に出ながら、しかしユーノに声を掛けた。

 

「あまり気にしない事だ、ユーノ」

「……タカト」

「俺のような人間も居る。ただそれだけの話しだ。では、おやすみ」

「……うん。おやすみ」

 

 「なんのはなし〜」と、聞くヴィヴィオに「子供には解らん話しさ」とタカトは答えながら書斎を出ていく。ユーノは椅子に深く座り直す。

 ……ショックだった。タカトの一言は、それだけの衝撃をユーノに与えていた。

 

「……タカト。君は……」

 

 ――そして、タカトの言葉の続きを思い出す。

 

 ――幸せ、ていうのが何か解らないんだ。

 

 空虚な瞳で、あまりに空虚な答え。ユーノは夜空を見上げた。夜空はまだ深く。朝の到来にはまだ長かった。

 

 

(第十七話に続く)

 

 

 




次回予告
「ユーノ宅に一晩だけ滞在したタカト。しかし、そんな彼に乙女の最終兵器が炸裂する」
「タカトが選んだ答えは――」
「そして、アースラでは隊長陣三人娘と、シオンの休暇が決定。四人は、ユーノとヴィヴィオに会いに行くのだった」
「次回、第十七話『すれ違う者達』」
「その口にしたものは、あまりにも懐かしくて――泣いてしまいたくなるくらいに、求めていた筈のもので」


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第十七話「すれ違う者達」(前編)

「彼と出会い、そして過ごす日々を、彼はどう思っていたんだろう。僕は、楽しかった。だけど、彼の気持ちまでは分からなくて。それでも、あの笑顔を信じたくて。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 AM4時。

 早朝、まだ朝日すらも昇っていない――そんな朝早くに、ヴィヴィオは目覚めた。

 蒲団から上半身を起こし、まだ眠たそうに左目をこしこしする。そして右手を上げ、伸びを一つ。それで完全に目が醒めた。

 まだ起きるには早過ぎるが、たまにはいいかな? と顔を洗いに洗面所へと向かう。

 その途中、庭から妙な気配がした。ちょっとばかりの好奇心も含めて、庭に出て見る。ユーノ宅は一軒家であり、そしてその庭はかなり大きい。流石、無限書庫の司書長である。

 そんな庭に、闖入者がいた。一夜のみの客、伊織タカトだ。

 彼は背を延ばして足を広げ、合掌し、鋭く長い呼吸をしている。

 ――独特の呼吸法である。少なくとも、普通の呼吸法では無い。

 ヴィヴィオは息を飲む。タカトの威圧感に――巨き過ぎて、全体が見えない――そんな気配に。

 次の瞬間、タカトが動き出した。右の拳が放たれ、さらに踏み込み。

 

    −閃!−

 

 その動きのまま、左の順手突き。

 

    −裂!−

 

 動きは止まらない。勢いを殺さず、左の膝から右の上段蹴り。さらに、そこからの動きにヴィヴィオは目を見張る。

 

    −轟−

 

 蹴りは止まらず、タカトは空中に回転しながら昇りはじめた。左の膝から右の回転脚、最後にくるりと一回転しながら踵落とし。全て、一連の流れに組み込まれた技であった。そして空中に留まったまま、左の掌を突き出す。

 

    −撃!−

 

 直後、何かが地面に叩きつけられる。ヴィヴィオは知るよしもないが、それは純粋に魔力を行使しない突き出した掌から放たれた衝撃であった。

 タカトは地面についてからも止まらない。そのままアンバをイメージさせる下段回転脚。立ち上がり、捩り込むように右の肘――位置からすれば、相手が人だった場合鳩尾にめり込んでいる。

 そこから双掌打、放つと同時に”身を延べる”技法により、その場から2メートル程離れた所で回転。踏み込み、背をたたき付ける。

 さらに回転しながら肘――。ヴィヴィオは、その動きに圧倒される。魔法を使っている訳でも無いのに、とんでも無い動きだ。

 さらに驚嘆すべきなのは、この一連のシャドー。一対一を前提とした物では無く、多対一をイメージとしている事だ。

 つまり、タカトのイメージでは敵は最低でも三人以上、あるいはそれ以上居る事になる。

 最後に拳を突き出すと、漸く彼は止まった。ヒュウゥゥゥゥゥゥゥと、長く息を吐く。だがタカトの鍛練はそこで終わりでは無かった。

 今度は妙な踊りを始める。ねっとりとした、粘つく動きだ。

 しかし、いかな鍛練法なのかタカトの額には汗が浮かぶ。そこでヴィヴィオは気付いた。魔力だ。

 今、タカトの身には魔力が覆っている。彼は先程と同じく鋭く、長いストロークの呼吸をしていた。その度に魔力が変化する。

 天から火、水、風、地、雷、山、最後に月へと魔力は変わる――少なくとも、ヴィヴィオはそのように感じられた。

 ややあってその踊りも止まる。また長く長く、息を吐く。同時に身体を覆う魔力も、霧散していくようだった。

 そしてタカトが目を開け、ヴィヴィオに向き直る。

 

「おはようヴィヴィオ。朝、早いな?」

「うん。おはよう」

 

 挨拶し、タカトがこちらへと向かってくる。流石に汗が凄い。

 

「……タカトさんって、いつもこんなこと、してるの?」

「いつも、と言う訳でも無いな。出来るだけやってはいるが――それよりヴィヴィオ、さん付けは止めてくれ、無性に背中がむず痒くなる」

 

 そんなタカトの言葉に、ヴィヴィオは少し迷う。年上の人を呼び捨てにしてはいけないと教わっていたからだ。だが――。

 

「そうだな。俺はヴィヴィオに昨日助けて貰っただろう? だからヴィヴィオは俺の恩人だしな? その恩人に”さん”なんて呼んで欲しく無いんだよ」

 

 そう言いながらふっと笑う。その笑顔に邪気は無く。あるのはただ純粋な笑顔だ。その笑顔に押されるようにヴィヴィオはコクリと頷いた。

 

「……タカト?」

「うむ、それでいい。やっぱり可愛い子には呼び捨てで呼んで欲しいしな?」

 

 そう言いながらタカトはヴィヴィオの頭に手を乗せ、撫でる。タカトの台詞――可愛いの辺りに若干顔を赤らめながらも、ヴィヴィオはそれを嬉しいそうに受けた。この撫で方をするのは、現在タカトだけなのだ。

 

「さて、もうしばらく時間あるし、鍛練の続きでも――」

「あ、タ、タカト?」

「うん?」

 

 ヴィヴィオがタカトを呼ぶ。それにタカトも?マークを付けながら、向き直る。ヴィヴィオはタカトの瞳を見ながら、しっかりとその言葉を言った。

 

「わたしに、けんぽー。おしえて!」

「……なんだと?」

 

 ヴィヴィオのお願いにタカトは更なる?マークを連ねた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……つまりだ。俺に格闘術を教えて欲しい、と?」

 

 タカトの質問に、ヴィヴィオはコクコクと頷く。しかし、タカトの反応は芳しく無い、何故ならば。

 

「あのなヴィヴィオ。判ってるとは思うが俺は一夜のみの客なんだぞ?」

「うー……!」

 

 そう、タカトがユーノ宅にいるのは一夜のみ。それ以上はユーノに迷惑になる。なにより、タカト自身一所にはあまり居れない。

 

「……だからまぁ、こればっかりは駄目だ」

 

 タカトの言葉にヴィヴィオの最終兵器が発動しそうになるが、しかし今度はタカトは動じない。腕を組み、ただ首を横に振る。

 

「……機会があれば少し教えてやるさ」

「ほんと?」

 

 そう言われ、ヴィヴィオの顔が明るくなる。タカトはそれに苦笑いを浮かべながら「ああ」と答えた。何のかんのとタカト、ヴィヴィオには甘々であった。

 

「さて、飯でも作るか」

「タカトのごはんおいしいからすき〜〜♪」

 

 ヴィヴィオご機嫌である。何より、タカトのご飯が美味しかったからだろう。だが、タカトはニヤリと邪悪な笑顔を浮かべる。その笑顔はアースラに居る異母弟と同質の――つまりは悪戯っ子の笑顔であった。

 本局で某異母弟がでかいクシャミをしたのは余談である。

 

「う? タカト?」

「カカ。何でもないさ。さて、朝食の仕度をするからヴィヴィオ。顔洗ってきな」

「うん……?」

 

 ヴィヴィオはその時、正直とっても変な予感を覚えていた。結論から言うと、その予感は当たってしまうのだが――その事に気付けないヴィヴィオは、そのまま洗面所に駆けていった。

 後に残るのはタカトの不吉な笑みだけであった。

 

 

 

 

「……タカト、聞いていいかい?」

「構わんよ。ユーノ、何だ?」

「これは、何?」

 

 AM6時30分。

 ユーノ宅の食卓には、箱膳があった。白粥が大きめの碗に入っており、おかずは粉をまぶして焼いた白身魚。それに乾海老入りの吸い物がついている。

 

「タカトって和食系も出来たんだ?」

「さぁな? 俺は和食を作ったとは言ってないぞ?」

「?」

 

 タカトの言葉にユーノは疑問符を浮かべる。ミッドでも和食は結構流行っており、店も結構ある。故にユーノはタカトの作った朝食を和食と判断したのだが……。

 

「まぁ、食べてみろ。……きっと驚くから」

「朝食に驚きなんてあるんだ……?」

 

 ある意味新事実である。とりあえず、「いただきます」をして、ユーノとヴィヴィオは白粥を口に入れる――次の瞬間、二人揃って思いきりむせ返った。

 

「こ、こ、こ、このお粥。甘いんだけど!?」

「にゃあぁぁぁぁぁぁ――――!」

「それはミルク粥と言うものだ。オートミールとも少し違うな?」

「聞いてないよ!」

「言ってないからな」

 

 タカトはニヤリと笑いながら平然とお粥を食べていく。二人は、そんなタカトを睨んだ。何せ、普通のお粥と思いきや、いきなり甘かったのだ。そのギャップは凄まじい。

 

「後で覚えてなよ……?」

「うぅぅぅぅぅ!」

 

 二人はタカトを睨みながら、それでも箸を朝食へと伸ばす。ユーノもそうだが、ヴィヴィオの箸使いも大したものであった。

 二人は今度は慎重に白身魚を器用に切り分け、少しだけかじる。香辛料の複雑な風味が口の中に広がり、甘いミルク粥との相性はバッチリだった。

 

「へぇ……最初は思ってた味と全然違うからびっくりしたけど、意外といけるね。和食? それとも洋食?」

「おいしい〜〜♪」

 

 元々甘いのが大好きなヴィヴィオはすぐに慣れ、ユーノも美味しそうに食べながら、タカトへと聞く。

 ――だが、ユーノとヴィヴィオは気付くべきだった。未だタカトの笑みは悪戯っ子のままだと。

 

「当ててみな?」

「どっちか、と言うと洋食系なのかな――」

 

 口直しに二人は吸い物を無造作に飲み――そして、二人揃って激しく咳き込んだ。

 その様子をニヤニヤと笑いながら、タカトは一人平然と吸い物を啜る。ややあって、二人は涙目のままタカトに詰め寄った。

 

「これ、何!? ”酸っぱ辛いんだけど!?”」

「にゃあぁぁぁぁぁ――――――!」

「それはトムヤムクンというトウガラシ入りのスープだ。誰も洋食と”も”言ってないだろう?」

 

 早朝ドッキリに成功したタカトはニンマリと笑う。ユーノは知るよしもないが、これはなのは達の故郷、地球のタイ料理であった。

 朝食はかくも騒がしく過ぎていった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 AM7時。

 朝食の片付けも終わり、三人は居間に居た。しかし、空気がちょっと重い。タカトが難しい顔をしている。対照的なのはヴィヴィオだ。目がキラキラ輝いている。

 

「駄目かな? タカト」

「……」

 

 ユーノの問いに、しかしタカトは無言。何故にこんな状況になったのか? それはユーノの一言から始まった――曰く。

 

「タカト。暫く、ここに留まらない?」

 

 その一言だ。何でも、ユーノがご飯を作るよりもタカトの方が美味しい。

 それに、ユーノ自身忙しい為、家事が覚束なくなっている事。昨日の段階でタカトが根無し草なのを聞いていたユーノはそう提案したのだった。

 最初、タカトは速攻で断った。しかし、ユーノが忙しくなる事でヴィヴィオが一人ぼっちで留守番をしなくてはならない事や、それに伴う生活環境の悪化等を話す事でタカトは沈黙していったのである。

 ユーノは確信する。タカトは前代稀に見る”お人良し”だと。そこに付け入るような形にはなるが、ユーノ自身思う所はあった。昨日のタカトの言葉である。

 

 ――俺には幸せって言うのが何か解らないんだ。

 

 ……その一言を、ユーノは許せ無かった。見て見ぬ振りが出来なかった。

 ユーノ自身、それが何故かは解らないのだが――。

 

「……ユーノ。昨日の”アレ”を気にしてると言うのなら。俺は――」

「違うよタカト。僕は純粋に、ヴィヴィオを案じてるんだよ。僕も最近忙しいからね。ヴィヴィオを一人で夜までお留守番をさせている状況は良くないだろ?」

「それは、そうだが……」

 

 タカトはユーノの言葉に二の句を告げない。最早、タカトは理解している。感情は納得しているのだ。最後にタカトはヴィヴィオに目を遣り――そのキラキラを目にして嘆息。……退路は、無い。

 

「……解った。条件付きでここに留まろう」

「やった!」

 

 ヴィヴィオが喝采を上げる。ユーノもまた微笑んだ。そして、タカトから出された条件は三つ。

 

・一つ:逗留する期間

    はユーノが忙

    しく無くなる

    まで。

・二つ:タカト自身用

    事がある為、

    昼夜を問わず

    出掛ける事が

    ある事。

・三つ:出掛ける時に

    無断外泊をす

    るが、それを

    許す事。

 

 最後の条件は、必ず帰って来る、と言う条件を組み合わせる事でユーノも合意した。かくして、ユーノ宅には新たな居候が住む事になったのである。

 

「あ、それならタカト〜〜」

「う……!」

 

 ヴィヴィオがニッコリ笑う。そう、タカトがここに留まるならば、早朝の件が問題無くなるのだ。ユーノもまた、ヴィヴィオの弟子入りを彼に頼み込んだ。

 

「解った。解った。……ここに居る間だけだぞ?」

「うん!」

 

 タカトの台詞に、ヴィヴィオは喜ぶ。ユーノもまた微笑んだ。ここに、ついでとばかりにヴィヴィオの弟子入りまでもが決定してしまったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 AM7時30分。

 ユーノ、ヴィヴィオはそれぞれ出かける用意をする。

 ユーノは無限書庫に、ヴィヴィオは聖王教会付属の魔法学校に、だ。

 

「それじゃあ行ってくるよ」

「いってきまーす」

「待て、二人共。これを持っていけ」

 

 玄関先でタカトは二人に包みを渡す。小さい箱だ。ユーノのは若干大きめであったが。

 

「これ、弁当……?」

「わぁ……!」

 

 二人は一瞬喜ぶ――が、しかし、瞬時に顔を曇らせた。

 

「「ま、まさかこれも――!」」

「……流石にそれは普通のだ」

 

 朝の件が二人揃って結構なトラウマになったらしい。明らかに警戒している。確かに美味しかったのだが、いかんせん目の前のブラウニー(タカト)は悪戯好きの節があった。

 タカトの台詞に二人はじーと半眼で睨むが、「天に誓って」の一言に漸く納得した。

 ――二人は知らぬ事だが、魔王が天に誓うのはアリなのかとも思わなくも無い。

 

「ああ、それからユーノ。家の中、掃除しとくが構わんか?」

「うん、宜しく頼めるかな?」

「無論だ。承知した、家主殿」

 

 タカトの言葉にユーノが「止してよ」と苦笑いを浮かべる。ついでに、彼は洗濯物も頼まれてくれた。

 

「……ごめんねタカト。なんか、いろいろ任せちゃって」

「何、元々はそれが理由なのだろう?」

 

 ユーノの台詞に、タカトは気にするなと続ける。

 ――やはりタカトは理解している。ユーノの本心を。だからこそ、ユーノも何も言わなかった。

 

「それじゃあ今度こそ、行って来ます」

「いってきま〜〜す」

「ああ。二人共、通行には気をつけて。行ってらっしゃい。――頑張って来い」

 

 主夫ばりの気の使い様を見せながら、タカトは二人を見送る。そんなタカトにユーノと、ヴィヴィオは久しぶりの行ってらっしゃいに頬を緩ませたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 PM3時。

 タカトは一仕事を終え、お茶をしていた。実際、掃除については細かな所以外やる必要が無かった。

 流石は無限書庫の整理をやり遂げた男、ユーノである。料理はともかく、掃除は見事であった。故にタカトは普段掃除しない場所――窓拭きや、雑巾掛け、庭掃除、草刈り等を行ったのだ。洗濯物は朝の内に干してしまっている。

 ユーノ宅にも乾燥機は勿論あるのだが、タカトはそれを使うのは最終手段と決めていた。太陽の光で乾かすのと、乾燥機では前者の方が遥かにふっくらとして、気持ちがいいからだ。洗濯物を干し、各掃除等を終わらてみれば昼過ぎ。

 昼食を取り、そしてお茶を楽しんでいた訳なのだが――。

 

「ただいま〜〜」

「ん。帰ってきたか」

 

 誰が帰って来たのか確かめる必要も無い。タカトは淡々とある準備をこなす。

 

「タカトただいま〜〜」

「お帰りヴィヴィオ」

 

 その言葉に一瞬キョトンとしながらも、ヴィヴィオはえへへと笑う。実際、お帰りなさいと言われたのは久しぶりだからだ。

 

「さてヴィヴィオ、帰ってきたらまずは?」

「えっと……おてあらいとうがい?」

 

 ヴィヴィオの答えにタカトは頷く。それでいて準備はちゃっかりと行っているのだが。ヴィヴィオはタカトが準備している物を見て、目を輝かせた。

 

「おやつ〜〜?」

「ああ、おはぎだ。手を洗ってきたら3時のおやつにしよう」

 

 タカトの言葉にヴィヴィオは頷き、洗面所に駆けていく。彼はそれに苦笑いをしながら緑茶の用意を忘れない。何せ、昼ご飯と一緒に作ったお手製のおはぎである。ヴィヴィオにはしっかり楽しんで欲しかった。

 

「あらってきた〜〜♪」

「よし。ならそこに座りな。お茶の準備も終わった所だ」

 

 そうしてタカト手製のおやつを楽しみながら、時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 PM4時。

 おやつの時間が過ぎ、三十分程の食休みを挟んでヴィヴィオはタカトと庭に出ていた。

 タカトの纏う空気は先程とは全然違う。それにヴィヴィオは圧倒される。

 

「……今からヴィヴィオを弟子として扱う。それについてちょっと注意事項がある」

「う?」

 

 タカトの言葉にヴィヴィオは首を傾げる。それにしかし、タカトは苦笑いも浮かべない。

 

「鍛練において、俺は一切の容赦をしない。ヴィヴィオ、そこだけは肝に命じろ。情を持って鍛練するのは一番危険だからな。……だからヴィヴィオ。辛いと思っても俺は容赦をしない。いいな?」

「……うん」

 

 ヴィヴィオはタカトの台詞に少し圧倒される。それだけの圧力が、タカトにはあったからだ。

 

「とは言っても安心しろ。筋肉トレーニングを中心に組んだりはしない」

 

 その台詞に、ヴィヴィオはほっと一息つく。ヴィヴィオのイメージでは腕立て伏せ100回とか、そんな事をするかと思ったからだ――しかし、タカトは続ける。

 

「まずは目をつぶらない練習からだ。これはどんな攻撃がきても必須だからな。次は受け身だ」

「う?」

 

 ?マークを浮かべるヴィヴィオに、しかしタカトは笑みを浮かべる。そして、ゆっくりと彼女の前に立った。

 

「俺がこれから繰り出す”寸止め”を目をつぶらず見続けろ。……相当怖いだろうが、頑張れ」

「っ――――!?」

 

 直後、ヴィヴィオから声無き悲鳴が上がった。颶風のごとく、ヴィヴィオに対して放たれた”若干本気目”の寸止めを、三十分に渡って見続けたからだ。怖いなんてものではなかろう。

 最初の頃はヴィヴィオも目をつぶりまくりだったのだが、一回目をつぶる毎に一デコピン、と言う子供にとって一番嫌な罰ゲームを取り入れる事により、早めにつぶらなくなったのは余談である。

 続いて受け身。これもタカトは容赦をしなかった。

 タカトはひたすら投げるので、それに対して必ず受け身を取る。と言う物である。

 流石に危険な状態だと判断するとタカトは助けるのだが、それ以外はノータッチ。ヴィヴィオは何回も庭にたたき付けられる羽目になった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 PM5時30分。

 タカトはヴィヴィオを見遣り、その一言を放つ。

 

「――今日はここまで。よく頑張ったな、ヴィヴィオ」

「っ、っ、っ」

 

 返事をしようとして、しかしヴィヴィオは声を出せない。実際、それほどヴィヴィオの身体に痛みは無い。だが、心が悲鳴を上げていた。回転し、地面にたたき付けられる。それを繰り返したからだ。

 

「さっき風呂を涌かしておいた。しっかり入って身体を解せ」

「う、ん」

 

 漸く返事が出来る。そんなヴィヴィオにタカトは近づき、頭に手を乗せる。そして、ゆっくり撫でながら呟いた。

 

「本当によく頑張ったな」

 

 ヴィヴィオは今一度呟かれた言葉に、漸く微笑む。その一言でいろんなものが報われた気がしたからだ。

 

「タカトは、おふろ、はいらないの……?」

「今から晩飯の支度があるからな。そもそも風呂の順番は俺が最後でいい」

 

 そう言いながら、タカトは居間へと戻る。ヴィヴィオは青色吐息になりつつ、風呂へと向かっていった。

 

 

 

 

 PM7時。

 ユーノも帰宅し、夕食の時間である。ヴィヴィオもお風呂で大分さっぱりとしたのか、随分元気を取り戻していた。そして、今夜の夕食は――。

 

「……タカト。君と居ると本当、ご飯に絶対飽きないよね? で、これは何?」

「フレンチでチーズフォンデュと言う」

「う?」

「いや、ごめんヴィヴィオ。僕も解んない……」

 

 ユーノ達の目の前、食卓にはどでかいコンロが載せられ、その上には土鍋が据え付けられていた。

 タカトは土鍋にニンニクのかけらをこすりつけ、予め擦り下ろしておいたチーズにコーンスタッチ(小麦粉)を塗し、これまた予め熱した白ワインとキルシュ(注どっちもお酒)と共に鍋に入れ、煮溶かす。

 そして、ユーノ達の前に一口大に切ったフランスパンとソーセージを置いていった。

 

「……正確にはフォンデュ・ヌシャテロワーズ、て言うんだが。……郷土料理だし、知らんだろうな」

「……うん。でも美味しそうなのは解るよ」

「ああ。後はサラダもある。……ソーセージとパンだけじゃあバランスが悪いしな」

 

 チーズフォンデュはパンやソーセージ以外にも温野菜を入れたりするが、あえてタカトは元来のチーズフォンデュで行く事にした。――ブラウニーもここまで来ればあっぱれである。

 

「ちょっとアルコールがあるから、ヴィヴィオは気をつけてな」

「う?」

 

 未成年を飛び越えて幼年のヴィヴィオには流石がに気を回すタカト。それにヴィヴィオも不思議そうな顔で返すが、彼は苦笑するだけに留めた。

 

「それじゃあいただきます」

「「いただきま〜す」」

 

 ユーノの号令により、それぞれタカトに食べ方を教わりながら食べる。熱々のチーズに、フランスパンやソーセージを絡めて食べるこの料理をユーノ達は堪能した。

 

「熱っ! でも、チーズがとろとろで……!」

「お〜いし〜い♪」

「そうか。喜んでいただけて何よりだ、家主殿」

 

 タカトは畏まりながら笑う。ユーノ達は真剣に、タカト以外の料理を今後舌が受け付けるか心配になったと言う。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 PM10時。

 夕食が終わり、ヴィヴィオが寝入った頃。ユーノは風呂から上がり、久しぶりにワインを舌に傾けていた。

 チーズフォンデュは好評で、後でヴィヴィオが酔った以外は楽しめた。今度もリクエストしようかなと、一人ごちながらワインを飲む。

 一人で飲むのは寂しいが、後でもう一人加わる予定だ。タカトである。

 今は庭で個人の鍛練を行っているらしい。それに、ユーノは少しばかり考える。考えてみれば自分はタカトの事を何も知らない、と。

 当たり前の事ではある。だって何も聞いていないのだから。ヴィヴィオが弟子入りを懇願する程の体術を使うかと思えば、家事は完璧。料理は抜群と来ている。

 ここまで来ると憧れよりも、経歴の方が気になって来る。だが――。

 直後、扉を叩く音に思考が中断された。誰が来たのかは解っている。だから、ユーノはそのまま「どうぞ」と招き入れた。

 扉から入って来たのは当然タカトであった。手にはツマミまで持参している。

 

「ワインと言えばチーズだろう?」

「さっき食べたばっかりなんだけど?」

「……なんだ要らないのか、なら俺が――」

「勿論、そんな事は無い」

 

 数瞬、見合わせ――互いに吹き出す。チーズフォンデュのアルコールのせいだろうか? 互いに、いつもより明るい。

 

「……ほら、タカト」

「家主殿からの酌か、受けぬ訳にはいかんよな?」

 

 ユーノからの酌でタカトもグラスを傾ける。そこからは酒の勢いのまま色々話した。日常の事、仕事の事、親友の事、色々だ。タカトからも色々聞いた。

 何より驚いたのは第97管理外世界出身である事か。名前の響きからもしかして、とは思っていたのだが。まさかと言った感じである。

 それからタカトから変な異母兄弟の話しを聞き、ユーノは親友の少女達との幼少期の話しをしたりした。タカトは「その親友と是非会ってみたいもんだ」とうそぶき。ユーノも「それならタカトの兄弟にも会ってみたいよ」と話した。互いに「いつかな?」と言ったが。

 ――ユーノは思う。たまには男同士で飲むのも悪くないと。実際、ユーノが飲む時は大概が女性と一緒だ。

 それをタカトに言うと「お前、それは凄い我が儘だぞ?」と苦笑いで返される。

 しかし、ユーノも黙っていない。実際、飲みに行く時は何かの悩み事を打ち明けられたりする時であるからだ。

 それにタカトは「お前は俗に言う良い奴だからな?」と笑いながら返され、ユーノは憮然としながらワインを煽る。

 本当に、純粋にユーノはお酒を飲んでいた。気付けば二瓶空けている。

 

「たらと〜〜ぼくはおもうんらよ?」

「……ろれつがまわっとらんぞ? へべれけ司書長」

 

 タカトが苦笑いする。そう言う彼はケロッとしていた。飲んだ量で言えば、ユーノより上なのだが――。

 

「なんれ、たらとはよっぱらってないんらよ?」

「多少は酔ってるぞ? だが、この程度でへべれけになってたら毒物にも対抗出来んからな」

 

 タカトが苦笑い混じりに語る。しかし、へべれけになったユーノは止まらない。

 

「たらと〜〜。たらとはすろいね〜〜?」

「……俺からすればお前の方が凄いんだがな?」

 

 そう言いながら絡んで――物理的にも、来るユーノを引き剥がす。

 

「俺にその趣味は無い」

「ろんなしゅひらん?」

「いいから寝てろ。へべれけ」

 

 タカトに引き剥がされ、ユーノは床に俯せになる。彼は一つ嘆息するとユーノを抱え上げ――俵のように小脇に抱え、ベッドへと連れて行った。

 その間にも、へべれけユーノのろれつが回らない言葉は止まらない。

 

「らいらい、しらわせがわららない、てなんらよ〜〜」

「……」

 

 タカトは止まらない。……止まれる筈も無い。

 

「そんらからひいこれいうらないよ〜〜」

「……ああ。そうだな」

 

 タカトは嘆息する。やはり迂闊だったなと。今日のユーノの提案と言い、態度と言い、昨日の事が原因なのは明白だからだ。

 

「らいらいな〜〜。たらとはかろじょらちににれいるんらよ? そんらたらとがそんらからひいころいうとかろじょらちまでそんらふうなころいいそうらないら〜〜」

「それは、無いな」

 

 タカトはろれつが全然回ってないユーノの言葉にしっかり返答する――確かな感謝を込めて。ユーノの自室に着く。ベッドに寝かせた。

 

「たらと〜〜?」

「どうした?」

 

 ユーノがタカトを呼ぶ。彼は、完全に寝入る直前なのか目は完全に閉じていながら、それでもこう言った。

 

「ろろでしらわせ、みるけられればりりな〜〜」

「……そうだな」

 

 ろれつの回らないユーノの言葉を聞きながら、しかしタカトの胸中は”有り得ない”と叫ぶ。

 

 ――お前は”■■なのだからー!” と。

 

 後悔は無い。既に決定された道。自分で決めた道だ。

 タカトは月を見上げる。そして、一言だけを呟いた。

 

「……シオン。早く強くなってくれ。そして、俺を――」

 

 最後の言葉は言葉にすらならなかった。――夜はまだ深い。限り無い程に。

 

 

(後編に続く)

 

 

 




はい♪ 本日ラストの更新です♪
テスタメントです♪
ちょっと昼から夕方に掛けて寝てたんで、ちょっと起きてます♪
さて、ではちょっと解説を。
ヴィヴィオが作中でタカトに弟子入りして格闘者目指しますが、これ。vividが始まる前に書いたものだったりします(笑)
あん時は驚いたもんです。
まさか公式で格闘者になろうとは(笑)
StS,EXではタカトの技量に憧れてなります。公式では微妙に分かりませんでしたが(ノーヴェに師事する前はスバルにちょっと教えて貰ってたとの事)、こちらではそうなりまする♪
さて、そんな第十七話前編でした♪
後編もお楽しみに〜〜♪


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第十七話「すれ違う者達」(後編)

はい、寝ようと思って結局眠れなかったテスタメントですちくしょう(笑)
そんな訳で予告載せたりしながら、第十七話後編であります♪
日常会も今回で終了。ほのぼのとして下さい、今の内に♪(笑)
では、第十七話後編、どうぞー♪


 

 タカトがユーノ宅で居候してから三日目。つまり、クラウディアへの666襲撃から三日目。

 時空管理局本局に予定より早く戻ってしまった――クラウディアの本局への牽引等で、戻って来たアースラ。その訓練室に、少年二人が向かい合っていた。神庭シオンとエリオ・モンディアルである。

 シオンはウィズダムへと戦技変換している。互いに構えるは槍。

 しかし、シオンのデバイスでもあるU・A(ユニゾン・アームド)デバイス、イクス・ウィズダムは短槍。だがエリオが構える槍、A(アームド)デバイス、ストラーダは長槍であった。

 また二人の槍は形状も違う。シオンのイクス・ウィズダムが突撃槍(ランス)ならば、エリオの槍は突き、薙ぎ、どちらにも対応可能なパルチザンである。両者の槍の違いは至極簡単、戦い方の違いであった。

 ランスは突き――身体ごとぶつかっていく突撃の為の物であり、パルチザンはその形状通り、斬撃に特化した性能を有している。

 同じ槍。しかし、その性能はレイピアとクレイモア程にも違っていた。

 

 シオンは右半身でイクスを上から斜め下へと構える。対して、エリオも右半身。シオンとは逆に槍を掲げるように刃を背に回す構えだ。これは、互いの槍の特性上の構えである。シオンはあくまで突きに、エリオは斬撃に。

 互いの戦い方の差異から生まれた構えの変化であった。シオンとエリオ、二人はたまにこうやって槍同士での模擬戦を行っていた。

 これは二人の師匠――たった一週間程だが――の、叶トウヤの影響である。曰く、同じ槍使い同士、模擬戦を出来る限り行えだ。

 シオンは厳密には剣士なのだが、使う得物が槍な以上、そこに意味は無い。二人がトウヤの影響をバッチリ受けたのには理由がある。

 ……トウヤの罰ゲームが怖かったからだ。

 ヌットリコース(三時間でトラウマになります)。

 爽やかコース(ヒトとしてのアイデンティティを見つめ直せます)。

 ――と、多種多様な罰ゲーム、その最多被害者二人――そこまで言えば解るだろうが、二人はトウヤの罰ゲームが見事にトラウマと化していた。

 だが、それ故に二人は技量の伸びもまた凄まじかった。恐怖、それはかくもヒトを成長させうるものなのか。

 構えを取って、数秒――次の瞬間、二人は同時に動いた。

 シオンは瞬動を、エリオはソニック・ムーブを発動。互いに瞬速のスピードで駆ける。

 初手はシオンからだった。瞬動の勢いのまま、左足を地面に叩き込み、身体ごと突き出しながらの突き。対してエリオは、ソニック・ムーブを右足の踏み込みを持って、停止。身体ごと、右に回転する。

 

    −閃!−

 

 エリオのバリアジャケットを掠めるように、イクスの穂先が通り過ぎる。

 エリオは回転による回避運動のまま、斬撃を放った。

 孤を描くストラーダはシオンの首筋に吸い込まれるように進み――シオンの動きの方が早い! 超短距離瞬動。その距離”後方五十センチ”。

 エリオのストラーダが通り過ぎ、未だ左手側にあるイクスが金属特有の音を響かせ、停止。

 二人の距離、1メートル――互いにその距離で軽く笑い、互いに至近距離での超短距離の高速移動術を持って、間合いから外れた。だが、止まらない。

 今度は互いに間合いを詰める。次はエリオからの先手だった。シオンの間合いに入る前に、ストラーダを振るう。

 イクス・ウィズダムよりもストラーダの方が長い為だ。つまりはエリオの方が間合いは遠い。しかし、シオンはこの斬撃を身を屈める事で回避。さらにその動きのまま突きを放つ。

 狙うは斬撃で開いたエリオの胴。イクスの穂先は迷う事なく、エリオへと突き進み――だが、ストラーダの石突きがその進行を止めていた。

 

「――っ!」

「ストラーダ!」

【エクスプロージョン!】

 

 一瞬呆然とし、すぐに我を取り戻すと、即座にシオンは後退する。だがエリオがその隙を逃さない。

 ストラーダのブースターが両側から迫り出す。2ndフォルム、テューゼン・フォルム。その特性は、両のブースターを使っての攻撃速度強化。エリオが右手一つで、ストラーダを回転。指運の動きで、突きの構えを取って見せた。

 後方に飛びながら、シオンはイクスを斜め縦へと構える。それは防御の構えだ――エリオは構わない。チャージ(突撃)を愛槍に命じる!

 

「撃ち抜けーっ!」

【メッサー・アングリフ!】

 

    −撃!−

 

 突貫! エリオの足元が爆裂し、シオンへと一直線に駆ける。その速度はソニック・ムーブより鋭く、或いは疾い。一気にシオンへと向かい、切っ先がシオンの構えるイクスの長柄へと接触した――瞬間、エリオは重力を失った。

 

「……な」

 

 エリオの目の前には回転する槍がある。それに合わせるように、シオンが左へと重心を移動。エリオの右側を抜けた。

 エリオは悟る。自分の一撃が、あの回転エネルギーへと転換されたのだと。

 ――合気。未だ完成しえぬ、シオンの近接戦に於ける切り札の一つだ。

 一撃の威力を抜かれたエリオは隙だらけであった。当然、シオンはその回転エネルギーを転換し、斬撃を持ってエリオを攻撃しようとする。

 しかし、背中を走る悪寒に従って、瞬動を持って一気に後退した。

 直後にシオンの顎先を過ぎるのはストラーダの石突き。あのまま攻撃していたら、顎を打ち貫かれていただろう。

 エリオは突きの一撃の後、重心を後ろに移し、右後方にいるシオンの顎を狙って石突きを跳ね上げていたのだ。

 エリオは思い出す、トウヤの言葉を。

 

 ――長柄の武器の真骨頂とは何だね? この問いに、エリオはその長さを活かした突きや斬撃です、と答えた。トウヤは笑いながら、それを否定。

 

 ――実践で試してあげよう。

 そう言われ、そして存分に試され、思い知らされた。

 トウヤは言った。長柄の武器の真骨頂は、円運動による変幻自在の連続攻撃にあると。穂先と柄。この両端を攻撃に使える為に、剣のように切り返す必要が無く、同じベクトルを保ったまま攻撃を繰り返し行えるのだと。

 エリオはまだトウヤの技量には追い付けない。当代最強の槍術士だ。当たり前である。

 しかし、トウヤから教わった技は確かにエリオを劇的に成長させていた。

 ――そして、それはシオンにも言える事だった。シオンは槍を扱うには経験不足。故に、トウヤは徹底的に異母弟に槍を使わせた。エリオとの模擬戦もその一貫である。

 未だ、シオンはエリオに槍の技量では追い付けない。しかし、まともに戦えるようにまではなっていた。

 

「……驚きました。確か合気、ですよね?」

「ああ。成功率はまだ五割がいい所だけど、上手くいってよかったよ」

「……シオン兄さん。そんな成功率の技を使ったんですか? ”また”、なのはさんに怒られますよ?」

「ま、まぁ、大丈夫だろ? 多分、いやきっと」

 

 シオンの言葉にエリオはちょっとだけ笑う。シオンはスバル達に連れ戻され、例の紙芝居のショックも覚めやらぬまま、なのはに訓練室に叩き込まれ、たっぷりと”お話し”をした。

 その間、絶え間無い悲鳴が響いたそうな。ティアナがトラウマ爆発で震えたりもしたとかあったが――。

 ともあれ、そんな事もあり、シオンはなのはにある意味666以上の恐怖を植え付けられていた。

 だが、そこは若さ溢れる十七歳の男子。訓練中の無茶はしょっちゅうなのである。そのたんびに、なのはは信念でもある「模擬戦で徹底的にきっちり打ちのめした方が、教えられる側は学ぶことが多い」を、シオンに居残り授業として実践していた。

 後にシオンは語る――「いや666ともやり合えますて、マジに」。

 その言葉に、約二人がウンウンと頷いたそうだが。

 閑話休題。エリオの笑いに、シオンは憮然とする。

 

「オラ、続き。行くぞー」

「あ、はい」

 

 瞬時に気を引き締めて再び構える。だが、二人の槍は、再び交差する事は無かった。

 突如、訓練室のドアが開く。そちらへと目を向けると、居たのはフォワードメンバー三人娘。

 スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター、キャロ・ル・ルシエの三人であった。

 

「あ、いたいた。シオン、探したよー」

「探した? 何でまた?」

 

 スバルがこちらへと近づきながらシオンへと話し掛けてくる。それに、彼は構えを解いた。

 少なくとも、模擬戦は続けられない。エリオも構えを解き、シオンの側へと歩いてくる。

 

「八神艦長がアンタ探してたわよ? 通信か何か無かったの?」

「……通信? 知らねぇけど」

「僕も知りません」

 

 シオンの答えを、エリオが補足する。二人揃って疑問符を浮かべていた。そんな彼等に、キャロが微笑みながら言って来る。

 

「最初は通信で呼び出そうとしたみたいですけど、エリオ君もシオンお兄さんも忙しそうだったみたいですから」

「忙しい? ああ、そう言うことな」

「納得です」

 

 キャロの言葉に、二人は苦笑いを浮かべる。多分模擬戦の最中だったので、通信で邪魔をするのを無粋と感じたのだろう。

 どちらにしろ模擬戦は中止になったのだから、意味は無かったが。

 

「で、シオン。今度は何したの?」

「……うぉい」

 

 スバルのあんまりな台詞に、シオンは半眼で睨む。その視線を笑いでごまかそうとするが、彼は視線を緩めない。だが、スバルの横から援護口撃が走った。

 

「そうよ。アンタ、今度は何やらかしたのよ?」

「待てコラ」

 

 ティアナだ。シオンは否定しようとして。しかし、さらに自分の横のちびっ子達からも口撃が来る。

 

「シオン兄さん。早めに謝った方が……」

「わ、私も一緒に謝りますから……!」

「お前等もかい」

 

 流石に、シオンはげんなりとする。そんなに問題行動を起こしたろうか? と、少しばかり思いを馳せ――瞬時に戻って来た。

 思い出すまでもなく、問題行動のオンパレードである。ここまで多いといっそ清々しい。シオンは一つ、溜息を吐いた。

 

「……とりあえず、俺は何もしてねぇよ」

『『本当……?((ですか?))』』

「四人揃ってハモンな」

 

 シオン、ジト目である。

 だが四人は、だってとか、ねぇとか、ですよねとか、ウンだとか。主語を省いた会話を行う。……内容は大いに丸判りだったが。

 

「まぁいいや。はやて先生は艦長室に?」

「うん。なのはさんやフェイト隊長も一緒だったよ?」

「……マジに?」

「大マジに」

 

 スバル、ティアナの答えに再度溜息をつく。真剣に何かやらかしたかな? と、考えてしまう自分が情けない。

 

「シオン兄さん。怒られたって大丈夫です。頑張って下さい!」

「少しも嬉しくない応援ありがとう♪ お前、後で真剣に覚えとくように♪」

 

 あくまで怒られると判断するエリオに、シオンは満面の笑顔を向ける。とっても引き攣った笑顔が返って来た。……容赦をしてやる積もりは微塵もないが。

 

「……とりあえず行ってくるわ」

『『いってらっしゃ〜〜い』』

「たっぷり怒られて来なさい」

「そのネタはもういらんわ!」

 

 最後にティアナにツッコミを入れつつ、訓練室を出る――ちょっとばっかり怯えが入ったのは内緒であった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《なら、明日帰ってくるんだ?》

「うん。久しぶりにね。ヴィヴィオ、元気にしてるかな?」

《元気だよ。最近は特にね》

 

 アースラ艦長室――正確には執務室が正しいだろうか、そこに居るのはアースラが誇る隊長三人娘。高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやてである。

 そして、三人の前にはウィンドウが展開しており、ある男性が映っていた。

 三人の幼なじみであり、親友。時空管理局が誇る無限書庫司書長、ユーノ・スクライアである。

 三人が彼と通信をしているのは訳がある。それは朝方、ブリッジでの話しまで遡る――。

 

 

 

 

 ――突然、モニターに表れたリンディ・ハラオウンはにこやかな笑顔のままでなのは達に告げた。

 

「休み……ですか?」

《ええ、三人揃って♪》

 

 そうリンディは告げたのである。三人は、副長であるグリフィスに言ったように、三者三様の反論を展開するも、歳のこ――否、経験の賜物か。完全に意見を封殺され、気付けば頷かされていたのであった。

 驚異の交渉能力である。と、そんな理由で、三人の休みが急遽決まったのであった――。

 

 

 

 

《流石、リンディさんだね……》

「母さん。こう言った事での手の回しよう、凄いから」

「本当や。気付いたら休暇申請も全部通っとったからな」

「にゃはは……」

 

 ユーノの苦笑まじりの言葉に、三人は力無い笑いを返す。絶対にリンディには敵わないと再認識させられた一幕であった。未だ、クロノが頭が上がらないのも無理は無い。

 

《明日なら大丈夫だね。ヴィヴィオも学校休みだし、彼も……》

「……? ユーノ君。彼って?」

《あ、そう言えば、なのは達に知らせてなかったね。実は――》

 

 そして、ユーノは家に居る居候について話す。自分の勤務状況や、それについての事まで話しは及んだ。

 

「へぇ、私と同レベルの……それは是非確かめてみなあかんね」

「はやてちゃん目が光ってる光ってる」

 

 なのはがはやての目の色にツッコミを入れる。フェイトとモニター越しのユーノが浮かべるのは苦笑いだ。

 

《家政夫、みたいなものかな。結構面白い奴でね。三人共、気が合うんじゃないかな?》

「そっか……あ、そう言えばユーノ君に会わせたい人が居るんだけど。連れて行っても大丈夫かな?」

《彼?》

「ほら、今ウチに居る嘱託の――」

《ああ!》

 

 モニター越しに、ユーノがポンと手を打つ。なかなかに古いリアクションを取るものだ。ユーノは、そのまま笑顔で続ける。

 

《確か、アースラの最大級問題児だっけ? 名前は確か――神庭シオン》

「……まぁ、反論は出来んわな」

 

 ツッコミたいけどな。と、はやてはぽそりと呟く。実際シオンが行った事、行ってきた事はその二つ名に誤た無い経歴なのだ。

 曰く、管理局史上最大のトラブル・メイカー。アースラの最大級問題児。

 そう言った二つ名が付けられる程には、シオンの名前は知れ渡っていた。

 

《そっか。うん、大丈夫だよ》

「うん、それなら。あ、ヴィヴィオ居るかな?」

 

 もし居るなら通信を代わって貰おうと思い、なのはが聞く。しかし、ユーノが浮かべるのはただ苦笑いであった。

 

《……今は、庭でちょっとね》

「……? どうかしたの、ヴィヴィオ?」

 

 そんなユーノの様子に、フェイトは疑問符を浮かべて尋ねた。彼は、「まぁ、ちょっと」と曖昧に言及を避ける。

 ちなみに今現在、ヴィヴィオは”彼”により、投げ飛ばされている真っ最中だったりする。

 流石にそんな姿を見れば、過保護なフェイトだけでは無く、なのはもすっ飛んで来るだろう。最初はユーノも止めた程だ。

 

「まぁ、明日になったら会えるからいいかな?」

《うん。ゴメンね、なのは》

「気にしてないよ。それじゃあユーノ君。また明日」

「ユーノ。またね」

「明日、楽しみにしとるな?」

《うん。なのはも、フェイトも、はやても。また明日ね。じゃあ》

 

 最後に手を振りながら通信が切れる。そして、三人は顔を見合わせて笑った。

 

「ユーノ君が”奴”なんて使う人、ちょっと見てみたいね」

「だね。クロノ以外じゃあ初めてかな?」

「まぁ、そもそも私達の面子に男性陣があまりおらんのやけどな」

 

 そう言いながら苦笑いを浮かべる。実際、アースラ関係者は女性陣が多い。これは結構珍しい事である。大体は、どこでも男性陣がある程度は多いものなのだが。

 そんな事を言っていたら扉がノックされた。次いでインターフォンが鳴らされる。

 

《失礼します。神庭シオン、来ましたけど》

「うん。入ってええでー」

 

 はやての許しを貰い、艦長室の自動扉が開く。そこには、神庭シオンが怪訝そうな顔で立っていた。

 

「ども。……で、何の用なんでしょう?」

「うん、あんな?」

 

 ちょっとおっかなびっくりに艦長室に入って来たシオンに、はやては苦笑いを浮かべながらも説明を始めた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 首都クラナガン。

 ミッドチルダの首都にして、時空管理局地上本部がある街である。この街は一度炎に包まれた。

 JS事件。ミッド全域を震撼させた事件である。あの事件により齎された被害は、それこそ馬鹿にならない。

 しかし、あの事件から一年。クラナガンは見事に再興を果していた。事件の爪痕は勿論残っているのだが、それを感じさせない程に活気を取り戻していたのだ。

 そんな、クラナガン。本日は見事な日本晴れである。現在の時刻、AM10:30。

 そんな空の下のショッピングモールの一画に、見目麗しい三人の女性と、これまた女性的な顔立ちの少年が居た。女性三人に少年一人。姉弟に見える一団である。そんな一団の中で少年は汗を流していた。そりゃあもう、流しまくっていた。

 ――何故か? 単純に手の荷物が重いからだ。

 少年の両手の紙袋は、総計で十を超えていた。中身は服からお菓子まで多種多様である。

 そんな少年をよそに、三人の女性の手荷物はバックくらいのものだ。第三者から見てもよく解る荷物持ち。それが少年、神庭シオンの役目であった。

 シオンは思いを馳せる――俺、何かしたか? と。しかし心当たりがあり過ぎるので嘆息するしかない。

 金髪の女性、フェイト・T・ハラオウンが店を眺め見る。その光景にシオンは冷や汗をだらだらと流した。

 その表情はこう語る。まだ、何かを買うつもりですか? と。だが、声は逆方向から上がった。

 

「なのはちゃん。これ、ヴィヴィオに似合うと思わんか?」

「うん♪ いいね〜♪」

「……マジですか……」

 

 しまったとシオンは呻く。見ると、そこには我らが艦長、八神はやてとスターズ少隊、隊長高町なのはが子供用の服を見ながらキャイキャイと談笑しているのが目に入った。

 女性が三人寄れば 姦しいとはよく言う。それがショッピングともなれば、さらなるパワーを発揮すると言う事をシオンは初めて知った。……出来れば、一生涯知りたくは無い事実であったが。

 

「あはは♪ なのはも久しぶりにヴィヴィオに会えるからね。ちょっとくらい大目に見てあげてくれるかな?」

「……そう言いながら荷物を追加するのは止めて欲しいんですけど、マジに」

 

 フェイトが笑いながら――いつの間に購入したのか、更に服が入った紙袋をシオンに手渡す。彼は拒否する事も許されず、その荷物を左の手に追加した。

 

「仕方ないよ。これ、シオンに対する罰の一種だから……私達、個人からの」

「く……っ!」

 

 職権乱用! と叫びたいが、そうもいかない。実際、シオンがやらかした色んな事を実質助けてくれたのはこの三人だからだ。

 頭が上がらない所か、足を向けて眠れない。それ程の恩義が三人にあった。

 故にシオンは黙って、今回の三人の帰宅に付き合い、こうして荷物持ちに甘んじている訳だが――。

 

「シオン君、ゴメンね? これもお願いするね」

「流石、男の子やな? これならまだいけそうやな〜〜」

「……勘弁して下さい。マジに」

「「「無理」」」

「……」

 

 三人の満面の笑顔。それを心の底から恨めし気に見つつ、シオンは再度嘆息する。

 なのはの娘を預けていると言う親友の元に行くのが昼頃、それまでお土産を物色するらしい。

 それまで、あと一時間半。長い、一時間になる――シオンはそう確信しながら三人について行ったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 AM11時30分、ユーノ宅。

 伊織タカトは台所に立っていた。家主によれば、本日はお客さんが来るらしい。なんでも弟子、ヴィヴィオの母二人と、親友。そして、その生徒だとか。

 詳しくは聞いていないが、結構な人数である。故に昼食(本日のメニューは酢豚、春雨サラダ、中華風つみれ汁)には中華をセレクトしつつ、下拵えを行っていたのであった。

 家主であるユーノ・スクライアとヴィヴィオは、にこにこしながら居間でくつろいでいる。

 特にヴィヴィオは朝からずっとご機嫌であった。久しぶりの母親と会えるのだから当たり前か――と、タカトは少々苦笑いを浮かべながら思う。

 

 ――タカトに母の思い出は無い。母代わりだった人の思い出はあるが、彼は最後まで彼女を母とは呼ばなかった。

 理由はいくつかあるが、最大の理由は気兼ねしたからである。異母弟と、その母の間に入る事はあってはならない――と、タカトは考えていた。

 それは異母兄も、”彼女”もである。その事をずっと寂しがってはいたようなのだが――。

 

「……ん?」

 

 そんな事を思いつつ、昼食の下拵えが終わり、ついでに三時のおやつであるクイニーアマンの生地――昨日の内に仕込んだ――を、最後の工程、焼成しようとして、彼はらしくないミスに気付いた。

 生地を入れるべきアルミホイルが無い。見事に切らしている。生地は既に完成しており、後は型に砂糖とバターを敷いて焼成するだけなのだが――肝心の型となる、アルミホイルが無かったのだ。

 

「……やれやれ」

 

 タカトは嘆息し、居間に向かう。ユーノ、ヴィヴィオはテレビ――ウィンドウだが、を見ながらゆったりとしていた。

 

「ユーノ。悪いが少し出てくる」

「へ? どうしたの?」

「う?」

 

 タカトの言葉に、二人が振り向く。もうそろそろ客が来る時間なのに、どこに行こうと言うのか。

 

「三時のおやつを作ろうとしたんだが、器がなくてな」

「お皿ならあるよ?」

「いや、いるのは小さい型なんだ。アルミホイルがベストなんだが――見事に切らしていてな」

 

 ユーノの疑問に、タカトは苦笑いを浮かべながら答える。ユーノはそう言えばと頷いた。

 

「そうなんだ? ゴメンね。なら僕が――」

「こう言うのは居候の仕事だ、家主殿? ゆっくりしていろ」

 

 席を立とうとする彼を、タカトは片手で制する。そして、そのまま居間を出た。

 

「すぐに帰ってくるが、客人が来たら遠慮なく昼飯を食べてくれ。飯は炊けてるし、酢豚以外は温めれば大丈夫だ」

「うん。わかったよ」

「タカト、いってらっしゃい」

 

 玄関に向かうタカトに、二人から声が掛かる。それに微笑みながら、タカトは玄関の扉を開けた。

 

「ああ、行ってきます」

 

 そして、彼は玄関から出て、近場のショッピングモールへと向かったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ピ〜〜ンポ〜〜ン♪

 

 タカトが出て、すぐにユーノ宅にチャイムが鳴る。インターフォンに出たユーノは、昨日聞いた声を再び聞いた。

 

《ユーノ君、来たよー》

「ママ!」

 

 なのはの声だ。それにヴィヴィオの目が輝く。居間のソファーから飛び出し、玄関へと走っていった。ユーノは苦笑いを浮かべながら「どうぞ、開いてるよ?」、とインターフォンに返し、自らも玄関に向かう。

 

「ママ〜〜♪」

「ヴィ〜ヴィオ♪」

 

 飛び付いて来たヴィヴィオを、そのまま抱き上げるなのは。それを若干羨ましそうにフェイトが見る。

 そんな二人の後ろに見えるのは、はやてと銀髪の少年であった。

 ……しかし、三人が涼しい顔をしているのに対して、少年は汗をびっしょりかいていた。ユーノが玄関に到着し、まずはなのはに片手を上げる。それを見て、なのはもヴィヴィオを抱えたまま片手を上げた。

 

「ユーノ君、昨日ぶり♪」

「うん、なのは♪」

 

 ハイタッチ。昔ながらの二人の挨拶である。続いてユーノはフェイトとはやて、少年に向き直った。

 

「はやてもフェイトも昨日ぶり。その彼が?」

「うん。そうや♪ ほらシオン君、挨拶」

「あ、と――。はじめまして、神庭シオンです。……えっと……」

「ユーノ。ユーノ・スクライア、だよ。はじめまして。ユーノでいいよ」

「それならユーノさんで、と」

 

 ユーノに手を差し出し、握手をしようとして――両の手が紙袋で埋まっているのを思い出した。ユーノは苦笑いを浮かべながら、シオンを制する。

 

「いいよ。……それにしても凄い量だね? 何買ってきたの?」

「……それは、そこの先生達に聞いて下さい」

「「「あ、あははは……」」」

 

 半眼のシオンに三人は笑って誤魔化す。その態度で、ユーノは理解した。

 この紙袋の中身を誰が買ったのかを。だが、あえてツッコまなかった。

 

「それじゃあ、玄関で話すのもアレだし、上がってよ」

『『お邪魔しま〜〜す』』

 

 ユーノに促され、一同は居間へと移動する。ただシオンが靴を脱ぎにくそうにしていたのは余談であった。

 かくて、なのは、フェイト、はやて、そしてシオンはユーノ宅へと来た。

 ――そこに誰が住んでいるのかを知らないままに。運命は回る。悪戯のように、皮肉に。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「よっと!」

 

 ユーノ宅、台所。そこで中華鍋を振るうのは、エプロンを掛けたはやてであった。

 元来、彼女は家事が大好きである。料理に至っては幼少時から作っていただけあり、和、洋、中、なんでもござれなのだ。

 現在、PM12時10分。居間で談笑していたのだが、昼を回り、流石に皆お腹が空いたので、居候が用意していた昼食を仕上げて食べる事にしたのだ。

 幸い、下拵えは完璧だったのですぐに出来る。つみれ汁と春雨サラダは完成していたのだ。後は酢豚だけである。それを聞いたはやては、なら私が作る。と、中華鍋を片手に持った訳であった。

 

 再度、中華鍋の中で、野菜が踊る。その中に下拵えが済んである豚の角切りを放り込み、さらにこれまた予め作られていた甘酢餡を加えて手早く全体にからませた。これで完成である。

 

「よし、おまっとさん♪」

「わぁ……はやてちゃん、いつ見ても料理上手いよね?」

「うん、美味しいそうだ♪」

「てか、はやて先生。料理出来たんですね――て、危なっ!」

 

 何気に失礼な事を言うシオンにげんこつが飛ぶ。だが、シオンは頭を下げてそれを躱した。

 

「乙女に対して、失礼な事言うなぁ。シオン君は」

「いや、だってキャリアウーマンってイメージがあったんですよ!」

 

 追撃を構えるはやてに、シオンは若干距離を取る。一同はそれに笑った。

 

「ちょっと一人足りないけど、先に食べちゃおうか?」

「ああ、例の居候君やね?」

「うん。昼の下拵えをしたのも彼だよ。何でも三時のおやつを焼こうとしたらしいけど、型が無かったんだって」

 

 大皿へと盛られた本格風の酢豚を食卓へと運びながら、ユーノも答える。食卓には既に、料理が所狭しと並んでいた。

 

「すぐ戻るって言っていたけど、まだ戻らないし、それに本人からも間に合わなかったら先に食べててくれってさ」

「そうなんだ? なら、お言葉に甘えようかな」

「そうやね。中華は熱々が1番やし」

 

 そう言いながらそれぞれ食卓へと着く。余談ではあるが、ユーノ宅の食卓は大きく、また椅子も多数ある。

 これは元来、ユーノ宅にはお客――全員アースラ関係者だ――が、多い為だ。故に、食卓は大きい物を。そして椅子も多数用意してある訳だ。皆が席に着いたのを確認して、ユーノが音頭を取った。

 

「それじゃあ、いただきます」

『『いただきます』』

 

 一同手を合わせ、思い思いの料理に箸を伸ばした。

 

「あ、熱っ!」

 

 出来立てをいきなり頬張った為か、その熱さにびっくりする。だが、その顔はすぐに笑顔へと変わった。

 

「ん〜〜♪ 美味しい♪」

「はやて、また腕を上げた? これ、とっても美味しいよ♪」

「んー……今回は、例の居候君が下拵えしてくれてたからなー。あまり、自慢出来んな」

 

 二人の評価にちょっと複雑そうな顔をするはやて。しかし、中華は火力が命だ。それを仕上げたはやてはまごう事なく一級の料理人である。

 ユーノ、ヴィヴィオもまた美味しい♪ と喜ぶ。

 だが一人だけ、複雑そうな顔をしている人間がいた。シオンだ。酢豚を頬張った後、何かを考え込んでいる顔をしていた。

 

「……? どうかしたんか、シオン君。ひょっとして、舌に合わんかった?」

「え? いや、凄い美味しいです。でも……」

「? でも?」

 

 シオンの反応に、一同不思議そうな顔をする。はやてが続きを促すが、それにシオンは居心地の悪そうな顔をするだけだった。

 

「……言いたくない事なんか?」

「いや、そう言う訳じゃあ無いんですけど……これ言ったら確実にからかわれるなと」

 

 シオンの発言に今度こそ一同――女性陣が身を乗り出した。だが、シオンはただ苦笑いのみを浮かべるだけ。絶対に口を割るつもりは無いらしい。

 

「もう、教えてくれたってええやん」

「はは。すみません」

 

 はやてが拗ねたように腕を組んで頬を膨らませるが、シオンはただ謝るだけで答えない。それにはやては「ええよ」と返し、別の話題に移ってくれた。

 皆が、思い思いの談笑を交わしながら昼食を楽しむ。その中で、シオンは再び酢豚を頬張った。口の中に広がるのはあまりにも懐かしい味――そして、有り得ない味だった。

 

「まさか、な……」

 

 ――その味は異母兄、タカトの料理の味だった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 管理局地上本部。そこでは今、混乱が起きていた。

 クラナガンのショッピングモール。そこでとんでもない事が起きていたからだ。

 ――ショッピングモールで火災発生。急な出来事である。

 すぐに近場の災害担当部に連絡し、救助部隊がショッピングモールに向かった。……誤解を恐れずに言えば、ここまではまだいい。

 しかし、その救助部隊が目にしたのは救助すべき人達と、そして有り得ないものだったのである。

 

 ――異形。

 

 スバルを襲い、アースラ初出動の時にも現れた存在がそこにいたのだ。

 オーガ種の”アポカリプス因子感染者が”。それも複数である。

 管理局の監視システムを抜けて、どうやって現れたのかまったく謎であった。

 また感染者に対してまともに対抗出来る部隊がなく、至急感染者対策部隊であるアースラに連絡するも、その到着には時間が掛かると言われていたのである。――だが。

 

「高町一等空尉に、ハラオウン執務官、八神司令までここに来ているのか!?」

「はい! 先程、確認しました!」

 

 地上本部の司令室で、地上本部勤務の准将が管制を担当していた女性士官に叫ぶ。

 今、クラナガンの地上陸士部隊に、複数の感染者を相手取る事は出来ない。その中で、その情報はまさしく朗報だった。

 

「すぐに連絡を取れ!」

「は、はい!」

 

 素早く指示を飛ばす准将。だが、彼はこの時知らなかった。

 今、その場に感染者にとっての天敵。第一級の次元犯罪者である666――伊織タカトが居る事を。

 

 ……そして、再び彼女達は彼と邂逅する。炎の中で、互いに解り合えない気持ちを抱えたままに。

 

 

(第十八話に続く)

 

 

 




次回予告
「クラナガンのショッピング・モールを中心に大量出現する感染者達!」
「再び都市部で起きた事件に、なのは、フェイト、はやて、そしてシオンは対応すべく向かう」
「こんな筈じゃない結果にさせない為に」
「だが、そこには意外な人物まで居て」
「次回、第十八話『再邂は炎の中で』」
「彼との再邂は、一つの真実と、……一つの絶望を彼女達に与える」


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第十八話「再邂は炎の中で」(前編)

「彼の瞳を見た時、感じたのは強い意思だった。それは祈りにも似て。だから、この時の私には分から無かったんだ。彼の――伊織タカトの、本当の願いを。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 PM13時05分、ユーノ宅。

 昼ご飯を食べ終え、お茶を楽しみながら談話を楽しんでいた一同。

 そんな団欒も、一つの報せと共に破られてしまった。

 一同はユーノ宅の居間でくつろいでいたのだが、その居間の中央にはウィンドウが展開している。

 そこに映るのは時空管理局、地上本部の管制士官と、准将だ。

 はやてを始めとした一同は、その報告を聞いて顔を青ざめさせていた。ここの近くにあるクラナガンのショッピングモール。そこで感染者が複数現れたとの報告である。しかも、その数が半端では無い。総計十二体。それだけの数の感染者が、ショッピングモールを蹂躙していたのだ。

 通信を一緒に聞いていたシオンは流石に息を飲む。とんでも無い数だ。それこそ、アースラ前線メンバーがフルで揃っていなくては対処が完全には出来ない程である。

 しかも、肝心のアースラは本局だ。前線メンバーをこちらに転送してもらうにも、時間が掛かり過ぎる。故に准将は、タイミング良くクラナガンに来ていたはやて達に出動要請をしたのだった。

 

《済まない。君達が休暇中だとは解っているのだが……》

「そんな、気にせんでも大丈夫ですよ。むしろ教えて頂いてありがとうございます」

 

 頭を下げる准将。それに、はやては済まなそうな顔をする。感染者対策はアースラの管轄だ。頭を下げられると申し訳なく感じてしまう。

 そして、はやては一緒に来ていたなのは、フェイト、シオンを見る。三人は、すぐにはやてに頷いてくれた。彼女も頷き返す。

 

「では、今から八神はやて部隊長、高町なのは一等空尉、フェイト・T・ハラオウン執務官。そして神庭シオン嘱託魔導師、現場に向かいます。飛行許可をお願いします」

《ああ。頼む!》

 

 その一言と同時に通信が切れ、ウィンドウが閉じる。はやては一息だけ、ため息を吐いた。

 ……いつかと同じやな、と。

 それは飛行場で起きた火災。その時は、なのはとフェイトが休みで自分に会いに来てくれていたのだが。

 

「はやて先生」

 

 声が掛かる――シオンだ。この中で恐らく、一番感染者との戦闘経験を持つ故に、今がどれだけ危険な状態なのか解ったのだろう。最悪、人がまた感染する。

 

 ――止めなあかん。

 

 その思いのまま、三人に向き直った。

 

「……皆、通信は聞いたな? 現状は最悪や。街中で感染者が複数。それもかってない程の数や、時間もない。戦力も無い――でも、やるしかない」

「……」

 

 はやての言葉に一同黙ったままに、しかし頷く。

 そう、やるしかないのだ。二度とこんな筈じゃない結果を生まないように。

 

「皆、私が聞くんはこれだけや。いけるな?」

「うん、もちろん」

「当然だよ」

「はい。いつでも」

 

 三人の答えにはやては頷く。そして、ユーノとヴィヴィオの二人に向き直った。

 

「ゴメンな? ユーノ君、せっかく遊びに来たのに」

「気にしなくて大丈夫だよ。それより四人共、気をつけてね?」

「うん。ありがとう、ユーノ君。……ヴィヴィオ、ゴメンね? ママ行かなくちゃいけなくなっちゃった」

「……うん。だいじょうぶだよ? でも……」

「うん?」

 

 ヴィヴィオが二人の母に抱き着く。キュッと。それに、なのはとフェイトは微笑んだ。

 

「ケガしないで、かえってきてね……?」

「ヴィヴィオ……。うん、大丈夫、約束するよ」

「ちゃんと帰ってくるからね?」

「ウンっ!」

 

 二人の母にヴィヴィオは満面の笑顔で頷く。そして、四人は玄関から出てユーノ宅の庭に出た。

 

「よし、行くよ!」

「「「了解!!」」」

【スタンバイ・レディ?】

「「「セッ――ト、アップ!」」」

【スタンバイ、レディ。セットアップ!】

「イクス!」

【セット・レディ!】

 

 光が庭に広がる――次の瞬間には、バリアジャケットに身を包む四人がそこに揃っていた。一斉に頷き、空を見上げ。

 

『『GO!』』

 

 掛け声と共に一気に飛び立った。

 向かう先は炎が燃え盛り、感染者が徘徊する現実に顕れた地獄。……しかし、彼女達もまた知らなかった。

 そこには、感染者以外の驚異が居る事を。666――伊織タカトがそこに居る事を、知る筈が無かった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 クラナガンのショッピングモール。つい数時間前までは何の変哲もない、休日で人が賑わう場所だった。

 そんなショッピングモールは今、地獄となっている。炎が辺りを走り、店が崩壊している。周りには人はいない。殆どの人は救助隊の必死の救助。そして出動した陸士部隊により人以外のモノ――つまり、感染者達の足止めに成功し、避難が完了していた。だが、そこまで。

 陸士部隊は結局の所、感染者に対抗出来ず、また火災に巻き込まれる危険もあり撤退。

 今は、周辺に感染者が散らばらないように強装結界を展開していた。

 元々、このショッピングモールはかなり広大だ。故に、その被害もせいぜい半分といった所である。

 しかし、それは十分に過ぎる被害である。

 JS事件からこの街を復興させてきた人々を絶望させるのには、あまりに十分過ぎたのだった。

 

 そして、結界の中を徘徊する影がある――感染者だ。

 十を越えている感染者が、結界を認識しているのか。結界に何体か向かって来ているのだ。

 そんな中、炎の中で幼い少女と少年が震えていた。姉弟だろうか。二人は寄り添うように互いを抱きしめている。その顔には汗が浮かんでいた。この火事だ。相当熱いのだろう。だが二人共、騒ぎ立てたりはしない――いや、出来ない。

 今、周りにはもっと怖い存在が居たからだ。それは異形。身体を黒の点に侵され、そして生きているとは思えない表情で、徘徊する化け物達。

 それに対する恐怖で二人共騒がなかったのだ。二人の互いを抱く力が強くなる。

 ――足音。巨大な足音が近づいて来ているのだ。ゆっくりと、ゆっくりと。

 息すらも殺して、異形が通り過ぎるのを待つ。近付いて、近付いて。だが、気付かなかったのか関心が無かったのか、そのまま通り過ぎて行った。漸く姉弟達の手から力が抜け、……それを見た。

 

 ――異形の首が180度回転し、二人を見ている所を。

 

 凍りついた。その視線にさらされて、二人は凍りついた。

 異形は構わない。振り向き、二人に近付いてゆく――ゆっくりと。

 そんな異形を恐怖で震えながら二人は見る。声が出ない、動けない!

 本能が叫んでいる。もう終わりだ、と。

 次の瞬間、異形が咆哮し、二人に襲い掛かろうと手を伸ばし――。

 

    −斬!−

 

 ――真っ二つになった。

 

「神覇弐ノ太刀、剣牙」

 

 その声を二人は聞く。そして、背後に表れたのは黒ずくめの少年だった。手に持つのは大剣。その剣を肩に担ぎながら、少年は歩く。

 

「もう大丈夫だ」

 

 そう言って、二人の横を通り過ぎた。

 その後ろからは金の髪の女性が、これまた黒ずくめで歩いて来ている。少年は二人の横を抜ける。

 

「よく、頑張った」

 

 それだけを呟き、二人の頭をそれぞれ撫でて少年は二人の前に出た。直後、金の髪の女性に、姉弟は抱きしめられた。

 

「フェイト先生はその二人を」

「うん。シオン、無理しないようにね」

「大丈夫です。無理は苦手ですから。……無茶は得意ですけど」

 

 少年は――神庭シオンは大剣、イクスを正眼に構えながらそんな事を言う。

 その姿を、その背中を、救助された少年は目に焼き付ける。フェイトは苦笑いを一つ零した。

 

「それ、同じ意味に聞こえるよ?」

「いや、意味はまったく違いますよ」

 

 シオンが笑う。フェイトは二人を抱え上げ、空に浮かび上がった。二人を安全な所に連れていく為だ。

 

「どんな風に違うの?」

「簡単です」

 

 そこで異形、感染者は再生を完了した。咆哮が辺りに響く。少年は、シオンの背中を見ながら、最後の言葉を聞いた。

 

「無理は嫌々やるものですけど、無茶は好んでやるものですよ」

「……成る程、ね」

 

 そんなシオンの言葉にフェイトは微笑んで。

 直後に感染者とシオンは互いに駆け、フェイトは空高く舞い上がる。

 

 煉獄の炎の中で、感染者達との戦いの幕が上がった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 接近する感染者を、シオンは駆けながらひたすら”冷静”に見る。

 怒りが過ぎて、逆にシオンの頭は澄み渡っていた――右、いきなり感染者の腕が伸びてシオンに突っ込む。

 シオンはそれに欠片ほども驚かない。驚異にすら感じない。

 

「壱ノ太刀、絶影」

 

    −閃!−

 

 一刀。ただそれを持って、感染者の腕を叩き斬った。感染者は、その勢いのまま後退しようとして――だが遅い!

 

「絶影」

 

    −斬!−

 

 瞬動をもって一気に追い付き袈裟に斬撃を放った。一瞬の間を置いて、首が落ちる。シオンは止まらない。振り向きざまに更なる一撃を放つ!

 

「参ノ太刀、双牙!」

 

    −撃!−

 

 斬断。二条の斬線が感染者を三枚に下ろした。そのまま感染者は塵へと還る。

 

「次だ」

 

 一体目撃破。呟くと、シオンは空へと上がる。その空には、なのはがいた。

 ショートバスターを連射し、三体の感染者を釘付けにしている。そして響くは朗々たる永唱。はやてだ。手にある夜天の書のページが次々とめくられる――。

 

「……遠き地にて、闇に沈め……」

「はやてちゃん!」

 

 なのはからの声にはやては力強く頷く。永唱完了!

 

「広域魔法、行くよ! デアボリック・エミッション!」

 

 はやてがアームドデバイス。シュベルトクロイツを感染者に振り下ろす。

 次の瞬間。感染者三体の、中央の空間が軋んだ。

 

    −煌−

 

    −破!−

 

 ――空間攻撃。漆黒の球が、三体の中央を基点として一気に感染者を飲み込み、そして消えた。

 飲み込まれた感染者はボロボロになっていた。だが、三体は未だ再生を行おうとする――そんな隙を、逃す筈が無かった。

 

「ディバイーン! バスタ――――!」

 

    −煌!−

 

    −撃!−

 

 叫びと共に放たれるは光砲。ディバインバスターだ。なのはが最も得意とする砲撃魔法である。

 それは一直線に感染者三体を巻き込んで爆裂。二体が塵へと還り、一体は耐えた。無理やり上半身のみの状態で再生を行おうとして――そのまま一刀の元に伏される。

 

「逃がすかよ」

 

 シオンだ。首を断たれ、今度こそ感染者は塵へと還った。これで四体。

 

「残り八体、ですね」

「うん、まだ多いね」

「この火災もはよ消したいんやけど……」

 

 三人は一旦合流する。そこに、ちょうどフェイトも戻って来た。それぞれの前にウィンドウを展開し、簡単な作戦会議を行う。

 

「感染者はショッピングモール全域に散らばってるね」

「はやてちゃん、どうする?」

「――そやね。一個、考えてる事あるんやけど。結界の中の救助が完全に完了せな――」

《艦長! 良いニュースと悪いニュースがあるんですが!》

 

 と、そこではやての元に通信が入った。シャーリーである。

 今、アースラはグリフィスの指揮でミッドに向かっている最中だ。そして地上本部の許可を貰い、アースラの管制で、はやて達は戦っていた。その理由は、はやてのサポートの為である。はやては細かい制御、狙いをつける事が苦手だ。故に今、はやてのシュベルトクロイツはアースラの方で、照準のサポートを行っていたのである。その為に、アースラの方で管制を行っていたのだ。閑話休題。

 

「なら、まずは良いニュースから聞こか」

《はい。広域スキャンの結果。結界展開区域の救助が完全に完了したそうです!》

 

 その報告に、はやての顔が若干綻ぶ。これで消火、敵殲滅を同時に行える策が使える。だが……。

 

《で、悪い報告の方なんですけど――》

「うん、何があったん?」

 

 はやての問いに、シャーリーは若干硬くなりながらも、それを告げた。

 

《……先ほど、転移反応を確認しました。結界展開完了区域に十体、オーガ種の感染者が転移されました》

『『…………』』

 

 一同、その報告には流石に絶句した。一体、何があったと言うのか。異常発生とかそんな問題では無い。はやては頬を一筋、冷や汗が流れていくのを自覚した。

 

「……シャーリー、転移してきた感染者の現在位置を」

《了解です。すぐに送ります》

 

 程なくして、はやての前に展開するウィンドウに新たに赤点が表示された。この赤点が感染者なのだろう。それを見て、はやての表情が少し陰った。

 

「この二体はほっとくしかないな……」

「はやて先生?」

「ん? どうしたん? シオン君」

「えーと、策って何なのかなーと」

 

 そんなシオンの疑問に、はやては苦笑いを浮かべる。そう言えば、まだ伝えていなかった。なのは、フェイトも不思議そうな顔をしている。

 

「うん、あんな?」

 

 そして、はやては自分の考えを一同に伝えた。それを聞いて、なのは、フェイトを始めとした一同は納得。シオンはと言うと、冷や汗を流して驚いていた。

 

「……はやて先生もトンデモ人間だったん――て、わぁ!」

「……シオン君? 次、そんな事言うたら殲滅砲撃叩き込むからな♪」

 

 失礼な事をほざくシオンにシュベルトクロイツでぶん殴ろうとして、しかし避けられる。

 シオンははやての台詞に首を縦に激し振り、頷いた。なのは、フェイトは”も”の部分が気にはなったがあえて触れない方向でいく。――後でゆっくりと”お話し”する時間はあるのだし。

 

「この二体が結界に近すぎるのが問題なんですよね? 何とかなるかもしれません」

「ホンマに?」

 

 そんなシオンの返答に、はやては目を丸くして見る。シオンは、ニヤリと笑った。イクスを振り、肩に乗せる。

 

「俺の精霊融合以外の切り札、忘れました?」

『『あ……!』』

 

 その一言で、三人は思い出した。確かに、シオンにはもう一つの切り札がある事を。あれならば――。

 

「成る程、な……。よし。なら問題は無くなるな。条件はクリアーや。作戦、開始といこうか!」

『『了解!』』

 

 はやての号令の元、一同は頷いて、二手に別れて飛翔を開始した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンは結界の中を横断して行く。目指すのは結界の端であった。

 隊長三人娘はシオンとは真逆の方向へと飛んでいる。互いに結界の両端につくまで時間がある――それを確認して、シオンは自分の親指に口を当てた。

 皮膚を噛み切る。血が流れた。溢れた血ごとイクスを握り込む!

 同時に展開するのはカラバの象徴。魔法陣だ。そのままシオンは永唱を開始する。

 

「契約の元。我が名、我が血を持って。今、汝の顕現を求めん。汝、世界をたゆたう者。汝、世界に遍く意思を広げる者。汝、常に我と共に在る隣人。今、此処に汝を召喚する。汝が枝属は水。汝が柱名はウンディーネ」

 

 そこまで永唱を完了した所で一旦永唱停止。自己の中に保存した。そして、もう一つの準備を開始する。

 

「セレクト・ウィズダム」

【トランスファー】

 

 ウィズダムフォームへと戦技変換。直後、結界の端が見えた。そのまま突き進み、結界端に到着。

 結界の境界を背にすると、シオンははやてに通信を送った。

 

「はやて先生、こっちは準備完了です!」

《了解や! こっちはもうちょい掛かる。待っとってな!》

「了解!」

 

 通信を終えると、シオンは前へと目を向ける。準備は完了。後は待つだけ――。

 

 

 

 

 はやてはその頃、ある魔法を永唱しながら、シオンとは逆の方に突き進んでいた。到着まで後少し。何かを感じ取ったのか、はやての前には感染者が二体程、襲い掛かっていた。迎撃しているのは、親友。なのはとフェイトだ。

 なのはのレイジングハートからカートリッジが射出される。カートリッジロード。

 

【アクセル・シューター】

「シュ――――ト!」

 

    −閃!−

 

 放たれる光弾は総計三十。迷いなく、精密なコントロールでもって放たれた光弾は、二体の感染者へと叩き込まれ、さらに爆砕。

 感染者は身体の所々にダメージを負いながら、それでもとはやてへと向かう。だが、その前に立ち塞がるは雷の閃光――フェイトだ。

 

「バルディッシュ」

【イエッサー。ロードカートリッジ。ハーケンフォーム】

 

 フェイトが手に持つ、インテリジェントデバイス。バルディッシュが変型開始。斧の部分が上にスライドし、その刃を縦にズラす。そこから生まれるのは雷の刃だ。大鎌となったバルディッシュを、彼女は横に構える。

 

【ソニック・ムーブ】

 

 次の瞬間、フェイトの姿が消えた。次に現れたのは感染者の真っ正面!

 

    −斬!−

 

 孤を描いて振るわれた鎌の雷刃が、感染者を逆袈裟に薙いだ。もう片方の感染者もフェイトに気付き、手を伸ばすが、そこには既にフェイトはいない。凄まじい速度であった。

 

    −閃!−

 

 直後、フェイトが感染者の後ろに背を向けた状態で現れた。同時に、感染者が上下にズレる。フェイトがすれ違い様に真っ二つにしたのだ。駄目押しとばかりに放たれるのは光弾群。アクセルシューターだ。

 光芒が輝き、感染者が悲鳴をあげる――フェイトは再度、ソニック・ムーブを使用して、後退。カートリッジロード。

 

「ハーケン・セイバー!」

【ハーケン・セイバー。ゲット、セット】

 

 大鎌を振りかぶる。同時に雷刃は放電現象を放ちながら、裂帛の気合いと共に振り下ろされた。

 

「ハァっ!」

 

    −裂!−

 

 雷刃疾駆! 回転を伴ったその一撃は、感染者を二体とも断ち切ってのけた。

 そして更に桜色の砲撃。ディバイン・バスターが叩き込まれ、二体の感染者は塵へと消えた。

 

「よし!」

 

 それを見て、はやては歓声を上げ、結界の端へと飛行する。なのは、フェイトもはやてに追従していった。今度こそは妨害無く、結界の端に辿り着いた。同時に永唱も完了する。なのは、フェイトははやての前に留まると、広域防御魔法を展開した。

 

「シオン君! こっちも準備は完了や!」

《了解! こちらもいつでもいけます!》

 

 シオンの通信にはやては頷き、なのは、フェイトを見る。二人は同時に頷いた。

 

「皆! 作戦開始、行くよー!」

《「「了解!」」》

 

 はやての号令に一同は一斉に応えた。――これより、感染者殲滅を開始する。

 

 

 

 

 はやての通信を聞いたシオンは、イクスを掲げ、そして最後の永唱を完了する。

 

「来たれ! 汝、水の精霊。ウンディーネ!」

 

    −煌−

 

 精霊召喚。呼び出され、顕れたのは水の精霊、ウンディーネだ。水で構成された、あまりにも美しい人魚姫。召喚され、シオンにウィンクしながら微笑む。シオンもまた強く頷き。呼ぶ、自らの相棒の名を。

 

「イクス!」

【了解。イクスカリバー、全兵装(フル・バレル)、全開放(フル・オープン)、超過駆動(フル・ドライブ)、開始(スタート)】

 

 次の瞬間、ウンディーネが像をブラし、イクスへと吸い込まれていく。

 精霊と所有デバイスの融合により、最強クラスの一撃を放てるスキル。故にこのスキルの名をこう呼ぶ。その名は――。

 

「精霊……! 装填!」

【スピリット・ローディング!】

 

 これこそが精霊召喚をもって使えるスキル。融合とは違い一撃、もしくは武器強化にしか使えないスキルだが。その反動の低さといい使い勝手は遥かに上であった。

 シオンが精霊装填を完了したイクスを頭上に掲げる。使うは超広域防御魔法。イクスが煌めく。煌々と、その一撃が放たれる事を待ち侘びるが如く。

 そして、シオンはイクスを振り下ろす。同時にその魔法が発動された。

 

「神覇、八ノ太刀奥義! 玄武ぅ――――!」

【フルインパクト!】

 

    −轟!−

 

 叫び、シオンが掲げるイクスを中心として、亀の甲羅を模した光の防御陣が展開していく。広がる、広がる――。

 その大きさは結界の境界線の半分程にもなった。

 

「イクス、シールドビット、展開!」

【了解】

 

 イクスが応えると同時に、防御陣が弾け、分解する。シールドビットが向かうのは、結界の全境界線。程なくして、全てのシールドビットが配置完了した。

 

「はやて先生!」

《うん! 行くよー!》

 

 直後、結界の中心で光が生まれた。

 

 

 

 

《はやて先生!》

「うん! 行くよー!」

 

 シオンの玄武が展開完了した事を知り、はやてもシュベルトクロイツを振り上げる。

 吹き上がった魔力が氷のスクウェアと成った。その数は二十。かつての空港火災の時よりも、遥かに多い数を制御する。

 その魔法は凍結能力を有する着弾広域魔法。はやての狙いはこの結界の中”全て”だ。

 殲滅と消火。同時に行う魔法を持って、一気にこの地獄を終わらせる。それがはやての策であった。

 はやては叫ぶ。その策のトリをなす、最後の魔法を!

 

「アーテム・デス・アイセス!」

 

    −轟−

 

    −煌−

 

    −凍!−

 

 はやての叫びに応え、スクウェアは結界の中心に転移。地面へと迷わず降り落ちた。

 

 ――直後、音が消えた。

 

 着弾した場所から一気に結界内全てを凍結していく。

 凍結領域は結界を超えようとするが、シオンの玄武により境界線上から凍結領域は進まない。

 ショッピングモールも、そして感染者達も、丸ごと凍りついた。それは一つの世界。氷結した世界だ。

 

「よし、うまくいったな」

 

 息も絶え絶えになりながら、はやては満面の笑顔を浮かべる。そして、シャーリーからの通信が氷の世界に響いた。

 

《動体反応、ありません! やりましたー!》

 

 その通信に、漸く三人は息をホッと吐いた。

 

 ――まだ、何も終わってはいないのに。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −軋−

 

 ホッとしたのも束の間、そんな音がなのは達の耳に――反対側にいるシオンの耳に、届いた。

 

《――え? うそ……!》

 

 シャーリーが通信越しに呆然と呟く。それを聞きながら、なのは達は再び気を引き締めた。

 音が響いた先には黒の点が溢れている。それは、感染者の氷の彫像からだった。溢れる、溢れる――。

 

 次の瞬間、感染者が爆裂した。

 

「「「っ――――!?」」」

 

 その感染者を中心とした一角の凍結が砕かれ、再び炎が走る。

 

 ――地獄が再現された。

 

「あれは……っ!」

「感染、者?」

「あれが――?」

 

 三者三様に呟く。そこには精霊、イフリートを彷彿とさせる炎の巨人が立っていたのであった。

 

 

 

 

 シオンは見る。今、生み出た存在を。それは氷の巨人。恐らくははやての魔法を因子が吸収して、奇妙な進化を遂げたのだろう。

 未だ第二段階に到達していないのは救いだが――。

 

 直後、氷の感染者が消えた。

 

「っ!」

 

 背中に走る悪寒。それを感じ、直感で感じるまま、シオンはただ左後ろに斬撃を放つ!

 

    −戟!−

 

 斬撃が弾かれた。そこに居るのは――確認するまでも無い。感染者だった。シオンは憎々し気に感染者を睨む。

 

「瞬動、だと……!?」

「KOUuuuuu!」

 

 吠える、感染者が。今感染者がしてみせたのは、間違い無く自分の瞬動だった。

 

「さっきの戦いで取り込んだのか。だけど」

 

 シオンが浮かべるのは不敵。そして笑いだ。イクスを構える。

 

「猿まねで俺に勝てるつもりじゃあねぇよな?」

 

 シオンの問い。それに応えるが如く、感染者は咆哮を上げる。そして互いに瞬動を発動。剣と感染者の腕がぶつかりあった。

 

 

 

 

 炎の大地。その上空でなのははレイジングハートを構える。カートリッジロード。

 

「シュ――ト!」

 

    −閃−

 

 放たれるのはアクセルシューターだ。向かう先は炎の巨人。感染者だ。

 シューターが真っ直ぐ飛翔し、着弾――しない。感染者の姿が消える――!

 

「っ! また!?」

 

 そして、感染者が現れたのはなのはの頭上だ。振るわれるのは炎の腕。しかし、高速機動はなのはも出来る。

 

【フラッシュムーブ】

 

 レイジングハートの声と共に、なのはの姿が消える。空を切る感染者の腕。その隙を、フェイトは逃さなかった。

 

【ソニックムーブ】

 

 こちらも高速機動を発動し、腕が過ぎ去った位置に現れる。振るうのはハーケンフォームのバルディッシュ!

 

    −斬!−

 

 上段から放たれた一閃は、感染者の腕を切り裂く――瞬間で、再生した。

 

「っ!」

 

 それを見て、フェイトはソニックムーブで後退する。だが、感染者の一撃はフェイトの予想を越えていた。まるで鞭のように腕の形状を変化させて、フェイトへと放つ! ソニックムーブの停止点を狙われた一撃。いかな最速を誇るフェイトでも、これは回避不可能だった。

 

【プロテクション】

 

 バルディッシュが主を守る為に、自律でプロテクションを発動。炎となった腕を防御する。だが、堪える事が出来ない。そのまま地面へと叩き付けられた。

 

【マスター】

「う……大丈夫、だよ。防御、ありがとうね。バルディッシュ」

【いえ……っ!】

 

 そんな主従の会話すら許されない。感染者がフェイト目掛けて落下を始めた。フェイトも立ち上がろうとするが、いかんせん叩き付けられた衝撃のせいか、身体が上手く動かない。

 

「フェイトちゃん!」

【フラッシュムーブ】

 

 なのはも感染者を追い掛ける。ショートバスターを連射し、感染者の落下コースを逸らそうとするが、上手くいかない。感染者は、フェイトの眼前まで迫った。

 

「く……っ!」

「フェイトちゃん!」

「私に任せてや!」

 

 直後、呻くフェイトの前に、スレイプニルを使用してはやてが感染者の鼻先に踊り出る。振るう右の手には、高密度の魔力塊があった。

 

「GAaaa!」

「シュヴァルツェ・ヴィルクングっ!」

 

    −撃!−

 

 構わず突進する感染者の顔面に、その一撃が着弾する。魔力が炸裂して、感染者共々はやては吹き飛んだ。

 ――元来はやては近接戦闘が苦手だ。基本は足を止めて、展開射出がその戦い方の基本である。だが、はやてには蒐集能力と言うレアスキルがある。その中にも近接戦闘魔法は介在するのだ。……使った事はほとんど無いが。

 吹き飛んだはやてを復帰したフェイトがソニックムーブで追い付き、抱き留める。はやては右の肩を左手で抑えていた。普段使わない全力パンチ、そして一撃の反動により、はやて自身の身体を痛めてしまったのだ。

 

「ありがとう、はやて。……大丈夫?」

「うん。何とかな。それよりなのはちゃんを援護せな……!」

 

 二人が向ける視線の先にはなのはがいる。高速機動を繰り返す感染者に的確に射撃を当てるも、しかし再生能力の方が早く、すぐに再生された。

 瞬動。感染者が再び、なのはの眼前に現れる。右の手が再度鞭のように振るわれた。なのははレイジングハートの先端を差し向ける。

 

【ラウンドシールド】

 

    −壁−

 

 炎撃は、あっさりと受け止められた。シールドは感染者の腕の進行を許さない。そのままなのはは、バリアバーストを行い、距離を取ろうとして――。

 

 ――爆裂した。

 

 今、受け止めていた感染者の腕が!

 

「きゃっ……!?」

 

 爆発自体はシールドで防げたものの、至近距離の爆発になのはが体を崩す。感染者は右の腕を無くしながら、今度は左の腕を放たんと振りかぶった。

 

「なのはっ!」

「なのはちゃんっ!」

 

 フェイトとはやても叫び、助けに行こうとする。しかし、間に合わない。防御も回避も――なのはは来る衝撃を覚悟して。

 

 ――その一言を聞いた。

 

 −トリガー・セット−

 

 そして、なのはは自分の真横を過ぎて疾る背中を見た。背中の主は右の拳を振るう。拳に巻くは台風に匹敵する風。感染者の放つ左手と、風巻く拳がぶつかる。

 次の瞬間、今度こそなのはは肉声を聞いた。

 

「天破疾風」

 

    −撃!−

 

    −砕!−

 

 感染者の左手は寸秒も持たずに砕かれた。その勢いのまま感染者は吹き飛んでいく。

 直後に背中の主は視界から消えた。ふと気付けば、なのはは抱え上げられていた。俗に言うお姫様抱っこだ。

 普通ならば恥ずかしがって顔を赤く染めるであろう。だが、なのはは驚愕に絶句する。

 

 ――何で?

 

 彼女の頭を過ぎるのはその疑問だ。今、自分を抱えるこの男が自分を助ける筈が無い。

 敵なのだ。なのはからすれば、彼は。アリサを意識不明にして、クロノを殺しかけた人――憎むべき、人。

 

「嘘、やろ……?」

「何で……?」

 

 なのはを助けようとして、接近していたはやてとフェイトも呆然と呟く。

 それを聞きながら、なのはは彼のコードネームでは無い。本名を呟いた。

 

「伊織、タカト……」

 

 666。そう呼ばれたなのは達の仇敵はしかし、その名に視線をただちらりとしか送らなかった。

 

 邂逅。こうして、腐れ縁とも言えるこの青年と、三人は再び邂逅したのであった――。

 

 

(後編に続く)

 

 

 




はい、第十八話(前編)でした♪
第二部もいよいよ盛り上がって行きまする♪
ここからは、まさしくノンストップでありますよー(笑)
そんな訳で次話もお楽しみに♪


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第十八話「再邂は炎の中で」(後編)

はい、テスタメントであります♪
第十八話後編です♪
こっから、彼女のフラグが何気に立ってるんですが、流石我等のフラグクラッシャー。即座に破壊してます(笑)
デレる隙すら許さない辺りがあれらしいと言うか(笑)
そんな第十八話後編どぞー♪

PS:ソードアート・オンライン −電詞都市DT− のプロット、プロローグ部分作ったんですが、なんだこりゃーと言う(笑)
無駄に規模がでかいでかい(笑)
どんくらいかと言うと、SAOの話しなのに、気付いたらゼノギアスを書いていたんだぜ的な(笑)
ヒースクリフさん、勝てないよヒースクリフさん、神様になってんじゃねーよ(笑)
そんな感じなんですが、一話から書いて見ようか試行中です(笑)


 

 炎の中、高町なのはは未だ自分を抱えている男を見る。彼の名は伊織タカト。彼女にとってみれば仇敵である。

 初めて会った時はただ救われた。次に会った時は親友を意識不明にされ、教え子とも呼べる存在を痛めつけられ、自分は一顧だにされなかった。三度目は戦いの中、視線を交わし、しかし言葉は交わさず戦った。

 ――そして、今。伊織タカトは、なのはを”助けた”。

 有り得ない。そう、なのはは思う。しかしこれは現実だ。お姫様抱っこをされ、見上げる先の顔は彼女を見ていない。

 見るのはただ一つ。先程吹き飛ばした敵、感染者が吹っ飛ばされた場所だ。

 次の瞬間、いきなりタカトは動く。なのはを抱えたまま前に重心を倒した。同時に繰り出されたのは後ろへの直蹴り。なのはは思わずタカトに掴まり、肩越しにその光景を見る。

 

    −撃!−

 

 後ろには、先程吹き飛んだ感染者がいた。その顔には足が――タカトが叩き込んだ足がある。

 瞬動。それを持ってしてタカトの後ろに回り込んだのだろう。だが、タカトにはまるで意味を成さなかった。

 現れた場所に蹴りを叩き込む事で、カウンター気味に蹴りが入ったのか。さらにタカトはそこから身を捻ると同時に魔力放出。

 

 まるで鉄骨が叩き付けられるが如き音が響く。

 

 顔面に蹴りが突き刺さったままの感染者は、再度吹き飛び、瓦礫に埋もれる事となった。

 

「……すごい」

 

 思わずなのはは呟く。この男の出鱈目さはよく知っている積もりだったが、いつ見ても見事としか言いようがない。

 感染者の行動や高速機動の見切り。そして身体の運用方。どれも自分の身体を完全にコントロールしなければ出来ない芸当であった。

 

「呟くのは結構だが」

「え?」

 

 思わずなのはは、タカトを見上げて聞き返してしまった。彼は、なのはを見ている。……信じられなかった。

 この男に”話し掛けられている”と言う事が。そんななのはの驚愕に、タカトは構わない。

 

「さっさと降りてくれるか? 邪魔だ」

 

 なのはを未だ抱えながらそんな事を言ってきた。思わず、なのはの頭に血が上る。

 

「な……! 勝手に抱えた貴方がそんな事言うの!?」

「どこぞの誰かが自由落下なんて気軽な事やってなければ、そんな事をせんでもすんだ訳なんだが」

「その原因も貴方が出て来たから驚いたの!」

「それこそ俺の知った事じゃあない」

「勝手過ぎだよ……!」

「知らんと言ってる。さっさと下りろ」

 

 タカトはどこまでも取り合わない。なのはは憮然としながら、タカトの腕から下りた。彼は、そのまま前に出る。

 

「成る程、しぶとい」

「え……?」

 

 次の瞬間、タカトは右の肘を虚空に打ち込む。そこに感染者が再度現れていた。腹部に打ち込まれた肘に、感染者が前のめりになる。下がった顎を、タカトは左の拳で打ち抜く。

 

    −撃!−

 

 快音が響き、感染者は盛大に上空へと吹き飛んだ――まだタカトは止まらない。回転しながら飛翔して追い付き、後ろ回し蹴りを感染者の腹に撃ち放つ。

 

「天破紅蓮」

 

    −爆!−

 

 感染者の腹で起きた爆発がタカトを二歩分だけ、感染者を瓦礫へと弾き飛ばした。空間に作った足場に、彼は静かに着地する。

 

「……そこの女」

 

 そのままの体勢で、タカトはなのはを呼んだ。……失礼極まりない呼び方で。それに、なのははタカトを睨む。

 

「……なのは、だよ」

「ん?」

「高町なのは。ちゃんとそう呼んでよ」

「……高町?」

 

 なのはの姓の部分に引っ掛かるものがあったのか、タカトは一度姓のみを呼ぶ。そして「偶然か」と呟くと、タカトはなのはへと向き直った。

 

「高町なのは、か。戦場に合う名とは思えんが――ふむ。良い響きの名だな。気に入った」

 

 そう言いながら、タカトは少し微笑んだ。それが高町なのはと伊織タカト。

 まったく対極の存在の、最初の会話であった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 タカトはそのままなのはに背を向けた――敵であるはずの彼女に。なのははさっきの件も含めて問おうとするが、出来なかった。

 瞬動。再び炎の巨人、感染者が現れたのだ。今度はカウンターを恐れてか、タカトの前方五メートル程に。

 

「なのはちゃん!」

「なのは!」

 

 そこで離れていた八神はやてとフェイト・T・ハラオウンが、なのはの横に合流する。彼女達は一様に心配そうな表情を浮かべていた。

 

「なのは……大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」

「そか。ならよかったわ……で」

 

 なのはの安否が確認出来て、二人はようやくホッとし、そのまま前方へと目を向けた。

 そこには背を向け続ける伊織タカトが居る――そこで、気付いた。

 今、彼に世界を軋ませるような威圧感が無い。あの圧倒的なまでの気配が嘘のように消え去っている。そこにあるのはただ一つ。風のような飄々とした気配だけだった。

 

「……666」

 

 フェイトが絞り出すように声を漏らす。そこにあるのは激情だ。義兄であるクロノを殺されかけ、親友アリサを意識不明にした忌むべき仇敵である。いきなり斬りかからないだけマシとも言えた。はやてもシュベルトクロイツを握る手に力が篭る。その目には、ありありと警戒が浮かんでいた。

 だが、肝心のタカトはその二つの視線を一顧だにしない。彼が見るのはただ一つ、感染者だけだ。

 直後、唐突に感染者は口を開いた。その中に灯るのは光!

 

「っ! 散って!」

 

 なのはが叫ぶと同時、弾けるように一同は離れる。……否、ただ一人、一歩も離れない人間がいた。タカトだ。彼は平然と感染者の前に立つだけであった。

 

「何してるの!?」

 

 思わずなのはが叫ぶ。だが、タカトは無視。

 そして、ついに光が放たれた――炎の砲撃だ。迷わず真っ直ぐにタカトへと迫り来る。それに対するタカトの動きはただ一つ、右の拳を持ち上げた。左の足で一歩を踏み込んだ。その動作は拳を放つ動作。そして響くは鍵となる言葉。

 

 −トリガー・セット−

 

「天破疾風」

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 風巻く拳が放たれる。それは砲撃と衝突。炎の砲撃は、微塵も保てずにその一撃で消し飛ばされた――タカトは止まらない。三人の視界からタカトが消える。

 

「天破紅蓮」

 

    −撃!−

 

 声が響いた。同時に起きるのは爆発だ。タカトが再び、感染者に天破紅蓮を叩き込んだのだ。視認すらも不可能な速度で感染者の懐に飛び込んで。堪らず吹き飛ぶ感染者、それにタカトはさらに追従する。

 

「天破紅蓮」

 

    −爆!−

 

 爆発、追従する。

 

「天破紅蓮」

 

    −爆!−

 

 爆発――まだ止まらない。

 

「天破紅蓮」

 

    −爆!−

 

 爆発! 最後の一撃で、感染者は炎を残してばらばらに身体を散らせた。そのまま瓦礫へと叩き込まれる。

 タカトは蹴りの動作で残心し、手や足をプラプラと動かしていた。まるで、久々に手足を動かすかのような動作だ。

 そうしていると、感染者が跳ね起きる。再生しつつ、怒りの視線をタカトに叩き付けた。

 だが、タカトは目も向けない。まだ自分の身体のチェックをしている。

 

「GABAaaaa!」

 

 咆哮。衝撃を伴う程のそれを叫び、感染者は再び、タカトへと向かう。迫る感染者に対して、彼はたった一言を告げた。

 

「飽きた」

 

 左手を頭上に掲げる。なのは達も吊られて見上げ――声を失った。

 

 そこにあるのは水の塊。その量、いかなる量をかき集めたのか、頭上いっぱいに広がっている。それに気付かなかった事、そんなものを維持したまま平然と戦っていたタカトに、なのは達は絶句した。

 しかし感染者は構わない。そのままタカトへと突っ込む。彼は、掲げていた左手を振り下ろした。

 

「天破水迅改式」

 

 感染者が走る、走る――間に合わない。そしてタカトも容赦せず、技を放った。

 

「天破瀑布」

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 頭上の水が滝となり、感染者を丸ごと飲み込むと、地面に叩き付けた。そのまま滝は流れ落ちる。感染者をその重量で潰すと同時に、周りの火事ごと消火する。感染者は塵へと還った。火事もその滝により、全て消え去る。

 

「終わりだ」

 

 振り下ろしたままの左手を聖印を切るが如く真横に振るい、タカトは終わりを告げる。

 

 なのは達はただそれを茫然と見ている事しか出来なかった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「さて」

 

 その声に、なのは達はハッと我に返った。タカトの声だ。……しかし、まだ違和感がある。今のタカトは、あまりに”人間”過ぎた。

 今までとまるで別人。全然違う人だと言われても、恐らく信じられるだろう。そのタカトがなのは達を見て、そのまま左へと視線を送る。

 そこに、フェイトがいた。ソニックムーブで一気にタカトの真横に移動したのだ。

 フェイトはタカトの首筋に、アサルトフォームのバルディッシュを突き付ける。タカトはしかし、何もしない。ただ見ているだけ。

 

「動かないで」

 

 その激情を押さえ込むように低い声でフェイトは告げる。はやてもシュベルトクロイツをタカトに差し向けていた。一瞬だけ戸惑い、なのはもレイジングハートをタカトへと向ける。タカトはそれをゆっくり見て――笑いを浮かべた。

 

「俺に戦う意思は無いのだがな」

「……第一級広域次元犯罪者として、貴方を逮捕します」

 

 フェイトは聞く耳を一切持たない。タカトはますます笑い顔を深くした。その笑いに、フェイトが明確な苛立ちを表す――。

 

「何がおかしいの!」

「いや済まない。どうしても笑いが止まらなくてな――」

 

 右の目は垂れ下がったフードで解らないが、左の目はそう言いながらも、まだ笑っている。そして、ようやく笑いを止めたタカトは告げた。

 

「――お前達のあまりの脳天気さにな」

 

 次の瞬間、フェイトの視界が180度回転した。

 

「っ――!?」

 

 回る視界でフェイトが見たのはバルディッシュの斧の部分を”摘む”タカトの指であった。

 フェイトは理解する――いかな方法でかは解らないが、自分は今、投げ飛ばされているのだと。

 

【ブリッツアクション】

 

 回る最中に、バルディッシュから機械音声が響くと同時に、フェイトの身体能力が加速された。高速動作魔法だ。回転を制御して一回転。その動きを持って体勢を整える――遅い!

 

    −撃!−

 

 フェイトの眼前にはタカトが既に居た。バルディッシュごと蹴飛ばされる。衝撃が走り、フェイトはそのまま虚空へと吹き飛ばされた。ただの蹴りの筈なのに、凄まじい重さである。

 

「フェイトちゃんっ!?」

「こんのっ!」

 

 なのは、はやてはそれぞれ叫び、なのははアクセルシューターを、はやてはブラッディダガーを一斉に放つ!

 タカトはそれに対して両の腕を振るった。その拳に巻くは膨大な風。

 

「天破疾風」

 

    −撃!−

 

 一撃がシューターを消し去り――。

 

「――天破疾風」

 

    −撃!−

 

 ――更なる一撃がダガーを消し去る! だが、まだ彼女達の攻撃は終わっていなかった。

 

「バルディッシュ! 3rdフォーム!」

【イェッサー。ロードカートリッジ。ザンバーフォーム】

 

 未だ吹き飛んでいたフェイトだが、数メートル程でどうにか体勢を持ち直した。そして、ザンバーフォームを起動。変形し、巨大な大剣の柄となったバルディッシュから雷の刃が伸びる。その長さ約3メートル。

 

【ソニックムーブ!】

 

 直後、瞬間でフェイトの姿が消えた。高速機動魔法! この魔法を使ったフェイトは亜音速――否、音速を超える速度を持つ。

 向かう先はシューターとダガーを叩き落としたタカトだ。間合いに入ると同時に斬撃を放つ――! だが、タカトは”逆”に踏み込んで来た。

 

 ――斬撃の間合い、その内側に!

 

「っ!?」

 

 今まで行われた事さえない回避方法にフェイトは息を飲む。するりと不思議な歩法で踏み込んだタカトは、左の手でバルディッシュの鍔に甲を当てて、斬撃を止めていた。この部分を抑えられると、大剣の雷刃に意味は無い……!

 同時に、技後硬直が彼女を襲った。フェイトは動けなくなる。彼はそれに笑いながら、右の手をフェイトの顔へと繰り出した。

 もはやタカトが放つ一撃を、回避も防御も出来ない。来るべき衝撃に思わずフェイトは目を閉じる。

 ……一秒、何も来ない。

 ――二秒、まだ来ない。

 三秒、ここでようやくフェイトは片目を開ける。

 

 そこにはやたら悪戯めいた笑いを浮かべながら、自分の額に中指を親指に番えるタカトが居た。

 

「……え?」

「デコピン、と」

 

 衝撃。スコンっ! と言う快音と共に衝撃が走った。

 

「あうっ!」

 

 予想よりも遥かに弱い――しかし、それでも確かな衝撃がフェイトの額を貫く。

 タカトがデコピンを持って、フェイトの額に中指を叩き込んだのだ。

 

「フ、フェイトちゃん?」

「な、何や?」

 

 なのは、はやても横に並んで何があったか? と驚きの声を上げ、そんな二人の前にもいきなりタカトは眼前に現れた。あまりに唐突過ぎて、揃って絶句させられる。彼はやはり悪戯めいた笑いのままに、二人の額に両の中指を親指に番えていた。

 

「へ?」

「え?」

「お前等もだ」

 

 スコン! と再び快音が鳴る。二人の額にも中指が叩き込まれたのだ。

 

「はうっ!」

「きゃっ!」

 

 揃って悲鳴を上がる。デコピンを受けた三人は、空に浮かんだまましゃがみ込み、額を押さえた。いかな方法か、タカトはバリアジャケットの防御を撃ち抜きつつも、適度なダメージだけを三人に与えていたのである。ただ一人立つタカトは、肩を竦めた。

 

「さて、頭は冷えたか?」

 

 睥睨しながらタカトは告げる。その言葉に三人共立ち上がる――未だ、目尻には涙が浮かんでいたが。相当に痛かったらしい。ともあれ、苦笑しながらタカトはもう一度言って来た。

 

「もう一度告げるぞ? 俺に戦う意思は無い。……危害を加えられん限りはな」

「ふざけないで!」

 

 フェイトが叫ぶ。タカトはそちらに視線を向けながら、ふむと頷いた。

 

「別にふざけている訳じゃない――えっと、キツネ娘」

「き、キツ……っ!」

 

 タカトのあんまりな名付けに、フェイトががっくりと肩を落とす。それを見て、はやてがぽつりと呟いた。

 

「フェイトちゃんでキツネなら私は?」

「む? ……タヌキ娘?」

「タヌキ……ここでもそう呼ばれるんか……」

 

 フェイト同様はやても肩を落とす。特にはやてはしょっちゅうタヌキ呼ばわりされているのだ。初対面でタヌキ呼ばわりは、いろんな意味でショックだろう。なのはは自分の精神的な意味での安寧の為に、あえて自分がどう呼ばれそうなのかは聞かない事にした。

 

「……フェイト・T・ハラオウンです」

「八神、はやてや……」

「む? 別にキツネ娘でもタヌキ娘でも――」

「「嫌」」

 

 フェイト、はやて、魂からの拒絶である。タカトは「了解」と、頷いた。

 

「フェイト――運命か。そしてはやて。フム。良い響きの名だな? 気に入った」

「褒めてくれて、ありがとう。……あんま嬉しくないけどな」

 

 名を褒めるタカトに、先程のやり取りもあり半眼ではやては睨む。フェイトも同様であった。タカトはその睨みを無視し、先程の言葉を続ける。

 

「三度も言うのも何だが、俺に戦闘の意思は無い。聞きたい事があるだけなんでな」

「……アンタは犯罪者や、それを見逃せ言うんか?」

 

 タカトの言葉に、はやてが反論する。当たり前だ。目の前の男は犯罪者であり、何より意識不明者を大量に出した人間だ。

 ここで逃すなんて事は論外だろう。しかし、タカトは笑いを一層濃くした。

 

「さっき証明したばかりだと思うがな? この距離だとお前等がどうあがこうが、俺には勝てん」

「「「……っ!」」」

 

 三人はその台詞に顔を強張らせて――反論出来ない。

 言われた通り、先程証明されてしまっているからだ。この距離では三人掛かりであろうと未だタカトには届かない、と言う事を。

 つまり戦おうと戦わまいと結果は同じ、タカトは三人を倒し、この場から離れるだろう。

 

「理解は出来たようだな? 何よりだ」

「……何が目的?」

 

 フェイトがやはり声を低くして問う。そんな彼女に、タカトはニヤリと笑った。

 

「せっかくの美人がそんなツラしてると勿体ないぞ」

「茶化さないで!」

 

 本題に入らず、そんな事を言うタカトにフェイトが怒鳴る。若干の気恥ずかしさもまぎわらす為に。タカトは再び肩を竦めた。

 

「まぁいい。俺が聞きたい事はただ一つだ」

「私達がそれに答えると思うの?」

「ああ」

 

 なのはの問い掛けにタカトはあっさりと即答した。それに、三人共訝し気に彼を見る。タカトは、ややあって告げた。

 

「俺の質問に答えてくれたら、そちらの質問にも答えよう。何でも、な」

「「「な……!」」」

 

 交換条件。しかし、それは彼女達からすれば降って湧いたチャンスでもある。今までその目的もまったく解らなかった男が、自ら何にでも答えると言っているのだ。これ以上のチャンスは無いだろう。はやては一瞬だけ考え込み、そのまま頷いた。

 

「……解った。何が聞きたいんや?」

「はやてちゃん!?」

「はやて!?」

 

 はやてがあまりにも素直にタカトの提案を受け入れた事に、なのは、フェイトは驚く。だが、タカトはそんな彼女達を無視して、はやてに頷いた。

 

「決断を感謝しよう、八神はやて。では、質問しよう――?」

 

 タカトは最後まで続けられなかった。ある一点を見ると、そのまま笑う。

 

「……何?」

 

 質問が来るとばかり思っていたなのは達は、いきなり笑い出したタカトにちょっと驚く。それに、タカトは笑いを一旦止めた。

 

「いや、済まない。……質問は後回しで構わないか?」

「……何で?」

 

 フェイトが尋ねる。それにタカトはふっと笑った。

 

「いや何、ちょうどシオンが戦っているのでな? その決着を”見て”からでもいいだろう?」

「……シオン君? まさか、シオン君戦っとるんか!?」

 

 はやては驚くと、シャーリーを呼び出す。あの進化した感染者が、一体だけとは決して限らなかったのだ。今更に気付き、三人は呻く。

 そして、三人とタカトの前にウィンドウが展開された。そこに映っているのは氷の巨人――進化した感染者と戦うシオンであった。

 

「シオン君……!?」

「くっ……! 今すぐ援護に――」

「行くな」

 

 なのは、フェイトがシオンの援護に翔けようとするのを、タカトが止める。二人に対して、手を翳した。

 

「悪いが、あいつの援護には行かさん」

「なんで!?」

 

 なのはが叫ぶ。タカトはあっさりと答えて来た。

 

「あいつの成長が見たい。お前達と共に居る事で、どれだけ成長したのかを、な。それでも行くと言うならば、この場で俺が貴様達を打倒しよう」

「貴方は……っ!」

 

 フェイトがタカトを睨む。その考え方に――あまりの傲慢さに。なのはもまた、タカトを睨んだ。

 

「弟、なんでしょ? 心配じゃないの……!?」

「心配? まさかな。必要ないだろう。あいつは――」

 

 タカトは言葉を切ると、三人に笑って見せた。いっそ誇らしいとも言える程に。

 

「――俺の弟だぞ?」

「「「…………」」」

 

 ……三人共絶句させられた。そこにあるのは信頼。タカトは、シオンが負ける等とは一切考えていないのだ。

 

「さて」

 

 タカトは三人娘を容赦無く無視して、再びウィンドウを眺める。そこに映るシオンは、感染者相手に剣を振るっていた。

 

「見せてくれ、シオン。お前がどこまで成長したのかを」

 

 その一言を、場違いながら三人はまるで祈りのようだと思った――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――何だ……?

 

 振るわれる感染者の左の氷手。それをシオンはイクスで斬り流しながら、自分に猛烈な違和感を感じていた。

 不調な訳では無い。むしろ絶好調だ。魔力の流れは二倍三倍増しとも取れる程、淀みなく流れている。そして何より。

 

 ――認識できる。

 

 世界が。空間が。

 感染者の一撃が瓦礫を吹き飛ばす。その瓦礫がいくつ地面に落ちたのか理解出来る。

 凍っていく大地。それがどのくらいの範囲か、どれ程の冷たさかを解析出来る。

 あまりにも異常だ。何より、それだけの情報を自分の頭が捌ききっている事が、何より異常だった。

 右、感染者がまた腕を振り上げる。それを大きく避けようとして。

 

 ――身体が動かなかった。

 

 ……な?

 

 一撃が放たれる。しかし、シオンの身体は勝手に動く。今のシオンは、感染者の一撃を完全に把握しきれていた。放たれた一撃をミリ単位の見切りで躱す。同時、踏み込んだ。

 次の瞬間、シオンは――有り得ない事だが、吐いた息と吸った息が衝突するような幻覚を覚えた。

 身体を動かすタイミングが、今までと全然違う。肺が激烈な痛みを訴え、一瞬で収まった。

 

    −斬!−

 

 一閃。気付けば、感染者の右腕を斬り落としていた。感染者が悲鳴を上げる。それを冷ややかな目で見ながら、シオンは何となく理解した。

 

 ――これか……?

 

 胸中、そう思いながらイクスを左手で持ち直した。先程の幻覚の後から、違和感は無くなっている。頭はどこまでも澄み切っていた。イクスを構える。

 

 ――これが、アンタが見ていた世界なのか?

 

 感染者が再生を完了すると、再び瞬動に入った――無駄だった。シオンには感染者がどの位置に現れるか、もう”理解している”!

 

    −撃!−

 

 イクスを振り下ろした先に、感染者は居た。シオンから見て左だ。そのまま感染者は吹き飛ぶ。

 

 ――タカ兄ぃ。

 

 シオンは異母兄の位階に近付けた事に喜びと、そして寂しさを覚えながら、吹き飛んだ感染者へと駆けていく。

 感染者は吠え、またもや左の手を掲げた。こちらに一気に放つ。

 それをシオンは、イクスを右手に持ち替え、左手で身体を巻くように右横に回転。

 一撃をあっさりと躱した。そこからシオンは前方に跳躍。向かう先は感染者の懐だ。地面を背にした形で、シオンは空間に足場を形成して、踏み抜く。その体勢で、イクスを感染者の顎に叩き付けた。

 

    −撃!−

 

「契約の元。我が名、我が血を持って」

 

 一撃を叩き付けたシオンは、しかし止まらない。再度足場を形成。右足で足場を蹴り上げ、左足で踏み込む。体勢は低く、だが空中に留まったままなので向かうのは感染者の胴だ。

 

    −閃!−

 

 イクスを右から斬り戻し、感染者の胴を薙ぐ。同時に魔力放出。感染者は、そのままさらに体を崩した。

 

「今、汝の顕現を求めん。汝、世界をたゆたう者。汝、世界に遍く意思を広げる者」

 

 ――止まらない。さらに逆袈裟にイクスを斬り上げる! 感染者から悲鳴が上がった。

 

「汝、常に我と共に在る隣人」

 

 シオンは止まらない! 魔力放出。それが今、完全に操作出来る。シオンは斬撃の勢いのまま立ち上がり、そして魔力放出。螺旋を描く魔力がイクスに流れ込む――。

 

    −轟!−

 

 直後、イクスが上段から感染者の頭に叩き付けられた。その威力は頭を割るだけでは済まず。感染者を地面に叩き付ける。

 シオンは最後の一撃を放った体勢を解き、地面へと静かに降り立った。

 

「セレクト・ブレイズ」

【トランスファー】

 

 ブレイズフォームへと変化――同時に、感染者が変化する。背中から新しい上半身が”生えた”のだ。奇怪極まる姿となった感染者に、シオンは”驚かない”。

 ……何故か、予測できてしまったのだ。新たな上半身から両の腕をシオンに叩き付けようとして――出来ない。

 

    −斬!−

 

 一瞬で感染者の両の腕が肩から滑り落ちる。神覇弐の太刀、剣牙・連牙。二条のみ放たれた刃が、感染者の肩を絶ち斬ったのだ。

 

「今、此処に汝を召喚する。汝が枝属は雷。汝が柱名はヴォルト」

 

 さらにシオンは予測――否、予知する。次の感染者の行動を把握する。口が開いた。砲撃だ。

 それに対するシオンの行動は、右のイクスを目の前に横回転を伴いながら投げ、さらに左のイクスを投げたイクスに叩き付けながら絡め取り、再度横に時計回りに回転する事だった。

 ――砲撃が、放たれた。それは正しく氷の息吹(ブレス)。当たればたちまち凍り付くだろう。

 ……そう、当たれば。横回転で息吹を躱したシオンは、息吹の余波でその身体に霜を降らせる。それだけで終わった。

 回転しながら再度息吹が通り過ぎた位置に戻る。

 

「セレクト・ウィズダム」

【トランスファー】

 

 ウィズダムフォームへと戦技変換。右手に構えるイクスは、変換と同時に展開。シオンとイクスは同時にそれを唱えた。

 

「来たれ! 汝、雷の精霊、ヴォルト!」

【イクスカリバー、全兵装(フル・バレル)、全開放(フル・オープン)、超過駆動(フル・ドライブ)、開始(スタート)】

 

 同時、感染者が震える。その身体から溢れるのはアポカリプス因子だ。これは、感染者第二段階へと成る予兆だ。このままではここら一帯は感染者そのものと成る――このままならば。

 既にシオンはこの展開までを読み切っていた。故にこその精霊召喚永唱。故にこそのウィズダムフォーム。超過駆動だ。

 感染者が第二段階と成る前にそれは完了する。雷の精霊、ヴォルトが顕現、と同時に展開したイクスへと吸い込まれた。

 

「精霊・装填!」

【スピリット・ローディング!】

 

 精霊装填するはヴォルト。纏うは雷。シオンは第二段階へと至ろうとする感染者に、イクスを突き付ける!

 

「神覇九ノ太刀! 奥義! 青龍――――――――っ!」

【フルバースト! ゴー・アヘッド!】

 

    −轟!−

 

    −裂!−

 

 放たれ、生まれ出る、雷光纏う荒ぶる雷竜が! それは放たれた勢いのまま、感染者をその顎で喰らった。シオンは竜と繋がったままのイクスを頭上高く振り上げる。その動きに連動するように、竜も感染者を喰らったまま天へと昇っていった。それは正しく天へと昇る竜だ。竜は結界の頂上まで昇る。

 同時、シオンはイクスから竜を切り離す。そのまま竜は結界の頂上部で身体を丸めた。

 それを見ず、シオンはただ空いている左手で聖印を切るように、首前で手を横に薙ぐ。

 

「……終わりだ」

 

    −雷!−

 

 ……奇しくもそれは異母兄と同じ台詞。頭上で凄まじい雷が結界上部を疾り、感染者は塵すらも残らず消え去ったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンの戦闘を見ていたなのは達は一様に凍りついていた。あまりに違い過ぎるシオンに。

 

 あの戦い方は。

 

 あの在り方は。

 

 あまりにも、似過ぎている。今、目の前に居る男に。その男、タカトはふむと頷いた。その顔に浮かぶは微笑み。あまりにも優しい微笑みだった。

 

「上出来だな。このまま行けば第3の封印もじきに破れるだろう」

 

 満足気にタカトは頷く。そして、再度なのは達に向き直った。

 

「さて、では質問といこうか」

 

 そこでなのは達も我に返る。三人は、タカトを囲むようにポジションを取った。……意味が無い事を重々承知の上で。

 それに苦笑いを浮かべながら、しかしタカトは何も言わなかった。

 

「質問。いいか?」

「……いいよ」

 

 二人と顔を見合わせ、なのはが頷く。なのはの頷きをタカトは確認し、そして”それ”を問うた。

 

「……聞きたい事はたった一つだ。クロノ・ハラオウンを知っているな? 彼の安否を確認したい」

「……なんやて?」

 

 はやては思わず問い返していた。あまりに、予想外過ぎる問いを受けたから。タカトは再び繰り返す。

 

「クロノ・ハラオウンの安否だ。解らん訳じゃああるまい?」

「……何で貴方がそんな事を気にするの?」

 

 フェイトが再び膨れ上がる激情を抑え込むように問い掛ける。それにタカトはふむと一つ頷きを返した。

 

「それはそちらの質問と受け取っていいのか? 言っておくが、俺が知りたい事は一つだけ。そちらの質問も一つしか受け付けんぞ?」

「っ――」

 

 その言葉に、フェイトはバルディッシュを掴む手に力を入れる。だが、堪えた。

 ぐっと奥歯を噛み締める。その表情は、まるで泣き出す一歩手前。そんな彼女を見たタカトはたった一つだけ嘆息した。

 

「……あれを気に入り、気になったからだ」

「え……?」

 

 いきなりタカトはそんな事をフェイトに向かって言い放つ。一瞬、何を言われたか解らないフェイトは呆然とした。再度、タカトは嘆息。

 

「気になったからだ。……彼の安否が」

「何、で?」

 

 思わずフェイトはまた問い掛ける。それは二重の意味。

 

 何故、気になったのか?

 

 何故、答えてくれたのか?

 

 タカトはそれらを無視し、鬱陶し気にフェイトを睨んだ。判れと言わんばかりに。

 

「……サービスは一度だけだ。後は知らん」

 

 そして、その二つの疑問を黙殺した。その態度はまるでふて腐れた子供の様だった。はやてはそんなタカトに少し笑う。どうやら、彼は相当のお人良しらしい。フェイトのあの顔を見て、サービスで質問に答える程に。あまりに、前とギャップがあるが……。そんな笑いに気付いたのか、タカトは舌打ちを一つ放った。

 

「早く質問に答えてくれるか?」

「あ、うん。ゴメンね?」

 

 思わずフェイトも普段の調子で謝ってしまう。いつの間にか空気が和らいでいた。

 

「彼は……お兄ちゃんは、無事だよ」

「そうか。……て、何? 兄?」

 

 答えるフェイトにタカトは頷き、しかしフェイトの発言につい問い直してしまった。それにフェイトはちょっと微笑む。

 

「いいの? 質問、もう一回して?」

「……性格悪いぞ。キツネ娘」

 

 半眼でタカトはフェイトを睨み、悪態をつく。そんな彼に、今度こそフェイトは明確に微笑んだ。

 

「サービス。さっきして貰ったしね。こっちもサービス。……クロノは私の義理のお兄ちゃんだよ」

「……そうか」

 

 フェイトの態度にタカトは嘆息する。がらりと立場が入れ代わってしまったからだ。フェイトは余裕を、タカトはそれを無くしている。

 主導権をフェイト側に持って行かれている形だ。タカトは咳ばらいを一つし、フェイトからはやてに視線を移す。

 

「さて、では今度はそちらの番だ。……何を知りたい?」

 

 その一言で空気が再び固くなった。会話の主導権がタカトに移ったのだ。

 はやては息を一つ飲む。知りたい事は山とあった。だが、彼が答えると言ったのは、たった一つ。

 はやては思考する。何を問えば良いのか、と。

 

 目的は? これは駄目だ。恐らくは「感染者を狩る事」ぐらいしか言うまい。

 ならば何故、感染者を狩るのか? これも微妙だ。最悪「必要だから」としか答えまい。

 ならば固有名詞を交ぜて、曖昧な解答を避ける必要がある。

 そして、はやてが思い出すのは予言だ。カリム・グラシアの予言。希少技能、プロフェーティン・シュリフテンの。

 

 黒い遺思。これは恐らくアポカリプス因子の事だろう。却下。

 666の獣。言うまでもなく目の前のタカト自身の事だ。却下。

 亡者達。感染者の事だと思われる。やはり却下だ。

 

 そして、はやての頭にはある単語が浮かんだ。それはよく意味の解らない単語であり、恐らくは予言の最も大事な部分。知らず、はやての口はその単語をタカトに問うていた。

 

「創誕って何や?」

 

    −軋−

 

 ――次の瞬間。空気が、世界が軋んだ。タカトからはやてに発っせられた殺気によって。

 空すらも狭く感じる程の重圧に、なのは、フェイトも即座に愛杖をタカトに向ける。

 彼は構わない。はやてを睨み付けるだけ。また、はやてもタカトを見ていた。

 

「……それを、何処で知った?」

「秘密や。今回はサービスは無しやよ?」

 

 あくまで解答を避けようとするタカトに、はやては動じない。しばらくはやてをタカトは睨み――殺気を放つ事を止めた。

 

「俺が出した条件だからな。……仕方あるまい」

 

 そう嘆息し、はやてを見る。真っ正面から。はやてもまた、言葉を一つも逃すまいと彼から目を逸らさない。そして、タカトがゆっくりと口を開いた。

 

「創誕とは俺の最大の目的であり、そして世界最初にして、最後の魔法だ」

「最初にして、最後の?」

 

 なのはが横からその言葉を反芻する。タカトは頷いて見せた。

 

「そう。人の意思により、”世界を創り出し、創り直す魔法”だ」

 

 ――三人は、揃って言葉が失った。

 その答えの、衝撃で。世界を創る? 創り直す? どうやったらそんな事が可能なのだと言うのだ。絶句する三人に、タカトはそのまま続ける。

 

「魔法とは」

「え……?」

 

 唐突なタカトの言葉に、なのはが思わず聞き直す。彼は構わず続けた。

 

「魔法とは詰まる所、意思を持って世界の法則を、概念を組み換える事を指す。貴様等のミッドやベルカ、グノーシスが使うカラバ、俺の使う八極八卦太極図も例外じゃない」

 

 何を――? そう問おうとして、しかしタカトの言葉に恐るべき可能性を悟り、はやては絶句する。

 

「どの魔法にも共通する事だが、魔法と言うプログラムに意思媒介となる魔力を変換する事で魔法は発動する」

 

 そこで、フェイトもなのはも気付いた。三人は思わずタカトの右腕を注視する――タカトは構わない、続ける。

 

「もし、世界を創り直せる魔法と言う名のプログラムがあるのならば? ……そして、それに相応の”意思”が必要ならば? さて、どうなる?」

「あ、アンタは!?」

 

 思わずはやては叫び声を上げた。なのはも、フェイトも先程の空気は吹き飛んでいた。この男はこう言っているのだ。刻印を刻んだ意識不明者達の意思を持って世界を創り直す、と。

 ――危険過ぎる。この男の考えは、まさしく危険に過ぎた。タカトはそんな彼女達にふっと笑う。

 

「さて、質問には答えた。帰るとするか」

「待って!」

 

 なのはが叫び、レイジングハートをタカトに再度向ける。フェイトやはやてもだ。だが、やはりタカトは構わない。

 

「先程の焼き直しだな。邪魔するのならば潰すが?」

「「「っ――!」」」

 

 その言葉に、三人共何も言えない。一撃を叩き込めば、タカトも容赦すまい。今度はデコピンでは済まない。彼は三人を潰しに掛かるだろう。時間が止まったかのように、四人は動きを止める――そして。

 

「……行かせると思ってんのかよ」

「「「っ!?」」」

 

 声が響いた。なのは達は思わずその声がした方を向く。そこには。

 

「随分と遅い到着だな? シオン」

「抜かせよ。……タカ兄ぃ」

 

 イクスを肩に担ぐ神庭シオンが居た。タカトを真っ直ぐに見据えて。

 

 ――シオンとタカト。

 

 敵対すべき異母兄弟は、ここに四度目となる対峙を果たしたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 三人が見る中、二人の異母兄弟は対峙する。言葉は交わさず、視線は交わして。

 そこでなのは達は気付いた。シオンは精霊装填技を既に二発使用している。ならば、シオンの魔力はもう……!

 

「シオン君!」

「邪魔しないで下さい、なのは先生」

 

 声を上げるなのはを、シオンは即座に拒絶する。邪魔をしないで欲しい、と。そして、イクスを正眼に構えた。タカトは構えない――いや、これこそがタカトの構えなのだ。

 自然体。構えない事こそが最大の構え。

 

 数秒、間が空く――。

 

 風が吹く。周囲が凍っていたり水びたしのせいか冷たい風が。二人の間を三度、風が薙ぎ。

 

    −閃!−

 

    −破!−

 

 次の瞬間に、二人は交差した。互いに一撃――タカトは右の拳を、シオンは真っ正面からの斬撃――を、放った姿で固まる。

 

    −轟!−

 

 一拍遅れて、互いの中心で空気が渦を巻く。同時に、中心点から地面が砕け、小さいクレーターが作られた。

 衝撃。二人の一撃に逃げ場を求めた衝撃が、地面に伝達し、クレーターを作りだしたのだ。

 

 そして、シオンがガクリと膝をついた。胸には、拳の跡が残っている。

 

「シオン君!」

 

 なのはを始めとして、三人がシオンに駆け寄る。だが、笑いが辺りに響いた。シオンの笑いだ。

 

「……どう、だよ、クソ兄貴……! 一矢、報いた、ぜ?」

 

 息も絶え絶えになりながら、シオンは笑う。それに、タカトもまた笑った。

 

「たわけ。この程度で一矢とは言わんわ。……しかし」

 

 振り返る。その左の頬には――。

 

「多少は出来るように、なったみたいだな?」

 

 ――赤い線が走っていた。

 そこから血が流れ出す。斬り傷。シオンが成した結果だ。

 シオンは、タカトの言葉にケッと悪態をつく。

 ……あのタカトに傷を。その事に、なのは達は驚いた。魔力枯渇状態でそれを成したシオンに。なのは達ですら、未だまともなダメージを与えた事は無いのだ。驚きもする。

 タカトはシオンをしばし満足気に見て、やがて口を開いた。

 

「この一撃に免じて、お前等に二つ程情報をくれてやろう」

「……何、だと?」

 

 聞き捨てならないタカトの台詞にシオンが立ち上がり、振り向く。なのは、フェイト、はやてもシオンの横に並んだ。

 

「一つ。次の俺の標的だ。貴様等の船に襲撃を掛ける」

「っ――! 何やて!?」

 

 そのタカトの台詞に、はやてが叫ぶ。なのは、フェイトも信じられ無い物を見る目でタカトを見ていた。だが、タカトは構わない。

 

「前にお前達と戦った時に一人、感染者の気配を感じたのでな」

『『――――っ!!』』

 

 今度こそ、一同は絶句した。感染者がアースラに――前線メンバーの中に居ると言うタカトに。彼はやはり構わずに続けた。

 

「シオン。心辺りがあるんじゃないか? 例えば感染者では無く、アポカリプス因子、その物に触れていた人間の事とかな」

「そんなの、ある筈――」

「シオン君……?」

 

 シオンは否定しようとして、出来なかった。顔から血の気が引く。彼はそのまま硬直した。そしてタカトは構わない。

 

「二つ目だ。今回、感染者は転送されて来た。さて、何故だ?」

「そんなの私達が解る筈ないやろ!?」

 

 さっきの宣言でいっぱいいっぱいになったのか、はやてが叫ぶ。だが、タカトはそのまま言って来た。

 

「よく考えろ。今回、貴様等は感染者の転送を事前に察知していたか?」

「してないよ。それが――」

 

 なのははそこまで言って――ここが何処だか思い出した。

 一気に血の気が引く。ここはクラナガンなのだ。曲がりなりにも、時空管理局地上本部のある。JS事件の後、特に転送系の監視はしっかりしていた筈だ。

 それをまるで感知させずに感染者を転送させる――そんな真似、出来る筈が無い。そう、”同じ時空管理局、局員”で無い限りは!

 

「この情報。生かすも殺すもお前達次第だ。ではな」

「待っ――!?」

 

 なのはは引き留めようとして、だが、彼はどこまでも構わなかった。瞬間で、タカトは消え去る。

 あの認識出来ない高速機動を行ったのだろう。彼の姿は、何処にも無くなってしまった。

 

「はやてちゃん……」

「はやて……」

「……戻ろう。情報、整理せなあかんし。……シオン君?」

「嘘、だ……!」

 

 そう言ってシオンを見たはやては驚く。

 彼は震えていた。細かく、しかし確かに。

 

「シオン君、どうしたの!?」

「シオン……!?」

《八神艦長!》

 

 そこでいきなり通信が入った。シャーリーだ。酷く慌てた声である。

 

「シャーリ? どないしたんや?」

《スバルが……! スバルが!》

 

 その言葉に、なのは達の顔から血の気が引く。シオンは通信で出た名にビクッと大きく震えた。

 そう1番最初にスバルと会った時、彼女は”因子”に足首を拘束されていた……!

 

《スバルが急に倒れて! 身体から因子が!》

 

 その報告をはやては、なのはは、フェイトは、そしてシオンは、絶望と共に聞いたのであった――。

 

 

(第十九話に続く)

 




次回予告
「感染していたスバル――その事実は、アースラメンバーに暗い影を落とす」
「だが、シオンは諦めず、また彼女達も立ち上がる」
「鍵を握るは、叶トウヤ。唯一、感染者を”治療”した者」
「シオン達は打開策を見つけられるのか――」
「次回、第十九話『ダイブ』」
「救う――その為ならば、どんな事でもして見せる」


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第十九話「ダイブ」

「ずっとずっと後悔していた。それは、晴らす事が出来なくて。けど、もう二度と失わないと誓った。大切なものを無くさないと、そう誓った。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 PM14時30分。

 感染者の転送事件により、アースラはミッドに向かっていた。その中で、ヘリ1に乗るスバル・ナカジマは言いようの無い不安を抱えていた。

 

 ――気分が悪い。

 

 とある理由により、スバルはあまり病気になった事が無い。それなのにも関わらず、妙な具合の悪さを感じていた。

 身体の内側から、何かがうごめいているような感覚。虫か何かが這い回っているような感覚だ。この感覚は前から少しだけあった。

 最近になって、急にこの感覚は強くなっている。本局で検査を受けた際には何も無かったのだが――。

 

「スバル?」

「え……?」

 

 呼ばれ、顔を上げると間近にティアナの顔があった。……いや、ティアナだけでは無い。エリオもキャロもティアナの後ろに居た。皆、一様に心配そうな顔をしている。

 

「アンタ、今日の朝もしんどそうだったけど……大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。ティアも知ってるでしょ? 私病気とかあんまりした事無いし」

 

 笑い、そう言う。だけど、ティアナも、エリオもキャロも納得した顔はしていない。

 

「これから出撃なのよ? 体調が悪いなら正直にそう言いなさい?」

「そうですよ、スバルさん」

「あんまり無理したら良く無いって思います……」

 

 皆一様にスバルを止める。それだけ、スバルの様子はおかしかった。いつもの元気もどこと無く、無理矢理に出している感じだ。

 

「大丈夫だって、それより出撃準備しなくちゃ――!?」

 

 そこまで言った、瞬間。身体の内側を”何か”が突き破る感覚をスバルは得た。同時に、例の虫が這い回る感覚が今までの比ではない強さで襲ってくる。

 

「あ、あ……!」

「スバル? スバル!?」

「スバルさん!?」

「どうしたんですか、スバルさん!?」

 

 三人共、スバルの尋常じゃない状態を見て、彼女に近寄る。しかし、スバルは手を大きく振り、それを拒絶した。

 

「スバル……!?」

「駄目……駄目!」

 

 それでも近付くティアナに、スバルは首をブンブンと横に振る。――そして。

 

「……っ! スバル、さん? それ!?」

 

 ――こんな筈じゃない。

 

「スバル……さん……!」

 

 ――結果が再び。

 

「う……そ……」

 

 ――訪れる。

 

「駄目……皆……っ! 離れて!」

 

 スバルはガクリと倒れ、その身体から黒い点が――”死”の象徴、アポカリプス因子が溢れ出す! 因子は瞬く間に、彼女を覆い尽くした。

 

「……っ! シャーリーさん!」

 

 最初に立ち直ったのはエリオだった。即座にブリッジへと通信を送る。すぐに、シャーリーが通信に出ててくれた。

 

《エリオ? どうしたの、慌てて――!?》

「スバルさんが!」

「スバル!」

 

 そこで、弾かれたようにティアナがスバルに手を伸ばす。だが、傍らのキャロがそれを必死に留めた。

 

「駄目です! 今、ティアさんが触ったらティアさんまで……!」

「っ……!」

 

 その言葉に手を伸ばしながらも、ティアナはそれをギリギリで留まった。シャーリーも、ウィンドウ越しにその光景を見たのだろう。通信している顔からは血の気が引いていた。

 

「とりあえず、シャマル先生を!」

《うん! すぐに呼び出す!》

 

 エリオに頷き返し、シャーリーは通信を切る。その間、ティアナは何も――スバルを抱き抱えてあげる事さえ出来なかった。

 

「スバル……!」

 

 ティアナはただ呆然と呟く。だが、スバルは身体から因子を溢れさせたまま、ピクリとも動かない。

 ――ティアナ達は、そんなスバルをただ見ている事しか出来なかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 PM15時。

 スクライア邸で、ユーノ・スクライアと高町ヴィヴィオは、ウィンドウを介してヴィヴィオの母でもある高町なのはと話していた。

 彼女ともう一人の母、フェイト・T・ハラオウンと、二人の親友であり上司、八神はやて。そして部下であり、今回三人に着いて来た神庭シオンは、感染者の転送事件の後、スクライア邸に戻る予定だったのだが、急遽アースラに戻る事になったらしい。

 約束は違うが、ユーノも、ヴィヴィオも何も言わない――いや、言えない。

 それほどまでになのは達の表情は陰っていた。シオンに至っては顔を上げる事すらしない。

 

 ――スバル・ナカジマが感染者となった。

 

 部下であり、大切な教え子がそうなってしまったのだ。表情に陰が射さない訳が無い。

 

「……うん、わかったよ。こっちの事は大丈夫だから」

《ありがとう、ユーノ君。……ヴィヴィオ、ゴメンね? ママ達行かなくちゃいけなくなっちゃった》

「だいじょうぶだよ。だから、なのはママもフェイトママもがんばって?」

《……うん。ヴィヴィオ、ありがとう》

 

 その言葉を最後に通信は切れた。ユーノは同時にため息を吐く。なのはの性格からして、どれだけ辛い思いをしているかは、想像出来ない程だった。

 元々、自分より人の事を考えてしまう彼女だ。故に声にこそ出さないが、相当辛いだろう。見ると、ヴィヴィオも顔を伏せている。ヴィヴィオにとっても、スバルは姉のような存在だった。

 その彼女が感染した――無論、ヴィヴィオは因子の事も感染者の事も知らない。その彼女でさえ、母達の顔色でスバルがどれだけ危険な状態か解ったのだろう。

 そう考えていると、玄関が開く音が鳴った。廊下を歩き、居間のドアが開く。そこに居たのは居候、伊織タカトであった。

 

「ただいま」

「あ、うん。タカトお帰り……随分遅かったね?」

「……おかえりなさい」

 

 ユーノとヴィヴィオがタカトを迎える。だが、タカトは一瞬だけ閉じられていないほうの目――つまり左目の眉をピクリと動かした。居間に漂う重い空気を感じたのだろう。しかし、あえてそれには触れない。

 

「ああ、済まない。ちょっと”知人”に会っていてな? 久しぶりに話したからついつい話し込んでしまった」

「そっか……」

「……ユーノ。客人はどうした?」

 

 頷くユーノに、今度はタカトが問う。それに、ユーノは少し微笑んで見せた。……無理な笑顔は引き攣った顔にしかならなかったが。

 

「帰ったよ。……用事が出来たんだって」

「そうか……なら、仕方ないな」

 

 ユーノの答えにタカトは頷きながら手に下げていた袋を台所に置く。買って来たアルミホイルや、野菜や肉、調味料と言った物を手早く袋から出して、冷蔵庫や戸棚に仕舞っていった。

 

「ヴィヴィオ」

「……う?」

 

 そうしながらの呼び掛けに、ヴィヴィオが答える――が、その声にはあまり力が無い。それにタカトはフッと笑ってみせた。

 

「時間は遅いから夕食の後になるが、焼きたてのクイーニーアマン食べるか?」

「…………たべる」

 

 ヴィヴィオは暫く迷い、だがタカトの言葉に頷いた。自分が落ち込んでも駄目だと思ったのだろう。彼もそれに頷く。

 

「よし。なら夕食の準備をするか。……ああ、ヴィヴィオ。今日は修業は無しだ」

「う?」

 

 ヴィヴィオが可愛いらしく首を傾げる。タカトは再度苦笑いを浮かべた。

 

「今日はちょっと疲れててな?」

「うん、わかった」

 

 こくりと頷く。それに頷き返してやると、今度はユーノの方に視線を移した。

 

「それからユーノ。悪いが明日はちょっと出掛ける」

「そうなんだ? いいよ」

「済まないな。家事はなるべく終わらせていく」

 

 そう言うタカトに、ユーノは「気にしなくてもいいのに」と笑うが。タカトは納得しない。……流石、ブラニーであった。

 そんないつも通り過ぎるタカトに、ついユーノもヴィヴィオも笑う。

 

 ――スバルの事を忘れた訳では無い。だが、確かにさっきまでの重い空気は消えていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 アースラ。ブリーフィング・ルーム。

 普段は作戦会議等に使われる部屋である。その中に、現在のアースラ前線メンバーを始めとした主要メンバーが集まっていた。先程合流したN2Rのメンバーもそこに居る。

 この会議の主題であるスバル・ナカジマのアポカリプス因子による感染。シオンの話しによれば、1番最初にスバルと出会った時、彼女は足首を因子により拘束されていたらしい。シオンが剣牙で両腕ごと消し去ったのだが――。

 

「そん時に……な」

 

 はやてが呻くように呟く。皆、一様にその表情は曇っていた。

 まずそんな状態での因子感染がある、と言う事がもはや異例であった。シオンも見た事も聞いた事も無いらしい。それを正しく認識していたのはただ一人、仇敵である666――伊織タカトただ一人だけであった。

 そして、最大の問題は対処方法が無い事であった。

 

 感染者の末路は三つ。

 一つは因子に飲み込まれて死ぬ。

 一つは第二段階状態の感染者に至り、そして全てを飲み込む。

 そして、最後の一つは、伊織タカトの”刻印”による意識剥奪。

 ――どれも最悪の結果であった。死か、意識不明となるか。その二つしか道は残されていないのだから。

 それを再認識して、また一同は沈む。特にスバルの姉、ギンガはそれが酷い。最初、シオンにつかみ掛かりそうになったくらいだ。

 ――皆が止めなければ、一撃くらいは殴っていたかも知れない。シオンも甘んじてそれを受けただろう。何しろ抵抗らしい抵抗をしなかったのだから。

 ギンガも半ば八つ当たりに近い事は認識したのだろう。即座にシオンに謝ったのだが、そのシオンの方が辛そうな顔をしていた。

 謝らないでくれと、その顔は言っていたのだから。

 そして今、対策は浮かばず、会議は進展しなかった。

 そもそも会議を開ける程の余裕がある事が異例なのだ。因子に感染した者は、例外無く暴走し、破壊活動を行う。だが、スバルは因子が顕れた後、そのまま気絶していた。

 ……まず、有り得ない事である。だがこれにはシオンを除くアースラメンバーは検討がついていた。

 スバルの特異性である、戦闘機人。彼女の身体の何割かは機械で――つまりは無機物で構成されている。それが恐らくは、完全な感染を防いでいるのだろう。だが、第二段階に成ってしまえばそれも意味が無くなる。そもそも生身の部分が持つかどうかも不明なのだ。

 現在彼女は医務室で寝かされている状態だ。フローターで身体を浮かし、医務室に連れて行ったのだ。だが、それに意味があるのか。彼女を救う手段が無いのに――。

 

「……一つだけ」

 

 暗い空気の中、今まで黙っていたシオンが口を開けた。そちらに、視線が集まる。シオンは一度手元に目を落とし――次の瞬間に顔を上げた。決意に満ちた顔を。

 

「一つだけ、手があります」

「何やて……?」

 

 一同が顔を上げる。はやてが代表して、シオンに問い直した。彼は頷いて見せる。

 

「一つだけ――いや、一例だけ心当たりがあります。スバルを救う方法が」

「そんな方法があるの!?」

 

 すぐさまギンガが立ち上がり、叫ぶ。それにシオンはゆっくりとだが、確かに頷いた。

 

「はやて先生、覚えてますか? 最初に俺が言った事」

 

 はやてに向き直る。彼女はその言葉を吟味して、そして思い出した。確か――。

 

「一人だけの治療例、やったね?」

「……はい」

 

 神妙な表情で、シオンは頷く。そしてそのまま告げた。

 

「成功確率、0.000000001%の治療法が」

 

 一瞬、一同は言葉は失う。シオンが告げた成功確率、それがあまりにも絶望的な数字であったから。――しかし。

 

「……でも、成功例はあるのね?」

 

 ティアナがシオンに確認するように聞く。彼は、ティアナに視線を移してしっかりと頷いた。

 

「その成功した人は誰なの?」

「なのは先生も会った事がありますよ」

 

 なのはの問いに。シオンは即座に答えた。そして、その名を出す。

 

「治療が確認された人はユウオ・A・アタナシア。治療した人は、叶トウヤ。……トウヤ兄ぃです」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 アースラ・ブリッジ。その艦長席で、はやて達隊長陣と、シオンは目の前のウインドウを見ていた。

 そこに映るのはトウヤの秘書であり、恋人。そして唯一感染から治療された女性、ユウオ・A・アタナシアであったた。

 

「それじゃあトウヤ兄ぃは――」

《うん、少し席を外してるよ》

 

 画面の彼女はゴメンね、と謝る。何でも一週間ばかりの留守で溜まっていた仕事を片していた真っ最中らしい。それには、シオンの方こそ謝りたくなった。その一週間はシオンの為に空けたも同じだからだ。

 

《そっか。でも、シオン君もそんな年頃になったんだね》

「……そんな年頃、てどんなさ」

 

 ユウオがあらあらと、元某艦長のような事を言っている。シオンは若干の頭痛を覚えて額を抑えた――そんな彼に、すかさず後ろから声が来る。

 

「うむ。それはこう若さ溢れる、何と言うのかね? 強いて言えば、青春?」

「いやいや――て、へ?」

 

 妙に古い事をと言おうとして、そんな事をほざく人物が自分の真後ろに居る事に、シオンは驚愕した。慌てて振り向くと、皆一様に驚いた顔をしてその人物を見ていた。そこには。

 

「と、トウヤ兄ぃ!?」

「騒々しいね。何を叫んでいるのかね? お前は」

 

 ――そこに居る筈が無い存在、叶トウヤが当然のように立っていた。そして唖然としたのは、アースラの人間だけでは無い。ウィンドウの向こうの彼女もまた声を上げる。

 

《トウヤ!?》

「ユウオ、君もかね? 叫ばずとも――」

《叫ぶに決まってるよ! 仕事は!?》

 

 即座に問い質すユウオに、しかしトウヤはただフッと笑って見せた。そして、親指をビシッと立てる。

 

「後は任せたよ?」

《ちょ……! ちょっと待ってちょっと待って!?》

「待たん。フィニーノ君、通信を切ってくれたまえ」

「え、ええ!?」

「早く」

 

 ポカンとする一同を前に、トウヤはただシャーリーに通信を切るように求める。シャーリーはその声に押され、通信を切る操作をしてしまった。

 

《ちょっとトウヤ!》

「何、今回はすぐに戻る。心配する事は無いさ。帰ったら存分に愛でてあげよう」

《そんな事を公衆の面前で――!》

 

 ――ブツ。

 

 そこで通信が切れた。まだ唖然としたままの一同を前に、トウヤはやれやれと肩を竦める。

 

「どちらにしろ来る予定だったろうに」

「……どう言う意味さ?」

 

 シオンが思わず呟く。それにトウヤはフムと一つ頷くと、一同を見回して告げた。

 

「何、どこかの末期到達型の馬鹿がアースラに攻め入ると向こうで盛大に教えてくれてね?」

「……それって」

 

 そんな事を事前にトウヤ達に教えられる存在は一人しか居ない――伊織タカト。彼しか。何のつもりだと言うのか。

 

「それで? 奴がアースラを襲う必要があると言う事は、誰かが感染したと、言う事だが?」

「うん、それでトウヤ兄ぃに聞きたい事があるんだ」

 

 シオンが真っ正面からトウヤの瞳を見る。それにトウヤもまた頷いた。

 

「ふむ。で、何が聞きたいのかね?」

「トウヤ兄ぃ。俺に”ダイブ”を教えてくれ」

 

 ――次の瞬間、ブリッジに言い知れぬ気配が走った。それは殺気と同義にして、だが違うもの。プレッシャーが一番近いだろうか。その場に居る全員が息を飲む中、異母兄弟達はただ視線を交わし、やがてトウヤはため息と共にプレッシャーを消した。

 

「……ここで話す物でもないね。八神君、申し訳無いがブリーフィング・ルームに移動して構わないかね?」

「はい。大丈夫ですよ。なら、また皆を集めんと……シャーリー?」

「は、はい」

 

 プレッシャーに飲み込まれていたシャーリーは、我に返ると頷き、再び皆を呼び出す。前線メンバー一同は、再びブリーフィング・ルームに集まる事となった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「さて……」

 

 ブリッジでの一幕の後、再びブリーフィング・ルームにはアースラの主要メンバーが集まっていた。その中で新たな参入者、トウヤが立ち上がっている。そして、データチップをシャーリーに渡していた。ウインドウが皆の前に大きく展開される。

 

「ダイブの事を知りたいのだったね?」

「……ああ」

 

 シオンが頷き、一同もまた頷く。ダイブとは、果たしてどう言う意味なのか――?

 そんなシオン以外の皆の疑問を黙殺し、トウヤはウインドウに指を走らせ、感染者の映像を出した。

 

「アポカリプス因子とは精神生命体。これは皆、知っているね?」

 

 確認の意味を込めてトウヤは聞く。それに全員が頷き、トウヤもフムと頷き返した。

 

「それとダイブって言うのに何の関係があるんだよ?」

「いや、大事な事なのだよヴィータ君。因子は生命体。その大前提を理解していなくてはね」

「どういう事なのですか?」

 

 シグナムからも疑問の声が上がる。それを慌てるな、とトウヤは両の手で制した。

 

「生命体と言う事は、因子は生きてると言う事だ。……ならば殺す事も可能なのだよ。私達は普段、これを感染者を滅す事で間接的に因子を殺している訳だ。……ここまでは理解できるね?」

 

 一同を眺め、全員の顔に理解があるかをトウヤは確認する。これは前提条件なのだ、理解してもらわねば困る。

 

「だが、因子は直接的に滅す事が出来ない。……厳密には生きてはいるが、生命活動を行っている訳では無いからね。ましてや因子は精神的な生き物だ。……その感覚で言うと精霊に近い存在とも言えるね?」

 

 ……話しがどんどん難しくなっていく。その中で「は〜〜い」と手が上がった。N2Rの一人、ウェンディ・ナカジマである。

 

「……ナカジマ君では皆と混同してしまうね。ウェンディ君で構わないかね?」

「いいっすよ。で、質問があるんすけど」

「ああ、どうぞ?」

 

 トウヤに促され、ウェンディも頷く。そして、彼を見ながら質問を開始した。

 

「ならなんで感染者を倒すと間接的に因子も消せるんすか? 話し聞いてると、物理的な意味合いじゃあどうにもなんないと思うんすけど?」

「よい質問だね? ウェンディ君」

 

 その問いに、トウヤも頷く。コンソールを操作し、出すのは感染者のアップ画像だ。特に、因子を拡大して表示する。

 

「因子は他生命体に感染する際、一種の精神融合現象を起こしている。つまり、因子は感染すると同時に感染者の精神と融合している訳だね。これにより、感染者を滅ぼすとその精神も滅び、そして融合している因子も消えると言う訳だよ」

「ハァ〜〜〜」

「……なら第二段階の場合はどうなるんですか?」

 

 今度はなのはからだ。質問しながらコンソールを操作する。ウインドウに映るのは、最初の出撃で現れた感染者だ。トウヤは即座に答える。

 

「第二段階に至った感染者の場合は、有機体の感染者をコアとして、その周囲を無機物で覆っている訳だね。第二段階の感染者は無機物に感染する――これは、非常におかしな現象でね? 何しろ精神なんて無い筈の無機物に感染する訳なのだから。だが、感染者は第二段階になる際に無機物を精神的に支配出来る様になるのだよ」

 

 そこで、トウヤは皆を見回しながらつまりと続けた。

 

「感染者は原理はさておき、無機物にすらも精神干渉を起こせるようになる――進化によってね。これが第三、第四となると、どんどん精神支配出来る幅が広がる。まぁ、とことん因子と言うのはとんでもない存在だと言う事だね」

 

 解ったかね? と、トウヤは聞くが、一同、唖然としていた。今まで何となくとしか把握していなかった因子の本質に、驚いているのだ。その反応で大体理解できたとトウヤは判断する。

 

「では本題に入ろう。ダイブとは他者の精神世界に入る特殊魔法術式の事を指す。これで感染者を治療出来る理由はたった一つだ」

「一つ、ですか?」

 

 聞き返すフェイトにトウヤは首肯する。一つ間を開いて、皆に理解があるかを確認。再び講義を披露する。

 

「ああ。先程も言っていた通り、因子は感染する際に感染者と精神融合を起こす。これを逆手に取ったのがダイブな訳だ。ダイブした術者は精神が肉体から乖離して、被術者の中に入る。この時、術者は精神存在になるのだよ。……精霊や、因子のようなね。言わば同質の存在になる事により、術者は直接因子にダメージを与えられるのだよ。精神体と精神体だからね? これにより、ダイブした術者が感染者の精神世界の因子を消す事が可能となり、因子感染を治療出来る訳だ」

「……簡単な話しに聞こえるけど、シオン君に聞いた成功率やとそうや無いんやね?」

 

 そこまで聞いて、はやては神妙な顔で問う。それに、トウヤはまた頷いた。

 

「そう言う事だ。因子は先程言った通り精霊に近い存在でね? その精神的な巨大さもまた精霊並なのだよ。……それで済めばいいのだが、最悪な事に感染者の精神世界と融合してしまっている。つまりはダイブした術者にとって、世界そのものが敵となりうるのだよ。実際は、因子と融合しているのは一部で感染者の精神世界の中で色んな姿となって存在している訳だが――ここら辺は実際ダイブしないと解らないので割愛といこう」

 

 ここでトウヤは話しを一旦切り、皆を見渡した。ここまでで質問が無いかを視線で問うているのだ。そこで、今度はフェイトが手を上げる。

 

「……もし、ダイブに失敗して感染者の中で因子に取り込まれたらどうなるんですか?」

「簡単な事だよ、ハラオウン君。感染者が増えるだけの話しだ」

 

 ――つまり、失敗は感染を意味すると言う事か。

 一同、それに暗い顔になる。どう考えても現実的じゃない成功率だからだ。――だが。

 

「で、ダイブの術式は?」

 

 シオンは構わなかった。トウヤは彼を――彼の瞳を見て、嘆息する。何だかんが言っても兄弟だ。こう言う時、異母弟が止まらないのも理解していた。

 

「……待って下さい。シオン君がダイブするんですか?」

 

 だが、二人のやり取りを見て今度はギンガから質問が来た。……確かに、その通りだろう。一度でも成功した者と、やった事すら無い者。信頼するのは当然前者だ。しかし、トウヤは彼女に首を横に振った。

 

「残念だが、私ではスバル君にはダイブ出来ない」

「……何でですか?」

 

 別方向からも声が来た。ティアナからだ。トウヤはそちらにも目線を向けて頷いた。

 

「単純に私では彼女と縁が薄い。……ダイブには条件があってね? 一つはカラバ式を使う者。もう一つは対象者と縁がある事だ。故に、私では使えない。シオンはスバル君と仲が良かったようだしね?」

 

 そこまで言って、直後にトウヤは顎に手を当てて考え込む。やがてギンガへと向き直った。

 

「この中で一番スバル君と付き合いが長い者は誰かね?」

「私と……」

「私かな?」

 

 ギンガとティアナがそれぞれ手を上げる。それにトウヤは頷き、今度はシオンへと視線を向けた。

 

「この二人と征きたまえ」

「……ギンガさんとティアナと?」

 

 シオンの問いにトウヤはやはり頷く。彼女達を手振りで指して続けた。

 

「シオンはまだスバル君とは付き合いは浅い。……成功率を上げる為に、彼女と付き合いが長い二人を連れて行くのが妥当だろう」

「……でも」

 

 そんなトウヤの言葉に、シオンは難色を見せる。何しろ成功確率ほぼ0だ。そんな事に二人を巻き込むのは――。

 

「行くわ」

「……ティアナ」

 

 あっさりと決めるティアナにシオンは驚き、そして非難の瞳を向ける。

 

「お前、解ってんのか? 失敗したら――」

「何回も説明しなくても解ってるわよ」

 

 そんなシオンをティアナは一蹴した。……親友なのだ、スバルは。それをこんな形で失いたくなんて無かった。手があるのならば行う。自分に出来る事があるのならば、何でもする。

 それに思い出すのは先程の自分だ。パートナーが倒れて、でも何も出来ない自分。それが辛かった。だから、今度こそは助けるのだ。あの、優しい我が儘な相棒を。

 

「止めても無駄よ。無理矢理でもくっついて行くわ」

「……はぁ……」

 

 そんなティアナに、シオンは嘆息した。何と無く解る、彼女に説得は無意味だと。そして、次にギンガを見る。すると、真っ直ぐに瞳を覗き込まれた――それだけで理解してしまった。彼女にも説得は無駄だと。再び嘆息し、今度ははやてを始めとした隊長陣を見る。はやて、なのは、フェイトは苦笑いを。シグナムは嘆息を。ヴィータも「やれやれ」なんて言っていた。

 

「……私達としては止めなアカンのやろうね」

「はやて先生」

「解ってるよ。……三人共止まらんよね。やから約束してや。必ず、スバルを連れて皆、無事に帰ってくる事。ええか?」

 

 はやての台詞にシオンはティアナを見て、次にギンガを見る。二人共しっかりと頷いた。だから、三人揃って答える。

 

「「「はい!」」」

「よし。ならダイブ組はこれで決定や。なのはちゃん、フェイトちゃんも異論無いな?」

 

 シオン達の返事を聞いて、なのは、フェイトへと振り向く。二人は苦笑い混じりに頷いた。

 

「よし。なら後はここに攻め入ってくる伊織タカトについてやけど――」

「ああ、それに関しては大丈夫だ」

 

 あっさりとトウヤはそう言い切る。それに、はやて達は疑問符を浮かべた。

 

「大丈夫って、どう言う事なん?」

「あの愚弟は私が抑えるからだ」

「……え?」

 

 思わず問い返してしまった。だが、トウヤは構わず話しを続ける。

 

「他の者は万が一に備えて待機していて欲しい。それから結界の準備がいるね?」

「い、いやいやいや! トウヤさん、何を……!?」

「何を、と言われてもね。私がタカトと戦うと言っているのだが?」

「えっと……」

 

 そんな事を言うトウヤに、はやてはついたじろいでしまった。まさか、別組織のトップがこんな事を言い出すとは。それを許していいのか迷う。そんなはやてに、トウヤは苦笑した。

 

「……忘れがちかも知れないがね。私もあいつと同じ、EXランクなのだよ?」

『『あ……』』

 

 そこで漸く皆は思い出した。目の前に居るこの青年は、666と同等の存在だったと。つまり、彼以上にタカトの相手を任せられる存在は居ないと。

 

「奴は任せてくれたまえ。……ただ強装結界を多重に張って貰えると助かるがね?」

「うん、了解や。……トウヤさんもあんま無茶せんようにな?」

 

 はやての気遣いに、トウヤは気にしないでくれたまえと返す。それに頷き、はやては立ち上がった。

 

「ダイブ作戦開始は明日とします。シオン君の魔力の関係もあるしな?」

 

 その言葉に、シオンは少し視線を逸らす。今のシオンは先の戦いの後でもあり、魔力は大して残ってはいないのだ。最低でも一夜の休息は必要だった。

 

「先程スバル君の様子を見たが、まだ小康状態のようだしね? 一昼夜程度なら大丈夫だろう。寧ろ動き出すとマズイ」

 

 トウヤがはやての言葉を引き継ぐ。実際、彼の見立てでは、スバルは前例が無い程に安定していた。

 ……彼女の体の事は解らないが、ただの身体ではあるまい。そして、それを支える意思力が、おそらくは因子を抑え込んでいる。ならば、こちらは万全の状態を整えるのが最善だった。

 

「うん。ほんなら皆、一時解散や。集合は明朝、0600時。……ええな?」

『『了解!』』

 

 皆一斉に頷くと、その場は一時解散となった。席を立つ彼女達と共に、シオンもブリーフィング・ルームを出る。部屋に戻るべきだが、気付けば医務室の前に居た。

 少し、躊躇いながらも入る――シャマルは何故か居なかった。暗い室内の中、明かりをつける。医務室を歩くと、程無くして、スバルが眠るベットに着いた。

 スバルはよく眠っていた。その顔だけみれば、普通と変わらない――スバルの身体を這う因子さえ無ければ。

 

 ――ギリッ。

 

 気付かぬ内に、掌から血が滴る。拳を強く握りしめ過ぎたらしい。シオンはそれに気付くと苦笑した。直後、医務室のドアが開く。

 

「……シオン?」

 

 扉を開けて入って来たのは、スバルのパートナー、ティアナ・ランスターだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……どうしたよ? お前もスバルの見舞いか?」

「うん、そんな所。……? あんた、それ!?」

 

 頷きながらも、ティアナは怪訝そうな顔をすると、こちらの左の掌に気付いたか、指差すと怒鳴り声を上げた。

 

 ……結構な血が流れているし、気付いて当たり前か。

 

 そんな事を苦笑いと一緒に、シオンは思う。ティアナはずかずかとこちらに近付くと、手を取った。掌を見て、思いっきり嘆息する。

 

「バカ。ケガ増やしてどうすんのよ」

「……わざとじゃないぞ?」

 

 これは本当。無意識に力を込め過ぎたのだ。決してわざとでは無い。

 

「好んでケガする奴なんていないでしょ。ちょっと待ってなさい」

 

 そう言うと、ティアナはシャマルのディスクに向かう。ややあって持って来たのは救急箱であった。

 

「そんなのあったんだな」

「確かにね。少しの傷ならシャマル先生、治療魔法で治すし」

 

 救急箱から消毒スプレーを取り出しながら、ティアナは頷く。「滲みるわよ?」と言って来て、傷口にスプレーを振り掛けた。

 

「……ッ」

「あ、ゴメン」

 

 滲みて、少し息を飲んだ事が解ったのだろう。ちょっとだけ申し訳ない顔をする。そんな彼女に、シオンは笑って見せた。

 

「いや、気にしなくて大丈夫だぞ?」

「……うん」

 

 消毒が終わり、傷が穿たれた部分にガーゼを当てる。これで治療は終わりだ。ティアナは立ち上がり、救急箱にスプレーやガーゼを戻すと、そのまま話して来た。

 

「……スバルの事だけど」

「ん?」

 

 突如として出されたスバルの名に、シオンは小首を傾げる。ティアナはそれを見ない。続けようとして。

 

「本当は、私から話す事じゃあ無いんだけど――」

「スバルの身体の事ならいい」

 

 しかし、シオンはあっさりとそう言ってきた。それに、ティアナは少し驚いた顔となる。

 

「いいの……?」

「いいさ。いつかスバルから話してくれるだろ」

 

 そう言いながら、彼は微笑む。それは、とても優しい笑みだった。

 

「……そう。なら何も言わないでおくわ」

「ああ」

 

 ティアナは救急箱を片付け、スバルをチラリと見た後、そのまま医務室を出ようとする。

 

「ティアナ!」

 

 そんな彼女を、シオンは呼び止める。ティアナは、振り向かず留まった。

 

「左手、ありがとうな。それからお前、いい奴だよ」

「……何よいきなり。それに私、女よ? 奴は無いでしょ?」

 

 そこで漸く振り向いてくれた――憮然とした表情で。シオンはティアナの言葉に笑う。

 

「なら言い換えてやるよ。……お前、良い女だよ」

「っ……!」

 

 シオンの突然の発言に、ティアナの顔が赤く染まる。「……意識せずに……」とか「……天然……」とか聞こえた気がするが?

 

「どした?」

「なんでもないわよ! ばか!」

 

 そう叫び、今度こそは医務室を出た。それにシオンは片手を上げる。……ティアナは背を向けているから、見えるとは思えないが。

 

「また明日な? ティアナ、おやすみ」

 

 返事は期待していなかった。だから、そのままスバルへと顔を戻すと。

 

「アンタも早く寝なさい……おやすみ」

 

 そう、声が返ってきた。振り向くが、既にティアナはいない。それにシオンは微笑むと、スバルを見遣り、右の拳を握った。

 

「大切な奴等……」

 

 ――呟く。もう二度とこんな筈じゃない結果なんて起こさせない。そう、決めたのだから。

 

「必ず、守り切ってみせる。そして……」

 

 ――取り戻してみせる。必ず。

 

 そう言うと、シオンはスバルにもう一度目を向けて、踵を返すと扉へと向かう。

 医務室を出る前に、再び、バルを見る。彼女は何も変わっていない。ただ眠るだけ。それでもシオンはスバルに声を掛けた。

 

「スバル……おやすみ」

 

 そう彼女に言って、医務室を出た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 翌日、AM6時。

 アースラのブリーフィング・ルームに、シオンを始めとした一同は集まっていた。

 スバルも既に運ばれている。そして、トウヤはシオンとイクスにダイブの術式構成を教えていた。

 

「ダイブの永唱は覚えたのかね?」

「そっちは何とかね」

【俺もサポートする。問題は無い】

 

 シオンの肩に腕組みをして立つのはイクスだ。二人はトウヤに頷いてみせる。そして、後ろのティアナ、ギンガもシオンの横に並んだ。三人の顔を見て、トウヤは頷いた。

 

「では最後の注意事項だ。ダイブすると同時に、精神世界に君達は突入する。だが、その世界はあくまでスバル君の世界だ。従来の世界では有り得ない――そこを必ず心に留めていてくれたまえ」

「「はい!」」

「うん」

 

 三人もトウヤに頷いて、返事をした。今度は隊長陣に顔を向ける。はやて達はシオン達に頷いてくれた。

 

「昨日言った通りや。必ず、スバルを連れて三人共戻って来るんやよ?」

「気を付けてね?」

「無理すんじゃねーぞ」

「頑張って来い」

「……三人共、しっかりね?」

 

 それぞれの言葉で送り出してくれる。三人共、それぞれ頷いた。

 そして、そのままスバルに近付く。三人の顔を見てトウヤは頷き、厳かに告げる。

 

「では始めよう。……シオン、永唱開始」

「了解。アイン・ソフ・オウル」

 

 カラバに置いて、無からカラバ式は永唱される。

 アイン(無)からアイン・ソフ(無限)へ、そしてアイン・ソフ・オウル(無限光)へと唱えられるのだ。

 これはカラバに置ける世界創造の理念だ。これを永唱する事で、まず自分の自己暗示を施す。――キースペルがあれば一言で済む永唱だが、シオンは未だキー・スペルを見出だしていない。故に、この永唱が必要なのだ。さらに、シオンは唱える。

 

「ケテル(王冠)からコクマー(智恵)へ、コクマーからビナー(理解)へ、ビナーからケセド(慈悲)へ、ケセドからゲブラー(峻厳)へ、ゲブラーからティフェレト(美)へ、其は落ちて落ちて、内へ内へ、ティフェレトからネツアク(勝利)へ、ネツアクからホド(栄光)へ、そしてホドからイェソド(基礎)へ、流れ流れて、其が表すは裸の男。其が守護天使はガブリエル。其が神名はシャダイ・エル・カイ!」

 

 そこまで唱えると同時に、シオンの足元に魔法陣が展開される。セフィロトの樹を模した図――カラバ式魔法陣だ。その中の円、セフィラの一つが一際輝く。それは第九のセフィラ、イェソドの位置だった。シオンは更に唱え続ける。

 

「其が象徴するはアストラル界(精神世界)。我は求む、その世界への到達を。勝利、栄光、基礎の象徴を持って、我が道と成れ!」

【永唱完了! 各自、精神の乖離を開始。魔法式、ダイブ起動確認。被術者。スバル・ナカジマ――シオン!】

 

 後はただ一言を叫ぶだけだ。シオンは共に征く、ティアナの手を握る。ティアナはギンガの手を。三人は頷き合うと、後ろを見た。

 

『『いってらっしゃい!』』

 

 その場に居る全員からのいってらっしゃいである。それに三人は笑いながら頷いた。返すはたったの一言だ。

 

「「「行ってきます!」」」

 

 再びスバルに振り向くと同時、シオンは叫ぶ。その魔法の名を!

 

「ダイブ!」

【ダイブ、発動!】

 

 シオンの叫びとイクスの叫びが交わり、次の瞬間、シオン達の精神はスバルの中へと翔んだのだった。

 

 

 

 

 シオン達は最後の叫びを上げた後、その場で卒倒した。同時に、一気に三人に因子が纏わり付く。

 

『『ッ――!』』

「大丈夫。ダイブ、成功したようだね」

 

 三人を見て叫びかける一同を、トウヤが制する。

 これは感染者にダイブすると、必ず起こる現象らしい。感染している訳では無いとトウヤは念を押した。

 

「さて、こちらも準備を整えるとしよう。八神君、強装結界の展開を宜しく頼むよ」

「了解です。なら皆は第一級警戒体制で待機や」

 

 はやての指示で、それぞれ散っていく。その中でトウヤが目指すのは訓練室だ。

 空間シュミレーターでもあるあそこならば、多少は頑丈だろうとトウヤは予測を付けたのである。ブリーフィング・ルームを出て歩きながら、トウヤはぽつりと呟いた。

 

「”一年と半年”ぶりの再会がこんな形とはね。……つくづく私達は殺し合う運命にあるようだね? タカト」

 

 そう言いながら纏うは白の装甲服だ。中は軽鎧。さらにそれを羽織るような白の上着。脚部は足首に向かって膨らむズボンだ。

 それがトウヤのバリアジャケットであった。さらに手にするのは白の槍。

 ロストロギアでもある、”世界最強の破壊槍”だ。

 かの破壊神、シヴァが持っていたと言われる神矢が神槍と成ったもの。”破壊の概念”を秘めし槍だ。

 

 その名をこう呼ぶ。神槍ピナカ、と。

 ピナカを携えたままトウヤは進む。己の異母弟との決戦場へと、迷い無く。

 

 

(第二十話へ続く)

 




次回予告
「シオン、ティアナ、ギンガはスバルのココロの中へ入る」
「彼女を治療する為――助ける為に」
「そして、アースラへと侵入を果たすタカト」
「彼と対峙するは、もう一人のEX。叶トウヤ」
「二人の異母兄弟はここに対決する――」
「次回、第二十話『極めし者達――時空揺るがす兄弟喧嘩!』」
「二人のEX。その凄絶なる戦いが、時空を軋ませる」


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第二十話「極めし者達――時空揺るがす兄弟喧嘩!」(前編)

「私があいつに最初抱いた感情は恐怖だった。ただただ、怖くて。だが次に抱いたのは対抗心。異母兄弟とは言え、弟に負けてたまるかと。奴に挑み続けた。そして、私は並ぶ、奴と――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

「ダイブ!」

【ダイブ、発動!】

 

 シオンとイクスは同時に叫び、そしてシオン、スバル、ギンガ、イクスの精神が乖離して、スバルの中へと翔んだ――その中へと入った四人が見たのは、クラナガン。”ミッドチルダの首都、クラナガン”の空であった。

 

『『――――ッ!?』』

 

 突然上空に投げ出されたシオン達は驚きに目を見張り、だが同時に叫んでいた。

 

「クロスミラージュ!」

「ブリッツキャリバー!」

「イクス!」

「「セ――ット、アップ!!」」

【スタンバイ、レディ! セットアップ!】

【セットレディ!】

 

 瞬間でデバイスを起動し、バリアジャケットを纏う三人。さらにギンガがウィングロードを展開して、ティアナを抱き留めた。

 

「すみません、ギンガさん……」

「ううん、シオン君?」

「こっちは大丈夫。このまま下に降りましょう」

 

 頷くと、シオンは自前で飛行し、そのままギンガと平行して地上に降りる。着地すると、ギンガはティアナを降ろした。

 

「それにしても、何でクラナガン?」

「さぁな。イクス、何か解らないか?」

【いや、流石に俺も初めてなので何とも言えん。だがたった一つだけ言える事は、ここは既にスバル・ナカジマの世界と言う事だけだ】

「ここが……」

 

 辺りを見回すが、どこもクラナガンと変わりはないよう見える――いや、最大の変化点はあった。少し歩くと、それを理解する。

 

「人がいないわね……」

「だな」

「スバルの世界だからなのかしら……」

 

 一同疑問を抱きつつ歩く。大きなビルに掛かった時計を見て、今が夕方だと理解した。しかし、同時にティアナ、ギンガは声を上げる。

 

「この日付って……」

「確か……!」

「……? 二人とも、この日付がどうかしたのか? 一年前の日付みたいだけど」

 

 シオンは不思議そうに聞くが二人はそれ所では無い。この日付が正しいものならば――!

 

    −轟ー

 

    −爆!−

 

 ――突如として爆音が響いた。震動も走り、地面を揺るがす。

 

「何だ!?」

【爆発、のようだな】

 

 突然の爆音に二人は驚きを浮かべるが、ティアナ、ギンガは驚かない。二人が知る日付ならば、爆発は起こるべくして起こったのだから。二人は額に汗を浮かべながら、その日に何があったのかを知らず口にした。

 

「ジェイル・スカリエッティ事件……!」

「地上本部襲撃の日、ね」

「……何?」

 

 呟く二人に、シオンは思わず問い直してしまった。ギンガとティアナは頷き合うと、シオンに簡単に説明する。

 

「この日はね。私達が関わった事件のあった日付なのよ」

「……事件?」

「ええ。ジェイル・スカリエッティ事件。通称、JS事件。一年前のこの日付に、管理局地上本部が襲撃された事件があったの」

「そこに、お前やギンガさん――スバルも居たんだな?」

「ええ」

 

 二人が頷くのを見て、シオンは視線を移す。そちらには、一際大きな建物――管理局地上本部があった。ティアナ、ギンガもそちらに視線を向ける。

 

「成る程。なら、あそこに何かあるって思うべきか」

「そう考える方が妥当ね」

 

 そう言われ、シオンは頷く。一年前、ここで何が起きたのか――聞きたくはあったが、その暇は無さそうだった。ならば、行ってみるしかない。

 

「行ってみるか」

「そうね」

「行きましょう」

 

 三人は再び視線を合わせて頷き合うと、歩き始める。向かう先は地上本部。ガジェット達が暴れまわり、そしてナンバーズが暗躍する激戦区であった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 アースラ、ブリーフィング・ルーム。

 そこでは今、スバルと共に、シオン、ティアナ、ギンガが並べられて横たえられていた。少し離れた所に、はやて、なのは、フェイトがいる。副隊長及び、各少隊メンバーはそれぞれ待機中だ。

 そして叶トウヤ。彼は一人、訓練室に居た。そこで対峙する積もりなのだ。異母弟、伊織タカトと。

 

 ――伊織、タカト……。

 

 なのははその名と、その男を思い出す。寡黙にして冷徹、傲慢な青年。妙にお人良しで、悪戯好きで、人をからかうのを好む青年。

 ……どれが本当の彼なんだろう? そう、思う。どれもがタカトであり、そして違う気がする。考えれば考える程に解らない存在だった。

 彼は犯罪者だ。それも第一級の。親友を意識不明にし、先輩でもあり、頼れるお兄さんだったクロノを殺し掛けた人物でもある――なのに。

 

 高町なのは、か。戦場に合う名とは思えんが――ふむ。良い響きの名だな。気に入った。

 

 ――なのに。

 

 見せてくれ。シオン。お前がどこまで成長したのかを。

 

 ――なのに。

 

 ……サービスは一度だけだ。後は知らん。

 

 ――なのに、どうして彼の事が気に掛かるんだろう?

 

 そこまで考えて、急に鳴り出したアラートに、なのはの思考は断ち切られた。

 ブリーフィング・ルームに鳴り響くアラート。そして、管制陣が通信を介して隊長陣に叫ぶ。

 

《アースラ、転送システムに異常発生! ――嘘!? 転送システムをハッキングされてます!》

《転送システムのデータ凍結――駄目です! ハッキング速度が早過ぎる……!》

《転送システム起動! 転送ポートに侵入してきます!》

 

 ……このタイミングでアースラへの侵入者。そんな事をする人物等、一人しかいない。

 はやて、フェイトは頷き合う。なのはも監視システムに映る転送ポートを見つめた。

 転送ポートは既に管制の制御を離れて起動している。いかな方法を使ったかは定かでは無いが、来る人間は解っていた。

 

 それは、つい昨日会った人。話し、戦い、問い掛け、応えた人。

 やがて、その人物は現れた。

 全身黒づくめのバリアジャケット。半袖でありながら左右非対照の肩口、拘束具を思わせる黒のグローブ、背中は奇妙な形のマントのような広がり、そして最大の特徴である頭をすっぽりと覆うフード、その前の部分が垂れ下がり、まるで封じるが如く右の顔を隠している。

 666の獣、黒の魔王。伊織タカトが、そこに居た。

 

「伊織、タカト……」

「来たね……」

「うん」

 

 三人はそれぞれ呟く。そして、伊織タカトが最初の一歩を歩くと同時、アースラ艦内の短距離転送システムが起動した。本来は転送される本人の同意が必要なシステムだが、あえてそれは切っていた。

 タカトを送る先はただ一つ、彼の異母兄、叶トウヤの待つ訓練室だ。彼は数瞬の間を待って、訓練室に転移された。

 

「よし。シャーリー、訓練室に外側から多重強装結界展開。……何が起こるか解らん。結界は最大数を展開してや?」

《了解です!》

 

 シャーリーの返事に頷き、三人は訓練室にカメラを切り替える。

 そこでは白の異母兄が、黒の異母弟と対峙していた。

 

「始まる、な」

 

 はやてが思わず呟く。フェイト、なのはもまた、ウィンドウを注視していた。なのははもう一度だけ呟く。

 

「伊織、タカト……」

 

 画面の中の二人は対峙を続ける。

 白と黒。

 二人のEXはただ、互いのみを見続けた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 伊織タカトはその時、奇妙な浮遊感と共にそこに降り立った。

 アースラに転移すると同時に転送されたのだ。

 ……抵抗しようと思えば出来た。解呪しようと思えば出来た。なら、何故行わなかったのか?

 答えは単純。アースラに転移すると同時に、懐かしい声が念話を送って来たからだ。

 これにタカトは抵抗を諦めた。あの声の主と向き合うには真っ正面からが一番である。

 下手に無視すると、後ろからプッスリと心臓を刺されかね無い。やがて、転送された先はかなり広大な空間だった。

 いかな技術か、空間を弄って街を再現している。タカトは、歩くと同時に外側に結界が展開された事を悟る。

 

 ――正しい判断だ。

 

 それだけをタカトは思った。もし何の準備も無く、自分とあの人がぶつかり合えば、確実にこの艦は落ちるのだから。

 

 歩く、歩く――そして、タカトは目当ての人物と対峙した。

 

「……兄者」

「久しぶりだね? 元気そうで何よりだ。タカト」

 

 二人の異母兄弟はこうして、一年と半年振りの邂逅を果たしたのであった。

 

 

 

 

 互いに五メートルの距離を挟んで対峙する。二人にあるのは殺気でも何でも無い。威圧する訳でも無い。……ただ見合うだけ。

 数分の間を持って、トウヤが口を開いた。

 

「しかし、貴様も変わらんね?」

「そうか?」

「ああ」

 

 疑問で返すタカトに、トウヤはクッと笑う。その笑いに、タカトは憮然とした。この異母兄は、恋人であるユウオの事を除くとある趣味がある。

 

「――アンタこそ何も変わらない」

「それはそうさ。この歳になってまで性格が変わるものかね」

 

 きっぱりとそう返された。この異母兄は、何より弟である自分達をからかう事を生き甲斐にしていたのだ。

 タカトは嘆息。だが、そのまま警戒を解かない――何故か?

 この答えも単純だ。トウヤの手に握られた槍を見たから。

 ――神槍ピナカ。グノーシスにある武装の中で、恐らくは最強の装備だ。

 破壊の概念を秘したこの槍を、トウヤは手にしていた。それは一つの事を意味する。

 則ち戦うつもりなのだ、最初っから。この異母兄は、自分と。

 

「……本題に入ろうか、兄者。シオンに教えたか?」

「ああ、勿論」

 

 その答えにタカトはようやく笑った。それを見て、トウヤは片目を閉じて見せる。

 

「楽しそうだね?」

「ああ。これで俺の目的は半分は成った」

 

 半分。それを聞いて意味を理解すると、トウヤも苦笑した。

 

「早いね。……その目的をここで話していくつもりは無いのかね?」

「阿保言え。一番危険な男にそんな事教える馬鹿がいるか」

 

 その返答に、しかしトウヤはまだ笑いを止めない。止めないままに、こう言ってのけた。

 

「まぁ、いくらか想像はつくがね?」

「……だろうよ」

 

 やはり、か。タカトは片手で額を抑える。

 

 ――きっと、一番最初に自分の目的に気付くのは彼だと、その確信が最初からあった。

 

 直後、トウヤの顔からは笑みが消える。

 

「……一応は聞いておく、本気かね?」

「その積もりだ」

 

 笑みを消したトウヤは、タカトの返答にどんどん無表情になっていく。理解しているのだ。

 

 この異母弟が何をしようとしているのか。

 何を成そうとしているのか。

 ”何を犠牲にするつもりなのか”。

 

 目的ではなく、本質として。

 

「貴様は、本当にどこまでも変わらない」

「……そうかい」

 

 そこでトウヤは左の手に握る槍をくるりと回す。

 一動作で槍はその穂先を下に向けた。タカトはそれを見て、ただ重心を下に落とす。トウヤは、笑みを消したまま続ける。

 

「……私達ではどうにもならないのかね?」

「……どうなんだろうな。でも結局の所、俺はこれしか思いつかなかった」

 

 どうしても、それ以外の結末をタカトは思いつかなかった。ただそれだけの事。

 トウヤは――彼にしては珍しく、重いため息をつく。

 

「私は貴様を止めるよ」

「俺は止まる積もりは無い」

 

 ――平行線。二人の考えは、まさしく平行線であった。そして意見が合わないならば、後は力をぶつけるだけだ。

 片や止めたいと。

 片や止まらないと。

 そう考える二人は互いの力を構えた。

 槍を。

 拳を。

 

「ならば、力付くで止めてやろう」

「なら、力付くで押し通るだけだ」

 

    −軋!−

 

 二人の気配に空間が――世界が軋みを上げた。睨み合いだけで、二人の間にある空間が悲鳴を上げているのである。

 

「叶、トウヤ」

「伊織、タカト」

 

 二人は名乗る。そして、同時に告げた。

 

「「推して、参る」」

 

 次の瞬間、二人は魔力を吹き上げ、互いに力を叩き込む!

 

    −撃!−

 

    −轟!−

 

 訓練室の、空間シュミレーターがそれだけで破砕したが如く爆裂した。

 

 ――後に、『時空揺るがす兄弟喧嘩』と名付けられる極めし者達の戦いは、こうして始まったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 時空管理局地上本部。シオン達がそこに辿り着いた時、見たのは異様な機械兵器が横行する場所だった。

 ガジェットⅠ型。

 ガジェットⅡ型。

 ガジェットⅢ型。

 それらが、そこら中にゴロゴロ居る。それでも、やはり人が――ガジェット達と戦っている筈の管理局員は、どこにも居なかった。

 ビルの裏路地に隠れたシオン達は、徘徊する機械群を見ながら頭を抱える。

 

「……なんなんだよ、あの変なロボットは」

「ガジェット。JS事件で猛威を奮った機械兵器よ」

 

 事件を知らないシオンとイクスに、ティアナとギンカが事のあらましを簡単にだが教える。それに、シオンはふむと頷いた。

 

「成る程。て事は、どちらにしろ中に入らないと駄目って事か」

【広域スキャンを完了したが、どこもかしこもあのジャマーフィールドが展開されている】

 

 イクスの台詞に、一同頭を抱える。スバル達FW陣やギンガはこの時、地上本部の中に居たのだ。ならば、一同が居た地上本部の中でアポカリプス因子が関与している可能性が高い。

 

「一点突破で突っ込むか……?」

「馬鹿、あの数よ? そんな真似、自殺行為よ」

「でも、このままこうしている訳にも行かないわね」

 

 実際ここで話していても事態が進むとは思わない。

 ティアナは暫く考え込み――そこで、ふと気付いた。

 地下ライフライン。そこはまだ生きている筈だ。ギンガも同時に気付いたか、二人は顔を見合わせて頷く。

 

「……? 二人共どうした?」

「何とかなるかも」

「ええ」

 

 尋ねるシオンに二人は答えると、三人はそこから離れた。向かう先はマンホールだ。

 そこから地下に入り、下水道へと降りる。中に降りると同時に、ティアナがなのは直伝のエリアサーチを行った。……しかし。

 

「……駄目だわ。AMFでサーチャーが消される」

「さっきのジャマーか」

「ならここにもガジェットが居るって事になるね」

 

 三人は同時に頷く。地下にガジェットが配置されていると言う事は、守らねばならない何かがあると言う事だ。

 ――当たり。シオンの直感もそう告げる。

 

「方向は解るんだよな?」

「そっちは任せて」

「なら行きましょう。ポジションは私がFA、シオン君がGW、ティアナさんがCG。いい?」

 

 二人共、ギンガに頷く。そして三人は向かう方向に目を向けた。

 

「「「GO!!」」」

 

 声を上げ、三人は一気に地下水道を駆け出し始めたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオン達が地下を走る。向かう先は地上本部だ。だが、その方向にはあの敵が居る。ガジェット、と言う敵が。

 暫く走っているとティアナのクロスミラージュが警戒を告げて来た。

 

【動体反応感知。ガジェットドローンⅠ型と思われます】

「二人共!」

「了解!」

「こっちも大丈夫!」

 

 即座にポジションを取り、接敵に備える――直後、光線がシオン達に放たれた。

 すかさずギンガが前進し、プロテクションで光線を弾く。

 直後に、楕円形の機械群が五機現れた。シオンは、ギンガの脇を抜けると同時に瞬動を発動。一気にガジェットの前に出る。

 

    −閃!−

 

 横に薙ぎ払われたイクスが、ガジェットを斬断する。続けて二体目を斬ろうとして――ー身体が重くなった。

 

 ――なっ!?

 

「シオン!」

【ヴァリアブル・シュート!】

 

 次の瞬間、シオンの脇を抜けて、ティアナの放った弾丸がガジェットに叩き込まれる。弾丸をガジェットのAMFは一瞬だけ抵抗するが、対フィールド弾であるこの一撃に、AMFは持たない。即座に貫かれ、爆発四散した。同時に駆け出すのはギンガだ。ブリッツキャリバーが唸り、彼女は疾走を開始する。

 

「ハァっ!」

 

 リボルバーナックルのスピナーが回転し、カートリッジロード。

 

    −撃!−

 

 轟速でガジェットを間合いに入れたギンガはナックル・バンカーを、ガジェットに叩き込んで沈黙させる。さらにウィングロードを発動。

 ギンガはスバルと違い、砲撃系の技を持たない。だが、シューティング・アーツの完成度ではスバルを上回っているのだ。単純な動作や機動がスバルよりも疾く、鋭いのである。

 向かう先には、もう一体のガジェット。ブリッツキャリバーが唸りを上げた。

 

【キャリバーシュート! ライト!】

「ヤァっ!」

 

    −轟!−

 

 軽く跳躍したギンガの回し蹴りから放たれたキャリバーシュートに蹴り飛ばされ、ガジェットが床に叩き付けられる。

 

【ヴァリアブル・シュート!】

 

    −撃!−

 

 更に放たれたティアナの射撃がガジェットに止めを刺した。

 残り一体。向かうのはシオンだ。ガジェットはサイドのカバーを開いて、五本の触手を伸ばしている。それをシオンは見ない。目を閉じ、ただガジェットを待つ。

 

 ――今、俺の身体は重くなった。

 

 考える、考える――ティアナから聞いた、AMFの特性。魔力を結合出来なくさせるジャマーフィールド。

 これは魔法の効果を打ち消すフィールドだ。それは射撃等の魔法だけで無く、身体強化の魔法も例外では無い。

 シオンの身体が重くなったのもそのせいだ。シオンが無意識に使ってる身体強化を打ち消したのだ――だが。

 

「うぜぇっ!」

 

    −轟!−

 

 咆哮すると、同時に目を見開く。吹き出すのは魔力だ。

 魔法が無効化される?

 魔力が結合出来ない?

 関係ない。魔法とは意思によって世界を組み替える力だ。魔力が結合出来ないならば、意思によって”無理やり結合させる――”。

 

    −閃!−

 

 次の瞬間、AMFをシオンは無視して、一撃をガジェットに叩き込む。機械の身体は真っ二つになり、上下に分かたれた。

 

「ふぅ……」

 

 残心を解く。すると、後ろからティアナとギンガも追い付いて来た。

 

「全くっ! だから気をつけなさいって言ったでしょうが!」

 

 ティアナが、が――っ! とシオンに怒る。それに彼が浮かべるのは苦笑だ。

 実際、さっきは結構やばかった。ギンガもまぁまぁとティアナを宥める。

 

「でもシオン君、さっきAMFをキャンセルしていたけど。そんな技術何処で覚えたの?」

「へ? いや、あんまりにもウザかったから無理やり魔力通しただけなんですけど?」

「……アンタも大概デタラメね」

 

 シオンの返答にティアナ、ギンガは苦笑いを浮かべて呆れた。つまり、シオンは即興でAMFをキャンセルしてみせたと言う事だから。

 

「まぁ、いいじゃんか。先進もうぜ?」

「そうね」

「行きましょう」

 

 シオンが先を促すと、二人も頷いて駆け出す――まだ、地上本部までの道のりは遠かった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――疾る。

 

 疾る、疾る、疾る、疾る、疾る、疾る疾る疾る疾る疾る疾る!

 

 十を刻み、放たれる槍が。

 百を破り、放たれる拳が。

 空間を軋み尽くし、壊し、弾かせる!

 

 −アヘッド・レディ?−

 

 −トリガー・セット!−

 

「捻れ穿つ螺旋」

「天破疾風」

 

    −砕!−

 

    −裂!−

 

 互いの風を巻く一撃がぶつかり合い、その余波が空間シュミレータのビルを破壊し尽くした。

 二人は動かない。タカトはハイリスクを覚悟でトウヤの槍をかい潜り、インファイト――超接近戦を挑む。トウヤもまたそれに応え、足を止めて槍を放った。

 軋み、軋む。

 槍が、拳が撃ち放たれる度に、空間が弾け、余波はたやすく瓦礫の山を量産していった。街一つ――否、国一つ分はあろうかと言う空間シュミレーター内は、尽く破壊されていた。

 タカトは再度ピナカをかい潜り、トウヤの懐に潜り込む。対してトウヤは突きから直後、石突きを回してタカトに叩き込む。

 線から円へ、そしてあえて鋭利さを捨てた一撃が叩き込まれ、タカトの身体が泳ぐ――トウヤは止まらない。

 そのままの動作で槍を回し、穂先をタカトに向けた。

 風が巻き、捻れる刃が撃ち放たれる。その一撃は放たれると同時に音速超過、ソニック・ブームを起こしながらタカトへと突き穿たれる。だが、タカトもまた止まらない。

 横殴りに叩きつけられた勢いを利用して、足場を空間に形成、そのまま右の回し蹴りを放つ!

 

「天破紅蓮!」

「捻れ穿つ螺旋」

 

    −撃!−

 

    −爆!−

 

 天地爆砕! 余波がまたもや瓦礫を増産。爆発が、竜巻が巻き起こる。しかし、タカトの足場はその一撃に持たず、空に身体が浮いた――その隙を逃す兄では無い!

 次の瞬間には、タカトは背に走る悪寒のままに両腕を突き出し、シールドを発動。五連で展開する。

 トウヤはその一切に構わなかった。再び、くるりとピナカを回転させると逆手に持ち替える。

 

 −アヘッド・レディ?−

 

 再び空間に響くはキースペル。そして、トウヤはそのままピナカを投槍する!

 

    −閃−

 

 空間を軋ませながら放たれたピナカは、展開されたシールドの真ん中に突き立つ。同時、響くはトウヤの朗々たる一声だった。

 

「焦がれ尽くす天空」

 

    −爆!−

 

    −煌!−

 

 烈光爆炎! ピナカを中心として巻き起こった火柱に、シールドは刹那の抵抗も許されず砕かれ、タカトは弾き飛ばされた。

 トウヤもまた駆け出し、ピナカを引っ掴む。槍を構え、タカトに瞬動。即座に間合いに入った。

 

「捻れ穿つ螺旋」

「っ!」

 

 タカトの中心に突き放たれるピナカ。明らかに心臓狙いの一撃――普通ならば、即死だろう。だが、タカトは足場を形成して逆に踏み込んだ。

 

    −閃!−

 

 脇を削りながらだがピナカが通り過ぎる。それだけでも脇腹が抉られ、バリアジャケットと共に肉が削られた――タカトは構わなかった。右の拳をトウヤの顔面に向かって放つ! 過程をすっ飛ばし、叩き込まれる技、無拍子を持ってしての一撃だ。トウヤはこれを躱せない。

 

「天破疾風!」

「――凍え鎖せし大河」

 

    −破!−

 

    −結−

 

 風巻く一撃は、確かにトウヤに叩き込まれた。しかし、トウヤは最初から拳を受けるつもりだったのだろう。殴り飛ばされながらも、冷めたい眼差しがこちらを見据えている。

 トウヤに決定的なダメージを与えられなかった事に、タカトは歯噛みした――それに、トウヤが放った技はタカトに効果を与えていた。

 

    −凍−

 

 身体が氷で覆われる。先程、ピナカを介して行われた魔法。凍え鎖せし大河だ。氷結系の封印魔法である――これがただのそれならば問題無いが、トウヤの意思で使われた封印用の術だ。簡単には解けなかった。

 

「――我が手へ」

 

 その一声に、タカトと共に凍っていたピナカがトウヤへと瞬時に戻る。タカトは必死に解呪しようとあがく――が、トウヤはそれを嘲笑うかのように床にピナカを突き立てた。

 同時に広がるのはセフィロトの樹。カラバの魔法陣だ。

 

「震えと猛る鳴山」

 

    −轟−

 

 次に起きた現象をキャロが見れば、絶句した事だろう。……それは召喚魔法だった。

 召喚されるのはただの土。だが量が半端では無い。その量は一つの山に匹敵していた。

 土は、動けないタカトを即座に押し包むと、まるで小惑星のような土塊となり、二つ目の封印となった。さらに土塊は天井へと上がっていった。

 トウヤはピナカを引き抜くと再び回転。今度は順手にピナカを持ち、穂先を土塊へと向ける。再び展開される魔法陣。そこから魔力粒子が生まれ、トウヤの身体を照らす。

 そして呟かれるは、たった一言の、トウヤ”だけ”に許された呪文だった。

 

 −時すらも我を縛る事なぞ出来ず−

 

 直後、トウヤはピナカを突き出した。

 

「輝き軋みっ! 壊れし幻想ォ!」

 

    −煌!−

 

    −輝!−

 

 烈光凄絶! それは、砲撃――あまりに強力に過ぎる光砲だった。貫通に特化した光砲は、なのはの切り札たるスターライト・ブレイカーに比べると異様に小さい。だが、そのエネルギー量は、明らかに上であった。

 その一撃は正しく必殺。このまま土塊の中に居るタカトに直撃すれば、確実に倒せる一撃だった――そう、直撃すれば。

 

 −神の子は主の右の座に着かれた−

 

「絶っ! 天衝ォ!」

 

    −裂!−

 

    −絶!−

 

 滅閃神斬! 光砲が放たれると同時、土の封印、氷の封印を諸共に砕き尽くし、タカトが突っ込んでくる!

 その右手には闇が灯っていた――闇の煌めき。そう表現するが正しい闇が!

 

    −煌!−

 

    −斬!−

 

 二つの壮絶な一撃は互いにぶつかり合い、空間が余波だけで破裂し尽くした。シュミレーター内のエネルギー許容量を超えたのだ。空間そのものが爆発現象まで起こす中で、二つの絶技のぶつかり合いに決着がつき始めた。

 タカトの絶・天衝が、トウヤの輝き軋み壊れし幻想を斬り裂きながら進んだのだ。このまま進めば、トウヤは一刀両断される。

 迫り来るタカト――それを見て、トウヤは更なる一言を呟いた。

 

「砕かれしは貴き幻想」

 

 ――追加スペル。砲撃がそれに応え、ピナカから切り離されると、タカトに集束。

 

    −煌!−

 

    −轟!−

 

    −爆!−

 

 轟天爆震! そのまま砲撃はタカトを中心として爆砕した。空間シュミレーター内の全てを砕け散らす程の爆光が、どこまでも空に広がっていく。

 トウヤはそれを見て、しかし構えを解かない――直後、煙が尾を引くようにして何かが地面へと落ちる。タカトだった。彼は、まるで猫を思わせる動きで空中を回転すると、両足で綺麗に着地した。

 

「相変わらず、とんでもないバケモノだな」

「人の事が言えるのかね? SS+級の砲撃を叩き斬っておいて」

 

 二人は笑い、再び対峙する。この二人、あれほどの戦いを繰り広げて置いて息を荒げていない。互いにダメージが残るが、しかし致命的には程遠い。その上で、彼等はきっぱりとこう言った。

 

「”ウオーミングアップはこの程度でいいか?”」

「勿論。そろそろ本気で来たまえ。退屈だよ?」

 

 そして両者は即座にぶつかり合うと、空間シュミレーターがより凄まじい軋みを起こして爆発した。

 その中で、異母兄弟達は一切構わずに攻撃を叩き込んだ。互いに、必殺の一撃を掲げて。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「よっと」

 

 二人の兄が死闘を繰り広げている頃。シオンはようやく地上本部へと――正確には、その地下施設へと辿り着いていた。

 

「つ、疲れたわ……」

「大丈夫、ティアナさん?」

 

 ギンガ、ティアナもまたマンホールから這い出る。シオンは、そんなティアナの様子に、流石に苦笑いを浮かべた。

 とにかくガジェットの量が半端無かったのだ。シオン達が撃破した数だけでも五十を超えていた。疲れもするだろう。

 三人共、マンホールから出ると、辺りを見渡す。ガジェットはとりあえずはいないようだった。

 そう、ガジェット”は。

 

「おやぁ……?」

「っ! この声は……」

 

 聞き覚えのある声に、シオン達は反射的に、背後へと振り向く。

 そこには見覚えのある二人が並んで立っていた。

 ウェンディ・ナカジマ。

 ノーヴェ・ナカジマ。

 

 ――この二人が。

 

 ノーヴェが「チッ!」と鋭く舌打ちする。……相変わらず態度が悪い。ティアナ、ギンガは、やっぱりと言う顔をしていた。この日の事を考えると、彼女達に出くわすのは規定事項であったから。

 だが、同じなのはここまで。ウェンディ、ノーヴェの身体から、黒い点が――アポカリプス因子が溢れ出した。

 

「ッ! シオン君!?」

「……まさか、本当に当たりとはな」

「だとしたらこの二人が……?」

 

 ノーヴェとウェンディの様子に当たりを引いたと三人は思う。だが、二人はそんな三人に対して、笑いを浮かべていた。その笑みは、確実に二人の物ではない。

 

「さぁ? どうっすかね?」

「ハズレかもしれねーぜ?」

 

 ――嘲笑。ニタニタと二人は下卑た笑いを浮かべていたのだ。そして、自らの固有武装をこちらに向けて構える。

 

「どっちにしろやるしか無ぇんだろうが!」

「ハン! 当たり前の事聞ーてんじゃねぇよ!」

「シオン、ギンガさん! 取り合えず、ここはこの二人を倒すわよ!」

「「了解!」」

「やれるもんなら、やってみろっす!」

 

 次の瞬間、ウェンディがライディングボードを構え、砲撃が撃ち込まれる。

 

 戦いが始まった。

 

 

(後編に続く)

 




はい、テスタメントです♪
前話から、666編クライマックス入りましたー♪
感染者となったスバル、ダイブで彼女のココロに入ったシオン、ティアナ、ギンガ。
そして、タカトVSトウヤのチート兄弟対決!(笑)
他にも見所が山とありますので、お楽しみにです♪
では、後編にてまたお会いしましょう♪


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第二十話「極めし者達――時空揺るがす兄弟喧嘩!」(後編)

はい♪ テスタメントです♪
第二十話後編をお届けします♪
より激しさを増すはた迷惑な異母兄弟達(笑)の喧嘩をお楽しみに♪


 

「喰らえっす!」

 

    −煌!−

 

 管理局地上本部の地下施設。そこでシオン達は因子が複製した? と思われるウェンディとノーヴェと戦っていた。

 従来でも中々に厄介な手合いだが、この二人はさらに変化していた。

 ――砲撃。ウェンディのライディング・ボードからはAAA級の砲撃が放たれたのだ。

 彼女も射砲撃は使えるが、ここまで強力な砲撃は持っていない。

 そんな砲撃が迫る中で、シオンはギンガ、ティアナの前に出ると片手にシールドを発動し、受け止めた。

 

「貰ったぁー!」

 

 その隙を狙ってノーヴェが襲い掛かる! 両足のジェット・エッジが激烈な回転を刻んだ。さらに背中からブースターが展開し、加速――これも、本人には無い物だ。

 

「チィッ!」

 

 上下から襲いくる凶気。シオンはそれに対して、シールドにイクスを叩き付ける。

 

「神覇四ノ太刀、裂波!」

 

    −波!−

 

 直後、シールドが砕けたと同時に、空間振動が放たれる。波に晒され、砲撃は減衰され、ノーヴェも加速を止められた。さらに。

 

「はぁっ!」

【ウィングロード!】

 

 シオンの背よりウィングロードが伸び、疾駆する。ギンガだ。左手のリボルバーナックルのスピナーが回転する。向かうはノーヴェ。しかし彼女もそのままでは無い。

 ジェット・エッジと背中のブースターを吹かし、回転。裂波の拘束を破った。しかも、その回転を利用してギンガの一撃を向かい撃つ。

 

    −破!−

 

    −撃!−

 

 互いの拳と蹴りが交差する。回転する二つのリボルバーは、鍔ぜり合いのまま互いに硬直状態になった。

 それにウェンディから援護のエアリアルショットが放たれる。ノーヴェの身体を掠めて、ギンガに向かう光弾――だが全弾、ギンガの後ろから放たれた射撃が撃墜した。

 

「――! このへっぽこガンナー!」

「へっぽこで悪かったわね!」

 

 ティアナへと罵倒を飛ばすウェンディ。だが、その暇は彼女に無い。瞬動でシオンが突っ込んで来たからだ。

 ウェンディはそれに対して迎撃のエアリアル・ショットを放つ。……が、その射撃は全てシオンを通り過ぎた。シオンの姿はそのまま消える。

 

「幻影!?」

「遅ぇ!」

 

 驚愕するウェンディの左横からシオンが突如として現れる。ティアナの幻影を囮として、シオンは瞬動でウェンディの真横に回り込んだのだ。ウェンディはライデング・ボードを構え、防御しようとする――遅い!

 

「壱ノ太刀、絶影!」

 

    −閃!−

 

 振るわれた刃は盾をかい潜り、ウェンディの胴を薙いだ。

 だが、ウェンディはそれに笑う。次の瞬間、ウェンディの胴体から因子が溢れ、再生した。

 

「……な!?」

「呆けてる場合っすか!」

 

    −弾!−

 

 一瞬呆然としたシオンに、至近距離から砲撃が襲い掛かる。

 シオンはそれを辛うじてプロテクションを張り、何とかガード。だが耐え切れず、弾き飛ばされた。そこに、ギンガと接近戦を行っていたノーヴェが突如、ギンガに背を向けてシオンに疾る。

 

「とどめーっ!」

 

 その顔に悪意をべったりと張り付かせて、ノーヴェが襲い来る。ギンガも追うが、追い付け無い。放たれる蹴り。それに対して、シオンは叫んだ。

 

「セレクトブレイズ!」

【トランスファー!】

 

    −戟!−

 

 ブレイズフォームに戦技変換。軽くなったイクスを振るい、左のイクスで蹴りを受け止める。そこからシオンはノーヴェへと踏み込む事で、蹴りの威力を殺した。そのままノーヴェの蹴りの威力を伝導し、右のイクスをカウンターでノーヴェへと叩き込む!

 

    −撃!−

 

 鎖骨に食い込んだイクス・ブレイズの一撃を受け、ノーヴェは下へと叩き落とされた。

 さらにギンガのリボルバーバンカーが追撃を叩き込み、ノーヴェは吹き飛ぶ。

 ――だが、ノーヴェの顔に浮かぶは笑み。直後に身体から因子が溢れ、やはり再生する。

 シオンはそのままギンガと合流して、ウェンディと射撃戦を行っていたティアナの前へと降り立った。

 ノーヴェもウェンディと合流。体勢を整える。その身体を覆う因子を見て、シオンは舌打ちした。

 

「あれで再生まですんのかよ」

「とんでも無く厄介ね……」

「それにあの子達。さらに”機能”が追加されてる」

 

 恐らくは因子が改造したのだろうが、どちらにせよ厄介な事に変わりは無い。

 

【シオン】

 

 突如としてシオンが手にするイクスから声を掛けられる。シオンは目線を落とさず、聞き返した。

 

「イクス? どうした?」

【……気になる事がある。ここは一時撤退を】

 

 いきなりの提案。これに、三人は顔を見合わせた。

 この二人は確実に因子と関わりがあるのだ。そこに迷う。この二人を倒せば、ひょっとしたらスバルを治せる可能性があるのに。

 

【……先に言っておく。あの二人を倒しても、恐らくはスバル・ナカジマを治療する事は出来ない】

「何……?」

「どう言う事?」

【それも含めて後で話そう。今は撤退を】

 

 一瞬だけ、三人は躊躇い――だが、そのまま脱兎の如く二人に背を向け、駆け出す。

 

「逃がすと思――っ」

「参ノ太刀、双牙・連牙!」

 

    −轟!−

 

    −裂!−

 

 三人を追おうとするノーヴェとウェンディに、シオンがいきなり振り返りつつ双刃を振るう。放たれるは四条の牙。それはシオンを包み込むように放たれ、二人に対して壁となった。

 

「この……っ!?」

「小賢しい真似するっすね!」

 

 背中に叩きつけられるのは二人の悪態。だが、それを無視して再びシオンは駆け出す。同時にティアナが幻影を作り、四方八方に散らした。これで暫くは時間が稼げる筈だ。

 

「説明してもらうぞ、イクス」

【無論、その積もりだ。今は撤退に集中しろ】

 

 その言葉に頷き、三人は走り続けた。奇しくもそれは、一年前にティアナ達が二人を相手に撤退を選んだ方向と同じであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 三人は暫く駆けて――二人が追って来ない事を確認すると、漸く足を止めた。シオンはイクスを眼前へと持ち上げる。

 

「ここまで来りゃあ、大丈夫だろ。……イクス?」

【解っている。その前にギンガ・ナカジマ、ティアナ・ランスター、二人に聞きたい事がある】

「……私達に?」

「何かしら?」

 

 いきなり言われ、二人はイクスに疑問の声を上げた。即座に、イクスは問い返す。

 

【この事件の顛末と、スバル・ナカジマに、この事件で起こった事だ】

「……それは」

 

 イクスの問いに、ティアナは迷う。ちらりと見るのはシオンだ。そのティアナを見て、ギンガが前へと進み出る。

 

「私から話すわ」

「ギンガさん……」

 

 心配そうな顔をするティアナに少し微笑み掛け、そのままイクスとシオンに向き直る。

 

「まずこの事件の顛末だけど――」

 

 そうして、ギンガから二人に説明が行われた。この時、自分がどうなったのかを。スバルがどのようになったのかを。二人はそれを聞き、暫く黙り込む。

 

「……イクス?」

【ああ。やはりと言うべきか】

「やはり?」

 

 聞き返すティアナ。シオンやギンガもまた疑問符を浮かべる。イクスはそれに構わなかった。

 

【……あくまでこれは推測だ。トウヤに聞いた話しと統合しただけなのでな。しかし、恐らくは間違いあるまい】

「トウヤ兄ぃから?」

 

 シオンの疑問にイクスは肯定する。そして、そのまま三人に告げた。

 

【恐らく因子は、スバル・ナカジマの記憶の改竄を行い、負の感情を増幅させようとしている】

「……記憶の改竄?」

「それに負の感情?」

 

 聞き返すギンガとティアナ。イクスは【そう】と肯定する。

 

【トウヤは告げた。因子は精神生命体だとな】

「それが……?」

【ああ。ならばアレは、精霊の類と判断する事が正しい。そしてトウヤが過去にダイブした話しを統合するならば、アレは負の、”悪意”の精霊と判断するのが妥当だ】

「「「……は?」」」

 

 イクスの推測に三人の目が丸くなる。そのままギンガとティアナはシオンに目を向けるが、シオンも初耳な話しなのだ。解る訳が無い。

 

【詳しい話しは後にしよう。重要なのは、因子がこの事件に置けるスバル・ナカジマの記憶を改竄し、トラウマと成す事で負の感情で満たし、完全に感染しようとしていると言う事だ】

「……つまりはこの後のギンガさんが掠われる所か」

【そうなる】

 

 イクスの台詞に、シオンは頷く。そして、ティアナを見る――と、そのティアナは顔を青ざめさせていた。

 

「どした?」

「やっば……! もう時間が無いわ!」

「っ! そうだわ!」

 

 そう。あの事件では、なのは達と合流している頃に、ギンガと通信が取れなくなり、そしてスバルが単身で突っ込んだ先で彼女は半殺しの目にあって掠われたのだ。つまり、もう時間が無い!

 

「ティアナさん! ごめんね!」

「きゃっ!」

「イクス! セレクト、ブレイズ!」

【トランスファー!】

 

 時間が無い事を知ると同時に、ギンガがティアナを抱え上げ、ブリッツキャリバーの最大戦速で疾り出す。

 シオンもまた速度に優れるブレイズに戦技変換し、空を翔けた。

 向かうのはギンガが、チンクと戦っていた場所。

 スバルが絶望と共に泣き叫んだ場所であった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −閃!−

 

    −撃!−

 

 アースラ、訓練室。そこで戦う二人――トウヤとタカトの激闘は未だ決着を見る事無く続いていた。

 ピナカが唸り、捩れながら空気を纏めて引きちぎり放たれ。

 風巻く拳は空気を破り、それとぶつかり合う。

 その度に周囲に展開している空間シュミレーターのビルの瓦礫が塵にまで還えられた。互いの技の余波がそれ等を引き起こしているのだ。

 トウヤは突きを放った姿勢からピナカを回転し、石突きによる三連突きを敢行。魔力放出の恩恵もあり、それは打撃となってタカトへと放たれる。

 それをタカトは両の腕で捌き、弾く。トウヤは構わない。そのままピナカを回転。今度は穂先がタカトへと差し向けられる。

 

 −アヘッド・レディ?−

 

 既に幾度も唱えられたキースペルが響く。それに対するタカトもやはり、キースペルを唱えた。

 

 −トリガー・セット!−

 

 この瞬間、二人の脳裡にガチリと鍵が開かれるイメージが展開される。開かれた扉から放たれるは、互いの魔法術式構成だ。その術式に魔力を乗せる。

 

「捩れ穿つ螺旋」

「天破疾風」

 

    −裂!−

 

    −破!−

 

 互いの一撃はぶつかり合い――そこから止まらない!

 一閃から十撃へ、そこから百裂、千轟と槍と拳、蹴りが叩きつけ合う。

 風を纏い、炎が弾け、水が凍り、雷が疾り、土が跳ねる!

 この時、二人は至近に留まりながら戦っている。

 元来、魔法戦に於ける近接戦闘というのは、ようは体当たりみたいなものだ。高速で相手に向かって飛びかかり、魔力と勢いを乗せた渾身の一撃を叩き込む。つまり一撃、ならず攻撃を放った後は、勢いを付ける為に距離を取るのが定石なのだ。これは空戦や地上戦でも一致する事だ。

 射撃魔法や砲撃等がある為、それを交える戦闘に近接して離れない戦闘法は廃れている、と言っても過言では無い。

 古代ベルカ式ならともかく、近代ベルカ式は特にこの傾向が強い。しかし、巨大生物等を相手に近接での戦闘法を突き詰めたカラバ式はこの限りでは無い。むしろ、離れないのだ。

 これは巨大生物の懐に飛び込む事を最前提としているからである。懐に飛び込む事により、敵の間合いから外れる。ミッド式では離れてこれを外すが、カラバは近付く事で外すのだ。

 故に二人は離れない。至近距離こそが、互いの必殺の間合いなのだ。離れる馬鹿はいない。

 放たれる槍を潜り抜け、放たれる拳をそのまま槍を回す事で防御する。二人はそんな一進一退の攻防をずっと繰り広げていた。

 ――しかし。

 突如として、トウヤが離れる。タカトは追撃をかけようとし――トウヤの目を見て、追撃を止めた。

 トウヤは左脇にピナカを通し、掴んだままタカトを見る。

 ――空気が変わった。タカトはそう感じる。頬を、冷や汗が一筋流れ落ちた。

 

「そのままでいいのかね?」

 

 突如、そんな事をトウヤは聞いて来た。タカトはそれに疑問の言葉を放つ。

 

「何の事だ?」

「惚ける気かね? 貴様と私が至近戦で”互角”? ……舐めているのかね、貴様は」

 

 トウヤは片目を閉じ、不機嫌そうにタカトに聞く。それにタカトは知らない”フリ”をした。

 

「何の事を言っているか解らんな」

「……そうか。あくまで見せたくは無い、と言う訳かね。良いだろう。ならば貴様はここで終わっていきたまえ」

 

 トウヤはそう告げると、虚空に風と文字を描いた。タカトの冷や汗はさらに流れる。

 

「……ここで、そんな物を使う気か?」

「その通りだ。せいぜいあがきたまえよ」

 

 次の瞬間。風が集い、巨大な巨漢の男が現れる。それは人間では無い。精霊。トウヤは永唱すらもせずに、それを呼んだのである。……たったの一動作で。それを見たタカトが、我知らずに呟いた。

 

「精霊王。――誓約者」

 

 異母兄、トウヤの二つ名を。その二つ名はトウヤが行った、とある事が由来である。

 ――曰く、全ての精霊と契約せし者。それは未だ、成し得ないとまで言われた偉業だ。

 それを成した者であるトウヤは、故に生ける伝説とまで呼ばれたのだ。トウヤはそのままピナカに風の精霊、ジンを装填する。精霊装填。それをトウヤは事もなげに使いこなしていた。

 

「……上手く防ぐ事だ」

「――っ!」

 

 直後、トウヤは瞬動を持ってタカトの眼前に現れる。

 まずい、既に回避は不可能だ。タカトは再びシールドを展開する――無駄だと知りながらも。

 トウヤはそんなタカトを冷ややかに見ながら、ピナカを突き出した。

 

 −アヘッド・レディ?−

 

「真・捩れ穿つ螺旋」

 

    −閃!−

 

    −裂!−

 

    −砕!−

 

 ――まず、空気が切り裂かれた。次に空間が捩れ、光が歪曲して見える。

 音は遅い。既にそんな物は軽く超えている。

 突き放たれたピナカは、タカトの防御を紙屑のように砕き、その胸へと突き立とうとして。しかし、タカトは仙技、縮地を持ってギリギリで回避。だが、その余波はたやすくタカトを吹き飛ばした。

 近くのビルにタカトは叩きつけられ、そのまま貫通。ビルを二つ程貫通して、ようやく止まった。

 

「ぐ……っ!」

 

 タカトはすぐに身を起こそうとし――目の前に突き立つピナカに絶句した。

 予備動作無しの投擲。そして、ピナカが纏う赤より朱い紅に!

 

「真・焦れ尽くす天空」

 

    −煌!−

 

 タカトはその瞬間。確かに、意識を失った。世界から音が消えた事を確信する。

 

    −爆!−

 

 烈煌滅爆! 火柱――あまりにも巨大な火柱が突き立つ!

 それはたやすく訓練室の床と天井をぶち抜き、巨大なクレーターを作り出した。

 火柱が消えた後には、タカトが身体の所々から煙を上げて倒れ伏している。

 周りにあった瓦礫はとうに蒸発してしまっていた――そもそもタカトが原形を保っていられる事が驚きであった。

 トウヤはそんなタカトに向かって歩く。手にはいつの間に戻って来たのか、ピナカを携えていた。

 圧倒的過ぎる攻撃力をタカトにぶつけたトウヤは、無表情のままである。そしてクレーターの縁に立つと、タカトを冷ややかに見据えた。

 

「……もう一度言おう。タカト、”そのまま”で良いのかね?」

「ぐっ! ……っ!」

 

 タカトが身体を引きずるようにして無理やり立ち上がる。しかし、その顔に浮かべるのは笑みだった。

 

「そんなにまでして見たいのか?」

「そんなにまでして見たいのだよ」

 

 タカトの疑問にトウヤは頷く。

 立ち上がったタカトは、そのまま右手首を左手で押さえる。強く、強く。

 

「……いいだろう。なら、見せてやる……!」

「そうしてくれたまえ」

 

 そう言った――直後。

 

 光が集う、光が集う、光が集う!

 

 暗い暗い、光が集う!

 

 闇が集う、闇が集う、闇が集う!

 

 輝く、輝く闇が集う!

 

 タカトの右手。その拘束具に――!

 そしてタカトが浮かべるは、獰猛な、獣が如き笑み。

 

「よく、見ろ……これがっ!」

 

 瞬間、タカトの身体から凄まじいまでの力が溢れ出した。それは一瞬で空間シュミレーター内の空間を、次元を――否、世界を軋み尽くす!

 

「アンタが望み、欲した力だっ!」

 

    −煌−

 

 その一言と共に、タカトの拘束具が滑り落ちた。更に頭と右の顔を隠していたフードが弾け飛ぶ。その開かれた”右の瞳”が世界を照らし出した。

 

 ――煌々と灯る、紅を。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――カメラが急に何も映さなくなった。

 ブリーフィング・ルームに詰めている三人、なのは、フェイト、はやては、慌てる管制陣の声を聞きながら、背を流れる冷や汗を自覚する。

 トウヤの異常過ぎる戦闘能力に恐怖すら覚えたからだ。正直、トウヤを知らな過ぎたとしか言いようが無い。

 あのタカトと互角に渡り合い、さらに最後は圧倒すらしていたのだ。

 同時に精霊召喚と精霊装填。それを瞬時に行う技量。そしてSSS級以上の攻撃を連続で叩き込みさえした。

 

「……まさか、やね。これ程とは思わんかった」

 

 はやてが呟く。なのは、フェイトもそれに頷いた。

 ランクEX――評価規格外。その意味を、改めて実感させられた。

 

《すみません艦長。モニター、先程のトウヤさんの一撃で完全に破壊されてしまったみたいで……》

「……そか。ん、しゃあないよ」

《それからもう一つ、今の一撃で多重強装結界、五つ破壊されました》

 

 その報告に、はやて達はトウヤの一撃がどれ程の物だったのかを悟った。今、訓練室には二十の強装結界が展開されている。それが五つ。

 なのはのブラスター・モードの3を使用した、スターライト・ブレイカーに匹敵する威力をそれは叩き出した事を意味していた。

 そんな三人に、唐突に声が来る――。

 

《……いい……う。なら、見せ……る……!》

「……何?」

 

 急に聞こえたその声に、なのはがウィンドウを注視する。ウィンドウのモニターは画像こそ映さなくなったが、集音はまだ壊れて無かったらしい。はやて、フェイトもなのはに倣い、ウィンドウに顔を寄せる。

 

《よく……ろ……これが……!》

「上手く聞き取れん……シャーリー?」

《はい、最大集音を行ってみます》

 

 はやての指示に従い、シャーリーがカメラの集音を操作したのだろう。音が大きくなる。そしてタカトの一声を――叫びを、なのは達は聞いた。

 

《アンタが望み、欲した力だっ!》

 

    −轟!−

 

    −軋!−

 

 次の瞬間、アースラに激震が走った。三人は机にしがみ付く事で何とか耐える。

 

「な、何?」

「どないしたんや!?」

「シャーリー!」

 

 なのは、はやてが疑問符を浮かべ、フェイトがシャーリーに事の子細を頼む。だが。

 

《……何、……コレ……?》

 

 三人が聞いたのは、そんな声だった。呆然とした、そんな声。

 

「シャーリー?」

「どないしたんや、シャーリー!?」

《……艦内に、異常発生……。訓練室を中心に少規模ですが、”次元震”が発生しました》

 

 震える声での、シャーリーからの報告。それに、今度こそ三人は絶句させられた。

 ――次元震。次元災厄でも最悪に近いものである。それが少規模とは言え、どうやったら発生させられると言うのだ。しかも、彼女達の驚愕は止まらない!

 

    −軋!−

 

    −裂!−

 

 先程よりもさらに激しい揺れがアースラを襲った。なのは達も危険を察知し、デバイスを起動。それぞれバリアジャケットと騎士甲冑を纏う。

 

「っ――! シャーリー!?」

《……次元震、少規模から中規模になりました……! 嘘……!? じ、次元断層が引き起こりかけてます!?》

《多重強装結界! 今の次元震で二層破壊! 再展開まで後一分です!》

 

 矢継ぎ早に飛ぶ報告に、はやて達は顔を青ざめさせた。しかし、即座に各部署に指示を下す。

 

「強装結界の再展開を最優先! 各部署はこれに全力を持って当たってや! 強装結界が破られたら一巻のおしまいや! お願いするな!?」

《了解!》

 

    −轟!−

 

 そこでまた激震が走る。再び次元震が起こったのだ。それも、明らかに先程より巨大なものだった。――中規模から大規模に変わったと、三人は直感で悟る。そして苦々しく、今は何も映さなくなり、集音すら出来なくなったモニターを睨み付けた。

 

「……何が、……中で何が起こってる言うんや……!」

 

 はやての呟き、それになのは達も答える事が出来ずに沈黙する。

 

    −轟!−

 

    −軋!−

 

 四度目の激震が、再びアースラを揺らした――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 スバル・ナカジマは、その光景を見る。それは――あまりに異様な光景だった。

 

「う、うあ……!」

 

 スバルが呻く。その視線の先には多種多様の人達が居た。……ボロボロの、死体で。

 

 なのはが居た。

 フェイトが居た。

 はやてが居た。

 エリオが居た。

 キャロが居た。

 シグナムが居た。

 ヴィータが居た。

 シャマルが居た。

 ザフィーラが居た。

 リインフォースⅡが居た。

 さらに管制陣や、スバルの父、ゲンヤの姿もある。

 山と積まれ、並ぶ死体達。それにスバルは涙を流す。ここには”死”が溢れていた。

 まさに地獄。その表現が正しかった。

 スバル自身もボロボロだ。立ち上がれ無い程に痛め付けられている。

 そして、更に目の前にはティアナを抱えるノーヴェ。ギンガを抱えるウェンディ。その二人にスティンガーを突き付けるチンクが居た。

 ややあってチンクが口を開く。その顔はあまりに醜悪だった。絶対に本人では有り得ぬ顔。それはチンクと同じ顔だが、しかし本人とは決定的に違う顔であった。ノーヴェ、ウェンディもまた悪意を顔に張り付かせ、笑っていた。

 

「”また”、助けられなかったな?」

「あ、あ……!」

 

 そしてチンクは辺りを見渡す。死体の山を。

 

「お前の力が足りないからこんな事になった」

「アンタの力が足りないからお姉さんは死んじゃったんすよ?」

「テメェが弱いから友達も死ぬんだぜ?」

「う、ううぅ……!」

 

 スバルは両目を見開いて涙を流す。弱かったから、弱かったから。

 

 ――だから助けられなかった。

 

 三人はただそれだけを繰り返す。スバルがその言葉に耳を塞ぎ、頭を抱える。何も聞きたく無いと、何も見たく無いと。そんなスバルを満足気に見たチンクもどきは、手のスティンガーをスバルへと向けた。

 

「だから力をあげよう」

「全部、殺して守れる力を」

「殺して殺して殺して、そうすれば守れるっすよ? 最後に自分だけは」

「あ、う……!」

 

 そんな三人にスバルは目を開く。守る為に殺す。それをまるで、呪詛の様にスバルに刻み込んでゆく。

 

「さぁ、これを受けろ。そうすればお前は新しい■■■■■■■になれる――!」

 

 そして、チンクはスティンガーをスバルに放った。呪いが注ぎ込まれた刃を!

 

 ――守れる。

 

 それが呪詛となり、スバルはスティンガーを避けない。スティンガーがスバルの胸へと――。

 

    −戟!−

 

 ――突き立た無かった。突如として現れた刃、その持ち主が刃を振るい、スティンガーを弾いたから。

 刃の持ち主は少年だった。スバルはその少年を見る。その背中を。

 銀の髪に整っている、と言うよりはもはや女の子のような顔。纏うは黒のバリアジャケット。赤のシャツにフード付きの黒い半袖の上着。そして、膝下までのふっくらとした黒の半ズボン。

 スバルは知っている。その少年の名を、彼は――。

 

「シ、オン?」

「ああ。何とか間に合ったか」

 

 その少年、神庭シオンは肩にイクスを担ぐとスバルに向き直る。

 

「助けに来たぜ。スバル!」

 

 シオンはスバルの名を呼び、そして満面の笑顔で笑って見せたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「貴様ー!」

 

 叫び、更なるスティンガーを放とうとするチンク――恐らくはこれも因子による複製だ――が、叫ぶ。

 しかし、それすらもチンクは出来なかった。ギンガとティアナが、シオン達の後ろから追い付いて来たのだ。ティアナはギンガに抱えられたまま、周囲に展開したスフィアを一斉に放つ!

 

「クロスファイア――! シュート!」

 

    −閃!−

 

    −弾!−

 

 放たれた光弾は、余す事なくチンクへと向かった。

 それにチンクは舌打ちして、後ろへ下がり、ハードシェルを発動。そこに光弾が衝動し、全弾防ぎ切られた。だがその隙に、三人は合流した。

 

「シオン! またアンタは勝手に先行して――――っ!」

「あんなぁ。それでもギリギリだったんだぞ?」

 

 ガーッ! と怒るティアナにシオンが半眼で告げる。

 最初は平行して三人一緒に進んでいた訳だが、いきなりシオンが「嫌な予感がする」と呟き、最大速度で一人で先行してしまったのだ。ブレイズの速度と、シオンの空間に足場を作る能力。そしてその身体性能により、シオンの速度は結果としてギンガを上回った。

 二人を置き去りにしたシオンが見た光景は、今まさにスバルへと投げられんとするスティンガーだったのである。

 

「ティア……それに、ギン姉……よかった。生きてて……」

「は? アンタ何言って――」

「ティアナ、あれあれ」

 

 スバルの台詞に疑問符を浮かべるティアナ。だが、シオンが指した先を見て飛び上がった。ギンガも嫌そうな顔をしている。

 二人が見たのは自身の死体であったのだ。非常に嫌なものであろう。誰も好き好んで自分の死体なぞ見たく無い。

 うっ、と青ざめるティアナだが、スバルがここに居る意味を悟り、即座にスバルへと向き直った。

 

「て、そうじゃない! スバル、アンタ大丈夫なの!?」

「……う……ん……」

「スバル?」

 

 スバルの返答に疑問の声を上げるティアナとギンガ。スバルの声はあまりにもか細い――いや、声だけでは無かった。スバルの身体はスゥっと透けているのだ。

 それを見て慌てそうになるティアナとギンガ。しかし、シオンはここに来るまでにイクスから聞いたトウヤのダイブ体験談を聞いた為、焦らない。二人を留める。

 

「シオン! このままじゃスバルが……!」

「これでいいんだ。二人共、落ち着け。……スバル。最後に言っとく」

 

 二人を押し止めたシオンが、スバルに向き直る。スバルもまた消える身体でシオンを見た。

 

「必ず助ける。次のお前の世界でも、その次の世界でも」

「う、ん……待ってる……信じてる……よ。シオン……」

 

 そして、ニッコリと笑ってスバルは消えた。

 

「スバル! シオン、アンタ――!」

「いいから聞け! スバルは――”この世界”のスバルは助けられたんだよ!」

「……どう言う事なの?」

 

 問われ、シオンは事情を話そうとして。だが、叩き付けられた殺気に口を閉じる事になった。

 チンク、ノーヴェ、ウェンディの三人だ。三人共、その顔は噴怒に染め上げられている。

 

「よくも、よくもやってくれたな……!?」

「そりゃあ、こっちの台詞だろうが」

 

 シオンはその殺気を全く意に解さない。三人に向き直る。手に握るイクスに力が篭った。

 

「好き勝手やりやがって。……覚悟は出来てんだろうな?」

 

 ――シオンは怒っていた。あからさまと言っていい程に。ティアナ、ギンガもそれぞれのデバイスを構える。それに、三人もまた固有武装を構えた。

 

「この世界でのスバルの借り、まとめて返してやるよ!」

 

 シオンが叫び。次の瞬間、六人は一気に駆け出した。

 ここに、この世界での決戦の幕が上がったのであった――。

 

 

(第二十一話に続く)

 

 

 




次回予告
「異母兄弟達、EX同士の極限の死闘の最中、シオン達は、スバルのココロの中で相対する」
「それは、あるいは懐かしい者達で」
「そして、ついにシオンは彼女と再会するのだった」
「それが、どんな意味を持つかも知らずに――」
「次回、第二十一話『スバルのココロ』」
「どんなスバルでも、スバル。その、本当の意味を、シオンは痛みの中で知る」


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第二十一話「スバルのココロ」(前編)

「スバルのココロに入る――その意味を、俺は理解していなかった。それはあいつの事を知るって事。あいつの見て欲しく無い事も見てしまうと言う事。……その意味を識った時、俺は――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 スバルの世界。そこで、決戦の火蓋は切られた。

 シオンは怒りにどんどん思考が、感覚がシャープになっていく事を自覚する。これは前にも――クラナガンのショッピング・モールでの戦いと同じ感覚だ。

 向かい来るはチンク。……チンク本人に悪いので仮にチンク・オルタと勝手に名付ける。は、五指にスティンガーを挟み、シオンに突っ込んで来ていた。

 ウェンディ・オルタ、ノーヴェ・オルタ(こっちも勝手に名付けた)は、コンビでティアナ、ギンガと戦う積もりらしく、二人に向かっていた。好都合である。

 シオンは未だ連携戦闘が得意と言え無い。故に個人戦闘は逆に有り難かった。

 

「――ヒュッ!」

 

 一息。振るわれる両手からスティンガーが放たれる。その狙いは正確無比だ。回避しようと、一、二発は受けざるを得ないだろう。

 しかも、チンク・オルタには厄介なISがある。そこまでシオンは思考して、この状況に最も適した技を己から引きずり出した。

 

「神覇四ノ太刀、裂波!」

 

    −波−

 

 空間振動波。イクスから放たれたそれは、スティンガーを巻き込み、弾く。

 そしてシオンはその場で足を止めて、シールドを最大数展開した――同時に、チンク・オルタが指をパチリと弾いた音が響く。

 

    −爆!−

 

 轟爆! スティンガーが、一本も余す事なく爆発し、シオンを飲み込む。IS:ランブル・デトネイター。固有武装スティンガーを爆発させる事が出来るISだ。

 これの屋内での爆砕能力は凄まじいの一言に尽きる。下手をすればS級に匹敵する攻撃力を生むからだ。シオンはその爆風にシールドごと押され、数メートル下がるが、何とか耐え。

 

 ――背に悪寒が走った。

 

「っ――!?」

 

    −閃!−

 

 悪寒――直感に従うまま、背後へとイクスを振り放つ。そこには居る筈の無い存在。チンク・オルタが居た。

 

「ほぅ……」

 

    −戟!−

 

 シオンの一撃を手に持つスティンガーで受け、後退しながらチンク・オルタはニヤリと笑う。

 

 ――悪寒は止まらない。

 

 次の瞬間、チンク・オルタの姿をシオンは見失った。悪寒に突き動かされるまま、シオンはその場で前転する。直後、シオンが居た場所を数本のスティンガーが通過した――まだ悪寒は止まない! 直感の命じるままにプロテクションを張る!

 

    −爆!−

 

 爆砕。再び起きた爆発にシオンは顔を歪め、耐えながら理解した。

 これがチンク・オルタの追加能力だと。

 超高速移動。シオンは知らないが、それはナンバーズの一人、トーレのIS:ライド・インパルスに酷似していた。

 

「どうした? 借りを返すんじゃなかったのか?」

 

 抜かせ――――!

 

 ランブル・デトネイターで引き起きた煙の中で、シオンは胸中悪態を付く。視界は煙で0。向こうはいかな手段か、こちらの位置を完全に掴んでいる。厄介極まりなかった。

 まず向こうの位置を知らなければならない。シオンは再度刃を振るう。

 

「神覇参ノ太刀、双牙!」

 

    −轟−

 

 振るわれたイクスを中心に、二条の牙が地を疾る。牙は煙を散らして、シオンは視界を取り戻し。

 

 ――そのまま絶句した。

 

「な」

 

 開けた視界に映るスティンガー。その数、数十本。それが切っ先を全てシオンへと向け、取り囲む様に展開している。スティンガーの包囲の向こうにチンク・オルタが嘲笑を浮かべて立っている。

 そこで失態に気付いた。チンクはスティンガーをアポート(転送)して配置する能力を有していた――!

 

    −閃−

 

 そして、全てのスティンガーがシオンへと向けて殺到した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ティアナ、ギンガはシオンと離れ、ウェンディ・オルタとノーヴェ・オルタと対峙していた。

 

「シュート!」

「ショット!」

 

    −閃−

 

    −弾!−

 

 ティアナとウェンディ・オルタの射撃が絶え間無くぶつかり、光の花となって散る。

 その中をギンガとノーヴェ・オルタはウィングロードとエアライナーを形成して疾駆した。

 互いにリボルバーナックルとジェットエッジを回転させながらぶつけ合い、拳と蹴りを炸裂し合う。

 

「こンのー!」

 

 ノーヴェ・オルタが右腕を掲げる。そこに出現したのは六つのスフィアだ。固有武装、ガンナックル。ノーヴェが有する射撃攻撃だ。オルタの方も問題無く使えるらしい。

 

    −弾!−

 

 ガンナックルから放たれる光条が迷い無くギンガへと放たれる。ギンガはそれに対して右手を掲げた。

 

「トライ・シールド!」

 

    −壁−

 

 ギンガの右手に形成されるはベルカ式魔法陣のシールドだ。そのシールドはガンナックルから放たれた射撃を軽く弾いてのけた。ノーヴェ・オルタは構わない。

 連射しながら更に背中とジェットエッジのブースターを吹かす。直後、猛烈な速度を持ってギンガへと直進。

 ギンガもシールドを解除して、ノーヴェ・オルタへと疾駆する。

 

    −撃!−

 

    −破!−

 

 再度ぶつかり合う拳と蹴り、それにノーヴェ・オルタは笑う。

 右の蹴りと左拳。ぶつかり合ったまま、ノーヴェ・オルタは背のブースターを吹かし、更にエアライナーを解除。身体を捻らせ、ギンガの懐へと入る。左の足が再度エアライナーを形成。そのままギンガの顎を狙い、左のリボルバースパイクが放たれる――!

 

「っ――!」

 

 ノーヴェ・オルタの予想外の動きに、しかしブリッツキャリバーは自己の判断で主を守る為に後ろに疾駆。ギンガを後ろへと下がらせた。

 結果、ギンガの顎を掠めてノーヴェ・オルタの蹴りは通過し、距離が離れる。ギンガは自身のデバイスに感謝しつつ、リボルバーナックルをカートリッジロード。追撃を掛けんとするノーヴェ・オルタに突き出した。

 

「リボルバー! シュート!」

 

    −轟−

 

 ギンガが放つ拳に合わせて、渦巻いて衝撃波が放たれる。この魔法は威力はともかく、その範囲が広い。ノーヴェ・オルタはその一撃を回避出来ず、衝撃波によって釘付けとなった――その隙をギンガは逃さない。

 すかさずウィングロードを形成、ブリッツキャリバーが唸る。最大加速で動きを止められたノーヴェ・オルタの懐に飛び込んだ。

 

 ――強化されていても、そんなの関係無い。

 

 カートリッジロード。左手のリボルバーナックルのスピナーが刻むは激烈な回転。

 

 ――狙うはただ一撃。相手の急所への正確な一撃。

 

 ノーヴェ・オルタが、ギンガの接近に気付き、左の蹴りを放つ――遅い!

 

 ――狙うのはただそれだけ!

 

    −撃!−

 

 ノーヴェ・オルタの蹴りをかい潜り、ギンガのリボルバーバンカーがその鳩尾に吸い込まれるように突き刺さる――ギンガは止まらない!

 そのままノーヴェ・オルタの鳩尾を左手が突き刺したまま疾駆する。零距離でカートリッジロード。リボルバーシュートを放つ!

 

    −撃−

 

    −撃−

 

    −撃!−

 

 零距離で叩き付けられた衝撃波に、ノーヴェ・オルタが苦悶の表情を浮かべる。ギンガは本人の――妹の顔を浮かべ、しかし迷わない。

 ラストのカートリッジをロード。ウィングロードを下へと向け、ノーヴェ・オルタごと床へと激突する!

 

    −撃!−

 

    −砕!−

 

 同時、爆発したがごとき煙が二人を中心にぶち撒けられた。

 その煙が晴れた後には、床に倒れ伏すノーヴェ・オルタと、その鳩尾に未だ拳を突き刺したままのギンガが居る。ノーヴェ・オルタはただ口の端を歪め、笑うと同時に無数の黒のバブルとなって消え去った。

 

 後に残るのは、残心したままのギンガのみだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ノーヴェ・オルタが倒された時、ウェンディ・オルタが浮かべたのは姉を倒された事による悔しさでも、ましてや悲しみでも無かった。

 

 ――使え無い。

 

 自身の姉に対してそんな侮蔑の表情を浮かべていたのだ。

 それを射撃戦を演じていたティアナは見て、本人では無い事を再確認する。彼女等姉妹の絆の強さを知っているからだ――彼女等と直接戦った身として。

 だからこそティアナは迷わない。スフィアを再展開。同時、カートリッジロード。

 

「クロス、ファイア――!」

 

 そう、こんな”まがい物”を、スバルを傷つけ、姉に対してさえ侮蔑の表情を浮かべる存在を許す訳には行かない――!

 

「シュート!」

「馬鹿の一つ覚えっすか!」

 

    −閃!−

 

    −弾!−

 

 放たれる二十の光弾。だが、ウェンディ・オルタが放つエリアルショットが、その全てを迎撃する。さらにティアナに向けられるライデングボード。

 

    −轟!−

 

 砲撃! AAA級の砲撃がティアナへと撃ち放たれる。それは迷い無く、ティアナへと突き進み――

 

 あっさりと通過して、ティアナの姿は消えた。

 

「また幻影!?」

「そこっ!」

 

 同時、右横から突っ込んでくるティアナ。右の手には2ndモード、ダガーと成ったクロスミラージュ、左の手には1stモード、銃のままのクロスミラージュが握られていた。さらに周囲に浮かぶは四つのスフィア。

 ウェンディ・オルタは気付くと同時、ティアナはスフィアを放つ。即座に、ウェンディ・オルタは反応。抜き撃ちでエリアルショットを放ち、迎撃した。

 そしてライデング・ボードの先端には光が灯る。ティアナとウェンディ・オルタの距離は未だ離れている。十分砲撃を撃ち込める距離だ。それにウェンディ・オルタが浮かべるのは笑み。嘲笑だ。

 

「これで、終わりっす!」

 

    −煌!−

 

    −轟!−

 

 放たれる光砲。ティアナはそれに躱すそぶりも見せず突っ込み――

 

 そして、あっさりと通過して、ティアナの姿はまた消えた。

 

「な……っ!?」

 

 二重幻影(デュアル・イリュージョン)。幻影を複数作り出すのでは無く、時間差で二つ目の幻影を作り出す事で相手の心理すらも利用した幻影術だ。シオンとの戦いでも活躍したそれを、ティアナは使いこなしていた。

 

    −斬!−

 

 直後、ウェンディ・オルタは背に疾った衝撃に呆然としながら振り向く。

 その先には2ndモードのクロスミラージュの両刃を、その名の通り十字にウェンディ・オルタへと刻み付けたティアナが居た。

 

「こ、のっ!」

「――3rdモード!」

 

 怒りの声を上げるウェンディ・オルタにティアナは構わない。クロスミラージュを一つに戻し、ブレイズモードへと移行。そのまま構える――ウェンディ・オルタは動け無い。

 再生が始まるが、完治は未だ成らず、また斬撃の衝撃が抜けていない。クロスミラージュの先端にターゲットサイトが展開。怒りの視線を向けるウェンディ・オルタの額にレーザーサイトが照射された。ターゲットサイトに展開する環状魔法陣、放たれるは撃発音声!

 

「ファントム!」

 

 ティアナは叫び、そして容赦無く放つ!

 

「ブレイザ――――!」

 

    −煌!−

 

    −撃!−

 

 光砲はウェンディ・オルタを飲み込み、突き進むと、壁へとウェンディ・オルタごと叩き付けられた。

 ウェンディ・オルタは光の中で、しかしその嘲笑は止めずに、そのままバブルとなって消えたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――時が止まった。

 

 シオンは殺到するスティンガーを見て、そんな感想を抱いた。

 

 ――何だ、これは?

 

 スティンガーが、チンクが、止まって――いや、正確には止まって見える程にゆっくりに見えた。

 

 ――感覚が広がる。

 

 ――世界が感知出来る。

 

 スティンガーが何本あって、それが何時、自分に当たるかを理解出来る。

 それだけでは無い。今、離れて戦うギンガを、ティアナを認識する事が出来る。

 それらを感じながらシオンは一つの声を聞いた。

 それは風。

 それは世界。

 それは友。

 それは隣人。

 その声を聞きながら、シオンは我知らずに呟く。

 

「セレクトブレイズ」

【トランスファー】

 

 瞬間でブレイズフォームへと戦技変換を行う――行える。

 通常では有り得ぬ速度でだ。そして、いよいよ自分へと突き立たんとするスティンガーを左右のイクスブレイズで弾いた。”全て”のスティンガーを一瞬で、だ。

 さらに爆発の気配を感じて、シオンは弾き飛ばしたスティンガーの隙間から飛び出る。

 

 ――そこで知覚の加速現象は止まった。

 

    −爆!−

 

 爆音が響く。それにチンク・オルタは笑みを浮かべ――今度は逆に、背に走る悪寒に超高速移動を発動する。

 

    −閃−

 

 直後、チンク・オルタが居た場所を刃が通り過ぎた。ブレイズフォームのシオンだ。その姿を見て、チンク・オルタが浮かべるのは驚愕だった。

 

 一体、どうやったらあの状況から抜けられる!?

 

 理解出来ないそれに、シオンはその思考すら許さない。

 

「我は共に歩く隣人にして友人。汝が枝族は”風”。汝が柱名は”ジン”」

「な……に?」

 

 それは――その詔は”契約”の、誓約の聖句だった。

 チンク・オルタは悪寒が止まらない事を自覚する。こんな土壇場で新たな契約を成す等、知らない。彼女の――”因子”の情報にそんな物は無い。在っては成らない!

 

「契約を……! 何の準備も無しに契約を行うだと!? 貴様、一体何者だ……!?」

「何者でも無ぇよ」

 

 そう、シオンは未だ何者でも無い。だからこそ、何者にでも成れる!!

 

「我が血と名を持って、ここに契約を結ばん! 来たれ、ジン!」

「さ、させ――!」

 

 シオンの叫びに、チンク・オルタは何とか防がんとするが、間に合わ無い、間に合う筈が無い!

 

「精霊契約――ジン!」

【スピリット・コントラクト】

 

 永唱が完了すると同時に、風が吹いた。その風はシオンに纏うように吹き、チンクが放ったスティンガーを添く跳ね返す。

 現れたのは風で構成された太っちょの巨漢。だが、その眼光は鋭い。

 

 ――精霊契約。

 

 シオンは新たな精霊、風の精霊ジンと契約を成したのである。そして、そこで終わらない。

 ジンは像をぶらし、シオンへと重ねる。

 それはシオンの切り札。軽々しく使う事は許されない力。しかし、シオンは躊躇い無くそれを使う。

 チンク・オルタは絶望する――その表情を冷ややかに見ながら、シオンは切り札の名を呟いた。

 

「精霊融合」

【スピリット・ユニゾン!】

 

 纏うは風。今、シオンは全ての風と共にあった。

 

「く……っ!」

 

 チンク・オルタは顔を歪ませ、シオンにスティンガーを放つと同時に超高速移動を開始。撤退を選ぶ。そんなチンク・オルタにシオンは両のイクスブレイズを腰溜めに構えた。

 スティンガー。チンク・オルタ。

 その二つを同時に打倒しうる技をシオンはその身から引き出す!

 

「神覇漆ノ太刀、奥義――」

 

 纏う、纏う。風をその身体に纏う。それはシオンを核として、白き虎と形を成した――。

 

「白虎」

 

    −閃−

 

    −斬!−

 

 ――次の瞬間、全てのスティンガーは斬り裂かれ、逃走するチンク・オルタの小さな身体に幾百、幾千、幾万の斬撃が瞬時に刻まれた。

 

「が、ぁっ!?」

 

 シオンが、その身に纏った白虎を解除すると共にジンを送還する――同時に、反動がシオンを襲った。

 融合を使用したのは一瞬なれど、その反動は彼を苛む。だが、シオンは立ち上がった。我慢出来ない程でも無い。

 そして、シオンのその背中を見ながらチンク・オルタはバブルへと成って消えていく。

 

「――――」

 

 最後に一言、シオンに言って、チンク・オルタは消えた。それを見ながらシオンが浮かべるのは苦笑い、だ。

 

「……アホか」

 

 チンク・オルタが最後にシオンに放った言葉。

 

 ――お前達は決して許さない。

 

 その言葉に、シオンは苦笑いしたのだ。許さないのは誰か、そう思う。

 

「俺こそ、許すつもりは無ぇよ」

 

 呟いて、シオンは後ろを振り向くと、ギンガ、ティアナがこちらへと走って来ていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「シオン!」

「おう、そっちも無事みたいだな」

「何とかね」

 

 シオンはブレイズフォームを解除し、ギンガ、ティアナと合流する。ジンと契約を結ぶ瞬間、また融合している最中は風そのものが知覚範囲となっていたらしく、シオンは二人の決着も知っていた。それがジンを融合した時の特化能力であるらしい。

 シオンは少し目眩がする頭をどうにか二人に悟られないようにしながら、そう思う。

 

「で?」

「ん? で、て?」

 

 ティアナがいきなり問い掛けるがシオンは疑問符を浮かべた。ティアナはいきなり半眼となる。ギンガも苦笑していた。

 

「さっきのアレよ。この世界のスバルは救えたと言う話」

「おお! それな」

 

 ギンガのフォローにシオンはポンっと手を打つ。ティアナは白い視線を向けた。

 

「アンタね……」

「いや、だってあの戦いの後だぞ?」

「まぁ、そこは良いとして、どう言う事なのかな?」

 

 二人が口喧嘩になりそうな空気を察してギンガが話しを先に進めた。どうにもティアナはシオン相手だと、善きにしろ悪しきにしろ感情的になる傾向がある。まぁ、本人達はあまり気付いて無いようだが。

 

「そうですね……イクス?」

【ああ、もうすぐ始まるはずだ】

 

 シオンとイクスのやり取りを不思議そうな顔で二人は見ていると、直後、天井が――いや、世界の空が割れた。

 

「「え!?」」

「……これ、怖いな?」

【俺も初体験だから何とも言えんが。確かにな】

 

 説明を未だ受けてない二人は見るからに動揺し、シオン自身も少しばかり驚く。そうしている間にも割れは酷くなり、天井だけで無く、床にもひび割れは広がった。

 

「ちょ……っ! これ何!?」

「シオン君!?」

「えっと、確か手を繋いだ方がいいんだよな?」

【向こうで逸れる可能性もあるらしいからな】

 

 慌てる二人を余所にシオンとイクスは確認し合い、ティアナ、ギンガの手を握る。

 

「て、こんな時に何を……!?」

「いいから黙って見てる! 百聞は一見に如かずって言うだろ?」

「それ、こう言う場合に使う言葉かしら……?」

 

 思わず呆れ顔になるギンガ。そうこうしている内に床はひび割れ、空は完全に割れていた。

 そしてついに床が砕け、三人は真っ逆さまに落ちていく。

 シオンは飛行魔法を使わず、さらにギンガがウィングロードを発動しようとするのを制止した。

 

 下が見えない程の奈落――そこに、三人は落ちて行ったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 落ちて行く。

 落ちて行く。

 

 三人はそのまま落ちて――次の瞬間、いきなり炎の中に居た。

 

「「「はい?」」」

【む……これは……】

 

 思わず目が点となる三人。イクスも行き着いた先がいきなりのコレだったので、流石に動揺していた。

 

「イクス、これは?」

【確認してみなければな。ギンガ・ナカジマ、ティアナ・ランスター。二人共、スバル・ナカジマとこの景色の関連、何か分からないか?】

「え? この火災って――」

「間違い無いわ……」

 

 ギンガがイクスの言葉に周りを見て、呆然とする。ティアナはその反応を見て、やはりかと確信した。

 

「じゃあ、ココが?」

「……ええ。5年前の空港火災……」

【つまり関連性はあるのだな?】

 

 イクスの問いにギンガは頷く。そして、二人はシオンとイクスに向き直った。

 

「どう言う事なのか。今度こそ説明してくれるんでしょうね?」

「分かってる。取りあえず歩きながら話すさ。……”この世界のスバル”も見つけなきゃだしな」

 

 そう言いながらシオンは歩き出し、二人もそれに並んで歩き始めた。

 

「深層心理、て知ってるか?」

「……? 確かあれよね? 人の心が階層状になってて、無意識に近い部分程、無意識的な領域になってるって言う」

「ああ。でだ、今俺達はスバルの世界の下層に向かっている訳だ」

「下層?」

 

 ティアナの答えに頷き、ギンガの問いに向き直る。

 深層意識と言うのは、つまり人の心には意識の下層において、更に深い層が存在し、無意識的なプロセスがこれらの層にあって進行しており、日常生活の心理に対し大きな影響を及ぼしていると言うものだ。

 

「イクス?」

【ああ、ここからは俺が話そう。俺達が居るのはスバル・ナカジマの精神世界だ。この世界は顕在意識と深層意識のレベルを反映して階層構造となっている訳だ】

「け、顕在意識?」

「……俺もそこら辺の説明がいまいち解らなくてな……」

【解り易い解釈でいいなら氷山をイメージしろ。海より上の部分が顕在意識、下が深層意識だ】

 

 つまり顕在意識が通常の日常生活に於ける意識を担当し、深層意識が無意識層を担当する訳である。

 この説明を聞いて、漸くティアナはピンと来たらしい。イクスに目を向ける。

 

「つまり、深層意識に潜る程にスバルの世界が在って、さらに同じ数だけスバルが居るって事?」

【どこぞの馬鹿弟子と違って察しが良くて助かる】

「悪かったな! 馬鹿で!」

 

 イクスに比喩され、流石にシオンも怒鳴った。……確かに三回くらい聞き直していたから、あまり否定出来ないのだが。

 

「と言う事は、私達はスバルの世界の数だけスバルを因子の干渉から助けなければいけないと言う事なの?」

【いや、そう言う訳でも無い。因子は彼女のトラウマ――負の感情をもっとも引き出せる世界を選んで記憶の改竄を行おうとしている節がある。そこを足掛かりに彼女の記憶全てを改竄する為に、な】

 

 ギンガの問いにイクスが答える。つまり、今すべきは因子が関与していると思しき世界に向かい、その世界の因子の干渉から彼女を守りきる事。それを三人に向けて、イクスは説明する。

 

「成る程、ね……」

「うん、大体の事情は飲み込めたわ」

【ならば何よりだ。それより気をつけろ】

「分かってる。因子は――」

【違う】

 

 シオンの肯定をしかし、イクスはあっさりと否定した。それにギンガ、ティアナもイクスを怪訝そうに見る。

 

「……何が違うんだ?」

【……言っただろう無意識の部分に向かっている、と。無意識とはつまり彼女が潜在的に抱いている”想い”でもある。それは綺麗事なんかではない】

「……どう言う事?」

 

 流石に解らなかったのか、ティアナが疑問をイクスにぶつける。ギンガもまだ怪訝そうであった。イクスは言葉を続けた。

 

【人はその選択――その意思に対して、肯定的な想いがあると同時に必ず否定的な想いが浮かぶものだ】

「……つまり?」

 

 シオンが先を促す。イクスもまた、頷くようにして答えてくれた。

 

【これより先に存在する彼女は、我々が知る彼女では無い可能性もある、と言う事だ。……シオン、覚悟した方がいいぞ】

「……俺達が知らないスバル、か……」

「……ちょっと、怖いわね」

「そうね……」

 

 そう締めくくったイクスに、三人は少し考え込み――三人は足を止める。シオンが周りに目を向けた。

 

「……ギンガさん」

「ええ。ティアナさん?」

「はい。こちらでも確認出来ました」

【肯定です】

 

 ティアナにクロスミラージュが肯定する。そして直後、炎の中からそれは現れた。

 ――ガジェット。そう、この空港火災はガジェットと、あるロストロギアが関連していると言う報告があった――!

 

「とにかく、こいつ等潰してさっさとスバルの元に行こうぜ!」

「そうね!」

「ええ!」

 

 三人は共に頷き合い。ガジェットに向かって一気に駆け出したのであった。

 

 

(中編に続く)

 

 

 




はい、毎度お馴染みのテスタメントです♪
今回は、三部に分かれてお送りします♪
後編の文字数はシャレになってない事になっておりますが(笑)
どうぞ、お楽しみに♪
では、中編でまたお会いしましょう♪


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第二十一話「スバルのココロ」(中編)

はい、テスタメントです♪
第二十一話の中編であります。
ここまで見て頂けた方はお分かりでしょうが、テスタメントの得意分野は戦闘です(笑)
逆に恋愛は苦手です。書いてて照れるから(笑)
そんな、戦闘ばっかなStS,EXですが、よろしくお願いします♪
では、第二十一話、中編どぞー♪


 

 ガジェットが張るAMF。それは、シオンには意味を成さなかった。その身に纏うは自身の魔力。シオンは己の身体に魔力を流し、AMFに対抗する。吹き上がる魔力が推進力となり、シオンは加速。ガジェットに一気に突っ込む!

 

「神覇伍ノ太刀、剣魔ァ!」

 

    −轟!−

 

 吹き上がる魔力をシオンは纏って、突貫する。イクスを突き出しながらの突貫は、その進行方向に居るガジェットを纏めて砕き切った。

 シオンはそのままガジェット群の真ん中まで進み、剣魔を解除。両の靴を地面に叩きつけ、床を削りながら止まる。

 しかし、壊したガジェットはシオンの進行方向に居たガジェットだけだ。それを免れたガジェットが、今度はシオンを包囲して殲滅せんと彼の方を向き――。

 

    −閃−

 

    −弾!−

 

 ――追撃で走ったクロスファイアーシュートが飛来! 後方から放たれたそれはガジェットを貫き、爆砕していく。

 その後ろから、ティアナの姿が唐突に現れた。オプテックハイド。光学迷彩を掛ける魔法だ。これをもってティアナは姿を隠していたのだ。そして後一人。

 

「はぁっ!」

 

    −撃!−

 

    −砕!−

 

 シオンの周囲に居たガジェットが、次々に破壊されていく。全て破壊された直後、これもまた唐突に人が現れた。ギンガだ。

 彼女もまたティアナにより、透明化をかけられたのである。シオンの突貫にティアナの射撃、ギンガの追撃で陣形を崩されたガジェットは散り散りに撤退を開始――それを許す筈が無かった。

 

「神覇参ノ太刀――」

「クロス、ファイア――」

 

 シオンからは再び魔力が吹き上がり、ティアナはカートリッジロード。周囲にスフィアが二十、展開した。そして、二人は同時に叫ぶ!

 

「双牙ァ!」

「シュ――トッ!」

 

    −破!−

 

    −閃!−

 

 振り下ろしたイクスから二条、地を疾る斬撃が放たれ、それを追うように二十の光弾がガジェットに向かう。それは過たず撤退するガジェットを粉砕したのだった。

 

 

 

 

 シオンは残心を解き、立ち上がると、ギンガがウィンクして見せた。二人にティアナも合流する。

 

「よくこんな作戦思い付くよなー」

 

 そう言いながらシオンが見るのはティアナだ。彼女は「まぁね」と答えながらカートリッジの残弾を確認する。ギンガもまた、カートリッジの確認を行い、二人は顔を曇らせた。

 

「うーん、まだカートリッジに余裕はあるけど……」

「補給が期待出来ないのはきついわね……」

「大変だなー」

 

 ぼやく二人にシオンは他人事の様に呟く。二人と違い、カートリッジシステムが無い為、シオン自身は気楽であった。そんな彼を二人は恨めし気に睨む。

 

「何、他人事なのよ」

「シオン君? 私達の残弾が無くなったら自動的に援護は出来なくなるのよ?」

「う……!」

 

 二人の言葉にシオンは呻く。実際、彼は連携戦闘は苦手であり、ティアナ、ギンガがシオンを援護する形で連携戦闘を行っているのだ。

 

「ま、まぁ、それは置いて置くとしてだ」

「逃げたわね?」

「逃げたね?」

「それは置いて置くとして!」

 

 半眼の二人にシオンはあくまで繰り返す。決して誤魔化そう等とは考えてはいない――多分。

 

「ティアナ。スバルの位置、掴めたか?」

「もうちょっと待って。エリアサーチが今、六割済んだ所だから」

【ふむ。その間にギンガ・ナカジマ。この時のスバル・ナカジマはどうなったのか教えて欲しいのだが】

 

 イクスがギンガに向かって問う。この時の事情をスバル自身から聞いているティアナはエリア・サーチに集中し、事情を知らない二人はギンガに説明を受ける形だ。ギンガは頷き、シオンの眼を見ながら口を開いた。

 

「ええ。この日、私達は――」

 

 自分の目を見て話すギンガに、この姉妹は眼をジッと見て話すよな、と思いつつシオンは耳を傾けた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ええっ!?」

 

 ちょうどギンガから事情を聞き終えたタイミングで、ティアナから声が上がる。それにシオンとギンガが、ティアナを訝し気に見た。

 

「どしたよ。いきなり叫んで?」

「その。……スバル、見つけたんだけど……」

 

 言い難そうにティアナは話す。そんな彼女の様子に、シオン、ギンガは疑問符を浮かべた。一体何があったと言うのか。

 

「見つかったならさっさと行こうぜ」

「そう、なんだけど」

「……何かあったの? ティアナさん」

 

 真剣な顔持ちで話すティアナに、ただ事では無いと二人は居住まいを正す。ティアナも息を一つ飲んで、エリアサーチが感知した”存在”を話した。……それを聞いて、シオン、ギンガは流石に絶句する。

 

「……イクス?」

【十分有り得る話しだろう。寧ろ、スバル・ナカジマのこの時の印象の度合いからすると、”彼女”が出ない方がおかしな話しだろうな】

 

 イクスの答えに、それぞれ冷や汗を流す。確かに聞いた話しによれば、この時のスバルは”彼女”に助けられた事により、魔導師を志したらしい。ならば、彼女の姿を因子が取るのは至極当然と言えた。

 

「……だからと言って此処でまごまごともしてられないか」

「そうね……。気は進まないけど、やるしかないし」

「行きましょう!」

 

 三人は一斉に頷き、駆けようとする――直後、突如に周囲の炎が巻き上がった。

 

「「っ!?」」

「二人共、散って!」

 

 ギンガの叫びに一番前に居たシオンは前転し、ティアナは右後ろへとジャンプ。ギンガも左後方へと飛びのく。

 次の瞬間、シオンと二人を分断するかのように巻き上がった炎が降り落ち、炎の壁となった。

 

「二人共!?」

《こっちは大丈夫!》

 

 シオンの叫びにティアナから念話が来た。ギンガも即座に念話で話し掛けて来る。炎が邪魔で声がこちらまで届かないらしく、念話を使ったらしい。シオンは頷き、すぐさまそちらに行こうとして。

 

《今すぐそっちに――》

《馬鹿! 目的が違うでしょ? アンタはスバルの所に行きなさい!》

《そうよ、シオン君!》

 

 シオンの念話に、ティアナが、怒鳴り、ギンガもティアナを肯定する。そんな二人の念話に、シオンは若干考え込み――だが振り返ると、即座に駆け出した。

 

《……悪い。なら先に行く!》

《すぐ追い付くから!》

《シオン君、スバルをお願いね!》

 

 二人の念話にシオンは頷きながら、魔力を吹き上げ疾駆していった。

 

 

 

 

「……行きましたね」

「ええ」

 

 二人はシオンがスバルの方に向かったのを感じ、ホッと息を吐く。そして眼前の”敵”を見た。それは炎の巨人だった。形状としては、なのは達がタカトと会った時の感染者に酷似している。

 

「このタイミングで出て来たって事は――」

「間違い無く私達の足止めね」

 

 二人に応えるが如く炎の巨人は吠える。二人はそれぞれのデバイスを構えた。

 

「すぐに突破しましょう!」

「ええ。シオン君を追い掛けないと!」

 

 向かい来る巨人に、二人は同時にカートリッジをロードした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「お父さん……」

 

 声が響く。子供の声だ。辺りは炎に包まれている。その中を、弱々しく少女が歩いていた。

 少女の名はスバル・ナカジマ。十一歳のスバルがそこに居た。

 

「お姉ちゃん……」

 

 歩く、歩く。父と姉を呼びながら。だが、その声に応える者はいない。スバルがホールを歩いていると、突如として振動が走る。それに振り向いた――次の瞬間。

 

    −爆!−

 

「わぁっ!?」

 

 近くで爆発が起きた。その爆風にスバルの身体は軽々と吹き飛ばされる。

 

「くぅ……痛っ!」

 

 軽い身体は地面を跳ね、空港のエントランスにある女神像の下まで飛ばされた。

 

「うぅっ……う」

 

 泣きながらスバルは両手をついて膝立ちになる。ポロポロと、涙が頬を伝った。

 

「痛いよ……」

 

 スバルは涙を流す――それでも助けは来ない。

 

「熱いよ……」

 

 炎は容赦をしない。スバルの小さい身体を情け容赦なく、痛めつける。

 

「こんなの……やだよぉ……!」

 

 嫌だと、こんな現実は嫌だとスバルは泣き続ける。それすらも炎に包まれた世界は許さなかった。

 

「帰りたいよぉ……!」

 

 切なる願い。だがそれを嘲笑うかのように、女神像の台座部分に皹が入った。

 

「助けて……!」

 

 皹は徐々に拡大し、そして――

 

「誰か……助けてっ!」

 

 ――崩れた。

 女神像はゆっくりと、だが確実にスバルへと落ちていく。影がスバルに射し、そこで漸くスバルは異変に気付き、後ろに振り向く。そこには、スバル目掛けて落ちる女神の顔があった。

 

「っ――!?」

 

 スバルはしかし逃げる事も出来ずに、目を閉じて顔を両手で覆う。そんな事で、逃れられる筈も無いのに。

 

 ――そして。

 

「神覇!」

 

 像が。

 

「壱ノ太刀!」

 

 落ちて――。

 

「絶影ィ!」

 

    −撃!−

 

 一撃の元に砕け、吹き飛ばされた。

 

「きゃうっ!」

 

 その衝撃に、スバルは悲鳴を上げる。だが、衝撃が巻き起こした風はスバルの頬を撫でた。

 それはこの炎で熱く、スバルを焼く筈の風。だが、何故かスバルはその風を優しいと感じた。

 その風に誘われるように目を開くと、そこには少年が居た。銀の髪に、黒のバリアジャケットを着ている少年が。

 

「ぎりぎりだな。また今度も」

 

 少年は嘆息し、そのまますかさず頭上を睨み付けた。

 

「……本当なら助けるのはアンタの役目でしょう?」

 

 その睨み付ける先に、”黒の”少女が居た。――少年は知っている。本来そのバリアジャケットは純白であった事を。そして少女は笑う、嘲笑う。

 それは本人では――”高町なのは”では無い証。

 彼女は絶対にそんな表情はしない。断言出来る。

 この存在は、カタチだけの偽物だと。それを少年は、シオンは確信する。

 

「もうちょっとだったのになぁー」

 

 なのは――ややこしいので彼女もなのは・オルタとでも名付ける――は、残念そうに言う。そんな彼女にシオンは明確に苛立った。何がもうちょっとだったと言うのか。

 

「もうちょっとで、その子プチって潰れたのに」

「ひっ……!」

 

 なのは・オルタのその一言にスバルは怯える。そんな彼女を見て、なのは・オルタはニッコリ笑った。

 それは、天使の様な慈愛の笑み。

 

「スバル。今すぐ死んでくれない? ほら、あの炎に飛び込んだら一瞬だよ?」

「あ……あっ!」

 

 怖い。その慈愛に満ちた笑みがただひたすらに恐ろしい。なのは・オルタは続ける。”悪魔”の慈愛の笑みを浮かべながら。

 

「大丈夫だよ。死んじゃっても大丈夫な様に力を上げるか――」

「黙れ」

 

 なのは・オルタの台詞をシオンが遮る。たった一言。だが、その一言はあまりに重く、力があった。

 

「それ以上スバルの思い出を、なのは先生を汚すな。ゴミ」

「……ゴミ?」

 

 シオンの言葉に、今度はなのは・オルタが怒りの視線を向ける。だがシオンは構わない。

 

「これ以上、ゴミと話す積もりも無い。汚れるからな」

「言ってくれるね……!」

 

 シオンはイクスを。なのは・オルタはレイジングハートを構える。

 

「誰がゴミか――」

「黙れと言ったぞ」

 

 シオンの静かな怒り。それに呼応するかのように、炎がシオンを中心に避けていく。まるで、シオンを恐れるかのようだ。

 それを見ていたスバルも恐怖に固まる――しかし。

 

「スバル」

 

 一言。その一言がスバルの恐怖を取り払った。それはあまりにも優しい声で。

 

「お前の思い出を、取り戻すから」

 

 スバルは彼が何を言っているか解らない。だが。

 

「うん」

 

 スバルは確かに頷いた――。

 直後、シオンは駆け出し、なのは・オルタは魔法を放つ!

 

 いつかの戦いの続きが、ここに始まった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンの意識がまた怒りで澄み渡っていく。心はまるで、機械のように静かに、冷たくなっていた。心の何処で、カチリと歯車が嵌まる感覚を覚える――。

 

「アクセルシューター!」

【アクセルシューター!】

 

 なのは・オルタのレイジングハートから空薬莢が飛び出る。カートリッジロードだ。そのままレイジングハートをこちらに向けて来る。

 

「シュ――――ト!」

 

    −閃−

 

    −弾!−

 

 なのは・オルタが放つは四十の光射。それは過たずシオンを、その”後ろ”へとひた走った。シオンは回避を選ばず、距離を狭める事を諦め、イクスを振り上げる。

 

「セレクトブレイズ」

【トランスファー!】

 

 ブレイズフォームに戦技変換。そのまま両のイクスを振るい、”全て”の光射の迎撃に動く。それを見て、なのは・オルタが浮かべるのは嘲笑だ。

 

「クスクス……。律儀だね? ”スバル”を守る為、あえて全部防ぐなんて」

「……」

 

 シオンは答えない。そもそもなのは・オルタと話す積もりが無い。だが、なのは・オルタはスバルへと視線を向けた。

 

「スバル、解る? 自分が足手まといになってるって」

「……!」

 

 スバルがなのは・オルタの言葉に呆然となり、シオンへと視線を移す。彼は、未だ降り注ぐ光射を切り払っていた。なのは・オルタは追撃のアクセルシューターを放ちながら、スバルへとさらに言葉(凶器)を放つ。

 

「守って貰ってばっかりで、だから大切なモノも失う、守れない」

「う……うっ!」

 

 それは呪詛、それは呪い。

 

 ――守れない。

 

 なのは・オルタは次々と、スバルにそれを刻み込んでいく。

 

「だから力をあげる。誰かに守られない力を、自分は守れる力を」

「あ、あ……!」

 

 再び慈愛の笑みを浮かべるなのは・オルタに、スバルは目を離せない。そのまま――。

 

    −閃−

 

 ――なのは・オルタの肩を一条の斬撃が斬り裂いた。

 

「な……!?」

 

 あまりの突然の事に、なのは・オルタの顔が驚愕に歪む。それをシオンは冷ややかに見ていた。既に全ての光射は消えている。全て斬り裂いたからだ。彼はぽつりと呟く。

 

「やっぱゴミか。なのは先生より遥かに弱いよ、お前」

「き、貴様……!」

 

 既に外面を取り繕う余裕も無いのか、言葉遣いも真似出来ていないかった。さらに。

 

    −撃!−

 

「あ……!?」

 

 再び背後から襲い来たダメージに、なのは・オルタは愕然する。その背中には、いつ投じられたのか二振りのイクス・ブレイズが突き立っていた。

 

「い、いつ!?」

「お前がお喋りに夢中になっている時にだ。魔力”だけ”は、なのは先生でも他が全部劣化品。しかも質の悪い、な」

 

 シオンはいっそ侮蔑すら――いや、哀れみさえも浮かべて、なのは・オルタを眺める。

 そのあからさまな侮蔑に、なのは・オルタは二の句も告げなかった。シオンからしてみれば、この劣化品はあまりにも弱すぎた。

 いくら優位に立っていても敵を前にして他者とお喋りする等、三流を飛び越えて五流にすら劣る。

 なのは・オルタの身体からバブルが、因子が溢れる。再生。身体の傷が治ろうとしているのだ。シオンは両の手をなのは・オルタへと突き出す。

 

「イクス」

【リターン】

 

    −撤−

 

「あ、ぐっ!?」

 

 呼び掛けに応じ、イクスがなのは・オルタの胸を突き破り、シオンの手元へと舞い戻った。彼は柄を掴むと、そのままなのは・オルタを眺める。彼女はダメージの深刻さ故か、再生にかかりきりで何も出来ない。シオンは、イクスをノーマルへと戻した。

 

「ま、待って!」

「…………」

 

 とどめを刺そうとするシオンに、なのは・オルタは再び本物を真似た声音を出した。

 

「助けて! お願い、シオン君!」

「…………」

 

 命請い。それに、シオンが止まった事を確認して、なのは・オルタは嘲笑を浮かべた。やはり、人間は愚かだと。

 

 ――シオンが止まった理由を履き違えているのに。

 

「ははは! 死ぃ――」

 

    −斬!−

 

 ……最後まで言葉を紡ぐ事さえ出来なかった。

 なのは・オルタは自分の胸に突き立つイクスを見て呆然とする。

 シオンは一歩も動いてはいない。射刀術。彼は、イクスを目にも留まらぬ速度で投げ放ち、なのは・オルタへと突き立てたのだった。

 

「な、ん……!?」

「いい加減舐めすぎだ。せめて本物の万分――億分の一でも”らしい”所があればよかったのにな」

 

 シオンは命請いに止まった訳では無い。ただ呆れたのだ。あの薄っぺらい演技に。

 結局、この劣化品は本物のなのはの力を片欠すらも使う事が出来なかった。ただそれだけの事。

 

「――呪ってやる! 呪ってやる、呪ってやる!」

「ウゼェ。いいからさっさとくたばれ」

 

 呪詛を撒き散らす醜悪ななのは・オルタを、シオンはこれ以上見る気になれなかった。一刻一刻ごとになのは先生を汚されている――そんな気持ちにさせられたから。

 

 結局、なのは・オルタは最後まで呪詛を撒き散らしながらバブルへと変わっていき、消えていったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンはなのは・オルタが消えた事を確認すると、漸く息を一つ吐いた。

 もし、あれが本物並の能力と知性を合わせ持っていたならばと考えると恐ろしくなる。実際、本物のなのはと戦ってもシオンに勝てる自信は寸分も無かった。切り札を連発して勝てるかどうかと言う人なのだ。

 蓋を開けてみれば本物と比べる事すらおこがましい偽物だった訳だが。

 

 そして、もう一つ。いくら何でも知人の顔をしている存在を殺す事に、シオンの精神は参り始めていた。

 ――今なら解る。これは地獄だ。シオンはもう一度だけ嘆息すると、スバルの元へと降り立った。

 ……そこで失敗に気付いた。自分は、スバルの眼前で何をやった? 頭を抱える。普通に怖がられるだろう。暴言の連発に、情け容赦ない攻撃。おまけにとどめも刺した。

 

【後悔後先立たずだな】

「……うるさいよ」

 

 呻くようにイクスにツッコミを放つ、が。それにも力は無い。とりあえず怖がられる事を覚悟の上で、スバルに近付く。だが、意外にもスバルは表情を変えなかった。

 

「……スバル?」

「うん。何? ”シオン?”」

 

 スバルの言葉にシオンは絶句する。今、このスバルはシオンの名を呼ばなかったか? 呆然とするシオンに、スバルが笑いを浮かべた。

 

「大丈夫だよ。……全部、思い出してるから」

「あ、ああ。そうか」

 

 シオンはスバルの言葉に絞り出すように頷いた。どうやら基点とも言える感染者を倒すと、スバルは記憶を取り戻すらしい。シオンはようやく嘆息では無い、安堵のため息を吐く。

 

「安心した?」

「まぁな。……て事は――」

 

 スバルが頷く。その姿は、うっすらと透け始めていた。

 

「そっか……」

「うん。……ねぇシオン、一つだけ教えておかなきゃいけない事があるんだ」

 

 薄れゆくスバル。それにシオンも頷く。声を聞き漏らさない為に、スバルへと顔を近付けた。

 

「……ここから先の私は、多分私で、そして私じゃないと思う」

「それって――」

【フム】

 

 シオンがちらりとイクスを見て、イクスもまた声を上げる。薄れゆくスバルは、しかしシオンの袖を掴み、真摯な目で訴えた。

 

「でも、これだけは覚えてて。それも含めて”私だから”! どんな、どんな私でも、それも私だから! だから――」

 

 ――嫌いにならないで!

 

 スバルの声にならない声に、シオンは一瞬だけ呆然とする。その意味を理解して、ゆっくり頷いた。

 

「……解った」

「信じてるから。きっと、信じてるから……」

 

 声が掠れる。姿が薄くなる。それでも、スバルは繰り返す。シオンはスバルの瞳を見て、もう一度頷いてやった。

 

 ――きっとだよ。

 

 スバルの言葉は声にならず、けどシオンには確かに聞こえた――やがて、スバルの姿は消えた。

 

「……イクス」

【気付いたか? 今のスバル・ナカジマは情緒不安定だったろう? だが、”彼女は彼女”だ。紛れも無い本人だ】

「……うん」

 

 シオンは思う。自分が知るスバルも、今の情緒不安定なスバルも、同一人物なのだ。同じココロ。だけど、それでも――。

 

「……どんなスバルでもスバル、か」

【そうだ】

 

 一人ごちるシオンの背後から、ローラーが地を走る音が鳴る。振り返るとティアナを抱えるギンガが居た。シオンは、二人に手を振る。

 ……不安を、スバルのココロの奥底に向かう不安を振り払うように、大きく手を振った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――私、守ったよ。

 

 世界が割れ、次の世界に落ち――唐突に、シオンはそんな言葉を聞いた。

 次の世界はどう言う訳か、暗い施設の様な場所だった。辺りには研究用の機材が置かれている。

 

「なん、だ……?」

「どうしたの、シオン?」

 

 いきなり疑問の声を出したシオンに、ティアナが問い掛ける。二人に、先程の声が聞こえなかったかを聞こうとして。

 

 ――私、頑張って守ったんだよ。

 

 また、声が響いた。今度は聞こえたのだろう、ティアナ、ギンガもまた驚きに顔が固まった。この声は――。

 

「スバルの、声?」

 

 次の瞬間。シオン達の前にスバルが現れた。だが……。

 

「ス、バル……?」

 

 スバルの身体は、因子に覆われていた。その瞳は暗い――暗く、闇い。

 

 ――私、頑張って守ったんだよ?

 

 声を介さない声。それを目の前のスバルは放っていた。

 

「スバル、どうしたの……?」

「スバル……?」

 

 ティアナ、ギンガが立て続けに問い、近付こうとして――そのまま二人は愕然とした。近付けなかったのだ。まるで、足がその場に縫い留められたかのように動け無い。

 

 ――でも、”助けられなかった”。

 

 直後、シオンに、ティアナに、ギンガに、イクスに、あるイメージが脳裏に叩き付けられた。

 それはある光景。燃える火災現場。守れなかった人。子供の死体を前に、呆然と、涙すら流せずに呆然とするスバルの姿――!

 

「これは!?」

「スバルの……!?」

「っ!」

 

 ティアナが目を見開き、ギンガが呻く。シオンは顔を歪めた。

 スバルの、闇。それをほんの僅かだが、見てしまったからだ。

 

 ――守りたかったよ。私、守りたかったんだよ……。

 

「スバル……っ!」

 

 眼前に立つスバルに手を伸ばすシオン。しかしその手は届かず、スバルは因子に飲み込まれるようにその姿を消した。同時、三人に自由が戻る。思わず転倒しそうになりながら、しかし体勢を立て直した。

 

「……イクス」

【シオン、そしてティアナ・ランスター、ギンガ・ナカジマ。今の光景を受け止めろ】

 

 今見たモノが嘘であって欲しいと、そう思いながらイクスに問い掛ける。しかし、返って来た返答は無情であった。

 

「でも……!」

「信じ、られない……」

 

 ティアナも、ギンガも首を横に振る。そんな筈が無いと。シオンもそう思いたかった。だけど、思い出すのは先程のスバルとの会話。

 

 ――どんな私でも、私だから。

 

「そう、なんだな。……イクス」

【ああ】

 

 イクスは迷わない。シオンはぐっと息を飲んだ。解っているのだ。答えは、解っている。ただ。

 

「そう、か」

 

 ただ。

 

「認めるよ。この世界のスバルは」

 

 ただ、認めたくなかっただけ。

 

「”因子”を、受け入れたんだな」

 

 シオンは認めたく無い事実を、声に出す事で認めようとした。

 

 ――そんな事に意味は無いと解っているのに。

 

 この暗い、闇い世界で、シオンはスバルの言葉の意味を、ようやく痛みを伴う実感としてココロに刻み込んだのだった。

 

 

(後編に続く)

 




はい、第二十一話中編でありました。
こうして見ると、本当に戦闘ばっかな(笑)
ちなみに、ラストのスバルなんですが、スバルにとって守れなかった事って、相当のトラウマになると思うんですよね。
ただ、彼女は基本的に強いので普段は表に全く出ません。
それが、感染者となる事で顕在化したと言う訳です。
なのは・オルタについては、もう完全に別物と言うか、物真似の類なんで、大目に見て貰えると助かります(笑)
ではでは、ここまでで最大文字数となる後編でお会いしましょう♪


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第二十一話「スバルのココロ」(後編)

はい、テスタメントです♪
長かった第二十一話も、いよいよ終わりです♪
しかし、スバルのココロ編はまだ終わらんがなっ!(笑)
今回の見所は、シオン、ティアナ、そしてギンガのそれぞれの相対です。
バトルが多い多い(笑)
では、第二十一話後編、始まります♪


 

 暗い施設で三人は沈黙する。先程のスバルの言葉で、だ。だが振り払うように、シオンは一歩を刻んだ。

 

「……シオン」

「いつまでも、こうしていられねぇだろ? ……行こうぜ」

 

 そう言って歩きだす。それを見て、ティアナとギンガは顔を見合わせるとシオンを追い掛けた。次の部屋へと入る。

 

「ギンガさん。この場所に見覚えは?」

「ううん。無いわ……」

 

 気になった事をギンガに問うてみる。だが、ギンガは首を横に振るのみであった。しかし。

 

【……ひょっとして、だが。過去の記憶へと遡っている可能性がある】

「過去?」

 

 突然のイクスの言葉に、三人は訝し気に視線を向けた。次の部屋へと入る。

 

【ああ。心の深層に近付けば近付く程、それは無意識の領域だからな。ならば過去の記憶もまた深層へとあると考えられはしないか?】

「……かも、な。ギンガさん。何か心当たりは――」

 

 再びギンガへと視線を送るシオン。だが、その顔が青ざめている事に二の句が告げなくなった。ギンガは目を見開き、驚愕していたのだ。

 

「ギンガさん?」

「ギンガさん、どうしたんですか!?」

 

 シオン、ティアナの呼び掛けにようやくギンガは反応する。息を飲み、ゆっくりと周りを見渡す。ぽつりと呟いた。

 

「まさか、戦闘機人、の……?」

「戦闘機人? それって――」

 

 ティアナはギンガの呟きで即座に理解したのだろう。こちらも固まる。シオンとイクスだけは解らずきょとんとしていた。そんなシオンに、ギンガは瞳を覗き込んで見詰める。その瞳にシオンは一瞬だがたじろいだ。

 

 ――聞く覚悟がある?

 

 そう、その瞳は語っていたのだから。やがて三人は次の部屋にたどり着く。そこには――。

 

「これって……!」

 

 無数の。

 

「やっぱり……」

 

 見覚えのある。

 

「何、だよ。此処は……!?」

 

 スバル、ギンガと同じ顔の少女達が居た。

 

 

 

 

 そこは広大な部屋だった。広く、広い。だが、その両横に立ち並ぶ円筒型の物体が異様であった。

 生体ポッド。それが無数に立ち並んでいたのである。そこに居るのは、いずれもスバルやギンガと同じ顔の少女達。中には半身しか無い者や、首だけしか無い者まで居た。呆然とそれらを見るシオンに、後ろから声が掛かる。

 

「……戦闘機人って言うのはね」

 

 その声に振り向く。話しているのはギンガだった。有無を言わせぬ瞳で、ティアナを、シオンを見て、続ける。

 

「人と機械の融合って言えば解るかな。……元々、これ自体は存在した技術なの」

 

 人口骨格とか人口臓器とか、と例を挙げる。

 

「でも、足りない機能を補う事が目的だったから戦闘機械としては程遠い物で、強化や拒絶反応なんて問題もあった」

「ギンガさん……」

 

 ギンガの独白。それをシオン達は聞く。ぽつりぽつりと語られる内容は、つまり。

 

「でも、ね。戦闘機人はそれをベースとなる人の方を機械に合わせる事で解決したの」

「それって……」

 

 シオンが呆然と呟く。今話している内容が、スバルの身体に関係している事を、なんとなしに理解したのだ。ギンガは続ける。

 

「誕生の段階で機械の身体を受け入れられるように、遺伝子的に改造されて生まれて来た子供達。……そして」

 

 そこでギンガは周りを見渡した。そこにある、ひょっとしたら自分達の姉妹の姿を。

 

「兵器として私達は作られ、改造された」

 

 私達は。それはつまり、スバルとギンガは――。

 

 固まるシオンにギンガは最後の言葉を放つ。

 

「私達は戦闘機人よ」

 

 ギンガはそう言って、締め括ったのであった。

 

 

 

 

 ギンガの最後の言葉にシオンは何も言えない。言う事など出来ようものか。……だが。

 

「そっか」

「シオン……」

 

 シオンはただそれだけを呟いた。ティアナが不安気に見る。それには苦笑を返し、再びギンガに視線を移した。

 

「……ありがとうございます。話して頂いて」

「ううん。きっといつか、知る事になったと思うから」

 

 気にしないで、とギンガは返す。シオンもまた微苦笑した。

 

【シオン】

「ああ、解ってる。ここで立ち止まってなんてられねぇからな」

 

 再び二人を見る。二人もまたシオンに頷いた。

 

「行こう」

「ええ」

「そうね」

 

 そして、三人は次の部屋へと続く扉を潜ったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 それから二つほど部屋を抜けた。そこには全て、例の生体ポッドがあった。だが構わず進む。その先にスバルが居ると信じて。

 

「……ここ、広いな」

「そうね」

 

 さらに扉を潜るシオンに、ティアナも同意する。

 恐らくは実験施設なのだろうが、恐ろしく広い建物だった。よく考えれば一階だけとも限らない――と言うか有り得ないだろう。

 

【それにだ。この世界のスバル・ナカジマが因子を受け入れたにしてはあまりにも静か過ぎる】

「イクス……!」

 

 シオンがイクスに非難の声を上げる。だがイクスは構わず続けた。

 

【事実だ、シオン。その上でだが、あまりにも静か過ぎる。世界そのものが敵とも考えられるんだが――】

 

 ――次の瞬間。いきなりシオン達の足元に魔法陣が展開した。

 

「な……! これは!?」

「転送魔法陣!?」

「二人共、魔法陣の上から離――」

 

 ギンガがシオン達に離れるように叫ぶ、が。間に合わなかった。光がシオン達を包み、そして消えた。ギンガを残して、シオン達だけがどこかに消えたのだ。

 

「ティアナさん! シオン君!」

 

 叫ぶが届く筈も無い。すぐに念話を繋げようとして。

 

「二人なら、別の場所に行ってもらったよ」

 

 ――声が聞こえた。あまりにも懐かしい声が。それにギンガは絶句する。

 声は後ろから聞こえた。だからギンガはゆっくりと振り向く。そこには。

 

「ん? どうしたのかな? ギンガ、そんな顔して」

 

 そこに居た女性は、紫色の長い髪をポニーテールにしてリボンで結んでいた。身に纏うのは、ギンガと良く似たバリアジャケットだ。両の足にはローラーブーツ。

 そして、”両手に嵌められたリボルバーナックル”。ギンガは知っている、その人を。その人は――。

 

「おかあ、さん……?」

「ええ。貴女が知っている私かどうかは保証の限りじゃ無いけど」

 

 クイント・ナカジマ。スバルとギンガの母がそこに居たのだった。

 

 ――その身に因子を纏わり付かせて。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「く……っ! イクス!?」

 

 シオンは転送後に空中に投げ出された。恐らくは別の部屋なのだろう。そこの空中に投げ出されたのだ。シオンは即座に宙に浮かび、イクスに叫ぶ。

 

【現在位置、不明。少なくともギンガ・ナカジマもティアナ・ランスターも近くには居ない】

 

 イクスの返答に奥歯を噛み締める。油断した。てっきり来るとしても攻撃か何かだと思ったのだ。まさか、転送魔法で分断させられるとは。シオンは舌打ちを一つ打つとそのまま飛び出す。

 

 ――斬撃が降って来た。

 

 いきなりの斬撃に、シオンは反射でイクスを頭上に掲げてその斬撃を受ける。だが。

 

「ぬぅあぁぁぁぁぁ!」

 

    −撃!−

 

「なっ……!?」

 

 轟撃! シオンは受けたイクスごと、その一撃に吹き飛ばされ、床に叩き付けられた。バウンドし、だが勢いを利用して立ち上がる。

 

「ぐ……!」

【シオン、無事か?】

 

 呻きながらもイクスを振るい、正眼に構える。シオンに一撃を叩き込んだ人物は男だった。壮年の男性であり、手には槍。恐らくはデバイスだろう。形状は薙刀に似ている。突きより、斬撃を主眼とした形状だ。それを右手に携え、見下ろして来ていた。その身体に溢れるのは、やはり因子だ。

 

「てめぇが、ここの基点の感染者か!?」

「違うな」

 

 男は淡々とシオンに答える。そしてシオンと同じく床に降り立った――隙が無い。前の世界のなのは・オルタと違い、一分の隙も無かった。

 

「俺は”主”の命により造り出されたモノだ」

「主、だと……?」

 

 シオンは呻くように聞き返す。しかし、男は答えない。シオンは舌打ちを再度打った。

 

【……スバル・ナカジマか?】

「――!? なに……!」

 

 イクスの問い掛け、それにシオンが驚愕した。男は答え無い。

 

「イクス!?」

【……議論は後だ。今は奴に集中しろ】

 

 にべも無い。シオンは顔を歪めながら、再び男に剣を構えた。

 

「……ゼストだ」

「何だと?」

 

 男――ゼストの名乗りに、シオンが思わず疑問の声を放つ。彼は無表情のまま言った。

 

「騎士ならば名乗りを上げるのが礼儀だ」

「そうかよ」

 

 ゼストは槍を構える。右半身になり、槍を下へ。それを見ながら、シオンも告げる。

 

「神庭シオンだ」

「そうか」

 

 男も頷く。互いの眼を見合い、一瞬だけ間が空き――次の瞬間、二人は同時に駆け出した。

 

「「――参る!」」

 

    −戟!−

 

    −轟!−

 

 互いに宣戦を告げ、槍とイクスを正面からぶつけ合う! ――衝撃が、周囲にぶち撒けられた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ティアナは走っていた。突如として転送された場所、そこに居た女性に襲われたのだ。

 女性は召喚術士らしく、小型の蟲を周りに配置していた。その蟲から放たれた射撃を走りながら躱していく。その女性もまた、因子を身体に纏わり付かせていた。

 そして、ティアナはその女性に見覚えがあった――正確には、その面影に。

 

 ――あの召喚術士の娘にそっくり……!

 

 さらに向かい来る蟲にクロスミラージュを向ける。

 

【シュート・バレット】

 

    −弾−

 

    −弾−

 

    −弾!−

 

 三連で放たれたマルチショットが蟲を迎撃。しかし、女性は構わない。クスリと笑った。

 

「いつまで逃げてる積もりなのかな?」

 

 そうして右の手をティアナに差し向ける。その手にはブーストデバイスであるグローブが嵌められていた。

 

「アスクレピオス」

 

 女性の呼び掛けにデバイス、アスクレピオスが光を放つ。直後、四角の魔法陣が展開。召喚用の魔法陣だ。そこから現れたのは小型の蟲達。

 

「インゼクト、舞いなさい」

 

 女性の声に、その蟲達――インゼクトが応え、ティアナへと疾る。

 

「くっ……!」

 

 それにティアナは射撃で対抗。片っ端から迎撃してゆく。だが、女性の笑みは消えない。

 

「楽しんでいただけてるかしら?」

「――っ! 誰が!」

 

 叫び、撃ち続けるが、撃ち漏らした数匹がティアナへと向かって来た。ティアナは左のクロスミラージュを2ndモードに移行。光刃でインゼクトを切り払う。

 

「よく頑張りますね」

 

 そう笑う女性にティアナは顔を歪める。女性をティアナは知っていた。スカリエッテイのラボに実験材料として眠らされた女性。JS事件の時に戦った、召喚術士の女の子、ルーテシア・アルピーノの母――名をメガーヌ・アルピーノ。

 それをティアナは執務管補佐としての仕事、ルーテシアの裁判等の補佐で知っていたのだ。

 

 ――感染者って事は、アイツを倒したらこの世界のスバルを助けられるって事?

 

「残念だけど、そう簡単な話しじゃないの」

 

 メガーヌの唐突な言葉にティアナは驚愕する。それはまるで、自分の考えを読んだが如きの言葉だったから。メガーヌはクスクスと笑う。

 

「この世界は言ってしまえば精神の世界だもの。やろうと思えば簡単な思考なら、少し集中すれば読めるのよ」

「っ! このっ!」

 

 再び、左のクロスミラージュを1stモードに切り替え、二丁拳銃状態でメガーヌにバレットを打ち放つ。しかし、あっさりとプロテクションで防がれた。

 

「くっ……!」

「貴女には先に教えて置くわね? 私達は主に生み出された存在なの。主の心に、ね」

 

 主。それは誰だと言うのか――メガーヌは続ける。

 

「貴女も良く知ってる娘よ? あの娘はこれ以上貴女達に”入って来て欲しく無い”のよ」

「スバル……」

 

 ティアナは一瞬だけ呆然とした。メガーヌの言葉を信じるならば、その主とやらはスバルになる。因子を受け入れた、スバルに。ならばこの世界の基点となるべき感染者とは。

 

「スバルが……そうなの?」

「さぁ? 私にはそれに答える義務は無いもの」

 

 答えるべき事は答えたと、そうメガーヌは宣告し、再びアスクレピオスをティアナへと差し向ける。

 

「インゼクトだけだと厳しいみたいね? なら、彼を使わせて貰うわ」

「彼? ――っ!」

 

 直後、ティアナは背に走る悪寒に従い、前へと前転。その首があった地点を銀の輝きが通り過ぎた。ティアナは前に転げながらシュートバレットを背後に放つ。

 

    −弾!−

 

 放たれた射撃は彼――黒い人型に直撃した。それを見て、ティアナは顔を歪める。

 予想すべきだった。彼女がルーテシアの母ならば、当然、彼はメガーヌに付き従っている筈だと。

 ティアナはそのまま一回転。メガーヌ、彼とも距離を取る。

 

「その顔を見ると知っているみたいだけど、一応紹介しておきましょう。彼はガリュウ。私が最も信頼する戦友よ」

「…………」

 

 ガリュウは喋らない。だが、その両の腕から刃が突き出す。それを見て、ティアナの頬には汗が伝った。

 ニ対一。状況がかなりまずくなってしまった。彼我の戦力差がかなり傾いてしまっている。メガーヌはさらに笑うと、アスクレピオスを掲げた。

 

「ガリュウ。スピード、パワー、ツインブースト」

「っ!」

 

 メガーヌから放たれた光りが、ガリュウへと注がれる。今のは強化魔法。ただでさえ強力なガリュウを、さらに強化したのだ。

 

「さぁ、第ニ幕と行きましょう」

「…………」

 

 次の瞬間、ガリュウは駆け出し、ティアナはカートリッジをロードする。あまりにも不利な戦いが始まった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 光が走る。疾る。それは互いに紫の光。ウィングロードだ。ギンガはその上を走りながら、背後を見る。そこには母、クイントが居た――その身に因子を纏わり付かせて。

 

「いつまで、逃げてる積もりかな?」

「っ!」

 

 解っている。解ってはいるのだ。あの母は、ただの偽物だと。しかし、それでも……!

 

「仕方ないなぁ」

 

 呑気とも取れる声を漏らし、直後に両手のリボルバーナックルが同時にカートリッジロード。スピナーが回転を刻み出した。ギンガは嫌な予感を覚えて、振り返ると右手を突き出す。掌に展開するは三角形のシールド。トライ・シールドだ。クイントは構わない。

 

「ダブル・リボルバーシュート」

 

    −発−

 

    −撃!−

 

 左右の拳を順に連続で突き出すと、衝撃波が二連で放たれた。

 

「く……っ!」

 

 放たれた衝撃波を、トライ・シールドで受け止める、が。衝撃に右手が震えた。双発で放たれたリボルバーシュートは、倍かそれ以上の威力を誇っていたのだ。押され、しかし耐え抜く――だが。

 

「駄目だね」

「――っ!?」

 

 既にクイントはギンガの眼前に迫っていた。振るわれるは右の拳。ギンガは後退し、すんでで回避する。だが。

 

「遅いよ」

 

    −撃!−

 

「っぁ!」

 

 右側頭部に衝撃が走った。蹴り――クイントは後退するギンガへとローラーブーツを回転させ、間合いに飛び込み、蹴りを叩き込んだのだ。ギンガはウィングロードから転げ落ち、床へと落ちる。

 しかし、クイントは容赦しない。ローラーブーツが再び唸り、疾駆を開始。その先にウィングロードを形成すると、両のリボルバーナックルが三連でカートリッジロードを行った。

 

「ギンガ、良く見なさい。これがS・A(シューティング・アーツ)のコンビネーション・フィニッシュ」

「――――!?」

 

 クイントの言葉。そして背に走る悪寒にギンガはウィングロードを足元に形成して体勢を整える――遅い。

 一瞬でクイントはギンガを間合いに捕らえる。ギンガは両の腕を折り畳むようにしてガード。クイントはその上から右の拳を叩き付けて、ガードを弾き、そこから止まらない!

 

    −撃!−

 

 返しの左拳がギンガの腹へと突き刺さり、その身をくの字に曲げる。同時にリボルバーシュート。零距離で撃ち込まれた衝撃波によって弾け飛んだギンガへ更に追撃せんと疾駆開始。防御も回避も叶わなくなったギンガへと蹴りを好き放題に叩き込む! さらに右拳を顎にぶつけ、着弾した直後に再び零距離リボルバーシュート。

 全弾直撃したギンガに、更に唸りを上げる左右のリボルバーナックル。スピナーの激烈な回転が旋風を巻き起こし、クイントは双掌でそれを放つ!

 

「アヴァランチ・テンペスト」

 

    −轟!−

 

 最後の一撃をギンガは悲鳴さえ上げられずに撃ち込まれ、今度こそ床へと激突したのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ああぁぁっ!」

「おおぉぉぉっ!」

 

    −閃−

 

    −戟!−

 

 二条の刃が煌めき、互いを斬断せんと振り落ちてぶつかり合う!

 シオンとゼストは鍔ぜり合いのまま睨み合った。直後、ゼストがカートリッジロードを行い、シオンは魔力放出。

 

    −轟!−

 

 衝撃が疾り、互いに吹き飛んだ。シオンは足場を形成し、空中に踏み止まる――しかし、次に見たものは再度カートリッジロードを行うゼストだった。槍を振り上げる。

 

「――迅雷」

 

    −撃−

 

 衝撃が疾る。シオンはそれに対してシールドを張り、激突。純粋に物理的な衝撃波は対魔力では防げない。それ故の選択であったが、頭上に舞い上がるゼストを見てシオンは目を見開いた。今の一撃も、この為の繋ぎだったのか。

 

「せぃやあぁぁぁぁ!」

「――っ、四ノ太刀、裂波!」

 

    −波−

 

 シールドの内側からイクスを叩き付け、シールドを破壊。同時に波紋となって空間振動波が放たれる。それはゼストの動きを止め――。

 

「りゃあぁぁぁ!」

「な――――!?」

 

 一瞬で拘束を破られた。シオンは再びイクスを頭上に振り上げ、一撃を受ける。

 

    −戟!−

 

 足場も形成したが、その一撃に膝が砕けそうになった。重い、とんでもなく。

 

 ――マジか……! まるでタカ兄ぃの攻撃じゃねぇか!

 

 歯軋りするシオンに、ゼストは止まらない。いきなり力を抜いたかと思うと身体を回し、今度は下からシオンを狙う。

 

「こンの!」

 

 シオンも背中までイクスを振り上げる。魔力放出。螺旋を描くそれは一撃の威力を跳ね上げる。

 

    −裂!−

 

    −戟!−

 

 再び重なり合うイクスと槍。上段と下段の打ち合い――だが、ゼストはそこから更にカートリッジロード。

 

    −爆!−

 

 激烈な衝撃が疾り、ついに打ち負かされた。シオンは弾き飛ばされ、床に叩き付けられる。

 

「ぐっ……!」

 

 身体を走る衝撃にシオンはしかめっ面になりながら、しかし立ち上がる。ゼストも油断せず、即座に槍を構えた。

 

【シオン、奴は接近型だ。ウィズダムを――】

「嫌だ」

 

 イクスがシオンに助言するが、シオンはそれをきっぱりと断った。イクスはしばし沈黙し、それでも問い直す。

 

【……何故だ?】

「あのオッサンとは、真っ正面から剣だけで戦いたい」

 

 息は荒く、シオンの肩は上下する。だが、その意思は硬い。瞳は屈してなどいなかった。

 

「悪い、イクス。我が儘だってのは解ってる。だけど――」

 

 まるで訴えかけるかのようなシオンの懇願。それに、デバイスたるイクスはこれ見よがしに音声だけとは言え嘆息した。息なぞしてもいないだろうに。

 

【……まったく。我が儘な弟子を――マスターを持ったものだな】

「悪い」

【構わんよ】

 

 再び謝るシオンにイクスはあっさりと言う。

 

【そんな所も含めてお前だからな。……存分にやれ、マスター】

「応!」

 

 イクスの言葉笑うと、シオンの身体から再び魔力が吹き出す。……ゼストは、今のやり取りの最中全く仕掛けて来なかった。それを見て、シオンは思う。このオッサンは――。

 

「征くぞ」

「ああ」

 

 ゼストの宣言。それにシオンは応え、再び両者は激突した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −閃−

 

「くっ……!」

 

 ティアナは2ndモードのクロスミラージュを振るい、ガリュウの猛撃をギリギリで凌ぐ。彼の攻撃は疾く、そして鋭かった。

 

 ……エリオはよくこんな奴相手に一騎打ちで戦ってたわね。

 

 心中唸りながら、さらに放たれる一撃を受け流す。

 

「よく耐えますね。てっきり射撃だけで近接はお飾りと思ってました」

「とある馬鹿に少し鍛えられてね!」

 

 叫び、さらに左のクロスミラージュを下から跳ね上げた。

 

    −閃−

 

 ガリュウの顎を掠めて一撃は過ぎる。同時、ティアナは後方に短くジャンプ。ティアナが居た場所に紫の短剣が無数突き立った。メガーヌが放った魔法だ。ティアナは着地と同時にスフィアを展開する。その数二十。

 

「クロスファイアー!」

 

 それに反応したガリュウが、一気にティアナへと駆ける。だが彼女は構わない。

 

「シュ――――ト!」

 

    −轟!−

 

    −弾!−

 

「……!」

 

 叫びと同時に、スフィアがティアナの前方に集中。集束された光弾は光砲となった。威力にしてAAA級。光砲は、ガリュウに近接で叩き込まれ、爆煙を上げる。吹き上がった衝撃は、ティアナとガリュウを真逆に吹き飛ばした。

 メガーヌもまた構わない。再び、周囲に短剣が浮かばせた。

 

「終わりにしましょう。トーデス・ドルヒ」

 

    −閃−

 

 放たれる無数の短剣。しかし、ティアナに刺さる筈のそれは、刺さる事無くティアナを通過。その姿は消えた。

 

「幻影? なかなかやるわね。けど」

 

 直後、メガーヌの周りのインゼクトが反応する。煙の中、再びシュートを撃たんとするティアナを感知。インゼクトが一気に突っ込む。しかし、それもまたあっさりと通過した。

 

「これも?」

「そこ!」

 

 驚きの顔を浮かべるメガーヌに、今度こそティアナが現れる。メガーヌの右横だ。クロス・ミラージュは3rdモードに移行。環状魔法陣が展開し、ターゲットサイトも同時に展開。後は引き金を引くだけ――。

 

「ファントム――」

「ふふ。もう一人お忘れよ?」

 

    −撃!−

 

 次の瞬間、ティアナは右腹に走った衝撃に顔を歪める。先程吹き飛ばしたガリュウが、蹴りをティアナに叩き込んでいたのだ。ティアナは蹴りをまともに受けて、弾き飛ばされ、抵抗も出来ずに床を転げた。

 

「く……っ! ゴホっ!」

 

 呻き、咳込むティアナ。蹴りの一撃はティアナに相応のダメージを与えていた。それをメガーヌはクスクスと笑う。

 

「いい線行ってたけど詰めが甘かったわね。ガリュウはそこまで脆くないわ」

「…………」

 

 ガリュウはメガーヌの横に控える。その身は先程のティアナの一撃で甲殻に皹が所々入り、割れてしまっている。だが、まだまだ平気そうであった。

 ティアナは咳込みながらも立ち上がる。

 

「まだ立ち上がるの? そんな事に意味なんて無いのに」

「な……んです、て……!」

 

 喘ぐようにティアナはメガーヌを睨む。しかし、メガーヌは構わない。

 

「解らない? 私達が生み出された理由は、彼女が貴女達をここに入れたくなかったから。つまり貴女達は拒まれてるのよ、彼女に」

「っ――!」

 

 ティアナはその言葉に俯いた。

 ……拒絶してる――あの娘が、私を。

 改めて言葉にされた事実は、ティアナに少なからずショックを与えていた。……だけど。

 

「それでも!」

 

 だが。

 

「私は……!」

 

 だから!

 

「諦めない!」

 

 スバルを、ずっと、ずっと自分を信じてくれた、馬鹿みたいに優しいあの娘を信じてる。だから!

 

「私はあの娘を取り戻す事を諦めない!」

 

 ティアナの宣言。それを聞いて、メガーヌは微笑を浮かべた。

 

「そう。いいわ。お互い、譲れないわね。なら、そろそろ決着をつけましょう」

「ええ!」

 

 ガリュウがメガーヌの前に出て、ティアナが両のクロスミラージュを構える。二人は最後の交差を交えようとしていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……っ、あ……!」

 

 一瞬だが、ギンガは確かに意識を失っていた。母、クイントに叩き込まれた連携技で床に叩き付けられて。めり込んだ床から身体を起こす。同時、激しく咳込んだ。

 

「どう? ギンガ。これでもまだその気になれない?」

「っ――!」

 

 見上げる先にはクイントがいる。その顔は微笑みのままだ。あの頃と同じ母の笑み。それに懐かしくなると同時、切なくなった。……これは、偽物なのにと。

 

「お母さん……」

「ええ。何かな?」

 

 ギンガは身を起こし、構えた。問う――確認する為に。

 

「お母さんを作ったのは……スバルなの?」

「ええ。あの娘が私達の主。あの娘はね? 守護者として私達を作った」

 

 その返答に、ギンガは奥歯を噛み締める。

 ……似ていて当然だった。何故ならスバルのイメージによって作られたのだから、この母は。それは取りも直さず一つの事を意味する。

 

 ……この世界のスバルは。

 

「私達を拒絶しているのね」

 

 ギンガはそれを声に出しながら呟く。クイントは微笑しながら頷いた。

 

「そうだよ。あの娘はこれ以上貴女達に踏み込んで欲しく無いの。……心に、ね」

「そう」

 

 ギンガは少しだけ目を閉じた。イクスは言っていた。どんなスバルでもスバルだと。ならば自分を、自分達を否定するスバルもまた居る。それをギンガは自覚し、受け入れた。

 

「……私ね。JS事件の時に、スバルに助けて貰ったの」

「そう」

 

 クイントは頷く。微笑みを、未だ絶やさずに。ギンガは続ける。

 

「だから、今度は私の番だよ」

「あの娘はそれを望んで無いよ?」

 

 そう、あの娘は――この因子を受け入れたスバルはそれを望んでいない。

 

 ……だから何?

 

 ギンガはそう思い、拳を構える。クイントもまた構えた。

 

「あの時、スカリエッテイに操られた私はあの娘を拒絶したの」

「そう」

 

 クイントは頷く――頷くだけ。そう、ギンガは届かせねばならない。妹に、スバルに。思いを。

 

「それでもあの娘は私を諦め無かった」

 

 だから――。

 

「だから、私もあの娘を諦めない」

 

 必ず、取り戻すと。助けるとギンガは宣言する。その思いが、クイントの向こうのスバルに届くように。

 

「お母さん。……いくわ」

「ええ」

 

 母は頷き。そして、互いにウィングロードを発動。ブリッツキャリバーが唸り、ローラーブーツもまた唸りを上げ、疾駆開始! カートリッジロード。ギンガは左のリボルバーナックルを。クイントは右のリボルバーナックルを。両者のリボルバーナックルのスピナーは激烈な回転を刻み、互いへと叩き付けられたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −閃!−

 

    −戟!−

 

 刃が交錯し、ぶつかり合う。それは衝撃となり周囲を震わせた。

 シオンとゼストだ。二人は互いにただ刃のみを頼りに戦っていた。真っ正面から放たれた槍にイクスを横薙ぎに叩き込む。

 

    −戟!−

 

 轟音が響き、再び衝撃が走った。鍔ぜり合いとなる。互いの刃が壁となり、その壁を挟んで睨み合った。

 

「貴様は何故戦う」

「何だと?」

 

 至近でゼストが問うて来る。思わずシオンは問い直した。

 

    −撃!−

 

 ゼストは槍を押し込むと、シオンを弾き飛ばす。彼は足場を形成し、空中に踏み止まった。開いた間合いで、イクスを正眼に構える。ゼストも槍を右半身に構えた。

 

「何故、貴様は戦う?」

「今さら問う事かよ? それ」

 

 シオンはゼストの問いにそう返す。戦う理由等、一つしか無い。スバルを助ける為だ。

 

「主がそれを望んでいないのに、か?」

「何だと?」

 

 シオンが問いに問いで返す。それはどう言う意味だと。ゼストは率直に答えた。

 

「少なくとも、この世界の主は貴様達を拒んでいる。それを救い出すのは傲慢とは言えないか?」

「――はン!」

 

 ゼストの問い。しかしシオンが返したのは肩を竦め、笑う事だけだった。

 

「傲慢? そうだな、スバルの気持ちを無視してるんだもんな。確かに助けようとするのは筋違いかもしれねぇな」

「ならば――」

 

 ゼストが何かを言いかける。しかし、シオンはきっぱりとその台詞を斬って捨てた。

 

「”だから何だ?”」

「……何?」

 

 ゼストが疑問を返す。だが、シオンは構わない。

 

「だから何だ? スバルの気持ち? 知った事か。俺は、アイツを助けたいから助けるんだよ。理由なんざ、どうでもいい」

「……本当に傲慢だな。助けられる側の気持ちは一切無視か」

 

 ゼストが責める口調でシオンに問い直す。だが、やはりシオンは構わなかった。

 

「ああ。例えこの世界のスバルが俺達を拒絶しようが構う積もりはねぇ。いいか? よく聞けよ、ゼスト。そしてスバル! 俺は、お前を諦めない。例えぶん殴ってでも連れ帰る! ……お前が、俺にそうしたようにな」

 

 シオンはゼストに――そしてスバルに宣言した。通すのは我意あるのみ。

 傲慢? 我が儘? 知った事じゃあ無い。

 

 ――”俺はお前を失いたく無い”。

 

 ただそれだけをスバルに向かって放った。

 それにゼストの顔がたった一つの動きを見せる。笑みだ。ゼストは確かに笑っていた。

 シオンもまた笑う。まるで告白みたいだな、と苦笑したのだ。

 互いに笑い。しかし構えは解かない。

 ゼストはカートリッジロード。シオンは魔力を吹き上げた。

 

 ――何となしにに理解する。これが最後の一撃になると。両者共に笑いを止め、一瞬だけ視線を交錯。直後。

 

「「参る」」

 

    −轟!−

 

    −戟!ー

 

 互いに爆発したが如き速度で駆け出す! ゼストは真っ正面から唐竹割りを。シオンは胴薙ぎの一閃を。

 渾身の斬撃は、やはりぶつかり合い、砕き合う! そして。

 

「おぉぉぉぉ!!」

「あぁぁぁぁ!!」

 

 ――決着が訪れた。

 

    −裂!−

 

 轟撃一閃! ゼストの槍が砕け、シオンのイクスが吸い込まれるようにゼストの胴へと叩き込まれた。シオンは迷わない。一気に振り抜く。

 

    −斬!−

 

 シオンはそのままゼストを薙ぎながら、横を通り過ぎる。そしてゼストは前のめりに倒れ、地面へと落ちた――。

 

【勝った、か?】

「ああ」

 

 シオンは残心を解くと、ゼストへと向かって床に降り立つ。

 

 ――やっぱり。

 

 シオンはそう思う。ゼストは再生しなかったのだ。

 

「アンタ、感染者じゃ無かったんだな」

「今となってはどうでもいい事だ。……俺は主に作り出された存在。それだけでいい」

「……そうかい」

 

 シオンはゼストにそうとだけ答える。それに、一つだけ笑みを浮かべ、ゼストは扉を指差した。

 

「そこを抜ければ主の元に行けるだろう」

「いいのか?」

 

 シオンの問いにゼストは「ああ」とだけ答えた。

 目をつぶる。もう、その身体は風景に溶けるように消えかけていた。だが、ゼストは確かな口調で告げて来た。

 

「先程の貴様の言。見事だった」

「……」

 

 ゼストの言葉。そして、消えていくその姿を、シオンは目に焼き付ける。

 

「本当に守りたいモノを守る。それは何とも難しい。……神庭シオン」

 

 ゼストはシオンを呼び、目を開いてシオンを見る。シオンもまた見返した。

 

「貴様は、守れるか?」

 

 問い。その言葉の重さをシオンは胸に刻み付ける。一瞬だけ目を閉じ、そして開いた。

 

「ああ」

 

 短い、しかし力ある言葉としてシオンは頷く。ゼストはシオンの答えを聞き、満足そうに消えていった。シオンは暫くその残滓を噛み締めるように立ち尽くす。

 

【……シオン】

「ああ。……解ってる。行こう」

 

 シオンは頷くと、踵を返して扉へと向かう――後には何も残らなかった。

 

 何も。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −閃−

 

    −破−

 

    −裂!−

 

 振るわれ、放たれる銀光を、ティアナは2ndモードのクロスミラージュから発生した光刃で弾き、受け止め、逸らす。

 ガリュウからの猛攻だ。真っ正面から振り下ろされた一撃を、ティアナは身体ごと回転しながら右のダガーを合わす。回転運動を伴ったそれはガリュウの一撃を受け止め――そこで止まらない。

 

「はぁっ!」

 

    −閃−

 

 カウンター。ティアナは身体を捻るように捩込み、今度は左のダガーをガリュウに叩き込んだのだ。

 距離を取るガリュウ。しかし、即座にティアナへと突っ込んで来る。それに対し、再度カートリッジロード。

 今、ティアナの周囲には十五のスフィアが浮いている。そこに五つ追加した――だが、まだ放たない。

 突っ込むガリュウは左右の刃を振るい、ティアナにスフィアを放たせまいと襲い掛かる。振るわれ、放たれる刃。だが、ティアナのダガーはそれを防ぎ切った。

 ティアナの脳裏に浮かぶのは、双剣の”一応”の師匠だ。その言葉を思い出す。

 

 ――いいか? 小太刀ってのは本来防御の技だ。小太刀は普通の剣より軽いから、その分迅い。だから防御に向くんだ。

 

 真っ直ぐに突き込まれた刃に身体ごと回転。体重をダガーに乗せて、受け止める。

 

 ――ええっと……何て言ったかな? 何処かの流派でそんなのがあるんだよ。小太刀二刀流だっけかな? 詳しくは知らんけど、俺に双剣の基礎を教えてくれた人がいてな。基礎だけだったけど。でだ。

 

 次々と襲い掛かる刃にティアナは構わない。防御に徹する。

 

 ――さっきも言ったけど小太刀ってのは守りの為の刀剣だ。熟練者が使えば鉄壁の防御を誇る。お前に教えるのはその防御だ。……あン? アンタ、双剣で防御してないじゃないって? ……気にすんな。人間、向き不向きがあるもんだ。誤魔化してねぇよ! おほん! ……続けるぞ。

 

 弾く、弾く、弾き返す。猛攻の嵐の中で、ティアナはなんとなしに解った。

 ガリュウが攻めあぐねているのが、焦れているのが解る。

 

 ――で、射撃が持ち味のお前だから俺の技を十盗めると思うな。五でも盗めりゃあマシと思え。

 

 逆にティアナは焦らない。ひたすら防御に徹する。

 あの馬鹿に――シオンに教えて貰ったのはただ一つだ。故に狙いもただ一つ。

 

 ――2ndの状態でお前が狙うのは一つだけだ。ただひたすらに防御して、向こうの隙を作りだせ。そして狙うのは――。

 

 焦れたガリュウが大振りの一撃を放つ。……それを待っていた!

 

 ――カウンターだ。

 

    −閃!−

 

 振るわれる右刃。しかし、ティアナは迷わず踏み込み、ダガーの切っ先をガリュウに突き立てた。

 

    −裂!−

 

    −爆!−

 

 ダガーの刃はガリュウの甲殻を突き破り、内部に到達する。同時、ティアナはダガーをバースト! 互いに弾き飛ばされた。

 

「ガリュウ!?」

 

 メガーヌから悲鳴が上がる――ティアナは構わない。内部から叩き込まれた衝撃にガリュウが膝を屈するのを見る。

 

 ――チャンスはここだけ!

 

 ティアナはクロスミラージュを1stモードに変化し、即座にカートリッジロード。ついに二十五となった光弾を放つ!

 

「クロス、ファイア――!」

「ガリュウ! 起きて!」

 

 メガーヌの叫び。だが、内部を爆砕されたガリュウは立ち上がれない。そしてティアナは叫んだ。

 

「シュ――――ト!」

 

    −閃−

 

    −弾−

 

    −爆!−

 

 散弾爆裂! 放たれた二十五の光弾は、迷う事なくガリュウに直撃。全身に叩き込まれ、爆発した。

 

「ガリュウ――!? よくも……!」

 

 叫ぶメガーヌをやはりティアナは無視した。煙の中で右のクロスミラージュを2ndに移行。同時に、メガーヌがインゼクトをトーデス・ドルヒを放とうとする。

 

 ――させない!

 

 ティアナは胸中、叫び、左のクロスミラージュをメガーヌへと向けた。

 

    −閃−

 

 光射が迷い無く放たれる。だがそれは、メガーヌの顔を逸れて、壁に当たった。

 

「ふふ。外したわね――?」

 

 そこでメガーヌは異変に気付いた。この射撃は何だ? と。光の帯が、まるで銃口と繋がっているような……!

 

「いっけ――!」

 

 ティアナが叫ぶ。直後、光帯がその身体ごとティアナを巻き取り始めた。

 

「!? しまっ!」

 

 失態に気付くメガーヌ。だが、遅い。大ダメージを受けたガリュウは動けず、インゼクト、トーデス・ドルヒは間に合わない。

 ティアナは一瞬でメガーヌまで辿り着き、右のダガーを彼女の胸に突き立てたのだった。

 

 

 

 

「まさか、こんな接近の方法があるなんて、ね」

 

 メガーヌがその胸に光刃を突き立てられたまま、自嘲気味に笑う。そこでティアナは気付いた。最後まで彼女は自分を嘲笑う事はしなかったと。ウェンディ・オルタのような感覚を彼女からは覚えなかったのだ。メガーヌは笑う。その笑みはあまりに優しくて。

 

「……私は、あの娘に作られたんだもの。だから私はあの娘の心の一欠片」

「なら……!」

 

 ティアナが倒した彼女は――。愕然とした彼女に、メガーヌは首を横に振る。

 

「大丈夫よ。所詮、私は因子の力を借りて作られた複製だから」

 

 そう言って、にっこりと笑った。ティアナはいたたまれなくなる――そんな彼女に、メガーヌは扉を指差した。

 

「行きなさい。向こうでは主が待ってるわ」

「……でも」

 

 迷うティアナに、しかしメガーヌは笑いを止めない。

 

「貴女は勝者よ。だったら先に進むべきだわ」

「……はい」

 

 メガーヌの言葉にティアナは少し逡巡。だが、即座に踵を返して扉に向かった。

 

「……あの娘をよろしくね」

 

 ティアナは振り向かない。だけどそれでいい。メガーヌは満足気に目を閉じ、そして周りの召喚した友と共に消えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――走る。

 

    −裂−

 

 ――疾る。

 

    −轟−

 

 ――迅る!

 

    −撃!−

 

 複雑な軌道を描き、ウィングロードが部屋を所狭しと走る。その上を走るのはギンガとクイントだ。

 互いの拳をぶつけ合い、離れ、勢いを付けてまた叩き付け合う。そして、その回転を利用して蹴りを放つ――! 二人が交差する度に風が動き、割れた。

 

「はぁぁぁぁぁ!」

「やぁぁぁぁぁ!」

 

    −撃!−

 

    −戟!−

 

 拳が再び交差。背中を互いに合わせた状態で、ローラーのグリップ力に任せてベクトル変換。回し蹴りがぶつかり合う。

 

    −砕!−

 

 轟蹴裂波! 走る衝撃が二人の髪を靡かせた。そのまま二人は離れ、再度拳を叩き付ける――今度はそこから交差しない。

 互いのプロテクションを破るように、拳が食い込んで行く。バリアブレイクだ。カートリッジロードを二連互いに行い、さらに食い込んで行く――。

 

    −砕!−

 

 次の瞬間、プロテクションが砕けた。そこから二人の動きが変わる!

 クイントは左のリボルバーナックルを引き、カートリッジロード。一気に放つ。それに対するギンガはそのまま回転。右の蹴りを放つ。

 

「リボルバ――!」

「キャリバ――!」

 

 拳と蹴りがぶつかり合ったまま鍔ぜり合う。直後に同じ言葉が放たれた。

 

「「シュ――ト!」」

 

    −爆!−

 

 衝撃が再度二人と周囲を叩く。そして、互いに二人を弾き飛ばした。クイント、ギンガは後ろへと吹き飛び、既に展開してあるウィングロードに乗って踏み止まる。

 ――間が開いた。二人は十メートルを挟んで対峙。クイントは両の拳を引いて、腰を落として構える。ギンガは逆に左半身に構えていた。

 ギンガの頬を汗が一筋流れる。

 あの構え。あれは先程の連携を放つ構えだ。アヴァランチ・テンペスト。両腕のリボルバーナックルが在る事が前提の技だ。……しかし。

 

 ――本当にそう?

 

 ギンガは考える。クイントは両のリボルバーナックルとローラー・ブーツ。

 そして自分は左手にリボルバーナックルと、ブリッツキャリバーだ。

 

 両のリボルバーナックルが無いならばフィニッシュ技や、繋ぎは違うものとなる。だが。

 

 ――出来る!

 

 ギンガはそれだけを確信する。ずっとずっと鍛えに鍛えてきたS・A。その経験が語る。今の自分なら、あの技を放てると。

 目を閉じ、息をスゥっと吸い、吐いた――目を開く。そして焼き付ける。母の姿を。

 

 カートリッジロード。

 

 クイントは両のリボルバーナックルを三連でカートリッジロードする。ギンガもまた、左のリボルバーナックルをカートリッジロード。こちらも三連だ。互いにベルカ式の魔法陣が足元に展開する。

 

「行くよ、お母さん」

「来なさい。ギンガ」

 

 次の瞬間、二人は一気に駆け出した。互いの足元の空気を炸裂させ、一気に疾駆開始! 両者のリボルバーナックルのスピナーが、激烈な回転を刻む。

 

    −撃!−

 

 右と左の拳が炸裂し、ぶつかり合う。そこから零距離でリボルバーシュート!

 衝撃が――風が爆裂し合う。そのまま二人は止まらない。

 互いを至近で捕らえ、右のハイから左のロー、そしてミドル、またハイと蹴りを連続で叩き付け合う。

 

 一撃。

 

 十撃。

 

 百撃!

 

 合わせ鏡の如く、撃ち込まれる蹴りの乱打。ついにクイントは痺れを切らしたか、左のリボルバーナックルを今までの回転エネルギーを乗せて放つ。対するギンガも止まらない。蹴りを同じ要領で回転のまま放つ。同時、零距離シュート。

 

    −轟!−

 

 再び激烈な衝撃が走り、両者ともに吹き飛ぶ。だが、クイントの両のリボルバーナックルはそのままラストのカートリッジをロード。刻まれる回転が風を巻き起こし、それを捩れ合わすかのように掌に集束させた。

 

「アヴァランチ――!?」

 

 そして一撃を放たんとした瞬間。クイントは見た。

 ギンガの姿をだ。ギンガもラストのカートリッジをロード。そして”頭上”に向け、リボルバーシュートを放つ!

 その一撃を推進力に変え、ギンガは螺旋軌道を描きながらクイントに突貫。ブリッツキャリバーが叫び声を上げた。

 

【アヴァランチ・ドリルブレイク!】

「やぁぁぁぁぁっ!」

「――っ! テンペスト!」

 

 驚愕して一瞬遅れたものの、クイントは掌を突き出す。そこに、ギンガの螺旋を描く両足が撃ち込まれた。

 

    −裂!−

 

    −砕!−

 

 そして、クイントのテンペストを、ギンガのブレイクが貫き、その両足が左右の掌を弾き飛ばした。そのままクイントの胴体に、ブリッツキャリバーが捩れながら突き刺さる――!

 

    −爆!−

 

 クイントを巻き込んだままギンガは豪裂に回転しつつ、そのインパクトを全て叩き込んだ。

 運動エネルギーを余す事無くぶち込まれ、クイントは回転しながら床へと叩き付けられたのだった。

 

 

 

 

「勝っ……たの?」

 

 ウィングロードの上で倒れ込んだギンガは、クイントを見ながら呆然と呟く。

 正直に言うと、最後の方は何をしたのか自分でも覚えていない。ただただ無我夢中で。

 そして、ギンガはゆっくりと立ち上がった。ウィングロードを走り、母の元へと向かう。

 

「はは……負けちゃったね」

 

 クイントはまだ意識を保っていた。その事に驚き、ギンガは即座に構える。だが、クイントは倒れているだけ。すると、その姿が薄らぎ始めた。

 

「――っ! お、お母さん!?」

「……ふふ。負けちゃったからね」

 

 消え逝く彼女は、しかし満足そうな顔をしていた。悔いは無いとばかりに。

 

「なんで……! なんで消えるの!?」

「私達はスバルに作られた存在だからね。負けたら消えるだけなんだよ。……だから気にしないで」

 

 気にしないでいられる訳が無い。

 解っている。解ってはいるのだ。もう母は――母の姿をした彼女は消える。でも、それでも!

 

「お母さん!」

「……こんな私でも、お母さんって呼んでくれるんだね」

 

 縋り付かんとするギンガを、クイントは制止する。そして、扉を指差した。

 

「あそこを通れば、スバルの元に行ける。……行きなさい」

「でも、お母さん!」

 

 気付けば涙を流していた。母が消える姿を見るなんて嫌だった。

 クイントはそんなギンガに困った顔をすると、優しく告げる。

 

「……ギンガはお姉ちゃんなんだぞ?」

 

 ――だからスバルを、助けなくっちゃ。

 

 そう、クイントは微笑みながら呟く。その言葉を聞いて、ギンガは奥歯を噛み締めた。数秒の間を置いて、ようやく頷く。

 

「うん。それでこそギンガだ」

「お母さん……」

 

 最後まで、最後まで母らしく笑う。直後、クイントは安らかな顔を浮かべて、消えた。

 ギンガは暫く立ち尽くす。その姿を、残滓を目に焼き付けて。

 やがてギンガは扉へと進んだ。妹を、スバルを救い出す為に――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――そこは白い、ただただ白い空間だった。

 

 シオンは扉を開けると、そんな所に立っていた。気付くと、後ろの扉すらなくなっている。

 

「……何だここ」

【真っ白い空間か。ここが最奥か……?】

 

 イクスの声を聞きながら、シオンは足元を確認する。どうやらここは一応床があるようだった。それに少しホッとし、とりあえず歩こうとして。

 

 ――どいて〜〜!

 

 急に、そんな声を聞いた。

 

「な、何だ?」

【む、声がしたな?】

 

 ――どきなさいってばー!

 

 声はまだ聞こえる。いかん幻聴か、最近いろいろあったしな――とかシオンが自分の精神に若干の不安を覚えていると。

 

「どきなさいって言ってるでしょぉぉぉぉぉぉ――――――――!?」

「へっ? て、うおぉぉぉぉぉぉ――――!?」

 

 今度こそは間違い無く肉声を聞き、上を見てシオンは驚愕した。そこには、こちらへと真っ逆さまに落ちるティアナが居たから。

 

「あ、阿保かぁぁぁ――――――!?」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ――――――!」

 

 両者ともに叫び、しかしシオンは持ち前の反応速度でティアナを両腕でキャッチ。お姫様抱っこ状態で受け止めてのけた。

 

「ギ、ギリギリセーフ……」

「し、心臓に悪いわ……」

 

 お互いびっくりした為か息が荒い。とりあえず、シオンはティアナを下ろす事にした。

 

「……んで? 何をとち狂ってノーロープバンジーなんて真似してんだお前は」

「したくてやったんじゃないわよ!」

 

 シオンをキッと睨み、ガ――――! と、吠えるティアナ。当社比にして三割増しの吠えっぷりである。よほど怖かったらしい。

 その後、ティアナから事情を聞く。なんでも、扉に入るといきなり落っこちたそうだ。

 

「……アンタは落ちなかったの?」

「俺は最初っから足場があったぞ」

 

 そう答えると、ティアナから「ズルイ」と睨まれる。だが、そんなのどうしろと言うのだ。

 嘆息するシオン。すると、頭上を走る紫色の道を見てホッと息を吐いた。

 ウィングロードだ。走って来たのは当然、ギンガだった。

 

「ティアナさん! シオン君! 二人共、無事!?」

「ええ、こちらは何とか、ティアナは?」

「一応、大きな怪我とかは無いわね」

 

 これで何とか三人合流である。とりあえず離れた時の情報を交換しようとシオンは口を開き――。

 

 ――守りたかったんだよ。

 

 突如として響いた声に、その口を閉じた。

 

「……おい、今の……」

「ええ、私にも聞こえた」

「確かに、今のは――」

 

 ――スバルの声だった。次の瞬間、白一色のこの空間を汚すかのように、黒が走る。黒のバブル――アポカリプス因子だ。それはある形となった。

 

 五歳程の、スバルの姿に。

 

「スバ、ル?」

「スバル!」

 

 ティアナが呆然と呟き、ギンガが近付こうとする。だが、シオンに留められた。

 

「っ――! シオン君!?」

「……落ち着いて下さい、ギンガさん」

【ギンガ・ナカジマ。気持ちは解るが、しばし待て】

 

 非難の声を上げるギンガに、シオンとイクスは一緒に制止する――と。

 

 ――私、守ったよ。

 

 再び、声が響いた。シオン達はスバルへと視線を戻す。彼女の瞳は、いつもの碧では無い。金色の瞳がこちらを見据えていた。

 

 ――守ったよ、守ったよ。でも……。

 

 スバルの声は響き続ける。だが、シオンは何故かこの声にある感情を覚えていた。恐怖と、苛立ちを。

 

 ――いつまで守らなきゃいけないの?

 

「「「っ――――」」」

 

 三人はその一言に絶句した。スバルからそんな一言が放たれるとは思わなかったからだ。そんな三人に構わずスバルは続ける。

 

 ――ずっと、ずっと助けて、助けて、……でも助けられない命がいっぱいあって……。

 

「スバル……」

 

 ギンガが呆然と呟く。ティアナもだ。シオンはただ一人、イクスを”構えた”。

 

 ――守りたかったよ。助けたかったよ。でも、でも……!

 

 スバルの感情のうねりが大きくなる。同時、その身体から因子が大量に溢れ出した。

 

 ――守れなくて、助けられなくて、こんな、こんな辛い思いをするのならもう……!

 

 そして、因子はスバルの全身を覆い尽くし、そのまま大人大に膨れ上がる。

 

 ――誰も助けない。

 

 因子が晴れる。そこには、白だった部分が全て黒へと変わり、しかし金色の瞳だけは変わらないスバルが居た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ス、スバル……?」

 

 目の前に立つスバルの異様に、ギンガは目を見開いて立ち尽くす。

 次の瞬間、スバルのマッハキャリバーが唸りを上げ、ギンガへと駆ける!

 シオンは即座にギンガの前に出た。スバルは構わない。右手のリボルバーナックルをカートリッジロード。一撃が放たれた。

 

    −砕!−

 

「がっ!?」

 

 拳をイクスで受け止めたシオンに、言い知れぬ未知の衝撃が走り、全身が震わされた。

 スバルはそんなシオンを金色の瞳で見据え――足元に、複雑な軌道を描く二重螺旋が展開する。

 

    −波!−

 

 リボルバーシュート。零距離で叩き込まれた衝撃波に、シオンは苦悶の叫びすらも上げられず吹き飛んだ。

 

「シオン!?」

「シオン君!?」

「ぐ……! うっ、ぐ……!」

 

 転がり、しかし起き上がろうとするシオンだが、身体中が痺れて動けなかった。まるでミキサーでシェイクされたような感覚だ。身体中の骨が軋んでる。

 ティアナ、ギンガはスバルから一時退避して、シオンと合流した。

 

「大丈夫?」

「あ、ああ。しかし、何だこりゃあ……」

 

 シオンが呻く。身体には、まだ痺れが残っていた。そんなシオンに、ギンガがぽつりと呟く。

 

「振動破砕……」

「……? 何ですか? それ――」

 

 シオンの問いにギンガは頷くと、手早く説明した。

 

「スバルのISよ。N2Rの皆、知ってるでしょ? あの娘達が使えるように、スバルもまたISが使えるの」

 

 先天固有技能。戦闘機人に備わった、魔力を行使せずに使える力だ。特にスバルのISはかなり強力である。接触した物を超振動で破砕、粉砕する能力。

 対人、対物に於いて優れた威力を誇り、また身体に精密機器がある戦闘機人はこれを喰らうと致命的なダメージを負う事になる。

 

「また厄介なモンを……」

「気を付けて。スバルと接触したら必ず振動破砕をぶつけられるわ」

 

 漸く、シオンは立ち上がる。しかし、今の説明だと一番危ういのはギンガだと言う事になるが。

 

「……ギンガさん」

「大丈夫。触れずに戦う方法もあるから」

 

 そこでスバルが腰を落とし、構えた。それを見て三人もまた構える。

 

「……イクス?」

【我々は彼女からしてみれば、ただの侵入者だ。故に排除するつもりなのだろうな】

「スバル……!」

 

 ティアナがスバルに呼び掛ける。しかし、スバルは応えない。

 

【腹を決めろ、皆。ここで倒されればお前達が感染者になる】

「解ってる……! けど――」

 

 そこまで言った、瞬間、スバルがついに突っ込んで来た。対し、ギンガがカートリッジロード。

 

「リボルバーシュート!」

 

    −波!−

 

 突き出した拳から衝撃波が走る。とにかく足を止めようと放った一撃だ。渦を巻く衝撃波はスバルを飲み込み――たやすく切り裂いて、彼女は姿を現した。

 

 

「「「なっ……!?」」」

 

 驚愕の声を漏らす三人に、スバルは止まらない。

 やばい――! 本能的に彼女を危険と見做して、三人は一斉に散った。だが、スバルは迷い無く疾走する。彼女の狙いはただ一人であった。

 シオンだ。一瞬にして接近され、右の拳が放たれる。それを、体を横にして躱した。そこからバックステップで後退するが、スバルが止まらず突っ込んで来た。マッハキャリバーが唸る――!

 

 ――もう大切な人なんて要らない。

 

「っ……!」

 

【キャリバーシュート、ライト】

 

「がっ!」

 

    −爆!−

 

 突如として聞こえたスバルの声に、一瞬シオンは呆け、その隙を突くように右の蹴りが叩き込まれた。

 振動破砕が走り、全身を振動波で震わされ、シオンは吹き飛ばされた。床をバウンドし、数回跳ねて漸く止まる。

 

「ぐ……ごぶっ!」

 

 床に手をつき、立ち上がろうとして、だが叶わず跪く。口から血が溢れ出した。内臓をいくらか振動破砕で傷付けたのか。

 

「シオン!?」

「シオン君!」

 

 さらにシオンへと駆けるスバルに、ティアナ、ギンガはそれぞれクロスファイアー・シュート。リボルバーシュートを放つ。

 しかし、スバルは全く意に返さない。跪くシオンに接近するなり蹴り上げる。直後にウィングロードが伸び、空中でシオンを捕まえた。――連打。蹴りが拳が、シオンに襲い掛かり、ズタボロに変えていく……!

 

「が……ぁ……」

 

 ――大切な人も誰もいなくなれば。

 

 再び響くスバルの声。そしてスバルは左手を伸ばす。その掌には光球が灯っていた。続いて環状魔法陣が左手に、そして右手に展開する。

 

「あれは――!」

「スバル! 駄目ぇ!!」

 

 ギンガとティアナの叫び。しかし、スバルは構わない。シオンにとどめのディバイン・バスターを叩きこまんと右拳を放ち――。

 

 ――もう、私は傷付かない。

 

 シオンが、ブチ切れた。

 

「さっきから欝陶しいんじゃボケがぁぁぁぁぁ!」

 

    −撃!−

 

 次の瞬間、シオンは容赦なくスバルをぶん殴った。

 その拳にどれだけの力が込められていたのか、スバルはまるで人形のように吹っ飛んだ。用意していたバスターも同時に消える。そして、床へと彼女は落ちた。

 

「へ……? シ、シオン?」

「シ、シオン君?」

 

 あんまりの出来事に、ティアナ、ギンガはきょとんとするしかない。だがシオンは構わなかった。床に降り立つと、イクスを放り捨てる。

 

【は!? おいシオン!? シオン!?】

「……切れた。もうブチ切れた」

 

 放り捨てられて、イクスはシオンへ叫ぶ、がシオンは無視した。スバルへと歩いて行く。

 スバルもまた立ち上がり、シオンにリボルバーナックルの一撃を放った。

 

 ――そうすれば、私は傷付かない!

 

「煩いつってんだろうが! ちったぁ黙ってろ!」

 

    −撃!−

 

 クロスカウンター。スバルの一撃を顔面に受けながら、しかしシオンも右の拳を叩き込む。

 

    −轟!−

 

 結果は意外なものだった。スバルは吹き飛び、シオンは二歩で立ち直って見せたのだ。どう考えてもシオンの方が弱い筈の威力。しかし、何故かシオンは立ったままだ。

 ――有り得ない。あらゆる意味で理不尽なシオンは血を吐き出して、スバルへと歩く。スバルは即座に立ち上がった。

 

 ――誰も私の苦しみを解ってくれない!

 

「っ――!」

 

 左右の拳の連打が直撃する! だが、やはりシオンは構わなかった。殴られながらスバルへと近付き、至近まで移動する。

 

「……終わりか?」

 

 っ――――!

 

 スバルがどうしようも無く狼狽する。そんな彼女にシオンは右の拳を叩き込んだ。

 快音一発。スバルは軽快に回転しながら吹き飛ぶ。シオンはそのままスバルへと歩いた。

 

「終わりか? お前の愚痴はよ?」

 

 っ……!

 

「ぐ、愚痴?」

「え、えぇぇぇぇぇぇ?」

 

 ティアナ、ギンガも唖然である。スバルの独白を聞いて、シオンはきっぱりと言ったのだ。単なる愚痴だと。

 

 ――わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!

 

 スバルは立ち上がり、再びシオンを殴りまくる。その度にシオンの顔は腫れ上がり、骨が折れるような音すら響いた――どこまでも、シオンは構わない。殴られ続けながら、スバルの眼前に立つ。

 

 あ、あぁ……!

 

 次第にスバルはシオンを殴れなくなっていた。手が止み、上げられなくなる。

 

 ――何で! 何で!?

 

 スバルが叫ぶ。そんな悲痛な叫びに、シオンは彼女を睨み据えた。右の拳を振り上げる。

 

「あの時の台詞、返すぞ。少し頭冷やしてこい」

 

 まったく力が入らない、そんな拳が、しかしスバルの心に確かに突き立った。

 

 同時、世界がぱりんと音を立てて割れた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンは落ちる。落ちる――。

 そして、”そこ”に辿り着いた。”底”であり”そこ”に。

 同時、シオンの目の前に立つ存在が居る。スバルだ。

 その身体を包むバリアジャケットは、既に黒くない。瞳も碧へと戻っていた。しかし、その身には未だ因子が纏わり付いている。彼女は、真っ直ぐにシオンを睨んでいた。

 

 ――入って来ないで!

 

 叫ぶ。必死に全力で。その叫びを聞いて、だがシオンは逆に歩き始めた。彼女へ、ゆっくりと。

 

 ――入ってこないでよ!

 

 叫び、拳が振るわれる。先程に続き、シオンは再び殴られた。

 そこで気付いた。スバルが、何かを隠している。その背後に何かを隠していると。

 

 ――見ないで、見ないで!

 

 叫ぶ叫ぶ。そして、シオンを怒りの形相で睨み付けた。

 

 ――ここは私の場所だよ! 私だけの場所! 私が私でいられる大切なトコロなんだよ!

 

 だから入って来ないでと、見ないでとスバルは叫ぶ。そして、シオンは理解した。

 ここはスバル自身すらも理解出来ない底だと。ここにあるのは、清濁まとめてある混沌だ。

 

 ――見ないでよ……中途半端に優しくしたりしないで。助けようなんて思わないでよ。帰ってよ……。

 

 ついにそれは叫びでは無くなった。懇願ともなった声に、シオンはようやく返事をする。

 

「嫌だ」

 

 きっぱりと、そう言った。スバルがシオンを睨む――だが、構わず続けた。

 

「俺は、お前を失いたくない。中途半端な気持ちなんかじゃねぇ」

 

 それを聞いて、だがスバルは首を振った。フルフルと、嫌々をするように。

 ――今ならシオンにも解る。スバルの深奥、”そこ”に因子が居ると。シオンは歩く、しかしスバルはその歩みを許さない。

 

 ――やだっ!

 

 また殴る。しかし、それはあまりに力の入っていない拳。シオンは殴られたまま、拳を張り付けてスバルに踏み込んだ。触れる――と同時に、シオンにさえも因子が侵食しに掛かる。それを見て、スバルは息を飲んだ。

 

 ――シオン……っ!

 

 こちらを案ずるように、声を掛けて来る。それを聞いて、シオンは目を閉じた。言葉を紡ぐ――。

 

「お前見てるとムカつく」

 

 ……っ! だ、だったら――。

 

 帰ってよ。と、言おうとして、スバルは続けられなかった。

 シオンが侵食されながらも、微笑んでいたから。

 

「鏡見てるようで、痛いんだよ。俺もお前と同じだったから」

 

 守りたいモノを守れなかったからと、シオンは言う。

 

 スバルは理不尽な思いをしてる人を助けたかった。守りたかった。

 

 シオンは身内を、初恋の女性を、そして誰よりも尊敬した兄を守りたかった。

 

 違うようで、しかし根っこは同じもの。

 

 シオンはそのままスバルをぎゅっと抱きしめた。

 

 ――シオン……。

 

「お前のココロを見せてくれ、そして俺のココロを見てくれ」

 

 因子が纏わり付く。まるで邪魔をせんばかりに。

 だがシオンは構わない。自分のココロの扉は閉まっている。錠が掛かっているのだ――なら錠を開ければいい。

 シオンは、その鍵を自然と”持っていた”。鍵を、シオンは”呟く”。それは、シオンにだけ許された言葉。

 

「ブレイド」

 

 そして、シオンのココロを開く為の言葉。

 

「オン」

 

 次の瞬間、スバルの奥底の世界は、シオンの開かれた扉の向こうの世界と連結したのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――見る。

 

 シオンはそれを見る、視る、観る。

 スバルの過去を、その時抱いた感情を。

 喜びを、怒りを、哀しみを、楽しみを。

 力を振るう恐怖を。

 自分の力に対する忌避を。

 

 ――憧れた女性が居た。

 誰よりも信頼している親友が居た。

 一緒に駆け抜けた戦友が居た。

 ぶっきらぼうなのに、しかし優しい父が居た。

 救ってくれて、子供としてくれた母が居た。

 そして、優しい眼差しの姉が居た。

 新しい所にはシオンが居た。トウヤが居た。

 

 ――夢を見た。

 

 それは憧れた人のように真っ直ぐに誰かを助ける事。

 

 ――希望を見た。

 

 ずっとずっと、一緒に居たいと願う想い。そして守りたいと願う想い。

 

 ――諦めを見た。

 

 助けたくても助けられなくて、行きたくても行けなくて。

 

 ――絶望を見た。

 

 それは大切な人達が傷付けられた記憶。守れなかった哀しみ。

 

 その全てを、シオンは見た。

 

 

 ――見る。

 

 スバルはそれを見る、視る、観る。

 シオンの過去を、その時抱いた感情を。

 喜びを、怒りを、哀しみを、楽しみを。

 力に対する渇望を。

 どこまでも続く飢えのような渇望を。

 

 誰よりも憧れた兄達が居た。

 誰よりも好きだった姉が居た。

 数多くの戦友が居た。

 そして優しく厳しい母がいた。

 

 新しい所には、スバルが居た。ティアナが居た。エリオが居た。キャロが居た。なのは達が居た。

 

 ――夢を見た。

 

 それはシオンの目標。子供の頃からの憧れ。

 

 ――希望を見た。

 

 それはシオンがずっと抱いてきたモノ。ただずっとずっと求めてたモノ。

 

 ――諦めを見た。

 

 それは哀しみ、追い付けないと、叫び苦しんだ記憶。

 

 ――絶望を見た。

 

 初恋の姉を、誰より憧れた兄が奪う瞬間を。

 

 その全てを、スバルは見た。

 

 二人は互いの記憶を、ココロを見ながら落ちていった――。

 

 

 

 

 気付けばそこに居た。

 草原。

 草原だ。

 青々と繁る草原に、シオンとスバルは居た。空は雲一つ無い青空。その下に二人は居る。シオンは大の字になって寝そべり、スバルはシオンの上で抱きつくように乗っていた。

 

「見たよ」

「ああ」

 

 スバルの声に、シオンは応える。互いの記憶を、ココロを見合った。色々な想いを、お互いに。

 

「……ルシアを助けたかった」

「……」

 

 シオンの独白。それをスバルは抱きついたまま聞く。

 

「二年間。全部かなぐり捨ててやってきた」

「うん。……少し、解るよ」

 

 スバルは頷く。そして顔をシオンに向けた。鼻先がくっつくような距離だ。しかし二人は構わない。

 

「……見えたから。シオンの記憶。シオンのココロ」

「ああ。俺も見たよ。お前のココロ」

 

 シオンは手を伸ばす。スバルの頬に、手は当てられた。

 

「守りたかった」

「ああ」

 

 それは苦い記憶。助けられなかった人達を前にしたスバルの記憶だ。

 

「解るよ」

「うん」

 

 二人は頷く。やがて、シオンは呟いた。

 

「こんな、俺でも」

「うん」

 

 スバルは頷く。それはシオンがずっと抱いてきたモノ。それをスバルは知っている。

 

「初めて、誰かを救う事が出来たのかな?」

「出来たよ。だって、シオンは――」

 

 スバルもまたシオンの頬に手を当てる。まるでお互いの体温を確認し合うかのように、二人は互いの頬に手を当てた。

 

「――私を、助けてくれた」

 

 そう言って、スバルは微笑んだ。それにシオンもまた微笑み――。

 

【ウォッホン!】

 

 ――いきなりの咳ばらいが聞こえた。

 

「わ、わぁ!」

「うぉぉぉ!」

 

 二人は神速の勢いで飛びのく。そして見た先には、いい所で咳ばらいなんぞをした奴――成人モードのイクスが居た。

 

【……二人共、いい所を邪魔するのは忍び無いが――】

「だ、だあ! だあぁぁ!」

「イ、イクス!」

 

 二人は顔を真っ赤に染めて、咳ばらいをした当人、イクスを睨みつける。

 

「何でお前が此処に居るんだよ!」

【そもそも、お前は此処が何処だか知っているのか?】

 

 唐突なイクスの問い。それに、シオンは答えようとして――小首を傾げた。

 

「……アレ? 此処、どこだ?」

【そんな事だろうと思ったよ。このアホ弟子】

 

 イクスは嘆息。それにシオンはムッとするが、スバルがシオンをまぁまぁと宥めた。イクスはそのまま説明する。

 

【お前の世界だよ。ココは】

「……俺の?」

 

 問い直すシオンにイクスは微笑みながら頷く。辺りを見渡して、まるで自慢の景色を紹介するように告げた。

 

【そう。お前のココロの原風景。お前の心象世界。つまり、お前のココロの世界だ】

 

 ――風が吹く。

 

 シオンの世界を、凪ぐように優しく風が吹いた。

 

 

(第二十ニ話に続く)

 

 

 




次回予告
「スバルと共に来たのは、シオンの心象世界の中だった」
「そこでイクスに案内された先にあったものとは」
「そして、ココロの中の戦いに決着が付けられる!」
「次回、第二十二話『黄金の剣』」
「少年は、確かな成長と共に剣を掴む」


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第二十二話「黄金の剣」(前編)

「そこに突き立つ刃は曇り一つ無くて。力を望むこと、力を使うこと。それは恐怖だった。だけど、今は迷わない。だから力を、俺は欲する――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 ――風が吹く。

 どこまでも優しく、草原に。

 その風は、シオンを、スバルを、そしてイクスの頬を撫で、髪を揺らす。そんな中でシオンは、たった一言を言った――。

 

「はい?」

 

 ――もの凄く間の抜けた一言、疑問を。先程のイクスの台詞に対しての疑問である【つまりお前のココロの世界だ】。その言葉に、シオンは疑問の声を上げたのだ。イクスはしばらくシオンを眺めて嘆息。それはまぁ、とっても疲れたような溜息であった。

 

【馬鹿だ馬鹿だとは思ってはいたが……】

「て、おい! 何気にとんでもない事言ってないか!?」

 

 シオンの抗弁に、しかしイクスは構わない。もう一度、きっぱりと言い放つ。

 

【此処はお前のココロの世界だ】

「いや、そう言う意味じゃなくて、何で俺もスバルも此処に居るんだよ」

 

 そう言いながら、ちらりと横を見ると、シオンのココロの世界と聞いた為か、スバルが物珍しそうに草原を眺めていた。

 ……正直に言うと此処が自分の世界だと言うのなら、恥ずかしいのでジロジロ見るのは止めて欲しいのだが。

 そうシオンは思うが、先程互いにココロを見合ったのに何を今更と思わなくも無い――と、そこで気付いた。

 

「……まさか、それで?」

【……漸くか。まぁ良い、その通りだ。お前がキー・スペルを唱えてスバル・ナカジマとココロを見合った時に、同時にお前達の世界は連結。そのままお前達は此処に来た。と、言う訳だ】

 

 イクスの答えに、シオンは成る程と頷く。だがもう一つ疑問があった。それは、イクスが何故此処に居るのか? と言う事。それを真っ正直イクスに尋ねると、何故か眉を潜められた。

 

「……イクス?」

【……最近忘れられがちだが、俺はユニゾンタイプのデバイスだ】

「ああ、うん」

 

 何を今更? そう思って疑問をシオンは口に出そうとする。イクスは再度嘆息。

 

【……。一応、お前とはユニゾン状態な訳なんだが……】

「え。あ、そうか」

 

 ポムッと手を打ち、シオンはようやく納得した。

 イクスは一部のみだが、シオンとユニゾンしている状態で起動しているのだ。つまり、イクスの精神もシオンに引っ張られる形で連れて来られたのだろう。そんなシオンの様子に、イクスはジト目で見て来たが、諦めたのか嘆息だけを漏らして歩き出した。

 

「……イクス?」

【シオン。それにスバル・ナカジマ。ついて来い】

 

 そう言ってイクスはさっさと歩き出す。何があると言うのか。取り敢えず、シオンはスバルに呼び掛ける事にした。

 

「スバル。……何やってんだお前?」

「え? ……えへへ。此処がシオンの世界だと思うとちょっと嬉しくて」

 

 笑いながらスバルはスゥッと深呼吸をする。優しい風を感じながらその風景を仰ぎ見た。

 

「此処、綺麗だね」

「……そうか?」

 

 スバルの言葉にシオンは若干気恥ずかしくなった。

 此処が自分のココロの世界で、それを綺麗だと言われれば誰だって照れる。そんなシオンにスバルは頷いた。

 

「うん。優しい世界だよ」

「……そうかい」

 

 顔が赤くなりそうなのを自覚し、返事がぶっきらぼうになる。

 スバルから顔を逸らす――そんなシオンに、スバルは笑いながら彼の手を握った。

 

「ねえ、シオン」

「……何だよ」

 

 いきなり手を握られ、シオンは戸惑う。しかしスバルは構わない。手を握ったまま続ける。

 

「ありがとね。色々」

「……まだ、全部片付いた訳じゃないんだぞ?」

 

 実際、スバルの世界の因子がどうなったかは解らないのだ。だから返事はいいとシオンは思う。スバルはそれに首を振った。

 

「シオンのココロ、見せて貰ったよ」

「俺だってお前のココロを見たぜ?」

「うん。でも」

 

 そしてまた振り返り、シオンのココロの風景をスバルは見て、微笑む。

 

「こんな優しい風景を見せて貰ったから」

「…………」

 

 シオンはそんなスバルに何も言えなくなる――その微笑みが優し過ぎて。

 その笑顔が、何か。とっても尊いものに思えて。

 シオンは思う。優しくて綺麗なのはどっちだよ、と。青空と草原をバックに微笑むスバルは、それだけ綺麗だった。

 そんなシオンを見ながら、スバルはシオンのココロの風景を楽しむ。見せてもらったココロの余韻を楽しみながら――。

 

「……あれ?」

 

 瞬間、唐突にスバルは固まった。シオンのココロの記憶。それに見逃せないものがあったから。

 

 ――ティアナを抱きしめてる光景があった。お姫様だっこをしている光景があった。そしてその時のシオンの”心情”を、スバルは知る。

 

「……シオン」

「ん? どうした、……よ」

 

 直後、シオンは何故か寒気を覚えた。目の前のスバルから。

 何故だろう? 直感は叫んでいる。今のスバルはまずい、と。

 

「ス、スバル? お前何で急に怒ってるんだよ!?」

「……ううん。怒ってなんかないよ。ただシオンと詳しく”お話”しなきゃいけない事が出来ただけだよ」

 

 ”お話”。その単語にシオンは総毛立つ。思い出すはダークオーラを発生させつつ、最高の笑顔を浮かべていた先生の一人だ。と言うか、なのは先生の事だが。

 今のスバルは、その先生に勝るとも劣らぬ気配を発生させていた。

 

「ま、待った待った! 何で!?」

「理由は――自分の胸に聞くと良いよ」

 

 取り付く島もない。ガシャンッと甲高い音と共に、いつの間に起動したのか、右手に現れたリボルバーナックルがカートリッジをロードする。

 シオンの直感は告げる。最早、回避は不可能。何故か怒るスバルの驚異から、もはや逃れえぬと。

 

「と、取り敢えず落ち着こう! お話にデバイスは要らないんじゃないかな!?」

「……必要だよ? 尋問するのに最適だから」

「今尋問って言った――――――っ!」

 

 叫び。しかし、今のスバルには届かない。何故かスバルが黒く見えた。翡翠の瞳は前髪が陰となっていて見えない。それが尚の事、恐怖を誘った。

 

 ――因子の影響が残っているのか!?

 

 そんな事を思うシオンだが、勿論そんなわきゃあない。

 

「と、取り敢えず何に対して怒ってるかぐらい聞かせろ!?」

「……問答――」

 

 そこでスバルの口がパックリと開いた。そこから覗く赤い口に、シオンは心底恐怖する。

 

「た、助け――」

「――無用!」

 

 そして、甲高い悲鳴が、シオンのココロの風景に響いたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

【……やっと来たか。遅いぞシオン。……? どうしたんだ? 心無しか先程よりボロボロだが……?】

 

 漸く追い付いて来たシオンに文句を言おうとするイクスだが、そのボロボロの様子を見て、思わず尋ねる。

 

「……知るか」

 

 イクスの疑問に、シオンはふて腐れるようにして答えた。

 シオンとしては自分の方こそ知りのだ。シオンに折檻を加えた張本人であるスバルは、先程とは打って変わって、これまた不機嫌そうにソッポを向いていた。

 いくらシオンが尋ねてもスバルは答えず。ただ「自分の胸に聞きなよ!」としか答えなかったのだ。

 シオンとしては真剣に「俺が何をした!?」と叫びたくもあるのだが――。

 そんなシオンとスバルを見て、イクスは頷きつつ溜息をつき、シオンを哀れみの目で見る。自分の主ながら、見事なまでの鈍感さであった。

 

「……それはもう良いんだよ。で? 一体此処に何があるんだ?」

 

 これ以上この話題を続ける積もりも無く、シオンは尋ねる。……またスバルが怒り出すとも限らない訳だし。

 

【ああ、そうだった。お前に見せたい物があってな。あれだ】

 

 そんなシオンに苦笑いを浮かべながら、イクスは頷くと前方を指差す。

 

 ――そこには。

 

「……刀?」

 

 たった一振りの古ぼけた刀が地面に突き立っていた。

 

 黒の柄に、黒の鍔。だが、その中にあってただ刀身だけが白銀の光を反射して輝いている。刀身には見事な乱れ刃紋。無骨な筈の刀なのに、それはあまりにも見る者を惹きつける美しさがあった。

 

 ――ただひたすらに。

 

 ――ただただ一途に。

 

 たった一つの事を成す為の存在。それ故にこそ、この刀は美しかった。……だが。

 

「……鎖?」

 

 シオンが呟く。そう、地面に突き立てられたこの刀は、まるでその身を封じられるが如く鎖に巻き付けられていたのだ。

 鎖は刀身と、鍔、柄に絡み合うように巻き付き、その行く先は地面へと繋がっていた。

 

 ――何故だろう。

 シオンはその刀を見て、涙を流したくなる程に切ない感情を覚えた。不機嫌そうにしていたスバルもまた、その刀に魅入っている。

 

「……イクス。これは――」

【お前の刀だ】

 

 尋ねるシオンにイクスは即答する。その答えに、シオンは息を飲んだ。

 

「……俺の刀だと?」

【そう。お前の魂に突き立てられた、お前の、お前だけの刀だ】

 

 イクスはまるで詞うように言葉を重ねる。シオンは、再びその刀を見た。

 ぐっと呻くように、表情を歪める。

 それは、何かを我慢するような――辛いものを見るような表情だった。

 同時に思い出す。この刀は、いつかウィズダムを発現した時に脳裡に浮かんだ刀では無かったか。

 あの時、自分は鎖を断ち切った。そして今、再びシオンの眼前にはその刀がある。鎖に繋がれた刀が――それが意味するものは、つまり。

 

「……この鎖を俺に外せってか?」

【ああ。そしてその時。お前は新しい力を手に入れられる。黄金の剣を、な】

 

 イクスは多くを言わず、スッと体を躱し、シオンに刀への道を開けた。それはいつか読んだある、伝説の王を剣へと導く魔法使いのようだった。しかし、そんなイクスにシオンは明らかに躊躇った。

 怖かったのだ。

 あの鎖を断ち切る事が。

 そして、刀に触れる事が。

 力を手にする事。以前は躊躇わなかったそれに、シオンは躊躇していた。

 脳裡に浮かぶのは一つの過去とスバルの記憶。力を手にし、振るう事の恐怖だ。しかし。

 

「大丈夫だよ、シオン」

「……スバル」

 

 そんなシオンにスバルが微笑む。さっきまでの不機嫌さが嘘のような朗らかな笑顔で。

 

「シオンは大丈夫だよ。だってシオンは、もう力を振るうって言うのが、どんな事か解ってるもん」

「……そうかな」

 

 スバルの言葉にシオンは苦笑いを浮かべる。思い出すのはアースラを飛び出していた時の事だ。

 今なら――スバルのココロを見た、今なら良く解る。

 あの時の自分がどれ程愚かだったのかを。そんな自分が力を手にして、またいつかと同じ愚行を繰り返しはしないかと。そう思う。

 そんなシオンに、スバルはにぱっと笑う。

 まるで太陽だな――と、スバルの笑顔にそんな感想を覚えた。

 

「うん。シオンは大丈夫。だってシオン、強いもん」

「……」

 

 強い。その意味をシオンは噛み締め――頷いた。

 この少女が信じてくれるのならば、自分は強く在ろう。そう思いながら、スバルに向き合って笑った。

 

「ありがとう、スバル」

 

 心からの感謝をシオンはスバルに告げる。それにスバルは照れたように笑った。

 そして自分の刀へと歩いて行く。歌うようにして、聖句を口ずさんだ。

 

「我、力を手にする事を恐れ、しかし振るう事を恐れない――」

 

 歩く、歩く。刀までは後三歩。すると自然に、シオンの口からは自身の鍵たるキー・スペルが滑り出ていた。

 

 −ブレイド・オン−

 

 ――刃に入る。その意味を持つ言葉を。やがてシオンは刀と対峙した。

 

「……お前は銘が在るのか?」

 

 刀に問い掛ける。しかし、当然刀は話す筈が無い。だが、シオンは頷いた。

 

「いつかお前の銘を俺がやる――だから」

 

 左手を伸ばす。ゆっくりと、そして柄をはっきりと握った。

 

「お前の力を俺にくれ」

 

 次の瞬間、乾いた音を立てて鎖が弾け飛んだ。連続して鎖が地に落ちる音が草原に響く。優しく風が吹く中で、シオンは刀の封を解き放った。

 

【封印解除確認。イクスカリバー、モードリリース。……シオン。良く覚えて置け。お前が手にする力を。剣の名を。その名は――】

 

 シオンがその名を聞くと同時、シオンのココロの風景が光の中へと消え始める。

 そして、三人はココロの世界から弾き出された。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −軋!−

 

 ――衝撃が走る。重く、限り無く。

 アースラのブリーフィング・ルームで、なのは達はその振動に顔を歪めた。

 最初の次元震が発生してから三十分程経つ。その間、アースラのスタッフ達は良くやってくれた。

 破壊された結界を修復し、再展開する。それをずっと続けていたのだ。

 間断無く破壊されて往く結界。その中で、よく此処まで耐えてくれたと言える。……しかし。

 

《強装結界、今の次元震で二つ破壊。……後一層です。……再展開、間に合いません……》

 

 無念そうに通信の向こうのシャーリーが顔を伏せる。この間にも、結界は再展開を開始している――それでも間に合わないのだ。

 今、訓練室で戦う二人、叶トウヤと伊織タカトの異母兄弟が何をやっているのかは解らない。

 しかし確実に言える事は、次の次元震には残り一つの強装結界では耐えられない事は確定である、と言う事だ。

 次元震は強装結界を破壊して、そのままアースラも破壊。次元断層を作り上げ、近隣の各次元世界をも飲み込むだろう。最悪の状況だった。

 何より最悪なのは、この状況において尚、彼女達は彼等の戦いに介入出来ない事だった。

 ――止められるものならば止めている。だが、次元震をも生み出すような戦いにどう介入しろと言うのか。

 最悪の状況に備えて、各クルーには脱出をはやて命じていた。しかし、クルー全員はそれを拒否。

 結界を張り続ける事を選んだのだ。既に本局には次元震の発生を伝え、各世界を守る為に動いている。

 だから一秒でも長く保たせる事で人々を救えるのなら、とスタッフは笑ったのだ。

 それにシオン達が帰って来れば、この戦いも意味が無くなる。戦いは中止へと向かうだろう。だが、間に合わなかったと言うだけの事。

 

「……皆、ごめんな」

「はやて……」

「はやてちゃん……」

 

 はやてが通信を介し、または直接、なのは達に謝る。そんな必要なぞ、どこにも無いのに。

 だから、なのは達はそんなはやてに笑い掛けた。

 

「はやてちゃん。私達は自分の意思で此処に残る事を決めたんだよ?」

「そうだよ。だから謝る必要なんて無いよ」

 

 なのはからフェイトから、そして通信を介して各部署からはやてに言葉が掛かる。

 

《そうだよ。はやてが謝る必要なんてねーって》

《それに私達は主はやてと共に生きる者です。主を置いて行くなど有り得ません》

「……ヴィータ、シグナム……」

《そうですよ。はやてちゃん。それに諦めるのはまだ早いです!》

《そうだよ! アタシ達も手伝ってんだ。結界の一つや二つ、何とかしてみせらぁ!》

 

 シグナムとヴィータに続いて横からリインとアギトが顔を出す。

 二人もまた自分の前に展開したコンソールを激しく操作していた。

 そして、前線メンバーから、シャマルから、ザフィーラから、機関部から。

 ありとあらゆる所から、声がはやてに掛けられた。その目は誰も諦めてなんて居ない。

 

「……皆。そやね。私が最初に諦めたらアカンね」

「うん。そうだよ」

「それにさっきから次元震が起きるタイミングがズレて来てる。……もしかしたら再展開の方が早いかも知れない」

 

 なのは、フェイトもまた頷く。気休めにしかならないかもしれない。だが、簡単に投げ出す事だけはしない。それに、はやては頷き、そして。

 

《……っ! く、訓練室内のエネルギー量、増大! 来ます!》

「総員、対ショック姿勢! アースラ、耐えてや……!」

 

 叫び、はやては愛艦へと呼びかける。結界の再展開は間に合わ無い。ならば、後はアースラの強度に頼るしか無かった。

 祈るような心地で、はやて達も身を屈め、ショックに備える。直後、次元震の証たる、激烈な振動が――。

 

 ――来ない。

 

 何秒か経って、はやて達は恐る恐る目を開く。しかし、次元震は来ない。アースラが耐えた訳でも、ましてや強装結界が再展開された訳でも無い。

 次元震そのものが起きなかったのだ。

 

「……来ない、ね?」

「うん。……?」

 

 なのはの言葉にフェイトが頷き、同時に訝し気な顔になる。少し遅れて、二人もフェイトと同じ感覚を得た。それは。

 

「……歌?」

「二人も聞こえた?」

「うん。私も聞こえたよ」

 

 そう、確かな旋律を伴い歌が響いていた。どこまでも、艦内全てに届く歌が。

 

《……え!?》

 

 続けてシャーリーから驚きの声が上がる。何に驚いたと言うのか。

 

「シャーリー、どないした?」

《……艦長、これを》

 

 シャーリーは返答代わりに、はやて達に映像データを転送する。それは訓練室前の映像だった。普通なら何と言う事も無い映像。だがそれを見て、はやて達もまた疑問を得た。

 

「何やろ? これ……?」

 

 ぽつりとはやてが呟く。訓練室前には、見た事も無い魔法陣。球状の魔法陣が展開されていたのだ。

 それも、訓練室をすっぽり覆い隠す程のものが。

 これがなんなのか誰も分からない。だが、一つだけ言える事がある。この魔法陣が、次元震を止めている。それは間違い無かった。

 

《フェイトさん!》

 

 突如としてキャロから通信がフェイトに入る。それに即座に出た。

 

「キャロ、どうかした?」

《はい。ええっと。此処に無断侵入者の人が――》

 

 キャロのその言葉に今度こそフェイト達は絶句する。此処に至り、侵入者。トウヤといいタカトといい、どうやって艦内に侵入しているのか。

 頭を抱えそうになる三人に、キャロは侵入者の映像をウィンドウに映し出す。そこには――。

 

「……ユウオ、さん?」

 

 ――背中に幾何学模様の羽のようなものを展開して歌う、トウヤの恋人にして彼の秘書。そして、最初の感染者からの治療者。

 ユウオ・A・アタナシアが居たのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――アースラ訓練室。

 空間シュミレーターでもあるそこは、最早その機能を使う事は出来なくなっていた。

 トウヤとタカト。二人の衝突の”余波”が起こした衝撃によって、だ。

 そもそも刹那の瞬間にSSS級以上の攻撃を、無数に――それこそ数えられない程にぶつけ合う事自体が異常なのだ。

 そんな状態に空間が、次元が、世界が保つ筈も無い。

 結果として次元震が発生したのだが。実際の所、二人にとって、そんなものは”どうでもよかった”。

 トウヤもタカトも互いしか見ていない。他の事は全て余分に過ぎないのだ。

 ――EX同士の戦いとはつまる所、こう言う事なのである。

 互いの存在が、周りに、世界に、ありとあらゆるものにとって、害となる。それも致命的にだ。

 そしてトウヤもタカトも一切躊躇しない。彼等には一つの共通認識がある。

 

 ――人に構わず、世界にすら構わない。

 

 ”ただ我意あるのみ”。

 通すべきは己のみ。

 傲慢としか言いようが無い共通の認識が。

 

 叩きつけ合うピナカと漆黒の拳。ぶつかり合い、軋む世界に、やはり二人は構わない。

 

 −アヘッド・レディ?−

 

 −トリガー・セット!−

 

 −時すらも我を縛る事なぞ出来ず!−

 

 −神の子は主の右の座に着かれた!−

 

「「――あ――」」

 

 異口同音。二人の異母兄弟は、互いにラ音からなる声を上げ、それは激烈な叫びへと変化する――!

 

「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――っ!!」」

 

    −撃!−

 

    −爆!−

 

    −裂!−

 

 世界が軋み、壊れ、嘆き、そして歓喜する。

 世界が悲鳴をあげる――どうしようも無く。

 世界が歓声をあげる――どうしようも無く。

 ギシィッと甲高い音を立てて、二人が炸裂し合う一撃の空間が、他者から見て解る程に歪み、それはたやすく次元交錯線を不安定にさせ、同時に世界をぶち抜いた。

 次元震が起こる前兆だ。二人はそれに”全く構わない”。そのままの動作で槍を、拳を叩き込み合う。

 幾重にも、幾度にも! 一撃ごとに世界が割れ、前兆はさらに進み。

 

 ――割れた。

 

 遂に二人の戦いに耐えられず、世界が。

 揺れる。揺れる――どこまでも激しく。

 割れる。割れる――世界の全てを引き裂いて。

 それはこう呼ばれる。次元断層、と。

 マーブル色の、あらゆる色を詰め込んだその空間は、一気に世界を侵食。

 二人すらも飲み込もうとして、即座に叩き込まれた石突と、蹴りに空間ごと砕かれた。

 

「「邪魔だぁっ!」」

 

 再び重なる二人の叫び。直後に石突きから、漆黒の何かが放たれ、蹴りからも漆黒の爆炎が叩き込まれた。

 空間に叩き込まれたそれは、容赦なく空間を喰らい、抹殺する。

 そうして生まれた次元断層は、あっさりと世界から消え去った。

 魔法が意思によって成ると言うならば――世界を組み換える力と言うならば、この二人の意思力とは、どれ程のモノなのか。

 一度、二人を指してある字名を与えた人がいる。まったく同じ銘を。

 

 ――神殺し。

 

 世界を殺しながら戦う二人に。

 世界を殺す世界を更に殺す二人に。

 それは、神様を殺しているようなものだと。そう、その字名を与えた者は言ったものだった。

 そして、それは酷く正しい。

 世界が神だと言うのならば、その世界を殺しながら戦う二人は正しく神殺しであった。

 更に凄まじい数の攻撃を互いに叩き込む二人だったが、唐突に弾かれたように離れる。互いにフッと笑った。

 

「この歌は――来たのかね? ユウオ」

「姉者もまた律儀だな」

 

 互いに苦笑いを浮かべる。次の瞬間、訓練室が変化した――いや、消滅した。

 しかし、タカトもトウヤも構わない。直後に更なる世界が展開する。

 

 それは薄暗い夜が広がる空間だった。ただ、地平線の如く光が横一直線に光っている。その中央にはまるで太陽の如く光る球があった。

 ――タカトとトウヤはこれを知っている。この世界に果ては無く、何処までも広がっている事に。

 

「姉者の歌唱(ボイス)式。無限なる幻想世界か」

「いつ見ても見事なものだね」

 

 二人はそう言って感嘆した。

 歌唱式と呼ばれる魔法がある。永唱を歌として魔法をプログラミングする術式の事だ。これの特徴は、普通では考えられない程の大規模な魔法を行使する事が出来る事だった。

 今のように、架空の世界を作り出す事すらも。

 この世界は、ユウオがEX同士の戦いの為”だけ”に考案したバトルフィールドであり、世界だ。

 上下の別は無く、ただ広がる無限の世界。

 それをユウオは二人の為に作り上げたのである。

 

《二人共、聞こえる?》

 

 唐突に声が響いた。ユウオの声だ。それに二人は頷く。驚きもしない。

 

「聞こえるよ、ユウオ」

「……久しぶりと言った所か。姉者」

 

 二人の言葉にユウオが頷く気配だけが来た。

 

《……うん。二人には色々言いたい事あるけど――特にタカト君には。まぁ後回しにするよ。取り合えず、ボクはこの世界を維持するから、存分に戦っていいよ》

 

 ユウオの言葉に二人は口笛を吹いて歓声を上げた。

 正直、次元震だの、次元断層等、”欝陶しい”現象がいちいち続いたので、二人は苛々しっぱなしであったのだ。そこにユウオの助力は大助かりであった。

 

「だそうだぞ?」

「ちょうど良いね」

 

 片や肩を竦め、片や笑って見せる。そして、そのまま互いに構えた。

 タカトは腰を落とした自然体。トウヤは相変わらずの左半身に。

 二人の視線が交錯し――互いに言葉も無く、一気にぶつかる!

 

    −撃!−

 

    −裂!−

 

    −爆!−

 

 直後、無限なる幻想世界に爆音が轟いたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――世界が割れた。

 それを確信しながら、シオンは、そしてスバルはそこに降り立つ。

 真っ白の空間。黒のスバルと戦った空間に。

 

「……イクス?」

【フム。連結は途切れたようだ。戻って来たな。ここはスバル・ナカジマの世界だ】

「シオン! スバル!」

「二人共!」

 

 イクスと頷き合うシオンに声が来た。ティアナとギンガだ。二人はそのまま、シオン達へと駆けて来る。

 

「アンタ達二人、どこに行ってたのよ!?」

「いきなり二人共消えたからびっくりしたわ……」

 

 二人の姿を確認して、シオンの方こそホッとした。

 スバルのココロの最深部。そこから二人の姿を見ていなかったのだ。そんなシオンを見た後、次にティアナ達はスバルへと視線を映した。

 

「スバル……」

「うん。……あのね。ティア、ギン姉……ごめん」

 

 スバルは二人に頭を下げる。だが、ティアナもギンガも二人して、そんな彼女に肩を竦めた。

 

「別に謝る必要ないわよ。アンタが悪い訳じゃ無いんだし」

「でも……ここの私は」

「スバル、それは違うわ」

 

 顔を上げて尚も謝るスバルに、ティアナもギンガめ首を振る。

 

「人間なんだもの。……どんなに好きな人でも、否定的な感情と言うのはあるわ」

「…………」

【補足だが、因子によって感情の揺れ幅が大きくなっていたと言うのも有る。……気にしない事だ】

「……でも」

 

 それでも三人を危機に陥れた事に変わりは無いと、スバルは思う。そんなスバルに隣のシオンが微苦笑を浮かべた。

 

「シオン……?」

「俺達はな、別に謝って欲しい訳じゃ無いんだよ、スバル」

 

 笑いながらスバルの頭に手を置く。……シオンはスバルのココロを見た。故にこそ、スバルの謝罪を受け入れない。

 謝られたくて此処まで来た訳じゃ無いからだ。だからシオンは別の事をスバルに言う。

 

「スバル。こう言う時、俺達はこう言って欲しいんだよ。ありがとうってな」

「……うん」

 

 頷くスバルにシオンは手を離す。そして彼女は、ギンガとティアナに向き直った。

 

「ギン姉、ティア。此処まで来てくれて。……助けてくれて、ありがとう」

「別に、ありがとうも要らないけどね。でも、それなら、うんって答えるわ」

「そうね。それに、色々嬉しい事もあったし、ね」

 

 笑い、頷く二人に漸くスバルに笑顔が戻る。そしてワイワイと話し始めた三人に、シオンは男一人はこう言う時、寂しいもんだな――と、呟いて。

 

 ――嫌な予感を覚えた。

 

「イクス」

【……ああ、来る】

 

 次の瞬間、この空間を汚すように因子が溢れ出て来た。

 

「「「っ――――!?」」」

 

 それに気付いた三人も、疑問の声を上げる。

 

「……因子!?」

「どうして? スバルは此処にいるのに……!」

【簡単な話しだ。因子はスバル・ナカジマから切り離された。ならば次に行うのは邪魔になった宿主の破壊と言う事だ】

 

 イクスの言葉に一同絶句する。同時に因子が山と溢れ、一気に膨れ上がり、巨大な姿へと変わった。イクスは続ける――。

 

【よく覚えておけ。何故、第二段階に至らぬ感染者が必ず死ぬのか? つまりはこう言う事だ。奴らは不要な感染者をこうして内側から殺している】

 

 その答えに愕然とする。何故、進化しない感染者は死ぬのか? その明確な解答に背筋が寒くなったから。そして、それは現れた。

 

「GYaaaaa!」

 

 凝縮した因子が一気に小さくなりその姿が顕になる。それは、半透明なスライムのような形状をしていた。

 形的には蜘蛛だが、その胴体からは人の上半身が出ている。頭はざんばらに伸ばした髪だ。

 問題なのはその巨大さ。どう見てもその全長は三十メートルを越えていた。

 

「でっかいな……」

【スバル・ナカジマの負の感情を糧に成長したのだろう」

「私の……!」

 

 何処までも自分のココロを利用する因子に、スバルが怒りの表情となる。ギンガ、ティアナもまたデバイスをそれぞれ構えた。

 

「こいつを倒せば、終わりなんだな?」

【ああ。だが、油断するな。あれは因子そのもの。言わば精霊と同位の存在だ】

 

 忠告を飛ばすイクスにシオンは頷き、スバル、ギンガ、ティアナを見る。三人もまた頷いた。

 

「こいつでラストだ。ギンガさん、ティアナ、スバル! 行くぞ!」

「ええ、終わりにしましょう!」

「コイツ倒して戻るわよ!」

「うん。ギン姉、ティア、シオン! 行こう! 帰る為に!」

 

 そして四人は誰ともなく頷き、同時に駆け出す。

 

「「「「GO!!」」」」

 

 ――ここに、スバルの世界での最後の戦いが幕を開けたのであった。

 

 

(後編に続く)

 

 

 




はい、テスタメントです♪
次回、ついに第二部666編完結!
スバルのココロの中での最後の戦い、お楽しみにー♪
では、後編にてお会いしましょう♪


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第二十二話「黄金の剣」(後編)

はい、テスタメントです♪
ついに第二部完結!
まぁ、こっからが長いんですが(笑)
どうか、お付き合い願います(笑)
では、第二十二話後編、どうぞー♪


 

 純白の世界。

 その世界に咆哮が響く。因子が作り上げた異形の土蜘蛛からだ。

 同時、胴体から伸びる半透明のヒトガタの、ざんばらに伸びた髪が触手となって降り落ちる。触手が向かう先には疾駆する四人が居た――シオン達だ。

 降り落ちる無数の触手に、シオンが前に出る。ノーマルのイクスを背中まで振り上げ、一気に振り下ろす!

 

「神覇、四ノ太刀! 裂波!」

 

    −波−

 

 空間振動波。それが触手の先端へと叩き込まれ、道を開く。直後に鮮やかな青と紫の道が疾った。スバルとギンガだ。二人は同時にカートリッジロード。

 

「「ダブル! リボルバ――――!」」

 

 

 疾駆しながら拳を突き出す。二つのリボルバーナックルのスピナーが激烈な回転を刻む。そんな二人の接近に土蜘蛛は触手の軌道を変化させ、二人を包み込むように襲い掛かる。……そんな事を、彼女が許す筈が無かった。

 

「クロスファイア――――! シュ――――ト!」

 

    −閃−

 

    −弾!−

 

 叫びと共に放たれる二十の光弾。ティアナだ。放たれた光弾は、寸分違わず触手を迎撃していく。そして、姉妹の声が重なって響いた。

 

「「シュ―――ート!!」」

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 突き出した拳から放たれた衝撃波は、相乗効果で倍々の威力となり、壁となる触手を引きちぎっていく。道が開いた。

 その隙間を、二条のウィングロードが突き進み、二人はそのまま疾駆。壁を抜けた。

 土蜘蛛はそんな二人に対して、八つある足の内、二つを持ち上げる――。

 

    −閃−

 

    −裂!−

 

「わっ!?」

「くっ!?」

 

 ――斬撃。巨大な、それでいて、あまりにも速い斬撃となった前足が振るわれる。それを二人はぎりぎりで何とか回避。しかし、さらに放たれる斬撃に、それ以上懐に飛び込め無い。

 

「スバル、ギンガさん! 一旦下がって!」

「ティア!」

「……了解!」

 

 ティアナから飛ぶ指示に一瞬だけ迷い、だが即座に従う。そんな二人に追撃で叩き込まれる斬撃。だが、それを防ぐかのように斬閃が放たれた。シオンの剣牙だ。さらにティアナから放たれたクロスファイアー・シュートが、二人を阻む触手を叩き落とし、反対側から再度放たれたダブル・リボルバーシュートで壁を開いて四人は合流した。

 

「シオン!」

「応! 神覇、参ノ太刀、双牙!」

 

    −轟−

 

    −裂−

 

 ティアナの指示にシオンは即座に頷き、二条の斬撃を放つ。地を走るそれは、壁となって追撃で伸びる触手を防いだ。

 

「一旦距離を開けるわよ。いい?」

 

 ティアナの指示に三人は頷き、反対側に駆けようとして――しかし、シオンが突如ギョっと目を見開いて踏み止まった。

 

「シ――?」

「スバル、ギンガさん! 俺にシールド合わせろ!」

 

 スバルが疑問の声を上げる前に、シオンが叫ぶと振り返りざまに三連でシールドを展開した。そんな彼に疑問符を浮かべるが、まず言われた通りにギンガ、スバルもプロテクションとシールドを重ねて張る。そして、シオンに問い掛けようとして。

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 漆黒の煌めきが、障壁に叩き込まれた。

 

「「「っ――――!?」」」

 

 砲撃。土蜘蛛の背より伸びたヒトガタの口から、漆黒の砲撃が放たれたのだ。何とか防御に成功したものの、その威力に三人は歯を食いしばる。実に、なのはのエクセリオン・バスターに匹敵しかねない威力だ。三人は更に魔力をシールドに注ぎ込む。

 

「クロスミラージュ!」

【ブレイズ・モード】

 

 放たれ続ける砲撃。ティアナはそれを見て、クロスミラージュを変化させ構える。

 

「皆! 荒っぽくいくわよ!」

「任せた!」

「うん!」

「お願いするわ!」

 

 三人にティアナは首を縦に振り、ティアナは頷く間も無く眼前の砲撃を睨み据える!

 

「ファントム!」

「散れ!」

 

 ティアナが構えるクロスミラージュの銃口に、三連で環状魔法陣が展開。さらにターゲット・サイトがその先に展開する――ティアナの叫びに合わせるように、三人はシールドを解除して飛びのいた。

 

「ブレイザ――――――――――っ!」

 

    −煌!−

 

 次の瞬間、クロスミラージュから放たれる光砲! それは迷い無く、黒の砲撃と衝突した。

 ――拮抗。二つの光はその威力を完全に拮抗してのける。しかし、ティアナは顔を歪めた。

 威力も砲撃の持続時間も向こうが上なのだ。このままではいずれ押し負ける――そう、”このままならば”。

 

「スバルっ!」

 

 ティアナが左に目を向ける。その先に、スバルが居た。両手に展開する環状魔法陣。そして、左手に束ねられるは光球。

 

「ディバインっ!」

 

 スバルは迷い無く、それを右手で撃ち抜いた。

 

「バスタ――――――――――!」

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 拳から放たれるは光砲! しかも、ロングレンジ仕様のバスターだ。なのはに六課卒業までの課題とされたその一撃を、スバルは放つ。

 青の光砲は横から砲撃を放っているヒトガタの頭に直撃。頭部を半分程消し飛ばした。黒の砲撃がカットされる――そこで終わらない!

 

「あぁぁぁぁっ!」

 

 咆哮一声!

 ティアナだ。彼女は更にカートリッジをロード。一気に魔力を注ぎ込み、黒の砲撃を蹴散らす。向かう先はヒトガタだ。先のディバイン・バスターで動けないヒトガタは、それを見る事しか出来ない。

 

    −撃!−

 

    −轟!−

 

 ファントム・ブレイザーがヒトガタに直撃し、爆発。その半身が消え去った。

 ――しかし。まるでビデオの巻き戻しを見るかの如く、即座に再生していく。それを見ながらシオン達は顔を歪めた。

 

「……やっぱり再生すんのかよ」

「厄介ね……」

 

 感染者が再生する事から因子そのものである土蜘蛛が再生能力を有している事は想像はしていた。だが、実際に目の前で再生されるとやはりショックである。

 

「っ……く……!」

「ティア……」

 

 ファントム・ブレイザーを放ったティアナが膝に手を着き、息を荒げる。それをスバルが心配そう見ていた。

 実際ティアナ、ギンガの消耗はかなり激しい。カートリッジの残数も僅かだ。スバル、シオンはさほどでも無い。

 消耗度で言えばシオンも相当なのだが、彼はけろりとしていた。スバルの声にティアナは深呼吸をし、気息を整える。

 

「大丈夫よ。心配無いわ」

「でも、ティア……」

「ティアナ、ギンガさん。魔力と残弾、どれくらい残ってる?」

 

 そんな二人を見つつ、シオンがティアナとギンガに問う。それに二人は手に残弾を乗せて見せた。残り、ティアナは八発。ギンガは六発。シオンは嘆息する。

 

「ギリギリ、だな」

「私の残弾、少し分けるよ」

 

 スバルが自分の残弾をティアナ、ギンガに渡す。しかし、それでもカツカツだった。

 

「ティアナ、正直な所どうだ?」

「……厳しいわね。魔力もカートリッジもギリギリよ」

「私は戦闘機人モードなら魔力を使わないで済むからまだマシだけど……」

 

 そう言うギンガも顔は晴れない。それを聞いて、シオンは土蜘蛛へと顔を向けた。

 既に再生を終えている土蜘蛛は、まるで待ち受けるかのようにその場から動かない。こちらは余力が無いのに対して、向こうは再生能力も含めて余力を十分に有している。

 

 余りにも不利な状況であった。

 

「……とりあえず、俺はまだ大丈夫だから俺が前に――」

 

 そこまで言った瞬間、土蜘蛛の姿が消えた。

 

「な――! っ!?」

「え……?」

 

 驚愕の声を上げ――シオンは即座に後ろを振り返る。三人は、シオンの行動に呆気に取られていた。そんな三人にシオンは全力で叫ぶ。

 

「逃げろ――――――っ!」

「っ!?」

 

 そしてシオンに遅れながら、三人はようやく自分達の後ろに現れた存在に気付いた。土蜘蛛。先程まで、確かに離れた距離に居たそれが、今自分達の真後ろに居た。

 離れるべきと頭では思いながら、三人は振り向く。

 既に土蜘蛛は攻撃体勢。前足を振り上げ、斬撃を放とうとしていた。

 驚愕に目を見開く三人を嘲笑うかのように、前足は振り落ちる――狙いは、ティアナだった。

 

「――え?」

「ティ――!」

 

 既に防御も回避も間に合わない。驚愕から覚めたスバルが声を上げるが、それすらも最後まで放たれず、ティアナに斬撃が放たれんとして。

 

「さっせるか――――――!」

 

    −戟−

 

    −斬!−

 

 スバルとギンガの真ん中を、巨大な斬撃が通り過ぎた。その通過点にはティアナが居た――斬撃が通り過ぎる直前までは。

 

「シ、シオン……?」

「ぐ……っ!」

 

 ティアナは土蜘蛛から離れた所に、シオンに押し倒されながら居た。斬撃がティアナへと叩き込まれる寸前に、シオンが瞬動で横からティアナへと抱きつき様に掻っ攫ったのだ。

 

「……大丈夫かよ?」

「え? う、うん……? シオン、その背中……!?」

 

 ティアナがシオンの肩越しに背中を見て青ざめる。背中は、大きく切り裂かれていたのだ。ぱっくりと開いた傷口から、とめどなく血が溢れ出し、白い床を汚す。だが、シオンはそれを一顧だにしない。

 

「ちょ……っ! 待ちなさい!」

「心配無ぇよ。こんくらいただのかすり傷だ」

「そんな訳無いでしょうが!」

 

 起き上がり、再び土蜘蛛へ向かおうとするシオンに、ティアナが、ガ――――っ! と吠えるが、シオンはそれを無視した。

 

「シオン!」

「うるせぇ、喧しい、黙ってろ!」

 

 一方的にティアナにそう言い放つ――だがいきなり、またティアナを抱え上げた。

 

「――って、アンタ何を――」

「黙れって言ってんだろうが!」

 

    −轟!−

 

 怒鳴りながらシオンは横っ飛びに瞬動。そこを、前足からなる斬撃が通り過ぎた。ようやくそれに気付き、ティアナは目を見開く。

 

「ま、また?」

「ちっ! あの巨体で瞬動まで使いやがんのか……!」

 

    −閃−

 

    −裂−

 

 舌打ちしながら、二度、三度と振るわれる斬撃をシオンは躱す――三度の斬撃を避けた直後、巨大な衝撃波が土蜘蛛に直撃した。スバルとギンガだ。四人は再び合流する。

 

「ティア! シオン!」

「二人共、大丈夫?」

「私は大丈夫です。だけど……」

 

 下ろされたティアナはシオンを見る。彼の背中を見て、スバル、ギンガも顔色を失った。シオンの背中から落ちる大量の血を見たから。

 

「シオン、それ……!」

「……大した事は無ぇよ、心配すんな」

 

 シオンはあっさりと笑って見せる。そして土蜘蛛へと視線を戻した。そんなシオンに少しだけ迷い――だが、スバル達も土蜘蛛へと向き直る。

 ここで勝たなければ結果は同じなのだから。四人はそれぞれのデバイスを構える。いつ、瞬動で間合いを詰めて来るか解らない相手だ。距離を開けても、気を休める事は出来なかった。

 すると、一瞬の間を置いて、土蜘蛛から因子が溢れ始める。

 

「今度は何だよ……」

 

 シオンは舌打ちしながら土蜘蛛を睨む。ここに来て更なる異変。四人はすぐに動けるように構えを崩さない。

 因子は土蜘蛛より切り離され、宙を漂う。やがてそこからぽこりと何かが這い出した。

 

 ――クラゲ。

 

 シオン達はそれを見て、クラゲのようだと思った。半透明の身体に、中は赤い球が明滅している。それが七体程顕れたのだ。

 

「……あれ何だろ?」

「クラゲのようだけど――」

 

 疑問の声をそれぞれ上げる。シオンは、嫌な予感に顔を歪めていた。

 あれは、何かまずい気がする。何かは解らないが直感は叫んでいた――危険だと。

 漂うクラゲモドキはふわふわと宙を漂い、シオン達を囲む。

 そして次の瞬間、その身体から砲台のようなものが迫り出した。シオン達はぞくりと言う感覚を覚え、一気に散る!

 

    −煌!−

 

 閃光! 黒の砲撃がクラゲモドキから放たれ、シオン達が居た場所に突き刺さる。同時に、クラゲモドキは一気に動き出した。

 

「コイツ等……っ!」

【移動砲台のようなものか】

 

 ここに来て、土蜘蛛が選んだのは物量戦。最悪の展開であった。今のシオン達にとって、最も厄介なのは消耗戦だ。

 シオンは怪我を、ティアナ、ギンガは魔力やカートリッジが底を尽きつつある。このクラゲモドキを何体作り出せるかは定かでは無いが、どちらにせよ一体一体相手にしていては確実に倒されるのは目に見えていた。

 

「シオン!」

 

 スバルが叫び、近くのクラゲモドキに一撃を叩き込む。クラゲモドキは軽い炸裂音と共に消え去った。

 スバルの横ではギンガが蹴りを放ち、ティアナはカートリッジを浪費しないように気をつけながら、マルチショットで二人を援護する。

 三人は散った場所が近かったのか、即座に合流できたようだった。シオンだけが離れた場所に居たせいか、合流出来なかったのである。

 シオンに合流しようとする三人だが、再び生み出されたクラゲモドキの砲撃に近寄れない。シオンも近くのクラゲモドキを斬り伏せ、そのままイクスを掲げる。

 

「セレクトブレイズ!」

【トランスファー!】

 

 ブレイズフォームへと変化。今の一撃で解ったが、このクラゲモドキに防御力は皆無だ。ただ砲撃を放つ為だけのものなのは間違い無い。ならば、最も手数が多いブレイズフォームがこの場では正しい。さらに生み出され、囲もうとするクラゲモドキに、シオンは両のイクスを腰溜めに構え、一気に放つ!

 

「神覇壱ノ太刀! 絶影・連牙ァ!」

 

    −斬−

 

 −斬・斬・斬・斬・斬−

 

    −斬!−

 

 縦横無尽! 放たれる瞬速の刃が、周囲のクラゲモドキを一斉に斬り伏せた――しかし。

 

「……っ!」

 

    −閃−

 

 砲撃。唐突に放たれたそれに、シオンは足場を展開して後退する。次々と生み出されていくクラゲモドキからの砲撃だ。無尽蔵に生まれて来るクラゲモドキに、シオンは歯噛みする。

 スバル達も上手く凌いでいるが、あまりの量に疲弊していくのが解った。特にティアナの疲労が激しい。今、ティアナはカートリッジ温存の為、ダガーモードで戦っているが、それも含めてティアナの消耗は酷い。

 スバル、ギンガもティアナに近付かせ無いように戦っているが、何しろ数が違う。このままではじり貧もいい所であった。

 そんな三人を見てシオンは腹を決める。このままでは確実に負ける――ならば、分が悪かろうが賭けに出るしか無い。

 両のイクスを再度振るい、四体のクラゲモドキを斬り捨てた。同時、叫ぶ。

 

「セレクトウィズダム!」

【トランスファー!】

 

 シオンは戦技変換、ウィズダムフォームになる。その右手に握るのはランスだ。即座に、シオンは姿勢を低くとった。

 

「あれは――」

「シオン、まさか……!?」

 

 その構えに見覚えのある二人――スバルとティアナが絶句する。シオンの目的を、その無謀さを悟ったからだ。

 

「シオン、止めなさい!」

「シオン!」

 

 二人から制止の声が掛かるが、シオンは構わない。土蜘蛛本体を睨みつけた。

 

 ――止まらない。それを悟り、ティアナ、スバルは何とかしてシオンへと向かおうとするが、それをクラゲモドキが邪魔するように道を塞いだ。まるで、シオンの行動が解っているが如く。

 

「く……!」

「この――!」

 

 片やダガーで、片や拳でクラゲモドキを潰すが、次々と現れる援軍に二人はそれ以上進め無い。

 そしてシオンは一気に魔力を放出する。吹き出した魔力がシオンを包み込み、イクスウィズダムの石突きが弾け、地面に叩き込まれる。その反動を利用して、シオンは一気に突貫を開始! 精霊の力を借りないのならば、これがシオンが放てる最大威力の技。シオンは叫ぶ――その一撃の名を!

 

「神覇伍ノ太刀……! 剣魔・裂!」

 

    −破!−

 

 次の瞬間、シオンは爆発したかのような音と共に宙へと駆けた。大気爆発を起こすそれは、音速超過。一本の槍と化し、一気に土蜘蛛へと迷い無く突き進む!

 途上に壁の如く立ち塞がるクラゲモドキを、紙のように引き裂きながら突き進んで行く。激烈な音を立てて、シオンは土蜘蛛に肉薄。そのまま突き破らんと突貫し――。

 

    −緊−

 

 ――シオンはそれを見た。自分の放った一撃の結果を。剣魔・裂は土蜘蛛の身体に”触れる事無く”、受け止められていたのだ。

 シオンは一瞬呆気に取られ、顔を歪めた――苦痛に。

 

「が、あ……!」

 

 背中から煙りが上がる――叩き付けられたのだ、光砲を、新たに生み出されたクラゲモドキに。

 シオンは崩れ落ち、さらに土蜘蛛から前足が振り放たれる!

 

    −裂!−

 

 斬撃にひっかけられるようにして、シオンは吹き飛ばされた。床に叩き付けられ、十数メートルも転がる――。

 

「シ、シオ……ン?」

 

 スバルがその姿に呆然としながらシオンに呼び掛ける。しかし、シオンは答え無い。ピクリともしなかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「シオン! シオン!!」

 

 ――声がする。だが、シオンは答える事が出来ない。ただ、ただ眠い。

 眠らせてくれ。心の奥底からそう思う。しかし、シオンを呼ぶ声は続く。

 

「この――! 立ちなさい、バカシオンっ!」

 

 誰がバカか誰が。遠くからの声に反論したくなる。そもそも最近バカ扱いが酷い。自分でもバカだと思ってしまうだろうが。

 シオンはまどろむ。どんどん意識が闇へと落ちていってる事を自覚する。

 

「シオン君、起きなさい! ここで貴方が倒れたら何も――何も意味が無くなるでしょう!?」

 

 ――そうかも知れない。いや、そうだ。

 さっきの突貫の意味。土蜘蛛の弱点。そして、剣魔・裂を受け止めた何か――ああ、そうだ。それを伝え無いと……。

 しかし、身体は重い。意思に反して、ろくに身体は動かなかった。

 

「やだよ……シオン……! シオンが居なくなっちゃ、嫌だよ……!」

 

 ――また泣かした、か?

 

 その声は泣き声。シオンは心中苦笑する。

 

 俺は、アイツを泣かしてばかりだな。ああ、そうだよ。本当は泣かしたくなんて無い。笑った顔を見たい。自分の為じゃなく。アイツの為に。さっきも思った筈だ。

 思い出す――皆を。

 アイツ等が幸せであってくれるなら、

 ”ここ”に居てもよかったと、やっと胸を張れるじゃないか。思いが結実する。その中で思い出すのは、異母兄の言葉だ。

 

 ――強くなれ。

 

 ……強く、なる。

 

 ――強くなれ。誰より強く、誰より高く。

 

 ……強く、なってやる……!

 

 ――全ての希望を喰らい、全ての絶望を飲み込み。

 

 ……希望も絶望も、今この瞬間の為に。

 

 ――強くなれ、シオン。そして……。

 

 強く、なる! まだ自分は”見せていない”。切り札を。黄金の剣を――!

 

 ――俺を――。

 

 俺は、アンタを――!

 

 ここで倒れている場合じゃない。歯を食いしばり、血に塗れながら、それでもと叫ぶ。そして、シオンは叫んだ。

 ココロの草原で聞いた、たった一つの言葉を。もう一つの姿の名を、叫んだのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……イクス」

 

 シオンから呟かれるように声が漏れる。溢れる血がしとどにバリアジャケットを濡らす――構わなかった。無理やり立ち上がる。

 

「シオン!」

「よかった……」

「心配させないでよ……バカ……」

 

 三者三様の声にシオンは苦笑いを浮かべる。身体は重い。血が流れ過ぎて、意識も朦朧としていた。

 

 ――それがどうした!

 

【シオン、”使うか”?】

「ああ」

 

 即座に頷く。そしてイクスを真っ直ぐに構えた。次の瞬間、土蜘蛛が消える――瞬動だ。一気にシオンへと接近する。

 

「っ! またっ!」

「シオン!」

 

 それを見て三人はシオンへと向かおうとするが、周りにいる大量のクラゲモドキに再度邪魔された。近付けない。

 そして土蜘蛛が現れた。その巨躯をシオンの眼前に現し、前足を斬撃として放つ。振り落ちる斬撃――それにシオンは構わない。そして、叫んだ。

 

「イクス、モードセレクト! カリバ――――!」

【トランスファー!】

 

    −轟!−

 

 直後、光が溢れた――黄金の光が。同時に固い音が鳴り響く。土蜘蛛が放った斬撃が受け止められたのだ。

 光が収まり、シオンがその姿を現す。袖までのジャケットに、黒のシャツ。下は長ズボンだ。膝から下は甲冑に覆われている。さらに両の手には手甲が嵌められていた。そのバリアジャケットは金色。背に伸びるのは六枚の剣翼。そして、両手――右手に握るのはウィズダムのランスを更に短かくした姿だ。左手には片刃の剣。細く、だが力強い長剣が握られていた。

 シオンはそのまま魔力を放出。土蜘蛛を弾き飛ばす。そして、両のイクスを構えた。

 

 新たな姿。

 新しい力。

 

 その名は――。

 

「カリバーフォーム……!」

 

 シオンは名乗りを上げ、そのまま後ろを――スバル達を振り返る。左手の長剣を振るった。

 

「神覇壱ノ太刀! 絶影・連牙!」

 

 シオンの姿が消える――。

 

    −斬−

 

 −斬・斬・斬・斬・斬−

 

    −斬!−

 

 瞬間、スバル達を囲んでいたクラゲモドキ達が横にズレた。一瞬にして斬り裂かれる!

 縦横無尽。一気にシオンは三人に合流した。その周囲のクラゲモドキを殲滅して。

 

「シ、シオ――」

「三人共、しゃがめ!」

 

 更に叫び、次に振るうのは右のランスだ。三人はその動作に嫌な予感を覚え、地面にへとしゃがみこむ。シオンはランスを振り放った。

 

「神覇弐ノ太刀! 剣牙・裂!」

 

    −破!−

 

 ――弾けた。ランスが、ウィズダムと同じく。それはまだ残っているクラゲモドキを貫き、5メートルの長さで刃を停止した。そのままシオンは回転開始。空気が唸る音と共に、伸びた刃も回転する――。

 

    −轟!−

 

 回転しながら放たれた斬撃は、まとめてクラゲモドキを薙ぎ倒していく。

 シオンが三回の回転を刻む頃には、全てのクラゲモドキは消え去っていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 三人は見る。シオンのその姿を――黄金の姿を。

 シオンは右のイクスを一振りし、伸びた穂先を元に戻した。そして三人に視線を向ける。

 

「大丈夫か?」

「う、うん。……て、違う! シオンこそ大丈夫なの!?」

 

 頷き、しかしシオンに突っ込みを入れるスバル。シオンはそれに笑うが、血は流れ続けている。金のバリアジャケットは早々と紅に染まりつつあった。

 

「シオン……!」

「俺はいい。絶好調なんだからな。それより三人共、聞いて欲しい事がある」

「……何?」

 

 ティアナが訝し気に聞く。シオンは土蜘蛛から伸びるヒトガタの胸の部分を指差した。

 

「あそこ。球みたいなのが見えないか?」

「え……? あ……!」

 

 三人はシオンが指差した部分を注視し、声を上げる。胸の部分に確かに球がうっすらと見えたからだ。しかもあの形状に、三人共見覚えがあった。

 

「……コア?」

 

 スバルが想像したものを言う。シオンはそれに頷いた。

 

「半透明になってるから見え難いけど……。似てるだろ?」

 

 言われ、三人は頷く。それは感染者が第二段階に到達した際になるコアに確かに酷似していたのだ。

 

「罠って可能性は?」

「さぁな。……だけどこのままじり貧よりマシじゃ無いか?」

 

 ティアナはシオンの言葉にしばらく考え込む。断定は出来ない。しかし、もしあれが弱点となり得るならば、狙う価値は確かにあった。

 

「……確かに、このままじゃあこっちは消耗するだけだしね」

「ああ。ただ問題は――剣牙・裂!」

 

    −閃−

 

 瞬間、いきなりシオンは右のイクスの一撃を放つ。穂先が弾け、土蜘蛛の真っ正面の”空間”に突き立った。土蜘蛛が再び瞬動を行おうとしたのだろう。その出鼻をくじかれて、土蜘蛛は後退する。シオンはイクスを振って、穂先を戻した。

 

「……見たか?」

「うん、何あれ?」

 

 まるで壁のように土蜘蛛の正面に張られた防御障壁。それが今の一撃も、先程の剣魔も止めたのだ。

 

「イクス、どうだ?」

【……厄介だな。耐魔力、耐物理の障壁が四重に張られている】

 

 シオンはイクスの返答に嘆息する。先程の一撃で解ってはいたが、とんでもなく硬い防御障壁であった。そして、ティアナを見る。

 

「正直に言うと、あの防御障壁は何とか出来る。……けど、そこまでだ」

「あれ、何とか出来るの?」

 

 考え込んでいたティアナがシオンに顔を上げる。シオンは即座に頷いて見せた。

 

「……相当な無茶を覚悟しなきゃだけどな」

【封印開放から即座に使う羽目になるとは思わなかったが】

 

 苦笑し合う二人の答えに、ティアナは頷くと、スバルを見る。彼女もまた頷いた。

 

「あの防御障壁が何とか出来るなら大丈夫。私達も”切り札”があるわ」

「切り札?」

「うん。……ちょっと時間掛かるけど、私とティアの切り札」

 

 その答えにシオンもまた笑い。次にギンガを見る。ギンガもまたシオンに頷いて見せた。

 

「私は二人を守り抜く役ね?」

「はい。アイツは俺が引き受けます。でも例のクラゲモドキまでは対処が厳しいですから……」

 

 任せて、と笑うギンガにシオンもまた頷く。そして、再び土蜘蛛に視線を向けた。

 

「作戦は前にアンタがエリオとキャロとやった時と同じよ」

「ああ。……スバル」

「うん、何? シオン」

 

 頷き、スバルに視線は送らず声のみを返した。そのままで続ける。

 

「とどめ任せるな? お前が決着を着けろ」

「……うん!」

 

 シオンの言葉にスバルは一瞬だけ呆然として、しかし綻ぶように満面の笑みで頷いた。

 そんなスバルに、シオンはニッと笑う。そして、右の親指を口元に持ってくる。

 カリッと言う音と共に血がポタリと落ちた。

 

 ――精霊召喚。だが、土蜘蛛がそんなものを許す筈も無い。再び、瞬動に入ろうとする。そんな土蜘蛛にシオンは獰猛な笑みを浮かべた。

 空中に血で文字を描く――風、と。描いた手を頭上へと掲げ、叫ぶ!

 

「来い! ジン!」

 

 直後、風が顕れた。極小の竜巻を伴って小太りの男が顕れる。風の精霊、ジンだ。

 だが、それよりもスバル達には驚愕すべき事があった。

 ――無永唱。シオンは”一切の永唱”無しに精霊を召喚してのけたのだ。

 スバル達は知らぬ事だが、それはシオンの異母兄、トウヤに”しか”出来ないと言われた技術の一つだった。

 ――文字召喚。柱名を描く事によって永唱無しに召喚出来る技能だ。それがカリバーフォームによって追加されたスキルの”一つ”であった。

 瞬動に入りかけた土蜘蛛が慌てたが如く、急停止。クラゲモドキを生み出す――そんなモノ、壁にもならないと言うのに。

 ジンはその姿をぶれさせ、シオンと融合していく。シオンとイクスは、再び叫んだ。

 

「精霊融合!」

【スピリット・ユニゾン!】

 

 風が鳴る。それはシオンを優しく包む――次の瞬間、シオンの姿が消えた。

 

    −斬−

 

 直後に音も無く全てのクラゲモドキが切り裂かれる!

 シオンだ。風を纏うシオンが、一瞬にして全てのクラゲモドキを斬り捨てたのだ。しかもそのまま止まらない。

 右のイクスを振るうと、全方向から風の刃が土蜘蛛に襲い掛かった。

 

 ――弐ノ太刀、剣牙・風刃。

 

 土蜘蛛本体には防御障壁でダメージは通らないが、髪で構成された触手や、斬撃の為の前足はその範囲外であるのか切り裂かれ、あるいは傷だらけとなる。

 土蜘蛛が吠える――苦痛に。即座に再生しながら、触手と前足をシオンへと差し向け――。

 

 ――”鈍い”。

 

 今のシオンには、それが全て止まっているかのように思えた。

 超感覚。これこそがジンとの融合で得られた特化能力だった。そして、もう一つ。

 

    −閃−

 

 前足が切り落とされた――音も無く。

 触手が全て、細切れにされた――静かに。

 シオンはただ両のイクスを振るっただけだ。それだけで攻撃を成したのである。

 これがジンとの融合で得られる最大の能力。風を――つまり大気”全て”を攻撃として使用可能とする能力。

 その攻撃範囲はシオンの認識範囲の全てだ。そして今のシオンは、ジンとの融合による超感覚で十数Kmに渡る事象を認識出来ていた。

 則ち、その距離は全てシオンの攻撃範囲だと言う事。

 土蜘蛛が動く――瞬動だ。向かう先はスバル達。だが、シオンはそれを許さない。動かず、左のイクスを振るう。

 

    −裂!−

 

 次の瞬間、地から走る風の刃が土蜘蛛の足を全て切り裂いた。

 

 ――参ノ太刀、双牙・風刃。

 

 瞬動には必ず足を使う。故にシオンは容赦無く、足を狙ったのだ。これで土蜘蛛は動く事も叶わない。

 土蜘蛛を一時的に無力化しながら、シオンはこの融合にも欠点がある事を見切っていた。軽いのだ、攻撃が。

 今の一撃も足を傷付ける事は出来ても、斬り断つまでは至らない。故に、シオンはあえて自分の脇を抜けて、スバル達へと向かう、再び生み出されたクラゲモドキを見逃した。

 今、シオンがすべきはこの土蜘蛛を何もさせずにその場に留める事。時間稼ぎだ。

 さらに風刃を放ちながら、シオンはクラゲモドキをことごとく潰していくギンガに頼る。

 そして待つ。ティアナ、スバルの準備が整う事を。それまで、あの防御を潰すのはお預けだ。

 シオンはただただ、風の刃を放ち続けた――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……凄い」

 

 スバルがぽつりと呟く。シオンの能力を見てだ。ティアナも、驚きに目を見開いていた。しかし、首を一振りして気持ちを切り替える。

 今すべきは、一刻も早く準備を整える事だ。

 

「――スバル! いくわよ!」

「ティア……。うん!」

 

 頷き合い、二人は同時に準備に入った。

 ティアナはクロスミラージュをブレイズ・モードに。スバルはギア・エクセリオンを発動する。

 ティアナは銃口を土蜘蛛へと向けた。そして、ぽつりと呟く。

 

「……星の光よ――」

 

 直後、銃口の先に魔法陣が展開。ティアナの周囲にオレンジ色の輝きが次々と現れ、魔法陣の中央に集束してゆく。

 

 ――集う。集っていく。

 魔力が光となって、ティアナに集っていく。それは、スバルが、ギンガが、シオンが、ティアナ自身が放った魔力の残滓だ。

 星空から流星が落ちるように、それは集っていく。銃口へと集う光は、次に集まる光を吸収し、次第に巨大に、その輝きを増していった。

 

 ――星の光(スターライト)。

 その名は、その光景から由来している。ティアナが尊敬し続ける、なのは直伝の魔法。

 

 ――スターライト・ブレイカー。

 

 これこそがティアナの切り札であった。

 

 そして、スバル。彼女はティアナから少し離れた場所に居る。

 目を閉じ、両の手をパンッと柏手を打つように重ねた。深く長い呼吸を一つする。その呼吸に合わせるように、両手に環状魔法陣が展開。それも、それぞれ三連での展開だ。そして、両の掌をゆっくりと離す。そこには光の光球があった。”二つ”の光球が。

 スバルは両の手をそのままゆっくりと回転。同時にカートリッジロード。

 回転が収まると、それは一つの構えと成った。ディバイン・バスターの。

 しかし、違う点がある。一つは両の手に展開する環状魔法陣の数。もう一つは左の掌と右の拳の前にある二つの光球だ。やがてベルカ式の魔法陣がスバルの足元に展開する。さらにカートリッジロード。光球がさらに輝きを増す――。

 

 そして、スバルはティアナを見る。ティアナもまたスバルを見ていた。二人は同時に頷く。

 

 準備は完了。後は――。

 

「「シオン!!」」

 

 二人は同時に叫ぶ。普通ならば、シオンまではその声はほとんど届かないだろう。だが今のシオンには、はっきりと声が聞こえた。両のイクスを掲げる。

 

「ジン、ユニゾン・アウト」

 

 シオンとジンの像がブれ、両者は離れる。そのまま今度は左の親指を噛み、血を流させた。そして描く文字は”火”。シオンは叫び声を上げた。

 

「来いよ……! イフリートォ!」

 

    −業−

 

 炎が走る、疾る。それは一瞬にして形を成した。炎の巨人へと。火の精霊。イフリートだ。

 しかも、ジンは未だ送還されていない。シオンは両のイクスを振るう。

 右、ランスのイクスをイフリートに。

 左、長剣のイクスをジンに。

 そしてそのまま叫んだ。

 

「”双重”、精霊装填!」

【デュアル! スピリット・ローディング!】

 

 直後、イフリートが、ジンが、その姿をブらし、両のイクスに吸い込まれる。これが、カリバーフォームの新たなスキル、その”二”であった。そしてシオンは最後の”三”――切り札を切る。

 

「イクスぅっ!」

【応! イクスカリバー。全兵装(フル・バレル)、全開放(フル・オープン)、凌駕駆動(オーバー・ドライブ)、開始(スタート)!】

 

 右のイクスと左のイクスを重ねる。それは合わさり、形状を変化。たった一振りの剣と成った。

 

 ――黄金の剣に。

 

 形状は普通の両刃の剣だ。バスター・ソードと呼ばれる剣に酷似している。

 それはシオンの手を離れ、しかしシオンの眼前に浮かんでいた。それは金色の輝き。二つの精霊を同時に有する黄金の剣だ。シオンは恭しく、手に取った。頭上に掲げ、その剣の名を祈るような心地で呟く。

 

「精霊剣、カリバーン」

 

 名乗りを受け、剣が――カリバーンが光り輝く。

 その光りに、土蜘蛛がまるで恐れるかのように後ずさった。シオンは構わない。真っ直ぐに、そして一気に土蜘蛛へと翔け征く!

 土蜘蛛はそんなシオンに、狂ったように再生した触手と、全ての足を使った斬撃を放つ。

 シオンは襲い掛かるそれらを前にして、カリバーンを振りかぶった。

 

「神覇、陸、漆ノ太刀――”合神剣技”」

 

 シオンは纏う。炎を、風を。それは炎を猛らせ、風を荒れさせる。朱雀と、白虎。二つの奥義を”重ねた”。

 

「紅蓮、天昇ォ――――――!」

 

    −輝−

 

 シオンはその瞬間、光となった。

 

    −爆−

 

 −爆・爆・爆・爆・爆・爆・爆・爆・爆・爆!−

 

    −爆!−

 

 数十、数百、数千の爆裂が、全ての触手を、足を、防御障壁を叩き尽くす!

 白虎の速度に、朱雀の爆炎を乗せて乱撃が放たれているのだ。SS相当の威力に、SS+の速度で放たれるそれは、途方も無い破壊力となり、土蜘蛛を一気に蹂躙した。一枚目の障壁があっさりと砕かれ、二枚目が耐える――が、最後まで持たずに砕かれた。

 しかし、紅蓮天昇もそこで終わる。シオンはそのまま地面へと着地した。

 ――息が荒い。もう、体力も魔力も限界だった。

 無茶のツケ。それがシオンの意識を揺さぶる――だが、今のシオンは限界をも越える!

 

「ジン、イフリート。装填解除! 送還!」

 

 カリバーンからジンとイフリートが離れ、送還される。シオンはそのまま血文字を両の手で描いた。”雷”と”水”を。

 

「来い……ヴォルト! ウンディーネ!」

 

 シオンの呼び掛けに応え、ヴォルトが、ウンディーネが、揃って召喚される。

 シオンはカリバーンを再度掲げた。時間が無い。後、二つ。障壁が修復される前に、後二つの障壁を突破せねばならない――直後、ヴォルト、ウンディーネがカリバーンに装填された。

 

【シオン……! 俺もお前も限界が近い! 次でラストだ。叩き込め!】

「応っ!」

 

 イクスに返答しながら、再び黄金に輝くカリバーンを振りかぶる。土蜘蛛が吠えると、一気に障壁が修復され始めた――それを許さない!

 

「あぁぁぁっ! 神覇、八、九ノ太刀――合神剣技っ!」

 

 振りかぶられたカリバーンを背中まで反らし、そして一気に振り下ろす!!

 

「逆鱗! 龍降ォ!」

 

    −閃!−

 

 一閃。それが振り下ろされたカリバーンから、光となって放たれる。

 それは、障壁にぶち当たる瞬間にいくつも枝分かれして、土蜘蛛を包囲。光は甲羅を模したシールド・ビットであった。八つに分かれたそれは、次の瞬間、光の龍と成り、障壁に喰らいついた。

 まるで八又の龍を思わせる一撃。噛み付き、砕き、壊し、喰らい尽くす。

 障壁を喰らい征く八又の龍は、三枚目の障壁を喰らい、さらにそのまま四枚目も喰らい尽くした――それでは飽き足らず、土蜘蛛を喰らう。足を全て喰らって、漸く龍は消えた。

 

「……後は任せたぜ。ティアナ、スバル――」

【モード・リリース】

 

 全ての力を使い切ったシオンとイクスは、逆鱗龍降を放った姿勢から、前に崩れ落ちた。

 

「シオン――任せなさい!」

 

 そんなシオンを見て、ティアナは応えるように叫ぶ!

 シオンの呟きが聞こえた訳では無い。ただそう言いたかったのだ。そしてティアナは睨みつける。

 星の光は放たれる瞬間を待つように光り輝いていた。銃口は土蜘蛛に向けられている。後は、トリガーを引くだけ。

 ティアナは迷い無く、叫び、トリガーを引く!

 

「スタ―――ライトっ! ブレイカ――――――――――!!」

【スターライト・ブレイカー!】

 

    ー煌ー

 

 ――星の光。それは一気に放たれた。激烈な破壊力を持って、音は光に遅れて響く。轟音だ。

 オレンジ色の輝きは、巨大過ぎる柱となって土蜘蛛を襲う。純白のこの世界をあって尚まばゆい閃光。

 その一撃は土蜘蛛にぶつかると同時にその破壊力を遺憾無く発揮。その全身を容赦無く砕き、弾かせ、滅ぼす。土蜘蛛は一瞬にして、その全身を失った。

 ただ一つ――コアだけを除いて。ティアナがその場で膝をつく。魔力切れだ。息は荒く、意識を失いそうになる。それでも彼女は叫んだ。

 

「やりなさい……! スバル!」

「うんっ!」

 

 ティアナの叫びにスバルは頷く。

 

「スバル! いって!」

 

 クラゲモドキを蹴散らしながらギンガも叫ぶ。そして――。

 

「スバル……やっちまえ――――――!」

 

 シオンが倒れたまま、叫んだ。スバルもまた頷き、吠える!

 

「一撃! 必倒ぉ!」

 

 右の拳を放つ――それは拳の前にある光球を撃ち抜き、そして拳はその光を纏ったまま左の掌の光球に突き刺さった。

 

「ディバインっ! バスタ――――――っ!」

【ディバイン・バスター。”ティタン・ブレイク!!”】

 

    −轟!−

 

 光が放たれた――極大の輝きが。それは迷い無く、コアへと突き進む。しかし、その途上で形状を変化した。集束し、光が束ねられたのだ。

 半ば物質化したその光は、一筋の――貫通の意思を具現した姿だ。

 

 ――巨大な槍。

 

 ”巨人破り”。そう名付けられた一撃は、スバルの思い。一直線をただただ突き詰めた一撃だ。貫通力だけならば、スターライト・ブレイカーすらも凌駕しかね無い一撃。これこそがスバルの切り札であった。

 巨人破りは寸分の狂いも無く、コアを撃ち抜き、何の抵抗すらも無く貫通した――そこで止まらない!

 スバルの瞳が金色へと変化。巨人破りの後端、つまり石突きに拳を叩き込む!

 同時にIS発動。振動破砕。それが槍へと放たれる!

 

「ハウリング! ブレイクっ!」

 

    −砕−

 

 直後、石突きから槍が砕かれ始めた。

 

 −砕・砕・砕・砕・砕−

 

    −砕!−

 

 槍は砕かれながらも、振動破砕そのものを確かに伝播して征く。それはコアに確かに叩き込まれた。振動破砕による超振動。それによりコアはビクンッと震え――次の瞬間。

 微細な塵へと変わり、消えていった。超振動によって完全に分解されたのだ。

 

「……終わった……?」

 

 スバルが残心のまま呟く。

 

「……終わったわ、ね」

 

 ティアナも膝を着いたまま頷いた。

 

「……うん、終わったね」

 

 ギンガも、またその場に座り込みながら頷く。

 

「ああ、俺達の勝ちだ」

 

 そして、指一本も動かせないシオンが、しかし倒れたまま笑った。

 それを聞いて、スバルが、ティアナが、ギンガが、笑いながら抱き合う。やったと、やり遂げたと。

 

 それを一人遠巻きに、シオンは笑いながら見て、そのまま意識が消えていくのを感じた――やがて、世界が割れる音が響いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 無限なる幻想世界。それが、唐突に解除された。タカトとトウヤはいきなり戻ってきた重力に、しかし一歩で耐える。

 

「……術を解除したか」

「ユウオ?」

《トウヤ、タカト君。聞こえる? シオン君、”帰って来たよ”》

 

 ――それはつまり、ダイブを成功させたと言う事に他ならない。スバルはこれで史上二人目の帰還者と成った訳だ。

 二人はそれを聞き、揃って肩を竦めた。これ以上戦う理由が無くなってしまったのだ。

 

「また、決着とはならなかったね?」

「いっそ運命と思って諦める方がいいかも知れんぞ? 兄者」

 

 そう言いながらタカトはフードを再び被り直し、”拘束具”を右手に取り付けた。トウヤはフッと笑う。

 

「ユウオ。シオン達はどうしているかね?」

《ぐっすり寝てるらしいよ。……さて、ボクもこれから八神さんの所に行くよ。怒られるかな――》

 

 それは聞くだけ野暮である。普通、無断侵入などすれば、怒られる程度では済まない。そんな二人のやり取りに、笑い声が響いた。タカトだ。

 

「何か面白い事でもあるのかね?」

「いや。本当に二人は変わらないと思っただけだ」

 

 そう、タカトは笑う。この二人はいつもこんな調子であった。再び二人に会う事があると思わなかっただけに、どうしようも無く笑ってしまった。

 ひとしきり笑い切り、タカトはトウヤに背を向けた。

 

「……行くのかね?」

「ああ。此処にはもう用は無い」

 

 そのまま歩き出す。向かうのはボロボロになり、辛うじてその形状”だけ”を保った扉だ。トウヤはそんなタカトの背中を忘れまいと見る。

 

「……タカト」

「…………」

 

 トウヤの呼び掛けに、しかしタカトは応えない。

 ――言葉で止まるのならば、最初から戦う意味は無いから。二人の道は二年前に分かたれた。それが、ただ唯一の真実だ。それでも、トウヤはタカトへと告げてやる。

 

「いつでも待ってる」

「――――」

 

 タカトはその言葉に止まり――だが、再び歩き出した。

 そして訓練室を出る。そこまで見届けて、トウヤはゆっくりと寝転んだ。久しぶりに全力で戦ったのだ。行儀については考えない事にする。大の字になって寝転びながら、トウヤはその意識を手放したのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 アースラ艦内を一人の女性が翔けてゆく――。

 なのはだ。彼女は今、訓練室に向かっていた。

 

 ――先程スバルが治療された。

 突如としてスバルを始めとして、四人に纏わり付いていた因子が奇怪な断末魔を上げて消え去ったのだ。四人はそのまま静かに寝ている。

 同時に、訓練室に展開していた魔法も解除された。その魔法を展開していたユウオは、先程ブリーフィング・ルームに向かったそうである。

 そして、なのはは今、アースラに侵入してきたもう一人の存在を拿捕する為に翔けていた。

 

 則ち、伊織タカトを。

 

 ……正直、なのはとしても疲労している彼と戦うというのは気は進まない。だが、それとこれとは話しが別であった――私情を交えてはならない。それを自分に言い聞かせ、次の角を曲がる。

 

 ――先程のシャーリーの報告通りなら……。

 

 そう思いながら、なのはは空中に静止。前方を睨む――そこに、彼が居た。

 

 伊織タカトが。

 

 彼はなのはを見て、しかし一顧だにせずに歩く。そんな彼に、なのははレイジングハートを向けた。

 

「動かないで」

「……」

 

 なのはの言葉を聞いたからと言う訳でも無いだろうが、タカトはその場で歩みを止めた。二人の視線が絡み合う。

 タカトはボロボロだった。バリアジャケットは所々穴が開いており、血も流れている。だが、そんな状態にあってなお、彼は。

 

 ――凜。と世界の全てに抗うようにそこに立っていた。

 

 そんなタカトに、なのはは苦く顔を歪め、声を出す。

 

「伊織タカト。貴方を逮捕します。武装を――」

「どうやって?」

 

 最後まで告げる前にそう言われ、なのはは愕然とする。それに、タカトはつまらなそうな瞳を向けた。

 ――彼はこう言った。どうやって、と。それは則ち、この状態にあってすら、なのはに勝てる。

 いや、勝負にすらならないと断言しているのに等しかった。

 

「……君、は」

「これ以上の戦闘を俺は望んでいなくてな? 邪魔をするなら叩き潰すだけだが……。どうする?」

 

 なのはの喉が鳴る。目の前のタカトは満身創痍だ。だが、その状態にあっても、彼はなのはを圧倒していた。

 そんななのはの様子に肩を竦め、タカトは歩き始めようとし――しかし、顔を歪める。胸を押さえ、キッと歯を食いしばるように。それを見て、なのははつい。

 

「っ! 大丈夫!?」

 

 ――感情のままに尋ねてしまった。言葉を放った後でハッとする。

 タカトはしばし呆然とし、すぐにある表情になった。微笑みに。そしてタカトは、なのはに向かって口を開く。

 

「……君は無用心だな」

「え……?」

 

 そんな事をタカトは言う。その言葉を聞き、呆然となるなのはに、タカトは構わない。

 

「俺は敵だぞ? しかもすこぶるつきのな」

「……それは」

 

 言われて、なのはは戸惑う。タカトはそのまま続けて来た。

 

「君は誰に対してもそうなのか? だったら一つ忠告だ。優しさを持つのはいい。しかし、それを向ける相手を考えろ。……少なくとも、俺のような敵に向けるな」

 

 ――忠告。そう、タカトは言う。

 それに、なのははくすりと笑ってしまった。可笑しくなってしまったからだ。

 優しさを向ける相手を選べとタカトは言った――彼にとってすれば、なのはの方こそが敵であるのに。

 

 ――お人良し。

 

 人の事は何も言えないと、なのはは笑う。タカトはそんななのはに憮然とした表情を向けた。

 

「何が可笑しい」

「ご、ゴメンっ。でも、ちょっと可笑しくて……っ」

 

 未だ笑うなのはに、しかしタカトは立ち去るような真似をしない――不機嫌そうな顔はしていたが。

 やがて、漸くなのはは笑いを止めた。でも、その顔は微笑みのままで。

 

「随分と余裕だな?」

「余裕なんかじゃないよ」

 

 でも、先程の緊張は無くなった。それは間違いなかった。

 そんな、なのはにタカトはすっと前に出る。気配を一切感じさせない――滑るような歩み。余りに自然過ぎて、なのはの反応が遅れた。驚きに目を見張るなのはに、タカトはレイジングハートを握る。

 余りに近い距離。吐息のかかる程の距離で、互いに見合った。

 

「本当に無用心だな、君は」

「……あなたは」

 

 先程と同じ言葉。しかし、今度は何かが違った。

 ――冷たい。タカトの一言一言が、あまりにも。その冷たさのまま、タカトは続ける。

 

「――たとえば」

 

 たとえば。そう、たとえば――。

 

「ヒトとして生きる事すらもおこがましい奴が。赤子の時からその手を血に濡らして来た外道が。”幸せ”、なんてものを理解出来ると、君は思うか?」

「っ――――」

 

 瞬間、なのははトウヤの話しを思い出していた。

 地獄に居た。ヒトとして扱われなかった、少年の話しを。

 絶句して固まるなのはに、タカトは笑いかける。それは、余りにも優しい微笑みで。

 

「そら、解るだろう? そんな”化け物”にあまり気安くするな」

 

 そう言い放ち、タカトはなのはから離れる。肩を竦め、呆然とするなのはを今度こそは無視して歩き出した。擦れ違う――その瞬間。

 

「……思うよ」

 

 その言葉にタカトの歩みが止まった。なのはは、そのままタカトへと向き直る。

 

「理解できるって私は思う。……だって、その人は、誰よりも幸せを望んでると思うから」

 

 真っ直ぐにタカトの黒瞳を見据え、はっきりとなのははそう告げた。

 タカトは、すぐに答えない。互いに見つめ合い、一呼吸の間が流れる。

 やがて、タカトは何も告げずになのはの横を抜けた。同時に、八角の魔法陣がその足元に展開する――次元転移!

 なのはは気付くなり、慌ててレイジングハートを向けようとして。

 

 ――振り返ったタカトの表情に絶句した。

 先程までの優しい微笑みが嘘のような無表情。

 感情の無い、瞳。

 感情の無い、顔。

 そのまま、タカトはなのはに告げた。

 

「――だったら、俺はお前が嫌いだ」

 

 拒絶。あまりにはっきりとした、完全なる拒絶がなのはの心に突き刺さる。

 次の瞬間、タカトはアースラから消え去った。何も言えず、何も出来ないまま、なのははその姿を見送る事しか出来なかったのであった――。

 

 

(第二十三話に続く)

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 徒然なる後書き――。

 

 はい、どうもー♪ テスタメントであります♪

 第二十二話&第二部666編完結でありまする。

 第二十三話から第三部となる訳ですか――ぶっちゃけ長い(笑)

 べらぼうに第三部長いです(笑)

 なので、第三部を三分割し、第三、第四、第五部とします。いや、そんだけ長いんですよマジに(笑)

 第三部は反逆編。第四部は逆襲編。そして第五部を創誕編と銘打ちます。

 なろうで読んで下さってた方々なら、大体どの辺からか分かると思うので、多くは語りませぬ。

 因子、真実、タカトの目的、そして裏側に蔓延るもの――ここから、さらに激化していくストーリーをお楽しみ下さい♪

 

 ではでは♪

 

(PS:第三部予告を次ページに載せます♪)

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「――シオン、俺は成すよ。創誕を」

 

 その出会いは運命であったか、聖剣の少年は魔剣の男性と出会う。

 

「おっちゃん……! なんで、なんであんたが!?」

 

「坊主、人間譲れねぇもんってのがあんだよ」

 

 その中で、少年は真実を知る――。

 

「うそ、だ……」

 

 −かかかかかかかか……! 本当さ兄弟、お前が−

 

「うそだ、うそだ、うそだうそだうそだうそだ……!」

 

 −お前が、全てを奪ったんだ−

 

「うそだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!」

 

 明らかになる二年前の真実、タカトの嘘、痛みを伴う答えに少年はどんな答えを出すのか――。

 

 やがて、因子を巡る事件は、大規模の抗争に発展する。

 

 管理局へのクーデター、ミッド争乱、本局占拠、アースラチーム壊滅、物語は更なる戦いへと向かう。その中で、一つの真実が明らかになる時、彼女が一つの決断を下す。

 

「私が、あなたを”幸せ”にしてあげる」

 

「……やはり、俺はお前が嫌いだ」

 

 そして、物語の行方はある世界に進む――。

 

 魔法少女リリカルなのは StS,EX。

 

 ――真名解放。

 

「ツアラ・トゥ・ストラ、お前達は――」

 

 我が真名は――!

 

「やりすぎた」

 

 第三部「反逆編」

 

「それでも、タカ兄ぃは――優しかったんだ……」

 

 始まります。

 

 




次回予告
「スバルを助け出し、ようやく、いつもの日常が帰って来たアースラ」
「しかし、思わぬ事態が起きて……?」
「ついに第三部『反逆編』開始!」
「次回、第二十三話『はじめて』」
「それは、少年、少女達にとって。紛れもない、はじめてで」


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反逆編
第二十三話「はじめて」


「俺はそれになった事が無い。いやまぁ家族全員なったとこ見た事ないんだけど。だからそれがなんなのか分からなくて。そして、それぞれのはじめてを――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 時空管理局本局――スバルの治療が確認された後、アースラは再び本局に戻って来ていた。

 何故か? 答えは単純、時空揺るがす兄弟喧嘩(はやて命名)により、アースラがボロボロになったからだ。

 訓練室は完全に廃墟寸前、駆動炉は結界を維持する為に限界ギリギリまでその出力を使ってオーバーヒート。

 この為、まともに次元航行できる状態では無く、本局に戻って修理する事になったのだ。

 そして、そんな本局の一角。医療室に一人の男がベットに寝そべっていた。

 叶トウヤ、その人である。彼は水色と白のシマシマパジャマを着ていた。その傍らに居るのはユウオ・A・アタナシアと、アースラ艦長である八神はやてだった。

 さて、何故にトウヤがこんな格好で医療室に居るのかと言うと――。

 

「全身打撲に、骨折数ヶ所、内出血数知れず――本当、無茶し過ぎだよ……」

 

 ユウオが呆れたように呟く。

 タカトとの一戦。それでトウヤが被った怪我であった。本来ならこのくらいの怪我ならばどうにかなるのだが、いかんせん切り札を含め、全力を振り絞った為か、トウヤは魔力枯渇状態に陥っていた。

 こんな状態では、グノーシスのトップだろうが、EXランクだろうが関係ない。寝込む事しか出来なかった。溜息をつくユウオに、トウヤは薄く笑う。

 

「久しぶりに全力を出したのでね。まぁ、向こうも似たような目に合ってるだろうが」

「はぁ……」

 

 トウヤのベットの横に立つはやてが苦笑いを浮かべながら曖昧に頷く。はやてはアースラの修理や義装に立ち会っていたのだが、突如、病室で寝込むトウヤに呼ばれたのだ。

 容態はすでに聞いていたので、後で顔を出そうとは思っていたのだが。

 

「はーい、トウヤあーん」

「うむ。あーん」

「……あの〜〜、ラブラブなんは結構なんやけど、そろそろ何の用なんか聞いてもええ?」

 

 ユウオが皮を剥いたリンゴを切り分け、トウヤに差し出す。それをトウヤが口を開き、納めて食べる――それを見つつ半眼となって、はやては尋ねた。

 このままではいつ話しが始まるのか、解ったものでは無い。トウヤは顎を上下に動かし、リンゴを最後まで咀嚼すると、漸く口を開いた。

 

「そうだったね。すまない。……ユウオ」

「あ、うん」

 

 トウヤに促されるままユウオがカーテンを閉め、簡単な防音魔法をかける。それを見て、はやては幾分か緊張し始めた。

 誰にも聞かせられない話しと言う事なのだろうか。トウヤは上半身を起こして、はやてと向き直る。ユウオもまたその傍らに立った。

 

「悪いね。本来ならばこんな無粋な真似はしなくても良いのだろうが」

「いえ」

 

 首を振る。トウヤの言わんとする事を察した為だ。

 今の時空管理局は完全には信用出来ない――これが二人の共通認識だった。

 クラナガンで起きた感染者の大量転移事件。タカトの言葉を信じるならば、それに管理局の人間が関わっている可能性がある。

 彼を完全に信じる訳では無いが、可能性は否定出来ない。トウヤが施した処置は当然と言えた。

 

「さて八神君。率直に言う。グノーシスからアースラにメンバーを出向したいと思うのだが」

「ウチに、ですか?」

 

 はやてが問い直す。それにトウヤは頷いた。

 

「ああ。私の予想が正しいならば、近い内に大きな動きがある」

「それはナンバ――っ、いえ、伊織タカトが?」

 

 666と言いそうになって、訂正しながらはやては問い直す。それにトウヤは微笑みを浮かべた。

 

「呼び易い方でいいよ。一つはそれだ。だがもう一つある。……君も、何かしら気付いているのでは無いかね?」

 

 ――鋭い。はやてはそれだけを思った。

 最近の感染者絡みの事件は何かおかしいのだ。それに、タカトからの情報。それらは決して無視出来るものでは無かった。

 

「心当たりはあるようだね? 結構だ。さてユウオ、頼みがあるのだが」

「うん、何?」

 

 今度はユウオへと視線を移すと、それにユウオも頷く。

 

「グノーシスに戻って、出向メンバーを選抜して欲しい。選定は君に任せるよ」

「うん。でも、いいの?」

 

 ユウオは頷きつつも尋ねる。秘書であり、位階位を持たない彼女にはその権限は無い。人事はトウヤが行うのが基本であった。……だが。

 

「如何せん私はこの通り動けないのでね? それに君ならば任せられる。他も文句は言うまい。リストは通信で送ってくれたまえ」

 

 トウヤは構わなかった。自分の身体を見下ろしつつ言う。ユウオは、今度は疑問を挟まずに頷いた。そのままはやてへと視線を戻す。

 

「こうなったが――構わないかね? 八神君」

「あ、はい。大丈夫です。出向の件、確かに承りましたわ」

 

 頷くはやてにトウヤは微笑む。そして、ユウオが防音魔法を解き、カーテンを開いた。

 

「さて。ところで八神君、シオンはどうしてるかね? ダイブから戻って来たと言う話しは聞いたが」

「あー、シオン君ですか……」

 

 トウヤの問いに、はやては少し苦笑する。そんな彼女に、二人は揃って訝し気な顔となった。

 

「……? どうかしたのかね?」

「いえ、シオン君は今――」

 

 はやては苦笑したまま口を開き、シオンの現状を教えたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ……な、何だ?

 

 時間は、はやてとトウヤの会話から少し戻る。

 シオンの朝は早い。基本、朝四時に起きるのが常だ。しかし、今日のシオンは違った。

 既に朝五時。普通ならば、イクスがシオンを叩き起こすのだが、何故か起こしに来なかった。

 そして今、シオンは謎の”頭痛”を抱えていた。

 それだけでは無い。もの凄い寒気がして、ぞくぞくと言った感覚がシオンを走り抜ける。さらに、喉がやたらと痛い。頭はポーとして、思考がまとめられない――そんなはじめての感覚に、シオンは戦慄する。

 

 ――双重精霊装填? いや、融合の連発? カリバーンの反動?

 

 取り敢えず心当たりを探るが、どれも違う気がする。一体自分に何が起こっているのか、それがシオンには解らない。

 

「あ、頭痛い……!」

 

 呟き、自分の声にまた違和感を覚えた。もの凄い掠れている。

 シオンは未だに声変わりをしておらず、それを実はコンプレックスにしていた訳だが――。

 

 ――こ、声変わりってこんな早くなるもんだっけ?

 

 んなわきゃあ無いが、シオンにはやはり解らない。ベットから起き上がるのもしんどく、シオンはただ転がる。

 そんな時、シオンの部屋のチャイムが鳴る。同時に、声が響いた。

 

《シ〜〜オン、起きてる〜〜?》

 

 声からするとスバルか。出来れば起き上がりたくも無いが、そう言う訳にも行かない。

 無理やり立ち上がり、部屋の入口に向かう。ふらつく頭を何とか押さえて到着。手元のコンソールを操作し、ロックを解除。ドアを開いた。

 

「おはよ、シオン。……てアレ? どうしたの?」

「……おはよう。いや、ちょっとな」

 

 ドアを開いた先にはスバル、ティアナ、エリオ、キャロの四人が居た。皆、シオンの様子を見て驚く。

 

「どうしたのよ、何か辛そうだけど……?」

「ん、ティアナもエリオもキャロもおはよう。いや、何か身体がしんどくてなー」

「大丈夫ですか?」

「シオンお兄さん、顔色も……」

 

 ティアナに続き、エリオ、キャロも心配そうにシオンを見る。

 次の瞬間、シオンは喉からはい上がる息を感じ、両手で口元を押さえる。咳だ。ゴホゴホと咳をして、喉の痛みに顔を歪めた。

 

「ごほっ! ……さっきからこれなんだよ。なんか、頭と喉は痛いし、寒気はするし、妙に頭は熱っぽいし」

「アンタ、それ……」

 

 眉を潜めるティアナにシオンは目を向ける。

 

「……コレ、心当たりあんのか?」

「え? 心当たりって言うか……解るでしょ?」

 

 ティアナの言葉に、しかしシオンは首を傾げた。本当に解らないらしい。

 

「シオン……」

「シオン兄さん……」

「シオンお兄さん……」

「え? 待った何この反応? 皆わかるのか?」

 

 スバルを始めとした一同の反応に、シオンは首を傾げた。その反応を見て、スバル達は確信する。

 「あ〜〜」と、それぞれ頷いた。

 

「取り敢えずシャマル先生に診て貰いましょう」

「だね」

「え? シャマル先生に診て貰うようなもんなのか?」

 

 シオンの反応に一同は苦笑いを浮かべる。それはまぁ、何と言うかとても生温かい笑みであった。

 

「さて、それじゃあ行くわよ」

「待て待て待て! 一体なんなんだよコレ!?」

「いいから、いいから」

「て、背中押すなスバル!」

「いいですから、いいですから」

「……エリオ。何かおざなりな扱いを受けてるような気がするんだが」

「大丈夫です。怖くないですよ? シオンお兄さん」

「……もういいや」

 

 シオンは身体のだるさも手伝って、抵抗を諦める。そのまま医務室へと向かった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「風邪ね♪」

 

 開口一番。シャマルはシオンを診て、即座にそう告げた。

 

「か、風邪?」

「ええ、風邪」

「あの万病の元とか何とか言われる?」

「……まぁ、間違いじゃないわね」

 

 後ろから付き添ったティアナがポソリと呟く。エリオ、キャロも少し苦笑い気味だ――ただ、スバルだけが少し考え込んでいた。

 

「あの一度食らったら最後、頭痛のあまり、辺りを転げ回ったり、腹が痛くて飯が食えなくなったり、身体中が痛くなるって言う!?」

「それ、誰から聞いたのよ?」

「……トウヤ兄ぃから」

 

 一同、シオンの返答に溜息をつく。あの異母兄さんのやりそうな事であった。シャマルが最後に念の為、シオンに確認する。

 

「風邪とか病気になった事、あるかしら?」

「……はじめてです」

 

 シオンは今まで風邪を始めとした病気に罹った事が無かったのだ。

 元々、人並み以上に頑丈な身体である。大抵のウィルスには負けないだけの頑丈さはあった。シャマルがシオンの返答に苦笑いしつつ話す。

 

「多分、今までの無茶でいろいろ身体が参っちゃったのね」

「はぁ……」

 

 そう言われると心当たりはある――と、言うか多過ぎる。

 封印解除や、融合の連発、双重精霊装填やカリバーン。ダイブの中でのシオンの無茶はよく死ななかったなと、言う分類に入っていた。その中には――。

 

「「あ……!」」

「? どうしたんですか? ティアさん、スバルさん」

「う、ううん、何でも無いよ」

「うん、何でも無いわ」

 

 ……気付くよなー、やっぱり。

 

 二人の反応にシオンはそう思う。ダイブ内での怪我。それは現実のシオンには反映され無かった。

 だが、実際に何も無いなんて事は有り得ない。結局の所、それが免疫効果や、体力、精神力をごっそりと奪いさったと言う事だった。

 

「あのさ、シオン――」

「スバル、それにティアナ。こうなったのは俺の責任だ。……誰の責任でも無い」

 

 きっぱりとシオンは言う。出来たら二人には気にして欲しくは無かった――無理な話しではあるだろうが。

 シオンの言葉に、しかしスバル、ティアナは少し悲し気な顔をする。そんな顔を見たく無いから言ったのに逆効果。シオンはやれやれと溜息を吐いた。

 

「取り敢えず今日は一日安静にして寝てる事。お薬出すわね」

「はい」

 

 シャマルに頷いて立ち上がるが、少しフラつく。そんなシオンを両横からスバル、ティアナが支えた。

 

「シオン、大丈夫?」

「風邪引いてるんだから無茶するんじゃ無いわよ」

「あ、ああ。悪い」

 

 ぐっと息を飲み、ふらつく身体で何とか立ち直る。そして、シャマルから薬を受け取った。

 

「それじゃあ、お大事に〜〜♪」

「「ありがとうございます」」

「俺じゃなくて、何でお前等が言うんだ……」

 

 シオンのぼやきに、しかし礼を言ったスバルとティアナは構わない。シオンの手を取って引っ張っていく。

 

「……おい?」

「ごめん。エリオ、キャロ。今日私休むって言って貰えるかな?」

「私もお願いね」

「「はぁ……」」

 

 シオンを引っ張りながら二人はエリオとキャロにお願いする。その妙な気迫に押されたのか、曖昧に二人は頷いた。

 

「……休みなんか取って二人共何する気だ?」

「「決まってるよ/でしょ!」」

 

 ふらつく頭を堪えながら聞くシオンに、二人はぱっと振り向くと、そのまま告げる。

 

「「看病だよ/よ!」」

 

 ――つまりはそう言う事になった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 場所は変わり、ユーノ宅。そこで家の主、ユーノ・スクライアと高町ヴィヴィオは眼前の光景に呆気に取られていた。

 居候、伊織タカトである。そして、その前に積み上げられた皿、皿、皿、皿――。

 自分で作った料理を、タカトは片っ端から胃袋に収めていたのだ。その速度、その量。どれも尋常では無い。

 

「え〜〜と、タカト……?」

「がつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつっ! ……何だ、ユーノ?」

 

 ……ちなみに今の一幕だけで皿にドンっと乗ったロースト・チキンが消えた。

 そのあんまりな食欲に一歩も二歩も引きつつ、ユーノは尋ねるべき事を尋ねる。

 

「きょ、今日はやけに食べるね……?」

「いろいろあってな」

 

 端的にそう言うと、さらに皿いっぱいに盛られたチャーハンをかっ喰らい始める。

 取り敢えずヴィヴィオに真似はしないようにと教えたが、ヴィヴィオからしてもそんな真似は出来よう筈も無い。

 ちなみに、食卓に乗る料理は和・洋・中のこだわりが無かった。

 つまり、めちゃめちゃに料理が置いてあったのだ。冷蔵庫を底ざらいしたような量だが、これは全てタカトが帰って来る際に持って帰って来た食材だった。その量を見た時は二人も何のギャグかと疑ったものだが――。

 

「あの食材、全部”個人用”だったんだね……」

「がつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつっ!」

「タカトすごいね……」

 

 流石に呆れたようにヴィヴィオが呟く。ちなみにトウヤの言葉通りならば、タカトも相応の怪我を負っている筈だ。だが、今のタカトは無傷であった。勿論、これには理由がある。

 タカトにあってトウヤに無いもの――つまり究極の肉体コントロールたる、仙術の有無であった。

 超回復の秘技。新陳代謝を加速させて、怪我を治す術だ。ぶっちゃけると細胞分裂を促進させる突貫工事な訳だが、勿論デメリットがある。今のタカトの食欲がそれだ。つまり、今のタカトは見事なまでのカロリー切れ状態なのであった。勿論、トウヤにしてもタカトにしてもこのデメリットが無く、また即座に怪我を治す方法はあるにはある。

 しかし、今のタカトには使えないし、魔力枯渇状態のトウヤにもまた使え無い。それ故、タカトは大量の飯を食べ、トウヤは怪我を回復出来ずに寝込んでいると言う訳だった。閑話休題。

 

「ふぅ、食らった、食らった」

「本当に全部食べるなんて……」

 

 ユーノも呆れる。あの量を、ほとんどタカト一人で食べてのけたのだ。呆れもしようと言うものだった。

 

「さて片すか。ああ、ヴィヴィオ。食休めが終わったら腹ごなしも兼ねて稽古をしよう。準備するようにな」

「うん、わかった」

 

 にぱっと笑うとヴィヴィオは自室へと戻る。それを見ながら、ユーノは微笑んだ。そして、タカトは皿を洗いに席を立つ。

 

「でも本当、今日は凄い食べたね。いつも食べ足りなかったりする?」

「いや、そんな訳では無いが――さっきも言った通りいろいろあってな」

 

 苦笑する。そんなタカトを見て、ユーノは尋ねる事を止めた。

 これ以上は何を聞いても答えない。それを悟ったからだ。だから、その代わりにユーノは微笑んだ。

 

「そっか……。あ、よかったら今日付き合ってよ」

 

 そう言いつつ、手を口元に傾ける動作をする。それにタカトもまた笑った。

 ユーノはこう言っているのだ。また飲もうと。

 

「お前も好きだな。了解だ、家主殿」

 

 手を上げて答える。それに互いに笑った。

 ……結局、ユーノは怖かったのかも知れない。この気持ちいい時間を壊す事が。だから何も聞かない――だが。

 

「タカト〜〜」

「ああ。それじゃあ、ユーノ。また後でな」

「うん、待ってるよ」

 

 リビングを出ていくタカトを見送るユーノ。……だが、彼はこの事を後悔する事になる。聞けばこんな事にならなかったと。そう、ずっと後悔する事に――。

 

 

 

 

 ――友を失う事になんてならなかったと後悔する事に。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 場面は再び変わり、アースラ。シオンの部屋。その中でシオンはベットに横になりながら、非常に居心地が悪そうにしていた。

 部屋の中を慌ただしく動く四人が原因で。

 

「…………」

「冷えシート、もう使えないわね」

「シオン、布団足りる? 寒くない?」

「…………」

 

 ティアナが額に張っている冷えシートを取り替える。そしてスバルが、自分の部屋の布団を持って来た。

 

「……おい」

「シオンお兄さん。汗かいてないですか?」

「……まぁ、そこそこ」

「なら汗拭かないと――」

「て、待て待て! 自分で拭く! 自分で拭けるから!?」

 

 パジャマの上着を脱がし、汗を拭こうとするキャロをどうにか止める。

 ……余談だが、キャロには羞恥心を持って欲しいと心の奥底からシオンは思った。スバルとティアナもタオルを持ってスタンバイするのは止めて欲しい。

 

「シオン兄さん、スポーツドリンク持って来ましたけど、飲みます?」

「んあ、助かる……」

 

 「大変ですね」と、シオンにだけ聞こえるように呟きながら、エリオはスポーツドリンクを手渡してくれる。

 それに感謝しながら、心の中だけで同意した。

 スバルとティアナの看病にエリオとキャロも協力するとの事で四人は休みを取って、シオンの部屋に詰めている。その看病にシオンは感謝しつつ、しかし。

 

「ほらシオン、プリン貰って来たよー」

「桃缶もあるわよ?」

「いや、そんなに――」

「「……食べられない?」」

「――頂きます」

 

 と、まぁ終始こんな状況であった。

 シオンは思う。この二人、飼い猫を構い過ぎて嫌われるタイプだと。取り敢えず布団五枚(シオン、スバル、ティアナ、エリオ、キャロの布団)は暑すぎるからどけたいのだが。重いし。

 

「シオン、汗凄いね……」

「そろそろパジャマとか……とか、変えなきゃいけないわね……」

 

 ……の部分に何が入るのかは察して頂けると助かる。取り敢えず顔を赤らめて、そんな事は言わないで欲しい。

 

「えっと、代えのパジャマと、……は」

「ま、待った! 着替えを探すのは待った……!」

 

 いろんな意味で気力をごっそりと持っていかれつつ、着替えを探す三人をシオンは何とか止め、エリオに振り向いた。

 

「エリオ、悪いけど頼むわ――?」

「はい。……? シオン兄さん、どうしたんですか?」

 

 頷き。しかし疑問符を浮かべるエリオ。シオンが思案気な顔になったからだ。エリオの問いに、シオンは聞いて来る。

 

「イクスはどした? そう言えば朝から顔見らんけど」

「あれ? シオン知らないんだっけ?」

 

 棚から離れながら、スバルが答える。それにティアナもまた頷いた。

 

「ほらイクス、いろいろ変わったじゃない? それに凌駕駆動なんて無茶もやったから、今はシャーリーさんの所でメンテ中よ」

「……俺、聞いて無いんだけど?」

「そうだよ? だってシオン、起きなかったもん」

 

 ――そう、シオンはダイブしたメンバーの中でただ一人、なかなか起きなかったのだ。

 一度は起きたものの、やはり融合やらの反動からか、スバルの顔を見て、即座に自分の部屋に戻り一日中寝ていたのだ。

 イクスの事を説明する暇が無かったのは言うまでも無い。

 

「道理で顔見ないと思ったら……」

「明日には戻るそうよ。だから看病は私達に任せなさい」

「そうだよー」

 

 そんなティアナ、スバルの言葉に見えないように、シオンは嘆息すると、時計を見る。もうすぐ昼だ――と、なると。

 

「あ、もうお昼だね?」

「お粥貰って来なきゃね」

「僕、行ってきます」

「あ、エリオ君。私も行くよ」

 

 ――こうなるよなー?

 

 予想通りの展開に、シオンは息をつく。

 

「なぁ、お前等は昼飯、どうするんだ?」

「ここで食べるわよ?」

「うん。シオンの事、心配だしね」

 

 これもまた想像通り。多分エリオ、キャロも同じ事を言うだろう。シオンは布団の中で苦笑する。

 はじめての風邪、多分一人だけだったならばきっと不安だったに違いない。だけど、一緒に居てくれる奴らが居る。

 それはなんて、安心出来るんだろうと。そう、シオンは思った。

 

「お粥、持って来ましたよ」

「皆さんの分も持って来ました♪」

 

 エリオとキャロがその手に、お粥を持ってくる。その数、五皿。

 ……まずは昼飯だな。そう思い、シオンは上半身を起こした――。

 

 ……なお約束として、”四人”から「あ〜〜ん」があった事を追記しておく。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 昼ご飯が終わり一時間後。ティアナは椅子に座り、傍らのベットで眠るシオンの顔を見ていた。

 スバルはなのはに、エリオ、キャロはフェイトに呼ばれ、席を外している。

 スバルは感染していたと言う事もあり、昨日と連続して検査を受けていた。今日もそれで呼ばれたのである。何せ、史上二人目の治療者だ。念を押して検査するのに越した事は無い。

 エリオ、キャロはフェイトと共に本局のトウヤの元に行ったそうだった。何でもトウヤ、ユウオが二人に用事があるらしく、二人を呼んだのだ。フェイトはその付き添いである。

 静かな時間。さっきまでが、かなり賑やかだった事に、ティアナは今更気付いた。でも、こんな時間も悪くない。そう思う。

 椅子から下りて、床に膝をつける。そして、ベットに肘をついて、シオンの顔を覗き込んだ。

 

 ……綺麗な顔してるわね――。

 

 そう思いながら、思わず肌に触れてみる。キメ細やかな肌。その感触を楽しんだ。

 

「ん……にゅ〜〜」

「プッ……! にゅ〜〜だって♪」

 

 シオンのその寝言? が楽しくて、さらに肌に指を滑らせた。鼻先をくすぐるとシオンはさらに寝言を呟く。

 

「ん、ぬ、にゅ、にゅ、にゅ、にゅ〜〜」

「ん〜〜♪ 面白い寝言ね〜〜♪」

 

 ……結構可愛いかも。

 

 シオンに悪戯しながらティアナはそう思う。元々シオンは女の子のような顔立ちだ。普段の言動が言動だから隠れているが、こうして大人しくしていると、妙に可愛いらしく見えた。さらにその寝言だ。これがティアナの心をくすぐりまくっていた。

 暫くそうやって遊んでいると、シオンが寝苦しかったのか、顔を横に背ける。ティアナの側に。

 すると、知らず知らずの内に顔を近付け過ぎていたのだろう、ティアナの鼻先とシオンの鼻先が触れる。

 

「ひゃっ!?」

「ん、ぬ……にゅ〜〜」

 

 その距離にびっくりして、ティアナは声を上げて少し背を立てる。結果としてシオンと顔が離れた。

 ドキドキとする鼓動を押さえ、シオンの顔を眺め見る。シオンは相変わらず「ん、にゅ〜〜」と寝こけといた。

 取り敢えずシオンが起きない事にティアナはホッとする。そして、驚かされた事にちょっとムッとして再度、指で鼻先をつつき始めた。すると、またシオンが顔を動かした。上へと。自然、ティアナの指がシオンの唇に触れる。

 

「あ……」

「ん、にゅ……」

 

 一瞬指を引こうとして、でもその感触にティアナは指を引けなくなった。色素の薄い――しかし朱い唇。プニプニしたその感触に指が引けない。

 

 ……気持ち、いい……?

 

「む、にゅ〜〜」

 

 相変わらずシオンは妙な寝言を上げて眠るだけだ。唇の感触に、ティアナは鼓動が早くなるのを自覚する。

 ――もし、唇と唇で触れたらどうなるんだろう? そう思ってしまうと止まらなかった。ゆっくりと顔を近付けていく――。

 

 ……だめ、こんな――。

 

 頭では解っている。でも、止められない――止まらない。ティアナは顔を近付ける。既に吐息がお互いの唇に掛かる距離だ。

 

 ――ごめん……。

 

 誰に謝ってるのかも分からない。だけど、何故か謝罪の言葉が頭に浮かんだ。そして唇が――。

 

 ――触れかける瞬間、いきなりシオンの目が開いた。

 

「っ――――――!?」

「ん、にゅ……何だぁ……?」

 

 瞬間でティアナは飛びのき、悲鳴を上げかける口を両手で押さえる。シオンはそんなティアナの事情は露知らず、半眼で目を指で擦り、上半身を起き上がらせた。同時に伸びを一発。片手を上にあげる。

 

「くぁ……。寝ちまった。……よう、ティ――」

「ち、違うのよっ!」

「――アナ?」

 

 いきなりまくし立てられてシオンが?マークを頭に浮かべる。だが、ティアナは気付かない。

 

「ちょ、ちょっと熱を計ろうとしただけよ! こう、額をつけて! で、でも興味が無い訳じゃなくて、その、シオンの唇柔らかいな〜〜とか、思った訳じゃなくてっ!」

「……オ〜〜イ?」

 

 シオンが呼び掛けるが、ティアナにはまるで届かない。顔を真っ赤にしてさらにまくし立てる。

 

「その唇に触ったのも故意じゃないって言うか! 指で触ってたら気持ちよくて、ついでにアンタが『にゅ〜〜』とか言うから面白くて!」

「――待った。ティアナ、落ち着け。落ち着けって」

 

 両手を前に出して、何とかティアナを落ち着かせる。そうして漸くティアナの言い訳だか、白状だかは止まった。

 

「取り敢えず言わせてくれ。何が何だか解んねぇ」

「……えっと、……アンタ、覚えて無いの?」

「だから、何の事だよ?」

 

 改めて尋ねるシオンにティアナはホッと息をついた。安心した――したけど、妙に残念な気もする。

 そんなティアナに相変わらず疑問符を浮かべるシオン。その顔を見て、ティアナは再度嘆息する。

 

「で、結局何だったんだよ?」

「いいの……気にしないで」

「???」

 

 訳が解らんと首を捻るシオンに、ティアナは微苦笑を浮かべた。

 

 そう、何も無かった。

 なら、それでいい。

 そう思い、床から立ち上がろうとして。

 

 ……もし、神様とやらが居るとしたならば思いっきり悪戯好きだろう。ついでに一発ブン殴る――後にシオンはそう言う。

 

 ティアナは立ち上がろうとして、しかし床に膝をつけたままの状態だったのがまずかったのか、足に痺れを覚えた。そして前方に――シオンの方へと体勢を崩す。

 

「キャッ!?」

「て、わ! ばか――」

 

 即座にティアナを支えようとするシオン。だが、彼の体調は完全に復活していなかった。つまり、力が入らない。

 倒れて来るティアナを捕まえるが、支え切れずそのまま一緒に倒れ込む――そして。

 

 

 

 

「ただいま〜〜。ごめん、ティア〜〜。遅くなっちゃ――」

 

 検査が終らったのだろう。扉を開き、スバルがシオンの部屋に入って来る。そして、その視界に映ったのは――。

 

 ベットの上に倒れ込み、唇を重ねて硬直する二人であったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「んっ……!」

「むっ……!」

 

 一瞬何があったか、互いに理解出来なかった。しかし、二人共目を見開いてお互いを見る。

 唇は、この上無い程完全に重なっていた。

 柔らかな。あまりにも抗いがたい感触。それを認識した瞬間、一気に血が頭に昇る。だが――。

 

「ティ、ア? シオン……?」

 

 ――声が響いた。それに二人は、弾かれたように離れる。そして声がした方を見ると、そこにはスバルが居た。呆然と、目を見開いて。

 

「ス、スバル!?」

「今の――!」

 

 二人揃って声を上げる――直後、スバルは耳を両手で塞いで、そのまま開きっぱなしだった扉から駆け出した。

 

「スバルっ!」

「ちょっ……! 待ちなさい!」

 

 慌てて追う二人。だが、自動ドアは二人を遮るように閉まった。

 

「くっそ……っ!」

 

 直ぐさま扉から抜けようとして、しかしガクンと後方に体が泳ぐ。裾を掴む感触に気付いた。それを掴むのは、ティアナ。

 

「ティアナ……?」

「っ! ご、ごめん、何でも無い! 早く追わなくちゃ!」

 

 ぱっと手を離し、ティアナが扉へ向かう。だけどシオンはそんなティアナに声を掛けた。

 

「その……さっきの事なんだけど」

「……大丈夫よ、気にして無いわ」

 

 あくまで背を向けたままティアナは言う。

 

「だけど――」

「気にしてないって言ってんでしょう!」

 

 ついに彼女は叫んだ。まるで、その先を言わせ無いように。それにシオンは口を閉じ――変わりに、背中からティアナを抱きしめた。

 

「――っ!? ちょっ! シ――」

「悪い。けど、せめて謝らせてくれ」

 

 何かをティアナが叫ぶ前に、シオンはそのまま告げて来た。それにティアナから力が抜ける。体重を、シオンに預けた。

 

「……今度、私の言う事何でも聞く事」

「ん?」

「それで許してあげる。そう言ってんのよ」

 

 ティアナの言葉。それにシオンは一瞬呆気に取られ、だが笑った。

 

「了解。お安い御用だ」

「言ったわね? 安くはないわよ――、一応、私の初めてだったんだし」

 

 ティアナが最後にポソリと呟いたが、そこだけが聞こえず、?マークを浮かべるシオン。そんな彼に、『あ――!』と叫び、腕を振りほどいて振り向きざまにビシッと指を突き付ける。

 

「うぉ……っ!?」

「いいから早くスバルの所に行きなさい! 誤解しちゃってるみたいだしっ!」

 

 突き付けられた指に若干ビビりつつ、シオンはティアナにコクコクと頷く。それにティアナは笑った。

 

「ほらっ、ならさっさと行く!」

「おうっ! 解った!」

 

 背中を叩かれてその勢いのままシオンは走り出す――だが、扉を出る直前で、ティアナへと振り向いた。

 

「……? どうしたのよ?」

「言い忘れてた。……ありがとな、許してくれて。やっぱお前、良い女だよ」

「――っ! このバカっ! 変な事言ってないでさっさと行きなさいっ!」

 

 再び叫び、傍らの枕を投げ付ける。それをシオンは走り出して躱し、そのままスバルを追い掛け始めた。

 ティアナは枕を投げた体勢で息を荒くして、ペタンと床に座り込む。そして、指で唇をなぞった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「スバル――!」

 

 シオンは、アースラの中を走り回る。スバルの姿は、どこにも見当たら無かった。

 いっそ、管制に聞くかと、若干危険な思考にシオンはなりつつも走る。その時、見覚えのある後ろ姿が見えた。ずっと、走っていたのだろう。まだ耳を押さえてる彼女の姿が。

 

「にゃろっ! おい待て――っ!」

「――っ! 着いて来ないでっ!」

 

 こちらに気付いたか、叫んで速度を上げるスバル。しかし、そんな訳にも行かない。

 

 走る。

 

 走る、走る。

 

 走る、走る、走る。

 

 アースラ中を走り尽くす。既に何周したかも解らない程にだ。

 

「あ、シオン君、元気に――」

 

「すいません、急いでまして!」

 

「シオン。風邪治ったの? あんまり走り回ったら駄目だよ――!」

 

「次があったら気を付けます!」

 

「ありゃ? シオン君やん。あんな? 聞きたい事が――」

 

「また後で――!」

 

 いろいろすれ違いつつも、シオンはスバルを追う――と、言うか、何故に会う面々は前線メンバーばかり? 妙な事を疑問に思いつつシオンは速度を上げた。

 

「あれ? シオン兄さん?」

「シオンお兄さん、もう大丈夫なんですか?」

「すまん! 二人共、また後でな――!」

 

 擦れ違いざまに返事だけを返す。追う、追い続ける。そして――。

 

「あっ……!?」

「て、このアホっ!」

 

 耳を押さえて走るなんて真似をしていたからか、スバルが躓いた。

 崩れる体勢。それにシオンは軋む体を無視して瞬動を発動。その体を横からひっ掴む。しかし、やはり力が入らず、一緒に倒れ込んだ。スバルはその場で膝をつき、シオンは寝転がる。

 

「シ――」

「漸く捕まえたっ! 艦内中走り回りやがって……!」

 

 荒い息で、フラつく頭を押さえながらスバルを見る。しかし、スバルはその視線を拒むように目を合わせない。シオンはそれに苛ついた。

 

「取り敢えず話そうぜ?」

「やだ」

「て、うぉい! やだじゃねぇよ!」

 

 そう言うが、スバルは取り合わない。それにシオンは大きなため息をついた。

 

「……解った。ならこっからは俺の一人言だ。勝手に喋る」

「聞かないから」

「別に良いって。……あれは事故だ。ちょっとティアナが転んでな。それでまぁ支えようとしたんだけど。……俺、まだ力入らなくてさ。ティアナ、支えきれなくて。それで一緒にベットに倒れちまったんだ。そしたら偶然……その、唇が、な」

「…………」

 

 一気にまくし立てるシオンだが、スバルはまだシオンを見ない。プイっと顔を背けている。シオンもまたスバルを見ずに続けた。

 

「わざとじゃないし。アレは事故だけどさ。……でもしたのは事実だ」

「……っ!」

 

 漸く、ちらりとスバルがシオンを見る。それを感じながら立ち上がり、だが横を向いて、スバルに視線を合わさない。

 頭をかいて、ちょっと罰が悪そうにする。そしてそのまま口を開いた。

 

「……だから、その……ごめん」

「……何でシオンが謝るの?」

 

 スバルが固く閉じていた口を開く。シオンもまたスバルに視線を戻した。

 

「何でだろうな。けど、お前に謝らなきゃいけない気がしたんだ」

「そっか……」

「そうだ」

 

 シオンの答えにスバルがようやく笑顔を見せてくれた。それにホッと安心する。

 スバルもまた立ち上がった。だが何故か、その顔に浮かぶのは悪戯をしかけるような顔。それにシオンは少し面食らう。

 

「でもシオン、ティアとキスしてどうだった?」

「いや、どうだったって何が?」

「気持ちよかったりした?」

「バッ!? 答えられるか! つうか、一瞬だったし解んねぇよ!」

 

 何と言う質問をするのか。

 スバルの問いにシオンは顔が真っ赤になっている事を自覚する。

 そんなシオンにスバルは近付きながらも、質問の手を緩めない。

 

「ふぅーん、本当かなー」

「本当だっつうの!」

 

 さらに近付くスバル。その距離はいつの間にか、互いの吐息が届く距離まで縮まっていた――スバルは止まらない。

 

「本当ーに、覚えてない?」

「お、おう。てか近――」

「なら――」

 

 ――今度はちゃんと覚えてね?

 

 その言葉と共に、スバルは最後の距離を詰めた。

 シオンの唇に、自分の唇を重ねる。

 

「んっ……」

「!? ん……!?」

 

 自分の唇に重なる感触――本日二度目にして、人生二度目の感触に、シオンは目を白黒させる。

 

 驚きで声が出ない――そして、その感触に抗えない。

 

 数秒の間を持って、スバルは漸く離れた。えへへと笑う。顔を、紅潮させながら。

 

「ちゃんと、覚えてくれた?」

「あう、あうあうあう」

 

 スバルの問いに、シオンは答える事が出来ない。だがコックリコックリと、壊れた機械のように頷いた。

 

「うん。なら、よかった♪ じゃ私、行くね?」

「あ、う、あうううう」

「じゃ、またっ!」

 

 壊れているシオンを置いて、「恥ずかしーい」と言いながらスバルは駆けていく。

 スバルが曲がり角を曲がると、通路の向こうからエリオとキャロが出て来た。

 

「あ、いたいた。シオン兄さん。スバルさんが何か嬉しいそうでしたけど、何かありました?」

「あうあうあうあうあ」

「シオンお兄さん?」

 

 ――直後。シオンは「きゅう……」と、変な声を上げて、パタリとその場に倒れた。

 

「き、きゃ――! シオンお兄さ〜〜ん!」

「うわっ凄い熱だ! キャロ、シャマル先生呼んで!」

 

 エリオとキャロが慌てる最中。シオンは目をナルトにして「あうあうあうあう」と呟き続けていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 アースラ艦内女風呂。そこにティアナは一人でお風呂に入っていた。リボンは解いて、今はその髪を結い上げている。

 

「まったく、アイツは……」

 

 シャワーを浴びて湯舟に浸かる。その中で思い出すのはシオンだ。

 先程の出来事から数時間しか経っていない。思い出すのも当然と言えた。

 ティアナは軽く唇に指で触れ、しかし首をブンブンと振る。

 

「何を意識してんのよ私っ! これじゃあ、まるで……っ!」

 

 ――アイツが好きみたいじゃない。そう思い、しかし再度首を振る。

 そんな事は無いと。そう、思う。

 

「だいたい、口は悪いし」

 

 思い出すのは最初の出会い。いきなり戦ったあの出会いだ。相当口が悪かった事を覚えてる。

 

「猪突猛進だし。すぐに怒鳴るし。考え無しだし。口ばっかり上手いし」

 

 ――思い出す。思い出す。

 

 シグナムとの模擬戦。

 

 最初の感染者との戦い。

 自分をモデルに絵を描いて貰った事。

 666との戦いの最中でのぶつかり合い。

 暴走する彼と戦ってアースラに戻って来た時。

 ダイブ前日の会話。

 

 ――そして、スバルのココロの世界での戦い。

 

 助けた事、助けられた事。それ等がティアナの頭に浮かんでは消える。これでは、まるで――。

 

「――っ」

 

 顔を湯舟につける。そして、ゆっくりと顔を上げた。

 

 ――自覚する。顔が紅潮している事を。そして、ティアナはぽつりと呟いた。

 

「……好きかも」

 

 直後、ポチャーンと水滴が湯舟に落ちたのだった。

 

 

 

 

 午後八時。時空管理局本局医療室。そこに通信と共に、あるデータがトウヤの元に届けられていた。それを見ながら、トウヤはふむと頷く。

 

「これが、出向メンバーかね」

《うん。見て貰ったら解ると思うけど――》

「精鋭だね? 第三位と第四位で固めるとは」

 

 そう言って、トウヤはリスト内の名前を読んでいく。

 

 第三位、出雲ハヤト。

 第三位、凪チヒロ。

 第三位、小此木コルト。

 第四位、黒鋼ヤイバ。

 第四位、真藤リク。

 第四位。一条ユウイチ。

  ・

  ・

  ・

  ・

「そして彼等、か。彼等は立候補かね?」

《うん。……シオン君に会いたいって。特に彼女は》

 

 出向メンバーのリストの末尾にはその名前が書いてあった、

 

 第四位、本田ウィル。

 

 管制補佐、御剣カスミ。

 

 ――そして。

 

「幼なじみ、か」

 

 医療補佐、姫野ミモリ。

 

 そう、リストの末尾には記されていたのであった――。

 

 

(第二十四話に続く)

 

 

 




次回予告。
「いろいろな『はじめて』を迎えた少年少女達」
「いっぱいいっぱいな少年は再び家出した。そして――」
「次回、第二十四話『その出会いは偶然のようで』」
「少年は出会う、偶然のような必然に」


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第二十四話「その出会いは偶然のようで」

「いろいろなはじめてをやって、でも、俺は訳が分からなくて。混乱して、戸惑って、そして出会ったんだ。あの人に――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 ――ヴィヴィオは荒野の真ん中に居た。いつから居たのか、いつここに来たのか。それは解らない。

 ただ唐突にここに居た。それだけを確信する――そしてもう一つ。

 

 ――これは夢。

 

 そうヴィヴィオは理解した。何度も見た夢だからだ。

 何度も、何度も。ここには沢山の人が居た。沢山の、沢山の。

 数える事さえ嫌になりそうな人達がここには居る。

 その中で、ヴィヴィオがいつも見るのは一人の青年の姿だ。知っている青年の姿。いつも見ている青年だ。彼はいつもここに居た。

 そして、何も言わずにここに居る人、全員に殴られていた。

 

 ――帰して!

 

 そう叫び、殴る女性が居た。

 

 ――ふざけるな!

 

 そう叫び、殴る男性が居た。

 

 ――貴方は、自分が何をしているか、解っているの!?

 

 ……そう叫んで、殴る人達が居た。そして。

 

 ――止めなさい! アンタは……! アンタがこんな事して、一体誰が救われるって言うの!?

 

 彼を、一番殴る人が居た。他の人と違い、彼を案じて、殴る人が。

 ヴィヴィオはその光景を見るたびに止めようとした。

 

 でも、身体は動かない。

 

 なら、声を出そうとした。

 

 でも、声も出せない。

 

 ただ、見続ける事しか出来なかった。

 やがて、彼を殴っていた女性は、諦めたように彼の首元を掴んでいた手を放り出した。そのまま彼の横に座る。……それも、いつもの事だった。

 

「ねえ……」

 

 彼女は呼び掛ける……いつものように。しかし彼はそれに応えない。ただただ、虚ろな瞳を空に浮かべたまま。

 

「ルシア、泣いてたわよ?」

「――――」

 

 初めて彼の瞳が揺らいだ。感情に。彼女は構わない。

 

「泣いてた。アンタを救えないって。救えなかったって」

「……そうか」

 

 その言葉に、漸く彼は応えた。彼女も振り向く。

 

「まったく……女の子泣かせるなんて大罪よ?」

「そうなんだろうな。だがいい加減、愛想も尽かされたと思ったがな。……最近、殴りに来ないし」

「淋しい?」

「阿保言え。人並以上にぶん殴る女がいるんでな。それとは無縁だよ」

 

 肩を竦める。だが、そんな彼の態度にこそ、彼女は悲し気に目を伏せた。

 

「……考え直す気、無いの?」

「そればっかりだな。答えはいつもと変わらない」

 

 彼の答え。いつも通りのそれに、彼女は何も言わない――言えない。彼は続ける。

 

「恐らくはこれが最善。誰も彼をも失わずに済む、最善だ」

「……結果が、どうなっても?」

「結果がどうなっても」

 

 笑う。だけど、それはあまりに悲しい笑みで。彼はそのまま空を見上げた。

 

「……弟が」

「うん?」

 

 いきなり変わった話題に彼女が疑問の声を上げる。彼は少しだけ微笑んだ。

 

「俺を睨んでた。憎んで”くれた”よ」

「……そう」

 

 憎んで”くれた”。何で、そんな言い方をするのか。

 

「ずっとずっと、俺の後ろを歩いて、前に進もうとしなかったアイツが、漸く前を歩いてくれる気になったらしい」

「……」

 

 彼女はついに黙り込んだ。だけど、言葉の変わりに溢れるものがある。

 

 ――涙。

 

 彼女は泣いていた。だが彼は構わない。続ける。

 

「これで、俺は漸く成せる」

「……大切な人に、家族に憎まれたまま?」

 

 泣きながら、彼女が尋ねた。それに彼は苦笑する。

 

「俺がついた、”嘘”。それをあいつは信じてくれた。本当、そんな所だけは変わらないものだ」

「……」

 

 だから――そう言って立ち上がる。

 

「もう、おそらくは長くない。残り僅かな時間」

 

 一歩を踏む。歩く、歩く――そして三歩を刻んで、空を仰いだ。

 

「最後まで、この嘘を吐き通そうと決めたよ」

 

 そのまま優しく笑う――。

 

「怒るんだろうな」

 

 それが本当におかしいと。

 彼は優しいまま笑う。彼女が立ち上がった。そして彼に近付き、真っ正面からその瞳を覗き込む。……泣きながら、言葉を紡いだ。

 

「泣くと思うわよ?」

「そう――か」

 

 その言葉に、その返答に、彼は薄く笑った。

 淋し気に。

 悲し気に。

 そして何より、懐かしそうに。

 

「あいつの泣き虫は治ってると思っていたが」

 

 そう笑って、また空を見た。すると光が差し込んだ。彼は笑う。

 

「さて、そろそろ起きるか。ではな、”アリサ・バニングス”。……ルシアの事、ありがとう」

「いいわよ、好きでやった事だしね。じゃあ、またね。”伊織タカト”」

 

 そう言って、互いに笑い――世界が晴れた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「んー……」

「おい、いい加減起きろ、ヴィヴィオ」

 

 声がした――頭上から。ゆっくりとヴィヴィオは目を開いた。そこには月を背に自分を見下ろす青年が居る。伊織タカトだ。

 彼は微笑みながらヴィヴィオを見下ろしていた。

 ――まだ頭がぼーと、する。そう思いながら身体を起こした。

 

「……おにわ……?」

「ああ。昼寝ならぬ、夕寝だな」

 

 そう言って苦笑いを浮かべるタカト。どうも鍛練をした後、眠ってしまったらしい。

 そしてあの夢――気付けばヴィヴィオはその瞳から涙を流していた。タカトは微笑み、涙を拭う。

 

「……どうした? 怖い夢でも見たか?」

 

 優しく、優しく、そう問うてくれた。そんなタカトにヴィヴィオは首を横に振り、ポツリと呟いた。

 

「タカト」

「ん?」

「うそ、てなに?」

 

 次の瞬間、タカトは目を見開いて驚いた。

 それは彼にとって、一番大事な事だったから。だから、タカトは少しの間を持って驚愕を飲み込む――笑い顔を、必死で作った。

 

「……俺はヴィヴィオには嘘はついてないが?」

「でも……」

 

 まだ納得しないヴィヴィオに、タカトは右手をその頭に乗せる。優しく撫でた。

 

「……そうだな。これはユーノにも内緒だぞ?」

「……うん!」

 

 薄く笑うタカトに漸くヴィヴィオは笑顔を見せる。タカトは月を仰いで、ゆっくりとその言葉を紡いだ。

 

「俺にとって、大事な――そう、大事な事さ」

「だいじ?」

「ああ。きっとな?」

 

 曖昧な表現。

 曖昧な言葉。

 だけど、ヴィヴィオはそれ以上は聞かなかった。

 何となく、聞くのが怖い気がしたから。聞いてしまえば、この青年がいなくなってしまう気がして――。

 そんなヴィヴィオにタカトは頭に乗せていた手を離すと立ち上がった。

 

「さて、風呂に入って来るといい。汗も掻いてるし、ゆっくりと浸かってこい」

「うん、わかった」

 

 手を引かれてヴィヴィオは立ち上がると、言われるままお風呂に向かい――そのまま、ひょっこりと窓から顔を出した。

 

「……タカトは?」

「俺はこれから個人用の鍛練だ。いいから気にせず入って来い」

 

 タカトの返答に頷くと、今度こそ風呂へと駆けていった。それを苦笑いを浮かべながら見て、タカトは再び月を仰ぐ。

 クラナガンの二つの月。その一つが穏やかにタカトを照らす――そしてタカトは、ポツリと呟いた。

 

 ――嘘を、吐いた。そして信じてくれた、異母弟の名前を。

 

「――シオン。俺は成すよ、創誕を」

 

 どこまでも穏やかな光。しかし、月に掛かる雲はゆっくりと増えていく。

 

 ――雨の、気配がした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……え〜〜と、ゴメンエリオ、もう一回言ってくれるか?」

 

 アースラ、ブリッジ。その艦長席で、八神はやては頭を抱えていた。

 目の前に展開するウィンドウにはエリオとキャロが並んで映っている。二人がいるのはシオンの部屋だ。

 その手には紙が握られている。それを再び、エリオが読んで報告した。

 

《え、えーと、『探さないで下さい。神庭シオン』――て書いた書き置きがシオン兄さんの机の上にありまして……》

「……シャーリー?」

「あ、あははー……シオン君の反応、艦内にありませんー」

 

 シャーリーが冷や汗混じりで報告する。それを聞いて、はやては深々〜〜と、ため息を吐いた。

 

「……またかい」

 

 神庭シオン。家出再び。

 そんなテロップが思わず頭に浮かぶ。はやてはまた、ため息をついた。

 

「またどこかで暴れとるんちゃうやろな……」

《「…………」》

「せめて、否定してや皆」

 

 彼のこう言った事に関しての信頼は、限り無く低かった。微妙な空気が流れる――と、そこで通信が入った。

 エリオ達が映るウィンドウの横に、今度は別の人物が映る。アースラ医療班担当、シャマルであった。

 

《はやてちゃん、シオン君がどこか行ったって聞いたんだけど》

「うん、そうなんよ。どこに行ったのやら」

 

 ぼやくはやてに、シャマルは苦笑いを浮かべた。週一で頭を悩まされればこうもなるだろう。某『弾幕が薄いぞ、何やってんの!』な艦長ではあるまいが、多感な少年を部下に持つ事の難しさを、今更ながらはやては理解し始めていた。

 

《こっちに来た時に大分熱は下がってたけど、まだ完璧に治ったとは思えなかったから気をつけて、とは言ったんだけど》

「ああ、なんやいきなりもの凄い熱出してたんやろ? そこも心配なんよー……」

 

 実際の所、その熱は恐らく風邪と全く無関係なものなのだが、当事者では無い彼女達にそれが解る筈も無かった。

 

「とりあえずシオン君に通信送ってみてや」

「はい。あ、そう言えばイクスが――」

「? どうしたんや、シャーリー?」

 

 シャーリーの反応に、はやては尋ねてみる。それに彼女は振り向きつつ答えた。

 

「いえ、そう言えば夕方頃からメンテしてたイクスが居なくなってて」

「神庭が持ち出したのか?」

 

 今まで沈黙していたグリフィスが聞き返と、それにシャーリーは頷いた。

 

「多分そうだと思うんだけど」

「それや! シャーリー、イクスに通信繋いでや!」

 

 はやてが喝采をあげて、シャーリーに呼び掛ける。それに頷き、シャーリーはコンソールを操作した。

 程無くして、ウィンドウが展開する。そこには――。

 

《俺は……っ! 俺はっ! 最低な男なんだ――――――――――っ!》

『『……は?』』

 

 ――居酒屋? と思しき店で酒をラッパ飲みするシオンと、それを嘆息混じりに眺めるイクスの姿があったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 時間は少しだけ遡る。

 シオンはミッドチルダのある街をトボトボと歩いていた。

 そして何歩か歩くと顔がボンッと赤らみ、さらに直後、頭を抱えて唸り出す――と言った行動を繰り返している。

 ……どう考えてもおかしい行動だった。むしろよく警察呼ばれないなと言う感じである。

 勿論、これには訳がある。昼間の出来事だ。

 ティアナとスバルとのキス。それが今のシオンの奇態の理由であった。

 

 ――実はシオン、こう見えてかなり身持ちが硬い。がっちりと硬い。今どき、男女七歳にして――と、言うアレを頑なに守るような人間であった。取り分けキスと言うものに、シオンは一種の思い入れがある。

 キスとは誓約、誓い、契約――それがシオンのキスに対するイメージだ。易々とするものじゃない。

 常々思っていたのだ。だが、それを日に二回。しかも違う少女達に。事故とか、不意打ちだとかは言い訳にもならない。好きか嫌いかで言えば、確実に好きなのだが、そんな問題じゃあ無いのである。

 シオンとしては不実を行ったと言う感覚の方が強い。

 

「お、俺は、俺は――」

【どうでもいいんだが、なんで俺まで】

 

 ぶつぶつと呟くシオンの肩に腰掛けて、ため息を吐くのはイクスだ。彼はメンテ中だった所を、いきなり現れたシオンに叩き起こされ、無理矢理連れて来られたのであった。

 理由は? と聞いたが聞こえていないらしく、ぶつぶつと呟くだけなのでそれについては諦めている――ただ、シオンがこうなった事に関しては呟きの内容から概ね把握した。

 

【……ルシアと、アサギの影響がここに出るとは】

 

 額に手を当てながらイクスはぼやく。

 何を隠そう、シオンのこの身持ちの硬さは、母アサギと、姉のような存在、ルシアの影響によって出来たものであった。

 ――厳しかった訳では無い。むしろ、緩かった。

 アサギは『彼女が出来たんだ? シオン君も大人だ♪』とか言ってしまう女性であったし。ルシアも『シオンも色を覚えたの? あの小僧っ子がねぇ』と、内容はともかく微笑ましい笑みを浮かべるような女性であった。

 ただこの二人、シオンに対してある事を徹底的に教えこんでいたのだ。

 つまり、『キスって言うのは誓いのようなものなの。乙女にとって大切なもの。だからもしするなら覚悟と誠意を持ってしなさい』――そう、教え込んでいた。

 ちなみに誓いと言うのは、カラバにおいて重要な意味を持つ。精霊がそうであるように、基本、契約と言うものを神聖視しているのだ。

 故にキスは誓いと言う風に教えられたシオンにとって、キスはある種、神聖なものになってしまったのである。

 尚、某セクハラ兄と、ブラウニー兄には、この教育は為されなかった事を追記する。

 

 暫く歩き続けていると、ポツッポツッと水滴が二人に当たる。シオンは相変わらずだったが、イクスが上を見上げる――直後、雨が本格的に降り出した。

 

【ちっ、雨か。シオン、雨宿りを――】

「……誓い、いや、でも」

【――聞いた俺が阿保だったな】

 

 フッと諦めた表情になるイクス。成人モードでどこかに引きずるのも手だが――と突如、雨が二人を当たらなくなる。シオンも気付いたのだろう、イクスと一緒にその原因を見る。そこには。

 

「どうしたい、坊主。風邪引くぜ?」

 

 こちらへと傘を差し出す。壮年の男がいた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「うぅっ……! 俺は、俺って奴はァ、最低なんスよ……っ!」

「そうかい。まぁ、男ならそういう過ちの一つや二つあらぁな……飲みな!」

【……とりあえず、そいつ未成年なんだが】

「馬っ鹿。坊主、お前もうすぐ十八なんだろ?」

「……後一週間程で……」

「なら問題ねぇ! お酒は十五からだ!」

【……二十歳の間違いだろ】

 

 居酒屋。そこにシオン達は居た。目の前の壮年の男に連れられて。

 男は肩まで伸ばした赤い髪に、これまた見事に手入れされた赤い髭。そして顔は美形といって差し支えない顔立ちをしていた。

 名前を、アルセイオ・ハーデンと言うらしい。

 

 ……奇妙な男であった。

 気付けば懐にズカズカと入り込んでいるような、そんな男。

 そんな男の気風に押されたのか、シオンは普段飲まない酒をかっ喰らうように飲んでいた――。

 

 そこでイクスは気付いた。通信が入っていると。

 まだアルセイオと飲み続けるシオンをちょっと置いて、店の外に出る――軒先だが。雨も降ってる事ではあるし。

 ともあれ開けたウィンドウの先には、見覚えのあるブリッジが広がっていた。アースラのブリッジだ。

 

【八神艦長か?】

《あ、ああ。イクスか? どないなってるんよ、シオン君?》

 

 若干、面喰らったのだろう。声に動揺を交えつつも、はやてが聞いてくる。それにイクスは嘆息した。

 

【……ああ。どうせシオンの事だから外出許可なんて取ってないんだな。済まない】

《うん。まぁそれはしゃあないとしてや。……シオン君、また家出なんて何があったんや?》

【それは――だな……】

 

 流石にイクスも言葉に詰まる。まさかキスした(された)事がショックで出たとは流石に言いづらいものがあった。だが、言わぬ訳にも行かないだろう。通信を秘匿回線に切り替え、艦長のみに聞こえるようにしてもらう。

 

《……秘匿回線使うような理由なんか……?》

【……いや、酷くプライベートな理由なんでな】

 

 そして事の成り行きを話し終え――イクスは即座に後悔した。話すべきでは無かったと。

 ウィンドウの映す先。そこには目をキラキラと輝かせて、身内の恋バナに期待しまくるタヌキ娘がいた。

 

《あの二人がいつの間に……! イ、イクス! もっと詳しく教えてやっ!》

【い、いや、俺も直接見た訳では無いし。それに、主のプライベートの問題であるし】

《そんなの関係ありません! リインも知りたいです!》

【……リインフォース。気持ちは分かるが、同じ主持ちとしての気持ちを察してくれ】

 

 と言うか秘匿回線にした意味があまり無いような気がする。手遅れだろうが。

 

【とりあえず、そう言う訳だ。シオンは暫くしたら必ず帰す。……そちらはティアナ・ランスターと、スバル・ナカジマの相談にでも乗ってやってくれ。こう言うのは同性相手が一番だろうし】

《了解や!》

《ラジャーです!》

 

 ビシッとサムズアップする二人に、しかしイクスはひたすら不安を覚えた。

 そして通信が切れると同時、ガラー! と、扉が開く。シオンとアルセイオだ。二人は肩を組んで、互いに手を高く掲げる。

 

「「次行くぞ――っ!」」

【飲み過ぎだろ】

 

 イクスは頭を抱えてツッコミを入れながら、先行く二人を追わない訳にもいかず、追い掛ける事となったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ええっと。それで、ですね。なのはさんの意見を聞きたいなー、て」

「う、うん。そうだね〜〜……」

 

 所変わって、こちらアースラ。高町なのはの部屋。そこで、なのはは目の前の少女、スバル・ナカジマの相談に乗っていた――乗ってはいたのだが。

 

「それで、あのー。そう言った時、どんな顔して会えばいいのかなって」

「う、うん……」

 

 顔を赤くして聞いてくるスバルに、なのはは顔が引き攣っている事を自覚する。

 相談内容は、「キスした相手に、どういう風に接したらよいのか?」であった。ようは恋愛相談だ。だが、しかし。

 

 ――わ、私、経験無いのに……。

 

「なのはさん?」

「わ! ご、ゴメン……」

 

 つまり、そう言う事なのであった。なのはは、そういった恋愛絡みの経験が無かったのである。

 何せ一番異性で仲の良いユーノを、未だ仲の良い幼なじみと公言しているのだ。

 そんななのは、キスの経験がある訳が無い。スバル、完全な人選ミスであった。

 

 ――ふ、ふえぇぇ〜〜! フェイトちゃん、はやてちゃん助けて〜〜!?

 

「えと、なのはさん?」

「あ、うん。聞いてる、聞いてるよ?」

 

 思わず昔の口癖を頭の中で零しながら、幼なじみへと助けを求める――だが。

 少なくとも、もう一人はその助けに応える事は出来なかった。今まさに同じ目にあっていたのだから。

 

 

 

 

 

 

「それで私、どうしたらいいのかなって。……フェイトさん?」

「あ、ゴメン。ちょっとボーと、しちゃってて……」

 

 アースラ、フェイト・T・ハラオウンの部屋。そこで、フェイトは自分の執務官補佐であるティアナ・ランスターの相談に乗っていた。

 相談の内容は、「偶然キスしてしまった相手と、どのように上手く話せるのか」で、あった。つまり、スバルと変わらない。だが――。

 

 ――う、私、経験無いんだけど……。

 

 奇しくも、なのはと全く同じ感情を抱いていた。

 フェイトの場合は、さらに特殊だ。彼女の場合、身近な男性に興味が無かったと言うのが大きい。

 エリオは歳が離れているし、何より息子や弟のような感覚だった。

 クロノは義兄だし、彼女が十五の時に結婚している。

 ユーノは幼なじみであるし、なのはと――と、思っていたと言うのもある。

 ある意味において、なのは以上に男っ気が無かったのだ。

 スバルもそうなのだが、ティアナも人選を盛大に間違えていた。

 

「で、えっと。フェイトさんの意見を聞きたいと……」

「う、うん……」

 

 ――なのは、はやて。助けて……。

 

 まったく同じ事をなのはが思っているとは露知らず、フェイトは心の中で助けを呼び続けた。

 

 

 

 

 ――結論から言うと、この日の相談は夜遅くまで続く事になったそうな。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 雨の中で踊る。酔っ払っているシオンは、雨にあたる感触を心地よく思っていた。火照った身体に、雨の冷たさが気持ちいい。

 

「どうよ坊主。雨にあたるのも気持ちいいだろうが?」

「ああ、すっきりする……」

 

 だろ? と、アルセイオが笑う。

 

 ――このおっちゃんの笑顔は心地良いな。

 

 そう、シオンは思った。

 

【二人共、せめて傘をさせ、風邪を引くぞ】

 

 後ろからイクスが歩いて来た。手には傘を持っている。だけど、シオン達はそれを拒んだ。

 

「いらねーよ。今、めっちゃ気持ちいいんだぜ?」

「おうよ。この程度で風邪なんぞ引く程、柔じゃねぇしな」

【知らんぞ、風邪引いても】

 

 今日何回目になるだろうか。イクスがため息をつく――ちなみにイクスは知らない事だが、まだシオンは風邪を引きっぱなしであった。

 

「……本当、たまにはいいもんだな。傘もささないで歩くのも」

 

 まるで洗い流すように――しがらみや、悩みが雨で流されるような。そんな心地良さをシオンは覚えていた。アルセイオもまた笑う。

 

「俺が好きな言葉に、こんな言葉がある。『雨の中で笑って踊る人がいてもいい』って言うな」

「どう言う意味さ?」

 

 思わずシオンが小首を傾げて問う。それにアルセイオはフッと笑った。

 

「自由って意味だろ。雨の中で傘をさすのも、雨の中で笑って踊るのも、どっちでも自由。そう言うこった」

「へー……」

 

 曖昧にシオンは相槌をうつ。それに、頭をクシャクシャと撫でられた。

 

「おら、もう店開いてねぇな。しゃあねぇ! 俺の部屋で飲むぞ!」

「おぉ――――!」

【……好きにしろ、もー知らん】

 

 雨の中で喝采をあげる二人に、イクスが呆れ気味にため息をついた。そして歩き出す――と同時、唐突にアルセイオが虚空を睨んだ。

 

「……? どうしたんだ、おっちゃん?」

「おう悪ぃ。通信だわ。ちょっと待っててな?」

 

 笑い、離れていく。それをシオンとイクスは言われるままに眺めて待つ事にした。

 

 

 

 

「……どうしたんすか、提督?」

《どうしたもこうしたも無い。仕事だ》

 

 シオン達から離れた所で、通信による会話を行う。しかし、仕事という単語に、アルセイオは眉を潜めた。

 

「そいつは構いませんがね。……で、今度のターゲットは?」

《ああ。詳しいデータは後で送る。だが、ターゲットはお前も知ってる奴らだ》

「へぇ?」

《ターゲットはアースラだ》

 告げられた名前、告げられた存在。それにアルセイオは一瞬だけ目を見開き、しかし次の瞬間には笑っていた。

 

「上等な獲物じゃねぇですか!」

《貴様ならそう言うと思った。追って詳細は送る。ではな”無尽刀”》

 

 そう言って通信が切れる。だが暫くの間、アルセイオはその場で笑った。

 本当に楽しそうに、嬉しそうに笑い続ける――。

 

 神庭シオン。

 アルセイオ・ハーデン。

 二人の出会いは、こんなものであった。

 

 

(第二十五話に続く)

 




次回予告。
「再び感染者が現れたのは魔法絶対禁止領域、”聖域”」
「そこで少女達に、そして少年の眼前に現れる謎の魔導師部隊」
「彼等との戦いの最中、少年は再会を果たす――魔剣と」
「次回、第二十五話『聖剣と魔剣』」
「尽くせ無い刀が、少年のココロに突き刺さる」


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第二十五話「聖剣と魔剣」(前編)

「楽しかった一時、その日の事を俺は忘れ無い。あの人と過ごした時間は、きっと掛け替えの無いものだから。だから、俺は――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 シオンが家出した翌日、本局内をアースラ艦長である八神はやては歩いていた。

 その前にはウィンドウが展開し、通信でアースラの管制官、シャリオ・フィニーノ――通称シャーリーと話していた。

 

《艦内の主要設備の修理完了確認しました。アースラ、いつでも出航出来ます》

「ん、了解や。……ところでシオン君とイクスは?」

 

 報告に頷き、もう一つ気になっている事を聞く。それにシャーリーは『あはは……』と、弱々しく笑った。

 

《……朝から通信は送っているんですけど》

「出ない訳やね」

 

 苦笑する。イクスが定期連絡を送ってくれていたのだが、途中で知り合ったと言う男性とシオンに、通信の真っ最中、横から無理矢理飲まされたらしい。

 二人に気付かれる前に通信を閉じたようだが、あの様子ではイクスもダウンしているだろう。

 

《どうします?》

「一先ずアースラは先に出航や。二人には後で合流してもらお」

 

 幸いにもアースラは本局間と直接転送が出来る。二人の合流には何も問題は無かった。

 

「やあ、八神部隊長」

 

 そこでいきなり、はやてに声が掛かった。取り敢えず通信を終了してウィンドウを閉じる。そして、声を掛けた人物に目を向けた。

 

「……グリム・アーチル提督」

「かの有名な八神艦長に名を覚えられるとは、光栄の極みだな」

 

 ――忘れる筈無やろー。

 

 はやては笑顔を”作った”ままで、そう思う。

 グリム・アーチル。最初にグノーシスとの交渉を受け持った人物であり、危うく両者を激突させかねないようなマネをした人物であった。

 

「それにしても、新造の次元航行艦を早々とオーバーホールですか。貴女もヤキが回って来ましたかな?」

 

 ……やっぱり来たか。笑顔の裏で、はやては嘆息する。

 グリムお得意のいびりである。六課時代も、散々に聞いてきた訳だが――。

 だからと言って腹が立たない訳も無い。今もグリムは『こんな歳の』に始まり、『元犯罪者』やら、『あれほどの戦力があって一個人にどうやって』だの饒舌にはやてに言ってくる。それに対して、はやては笑うだけだ。

 歳や過去の件について言われる事は覚悟しているし、正直、思いたくは無いが言われ慣れている。

 一個人(タカト)に負けた事についても、言われる事はある程度予想はしていた。

 

「第一次元航行部隊が一個人に敗走させられると言う事がどれだけの意味を持つのか、解っているのかね?」

「どういう意味でしょう?」

 

 あえて、聞き直す。それにグリムは途端に苛立ちを顔に塗り付け、歪ませる。

 

「決まっているだろう? 次元世界の”代表者”たる我々の威信に関わる問題なのだよ!?」

 

 ……そう言うて思った。

 

 グリムに見えないように、はやては嘆息する。グリムのような”勘違い”をしている人物。実は、管理局には少なからずいるのだ。自分達が、次元世界の統一者のような考え方をしている人達が。

 本来、管理局の定義とは法の守護者だ。そして、それ以上でも以下でも無い。あってはならないのだ。

 

「聞いているのか!? 八神艦長!」

「勿論です、提督」

 

 怒鳴るグリムに、やはりはやては動じない。そんなはやての態度にグリムは露骨に舌打ちする。そして、再び声を張り上げようと息を吸い――。

 

《艦長!》

 

 いきなり開いたウィンドウと響く声に、声を出すタイミングを見失って沈黙した。

 そんなグリムを少しおかしくは思うが、相変わらず顔には出さないまま声の主、シャーリーに答える。

 

「シャーリー、どないしたん? 大声を上げて……」

《あ、いえ……すみません。お話し中でしたか?》

「ええよ。その様子やと緊急の用件やろ? ……宜しいですね、アーチル提督?」

「……うむ」

 

 何かを言いた気な顔ではあったが、はやてはあえてそれを無視。再度シャーリーに向き直る。

 

「で、何があったんや?」

《はい。本局から連絡。新たな感染者が現れたそうで、至急アースラに出動せよと命令が下されました》

 

 その報告を聞いて、はやては頷いた。幸い、アースラの修理は完了している。

 

「了解や。詳しい話しは艦に戻ってから聞くな?」

《はい、了解です!》

 

 シャーリーが頷き、通信終了。ウィンドウが閉じた。

 そして、はやてはそのままグリムに向き直る。

 

「そう言う事ですので提督。お話しはまた今度と言う事で」

「……まぁ、いいだろう」

 

 グリムの返答。それに、はやてはおや? と小首を傾げた。いつもの反応だと、それはそれは嫌そうな顔をするものなのだが。ついでに文句も付いてくる。

 だが、今日はやけに大人しい。しかし、はやてとしてもそんな事に思考を割いている時間は無い。

 グリムに一礼すると、アースラを係留しているドックに向かった。

 

 

 

 

 そんなはやての後ろ姿を見送って、グリムはチッと舌打ちする。相変わらずいけ好かない小娘だと、そう思う。

 ウィンドウを展開。操作し、通信を行う。そして、通信の相手に一言を放った。

 

「仕事だ。無尽刀」

 

 ――ウィンドウの向こう側で、その相手が笑い声を上げた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……頭痛ぇ」

【……あれだけ飲めば流石にな】

 

 開口一番。ホテルの一室で起きぬけにシオンは頭を抱えてぼやいた。それにミニサイズとなったイクスが同じく額を押さえて答える。二人共、完璧に二日酔いであった。

 

「……おっちゃんは?」

【朝方出て行ったみたいだな。チェックアウトもしてあるようだ】

 

 テーブルの上にある紙をシオンの前に持ってくる。書き置きだ。それをシオンは読み、最後の一文、『坊主、またな』と言う部分に苦笑した。

 

「……面白い人、だったよな」

【そうだな】

 

 イクスもまた苦笑する。

 アルセイオ・ハーディン。不思議な男であった。懐がでかいと言うべきか。彼との出会いによって、少なからずシオンの悩みは晴れてもいた。

 と、言うより初めて尽くしのシオンに答えが出せる筈も無かったのだが。

 

「よっし、アースラに帰るか!」

【その前に通信だな。……”お話し”も待ってるだろうし】

 

 ――お話し。その単語を聞き、先程の勢いをシオンは無くした。

 もしその頭に犬のような耳があれば、ペタンと倒れていただろう。弱々しく笑う。

 

「……やっぱ、もうちょっと帰るの待つか?」

【結果は変わらんのだから、引き延ばすだけ無駄だろう。ついでにさらに時間が増える可能性もあるしな】

 

 何の時間かはもはや問うまでも無い。シオンは重い重い(自業自得)、ため息を吐いて、アースラに通信を繋げる。

 

【シオン君?】

「ども、シャーリーさん。はやて先生います?」

 

 シオンの問いにシャーリーは苦笑する。そして、そのままウィンドウの向こうでコンソールを操作。すると、ウィンドウの画面が変わった。そこは。

 

「ブリーフィングルーム?」

《お。シオン君、起きたんやな〜〜》

 

 シオンが疑問の声を上げると同時、はやてがウィンドウの向こう側に現れた。なのはや、ヴィータ。その向こう側に――スバルとティアナの姿も見える。

 

「えっと、その――すみませんでした」

《ええよ♪ 後でゆっくり、じっくり、ねっぷり三人の先生とお話ししような〜〜♪》

「……はい」

《その後は訓練室でお話し、しようね?》

「…………はい」

《ま、頑張れよ。シオン》

「……そう言ってくれるのはヴィータさんだけです」

 

 先生二人のお言葉に、未来に待つ強烈なお話し(何故かなのはの迫力五割増し)を予想してしまい、シオンは心の中で涙を流した。

 

「……それと、スバル、ティアナ」

《え、えっと……!》

《その……!》

 

 シオンに声を掛けられ、慌てる二人にシオンは苦笑する。

 

 ――昨日は俺もこうだったんだよな、と。

 

 そのままの笑みで二人に告げた。

 

「俺はもう大丈夫だから。だから二人共、いつも通りによろしくな?」

《あ……う、うん》

《……分かったわ》

 

 その言葉にスバル、ティアナは、二人揃って安心した顔になった。二人もまた怖かったのだ。シオンとの関係が壊れる事が。

 それをシオンは大丈夫と言った。壊すなんて事は無いと。だから、二人もまた安心したのだ。……だが、二人の顔には若干の寂しさもあった。

 

《……話し、進めてもいいやろか?》

「と、そうだった。俺もすぐにアースラに――」

 

 自分の登場で話しが脱線している事を感じて、シオンが謝る。だが、はやては首を横に振った。

 

《いや、それは大丈夫やよ? それよりシオン君、体調は大丈夫なん?》

「はい、何とか」

【……体調?】

 

 それまで無言を貫いていたイクスが眉を上げて聞き直す。シオンは苦笑した。

 

「そういやイクス知らないんだっけか。俺、昨日風邪でぶっ倒れてさ」

【……お前と言う奴は】

 

 流石にイクスは呆れ返る。昨日、シオンは酒を飲み、さらに雨にまで打たれていたのだ。とても大丈夫とは思えない。

 

【シオン、ちょっと動くな】

「ん……?」

 

 イクスがミニサイズのまま、シオンの額に自分の額を当てる。熱を計っているのだ。暫くして、額を離す。

 

【37℃きっかりか】

「な? 大丈夫だろ?」

 

 微熱ではあるが、確かにこの程度ならば大丈夫だろう。イクスは漸く頷いた。

 

【すまないな、八神艦長。……どうした?】

《いや、な、なんでもないよ?》

 

 何故か顔を赤くするブリーフィングルームの面々。シオンとイクスは、そんな皆の反応に? マークを浮かべた。

 

《と、取り敢えずは大丈夫なんやね?》

「はぁ。まぁ大丈夫です」

 

 若干の動揺が混じったはやての言葉にシオンは不思議そうな顔のまま頷く。はやて達も気息を整え、改めて向き直った。

 

《シオン君にはアースラに戻らんと、直接転移してもおっか》

「……? 何の話しです?」

 

 はやての言葉に、シオンが更に疑問符を浮かべる。それに、はやては頷いた。

 

《……シオン君、止めても聞かんやろうしな。新しい感染者が出たんよ》

「成る程ね」

 

 シオンも頷く。確かに今からアースラに戻るより、直接転移許可を貰って、自分で次元転移する方が早い。

 

「それで、どんな状況なんですか?」

《うん。出現した感染者は一体、ゴーレムタイプや。出撃するんはスターズ少隊。……問題は、場所なんや》

「場所?」

 

 シオンの疑問にはやては再度頷く。そしてコンソールを操作。シオンの元にデータを転送する。それを見て、シオンは思わず目を見張った。

 

「聖、域……」

 

 その場所、その世界、それが何を意味しているか理解して、シオンは息を飲んだ――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――聖域。それは無人世界の一つである。

 管理内外どちらの区分にも含まれ無い世界だ。

 一見、普通の惑星のように見える。だが問題はその惑星の、とある場所であった。

 山を二つ重ねたより巨きな樹がそびえ立ち、それを中心に木々が聳える森。その広大さは一つの島に匹敵していた。

 そして、その森にはある特殊なものがある。それは、魔法が発動しないと言う事だった。

 使え無いではない。

 使わないでもない。

 そもそもとして、発動しないのだ。

 AMFが張られている訳でも無い。なのに、魔法は発動しない。

 理由については諸説あるものの、未だ解明されていない現象だ。それ故、管理局も、この聖域を不可侵領域としていたのだった――閑話休題。

 

 そんな聖域の近くに感染者が現れた。しかも、存在する筈の無いゴーレムの感染者だ。

 またもや不可解な転移によって現れた可能性も捨てきれ無い。

 聖域のある場所では雪が降っていた。おそらく、ここでは冬なのだろう。

 しんしんと降る雪の中を、アルトが操るヘリが飛んでいく。スターズ分隊だ。アースラは、聖域に到着後、ヘリにてスターズ分隊を出撃させた。

 アースラ自身は聖域に下手に近寄ると墜ちる可能性がある為、離れた所で待機している。

 

 ヘリの中。その中で、ティアナとスバルは互いにそわそわしていた。

 ――気まずい。もの凄く気まずい。

 同じヘリに乗るなのは、ヴィータ、リインも、そんな二人の空気を察知していた――が、気にするなとも言えず、沈黙していた。

 

「「あの……っ」」

 

 互いに意を決して向き直るものの、普段の呼吸の合い方が逆に災いした。

 重なる声に二人はタイミングを逸して、また黙り込む。それを見て、嘆息するなのは達。なんとかしてはやりたいのだが――。

 

「なのは隊長、降下ポイントに着きましたけど」

「あ、うん」

 

 アルトの声に頷き、なのははスバル、ティアナに向き直る。そして二人の肩に手を置いた。

 

「二人共、解ってるとは思うけど」

「はい!」

「大丈夫です!」

 

 なのはの言葉に即座に頷く二人。しかし、それでもどこかギクシャクした感じは否めない。

 

「なのは、先行くぞ?」

「あ、うん。……二人共、最後の確認だよ。行ける?」

「「はい!!」」

 

 迷い無く頷く二人に、なのははしかし、まだ不安な顔になる。だが、時間は待たない。なのはも頷き、二人から離れる。そして、ヘリのハッチが開いた。全員その前に立つと、頷き合う。

 

「行くよ、皆。スターズ1、高町なのは」

「スターズ2、ヴィータ」

「スターズ3、スバル・ナカジマ」

「スターズ4、ティアナ・ランスター」

「ブルー、リインフォースⅡ」

 

『『行きますっ!/出るぞっ!』』

 

 叫び、一気に全員ハッチから飛び降りる。直後、四色の光が空に灯った。

 デバイスを起動し、バリアジャケットを纏ったのだ。そのまま五人は一気に降下していく。

 

 聖域の近く、感染者の出現位置へと向かって行った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 聖域を見下ろす崖。そこに”それ”はいた。石で出来た身体。その身体はおよそ七メートル程か。その身体には当然、アポカリプス因子が纏わり付いていた。感染者だ。

 ゴーレムの感染者は、その自重で辺りを振動させながら進む。向かう先はただ一つ、聖域であった。

 進む、進む、迷わずに進む。そこに意思の介在の余地があるかは解らない。だが、ただ進み続ける。

 崖の下には広大な森が広がっていた。雪化粧をされた美しい森だ。そこは聖域と呼ばれる場所だ。そこに感染者は侵入しようとするが如く進み――。

 

「ディバイン……! バスタ――ァァ!」

 

    −煌!−

 

 突如として放たれた光の砲撃に背中を叩かれ、雪が敷き詰められた地面に叩き付けられた。石で出来た身体は砕け、しかし即座に再生を開始する。それを、なのはは感染者の背後に飛んだまま見る――と同時、感染者の足が凍りついた。

 リインのフリーレン・フェッセルン、凍結型拘束魔法だ。リインはなのはの頭上に浮かんでいた。彼女は手を翳したまま叫ぶ。

 

「ヴィータちゃん! スバル!」

 

 その声に応えるように赤と青が疾る。ヴィータとスバルだ。

 片や飛行魔法で、片やウィングロードで疾駆していく。それに感づいたのだろう。

 いきなり感染者が自らの足に拳を叩き込む。鈍い音と共に膝が砕けた。地面へと倒れこむが、すぐに再生。拘束から逃れた。だが、遅い。

 

「突っ込め、スバル!」

「うぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 ヴィータはその場で急停止。スバルはそのまま突っ込む。

 そしてヴィータは自らのデバイス、グラーフ アイゼンを振るった。カートリッジロード!

 

【ギガント・フォルム!】

 

 高らかに叫びを上げてグラーフアイゼンの先端部分が変化。巨大なハンマーへと姿を変える。さらにヴィータは頭上に手を掲げた。そこにあるのはこれまた巨大な鉄球だ。

 ヴィータはその鉄球に向かい、巨大な鎚を振り上げる。

 

【コメット・フリーゲン!】

「ぶち抜け――っ!」

 

    −撃!−

 

    −弾!−

 

 巨鎚を鉄球に叩き付け、一気に打ち放つ! それは急速度で感染者に迫り、立ち上がろうと手を地面に着く感染者の右肘に着弾した。

 

    −撃!−

 

 鉄球の一撃は感染者の肘をヴィータの宣言通りぶち抜き、その右肘を砕き断った。そして、そこで終わらない。

 

「クロスファイア――――! シュートっ!」

 

    −閃!−

 

 感染者の左側。そこにオプテック・ハイドで隠れていたティアナが現れる。同時に撃ち放たれる二十の光弾。それは精密なコントロールを持って、感染者の全身を叩く。光芒が閃き、全身を叩かれて苦悶の叫びを上げる感染者。

 そこに、一気にスバルが飛び込んだ。構え、左手に浮かぶ光球。それを右のリボルバーナックルが撃ち抜き、スバルは突貫する!

 

「ディバインっ! ブレイカ――――っ!」

 

    −轟!−

 

 光を纏った彼女は全身ごと感染者の胸部に突っ込み、前進力を余す事無く注ぎ込む! 次の瞬間。

 

    −撃!−

 

 スバルは感染者をぶち抜いて、その背中に突き抜けた。

 衝撃でのけ反る感染者。因子が再生しようとするが、それをなのはとティアナが許さない。

 

「ディバイン……! バスタ――っ!」

「ファントム……! ブレイザ――っ!」

 

    −煌!−

 

    −轟!−

 

    −裂!−

 

 感染者の右側に回ったなのはと、左側のティアナ。両側から放たれた光砲が、感染者をさらに破砕していく。そして。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!」

 

 感染者の頭上から真っ直ぐに降る存在がいる。ヴィータだ。両側の砲撃は同時にカット。だが、感染者の全身には皹が入り、動けない。

 その感染者に、ヴィータは容赦無く、その巨大な鎚を頭に叩き込んだ。

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

    −砕!−

 

 轟天爆砕! その名の通り、鎚はその威力を発揮。感染の頭と言わず、全身を完全に砕いた。

 

 そして、感染者は、ようやく塵へと還っていったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 塵へと還った感染者。それを確認して、なのはは息を吐く。懸念した事態――つまり感染者の聖域への侵入を止められて安心したのだ。

 そしてスバル、ティアナが変わらず息の合った連携を出来た事にホッとしていた。手を振るスバルに、ティアナが微笑む。その様子に、ヴィータもフッと笑う。どうやら、自分達の心配事は大丈夫だと理解したから。

 やがて五人は雪の上に降り立ち、集合する。

 

「なんとか、無事に終わったね」

「だな。二人共、心配してたような事にはならなかったみてーだしな?」

「あはは……」

「心配かけて、すみません……」

 

 苦笑するスバル、ティアナ。その中間にリインが浮かび微笑む。だが、彼女はふと小首を傾げた。

 

【そう言えば、肝心のシオン。来ませんですね?】

「そういや、そーだな」

 

 ミッドから直接転移した筈のシオンだが、未だに顔を見せていなかった。

 それにスバル、ティアナは複雑そうな顔になる。会いたいけど、会ってもどんな顔をしていいのか解らない。そんな顔だ。なのはとヴィータは二人に苦笑し、帰還を告げようとして。

 

「取り敢えず、ヘリに戻ってアースラに戻ろ――」

「ところが、そうはいかねぇんだなーこれが」

 

 ――次の瞬間。

 

    −撃!−

 

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

 ――剣が、大剣が、巨剣が! 幾千、幾万の剣達が、五人の周りに降り注ぎ、突き立った。

 

「きゃ……っ!?」

「っ! なんだ、これっ!?」

 

 あまりの攻撃に雪が吹き飛ばされ、煙が立ち込める。

 それが晴れた時、一同が見たのは信じ難い光景であった。

 雪が広がる崖。そのほぼ全域に剣が突き立っていたのだ。

 回避、防御も不可能なタイミングで、これだけの範囲の攻撃。やろうと思えば、自分達を殲滅する事すらも簡単に出来た筈だ。

 絶句する一同に、進み出てくる一団がある。五人組の男女だ。そのどれもがフードを被り、顔を覆っている。

 その中で唯一、フードを被らない男が居た。壮年の男である。背はスラリと高く、顔は美形で通るだろう。髪は赤、顎の髭もまた赤だった。

 さらに、その全身は赤のバリアジャケットを纏っている。まさに、赤づくしの男であった。

 

「悪ぃけど、アンタらを帰す訳にはいかねぇんだわ。クライアントからの依頼でね」

「何モンだ? テメー……」

 

 問うヴィータに、しかしその男は笑う。

 

「答えるとでも思ってんのか?」

「……なら、後でじっくりと聞きます」

 

 なのはが宣告すると同時、ヴィータ、スバル、ティアナはデバイスを一斉に構える。それを見て、男は口笛を吹いた。

 

「いいねいいね! そうでなくっちゃあいけねぇよ!」

 

 カカと哄笑する――その直後、背後に無数の剣群が現れた。先程と同じだ。

 その光景に、なのは達は背中を暑くも無いのに汗が伝う感覚を得た――悪寒だ。

 

「名前は名乗れねぇが、字名は名乗るとしようか。”無尽刀”――そう呼びな!」

 

 尽くせ無い刀。その二つ名を持つ男、アルセイオ・ハーデンは、高らかに名乗りを上げ、剣群を発射したのだった。

 

 

(後編に続く)

 




はい、テスタメントです♪
いよいよ、ようやっと話しが動き出します♪
この無尽刀、アルセイオこと、通称おっちゃんですが、敵なのに大人気があったキャラであります(笑)
タカトに次いで人気があったと言えば、どんくらいか分かるでしょう(笑)
そんなおっちゃんの顔出し回。そして、StS,EX一、二を争う強烈な鬱回はもうそろそろ。お楽しみにです♪
では、後編にてお会いしましょう♪


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第二十五話「聖剣と魔剣」(後編)

はい、テスタメントであります♪
第二十五話後編をお届けします♪
ちなみに、おっちゃんの魔力ランクは「ないわー」のレベルだったりしまする(笑)
それについては、また後々をお楽しみに♪


 

    −撃!−

 

 次々と降り注ぐ大剣群、それをなのは達は回避していく。

 無尽刀。そう名乗った男、アルセイオ・ハーデンが放った剣群だ。それらは轟音と共に周囲に叩き込まれた。

 

「きゃっ!?」

「ティアナ!?」

 

 降り落ちた剣の一つがティアナの足元に突き立つ。それでバランスを崩したティアナに、容赦無く追撃の剣が放たれた。もはや回避も防御も不可能のタイミング。なのは、ヴィータは慌ててティアナの元に引き返そうとするが、降り落ちる剣がそれを許さない。

 

 間に合わない――ティアナは、迫る剣をその目に焼き付け。

 

「ティア――――っ!」

 

 しかし、叫ぶスバルがシールドを展開したままティアナの前に飛び込んだ。

 

    −軋!−

 

 間一髪。ティアナに迫る剣を、スバルのシールドが受け止める。だがホッする暇はどこにも無かった。

 

「あらよ!」

 

 動きの止まった二人を無尽刀が見逃す筈も無く、剣を放ってくる! それらはシールドに次々と突き立った。

 

「っ、う!?」

「スバル、もう大丈夫!」

 

 シールドを維持するスバルが苦悶の喘ぎを上げ、立ち上がったティアナが彼女に呼び掛ける。

 それにスバルは頷き、シールドを解除。ティアナと一緒に後ろへと下がる――直後、その場に突き立つ数十の剣群。それを持って、漸く剣群は停止した。

 

「……止まった?」

「……漸く、だな」

 

 なのは、ヴィータも来なくなった剣群に安堵する。

 しかし肝心の攻撃を成した人物、無尽刀はニヤニヤと笑っていた。未だ余力があるのは明白だ。それに、スターズ一同は顔を歪める。

 

「こいつ……っ!」

「へっ! ……?」

 

 ヴィータの悪態に、無尽刀は笑いを浮かべ。直後、スターズの面々を見て訝し気な顔となる。

 まずなのはを見て、次にヴィータを見る。続いてスバル、ティアナと続けて見て。リインを見た段階で首を横に振った。

 

【なんですか! その反応!?】

「いや……別に嬢ちゃんを見て首を振った訳と違うから安心しな」

 

 リインが無尽刀の態度に過敏に反応するが、彼はそれに笑いを浮かべて流す。そして、再びなのは達へと視線を巡らせた。

 

「あー、聞くがよ。この中で剣使う奴、いるか?」

「……居ませんけど?」

 

 無尽刀のあまりに親し気な態度に、思わずなのはが答える。つい先程、とんでも無い攻撃をしかけた男とはとても思え無い言動だった。そのなのはの解答に、無尽刀は露骨にため息を吐いた。

 

「おい、ソラ?」

「……おかしいですね」

 

 無尽刀が隣のフードを被る男性に声をかける。ソラと呼ばれた彼も、不思議そうな顔だ。それに、なのは達も訝し気な顔となる。それを見て再度ため息を吐くと、無尽刀は左手をスッと上げた。同時、崖に突き立っていた無数の剣達が、全て糸を解くようにして分解。消え去る。

 

 ……何? 今の?

 

 てっきり転送系の魔法だと思っていたなのはは、今の現象に呆然とする。あれは転送では無い、分解だ。

 つまり、あの大量の剣群はこの場で作り出した事になる――!

 

「……聖剣がいねぇんじゃあ、やる気も起きねぇな。ソラ、後任すぞー」

「ハァ……。隊長は相変わらずですね。了解です」

 

 無尽刀の態度に、ソラは呆れたような声を出し、だが頷く。

 

「副隊長〜〜。もうこれ、取っていい?」

「……布、邪魔」

「ああ、いいぞ」

 

 フードを被る二人から声が掛かり、ソラが頷く。それに、彼を含めた四人はフードを取っ払った。

 ソラと呼ばれた男性は青年だった。恐らくなのは達とさほど年齢は変わらない。黒髪黒瞳であり、白のバリアジャケットを着ている。そして、その手には鞘に収まった両刃の大剣を片手に持っていた。

 続いて次、未だ無言を貫く金髪の老人だ。彼もまた白のバリアジャケットを着ている。老人ではあるが、その身体は強靭そのもの。一切の老いを感じさせない。そして、手に握るのは両手用の大斧だった。

 次は最初にソラに声を掛けた少女だった。スバル達より幼く、キャロよりかは年上だろう。闊達そうな少女である。黒の髪を両側で結んおり、赤のバリアジャケットを着ていた。そして何より異様なのはその両手。肩から拳までにかけて広がる巨大な手だ。デバイスにしても異様なその巨大な手を、少女は事もなげに振り回している。

 次の少女は静かげなな娘であった。スバルやティアナと同じ歳くらいに見える。彼女は青のバリアジャケットを着ていて、手には二重螺旋を描く妙な杖を持っていた。

 

「悪いが、貴女達には聖剣をおびき出す餌になって貰う」

「君達は……っ!」

 

 ソラの言葉になのはが息を飲む。無尽刀に目を向けるが、肝心の彼はやる気がありませんとばかりに空に浮かび、寝転がっていた。

 

「待てよ……! 話しを――」

「する必要は無い」

「て事で、ゴメンね〜〜?」

「……攻撃開始」

 

 停戦を呼び掛けるヴィータに、四人は構わない。一斉にスターズ一同に向けて駆け出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 なのは達へと疾駆する四人。それにヴィータがまず反応した。即座にリインとユニゾン。その姿が赤から白へと変わり、なのは達の前に出る。だが、その眼前に大斧を構えた老人が瞬時に現れた。

 

「な――っ!」

「ヌっン!」

 

    −撃!−

 

 横溜めに構えた大斧を、踏み込みと同時にヴィータに放つ。大斧は放たれると同時に、その背よりブースターが展開。激烈な加速を持って、ヴィータへと襲い掛かった。ヴィータは一瞬で現れた老人に驚いたものの、即座に我に返る。グラーフ アイゼンを縦に構え、大斧を受けた。……しかし。

 

「ヌゥアァァァァァッ!!」

「っ――!」

 

 咆哮一声! 大斧を叩き付けたまま老人は叫び、振り抜いた。その一撃にヴィータは堪える事が出来ず、盛大に空高くへと弾き飛ばされる。

 

「ヴィータちゃんっ!」

「バデスさん、あの赤い騎士は任せます」

「……委細承知」

 

 上空へと吹き飛んだヴィータになのはが声を上げ、同時にソラが老人――バデスへと声を掛る。バデスは即座に頷いた。

 直後にヴィータへと向かい、上空へと舞い上がる。それをさせまいとなのははレイジングハートをバデスに向け。

 

「残念だが」

「っ……!」

 

    −閃−

 

 いつの間に現れたのか、ソラがなのはの眼前に居た。同時に振るわれる大剣、それをなのははレイジングハートを突き出し、シールドを展開して防ぐ。

 

「リズ、リゼ」

「はぁ〜〜い」

「……了解」

 

 更にソラの後ろから現れる二つの陰。残りの少女達だ。既にデバイスであろう、その巨拳と杖をなのはへと向けている。

 

「最大戦力をここで潰させて貰う」

「ゴメンね〜〜」

「……謝罪」

 

 既にシールドを展開しているこの状況では、後ろの二人にまでは対処出来ない。なのははその状況に顔を歪め。

 

「クロスファイア――――! シュートっ!」

 

    −閃!−

 

    −弾!−

 

 なのはを掠めるように、二十の光弾が放たれた。それは迷い無く少女達に直撃し、二人を吹き飛ばす。

 同時にスバルがなのはの脇を抜けて、突っ切る。カートリッジロード。リボルバーナックルが激烈な回転を刻み、ソラへと叩き付けられた。

 

    −戟!−

 

 ソラはその一撃を斬撃で向かい討つ。シールドから反らすように大剣を滑らせ、直進して来たリボルバーナックルを横から殴り付ける。しかし、勢いがあるスバルの一撃には打ち勝てず、後退した。

 

「この人達……!」

「なのはさんっ! 大丈夫ですか?」

 

 完璧に捉えたと思った一撃をいなされて驚くスバル。そしてティアナがなのはの横に並び、無事を確かめる。なのはは声に出さずに首肯で答えた。油断なく再びレイジングハートを構える。

 

「ヴィータ副隊長……」

「スバル、集中して。ヴィータちゃんなら大丈夫だよ」

 

 空を見上げそうになるスバルをなのはが制止する。

 敵を前に視線を逸らすのはそれほどリスクがあるからだ。特にそれが実力者ならば尚の事。

 そんななのは達に、ソラはその場で剣を構える。横に、リズ、リゼと呼ばれた少女達も並んだ。

 

「む〜〜、痛ったかった〜〜」

「……油断大敵」

 

 それぞれティアナを睨む。そんな二人にソラは視線を動かさない。

 

「リズ、リゼ。連携組ませると厄介だ。分断するぞ。お前達はあの格闘士モドキと、ガンナーを頼む」

「はあ〜〜い」

「……了解」

 

 二人の返事にソラは頷く。そしてソラの足元に魔法陣が展開した。その魔法陣は――。

 

「嘘……!」

「カラバ式!?」

 

 なのは、ティアナが驚きの声を上げる。それはシオンと同様の魔法術式、カラバ式のセフィロトを象った魔法陣であったから。ソラはそんななのは達の反応を無視して、大剣を振り上げる。

 

「魔人撃っ」

 

    −轟−

 

    −爆!−

 

 振り下ろす一撃から広範囲に渡って広がる斬線が撃ち放たれた。雪を蹴散らし、向かい来る斬撃。

 それをなのは達は後退する事で回避する。しかし、その一撃は別の効果を齎した――雪煙だ。舞い上がるそれは、なのは達の視界が塞ぐ。

 

「っ――、レイジングハート!」

【オーライ!】

 

 なのはは塞がれた視界でソラ達を見失わないようにサーチャーをばらまく、その直後に驚愕した。

 

「スバルっ! ティアナっ!」

「え? っ!?」

「っ……!?」

 

 なのはの声に反応する二人。その眼前に、それぞれリズ、リゼが現れた。デバイスを振りかぶって!

 

「どっか〜〜んっ!」

「……攻撃開始」

 

    −撃!−

 

    −破!−

 

 スバルにはリズが、ティアナにはリゼが、それぞれ現れ、巨拳の一撃をと、至近からの射撃が叩き込まれる。

 

「っくぅ――!」

「きゃあ――!」

 

 二人はぎりぎりでプロテクションを発動して、その一撃を防御するも、その威力に堪える事が出来ず、二人揃って吹き飛ばされた。

 それをサーチャーで感じて、なのはが二人の元に向かおうとする。だが、瞬間で眼前に現れたソラが斬撃を放ち、なのはは防御する必要に迫られ、タイミングを逸っした。向かえない……!

 雪煙が晴れる頃には、一対一×4という図式になってしまっていた。ヴィータはバデスと上空に、吹き飛ばされたスバルはリズと対峙して、同じく吹き飛ばされたティアナはリゼと向かい合っていた。

 そして、なのははソラと空中でそれぞれデバイスを鍔ぜり合ったまま硬直する。

 

「さて、連携は封じた。一対一だ」

「くっ……!」

 

 分断された状況。そして、それぞれの戦いが開始された。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

【ヴィータちゃんっ!】

「っ――く! アイゼン!」

【エクスプロージョン! ギガント・フォルム!】

 

 上空へと弾き飛ばされていたヴィータだが、リインの声と、何より下方より迫り来る気配を察知し、グラーフアイゼンをギガント・フォルムに変化させる。

 そのまま弾き飛ばされた勢いを利用して一回転。下より迫り来る存在、バデスに一撃を叩き込む!

 

「轟天爆砕っ!」

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 放たれるは天爆砕す轟撃! 回転運動を伴ったその一撃は、同時にバデスの振るう大斧と真っ向からぶつかり合う。それは、衝撃となって聖域の空に響いた。

 

「こいつ……っ」

「…………」

 

 鍔ぜり合い、真っ向からヴィータが睨む。直後に互いにアイゼンと大斧を離すと、同時にぶつけ合った。

 

    −戟!−

 

 その一撃に、両者共に弾き飛ばされ距離が開く。同時に魔法陣が展開。それは、二人共全く同じ形の魔法陣であった。

 

「やっぱりテメー、ベルカの騎士か!」

「答える義務を感じぬ」

 

 ヴィータの言葉を素っ気なく無視すると、バデスはその場で大斧を振るう。

 

「――っ! この!」

 

 対して、ヴィータは真っ正面からの激突を選択。横殴りにギガントを叩き込む。バデスは真上からの一撃だ。ブースターが再度火を吹く!

 

    −轟!−

 

 一撃がぶつかり合い。

 

    −撃!−

 

 さらに返す一撃が更なる衝撃を生む。その衝撃に二人は再度吹き飛ばされ、しかし、そのまま止まらない。

 

「ウォォォォォォォっ!」

 

    −撃!−

 

    −裂!−

 

    −破!−

 

 交差する――! ぶつかり合いと言う力を持って。上から突っ込み、下から跳ね上がり、弾き合って、吹き飛ばし合う!

 その衝撃は聖域の空に響き、轟音となって周囲に鳴り響いた。

 既に何合目か。ぶつかり合いからの鍔ぜり合いと成り、両者は互いの一撃を叩き込まんと、正面から睨み合う。

 

「くっ……!」

 

 ――このままでは埒があかない。それを理解して、ヴィータは顔を歪める。

 目の前のバデスとか言ったか。相当の騎士だ。実力が半端では無い。一刻も早く、下のなのは達の援護に向かいたいのに――。

 ヴィータは歯噛みし、これも何度目になるか、両者共に距離を開いた。同時にカートリッジロード。薬莢が互いのデバイスより排出される。

 

《リミット・ブレイク、使うか……!》

【でも……!】

 

 リミット・ブレイク。ツェアシュテールングスフォルム。ヴィータの切り札だ。今、互いに決め手を欠く現状を打破するには使う必要がある。――だが。

 

《バデスつったか。あいつが切り札を持ってないって保証が無ぇ……》

【……はいです】

 

 ツェアシュテールングス・ハンマーの一撃で決められるのなら問題無い。しかし、あの老騎士が他の切り札を持っていないとも限らないのだ。その場合、更なる事態の硬直か、もしくはこちらがやられかねない。

 

「……迷っているか」

「っ――」

 

 いきなり掛けられた声に、ヴィータが目を見開く。この老騎士から声が掛けられたのは初めてだからだ。しかし、バデスは構わない。大斧を縦に構える。

 

「切り札を切るかどうかを迷っているか」

「……テメー」

 

 図星。バデスの言葉に、ヴィータは思考を見透かされていたと怒りを覚える。だが、バデスは構わない。

 

「そちらが切り札を使わぬと言うならば、先に切らせて貰おう」

【エクスプロージョン!】

 

 ――吠える、大斧が。同時にその形状を変化していく、

 それは大斧(グレートアックス)から、槍斧(ハルヴァード)のようなあまりにも長い柄となって、その姿を形成。しかし、刃の部分。それがとんでもなかった。

 ――巨大。あまりにも巨大に過ぎる斧だ。その刃の部分だけで、バデスの姿が隠れる程だった。さらにその背には、これまた巨大なブースターが取り付けられている。あまりにも巨大な巨斧をバデスは一振りで肩に担いでのけた。

 

「銘、タイラント」

 

 巨人。そう名付けられた巨斧は、声に応えるように鈍く光る。

 そして、ヴィータは呻いた。やはり持っていた切り札の存在に。

 どちらにせよ、ギガント・フォルムのままでは戦えない。向こうが先に切り札を切ったと言う事は、その巨斧に相当の自信があると言う事だ。ヴィータはアイゼンを横溜めに構え、しかしこの状況で笑って見せた。

 

 

「上等だよ……!」

【エクスプロージョン! ツェアシュテールングス・フォルム!】

 

 カートリッジロード。そして、アイゼンの先端――ハンマーの部分が変化する。先端には巨大なドリルが。後端にはこれまた巨大なブースターが取り付けられる。これこそがツェアシュテールングス・フォルム。

 聖王のゆりかごの、駆動炉すらもぶち抜いた形態であった。

 頭上高くへと振り上げられるアイゼン。それにバデスも己の巨斧を左肩に担いだ状態で、両の手を持って構える。直後、互いの足元に魔法陣が展開。

 

「行っくぞっ!」

「参る」

 

 同時に、その背のブースターが火を吹き、一気に駆け出した。疾駆し、真っ正面からその一撃を叩き込む!

「ツェアシュテールングスっ! ハンマ――――――! ぶち抜け――――――――っ!」

「タイラント・オーバー・ブレイク!」

 

    −轟!−

 

    −破!−

 

    −裂!−

 

 空気を引き裂き、音すらもその衝撃でぶち破って、互いの一撃はその力を相手へと叩き込まんとその破壊力を発揮した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「レイジングハートっ!」

【アクセルシューター】

「……無駄だ」

 

 ヴィータとバデスの戦いより下方の空域。そこでは、なのはとソラが戦いを繰り広げていた。

 既になのははエクシードモードとなっている。何故か? 単純に強いのだ、ソラが。

彼は自らの術式、カラバ式での戦い方を熟知していた。ある意味において、シオンよりもだ。

 レイジングハートから放たれる光弾、総計四十。

 ソラはそれに対して、あえて前に出る。同時にバラバラの空間に足場を設置した。その数二十。それを見て、なのはは顔を歪める。

 

 また……っ!

 

 その思考にまるで合わせるかのように、ソラは瞬動を開始。それはまず近場の足場に、さらにそれを足掛かりに次の足場に瞬動をと。直角に瞬動をかけ、迫り来るシューターのことごとく回避した。

 それはなのはへの距離を潰し、眼前に迫る。なのはは即座に、迫り来るソラにレイジングハートを差し向けた。狙うはカウンターでの砲撃――しかし。

 

「エクセリオン……!」

【マスター!】

 

 直後、レイジングハートから警告が飛んだ。ソラが笑う――。

 

「遅い」

「っ!?」

 

 正しく砲撃が叩き込まれる瞬間、ソラはなのはの眼前に足場を設置。それを足掛かりに、なのはの頭上を飛び越えた。なのははレイジングハートにバスターのカットを任せ、左手でシールドを形成、勘の命ずるままに背後に突き出す。

 

「――魔人撃」

 

    −撃!−

 

「っくぅ!」

 

 次の瞬間、至近からの一撃が叩き込まれた。それはなのはの左手を痺れさせ、その身体を弾き飛ばす。

 ――先程から、これの繰り返しであった。シューターもバスターも、完全にタイミングが見切られている。

 距離を離そうにも瞬動と足場の設置を利用した移動により、すぐに距離が潰されてしまうのだ。

 

 ――戦い難い、とんでも無く。

 ある意味において完全になのはの天敵たる存在だった。なのはも接近戦用の戦い方が無い訳では無い。フェイトや、シグナム、ヴィータとの戦いでもあったように、接近戦に対する戦い方は心得ている。

 だが、それすらも出来ない程の技量を眼前の存在は誇っていた。

 

「ヒュッ!」

「くっ……!」

 

 吹き飛んだ勢いのまま距離を離さんとするなのはに、ソラはそれを許さない。瞬動で距離を潰して来る。

 同時に鋭い呼気と共に放たれる大剣。それを、なのははレイジングハートを盾にして防ぐ。

 だが、なのはもただ吹き飛ばされ続けた訳では無い。ソラに躱されたシューターに意識を集中。全弾を緻密にコントロールし、ソラへと向かわせる。

 

「む!?」

 

 曲がって頭上から迫る光弾を、ソラは如何様にしてかは定かでは無いが気付いたのだろう。はじめて、彼の方から距離を離した。一気に後退する。

 その眼前を回避された筈の四十の光弾が通り過ぎる――これを待っていた。

 

「エクセリオンっ!」

「な!?」

 

 ――抜き撃ち。なのはの挙動にソラが驚愕し、目を見開く。

 当然であろう。何せ、今しがたソラの眼前を操作された光弾が通り過ぎたばかりだ。直後に砲撃を放つ等、無茶が過ぎると言うものである。しかし、目の前のエース・オブ・エースはその無茶をあえて行う。勝つ為の最善として!

 

「バスタ――――――っ!」

 

    −煌!−

 

 なのはの叫びに呼応して、レイジングハートの先端から莫大量の光の奔流が放たれた。その一撃は十メートルと離れていないソラへ一瞬で迫り、破壊力を存分に叩き付けんとする。

 既に回避は不可能。そう悟ると、ソラは左手を突き出しシールドを形成。エクセリオン・バスターを受け止めた。

 

    −撃!−

 

「ぐっ……!」

 

 シールドを削りながら、光の奔流はソラを通り過ぎていく。削って、削って――だが、エクセリオン・バスターはシールドを破壊するまでには至らなかった。

 激流が弱くなっていく事にソラは笑いを浮かべる。そして、”信じられない”言葉を聞いた。

 

「ブラスター・システム、リミット1っ! リリースっ!」

【ブラスター・セット!】

「おい……?」

 

 その言葉と同時に、奔流の向こう側に居る、なのはの身体が光り輝く。それは一つの事実を意味していた。”魔力増加”と言う事実を!

 

「馬鹿な――」

「ブースト……! シュ――――トっ!」

 

    −轟!−

 

    −煌!−

 

 奔流は一瞬で勢いを取り戻し、さらに威力を倍加させてソラに襲い掛かる。驚愕すらも光は飲み込み、シールドを砕かれ、ソラは光の奔流に飲み込まれたのであった――。

 

 

 

 

「ハァっ……ハァっ……」

【マスター……】

「大丈夫……」

 

 バスターを放ち終えたなのはは、息を荒げながら眼前を睨む。

 彼女の切り札たるブラスター・システム。自身の限界を超えた威力を叩き出すこのスキルは、術者である彼女に酷く負担を掛ける。特にゆりかごでの戦いの傷は、未だなのはの身体を蝕み続けているのだ。そんな状態でのブラスター・モードの使用は、彼女にとっても禁じ手であった。

 しかし、あの瞬間を持ってしかなのははソラに勝てる機会を見出だせ無かった。それ程までの相手だったのだ。

 エクセリオン・バスターBSが直撃したソラが居た場所からは、未だ煙が立ち込めている。それを油断なくなのはは見て――声を聞いた。

 

「……凄まじいな」

「……っ」

 

 次の瞬間、煙が吹き飛ばされた。その中央に居る存在、ソラの魔力放出によって。

 その身体は所々ススだらけとなり、ダメージを受けてはいる。だが、未だKOとまではいかない様子だった。なのはは即座にレイジングハートを構える。ソラもまた、自身の大剣を構えた。

 

「オリジナルスペルに魔皇撃まで使わされるとは思わなかった」

「……」

 

 ――魔皇撃。それがソラの切り札なのか。なのははブラスターを使ってすら倒せなかったソラを睨む。

 ……あれで決めたかった。そう、思う。そんななのはの考えを知ってか知らずか、ソラはフッと呼気を整えた。

 

「続きだ」

「……」

 

 なのはは答えない。しかし、その身体から魔力が再び迸る。再びブラスター・モードを使ったのだ。

 そして二人は同時に空を駆け、ぶつかり合う。雪が降る空に魔力の光が煌めいた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −撃!−

 

    −裂!−

 

「どっか〜〜ん!」

「っ、この!」

 

 なのはとヴィータが空中戦を演じている頃、スバルはリズと拳を叩き付け合っていた。迫る巨拳に、リボルバーナックルを叩き込む。

 

    −砕!−

 

「わぁ〜〜」

「くっ!」

 

 間延びした声だが、それに反して巨拳の威力は絶大だった。打ち合った拳――右手に痺れを感じて、スバルが顔をしかめる。

 

「スバルっ!」

 

 そんなスバルの反応を感じて、ティアナが援護の射撃をリズに撃ち放つ。しかし。

 

「……駄目」

 

    −射−

 

    −閃−

 

 放たれ光弾、その全てがリゼの放つ光射により迎撃された。

 

「くっ、この娘……!」

「……姉さんの邪魔させない」

 

 その言葉と同時に広がる魔法陣、ミッド式だ。くるりとデバイスであろう、その杖を回す。

 

「……カドケィス」

【はい】

 

 同時、周囲に生まれるは光球、その総数二十五。それを見て、ティアナも両のクロスミラージュをカートリッジロード。その周りに生み出される光弾、その数同じく二十五。

 リゼはカドケィスを振るい。ティアナもクロスミラージュを左右に振るう。

 

「……ホーリーズ」

「クロスファイア――っ!」

 

 互いの光球と光弾が光り輝く。撃ち放たれる事を待ち受けるが如くにだ。そして、二人は撃発音声を同時に叫んだ。

 

「……レイ」

「シュ―――トっ!」

 

    −弾−

 

 光球が放たれ――。

 

    −弾!−

 

 ――光弾が放たれた。

 

    −裂!−

 

 縦横無尽! 互いの光球と光弾がぶつかり合い、絡み合うように疾って花となり、宙に咲く。

 空に咲く光の花。それを縫うように、痺れを無理矢理堪えたスバルが疾る。唸るマッハキャリバー。同時、カートリッジをロード。

 向かう先はリズだ。彼女もまたニッコニッコと笑いながら巨拳を構え、スバルへとひた走る。

 

「リボルバ――っ!」

「ゴルデアス〜〜」

 

 疾駆。

光球と光弾が二人の眼前で激しくぶつかり合い、弾け合う。

 それは互いの相棒の為の援護と、それを阻止する為に起きた光花。スバルもリズも止まらない。互いの相棒を信じているからだ。だからこそ止まらない。

 そして、総計二十五の花が咲き、散った瞬間。スバルとリズは拳を振るった。眼前の敵を打破する為に。踏み込み、拳を一気に撃ち放つ!

 

「キャノンっ!」

「インパクト〜〜」

 

    −撃!−

 

    −裂!−

 

 宙空でぶつかり合う拳は拮抗し、衝撃を叩き付け合う。逃げ場を失った衝撃は真下に落ちた。

 

    −裂!−

 

 真下の雪床に落ちた衝撃により、雪煙が盛大に巻き上がり、一気に視界が阻まれる。

 それに両者は後退。離れ、互いの相棒の元に下がった。

 

「スバル、大丈夫?」

「うん。でもあの娘、凄いパワーだよ」

 

 右手を振って痺れを治めようとするスバル。それを見て、ティアナは唇を噛む。

 スバルと互角、あるいは凌駕するパワーを持つ少女。さらに自分と同等レベルの射撃能力を持つ少女――リゼの言葉を信じるならばリズの方が、姉らしいが。ともあれ、彼女達の連携を崩さなければ勝ち目が無い。ならば。

 

「ティア?」

「スバル。クロス・シフト、行くわよ」

 

 ティアナの提案。それにスバル即座に頷く。

 ティアナの考えは、まずリゼを連携で打ち崩し、後にリズへと向かうと言うシンプルなものだった。

 幸い、リズは機動力は低めだ。スバルとの拳の打ち合いでもパワーでは押し勝っていたものの、スピードはスバルの方が勝っていた。ならば、まずリズをスピードで引っ掻き回し、二人を分断した上でリゼを連携で攻撃出来る。

 

「よし、じゃあ――」

 

 雪煙が晴れる。スバルがマッハキャリバーを唸らせ、疾駆しようとした、次の瞬間。

 

「えっ……?」

「なっ……!?」

 

 スバルとティアナは同時に目を見開き、声を上げた。驚愕にだ。

 

 そこには、リズとリゼの姿がある――”無数”に。

 それこそ十や二十や効くまい。あまりの数に、二人揃って絶句したのだ。

 

「これって!」

「幻、影……!」

 

 それは、ティアナのお株を奪う見事な幻影術であった。その数は二人揃って五十。ティアナはぐっと呻く。

 

 ――やられた……っ!

 

 自分と同等? 確かに射撃ではそうだったかも知れない。しかし、リゼはティアナ以上の幻術使いだったのだ。先程から術式を逆算して幻影と本物を探るが、全く分からない。これだけでも力量差が分かろうと言うものだった。

 

『『へへ〜〜。驚いた? 驚いた?』』

『『……切り札』』

 

 幻影全員から声が来る。それにスバル、ティアナは顔をしかめた。本物と幻影の区別がつかないこの状況、一斉に来られると対処がどうしても遅れる――確実に隙となるのは明白だった。そんな自分達を仕留める事なぞ簡単だろう。

 

『『じゃあ〜〜』』

『『……攻撃開――』』

 

 五十のリズとリゼが一斉に動き出そうとして。

 

「神覇、九ノ太刀……っ! 青龍ぅ――――!」

 

    −轟−

 

    −雷!−

 

 ――暴虐たる雷龍が、その五十のリズ、リゼの中央に突き立った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 雷龍はリズ、リゼの中央に突き立つと、その身をくねらせ、残った幻影達を喰らい尽くし始める。

 

    −轟!−

 

「これって――」

「青龍……!?」

 

 見覚えのある雷龍に、スバルとティアナは呆然となる。そして、二人の目の前に見覚えのある背中が現れた。

 バリアジャケットは金色、両手に携える短槍と長剣。

 二人は知っている。その後ろ姿を――少年を。

 

「「シオン……」」

 

 ティアナ、スバルは久しぶりのようで、たった一日しか離れていなかった少年の名を呼んだ。

 

 

 

 

 ――シオンの息は荒い。実はシオン、感染者とスターズの面々が戦っている真っ最中に、漸くこの世界に転移出来た。しかし何の因果か、シオンが現れたのはなのは達と真逆側――つまり聖域を挟んだ場所だったのである。

 聖域はこの惑星のおよそ三分の一を占める。その反対側だ。

 この時点でシオンはスターズとの合流を諦めた。

 だが、急に嫌な予感がシオンの背中に疾ったのである。彼はこの類の嫌な予感を、余程の事が無い限りは信じる事にしている。大体、嫌な予感がする時は、外れた試しが無いからだ。

 ……回避も出来た試しも無いが。大慌てで反対側まで来てみれば、凄まじい戦闘があちらこちらで行われていたのである。しかも、殆ど”感じ覚えのある魔力”が。そしてスバルとティアナの姿と、それに襲い掛かる集団を見た時、即座に精霊装填。青龍を叩き込んだ――と言う訳だった。

 

「いたた〜〜」

「……作戦失敗」

 

 雷龍が消えると、リズとリゼが二人揃って現れた。

 バリアジャケットは所々焦げ付いているが、ダメージはさほどでもなさそうである。幻影を囮に逃げまくったのだろう。しかし、その余波はしっかり二人のバリアジャケットを焦がしていた。

 そんな二人を見て、シオンは顔を歪める。それはまるで、信じたく無いものを見る顔だった。

 

「……シオン?」

「……どうしたの?」

 

 スバルとティアナは気まずさも忘れて、思わずシオンに問い掛ける。だが、シオンはそれを聞こえていないのか、無視した。そんなシオンの態度にムッとなって、思わず問い掛けようとするが、それより早くシオンが口を開いた。

 

「なんでだ」

「……え?」

「シオン……?」

 

 ムッとなった事も忘れて二人はシオンを見る。その顔は、怒りと悲しみと”懐かしさ”をない混ぜにした顔――まるで泣き出しそうな、そんな顔だった。

 

「なんで、お前等がここに居る……っ!」

「えっへへ〜〜」

「……回答不要」

 

 リズは笑い、リゼはそっけ無い。シオンは構わない。そのまま叫んだ。

 

「こんな所で何をしてるか聞いてんだっ! リズ! リゼ!」

「……それが任務だからだ」

 

 直後、シオンの頭上から大剣を持ってしての斬撃が降り落ちた。シオンはそれに対して、両のイクスを挟み込むように掲げ、斬撃を受け止める。

 

    −戟!−

 

 衝撃が走り、雪が二人を中心にして舞い上がった。

 

「「シオンっ!」」

「シオン君っ!」

 

 スバルとティアナが叫び、同時に相手を追っ掛けて来たなのはも叫ぶ。だがシオンは構わない。眼前の相手を――ソラを睨み付ける。

 

「ソラさん……!」

「久しぶりだな、神庭。随分強くなったな」

 

 シオンの視線に、しかし彼は笑う。まるで旧友に会うような表情で――その笑顔に、シオンはさらに苛立った。

 

「ふざけんなっ! アンタが居なくなったせいで、リクが、コルトさんが……! どれだけ二人が探し回ったと思ってる!」

 

 叫び、同時に魔力放出。ソラを弾き飛ばす。彼は空中に足場を設置して、そこに立った。

 

「……悪いが、真藤の姓は捨てたんでな。二人共、縁はとうの昔に切った」

「くっ……!」

 

 ソラの台詞にシオンは明確に苛立つ。そして剣先でリズ、リゼを指した。

 

「あの二人は!?」

「私達は副隊長に着いて行きたかっただけだよ〜〜」

「……姉さんと同く」

 

 二人の答えを聞いて、シオンは歯軋りを鳴らす。

 

 怒りで、苛立ちで……悲しみで。

 

 そんなシオンにソラは構わない。頭上を指差した。

 

「バデスさんもだ」

「あのじいさんまでもかよ……っ」

 

 感じ覚えのある魔力だったからそんな気はしていた――信じたくは無かったが。

 二人が問答を繰り広げている間に、なのははスバル達と合流。そのままシオンへと問い掛ける。

 

「シオン君、知り合い?」

「……はい」

 

 苦々し気にシオンは答える。改めて、ソラとリズ、リゼを睨み付けた。

 

「元、グノーシスのメンバーです。元第三位、真藤ソラ。元第六位、獅童リズ、獅童リゼ。元第四位、バデス・ヴォデフォール――」

 

 息を吸い、吐く――ゆっくりと、感情を吐き出すように。そして、続けた。

 

「――俺の仲間だった人達です」

 

 そう言い切り、しかし。

 

「それにもう一人加えなきゃあな?」

 

 声が響いた。あまりにも聞き覚えが。つい、数時間前に聞いた声が。それはソラ達の後ろからゆっくり歩いて現れる。背中に剣群を引き連れて。

 

「……なん、で?」

 

 その姿を見て、声を聞いて、シオンは怒りも忘れて呆然とする。それはシオンの悩みを晴らした人。酒を酌み交わし、笑いを共に上げ、雨に打たれた人――楽しかった、人。

 

「……おっちゃん?」

「偶然って奴なんだかな、坊主。お前が聖剣たぁな」

 

 そう言って、彼は――アルセイオ・ハーデンはシオンの前に姿を現した。

 『坊主、またな』そう書かれたメモの内容通りに、二人はまた出会った。

 

 敵として。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −轟!−

 

 剣群がいきなり襲い来る! 姿を現すなり、アルセイオが背に展開していた剣群を放ったのだ。シオンに対して!

 

「まっ……! おっちゃんっ!」

「起きろ」

 

 シオンがアルセイオに呼び掛けるが、アルセイオはそれに答えもしない。

 はじめて、その手にデバイスらしきものを握った。

 真紅の長剣だ。鍔は無い。両刃の、まるで血を流したような、柄も刃も赤い長剣。次の瞬間、アルセイオの足元に魔法陣が展開した。セフィロトを象った魔法陣が。

 

「カラバ式!?」

 

 シオンが驚きの声を上げるが、アルセイオはどこまでも構わない。

 

「ソラ、聖剣は俺が貰うぜ?」

「了解です」

 

 直後、アルセイオの姿が消えた。瞬動だ。シオンは直感に従い、右にノーマルに戻したイクスを叩き込む。

 

    −戟!−

 

 魔力が爆裂する。そこには紅い剣を振るう、アルセイオの姿があった。イクスと鍔ぜり合い、真っ正面から互いに睨み合う。

 

「おっちゃん……! 何で、何でアンタがっ!?」

「坊主。人間、譲れねぇものってのがあるもんなんだよ」

 

 叫ぶシオンに、アルセイオは淡々としていた。鍔ぜり合いのまま魔力放出。爆音と共に、両者吹き飛ぶ。

 

「っく……!」

「ふん」

 

 アルセイオが詰まらなさそうに鼻を鳴らす。

 同時、その身体の周囲に――。

 

 剣が……。

 

 大剣が――。

 

 巨剣が!

 

 一斉に生み出された。

 

「なん、だ? この能力――!?

「無尽刀、そう呼びな」

【無尽刀、だと……?】

 

 呆然とアルセイオの能力を垣間見てシオンが呟く。それにアルセイオが二つ名ともなる自身の能力の呼び名を教え、今まで黙っていたイクスが反応した。アルセイオはにやりと笑う。

 

「ようやく思い出したか、聖剣?」

【……馬鹿な】

「イクス? おっちゃんの事、知ってんのか?」

 

 尋ねるシオンに、イクスは一瞬だけ黙り、しかし喋り始めた。

 

【……元グノーシス第ニ位だ】

「第、ニ位……?」

「そう、お前達に負けるまではな――」

 

 一息。そこまで言って、アルセイオは一つの笑みを浮かべた。

 

「――お前の前マスター、”伊織タカト”に負けるまではな」

 

 アルセイオは笑いながら、言葉を放つ。直後、数百の剣群がシオンに襲い掛かったのだった。

 

 

(第二十六話に続く)

 




次回予告
「無尽刀アルセイオ・ハーデンとの戦いはシオンを追い詰める」
「さらに、シオンの体調が……?」
「圧倒的不利の中、シオン達は、アルセイオ達に勝てるのか」
「そして、シオンの前に真実が晒される――」
「次回、第二十六話『墜ちる想い』」
「少年は絶望の真実を知る」


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第二十六話「墜ちる想い」(前編)

「俺はずっと分からなかった。何故、そうなったのか。それを疑問に思う事すら無くて。それが分かった時、俺は――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、はじまります」


 

 ――それは、十年前の出来事。

 

「ぐ……っ!」

 

 アルセイオは地面に這いつくばり、苦悶の声を絞り出しながら、顔だけを上に上げた。

 そこには多種多用の剣に体を串刺しにされ、夥しい量の血を流す子供が立っていた。

 恐らくは十歳前後。黒髪黒瞳の少年だ。

 怪我の酷さで言えば、間違いなく子供の方が酷い。だが、負けたのはアルセイオの方だった。

 自らのデバイスを破壊され、眼前に聖剣を突き付けられて、アルセイオは敗北を悟った。

 

「俺の勝ちだ」

 

 少年が呟く。それを聞いて、アルセイオは歯噛みする。

 

「なんでだ……?」

「……?」

 

 アルセイオの疑問。それに、少年は訝し気な顔となる。だが、アルセイオは構わず再び問うた。

 

「小僧、お前程の力がありゃあその力だけで、何でも手に入んだろ。……何で、あの小娘を守る?」

 

 アルセイオが属する組織、グノーシスに命じられた任務。それが咎人と言う名を付けられた、僅か十一歳の少女を殺す事だった。

 アルセイオとしても拒否したい任務であったが、少女の持つ特殊な魔法がそれを許さなかった。殺害は最悪の手段として、封印だけでも行おうとしたのだが、眼前の少年に阻まれてしまったのである。

 少年の技、魔力――ありとあらゆるそれは絶大であり、グノーシス第二位の自分にすらも勝利してのけたのだった。……僅か、十一歳の子供が。

 だからこそ聞いて置きたかった。身体中を貫かれ、ボロボロになってまで、この少年が少女を守る理由を。少年は、アルセイオの疑問に少しだけ笑った。

 

「……昔、ある所に、ある赤子が産まれた」

「……?」

 

 ――昔話。少年のそれに、アルセイオは逆に訝し気な顔となる。少年は構わず、話しを続けた。

 

「その赤子は古くから伝わる予言により、『決して産まれてはいけない』『産まれ落ちれば、万物を殺し尽くす滅鬼』と、断じられた赤子だった」

 

 少年は剣を下ろした。己のデバイス、聖剣イクスカリバーを。

 

「その予言を恐れた者達は赤子の父親を追放し、母親を子供が産まれる前に殺した」

 

 ――だが、と続ける。

 

「そんなものに意味は無かった。赤子は殺された母の胎内から産まれ落ち、そのまま母を殺した奴らを皆殺しにした」

 

 少年の独白。その昔話に、アルセイオは聞き入る。何故かは分からない。だが聞かねばならない気がして。

 

「赤子は予言通りヒトでありながら凄まじい力を有し、不滅の肉体と魂を持っていた。予言を恐れた奴らは赤子を殺そうと毎日のように暗殺者を送りこんだ――そんなものは、ただのオモチャでしかなかった」

 

 苦笑する、少年。アルセイオは絶句する。それは、まるで――。

 

「赤子は毎日暗殺者で遊んだ。……殺して、殺して、殺し尽くして――そんな毎日が二年程過ぎたある日、予言を恐れた奴らはある一計を謀った」

 

 また下がる。一歩、一歩と。アルセイオから少年は離れていく。

 

「真名による絶対支配を持って、奴らは赤子の魂と肉体を切り離し、別々に封印した。肉体は生き仏に、魂はある鎧に、赤子は眠ることも食べる事も、何もかもを失った」

 

 紡ぐ、紡がれていく少年の話し。アルセイオはぐっと息を飲む。

 

「奴らはそのまま、鎧を地獄に送った。そこは四六時中、魔物や、仙人、魔神や神といった超者のモノが現れる場所で、奴らはその赤子を利用したんだ。……地獄に現れるモノとずっとずっと戦わせるように」

 

 少年は苦笑する。それはまるで、懐かしい話しをしているようで。

 

「戦った、殺した、滅ぼした。二十四時間、ずっとずっと戦った。食べる事も眠る事も、感情すらも覚えずにただ戦った。……そんな毎日を四年間、過ごした」

 

 でも、と少年は笑う。嬉しそうに――本当に、本当に嬉しそうに笑った。

 

「彼女は、ルシアはそんな俺を救ってくれた。身体を返してくれて、そして俺にいろんな事を教えてくれた」

 

 アルセイオは呆然となる。少年の過去に、少年の言葉に。なら、自分の組織はそんな彼等を――。

 

「言葉を、美味しいものを、眠れる事を、感情を教えてくれた。俺が知るべきものを、知らなきゃいけなかったものを教えてくれた。……世界がこんなに広い事を教えてくれた」

 

 嬉しそうに、本当に嬉しそうに少年は笑った。その笑顔は、あまりに柔らかくて。

 

「こんな、俺に。産まれてきちゃいけなかった俺に。存在してはいけなかった俺に。……思わせてくれたんだ。生きてきてよかったって。存在し続けていいって――」

 

 ――だから。

 

 少年は、アルセイオを見る。そこには願いが込められていた――想いが込められていた。

 奪わないでくれ、と言う少年の願いが。少年は、そこで背中を向けた。もう語るべき事はないと、その背中は語っている。そして、歩き出そうとして。

 

「待て!」

 

 アルセイオの叫びに、歩みを止めた。だが、振り向かない。……それでも構わなかった。

 

「小僧、名前は?」

 

 聞きたかった、この少年の名前を。強く、弱い少年の名前を。

 少年は振り向く、年相応の笑顔を浮かべて。

 

「伊織、伊織タカトだ」

 

 次の瞬間、一気に駆け出した。己の守るべき、家族達の元に。

 

「伊織、タカト……」

 

 アルセイオはその名前を繰り返す。

 忘れないように、自らに刻み込むように。

 やがて仰向けにひっくり返って笑い出した。敗北を噛み締めて――。

 この時、アルセイオは定めた。己の目標を。

 いつかあの少年、タカトに追い付く事を自らに定めたのだった。

 

 ――翌日。アルセイオはグノーシスを脱退した。

 それから八年後にアルセイオは聞く事になる。かつての少年が、少女を手に掛けた事を――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −撃−

 

 十の剣が。

 

    −撃!−

 

 百の大剣が――。

 

    −撃っ!−

 

 ――千の巨剣が!

 

 雪が降る空に居るアルセイオ・ハーデンから撃ち放たれる!

 たった一人の少年、聖剣の主、神庭シオンに。シオンは放たれたそれを回避し、あるいは弾く――しかし。

 

「ぐ……っ!」

 

    −轟!−

 

 巨剣をイクスで受け止めたシオンは、一撃の重さに顔を歪めた。重い、あまりにも一撃一撃が。しかも、それが。

 

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃!ー

 

「があ……っ!」

 

 ――数十と降り注ぐ!

 

 恐ろしく反則な技である。スキル、無尽刀。まさしく、尽くす事が無い刀であった。

 

「四ノ太刀、裂波!」

 

    −波−

 

 盾にしていたイクスから空間振動が放たれる。それに振り落ちる剣群が、軌道を逸らされ、弾かれる。

 続いて瞬動をかけ、一気にアルセイオの懐に飛び込もうとして、シオンは絶句した。

 

 誰もいない……!

 

 ――同時に。

 

「よっと」

 

 そんな声が真後ろより響く。悪寒がシオンの背中を突き抜けた。

 

    −戟!−

 

 殆ど反射的に背後に放った一撃。それは真紅の剣とぶつかり合う。そこに居る人物は、もはや確認する必要も無い。アルセイオであった。

 

「ぐ……!」

「成る程な」

 

 アルセイオは呟くと、シオンと鍔ぜり合いのまま足場を形成。一歩を踏み込み、魔力放出。

 

    −破!−

 

 真上から放たれた一撃をシオンは堪えられず、真下――地面に叩き落とされた。

 

    −撃!−

 

「あっ、ぐ……!」

【シオン!】

 

 呻くシオンにイクスが叫ぶ。アルセイオを相手に立ち止まると言う行為は自殺行為でしかない。今のシオンはまさしく死に体であった。

 しかし、アルセイオは肩に真紅の剣を担ぎ、シオンをただ見るだけだ。

 その目はただ語る――つまらない、と。シオンは歯ぎしりを鳴らし、瞬動で一気に突っ込む。

 アルセイオは、無尽刀を使わない。ただ剣を構えた。

 

    −戟!−

 

 再びぶつかり合う、イクスと剣。シオンは至近からアルセイオを睨みつける。

 だが、アルセイオはそんなシオンの視線をただ流すだけであった。

 

「……坊主。いい加減、身の丈に合わねぇ戦い方はやめろ」

「……ッ!」

 

 その言葉に、シオンは目を見開いて驚愕する。それは、ずっとずっと隠してきた事。

 それをあっさりとアルセイオは看破したのだ。そんなシオンに、やはりアルセイオは構わない。剣を翻し、イクスを跳ね上げる。踏み込み、開いたシオンの腹に直蹴りを叩き込んだ。

 

    −撃−

 

「ごっふ!」

「おら、よ!」

 

 鳩尾に叩き込まれた蹴りで息が詰まるシオンに、アルセイオはさらに上に跳ね上げた剣を叩きこむ。

 シオンは無理矢理、イクスを盾にした。だが、そんな状態で堪えられる筈も無い。シオンは再び、雪が敷き詰められた地面に埋没する羽目となった。

 

「かっ……あ、ぐっ……ゴホッ! ゴホッ!」

【シオン?】

 

 再び呻き、咳込むシオンにイクスは疑問の声を上げる。先程からシオンの様子が何かおかしい。まるで、身体に力が入らないような――。

 

「坊主、自分でも解ってんだろ?」

「……」

 

 何が、とはアルセイオは言わない。だが、シオンは黙り込む。それを見て、アルセイオはため息を吐いた。

 

「お前の戦い方は、剣の使い方は斬り裂くやり方だ。決して叩き切る戦い方じゃねぇ」

「……黙れ」

 

 アルセイオは黙らない。そのまま続ける。

 

「坊主、お前の本来の戦い方は、刀術だ」

「黙れよ!」

【シオン!】

 

 一気呵成。吠えながら、シオンはアルセイオに向かう。今度はアルセイオも容赦無く、無数の剣群を形成。即座に飛ばして来た。だが、シオンは構わない。

 

「神覇、伍ノ太刀――」

 

 纏う魔力。それを持ってしての突貫。シオンは宙を翔け、一気に突っ込む。

 

「剣魔ァ!」

 

    −轟!−

 

 魔力纏っての突貫は、向かい来る剣群を弾き飛ばし、突き進む。

 しかし、アルセイオは慌てる事も無い。一本の巨剣を左手に形成。それをシオンへとブン投げる!

 

「そら、よっ!」

 

    −裂!−

 

 無造作に放り投げられた巨剣はいかな効果を有していたのか、アルセイオに投げられた瞬間に一気に加速。音速超過し、空気をブチ抜きながらシオンの剣魔と衝突する。

 

    −戟!−

 

「なあ!?」

 

 剣魔の最中で、シオンは今日、何度目になるか解らない驚愕の声を上げた。

 ――拮抗。ただ投げられた剣と、剣魔が拮抗したのだ。

 剣魔はSクラスに匹敵する攻撃力を有している。奥義を除けば最強の技だ。

 それが拮抗。しかも、そこで終わらない。アルセイオは自分の真横に足場を形成すると、真紅の長剣を置く。続いて両の手に、自分と拮抗している巨剣と同じものを作り出した――両手に、そして背後に! その数、十数本……!

 

「オラオラオラオラっ!」

 

 投げる。投げる、投げる、投げる投げ。投げる、投げる!

 

 次々と投げられ来る巨剣に、剣魔は持たない。拮抗状態から押されると、剣魔が消され。巨剣達はシオンに叩き込まれた。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁ――――――!」

 

 巨剣に弾き飛ばされたシオンは、後ろへと吹き飛んだ。

 だが、今度は雪の中に埋もれる事は無い。無理矢理体勢を整え、地面に着地する。

 

「ハァっ、ハァっ……。ぐっ、ゴホッ! ゴホッ!」

 

 息を切らせ。再び咳込むシオンに、イクスは悟る。シオンがおかしい理由に。

 風邪。一時は治りかけていた風邪が再びぶり返していたのだ。

 

 ――だが、何故このタイミングで?

 

 イクスがそう思考すると同時に、アルセイオが横に置いていた真紅の剣を手に取る。そこで思い出した。あの剣の正体に。

 

【無尽刀、まさかそれは――】

「おっ、流石に気付いたか。ある意味で同類だしな」

 

 ニヤリと笑い、アルセイオが剣を振るう。赤の軌跡を描く刃を見て、イクスは苦々し気に呟いた。

 

【魔剣、ダインスレイフ……】

「正解だ」

 

 ――最悪。まさに、最悪の展開だった。今のシオンに、あの剣はまずい。

 魔剣、ダインスレイフ。その能力は、”吸収”だ。魔力を、体力を、精神力を、打ち合うだけで吸収する能力を有しているのである。

 これで合点がいった。何故、シオンの風邪をぶり返したのか。体力を奪われ続けたのだ。なら代謝機能も弱まる事になる。

 

【シオン、あの剣は――】

「解ってる。ッゴホッ! ……心配すんな」

 

 シオンはあえて笑ってみせた。イクスを正眼に構える。

 

「おっちゃん……」

「続きだ」

 

 笑い、再びその背後に形成される剣群達。それらは寸秒も待たずに、シオンへと一気に降り注いだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「――シオン君!」

「よそ見をしている暇があるのか?」

 

    −撃!−

 

 アルセイオと戦うシオンを見て、なのはが声を上げる。しかし、目の前に現れたソラに視線を戻された。同時に放たれる斬撃をレイジングハートで受け止める。

 

「っ――! 貴方達は何が目的なのっ!?」

「答える義務は無い」

 

 ソラはただそれだけを繰り返す。鍔ぜり合う二人の周りで光の花が咲く――ティアナとリゼの射撃魔法だ。さらに空中でウィングロードが伸び、舞い降りるリズとスバルが拳を打ち付け合う。

 今、なのははスバル、ティアナと合流して、ソラ、リズ、リゼと戦っていた。

 だが、その戦いは硬直してしまっている。ソラ達がまともに戦おうとしないのだ。まるで、時間稼ぎをしているような――。

 

《ヴィータちゃん!》

《悪ぃ、こっちもシオンの援護に行けそうにねぇ……!》

 

 ヴィータに念話で問うが、返答は無理と言う事だった。

 ソラ達の行動からして、アルセイオとシオンの戦いを邪魔させないようにしたいのは明白だ。ならば、彼等の目的は……!

 

「シューートっ!」

「フンっ!」

 

    −閃−

 

    −戟!−

 

 放たれたアクセルシューターを回避せずにあえて防ぐ。先程のような真似をさせない為だろう。追撃を放とうとするなのはに、ソラの魔人撃が飛ぶ。広範囲に飛ぶ魔力斬撃にシールドで防ぐ事を与儀なくされた。

 

「……っ」

 

 衝撃に顔を歪めるなのは。ソラは敢えて追撃をかけない。彼女は確信する。やはり彼等は時間稼ぎをしていると。その目的は。

 

「シオン君が、目的?」

「答える義務は無いと言ったぞ」

 

 ソラの答えはどこまでも変わらない。大剣を構える。なのはもまた、レイジングハートを構えた。

 

 ――駄目。やっぱり繋がらない……っ!

 

 もう一つ。実は、アルセイオ達が現れた時からなのははアースラに通信を入れている。だが、妨害されているのか、通じないのだ。これでは援軍も期待出来ない。

 

 ――フェイトちゃん。はやてちゃん……。

 

 心の中で、親友達に呼び掛ける。それでも、アースラに通信は届かない。

 ソラが動き、なのはも宙を翔る。決着は、未だ着きそうにも無かった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 所変わってアースラ。ここでも、異変は起こっていた。待機していたアースラの周辺に、突如として転移して来たのである。アースラメンバーにとって、馴染み深い存在が。

 

 ガジェットⅠ型とⅡ型、そしてⅢ型の混成群が現れたのだ。同時に感染者の殲滅に向かったスターズ少隊とも通信が繋がらなくなってしまった。ライトニング少隊とN2R少隊を緊急発進させ、ガジェット群には対応しているものの、その数は多い。未だにスターズの援護にも向かえなかった。

 ブリッジで、矢継ぎ早に飛ぶシャーリー達の報告を聞きながら、はやては唇を噛む。まるで見計らったかのようなタイミングでの襲撃。しかもガジェットだ。殆どのガジェットは廃棄された筈なのだが。

 

「艦長! アースラ上空に転移反応です!」

「――また、ガジェットなんか?」

 

 ここに来て追加の転移反応。それを聞いて、はやては呻く。一刻も早くスターズと合流したいのに――。

 

「いえ、転移反応1―――え? この魔力値……!?」

 

 次の瞬間。

 

    −寸っ!−

 

 アースラの周囲に居たガジェット、数百のそれらが一瞬にして攻撃を停止する。一拍の間を持って、停止したガジェットは爆発し、撃墜された。

 

「な、何や?」

「艦長。転移者の魔力値、規格外です……」

 

 ――規格外。つまりはEX。そんな馬鹿げた魔力値の持ち主等、はやての知る限りではたった二人しかいない。しかもその内の一人は本局で入院中だ。つまり転移してきた者は一人に限られる。

 

「伊織、タカト……!」

 

 ウィンドウに映された人物、伊織タカトを見て、はやては呻くように声を上げた。この状況下でのタカトの出現。それが何を意味するかを分からず、彼女はしばし呆然とした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「天破水迅」

 

    −寸っ!−

 

 振るわれるは暴虐たる精密攻撃。しかも物理攻撃でもあるこれは、ガジェット達にとってもまた天敵であった。何せAMFが効かない。

 一瞬だけその効果を現そうとするが、凄まじい水圧で束ねられた水糸にそんなものは意味を成さなかった。

 アースラの上空に浮かぶタカトを中心に二キロメートル。その空域に居るガジェット達は全て、何も出来ずにただ殲滅されていく。まるでガジェットの処刑場だ。

 

「君は……!」

「キツ――じゃあ無かったな、フェイト・T・ハラオウンか」

 

 タカトはいつの間に背後に現れたフェイトに、しかし寸毫の驚愕も覚えずにただ水糸の操作に集中する。そんなタカトに少しだけ顔を歪め、だがフェイトは己のデバイス、バルデッシュを向けた。

 

「止まって」

「聞けない相談だ」

 

 苦笑しながら即答する。そんなタカトにフェイトは構わない。

 

「何で、この期に及んで私達を――」

「たまたま見掛けたんでな。それに聞きたい事もある」

 

 フェイトの疑問。何故助けたのかを最後までタカトは言わせない。そして、漸く振り向いた。殆どのガジェットを壊し尽くして。

 

「……シオンは何処に居る?」

「シオン?」

 

 その質問にフェイトは目を見開いた。シオンが追い駆けるならともかく、タカトがシオンの居場所を聞く等、有り得ないと思っていたからだ。あくまでタカトはシオンに追われる側と言うイメージがある。だが、タカトはそんなフェイトの反応を無視した。

 

「……答える気が無いなら構わない。自分で捜す」

 

 そう言ってあっさりと踵を返す。離れるつもりだ――それを悟って、フェイトは慌てて叫ぶ。

 

「待って!」

「……? 何だ? 答える気になったか?」

 

 不思議そうな顔で振り向いて放たれたタカトの疑問に、フェイトは首を振る。どうしても聞いて置かねばならない。タカトがシオンを捜す理由を――何故か、そんな気がした。

 

「なんで、シオンを?」

「…………」

 

 フェイトの疑問。それにタカトは一瞬だけ、とても寂し気な顔を見せた。それは、まるで……。

 

「嘘を、守る為に」

「……嘘?」

 

 その答えに、フェイトは訝し気持な顔になる。嘘とは一体何なのか。だが、タカトは構わない。フェイトから視線を反らした。

 

「もう時間が無い。さらばだ」

「っ――! 待って!」

 

 待たなかった。タカトは一瞬で消える。手を伸ばしたままフェイトは呆然と、タカトが居た空間を見ていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 聖域を見下ろす崖。そこでアルセイオはダインスレイフを振るう。

 

    −戟!−

 

 叩き込まれたその一撃に、シオンはイクスで受けるが、持たない。力が入らないのだ。崖の先端まで吹き飛ばされる。

 後、何歩か下がれば聖域に落ちるだろう。シオンは何とか立ち上がろうとして、激しく咳込む。ダインスレイフによる吸収で、風邪が悪化しているのだ。

 

「まさか風邪たぁな。意図した事じゃあねぇが――」

「ぐっ……!」

 

 息を飲み、何とか立ち上がろうとするも、足が言う事を聞かない。シオンは膝を着いたまま、アルセイオを睨むだけであった。

 

「坊主、聖剣を渡せ」

【なんだと……】

 

 アルセイオの突然の要求に、イクスが呆然と答える。アルセイオは見下ろしたまま続ける。

 

「クライアントがお前を欲しいらしいんだよ。俺は坊主を気に入ってる。殺してまでは奪いたかねぇ」

 

 アルセイオの提案。それにイクスは迷う。自分が目的だった事にも驚いた。そして、これ以上自らの主を危機に陥れる事にイクスは迷う。

 しかし、その主は迷わなかった。イクスを左手で握りしめ、顔をあげる。右手で目元を下げ、舌をんべ、と出した――アッカンベー、と。

 

「やなこった」

【……シオン】

 

 そんなシオンの回答に、アルセイオは少しだけ微笑む――同時、その背後に再び剣群が生まれた。

 

「なら、仕方ねぇな」

【シオン! 今ならまだ間に合う、俺を渡せ!】

「嫌だね」

 

 シオンは笑う。立ち上がれぬ身でありながら、屈しないと。そして、剣群が――。

 

「ファントム・ブレイザ――――っ!」

 

    −煌!−

 

    −撃!−

 

 ――放たれる直前に、横殴りに砲撃がアルセイオへと叩き込まれた。

 

「うおっ!?」

 

 直撃する直前に、剣群がアルセイオを守り、しかし盛大に吹き飛ばされる。

 ティアナだ。ソラ達との戦いの合間にいつの間に仕込んだのか、幻影とすり替っていたのである。オプティック・ハイドも駆使したそれに、漸くソラ達も気付く――だが。

 

「ここから先は――」

「行かせない!」

 

 ソラ達の眼前に、なのは、スバルが立ち塞がる。逆の立場となった事を悟り、ソラは顔を歪めた。

 

「やられた……!」

「むぅ〜〜」

「……油断」

 

 三者三様の反応を見せて、なのは達を突破しようとする。次の瞬間。

 

    −轟!−

 

「ぬっ、ぐ……!」

「バデスさん!?」

 

 両者のちょうど中間に老騎士が降ってきた。吹き飛ばされてだ。続いてヴィータが降りてくる。

 

「「ヴィータちゃん!/副隊長!」」

「おう、待たせたな」

 

 二人の呼び掛けに、ヴィータがニッと笑う。いかな激戦だったのか、そのバリアジャケットはボロボロだった。だが、どうやらバデスを一時的に下したらしい。バデスは立ち上がろうとするも足が言う事を聞かないのか立ち上がれ無い。

 

「ティアナ! シオン君を連れて逃げて! ここは私達が殿になるからっ!」

「はいっ!」

 

 なのはの指示に、ティアナは即座に頷く。向こうの狙いがシオンならば、今、彼を此処に置いておく事は出来ない。ただでさえ、その実力が半端では無い集団なのだ。真っ正直に戦う必要は無い。彼我戦力差から言っても撤退する事が正しい。

 

「シオン、立てる?」

「……ゴホッ……ぐ。大丈夫……」

【咳込んで立ち上がれ無い人間を大丈夫とは言わん】

 

 シオンの様子に直ぐさま肩を貸してティアナはその場から離れようとする。しかし、それを彼が許すはずも無かった。

 

「悪ぃが、そうはいかねぇ」

「「っ――!?」」

 

 瞬間、ティアナとシオンは同時に絶句する。吹き飛ばされたアルセイオが立ち上がって、”それ”を担いでいたから。刃渡り三十メートルはあろうかと言う、極剣を。

 

「あんなの……!」

「ぐっ……!」

 

 顔を青ざめるティアナに、シオンは諦め無い。親指を噛む――だが、遅い。

 

「そぉら、よっ!」

 

    −轟!−

 

 槍投げの要領で極剣を持ち上げ、一気に投げる!

 放たれた極剣は音速超過。空気をぶち抜き、大気爆発を起こしながら、迷い無く一直線にシオン達へと突き進む。

 何とか避けようとティアナはもがくが、シオンに肩を貸している状況では何も出来ない。一瞬で迫る極剣に、ティアナは目を閉じ――。

 

「エクセリオンっ! バスタ――――っ!」

 

    −煌!−

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 ――直後、極大の光の奔流が横殴りに極剣に叩き付けられた。なのはが抜き撃ちでエクセリオンバスターBSを放ったのだ。

 その一撃にたまらず極剣は砕かれ――しかし、その重量と破壊力は完全には消えなかった。シオン達が居る崖の先端。その前方に砕かれながらも全威力を叩き込む。

 

「あっ!?」

「ぐ――っ!」

 

    −撃!−

 

    −轟!−

 

 崖が崩れる――その威力によって、二人が居た場所は破砕された。シオンとティアナは眼下の聖域に落ちていく。しかし。

 

「ここで聖域なんぞに逃がすかよ!」

 

    −轟!−

 

 第二撃。再び極剣をアルセイオは投げ放つ。音速超過で再度迫る一撃――!

 今度はなのはもソラに阻まれ、ヴィータ、スバルも間に合わない。だが、今度はシオンが間に合った。叫ぶ、己が切り札を!

 

「来い……っ! ヴォルトォ!」

【トランスファー! スピリット・ローディング!】

 

 ティアナに担がれたまま、カリバーに戦技変換。同時に、ヴォルトを装填し、そのまま右のイクスを突き出した。

 

「青龍っ!」

【ゴーアヘッド!】

 

    −煌!−

 

    −轟!−

 

 次の瞬間、イクスから放たれた雷龍が極剣とぶつかる! それは同時に宙空で爆砕した――シオン達の真っ正面で。

 

    −撃!−

 

    −砕!−

 

「きゃあぁぁぁぁっ!?」

「くぅぅぅぅぅぅぅっ!」

 

 シオンとティアナはその衝撃で盛大に吹き飛ばされ、そして聖域へと落ちていった――。

 

「ティア――っ! シオン――っ!」

 

 スバルが叫ぶ。しかし、もはや二人は居ない。その場にはただ青龍と極剣がぶつかり合った残滓が残るのみだった。

 

 

(中編に続く)

 

 

 




はい、テスタメントです♪
鬱全開の第二十六話開始であります♪
この聖域での話しなんですが、徹底的に伏線入れまくってました(笑)
にじふぁん時代の方々なら、分かってると思われますが、何気に伏線仕組むんでお気を付けあれ♪
ではでは、中編にてお会いしましょう♪


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第二十六話「墜ちる想い」(中編)

はい、テスタメントです♪
第二十六話中編をお届けいたします♪
今回は是非とも砂糖と壁をご用意なさって下さい(笑)
では、第二十六話中編どぞー♪


 

「ティア――――っ! シオン――――っ!」

 

 虚空に響くスバルの声、それはもはや届かない。シオンとティアナが居た崖の先端は、無尽刀アルセイオが放った極剣とシオンの青龍とのぶつかり合いで、完全に崩れ落ちていた。

 二人はその余波をまともに喰らい、どこかに吹き飛ばされてしまったのだ。恐らくは聖域に落ちたと思うが――。

 

「チッ、リゼ」

「……探知不可」

 

 アルセイオが二重螺旋の杖を持つ少女、リゼに呼び掛けるが、答えはそっけ無い。聖域に落ちたのだ。もはやいかなる魔法も届かない。しかも。

 

「吹雪か……!」

 

 ソラが宙空を睨んで唸る。先程からチラホラと雪は降っていたが、その勢いが増して始めたのだ。恐らくは吹雪になる事だろう。

 即座にアルセイオとアイコンタクトを交わし、彼等が瞬動で一気に合流する。同時にリゼから広大な魔法陣が広がった。

 

「転送魔法!?」

「逃げるつもりかよっ!」

 

 なのは、ヴィータがその術式を読み取り、させじとアルセイオ達の元に翔けようとする――だが。

 

「……悪ぃな」

 

 −ソードメイカー・ラハブ−

 

 アルセイオが苦笑いを浮かべ、同時に鍵となる言葉が響く。次の瞬間、剣が――万を越す数の剣群が、辺り一帯に一斉に降り注いだ。

 

    −撃−

 

    −破−

 

    −裂!−

 

「っ――!」

「くぅ!」

 

 激音と共に降り注ぐ剣群達。あまりに多過ぎるそれに、なのは達は近付け無い。アルセイオはそんな彼女達に笑い、リゼへ視線を移した。

 

「リゼ、転送を」

「……了解」

「――っ、待って!」

 

 なのはが叫ぶ。だが、その願いは聞かれなかった。

 

「そう言う訳にもいかねぇんだわ。じゃあな!」

「まったね〜〜」

 

 アルセイオが答え、リズがその背後でぴょんぴょん跳びはねる――直後、アルセイオ達の姿はその場から消え去ったのだった。

 

「ちっくしょう……っ!」

 

 ヴィータが悔しそうに呻き、なのはも顔をしかめる。だが、二人は同時にハッとし、背後を振り向く。そこには、今まさに眼下の聖域に飛び降りようとするスバルが居た。

 

「っ――! スバル、駄目っ!」

【フラッシュ・ムーブ!】

 

 叫び、なのはは即座に高速移動魔法を持ってスバルに取り付くと、抱き止める。しかし、スバルは抵抗した。

 

「離して下さい! ティアが、シオンが!」

「スバル、落ち着いて! 落ち着きなさいっ!」

 

 なのはが耳元で叫ぶが、スバルは構わない。その腕の中でもがき、直後。

 

 ――パシンっ。

 

 渇いた音が響いた。その音はスバルの頬から響いたもの。頬が張られたのだ。

 呆然とするスバル。彼女の頬を張ったのは、目の前に移動したヴィータだった。

 

「いー加減にしろ。あんま駄々こねんな」

「……でも」

「ヴィータちゃん……」

 

 多少は落ち着いたのか、スバルの抵抗が止まる。ヴィータは嘆息すると、そのまま背後を振り向いた。

 

「レスキューだったお前が1番分かってんだろ? 一人で遭難した二人を捜すのなんて無理な事くらい」

「……はい」

 

 こんな深い森の中――しかも吹雪が起きようとしている状況、それも魔法が使えない聖域で、一人で捜しに行っても、遭難者が一人増えるだけである。悔し気に沈むスバルに、なのはが肩に手を置いた。

 

「大丈夫。ティアナもシオン君も強いから。こんな所でどうにかなったりしないよ」

「なのはさん……」

「そう言うこった。……まずアースラに戻るぞ。救助隊をはやてに頼まねーとな」

「……はい」

 

 なのは、ヴィータの言葉に漸くスバルは頷く。そして、離れた空域に待機していたアルトを呼び出した。

 アルセイオ達が撤退すると同時に通信が可能になったのだ。なのは、ヴィータはアースラのブリッジに通信を入れる。そして、スバルは眼下に広がる聖域を見た。吹雪で視界も危うい。そんな森を。

 

「……ティア。シオン……」

 

 ――どうか、無事で。

 

 言葉に出さず、スバルはそう思う。そして祈るように、聖域を見続けた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 聖域の森は深い。尚且つ吹雪となりつつある。その森の中を、シオンはティアナを背負ったまま歩く。

 先の一撃で気を失ったのだろう、ティアナはシオンが起こしても起きなかった。幸い息はしていたし、大した外傷も無いので安心したが。

 既に自分達がいた崖は何処にあるか解らない。相当な距離を吹き飛ばされたらしく、気付けば森の中だった。……しかし。

 

「っゴホ! ……運が良いんだか、悪いんだかな……」

 

 咳込みながら苦笑する。相当な距離で吹き飛ばされ、さらにかなりの高さがあった筈だ。しかもここは聖域である。つまり魔法は一切発動しない。

 バリアジャケットすらも消えるのだ。実際、今のシオンは私服、黒のパーカーに、白いズボンだし、ティアナは本局局員用の制服に戻っていた。

 これだけの状況で、それだけの高さから吹き飛ばされたのだ。生きてるだけでも奇跡に近い。

 森の木々で大半の衝撃を吸収され、ついでに雪がクッションとなったからこその奇跡だった。

 

「ゴホッ! ゴホッ! ……っ、イクス……」

【…………】

 

 問い掛け、それにイクスは答えない――答える事は出来ない。

 クロスミラージュも同じくだ。魔法関連はとことん無効としてしまう聖域ならばこその状況である。

 今は、頼れるのは己のみ。そんな状況を心細いと思ってしまう自分にシオンは苦笑する。

 つい、何ヶ月前まではそんな事を心細いなんて感じなかったのに。

 

「……弱くなったかな」

 

 ――違う気がする。多分、弱くなった訳では無い。

 ……知っただけだ。孤独というのが寂しい事だと。

 そんな事を考えているうちにも、吹雪は激しくなっていく。シオンの息は荒い。目も霞んできていた。だが。

 

「……あっ、た」

 

 一本の木。それはシオンにとって見覚えのある木であった。表面の雪を手で払い落とす。そこには、懐かしい傷跡があった。数年前に自分がつけた傷跡だ。

 

「……何事も、経験、か」

 

 懐かしそうに呟く。シオンはこの聖域に何度か来た事があった。もっぱら修業でだ。魔法が使えない場所での鍛練。

 それを母から、そして兄達から課せられた事がある。そんな経験――そして、自分が何日ここに居たのかを目印とした傷跡が役に立つ事があるとは。思わず苦笑し、だが直後に激しく咳込んだ。

 

「ゴホっ! ぐっ……! まだ、だ」

 

 霞む視界。そして朦朧とする頭を振り、ティアナを背負い直して立ち上がる。

 ここより暫く行った所にセーフハウス――と、言うか自分達が勝手に作った山小屋がある。そこならば毛布もある。吹雪も凌げる筈だ。

 ――歩く、歩く。その度に体力が削れていくのを認識し、それでも歩く。

 そう、こんな所で死ぬ訳には行かない。ティアナも死なせたりしない。

 帰るのだ、アースラに――皆の元に。

 

 −へぇ、随分と殊勝になったモンだな?−

 

「っ……!? だれだ!?」

 

 唐突に、声が聞こえた。聞き覚えの無い声だ。辺りを見回す。だが、誰もいなかった。気配も無い。

 

「……気のせい、か?」

 

 訝し気に、シオンは顔を歪める。だが、そうしている訳にもいかず、また歩き出した。

 

 −カカカカカカカカカカカカカカカカ……−

 

 そんな――そんな笑い声が、聖域に音を介さず響いた気がした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《……失態だな。無尽刀》

 

 アルセイオは聖域近くに待機させてあった自分達の次元航行艦で、そんな言葉を聞いていた。

 既に何世代も前の艦だ。管理局からの横流し品である。

 そのブリッジで、ウィンドウの向こう側の人物、グリム・アーチル提督は苛立たし気に顔を歪めていた。

 

《聖剣を取り逃し、渡したガジェットの五割を失ったか》

「はい」

 

 アルセイオは躊躇わない、即座に頷く。グリムの苛立ちが更に強くなった。

 

《まぁ、これまでの君の働きもある。あの方の推薦もあるしな。……次こそは必ず聖剣を持ち帰るように》

「ご期待に添えるように努力します」

《……フン。口だけならばなんとでも言える。結果を出して貰おう》

「ハイ」

 

 それから数分、グリムはアルセイオに嫌みを散々言って、漸く通信を切った。

 

「……ふぅ、疲れんな。こりゃあよ」

「お疲れ様です」

 

 嫌みから介抱されたアルセイオがため息を吐くと、同時に横に控えていたソラが労いの言葉を送る。その真横にはリズ、リゼも居た。

 

「あのおじさん嫌〜〜い」

「……同意」

 

 プンスカ怒るリズに、相変わらずのリゼ。そんな二人の頭を撫でて、アルセイオはブリッジから出る。ソラ達もそれに付き従った。

 

「じい様はどうだ?」

「暫くは出れませんね」

 

 ヴィータと戦っていたバデスは今は自室で安静中だ。墜されたと言う事もある。当分は出撃させられそうも無かった。ソラの報告に頷き、続けて問う。

 

「ガジェット達は聖域に入れてんな?」

「はい。こう言う時に魔法に頼らない機械は便利ですね」

 

 アルセイオ達の艦に搭載してあったガジェットは、その全てを現在聖域に入れている。魔法が使えない聖域で、吹雪も関係無いガジェットはまさに今の状況にうってつけであった。

 

「よし。吹雪が止み次第俺達も聖域に入んぞ」

「……ガジェットに任せても宜しいのでは?」

 

 ソラが疑問に、アルセイオは笑う。指先で自分のコメカミを突いた。

 

「いーや、機械だけに任せるのは気に入らねぇし、何より俺の勘が告げてるんだわ。坊主を追っかけろ、てな?」

「……成る程」

 

 アルセイオの言葉に、ソラは頷く。実際、その勘に幾度も救われた事があるのだ。アルセイオがそう言うならば、自分としても是非は無い。

 

「了解しました。では防寒着を用意しておきます」

「おう」

「それから、ナインや飛(フェイ)達から報告が。合流は暫く遅れるそうです」

「……しゃあねぇな」

 

 苦笑する。元グノーシスメンバーである彼等の部隊に名前は無い。一種の傭兵団でもある為だ。一応、アルセイオ隊とは名乗ってはいるが。

 

「よし、なら吹雪が止むまで各自待機。しっかり休めよ?」

「了解です」

「は〜〜い」

「……了解」

 

 三人共頷き、それぞれ自室へと戻った。それを見送りながらアルセイオは思いを馳せる。坊主と呼ぶ聖剣の主である少年、神庭シオンに。

 

 ――坊主、お前なら道は拓けるか?

 

 それはアルセイオがずっと考えていた事。十年前の敗北から考えていた事だ。――予感がする。シオンならば、自分は奴に対抗しうる剣となれるのでは無いかと。

 

「それも坊主次第、か」

 

 ――生きていろよ?

 

 そう、アルセイオは思い、笑いながら自室へと戻ったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――ティアナは夢を見ていた。自分が幼い頃の夢だ。兄に背負われて自宅に帰ってる夢。夕暮れの朱い空が印象的だった。

 

 ――あったかいな……。

 

 兄の大きな背中と、その体温を感じながら、兄に笑い掛ける。

 それに兄もまた笑う。何気ない会話。もう失ってしまったやり取りだ。

 二度と戻れない過去。夢だなぁと、ティアナは再び苦笑する。

 ――でも、たまにはいいかな? そうとも思う。

 

「……お兄ちゃん?」

「ん? どうした、ティアナ」

 

 ティアナの呼び声に兄、ティーダが答える。そんな優しい声にティアナは嬉しくなり、その背中に抱き着いた。……だが。

 

「へー、お前でもそんな顔すんのな?」

「え?」

 

 瞬間、ティアナは目を見開く。いつの間にやらティーダはシオンに変わっていた――と言うか、自分も現在と同じ年齢十八歳にまで戻ってる……!

 

「な、なななななな……っ!」

「はっはっは。案外可愛いかったぜ? お兄ちゃん♪ てよ?」

 

 ボンっと音がするくらい顔が真っ赤になった事を、ティアナは自覚する。

 そしてギロリと自分をおぶさるシオンを睨んだ。夢の中まで、何て憎たらしい奴だろう。

 

「うっさいっ! このバカ! バカ! 大バカ――――っ!」

「はっはっは。きーかねーぞー」

 

 とりあえず後ろ頭を殴るが、シオンは笑うばかりだ。そんなシオンにさらに拳を降らせようとして。

 

 ……っきろ……。

 

「へ?」

 

 唐突に声が響いた。それにティアナが目を白黒させる。

 

 ……もう、す……。

 

 声が響く、響いてゆく。ティアナは周りを見渡すが、誰もいない。

 

「……誰?」

 

 呼びかける。同時に夕暮れの世界に光が差し込んだ気がした。

 

 

 

 

「……うっ?」

「っ……、漸く起きたか」

 

 掠れるような声がティアナの耳朶を打つ。それに目を見開くと、間近にシオンの横顔と、雪景色が見えた。

 辺りは吹雪が降り、視界は悪い。

 ――シオンに背負われている。それを認識すると、また夢かとティアナは嘆息。とりあえず、先程の続きを行う事とする。

 

「このっ! バカっ!」

「っぐ!?」

 

 ――カパン。

 

 小気味の良い音が鳴り、シオンの頭が揺れる。

 

 ――あ、なんか気持ち良かったかも?

 

 と思った直後、シオンが盛大にぶっ倒れた。

 

「へ……? あれ? シオン? て、寒っ! 寒い?」

「っゴホ……! テメーー……」

 

 呻くシオンに、ティアナが周りをキョロキョロと見回す。寒い、めちゃめちゃ寒い。と、言う事は……?

 

「夢、じゃない?」

「…………」

 

 ティアナの疑問。しかし、ぐったりとしたシオンはそれに答えられなかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「つまり、私達は――」

「聖域に、っゴホッゲホっ! ……っ、落っこちたんだ」

 

 吹雪の中を歩く。今度はシオンに、ティアナが肩を貸している状態だ。

 どうやら先程のティアナの一撃で、シオンは最後の気力やら何やらを盛大に削り取ったらしく、もはや歩くのもままならなくなったので、ティアナが肩を貸す格好となっていた。

 

「ジャケットも纏え無いなんて……」

「……聖域、だからな」

 

 シオンが答える。その絞り出すような声に、流石に心配になった。ただでさえ風邪を引いてる上に、魔剣の効果でシオンの体力はごっそり無くなっているのだ。

 

「シオン、その……大丈夫?」

「グっ! ゲホっ……! さっき一発ブン殴ったやつの台詞じゃねぇよな……」

 

 あえてふざけた返答を返すシオンに、しかしティアナは黙り込む。シオンの声に、あまりに力がないのが分かったから。

 

「シオン……」

「……ほら、着いたぜ?」

 

 シオンが弱々しく――しかし、笑って前を見た。ティアナも顔を上げる。

 そこには木造の小屋があった。小さな、小さな山小屋だ。

 

「本当に、あったわね」

「っゴホ! 言った通りだろ……」

 

 偉そうに言うシオン。しかし、不可侵領域である聖域に勝手に小屋を作るのはキッパリと犯罪だったりするが――。

 

「えっと。とりあえず中に入るわよ?」

「……おう」

 

 とりあえずシオンに了承を得て、小屋の中に入る。鍵が掛かってないのは幸いだった。中は電気も何も無い。暖炉すら無い小屋であり、ただ毛布が一組置かれているだけだった。

 

「……何も無いわね」

「もう、暫く使って無いし、よ……」

 

 そこまで言って、いきなりシオンから完全に力が抜ける。それにティアナは支えきれなくなった。完全に脱力した人間は想像以上に重いものだ。一緒に埃が積もる床に倒れこむ。

 

「っきゃ!? っ!」

「…………」

 

 シオンの上に乗る格好となって、顔を赤らめるティアナ。だが、シオンの顔色を見て絶句する。その顔色は青を通り越して、真っ白い。明らかに顔色が悪かった。

 このままだとシオンの生死に関わる事をティアナは察知して、起き上がるなり置かれていた毛布を手に取るとシオンへと掛けた。しかし。

 

「駄目! これじゃ足りない……」

「っ……ぐ」

 

 苦し気に呻くシオン。寒いのか、その体は小刻みに震えていた。

 そこで気付く。吹雪の中を歩いて来た自分達は雪で服が濡れてしまっている事に。小屋の中は外よりは遥かにマシとは言え、寒い事に変わりは無い。この中で、濡れた服を着ているほうが問題だろう。脱がすべきだ……しかし。

 

「うー……」

 

 流石に躊躇する。シオンの服を脱がすべきだとは解るが、恥ずかしさが先に立ってしまうのだ。だが、シオンが再び苦し気に呻くのを見て、ティアナはぐっと息を呑んだ。命には換えられない。

 

「……感謝しなさいよね。男の子の服、脱がすのなんて初めてなんだから」

「う……っ」

 

 気を失っているシオンは答える事は無い。とりあえず毛布の中に手を入れて服を脱がそうとするが、服が濡れている事もあり上手くいかない。

 嘆息して毛布を剥ぎ、服を脱がす事にする。しかし、そこでもやはり服が濡れている事がネックとなった。

 しかもシオンは気を失っているのだ。苦労してパーカーを脱がし、続いてそのシャツも剥ぎ取る。

 

「へー思ったより、筋肉ついて――て、違う!」

 

 ブンブン頭を振り回すティアナ。細身ながらもしっかりとした身体付きのシオンを見て、ただでさえ赤い顔がさらに赤くなる。だが、しかし。

 

「……こっちも、なのよね?」

「…………」

 

 一応聞くが、今のシオンが答えられる筈も無い。ティアナが見ているのは、シオンが履いてる白のズボンであった。

 

「み、見てないからね?」

「ぐ……っ」

 

 目を閉じ、ズボンを脱がして行く。ホックを外し、チャックを脱がす段階で、目を閉じている事もあり――まぁいろいろ触れた気もするが、あえて気にしない方向でいく。

 そして脱がし終えると、傍らの毛布を掛けてやったた。

 

「お、終わった」

「う……」

 

 いろいろな意味で気力を消耗して、息を荒くするティアナ。……何か後戻りがきかないと言うか、もうお嫁にいけないとか、そんなフレーズが頭を過ぎる。だが、再度頭を振り、思考を追い出した。

 

「っ、っ」

「シオン……」

 

 シオンの方を見ると、未だ震えている――いや、先程より震えは酷くなっていた。身体が冷えているのだ。相対的にシオンの体調は酷くなる。

 このままでは風邪をこじらせて肺炎にも成り兼ねない。シオンの様子を見て、ティアナは考える。

 シオンを温めるには火を起こすのがベストだが、魔法は使えない。火元になりそうな物も無いので火は起こせそうに無かった。せめて、シオンを温める事が出来れば――。

 

「――あ」

 

 唐突に思い出した。あるでは無いか、シオンを温める事ができるモノが。

 

「で、でも……!」

 

 だが、流石に躊躇する。そう、シオンを温める事が出来るモノ――つまり、ティアナ自身だ。

 漫画とかでも良くあるでは無いか。遭難した男女が裸で抱きしめ合い、お互いを温めあう場面が。

 しかし、そこは思春期の乙女。想像して、赤い顔がさらに赤くなる。

 

「……でも」

「っ、っ!」

 

 シオンを見る――苦しそうに呻く彼を。恥ずかしがっている場合では無い。このままではシオンは――。

 

「あ――! もう! 女は度胸よっ!」

 

 ――叫び、制服に手を掛け、チラリとシオンを見る。流石に服を脱ぐ所は見られるのは恥ずかしい。

 シオンは目を閉じ、息が荒いまま、毛布の中で唸されていた。

 何か悪夢でも見ているかもしれない。額にびっしり汗をかき、歯を食いしばっている。

 それを見て、ティアナは決意を固めた。少し躊躇いがちに制服を脱いでいく。上着を脱ぎ、シャツを脱ぐ――スカートの段階でまた手が止まるが、ティアナの制服もまた濡れているのだ。こちらも脱ぐ必要がある。

 かなり悩んで、スカートのホックも外す。オレンジ色の下着と、白のニーソックスだけの姿となった。

 

「恥ずかしいけど、今、温めてあげるから」

「あ、う……うう……」

 

 ティアナの声に答えるように、シオンは呻く。そして、ティアナはごそごそと毛布に体を滑り込ませ――次の瞬間、がばっと、シオンが抱きついてきた。

 

「ちょっ!? ちょっとあんた! まさか起きてるんじゃないでしょうね!?」

 

 叫び、うろたえつつ。だが、ティアナはシオンを突き放したりしない。その体が冷え切っているのは、肌を重ね合わせればすぐにわかったからだ。

 

「う……あ、行かないで……。どこにも行かないでくれよ……っ」

「……え?」

 

 呻く。弱々しく、シオンが。意識は無いのだろう。だがシオンは必死にティアナに抱きつき。譫言(うわごと)を呟いていた。

 

「だ、大丈夫よ。どこにも行ったりしないから。安心して、ね?」

 

 そう言って抱き返すと、漸く安心したのかシオンの腕から力が抜ける。だが、譫言は続いた。

 

「ずっと、一緒に。一緒に居てよ……。居てくれよ……」

「……うん。一緒に居てあげる」

 

 あまりに弱々しいシオン。その姿に、思わずティアナは胸がきゅっとなった。

 締め付けるような切なさと愛しさが、津波のようにティアナを襲う。

 それは、ティアナにとって初めての感覚だった。

 その感情のままに、シオンを優しく抱きしめる。一枚の布さえ隔てず、伝わってくる体温。そして、シオンの鼓動。ここに居ると。俺はここに居ると叫び続ける、生命の音。それをティアナは聞く。

 

「シオン……」

 

 お互いの息さえ届く距離で、ティアナはじっと、シオンの顔を見つめる。

 

「……うん、ありがとう」

 

 シオンはティアナの胸に顔をうずめ、小さく震える。そんなシオンさえも愛おしくティアナは感じ、さらに抱きしめ――。

 

「――タカ兄ぃ……」

「……は……?」

 

 ――しかし、シオンの口から出たのはティアナの名前ではなかった。と言うか、男の名前だった。

 

「シオン、あんた……!」

 

 ティアナのこめかみがひきつる。先程の愛しさや切なさはどこかに吹き飛んでしまった――代わりに、どうしようも無い怒りがティアナの体を渦巻く。

 

「よりによって、なんで男の名前なのよ――――――――っ!」

 

 そして、が――――っ! と、久しぶりにティアナは吠えた。

 ……よくよく考えると女の名前よりはマシなのだが。そう考えられるほど、ティアナは冷静になれなかったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ックショイ! ……ぬ?」

 

 聖域を臨む崖。シオン達とアルセイオ達が戦った場所だ。そこに黒の青年が立っていた。

 伊織タカトである。彼は、ずずっと鼻をすする。

 

「……誰か人の噂話でもしてるか?」

 

 そこで風邪かも? と言う思考に行き着かないのがこの異母兄弟達の特徴である。先程まで降っていた吹雪は、漸く鎮静し始めていた。そんな聖域を見下ろし、タカトは目を閉じる。

 

 ――呼び掛けを始める。

 

《……俺の声が……》

 

 呼び掛ける。

 

《……俺の声が聞こえているか?》

 

 ――呼び掛け続ける。

 

《俺の声が聞こえているか?》

 

 ――この世界に。

 

《ばあちゃん……》

 

 ――その象徴に!

 

 そして。

 

《おや? 懐かしい声がすると思ったら……。懐かしいわね? 殲滅者(アナイアレイター)?》

 

 ――殲滅者。虚無と化さしめる者。その名で呼ばれ、タカトが笑う。神殺し、魔王、666、滅鬼。 二つ名は数多くあれど、この二つ名を呼ぶのは”彼女”だけだから。

 

《……頼みたい事がある》

《あらあら? ”孫”に頼まれる事ほど嬉しい事はありませんね? いいでしょう、何がお望み?》

 

 嬉しそうに彼女が笑う。その声にタカト自身も笑い、そして、彼女を見る。彼女はタカトの視線の先に居た。聖域に立つ巨木。世界樹と呼ばれる樹。それこそが彼女だった。

 

《神界の解除を》

《それはまた穏やかではありませんね……何故?》

 

 問い掛け。それにタカトの顔から笑みが消えた。

 先程も聞かれたからだ。何故シオンを? と。思い出し、苦笑する。

 

《嘘を、守るために》

《……成る程。いいでしょう、神界の解除には暫く時間が掛かります。宜しくて?》

《ああ》

 

 彼女の答えにタカトが笑う。優し気に、そして嬉しそうに。

 そんなタカトに彼女は微笑み、彼の”眼前”に姿を現した。

 

《どうかしら? 久しぶりにヒトの姿をとってみたのだけど》

「……いつまで経っても、ばあちゃんは変わらない」

 

 彼女は白い髪の幼女の姿で現れた。そして、タカトに纏わり付く。

 

《お話ししましょう? 神界の解除まででいいから》

「……ああ」

 

 タカトもまた微笑み、彼女に視線を合わすようにして、座り込んだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――気付けばシオンは此処に居た。青い空の下にある草原、自分の世界に。

 

「……また此処か」

 

 苦笑する。最近、どうにも夢を見る度に此処に来る。だからと言って、何をするでも無い。ただただ此処に突っ立ってるだけだ。

 

「……夢の中で眠る、てのもどうだろうな」

 

 しかし、他にする事も無い。だから草原に寝っ転がった。

 

「はぁ……ん?」

 

 正直暇だとため息を吐いて、空を見上げ――そこで気付いた。

 

 ……雲。

 

 漆黒の雲が空に浮かんでいる。それに気付いて、シオンは眉を潜めた。この世界は雲一つない青空だった筈だ。なのに、あれは……?

 

「なん、だぁ?」

 

 そう訝し気に呟いた、次の瞬間。

 

 −カカカカカカカカカカカカカカカカカカカっ!−

 

 笑い声が――あまりにも純粋で、汚れている、矛盾しているような笑い声が響いた。同時に雲が堕ちて来る! シオンの真っ正面に――。

 

「なん、なんだ……?」

 

 いきなりの事態にシオンが疑問の声を上げる。しかし、その声に応えるものはいない。そして、雲もまたシオンの疑問に構わなかった。

 

 −よう、久しぶりぃ、兄弟?−

 

 そう言って雲が一塊になり、そして立ち上がる。

 それはヒト型だった。ただ真っ黒の、影だけをくり抜いたようなヒト型。

 

「兄、弟……?」

 

 シオンが呻くように、聞き返す。それにヒト型が笑う。顔の一部が切り裂かれて、ばっくりと口を開いて笑う。

 

 −ああ? 何だ、忘れたのか?−

 

「忘、れ……?」

 

 ――何だ? こいつは何を言おうとしている?

 

 気付けばシオンは震えていた。ガクガクと、恐怖に。

 

 −そうかぁ、カカカ……。どうりで復讐なんて無駄な事をやってると思った−

 

 わからない。

 わからない。

 コイツの言ってる意味がわからない……だが。

 

「無駄、だと……?」

 

 その内容は決して看過していいものでは無かった。影を睨みつける。そんなシオンの視線を浴びて、尚も影は笑った。

 

 −ああ。お兄ちゃんを追っ掛けてたんだよな? お姉ちゃんを奪われて?−

 

 影は、カカと笑う――。

 

 −お前さぁ? お兄ちゃんがお姉ちゃんに刻印を刻む”直前”の事、覚えてるかよ?−

 

「そんなの当たりま――」

 

 そこまで言って、シオンは愕然とした。

 

 ――覚えて無い。

 何も、覚えて無い。

 タカトがルシアに刻印を刻んだ前の記憶が、教会に行った後からの記憶が”全く無い”。

 

 −カカカ……、やっぱな−

 

 歩く、歩く、影が歩いてくる。そして、シオンの顔にくっつかんばかりに顔を寄せ。

 −見せてやるよ。”真実”を−

 

 直後、シオンは見た――見せられた、”真実”を。

 

「う、そだ……」

 

 −本当だ。お前がお姉ちゃんを−

 

「うそだ、うそだ、うそだ、うそだ……うそだ!」

 

 影がニタリと口が裂けるように、笑う。そして。

 

 −”お前がお姉ちゃんを、お兄ちゃんから奪った”んだよ−

 

「うそだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――っ!」

 

 

 ココロの世界に、シオンの叫びが響く。嘘を知り、真実を知って。絶望の叫びが響き渡ったのだった。

 

 

(後編に続く)

 




はい、第二十六話中編でした♪
後編から、一気に鬱展開が激しくなります♪(笑)
ええ、今回の甘い展開も鬱回の為のスパイスよ……!(笑)
では、後編でお会いしましょう♪


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第二十六話「墜ちる想い」(後編)

はい、テスタメントです。
ここからついに、タカトの行動原理について判明していきます。
彼については、まだこの段階で謎が山ほどあったりするんですが――シオンが表の主人公ならば、裏の主人公たる彼。その辺もお楽しみにです♪
では、第二十六話後編、どぞー♪


 

 −見せてやるよ。真実を−

 

 その言葉と共に、シオンの脳裏に瞬間でイメージが送られた。

 それは二年前の光景。シオンがルシアを失い、同時にタカトが去ったあの運命の日だ。

 その場所は教会だった。重い音と共に、大きな扉が開く。そこからひょっこり現れたのは自分だった。今より若い、十五歳のシオン。

 

「へぇー。案外、普通の教会だね」

 

 キョロキョロと見回しながらシオンが歩く。その背後から二人の男女が教会に入った。異母兄、伊織タカトと、姉のような人、ルシア・ラージネスである。

 

「シオン、あんまり歩きまわるな」

「大丈夫だよ。普通だぜ? この教会」

「こーら、油断しないの」

 

 ゴチっとシオンの頭にげんこつが落とされた。それに、彼は頭を押さえる。

 

「一応、ここにあるのは第一級の危険物なんだからね?」

「う……。いや、でも」

「言い訳をするな。ほら、行くぞ」

 

 タカトが苦笑いと共にシオンの後頭を押す。それにブーと、言いながらシオンも歩く。ルシアも二人に続いた。三人が目指すのは、祭壇。その上に飾られた十字架であった。

 

「あれか?」

「そうみたいだね」

「……十字架に666って何か皮肉な」

 

 苦笑する。三人が見る十字架。その中央に、666と刻まれた紋様がある。まるで吊されたよう聖人のようだ。そして、それはある意味正しい。十字架はこの666を封印する為のものであった。

 そんな十字架にルシアが近付く。そっと触れて軽く探査すると、直後に顔を歪める。

 

「うーん。やっぱり、封印が解けかけてる……」

「前にこれが封印されたのが相当に前と言う話しだからな。封印が解けてもおかしくは無い」

 

 タカトも嘆息混じりに答える。そして、ルシアに視線を戻した。

 

「ルシア、真名支配で再封印出来るか?」

「――うん、いける。ちょーと、解明にてこずると思うけど、問題無いわ」

 

 タカトの言葉にルシアが頷く。同時に右の人差し指をぴっと上げた。さらに足元にカラバ式の魔法陣が展開する。そして、ルシアは目を閉じた。

 

「真名支配……。これ、ランクEXスキルだよね?」

「何を今さら」

 

 そんなルシアの後に控える二人、シオンとタカトは平和そうに会話を始めた。ぶっちゃけ、何もする事がなくて暇なのだ。シオンの問いにタカトが苦笑する。

 

「万物の事象全てにある真名。それを解明し、その名前をもっての絶対命令だからな。言わば事象支配。つくづく出鱈目だな、ルシアは」

「いやいや。タカ兄ぃは人の事言えないから! 間違っても言えないからね!?」

 

 自分の事を棚に上げて人様の事を出鱈目扱いする異母兄に容赦無く、シオンはツッコミを入れる。同時、ルシアが二人に振り向いた。

 

「そこ五月蝿いっ! 真名で拘束するわよ!?」

「「御免なさい」」

 

 怒鳴られ、即座に謝る異母兄弟二人。「まったく……!」と、ぶつぶつ呟くルシアに、今度は聞こえないように、念話で話す事にする。

 

《つくづく、ルシアにこの能力、合ってるよね》

《……女王様気質だからな》

 

 深く、タカトが頷く。シオンも話しの断片としか知らないが、タカトにとってはとことんルシアは暴君らしい。……最初に会った時の蹴りを未だにシオンは忘れてはいない。

 

《……だが》

《だが?》

 

 続くタカトに、シオンは疑問の念話を上げる。それに、彼はフッと笑った。

 

《ルシアがこの能力の使い手で、俺はよかったと思う》

《…………》

 

 タカトは優しく微笑み、真名を解明しようとするルシアを見る。その瞳はとても穏やかで。シオンはそれを見て、複雑な思いに囚われた。

 

 ……解っていた。解っていたのに。

 タカトにとって、ルシアがかけがえの無い存在だと。

 解っていた――だけど。ああ、だけど。

 

《どうした?》

《え? いや……何でも無いよ》

 

 タカトの問い掛け。それに、シオンは答えをはぐらかすと。

 

「んー……」

 

 そんな声をルシアが上げた。二人は意識を彼女に戻す。

 

「どうした? ルシア」

「あ、うん。真名、解明出来たんだけど、めっちゃ長いのよ」

「長い? どれくらいなのさ?」

 

 シオンの疑問に、ルシアはため息を吐き、そして答えた。

 

「……216文字」

「長っ!」

 

 流石に速攻でツッコミを入れる。半端では無い長さであった。タカトも苦笑する。

 

「確か、ユダヤ教の神の名がそれと同じだったな」

「そうなの?」

 

 シオンの問いにタカトは頷く。ウィンドウを展開。ざっと見せて来る。

 

「6の3乗で、こうなる」

「……皮肉だねー」

 

 6を3乗すると216となる。つまりは666だ。皮肉もここまで続くと、笑いが出てくる。

 

「だぁー! 平和そうに言ってるけど、これ唱えるの私よ!?」

「頑張ってくれ。俺とシオンは外で飯でも食べて来るから――」

「行・か・せ・る・わ・け・が・無・い・で・しょ・う・がっ!」

 

 一字一句ごとに区切りつつ、ルシアがタカトの襟首を捕まえる。そして、耳元でお説教を始めた。

 

「大体あんたはね――! て、聞いてる? 聞きなさいっ!」

 

 目ざとく聞いてる振りをする彼を見抜き、怒鳴り、怒鳴られるルシアとタカト。

 しかし、そんな二人をシオンは見て、複雑な気持ちになる。言わなくても伝わる思いと言うのはある。それが、昔馴染みで。そして、好意を持つならば、尚更。

 シオンはルシアの瞳に、タカトへの家族に向ける以外の気持ちに気付いていた――ずっと、ずっと前から。正直、お似合いだと思う。敵わないとも思った。だから諦めようと思った。思ったのに――。

 

 ……簡単に、忘れちゃくれないんだよな。

 

 苦笑する。そして未だ怒鳴るルシアと、怒鳴られるタカトを見る。

 羨ましいと思ってしまう自分がいる。嫉妬している自分にも気付く。……兄を、タカトを憎いと思ってしまう自分がいる。

 自分にとって、タカトだってかけがえの無い存在なのに。

 

 −だったら−

 

 次の瞬間、声が聞こえた。

 

 ――え……?

 

 疑問符を浮かべ、周囲を見渡す。――だが、いない。自分達の他には、誰もいない。だけど。

 

 −だったら−

 

 また、聞こえた。ルシアとタカトを見るが、二人では無い。

 未だにじゃれつく(シオンにはそう見えた)二人はそもそも声に気付いていない。

 

 −だったら奪えばいい−

 

 ――う、ばう……?

 

 何を馬鹿な。

 そう思う自分が居て、そして抗え無い自分が居た。

 

 −何だ、乗り気じゃないか?−

 

 乗り気? 誰が?

 

 そう思い。しかし、同時に絶句する。他でも無い、自分がだ。

 

 −認めちまえよ? 欲しいんだろ? あの女が?−

 

 違う、違う!

 否定し、しかし。

 肯定する自分が居る……!

 

 −カカカカカカカカカ−

 

 −認めろよ−

 

 −好きなら奪えよ−

 

 −望めよ。汝の欲する所をってな?−

 

 違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。

 

 ――違う!

 

 そうだ――!

 

 否定して、否定して、否定しても。頷く、自分が居た。認めてしまう自分が居た。望んでしまう自分が居た――!

 

 −さぁ、こっちだ−

 

 歩く。シオンの意思に反して、身体が勝手に。

 歩く。シオンの望みのままに、身体が命じるままに。

 

「解った。ルシア、解ったから――? ……シオン?」

「え?」

 

 そこで漸く、二人も気付いた。祭壇に向かって歩くシオンに。

 シオンは歩く、歩く。そして、十字架に手を伸ばし、666の紋様に手を――。

 

「っ! シオン、そこから離れろっ!」

「……え?」

 

 タカトの怒声。それにシオンは漸く正気に戻った。ハッと、気付き――しかし、間に合わなかった。

 手は十字架を触れ、そして解けかけた封印を完全に破った。

 

 −ありがとう、兄弟。−

 

 ――そして、闇が笑った。

 

 次の瞬間、666の紋章から突き出る漆黒の手。

 

 手、手、手、手、手、手!

 

 それが呆然となるシオンの全身に突き刺さる!

 

「あ、ああああ、ああああああああああああああああああああああああああああ――――――っ!」

 

 黒の手。黒の遺思。黒の願い。黒の思い。

 それが、シオンに侵食し、貪り、喰らい尽くす!

 

「「シオン――――っ!」」

 

 叫び、ルシアとタカトが駆け出す。そんな二人に、シオンは恐怖する。歓喜する。

 

「だめ、だ! こない、で……!」

 

 −いいぜ? 来いよ−

 

 来るな、来るな、来るな、来るな、来るな、来るな!

 

 来て、来て、来て、来て、来て、来て、来て!

 

 相反する思いがシオンに渦巻き、対立し、叫び合う――だが。

 

 

 −認めちまえよ−

 

 −欲しいんだろ?−

 

 −あの女が−

 

 −憎いんだろ?−

 

 −あの男が−

 

 

「ちが、う! ちがう……!」

 

 ――何も違わない。

 

 そして。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 叫ぶと同時に、シオンから無数の数の漆黒の手が伸びる!

 それはタカトを無視して、後ろの彼女へと向かった。

 

「っ――!? ルシア、逃げっ――!」

「――え?」

 

 −いただきます−

 

 ――そして。

 

「きゃあああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 シオンはタカトから彼女を奪ったのだった。

 

 何も無かった少年が漸く手にしたモノを、少年が全て奪った。

 それは、ただそれだけの話し――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 アースラブリッジ。そこでアースラの艦長である八神はやては難しい顔をしていた。

 何故か? 理由は簡単、今、目の前に居る少女。スバル・ナカジマが原因であった。

 

「あんな、スバル。さっきも言うたと思うけど、スターズ少隊は待機や。シオン君とティアナの捜索にはN2R少隊を向かわせるよ」

 

 はやての言葉に、しかしスバルは頷かない。シオン達が落ちたのは聖域だ。魔導師では話しにならない――そもそも魔法が使えないのだから。

 その為に全員が戦闘機人であるN2R小隊へ捜索に出てもらうつもりだったのだ。だが、それにスバルもまた志願して来たのである。話しは当然拗れてしまった。

 

「私も戦闘機人です」

「そう言う意味とちゃうやろ? スターズ小隊は感染者、謎の魔導師部隊と連戦してる。そんな疲労が激しい人員を捜索に出す訳にはいかへんやん」

「でもっ!」

 

 俯き、だがスバルは納得しない。これに、はやてもホトホト困ってしまった。

 気持ちはわかる。ティアナはスバルにとって、親友だし。シオンは――。

 

「お願いします、八神艦長」

「うーん」

 

 頭を下げるスバルに、はやては頭を抱える。正直に言えば、スバルを捜索に向かわせるのは許可を躊躇う。

 連戦の疲労は馬鹿に出来ないからだ。しかも、捜索するのは聖域内である。魔法を使えないこの世界での二重遭難は流石にマズすぎる。今は吹雪も止んでいるので、捜索するなら今しか無いのだが。

 

「はやてちゃん。行かせてあげて」

「え?」

「なのはちゃん?」

 

 唐突に、横から言って来たなのはに、はやてが驚いて目を見張る。誰が行かせてやれと言っても、なのはだけは反対すると思っていたからだ。

 彼女はこう言った無茶を人にさせたがらない。自分もしないように気を付けている。それは、かつて彼女自身が無茶を押し通した結果を身を持って知ったからだ――二度と歩け無いとまで言われた程の怪我と共に。

 だからこそ、彼女がそれを言い出すとは誰も予想していなかった。なのははそんな皆に微笑む。

 

「このままじゃあスバル、勝手に出ていっちゃうかもしれないよ? そうなった時の方が私は怖いと思うな」

「うーん」

 

 なのはのその言葉に、はやても考え込む。……確かにその通りだ。

 チラリとスバルを見ると、瞬間で悟る。スバルの瞳は決意で溢れていたから。

 はやてはハァーと、ため息を深く吐いた。

 

「わかった。でも、何か身体に異変があったり、疲労が目立ったらそこで終わりや? ええな?」

「はいっ! ありがとうございますっ!」

 

 ぱあっと瞳を輝かせて、スバルが笑い、頭を再度下げる。それにはやては頷き、シャーリーに頼んでギンガを呼び出した。

 その間にスバルはなのはの元に駆ける。

 

「なのはさんっ。その、ありがとうございます!」

「うん。でも、本当に気をつけてね? 無理は絶対にしちゃ駄目だよ」

「はいっ!」

 

 頷き。「失礼します」と声を掛けてスバルがブリッジを出る。それを、はやてとなのはは見送った。

 

「……なのはちゃんが、まさかああ言うとは思わんかったなー?」

「にゃはは。ごめんね、はやてちゃん」

 

 「ええよ」と、はやても笑う。そして、すっと視線を聖域を映すウィンドウに向けた。

 

「気持ちはわかる。あんま、許可は出したなかったけどね」

「うん。……それに――」

 

 はやてに頷き、なのはも視線をウィンドウに移す。その瞳は何故か不安気に揺れていた。

 

「何か、とっても嫌な予感がするの」

「嫌な予感……?」

 

 問うはやてに視線を向けずなのはが頷く。気付けば、くっと握りしめる指に力を入れていた。

 

「何か――何かが起きようとしてるような……」

 

 そんななのはに、はやては答えられず、またウィンドウの先の聖域に視線を向ける。

 吹雪が止んだ聖域は、そこに静かに佇んでいた。嵐の前触れのように、ただ穏やかに。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……ん」

 

 暗い小屋の中でティアナは呻く。その瞼は閉じられている。つまりは寝ていた。

 だが眠りが浅かったのか、その目がゆっくりと開く。半分程開いた所で、パッと完全に開いた。

 

「っ――。シオンっ!?」

 

 叫び、胸元を見る。シオンはちゃんとそこに居た。

 未だ顔は朱いままだが、シオンがちゃんと居た事にティアナはホッとする。しかし。

 

「う、あ……ゴメン、なさい」

「……え?」

 

 シオンの寝言。それに、ティアナは疑問の声を上げた。シオンはしかし、構わない。

 

「ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメン、なさい……!」

 

 ただひたすらに謝る。再び悪夢を見ているのか、その閉じられた瞼から一筋の涙が流れた。

 

「シオン……」

 

 それを見て、ティアナはシオンを抱きしめた。涙を流しながら悪夢にうなされるシオンの背中を、ポンポンっと叩いてやる。シオンはそれに落ち着いたのか、漸く寝言を止めた。

 

「何の夢を見てたのかしら?」

 

 ほっと息を吐きつつも、ティアナは疑問符を浮かべる。先程の彼は尋常な様子では無かった。

 謝り、涙を流したシオンにティアナはそう思う。

 謝らなきゃいけない程、辛い夢だったのか。スッと顔にかかった髪を退かしてやる。そして、毛布を共に包むように被り直した。

 

「……シオン」

 

 ティアナはシオンの顔をじっと覗き込む。ここに――聖域に来て、いろんなシオンを見た。あまりにも弱々しく、一緒に居てくれと寝言で言う程、淋しがりやなシオンを見た。

 ――弱いシオン。しかし、それを見てティアナはシオンの事を幻滅したりなんてしなかった。

 ただ一つシオンの事を知れた事が嬉しかったのだ。同時に、そんな自分にちょっとだけ呆れた。

 

「好きかも、か」

 

 自分で言って、顔が朱くなった事を自覚する。それはもう一つの自覚も促した。”かも”では無いと。でも、それは――。

 

 ……スバル。

 

 脳裏に描かれるのは相棒であり、親友でもある一つ年下の少女だ。言わなくても、気付く事はある。ティアナはスバルの想いにもまた、気付いていた。

 

 ……どうなるんだろ?

 

 まさか一緒の男の子を好きになるなんて思わなかった。スバルもそうだろう。

 だから迷う。スバルにこれからどう接したら良いのかを。

 

 ――だが。

 

《聞こえるか――?》

 

 唐突に大音声が小屋に響いた。それにティアナはぎょっとなる。今の声は、先程襲い掛かった、確か無尽刀と名乗った男の声! 見つかったのだ。まさか聖域まで追って来るとは。

 

《三分だけ待つ。その間に外に出な! もし時間が過ぎても出ない場合は強行突入と行くぜ?》

 

 三分。告げられたそれに、ティアナは顔を歪めた。魔法も使えない今の状況、それに時間制限のおまけ付きだ。はっきり言ってどうしようも無い。

 

《ああ。遭難のお約束をやってんなら、早く服を着な。そんなものは関係無く突入すんぜ? ソラが、喜ぶだけだぞー?》

《誰がですか!?》

《副隊長〜〜?》

《……えっち》

《冤罪だ!》

 

 その後もぎゃいぎゃいと声が――おそらくは機械式のスピーカーだろう、それを介して響く。

 そんな漫才に構わずティアナは考え込む。どうやって、自分達を捜しあてたのかも謎だが、それ以上にこの状況をどうするのかを考える。

 

 ……とりあえず。

 

 服だけは着る事にした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「リボルバー! シュ――トっ!」

 

    −轟−

 

 放たれる衝撃波に三機のガジェットが纏めて粉砕される。それを放ったスバルは、そのまま止まらずに疾駆した。

 この雪原ではマッハキャリバーの機動が上手く使えない――ウィングロードも使えない現状では仕方なくもあるが。

 そんなスバルに上空からⅡ型が三機、急降下。ミサイルを放とうとして――。

 

    −轟!−

 

 ――光の渦に纏めて飲み込まれた。

 

「IS、ヘヴィ・バレル」

 

 その砲撃を放ったディエチがぽそりと呟く。そして、更に群れをなして飛んでくるガジェットに殺到する投げナイフ。スティンガーと光弾。光弾は先頭のガジェットにぶつかると同時に、その威力を発揮。

 数台纏めて破壊し、さらにその奥のガジェットにスティンガーが突き刺さる。

 

 ――パチリ。

 

 同時、指を鳴らす音が響いた。瞬間。

 

    −爆!−

 

 スティンガーが一斉に爆発! 迫るガジェット群が纏めてその爆発に飲み込まれた。

 

「チンク姉、ディエチ、ウェンディ、ありがと〜〜」

 

 スバルが礼を言うと、彼女達も頷くと同時に、N2Rは集合した。

 

「それにしてもガジェットがこんなに居るなんて……」

「考えてみれば、当たり前っスけどね」

 

 唸るギンガ、そしてウェンディの言葉に皆頷く。何しろ魔法が使えないのだ。ならば、ガジェット等の機械群はかなり有効であった。

 

「急がなくっちゃ……!」

「慌てるな、スバル。ノーヴェ、どうだった?」

「駄目だ。森が深すぎて空からじゃあちょっと無理だ」

 

 空からエアライナーでシオン達を探していたノーヴェの返答に、スバルはくっと唇を噛む。そんなスバルに、ギンガが頭を撫でてやった。

 

「スバル。二人が心配なのは分かるけど、焦っちゃ駄目。それは解る?」

「……解ってる。解ってるよ。けど、でも」

 

 ――それでもどうしようも無い。スバルはそう思った。

 ティアナ、そしてシオン。二人の事を考えて。

 ――もし。

 もしかしたら。と、考え込んでしまう。

 よく無い傾向だと、それは分かる。でも止まらない。止められないのだ。そんなスバルを囲んで一同に一時の間が流れ――。

 

「ねぇ。これ何だろ?」

「え……?」

 

 沈黙を破るように、ディエチから声が上がる。彼女は木を背にしてもたれ掛かっていたのだが、今はその木に向かい合っていた。それにスバル達も疑問を浮かべつつ、見てみた。

 

「これ……」

「何かの目印か?」

 

 ギンガが驚き、チンクが首肯する。それはナイフのような鋭利なもので付けられた傷であった。同時。

 

「うん?」

 

 チリリリリと音が鳴り、ノーヴェの五感が強化される。戦闘機人ならではの機能だ。

 

「どうした? ノーヴェ?」

「いや……。声、聞こえないか?」

 

 チンクの問いにノーヴェが答え、それに他のメンバーも感覚、特に聴覚を強化する。

 

「……うん。聞こえるわね」

「これは、声か?」

 

 ギンガ、チンクも首肯し、同時にスバルも気付く。この、声は!

 

「確か、無尽刀って人の……!」

「無尽刀? それって確か例の魔導師部隊の奴だよな?」

 

 驚くスバルにノーヴェが尋ねる。しかし、聞こえていないのか、スバルは答えずに駆け出した。

 

「スバル!?」

「ゴメン! ギン姉、先行くね!」

「待てスバル!」

 

 ギンガ、チンクから制止の声が掛かるが、スバルは止まらない。一気に声の方へ突き進んだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 山小屋の中。ティアナは着替え終え、立っている。シオンは相変わらず寝たままだ。

 時々うなされている。だが、シオンを連れていく訳には行かない。

 

《そろそろ、三分だぜ――!》

 

 その声にティアナは顔を上げる。結局、何も思いつかなかった――この状況を打破する方法は。三分で思いつけと言うのが、そもそも無理なのだが。

 

「……シオン、ごめん。借りるわね?」

 

 謝り、シオンの服のポケットに手を伸ばす。程なくして、それは出て来た。

 待機状態のイクスだ。今は聖域の影響か、何も話せず、何も出来ない。

 

「……イクスもごめんね」

 

 イクスにも謝る。おそらくではあるが、無尽刀達の目的はイクスだ。最悪の手段として、彼を渡す事も頭に入れて置かなくてはならない。

 イクスを手に握ると、小屋の出口に向かう。扉を開く前に、一瞬だけシオンを見た。

 

「シオン、行ってくるわね」

 

 シオンは答え無い。ただ呻くだけだ。そんなシオンに少しだけ微笑み、ティアナは小屋を出た。敵が待つ、冬の世界に。

 

 ――だが、ティアナは気付けなかった。直後に、呻くシオンからぽこりと少し溢れるものがあったと。それは黒の点。黒の泡。

 

 アポカリプス因子が、シオンの身体から溢れ始めていた。

 

 

 

 

 

「よう、遅かったじゃねぇか」

「…………」

 

 外に出るなり、無尽刀、アルセイオから声が掛かる。外にはアルセイオを始めとして、ソラ、リズ、リゼが居た。

 全員、防寒服を着用している。魔法が使えず、バリアジャケットが纏えないので当たり前ではあるが。

 そして、四人の周りにはティアナにとって非常に見覚えのあるものが居た。

 ガジェットだ。楕円形のⅠ型のガジェット達がおよそ二十体程宙に浮いている。それにティアナは合点がいった。なんで魔法も使えないこの聖域で自分達を捜せたのか。ガジェットを数任せで出して、そのセンサーで捜し出したに違い無い。魔法を使え無い聖域では、非常に有効な方法だと言えた。

 

「……坊主がいねぇな? 中か?」

「知らないわ」

 

 即答し。しかし、ティアナは歯噛みする。ガジェットのセンサーがあるのだ。生体反応を調べる事なぞ、楽勝だろう。

 当然、ソラ達もガジェットを操作。センサー類で小屋を探査し、アルセイオに頷く。

 

「やっぱ、あの小屋か」

「…………」

 

 ティアナはその言葉に頷かない。強がりのようだとは分っていても、それでも頷かなかった。

 そんなティアナにアルセイオは笑い、右手を差し出す。

 

「さて、嬢ちゃん。俺の目的は何か解るよな?」

「…………」

 

 答えない。そんなティアナに、しかしアルセイオは笑う。

 

「持ってきてるんだろ? 聖剣」

 

 ……やはりそれが目的か。

 先の戦闘の最中で、アルセイオがシオンにイクスを差し出すように言ってはいたが――。

 

「イクスを手に入れて、どうするの?」

「そいつは俺も知らねぇ。クライアントにでも聞きな」

 

 肩を竦める。そんなアルセイオにティアナは唇を噛む。時間稼ぎもろくに出来ない。厄介な男であった。

 イクスを渡そうとしないティアナにアルセイオはフッと笑うと、ガジェットを前進させる。向かわせるのは彼女が出て来た小屋――!

 

「っ! 待って!」

 

 脅しだとはティアナにも分かる。だが、それでも止めずにはいられなかった。

 そんな自分にティアナは顔を歪め、アルセイオは笑う。

 

「止めて欲しかったら、解るわな?」

「……っ」

 

 その言葉に目を伏せ、ティアナは黙り込む。だが、再び前進しかけるガジェットにティアナはついにポケットからそれを取り出した。待機状態の、イクスを。

 

「そう、それだ。それを渡してくれるなら、この場から引くどころか、聖域の外まで連れて行ってやるぜ?」

 

 ここに来て、もう一つの提案。それにティアナは呻く。

 今のシオンの様子を鑑みれば、一刻も早く治療する必要がある。ジャケットも纏えないこの聖域から連れ出してくれるという提案はあまりに魅力的過ぎた。

 

「く……っ」

「悪ぃ話しじゃ無ぇだろう? で、どうする?」

 

 迫られる選択。しかし、それはあまりに選ぶ余地が無い選択でもあった。

 ティアナは手の中にあるイクスを握る。くっと力を込め、瞳を閉じた。

 

 シオン。イクス……ごめ――。

 

【……再起動開始。ここは?】

 

 瞬間。聞こえない筈の声がティアナの掌から聞こえた。

 は? と疑問符を浮かべつつイクスを見る。すると、イクスは待機状態から人型になった。

 

【ティアナ・ランスターに――無尽刀!? 何だ、この状況は!?】

「――っ! クロスミラージュ!?」

【はい、マスター?】

 

 はっと気付き、懐の相棒に声を掛ける。直後に応える声に、ティアナは即座にクロスミラージュを取り出した。

 

「セット・アップ!」

「――っ! ちぃ!」

 

 漸く、驚愕からアルセイオが立ち直る。しかし、遅い!

 バリアジャケットを纏うと同時に、カートリッジロード!

 

「クロスファイアー! シュ――――トっ!」

 

    −閃!−

 

 ティアナの叫びと共に放たれるは二十の光弾!

 それはアルセイオ達に、そしてガジェット達へと突き進む。アルセイオ達は即座に反応。後退する事で回避した。

 しかし、ガジェット達はそうも行かずに、光弾を叩き込まれ、一瞬の間を持って、盛大に爆発した。

 

「何だ? 何で魔法が使える!?」

 

 アルセイオから上がる疑問。しかし、ティアナは答えない。向こうはデバイスを起動すらしていないのだ。ならば今が絶好のチャンス!

 

「クロスファイアー……!」

【待て、ティアナ・ランスター! この状況は何だ!? シオンは!? ここは何処だ!?】

 

 叫ぶイクス。しかし、そんなものに構う暇は無い。ティアナはイクスを無視する事に決めた。

 

「シュ――――ト!」

 

    −閃!−

 

 再び放たれる光弾! 二十のそれは迷い無くアルセイオ達へと突き進む――だが。

 

「ふうっ!」

 

 鋭い呼気。同時に、アルセイオの背後に剣群が生まれた。それらはすぐさま前進し、アルセイオ達の目の前で展開。盾となって光弾を防いでのけた。

 

「くっ……!」

「……流石に焦ったぜ」

 

 ニッとアルセイオが笑う。それにティアナは顔をしかめた。

 出来れば、今の内に決めて置きたかった。戦力差が大き過ぎるのだ。

 最悪でも今ので一人か二人は倒しておきたかった。そんなティアナをよそに、アルセイオ達もバリアジャケットを纏った。

 

「理由は分からねぇが。魔法が使えるようになったらしいな」

「……っ」

 

 呻くティアナ。ここに来て、再び形成不利。流石にこの四人を相手どって勝てる要素はどこにも無かった。歯噛みし、もう一つの選択――ここからの離脱をティアナは決める。だが。

 

 目眩ましは可能としても、幻術を併用して小屋のシオンを回収して、それから……。

 

 ――難しい。離脱すらも相当に難しい。だが、やらなければならない。何故魔法が使えるようになったかは解らないが、今が千載一遇のチャンスである事に変わりは無いのだ。

 両手にクロスミラージュを握り、ティアナは離脱のきっかけを待つ。アルセイオ達もそれを察しているのか、動かない。しかし、そんな彼女達をよそにイクスが別の方向に目を向けた。

 

【シオン?】

「え……?」

「何?」

 

 イクスから上がる声。それにティアナも、アルセイオも振り向く。そこには、半裸で歩くシオンが居た。

 

「シオンっ! そんな格好で――」

 

 怒鳴り、イクスに起動を頼もうとして。しかし、その表情を見てティアナは固まる。イクスの瞳は驚愕に見開かれていたからだ。尋常な驚き方では無い。

 

「イクス?」

【馬鹿な。……そんな、馬鹿な! まだ、”早過ぎる”!】

 

 叫ぶイクス。それにティアナは疑問符を浮かべる。シオンは構わない。歩く――歩く。そして。

 

「ぐ、る、あ……」

「シオン?」

 

 シオンの様子にティアナは声を掛け、そして。

 

 ――”それ”を見た。

 

「シ、オン……? それ、なに……?」

 

 ポコリポコリとシオンから溢れるものを。それをティアナは信じられない。それは黒の点。黒の泡。

 ティアナは知っている。それを、その名を。それは――!

 

「因子、だと……!」

 

 アルセイオからも声が上がる。それも驚きに彩られていた。ティアナはそれでも信じられ無い。さっきまで普通だったでは無いか。なのに、何故……。

 

【ぐ、あ!】

「……っ! イクス!?」

 

 イクスからいきなり上がる苦悶の声。それにティアナがハッとなり、イクスへと視線を移す。だが、イクスは既にそこに居ない。いつの間にか、シオンの胸の先に居た。

 

【駄目、だ……! やめろ、シオン!】

「る、う、あ、あ、」

 

 シオンは答えない。そのままイクスを捕まえると、自分の胸に押し当てる!

 ずぶずぶとシオンの中へと沈み込むイクス。必死に抵抗するが、その抵抗も敵わず、シオンの中に入っていく。これは、まるで――。

 

「イクスっ!?」

【ティアナ……ランスター、逃げ、ろ――ユニゾン・イン】

 

 イクスの意思に反して、マスターに強制融合させられる。そして。

 

「あ、が、あ……。ああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――っ!」

【トランスファー。コード、アンラ・マンユ。アヴェンジャーフォーム。起動】

 

 ――次の瞬間。

 

    −煌−

 

 闇が。とてつもなく大きな闇がシオンを包み込んだ。

 

「っ――! シオンっ!?」

 

 叫び、シオンへと駆け寄ろうとするティアナ。しかし、その意思に反して、身体は動かない。

 何故か? 震えているからだ。”恐怖に”。

 

「何、で……っ!」

 

 その闇が怖い。

 その光景が怖い。

 そして――。

 

 闇が晴れた。

 そこに居るのはシオンであって、シオンでは無い。全身を覆うのは漆黒の甲冑。刺々しいデザインであり、肩から突き出した二本の角のような大きな刺が特徴だ。手は大きな鈎爪。まるで獣のような爪だった。そして、最後に尻から出ている三本の尻尾。甲冑の一部のそれは、ゆっくりとうねっていた。

 

「シ……オ、ン……?」

 

 呆然と、呆然とティアナが声を上げる。だが、それはもはやシオンには届かない。シオンは天を仰ぎ、口を大きく開いた。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――!」

 

 吠え、そして汚れし産声を上げる――!

 

 そう、ティアナは何より、シオンを怖いと思ってしまったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ココロの世界。そこでシオンはうずくまる。

 真実を知って。

 真実に絶望して。

 

 −どうだ兄弟。少しは信じる気になったか?−

 

「う、うぁ……」

 

 シオンは答える事が出来ない。だが、代わりに顔を上げた。

 

「……お前は……。お前は何なんだ……? アポカリプス因子、なのか?」

 

 尋ねる。どうしても聞きたかった。

 自分を誘い。

 自分を喰らい。

 そして、自分に真実を見せたこいつの事を。その問いに、そいつは笑った。

 

 −ああ、それね。それ、俺の名前じゃないぜ?−

 

 ――違う? そうシオンが疑問の声を出そうとして。だがそれより早く、そいつは答えた。

 

 −俺はカミさ−

 

「カ、ミ……?」

 

 その答えをシオンは問い返す。そのままそいつは笑う。

 

 −そう。お前達が因子と呼ぶ、あれの全ての元になったもんだ。元々アレは全て俺から分化したものだからな−

 

「そん、な……」

 

 その答えに、シオンは二の句が告げなくなる。そうだとするならば、こいつが全ての因子の元凶と言う事だ。

 カミ。そううそぶくそいつは、そんなシオンに構わない。続ける。

 

 −この世全ての悪やら、何やら異名はあるがよ。俺の名前はたった一つだけだ。”アンラマンユ”それが俺の名だ−

 

 ――アンラマンユ。拝火教における、最悪の神の名だ。

 こいつが言う事が本当ならば、因子は全て、アポカリプス因子ではなく、アンラマンユと言う存在と言う事になる。

 

 −それより、俺も聞きたい事があるんだよ−

 

「……聞きたい、事?」

 

 −ああ−

 

 シオンの問い返しにアンラマンユはにたりと笑う。そして、シオンの至近に顔を持って来た。

 

 −お兄ちゃんからお姉ちゃんを奪って、どうだった?−

 

「な、に?」

 

 アンラマンユの問い。それをシオンは呆然と聞く。

 なんだ、それは。質問の意味が解らない。

 

 −感想だよ、か・ん・そ・う。どうだった?−

 

「……知らない」

 

 シオンは呻くように答える。アンラマンユが何をしたいのか解らなくて、知りたくもなくて。だけど、アンラマンユは追及の手を緩めない。

 

 −楽しかっただろ?−

 

「違う」

 

 問い、それを否定する。だがアンラマンユは構わない。

 

 −嬉しかっただろ?−

 

「違う、違う!」

 

 叫ぶ。だけど、アンラマンユは止まらない。

 

 −悦んだだろ?−

 

「違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う!」

 

 ――違う!

 

 否定する。それは、それだけは認めない。認められない。シオンはそう思い、しかし。

 

 −認めろよ−

 

 アンラマンユはただ笑った。

 

 −お前は、あの時−

 

「違う、そんな事は、ない、そんな筈、ない……!」

 

 シオンは必死に否定する。それにアンラマンユは最後の言葉を告げた。

 

 −本当に、嬉しそうに笑っただろう?−

 

「あ……う……」

 

 脳裏に浮かぶのはたった一つの瞬間だった。ルシアに伸びた手、そして奪った瞬間。

 

 ――自分は、笑っていた。

 

「あ、う、やめてくれ……」

 

 もう嫌だ。

 こんなの見たくない。こんなの違う。

 シオンは呻く。そして絶望する。

 罪を突き付けられて。罪を見せられて――だが。

 

 −嫌だね−

 

 アンラマンユは否定と共にただ笑った。

 

 −カカカカカカカカカカカカカカカカカ!−

 

 ただただ、笑ったのだった。

 

(第二十七話に続く)

 

 

 




次回予告。
「真実を見た少年の絶望は果てなく、ココロを蝕む」
「その中で少女達は彼と向き合い、無尽刀は我意のままに行動する」
「そして、シオンの前に現れたのは――」
「次回、第二十七話『アヴェンジャー』」
「報復せし者。それは少年と青年、どちらを指すのか」


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第二十七話「アヴェンジャー」

「なんでこんな事になってしまったんだろう。俺は、そう思う。そして、あの人はなんで――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 ――叫び。天を衝く大音声を上げて、感染者と化したシオンが吠える。音は衝撃となって辺りを打ち、盛大に雪煙を舞い上がらせる。

 ティアナはただ呆然とそんなシオンを見ていた。

 

 まだ信じられなくて。

 まだ信じたくなくて。

 

 だが何度目を擦ろうが、何度疑おうが、結果は変わらない。

 シオンが因子に感染したという――感染していたという事実は変わらなかった。

 

「……なん……で……」

 

 なんでなのかと、どうしてなのかと、彼女は思う。だけど答える人間は誰もいない。ティアナは涙が頬を伝った事を自覚した――。

 

 変わってアルセイオ。彼は舌打ち一つと共に現状を認識。意識を切り替える。

 

「……坊主」

「神庭が、まさか」

 

 ソラが呻くように呟く。そして、アルセイオをちらりと見た。

 

「隊長、如何しますか?」

「決まってんだろ。”感染者”を放って置く訳にゃあいかねぇし、クライアントの依頼は聖剣の奪取だ。……潰すぞ」

 

 彼は即断する。やる事は変わらない。シオンを打ち倒し、イクスを奪うだけだ――ただ。

 

 ……こんな形で、か。

 

 どうやらシオンに期待していた結果は得られなくなりそうだった。シオンならば、道が拓けるとも思ったのだが。

 

「見込み違いだったな。……悪ぃな坊主」

 

 苦笑し、佇むシオンをアルセイオを見る。同時に剣群がその背に生まれた。

 

「リズ、俺とお前が前だ。リゼは隊長を援護。足を止めろ」

「了〜〜解〜〜」

「……了承」

 

 即座に飛ぶソラの指示。それにリズ、リゼも頷く。同時に剣群がシオンに剣先を向け。

 

「行け」

 

    −撃!−

 

 一斉に放たれた。剣の絨毯爆撃だ。シオンへと迷い無く突き進むそれに、しかしシオンは動かない。

 ただ、口から白い吐息と共にるる、と唸り声を漏らすだけ。さらにリズ、ソラが剣群の後ろから突っ込む。止めとばかりに、その後ろにはリゼが周囲に光球を生み出していた。

 三段構えの攻撃。剣群、近接、射撃。例え、剣群を避してもソラ、リズの攻撃が、さらにリゼの射撃が待つ理想的な連携攻撃である。対感染者用とも言えるそれは正しく必殺。だがシオンはそもそも動かない。ただ佇むだけだ。そして剣群がシオンへと突っ込み――。

 

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

 ――叩き込まれ、硬い音と共に弾かれた。

 

「はぁ!?」

 

 流石にその結果にはアルセイオも驚愕の声を上げた。だが、未だに叩き込まれている剣群はシオンに刺さる事は無い。ただその身体を揺らすのみ。それを見て、ソラとリズも止まり。

 

「るる……!」

「「――っ!」」

 

    −轟!−

 

 瞬間で、爆発したが速度を持って弾き飛ばされた。剣群を受けている筈のシオンが、そのまま瞬動で突っ込んで来たのだ――立ち止まった二人に!

 

 くねる三本の尻尾に、アルセイオは呻く。あれがソラ達を打撃したのか。その一撃がまったく見えなかった。

 

「ソラ! リズ!」

「ぐっ……」

「う〜〜」

 

 弾き飛ばされた二人は雪が敷き詰められた地面に叩きつけられて呻く。

 

「る!」

 

 そして、シオンが空を舞った。まるで獣のような動きで両の鈎爪が振りかぶられる。狙いは――リズ!

 

「あ……」

「リズっ!」

「……させない」

 

    −弾!−

 

 ソラから飛ぶ警告。だがリズは身体が痺れているのか、動けない。そんな姉を助ける為に、リゼが二十の光球を放った。それはシオンへと突き進み。

 

「かぁっ!」

 

    −波!−

 

 ただの一吠えで、消し飛ばされた。振動波が発生したのだ。裂帛の咆哮だけで! その結果にリゼが目を見開き、叫ぶ。

 

「……姉さん!」

 

 逃げて――その言葉すら間に合わなかった。

 

    −閃−

 

「あ……」

「ぐる、る……」

 

 空中で回転して、勢いのままに振るわれた右の鈎爪。それが、華奢なリズの身体に撃ち込まれた。

 

「……ねえ、さん?」」

「リ――」

 

 直後。盛大に血飛沫が上がった。

 

「姉さんっ!」

「リズっ!」

「ひ……、あ……!」

 

 リゼとソラからあがる声。それにリズは答えられない。そしてシオンもまた止まらない。

 

「が、ああああああああああああああああああああっ!」

 

 −撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

 連撃! 左右の鈎爪が間断無く撃ちつけられる。リズは悲鳴すら上げられず、ただ蹂躙されていく――!

 

 −ブレイク・インセプト−

 

 −ただ空へと我は向かう−

 

「魔皇撃っ!」

 

    −突!−

 

 次の瞬間、ソラが裂帛の声と共に突きを繰り出した。それは束ねられ、空気を引き裂き、空間すらも歪め、捩れた衝撃を形成。一点の矢となって、放たれた。螺旋の一撃はリズを蹂躙するシオンの背中に吸い込まれ。

 

    −破!−

 

 その威力を遺憾無く発生。シオンは盛大に捩れ回転と共にすっ飛んだ。

 

「――リゼ、リズを!」

「はい!」

 

 直後にアルセイオから出される指示。リゼは即座に従い。アルセイオもまた止まらない。

 

 −ソードメイカー・ラハブ−

 

 響くはキースペル。同時に生み出されしは万を超える剣群。それも全てが十メートルオーバーの巨剣だ。剣群は生み出されたと同時に吹き飛んだシオンに撃ち込まれる!

 

    −轟!−

 

 放たれていく万を超える剣群はあたかも剣の激流だ。そのあまりの量。そして破壊力に、シオンは周りの地面ごと、穿たれ、叩かれ、蹂殺される。

 それでも剣群は止む事が無く、辺りに雪煙を舞い上がらせた。

 

「やりましたか?」

「……どうだろうな。リゼ。リズを連れて帰還しとけ。今なら――」

 

    −破!−

 

 そこまで言った瞬間、漆黒の魔力が爆裂したが如く広がる。同時に剣群達が、跳ね飛ばされた。辺りの地面に突き刺さる剣群達。その中央に立つシオンは――無傷だった。

 

「あれを、喰らって……!」

「チっ」

 

 流石に絶句するソラと舌打ちするアルセイオ。だが、彼は止まらずに右の手を掲げる。しゅるりしゅるりと形勢されていく剣。

 

 スキル:無尽刀。

 

 その実態は辺りの微粒子に魔力を走らせ、剣を作り出す能力だ。近い魔法だと、ヴィータのシュワルベ・フリーゲンや、コメット・フリーゲンが近いだろう。

 あれもまた、周囲の微粒子を中心に鉄球を作り、撃ち出す魔法だ――規模や、威力は似ても似つかないが。

 その無尽刀のスキルを持って、アルセイオは一つの剣を作り出した。刃渡り五十メートルは下らない、極剣を超える極剣を。

 それをアルセイオは担ぎ、同時に足元にカラバの魔法陣が展開。アルセイオの身体が強化される。

 

「お、ら、よっ!」

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 叫び、投げ撃たれる極剣! それは空気をブチ破り、音速超過。ソニック・ブームを発生させ、シオンへと突き進む!

 大量の剣群が効かぬのならば、一つの極剣を持ってして倒す。アルセイオの考えはひどくシンプルだ。だがそれ故に、その一撃は強力。極剣はシオンを打破し、打ち倒すに足る威力を有していた――しかし。

 

 シオンは向かい来る極剣に前のめりの体勢と成り、四肢を地面につけて、顔を極剣へと突き出した。同時にがばりと開く口顎。直後にシオンへと叩き込まれる極剣。

 そして、アルセイオは、ソラは、リゼは、ティアナは”それ”を見た。

 

 ――がぶり。

 

 そんな、そんな音と共に極剣が、シオンの口顎に。

 

 ”飲み込まれた瞬間を”。

 

 五十メートルを超す極剣が、シオンの口に、勢いのまま飛び込み。食らわれ、喰らわれ尽くす。

 そんな信じがたい光景に、流石のアルセイオすらも絶句する。他は言わずもがな、だ。最後までシオンは極剣を喰らい、その体積だけは何故か変わらない。

 

 そして、さらに信じがたい光景が展開する。

 しゅるり、しゅるりと、生み出され、展開される剣群達――”シオンの背後”に、生み出された剣群達!

 

「おい。……なんだ、そりゃあよ」

「まさか、無尽刀を?」

 

 スキルを喰らい、自分のモノとした?

 

 有り得ない事だ。

 有り得ない事だが、今の現状ではそう判断するしか無い。

 動揺を無理矢理押さえ付け、アルセイオもまた剣群を形勢。生み出されし剣群と剣群。同時に、アルセイオは叫び。シオンは吠えた。

 

「行けっ!」

「が、あああっ!」

 

    −撃!−

 

 剣群がぶつかり合い。

 

    −裂!−

 

 互いを喰らい合い。

 

    −破!−

 

 互いを砕き合う!

 

 ぶつかる、ぶつかり合う剣群達。金属がぶつかり合う甲高い音と共に、無尽刀同士という有り得ない衝突は成された。

 

「くっ! 坊主……!」

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 自らの能力を喰らわれ、そして向けられ、アルセイオが苦々しく顔を歪める。だが、シオンは構わず獣のような呼気を吐いたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 放たれ、撃ち込まれ合う剣群同士のぶつかり合いは未だ止まない。シオンの攻撃で瀕死に追いやられたリズはリゼが転移魔法で連れ帰った。

 そんな状況の中で、アルセイオは次々と剣群を作り出し、放つ。しかし、その息はもはや荒い。

 

「ぐ……っ」

「隊長。もう、魔力が!」

 

 ソラがアルセイオに警告を飛ばす。そもそも二連戦なのだ。しかも、大量の剣群を何度も作り出して戦っている。いい加減、魔力も底を尽きかけていた。

 いかな”無尽”刀だろうと、魔力が無ければ尽くせ無い刀とは成り得ない。

 

「隊長、ここは撤退しましょう」

「馬鹿言え。……と言いたいとこだが。流石に限界か」

 

 苦笑するアルセイオ。だが、その胸の内はどれほどの屈辱を感じているのか。

 自身の能力を喰らわれ。部下の一人は瀕死だ。しかし、現状を認識出来ない男でも無い。

 アルセイオは全ての感情をたった一つの溜息で吐き出した。

 

「しゃくだが。ここは撤退だな《嬢ちゃん》」

「え……?」

 

 アルセイオ達から離れ、未だ呆然となっていたティアナに彼から念話が来る。それに、彼女は漸く反応した。

 

《流石にここに置いといて見殺しってのも気が進まねぇ。一緒に来い》

《……っ!》

 

 その内容にティアナは顔を歪める。誰が、と思う気持ちと――今のシオンに恐怖を抱いている感情。そして、その末路を見たくないという気持ちがぶつかる。

 感染者と化したシオンは、もはや理性なんてどこにも無い。ただ暴れ続けるだけだろう。それにティアナが巻き込まれるのは間違い無い。トウヤが居ればダイブに賭けると言う手段も在ったが、ここに居る筈も無い。

 そして感染者の末路は二つしか無かった。その途上で死か、意識不明となるかのどちらかしか。そんなシオンの末路なんて見たくなかった。

 

《……私は》

 

 ティアナは未だに剣群を生み出し続けるシオンに視線を向ける。

 

 漸く、気付けた想い。

 漸く気付けたのに、なのに。

 

 次の瞬間、ぶつかり合った剣群が弾き合い、その軌道を変更した。ティアナの真っ正面へと。

 

「しまっ……! 嬢ちゃんっ!」

「あ……」

 

 失態に叫ぶアルセイオ。だが、ティアナは咄嗟の事で動けない。既に回避も防御も不可能だ。

 ティアナはまるで魅入られるように自身に迫る死の具現を見て――。

 

    −撃!−

 

 ――甲冑に覆われた拳がそれを撃ち抜いた。砕き、壊された剣はティアナを避け、辺りの地面にバラバラに落ちる。

 そして、ティアナは見た。自身を助けた、その存在を。

 

「……シオン?」

「う、あ、あ……」

 

 感染者と成り、暴走したシオンは、しかしまるで抗うかのように声を上げて、ティアナを守ったのだった。

 

「ティ、ア、ナ……!」

「……っ! シオンっ!?」

 

 呻くように漏れた声。自身の名前にティアナは反応する。シオンの瞳、そこに意思が戻っていた。だが。

 

「あ、う、ああっ! 駄目、だ。逃げろ……逃げろっ!」

 

 叫び、ティアナに逃避を促す。その瞳は揺らいでいた。

 殺したくなんて無いと。

 奪いたくなんて無いと。

 

「シオン……!」

 

 その瞳を見て、その声を聞いて、ティアナは彼を呼ぶ。そう、シオンもまた戦っている。自身と、その身体を侵す因子と――なら。

 

「嬢ちゃん」

 

 アルセイオからの声。シオンの意を汲み取った事もある。それ故に来いと促すそれに、ティアナは首を横に振った。

 

「私は行かない。ここでシオンを助ける……!」

「嬢ちゃん。自分が何言ってるか――」

「解ってるわ」

 

 アルセイオに最後まで言わせずに、ティアナは頷いた。

 解ってると。手段なんて、無いかもしれない。どうにもならないかもしれないと。だけど、”それがどうした?”

 

「私は、シオンを助ける! 絶対に!」

「嬢ちゃ――」

「う、ああっ! ああああああああああああっ!」

 

 直後、吠えるシオンと共にくねる尻尾が大きくたわむ。それは身近な存在に、唸りを上げて疾った。すなわちティアナに。

 

「っ――!」

 

 ティアナがその一撃に目を見開き。だが咄嗟のそれに、反応が追い付かない。だが!

 

「ティア――――っ!」

【プロテクション!】

 

    −戟!−

 

 ――青の道が走る。それはティアナの眼前に突き立つと同時に、その術者も連れて来た。

 ティアナの相棒。長らくコンビを組んで居た娘。親友であり、そして恋仇。

 スバル・ナカジマがティアナの眼前に。尻尾の一撃をプロテクションで受け止めて、立っていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「スバル……」

「ティア、大丈夫?」

 

 振り向き、いつもの笑顔を浮かべるスバル。その笑顔に、ティアナは堪らない程の安堵を覚えた。

 この笑顔にいつも励まされてきた。奮いたたされてきた。だからこそ、自分とスバルは――。

 

「る、ううう!」

「……え?」

 

 聞こえてきた声にスバルが疑問の声と共に振り返る。それはあまりにも聞き覚えのある声。そこで漸く、スバルは眼前の存在が誰であるかを知った。目が、驚きで見開かれる。

 

「シオン……?」

「ぐ、う、う!」

 

 唸り、同時にその身体から溢れる因子を見て、スバルも現状を認識した。シオンが感染者と化している事に。

 

「嘘……!」

「スバル! プロテクション解除して!」

「え?」

 

 信じられないと呆然としたスバル。しかし、その身体は、ティアナの呼び掛け瞬時に動いた。

 プロテクションを解除。同時に後ろに下がる。そしてティアナが3rdモードのクロスミラージュを構え、シオンへと突き付けた。

 

「ファントム! ブレイザ――――!」

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 光が溢れる。砲撃だ。クロスミラージュより放たれた光の奔流は、迷い無くシオンへと叩き付けられ、その身体を盛大に吹き飛ばした。

 

「ティア……! あのシオンは……!?」

「因子に感染してるわ」

 

 スバルの問いに即座に答えつつ、クロスミラージュを1stモードに移行し、複製を作って両手に持つ。

 

「いつからなんてわからない。……少なくてもさっきまでは普通だったのよ。でも、今は感染してるわ」

「そんな……」

 

 スバルは再び呆然となる。さっきのティアナと同じ反応だ。だから。

 

「スバル、シオン助けるわよ」

「……え?」

 

 ティアナはスバルに言い放った。シオンを助けると。

 その言葉にスバルが驚きと疑問の声を上げる。でも、ティアナは構わない。その瞳を真っ直ぐ見る。いつも、彼女がそうするように。

 

「さっき、イクスが言ってた。”まだ早い”って。推測だけど。多分、シオンはずっと前から感染してたんだと思う」

 

 だからと続ける。同時、吹き飛ばされたシオンがのそりと起き上がるのが見えた。

 

「封印か何かは知らないけど、一度封印出来てたんだもの。再封印出来ない筈は無いわ。」

「ティア……」

 

 咆哮。それを再び上げるシオンに、二人は視線を向ける。互いのデバイスを構えた。

 

「私とあんたなら絶対出来る。……私は自信あるけど、あんたはどう?」

「私は……」

 

 次の瞬間、シオンの姿が消える。瞬動だ。一瞬で眼前へと迫るシオンに、しかしスバルはマッハキャリバーを唸らせ同時に前に出た。カートリッジロード!

 

「はぁぁっ!」

「ぐ、る、おっ!」

 

 交差するスバルとシオン! だが、スバルのリボルバーナックルは、シオンが放つ右の鈎爪をかい潜り、その胴に叩き込まれた。

 

    −撃!−

 

 轟音と共にシオンが水平にすっ飛ぶ。カウンターでリボルバーキャノンが叩き込まれたのだ。その威力は一撃必倒に等しい。

 シオンを殴り飛ばしたスバルはそのままティアナへと振り向く。その目に迷いは無い。あるのはただ決意のみ。

 

「うん! やろう、ティア!」

 

 頷くスバルにティアナもまた頷く。そして、共に前を向いた。今の一撃を物ともせずに立ち上がるシオンへと。

 

 助ける為に。

 取り戻す為に。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「るる……!」

「シオン……」

 

 四肢を地面へとつけ、唸るシオンはまるで獣だ。

 そんなシオンにスバルは名を呼ぶ。だが、反応は無い。ただ呻くだけ。

 

「スバル、いい? シオンをまず拘束するわ。そして、なのはさん達にケージ系の魔法で封印してもらう。後は本局でトウヤさんにダイブを頼む。いいわね?」

「うん!」

 

 方針を話すティアナにスバルも頷く。シオンは相対する二人に、ぐるっと呻きを放ち。直後、その背に剣群が生まれた。

 

「え!?」

「くっ……!」

 

 スバルが驚愕し、ティアナが苦々し気に呻く。

 ――無尽刀。アルセイオから先程奪ったスキルだ。

 いかな方法かは不明だが、今のシオンに無尽刀は厄介としか言いようが無い。そんな二人にシオンはまた構わない。剣群が、二人に剣先を向け――。

 

 −撃・撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

 ――横合いから放たれた同じ剣群に砕かれた。

 

「え?」

「あんた達……!」

 

 二人はその剣群を放った人物に目を向ける。笑いを浮かべ、ダインスレイフを構える男、アルセイオに。

 

「くく、く。はははは!」

 

 アルセイオは笑っていた。シオンを見てでは無い。スバルとティアナを見てだ。

 ひとしきり笑うと、後ろのソラに目を向ける。ソラはただ嘆息した。

 

「ソラ、ダイブの術式、覚えてんな?」

「はぁ、了解です」

 

 そんな嘆息混じりの返答にアルセイオは笑い。スバル、ティアナに目を向けた。

 

「そう言うこった。嬢ちゃん達、協力してやんぜ!」

「ええ!?」

 

 スバルが驚きの声を上げ、ティアナもまた軽く目を見開く。それにアルセイオは笑い。同時に剣群を展開した。

 

「ソラがダイブの術式を展開すっからよ。後は嬢ちゃん達が坊主の中に入んな」

「「…………」」

 

 アルセイオの提案。思ってもみなかったそれに、スバル、ティアナはしばし呆然とする。その提案は渡りに舟だ。さらに。

 

「時間稼ぎはこっちでやってやる。後は任せて行ってきな」

 

 そんな事を言う。至れり尽くせりである――ある、が。

 

「……何が目的よ?」

 

 呻くようにティアナが問う。自分達は敵同士なのだ。協力はありがたいが、何か裏があると思うのが普通だ。

 ティアナの問い。だがそれにアルセイオは笑う。

 

「別に? 強いて言うなら気まぐれって所だな」

「「は?」」

 

 アルセイオの答えに、スバル、ティアナは唖然とした。アルセイオの後ろでは再びソラが嘆息。いろいろな意味で呆れを多分に含んだ嘆息である。

 

「どういう意味よ?」

「気まぐれの意味分かんねぇか? 事典的な意味で言うなら――」

「そうじゃなくて!」

 

 ツッコミを入れる必要はまったく無いのだが、ティアナは殆ど反射的にツッコミを入れた。アルセイオは笑みを浮かべる。

 

「深い意味なんぞはかけらもねぇよ。言っただろ? 気まぐれってな」

「……本当に無いから困る訳ですが」

 

 後ろから半眼と共にソラがツッコミをこれまた放つ。そこには慣れた者特有の脱力感があった。

 

「ソラ、いちいち細けぇ事気にすんなよ。万事、塞翁が馬と言うだろうが」

「上手くいけば、そう言えますがね。まぁ、いいです。どちらにせよ、このままじゃあ任務失敗ですしね」

 

 肩を竦め。しかし、ソラの足元にはカラバの魔法陣が展開する。

 

 −ブレイク・インセプト−

 

 同時に響くは鍵となる言葉だ。どうやら本気で協力するつもりらしい。そんなアルセイオに、少しだけティアナは微笑み、スバルと頷き合う。

 

「シオンを助けるまでの協力だけど」

「おう、仲良くしようや」

 

 互いに笑い合う。ここに呉越同舟の協力体勢は成った。

 

「さて、じゃあ――」

「スバル――――!」

 

 アルセイオがシオンと相対しようとする直前、声がした。

 呼ばれたスバルとティアナが声のした方向、上空を見る。そこにはNR2の面々が、それぞれの方法で空を翔けていた。それを見て、スバルもまた笑顔を浮かべ。

 

「ギンね――」

「っ!? スバル!」

 

 答えようとした時、空気が動いた。

 シオンだ。アルセイオすらも反応出来ない速度での瞬動。それを持ってして移動して来たのである。スバルの、眼前に。

 

「あ……」

「が、あぁ!」

 

 既に右の鈎爪は振り上げられ、鈍い黒色の光を放つ。それをスバルは、ティアナは――アルセイオすらも何も出来ない。ただ振り下ろされんとする鈎爪を見て。

 

 −トリガー・セット−

 

 ――空間に響く声を聞いた。

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 スバルが、次に感じたのは風。激烈な風であり、怒涛たる風だった。だが、その風はどこか優しい。

 

「おいおい」

 

 アルセイオが目を見開き驚愕の声を上げる。

 

「これはまた」

 

 ソラが苦笑を伴い、もはや呆れとなった嘆息を吐く。

 

「嘘でしょ……?」

 

 ティアナも信じられないとばかりに呆然と声を漏らした。

 そして、スバルは見る。

 その背中を。

 その背中はかつて、シオンのココロを見た時、最も印象的だった姿だ。シオンが憧れた背中。その背中の主の名を、スバルは呆然と呟いた。

 

「タカト、さん……?」

「……」

 

 思わずさん付けで呼んでしまったスバルに、しかし彼は視線を向けない。

 その場に現れたタカトは己の異母弟と真っ直ぐに対峙した。

 

 奪った少年と。

 奪われた青年。

 

 二人はいつかの教会の再現とばかりに、再びここに相対したのだった。

 

 報復せし者(アヴェンジャー)。それは果たして、どちらの事を指すと言うのか――。

 

 

(第二十八話に続く)

 

 

 




次回予告。
「奪った少年と、奪われた青年は再びの対峙を果たす」
「少年は、そんな青年に後悔して」
「そして少女達は向かう――少年の中へ」
「そこで見た、真実とは」
「次回、第二十八話『少年の願い、青年の決意』」
「――優しかったんだ。それが、ただ一つの真実」


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第二十八話「少年の願い、青年の決意」(前編)

「俺は、罪を犯した。謝っても謝っても、どれくらいの事をしても、決して許されない筈の罪。だけど、あの人は――。魔法少女 リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 冬の世界。雪が敷き詰められた聖域の上で、彼等は五度目となる対峙を果たした。

 それをスバルとティアナは彼の後ろから見る。敵である筈の存在、神庭シオンの異母兄、伊織タカトの後ろから。

 

「……シオン」

「ぐ、うる、る」

 

 タカトの呼びかけに、シオンは明白に反応する――いや、怯えるが正しいのか。その反応を見て、タカトはギシリと歯を軋ませた。

 

「タカト、さん?」

「ちょっ、スバル!」

 

 再びタカトの名前を呼ぶスバルに、ティアナは制止をかける。しかし、肝心のタカトはそんな二人に構わなかった。

 

「……イクス」

 

 今度はシオンとユニゾンしたイクスに声をかける。反応は当然無い。だが、別の反応は起きた。シオンの周りに。

 

「あ、ぐ、が、あ……っ!」

「「シオンっ!」」

 

 急に苦し気に呻くシオン、その周囲にポコリポコリと溢れていた因子が激しく動き、怒涛の如く溢れ出した。それにスバル、ティアナが叫び――消えた、シオンが。

 

 ――トン。

 

「へ……?」

「え……?」

 

 同時にスバルとティアナの身体が泳ぐ。優しく突き飛ばされ、左右に分かれるようにだ。それを成したのはタカト。

 いつの間にやら、自分達の真横に移動したタカトが二人を突き飛ばしたのだ。

 直後、タカトの眼前にシオンが現れる!

 右手の鈎爪は既に掲げられ、数瞬も待たずにタカトへと叩き付けるべく動き。

 

    −徹!−

 

 瞬間、上空に跳ね飛んだ。シオンが。タカトがカウンターで、顎を蹴り貫いたのである。

 しかし、シオンは蹴りダメージにも構わない。タカトの真上でくるりと回転。そのまま空中に足場を展開し、それを足掛かりにタカトへと急降下する。

 タカトは構えを取る事さえ無い。再び振り下ろされる鈎爪に、タカトは頭を一つ下げる事で対応した。

 

    −閃−

 

 鈎爪が数瞬前までタカトの頭があった部分を通り過ぎる――次の瞬間、シオンはタカトの”背後に”現れた。

 

「る――!」

「っ……!」

 

 今度こそ自身の反応を越えた動きに、タカトは目を見開いて驚き。

 

    −戟!−

 

 放たれた左の鈎爪と、振り返ったタカトの左腕が交差した。何とか防御に成功したが、体勢が悪かったのかタカトは力負けし、吹き飛ばされる。そして、再びシオンの姿は消失した。

 

「天破紅蓮」

 

    −爆!−

 

 直後、吹き飛ばされた勢いを利用して放った胴回し蹴りと、同時に叩き込まれた天破紅蓮が背後に現れたシオンに叩き込まれる!

 

    −轟!−

 

 蹴りが叩き込まれたシオンを中心に、天を衝く火柱が突き立った。同時に、シオンとタカトがその火柱に断たれるように反対に吹き飛ぶ――。

 

「ぐう、る……!」

「ふぅっ」

 

 ――止まらない。両者ともその姿を消し、火柱が漸く消えた場で再び対峙した。

 

    −戟−

 

    −戟−

 

    −戟!−

 

    −撃−

 

    −撃−

 

    −撃!−

 

 至近で、左右の鈎爪と両の拳がぶつかり合う! 振るわれる左の鈎爪。それをタカトは今度は拳で迎撃せずに逆に踏み込んだ。

 

    −閃−

 

 左右の腕を使った踏み込み。同時にシオンの左の腕を捌き、腹へと両の掌が当てられる。

 

「ひゅっ」

「がっ!」

 

    −破!−

 

 鋭い息吹がタカトの口より吐き出され、シオンがすっ飛んだ。

 ――双纏掌。八極拳の一手だ。転がるシオンにさらにタカトは踏み込む。シオンは、そのまま獣のような勢いで立ち上がる――だが、既に懐へタカトは潜り込んでいた。

 

「天破震雷!」

 

    −破−

 

 再び叩き込まれる両掌! 雷を纏うそれに、シオンの身体は一瞬だけ浮き。

 

    −雷!−

 

 直後、凄まじい雷がシオンを貫く!

 

「る、う……」

 

 そして、身体のそこかしこから煙を上げて、シオンは前のめりに崩れ落ちた。

 

「……シ、シオン?」

 

 あまりの戦いに呆然となっていたスバルが漸く口を開く。だが、シオンは動かない。

 

「あんた……!」

 

 ティアナも動かないシオンを見て、それを成したタカトを睨む――次の瞬間。

 

    −戟!−

 

「ぐっ!」

 

 タカトが吹き飛んだ。

 

「「え……?」」

 

 いきなり吹き飛ばされた彼に二人は唖然となり、同時にそれを見る。シオンの背後にくねる尻尾を。

 さらに因子がシオンの身体に激しく沸き立つのが見えた。再生しているのだ、普通の感染者と同じく。

 

「そこの二人、死にたくなければ下がれ」

 

 タカトから初めてスバルとティアナに声がかかった。だが、スバルもティアナもそれには気付かない。目の前で再生し、立ち上がるシオンを見るだけ。

 

「ほら、何してんだ!」

「スバル!」

 

 いきなり二人の身体が引かれる。ノーヴェとギンガだ。

 スバルとティアナが気付いた時には、その周りにN2Rの面々が居た。二人の手に引かれ、そのまま後ろへと下げられる。

 のそりと立ち上がるシオンに再びタカトが立ち塞がった。

 

「ぐ、うるる!」

「……」

 

 タカトは黙ったまま眼前のシオンを見る。シオンは構わない。四肢を地面につけ、獣のような体勢でタカトと対峙するのみだった。

 

「裏コードALICE入力。前マスター、伊織タカトの名の元に。イクスカリバー管制人格再起動」

 

 ぽつりとタカトが呟くと、シオンがぴくりと反応した。苦し気に呻き出す。だが、タカトはシオンの様子に構わない。

 

「イクス、話せるか?」

【……再……起動……開始……タカト、か……】

 

 ノイズ混じりの声が響く。それはスバル、ティアナ達にとっても聞き覚えのある声だった。

 

「イクス!」

「大丈夫なの!?」

【……あまり、無事では無いな】

 

 スバルとティアナからかけられる声に答えるも、力が無い。二人には構わずにタカトは一歩前に出る。

 

「イクス、何でシオンが感染者化している? 封印を施して二週間しか経っていない筈だ」

【……俺にも、解らん。だが、一つだけ言える事がある】

 

 響くイクスの言葉。それを聞き逃すまいとさらにタカトは前に出る。そして、”それ”を聞いた。

 

【シオンは真実を知ってしまった】

「……なに?」

 

 思わず、イクスに問い直すタカト。その声は、まるで聞きたく無いものを聞いてしまったかのように、微かに震えていた。

 

【……事実は変わらない。シオンは、真実を――】

「……っ」

 

 再び鳴る歯ぎしり。悔し気に、そして哀し気にタカトは顔を歪める。

 そんなタカトの様子に、スバルやティアナ、N2Rの面々は驚いていた。今までのタカトは基本至って無表情であり、まともに話したのもシオンを他とするならばなのは達しかいない。それが今、感情を表に出している。

 

「う、ぐ、う!」

【済まない、俺は……!】

「イクス」

【タカト、シオンを――!】

 

 最後まで言えなかった。イクスの声が途絶える。そして同時に、シオンの背後に生まれ出る無数の剣群。

 それを見てタカトから表情が消えた、このスキルは――!

 

「人様のスキル使いまくってんじゃねぇって」

 

 −ソードメイカー・ラハブ−

 

    −轟!−

 

 響く鍵となる言葉と共に、無数の剣群がシオンが生み出していた剣群にぶつかる。

 それは再び相殺。金属が砕き合う音と共に剣群は地面に落ちた。

 それを見て、それを成した人物にタカトは目を移す。

 その人物はタカトに生まれて初めて、死ぬかもと思わせた男であった。

 

「無尽刀の――?」

「おう。覚えていたみたいで光栄だぜ、伊織」

 

 笑い、再び剣群を背中に従えながら無尽刀、アルセイオが歩いて来る。シオンとタカトから対角線になる位置へと。

 こうして、十年ぶりにアルセイオとタカトは出会ったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 三角を描く位置で三者は対峙する。シオンへの警戒は緩めぬままに、タカトはその男を見ていた。

 十年前には髭を生やしていなかったので、今の今まで解らなかったのだが。

 

「……なんであんたがここに居る? 何をしていた」

 

 疑問をアルセイオへと投げかける。それに、少しだけアルセイオは笑った。

 

「どっちも秘密だ。……まぁ、坊主に関係ある事さ」

「今さらですがね」

「真藤ソラ。お前まで……」

 

 そこで漸く気付いた、かつての同僚の存在に――そして、その足元に展開する魔法陣と、魔法式にも。

 

「……ダイブか」

「ご明察。たった今、永唱完了した所だ。……相変わらず見ただけで魔法式を読み取るんだな」

 

 タカトの言葉にため息混じりでソラが答えた。アルセイオもニヤリと笑う。

 

「そこの嬢ちゃん達がダイブで坊主を助けに行きたいんだと。で、俺達はその協力だな」

「一銭の得にもならない気まぐれですがね」

「……」

 

 その言葉に、タカトはスバル達へと視線を向ける。彼の視線に、スバル、ティアナは少しだけたじろいだ。

 

「お前達が、シオンの中に?」

「うん」

「そうよ」

 

 問いに二人は即座に答える。タカトはスッと視線を強めた。

 

「……無理だ。ダイブだけではシオンの感染者化は解けない」

「そんなの……!」

「解る」

 

 きっぱりとタカトは言う。あまりにもはっきりとした物言いに、ティアナも二の口が告げなかった。

 

「だけでは、な。そう言うからには確証があるってこった。伊織、お前は何を知ってんだ?」

「……」

 

 横合いからアルセイオが口を挟む。しかし、タカトはそれに沈黙、答えない。

 

「……お前が咎人の嬢ちゃんを手に掛けた事と関係すんのか?」

「答えるつもりは無い」

 

 にべも無い。視線すら向けずにタカトは答えを拒否し――それに、と続ける。

 

「……そこの二人がダイブするのだろう? なら、一緒に真実も見る筈だ。後で聞け」

「……真実?」

 

 スバルからの声に、タカトはぷいっと顔を背けるようにシオンへと視線を移す。

 同時にその右手に魔法陣が展開する、666の魔法が。

 

「ダイブだけではシオンの感染者化は解けない。だけでは、な。シオンの外から刻印を刻んで封印を施す」

「「っ――!」」

 

 その言葉に、スバルとティアナはタカトを睨む。だがそんな二人の視線をタカトは苦笑と共に流した。

 

「……心配する必要は無い。シオンは意識不明にならない。……出来ないと言ったほうが正しいか」

「それ、どう言う――」

「答える義務は無い」

 

 相変わらずタカトの返事は素っ気無い。そのまま今度はアルセイオを見る。

 

「無尽刀、何故協力するのかは聞かないが、協力するからにはあてにさせてもらう」

「心配すんな。こっちとしてもその積もりだ」

 

 くっと、かつての敵は笑う。続いてアルセイオは話しの内容に今一つ着いて来れなかったN2Rの面々に目を向けた。

 

「そこの嬢ちゃん達はどうすんだ?」

「どうするって言われても……」

「話しが今一解らなくて」

 

 そもそも来てみたらシオンが感染者となっていて暴走しているわ、なのは達の報告にあった魔導師達は居るわ、666こと伊織タカトは居るわで少し混乱していたのである。状況を察しろと言う方が無理であろう。

 

「事情説明の暇は無い。手伝うなら手伝え」

「……とりあえず、シオン君を足止めすればいいんですか?」

「そう言うこったな」

 

 アルセイオの答えに少しだけ彼女達は目配せし、そして頷き合った。

 

「現場の判断と言う事で、今は貴方達に協力します」

「おーらい」

「頼む」

 

 ギンガの言葉に、アルセイオ、タカトが頷く。そして、シオンへと視線を向けた。

 シオンは動かない。まるで機を狙うが如く、四肢を獣よろしく地面につけたまま唸るだけであった。

 

「俺達二人は?」

「あの二人がダイブでシオンを起こすまでの時間稼ぎを俺達が前に出て行う。出来るか?」

「ああ? 誰に聞いてる積もりだ?」

 

 肩にダインスレイフを担ぎ、アルセイオが答える。それにタカトが苦笑して頷いた。そして、再度スバル、ティアナに視線を向ける。

 

「……何?」

「いや、名前を聞いていなかったと思っただけだ。聞いても?」

 

 タカトの問いに二人は少したじろぎ。だが、共に頷き合った。

 

「スバル・ナカジマです」

「ティアナ・ランスターよ」

「スバルにティアナか……良い名だ、気に入った」

 

 二人に向けてニッと笑う。その笑いは、二人にとって見覚えのある笑顔であった。シオンに良く似た笑顔。

 

「……シオンを頼む」

 

 呟くような一言。それをスバル、ティアナは聞き、同時にタカトはシオンに向けて駆け出した。そんなタカトの背中を見て、二人は再度頷き合った。

 

「「はい」」

 

 そして、彼女達はソラに向かった。

 

 シオンへとダイブする為に。

 シオンを取り戻す為に――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 タカトが飛び出すと同時にシオンも一気に駆け出した。同時に背後に生まれる剣群。

 しかし、それは生まれると同時に、全て破砕された。

 タカトの後ろから駆けるアルセイオが、やはり剣群を生み出し、全て迎撃したのだ。

 

「アレは任せろや」

「スキルを喰らわれた人間が良く言う」

 

 アルセイオの台詞に愚痴りながらも駆ける速度を緩め無い。シオンもまた、その速度を殺さなかった。

 

「ひゅっ」

「が、あっ!」

 

    −戟!−

 

 再びぶつかる拳と鈎爪。だが、そこで二人は止まらない。シオンが振るう左の鈎爪をタカトはやはり左手で捌き、右拳を振りかぶる。震脚、踏み込みと同時に拳が放たれる――。

 

    −破−

 

「っ」

「ぐう、る」

 

 そして、タカトは目を見開いて息を飲んだ。自身の拳がシオンの掌に止められたからだ。ごく、あっさりと。

 タカトの打撃は魔法を介さずとも、AA+相当の威力を叩き出す。それをあっさりと止められたのだ、驚きもする。

 さらに、シオンの背後から首を擡げる三本の尻尾がタカトへと放たれる――だが。

 

「IS、ヘヴィ・バレル」

 

 そんな声をタカトは背後から聞いた。力を抜き背後に倒れ込むと、シオンの腹へと右足を叩き付け、背後へと投げ飛ばす。

 巴投げだ。くるりとシオンは空中で回転し――直後、光の一撃がその背中を打撃した。

 

    −撃!−

 

 轟音が聖域に響く。同時に煙がぶあっと広がった。その煙を突っ切るようにして、シオンは吹き飛ぶ。しかし空中でくるりと回転し、宙に足場を展開して踏み止まって見せた。

 

「が、う」

「どこ見てんだっ!」

 

 叫びと共に、シオンの背後に影が射す。ノーヴェだ。エアライナーで一気に駆け、シオンへと突っ込んで来たノーヴェはその場でくるりと回転。脚に装備したジェットエッジのスピナーも回転し、さらにブースターが火を吹く!

 

「おらぁっ!」

 

 咆哮と共に放たれるリボルバースパイク! それに対し、シオンはただ左手を突き出した。

 

    −戟!−

 

 轟撃! 凄まじい音が鳴り響く。しかし、ノーヴェは自身の蹴りの結果に目を見開いて硬直した。

 鈎爪が備えられた片手が、あっさりとその一撃を受け止めていたのだ。

 

「離れてろ、たわけ!」

 

 直後に叫びが放たれる、タカトだ。

 煙を突っ切って、一気に空へと駆ける。突っ込んで来るタカトにシオンもまた止まらない。左手に掴んだ脚を振り回す。それはつまり、ノーヴェを振り回すと言う事だった。

 こん棒よろしく振り回されるノーヴェ。だが、タカトは踏み止まら無い。両手でノーヴェを受け止めると、その勢いを前進で受け流す。そして。

 

    −撃!−

 

 吹き飛んだ――シオンが。

 顔面を蹴り飛ばされたらしく、顔を背けたまま後ろへとすっ飛んでいく。

 タカトはノーヴェを受け止め、その勢いを受け流しざまに、シオンの顔面に蹴りを叩き込んだのか。

 蹴り飛ばされ、しかし再び宙に留まるシオン。タカトはそれを見遣りつつ、受け止めたノーヴェを傍らのエアライナーに下ろした。

 

「あ……」

「手伝うのはいいが、せめて邪魔をするな」

「ご、ごめん」

 

 普段なら反発するノーヴェだが、何故かこの時は素直に頷いた。

 タカトはもうノーヴェに視線を向けず、シオンへと視線を戻す――直後に目を見開いた。

 シオンが口をがばりと開いていたのだ。さらに、その口内に光球が収束する。

 

「ちぃっ!」

 

 それを見て、タカトも即座に両手を腰溜に構える。

 同時にその両掌に生まれ、収束する光球。それは、シオンが生み出したものと同じで魔法だった。

 

「が、あぁぁ!」

「天破、光覇弾!」

 

 口から、そして突き出した掌から、光球が螺旋を描き、回転と共に放たれる。

 それは放たれると同時に特大の光弾へと変化。迷い無く互いの標的へと突き進み、そしてぶつかり合う!

 

    −轟!−

 

 光がぶつかり合い、逆回転の螺旋を叩きつけ合う。そして。

 

    −裂!−

 

 弾け合い、喰らい合う! 直後、激烈な音と共に衝撃と爆音、爆煙を発生させた。

 

「今の――」

「……」

 

 よく似てる――を飛び越えて、全く同じ砲撃だった。それに苦い顔を浮かべるタカト、だが。

 

 −閃・閃・閃・閃−

 

 煙を引き裂き、現れる大剣群! タカトはくっと唸り。だが、直後に真下から無数の剣群がその剣群を襲い、相殺し合った。

 

「……礼は言わない」

「期待してねぇよ」

 

 それを成した人物、アルセイオに、しかしタカトは視線を向けずに言葉だけを放った。

 アルセイオはそんなタカトに苦笑しつつ、その横に並ぶ。

 

「今の砲撃だがよ」

「聞く必要は無いだろう、あんたと同じだ」

 

 やはり。自分の想像が当たっていた事にアルセイオは額を押さえた。

 先程の砲撃、おそらくはタカトの砲撃技だったのだろうが、これもまた”喰われた”のだろう。厄介に、厄介な能力であった。

 

「何だ、ありゃあよ。スキルを喰らう能力なんぞ聞いた事もねぇぞ」

「奇遇だな。俺もアレ以外には知らん」

 

 タカトの答えにアルセイオは嘆息するが、タカトは視線を向けない。

 

「一応、俺は暴食(グラトニー)と名付けている」

「七大罪の一つか」

 

 七大罪、暴食。ある意味ぴったりな名前ではある。

 

「聞いた話しだが、魔法だけでは無く、魔法に関連したあらゆるものを喰らう事が出来るそうだ。……レアスキルや、アビリティースキルも例外では無いらしい」

「どんな反則技だ、そりゃあよ」

 

 再度ため息を吐き出し、しかしふと気付く――聞いた?

 

「おい。聞いたってのは……!」

「ダイブの準備が完了したようだな」

 

 アルセイオからの問いに、タカトは構わない。そのまま下に目を向ける。

 ソラが展開する魔法陣、そこにスバル、ティアナが待機し、こちらを見ていた。準備は完了、後は――。

 

「どうやって坊主にダイブさせるか、だな」

 

 そこが唯一の問題点。ダイブの術式をシオンに打ち込まなくてはならない。

 今のシオンが、素直にそれを打ち込ませる筈も無い訳だが。

 

「案じる必要は無い。俺に手がある」

 

 ぽつりと呟くように答え、タカトは下に降りて行く。アルセイオもそれに続こうとして、だが、同時に煙を突っ切り突進する影があった。

 シオンだ。彼は、下降する二人に向けて一気に駆けて来る。

 

「IS……」

 

 次の瞬間、その眼前に無数の投げナイフが現れた。チンクの固有武装、スティンガーである。包囲するかのように展開した刃に、たたらを踏むようにシオンは踏み止まり、だがスティンガーは止まらない。シオンへと一気に放たれる!

 

「ランブル・デトネイター!」

 

    −爆!−

 

 シオンへと殺到し、爆裂するスティンガー! 聖域に爆音が響いた。

 

「早く行け伊織! それとそこの髭は行く必要は無いだろう!」

「……ダンディの象徴を」

 

 下からチンクの叫び声が響く。それにアルセイオは苦笑し、下降を止めた。

 そして、アルセイオの横にウィングロードが走り、ギンガが並ぶ。後ろにはウェンディも居た。

 

「私達も援護します」

「足を引っ張らないように頼むっスよ?」

「こいつは手厳しい」

 

 二人に苦笑し、アルセイオは視線を、煙が立ち上る場所に向ける。直後、漆黒の魔力が疾り、煙を吹き散らした。その中央に居るのは、黒の甲冑。シオンだ。

 

「来るぞ、嬢ちゃん達。構えろ」

「が、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 そして、雄叫びを上げてシオンが駆け出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 上空で再び響く爆音。それに構わず、タカトはソラの、そしてスバル、ティアナの眼前に降り立った。

 

「……伊織」

「後は任せろ」

 

 右手を突き出す。そこに展開するのは666の魔法陣だ。それをソラと自分達に向けられ、スバル、ティアナは流石に焦る。

 

「ちょっ!?」

「何をするつもり!?」

「……」

 

 慌てる二人にタカトは構わない。右手から虹色の光が疾る。

 光はスバル、ティアナを避け、ソラに――いや、その大剣に突き立った。

 

「これは……!?」

 

 驚きの声を上げるソラに、しかしタカトは構わない。大剣から”何か”を引きずり出す。それは、そのままタカトの右手に吸い込まれた。

 

「まさか……術式を?」

「答えるつもりは無い」

 

 目を見開くソラに、やはりタカトは構わない。スバル、ティアナへと視線を移した。

 

「今からダイブで君達の精神を”撃ち放つ”。準備はいいか?」

「撃ち……?」

 

 タカトの妙な言い回しに二人は訝し気に首を傾げる。だが、とことんタカトは構わなかった。再び、その右手を掲げる。同時に展開するのは666の魔法陣だ。それを今度は上空のシオンへと差し向ける。

 

「二人共、俺の近くに」

「「?」」

 

 疑問符を浮かべつつも、二人はタカトの真後ろに移動する。そして、タカトの足元に、八角の魔法陣が展開した。それはスバル、ティアナの足元にまで広がる。

 

「二人共、目を閉じろ」

 

 タカトからの指示に二人は一瞬だけ視線を交わし、しかし素直に頷いた。目を閉じる。

 

「深呼吸しろ。続いて、自身の内へと精神集中」

 

 スウっと深呼吸を行い、それを繰り返す。深呼吸を繰り返す度に、自身の意識が内に向かう事を二人は自覚した。

 

「よし。精神の乖離を確認。……二人共、準備はいいな」

「はい」

「いつでも大丈夫よ」

 

 頷く。それをタカトは確認。そして、右手をシオンに向け、呼吸を合わせるように深呼吸を開始。

 動き回るシオンにまるで繋がるように、掌が動く。

 そしてアルセイオが大剣群を放ち、それに足止めを喰らってシオンが立ち止まるのが見えた。タカトはくっと息を飲む。

 

「ダイブ発動、行って来い!」

 

    −煌−

 

 次の瞬間、スバル、ティアナの精神は、タカトの右手から先程の言葉通りに”撃ち放たれた”。虹の光となり。一気にシオンへと突き進む! それにシオンは光を喰らわんと口を開き――。

 

 ――シオン!

 

「っ、が!」

 

 だが、いきなり硬直した。虹色の光がシオンに突き刺さる!

 二人はそのままシオンの中へと入っていった。

 

「……伊織、お前」

「ここからだ。あの二人がシオンを起こせるかどうか……賭けだな」

 

 倒れそうになったスバル、ティアナを抱き止め、雪の上にそっと寝かせる。そして、と呟いた。

 

「俺達が、もつかどうかか」

 

 その言葉に応えるかのように、ムクリとシオンが立ち上がる。そして、天へと再び咆哮を上げたのだった。

 

(中編に続く)

 

 

 




はい、第二十八話前編でした♪
この第二十八話はノンストップで暗いお話しとなります。
鬱展開ですが、これに匹敵するのは、それこそミッド編の最新話くらいでしょう。覚悟はしてましたが、感想凄かった……(笑)
こちらではどうなるか分かりませんが、お楽しみにですよー♪
では、中編にてお会いしましょう♪
ではでは♪

PS:やはり我慢出来ず、SAOの小説書き初めました(笑)


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第二十八話「少年の願い、青年の決意」(中編)

はい、どもーテスタメントです♪
第二十八話中編をお送りします♪
中身は欝半分、バトル半分となっております♪
では、お楽しみ下さいませ♪


 

「ん……?」

「ここは……?」

 

 ダイブでシオンの精神世界、つまりココロの中に入った二人は周りの光景を見る。

 水の中。その表現が1番正しいだろう。底の見えない水の中に、二人は居た。

 ぷくぷくと底にゆっくりと堕ちていく。そこでふと気付いた。水の中なのに、自分達が息をしている事に。

 

「ティア、これ……?」

「うん、分かってる。ココロの中だからなのかしら……?」

 

 とりあえず、現状を確認してみる。バリアジャケットはちゃんと着ているし、デバイスもそのままだ。

 どうやらダイブ直前と自身達の状況は変わっていないらしい。だが。

 

「……これ、どこまで沈むのかしら」

「だね……」

 

 沈み続ける状況に嘆息する。試しに上に浮き上がろうと水を掻いたが、まったく水は掻けなかった。どうやら沈む事しか出来ないらしい。

 

「これがシオンの世界なの?」

「でも……」

 

 ティアナの疑問に、スバルは少し戸惑う。スバルが見たシオンのココロの世界は、青空を仰ぐ悠久の草原だった筈だ。

 優しく、綺麗な世界。

 だが、この世界は違う。まるで暗闇に誘われるかのように、底に行けば行く程に暗くなる水の中だ。

 まるで光が届かなくなるように、段々と周りも暗くなる。だが、同時に底から浮かんで来たものがあった。

 

「? ティア、アレ何だろ?」

「ん? 泡?」

 

 スバルの視線の先をティアナも見る。そこにはゆっくりと浮き上がって来る泡があった。

 大小様々な泡である。まるで二人に合わせるかのように、ゆっくりと浮き上がって来ていた。

 

「ん〜〜?」

「ちょっとスバル、下手に触っちゃ駄目よ?」

「あ、うん――」

 

 思わず泡に触ろうとしたスバルに飛ぶティアナの注意。それに頷き、スバルが振り返る、と。

 

 ――パン。

 

 肩が泡に触れ、あっさりと割れた。

 

「――あ」

「『あ』じゃ無いでしょ! 『あ』じゃ! あんたって娘は〜〜!」

 

 ジト目で睨むティアナにスバルはあははと笑って事無きを得ようとして――。

 

    −嫌だ−

 

 ――声が聞こえた。

 

「え?」

「……? どうしたの、スバ――」

 

 いきなり疑問の声を上げるスバルに、ティアナも訝し気に首を傾げる。直後、彼女の足にも泡に触れた。

 

 ――パン。

 

 軽い音と共に泡が割れる、同時に。

 

 −もう止めてくれ−

 

 再び声が響いた。

 

「……え?」

「ティアも?」

 

 自身と同じ反応に、スバルは問い掛けると、ティアナも首肯した。

 

「えっと」

「とりあえず」

 

 二人は頷き合い、同時に指で目の前の泡を突いてみた。直後。

 

 −こんなの、違う−

 

  −俺は、俺は−

 

 声が二度響いた。自分達の予想が当たっていた事に、二人は頷く。

 どうやらこの泡に触れると声が聞こえるらしい。それに、この声は――。

 

「シオンの声、だね……」

「うん……」

 

 それは二人にとっても聞き覚えのある声、シオンの声だった。

 さらに浮き上がる泡が、二人の身体に触れ、割れていく。

 

 −なんで、なんで−

 

 −見たくない。見たく、ない−

 

 −ごめん、なさい。ごめんなさい−

 

 −俺が奪った。俺が−

 

 −タカ兄ぃの、全てを−

 

   −ルシアを−

 

  −俺が、全ての−

 

    −元凶−

 

「「…………」」

 

 響く声に、二人は沈黙する。

 悲しみに。

 哀しみに。

 何より後悔に塗れた声、それを聞いてだ。二人の顔が強張る。

 何をこんなに後悔していると言うのか。聞いているだけで辛くなる程の、悲しくなる程の、声。

 

「……シオン」

「何で、こんな……」

 

 二人は俯きながら疑問を口にする。

 ダイブする前、確かにタカトは言った。

 真実を見ると。

 イクスも言っていた筈だ。

 真実を見たと。

 なら、このシオンの後悔は、その真実が関係しているのか。

 

   −おやぁ?−

 

 直後、シオンとは全く違う声が響いた。同時に泡が全て消失する。

 

「「誰!?」」

 

 即座に二人はデバイスを構えた。この沈むばかりの世界で役に立つかは疑問ではあったが、無いより有る方がやはり心強い。

 

 −何だ、お客さんか−

 

 そんな声と共に二人の眼前が沸き立つ――ボコボコと。

 それは二人にとって見覚えのあるものだった。

 ――因子、それが沸き立っていたのである。。

 

「スバル!」

「うんっ!」

 

 叫び、デバイスを沸き立つ因子に向ける。程無くして、因子は一つの姿をとった。ヒトガタの形を。

 

  −歓迎するぜ?−

 

 ニタリと笑う影。それに二人は構わなかった。デバイスを握る力が強くなる。

 

「あんた、何?」

 

 −ん? 俺か? お前達に分かり易く言うとカミサマだよ−

 

「カミ……?」

 

 スバルがその声に繰り返し問う。それにヒトガタは笑った。

 

 −そう、アンラマンユって言うんだけどな−

 

「アン……?」

「何、それ?」

 

 二人して漏らす疑問の声。それにカカカと笑い声が響いた。

 

 −拝火教なんぞは知らねぇわな? なら、そうだな−

 

 ニヤリと影が笑う、そして口を開いた。

 

 −全ての因子の元になった存在と言ったら分かるか?−

 

「「な……」」

 

 そのあまりの答えに、二人は目を見開いて驚いた。

 かつてイクスはこう言った――因子は精霊のようなものだと。

 そして精霊とは神、つまり世界そのもの、概念からなる端末だ。その元と言うのならば、こいつは――!

 

「神様、て訳?」

 

 −さっきもそう言ったぜ?−

 

「「…………」」

 

 即答するアンラマンユに二人共黙り込む。こいつが全ての元凶、だが。

 

「なんで、シオンの中に居るの……?」

 

 スバルがぽつりと呟く。それが聞こえたのか、アンラマンユは再びニタリと笑った。

 

 −何も知らないんだな、お前達?−

 

「「…………」」

 

  −いいぜ、なら−

 

 図星に沈黙する二人にアンラマンユが両手を広げる。ぱっくりと広がる口が、鮮烈な赤を彩った。

 

 −お前達にも、見せてやるよ。兄弟の真実を−

 

「「――っ!」」

 

 次の瞬間、水の中の世界は割れ、二人は世界の割れ目に飲み込まれたのであった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −轟!−

 

 響く轟音、同時に高い木々が数本まとめて薙ぎ倒される。

 それを躱しながら、黒と赤の男が現れた。タカトと、アルセイオだ。さらにそれを追う黒、アヴェンジャーフォームと化したシオンが二人を追いかけるように突っ切って来た。踏み込みと共にシオンの姿が消える。同時にタカトはその場で急停止、くるりと身体を横回転させ、肘を右横に突き出す。

 

    −徹!−

 

 そこにシオンが現れた。タカトの肘がその鳩尾に刺さっている。カウンターで肘を合わせられたのだ。しかし、シオンは構わない。

 腹に肘を埋め込んだまま、右の鈎爪を振るう。孤を描く右腕にタカトは一歩を踏み込んだ。両手の掌がシオンの腹に添えられる。

 

「天破震雷!」

 

    −破!−

 

 轟雷疾駆! 莫大な威力の雷撃がシオンの身体を突き抜ける! 辺りにパチパチと雷の余波が疾った。動きを止めるシオンに、タカトは一切気を抜かない――次の瞬間、タカトは一気に後退した。

 

    −閃!−

 

 直後、タカトが場所に何かが疾った。交差するように地面に突き立つのは三本の尻尾。さらに追撃せんと剣群が生まれていた。だが、タカトの後ろにはアルセイオが居る。

 

「ぐ、うる、がぁぁぁ!」

「だからさせねぇって!」

 

    −戟−

 

 −戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟−

 

    −戟!−

 

 シオンとアルセイオから放たれる剣群の激流が衝突!

 絡み合い。

 弾き合い。

 喰らい合い。

 軋み合い。

 砕け合う!

 最後の一本すらも残らずに剣群は砕け合った。

 

「ぐ、うる、る」

「しんどいな、流石によ……」

 

 肩で息をしながらアルセイオは呟く。魔力も体力もいい加減、限界だった。タカトはと言うと平然とした顔である。

 

「歳か? 無尽刀」

「うるせぇよ」

 

 ちっと舌打ちする。ちょっと歳の事は気にしていたのかもしれない。そのまま再度シオンへと目を向けた。

 

「あの坊主は――」

「魔力や体力切れを期待するな。……恐らくそんなものは無い」

 

 やれやれと嘆息する。これがタカトが懸念していた事であった。

 今のシオンはまさに無尽蔵である。ぶっちゃけてしまうと消耗戦では絶対に勝てないのだ。……カミと融合しているも同然なのだから当たり前ではあるが。

 

「隊長!」

「お、追い付いたな」

 

 後方からソラとN2Rの面々が追い付いて来た。

 それにアルセイオが少しだけ緊張を緩める。ソラは前衛で戦えるし、彼女達も援護として相当な戦力だ。これで少しは消耗が抑えられる。

 

「る――」

「……? っ!」

 

 すると、シオンがスッと自分達から視線を外した。

 それにタカトは訝し気に眉を潜め。直後に気付く。今、シオンが狙いを自分達から変えた事を!

 アルセイオも少し遅れて気付いた。だが、もう遅い! 次の瞬間、シオンの姿が消失した。

 

「ちぃっ!」

「くそっ!」

 

 タカト、アルセイオが同時に悪態をつく。瞬動を発動して、シオンに追い付こうとして――。

 

 −撃・撃・撃・撃・撃−

 

 ――無数の剣群がその眼前に突き立った。

 

「っ!」

「しま――っ!」

 

 出鼻をくじかれ、二人がその場に踏み止まる。完全にしてやられた。剣群をいつ潜ませていたのかも分からない。だが、今重要なのは。

 

「ソラ!」

 

 アルセイオが叫ぶ。それにソラは気付き。

 

    −戟!−

 

 瞬間で弾き飛ばされた。

 

「く――っ!?」

「る、る」

 

 シオンだ。瞬動での完全な不意打ちである。大剣でぎりぎり防御できたものの、少し遅れれば確実に一撃貰っていた。

 ソラを吹き飛ばしたシオンは、その場で三本の尻尾をくねらせる。N2Rのフォーメーションの中心点で。

 

「逃げろ!」

 

 ソラから飛ぶ警告。それに漸く彼女達はハッと我に返る。しかし、遅い!

 

    −撃!−

 

「くぁ!」

「っ――!」

「ってぇ!」

 

 響く三重奏。ウェンディ、ギンガ、ノーヴェの悲鳴だ。三本の尻尾がそれぞれ三人を打撃したのだ。

 防御には成功するも、ソラ同様吹き飛ぶ三人。そんな三人を尻目にシオンは再度瞬動を発動、向かう先は後衛の二人――チンクとディエチ!

 

「くっ、皆……!」

 

 呻きと共にチンクが両手にスティンガーを構える。流石に、強襲を受けた面々よりは、まだ体勢を整えられた。ディエチも、既にチャージが完了している砲口を構える。そして、シオンは現れた――チンク達の直上に。

 

「な――」

 

 真上でシオンは空中に形成した足場に着地した音を聞き、チンク、ディエチもそれに気付く。

 まさか真上に来るとは思わなかったのだ。先程もそうだったが、真っ正面、もしくは背後に大体シオンは現れる。それが今回は違った。

 今までと違うシオンの行動に、チンク達の反応が遅れる。直後、振るわれるシオンの両腕! それにチンクが我に返った。

 

「っ!」

 

    −撃!−

 

 刹那の判断でチンクは迎撃を諦めた。ハードシェルを展開し、シオンの一撃を受け止める。ぎりぎりとシェルを滑るシオンの鈎爪、それにチンクはくっと唸った。

 

「……IS」

 

 同時、一つの声が響く。それを聞いてチンクはフッと笑った。

 

「やれ! ディエチ!」

「ヘヴィ・バレルっ!」

 

    −煌!−

 

 横合いから放たれる光砲! ディエチだ。チンクからちょうど近くに居た彼女は、シオンがシェルに張り付くと同時に迷い無くに砲を向けたのである。

 至近距離で放たれた一撃、回避も防御も不可能なそれに、直撃を予想する二人。

 しかし、シオンはぱっくりと口を開き、迫る砲撃に向けた。その口内に見えるは光球!

 

「「!?」」

「かぁっ!」

 

    −轟!−

 

 驚愕する二人にシオンは一切構わず、口内に圧縮、加速していた光弾を光砲に向かって撃ち放つ!

 タカトから奪いし技、天破光覇弾を。

 

    −轟−

 

 二つの光は真っ正面からぶつかり合い、そして。

 

    −裂!−

 

 あっさりとヘヴィ・バレルを引き裂いた。光覇弾の一撃は、そのまままっすぐにディエチへと突き進む――!

 

「っ――あ!」

 

    −煌−

 

 光覇弾はディエチを飲み込み――。

 

    −爆!−

 

 ――爆裂した。衝撃を辺りにぶち撒き、煙が上がる。

 そして煙を突っ切って跳ね飛ぶディエチ。その身体は冗談のように吹き飛び、雪が敷き詰められた聖域に転がった。

 

「ディエチ――!」

 

 チンクから悲鳴が上がる。それにディエチは少しだけ反応した。

 すぐにスキャンする。どうやら命に別状は無いらしい。しかし、チンクにホッとする暇は無かった。

 

    −軋−

 

「な――!」

 

 軋む音に振り返り、チンクは驚愕した。自身が展開していたハードシェル。それに亀裂が生じていたからだ。亀裂には既に両の鈎爪が侵入している。

 そしてシオンはさらにその亀裂を押し広げて中に入って来た。ギリギリと、軋む音と共に。

 

「が、ああ、あ!」

「あ、う……!」

 

 チンクはその光景に、自分が恐怖している事を自覚する。シェルを引き裂き、侵入しようとするシオンの顔はとてもヒトの顔とは思えなかった。

 さらに押し広げられる亀裂。そして、両腕が完全に広がった。それは亀裂の広がりも意味する。

 その亀裂に半身を突っ込むシオン。再びその口がぱっくりと広がる。そこに灯る光球――天破光覇弾!

 

「あ……」

 

 防御も回避も既に不可能。

 さらにハードシェル内で叩き込まれる爆発の予想威力にチンクは青ざめる。自身の耐久力を遥かに超えている。それはつまり――。

 

 ――死。

 

「させるか」

 

    −爆!−

 

 次の瞬間、いきなりシオンの背後が爆発した。盛大に吹き飛んでいく。ハードシェルも既に限界だったのか、砕けた。

 

「天破紅蓮改式。天破爆煌」

 

 その声にチンクは顔を上げた。声の主は、一撃を叩き込んだ体勢を解く、タカトだ。彼は相変わらずの無表情のままでチンクを見る。

 

「……すまん、遅くなった」

 

 短い謝罪。それのみを告げて来た。直後に、アルセイオも現れる。その腕に、ディエチを抱えて。

 

「こっちの嬢ちゃんも無事だ」

「そうか」

 

 そう言いながらディエチを下ろす。即座にチンクが駆け寄った。

 身体中、所々焦げているが、大した怪我もしていない。ただ気絶しているだけのようだった。

 

「ディエチ……」

 

 ホッとするチンク。しかし、すぐに気付いた。あの砲撃、軽くSSランク相当の一撃が直撃して、ほぼ無傷?

 

「やはり、か」

「どう言う事だ。ナン――いや、伊織タカト」

 

 チンクの問い。それにタカトは少しだけ俯く。だが、すぐに顔を上げた。

 

「非殺傷設定だ」

「……何だと?」

 

 タカトの言葉に、チンクが問い直す。タカトは視線を向けない。しかし、言葉はこちらに寄越した。

 

「砲撃を放つ直前に設定変更していたのだろう」

「あのシオンがか?」

 

 チンクが、るるっと唸り、再び立ち上がるシオンを見て聞く。タカトはそれにただ頷いた。

 

「シオンの意識はまだ消えていない」

 

 そう、自分の砲撃を直前に設定を変更する事が出来ると言う事はつまり、そう言う事だった。シオンもまた、抗っているのだ。

 

 ……あの時と、同じように。

 

 拳を握る力が強くなる。そんなタカトの後ろで、ソラ達もまた合流した。

 

「すみません、隊長」

「おう、無事で何よりって所だな」

「チンク姉! ディエチは……!?」

「大丈夫、気絶しているだけだ」

 

合流し、互いの状況を確認し合う。だが。

 

「来るぞ」

 

 タカトの一言に、一同は即座にシオンへと振り向く。それぞれの武装を構えた。

 

「かあぁぁぁぁぁぁ――――っ!」

 

 四肢をつけ、獣のように唸るシオン。そして。

 

「があっ!」

 

 短く咆哮し、再び駆け出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 気付けば、スバルとティアナはそこに居た。薄暗い教会に。

 

「ここは?」

 

 ティアナが辺りを見回す。特に、何かがあるとは思え無い教会だ。

 スバルに声を掛けようとして、その表情に留まる。

 スバルは目を見開いて驚いていた。そう、シオンのココロを見た時、スバルはここも見ていた。

 タカトがシオンの思い人、ルシアに刻印を刻んだ場所だ。

 

「スバル?」

「あ……ゴメン、ティア」

「いいけど、知ってるの? この場所」

 

 ティアナの問い。それにスバルは少し黙り込み、俯く。教えるべきか少しだけ迷ったからだ。

 

「スバル、話したく無い事なら――」

「えっと、そうじゃないんだ。……うん。やっぱりティアにも」

 

 一人頷く。そしてティアナに向き合った。

 彼女にならば、教えても大丈夫だと、そう思ったから。

 

「あのね、ティア。実は――」

 

 そしてスバルはティアナに教えていく。自分が感染者化した時の事をだ。

 シオンとココロを見合った事を、そしてここで何が起きたのかを。

 スバルは最後まで話し、そして気付いた。何故かティアナの目が細められている事に。

 

「えっと、ティア?」

「……何よ?」

 

 その声に若干の不機嫌さを感じ、ちょっとだけたじろぐ。

 自分は何か、ティアナを怒らせるような真似をしただろうか?

 そんなスバルの反応にティアナは嘆息する。

 

「それで? ここがその場所なの?」

「あ、うん。そうだと思う」

 

 スバルの返事にティアナは頷く。

 さっきの話し。色々、気になる事はあるにせよ、まぁ、そこは後で当人とお話しすればいいだけだ。後に置いておく。……ただ。

 

「スバル、この場所で見たのは、それだけ?」

「え? ……うん、それだけだよ」

 

 スバルの答えに、ティアナは俯き、思考に没頭する。今の話し、あまりにおかしい。

 

「……伊織タカトが、この場所でルシアって人に刻印を刻む場面を見たのよね?」

「うん、そうだよ」

「その前は?」

「え?」

 

 スバルが小首を傾げる。それにティアナは別の言葉で繰り返す。

 

「だから、その前よ。その事件が起きる”直前”の事」

「……あれ?」

 

 言われて気付いた。あの場面が強烈だった事もあり、スバルも気付かなかったのだ。直前の記憶が、一切無い事に。

 

「おかしいでしょ?」

「……うん」

 

 頷く。確かにおかしい。

 あって然るべき場面が無い。まるで、そこだけ切り取られたようだった。

 

 ――ギイ。

 

「え……?」

「扉が……?」

 

 突如、教会の扉が開く。

 そちらに振り向くと、ひょっこりと扉から顔を出す少年に、二人は目を見開いた。

 それは二年前の、神庭シオンであった。

 

「へぇ、案外普通の教会だね」

 

 てくてくと歩くシオン。

 さらに後ろから二人の男女も教会に入って来た。伊織タカト。そして――。

 

「あの人が?」

「うん、そうだと思う」

 

 ティアナの問いにスバルが頷く。彼女がシオンの思い人、ルシア・ラージネス。ならば、やはりここは――。

 

「シオン、あんまり歩きまわるな」

「大丈夫だよ。普通だぜ、この教会」

「こーら、油断しないの」

 

 ゴチっとげんこつされるシオン。それにタカトは苦笑し、シオンも笑顔を浮かべていた。

 まるで今から起こる惨劇が、嘘のような、そんな光景。

 

「私達は……」

「見えていないみたいね」

 

 先程、シオンが教会をぐるりと見た時にスバル、ティアナもその視界に映った筈だが、シオンは何の反応も示さなかった。

 タカトもルシアも同様だ。つまり、自分達はただの傍観者であり、映画を見せられているようなものなのだろう。

 場面は変わる。名前が長いと愚痴るルシアに、ふざけるタカト。その首根っこを捕まえて説教を始める。

 それをシオンがちょっとだけ羨ましそうに見ていた。そんな場面に――だが。

 

「シオンの様子が――?」

「変わったわね」

 

 いきなりだ。二人の様子を眺めていたシオンが急に呆然となっていた。その瞳は虚、そして。

 

「あ……」

 

 歩き出した。ゆっくりと、まるで誘われるかのように、祭壇に。

 

「解った。ルシア、解ったから――? シオン?」

「え?」

 

 そこで漸くタカト達も気付く。シオンの様子がおかしい事に。だが、シオンは止まらない。既に祭壇の手前だ。

 ゆっくりと手を十字架に伸ばす――。

 

「っ――! シオン! そこから離れろ!」

「……え?」

 

 タカトから飛ぶ怒声。それに漸くシオンは正気に戻る。しかし、指は封印に触れて、封印は解かれてしまっていた。

 

 次の瞬間、666の紋様から伸びる手、手、手、手――!

 生まれた漆黒の手が呆然とするシオンに突き刺さる!

 

「「シオンっ!?」」

 

 スバル、ティアナが叫び。

 

「「シオン――――!」」

 

 タカト、ルシアもまた叫んだ。同時、駆け出す。

 スバル、ティアナも駆け出していた。

 意味が無いと分かっていても、それでも駆け出さずにはいられなかった。

 

「あ、ああああ、ああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――っ!」

 

 直後、シオンから突如として漆黒の手が無数に伸びる!

 それはタカトの脇を抜け、ある一点に向けて疾った。それは――。

 

「っ!? ルシア! 逃げ――」

「――え?」

 

  −いただきます−

 

 そして。

 

「きゃあああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 スバルは、ティアナは、その眼前で、ルシアの身体に手が突き刺さる光景を見たのだった。

 

「ああ……!」

「そんな……」

 

 二人とも、その光景に愕然とする。するしか、なかった。

 

「ルシア――――――!」

 

 そしてタカトの叫び声だけが響き渡ったのだった。

 

 ――つまりはこう言う事だったのだ。

 スバルとティアナは卒然と理解する。シオンが何故、感染者となったのかを。そしてあの後悔の声の意味を。

 これが真実。同時に理解する。何故、タカトがルシアに刻印を刻んだのかを、何の事は無い。

 

 ”刻まざるを得なかった”のだ。

 そうしなければ、感染者となったルシアに待つのはただ死の運命のみ。

 

「こんなの……」

「…………」

 

 スバルとティアナは眼前の真実に、顔を歪める。

 

 ――なんて悲しい真実。

 

 嘘であって欲しい光景が、そこには広がっていた。二人はそのままシオンへと目を向ける。

 

 彼は笑っていた。

 

 嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑って。

 その瞳からは絶え間無い涙が流れ落ちていた。

 

 −何も無かった青年が漸く手にしたモノを、少年が全て奪った。それは、ただそれだけの話し−

 

 再び、あの声が響く、アンラマンユの声だ。スバルとティアナはキッと顔を上げる。

 二人共、その瞳には涙を湛えていた。

 真実を見て、こんな悲しい真実を見て、その元凶が許せる存在はいない――だが。

 

 ―どうだ? 面白かっただろ?−

 

 アンラマンユは本当に、本当に楽しそうに、愉しそうに、そんな事を言ってきた。

 

 ――感情が爆発した。

 

「「ふざけるなっ!」」

 

 叫ぶ。二人一緒に。

 こんな、こんなものが楽しい訳がある筈が無い。

 許せなかった。これを演出し、これを引き起こし、あまつさえ愉しいと言い放つこの存在が――!

 

 ―おお、おお。おっかない、どうやらあまりお気に召さなかったらしい−

 

 しかし、その存在。アンラマンユはおどけるような声を出すだけだった。

 二人はくっと呻く。目を擦り、涙を拭った。

 

「シオンに会わせて」

 

 スバルが感情を交えない声で呟く。怒りが過ぎて、逆にスバルの心は冷え切っていた。ティアナも同様だ。

 そんな二人に、アンラマンユはただただ笑う。

 

 −心地いいなぁ、いい憎悪だ−

 

「「っ――!」」

 

 その言葉に二人は悟る。

 憎しみも。

 悲しみも。

 怒りも。

 全て、こいつの糧になっていると。二人は顔を歪めた。

 

 −心地いい憎悪をありがとう。お礼に会わせてやるよ、兄弟に−

 

「「…………」」

 

 二人は無言。礼を言う事なんて、とてもではないが出来る筈も無い。

 そんな二人にアンラ・マンユはただ笑う。

 

 −後悔するかもだぜ?−

 

「黙って」

「黙りなさい」

 

 二人は同時に言葉を放つ。それが糧になると分かっていても駄目だった――憎しみが止められない。

 

 −カカカカカカカカカ!−

 

!笑い声が響く。聞いているだけで不快になる笑いが。

 直後、世界が割れた。二人は割れた世界を見ながら、思いを馳せる。シオンに。

 

 シオン、今行くから……。

 

 だから、待ってなさい……。

 

 そして、二人は割れた世界に飲み込まれた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「が、あぁぁぁぁっ!」

「っ――!」

 

 咆哮するシオン、同時に繰り出される両腕の鈎爪をタカトは至近距離でダッキングして躱しざまに踏み込む。震脚と共に、左の腕を振り上げた。

 

「天破疾風」

 

    −撃!−

 

 風を詰め込んだ拳は迷う事無くシオンの顎に着弾! 拳から、暴風が解き放たれる!

 

    −砕!−

 

 爆音と共に、それこそ爆音したが如くシオンの頭が真後ろに弾かれる。だが、そこ止まりだ。そのままシオンはぐるりと頭を戻した。

 

「ちっ」

 

 ――やはり効果無し。いくらダメージを与えても、殆ど効果を見込め無い。それどころか、因子が沸きだすと傷は再生する。

 

「伊織、下がってろ!」

 

 ―戟・戟・戟・戟・戟−

 

 アルセイオが叫び、同時に撃ち放たれるは剣群だ。

 放たれるそれに、タカトは後退。掠めるように、剣群が疾る。

 迫る剣群を、シオンは獣のような動きでバク転し、躱してのけた。

 

「今度は礼を言ってもいいんじゃねぇか?」

「……」

 

 軽口を飛ばすアルセイオに、タカトは沈黙を返す。

 アルセイオの息は荒い。この呉越同舟の状況から、既に二時間が経過しているのだ。傍らに控えるソラも、N2Rの面々も息を荒げている。

 むしろ、このシオンと相対して二時間持たせられているだけでも驚愕に値する。

 だが、アルセイオとソラは既に魔力の底が見え、N2Rの全員も疲労が酷い。

 何より、精神的に疲労が来ていた――当然とも言える。

 何しろ肝心のシオンはダメージが見当たらないのだ。もう数えるのも嫌な程の攻撃を浴びせているのに、再生するのだから堪らない。

 

「るる……っ!」

 

 がばりと再びシオンは口を開く。その口内に再び灯る光球。それを見て、タカトが舌打ちする。

 本来は自分の技だ。それを連発されて、腹が立たない筈も無い。だが。

 

「――?」

「何だぁ?」

 

 タカトが疑問符を浮かべ、アルセイオもまた訝しむように声を漏らす。

 口内の光球が放たれ無いのだ。だが、その光球が加速しながら回転しているのが見える。

 天破光覇弾は魔力を光の属性変化を起こし、圧縮、加速を行いながら威力を跳ね上げる技だ。

 だが今、シオンの口内の光覇弾は放たれる事無く、ただただその速度を上げている。術式を解析していたタカトはその現象に眉を潜め、直後に目を見開いた。一瞬にして顔から血の気が引く。

 

「伊織?」

「馬鹿、な」

 

 アルセイオがそんなタカトの様子に問い掛け、だがタカトは答える事が出来ない。

 そのまま絶句し、しかし直ぐさまに我に返る。ギリッと歯を噛み締め、自身の切り札を発動した。

 空間移動歩法たる縮地だ。フッとタカトが消え、直後にシオンの眼前に現れる。

 

「間に合え――!」

 

 叫び、その右腕に展開されるのは666の魔法陣! 口内の光球にそれを突き出す! 虹色の光は即座に疾り、光球に突き刺さった。

 

「……ばあちゃん、すまん」

《仕方ありませんね》

 

 タカトが謝罪を告げると、苦笑が辺りに響く。

 次の瞬間、光球が消え、タカトは背後の皆に叫んだ。

 

「全員プロテクションを張れ!」

「なん――」

「急げ!」

 

 反論すらも許さないタカトの剣幕に、皆訝しみながらも従う。彼自身もプロテクションを展開した。そして。

 

 

 

 

 

 

    −滅−

 

 

 

 

 

 

 ――光が。

 ただただ光が、皆の遥か後ろに発生した――巨大な、巨大過ぎる光が。

 その全長はどれくらいあるのか、光の発生元から自分達が数百Km単位で離れているにも関わらず、その光が見えた。天を衝き、貫く光が。

 

「なん、だ。ありゃあよ?」

「う、そだ……」

 

 疑問の声を漏らすアルセイオに、呆然とした声が響く。

 ノーヴェだ。気付けばN2Rの全員が同じ反応を示していた。

 信じられないと、ただそれだけを。

 

「……おい。あれ、解るのか?」

「物質の対消滅を確認。……質量の完全エネルギー化も同様に確認した。同時に大量のγ線の発生も確認――何故かこっちはすぐに消えたけど」

「……γ線?」

 

 その言葉にアルセイオは絶句する。ノーヴェはこう言ってるのだ。放射線が放出されたと。

 何故か消えたようだが、つまりあれは――。

 

「核爆発……?」

「違う」

 

 即座にタカトが否定すると、そのまま答えを告げた。

 

「反物質だ」

「…………は?」

 

 タカトの答えに、アルセイオは再び絶句する。

 地球の出身ならば、それを聞いた事が無い人間はそういないだろう。あまりに致命的過ぎるその単語を。

 

「反物質って、あの反物質か……?」

「反物質は物質毎に必ず存在するが……。まぁ、その反物質だ」

 

 ――反物質。

 質量とスピンが全く同じで構成する素粒子の電荷などが、全く逆の性質を持つ反粒子によって組成される物質の事を指す。

 この存在が有名なのはその性質と破壊力だ。

 物質と反物質が衝突すると対消滅を起こし、質量がエネルギーとなって放出される。

 これは反応前の物質・反物質そのものが完全になくなってしまい、消滅したそれらの質量に相当するエネルギーがそこに残るということである。

 1gの質量は約9×1013(90兆)ジュールのエネルギーに相当する。ただし発生するニュートリノが一部のエネルギーを持ち去るため、実際に反物質の対消滅で発生するエネルギーは、これより少なくなると言われる。

 だが、いくら少なくなるとは言えその破壊力は絶大だ。何せ、500Kgの反物質を生成出来た場合、地球程の惑星ならば消滅が可能なのだから。

 

「……坊主」

「シオン……!」

 

 アルセイオが呆然と、タカトが歯を噛み締めながら呻く。

 

「が、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っ!」

 

 吠える。破壊の権化となりつつある存在、シオンは、天を仰いで。

 だが、その姿はまるで、泣き叫んでいる子供のようにも見えた――。

 

 

(後編に続く)

 




はい、第二十八話の中編でした♪
ちなみにシオンが最後に使った反物質砲も大罪スキルに該当します。詳しくは後ほどをお待ちに♪
では、欝ラストの第二十八話後編でお会いしましょう♪
ではではー♪


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第二十八話「少年の願い、青年の決意」(後編)

はい、テスタメントです♪
第二十八話後編をお届けします♪
まず最初に――長いです(笑)
そりゃもう、ごっつ長いです(笑)
そして全体的に暗い(笑)
しかし、それに見合うだけの話しではあると勝手に思っとります(笑)
そんな第二十八話後編
どうぞ、お楽しみ下さい♪


 

 割れた世界。そこにスバル、ティアナは落ちて、再び、そこに戻った。薄暗い水の中へと。

 

「……戻って来た、ね」

「そうね」

 

 二人共頷く、そして。

 

 −さぁ、この奥だ−

 

 ……奴もまた現れた。ぼこぼこと黒泡(バブル)が沸き立ち、ヒトガタになる。その口のみ赤い、ヒトガタ――アンラマンユが。

 

「…………」

 

 −どうした? この底に兄弟はいるんだぜ?−

 

 現れたアンラマンユに少しだけたじろぎ、だが二人はそのまま水の底へと向かう。暗い、暗い、光も届かない奥底へと。

 

「やっぱりここ、シオンの世界なのかな……?」

「さぁね、でも」

 

 納得は出来る。ココロの世界が心象風景だと言うならば、この光景はシオンの今のココロ、そのものだろう。真実を知って、絶望して、後悔に押し潰されて、哀しみに沈んで、……そして、この世界となったのだろう。なら、この奥底にいるシオンは。

 

 −着いたぜ−

 

「「……っ」」

 

 アンラマンユの声に二人はハッと我に返った。気付けば、目の前には水底が広がっていた。海草だろうか、それが一面に広がっている。

 

「……嘘……ここ……!?」

「スバル?」

 

 急にスバルから上がった声に、ティアナは振り向く。

 スバルは教会の時と同じく目を見開いて驚いていた。だが、その顔は真っ青になっている。血の気が完全に引いていた。

 

「ちょっ、スバル、どうしたの?」

「ここ、は――」

 

 −そうさ−

 

 再び響くアンラマンユの声に、二人は目を向ける。

 ……彼は笑っていた。この上無く、嬉しそうにアンラマンユは笑っていた。

 

 −ここはかつて青空を仰ぐ悠久の草原。何も知らない、無垢な乙女のようだった兄弟の世界さ−

 

 だが、とアンラマンユは、にたりと口端を吊り上げた。その表情は愉悦に歪む。

 

 −真実を知ってからはこんな感じさ。全て水の中。何もかんもを諦めと言う感情で兄弟はこの世界を閉ざしたのさ−

 

「シオン……」

「…………」

 

 アンラマンユの言葉に二人は俯く。

 諦め。

 絶望と後悔で押し潰されたシオンが得た、ただ一つの感情。それが、そうだと言うのか。

 

 −愉しかったなぁ。まるで汚される前の乙女の純潔をゆっくりと犯して奪うような感じだった−

 

「「……っ!」」

 

 その言葉に二人はかぁっと顔を赤らめながら、同時にアンラマンユを睨む。

 彼は二人の反応に輪郭のみの手でやれやれと肩を竦めた。

 

 −解らないかなぁ、この快感−

 

「解らないよ」

「解りたくも無いわ」

 

 即答する。そんな二人にアンラマンユはただ笑うだけだ。

 嫌悪すらもコレにとっては糧となるのか。

 

 −無駄話しが過ぎたな……こっちだ−

 

 漸くアンラマンユは歩き出す。アレに案内されるのはひたすら癪だが、シオンがどこに居るのか、解るのもアレだけだ。二人は悔しそうに顔を歪め、それでもと首を振り、彼について歩いて行った。

 

 ……シオンに、会う為に。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 −ここが終点さ−

 

 暫く歩き、アンラマンユが立ち止まる。

 そこにはただ一本の刀が地面に突き立っていた。古ぼけた、刀が。だが。

 

「終点って……」

「シオン、どこにもいないじゃない」

 

 呆然と二人共辺りを見渡す。だが、シオンの姿は影も形も無かった。

 

 −ふ、ククク、ははは、カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!−

 

 その言葉を聞いた途端、アンラマンユは突如として大笑いし始めた。何がそんなに愉しいと言うのか。

 

 −いやぁ、兄弟。お前はとことん不幸だなぁ。あの二人に気付いて貰え無いらしいぜ−

 

「「……え?」」

 

 その言葉に憮然となっていた二人が目を丸くする。その言い方ではまるで――。

 

 −此処に居るぜ。兄弟は−

 

 そのアンラマンユの言葉に二人は絶句する事となった。何故、自分達には見えずにアレには見えるのか。

 

 −解らないかなぁ? 存外鈍い。じゃあ大ヒント。もし、お前達が兄弟の立場なら、お前達に兄弟が会いたがると思うか?−

 

「「――――っ!」」

 

 その言葉に、否応なしに二人は理解させられた。シオン自身が拒否しているのだ、二人に会う事を。

 

「……シオン」

 

 スバルがぽつりと呟き、辺りを見渡す。それでもシオンの姿は何処にも見当たらなかった。

 そしてティアナはアンラマンユを睨みつける。

 

「一つだけ聞きたい事があるわ」

 

 −いいぜ? 何でも答えてやるよ−

 

 ティアナのきつい視線を愉しそうに見遣りながらアンラマンユは首肯する。それに少し顔を歪めながらも、ティアナは口を開いた。

 

「あんた、さっきからやけに協力的だけど、それはなんで?」

 

 そう、アンラマンユは先程からやけに協力的なのだ。

 シオンの過去を見せたり、シオンの元に案内したり、果てはシオンが自分達に見えない原因までもを教える。

 ここまでくれば嫌でも疑うと言うものだろう。だが、アンラマンユはティアナの疑問にただ笑った。

 

 −そんなの決まってるだろう? その方が兄弟が感情を得るからさ−

 

「感、情……?」

 

 スバルが訝しみながら聞き直す。アンラマンユは笑いを止めない。

 

 −ああ。お前達が兄弟に近付けば近付く程、その過去や真実を暴く程、兄弟は絶望を味わう。悲しむ。気付いてないのか? お前達は、今−

 

 

 

 

 −兄弟の傷を晒そうとしてるんだぜ?−

 

 

 

 

「「――っ!」」

 

 その言葉に、スバル、ティアナは、自分達がどれ程の事をしているのかを漸く理解した。

 勝手に人の過去を見て、勝手に人のココロに踏み込む。それは、どう言い訳しようと、プライベートを侵す行為だ。

 二人は何故、アンラマンユがこうも協力するのかを理解した。

 こいつは喰らっているのだ。自分達が、シオンのココロに近付くにつれ、おこるシオンの負の感情を。

 二人共、唇を噛み締めて俯く。自分達の行為が酷く恥ずかしいものに思えて、醜い事をしているように思えて。……だが。

 

 −ん? やれやれ、やり過ぎたか−

 

 いきなりアンラマンユがそんな事を言い出した。

 それに疑問符を浮かべて、スバル、ティアナは顔を上げ、そして同時に目を見開いた。二人の視線の先、そこには。

 

「シオン……」

 

 虚な目で、体育座りをしたまま呆けるシオンが居た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンはずっと、ずっと此処に居た。そして、何度も何度も見せられた。

 アンラマンユに、自身の罪を――ルシアを奪った瞬間を。

 そして願った。もう見せないでくれと。何も見たく無い、と。それにアンラマンユは笑った。

 

 −いいぜ? なら何も見えなくしてやるよ−

 

 それからだ。シオンは何も見えなくなった。ただ、その視界が埋めるのは黒のみ。

 自分のココロの中で、盲目となったのだ。でも、それでよかった。

 あの日の、あの光景の、あの瞬間など。

 もう、見たく無かったから。

 そうこうしている内に声が聞こえた。どうやら視覚は消えても聴覚は残っているらしい。

 どうせならこれも消して欲しかった。でも、響く声に、それを踏み止まった。

 聞こえてきた声はスバルとティアナのものだったから。ダイブか何かで自分のココロに入ったのかも知れない。それを嬉しいと思う反面、シオンは怖くなった。

 もし、あの二人があの日の事を見たら。真実を知ったら。そう思うとたまらなく恐怖した。

 知られたく無かった。識ってほしくなんて無かった。

 でも、声はただ響いて、結局二人には知られてしまった。

 あの日、あの時の事を、そして二人は自分の前まで来てしまった。

 

 ――会いたく無かった。

 

 どうせならこのまま帰って欲しかった。二人と顔を合わせたくなんて無かった。

 だから、ひたすら見えないでくれと願った。

 でも、だけど。二人の声とアンラマンユの声はただ聞こえて。そしてアンラマンユが二人に放った一言、それを許せなかった。

 ただ、それだけ。

 自分を罵倒するのは構わない。何を言われるのも、自分のせいだから。

 だけど、自分を助けに来たスバル、ティアナを傷付ける事は許せなかった。汚す事を許せなかった。そう思った。

 

 それが、結局の所全て。拡散していた意識は収束、再びシオンと言うカタチを取った。

 そう、何の事は無い。シオンは自身のカタチを失い、ココロの世界に散らばっていたのだ。

 そして、シオンはスバルとティアナ、そしてアンラマンユの眼前に現れた。未だ、その視覚を失ったままに。

 

 

 

 

「シオン……」

 

 二人の視線の先、そこにシオンは居る。刀に背をもたれ掛かるように体育座りで。

 そして、スバルの呼び掛けに、ぴくりと反応した。スバルはその反応に少しだけホッと息をついた。

 どうやら、声はちゃんと聞こえているらしい。ならば。

 

「シオン、帰ろう?」

 

 そう言い、シオンに向かい歩く。だが、シオンはスバルのその言葉にただただ首を横に振った。

 

「駄目だ、俺は行けない」

「……なんで?」

 

 シオンの言葉に、今度はティアナが反応する。しかし、その問いにもただシオンは首を振るだけ。

 

「……アレ、見ただろ?」

「……うん」

 

 少し迷い、しかし二人共頷く。

 アレ――間違い無くシオンの過去だろう。だが。

 

「でも、あれはアンラマンユが原因だよ。シオンはただ――」

「違う……!」

 

 スバルの言葉をシオンは否定する。強く、ただ強く。

 

「どう言う事よ?」

「…………」

 

 ティアナが再度問う。それにシオンはただ歯を食いしばる。ギリっと言う音がココロの世界に響いた。

 

「シオン」

「違う、違うんだ。アレを、アレを望んだのは……」

 

 首を振り、顔を上げる。その瞳はただ虚だ。だが、その瞳からは涙が溢れ出ていた。

 

「俺なんだ」

 

 絞り出すように、苦しそうに、シオンはそう二人に告げた――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 聖域の空、厚い雲がその空を覆っていた筈だが、今は一部分だけ穴が空いていた。

 シオンが放った反物質による影響である。流石の一撃に、アルセイオを含めたメンバーは肝を冷やしていた。もし、この場で放たれていたかと思うとゾッとする。ほぼ間違い無く、自分達は助からなかっただろう。

 それは同時にシオン自身の死も意味するが、そんなものは関係が無い。

 

 ――死。

 

 それを否応なく実感させられた。そして、それを成したシオンに恐怖する。

 るると唸り、再び反物質を生成しかねないシオンに――だが。

 

「…………」

 

 ただ一人だけ、恐怖していていない存在がいた。

 伊織タカトだ。彼は、その眼前に立ち塞がる。

 

「伊織」

「……」

 

 アルセイオからかけられる声にも反応しない。ただ、タカトはその瞼を下ろした。

 破壊の権化となりつつあるシオンを前にして、タカトは目を閉じたのだ。

 

「伊織、何で目を閉じてなんか――!?」

「そうだな」

 

 チンクから飛ぶ声。だが、タカトはただ一言を呟いた。自嘲気味に口端を吊り上げる。

 

「伊織?」

「……?」

 

 その様子に、ソラもアルセイオも訝し気な顔となる。しかし、タカトは構わない。その脳裏に浮かべるのはかつての教会での出来事。そして、もう居なくなってしまった、その時限りの相棒の声。右手を開き、ジッと見つめる。

 

 −殺したくなんて、無い、誰も奪いたくなんて無いよ−

 

 そう涙を流して訴える異母弟が居た。

 

 −殺すつもりで戦え。それで、やっとだ−

 

 そう、自分に助言する相棒が居た。

 

 開いた手を握った、固い拳と成す。

 

「そう、それでやっと、だな」

 

 フッと笑い、そして一歩を、ただただ一歩を前に刻んだ。次の瞬間。

 

    −軋−

 

 世界が悲鳴を上げた。聖域が、震える。タカトは構わない、もう一歩を刻む。

 

    −軋−

 

 軋む。その気配に、その存在に、世界が、震える。タカトは漸く立ち止まった。

 

「伊、織?」

 

 アルセイオがその気配に、ぞくりと身体を震わせる。ソラも同様だ。

 N2Rの面々も目を見開いている。その中で、ギンガがぽつりと口を開いた。

 

「あの時と同じだわ」

「あの時?」

 

 即座に問うアルセイオに、こくりと頷く。

 

「最初にあの人が、伊織タカトが現れた時、やっぱりこんな風に世界は軋んだの」

「おい、ならまさかあの馬鹿は――」

 

 その言葉に、アルセイオは目を見開く。バッとタカトに振り向いた。

 タカトは構わない。その異様な気配は――いや、殺気は止まらない。

 

「――今の今まで、手加減してやがったのか?」

 

 次の瞬間、タカトの姿が消えた。

 

    −撃!−

 

 そしてシオンが盛大に吹き飛ぶ! その身体はくるりと縦に回転。まるで重機に跳ね飛ばされたが如く、くるくると回って、森へとその身体は飛び込み。

 

    −破!−

 

 そのまま木々をまとめて数十本倒しながらその奥底に消え。

 

    −轟−

 

 木々をぶち抜きながら、遥か彼方へとその姿を消した。

 それを成した人物、タカトは拳を振り抜いた姿勢で残心。ポツリと呟いた。

 

「天破疾風」

 

 スッと残心を解くと、シオンが消えた方向に目を向ける。

 

「シオン。今からは殺すつもりでやってやる」

 

 その瞳は余計な感情が削ぎ落ち、無感情へと変わっていっていた。

 だが、その拳には今まで篭められていなかったある明確な意思が篭められている。

 

 ――殺気。

 

 その存在を殺すと、今の今までまったく篭められていなかったそれが篭められていたのであった。

 

「ぐう、るる、る!」

 

 やがて、森の奥からシオンが現れる。今の一撃に、まるで堪える様子は無い。だが。

 

「るる……っ!」

「……」

 

 明確にタカトに警戒を飛ばす。しかし、タカトは構わない。いつもの自然体。そのままでシオンと相対した。

 感情が消えた顔で、しかし意思はその瞳に湛えて。

 

「があっ!」

 

 シオンの姿が消え――。

 

「……」

 

 ――タカトの姿が消える!

 

    −轟!−

 

 直後、聖域に爆音が鳴り響く!

 異母兄弟のぶつかり合いで、世界が激しく軋んだのだった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……シオン、それは」

 

 スバルはシオンの言葉に、戸惑う。ティアナもまた、だ。

 ただ一柱、アンラマンユだけがただただ笑っていた。

 

「……アンラ・マンユは関係無い。俺が望んだんだ。ルシアが欲しいって、タカ兄ぃから奪いたいって」

「でもっ!」

 

 シオンの言葉にスバルは納得しない。アレがシオンの望みだなんて信じられなかった。そんなスバルにシオンはただ首を振る。

 

「ずっと、ずっと思ってた。ルシアが欲しいって。タカ兄ぃが憎いって。誰より、誰よりも憧れたから。だから、誰よりもあの人を憎んだ」

「「…………」」

 

 シオンの独白。それに遂にスバルは黙り込んだ。ティアナもまた同じく。

 ただ、シオンの言葉を聞く。

 

「アンラマンユが俺の中に入ったのは――感染者になったのは単なるキッカケ。そいつは、ただ俺の望みを叶えたに過ぎないんだよ」

「……そんなの」

 

 そんな事は無いと、スバルは言いたくて。でも、出来なかった。言えなかった。

 シオンの記憶を、スバルも見たから。

 ルシアを見ていた。

 タカトを見ていた。

 シオンを知っていたから。だから。

 

「……俺は、咎人だ」

「シオン……」

 

 悲し気に、ただただ哀し気にシオンは呟く。

 そんなシオンに、スバルはかける声を見出だせなかった。

 俯く。シオンを、助けたいのに、何も出来ない自分が情けなくて。

 

「……もう、お前達も――」

「ふざけんじゃないわよ」

 

 突如、声が飛んだ。その声にスバルは、そしてシオンは、顔を上げる。アンラマンユでさえも、へぇっと感心したような声を漏らした。

 その言葉を紡いだ主は――ティアナは、真っ直ぐに碧眼でシオンを見据えた。

 

「何、を……?」

「聞こえなかった? なら、もう一回言ってあげる。ふざけんじゃないわよ、あんた」

 

 きっぱりと、ティアナは言葉を吐く。そこには明確な苛立ちが込められていた。

 かつて、シオンに向けられた時以上の苛立ち。まだ呆然とするシオンに、ティアナは構わない。ヅカヅカとその傍まで歩き、シオンの胸倉を掴むと、無理矢理立ち上がらせた。

 

「ティ――」

「あんたね。いつまでこうしてる積もりよ?」

 

 胸倉を掴む力が強くなる。ぐいっとシオンを引き寄せた。

 

「ぐじぐじぐじぐじ、うじうじうじうじ。見てるだけで腹立つわ。もう一回聞くわよ? あんた、いつまでこうしてる積もりよ。私、いつまでもあんたの中になんて居たくないのよ。さっさと帰りたいの。解る? いや、解りなさい!」

「ティ、ティア?」

 

 流石にスバルが冷や汗をかく。言ってる事が目茶苦茶であった。だが、ティアナは構わない。シオンが呆然としているが、一切躊躇しなかった。

 

「大体、あんたがそんな風にうじうじしてるからこんな事になったんでしょうが。好きなら好きでさっさと告白するなり、なんなりすれば良かったじゃない!」

「て、テメっ……!」

「何? 何か文句あんの? 優柔不断の半端モンが文句あんの!?」

「――っ」

 

 流石に抗弁しようとするシオンだが、ティアナの剣幕に何も言えなくなる。

 ティアナは漸く、その手の力を緩めた。しかしシオンはもう、座り込む事は無かった。

 

「もう全部、起こっちゃった事でしょ? これからどうするかを考えなさいよ」

「……でも」

「何? まだぐじぐじする積もりなの?」

 

 未だ踏ん切りがつかないシオンに、ティアナが更に形のいい眉を吊り上げる。シオンはしかし、俯くだけ。

 

 −カカカ。そりゃ無理だろ。なぁ、兄弟?−

 

 唐突にアンラマンユが笑う。同時に、シオンの瞳が虚から戻った。視覚が戻ったのだ。

 さらにアンラマンユの背後に、映像が映る。ルシアをシオンが奪った映像が。

 

 −なぁ、兄弟。お前、お兄ちゃんにどう申し開きする積もりだよ。これから頑張るから、罪を償うから許して下さいとでも言う気か? なぁ、これだけの事をしといて、それだけで済ますつもりかよ?−

 

 そして、流れる映像。それにシオンは顔を歪める。

 見たく無かった真実をそこに晒されて、見せられて、俯く。

 

 −なぁ、兄弟? どうなんだ? それとも、この真実をまだ疑ってんのか?−

 

「俺は……」

 

 顔を上げる。その映像を、幾度も見せられた己の罪を再び見て、シオンは顔を歪めた。

 

「これが、これが……真実……。俺が……俺が……!」

 

 −そう、お前がこれをやったんだ。だから−

 

 歯を食いしばる。そんなシオンにアンラマンユは更に言葉を紡ごうとして。

 

    −撃!−

 

 いきなり拳を叩き込まれた。

 

 −うぉっ!?−

 

 始めて、声に動揺が混じる。アンラマンユをいきなり殴りつけたのは、スバルだった。彼女は、キッとアンラマンユ睨みつける。

 

「あなたは黙ってて」

 

 −おいおい−

 

 苦笑を伴う声が響く。しかしスバルは構わない。後ろに、シオンへと振り向いた。

 

「ね、シオン。タカトさん、聖域に来てたよ」

「……え?」

 

 その言葉に、シオンの目が見開かれる。スバルはそんなシオンに優しく微笑んだ。

 

「聖域に来てた。シオンを助けようとしてたよ。今も外でシオンと戦ってる」

「タカ兄ぃ、が……?」

 

 スバルの言葉に、シオンは呆然と呟く。

 何故、タカトが自分を助けようとしてくれているのか、それが解らなくて。

 そんなシオンにスバルは再び振り向いた。アンラマンユへと。

 

「ずっと、気になってる事があったんだ」

 

 −何がだ?−

 

「この”続き”」

 

 スバルの言葉に、今度こそシオンは固まった。そう、続きがある筈だ。真実はこれだけじゃない。

 ルシアを手が貫いた。その後の記憶が、シオンには無い。シオンの記憶を見たスバルもまた知らなかった。

 スバルは今度はシオンに振り向く。

 

「シオン、続きを見よう。多分、シオンが見ようと思えばこの続きは見れると思う」

「お前……なんでそんな事」

「私は”治療者”だから」

 

 元感染者だからと、スバルは笑う。そんなスバルに、シオンは呆然とする。

 

「シオン、もう一度、真実を見よう? 目を背けないで、ちゃんと向き合おう?」

 

 スバルのその言葉に、まるで応えるかのように、映像に3の文字が入った。

 

「視線、逸らさないで」

 

 2という文字に変わる。

 

「私も、私達もココに居るから、だから……!」

 

 1になり――。

 

「一緒に、本当の真実に、向き合おう?」

 

 ――そして、0になった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −軋−

 

 震える――。

 

    −軋−

 

 ――壊れる。

 

    −軋!−

 

 悲鳴が上がる!

 

 轟音が聖域に響き、揺るがせる!

 地響き。まるで、世界そのものが鳴動しているかのような音である。その音の発生元は宙空でぶつかり合っていた。

 鈎爪を掲げて、拳を叩きつけて。

 シオンとタカトは、周囲にその余波をぶち撒けながら衝突し合った。

 

「あれが……!」

 

 二人の戦いをプロテクションを張りながら一同は見る。

 その中で、アルセイオが目を見開いていた。その視線はただ一人、伊織タカトに向けられていた。自分が十年前に、目標とした存在に。

 冷や汗を流しながら、それでもアルセイオは口端を吊り上げた。

 

「そう、そうでなくっちゃあいけねぇよ!」

 

 笑い。アルセイオは気付けば哄笑をあげていた。再び、見る事が出来たから。

 自身が超えると誓った存在の、その力を。

 

「もっとだ。もっと、見せろ。伊織タカト!」

 

 叫びを上げながら、アルセイオはただ二人の戦いを見続けた。

 

 そんなアルセイオに構わずに、シオンとタカトは至近距離で互いの一撃をぶつけ合う。

 

    −轟!−

 

 激音! 衝撃が走り抜け、そのまま二人は止まらない! 鈎爪を放ち、拳を撃つ。

 

 シオンの尾が振るわれる。それをタカトは後退と共に回避しながら地上へと降り立つ。

 シオンもまた、真っ直ぐにタカトを見据え、急降下する。同時に生み出される剣群!

 アルセイオの援護が無くなったタカトはしかし、ただ無表情のままで左手をスッと掲げる。直後にシオンから剣群が射出された。

 

「天破水迅」

 

    −砕−

 

 一本の大剣が砕けた。そして。

 

 −砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕−

 

    −砕!−

 

 それを皮切りに一斉に剣群が砕け散る!

 水糸が群がる全ての剣を砕いたのだ。降り落ちる剣の破片がきらりきらりと光を反射して光る。

 砕かれた剣群に、しかしシオンは構わない。

 元よりそれはただの囮、シオンの本命は両の腕から繰り出される鈎爪だ。

 もはや人を越えた膂力から繰り出される斬撃。振りかぶり、背中に隠れた右の鈎爪が、鈍く光る。

 

    −閃!−

 

 鈎爪が振り下ろされた。人の身体など豆腐も同然に斬り割く一撃を、タカトは斜め前に踏み出す事で躱す。

 同時に振り下ろされる右手の甲にそっと手を添え、その軌道を僅かに変える。それは一つの結果を生んだ。

 ベクトルを狂わされ、シオンの身体が僅かに傾いたのだ。重心を崩して着地するシオン。

 しかし、至近にいるタカトは更に一歩を踏み込み、膝をかち上げる!

 

    −撃!−

 

 肝臓(レバー)に叩き込まれた膝が黒の甲冑をいともたやすく砕く。

 全身のバネを使った一撃は同時に焔を点した。

 

    −爆!−

 

 爆裂! 打撃と爆発が膝の一点で炸裂する!

 シオンの身体がくの字に曲がって宙に浮いた――タカトは止まらない、更に踏み込む。

 浮き上がった身体が地面に触れる前に、シオンの顎を風纏う肘でかち上げる。

 

    −破!−

 

 激音と共にシオンの首が後ろが見える程にのけ反った。

 タカトが放った技は全て必殺。並の、いや、一流の魔導師や魔導士であろうが、十回は死んでお釣りがくる程の攻撃であった。

 タカトはその宣言通り、シオンを”殺し”にいっている。

 一撃一撃に込められた技は全て疾風や紅蓮、震雷の亜種だ。純粋な生命体ならば確実に死んでいる。

 だが、今のシオンは純粋な生命体では無かった。

 シオンは宙に浮いた勢いを利用し、タカトの顎を狙って右の膝を跳ね上げる。

 完全に死角となる攻撃。だが、心眼でシオンの攻撃予測を立てていたタカトには死角となる一撃すらも意味は無い。これだけ長い時間戦っているのだ。いくら理性を無くし、破壊衝動に支配されたシオンだとしても行動データは充分過ぎる程に取れている。

 タカトは左前方に更に踏み出すと、体捌きのみであっさりと膝は空を切った。

 だが、タカトは止まらない。そのままシオンの胸倉を引っ掴むと同時、残る左足を刈った。

 スパンと、いっそ小気味よい音と共にシオンの身体が上下に反転する。柔道で言うところの大内刈りが近いだろうか。そのまま頭から落ちるシオンの顎に、タカトは掌底を打ち下ろす。

 打撃より押し込む事を目的とした一撃。さらに腰を落として振り抜く。同時、その掌に煌めく雷光! 頭頂から地面に叩きつけると、下が雪の為にシオンの頭はその中にすっぽりと埋まった。そして。

 

「天破震雷改式、天破轟天」

 

    −雷!−

 

 爆雷! シオンの身体を雷が走り、一気に周囲にもその余波が叩きつけられた。

 

    −轟!−

 

 雷鳴閃光! 一気に周囲数十mに渡って走る雷が、一瞬で雪を溶かし、気化させる。

 タカトは周りより一段低くなり、地肌が見えた地面に立ち上がった。シオンはそのまま仰向けに倒れる。だが、タカトは容赦しない。

 さらに振り上げる踵。頭上高くに孤を描くそれは、頂上に達すると同時にボンッと焔を纏った。

 振り下ろす! だがしかし、シオンの身体は直撃の瞬間に一挙動で跳ね起きた。人体の構造を完全に無視した、映画のキョンシーのような動きだ。

 その動きにタカトの踵は空を切る。同時にシオンは背後に剣群を展開し、射出と同時にそれを追い抜くような速度でタカトに迫る。剣群と左の鈎爪が同時にタカトを襲う。

 しかし、タカトはたった一歩を踏み込んだ。そこからいきなり放たれる拳。予備動作を一切廃したそれは武術に於ける秘奥だ。

 曰く、無拍子。その動きは物理的速度を超えると言う。

 放たれた拳に纏う暴風。震脚と共に放たれた一撃は進路上の剣群を纏めて砕き、シオンの顔面に叩き込まれる!

 

    −撃!−

 

 シオンは拳が顔面に突き刺さった勢いで身体が泳ぎ――。

 

    −轟!−

 

 ――暴風がその牙を剥き、爆裂する!

 

    −破!−

 

 シオンはまるで人形のように跳ね飛んだ。くるりくるりと舞うシオン。少しは堪えたか、ぐるる、と呻く。

 だが、空中で姿勢を制御すると、足場を展開。ガシャッとそこに着地し、一時離脱を計る。とにかく距離を取ろうとしたのだろう。だが、タカトはその隙を見逃さない。

 

「天破水迅改式」

 

 スッと天に掲げる左手、その先には頭上いっぱいに広がる水塊があった。

 何せ辺り一面雪である。水の補給には事欠かない、使わない手は無かった。

 

「ぐ、うる!」

「天破瀑布」

 

    −轟−

 

 莫大な――莫大な量の水が滝となって降り落ちた。それこそ、数百tに匹敵する水量である。

 頭上から降り落ちた水塊の重量に押し負け、たまらずシオンが墜落する。

 かろうじて足から着地したものの、その圧倒的重量に縛られ、地面に這いつくばった。

 動きを止めたシオンに向かってタカトは即座に突っ込む。

 ――縮地。空間移動術たるそれをもって一気にシオンに接近、同時に瀑布を解除する。辺りに散る水。そして、タカトはその姿をシオンの眼前に現す。

 だが、シオンはそのまま跳ね起きた。たわんだ膝を戻す勢いを利用し、目前のタカトに鈎爪を突き上げる!

 縮地をもって接近したタカトの喉元に、カウンターで襲いかかる狂気の一閃。しかし、タカトは構わない。むしろ前に踏み込む。思い切り深く腰を落とした。

 

    −閃!−

 

 喉を切り裂く筈の一撃はしかし、タカトの頭上を通り過ぎた。

 タカトは頭上を黒光りする鈎爪が駆け抜けていくのを意識の端で確認し、掌をシオンの下腹、丹田に当てる。

 

「ヒュッ」

 

 鋭い呼気が響いた、タカトの息吹だ。同時、ぐっと両足で大地を踏み締める。

 その反発力を膝から腰、腰から肩へと、螺旋を描き増幅しながら伝達していく。肩から腕の先へ、全身の運動エネルギーを収束し、掌から前方へと解き放つ。同時に身体から溢れる程に練り上げた魔力を八卦太極炉に注ぎ込み、雷の門に流し込む。

 それは収束された運動エネルギーに合わさり、掌から雷がほとばしって、シオンを貫く様子を明確にイメージした。

 

「天破震雷!」

 

    −発っ!−

 

 寸っと雷がシオンを貫く。ぶあぁっとシオンの身体が浮き上がり、そして。

 

    −雷!−

 

    −爆!−

 

 莫大な威力の雷が丹田に炸裂! シオンの身体に雷が通り、走り抜け、そして爆破されたように吹っ飛んだ。そのまま音速超過し、森に再度突っ込む。

 

 −激・激・激・激・激−

 

 再び木々を折りながら、シオンは数百m先に吹き飛ばされた。最後の木を叩き折ってシオンは漸く止まる。

 

「ぐ、う、る……!」

 

 その身体はまさに満身創痍、ボロボロであった。

 だが、即座に因子が湧き立つ。身体が急速に再生される――だが。

 

    −煌!−

 

 シオンが突っ込んで来た方向。そこからいきなり巨大な光の弾が走ってきた。横回転と共に走る一撃、天破光覇弾!

 シオンはろくに動かない身体では回避も叶わずに、あっさりと光に飲み込まれた。

 

    −轟!−

 

 シオンを飲み込んだ光覇弾は直後に爆裂! 光の柱となって天地に突き立った。

 それをタカトは光覇弾を放った姿勢のまま見る。

 まさに、一切の容赦を捨てた攻撃。タカトは正しくシオンを殺しにかかっていた。

 

 ……シオンが起きるまでは封印は出来ない。

 

 スッと残心を解きながらタカトはそう思考する。

 ようは意思の支配権の問題だ。因子が……アンラマンユがシオンの意思を支配している状態では封印は不可能だ。

 先程のように非殺傷設定に術式を組み替えた瞬間ならば、シオン自身に支配権は戻っているだろうが。

 

 スバルとティアナとか言ったか。

 

 再び腰を落とす。そしてシオンが吹き飛んだ方向から視線は変わらない。ぐっと拳を握る。

 

 ……シオンを早く――。

 

 次の瞬間、シオンの姿がタカトの眼前に現れた。同時に放たれる右の鈎爪。しかし、タカトはそのまま一歩を踏み込んだ。

 

 俺がシオンを――。

 

「天破疾風」

 

    −撃!−

 

 無拍子を持って放たれる一撃。螺旋を描き、風纏うその拳はシオンの鳩尾に迷い無く突き刺さる。

 

 ――殺してしまう前に。

 

    −破!−

 

 風破爆裂! 甲冑を叩き割り、その腹部で暴風は炸裂。シオンを景気よく吹き飛ばしたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 そして、映像が再生された。

 

「ルシア――――――っ!」

 

 目の前で貫かれたルシアに、タカトが叫ぶ。そのまま駆け寄ろうとして。

 

「っ!」

 

 だんっと教会の床を蹴り、飛び上がる。直後に、床に突き立つのは無数の手だった。シオンを、ルシアを襲った手。

 

「シオン……!」

 

 顔を歪め、タカトはシオンを見る。

 ――泣いていた。

 笑いを顔に張り付け、同時にシオンは泣いていた。

 そして、身体に沸き立つは因子。チラリとタカトはルシアに視線を移す。

 ルシアの身体からも、また因子が溢れ出していた。

 それを確認してタカトはギシリと歯を軋ませる。

 シオンとルシアが感染した。その事実に、顔を歪める。

 

【ぐっううっ!】

 

 突如声が響いた。それはシオンの胸元からの声。

 タカトがシオンに譲り渡したデバイス。聖剣、イクスカリバーがそこに居た。

 

「イクス!?」

【タカト……駄目だ、これは――】

【ユニゾン・イン】

 

 その声にタカトは唖然となった。イクスのユニゾン形態は戦技変換の最終形態だ。

 今のシオンに使える筈も無いもの。かつて、タカトですら起動できなかった物だ。

 

【ちが、う。これは、イレギュラーな……!】

「イクス!」

【タカト……!】

【コード:アンラ・マンユ確認。アヴェンジャーフォーム起動】

 

 直後、イクスがシオンの中へと取り込まれた。同時に、漆黒の闇がほとばしる!

 

    −煌−

 

「っく……!」

 

 辺りにぶち撒けられる衝撃波。それにタカトは防御壁を展開し、凌ぐ。そして、闇が晴れた先には。

 

「シオン……」

「う、るるるっ……」

 

 漆黒の、まるで剣竜を反芻させる甲冑を纏い、三本の尻尾をくねらせるシオンが居た。そのシオンにタカトはぐっと息を飲む。次の瞬間。

 

「る――」

 

 シオンの姿が消えた。

 

「っ!?」

 

 同時に背筋を走る悪寒。タカトは本能的にそれに従い、再び床を蹴る。空中で半回転し、上下逆さまの状態になった、直後。

 

    −閃!−

 

 タカトが居た位置に、刻まれる八の斬撃痕。そこに、シオンが居た。両の手を放った姿勢で顔を上げ、こちらを視認する。

 

「天破紅蓮!」

 

 上下逆さまの状態で身をくねらせ、真横に直蹴りを叩き込む。そこにはまさに今、瞬間で現れたシオンが居た。

 

    −爆!−

 

 蹴りの先で爆発が起こる。同時、吹き飛ぶシオン。殆ど勘に任せた一撃ではあったが、上手く当たってくれた。

 爆発の勢いを利用して、床に両足を揃えて着地する。

 吹き飛んだシオンはそのまま祭壇に突っ込み、十字架を破壊。埋もれる事となった。

 

「何が、どうなってる……!」

「う……」

「っ!? ルシアっ!」

 

 響く呻き声にタカトは即座に反応した。ルシアへと駆け寄り、その身体を抱き上げる。

 

「ルシア……!」

「タカ、ト……?」

 

 ゆっくりとルシアの目が開く。それにタカトはホッとして。

 

「あっ! うぅっ!」

「ルシアっ!」

 

 その身体から因子が激しく湧き出した。

 タカトはルシアの名を叫び、同時に何も出来ない自分に歯を噛み締める。

 タカトの魔法術式は既に八極八卦太極図へと変わってしまっている。つまり、ダイブが使え無いのだ。

 ダイブは前提条件として、カラバ式の使用者でなければ行使出来ない。

 

「くっそ……っ! ルシア、少し待ってろ。今、兄者を――」

「駄目、だよ……」

 

 タカトの言葉に、しかしルシアは首を振る。そしてシオンが埋もれた祭壇に視線を向けた。

 

「シオンを、助けてあげなくっちゃ……」

「解ってる! すぐにシオンにもダイブで」

「違うの」

 

 タカトの言葉を遮り、再度首を振る。

 その仕種はあまりにも儚げで、まるで消え入ってしまいそうな印象を受けた。

 

「……シオンの、あれは特別。ダイブじゃ、どうにもならない……それを受けた私も……っ!」

「ルシアっ!」

 

 再び苦し気に呻くルシアにタカトが叫ぶ。

 ルシアの周りに湧き立つ因子は、いよいよその激しさを増していた。

 それを抑え込んでいるルシアの意思は超人的とも言える。そんな彼女はゆっくりと微笑み、そしてタカトの頬に手を当てた。

 

「タカトは、お兄ちゃん、でしょ……? シオンを助けてあげなくちゃ……、ね?」

「ルシ、ア」

 

 ルシアの手を掴む。そしてタカトはゆっくりと頷いた。

 

「うん……それでこそお兄ちゃんだね」

「ルシア」

「ごめん。少し眠る、ね」

「……ああ。すぐにシオンを助けて、兄者の元に連れていく」

 

 タカトの返事にルシアは微笑む。ゆっくりと頷いた。

 

「待ってるから」

 

 そして、その瞳を閉じた。

「……ルシア……」

 

 名を呟き、タカトは佇む。祭壇の方から音が鳴った。シオンだ。

 十字架の瓦礫を払いのけ、立ち上がる。

 それに合わせるように、タカトもルシアを優しく床に寝せ、立ち上がる。そして、シオンへと向き直った。

 

「シオン」

「る、るる……」

 

 唸る。そんなシオンにタカトは拳を突き出した。そっと腕に手を添える。

 

「シオン、ルシア。待ってろ。必ず助ける」

「が、ああああああああああああああああっ!」

 

 タカトの声がまるで聞こえているかのように、シオンは吠え、次の瞬間、同時に駆け出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 互いに駆け出し、シオンの目前でタカトは立ち止まる。

 じゃっと地を蹴る音と共に右足が孤を描いた。鮮やかな上段蹴りがシオンの顔面に着弾する。しかし、シオンは止まらない。そのまま突っ込む。

 

「っ!」

「が、う、あああっ!」

 

 咆哮と同時に鈍い色を反射して光る鈎爪を振り上げた。それにタカトは蹴りを放った右足の前に足場を形成。それを蹴り後退する。

 

    −閃−

 

 放たれる一閃は、だがタカトは捉えられ無かった。タカトは足場を蹴った勢いを利用したまま背後にバク転、その勢いで左足を跳ね上げ、シオンの顎を蹴り抜く。

 

    −徹!−

 

 小気味よい音と共にシオンの顔が跳ね上がる。

 タカトは足を回転させ、体勢を整えた。くるりと回り、一回転を回り切る――その眼前にシオンが居た。

 

「っ――!?」

「が、あああああっ!」

 

 完全に虚を突いた動きにタカトは驚愕し、しかし身体だけは勝手に動く。

 振るわれる鈎爪をくるりと腕をコマのように回して捌いた。化勁と呼ばれる技だ。そのままの動きで身体を深く沈める。

 

「天破震雷っ!」

 

 叫び、同時に両の掌を突き出す!

 雷光を纏うそれは腹部に押し当てられると同時に威力をシオンの体内で炸裂。

 爆裂したかのような音が鳴り、シオンの身体が盛大に跳ねた。だが。

 

    −戟−

 

 突如としてタカトの身体が吹き飛ぶ。シオンの尻尾による打撃だ。

 腹に直接受けた打撃で空へとタカトの身体が浮く。

 

「っく!」

「が、あああああああああああああああっ!」

 

 咆哮、同時に繰り出される一閃!

 体勢を崩したタカトにそれを躱す術は無い。鈍く光る鈎爪がタカトを串刺しにせんと走り――。

 

「シオン……?」

「あ、あ、あ、あ、あ」

 

 ――止まった、タカトの眼前で。

 ふるふると止まった手が震える。その瞳に、明確に灯る意思の光。

 それを見てタカトは目を見開いた。シオンの自我が戻っている。

 

「シオン……!」

「殺したくなんて、無いっ! 誰も奪いたくなんて無いよ……!」

 

 まるで自身に訴えるようにシオンは叫ぶ。だけど鈎爪は下りない。震えながら突き出されるだけ。

 そして、シオンはタカト涙を流しながらタカト見た。

 

「ゴ、メン……タカ兄ぃっ! ゴメン、なさい……! ゴメンなさいっ!」

 

 謝る。必死に、ただただタカトに。タカトも悟る。シオンもまた、戦っている。自身の中で、因子と。

 

「タカ兄ぃ……助けて…」

 

 涙はただ流れ落ち、そしてシオンは訴える。叫びと共に。タカトに。

 

「助けてっ! ルシアをっ」

「…………」

 

 その叫びに、タカトは息を飲み、少しだけ微笑した。

 ルシアはシオンを助けてと訴えた。

 シオンはルシアを助けてと訴えた。

 因子に感染しながらも、そう言う二人に。自身より、相手を助けてと言える二人に。タカトは頷いた。

 

「……お前もだ」

「っ――!」

 

 シオンが目を見開く。タカトはそれを見て再度頷いた。

 

「お前もだ。ルシアも、お前も、俺は諦めない」

「タカ兄ぃ……」

 

 ぐっと拳を握る。そして突き出した。

 

「必ず助ける」

「……う、ん。あ、あ、あ、ああああああっ!」

 

 タカトの言葉に頷き、次の瞬間、シオンの身体を因子が再度湧き立つ。

 再び、シオンの自我が消えた。同時に振るわれる一閃。それをタカトは床を蹴り、再度宙に跳ぶ事で回避。

 シオンを飛び越えて、反対側、壊れた十字架の傍に降り立った。

 

 ……問題は方法だ。

 

 即座に突っ込んでくるシオン。振るわれる鈎爪を両の手で捌く。

 いかな膂力か、化勁で受け流した筈の手が僅かな痺れを残した。

 

 今の俺にはダイブは使えない。

 

 捌く、捌く。至近距離でシオンが振るう鈎爪の事如くを捌く。

 

 考えろ。何か、手段がある筈だ……ルシアは言った。ダイブじゃ駄目だと。それでもシオンを助けられると信じていた。

 

 振るわれ、放たれた鈎爪を捌き続ける。

 それは恐ろしく精密な作業だ。タイミングが、角度が、少しでもずれれば即座に腕は弾かれ、タカトは鈎爪に貫かれただろう。

 それでもタカトはそれを成す。

 

 考えろ、考えろ。何かを見落としていないか、考えろっ!

 

 −我を望むか?−

 

「っ!?」

 

 声が聞こえた。シオンの攻撃を捌いていたタカトは、その声に声にならない声を上げ、同時にシオンの鈎爪を捌いて、後退する。

 シオンも何故か追撃して来なかった。

 辺りを見渡す。しかし、誰もいない。

 

 −我を望むか?−

 

 また声が聞こえた。誰もいないのに、しかしタカトはその声に応えた。

 

「誰だ?」

 

 −我はアレを、カミを封じせし器。汝等が666と呼ぶものだ−

 

「何?」

 

 その答えにタカトは思わず足元を見る。

 そこにはちょうど十字架の中央部分があった。666と刻まれた、それが。

 

 −我を望むか?−

 

 再び響く声。それにタカトはスッと目を細めた。

 

「二人を助けられるのか?」

 

 問う。二人を助ける方法があるのかと。666が僅かな光を放った。

 

 −今、この場であの者等が命を落とさない方法ならば提示出来る−

 

「引っ掛かる言い方だな?」

 

 −事実だ−

 

 にべも無い。それにタカトは俯き、しかしぐっと拳を握りしめた。

 

「いいだろう。乗ってやる」

 

 −我を望むのだな?−

 

「ああ」

 

 −ならば−

 

 直後、666の紋章が十字架から跳ね上がった。そのままタカトの右手に食らい付く!

 

「っ……!? が、あああっ!?」

 

 −力をくれてやる!−

 

 食らう、喰らい尽くす! タカトの右手に侵入し、飲み込み、細胞から、霊的から、融合を果たす!

 

「ぐっう……!」

 

 そして、タカトの右手の甲に、666の紋様が描かれた。

 

 −融合、完了。情報を共有化、開始する−

 

「っ……! が、ああああああああああああっ!」

 

 そして、タカトの脳裏に莫大の情報が送られた。

 

 カミ。

 アンラマンユ。

 666。

 紋章。

 ■■■■■■■。

 〇〇〇〇〇〇〇。

 

 送られる。

 送られる。

 ありとあらゆる情報が、タカトに。そして。

 

 

 創誕。

 

 

 −情報共有化、完了。気分はどうだ? マスター?−

 

「いいと思うか?」

 

 呻くように言葉を吐く。そのまま、自身の右手を見詰めた。

 

「これしか、無いんだな?」

 

 −二人を救いたいのならば……いや、取り戻したいのならば。創誕を成す以外に手段は無い−

 

 フゥッと息を吐く。そして、眼前のシオンに目を向けた。

 シオンは、まるで戦くように唸るだけ。

 タカトはぐっと右の拳を握り締めた。

 

「……なら、成してやる。例え――」

 

 ――世界を敵に回そうとも。

 

 そう誓った。次の瞬間、シオンが駆け出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 突っ込んで来るシオンにタカトはその場を動かず向かえ撃つ。

 シオンが振るう左の鈎爪とタカトの右腕が交差、化勁で捌く。

 先程の再現だ。振るわれ、振るわれ続ける鈎爪をタカトは捌き続ける。

 

「っがぁ!」

 

 それに業を煮やしたのか、シオンが背中に大きく右の鈎爪を振り上げた。

 だが、それをタカトは待っていた。合わせるように踏み込む。右の順手突きを鳩尾に叩き込んだ。

 

    −戟−

 

 カウンターとなる一撃。しかし、シオンの甲冑を破壊するには至らない。

 数歩分弾かれるが、両足を地面に付けたまま堪える。だが、タカトは構わない。

 右腕を肘から曲げ上に突き出し、左手をそっと添えた。

 

「天破疾風改式――」

 

 風が、シオンの周りにある風が全てシオンに収束する。集まる風は、シオンを押し包んだ。

 

「天破乱曲」

 

    −轟!−

 

 直後、風が纏めて収束し、全周囲からシオンを押し潰さんと叩き込まれる!

 シオンはそれに苦悶の悲鳴を上げ。しかし、両の腕を突き出した。

 

「が、ああああああああああああああああっ!」

 

    −裂−

 

 引き裂く、風の拘束を。そのまま、タカトに向き合い。

 

「天破光覇弾!」

 

 直後、巨大な光弾がシオンに叩き込まれた。

 

 光弾の一撃を放ったタカトは残心を解く。回避、防御不可能のタイミングでの一撃。

 これでシオンを行動不能に出来たならば――だが次の瞬間、タカトは信じられないものを見た。

 光弾を前にしてシオンはがばりと口を開く。そして、光弾はシオンの顔面に突き進み。そのまま口顎に飲み込まれた。

 

「な……!?」

 

 タカトがそれを見て短い驚愕を上げる。しかし、ぞくりと再度走る悪寒に再び両掌を構えた。

 灯る光球。そして、シオンを見る。光弾を飲み込んだシオンの口は未だ開かれたまま。その口内にタカト両掌と同じく光球が灯る!

 

「天破光覇弾っ!」

「がぁっ!」

 

 光弾が放たれ。また光弾が放たれる!

 二つの光弾は互いにぶつかり、その威力を喰らい合い、相殺した。

 

「俺の技を喰った、のか……?」

 

 −大罪の内の一つが顕現したか−

 

 呆然と呟くタカトに、666があっさりと答える。それにキッと視線を向けた。

 

「どう言う事だ?」

 

 −わざわざ聞くな。我の知識は既に汝にある。検索しろ−

 

 666の答えはにべも無い。だが、確かにその通りだ。即座に自身の中の情報に検索をかける。そして、その出鱈目さに少しばかり絶句した。

 

「魔法ならば、何でも喰らう事が出来てさらにそれを使用可能?」

 

 −そう言う事だ−

 

 無茶苦茶にも程と言うものがあろう。取り合えず自分の事は棚上げして、タカトはそう思う。

 そんなタカトに当然構わず、さらに突っ込んで来るシオン。再度振るわれる鈎爪をタカトは捌く。

 

 −何を手加減している−

 

「っ」

 

 見透かされている。知識を共有化したから当たり前ではあるが、タカトはそれに顔を歪めた。

 

 −殺すつもりで戦え。それで”やっと”だ−

 

「黙ってろ……!」

 

 呻き、さらに振るわれる鈎爪を捌く――次の瞬間、タカトの視界が180°回転した。

 

「なっ!?」

 

 何が起きたか一瞬解らず。しかし、タカトはそれを見る。

 ――足首、それにシオンの三本ある尻尾の内の一本が絡まっていた。これで宙に引っ張り上げられたのか。

 

    −戟!−

 

 直後、床に叩き付けられる。背中から落ちて、肺の空気が口から吐き出された。そして。

 

    −戟−

 

    −戟−

 

    −戟!−

 

 幾度も叩き付けられる!

 床に、壁に、天井に! そして、そのままシオンの目の前に引きずられた。

 閃く右の鈎爪! 迷い無く、それはタカトに向けて放たれ。

 

    −閃−

 

 ――捌かれた、タカトの左手に。化勁で捌いた勢いのまま、タカトは右の拳を顔面に叩き込む!

 

    −撃!−

 

「シオンっ!」

 

 止まらない。左拳で逆側を殴り飛ばし、右側を再度殴る。

 続け様に叩き込まれる拳に、シオンの顔が左右に跳ね回る。

 

「助かりたいんだろう!」

 

 タカトが叫ぶ。そして拳は止まらない。

 

「助けたいんだろう!」

 

 続けて叫ぶ。まだ拳は止まらない。

 連撃となって、次々にシオンの顔面に叩き込まれる。

 

「だったらっ!」

「ぐ、う、うぁあああぁぁぁぁぁっ!」

 

 互いに至近で吠える!

 タカトが次に振るった拳をシオンの左手が弾く。

 だが、それすらも化勁で捌かれ、返す右がシオンの顔面に叩き込まれた。

 

「さっさと起きろ! このたわけがっ!」

 

    −撃!−

 

 いかな威力がその拳に込められていたのか。

 シオンの身体がぐるりと回転し、床に叩きつけられた。

 それを最後まで見遣り、ぺっとタカトが口から血を吐く。

 あちこちに叩きつけられた時に、口の中でも切ったのか。ぐいっと手で拭う。そして。

 

「い、てぇよ。……タカ兄ぃ……」

 

 シオンからそんな声が漏れた。意識を回復したのだ。

 それにタカトはたわけと呟くと、右手を突き出した。

 同時、発生するのは幾何学模様の魔法陣。666の魔法陣だ。

 

「タカ兄ぃ……」

「お前は、何も心配する必要は無い。ここの記憶は全て、俺が持っていく」

 

 呻くシオンに、タカトはぽつりと呟く。

 666、その能力は略奪だ。

 ありとあらゆるモノを奪い、自身に封印する力。

 

「俺がお前を助ける」

「タカ兄ぃ……?」

 

 シオンがその言葉に問い直す。だが、タカトは構わない。

 

「俺がお前の前を歩く」

「タカ兄ぃ……何、言って……?」

 

 呆然とするシオン。だが、タカトは一切構わない。そのまま続ける。

 

「お前に恨まれながらだとしても」

「……え?」

 

 その言葉に、シオンの目が見開かれる。タカトの唇が歪む、微笑みの形に。

 

「俺がお前の標となってやる」

 

 そして、と続ける。666の魔法陣が一際激しい光を放った。

 

「ルシアとお前を”取り戻す”。……例え、”世界の全てを、時間を、やり直してでも”」

「タ、カ、兄ぃ……?」

「だから、シオン」

 

 ――俺を憎み続けてくれ。

 

    −煌!−

 

 次の瞬間、666の魔法陣から虹の光りが迸り、シオンの身体を貫いた。

 同時、黒の甲冑が砕かれ、因子は消えて。

 シオンは元の姿へと戻り、その場に倒れ伏したのだった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「タカ兄ぃ……」

 

 過去の再生が終わり、シオンは映像の前にただただ立ち尽くしていた。

 本当の真実を知って。

 タカトが何をしたのかを知って。

 それをスバルとティアナが後ろから心配そうに見る。

 シオンの過去、それを見て――だが。

 

 −やれやれ、余計な事をしてくれる−

 

 声が響いた。それにスバルとティアナが振り向く。

 声の主は当然、アンラマンユであった。肩を竦め、こちらへと歩いて来る。

 

 −せっかく兄弟からいろいろ引き出せたのに、終わりにしなきゃいけなくなっちまったじゃないか−

 

「終わり?」

「それ、どういう意味よ?」

 

 −知る必要は無い。そもそもお前達をここに案内したのが間違いだったよ。お帰りはあちらだ−

 

「「っ――――!?」」

 

 瞬間、いきなり水の底に光りが照らされた。それはスバルとティアナを照らし、二人はまるで光に引きずられるように上へと連れて行かれる。

 

「スバル!? ティアナ!?」

「「シオンっ!」

 

 シオンが叫び、二人に駆け寄る。しかし、同時に伸ばした手は空を切って。

 一気に二人は上へと連れて行かれた。

 シオンはそれを追い掛けようとするが、何故か上に浮かべ無い。足は地に着いたままだ。

 

「っ――!」

 

 −さて、邪魔な二人にはお帰り願った所で−

 

「手前ぇ……! 二人を何処にやったっ!」

 

 シオンはアンラマンユに振り向き、怒鳴る。しかし、アンラマンユはそれにただ首を振った。

 

 −あの二人はただ自分の身体に帰っただけだ。それより……人の心配より、自分の心配をしろよ−

 

 直後、いきなりアンラマンユがそのヒトガタを解いた。いつかのように、その身体が無数の手と成る。

 

「っ!」

 

 −本当、惜しいよな。もっと兄弟の感情を楽しみたかったのに、これで終わりなんてな−

 

 本当に、本当に残念そうな声が響き、そして。

 

 −それじゃあ、終わりにしようか−

 

 一気にシオンへと襲い掛かった!

 

「――――っ!」

 

 襲い来る無数の手。それをシオンは躱そうとする。

 しかし、足が動かない。まるで地面に接着されたかのように、固定されていた。動けない! ――そして。

 

 −いただきます−

 

 いつかの再現のように、シオンへとアンラマンユが突き立った。

 

「う、ぐ、あああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 侵食されるココロ。シオンの意識が、アンラマンユにより、一気に押しやられる。

 霞む、霞む。あらゆる感覚が。

 食らわれ、喰らわれる、シオンと言う存在、そのものが!

 

 シオンは自分を抱きしめるように、その両腕をきつく回す。

 そして、必死に抗う。アンラマンユと言う存在、そのものに!

 

 −抵抗するなよ、兄弟−

 

 −そもそも、お前にそんな権利なんてないだろう?−

 

「っ!」

 

 響く声に、シオンは愕然となる。

 アンラマンユの声は止まらない。シオンの内側から、声はただ響いた。

 

 −あれだけの事をしておいて、まだ赦されるつもりか?−

 

 −お兄ちゃんが、本当にお前を憾んでないとでも思ってんのか?−

 

 −全てを奪ったお前を−

 

 −今も、奪い続けてるお前を!−

 

「あ、う、うあ、う、う……!」

 

 響く声にシオンという”固”は揺さぶられる。罪悪感に、後悔に潰れそうになる。

 

 ――だけど。

 

「ごめん、なさい……」

 

 −ん?−

 

 突如として響くシオンの謝罪。それにアンラマンユが疑問を浮かべる。でも、シオンは構わなかった。

 

「ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめん……ごめん、なさい……」

 

 −おいおい、謝られても……−

 

「……それでも」

 

 −ん?−

 

 ――だから。

 

 ぐっとシオンは歯を食いしばった

 

 ――だから。

 

「それでも、俺は、前に、進むよ……」

 

 −お前ね……−

 

―シオンの解答、それにアンラマンユが嘆息する。

 

 −おこがましいんだよ−

 

 −そうやって、また罪から逃げんのか?−

 

 −謝ればお兄ちゃんが赦すとでも思ってんのか?−

 

 −そもそも、赦されるとでも思ってんのかよ−

 

 −赦されたいのかよ?−

 

 響く声に、シオンの精神が揺さぶられる。ココロが壊される。

 

 ――だけど。

 

「そんなの……っ! 解るかよ! 解るもんか! 解らないさ!」

 

 叫ぶ! 拳を地面に打ち付け、ぐっと立ち上がった。

 気付けば涙を流していた。

 頬を伝う涙を自覚しながら、目を閉じる。

 思い浮かべるのは、憎んでくれと訴えた、異母兄の顔。

 

「それでも……」

 

 全てを悟って。

 全てを覚悟した、そんな顔。

 そして、呟かれた最後の言葉。

 

「タカ兄ぃは……」

 

 ――シオン。どうか、お前自身を恨まないでくれ……赦して、やってくれ。

 

 

 

 

「優しかったんだ」

 

 

 

 

 直後、アンラマンユを成す因子はシオンの身体からバラバラになって吹き飛んだ。

 

 −なっ!?−

 

 驚愕の声が響く。アンラマンユの声だ。

 そのまま弾かれた因子はズルズルと集まり、再びヒトガタへと戻った。

 

 −馬鹿、な−

 

 呆然と声をあげるアンラマンユ。しかし、そこで異変は止まらない。

 水が流れる。渦を巻き、地面に吸い込まれるように。

 シオンとアンラマンユを無視する形でどんどん水は無くなり、そして青空が現れた。

 水に覆われた筈の草原も青々と茂り、悠久なる世界は――シオンのココロの世界はその姿を取り戻した。

 シオンはその草原の中央に立つ。閉じていた目を開いた。

 

 −兄弟、お前−

 

「だから、俺はお前を、受け入れない」

 

 歩く。アンラマンユに向かって、ゆっくりと。

 それにアンラマンユは後退しようとして。

 

 −……っ!−

 

 足がまったく動かない事に気付いた。

 先程のシオンとまったく逆。シオンとアンラマンユの立場はここに完全に逆転した。

 さらにシオンは歩く。アンラマンユの目前まで歩き、左の腕を振り上げた。

 

「だから、俺は――」

 

 拳を握りしめる。最後の一歩を踏み、そして。

 

「――前に歩き始めるよ」

 

 拳を振り下ろした。

 

    −撃−

 

 拳は迷い無く、アンラ・マンユの顔面に突き刺さった。同時、そのヒトガタが崩れる。

 バラバラの因子となったアンラマンユは、そのまま現れた時と同じく、暗雲へとその姿を変え、空へと昇っていく。

 

 −カカカ、いや、こいつはたまげたよ。まさか俺を否定出来るなんてな。……いや、流石と言うべきなのかな?ー

 

 そのヒトガタを崩されてもアンラマンユの軽口は無くならなかった。その声は笑いのまま。

 

 −今回はここまでだな−

 

「一つ聞かせろ」

 

 −うん?−

 

 かけられる声にアンラマンユが疑問の声をあげる。シオンはアンラマンユを真っ直ぐに見据えた。

「……なんで、俺を兄弟って呼ぶんだ?」

 

 シオンはずっと、ずっと疑問に思っていた事を聞く。

 こいつは、アンラマンユは最初に会った時からずっと自分の事をそう呼んでいた。

 

 −ふ、ククク、カカカカカカカカカカカカカ!−

 

 唐突に笑い声が響いた。アンラマンユが大笑いしたのだ。ひとしきり笑い声が響くと、これまた唐突に笑いは消えた。

 

 −お前、自分の”真名”知ってるか?−

 

「……?」

 

”逆に問われて、シオンは訝し気な顔となる。それが何の関係があると言うのか。

 そんなシオンの反応に、アンラマンユの笑いはただ響く。

 

 −知らねぇみたいだな。なら、俺の真名を教えよう−

 

「何?」

 

 アンラマンユの言葉にシオンは眉を潜めた。だが、アンラマンユはそんなシオンに構わない。

 

 −”カイン”。

 カイン・アンラマンユ。

 それが俺の真名だ。よく覚えておけよ、兄弟……いや−

 

 自身の真名を告げたアンラマンユは、一拍の間を置き。そして言い直した。

 

 −”アベル・スプタマンユ”−

 

「何、だと?」

 

 告げられたその名に、自分をそう呼んだアンラマンユにシオンは疑問の声をあげた。

 

 その名は――。

 

 −じゃあな。兄弟。またな?−

 

「待て!」

 

 −嫌だね−

 

 アンラマンユは、あっさりとシオンを拒絶すると、そのまま空へと消えた。

 同時、世界が硝子を割るような音と共に割れ、シオンはその割れ目に飲み込まれた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 聖域に響く音は止む事が無い。

 空間に軋みと歪みが走り、そしてそれを引き起こした当人、伊織タカトはただ拳を振るう。

 

    −撃!−

 

 無拍子の理をもって放たれた風巻く拳は容赦無くシオンの腹部に叩きつけられる。

 再び響く軋み。同時、風が爆裂した。

 

    −轟−

 

 シオンが景気よく飛ぶ。くるりくるりと回転し、そのまま森へと再度突っ込んだ。

 

「これで、もう何度目かしら」

「さぁ? 途中から数えるの、止めちゃったっスからねー」

 

 その光景を広域に張ったプロテクション内で見ていたギンガが呟き、ウェンディが律儀に答える。

 実際、タカトが本気を出してからは手伝える事が無くなってしまい――と、言うより下手な手出しは余計な邪魔になってしまう可能性があったので、彼女等は戦闘の余波に巻き込まれ無いように、プロテクションの中でただタカトとシオンの戦闘を見ていた。

 無尽刀は未だ食い入るかのようにタカトを見て、ソラもまた同様に二人の戦闘を見ていた。

 既にタカトが本気を出して結構な時間が立っている。

 殺しにかかっているタカトの一撃一撃は正しく必殺であり、一撃が叩き込まれる度にシオンは常人ならば確実に死亡確実なダメージを与えられていた。

 その度に因子が身体を修復するのだが、それよりも尚タカトが一撃を加えるほうが早い。

 必然、シオンの再生は間に合わず、その身体は次第にダメージが蓄積していっていた。

 

「……伊織タカトはシオンを殺す積もりなのか? このままではシオンは――」

「そうなった時は私達が彼を止めるしか無いわ」

「”あれ”をか?」

 

 チンクの視線の先のタカトを見て、ギンガも顔を歪める。

 実際止める手立てがあるかと言えばきっぱりと否である。勝てる要素がこの状況では無い。だが、それでも止めねばならない。

 チラリと傍に眠る二人を見てギンガは思う。シオンの中には未だにスバルとティアナが居る。そしてシオン自身もまた見捨てたくは無かった。だから――。

 

「んっ……」

「え?」

 

 突然、スバルが呻いた。それにギンガが目を見開く。

 ティアナも同様だ。そして二人はゆっくりとその目を開いた。

 

「ギン……姉……?」

「スバル!?」

 

 ギンガが驚きの声をあげて、スバルの傍に膝をつき、手を添えて抱き起こした。

 

「スバル大丈夫? どこも変わった所とか、無い?」

「うん、大丈夫だよ……っ!」

「ティアナ、お前は大丈夫なのかよ?」

「うん……心配無いわ……っ!」

 

 それぞれ異変は無いかと聞くギンガ、ノーヴェに答え。瞬間、二人して目を見開いた。

 即座に互いを見て、シオンへと視線を向ける。タカトと激戦を繰り広げるシオンへと。

 

「「シオンっ!」」

「スバル? ティアナさん?」

 

 叫び、がばりと立ち上がる二人にギンガが目を丸くする。しかし、二人は構わなかった。

 プロテクションの外に無理矢理出ようとする。流石にその二人の行動にN2Rの面々は顔を青ざめ、即座に止めに入った。

 

「だめよ、スバル!?」

「今外がどうなってんのか解ってんのか!?」

「離して、ギン姉!」

「シオンの中にまた戻らないと……!」

「それはどう言うこった、嬢ちゃん達?」

 

 組み付くギンガ達を振り解こうともがくスバルとティアナ。

 その二人に、今の今まで黙っていたアルセイオが口を開く。

 そもそもこの二人が起きて、シオンが未だに感染者状態だというのがもはや異常なのである。

 基本、ダイブで対象の精神世界に入った場合、その対象とは一蓮托生の状態になる。

 共に戻るか。

 共に戻れなくなるか、それしか無いのだ。

 だが、二人は現実として今、自身の身体に戻り、そしてシオンは未だ感染者状態のまま。気にもなると言うものだ。

 そんなアルセイオに、しかし二人は構わない。組み付かれたままシオンに叫ぶ。

 

「「シオンっ!」」

 

 ――直後、シオンが地面に叩き付けられた。タカトが頭をひっ掴み、真下に放ったのだ。

 

    −轟!−

 

 雪が敷き詰められた地面に叩き付けられ、一気に周囲に雪が舞い上がる。

 そして、タカトが急降下を開始した。足を下に向け、地面に俯せで倒れるシオンへと。

 

    −撃!−

 

 踏み抜き。背中に叩き込まれたタカトの足に、シオンがくの字に曲がる。

 直後、タカトがぽつりと口を開いた。

 

「天破紅蓮」

 

    −爆!−

 

 シオンを中心に天地に火柱が突き立つ!

 周りの雪は一気に気化、水蒸気へと変わった。火柱が消えた後には底の見えない穴が開いていた。

 辺りにクレーターが出来ていないのは全ての威力を一点に集中させた結果である。

 火柱は雪だけでは無く、地面すらも蒸発させたのだ。その熱量はいかほどのものというのか。

 

「ぐ、う、る……」

 

 穴からシオンが這い出して来た。再生途中の身体はボロボロ、よく四肢が繋がっているものである。そのシオンに落ちる影。

 

「…………」

 

 タカトであった。感情の消えた顔でシオンを見下ろす。シオンはただ呻くだけ。

 そして、タカトは足を振り上げる。シオンに止めを刺すかのように。

 

「「シオンっ!」」

 

 スバルとティアナが叫ぶ。だが、タカトは構わない。

 振り上げた足をシオンの顔面に叩き込まんと振り下ろし――。

 

「タ、カ兄、ぃ……」

「……っ!」

 

 シオンの口から漏れた言葉に驚愕した。しかし、足は振り下ろされた後だ。そのまま止まらず直進し。

 

    −撃−

 

「シオン」

 

 しかし、無理矢理軌道を曲げて、シオンの顔の傍に突き立った。

 

「う、く……タカ……」

「もういい、口を開くな」

 

 ――シオンの意識が戻った。

 それのみをタカトは確認すると、右手をシオンに向けて突き出す。666の魔法陣が展開した。

 

「……ごめ、ん、なさい……」

「謝る必要は無い。ただお前は――」

 

 最後の最後まで謝ろうとするシオンに、タカトは二年前と同じように微笑した。

 

「ココに戻ってくるだけでいい」

 

    −煌−

 

 次の瞬間、666の魔法陣から虹の光が放たれ、シオンに突き刺さる。

 光が突き立ったシオンの身体からイクスが強制排除されて吹き飛んだ。同時にアヴェンジャーフォームを成す黒の甲冑は砕け、周囲を覆う因子は弾け飛ぶ。

 

 後にはただ、半裸のシオンのみが取り残された。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「う……っ、く……」

 

 ――光が差し込む。

 そんな感覚と共にシオンは目を開いた。

 聖域の空、曇り空が目に最初についた。

 

「あ、シオン! やっと起きた……!」

「この……っ! 心配させて! 何ともなってない?」

 

 直後、スバルとティアナがしがみつく。

 余程心配したのだろう、目尻には涙が浮かんでいた。

 そんな二人にシオンはただ頷くと、自分の身体を見下ろした。

 身体の上には毛布がかけられている。そして周りにはスバルやティアナだけでは無い、N2Rの面々も心配そうに見ていた。

 

「みんな、その、ごめん……」

「本当だぜ」

「こらっ、ノーヴェ!」

「この借りは大きいっスよー?」

 

 ノーヴェとウェンディの言葉にシオンは、ん、とだけ返し頷く。そして、みんなに向き直った。

 

「本当に、みんな、ごめん。ありがとう」

「あー、その、解ったらいいんだよ。解ったら」

「そっスねー」

 

 思ったより素直なシオンの反応に、逆に二人はどぎまぎする。

 そんな二人に、一同に少しだけ笑みが戻る。緊張した場が和らいだ。

 シオンはそのままキョロキョロと辺りを見渡す。

 礼を言わなければいけない人がもう一組いたからだ――だが。

 

「……無尽刀と、あの大剣使いならいないわよ」

 

 ティアナの声に振り向く。そんなシオンに、ティアナはただ頷いた。

 

「……帰った、のか?」

「うん。またな、てだけ伝えてくれって」

 

 スバルが言葉を引き継ぐ。

 その伝言にシオンは苦笑した。格好をつけるのも程があるだろう、と。

 

「イクスは……?」

【ここだ】

 

 声は間近で響いた。シオンの顔の真横、そこにイクスは居た。

 どうやら無事な相棒にシオンはホッと息をつく。

 ……そしてようやく向き直った、最後の一人に。

 

「……タカ兄ぃ」

「…………」

 

 シオンの視線の先、皆より離れて5m先にタカトは居た。シオンをただ見ていて。

 不意に振り返り、背を向けると歩き始めた。

 

「待ってよ、タカ兄ぃ」

「…………」

 

 シオンより響く声。それにタカトは立ち止まった。しかし、振り返らない、背はただ向けたままだ。

 シオンは毛布を身体に巻くとそのまま立ち上がる。

 

「聞きたい事があるんだ」

 

 タカトの背中を真っ直ぐに見据える。もう、迷わないとばかりに。そして口を開く。

 

「アンタは結局、何がしたいんだ? ……創誕って何さ?」

 

 シオンはタカトを見据えたまま問う。

 どうしてもそれだけは聞いて起きたかった。聞かねばならなかった。

 ココロの世界で聞いたタカトの言葉が気になっていたから。

 タカトのフッと笑う声が響いた。

 

「創誕。世界最初の魔法であり、世界最後の魔法だ。創造魔法と呼ばれる魔法でもある。……お前に解りやすく言ってやろう。”事象概念創造魔法”。そう言えば解るだろう?」

「……」

 

 その言葉にシオンは沈黙する。

 事象概念創造魔法。いわば世界を作り直す魔法だ。それをタカトが求める理由は――。

 

「タカ兄ぃは、二年前に”世界”そのものを戻すつもりなのか?」

『『――っ!』』

 

 シオンより放たれた言葉に一同は絶句する。

 特に、スバルとティアナはそれが顕著だ。

 二人はシオンのココロの中でタカトの言葉をシオンと一緒に見ていたから。

 だからシオンの言葉を理解した。タカトはこう言ったのだから。

 

 とり戻す、と。

 

「答える義務は無い」

「やめろよ」

 

 シオンは即座に告げる。

 答える義務は無い、と言う言葉にでは無い。

 創誕そのものをそれは指していた。

 沈黙するタカトにシオンは構わない。続ける。

 

「やめろよ。そんな事。……世界を戻すなんて。個人の感情で今の世界を否定なんてするなよ!」

「ならどうする?」

 

 叫ぶシオンに、タカトの疑問が飛ぶ。

 それにシオンは言葉に詰まり、そしてタカトは構わない。

 

「それで、お前の中に在るアンラマンユをどうするんだ? ……ルシアを、どう治すつもりだ?」

「それ、は……」

「シオン」

 

 立て続けに出されるタカトの言葉に、シオンはぐっと詰まる。

 そんなシオンに、タカトは視線のみをシオンに向けた。

 

「もう、言葉を尽くすという段階はとうに過ぎている。俺は止まらない。創誕を”成す”し。成さないという選択肢は”無い”」

「タカ兄ぃ……」

「止めたければ力ずくで止めるんだな」

 

 それだけをタカトは告げると、シオンから視線を外し、再び歩き始めた。

 もう、話す事は無い、とばかりに。

 その背中をシオンはただ見る。

 視線を逸らさずに、ただ真っ直ぐに。そして呟くように口を開いた。

 

「……止めてみせるさ。絶対に、アンタにやり直しなんてさせない」

 

 そう、タカトの背を見ながら宣言する。

 タカトは何も答えずに、森の中へと消えた。

 

 互いを想う異母兄弟は、互いを想う故に再び離別した。

 

 分かり合える気持ちを抱えたままに。

 

 

(第二十九話に続く)

 

 




次回予告
「聖域での戦いは終わった……兄弟達の、分かりあえる気持ちを抱えたままに」
「兄弟について、イクスが語る内容とは」
「そして、なのはは彼と出会い、一つの別れが訪れる」
「次回、第二十九話『一つの出会い、一つの別れ』」
「彼の事を放っておけない。そう思ったからこその約束」


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第二十九話「一つの出会い、一つの別れ」(前編)

「聖域で真実を知って、伊織タカト――彼の想いを知って。だけど、それを知っても、彼を止める事は出来なくて。何故、彼は全てを捨ててすら、それを成そうとしたのか、それが理解出来なくて。彼自身を知った時、私は――魔法少女 リリカルなのは StS,EX、始まります」


 

 聖域での戦い、シオンが感染者化した戦いから一日経つ。アースラは時空管理局本局に戻っていた。そして、シオンはある場所に居た。

 本局の一室、医療部の検査室だ。

 まるでカプセルを思わせる寝台に上半身裸で横たわり、目を閉じている。そのシオンがいる部屋を二階の窓から見ている女性達が居た。

 八神はやて。フェイト・T・ハラオウン。高町なのは。そして、技術部のマリーことマリエル・アテンザである。

 マリーがコンソールを操作し、ウィンドウと睨めっこする。そして、ウィンドウを閉じ、眼鏡を外してフゥと息をついた。

 

「マリーさん、お疲れ様です」

「あー、うん。なのはちゃんありがとう〜〜」

 

 なのはが差し出すカップに入ったコーヒーを受け取り、ちびりちびりと飲む。半分程飲むとカップを机の上に置いた。

 

「それでマリーさん、シオンの検査結果は……」

 

 機を見計らってフェイトが尋ねる。それにマリーは少しだけうん〜〜と、唸った。

 

「……検査結果、芳しく無かったんですか?」

「あ、いや、そうじゃないの。検査結果は問題なし」

「そうなんですか?」

「うん。ただ……」

 

 マリーが言い淀む。眼鏡を再びかけた。

 

「この子、本当に人間?」

「え? に、人間かって……?」

 

 マリーから告げられた疑問に戸惑うなのは。フェイトもはやても同様に目を白黒させている。

 三人の反応にマリーは頷き、コンソールを操作。ウィンドウを展開する。

 そこにはシオンの身体データがこと細かに記されていた。

 

「彼を精密検査する為に身体データを細かく取って見たんだけど……もう、メチャクチャなの」

「それって、シオン君が感染者だったのと?」

「ううん、それとはまた別」

 

 なのはの言葉にマリーは首を振る。さらにコンソールを叩き、ウィンドウにデータが表示された。

 

「呼吸数、心拍数、すべてのバイタルがメチャクチャなの。低いの、異様に。結論から先に言っちゃうと、こんな数値を出すくせに動けたり――まして戦闘なんて出来る人は、人類とは言えないの。……少なくとも私が学んだ医学じゃあ」

「は、はぁ……?」

 

 一気にまくし立てられる。しかし、なのはとしてもマリーが言わんとしている事が今いち分からなかった。

 だが、彼女は知らない。自分の家族である、父、高町士郎や、兄、高町恭也がシオンと同じような身体データをしている事を。マリーはそのまま続ける。

 

「この子、いつもどんな事やってるの?」

「と、言うと?」

「特殊な訓練とか、何かおかしな武術とか」

「あ……そう言えばシオン君、とんでもない修練やっとったな」

「修練? はやてちゃん、よかったら詳しく教えて?」

 

 はやては頷くと、いつか見たシオンの異様過ぎる修練を説明する。

 今の今までシオンの修練を知らなかったなのはやフェイトも説明を聞いて顔を引き攣らせた。

 ”あの”修練である。聞いた方は絶句して然りと言えた。

 しかし、マリーは至ってフムフムと頷くだけである。

 はやての説明を聞き終えると、マリーは少しだけ考え込み、再びウィンドウに目を向けた。

 

「う〜〜ん、だとしたらやっぱり」

「あの、マリーさん?」

「あ、ごめんごめん。つまりね? 呼吸法なんだと思う」

「「「……?」」」

 

 マリーの指摘になのは達は首を傾げる。彼女はチャッと眼鏡の位置を直した。

 だが、それにより部屋の光りを眼鏡が反射して、やけにマッドぽく見えてしまう――が、あえて三人はそれを指摘する事をやめた。

 

「人間の体なんて、所詮は蛋白質分子機械の集合体なの。新陳代謝と言う一種の化学反応と、ホルモンて言う名前のドラッグで動いてる。だから呼吸数や心拍数がメチャクチャでもエネルギー総量が同じなら死ぬことなんて無いの。極論だけどね」

「「「……は、はぁ……?」」」

 

 マリーが再びまくし立てるが、先程と同じくなのは達は疑問符を頭上に躍らせるだけだ。ぶっちゃけ分からない。

 だがマリーは構わずウィンドウに、そしてシオンに視線を向け、フフフと笑う。

 

「興味深いな〜〜。ある意味、用い方が近代的だし。詳しく調べれば――」

「あの〜〜」

 

 なのはが声をかけるが既に遠い世界にイってしまったマリーには声が届かない。

 三人は顔を見合わせると盛大に溜息を吐いた。

 

「……とりあえずシオン君は心配いらんって事やな」

「うん、多分」

「にゃははは……」

 

 笑い声にまで力が無い。再び深い溜息を吐くと、そのままマリーの脇を抜け、コンソールを操作する。

 

「シオン君、お疲れ様。もういいよ」

《やっとですか……》

 

 パチリと下でシオンが目を見開く。そのまま寝台を下りた。

 

「うん、お疲れ様。また後で呼ぶ事になるけど」

《はい、大丈夫です》

 

 頷くとテキパキと上着を着ていく。

 ちなみにシオンは嘱託魔導師である為、基本管理局の制服を持たない。だが私服で艦内や本局をうろちょろとさせていられないので、武装隊の上着をはやてが貸与していた。

 黒の武装隊上着である。それを着終わると、そのまま部屋を出ていった。

 

「……さて、この後はカリムん所で、やな」

「イクスから話しがあるんだよね?」

「うん。……シオン君について色々聞かなきゃいけない、ね」

 

 三人は互いの顔を見遣り頷く――ちなみにイクスも現在検査の真っ最中であったりもする。何せ、イレギュラーなユニゾンであったのだ。念には念を押すのに越した事は無い――閑話休題。

 ともあれ昨日、各員からの報告を受けた後で、いきなりイクスから話したい事があると提案されたのである。なのは達としても聞きたい事、聞かねばならない事が山積みだったので、渡りに舟であった。

 

「うん。それじゃあ、準備しよかー」

「そうだね」

「うん」

 

 はやての言葉に頷くなのはとフェイト。そして、ちらりと三人はマリーに目を向ける。だが、マリーは未だにブツブツと何かを呟いていた。

 そんな彼女に三人は声をかける事の無意味さを悟り、そのまま部屋から出る。

 一応礼儀として扉から出る直前に頭は下げた。しかし……。

 

「……むしろ身体的能力のピークラインは常人より……」

 

 それをマリーが視認出来たかどうかは謎であった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 検査が終わり、シオンは本局内を歩く。目指すのは本局のピロティ(休憩所)である。

 少し検査に時間がかかった事もあり、喉が渇いていたのだ。てくてくと歩きつつ、シオンは思いを馳せる。つい、昨日の事に。

 

 ……色々あったよな。

 

 おっちゃんことアルセイオとの邂逅、そして戦い。

 聖域に落ちて、風邪でぶっ倒れて。

 真実を知って、感染者化して。

 知った事、知らなきゃいけなかった事、本当に色々あった――そして。

 

 タカ兄ぃ……。

 

 異母兄の事を。

 その目的を、そして何故あんな事をしたのかを知った。

 ただ一人で、世界に喧嘩を売った異母兄の事を。

 

 ……止める、か。

 

 出来るか? それを、それだけをシオンは思う。

 実力が離れているとかそんな事では無い。シオン自身。タカトに負い目を感じているのだ――止めていいのか、迷っているのだ。

 自分達を取り戻す。そんな、優しいエゴの為に全てを無くして、全てを手放した、異母兄の事を。

 

「シオン〜〜〜〜」

「ん?」

 

 呼ばれる声にシオンは顔をあげる。考え事をしている間にピロティに着いていたらしい。そして、先客に声をかけられたのだ。

 シオンを呼んだのはスバルであった。ティアナも横に居て、エリオやキャロ、そして管制官兼ヘリパイロットのアルトもそこに居た。

 

「シオン、検査終わったの?」

「まぁな」

「そっか、結果は?」

「問題ナシ。……ま、あったらあったで問題だけどな」

「そりゃあ、ね」

 

 シオンの返答にティアナが苦笑する。そのままシオンは自販機の前に移動し、ドリンクを選ぶ。

 

「おしるこドリンク、おしるこドリンク、と」

「あんた、それ甘すぎない?」

「そっか?」

「そうよ。スバル、どう思う?」

「うーん、私は気分次第かな?」

「あ、私、大丈夫です」

「あー、流石に僕はちょっと」

「アルトさんは?」

「私もスバルと同じかな……?」

 

 ボタンを押し、カップが下に落ちる。おしるこドリンクがカップに入る間にシオンはティアナに振り返った。

 

「ほうれ見ろ。結構好評じゃんか」

「なんっか、納得いかない」

 

 憮然とするティアナにはっはっはとシオンは笑う。

 おしるこドリンクが入り終わったカップを取り出すと、皆が座るテーブルについた。

 

「はぁー、甘くて上手い」

「でも意外だね? シオン、甘いの結構大丈夫なんだ?」

 

 ほのぼのとおしるこドリンクを飲むシオンに、スバルが意外だと聞いてくる。それに、シオンは、あーと苦笑した。

 

「なんっつうかだな。ぶっちゃけると、タカ兄ぃの影響だよ」

「あ、ごめん……」

「謝る事じゃねぇよ」

 

 即座に謝って来たスバルに、シオンは苦笑を強めて、そして続けた。

 

「あの人、ああ見えて家事好きでな? 特に料理やら菓子作りが大好きなんだよ」

『『……ゑ?』』

 

 シオンの言葉に一同目を見開く。何と言うか、あまりにも意外過ぎる答えであるからだ。皆の反応にシオンは苦笑しながら続ける。

 

「もう食事時とか、3時のおやつ時とかタカ兄ぃのオン・ステージだったぞ? ……よく、みもりやカスミやらがタカ兄ぃ謹製のおやつ食べてはショックに膝を着いてたっけな」

 

 懐かしそうにシオンは昔に思いを馳せる。母、アサギでさえも屈服させ、数々の料理やら菓子作り対決を制したタカトを。

 特にグノーシス時代の同僚、黒鋼ヤイバとの菓子対決は歓声と悲鳴を上げさせた程だ。

 ……主に歓声はそのお味に、後者は翌日の体重計に乗ったグノーシス女性陣の悲鳴と言われる――いや、実際シオンはルシアとアサギ、お隣りさんのみもりの悲鳴を聞いているのだが。

 

「「じ〜〜〜〜」」

「ん? どしたよ、お前等?」

 

 ふと気付くとスバルとティアナがじーとシオンを見ていた。

 二人は全く同じタイミングで口を開く。

 

「「その二人、誰?」」

「へ? あ、ああ、みもりとカスミな。幼なじみ、だけど?」

 

 やたらとプレッシャーを感じてシオンはのけ反りながら答える。

 二人は『幼なじみ、ねぇ』だとか、『シオンだしなー』とか、呟いていた。

 いきなり非っ常に居心地が悪くなってしまいシオンの頬に汗が一筋流れる。

 

「……何なんだ」

「「別に」」

 

 二人はプイと顔を背ける。そんな二人に、こんな所まで息が合わなくてもいいだろうよ、とシオンは嘆息した。

 

「ま、まぁ、そういう理由でだな。甘いの、結構好きなんだよ。俺」

「へー、そうなんだ」

「そんなに美味しいなら一度食べてみたいね、エリオ君」

「うん、そうだね」

「……そうだな」

 

 一度、食べてみたい。キャロの言葉にシオンは苦笑する――苦笑しながら必死に隠した。

 もう一度、食べたい。そう思ってしまったから。

 迷いが深くなる。それを自覚した。

 

「……シオン」

「ん? どした?」

 

 先程から顔を背けていたスバルから声が来た。それにシオンは視線を向けて、同時に驚いた。

 スバルはシオンの顔を心配そうに見ていたから。気付けばティアナも同様の顔を自分に向けている。

 

「どうしたんだ? 二人共」

「うん、えっと、その、シオン……」

 

 シオンの言葉を受けて、スバルがあたふたとする。どうにも上手く言葉に出来ないらしい。

 そんなスバルにティアナがハァっと嘆息。そのままシオンをきろりと睨んだ。

 

「あんた、また何抱えこんでんのよ」

「……何の事だ?」

 

 ティアナの言葉にギクリとなる。しかし、必死に抑え込んだ。何の事か分からないと言いごまかす……だが。

 

「シオン、……あの時みたいな顔になってるよ……?」

「――」

 

 スバルの言葉に目を見開き、シオンは絶句した。ティアナは相変わらずの視線のままだ。

 エリオやキャロ、アルトは何の事か分からない事もあり不思議そうな顔のままだが。

 シオンはそんな二人に敵わないと思い、苦笑した。

 

「……俺、そんなに顔に出やすいか?」

「さぁ、ね」

 

 ティアナが曖昧に答える。スバルは珍しく苦笑していた。シオンもやれやれと息を一つ吐く。

 

「ちょっと、迷ってる」

「何を?」

「タカ兄ぃを止めていいもんか、どうか」

 

 その言葉に一同、目を見開く。シオンは椅子にもたれ掛かり、天井を見上げた。

 そんなシオンにティアナは睨むように視線をきつくする。

 

「……あの時は止めるって言ってたじゃない」

「ああ、今でもその気持ちは変わらねぇよ。タカ兄ぃがやろうとしてんのは最悪だ。……今の世界を否定して、消して、二年前に戻そうってしてんだからな。止めなきゃならない――理屈じゃ、分かってんだよ」

 

 だけど、と続ける。苦笑が強まったのを自覚した。

 

「でも、それを。タカ兄ぃがああなった原因の俺が止める権利なんてあるのかな、とも思うんだよ」

「それは――」

「違うよ、シオン」

 

 突如としてスバルから声が来た。真っ直ぐにシオンに視線向け、射抜く。

 

「それ、違うと思う」

「……何でた?」

 

 スバルの答えにシオンが問い直す。苦笑は消えていた。スバルは頷くと、そのまま答える。

 

「シオン。それは、ただ逃げてるだけだよ」

「スバルさん!?」

「…………」

 

 流石にエリオが声をあげる。しかし、スバルは構わない。シオンもまた沈黙を保ったままだ

 

「止める権利だとか、そんなの関係ないよ。大事なのは止めたいと思うかかどうかだけだと思う。シオンはどうしたいの?」

「…………」

 

 シオンはその言葉に黙り込む。

 そう、その通りだ。

 どんなに言葉を重ねても、どんなに理由を、言い訳を重ねても、結局の所はそれが全て。

 この迷いすらも、ただの甘えに過ぎない。

 シオンはスバルを見据え、口を開く――。

 

《呼び出しです。セイヴァー、神庭シオン嘱託魔導師。スターズ3、スバル・ナカジマ一等陸士。スターズ4、ティアナ・ランスター執務官補佐。アースラ艦長オフィスに集合して下さい。繰り返します――》

 

 直前に、局内放送が響いた。間を外された形となったシオンは苦笑し、立ち上がる。

 

「呼び出しだ。行こうぜ」

「あ、と。うん」

「そうね」

 

 二人は若干迷いつつも頷く。シオンは苦笑して、二人の頭に手を乗せた。

 

「ありがとよ……ちょっと、気分がスッとした」

 

 そしてと呟く。そのままシオンは笑った。

 

「俺はタカ兄ぃを止めたい。これが全てで、それでいいんだよな」

「シオン……」

「ほれ、行こうぜ。ああ、エリオ、キャロ、クラエッタ。悪ぃな。なんか場、暗くして」

「あ、いえ……」

「そんな。気にしないで下さい」

「そうだよ。それにいろいろ聞けたし」

「そっか、ありがとう」

 

 微笑み、礼を言いながらシオンは二人から手を放すと、歩き出した。

 

「スバル、ティアナ、置いてくぞー」

「あ、と!」

「て、こら! 一人で行かないで待ちなさい!」

「だから待ってるだろうがよ……」

 

 シオンの言葉に我に帰り、スバルとティアナもシオンの元に駆けた。そして、慌ただしく三人はアースラに向かったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「へ――――」

 

 青空の下、シオンはその建物を見て間抜けた声をあげた。

 ミッドチルダ極北地区ベルカ自治領。そこにそれはあった。

 聖王教会。そう呼ばれる建物が。

 

「でっか」

「そりゃあね」

 

 シオンのお上りさんよろしくな反応に一緒に聖王教会に来た一同。なのは、フェイト、はやて、ティアナ、スバルは苦笑する。

 聖王教会は歴史もあり、巨大な宗教だ。その総本山である。大きくない訳が無かった。

 

「へ〜〜〜〜」

「あんたね。せっかく人が説明してやってんのに……」

「あはは……」

 

 ティアナがかい摘まんで聖王教会の事やらを説明したのだが、シオンの反応は非常に適当だった。流石にスバルも乾いた笑いを浮かべる。

 

「ほらー、そこの三人。中入るよー?」

「あ、すみません! ほら、行くわよ!」

「あいよ」

「うん!」

 

 はやての呼び声に三人は走り、彼女達に合流する。

 いつの間にやら、はやてはローブのようなものを着ていた。

 

「あれ? はやて先生、コスプ――おわっ!」

「……曲がりなりにも聖王教の正装をコスプレ扱いせんように」

 

 口は災いの元を地で行きまくるシオンに、はやてから制裁の拳が飛ぶ。シオンはそれを間一髪で躱した。

 そんなシオンをはやてがじと目で睨む。その視線をシオンは目を明後日の方向を見る事で回避すると、あははーと、空笑いを浮かべた。

 笑いで誤魔化しに入ったのだ。そんなシオンの背後から、ぽそりと声が来た。

 

「あんた、だんだんスバルに似て来たわよ?」

 

 次の瞬間、シオンはピシリと硬直した。

 

「ちょっと待て、そりゃどう言う意味だ!?」

「別に」

「そうだよ、ティア! 私、こんな風な変な誤魔化し、しないよ!?」

「……誤魔化す事は否定しないのね」

 

 二人の口撃をティアナはあっさりと捌く。この二人の口撃を捌けぬようでは執務官――今は補佐だが、は務まらないのだ。

 

「ほーら、三人共、静かにしてね? これ以上喧嘩するなら”お話し”、しよ?」

 

 その言葉はありとあらゆるものを駆逐する。三人は一斉に声の主、なのはに向き直り、背筋を正した。

 

「「「すいませんでしたっ!!」」」

「うん、分かってくれたら良いんだよ?」

 

 満面の笑顔を浮かべるなのはに逆にシオン達は身震いする。

 背筋を冷たい、ナニカが通り抜けたからだ。

 

「え〜〜と、そろそろいいでしょうか?」

『『あ……』』

 

 そんな騒々しい一同に声がかかる。

 教会の扉が開いており、その真ん前にヒクリと顔を引き攣らせる、しすたーさん。もといシャッハ・ヌエラがそこに居た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「どうぞ、こちらです」

 

 シャッハに促されるままに一同は歩く。

 たまにシオンがきょろきょろと周りをもの珍しそうに見るが、それは皆、とりあえずはスルーする事にした。

 そのまま歩き、教会の奥の一室に着く。シャッハがドアの取っ手を拈り、ドアを開いた。促されるままに、室内に入ると、そこには――。

 

「いらっしゃい。お久しぶりね、はやて、なのはさん、フェイトさん……? どうしたの?」

 

 聖王教会騎士カリム・グラシアがにっこりと笑い一同を出迎え、部屋に入るなり唖然とする一同に、疑問符を浮かべた。

 

「いや、そのやな……そこに居るのは本物?」

「え? ええ……?」

「いきなり酷い言い草だな。とりあえず人は指を差さない方がいい」

 

 苦笑が響く。

 その苦笑の主は黒髪であり、身長は高い。そして、妻からも似合わないと評された管理局制服を着ていた――そう、そこに居たのは。

 

「久しぶりだな、はやて、フェイト、なのは」

 

 重傷を負って、未だ入院中の意識が戻って無い”筈”のクロノ・ハラオウンが居たのであった。

 

「あ、うん。久しぶり……やなくて!」

「おお、ノリツッコミかね? 流石本場は違う」

「いや、そう言った問題や無くて……て、えぇっ!?」

 

 いきなり後方より聞こえてきた声に再度ツッコミを入れそうになりながら、さらに驚く。

 そこにはシオンのもう一人の異母兄、こちらも入院している筈の叶トウヤが居た。

 

「と、トウヤ兄ぃ!?」

「なんだね、騒々しい。少しは静かにしたまえよ」

 

 叫ぶシオンに肩を竦める。呆然とする一同の脇を抜け、カリムやクロノが座るテーブルに向かい、椅子に腰掛けた。

 

「あ、あかん。訳解らんくなってきた……カリム、どう言うことなん?」

「……ハラオウン提督? もしかしてはやて達には――」

「……そう言えば、伝えていなかったかも知れませんね」

 

 珍しいミスにクロノ自身、苦笑する。基本、真面目なクロノがこういったミスをするのは非常に珍しい。

 

「つい三日前か、意識が戻ってな」

「三日前って言うと……」

「ああ、たしかアースラの修理で、はやて達が忙しいと聞いていたから僕の事は後で報告しようとしたんだが……」

 

 そのまま忘れていたらしい。クロノの答えにはやては、はぁとため息を吐いた。

 

「まったく……うん?」

「フェイトちゃん?」

 

 はやて、なのはが声をあげる。フェイトがつかつかとクロノに歩み寄っていたからだ。

 フェイトは二人の声に構わない。クロノの真っ正面に立つと、同時に右手をブンっと振りかぶった。

 

   −パンっ−

 

 乾いた音が響く。

 フェイトが思いっきりクロノの頬を張ったのだ。

 半ば予想していたのだろう、クロノは張られた頬に苦笑する。

 そんなクロノにフェイトは思いっきり怒鳴る。

 

「バカ!」

「……否定は出来ないな」

 

 クロノは自嘲気味に笑う。そんなクロノにフェイトはさらに怒る。

 

「みんなを心配させて……! リンディ母さんや、エイミィがどれだけ心配してたか……!」

「……すまん」

「ごめんですんだら管理局は要らないの! 大体クロノは……!」

 

 ガミガミと説教を始めるフェイトに、クロノはなのは、はやてに助けを求める視線を向ける、が。

 二人の視線を見ると同時に頬がヒクリと引き攣った。

 ――二人は笑っていた。この上なくイイ笑顔で笑っていた。

 止める積もりが無いのは勿論の事、その笑いは如実にある事を語っていたからだ。

 『次、私達の番だから』と。

 それを皆より後ろで見ていたシオン、スバル、ティアナは苦笑し、ティアナはそのままシオンの肩を叩いた。

 

「どう? 身に摘まれる思いでしょ?」

「……そうな」

「昨日も凄かったもんねー」

 

 思い出すのは昨日、シオン達が帰還し、状況を説明した後だ。

 当然シオンに待っていたのは、なのは達先生Sによる”お話し’であったのだ。

 シオンの悲鳴が本局に戻るアースラに三時間程響き渡ったのは言うまでも無い。

 

「聞いた話しによるとだが、その程度で済んだのなら寧ろ幸運だったのでは無いのかね?」

「いや、まあ……」

 

 トウヤの言葉に苦笑する。

 体調が回復していないにも関わらずの出動、それに伴う様々な事をこれでもかと説教されたのだ。

 三時間の説教ならば軽い方であろう――なのは達基準、ではあるが。

 

「まぁ、とりあえず」

「話しが始まるまでには暫くかかる、だろうね」

 

 未だ終わる気配を見せないフェイトの説教、そして後に控えるなのは達を見て、シオン達は少しだけ溜息を吐いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 カリムの執務室。

 そこでフェイト達三人による説教は一時間程続いた。

 その間にカリムの義弟であり管理局査察官であるヴェロッサ・アコースと、共に来たシオンとは初対面のはやての守護獣、ザフィーラが入って来ていた。

 それを尻目にクロノはガックリとうなだれている。

 何故か? 答えは単純、説教がいきなり3倍になったからだ。

 原因は順番待ちで説教をしていたなのは達に、シオンが、「時間も無いし、纏めてすればいいんじゃ……」と、呟いてしまったのが聞こえたらしく、いきなり三人は顔を見合わせて頷くと三人一緒になってクロノに説教を始めたのだ。

 どうも3倍どころか、3乗くらいになったらしく、クロノはちょっとやつれたようにすら見えた。

 

《神庭シオン……恨むぞ……》

 

 なんか念話が聞こえたような気もしたが、シオンはあえて聞こえないフリをする。誰だって巻き添えは嫌だからだ。

 

「ふむ、高町君、八神君、テスタロッサ君……ハラオウン提督もこの通り反省している。そろそろこの辺で勘弁してあげてくれないかね?」

 

 機を見計らったのか、トウヤが三人を制止にかかる。それに、はやてがスッとトウヤに視線を向けた。

 

「……私としては、トウヤさんにも話しを聞きたいんやけどなぁ」

「私は今日の朝方に魔力が戻ったのでね。ケガを復元して、すぐこちらに来たのだよ。だから連絡を取る暇は無かったね」

 

 しれっと答える。確かにシオンの検査やらなんやらで朝はバタバタしていたのでこう言われると、はやて達も何も言えない。

 

「それに時間も押している……既に夕方だがね」

「「「う……」」」

 

 確かに執務室の窓の向こうでは日が傾いている。

 その前でカリムも冷や汗を流しつつ笑顔を浮かべているのを見て、漸く三人は引き下がった。

 

「いや、済まない。助かったよ、叶」

「構わんよ。それに謝られても困る」

 

 トウヤの言葉に『は?』と訝し気な顔となるクロノ、トウヤは構わず、なのは達に向き直る。

 

「イクスの話しが終わったら、存分に彼とお話ししてくれたまえ」

「「「は〜〜い」」」

 

 トウヤの言葉に三人は同時に返事をする。それを見て、んがっと口を半開きにするクロノに、しかしトウヤは構わない。いつの間にやらテーブルにつき、お茶をするロッサに向き直る。

 

「君は、はじめましてだね。叶トウヤだ。よろしく」

「これはご丁寧に、ヴェロッサ・アコースと言います」

 

 二人は握手を交わし、ロッサはそのままシオンに目を向けた。

 

「君もはじめまして、だね。噂はよく聞くよ」

「あ、はい。はじめまして、神庭シオンって言います」

 

 こちらも握手を交わす。そしてロッサの足元からザフィーラもまた進み出た。

 

「……ザフィーラだ」

「あ、これはご丁寧に――て、ええ!?」

 

 いきなり喋り出したザフィーラにシオンが仰天する。一同はそんなシオンの反応に苦笑を浮かべた。

 

「い、犬が喋った」

「……狼だ」

 

 ぼそりと訂正が入るが、シオンは構わずにザフィーラを上へ下へと眺める。ある意味、エリオやキャロ以上の反応だ。

 

「ザフィーラはヴォルケン・リッター、最後の一人なんだよ?」

「ああ。そういや、そんな話し聞いてたっけ」

 

 スバルの話しに頷き、直後に一人? と疑問符を浮かべるシオンに苦笑しながら、はやてがザフィーラの元まで歩くとその頭を撫でた。

 

「おかえりな、ザフィーラ。ごめんなぁー。クロノ君とのお話しで遅れてもうて……。ロッサのお手伝い、ご苦労様や♪」

「いえ、主。お気になさらず」

 

 頭を撫でられ、気持ちよさそうにするザフィーラに、はやても笑顔を浮かべる。

 

「さて、じゃあ……」

 

 一同が揃い、自己紹介も終わった所でカリムから声があがる。それに一同彼女に向き直った。

 

「始めましょうか」

『『はい』』

 

 一同頷く、そしてシオンはズボンのポケットから待機フォルムのままのイクスを取り出した。

 実はイクス、なのは達に話しがあると言った後、ずっとだんまりを決め込んでいたのだ。シオンがいくら話そうとも何も答えなかった。シオンはそのままイクスを持ち上げる。

 

「イクス」

【……解っている】

 

 漸くイクスから声が漏れる。シオンの手から離れるとカリム達が座るテーブルの真ん中に進み、直後、人型となった。

 銀の短髪に銀の装束を纏った姿に。そして、口を開く。

 

【では、語ろうか。シオンについて、タカトについて、俺が知る、全てを】

 

 そう、言葉を紡いだ。

 

 

(後編に続く)

 

 




はい、第二十九話前編でした♪
日常パートになるのですが、本番は後編からですな(笑)
お楽しみにです。ではでは、次回もお楽しみにー♪


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第二十九話「一つの出会い、一つの別れ」(後編)

はい、テスタメントです。
第二十九話後編をお届けいたします。それと、ちょっと報告が。
少しばかり更新が遅れる事になるかも知れませぬ。
いや、SAODT書いてるのもなんですが、フォレスト更新分の溜めがそろそろ無くなりそうだなと(汗)
なので、ちょっと頻度下がりますが、何卒ご容赦お願いします。
では、第二十九話。どうぞー。


 

【では、語ろうか。シオンについて、タカトについて、俺が知る、全てを】

 

 イクスの言葉に皆が少し息を飲む。それぞれ席に着いた。

 

【まずはおさらいからいこう。タカトの目的について、だ】

「……そやね。伊織タカトの目的は事象創造魔法である創誕の発動。それを持ってしての2年前への世界のやり直し、や……それで間違い無いん?」

「はい」

 

 イクスの言葉を引き継ぎ、はやてがシオンに確認する。シオンはそれに頷き、過去を一緒に見たスバル、ティアナもまた頷いた。はやてはそのままイクスに向き直る。

 

「そんで、彼が感染者を狩る理由もそこにあるんやな?」

【創誕に関しては俺も情報が全く無いので断言は出来ないが……タカトはそう言っていたのだろう?】

「あ、うん」

 

 イクスに問われ、なのはが頷く。

 確かに、タカトはそう言っていた。もし、世界をやり直す魔法があって、それに相応の意思が必要だとするならば、と。

 

「でも、それなら感染者にこだわる必要って無いんじゃないかな……?」

 

 フェイトから疑問が発っせられた。確かにその通りである。ただ意思が足りないならばそこらの一般人を襲えばいいだけだ。

 

「タカトの右手に融合した666の能力は”略奪”だったね?」

【確かな。ならそこら辺が関係しているとみるべきか?】

「そもそもさ」

 

 シオンが声をあげ、イクスに向き直る。それにイクスはシオンに視線を向けた。

 

「何で、俺は意識を保ってるんだよ。普通に考えたら俺も略奪されてるだろ?」

 

 シオンは自身の胸を親指で突きながら問う。

 そう、シオンは計三回も刻印が刻まれていた。普通なら略奪でその意思を奪うのが普通と言える。その言葉に、イクスが唸る。

 そしてトウヤに視線を巡らせた。トウヤはそれを見て暫く逡巡。しかし、イクスに頷いた。

 

「……何だよ?」

【それに関しては色々事情があるんだが――そうだな、先に言っておこう。お前自身の秘密について】

「俺の?」

【ああ。グノーシスでも封印指定、つまりトップシークレットの情報となる。ここにいる者は決して口外しないで欲しい】

 

 イクスが一同の顔をずらりと見回す。急に大きくなる話しに、一同は息を飲み、しかし、しっかりと頷いた。イクスはそれを確認して頷く。

 

【シオン。今現在、お前には真名支配で封印が施されている】

「……は?」

 

 いきなり告げられた言葉にシオンは目を丸くする。イクスはその反応に構わず続けた。

 

【これはお前が産まれてすぐに施されたものだ。そしてタカトがお前の意思を略奪出来ないのもそれが原因だろう……シオン、お前はな】

 

 少しだけ言葉を止める。そしてシオンの瞳を真っ直ぐに見据え、言葉を紡いだ。

 

【タカトと同類……生まれながらの滅鬼、なんだよ】

 

 そう、イクスはきっぱりと言い放った。

 それにシオンは頭を押さえ、こめかみを指でぐりぐりする。いきなり過ぎる話しで全然ついていけないのだ。

 そんなシオンに苦笑し、トウヤがイクスの言葉を引き継ぐ。

 

「この世界の意思を持つ存在。つまりは生命体だが、これには必ず”霊格”と言うものが存在するのだよ。一種の格付けみたいなものだね」

 

 そう言いながらトウヤは手元にコンソールを展開、データを打ち込む。直後にウィンドウがテーブルの中央に表示された。

 

「大体ではあるが、霊格に比例して意思はその大きさが上がるとされる。まぁ、例外は山ほどあるのだがね。それで霊格の順位はこんなものだ」

 

 表示されたウィンドウにデータが並ぶ。そこには上から。

 

     神

    精霊・龍

     竜

    幻想種

     人

 

 と、書かれていた。

 

「まぁ、これはおおざっぱな分け方だがね。大体はこんな格付けとなっている。さて、我々は当然人だ。故に当然霊格は人になる訳だが――時にこれに例外が発生する。人でありながら人以上の霊格を持って産まれてしまう場合が、ね。その例外がタカトであり、シオン、お前だ」

「……えっと」

【詰まる所、お前は人以上の霊格を持って産まれてしまった、と言うだけの話しだ。数が多い訳では無いが、人以上の霊格を持つ者はいない訳ではない。竜並の霊格の持ち主は当然居るしな。ただ、お前とタカトは例外の中の例外だった】

 

 イクスは宙に浮かび、ウィンドウの前まで移動する。そしてウィンドウのある部分を指差した。

 

【お前とタカトの霊格は此処だ】

「……は?」

 

 もう何度目となるか解らない疑問の声をシオンはあげる。イクスが指差した部分は、順位の最上段だったからだ。

 神の部分にイクスは指を差していた。

 

【お前やタカトは産まれながらに霊格が神と同レベルだったんだ。故に因子――いや、アンラマンユと言い直そう。神クラスの霊格二つをタカトは自身には取り込め無かった訳だな】

 

 一旦感染すると意思自体は因子と融合する。これと同じ現象がシオンの中で生じたのだろう、とイクスは告げる。

 つまりシオンは今、神二つ分の霊格となってしまっている事になる。

 

「でも、何で俺に封印なんて?」

【……封印を決断したのはお前の母。アサギだ】

「母さんが?」

 

 その答えにシオンは目を丸くする。そして、イクスは腕組みをして頷いた。

 

【ああ。霊格が巨大と言う事はそれに比例して、絶大な魔力量を所有する。だが、お前の身体はそれに耐えられなかったんだ。聞いた事は無いか? お前が赤子の頃、身体が弱かった事を】

「あ……」

 

 イクスの言葉にシオンは昔、母に聞いた事を思い出した。曰く、よく熱を出しては病院に行っていたらしい。

 

【そして、封印せねばならない理由はもう一つあった。下手に周りにお前の事が知られると厄介な事になりかねなかったのだ】

「……厄介?」

 

 イクスはああと頷く。そのままテーブルの上へと降り立った。

 

【お前の事が知られるとお前を生体兵器や実験動物扱いする輩が出ないとも限らなかった】

「いや、そんな大袈裟な――」

【前例がある。伊織タカトというな】

 

 その言葉に、今度こそシオンは完全に絶句した。

 タカトは幼少期、まだ感情すらも芽生えていない時期から命を狙われ、揚句の果てに地獄に送られている。シオンがタカトと同類と言うならば、それこそ同様の事が起きたことだろう。

 

【タカトの話しはアサギも聞いていたからな。だから危機感を覚えたのだろう。タカト自身を探しがてら、お前の霊格を封印し、ある程度霊格を落としたんだ】

「そっか……」

 

 イクスの言葉にシオンは黙り込む。あまりに実感が湧かない事だ。

 だが、合点がいく事もあった。各戦技変換を習得したとき、イクスが封印が解けたと言った意味を。つまりあれは自身にかけられた封印だった訳だ。

 

「ああ、こっちも質問ええか? イクス」

【ああ、構わない】

 

 はやてが挙手と共にイクスに声を掛ける。彼も頷き、彼女に向き直った。

 

「シオン君に封印をかけた意味は解ったんやけど……伊織タカトにはなんで封印をかけてないんや?」

【かけてるぞ?】

 

 即答する。は? と一同その答えに唖然とするが、イクスは構わない。続ける。

 

【これも後で話そうと思った事だが、タカトにも封印は施されている。奴の右手の手甲、まるで拘束具のようだろう? あれは真名を織り込んだ封印具でな。あれで普段の霊格を二つ程下げている。あれがなければタカトは霊格が神化してしまい、あたりに災害を撒き散らすからな】

「ええっと、具体的にはどんな?」

 

 冷や汗が一筋頬を流れていく事を自覚しつつ、なのはが問う。それにイクスはフムと頷いた。

 

【うっかり視線を合わすだけで相手を呪ったり、世界が軋みを上げたり。戦闘行動を取るとさらに被害は拡大するな。例えば次元震だとか】

「「「あ」」」

 

 その言葉を聞き、なのは、フェイト、はやてが声をあげる。そして、そのままトウヤへと目を向けた。視線を集めた彼は、フウと嘆息する。

 

「アースラにタカトが攻め込んで来て、私と戦った時に、あいつは封印を解いている。あの時の次元震は、それが原因だね」

 

 あっさりと答えられた。それに一同はハァと溜息を吐く。なんともスケールの大きい話しである。

 

【現状、出力だけならばタカトはその能力の一割も出ていない。これはシオンにも共通する事だがな】

「て、ちょっと待て! なら俺の封印、完全に解けたらタカ兄ぃに……!」

【死ぬぞ】

 

 シオンに皆まで言わせずに、イクスは断言する。あまりにきっぱりと言われ、シオンは呆然とした。

 

【何の為に封印を多重に施したと思っている。お前が死なない為にだぞ?】

「いや、でも――そうだ! ならなんでタカ兄ぃは大丈夫なんだよ?」

 

 一瞬だけ気圧され、しかしシオンは立ち直るとそのまま問い直した。イクスはそれに再び頷く。

 

【タカトにあってお前に足りないものがある。つまり、神化した霊格をほぼ完全に制御しうるだけの莫大な意思力だ】

「っ――」

 

 イクスの言葉にシオンは再び絶句する。しかし、やはりイクスは構わない。

 

【何故あいつが幼少期に自分の霊格に潰されなかったか解るか? あいつは自身の霊格を、力を、ほぼ完全に制御出来ていたからだ。封印は漏れ出す”余波”を押さえるために使っているに過ぎない】

「俺の意思力が弱いって事か……?」

【タカトに比べれば、な】

 

 イクスの答えにシオンは視線を下に落とし、うなだれた。唇を噛む。

 

「「……シオン」」

「大丈夫」

 

 スバル、ティアナから声がかかるが、それにシオンは少しだけ微笑む。顔をあげた。

 

「……もう一つ聞きたい事がある」

【何だ?】

 

 尋ねるイクスに、シオンは頷く。そして口を開いた。

 

「俺の真名についてだ。……イクスやトウヤ兄ぃは知ってんのか?」

【一応は、な】

「ああ、知っているとも」

 

 シオンの問いに二人は頷く。ならばとシオンは続ける。

 

「アンラマンユの真名については?」

【……何?】

 

 ここで初めてイクスが驚きの声をあげる。トウヤもまた目を軽く見開いていた。

 

「……知らないみたいだな」

【どう言う事だ? シオン】

 

 逆にシオンにイクスは問う。シオンはそれに頷いた。

 

「ココロの中で、アンラマンユと対峙して、あいつが消える時、あいつは自分の事をこう言ったんだ。カイン・アンラマンユって。そして俺の事を、アベル・スプタマンユって呼んだんだ」

【…………】

 

 今度はイクスが黙り込んだ。驚きに、目を見張って。

 トウヤはまだ若干冷静だったらしい。フムと頷く。

 

「……カインとアベル。旧約聖書に於ける、アダムとイヴの最初の子供だね?」

「……そうなん?」

 

 はやてが問い直し、トウヤは頷く。そのまま続ける。

 

「そしてアンラマンユとスプタマンユはゾロアスター神話、または拝火教とも呼ばれる神話に於ける二律神だ。前者は悪を、後者は善を表わしていた筈だね? イクス」

【あ、ああ……】

 

 頷く。しかし声には動揺が混ざったままだ。そのまま考え込む。

 

【……七ツの大罪、そして原罪。アヴェンジャーとの符合点があり過ぎる……?】

「イクス?」

【……っ。あ、ああ、済まない】

 

 シオンに声をかけられ、ハッとイクスは我を取り戻した。居住まいを正す。

 

【シオンとアンラマンユの関係性、特に真名に関する事は俺も解らない。……トウヤ、調査を頼めるか?】

「ああ、任されよう」

 

 トウヤが頷く。それを確認してイクスは皆に向き直った。

 

【シオンとタカトに関して、これが俺の知る全てだ。他に何か聞きたい事はあるか?】

「あ、ならいいかな?」

 

 なのはが挙手する。それにイクスは頷く。

 

【ああ、何だ?】

「うん、彼――伊織タカトの事なんだけど。どうして、シオン君に憎まれるような行動を取ったのかな? 記憶まで奪って……」

【ああ、成る程な。それに関してはシオン、既に過去の記憶を取り戻したお前の方が良く解るだろう?】

「まぁ、な」

 

 イクスの言葉に頷く。同時に、シオンは顔を歪めた。

 

「シオン君?」

「……はい。タカ兄ぃは、根本的に馬鹿ってだけの話しなんですよ。馬鹿のお人よしってだけの」

 

 苦笑いを浮かべる。思い出すのはタカトの言葉だ。

 「俺がお前の前を歩く」

 「俺がお前の標になってやる」

 この二つの言葉。

 

「タカ兄ぃは、俺に俺自身を憎ませない為に。……罪悪感に押し潰されないように、あんな行動を取ったんだと思います。……俺はあのままだと確実にアンラマンユに取り込まれてましたから」

「……あ……」

 

 シオンの答えになのはは言葉を失う。

 自身を憎ませる事で、タカトはシオンに生きる力を持たせたのだ――標となったのだ。

 だからシオンはがむしゃらにタカトを追い掛ける事が出来た。自分を失う事が無かったのだ。

 言葉を失うなのはにシオンは苦笑いを浮かべたまま頷く。

 

「多分、ですけどね。俺はタカ兄ぃじゃないですから本当にそうなのかは解らないですけど」

「……そっか」

「はい」

 

 シオンの言葉になのはは頷く。それを確認して、再びイクスは皆を見る、が。他には誰も声を上げなかった。

 

【なら、俺の話しはこれで終わりだ】

「うん。イクス、ありがとうな」

 

 はやてがイクスに労いの言葉をかけ、イクスはそれに頷くと宙に浮き、シオンの肩までいくとそこに腰かけた。

 

「さて、イクスの話しは以上や。これとはまた別の事なんやけど、ロッサ?」

「ああ、はやて」

 

 はやての言葉にロッサが頷く。

 そしてコンソールを操作し、ウィンドウを展開した。そこには彼の管理局での本業、査察官として知り得た情報が表示されていた。

 

「実は感染者対策としてアースラを立ち上げた時からロッサにはある事をお願いしてあったんや」

「ある事?」

「うん。最初の感染者との接触、つまりスバルが襲われた事件なんやけど、色々怪しい部分があったやろ?」

 

 はやてが皆を見遣りながら聞く。

 それに皆頷いた。突如としてオーガ種の感染者が現れたのは、曲がりなりにもミッド地上だ。オーガがいる訳が無い。

 しかも、あの場所には結界が張られてあり、スバルが閉じ込められてさえいたのだ。

 

「あの事件はどう考えても人為的やった。やからロッサに色々調べて貰ってたんよ」

「まぁ、色々深い所まで探らなきゃいけなかったからね。はやてにザフィーラを借りてまで調べたんだけど」

 

 苦笑する。そのままピッとコンソールを指が叩き、データをウィンドウに表示させた。

 

「あの事件、そして感染者を巡る一連の騒動に管理局の人間が関わってる。それは間違い無いね」

「やはり、か……」

 

 クロノが呻くように答える。半ば予想はしていたが、信じたくは無い結論ではあった。ロッサも苦笑する。

 

「見事に情報封鎖されててね。中々苦労したよ」

「ごめんなー、ロッサ」

「いや、これは元々僕の仕事だからね。寧ろ、こちらが謝らなきゃいけないくらいだよ。その上での結論なんだけど、陸は確実に白。これは間違いない」

 

 一同を見遣る。陸、つまりはミッド地上だ。なら残るのは一つしか無い。

 

「海――つまりは本局、か」

 

 クロノが呟く。本局の人間として、信じたくは無い結論だろう。フェイトも目を伏せている。

 

「証拠は何も出てはいないけどね。多分間違い無い」

「そか……」

「ああ、後、気になる点として、物資がどうも、どこかに流出してる」

 

 さらにウィンドウに新たなデータが表示された。

 そこには紛失したり、廃棄扱いとされた物資のデータが並んでいた。

 

「関係があるかどうかは別として、少し気になってね。何せ、状況がスカリエッティの時と同じだ」

『っ――』

 

 ロッサの言葉にシオンやトウヤ、イクスを除く一同に緊張が走る。

 それを見て、シオンが隣のスバルとティアナに問う。

 

「なあなあ? スカリエッティって?」

「あ、ええとね?」

「……後で話してあげるから、今は黙ってなさい」

 

 きっぱりと言うティアナを恨めし気に半眼でシオンは睨むが、ティアナは平然と視線を受け流す。

 そんな三人に一同は笑みを浮かべた。緊張が少し和らいだのだ。

 

「さて、僕からの報告は以上だ。はやて、借りていたザフィーラを返すよ。ザフィーラ、手伝いご苦労様だったね。ありがとう」

「ああ。問題ない」

 

 皆が座るテーブルの後ろで控えていたザフィーラが頷いた。

 

「さて、今日はこんなもんやな。カリム、今日はありがとな」

「ううん。私もいろいろ興味深い話しも聞けたし大丈夫よ」

 

 笑顔でカリムが頷く。

 はやては立ち上がり、そのまま一同に向き直った。

 

「じゃあ、今日はこれで解散や。いつもならこの辺で何か起きたりするんやけどなー」

「はやて、縁起でも無い事言わないの」

「そうだよー」

 

 はやての言葉にフェイトとなのはが笑いながらツッコミを入れる。

 一同少し笑い、場が明るくなった。

 

「……さて、じゃあ僕はこの辺で――」

「いかさへんよ、クロノ君」

「まだまだ言い足りない事が山ほどあるんだ」

「じゃあ、スバル、ティアナ、シオン君は先にアースラに戻っててくれるかな? 私達はもうちょっとクロノ君とお話しがあるから」

 

 にこやかに笑みを浮かべるなのはに、シオン達は即座に頷く。

 まだまだ説教をしたり無いのだろう。クロノがものすっごい助けを求める視線を送ってきていたが、一同は全力で見ないフリをした。

 

「じゃあ私もシオン達と行くかね」

「あ、それならアースラに泊まって行くとええよ? トウヤさんが使ってた部屋、そのままやし」

 

 それはありがたいことだ、とトウヤは頷く。そして、一同は解散した――。

 

 ――クロノをいずこかに連行するなのは達を除いて。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「遅くなっちゃったなぁー」

 

 午後7時。ミッド首都クラナガンを、なのはが一人で歩く。

 聖王教会での話しから既に、2時間程経っていた。

 クロノにお話しを続けていた訳だが、途中でどこから来たのかクロノの母であるリンディ・ハラオウンが加わったのだ。そのままハラオウンプチ家族会議(実質クロノへの説教)が始まり、なのはや、はやてはその場を辞する事にしたのだった。

 どうも三人よりもリンディ一人の方が怖いらしく、クロノは真っ白に燃え尽きていたが。

 そして、はやてもカリムやロッサと話しがあるらしく、なのはと別かれたのだ。

 そして、なのは。折角ミッド地上に下りたこともあり、はやての勧めもあったのでユーノ宅に向かっていた。前日の埋め合わせという意味合いもある。

 何せ、前来た時は感染者が出現したり、スバルが感染者化したりしたので、ほんのちょっとしかヴィヴィオやユーノと会えなかったのだ。もう夜だから一日ゆっくり出来る訳では無いが。

 

「ヴィヴィオとユーノ君驚くかなぁー」

 

 フフとなのはが笑う。実は今回、サプライズと言う事もあり、ユーノには何も連絡を入れていない。

 二人がどんな風に驚くのかちょっとだけ楽しみであった。

 そんな風に考えながら歩いている内に、閑静な住宅街に着く。ユーノ宅がある街であった。そのまま進む。

 そして、ユーノ宅の門の前に着いた。なのはは腕時計を確認する現在午後7時半。

 

「よ〜〜し」

 

 門の呼び鈴を鳴らす。暫くしてインターフォンから声が出た。

 

《もしもし?》

 

 ……ん?

 

 その声に、なのはは疑問符を浮かべる。ヴィヴィオでもユーノの声でも無かった――しかし。

 

 どこかで聞いた事あるような……?

 

 その声に聞き覚えがあり、なのはは首を傾げた。

 

《もしもし?》

「あ、すみません。ユーノ君の友人でヴィヴィオの母なんですけど……」

《ああ、噂はかねがね。今、開けるので玄関まで来ていただいて大丈夫です》

「は〜〜い」

 

 インターフォンが切れる。同時に門が開錠された。

 なのはは、そのまま門を抜け、玄関へと向かう。直後、ガチャリと扉が開いた。

 

「いらっしゃ――……い?」

「え……?」

 

 玄関から現れた人物は、なのはの顔を見るなり目を見開き呆然とする。なのはもまた、その人物を見て唖然としてしまった。

 その人物はなのはも知る人物であり、今日の聖王教会での話しにも出ていた人物であった。

 短い黒髪であり、その瞳もまた黒、切れ長の目である――その割には、やたらと眠そうな印象を受けた。

 身長も高く、なのはより頭一つ半くらい高いだろうか。いつも着ている黒のバリア・ジャケットでは無く私服、黒のシャツに、ジーパンという軽装である。

 しかし、そこに、間違ってもユーノ宅にいる筈の無い人物でもあった。

 

 自分達と敵対し。

 自分達と戦った人。

 自分を嫌いだと真っ正面から否定した人。

 

「伊織……タカ、ト?」

「高町……なのは……?」

 

 二人は玄関先で互いに呆然と名前を呼び合い、そのまま硬直した。

 

「タカト、どうしたのさ? ……あれ? なのは?」

「タカト〜〜? なのはママ〜〜?」

 

 数秒後に、ユーノとヴィヴィオが奥から出て来る。そして、呆然とする二人を見て声をかける――が、二人は互いに見合ったまま硬直し続けたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ユーノ宅、食卓。そこで、なのはは再び呆然と目の前の光景を見ていた。

 そこにとても信じられない光景があったから。

 キッチンに立つエプロンをつけたタカトの背中である。

 タカトは機敏にキッチンを動く。

 美味そうな香りが漂い、食欲をそそる――しかし。

 

「……すごい意外だな〜〜」

「なのはママ?」

「あ、ごめんね、ヴィヴィオ。何かな?」

 

 どうも呟きが聞こえたらしい。ヴィヴィオがなのはを見上げ、疑問符を浮かべる。なのはは慌てて向き直った。

 

「タカトとおしりあい?」

「えっと、その、うん……」

「へー、意外だね。タカトも知ってたなら教えてくれたらいいのに」

「……俺もお前達が知り合いとは――ましてやヴィヴィオの母とは思わなかったものでな」

 

 タカトの言葉になのはも乾いた笑いを浮かべる。

 それはそうだろう。自分達が会った場は必ず戦場。しかも大半は敵同士として、だ。知っているほうが問題であった。

 

「えっとね、ユーノ君。この間言ってた新しい居候って……?」

「うん、彼の事だよ」

 

 やっぱり。

 

 その答えを半ば予想していたとはいえ、なのはは少し頭を抱える。何の因果で彼がユーノ宅の居候になったというのか。

 

「ほい、おまっとさん」

 

 ドンっと大皿が食卓の中央に置かれる。その上にはまるで、巨大なパンケーキのような物が乗せられていた。

 

「……今日もまた、変わった物が来たね」

「えっと、この今川焼きの親玉みたいな物、なにかな?」

「何の変哲もないスパニッシュ・オムレツだが?」

 

 そう言われても、なのはに分かる筈も無い。

 タカトは分厚いオムレツにナイフを入れると扇状に切り分けた。断面には薄切りのジャガイモと玉葱がきれいな層になっている。湯気とともに広がるオリーブオイルの香りが鼻腔をくすぐった。

 更にタカトは各小皿を人数分並べていく。他にはシーフード・リゾットと冷たいミネストローネススープが並んだ。

 

「ちなみに今日のは何処の料理?」

「イタリア風だな」

「わぁ〜〜♪」

「……」

 

 目を輝かせるヴィヴィオ。なのはも食卓に乗る料理を見て呆然とする。

 ちなみにユーノ家の住人はタカトにどんな料理を出されても基本的に文句一つ言わずに食べる。

 日替わりで様々(一日足りとも同じ料理は出ない)な料理が出てくるのだが、チャレンジ精神が旺盛なのか、はたまた食生活には無頓着というべきなのか――美味いので文句が一切出ないとも言えるが。

 

「さて、それでは」

「「いただきま〜〜す」」

「……い、いただきます」

 

 ユーノ、ヴィヴィオが元気よく、なのはがおずおずと手を合わせた。

 タカトはオムレツに手製のトマトソースをかけると、それぞれオムレツを小皿に取り分けた。それを各人ナイフとフォークで口に運ぶ。

 

「どうだ?」

「うん、美味しいよ」

「タカトのりょうり、おいしいからすき〜〜♪」

「……美味しい……」

 

 ユーノ、ヴィヴィオがそれぞれ感想を述べる。なのはは口に広がる豊潤な味に感動を覚えつつ、ショックを受けていた。

 女の子としてのプライドやら何やらが音を立てて崩れたのだ。いや、本当に美味しいのだが。

 ちらりとタカトを見ると、嬉しそうに微笑んでいた。一同の反応が嬉しいのだろう。

 そして自分も食べ始めると、フムフムと頷き、同時、なのはへと視線を向ける。ちょうど、視線が合った。

 

「どうだ? 味の方は?」

「え? あ、うん……美味しいよ、凄く」

「そうか」

 

 満足気にタカトは頷く。

 その顔に、なのはは少しだけ呆然となる。初めて見る穏やかな笑顔に、少しだけ見惚れてしまったのだ。

 

「ユーノ」

「うん? どうしたの?」

 

 いきなりタカトがユーノに声をかける。それに、ユーノは顔を上げた。

 

「後で、彼女と一緒に大事な話しがある。時間取れるか?」

「大丈夫だけど。どうしたの?」

 

 タカトの言葉にユーノが疑問符を浮かべる。それにタカトはただ笑う。少しだけ、寂しそうに笑った。

 

「あの……!」

「高町」

 

 思わず声をあげそうになるなのはに、しかしタカトは首を振る。

 何も言うなと、その顔は語っていた。

 

「……? どうしたの? 二人共?」

「後で話す」

 

 ユーノにタカトはそれだけを言う。

 なのははそんなタカトに何も言えなくなった。何も言えないままにオムレツを口に入れる。

 美味しい、タカト手製のオムレツを。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「さて……」

 

 夕食が終わり、一時間程立つ。既にヴィヴィオは就寝していた。

 そして、リビングに、ユーノ、なのは、タカトは集まっていた。それぞれソファーに腰かける。

 

「で、タカト、話しって何?」

「ああ、ユーノ。単刀直入に言おう。俺の素性についてだ」

「……え?」

 

 タカトの言葉にユーノは目を見開く。今までそれとなく聞いた事だが、タカトは頑として話さなかった事だ。

 ユーノの隣に座るなのはが居心地悪そうに身を縮める。

 

「ユーノ、俺はな。第一級の次元犯罪者だ」

「……え……?」

「666と呼ばれる、な」

 

 タカトの言葉にユーノは目を見開いて呆然とする。

 ――666。

 クロノを半殺しにし、アリサを意識不明とした犯罪者の名前だ。

 そして、なのはの、いやアースラの敵でもある存在の名前でもあった。

 

「い、いやだなー、タカト。悪い冗談はやめてよ」

「冗談じゃ無い。本当だ」

「そんな、ねぇ、なのは……?」

「……ユーノ君、ゴメンね」

 

 ユーノはなのはに問う、が。その返答は期待を裏切るものだった。それにユーノは硬直する。

 

「すまない、ユーノ」

「じゃあ、本当に?」

「ああ」

 

 タカトの最後の返答。それにユーノはがくりと肩を落とした。顔を伏せる。

 

「……ユーノ」

「なんで、だい……?」

 

 疑問の声をユーノはあげる。タカトはそれを聞いて目を伏せた。

 

「ここに来たのは偶然だ……意図しての事じゃない」

「そうじゃないよ……!」

 

 顔をあげる。声が荒げた。ユーノは真っ直ぐにタカトを見据える。

 

「僕が言いたいのはそうじゃ無い……! なんで君がそんな事をしたのかを聞いてるんだ!」

「必要だからだ」

 

 タカトもまた逃げない。真っ直ぐにユーノを見据える。

 

「俺の目的に、必要だからやった」

「そんな……」

 

 タカトの言葉にユーノが悲痛の声をあげる。タカトはぐっと息を飲んだ。だけど、視線は逸らさない。ユーノもまた視線を逸らさなかった。

 

「自首しなよ……! 今ならまだ何とかなる! 管理局はキチンとした理由があるならちゃんと話しを聞く! ……僕も、僕も手伝うから!」

「駄目だ」

「何で!?」

 

 ついにユーノは立ち上がる。手を振り、叫んでいた。

 だが、タカトは立ち上がらない。そのままユーノを見続ける。

 

「俺には、俺の目的がある。成さなければならない事がある」

「でも……!」

「ユーノ」

 

 叫ぶユーノにタカトはただ首を振り、名前を呼ぶ。

 それにユーノは顔を歪めた。気付いたからだ。タカトは自分の言葉では止まらない事が。

 

「済まない、俺は、これしか言えない」

「タカ、ト」

「せめて今晩中に此処を出る。……ヴィヴィオには上手く言っておいてくれ」

 

 そこまで言うとタカトは立ち上がった。変わりに、ユーノがソファーに沈む。

 

「……僕は、君に何も出来ないのか……? 君を……友達を……」

「そんな事は無い」

 

 一人ごちるユーノに、タカトは首を振る。そして言葉を紡いだ。

 

「お前のおかげで、お前とヴィヴィオのおかげで、俺は随分救われた。忘れてたモノを取り戻せた」

「タカト……」

「ユーノ、ありがとう」

 

 そうユーノに言うと、タカトはリビングを出た。そして、ユーノ宅の宛がわれていた部屋に戻る。

 どちらにせよ部屋にあるのは必要最低限の荷物だけだ。ぱっぱと荷物を纏めると、部屋を出る。

 そのまま玄関へと向かう――と、途中でなのはが立っていた。

 真っ直ぐにタカトを見続ける。しかし、タカトは彼女には視線を合わせない。横を抜ける。

 玄関に着くと、靴、黒のスニーカーに足を通した。

 

「タカト……」

 

 直後に声がかかる。ユーノだ。リビングから出て来たのだろう、タカトを見続ける。

 

「君の事を、僕はまだ友達だって思ってる」

「俺もだ」

 

 靴を履き終わるとくるりとタカトは振り向く。ユーノに微笑んだ。

 

「ではな」

 

 別れを告げ、扉を開く。そして、タカトはユーノ宅から出ていった。

 パタンと扉が閉まる――それを最後まで見る。そして。

 

「……いってらっしゃい。君が帰って来るのを、僕は待ってるから」

 

 そう呟いて、ユーノは、なのはに向き直った。

 

「タカトを追うんだろ?」

「……でも」

 

 なのははユーノの言葉に戸惑う。しかし、ユーノは首を振った。

 

「……僕は大丈夫。だからなのは、タカトを追って」

「でも……」

「なのは」

 

 迷うなのはをユーノは真っ直ぐに見詰めた。口を開く。

 

「お願い、タカトを追って」

 

 その言葉に、なのははぐっと息を飲む。そしてコクリと頷くと靴を履き、玄関から出た。

 

「タカト……」

 

 ユーノはそう呟き、うなだれる。

 玄関のたたきの上に数滴、涙が落ちた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 なのははユーノ宅から出るなり、走り始めた。

 既にタカトの姿は無い、どこに居るのかわからない。

 それでも走る。走って、走って、走って、走って――。

 

 ――そして。

 

「見つ、けた……!」

 

 息を荒げながら前を見る。そこにはテクテクとただ歩くタカトが居た。

 気付いていないのか、なのはに目もくれない。

 とにかく近付こうとなのはは駆け寄る。角を曲がり、タカトまで残り数m――。

 

「――何をしに来た」

「っ!」

 

 突如として声がタカトから放たれた。タカトは一度も振り向いていないのにも関わらず、だ。

 なのはは一瞬だけ息を飲み、しかし、ぐっとタカトを見据えた。

 

「あなたと、キチンとお話し、したくて」

「俺はお前と話したく無い」

 

 取り付く島も無い。堅く自分を拒絶するタカトに、なのははくっと目を伏せる。

 タカトは構わない、振り向きもしない。

 

「……ゴメン、ね」

 

 なのははいきなり謝った。それに、タカトの歩みが止まる。しかし振り向く事はしない。

 

「何故、君が謝る?」

「だって、私が来たせいで――」

「関係ない。遅かれ早かれ、こうなるのは必然だった」

 

 きっぱりとタカトは言い放つ。

 それは言外に君は悪く無いと言っているも同然であった。

 そんなタカトになのははぐっと唇を噛む。そのまま、彼の背中を見据えた。

 

「あなたはいつもそうなの?」

「……何の事だ」

「シオン君の、ユーノ君の事だよ。いつもあなたは自分を犠牲にしてる」

 

 なのはの言葉が響く。タカトはしかし、振り向かない。

 

「あなたは、自分を大切にしようって思わないの? あなたは――」

「黙れ」

 

 タカトは最後までその言葉を言わせなかった。なのはの言葉を容赦無く切り捨てる。

 

「言った筈だ。俺は幸せとやらが理解出来ないと。そんな俺が何かを、ましてや自分を大切にしようなぞ、考えるとでも?」

「私も言ったよ。あなたは幸せをキチンと理解出来るって。それにあなたはちゃんと大切にしてる。シオン君を、ユーノ君や、ヴィヴィオだって……」

「シオンに話しでも聞いたか?」

 

 いきなりの問い。それになのはは言葉を失い、しかしコクリと頷く。

 背を向けているタカトは、それが見えている訳でも無いだろうに、笑い声をあげた。

 

「君は何を勘違いしている? ……俺はただ、俺のエゴの為に動いているに過ぎん。創誕を成すと言う目的の為にな」

「それだって、シオン君の為に……!」

「違うな。俺は俺の為に創誕を成す。その結果がどうあれ、な」

 

 タカトはなのはに全く取り合わない。だが、なのははタカトの言葉に首を振る。

 

「違う……違うよ、そんなの、ただの言い訳だよ」

 

 そのままタカトに歩み寄る。その背中を、ただ見つめた。

 

「あなたは……タカト”君”は、ただ逃げてるだけだよ」

 

 その言葉に、タカトは漸く振り向いた。いつか見た、感情の無い瞳で自分を見据える――彼はゆっくりと口を開いた。

 

「やはり、俺はお前が嫌いだ」

「タカト君……」

「勝手に下の名前で、君呼ばわりするな」

 

 再度の否定、それになのはは顔を歪める、悲痛に。

 それにタカトはぐっと眉根を寄せた。瞳に感情が戻る。

 

「俺は君が解らない」

「タカト君……?」

「名前で呼ぶなと言っている。……まったく、何度も言うが敵だぞ、俺は? 何で君はそんなにも馴れ馴れしいんだ」

 

 ハァっとため息を吐く。

 悲痛な顔のなのはを見ていられなくなったのだろう。タカトは素に戻っていた。

 そんなタカトに、なのはは少しだけ微笑む。

 

「あなたが、気になるから」

「そう言った事を男に言うのは止すんだな。勘違いされるぞ」

 

 タカトの言葉になのはは?と疑問符を浮かべる。それに、タカトは再度嘆息した。

 

「……結局の所、君は俺に何を望むんだ?」

「え?」

「『え?』じゃない。俺としては今現在、全力で君に下の名前で呼ぶ事と君付けを止めて欲しい。変わりに君は何を望むかと聞いているんだ。……余程無理じゃない願いなら聞いてやる」

「私が君に……?」

 

 呆然と、なのははタカトの言葉を繰り返す。思ってもいなかった事態だからだ。

 なのははしばし悩み、そして答えを出した。

 

「名前を呼んで?」

「……何だと?」

「あなたに私の名前を呼んで欲しいの」

「いや、さっきから高町と呼んでるだろう」

「ちゃんと、下の名前で呼んで?」

 

 はっきりと、なのはは言う。それにタカトはうっと唸った。しばし考え込み、本日3度目のため息を吐く。

 

「……解った。なのは、これでいいか?」

「うん、タカト君」

「おい」

 

 名前で呼んだにも関わらず下の名前で君呼びするなのはを、タカトは睨みつける。だが、なのはは微笑むだけ。

 

「私、一度も止めるなんて言ってないよ」

「……そう言うのを詐欺士の論理と言うんだ、悪女め」

 

 唸り、再度の嘆息を吐く。そして、タカトはなのはに背を向けた。

 

「あ……」

「止めるなよ? ……まぁもっとも、君個人では俺には勝てんがな」

 

 フッと笑うとタカトはそのまま歩き出した。それを、なのは見つめ――。

 

「なら、賭ける……?」

 

 そんな事を言い出した。

 タカトはその台詞に、顔だけをなのはに向ける。

 

「君は何を言っている?」

「勝負しようよ、タカト君。負けた方は必ず相手の言う事をなんでも聞くの」

 

 疑問符を浮かべるタカトに、なのはは構わない。真っ直ぐにタカトを見据える。

 

「受ける義務は無いな。俺にメリットが無い」

「……あるよ。私、とか」

「興味のカケラも無いな」

 

 あっさりと言うタカトに、なのはがムッとなる。思わず怒鳴ろうとして。

 

「だが、君に下の名前と君付け呼ばわりを無くさすにはそれが一番手っ取り早い、か」

「え……?」

「何を意外そうな顔をしている。受けてやると言ったんだ」

 

 タカトの返事に、しばしなのはは呆然とする。まさかすんなり受けるとは思わなかったからだ。

 

「どうした。やはり取り消すか?」

「う、ううん! やろう! なら今から――」

「今からここでやろうなんて馬鹿な事は言うな。近所迷惑にも程がある」

 

 既に夜中だ。確かに相当な迷惑となるだろう。うっと怯むなのはに、タカトは嘆息する。

 

「どうせ、この先も敵同士として戦場で会う事もあるんだ。その時にでも戦えばいい。いちいち焦るな」

「あ、うん」

 

 頷くなのはを確認すると、再びタカトは歩き出した。今度こそは止まるつもりは無いのだろう。迷い無く歩いて行く。そして。

 

「では、またな。なのは」

 

 そう言って夜の闇に消えた。なのははしばし呆然として。

 

「うん――うん! またね、タカト君!」

 

 満面の笑みを浮かべて頷いたのであった――。

 

 

(第三十話に続く)

 

 




次回予告
「ユーノ宅からタカトが出ていった、一人抜けた家は寂しくて」
「しかし、時間はそれを許さない」
「ミッドに現れる大量の感染者と、新型のガジェット!」
「そして、彼等はついに表舞台に立つ――」
「次回、第三十話『反逆せしもの』」
「ツァラ・トウ・ストラはミッドの空を席巻する」


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第三十話「反逆せしもの」(前編)

「闇の書事件からいろいろ言われとったのは覚悟しとった。犯罪者、そう呼ばれた事も一度や二度やない。けど、自分がちゃんとすればそんな事も無くなる。そう思ってた。けど、現実は――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 XV級次元航行艦レスタナーシア。その艦長である、グリム・アーチル提督は傲慢で知られている。

 自分が正しいと思えば、皆全て正しいと思う傾向にあるのだ。その思考を肯定できないものをグリムは認めない。

 これが、はやてやアースラ隊を認めない原因でもあるのだが。つまる所は傲顔不遜なのである……しかし。

 

「…………」

《面を上げよ》

「は、ハハっ!」

 

 レスタナーシアのブリッジに映るモニター。その中の男にグリムは膝をつき、頭を垂れていた。

 グリムが、である。

 彼は心底モニターに映る男に敬服していた。故に管理局すらも裏切ったのだ。いや、管理局内部にすらもこの男の影響は及んでいる。

 その一人がグリムでもある。それだけの話しだ。

 グリムは言われた通りに顔を上げ、モニターの男に向き直る。

 四十前半くらいの男だろうか。かなり大柄な男であった。おそらくは2mを越えている。

 そして分厚い筋肉の装甲で覆われたその体には黒と各部を銀の縁で彩った服装を着ている。間違いなくバリアジャケットだ。その男は、グリムに鋭い視線を送りながら口を開く。

 

《実験は順調か?》

「ハ。既に”因子兵”の実験は成功しております。こちらの制御も96%の状態を維持出来ております」

《100では無いのか?》

「い、いえ。何分、因子を使ったモノ達。少しばかりコントロールが……」

 

 一気に強まる男の圧力に、グリムは冷や汗を滝のように流しながら答える。

 機嫌を損ねれば何を起こすか分からないからだ。グリムの言葉を聞き、男は鷹揚に頷いた。

 

《……よい。後は新型の機械兵が補おう》

「ハ。では――」

 

 男の声にグリムは顔をあげる。再び男は頷いた。

 

《うむ。今日、この時をもって、我等は管理局に宣戦を告げる》

「お、おお。ついに……!」

 

 グリムは感激に顔を綻ばせながら答える。それは、グリムが待ちに待っていた言葉だからだ。

 

《うむ。その上でグリムよ、貴様に命を下す》

「ハ、なんなりとお申しつけを」

《因子兵一万。機械兵群二万を与える。ミッドチルダを攻め落としてみせよ》

「……ハ!」

 

 つまり一番槍が自分に与えられた訳だ。グリムの笑みはさらに深くなる。

 

《貴様が地上を攻めておる間に、我等は本局を落とす。例の部隊を地上に引き付ける事。それが貴様の役目だ》

「――落としても構わないので?」

 

 それが不遜であると理解していながらグリムはあえて問う。男はそれに笑った。

 

《構わん。好きにせよ》

「ハッ!」

 

 その答えにグリムは笑いをあげる事を必死に堪えた。これで漸く、自らの復讐を始められるのだ、と。男は更に続ける。

 

《こちらからは無尽刀を送る。好きに使え》

「奴を、ですか? しかし……」

 

 その言葉にグリムは少し迷う。

 無尽刀、つまりアルセイオは、先日任務を失敗したばかりである。

 いくらイレギュラーがあったとしても、二度の失敗は許しがたかったのだが――。

 

《奴と私はそれなりに付き合いが深い。心配する必要は無い》

「ハッ。承知しました」

《うむ。ではな。グリム・アーチル。戦果を期待している》

 

 その言葉と共に画面がブラックアウトする。通信が切れたのだ。

 それを確認するとグリムは立ち上がる。

 

「進路をミッドチルダに向けろ」

 

「了解です……いよいよですね、提督」

「ああ……漸く、だ」

 

 管制官の言葉にグリムは頷く。その目は場違いながら――ようやく成すべき事を成せると輝いていようにも見えた。懐から二枚の写真を取り出す。それを見遣りながら、ふっと笑った。

 

「裁きの時だ、愚か者達の、な」

 

 そしてレスタナーシアはミッドチルダに向かった。

 数多の災厄を満載して、反乱の狼煙を上げる為に。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「さて」

 

 次元航行艦、アースラ。その転送ポートに入るトウヤをシオンは見る。

 聖王教会での話し合いから一泊し、次の日の朝。

 体調が回復した事もあり、トウヤが地球に戻るの事になったのである。シオン、そしてFW陣はその見送りに来ていた。

 

「ではね、シオン。それからスバル君、ティアナ君、エリオ君、キャロ君」

「うん、トウヤ兄ぃも、向こうで調べ物頑張ってね。ユウオ姉さんによろしく」

「うむ……ああ、漸くユウオに逢えるよ。あの尻とこれ以上離れると禁断症状が……!」

「……セクハラは程々にね」

 

 くねくねと嫌な動きをかますトウヤに蹴りを入れたい衝動を必死に堪えつつシオンはため息を吐く。

 ……帰ったそうそうユウオに降り懸かる災難を予想してしまい、思わず合掌した。

 

「ふっふっふ、ユウオもさぞかし、私を待っているだろうとも!」

「仕事的な意味でね」

「……まぁ、それは置いておくとしてだ。エリオ君、例のアレだが」

「あ、はい」

 

 半眼でツッコミを入れるシオンをさらりと躱し、エリオに向き直る。エリオも頷きながらトウヤへて居住まいを正した。

 

「一応はアレで合格だ。よく鍛練したものだね」

「あ、はい。トウヤさんに教えられた通り頑張りました!」

 

 エリオがトウヤの言葉に頷き、笑顔で答えると、トウヤも頷いて見せた。

 実はエリオ、トウヤがアースラに来る度に宿題を与えられていたのである。それが今回、及第点を与えられた形であった。

 そんな二人にシオンが疑問符を浮かべる。

 

「……? 何の話し?」

「フ、気になるかね?」

「まぁ、少しは」

 

 トウヤの返事にシオンは素っ気なく頷いた。

 何せ、”この”兄である。エリオに何を教えたのか気にならない訳が無かった。

 ……フェイトが泣くような、有害図書指定的な事でなければいいのだが。

 トウヤはそんなシオンの思考に構わず、キランと笑う。

 

「何せ、例を見ぬ程のフラグの天才だったのでね。女性の扱い等をこう、ね?」

「え、エリオ、お前、まさか――!」

「え? ち、違いますよ、シオン兄さん! トウヤさんも何を言ってるんですか!?」

「ふ、言い訳かね?」

「エリオ……」

「エリオ、あんた……」

「スバルさん!? ティアさん!?」

 

 エリオは自分を見てぽそぽそと、「最近の子は……」だの、「エリオだしね……」とか話し合うスバル、ティアナに悲鳴を上げる。と言うか、そういった事は聞こえないように話して欲しい。まる聞こえなのは本当どうだろうか? エリオはトウヤをキッと睨む。

 

「トウヤさん! 嘘だって皆に言って下さい!」

「何!? どこまでが嘘だと言うのかね!?」

「最っ初、から、最後までだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 エリオにしては珍しく敬語が外れたマジなツッコミが入る。そんな不幸な少年に、キャロが正面に回ると、ニコっと微笑んで来た。

 

「大丈夫だよ、エリオ君!」

「キャロ……! ああ、やっぱり君だけが――」

「エリオ君は最初から私の扱い上手だったから!」

「ぐっふぅ!?」

 

 フォローを入れてくれるかと思いきや、止めだった。

 キャロの言葉にエリオは膝から崩れ落ちる。悲鳴を上げるキャロを尻目に、トウヤはハッハと爽やかな笑みを浮かべた。

 

「いやあ、ここまでのリアクションが取れるとは……からかいがいのある子達だね」

「あ、やっぱし嘘なんだ?」

「ずっとそう言ってるじゃないですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 第一、嘘だと分かってたならなんで言ってくれないんですか!? トウヤさんだって嘘だって言ってくれたら……!」

 

 シオン、トウヤに叫ぶエリオ。その目尻には涙が浮かんでいた。

 そんなエリオに、この異母兄弟達はグッと親指をおっ立てて見せる。

 

「「いやー、楽しくて、つい♪」」

「控え目な言葉で言いますけど最っ低ですよ、アンタら兄弟!!」

 

 全力で叫びながら、この二人を揃ってノせるとろくな事にならないと言う事をエリオは学んだ。

 ――余談だが、最近エリオはツッコミが上手くなるのと同時に言葉遣いがちょっと悪くなってきており、フェイトを悩ませているのだが……それはまた、別の話しであったそうな。

 

「さて、では楽しんだ事だし、そろそろ帰るとしようかね」

「うん、じゃあね。トウヤ兄ぃ」

「フォローは無しですか!?」

 

 エリオが再び叫ぶが、二人は華麗にスルーする。見れば、スバルとティアナも既に話し合いを止めていた。

 二人も最初から分かっていた証拠である。そんな一同の反応に拗ねるエリオに、トウヤが苦笑する。

 

「まぁ真剣な話し、後は実戦での応用だからね。シオンは先輩にあたるし、いろいろと教えて貰うといい」

「……はあ」

「む、なんだね、その生返事は? 私が信じられないのかね?」

「……さっきまでは信じてました」

 

 これまたエリオには珍しく半眼で睨む。その視線を流しながら、トウヤはコンソールを操作した。

 

「ではね、皆、また会おう。シオン、あまり迷惑をかけぬようにね」

「了解。そんじゃあね」

「ああ」

 

 頷き、そして転送ポートが起動。直後、トウヤの姿は消えたのであった。

 

「さって、トウヤ兄ぃも帰ったし、部屋にでも戻るかなー」

「アンタも私達も待機でしょうが」

「ピロティに行こうよ、喉渇いちゃったし」

「……エリオ君、大丈夫?」

「う、うん、大丈夫だよ。ちょっと疲れたけど」

「なんだエリオ、だらしねぇなー」

「……半分はシオン兄さんのせいです」

「気のせいだ」

「断言した!? いやいや、なんなんですか、その自信!」

「気のせいだ」

「……もういいです」

 

 わいわいと騒がしい一同はピロティに向かい歩き出した。出撃待機中の間の時間を潰そうとして――だが。

 突如、その騒がしい声すらも切り裂いて、音が響いた。

 それは、決して聞き慣れたく無い音であり、しかし、聞き慣れてしまった音。

 つまりアラート。それが、艦内に激しく響いたのであった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 時間は少し遡る――。

 ミッドチルダ地上、閑静な住宅街にあるユーノ宅。

 その食卓に、ユーノ、ヴィヴィオ、なのはがついていた。だが、いつものような賑やかさは無い。それどころか静まり返っていた。

 誰も話さない。ユーノ、なのはがちらりと視線を交わし、そして同時にヴィヴィオを見る。

 ヴィヴィオは黙々と朝食を摂っていた。トーストにハムエッグ、サラダというシンプルメニュー。

 それを食しながら、しかし、話さない。

 いつもならヴィヴィオは誰よりも話す。それを昨日まで居た同居人は笑いながら、「飯を食べてる時はあまり口を開かないようにな?」と、窘めていたものだが――そこまで考えてユーノは苦笑する。

 まだ、自分も相当に引きずっている事を自覚したから。

 ヴィヴィオは朝起きるなりタカトが居ない事に気付いた。どうやらタカトが使っていた部屋に入ったらしい。

 朝練の為に庭に居たのだが、いつまで経っても来ないタカトを起こそうと部屋に入ったのだろう。

 そして、見た。

 綺麗に荷物がなくなり、ガランとした部屋を。確かに元々タカトは荷物を部屋に殆ど置いていなかった。だが、いくらなんでも全部無くなっていれば嫌でも気付く。

 ヴィヴィオもまた、悟ったのだ。いつもの外出では無く、ユーノ宅から本当に出ていったタカトの事を。

 結局、ユーノはタカトに言われたような嘘を吐けなかった。

 なのはと敵対していた、と言う部分は何とかぼかしたが、それ以外は知られてしまったのだ。だが、ヴィヴィオは話しを聞くなり飛び出した。タカトを追い掛ける、と。

 それをなんとか、なのはとユーノの二人掛かりで止め、説得したのだが。

 

「……ごちそうさま」

 

 ――納得してないよね……。

 

 ヴィヴィオの様子にユーノは嘆息した。

 彼女の反応は当然とも言える。ユーノとしても認めたく無い事なのだ。タカトが犯罪者だった事など。

 だが、ユーノは本人から聞かされている。タカトが第一級の次元犯罪者だと。

 それもあり、ユーノは無理矢理に自分を納得させる事が出来たが、ヴィヴィオはそんな事は出来まい。ましてや、何故家を出なければならないのか――それをヴィヴィオに納得させられる自信は、ユーノには無かった。

 

「……いってきます」

「あ、うん……ヴィヴィオ、いってらっしゃい」

 

 いつの間にか半時間程経っていたらしい事にユーノは気付く。ヴィヴィオの登校時間であった。本来ならユーノも本局の無限書庫に出勤する時間なのだが、タイミングがいいのか悪いのか、ユーノは本日休みであった。

 長い間溜めに溜めていた有給休暇を使ったのである。予定では、タカトと色々クラナガンあたりを回る予定だったのだが――

 

「……ユーノ君?」

「わっ!? なのは、どうしたの?」

 

 こちらの顔を覗き込んでいたなのはに気付き、ユーノは背を反らす。そんなユーノに、なのはは首を傾げ、しかし視線を落とした。

 

「……やっぱり、ヴィヴィオ」

「あ、うん。全然納得してない、ね」

 

 頷く。それに、なのはの顔も少し暗くなる。ユーノは苦笑した。

 

「タカトが出ていったのは、なのはのせいじゃないよ。タカトだってそんな事言わなかっただろ?」

「うん。いつか、こうなる事は必然だったって……」

「そっか」

「あのね、ユーノ君」

 

 なのはが顔をあげる。

 そして、話し出した。昨日、タカトと話した会話の内容を、そして、賭けの事を。それを聞いて、ユーノは目を丸くする。

 

「なのは、タカトと戦うの?」

「うん。タカト君とは戦わなきゃいけない。そんな気がするの」

 

 ユーノはその答えを聞いて、そっかと呟いた。思い出すのは、二人のなのはの親友だ。

 フェイトとヴィータ。二人とも、なのはと本気で戦って、そして分かり合った事に。

 

 ――ひょっとしたらなのはなら。そうユーノは思うが、気は進まない。

 

「ユーノ君?」

「なのは、タカトは……」

 

 そこまで言いかけて口をつむぐ。なのはの強さはユーノもよく知っている――知っていて、なお不安だった。

 タカトは666。たった一人で管理局に真っ正面から喧嘩を売り、なのは達と戦い、それに勝利したような出鱈目な強さらしい。

 そんなタカトになのはが戦うと言うのなら、必然、無茶をやるのが目に見えていた。

 その結果を想像してしまいユーノは顔を歪める。

 いつかのような大怪我を負わないとも限らないのだ。そんなユーノに、なのはは微笑んだ。

 

「大丈夫だよ、ユーノ君」

「……なのは」

「絶対、大丈夫」

 

 そう、にっこりと笑う。ユーノはそれにしばし呆然とし、そして、ゆっくりと微笑んだ。

 

「うん。でもあんまり無茶は駄目だからね? またヴィヴィオが泣いちゃうよ?」

「う……。うん、気をつけるよ」

 

 ユーノの言葉になのははそれを想像してしまい、頬が引き攣る。

 そんななのはにユーノは微笑み、席を立った。うーん、と伸びをする。

 

「さて、タカトがいないんだし、僕が家事をやんなきゃね」

「あ、ユーノ君、手伝うよ」

「うん、なのは、ありがとう。……でも、大丈夫? アースラに戻らなくて」

「うん。昼頃にはやてちゃん、フェイトちゃんと合流して、戻るから――」

 

 そう言ってなのはは立ち上がろうとする――しかし、直後にいきなり目の前にウィンドウが展開した。

 通信だ。なのははウィンドウ横のコンソールを指で操作し、通信を繋げる。

 通信を送ってきたのはシャーリーであった。相当に慌てている。

 

《あ、なのはさん! よかった……! 通信に出てくれて……》

「シャーリー? どうしたの?」

《はい、実は》

 

 そしてシャーリーから告げられる。今、ミッドで何が起きているのかを。

 それを聞いて、なのはは顔を強張らせた。

 

「……地上本部にすぐに飛行許可を貰って。後、詳しい情報を。八神艦長やフェイト隊長には?」

《既に知らせてあります!》

「うん。なら私は二人と合流するよ。アースラはすぐこっちに?」

《はい、もうすぐ到着予定です》

「ならスターズの指揮はヴィータ副隊長に一任、ライトニングの方は――」

《フェイトさんからシグナムさんに、と》

「了解。ならそっちは任せるね?」

《はい!》

 

 通信が切れる。そして、なのははユーノに向き直った。ユーノもまたすぐに頷く。

 

「僕はすぐにヴィヴィオの元に向かうよ」

「うん……。ごめんね、ユーノ君」

「大丈夫。なのはこそ、気をつけて」

 

 なのはは頷き、すぐに玄関に向かう。その途中で飛行許可が来た。靴を履き、玄関から飛び出る。

 そのまま胸元からレイジングハートを取り出した。

 

「行くよ、レイジングハート」

【オーライ、マスター】

「うん、レイジングハート! セーット、アップ!」

【スタンバイ・レディ、セット・アップ】

 

 次の瞬間、なのはは光りに包まれ、一瞬にして白のバリアジャケットを身に纏った。左手に杖状になったレイジングハートを握ると、空へと翔けた。急速度で舞い上がり、一気にクラナガンに向かう。

 そうしながら、なのははキュっと奥歯を噛み締める。さっきのシャーリーの通信を思い出したからだ。それは、こう言う内容だった。

 

 ――大量の感染者反応と、見た事も無いヒトガタを模したガジェットがクラナガンに突如として出現。どれ程の数なのか、把握しきれない程の数が居る――と。

 

 ――何が、起きてるの……?

 

 漠然と胸の内に嫌な予感を覚えながら、しかし、くっと前を見る。

 自身が出せる最高の速度で、なのははクラナガンへと翔けた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ミッドチルダ、首都クラナガン。

 朝――である。本来ならば、そこは多数の人が行き交う場所だ。賑やかに、しかし、平和に。だが、そこは静かだった。行き交う人達の姿は何処にも無く、また、車も一台も通っていない。

 普通ならば有り得ない事だ。だが、クラナガンにヒトと呼べる存在は何処にもいなかった――そう、”ヒトは”。

 ビルの影でぴちゃぴちゃという音が鳴る。もし、そこに人がいたとして、そこを覗き込んだりしたら驚愕に腰を抜かしていただろう。あるいは、胃の中身を全てぶちまけていたか。

 音の発生源はスーツ姿の男性だった。四十くらいか、ビルの影に仰向けで倒れており、そして、身体が”半分になっていた”。

 下半身が、無い。何故か。

 それは男の周辺にいるヒトガタの仕業だった。

 ヒトでは無い。

 有り得ない。

 何故ならば、そのヒトガタは二つの目が無く。顔の中央に大きな目が一つあるだけだったからだ。亜人でもこんな種族はいない。

 服も着ていない。いや、着る必要がそもそも無いのか。隠すものがそもそも無いのだから。

 そして何よりヒトガタをヒトでは無いと断言出来る所があった。

 

 ――食べていた。

 

 そのヒトガタは、スーツ姿の男をクチャクチャと食べていたのだ。

 内臓を引きずり出し、その血を啜っている。

 気付けば至る所でそんな音が響いていた。そしてヒトガタの上空を今度は機械のヒトガタが通り過ぎる。

 ここにもし、JS事件の当事者が居れば目を見張った事だろう。そのヒトガタは、まるでガジェット2型に手足をくっつけたような不細工は造形をしていたのだから。

 ヒトは無く、ヒトガタが席巻する世界。そう、クラナガンは静かに地獄と化していた。

 

「……こっちも、か」

 

 瞬間、声が響いた。

 それに男を喰らっていたヒトガタが顔を向ける。

 その後ろのガジェットもどきもだ。そこに居たのは銀の髪に紅の瞳、黒のバリアジャケットに身を包み、大剣を肩に担ぐ少年だった。その顔は悲痛に歪んでいる。

 視線の先に居るのはヒトガタに喰われていたスーツの男性。その顔には恐怖が、そして苦痛が張り付いていた。

 ”生きながらにして喰われたのだ”。その苦痛は、いかほどのものだったろう。

 少年は、神庭シオンは一瞬だけ目を閉じる。黙祷だ。

 それを好機と見たか、二つのヒトガタが一斉に動く。

 片やシオンを喰らわんと、片や敵対者を殺すべく、しかし。

 

「神覇、壱ノ太刀」

 

 声が響く。その声には後悔、悲哀が込められていた。そして、何より――。

 

「絶影」

 

 ――憤怒が。

 

    −閃!−

 

 二つのヒトガタの動きが止まる。シオンの姿は既にその前には無い。後ろにあった。

 大剣、イクスを振り下ろした姿で残心している。

 そして、数瞬の間をもって、落ちた。二つのヒトガタの半身が、ごとりとコンクリートの地面に落ち、遅れて残りの部分が倒れた。それをシオンは見て、残心を解く。

 

「……ごめん」

 

 しゃがみ込む。目の前にはヒトガタに喰らわれていた男がいた。瞼に手を当て、閉じさせる。できれば然るべき所に埋葬してやりたい。

 

「そうもいかない、か」

 

 キロリとシオンは視線を巡らせる。そこには、先程叩き斬ったヒトガタが居た。半身を斬った筈なのに、五体満足である。

 何故か? それはヒトガタの周囲のものが物語っていた。

 アポカリプス因子――いや、アンラマンユが。そう、ヒトガタは感染者だった。

 そして、ビルの影から、路地から、まるでシオンを囲むようにヒトガタが現れる。

 さらに上空には機械のヒトガタ達が飛来した。総数三十程の二種類のヒトガタ達。それを前にして、シオンは――笑った。

 

 凄絶に、怒りに燃えた瞳で笑う。

 

「悪ぃがよ。俺、今凄まじく機嫌が悪くてよ」

 

 イクスを構える。同時にヒトガタ達も前に、シオンへと進んだ。

 

「ただで帰れるなんざ、思うなよ?」

 

 直後、三十のヒトガタが一斉にシオンへと突っ込んだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 突っ込んでくるヒトガタ達。それをシオンは冷ややかに見つめながら前進する。

 

「セレクト・ブレイズ」

【トランスファー】

 

    −閃−

 

 ――悲鳴が上がる。感染者のヒトガタ達からだ。

 シオンの前に居た三体のヒトガタは、片腕を失っていた。シオンがブレイズに変換すると同時に、両のイクスで伸びてきた手を斬り落としたのだ。

 さらに前進して、囲みを突破しようとする。だが。

 

「……っ」

 

 −弾・弾・弾・弾・弾−

 

 響く銃声。ガジェットもどきから放たれた銃弾群だ。質量兵器は禁止の筈だが、敵にとっては関係あるまい。それに。

 

 ――今の状況なら逆に助かるな?

 

 それだけをシオンは思う。と、身体を横に回す事で追撃の銃撃を回避。そのまま”障害物”の後ろに回る。

 

 再び、悲鳴が上がった――感染者のヒトガタ達から。

 背中を銃弾で貫かれたのだ。しかし、ガジェットもどきは止まらない。左手の銃、マシンガンを撃ち続ける。対し、シオンはすかさず反撃を選んだ。

 

「双牙、連牙」

 

    −閃−

 

 地を走る四条の剣閃が、銃弾を受け続ける感染者のヒトガタごと、ガジェットもどきに叩き込まれる。

 感染者のヒトガタはともかく、ガジェットもどきに再生能力なぞ無い。銃撃を浴びせていたガジェットもどきは、地を走る剣閃を受け、あっさりと崩れ落ちた――シオンは止まらない。

 

「セレクト・ノーマル」

【トランスファー】

 

 ノーマルに変換。大剣となったイクスを銃撃を受け続けていたヒトガタ群に真下から叩き込むと同時に魔力放出。

 

「ヒュウッ!」

 

 鋭い呼気と共に一気に振り上げる!

 

    −轟!−

 

 激烈な一撃がぶちかまされた。直撃を受けて、三体のヒトガタがシオンの真上に吹き飛ばされる。それは同時に一つの結果を齎した。

 シオンの背後、上空から襲い掛からんとしたヒトガタに吹き飛んだヒトガタがぶつかったのだ。ちょうど三体ずつ、合わせて六体。

 

「セレクト・ウィズダム」

【トランスファー】

 

 ウィズダムに変換すると、同時にシオンは突撃槍と化したイクスを振り向きざまに突き出す! イクス・ウィズダムは内部から展開した。

 

「剣牙・裂!」

 

    −裂!−

 

 叫び、同時に展開したイクスの先端がロケット噴射よろしく、内部の魔力を開放し、宙に留まる六体のヒトガタを一気に串刺す――シオンは止まらない。

 

「あぁぁぁぁぁぁっ!」

【フル・ドライブ!】

 

    −破!−

 

 魔力開放。イクス内部の魔力が勢いよく放出された。いっそ、砲撃と見間違う一撃に、貫かれていたヒトガタ達は内側から弾ける。

 

    −爆!−

 

 爆発の如く内部から弾けるヒトガタ達は、即座に塵と化した。

 

 ――ヒトガタ六体、ガジェットもどき三体!

 

 合わせて九体。それを確認しながらシオンは空いた左手を背後に振るう。

 

「セレクト・カリバー」

【トランスファー】

 

 カリバーに変換。右の突撃槍は短槍となり、しかし展開したまま。左手には片刃の長剣が握られ。

 

    −閃−

 

 ”背後”のヒトガタ2体を腰から両断する。だが、ヒトガタがにぃっと笑うのをシオンは確かに見た。

 すかさずヒトガタは両の手を広げる。シオンに五指を向け。

 

「っ! ちぃっ!」

 

    −閃−

 

 伸びた、”指が”! 五本の指が余すことなく伸びたのである。二体だから合わせて二十の指が。

 シオンは無理な体勢になる事を承知で身体を捻る。そこを指が通過、薄皮一枚を指が裂いていく事をシオンは自覚する。指は一つ足りともシオンに刺さる事は無かった――だが。

 シオンに指を伸ばしたヒトガタの更に後ろから三体のヒトガタが現れる。空中に飛び、その指を伸ばさんとシオンに向けて来た。

 シオンは動こうとして、通り過ぎた指が自分の身体を固定している事を知った。動けない。ついに指がシオンへと放たれようとして。

 

「……間に合った、な」

 

 シオンはそう言って笑った。直後。

 

「クロス・ファイア――! シュ――トっ!」

 

    −弾!−

 

 オレンジ色の十五の光弾が、シオンを攻撃せんとしたヒトガタと、指を伸ばしていたヒトガタに纏めて叩き込まれる。

 響く悲鳴、同時にシオンの拘束が緩んだ。即座にシオンは一気に上空に舞い上がり、拘束から抜け出る。それを見たヒトガタが許さじとシオンを見上げ。

 

「ディバイン・バスタ――――!!」

 

    −轟−

 

 その背後から更に叩き込まれた蒼の砲撃に飲み込まれた。

 ヒトガタは今度は悲鳴すら上げられず、光砲により全身を消し飛ばされる。

 しかも、光砲は勢いを減衰せず、その後ろに居たヒトガタ二体とガジェットもどき三体を飲み込んだ。

 

    −撃!−

 

 そのまま破壊を撒き散らしながら突き進む。

 

 ――これでヒトガタ七体、ガジェットもどき二体。

 

 先程シオンが潰した奴らと合わせて、十八体。しかも、ヒトガタはこれで全部消えた。

 後は頭上を飛び交うガジェットもどきのみだ。シオンは空へと翔けながら、残り十二体のガジェットもどきを視認する。向こうもシオンを確認し、左手のマシンガンをシオンに向けようとして。

 

【ソニック・ムーブ!】

 

    −閃−

 

 雷の光りが、一直線に走った。それは空間をジグザグに飛び交いながら、ガジェットもどきを三体、すっ飛ばす。

 雷光の主は高速機動を止めると、”空中に足場”を展開、空に留まる。

 エリオ・モンデアルだ。これがトウヤからのエリオへの宿題、空中への足場の展開であった。

 これにより、エリオは空での高速機動が可能となり、今みたいなマネが出来るようになったのである。

 空中に止まるエリオに、五体のガジェットもどき右の手を向ける。そこが、パカンと開いた。二つ程のミサイルだ。それらは空中に解き放たれると同時に、尻から火を吹く。一気に走りだした。

 合計六のミサイル群が――しかし、エリオは動かない。

 動く必要が無いからだ。そう、空中にはもう一人、シオンが居る。

 

「剣牙・裂・連牙!」

 

    −裂!−

 

    −閃!−

 

 短槍のイクスから先端が発射され、真ん中のガジェットもどきを貫き、そのまま突き進みがてらミサイル群を二つ破壊。さらに長剣のイクスから放たれた剣閃が、左右のガジェットもどきを両断、これまたその勢いを殺さず、ミサイル群を破壊する。直後。

 

    −爆−

 

 ミサイルが爆発。空に火の塊が現出する。それは残り六体のガジェットもどきの足を止めた。

 爆発に巻き込まれる事を避けたのだ――そして、それが致命的だった。

 

「フリードっ!」

「GAaaaaaa!」

 

 声が響く。少女の声が。

 六体のガジェットは同時に振り向き、しかし――。

 

「ブラスト・レイ。ファイアっ!」

 

 ――遅かった。ガジェットもどきのさらに上、そこから焔の奔流が放たれたのである。

 

    −轟!−

 

 足を止めてしまったガジェットもどきは纏めて炎の流れに飲み込まれ、寸秒も持たずに爆砕したのだった。

 

 地獄と化したクラナガンに、たった少しだけの静寂が戻った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ふぅ……」

 

 ヒトガタ群とガジェットもどきが消えた場所、そこでシオンが空からゆっくりと地面に降り立つ。エリオとキャロもだ。

 更にスバル、ティアナが駆けてくる。二人にシオンは片手を上げ――。

 

「悪い。助かったわ――て、うぉ!?」

「アンタって奴はいっつも、いっつも一人で突っ込んで……!」

 

 ――駆け寄って来たティアナに胸倉を掴まれ、引き寄せられた。相当お怒りのようである。

 いや、いきなり一人で突っ込んだシオンが悪いのだが。

 

「悪い。いや、マジに」

「アンタがそう言って今まで反省した事があるか――!」

 

 ついにはガ――っと吠えるティアナを、スバル達がまぁまぁと宥める。それにティアナは嘆息、漸くシオンを離した。

 

「今度から単独行動は絶対禁止! 分かった!?」

「お、おう……」

 

 ティアナの剣幕に押され、シオンがガクガクと頷く。漸く人ごこちついた。

 

「に、しても”千”を越える感染者のよくわからんヒトガタに、ガジェットもどき、か」

「……それなんだけど、シオン」

「ん?」

 

 スバルがシオンに呼び掛けて来る。それに?マークを浮かべていると微妙に罰の悪そうな表情となり、スバルは口を言って来た。

 

「また、増えたみたい。……千体くらい」

「……マジ?」

「残念ながらね」

「……はい」

 

 スバルが告げた嫌すぎる事実を、更にティアナとキャロが肯定する。シオンは頭を抱えた。

 

「何が、本当に何が起きてんだかな」

「ですね……」

 

 シオンの言葉にエリオも頷く。クラナガン一帯は、まさしく感染者のヒトガタと、ガジェットもどきがうようよする魔窟と化していた。

 

「地上部隊も総員を動員して何とか持ち堪えてるみたいですけど……」

「対感染者戦に慣れてない部隊じゃあ対応が遅れる、か」

 

 そう。今までシオン達が戦って来た感染者達との戦闘記録はあるものの、未だに感染者との戦いにが稀な地上部隊は慣れていなかったのだ。

 必然、その再生能力や、異様な能力に押される事になる。しかも。

 

「今回の感染者、何かおかしいしな」

「シオン、アレに見覚えとか無い?」

「全っ然」

 

 ハァっとため息を吐いて否定する。確かに感染者が集団発生する場合はある事にはある。

 だが、その動きは決して集団戦闘を行うようなものでは無かった。しかし、今回の感染者達は、まるで群体のように動くのだ。”まるで誰かに操られているように”。

 

「なのは先生達は?」

「なのはさん達、隊長陣は空隊の指揮しながら、空を押さえてくれてるよ。ギン姉達は私達と同じ地上の遊撃」

「……成る程ね」

 

 ミッド地上部隊は対感染者戦闘に慣れてない。ならば必然、慣れている自分達が主力となる訳だ。

 

「とりあえず、ここら一帯はどうにか出来たな」

「……そうね」

「……うん」

 

 シオンの言葉に頷きながらも一同の表情は暗い。

 それは民間人の犠牲者が少なからず出てしまっている事にあった。ここら一帯だけでも数十人単位で犠牲者が出ている。しかもアレである。

 最初、スバルやティアナ、キャロは全く動けなくなる程だった(シオンやエリオは、辛うじて耐えた)。

 何とか三人が戦線に復帰出来たのは、実はついさっきの事だったのである。

 

「とにかく動くぞ。どんだけ感染者やらガジェットもどきが居るか知らんけど、これ以上、犠牲者出してたまるか」

「うん!」

「そうね」

「はい」

「頑張ります!」

 

 一同頷く。そして次の場所へと迷いなく向かい始めたた。

 

 ――戦場へと。

 

 

(後編に続く)

 

 

 




はい、テスタメントです。
いよいよ反逆編本編の始まりとなります。あるようであんまり無い大争乱の幕開けです。
……こっから、長いそらもー長いです(笑)
お、おかしいな? プロットだと三十話くらいで終わる予定だったのに(笑)
そんな訳で、第三十話後編もお楽しみにです。ではではー


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第三十話「反逆せしもの」(後編)

はい、テスタメントです。
第三十話後編です。
……いや、ぶっちゃけ、第三十話から第三十二話までは連続した話しなんですがね(笑)
この先はこんなんばっかだぜ……!
まぁ、お付き合い願えたらと思います。
では、第三十話後編。どうぞー


 

 ミッドチルダ首都、クラナガン。そこで、悲鳴が上がる。

 悲鳴の主は少女であった。彼女は顔を真っ青にして必死に走る。それを追うのはヒトガタだ。

 よだれを垂らしながら少女を追う。避難勧告や転送ポートによる避難はあった筈だが、少女は逃げ遅れたのだろう。

 走る、走る――それでも振り切れない。それどころか、距離をドンドン詰められている。さらに言うと数が増えていた。もう、どのくらい居るのか、わからない程の数になっている。

 その半分が”何か”を食べた証に口元に赤い何かがべったりくっついている。

 

 なんで……なんで!?

 

 少女は心の中で叫ぶ。何故こうなったのか、と。

 昨日までは普通だったでは無いか。退屈だが、普通の日々。なのに、何故こうなったのか。

 

 なぜ、なぜ、なぜなぜ――なぜ!?

 

「っ……!?」

 

 次の瞬間、少女は悲鳴を上げて地面に転がった。

 急に履いていたローファーが裂けたのである。ヒトガタから伸びた、指の一閃によって。

 

「っ……ぁ、何で……!?」

 

 早く起き上がらなくては。

 そう思い。しかし、上手く立てない。十数分間全力で走り続けていたせいで、体力は既に限界だった。

 

「いやぁ、やだぁ……!」

 

 それでも逃げようと腕だけで少女は前に向かう。

 だが、それを嘲笑うかのように、数多のヒトガタが少女の周囲を囲んだ。

 

「やだ……! やだ……!」

 

 涙を流して嫌々をするように少女は首を振る。ヒトガタはそれにニィと笑い――そして。

 一斉にバクンと口を開いた。

 

「っ――――!」

 

 少女は声にならない悲鳴を上げた。もう、ダメだと、目をきつく閉じる。

 

 一秒、来ない。

 二秒……まだ来ない。

 三秒――何も来ない。

 

 流石におかしいと少女は思い、そぉっと目を開く。そこには。

 

 ――剣。

 

 −剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣−

 

    −剣!−

 

 無数の剣の群れが、地面に突き立っていた。ヒトガタの姿はどこにも無い。居なくなっていた。

 

 −ソードメイカー・ラハブ−

 

 直後、少女は声を聞く。音を一切介さない、声を。

 そして少女は見た。振り落ちる剣の群れ達を。

 千ではきくまい。何せ、自分が見る空いっぱいに剣があるのだから。

 そして剣群達は、一時の間をもって、全て。

 

 真っ直ぐに、振り落ちて来た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 そんなクラナガンの空に赤の壮年の男の姿があった。無尽刀、アルセイオ・ハーデンである。

 その視線の先には、先程己が成した結果がある。

 クラナガンの街、一帯の至る所に突き立つ巨剣群だ。その全てが、感染者のヒトガタや新型の人型ガジェット――ガジェットⅤ型達”のみ”を正確に射抜き殺し、もしくは破壊していた。

 今の一撃だけで五百以上のそれを潰した事になる。アルセイオはそれを詰まらなそうに見遣り。

 

「待たれよ」

 

 背後から刃を突き付けられた。

 背中に触れる刃の感触に苦笑しながらアルセイオは目を向ける。そこには、白の装束を纏う三人の姿があった。

 彼等は、一見して見分けがつかない。背格好が似ているという事もあるが、何より見分けをつかなくさせている部分があった。鼻までマスクのようなもので隠してあったのである。そして、アルセイオに三人共が刃――短剣を突き付けていた。

 

「今のは」

「どういう」

「つもりか?」

 

 三人が一つの事を順に話す。まるで三人で一人のようだった。

 

「何がよ?」

 

 いけしゃあしゃあと言い放つアルセイオに、三人の目元が全く同時にピクリと動く。

 ――そんな所まで一緒でなくてもいいだろうに、とアルセイオは内心で苦笑した。

 

「惚ける」

「おつもり」

「か?」

「今」

「貴方が」

「倒した者達」

「の事」

「だ」

 

 ……色々面倒くさい奴らだな。

 

 話すのもそうだが、この三人が送られてきた理由も解っている。つまり、自分の監視であろう。

 アルセイオは嘆息しながら三人を無視。コンソールを空中に展開、操作する。

 

「我等の」

「問いに」

「答えて貰おう」

「……うっせぇな。気分だ気分。文句あるか」

 

 アルセイオのあんまりの返答に三人は絶句する。

 この作戦は管理局と対立する上でも大事な作戦だ。それを気分で妨害するなぞ――。

 

「貴方は自分が」

「何を言っているか」

「解っていらっしゃるのか?」

「……俺の言葉が聞こえなかったか? うっせぇっつったろうがよ?」

 

 アルセイオが三人にちらりと目を向けた――直後、三人は足元からぞわりという感覚を得た。悪寒である。

 アルセイオの視線に、恐怖したのだ。殺気を放たれた訳でも無いのに!

 

「「「…………」」」

「そうそう、静かにしてりゃあいいんだよ。静かにな」

 

 三人が黙り込んだ事に頷き、アルセイオはそのままコンソールを操作する。通信だ。

 しばらくの間を持って漸く繋がった。通信の相手はグリムだった。

 

《……無尽刀か、どうしたのだ?》

「いやぁ、提督に一つ聞きたい事がありまして」

 

 へらへらと笑うアルセイオにグリムも目を細める。しかし、あえて軽薄な態度を咎めずに口を開いた。

 

《……聞こう、何だ?》

「いえね。因子兵や新型のガジェットなんですが、管理局局員ならともかく何故に一般人を襲ってんですかい?」

《何だ。そんな事か》

 

 詰まらなそうにグリムが笑い、それにアルセイオの目元がピクリと動く。が、グリムはそれに気付かなかった。

 

《あんな低脳共、生きていても仕方あるまい? だから私が襲うように指令を出したのだよ。こう言った時に自我を持たない存在は役に立つ》

「……それは上の指示で?」

《いや、私の独断だが? 問題あるまい》

 

 ことも無げにグリムは言う。つまり自分が気にいらないから一般人も殺そうとしている訳だ。

 

 ――自分が何をしているか、自覚はあるのかね?

 

 そうアルセイオは内心思う。だが、恐らくはあるまい。この男はそう言った男だ。

 

《どうだね? 害虫退治は見ていてスッとするだろう》

「今すぐ止めていただけませんかね?」

《……何?》

 

 得意げに笑っていたグリムはアルセイオのその言葉に表情を一転させる――訝し気な表情にだ。しかし、アルセイオはあえて繰り返すのみ。

 

「止めていただけませんかね?」

《……何故だ?》

「俺が気に食わねぇからです」

 

 きっぱりと言うアルセイオにグリムはしばし唖然とする。だが、すぐに怒りに顔を染めると唸るような声で叫んだ。

 

《貴様、現場の指揮官は誰だと思ってる!?》

「提督ですね」

《そう、私だ! その私に意見するか、貴様――》

「もし、止めていただけない場合は」

 

 グリムに最後まで言わせず、アルセイオは言葉を放つ。タイミングを逸してグリムが口をつぐんだ。

 

「俺等の隊はまるごと敵にまわらせてもらいます」

《な……!? 貴様、自分が何言ってるか……!》

「勿論。そして俺らがいないと提督の作戦が成り立たない事もね」

 

 ついにグリムは絶句してしまった。アルセイオはそれを冷ややかに見ながら最後の言葉を放つ。

 

「提督も解っているでしょうが? 俺の能力、こう言った場にはうってつけだ」

《ま、待て、待ってくれ……》

「ならば止めていただけるので?」

 

 アルセイオの最後の言葉にグリムはしばらく、あ、や、ぐ、と悩み。暫くして漸く首を縦に振った。

 

《……いいだろう、今すぐ一般人への攻撃は止めさせる》

「解っていただけて何よりですわ。それでは」

《……ああ》

 

 通信が切れる。それを確認してアルセイオは背に振り返り、肩を竦めた。

 

「ま、こう言う訳だ」

「「「ぬ、う……」」」

 

 三人が呻くように声を漏らす。そんな三人にグリム同様、冷ややかな視線を送りつつ、アルセイオはゆっくりと移動を開始した。

 

「何処へ」

「行く」

「おつもりか?」

「決まってんだろうがよ。ポイントだ。もうすぐだしな」

 

 三人に返事を返しながら手を振り、アルセイオは空を飛翔して行く。振り返らずに、三人に声を放った。

 

「手前ぇらもさっさとポイントに行けや」

「言われずとも」

「そうさせて」

「貰う」

「そうかい、じゃあな」

 

 三人の返事にアルセイオは頷きながら、速度をあげる。その進行方向は、海であった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 −弾・弾・弾・弾・弾−

 

 ――光弾が疾る。

 それは迷いなく突き進み、ヒトガタの集団にぶち込まれた。

 一斉に上がる悲鳴。だが、それを無視するかのように二つの影が走る。シオンとスバルだ。シオンが先頭でスバルがそれに続く形で走る。

 

「フォロー頼む!」

「うん! 任せて!」

 

 叫び、頷くと、そのままシオンは魔力放出。魔力を全身に纏った。

 

「神覇、伍ノ太刀――」

 

 イクスを突きの構えにして、ぐっと一歩を踏み込む。地面を踏む反発力をそのまま利用し、前に飛び出ると同時にイクスを突き出す。

 

「剣魔!」

 

    −轟!−

 

 直後、空気が割れた。剣魔による突撃が空気をぶち抜いたのだ。渦を巻く空気を斬り裂き、一気にシオンが駆ける。突貫だ。

 それに気付いたヒトガタ達が指をシオンに一斉に伸ばす。この指、どうにも槍のようなものなのか、指先はかなり硬質化していた。人なぞ軽々と貫くだろう。

 だが今の――剣魔を展開したシオンにはその一撃は無意味だった。

 伸び来る指、そのことごとくが剣魔に弾かれる。進行を止める事すら出来ない。

 そのままシオンは真っ直ぐヒトガタの集団に突き進み。

 

    −轟!−

 

 一切の停滞無く、突き抜けた。ヒトガタの集団を全て蹴散らしながらシオンはカウントする。

 

 ――これで、2。

 

「スバル!」

 

 背後に叫ぶ。スバルはそれに一つだけ頷き、マッハキャリバーの全力を持って疾走。再生し、立ち上がらんとする集団の中央まで移動すると、その前進力を回転力に変換しながら、蹴りを放った。

 

【ショットガン、キャリバー・シュート!】

「やぁぁぁぁぁぁっ!」

 

    −撃!−

 

 吠える。同時に放たれる回転蹴りがヒトガタに直撃し――止まらない! 回転を続行しながらスバルは蹴りを連発。集団を纏めて蹴り飛ばす。

 

 ――3。

 

「シオン!」

「合わせろ、スバル!」

【トランスファー!】

 

 ブレイズへと変換。さらに瞬動で一気にスバルの真横にシオンは移動する。

 ヒトガタは宙に浮いたままだ。同時に、スバルのリボルバーナックルがカートリッジをロードした。

 

「神覇、壱ノ太刀――」

「リボルバ――」

 

 シオンが地を蹴り、空へと翔け、スバルが右手を空に突き出す。そして二人は同時に吠えた。

 

「絶影・連牙っ!」

「シュ――トっ!」

 

 −閃・閃・閃・閃・閃−

 

    −轟!−

 

 無数の剣閃が近場のヒトガタを細切れにし、剣閃が届かないヒトガタを渦を巻く衝撃波が容赦なく巻き込む!

 

 ――これで、4!

 

「「エリオ!」」

「あぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 呼び掛けに応え、叫びが響く――シオンの真上から!

 エリオが上から降ってきたのだ。ストラーダは2ndフォルム、デューゼン・フォルムだ。

 槍から火が吹き出し、エリオは地面に突き進む。シオンと交差し、3rdフォルム、ウンヴェッター・フォルムへと変換。さらに足場を空中に形成。ヒトガタがばらばらに散る中央に着地する。同時、ストラーダが雷光を纏った。

 

「雷光一閃!」

【ライトニング・スラッシャ−!】

 

    −斬−

 

 雷を纏う斬撃を回転と共に放つ! 斬撃は横に一周すると、ぶぁっと空気が広がった。次の瞬間。

 

    −雷!−

 

 宙に浮く全てのヒトガタに雷が疾った。それは纏めてヒトガタを焼き尽くす。

 

 ……これで、5。

 

 直後、宙に浮く”全てのヒトガタは”塵となり消えたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンは空を一回転しながら地面に下りる。エリオは既に地面に下りてスバルの横に居り、ティアナ、キャロが少しの間をもって合流した。

 

「キャロ、ブーストありがとな」

「いえ、シオンお兄さんもエリオ君もスバルさんも大丈夫ですか?」

「うん、問題ナシ♪」

「僕も大丈夫だよ」

 

 頷き、互いの状況を同時に把握する。

 ここまで殆ど無傷だ。基本的に感染者との戦闘では、連携戦闘で再生させる前に止めを刺すか、絶え間無く攻撃し続け、再生数を限界まで追いやるのがセオリーである。

 故に感染者と戦う者は無傷で済むか、大怪我、もしくは死ぬかしか無い。

 無傷で済む場合は、連携戦闘で反撃をさせないままに倒した場合で、大怪我、もしくは死ぬ場合は、その連携攻撃が凌がれた場合である。

 この場合、感染者は再生能力を持つため、連携攻撃をしかけた者は必ず隙だらけとなるからだ。

 

「で、やっぱり5回だったな。……ティアナ?」

「うん。今、ギンガさんとも連絡取ったわ。向こうでもやっぱり5回以上は再生しなかったみたいね」

「そっか」

 

 一同、ティアナの言葉に頷く。クラナガンに蔓延するヒトガタだが、どうも再生回数に限度があるようなのだ。

 その数五回。今の戦闘も砲撃等の技で消し飛ばさず、斬撃や射撃であえて再生回数を調べたのだ。結果は正解だった訳だが。

 

「キャロ、お手柄ね」

「いえ……、ひょっとしたらって思っただけですし、ティアさんが試してみようって言い出したんですし」

 

 にっこりと微笑むティアナにキャロが照れるようにはにかんだ。

 事の起こりはキャロが「……また5回」と、呟いたのをティアナが聞き、さっそく現れたヒトガタでカウントしてみたら案の定だったのである。その後N2Rに連絡を取って、今の戦闘に至ったのだった。

 

「さっそく対策本部に報せないとね」

「おう」

 

 ティアナがクロスミラージュに呼び掛け、本部に念話で通信する。手持ち無沙汰になった四人は、とりあえずカートリッジの残弾や、魔力の残りを確認する事にした。

 

「……三人共、魔力まだ大丈夫か?」

「うん、私はまだ大丈夫だよ。後六割くらいかな」

「僕も問題ありません。後五割程です」

「私もエリオ君と同じくらいです」

「そか……」

「シオンは?」

 

 皆の残魔力を確認し、頷くシオンに逆にスバルが聞く。シオンは左手を開き、その真ん中に三つ指を置いた。

 

「後八割半って所だな」

「……前から思ってたけどシオン、魔力量多いね」

「そか?」

「そうよ」

 

 首を傾げるシオンに後ろから声が掛かる。通信を終えたティアナだ。

 

「ちなみに私は後六割ね……にしても1番魔力使ってる筈なのに、アンタどんだけよ」

「……そんなに使ったか?」

『『使ってるよ/わよ/ますよ/いますよ』』

 

 四人から断言されてシオンは肩を竦める。アビリティースキル――特に魔力放出は完全に魔力消費型のスキルなので、反論は出来ない。

 

「……俺の事はいいや。で、本部は?」

「ええ、やっぱり掴んでなかったみたい。『重要な情報感謝する』だって」

「……そか、なのは先生達や、N2Rの皆はどうしてる?」

 

 シオンの問いに頷くと、ティアナは空中にウィンドウを展開する。コンソールを叩き、クラナガンの地図を出した。自分達の現在位置やなのは達、N2Rの現在位置を打ち込む。

 

「私達は今、ここね」

 

 そう言って、赤点が点滅するのはクラナガンの東側だ。

 

「続いて、N2Rがここ」

「……反対側か」

 

 シオンがフムと頷く。地図の反対側、つまり西側で赤点は点滅した。

 

「最後になのはさん達が、と」

「……随分散らばってるね」

「空隊の指揮もそれぞれ任せられてるみたいだからね。八神艦長も出てるみたい」

「……はやて先生も、か」

 

 最後に点滅する赤点は地図のそこかしこに散らばっていた。空隊の指揮をそれぞれ取りながら戦っているのだろう。ならば、それぞれ散らばる訳である。

 

「後、北側でいきなり五百くらいヒトガタとガジェットもどきが破壊されたって話しだけど」

「タカ兄ぃじゃねえだろうな……」

 

 とりあえず、”いきなり”五百体も潰せそうな人間を挙げてみる。

 暴虐たる精密攻撃たる天破水迅など、今回の迎撃にうってつけであろう。しかも感染者がらみだ。出て来る可能性は十分にあった。しかし、ティアナは首を振ると、そのまま告げる。

 

「……現場には大量の剣群が地面に突き立っていたそうよ」

「っ――!」

 

 それを聞いてシオンが絶句する。

 大量の剣群。それを持ってしての攻撃が出来る心当たりがシオンにもただ一人だけ居たから。

 

「……おっちゃん」

「間違い無いと思うわ」

 

 呟くシオンにティアナが頷く。シオンはしばし唖然とし、しかし、頭を振ると頷いた。

 

「そっか」

「シオン、大丈夫?」

「心配すんな。大丈夫だよ」

 

 スバルの問いに口端を少し歪めるとシオンは笑った。

 

「おっちゃんにはまだいろいろと礼をしてねぇからな……全部ひっくるめて纏めて返すさ」

「……そう。でも、解ってるわね? こっちに協力してくれてる分には――」

「ああ。解ってるよ」

 

 苦笑しながらも頷く。それを確認して、ティアナも頷き、一同を見回した。

 

「よし。それじゃあ次に――」

 

 ――行くわよ。と、言おうとして。

 

《やぁ、ミッドチルダ。クラナガンの諸君》

 

 声が響いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《やぁ、ミッドチルダ。クラナガンの諸君》

「っ――!」

 

 クラナガンの空。そこに、八神はやてはいた。今は守護獣ザフィーラにガードされつつ、空隊を指揮。さらに広域魔法や支援魔法でガジェットⅤ型を蹴散らしていたのだが。

 

「この声――グリム・アーチル提督!?」

《その声は八神はやて一佐か》

 

 はやての名を呼ぶ声が響くと同時、空に巨大なモニターが映った。そこに、痩せぎすな男の姿が映る。グリム・アーチル提督、彼の姿が。

 

《一昨日ぶりか、八神一佐》

「……アーチル提督、これはどう言うことでしょう?」

 

 問う。半ば予想出来ている答と共に。グリムはそんなはやてに鼻をフンと鳴らした。

 

《見てわからんかね?》

「……援軍ってわけやないみたいですね」

《勿論だとも。今、そこにある兵、因子兵と新型のガジェット達は”私”が指揮しているのだから》

 

 ――やはり。はやては分かっていた事とは言え、顔を歪ませる。

 

「……何でこんな事を?」

《ん?》

「何でこんな事をしたのか、て聞いてるんや!」

 

 叫ぶ。敬語は既に無い。感情のままにはやては叫んでいた。

 それにグリムはククっと笑う。はやての姿が滑稽だと。

 

《何が目的か、か? そうだな。身の程を教えに来てやったのさ》

「……何やて?」

 

 問い直す。グリムの言っている意味が分からなくて。しかし、グリムは構わず笑う。

 

《身の程を教えてやろうと思った、と言っただろう? 君に、そして、管理局の低脳どもに。さらに言うならただ漫然と平和を貪る愚民達にな!》

「……」

 

 ――この男は何を言ってるんだろう?

 

 真剣に、はやてはそう思う。グリムはそんなはやてに目もくれず、ただ己に悦る。

 

《どいつもこいつも低脳ばかり! 法の守護者? 何だ、それは? まどろっこしいだけでは無いか。最初っから我らが全ての世界を支配して、管理、運営してしまえば済む話しでは無いか!》

 

 人はそれを傲慢と言う。全てを支配して、全てを自分のモノにしてしまい管理する。それはつまり、他の文化や体制を滅ぼすに等しい。

 管理局の唯一の誇りは、守護者たりえども支配せず、にある。

 並び立てるように。

 決してどの世界も下に見ないように。

 だが、それをこの男はあっさりと否定したのだ。無駄だと。さらにグリムは続ける。

 

《管理内世界の者も、ミッドの住人どももだ! 全てを管理局任せにして、何かあれば我らが悪い、我らが悪い! ……権利のみを主張する。守られてばかりの貴様らが何かを言う権利なぞあるものか! 貴様らは大人しく守られていればいいのだ!》

 

 管理局はあくまで一組織に過ぎない。

 巨大な組織であり、超法規的な組織である事も確かだが、そこまでなのだ。

 そして、政事を預かるものがそうであるように、管理局には相応の責任を負う義務がある。ましてや、管理局は軍としても警察としての側面も持つ組織だ。何かあれば責められるのは当然である――独裁者でも無い限りは。

 

《故に我らは決めたのだ! 管理局と敵対し、これを打破せんと! そして、全ての世界を我らが、管理、運営する事を! そう我ら――》

 

 叫ぶ。手を広げ、全てを掴むかのように。グリムは自ら達の組織の名を告げた。

 

《ツァラ・トゥ・ストラは、ここに時空管理局へ宣戦を布告する! さぁ!》

 

 グリムは今度こそはやてを見据えた。はやてもまたグリムを睨みつける。

 

《さぁっ! 裁こう! 世界の全てを! そして我らに跪かせるのだ! 》

「アンタはっ! そんな下らない理由でこんな真似した言うんかっ!?」

 

 はやてがクラナガンに左手を広げ、指し示した。

 グリムに見えるようにだ。今、クラナガンで何が起きてるか、見せるために。

 

「ここで……今やって! 何人の人が傷ついたと思ってるんや!? 悲しんだと、死んでいったと!」

《些細な事だ》

 

 叫ぶはやてにグリムは事もなげに言う。本当に、どうでもいいとばかりに。

 

「なん、やて……?」

《君もよくよく低脳だな。些細な事だ。愚民がいくら死のうが、知った事か。むしろ、人員整理が出来て良い事だろう?》

 

 ――コノオトコハホントウニナニヲイッテルンダロウ?

 

 はやてはウィンドウの向こうの男が全く理解出来ない。

 人が死んで、知った事では無い?

 むしろ良い事?

 理解出来ない――理解出来ない、が。許せなかった。

 この男の言い分も、何もかもが、はやては許せなかった。

 

「……あんたは、あんただけは許せへん……っ!」

《フン。いくらでも吠えたまえ。私には届かんがな。さて、八神一佐。手土産がわりに、君達に良いモノを贈ろうと思う》

「あんたからの贈り物なんていらんわ……!」

《そう言ってくれるな。では――》

 

 直後、はやての足元に光が灯った。それは魔法陣だった、ミッド式の! だが、はやてはこんなモノを展開してはいない。

 

《はやてちゃん!》

「え……っ!?」

 

 なのはから通信が届き、目の前にウィンドウが展開。そこに映るなのはの足元にもまた、魔法陣が展開していた――いや、違う。

 周りを見る。ザフィーラの足元にも、それは展開していた。つまりは、”アースラ隊全ての者に!” しかもこの魔法は――!

 

 転移、魔法――!

 

《存分に受け取ってくれ。絶望と、そして、地獄への片道切符を》

 

 次の瞬間、はやての視界いっぱいに光が広がり、転移魔法が発動したのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「く……っ!」

 

 いきなり空中に投げ出されてシオンが呻く。

 真下は海だった。

 とりあえず、落ちるのは嫌なので飛行魔法を発動し、空を飛んだ。

 

「海、だと?」

【アースラとリンク。現在位置判明――っ!】

 

 イクスの驚愕の声が響く。それにシオンは目を向けた。

 

「……イクス、どうした? ここ、何処だ?」

【……現在位置、判明。クラナガンよりおよそ十八Km離れた海、だ】

「っ!?」

 

 イクスより齎された情報に、シオンは顔を歪める。

 あの瞬間、いきなり自分達の足元に展開した魔法陣。あれは転移魔法だったのだ――それぞれを孤立させる為の。シオンは海まで飛ばされたみたいだが。

 

「……最悪だ……!」

 

 呻く。あの状況での孤立など、あまりにも危険過ぎる。

 もし、あのヒトガタの群れに一人で囲まれたら。

 スバルが、ティアナが、エリオが、キャロが。仲間達がそんな状況に陥っていないとも限らない。と、言うより十中八九そうだろう。

 シオンは顔を歪める。歯がギシリと軋んだ。

 

「イクス! 今すぐ皆の元に――」

「ところがギッチョンってな」

 

 −ソードメイカー・ラハブ−

 

 次の瞬間。

 

    −剣−

 

 剣が。

 

 −剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣−

 

 巨剣の群れが。

 シオンの上空に展開した。

 

「これ、は……!」

「よう、また会ったな」

 

 声がする。聞き覚えのある声が。

 それに、シオンはゆっくり振り返る。そこには、見覚えのある、赤の男が居た。シオンを見てニッと笑うは、無尽なる刀の二つ名をもつ者。

 

 ――アルセイオ・ハーデン。

 

「おっちゃん……!」

「おう、坊主」

 

 シオンに片手を挙げる。まるで朝の挨拶を交わすように軽く。そして、その手をシオンに向けて下ろす――直後。

 

    −轟!−

 

 万を越す剣群が、一斉にシオンに向けて撃ち放たれた。

 

 

(第三十一話に続く)

 

 




次回予告
「それぞれ引き離された仲間達に、一騎当千のアルセイオ隊達が襲い掛かる!」
「次々と、ピンチに陥るアースラメンバー、やがてシオンも……!」
「そんな中、クラナガンに現れた者達は、一体何者なのか」
「次回、第三十一話『グノーシス』」
「叫べ。そして教えてやれ。我等が名は――」


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第三十一話「グノーシス」(前編)

「我等、全ての戦いを終える為の力なり、我等、全ての未来を照らし行く意気なり、我等、全ての遺恨を知りて進む者達なり、我等、全ての悪意を躊躇わず進む者なり! 我等、知識の名を冠せし蛇なり! ならば答えろ! そして相対すべき者達に教えてやれ! 我等が名は――!」


 

    −撃!−

 

「っ――!」

 

 放たれた剣群。それ等にシオンは内心悲鳴を上げながら、空中に足場を展開。瞬動で縦横無尽に、駆け回りながら回避に努めた――否、回避に努めざるを得なかった。剣群の量が、あまりに多過ぎて!

 

「どうしたぁ! 坊主!!」

「おっちゃんっ!」

 

 叫び、更に追加で放たれる剣群。今か今かと放たれる事を待つ剣群に、シオンは顔を青ざめさせた。しかし――。

 

「っ!」

 

 ――前進する。時に足場を踏み、時に放たれた剣を踏み、前へ、前へと進んで行く。

 

「はは。やるじゃあねぇかよ? なら……」

 

 笑い、アルセイオが右手を掲げる。次の瞬間、辺りの微粒子を魔力が束ね、一本の剣を形成した。五十m超の極剣を!

 

「ぐ……っ!」

「これならどうよ!?」

 

 吠え、極剣を振りかぶると同時に前に踏み出し。

 

    −轟!−

 

 アルセイオは極剣を投擲した。極剣は即座に音速超過。空気をぶち抜き、シオンへと迷い無く突き進む。

 

「こっの……!」

 

 シオンは顔を歪め、呻いた。回避しようにも周りには大剣の軍勢。一撃一撃が剣魔に匹敵するという冗談のような攻撃だ。

 そして向かい来る極剣である。一見無造作に思わせる投擲だったが、完全に計算し尽くされた攻撃だ。シオンの回避性能を鑑みて放たれている。今のままでは回避は不可能だ。直撃を貰う事になる――そう、今のままならば。

 

「セレクト、ブレイズっ!」

【トランスファー!】

 

 シオンとイクスが同時に吠える。瞬間でブレイズへと戦技変換。近場の大剣を足場に身を捻り、瞬動開始。直後に極剣がシオンの眼前に迫った。

 

「っおら!」

 

 眼前の極剣を前にシオンは踏み込み、大剣がそれだけで砕ける。それは同時に一つの事を意味していた。

 則ち、シオンは極剣に対して踏み込んだのだ。既に、目の前にある極剣に踏み込みながら身体を背ける!

 

「お……」

 

 アルセイオが感心の声をあげる。その時点でシオンは極剣を回避していた。

 

「っぅ!」

 

 自らの脇を掠める極剣に、シオンが顔をしかめる。だが、何とか回避出来た。

 槍に対して地を丸太橋と思え、と言われる。反復横飛びを連想して欲しい。いくら早く見えようとも必ず左右に避け続けようとするならば、溜めが必要になる。

 一方向に回避し続けようとするならばさらに致命的だ。動きを見極められたら、その時点でアウトだ。

 なら、どうすればよいか――それはシオンが証明している。

 踏み込むのだ、前に。

 だが、これが並大抵の事では無い。なにせ、向かって来る槍(この場合は極剣)に対して自分から踏み込むのだから。

 ここに必要なのは技術でも何でもない。要るのは向かい来る攻撃に自分から踏み込む勇気であった。

 アルセイオが感心の声を上げたのはこの為だ。

 シオンが真上を、アルセイオを睨む。極剣をギリギリで躱した事はここでも一つの意味を得た。つまり、極剣が通り過ぎた後の空間はアルセイオまで剣群が無かったのだ。道が出来ていたのである。

 シオンがぐっと、歯を噛み締め、アルセイオが薄く笑う。

 

 −ソードメイカー・ラハブ−

 

 −ブレイド・オン−

 

 響くは二つのキースペル。そして、やはり二人は同時に動いた。

 アルセイオは、その背に再び剣群を。シオンは瞬動で一気に踏み込みを。

 

    −轟!−

 

 直後、アルセイオは剣群を放ち、シオンは踏み込みと共に駆け出した。迫り来る剣群の第二斉射。それを眼に収めながらも、シオンは愚直に前進する。

 

「お……」

 

 声をあげる。迫り来る剣群を前に、足場を踏む力を更に込め、前へと身体を倒す。

 

「おぉぉぉっ!」

 

 吠える。同時に剣群が来た。だが、シオンは構わない。剣群の真っ只中に突っ込む!

 

    −轟!−

 

 前進する。

 前進する。

 剣群をくぐり抜け、逆に足場へと利用して――それでも向かい来る剣群達は止まらない。視界を埋め尽くす剣群を、シオンはくぐり抜けて行く。そして。

 

「っ――しゃあっ!」

 

 抜けた。視界から剣群が消え、アルセイオの姿を捕らえた。その距離、僅か五m。シオンは歓声を上げ、そして止まらない。アルセイオへと突っ込む。

 アルセイオもまた応えるかのように右手に赤の長剣を握る。魔剣、ダインスレイフを。

 シオンはブレイズを維持し、双剣を構える。突っ込むシオンにアルセイオはダインスレイフを構え。

 そして宙空で長剣と双剣がぶつかり合う!

 

    −戟!−

 

 クラナガンより離れた海で、魔剣と聖剣は再びの対峙を果たしたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「っ……!」

 

    −撃!−

 

 クラナガンの細い路地でスバルはマッハキャリバーを唸らせ、疾っていた――迫り来る光球と巨拳を躱しながら。

 

「待て待て〜〜」

「……逃がさない」

 

 疾るスバルを追うのは、アルセイオ隊の二人だった。獅童リズと獅童リゼの姉妹。そして、ガジェットⅤ型と、例のヒトガタ群。それらに追われながら、スバルは時に反撃を放ちつつ、疾っていた。たった一人で。

 

「リボルバ――――!」

 

 右のリボルバーナックルを前に突き出す。同時にカートリッジロード。風を巻き、スピナーが回転を刻む。

 

「シュートっ!」

 

    −轟−

 

 ナックルから放たれた衝撃波が広範囲に渡って放たれた。それに一同纏めて足を止められる。

 

「むぅ〜〜またこんな技〜〜」

「……足止め、悪くない」

 

 両極端な姉妹の声をスバルはとりあえず無視。踵を返すと、即座に疾走する。

 

 こんな状況で一人なんて……!

 

 ぐっと奥歯を噛み締める。

 あの時、グリムの演説の直後にスバル達はいきなり転送され、気付けば一人だった。孤立させられたと気付き、ティアナ達に通信を送ろうとしたのだが、直後に彼女達が現れたのである。リズとリゼの二人が。さらにガジェットやらヒトガタが現れた段階でスバルは逃げを打った。状況を見極めた結果である。たった一人、しかも魔力も半分程では全部を相手に出来ないと判断したのだ。なのはにしっかりと叩き込まれた状況判断の賜物である。

 

 ティア達に合流しないと……!

 

 ぐっとスバルは奥歯を噛み締める。

 ――分かっている。今心配しても意味が無いと言う事は。それに、皆も強い。こんな状況でも乗り切れると信じてる。

 ――でも、それでも。スバルの心は波打つ、不安に。

 

 皆、お願い、無事で……。

 

 そして。

 

「シオン……」

 

 この状況でおそらくは一番無茶をしそうな人の名を呼ぶ。アースラメンバーの中でシオンだけが居場所が判明しなかったのだ……嫌な予感がする。

 

 お願い、無事でいて。

 

 声に出さずに心の中で呼び掛ける。次の瞬間。

 

「ばぁ〜〜!」

「……追い付いた」

 

 リズとリゼがいきなり眼前に現れた。スバルは内心悲鳴をあげながら急停止する。

 

 もう、追い付かれたの!?

 

「へっへ〜〜ん」

「……そう簡単に逃がさない」

「くっ!」

 

 呻くスバルの背後から更に物音が響く。ガジェットとヒトガタだ。つまり前後を挟まれた。

 

「チェックメ〜〜イト〜〜」

「……終わり」

「っ――」

 

 前にはリズ、リゼの姉妹。後ろにはガジェットとヒトガタの群れ。前門の虎、後門の狼である。その状況を正しく理解し、スバルはぐっと息を飲み。しかし、構えた。

 

「……ここ。無理矢理でも突破するよ。マッハキャリバー」

【了解です。相棒】

 

 己が相棒(デバイス)の声にスバルは微笑み。そして。

 

「フルドライブ! ギアっ! エクセリオンっ!!」

【イグニッション! ACS。スタンバイ、レディ】

 

 吠え、同時にマッハキャリバーもその声に応える。直後、マッハキャリバーから一対の光翼が生まれた。

 同時にスバルの足元より三角に剣十字を象ったベルカ式の魔法陣が展開する。それを見てか、リズ達が一斉にスバルに突っ込み、スバルも一気に駆け出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 スバルから離れて十Kmの地点。そこにあるビルの中で、ティアナは身を潜めていた。

 周囲をうろつくのは例のヒトガタ。そして、ガジェット群だ。これだけならばティアナはまだ突破出来る自信があった。だが。

 

「……いつまで逃げるおつもりですかな?」

「く……!」

 

 響く声にティアナは顔をしかめる。声の主は老人だった。例のアルセイオ隊のバデスと同じくらいか。細身の身体に軍服のようなデザインの服を着ている。恐らくはバリアジャケットだろう。老人はヒトガタやガジェットの群れの中心点にあって、しかしヒトガタもガジェットも老人を害そうとしない。

 それが意味する事はただ一つである――敵だ。

 

「……あまり手間をかけさせないで欲しいですな」

【エクスプロージョン】

 

 老人が右手を掲げる。その右手に持つのは銃型のデバイスだった。ティアナは知らない事だが、その銃は地球でワルサーと呼ばれる銃に酷似していた。

 

「猟犬の勤めを果たしましょう。フライッツェ」

【はい】

 

 老人の声が響き、同時。

 

    −弾−

 

 乾いた音が鳴る。銃声だ。次の瞬間。

 

    −轟!−

 

 ――崩壊した。ティアナが潜むビルの隣にあるビルが!

 

「っ――っ!」

 

 崩れ行くビルを見て、悲鳴を上げかけながらティアナは顔を歪める。ビルは粉微塵になり崩れていた。まるで分解されたように。

 先程、老人と接敵した時もそうだった。こちらが放つ操作弾も砲撃も、例外なく分解されるのだ――ただ一発の銃弾で。フェイク・シルエットに、オプティック・ハイドまで駆使してどうにか逃げられたのだが。

 

 何か、手を打たないと……!

 

 ――考えろ。それだけを己に言い聞かせる。

 今は自分一人だけ。おそらく皆そうだろう。一刻も早く合流する必要があるのだが……。

 

 ――あの銃弾に触れたら魔力でも物質でも関係無く分解される。

 

 出鱈目な能力である。だが。

 

 絶対的って程でもないわね。

 

 それだけをティアナは思う。先程の戦闘で分かった事だが、老人はベルカ式、銃弾はヴィータと同じく微細な粒子を魔力で繋ぎ合わせて形成しているらしい。ならばあの攻撃はスフィアのように複数展開など出来ないと言う事であった。

 

 付け込むならそこしか無い!

 

 老人に対しての方策は決まった。後は周りのヒトガタとガジェットだ。これをどうするか――。

 

「そう言えばまだ名乗っておりませんでしたな」

 

 再び老人の声が響き、ティアナは思考から戻された。

 

「ベルマルク、と申します。以後お見知りおきを」

 

    −弾−

 

 老人の名乗りと共に、銃声が鳴る。直後、ティアナの居るビルが鳴動を始めた。

 

「っ――! しまっ……!」

「名乗って早々申し訳ありませんが、貴女には消えていただきましょう」

 

 老人、ベルマルクのその言葉と共に、ティアナの居るビルが崩壊を始めた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ストラーダっ!」

【エクスプロージョン!】

 

 クラナガンの街中でエリオが叫ぶ。同時に愛槍であるストラーダもまた吠えた。カートリッジロード、刃に雷光を纏う。

 

「その程度で」

「我らは」

「止められぬ」

 

 声が響いた。白装束の三人組だ。その手には一様に奇怪な形の短剣が握られている。おそらくはデバイスだ。

 向かい来る三人にエリオは容赦無くストラーダを振り下ろす。

 

「サンダ――っ! レイジっ!」

 

 槍を振り下ろすと、同時に周囲に雷が疾る!

 

    −雷!−

 

 雷はエリオを中心に広範囲に渡り疾り、白装束の三人に叩き込まれた。しかし。

 

「止められぬ」

「そう言った」

「筈だ」

「く……っ!」

 

    −閃!−

 

 三人は雷に構わずエリオに突っ込んで来た。そして、突き、薙ぎ、振り下ろされる短剣達。

 エリオはそれらを屈み、あるいはストラーダで弾きながら凌ぐ。最後に突き込まれた短剣を弾く反動を利用して、エリオは後方に飛んだ。

 

「アルケミック・チェーーン!」

 

 直後、エリオの後ろ五m程から声が響いた。キャロだ。左手を突き出し、足元には四角の魔法陣が展開している。そしてキャロの声に応えるように三人組の足元にも魔法陣が展開。そこから銀色の鎖が飛び出した。三人組を拘束せんとその身体に巻き付き――。

 

「「「散!」」」

 

 次の瞬間、その姿が消える。鎖は標的を見失い、力無く地面に落ちた。

 

「っ! キャロ!」

【ソニック・ムーブ!】

「きゃっ……!」

 

 姿を消した三人を見て、エリオが高速で疾り、キャロを抱きかかえて空へと駆ける。足場を形成し、それを蹴りながら空に上がった――直後、キャロが居た場所を三つの影が疾る! 確認するまでも無い、白装束の三人組だった。

 

「「フリードっ!」」

「GAaaaaaaaaaaaッ!」

 

 エリオとキャロの声に応えるように咆哮が響く。既にその真の姿を現したフリードだ。口を開くと同時に、口顎に火球が灯る。さらにキャロのケリュケイオンから光が火球に走った。ブーストが掛けられたのだ。

 

「ファイアっ!」

 

    −轟!−

 

 そしてキャロの叫びと共に轟火が放たれた。フリードより放たれた轟火は迷い無く三人に突き進み――だが。

 

「「「疾っ!」」」

 

 再び、直撃の手前で三人の姿が消えた。轟火は地表を焼くだけで終わってしまう。

 

「まただ……!」

「速くて捉らえきれない……!」

「GUuuu……」

 

 三者三様の唸り声をあげる。エリオはキャロを抱えたまま、地面に降り立った。フリードが横に並ぶ。それに合わせるように、三人組もエリオの前に再び姿を現した。

 

「……貴方達の目的は何ですか! 何でこんな真似をするんです!?」

「答える」

「意味が」

「無い」

 

 ――にべも無い。先程からエリオやキャロが問い掛けてもこの調子であった。

 

「それに」

「聞いた所で」

「意味は無い」

「お前達は」

「ここで」

「死ぬのだから」

「く……っ!」

 

 三人の言葉にエリオは顔をしかめ、一気に飛び出そうとして――。

 

 ――膝がカクンと落ちた。

 

「な……っ?」

「エリオ君!?」

 

 愕然とし、そのまま崩れそうになるエリオをキャロが支えようとし。しかし、キャロも同様に力が入らないのか、膝から崩れ落ち、二人して地面に倒れ込んだ。よく見るとフリードも地面に伏している。

 

「これ……は……!?」

「漸く」

「効いて」

「来たか」

 

 その言葉にエリオはぐっと唸る。しかし、身体に力が入らない。キャロもフリードも同様であるらしかった。

 

「微量とは」

「言えど」

「この毒を受けて」

「あそこまで」

「動けるとは」

「恐るべき幼子よ」

 

 やっぱり……!

 エリオは三人の言葉に卒然と理解した。おそらくではあるが、ここら一帯に、薄く毒霧を流していたのだろう――バリアジャケットで防げぬ程度の微量で。それを知らずにエリオ達は吸い続け、結果、毒にやられてしまったのだ。

 

「「「さて……」」」

「くっ……!」

 

 まずい。身体は全く動かない。そして、この状況をこの三人が逃すとは思えなかった。どうにかしないと……!

 

「エリオ君……」

「くっ……!」

「GUuuu……」

「では」

「さらばだ」

「小さき騎士よ」

 

 その言葉と共に三人組は倒れ伏すエリオ達に殺到した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 クラナガン上空、そこにアースラのエースたる、なのはの姿はあった。既にその姿はエクシードモードだ。

 そして、彼女と対峙するのは黒の魔女だった。つばの広いトンガリ帽子に、身体に纏うローブ。緑の髪をツインテールにして纏めている。もし、箒があれば完璧な魔女の完成である。しかし、彼女が手にするのは箒ではなかった。

 ――鎌。大きな鎌である。死神を思わせる鎌だ。そんな魔女に、なのはは右手を向ける。

 

「アクセルっ!」

 

    −閃−

 

 なのはの言葉と共に魔女へと上空から光球が振り落ちる。魔女との戦闘で放った操作弾であった。それに、魔女は手に持つ鎌を掲げ、回転させる。

 

「私の声に応えなさい! レークィエム・ゼンゼ」

【はい】

 

 次の瞬間、魔女の足元にベルカ式の魔法陣が展開した。鎌が描いた円の軌道に漆黒が生まれる。なのはが放った操作弾はそこに突っ込み、そして消えた。だが。

 

「エクセリオンっ!」

 

 ――なのはの狙いはそこにあった。操作弾があのように防がれるのは魔女との戦闘で知っていたのだ。故に狙いは操作弾を囮にした抜き撃ち。防げぬタイミングでの砲撃にあった。

 

「バスタ――――っ!」

 

    −煌−

 

 叫び。同時に光砲が放たれた。その一撃は迷い無く魔女へと一直線に突き進む。しかし、魔女はその一撃にくすりと笑った。

 

「開きなさい。冥界の扉よ」

 

    −斬−

 

 鎌が振り下ろされ、斬られた――魔女の前の空間が。そこから現れるのは三m超の騎士鎧であった。

 

「現れなさい。騎士の剣の担い手よ」

 

 騎士鎧は現れるのと同時に、光砲にぶつかる。直後。

 

    −轟−

 

    −爆!−

 

 騎士鎧は即座に爆発した。同時に光砲も消える。しかし、魔女は無傷であった。

 

「ふふ……抜き撃ちでこの威力、恐ろしい方ですわね?」

「貴女は……!」

 

 楽しげに笑う魔女になのはが呻く。ベルカ式の使い手なのは間違いない。使用魔法は召喚術の類だ。だが。

 

「私の魔法を召喚術だと思ってらっしゃいますのね?」

「っ!」

 

 その言葉になのははくっと奥歯を噛み締める。まるでこちらの思考を読んでいるかの如くのタイミングでの問い掛けであった。なのはの顔色を見て魔女はクスクスと笑う。

 

「安心なさいな。私、読心術の心得は在りませんの」

 

 その言葉に、しかしなのはは頷かない。無言のままレイジングハートを向ける。それに魔女は再びクスリと笑う。同時に右手の大鎌を回した。

 

「少し脱線しましたわね。私の魔法ですけど、召喚術は召喚術ですが、ただの召喚術とは一味違いますのよ?」

「ただの……?」

 

 魔女の言葉になのはが訝し気な顔となり、それに魔女がええと頷いた。

 

「それを今、ここで証明いたしましょう。レークィエム・ゼンゼ」

【はい】

「っ――」

 

 なのはは即座に身構える。しかし、魔女は構わない。大鎌を振るい、前方の空間を切り裂いた。

 

「轟弓の射手よ。私の声に答えなさい!」

 

 叫び――直後、それが現れた。帽子を眼深にかぶり、手に大きな弓を抱える二m超の射手が。

 

「お気づきになりました? 私の召喚術が他の召喚術と違う点に」

「……え?」

 

 魔女の言葉になのはは疑問符を浮かべ、直後にそれに気付いた。あの弓の射手は人間だ。恐らくは魔導師。しかも。

 

「生きて、ない?」

「正解ですわ」

 

 その答えに満足したように魔女が笑う。同時、その右手の大鎌を振るった。

 

「この鎌、レークィエム・ゼンゼは冥界の扉を開けるんですの。そして、各担い手達にお手伝いを頼めるのですわ」

 

 つまりは亡霊。もしくはそれに近い存在を使役出来ると言う事か。あの鎌を振るうだけで!

 

「お気をつけ下さいませね」

 

 言葉と共に魔女が鎌をなのはに差し向ける。同時、射手が大弓の弦を引き絞った。巨大な矢が形成される。なのはも応じるようにレイジングハートを構えた。

 

「私、一条エリカは恋敵には厳しいんですの」

「え?」

 

 突如として告げられた言葉になのはが思わず硬直する。魔女、エリカはそんな、なのはの反応に微笑し。

 

「元とは言え、タカトの御主人様として言いますわ。……彼は、私のモノです」

「っ! そんな事――!」

 

 ――自分には関係ない。

 誤解だよ。

 ……言いたい事は山程あった。そもそも彼と自分にそんな接点など無い。あるのは賭けと戦うと言う約束だけだ。

 だが、その約束がなのはの頭を過ぎり、なのはは自分でも分からないまま、違う言葉を放った。

 

「勝手に決めつけないで!」

「そうですの。なら……」

 

 大鎌を振り上げる。同時になのはもチャージを開始。宙空で対峙する二人に魔力が集まっていく。エリカはそのまま言葉を放った。

 

「貴女を倒して、言わせて頂きますわ」

 

 直後、エリカは鎌を振り下ろし、同時に巨矢が放たれ。なのはは光砲をぶっ放した。

 巨矢と光砲はちょうど二人の中心点でぶつかり、互いにその威力を遺憾無く発揮。

 

    −煌!−

 

    −爆!−

 

 二人の中心で太陽を思わせる光爆が起きた。そして、なのはは止まらない。上空へと翔け、エリカも同じく上空に向かった事を視認する。そして、再び互いに己のデバイスを構えた。

 

 ――負けられない。負けたく無い!

 

 何故、自分がそんな想いを抱いているかも分からずに、その想いと共に再び砲撃をエリカへと叩き込んだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 なのはとエリカが戦う空よりかなり離れた空。そこに雷が迸る。

 フェイトだ。ハーケンフォームのバルディッシュを身体を振り回すかのような動作で振るう――しかし。

 

「甘いで御座る!」

 

    −撃!−

 

 バルディッシュの魔力刃を蹴りが弾き飛ばす。その反動でフェイトは後退した。ブリッツアクションで動作を加速。体勢を整え、眼前の敵を睨む。

 その敵は、奇妙な男であった。バリアジャケットなのだろうが、恐ろしく軽装だ。なにせ、タンクトップと膝までの半ズボンという恰好なのである。膝から足の指までは装甲に覆われている。足の甲の部分にクリスタルが付けられていた。間違いなく、この足甲がデバイスだ――何故指抜きなのかは分からないが。

 そして、一番おかしな部分がこの男にはあった。目深に被った帽子に口元を完全に隠すマフラーである。鼻だけが唯一、顔の部分で露出している。

 フェイトは真剣にその恰好は何なのか聞きたかったが、男は「秘密で御座る!」などと言い放って教えてくれなかった。まぁ、それはいい。問題なのは。

 

「行くで御座るよ!」

 

    −瞬!−

 

「っ――!」

 

 その叫びが聞こえると同時に、フェイトは背後に振り向いた。そこには既に男が居た――疾い!

 

「ひゅっ!」

 

    −発っ!−

 

 再び放たれる蹴り。それをフェイトはバルディッシュで切り払おうとして――。

 

    −撃!−

 

 ――逆に弾かれた。さらに男は踏み込み、身体をクルリと半回転。回し蹴りを放つ。弾かれているバルディッシュは間に合わない。故にフェイトは左手のガントレットを突き出した。

 

【デフェンサープラス】

 

「む……!」

 

    −破!−

 

 男の驚きの声が響く。フェイトの反応速度に驚いたのだ。突き出した左手に展開するデフェンサー、そこに回し蹴りが叩き込まれ、フェイトは弾き飛ばされた。

 

「くっ……!」

 

 弾かれた慣性を利用して、距離を離す。フェイトはそのまま男を睨んだ。

 

「ウム。見事な反応速度で御座った。完全に捉らえたと思ったので御座るが……」

 

 フムフムと頷く男にフェイトはくっと顔をしかめる。

 正直に言って、今の蹴りに反応出来たのは偶然に近い。それは前例を知っているからだ。タカトと言う当代最強の格闘士の蹴りを。一度、あれを受けた経験がフェイトの身体を反応させたのだった。かと言ってタカトに感謝の念など抱かないが。それに――。

 

 ――このままじゃあ、勝てない……!

 

 それだけをフェイトは思う。速過ぎるのだ、男のスピードが。

 今の自分の速度では追い付け無い。距離を離して砲撃や射撃戦に持ち込めば、まだ可能性はあるが。

 

 ……多分、させてくれない。

 

 フェイトは確信する。おそらく男はこれ以上の距離から離れてはくれまい。一息で零距離の間合いに踏み込めるこの距離を。

 ならば、男より疾く動かねばならない。その手段は。

 

「……何を考えいるか、当てて見せるで御座るか?」

「っ……!」

 

 フェイトは男の言葉に我に返った。男を睨みつける。しかし男は構わず言葉を続ける。

 

「まだ上があるので御座ろう? そなたの速力には。故にそれを行おうとしているで御座るな?」

「…………」

 

 フェイトはその言葉に答えない。沈黙を守る。だが、その頬には冷や汗が一筋伝った。男が言う事は完全に合っていたからだ。

 だが、それを表に出してはならない。もし悟られれば、確実に邪魔が入る。自分なら間違い無くさせないからだ。だが、しかし。

 

「ささ。早くやって見せるで御座るよ」

「……え?」

 

 いきなり男はこちらにそれを勧めた。あんまりな男の言動にフェイトの目が見開かれ、呆然とする。それに男はムゥと唸る。

 

「どうしたで御座るか? 変身っぽいのがあるのでは御座ろう。早く変身したらどうで御座る」

「えっと……」

 

 フェイトは迷う。何故に男がそれを自分に勧めているかを理解出来なくて。男はそんなフェイトにフッと笑った(正解には鼻を鳴らす音だけが聞こえた)。

 

「フフフ。自分、これでも最速を自負して御座る。故に管理局最速と言われる貴女と戦ってみとう御座った――全力の貴女と」

 

 故に、と男は続ける。

 

「そう、故にこそ全力を出されよ。……力半ばで倒れる事を良しとせぬで御座れば」

「…………」

 

 男の言葉にフェイトはしばし呆然として、しかしすぐに頷いた。

 

「バルディッシュ。オーバー・ドライブ」

【イエッサー。ロードカートリッジ。ライオットフォーム、ゲット・セット】

「真・ソニックフォーム!」

 

 次の瞬間、光がフェイトを中心に溢れた。同時、バリアジャケットが解け、まるでレオタードのような薄いジャケットとなる。更にバルディッシュが変形。さらに分離し、フェイトの両手に握られた。

 光が収まり、フェイトが踊るように回転する。回転が終わるとそれは一つの構えとなった。上下に左右のバルデッシュを構える、二刀流の構えに。

 これぞ、真・ソニックフォームとライオットフォーム。フェイトが誇る最速の形態だった。

 

「お待たせしました……?」

 

 真・ソニックフォームとなり、早速、男に向き直るが、肝心の男は何故か膝を付き(ご丁寧に空間に足場まで展開して、ここで漸くフェイトは男がカラバ式だと気付いた)、手を組むと、まるでお祈りをするが如く上に突き出していた。

 ……そして何より、男は泣いていた。もう、マフラーをつけていてさえ分かる程に泣いていたのだ。

 

「あ、あの……?」

 

 思わず心配してしまいフェイトが声をかける。それに男は一切構わず何故か右手で十字を切った。

 

「神様は……本当に居たで御座るな。まさか、かような奇跡に出会えようとは。自分、飛・王(フェイ・ワン)は今日ほど生きていて良かったと思った日は無いで御座る……っ!」

「え? え? あの……」

 

 そんなに自分と速力を競いたかったのだろうか?

 だが、自分はまだ真・ソニックフォームになっただけで速度を見せた訳では無い。ならばこの男――飛・王は何にこんなにも感激していると言うのか。

 飛はスクッと立ち上がる。それにフェイトは戦いの途中だったと構えを再び取り、そして飛が動いた。

 

「金! 髪! 巨! 乳! よもや、これ程のお宝に出会えようとは……! 最っ高で御座る! 自分、今、最高に輝いて御座るよ!」

 

 何故か一字ごとに身構えながらポージングを取る。そしてフェイトにさぁっと向き直った。

 

「お宝も見れたで御座るし、自分、もはや一片も悔いは御座らぬっ! 存分に速力を競い合うで御座るよ! ……ちなみに揺れる乳が見たい訳では……。ご、御座らぬよ?」

「…………」

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 ……とりあえず、フェイトは今まで真面目にやった事をいきなり台なしにされた事や、ただでさえ気にしてる真・ソニックフォームの露出を改めて指摘された恥ずかしさだとかを詰め込んで、飛にトライデント・スマッシャーを叩き込んだ。

 ちなみに過去最高の速さを持って放たれたのは言うまでも無い。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「っらぁ!」

 

    −戟!−

 

「くうぅっ!」

 

 放たれた赤の斬撃に防御に使ったイクス・ブレイズごとシオンが弾き飛ばされる。それに、シオンは顔をしかめ、そのまま足場を空に展開。削りながら空に留まる。同時にノーマルフォームに戻った。それを見ながら、アルセイオはへっと笑う。

 

「言った筈だぜ、坊主。元来の戦い方じゃねぇ、お前じゃ俺には届かねぇよ」

「ぐ……っ!」

 

 アルセイオの指摘にシオンが顔を歪める。

 分かっていた、分かっていたのだ。今の自分ではアルセイオに届かない事は。だが――。

 

「まだだ……!」

「ほう……」

 

 シオンはそれでも前に踏み出した。

 敵わない。だからと言って、逃げる訳には行かなかった。アルセイオが居る向こうには仲間達が居るクラナガンがあるのだ。

 引けない。引く訳には行かない。だから――!

 

「イクス」

【ああ】

 

 シオンは呼ぶ。師匠であり、相棒たる己のデバイスを。そしてぐいっと口端を吊り上げた。笑みだ。

 

「ちぃっとばっかし無茶すんぜ?」

【……無茶はお前の専売特許だからな。いいだろう、やってみせろ】

 

 イクスの応えにシオンは薄く笑う。直後。

 

 −ブレイド・オン−

 

 鍵となる言葉が放たれた。

 

「切り札でもあんのか? 坊主?」

「見てのお楽しみさ、おっちゃん。セレクト・カリバー!」

【トランスファー!】

 

 カリバー・フォームに戦技変換。しかしアルセイオは動かない。まずはこちらの出方を見ようとしているのだろう。彼我の戦力差をキチンと把握しているからこそ出来る余裕だ――しかし。

 

 その余裕が命取りだ!

 

 シオンはそのまま両の親指を噛むと、宙に血で文字を描いた。

 まずは雷、そして火、最後に風と。それを見て、初めてアルセイオから笑みが消えた。

 

「……おい? まさか、坊主――」

「その、まさかだ」

 

 ニイっと笑う。同時にヴォルトが、イフリートが、ジンが、シオンの背後に顕現した。そして、シオンは両の腕を胸の前に組む。

 

「イクスっ!」

【応っ! 全兵装(フルバレル)、全開放(フルオープン)、凌駕駆動(オーバードライブ)開始する――!】

 

 同時に、三柱の精霊が両のイクス、そしてシオンに吸い込まれるように入り込んだ。これは――!

 

「やめろ! 死ぬぞ、坊主――!」

 

 それを見てアルセイオは叫ぶ。しかし、シオンはニヤリと笑った。

 

「死なねぇよ」

 

 呟くような声でシオンは笑い。そして叫んだ。己の無茶を! アルセイオに剣を届かせる切り札の名を! その名は――。

 

「精霊、融合! with! 双重、精霊装填っ!」

【スピリットユニゾン! ウィズ! デュアル・スピリットローディング!】

 

    −煌!−

 

 そして、二つの切り札を持ってしての、途方も無い魔力の光が、シオンから溢れ出たのであった。

 

 

(第三十一話中編に続く)

 

 




はい、テスタメントです。
分断された状況での戦闘は緊張感がありますな。
いや、タイトルがネタバレ全開なんですが(笑)
ともあれ、今回、第三十一話は三部構成。お楽しみにー。


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第三十一話「グノーシス」(中編)

はい、毎日予約投稿中のテスタメントです。
前回のちょっと遅くなる宣言はどこいった? とばかりに連続であります(笑)
いや、投稿溜めしとこうかなと(笑)
携帯投稿ですが、携帯が止まる可能性がありまして(笑)
なので第三十一話まで、0時予約で毎日お届けしまする。
いや、次で終わりですがね(笑)
ではでは、どぞー


 

 光が溢れる――シオンを中心として。相対していたアルセイオは息を飲み、そして、それを見た。

 炎を纏う右のイクスを、風を纏う左のイクスを、そして。

 

「……精霊、融合」

 

 雷を纏い、膨大な魔力を放出するシオンを。

 すっとシオンは閉じていた目を開く。同時に構えた。

 右のイクスを上に、下に左のイクスを持ってくる。背の6枚の剣翼が展開した。

 

「神庭シオン」

「っ……!」

 

 声に引きずられるようにアルセイオはダインスレイフを構える。シオンはそれを見遣りながらぽつりと呟いた――。

 

「推して、参る」

 

 ――宣戦を。

 

 次の瞬間、アルセイオはシオンの姿を見失った。

 シオンが居た位置にあるのは雷光の残滓のみ。

 

「っっ!? ちぃ!」

 

    −戟!−

 

 アルセイオは殆ど勘任せに真後ろにダインスレイフを突き出す。そこにシオンは居た。

 右、短槍のイクスを突き出しダインスレイフと鍔ぜり合っている。肩越しにシオンを見ながら、アルセイオは胸中驚愕の叫びを上げていた。

 

 ……何も、見え無かったぞ!?

 

 冷や汗が頬を伝う。体温が二度程下がった気がした。

 

「神覇、陸ノ太刀」

「っ……!」

 

 ぽつりと呟かれるその言葉にアルセイオは反射的に瞬動で後ろに下がる。だが。

 

「な……!」

 

 ――動かない。否、距離が離れない。シオンとの距離が。

 アルセイオはしばし呆然とし、直後に気付いた。シオンはアルセイオに合わせて距離を詰めたのだ。

 ”アルセイオの方が早く瞬動を掛けたと言うのに!”

 シオンはアルセイオの動揺に構わない。一歩を踏み込み、右のイクスを突き出す!

 アルセイオは無意識に空いていた右手を突き出した。同時に爆炎が吹き出し、シオンを中心に不死鳥が産まれる!

 

「奥義、朱雀!」

 

    −煌−

 

 神覇陸ノ太刀、朱雀――シオンを中心にして生まれた不死鳥は、至近距離でアルセイオに襲い掛かり、その身体を飲み込んだ。

 

    −爆!−

 

 裂光轟炎!

 朱雀はその威力を完全にアルセイオに叩き込み、身体を真上に突き上げた。

 

「ぐっ、う! 野郎――!」

 

 真上に吹き飛ばされながらアルセイオは口から悪態を漏らす。正直、危なかった。

 直撃の瞬間に、無理矢理に形成した巨剣を叩きつけ、僅かとは言え威力を削いだからよかったものの、それが成功しなければシールドごと消し炭になる所だったのだ。凄まじい威力である

 アルセイオは息を飲みながら飛ぶ方向に足場を形成。それを踏み、体勢を整える。

 

「坊主は――」

 

 居た、”目の前に”。

 

「漆ノ太刀」

「――!?」

 

 ――早過ぎるだろ!

 

 そう叫び声を上げたいが、そんな暇は無い。アルセイオは無理矢理にプロテクションを発動する。

 だが、シオンは構わない。左――長剣のイクスを振るう。同時にその身体は風を纏い、白き虎へと変身を遂げた。

 

「白虎」

 

    −戟−

 

 −戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟−

 

    −戟!−

 

 数十、数百、数千、数万!

 

 超高速の全周囲斬撃がアルセイオを襲う!

 プロテクションは数秒しか持たなかった。パリンと硝子を割るような音が響き、そして。

 

「く……っ!」

 

    −哮!−

 

 暴虐たる虎の牙がアルセイオへと容赦無く叩き込まれたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −戟!−

 

 クラナガンの空に甲高い剣音が鳴り響く。

 片や、片刃の長剣を持つ者、シグナム。

 片や、両刃の大剣を持つ者、ソラ。

 二人は高空に於いて高速の剣撃戦を繰り広げていた。

 

    −戟!−

 

 再び響く剣が打ち合う音。そして結果もまた同じだった。”必ずシグナムが打ち負ける”。

 

「ふっ!」

「く……っ!」

 

 鋭く響く、息吹。そして放たれる連撃にシグナムは顔をしかめる。重く、鋭く、そして何より疾い。

 

 ……なのはが苦戦する訳だな!

 

 胸中そう思い、放たれる一撃を受ける。近接戦の、それも剣の技術に於いてこれ程の者がいるとは。

 グノーシス、元第三位。”これ”で、第三位である。

 上には上が居るとは、よく聞く言葉ではあるが、それをひしひしと実感させられた。

 ソラから放たれる上段からの斬撃を受ける勢いを利用して離れる。同時、カートリッジロード。

 

「レヴァンティン」

【エクスプロージョン!】

 

 名を呼ぶと共に、愛剣たるレヴァンティンが炎を纏う。同時、シュランゲ・フォルム――連結刃へとレヴァンティンがその姿を変えた。

 対して、ソラは剣を持ち上げる。同時、煌っと、魔力がその身体から溢れた。

 

 −ブレイク・インセプト−

 

 鍵となる声が音を介さず空間に響く。シグナムはそれを見ながらレヴァンティンを上段に持ち上げた。ソラは剣を顔の横に持ち上げ、突き出す。同時に二人は動いた。

 

「飛竜、一閃っ!」

「魔人撃!」

 

 大上段から炎を纏う連結刃が放たれ、横からの斬撃で魔力斬撃が放たれる。

 

    −轟!−

 

 二つの技は二人の中間点で炸裂。その威力を互いにぶつけ合い――。

 

    −砕−

 

 ――相殺した。だが、ソラは結果に構わず、そのままシグナムへと突っ込む。

 

「っ! ちぃ!」

 

 それを見てシグナムは即座にレヴァンティンを振るう。連結刃のままのレヴァンティンは主の意向に従いその首を擡げた。

 

「陣・風・烈・火!」

 

    −閃!−

 

 ギュラァ! と空気を斬り裂きながらレヴァンティンが踊る。その様はまさに縦横無尽。シグナムの周囲を刃が囲み、近付く者――則ち、ソラに踊りかかる!

 しかしソラは一顧だにしない。空間に足場を無数に展開。同時に瞬動を開始する。

 だんっ! と、音が響き、ソラもまた縦横無尽に駆ける。向かい来る刃を躱し、シグナムへと確実に接近を始めた。

 

「く……!」

 

 シグナムはレヴァンティンを振るい、ソラを近付けさせまいとするが、ソラはその刃のこと如くを躱す。そして、ついにソラはシグナムを手に持つ大剣の間合いに入れた。

 踏み込み。深い踏み込みだ。ソラは足場にその踏み込みを叩きつけ、同時に大剣を振るう。

 対してシグナムはレヴァンティンをシュベルト・フォルムに戻す事を諦め、”真横”にシールドを展開。すぐさま蹴りつけた。

 

    −閃−

 

 ソラから放たれた一撃は、あっさりと空を斬った。シグナムが躱したのだ。シールドを足場代わりにして。

 

「っ……」

「おぉ……!」

 

 カートリッジロードと同時にボーゲン・フォルムへと変化させ、シグナムは即座にその弦を引き絞った。

 

「翔けよ、隼」

 

 魔力により、矢を形成。更にカートリッジロード。シグナムは止まらず、そのまま矢を解き放つ!

 

【シュツルム・ファルケン!】

 

    −豪!−

 

 レヴァンティンから高らかに声が響き、直後、一撃が撃ち放たれた――必殺たる一撃が。

 しかし、ソラは動かない。大剣を顔の前に持って来る奇妙な構えを取る。

 

 −我はただ空へと向かう−

 

 そらんじるように響くはオリジナル・スペル。ソラはすっと、大剣を突き放った。

 

「魔皇撃」

 

    −裂!−

 

 ――斬り裂いた。空気を、空間すらも螺旋を描く魔力斬撃が!

 奇しくも、二つの一撃は良く似ていた。どちらも極一点という一撃だ。故にその結果もまた同じ。二つの一撃は互いにぶつかり、そして。

 

    −轟!−

 

 互いに、その威力を持って互いを喰らい、螺旋を描く衝撃波を持って消えた。

 

 ――だが。

 

「煌牙」

 

 その声にソラは驚愕を顔に貼付けた。

 シグナムが居る。”彼の目の前に”。その身体は斬り傷だらけだ。

 さもありなん。何せ、未だ消えぬ衝撃波の渦を真っ正面から突破して来たのだから。

 これは一種の賭け。ソラがこちらの戦法に気付けば確実にカウンターを叩き込まれるだろう。

 だが、うまくいけばこちらが最高の一撃を叩き込める。そして賭けにシグナムは勝った。もはやソラは目の前、回避も防御も不可能なタイミングだ。故にシグナムは自身の持てる最強の一撃をソラに放つ!

 

「一閃!」

 

    −煌!−

 

 煌炎一閃! 炎剣が疾り、ソラへと容赦無く迫る。それにソラは目を見開いたまま回避も防御も出来ず――。

 

「起きろ」

 

 ――ただ、その言葉だけを放った。

 

 

 

 

    −斬−

 

 

 

 

 ――そして決着は着いた。”シグナムの敗北”で。

 

「あ……?」

 

 シグナムは呆然と見る。”背中から自身の胸の中央に突き出した刃”を。

 

「神剣、フラガラック」

 

 ぽつりと呟かれる声。それにシグナムは顔をあげる。ソラが持つ大剣、その刀身が”消えていた”。半ばから綺麗に。

そしてそれはシグナムの背中から突き立っていた。

 

「……出来れば使いたくは無かったがな。”ロストウェポン”なぞ」

 

 ぶん、とソラが大剣を”引き抜く”。同時にシグナムから刀身が抜けた。直後、シグナムの口から抗いようも無い程の血が溢れた。

 

「ぐ……!」

 

 吐血。大量の血がシグナムの口から、そして胸から流れる。それは常人ならば、確実に死んでいるであろう量だった。何せ、位置からすると心臓を貫いている。

 シグナムが死んでいないのは、守護騎士と言う存在故だ。しかも、今のシグナムは限り無く人に近付いている。このままでは待つのは確実に死だ。

 そしてソラがそれを待つ筈も無い。フラガラックをゆっくりと振り上げた。

 

「楽にしてやる」

「ぐ……っ、う……!」

 

 声を出そうとするが、それすらも出来ない。そして刃は振り下ろされ――。

 

「阿保か」

 

 −スマッシュ・インセプト−

 

    −戟!−

 

 振り下ろされた刃が、”鍵となる声”と共に放たれた朱色の槍にぶつかり止まった。それにソラは目を見開く。シグナムは傷を押さえながら顔を上げた。そして。

 

「殺しに来たぜ、兄貴」

「何だ、貴様か」

 

 シグナムは見た。戦場で何故かヘッドホンなぞをつけている、”少年”の姿を。朱槍を肩に担ぐ、その背中をシグナムは見た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シグナムと反対側の空、そこでヴィータは自身の愛鎚、グラーフアイゼンを振るう。既にその姿はツェアシュテールングス・フォルムだ。

 何故早くも切り札を使っているのか――その答えは、目の前の敵がそれでしか倒せない事を知っているからだ。

 ヴィータの眼前で巨斧を振るう老騎士、バデスには。

 

    −戟!−

 

「ぶち貫け――――!」

「ぬぅんっ!」

 

 裂帛の叫びが両者より放たれ、アイゼンとタイラントが真っ向からぶつかり合う!

 

    −轟!−

 

 辺りに衝撃波がぶち撒けられ、両者共に吹き飛んだ。二人は互いに数mを吹き飛び、同時に体勢を整える。

 

「くっそ……!」

【ヴィータちゃん。あんまり焦っちゃ駄目です!】

《……わぁってる》

 

 ユニゾンしているリインの言葉にギシリと奥歯を噛み締める。

 あの転送。あれで孤立させられたのは自分だけでは無い筈だ。必然、それはアースラメンバー全員が含まれる。

 

《……嫌な予感がするんだ》

【……はいです】

 

 リインもまた頷く。嫌な予感が止まらない。この状況での孤立など、いくらなんでも危険過ぎる。

 もし、自分と同じく孤立させられた状況で襲われたら……。

 

「……さっさとこいつ、ぶっ潰すぞ」

【……ヴィータちゃん】

 

 ヴィータの焦りが伝わり、リインが心配そうに名を呼ぶ。それに心配すんなと声をかけようとして。

 

「侮られたものだな」

「【……っ!】」

 

 突如かけられた声に中断された。声の主であるバデスをヴィータは睨む。直後にへっと笑った。

 

「一度負かしてんだ。舐められんのは当たり前だろ」

「……確かに、聖域で私は貴様に負けた」

 

 だが、と続ける。タイラントを肩に担いだ。

 

「今の貴様には負ける気がせぬ」

「……言ってくれるじゃんか」

 

 あからさまな挑発だ。いつものヴィータなら乗る筈も無いそれに、しかし、ヴィータは乗ってしまった。仲間を案じる気持ちと、焦りから。

 

【ヴィータちゃん! 駄目です!】

 

 リインから飛ぶ警戒に、しかしヴィータは耳を傾け無い。ぐるりとアイゼンを構える。

 

「行くぜ?」

「来るが――」

 

 ――最後までヴィータは言わせなかった。ツェアシュテールングス・フォルムの後端から炎が吹き出すと、その推進力に任せて一気にバデスに突っ込む!

 

「ぶち貫――!」

【ヴィータちゃん! 駄目っ!】

 

 リインが叫ぶ。それにヴィータはハッとなり、しかし。

 

「タイラント・オーバー・ブレイク」

 

    −轟!−

 

 間に合わなかった。タイラントがアイゼンの”柄”にぶつかる。これこそがバデスの狙いだった。彼は、最初から真っ向勝負など考えていなかったのだ。

 挑発し、威力はあるが軌道が読み易い攻撃を誘発させ、カウンターの一撃を叩き込む。ヴィータはそれにまんまと引っ掛かってしまったのである。

 

「アイゼン……っ!」

【ヴィータちゃん! 離脱を!】

 

 ブースターをカットし、即座に後退しようとする。だが。

 

    −断!−

 

 全てが遅すぎた。

 

「が……っ!?」

【あ、くっ……!】

 

 アイゼンの柄は半ばから断たれ、巨斧の刃がヴィータの腹部にめり込む。小さな口から血が吐き出された。バデスはそれを顔に受け、そのままぐるりと旋回。地面に向けてヴィータをタイラントで投げ飛ばす!

 

    −撃!−

 

 ヴィータは下のビルに叩きつけられ、ビルの上から二階までを纏めて潰し、漸く止まった。

 

「あ、う……リイン……!?」

【大、丈夫です。ヴィータちゃんは……?】

「何、とか、な」

 

 リインに答えながらヴィータは顔をしかめる。何と言う失態。焦りとは言え、あんな見え透いた手に引っ掛かるなんて。

 潰れたビルの部屋にうずくまるヴィータに止めを刺さんとバデスが突っ込んで来る。それを迎撃しようとヴィータは身体を起こそうとするが、立てない。身体が先の一撃でろくに動かないのだ。

 

「終わりだ」

 

 バデスのそんな言葉が先にヴィータに届く。そして巨斧が叩きつけられようと放たれ。

 

「はいはい。ストップ、ストップ!」

 

    −轟−

 

 横合いからいきなり光砲がバデスに叩き込まれた。

 

「ぬっお……!」

 

 なのはのディバインバスターを思わせる一撃に、バデスは呻きの声をあげるも、何とか耐え切る。吹き飛ばされながら、体勢を整えた。

 

「いい歳したじい様が子供いじめ? 随分といい趣味ね」

 

 誰が子供だ。と叫びたいが、先の一撃のダメージで上手く声が出ない。光砲を放った主は女だった。手に持つは白い槍。セミロングの髪に、ゴーグルをかけている。なのはと同じ歳ぐらいだろうか。勝ち気そうな女性である。

 

「……何故、貴様がここに居る?」

「さぁて、なんでかしらね? でも、そうね」

 

 くすりと笑う。そして手の白槍をくるりと回した。

 

「アンタ達を止めるため――てのはかっこ付けすぎね。だからこう言うわ」

 

 その言葉と共に白槍が回転を停止。女性の右手に順手で収まる。同時にそれは構えとなった。

 

「アンタ達を纏めてぶっ飛ばしてやる為に、てね!」

 

 微笑む。その笑顔だけ見れば、可愛らしい女性はしかし、言っている事はあまりにも物騒窮まりなかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「くっ――!」

 

 はやての側を弾丸が走る。それをシールドを張り防御。直後に、その弾丸を放った存在。ガジェットⅤ型がはやての脇を抜けた。

 

「ブラッディ・ダガー!」

 

    −寸っ!−

 

 放たれる紅の短剣群。それは瞬時にガジェットⅤ型へと疾り、数機を纏めて破壊せしめる。

 

「ハアっ、ハアっ!」

 

 ガジェットを鮮やかに破壊した彼女だが、その息は荒い。

 先程からずっと、はやては襲い来るガジェットⅤ型相手に戦っていた。いつもなら訳も無く倒せる相手である。だが、”此処”では、はやては本領たる広域魔法が使え無かった。そして尚且つ逃げる事も出来ない――何故なら。

 

「シャーリー、どない?」

《もう少しです!》

 

 はやてが通信でシャーリーと話す。そして視線をちらりと後ろに向けた。

 そこには、無数のガジェット達に虫のようにたかられ、攻撃を受けているアースラの姿があった。

 アースラは速度や積載性に装備のほとんどを費やしている。故に装甲やフィールド等の防御が弱い。そんなアースラがもし自慢でもある足を止められたらどうなるか? 答えは現状である。つまりはタコ殴りだ。ザフィーラも駆け付け、シャマルやシグナムの融合騎、アギト(主とは別々に飛ばされた)も協力して次々とガジェットを墜しているが、それよりガジェットが増える方が早い。そもそも何故アースラが足を止められたのか。

 確認する必要すら無い、グリムの仕業であった。

 予めウィルスでも仕込んであったらしく、はやてがアースラの近くに転送されると同時にアースラの推進系が纏めてストップしたのだ。

 今や、アースラは空に浮かぶ飛行船である。何せ動けず、風船よろしく浮かぶしかないのだから。

 さらにアースラに突っ込むガジェットにダガーを叩き込みつつはやては顔をしかめる。

 

 これが狙いなんか……?

 

 グリムはこう言った。絶望への片道切符、と。

 だが現状、アースラへの攻撃は続いているものの、到底撃沈には程遠い。

 こちらの戦力を読み切っていなかった訳でもないだろう。ならば、絶望とは一体? 果たして、その答えはすぐに訪れた。

 

 ――っ!?

 

 瞬間、はやてを寒気と嫌な予感が貫いた。それはかつて覚えのある感覚。JS事件の際にザフィーラが、そしてシャマルが死にかけた時に覚えた感覚だ。

 

 シグナム……!?

 

 一人はヴォルケンリッター烈火の将。

 

 ヴィータ! リイン!?

 

 そして鉄槌の騎士と、融合騎たる存在。三人の気配が、急速に弱くなりつつあった。

 

「シャーリー! シグナムやヴィータ、リインの状況、分かるか!?」

《え……? ちょ、ちょっと待って下さい!》

 

 アースラに通信を繋げる。はやてのあんまりの剣幕にシャーリーは戸惑いの声を上げ、直後に《嘘!?》と叫んだ。

 

「シャーリー!?」

《ライトニング2、及びスターズ2、そしてブルーのバイタル危険域です……! そ、それだけじゃありません! ライトニング3、4も! 他の皆も!》

 

 やっぱり……!

 

 はやては叫び出す一歩手前で、そう思う。グリムは最初っからこの積もりだったのだ。

 他のメンバー達を孤立させ、各個撃破に持ち込む事。

 そしてそれを他でも無い、自分に味あわせようとしているのだ。

 仲間達や、家族を失う絶望を! はやては唇を血が出る程に噛み締めた。

 

「ザフィーラ! シャマル! 皆を助けに……!」

《はやてちゃん!?》

 

 次の瞬間、シャマル達に通信を繋げようとして逆にシャマルから通信が入る。それにえ? と疑問符をはやては浮かべ。直後、その身体を影が差した。はやての直上のガジェットの影――”右の手にナイフらしき物を装備してガジェットの影が!”

 しまったと思った時には既に遅かった。伊達にヒトの形をしていなかったのだ、このガジェットは。既にナイフは突き出され、こちらに正確に放たれている。いやにゆっくりと迫る刃、それをはやては呆然と見る事しか出来ずに。

 

    −斬!−

 

 ガジェットが、上下に真っ二つに斬られる瞬間を見た。

 

 ……え?

 

 再び、はやては疑問符を頭に浮かべる。だが、驚きはまだ止まらない。

 

    −撃!−

 

 直後、はやての周りにいた他のガジェットも、先のガジェット同様にぶった斬られる。五体程のガジェットが一瞬で撃墜された。

 

「やれやれ……」

 

 そして気付けば、それはそこに居た。

 大柄な男である。多分、身長は190を下らない。 そして右手には2m超の大剣を持っており、それを肩に担いでいた。

 左手で頭をポリポリとかきながら空を”歩く”。そしてはやてを見てあーと、唸った。

 

「仲間達が気になるのは分かるけどよ。戦場でぼーとしてんなよ。危ねぇから」

「は、はい……」

 

 頷くはやてに男はウンウンと頷き、そして言葉を続ける。

 

「それにあんたの仲間も大丈夫だろうよ。俺の仲間が向かってるし」

 

 その言葉にはやては今度こそ戸惑う。この男は一体何者なのか? それに仲間とは?

 そこまで考えた段階で思い出した。彼等は……!

 だが、男はそんなはやてに構わない。大剣を肩から下ろして横に構えた。

 

「さぁてと。一丁いってみようか!」

 

 笑みと共に吠える。同時、大剣が上下にスライド。合わせ目から光が漏れた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 クラナガンより離れた海域。その海の上で、アルセイオは息を荒げながら眼前の存在を睨む。神庭シオンを。

 

「耐えたか。おっちゃん」

「あたぼうよ。中年舐めんなよ? 坊主」

 

 とは、言うもののアルセイオの息は荒い。実際、かなりまずかった。まさか、”盾”まで作らされるとは。

 無尽刀の能力は何も剣にのみに限定しない。盾や、必要とあれば鎧も作りうるのだ。だが、そうは言うものの久しぶりに盾を作らされた。最後に作ったのは十年も前になる。則ち、伊織タカトとの戦い以来であった。

 

「皮肉なもんだな」

「?」

「いや、何でもねぇ。さて、坊主。続きと行こうか?」

 

 −ソードメイカー・ラハブ−

 

 再び鳴り響く鍵となる声。同時、その背に剣群が展開する。シオンは何も言わない。イフリートとジンを再召喚。再び双重精霊装填で左右のイクスにそれを収めた。

 

「行くぜ。坊主」

「……おう」

 

 スッと手を掲げる。シオンもまた、両のイクスを構えた。そこまでアルセイオは見て、一気に剣群を解き放つ!

 

    −轟!−

 

 数万の剣群から成る剣の激流が迫り来る。しかし、シオンはそれを見ても動かない。アルセイオはそれに眉をピクリと上げた。

 

 動かず、防ぐ積もりか?

 

 そう思い。しかし、次の瞬間にその考えは否定された――”目の前”のシオンに。

 

「っ!?」

 

    −閃−

 

 ――いつの間に!?

 

 その叫びを放つ前にアルセイオはダインスレイフを振るう。だが、シオンの姿は既にそこには無い。あるのは雷の残滓だけだった。

 

「ちぃ!」

 

 短く唸り、背側に逆を向けて剣群を形成、放つ!

 

 −弾・弾・弾・弾・弾−

 

 僅か数本の剣。しかし、それは確かにそこに”居た”存在に放たれた。つまりシオンに。しかし。

 

「そこかぁ!」

 

 アルセイオは即座に真上に顔を上げる。そこに、居た。雷を纏うシオンが。

 右のイクスを既に振り上げている。アルセイオは半ば無意識にダインスレイフを真上に突き上げた。

 

    −戟!−

 

 轟音裂破! 聖剣と魔剣が再びぶつかる。しかし、いつもと違いアルセイオはシオンを吹き飛ばせない。拮抗する――否、寧ろ押された。

 

「ちぃ!」

 

 再び呻く。そんなアルセイオにシオンは構わない。更に踏み込み、左右のイクスを振るう。

 

    −戟!−

 

    −閃!−

 

    −裂!−

 

    −破!−

 

 疾風連撃! 次々と放たれる左右のイクスにアルセイオはついていけない。直撃は盾まで形成して無理矢理防ぐが、それでも身体の致る所にダメージを受ける。そもそも精霊融合状態のシオンは反応速度からしてヒトを超えてしまっているのだ。ヒトのままで反応が追い付ける筈も無い。

 

「おぉっ!」

「ちぃっ!」

 

 ダインスレイフを無理矢理シオンに放つ。それすらも簡単に左のイクスに弾かれた。力ですらも負けている。

 弾かれ痺れる右の手にアルセイオは顔をしかめながら、それを見た。紫雷を纏う右のイクスを突き出すシオンを。

 

「神覇九ノ太刀」

「っ……!」

 

 告げられる言葉にアルセイオは無意識の内に左手を突き出した。

 盾を――相当の魔力を注ぎ込み、盾を形成した。そこまでしなければその一撃は防げないと、本能が告げていたのだ。

 シオンは構わない。盾の中央にイクスを突き立てる!

 

「奥義、青龍!」

 

    −轟!−

 

 そしてそれは産み落とされた。荒れ狂う雷龍が、突き立てたられたイクスから。産み落とされると同時にその顎を開き、アルセイオの盾に食いつく。

 

    −咆−

 

    −哮!−

 

 轟撃たる雷龍に、しかし盾は耐えた――が、アルセイオ自体が持たなかった。足場を形成したにも関わらず、雷龍に押されその身体を持っていかれる。

 

「ち、いぃ――!」

 

 雷龍に引きずられながらアルセイオは呻く。暴虐たる雷龍を真っ正面から睨みながら。しかし、へっと笑う。

 

 ――まだ、まだ堪えられる。

 

 盾はまだ持つ。それに精霊融合には時間制限もある筈だ。ならばこの一撃を受けきれば、まだどうにかなる! そう、”このままならば”。

 

「精霊剣、カリバーン」

 

 声が聞こえた――アルセイオの”真後ろ”から。その声は、当然シオンのものだった。

 

 嘘だろ、オイ。

 

 早過ぎるとかそんな問題では無い。今、アルセイオはシオンが放った青龍を防いでいるのだ。なのに何故そのシオンが自分の後ろに居る――!?

 そんなアルセイオの疑問をシオンはまとめて無視、カリバーンと化したイクスを振り上げる。

 

「陸、漆ノ太刀、合神剣技――」

 

 まず――!

 

 ……その言葉すらも放てない。そして。

 

「紅蓮っ、天昇ォ!」

 

    −爆!−

 

    −煌!−

 

    −雷!−

 

 数百の光爆と雷龍を前後からアルセイオは受け、直後に太陽を思わせる巨大な爆発がクラナガンの海に顕現した。

 

 

(後編に続く)

 

 




はい、第三十一話中編でした。
お察しの方はいると思われますが、この話から読者様の投稿オリキャラが出て参ります。
うん、多いよ!(笑)
お楽しみ頂けたなら、幸いです。では、後編にてお会いしましょう。ではでは。


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第三十一話「グノーシス」(後編)

はい、投稿オリキャラ祭りであるところの、この話も後編となります。
また文字数多いな(笑)
こっから先は前中後編やら1やら2やらが当たり前となっちゃいますが、どうか御容赦を(笑)
では、第三十一話後編どぞー


 

「リボルバ――――っ!」

「ゴルディアス〜〜!」

 

 クラナガン市街地。そこで、スバルは高速で疾走していた。相対する敵はリズとリゼ。アルセイオ隊の二人である。

 向かい来るスバルにリズもリゼの前に出て、その巨拳を振るう。

 

「キャノンっ!」

「インパクト〜〜!」

 

    −撃!−

 

 ぶつかり合う拳と拳。その威力により、衝撃波が巻き起こり、周囲を揺るがせる。

 

    −破−

 

「っ!」

「わ〜〜」

 

 そして互いに弾き飛ばされた。聖域での戦いと同じだ――否、違う。前はスバルの方が吹き飛んでいたが、今回その距離は離されていない。力負けしていないのだ。

 フル・ドライブ、ギア・エクセリオンの効果故だ。しかし、スバルの敵は彼女だけでは無い。

 

「……レイ」

 

    −発!−

 

 静かな声と共に放たれた光球。リゼの射撃魔法だ。総計二十五の弾幕。それが、スバルに迷い無く突き進む。

 

「っのォ!」

【キャリバーシュート・ライト!】

 

 スバルは弾き飛ばされた体勢から、左に身を捻ると、右蹴りを宙空に向かい放った。

 

    −轟−

 

 蹴りから衝撃波が飛ぶ。リゼから放たれた光球はそれに減衰させられた。スバルはそのままウィングロードを発動し、空へと駆けようとする――が。

 

    −閃!−

 

「くぅっ!」

 

 スバルは伸びてきた指槍にウィングロードの発動を中断。プロテクションで指槍を弾く。

 そう、スバルの相手は獅童姉妹だけては無い。感染者によるヒトガタ、つまり因子兵もまたスバルの相対する存在であった。

 スバルはプロテクションを発動したまま地面に着地。そして、プロテクションを維持したまま因子兵に突っ込む。直後。

 

    −轟!−

 

「むぅ〜〜。避けられた〜〜」

 

 スバルが居た場所に巨拳が突き刺さった。リズだ。

 さらにリゼも新たな光球を放つ。光球はまたもスバルを追うが、これはスバルも予想していた。”だから”因子兵に突っ込んだのだ。

 ちょっと前にやけに集団戦闘は苦手な癖に、多数の敵を一人で相手をするのにやたらと長けていた少年から聞いた事がある。

 多対一の時に最も重要な事は何かを。少年はこう答えた。

 

『多対一での戦いだと、1番重要なのは、如何にして一対一×?数にするかだな』

 

 それに疑問符を浮かべる自分に少年は苦笑した。

 

『いいか? 例を上げるとして、百人の敵が一斉にこちらに襲い掛かった場合。まともにぶつかりゃあ負けるだけだろ? 数の暴力ってのはある意味絶対だ。……たまにそう言った常識を笑って蹴散らす非常識人間達もいるけど』

 

 先生’Sやウチの兄貴’Sとかな? と、少年はうそぶく。

 

『んで。そんな非常識人間じゃない場合、どうするか? 答えがさっき言った一対一×?数ってやつだ』

 

 つまり、と少年は言う。

 一対百が無理ならば。一対一の状況を作り出せばいいだけだと。

 

『そうすりゃあ、後はそれを百回繰り返せばいいだけだ。……あン? そんな状況に持っていくのがまず無理? なら負けるだけだな。いいか?』

 

 少年はニッと笑う。そして、そのまま続きの言葉を紡いだ。

 

『そもそも百対一って状況がほとんど絶望的なんだ。こっちに勝てる要素なんて無いんだからな。だから、死にものぐるいで勝てる要素を”作り出せ”。どんだけ汚い手でもいい。使えるモノは猫の手だろうと犬の尻尾だろうと、”敵自身”だろうと構わない。使い倒せ。そうやって初めて絶望的な状況で勝機が見えて来るんだからな。以上』

 

 スバルはその言葉をこの戦いの最中に思い出していた。それをあっさりと常識扱いしていた少年。シオンは絶対に非常識人間の側だとは思ったが。

 ――だから。まずはその状況作りから、である。

 

 ……使えるモノは何でも!

 

 そう思い、スバルは突っ込む。因子兵の集団の中に!

 攻撃はしない。因子兵の攻撃を防御するだけだ。何せ因子兵には――。

 

「むぅ〜〜!」

「……邪魔」

 

 直後、因子兵がぶっ飛ばされ始めた。獅童姉妹の仕業である。それにスバルはホッとする。

 正直、上手くいくか分からなかったのだ。この作戦が。

 そう、因子兵には盾になって貰っているのだ。これならばリゼの射撃魔法は、因子兵が盾になって意味がなくなるし、リズも自慢の巨拳を振るう事が出来なくなる。容赦無く因子兵をぶっ飛ばすとは、スバルも予想してはいなかったが。

 

 これで!

 

 スバルは未だ指槍や因子兵自体を弾いてるプロテクションを維持したままUターン。マッハ・キャリバーが唸り、疾走開始! 向かう先は――。

 

「……っ!」

「リゼちゃんっ!」

 

 ――気付かれた。しかし、遅い!

 

【ショットガン・キャリバーシュート!】

 

 高らかにマッハキャリバーが吠える。同時にスバルは因子兵の群れから飛び出し、身体を横回転させた。

 

    −撃!−

 

 右の蹴りがリゼに叩き込まれる。しかし、リゼはプロテクションでそれを止めた――スバルは構わない。回転を続行する。

 

    −撃−

 

 −撃、撃、撃、撃、撃−

 

    −撃!−

 

 回転と共に連続で放たれていく蹴りがリゼのプロテクションを削っていく。リズがそれを見てリゼを助けんと駆け出し、因子兵もスバルに突っ込んで来る。

 しかし、スバルはそれら”全て”を意識から外した。今、やらねばならない事は。

 

「リボルバ――――!」

 

 カートリッジロード。リボルバーナックルから空薬莢が飛び出す。

 そう、今やらねばならない事はリゼの打倒。他は全て後回し!

 そしてスバルはショットガンの回転エネルギー全てを乗せた拳をリゼに叩き込む!

 

「マグナムっ!」

 

    −轟!−

 

 本来のキャノンより遥かに激烈な威力を持って放たれる一撃に、リゼのプロテクションが悲鳴をあげた。そして――。

 

    −壊!−

 

 ――砕けた。硝子が割れるかのような音と共にプロテクションが。リゼが驚きに目を見開き、スバルは止まらない。

 プロテクションを砕いた右のナックルをそのままリゼに叩きつける!

 

    −撃!−

 

 一撃をもろに受けたリゼが吹き飛ぶ。地面と平行に飛び、瓦礫の中へと突っ込んだ。

 

「リゼちゃん!?」

 

 リズが悲鳴を上げ――。

 

「あぁぁぁっ!」

 

 ――スバルは止まらない!

 マグナムを放った姿勢から地面に着地と同時に一気にリズに突っ込む。リズもそれに気付き、巨拳を構えた。

 スバルはそれを見て、しかし構わない。左の掌を掲げる。その中央に生まれる光球――スバルは止まらず、リズに真っ直ぐ突っ込む。

 

「ディバインっ!」

 

 カートリッジロード。そしてナックルを左の光球に叩き込み、膜のように広がった光が、スバルの全身を覆う!

 

「え〜〜……っ!」

「ブレイカ――――!」

 

    −轟!−

 

 魔法の術式から砲撃と判断していたリズが驚きの声と共にシールドを張る。スバルはその中央に光を纏い、突き出した拳を迷い無く叩きつけた。

 

    −撃!−

 

 シールドに突き立つ光拳! マッハキャリバーが唸りを上げる。

 

「うぅりゃああぁぁぁ……っ!」

「んぅううぅぅ〜〜……!」

 

 拮抗する両者。辺りに光が弾け、紫雷が踊る――そして。

 

    −砕!−

 

 決着は訪れた。砕けたのだ、シールドが。リズも妹と同じく目を見開き、スバルは先程と同じく止まらない。リズに突っ込む!

 

    −撃!−

 

 光を纏うスバルはリズを文字通り轢き飛ばした。轢かれたリズは上空に回転しながら弾き飛び、地面に叩きつけられる。

 

    −激!−

 

 およそ人が地面にぶつかったとは、到底思えない音が響いた。スバルは思わず、うわっちゃあ……! と、呻く。一応、非殺傷設定ではある――が。

 

 やり過ぎたかも……。

 

 内心そう思う。かも、では無く完全にやり過ぎではあるが、スバルも止まる訳には行かない。

 何せまだ因子兵がゴマンと居て、スバルに向かって来ているのだ。折角、獅童姉妹をKOしたのにここでやられては元も子も無くなる。

 

【ウィングロード!】

 

 故にスバルは即座に撤退を選んだ。光の道が空に走り、スバルはその上を駆ける。一旦空に逃げられたら、姉妹が気付いても大丈夫な筈であった。

 スバルはあの二人が空を飛んでいた事を見た事が無い。故に飛べ無いと判断したのだ。今なら距離も稼げる。

 因子兵も空は飛べないのだろう。地上にはわらわら居るくせに空には一匹もいない。

 

 これならいける!

 

 スバルはそのままウィングロードの上を駆けた。これなら逃げられると。そして。

 

 

 

 

「……リゼちゃん。起きてる〜〜?」

「……起きてる」

「あの娘、行っちゃったね〜〜?」

「……うん」

「怒られるかな?」

「……多分」

「怒られるの嫌だね〜〜?」

「……嫌」

「なら〜〜」

「……うん」

 

「「”本気”を出そうよ」」

 

 

 

 

 ――次の瞬間、スバルの脇を、背後から何かが駆け抜けた。

 

 ……え?

 

 スバルはそれに疑問符を抱き、それを見た。

 ――人、二人の人間だ。

 獅童リズと、獅童リゼの二人。しかし、二人は先程とは全然違っていた。

 

 鎧。そう、鎧だ。傍から見るとそれは明らかな鎧だった。

 リズが朱。

 リゼが蒼。

 その鎧は二人の胸や腰、肩等にバリア・ジャケット越しに装備されていた。そして何より、その背中からは”翼”が生まれていた。

 鎧から出ている翼だ。当然金属で出来ている。だが、二人は今、明らかに空を飛んでいた。

 

「飛ぶよ、朱嬢(ツイノーバ・フローレン)〜〜」

「……飛びなさい、蒼嬢(ブラウ・フローレン)」

 

 朱嬢と蒼嬢。それがその鎧の名前なのか。驚いたまま固まっていたスバルは、ハッと我を取り戻し、慌てて下にウィングロードを向ける。

 理由は簡単。空を飛べる者に、空に道を作って走る者では絶対に勝てないのだ。

 機動性と動きの自由度、その全てで劣っているのだから。

 そんなスバルに二人は、くるりと上空を旋回。直後に猛烈な速度を持ってスバルに襲い掛かる。

 

「逃がさな〜〜い」

「……今度こそ、終わり」

「くっ……!」

 

 一気に追い付かれた。しかも挟み討ちだ。スバルは呻く。いっそ飛び降りる事も考え――それを実行する前に二人は動いた。

 リゼから螺旋を描く杖、カドケゥスが向けられる。

 

「……インパルス」

「っ……!」

 

 響く声。そして差し向けられた杖の先端に集う光にスバルは左手を突き出した。

 トライ・シールドだ。しかし、リゼはそんな防御に構わなかった。

 

「ブラスト」

 

    −轟!−

 

 直後に光砲がシールドに叩きつけられた。光の奔流にスバルは呻く。そして。

 

「じゃじゃ〜〜ん。行っくよ〜〜!」

「くっ……!」

 

 反対から響くリズの声に振り向く。彼女は、右の拳をスバルに向けていた。だが、スバルは砲撃を受けている真っ最中である。下手に近付けばリズも巻き込まれるだけだ。ならば果たしてどうすると言うのか。

 そう思った瞬間、答えが来た。

 

「ロケット、パ〜〜ンチ。なんちて!」

 

    −破!−

 

 ――飛んで来た。”拳だけ”が! スバルはそれに驚きの声すらも上げられず。ただ目を見開き、直後。

 

「そりゃ、ロケット○ンチやのうて、ブロウクン・○グナムやろ――――!」

「へぶっ!?」

 

 ハリセンがリズの頭を盛大にはたきのめした。

 

「……へ?」

「……嘘」

 

 スバルがあんまりな出来事にポカンとなり。リゼは何故かうろたえている。ハリセンを右手に持つのは少女だった。栗色の髪をセミロングにしている、活発そうな少女である。スバルと同い年か、ちょっと年上か。少女はニンマリと笑うとハリセンを掲げた。

 

「全く。三年も経ってこの程度のボケしかでけへんなんて、お姉ちゃんは悲しいで!」

「お笑いの修業に出てたんじゃないもん〜〜!」

「……同意」

 

 獅童姉妹が、ブーブーと文句を言うが、少女は「やっかましぃわ!」と一喝。それだけで姉妹の文句は止まった。

 

「取り敢えず、はたきのめして二人共連れ帰るで? 全く、一から修業し直さんと」

「「だから〜〜」」

「文句があるなら聞くで? 勿論、これでな」

 

 そう告げ少女は姉妹にハリセンを突き付ける。姉妹の表情が険しくなった。少女はそんな姉妹にくすりと笑う――。

 

「さぁ、行くで?」

 

 直後、少女は姉妹へと真っ直ぐに突っ込んだのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 崩れ落ちるビル。それをフライッツェの担い手、ベルマルク・ナインは冷ややかな目で見ていた。

 

 ……この程度で終わりでしょうか?

 

 自分の想像に、しかし自分自身で否、と結論付ける。この程度で終わりな筈が無い。そしてその証明はすぐに来た。

 

「シュ――――トっ!」

 

    −発!−

 

 二十の光弾が真っ直ぐにこちらに向かい来る。それにベルマルクは後退を選択。さらにその前に因子兵が立ち、盾になった。

 

 −弾、弾、弾、弾、弾−

 

 因子兵から次々と悲鳴が上がる。だが、ベルマルクはそれを一顧だにしない。即座に右手のフライッツェを光弾が来た方向に差し向けた。

 

    −弾−

 

 放たれた銃弾は一発のみ。それはビルの瓦礫に直撃。分解された瓦礫をさらに分解。粉末にまでそれを変える。

 だが、そこにティアナの姿は無かった。

 

「……隠れんぼがお上手ですな」

「そうでも無いわよ?」

「む……?」

 

 直後、声がした――真上から。ベルマルクは顔を上にあげる。ティアナはそこに居た。

 クロスミラージュから光のロープが伸び、ベルマルクの背後のビルにくっついている。そして振り子の要領でティアナはベルマルクに真っ直ぐ突っ込んで来ていた。彼は、そんなティアナにフッと微笑する。

 

「確かに、そのようですな。自ら声を出すとは……」

 

    −弾!−

 

 即座に発砲する――同時に気付いた。そう、ティアナが自分に声をかける必要は一切無い。と、言う事は……。

 答えは即座に示された。ベルマルクの放った銃弾は迷いなくティアナに突き刺さり、あっさりと向こう側に抜け、ティアナの姿が消えた。

 

「幻術……!?」

「ファントム……っ!」

「!?」

 

 直後に響く声にベルマルクはぎょっとする。声はベルマルクの真っ正面から響いたのだ。そこに、本物のティアナが居た。彼女は3rd、ブレイズ・モードのクロスミラージュを真っ直ぐにベルマルクに向けていた。同時に3連で、カートリッジロード。ターゲット・サイトが銃口の先に展開する。

 

「ブレイザ――――っ!」

 

    −煌!−

 

 そして、叫びと共に光の奔流は放たれた。巨大な光砲はベルマルクの前に居た因子兵をまとめて飲み込み。

 

    −轟!−

 

 その身体を消し飛ばしながら、一切の停滞無くベルマルクへと突き進む。

 ベルマルクはその光砲にフライッツェを差し向け更に発砲した。

 

    −弾−

 

 銃弾が光砲にぶつかると同時に光砲は消え去った。しかし、ベルマルクは顔を歪める。因子兵が全滅、すなわち盾が無くなってしまった。それが意味するのは、つまり。

 

「クロス・ファイア――――!」

「ぬうっ……!?」

 

 ――やはり。それだけをベルマルクは思う。盾が無いベルマルクのフライッツェでは複数の対象を消し去る事は出来ない。そして、それこそがティアナの狙い。故にティアナは一切の躊躇無く、それを放つ!

 

「シュ――――トっ!」

 

    −発!−

 

 放たれるは、二十五の光弾。ティアナより放たれたそれは、迷い無くベルマルクにひた走る。彼にそれを防ぐ手立ては無い。向かい来る光弾群に、ベルマルクはただフライッツェを突き出すだけ――そして。

 

「フライッツェ。リミット・ブレイク」

【はい】

 

 そんな声だけがベルマルクから来た。

 

    −弾−

 

 ……え?

 

 そして、ティアナはそれを見た――見てしまった。

 自分が放った光弾が”全て”一瞬で消え去る光景を。

 呆然とするティアナに、ベルマルクが肩を竦める。

 

「いや、お見それしました。まさか、リミット・ブレイクまで使わされるとはね」

「っ――!?」

 

 苦笑するベルマルクにティアナは我を取り戻し、クロスミラージュを構える。そんなティアナにベルマルクは苦笑を深くし。

 

「では、いい加減終わりにいたしましょう」

 

    −寸っ−

 

 次の瞬間、ティアナはいきなり拘束され、地面に転がされた。悲鳴をあげる暇も無く、ティアナはただ転がる。

 

 何、が……!?

 

 口元まで拘束されながら、視線のみをティアナは巡らし、そして絶句した。

 ――因子兵。たった五体程ではあるが、因子兵がティアナの背後に居たのだ。そして指を伸ばし、ティアナの全身を拘束している。

 

 まさか、伏兵!?

 

 しまった。そうティアナは思う。考えてみれば、至極当然の戦術であった。確実に勝とうとするならば当然の策。

 

「私は貴女を過小評価する積もりはありません。貴女は自分が思っている以上に強い」

 

 故に。そう、ベルマルクは続ける。

 

「故に、です。貴女はここで確実に仕留めさせて頂きます」

「ん――――っ!」

 

 ベルマルクの言葉にティアナは暴れる。しかし、因子兵の拘束は思った以上にきつく、少しも緩まない。ベルマルクは転がるティアナに銃口を差し向ける。そこに、一切の迷いは無かった。

 

「では、おさらばです」

 

 そして引き金が引かれようとして。

 

「ガバメント。断罪者(ジャッジメント)装填。LEVEL3でいっとくか」

【はい】

 

 ――そんな声が聞こえた。

 

 

 

 

    −轟!−

 

 

 

 

 直後、ティアナを拘束していた全ての因子兵が、上半身を消し飛ばされた。

 

 ……え?

 

 緩む拘束に、しかしティアナは抜け出さず、ただ呆然とする。ベルマルクもまた唖然と声を漏らした。

 

「何と、貴方が来るとは……!」

「上からの命令だ。ひたすら面倒臭ぇが、やるしかねぇだろうがよ」

 

 ティアナはその声が響いた方向に目を向ける。その先に居たのは、男であった。恐らくは20代前半。身に纏うバリアジャケットは派手さを嫌ったが如く、迷彩柄のズボンにタンクトップ。

 そして黒のジャケットに、これまた迷彩柄のバンダナを金髪の頭に巻いていた。何より異質窮まり無いのは手に持つ銃だ。

 ――巨きい。おそらくはデバイスなのだろうが、本当にハンドガンのサイズなのか? と、疑いたくなる程の巨大さである。

 まるで、レンガのようなゴツさであった。銃口の先にはクロスのワンポイント。そんな異質な銃を持つ男はタバコを吸い、紫煙を燻らせる。一気にフィルターまで吸い、これもまた一気に煙を肺から吐き出した。指でタバコの吸い殻を弾く。そして。

 

「か――! ヤニが美味ぇ!」

 

 そんな事をティアナとベルマルクにのたもうたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 毒を受けて倒れ伏すエリオ、そしてキャロに白装束の三人組は駆ける。まず召喚士たる少女から殺す積もりだった。三人で、決して逃れえぬように一斉に留めを刺す。殺せる時に確実に殺す。

それが彼等、”粛清士”の在り方であった。

彼等に固有の名前は無い。三人で、粛清士。ただそうとだけ呼ばれる存在である。

 これまでも。そしてこれからも。

 故に子供といえど容赦は無い。その証明の為に、まずは少女からあの世に送ろうと刃を振りかぶり。

 

「ふっざけるなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

    −撃!−

 

 怒号と共に振りかぶられた槍に、三人揃って吹き飛ばされた。

 

「ぬ、う」

「なんと」

「まさか」

 

 粛清士は揃って驚愕の声を上げ、自分達を弾き飛ばした存在を見る。それは毒で倒れている筈の存在だった。エリオ・モンディアルである。

 息を荒げながら、真っ青な顔でキャロの前に立つ。そして、三人組を真っ向から睨み据えた。

 

「ふざけるなよ……! 誰が貴方達にキャロを殺させたりするものか!」

【エクスプロージョン!】

 

 ストラーダもまた主と共に吠える。エリオは応えるかのようにストラーダを構えた。

 

「馬鹿な」

「致死レベルの」

「毒の筈だぞ」

「何故」

「動けるのだ?」

 

 揃って驚きの声をあげる粛清士に、エリオはギッと歯を食いしばると、真っ直ぐに三人を睨んだ。

 

「貴方達には絶対に解りっこ無い……! 僕はキャロを守るって決めたんだ」

「成る程」

 

 エリオのその言葉に三人組は頷いた。ゆっくりと、刃を構える。

 

「絆の強さと」

「言うやつか」

「しかし」

「我等程強くは」

「無い」

「……何だって?」

 

 エリオが問う。三人はその問いに頷いてみせた。

 

「我等は」

「三人で一人」

「それぞれ固等は」

「無い」

「固にして全」

「それが」

「我等粛清士」

「絶対の」

「絆だ」

 

 三人組は告げる。それが誇りだとばかりに。しかし、エリオはむしろ哀しい顔を三人に向けた。

 

「それは違うよ」

「何」

「だ」

「と?」

 

 エリオの言葉が聞き捨てならなかったのか、三人組が一斉に聞き返す。エリオは首を横に振って見せた。

 

「貴方達は逃げたんだ。他者って言う存在から。他の人が、怖くて」

「「「……黙れ」」」

 

 三人は咄嗟にその言葉を留めんとする。しかし、エリオは頭を振るい、止めない。

 

「何度でも言うよ。貴方達はただの弱虫だ! そんな、他人を認められない逃げ場を絆のように感じているだけだ!」

「「「黙れと言ったぞ! 小僧!」」」

 

 叫び続けるエリオに三人が殺到する。それ以上この言葉を吐かせてはいけない。もし、それを聞けば自分達は……!

 

 一斉に襲い掛かる三人に、エリオはストラーダを横に構え、振るおうと力を入れる。

 ――しかし、カクンっと力が抜けた。前に転げそうになりながら、しかし堪える。ここで粛清士に負ける訳には行かない。

 自分の後ろにはフリードが、そしてキャロが居る。ここで負ければ二人もまた殺される。そんなことは認められない――だから!

 ぐっと、膝に力を入れ直す。無理矢理にストラーダを全力で振るった。

 

「弱虫の貴方達なんかに――――!」

「「「ぬぅあぁぁ!」」」

 

 三人組もまた吠える。しかし、エリオの叫びは、その咆哮をも駆逐した。

 

「負っけるもんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 ストラーダが振るわれる。

 三人組の刃が放たれる。

 四つの刃が重なり合わんとした、その瞬間。

 

「よく言った」

 

    −轟!−

 

 巨大な竜巻が起きた。それも一つでは無い、数本だ。

 竜巻は辺りに散る毒を纏めて吹き飛ばす。

 

「馬鹿な」

「こんな」

「こんな事が」

 

 粛清士が驚愕の声を上げる。そして竜巻が消えた時、エリオの前には背中が在った。

 男性だ。180くらいの身長に黒尽くめの恰好である。額当ても、髪の色までも黒。まさに全身黒尽くめである。

 ただ、その手に握る、鞘に納められた刀だけが鈍い銀の色を放っていた。

 かなり長い刀である。少なくとも普通の刀よりは長い。柄頭に龍の頭がこしらえられており、それが、酷く印象的だった。

 

「よく、頑張ったな。毒は消した。後は俺に任せろ」

「貴様」

「一体」

「何者だ?」

 

 ポンっとエリオの頭に手が乗せられる。そして黒尽くめの男は粛清士の言葉に向き直った。

 

「……誰でも構わねぇだろ? ただ一つ言える事は」

 

 そして男は一歩を踏み込む。同時、刀の柄に手を掛けた。

 

「お前等は俺を怒らせた」

 

 ――静かな、静かな言葉。しかし、そこに込められた殺気が尋常では無かった。大気がそれだけで震える。

 粛清士は身体が震えたことを自覚した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「エクセリオン・バスタ――――っ!」

「撃ち抜きなさいっ! 轟弓の担い手よっ!」

 

    −爆−

 

    −煌−

 

 光砲と光矢の一撃がぶつかり合い、そして巨大な爆発が起きる。

 最早、幾度と無くこの攻防は繰り返されていた。

 さらになのはから放たれる四十の光弾を、エリカが騎士を召喚して防ぐ。

 そのまま放たれる矢を、今度はなのはが高速機動で回避。そして両者から放たれる砲撃。

 おおざっぱに見えて緻密極まりない綱渡りを二人は繰り返す。

 

    −煌!−

 

 十数回に及ぶ巨大な光爆を持って、漸く両者は止まった。

 

「っ――、っ――、っ――、い、いい加減、しつこいですわね。貴女も……!」

「それは、っ――、こっちの、っ――、台詞だよ……!」

 

 互いに荒い息を抑えながらデバイスを構える。二人の実力は実際かなり拮抗していた。

 エース・オブ・エースのなのはに、ここまで着いてくるエリカの実力も尋常では無い。だが。

 

 ……ブラスター・モードを使えば。

 

 そう考え、しかし首を振る。ブラスターの反動は正直馬鹿に出来ない。ただでさえ、この間使ったばかりだ。下手な乱用はそれこそ、なのはにとって致命的な事に成り兼ね無い。

 

「……何かを迷っていらっしゃるようですわね?」

「っ!」

 

 その言葉に目を見開く。エリカは、そんななのはにフッと笑った。

 

「馬鹿にされたものですわ」

 

 エリカが挑発的に笑う。切り札があるならば使えと。そう、その表情が物語っていた。

 しかし、なのははただ、ぐっと息を飲むだけ。エリカはそんななのはに溜息を吐く。

 

「……宜しいですわ。なら、こちらからジョーカーを切りましょう」

 

 先に切り札を出すのは趣味じゃないのですけど、と笑う。そして何十度目かの冥界を切り開いた。

 

「お出で下さいませね」

 

 そう、エリカが呟いた瞬間。”それ”は来た。

 

 ――手。巨大過ぎる手だ。それがエリカが切り開いた空間を割くように、のっそりと這い出て来たのである。

 

「冥界の盟主。死を司る神よ!」

 

 エリカが叫び。ついに、”それ”は空間を両手で引き裂き、顕れた。

 それは一見、巨大な骸骨だった。100mは下らないだろう。しかし、なのはは理解する。これは死者であり冥界の住人だと。

 骸骨が放つ膨大な魔力に、戦慄と共にそれだけを理解した。

 

「冥界の女王、ヘル――と、言ってもこれはその亡き骸ですけれどもね。さて、私は先にジョーカーを切りましたわよ?」

 

 その言葉になのはは呻く。そしてヘルを見上げた。

 ヘルはなのはを待ち構えるかのようにその巨大な身体を立ち上がらせている。

 ぐっと息を飲み。そしてなのはは決意した。ヘルを打倒せしめる己の切り札を切る事を――!

 

「ブラスター……!」

「いやぁ、それは困ります」

【エクスプロージョン!】

 

 いきなり響く声に両者共に固まる。直後。

 

   −ポォン−

 

 まるで音叉のような音が響いた――ヘルから。その音に、エリカが目を見開く。

 

「この音……まさか!」

「僕の声が聞こえますか? この世界に満ちる四万六千二百の音群達よ」

 

 そして、と告げる。

 

「聞こえるならば、僕と共に一つの音楽を奏でなさい!」

 

 なのははそれを聞いた。

 まるで踊舞するかのように鳴り響く音楽達を。それはヘルを中心として響く――そして。

 

「曲名は、『運命』。冥界の女王ヘルよ。その運命に従い安寧の眠りにつきなさい」

 

 次の瞬間、ヘルの身体がいきなり砕けた。

 

「え……!?」

「っ――――!」

 

 なのはが驚愕し、エリカが唇を噛み締める。同時、空から少年が顕れた。

 細身な少年だ。メガネをかけていて、黒い髪、黒い瞳の純和風な少年。それだけを見ると少し暗い感じを覚える。しかし、口元に浮かぶ笑みがそれを打ち消していた。

 

「……全く。まさかその術式、完成させていたなんて。”固有魔法術式”なんてよく完成させられましたわね?」

「いや、相当に苦労しましたよ。それに僕だって”前例”が無ければ途中で投げ出していたかもしれません」

 

 ひょい、と少年は肩を竦める。それにエリカが笑った。優雅に――しかし、確かな警戒を込めて。

 そんなエリカに少年もまた笑った。

 

「久しぶりです。当主、エリカ様」

「……それは、何かの嫌味ですの?」

「いえいえ。勿論、心からの言葉ですよ」

 

 くすりと少年は笑い同時に右手をスッと差し出す。

 そこに握られていたのは大鎌だった。エリカのレークィエム・ゼンゼとよく似て。しかし、確かに違う曲刃。

 それをぐるりと手の中で弄びながら少年はエリカと視線を合わせ続けていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 クラナガンの空に雷光が二条疾る。それはぶつかり合い、離れ、またぶつかり合う。

 

    −撃!−

 

 再びの交差。それを交えて両者は漸く止まる。

 二条の雷光。片方は真・ソニックフォームとなったフェイト。片方は飛・王だ。

 二人は10mの距離を挟んで対峙した。

 

「いやぁ。速いで御座るよなぁ。流石で御座る」

「……貴方も速いよ」

 

 謙遜では無くフェイトは純粋にそう思う。単純な速度ではフェイトの方が上だ。だが、旋回、及び機動速度では飛の方が上であった。それを成しているのは――。

 

 ――あの、”足場”。

 

 飛の足元に展開している足場にフェイトは心中唸る。そう、飛の旋回、機動速度の理由はまさにそこにあった。

 足場があれば、そこに足を置き、自らの体重を機転として回転。旋回が出来るのだ。

 対して通常飛行の場合、どうしても踏ん張る場所が無い為に、大きくぐるりと遠回りに旋回する事になる。それは同時に、自らの速度による慣性の影響も受る、と言う事でもあった。

 

 足場のある無しで、こんなに違うなんて。

 

 胸中、フェイトはそう思う。そして両のバルディッシュを再び構え直した。

 直後に飛が駆け出す。フェイトも合わせるかのように動いた。

 

    −戟!−

 

 再びの交差。フェイトはライオットとなった右のバルディッシュを叩きつけ、飛は左の足甲を叩きつける。二つの一撃は激しくぶつかり、飛はそこから更に回転。軸足を交代させ、魔力を纏う左足を重心移動を行いながらフェイトに向ける。

 

「聖鳳拳技」

「っ――!」

 

 フェイトは咄嗟の判断で後退。単純な速度で言えばフェイトは飛より上だ。避けられる。

 しかし、飛はそんなフェイトの思考をあっさりと裏切った。足場を踏んでいる軸足を蹴ったのだ――蹴りの動作の最中に!

 それは一つの結果を生む。前へと蹴り出す事により、更に蹴りの射程が伸びたのだ。

 フェイトは驚愕しながら、身体だけは勝手に動く。左のバルディッシュを半ば無意識のまま突き出し。

 

「飛翔裂脚」

 

    −撃−

 

 蹴りを叩きつけられてフェイトは盛大に吹き飛んだ。

 

「っく……!」

 

 呻きを一つあげながら、フェイトは空中でくるりと回転。体勢を整える。

 飛はそれを見ておぉっと賞賛の声を上げた。

 

「あのタイミングでの飛翔裂脚を防ぐで御座るか……!」

 

 飛の賞賛の声を受けながら、フェイトはしかし、にこりともしない。防御出来ただけでは何も意味が無いからだ。そんなフェイトに飛は笑い。ならば、と構える。

 

「これは、どうで御座ろうな」

 

 両手を飛は突き出す。その構えにフェイトは一瞬だけ疑問符を浮かべ、直後に気付いた。飛がやろうとしている事に。

 フェイトは二つのバルディッシュを組み合わせ、ライオットザンバー・カラミティを発動。振りかぶる。飛はそれに一切構わず突き出した両手に魔力を集中。その掌に光球が生まれた。

 

「翔星閃光弾!」

 

    −轟!−

 

 裂帛の叫びと共に、放たれる光弾。2m弱のそれに、だがフェイトは回避を選ばない。振りかぶったバルデッシュをぐるりと大きく振るう!

 

「ハァッ!」

 

    −轟−

 

 短い呼気と共に放たれる気合い。振るわれたバルデッシュは迷いなく光弾に叩き付けられ。

 

    −撃!−

 

 それを盛大に打ち返した。”飛本人に!”

 

「何と!?」

 

 思わぬピッチャー・ライナーに飛が驚愕し、閃光弾を放った体勢から無理矢理身体を捻り、打ち返されたライナー、もとい光弾を躱す。だが、しかし。。

 

「ハァっ!」

「っ!」

 

 フェイトの声が真後ろから来た。飛は最早、後ろを確認なぞしない。足場を瞬時に形成するとそれを蹴り、空中で横回転。同時に魔力を纏った蹴りを放つ!

 ――そこにフェイトが居た。ぐるりと振りかぶったバルディッシュを放つ! 蹴りと雷剣は、ここに再び、激しくぶつかり合う。

 

「ジェット……! ザンバ――――!」

「魁星……! 裂光脚!」

 

    −戟!−

 

 宙空でぶつかり合った一撃に、紫雷が疾り、衝撃波が周囲に撒き散らされた。だが、止まらない――飛は!

 

「翔星……!」

「な……っ!?」

 

 飛の放つ言葉にフェイトは目を見開く。同時に蹴りから魔力が失われ、飛の脚がバルディッシュに弾かれる。そしてバルデッシュは飛自身にも叩き込まれんとそのまま進み。

 

「閃光弾っ!」

 

 直後に突き出した飛の掌から光弾が放たれ――フェイトの”真後ろ”に叩きつけられた。

 

 ……え?

 

    −爆!−

 

 バルディッシュ自身は、飛に迷い無く叩き込まれる。飛は閃光弾を放った体勢のまま盛大に吹き飛んだ。

 そして、フェイトの真後ろで起きる光爆。それにそろりと目を向けると、バラバラに落ちていく機械群があった。

 破壊されたガジェットのパーツである。そして漸くフェイトは気付いた。先の光弾はフェイトでは無く、その後ろの今、まさに襲い掛からんとしたガジェットを狙ったのだと。

 

「な、何で……?」

 

 疑問符を浮かべ、うろたえるフェイトにカカと笑う声が届く。飛だ。

 彼は吹き飛んだ状態から足場を形成して、無理矢理体勢を整えていた。

 

「いや……。詰まらぬ邪魔が入ったで御座るな」

「……何で、ですか」

「む?」

 

 笑う飛にフェイトは率直に問う。何で助けたのかと。

 今の自分の装甲は無いに等しい。ガジェットの攻撃だろうと、致命的なのだ。それを何で自分の一撃を受けてまで助けたのかと。

 フェイトは一言、何でと言う言葉に込めて問うた。それに飛が笑みを苦笑に変える。

 

「言ったで御座るよ? 詰まらぬ邪魔だと。あんな機械如きに貴女を討たせるなぞ自分、許せぬで御座るよ」

「…………」

 

 飛は肩を竦める。そして黙り込むフェイトに向けてフッ笑った。

 

「貴女を倒すのは自分で御座る。他の誰にも譲る積もりは御座らん」

「貴方は――」

「さぁ」

 

 フェイトの言葉を飛は途中で切る。そのまま構えた。

 

「相対の、続きを」

「…………」

 

 あくまで闘いを望む飛にフェイトは微笑を浮かべる。「馬鹿ですね」と一言呟き、フェイトもバルディッシュを掲げた。瞬間――。

 

「ほんと。飛兄は相変わらずだよね」

 

 ――新たな声が響いた。

 

「え……?」

「な、なぬ!?」

 

 その声にフェイトは疑問符を。飛は驚きの声をあげる。

 声の主は二人の頭上に居た。

 ――少女だ。快活そうな少女である。ポニーテールにした黒髪が元気そうな少女によく似合っていた。少女は飛にヤッホーと手を振る。

 

「ひっさしぶり♪ 飛兄♪」

「あ、ああああ……」

 

 そんな少女を見て飛はがっくりと膝を着く。……どうでもいい事だが、何故足場まで展開してそんな真似をするのだろうとフェイトはちょっと思った。

 

「さ、最悪で御座る。……よりにも、よりにもよって、こんなタイミングで……!」

「え、えっと……?」

 

 そんなに自分との闘いを楽しんでいたのだろうか? ちょっと可哀相になり、飛にフェイトは声をかけようとして。

 

「折角……! 折っっっっ角っ! 金髪巨乳の美女とフラグが立たんとしていたのに――――ぃ!」

「…………」

 

 その一言にフェイトは言葉を放つ事を止め、バルディッシュを持ち上げた。それに、ん? と飛が顔を上げ。

 

「ジェット……ザンバ――――――!」

「飛兄の浮気者――――――!」

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 フェイトと、何故か少女にまで光弾を叩き込まれ、飛は盛大に吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ヒュ――――……」

 

 紅蓮天昇と青龍のぶつかり合いによって生まれた光爆が収まり、静けさを取り戻した海の上で、シオンは深く長い呼気を吐いていた。

 二つの一撃をまともに喰らったアルセイオは海の中に落ちた。完全に紅蓮天昇も青龍も入った手応えをシオンは感じ――しかし。

 

「なん、だ……?」

 

 どうしようも無い寒気を覚えていた。身体を思わず震わせる。

 

【……? シオン、どうした?】

「いや……」

 

 イクスの声にシオンはちらりとアルセイオが落ちた海を見る。しかし、何も起きない事にホッとした。

 

「……気のせいだろ」

【何の事だ?】

「いや……」

 

 先程感じた寒気をイクスに話そうとした。その瞬間。

 

「……俺は、お前を甘くみてたよーだ」

「【っ――!?】」

 

 響く声にイクスと二人して驚愕する。直後、海からそれが出て来た。

 無尽刀、アルセイオ・ハーデンが。彼は呆然とするシオンに苦笑する。

 

「いや。死ぬかと思ったぜ、マジに」

「何……で……?」

 

 シオンが目を見開いたまま問う。それにアルセイオは苦笑した。

 

「教えてやんねえよ。さて」

「っ……!」

 

 その言葉にシオンは即座に反応。カリバーンとなったイクスを構える。未だシオンの精霊融合状態は継続中だ。

 

 まだ。まだ、行ける……!

 

 そう思い――しかし。

 

 −ソードメイカー・ラハブ−

 

 響くキー・スペル。そして。

 

「ダインスレイフ、凌駕駆動(オーバー・ドライブ)」

 

 アルセイオの声にシオンは息を飲んだ。

 

   −ドクン−

 

 やけに自分の心臓の音が大きく聞こえる。アルセイオはシオンに笑い、右手に持つ紅の長剣を振り掲げた。苦笑する。

 

「……対伊織用の技なんだがよ。坊主――いや、”神庭シオン”。お前にこの技をくれてやる」

 

   −ドクン!−

 

 心臓の音が聞こえる。始めてアルセイオに名前を呼ばれたにも関わらずシオンはその音を聞いていた。

 

 そして。

 

 −我は、無尽の剣に意味を見出だせず−

 

 聞こえる。その声がシオンに聞こえる。それはアルセイオだけの呪文――否、アルセイオに”だけ”許された呪文だ。

 

   −ドクン!−

 

 心臓の音が大きく響く。

 シオンはただただ呆然とアルセイオの姿を見ていた。身体が震える――寒気に。

 

 −故に我はたった一振りの剣を鍛ち上げる−

 

 そして、その剣はこの世界に生まれ落ちた。

 

 

 

 

 ――異質な剣だった、その剣は。

 アルセイオの手に握られた3m程度の大剣。50mもの極剣を創り出せるアルセイオからしてみれば万すらも創れうる筈の剣。しかし、それが。酷く、酷く。

 

 ――怖かった。

 

   −ドクン!−

 

 シオンの心音が再び大きく響く。そして気付いた。この音は、寒気は、全て。

 ただ、恐怖していたのだ。アルセイオに。あの剣に!

 

「銘、”斬界刀”」

 

 震える。震える、震える!

 あの剣が怖くて。怖くて、怖くて!

 そんなシオンにアルセイオはただ笑い。

 

「じゃあな。坊主」

 

 

 

 

 

 

 

 

    −斬−

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……それがいつ振り下ろされたのかシオンは分からなかった。ただ、分かるのは自分の背後の海が真っ二つに”割れている事”だけ――。

 

 ――否、”斬られていた”、だ。

 

 斬られた海は海底を晒し、さらに海底には巨大な海溝があった。しかし、その海溝すらも、あの剣によって斬られた斬痕である。

 それらを背後にシオンはただただ、立ち尽くす。アルセイオは斬界刀を肩に担いだ。

 

「上手くいったようだな。下手に斬る角度を間違えると、この星を”斬りかねなくてよ?” いや、実際難しいんだぜ? マジに」

 

 アルセイオの言葉。しかしそれはシオンには聞こえない。

 ただ。ただただ。ただただ、ただただ。

 

 ――寒い。

 

 そして。

 

「…………っ!」

 

 次の瞬間、シオンは躯中から大量の血を撒き散らしながら海の底へと落ちていったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「っ――! っ――!」

【シオン!? シオン!】

 

 響くイクスの声に、しかしシオンは応えられない。

 息すらも難しい。躯からは未だに夥しい量の血が流れている。だが、そんな状態にあっても、シオンはまだ。

 

 ……生きて、る……?

 

 自分の身体をシオンはまさぐる。どこも真っ二つになんてなってない。

 

 ”斬られてない”。

 

 そんなシオンに感心したような口笛が届いた。アルセイオだ。

 

「おー。斬れてないって事はよ。坊主、アレを躱したんだな。いや、大したもんだぜ」

「っ……!」

 

 声が、出せない。代わりに睨みつけるが、そんなシオンの視線をアルセイオは笑い、受け流した。

 

「直感の、しかもかなり高ランクだな。無意識にアレを躱すなんざ。ただまぁ、”余波”までは躱せなかったって事か」

 

 アルセイオの言葉にシオンは言い返せない。目を見開いて呆然とアルセイオを見るだけだ。

 つまり、シオンは無意識とはいえ斬撃を”完全に躱していた”のだ。この躯中の傷は余波によって刻まれただけ。

 しかし、それにこそシオンは震撼する。一体、どれほどの威力があれば、余波だけで融合状態の自分を瀕死に追いやれるというのだ。

 直撃を受けたらと考えると背筋が寒くなる。それは確実な”死”を意味しているからだ。――そして。

 

「それじゃあ」

「っ! っ……!」

 

 アルセイオが再びあの剣を掲げる。世界を斬り裂きし剣、斬界刀を。

 それにシオンはしかし、身じろぎすらも出来ない。

 声も出せず、ただ浅い息を漏らす事しか出来なかった。そんなシオンにアルセイオはゆっくりと斬界刀を振り上げ。

 

「今度こそ、じゃあな。坊主。迷うなよ?」

 

 身動きが出来ないシオンに振り下ろされ――。

 

    −轟!−

 

 ――直後に砕けた、”斬界刀”が!

 

「ああ!?」

 

 いきなり砕けた斬界刀にアルセイオは眉を潜め、次の瞬間。

 

    −撃−

 

 自分目掛けて、真っ直ぐに音速超過で突っ込む”剣”を見た。

 

「な、んっ! ちぃっ!」

 

 アルセイオも負けじと剣を創り出しぶつけるが、あっさりと砕かれる。それにアルセイオは舌打ちし、向かい来る剣達にその場を離れた。

 

 ……何だ? 俺と同じ能力持ちでもいやがるのか?

 

 更に突っ込んで来る剣達にアルセイオはそう思い。剣群を形成してそれらの迎撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

「やれやれ。あのアホはほんま手が掛かるなぁ」

 

 海を仰ぐクラナガンのビル。その屋上に少年の姿があった。

 髪はかなり長い。セミロングくらいか。眼鏡をかけていて、それをチャッと直す。

 そして左手を前に差し出し、右手を肩に並べると言う奇妙な格好でいた。

 弓を持っているならば正しい構えなのだろうが。現状、少年は何も持っていない。

 

【……仕方ないでしょう。敵はアレでも元二位。寧ろシオンはよく持った方です。……悪いのはあの、馬鹿です】

 

 いきなり女性の声が響いた。少年以外、そこには誰も居ないのに。少年はその声に笑う。

 

「ほんま、お前はイクスと相性悪いな?」

【当たり前です。自らの主に”本当の名前”を告げない融合騎なんて、融合騎の風上にも置けません】

 

 まぁそらそうやけど、と少年は苦笑して、海を見た。

 正確には海の遥か向こう、”アルセイオ達が居る18km先の場所を”。少年にはその姿が今、はっきりと見えていた。

 

「それじゃあ、あのアホ。助けるで? フェイル」

【あの馬鹿を助けるのは釈ですが……了解です、マイマスター】

 

 次の瞬間。少年の左手に光の線が走る。それは、左手を中心として一つの形を取った。

 

 弓の形に。

 

「刻印弓、”無駄無しの弓(フェイル・ノート)”。発動(ベヴァイゼン)」

【はい。魔剣殺しの剣、剣製。ソードバレル。オープン】

 

 直後、少年の手に一本の剣が握られた。魔剣殺しの概念を秘めた剣である。

 その剣を弓に少年は番える。狙う先は、ただ一つ。”幼なじみ”と相対している敵、アルセイオだ。その敵の姿を”ハッキリと視認”して少年は笑う。弓から伸びた弦を引き絞り、そして。

 

「”本田ウィル”! 狙い撃つでぇ!」

 

 叫び、弦を手放した――瞬間。

 

    −轟−

 

 番えられた剣は直後に音速超過。空気をぶち抜いて、真っ直ぐに海の向こうへとひた疾った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ミッドチルダ、大気圏上空域。衛星軌道の高度にその艦の姿があった。XV級次元航行艦、レスタナーシアの姿が。

 そのブリッジでクラナガンの状況を見ていたグリム・アーチルは唖然としていた。突然の事に、驚愕して。

 アースラのメンバーを孤立させ、各個撃破し、その様を八神はやてに見せ付ける。最初はその目論みは上手くいっていた。

 ……しかし、急に現れた謎の魔導師達によってその目論みは瓦解した。魔導師達はアルセイオ隊やガジェット、因子兵達を相手取り戦い始めたのだ。

 アースラメンバーは誰一人欠ける事もなく、今も全員無事であった。

 

「何なんだ……。何なんだ!? あいつ等は!?」

「すみません……。所属不明です。いつ転移して来たのかも――」

「く……!」

 

 ……こんな馬鹿な事があるか!?

 

 そう思い、歯を食いしばる。これでは何も変わらない。”あの人”や、”あいつ”に顔向け出来ない。

 グリムはぐっと再びモニターを見る。クラナガンの致る所で起きている激戦を。

 だが、次の瞬間。

 

《諸君》

 

 ――聞き覚えのある声が響いた。

 

「この声、は……」

 

 呆然とモニターを見る。

 モニターはザザザッと波打ち、そして切り替わった。ある一人の男の姿を映したのだ。その姿を、グリムは知っている。彼の名は――。

 

「叶、トウヤ、だと……!」

 

 そんなグリムの呻きに合わせるかのようにモニターのトウヤは再び声を放った。

 

《諸君、私の声が聞こえているか?》

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《さて、諸君。我等は今、それぞれ相対すべき者達と向き合っている》

 

 その声はクラナガンの全域に広がっていた。それはアースラ・メンバー達に、そして救援に来た者達にも聞こえていた。

 

《諸君。我等はこれから戦おうと思う。どこかの馬鹿の思い上がりを正してやろうとね?》

 

 トウヤはモニターの中でスッと手を上げる。そして微笑して見せた。

 

《その上で問う。我等はこれから何を成す?》

 

 その声に朱槍の少年が槍を掲げた。

 

「家出なんぞをした馬鹿兄貴をはっ倒す」

 

 白槍の女性が肩を竦めた。

 

「目の前の年甲斐の無いじい様を叩きのめすわ」

 

 大剣の青年が肩にそれを担ぐ。

 

「取り敢えず、うじゃうじゃいるこいつ等を全部ぶっ壊すとするか」

 

 ハリセンを姉妹に向けていた少女が、それをレイピアへと変換する。

 

「お笑いの基礎を鍛え直す為に、目の前の二人をはたくわ〜〜」

 

 ゴツイ銃を持つ青年がタバコを吹かす。

 

「……面倒臭いから一抜け――」

《却下だ》

「ちっ! ……取り敢えず、眼前の敵を叩き潰すとするか」

 

 銀の刀を持つ黒尽くめが、鞘ごと地面に刀を突き立てる。

 

「俺の前に居る奴らをぶっ殺す」

 

 大鎌を持つ少年が眼鏡の位置を直す。

 

「実験も兼ねて遊ばせて頂きます」

 

 ドシャグシャとか余計か音を鳴らせながら少女が快活に答える。

 

「取り敢えず。浮気者を成敗します!」

 

 そして、最後。刻印弓を持つ少年がニヤリと笑う。

 

「腐れ縁のアホダチに借しを作りに行きますわ」

 

《上等だ》

 

 それぞれの答えを聞きトウヤは笑う。そして手を振り上げた。

 

《答えろ。我等――》

 

『我ら全ての戦いを終えるための力なり』

 

《我等――》

 

『我ら全ての未来を照らし行く意気なり』

 

《我等――》

 

『我ら全ての遺恨を知りて進む者達なり』

 

《我等は!》

 

『我ら全ての悪意を躊躇わず進む者なり!』

 

《我等は!》

 

『我ら知識の名を冠せし蛇なり!』

 

 叫びが響く。クラナガンに、ミッドチルダに。それを受け、トウヤが手を振り下ろす!

 

《ならば答えろ! そして相対すべき者達に教えてやれ! 我等が名は――!》

 

 

 

 

『グノーシスだ!!』

 

 

 

 

 大音声の叫びが響き、彼等は己が名を叫んだ。

 ”最強の個人戦闘能力者集団”グノーシスは、ここに、こうしてツァラ・トウ・ストラに宣戦を告げたのであった。

 

 

(第三十二話に続く)

 

 




次回予告
「クラナガンに集う最強の個人戦闘能力者集団、グノーシス!」
「彼等とツァラ・トゥ・ストラの戦いは激化していく」
「そして、シオンは幼なじみであり、悪友たるウィルとコンビを組み、アルセイオに挑む」
「そして――」
「次回、第三十二話『背を預けし、我が悪友(とも)よ』」
「罵り合い、睨みあう。それでも、奴は悪友だから」


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第三十二話「背を預けし、悪友(とも)よ」(前編)

「俺とそいつは、言わば悪友と言う奴だった。顔を合わせりゃ、喧嘩する、罵る、からかう。スバルやティアナのような関係ではない。全く気の置けない、気に食わない奴。……けど、だからこそ、気は合ったんだろう。男のダチってのは、そう言うもんだと、俺は思ったんだ。魔法少女リリカルなのは StS,EX、始まります」


 

「ちぃ……!」

 

    −撃!−

 

 次から次へと放たれて来る剣にアルセイオは舌打ちを一つ打ちながら、さらに剣を生み出し、迎撃する。そして、そのまま剣が向かってくる方向に目を向ける――が。その方向には何もなかった。

 少なくともアルセイオの見える範囲には。

 

 俺に見えねぇ、分からねぇ範囲って事は2kmや3kmじゃあ、きかねぇか……!

 

 どうやらこの剣の射手は超長距離からの射撃を得意としているらしい。それをアルセイオは思い、再度舌打ちする。

 このタイプは例えば、八神はやてが1番当て嵌まる。はやての場合はさらに射程が伸びるが。何せ、ミッドの地表全てにその射程は届くのだから。

 精密性が少しばかり足りないが、それは炸裂型の術式等でカバーしている。

 だが、この射手は違う。この射手は”正確にアルセイオを狙い撃っている”。しかも物理法則に束縛されてしまう物質型の”剣”でだ。

 例え音速超過しようと――否、速度が速ければ速い程、空気抵抗、その他諸々の影響を受けてしまうのが、物質型の攻撃だ。

 しかも、例え音速超過だろうと――これはアルセイオの知らぬ事だが、18kmもの超長距離を翔けるには放たれてから数秒のタイムラグが起きる。則ち、この剣の射手は未来予知にも等しい弾道計算、そしてアルセイオの数秒先の回避先をも読み切っているのだ。

 最早、一種の神業と言っても過言では無い。

 

 一体何モンだ?

 

 アルセイオはこの異常とも言える神業を成し遂げている敵にそう思い。しかし、その口元は確かに――。

 

 ――笑っていた。

 

 

 

 

「笑っとるなぁ、あのおっちゃん」

【はい。まさか見えているのでしょうか? 私達が】

 

 そう言葉を交わすのは、ウィルと、彼のユニゾン・アームドデバイスたるフェイル・ノートだ。

 二人は超長距離での”目測”を可能とするアビリティースキル、鷹の目でアルセイオが笑みを浮かべているのを見ていたのである。

 

「まさかなぁ……。フェイル、あのおっちゃんが鷹の目を持ってるなんて情報はなかったで?」

【ええ。私も過去の無尽刀の情報を検索してみましたが。間違い無く、彼のアビリティースキルに鷹の目はありません】

 

 なら、なんでやろ? と、ウィルは首を傾げる。

 更にもう一矢放ち、止まらず更にもう一矢放つ。

 数秒の時間を置いてアルセイオに剣矢は到達し、あっさりと迎撃された。

 

「くぁぁ……っ! こっちの放つ剣をあっさり弾きやがるわ。ムカつくわぁ!」

【流石は元第二位、ですか。簡単には仕留めさせてくれませんね。これだけこちらに有利な状況なのに……】

 

 ウィルが呻き、フェイルが溜息交じりの言葉を吐く。

 だが、このまま消耗戦に持ち込めば、勝ちはこっちのものだった。何せ、向こうはシオンと戦った後だ。しかも、切り札まで切っている。いくら何でもこちらより先に魔力が尽きる。その筈だった。

 

 ――そう、”このままならば”。

 

《うっし。見つけたぜ?》

「【…………!】」

 

 響く声に二人は身を固くし、即座に振り向く。そこには、”ガジェット”が居た。

 モノアイをキュイキュイ鳴らしながらウィルを見ている。

 

【マスター!】

「ちぃ!」

 

 呻き、即座に刻印弓を収納。即座に剣を錬製開始。

 フェイルからの情報呼び出しにて、剣を生み出す。白と黒の長刀、二刀一対の刀を!

 

    −斬!−

 

 ×字に描かれる白と黒の斬線。ガジェットはそのままガランと崩れ落ちた。

 

【やられました……!】

「ああ……! こっちの居場所が掴まれた。最悪や」

 

 二度目の呻きを漏らし、即座にアルセイオへと再び視線を向ける。アルセイオは足元に魔法陣を形勢していた。カラバ式の魔法陣である。あれから読み取れる魔法は――。

 

【転移魔法! マスター!】

「分かっとるわ! 逃げるで!」

 

 叫び、ウィルは即座にビルを蹴る。そのまま隣のビルに乗り移り、逃げようとして。

 

 −弾・弾・弾・弾・弾−

 

 突如として放たれた弾丸に、それを阻害された。

 

「ちっ、なんや!?」

 

 苛立たし気に周りを見回す。そこには先程と同じガジェット達が居た。その数、五体。銃口をウィルへと向け、その周りを囲んでいる。

 

【先程と同じタイプ……!】

「ガジェット言うたか。確かAMF持ちやったな」

 

 道理でと、ウィルは唸る。ウィルも狙撃の最中に邪魔が入る可能性は認識していた。故に、探査術式を念入りに周りに張り巡らせたのだから。ウィルのミスはただ一つ。探査術式を動体反応では無く、魔力反応に限定していた事だ。

 これは”魔力を感知”する事で反応するタイプの術式である。則ち、魔力を使用しないものには意味が無いのだ。

 ガジェットは機械であり、あくまで魔力を使用しない。アルセイオ隊を始めとした、強力な魔導師を強く警戒していた事が逆に裏目と出てしまったのだ。ウィルは自分のミスに舌打ちし、そのまま手を掲げる。

 

「フェイル、連続で剣錬成総発射!」

【はい。マスター】

 

 連続剣錬製鍛造。無数の剣がウィルの周りに立ち並ぶと、それを即座に解き放った。

 

「ぶちかますで!」

 

 −撃・撃・撃・撃・撃−

 

 次の瞬間、総数にして五つの爆発が起きた。造り出された剣がガジェットに飛来し、貫通。撃破したのだ。

 ウィルはふぅと、溜息を吐くとそのまま飛ぶ。今はただ、ここから離れねばならない。

 今現在において、アルセイオと自分の戦力差は、ただその射程だけである。

 一つの剣ならば魔剣殺しで無効化する事が出来ても、万を超す剣群など、どうあがいても無効化なぞ出来ない。つまり、真っ正面からアルセイオと対峙した場合、ウィルにはアルセイオに勝てる可能性は万に一つも無いのだ。故に、ここから離れねばならないのだ――が。

 

「おうおう。お元気なこって」

「【っ――!?】」

 

 響く声に、ウィルはぐっと歯を噛み締める。背後。そこから声がかけられたのだ。

 赤の長髪に、赤の髭。赤尽くしの男がそこに居た。アルセイオ・ハーデンが。

 

「さって、借りは返さねぇとな? ええ?」

「……最悪や、ホンマに」

 

 呻き、後ずさるウィル。アルセイオを見ながら、くっと呻き。そして。

 

「まさか、アホシオンに助けられるやなんて」

「誰が、アホだ! ボケウィル……!」

「っ……!?」

 

 今度はアルセイオが目を見開く番であった。その声が響いた方向、自分の真後ろに振り向く。

 見えたのはイクス・カリバーンを左手一本で振るうシオンの姿!

 

    −戟!−

 

 無意識に振るったダインスレイフとカリバーンが重なり。しかし、体勢が悪かったのかアルセイオが剣勢に押され、数m後退した。

 

「ちぃ……!」

「へっ……!」

 

 唸るアルセイオに、未だに血だらけのシオンが笑う。そして、カリバーンを左手一本で構えた。

 

「借りは返さねぇと、だっけ? おっちゃん」

「……坊主」

 

 呆然とアルセイオはシオンを見て。しかし、直後に笑い出した。くくっと言う笑みから、やがて、大爆笑に。そしてシオンに、ウィルに向き合う。

 

「上等だ、ガキ共! 二人纏めてかかって来いや!」

 

 叫び。瞬間でその背中に生まれる剣群! シオンはそれを見ぬままに駆け出し、ウィルは刻印弓を展開する。同時に剣群は二人に振り落ち。

 

    −轟!−

 

 海を仰ぐクラナガンに轟音を響かせた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「はぁぁっ!」

「フッ!」

 

 クラナガンの空に剣と槍が踊る。激音と共に放たれいくは、必殺たる一撃、それを二人――ソラと突如として現れた少年が放っていくのをシグナムは見ていた。

 

    −撃!−

 

「やろ……っ!」

 

 少年がソラの一撃を槍の半ばで受け止め。しかし、耐え切れず吹き飛ばされた。そのまま少年は後退し、ソラはしかし追撃をかけない。じろりと少年を見る。

 

「……くだらないな、リク。お前はその程度か?」

「あんたに言われる筋合いは無いね……!」

 

 少年、リクもソラを負けじと睨みながら言い返す。ソラはそれに嘆息し、再び大剣フラガラックを構えた。

 

「何の気の迷いかは知らないが、剣の道は諦めたか。しかし、槍とはな」

「誰が諦めたって?」

 

 ソラの言葉にリクが返す。それに彼はぴくりと眉を上げた。リクは構わない。槍の後端を掴む。

 

「見せてやるよ! 俺の剣を……!」

【セレクト、バスター!】

 

 直後、リクの持つ朱槍が組み替わり、その姿を変化した。槍から大剣へと。それを見て、ソラが目を見開く。

 

「それは……」

「そう、あんたのフラガラックと兄弟機、て奴らしいぜ? ”伊織タカト謹製のロスト・ウェポン”」

 

 そう呟き、変換を完了した大剣を肩に担ぐ。その剣はソラが持つフラガラックに似通っていた。

 

「銘は、ブリューナク。元は神槍だ」

 

 どうよ? と、笑うリクにソラは寧ろ冷ややかな視線を向ける。そして自らの持つフラガラックを構えた。

 

「尚更下らんな。武器が上等になれば勝てると?」

「武器に頼るつもりなんて最初っからねぇさ。……ただ、あんたのフラガラックと打ち合える剣ならなんでもいい」

 

 リクもまたブリューナクを構える。両者、睨みながらぐっと形成した足場を踏む。まるで力を溜め込むようだ。

 

「ぶちのめすぜ? クソ兄貴」

「ガキだな。その程度の挑発には乗らんさ。愚かな弟よ」

 

 直後に二人は同時に動く。瞬動を持って、その距離を潰し、互いに剣を掲げた。そして、一気にそれを振り放つ!

 

「「魔人撃!」」

 

    −撃!−

 

 叩きつけられた一撃同士が周囲に衝撃波をぶち撒け――。

 

    −轟!−

 

 クラナガンの空に轟音となり、響き渡った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ヴィータはリインと共に、目の前の光景を見ていた――正確には、見る事しか出来なかった、だが。

 

「ぬぅ……!」

「ほらほら! 逃げてんじゃないわよ!」

 

    −轟!−

 

 再び放たれる光砲。それが老人バデスを追い、老騎士はそれをギリギリで回避。光砲は容赦無く、ビルに突き刺さり、問答無用にそれを叩きのめした。

 ビルがあっさりと倒壊して行く――ヴィータはそれを見ながら、どっちが敵なんだろうな、とぼんやりと思った。

 

「ああ……! またビルが! こんの、逃げるんじゃないわよ! じい様の癖に!」

「……無茶を言う……!」

「無茶でも何でもいいのよ! あんた、老い先短いんだから、とっととくたばりなさい!」

 

 ――問題発言だろ。と、内心だけでヴィータはツッコミを入れる。何故か声に出して言えば、こちらにまで光砲が来そうな、そんな予感を覚えたからだ。

 そんな女性に、突如として声がかかる。トウヤだ。

 

《あ――。凪、千尋君? 聞きたい事があるのだが、この被害は何だね?》

 

 響く声に女性。千尋はキロリと視線を巡らせ、そのまま言葉を放つ。

 

「あのじぃ様がこっちの砲撃を回避しまくってるせいよ」

 

 人のせいかよ! 千尋以外の人間はツッコミを入れそうになりつつも、なんとか堪える。トウヤはその言葉にフムと頷いた。

 

《……まぁ、好きにしたまえ。どっちにせよ、復興費用は管理局持ちだ。人的被害以外は無視して構わん》

「あっそ。なら”遠慮無く”行くわよ?」

 

 問題発言のオンパレードに、ヴィータは頭を抱えつつ、しかし、リインと目を合わせる。一瞬のアイ・コンタクトだ。

 二人は無言のままに、痛む傷を無視して全力で空へと駆けた。そう、千尋は言った。”遠慮なく”、と。

 則ち今までは寧ろ遠慮していたのだろう。……遠慮、と言う言葉を盛大に間違えているような気もするが。

 見ればバデスも全力で反対側に離れていく。その中で千尋だけが動かない。

 舌で唇をぺろりと舐めると、白槍をくるりと回す。

 

「ガングニール。2ndフォルムまで持っていって」

【了〜〜解】

 

 ガングニールと呼ばれたその槍が、間延びした声と共に変化を開始。ガチリと刃が消失すると、刃があった部分に生まれたのは砲口だった。なんとも巨大な砲口である。それを千尋は逃走中のバデスに向ける。額のゴーグルを下ろした。

 

「最近、全力出して無かったからね。遠慮無くぶっ放すわよ!」

【周りは大迷惑〜〜】

 

 うっさいと、自分の槍を叩く。そして、両の手でしっかりとガングニールを握りしめた。

 

「神槍、ガングニール。その威光を叫びなさい」

 

 光が集まる、集まる。ガングニールの砲口にゆっくりと。そして、その光が溢れんばかりとなった――次の瞬間!

 

「大・神・宣・名! 神の名乗りを受けなさいっ!」

【オーディン・カノーネン!】

 

    −煌!−

 

 直後、ガングニールから、莫大量の光が放たれた。それはバデスに一直線に向かい――。

 

    −裂!−

 

 ――街の数区画が、まとめてドームを思わせる光に包まれたのをヴィータは見たのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「おっらよ!」

 

    −戟!−

 

 横に大振りで振るわれ大剣。それにガジェットが一機引っ掛けられ、そのまま振り回される。

 2m超の大剣を振るう大男は笑みを顔に張り付け、ぐるんと一回転。足場を形成し、踏み止まる。大剣はそこで回転を停止。

 引っ掛けたられたガジェットが、大剣が停止した事により慣性に従って大剣から離れる。その向かう先は、剣先が指し示すガジェットが居た。

 

    −撃!−

 

 盛大な音が鳴る。ガジェット同士がぶつかり合った音だ。

 二つのガジェットは絡まりながら落ち、やがて落ちた場所から煙りが上がった。

 

「センターってとこか。……ホームラン王のこの俺が」

「いやいやいやいや。何を遊んでるんよ。自分?」

 

 ムゥと唸る男にツッコミが入る。八神はやてだ。

 今、現在においてもアースラは動かず、大量のガジェットの攻撃を受けており、それを相変わらずザフィーラやシャマル、はやてが迎撃していた訳だが。

 この男。何故か途中でガジェットを引っ掛け、他のガジェットにぶつけ飛距離を計り出したのだ。

 それが十を越えたのが今だ。いい加減に我慢の限界を向かえ、はやてが苛立ち交じりでツッコミを入れたのだが。

 

「出雲ハヤトだ」

「へ?」

「俺の名前だよ、名前。流石に自分呼ばわりをずっとは嫌だろ」

 

 あっさりとそう言うハヤトに、しばしはやてはポカンとなる。名前がちょっと似ているのも驚いた。

 

「さってと、そろそろマジメにやるかね」

《おお。やっとマジメにやる気かなったかね? ウドの大木》

 

 いきなり響く声にはやてが周りを見渡す。念話通信だ。ハヤトはそれにハっ! と笑った。

 

「なーにがウドの大木だ? 年中無休のむっつり」

《他より暇だからとバッテイングセンターのノリで遊ぶノッポを、ウドの大木と呼ばずに何と呼ぶのかね?》

 

 その言葉にうっと呻く。トウヤは構わずに続けた。

 

《いいからさっさとやってくれたまえ。じゃんけんで決めた役回りとは言え、自分の仕事は果たしたまえよ》

「いいぜ? なら、俺の事を”様”をつけてお願いしてみろよ。喜ぶぞ――俺が」

《馬鹿か貴”様”》

 

 言った直後。数秒だけハヤトもはやても硬直した。……確かに、様が付いている。付いてはいるが。

 そんな二人に暫くして、トウヤの疑問の声が聞こえた。

 

《はて……? 喜んでいないようだが?》

「もういい。アンタに期待した俺が馬鹿だった。替わりと言っちゃあなんだが、アンタに言っておきたい大切な言葉がある」

《何だね? 言ってみたまえよ。ちなみに私は並の称賛では動じぬよ?》

「地獄に落ちろ」

 

 ぶつっと言った直後にハヤトは通信を切った。ふぅ、ヤレヤレと肩を竦める。

 一連の行動を見ていたはやてからしてみれば異様過ぎる行動だった。と言うか、通信は切ってもいいのだろうか?

 

「さってと、前言通りマジメにいってみるか。フツノ」

【承知】

 

 ハヤトが自らの大剣に声をかける。それにその大剣、フツノが応えた。唸りを上げて、大剣の上下がスライドする。

 

【イグニッション】

 

 ガッコン! と激烈な音と共に上下にスライドした刃が再び合わさる。直後に剣の合わせ目から光が漏れた。

 

「フツノ、2ndフォルムで上等だろ」

【無論】

 

 フツノの答えにハヤトは笑う。そして大剣を振り上げる。大上段だ。

 

「……何をするつもりなん?」

「いいから黙って見とけ。面白ぇ事になるからよ」

 

 フツノを振り上げた姿勢のままでハヤトは答える。そして。

 

「断」

 

 踏み込みと共に。

 

「星」

 

 一刀を。

 

「剣」

 

 振り放った――次の瞬間。

 

    −斬!−

 

 ただフツノを振り下ろした。はやてはそれだけしか分からなかった。ただ、それだけ。それだけなのに。

 アースラの周りに居たガジェット、”全て”が両断されていた。

 二つに上下を別たれて、下へと落ちていく。

 アースラや、ザフィーラ、シャマルには傷一つつける事なく!

 呆然とするはやてにハヤトはしかし構わない。ふぃーと、息を吐くだけ。

 

「これで俺の分は終わりだな」

 

 そう呟きながらフツノを肩に担ぎ、眠そうにあくびをかいた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 クラナガン市街地。そこに彼女達の姿はあった。

 N2Rの面々だ。彼女達は”フルメンバー”揃った状態で市街地に居た。

 何故彼女達はそれぞれ孤立せずにフルメンバー揃っているのか。それは彼女達の状態が示している。

 彼女達はまるでススを被ったがごとくの状態だったのだ。

 

「ケホ、ケホっス……」

「チンク姉も無茶するよな……」

「仕方ないだろう。あれしか姉も思い浮かばなかったのだ」

 

 ウェンディ、ノーヴェからの言葉にチンクはたじろぎながらも反論する。それにはギンガも笑った。苦笑である。

 

「確かに助かったんだけど……ね」

「いくら何でもアレは無茶だよ。チンク姉」

「う……」

 

 さらに畳み掛けるようにギンガとディエチが笑う。それにチンクも言葉に詰まった。

 さて、何故彼女達はアーチルの策略による転移魔法により孤立させられなかったのか。

 実は、転移魔法が発生した瞬間、N2Rは固まって移動しており、その真下に魔法陣が展開したのだ。普通ならばここで飛ばされる。だが、ここで行動を取ったものが居た。

 チンクだ。彼女はいきなり、スティンガーを真下に投げると同時にデトネイターを発動したのだ。

 爆発は全員の足元で起き、当然その爆風で全員すっ飛ぶ。結果として魔法陣から転移される瞬間に全員その上から退避出来た訳だ。

 ……多少のダメージをそれぞれ受けながらではあったが。

 

「まぁ、孤立するよりはマシなんだし、二人とも共その辺でね?」

「……了解っス」

「ああ……」

 

 ウェンディとノーヴェがギンガの言葉に頷き、それにチンクがほっとする。

 これでネチネチやられずに済むかと思い、安堵したのだ。

 そんなチンクに苦笑いを浮かべながらディエチがコンソールを展開し、ウィンドウを表示する。

 

「……やっぱり他の皆は孤立してるみたいだ」

「そう……。ならそれぞれ孤立しているメンバーと合流しなきゃね」

 

 ちなみに、この時点でグノーシス組がそれぞれのメンバーに介入して、宣戦まで告げているのだが。

 当のグノーシスメンバーと合流していない彼女達は、その状況を一切知らなかった。

 そして――唐突に、カランと音が鳴る。彼女等はそれぞれの武装を構えた。

 

「……いつの間に?」

「私は分からなかったよ、チンク姉。……ウェンディはどうだ?」

「おかしいっスね……?」

「私にも分からなかった」

「どう言う事かしら?」

 

 それぞれ確認し合う。そう、音が鳴った瞬間、現れたのは例のヒトガタだった。

 アーチルの言葉を借りるならば因子兵か。それが今、彼女達が見るビルの上にうじゃうじゃと――それこそ、何体居るのかわからない程に大量に居たのだった。

 

 ――こんなに居たのに分からなかったなんて……!

 

 それぞれ冷や汗を流す。流石にこれだけ因子兵が居て、分からない筈が無い。

 何か、からくりがあると判断するのが当たり前であった。

 だが、今必要なのは何故か? では無い。”どうやってここを抜け出すか”、であった。

 

「どうする……? この数、千は確実に居るよ?」

「何とか、ここから離脱しなきゃ。あの数を全部相手になんて出来ないわ」

 

 しかも、因子兵は五回は再生する。

単純計算で五千もの数と戦わなければならない事になるのだ。一気に襲い掛かられたら、当たり前に蹴散らされる。ゆっくりとビルからこちらを見る因子兵に彼女達はぐっと息を飲み。

 

「ストップだ」

 

    −凍!−

 

 一瞬。一瞬だった。その一瞬で因子兵が居たビルが全て――。

 

 ――凍っていた。

 

 見た目的には巨大な氷山な立ち並んでいるかのように見える。だが、その氷山は、ビルとその中に居る者達を纏めて凍り付けにしていた。つまり、因子兵を。

 

「切っても焼いても再生するのならば、凍らせてしまえばいい。単純な理屈だな」

 

 言葉と共に男がN2Rの元に降りて来た。全身黒尽くめの男。彼女達はその男を知っている。彼の名は。

 

『クロノ・ハラオウン提督?』

「ああ、済まない。これを受け取るのに時間が掛かって、ね」

 

 苦笑する。そして、杖のデバイスをクロノは右手で掲げた。白の杖であり、それはクロノが愛用していたデバイスである。

 名をデュランダル。しかし、それは前のデュランダルと酷く違っていた。

 カートリッジシステムは取り外されているが、形はまったく一緒。しかし、何故かそのデュランダルは前のデュランダルとは別物の印象を受ける。

 クロノが持つデュランダルをギンガ達が見ているのに気付き、再度苦笑する。

 

「なんでも、グノーシス側で修理と”改造”を施したらしくてね。……得体の知れない物を使いたくはないが、この際仕方ない」

「じゃあ、それは……」

「ああ」

 

 肩を竦めてクロノは自らが生み出した氷山を見る。彼女達も同じくだ。そして、氷山を見ながらクロノは続きを告げた。

 

「”ロスト・ウェポン”。そう言うらしいんだが……な」

 

 ――ロスト・ウェポン、真・デュランダル。

 

 新たな力を持って、クロノは再び戦線に復帰した。

 しかし、彼は知らない。ロスト・ウェポンの意味と、それを誰が設計、考案したのかを。彼は、まだ知らなかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――放たれる。放たれ来る剣群。それにシオンとウィルは舌打ちを同時に打つ。

 そして、目すらも合わさずに二人は同時に動いた。シオンが前、ウィルが後ろだ。

 

「しくじんなよ? ボケウィル!」

「お前と一緒にすなや! アホシオン!」

 

 両者共に叫び、シオンは左手一本でカリバーンを振るい、向かい来る剣群を叩き落とす。

 ウィルはシオンが迎撃出来そうに無い剣を、剣矢を持って迎撃した。

 シオンはウィルに向かう剣を優先的に叩き落とし、ウィルはシオンに直撃しそうな剣を優先的に撃墜する。

 その二人の動きは、二人が全く預かり知らぬ所で合い、剣群を確実に迎撃していく。

 二人は互いに、二年前に失った感覚に懐かしさを覚えながら剣を振るい、剣矢を放つ。

 

「そもそも! お前! 右手! どないしたん! や!」

「さっきの! おっちゃんの一撃で! 折れた!」

「何――! アホか! お前! そんなんで! こっちに! 来んなや!」

「誰が! アホだ! 手前こそ! 何ださっきの! あっさり! 居場所! バレ! やがって! この! ボケ!」

「誰が! ボケや! この! アホ!」

「手前だ! ボケ! 人の事! アホ呼ばわり! しやがって!」

「なんやと! この! アホ! アホ! アホ!」

「あんだと! この! ボケ! ボケ! ボケ!」

 

 二人とも互いを罵倒しながら剣群を迎撃し合う。それは罵倒を繰り返す程に正確性を増していった。

 まるで、かつての感覚を取り戻すかのように、死角が無くなっていく――。

 

 ――こいつはぁ、参ったな。

 

 罵倒し合う二人にアルセイオは苦笑する。実はシオンが復帰してもアルセイオは敵では無いと判断していた。

 何せ、精霊融合や装填の同時使用。そして斬界刀による一撃で殆ど戦闘不能だと思っていたからだ。

 ウィルもまた同じくだ。近寄って無尽刀の数で攻めれば勝てる。そう思っていた――しかし。

 

「まぁ、仲のいいこって」

 

 再び苦笑する。その視線の先では、未だに二人共互いに、アホとボケと叫び続けている。

 はたから見ればガキの喧嘩以外の何物でもない。まぁ、アルセイオとしてみても微笑ましい? 二人を見ていたくもあるが。

 

 そうも、いかねぇわな?

 

 そう思いながらニヤリと笑う。同時に右手をスッと突き出した。次の瞬間。

 

「「……!?」」

 

 シオンとウィルは同時に目を見開いた。剣群が現れたからだ。

 

 ――”自分達の真後ろから”!

 

「悪ぃな。俺の無尽刀は、別に俺の周囲以外にも創れるんだわ?」

 

 俺の認識出来る範囲ならどこでもな? そうアルセイオが続けると、直後に剣群が放たれた。それに、シオンとウィルはしかし、迷わない。

 

「アホ!」

「ボケ!」

 

 互いに叫ぶ。同時にシオンのカリバーンが光を放ち、ウィルが刻印弓を収納する。その手に持つのは白と黒、二刀一対の長刀だ。二人は更に同時に動く!

 

「神覇、参ノ太刀! 双牙ァ!」

 

 まずはシオンから、それを放った。地を疾る二条の斬撃だ。それが壁となり剣群を防ぐ。

 

 −撃・撃・撃・撃・撃−

 

 しかし、それも数秒しか持たない。斬撃の壁を数振りの剣が貫通し、技を放って動けないシオンへと殺到、襲い掛かろうとして。

 

    −閃−

 

    −裂−

 

 閃く、黒と白に全て弾かれた。ウィルだ。手に持つ白と黒の双剣で全てを弾いたのだ。

 

「アレを防ぐかよ? なら――」

 

 呟き、しかしアルセイオは笑いながら右手を突き出し、同時に左手を掲げる。直後、シオンが見る先に大量の剣群が生まれ、ウィルが見る先のアルセイオの左手に、十m超の巨剣が生まれた。

 ――同時攻撃。シオンは片手しか使えず、剣群が捌ききれない。ウィルは巨剣をあの双剣では防げぬ筈であった。

 互いの弱点を衝いた攻撃。それにアルセイオは笑い。

 そして、剣群と巨剣は同時に放たれた。

 

    −轟!−

 

 シオンに、そしてウィルに前後から向かい来る剣群と、巨剣。互いに背にしたそれが見える筈も無く、向かい来るそれに舌打ちし。しかし。

 

「「っ!」」

 

 互いに、互いの背中を支点にして、まるでコマのようにくるりと位置を入れ替えた。

 ――言葉を交わした訳では無い。視線すらも合わせていない。

 それにも係わらず、二人は互いの位置を全く同時に入れ替えたのだ。

 

「神覇、弐・伍ノ太刀。合神剣技――!」

「我流、双剣技――!」

 

 シオンは向かい来る巨剣にカリバーンの先端を突き付け、ウィルは向かい来る剣群に白と黒の双剣を振るう。そして同時に吠えた。

 

「魔閃牙!」

「裂花!」

 

    −煌!−

 

 螺旋を描く光突が、巨剣とぶつかり。

 

    −閃!−

 

 縦横無尽に疾る刃が、剣群を弾き返す!

 結果、巨剣と剣群は生み出された時と同じく、同時に世界から消えた。

 

「……くっ、くくく……!」

 

 しばし唖然としていたアルセイオだが、背中を合わせて残心する二人を見て笑いだした。

 ――恐れ入る。これほどの連携、見た事が無い。

 

「いいぜ? ガキども。なら”手加減抜き”だ」

 

 −ソードメイカー・ラハブ−

 

 響くは鍵となる言葉。それにシオンとウィルは視線を向けた。その目に映る大量の剣群達。しかし、二人はそれを見ながら同時に吠える!

 

「「上等だぁ! 来いやコラァっ!!」」

 

 クラナガンの空に二人の咆哮が響く。直後に万を超える大量の剣群が二人に振り落ちたのだった。

 

 

(後編に続く)

 

 




はい、第三十二話前編です。
おっちゃんはやはり強かった。そんな回ですな。
なんかで載せたんですが、おっちゃんの魔力ランクは平常時はSSS++。最大瞬間発生時(斬界刀)は、SSS++++++と、なります。
これがどんだけヤバいかと言うと、数値にして15億7641万8005(笑)となります。
無印なのは達の最大魔力値が1000万程として、およそ157倍(笑)。
世界が、世界がヤバい(笑)
そんな第三十二話です。では、後編もお楽しみにー。


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第三十二話「背を預けし、悪友(とも)よ」(後編)

はい、連続投稿です。ミッド争乱終了までは、毎日投稿と行きます(笑)
いや、勢いって大切(笑)
そんな訳で第三十二話(後編)どぞー。


 

「ほらほら〜〜。どないしたんや? 二人揃ってこの程度かいな?」

「むぅ〜〜」

「……ムカ」

 

 クラナガンの空を交差する三条の光。スバルはその光を街中から見上げていた。

 朱は獅童リズ。

 蒼は獅童リゼ。

 そして、二人に対峙するは銀。

 なのはと同じ、栗色の髪をセミロングにした少女が、レイピア片手に獅童姉妹を手玉に取っていた。

 

「まったく……。リズもリゼも戦い方全然変わってへんやん? 天丼が許されるんわ、二回までやで?」

 

 やれやれと少女が肩を竦める。ちなみに天丼とはお笑い用語で同じネタを二回繰り返す事を言う。

 

「……楓(かえで)お姉ちゃんみたいにお笑いばっかりよりマシだよ〜〜」

「……同意」

 

 二人はそんな少女、楓の言葉に半眼になりながら反論する。確かにさっきからお笑いのネタがやけに多いような気は、スバルもしていた。そんな二人に楓は嘆息。再度、肩を竦めた。

 

「ふ……。誰がお笑いばっかりや。どこかのアホヘタレあ〜んど色ボケと一緒にするんやない。……お姉ちゃんは他にも考えてる事はちゃんとあるんや……!」

「「……っ!」」

 

 まさかの返答に姉妹は息を飲む。それってまさか自分達を心配して……?

 二人はそんな風に思った。

 ちなみに余談だが、アホヘタレあ〜んど色ボケとは、現在無尽刀と掛け合いを行いながら戦う二人組の事である。本気で余談だが。

 楓がぐっと拳を握りしめた。

 姉妹が。スバルまでもが、その答えに息を飲む。

 そして、楓が口を開く――!

 

「日々! 新作のお好み焼きと。……そしてタコ焼きの事も考えとるんやで!?」

『『知るか――――――――!!!』』

 

 あまりにアホな回答にそれぞれ敵味方の枠を越え、口調すらも関係無く、スバルすらも含んで、ツッコミが楓に入った。

 まさかの三方向からのツッコミに楓が思わず「ぬぉっ」と、呻くがそんな事は本気でどうでもいい。

 

「期待させといて〜〜」

「……激しく失望」

「それは無いですよ〜〜!」

 

 姉妹はともかく普段はボケ(?)のスバルからのツッコミも珍しい。

 あまりの三人の反応に、思わず楓はいたたまれずに頬を一つかく。

 

「……もしかしてウチ、スベった?」

 

 三人共即座に首肯。スバルなぞ、二回も頷いていた。それにマジか……! と楓は戦く。そして重い、重い溜息を吐いた。

 

「……ウチの芸人としてのプライドが」

 

 いや、あんた魔導師でしょ? と言うツッコミは三人が三人共避けた。なんか、怖い答えが返って来そうだったのが、その理由である。

 楓はハァっ……と、再度の嘆息。そのままの姿勢で、右手をちゃきりと立てる。つまりはデバイスたるレイピアを。

 

「まぁ、ええか。十分経ったし」

「「……あ!」」

 

 楓の台詞に姉妹な声をあげる。そんな二人に楓はニンマリと笑った。

 

「二人共、油断し過ぎや♪」

「ひ、卑怯! 卑怯だよ〜〜!」

「……同意!」

 

 楓のニンマリ笑顔にリズも、珍しくリゼも声をあげる。しかし楓は得意気な顔のままだ。

 

 一体、あの二人は何をあんなに動揺してるんだろう?

 

 スバルはそう思うと、直後に答えは示された。

 

「な〜〜にが、卑怯や。二人共騙されるんが悪いんや」

「う〜〜! させない!」

 

    −轟!−

 

 次の瞬間、リズが朱嬢の翼を広げ、一気に飛び出す! 瞬間で楓の元まで駆け、右の巨拳を構える。そんなリズに楓はただ笑う。

 

「無駄やって。……シャドウ? 2nd、いって見よっか!」

【トランスファー!】

 

    −戟!−

 

 ――音が鳴る。拳が叩き付け”合う”音が。そしてスバルは”それ”を見た。リズと楓を、二人が放つ。

 

 ――全く同じ形の”巨拳”を!

 

 巨拳と巨拳は互いに、その拳を打ち付け合った体勢で停止。その結果にリズは呻き、楓はウィンクを投げる。

 

「アームドデバイス、ヘカトンケイル。70%までパクリ完了、や」

「う〜〜!」

 

 リズが悔し気に楓を睨む。だが、楓はそれに構わない、ぐっと巨拳に力を込めた。

 

    −撃!−

 

「わぁ〜〜!」

「ととっ! 危ないな〜〜」

 

 楓のその動作で、二人共同時に吹き飛ぶ。数mの距離を持って、互いに停止。だが、楓の相対者はリズだけでは無い。

 

「……ホーリズ」

 

 リゼの声が高らかに響く。その身に纏うかのように二十の光球が現れた。

 しかし、楓はそれに初めて苦笑を見せる。

 

「やから無駄やって」

【トランスファー!】

 

 シャドウの声が再び響く。同時にその姿が変わった――リゼの持つ”カドケィスと全く同じ姿に!” 更にその足元に展開するのは。

 

「嘘……」

 

 スバルも思わず呻いてしまった。それはそうだろう。何せ今、楓が展開しているのは”ミッドチルダ式”の魔法陣である。

 ”先程までは、確かにカラバ式の魔法だったのに!”

 よくよく考えてみれば先程のリズの一撃。あれはベルカ式では無かったか?

 それと全く同じ一撃と言う事は、取りも直さず楓もベルカ式を使ったと言う事である。カラバ式、ミッド式、ベルカ式。楓はその三種を駆使してのけていた。

 

「ホーリーズ」

「……っ! レイ!」

 

 楓が呟くその一言に、リゼはくっと奥歯を噛み締め、先んじて光球を撃ち放つ。楓に向かい来る光球。しかし、彼女はそれに、寧ろ笑顔を浮かべながらカドケィスとなったシャドウを差し向ける。

 

「レイ、と」

 

 −弾、弾、弾、弾、弾−

 

    −弾!−

 

 光の花が咲く、楓の近くで。それは二十の光球が、同じ二十の光球とぶつかる事によって作られた花であった。

 その結果に、リゼも姉と同じく歯を噛み締める。

 光の花が消えた後には、楓が悠然と立っていた。

 

「――ん♪ 二人のパクリすんのも久しぶりやけど、上々やな」

 

 ニパッと笑う楓に二人共、歯を噛み締める。そんな二人に楓はさぁと告げる。シャドウを更に変化させた。

 ”スバルのリボルバーナックルに”。

 

「へ!?」

 

 いきなり楓の右手に顕れたリボルバーナックルに、スバルはつい自分のナックルを確認。そこにある母の形見の感触に思わずホッと息を吐く。

 

「いや〜〜。これ使い易そうやから、ついパクらせて貰ったわ。まぁ、パクリはお笑いの基本やし、許してな♪」

「え? あ、はい」

 

 スバルの様子に苦笑して告げる楓の一言に、告げられるままにガクガク頷く。楓はそんなスバルにクスリと笑い、ついっと視線を正した。リズとリゼに。

 二人は、楓の視線に少し身じろぐ。彼女の視線にはそれほどの力があった。

 

「……リズ、リゼ。そろそろ、おイタの時間は終わりや。きっつい説教、行くで?」

「「……楓お姉ちゃん」」

 

 二人は楓の言葉に声を出し。しかし、ぐっと構えた、己がデバイスを。二人のそんな姿に楓は寧ろ、微笑んだ。

 もう、言葉は無い。楓は動き。リズ、リゼも同じく動く。そして。

 

    −撃!−

 

 スバルが見る先で、互いに衝撃波を撒き散らし、衝突した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――声が出ない。

 

 ティアナは初めて、そんな感情を得た。震えている事を、自覚する。身体が。そして、心が。目の前の、光景に!

 

「ひゅ……っ!」

 

 動く。動く、動く。残像を伴いながら、男が。その男に上から襲い来る十の因子兵。

 指槍を伸ばし、男にそれを叩き込まんとする。それに対し、男は寧ろ前に踏み込んだ――瞬間、両の腕が霞んだ。

 

 −弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾・弾−

 

    −弾!−

 

 カランと、一つの薬莢がまず落ちた。カートリッジの薬莢だ。直後、それを契機にして降り落ちた、薬莢の雨が。

 ガランと。ガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラ、ガランと。大量の薬莢が、まるで雨のように降る。

 その雨の中を悠然と立つ男は相変わらず、紫煙を燻らせる。薬莢の雨の中に因子兵の姿は影も形も、文字通りに無い。大量の銃弾でもって、全て身体を削られ、消滅させられたのだ。

 男はティアナの驚愕に構わない。スパー、と煙を吐き出した。

 

「断罪LEVEL1で、リミテッド・リリース。二十パー程度だぜ? おい。こいつ等、脆過ぎやしねぇか?」

「……貴方が出鱈目過ぎるだけですよ。小此木コルト様」

 

 ティアナと相対していた老人、ベルマルクが苦笑いと共に肩を竦める。

 小此木コルト。それが男の名前だと言うのか。そうティアナは思う。

 そんなティアナを余所にベルマルクはヤレヤレと、首を振った。

 

「まさか、貴方が来るとは思いませんでした。もし、来るのならば我々の仲間になるとばりに思っていましたからな。アルセイオ様や、ソラ様がいらっしゃる。我々の元に――」

「俺の動揺を誘いたいんなら止めとけ、ジジイ。時間の無駄だ」

 

 ベルマルクの言葉をコルトは煙草をスパスパ吹かしながらぶった切る。そしてゴツイ銃――正確には銃型のデバイスを、ベルマルクに向けた。

 

「俺が求めるのはゴメンなさいと土下座して降伏を告げる言葉か、殺して下さいとフライッツェを構えるお前の姿だ。どっちでもいいからさっさと選べ」

「……嫌な二者択一ですな」

「”それ以外に無い”のはお前もよく知ってる筈だぜ? まぁ、無抵抗のままに死にたい、つうなら。止めやしねーよ」

 

 面倒臭いしな。と、コルトの表情は語る。それにこそティアナは総毛立った。コルトは降伏なぞベルマルクに求めていない。彼はこう言っているのだ。

 殺してやるからさっさと構えろ、と。

 ベルマルクもコルトの意図を明確に理解する。その上で、笑った。

 

「……我がフライッツェのリミット・ブレイクならば、貴方に敵わずとも逃げる事は可能ですが?」

「やってみろよ。さっきも言った筈だぜ? 止めやしねーとな」

 

 コルトはまったくベルマルクに取り合わない。その姿勢に、初めてベルマルクの顔から笑顔が消えた。直後にフライッツェを構え――。

 

「リミテッド・リリース四十%、開放」

 

 その言葉を、ベルマルクは”背後から聞いた”。

 

「……じゃあな」

 

    −弾!−

 

 銃声が響く。直後、ベルマルクの身体が吹っ飛んだ。まるでダンプに轢かれたかのように、撥ね跳ぶ。くるりくるりと、ベルマルクの身体は空中で回転し、短い滞空時間を経て地面に落ちた。

 

「か、あ……!」

「お。ドテっ腹をぶち抜かれたのに、まだ大丈夫か。頑丈に出来てんな」

 

 感心したような声がコルトから漏れる。あまりの光景にティアナはヘタっと膝をついた。

 

 ……”撃った”。

 

 非殺傷設定でも、魔力弾ですらも無い。魔力で形成したとは言え、物理弾で。

 ”殺す積もりで”コルトはベルマルクを撃った。その事実にティアナの思考は真っ白になる。

 

「なん、で……?」

「あん?」

 

 いきなりのティアナからの言葉にコルトが疑問符を浮かべる。ティアナは構わない。コルトをキッと睨む。

 

「こ、ここまでする事ないじゃない! 殺すなんて……!」

「……何を言ってんだ、お前? 敵だぞ? そいつは」

「で、でも……!」

 

 あくまで抗論しようとするティアナに、呆れたようにコルトは溜息を吐く。煙草をフィルターまで吸い切り、肺から煙を吐き出す。

 

「神庭と同じタイプだな、お前」

「……え?」

「ツメを誤って早死にするタイプだってんだよ」

 

    −弾!−

 

 再び銃声が響いた。同時、”何かが”背後で動いた音がした。

 

 ……え?

 

「ちっ! 意外に早ぇな」

「……まさか、あっさり気付かれるとは思いませんでしたよ」

 

 ベルマルクの声がする――”ティアナの後ろから”。そろりそろりと背後に目を向けると、そこにベルマルクは居た。

 ”身体を撃ち抜かれたのに、血の一滴も流さずに”。

 

「……ベルマルク・”ナイン”。確か”九番目”だったか?」

「ええ。その通りです」

 

 ベルマルクは微笑する、”機械じみた動作で”。

 それにティアナは卒然と理解した。”目の前の存在は人間では無い”、と

 

「自動人形(オート・マタ)。噂だけは聞いてたが、まさか実在するたぁな」

「よく言われます。さて」

 

 ベルマルクがフライッツェを構える。コルトもまた、己のデバイス、ガバメントを構えた。

 

「こちらも全ての機能を全開とさせて頂きます。……お覚悟を」

「構わねぇさ。人間の死体が、人形に変わるだけだ」

「っ! 待っ……!」

 

 瞬間、ティアナの脳裏に浮かんだのは親友の笑顔。ベルマルクが彼女と同じ存在だとするならば……!

 

    −轟!−

 

 そんなティアナの想いを全く無視して、二つの銃が互いに交差。銃弾を吐き出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −閃−

 

 一閃が疾る。それをエリオは見ていた。速く、鋭く。そして、なにより。

 

    −斬−

 

 ――美しく。

 孤を描き振るわれる刀、それが襲い来る粛正士を纏めて弾き返し、止まらない。

 

   −しゃらん−

 

 ――それは酷く、遠回りな斬撃だった。シオンが振るう剣や自分が放つ槍、最短となす斬撃とは全く別物。強いて言うならば自分達の斬撃は”線”である。だが、その刀が描く軌跡は”円”であった。

 当然、遠回りの斬撃たる円の斬撃の方が遅い。その筈なのに。

 黒の男が放つ円の斬線は最短より、速い。全てを遠回りに、斬撃を放っている筈なのにだ。

 

 ……こんな技も、あるんだ。

 

 エリオは素直にそう思う。気の遠くなる程に、全ての動作を最速で遠回りにする事によって、初めてその斬撃は成り立っていた。

 

「どうした。この程度か?」

「ほ!」

「ざ!」

「け!」

 

 雅たる一刀を、次々と放つ黒の男に粛正士は声を荒げる。直後。

 

「「「散!」」」

 

 その姿が消えた。エリオとの戦いにも使用していた高速移動だ。黒の男を囲むかのように、分かれ、短剣を構えると、一気に踊り掛かった。だが。

 

「……甘いんだよ」

 

    −閃!−

 

 銀の剣が閃く。真ん中の粛正士に踏み込みながら斬撃を放ったのだ。刀は迫り来る粛正士に叩きこまれ、粛正士は短剣でそれを受けるも、その威力に耐えられず、吹き飛ばされた。

 だが、これでは左右から迫る粛正士に対して無防備になる。

 迫り来る粛正士。それを前にして、黒の男は驚くべき行動に出た。

 踏み込んだのだ。”弾き飛ばした相手を追って”!

 

「「……っ!」」

 

 踏み込みの速度は迅雷。二人の粛正士は男の姿を見失い。弾き飛ばされた粛正士は驚愕に目を見張る。

 目の前に黒の男が突如として現れたのだ。驚くのも当然と言えた。

 

    −閃−

 

 三度、刀が閃く。

 

「が……!」

 

 響く悲鳴に、漸く残りの二人も背後を振り向く。その視界に映るのは、同じ振り向きの動作の黒の男だ。

 ――否、一つ違う。黒の男は振り向きの動作を持って、刀を振り上げていた。

 

「「っ――!」」

「遅ぇ」

 

    −斬!−

 

「がっ!」

「ぐっ!」

 

 悲鳴が再び響く。同時に粛正士も血を吹き上げながら吹き飛んだ。

 振り抜いた刀に血が踊る。ぴぴっと地面に紅い染みとなってそれは落ちた。

 それらを酷く詰まらなそうに見遣り、男が刀を肩に担ぐ。

 

「……暗殺者。背後から脾臓を一突きするくらいしか能が無いお前等が、真っ正面から俺とやり合って勝てるつもりだったのか?」

「ぐっぬ……!」

「貴様……!」

「我等を侮辱するか……!」

 

 男の言葉に怒りの声を三人共あげる。無理矢理に立ち上がる、その身体からは血が流れ出していた。

 男は構わない。冷たい視線で三人を見下す。

 

「侮辱? 当たり前だ。ガキ相手に毒なんぞ使う輩が尊ばれるとでも思ったかよ」

「それが」

「我等の」

「戦術ならば」

 

 即答する粛正士に男はくっと、顔を歪める。ああ、そうかいと笑いに。

 

「なら、俺は己が名。黒鋼刃の名を持ってこう言うぜ? 寝言を昼間から言ってんじゃねえよ」

 

 それでも、と彼は告げる。直後、男。黒鋼刃(くろがね やいば)の身体から溢れ出すものがあった。

 魔力だ。同時、その足元に二重螺旋の、まるで互いを喰らい合うかのような形の魔法陣が展開した。

 その螺旋の中央に五芒星が描かれている。

 

 ……どこの魔法なんだ?

 

 見た事も無い魔法陣だ。

 そんなエリオの疑問と視線に刃は構わない。ちきりと刀を振り上げた。

 

「寝言を言いたいなら眠らせてやる。永遠にな」

「「「っ――!」」」

 

 突然吹き上げた魔力と、展開する魔法陣に唖然としていた粛正士が、刃の言葉に漸く正気を取り戻す。

 直ぐさま三人は背を向けた。視線を合わせる事すらもしない。

 

「「「疾っ!」」」

 

 再び、その姿が消える。瞬間移動じみた高速移動だ。それを持って、三人は即座に撤退を選択したのだった。

 その、選択自体は正しい。ただ、それを選ぶのはあまりに遅すぎた。

 

「起きろ。銀龍」

 

 ぽつりと呟かれる、刃の言葉。それを契機に、”それ”は目覚めた。

 

 ――咆哮。

 

 エリオは確かに、銀の刀。銀龍が、咆哮を叫んだと感じた。

 声がした訳では無い。ただ、何かが目覚めた。それだけを、エリオは感じたのだ。

 刃は目覚めた銀龍を振り上げ、大上段の姿勢から一気に――。

 

「燃え盛れ、銀龍。焔龍・煉、獄、陣!」

 

 ――銀龍を振り下ろした。次の瞬間。

 

    −業!−

 

 焔が疾った、刃の先から!

 

    −轟−

 

 その焔は、産まれると同時に大地を駆ける!

 寸っと焔は炎線となって一瞬でクラナガンの街を駆け抜け。

 

    −煌!−

 

 炎線から立ち上る幾重もの炎柱! それは1Km先にまで顕現した。

 

「……終わったな」

 

 ぽつりと呟かれる刃の言葉と共に炎柱は全てあっさりと消える。炎線が通り抜けた後には、立ち並んでいた建物全てが焼失し、ただ瓦礫のみが列を成していた。

 その向こう。500m程先に、粛正士達は倒れ伏していた。

 非殺傷設定に魔法を組み換えたていたのか、胸が上下している所を見ると三人共、生きているらしい。

 刃はそれを確認して、地面に突き刺した鞘へと、手に持つ銀龍を納めた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 クラナガンの空に音が響く。鋼が重なる音が。それをなのはは聞いていた。

 音を高らかに鳴らしているのは二つの大鎌だ。死神を思わせるそれらを振るうのは、片や魔女然とした女性。緑の髪をツインテールとし、トンガリ帽子を被る女性。一条エリカだ。

 それに対峙するは少年、黒の肩まで伸ばした髪に、眼鏡を掛けた少年だ。

 二つの鎌は、互いに円運動の動きを持って放たれる。それは一つの円舞を連想させる。互いにぶつかり合う刃が、その威力を持って跳ね返る。

 

    −戟−

 

 十合のぶつかり合いの果てにそれを制したのは少年だった。エリカはくっと顔を歪めながら後退する。

 

「おやおや? 忘れましたか? 僕は冥界降誕の儀を使えなかった為に、かつては近接戦の技量に特化していた事を」

「ええ、ええ! 忘れてましたわよ! このイヤミ!」

 

 い〜〜! とエリカが舌を出す。その態度に少年はハァっと嘆息した。

 

「何で貴女はそうお転婆なんです? 一応は僕の姉でしょう?」

「一応とは何ですの!? 一応とは!」

 

 噛み付くエリカに少年は嘆息する。その言葉に脇にぽつんと追いやられていたなのははえ? と、思う。

 よくよく見ると、二人は髪の色や性別こそ違えど、その顔立ちはよく似ていた。

 

「大体、なんで貴方がここにいますの? 悠一?」

 

 エリカが初めて少年の名を呼ぶ。悠一、それがこの少年の名前だと言うのか。悠一はそんなエリカに微笑する。

 

「じゃんけ――……いやいや、一条家の跡取りの貴女を向かえに来たに決まってるじゃあ無いですか」

「……今、そこはかとなく、とんでも無い事を言おうとしませんでしたの?」

「気のせいです♪ じゃんけんで行き先を決めたあげく、『行き先が姉さん? ちっ!』な〜んて事は言ってせんでしたとも」

「……まぁ、信じましょう」

 

 半眼でジトーと、見るエリカにはっはっはと彼は笑う。そして、手に持つ鎌を一振りした。

 

「で、まだ続けますか?」

「当たり前ですわ。姉として弟が作り上げた固有魔法。確かめさせていただきますわよ?」

 

 エリカもまたその鎌、レークィエム・ゼンゼを構える。悠一はそれに苦笑した。

 

「では……月詠(げつえい)?」

【エクスプロージョン!】

 

 次の瞬間、その鎌、月詠の後端がスライド。そこから空薬莢が跳ね跳んだ。対するエリカは再び、レークィエム・ゼンゼで空間を切り裂く。

 

「私の声に応えなさい! 騎士の剣の担い手よ!」

 

 直後、空間の裂け目から再び3m超の鎧が現れた。

 冥界の騎士だ。それに悠一は笑う。そして、鎌を振るい声をあげた。

 

「聞こえますか? ”十八万四千八百”の音群達よ。僕の声が聞こえたならば、この声に応えなさい」

 

   ーぽぉんー

 

 悠一の声と共に再び鳴り響くは音叉のような音。

 そして、悠一が告げた言葉になのはは目を丸くする。

 先程、ヘルを打倒せし『運命』を奏でた時は、四万六千二百の音群と悠一は言っていた筈だ。しかし、彼は今、確かにこう言った。十八万四千八百の音群達、と。つまりそれは――。

 

「……先程は様子見、という訳でしたの?」

 

 エリカが冷や汗交じりに呟く。悠一はそれに、いえいえと首を振った。

 

「先の音素(フォニム)式は『運命』を奏でる為だけのものでしたから。今、僕が呼び掛けた音素達は多様性重視。強いて言うならば、四重奏。と言う所ですか」

 

 ――さて。と、呟くと悠一は月詠を差し向ける。エリカに、その前に立ちはだかる騎士に。

 

「演奏を始めるとしましょう。姉さん」

「上等ですわ」

 

 エリカもまたレークィエム・ゼンゼを悠一に差し向けた。同時、騎士がガチャリと鎧を鳴らし、動く。

 二人の視線が交差し、そして姉弟は同時に叫んだ。

 

「集え音素。我が声に応え、音群となりて旋律を奏でよ! 烈風協奏曲(ウインドコンチェルト)!」

「冥界の騎士よ! 我が声に応え、眼前の敵を討ち果たしなさい!」

 

 直後、高らかに空間が音を鳴らし、烈風を生み、それに抗うかのように騎士が動く。

 

    −轟!−

 

 二つの力のぶつかり合いは、激烈な衝撃波をぶち撒け、クラナガンの空を揺るがせた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −撃−

 

 音が響く、クラナガンの空に。それは互いに蹴りの一打。空間に形成した足場を踏み締めて放つ蹴りが、ぶつかり合ったのだ。

 飛・王と、ポニーテールの少女が放つ蹴りが。

 直後に互いに距離を取り、離れる。少女はフェイトの隣に、飛は反対側だ。そして、互いに構えを持続したままで見合った。

 

「どう? 飛兄。私、強くなったでしょ!」

「……まぁ、そうで御座るな。出来れば、今月今日今時でさえなければ存分に確かめたく御座ったよ。アスカ」

 

 飛の言葉にアスカと呼ばれた少女がへへ〜〜と、嬉しそうに笑う。飛自身は未だフラグ立てを邪魔された怨みが視線に篭っていたが。

 そんな二人の様子に、つい見入っていたフェイトがえぇっと、と唸る。先程の宣戦で、少女がグノーシスの人間だとは分かった。

 しかし、ツァラ・トゥ・ストラの一員と思わしき飛と何故こんなに親しげなのか? それが分からなかった。

 

「……えっと、貴女は……?」

「あ、そうだ。自己紹介しなきゃ。私、グノーシス第四位、聖徳アスカっていいます。よろしくお願いします♪」

「あ、うん。よろしくね」

 

 フェイトに、にぱっと笑って自己紹介するアスカにフェイトは若干気圧されながら頷く。随分と人懐こい少女であった。そんな二人を見て、飛がぬぅ……! と呻く。

 

「ちちぃ……! 先を越されるとは。これはイカン! 再びフラグを立てる為にも自分も……!」

 

 もう、十分です。と、フェイトは思う。ついでにフラグなんて立ちませんよとも。

 そんな飛にアスカがニマっと笑う。そして取り出したるはマイク、であった。

 

《飛兄は私のね〜〜?》

 

 大音声が辺りに響く。マイクで持って増幅された声が、フェイトどころかクラナガン中に響いた。

 何を? と疑問に思うフェイト。同時、飛がハワワと慌てる。

 

「ちょっ! アスカお前、まさか――!」

 

 アスカはそんな飛を見て――笑った。にぱっと太陽のように。

 だが、何故だろう。フェイトはそんなアスカの笑顔に、何故か一物を覚えた。

 同時、飛がその名の通り飛び出した。アスカの言葉を続けさせない為に!

 

「さっせるかぁぁぁぁ――……!」

『翔星閃光弾〜〜ん!』

 

    −煌−

 

「ぶぐるふぁぁぁぁーー!」

 

 突っ込んで来た飛に、容赦無くカウンターで叩き込まれる光弾! 飛は直撃を受け、綺麗に煙を上げて吹き飛んだ。

 

《駄目だよ〜〜。飛兄? 今から私と飛兄の関係を話すんだから〜〜♪》

「いやぁぁぁぁぁぁ! やっぱり――! 後生で御座るっ! アスカ、せめてフェイト殿の聞こえない所で――――!」

「?」

 

 何をそんなに慌てているのか? 飛の様子に、寧ろフェイトは興味を覚えた。

 ……何の関係も無いが、さっきから自分のザンバーやら砲撃やらを受けてピンピンしている飛の頑丈さは、ある意味凄いと思う。

 アスカは飛の慌てふためく様子にんふふ♪ と満足そうに笑う。

 取り敢えず、彼女はSだとフェイトは確信した。そして、アスカはすぅっと息を吸い、マイクに一気に言葉を叩きつける。

 

《私と飛兄は〜〜》

「お願い! すとっぷぷり――ず!」

 

 飛の悲鳴が響き、しかしアスカは寧ろ止まらない。続きの言葉を容赦無く放った。

 

《将来を誓い合った許婚で〜〜す♪》

 

 ……許婚。その言葉にフェイトはへ〜〜と、思う。アスカはそれにおや? という顔をした。

 

《あんまり驚かないんですね〜〜?》

「え? ううん、驚いてるよ? ただ、あんまり顔に出て無いだけだよ。あ、もうマイクは止めてね?」

 

 は〜〜い。とアスカは頷くとマイクをしまう。そして、飛に視線を向けた。フェイトもそちらに視線を送る。

 そこではイヤァァァァっとばかりに崩れ落ちる飛の姿があった。

 ……取り敢えずはフェイトは飛に声をかける事にする。

 

「……ええっと、よかったですね。カワイイ娘が許婚で」

「ち、違うで御座るよ――!」

 

 飛、復活。立ち上がると同時に、叫び声を放つ。そんな飛にフェイトはアスカに尋ねた。

 

「ああ言ってるけど?」

「ちゃんと許婚ですよ♪ 飛兄がああ言ってるだけです♪ お父さんもお母さんも認めてますし♪」

「いやいやいやいや! それ、幼稚園時代の話しで御座ろうが!」

「あの時の飛兄の言葉、思い出すなぁ〜〜。ちょっと照れちゃう♪」

 

 アスカの台詞にやーめーてーと飛が泣き叫んだ。そして、アスカをぐっと睨みつける。

 

「……それ以上は喋らさんで御座る!」

「ん〜〜♪ まだまだ喋り足りないけど。でも私も飛兄を連れて帰らなきゃいけないもんね♪」

 

 そして、二人は同時に構えを取った。半身にだ。

 それは全く同じ構えだった。

 

「飛兄、いっくよ〜〜♪」

「自分はここで帰る訳にはいかぬで御座る! 真実の愛を掴む為! 何より、金髪巨乳とフラグを立てる為に!」

 

 マジな顔でそんな事を堂々と飛が叫び、直後、二人は同時に駆け出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −轟!−

 

 海を仰ぐクラナガンの街、そこに剣群が突き刺さる――万を越える剣群が。

 それはビルを纏めて倒壊させ、街中に突き刺さっていた。まるで、剣の山である。

 それを成した張本人、アルセイオ・ハーデンは下を眺める。正確には、そこに居る二人組に。

 シオンと、ウィル。幼なじみの相棒たる二人はそこでぐったりとしていた。

 だが、その身に剣は一本たりとも刺さってはいない。キー・スペルを持って放たれし剣群全てを、二人は凌いで見せたのだ。

 シオンはイクス・カリバーンを左手一本で振るい、ウィルは時に剣矢を放ち、時に双剣を振るい、剣群を凌いだのだ――だが。

 

「……ま、こんなもんだろ」

「「っ……!」」

 

 アルセイオの声に二人はぐっと睨みつける。しかし、その瞳にはあまりにも力が無かった。

 

「お前達はよく頑張ったさ、坊主。寧ろ、今まで魔力やら体力が持っただけ大したもんだぜ?」

「……うるせぇよ」

 

 シオンが悪態を吐きながら立ち上がる。ウィルもそれに続いた。しかし二人共、先の剣群を凌ぎ切る事でほとんど全力を使い果たしてしまっていた。特にウィルの消耗が激しい。これは片手しか使えないシオンのフォローをした為だ。

 ウィルは息を荒げる。シオンも同じくらい息が上がっていた。

 

「……で、立ち上がったはええけど、どないするんや、アホシオン」

「……知るか、ボケウィル」

 

 互いを罵倒する言葉にさえ、力が無い。それをアルセイオは見遣り、さてと笑う。直後。

 

 −ソードメイカー・ラハブ−

 

 鍵となる言葉が再び響いた。

 

「いい加減。終わりにしようや、坊主」

 

 直後に、その背に展開する剣。

 

 −剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣−

 

    −剣−

 

 万を越える剣の軍勢が再び生まれた。それを見て、シオンは小さく舌打ちし、ウィルに視線を送る。

 

「一応、聞いとくけどよ。お前、後どんくらい行ける?」

「……剣矢が一矢放てりゃいいほうやな」

 

 ウィルから返ってきた返答は実に無情だった。つまりはお手上げ。完全に詰みであった。

 

「くそ。何か、何か無いか……?」

 

 考えろ。考えろ、考えろ、考えろ!

 

 シオンは己に繰り返し問う。この盤上を覆すだけの何かを考えろと。

 王手を防ぐ。いや、盤をひっくり返すだけの何かを。考える。考える――そして。

 

「……あ」

 

 一つだけ閃いた。かつて、アルセイオを退け、追い詰めた、”あれ”ならば。しかし、あれは――。

 

「相談は終わったかよ?」

「っ――!」

 

 アルセイオの声に顔を上げる。そこには今、まさに剣群を放たんと片手を上げるアルセイオが居た。迷っている暇は、無い!

 

「来い……」

「? シオン?」

 

 ウィルがシオンの様子に疑問符を浮かべる。しかし、それに構う、その暇すら惜しい。

 

 ――来い。

 

 それだけをシオンは繰り返す。

 

「来い……。来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い……!」

「何をやろうってんだ、坊主……?」

 

 シオンの様子にアルセイオからも疑問の声が飛ぶ。

 それにすらもシオンは構わない。ただただ、己に叫ぶ。

 

 来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い!

 

 来い……!

 

 そして――。

 

 −呼んだかい?−

 

 ――”それ”は来た。

 

 −兄弟?−

 

 ……闇が、ニタリと笑った。

 

「来た……!」

「シオン?」

「坊主?」

 

 −ドクン−

 

 心臓の鼓動をシオンは強く聞く。同時。

 

【し、シオン! お前ーー! ユニゾン・イン】

 

 イクスの叫びが聞こえる。それすらも今は彼方だ。

 

「来た……! 来た、来た、来た、来た、来た、来た、来た、来た、来た来た来た来た来た、来たぁ……!」

 

 そしてシオンは叫ぶ。切り札とも言えない、ただの”反則を”。

 

 己の、闇を!

 

「アヴェン! ジャァァァァァァァァァァァァァ――――――!」

 

    −煌!−

 

 次の瞬間、シオンは闇に飲み込まれたのだった。

 

 

(第三十三話に続く)

 

 




次回予告
「シオンは切る――切り札とも言えない、ただの反則を」
「それはアルセイオに驚愕を与える」
「そして、ついに決着が――!」
「一方、ヴィヴィオ達にもストラの魔の手が迫る」
「ユーノは果たして彼女を守れるのか」
「そして、彼は」
「次回、第三十三話『優しき拒絶』」
「――嘘をつく娘は嫌いだよ。少女に、決定的な離別が突き付けられる」


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第三十三話「優しき拒絶」(前編)

「タカトがいなくなったって聞いた時、私は寂しかった。会いたい、ただ会いたいと願って。けど、やっぱりこの時の私は分かってなかったんだ。タカトが、どんな想いで戦って来たのかを。それを知った時、全ては遅くて。魔法少女 リリカルなのはStS,EX、はじまります」


 

「アヴェン! ジャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――――!」

 

 シオンが吠えた、瞬間、その身体は、ココロは、闇に飲み込まれた――。

 

 

 

 

 ……気付けば、また”此処”に居た。

 悠久の青空を仰ぐ、この草原に。

 そしてシオンは睨む。眼前の存在を。

 悠久の草原に佇む、此処に似合わぬ闇のヒトガタ、カイン・アンラマンユを。

 

 −カカカカ、まさか、お前から俺を呼び出すとは思わなかったぜ? 兄弟?−

 

「……俺だってお前なんざ二度と見たく無かったよ。カイン」

 

 シオンはあえて、アンラマンユを略称で呼んだ。それに、カインはくくと笑う。

 

 −で? 今度は何が望みだい?−

 

 笑いながら問う。……そんなもの、分かってるくせに。

 シオンは一つ嘆息。そして、カインを睨んだ。

 

「……おっちゃんに勝ちたい。だから力を寄越せ」

 

 単刀直入に答える。己が望みを。カインはそれにニタァっと笑った。嬉しそうに、愉しそうに、悦びと、共に。

 

 −カカカカ。いいぜ? なら、俺に任せろよ。無尽刀だろうが、何だろうが、俺が蹂躙し尽くしてやるよ−

 

 笑い、カインは手を伸ばす。それにシオンも手を伸ばし――。

 

    −パン!−

 

 ――思いっきり、跳ね退けた。

 

 −……兄弟?−

 

 カインの戸惑うかのような声が響く。それにシオンはニヤリと笑った。

 

「何勘違いしてやがんだ、てめぇ? 俺は力を寄越せ、つったんだ。”力だけを”、な」

 

 −何?−

 

「わかんねぇか? ”お前はいらねぇんだよ”。俺は力が欲しいだけであって、お前なんざ望んでねぇ。……力だけ寄越してさっさと帰れ」

 

 きっぱりとシオンは言い放った。

 ”傲慢”に。そして。

 ”強欲”に。

 そんなシオンにカインはしばし呆然とし、次の瞬間。

 

 −ク。はは。あははははははははははははははははは……!−

 

 笑った。心の奥底から、カインは爆笑した。

 いつもの人を馬鹿にしたような笑いとは違う。純粋な、あまりにも屈託のない純粋な笑いだった。

 

 −まさか、お前からそんな台詞を聞くとはな。……アベル・スプタマンユ−

 

 あえて真名、善神としての名でカインはシオンを呼ぶ。それにこそシオンは明確に笑った。

 

「はっ! 俺を善神とやらだとでも思ったかよ? 俺はそんな存在じゃねぇ。汚れもすれば、いくらだって欲も持つ。”ただの人間”だぜ?」

 

 言い切り、シオンは笑みを消す。そしてカインを真っ正面から見据えた。

 

「”俺は俺だ”。”神庭シオン”という存在であってもアベルなんて存在じゃねぇんだよ」

 

 断言する。そう、真名が何だ? それが善神だから何だよ? と。

 俺はたった一人の人間であって神様なんかじゃない。

 そんな大それた存在なんかにはなりたくも無い。

 シオンはそう言ったのだ。たった一人の、”人間”として。

 そんなシオンにカインはやはり笑う。

 

 −いいぜ。なら、力をくれてやる。だが、忘れんな?−

 

 ぐぃっと、カインはシオンの顔に自らの顔を引っ付けんばかりに近付け、先の笑いが嘘のように笑った。

 いつものように、汚れた笑みで。

 

 −お前に隙があれば、俺はいつだってお前を乗っとる。奪う。喰らいつくす。いつだって俺はお前を狙っている。それを忘れるな−

 まるで脅すかのような宣言。

 ――力はやる。だが、シオンがその力に呑まれるようならば、カインはシオンを喰らう。そう言っているのだ。シオンもまた笑った。

 

「上等だ。いつでもかかってこいよ。いくらでも叩き潰してやる」

 

 −カカカカ!−

 

 そんなシオンにカインは再び笑いをあげる。そして、跳ね退けられた手を再び上げた。

 

 −第三と第四の御印を譲渡する。さぁ、受け取れ兄弟−

 

 上げた手から”何”かが沸き立つ。それはシオンにも馴染みのモノだ――因子。つまりは、カインそのもの。

 沸き立つ因子が一瞬だけその動きを止めた、直後。

 

 −大罪を−

 

 一気に因子はカインの掌から飛び出し、シオンのその身に喰らいついた――!

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 St,ヒルデ魔法学院。ヴィヴィオが通う聖王教会直轄の魔法学校である。普段ならば、子供達の元気な声が聞こえる場所――しかし、今は違った。

 学院のグラウンド、広いグラウンドである。そこでヴィヴィオは”捕縛”されていた。

 正確には、学院に避難していたほぼ全員が捕縛されていたのだが。

 

 ……なんで、こんなことに。

 

 そうヴィヴィオは思い、俯いた。時間は少し遡る――。

 

 

 

 

 ――朝。もう一人の同居人がいなくなった事をユーノと最愛のママ、なのはに当たってしまった事にヴィヴィオは自己嫌悪を覚えながら、とぼとぼと歩いていた。

 そして、タカト自身がいなくなった事に、どうしようも無い寂しさを覚えていた。

 

 ……タカト。

 

 師であり、同居人であった青年の事を思い出し、さらにずーんと沈む。

 ユーノから聞いたのはタカトが犯罪者だった事だけ。しかし、ヴィヴィオは同時に悟っていた。

 なのはとタカトが敵対している事を。

 犯罪者なのだから敵対している事は当たり前ではあるのだが、ヴィヴィオが思っている事はそれとは違う。

 おそらく二人は、”直接的”な意味で敵対している。

 ヴィヴィオは子供ながらの勘の良さでそれを悟っていた。

 なのはと、タカト。二人が戦うなんて、ヴィヴィオは嫌だった。大好きな人達が戦い合うなんて、傷付け合うなんて想像もしたくない。でも、タカトは出て行ってしまった。

 母達と、戦う為に。

 

 ……やっぱり、イヤ。

 

 そう、ヴィヴィオは自分の想いを再確認する。だから、もう一度。もう一度でいい。

 

 タカトに会おう。

 

 そう、ヴィヴィオは決めた。

 

「うん……ちゃんと、はなそう。タカトと」

 

 決めてしまえば、心は晴れる。ヴィヴィオは顔を上げた。

 まずは、ユーノさんとなのはママに謝ろう。そう、ヴィヴィオは一人頷く。

 そして、St,ヒルデ学院の道を急ごうとして。

 

「ヴィヴィオ――――!」

 

 唐突に背後から声がした。ユーノの声である。ヴィヴィオはそれに疑問符を浮かべて振り向くと、ユーノが走って来ていた。ヴィヴィオの元まで走り、ほっと息を吐く。

 

「ヴィヴィオ、よかった……! 結構遠くにいたから心配したよ」

「ユーノさん? どうしたの?」

 

 安堵するユーノにヴィヴィオは首を傾げる。何故、ユーノが自分を追い掛けて来たのか分からなかったのだ。ユーノはそんなヴィヴィオに向き直り、その手を握ると、歩き出す。

 

「……ごめん。今は説明してる暇は無いんだ。ここからだと家に戻るのも危ない。学院に避難しよう」

「ユーノさん?」

 

 再び、ヴィヴィオは問う。だが、ユーノは構わない。ヴィヴィオの手を引いて、学院までの転送ポートに向けて足を速めた。

 

 ――結局の所、ヴィヴィオがクラナガンで起きている”地獄”を知ったのは、学院に避難した後だった。

 

 

 

 

 学院に着くと、そこには避難して来た人でごった返していた。

 当然とも言える。何せ、クラナガンにいた住人のほんの一部とは言えど、その人数は千では効かない。

 それだけの人数が学院へと避難して来たのだ。しかし、ごった返しているとは言えど、St,ヒルデ学院は広大だ。それこそ場所さえ問わなければ、避難して来た人達は入る事が出来たのだ。

 その中でユーノとヴィヴィオは手を繋いで歩いていた。教室も、廊下も人でいっぱいである。怪我人が床に敷き詰められた毛布の上に居る光景などがよく目についた。

 その中を魔法医療士や、医者、看護士が所狭しと駆け巡る。怪我人の数も尋常では無い。そして、彼等の数はそれこそ有限。しかも、怪我人に対しての絶対数があまりに少な過ぎていた。

 その現状に、ヴィヴィオは身震いする。

 クラナガンでどのような地獄が起きているのか――想像してしまい、または、その中を暢気に歩いていた事に、漸くどれだけ危険な状況に居たのかを、理解したのだ。

 

「ヴィヴィオ?」

 

 はっとする。気付けばユーノが立ち止まり、こちらの顔を覗き込んでいた。いけない、とヴィヴィオは頭を振った。

 

「……ユーノさん、ごめんなさい」

「いや、いいよ。ちょっと考え込んでたみたいだから声を掛けただけだしね。それでね? ヴィヴィオ」

 

 ユーノが屈み、ヴィヴィオに視線を合わせる。肩にポン、と手を置いた。

 

「僕、治療魔法を使えるから怪我人の治療を手伝おうと思うんだけど。その間、一人でも大丈夫かい?」

「あ……」

 

 一瞬だけ、ヴィヴィオは迷う。正直に言うと、怖かった。一人になるのが、だが。

 

「…………」

 

 周りを見渡す。そこには、苦し気に呻く人達や、痛みに喘ぐ人達が居る。

 それを見て、ヴィヴィオはきゅっと目を閉じる。怖いなんて言ってられない。今まさに苦しんでいる人が居るのだ。ユーノはその助けになる。それを自分が怖いから、なんて事で立ち止まらせてはいけない。

 ヴィヴィオは目を開き、こくりとユーノに頷く、せめて笑顔でと笑った。

 

「うん。ユーノさん、がんばって」

「ヴィヴィオ、ありがとう。……出来るだけ、すぐに戻るね? 待ち合わせ場所はヴィヴィオのクラスでいいかな? 初等科一年のAクラス、だよね?」

「うん!」

 

 頷く。そして、今の今まで繋いでいた手を離した。ユーノが立ち上がる。繋いでいた手で頭を撫でた。

 

「……タカトの事、ちゃんと後で話そう」

「ユーノさん」

 

 その言葉に、ヴィヴィオは目を見開く。ユーノはそんなヴィヴィオの反応にただ微笑む。

 

「……やっぱり、ちゃんと話しておこうと思うんだ。後になっちゃうけど、いいかな?」

 

 ユーノの微笑み。それにヴィヴィオはしばし呆然となり、一時の間を持って微笑んだ。

 

「うん。ありがとう、ユーノさん」

「うん。それじゃあ、行ってきます」

 

 ヴィヴィオの頭を軽く撫で、ユーノは背を向けて歩き出す。ヴィヴィオは、そんなユーノの背に向けて、大きく手を振った。

 

「いってらっしゃい!」

 

 そう叫ぶと、ユーノは微笑み、軽く手を上げて歩いて行った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 一年A組の教室。いつもなら子供達と教師しかいない筈のこの空間でも、やはり人はいっぱいであった。

 机や椅子は、どこかに退かされたのか、何処にも無い。そして、ここでも床一面に、シーツが敷かれていた。その教室にヴィヴィオは入り。

 

「ヴィヴィオ〜〜!」

 

 呼び掛けられた声に、目を丸くし、しかしパァっ……! と花が咲くように笑った。

 

「コロナ!」

 

 教室に入ると同時に、ヴィヴィオはその名を呼ぶ。

 ヴィヴィオを呼んだのは少女だった。コロナ、この学院に入って以来の親友である。ヴィヴィオはそのまま駆け寄ると、差し出された手を握った。

 

「コロナよかった……! ぶじだよね?」

「うん。ヴィヴィオもだいじょうぶ? どこもけがとかない?」

「わたしはだいじょうぶ! ユーノさんがいてくれたし」

 

 そっか〜〜と、頷き合う。そんなコロナにヴィヴィオは心底ホッとした。正直、一人では心細かったのだ。

 特に、こんな風に大勢の人が周りにいる時には。

 そんなヴィヴィオの手を引き、コロナは自分が座って居たシーツの上まで行く。そこには彼女の両親だろう。人の良さそうな男性と女性が居た。

 

「何処行ってたんだ? コロナ」

「おともだちをみつけたから、つれてきたの」

 

 コロナの父親だろう。男性がコロナの言葉に頷き、ヴィヴィオを見る。それに、ヴィヴィオは戸惑いながらもぺこりと頭を下げた。

 

「は、はじめまして。たかまちヴィヴィオっていいます!」

 

 出来るだけ大きな声で自己紹介する。それに、コロナの父親は微笑んだ。

 

「初めまして、ヴィヴィオさん。コロナがお世話になってます」

「あ……こ、こちらこそ」

 

 再びぺこりと頭を下げるヴィヴィオに促し、自分達のシーツへと迎え入れる。すると、傍らの女性からも挨拶された。どきまぎしながらも、同様の挨拶をする。そして、コロナと一緒に座った。

 

「そう言えば、ヴィヴィオさんのご両親はいらっしゃらないのかな?」

「あ……。その、ママはかんりきょくのひとで……」

「……そうだったか。ならまだクラナガンに?」

 

 ヴィヴィオが頷いたのを見て、コロナの父がこちらにすまなそうに、眉を潜めた。ヴィヴィオはそんなコロナの父の様子に慌てる。

 

「あ、でも。ここには、しりあいの……。ほごしゃのひとときてます」

「そうかい……? その人は……」

 

 ヴィヴィオは手短にユーノの事を話す。それに、コロナの父は頷いた。

 

「そうか。この怪我人の数だものな」

「……はい」

 

 ヴィヴィオが頷いたのを見て、今度はその脇、コロナの母から声が掛かった。

 

「なら、しばらくここにいらっしゃいな。ユーノさん? だったかしら。その人も帰って来たら、ここに居ていいし」

「あ、その……」

 

 そんな事を言われて、しばらくヴィヴィオはあたふたとする。だが、自分を見る四つの暖かい瞳に力を抜いた。安心したのだ。そして、頭をまた下げた。

 

「あ、ありがとうございます」

「「はい、どういたしまして」」

 

 夫婦は、そんなヴィヴィオの礼に暖かく微笑んだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ユーノさん、おそいね」

「うん……」

 

 コロナの台詞にヴィヴィオは頷く。教室に入って来て、かれこれ一時間程経つ。だが、ユーノは未だ帰って来なかった。

 

「ユーノさん、がんばってるんだよ」

「うん……」

 

 制服の袖をきゅっと握りながらヴィヴィオが頷く。そんな様子をコロナの両親も心配そうに見ていた。

 その間にも人はひっきり無しに教室に入って来る。避難して来た人が、更に増えたのだ。

 さっきまではまだ多少の余裕があったのだが、今は互いに肩やらが触れる程に密着しなければならない程に余裕が無くなっていた。

 そんな状況で、コロナの両親も、コロナも、ヴィヴィオを励ましてくれた。

 それを嬉しく思いながらも、今の教室の状態にヴィヴィオは参り始めていた。

 人が集団でぎゅうぎゅう詰めになると言うのは思った以上のストレスを人に与える。ヴィヴィオは体力的にはともかくとして、精神的に参り始めていたのだ。

 

「流石に人が多くなってきたな」

「そうね……」

 

 コロナの両親もこの状況に眉を潜める。自分達はともかく子供達が持たないと、思ったからだ。とにかく、少しでもスペースを作るために身を寄せ合うようにしようとして。

 

《あ〜〜。テステステス》

 

 ――いきなり声が聞こえた。校内放送だ。それに皆、ざわつく。

 

《こんにちは。皆様、クラナガンで起きた惨状、大変心苦しく思います。それを踏まえた上で、このような状況の中、大変申し訳ありませんが》

 

 次の瞬間、突如として廊下から悲鳴があがった。

 群集の悲鳴だ。いきなり響く悲鳴に、教室の皆も息を飲み。そして。

 

《今より、このSt,ヒルデ学院は我々、ツァラ・トゥ・ストラが占拠します》

 

 声と共に、教室に”それ”が現れた。クラナガンを地獄に変えし、ヒトガタ達、因子兵と、ガジェットが。

 教室は――いや、学院は一瞬でパニックに陥った。

 

 

 

 

 ――だが、パニックはすぐに治まった。少なからずの”犠牲”によって。

 

《申し遅れましたが、我々は抗議その他を一切受け付けません。その上で、無用な騒ぎを起こした場合。”相応の処置”を取らせていただくので、あしからず》

 

 その言葉に誰も答えない。今、目の前で見せられた”相応の処置”。それに心底、恐怖したからだ。

 教室で、処置を取られたのは三人。すでに、彼等は喋る事は無い――永遠に。

 

《さて、では皆様。校舎から出て頂きましょう。幸い、広いグラウンドがありますので、そこに集まって頂きます。よろしいですね。では》

 

 校内放送は切れ、そして教室に居た皆は歩き出した。

 誰も、何も言えないままに。それはヴィヴィオも含めて。

 ……鈍い諦観の念が、避難して来た者達を包みつつあった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 グラウンドに集められた群集達。その中でヴィヴィオは縮こまっていた。

 傍にはコロナとその両親も居る。それぞれ、両の手にはリングバインドを掛けられて、拘束されていた。さらに、まるで群集を取り囲むように配置された因子兵とガジェット達が居る。そして。

 

「おーお、随分集まったもんだ」

「そうね」

 

 それを統率するように一組の男女が居た。男は、筋肉質の大男だ。まるで、ゴリラのような男である。筋肉で覆われた肉の装甲を黒のスーツで包んでいる。

 そして女、こちらは細身の女性だ。短い髪をツンツンに立てている気の強そうな女性である。彼女もまた、黒のスーツを着込んでいた。

 

「さて。で? どれなんだ?」

「さぁて……。外見的な特徴は教えられてるけど、数が数だからね」

 

 面倒臭そうに、女性が肩を竦め、ぽそりと呟いた。

 

「聖王のコピーか。そんなもの必要なのかね?」

「!?」

 

 女性の呟き。それをヴィヴィオは聞いてしまった。驚きに目を見張る。彼女は確かにこう言った。

 聖王、と。

 その単語を、ヴィヴィオが忘れる訳が無い。それは、忌むべき言葉であり、同時に大切な言葉でもある。

 ヴィヴィオを母と結び付けた言葉なのだから。だが……。

 

 ”また”。

 

 そんな思いをヴィヴィオは抱く。一体これで何度目だろう。自分の所為で周りを巻き込むのは。

 じんわりと目に涙が浮かぶ。この騒ぎですらも自分が居たせい。もう、自分の所為で誰も傷付いて欲しくなんてないのに。

 

「……おや?」

「っ――!?」

 

 声が頭上から聞こえた。それに顔をあげると、先程の大男がこちらを見下ろしていた。男はヴィヴィオを見て、一人呟く。

 

「紅と翠のオッドアイ。ブロンドの髪……」

 

 ヴィヴィオの特徴を一つ一つあげる。やがてニタっと笑った。

 

「見付けた」

 

 即座に手を伸ばす。それに、しかしバインドで拘束されているヴィヴィオは身じろぎしか出来ない。

 

 ヤだ……。

 

 そう思い、しかし何も出来ない。男は涙を流すヴィヴィオを無理矢理に抱えようとして。

 

「……ヴィヴィオに触れないでくれ」

 

    −撃−

 

 その身体が宙を舞った。

 

 ……え?

 

 目を見開く。男は既にいない。群集の上を飛び越え、グラウンドに転がっていた。

 それを成したのは、ヴィヴィオのよく知る人、戦ってる姿なんて見た事も無い人だ。

 その名をユーノ・スクライア。無限書庫司書長にして、かつてのなのはの相棒。ヴィヴィオの同居人がそこに居た。

 眼鏡を外し、掌を突き出した体勢で。

 

 守る為に。

 戦う為に。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……シオン」

 

 ウィルは呆然と、目の前の存在を見ていた。

 そこに居るのは黒の全身甲冑に身を包んだ幼なじみにして相棒。

 神庭シオンがそこに立っていた――身体中から、因子を溢れさせて。だが。

 

「……ウ……ィル」

 

 シオンは呼ぶ。己が相棒の名を。それにこそ、ウィルは驚愕した。

 

「お前……! 意識あるんか!?」

「当たり、前だろうが……!」

【楽観は出来んがな。……せめて、事前に教えて欲しかった】

 

 苦し気に呻きながらもシオン、イクスが答える。そしてキッと頭上のアルセイオを睨んだ。

 アヴェンジャーフォーム。再び現れたそれに、アルセイオは目を見開き、驚いていた。

 何より、シオンが己の意識を保っている事に。

 唖然としていたアルセイオはしかし、驚きから笑みへと、表情を変えた。

 

「いいぜ……! 坊主! そうでなくちゃあなぁ!」

 

 叫び、手を掲げる。そこには未だ、形成されたまま置かれた万を越える剣群がある。それにアルセイオは再び魔力を流し込む。直後、剣群が巨大化した。

 一本一本、全ての剣が十mを越える巨剣へと変貌する。

 

「これ全部、迎撃出来るかよ! 坊主!」

 

 一気に手を振り下ろした。同時に、全ての剣群が真っ逆さまに落ちて来る!

 一本一本がちょっとしたビルに匹敵する巨大さを有する万を越える剣群。

 それは、まさに人を断罪せんとするギロチンだ。だが。

 

「迎撃? 違うね。俺はその剣群を、全て――」

 

 シオンがその身に有する”大罪”は。

 

「――受け止め切ってやる!」

 

 ”その程度”では裁けない!

 

「我! 弱き心を抱え、しかし其を固き傲慢で守らん!」

 

 聖句を叫び。同時に、左手を頭上に掲げる!

 

「全てを拒絶するは傲慢! 第三大罪、顕、現……!」

 

 掲げた左手から先が歪む。空間が、次元が歪んだのだ。それは一瞬にして、シオンを、ウィルを――いや、”シオンが認識する全域”に広がる。

 

「プラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァイドっ!」

 

    −轟!−

 

 そして、アルセイオは、ウィルは、”それ”を見た。

 

 ……巨剣群が、止まっていた。落下を、シオンが掲げた左手の先から停止していたのだ。全ての剣群が、である。

 

「これは……」

 

 アルセイオがシオンの目前で停まった剣群に、戦く。よく見れば、シオンの左手がアルセイオからは歪んで見えた。

 光すらもが捩曲げられているのか。シオンが形成せし傲慢によって。

 

「っ……! ”絶対拒絶防御”……。これこそが第三大罪、傲慢だ……!」

 

 シオンが呻きながらも呟く。その身体の因子が激しく沸きだしていた。

 

「て、おい! 暢気に説明してんなや! お前――」

「ぐ……う……! ぃやかましい! 今、俺の心配なんざすんな! 今は……」

 

 ウィルが駆け寄ろうとして、しかしシオンが留める。見上げるは、アルセイオだ。彼は、まだ笑っていた。

 

「……なら」

 

 −我は、無尽の剣に意味を見出だせず−

 

 二つの声が響く。一つはアルセイオ自身の肉声。もう一つは。

 

「これならどうよ!?」

 

 −故に我はたった一振りの剣を鍛ち上げる−

 

 アルセイオだけに許されし、音を介さぬオリジナルスペル。そのスペルが意味するのはたった一つだ。世界を斬り得る最強の剣、ダインスレイフを中心にして斬界刀を再びアルセイオは形成したのだ。

 既に巨剣群は無い。斬界刀を形成したからだ。そしてアルセイオは一気に斬界刀を振り上げる!

 

「その傲慢ごと叩き斬ってやらぁ!」

 

 そう、この剣は世界を斬り得る一刀。例え、空間すらも歪める防御障壁だろうと斬り得る! ――だが、シオンはその一刀を前にして。

 

「それを」

 

 ――笑った。

 

「待ってた!」

 

 叫んだ直後に傲慢は消える。それにアルセイオは目を見開き、そして。

 

「我は欲っする。尽くせぬ”強欲”を持って!」

 

 傲慢とは違う聖句を聞いた。別の聖句、それが意味するのは。

 

「奪い、望み、手に入れる! 第四大罪、顕・現……!」

 

 新たなる大罪!

 

「グリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィドっ……!」

 

 そして、アルセイオは”それ”を目にした。

 

 

(中編に続く)

 




はい、第三十三話前編でした。
珍しくユーノバトル回です。
StS,EXで、ユーノ、ヴィヴィオはタカト関連での重要人物となるので、下手したらなのはより出番が増えたりします。
まぁ、テスタメントの趣味です。ええ。
では、中編をお楽しみに。


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第三十三話「優しき拒絶」(中編)

はい、第三十三話中編です。
連続投稿も後二回。お楽しみにです。どぞー。


 

「グリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィドっ……!」

 

 シオンが叫び。直後に斬界刀を振り下ろさんとしていたアルセイオは”それ”を見た。

 

    −砕−

 

 砕けた。砕けた、砕けた――”斬界刀”を。

 

「……な!?」

 

 砕け散り、塵へと還った斬界刀を見て、アルセイオは呆然となる。だが、異変はそれだけで終わらなかった。

 

【モードリリース】

「……っ!」

 

 まず、ダインスレイフが待機状態にまで戻った。更に、カクンっとアルセイオの視線が下がる。

 ……否、違う。落ちているのだ、”アルセイオ自身が”!

 

「……これがっ! 第四大罪、強欲……! ここら一帯の魔力は――」

 

 にぃっと笑う。激しく湧き出す因子にしかしシオンは構わない。叫ぶ!

 

「”俺のモンだっ!”」

「っ――!?」

 

 その言葉に漸くアルセイオは気付いた。魔力が、自分のものも含めて”全く反応しない”!

 魔法とは詰まる所、意思によって、世界の法則を”書き換える”事である。

 しかし、それも意思媒介となる”魔力”があってこそのモノ。ならば、その魔力が根こそぎ”支配”されてしまえばどうなるか?

 答えはアルセイオ自身が出している。つまり、”一切の魔法が使えなくなる”のだ。それこそ飛行魔法でさえも。しかし。

 

「はは……。確かにとんでもねぇ代物だ。だが、坊主。”守ってばかり”じゃあ、俺には勝てねぇぜ?」

 

 落下しながらアルセイオは笑う。自分の下にはビルもある。この高度では死にはしない。しかも、シオン自身は強欲の維持で精一杯。更に因子が湧き出し、少年の自我は危うい境界線をさ迷っている。つまり、現状では時間稼ぎ程度にしか使えないのだ。

 だがシオンは、アルセイオのその言葉に。

 

「そう、それが――」

 

 再び笑った。

 

「俺一人ならなぁっ!」

「そう言う事や」

「っ――――!」

 

 その言葉にこそ、アルセイオは目を剥く。しゃがみ込み、ビルに手を着くシオンの真後ろ。そこにシオンの幼なじみにして相棒、ウィルが居た。

 ”刻印弓を発動した状態で!”

 

 ――魔法は使え無い筈だろ……!?

 

 そこまで考えて、しかしアルセイオは気付いた。シオンはこう言った筈だ。”ここら一帯の魔力は俺のモンだ”、と。つまり今、魔法が使え無いのは――。

 

「俺だけ、か……!」

 

 アルセイオの悔し気な声に二人は同時に凄絶な笑みを浮かべた。

 何より、アルセイオを驚かせたのはウィルはシオンに指示を一切受けてはいなかった事だ。にも関わらず、刻印弓を発動し、剣矢を形成していた。

 それはつまり、ウィルはシオンが”何をするのかを分からない”にも関わらず、シオンが”何かを成す事が分かっていた”と言う事だ。

 二人の姿に、アルセイオはフッと目を細める。互いが互いを完全に理解し、そして完全に信頼し合う事によって初めて成し得る事である。

 だから、アルセイオは悟った……己の――。

 

「「俺達の/ワイ達の……!」」

 

 ――敗北を。

 

「「勝ちだぁっ!」」

 

 

 

 

    −貫!−

 

 

 

 

 次の瞬間、アルセイオを剣矢が一閃! その身体を、貫いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ヴィヴィオは見ていた、その背中を。たった今、自分を捕らえようとしていた男を吹き飛ばした青年。いつもは眼鏡を掛けた、柔らかい笑みの青年を。

 ――ユーノ・スクライア。柔らかい笑みの青年は、その柔らかさを潜め、代わりに鋭さを秘めた表情となっていた。

 

「ユーノさん……」

「ヴィヴィオ、ごめん。話しは後で」

 

 ヴィヴィオを見ぬままにユーノは答え、そのまま両の指を組み合わせる。指は三角の印を組んだ。

 

「我祈りて。此処に請い願わん。其は悠久にして蒼古なりし盾、不破なりし神苑の鎧。来たれ」

「っ! いけないっ!」

 

 男と共に居た女性が叫ぶ。そして、デリンジャー式の銃――正確にはデバイスをユーノに向けた。

 銃口に集う光、足元にミッド式の魔法陣が展開する。だが。

 

「エクストリーム・フィールド!」

「ちぃ!」

 

 ユーノの方が一歩、早かった。

 

    −緊!−

 

 その身体を中心として、半透明のドームが広がる。結界だ。それは女性が放った光弾を弾き――止まらない。

 一気に広がると、捕われた避難民全てを囲み、展開を停止した。

 

「くそ! いつまで寝てんだい!? 唐変木!」

「うるせぃっ!」

 

 女性の声に、今度は吹き飛ばされた筈の男が立ち上がって突っ込んでくると、即座に結界へと拳を叩き込んだ。だが、結界はビクともしない。完全に、衝撃を防ぎ切っていた。

 

「……無駄だよ。これは僕が持つ魔法の中では1番防御力がある魔法だ。君達の攻撃力じゃ役不足だよ」

「何を……!」

 

 ユーノの言葉に男が猛ると、結界に拳を打ちまくる。だが、結界は何の痛痒も受けていないとばかりに小揺るぎもしない。

 

「畜生……! 正々堂々と勝負しやがれ!」

「人質をとった人間の言葉じゃないね」

 

 フッと肩を竦めるユーノに男が更に目を吊り上げる。再び拳を叩き込もうと振り上げ。

 

「馬鹿かいっ!? アンタは……! こう言う時の為のこいつ等だろうが!?」

「お、おう……。すまん」

 

 女性の怒鳴りに、ビクっと止まった。ちっと舌打ちをしながら女性は手を振り上げる。

 

「そら、行きな! お前等!」

 

    −参!−

 

 女性の言葉にまるで応えるかのように、ガジェットとついでとばかりに因子兵が進み出る。ガジェットにはAMFがある。こう言った結界ならば数体近付けてやれば、硝子のように割れる筈であった。

 因子兵も結界が壊れた後で人質を脅すのに役立つ。

 ……”何の妨害もなければ”。

 

「千の封縛。いかなりし訃音を告げる者か。其は凄惨にして紫苑なる鎖!」

「「な――」」

 

 朗々と永唱が響く。ユーノだ。その指は高速で印を組む。その姿に二人は驚きの声をあげた。

 ユーノはその反応に一切構わず永唱の最後を唱える。

 

「サウザウンド・チェ――――ン!」

 

 ばっ! と、印を組んでいた手を振り上げる。次の瞬間。

 

    −寸っ−

 

 接近する全てのガジェット、そして因子兵、その足元からチェーン・バインドが伸び、その機械とヒトガタの身体を一瞬で絡み取る。

 そして、瞬時に拘束された。”全てのガジェットと因子兵”が。

 

「馬鹿な……! AMFはどうしたんだよ!?」

 

 男が唸るようにして、怒鳴る。女性はそれに再び舌打ちした。

 

「アンタはホントに馬鹿かい!? よく見な……!」

 

 怒鳴られ、男はユーノが施したバインドを見る。

 それは光の鎖でありながら、しかし確かな”質量”を伴っていた。

 

「馬鹿な。半物質型のバインド……!?」

「対AMF用の、ね……」

 

 ぎりっと、歯を軋ませながら女性はこれを成した存在、ユーノを睨む。ユーノは二人の存在を無視してヴィヴィオと話していた。その態度すら癪に触る。

 

「一体何者なんだい……」

 

 放たれる疑問。しかし、それに答える者はいなかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ヴィヴィオの眼前で結界を形成し、さらにガジェットと因子兵を全て封縛したユーノはふぅと息を吐く。そしてヴィヴィオに向き直った。

 

「ヴィヴィオ。……遅れて、ごめんね。怪我とか無い?」

「う、ううん。そんなことないよ……。だいじょうぶ」

 

 ユーノの言葉にヴィヴィオが首を横に振る。そんなヴィヴィオの頭を軽く撫で、ユーノは再び立ち上がった。

 

「そっか。ならよかった。……貴方達がヴィヴィオを預かってくれたのですね。ありがとうございます」

 

 ユーノは次に、ヴィヴィオと一緒に捕われていたコロナとその両親に向き直り、頭を下げた。

 

「……いえ。私達は、何も……」

 

 しかし、コロナの両親はユーノの礼に首を振る。

 ……何も、本当に何も出来なかったのだ。ヴィヴィオを男達が連れ去ろうとした時にさえ、何も。

 だが、それにこそユーノは首を振った。

 

「そんな事はありません。ヴィヴィオと一緒に居てくれた。励ましてくれた。……傍に居なかった僕には出来ませんでした。ヴィヴィオに取って、それはどれだけ救いになったか。だから」

 

 ――本当にありがとうございます。

 

 そう締め括り、ユーノは振り返る。結界の外に居る二人に。

 

「ユーノさん?」

「……ごめん。ヴィヴィオ、ちょっと行ってくるね? 彼等を捕まえないと」

 

 それだけを言い、再び歩き出そうとする。そんなユーノにヴィヴィオは目を見開いた。戦おうとしているのだ、彼は。デバイスも持ってはいないのに。

 

「なんで? ユーノさん!?」

「ガジェットの援軍を呼ばれると結界の維持が難しくなる。この結界は絶対に解いちゃ駄目なんだ。……だから」

 

 この場の司令塔である二人を捕らえると、ユーノは告げる。首だけをヴィヴィオに向け、にこりと笑った。

 

「大丈夫。僕はこれでも一時期、なのはの相棒だった事もあるんだよ。……任せて」

「ユーノさん……」

 

 その言葉にヴィヴィオはしばし迷い。暫くして漸くコクリと頷いた。ユーノはそんなヴィヴィオに再び微笑み、そして歩き出す。

 

「ありがとう。ヴィヴィオ。行ってくるよ」

「うん。ユーノさん、きをつけて、いってらっしゃい」

 

 そう言葉を交わして、ユーノは飛行魔法を発動。結界の外、捕縛すべき二人の元まで翔けた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 あっさりと結界の外に出たユーノに二人は拍子抜けの表情となっていた。

 どうやってこの結界を破壊しようかと思案していた時に、肝心の結界を張った当人が結界の外に出て来たのだ。肩透かしにもなる。

 

「へっ。何のつもりだぁ? 結界を張るぐらいしか能が無い野郎がよ」

「……君達を捕縛する」

 

 男の言葉にユーノは淡々と答える。それに女性はデリンジャー型のデバイスを差し向けた。

 

「あたし達に勝てるつもりがあるってのかい?」

「ああ」

 

 きっぱりと断言するユーノに、男は見るからに怒気を漲らせ、女性は逆に冷ややかな顔となった。

 ――そう、忘れてはいけない。この男は自分達でさえ破壊不能な結界を張り。あまつさえガジェットと因子兵を封縛してのけたのだ。その能力は侮れない。

 

「……一応聞いておくよ。アンタ、何者だい?」

「僕は――」

「しゃらくせぇ!」

 

 直後、ただでさえ大きい男の身体が、まるで二回りは大きくなったように膨らむ。筋肉だ。恐らくは身体強化の一瞬なのだろう。そして、ユーノへと突進する!

 

    −戟!−

 

 ……ユーノはその突進を避けなかった。だが、男の身体はユーノに一切触れていない。

 停められたからだ。ユーノが張ったシールドで。

 「ぬう……!」と呻く男をユーノは見上げ、台詞の続きを静かに告げた。

 

「ただのしがない書庫の司書長さ」

 

 ぽつりと呟き、後退すると、ユーノの姿があった場所を光弾が通過する! 戦いが始まった。

 

「ぬぅあ……!」

 

 叫び、再び突進を開始する男にユーノは今度はシールドを張らない。印を組む。

 

「チェーン・バインド!」

 

 瞬間で展開するミッド式の魔法陣。そこから翡翠色の光鎖が飛び出す。それは狙い違わずに男を封縛した――しかし。

 

「こんなちゃちいモンが効くかよ!」

 

    −砕!−

 

 男が力を込めると同時に鎖がちぎれる。バインドはあっさりと解けた。しかも。

 

「シュート!」

 

 −弾・弾・弾・弾・弾−

 

 男の後方より放たれる光弾。それにユーノはくっと呻く。

 意外にもよく出来た連携だ。正攻法だと崩すのに時間が掛かる。しかも、自分はまともな攻撃力を持つ魔法が無い。

 だが、”まとも”では無い方法ならばある!

 ばっとユーノは手を振り上げると、直後に”それ”は動き出した。

 ガジェットを封縛せし光鎖が。当然、ガジェットを引き連れてだ。

 

「はぁぁぁぁっ……!」

 

 そして、ユーノは手を振り下ろす。その手の動きに連動して、光鎖はガジェットを引きずり、男に向かって放り投げられた。

 

「ぬお……!?」

 

 驚愕の声を男はあげ、後退する。そこに光鎖に引きずられたガジェットが振り落ちて。

 

    −爆!−

 

 一拍の間を持って爆発した。爆風により、舞い上がる砂埃。それに男は腕を顔の前にやり、やり過ごす。そして砂埃が収まった時。”それ”を見た。

 光鎖に吊り上げられ、ユーノの元に引きずられた、自分達が連れて来た全てのガジェットと、因子兵を。

 

「……僕と”暇潰し”と言う名の”八つ当たり”に模擬戦をよくやった何処かの元執務官に、よく言われたよ。『君にはまともな攻撃方法が無いのだから、真っ正面から戦おうとするな』、てね」

 

 そしてと続け、同時に手を振り上げる。その動作に合わさるかのように、ガジェットが、ヒトガタが、光鎖により持ち上がる。

 

「『使えるモノは何でもいいから徹底して使え』ともね。だから恨むならその元執務官によろしく。なんなら名前くらいは教えるよ?」

 

 その言葉に、男も女性も答える事は出来ない。呆気に取られたからだ。目の前の光景に。

 

「それじゃあ、行くよ」

 

 次の瞬間、ユーノは手を振り下ろす! すると、ガジェットと因子兵でなされた砲弾が二人に向かい――。

 

    −轟!−

 

 真っ直ぐに振り落ちた。

 

「「っ――!?」」

 

 自分達へと剛速で放たれ来たるそれに、二人は総毛立ち、一気に散る。その場所に容赦無く、ガジェットと因子兵は突き刺さる。

 或いは爆発し。或いは地面に突き刺さり、しかし壊れなかったモノは容赦無く次弾へと使われた。

 まるで、ガジェットと因子兵の雨だ。狙いが甘く直線的だからまだ躱せるが……?

 ふと、躱し続ける女は疑問に思う。やけに狙いはしっかりしている癖に、狙いが甘い。それに鈍重な相方がこんなにも避せる訳が……。

 そこで気付いた。自分達が、ある一点に吸い込まれるように集められている事に。これは!

 

「しまった!」

「どうし……っ!」

 

 男も気付いたのだろう。顔から血の気が引く。しかし遅い!

 

「ストラグルバインド!」

 

    −寸っ−

 

 ユーノはチャンスを逃さず拘束魔法を発動! 伸びる光紐は瞬く間に二人を拘束した。

 

「ちっ……!」

「こんなもの……っ!?」

 

 男が力を込め、再びバインドを破らんとするが、ストラグルバインドの効果は、正に彼のようなタイプにこそ天敵であった。

 膨らんでいた筋肉が瞬く間に萎む。強化魔法が無効化されたのだ。ストラグルバインドによって。さらにユーノは魔法を重ねる。

 

「クリスタル・ケージ!」

 

    −壁!−

 

 ストラグルバインドにより拘束された二人を三角錐を思わせる半透明の光壁が覆う。クリスタル・ケージ。

 その名の通り、檻(ケージ)系の魔法である。強度に主なリソースを置いたこの魔法は破るのが困難とも言われる。

 少なくとも、二人には破れない筈であった。

 二人を拘束し終えたユーノは一拍の間を置いて、漸く息を吐く。そして、上げていた手を降ろした。

 

「……僕の勝ちだ」

 

 そう二人に言い放つ――しかし。

 

「残念だね」

 

 女性はそんなユーノにくすりと笑う。そして、次の言葉を放った。

 

「アタイ達の勝ちさ」

 

 次の瞬間。

 

    −砕−

 

 そんな、そんな音と共に、ユーノの背後で避難民を守っていた結界が破壊された。

 

「な……!?」

 

 突然の出来事にユーノは目を見開き、振り向く。

 その目に映ったのは、”地面からはい出たガジェットと因子兵”。左の銃口と、指槍を避難民へと向けるヒトガタ達であった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 目の前の光景に唖然となっていたユーノは、しかしギリっと歯を食いしばると一気に駆け出そうとする。だが、その前に声が掛けられた。

 

「やめておきな。聖王のコピーならともかく、”その他”を殺すのに、アタイ達は躊躇しないよ?」

「く……!」

 

 女性の言葉にユーノは止まった。悔し気に自分達を睨むユーノに女性は勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「流石に伏兵には気付かなかったね。いきなりガジェットや因子兵を投げだした時には気付かれたかとヒヤヒヤしたけどねぇ」

「くそ……!」

 

 呻き、ユーノは顔を伏せる。まさか、今の今まで伏兵を置いていたとは。

 気付くべきだったのだ、最初にガジェットと因子兵を拘束した時に、この二人は開放しようと”しなかった”事に。

 今思えば、あれは開放する必要が無かったからであろう。

 

「さて……分かってるよね? さっさとこれを解きな」

「…………分かったよ」

 

 彼にしては長考の末、クリスタル・ケージとストラグルバインドを解く。開放された二人は肩やらを回し、にやりと笑った。

 

「……へへ。やられた事はやり返さねぇと、な!」

 

    −撃!−

 

「ぐ……!」

 

 男が容赦無く、無抵抗のユーノの腹に拳を叩きつけた。浮き上がる身体に、さらに拳を打ち放つ!

 

    −撃!−

 

 顔をぶん殴られ、ユーノは吹き飛ぶ。5m程吹き飛んだ所で、漸く地面に落ちた。

 

「ぐっ! っ……う!」

「おいおい、あんまりやり過ぎるんじゃないよ?」

「分かってるよ。……ただ、今までの礼くらいはさせろや」

 

 ユーノの元まで歩くと、その背中を踏み付ける。何度も何度も、繰り返し踏み付けた。

 

「が、あ……!」

「おらおら! さっきの威勢はどうしたよ!?」

 

 苦し気に喘ぐユーノに男は喜悦を浮かべながら更なるスタンピングを繰り返す。それに。

 

「やめて――!」

 

 声が響いた。声の主は当然、ヴィヴィオ。

 

「ヴィ……ヴィ……オ……!」

「へっ……」

 

 その声に男は笑い、ヴィヴィオの元まで歩く。そして、首根っこを引っ捕まえた。

 

「う……く……!」

「へへ。これで任務完了だな」

 

 苦し気に呻くヴィヴィオに、男は一切構わない。

 だが、そんな男の足元につかみ掛かる少女が居た。コロナだ。

 

「ヴィヴィオをはなして!」

「あん……? チっ、邪魔だな」

 

 男は舌打ちを一つ。そして容赦無くその身体を蹴飛ばした。

 

「あっく……!」

「「「コロナ!」」」

 

 蹴飛ばされて転がるコロナにヴィヴィオが、そしてその両親が声をあげる。

 コロナは痛がり、涙を浮かべていた。即座に両親が彼女を抱き抱える。そしてキッと男を睨んだ。

 しかし、男はそんな視線にあからさまな嘲笑を浮かべた。

 

「なぁ、こいつ等どうするよ?」

「聖王のコピー以外はいらないからね。予定通り、”食べさせたら”いいさ」

 

 事もなげに言う。それはつまり、避難民全てを因子兵の”食事”にするつもりだと言う事。その言葉に、避難民は総毛立ち、青ざめる。

 

 ――そして。

 

「さぁ、たーんと、お上がり」

 

 その言葉を待っていましたとばかりに全ての因子兵が避難民達に殺到し。

 

 一瞬にして、塵殺された――”因子兵とガジェット、全てが”。

 

「「は……?」」

 

 いきなり目の前で起きた光景に、二人の目が点になる。そして、倒れ伏すユーノはそれを見た。

 突如として顕れた、周囲を覆う全天の”水糸”を。

 

 直後、唐突にヴィヴィオは”彼”に抱き抱えられていた。俗に言うお姫様だっこの状態で。

 いつの間にか、顕れた”彼”に。

 

「は? ……あれ? あれ!?」

 

 ヴィヴィオの首根っこを掴んでいた男は戸惑いの声をあげる。消えたヴィヴィオに、そして何より。

 

 肘から先が落ちた、自分の右手に。

 

 それを成した存在は歩く、歩く。やがてユーノの元まで歩くと、しゃがみ込んだ。

 

「大丈夫か? ユーノ」

 

 告げられる己の名。一日も経っていない離別からの再会にユーノは微笑む。

 

「大、丈夫、だよ……。”タカト”」

 

 そして万感の想いを込めて彼の名を呼んだ。

 

 親友の、名前を。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「か……あ……!?」

 

 落ちる。

 落ちる、落ちる。

 その身体を剣矢で貫かれてアルセイオが。

 着地点であったビルは剣矢により、進行方向から外れてしまった。このままでは地面に頭から落ちて、死ぬ。

 

 ……こいつはぁ、死ぬなぁ。

 

 苦笑する。まさかの敗北にだ。そして肩を見る。

 そこは剣矢が”通り抜けた”場所であった。肩を螺旋を描く剣創が穴となって形成されていた。

 剣矢に貫かれる瞬間、無理矢理に身体を捩ったのが幸を奏したらしい。

 自分の悪運の強さに流石に呆れる。しかし、その悪運もここまでのようだった。流石に魔力無しで、地面に落ちれば死は免れまい。およそ考え得る悪あがきの末の、もっとも惨めな死に方に苦笑したのだ、アルセイオは。

 そして、ゆっくりと目を閉じ。

 

「何を諦めてるんですか!? 貴方は……!」

 

 その声に目を見開いた。

 落下は停止していた。いつの間にか。それを成したのは自分の副官、ソラであった。アルセイオの身体を抱き留め、空に浮かんでいる。

 

「ソラ……お前、どうして……?」

「私のフラガラックの能力は”空間接続”です。その力を使いました。それから、貴方にはここで死んで貰っては困ります……! 撤退しましょう」

 

 一方的にそう言い放つなり、ソラは再びフラガラックを掲げる。空間接続による転移、それを用いて逃げようとして。

 

「御大将を、ここで逃がすと思うか?」

「っ!?」

 

    −斬!−

 

 声と共に振り落ちた銀の斬撃に、ソラは空間接続を停止。フラガラックを頭上に横にして構え、斬撃を受け止める。

 

    −戟!−

 

 ぶつかる剣と刀。斬撃を放ったのは、黒の男だった。彼は――。

 

「黒鋼か……!」

「軽々に俺の名前を呼んでんじゃねぇよ……!」

 

 呻くようなソラの声を刃は無視。鍔ぜり合いから刀を滑らせ、横、胴を狙う!

 

「ばっきゅーーん!」

「……させない」

 

    −轟!−

 

    −射!−

 

 しかし、いきなり飛んで来た巨拳と光球に、不意をつかれた。光球を銀龍で斬り裂き、巨拳を弾く。

 だが、それを好機と見たソラには逃げられた。それ等を放った二人は刃の前に立ち塞がる。

 

「チビ姉と、根暗女か……!」

「むぅ……! またクロたん。そんな事言う〜〜!」

「……クロたんにそんな事、言われたくない」

「煩い……! と言うか、誰がクロたんか!?」

 

 流石にその呼び名は看過出来ないのか、刃が銀龍を姉妹に突き付けながら叫ぶ。しかし、二人は同時にべーと、あっかんべーをして聞こうとしない。

 

「こんの、クソ姉妹!」

「リズ、リゼ。どうしてここに?」

「嫌な予感がしたんで、リゼちゃんの転移で来ちゃいました〜〜」

「……後、楓姉さんが来たので」

 

 ソラの問いに、二人は淀み無く答える。そんな三人に、刃は舌打ちを一つ打ち、再び銀龍を構えて。

 

「……させん」

 

 背後からその声を聞き、しかし。

 

「それこそさせねぇって」

 

 同時に頭上からその声を聞いた。

 

    −斬!−

 

 直後に鳴り響くは斬撃の音。それは刃の背後の存在を弾き飛ばした。

 刃に強襲を掛けようとしたのはバデスだった。その身体のバリアジャケットは所々、黒くなっては居たが。

 千尋の砲撃をどうやら潜り抜けたらしい。そして、それを防いだ存在が、弾き飛んだバデスを追う。

 出雲ハヤト。大剣、フツノを担ぐ青年が。

 

「出雲さんか!」

「奴ぁ、俺に任せろ」

 

 バデスを追う通過点に居た刃に軽く声を掛けて、ハヤトはバデスを追う。更に。

 

「あぁ――! あたしの獲物!?」

「いやいや、千尋っち。野性の本能に目覚めたらアカンて」

 

 姦しい声が響く。凪千尋と、獅童楓だ。どうやら互いに標的を追って来たらしい。そんな二人に。

 

「……申し訳ありませんが、主の邪魔はご遠慮して頂きましょう」

「そうですわね。私達としてもここで終わる訳にはいきませんもの」

 

 そんな声が響く。ベルマルクとエリカだ。互いに顕れた四人は即座にデバイスを構え、対峙する。

 

「皆、これは……!」

「ちぃ、厄介な事に!」

 

 乱戦へと変貌していく一帯にソラと刃が呻く。だが。

 

「隙アリ過ぎだぜ! クソ兄貴!」

「っ!?」

 

 その叫びに慌てて頭上を仰ぎ見る。そこには一直線にこちらへと、舞い降りるリクの姿!

 ブリューナクを真っ直ぐにソラに放とうとして――。

 

「させぬで御座る!」

 

    −撃!−

 

 ――横から蹴りを叩き込まれた。カハっと息を吐き、リクは吹き飛ぶと、近場のビルに突っ込んだ。

 

「ふう。リク殿、周囲の気配りが足りぬで御座るな?」

 

 前方の空間に足場を展開し、そこに立つのは飛だった。自分が蹴り飛ばしたリクへと視線を向けて。

 

「それは貴方にも言えますね?」

 

 次の瞬間。

 

    −煌!−

 

 その背後に光爆が起きる!

 

「ぬ、ぐぁ……!」

 

 そして、盛大に吹き飛んだ。

 飛の背後に現れ、光爆を放ったのは悠一だった。その横にはアスカも居る。

 

「やれやれ。これはどう言う事ですか……?」

「うわぁ〜〜。凄い乱戦だね!」

 

 新たに現れた二人にソラは舌打ちする。この現状はマズすぎる。一刻も早く撤退をしなければ……!

 

「そうそう、思った事にはさせねぇよ」

「……!」

 

 直後、響いた声に唖然となる。その声の主は……!

 

「……コルト」

「よぅ、ソラ。そんで、じゃあな」

 

    −弾−

 

 挨拶を交わすように、コルトは容赦無くソラへとガバメントを差し向け、銃弾をぶっ放した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 乱戦による乱戦で破壊される、海を仰ぐクラナガンの街。その乱戦を下に、苦しむ存在が居た。二つの大罪を放ったシオンである。

 

「ぐっ! あ、あがぁぁぁぁ……!」

「おい、シオン! シオン!?」

 

 ウィルの声に応える事すら出来ない。その身体の因子は激しく湧き立ち、シオンを侵す。

 

「シオン……! アカン、このままやったら!」

「が、あぁぁぁぁ……!」

 

 そして因子はその身体を包み込み、再び暴走しかけようとして。

 

「シオン!」

 

 その言葉に留まった。

 そして、一気にシオン達の居るビルに青い半透明で形成された道が突き立つ。その道の主は。

 

「スバルっ! 一気に行くわよ!?」

「うん!」

 

 オレンジ色のツインテールの少女を背負い、こちらに真っ直ぐ突っ込む青が掛かった紫色の短髪の少女。

 スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター!

 

「な、何や? あの姉ちゃん達?」

「お、れの……仲間、だ」

 

 ウィルが突如として現れた二人に驚き、シオンは苦しみながら微笑む。

 

「シオン、ちょっと痛いけど我慢しなさい!」

「行くよ、シオン!」

 

 二人はビルへと降り立ちながらも止まらない。ティアナはスバルに背負われたまま、カートリッジロード。スフィアを二十生み出す。

 

「クロスファイア――! シュ――――トっ!」

 

    −閃!−

 

 叫びと共に二十の光弾は容赦無くシオンへと向かう。それに傍にいたウィルは慌てて飛び退き、直後、シオンへと直撃した。

 

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃!−

 

 二十の光弾は迷い無くシオンへと叩き込まれ、その身体を跳ね飛ばす。それを確認して、ティアナはスバルから飛び降りた。

 

「スバル! 容赦は無しよ!? 思いっきり殴り飛ばしなさい!」

「うん! 任せて!」

 

 ティアナを降ろしたスバルは一気に疾走。シオンの間近まで迫ると同時に飛び上がる。左手には光球、両手には環状魔法陣! スバルはその光球を思いっきり。

 

「ディバイン……!」

 

 ぶん殴った。

 

「ブレイカ――――!」

 

    −煌−

 

 ディバインバスターのスバルオリジナル。バスターのエネルギーを拳を基点に全身へと纏い、相手に叩き付ける技だ。それをスバルは一切の躊躇無く、シオンへと。

 

「やぁぁぁぁぁぁぁ……っ!」

 

 ――叩き付けた。

 

    −撃!−

 

 拳がシオンの腹にめり込み、そこを中心にクレーターが形成。

 ――止まらない。スバルとシオンはそのまま屋上を貫通、真下に向かって落ちて行った。

 

「い、痛った〜〜!」

 

 結局一階まで貫通してしまい、ビルのエントランスに転がるスバルは身体を押さえて痛がる。しかし、地上何十階というビルの屋上から一階まで貫通、落ちたのだ。

 ”痛い”で済む辺り、スバルも大概頑丈である。

 

「て……! シオン!?」

「……ここに居んよ」

 

 声は下から響いた。スバルの真下から。

 そっと視線を向けると、そこにはシオンが居た。アヴェンジャーでは無い、普通のシオンが。

 

「シオン! よかった……無事!?」

「……危うく永眠する所だったけどな」

 

 毎回毎回、手加減は出来ないのかと、シオンは嘆息する。そして、スバルの頬に手を伸ばした。

 

「……無事で良かった」

「え……あ、うん……」

 

 いきなりのシオンの行動に思わずスバルの顔が赤らむ。暫く、シオンにされるがままになるスバル。

 見つめ合う二人に、穏やかな空気が流れ。

 

「ところでスバル。いい加減どいてくれるか? ちょっと重いって言うかだな」

「…………」

 

 そんな甘い空気を全てぶち壊す余計な一言に、スバルは右のリボルバーナックルを握り締める。

 

「シオンの……!」

「ん? どうした――て、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

「バカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 乙女にとって、致命的な一言をほざいた馬鹿は顔面に叩き込まれた一撃に地面へとめり込めされ、その意識を完全に手放したのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ユーノ、済まなかったな……遅れた」

「ううん、大丈夫だよ」

 

 目の前で自分を心配そうに見るタカトに、ユーノは安心したように微笑む。タカトの姿は、ユーノが知らない姿だ。

 黒のバリアジャケット。フードが垂れ下がり、右目を隠しているのが特徴か。そして右手の拘束具。そこに描かれた666の文字にユーノは目を細める。

 漸く、実感を伴って理解したのだ。タカトが666だと。

 

「ユーノ、ヴィヴィオを頼む」

「え、うん……っ!」

「タカト……っ!」

 

 ユーノとヴィヴィオは互いに戸惑いの声を上げ、背後に現れた存在に驚愕する。

 それはタカトにより、腕を切断された男であった。残った左腕を振り上げている。

 

「大丈夫だヴィヴィオ、俺は――」

「ちがうの! タカト、うし……!」

 

 ろ。と、最後まで言い終わる前に拳は振り落ちた。男は痛みと右腕を失った現実から発狂しかけながら、タカトを殺さんと殴りかかり。

 

「……邪魔だ」

 

   −撃!−

 

 次の瞬間、男の左腕が肘から”消失”した。

 いつ振り放たれたのか、タカトの左拳がそこを通り過ぎている。気付けば、辺りに赤い煙が漂っていた。そう、タカトの一撃は腕を粉砕するだけでは飽き足らず、完全に肉を、骨を、血煙へと変えてしまったのだ。

 

「お、俺の……! オデのてがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「”腕の一本や二本”で、がたがた騒ぐな。黙っていろ」

 

 ――声が響く。全く感情を交えない、酷く冷たい声が。

 そんなタカトの声を、ユーノは、ヴィヴィオは、初めて聞いた。そして。

 

「何を逃げている? そこの女」

「ひ……!」

 

 タカトの声にびくっと肩を跳ね上げ、女性は悲鳴をあげる。今さらながらに女性は理解したのだ。自分達が、何か、触れてはいけない、何かに触れた事に。

 

「振り向け」

 

 その言葉に、女性は致命的な事だと理解していながらも振り返らざるを得なかった。

 それほどまでに恐ろしかったのだ。タカトの存在が。

 そして振り返り、やはり後悔した。そこに居たのは、極北の風を纏う男。

 ――”死”そのものの、体現者がそこに居たのだから。

 

 

(後編に続く)

 

 

 




はい、第三十三話中編でした。タカト、満を持して登場です。
ちなみに、この間何をしていたのかと言うと、ストラが陽動に感染”させた”一般人、数百人の元を巡っていたり。
タカトはとある理由で感染した人間の犠牲者を出せないので、陽動と分かっていながら、ストラの手に乗るしか無かった訳ですな。
この案を出したのは、StS,EXの中でも最悪のあやつです。うん、やっぱりか。
ではでは、後編もお楽しみに。


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第三十三話「優しき拒絶」(後編)

はい、連続投稿ラスト! 第三十三話後編となります。
ミッド争乱も、今回で終わりですが、案の定反乱編はこっからが本番です。
お楽しみにですよー。
では、第三十三話後編、どぞー。


 

 ――時間は少し遡る。

 クラナガンの空、ツァラ・トゥ・ストラの襲撃があったと言うのに、この空だけは青を保ち続けていた。その空を一条の光が翔る。なのはだ。

 彼女は一路、空を翔けながら目の前にウィンドウを展開させていた。ウィンドウは複数展開しており、画面に映るのはアースラメンバーである。

 

「そう……こっちも、ストラのメンバーと交戦してたけど、グノーシスの――悠一君だったかな? 彼と交戦して暫くして転移したよ」

《そっか。なのはちゃんとこもか……》

 

 ウィンドウ越しに、はやてが頷く。右横に展開するウィンドウにはスバルやティアナの顔もあった。その左にはフェイトが映っている。更にその横には、助太刀として現れ、今はN2Rと行動を共にするクロノの顔がある。

 はやて達としてもついこの間まで怪我人だったクロノを、現場に居させるのは抵抗があったが、本人が頑として聞かず、結局押し通されてしまったのだ。

 

《はやて。エリオやキャロ。それにシグナムとヴィータは……?》

《うん。エリオとキャロは大丈夫や。二人を助けたグノーシスの黒鋼君やったかな? 解毒してくれてたみたいでな。……ただ、シグナムとヴィータが、な》

 

 二人の名を出してはやての顔が若干沈む。それはウィンドウに映る皆、同じくだ。

 ストラのメンバーにより、それぞれ致命傷を負わされた二人は、現在アースラに運び込まれ、治療中である。命には別状は無いとの事ではあるが……。

 

「ヴィータちゃん、シグナムさん……」

《……はやて、その》

《大丈夫やよ。フェイトちゃん。二人が頑張ってくれたんや。落ち込んでなんていられへん》

 

 二人の言葉に、はやては頷き、微笑む。その顔を見て、二人もまた微笑み、頷いた。

 

《後はもう一人、やな》

《……シオン》

 

 はやての言葉に、スバルの表情が沈む。ティアナもくっと奥歯に力を込めた。そう、シオンだけが未だに居場所が分かっていないのだ。どこかに転移された事だけは確かなのだが。

 

《割り込み失礼します!》

 

 直後、そんな一同の空気を測ったように、割り込み通信が入った。アースラ管制担当のシャーリーである。いきなりの割り込み通信にそれぞれ怪訝な表情となるなのは達に、シャーリーはしかし構わない。

 

《シャーリー? どないしたん?》

《すみません。緊急の報告が二件ありまして……》

《緊急の……?》

《はい!》

 

 シャーリーの言葉にそれぞれ疑問符を抱くなのは達。そんな一同の前に、新たなウィンドウが展開する。それは海に面したクラナガンの街だ。そこに映っていたのは――。

 

「ストラのメンバー……!」

《それだけやない! グノーシスのメンバーも居る!》

 

 そう、クラナガンの街を縦横無尽に翔けるのは、それぞれの戦場から離脱したグノーシスとストラのメンバー達であった。

 どこに行ったのかと思いきや、こんな所に集っていたのだ。集った両者の戦いは、既に乱戦の呈をようしており、周りの建物等が戦闘の余波を受けて容赦無く破壊されていた。

 

《まさか、一箇所に集まってるなんてな。何かあったんか……?》

《それなんですが。皆さん、此処を見て頂けますか?》

 

 直後にウィンドウがズームし、ある一画を映す。ズームした場所はビルの屋上であった。

 そこには二人の人影がある。一人は、見知らぬ少年だ。恐らくはグノーシスのメンバーだろう。そしてもう一人は。

 

《《シオン……!》》

「《え……?》」

 

 スバルとティアナから声が上がる。その声に、なのはとフェイトは同時に目を見開いた。

 

 ……これが、シオン?/シオン君?

 

 二人はそう、思う。とてもでは無いが、画面に映る存在がシオンだとは思えなかったのだ。

 黒の全身甲冑を身に纏い、更に、その身体から溢れ出る因子――明らかに感染者である。そこまで考えて、漸く思い至った。

 シオンが、再び感染者化したのだと

 

《シオン、またアヴェンジャーに……》

《あのバカっ……!》

 

 スバルの悲し気な声と、ティアナの怒りの声が重なる。それを聞きながら、なのは、フェイトも顔を強めた。

 現状でも手一杯の状況なのに、更にシオンの暴走まで加われば、それこそ現場は混乱する。

 シオンを助ける事すら難しいかも知れないのだ。最悪、殲滅せねばならなくなる。

 そんな最悪の状況を想像して、表情が陰る一同であったが、その中に例外達がいた。

 はやてと、今まで黙り込んでいたクロノである。二人は思案しながら、見合い、同時に頷き合う。

 

《……クロノ君、どう思う?》

《明らかにおかしいな》

 

 そんな二人の会話に、なのは達は疑問符を浮かべる。

 何がおかしいと言うのか。そんな、一同に再びシャーリーが頷いた。

 

《見ていただければ分かると思いますけど、シオン君の居場所が漸く特定出来ました。……ですが》

《特定出来た時には、既に感染者化してた、て訳やね?》

《……はい。でも、シオン君は――》

《”暴走していない”のだろう?》

『え……!?』

 

 驚きの声が四重する。事情が掴め無いなのは達が、思わず上げた声だ。その声に応えるかのように、シャーリーがクロノに頷く。

 

《はい。ハラオウン提督のおっしゃる通りです。シオン君は感染者化しているものの、まだ自意識を保っているそうです。》

《……やろうね。シオン君が暴走してるなら、あんな所でいつまでもうずくまってへん。何より、もう一人の男の子がシオン君の近くにいるんが、その証拠や》

《あ……》

 

 スバルが思わず声を上げる。スバル、ティアナが画面のシオンをそれぞれ違った形で心配そうに見ていた。

 

《それと、もう一つの報告なんですけど》

《そやったね。聞こか》

 

 その言葉に、はやてが頷く。シャーリーはそれを見て、ちらりとなのは、フェイトの顔を見た上で、口を開いた。

 

《先程入った情報なんですが、クラナガン市民の避難場所の一つが、ツァラ・トゥ・ストラのメンバーにより、占拠されたそうなんです》

「……占拠? 避難場所を?」

 

 その報告に、なのはを始めとして、一同怪訝そうな表情となる。

 なぜ、わざわざ避難場所を襲撃して、占拠なんてする必要があるか分からなかったのだ。

 一同の表情を見て、シャーリーが視線を落とし、しかしその上で告げる。

 

《占拠された避難場所は”ST,ヒルデ魔法学院”です》

「え……!」

《それって……!》

 

 あまりにも聞き覚えのある場所の名になのはとフェイトが声を上げる。シャーリーは二人の表情を見て、目を伏せながらも、頷く。

 

《はい。……現在確認中ですが、ユーノ・スクライア司書長や――ヴィヴィオが避難していた場所だと予想されてます》

「《っ……!?》」

 

 ――やはり。

 当たって欲しく無い予想が当たってしまい、なのはとフェイトが顔を歪める。

 シャーリーを始めとした一同はそんな二人に何も言えず、黙り込んだ。

 

 いや、一人だけ黙っていない者がいた。クロノだ。

 

《……だとするとストラの狙いはヴィヴィオの可能性があるか》

《クロノ君……!》

 

 淡々と告げるクロノにはやてが咎めるかのように声を上げる。しかし、それにこそクロノは首を横に振った。

 

《今、必要なのは、現状を正しく認識する事。そして、それ等への対策だ、はやて》

《……分かっとる》

 

 クロノの言葉にウィンドウ越しに、はやては目を伏せ、歯を噛み締める。

 一時の間を持って、彼女は顔を上げた。

 

《ええか、皆。これから私達の方針を話すよ?》

 

 はやての言葉にそれぞれ頷く。はやて自身もまた、頷いた。

 

《まず、シオン君。暴走しかけてる、あの子をどうにか止めなあかん》

《《私達が行きます》》

 

 即座にスバルとティアナが立候補する。はやてはそれに目を向ける。

 

《止められる方法、あるか?》

《まだ暴走していないなら、なんとかなると思います。……ちょっと乱暴かもですけど》

 

 その言葉にティアナが頷く。はやては、少しだけ考え、頷いた。

 

《そやね。今のシオン君を1番知っとるのはスバルとティアナや。頼めるか?》

《《はい!》》

 

 二人は、はやての言葉に即座に頷き、声を上げた。

 

《うん。よろしくな。次、占拠された学院なんやけど――》

 

 言いながら、はやてはちらりと視線をなのはとフェイトに向ける。

 正直に言うと、現状、ガジェットと因子兵が暴れ回るクラナガンで、指揮も出来るこの二人を、どちらも学院に向かわせるのは抵抗がある。

 しかし、市民が人質に取られているも同然なのだ。放っておく事も出来ない。

 

《はやて。学院には、なのはとフェイトを向かわてはどうだろう?》

《クロノ君?》

 

 掛けられた言葉にはやてが、目を見開く。誰より、クロノは二人を向かわせたがらないと思っていたからだ。そんな彼女の反応に、クロノはフッと笑う。

 

《二人の変わりに僕が指揮を取る。海の僕では少し反発もあるかも知れないが、なんとかなるだろう》

「……クロノ君」

《……お兄ちゃん》

《フェイト、お兄ちゃんは止めてくれ》

 

 なのはとフェイトが思わず上げた声にクロノは苦笑しながらも、頷く。はやては、それを見ながら微笑んだ。

 

《うん、そやね。なのはちゃんとフェイトちゃんには、学院に向かってもらうな。ええかな?》

「《うん!》」

 

 二人の返事にはやては再び微笑み、そしてクロノと視線を合わす。クロノは無言で頷いた。

 

《私はザフィーラと、空隊の指揮を取る! クロノ君は――》

《N2Rと共に、陸隊の援護、及びに指揮だな。任せてくれ》

 

 クロノの返事にはやては頷き、一同の顔を見遣る。そして。

 

《それじゃあ、それぞれ作戦開始や! 皆、行くよ――!》

『『了解!』』

 

 応える声が重なり、ウィンドウ一斉に閉じるかくして、アースラメンバー+1も再び動き出した。

 それぞれの、大切なモノを守るために。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 St,ヒルデ学院。

 そのグラウンドは、酷く重い静寂に包まれていた。その静寂を作り出したのはたった一人の青年である。

 

 ――伊織 タカト。

 

 またの名を666と呼ばれる青年はただ静かに佇む。

 それに学院を占拠していた女性は震えていた。

 

 怖くて。

 怖くて、怖くて!

 

 女性を眺めるタカトの目は、既に”ヒト”に向けられるような目では無い。

 それは害虫を眺めるかのような、いかな方法で殺そうかと吟味するような視線だった。

 この時点で、女性は理解していた。

 己の命運が、尽きた事を――だが。

 

「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 咆哮がグラウンドに響く。それはタカトに両の手を失わされた男の咆哮であった。

 彼はタカトを見下ろし、怒りの形相で睨みつける。

 そのまま口を開くと、一気に襲い掛かった。

 せめて、一矢報いんと、あるいは仲間である女性の為か。男はタカトの視線にも係わらず踊り掛かる。

 

「…………」

 

 そんな男にタカトはただ無言。ゆっくりと右手を上げ――。

 

    −閃−

 

 ――右手が閃いた。指は拳を作らず貫手。それが、男の口に”突っ込まれる”。

 さらにタカトは貫手を掌を上にして”口の中で指を折り曲げた”。

 

「ひ、ぎ……」

 

 一息、男から声が漏れ――次の瞬間。

 

「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 悲鳴が辺りに響き渡った。

 それは、自分の右の下眼瞼(したまぶた)から突き出た指による激痛と、嫌悪から出た悲鳴である。

 それを成したタカトは、そんな悲鳴に一切構わず、指を一気に引き下ろした。男の右の顔を”引き裂きながら”。

 

「っ――――――!?!?」

 

 声に――声にならない悲鳴が響き渡る。

 男の右半分の顔が”無くなっていた”。タカトが、持っていったのだ。右の眼球が落ち、その下にはピンク色の肉が覗く。

 それを見遣りながら、タカトはぽいっと何かを捨てた。

 

「……? ひっ!」

 

 一連の事態を見ていたヴィヴィオがその何かが分からずに目を凝らし、直後に短く悲鳴を上げた。

 タカトが投げ捨てたものは、”男の右半分の顔”であった。下眼瞼から、上顎までの肉が骨ごとくっついている。

 ヴィヴィオは勿論。ユーノも、遠巻きに見ていた人達も声が出せなかった。

 

 ――怖かったのである。

 襲撃犯より、自分達を助けてくれた筈の、タカトが。

 そんな一同の中で、唯一動く存在が居た。男の相方たる女性である。これが好機とばかりに、タカトに背を向け一気に走りだそうとして、前のめりにスッ転んだ。

 

「っ!?」

 

 何でこんな時に!?

 そう思い、必死に立ち上がろうとして。

 しかし、立ち上がれない。

 転ぶ。

 転ぶ、転ぶ。

 

「あれ……? あれ……! あれぇ……!?」

 

 何度も、何度も。立ち上がろうとするが、立ち上がる事が出来無い。その度に転ぶ。

 ――当然だった。彼女は”膝から下が既に無い”のだから。

 水糸が踊る、タカトの周りを。その光景が齎すのは一つの結論。

 タカトは女性が走り出すと同時にその足を”膝から切り落とした”のだ。

 惨劇の連続に、周りの人達も、ヴィヴィオも、ユーノでさえも凍り付いていた。

 響くのは、ただ二人の悲鳴のみ……否、動く存在は居た。当の惨劇を起こしたタカト自身である。

 すっ……と、手を上げると同時に、水糸が未だ悲鳴を上げる二人に向かう。

 水糸は二人の切り落とした部位に絡み付くとキュッとその部分を固く締め付けた。止血だ。だが、それは二人の身を案じての行動では決して無い。

 他でも無い、タカトの視線が何よりそれを明確に示していた。次に水糸は二人の肌に突き刺さる。

 「「ぎっ!」」と、それによる痛みで、二人が上げる悲鳴にもタカトは構わない。無言のままに、水糸を手繰り寄せ、二人を引きずる。

 ずるっずるっと、寧ろゆっくりと引きずられるそれに、二人は何とか逆らおうとするものの、既に男は両手が無く、女性は足が無い。つまり、力が込められないのだ。そんな状態で水糸に逆らえる筈も無い。

 タカトはただただ、無表情に二人を手繰り寄せる。そして、自分の前まで引きずると、二人の身体を”吊り上げた”。

 肌に刺した水糸を奥、骨にまで突き刺した上でだ。これで水糸が吊り上げた二人の体重で引き抜ける事は無い。それと引き換えとなるのは、二人の激痛であったが。

 

「ひっ……ひ、ひ、ひ……!」

「はっあ、あ、あ……!」

 

 二人はタカトの前に吊り上げられた事により、嫌が応にもその視線を真っ向から見る事になった――不幸にも。

 タカトの視線は変わらない。純粋なまでの殺意に彩られた瞳で二人を眺める。

 

「選べ」

 

 二人にタカトが告げる。

 狂いそうな痛みに絶望していた二人はその言葉を理解出来ない。ただ、タカトに恐怖しながら喘ぐだけである。だが、タカトはそんな二人に一切構わない。続ける。

 

「一。細胞レベルで肌から生皮を一枚一枚、内臓まで剥いでいく」

 

 まず、人差し指を持ち上げる。

 

「二。足元から1mm感覚で順に頭まで輪切りにする」

 

 次に中指を持ち上げた。

 そして二人は漸くタカトが何を言っているのか理解した。

 

 ――理解して絶望する。

 

 タカトは二人の処刑方法を語っているのだ。”二人に自分の死に方を決めさせる為に”。

 

「三。全身の穴と言う穴に、異物を突き刺して身体中を侵し尽くす。自分の最後だ。好きな死に方を選べ」

 

 最後の薬指が持ち上げられた。その三つ。どれを選んでも地獄の激痛と苦しみを味わい尽くす事が確定の拷問処刑法である。

 それを認識した時、二人は恥も外面も無く泣き出した。子供のように、ただただ涙を流す。それにタカトは微笑んだ。優しく、優しく――。

 

「絶望するな。そんなものは後でゆっくりと味わえる。生まれて来た事を後悔する程にな」

 

 ――世にも恐ろしい程の言葉と共に。

 そして、二人を引きずり、周りの人間達に処刑を見せないように校舎まで引きずろうとして。

 

「エクセリオン……!」

 

 凄惨たる処刑場となっていた、グラウンドに清廉なる声が響いた。

 その声を、ユーノは、ヴィヴィオは、そしてタカトは知っている。直後。

 

「バスタ――――っ!」

 

    −轟!−

 

 空から桃色の、極大光砲がタカトへと放たれた。

 それにタカトは手に保持していた水迅をカット。その場所から離れる。

 

    −撃!−

 

 光砲がその場所に突き刺さった。それをタカトは眺めていると。

 

【ハーケンフォーム。ゲットセット】

 

 無機質な、でも確かな感情を秘めた声がその耳に届く。同時、黒の影がタカトに差す。頭上から舞い降りる黒と金の姿をタカトは確かに見た。

 

「ハァっ!」

 

    −閃!−

 

 雷の斬撃が放たれる。しかし、タカトはただ右手を掲げるだけで、それに対応した。

 

    −撃!−

 

 右手と斬撃が交差。だが、右手は傷一つ負わない。

 これこそが、魔神闘仙術に於ける『山』の属性変化奥義『金剛体』であった。

 文字通り、その身体を金剛(ダイヤモンド)並――否、それ以上の頑健さと化す秘奥である。しかも、それはタカトが望んだ部位のみ可能。つまり、硬くなる事による身体の不具合を無くす事にも成功しているのであった。

 タカトと金の乱入者はしばし睨み合い、しかし乱入者はあっさりと後退した。

 そして、もう一方の光砲を放った白の乱入者と合流する。

 タカトの処刑を邪魔した、乱入者。彼女達は――。

 

「なのはママ……! フェイトママ……!」

 

 ヴィヴィオが名を呼ぶ。それに二人は応えるかのように頷き、そして向き合った。

 親友と娘を助けてくれた筈の存在、伊織タカトと。

 タカトはただ無言。なのはとフェイトの二人を、酷く詰まらなさそうに眺め見るだけであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 なのはとフェイトは同時に息を飲む。目の前の、存在に。

 

 ――伊織タカト。

 

 つい、昨日の夜に話したその存在は、”酷く違っていた”。当人とは信じられない程だ。昨日話したタカトと、今、襲撃犯を拷問に掛けようとしたタカト。果たして、どちらが彼の本当の姿だと言うのか。なのはがくっと顔を歪め、そのままユーノに声を掛ける。

 

「ユーノ君、ごめん。襲撃犯の二人、止血頼めるかな?」

「あ……」

 

 突然のなのはとフェイトの登場に面喰らっていたユーノがハッとなる。襲撃犯の二人は、水迅がカットされた事もあり、傷口から血が激しく流れ出していたのだ。このままでは出血多量で死ぬ事になる。

 ユーノは、すぐに頷くと二人の元に駆ける。途中、タカトとすれ違う時に何かを言おうとするも言葉が見つからず、ユーノは二人の元へと向かった。

 なのはとフェイトは、タカトにそれぞれの愛機を構えたまま、目を逸らさない――否、逸らせない。

 それ程の圧力が、今のタカトにはあった。

 

「ユーノ。止血するのは構わんが、”痛覚をカット”はするなよ? 後がやり難くなる」

『『っ……!?』』

 

 突如として、タカトから告げられる言葉に、ユーノを始めとした三人は総毛立つ。タカトはまだ、拷問処刑を行う気でいるのだ。

 

「……何で?」

「何で? 疑問に思う事か? なのは」

 

 問う言葉にタカトは冷たい目のままで答える。それに、なのははキッとタカトを睨み据えた。

 

「ここまで……! ここまでする必要があるの!?」

「ここまで? 手や足を切り落とした事か? それとも顔面を剥いだ事か? そんなものは前座だ。これから行うんだよ。そいつ等への罰をな」

 

 なのはの問い掛けをあっさりとタカトは否定する。これから、二人に対してナニかを行おうとしていたらしい。横でそれを聞いていたフェイトがふと気付く。ガチガチと言う音に。

 襲撃犯の二人がタカトの言葉に恐怖し、噛み合わぬ歯を鳴らしているのだ。酷く、震えながら。

 一体、どうやったらこんな風に人を恐怖のどん底へと突き落とせると言うのか。

 

「……伊織タカト、ここまでだ。例え、犯罪者でも拷問は禁止だ」

「そんなものは、お前達の都合だろう? フェイト・T・ハラオウン。俺の知った事じゃ無い」

 

 タカトはあっさりと、そう告げると一歩を踏み出す。同時に軋っと言う音と共に世界が揺れた。圧力が強まっているのだ。

 

「さぁ、そこをどけ」

 

 タカトの恐ろしく冷たい視線。それに、押されながらもなのはは、首を横に振る。

 

「駄目だよ。……そんな事、させない」

「ほぉ」

 

 なのはの言葉に、タカトはスッと目を細める。温度が、軽く二度は下がった感覚をなのはとフェイトは覚えた。

 

「何故、断る? その二人はユーノを傷付けたんだぞ? ヴィヴィオを苦しめたんだぞ? ここに居る全ての人間を殺して捨てようとしたんだぞ? そんな外道、生きていても仕方が無いだろう? せめて、今までの人生を悔やみ抜かせて殺すのが道理じゃないのか?」

「違う……! そんな方法、違うよ!」

 

 なのはが、タカトの言葉に叫ぶ。抗うかのように。しかし、タカトの目は変わらない。

 どこまでも冷たいままに、なのは達を見る。

 

「逆に聞かせて欲しい。何故、貴方はこの二人をそこまでしようとするのかを……!」

 

 今度はフェイトが問うた。今、必要なのは、タカトを止める事だ。その説得の為にどうしても判断材料が欲しかった。フェイトの言葉にタカトはクスリと笑い――次の瞬間、激しいまでの感情を顕にした。

 

 噴怒である。

 

 歯を軋む程に食いしばり、二人をその視線だけで殺さんばかりに睨み付ける。

 

「何故、だと……? 決まっている。そいつ等はユーノを傷付けた……。ヴィヴィオを苦しめた……っ。”俺の大切なモノを奪おうとした……!” 充分だ。生き地獄を味あわせるには充分過ぎる理由だ」

「「っ――――!」」

 

 その怒りをぶち撒けるような言葉に、フェイトは絶句する。今まで彼女は、タカトを静かな人だと。感情に左右されない人間だと思っていたからだ。

 なのははと言うと、タカトの言葉に悲し気に目を伏せていた。昨日の夜に話した時に、タカトが意外にも激情家だと言う事を知っていたのだ。

 だからこそ、異母弟を想い、世界全てを敵に回す決意をした。

 だからこそ、一度友誼を交わしたユーノを、ヴィヴィオを傷付けられて酷く怒っているのだ。

 

「最後だ。そこを退け。それとも、俺と此処で戦り合うか?」

「く……!」

「タカト君……」

 

 タカトの最後通告。同時に、世界が軋む。

 それに、フェイトは顔を強め、なのはは悲しそうに顔を歪める。

 膨れ上がる戦意。いつぶつかり合ってもおかしく無い程に気配が高まり、そして。

 

「だめ――――――――っ!」

 

 ――声が響いた。

 その声に、高まっていた気配が霧散する。

 睨み合っていた三人は呆然とし、そのまま声の主へと視線を移す。

 声の主は、ヴィヴィオだった。

 頬を涙が零れ落ちる。それに、タカトが目を見開き、息を飲んだ。そんなタカトの反応にこそ、なのはとフェイトは驚く。

 

「ヴィヴィオ……」

「やだよ……! いまのタカト、やだよ! ママたちとけんかなんてしないで……!」

 

 泣きながら、ヴィヴィオは必死に訴える。それにタカトの顔が悲痛に歪む。

 

「やっと、あえたのに……。こわいタカト、やだよ。おねがい……。”きのうまでのタカト”にもどってよ!」

「俺、は……」

 

 ヴィヴィオの言葉にタカトが立ちすくむ。何を言ったらいいのか分からなくて。

 やがて、タカトはゆっくりと天を仰いだ。

 

「……俺は、いつも大切な人達を傷付ける」

 

 次の瞬間。

 

    −閃!−

 

 水糸が閃いた。それは、真っ直ぐにユーノが治療魔法で止血する二人のちょうど真ん中に突き立つ。あまりにも早く、何の挙動も見せずに成したその早業に、なのは達は凍りつく。

 

「そこの二人」

「「っ!?」」

 

 タカトから掛けられた言葉に襲撃犯の二人の肩が跳ね上がる。タカトはその反応に一切構わず、二人を睨み据えた。

 

「今後、ユーノやヴィヴィオに近付いてみろ……! 俺の大切な者達に近付いてみろ……!」

 

 その瞳が再び、怒りに染まる。

 世界が軋む。タカトが怒りのままに放つ殺気と圧力に。

 それに二人はガタガタと震え、タカトを恐怖に彩られた瞳で見る。タカトはその二人の目を見た上で口を開いた。

 

「幾千、幾万の生き地獄を味あわせて、この世に生まれて来た事、そのものを後悔させてやる……!」

 

 殺気を持って放たれる言葉はどこまでも凄絶に響く。それに二人はガクガクと何度も頷いた。タカトの言葉が混じり気無しの”本気”だと言う事を理解したからだ。

 タカトは、そんな二人の反応に一度だけ目を閉じ、そして全ての感情を押し込めると、歩き出した――ヴィヴィオに背を向けて。それにヴィヴィオは追い縋ろうとして。

 

「来るな」

 

 たった一言。たったの一言で、その歩みが止められた。

 タカトは後ろを見ないままで告げる。

 

「ヴィヴィオ。俺はお前の母の敵だ。ひいては、”お前の敵だ”」

「そん、な……」

 

 ヴィヴィオはそれに首を振る。違うと、敵なんかじゃ無いと。だが、タカトは止まらない。

 

「ヴィヴィオ。さっきの俺は怖かっただろう? アレが俺だ。他でも無い、伊織タカトと言う壊れた人間の本性だ」

「ちがう、よ……」

 

 必死に否定するヴィヴィオに、しかしタカトは構わない。

 

「俺を怖がる者は、須らく俺の敵だ。今までも、そしてこれからも。ヴィヴィオ。それはお前も例外じゃ無い」

「あ……う……」

 

 泣きながら首を振るヴィヴィオをタカトは絶対に振り返らない。そのまま歩き出した。

 

 このままだとタカトがいっちゃう……!

 

 そして二度と帰って来ない。ヴィヴィオは本能的に察した。そんなのは嫌だった。

 だから声を張り上げた。自分がタカトの敵なんかじゃないと伝える為に!

 

「こわくなんてなかったよ……っ!」

 

 思いっきり、心の奥底からの声。タカトに届けと響く声に、彼はゆっくりと振り向く――そして。

 

「嘘を吐く娘は嫌いだよ」

「……あ」

 

 優しく微笑みながら、きっぱりと言った。その言葉にヴィヴィオは膝を着く。

 

 それは優しい否定。

 それは優しい拒絶。

 故にこそ、タカトは止まらない。

 タカトはそのまま、ヴィヴィオに背を向けたまま再び歩き出した。途中、なのは、フェイト、ユーノとすれ違うと、苦笑した。泣きそうな、顔で。

 

「すまん。泣かせた」

「タカト……」

 

 ぽんっとユーノの肩を一つ叩き、しかし言葉は無いままにタカトは微笑み。そしてなのはとフェイトへ顔を向ける。

 

「ありがとう」

「「え……?」」

 

 何を告げられのか分からずに二人は目を見開く。タカトは微笑み、再び告げる。

 

「ありがとう。停めてくれて。……ヴィヴィオの前で人を殺さずに済んだ」

「「あ……」」

 

 タカトの言葉に何と言ったらいいか分からず、二人は固まり。そして、タカトの姿は直後に消えた。

 縮地。空間移動術たるそれを持って消えたのである。

 なのはとフェイトは、タカトに告げる言葉を見出だせ無いままに固まる。

 風がそんな二人の前を、一陣だけ吹いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −轟!−

 

 クラナガンの空に、激烈な音が鳴り響く。グノーシスとストラのメンバーによる乱戦は、激しさを増して。辺りを灰燼へと帰していた。

 その中で、銃撃と剣撃を交差させ続ける存在が居た。ソラとコルトだ。

 

「ひゅっ……!」

 

    −撃!−

 

 コルトは鋭い息吹と共に足元に魔法陣を形成する。剣十字の、三角を象った魔法陣、ベルカ式の魔法陣だ。

 そして両の手の銃型デバイス、ガバメントを真っ直ぐにソラへと構えた。

 

「ジャッジメント、LEVEL2装填。リミッテッド・リリース50%」

「く――――っ!」

 

 響く声にソラは顔を強める。肩に担ぐアルセイオをちらりと見て。

 直後、その眼前に、コルトがいきなり現れた。

 

「ゼロ……」

「くっ! コルト、お前……!?」

 

 呻き、しかしフラガラックをソラは振るう。コルトは構わない。

 銃口を突き出し、それを持っての”打撃”を放つ!

 

「バスタ−」

 

    −戟!−

 

 銃口がフラガラックとぶつかり合った。直後、そこから弾が飛び出した。

 

    −撃!−

 

 響き渡る銃声と、金属がぶつかる音。フラガラックが真上に跳ね、ガバメントが下に弾かれる。

 しかし、二人は止まらない。一歩を前へと踏み込みがてら、互いのデバイスを振るう。

 

    −撃−

 

    −閃−

 

    −烈−

 

    −破−

 

 銃撃と打撃の同時攻撃と、剣撃が重なり合う。コルトが行っている戦闘法は、射撃型の根本を覆す戦い方であった。なにせ、打撃と射撃を同時に行っているのだから。

 銃口を持って放たれる打撃が、直撃の瞬間に銃弾を吐き出すのである。それをコルトは高速で、”カートリッジロードや、弾丸形成”までも含めて行っていた。

 これがコルトの零距離銃撃格闘戦闘法。通称、ゼロアーツであった。

 

「ぐ……! 隊長も居るんだぞ……っ! お前は隊長も殺すつもりか……!?」

「当たり前だ。お前も、”教官”も、今は俺の敵だ。殺す事を躊躇すると思うか?」

 

 きっぱりとソラに向かい言い放ち、コルトは至近から銃打撃を繰り放つ。ソラはフラガラックでそれを弾きながら呻いた。現状、片手しか使え無いのだ。どうしても、速度で負ける。ジリ貧状態に呻くソラに、獅童姉妹が援護に向かおうと空を翔け。

 

「残念ですが、そうはさせません」

 

 後方に居た悠一が放った新たな光爆に阻まれる。更に二人に突っ込む存在が居た。アスカだ。

 

「ここで、皆捕まえるよ――!」

「う〜〜〜〜!」

「……副隊長!」

 

 そのまま、姉妹はアスカと交戦する。その後ろでは、ソラの援護に向かわんとする他のストラメンバーと、妨害する他のグノーシスメンバーが激しく魔法を撃ち合っていた。

 

《っ……! リゼ、次元転移魔法で皆を纏めて撤退出来るか!?》

《……現状だと、厳しいです。術式自体は永唱完了》

 

 念話でリゼに問うソラだが、返って来た無情の答えに歯噛みする。

 まず皆を集めなければならない。その上で漸く次元転移出来る。だが、現状のバラけた状態では、全員撤退なぞ敵わない。

 そもそも、集合以前に転移出来るかどうかも怪しいのだ。切れ目の無い、グノーシスメンバーの攻撃を止めなければならない。

 だが、そんな方法なぞ、ある筈も――。

 

《……俺に任せろや!》

 

 瞬間。突如として響く念話にソラは目を見開く。その念話は……!

 

「たい……っ!」

 

 −ソードメイカー・ラハブ−

 

 ソラが止めんと声を掛ける前に、鍵となる言葉が放たれた。直後、一同の上空に大量の剣群が生まれる。

 

「っ! ちぃ!」

 

 それを見て、ソラと戦っていたコルトは舌打ちを放ち、未だソラに担がれるアルセイオにガバメントを向ける。止めを差さんと、引き金を弾こうとして。

 

    −撃!−

 

 降り落ちる剣群に、それを阻まれた。見れば、他のグノーシスメンバーにも剣群は降り落ちていた。

 

「隊長……!」

「何をボケッとしてんだソラ! フラガラックで全員を集めろ! リゼは全員集まったら次元転移だ!」

「……了解!」

 

 アルセイオの言葉に押されるように、それぞれ動き出す。まず、ソラがフラガラックの空間接続を持って、皆の空間を接続。自らの周りに集め、リゼが転移魔法を発動する。

 

「ソラ! 教官! 逃げるかよ!?」

「おう。コルト、お前が指揮官か。随分立派になったみてぇだが。……ツメが甘かったな」

 

 アルセイオの言葉に、コルトが悔し気に睨む。しかし、それだけ。

 未だ降り落ちる剣群に、グノーシスメンバーは手一杯で転移魔法を妨害出来ない。

 

「じゃあな! あばよ!」

「コルト。それにリク。決着は持ち越しだ」

「手前ぇ!」

「クソ兄貴が……!」

 

 ソラの言葉に、コルトとリクが叫ぶ。だが、それだけしか出来ない。

 次の瞬間、アルセイオ達の足元にミッド式の魔法陣が展開。その姿が消えた。

 

「……くそが!」

 

 まんまと逃げられたコルトが苛立ちを隠さずに吠える。

 ストラの撤退。それは同時に、クラナガンの戦闘全ての終了を意味していた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「――体、ウィルは――!」

「――に、文句言うても――!」

「……?」

 

 響く声に、シオンは頭を抑える。妙に聞き覚えのある声で、妙に聞き覚えのあるやり取りが聞こえた。

 同時、ズキリと頭が痛む。それで思い出した。

 確か、スバルに思いっきりぶん殴られたのである。どうやらそれからずっと気を失っていたらしい。

 

「ぐ……!」

「あ……」

 

 呻く自分の声に反応するような声が響く。女性の声だ。

 だが、スバルやティアナの声では無い。しかし、確かに聞き覚えのある声にシオンは痛む頭を堪えながら目を見開く。

 そして、見た。”彼女”を。

 

「シン君……」

「……え?」

 

 一瞬、誰だか分からなかった。

 起きた自分の顔を覗き込む少女が、誰なのかを。

 茶が混ざった長い髪をツインテールにして、微笑むその少女。場違いにも、シオンは彼女を綺麗だと思った。しかし、自分を”シン君”と呼ぶ少女をシオンは一人しか知らない。

 ……幼なじみの少女しか。

 

「み、もりか……?」

「――はい」

 

 ポロリと。ポロリと少女、みもりの瞳から涙が零れ落ちる。微笑みながら流れる涙が、頬から落ちてシオンの顔に降った。

 そこで気付いた。自分達が、どのような体勢なのかを。シオンはみもりに膝枕されていたのだ。後頭部に太腿の感触がある。

 シオンはその感触に急に気恥ずかしくなり、身体を起こそうとして。みもりにその頭を抱き抱えられた。

 

「ちょ……! みもり!?」

「会いたかった、です」

 

 いきなりの事態に顔を耳まで赤くするシオンにみもりの泣き声が響く。

 それにシオンは何も言えなくなった。嗚咽を上げるみもりにされるがままにされる。

 

「ずっと……ずっと、待ってました……」

「……ごめん」

 

 謝る。それに意味が無い事だと分かっていながら。

 そして手を伸ばし、みもりの頭を撫でようとして。

 

「「じ〜〜〜〜」」

「……? て、うぉ……!?」

 

 みもりの後ろの視線に気付き、悲鳴を上げた。視線の主は言うまでも無い、スバルとティアナであった。

 人は、ここまで冷たい視線を放てるものなのか。

 シオンは二人の視線に冷や汗をだらだらと流す。

 

「あ、あの……スバルさん? ティアナさん? いつからそこに?」

「「最初っから」」

 

 返事はあまりにも素っ気ない。にも関わらず、異常なまでの殺気が込められていた。

 

 ――まずい……! 何故かは分からないけど、このままだと生命の危機にまで発展しそうな気がする……! 何故かは分からないけど、そんな気がする!

 

 シオンの直感は危難にしか、発揮されないが。それが全力で警鐘を鳴らしていると言う事態に悲鳴を上げそうになる。

 取り敢えず、みもりに声を掛けてみた。

 

「その、みもり? この体勢はヤバイって言うか、胸が――て、ち、違うぞ? 後ろの二人! デバイスを構えんな!?」

「嫌、です。……離れたくありません」

「そうでなくて! このままだと永別しかね無いって言うか――――!?」

 

 ……数分後。騒動に気付いた、ウィルともう一人が来て、なんとかシオンは一命を取り留めた。

 

「……おっちゃんの斬界刀より、怖かった」

「天罰やろ」

「今回は、そうかもね」

 

 横になったまま青ざめた顔となるシオンにウィルが笑い、その横の少女も苦笑する。

 シオンは横目でその少女を見る。黒の髪をポニーテールにし、前髪は綺麗に切り揃えられている。そして、頭には眼鏡が掛けられていた。

 

「よ、久しぶり、カスミも元気そうだよな」

「ん、久しぶり、シオン君。相変わらず無茶やってるみたいね」

 

 その言葉にシオンも苦笑し、そしてウィルに視線を向ける。ウィルはそれに、ただ頷いた。

 

「……安心せい。つい、ちょっと前に奴等は撤退したわ。あのロボットもどきと、因子兵も纏めてな」

「……皆、アースラの皆は……?」

「みんな、無事だよ。怪我したり、毒を受けたりしたけど命に別状無い、て」

 

 ウィルとスバルがシオンにそれぞれ教えてくれる。皆、無事。それに、シオンは心底安心したように微笑んだ。

 

「そか……よかった……」

「よかったじゃないわよ。まったく、またアヴェンジャーになんてなるなんてアンタは……」

「あ。……そう言えば、イクスは?」

「大丈夫、此処に居るよ」

 

 シオンの疑問にスバルが微笑み、掌をシオンに見せる。そこには、待機モードとなったイクスが鎮座していた。

 シオンに何も言葉を掛け無いと言う事は、どうやら眠ってるらしい。それにシオン安堵の息を吐いた。

 

「無茶させちまったからな。後で謝らねぇと」

「そうだね……」

 

 シオンの言葉にスバルも頷く。それにシオンは微笑む。

 

「……さて、そろそろアースラに戻らないと」

 

 よっこいしょ、とシオンはややじじぃ臭い事を呟きながら、立ち上がろうとして。

 

「……あれ?」

 

 ――立ち上がれなかった。もう一度足に力を込め。

 

「なんだと……?」

「……? どうしたのよ?」

「シオン?」

「シン君?」

 

 絶句し、固まるシオンにそれぞれから声が掛かる。だが、シオンはそれが聞こえていない。顔から血の気が引いていた。自分の足を触る。

 

「……足の感覚が、無い……?」

『『え……?』』

 

 シオンの一言に周りの一同が疑問符を浮かべる。シオンはそれに構わない。そのまま呟いた。

 

「……足が、腰から動かない」

『『えぇ――――!?』』

 

 シオンの呟きに、驚きの声が一斉に上がった。

 

 −カカカカカカカカカ−

 

 そして、シオンは笑い声を聞いた。何処までも響く、汚れた笑い声を。確かに、シオンは聞いたのだった。

 

 

(第三十四話に続く)

 




次回予告
「ツァラ・トゥ・ストラによるミッド争乱はようやく終焉した」
「しかし、シオンは半身不随となる」
「そんなシオンにお見舞いでやって来るグノーシス勢達」
「一方、ストラによる反逆は終わっていなかった。彼等の、真の狙いは――」
「次回、第三十四話『新たなる仲間達』」
「再会した馴染み達に、少年は懐かしさを抱く」


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第三十四話「新たなる仲間」(前編)

「再会、それは俺にとって懐かしい気持ちにさせてくれて。でも、苦い記憶も一緒に思い出して。そんな複雑な想いをなんて呼ぶか、俺は分からなくて――。魔法少女、リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 ――赤。

 赤がただ、広がる。

 世界に赤が。

 それを、まだ十二歳の神庭シオンは呆然と見ていた。

 赤を垂れ流すのは見知らぬ男達。

 辺りにいろんな部品をばら撒いて”小さく”なった男達だ。

 

 ……なんで?

 

 男達が倒れ伏す向こうに少女がうずくまって泣いている。

 身体中を赤で汚して。そして、自分を見る瞳に恐怖を宿して。

 

 なんで?

 

 呆然としていたシオンはふと気付く。

 ああ、なんだ。自分も汚れているじゃないか。

 

 赤に――。

 赤に、赤に、赤に、赤に、赤に赤に赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤に。

 

 赤に!

 

 ああ、そうだ。これは赤なんかじゃない。血だ。

 手に持つ”刀”が血で汚れ、服も何もかもが血で汚れて。シオン自身をも血でずぶ濡れになって。

 

「……バカが」

「あ……」

 

 響く声に、震える。声の主は異母兄だった。

 伊織タカト。彼は、左腕を右手で押さえて、自分を顔を歪めながら見ていた。

 

「あ……」

 

 気付く。タカトの足元に落ちているモノに。それは、”肘から先が落ちた左腕”だった。そう、それは――。

 

「俺、が……?」

 

 自分がやった。

 幼なじみを襲った悪漢達を、手に持つ刀のデバイスで事如く斬り捨てたのだ。幼なじみ、みもりを襲おうとした悪漢達。

 その光景を見た時、シオンの中で”何かが”吹き飛んだ。そして、生み出されたのは赤の光景。

 追い付き、自分を止めようとしたタカトをも斬ってしまった。

 

「み、もり……?」

「っ――!」

 

 呼び掛けに、みもりの身体はビクンと跳ね、ガタガタと震え始めた。その瞳に映るのは、血で赤く染まった自分。

 

「あ……」

 

 そんなみもりに、シオンは声を掛けられなくて。そして、自分が左手に握る刀を見る。

 血で染まった刀。自分が十年以上振るい続けた刀が、酷く、酷く――汚れて見えた。

 

「あ、あ、ああああああああああああああっ!」

 

 叫ぶ。刀が嫌なモノに見えて。自分が、酷く醜く見えて。

 シオンはただ叫んだ。

 その日を境に、シオンは刀を握る事を辞めた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ああああああああああああああぁぁぁぁ! ……あ?」

 

 暗い室内で、シオンは叫びながら目を見開いた。息は荒く、汗をびっしょりかいて。暫く呆然とする。

 

 俺は――?

 

 真っ青な顔で辺りを見渡し、そして息を吐いた。

 どうやら、夢だったらしい。しかし、何と言う夢を見るのか。あんな日の夢を見るなんて。

 苦笑する。既に忘れたと思った過去、刀を捨てたあの日。そんな日の事を夢で見るとは。

 

 ……久しぶりに見たな。

 

 そうシオンは思う。随分、久しぶりに見た。五年前は、毎日のように夢に出ていたのだが。

 

「何でまた、こんな夢を見るかなぁ」

 

 一人呟く。理由は分かっている。みもりとの再会だ。幼なじみ、姫野みもり。二年ぶりの再会で、少し思い出してしまったのだろう。

 

「それに俺、足がな――?」

 

 呟き、気付く。何故か隣、左手側の布団が膨らんでいる。ちょうど人が、潜り込んでいるように――と、言うか左腕に柔らかな感触があった。

 

「…………」

 

 無言ではらり、と布団を剥ぐ。そこに見えるのは、茶が混じった髪。そして、自分の左腕に抱き着いて眠る少女であった。みもりだ。

 

「…………なんでやねん」

 

 思わず関西弁でツッコミを入れつつ俺はウィルかと唸る。そこでいくつかの事に気付けた。ここは自室じゃない、アースラの医療部だ。

 

「……ああー。そういやあの後、医療部に突っ込まれたんだっけ」

 

 クラナガンで起きた、ツァラ・トゥ・ストラとの戦いでいろいろあり、シオンは急な検査を受けた。しかし、検査は途中までしか受けた記憶が無い。

 

 途中で寝ちまったか……。

 

 苦笑する。その前にあんだけ寝ておいて、さらに寝ていたらしい。しかし、何故にみもりと自分が一緒に寝てるのかが、分からない。

 

「ん……シン君……」

「シン君じゃねぇだろ」

 

 頭を右手でかきながら、シオンはため息を吐く。

 

 子供じゃねぇってのに……。

 

 自分達は、幼なじみだ。子供の時に一緒に寝た事くらいはある。しかし、それを十八にもなろうと言う男女でやってはならんだろう。

 とりあえず、みもりを起こそうとして。

 

「っ……!?」

 

 ぞくり、と言う感覚が背中を襲う。

 悪寒だ。直感が、危機の到来を告げている――と、言うか最近味わったような悪寒なのだが。

 プシュっと言う音と共に、扉が自動で開く音がする。そして、人が入って来る気配がした。

 

「シオン、もう起きたかな〜〜」

「さぁね。でも、アイツ寝過ぎじゃない……?」

「げ……!」

 

 響く声に思わず唸る。よりにもよってこの二人とは。それは、スバル・ナカジマとティアナ・ランスターの声であった。

 ヤバイ……! こんな状態を見られたら――。

 思い出すのは、みもりと再会した時の二人の姿。軽く斬界刀よりも遥かに怖かった、二人の視線である。今はカーテンに仕切られて、こちらの姿は見えない筈だが――と。

 

「ん? シオンの声が……?」

 

 うげ……!?

 

 スバルの声に、シオンはまた呻き声を上げそうになる。どうやらさっきの「げ……!」が聞こえたらしい。大した聴力である。

 今の状況ではあまりに嫌過ぎる聴力であったが。

 

「本当? シオン起きてんの?」

 

 問われる声に、シオンはハッと我に戻る。みもりを起こさなければ――とりあえず、時間を稼ぐ事にする。

 起き抜けのフリ、寝ぼけのフリ、二日酔いのフリ(?)……!

 問われている。己の演技力を今、問われている……!

 全く何の関係も無い事象が入っているあたりシオン自身混乱しているが、今は構わない。

 さぁ、ここが俺の腕の見せ所……!

 

「あ、ああ。悪い、今はちょっと――」

 

 そう、声を掛けようとして。

 

「シン君、そんな所触っちゃダメですよー」

 

 ――全てを、台なしにする声が響いた。

 

「「「…………」」」

 

 痛すぎる沈黙が医療部を支配する。無言でカーテンが引かれた。

 当然、そこに在るのは、諸事情で身体を起こせないシオンと、横で眠るみもりの姿。

 

「「……何してんの?」」

「いや、その、あの……!」

 

 この間の再現が、今まさに現出しようとしていた。スバルとティアナの視線が凄まじく冷たい。

 シオンの直感は、ガンガンと警報を打ち鳴らしていた。つまりは、それ程の危機と言う事である。

 

「お、落ち着いて聞いてくれ。俺も起きたらこんな状況でだな……」

 

 必死に弁解しようとするが、効果は見られないような気がする。二人は無言でシオンを睨み据えるのみ。

 夢でかいた時以上の汗をシオンはかいて。

 

「シン君、そんなコトしちゃ、ダメですよー」

「「…………」」

 

 みもりのそんな声に、二人は無言で己のデバイスを起動した。

 

「「遺言は?」」

「……もうちょっと、長く生きたかったな……」

 

 ふっ、とシオンは遠くを見詰める。

 ああ、俺の人生、まともなコト無かったな……。

 走馬灯に、思いを馳せるシオンはとりあえず、横のみもりを巻き込まぬ為にベットから落とそうと抱かれている腕を抜こうとして。

 

「ん……! あ……!」

 

 それに、何やら反応したみもりの声が響いて。

 

「「シオンのぉぉ……!」」

「……うん。今のは、しゃあ無いよな。うん」

 

 全てを諦めたシオンは既に涙さえも流しながら肯定する。

 さぁ、終わりにしよう。グッバイ……俺の人生!

 とりあえず、みもりを押しやり、ベットの下に落とす事に成功したのまでは確認して。

 

「「バカァァァァァァァァァァァ――――――――――――――!」」

 

    −煌!−

 

 蒼と、茜色の光砲を叩き込まれると、医療部の壁ごとブチ貫かれ、シオンは景気良く意識を手放した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……で、こんな事になったんだね?」

「「「はい……」」」

 

 一時間後。医療部になのは、フェイト、はやての三人がスバル、ティアナ、みもりの三人に向き合っていた。

 その後ろでシオンが「う〜〜ん、う〜〜ん」と、呻きながらベットに寝かされ、シャマルの手当を受けている。

 先程の砲撃の直後、いきなりの砲撃に慌てて医療部に駆けたなのは達が見たのは、砲撃にすっ飛ばされて意識を失ったシオンを罵倒するスバル、ティアナであり、そして寝ぼけ眼のみもりであった。

 とりあえずシオンをベットに戻して、三人に事情を聞いたのだが。

 

「そっか〜〜。なら、仕方ないね。シオン君が悪い!」

「なんでじゃァァァァ――――!?」

 

 頷くなのはに、シオンが全力で叫ぶ。見ればフェイトや、はやても頷いていた。

 

「だってシオン。起きたの、二人に見つかる前だったんだよね? ならすぐに起こせばよかったんだよ」

「そ、それはそうなんですけど……」

「てか、いろいろ楽しんどったんやろ? 感触とか、感触とか。やっぱシオン君も男の子やな〜〜? 分かるで? 女の子の胸には夢が詰まっとるとか言うもんな♪ ……このスケベ♪」

「冤罪だ……!」

 

 ああ、女性陣の目が痛い。

 特に、スバル、ティアナの目が痛い。何故に、この場に男がいないのか。

 味方が誰もいない、この状況に、シオンは思わずハラハラと泣く。

 て言うか、俺がいったい何をした……?

 何も悪い事をしていないのに、責められていると言う理不尽にこそシオンは泣きそうだった。

 

「そ、その話しは置いといて、俺の足の状況について聞きたいんですけど……」

「逃げたね?/逃げた?/逃げたな〜〜?」

 

 うっさいですと、心の中だけで三人に言いつつ、シオンは言葉の続きを待つ。

 はやてがそれに嘆息しながら苦笑した。

 

「ま、ええやろ。後で四人でゆっくりと話せばええんやし、シオン君のリクエストに応えようか〜〜」

「……前半無視して聞きます。で、俺の足どうなったんですか?」

 

 思わず半眼となるシオンではあったが、はやてはそれを無視して続ける。

 

「ん。単刀直入に行こか。今、シオン君の身体は、半身不随状態や」

「……足の感覚が無いからそうかなとは思ってましたけどね」

 

 はやての言葉に嘆息する。半ば、覚悟していたとは言え、これは中々堪える。

 半身が動かないと言うのはいろんな意味で辛かった。

 

「でや。シオン君の半身不随やけど。原因は、はっきりしとるんや。……シオン君も分かっとるかもやけど」

「リンカー・コアの影響でしょう?」

 

 シオンは即座に答える。はやては、それに少し複雑そうな顔で頷いた。

 つまり、シオンの半身不随状態は小学生時代、『闇の書事件』の、はやての状況と酷似しているのだ。

 はやては当時、闇の書の影響により、リンカー・コアを介して足が麻痺していた。それと同じ状態がシオンにも起きているのだ。

 則ち、これが大罪スキルの反動と言う事だ。

 

「……シオン君のリンカー・コアは急激な圧縮により損壊状態になってるらしいんよ。……それの心当たりはあるか?」

「まぁ。多分ですけど。大罪スキル、アヴェンジャーになったせいですよね」

 

 大した置き土産を置いていってくれるものである。

 自身の中に潜むカインを想像の中でボッコボッコにしつつ、シオンは頷いた。

 そんなシオンに、はやては一つ頷く。

 

「うん。技術部でも同じ結論を出しとる。ただ、安心し。リンカー・コアの修復は始まっとるそうやから、じきに半身不随も治るそうや。で、それも踏まえて、シオン君に一つ言っとかなアカン」

「? 何です?」

 

 半身不随がじきに治ると言う言葉に内心喜びつつ、しかし神妙な面持ちで告げるはやてにシオンは疑問符を抱く。

 一体、何を言おうとしているのか。はやてはシオンの目を真っ直ぐに見たままで告げる。

 

「……今後、アヴェンジャーの使用は絶対に禁止。これは決定や」

「それは――」

「何言ってもこればっかはダメや。理由は言わんでも分かるな?」

 

 はやての言葉にシオンは顔を歪めた。

 ……アヴェンジャーはリスクが高過ぎる。暴走の危険は言うまでも無く、シオン自身の身体にまで問題が出て来た。これで使用を認める方がおかしいだろう。

 シオンは暫く沈黙し、そしてゆっくりと頷いた。

 

「……分かりました」

「ん。なら私の話しはここまでや。さて、ならブリッジに戻るな」

「はい。そう言えばウィルは……?」

「あ、ウィル君達だね? 今、アースラに乗ってるよ?」

 

 シオンの問いに、なのはが頷く。しかし、シオンはその言葉に、再度の疑問符を浮かべた。

 

「……達?」

「うん。そう言えばシオン君、知らなかったんだっけ? 今、アースラにはグノーシスメンバーがいっぱい居るんだよ」

「いっぱい……?」

 

 シオンが更なる疑問符を上げると同時、プシッと、再度医療部の扉が開いた。ぞろぞろと人が入って来る。それは、あまりにも懐かしい人達だった。

 

「お、何だ神庭。起きてるじゃねぇか。折角マジック用意したのに無駄になっちまったな」

 

「ヘタ君、おはようさんやな〜〜」

 

「先輩、弱いんだから無茶すんなよな」

 

「ヘタレオンだから、仕方ないだろ。ヘタレオンだから」

 

「……シオン。貴方はただでさえ無茶をしょっちゅう、やるんですから、たまには控えて下さい」

 

「みんな、酷いよ〜〜。シオンもこれでも頑張ったかもじゃん。弱いなりに。ヘタレなりに」

 

「まぁ、いいんじゃねぇの? こいつらの家系で無茶すんな、てのが無理だろ」

 

「そうかもね。全く、あのバカブリトニーと言い、このヘタレと言い、無茶ばっかりだしね」

 

「お、スバルちゃんに、ティアナちゃんやん〜〜。ワイとお茶でも、ふぐっ!?」

 

「……ウィル。アンタは黙ってなさい」

 

「ええっと……」

 

 ワイワイガヤガヤと入って来た見覚えのある大人数に、シオンは思わず頭を抱えつつ、とりあえずはある一点を指差して、言葉を告げる事にする。

 

「……皆、多分だけど、すっごい邪魔だぜ?」

『『は……?』』

 

 シオンが指差す先には、ブリッジに戻ろうとしたのに進めなくなって困り果てている、はやてが居た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……で? 何事ですか、このグノーシス上位メンバー大集合状態は?」

 

 先の状態からなのは、フェイト、はやてが医療部を退室し。代わりに、グノーシス・メンバーがシオンの周りをぐるりと囲んでいた。シオンの言葉にコルトが煙草をぷかーと吹かす。

 

「コルト教官。ここ、普通に禁煙なんでけど?」

「あん? 知るか。俺が居る場所は自動的に喫煙部屋になるんだ。問題は無ぇ」

「どんだけフリーダム!? 変わってねー」

 

 コルトのあんまりな返答に、シオンは頭を抱える。相変わらず、禁煙と言うのが頭に無い男であった。

 

「もう、いいです。教官に禁煙を促そうとした俺が馬鹿でした」

「分かりゃあいいんだ、分かりゃあ。なら神庭。お前、ひとっ走りしてタバコ買ってこいや。銘柄は覚えてんな? 3分以内だ」

「足が動かないのに、走れるか――!? てか、アースラでそもそも煙草売って無いし!」

「あん? なら次元転移で地球まで買ってこいや。制限時間5分にまけてやんよ」

「もっと、無理だろ!? 大概にしろよアンタ!」

 

 ――あ、頭が痛い。

 久しぶりの、コルトとの会話にシオンは頭を抱える。

 小此木コルト。グノーシス第三位、二十三歳の青年である。

 近代ベルカ式の使い手であり、唯一。ロスト・ウェポンを所持しない第三位であった。

 所持するデバイスはガバメント。銃型のデバイスである。ベルカ式で銃式のデバイスと言うのは珍しいを通り越して、コルトしか使い手がいないのだが、その戦闘法もまた射撃タイプの常識を外れまくっていた。

 ゼロ・アーツ。言ってしまえば、ゼロ距離による、射撃格闘術である。ただ、それを弾丸形成までも含めて行う彼は異常としか言えないが。

 希少技能はリミッテッド・リリース。これは肉体強化のスキルだ。ただ、従来の肉体強化よりも遥かに強力なものである。思考速度や、反射、筋力、骨強度の強化。それをただの肉体強化よりも遥かに強力なレベルで強化するのである。ありふれているように見えて、しかしコルト固有のスキルと化しているのだ。反動の問題もまたあるが。

 そして、本人の嗜好は見ての通り。

 

「ヤニが無ぇと、イライラすんだよな……」

「……この際、禁煙に挑戦とかしません?」

「殺すぞ?」

「何で!?」

 

 この通り、大のヘビースモーカーであった。いついかなる場合においても煙草を手放さないのは、ある意味見事とも言える。

 

「まぁまぁ、ヘタ君。このニコチン狂いに何言っても無駄やって。……ところでニコチン、てちょっと卑猥な響きやね。ボケに使えんかな?」

「……アンタも変わんないですね。てか、下ネタに走らないで下さい。そしてヘタ君言うな」

 

 ニッコリ笑いながらとんでも無い事を言う女性に、シオンは嘆息する。

 獅童楓。グノーシス第四位の女性である。十九歳の女性で、もはや言うまでも無い。

 1に、お笑いが好き。

 2に、可愛いくて小さいものが好き。

 3、4が無くて。5に、お好み焼きとたこ焼きが好きと言う。テンプレもいい所な関西人であった。ここまで来ると、寧ろ珍しい。

 ただ、彼女の能力もまた、特異としか言いようの無い能力であった。

 ――コピー能力。時間をかければ、一部限定的なものを除いて、殆どの魔法をコピーする能力を彼女は有していた。

 術式に関係あらずである。これほど、出鱈目な能力も無い。

 しかも彼女のデバイス、シャドウは戦技変換を行う事により、ロスト・ウェポンを除く、ほぼ全てのデバイスへと変型出来る。

 術者といいデバイスといい、極めて強力な使い手である。ただ――。

 

「ふふふ。しかし、ウチはごっつええ相方を見付けたんや♪ な〜〜。スバルちゃん♪ いや、師匠ちゃん♪」

「ええ! わたし!? てか、師匠!?」

「ふ……あのツッコミ。そして、普段はボケ。ウチの相方に相応しいで……」

「あー。無理ですよ。スバルは横のティアナと十年来の相方だそうですし」

「そんなに長くないわよ!? せいぜい5年よ!」

 

 相方は否定しないんだ? と思ったもののあえて放置する。横で「そんな、ティア〜〜」とスバルが抱き着き、「あ〜〜もう、抱き着くな〜〜!」と、怒鳴るティアナ。まさに伝統芸を見せる二人に楓はくっと呻く。

 

「あかん! 完璧や……! あの二人、ウチが入り込む隙間が無いで! くぅ――! このままやとM○グランプリが……!」

「いや、てかマジに変わりませんねアンタ」

 

 悔し気に唸る楓に、シオンは嘆息する。どこまでもお笑いを求める魔導師。それが楓と言う女性であった。

 

「……で? 先輩、足はどうなんだよ。これ以上弱くなられると困るんだよな、実際」

「そうだな、リク。そしてお前はいい加減、敬語使えるようになろうな――」

「無理」

「断言した!? いやいや、人間努力が肝要であって――」

「無理」

「最後まで言わせろよ!」

 

 真藤リク。グノーシス第四位、十六歳の少年である。

 戦い方としてはカラバ式の使い手で、極めてオーソドックス。こと、剣技に置いてシオンを凌駕する天才少年である。ロスト・ウェポン。ブリューナクを持つ少年でもあるのだが。

 見て分かる通り、恐ろしく無愛想な少年であった。何より、彼は。

 

「てか、教官も獅童さんも煩い。ここ、病室なんだし。大人だろ? 少しは落ち着けよアンタら」

「ほっほう」

「リク君。アンタ、ええ度胸やね……」

 

 とんでもなく生意気であるのだ。1番分かりやすいのが、どんなに立場が上の人間だろうが一切の敬語を使わない事か。ここまで来ると、いっそ清々しい。たまに皆、殺意を覚えるが。

 容赦無くズルズルと二人に連行されるリクにシオンは思わず合掌した。

 

「で、実際どうなんだ? ヘタレオン」

「うん、刃。それが久しぶりに会ったダチへの言葉かそれ?」

「前からこんなんだ。気にすんな。お前は前からヘタレオンだ」

「ちっげぇよ!? シオンって呼んでたじゃん!」

「……で、ヘタレオン。どうなんだ?」

「スルーした上に、直ってねぇし!? いいよもうお前!」

 

 黒鋼刃。グノーシス第四位の少年である。風貌から二十代に間違えられること、しばしばだが、立派なシオンと同い年の十八歳であった。

 彼の使用する魔法は特別を通り越して、もはや異常である。古代魔法、言霊式。刃以外に使う者がいない。刃専用の術式とも言える。その特性は世界への語りかけ、だ。文字通り、世界へ言霊を用いて語りかけ。その力を行使するのが、特徴であった。それ以外にも謎が多い術式だが、今は割愛する。

 そして、彼が持つ刀はロストロギア――ロスト・ウェポンでは無い。真正のロストロギアである。その名は『銀龍』。

 

 そう、龍である。龍と言うのは、精霊存在とも言える存在で、既に生物としての概念から外れてしまった存在である。竜は、半精霊存在ではあるが、物質としての理に縛られている。だが、龍はそれに当て嵌まらない。物質としての束縛を受けないと言う精神存在であり、自然霊としての側面も持つ。場合によっては神扱いされる事も珍しくない存在であった。

 さて、何故『銀龍』がロスト・ロギアなのか? 答えは単純、”龍がその刀に宿っているのだ”。世界意志端末たる精霊並の力を持つ固体意志が。

 これが解き放たれた場合は、それこそ一つの世界が滅んでもおかしくない。

 さて、そんな謎術式と、危険極まり無い刀を持つ彼の性格はと言うと。

 

「む……? シーツが歪んでる! ヘタレオン。ちゃんと、ピシッとしないか!?」

「……相変わらずな。お前」

「お、そうだ。お前、クッキーいるか? わざわざ作って来たんだ」

「……つくづく変わらねぇよな。お前」

 

 彼、黒鋼刃は大の家事好きであり、世話好きであった。某異母兄とは家事においてライバル関係であり、常に雌雄を競い合った仲だったのだ。殆どの場合は、兄が勝っていたのだが。

 

「まぁ頂くよ。美味いしな」

「美味そうですね。僕も貰っていいでしょうか?」

「私も〜〜」

「んじゃ、俺も」

「私も食べよっと」

「ワイにも食べさせてや〜〜」

「私も頂いていいかしら……?」

 

 ボリボリとクッキーを貪るシオンの周りに、他のグノーシス・メンバーもまた群がる。

 そして、クッキーをぱくぱくと食べるグノーシス・メンバーを見遣りながらシオンはふむと頷いた。

 

「キャラ紹介! 後編に続く!」

『『マジ!?』』

 

 そう言う事になった。

 

 

(後編に続く)

 

 




はい、第三十四話前編でした。シオンが最後ぶっちゃけたように、この話は投稿オリキャラ達のキャラ紹介話となっております(笑)
なので、見る人によってはあれですが、お付き合い頂けるとありがたいです。
では、後編でお会いしましょう。ではでは。


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第三十四話「新たなる仲間」(後編)

はい、第三十四話後編であります。キャラ紹介回後編!(笑)
楽しんで頂ければ、幸いです。では、第三十四話、どうぞー。


 

「ふぃー。食った食った。相変わらず刃のお菓子は美味いよな」

「そうか。目標は伊織さん超えなんだがな」

 

 アースラ医療部。そこで、見舞い(?)に来たグノーシス・メンバーの一人、黒鋼刃手製のクッキーを食べていた一同は皿に乗っていた全てのクッキーを食べて一息吐いていた。

 

「でも本当、これ美味しいわね」

「だねー。お店のクッキーよりよっぽと美味しいよ」

 

 シオンに釣られて一緒にクッキーを食べたスバル、ティアナが笑顔を浮かべる。それに刃はふっと笑った。

 

「これは俺の持論だが。基本的にクッキーとかの焼き菓子は店で売っているものより、手製の方が美味い。フワフワ感も出せるしな」

「「へ〜〜〜〜」」

 

 刃の言葉に、二人揃ってコクコク頷く。刃は、それを見遣りながら皿を片付けようとして。

 

「じゃあ、次。飯を楽しみにしてるな」

「は?」

 

 そんな、有り得ない声を横になりっぱなしのシオンから聞く。シオンは朗らかに刃に笑い。

 

「作ってくれるんだろ? 今日の飯」

「待て。俺、そんな事は一言も言ってないんだが」

「いやー、楽しみだな〜〜」

「聞けよヒトの話し!?」

「ああ、勿論聞いてるぜ?」

「そ、そうか? ならいいんだが」

「あ、ちなみに親子丼希望な?」

「全然聞いてねぇじゃねぇか!」

「僕はフレンチのフルコースを宜しくお願いします♪」

「私は、お肉がいいな〜〜」

「俺は鯖な? 最近魚が美味いんだよな」

「あ、私も肉が食べたいわね」

「ワイは牡蠣が食べたいで、刃」

「お、お前等……」

 

 シオンに乗っかり料理を希望するグノーシス・メンバー一同に、刃はがっくぅと膝を付く。そんな刃を、スバルが気の毒そうに見遣り。

 

「……ええっと。私もいいかな?」

「て、スバル。あんた……」

「ふ。もういいさ。何でも来い。いくらでも作り上げてやる……!」

 

 逆に燃えたのか、背中に炎を背負って刃が立ち上がる。そんな、刃にみもりと、ウィルの横に立つカスミが、手伝いを申し出るが、「いや、いい。今から仕込みか……」と、断りつつも時計を見ながら医療部を出ていった。

 

「さって。これで晩飯は楽しみだな、と」

「ええっと。よかったのかな? シオンに言われた通りに言ったけど」

 

 スバルがシオンの顔を覗き込むようにして言う。 そう、シオンは先程、念話でスバルに希望料理を言うように仕向けたのであった。……どうでもいいのだが、リンカー・コアを損壊しているくせに、そんな無駄な事をして治るのが遅くはならないのだろうか?

 

「いいんですよ。彼はああ言った事が大好きですからね」

「だよな。にしても悠も酷いよな。フレンチのフルコースとか今から作れんのかよ?」

「心配無いでしょう。彼かタカト以外ではあんな事言いませんよ」

 

 眼鏡を直しながらそんな事を言う。シオンはこいつも変わらんな、と内心で苦笑した。

 

 一条悠一。 グノーシス、第四位の少年であり、シオンと同じ十八歳の少年である。

 ただ、彼の場合は刃と真逆に歳より幼く見えた。眼鏡を掛けていることもあり、歳より若く見えるのである。

 そんな彼の使う魔法は、ある意味に於いて刃並に特殊だ。

 ――フォニム式。悠一が”自ら組み上げた”新たな術式である。

 一条家は代々冥界と対話する能力を有していた。 その代表例が悠一の姉。エリカ嬢の冥界降誕であろう。彼女は冥界そのものとの対話が出来る。

 だが、悠一は冥界と対話する事が叶わなかった。故に、近接戦に於けるカラバ式を一時期極めんとしていたのだが、悠一には、冥界とは別の存在と対話する能力があった。

 世界の音界、である。と言っても悠一自身、それが何の役に立つのか分からずに魔法として使う積もりも無かったのだが、ある存在により、その考えが劇的に変えられてしまった。

 それが当時、エリカの下で執事(バイト)をしていたシオンの異母兄。伊織タカトである。彼の使う八極八卦太極図を見た時、悠一の中で閃いたのだ。

 今までの魔法でこの能力を使え無いなら、新しく術を創ればいいじゃないかと。

 普通ならば、そんな考えに至らないのだが、悠一は至ってしまった。そうなった以上、悠一の行動は早かった。

 術式の組み上げ、数式の計算、音界の組み込み。

 それ等を二年半の歳月を掛けて、漸く完成したのが、フォニム式なる術式であった。だが、この術式は音界との対話が可能と言うのが前提条件となっている。つまり、悠一以外に使用出来る者がいないのだ。結局の所、フォニム式は固有魔法術式としてグノーシスに登録されてしまった訳だが。

 そして彼の使うデバイスもまた変わり種である。大鎌型のデバイス、月詠。カラバ式での使用を前提として造られたデバイスなのだが、悠一自身の考えにより、ベルカ式のカートリッジ・システムを搭載している。

 これは、魔法行使に於ける瞬間的な爆発力を悠一が求めた結果であった。

 結局、術者である悠一も、そのデバイスたる月詠も一風変わった存在と言う事である。

 ――さて、そんな彼の性格はと言うと。

 

「そう言えば悠。お前、朝一でトランペット吹く悪癖直ってねぇの?」

「おや、悪癖とは失礼ですね。優雅な趣味と言って下さい」

「……それが、朝も早くの4時くらいから吹かんかったらな」

「いいじゃないですか。朝から爽やかな目覚しになって」

「……つまり、止めるつもりは無いと?」

「はい」

 

 朗らかーに告げる悠一に、シオンは嘆息。これからアースラでも朝一にアレで起こされるんだなと遠い目になる。

 嗚呼、戻らぬ日々(目覚まし時計の音)よ……。

 そんな事を思いつつ、しかし目覚めし時計の音では起きれないシオンにはちょうどいいかもしれなった。……他の者にとってはひたすら迷惑だが。

 詰まりは、これが悠一の性格である。礼儀正しく根暗なイメージがあるだろうが、その本質はリクに負けず劣らずの暴虐さんなのであった。礼儀正しい以上、尚更厄介とも言える。

 

「まぁ、悠ちゃんだし。仕方ないよ。シオン」

「……そうな。で、アスカ。お前も肉好きは変わらんよな」

 

 何気に刃にお肉がいいと、リクエストしていた黒髪のポニーテールを見て、シオンは嘆息する。それに、アスカはにぱっと笑った。

 

「でも、シオン。足動かないなんて、可哀相だね〜〜」

「……そうな」

 

 ……いつだ? いつ来る?

 

 ニコニコ笑うアスカに、シオンは内心怯えながら、返事をする。

 聖徳アスカ。グノーシス第四位。リクと同じく十六歳の少女である。

 彼女は、グノーシスの中では割りと珍しい、父親からの継承と言う形でグノーシス・メンバー入りをした少女であった。

 尤、親の七光りなんぞでは無く、下からの叩き上げで第四位まで上り詰めた少女である。

 使用術式はカラバ式。タカト以外では比較的になり手が珍しいとされる格闘士であった。

 その流派は聖鳳拳技。シオンが使う神覇ノ太刀と並ぶグノーシスの中でも古流の魔法戦闘術である。故に、こと拳技に於いては現在、グノーシス・メンバーの中では最高クラスの使い手であった。

 ただ、彼女は一つ問題点がある。それは。

 

「シオンさぁ、おトイレとかどうするのかな〜〜?」

「……何とかする。気にする必要無ぇだろ?」

 

 来たか……!

 

 シオンは彼女の笑顔が、ただの無邪気の表れで無い事を存分に知っている。

 背を汗が伝う感触を自覚しながらも、シオンはアスカに目を向ける。それにアスカはニパッと笑い。

 

「でも。それならこれ、入れた方がいいよね♪」

 

 そう、言いながらアスカが手に持つのは透明な管である。スバルやティアナは後ろで?と疑問符を浮かべているが、シオンはそれが何かを知っていた。

 カテーテル。医療器具の一種であり、詳しい説明は避けるが、ようはトイレを自力で出来ない”男、少用”の物であった。

 何をどうするのかは詳しく聞いてはいけない。お父さんやお母さんに聞くと殴られるので気をつけよう。

 なお、”装着”に凄まじい激痛を伴うのだが、ここでは割愛する。

 シオンはそんなモノを手に持って朗らかに笑うアスカを怯えを隠しながら睨む。

 

「……尿瓶があんだろ。尿瓶がよ」

「うん♪ ベットの下にね。下半身が動かないシオンがこれ取れるかな〜〜♪ もし、お漏らしなんかしちゃったら。一生、漏らしヘタレって呼ぶからね♪」

「ぐ……っ!」

 

 そう呼ばれる自分を想像して、シオンは悔し気に歯を噛み締める。そんなシオンにアスカは恍惚な笑顔を浮かべた。

 そう、彼女は真性のドSさんなのだった。

 

「……ウィル。悪いけど尿瓶、上にあげといてくれるか? 絶対にアスカはやらないし。寧ろ、遠ざけて喜ぶタイプだし」

「……今だけは、素直に手伝ったるで」

 

 シオンに同情の視線を送りつつ、ウィルが尿瓶を上にあげる。それを見遣りホッとしがら(アスカは残念そうに)シオンは横に立つ2人を見る。

 出雲ハヤト、凪千尋の二人を。

 

「ども。ハヤトさん。千尋さんも」

「おう。シオンも元気そうで何よりだな。しかし、下半身が使えねぇってのは辛いよな……」

 

 まぁ……と苦笑しながら頷くシオンにハヤトが顔をくっつけんばかりに近付ける。それに怪訝な表情を浮かべるシオンへハヤトはニンマリと笑った。

 

「だよなぁ。で? 夜とか寂しいだろ?」

「は? 何で夜なんですか?」

「決まってるじゃねぇか。この女の園! お前もいろいろ夜なんか大忙しだ――」

 

    −撃!−

 

 ――ハヤトの言葉は最後まで告げられなかった。190cmはあろうかと言う巨体が、盛大にすっ飛ぶ。

 

    −破!−

 

 その身体は医療部の壁を突き抜けて、上半身がめり込んだ状態で停止した。

 

「……千尋さん?」

「何かしら? シオン?」

 

 ロストウェポン。ガングニールを横に振り放った姿勢で千尋はニッコリと笑う。それにシオンは顔を青ざめながら首を振った。

 出雲ハヤト。凪千尋。グノーシス第三位の二人である。二人共、ロストウェポンの持ち主であり、グノーシスでもトップクラスのの実力を持つ魔導師だ。尚、二人共使用術式はカラバ式である。

 性格については、もはや言うまでも無い。ハヤトと千尋でドツキ漫才が当たり前であった。ちなみに二人共21歳。つまり、タカトと同い年である。

 

「ち、千尋、お前! 最近ツッコミ厳しすぎやしねぇか!?」

 

 むくりと起き上がるハヤトに絶対零度の視線を千尋は送る。

 

「あんた。人より数倍、頑丈なんだから大丈夫でしょ?」

「あのな……。ガングニールでぶん殴られたらタンコブが出来るじゃねぇか」

 

 タンコブで済むあたりハヤトも大概、常人では無い。そんなハヤトに千尋ははぁと嘆息する。

 

「あんたね。十八歳未満のお子様にいたらない事吹き込んでんじゃないわよ」

「……後三日で十八ですけどね」

 

    −閃−

 

 シオンがギギっと視線だけを横に向ける。そこには、何の予備動作も無く突き放たれたガングニールの穂先がベットに突き立っていた。

 

「ごめんね、シオン。お姉さん。今の聞こえなくて。……で? 何か言ったかしら?」

「何でもございません」

 

 即座にシオンは屈服する。誰だって、下手な反抗をして蜂の巣のように穴だらけにはなりたくは無い。

 

「ならいいのよ。さて、ハヤト。行くわよ」

「千尋がだんだんと凶暴になっていく――ふぐぉ!」

 

 鳩尾に踵を叩き込まれ、ハヤトが息を詰まらせる。千尋は崩れ落ちるハヤトの襟首を引っ掴むと、ズンズンと大股で医療部を出て行った。

 

『『…………』』

 

 一同、そんな二人を見遣りながら少し沈黙し。

 

「あーと、スバル、ティアナ。皆の紹介してなかったよな? 大半出て行っちまったけど……」

「あ、大丈夫。シオンが寝てる時に自己紹介して貰ってるよ」

 

 スバルの返答に、シオンは頷く。そのままティアナへと視線を向けた。

 

「今、どうなってるのか、聞いてもいいか?」

「……そうね。て言うか、それを伝えに本当は来たんだけど」

 

 苦笑する。そんなティアナにシオンは半眼になる。

 

「……なのに、俺をぶっ飛ばしたのかよ?」

「「あれは、シオン/アンタが悪い」」

 

 逆に怒られた。シオンはそれにむぅと呻き。みもりが隣で申し訳無さそうに縮こまる。

 

「まあいいわ。あれで気も済んだし。話してあげるわよ」

「……おう」

 

 内心ホッとしながらシオンは頷く。ティアナはそんなシオンにため息を吐き。

 

「まずアースラだけど、まだクラナガン上空で待機中よ。クラナガンは半壊。……下手したらJS事件並の被害らしいけど」

『『はははははは……』』

 

 最後の被害の所で居残ったグノーシスメンバーが渇いた笑いを浮かべる。

 建築物等の被害の一翼を彼等が担っていたのは言うまでも無い。

 

「死傷者は現在調査中。管理局地上本部は復旧・救助作業に追われているわ。……私達もさっきまで手伝ってたんだけど」

「……災害担当課やレスキューが来て、交替させられちゃった」

 

 スバルが少し悲し気に呟く。彼女からすれば、救助に手を貸したかっただろうが、災害担当課やレスキューからすれば今は所属が違う。

 しかも先程まで戦っていたスバルを使う訳にもいかなかったのだろう。ティアナがそんなスバルをちらりと見て続ける。

 

「一応、明日から八神艦長が救助補助の許可を取るって。現場検証も含めてアースラは救助部隊に加わるわ」

「そか……悪い」

 

 シオンが目を細めて、二人に謝る。既に修復が始まっているとはいえ、明日でリンカーコアが修復出来るとは思え無い。そんなシオンに二人は微笑んだ。

 

「アンタの場合は仕方無いでしょ? 無茶し過ぎなのよ、アンタ」

「そうだよ。これで少しは懲りないとダメだよ? シオン」

「……そうな」

 

 苦笑する。確かに、こんなギリギリの綱渡り。そうそう成功するものでは無い。今回は運が良かったに過ぎないのだ。

 

「ん。マジにごめん。それにありがとうな。アヴェンジャーから戻してくれて」

「……礼を言うくらいなら反省しなさいよ」

「……うん」

 

 素直に頷く。実際、二人が来なければまた暴走していたのは確実なのだ。謝っても、謝りきれない。思い出すのはさっき見た夢、刀を捨てた記憶だ。

 

「強く、ならなきゃな。アヴェンジャーに頼らないくらいに」

「大丈夫だよ」

 

 一人ごちるシオンにスバルが微笑む。それは、いつかココロの世界で見た笑顔だ。微笑みながらスバルは続ける。

 

「シオンは絶対強くなれるよ。だってシオンだもん」

「……何の根拠もナシかよ」

 

 再び苦笑する。根拠が無い、断言。しかし、スバルに言われると、少しやれそうな気になるから不思議だ。強くなれそうな気がするのだ。

 

「ん。……強くなろうぜ」

「うん!」

 

 えへへと笑うスバルにシオンは微笑む。この少女が信じるなら自分は強くなれると自分も信じようと。そう、思う。と――。

 

「痛たた……!」

「シオン?」

 

 いきなり顔を歪めるシオンにスバルがキョトンとなる。左手がいきなり抓られたのだ。抓っている手の主は、みもり。

 

「な、何するんだよ、みもり……?」

「知りません」

 

 疑問符交じりに文句を言うとぷいと、そっぽを向かれた。

 

「抓られたくらいで大袈裟なのよ、アンタ」

「ティ、ティアナ?」

 

 更にティアナからも冷ややかな目を向けられ、シオンは冷や汗をかく。

 何で二人共、いきなり不機嫌になったのかしらん?

 そんな風に冷や汗をかきながら疑問符マークを浮かべまくるシオンに、幼なじみたるウィルとカスミを始めとした一同は、駄目だこいつ。と肩を竦めた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 その後、雑談等に花を咲かせていたシオン達は、刃からの念話で晩ご飯が出来た事を知ると、食堂に向かった。

 ちなみに、シオンは車椅子である。車椅子の後ろを誰が押すかで、ちょっとした騒ぎになりかけたものの、シオンがウィルに平身低頭頼み込み、事無きを得たのは余談である。

 

「つ、疲れる……」

「羨ましい悩みやな〜〜」

 

 車椅子で心底ぐったりと疲れ果てていたシオンの声にウィルが若干の哀れみを視線に込めて、笑う。

 その後ろで、スバル、ティアナ、みもり、カスミが早くも打ち解けたように軽く笑い合いながら歩く様を見て、シオンは再度ため息を吐いた。

 みもりがシオンの世話を焼きたがるのは昔っからで、今もそうだ。故に、車椅子の後ろを押すのも、最初はみもりが立候補した。それに待ったをかけたのが、スバル、ティアナである。

 シオンは、女の子の笑いながら放つプレッシャーがどれだけ恐ろしいのかを再認識する羽目になったのは言うまでも無い。

 なら仲が悪いのかと思いきや、そうでは無く。早々と友達となっていたりする。

 

「……ウィル」

「ん〜〜?」

 

  気軽な返事をするウィル。……何故か楽しそうなのは気のせいなのか――に、シオンはふっ、と視線を遠くに遣る。

 

「……女の子って謎だよな」

「お前にとっちゃあ永遠の謎なんやろな〜〜」

 

 間延びした声で答えるウィルにシオンは再度ため息を吐き、彼に押されて食堂へと入っていったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 美味しそうな匂いが辺りに漂う。食堂は今、様々な料理が所狭しと並んでいた。

 そんな食堂にアースラ前線メンバーと、グノーシス・メンバーが一部を除いて勢揃いしていた。

 

「俺が端正こめて作った料理だよく味わって――」

『『おかわり!』』

「だから聞けよ人の話し! そして、なんぼなんぼでも早過ぎるわ!?」

 

 即座におかわりを告げる、スバルとエリオ、そしてノーヴェ、ギンガにシオン、グノーシス・メンバー一同。

 周りが、あまりにも旺盛過ぎる一同の食欲に引き攣った笑いを浮かべている。

 

『『お母さーん。おかわり早く――』』

「……誰がお母さんか、誰が」

『『刃が』』

「断言すんな!? 間違ってるだろ! いろいろと!」

 

 しかし、文句を言いながらもご飯をよそい、おかずを新しく盛りつけるその姿は、まさによりよきお袋さんである。気付いていないのは本人だけであった。

 

「いやー、黒鋼君、悪いな〜〜。お客人に料理作らせてまうやなんて」

 

 はやてが苦笑する。アースラにも勿論コックと呼べる存在は居るのだが、今回は刃一人でこの料理を作り上げたのだった。

 刃は、そんなはやての言葉にハハ……と、いろいろ燃え尽きたような笑みを浮かべる。

 

「好きでやってる事だし、問題ない」

「そ、そか……」

 

 その笑顔に何やら感じ入るものがあったのか、はやてはそれ以上言葉を掛ける事を止めた。

 

「……に、……しても……エリオも……キャロも……良かったよな。……すぐに治って」

 

 もりもりと親子丼を頬張る合間に(シオンは飯を噛んでいる時は絶対に話さない)話すシオンに、二人は笑いながら頷く。

 

「実際刃さんが解毒してくれなかったら結構危なかったそうです」

「……そっか。刃には感謝感謝だな。あ、刃、おかわり」

「僕もお願いします」

「今、目茶苦茶理不尽な事されている気がするんだが、気のせいか……?」

 

 嘆息しながらもシオンの親子丼を再度盛りつけ、エリオにもグラタンを差し出す。二人はそれぞれ丼と、深皿を受け取ると、ぱくぱく食べ始めた。……キャロの横でフェイトが「シオンの影響かなぁ……」と、エリオの変化に戸惑っているが、二人は気にせず食事を続ける。

 

「あれ? そう言えば、シグナム副隊長とヴィータ副隊長は……?」

 

 ふと、前線メンバーの人員が足りない事に、シオンが気付いた。シグナムとヴィータの姿が食堂に無かったのだ。シオンの疑問に、はやてが少し目を伏せる。

 

「ん。……ちょっと二人共、昼間の戦いで怪我してな? 今は地上本部で治療を受け取るんよ」

「……そうですか。いや、すみません」

 

 箸を止めて、シオンが頭を下げると、はやては首を振って微笑んだ。

 

「大丈夫や。二人共、命に別状は無いんやて。今は検査の為に、本部におるだけや」

 

 実際、シグナムとヴィータはもう意識を回復しており、検査も残ろうとした八神一家へ、「そんな事してる場合か」と、帰した程である。

 意外にも傷は浅かったり、致命的では無かったらしい。

 

「てな訳で、二人共大丈夫や。二、三日はベットに括りつけるけどな♪」

 

 茶目っ気のあるウィンクで答えるはやてに、シオンはホッとしながら笑う。この分ならば、二人共心配無いらしい。

 安心して、再度親子丼にありつこうとして。

 

《――今回の管理局から反乱劇に、市民からは批難の声が叫ばれています》

 

 そんな、ニュースに箸を止める。食堂の大型ウィンドウには、今日のストラとの戦いがの報道されていたのだ。いや、どのチャンネルでもこの報道しかやってはいないのだが。

 そして映る壊れた町並みに、少しだけアースラメンバーの表情が陰る。グノーシス・メンバーも少しだけバツが悪そうな表情となっていた。

 

「いろいろ、壊れてもうたね」

「……うん」

「……そうだね」

 

 隊長三人が、少し目を伏せる。被害を最小限に食い止めようと、努力はした。しかし、それで納得出来ないのは被害者達である。彼等が望んでいるのは、努力では無く、結果なのだから。故に、批難もまた当たり前であった。と――。

 ザザッと、ウィンドウの画面が乱れる。それに気付いた一同が、怪訝な表情となり。次の瞬間、画面が完全に変わった。ニュースの画面では無い。そもそも、その画面に映っているのは。

 

《やぁ、親愛なるミッドチルダの諸君》

「グリム・アーチル!?」

 

 はやてが叫ぶ。そう、そこに映っていたのは、昼間に退けたツァラ・トゥ・ストラの一員、グリム・アーチルに他ならなかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《さて、私達ツァラ・トゥ・ストラは時空管理局に宣戦を告げ。その意思を数時間前に示した訳だが。ミッドチルダの諸君も我等の本気を分かって貰えたと思う》

「いけしゃあしゃあと……!」

 

 平然と報道ジャックして画像に映るグリムに、はやてが歯を食いしばりながら呻く。怒りに拳を握り絞めていた。

 

《その上で我々は、ある人物を紹介したいと思う。我々の、指導者を》

「指導者……!?」

 

 いきなり告げられるその言葉に、アースラ・メンバーだけで無く、グノーシス・メンバーも興味を示した。何せ、元グノーシス・メンバーを引き抜いた人物であり、ストラの指導者と呼ばれる人物だ。気にもなる。

 食堂に集まる全員が、ウィンドウに視線を集中していた。これから現れると言う存在に。そして。

 

《紹介しよう。我等の指導者、我等の主、そして、いつか全時空にその覇名を轟かせる者を》

 

 恭しく、グリムが手を指し示す。画面が移動し、暗闇を映す。そこにあるのは、ただの暗闇だった。

 

『『……?』』

 

 疑問を抱く一同だったが、直後、パッとスポットライトが灯った。そして、その男を照らし出す――。

 

『『な……!?』』

 

 大音声が響く。”シオンも含めた、グノーシス・メンバー”達から。それに、アースラ・メンバーは怪訝な表情を浮かべた。

 画面に映るのは壮年の大男だった。2mを越える体格に、服の上からでも分かる程に筋骨隆々の男である。逆立てた黒髪に、意外にも理知的な顔が特徴と言えば特徴か。

 

《紹介に与った。私がツァラ・トゥ・ストラの現指導者。ベナレス・龍だ》

 

    −撃!−

 

 ――轟音が響く。それは、食堂のテーブルが砕けた音だった。

 刃が、テーブルに拳を叩き付けた姿で固まる。その視線は、ただ画面の男に注がれている。シオンも、他のグノーシス・メンバーも、それに沈痛な表情を浮かべていた。

 

 一体。何が……?

 

 そう思うアースラ・メンバーだが、その思考は中断された。”それ所では無くなったのだ”。

 

《まず最初に告げよう。時空管理局本局、これを今日、先程、”我等が占拠した”》

 

 ……一瞬、その言葉をはやて達は理解出来なかった。

 本局を占拠した……?

 まさかとは思う。思うが、男が嘘を言っているとは思えない。冷たい汗が一同の背を伝う。

 

《その上で告げよう。この映像を見ている全ての管理内世界の者達よ。……決めよ。我等の軍門に下るか、我等に滅ぼされるか。二つの内、一つを》

「……勝手な事を!」

 

 ぐっと、フェイトが歯を噛み締めながら呟く。あまりにも勝手過ぎる言い分であった。しかし、本局を占拠したと言う話しが本当ならば、その言葉も力を持って、通す事が出来る。

 

《我等に従う世界は共に覇道を歩む事を約束しよう。刻限は一週間だ。それが成されぬ場合、我等は全ての世界の制覇に乗り出す》

『『っ――――!?」』

 

 その言葉に、一同が震撼する。一週間。その後に、世界制覇を成し遂げると事もなげに言い放つベナレスの言葉に。つまりは、それ程の自信があると言う事なのか。

 

《返答を待つ。以上だ》

 

 最後にそう締め括り、画面はブラック・アウトする。そして、一同は沈黙した。

 

「黒鋼!」

 

 コルトが叫ぶ。しかし、刃はそれを無視して食堂から走り去った。そのやり取りを見ながらも、一同はただ沈黙する。

 衝撃的――そうとしか言えない宣言だったからだ。

 

 アースラ・メンバーにとっても。

 グノーシス・メンバーにとっても。

 

「ベナレス、あの人とは、な」

「……知っとる人なんですか?」

 

 コルトが顔を歪めて吐き捨てるように一人ごちるのを聞いて、はやては問う。何せ、ストラの指導者である。情報は少しでも欲しかった。

 コルトは一瞬だけ迷い。しかし、ため息と共に言葉を吐き出した。

 

「……グノーシス。元、第一位だ」

「グノーシスの……!?」

 

 はやてを始めとして、一同が驚愕の視線をコルトに向ける。コルトは一同に頷き。

 

「通称、龍王。十年前までの第一位だった男であり、そして――」

 

 ちらりと刃が出ていった食堂の入口を見る。再度嘆息しながら、続きの言葉を紡いだ。

 

「――黒鋼の父親だ」

『『…………え?』』

 

 はやてを始めとしたアースラ・メンバーは、告げられた答えに、言葉を詰まらせた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 日が沈んだクラナガン。それを、アースラから眺める者が居た。シオンの相棒にして師匠、イクスだ。

 その横に居るのは、銀の髪に、紅の瞳と、紅の装束を身に纏う女性であった。

 彼女こそは、ウィルの愛機。フェイル・ノート、通称フェイルであった。

 

【いいのですか? シオンについていなくて?】

 

 フェイルから告げられる問いにイクスは苦笑する。それは分かっている癖にとの感情が込められていた。

 彼のそんな表情に、フェイルはイクスを睨み据える。

 

【不完全なユニゾン。シオンが最終戦技変換たる完全なユニゾンを成し遂げられないのは、貴方の真名を知らないせいです。……それを分かっているのですか? 貴方は】

【……ああ】

 

 理解していると。短い言葉でイクスは告げる。フェイルはなら、と声をあげようとして――イクスに手で制された。

 

【フェイル。理解しろとは言わない。しかし、俺の口からそれは告げられない】

【……しかし!】

【フェイル】

 

 声を荒げるフェイルに、イクスは再度首を振る。フェイルはそれに悔し気に顔を歪めた。

 

【……貴方は、いつもそうだ。そんな事だから国に裏切られたのに】

【そうだな。だが、フェイル。俺は一切、後悔してはいない。お前達と戦い抜いた事を、俺は恥じてはいない】

【……っ! ”アーサー・ペンドラゴン”!】

 

 叫ぶフェイル。しかし、イクスはただ首を振り続ける。

 

【かつての我が剣。”円卓の騎士が一人、トリスタン”。……お前の今の名前はフェイルだろう? 俺もそうだ。今の名はイクスだ。その名で呼ぶな】

【貴方は一体何がしたいのですか! 名を告げず、完全なユニゾンも出来ない未熟な主を嘲笑うのが貴方の本望とでも言う積もりですか……!?】

 

 ならば、とフェイルはイクスを睨む。それは、いつかの尊敬と信望があったからこそ生まれる怒りの表情であった。

 

【私は貴方を軽蔑し続けます……!】

【フェイル。俺を信じなくていい。だが、シオンは信じてやってくれないか】

【何を……!】

 

 怒り覚めやらぬ声を上げるフェイルに、イクスは顔を向ける。それは優しい笑みで。

 

【シオンは必ず、俺の真名に辿り着く。俺は信じている】

【貴方は――】

【頼む】

 

 イクスはフェイルに向き合ったまま頭を下げた。それに、フェイルは言葉に詰まる。王だった彼が自分に頭を下げていると言う事実に。

 

【……わかりました。しかし、私は貴方を信じた訳ではありません】

【ああ、それでいい。シオンを信じてくれるのならば、それでいい】

 

 フェイルの返答に、イクスは頭を上げる。そして、再びアースラの外へと視線を向けた。

 

【信じている。あいつが俺の真名に辿り着き、己の”刀”を抜き放つ日を】

【……イクス】

【俺は信じ続ける】

 

 クラナガンに下りた夜の帳は深く、日の出にはまだ遠かった。

 

 

(第三十五話に続く)

 

 




次回予告
「法を護る船にして、象徴。時空管理局本局」
「それは、ツァラ・トゥ・ストラにより陥落、彼等の手に落ちた」
「失ったホームを取り戻す為、管理局は次元航行船で艦隊を組み、本局に向かう」
「それは管理局創設初となる、”戦争”を意味していた」
「そして、アースラは――」
「次回、第三十五話『時空管理局本局決戦』」
「取り戻すと、そう決めた。願った。なのに――」


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第三十五話「時空管理局本局決戦」(前編)

「次元世界に浮かびし巨大なる船――時空管理局本局。そこは、今奪われて。大切な人達、大切な場所。それを取り戻そうと、私達は誓った。そう、誓ったんだ――魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 ――時間はクラナガンでの反乱まで遡る。

 時空管理局本局。そこで、十数隻からなる次元航行艦隊が出撃しようとしていた。

 向かう先はミッドチルダ。反乱者たるグリム・アーチルを捕らえる為に、本局の次元航行艦隊が出撃したのである。

 ミッドチルダ地上本部と何かと摩擦が多い、本局側からの次元航行艦隊の派遣は、それこそ両者の溝を深める事にも成り兼ね無いのだが、今回はそうも言ってはいられなかった。何故ならば、グリム・アーチルは本局の人間であり、そして。次元航行艦、レスタナーシアの提督なのだから。

 本局から出航し、ミッドチルダへ向かう艦隊を見ながら、リンディ・ハラオウン総務統括官は深くため息を吐いた。

 

「どうしたの? 貴女がため息なんて」

 

 背後から声がリンディへと掛かる。細い眼鏡を掛けた女性だ。レティ・ロウラン。アースラ副艦長である、グリフィス・ロウランの実母である。

 リンディは、背後のレティに微苦笑すると、またモニターに目を向ける。

 

「……今回のミッドでの反乱。既にアースラ・メンバーは戦ってるんですってね」

「ええ。それに、さっきの宣戦を告げた人が、ね」

 

 レティに頷きながらリンディは目を伏せる。

 

 ――グリム・アーチル。その名はリンディにとって特別な意味を持つ名であった。

 

「……グリム・アーチル。クライド君の元部下だった人よね?」

「レティ、知っていたの……!?」

 

 驚きに目を見張るリンディに、レティが苦笑する。彼女がそれを知っているとは、リンディも知らなかったのだ。

 

「当たり前でしょう? 彼の事は私も覚えてるわ。……クライド君の後ろにいつも着いて来てた子だもの」

「そう、よね……」

 

 そう、グリムはよくクライドに懐いていた。心酔していたと言っても過言では無い。……だが。

 

「彼が今回の反乱の一翼を担ってるだなんて、ね」

「ええ……。あの事件から姿をあまり見なくはなっていたのだけれど」

 

 あの事件――つまり、闇の書と共に、クライドが逝ってしまった事件の事だ。

 あの後、本局の考え方に絶望した彼は本局を離れ、ミッドチルダ地上勤務になり、五年程前に、本局に再び戻って来たのだが。

 

「……少し、彼の経歴ついて調べたのだけど」

「? レティ……?」

 

 レティの表情が陰ったのを見て、リンディが疑問符を浮かべる。

 その彼女に、レティはポンっと軽く、何かを放って来た。それは、情報端末であった。

 

「これは?」

「いいから、見てみなさい」

 

 怪訝な顔になるリンディに、レティは情報端末を見るように促す。それに、訝しみながらもリンディは情報端末を開けて、表示される情報を読み――その顔から一気に血の気が引いた。

 

「これは、本当なの……?」

「ええ、本当よ」

 

 頷くレティに、リンディは顔を歪める。情報端末には、グリムの経歴の一つが記されていた。

 ミッドチルダ地上航空部隊、分隊長。”ティーダ・ランスターの直接の上司”。そう、書かれていた。

 

「……彼の宣言。管理局の人間や、ミッドチルダの住人全てを憎むような発言は」

「多分ね」

 

 頷くレティに、リンディは目を細める。

 ――繋がった。

 他の人間はともかく、グリムの反乱の動機が見えてしまった。つまりは――。

 

 

 

    −煌!−

 

 

 

 次の瞬間、外を映していたモニターが激しく輝いた。

 

「え……!?」

「なに!?」

 

 モニターから目を離していた二人も、突如として起きた事態にモニターへと目を向ける。

 

    −爆!−

 

 その直後、二人がモニターで見た先が”爆砕”した。

 激しい輝きと共に、空間が巨大な爆発に包まれる。それは一つの結果を齎した。

 即ち、出航した次元航行艦隊の消滅である。中に居た搭乗員と共に、全ての次元航行艦は消滅していた。

 

「うそ……!?」

「っ――! 管制室! 状況は!?」

 

 いきなりの事態に、本局に居る人間全てがざわつく中で、リンディは即座に管制へと通信を繋げる。状況把握の為にだ。返答はすぐに返って来た。

 

《は、はい……! 出航した次元航行艦隊は完全に消滅! 原因は不明です!》

「なんてこと……! 生存者は!?」

《絶望的、です……》

 

 くっ……! と、リンディは呻く。いきなりの次元航行艦隊の消滅。しかも、何が起きたのか原因は不明と来ている。ここまで馬鹿な話しも無い。

 

「取り敢えず、私とレティは管制室に――」

《は、はい……? え? て、転移反応!? 本局の目の前に何かが……!》

 

 続けられる言葉に、リンディは何も言わずに駆け出す。レティもだ。

 分かっていた事だ。次元航行艦隊が消滅したのは事故なんかでは無い。明らかに、何処からかの攻撃である。

 ミッドチルダへと向かう艦隊への不意打ちだ。いくら絶大な戦闘能力を持つ次元航行艦隊であろうと、咄嗟の不意打ちには対応仕切れない。それを狙った誰かが居る。

 

 ――そして、声が響いた。

 

《時空管理局本局の人員に告げる。我はツァラ・トゥ・ストラが指導者。ベナレス・龍なり》

「「っ――!?」」

 

 響く声に、リンディとレティは同時に絶句する。声は当然、そんな二人に構わない。話しを続ける。

 

《現時点を持って、汝等の次元航行艦隊は消滅した。我が消滅させた》

「何ですって……!?」

 

 次元航行艦隊を消滅。そんな事が個人に出来る筈が無い。しかし、個人ならずとしても、それが出来るのならばそれ程の驚異も無い。

 

《その上で、本局の者に告げる。……投降せよ。我等に従わぬ場合は、”本局そのものが、次元航行艦隊と同様の結末”を辿る事となる》

「何を馬鹿な……!」

「いえ、レティ。多分、彼等は本気よ……!」

 

 叫ぶレティに、リンディは首を横に振る。

 恐らく――いや、間違い無く彼等は本気だ。でなければ、本局へ攻撃なぞ仕掛けては来まい。

 

《なお、本局を中心として次元封鎖を行わせて貰った。次元転移で逃げようなどとは思わない事だ。残り、五分以内に我等は本局内に突入、占拠を開始する。それまでに結論を纏める事だ》

「五分……!?」

「交渉も何も受け付けないって事……!?」

 

 逃げ場も封じられ、対抗すべき戦力である次元航行艦隊は消滅。本局の魔導師も、そのほとんどが次元航行艦隊と運命を共にした。

 つまり今、本局に彼等と対抗する力はどこにも無い、と言う事である。

 

「リンディ、どうするの……?」

「……」

 

 その言葉に、リンディは何も答えられ無い。答えられる筈も無い。そして、約束の五分は過ぎ――。

 

 ――時空管理局本局は、ツァラ・トゥ・ストラへと降伏。占拠される事となった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――二日後。

 ミッドチルダ上空に待機するアースラ。その、ブリーフィングルームに、アースラ・メンバーとグノーシス・メンバーは集まっていた。

 

「……皆、集まったな」

「うん」

「大丈夫だよ、はやて」

 

 はやての言葉に、なのは、フェイトが頷く。しかし、その中にはたった一人だけ人員が欠けていた。

 シオンである。しかし、それには誰も、何も言わずに、話しは続けられた。

 

「先のツァラ・トゥ・ストラの宣言。本局の占拠はほぼ、確実になってもうた」

「……何故、それが分かる?」

 

 即座に問うのは、グノーシス・メンバーの指揮官であるコルトだ。珍しく煙草を控えている。そんなコルトにはやては頷く。

 

「……この間の放送ジャック後、本局に次元航行艦が三隻程向かったんよ。……で、その時の映像が”残されて”こちらに届けられたんや。シャーリー?」

「はい」

 

 はやてに促され、シャーリーが手元のコンソールを操作する。暫くして、ウィンドウが各人に展開する。そして、映像が流れ始めた。

 

「これ……! 人型のガジェット……!?」

「それだけじゃないわ、例の因子兵も居る……!」

 

 映像は、航行艦がガジェットと因子兵に襲われる所から始まっていた。人型のガジェットは、クラナガンでの戦いの時の物より、より人型に近い形の物や、頭に巨大な砲塔をくっつけた物等、様々なバリエーションがあった。

 それより一同を驚かせたのは因子兵である。因子兵は全て、何かしらの鎧のような物を身に纏っていた。

 

「これ、何か見覚えが――」

「デヴァイス・アーマーか。第二世代型を惜しみ無くとはな」

 

 ――へ……?

 

 と、アースラ・メンバーが疑問符を浮かべるが、グノーシス・メンバーは全員揃ってフムフムと頷いていた。誰も説明しようとしない。

 

「えーとやな。ゴメンやけど、そのデヴァイス・アーマーって何やろか?」

「ん? ああ悪い。そうか、こっちには馴染みは無いな。簡単に説明すると、鎧型のデバイスだ」

 

 ……ホントに凄まじく、簡潔にコルトが説明する。

 それに、シャーリーと共に座っていたカスミがため息を吐き、コンソールを操作。情報を新たにウィンドウ上に展開した。

 

「おう、これだこれ」

「アンタ。どんだけ適当なん……?」

 

 はやてが思わず額に手を当てる。二日程しか一緒にいないが、はやては一つ、コルトの性格を掴んでいた。とんでも無く面倒臭がりなのである。

 

「まぁ、固い事言うなよ。……で、これがデヴァイス・アーマー。通称、DAな訳だが」

 

 DA、正式名称『デヴァイス・アーマー』。

 これは、宇宙空間等の、無重力、真空間での活動を想定されてグノーシスで作られたマルチ・フォーム・スーツである。ぶっちゃけると、飛行型のパワードスーツであった。

 デバイスの情報処理能力を併せ持った鎧と考えると解りやすい。これの特性は、重力、慣性の操作を可能とし、バリアジャケットの特性を利用した、皮膜魔導装甲(スキン・バリア・ジャケット)を装備。更に、真空間での活動を想定している事もあり、各種循環系――特に、呼吸等の配慮も成されている事にある。これらの機能は、全て無重力間での活動の為にあった。つまり、第三段階に至った感染者に対する為の装備なのである。何故ならば、第三段階の感染者は空間にすら、感染する為だ。故に、感染元の星で殲滅など望めず、その外。つまり、宇宙空間での戦いを想定した装備がグノーシスで開発された訳だ。第二段階ですら、空戦が最前提となる為、グノーシスの人間で空を飛べない者は必然、これを着ける事になる。

 

「まぁ、バリアジャケットの応用だから、俺等にはあまり関係ないんだけどな。俺等、全員空飛べるし」

「なら、皆はこれ……」

「ウチ等は持ってないんよ。ジャケットの設定やらを弄くったら済む話しやねん」

 

 あっさりとコルト、楓がそう告げる。だが、そうも行かないのが、アースラ・メンバーだ。なのはを始めとした隊長陣。そしてヴォルケン・リッターの面々はまだどうにかなる。

 彼等のバリアジャケットの設定を応用して、循環器系の設定をしっかりとすれば済む話しだ。

 しかし、そうも行かないのが、FW陣と、N2Rの面々である。彼女達は須らく、空戦が出来ないのだから。

 

「うーん、どうしたもんか」

「それについては問題ねぇよ。カスミ」

「はい」

 

 コルトに促され、カスミが頷くと、データチップをシャーリーに渡す。

 

「それは……?」

「ウチのボスからの『お土産』だと。陸戦用に、足裏に重力を発生させる概念魔法と、常時足裏に、足場を形成出来るバリアジャケット設定を組んで来たそうだ」

 

 コルトが事も無げに言う。だが、はやてはそれに黙り込んだ。非常に用意が良い――否、良過ぎる。これでは、まるで。

 

「ウチのボスだが。ほぼ間違い無く、今回の事を予見していた」

「……やっぱりか?」

 

 はやての言葉にあっさりとコルトは頷く。そうで無ければ、これだけの用意はしないだろう。

 つまり、グノーシス第一位、叶トウヤは、最初っからこの事態を想定していた事になる。

 

「……まぁ、そこを今、追求しても仕方ないな。全員戦闘可能って事で話しをするで?」

 

 はやてが一同を見回して告げる。それに皆、頷いたのを確認して、はやては隣の席に座る男に目を向けた。クロノ・ハラオウンに。

 

「クロノ君、説明宜しく頼めるか?」

「ああ」

 

 端的に答えて、クロノが席を立つ。同時にウィンドウに新たな画像が表示された。

 

「今回の件にあたり、各管理内世界に駐留していた次元航行艦が集結する運びとなった。その上でアースラもこの艦隊に組み込まれる。ここまではいいか?」

「これ、管理局の次元航行艦全てなの……?」

 

 なのはから質問が告げられる。それに、クロノは首を横に振る。

 

「答えは否だ。現在、本局を中心に次元封鎖が行われていて、”それより向こう側”の座標にある各次元世界には、連絡も取れないんだ」

「どうりでウチにも連絡が取れ無くなったと思ったら……」

 

 コルトがそれを聞き嘆息する。それに、クロノも頷く。

 

「そう言う訳で、現状、かき集められる戦力はこれだけしか無い。増援等は一切望め無いから、その積もりで居てくれ」

 

 クロノの言葉に、各人頷く。それを見遣り、クロノは更にコンソールを操作する。

 

「今回の作戦、フェイズ1は、向こうが次元封鎖領域ギリギリに展開した次元航行艦隊と、こちらの次元航行艦隊の艦隊戦だ。ただ、アースラはこれに参加しない」

「どう言う事なの?」

 

 クロノの言葉に、フェイトが怪訝な表情で尋ねる。他の者も疑問符を浮かべていた。それにクロノは苦笑する。

 

「アースラは、アルカンシェル以外の武装は積んでおらず、装甲も薄い。艦隊戦にそもそも向いていないんだ。その点も踏まえて、アースラには別命がある」

「別命……?」

 

 スバルの訝し気な声に、クロノは再度頷く。

 

「ああ、フェイズ2だな。アースラは艦隊戦が始まった直後、その側面から速度を活かし、その向こう、本局に突入する」

「て、おいおい。簡単に言ってけどよ。これは――」

「無謀もいい所、ですね」

 

 クロノの言葉に、ハヤトと悠一が苦笑交じりに告げる。ようは、特攻しろと言っているようなものであった。

 

「アースラの最大速度と、機動戦力。つまりは、君達の力を買っての作戦だな。確かに無謀だが、こちらの方が僕達に向いているだろう?」

「……まぁ、否定は出来んなぁ」

 

 はやてが苦笑する。JS事件を始めとして、アースラ・メンバーはそんな傾向にあるのは否めなかった。グノーシス・メンバーについては言わずもながだ。

 

「幸い、ストラは本局前には艦隊を配備していない。全て、次元封鎖領域前に展開している。これは次元転移による奇襲が無いと言う判断だろう。……その隙を突く」

「成る程、何も考えて無いって訳じゃあ無いか」

 

 コルトが苦笑し、頷く。それに、クロノもまた頷いた。

 

「そして、フェイズ3。アースラは、本局到達後、敵機動部隊を撃破。その後、本局内に突入。ストラ・メンバー全員を拘束せよとの事だ。……なおこれについて、”生死は問わない”そうだ」

『『……っ!』』

 

 アースラ・メンバーがクロノの最後の言葉に息を飲む。生死問わず、その言葉に。

 グノーシス・メンバーはと言うと、当たり前と言う顔をしていた。

 

「それを聞いて安心したぜ……」

「黒鋼」

 

 突如として、刃が立ち上がる。それに、コルトが諌めの言葉を吐くが、コルトは構わない。

 

「……どうしても殺したい奴がいるんでな。提督さん。その言葉、信じるぜ」

「……ああ」

 

 刃の言葉に、クロノは無表情に頷く。それを確認すると、刃は踵を返して歩き出した。

 

「何処行くつもりや、刃」

「……これ以上、聞く事も無い。部屋で休ませて貰う」

 

 そう告げて、刃はブリーフィングルームを出る。コルトがため息を吐いた。

 

「悪いな、奴も普段はああじゃないんだが」

「いや、構わない。……彼については君達に任せるよ」

 

 コルトの言葉に、クロノが頷き、そして一同を見渡す。

 

「これで、作戦内容は終わりだ。何か質問は?」

 

 クロノの言葉に、各人挙手し、それぞれ質問を投げかける。

 真空間戦闘におけるフォメーションや、各自の配置。突入タイミング等の細々とした質問に、クロノは全て答える。やがて質問が尽きた後、頷いた。

 

「もう、質問は無いな。では、これで解散とする」

「あの……! もう一つ、いいですか……?」

 

 クロノの言葉に、スバルが挙手して立ち上がる。クロノも視線を彼女に向け、頷いた。

 

「ああ、構わない。何かあるか?」

「その、シオンは今回、連れて行くんですか……?」

「それか。……はやて」

「うん」

 

 スバルの質問に、クロノがはやての名を呼ぶ。それに、はやては嘆息しながら、スバルを見た。

 

「……シオン君は、今回連れていかん。クラナガンに残す。いくら回復してる言うても、魔法が使えん、足も動かんあの子を連れてはいけん」

 

 断言する。それがシオンがここにいない理由。シオンは未だに、完全には回復していなかった。簡単な魔法ならいざ知らず、戦闘用の魔法なぞ使える筈も無く。そして、半身不随も回復しているとは言え、足はろくに動かない状況だった。そんな者を戦闘領域に連れていく方がどうかしている。

 

「これは、決定や。シオン君にも伝えてある」

「そう、ですか」

 

 はやての答えに、スバルを始めとした一同は、複雑な面持ちとなる。はやての言葉に安心して、しかし同時に、シオンが居ない状況で戦う、と言う事態に少なからず不安を覚えたからだ。

 なんだかんだ言って、アースラの面々にとって、シオンは精神的な支えともなっていたのである。

 

「さて。質問はもう無いな? じゃあ解散や。アースラ発進は4時間後、それまで半舷休息にするな」

 

 一同の顔を見ながら、はやては告げる。そして、それぞれブリーフィングルームを出て、解散となった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ああ、さっき聞いた」

 

 開口一番。見舞いに来たスバル達に、シオンは嘆息しながら、そう言い放った。

 ミッドチルダ、地上本部。その医療部に、シオンは移されていた。

 

「……シオン」

「分かってたさ。今の俺がアースラに居ても、何の役にも立たないって事くらい。寧ろ足出纏いだしな。……でも」

 

 シーツを掴む、シオンの指が震える。悔しさと、自身への怒りがないまぜとなって。

 

「なんで、俺はこんな大事な時に……」

「そうね。私達、大迷惑よ」

「ティア……!?」

 

 呟くシオンに、ティアナから容赦無い一言が飛ぶ。それに、スバルが批難の声をあげる。しかし、ティアナは構わなかった。続ける。

 

「今回は諦めなさい。散々言ったけど、自業自得よ」

「……ああ」

 

 ティアナの言葉にシオンが力無く頷く。それをティアナは半眼で見遣り、言葉を紡ぐ。

 

「だから、今回はここに居なさい。……必ず、帰って来るから」

「……ティアナ」

「絶対に、皆で帰って来る。だからアンタはここで待ってなさい。いい?」

 

 ティアナの言葉。それをシオンは反芻し、微苦笑する。不器用な、その言葉に。

 

「ん……悪い。ありがとうな……」

「……っ! れ、礼を言われるような事なんてしてないわよ!」

 

 笑いながら礼を言うシオンに、ティアナは若干焦りながら答える。それに、シオンは再度笑う。

 

「はは。うん。今回はティアナの言う通り、ここで待つ。……俺の分まで頼むな」

「うん……頑張るよ」

「任せときなさい。明日には帰って来るわよ」

「そか。なら誕生日にはいい報告聞けるかな」

 

 シオンの言葉に一同、疑問符を浮かべる。それに、一緒に来ていたウィルや、カスミ、みもりが苦笑する。

 

「……そやったな。お前、明日が誕生日やったな」

「ああ。だから、誕生日に嫌な報告聞かせてなんかくれるなよ、ウィル」

 

 ウィルの言葉に、シオンが答えると、それに一同も頷いた。

 

「任せて! 必ず、シオンの誕生日に帰って来るなら!」

「……おう、期待して待ってる」

 

 スバルの言葉に、シオンが頷き、来ていた皆の顔を眺める。

 

「今回は俺、何も出来ないけどよ。皆、頑張って、必ず帰って来いよな」

「うん!」

「アンタに言われるまでも無いわ」

「シオン兄さんの分まで頑張ります!」

「シオンお兄さん、大人しくしてて下さいね」

「ま。お前に言われんでも帰ってくるわい」

「シン君。必ず、帰って来ますから……」

「ゆっくりしてなさい」

 

 一同がシオンの言葉に、頷く。それに、シオンは顔を綻ばせ。

 

「ああ、約束だぜ?」

 

 満面の笑顔を浮かべ、皆を送り出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 アースラ、ブリッジ。そこでは、各ブリッジ要員の声が飛び交う。出航間近の為だ。

 魔導炉のチェックに始まり、気密のチェック等々の各チェックに、それぞれ追われる。

 

「アースラ、最終チェック完了。全乗組員の乗船確認完了です。艦長」

「ん。ありがとうな、グリフィス君」

「いえ……」

 

 はやての言葉に、グリフィスは頷き。後ろに下がる。その表情は若干陰っていた。当然とも言える。

 彼の母親であるレティは、本局に居る筈なのだから。その安否が気にならない筈は無い。

 

「クロノ君、こっちは準備完了や」

「ああ、了解だ」

 

 はやての言葉に、ブリッジに詰めていたクロノも簡潔に答える。

 彼もまた顔には一切出さないが、リンディの事を心配している筈であった。

 それに、リンディだけでは無い。本局には、クロノの乗艦、クラウディアの乗組員も居る筈であった。心配にならない筈も無い。

 だが、彼はそれを一切表情に出さない。出しても意味が無い事を承知しているのだ。

 

「……強情っ張りやなぁ」

「何か言ったか?」

 

 呟くはやての声が聞こえたのか、クロノが不思議そうな顔で問う。それに、はやては「何もあらへんよ」とだけ答えた。

 下手に何かを言うのも野暮である。そうはやては思い、一人頷く。

 

「よし。シャーリー? 艦隊の集結地点の確認は大丈夫やな?」

「はい。集結時間の確認もオッケーです」

「ん。ルキノ。アースラ、いつでも行けるな?」

「はい! 大丈夫です!」

 

 管制担当のシャーリー、操舵担当のルキノからの返答に、はやては頷く。

 そして、副官のグリフィスとクロノを見遣り、二人が頷いたのを確認する。

 

「よし……。準備はオッケーやな。シャーリー。艦内放送をこっちに」

「はい」

 

 頷き、コンソールを操作、はやてへと回線を回す。それをはやては確認して、マイクをOnにした。

 

《八神はやてからアースラ搭乗員の皆さんへ、放送です。……今からアースラは発進。そのまま集結艦隊に合流して、本局に向かいます》

 

 予定を告げるはやて。それを、皆黙って聞く。

 

《恐らくは時空管理局創設以来、初めての艦隊戦であり、そして戦いとなります。……かつてない厳しい戦いになる。それは、間違いありません。でも》

 

 一旦、そこで言葉を切る。ぐっと息を飲み、続きの言葉を告げる。

 

《でも。皆、必ずこの戦いも乗り切れられる。そう、私は確信してます。……皆、強いんや。自信を持っていこうや》

 

 はやては微笑む。JS事件も、感染者を始めとした事件も乗り切る事が出来たのだ。今回も乗り切れない筈が無い。

 

《皆を私は信じてます。やから、皆も私を信じて下さい。……そして、必ず本局を、大事な人達を取り戻そう。以上!》

 

 そこまで言ってはやてはマイクを切る。そして、ブリッジの各員に向かい声を放った。

 

「アースラ、発進!」

『『了解!』』

 

 一同、一斉に頷く。

 かくして、アースラは集結艦隊へと合流を果たすべく、ミッドチルダから飛び立った。大切なモノを取り戻す為に。

 

 ――だが、彼等は知らない。本局に何が待ち受けているかを、この時点で知る筈も無かった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 時空管理局地上本部、医療部。その一室で横になるシオンは暗闇の中で窓の外を見ていた。

 既にアースラは発進し、集結艦隊へと合流している筈である。

 そして、数時間後には戦いが繰り広げられる筈だ。それを想像し、シオンは顔を歪める。

 その戦いで、皆がどうかなってしまったら、どうしよう。そう、思う。

 そして、そんな時にやはり動けない自分がどうしようも無く、腹立たしい。

 自分が居れば、どうにかなる場面があるのでは無いか?

 アースラ・メンバーや、グノーシス・メンバーの実力を疑ってはいない。しかし、それでも――。

 

「――嫌な予感がするか?」

「っ……!?」

 

 いきなり掛けられた声に、シオンの身体が跳ね起きる。腰までは感覚が復活している為、上半身が起こせたのだ。しかし、この声は……!

 

「何でアンタがココに居るっ! タカ兄ぃ……!」

「昼間に来る訳にはいかんだろう? 流石にな」

 

 声の主はシオンの異母兄。そして、敵でもある存在、伊織タカトだった。

 彼は、シオンの元に近づき、隠されていない左目でじろりと見据える。

 

「ド阿呆が。過ぎた力を使おうとするからそんな目に合う」

「ぐ……っ!」

 

 きっぱりと断言するタカトに厭味か! と言い返そうとして――煌めく右手の666の魔法陣に気付いた。

 

「て、何す……!?」

「黙っていろ。阿呆」

 

    −煌−

 

 次の瞬間、シオンに虹色の光が放たれ、その胸に吸い込まれた。

 

「っ――!」

 

 シオンは思わず、目を閉じ。しかし、何も起きない事に目を見開いた。

 

「これで良し。足を動かしてみろ」

「へ……? て、アレ!? 動く!」

 

 言われた通りに足に力を込めると、あっさりと動いた。感覚も元に戻っている。

 

「な、何で……?」

「お前の足の麻痺を”略奪”した。……そこまでだがな」

 

 事も無気にタカトは呟く。それに、シオンは呆然とし、しかし胸に手を当てた。

 

「じゃあ、リンカーコアは……?」

「そっちは俺の力ではどうにもならん。魔法は使えるだろうが、使うのならば、相応に覚悟しろ。……最悪、アサギさんと同じ事になる」

 

 リンカーコアは治っていない。それに、シオンはくっと顔を歪める。思い出すのは、母アサギだ。

 彼女は、リンカーコアを破損し、魔法が使え無くなってしまっていた。

 

「それでも行くか?」

「俺は……」

 

 迷う。皆を追って、行くべきか、否か。しかし、数秒の迷いを持って、シオンは決めた。タカトに頷く。

 

「……行くよ。皆を守りたいから」

「そうか。なら、急ぐ事だ。最悪、”間に合わなくなる”」

 

 タカトの言い回しに、シオンは疑問符を浮かべる。何が、間に合わなくなると言うのか。

 

「今回の戦い。確実に、管理局側が負ける」

「なに……?」

 

 一瞬、タカトの言葉が理解出来ずに、シオンは言葉に詰まる。それに、タカトは構わない。続ける。

 

「ストラとか言ったか? 奴等は、少々厄介なモノを手にしている」

「……何をだよ」

 

 シオンはタカトを睨みながら問う。それに、タカトは無表情のままに告げた。

 

「”巨神”だ」

「巨……? っ――!」

 

 一瞬、放たれた単語を理解出来ずに、シオンは疑問符を浮かべ。しかし、瞬時にその単語の意味する所を察知し、凍りついた。

 ――巨神。それをタカトが意味する所は一つしか無い。それは……!

 

「”対界神器!?”」

「そう言う事だ。ではな」

「っ……! 待てよ!」

 

 あっさりと帰ろうとするタカトをシオンは留める。どうしても問わねばならない事が一つだけあるのだ。

 

「何で、アンタが俺を――アースラを助けるようなマネをする……!」

 

 それを問うて置きたかった。タカトはあくまで敵の筈だ。今回、シオンやアースラを助ける意味は無い。なのに、シオンの足を治した。それは、あまりに不可解な事だった。

 タカトはシオンの問いに少しだけ視線を巡らせ、そして。

 

「借りがある」

 

 それだけを言い放った。

 

「借り……?」

「なのはとフェイト・T・ハラオウンにな」

「は……?」

 

 またもや、シオンの頭の上で疑問符が踊る。あの二人に一体何の借りがあると言うのか。――それに。

 

「……なのは先生、呼び捨て?」

「気にするな。いつか、呼び捨てでは無くなる予定だ」

「は?」

 

 タカトが何を言ってるか全く理解出来ずにシオンは目を丸くする。だか、やはりどこまでもタカトは構わなかった。

 

「ではな」

「て、ちょっ! 待っ――!」

 

 ――待たなかった。タカトの姿が一瞬で消える。縮地を使い、消えたのだ。

 

「訳分からん。けど……!」

 

 シオンはぐっと眉根を寄せる。タカトが寄越した情報はあまりに大きい。今すぐにでもアースラに伝えねばならない。とりあえずは。

 

「イクス、何処行ってんだ、アイツ……!」

 

 昼間は居たくせに、今はいない相棒を探すべく、シオンは病室を出たのだった。

 

 

(中編1に続く)

 




はい、ついに本局決戦の始まりとなります。なろう当時、なのは世界って大規模な戦争状態にならないよなーと言う事で思いっきりやって見た今話。
見所、目白押しです。大分はっちゃけてますので(笑)
では、次回は中編”1”。……ええ、1です1(笑)
もはや何も言うまい……!
次回もお楽しみにー。


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第三十五話「時空管理局本局決戦」(中編1)

はい、第三十五話中編1であります。しかし、よく考えると事件はあれど戦争起こさせなかったあたり、管理局は法治組織としてかなり有能なんではなかろーかと思ってみたり。
ちなみに、テスタメントは管理局を国連みたいなもんと定義しています。
なので、基本政治には一切関わらないスタンスだと。
まぁ、クロスリレーの設定だとそこらを逆手に取ってみたりしましたが。
そんな訳で、第三十五話中編1、お楽しみあれ。


 

 アースラブリッジ。そこで、八神はやてはモニターに映る存在を見ていた。

 次元航行艦隊。JS事件時とほぼ同数の数が、モニターに展開している。

 

「八神艦長。艦隊との合流、完了しました」

 

 管制のシャーリーからの報告にはやては静かに頷く。その胸中にあるのは、これから起きる戦いについてだ。

 

 ――戦争。言葉に出さなくても、そう思わざるを得ない。皆も分かっている。これから起きるのは、”人同士”の殺し合いである戦争だと。

 それである艦隊戦には直接参加しないとは言え、はやてからしてみても他の皆からしてみても拒否反応が出る。

 当たり前と言えば、当たり前だ。多数の事件を解決した事はあれど、彼女達は直接人を殺すような真似はしたことは無いのだから。――だが。

 

「……戦争、か」

「艦長?」

「いや、なんでもあらへんよ。……シャーリー、旗艦に通信、繋げてくれるか?」

「はい、了解です」

 

 シャーリーの指がコンソールの上を躍る。数秒の間を持って、ウィンドウがブリッジに展開。映るのは、壮年の男だった。

 

《艦隊司令のカール・グラマンだ。アースラが合流したか。……久しいな、八神》

「はい。アースラ艦長の八神はやてです。お久しぶりです、カール提督」

 

 はやては微笑しながらカールに頷く。

 ――カール・グラマン。時空管理局の古株であり、リンディよりも年上の提督である。はやても懇意にしてもらっている提督であった。

 

《君達のような若い娘達までこのような戦いに駆り出さねばならないとはな。嫌な世の中になったものだ》

「……カール提督」

 

 苦い声で吐き捨てるように呟くカールに、はやては苦笑する。それにカールは嘆息した。

 

《いや、すまん。忘れてくれ。アースラは艦隊の後方に配置。君達の出番は後だ。艦隊戦はこちらの仕事だ》

「……はい」

 

 はやてはカールの指示に頷くと、彼はそのままはやてを見据えた。

 

《怖いか?》

「いえ……」

《自分を取り繕う必要は無い。正直に言え。可愛いげの無い》

 

 カールの言い回しに、はやては苦笑する。ぶっきらぼうだが、暖かみのある言葉である。苦笑を微笑に変えた。

 

「恐怖は感じて無いですよ。……でも」

《躊躇いはあるか》

 

 頷く。そう、何せ本当の意味での殺し合いが始まろうとしているのだから。しかも、元は同じ時空管理局の人間だ。躊躇わない筈も無い。

 

《そうだな。しかし八神。今はそれを忘れろ》

「やけど――」

《そうでなければ死ぬぞ。お前も、その仲間も》

 

 きっぱりと告げられる言葉にはやては顔を歪める。

 ――そんな事は分かっている。しかし、だからと言って割り切れるものでも無い。

 

《迷いは即、死に繋がる。しかも、お前のじゃ無い。お前の部下のだ。それは忘れるな》

 

 その言葉に、はやては暫く沈黙し、ややあってコクリと頷いた。

 

「……はい」

《よし。ではまた後ほど通信を送る。作戦開始は一二○○時だ。今から艦隊は進行する。いいな?》

「了解です」

《うむ。ではな》

 

 それだけ言い終わると、通信が切れる。はやてはフゥと息を吐きながら再度モニターを見る。今、まさに本局、次元封鎖領域に進まんとする航行艦隊を。

 

「……」

 

 ……はやては、ただ見詰め続けた。

 これより、時空管理局史上初の艦隊戦が始まる――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 アースラが後方に配置され、そのまま艦隊は次元航行を開始する。だが、本局には直接転移しない。次元封鎖されている為だ。故に、まず次元封鎖領域外に艦隊は転移する。

 一二○○時――艦隊は予定通りに、次元封鎖領域直前へと次元転移でその姿を現した。

 ストラが用意した次元航行艦隊の目前にである。直後、艦隊司令であるカールの声がストラ側の艦隊に響き渡る。

 

《ツァラ・トゥ・ストラの面々に告げる! 君達を大規模次元争乱罪で逮捕する。君達には――》

 

 ストラ側の艦隊はこの言葉に声”以外”の返答を返した。

 

    −煌−

 

 艦砲の一斉射、と言う返答を。それは管理局側の次元航行艦に真っ直ぐに突っ込み。しかし。

 

    −軋−

 

 その全ての艦砲は、全て各艦の防御障壁にて凌がれた。

 

《それが答えか……! 既に宣告はした。攻撃を開始する!》

 

    −撃−

 

 宣戦の言葉と共に、管理局側の艦隊から艦砲が一斉に放たれる。ストラ側も負けじと次々と艦砲を撃ち放つ。

 ――ここに、時空管理局初の艦隊戦が勃発した。

 

 艦隊戦が始まってすぐに、ストラ側の艦隊は鶴翼陣形となり、管理局側の艦隊を包囲せんとしようとする。

 それに対し、管理局側の艦隊は鋒矢陣形となった。

 矢印のような管理局側の艦隊に対し、ストラ側の艦隊がそれを包囲するような陣形である。

 管理局側の陣形は突破、突撃を目的とした陣形であり、ストラ側の陣形は包囲、殲滅を目的とした陣形だ。

 これだと管理局側は横からの攻撃に弱い為、ストラ側に包囲されてしまう。

 しかし、管理局側の艦隊の目的は最初っから”道”を作る事にある。

 故に、管理局側の艦隊は鋒矢陣形を維持。真っ直ぐにストラ側の艦隊に突っ込んだ。当然、ストラ側はそれに包囲を開始。横に回り込む。

 だが、包囲する為に鶴翼に陣形を展開すると言う事はつまる所、艦隊の層が全体的に薄くなる事に他ならない。

 だからこそ管理局側は不利となる鋒矢陣形を選んだのだから。たった一艦の道を作る為に。

 

 光爆が宙域に灯る。また、一つの次元航行艦が墜ちたのだ。光爆は絶え間無く起きる。その度に、数十、数百といった人は死んでいく。

 放たれる艦砲を管理局側は一艦に集中。確実にストラ側の艦を墜とす。ストラ側は鶴翼陣形と言う事もあり、それぞれ別々の艦に狙いを定めた。

 ストラ側の鶴翼陣形の真ん中に管理局側の艦隊はあくまでも攻撃を集中させる。放たれる光砲に互いに切り札たるアルカンシェルは無い。使え無いのだ。

 理由は互いの艦隊が近すぎる為だ。

 アルカンシェルとは、着弾と同時に空間を歪曲させ。空間ごと、反応、消滅させる砲である。しかし、その攻撃範囲は百Kmでは利かない。何せ、惑星上での使用を躊躇う程なのだ。

 だが今、互いの艦隊は数十Kmと離れていない。これは、管理局側が次元封鎖領域ギリギリに位置するストラ側の艦隊に最接近する形で次元転移した為である。

 これにより、互いにアルカンシェルは使用不能。それ以外の武装で戦わざるを得なくなったのである。当然、管理局側はそれを狙っていた訳だが。

 

 そして、ついに開いた、鶴翼陣形のド真ん中が。即座に、艦隊司令のカールが声をあげる。

 

「よし! 作戦はフェイズ2へ移行! アースラへ打診しろ!」

「既に動きだしています! 速い……!?」

 

 鋒矢陣形の最後尾にいたアースラが、一直線に艦隊を駆け抜ける。その速度は流石、管理局内最速の艦と言う事か。

 

「突入タイミングを見極めていたか。流石だな、八神」

 

 ふっとカールは笑い。そのまま前方を睨み据える。

 

「アースラが敵陣形を抜けたら、そのまま各艦は敵陣を突破! その位置から車輪陣を構成する……! 何があってもアースラを追わせるな!」

 

 了解! と、管制が応じ、各艦が動き出した。

 それを確認しながら、カールが見るのは既に管理局側の艦隊を抜け、一直線にストラ側の艦隊を抜けようとするアースラであった。

 

「ここから先はお前の仕事だ。八神、任せるぞ」

 

 直後、アースラはストラの艦隊を突破、その速度を一切緩めずに本局へとひた走った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ストラ艦隊、抜けました!」

「第一段階は何とかなったな」

 

 シャーリーの声に、はやては頷く。そして操舵手のルキノへと通信を繋いだ。

 

「アースラは現状の速度を維持、一気に本局まで行く。頼めるか?」

《はい! お任せ下さい!》

 

 ルキノは即座に頷く。続いて、はやては格納庫に居る、アースラ、グノーシスメンバーに通信を繋げた。

 

「後、十分程でアースラは本局前に着く。皆、準備はええか?」

《うん。皆、大丈夫だよ》

 

 返って来たなのはの言葉にはやては笑顔を返す。

 

「ん。よろしくな、なのはちゃん。それじゃあ、皆――」

 

 そこではやては一度言葉を切り、ぐっと前を見る。そのまま叫んだ。

 

「一丁、行ってみよか!」

『『了解!』』

 

 はやての叫びに、皆応えるかのように一斉に吠え、頷いた。

 

 ――アースラ格納庫。そこに集うアースラ前線メンバー各少隊とグノーシスメンバー達。彼等、彼女達を見ながら、なのはは傍らの二人に目を向ける。

 その視線の先にはヴォルケンリッターにして、スターズ、ライトニング各少隊の副隊長である二人が居た。シグナムとヴィータである。彼女達はなのはの視線に気付き、苦笑する。

 

「なんだよ、なのは。そんな顔して」

「そうだぞ? 隊長たるもの、もっとしっかりとだな」

「そんな顔がどんなのかは置いておくけど、二人に言われたくは無いかな?」

 

 ジト目で睨むなのはに二人は若干頬を引き攣らせる。なのはの横ではフェイトもまた頷いていた。

 

「二人共、ケガ治りきってないのに」

 

 嘆息混じりの言葉に、シグナムとヴィータがうっと呻いた。そう、この二人はクラナガンの戦闘で大ケガを負っていた。なのに、ここに居るのだ。

 

「はやても散々止めたのに」

「いや、だがなテスタロッサ」

「だが、じゃありません」

「でもな?」

「でも、でもないよ、ヴィータちゃん」

 

 取り付く島も無い。フェイトとなのはがお説教モードに入りかけ、シグナムとヴィータが慌てる。

 

「……もう来ちゃってるからこれ以上言わないけど。二人共、無茶しちゃ駄目だよ? ケガ治り切って無いんだから」

「ああ。てか、なのはの方こそ無茶はすんなよ? ブラスターは絶対ダメだかんな?」

 

 あくまで、自分を気遣うヴィータになのはは微笑む。手を伸ばし、その頭を撫でた。

 

「大丈夫だよ。皆も居るし、よっぽどの事が無いと無茶なんかしないよ」

「……よっぽどの事があったら無茶すんじゃねーか」

 

 撫でられながらもブスっと頬を膨らませてヴィータがなのはを睨む。それにはなのはも苦笑しか返さなかったが。

 

「なのはの言葉じゃないですけど。シグナムもあまり無茶しないようにお願いします」

「分かっている。心配性め」

 

 ジトっと睨むフェイトにシグナムは肩を竦めて答える。そしてフェイトに笑って見せた。

 

「無理と無茶の判別くらいはやる。……簡単に命を投げ出すような真似はせんから安心しろ」

「……信じてますよ?」

 

 再度の問いに、シグナムは首肯だけで答えた。

 

《本局直前領域まで、後3分! 各前線メンバーは出撃体制に入って下さい! 繰り返します――》

 

 そんなやり取りの最中に、シャーリーから艦内放送が告げられる。なのは達は顔を見合わせた。

 いよいよフェイズ2、作戦開始であった。

 

「それじゃあ皆、集合〜〜」

 

 なのはの言葉に、格納庫でバラけていた各メンバーが集合する。それ等を確認した後、なのはは頷いた。

 

「それじゃあ、今から本局奪還作戦フェイズ2の作戦内容を確認するね? まずは、グノーシス・メンバーの人達?」

「ああ」

 

 代表として、コルトが頷く。そのまま、自分達の配置を告げた。

 

「俺達は最前線、当然だな」

「……出向で来た貴方達に、一番危ない配置は心苦しいのですけど……」

「俺達が望んだ事だ。気にするな。大体、俺達の殆どは近接型ばっかりだしな。後方に配置されると、何も出来やしねぇよ」

 

 まぁ、任せろ。と、答えるコルトに、なのは達は逡巡しながらも頷く。

 その言葉通り、彼等の能力は酷く攻撃性能に傾倒しており、下手に後方に配置出来ないのだ。故に、彼等は自ら最前線に立つ事を志願したのである。ある意味に於いて、凄まじく潔い。

 

「それじゃあ次、スターズ、ライトニングの隊長、副隊長だけど。私達は――」

「グノーシス・メンバーのすぐ後方だな。前線にも後方にもすぐに援護に行ける距離だ」

 

 なのはの言葉をシグナムが継ぐ。なのは達の配置はグノーシス・メンバーのすぐ後ろである。これにより、前線の真後ろにて隊長陣達による防衛線が張られる予定であった。

 

「グノーシス・メンバーから抜けた各敵機動戦力をここで更に迎撃します」

「……ま、討ち漏らしは任せるぜ。こっちは高確率でアルセイオ達との戦いになる可能性が高い。そうなると、こっちはガジェットとか言うあのロボットやら、因子兵には対応出来ねぇしな」

 

 コルトがなのはの言葉に頷く。実際、アルセイオ達が出て来た場合、彼等はそちらに掛かり切りになるので、まずガジェットや因子兵には対応出来ない筈である。それ程、アルセイオ隊が驚異と言う事でもあるのだが。コルトの言葉に、隊長陣達もまた頷く。

 

「次、スターズ、ライトニング、FW陣とN2R少隊。配置は私達の更に後ろだよ」

 

 なのはの言葉に、スバル達もまた頷く。本来FWよりである彼女達が後方に下げられた理由は勿論ある。

 単に機動性の問題であった。

 いくら足裏に重力を発生させつつ、その足元に足場が常時展開した状態と言えど、全天戦闘に於ける機動性としては相当に低い。

 あまり気にせずに戦えるのは、スバル、ギンガ、そしてノーヴェくらいのものである。それでも機動性の自由度と言う面では不安が残るのだが。

 

「これは最終防衛線になるから。皆、宜しくね」

『『はい!』』

 

 なのはの言葉に、一斉に頷く。それに頷き返しながら、なのはは今まで一言も話さなかった存在、クロノを見る。彼はその視線に片手のみを上げた。

 

「僕はグノーシス・メンバーと同じ最前線に――」

「そう言うと思ったよ。でも、クロノ君は駄〜〜目」

 

 なのはの言葉にクロノはピクリと片眉を上げる。しかし、なのはは構わない。続ける。

 

「クロノ君はスバル達と同じ配置に居てもらいます」

「待て、なのは」

「待ちません。……デュランダル。まだ、いろいろと分かってない部分があるんだよね?」

 

 なのはの言葉に、クロノは無表情のままで、何も応え無い。返って来たクロノのデュランダルは、グノーシス側で何やら色々改造されたらしく、その姿形は別として、殆ど別物と化していたのだ。

 ロストウェポン、真・デュランダルとして。

 そして、その全容をクロノは把握仕切れてはいないのだ。

 

「……だがな」

「……それに、リンディさんが心配なのは分かるけど。クロノ君、ちょっとピリピリしてるよ? 気付いてた?」

 

 反論しようとしていたクロノであるが、なのはの言葉にぐっと踏み止まる。実際、クロノの心中は普段通りでは無かった。外面は取り繕っていても、完全な意味で冷静では無かったのだ。

 それは、母を思うが故に。クロノは自分でも気付かぬ程に焦っていた。

 クロノはなのはの視線に肩を竦めて嘆息する。

 

 ……情けないな。

 

 そう思い、苦笑した。

 

「……そうだな。分かった。なのはの言う通りにしよう」

「うん……ゴメンね? クロノ君」

「気にするな。恐らく僕がなのはでも、同じ判断をするさ」

 

 クロノはそう言うと、笑ってみせた。それに、なのはも笑顔を返す。

 流石に十一年前と違い、それに顔を朱くする事は無かったが。

 

「最後にザフィーラさんなんだけど」

「心得ている」

 

 人型となったザフィーラがなのはの言葉に頷く。同時、格納庫の扉が開き、一人の女性が現れた。

 八神はやて。アースラの艦長である彼女が。

 

「遅れてゴメンな。皆、ブリーフィングの最中やった?」

「大丈夫。ちょうど、はやてちゃんの所だから」

 

 なのはが、はやての言葉に笑みを返す。それに短く頷き、はやてもなのはの隣に並んだ。

 

「八神艦長はアースラの前へ出て貰い、超長距離砲撃を敢行して、各部隊の援護をして貰います。ザフィーラさんは、はやてちゃんの護衛をお願いします」

「了解や」

 

 はやてが朗らかに頷き、その傍らではやての融合騎であるリインが【頑張ります!】と、ガッツポーズを取る。それに、シグナムの傍らに居るアギトが腕組みをしながら冷やかし、二人は即座に口喧嘩状態になった。

 

「ほらほら、リイン。作戦前なんやから大人しゅうな?」

「アギト。あまり暴れ過ぎるな」

【うぅ……はいです】

【けっ、分かったよ】

 

 それぞれの主(ロード)に嗜められ、リインは若干悔し気に、アギトは相変わらずの腕組みの状態で互いにフンっ! と同時にそっぽを向く。

 本人達は気付いていないが、ト○とジ○リーの関係にそっくりで、そのやり取りで周りが和んでいるのだが。

 ――ちなみに余談だが約一名、「やっぱ! やっぱ融合騎は可愛ええなっ!」と、悶えてる関西人が居たのには、皆、気付かないフリを通す事にした。

 

「うん。ならブリーフィングは終了しよ。フェイトちゃん、はやてちゃんは何か言う事あるかな?」

「私からは無いかな」

「私もや。言いたい事は出航前に言うたしな」

 

 なのはの言葉に、それぞれ頷く。それを確認して、なのはも頷いた。

 

《本局直前領域に到達! 各前線メンバーは出撃して下さい!》

「……時間もちょうどいいね。なら皆! 頑張って行こう!」

 

 なのはが片手をグーにして頭上に上げる。それぞれ各員、己の示し方でそれに応えた。

 時空管理局本局。その奪還作戦の第二段階が始まる――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ストラ側の次元航行艦隊を抜けたアースラ。その前方、二十Km地点にそれはある。

 法を守る舟であり、アースラが所属する場所。帰るべき場所がそこにはあった――時空管理局本局の姿が。

 アースラから出撃し、本局前で浮遊するなのは達はそれを感慨深そうに見る。ここを出航して一週間も経ってはいないのに、妙に懐かしい感覚を覚えたからだ。しかし、それに首を振り思考を入れ替える。

 

《スバル、ティアナ。どう? ちゃんと、”立ててる?”》

 

 真空間――ようは宇宙空間のようなこの場所に空気は無い。

 自分達はバリアジャケットのスキン・フィールドにより、循環器。つまり、呼吸のリサイクルが常時行われている。その為、真空状態でも呼吸が出来るのだが、だからと言って会話は普通には出来なかった。

 なので念話通信で会話するしか無い訳だが。それは、余談である。

 なのはの通信に、スバルとティアナは少し戸惑いの声をあげる。

 

《その、何と言うか……》

《ちょっと、心元無いって言うか。そんな感じです》

《うん。……だよね》

 

 二人の返答に、なのはは頷く。見えない足場に立っている事を想像すると分かりやすい。足元には真っ暗な、果ての無い暗闇が広がっているのだ。落ち着かなくなるのも無理は無い。しかも、スバルはウィングロードによる空戦の経験はあれど、ティアナにはそれが無い。

 全方向を常に意識せねばならない空間戦闘は初めてなのだ。緊張しないほうがおかしい。

 

《フェイトちゃん。エリオとキャロはどうかな?》

《エリオはともかく、キャロが戸惑っているみたい》

 

 フェイトから若干弱々しい解答が返って来る。二人が心配なのだろう。当然とも言えるが。

 キャロが戸惑っているのに対して、エリオが平気なのは一つの理由がある。トウヤ直伝の空間への足場の設置だ。それによるクラナガンでの戦闘の経験もあり、彼は案外落ち着いていた――と、言っても経験不足は否めないが。

 

《N2Rのメンバーも、結構手間取ってるね。……やっぱり、少しでも空間戦闘の教導しておきたかったな》

 

 なのはが若干悔しそうに、通信する。実際、ストラの宣戦から三日での戦いである。空間戦闘の教導を行っている時間は無かったのだ。悔やむなのはに、はやてから念話が掛かる。

 

《まぁ、今回はしゃあ無い。次にいかそ。さて各員、配置に着こうや!》

《了解!》

 

 はやての号令に頷き、それぞれの配置に着く。そして。

 

《本局から動体反応多数……! 敵、人型ガジェット群、及びDA装着型の因子兵!》

《来たね……!》

 

 シャーリーの通信に皆、息を飲む。そして本局に目を向けると、そこからわらわらとガジェットと因子兵が出て来た。

 

 わらわらと――。

 わらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわと!

 

 ――続々と出て来た、皆の視界いっぱいに。

 それに、なのはは冷や汗が一つ頬を伝うのを認識した。

 

《シャーリー。……今、一体何体くらい出たかな?》

《……軽く、五十万を超えてます》

 

 その言葉に思わず、くらりと目眩を起こしそうになる。果たしてどれだけの数がいると言うのか。

 

《やる事は変わらねぇだろ。全部潰せば済む》

《……まぁ、結論から言えばそうなんやけど……》

 

 身も蓋も無いコルトの言葉にはやては思わず呻く。ややあって、嘆息しながら自らのデバイス、シュベルトクロイツを振るい、手に持つ夜天の書を展開した。

 

《取り敢えず、向こうと距離がある内にバンバン撃って、なるべく数を減らすわ》

《お、そりゃあいい。楽が出来る。なら、俺達と奴等が接敵するまで頼むぜ》

 

 あくまで気楽なコルトの通信に、はやては再度の嘆息を吐き、しかしキッと前を向く。

 

《行くよ! リイン!》

【はいです!】

 

 直後、はやての足元にベルカ式の魔法陣が展開する。夜天の書のページがペラペラ一人でめくれた。

 夜天の書からの魔法の読み込み開始。読み込み魔法は、超長距離着弾炸裂型砲撃。

 

【敵座標確認! 距離算出、オッケーです!】

《了解! ありがとうな、リイン!》

【はいです!】

 

 シュベルトクロイツを前方に突き出す。同時、杖を中心として、ベルカ式の魔法陣が更に展開。それぞれの頂点に描かれし、円の部分、そして魔法陣の中央に光球が灯る。

 はやては、息を一つ吸い――そのまま、一気に吠える!

 

《超長距離砲撃! 行くよ――!》

《了解!》

 

 一斉に皆が叫ぶ。それに呼応するかのように、魔法陣に灯る光球はその輝きを増して。

 その輝きが限界まで到達。チャージが完了したのを見計らって、はやては叫んだ。己が魔法の名を――宣戦を告げる一撃の名を!

 

《【フレ――――ス! ヴェルグッ!】》

 

    −輝!−

 

    −輝!−

 

    −輝!−

 

 それぞれの頂点から激烈な光砲が放たれ、そして最後にその中央から――。

 

    −撃!−

 

 ――特大の光砲が、ぶっ放された。

 それ等は、真っすぐにガジェット、因子兵群に突き進み。そして。

 

    −轟!−

 

 光砲がそれぞれ炸裂!

 ガジェットと因子兵群の一部を丸ごと消滅させた。

 それを契機に、ガジェット、因子兵群はこちらに突撃を開始。呼応するかのように、グノーシス・メンバーが動き出し、アースラ・メンバーがそれに続く。

 戦いの火蓋はこうして切って落とされたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……アースラに行けない、てどう言う事だよ?」

【そのままの意味だ。転移出来ん】

 

 時空管理局地上本部。その中の転送ポート前にに彼等の姿はあった。神庭シオンと、その相棒たるユニゾンアームド・デバイス、イクスの姿が。

 既に真夜中である。周りは真っ暗であり、辺りはやたらと静かだ。

 その一角。転送ポートの脇で、シオンとイクスはひそひそ話しを続けていた。

 

【次元封鎖領域に入ったのだろうな。この転送ポートでも、お前の次元転移でもアースラには行けん】

 

 きっぱりと言うイクス。その前には転送ポートの操作コンソールがある。しかし、そこに表示された文字はエラー。転送出来ませんと言う表示だった。

 その文字に、シオンは頭を抱える。絶対に告げねならない事があるのに、ここに来て足止めである。何か呪われてるんじゃないだろうかと真剣に思えた。

 

【……そもそもお前、自分の状況が分かっているのか? 下手に魔法を使えばお前のリンカーコアは今度こそ完全に破壊される。魔法が使え無くなるんだぞ?】

「そんな事は分かってる。……でも」

 

 シオンはイクスに真っ直ぐ目を合わせる。そして、きっぱりと言い切った。

 

「ここで行かないと、絶対に後悔する。そんな気がするんだ」

【……この大馬鹿弟子が】

 

 イクスはそんなシオンの答えに、思いっ切り嘆息。額を押さえる。

 この弟子は何を言ってもきかない。それが分かってしまったからだ。

 

【次元封鎖されていると言う事は、念話、通信も届かんか】

「そっちはもう試した」

 

 その返答に、イクスは再び嘆息する。念話通信は通じず、転送、転移も不可能。ここまでくれば最早、運命かと諦める――それで諦め無いのが、この弟子であった。

 

「何か無いか……! 知らせるだけでも言いんだ。グノーシスの人間ならアレを知ってる……!」

【確かにな。しかし……】

 

 その知らせる手段が事ごとく潰されたのだ。こんな遅くに来た、タカトを恨むより他無い。

 

「くそ……! 次元封鎖領域なんて面倒臭いもの形成しやがって!」

【それは当然の戦略だ】

 

 理不尽な事を吐くシオンに、イクスが半眼で呟く。そのまま二人して嘆息して――。

 

「【――次元封鎖領域……?】」

 

 二人の声が重なり、互いの顔を見る。そして、全く同時に互いを指差した。

 

「【それだ!】」

 

 異口同音に二人は叫ぶと、コンソールに飛び付いた。

 

「イクス! 次元封鎖領域”ギリギリ外”の次元座標覚えてるか!?」

【ああ。確か、ストラとか言った連中の艦隊が集まっている所だな】

 

 シオンに答えながらイクスはコンソールを操作、次元座標を打ち込む。転送ポートが起動した――エラー表示は出ない。

 

「よし……! それじゃあ――」

【待て、シオン! 最後の確認だ。絶対に行くんだな?】

 

 早速と、転送ポートに入ろうとするシオンにイクスが再度の問い掛けを放つ。それにシオンは振り向き様に吠えた。明確な苛立ちと共に。

 

「うるっせぇ! 時間が無いんだよ!? 何度も聞き返すな!」

【……いいんだな?】

「もう、決めたんだよ! 分かったか!?」

 

 早く早くとせっつくシオンとその答えにイクスはまたも嘆息し、ふっと笑った。

 

【いいだろう。フォローは任せろ】

「い、い、か、ら、早っく!」

 

 師匠の心、弟子知らずか――とイクスはシオンに笑う。そして、シオンの手に握られた。

 

【セット・レディ?】

 

 瞬間、シオンの身体が光に包まれ、バリアジャケットを纏った。

 

「よし。行くぜ!」

【ああ】

 

 シオンはそのまま転送ポートに飛び込む。直後に、転送ポートは起動。一気に次元封鎖領域ギリギリ外へと転移した――。

 

 ――そして。

 

「て、何だこりゃあぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 転移したシオンが見たのは、光砲飛び交う次元空間であった。

 分かりやすく言うと、激戦区たる管理局、ストラ、両者の艦隊戦のド真ん中に転移したのである。シオンの脇を光砲が通り過ぎる。それに、冷や汗を浮かべながら、シオンは慌てて飛行魔法を使用、取り敢えず、動く事にした。

 

【艦隊戦のド真ん中に転移したか。つくづくツイて無いな】

「うるさいよ!? っ――!」

 

 イクスに吠えた、次の瞬間、シオンは胸の奥深くに痛みを覚えた。

 

 ……今のは――。

 

【シオン?】

「何でも無ぇ……アースラに追い付くぞ!」

 

 それだけをシオンは言い放つと、急加速を開始。本局に向かい、一気に飛び出した。

 ……リンカーコアからの痛みによる訴えを、聞きながら。

 

(中編2に続く)

 




はい、第三十五話中編1でした。
ようやく、本局決戦開始となります。準備やら艦隊戦だけでえらい長いな(笑)
艦隊戦については、かなり短くした経緯があったり。……これだけで一話を使う訳には、流石に(笑)
では、第三十五話中編2をお楽しみー。


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第三十五話「時空管理局本局決戦」(中編2)

はい、第三十五話中編2です。……考えてみれば、この話からやたら一話に数部使うようになってったんだなぁと感慨に耽ったり(笑)
では、第三十五話中編2どぞー。


 

    −撃−

 

    −撃−

 

    −撃!−

 

 時空管理局、本局。その直前で、激烈な光が弾ける。

 アースラ艦長である、八神はやてが放つフレスヴェルグだ。光は視界いっぱいに広がる存在の中央で弾け、その破壊力をぶち撒ける。破壊の光は容赦無く、敵――人型ガジェットと、DA装備の因子兵を喰らい尽くした。だが。

 

 く……っ!

 

 はやては、息を荒げながら眼前に広がる敵を見る。……一向に減らない。

 いや、はやての魔法は一撃で五百から千ものガジェットと因子兵を消滅させているのだ。だが、向こうは数が違い過ぎた。

 総数五十万強。いつ、こんなにガジェットやら因子兵を用意したのか。とんでも無い兵力差であった。

 対するこちらは、グノーシス、アースラ含めて二十人弱。文字通り、桁が違う兵力である。いくら一騎当千の部隊とは言え、限度と言う物があった。

 

《主!》

 

 っ――!?

 

    −爆!−

 

 声がした、と思った瞬間に、はやての間近で爆発が巻き起こる。しかし、それは白のシールドにより防がれた。

 トライシールド。はやてが誇る盾の守護獣、ザフィーラがそれを掲げてはやての前に立ち塞がったのだ。

 

《ご無事で? 主》

《ん。ありがとう、ザフィーラ》

 

 念話でザフィーラに礼を言いながら、はやては視線を巡らせる。すぐに爆発の原因は分かった。

 人型のガジェットが2機、はやての下方に居た。頭上から、すれ違いざまにはやてにミサイルを叩き込んだのだろう。それを、はやての護衛にあたっていたザフィーラが防いだのだ。

 

《主は、支援砲撃を。周りは俺が》

《うん。ザフィーラ、頼りにしとるよ》

 

 コクリと頷き、再び魔力を集中。フレスヴェルグを放とうと、チャージを開始しようとした、直後にタイミングを見計らったように下方に居たガジェットがはやてに突っ込む。

 その手に握られるのはナイフ。確実に、はやてを仕留めんと、真っ直ぐに突き進み。

 

《ぬあぁあぁぁぁっ!》

 

 突如として、ガジェットの前にザフィーラが現れる。既に右の拳を構えた姿で!

 

    −撃−

 

 咆哮と共に放たれた拳が、ガジェットの顔面に突き刺さる。ザフィーラは止まらない。拳を顔面から抜くと同時に、蹴りを脇腹部分に続けて叩き込み、その細い身体を真っ二つにする。

 

    −爆−

 

 そのまま、真っ二つになったガジェットは爆発し、次元空間の藻屑となる。それを見て、人工知能がザフィーラをはやてよりも優先順位を繰り上げて、ザフィーラに右の銃を差し向ける。

 ガジェットⅡ型と同じエネルギー式の銃なのか、銃口にエネルギーが集中して。

 

《縛れ! 鋼の軛ぃ! つあああぉぉぉ!》

 

  −撃・撃・撃!−

 

 それよりも早く、ザフィーラより放たれた鋼の軛――魔力で編まれた杭に、顔面、胴体、背中をブチ貫かれる!

 杭が抜かれると同時に爆発し、前のガジェットと同じ末路を辿った。

 それを視界の端に収めながらはやてはフレスヴェルグを続いて放つ。くっと奥歯を噛み締めた顔で。

 ――ガジェットが自分に攻撃を仕掛けて来た。それはつまり、各防衛線を抜けられた、と言う事である。

 ”こんなにも早く”。

 まだ戦いが始まって、十数分も経っていないにも関わらずに、既にガジェットがここまで突破出来たと言う事実に、はやては悔し気に顔を歪めたのであった。

 

 ……皆。

 

 前線で戦う仲間達や家族を思う。しかし今、自分が成さねばならない事は支援砲撃だ。数を減らせば減らす程、前線は楽になるのだから。

 故に、はやては叫ぶ。散発的に、襲い来るガジェットや因子兵をザフィーラに任せ、己が成さねばならない事を。

 

《次、行くよ! リインっ!》

【はいです! はやてちゃん!】

 

 自身と共にあるリィンの声に頷きながら、はやては次弾のフレスヴェルグを撃ち放った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《ガバメント、ジャッジメント装填。滅罪LEVEL3、リミテッド三十%で固定》

【ラジャー】

 

 真空間故に、煙草も吸えないコルトが若干イライラしながらも、念話で自らのデバイス、ガバメントに命じる。視線は動かさない。前を向いたままだ――否、動かせないが正しいか。

 コルトの視線の先には、ガジェットと因子兵が三百六十度、”万遍なく存在”したのだから。

 

 ……よく、こんなに作ったモンだ。

 

 流石に、コルトは呆れたようにそう思う。何せ、推定五十万強である。この数を作りあげる設備もそうだが、待機させて置くスペースも馬鹿にならない。

 

《ゼロ》

【インパクト・ファング】

 

 ガバメントの機械音声を耳に残しながら、コルトは目の前のガジェットにするり、と踏み込んだ。一切の挙動を見せぬままに、だ。左のガバメントをガジェットの腹に叩き込み、直後。

 

    −撃!−

 

 ”腹部が消え失せた”。打撃と共に叩き込まれた弾丸がそれを成したのだ。上下が分かたれたガジェットを眼前に残したまま、コルトはスっと腰を落とす。両手のガバメントを同時にカートリッジロード。

 

【ライオット・ファング】

《トバすぜ》

 

    −轟!−

 

 そして、ソレは生まれた。

 ――壁。”銃弾”で作られた壁である。数万と言う弾丸で弾幕を作り上げたのだ。破壊の壁は、容赦無くガジェットと因子兵群を喰らい、蹴散らし、屠る。

 弾丸が通り過ぎた後には何も残らなかった。全て、薄く弾丸で削り取られて消え去ってしまったのだ。

 コルトは前にガバメントを突き出した格好で残心。煙草を吹かそうとして、口元に何もくわえていない事に気付いた。

 

《ちっ……》

 

    −撃−

 

 舌打ちしながら、コルトは真横にガバメントを向け、一発撃ち放つ。それは、今まさにコルトに襲い掛からんとした因子兵であった。弾丸を顔面に叩き込まれた因子兵は上半身がすっぽりと消える。だが次の瞬間、因子が沸き立ち始めた。再生しようとしているのだ。

 コルトはそれに再度の舌打ちを放ち、止めを差さんとして。

 

    −裂!−

 

 直後に走る”炎線”に気付き、後退した。炎線は一瞬で再生しようとしていた因子兵を灰に変え、そのまま止まらない。

 真っ直ぐにその後ろにまだ控えるガジェット、因子兵群に突っ走り、そして。

 

    −爆!ー

 

    −轟!ー

 

 莫大な熱量へと変換。1Km四方に、炎線が拡大し、その破壊力をブチ撒けた。

 それを見て、コルトは三度目の舌打ちを放つ。後方に振り返り、炎線の一撃を叩き込んだ仲間を見た。

 

《オイ》

《…………》

 

 念話の問い掛けに、しかし刃は何も答え無い。視線すら合わさずに、コルトを追い越す。

 

《馬鹿が。オイ、今あいつ。何発言霊式撃った?》

《今ので四発目です。おかげで多少楽にはなってますが》

 

 肩を竦めるような仕草でコルト達より、若干離れた位置にいる悠一が答える。その返答に、コルトは深くため息を吐いた。

 

《”本命”とやり合う前に潰れる気か、あの馬鹿タレは。……一条、出雲、奴のフォローに行ってやれ》

《はい、了解です》

《手が掛かりやがるな、全くよ》

 

 悠一とハヤトがコルトの命令に頷き、刃を追う。それを確認した後、コルトは再び前を向いた。

 ……刃が滅ぼし、一時的に出来ていた敵陣の穴が既に埋まっている。

 それはそうだろう。何せ、向こうは数が有り余っているのだから。

 

 ……こいつはぁ、キッツイかもな。

 

 倒せど倒せど現れる敵陣にコルトは嘆息する。残り魔力七割半。

 未だ余裕はあれど、決して楽観視出来ない。

 

 まぁ、やるしかないか。

 

《ガバメント。滅罪LEVEL、リミテッド現状維持》

【イエス、サー!】

 

 苦笑と共に、コルトは再びガバメントを構える。直後、コルトの前を行く三人に。そして、コルト自身に視界いっぱいに広がるガジェット、因子兵が雪崩掛かった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 雪崩をうち、迫り来るガジェットと、因子兵。それを目前にして、悠一は己がデバイス。月詠をくるりと回す。同時、カートリッジロード。朗々と、己がチカラを唄う。

 

《――この世界に満ちる、”四百万”の音素達! 次元空間故に空気は有らず、しかし起き行く雄叫びと戦場の重唱達よ! 届いていますか? 僕の声が!》

【レディ?】

 

 届けと叫ぶ声。それに一瞬だけ――しかし、確かに、戦場にポォンと言う応える声を悠一に返す。悠一はそれに笑みと頷きを持って応えた。

 

《聞こえているのならば、僕と共に一つの演奏を鳴り響きかせなさい! 曲名は――!》

 

    −轟!−

 

 直後、”ソレ”は生まれた。炎の身体を持ち、雄々しく羽ばたく翼が。魔力と音素で編まれたその姿が戦場に吠える。

 

《――皇帝》

【カイザーフェニックス】

 

 重低なる演奏と共に生まれた不死鳥は、燃える翼をはためかせる。それだけで、ガジェットが煙りを上げ、因子兵の身体が燃え出す。先の刃の一撃もそうだが、何故真空間に炎が生まれるのかには無論、理由がある。

 魔法とは、意思によって世界の法則を組み替える事を指す。故に、ある程度の術者は酸素が無くてもモノを燃やせるのだ。

 そして、悠一は真空間内で空気を介さずに音を打った。空気では無く、空間を振動させて音を生んだのだ。一般の物理現象に縛られぬ者達。故にこそ、彼等は位階の上位に在る。

 煌めき、輝く不死鳥による熱波にガジェットも因子兵も近付け無い。頃合いを見計らって悠一はスッと月詠を前に差し向ける。それに応えて、不死鳥が翼を一打ち――前進する。

 

《皇帝とは》

【常に前を見据える覇者の名なり】

 

 次の瞬間、不死鳥は敵陣の真ん中に真っ直ぐ突っ込み、その莫大な熱量を全て開放した。

 

    −煌−

 

    −輝−

 

 一瞬だけ、視界全てを白が覆い、そして。

 

    −爆!−

 

    −裂!−

 

    −轟!−

 

 激烈な爆発となって、巨大な炎球を顕現。生み出された炎球は、即座に周囲に在るガジェットを、因子兵を喰らい、消えた。

 それを確認して、悠一は溜息を吐く。四百万もの音素を使うフォニム式は相応の負担を悠一に与えたのだ。そして。

 

《後は宜しく、出雲先輩》

《オウ!》

 

 悠一の眼前に、ハヤトがその巨体を現す。手に握る大剣、フツノが上下にスライドし、激烈な勢いと共に重なり合った。

 

《行くぜ、フツノ》

【承知】

 

 フツノの短い返答に、ハヤトは笑い、一気にフツノを振りかぶる。同時、足場を形成。すり足で一歩を踏み込む!

 

《星断ちの一撃を受けるかよ!》

【断星剣】

 

    −斬!−

 

 叫びと共に横薙ぎへと、フツノを一閃、振り抜く。直後、その直線上にあった、ガジェット、因子兵群が全て、一刀両断にされた。

 これこそが、ロストウェポン、フツノの力であった。選択斬撃。己が斬る、と決めたモノのみを、”必ず断ち斬る”力である。勿論、ハヤトの魔力次第なので断ち斬れるモノと断ち斬れないモノが在るが。今、ハヤトが斬ったのはハヤトが視認した空間そのものであった。

 

《相変わらず、出鱈目で》

《……あんまり、お前等には言われたく無ぇな》

 

 後ろでパムパムと拍手する悠一にハヤトは苦笑。手に持つフツノを肩に担ぐ。

 

《それより、さっさとあの馬鹿追うぞ》

《ですね》

 

 頷き、二人はさらに前進する刃を見る。刃は、周りが見えていないとばかりにただ前進を続けていた。それを二人は溜息を吐きがてら追う。

 ガジェットと因子兵群が襲い来る最前線に、二人は刃を追って飛翔した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

【クロスファイア】

 

 レイジングハートの静かな声と共に、既にエクシードとなったなのはが、腰溜にレイジングハートを突き出す。直後。

 

    −煌−

 

 先端から光砲と、それに付き従うように光射が総計三条放たれた。

 中央の砲撃がまず、真ん中のガジェット群に叩き込まれ、容赦無く吹き飛ばし、それを躱した二体の因子兵に直撃する。因子兵は、腹に直撃した光射に、しかし構わない。そのまま、なのはに突っ込もうと前進した。

 だが、なのはは動かない。それを好機と見たか、因子兵が更に速度を上げ。

 

《バルディッシュ。ランサー、セット》

【プラズマランサー、ゲットセット】

 

 直後に、頭上に広がる雷光! なのはの頭上に、フェイトが周囲に雷の槍を形成して立っていた。

 スッとバルディッシュを掲げると同時、カートリッジロード。一気に振り下ろす!

 

《ファイア!》

 

 −閃・閃・閃・閃−

 

 フェイトの叫びと共に、雷槍が降り落ちる。なのはへと急接近しようとしていた因子兵は、速度を殺そうとして。だが、一旦速度に乗ってしまった慣性は簡単に止まる事を許さない。結果、因子兵は降り落ちる雷槍を何の抵抗も無く、受ける羽目となった。直撃し、そのまま走る雷撃が因子兵の全身を強く打つ。しかし、そこは因子兵。その一撃を受けながらも倒れない――次の砲撃さえ無ければ。

 

【エクセリオンバスター、スタンバイ、レディ?】

 

 響く機械音声。同時、なのはが因子兵にレイジングハートの先端を差し向ける。

 因子兵は、それに必死に動かんとするが、雷撃を受けている身体は動かない。そして。

 

《バスタァァ――――っ!》

 

    −煌−

 

 光の奔流がレイジングハートの先端より生み出された。その奔流は因子兵二体を飲み込み、止まらない。

 

    −轟!−

 

 光砲が真っ直ぐに伸び行く。それは、因子兵の直線上に居た更なる因子兵群を飲み込むと、その群を抹消した。

 

《ふぅ……》

《なのは、大丈夫?》

 

 一つ息を吐くなのはに、フェイトが心配そうな顔となる。

 この防衛線では砲撃、射撃に特化したなのはに最も負担が掛かっていた。

 魔法を絶え間無く放ち続けているのだ。魔力消費も馬鹿にならない。

 しかし、なのははそんなフェイトに笑顔で応えた。

 

《うん、大丈夫。ありがとう、フェイトちゃん》

 

 その返答に、フェイトはそっかと応える。なのはの頑固さは、フェイトも骨身に染みている。ここで辛そうな顔をする筈が無かった。

 

《……でも、なのは》

 

 あんまり無理しないように、と告げようとして、しかし再び最前線を抜けた因子兵とガジェットが現れる。

 それに二人は各々のデバイスを構えようとして。

 

《アイゼン!》

《レヴァンティン!》

 

 名を告げる叫びを聞いた。直後に、なのは達の頭上から赤とピンクの二人が舞い降りた。

 ヴィータとシグナムだ。二人は同時にカートリッジロード。まず、ヴィータが前に出た。

 

《轟天爆砕!》

【ギガント・フォルム!】

 

 ヴィータの叫びに応え、愛機グラーフアイゼンが変形を開始する。ハンマーヘッドが巨大化。それをヴィータが振りかぶると同時に再び巨大化する。ヴィータ本人の大きさを遥かに超え、さらに巨大化。十mを超える巨大鉄鎚となった。

 それをヴィータは真っ直ぐ上段に振りかぶり、間を置かずに振り下ろす!

 

《ギガント・シュラァァァ――――クッ!》

 

    −轟!−

 

 激烈極まる鎚撃が、先頭の因子兵に激突。その破壊力を遺憾無く発揮し、身体を粉々にして――止まらない。

 巨鎚は停滞せずに振り抜かれる。途上の全てを言葉通りに爆砕しながら。

 巨鎚が、最前線を抜けて来た敵陣の一部をこそぎとるようにして殴殺し、その敵陣には、更なる一撃が下される。

 

【猛れ! 炎熱! 烈火刃!】

【シュランゲ・フォルム!】

 

 二つの声を聞きながらヴィータの後方に居たシグナムが前に出た。連結刃となったレヴァンティンに一気に炎が走り、それをシグナムは伸ばす。

 シュランゲ・バイゼン。延びたレヴァンティンが、ガジェットを縦に叩き割り、その首を擡げると敵陣を縦横無尽に駆け抜ける。それは次々と敵を叩き墜とし――そこでシグナムは止まらない。レヴァンティンを引き戻しがてら、左手をすっと差し出す。そこに、静かに炎が灯った。

 

《剣閃!》

【烈火!】

 

 放たれる声に従うように、炎が剣身を走っていく。炎は切っ先まで、走り、レヴァンティンは真っ直ぐに伸び切った。それはあたかも、巨大な一本の剣を思わせる。

 そしてシグナムは、一気に横薙ぎへと炎剣を振り放つ!

 

《【火竜! 一閃!】》

 

    −閃!−

 

 炎刃一閃! 巨大化した炎剣は、一気に、敵陣を駆け抜ける。一時の間が空き、直後。

 

    −煌!−

 

 小規模の爆発が重なり合うようにして起き、炎斬撃の軌道上の全ての敵陣を殲滅した。

 ヴィータとシグナムはそれ等を見届けて、フゥと息を吐くと、それぞれのデバイスを基本形態に戻した。

 

《なのは、無事かー?》

《油断だな、テスタロッサ》

 

 振り向き、ニッと笑うヴィータと微笑するシグナムに、なのはとフェイトも微笑む。

 

《うん。ありがとう、ヴィータちゃん》

《助かりました、シグナム》

 

 その返答に、二人はそれぞれ頷く。そして、再び本局側へと視線を巡らせた。

 

《……最前線、結構抜けて来たね》

《数が数だしな。しゃーねーよ》

《だが、そうも言ってられん。私達を遠回りに避して後方に結構回った奴等もいる》

《FWの皆、大丈夫かな……はやても……》

 

 フェイトの言葉に、三人は苦い表情となる。後方のFW部隊は空間戦闘に慣れておらず、はやては近距離に弱い。あまり敵に防衛線を抜けさせたくは無いのだが、敵群はそれを読んだが如く、後方へとひた走る。はっきり言ってタチが悪かった。

 しかも、問題はそれだけでは無い。四人は視線の先を見て、そう思う。

 その視線は未だ減ったように見え無い敵に向けられていた。

 例の魔導師部隊。アルセイオ隊が出ていないにも係わらず、この事態だ。

 既に魔力も7割を切った。これ以上消耗して、例の部隊に出られると致命的な事に成り兼ねない。

 

《……とにかく、今はそれぞれの防衛範囲を広げよ?》

《そーだな。二手に分かれようぜ。消耗が増えるけど、その方が防衛範囲が広げられるしな》

《うん。なら、それぞれ少隊で分かれよう。なのははヴィータと、私はシグナムと行くから》

《ああ、では行くか》

 

 四人はコクリと頷き合うと、一気に駆け出した。

 しかし、未だに敵はその総数を十分に保ち。そして、なのは達を疲労が襲い始めていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 −撃・撃・撃・撃!−

 

 因子兵がくるりと回転しながらDAの腕に装備されたエネルギー弾を撃ち放つ。それをスバルは、ウィングロードを展開し、駆け抜けながら躱す――直後。

 

《クロス! ファイア――――! シュ――ト!》

 

    −射!−

 

 二十の光弾が、スバルの前から突っ込んで来た。

 それは、スバルの脇をすれ違う軌道で駆け抜け、スバルを追っていた因子兵へと殺到する。

 

 −撃、撃、撃、撃、撃−

 

 因子兵はそれを回避する術を持たず、全身に光弾を叩き込まれる。ぐらり、とダメージで崩れる身体が、再び因子により再生しようとして。

 

    −煌−

 

 突如として撃ち放たれた光の奔流に全身を飲み込まれ、消え去った。見れば、スバルの前方にクロスミラージュと、イノーメスキャノンを構えるティアナと、ディエチが居る。

 

《スバル! 一旦こっちまで戻って!》

《うん!》

 

 合流を呼び掛けるティアナにスバルは応じ、そのまま二人に合流しようとして。

 迫るガジェットと因子兵に気付いた。ィアナ達はそれに気付かない――否、”気付けない”。

 

《ティア! ディエチ! ”下”!》

《え……? っ!?》

《しまった……!?》

 

 スバルの念話に、二人は下を見て、顔を強張らせる。

 そう、敵群は”真下”から二人に迫っていたのだ。因子兵が腕を差し向け、ガジェットがミサイルハッチを開放すると二人に撃ち放とうとして。

 

《させるかよ!》

《二人とも! そのまま!》

 

 更なる念話が一同に叩きつけられた。ノーヴェとギンガである。二人は、エアライナーとウィングロードを展開しながら一気に駆け、ティアナ達のちょうど真下を通り過ぎる軌道で走り抜ける。

 ギンガのリボルバーナックルが、ノーヴェのジェットエッジが激烈な回転を刻み、それを二人は駆け抜けざまに、先頭の敵へと叩き付ける!

 

《リボルバ――! スパイク!》

《リボルバ――! バンカー!》

 

    −撃!−

 

 蹴りと、拳がそれぞれガジェットと因子兵に直撃。ガジェットは顔に、因子兵は腹に叩き込まれ、二人はそのままフライバイしながら敵陣を抜ける。

 先頭が一撃を受けた事により、敵陣はティアナ達へと向かう動きを止められ、奇襲が失敗に終わったと見るや、そのまま回頭しようとして――背中に、短剣がそれぞれ突き立った。

 チンクだ。彼女はウェンディのライデングボードに相乗りして、共に敵陣を抜ける。次の瞬間、チンクが指を弾いた。

 

《IS、ランブルデトネイター》

 

    −爆!−

 

 轟爆! 因子兵やガジェットが一斉に爆発し、因子兵は再生する事さえ出来ずに塵に消える。

 危機から脱っした事に、ティアナとディエチがホっと息を吐いた。同時に、スバルが一同に合流した。

 

《ティア、ディエチ、大丈夫?》

《何とかね。……助かったわ》

《ありがとう》

 

 スバルの言葉に、二人共頷く。それにギンガ、ノーヴェ、チンク、ウェンディも笑いながら頷いた。

 

《でも、やっぱり上も下も無いって言うのは、あまり落ち着かないわね》

《確かにな》

 

 ティアナの言葉に、チンク、ディエチが頷く。それに、スバル達は苦笑した。

 いくら無重力空間で動けるようになったとはいえ、機動力で分が悪すぎるのだ。因子兵やガジェットに追い回されるような状態である。

 まともに戦えているのは、スバル、ノーヴェ、ギンガ、ウェンディくらいであり、チンクにいたってはウェンディのライデングボードに相乗りしている状態である。あまりにも戦場の分が悪すぎた。

 

《そう言えば、ハラオウン提督とエリオとキャロは?》

《ああ、あの三人ならあっちにいるぜ》

 

 そうノーヴェが答え、右に指を差し向けた、直後。

 

    −凍!−

 

 その指が指し示す方角、数百mの空間が凍り付いた。

 

《……は……?》

 

 いきなりの事態に、一同が目を丸くする。何の脈絡も無く、何百mも凍り付いたのだ。驚きもする。

 すると、そちらの方向から白銀の竜が翼を羽ばたかせて、こちらに向かって来た。

 キャロの相棒である、フリードだ。背中には、キャロとエリオ、そして、何やら息を荒げているクロノの姿があった。

 

《皆さん〜〜》

《キャロ! エリオも、大丈夫?》

《はい。クロノ提督のおかげで……》

 

 一同に合流した、三人をスバル達が出迎える。しかし、ティアナがフリードを見て疑問符を浮かべた。

 

《……? あれ? て言うかチビ竜、何で真空間なのに、大丈夫なの?》

《えっと……フリードが”竜”だから、らしいんですけど》

 

 キャロの返答に、更に一同は疑問符を浮かべた。それに、エリオとキャロは苦笑する。実際、二人も詳しく分かっている事柄では無いからだ。

 二人は一度、トウヤに竜の事について、いろいろ聞かされた事がある。それは次のような事だった。

 竜とは、半精神存在であり、従来の生命体では無い。龍がほぼ完全な精神存在なのに対して、竜は肉体を持つ。しかし、その在り方は精神存在寄りなのだ。故に竜種は、根本的に呼吸を必要としない。空気が無いのに、真空間を飛ぶのも同じ理由である。竜は翼に風を受けて空を飛んでいる訳では無い。そもそも、フリードのような巨大な竜の飛び方は、物理法則に従うのならばハングライダーのような滑空の飛び方が正しい。分かりやすいのが、プテラノドン辺りの恐竜である。つまり、翼を羽ばたかせて飛ぶ事は、このサイズの生物では不可能なのだ。

 しかし、フリードを始めとした竜種はこれが出来る。理由については様々だが、竜種は重力や慣性を制御していると考えられるのだ。

 このような竜のレクチャーと、竜の可能性について、トウヤが入院している時に二人は二時間に渡り聞かされたのである。

 当然、このような長い話しを完全に覚えられる筈も無い。結局二人はフリードはいろいろ凄い、と言う事くらいしか分からなかったのだ。

 

《ええっと、詳しいお話しは後でトウヤさんとじっくりとして頂ければ……》

《うーん、そうね。今は戦ってる真っ最中だし、そうするわ》

 

 キャロの言葉に、一同は頷く。そのまま視線をまだ息を荒げているクロノへと向けた。

 

《えっと……ハラオウン提督、大丈夫ですか?》

《ああ、問題は――っ!》

 

 荒い息で頷こうとするクロノだが、突如、真上を仰ぐ。

 そこには、一気に自分達へと向かい来る敵群が居た。

 

《また……!》

《く……!》

 

 クロノに釣られて上をみた一同も顔を強めながら己の愛機を構える。だが、それよりも早くクロノが手に持つ真・デュランダルを敵へと差し向けた。

 

《今度は、”やり過ぎる”なよ! デュランダル!》

【OK、Boss】

 

 クロノの声にデュランダルは確かに応え、直後、自身に登録されていた魔法を引きずり出した。

 

【エクスキューショナース、ソード。スタンバイ】

《て、ちょっと待て!?》

 

 告げられる魔法名にクロノは慌てて、魔法を中断しようとする――間に合わなかった。真・デュランダルの先端から”冷気”で形成された刃が生まれた。

 ”氷”では無く、”冷気”である。しかも目に見える程のだ。それは、周囲と遥かに隔絶した冷気が刃となっている証拠であった。その刃が、真っ直ぐに伸びる! 敵群の先頭を走るガジェットを貫き、瞬間。

 

    −凍!−

 

 ”冷気の刃が爆裂した”。

 熱の急上昇では無く、急下降による爆裂である。

 そのガジェットを中心として、一気に周囲が凍り付き、それは敵群をまとめて凍り付かせてなお続いた。

 

《…………》

《ぐ……っ》

 

 エリオとキャロを除く一同が、あまりの事態にポカンとなる中、クロノが苦しげに喘ぐ。そして、ギロリと手に持つ真・デュランダルを睨んだ。

 

《くそ。”近接型の魔法”で、これか……!?》

 

 睨みながらクロノはぐっと奥歯を噛み締める。

 そう、ロストウェポンとなったデュランダルの最大の問題点がそこにあった。登録魔法の殆どが、殲滅型の魔法なのである。先のエクスキューショナースソードも、”近接殲滅型魔法”であった。当然、魔力消費が馬鹿にならない。今、クロノの魔力量は五割を切ろうとしていた。

 真・デュランダルは、術者の魔力消費を”一切”考え無いと言う、ある意味で致命的な欠点を抱えていたのだ。

 作成者が、魔力消費を気にしない人間故に起きてしまったミスとも言える。

 

《誰だ、こんな使いづらいにも程がある改造をした奴は……!》

 

 毒づきながらクロノは嘆息。一同に向き合う。

 

《すまない。さっきからこんな調子でな》

《あ、いえ……》

《ええと、大丈夫ですか?》

 

 それぞれから掛けられる念話に、クロノは首肯する。そして、周りを見渡して一同に向き直った。

 

《今、現状で僕はこんな状態だ。でも、さっきからなのは達の防衛線を抜ける敵も増えてる》

《はい》

 

 一同がクロノの念話に頷く。先程からこちらへと向かい来るガジェットや因子兵が増え始めているのだ。こちらの防衛線を突破する敵も増えている。

 

《そこで、僕達もそれぞれ分かれて防衛線を張ろう。チーム分けは――》

《少隊で分かれてはどうだろうか? 基本はN2R(ウチ)が前で、その後方にスターズとライトニングを配置すれば》

 

 チンクがクロノに提案する。元々、N2Rがこの防衛線では主力となっているのだ。彼女達を中心に据えるのは当然とも言える。

 クロノがチンクの提案に少し思案。数秒後にフムと頷いた。

 

《よし。ならそれで行こう。僕も君達と一緒に中央に陣取る。今の僕は大きい魔法”しか”撃てないが、中央ならまだ多少は効果的だろうしな》

 

 一同を見遣りながらクロノは話す。続いて、スバル達に視線を向けた。

 

《僕達が撃ち漏らした敵は君達に任せる。頼めるか?》

《はい!》

 

 スバル達はクロノの言葉に一斉に頷く。それに、クロノもよしと再度頷いた。

 

《それじゃあさっそく、配置につこう。行くぞ!》

 

 その言葉に、一同は皆頷くと、それぞれ動き出した。

 

 

(中編2に続く)

 




はい、第三十五話中編2でした。量VS質の戦いです。
どっちが優れてるかは、置いておくとして、尋常じゃない量で攻められるとヤバいですな。文字数的にも(笑)
次回、第三十五話後編もお楽しみにです。


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第三十五話「時空管理局本局決戦」(後編)

はい、第三十五話後編です。いよいよ本局決戦も大詰めです。果たして、どうなるのか――では、第三十五話後編、どうぞー。


 

    −轟!−

 

 ――次元空間に炎が走る。

 それは、一直線に向かい来るガジェットと因子兵群の中央を走り、次の瞬間。

 

    −爆!−

 

 爆裂閃光! 炎の柱として顕現し、まとめてそれ等を焼滅せしめた。

 その一撃を放った人物、黒鋼刃は、自らの愛刀。銀龍を振り下ろした姿で残心。間を置かず、即座に前進を続ける。

 

《っ――! つ――!》

 

 前に、時空管理局本局へと進む刃の息は荒い。既に言霊式を六発も使用している為だ。それに、他の誰よりも前へと行く刃は、その分ガジェットや因子兵に一番多く襲われている。それを撃滅し続けて疲労が無い筈も無い。

 間断無く襲い掛かる敵を容赦無く、手に持つ銀龍で断ち斬り続ける。機械の身体を断ち、ヒトガタの身体を斬り裂く。刃の顔には一切の余裕は無い。

 それでも、前に進む。

 憎しみを糧に。

 怒りを胸に。

 ただ前進を続ける。

 

《……じぃ……!》

 

 少しだけ、口から言葉が零れる。それを隠すように、眼前の因子兵を斬り刻み、ガジェットを真っ二つにする。

 その刃の胸中にあるのは、ただ一つの記憶だ。

 

 ベナレス・龍。その男の記憶。そして、その男に結果として殺されてしまった母の記憶だ。

 優しく、厳しかった母、自分に優しく笑いかけてくれていた母、それを殺した男、”自分の父親”。

 

《親父ぃ……!》

 

 吠える。その呼び方をする事すらも嫌悪し続けたのに。でも、その呼び方以外の呼び方を知らなくて。

 斬る、斬る、斬り裂く。十を、百を、千を、万を! 眼前の因子兵に、ガジェットにベナレスの顔を重ね、滅ぼし続ける。

 そんなものに意味は無いのに、意味なんて無いと知っていたのに。それでも刃は前進を続ける。

 ベナレスへと、母の仇へと、憎いあの男へと続くその道を走り続ける。

 父親へと続く道をガジェットと因子兵で塗装された道を走る。

 

    −斬!−

 

 真上から振り下ろした一刀でガジェットを断ち斬り、そのまま横に銀龍を構えた。

 

《目覚めろ、銀龍!》

 

    −哮!−

 

 刃の思念による叫びに、銀龍は再度の咆哮をあげる。瞬間、刃の足元に二重な円が組み合わさった特殊な魔法陣が展開し、同時に銀龍に風が巻く。

 真空間だろうと、炎と同じく高位の術者は風を生み出せる。それは、まるで刃の怒りを具現したが如くに勢いを増し、銀龍だけで無く刃自身すらも包み込んだ。その刃に、上下、左右、前から襲い掛かるガジェットと因子兵。刃は一気に風巻く一刀を振り放つ!

 

《風、逆巻け! 風龍・暴風陣!》

 

    −裂!−

 

 直後、確かに刃を中心として空間が”歪んだ”。風が捻れ、引き裂き、空間を歪めたのだ。そしてそれは、一つの結果となって世界に顕現する。

 

    −轟!−

 

 ――竜巻。次元空間に全てを巻き上げ、砕き、噛みちぎる顎が、風の柱となって解き放たれたのだ。

 それが五本。問答無用に、ガジェットと因子兵を喰らってゆく。

 数千もの数を纏めて滅砕せしめた一撃が通り過ぎた後には、刃ただ一人しか残っていなかった。

 銀龍を振り下ろした姿で刃は残心する。そして、ギロッと前を――本局を見据えた。

 そこに居る筈の存在を、本局を通して睨み据える。自らの父親を、怒りと憎しみを篭めて。叫ぶ!

 

《出て来い……! クソ親父ぃぃぃぃっ!》

 

 次元空間に、ただその思いの叫びが響き渡った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 時空管理局、本局。既に占拠されたそこには管理局局員の姿は無い。その殆どは捕虜として拘束されているからだ。今、管理局の管制室には、占拠を行った組織。ツァラ・トゥ・ストラの指導者であるベナレス・龍、側近たるグリム・アーチル、そしてグリムと同じく管理局を裏切り、ストラに下った管理局員と、傭兵部隊であるアルセイオ隊の面々がそれぞれ詰めていた。

 その一同が見るのは管制室のモニターに映る本局前で行われているガジェット、因子兵とアースラ隊による激戦であった。

 

「因子兵、並びにガジェット。既に総数の二十%が撃破されました」

「流石と言った所ですか」

 

 管制官からの声に、グリムが若干の苦さを伴う声で答える。五十万強の兵群が、既に二十%も撃破されたのだ。いくらグノーシス・メンバーがいるとは言え、それは凄まじい戦果と言えた。

 

「だが足りぬ」

 

 そんなグリムの後方から声が掛かる。

 ベナレスだ。腕を組みながら、無表情にモニターを眺める。

 

「よく戦ってはいる。しかし、この程度に苦戦するようではな」

「……は!」

 

 ベナレスの声に、グリムは恭しく頷いた。ベナレスは彼を尻目に視線のみを横に移す。

 

「話しにならん。そうは思わんか? アル」

「……その話しにならん連中に負けた俺に聞きますかね」

 

 問う声に、苦笑が続く。

 その視線の先に居る人物は無尽刀、アルセイオだった。彼は苦笑しながらもその傍らに立つ。

 

「甘く見てると後悔するかもしれませんぜ?」

「構わん。寧ろ、その位で無ければな。……それとその妙な敬語はやめろ。似合わん」

「んじゃ、そのように」

 

 ベナレスの言葉に、アルセイオは肩を竦める。そして、彼は言われたように敬語を外して問い掛けた。

 

「行くのか?」

「愚問だな。アレはテストもデータ取りも必要であろう? その相手に奴らは打ってつけだ」

 

 間髪入れずに答えるベナレスにアルセイオは嘆息、額を抑える。

 

「……俺がアンタに一つだけ尊敬出来る所がある」

「ほう、初耳だな。聞かせてみろ」

 

 意外そうな顔でベナレスは顔を向ける。アルセイオは再度の苦笑し、ニッと笑った。

 

「何聞いても自信ありげに聞こえる事だ」

「何だ。当たり前だな。私はいつでも自分に自信を持っている」

 

 いっそ傲慢とも取れるその発言にやはりアルセイオは苦笑。アンタにゃ勝てねぇよとばかりに首を振った。

 そしてベナレスは立ち上がる。巨躯を真っすぐに伸ばして、モニターを見据えながら。間を置かずに踵を返した。

 

「グリム、片付けて来る。兵を下げよ」

「ハッ……!」

 

 グリムはあくまでも柔順に答える。アルセイオと親しげに話そうと、グリムは何も言わない。それは彼に対する不敬にもなるからだ――アルセイオを決して認めた訳では無いにしろだ。

 グリムの返答に、ベナレスは無言で扉に進もうとして。

 

「……いいのか? あそこにはアンタの息子も居た筈だが?」

 

 その背中にアルセイオから声が突き付けられた。アンタに息子を撃てるのか? と、そう問う声が。

 しかし、ベナレスはそんなアルセイオに振り返る。その顔に浮かぶのはやはりどこまでも感情の無い瞳。

 

「ああ、いたな。そう言えば、そんなモノが。だが、それがどうかしたのか?」

 

 きっぱりとベナレスは言い放つ。その顔は、その目は、どこまでも混じり気無しの無感情であった。

 本当に、そんなコトはどうでもいいと、そう告げる声。それにこそ、アルセイオは嘆息した。

 

「……そうだな」

「ああ。では後詰めは任せるぞ、アル」

「あいよ」

 

 アルセイオの返答をしっかり確認した上でベナレスは管制室を出た。

 ベナレスが出て行き、既に閉まった扉を見ながらアルセイオは盛大にため息を吐く。

 

「……相変わらずだよ、お前は。十年前と何も変わりゃしない」

 

 そう零しながら口元を歪める。懐かしむように、アルセイオは笑った。十年前、自分にルシア・ラージネス抹殺を命じたベナレス。それを思い出して。

 自分がグノーシスを抜ける一件となった事件。それが結果として、またあの男の下に着く事になった事に、あまりにも皮肉過ぎるそれに苦笑したのだ。

 

「……面倒臭い親父だよ、お前は」

 

 その声はあまりに小さく、口の中だけで呟かれ、他の誰にも聞かれなかった。

 

 そう、誰にも。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −煌!−

 

    −破!−

 

    −裂!−

 

 次元空間に光砲の一撃が、剣矢の一矢が放たれる。

 光砲は数体の敵を纏めて屠り、剣矢は確実に一体一体を仕留めていく。それを放つのは最前線の援護砲撃、射撃組、凪千尋と本田ウィルであった。

 千尋は溜め無しで、2ndフォームのガングニールをぶっ放し、ウィルは真空間故に纏めて敵を屠る事を選択せず、確実にフェイルノートの一撃を持って敵を倒す。それを自分達の前に居るメンバーの援護の為に撃ち続けていた。

 

《……むぅ、もっと景気良くバ――ン! て撃ちたいわね》

 

 千尋が若干うんざりした顔でため息を吐く。それに隣のウィルも苦笑した。

 

《まぁまぁ、姐さんの気持ちは分かりますけど、もうちょい待ちやしょうや》

《ストレス溜まるわねー》

《え!? 性よ――》

 

    −煌!−

 

 千尋はウィルに最後まで念話を許さず、ガングニールの砲口を差し向けるなり容赦無くぶっ放す。ウィルは間一髪、獣じみた反応速度で避けてみせた。

 

《こ、殺す気ですかい!?》

《イライラしてる時にアホな事言うからよ。大体こんなの、ハヤトなら日頃受けてるから大丈夫よ》

《いや、ワイ、あの人のように無駄な頑丈さしてないんで》

 

 無理無理とウィルは首を横に振る。千尋はそれに嘆息で応え、また援護砲撃に戻る。ウィルも同様に援護射撃に戻った――と、直後、二人の砲撃と射撃、そして最前線の四人をスリ抜けてガジェットと因子兵が現れた。それらは即座に二人へと向かう。二人の内、どちらかを殺せば、援護砲射撃の片方が止まる。それを見越したのだろう。しかし。

 

《リク、出番やで?》

《楓、アレ任せるわ》

 

    −斬!−

 

    −閃!−

 

 まるで二人の声に合わせるかのように、突破して来たガジェットと因子兵が真っ二つにされ、全身を穴だらけにされる。その後ろから二人の人影が現れた。

 真藤リクと、獅童楓。朱槍と、銀に光るレイピアを手に持った二人が。

 二人はそのまま嘆息すると、申し合わせたように前に出る。

 

《さっきから大忙しやー、お姉さん、ネタ考えとる暇も無いで》

《……そう言うのは戦いの真っ最中に考える事じゃ無いと思うんだよ。マジに》

 

    −斬−

 

 二人は、ぼやきながらも己が勤めを果たす。それは援護組の護衛だ。

 千尋とウィルが、何の気兼ねも無く、最前線の援護が出来るのはこの二人のおかげであった。

 

《感謝してるわよ。ほ〜〜ら、しっかり働きなさいな》

 

 千尋が二人に笑い掛けながら光砲をぶっ放す。ウィルもそんな千尋に苦笑しながらも、剣矢を撃ち放った。当然、楓もリクも何かを言い返してくると思い――だが。

 

《まぁ、なぁ……》

《…………》

 

 片や、曖昧に。片や、無言で返答する。そんな二人の態度にこそ千尋とウィルは眉を潜めた。

 

《……ちょっと、どうしたのよ? アンタら二人》

《いつもならぎゃあぎゃあ喧しい楓姐さんや、先輩を先輩と思わんリクがどうしたんや?》

《ウィル、後でちょ〜〜っと、お姉さんと話し、しような?》

 

 ニッコリと笑う楓に、ウィルは顔を引き攣らせる。リクはそんな二人に嘆息。朱槍でまた一体。抜けて来たガジェットをブチ抜きながら答えた。

 

《……イヤな予感がするんだよ》

《何やて?》

 

 リクの念話に、一瞬、ウィルが訝し気な顔となる。楓もリクの念話に頷いた。

 

《何ちゅうか、ここに居るとマズイ気がしてならんのや。勘やけどね》

《て、ちょっと待ちなさい! アンタら確か――》

 

 千尋が目を見開く。二人は、そんな千尋に頷いて見せた。

 真藤リク、獅童楓。二人はアビリティースキル、直感の、しかもかなりの高ランクである。

 リクがS。楓に至ってはSSS+++である。そんな二人が揃って嫌な予感を覚える。これほど怖いモノも無い。何かが起きるのが確定してるも同然だからだ。

 

《コルト隊長には?》

《さっき知らせた。苦い顔してたな》

《今は現状維持するしかあらへんやて。……当たり前やけどな》

 

 ウィルの問いに、二人は肩を竦める。例え、何かが起きるのが確定と言えど、ソレだけで撤退を選べる筈も無い。既に自分達はストラの懐に飛び込んでいるのだから。

 

《とりあえず、気をつけとくしか――》

 

 無い、と千尋は続けようとして。しかし、出来なかった。いきなり起きた現象に、驚いたから。他の三人も目を丸くする。それは。

 

《敵が……》

《撤退していく?》

 

 ウィルと、リクの声が重なる。そう、今の今までこちらへと突っ込んで来ていた因子兵とガジェットが、いきなり本局に撤退し始めたのだ。

 自分達の周りだけでは無い。自分達を抜け、後ろへと向かった敵兵達すらもが、ぞろぞろと撤退していた。しかし、驚きの事態はまだ続く。

 

    −軋!−

 

 空間が確かに一瞬、硝子が割れるような音が響かせた。その瞬間、今までずっと此処ら一帯を覆っていた結界が解ける。つまり、次元封鎖が。

 

《どう言う事や、コレ……?》

《隊長……?》

 

 千尋がいきなりの事態の連続に、コルトへと念話を飛ばす。しかし、それに対するコルトの返事は無かった。

 

《隊長?》

《……相変わらず派手好きな野郎だ》

 

 ――?

 

 コルトからいきなり告げられる言葉に千尋やウィルは疑問符を浮かべる。だが、前の二人はそれにぐっと奥歯を噛む。コルトの言わんとしている意味を察したからだ。

 

《あれ、かよ》

《……やね》

《二人共……?》

 

 怪訝そうな表情となる千尋に、二人は指を伸ばす。思わずその視線を辿り、そして千尋とウィルは二人の反応を理解した。

 

 ――人。人がいつの間にか、本局の真ん前に立っていた。2mはある巨体を漆黒の甲冑で覆い、鎧によく合う短い黒髪は全て逆立てている。

 手に持つのは大剣だ。

 そして全てを睥睨せんが如く見下ろす釣り上がった目。

 グノーシスの人間なら――否、今この場にいる人間で彼の事を知らない者はいない。男の名は。

 

《……ベナレス・龍》

 

 誰かが、その名を呼び、男、ベナレスはそれに応えるかのように口の端を吊り上げて、笑った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 本局を背にして、その男は立つ。

 ベナレス・龍。ツァラ・トゥ・ストラの指導者たる彼が。

 暫くベナレスは辺りを睥睨すると、ゆっくりと頷いた。

 

《貴様達が現状、管理局最大戦力たるアースラ隊か。見知った顔も何人かいるようだな》

 

 突如として、アースラ隊全員に思念通話が響く。ベナレスからの念話でだ。それに皆は、それぞれの反応を示す。

 一番後方に居た八神はやてが一同を見渡し、ウィンドウを展開。ベナレスに繋げた。

 

《……時空管理局、本局所属。アースラ艦長、八神はやて言います。……アンタが、ツァラ・トゥ・ストラ指導者、ベナレス・龍で間違い無いんやな?》

《いかにも》

 

 ベナレスはその問いに大仰に頷く。はやては、ベナレスに続いて罪状を述べようとして――しかし、突き出された手にそれを止められた。

 

《……逮捕するだの何だの言うのであろうが、時間の無駄だ。どちらにせよ。戦る事は決まっている》

《――っ!》

 

 きっぱりと告げて来るベナレスに、はやてはぐっと呻く。ベナレスはどこまでも構わない。大剣を杖のように、空間に形勢した足場に突き立てる。

 

《……貴様達の戦い、見せて貰ったのだが、正直失望を禁じ得なかった》

《何だと……!》

 

 誰かから怒りの声が上がる。恐らくはリクか。それもまたベナレスは無視。くっと笑う。

 

《貴様達ならばと思ったのだがな。落胆させられた。これならば私だけで打倒出来てしまう》

《言ってくれるな。試して見るかよ?》

 

 コルトが逆に挑発するかのように言い放つ。それにベナレスは笑い。

 

《いいだろう。来るが――》

 

 ――よい、と告げようとして。

 

    −轟!−

 

 いきなりベナレスまで一直線に炎線が走る! 一瞬でベナレスへと到達し、次の瞬間。

 

    −煌!−

 

 激烈な爆発となって顕現。ベナレスを中心として、巨大な爆炎をぶち撒けた。

 それを成したのは言うまでも無い。ベナレスの息子、刃であった。

 

《――っ、黒……!》

《……》

 

 コルトが刃に制止を呼び掛けようとして、だが刃は耳も貸さない。続いてさらにもう一発言霊式による爆炎技を叩き込む。それは、先の炎と相乗効果を生み、あたかも太陽のように顕現した。

 

《……馬鹿が!》

 

 コルトが発生した爆炎に、呻きながら舌打ちする。ベナレスは元とは言え第一位だった人間である。並の実力では無い事は間違い無い。ああいった手合いは、包囲した上でタイミングを合わせて一撃でケリを付けるのが正しい。しかし、刃が先走った事によりコルトの策はあっさりと潰えた。

 

《ちっ! 奴に続くぞ。全員、全力の攻撃を奴に――》

 

 とにかく、今の内にベナレスを討とうとして、指示を飛ばさんとする――そこで、立ち止まった、他の皆もだ。

 ――爆炎が消える。そこに立つのは、未だ無傷のベナレスであった。

 

《アレを受けて――!》

《っ……!》

 

 悠一の驚きの声に、呆然としていた刃がハッと我に返る。直後、再び言霊式を放とうとして。

 

《見せてやろう。絶望を》

 

    −軋!−

 

 直後、世界が軋んだ。

 キシキシと歪み、悲鳴をあげる。同時、ベナレスの足元に魔法陣が展開した。

 カラバ式の魔法陣だ。それは一気に拡大し、百数十mもの巨大な魔法陣となった。

 

《何……? 何をしようとしているの……?》

《アレ、まさか……》

《キャロ?》

 

 突如として響くキャロの声に一同、視線を彼女へと向ける。キャロはそんな皆の視線に気付かぬ程に呆然とし、ぽつりと呟いた。

 

《召喚術……?》

《なに?》

 

 告げられた念話に、コルトが目を見開く。しかし、あんな巨大な魔法陣を必要とする召喚術とは一体……?

 そこで、コルトは思い出した。一度だけ”それ”を見た事がある。百数十mもの魔法陣を必要とする召喚術を。ソレは――!

 

《しま……っ!》

《もう、遅い》

 

 失策に気付いたコルトにベナレスが笑いを浮かべると、片手を掲げた。

 

《巨神降臨……!》

 

 一際、激しい輝きを魔法陣は放つ。そして、ベナレスは叫ぶ。己が”デバイス”の名前を。

 

《来い、ギガンティス!》

 

 次の瞬間、コルト達に、なのは達に、そしてスバル達の眼前にソレは現れたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――それは、機械で出来ていた。

 本局の前に、ベナレスの真後ろに突如として現れたソレは。

 巨大なヒトガタ。そう呼ぶのが正しいだろう。ずんぐりとした姿である。しかし、鋼で出来たその身体は圧巻、と呼ぶのが正しい。

 その偉容。実に六十mは超えるその巨体は正しく巨神(ギガンティス)と呼ぶに相応しき姿であった。

 そして何より、アレは絶望的なものだと、この場に居る全ての者が悟った。ただ在るだけでそれを悟らされたのだ。

 

《ギガンティス――対界神器!》

 

 コルトが目を剥いて、それを見ながら念話で叫ぶ! それになのはが目を向けた。

 

《コルトさん。アレは……?》

《……グノーシスに在る――”在った”兵器の中でも最悪のモンだ》

 

 ぐっと奥歯を噛み締めながらコルトが呻く。そのまま、続きの言葉を放った。

 

《”第三、第四段階到達型感染者用兵器”。つまり、感染した世界をブチ壊すためのモンだ!》

《世、界、を……?》

 

 一瞬、告げられた意味を理解出来ずに、なのはを始めとしたアースラ・メンバーは呆然とし。しかし、その言葉の意味を理解して総毛立つ。

 それが文字通り、”世界を滅ぼすモノ”であると理解したからである。

 そんなモノをよりにもよって、ベナレスが手にしているという事態に一同は言葉を失う。

 

 ――そして。

 

《フュージョン》

 

 その言葉が辺りに響いた。直後、ベナレスの姿が消える。コルトが真っ青になった顔で後ろに振り向いた。

 

《逃げろ! 八神、撤退だ!》

《え……で、でも……》

《早く!》

《逃がすとでも?》

 

 声はギガンティスの中から響いた。巨神がその巨躯を動かし始める。ギガンティスの巨大な両腕が持ち上げられた。

 

《次元震と言うものがあるな? それを例えば、”完全に攻撃に転化出来た”場合、果たしてどうなると思う?》

《っ――――――!?》

 

 告げられるベナレスからの念話にはやて達はゾクリとする。そんなモノ、想像すらも超越する破壊力になるに決まっていた。はやては、即座に撤退を告げようとして。

 

 しかし――。

 

《では、さらばだ》

 

 ――全てが、遅かった。

 

《アーマーゲドン》

 

 

 

    −滅−

 

 

 

 

 光が、ただただ膨大な光が、波に、津波となって押し寄せる。それは最初にグノーシス・メンバーを飲み込んだ。更になのは達を飲み込もうとして。

 

《神覇、八ノ太刀ィィィィィィ……!》

 

 ”絶対聞こえ無い筈の声が一同に響いた”。

 

《玄武――――!》

 

 光の波が届く、その瞬間、確かに一同の眼前に、亀の甲羅のようなシールドが展開した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《っ……?》

 

 痛む頭を振るい、なのはは目を覚ます。

 

 何が――?

 

 そう思い、瞬間、全てを思い出した。自分達は確か、あの光の波に……!

 

《皆! っ――!?》

 

 念話を飛ばして、なのはは起き上がり、それに気付いた。まるで自分を庇うかのように眼前に立ち塞がった存在に。

 紅の鉄騎、ヴィータ。彼女が自分の前に立ち塞がり、両手を掲げた恰好で身動きを止めていたのだ。

 

《ヴィータ、ちゃん……?》

《……へ》

 

 なのはの呼び掛けに少しだけ口の端をヴィータは持ち上げ。直後、その小さな身体が崩れ落ちた。なのはは、そんなヴィータに慌てて縋り付く。

 

《ヴィータちゃん!?》

 

 抱き留めて、ゾクリとした。

 ”軽い”。存在が消えんとせんばかりにヴィータの身体は軽かった。

 そこでなのはは気付いた。ヴィータは自分を守る為に、あえてなのはを押し飛ばし、その前に立ち塞がったのだと。まるで、盾になるように。

 

《何で……!? ヴィータちゃん……!》

 

 涙を浮かべながら、なのははヴィータに問う。しかし、彼女はそれに答えられない。ただただ、なのはの腕の中でぐったりとし続けていた。

 

 

 

 

 キャロとエリオは光の波が迫った時、確かに死を覚悟した。

 迫り来るソレは小さな身体を滅ぼすのに十分過ぎるチカラで押し寄せたのだ。

 エリオはせめてキャロだけでもと必死に抱きしめ、背中を光の波に向けた。しかし、その直後。

 

《大丈夫》

 

 そんな声が聞こえ、そして。

 

《なんで……?》

 

 エリオは腕に抱えた二人を見て涙を流す。二人は、フェイトとシグナムだった。

 光の波が通り過ぎた後、振り返ったエリオの目に映ったのは自分を抱き留め、ずたぼろとなったフェイト。更にその前に立ち塞がり、フェイト以上にボロボロになったシグナムであった。二人共、意識は既に無い。だが、エリオは確信していた。

 フェイトもシグナムも、自分達を守る為に身を犠牲にしたのだと。キャロも意識を失っている。

 一人だけ無事。それが尚更、エリオのココロをえぐる。

 エリオは腕の中で意識を失ったフェイトとシグナムを抱え、涙を流す。

 それは、少年にとって守れなかったと言う傷。守られたと言う痛み。

 エリオは悔しさと悲しさのままに泣き続けた。

 

 

 

 

 ――何で?

 

 光の波が通り過ぎた後、スバルとティアナは一緒にそう思う。

 何で、こうなったのか。

 何で、皆倒れているのか。

 何で、何で――いくつもの何で。

 

 そして。

 何で、”彼”がそこに居るのか。

 スバルとティアナの眼前には、左手を突き出した姿で顔が歪めるシオンが居た。

 

《シオン、何でここに……?》

《――に、合わなかった……!》

《え……?》

 

 響く声に、二人は思わず声を出す。しかし、シオンはそれに気付かず、俯く。

 

《ちっくしょう……! 間に、合わなかった!》

《シオン……》

 

 歯が軋む程にシオンは奥歯を噛み締め、顔を上げた。

 

《アースラ、聞こえてるか……? アースラ!》

《……シ……ン……?》

 

 途切れ途切れながら声がシオン達に届く。カスミの声だ。暫くして、声は普通になった。

 

《シオン君……! 何でここに!?》

《説明は後だ! 他の皆の状態は!?》

 

 語気も荒くシオンが問う。それにカスミが通信の向こう側で動揺したような吐息が零れ、次にヒッと息を詰まらせた声が届いた。

 

《カスミ……!》

《……あ、アースラ・メンバーの過半数が身体重傷警告(レッドゾーン)。ウ、ウィル……グノーシス・メンバー全員が、生命維持限界警告(デッドゾーン)………! シ、シオン君!》

《っっ!》

 

 告げられる内容に、シオンだけで無く、スバルもティアナも真っ青になる。レッドならまだしもデッド。死ぬ一歩手前の状態をそれは意味していた。

 

《カスミ。アースラの短距離任意転送システムは生きてるな?》

《……ええ。今は次元封鎖も無いから使えるわ》

《なら、全員を回収頼む。シャマル先生とみもりにも連絡を》

 

 了解、とカスミが通信の向こうで頷く。一瞬後、シオン、スバル、ティアナの足元転移魔法陣が展開。三人の姿が消えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 アースラ格納庫にシオン達は投げ出された。転送システムに不具合が生じているのだろう。まともな転移では無い。しかし。

 

「っ――皆……!」

 

 起き上がりソレを見たシオンは絶句した。スバルとティアナもだ。

 格納庫に転がるグノーシス・メンバーは正しく虫の息と呼ぶに相応しい状態だった。五体が付いてるだけマシと言う状態だ。それはアースラ・メンバーも大差無い。

 N2Rメンバーはクロノも含めて全員意識を失っており、はやて、そしてザフィーラまでもが意識が無かった。特に、ヴィータとシグナムが酷い。元々怪我をした身であり、傷が開いたのもあってか、怪我の状況はグノーシス・メンバーと同じく、デッドラインの状態であった。現状、意識を保っているのはシオン、なのは、エリオ、スバル、ティアナだけだ。

 

「……なのは先生」

「ヴィータちゃんが……」

 

 腕に抱く力をキュッと込める。そして、ゆっくりとヴィータを床に下ろして立ち上がった。今、やらねばならない事は泣く事では無い。現状をどうにかする事であった。

 周りを見渡し、なのはは顔を歪める。そしてシオンに向き直った。

 

「シオン君、どうして此処に?」

「……ちょっといろいろありまして。説明はまた今度に、今は――」

「はやてちゃん! 皆――!」

 

 直後、声が格納庫を駆け巡る。シャマルと、それに付き従ったみもりだ。シャマルは一瞬だけ取り乱しそうになり。しかし、一つ深呼吸して落ち着きを取り戻す。すぐにみもりに向き直った。

 

「みもりちゃん、回復魔法は使える?」

「はい! 何とか……」

 

 即座に頷くみもりに、シャマルは頷く。そして、クラールヴィントを起動させ、旅の鏡を使用。意識が無い者達を纏めて医療室に転移させる。それを確認すると、即座になのはへと向き直った。

 

「怪我をした皆は、私達に任せて。なのはちゃん」

「はい……シャマルさん、皆の事、お願いします」

 

 なのはの言葉に、シャマルはコクンと頷く。その傍らのみもりも、またシオンに視線を向けるが、シオンはただ頷きのみを送った。

 

「それじゃあ、みもりちゃん、行くわよ?」

「はい!」

「みもり!」

 

 転移魔法で医療室に向かおうとするシャマルとみもりにシオンが声を掛ける。みもりはそれに振り返った。

 

「……皆を、頼む」

「……はい、大丈夫です。シン君も気をつけて」

 

 シオンの言葉に、みもりは笑顔を見せる。直後、シャマルと転移魔法で消えた。

 それを見送って、シオンは再びなのはと向き直る。なのはもまた頷いた。

 

「シオン君、これからどうするの?」

「それなんですけど……カスミ」

《うん》

 

 シオンの呼び掛けに、即座にカスミが通信で応えると、シオンは一つ頷く。

 

「今、アースラと敵はどんな状況だ?」

《……ええ。現状、アースラは三十%の機能がダウン。次元航行機能と、各ライフラインはどうにか確保したわ。……で、敵なんだけど》

 

 カスミの声に続いて、ウィンドウが展開する。そこには現在の敵の展開状況が記されていた。

 

「向こうは動かず、こちらを様子見、か」

「そうだね」

 

 シオンはウィンドウを操作して閉じ、なのはに視線を戻す。

 

「……どうしますか、なのは先生」

「撤退しか無いよね」

 

 撤退――つまりは敗走である。なのはが俯きながらそう答え、スバルとティアナも視線を落とした。悔し気に拳を握る。

 

「今なら次元封鎖もされて無い。次元転移で逃げられます」

「うん……でも」

 

 シオンに頷きながらも、なのはは俯いたままだ。それにシオンも視線を落とす。

 

「今のアースラだと、次元航行に入ってもすぐに追い付かれます。殿がいりますね」

 

 シオンの言葉に、少しの間を持ってなのはは頷く。そう、アースラが次元航行に入り、暫くするまであの数と、そして”ギガンティス”相手に時間を稼がなければならない。しかし、それは文字通り不可能に等しいものであった。それに、時間稼ぎに成功したとしても殿に残った人間は置いて行かれる事になる。

 

「……でも、仕方ないです。これしか撤退の方法はありません」

 

 苦々し気に告げるシオンになのはも呻く。何か方法は無いのか、そう思い。だが、何も思いつかない。一同に重い空気が漂い、シオンは息を一つだけ吐き、歩き出した。

 

「シオン君、何処に……?」

「皆が残る必要はありません。俺、一人だけ残ります」

 

 間髪入れずに、なのはにシオンが答える。それになのはは慌ててシオンを追い、肩を掴んだ。

 

「一人ってどうやって……!」

「アヴェンジャーを使います」

 

 きっぱりとシオンは告げる。それに、一瞬だけ絶句して、すぐにスバルやティアナも首を横に振った。

 

「シオン、駄目だよ!」

「そうよ! アンタ、また――」

 

 そこまで言って、三人は気付いた。シオンの目的に。シオンは――。

 

「アンタ最初っから暴走する気……?」

「…………」

 

 ティアナから告げられる問いに、しかしシオンは答えられない。黙り込む。シオンがアヴェンジャーとなって暴走する――確かに、それは敵に取っても驚異となる。時間は確実に稼げるだろう。……しかし。

 

「シオン、でも、それだと……!」

「一を取るか九を取るかだ。なら九だろ」

「「っ……!」」

 

 まるで絞り出すようにして吐き出した言葉に、スバルとティアナが硬直する。

 シオンは死ぬ気なのだ、暴走して、そのまま。

 

「だ、駄目だよシオン!」

「なら他に方法あんのかよ!?」

 

 キッとスバルを睨む。それにスバルはたじろぐ。ティアナも、顔を歪めていた。しかし、シオンはそれに構わず、再度歩き出そうとして。

 

「シオン君」

 

 ――パシン。

 渇いた音が格納庫に響いた。シオンの目が見開かれる。スバルやティアナもだ。

 理由は簡単、なのはがシオンの正面に回り、頬を張ったのだ。

 呆然とするシオンに、なのはは構わない。真っ正面から見据える。

 

「シオン君、死にに行く積もりのような人に行かせられないよ」

 

 厳しい眼光でそう言い放つなのはのプレッシャーに、シオンは一瞬、確かにたじろいだ。しかし、負けじと睨み返す。

 

「……けど! なら、どうするんですか……!?」

「私が行くよ」

 

 間髪入れずに、なのはは答える。あまりにもスッパリと言われた言葉に、一瞬だけ三人共ポカンとなった。だが、すぐにシオンはなのはを睨み返す。

 

「ふざけないで下さい! 今、アースラで一番階級が高いのはアンタだ……! なのは先生が指揮しないでどうするんですか! 俺が行けば、まだ――」

「シオン君。理由付けたりしないで、いい加減、自分の無茶に甘えるのは止めよう」

 

 なのはは、シオンに最後まで言わせなかった。告げられた言葉に、シオンは絶句する。なのはは構わず続けた。

 

「……自分が無茶すれば、自分がどうにかすれば、誰かが助かる。自分はそのために犠牲になってもいい。……そんな事はただの甘えだよ、シオン君」

「でも……!」

「私は自分を犠牲にしようなんて思わないよ」

 

 きっぱりと告げるなのはに迷いは無い。シオンを、そして後ろのスバルとティアナを見据えたまま続ける。

 

「皆も守って、そして私も、ちゃんと此処に帰って来る。……私はその積もりだよ」

「なのは、先生」

「大丈夫。絶対に、大丈夫だよ」

 

 ――だから皆も信じて。

 そう締め括るなのはにシオンは俯く。

 改めて思う。この人は強いと。

 魔力とかそんなモノでは無い。ヒトとして、彼女はどこまでも強かった。

 

「指揮はグリフィス君がいるし、大丈夫。シオン君や、スバル、ティアナ達にはアースラと皆を守って貰いたいんだ。お願い、出来るかな?」

 

 なのはは笑顔で続ける。それに、シオンは黙ったままコクリと頷く。スバルとティアナも同様に頷いた。

 

「うん。それじゃあ、行って来るね」

「……なのは先生。貴女の帰って来る場所は必ず守ります。だから!」

 

 必ず、帰って来て下さい。

 シオンのその言葉に、なのはは満面の笑顔で頷き。そして――。

 ただ一人、数十万の敵兵と、ギガンティスの待ち受ける次元空間に飛び出したのだった。

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 なのはがアースラから飛び出した直後に、アースラは転舵。次元航行に入る。それをギガンティス内のベナレスは見て動き始めた。周りに居るガジェットと、因子兵と共に。

 

《撤退か。それを許す積もりも――》

 

    −煌!−

 

 ベナレスは最後まで言えなかった。ギガンティスの胴体に光砲がいきなり叩き込まれた為である。

 激烈な威力の光砲は、しかしギガンティスに直撃する寸前に、歪んだ空間により減衰させられ、その装甲を傷付ける事は無かった。

 

《ほう》

 

 関心したような念話をベナレスが漏らし、光砲が飛んで来た位置に、視覚素子を向ける。そこには、レイジングハートを構えるなのはが居た。

 

《個人にしては中々の威力だ。ギガンティスには通じんがな。……で? 一人で私達を止める積もりか?》

 

 問われる声に、なのはは無言。その身体に光球が複数展開していく。

 

《殿、か。数十万を越える兵と、このギガンティス相手に一人で戦おうとする。その意気や結構。必死の覚悟とやらか》

《違うよ》

 

 初めて、なのはがベナレスに答える。レイジングハートを構える彼女は、しっかりとギガンティスを、その周囲にある兵群を見据え、口を開く。

 

《必死の覚悟なんかじゃない。私は貴方達を止めて、アースラに帰る。死ぬ積もりなんか無いよ》

 

 ギガンティスを見据えるなのはの目は、どこまでも澄んでいた。

 死を覚悟した者の目では無い。それは、最後まで生きあがく事を止めない者の目であった。

 

《約束があるの。一つはヴィヴィオとの約束》

 

 必ず帰って来ると。そう、娘と交わした約束。

 敵を見据えるなのはは静かに、話す。想いを、力とする為に。

 

《一つは教え子達との約束》

 

 シオンや、スバル、ティアナとの約束。

 生きて帰ると、そう信じてくれた三人との約束だ。なのはの身体が淡く光る。魔力光だ。それは、ゆっくりとその光量を増していく。

 

《そして、一つは――》

 

 ――黒の青年との約束。

 戦うと、そう決めた夜の約束。それは言葉に出さず、そっと胸にしまう。

 なのはを覆う魔力光は光量を増し続け、そして。

 

《だからっ!》

 

    −煌!−

 

 一気に吹き上がった。

 天地に突き立つ柱の如く、魔力がなのはの身体から溢れ出す。

 

《私は死なない! 必ず、アースラに帰るよ!》

《成る程。いい気迫だ。だが》

 

 それらを見遣りながら、ギガンティスが動き始める。その周囲の兵群も共に。なのははレイジングハートを差し向けた。

 

《その約束、軽々に叶うと思うな》

《叶えてみせるよ》

 

 断言するなのはに、ベナレスは笑い声を念話に乗せる。

 

《いいだろう、やってみせてみろ!》

 

 直後、数十万の兵群がなのはただ一人に向かって雪崩かかった。

 自分一人に向かって襲い来るガジェットと因子兵群、それになのはは瞳を逸らさず、そして。

 

《行くよ、レイジングハート》

【オーライ。マイ、マスター】

 

 いつもと変わらぬ愛機の言葉に、うんと頷く。握り締めるレイジングハートを前に、構えた。

 叫ぶ!

 己の力を!

 

《ブラスタ――! 2――――!》

【ブラスター2nd、リリース】

 

    −煌!−

 

 次の瞬間、なのはを中心に膨大な魔力が光となって顕現。本局前の次元空間を桜色に染め上げた。

 

 なのはの、たった一人きりの、しかし、確かに違う戦いが始まる――!

 

 

(第三十六話に続く)

 

 

 




次回予告
「敗退したアースラを逃がす為、一人でストラに立ち向かうなのは」
「禁止されたブラスターをも使い、彼女は凄絶な戦いを始める」
「ギガンティス、アルセイオ、そしてその部下と、因子兵にガジェット」
「傷付きながら戦う、彼女の生死の行方は――」
「次回、第三十六話『星の祈り、応えたる天』」
「真名解放――彼女の切なる祈りに、彼は応える」


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第三十六話「星の祈り、応えたる天」(前編)

「約束がありました。それは、祈りにも似て。必ず、果たすと決めた事。だから、私は絶対に諦めない。そう、誓った――魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 時空管理局本局前、次元空間。そこに光が瞬く。爆発と、魔法による光だ。

 

    −爆−

 

 再び巻き起こる爆発。同時に爆煙がブァっと広がり、白が飛び出した。ただ一人、本局前に残り戦う高町なのはである。煙を突っ切りながらカートリッジロード。レイジングハートを正面に構える。

 

【アクセル・シューター】

《シュ――――ト!》

 

    −閃!−

 

 レイジングハートより放たれた数十の光が、次元空間を切り裂いて走る。

 それは、なのはへと突っ込んで来るガジェット、因子兵群に叩き込まれ貫く。一瞬の間を持って、ガジェットは爆発した。しかし、因子兵群は止まらない。すぐさま再生し、なのはへと走る。だが、それを見ても慌てない。ただ見据えるけだ――直後。

 

    −煌!−

 

 因子兵群を”真横”から閃光が薙いだ。それは、幾重も放たれ、因子兵を纏めて消滅させる。

 なのはは、それを視界の端に納めながらも止まらない。次元空間を翔る。

 すると追従する六つの影があった。それは、レイジングハートの先端にも似た形のモノであり、それぞれ後端のスラスターで自律的に飛んでいる。

 これこそが、なのはがブラスターシステムを発動した時に発生する機動攻撃システムであった。

 ブラスター・ビット。計六つのそれは、なのはの意のままに動く。

 次元空間を翔るなのは、その前には大量の――それこそ三百六十度、全天にガジェットと因子兵が居た。直後、二つの敵群がそれぞれエネルギー型の機銃を放つ。それはまるで驟雨(しゅうう)の如くなのはへとひた走り、しかし。

 

【プロテクション】

 

    −壁−

 

 即座に、なのはが展開した全天を覆うプロテクションに防がれた。

 ガジェットと因子兵群は障壁を張るなのはに、止まらず光弾を叩き込む。放たれ続ける光弾は弾幕となった。しかし、それはなのはの障壁を抜く事が出来ない。そして、その光弾を躱しながらガジェット、因子兵群に到来するモノがあった。

 ブラスター・ビットだ。ビットは、光弾を潜り抜けると光砲を連射。

 敵群を確実に減らす――そして、弾幕に切れ目が出来た。

 なのはは、それを見逃さない。即座にプロテクションを解除し、弾幕の切れ目に踊り出た。

 さらにカートリッジロードも四連。ブラスター・ビットも周囲に戻し、レイジングハートを、ビットを襲い来る敵群に差し向けた。

 

《エクセリオン・バスター、フルバースト!》

【オーライ!】

 

 なのはの思念による叫びにレイジングハートが高々と応える。させじと、ガジェットと因子兵が反転し、迎撃を開始するが既に遅い。

 なのはは、既に攻撃準備を整えている――!

 

《ブレイク……! シュ――――――ト!》

 

    −煌!−

 

 光が生まれ――。

 

    −輝!−

 

 光が放たれ。

 

    −裂!−

 

 光が爆進する!

 

 レイジングハートから放たれモノを含めて、計七ツの極大光砲は、容赦無くガジェット、因子兵群を飲み込み、全てを光の彼方へと放逐した。

 未だ、遠目には大量の敵群がいる。しかし、眼前の敵群を倒せた事に少し安堵した。次の瞬間。

 

《見事》

 

 っ……!

 

 そんな念話が真後ろより放たれ、慌ててなのはは振り返る。まるで合わせるかのように、十m超の巨拳が降り落ちた。

 

    −撃!−

 

 頭上から放たれた拳に、なのはは防御を行わず、フラッシュムーブで後退する。所詮は質量が違い過ぎるのだ。防御するのは下策と言えた。

 十mを一気に後退し、なのはは眼前の存在を見ながら、くっと呻いた。

 ――ギガンティス。60m超の機械で出来た巨人が、そこに居た。

 

 いつの間に――!?

 

 内心驚愕しながら、なのははギガンティスにレイジングハートを向ける――直後、ギガンティスの姿が消失した。

 

《っ!?》

【マスター! 後ろです!】

 

 レイジングハートから飛ぶ警告に、なのはは後ろを振り向かずにバレルロール。刹那に巨拳が後ろか飛んで来た。すれ違う軌道を描き、なのはと巨拳が交差する。それを視界の端に納めながら、なのはは再び巨拳を放った存在を見る。そこには当然とばかりにギガンティスが居た。

 どうやって、後ろへと回ったのか――? そう思いながらも、なのはは止まらない。レイジングハートとブラスター・ビットを全て眼前のギガンティスに差し向ける。

 

《シュ――――ト!》

 

    −輝!−

 

 七方向からの一斉砲撃! 光砲は迷い無く突き進む――突如、空間が歪んだ。

 

《……!?》

《無駄だ》

 

 放たれた光砲は、全て空間の歪みにより、受け止められ、減衰させられた。

 ベナレスの念話の声を聞きながら、なのはは再度後退。やはり、十m程の距離を取ると、再びギガンティスに対峙する。

 

《上手く逃げるものだな。捉えられん。いかに対界神器と言えど、対人に向かんか》

《…………》

 

 ベナレスの嘆息する念話を聞きながら、なのはは呻く。先程からベナレスはギガンティスによる格闘のみでこちらへと攻撃している。故に、まだ回避出来ているに過ぎないのだ。

 サイズが違い過ぎるのである。人と虫くらいのサイズ差だと考えると分かりやすい。飛ぶ虫を、人は中々捉えられられないようなモノだ。

 

《やはり、ここはコイツ達を上手く使わせてもらうか》

 

 ベナレスがそう念話を飛ばすと同時、周囲に再び因子兵とガジェットが集まった。それに、なのはは息を飲む。包囲された所でギガンティスの一撃を受ければそこで終わりだ。

 たった一人に対して、ベナレスは一切の油断が無い。また、容赦も無かった。

 

《では、いい加減終わらせるとしよう》

 

 直後、その念話に応えるかのように、大量の敵群がなのはに向かい、雪崩となって攻め込んで来た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 全天から襲い来る、敵群。それ等をなのはは視界に納めながら、アクセルシューターと、ブラスター・ビットからの光砲を連射。こちらに近付かせまいと、叩き落としていく。しかし、敵群は損害に一切構わずに直進して来る。

 先の戦いと合わせても、まだ三十万以上もの数が居るのだ。少しの損害は全く気にしない。

 そして、ガジェット、因子兵群からミサイルが放たれた。総数にして、数百。真っ直ぐに、なのはへとひた走る。なのはは、それに対してシューターで迎撃。次々と叩き落とす――が。

 全てを落とす事は出来ずに、何発かはシューターを免れて、なのはに突っ込んで来た。

 

【プロテクション】

 

    −壁!−

 

 レイジングハートはそれを確認。迎撃が何発かは不可能だと判断すると、プロテクションを展開する。なのはのプロテクションは、AA+相当の防御力があり、ブラスター2を発動している今ならば、S相当の防御力を発揮する。対して、迎撃を抜けたミサイルは二十を下らない。今のなのはの障壁を抜けられる筈は無かった。

 ――”ミサイルに何も仕込まれていなければ”。

 

    −爆!−

 

 ミサイルが障壁にぶつかる直前、いきなり”弾けた”。

 ミサイルが途中で、内部から爆ぜたのだ。その内部から飛び出る幾千もの鉄杭!

 

【マスター! 弾頭警告!】

《対障壁用弾頭!?》

 

 レイジングハートからの警告に、なのはは目を見開く。しかし、既に遅い!

 二十のミサイルはその全てが対障壁弾頭であった。全て内部から爆ぜ、幾万もの鉄杭となると、全方位から障壁に叩き込まれた。

 

    −撃!−

 

 −撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃−

 

    −撃!−

 

 数万もの鉄杭により、なのはのプロテクションが次第に削られる。いくら強固な障壁でも、何度も何度も攻撃を受け続ければ持たない。それをこの弾頭は、数万の鉄杭を瞬時に叩き込む事により実現させたのだ。

 

 フィールドブレイカー。

 そう呼ばれる弾頭は、なのはの障壁を削っていく。そして。

 

《第二陣、第三陣。仕掛けろ。フォーメーション、竜薙》

 

 ベナレスの声に、ガジェット、因子兵が囲むような機動を行い、エネルギー機銃を全方位から浴びせる!

 それは、障壁を張り続けていたなのはを襲い、障壁を解除出来ないように、また同時になのはをその場に釘付けにした。

 ビットが光砲を放ち、敵を迎撃するも、追い付かない。

 

 ――駄目!

 

 そう思うなのはの思考を読んでいたが如く、ベナレスが更なる指令を出す。

 

《フォーメーション。竜篭……蹴散らせ》

 

    −射!−

 

 直後、一斉になのはを包囲する敵群からミサイルが放たれた。その数、数百。

 ミサイルの後端から尾を引く煙が、まるで篭のようになのはを囲み。

 

    −爆!−

 

    −煌!−

 

    −裂!−

 

 全弾直撃! 激烈な爆発となって、なのはを飲み込んだ。

 

《少し、やり過ぎたか。塵になっては――》

 

 周囲に因子兵とガジェットを油断無く従えるベナレスが、ギガンティス内でぽそりと呟く。

 障壁を削った上での一斉攻撃だ。並の――いや例えエース級だろうと耐えられはしまい。未だ煙は消えず、なのはがどうなったのか分からない。ガジェット、因子兵に確認させようとして。

 

《ブラスタ――――! 3――!》

 

 そんな、念話による叫びが響いた。

 

    −煌!−

 

 激烈極まり無い光が魔力放射となって煙を晴らす!

 そこに居たのは、ズタボロとなったバリアジャケットで、身体中の至る所から血を玉となって流す、なのはの姿であった。

 全てのビットと共に、レイジングハートをギガンティスに差し向けている。

 ボロボロになった状態でなお、こちらにレイジングハートを向けるなのはに一瞬だけベナレスは硬直。しかし、直ぐさま我を取り戻すと、ガジェット、因子兵群をなのはに差し向ける――もう遅い!

 八連カートリッジロード。マガジン内全てをフルロードし、そのままマガジンを取り替える。

 足元にはミッド式の魔法陣が展開し、レイジングハートの側面からは、光の翼が展開。その先端部分から、また各ビットからの先端にも光球が灯り、それら全てがギガンティスへと向けられた。

 

《ディバイン……!》

 

 轟、と魔力が更に噴射。光球がその輝きと、大きさを更に増す。ガジェットと因子兵がミサイルを放つが、それすらも関係無い。

 ――吠える!

 かつて、聖王のゆりかご内部すらも撃ち抜いた一撃を!

 

《バスタァァァァァァァァァァァ――――――――――!》

 

    −煌−

 

 次の瞬間、莫大にして極大。激烈極まる光がレイジングハートから、全ブラスター・ビットから容赦無く放たれた。それは、一直線に進路上の全てを徹貫。ミサイルも、因子兵も、ガジェットも、纏めて消し飛ばし、迷い無く、ギガンティスへと叩き込まれた。

 ギガンティスはそれに対して、先と同じく空間を歪める防御障壁を展開する。

 ディメィション・フィールド。一種の次空間歪曲障壁である。

 次空間を歪曲させる事による絶大な防御障壁であり、ありとあらゆる攻撃を防ぎ切る強固極まり無い障壁であった。しかし、それはイコール絶対と言う事では無い。

 何事にも例外はある。例えば、”次空間すらも撃ち抜く攻撃”ならば、当然ディメィション・フィールドは撃ち抜かれる。

 ――そう、撃ち抜く事は可能なのだ。

 

《ぬぅ……!》

《ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!》

 

 そして貫く事が可能ならば、それを”彼女”が出来ない筈が無い!

 

    −軋!−

 

 ディメィション・フィールドが確かに軋む音をたて――直後。

 

    −貫!−

 

    −撃!−

 

 歪曲された次空間を易々と撃ち抜き、ギガンティスを極大の光砲が徹貫した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《ハァ……! ハァ……!》

 

 息も荒く、なのはが顔をしかめる。身体中に負った怪我による痛み。そして、ブラスター3の反動による激痛だ。無重力故に、血が球状となって辺りに散る。

 出血により頭がくらりとした。それをどうにか立て直して、なのはは前を見る――そして、顔を歪めた。

 

《……まさかこれ程たぁな、恐っろしい嬢ちゃんだ》

 

 そう、なのはに笑いかけるのは全身赤の男であった。

 髪も、髭も、バリアジャケットすらも赤の男。なのはは知っている。その男を。

 一度戦い、しかし圧倒的な攻撃を見せつけた男だ。その名を。

 

《アルセイオ・ハーデン……!》

《おう。名を覚えられるたぁ光栄だな》

 

 なのはへと念話を飛ばしニッとアルセイオは笑う。そして己の傍らに視線を送った。

 

《大丈夫かよ、ベナレス》

《……うむ。すまんな、アル。助かった》

 

 ”右腕を肩から失ったギガンティス”から礼の念話が発っせらる。

 ベナレスである。それに、なのはは顔を歪めたのであった。

 

 あの瞬間――次空間歪曲障壁を撃ち抜き、ギガンティスすらも貫かんと進む光砲。それがギガンティスを徹貫せんとした瞬間、突如ギガンティスが横にすっ飛んだのだ。

 横から叩き込まれた、五十mを超す極剣によって。

 結果、なのはの一撃はギガンティスの右腕を消滅させるに留まったのであった。

 

《さて、ベナレス。お前は下がっとけや。……この嬢ちゃんの相手は――》

 

 アルセイオの周囲に、ミッド式の魔法陣が展開する。同時、一人、二人と人が魔法陣より現れた。

 一騎当千たる、元グノーシス・メンバー。クラナガン戦に於いて、アースラ・メンバーを追い込み、現グノーシス・メンバーと互角に戦ってみせた者達。

 アルセイオ隊。彼等が、全員揃った状態で、なのはの眼前に現れたのだった。

 

《俺達がやるぜ》

《くっ……!》

 

 ――まずい。ただでさえ、今のギガンティスとの戦いで魔力を大分使ってしまった。しかも、彼等は一人一人が、エース級の実力の持ち主だ。アルセイオに至っては一騎打ちだろうと勝てる自信が無い。

 

《逃げようってのはやめとけよ? 後ろを見せたらぷっすりだぜ?》

 

 アルセイオの言葉に、なのはは顔をしかめる。選択の一つとして、撤退があったのだが、今ので潰えてしまった。

 彼等はなのはに、次元転移を許さないだろう。もし、その隙があれば容赦無く止めを刺しに来る。

 ならば、選べる選択肢は一つしか無い。つまり、戦うしか無い。

 なのはは、こんな所で死ぬ積もりは無い。最後まで戦う必要は無いのだ。全員の隙を作り、撤退する。

 勝てないのは分かっているのだ。それしか無い。

 

《それじゃあ》

《っ……!》

 

 アルセイオの念話に、なのははレイジングハートを強く握り締める。

 

《おっぱじめようか!》

 

 直後、アルセイオ隊が、一斉になのはへと襲い掛かった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《レイジングハート!》

【オーライ!】

 

 向かい来るアルセイオ隊。それに対し、なのははレイジングハートを差し向け、ブラスター・ビットを放つ。最初になのはに突っ込んだのは飛・王だった。メンバー最速の男が真っ直ぐになのはへと駆ける!

 

《恨みは無いで御座るが――》

 

 ブラスター・ビットからの光砲と、なのはからのシューターを次々と躱しながら、飛が足場を展開。それを足掛かりに、瞬動でなのはの背後に回り込む!

 

《主君の命で御座る! その首頂くで御座るよ!》

《く……!》

 

    −撃!−

 

 回り込まれた為に飛を見失ったなのはは、ほとんど勘任せに背後へと右手を振るう! 同時、シールドが形成、真ん中に衝撃が走った。飛の蹴りがそこに突き刺さっている。なのはが動く前に飛は更なる追撃。魔力を拳に纏わせ、シールドに連撃を開始する。

 

《閃華裂光連撃!》

 

    −撃!−

 

 右の拳がシールドに叩き込まれ、間を置かずに左拳が放たれる。両の拳が放つ連撃がスタッカートを刻む。一撃一撃が尋常では無い重さだ。それに、なのはは顔をしかめながらも動く。ブラスター・ビットがなのはの後方から迫るアルセイオ隊の各メンバーに光砲を放ち、足を止めた。

 今なら一対一、この好機を逃さない!

 

【バリア・バースト】

 

    −爆−

 

 突如、なのはの右手から形成されついたシールドが爆裂した。なのはのバリアバーストだ。衝撃が走り、両者共に吹き飛ばされる。

 

《ぬ……!》

【アクセル・シューター】

 

 吹き飛ばされた事により呻きをあげる飛に、レイジングハートからの機械音声が響く。それに飛はさせじと踏み込もうとして――”それ”を見た。

 なのはの周りを囲む、数千の光球を。あまりの量に、飛が一瞬呆然とし、しかし即座に後退する。

 なのはは構わない。レイジングハートを飛へと差し向けた。

 

《シュ――――ト!》

 

    −輝!−

 

 数千の光球が一斉に、飛に放たれる。飛は足場を展開しながら瞬動をもって回避をするも、千もの数のシューターを回避出来る筈も無い。途中でプロテクションを張って耐える事にする。だが、それこそがなのはの狙いであった。

 

《マニュバーS−S−Aッ!》

【ACS、スタンバイレディ。ストライクフレーム、オープン。イグニッション!】

 

 直後、レイジングハートの先端から光の刃が形成。さらに、六枚の光翼が側面から伸び、一気になのはが飛び出した。

 狙いはプロテクションを張り、シューターを防御し続ける飛! なのはは爆発したように、飛へと駆ける!

 

《な!? それは流石に――》

 

 反則で御座ろう!? とは叫べ無かった。その前に、なのはが飛に到達したからだ。光刃はプロテクションをあっさりと貫き、飛は無防備な姿をなのはに晒す。間を置かずに、零距離からの光射が放たれる――!

 

《ストライク・スターズッ! ファイア――――――ッ!》

 

    −撃!−

 

    −裂!−

 

    −煌!−

 

 直後、光砲と光射。更に、シューターの残りを余す事無く飛は叩き込まれた。

 爆光が次元空間を照らし、飛が人形のようにすっ飛んで行く。

 

《飛!?》

《……嘘!》

 

 なのはの後方に居た一同が驚きの声をあげる。いくら何でも、今の一撃は無茶苦茶過ぎた。

 ソラの呼び掛けに飛は応じられない。今の一撃で意識を容赦無く刈り取られたからだ。そんな一同に、更なる驚愕が走る。

 それは、己の一撃で作り上げた爆煙を切り裂いて、皆の上に現れたなのはと、そのレイジングハートの先端に灯る光球を見たからだ。

 ――巨きい。

 あまりに巨大な光球をなのはは作り上げていた。

 それだけでは無い。一同に、ブラスター・ビットが光の帯を引いて駆け抜ける。それは一同を瞬く間に拘束した。

 

《これは――》

《バインド!?》

 

 まさかビットからバインドが放たれるとは予想していなかった一同は、あっさりと拘束された。そんな一同になのはの念話が響く!

 

《星よ――ッ!》

 

 そして一同がなのはへと振り向き、見たのはレイジングハート。そして、各ビットに生まれ出た巨大極まる光球達であった。

 ブラスター3からなる三方向からのスターライトブレイカー。なのはの切り札であり、絶対なる一撃必倒と言える一撃だ。

 それを見て、アルセイオ隊一同の顔から血の気が引く。まさか、ここに来てこんな一撃を放とうとするとは。

 今までの戦いの消耗度からしても普通は考えられない。しかし、それこそがなのはの狙いであった。

 魔力も既に尽きつつあるのだ。下手に出し惜しみしても、消耗戦では必ず負ける。ならば、短時間決戦に全てを賭ける。

 時間は既に十分稼いだ。後は、追撃出来ないようにして自分が撤退するだけである。故に、ここで余力など残さない。

 スターライトブレイカーで全員を一時行動不能にして逃げる。まだ、ストラにはギガンティスも、ガジェットも因子兵もあるのだ。

 長居は無用。故にこその選択であった。

 光球が更なる輝きを増し巨大化する。チャージを終え、後は解き放つだけ――。

 バインドから逃れようともがくアルセイオ隊に一気にそれを撃ち放たんと、レイジングハートを振り上げる! ――そして。

 

 

《……悪ぃな、嬢ちゃん》

 

    −斬−

 

 レイジングハートが振り下ろされる直前に、なのはの左肩から腰にかけて”赤”が走った……。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 次元空間をアースラが進む。その姿は、ギガンティスのアーマーゲドンにより、損傷がいたる所で発生していた。

 装甲がめくれ、中から火花が散る。しかし、アースラは止まらない。止まる事は出来なかった。

 そのアースラ内の一室に、神庭シオンは居た。

 自室である。シオンは自室の明かりを消して、窓際に立ち、ゆっくりと過ぎて行く次元空間をただ見ていた。その顔に、感情はどこにも無い。

 ただただ、虚ろに過ぎ行く風景を見据え続ける。暫くして、部屋の扉が開いた。

 

「……シオン」

「スバルか」

 

 自分を呼ぶ声に、シオンは淡々と返事をする。部屋の扉を開いたのは、スバルだった。

 

「何してるの?」

「外見てる」

 

 問い掛けにも感情を交えずに返事をする。スバルは中に入り、ゆっくりとシオンに向かって歩いて来た。

 

「エリオ、疲れて寝ちゃった」

「泣ける元気があるなら訓練室で走って来いとは言ったけどな。眠る程に走ったのか」

 

 先程、エリオが一人泣いているのを見て、シオンが訓練室に叩き込んだのである。 荒療治に近かったが、泣かせ続けるよりいくらかマシと言えた。結果はどうやら上手くいったみたいだが。

 シオンの声を聞きながら、スバルは歩く。

 

「負けちゃったね」

「向こうにあんなモンがあったんだ。対抗策も無かったし、仕方無ぇよ」

 

 アースラが敗走すると同時に、次元封鎖領域直前で戦っていた艦隊も撤退した。

 ――当然と言える。何せ現状、ギガンティスの対抗策が無いのだから。損害が多くなる前に撤退は正しいと言えた。

 スバルは歩く。しかし、シオンは振り返らない。

 

「……皆、怪我しちゃったね」

「誰も死んで無い。問題無ぇよ」

 

 アースラ・メンバーも、グノーシス・メンバーも、皆少なからず怪我をしていた。ほとんどがまだ意識不明の状態である。だが、どうやら峠は越えたらしく、容態は安定していた。

 ……戦う事は、当分出来ないだろうが。

 スバルは歩き続け、ついにシオンの真後ろに立った。シオンは振り返らない。ただ、外を見続ける。そして――。

 

「……なのはさん、帰って来なかったね」

 

 声と共に、スバルはシオンの背中に額を押し付けた。シオンは背中に湿り気を感じる。

 涙だ。スバルは、シオンの背中に顔を押し付け、泣いていた。……シオンは振り返らない。窓の外を感情の無い瞳で見続ける。暫くして、口を開いた。

 

「お前が」

 

 響く言葉に、スバルが少し震える。だが、シオンは構わない。続ける。

 

「そんな顔をしてると、皆不安がるだろ? 外では笑ってろ」

「……シオンはいいんだ?」

 

 そんな顔を見ても? そう、泣き声が混ざった声でスバルは問う。シオンはそれに、一つの反応を示す。ゆっくりと、頷いたのだ。

 

「俺は構わねぇよ……ここで、泣いてけ」

「……うん」

 

 その言葉に、スバルは泣きながら少しだけ微笑み。シオンの正面に腕を回して抱き着くと、声を出さないようにして、泣いた。

 

 暫くして、キリキリと音が鳴る。ポタリ、ポタリ、と地面に何かが落ちた。

 血だ。シオンの両拳が硬く握り締められて震えている。そこから、血が落ちていた。きつく握り締められたが為に、爪が皮膚を貫いてそこから血が流れているのだ。

 シオンはあくまで無表情のまま。しかし、その瞳には確かに、抑え切れ無い激情が渦巻いていた。

 

「……このままじゃあ済まさねぇ」」

 

 どこまでも静かな――確かな激情を湛えた声が、部屋の中に響いた。

 こうして、シオンの短い人生の中で史上最悪の誕生日は過ぎ去っていった。

 ……痛みと喪失の記憶を残したままに。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ……あ。

 

 次元空間を、なのはの身体が泳ぐ。冗談のように自分から吹き出した血を、まるで他人事のように見ていた。

 左肩から右の腰にかけて一直線に斬痕が走っている。それを成したのは吹き出した血よりも赤い剣であった。

 魔剣、ダインスレイフ。

 いつの間にバインドを抜け出したのか、アルセイオがダインスレイフを、袈裟になのはへと斬り付けたのだった。

 例えようも無い寒気がなのはを襲う。何かを言おうとして、口から血が溢れた。

 

《……本当に大した嬢ちゃんだよ、お前は》

 

 アルセイオからなのはに念話で語り掛けられる。それを聞きながらも、なのはは返答出来ない。血が口内に溢れていた。

 

 ……また、傷増えちゃった。お嫁にいけなくなっちゃうなぁ……。

 

 場違いにも、そう思う。目が霞みだした。

 

《……楽にしてやるよ》

 

 ぽつりと呟かれ、アルセイオがダインスレイフを振り上げる。そして、振り下ろされんとして。

 

《待て、アル》

 

 突如として、アルセイオに念話が届いた。ベナレスからの念話だ。それに、アルセイオは振り向く。

 

《どうしたよ? ベナレス》

 

 返答するアルセイオの目に映るのはギガンティスだ。修復能力でもあったのか、既に右腕が復活している。

 

《彼女の戦い、見事だった。敬意を示したい。最上の一撃を彼女に送り、それを弔いにしよう》

 

 ベナレスがそう言うなり、ギガンティスの両腕が持ち上げられた。アルセイオはそれに無表情のまま視線を送り、ややあって、その場から離れた。

 

《……じゃあな、嬢ちゃん》

 

 たった一言のみを、なのはに送って。

 直後、ギガンティスの両腕から膨大なエネルギーが胸の中心に集中する。

 それを霞む目で見ていた、なのははしかし、左手に握るレイジングハートを持ち上げた。

 

《……ほう》

 

 ベナレスから感心したかのような念話が来る。なのはは、それに構わない。既に感覚が無くなった身体を動かしていた。

 

 ……死ねない。

 

 そう、思う。

 約束がある。ヴィヴィオや、スバル、ティアナ、シオンとの約束が。

 

 ……死にたくない。

 

 口から溢れる血を吐き出しながら、なのはは無理矢理起き上がる。レイジングハートが、僅かな魔力を宿した。

 こんな所で死ぬ訳にはいかなかった。……死にたく、無かった。約束があり、帰る場所がある。そこに帰ると、そう誓ったから、だから!

 

《まだ戦おうとする、その意気は良し。だが、貴様はここで終わっていけ。……さらばだ》

 

 ギガンティスの胸がバクンと開き、両腕から集められたエネルギーと融合した。直後。

 

《デモリッション》

 

    −轟−

 

 極大の砲撃が二重螺旋を描き、なのはへと放たれた。それは、迷い無くなのはを滅さんと突き進む。

 眼前に迫り来る光砲。それを、なのはは見据え、レイジングハートを構える。だが、そこに灯る魔力はあまりに小さい。

 

 死にたくない!

 

 そう心中で叫ぶ、なのはをまるで嘲笑うかのように光砲が眼前まで迫った――そして。

 

《絶・天衝》

 

    −斬−

 

 黒が、ただただ純粋な漆黒が光砲を斬り裂いた。

 

《……なに?》

 

 いきなり斬り裂かれた光砲にベナレスが驚きの声をあげ。

 

《おいおい……!》

 

 光砲をなのはの眼前で斬り裂いた存在に、アルセイオが目を見開く。

 なのはもまた見ていた。自分を助けてくれた、その人を。その、背中を。

 彼は敵。自分を嫌いだと初めて真っ正面から言った人。黒のバリア・ジャケットを纏う青年。

 

《……いつも、こういう時には、必ず、来てくれるんだね……》

 

 クラナガンで感染者が現れた時も、シオンが暴走した時も、ヴィヴィオとユーノが危険だった時も。

 この青年は、いつも駆け付けてくれた。

 ……敵、なのに。

 

《偶然だ。ただのな。それから黙っていろ。傷に触る》

 

 相変わらずぶっきらぼうに愛想が無い。その言葉に、寧ろなのはは微笑む。

 それは、どこまでもこの青年らしい言葉だったから。

 伊織タカトらしい、言葉だったから。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 タカトは、なのはに振り返ると、即座に傷を見る。こちらに念話を飛ばそうとするなのはの唇に指を当てて、無理矢理黙らせた。

 

 ……深い。

 

 チッと舌打ちする。斬痕は想像以上に深かった。それに、外以上に中も酷い。軽く探査したが、少なくとも全身の至る所の骨に、微細なひびが入っていた。どのような無茶をしたと言うのか。

 

《……タカト、君》

《黙っていろと言ったぞ》

 

 呼び掛ける声にも、タカトはにべも無い。懐に手を突っ込むと、何やら札らしきモノを数枚取り出した。それは宙に放られると同時、なのはの身体に張り付く。

 

《っ! ……?》

 

 傷に直接張り付いた札に、思わずなのはは眉を潜める。見れば斬痕の上に、まるで包帯のように札が張り付いていた。

 

《治療札だ。この程度では止血程度にしかならんが、現状それで充分だろう》

 

 タカトはそうなのはに語り掛けると同時、指を組み合わせ、印を切った。

 すると、なのはの足元に八角の魔法陣が展開。周囲が半透明の壁で包まれる。

 

《仙術、絶界陣。これで”余波”程度は防げるだろう。……そこで大人しくしてろ》

 

 タカトはそこまで念話で言うと、背を向けた。そのまま、進む。警戒し、備えるストラの軍勢に。

 

《タカト、君……》

《……勘違いするな。お前の代わりをするだけだ》

 

 あくまでタカトは振り返らず、進む。それになのはは苦笑した。

 相変わらず素直じゃないなぁと、そう思う。そして。

 

《寝ていろ。その間に全てを終らせよう》

 

 その念話に、なのははうんと頷き、ゆっくりと目を閉じた。

 安堵の為か、意識はすぐに遠のき、途絶えた。

 

 ……寝たか。

 

 なのはが眠った事を気配で感じながらタカトは進む。暫くして、止まった。

 そこは、ストラ軍勢全てを見据えられる位置であった。

 

《まさか貴様が来るとはな、伊織タカト》

《……ベナレスか》

 

 正面。数百m先に居るギガンティスを見て、タカトは答える。その顔はただただ無表情であった。

 

《まあいいだろう。貴様も打倒せねばならない事に変わりは無い。……ここで――》

《黙れ》

 

 告げられる念話をタカトはスッパリと切る。右手を、持ち上げた。

 

《ベナレス・龍。ツァラ・トゥ・ストラ。貴様達は――》

 

 瞬間、光が集る。闇が集う。持ち上げられた右手に。それを見て、ギガンティスが僅かな震えを放った。

 

 ……確か、あれは――!

 

 光が集う、光が集う、光が集う!

 暗い、暗い、光が集う!

 闇が集う、闇が集う、闇が集う!

 輝く、輝く、闇が集う!

 タカトが持ち上げた右手、その拘束具に――!

 

《いかん! 誰か奴を……!》

 

 ベナレスが叫ぶ。だが、もう遅い! 既に”開放”は始まっている――。

 

《やり過ぎた》

 

 直後、タカトが右腕を下に振るう。それに合わせるように、拘束具がタカトの右手から滑り落ちた。

 

《真名、開放》

 

 我が、真名は――!

 

 直後。本局前の次元空間が確かに、震えた。

 世界が歓喜する。

 世界が悲鳴を上げる。

 顕れたその存在に、”次元震”と言う名の叫び声を上げた――。

 

 

(後編に続く)

 




はい、第三十六話前編でした。なのはかっけぇ(笑)
ちなみに、StS,EXの彼女は、StSでの影響がしっかり残ってる設定だったりします。元はどうなってたんだと。
さて、次回後編で、ついにタカト本領発揮です。
散々待たせた真名解放のお時間ですとも。お待たせしました(笑)
チートも大概にしろと怒られそうですが、そんな感じで一つ、お楽しみに。
では、後編にてお会いしましょう。ではではー。


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第三十六話「星の祈り、応えたる天」(後編)

 
 −我が、真名は−
 



 

 −神の子は主が右の座に着かれ−

 

 激震し、荒れ狂う”世界”にたった一つの言葉が響く。どこまでも、どこまでも、静謐に響いていく。

 

 −太極は万象を生ず−

 

 響く言葉は、真実の言葉。伊織タカトの持つ、たった一つの、”己だけの言葉”だ。それは、今まで放たれていたオリジナルスペルと違い、一文が追加されている。この一文が追加されたモノこそが、タカトの本来のオリジナルスペルであった。

 真実の言葉を、本局前に居る全ての者は聞き、そして、”ソレ”を見た。

 拘束具が外れ、フードが弾け飛んだ、伊織タカトの本当の姿を。

 まず、目を引いたのは肌の色だ。上半身のバリアジャケットが消し飛び、裸となったその身は、まるで墨を流したが如く黒に染まっていた。肌の上を伝うかのように紋様が全身に走っている。まるで、ヒトの身体に直接描かれた魔法陣のようだ。紋様は、顔にも例外無く走り、額に日輪のようなシンボルを刻む。

 次に目を引いたのは髪。本来、短髪であった髪が、足にまで到達する程の長髪となっていた。そして何より驚くのが色、全ての色素を失ったが如く、白へとその髪は変わっていた。

 黒の肌と、白の長髪。それに負けじと存在を主張している部位がある。

 ――眼だ。一同を見据える瞳。左は黒のままだが、晒された右の瞳が別の色を放っている。

 赤より、朱い、紅を。

 紅眼。その瞳は、良く見ると普通の紅眼とは違うものであった。

 瞳に、白と黒の勾玉をくっつけたような紋様が刻まれ、それを囲むようにして、八角からなる陣が刻まれている。

 八門遁甲。そう呼ばれる陣である。

 それ等を全て晒したタカトは一同を睥睨する。身に、ゆらりと立ち上る黒のオーラと共に。ややあって、口を開いた。重々しく紡ぐ。己の真名を。

 

《EX、666・猛速凄乃王命・伏羲(イクス、ナンバーオブザビースト・タケハヤスサノオノミコト・フッキ)》

 

 ――そう、呟いた。

 

 そのタカトを見た、全ての者達は、震えていた。紅の瞳に見据えられて、その存在に圧迫されて。

 タカトが一歩を刻む。それだけで世界が震えた。

 痛みと、喜悦。悲哀からなる咆哮を上げる。次元震と言う咆哮を。ソレを見て一同は――アルセイオ隊の全員が凍り付く。

 近寄るなと。止まってくれと、心底願った。

 あまりの重圧に、自分達を悟らないでくれと、心臓ですらも止まってくれと願った。

 怖くて。ただただ、怖くて!

 だが、タカトは止まらない。歩みを止めようとしない。

 直後、凍り付く一同から飛び出る陰が出た。

 この重圧の恐怖の中、タカトに向かい行くのは――。

 

《ば、バデス! ベルマルク!》

 

 飛び出した二人に、解凍されたアルセイオが吠える。

 そう、凍り付いた一同から飛び出したのは、巨斧の担い手、バデスと、銃式デバイスを操るベルマルクであった。

 二人は、真っ直ぐに歩いて来るタカトに突き進む!

 まず、ベルマルクからタカトへとフライッツェを差し向けた。

 

《フライッツェ。リミット・ブレイク! 彼の者を分かれ、割かたれ尽くしなさい!》

【はい】

 

 ベルマルクの咆声に応え、フライッツェが鈍く光る。直後、マガジン内全てのカートリッジをロードし、その数だけの銃弾を吐き出した。

 

《我が魔弾は、全てを分解し尽くす! 貴方にそれが堪えられてか!》

《……》

 

 ベルマルクの念話にタカトはただ無言。歩みもまた止めない。そして。

 

 −弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾−

 

 その身体に、八発からなる分解魔弾が叩き込まれた。胸や腹、腕や足に弾は食い込み――ポロリと落ちた。

 

《な……!》

 

 流石のベルマルクも目を見開き、呆然とする。いかな方法を用いれば、何の防御もせずに弾を受け止められると言うのか。よく見れば、全ての銃弾は完全に潰れていた。

 

《ぬぅあぁぁぁぁぁぁ……!》

【タイラント・フォルム!】

 

 眼前に展開された状況をタカトに変わらず突っ込むバデスもまた見ていた。しかし、止まらない。タカトまで翔ける!

 そして、背より火を吹く巨斧を振りかぶり、一気に振り放った。

 狙うのはタカトの首、一撃で叩き落とす!

 その想いと共に断罪(ギロチン)の刃がタカトの首筋へと叩き込まれ――刃はあっさりと砕けた。

 タカトは何の防御も取っていない。タイラントはタカトの首筋に叩き込まれている。なのに――!

 

《……馬鹿、な》

《終わりか?》

 

 驚愕し、呆然となるバデスにタカトはたった一つの言葉を送る。

 

《……下らないな》

 

    −撃−

 

 本当に詰まらなそうにタカトは呟き、そしてバデスの背が爆裂した。

 

《バデス殿!?》

 

 ベルマルクの念話が響く。しかし、バデスは答える事が出来ない。ピクピクと、細かく痙攣するだけ。

 見れば、いつの間にかタカトの右の拳がバデスの腹に食い込んでいた。その一撃が腹では無く、背を爆裂させたのは全ての衝撃を徹し、炸裂させた証拠であった。

 ――浸透勁、そう呼ばれる技法がある。空手にもまた秘奥として伝わる技法だ。相手の身体の内部に打撃による衝撃を浸透させ、好きな部位で炸裂させる技である。タカトはそれを、無造作に放ったのだ。

 しかしこの威力。いかな破壊力が、その拳にあったと言うのか。

 タカトは自分に引っ掛かり、もたれ掛かるバデスを押しやり、突き放すと、指をスッと差し出した。

 

《虚空水迅》

 

    −斬!−

 

 次の瞬間、ベルマルクの肩に”漆黒”の水糸が食い込んだ。彼は、自分の肩に刺さる水糸を呆然と見る。

 

 ……馬鹿な。彼は水など集めては――。

 

 視線が水糸の出先を辿っていき、その終着を見て、ベルマルクは完全に硬直した。水糸は”虚空”から突如として発生していた。タカトの指先から伸びている訳ですら無い。全然、別の空間から発生していたのだ。

 

《これは……!》

《まだ話せるか、タフだな》

《何を……っ!?》

 

 問おうとするが、その前にベルマルクをどうしようも無い悪寒が襲った。すぐに身体の自由が効かなくなる。

 

 これは……!

 

 もはや念話すら飛ばせなくなったベルマルクが、タカトを畏怖と恐怖が混ざった瞳で見る。彼はその視線に構わない。ただ、歩く。

 

《次は誰だ?》

 

 そして、今まで硬直して動けなくなったアルセイオ隊とギガンティスを見遣り、ポソリと呟いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 バデスとベルマルクをあっさりと打倒したタカトを見て、一同に重々しい沈黙が降りる。

 たった一人に恐怖し、沈黙させられているのだ。

 アルセイオでさえ、倒れた部下を助けに行けない。眼前のタカトから眼が反らせないのだ。

 それ程までに、今のタカトは圧倒的過ぎた。

 

《事象概念超越未知存在か……!》

《……? ベナレス、何だ、そりゃあよ?》

 

 突如として、ギガンティス内のベナレスから放たれた言葉に、アルセイオが問う。その長い名称が、何か妙に引っ掛かった。

 

《ランクEXの、本来の呼び名だ。EXと言うのは通称に過ぎん》

《EXの……!》

 

 告げられた言葉に、アルセイオは目を剥く。

 ――いつか言われた事があった。例え、どれ程の極大威力の魔法を得ようと、無敵の身体を手に入れようと、希少過ぎる能力を身に付けようと、EXには届かないと、そう言われた事が。

 アルセイオは斬界刀と言う極めて絶大な破壊力を持つ魔法を所有しているが、それすらもランクで表すと、SSS++++++と言う数値に留まる。威力だけでは決してEXに届かないと言われた由縁だ。

 

 ならば、EXとは――!

 

《神が定めし事象法則。絶対の理由、概念と言う名の事象。それすらを超越し得る存在。絶対未知存在をEXと、そう呼ぶのだ》

 

 ベナレスの念話に、アルセイオは沈黙する。明かされたEXと言う存在を漸く理解して。そして、己が目標としたタカトと言う存在を正しく知って、沈黙した。

 

《話は終わりか?》

《っ!?》

 

 ベナレスの説明に聴き入っていた一同が硬直から抜け出す。眼前の異常なる異質存在へと目を向けた。つまり、EX化したタカトへと。

 

《長い話。ご苦労な事だ。……さて》

 

 そう呟きながらタカトは一度下ろした手を上げた。すると、全天に――それこそ本局をまるごと包み込む程の威圧感が放たれる!

 

《終わりにしようか》

 

    −斬!−

 

 直後、全天全てから水糸が降り落ちる!

 ギガンティスに。

 アルセイオ隊に。

 ガジェットに。

 因子兵に。

 それは本局をまるごと飲み込む程の水糸となり、一同に降り落ちたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −斬!−

 

 −斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬−

 

    −斬!−

 

 全天、三百六十度全域から降り放たれた漆黒の水糸。それを見て、アルセイオは血相を変える。真っ青になった顔で隊の皆に振り返った。

 

《避けろ! 全員どんな手段を使ってもいい! この攻撃を回避しろ!》

《ど、どうやって!?》

《自分で考えろ!》

 

 ソラから飛んで来た疑問にもアルセイオはにべも無く答える。この中で一番鈍重とも言えるギガンティスは既にディメンション・フィールドによる次空間歪曲で水糸を防いでいた。それですらも、一撃を受ける毎に軋みをあげている!

 アルセイオはそれを確認すると、上下左右前後から迫り来る水糸に、剣群を生み出し、周囲にバラ撒く――即座に何の抵抗も無く、あっさり砕かれた。

 

《っ!?》

《ちなみにだが、この虚空水迅。ランクにしてみればSS+相当程度の破壊力がある。頑張れ》

《な……!?》

 

 タカトから響く念話にソラを始めとした一同が目を見開く。そして、理解した。アルセイオが、何故にあれほど血相を変えたのかと。

 これほどの範囲で、これほどの精度を持つ攻撃が、SS+。理不尽としか言いようが無い。

 幾万、幾億の水糸が跳ね回る。それをアルセイオ隊の一同は、それぞれ無茶苦茶な軌道を描き、飛び回りながら回避し続ける。

 ガジェットや、因子兵は動きについていけないのか、次々と水糸に貫かれ、行動不能に陥れられていた。そして。

 

《きゃう!》

《……っ!》

 

 二人分の悲鳴が上がった。リズとリゼの姉妹の悲鳴だ。リズは右腕に、リゼは太腿に水糸が刺さっていた。直後、顔色が真っ青に変わり、二人はぐったりとなる。そのまま力無く、意識を失った。

 

《リズ! リゼ……! くそ、なんなんだ、この水糸は……!?》

 

 倒れた二人に、ソラが呻く。近寄る事も出来ない。未だ、襲い来る水糸の為だ。しかし、ベルマルクもそうだったが、リズもリゼもたった一撃。しかも、急所ですら無い場所に刺さっただけで倒されている。

 この水糸、一体いかな効果を持つと言うのか。

 

《副隊長、このままでは全員総崩れですわ! フラガラックでタカトに接近しなければ……!》

《それしか無いか……!》

 

 残るは、アルセイオとソラ、エリカ、そしてギガンティスだけである。飛は、なのはにより気絶させられ、バデスは生死不明。ベルマルクとリズ、リゼは謎の効果により意識を奪われた。

 このままではジリ貧で終わる。ならば、空間接続で全員タカトに飛び込み、一気に倒すしか無い。

 

 −ソードメイカー・ラハブ−

 

 −我は、無尽の剣に意味を見出だせず、故に我はたった一振りの剣を鍛ち上げる−

 

 ソラの耳にアルセイオのキー、及びオリジナルスペルが響く。

 視線を向けてみれば、アルセイオが斬界刀を現顕させている所だった。アルセイオは、ソラに頷く。

 故に、ソラも決めた。タカトの懐に飛び込む事を――!

 

 −ブレイク・インセプト−

 

 −我は、ただ空へと向かう−

 

 己の言葉を解き放つ。エリカもそれに合わせるように、手に持つ大鎌を構えた。

 

《行きます、隊長! エリカ!》

《おう!》

《お任せしますわ!》

 

 二人からの叫びに、ソラは頷く。フラガラックの空間接続を開始、座標は、タカトの眼前――!

 

《跳べ!》

 

 直後、三人の姿が消えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 空間接続で、一気に三人はタカトの眼前に現れる。

 アルセイオは斬界刀を。

 ソラは魔皇撃を。

 エリカはヘルを召喚しようとして。

 しかし、攻撃の途中でピタリと停止した。

 ――いない。空間接続するまでは、確かに居た筈のタカトの姿が、どこにも。

 

《どこを見ている?》

《《っ――!?》》

 

 告げられた念話に、アルセイオとソラだけが振り返った。……エリカは振り返る事が出来ない。何故なら。

 

《何故、お前がここに居るのかは知らない。だが――》

 

 タカトが、空間接続で現れたエリカの真後ろに居たからだ。エリカは呆然と目を見開いたまま硬直。タカトは構わない、右手を掲げる。

 

《戦場に出て来た。ならば、相応の覚悟があると判断するぞ?》

《っ……》

 

 届いた念話に、エリカは唇を噛み、振り向きざまにレークィエム・ゼンゼを振り放つ。だが、斬撃はタカトの左手の人差し指と中指に挟まれ、あっさり止められた。

 

《終わりだ。エリカ》

 

 即座に水糸がエリカの肩に突き刺さる。三人同様エリカにも強烈な悪寒が襲い掛かった。そして。

 

《……》

《……む?》

 

 何事かをタカトに呟いた。その内容にタカトは眉を潜め、軽く嘆息する。

 

《……馬鹿が》

 

 ぐったりとしたエリカを抱くと、次元空間に放る。それは、ただ自分へと向かい来る二人の攻撃の余波に、エリカを巻き込ませまいとする元主人に対する気遣いだった。当然、アルセイオとソラは構わない。改めて、斬界刀を、魔皇撃を放つ――しかし。

 

《なに……?》

 

 再び、二人はタカトの姿を見失った。いきなりその姿が消えたのだ。

 縮地や、ましてや瞬動を使うような暇は無かった筈なのに!

 

《ベナレスの説明を正しく聞いて無かったのか? お前達は》

《《っ――!》》

 

 再び響く念話に、二人が背後を振り向く。そこには、腕を組んで二人を見下ろすタカトが居た。

 

《ベナレスは言った筈だ。EXは事象概念超越未知存在だと。ならば、世界の概念(ほうそく)に、全く縛られない存在とは考えられないか?》

 

 それは、つまり。二人は、タカトの言葉に構わず己の最強の一撃を繰り放ち続ける。

 だが、タカトは斬界刀を体捌きだけで躱し、魔皇撃はただの拳で迎撃する。そして、また消えた。

 

《そう、例えば”時間の流れを無視する”程度の事が出来ないとは思い至らないか?》

 

 タカトから告げられる念話に、二人が固まり絶句する。それは、つまり――!

 

《時間を、止めたと……?》

《正確には違う。時間の流れを無視しただけだ。止めた訳では無い》

 

 例えば、時間を川の流れだと考えれば分かりやすい。絶えず流れるその流れに、普通ならば流されるままだが、タカトはその流れを無視して立ち止まったのだ。だけど、そんなもの、時間を止めたのと、どこが違うと言うのか。

 

《くそ……!》

 

 タカトのあまりの出鱈目さに、ソラは歯軋りを一つ鳴らすと、フラガラックを突き出した。

 

《空間接続開始! 座標は――》

《空間跳躍斬撃。フラガラックの特性を利用した攻撃か。……止めておけ、”俺にそれは通じない”》

 

 黙れと、内心ソラは吠える。構わず、フラガラックを発動。タカトを内からぶち貫こうとして。

 

    −斬−

 

《あ……?》

 

 目を見開き、ソラは硬直する。それは、”自分の胸から突き出した刃”を見たから。タカトの心臓を貫く筈の刃が、自分を貫いていたのだ。

 

 な、ぜ……?

 

《ソラ!?》

 

 血を吐き出し、崩れ落ちるソラにアルセイオが念話で呼び掛ける。しかし、ソラはそれに応える事が出来ないまま、意識を失った。

 グッタリと倒れたソラに、アルセイオは苦し気に顔を歪める。ギロリと、タカトを睨んだ。

 

《ソラに何をしやがった!?》

《俺がやった訳では無い、そいつの自爆だ》

 

 タカトは嘆息。アルセイオの視線を真っ向から受ける。右手を持ち上げ、指で己を指した。

 

《言った筈だな? 俺は世界の概念を無視出来る。それは、己への世界からの干渉を跳ね返すと言う事と同義だ》

《っ――》

 

 その言葉に、アルセイオは悟った。ソラが自爆した理由を。つまり、今のタカトには――。

 

《一切の介入系能力が通じねぇのか!?》

《正解だ》

 

 あっさりとタカトは頷く。今のタカトは、他者からの介入(概念)を全てかき消してしまうのだ。

 それこそ、神(世界)の力であったとしても。……それが分かったとしても、何も出来はしないのだが。

 アルセイオはその事実に舌打ちする――が、へっと笑った。

 

《だが、お前は完璧じゃねぇ》

《……》

 

 笑いながらアルセイオは手に持つ世界を斬る得る一刀、斬界刀を掲げる。タカトに差し向けた。

 

《お前、さっきから斬界刀は、きっちり躱してやがったな? つまり、コイツは効くって事じゃねぇのか?》

《フム》

 

 告げられるアルセイオの言葉にタカトは目を細め、頷いた。

 

《正解だ。今の俺は八極八卦太極図による八卦太極炉が全開状態でな。常時八属性技を発動しているようなモノなのだが、その中の一つ、山の属性変化奥技『金剛体・闇』が常に発動している》

《……つまりだ。その技をブチ抜ける破壊力を叩き込める技があれば、ダメージはきっちり通るって訳だ?》

 

 笑いながら斬界刀を担ぎ、タカトを見据える。そんなアルセイオに、タカトはただ首肯した。

 

《その通りだ。威力にしてみれば、SSSランク以上の攻撃ならば『金剛体・闇』の防御を抜ける事が出来る》

《へっ、なら――》

 

 斬界刀を握るグリップが強くなる。アルセイオはタカトを見据えたまま、一歩を踏み出した。

 

《一丁、勝負に付き合って貰おうかい!》

《止めておけ、とは貴様には言わんぞ?》

 

 直後、タカトが”構えた”。

 半身に体をずらし、左手を顔の前に持ち上げる。右手は拳を作り、腰溜めに構えられた。

 ――タカトが構えた。その事に、アルセイオは眉を潜める。

 タカトは自然体を常とし続けていた筈だ。それは、いついかな状態に於いても、自然体こそがあらゆる状況に対応出来る構えとなっていた為だ。それが構えたと言う事に、アルセイオは眉を潜めたのだ。それはつまり。

 

《”拳を放つ”。ただ、それだけに特化した構えか》

 

 へ、と再び笑う。恐らく、タカトがこの構えを取ったと言う事は、時間停止を使わずに真っ正面から斬界刀とぶつかる積もりなのだろう。

 そうでなければ、ただ止まった時間の中で斬界刀を躱せば済むだけの話なのだから。

 真っ向からのぶつかり合い。その事に、アルセイオは震える。破壊力だけならば、最強と言われた斬界刀。その一撃でタカトを打倒し得るのか、そう考えただけで震えたのだ。

 笑う。肩に担ぐ斬界刀を背が反るまで振りかぶった――。

 

《《いざ》》

 

 ――直後、アルセイオとタカトは、同時に駆け出す! 刹那に、互いの必殺の間合いに飛び込んだ。

 

《チィィエェェェェェェェェェェェェェストォォォォッ!》

 

    −轟!−

 

 振りかぶりから一直線に放たれる轟撃! 星を、いや世界すら斬り得る一刀が真っ逆さまにタカトに降り落ちる! 対して、タカトはただ前進あるのみ、そして右の拳が僅かに引かれ。

 

《無尽刀、アルセイオ・ハーデン。貴様の一撃に敬意を表し、俺も見せてやる。これが》

 

 一歩の踏み込みと共に拳が放たれた。

 

《EXだ》

 

 降り落ちる轟撃に、タカトは拳を叩き込む。それに、アルセイオは眉を潜める。

 

 死ぬ気か?

 

 そう思い、そして――。

 

    −破−

 

 ――降り落ちる斬界刀が、拳を叩き込まれた所を中心に砕け散る瞬間を目撃した。

 

《な、に……?》

 

 アルセイオは驚愕に目を見開く。己の最強の一撃が、何の抵抗も無く破壊されたのだ。驚きもする。アルセイオは呆然としたまま、半ばから砕かれた斬界刀を最後まで振り下ろし、当然空振りした。

 タカトは、拳を繰り出した動作のまま、残心し続ける。そして、ポツリと呟いた。

 

《神無》

 

 ただ、その一言だけを。アルセイオはそれを聞きながら振り下ろした斬界刀を漸く留める。タカトに、それは何かを問おうとして。

 

《早くその刀、解除した方がいいぞ? ”破壊”に巻き込まれる事になる》

《なに――っ!?》

 

 直後、半ばから砕かれた斬界刀が、折れた部位からさらさらと砂に変わっていく。それは一瞬にして広がり、アルセイオは慌てて、斬界刀を解除。ダインスレイフを斬界刀から抜いた。

 タカトが言う”破壊”は止まらない。結局、斬界刀を最後まで喰らい尽くし、消えていった。

 

《今のは……?》

 

 己の最強を打ち砕き、あまつさえ完全に滅ぼした一撃に、アルセイオは呆然とタカトに問う。だが、タカトは無言。そのまま、踵を返した。

 

《オイ》

《そこまで教える義理は無い。それに幕引きだ》

 

    −散−

 

 直後、アルセイオの背後で、今の今まで展開していた水糸が事如く消えた。

 その中で動けるものはディメンション・フィールドをただ張り続けるギガンティスただ一体のみ。アルセイオ隊も、三十万を超すガジェット、因子兵群も動く事が出来ずに、ただ沈黙し続ける。

 

《貴様達の戦力の大半を奪った。なのはの代わりは果たしたと判断する》

 

 そう、念話を飛ばし右手を伸ばす。そこには、滑り落ち虚空へと消えた拘束具が握られていた。それを掴んだまま、タカトは次元空間を歩いて去ろうとして。

 

《このまま、逃がすとでも思うか!?》

 

 突如、今まで身動きすらも出来なかったギガンティスが動き出す。両手を広げ、胸をバクンと開いた。そこから合わさるエネルギーが極大の光球となり、そして。

 

《デモリッション!》

 

    −煌!−

 

 二重螺旋を描く極大の光砲となり、放たれた。向かう先は他でも無い、悠々とただ進むタカトだ。彼は、視線すら向けない。その背に叩き込まれんと光砲が接近し。ここで漸く半身だけを振り返り、タカトは左手の指を持ち上げた。

 

《虚空光覇弾》

 

    −閃−

 

 漆黒の極光が走る――!

 それは、あっさりと光砲を斬り裂き、一気にその大元まで走った。則ち、ギガンティスへと。ギガンティスは迫り来る漆黒の極光に何も出来ず、そして。

 

    −轟!−

 

 右の肩をえぐり取られながら、虚空の狭間へと極光は消えて行った。

 

《ぐ、おお!》

 

 なのはの時に続き、右肩を失ったギガンティスからベナレスの声が漏れる。それに、タカトは冷たい視線を向けた。

 

《勘違いするなよ、ベナレス。お前達を生かすのは、ただ俺がなのはの代わりだからと言うだけだ。……向かって来るのならば、容赦はしない》

《ぐ、うあ……》

 

 タカトの台詞に、ベナレスはただ呻きのみを上げる。そんなベナレスをタカトはただ見下ろす。

 

《それに――忘れたか? グノーシスに在った五体のギガンティス。その全てを、”誰が破壊したか”。他でも無い、俺だぞ?》

《ぐ……!》

 

 ベナレスの悔し気な声がただ響く。タカトは、笑いを浮かべた――嘲笑を。

 

《忘れる訳が無いか。貴様がグノーシスを追われた事件だ》

《ぬ……! 貴様――》

《不様だな》

 

 そうタカトはベナレスに吐き捨てると、右手に拘束具を取り付ける。

 直後、肌は白くなり、髪は短く黒を取り戻した。同時に、裸だった上半身にバリアジャケットが展開し、フードが頭をすっぽり覆う。通常に戻ったのだ。

 眠り続けるなのはの前まで歩くと、同時に絶界が砕ける。

 

《ゆめ忘れるな。貴様達を潰すのはたやすい。いつでも出来る。それをしないのは、貴様達にも利用価値があるからに過ぎない》

 

 なのはを横抱き――俗に言うお姫様抱っこで抱える。そして、アルセイオを、ギガンティスを振り返った。

 

《俺の大切なモノ達。それを奪うような事があれば、いつでも俺は貴様達を滅ぼしに来る。それを、忘れるな》

 

 そこまで言うと、八角の魔法陣が展開する。そして、なのはと共に、その姿が消えた。

 次元転移だ。

 アルセイオもベナレスも、ただ見ている事しか出来なかった。

 

《完敗だな。こりゃあ》

《……ああ》

 

 アルセイオの苦笑に、ベナレスが頷くように応える。本局前次元空間に、冷たい静寂が戻った。

 

 こうして、最初の時空管理局本局決戦は幕を閉じたのだった。

 

 

(第三十七話に続く)

 

 

 




次回予告
「本局決戦が終わり、敗走したアースラはボロボロで」
「そして、それ以上に、なのはが居ない事に皆は傷付き、落ち込む」
「一方、なのははタカトに連れられ、別の次元世界へと流れついていた」
「目覚めた彼女に衝撃が走る――!」
「次回、第三十七話『逃避行』」
「敵の筈なのに、彼女の側に彼は在る。……どうしようも無い壁を挟んで」


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第三十七話「逃避行」(前編)

「負けた――それ自体は、俺にとって、何度もあった事。だけど、皆での決定的な敗北はこれが初めてで。そして、失ったものは大きくて。……だけど、俺達はそれでも進む。約束したから、必ず帰って来ると、あの人と。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 時空管理局、本局。

 本来なら管理局局員が駐留するこの場所は、現在その敵対者により占拠され使用されていた。つまり、ツァラ・トゥ・ストラに。

 次元世界の法と秩序を守るべき組織の象徴が占拠されていると言う事態は皮肉以外の何物でも無いだろう。しかも、それが次元世界全ての制覇を掲げる組織によってだ。

 本局はストラの本拠地と化し、秩序を護る象徴では無く、乱世へと導く象徴と成り果てていたのだった。

 その本局の一角。次元航行艦があるべきドッグに、とあるモノが鎮座している。ストラ側最強の切り札たる、対界神器ギガンティスが。

 その名の通り世界を破壊しうる巨神は、現在、全ての兵装を眠らせて待機状態となっていた。

 そのギガンティスを足下から見上げている人物が居る。2mを越す、筋骨隆々たる大男だ。

 彼こそは、ストラの指導者にして最高司令官、ベナレス・龍。龍王とも呼ばれる彼は、ただ黙々と己がデバイスでもある巨神を見上げていた。

 

「…………」

 

 無表情に、無感情にただただ見上げる。そのまま暫く見ていてると。

 

「ずっと見上げていて、よく首痛くならねぇな?」

 

 突如として声が掛けられた。その声に、ベナレスは振り向く。そこには、髪も髭も、纏う装束までも赤と言う壮年の男が居る。アルセイオ・ハーデンが。

 

「アルか……何か用か?」

「いんや、たまたま見掛けたんでな」

 

 暇だったしよ、と笑いながらアルセイオはタラップを下りてベナレスへと歩く。その横に並び、ギガンティスを見て、笑いを苦いモノへと変えた。

 

「……全く、してやられたモンだな」

「ああ。奴のおかげでこちらは戦力の半分も削られた。各世界に送る戦力も考え直さねばならない」

 

 アルセイオの台詞に、ベナレスは憮然としながら答える。

 現在、ストラは戦力の大半を新型のガジェットと因子兵に頼っている。しかし、その50%までもが、ある存在により、破壊されていた。つまり、EX化したタカトに。

 

「……奴の転移先は突き止められたか?」

「無理だろう。転移反応もフェイク塗れだ。そもそも下手に戦力を送っても返り討ちにしかならん」

 

 そうかいとアルセイオは頷く。元々期待してはいなかったのだろう。返事はあっさりとしたものだった。

 そんなアルセイオに、今度はベナレスが問う。

 

「貴様の部隊はどうだ?」

「リズ、リゼ、ベルマルク、飛、エリカはどうにかなった。……ソラとバデスの爺さまは現在絶賛再生ポッドの中だ」

 

 肩を竦めながらアルセイオは答える。飛・王はなのはに倒されたものの非殺傷設定だったのが幸いしたか、傷一つ無く復帰している。女性陣三人と、ベルマルクも虚空水迅による謎の効果により、寝込んでいたものの、命に別状は無かった。

 しかし、背中を爆裂されたバデスと、胸――正確には肺を貫かれたソラはそうもいかない。

 ナノ・リアクターと言うグノーシスの再生治療ポッドを使用し、現在再生治療の真っ只中だった。

 このナノ・リアクターは治療用ナノマシンによる、分子レベルで中に居る使用者を再生出来る優れ物だが、実は管理局にあった物では無い。

 実は、クロノ・ハラオウンが伊織タカトと戦い負傷した際に、グノーシスから本局に寄贈されたものだったりする。

 肺がブチ貫かれていたクロノが一週間も経たずに復活したのは、これのおかげであるのだ。

 ……最も、現在敵側であるストラに使用されているのは、やはり皮肉な話しであるが。

 アルセイオの台詞に、フムとベナレスは頷いた。

 

「そうか。隊員が完全に動かせない以上、貴様達に奴達の追撃を命じる訳にもいかんか」

「……奴達?」

「アースラと言ったな? 奴達の事だ」

 

 ああ、とベナレスの言葉にアルセイオが相槌を打つ。後から来たタカトの印象が強すぎて、すっかりアースラの事を忘れていたのだ。

 そんなアルセイオにベナレスは変わらぬ無表情の視線を向ける。

 

「……幸い、各世界に派遣していた次元航行艦隊の消耗は避けられた。あれらに次元封鎖を行わせつつ、追撃を掛ける」

「俺達はどうするよ?」

 

 これからの行動を決定するベナレスにアルセイオが更に問う。

 それにもやはり眉一つ動かさず、ベナレスは頷いた。

 

「貴様達は、傷が癒え次第、ある所に攻め込んで貰おう。次元航行艦を一隻渡す」

「あいよ。りょーかい。んで? その場所は?」

 

 気安く了承するアルセイオに、ベナレスは背を向けた。歩く。

 おいおい無視かよ? と、アルセイオは笑いながら問おうとして。それより早く、ベナレスから問いに対する答えが告げられる――。

 

「第97管理外世界。地球――攻撃目標はグノーシスだ」

 

 そう、それだけが告げられた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 −弾、弾、弾、弾、弾−

 

 星が瞬く宇宙に光が灯る。それは、弾丸と化して縦横無尽に宇宙を駆けていた。

 その中、弾丸が行き交う場所の遥か後方に、一つの巨影があった。全体の所々が故障しているのか、一部が欠落している。

 その影の名前は、次元航行艦アースラ。

 本局決戦に於いて、敗退、離脱し、現在撤退中の艦であった。

 アースラブリッジ、各報告が行き来する中で、頭に包帯を巻き、他にも本局制服から包帯が覗く八神はやてが、艦長席に座って、口元を組んだ指で覆い、展開したウィンドウを見て、難しい表情のまま唸っていた。

 その横で立ったまま、指揮をしていた副官のグリフィスが見遣る。

 

「……追撃部隊に捕まりましたか?」

 

 どやろ? とグリフィスの問いに、はやては答える。

 管制官のシャーリーを呼び出し、現在の敵対している機動部隊のデーターを寄越して貰った。

 機動部隊は、ガジェット、DA装備の因子兵で固められており、それが約五十体と言った所である。

 

「……いや、それにしたら部隊規模が小さいわ。偶発的なエンカウントやないやろか?」

「それは――また運が悪い話しですね。今のアースラの状況で」

「……そやね」

 

 グリフィスの台詞に、はやても嘆息する。今のはやての状況から解る通り、現状のアースラは最悪の状況だった。

 人的被害が酷すぎる。

 各部署の人員も、怪我人が多発しているような状況なのだ。特に酷いのが、機動部隊。つまり、前線メンバーである訳なのだが。

 

「現状で動かせる機動部隊が、クロノ提督、スターズ3、スターズ4。ライトニング3、ライトニング4。N2R3とN2R4二人と、セイヴァー、アーチャーだけですか」

「厄介やね。いくら敵部隊規模が小数やからって」

 

 グリフィスの言葉に、はやては嘆息する。

 グノーシス・メンバーは言うに及ばず、隊長陣はヴィータ、シグナムが大怪我の為、出撃は不可能。そして、フェイトや別のN2Rのメンバーも、少なからない怪我と、何よりデバイスの破損が酷く、出撃は不可能だったのだ。

 

「……シャーリー、皆のデバイスの状況は?」

「まだ大丈夫です。でも、そう長くは持ちません」

 

 シャーリーの申し訳なさそうな返答が、はやてに返り、彼女は再度嘆息した。

 

「デバイス、身体共に大丈夫なんが、シオン君と、スバル、ティアナしかおらへん、ね……」

「流石に厳しいですね……」

 

 はやてに引き続き、グリフィスも苦々しく答える。それに、はやてはモニターを見上げた。

 

「この艦の現状で単に運が悪いってのも救いようが無いけど。それに甘んじる訳にもいかへんね」

 

 そう呟くと、はやては再びシャーリーへと顔を向ける。

 

「シャーリー、光学索敵を頼むわ。機動部隊単独での作戦行動は無いやろうし、後方に航行艦が居るって思った方がええ」

「はい! 了解です!」

 

 その言葉にシャーリーは頷くと、コンソールを叩き、索敵を開始する。はやてはシャーリーから視線を外すと、再びモニターへと視線を向けた。

 

「グリフィス君、前線メンバーに現状維持の指示を。……無理はあかんって言い含めてや」

「了解しました」

 

 はやての指示に、グリフィスが頷く。それに頷き返しながら、はやての視線はモニターから動かない。宇宙空間で戦う一同を、ジッと見ていた。

 それは、まるで祈るかのような視線。……もう、失いたく無いと、そう告げる視線だった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 宇宙空間に光の道が走る。その上を駆けるのはN2R3、ノーヴェだ。向かう先には、人型モドキのガジェットが三体居り、ノーヴェに対して機銃を連射、弾幕を形成する――。

 

    −撃!−

 

 ――突如、中央のガジェットの一体に光射が一閃。頭部を貫き、一瞬の沈黙の後、火の球となって宇宙空間の藻屑と化した。

 それに、残り二体のガジェットの身体が少しだけ流れる。弾幕に一瞬だけ切れ目が出来た。それをノーヴェが見逃す筈も無い。一気に、ガジェットまで走り抜ける!

 

《っおらぁ!》

 

    −撃!−

 

 轟撃一蹴! 回るジェット・エッジのスピナーに後部が火を吹き、連射される弾丸を抜けながらガジェットの胴体を蹴り貫く。

 一撃は、あっさりとガジェットを二つに叩き折った。ノーヴェは止まらず、右手のガンナックルを持ち上げ、光弾を連射。残るガジェットに撃ち放つ。負けじと、ガジェットも光弾を抜けながら機銃を放とうとして。

 

【スティンガースナイプ、トリプル・バースト】

 

    −貫−

 

 その胴体を光閃が貫いた。ガジェットはそれに動きを縫われ、硬直する。しかし一撃で撃破は成らず、まだ動こうとして。

 

    −貫−

 

    −貫−

 

 続く二つの光閃が頭部と下胴部を更に貫く。ガジェットは、今度こそ沈黙、遅れて爆発四散した。

 眼前の敵が沈黙した事にノーヴェは一つ息を吐くと、念話が脳裏に響いて来た。

 

《無事か? ノーヴェ》

 

 届く念話にノーヴェは苦笑、頷く。

 

《ああ。ハラオウン提督も援護サンキュー》

《おいおい、礼を言うのは旦那だけかよ?》

 

 続いて届けられる念話に、ノーヴェはああそうだったと笑う。そして、もう一人、最初にガジェットを撃ち落とした青年にも礼を言った。

 

《ああ。あんたも良い腕だったよ、サンキューなヴァイス》

《おう》

 

 ノーヴェの礼に頷きの念話が届く。それを聞きながら、ノーヴェは左手側に視線を向けた。未だ、光が瞬く戦場へと。その表情は若干苦かった。

 

《この状況、まずくねーか? 向こうが突っ込んで来ねーからいいけど、一気に攻め込まれたら――》

《押し込まれる可能性は大だな》

 

 クロノがノーヴェに応じて答える。それに、彼女は露骨に眉を潜めた。

 

《だったらこっちも前出て一機でも多く……!》

《だが、やはりアースラの直援は必要だ。性質上、僕達が直援に向いてるしね》

 

 きっぱりと嗜められ、ノーヴェは舌打ちする。現状、アースラはまともな防御フィールドも形成出来ないのだ。それこそ、これ以上攻撃を受ければ墜ちかねなかった。

 

《お二人さん。話しの途中で悪いけど、敵影が四来たぜ?》

《そうか。ノーヴェは前に、ヴァイス陸曹は後方から援護狙撃を頼む。行くぞ》

《……了解!》

 

 若干、苛々しながらもノーヴェは頷く。そしてエアライナーを再度展開、再び走り出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 −弾、弾、弾、弾、弾−

 

 絶え間無い弾幕が宇宙に灯る。それ等を形成するのは総計三十のガジェット、因子兵だ。撃ち放ち続けられる機銃からなる弾幕は敵対者を近付けさせない――”筈”、だった。

 

《おぉぉぉぉ……!》

 

    −斬!−

 

 突如、ガジェットの一体が縦に分かたれる。高速斬撃による一撃で、両断されたのだ。

 神覇壱ノ太刀・絶影の一撃によって。それを放った少年、シオンはノーマルフォームのまま更に駆ける。近くの因子兵の首を一撃で落とし反転、もう一体の因子兵をぶった斬る。しかし。

 

 −撃、撃、撃、撃、撃−

 

《ぐっ……!》

 

 シオンの強襲から体勢を立て直したガジェット、因子兵群が、シオンに対して射撃を開始する。それに、シールドを発動して弾幕を受け止めるシオンだが、そのあまりの数に顔を歪めた。いくら何でも、数が違い過ぎる。しかも、ここは戦い方を限定出来る地上では無く宇宙空間だ。障害物も無く、上下も関係無いこの戦場で、一人突っ込むのは無謀に過ぎた。それが、一人ならば。

 

    −煌!−

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 シオンに総攻撃を行う敵群に対して、走る三条の光砲。それは、動きを止めていた敵群の大半を飲み込み、喰らいながら突き進んだ。

 一撃により二十もの数を失ったガジェット、因子兵がバラバラに散り、その場から離脱する。

 

《っ――ちっとヤバかったか……》

《ちっとじゃないわよバカ!》

 

 攻撃が止んだ事により一息吐くと怒声が響いた。

 誰かを確かめるまでも無い、ティアナ・ランスターである。

 直後、蒼からなる道がシオンの元まで走り、砲撃を撃ち放った三人が駆けて来る。スバル・ナカジマと、ティアナ、そしてディエチ・ナカジマだ。

 三人はシオンに合流すると、ジト目で睨んで来た。

 

《シオン、ちょっと突っ込み過ぎだよ? 今のだって……》

《分かってる。無理はしてねぇよ。怪我もして無いし、問題ない》

《そう言う意味じゃ無いでしょバカ! アンタはいっつも……!》

 

 眦(まなじり)を上げて睨むティアナに、シオンは片手を上げて制止する。そして、三人のデバイスと固有武装に目を向けた。

 

《……数が違い過ぎんだよ。それに、アイツ等の機動性にまともに追従出来るのが俺とエリオ、クロノ提督しかいねぇ。多少、強引に引っ掻き回さねぇと、主導権も取り返せねぇよ。それに、今は突出出来るの俺しかいねぇし。だろ?》

《それは――》

 

 シオンの台詞にティアナが顔を歪め、スバルも表情を強張らせる。

 現在、前線メンバーの中で、デバイス、固有武装がまともに起動出来ているのは、シオンとスバル、ティアナ、クロノしかいない。しかし、スバルとティアナは無重力、真空間では機動性に難があり、クロノは現状に於ける前線メンバーの指揮を任されている身だ。ついでとばかりにアースラの直援の為、艦に張り付いている。

 前に出られる筈も無い。故に、突出する事が出来るのは現状シオンしか居なかった。

 二人はシオンの言い分に息を飲み、しかし言い返そうとして。

 

《三人共、話しは後にしよう。今は……》

《ああ、そうだな。三人共、援護頼む。……エリオ達は?》

《後でキッチリ話しつけるからね!》

《シオン……》

 

 ディエチに答えるシオンに、話しを逸らされたと思った二人がそれぞれシオンを睨み、悲しそうな顔をする。

 シオンは構わない、エリオ達の現在位置を確認して、飛翔を開始しようとする――。

 

《……ゴメンな、二人共。分かってんだよ、なのは先生に言われた事、ちゃんと理解してるから》

《《っ……!》》

 

 振り向かないままに告げられた念話に二人は目を見開く。シオンはやはり振り向かない、そのまま駆け出した。

 

《……やっぱり気にしてるんだね。シオン》

《……バカよ、アイツ》

 

 二人がぐっと息を飲みながらもシオンに呟く。それに一人、ディエチがため息を吐いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……来ました! 光学索敵に感あり!」

 

 アースラブリッジに、シャーリーの声が響く。同時に戦場を映し出すモニターの脇に、一回り小さなウィンドウが展開。そこに、XV級次元航行艦の一隻が映っていた。

 

「……当たりやね。距離は?」

「アースラより、5000(約五十Km)の位置で静止してます」

 

 シャーリーの報告に、はやては頷く。そのまま、横のグリフィスへと視線を向けた。

 

「距離が近いから向こうのアルカンシェルは警戒せんでもええね」

「はい。そこは助かりますね。こちらは攻撃オプションがアルカンシェルしか在りませんが、現状では使用不可能ですし」

 

 はやての言葉に頷きながらグリフィスも手元のコンソールを操作する。そして、更にモニターの右横に新たなウィンドウが展開した。

 

「現在、敵機動部隊は総計十、ガジェットが三、因子兵が七です。……こちらは何とかなりそうですね」

「そやね。後は敵艦の拿捕だけやけど……?」

 

 そこまで言った瞬間、モニターに映る敵艦が動き出した事に、はやては眉を潜める。既に機動部隊の勝敗は決したにも関わらず、ここに来て艦を動かす。それに、眉を潜めたのだ。ここで、ストラ側が選ぶ戦略は――。

 直後、敵艦の前方に”穴”が開いた。穴の向こうに広がるのは、次元空間! つまり、敵艦が選んだのは次元航行による撤退だった。

 

「そんな……! まだ機動部隊が残っているのに!」

 

 シャーリーが悲鳴じみた声をあげる。はやては顔を歪めた。

 

「いや、向こうの機動部隊はガジェットと因子兵だけや。人的被害は0。……殿としては最適やね」

「そんな……」

 

 しかも、ガジェット、因子兵共にストラ側は大量に数を用意している。消耗を恐れる筈も無かった。……実際は、タカトにより戦力を削られてストラ側もカツカツなのだが、それをはやて達が知る筈も無い。

 

「……如何なさいますか、艦長。追撃は?」

「やめとこ。今のアースラの状況で薮に手を突っ込むような真似して、蛇どころか鬼を出したら、ただじゃすまんしね。それにガジェットや、因子兵も放ってはおけんし」

 

 そこまで言うと、はやては再び正面へと向き直り、続いてシャーリーに指示を出した。

 

「各機動部隊は敵機動部隊を殲滅。敵艦は放って置いてええから、そっちを優先させてや。終わったら各員帰投。確認が終わったら次元航行で現世界より、離脱しよ」

「はい。……次元航行の行き先は……?」

 

 告げられた指示を前線メンバーに通信で伝えた後、シャーリーが振り返り問う。それに、小さくため息を吐いた。艦長席のコンソールを操作し、電算を任していたもう一人の管制官、御剣カスミを呼び出す。彼女は、すぐに通信に出た。

 

《はい。八神艦長》

「ああ、カスミちゃんか? もうちょっとしたら次元航行に入りたいんやけど……どないやろ? ミッドチルダへの次元航行経路は見つかりそうかな?」

 

 はやての問いに、しかしカスミは目を伏せる。それだけで、はやては理解した。ミッドまでの次元航路座標が特定出来ていないと。

 実はアースラ。本来ならばミッド方面へと次元航行する筈だったのだが、例の次元震攻撃の影響か、次元航行座標が狂ってしまったのである。

 現在、アースラはストラに占拠された本局を挟んで、ミッドの反対側の世界へと次元転移してしまっているのだ。

 当然、本局は再び次元封鎖されている状況であり、この本局を再び通常航行で抜けない限りは、ミッド方面には次元航行出来ない状況なのだ。それは、今のアースラにおいて単なる自殺行為でしか無い。

 一応、遠回りに本局を迂回する形で、カスミにミッドまでの次元航路座標を算出して貰っていたのだが、結果は散々に終わったと言う訳だ。

 

《……申し訳ありません、私が至らないばっかりに》

「そんな事あらへんよ。カスミちゃんもシャーリーも、しっかりやってくれた。……そもそも、無理言うたんはこっちやし、な?」

《……はい》

 

 もう一度、すみませんとカスミは謝り、通信は切れた。はやては再度ため息を吐く。

 問題が山積み過ぎて、頭が痛い。

 実際、ミッドに戻れ無いのは相当の痛手だ。何故なら、現状アースラで意識不明の者達――グノーシス・メンバーと、シグナム、ヴィータはどうにか延命出来ている”だけ”であり、完全な治癒が出来ていない状況なのだ。

 更に言うなら各デバイスや、固有武装。これ等も本体までダメージが入っていたりしているので、専門のラボで修理する必要がある。

 怪我人と、デバイス、その両方共、艦の設備では回復も修理も不可能なのであった。……それに。

 

「……皆のココロの問題もあるし、な」

 

 そう呟き、はやては自嘲する。

 ――高町なのは。幼なじみであり、親友、戦友だった彼女が。今、アースラに居ない。……最悪の状況は十分過ぎる程に考えられたが、はやては考え無いようにしていた。しかし、それでも彼女が居ないだけで艦は重い空気に包まれている。

 それが特に顕著なのはフェイトであった。目覚めた時に、なのはの事を聞いて半狂乱で本局に向かおうとしたくらいだ。今は部屋に閉じこもりっきりの状態である。

 はやてはしかし、そんなフェイトを責めなかった。責められなかった。

 多分、ソレは普通の反応なのだから。つくづく、艦長と言うのが因果な役職だと思い知らされた。

 そして、それを当然だと艦長職をこなす自分も。

 先の自嘲は親友を失って、しかし悲しむそぶりすら見せずに仕事をする自分を嘲笑ったのだ。必要だと分かっていても、悲しめない自分を。

 

「艦長……?」

「っ……。どしたんかな? グリフィス君」

 

 つい、考えに没頭してしまった自分を恥じながら、はやてはグリフィスに問う。それにグリフィスは若干目を伏せた。

 

「……いえ。敵機動部隊、殲滅完了です。前線メンバーは各員、アースラに帰投完了。いつでも次元航行に入れます」

「そ、そか。ゴメンな。ちょっとボーてしてたわ。いややね。歳かな?」

「……艦長、やはり――」

「ん? 何かな?」

 

 気付かれるな。

 それだけを自分に言い聞かせ、はやては笑顔でグリフィスに問う。……それが、無理矢理作った笑顔だとしても。今は、それが必要なのだから。

 グリフィスは、はやての顔を少しの間眺め、しかし「いえ……」と短く答えて、前を向いた。

 

「何でもありません、艦長。次元航行準備、完了です」

「ん。なら次元航行開始しよか。次元座標は……」

「既に算出完了です。敵艦から最も発見されないであろうルートで第72管理外世界までの次元航行可能です」

 

 その言葉に、はやては頷く。そして、全ての悲しみをただ胸に押し込めて指示を出した。

 今は、それが必要だから。そう、自分に言い聞かせて。

 

「よし。なら次元航行開始! 転移反応は最小限に。ストラに悟られんようにな?」

『『了解!』』

 

 はやての号令に、ロングアーチ一同もしっかりと応える。

 ……不器用にも、泣いている事に気付かないまま、指示を気丈に飛ばす、己達の艦長に報える為に、大きな声で応えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――ふと気付くと、彼女は荒野に居た。

 

 ……え?

 

 いきなりだ。本当にいきなり、何の脈絡も無く、彼女は……高町なのはは一人、荒野に突っ立っていた。

 

 ……ここ、どこだろ?

 

 見渡す限りの荒野。それ以外、何も無い。とりあえず、歩いてみる事にする。

 てくてくてくてく、歩く。しかし、本当に何も無い。まるで意図的に物を無くしたかのような空っぽさが、この荒野にはあった。

 十分程歩き、なのはは息を吐く。

 何処まで歩いても果てが無い。

 何処まで歩いても何も無い。

 いっそループしてるんじゃないかと錯覚してしまいそうである。何せ、景色も何も変わらないのだから。

 

 ……?

 

 しかし、歩いていたら何やら大きな影を見付けた。まだ遠くてよく分からないが、人のようにも見える。それ人なら道も聞けるし、此処が何処だかも分かる。

 そう思うと、なのはは影へと走りだした。走り、走り、影に近付いて――それが、ヒトなんかでは無い事に気付いた。

 

 ……鎧?

 

 思わずポカンと見上げてしまう。近くまで来てみると、その鎧の大きさは更に際立って見えた。2mは確実にあるだろう。しかも、その鎧は西洋の鎧では無く、武者鎧であった。こちらに背を向けているが、その独特の形は間違い無い。

 

 ……誰か、鎧を着込んでるのかな?

 

 こんな荒野で一人、鎧を着ている理由が分からなくて、なのはは首を傾げる。だが、このままと言う訳にもいかない。とりあえず話し掛けようとして――。

 

「あんたにからだをかえしてあげる」

 

 ――別の声が響いた。

 それに一瞬虚を突かれて、なのはは呆然となる。どう言う事かと鎧を回り込んでみると。

 そこには、少女が居た。

 紫の長い髪の少女だ。恐らくは6歳くらい。しかし、その少女の瞳は何かに挑まんとせんばかりに爛々と輝いていた。

 とてもでは無いが、このような年頃の少女がする目では無い。なのはは一瞬だけ息を飲む。しかし頭を振ると、思いきって少女に声を掛けてみる事にする。

 

「こんにちは。どうかしたのかな?」

 

 笑顔と共に語りかける、が。少女はなのはを見もしない。真っ直ぐに鎧を睨み続ける。なのはは少女にもう一度、真っ正面から声を掛けた。だが、結果は同じ。少女は、なのはを無視し続ける。

 

 どうしたものかと、なのははう〜〜ん。と、頭を悩ませて。突然、少女が歩き出した、なのはに向かって。

 ぶつかると思い、少女をなのはは抱き留めようと手を伸ばすが。その手は少女を通り抜けた。

 

「え……!?」

 

 いきなりの事態に、思わずなのはは目を見開く。しかし、驚きはまだ止まらない。少女は止まらず歩き、”なのはを完全に通り抜けた”。

 

 どう言う事……?

 

 呆然として、自問する。

 そこで気付いた。少女は、自分を無視していたのでは無く”見えていなかった”のでは無いかと。

 だとするならば、これは……?

 

「夢? でも」

 

 夢にしてはリアリティがあり過ぎる。まるで、映画の中に入れられたかのような錯覚を、なのはは覚えた。しかし、そんななのはを少女は構わない。

 少女は鎧の足元まで歩くと、見上げながら更に声を重ねる。

 

「あんたにからだをかえしてあげる。……で。もうひとつ、あずかりものがあるの。あんたのなまえ」

 

 舌足らずの声が響く中、なのはは奇妙な奇視感を覚えた。何処でこんな光景を見たような、聞いたような。そんな気がしたのだ。そして――。

 

「あんたのなまえは、いおりタカト。……あんたのおとうさんからもらってきてあげたんだからね? かんしゃしなさい!」

 

 っ……!

 

 少女が告げた名前に、なのはは呆然と目を見開く。つまり、これは――!

 

「タカト、君の……?」

 

 ……じゃあ、あの娘は?

 

 そう思うと同時に、少女が右手を胸に当て、エヘンと張りながら得意気に笑って見せた。

 

「わたしのなまえはルシア。ルシア・ラージネスっていうの。ちゃんとおぼえなさい?」

 

 ……ルシア、ちゃん?

 

 その名にも、またなのはは覚えがある。タカトを”地獄”から救い、そしてシオンの初恋の女性だった筈だ。目の前の少女がルシアならば、この光景は。

 

「いいこと? ちゃんとおぼえなさいね! これ、めいれいだから!」

 

 にっこりと笑う少女、ルシア。自分より遥かに大きい鎧に恐れずビシッと指を突き付ける。

 恐怖は無いのかと疑いたくなる光景だが、何と鎧はあっさりと頷いた。少女は、それに満面の笑みのままで。

 

「じゃあ、いっくよ? あなたの”まな”は――」

 

 瞬間、なのはは手を強く引っ張られる感覚を覚える。直後に、その光景全てが遠ざかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「っ――」

 

 軽く光が射す感覚。そして、手が強く握られている感覚に、なのははゆっくりと目を開いた。

 視線の先には見知らぬ天井が広がり、電灯が部屋を照らしている。その明るさに思わず目を細めながら、なのはは身を起こそうとして、握られている手に気付いた。

 左手が誰かに握られている。視線を向けると、なのはは目を完全に見開いた。その手を握っているのが他でも無い、伊織タカトだったから。

 いつものバリアジャケットでは無く、ユーノの家で着ていた黒のシャツに、ジーパンと言うラフな格好であり、眠っているのか、目は閉じられたままだった。意外にも可愛い寝顔である。そして、拘束具に包まれている右手が、なのはの左手をしっかりと握りしめていた。

 

 ……え〜〜と。

 

 寝起きと言うのも手伝い、突然の事態になのはは頭が回らない事を自覚する。

 此処は何処なのか?

 あの後、どうなったのか?

 アースラは?

 そう言った数々の疑問が頭に浮かび。しかし、最大の疑問が頭の大半を占めていた。つまり。

 

 ……何で、手を繋いでるんだろ?

 

 そんな、当たり前過ぎる疑問である。嫌な訳では無い。しかし、どうにも気恥ずかしさをなのはは覚えていた。

 とりあえず、タカトを起こそうと身を起こす。同時、タカトの目が開いた。

 

「っ……寝ていた、か。随分と懐かしい夢を――」

 

 そこまで言った所で、上半身を起こしたなのはに気付いたのか、タカトが目を見開く。手は繋がれたままだ。

 え〜〜と、と悩み、取り敢えず挨拶だけはしておく。

 

「えっと。その……おはよ、タカト君」

「あ、ああ。おはよう」

 

 珍しく言い淀みながらタカトがなのはに挨拶を返す。視線も逸らしていた。

 そんなタカトの反応を、なのはは奇妙に思う。一体、どうしたと言うのか?

 

「どうしたの? さっきからこっち見ないようにして……?」

「い、いや。まぁ、何だ。……俺も男なんでな。それ、隠したほうがいい」

「え……?」

 

 タカトが左手の人差し指でなのはの胸の辺りを差す。その行き先を、なのはは視線で辿り――ピシリ、と硬直した。

 その先には、肩から斜めに例の治療符が張られていた。しかし、それ以外には”何もつけていなかった”のだ。

 ぶっちゃけると、全裸。

 1秒2秒と、なのはは硬直する。それにタカトはあくまで視線を反らせたままに、声を掛けた。

 

「……おい? なのは?」

「き……」

「き?」

 

 なのはを見ないようにしているタカトは、オウムのように、なのはの声をトレースする。

 ……そう、見えてはいない。

 下からゆっくりと顔に朱が差すなのはの顔も。そして、それが臨界に達した時、全ての感情は爆発した。つまり、叫び声へと。

 

「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――っ!」

「て、さけ……ぶっ!」

 

 いきなり叫び出したなのはに、思わず振り返るタカトだが、直後に……凄まじく珍しい事にだが、顎に綺麗なアッパーカットを食らう。

 正確には羞恥のあまりに混乱して振り回す手がぶつかっただけだが。なのは、ある意味誇っていい。

 そのままジタバタと暴れるなのはに、今度はタカトが血相を変えた。

 

「て、たわけ! 傷口を開かせる気か!?」

「や、やだ! やだぁ!」

「ええい……! 暴れるなと!」

 

 混乱し、手足を振り回すなのはを、タカトは顔面やらをポカポカと叩かれながら両の手を押さえる。

 左手は繋ぎっぱなしだったのが幸いしたか、すぐに右手も掴んだ。一気になのはをベッドに押し倒す。

 

「っ――アホかお前は! 折角傷一つ無くなりそうなの、に……」

「う――!」

 

 取り押さえる事に成功して一つ嘆息を入れると、なのはに説教を開始しようとして。

 自分達の状況に気付き、タカトは固まった。

 全裸のなのはを下に組み伏せる自分。端から見れば、暴漢以外の何ものでも無い。

 涙目で自分を睨む、なのはの視線が凄まじく痛かった。

 

「……何だ、まぁ、その――済まん」

 

 直後、力が緩んだタカトの左手を振り解いたなのはの右手が一閃。タカトの頬に盛大なビンタを食らわせた。

 ……なお、女性にしてはルシアを除いて、タカトにクリティカルヒットを二回も成功させたのは、なのはが初であるのだが――まぁ、余談であった。

 

 

(後編に続く)

 




はい、第三十七話前編であります。通称、ラヴコメ編の始まりです(笑)
散々待たせに待たせた、なのはのフラグが今こそ立つ時……!
しかし、お相手はフラグブレイカー君なのであった(笑)
次回から高まるなのはのヒロイン力をお楽しみにー。
では、後編でお会いしましょう。ではでは。


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第三十七話「逃避行」(後編)

はい、第三十七話後編です。月初からラヴコメか……!(笑)
タカトとなのはの逃避行。こう書くと、なんかアレな意味に見えてくる不思議(笑)
日本語って深いなぁ。
では、第三十七話後編どぞー。


 

 第五十一管理内世界「ナルガ」。その世界の代表惑星、ユグノー。それがタカト、そしてなのはが逃げ込んだ世界の名前であった。

 この惑星は全体の三割が砂漠化しており、各街はオアシスを中心に建てられている。かつてはこの砂漠化に頭を悩ませていたのだが、管理局の環境整備により砂漠化は抑えられ、今ではこの砂漠も立派に観光名所と化していた。

 ユグノーの街の一つ。首都、メッテのホテルに、男女が背中向かいとなって、憮然としている。

 片方は自分の身体に掛かっていたシーツを身体に巻き付けて、頬っぺを膨らませている高町なのは。

 片方は左頬に盛大な紅葉をつくり、やはり憮然としている伊織タカトだ。

 二人は背中向かいに憮然として、黙り込む。

 なのはからして見れば、裸を見られた憤りがあり。羞恥がある。

 タカトからして見れば、治療して、傷口が広がらないように心配したのに二度も殴られたと言う思いがある。

 端から見ればどっちも相応の言い分があるが、それで納得出来ないのが人間と言う存在だ。

 ……平たく言うと、どちらも頑固なので折れないのだ。

 黙り込んだまま十分程経ち、ややあって、なのはが口を開く。

 

「せ、責任取ってよ……?」

「……何の責任だ、何の」

 

 絞り出すようにして放たれた言葉に、タカトは嘆息する。それに顔を赤らめながら、なのはが背を向けるタカトに振り返った。

 

「だ、だって。み、見たんだし」

「治療行為をする度にいちいちそんなモノ気にしていられるかダアホ!?」

 

 タカトも若干の気恥ずかしさがあるのか、こちらは振り向かないままに吠える。しかも、息継ぎ無しで。それを聞いて、なのはもムっとなり反論を開始する。

 

「私だって女の子なんだよ!? そんなモノって……!」

 

「そんなモノはそんなモノだ! 大体貴様、何で服を着せられ無かったか理解しとるのか!?」

 

「ひ、ひど……! 訂正してよ!」

 

「してたまるか! したらどうなる!?」

 

「せ、責任取ってもらう……!」

 

「治療行為と言っとるだろうが!? それ相応のマネをしたのならともかく、治療で責任問題持ち出されてたまるか!」

 

「そ、それ相応って……!?」

 

「が……」

 

「う……」

 

 両者とも、白熱し過ぎて思いっきり自爆し、顔を真っ赤に染めた。

 なのははともかく、タカトがここまで感情的になるのは、珍しい。

 暫く二人共真っ赤になったまま黙り込み、気まずい雰囲気が漂う中で、タカトが髪を右手でかき上げた。

 

「……と、とりあえずだ。何でお前の服を脱がせていたのかだけは説明しておく」

「う、うん」

 

 タカトの言葉に、なのはが頷く。気になってはいたのだ、何故に服を脱がせていたのかを。

 ……裸を見られた事で頭がいっぱいだったので聞けなかったのだが。

 タカトは、コホンと咳ばらいして、なのはに向き直った。

 

「……お前に服を着せなかったのは治療の為だ。今、お前に付けている符だが。再生能力を高める為のものでな。それで傷口を縫合せずに、傷を合わせて上から符を貼っている。これで、傷痕は残らない筈だ――ただ」

「……ただ?」

 

 タカトの長い説明を聞きながら、なのはがタカトの言葉を繰り返す。それに、つぃっと目を横に逸らした。

 

「……服の上からでは止血程度の効果しかなくてな。一度、服を全て脱がせる必要があった」

「……えっと。一応、聞くね? 服を脱がせたのは?」

「俺だぶっ?」

 

 最後まで言う前に、なのははタカトに枕を投げ付けた。それを顔に受け、タカトの言葉が止まるが、少しの間を置いたのち枕が落ちる。

 

「ぬ、脱がせたのもタカト君なの!?」

 

 再度、真っ赤になりながら、なのはが吠える。それには枕を投げ付けられたタカトも、流石に罰が悪そうな表情となった。

 

「……仕方無かったんだ。他に――女性の手を借りられるなら借りとるさ」

「な、なんで……?」

「理由は、種々様々あるが」

 

 言うなり、手をポケットに突っ込む。そこから紙を取り出し、なのはへと投げて寄越した。

 

「それが最大の原因だ」

「…………」

 

 その紙を見て、なのはは絶句する。そこには、なのはの顔写真が貼られ、下には賞金らしき額が書かれていた。ぶっちゃけてしまうと、手配書であった。

 

「……ちなみに、タカト君のは?」

「俺のは無い。バリアジャケットのフードに、直視でなければ識別不可能な概念魔法をかけていてな。おかげで、手配書の類は一切無い」

 

 ……考えて見れば、彼を666と第一級次元犯罪者に手配した時も、写真の類を一切見た事が無かった。

 ユーノが全くタカトを666だと分からなかったのは、この辺の事情もあったのだ。

 自分だけ手配されていると言う事に、なのははタカトを恨めし気に見る。苦笑しながら、タカトは話しを続ける。

 

「そう言う事情で、病院等にはお前を連れて行けなかった」

「え? でも――」

 

 この世界なら関係無いのでは? と、なのはは思い、タカトを見る。それに、再度苦笑をタカトは放った。

 

「……そこから話すべきだったな。ぶっちゃけると、だ」

 

 そう言い、タカトは窓際へと歩き、カーテンに手を掛け、一気に引いた。

 

「既にこの世界。ストラに占拠されている」

「…………」

 

 タカトの言葉。そして、窓の向こうに在る存在に、なのはは再び絶句した。

 そこには、十艇程の次元航行艦が空に浮かんでいたのだ。

 

「……いつから?」

「ここに来て、暫くしてからだ。次元転移する間も無く次元封鎖されてな。お前も危ない状況だったので、仕方無く放置した」

 

 タカトの言葉に、なのはは愕然となる。つまり、それは逃げられないと言う事であった。そんな彼女にタカトは肩を竦める。

 

「この世界を脱出する方法については後で考えて置く。でだ。病院に連れていけなかった理由は理解できたな?」

「あ、うん。でも、何で脱がしっぱなしだったの?」

 

 もう一つ気になる事をなのはは問う。いくら何でも脱がしっぱなしにする必要は無い筈だ。その問いに、タカトはやはり目を逸らした。

 

「……お前の服だが、血だらけでな」

「へ!?」

 

 その言葉に、なのはは目を見開く。同時に、脇に置かれた教導官用の白い本局用制服を見て、再度絶句する羽目になった。

 制服は血で真っ赤に染まっていたのだ。白より、赤い部分が多いくらいである。更にタカトは目を逸らしながら続ける。

 

「……もう一つ付け加えるなら、脱がす時はそれこそそう言った事を気にしてられる状況じゃなかったが――お前、一回心臓止まったし」

「え!?」

 

 いきなりの新事実に、なのはの目が再び見開かれる。まさか、心臓まで止まっていたとは思わなかったのだ。タカトは続ける。

 

「そっちは処置が早かったおかげでどうにかなった。……心臓に直接、震雷を撃ち込むのは、中々神経を使ったが」

「……え〜〜と」

 

 何やら色々あったらしい自分の身体に、どんな事があったのか。知りたいような、知りたくないような感じになり、なのははちょっと複雑な表情となる。

 

「話しを戻すぞ? 傷口に符を貼り、血を全部拭き取った上で、汚れているとは言え、服を着せようとも思ったんだが……血やら何やらが無くなった状態のお前に、服を着せられる筈も無くてな」

「……え? 何で?」

「そこら辺は察しろ。知りたくとも教えてなぞやらん」

 

 プイ、と顔を逸らしてタカトはぶっきらぼうに答える。

 いざ裸の状態のなのはを、着せ替え人形宜しく服を――下着も含めて、着けるのは、タカトには不可能だったのだ。

 曰く、それとこれとは別。

 よく裸見られて減るもんじゃないとか言う人間が居るが、タカトからしてみるととんでもない誤解であった。大いなる勘違いである。

 ――減る。女の子の尊厳が。そして、男の理性が。

 タカトは、意外に古いタイプの人間であった。

 なので仕方無く、上からシーツを被せ、なのはが起きるのをひたすら待っていたと言う訳だった。

 

「さて、理解したな? お前が裸だった理由」

「……うん、何とか」

 

 なのはが頷く。それを確認して、タカトも頷き返した。

 

「よし、なら――」

「仕方無かったのは理解したよ? ……でも裸、見たんだよね?」

 

 その言葉に、タカトが見事に硬直した。なのはは構わない、続ける。

 

「しかも、脱がせたのもタカト君なんだよね?」

「…………」

 

 なのはの言葉に、あ〜やら、う〜やら唸るタカト。ややあって、ドカっと椅子に座り直した。

 

「……分かった。責任とやらを取る事にする。今、俺に出来る範囲で何でも言う事を聞いてやる……」

 

 恐ろしく真っ白になりながら、タカトが絞り出すようにそう言って頷く。なのははにっこり笑った。

 

「うん♪ じゃあ一つ、お願いしようかな♪」

「……手柔らかにな」

 

 人助けをした筈なのに、何故に助けた対象に言う事を聞かされなければ成らないのか。激しく自問しながらタカトは一応、そう言っておく。

 そして、なのはが口を開いた。

 ……先に、結論から述べて置こう。なのはが出した条件は、タカトに取って一生トラウマと成り兼ねない事だった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……も、戻ったぞ」

 

 息も絶え絶えになりながら、それこそ先より真っ白に燃え尽きたようなタカトが、部屋に入る。あのやり取りから二時間程経っている。

 タカトは、大量の紙袋を抱えて外から戻って来ていた。

 

「あ、おかえり〜〜。ちゃんと買って来てくれたんだ?」

「……ああ」

 

 朗らかに笑うなのはに、燃え尽きたタカトが非常に対照的だ。そして、タカトがなのはへと目をやり――再び、硬直した。

 

「……オイ、それは何だ……?」

 

 震える指で、なのはを指す。それになのはは疑問符を頭に浮かべ、自分の身体を見て、ポンッと手を合わせた。

 

「バスローブだよ? そこのクローゼットの中に入ってて……タカト君?」

「ば、バスローブ……! そんなモノがあったのか……!」

 

 ガックゥとタカトは膝を着くと、そのままうなだれた。

 そう、タカトはなのはの治療やら看病に集中していたと言う事もあり、部屋の探索を一切行っていなかったのだ。つまり、バスローブの存在を今の今まで知らなかったのである。

 

「……それがあると知っていれば、こんな目に合わなくて済んだモノを……」

「え〜〜と、そんなに辛かったんだ?」

 

 苦笑し、紙袋の一つを手に取る。そこには、女性用の服が所狭しと入っていた。これがタカトが出された、なのはの条件。

 自分の服を買って来て貰う事、であった。

 何だそんな事と思う事なかれ。服は、当然下着も含まれている。男が、女物の服(下着含む)を買う。これほど男にとって、拷問に等しい作業は無い。

 ……他の客(全員女性)からは、白い目で見られるは、店員からは「ご自分で着られるので?」と生暖かい目で聞かれるは。

 それは、タカトにとって十分にトラウマと化す程の苦行であった。

 

「……こいつも余計な事しか話さんしな」

【心外です。私のおかげで助かった部分もあった筈では?】

 

 胸元に手をやり、タカトが赤玉を取り出す。言わずと知れたなのはの相棒、レイジングハートであった。

 

【マスターの各サイズが分からなくて、困り果てていた貴方をサポートしたのは私です。礼の一つくらいはあっても良いのでは?】

「それが三十分も店でうろうろした俺を見た後でなければ、素直に礼も言えたんだがな……!」

 

 確信出来る。マスターと同じで、このデバイスもSだと。的確に心をえぐる手段を講じる辺り、まさに似た者同士であった。

 盛大にため息を吐き、タカトはなのはに向き直るとレイジングハートを返す。

 

「これで、責任とやらは果たしたぞ……!」

「うん♪ ありがとう♪」

 

 睨み付けるタカトに、なのはが朗らかに笑う。そんななのはに、タカトは再度ため息を吐いた。

 

「……まぁ、いいか。ところでなのは。シャワーでも浴びたのか?」

「うん。汗もかいてたし、お風呂入りたくて」

 

 そうか、とタカトは頷く。ちなみに、なのはに貼ってある治療符は高い防水性があるため、そのままお湯に浸かっても大丈夫な作りになっていた。

 

「では、俺もシャワーを浴びさせてもらうか」

 

 汗もかいたし、この世界は砂も吹き上がる。身体や髪も、砂が多分に張り付いていた。そのまま風呂場に向かい、浴槽を見ると、既に湯が張られていた。

 

「ほう、既に湯が張ってあるならすぐに入れぐぴ!?」

 

 タカトは最後まで言えなかった。突如、襟首を引っ張られ首が締まった為だ。見れば、顔を真っ赤にしたなのはがタカトの襟首を掴んでいた。

 

「……何をする?」

「絶っ対お湯に入っちゃ駄目!」

 

 問うタカトに、なのはが吠える。――実はこの湯、なのはが入ったものだったりする。ついつい、湯を抜き忘れていたのだ。

 

 ……私の後に、タカト君が入るなんて!

 

 小学生時代はユーノ(フェレットもどき♂)と平然と入っていたなのはだが、そこら辺は流石に成長したか。自分の後に、湯に浸かるタカトを想像して、気恥ずかしさやら、何やらが込み上げたのだ。

 

「せめてお湯を一度抜いてから入ってよ!」

「……あのな。それは、流石に勿体ないだろう? この世界で水は案外貴重品なんだぞ?」

 

 主夫としての観念でタカトは話す。この朴念仁が、そう言った乙女の感性に気付く筈も無かった。

 

「そもそも、何で俺が入るのが駄目なのか、そこをちゃんと教えてくれ」

「うっ!」

 

 タカトの言葉に、なのはの顔が引き攣る。そんな事、出来る筈が無い。

 顔を赤くしながら唸るなのはにタカトは嘆息。襟首を掴んでいるなのはの指を外した。

 

「……言えないなら理由は無いと判断するぞ? では、風呂に入る」

「あ、待っ……!」

 

 待たなかった。タカトとしては汗やら砂をさっさと流したいのだ。制止を振り切り、脱衣所に入る。そうされてしまうと、なのはも何も出来ない。

 そのまま、タカトが消えた脱衣所の扉をう〜〜と睨む事しか出来なかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 所変わって、アースラ。

 次元空間を航行し、管理外世界に向かう艦は、今の所襲撃も無く、少しの平穏に包まれていた。

 そのアースラの医療室で、上半身裸のシオンが、シャマルの診療を受けている。

 ペンライトに似た器具とクラールヴィントを同時駆動し、シオンのリンカーコアの状態を診察しているのだ。

 

「どうですかね?」

「うーん、そうね……」

 

 シオンのコアは白の魔力光を放ち、シャマルの目に映る。損壊も、大きさも修復しているように見えた。

 

「うん。コアはもう大丈夫。漸く完治よ」

「そうですか」

 

 シャマルの診断に、シオンはホッとする。本局決戦以降、無理に駆動し続けていたコアだが、二日程の襲撃も無く休ませていたのが幸いしたか。漸く完治していた。

 

「どうも、ありがとうございます。シャマル先生」

「ええ。でも、あまり無茶はしない事。次、同じ事があったらコアが修復するか分からないから」

 

 シャマルの言葉に、シオンは頷く。そして、右の頬を押さえた。なのはに張られた頬を。

 

「……なのは先生との約束もあります。大丈夫ですよ」

「……そうね」

 

 シオンの言葉に、シャマルが寂し気に頷く。それに、シオンは視線を逸らした。

 

「シグナムや、ヴィータさんは……?」

「……まだ、寝てるわ」

 

 本当に寝ぼすけなんだから、とシャマルは苦笑するが、それは無理をして出した言葉のようにシオンは思える。

 本局を出て、早3日。しかし、シグナムやヴィータ。そして、グノーシス・メンバーは、未だ意識不明のままだった。

 

「……治癒魔法は、ずっと私とみもりちゃんで掛け続けてるの。でも――」

「……そうですか」

 

 シャマルの言葉に、シオンは視線を落とす。それは、最初に説明を受けた時と何ら変わらない状況が続いていると言う事であった。

 

「……艦の設備だと、皆を治してあげられない。情けないわね。こう言った事しか、私、出来ないのに」

「……いえ、それは」

 

 シャマルに、シオンは抗弁しようとするが、寸前で思い止まった。今いるのは慰める言葉なぞでは無い。

 ……皆を治す事が出来る設備であった。

 せめて本局にあるような、ナノ・リアクターがあれば――。

 

「あ」

「……シオン君?」

 

 いきなり声を出すシオンに、シャマルが疑問符を浮かべる。だが、シオンはそれに構わない。

 そう、ナノ・リアクターを管理局に提供したのはどこだった?

 

「すみません、シャマル先生! ちょっと急用を思い出しました! 失礼します!」

「え? あ、お大事にね――」

 

 掛けられる言葉にシオンは振り返らず、上着を引っつかみ外に出る。と――。

 

「わ!?」

「ちょっ! スバル押さないで!」

「きゃ――!」

 

 扉を開けたとたん、スバル、ティアナ、みもりが雪崩込んで来た。シオンは、は? と疑問符を浮かべつつ、体を横にして躱す。三人が、ずべっと医療室の床に転がった。

 

「……何してんの、お前達?」

「いたた……!」

「ちょっ、スバル早くどいて!」

「えっと……」

 

 上から順に、スバル、ティアナ、みもりと重なって床に倒れている。それを見ながら、シオンは取り敢えず三人を引っ張り起こす事にした。

 

「よし、と。ラスト」

「う、シン君。ごめんなさい……」

 

 シオンに引き起こされたみもりが申し訳なさそうに謝る。それに頷きながら、シオンは三人に向き直った。

 

「で? 何してたんだ、お前達」

「えっと、その……」

「……ちょっとね」

「アハハ……」

 

 シオンの問いに、三人とも愛想笑いを浮かべる。シオンのコアの状況が気になって、三人共医療室のドアに聞き耳を立てていたのだ。

 シオンの事である。もし治ってなくても、治ったと言い出しかね無い事もあり、そんな真似をしたのだった。だが、そんな心配を当然、シオンが察する訳が無い。

 

「ま、いいけどよ……て! こんな事してる場合じゃ無かった!」

「「「こんな事!?」」」

 

 再び地雷を踏むシオンであったが、構わない。三人に、背を向けて走り出す。

 シオンの剣幕にびっくりしていた三人だが、走って行くシオンが気になり追い掛け始めた。

 

「シオン! 走ると危ないよ!」

「今はそれどころじゃないんだよ! はやて先生に教えねぇと……!」

「て、何をよ!?」

 

 走りながら叫ぶシオン達、行き交う他の乗員が珍しそうに四人を見る。ティアナの言葉に、シオンは顔だけを向けた。

 

「うまく行けば、今のアースラの問題が全部解決出来る……! 次の行き場所だ!」

「は!? そんなの――」

 

 どこにあんのよと続ける前に、シオンは叫んだ。今の現状を、何とか出来るかもしれない。そんな場所を。

 

「地球……! グノーシスだよ!」

 

 そう、叫んだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「わぁ〜〜!」

 

 次の日。メッテのホテルで一夜を明かしたなのはとタカトは街に出ていた。二人とも、昨夜とは違う格好である。

 なのはは青と紺、ツートンのシャツに、白の上着。下は青のタイトスカートに白のニーソックス、靴は茶色のローファーを履いていた。非常に、カジュアルな格好をしている。

 タカトは珍しく白を基調としたTシャツに、中に青のロングTシャツを着ていて、下は青のGパン、靴は黒のスニーカーであった。

 しかし、二人共違うのはそこだけでは無い。

 なのはの髪は、ヴィータを思わせる赤となっており、左に結っていたサイドポニーも右に変わっている。

 タカトは髪の色こそ変わらないものの、目には黒いサングラスを掛けていた。

 タカトはともかく、なのはは髪の色すら変わっている。これは、先の手配書を鑑みて変装した結果であった。

 髪を、簡易の光学魔法で色を変えたのである。基本的に幻術を使えないなのはにも、このくらいの芸当は出来た。

 タカトは特に変装する必要は無かったが、常に右目を閉じている為。サングラスでごまかしているのであった。……閑話休題。

 

「人、多いんだね」

 

 人通りの多いメッテの街を二人は連れ立って歩く。前を歩くなのはを見て、タカトは深く嘆息した。

 

「……なのは。やはり、俺一人で聞き込みをするからお前は――」

「だーめ、タカト君ばっかりに負担掛けてるもん。私も手伝うよ。……これ、四回目だよ?」

 

 最後まで言わせず、なのはは答える。二人は先程から同じ問答をしていた。つまり。

 

『お前は怪我をしとるんだから、ホテルで大人しくしておけ』

 

 そう言うタカトに。

 

『情報聞き込むだけなら手伝えるよ。だから手伝わせて』

 

 そう返すなのはのやり取りである。二人の問答は平行線であり、交わる気配が無かった。

 その二人が何を聞き込みしようとしているかと言うと、話しは昨夜まで遡る――。

 

 

 

 

「侵入?」

 

 風呂から上がったタカトから告げれた言葉に、なのははキョトンと聞き返す。それに、上はシャツ一枚、下はGパンで頭をゴシゴシとバスタオルで拭くタカトが頷いた。

 

「ああ。ストラの次元航行艦に侵入して、転送ポートを利用する」

 

 冷蔵庫から先に買っておいたスポーツドリンクを取り出し、一口あおる。ソファーに腰掛け、なのはに向き直った。

 

「お前達の艦だが、どうにも念話が通じない。お前はどうだった?」

「アースラだよね? ……うん、次元封鎖されてるせいか、念話出来なかったよ」

 

 タカトの言葉に、なのはも頷く。例の”見られちゃった事件”の後、なのはもアースラに連絡しようとしたのだ。しかし、念話は一切通じなかった。

 

「だろうな。次元封鎖されてるんだ。通じなくて当たり前だが……やはりストラ側の転送ポートを使わなくては駄目だな」

 

 ふむふむと頷きながらタカトが呟く。現在、ユグノーは次元封鎖されている状況であり、次元転移も思念通話も出来ない。

 個人では、この世界から移動も出来ない状況なのだ。……そう、個人では。

 

「だからストラの艦の転送ポートを使うの?」

「そう言う事だな」

 

 なのはの言葉をタカトは首肯。再びスポーツドリンクを飲む。

 実際、次元封鎖されていてもストラ側の転送システムは使用出来る筈であった。いや、使用出来ない筈が無いのだ。

 そうでなければ、他の次元航行艦はこの世界を通り抜けられないのだから。

 

「明日から聞き込みだな。ストラの人間も街には降りているだろうし、運が良ければ事を荒立てずに転送ポートを使えるかもしれん」

 

 ――まぁ無理だろうが、と思いつつタカトは苦笑する。ほぼ間違い無く、侵入する際には荒事になるだろう。タカト一人ならばいかようにも切り抜けられるのだが。

 

「怪我人がいるしな」

「……う」

 

 タカトの言葉に、なのはは呻く。実際、今、戦闘をやれと言われても、出来る筈も無かった。

 

「決行するなら三日後だ。そのくらいあれば、お前の怪我も治ってる。……それまでは街で情報収集だな。ストラ側の状況も聞いて置きたい」

「そっかぁ……」

 

 タカトの言葉に、なのはも頷いた。実際、その案以上の案は出そうに無い。このままではこの世界から出る事も叶わないのだ。アースラとの合流など、もっての他である。

 

「よし。ならなのは、俺は明日から情報収集に街を出歩く。お前は――」

「あ、私も手伝うよ」

「ここで、て何?」

 

 途中で放たれたなのはの言葉に、タカトは思わず聞き返す。なのははニッコリと笑った。

 

「こんな身体でも聞き込みくらい出来るよ? だから――」

「却下だ」

「て、何で?」

 

 今度は、なのはが言葉を切られる。タカトは顔をしかめながら、なのはに目線を合わせた。

 

「……お前は怪我人だ。怪我人は大人しくしておけ。常識だぞ?」

「でも、一人でここに篭ってるのもあまり良く無いよ?」

「それは――」

 

 そう言われては二ノ句が告げなくなる。実際、暴れたり等の激しい運動をしなければ、なのはは問題無い。一人でホテルに缶詰と言うのもいかがなものか。

 

「いや、やはり駄目だ。手配書の件を忘れたか?」

 

「大丈夫♪ そっちに関しては少し考えがあるんだ」

 

「だがしかしだな。万が一、念には念とも言ってな」

 

「心配無いよ。ちゃんと考えてるから」

 

「いや、だから……! えぇい、この頑固者め! 人が心配してやってるんだ! 大人しく寝ていろ!」

 

「む……! そんな事頼んで無いよ! 私だって手伝えるってば!」

 

「そう言う問題じゃ無いと言っているだろうが、分からず屋!」

 

「そう言う問題だよ! タカト君の聞かん坊!」

 

「ぼ、坊? こら待て! 二十歳も過ぎた男に坊は無かろうが! 訂正しろ!」

 

「しないよ! タカト君、シオン君と同じだよ! 人の話し全然聞かないじゃ無い!」

 

「アレと一緒にするな、たわけ! 大体話しを聞かんと言う意味ではお前もアレと変わらんだろうが!?」

 

「ムカっ! たわけたわけって……! そんな事言う人の方がたわけだよ!?」

 

「貴様の方がたわけに決まっとろうが、たわけたわけたわけ!」

 

「三回も言った!? タカト君の方がたわけ――バカだよ! バカバカバカバカ!」

 

「バカと言い直したな、この――! たわけ、たわけたわけたわけたわけたわけ!」

 

「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ――!」

 

「たわけたわけたわけたわけたわけたわけたわけたわけたわけ――!」

 

 ……そんな、あまりに無駄なやり取りをきっちり一時間程かまし。レイジングハートに【お二人共、いい加減にしましょう、本当に】と言われるまで、その罵り合いは続いた。

 

「も、もういい。お互いにアホだったという事でこの話しは終わりだ……」

「そ、そうだね。つ、疲れちゃった……」

 

 両者、肩で息をしながら同意する。二人共『何でこんな事になったんだっけ?』と、頭を悩ませるが、最初の原因は既に事象の彼方であった。

 

「取り敢えず、もう寝るか」

「そうだね。……タカト君は自分の部屋に?」

 

 頷きながら、なのはは聞いてみる。しかし、タカトはあっさりと首を横に振った。

 

「ここで寝る。ベッドはお前が使え。俺はソファーで十分だ」

「ここで寝るの!?」

 

 タカトの言葉に、なのはが疲れもどこへやら、問い直す。それに、タカトは当たり前と言わんばかり顔を向けた。

 

「一部屋しかとって無いんだ。当たり前だ」

「な、何で……?」

「何かあった場合、一人で対応出来ない場合があったらどうする。それに、”ここは二人で入るホテル”だったみたいだしな」

 

 その言葉に、なのはが凍り付く。今、彼は何と言ったか?

 

「えっと。一応聞くね? ここ、従業員さんは?」

「そう言えば受付も誰も居なかったな。何でも”自動会計”だとか。便利な世の中になったものだ」

 

 うんうんと、タカトは頷く。なのはは続ける。

 

「……ここ、どんな形のホテルなのかな?」

「”城みたいな形”だったぞ? 入口が”ハート型”で、入る時やたらと恥ずかしかったが」

 

 タカトの言葉に、なのはは冷や汗を流しながら枕元をちらりと見る。何故かそこには、箱詰めのティッシュがあり、そして”袋に入ったナニ”かがあった。

 

「……ここ。普通のホテルじゃ無いよね?」

「そうなのか?」

 

 キョトンと聞き直すタカトに、なのはは顔を赤らめてベッドに突っ伏した。……薄々気付いてはいたが、タカト、中々にポケポケさんであった。

 今、なのはとタカトが居るのは、”そう言ったホテル”であったと言う事だ。

 おかしいとは思っていたのだ。手配書が出回っているのに、よくホテルに泊まれたものだと。

 ……気付いてしまうと、非常に恥ずかしい。なのはも、こう言ったホテルに入るのは初めてであった。

 う〜〜と唸るなのはをタカトは不思議そうに見遣り、やがてあっさりとソファーに横になる。

 

「もう寝ろ。明日は早いぞ」

「う、うん……その、おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 

 タカトに促され、なのはも頷く。やがて二人は寝入り、随分と騒がしい一日が終わったのだった。

 

 

(第三十八話に続く)

 

 




次回予告
「ナルガで聞き取りと言う名のデートもどきをするタカトとなのは」
「だが、二人は思いがけない事態に遭遇し――?」
「一方、はやてへ地球行きを直訴するシオン。だが、彼女の返答は複雑なものだった」
「そして、引きこもるフェイトへと、彼は向かう」
「次回、第三十八話『彼の信頼』」
「大切な言葉、それは二人の兄弟を繋ぐ、絆の言葉」


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第三十八話「彼の信頼」(前編)

「いつか言われた事がある。それは、三年前に教えて貰った言葉だ。――信頼と言う言葉を知っているかね? 異母長兄は、俺とタカ兄ぃにそう言った。……俺は、その言葉を忘れていない。だから――、魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 暗い、暗い暗い底に堕ちていく。そんな感覚を、高町なのはは得ていた。

 現実では有り得ない。ただ、ただ暗い暗い闇が堕ち行くなのはの前にある。

 

 ……ここは?

 

 疑問符を浮かべながらも、頭の中では何と無しにここが何かを理解していた。……これは、夢だと。

 この前の夢といい今回の夢といい、何か最近、不思議な夢ばかりみるなーと、人事のように思う。

 しかし、今回の夢は何なのだろうか。深い闇にただ堕ちるだけの夢なんて。

 ……縁起でも無いなーと、そんな風に思った、直後。

 

 −EX−

 

 唐突に、”声”が響いた。いきなり響いた声に、なのはは目を見開く。

 

 ……この声は?

 

 まるで頭に直接送られたような声。感覚としては念話に近いか。訝しむように、そう思うと同時、”声”が雪崩て、なのはに降り注いだ。

 

 其は事象概念超越未知存在。■■■■■■■結晶。■のエネルギー化。禁忌のシステム。■■が生み出せし最悪の矛盾。壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ! ■■システム。概念破壊。有り得ない有り得ない有り得ない! ■■=■。精霊。■の封印。真名。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ! ■を滅ぼすモノ。最悪の存在。禁忌の研究。始まりの人。ヒトの可能性。エウロペアの十賢者。ラジエルの樹。善意を知る樹。生命の樹。起源。根源。原始。畏怖。戦争。死。悲しみ。憎しみ。復讐。殺戮。欲望!

 

 ……っ! こ、れ……!

 

 いきなり襲い掛かられた声の羅列に、なのはが顔をしかめる。未だに、降り注がれる”声”。それによる頭痛の為だ。

 マルチタスク――情報処理に長けたなのはの高速思考が、与えられる情報に追い付かない。

 

 ……こんな、の!

 

 ズキリと痛む頭。耳を塞げど、直接頭に響く”声”は防げ無い。あまりの頭痛に、なのはが頭を抱え。

 

《頑張って!》

 

 直後、別の声が響いた。

 

 ……え?

 

 霞む思考の中で、思わずなのはが問い直す。声はそれに応えるかのように来た。

 

《なんでか分かんないけど、貴女と私の”ライン”が繋がってる……! それを利用して、■■■の情報を貴女に送ってるの! ■■の情報は送れ無いかも知れないけど。■■■の”本当の目的”については教えられるかも知れない……!》

 

 響く声は、ただただ、なのはに語り掛ける。……何の情報だと言うのか。

 

《■■■は■■を……! て、これも検閲対象!? あの、バカ! きっちりし過ぎよ! もうちょっと適当にやんなさいよ!》

 

 ……え、えーと。

 

 いきなり怒り出す声に、なのはは言葉を返せなくなる。しかし、気付けば頭痛は無くなっていた。

 

《まったく、あのバカは……! ま、いいわ。とりあえず、今、貴女に■■■の――ややこしいわね。あのバカの情報を出来るだけ送るわ。検閲対象にされると思うけど、そこら辺は自分で調べて。情報は整理して送るけど……我慢してね》

 

 それはどう言う事か。そう問う前に、再び”声”が来た。先程の声の羅列とは違う形で。

 

 ――EXシステム

 

 事象概念超越未知存在。通称、『EX』理論。

 これは、禁忌の研究『■』のエネルギー化を押し進める事によって、発見された。■が生み出した『自身を殺す』為のシステムだと考えられる。一種、『殲滅者(魔王)システム』と、『調律者(勇者)システム』と混同される場合が多々あるが、全くの別物だ。

 そもそも『■』とは■■そのものである為に、全知全能にして、零知零能。つまり強大な意思はあれど、指向性たる■■を有し得ないのが当たり前である。

 故に、自身を滅ぼす存在に対してすらも平等に扱い。扱わない。その存在の”筈”だった。

 しかし、これに指向性たる■■を与えてしまった存在がいる……他でも無い。我々”ヒト”だ。

 ■は■■そのものであるが故に、自身に内在した存在に強く影響を受ける。故に、輪廻転生を可能とする無限波動エネルギー。『■』を持つヒトの影響を強く受けてしまったのだ。

 ヒトは霊格としては、他生命体に対しては優位に立つが、幻想種を始めとした数々の存在に対しては下位に属する。

 だが、『■』を持つと言う一点下に於いて、ヒトはその存在達より上位に属する可能性を有し得るのだ。

 この無限波動エネルギーたる『■』をエネルギー化した存在を、『■■■■■■■』と呼ぶのだが、これは従来の魔力を初めとしたいかなるエネルギーよりも強力な力であり、ヒト一人分の『■』を”完全”にエネルギー化した実験では、一つの宇宙に匹敵しかねないエネルギーを抽出し得た。

 この『■』は細分化された■の波動意思であると推定され、■はそれ故にヒトから受ける■■の影響を強く受けた。

 そして、■は自ら真なる名を受けて。強大な意思総体存在として現出してしまったのだ。正と、負の■、二律なる■として。

 これを、始まりのヒトと呼ばれる存在は、ある”二人の赤子”に霊的融合を施したと言われるが詳細は不明である。

 話しを戻すが、この■と■の研究を進める上で発見された存在がEXと呼ばれる存在である。

 このEXは■と同位レベルの霊格を有するいわゆる規格外存在であり、その力の総体は宇宙どころか、■(■■)に匹敵するものだった。

 その使用エネルギーが■■■■■■■である。本来、無限波動エネルギーである筈の『■』であるが、その総量は決して無限では無い。

 輪廻転生が一種の永久機関である為、無限と言う名が与えられているに過ぎ無かった。

 しかし、EXの『■』は違った。

 EXの■は、■■■■■■■を高速無限増殖可能とする。つまりは、本当に無限のエネルギーを生み出せるのだ。

 それによってEXが行える力が、『事象概念超越』である。

 概念とは、全ての物理法則を指し、■の法則そのものである。

 EXは無限のエネルギーにより、自己に対する概念を破壊可能としてしまうのだ。

 つまり、■に対して絶対の優位性を持っていると言う事になる。

 EXはこの概念超越現象を起こす際に、自身の存在すらをも物理法則から組み直す。

 彼等は、物質としての力を現出させる肉体を持ち得るが、その存在は純粋なエネルギー体である■そのものであった。

 つまりは、肉体の破壊にさしたる意味が無い。

 心臓が破壊されようが、脳を消滅させようが。存在そのものを滅殺しようが、■がその存在の本質である為に、力の行使に使用する端末である肉体は”復元”してしまうのである。

 無論、肉体が破壊されれば■にも影響を受けるが、その影響は微々たるモノであった。

 これら能力は、全て対■用の能力であると推定され、■を破壊する為に、必要な力と考えられる。

 しかし、これ程の力を使用するには、当然。反動がある。つまりは■■■■■■■だ。これを、■と呼び。EXにとって、それは致命的な欠陥とも言えた。

 ■が進めば、EXは代償として、■■を失って行く。

 これらが指し示す事実は、ただ一つ。EXは無限のエネルギーを有してはいても、それは■■に存在する一つの生命体にしか過ぎず。その力の行使を限界まで使用すれば、確実な存在の消滅が待つだけ、と言う事実であった。

 これに対し、”アルハザード”と呼ばれる■■は、■の完全解析による人工EXプロジェクトを発案した。

 ”擬似EXシステム”と言うプロジェクトを。

 それが、■の逆鱗に触れるとも、知らずに――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「おい、なのは」

 

 明かりが射す感覚と、自分を呼ぶ声。それに、なのはは目を薄っすらと開いた。寝起きでボーとした意識のままで自分を呼んだ人間を見る。

 伊織タカトだ。彼は半眼で、なのはを見下ろしていた。

 

「漸く起きたか。……おい? なのは?」

「ふぇ――?」

 

 半分だけ見開いた目で、なのはは辺りを見渡す。上半身だけ起こして、ボーとしていた。それを見て、タカトが盛大に嘆息する。どう言う寝起きの悪さだと。

 

「顔を洗って来い。スッキリして目を覚ませ」

「……うん……」

 

 タカトに言われるがままに、洗面所へとなのはは向かう。歯を磨く規則正しい音と、バシャバシャと水で顔を洗う音が響いた。

 

「タオルは横に置いてあるからそれを使え」

「……うん……」

 

 まだ、眠そうな声が響く。きっかり十五分後、なのはが洗面所より戻っ来た。

 

「戻ったか。目は覚め――」

「……ふぇ――?」

「――て、無いか」

 

 顔を抑えて嘆息する。まさか、ここまでなのはが朝に弱いとは。実際は、”とある事情”により脳がまともに働いていないだけであり、なのははさほど朝に弱い訳では無いのだが。

 事情や、普通のなのはを知らないタカトにそんな事が分かる筈が無い。

 未だボーとしているなのはを見て、タカトは苦笑する。そして、眉をピクリと動した。視線は、寝起きの為にサイドポニーを解かれ、若干乱れた長い栗色の髪に固定されている。

 

「……なのは、ちょっとこっちに来い」

「ふぇ――?」

 

 手招きするタカトに、なのはは素直に従う。ソファーに座るタカトの横に並んで座った。そして、タカトが取り出したるは櫛。

 

「ほれ、後ろを向け。髪を梳(と)かしてやる」

「ふぇ――……」

 

 くるりとなのはに背を向けさせると、髪に櫛入れ始めた。サラサラとした感触に顔を綻ぼせながらタカトが笑う。

 

「ふむ、綺麗な髪だな。良い感触だ」

「…………」

 

 髪に指を差し入れながら感触を楽しみ、丁寧に髪を梳いて行く。

 

「よし。終わりだ」

 

 最後に、髪を束ねてサイドポニーにしてやり、終わる。満足気に笑うタカトに、しかしなのはは振り向かない。

 ……また「ふぇ――」とか言いながらこちらを向くとタカトは思ったのだが。

 

「……おい?」

「…………」

 

 呼ぶ、が。なのはは振り向かない。タカトは不思議そうな顔となり、なのはの前へと回り込んだ。そして――。

 

「何だ、目が覚めてるじゃないか」

「…………」

 

 ――真っ赤になった顔で硬直するなのはに笑った。

 

 

 

 

 ……何で、髪梳かれてるんだろ?

 

 それが、寝起きのなのはが最初に抱いた思考だった。靄が掛かっていたような、ぼんやりとしていた意識が完全に覚めた時、既に髪を梳かれていたのだ。

 恥ずかしいとは思いつつ、気持ちがいいと言う事もあり、ついついされるがままになっていた訳だが。

 

『ふむ、綺麗な髪だな。良い感触だ』

 

 いきなり、そんな事を言われた。全くの不意打ちの攻撃に、恥ずかしい気持ちやら何やらが湧いて来て。しかし、動く事も出来ずに、結局全部して貰ったのだが。

 

「……おい、なのは?」

「ふ、ふぇ!? な、何?」

 

 真っ正面に回ったタカトがなのはを半眼で呼び掛けると、過剰な反応をするなのはに、タカトは不思議そうな顔をする。

 

「……何を大声を出しとるんだ、お前は」

「あ、ええと……」

 

 何を言ってらいいのか分からずに、なのはの目が泳ぐ。タカトは苦笑して、立ち上がった。

 

「まぁいい。それより、さっさと着替えよう。朝飯は街に出てからだな……聞いてるか?」

「え? う、うん聞いてるよ?」

「なら、いいいが」

 

 若干疑うような視線でタカトはなのはを見て、再度の嘆息の後に風呂場に向かう。

 

「どこ行くの?」

「脱衣所だ。いくら何でも同じ部屋で着替える訳にもいくまい?」

 

 あっさりと答えて、適当な服を手に脱衣所に向かおうとして。その前に、なのはが声を掛けた。

 

「えっと……いいよ。わざわざ脱衣所で着替えなくても。後ろ向いて着替えれば」

「そうか?」

 

 なのはの言葉に、タカトが答える。確かに、服を着替える度に脱衣所を行ったり来たりするのは面倒ではある。

 

「そう言うなら、言葉に甘えるとしよう……覗くなよ?」

「そんな事しないよ!」

 

 タカトの言葉に、なのはが吠える。それに笑いながらタカトはなのはに背を向けた。なのはもそれを見て、背を向ける。

 ちなみに、なのはが今着ているのはタカトに前日買いに行って貰った(行かせた)パジャマであった。上着を脱ぐ。そして、下も脱ごうとして。

 ……ふとタカトが気になり、ちらりと見た。

 タカトは上着を脱ぎ、シャツを手に取ろうとしている所で――。

 

「……おい? なのは、こっちを見て無いか?」

「ふぇ! み、見て無いよ!?」

 

 こちらを全く見ないままに、声を掛けて来た。跳び跳ねる程に驚き、思わず大声を出してしまう。すぐに、視線を前に戻した。

 

「そうか? ならいいが。視線を感じたものでな」

「そ、そうなんだ……?」

「ああ」

 

 頷きながらタカトは着替えを再開する。ホッとしながら、なのはも着替えを再開。ツートンのシャツを着込み、ミニのデニムスカートに足を通して……背後のタカトが再び気になってしまった。ゆっくりと背後に首を回そうとして。

 

「覗きは駄目だぞ?」

「ふぇ!?」

 

 気配でも察知しているのか、振り向く前に釘を指された。慌てて、首を戻す。

 

 ……変な事、考えないようにしよう。

 

 そう思いながら、なのはは着替えを再開した。

 ……夢の事を、忘れてしまったままに。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――アースラ訓練室。そこで、神庭シオンは剣を振るう。と、言っても自身のデバイスであるイクスでは無い。柔らかいウレタンで作られた模擬刀だ。

 一歩をすり足で踏み込みながら上から振り落とす。だが、それは同じくウレタンで作られた模擬槍で防がれた。

 模擬槍を持つのは、エリオ・モンディアルであった。模擬槍の半ばで防いだ模擬刀を中心にして回転。石突きをシオンの横面に跳ね上げる。だが、その一撃は屈んだシオンの真上を通り過ぎた。

 

「……結局、ダメだったんです、か!」

 

 直後、真下から振り上げられる模擬刀を後ろに短くジャンプして回避。シオンはそれを追い、低い体勢のままエリオへと駆ける。

 

「ああ。まぁ言われてみたら、確かに無理があるよな、と!」

 

 狙いはエリオの足。刈るように、低い体勢から模擬刀を横に振る――しかし、それはあっさりと空を斬った。

 

「地球ですか……! 一度、行った事がありますけどっと!」

 

 模擬刀は、エリオの足下を通り過ぎる。空中に足場を形成してやり過ごしたのだ。デバイスも無しに形成するのは相応の修練を必要とするのだが、師が良かっただろう。エリオは既に使いこなしつつあった。

 

「ああ、なんか。そんな話しも聞いたな。……でも、地球は管理外世界だからな。一般には魔法も知られて無いし、て危ね!」

 

 体勢が低いままに振り抜いた模擬刀は、容易には止まらない。その隙をエリオが逃す筈も無かった。真上から振り上げた模擬槍を振り放つ!

 だが、シオンは模擬刀を振り抜いた勢いを利用。回転ベクトルを縦に変え、手を床につくとその場で側転。上から振り落ちた模擬槍を回避して、さらに一回転。距離を取った。

 

「……僕達が地球に行けば、ストラに地球侵攻の口実を与える、ですか」

「言われてみたら、確かなんだよな。一応、保留って形で考えて置くらしいけど」

 

 距離を取ったまま、二人は体勢を整える。シオンは正眼に模擬刀を構え、エリオは半身に模擬槍を構えた。

 二人が話しているのは、シオンが艦長である八神はやてに提案した事である。アースラの現状を好転させる方法。つまりは地球に転移し、グノーシスを頼る事。それを、シオンは、はやてに提案したのだ。

 これならば、現在も意識不明の者達も怪我人も、デバイス・固有武装も修理出来る。何よりアースラの修理も出来るのだが……。

 

「……管理局の人間が、管理外世界の人達を巻き込むような真似はすべきじゃない、か」

「……はい」

 

 シオンの言葉にエリオも頷く。それを確認した上で、シオンは一歩を踏み込んだ。

 真上から、模擬刀を一閃。エリオを衝撃で後退させながら、更に踏み込んだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……それは、難しいなー」

 

 シオンの言葉を聞き、はやては絞り出すように言った。

 ……話しは、昨夜まで遡る。アースラ・ブリッジで、はやてはシオンと向き合っていた。いきなりブリッジに、シオンが尋ねて来たのだ。

 どうしたのかを聞く前に、シオンはある事を提案して来た。次の転移先を第97管理外世界、地球にする事を。そして、シオンがかつて属していた組織、グノーシスを頼る事を。それに、はやては顔をしかめたのであった。

 

「……何で、ですか?」

 

 まさか、渋い顔をされるとは思わなかったシオンが尋ねる。はやては苦笑した。

 

「……確かに、グノーシスを頼ったらアースラにとって状況を改善出来るかもしれへん」

「だったら!」

「でもな、シオン君。私達は”時空管理局”なんや」

 

 一言一言を噛み締めるようにして、はやてはシオンに話す。台詞を切られたシオンは、それに黙った。

 

「地球はあくまでも管理外世界。私達の都合に巻き込む訳にはいかへんやろ?」

「……それは」

「まだ、問題はあるよ?」

 

 言葉が見つから無いシオンに、はやては更に畳み込む。シオンの眼を見ながら、言葉を続けた。

 

「グノーシスがどんくらいの組織なんかは、詳しく私達も知らんよ? けど、地球に居る魔法も管理局も知らん一般人を、”私達が地球に向かう”事で、私達の都合に巻き込む事も有り得る。ストラが地球に攻め込む口実になるかもしれんのや。……それは、そう言った人達を巻き込む事になるんよ?」

「……」

 

 つまり、自分達は絶好の口実に成り兼ね無いのだ。ストラが地球に攻め込む口実に。

 ミッド、クラナガンで起きた戦いを鑑みる限り、ストラが一般市民に対してその戦力を向けないとは考えられ無い。

 それは、地球を戦場にすると言う事と同義であった。何も知らない人達を巻き込む事と。故に、はやてはシオンの提案に首を縦に振らない。

 

「ですが、ストラの目的は全次元世界の制覇です。地球に攻め込まれるのは――」

「時間の問題、やろね。それも分かってるんよ。でも、私達がその理由になるのはアカン」

 

 シオンの言葉を肯定しながらも、はやては首を横に振る。それは、管理局の人間としての誇りとも言えた。あくまで管理局は法の守護者である。故に自分達の都合で外の世界を巻き込む訳には行かない。そう言う誇りだ。

 

「……ごめんな、シオン君。キッツイ事言うて。でも、それだけは譲れんのや」

「……シグナム達やヴィータさんの事があってもですか?」

 

 シオンはそう言って――そして、即座に後悔した。

 はやての顔が歪んだからだ。泣きそうな、そんな表情へと。

 何せ、はやてに取っては家族だ。助けられるのなら、すぐに助けたいのだろう。

 シオンは悟った。はやてが今、どれだけ心を押し殺しているのかを。その片鱗だけとは言え、確かに。

 

「……すみ、ませんでした……」

「ええよ」

 

 頭を下げるシオンに、はやてはただ一言だけそう言った。何がいいのかは言わずに、それだけを。

 

「今の段階やと、アースラは地球には行かん。それでええか?」

「……はい」

 

 頷きながらシオンは一礼する。そのまま、後ろで控えていたスバル、ティアナ、みもりと共にブリッジを出ようとして。

 

「そう言えば、フェイト先生はまだ?」

 

 シオンがぽつりと尋ねる。それに、はやては無言で頷きだけを返した。

 

「そうですか……失礼します」

 

 目でそれを確認すると、シオンはブリッジを完全に出た。

 後には、はやてとロングアーチ一同。そして重い空気だけが残ったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「流石に軽率過ぎたよな」

 

 訓練室で座り込みながらシオンが一人ごちる。エリオもそれに倣って床に直接座り込んでいた。

 

「……そうですね。やっぱり僕達は管理局員ですから。何も知らない人達を巻き込むのは――」

「ああ。アウトだよな」

 

 嘆息しながら頷く。思い出すのは、はやての表情だ。泣きそうな、あの顔。

 

「……傷付けちまったし、な」

 

 はやて自身もひょっとしたら地球に向かう事を考えたのかも知れない。だが、それを選択せずに逃げる事を選んだのだ。家族が意識不明の状況でも。

 それがどれだけ、はやての心を苛んだのかは推測するしかない。シオンは、それを知らずと晒してしまったのだ。……心の、傷を。

 

「フェイト先生もずっと、みたいだしな」

「……はい」

 

 シオンの言葉に、エリオが重々しく頷く。フェイトはもう四日も自室に篭りっぱなしであった。

 

「フェイトさん。あれからろくに食事もして無いんです。キャロがご飯届けてるんですけど、殆ど手を付けて無いみたいで……」

「……そっか」

 

 頷くしか無く、シオンは片目を閉じて頷いた。重い空気が二人の間を漂う。それは、今のアースラ艦内に漂う暗い空気にも似て――。

 

「て、やめやめ! 俺達まで暗くなってどうするよ」

「そうですね」

 

 シオンの言葉にエリオも苦笑し、二人は共に立ち上がった。

 

「シャワーでも浴びて来ようぜ。このままじゃ、俺達まで参っちまう」

「ですね」

 

 暗い空気をあえて吹き飛ばす為か、二人は笑い合い、訓練室を出た。そして、シャワー室に向かおうとして。

 

《エリオ君……》

「「キャロ?」」

 

 二人に念話が響いた。キャロからの念話である。どうかしたのかと、顔を見合わせる二人に、キャロの念話は続く。

 

《フェイトさんにご飯持って行ったんだけど。……いらないって、朝のも食べて無くて》

「「…………」」

《このままじゃ、フェイトさんが……》

 

 もうかれこれ四日である。このままでは本当にフェイトは倒れかね無かった。

 

「……エリオ、予定変更だ」

「シオン兄さん?」

 

 掛けられた声に、エリオは思わずシオンを見上げる。シオンはぎりっと歯を食いしばっていた。その表情は、ただただ怒り。

 

「引きこもり先生の目を覚ます」

「え? て、シオン兄さん!?」

 

 疑問符を浮かべるエリオにシオンは構わない。一気に走り出した。向かう先は、フェイトの部屋。

 

「履き違えてんだよ……! あの人は!」

 

 速度は即座にトップスピード。魔力すらも放出しながら駆ける。苛立ちと、怒りのままに。

 思い出すのは、なのはの顔。自分達にアースラを託して、一人残った先生の顔だ。

 あの人は、何と自分に約束したか?

 

「なのは先生が死んだとか、誰が決めたよ!」

 

 必ず生きて帰ると、あの人は約束したのだ。それは、はやてにも伝えた。フェイトにも伝えた。なのに――!

 シオンは一気に駆ける。部屋まで、二十秒足らずで着いた。そこではキャロがじっと扉を見詰めていたのだが、走って来たシオンに目を見開いて驚いた。

 

「シ、シオンお兄さん!?」

「退いとけ。キャロ」

 

 やんわりとキャロを押しのける。眼前に立ち塞がる扉を思いっきり睨んだ。

 

「……フェイト先生をここから出す」

「え?」

 

 シオンの言葉に、キャロは思わずキョトンとする。出すと言う選択肢は無かったのだろう。

 ……彼女や、エリオは優し過ぎるから。だが。

 

「俺は違う」

 

 そう言うなり、シオンは扉横にあるインターフォンを無視。扉をブン殴り呼び出す事にした。ガン、ガン、ガン! と。

 そして、息を吸い。一言を叫んだ。思いっきり、届かせる為に。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 暗い自室。フェイトはそこで体育座りでうずくまっていた。明かりを点ける気にはならない……否、何もする気になれなかった。

 ご飯も食べていない。眠る事すらしなかった。ただ、ずっと考えていた。

 なのはの事を。

 フェイトの胸中にあるのは深い後悔と悲しみ。なのはを失った喪失感だけであった。

 

《フェイトさん……》

 

 念話が響く、キャロだ。しかし、フェイトは返事をしない。ただただ無言だ。キャロはそのまま話し掛けて来る。

 

《お昼ご飯、持って来ました……》

《……いらない》

 

 それだけをフェイトは返した。……そんな事を言いたい訳じゃないのに。

 

《……でも、朝も食べて無いですし。もう四日も食べてません。フェイトさん、身体壊しちゃいます》

 

 キャロの心配そうな声がフェイトの胸に突き刺さった。何をしてるんだと自分でも思う。

 立って、部屋を出て、キャロに顔を見せる。それが、何故、何故――出来ないのか。

 情けなさにまた涙が出た。もう、出尽くしたと思ったのに。

 

《……ゴメン。今は何も食べたく無いんだ……》

 

 それだけを漸く返した。だが、それは本当だった。今は、何も食べられる気がしない。

 

《でも……》

《ゴメンね……ゴメン、ゴメン》

 

 ゴメンね。それだけをフェイトは繰り返す。それ以外に何を言ったらいいか分からなかった。

 

《……分かり、ました。その、お昼。置いて行きますから……夜も持って来ます》

 

 少し涙が混ざった念話を聞き、フェイトはまた泣きたくなった。

 ……キャロを泣かしてしまった。何をしてるんだと再び思う。それでも足は動かない。声は、出ない。

 

《……失礼します》

 

 そうして、念話は切れた。情けなさと悲しさで、フェイトはまた泣いた。

 泣いて、泣いて――いきなりガンガンと情け容赦無い音が盛大に響いて、びくっ! とする。誰かが、扉を殴りつけてるらしい。

 

 ……一体、誰が?

 

 そう思った直後だった。その言葉が届いたのは。

 

「フェイト先生! なのは先生が帰って来ました!」

「ッ……!?」

 

 響いた声はシオンのものだった。いや、それより問題は内容である。

 

 ……なのはが、帰って来た?

 

 いつ? どうやって? 幾つもの疑問が頭を過ぎるが、シオンから更に叫び声が来た。

 

「今、医療室です! フェイト先生を呼んでます!」

 

 なのはが呼んでる……!

 

 何かあったのだろうか? でも、そんな事はどうでもいい。あれほど重く、動かなかった身体が嘘のように動いた。立ち上がり、部屋の扉に向かう。

 行かなきゃ! その思いのままに開錠し、扉を開ける――目の前に、仏頂面のシオンが居た。真っ直ぐにフェイトを見据えている。

 

「なのはは……!」

「嘘です」

 

 きっぱりとシオンは言い放った。フェイトの目を見据えながら。

 何を言われたのか、フェイトは理解出来ずに棒立ちになる。目を見開き、シオンを見詰める。だが構わずに、彼は畳み掛けて来た。

 

「最初から最後まで嘘です。なのは先生は帰って来てません」

「……っ……ッ!」

 

    −張!−

 

 反射的に、フェイトはシオンの頬を平手で張った。涙を流しながら。

 

 何で、そんな嘘を!?

 

 そう、叫ぼうとして。

 

    −張!−

 

 逆に、シオンに頬を張られた。

 

「っ……!?」

 

 勢いが良すぎたのか、フェイトが部屋に倒れ込む。シオンは感情の無くなった瞳で、倒れたフェイトを睨んだ。

 

「……入ります」

 

 ぽつりとそれだけを言うと、シオンは部屋に入る。そして、張られた頬に手を当てて、呆然とするフェイトを真っ直ぐに見据えた。

 

「な、んで……?」

「俺以外。多分、誰もこれをしませんから」

 

 呆然と問うフェイトにシオンは答えると、彼女を見下ろす。無表情なのに、その目だけは激情を湛えていた。

 怒りと、悲しみと言う激情を。

 

「そして、これも誰も言わないでしょうから。俺が言います。……フェイト先生」

 

 シオンは一度だけ、言葉を切る。くっと息を吸い、心を決めると、続きの言葉をフェイトに放った。

 

「いい加減、甘えるのは止めて下さい。欝陶しいです」

「っ……!」

 

 言われた言葉に、フェイトは目を見開く。しかし、すぐにシオンを怒りのままに睨み据えた。だが、やはりシオンは構わない。フェイトを相変わらず無表情に睨む。

 

 ――教え子と先生。暗い部屋で、静かな対決が始まった。

 

 

(中編に続く)

 




はい、第三十八話前編をお送りしました。なのはが居なくなったらフェイトはどうなるか、と言うのをテスタメントなりに書いてみたり。やっぱめちゃくちゃ落ち込むと思うんですよね。
そして、一番冒頭のなのはの夢ですが、この■の部分を読み解くとEXの事に関して八割くらい分かる仕様となってます(笑)
それが全部明らかになるのはちょっと先ですが、お楽しみにです。
では、中編でお会いしましょう。


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第三十八話「彼の信頼」(中編)

はい、第三十八話中編です。基本的に説教系はあまり好きではないんですが、ここはシオンにやって貰いました。いや、クロノと言う案もあったんですが(笑)そんな第三十八話中編、どぞー。



 

 暗い、暗い室内。明かりが消えた世界で、先生と教え子は無言で対峙する。

 フェイトとシオンだ。二人は互いに睨み合いながら、真っ直ぐに互いを見ていた。

 しばらくして、フェイトが立ち上がる。そうして見ると、シオンより若干背が低いフェイトだが、目線はあまり変わらない。

 二人は同じ高さとなった目線で互いを見据えた。と――。

 

《《シオン!》》

 

 外から念話がシオンに届けられた。スバルとティアナだ。恐らくエリオかキャロが呼んだか。シオンは視線をフェイトに固定したまま、念話を繋ぐ。

 

《お前らか。エリオとキャロも扉の前に居んのか?》

《そうだけど……! シオン、いきなりフェイトさんの部屋に押しかけるなんて!》

《そうよ! キャロがめちゃめちゃ慌てて念話寄越して来たわよ。何やってんのよアンタは……!》

 

 呼んだのはキャロか。それだけをシオンは確認し、頷く。

 

《ちょうどいいや。お前達も入れ……フェイト先生に話しをするから》

《いや、だから。今のフェイトさんは――》

《いいから入れよ。お前達にも関係ある事だから》

 

 そこまで告げると、シオンは一方的に念話を切った。扉の前で少しざわつく気配がし、少しの間をもって、四人もフェイトの部屋に入って来た。

 

「お、お邪魔します……」

「……すみません、失礼します」

 

 それぞれ、一言フェイトに告げる。同時、彼女を見て言葉を失った。

 正確には、シオンを睨むフェイトを見てだ。彼女は、シオンを殺気すら孕んで睨んでいた。

 

「役者も揃いましたし、続けましょうか。フェイト先生」

「何を続けるって言うの……?」

「貴女への、説教です」

 

 きっぱりとシオンは言う。フェイトは、それに顔を歪めた。

 キャロやエリオ、スバルやティアナの前で説教をされる。それ程、屈辱的な事も無いだろう。

 シオンも、それは分かっている。しかし、どうしても”今”の四人が必要であった。”今”のフェイトには。

 

「……俺の話しはさっきも言った通りです。いつまで引き篭っているつもりですか? 甘えるのもいい加減にして下さい」

「シオン!?」

「ちょっとアンタ! 言い過ぎよ!?」

 

 あまりに辛辣な物言いに、スバルとティアナが悲鳴のようにシオンへと叫ぶ。しかし、シオンは構わない。

 

「恥ずかしく無いんですか? スバルやティアナ、エリオやキャロだって、今のアースラの状況でちゃんと仕事してます。……戦ってます。なのに、貴女はこんな所で引き篭ってる。知ってますか?」

 

 フェイトはシオンの言葉に、背後の四人を見て悲しそうな、申し訳なさそうな表情となった。だが、それにすら構わず、シオンは更に畳み掛け始めた。

 

「はやて先生はシグナムやヴィータさんの事があっても……なのは先生の事があっても。ほとんど休まずに艦長の仕事をしてます。泣く事も許され――いや、自分に許さないで、艦長席に座っています。……何故だが分かりますか?」

「…………」

 

 シオンの言葉に、フェイトは無言で視線を戻す。再び、視線が交差した。

 

「泣いても無駄だって、分かってるからですよ。四人もそうです。嘆いても、悲しんでも、なのは先生は帰って来ないって分かってるんです。何で、それが貴女に出来ないんですか……!」

 

 語尾が若干荒くなる。怒りでだ。そんなシオンに、しかしフェイトは負けじと睨み返した。

 

「……シオンには、分からないよ。大切な人を失った事が無いから」

 

 フェイトだって分かっている。今、必要な事はなんなのかくらいは。でも、駄目なのだ。

 

「シオンに分かる!? 悲しくて、悲しくて、悲しくて! どうしようも無いんだよ。私だって、泣きたくなんて無いよ。部屋に引き篭っていたくなんてないよ! でも、それでも、動けないんだ。足は動いてくれないんだ! 皆に迷惑掛けてるのも分かってる! エリオやキャロや、皆、皆が心配してくれてるのも……! それでも……それ、でも……」

 

 一気に、シオンへと感情をぶち撒け、涙を流しながら叫ぶ。

 だが、シオンはそれに対してすら真っ向から見据えた。

 

「知りませんよ。分かりたくなんて、ありません。そんな泣き言なんかは」

「……っ!」

 

 フェイトはシオンの言葉に、涙を浮かべたままに再び睨む。背後の四人も批難の目をシオンに向けた。何で、そんな事を言うのかと。

 

「……その上で、貴女に俺はこう言いますよ。何で貴女は、なのは先生を信じられないんですか?」

「え……?」

 

 シオンの言葉に、フェイトは呆然となる。それは、あまりにも予想外の言葉だったから。そんなフェイトを、シオンは睨み続けた。

 

「なのは先生とフェイト先生の話しは、少しだけですけど聞いた事があります。幼なじみ、だそうですね?」

「……うん」

 

 訝しみながらフェイトは頷く。そう、大切な幼なじみで親友だ。

 ずっと一緒に居続けた大切な。だから、こんなにも――。

 

「その貴女が、どうしてなのは先生が死んだとか思うんですか? どうして、あの人を信じられないんですか?」

「っ……!?」

 

 シオンの言葉に、フェイトは殴りつけられたような衝撃を受けた。まるで、ハンマーで頭を殴られたかのように。

 シオンの言葉は、それ程のショックをフェイトに与えていた。

 

「前も言いましたよね? なのは先生は必ず帰って来る。そう約束したと。それまでアースラを俺やスバル、ティアナに守って欲しいと言ったと。……俺も勘違いしてました。なのは先生は、皆を守って欲しいと言ったんであって、それは外敵だけを指してる訳じゃ無かったんだ」

 

 そう、今にして思えば、最初っから、なのははこの事をシオン達に託したのかも知れない。

 私は大丈夫だから、あまり心配しないように、そう伝えて欲しいと。

 ……信じて欲しいと。その事を。だから。

 

「フェイト先生。少なくとも後ろの四人は、なのは先生の生存を信じましたよ」

「…………」

 

 フェイトは呆然としたまま、シオンから背後の四人に視線を移す。それに、スバルやティアナ、エリオやキャロは、少しの間を持って、同時に頷いた。

 

「……フェイト先生。俺は、なのは先生に会ってから二ヶ月しか経ってません。スバルやティアナ、エリオやキャロだって貴女程、あの人と付き合いが長い訳じゃない。……でも、信じてるんです。あの人を、”信頼”してるんです。生きてるって」

 

 気付けば、シオンはもうフェイトを睨んでなんかいなかった。真摯に、真っ直ぐに見続けるだけである。自分に視線を戻したフェイトを。

 

「だから、あの人を信じてあげられませんか? 生きてるって」

「……なのはが、生きてる……?」

 

 呆然と、ただただ呆然とフェイトはシオンの言葉を繰り返す。それに、シオンはしっかりと頷いた。

 

「……確証も何もありません。でも、俺は断言します。あの人は生きてる」

 

 なのはが生きてる――。

 そう思った直後、フェイトは糸が切れたように崩れ落ちた。

 

「「フェイトさん!?」」

 

 エリオとキャロが、それに驚きの声を上げると共にシオンの脇を抜け、駆ける。彼女を横から支えた。

 

「フェイトさん。大丈夫ですか?」

「……生き、てる。生きて、くれてるの……?」

「はい。俺は、俺達は。そう、信じてます」

 

 エリオからの声すら聞こえずに呟くフェイトに、シオンはもう一度頷く。

 直後、フェイトが唸りと共に再び泣き始めた。エリオや、キャロを抱きしめながら。

 

「信じる……! 信じるよ。なのはは、絶対生きてるって。私も……!」

「……はい。俺達も、信じ続けます」

 

 フェイトの泣き声と共に呟かれる言葉に、シオンは漸く笑う。

 そして、後ろに視線をやると。スバルはうるうると貰い泣きし。ティアナは腰に手を当てて、シオンに微苦笑していた。そんな二人に、シオンも笑って見せる。

 暗い、暗い室内に響く泣き声は。しかし、悲しみではなく、確かな喜びを、そこに湛えていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 一時間後。泣き続けたフェイトが泣き止むまでシオン達は待った。そして、落ち着いたフェイトが本来の柔らかな笑顔を取り戻した事に、それぞれ笑顔を浮かべた。

 

「もう、大丈夫、ですよね?」

「……うん」

 

 その問いに意味が無いと分かりつつ尋ねてくるシオンに、フェイトは頷く。そして、万感の想いを込めてシオンに微笑んだ。

 

「……ありがとう。シオン。それに、エリオ、キャロ、スバル、ティアナ」

「い、いえ。僕は……」

「そんなお礼なんて……」

 

 フェイトの礼に、二人はそう言うが。彼女はそれに首を横に振った。

 

「そんな事無いよ。二人共、ずっと私よりしっかりしてたよ」

「その、ありがとうございます……」

「……はい」

 

 その言葉に、二人は漸く頷く。それを見て、シオン達も微笑んだ。

 

「まぁ、確証は無いとか言いながら一つだけ、なのは先生が生きてるって根拠はあるんですけどねー」

『『……へ?』』

 

 シオンがふと漏らした言葉に、疑問の声が五重する。いきなり、何を言い出すのか。

 

「根拠って……?」

 

 フェイトが皆を代表して問う。シオンはそれに悪戯っ子のように、片目を閉じて見せた。

 

「……タカ兄ぃですよ。あの人、俺の下半身不随を略奪する前に、こんな事言ったんです。なのは先生とフェイト先生に借りがあるって。何の事だか分からなかったんですけど……フェイト先生、何か知ってるんじゃないですか?」

「え……? あ!?」

 

 そう問われて、即座に思い出した。タカトに、『ありがとう』と言われた、あの日の事を。

 

「やっぱり何か覚えがあるんですね?」

「う、うん。でも、それがどうしたの?」

 

 確かにあの時、タカトには礼を言われた。借りと言ってしまえばそうかも知れないが――続けて問うフェイトに、シオンは朗らかに笑う。

 

「いや、あの人は借りを作る事が死ぬ程嫌いな人でして。で、あれで借りを返したとか思う筈が無いんですよね。……他人からして見れば賭けになるかもですけど。俺からして見れば十割当てられる自信があります。なのは先生が危機だったなら、間違いなくタカ兄ぃが助けてますよ」

「タカトが……」

 

 シオンの言葉にフェイトは呆然となる。その予想はしっかりと当たってたりするので馬鹿に出来ない。

 

「多分、フェイト先生がやばい状態だったら、次はフェイト先生を助けに来るんじゃ無いですかね? あの人はそう言う人ですよ」

「……何て言うか、すごい義理堅いのね」

「負けず嫌いって言うんだよ。アレは」

 

 ティアナに笑いながらそう返す。そんなシオンに、フェイトはそっかと呟いた。

 シオンは、なのはの他にも信じている人が居たのだ。だから、これ程までになのはの生存を疑わないのである。

 シオンの、自分で恐らくは分かっていないであろうタカトへの想いの片鱗を見て、フェイトは微笑む。

 ――少しだけ、うらやましいと思った。

 

「……信用してるんだ? タカトの事」

「信用?」

 

 フェイトの言葉に思わずシオンは疑問符を浮かべ、だが、ふっと笑う。こう言う時に使うのは、それじゃ無い。

 それは、トウヤがかつて自分達に言ってくれた言葉だ。

 大切な、言葉。それは――。

 

「違いますよ、フェイト先生。信用じゃありません」

「え……?」

 

 シオンの言葉に、フェイトは不思議そうな顔となる。スバルやティアナ、エリオとキャロもだ。

 そんな一同に、シオンは微笑みながら人差し指を立てて、笑う。大切な言葉が口から滑り出た。

 

「”信頼”です」

 

 にっこりと微笑むシオンに一同呆然となる。

 ”信じて頼る”。その言葉が、あまりに綺麗なものに思えて。一同にも、その言葉は深く刻まれた。フェイトは、そっかと頷く。

 

「信頼……か。いい言葉だね」

「はい」

 

 即座に頷くシオンに、フェイトもまた微笑む。ややあって立ち上がろうとして。

 

「痛っ……」

 

 頬を押さえた。シオンが張った頬だ。それを見て、シオンの顔から血の気が引く。

 

「……自分でやっといて何ですけど。大丈夫ですか?」

「あ、うん――」

 

 大丈夫だよと言おうとして。しかし、フェイトはくすりと笑った。

 それは真面目なフェイトにしては珍しく悪戯っ子的な笑みであった。

 

「そう言えば、シオンに頬を張られたんだっけ」

「……シオン」

「……アンタ」

「て、ちょっと待て!? アレは止むに止まれぬ事情がだな。それに俺もビンタされてんだぞ!」

 

 フェイトの言葉に、スバル、ティアナが半眼となり、シオンは慌てて弁解した。こう言った事で女性陣を敵に回すとろくな事にならない。そんなシオンに、フェイトは微笑する。

 

「それは、シオンが嘘吐いたからだよ。だから、私が張られた分がまだだよね?」

「うぐ……!」

 

 嘘を吐いたのは全くの事実なので、シオンとしても何も言えない。

 そんなシオンに、スバルとティアナは更に視線の温度を下げる。

 

「嘘なんて吐いたんだ? なら仕方ないよね」

「諦めて一発喰らっときなさい」

「ぐぬ……ええい! もう!」

 

 二人の言葉にやけっぱちになったのかシオンが前に出ると、頬をフェイトに向けた。

 

「一発は一発です……どうぞ」

「じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 

 にっこりと笑い、フェイトがぐるりと右腕を回す。そして一歩を踏み込みがてら右手を振りかぶる!

 シオンは来たるべき痛みに、きゅっと両目を閉じ――。

 

 

 

 

 ――頬に、柔らかな感触を得た。

 

「……は?」

 

 思わず、閉じていた目を見開く。視界いっぱいにフェイトの顔があり、その唇はシオンの頬に触れていた。

 少しの間を持って、ニッコリと笑ったままフェイトは離れた。

 

「一発は、一発。だよね?」

「は? え? あの?」

 

 いろんな意味で混乱したシオンが疑問符を全開で頭に飛ばしまくる。

 なんで? どうして? と、そんな風に。

 さっきまで自分に堂々と向き合った少年の態度とは思えず、フェイトはくすりと笑う。固まったままのシオン。そして、同じく固まったスバル、ティアナの脇を抜けて扉に向かって歩いた。

 

「それじゃあ、ありがとうね、シオン。エリオ、キャロ、行こ? お腹空いちゃった」

「「あ……はい!」」

 

 フェイトの台詞。お腹空いたと言う言葉に、呆気に取られていた二人が笑顔になり、フェイトの後を追う。部屋を出て、食堂に向かった――直後。

 

『シ〜〜オ〜〜ン〜〜……!』

 

『アンタって奴は――――!』

 

『……ハ! ちょっと待て、俺は悪く無い! てか、被害者的立場だと思うんだ!』

 

『『シオンが悪いに決まってるよ!/アンタが悪いに決まってるでしょうが!』』

 

『断言かよ!? ふ、二人共落ち着っ……!』

 

『『天! 誅!』』

 

 ごがん! と、叫び声と共に強烈な音がフェイトの部屋より響く。それに食堂に向かうフェイトはくすりと笑った。

 

「……ひょっとして、フェイトさん、狙ってました?」

「どうかな♪」

 

 エリオの問いに、フェイトは微笑みながら歩く。

 考えてみれば、頬とは言え、男の子にキスしたのは初めてだなと思いながら、フェイトはエリオとキャロと連れだって食堂へと歩き――突如、艦内から鳴り響く低重音を聞いた。

 それは、フェイト、エリオ、キャロにとって聞き慣れた音であり、しかし絶対に聞き慣れたくは無い音だった。

 ……つまりは、アラート。それが、アースラ艦内に鳴り響き続けた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 朝――日が昇り、街に光が降り注ぐ。その中で、メッテの街路を男女が二人連れだって歩いていた。タカトとなのはだ。

 二人はホテルを出た後、朝食と街の下見を兼ねて出歩いていた。

 なのはもタカトも例の如くの変装をしてだ。街は朝も早くから賑わいを見せ、至る所で各店舗が開店している。

 そして何より、人通りの多さだ。息詰まると言う程でも無いが、首都に相応しい程には人が多い。その中で、二人は街を見て回っていた。

 

「……まだ8時くらいだよね? もうこんなに賑わってるんだ」

「ここら辺は大概こんなもんだ。ここの連中は商魂逞しいからな」

 

 なのはの言葉に、タカトが頷く。その目は街の至る所に居る者達の配置を素早く確認していた。

 なのはは、タカトの台詞に妙な引っ掛かりを覚える。まるで、ここに来た事があるかのような言い回しである。

 

「この世界に来た事あるの?」

「と言うより、地球を出てから一年くらいはここを拠点に行動していたんでな」

「そうなの!?」

 

 驚きの事実に、なのはが目を見開く。タカトはそれに、ふっと笑った。

 

「昔の話しだ。それよりいい加減、飯にしよう。朝食は一日のエネルギーだからな」

「あ、うん」

 

 タカトに促されて、なのはも歩く。ややあって、一軒の店に入った。ファーストフード店のようなものなのだろう。朝食を食べる人で店は賑わっていた。

 

「ここは?」

「ケバブ。ドネルケバブの店だな。串じゃなくパンに挟んで食べるタイプの」

「へ……?」

 

 さらりと告げたタカトの台詞に、なのはがキョトンとなる。苦笑しながらタカトは席に着いた。なのはもタカトの正面に座る。

 

「どうする? 何か食べたい食べ方とかあるか?」

「えっと。よく分からないし、タカト君に任せるよ」

 

 なのはの言葉に、タカトは短く了承し。ウェイターを呼び出して手短に注文する。ウェイターはお冷を二人の前に差し出し、注文をメモして一礼しながら下がった。

 

「何か、手慣れてるねー?」

「さっきも言ったろう? ここはある程度知っている。……まぁ、それは置いておくとしてだ」

 

 苦笑し、そのままタカトは顔は向けずに横に瞳を動かす。なのはもその方向に目を向けた。

 

「ストラの連中――管理局本局の制服だったが。奴等、かなりの数を街に下ろしてるな。あちこちで警備についてる」

「……うん」

 

 タカトの言葉に、なのはも頷く。まだ朝だと言うのに、本局制服を着た警備の者達がメッテのあちこちで目についた。本局制服を着ていると言う事は、元管理局員か。

 

「上がまるめ込まれたか、下の奴達も最初から乗り気だったかで対応を考えねばならんな」

「どう言う事?」

 

 ストラ側に管理局員が居る事に、目を伏せていたなのはだが、タカトの言葉を聞いて疑問符を浮かべる。それに、タカトはスっと目を細めた。

 

「上の連中に付き従っているだけならば、別に対応には困らん。頭を潰して瓦解させてやればいいだけだ。……しかし、下の連中もストラに完全に従っているのならば、相応の行動をする必要がある」

「相応の行動?」

「ああ」

 

 頷きながらタカトは席に置いてある紙ナプキンを手に取る。ポケットからペンを取り出すと、三角形をそこに描き、さらにピラミッド状に段差を描いた。

 

「これを組織の概要図とする。頂点が上役で、一番下の段が下っ端だ」

 

 言いながら、タカトは一番上と下を指す。一番数が多いのが下段の下っ端で、頂点、一番数が少ないのが上役である。

 

「さて、なのは。お前ならば、この組織に対してどのように戦う?」

「……そうだね」

 

 紙ナプキンに描かれた三角形を見て、なのはは考え込む。そして、指を一番上に指した。

 

 

「……頭を最初に潰して、指揮系統を混乱させる、かな?」

 

 最初に頭を潰して下を混乱させる――定石とも言える手であった。何より、これならば互いの損害を最小に抑えられる。タカトもそれに頷いた。

 

「成る程な、悪くない。だが、俺は違う」

「え?」

 

 その言葉に、なのはが顔を上げる。タカトは構わずに、指を三角形の底辺に這わせた。

 

「俺が叩くのは”ここ”だ。組織の一番弱い所、下を徹底的に叩く」

 

 タカトの答えに、なのはが目を丸くする。タカトは彼女の反応に一つ笑いながら続けた。

 

「こいつらは組織を形勢する上でもっとも主力となる連中だ。数こそ多く、適切に指揮されれば脅威となるが、一人一人だと問題無いレベルでしかない。つまり一対一ならば絶対に負けない連中だ。故に、一対一をただ繰り返していけば、組織は支えを失って下から順に崩れ落ちる」

「……でも、数が違い過ぎないかな? 下から順に潰すなんてキリが無いような」

 

 内心、とんでも無い事をタカトが言っている事を、なのはは察する。

 つまり、タカトは一対一をずっとずっと繰り返すと言っているのだ。その組織の上役が出て来るまで。キリが無い。その言葉こそをタカトは一笑した。

 

「キリが無い? そんなものは言葉のアヤだ。”キリは必ずある”。それが数百回、数千回単位であろうと必ずな。……それに、俺はそう言った手間を惜しまない」

「えっと、つまり?」

 

 内心、こんな出鱈目な考えを持っているタカトが本来は敵である事に背筋を寒くしながら、一応なのはは問う。その話しが今の状況と何が合致するのかを聞く為に。タカトはすぐに頷いた。

 

「本来なら一人一人、この世界に居るストラの連中”全員”を潰すのだが――時間があまり無いな、とな」

「…………」

 

 半ば分かっていた回答だけに、なのはは頭を抱える。タカトも苦笑した。

 

「本来と言っただろうが、今回はその手段は使わん。目的は次元転移だしな。出来得るなら荒事は徹底して避ける積もりだ」

 

 タカトの言葉に、なのははホッとする。内心、タカトならば行いかね無いと思ったからだ。恐らく、質の悪い冗談のようなものだったのだろう。タカトも笑っている。

 そんなタカトを見て、一緒の席に座って笑い合ってる――それを楽しく思いながら、しかし、なのはの頭にどうしても離れない思いがあった。どうしても問わなければいけない事が。

 ちらりとタカトを見上げる。そして。

 

「……タカト君は、どこまで着いて来てくれるのかな?」

 

 ずっと、ずっと思っていた事を、なのははタカトに問う。いつまで、一緒に居られるのだろうと。

 彼は、敵である。管理局にとって、第一級の広域次元犯罪者だ。

 今はこうして一緒でも、いつかは必ず離れ、そして敵に戻る。今回はあくまでタカトの性格上、なのはを助けたに過ぎないのだ。

 

 ……こんなに仲良くなったのに。

 

 また彼と戦わねばならないかと思うと、正直気が重かった。……戦いたくなかった。

 なのはの問いに、タカトは苦笑する。

 

「一応、俺はお前を助けたと言う義務があるからな。安全な場所に送るまでは付き合う積もりだ」

「……その後は?」

「決まっている」

 

 即答する。苦笑を止めて、真っ直ぐになのはを見据えた。

 

「賭けを俺は忘れていない。お前はどうだ?」

 

 それはつまり、再び敵対すると言う事であった。その言葉に、なのはは頷く。

 

「忘れて、無いよ」

「ならいい。約束は、約束だからな。……俺を止めたければ俺に勝つ以外に方法は無い」

 

 そう言いながらタカトはなのはに微笑む。それはシオンに向けたものと同じ、優しい笑みだった。

 

「だから、気兼ねなぞしてくれるな。お前は止めたいと願い。俺は止まらんと誓う。……戦う理由なぞ、それだけでいいだろう?」

「……うん」

 

 その言葉に、なのはも頷く。それでも、まだ戦いたく無いと思いながら。

 しばらくの沈黙を挟んで、漸くケバブが来た。牛肉を挟んだコッペパンに、チリソースとヨーグルトソースがある。それらを掛けて食べながら、だが、なのははずっと、ケバブを意識していなかった。

 いつの間にかおかわりをしていたが、全く味は覚えていなかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 朝食を終えて、二人はケバブの店を出る。若干の空気の重さを感じながら歩く二人は、しかし当初の目的を忘れない。

 街をぐるりと一回りしながらストラの警備状況を確認。次に次元航行艦の配置状況と位置。これも、警備状況を確認する。

 その際に店に入り、買い物がてら店員達にストラの人間達がどのように街の人達に接しているかを聞き込む。

 それらが終わる頃には既に昼を回っており、いつの間にか空気の重さは払拭されていた。

 

「……警備状況と、艦の配置状況は何回か確認せんといかんな。毎日同じとは限らん。……出来るならば警備シフトも知っておきたい」

「そうだね。……レイジングハート。記録、お願い出来るかな?」

【はい】

 

 そんな会話をしながら二人は街を歩く。それにしても驚いたのはストラの者達の、市民に対する態度であった。

 確かに市民に高圧的に接しているようだが、クラナガンの時のように無差別的な攻撃は行っていないし、むやみな搾取もしていない。

 力で支配下に置いている割りには、意外な程に紳士的に振る舞っているとも言えた。

 なのは達からすれば、力で占拠なぞと言う暴挙に出たストラは、もっと好き放題していると思っていたのだが。

 

「どう思う? タカト君」

「さてな。市民に対する行動をある程度制限されているか、下の者達が紳士なのか――前者だと俺は思うが」

 

 実際、タカトは警備についていたストラの者と話した。小突かれて追い払われはしたが、それ以上の真似はされていない。結構しつこく絡んだのにだ。あの態度は、何かを我慢させられていると、タカトは踏んでいた。

 そして、最大の疑問点。因子兵もガジェットも姿が見えないのだ。

 いくらタカトがストラが所有する戦力の半分を殲滅させたとは言え、これは異常に過ぎる。

 

「考えてみると、警備も本来は因子兵やガジェットに任せた方がいいよね?」

「ああ」

 

 そう。疲れも知らずに動かせるガジェットや因子兵は、こう言った警備にも力を発揮する。それが、機械に頼らず人に頼っていると言うのもおかしな話しであった。

 

「使え無い事情があると踏むべきか、温存していると見るべきか」

「どちらにしても、楽観視は出来ないよね」

「ああ」

 

 ちなみに二人は堂々と会話しながら歩いている。これは、タカトが遮音結界を自分達を中心に張っている為だった。

 傍から見れば、二人の会話は酷く普通の世間話をしているように見える筈だ。これは術者を中心にして結界を組んでいるので、術者が歩けば結界も同時に動くようになっている。ただ一つ難点があるとするならば、術者からさほど結界を広げる訳にはいかない為、なのはとタカトはくっつくようにして歩かなければならないと言う事か。

 平たく言うと、手を繋いだ状態で二人は歩いていた。念話は盗聴の恐れもあるので、こちらの手段を使った訳だが。

 

「……カモフラージュにはなるか」

「そうだね」

 

 傍から見れば、観光に来て占拠に巻き込まれた恋人のようにしか見え無いだろう。ストラが市民に対して過激な行動を取っていない事が、思わぬ所で助けとなった訳だ。実際、そのようなカップルもちらほら見受けられる。

 二人は苦笑しながらメインストリートに出る。店が立ち並ぶ、大きな街路だ。いい加減、昼ご飯にしようと思ったのである。

 さて、何にするかを二人は決めようとした――瞬間。

 

「きゃあ!?」

 

 悲鳴が街路に響いた。結構、大きめの声である。何事かと二人は顔を見合わせ、声がした方へと駆ける。

 そこには、四人程の本局制服を着たストラの男達と、地面に倒れ込む少女が居た。

 

「……おい。これどうしてくれんだよ」

「す、すみません……!」

 

 少女へと詰め寄る男の制服には、アイスがべっとりとついていた。恐らくぶつかったのだろう。典型的な状況と言えばそうなのだろうが、当事者に取ってはそうではあるまい。少女は顔を真っ青にして謝っていた。

 だが、男達はニヤニヤと笑いながら、そんな謝罪に応える積もりは無いように見える。

 

「謝ったらこの汚れ、落ちんのかよ? あぁ!?」

「ひっ……!」

 

 男の一人が怒鳴り、少女はそれに酷く怯える。そんな状況を見て、なのはは歯を食いしばった。

 

 ……あんな人達が、元管理局員だなんて!

 

「おい、なのは。分かってるか?」

「分かってるよ。助けなきゃ」

「……やはり、そうなるか。俺が言いたいのはそうじゃない。少しだけ待て」

「?」

 

 怒りに声のトーンが落ちるなのはに、タカトは嘆息。小声で何やら呟き始めた。それに、なのはは疑問符を浮かべる。何をしようと言うのか。

 その間にも、事態は進んでいた。男が少女を引き起こし、顎に手を掛ける。

 

「クリーニング代として、お嬢ちゃんには俺達に付き合って貰おうか。なぁ?」

「や、やだ……」

 

 怯える少女に下卑た笑いを浮かべる男に、なのはの我慢の尾が切れる。レイジングハートを使うまでも無い。ディバイン・シューターを発動しようとして。

 

「……結界、絶念陣、展開完了。さて」

 

 そんな声がタカトから漏れたと思った、直後。

 

    −撃−

 

 男の一人が盛大に空を舞った。綺麗に、2m程。

 

『『……は?』』

 

 野次馬も、男達も、少女ですら、ポカンとしてしまった。いきなり人が垂直に飛べば誰でも驚く。当人にとって、それが”撫でる”程度だとしてもだ。

 垂直に飛んだ男は、重力に従い真っ直ぐに下に落ちる。そこには、やけにいい笑顔を浮かべている青年が居た。つ詰まりは伊織タカトが。落ちて来た男に右の拳を持ち上げて。

 

「ぬ、ん!」

 

    −撃!−

 

 落ちて来た男の顔面に拳が迷い無く突き刺った。

 いかな威力がその拳にあったのか。男はその打点を中心にして激しく縦回転。くるくるスピンしながら地面と水平に飛んで行き、向かう先には煉瓦の壁があった。男は勢いが止まらないまま突っ込んでいき。

 

   −びしゃり−

 

 生肉を壁に叩きつけたかのような、生々しい音が響いた。男は壁にしばらく張り付き、数秒の間を待って漸く地面に落ちる。

 

『『………』』

 

 いきなり引き起きた惨劇に、一同無言。驚きが過ぎて、反応出来無いのだ。

 だが、全く固まらない存在が居た。惨劇を起こした当人、タカトである。

 彼はいい笑顔を続行し、男達へと歩く。

 

「よくやってくれたよ、お前達。いや、最近色々あって、ちょうどストレスを発散したくてな? タイミングがよかったと言うか。これも天の思し召しか」

『『はぁ……』』

 

 思わず頷く。そんな男達に、タカトは笑顔を止めない。ストレス発散先が他でも無い”自分達”と言う事にも気付いていなかった。

 

「ああ、先に言っておくが、ここら一帯に対念話、対魔力反応用に結界を張ってある。応援も何も呼べんし、来ない。つまりは逃げられないからその積もりでな? ……その上でだ」

 

 どっちが悪役なのか全く分からない台詞を吐きながらタカトは歩く。そして、一応の礼儀としてお決まりの台詞だけは吐いた。

 

「やや。止めないか。女の子が嫌がってるでは無いか。どうしてもと言うならば俺が相手だ――さて」

 

 物凄い棒読みの台詞を吐き、にっこりと笑う。拳を、持ち上げた。

 

「死なない程度には手加減してやる。……命の他は、諦めろ」

 

    −撃!−

 

 直後、男の一人が今度は垂直に十mは飛んだ。しばらく滞空し、地面に叩き付けられる。ごぎり、と鈍い音が鳴って、ぴくりとも動かなくなった。

 数秒の沈黙を挟み――二人の男は即座に逃げ出そうとする。しかし、タカトが放って置く訳が無かった。

 

「逃げられんと言わなかったか? 天破水迅」

 

    −寸!−

 

 直後、男達が全く動かなくなった。逃げ出そうとした体勢のままで固まっている。タカトはくすくすと笑っていた。見れば、男達の背中に水糸が突き刺っている。脊髄に水糸を打ち込んだのだ。

 ゆっくりとタカトは歩き、男達の肩をポンっと叩く。その上で告げた。

 

「お前達には聞きたい事が山とある。しばらく付き合って貰おう。ああ、隠すと”死なないだけマシ”から”死んだ方がマシ”な目にクラスチェンジするから気をつけろ? ……なのは」

「……は!? な、何!?」

 

 あまりの状況の進み方に、完全に固まっていたなのはが漸く我に返る。タカトは、なのはや一同と同じく固まっている少女を顎で指し示した。

 

「あの子を頼む。俺はこいつらと少し”話し”がある」

「……本当にお話しするだけ?」

「ああ、勿論」

 

 俺流だがな、とこれは声に出さずにタカトは頷く。そして、倒れた二人にも水糸を巻き付けると四人とも引っ張り始めた。

 

「さぁ行こうか? 楽しい楽しい”お話し”の始まりだ。……ああ、お前達。ドラ○もんは好きか?」

 

 何気に自分達の”処理方法”を話し、引っ張るタカトに、男達は自分達が最悪の男に捕まったと漸く理解した。

 ……自分達の人生はここで終わりだと。

 男達を引っ張りながら、タカトは街外れに向かって歩いて行った。

 

 

(後編に続く)

 




はい、第三十八話中編でした。さぁ、ついにタカトによる皆大好きアレが始まります、ええアレが(笑)
お楽しみに。ではではー。


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第三十八話「彼の信頼」(後編)

はい、さぁ来ましたStS,EX最大の迷シーン(笑)
つくづく、タカトってアレだよね。と言うお話しです。うん、知ってた(笑)
では、第三十八話後編どぞー。


 

 首都メッテ。

 ユグノーの誇るこの街は、惑星の中で一番広大な運河であるナウル川が街の真ん中を横断する形で流れている。その河幅は20Km。河の長さは6000kmにも達する。

 河の長さに比べて、河幅が異常に狭くはある(例として出すが、アマゾン川が河の長さがおよそ7000Km。1番狭い上流でも河幅が中洲を入れると100Km程もある)が、その広大さを含めてメッテの重要な観光資源であり、特に環境整備が行われてからは水害に悩まされる事も無くなった為。まさに、メッテの中心とも言える存在だった。

 そんなナウル川を仰ぐ街外れのビル。そこに伊織タカトと、先の騒動を起こした四人……否、”三人”が居た。

 二人はまだ意識があり、一人は気絶している。しかし、もう一人はどこにもいない。どこに行ったと言うのか。

 

「さて、質問を続けよう。答えなければ、続けて”先程の奴”と同じ目に合わせる。知らない、分からないは、聞く積もりは一切無いからその積もりでな」

 

 ひっ、ひっ、と泣きながら声にならない声で泣く二人の男に、タカトは”全く笑っていない目”で笑う。その上で、男達に質問を続けた。

 

「さっきも聞いたが、お前達は本来”管理局員では無い”訳だな? 元はこの世界のゴロツキだったと?」

「そうだよぉ……! 俺達はただストラとか言う連中にこの服を来て手伝わされただけなんだ! だから……!」

「言い訳はいい。それに手伝わされた訳で無く自分から志願したんだろう?」

 

 タカトは男の弁解を一切聞かない。容赦無く切り捨てる。男達は一斉に顔を引き攣らせた。

 

「い、いや。でも……!」

「好き放題して生きて来たんだろうな。そんな顔だ。もうこの世に未練もあるまい? さぞ安らかな死に顔を見せるだろうな」

 

 淡々とした口調で言うタカトに、男達の顔は真っ青になる。タカトは構わない。むしろ微笑んだ。

 

「次に行こうか。ストラ側は何故、志願兵を募ってまで自分の戦力を使わない?」

「そ、そんなの……!」

「知る訳が無い――か? それは聞かんと言った筈だがな」

 

 男達の答えにタカトは頷くと、気絶している男に近寄る。そして、縄で縛り始めた。

 

「そ〜〜○を、自由に♪ 飛〜〜びたい”か”〜〜♪」

 

 何故か一字だけが違う有名過ぎるアニメの歌を唄う。やがて縛り終えると、男の両足をよいしょと抱えた。

 

「さて、素直になれない”お前達のせい”で、友人が一人、また空を飛ぶ事になった。さぞや怨まれる事だろうな」

「あ、ああ……!」

 

 男達は泣きながら首を横に振る。タカトは微笑するとそれ等を一切無視。足を掴んだままジャイアントスイングの要領で回転を開始する。

 その速度はまさに豪烈。足元の床を盛大に削りながら高速回転する。そして――。

 

「そうら、飛んで行け! ”ヒトコプタ――――――――!”」

 

    −轟!−

 

 回転が最高速度となると同時に、タカトは掴んでいた手を離し、男を窓から放り投げた。

 男は投げられると同時に音速超過。空気をぶち貫く音が盛大に響く。男はまるでロケットのように、ナウル川の上を飛んで行った。しかし高度を欲張り過ぎたか、川の中程で徐々に失速。相当の速度を保ったまま、堤防沿いに水面へと頭から落ちて行き。

 

    −破!−

 

 まるで、砲弾を水に叩き付けたかのような音と共に水面が爆発した。男がどうなったのかは、不明である。普通に考えれば、水面に音速超過で叩き込まれた時点で肉片と化しているが。

 それ等を全て見届けたタカトはチッと舌打ちした。

 

「……今度も届かなかったか。川を横断するのが目標なんだが」

 

 ぽそりと呟くタカトだが、川幅は先にも言ったが20Kmはある。それを魔力行使抜きで届かせようとしているのだ。人間には無理なように思えるが、実際、もう少しで届きそうではある。

 

「さて、と。続けようか?」

「助けて、助けて……!」

「ああ、そう言いたくなる気持ちは分からないでも無いが、俺には通じん。せいぜい後悔しておけ」

 

 にっこりと笑うタカトはにべも無い。巻き込まれたか何かは知らないが、ストラに加担していた時点でタカトは彼等へと死刑判決の判を押していた。

 

「さて……ん?」

「へ、へへへ……」

 

 よく見ると男の一人が笑っていた。視線が定まらないままに笑い続ける。

 どうも、あまりの恐怖で精神に異常をきたしたらしい。タカトはそれに嘆息。役に立たないと判断して、男を縄で縛り上げ始めた。

 

「そ〜〜ら○自由に♪ 飛〜〜びたいか〜〜♪」

「ねぇ? ドラ○もん? ヒトコプターで何処まで行けるの――?」

「遠い所さ……専門用語で、地獄」

 

 一文字しか違わない筈なのに、あまりにバイオレンスな歌詞と化した歌を唄いながら疑問にタカトはそら恐ろしい事を言う。

 そしてタカトは再び、高速回転開始。再び、空気がぶち貫かれる音が鳴り響き、男はヒトコプターで空を飛んだ。

 今度は高度、飛距離、共に申し分無かったか、綺麗な放物線を描き、川を横断してのけた。

 当然、行く先には堤防がある。男は土で出来た堤防に、容赦無く突き刺さり、堤防がこちらも砲弾を叩き込まれたが如く、爆裂した。

 男の末路については聞いてはいけない。……ご飯が、まずくなるから。

 

「残るはお前一人か」

「は、あぁ……!」

 

 ”壊れ無かった”彼は、いっそ不幸と言えた。何故ならタカトの尋問と対象は彼に絞られるから。

 

「知っている事、全て話して貰おうか?」

「……あ、あ……」

 

 鬼のようなタカトの言動に、放心状態となった男は呆然と呟く。それにタカトはフムと頷くと、縄で縛り上げ始めた。

 

「そ〜〜らを○由に〜〜♪」

「待ってくれェェェェェェェェェェ……! 話す! 何でも話すから! ヒトコプターは止めてくれェェェェ――――!」

 

 遂には号泣し、悲鳴を上げる男に、タカトは漸く微笑した。

 

「そうそう、最初から素直になればいいんだ。……ヒトコプターは勘弁してやろう。さて、聞かせて貰おうか?」

 

 男の反応に、タカトはニッコリと微笑む。そして、聞きたい事全てを聞き出した。

 警備状況。ストラ側が何故自前の戦力を使わないかの理由。警備シフト。次元航行艦の待機位置。ストラメンバーの人数etc……。

 男が本当に分からない事もあったが、タカトはおおよその事は聞き出した。仕入れた情報は、街で聞き込みするよりも遥かに多い情報量である。タカトの狙いは、まさにそこにあった。

 長々と情報収集するのでは無く、鮮度と正確さ、量に長けた情報を仕入れるのはこれが一番であった――リスクを考えないのであれば、だが。

 だがタカトは、なのはに降り懸かるリスクを考えればいいだけである。それ以外を考えなくてもいい。

 そう考えれば、下手に日数を掛けるよりも、こちらの方が手早いと言えた。

 

「ふむ。協力を感謝しよう。お陰である程度方針が決まった」

「じゃ、じゃあ……!」

 

 助かるのか? と、一縷の希望を見出だし、綻ぶ男に、タカトは”ニッコリ”と笑い――。

 

   −ゴギリ−

 

 ――鈍い音が室内に鳴り響いた。

 

「へ……? へぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……!!!!!!」

 

 一瞬、何が起きたか分からなかった男だが、音が鳴った方を見てけたたましい悲鳴を上げる。左足の膝が、本来有り得ない方向に曲がっていた。関節を外されたのだ、タカトによって。

 タカトは笑ったまま、男の身体を掴んで、全身の関節をバキバキと外し、”コンパクトに折り畳んで行く”。その際に断裂される筋肉や筋、神経等には一切目を向けずに。

 絶え間無い悲鳴が響く中、タカトは容赦無く男を折り畳み切った。その結果、男はボール大の大きさへと変貌された。

 頭を中心に全身を丸めて畳んだのである。グロテスクなボールと化した男に満足そうにタカトは頷くと、そのボールを片手にビルのダストシュートへと歩いた。

 

「先にも言った通り、ヒトコプター”は”。勘弁してやろう。と、言う訳で秘○道具式処刑第二段!」

「ムグムグムグムグ……!」

 

 何かを言おうとしても、肝心の声が出せない。口元にすらも身体の一部分が覆われているからだ。

 そして、タカトはダストシュートを開き、グロテスクボールを振りかぶった。

 

「四次元ダストシュ――――――ト!」

 

    −轟!−

 

 叫びと共に一気に叩き込まれたグロテスクボールは、やはり音速超過。ダストシュートの入口を破壊し、引っ掛かりながらも、そこに肉の一部を削られつつ中を突き進む。

 やがて、グシャリと”何かが”潰れた音が響いた。下層に無事(?)、達したらしい。

 タカトは満足気にウンウンと頷くと、踵を返しビルの一室から出た。

 

「仕置き終了。……なのはと合流するか」

 

 これからの事をいろいろ話さねばならない。場合によっては、次元航行艦への侵入も早める必要がある。

 そんな事を思いながらタカトはビルを出たのだった――。

 

 なお、これは余談だが、男達は全員生きていた。

 これは、タカトが”最低限”のフィールド系の魔法を仕置き直前に張った為である。しかし、文字通り”生きているだけ”の状態であり、ダストシュートより見つけられた男なぞ、これからの余生を考えると寧ろ生きている方が不幸だと言う話しであったが――それ等を行った犯人は、動機を含めて詳細は不明との事だった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 所変わってアースラ。ブリーフィング・ルームに、各前線メンバーが集まっていた。勿論、現在意識不明の者達を除いてだが。

 部屋から出たフェイトの姿もそこには在り、はやては若干頬を綻ばせていた。……シオン達も居るが、何故かシオンは頬に赤い紅葉を作っており、ついでに頭を痛そうに押さえていた。

 その横で、スバルとティアナが憮然としている所を見ると、また何かやらかしたらしい。

 それに、はやては苦笑。今の状況で不謹慎ながら、シオン達を見て、少しホッとしたのである。

 そして皆が集まった事を確認し、気持ちを切り替えると真顔となった。話しを始める――。

 

「みんな集まったな? 話し、始めようか。呼び出した理由は、先のアラートについてのお話しや。シャーリー?」

「はい」

 

 はやての呼び掛けに、管制のシャーリーは一つ頷く。コンソールを操作し、ウィンドウを呼び出した。細長いテーブルの中央と、各メンバーの前にも画像が表示される。

 そこには、三隻の次元航行艦が映っていた。

 

「これは先程、私達が居る第78管理外世界にさっき転移して来た次元航行艦や。……ストラの艦やと思われるんやけど、偶然にもこっちのレーダーが捉えてな。向こうはこっちを捉えて無いようやけど――」

 

 ウィンドウの横にはアースラと三隻の艦との距離が示されていた。

 その距離、約50000(500Km)。相当の距離はあるが、アルカンシェルの射程内には十分に入っている。しかし向こうはこちらに何もせず、ただ悠々と航行するだけであった。だが。

 

「この艦隊が転移すると同時に、この世界は次元封鎖されたんや。つまり、私達はもうこの世界から転移出来ん」

『『……っ!』』

 

 一同、その言葉に顔を強める。いくら捕捉されていないと言えど、次元封鎖された状況では見付かるのも時間の問題だろう。状況は、かなりマズイ状態になっていると言う事であった。

 

「その上でや。アースラの誇る盗聴魔――」

「八神艦長!?」

「――もとい、優秀な管制官であるシャーリーが、向こうの念話通信を傍受出来たんや。……それが、この内容や」

 

 はやての言葉に慌てるシャーリーに、一同白い目を向ける。……なお、シャーリーは六課時代にも盗聴事件をやらかしているのだが――それは余談だった。

 そして、ブリーフィング・ルームに傍受した、通信が響いた。

 

《こちらはツァラ・トゥ・ストラ。艦隊指揮ビスマルク提督である。地球、グノーシスに告げる。貴君は我等が追う、次元航行艦アースラを匿っていると言う情報を得ている。単刀直入に言おう、アースラを乗員を含めて引き渡して貰おう。もし、この要求を無視すれば、我等艦隊は地球に進攻。全兵力を持って、殲滅戦を開始する。繰り返す――》

 

 そこまでで、シャーリーは傍受した通信を切る。通信内容に、ある者は呆れ、ある者は怒りの表情を浮かべていた。つまり、彼等は。

 

「言い掛かり。しかもアースラをダシにして、地球に攻め込む算段ですか」

「そうなるなー」

 

 呆れていた一人、シオンが嘆息混じりに苦笑する。はやても釣られて苦笑し、すぐに真顔に戻った。

 

「完璧、言い掛かりで向こうは適当な事を言うとるだけなんは確かなんやけど。実際、私達は潜伏中やしな。……姿が見えんのや、グノーシスには何とでも言える」

「最っ低……!」

 

 こちらは怒っていた一人、ティアナが吐き捨てるようにして呟く。しかも提督と名乗っていると言う事は、元は管理局の人間か。恥が無いのかと、前線メンバー一同は、呆れと怒りを浮かべたのである。

 基本的にストラに寝返った管理局の人間は、現行の管理局の在り方では無く全次元世界の支配を目論んでいる連中である。恥も外聞も無くて、当たり前とは言えた。

 

「その上で、私達の対応なんやけど。……選択肢は二つあるんや」

 

 言葉と同時に、ウィンドウが切り替わる。

 そこには『A案』と『B案』と大きく文字が表示されてあった。

 

「まずは、A案。……こっちは『見逃し案』や」

「見逃し案って、まさか……!」

 

 スバルが目を見開き、はやてを見る。それに、はやては頷いた。

 

「そう、そのままの意味や。向こうはその内、地球に向かうんは分かってる。……こっちはそれを待つって案や」

「そんな……!」

 

 あんまりな内容に、スバルだけでは無くノーヴェや、ディエチ、エリオも目を見開く。しかし、それに溜息を吐く者達が居た。ティアナを始めとして、クロノやフェイト、デバイスの故障で出撃出来ないギンガ、固有武装の破壊で出られないウェンディ、そして足の怪我があるチンク。最後にシオンである。

 シオンが一同を代表して、はやてに答えた。

 

「今のアースラだから、ですか?」

「そう言う事や」

『『……ッ!』』

 

 その言葉に、驚いていた一同は冷水を浴びせられたような感覚を得た。今のアースラは損壊が激しく、とてもでは無いが戦闘が出来る状態では無い。しかも、前線メンバーで出られる人員も限られている。

 先程、怪我がある程度治ったと判断されたザフィーラを含めても八人。戦力がこれだけでは、戦いに向かうだけ自殺行為と言えた。

 故に、このA案は至極真っ当な案と言える。一同が黙ったのをはやては見て、次にB案を表示した。

 

「次行こうか。B案は、『強襲案』や」

『『え……?』』

 

 次に表示された内容に、それぞれ目を白黒させる。はやては構わず説明を続けた。

 

「この強襲案は、向こうがこっちが同じ世界に居るって知らん事を利用した案や。内容は機動部隊での至近からの敵艦への強襲戦や」

「て、待って下さい。真っ向からそんな事をしたら……!」

「”真っ向”からならね」

 

 エリオの叫びを、横合いからフェイトが遮る。そして、はやてへと視線を向けた。

 

「はやて、この案は普通に考えたら無謀だ。でも、何か考えているんだよね?」

「流石やね、フェイトちゃん。復活してすぐに気付くなんて。……その通りや」

 

 フェイトの言葉に、はやては微笑し、コンソールを指で叩く。直後、ウィンドウが切り替わった。

 

「……幸いにも向こうはこっちに気付いてないんや。やったら、魔力反応にさえ気をつければ、接近の方法はある。ティアナが鍵やね」

「私、ですか……?」

 

 思わぬご指名に、ティアナが驚き、はやてに目を向ける。彼女は微笑しながら頷いた。

 

「そうや。ティアナの幻術とタイミング。それで全て決まる筈や。詳しくは採択を取ってから教えるけどな……さて」

 

 そこまで言い切り、はやてが一同に目を向ける。そして、再びA案とB案をウィンドウに表示した。

 

「本来なら私が決めるべきなんかも知れんけど。……A案もB案も問題はある。そこで採択を取ろうと思うんや。皆の前のウィンドウにも表示されとるやろうけど。これでどちらの案を取るか決めようや。……ちなみに、これはブリーフィング・ルームにもおらん全乗組員にも表示してる。ええか? よく考えて決めてや?」

 

 そこまで言い、はやてはブリーフィング・ルームに居る一同を見渡す。全員、その言葉にしっかりと頷いた。それを確認して、はやてもまた頷く。

 

「よし。ならそれぞれ、どっちかの表示を押してや。……ほなら、行くよ」

 

 はやての言葉に従い、皆が。アースラに乗っている意識不明の者達を除く、全員が表示を押した。

 そして、出た結果は、満場一致の『B案』であった。誰一人として、A案を押していない。その結果に、はやては微笑む。

 

「……決まりやね。まさか満場一致とは思わんかったわ」

「はやてもB案を押してるくせに」

 

 フェイトが、はやてに微笑する。そう言う彼女も、きっちりB案を押していた。それに、はやても苦笑を返すと、立ち上がった。

 

「逃げてばっかりなんももう飽きた。……いい加減、ここらで反撃と行こうや! 皆!」

『『了解!』』

 

 はやての言葉に、皆一様に頷く。ここに、アースラの強襲作戦が決定されたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「と、言う訳だ」

「そうなんだ……」

 

 メッテのホテルを夕日が照らす。そこに戻って来たタカトの話しを、なのはは聞いていた。

 ……仕置きの部分は伏せたままに、タカトは聞き出した情報を並べる。そんなタカトを、なのははじぃっと半眼で見た。

 

「……本当に、お話ししただけ? 他に何もしてないの?」

「当然だ」

「……それだけで、こんなに教えてくれたの?」

「人間、”お話し”すれば分かりあえるモノだな。スラスラ教えてくれた」

 

 俺流の”お話し”だがな、とタカトは心中で呟く。実際の所は、通常の拷問が生温いと言わんばかりのマネをやらかしているのだが、そこまでは流石になのはも分からない。

 暫くじぃ……と見ていたが、ポーカーフェイスを崩さないタカトに嘆息。追求を諦めた。

 

「……激しく納得出来ないけど、納得した事にするよ」

「そうか。それは何よりだ……でだ」

 

 なのはの言葉に、タカトはウンウンと頷く。そして、聞き出した情報から、今夜の警備交代時間、警備状況、次元航行艦の待機位置をウィンドウに表示した。

 

「これが、今夜の警備状況だそうだ。しかし、実際にはもう少し増えると思った方がいい」

「……何で?」

「そんな気がすると言うだけだ」

 

 実は四名も警備していた者がいなくなり、かつ昼間の騒動の件もある為、必ず警備人員の他に捜索人員を増やすとタカトは踏んだのだが……それを話した場合、先の『惨劇のドラ○もん』(命名タカト)事件を話さねばならない。

 またもやじぃっと睨むなのはに、タカトは苦笑。話しを変える。

 

「だが、逆に言えば艦内の人員が少なくなると言う事に他ならない。そこでだ」

 

 ウィンドウに表示した地図でタカトは街の中心を指差す。そこにタの一文字が描かれた。

 

「俺が街の中心で一騒動を起こす。その隙に、なのは。お前は艦の待機位置近くに移動してくれ」

「……一緒に居ちゃダメなの?」

 

 何となく、タカトの策を予想していたのだろう。なのはは慌てず、タカトに問う。それにタカトは微笑する。

 

「……お前の事だ。どうせ、俺を一人に出来ないなどと思ってるんだろうが――」

「う……」

 

 図星だったのか、なのはがギクリとなる。タカトは肩を竦め、苦笑した。

 

「――お前に心配される程、柔じゃ無い。俺一人ならばどうとでも突破出来る。むしろ心配なのはお前だ」

「私?」

 

 タカトの言葉に、疑問符を浮かべる。そんななのはにタカトは頷いた。

 

「昼間の件もある。向こうはその騒動の中心であった”俺”を捜そうとする筈だ。こうなっては長々と隠れている事は寧ろ危険なんでな。決行は今夜にする」

「今夜!?」

 

 流石に予想外だったのか、なのはがその言葉に目を見開く。タカトは再度頷きながら、続けた。

 

「ああ。故に、まだ怪我が治りきっていないお前の方が危険だと俺は思う。……まぁ、敵は俺が引き付けるし、普通に潜入するよりはいくらか危険は少ないだろうがな」

「……そっか」

 

 その台詞に、なのはは治療符を貼られた肩口に指を這わす。最初はこの怪我が治るまで待つと言う話しであったのだが……。

 この怪我が原因で、タカトを一人っきりにするのか。そう思うと、やはり悔しかった。

 そんななのはの表情にタカトは目を背けた。

 

「……なのは。分かってるとは思うが、お前は戦闘を極力避けろ。そして、”俺と合流”するまで艦の近くで待機だ」

「え……?」

 

 タカトの台詞に、なのはは再び目を見開いた。今、彼は何と言ったか? 俺と合流と言わなかったか?

 

「……何を驚いているんだお前は? 俺もこの世界を脱出するんだ。当然、お前と一緒に侵入する」

「そっか、そっかぁ……」

 

 タカトの台詞に、なのははホッとする。先程のタカトの台詞だと、ここでタカト一人を置き去りにさせて、自分だけを転送させる積もりだと思っていたからだ。

 

 ……まだ、一緒に居られるんだ。

 

 何よりその事に、なのははホッとする。タカトは、逸らしていた視線をなのはに戻した。

 

「大体こんな所だな。作戦は分かったか?」

「うん……あ、でも行き先とか決めなくても――」

「それは、もう決まっている」

 

 ――いいの? と、問う前にタカトは言葉を重ねた。そして、なのはの目を見ながら行き先を告げる。その、場所は。

 

「地球。あそこなら、”確実に”安全な筈だ。お前の艦とも連絡が取れるだろう」

「確実に……?」

 

 タカトがあまりに断言するのに、なのはは疑問符を浮かべる。何故にここまで断言出来るのか。キョトンとするなのはに、タカトは嘆息する。

 

「地球には兄者が居る。この時点であそこは完全な安全地帯のようなモノだ」

「……そうなんだ」

 

 きっぱりと言い切るタカトに、なのは寧ろ微笑んだ。敵対していようとも、タカトが兄であるトウヤを信じている事に。それが、何故かなのはにとっても嬉しい事だと思えたから。タカトは自身の台詞に憮然となる。

 そんな反応も、何故か可愛いく思えた。

 

「……信用、してるんだね?」

「信用、ね」

 

 苦笑する。思い出すのは四年前。

 自分達を襲った、”アルハザード”と言う存在が生み出した最悪の罪。『天使事件』の際に、トウヤが自分達に言ってくれた、大切な一言であった。それは――。

 

「信用じゃ無い」

「?」

 

 タカトの言葉に、なのはが疑問符を浮かべる。それに、タカトは微笑する……大切な一言が自然に滑り出た。

 

「”信頼”だよ。なのは」

 

 奇しくもこの時、遥か、遠方の世界でシオンが全く同じ事をフェイト達に話していた。

 二人の兄弟は。

 同じ時で。

 同じ意味の。

 同じ言葉を紡いだ。

 ……たった一人の長兄への信頼と、尊敬と共に。

 第78管理外世界。

 第51管理内世界『ナルガ』代表惑星ユグノー首都、メッテ。

 二つの世界で、ストラに対し、二極の強襲戦が始まる――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「く、く、くぬ……!」

「どうしたの? トウヤ?」

 

 第97管理外世界。叶トウヤは唸りながら顔をしかめた。それを呆れながら見るのは、トウヤの秘書であり恋人、ユウオ・A・アタナシアである。

 トウヤは、ユウオの問いに苦笑。鼻を押さえながら執務席に座る。

 

「くしゃみをしたくなったのだが……何故だか、ここでくしゃみをすると何か負けるような、そんな気分になってね」

「……そうなんだ」

 

 内心、くしゃみで負けたような気分になると言うのはどんな気分だろう? と、思いユウオも苦笑する。そして淹れたての紅茶をトウヤの前に差し出した。

 

「どうぞ、熱いから気をつけてね?」

「うむ。しかし、これもまたオツだね。この光景を見ながら、お茶とは……」

 

 そう呟き、トウヤが見るのは窓の外である。しかし、そこに映るものを見たならば、大概の人は仰天したかもしれない。そこに映るのは宇宙に浮かぶ、大きな大きな”地球”であったからだ。ユウオはトウヤの台詞に苦笑する。

 

「……”月”に居住可能な人工基地を作ってるって知ったら、皆どう思うだろうね」

「少なくとも各国のトップは知っている筈だよ? その程度の根回しは終えているさ」

 

 ユウオの台詞にも、トウヤは気軽に答える。……言っている内容は決して気軽に話せる内容では無いのだが。

 グノーシス”月”本部『月夜(モーント・ナハト)』それが、トウヤが四年余りの月日を持って漸く作り上げた魔導基地の名前であった。

 元々、地球の人達で魔法の存在を知る者はごく僅かである。その為に、地球上で魔法関連の施設はおいそれと作れなかったのだ。それ故に、トウヤは月に魔導施設を作り上げたのであった。

 ……使われた費用が天文学的な金額となったのは言うまでも無い。それ等の事情を知るユウオはトウヤに苦笑する。そんなユウオにトウヤは微笑した。

 

「皇帝城(カイザー・ブルグ)の試験運用は上手くいったようだね?」

「うん。流石にレヴァイアタン級の”次元戦闘艦”は大き過ぎるけど。概ね順調だよ。……でも」

 

 そこでユウオは一度言葉を切る。遠くを見詰めるように、窓の向こうに目を向けた。

 

「……あのバハムート級次元戦闘艦は、どうするの?」

「どうするも何も、持ち主不在ではね……タカトに文句を言ってくれたまえ」

 

 肩を竦めながら、トウヤは笑う。異母弟であるタカト専用艦として作られた艦なのだが、そのタカトがいない状態では何の意味も無かった。

 

「他の者に譲ろうにも、あの艦のシステムは特殊だからね。IFMS(イメージ・フィードバック・マギリング・システム)は高位の魔導師にしか使えない。まさしく宝の持ち腐れだね」

「……だよね」

 

 トウヤは専用艦の皇帝城を持っているし、他の者では若干の力不足と言える。使いこなせれば、ほぼ最強に近い艦なのだが。

 

「……何処かに、”長距離射撃魔法が得意で、支援魔法も十分。歩く魔法図書”的なチートキャラは居ないモノかね」

「そんな都合の良い人が居たら何処も苦労しないよ!」

 

 ユウオが最もな事を言う。しかし現在、地球近郊の世界でまさしくそんな艦長が居たりするのだが……神ならぬ、ユウオにそんな事が分かる筈も無かった。

 

「まぁ、それは置いておくとして、だ」

「……え?」

 

 そんな事を、トウヤは言い放つと執務席から立ち上がる。ユウオの正面に向き合うと、いきなりその身体を抱き竦めた。

 

「ちょっ……! また仕事中にセクハラを……!」

「心配は要らない。仕事は三十秒前に終わったよ」

「え……?」

 

 時計を見ると、既にトウヤの勤務時間は終わっていた。ユウオの勤務時間も一緒にだが。

 

「ここからは、恋人達の時間さ」

「て、ちょっ! 待って! そう言うのはお部屋で――!」

「残念、私は待てない」

「ちょ――! ふむっ!」

 

 ユウオの抵抗は、トウヤの唇に塞がれた。そのまま、深い意味でのキスを交わし、トウヤはユウオを押し倒す。

 同時、執務机の上にある紙が舞い、床に散らばった。そこにはこう、書いてあった。

 『アースラメンバー、各デバイス、ロストウェポン化による強化計画及び、ロストウェポン製作設計図。並びに第二世代DA、第三世代ロストウェポンDA開発設計図。By伊織タカト』

 

 そう、書かれていた――。

 

 

(第三十九話に続く)

 




次回予告
「ついに反撃の狼煙を上げるアースラは、ストラの次元航行艦に対し、強襲戦を仕掛ける」
「その大胆な作戦とは――?」
「一方、タカトはナルガ市街地でストラの魔導師を圧倒的な力で叩きのめしていく」
「しかし、そこに現れた謎の男に意外な攻撃を仕掛けられた」
「二つの戦いの行方、現れるもう一人のEX、二人が自らの名を呼ぶ時、なのはは、EXの真実を知る――哀しい、真実を」
「次回、第三十九話『幸せにしてあげる』」
「だって好きだから。それが、ただ一つの想い」


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第三十九話「幸せにしてあげる」(前編)

「彼と一緒に過ごした時間、それは大切なもので。一緒に居て、一緒に歩いて、私はとても嬉しかった。……幸せ、だった。でも、だから分からなかったんだ。伊織タカト、彼がどんな気持ちで私と居たのかを。私は、知らなかったんだ――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 首都メッテの夜は、明るい。それが、この世界、ナルガに暮らす人達の共通認識である。

 夜になっても、繁華街近くは昼間の如く光を照らし続けている。その街を巨大な川が通っており、豊かな水源を象徴する為か、街の一角の広場には豪勢な噴水が設えてあった。

 何かの記念に作られたものだろう。巨大な馬に騎士が跨がっている像が、噴水の中央にそびえ立っている。この噴水は絶えず照明で照らされており、また街のシンボルともなっているのか、人通りがやけに多かった。目立つモノでもある為か、待ち合わせにはピッタリとも言えた。

 そんな噴水の麓に、黒衣の青年が一人で座り込んでいる。

 伊織タカトだ。しかし、その姿は昼間のような私服では無い。戦闘用のバリアジャケットを、既に着込んでいた。その姿が表すのはただ一つの意思。則ち、戦闘の意思であった。

 

 ……さて。

 

 そんな意思を欠片程も表さず、タカトはボーと噴水の下に佇む。そして、ナウル川の方に目を向けた。

 広大なナウル川の上空には、巨大な影が街の光に照らされて映っている。

 ストラ側の次元航行艦だ。そこに今、向かっている筈の女性の事がふと頭に浮かび苦笑した。

 何故、このタイミングで思い出すのか、そんな自嘲である。

 ――理由は分かってる。ホテルを出る前に約束”させられた”事が原因だ。

 

 ……面倒な事を約束させられたものだ。

 

 そう、思う。しかし、タカトの顔は呆れたようでありながらその実、何故か楽しそうな表情であった。

 話しはつい、三十分程前にまで遡る。

 

 

 

 

「……よし、では行くか」

 

 ホテルの一室。そこで、タカトは黒のバリアジャケットを身に纏う。時間は既に、夜の八時。タカトが街で一騒動を起こすと決めた時間まで、あと僅かであった。

 私服から黒のバリアジャケットへと装束を変えたタカトは、既に表情から感情が抜け落ち始めていた。それは余計な感情を削ぎ落とし、意思そのものを戦闘用へと切り替えている証拠である。

 そんなタカトを、なのはが固い表情で眺めていた。……なのはは、タカトのこの表情があまり好きでは無かった――否、嫌いと言っても過言では無い。視線に気付いたタカトが苦笑する。

 

「何か、言いたい事がありそうだな?」

「……そんな事、無いよ」

 

 そっぽを向いて、ぽそりと答える。……少しして、ちらりとタカトに視線を戻した。

 タカトはストロークの長い呼吸を繰り返し、繰り返し続ける。その度に感情が削げ落ち、戦意が研ぎ澄まされて、まるで刀のように呼吸をする度に打ち、鍛えられて行く。

 まるで違う人格に切り替るようであった。それを、たった二日とは言え、”普段”のタカトを知った、なのはは複雑な感情を覚える。

 ……何故か、それが凄く嫌な事だと思った。それが、タカトの”本来の在り方”なのだとしても。

 

「……無理、しないでね?」

 

 タカトを見ていると、自然にそんな言葉が滑り出た。タカトはその言葉にキョトンとなる。

 そんな表情に、なのははホッとする。……まだタカトの心は此処(日常)にあると、そう思えたから。そんななのはに、タカトは微笑する。

 

「さっき言ったと思うが、怪我人のお前に心配される程落ちぶれてはいない」

「……でも」

 

 一人、だし。

 

 そう言おうとして、彼が元々一人で戦い続けていた事に気付いた。彼にとってはこれが”当たり前”なのだ。一人で戦い抜く事が。

 

「……まぁ、確かに、俺一人ならば”向こう”が心配と言うのも分からないでも無いがな」

「……どう言う事?」

 

 小さく呟いたタカトの一言。全くの検討違いの一言ではある、が。内容は決して聞き逃せるようなものでは無かった。タカトも、疑問符を浮かべる。

 

「む? てっきり向こうの命の心配をしてるとでも思ったんだが」

「それって――」

 

 その台詞にタカトが何を言おうとしているかを、なのはは悟った。目を細めて、タカトを睨む。

 

「……ダメだからね? 誰も、その、殺したりなんかしたら」

 

 殺したりの部分で言葉に詰まりそうになるなのはに、タカトは溜息を吐く。……何となく、そう言われそうな、そんな気はしていたのだろう。視線を、逸らした。

 

「――俺の戦い方は、”見敵必殺”が信条なのだがな」

 

 見れば即ち死ぬ。つまり、相手に全力を出させずに――否、戦う事すら許さずに確実に殺す。それがタカトの本来の戦い方である。

 なのはの”全力全開”とは正に真逆方向の信条であった。

 戦場で、相手の命を奪わないで置く。言うは易かろうが、その行為、そのものこそが、”そこ”に置いては致命的な弱点と成り兼ねなかった――だが。

 

「それでも、ダメ」

 

 なのはは、あくまでも首を頑と横に振る。……人死にを出したくは無い。それは当然に在る。

 しかし、それ以上に。タカトに人殺しをさせたくなかった。……人殺しなんかを、してほしくなかった。

 例え、それが、タカトの本質なのだとしても。

 暫く両者の瞳は沈黙と共にぶつかり合う。無言での、互いの意思のぶつかり合いである。睨むでも無く、ただ見る。そんなぶつかり合いの果てに、折れたのはタカトであった。深く嘆息し、両手を参ったと上げる。

 

「このままでは行けそうもないな。……殺さなければいいんだな?」

「あ……その、出来たらあまり酷い事もしないで欲しいな――拷問とか」

「……俺は、そんなにしょっちゅう拷問しているように思われとるのか」

 

 内心、なのはの言葉にショックを覚えるタカトだが、今更である。

 St,ヒルデ学園でタカトがやらかした行為を思えば、なのはの心配は当たり前と言えた。

 苦笑し、ややあって頷く。そんなタカトに、なのはが左手の小指を差し出した。

 

「なんだ……?」

「指切り。ちゃんと、約束しよ?」

「……俺はそこまで信用無いか」

 

 カクッと肩を落とすタカトに、なのははクスクス笑う。今のタカトは、明らかに普段通りのタカトへと戻っていた。

 ヴィヴィオが懐き、ユーノが友と想い、シオンが兄と願う。そして、なのはが――。

 タカトが、なのはへと歩み寄る。二人の左の小指が絡まった。

 

「ゆ〜〜びき〜りげ〜〜んま〜〜ん、う〜〜そつ〜〜いた〜〜ら、は〜〜り、せ――じゃ、タカト君には少ないよね」

「コラ待て」

 

 歌の途中に挟まれたなのはの台詞にタカトが半眼でツッコむ。しかし、なのはは構わず、指切りを再開した。

 

「うん。じゃあ、う〜〜そつ〜〜いた〜〜らは〜〜りお〜〜く(億)ほ〜〜んの〜〜ます♪」

「……億か。それは、流石に死ねるな」

 

 万を飛び越えて、億な辺りが非常になのはらしい。苦笑するタカトに、なのはは微笑み、指切りの最後を告げる。

 

「「ゆ〜〜び切った!」」

 

 なのはの声に、タカトの声も重なる。不殺の約束。それが、ここに交わされた。二人は小指を互いに差し向ける。

 

「……俺は誰も殺さんと誓おう。だからなのは、お前は戦うな。これを誓えるか?」

 

 タカトは誰も殺さないと誓い。なのはは戦わないと誓う。

 それは、神聖な儀式のように思えた。

 タカトの言葉をゆっくりと反芻し、やがてコクリと頷く。タカトはヨシと微笑して頷いた。

 

「約束だ。忘れるな?」

「そっちも約束、忘れないでね?」

 

 迷い無く互いに頷く。直後、一気にタカトの顔から表情が消えた。

 

「――時間だ」

 

 呟くなり、立ち上がる。そのまま、真っ直ぐに歩くと部屋のドアをキィっと開いた。

 なのははそれを見送り、そして。

 

「また後でな。なのは」

「うん。タカト君も、頑張って」

 

 気をつけて、では無い。頑張って。それは心配では無く、応援であった。

 タカトは左手の小指を立てつつ、腕を振るう。そのままドアを出て、迷う事無く歩き始めた。

 

 戦いを開始する為に――。

 

 

 

 

 噴水前で自分の小指を見て、タカトが苦笑する。

 よくもまぁ、あんな約束を取り付けられるものだと――よくよく考えればヴィヴィオのお願いも、ほとんど無条件に聞いていた気もする。

 自分は案外、女性の頼み事に弱いのかも知れない。そんな、今更の事をタカトが思っていると。

 

「漸く、お出ましか」

 

 広場の入口から、ぞろぞろと物々しい男達が入って来る。二十人くらいか。男達は、揃って管理局の標準的なバリアジャケットを纏っていた。そんな物々しい連中に、憩いの場が慄然となる。カップルや、家族連れの市民が一斉に広場を離れ始め、噴水を中心とした広場は一気に静寂を生んだ。

 バリアジャケットを着込んだ一団は、それにも一切構わずタカトまで歩く。やがて、座り込むタカトを見下ろす形で男達はタカトを囲んだ。

 

「ツァラ・トゥ・ストラ警備課の者だ。昼間、市街で騒動を起こしたのは貴様だな?」

「人違いだ。と、言ったならばどうする?」

「これより、貴様を我等の反逆者として連行する」

 

 無視か。そうタカトは苦笑する。男達は最初から会話をする積もりは無いらしい。つまりこちらの言い分は全て通らない。

 クスリとタカトは微笑する。男達の態度は、寧ろ好都合であった。

 

「重ねて言うぞ。貴様を連行する」

「じゃあ、俺からも言おうか? ”それ”が出来ると本当に思っているのか?」

 

 問いと同時にタカトは不意に立ち上がった。……何の挙動も見せずにだ。どうやって立ち上がったかも分からないのだろう。男達は揃って目を丸くする。タカトは構わず、一歩を前に進み出た。

 目の前に立っていた男――こちらに先程から何やらを言っている男だ――の前に立ち、正面から軽く胸を指で突く。それは、心臓の部位だった。

 

「理解しているか? この指が刃物ならば、ここでお前の人生は終わっている。終わり、終わりなんだ。こんなにもアッサリとな。”その様”で、俺を捕らえられると?」

「――ッ!? だ、黙れ!」

 

 タカトの言葉を理解したのだろう。男達は一斉に、デバイスをタカトへと構える。

 抵抗したのだ。少々痛い目に合わせても問題無い! それが男達の考えだった。

 

    −撃!−

 

 ――直後に、十人程が空を舞わなければ。

 

「……は……?」

 

 ポカンとする。一体、何が起きたのか理解出来なかったのだ。

 ……気付けば仲間が空を舞っている等、理解出来る筈が無い。タカトは拳をアッパーカットのように、突き上げていた。男達をその体勢のまま、睥睨する。

 

「離れていた方がいいぞ? 無理にとは言わんが」

 

 直後、その姿が消えた。それにも、男達は訳が分からず目を白黒させる。

 あの一瞬で、どこに行ったと言うのか?

 

「こっちだこっち」

 

 そんな男達に、頭上から呆れたような声が降ってきた。他でも無い、タカトだ。

 彼は噴水の像の上に立っていた。苦笑し、上を見る。

 男達も釣られてそちらを見ると、ちょうど空を舞った男達が落ちて来る頃だった。何秒かの滞空の末、重力に従い男達は地面に叩きつけられる。

 痛みに絶叫した。だが、叫ぶ事が出来ると言う事は生きているし、意識もちゃんとしてあると言う事である。タカトは、なのはとの約束を律儀に守っていた。

 

 針億本は、怖いしな?

 

 そう、苦笑する。

 

「――さて、では。こっちは盛大に派手な花火を上げるとしようか!」

 

 叫びと共に、タカトが振り上げた右足が綺麗な半月を描き、頭上に持ち上げられた。直後、ボンっ! と炎を纏う。瞬間で収束、圧縮された炎はその威力を蹴りの一打に凝縮する。タカトは、それを一気に振り下ろした。足下の噴水の像、それへと。

 

「天破紅蓮」

 

    −轟!−

 

 噴水を中心に、炎の柱が天地に突き立つ。それは、噴水をまるごと”焼滅”させた。”爆砕”では無い、”焼滅”である。

 天破紅蓮は、噴水をその下、地下数Kmの地面ごと”蒸発”させたのである。

 その”余波”に煽られ、男達が纏めて薙ぎ倒される。そして見た。

 炎の柱を物ともせずに悠々と歩くタカトの姿を。

 彼は、倒れ伏す男達を睥睨し、やがて一言を呟いた。

 

「――少し、派手過ぎたか?」

 

 そんな、そんな一言を、圧倒的な破壊力をぶち撒けたタカトは、微笑と共に呟く。

 メッテでの戦いは、こうして始まった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 第78管理外世界。ツァラ・トゥ・ストラに寝返った元管理局提督、ビスマルク・ロレンツは自身の次元航行艦『シュバイン』の艦長席に座り、三隻からなる艦隊を指揮していた。

 目指すのは第97管理外世界『地球』である。この世界に留まっているのは、地球にある『グノーシス』と言う組織に、要求を打診している為だ。

 自分達が追う管理局の次元航行艦、アースラを引き渡すようにと。

 当然、グノーシスがアースラを匿ってあるなどと言う情報は何処にも無い。ただのでっちあげである。

 ビスマルクはしかし、あえてこの策を使った。――ストラの指導者たる、ベナレスに報告もせずに。その理由は至極簡単であった。同じ提督でありながら自分よりもグリムをベナレスは重用している。

 ただ、それだけ。つまり、彼は功を焦ったのだ。グリムに対する妬み、ただそれだけで。

 つまり、ビスマルク・ロレンツと言う男は、野心家であるにも関わらず、それに見合わない小物であった。ただ、それだけの話しだった。

 ……そんな事で狙われる地球や他世界からすれば大迷惑だが。こう言った人物が、他人の迷惑を省みる筈も無かった。

 

「提督。三度目の通告ですが、依然、向こうは沈黙を続けています」

「だろうな」

 

 フン、と鼻息も荒く、笑いながらビスマルクは頷く。実際、アースラはいないのだろうが、こちらは居ると決めつけて、引き渡しを要求しているのである。

 引き渡そうにも、その物自体が無ければどうしようも無かった。

 ――実際は、トウヤが『ああ、無視しておくように。こちらに転移してくるなら潰すだけだよ……と、言うか”忙しい”から一時間程はこちらに通信を寄越さないでくれたまえ』等と言っている訳なのだが、そんな事、ビスマルクが知る筈も無かった。

 

「よし、グノーシスは再三に渡るこちらの要求を無視した。故にこれを敵対行動と見なす。――各員、次元航行用意! 地球に進攻する!」

《了解!》

 

 管制官並びに、他の艦からも答えが返って来る。それに満足気な笑いをビスマルクは浮かべ、しかし。

 

「これは……?」

 

 管制官の一言に、眉を潜めた。これから地球に向かおうと言うのに、何か異常でもあるというのか。

 

「どうした? 何かのトラブルか?」

「いえ……ただ艦にクロスする軌道で2m程の岩塊がこちらに来ていまして、スクリーンに出します」

 

 その言葉と同時に、ウィンドウが展開する。そこには確かに2m程の岩塊が三つ、艦隊に向かってきていた。

 それも、かなりの速度で。

 艦との相対距離は300(3Km)程か。今、艦隊が居るのは無重力の宇宙空間である。近くには、少惑星群帯もあるのだ。多少の岩塊が飛んで来ても別におかしくは無い……速度は早過ぎるが。

 

「如何しましょう? フィールドがあるので、衝突しても大した損害は無いと思われますが……?」

「なら放っておけ! このような瑣事に構わず、次元航行準備を開始しろ!」

「了解です」

 

 下らぬ事で報告してくるなと苛付きながらビスマルクは答える。せっかくの気分に水を差された感覚だった。

 艦長席に座り直したビスマルクは、準備完了の報告を待とうとして。

 

「あ、あれ……?」

 

 またもや管制官から上がった声を聞いた。苛立ちを更に強めながら立ち上がる。

 

 ――次も下らぬ報告ならば更迭してくれる!

 

 そう、思いながら。

 

「今度は何だ!」

「エネルギー反応! 大きい……推定Sランク!」

「は……?」

 

 今度こそ予想外な答えに、ビスマルクが呆然となる。何が、どうやって? そんな風に混乱している間にも、管制は報告を続ける。

 

「エネルギー反応は、先程の”岩塊”の一つからです! ……岩塊の一つ、”停止”!?」

「ど、どう言う事だ? 岩塊が一人でに停止する筈が……!」

「分かりませ――」

 

    −轟!−

 

 直後。激しい光の一打が、艦に突き刺さった。それは、艦の中腹に直撃し、アルカンシェルを破壊。衝撃が艦を盛大に襲う。立ち上がっていたビスマルクは堪らず転げた。

 

「な、何が……?」

「攻撃です! エネルギー砲撃が直撃! アルカンシェル、主砲、沈黙! 艦の主兵装、四割が使用不能です!」

「……こ、攻撃?」

 

 馬鹿な……? 一体、誰が?

 

 混乱の極みに陥ったビスマルクは疑問符を飛ばす。しかし、今必要なのは混乱する事では無く、毅然とした指揮である。だが、予想外の攻撃に混乱するビスマルクを始めとしたブリッジクルーにそれは無理な話しであった。

 

「岩塊二つが更に”加速”!? 何だこの岩塊は!?」

「エネルギー反応、更に増大! 岩塊を再びスクリーンに出します!」

 

 管制官が混乱しつつも己の仕事を全うする。ウィンドウが再び展開し、岩塊が映って――いなかった。

 そこには、岩塊はどこにも無く、茶の髪の少女が巨大な砲塔を構えていた。砲塔の砲口には、既に光が収束し、今か今かと放たれる事を待っているとばかりに光り輝いている。

 漸く立ち上がったビスマルクは、その少女を見て愕然とする。あの少女は――!

 

「データ照合! アースラ所属、N2R4! ディエチ・ナカジマです!」

「元ナンバーズ!? いや待て、アースラ所属と言う事は……!」

「エネルギー反応増大! 第二射、来ます!」

「ッ――!」

 

 ビスマルクが最後まで言う前に、ウィンドウに映る少女。ディエチの口がポソリと何かを呟き、光砲の第二射が放たれた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《IS、ヘヴィ・バレル》

 

    −轟!−

 

 虚空で巨大な砲塔。イノーメス・カノンを構えるディエチがぽつりと呟くと同時に、砲口に収束していた莫大なエネルギーが放たれた。

 それは宇宙空間を一気に突き進み、先に光砲を叩き込んだ艦から向かって右の艦に直撃する。

 今度も、中腹――アルカンシェルを狙い違わずに直撃。同時に、主砲も沈黙させた。

 

《ッ……! ッ……! いいわよ、ディエチ。後もう一つの艦もお願い。……アルカンシェルと、主兵装を黙らせて》

《うん、了解。……ティアナ、キャロ、大丈夫?》

 

 響く念話に、ディエチは答える。ティアナは息も絶え絶えに返事を返した。

 

《アンタの分は解いたし、クロノ提督とエリオの分も、もう少しで解くしね。大丈夫よ》

《はい。ディエチさんも気をつけて》

 

 キャロからも、念話が返って来る。それに頷くと、ディエチは再びチャージ開始した。今、ティアナはシルエットを五人分も維持していた。ブーストを掛けているキャロと共に。

 ただでさえ、魔力消費の激しいフェイク・シルエットである。それをブーストしているとは言え、五人分。しかも、遠距離からで行っていた。二人の消耗は推して計るべきであった。だが――。

 

《ここまで簡単に接近出来るなんて。凄いね、ティアナ》

《……向こうが間抜け過ぎるのよ》

 

 ディエチの念話に、ティアナが苦笑の混じった答えを返す。ディエチと艦の距離は、約150(1.5Km)と言った所まで狭まっていた。

 いくらディエチの限界射程距離とは言え、これ程接近出来たのは、やはりティアナの力量に依る所が大きい。この強襲作戦で最大の障害は、いかに艦に接近するかにあった。下手に近寄ってもアルカンシェルで一撃である。もし、ある程度接近出来たとしても、各種艦の主兵装が黙っていない。所詮は射程が違い過ぎるのだ。機動部隊が艦隊戦に使用されないのは、この辺の事情がある。

 故に、ティアナのシルエットでこちらの攻撃が届く範囲まで接近し、最初に艦の兵装を沈黙させた。

 これが今回の強襲作戦に於ける最優先事項であった。

 

《艦の兵装を黙らせたら、向こうは機動戦力を出して来る筈よ。ディエチはクロノ提督と、エリオの援護射撃を宜しくね》

《……了解》

 

 コクリと念話に頷く。そして、イノーメス・カノンのチャージが完了した。狙いは、向かって左の艦、その中腹にあるアルカンシェルと、主砲!

 普通ならば1.5Kmもの狙撃は大気等の障害となる物がほとんど無い真空間であっても不可能である。

 しかし、戦闘機人であるディエチにはそれを可能とする性能、機能があった。

 

 射角計算……よし。

 エネルギー減衰率計算……よし。

 弾道予測……よし。

 

 それ等全てを、”視て”計算し尽くす。緻密な計算、情報を処理していく。その間、たったの一秒弱。高速思考を得意とするなのはにすらこれは出来ない。

 まさに戦闘機人としての面目躍如であった。

 

《全状況よし。IS、ヘヴィ・バレル。……発射》

 

    −轟!−

 

 三度、イノーメス・カノンが光砲を轟かせる!

 激烈な一撃は、迷う事無く宇宙空間を突き進み、今度も狙い違わず目標を撃ち抜いた。

 ――そして、三隻の次元航行艦隊は事実上、その兵装を沈黙させられた。

 これより、アースラの強襲作戦は、第二段階。

 フェイズ2、機動部隊戦に移行する――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 所変わって、メッテの街。そこで、タカトは暢気に歩いていた。左手に対流する水糸を弄びながら。

 それだけを見れば、タカトが戦闘の真っ只中に居る等、誰も分からないだろう。しかし、事実としてタカトは戦闘中であった。誰も近寄れないだけである。

 タカトの天破水迅。それによって、ストラの魔導師は、全く近寄れ無いのだ。

 この天破水迅は激烈な水圧によって束ねられた水糸を操作し、敵対者を切り裂く技である。射程はおよそタカトの認識限界距離であるとされており、”2年前の段階”でおよそ2Kmとされている。威力はAA+相当であり、強固な防御障壁で無ければ防ぐ事すらも敵わない。

 だが、この技の恐ろしさはそこには無い。その範囲に置いて、細胞剥離等の緻密作業を行える精密操作に、その恐ろしさはあった。水糸の一本一本が、タカトの指のようなモノである。

 その技には、一般市民と敵の区別なぞ造作も無く行え。また、市民を盾にしようなどと言う輩は、真っ先に水糸の餌食となった。

 そんな技を展開された時点で、ストラはまともな攻撃も出来ず、隠れる事すら出来なかった。ただ射程範囲外まで逃げて、応援を呼び、人海戦術を行うしか無かったのである――が。

 肝心の水糸の数に、限りと言うモノが無かった。

 この射程内に於いて、量はともかく、水糸の数は無尽蔵のようなものである。数を頼りにする者達にとって、これ程厄介な技も無い。

 静謐に。ただただ静かに、ストラの魔導師達は壊滅に追いやられつつあった。

 

 ……これで二百程度、か。

 

 戦闘不能に追いやった魔導師を数えて、タカトはフムと頷く。この時点で、この世界に於けるストラ側の魔導師部隊は壊滅したも同然であった。

 ガジェットや、因子兵は出て来ていない――当然である、この世界には”一体足りとも無いのだから”。

 タカトが昼間に四次元ダストシュートに叩き込んだ男の情報によれば、ストラはこの世界にガジェットや因子兵を持ってきていない。艦に駐留している魔導師、そして現地調達した志願兵でその戦力を補っていたのである。

 ……理由は不明だが、どうにも本局前でタカトがガジェットと因子兵を壊滅させたのが間接的な原因らしい。

 つまり、支配した世界に機動戦力を配置出来る程、ストラの戦力には余裕が無いのである。

 ストラの目的は全次元世界の制覇にある。故に、ガジェットや因子兵は抗戦を続ける世界に投入されていたのだ。

 原因であるタカト自身、これは予想外であったが。どちらにせよガジェットや因子兵も水迅とは相性が悪い為、タカトにとってはあまり意味が無いとも言えた。

 

 ……さて、向こうの戦力も削りに削った。そろそろ、なのはと合流するか。

 

 そう思い、水迅を解除しようとした。瞬間。

 タカトの全身に刺さるような殺気が叩き付けられた。タカトは一瞬の判断で水迅を解除、更に縮地、一種の空間転移で後退する。

 

    −撃!−

 

 −撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃−

 

    −撃!−

 

 転移した直後、タカトが居た地点に豪雨の如く銃弾の雨が降り注いだ。

 ――そう、銃弾である。鉛の、魔法文化では禁止とされた質量兵器。

 辺りに漂う硝煙の臭いといい魔法反応が無かった事といい、間違い無くこの攻撃は火薬を使用した銃であった。

 

「Ho、HO、Ho、Ho――――!」

「む……?」

 

 叫びが頭上より聞こえ、タカトが視線を上に向ける。そこには、街灯による光に照らされながら、空より舞い降りる2m程の巨躯の男が居た。

 筋骨隆々の体に、黒の全身タイツ。頭をすっぽりと覆うようなバイザーを頭に付け、両腕の手首から肘までには、何故かドラムのようなモノがついていた。

 タカトはそれを一見しただけで正体を見切った。あれが、先の銃弾を吐き散らしたモノだと。

 

 重機関散弾銃。高連射性の機関銃をベースに、使用弾薬を全て散弾銃のものへと換装した特殊な銃である。ドラムのように見えたのは、全てマガジン――ドラムマガジンと呼ばれる物――で、あった。

 成人の男性でも、まともに扱えきれるようなモノでは無い。反動に耐え切れる筈が無いからだ。それを両手に装着して使っている膂力も凄まじいが、何よりタカトを驚かしている事がある。

 自分にここまで接近してのけた事であった。それは、取りも直さず水迅を潜り抜けたと言う事である。

 

 ……何者?

 

 そう思うタカトを他所に、男は地面に着地。バイザーで覆われた目をタカトに向けた。

 

「手前か? たった一人でウチの連中を壊滅させたとか言う化け物はよ?」

「……さてな? だが、そうだとしたならば、どうする?」

 

 あえて挑発するかのようなタカトの台詞に、男は獣じみた笑いを浮かべる。両手をタカトに差し向けた。

 

「散りやがれ」

 

    −轟!−

 

 両の手から戦車ですらも紙葛のように撃ち抜く散弾が再び雨の如く放たれた。それは迷い無くタカトへと突き進み――。

 

「――お前には無理だ」

 

    −撃!−

 

 ――天破疾風。暴風を詰め込んだ拳の一打が散弾の全てを粉砕。丸ごと彼方へと消し飛ばした。

 だが、男はそれを見ても笑う。くっくっく、と楽しそうに、楽しそうに。

 そんな男に、タカトは右手を差し向けた。

 

「……礼儀として、一応は聞いておこうか。名は?」

 

 問い掛ける。それに、やはり男は笑いを顔に張り付ける。両手をタカトに向け続けながら。

 

「ゲイル・ザ・ファントム。”第二世代型の戦闘機人”。そう言や、分かるか?」

 

 おどけたように、そう答えた。だが、タカトは全くの無表情のまま、一歩を踏み込む。

 

「知らんな。興味も無い」

「ケッ……! 世間知らずが。なら、その身体に単語を直接刻んでやるよ――!」

 

 咆哮と共に男――ゲイルが、一気に飛び出す。両手の重機関散弾銃をタカトに撃ち放とうとして。

 

「何度も言わせるな。貴様には無理だ」

 

    −撃!−

 

 それより速く、タカトが懐に飛び込んでいた。同時にゲイルの鳩尾へと肘を埋め込みながら。

 だが、ゲイルは未だ止まぬ笑いを顔に張り続ける。

 メッテでの戦いも、ここに第二局面を迎えたのだった。

 

 

(中編1に続く)

 

 




はい、いよいよ反逆編も大詰めです。第二世代型戦闘機人なんぞが出ましたが、テスタメントなんで気にしちゃダメです(笑)
しかも男でマッチョ。スカさんが泣くぜ(笑)
そんな第三十九話、お楽しみあれ。ではではー。


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第三十九話「幸せにしてあげる」(中編1)

はい、第三十九話中編1です。反逆編もいよいよクライマックスとなります。タカトとなのはの逃避行、そしてシオン達アースラの逃避行の終わりと共に第四章「逆襲編」へと参りますので、お楽しみー。では、どぞー。


 

    −撃!−

 

 撃ち込んだ肘。しかし、その感覚にタカトは眉を潜める。メッテでの戦いで、タカトは襲い掛かって来た巨漢に肘を叩き込んだ。肘は、巨漢――ゲイルと言ったか、にめり込んでいる”筈”である。だが、いつものような打撃を”徹した”感覚が無い。これは――?

 

「ハァ――!」

「……ちっ」

 

 叫び、共に振るわれた両手に短く舌打ちし、撃ち込んだ肘を支点に押し返すようにしてぐるりと重心を変化。腕を摺り抜けると同時にタカトの足が空を滑る。

 展開した足場を利用した歩法。一切のロスを生じさせぬ、すり足の極致であった。それを持って、ゲイルの後背に回り込む――ゲイルからすれば、それは消失にも等しかった。視界からタカトが完全に消えたのだから。

 

    −破!−

 

「ぎっ!?」

 

 直後、ゲイルが吹き飛ぶ。空中から叩き落とされ地面へと突っ込んだ。タカトはフムと突き出した掌を見る。――誰が知るだろう、その突き出した掌がゲイルを吹き飛ばしたのだと。

 

 ……また、”徹った”感触が無い。

 

 タカトはそう、思う。彼の打撃は基本として内部に衝撃を撃ち込む。俗に裏打ち、浸透勁、そう呼ばれる技法を持って放たれる。

 この技法はバリアジャケット等のフィールド系魔法を無力化する。

 フィールドを逆に利用し、腕の延長のように扱って、衝撃を内部に撃ち込むのだ。

 だが、いつものように打撃を撃ち抜いた感触が無い。打撃の瞬間、まるで分厚い真綿のような感触が返って来たのである。全ての衝撃を分散させられたような、そんな感触が。

 

「へへへ……」

「……」

 

 案の定、あっさりとゲイルは起き上がる。タカトは無言で再び地上に降り立ち、ゲイルを見据えた。

 

「……容赦がねぇな。ISが無けりゃあ、今ので肉塊になってる所だぜ」

「IS……?」

 

 ゲイルの台詞――正確にはその単語に眉を潜める。それは、一体何だと言うのか。

 タカトはそれを知らない。だが、目の前の男がかつて対峙し、一時は共に戦ったN2Rと同じ存在だと分かっていれば、単語は知らずとも納得していただろう。

 魔力を使用しない、先天性固有技能。戦闘機人特有の能力、それが彼等の力の名であった。

 

「IS、ポイントアクション」

「ポイント……? 地点、いや座標か――」

 

    −撃!−

 

 突如、タカトが後ろのめりに吹き飛んだ。

 

 ――!?

 

 いきなり顔面に受けた衝撃に、タカトが目を見開く。何らかの一撃、打撃にも似た”何”かを受けたのである。それは、間違い無い。だが、それは一体何だと言うのか。

 ”男は、何の挙動も両手の重機関散弾銃も使っていないのに――!”

 

「――ちっ」

 

 再びの舌打ちを放ち、タカトは後方宙返り。体勢を立て直す。見る先にはゲイルが居る。

 ニタニタとタカトを嘲笑うが如く、嫌な笑いを顔に貼付けていた。それは余裕という笑み。

 

「りぃいぃぃいぃ……ひゅううぅうぅ……」

 

 呼吸法にのっとり、気息を整える。そして、一気にゲイルへと駆け出そうとして――。

 

「な、に……?」

 

 身体が、動かなかった――否、正確には腕を初めとして、胴、足が何かに捕まえられているような感覚があった。バインドにも似て、しかしそれは絶対に違う。

 何せ、タカトの目にはバインドのようなものは、何も映っていないのだから。

 

 まるで透明な、巨大な手に握られているような――?

 

 そこまで考えて、タカトは”それ”に漸く気付く。それは”歪み”であった。

 

 そうか。ポイント・アクションとは――。

 

「今度こそ、散りくたばれ」

 

    −轟!−

 

 直後、男より放たれた見えない”何か”がタカトに襲い掛かる。ポイント・アクションに捕らえられたタカトは何も出来ずに全身に受け、盛大に吹き飛ばされた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 第78管理外世界、宇宙空間。次元航行艦『シュバイン』のブリッジは、混乱の極みの中に居た。

 建前上はアースラ追撃の為、本音は地球、グノーシス侵略の為に集めた次元航行艦隊だが、突如の強襲により、三隻共、主兵装を破壊、沈黙させられたのだ。

 しかも、建前として追っていたアースラ、そのメンバーの一人によって。これで混乱せぬ筈も無い。

 

「こ、こんな筈じゃ……!」

「提督!」

 

 艦の現状に、顔を真っ青にしたビスマルクに管制官から叫びが飛ぶ。ウィンドウには、更に加速しながら艦隊に突っ込む岩塊が――否、既に岩塊は別の姿へと変わっている。黒髪の青年と、赤髪の少年へと。

 クロノ・ハラオウン、そしてエリオ・モンディアルの両名が艦隊へと真っ直ぐに突っ込んで来ていた。

 

「敵、魔導師二名、接近中! 距離100を切りました!」

「迎撃部隊を出さないと……!」

 

 口々にビスマルクに放たれる報告。そして、指示を仰ぐ声に、しかしビスマルクは首を振るだけだった。

 

 ……何だ、この状況は……。

 

 ビスマルクは、現状が信じられなかった。彼の予定では地球に進攻後、アルカンシェルで即座に地球を蹂躙し尽くし、そして本局に凱旋している未来があった筈なのだ。

 それが今、地球にすら進攻出来ず、しかも建前として追っていた半壊の部隊により、艦隊は兵装を沈黙させられたのだ。悪夢としか言いようがなかった。

 

「提督!」

「……こんな、こんな、私の輝かしい未来が……」

 

 ブツブツと頭を抱えて呟き続けるビスマルクに、管制官も顔を青くする。

 指揮官は錯乱し、現場は混乱の渦。こんな状況では、迫り来る敵機動戦力に対して、こちらの機動戦力――ガジェットやDA装備の因子兵だ――を、出撃させる事も出来ない。

 上が混乱するとは、つまりこう言った事であった。

 頭(指揮官)が指令を出さねば、手足(部下)は動けない。

 このまま行けば、機動戦にもならずにクロノ、エリオだけでも艦内を制圧出来ただろう。

 アースラの予定とは違うが、あるいはその方が良かったかも知れない。だが――。

 

「どうしました?」

 

 凜、とした声がブリッジに響く。その声に管制官だけでは無く錯乱していたビスマルクすらも身体を震わせた。

 それは、少年の声だった。十代前半の、声変わりすらしていない声。だが、その声はあまりにも冷たい。

 

「――ああ、強襲ですか。これは、失態ですね」

「いや、あの……」

「何をボケっとしているんです?」

 

 少年は笑顔だった。笑顔のままに、ビスマルクに疑問を投げ掛ける。敵が迫っているのに、何故機動戦力を配置もしていないのか、と。

 にっこりと冷たい笑顔のままに、そう、問うたのであった。

 

「……困りますね。役立たずは、とても困ります」

「あ、あ……」

「”処理”されたいのですか?」

 

 処理。その単語を聞いた瞬間、ビスマルクを初めとしてブリッジ一同の顔が青から白へと変わる。恐怖によって血の気が更に引いたのだ。

 即座にブンブンと、首を横に振る。少年がその反応に再びくすりと笑い、踵を返す。あっさりと扉から出た。

 

「――止まっていて、いいのですか?」

 

 そんな、台詞を残して。

 残された声に押されるように、ビスマルクが指示を出し、ブリッジが正常に動き出す。

 少年は、それらを背に受けながら廊下を歩く。その顔は変わらぬ笑顔のままであった。

 

「アースラかぁ。こんなに早く遭遇するなんてね。”彼”にも会えるかな?」

 

 そう一人ごちながら歩く。そして右の手に握った鞘に、納められた刀の柄を愛おし気に撫でた。

 

「なんで、彼はこんな素敵なモノを捨てたのかなぁ? これだけの”力”があれば彼に敵なんて居なくなるのにね」

 

 柄を撫でながら少年は歩く。その歩みの向かう先は、格納庫であった。

 通路を歩いて行くと、その途中に鏡のようなモノがあった。恐らくは純正の鏡ではあるまい。その鏡に映る自分を見て、クスリと微笑した。

 

「――僕を見たら、彼はどんな表情(かお)をするんだろうね?」

 

 そう笑う少年は――”銀の髪”の少年は、ただ笑い続けた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《敵、次元航行艦隊まで距離70(700m)です》

《ああ、目と鼻の先まで来れたか》

 

 宇宙空間を駆ける二人、エリオとクロノはアースラ管制官、シャーリーの通信に頷く。向かう先は次元航行艦隊であった。何故か、未だに機動戦力も配置していない。

 これにクロノは訝しんでいたが、しばらくして艦隊からバラバラとまるで蜂の巣から出てくる働き蜂のように、現れたモノがあった。ガジェットと因子兵である。

 

《敵、機動部隊出撃。数――250!》

《本局決戦よりは少ないですけど》

《ああ、油断出来ない数だな》

 

 シャーリーの通信を聞いたエリオの念話にクロノも頷く。

 本局決戦時と比べる事自体間違っているが、戦力差を考えるとあながち間違ってもいない。

 何せ作戦上、あの数を自分達二人――ディエチを入れても三人で相手取らなければならないのだから。

 普通に考えれば、無謀である。だが。

 

《敵、機動部隊。それぞれ50ずつ。三隊に分かれました》

《前衛、後衛、そして艦の直援か。無難な配置だな》

 

 無難ではある、が。それ故に、この配置は正しい。数で勝る以上、向こうが余裕を持った配置をする事は予想内であった。

 

《どうしますか? クロノさん》

《フェイズ2の目的は機動部隊と艦隊の”引きはがし”だ。……その為にも、直援には前に来て貰う必要がある》

 

 言うなり、クロノはその場に急停止。エリオもそれに続く。視線は自分達に向かい来るガジェット、因子兵群に向けられていた。

 

《まず、向こうの数の優勢から来る余裕を崩して、あの陣形を崩さなければね》

《え? どうするんですか?》

《決まってる》

 

 すっと右手に持つ真・デュランダルを掲げる。そのコアが青白い光を放っていた。

 

 ――真・デュランダル。

 グノーシスにより改造され、ロスト・ウェポンと化したクロノのデバイスだ。クロノは本局決戦後、怪我で痛む身体に鞭を打って、このロスト・ウェポンを分析した。

 そして分かったのは、これが出鱈目な代物であると言う事だった。

 構造としては簡単極まり無く、デュランダル本体に、あるモノを組み込んだだけである。しかし、このあるモノが大問題であった。

 取り敢えずクロノは、これを前に三時間は頭を抱えた。

 それは、莫大なエネルギー体であった。

 ――断言出来る。管理局に持って行けば、ロストロギア指定間違い無しのものだと。

 曰く、ロストロギア、デュランダル。

 奇しくもクロノのデバイスと同じ名前の霊具であった。このロストロギア、元は剣だったらしいのだが、物質であるかどうかはかなり疑問であった。と、言うのもシャーリーと調べた結果。この剣、最初から”エネルギー剣”であった可能性が高い。

 つまり純粋かつ莫大極まりないエネルギー塊だったと思われるのだ。

 このデュランダルと言う剣は、フランスの英雄ローランが所持していた聖剣として名高い。伝承によれば、この英雄の最後のエピソードに岩に叩きつけても折れなかったというものがある。純粋なエネルギー剣ならば”折れる”という概念すらなかっただろう。

 おそらくは莫大なエネルギー量により、半物質化していたと思われるのだが――話しを戻そう。

 そんなロストロギアを、デバイスの方のデュランダル本体に直結する形で組み込んであるのだ。故に登録魔法の殆どが、そのエネルギーを汲み出し、利用する形として組まれている。莫大なエネルギーをクロノの魔法に変換する様式とされているのだ。

 これで、クロノは漸く合点がいった。このデュランダルLは元々凍結と何の関係も無い物である。言わば、無色のエネルギーだからだ。

 しかし、そこにデュランダルDの特性。つまりは凍結が加わり、あのような殲滅型凍結魔法が登録魔法の殆どと化したのだった。

 ……製作者が、本当に使用する者の事を考えていないと言うのはよく分かった。シャーリーも苦笑していた程である。

 結果として、クロノは出力に掛かる魔力リソースを抑える形で、魔力消費を三分の一に留めるように、術式を組み直した。当然、攻撃範囲、威力等は下がる。しかし、クロノに言わせれば、それでも過分に過ぎる程であった。

 そう、威力も範囲も大き過ぎるのだ。何せ、これを完全にエネルギーとして開放した場合、試算した結果、大規模次元震確定とされた程なのだから。

 だから、それを攻撃として使うならば、それは――。

 

《――悠久なる凍土。永久なる氷河。遍く魔を封じせし、最終地獄(ジュデッカ)。全ての命は等しく凍り、全ての魂は等しく安らぎを得ん。我、ここに神意を代行せん!》

 

 例えば、永久なる棺(エターナル・コフィン)と言う凍結封印魔法が元々デュランダルにはあった。広範囲に渡り、対象を凍結せしめる魔法であり、その効果、範囲、威力は絶大である。

 それを、”真・デュランダル”の出力で放ったならば? クロノはそれを考えた時、身震いすらした。

 だが、もしそれを完全に制御出来たのならば、かねがね出力に悩まされて来たクロノにとって、最大級の武器となる――!

 永唱完了。同時にクロノは前を見据えた。自分達に突っ込んでくる前衛のガジェット、因子兵群を。

 真・デュランダルから溢れるエネルギーを魔力によって方向性を決めてやる。それだけでいいのだ。元よりこのロスト・ウェポンは、それを目指して創られたモノなのだから!

 

《凍てつけ!》

【永久氷結地獄(コキュートス)】

 

    −凍!−

 

 瞬間、確かに空間が軋んだ。それは、タカトやトウヤのように存在からなる軋轢によって生まれる軋みでは無い。

 ”凍りつかされ、空間そのものが縮んだ”事による軋みだった。

 

《……これ程、とはね……》

《…………》

 

 ぜぃぜぃと息を荒げながら自身が成した結果にクロノは苦笑する。エリオはそれをどこか遠くで聞いた感覚で聞いていた。

 エリオとクロノが見る先、敵前衛が居た空間”そのものが”凍りついていた。

 場所では無い、”空間”がである。

 威力にしてみれば、どのくらいのレベルと化すと言うのか。

 前衛のガジェット、因子兵群は纏めて凍りついていた。

 直後、びきびき、と凍りついた空間に皹(ひび)が入る。世界は、常に在るべき姿に戻ろうとする特性がある。凍結された空間は、その対象となっているのだ。結果は――。

 

    −砕−

 

 砕けた。砕けた、砕けた、砕けた砕けた砕けた砕けた砕けた!

 凍結された空間が容赦なく砕ける。その中に居たモノ達と共に。

 それは完全に砕け散り、消失した。

 まるで、最初から何も無かったが如くに。

 クロノはそれを見て、ヒト相手にこれは絶対に使うまいと心に誓った。容赦無く、殺してしまいかねない。

 こうして、敵前衛は完全に消滅し、ストラ側の次元航行艦隊は後衛のガジェット、因子兵群、そして直援部隊も前に出して来た。今の一撃を見て、クロノを真っ先に潰すべきだと判断したのだろう。

 

 ……上手く、いったな。

 

 荒い息をどにか収める。そして、横で硬直するエリオの肩を叩いてやった。

 

《エリオ、僕達の役目はここからだ。……固まってる暇なんてないぞ》

《は、はい!》

 

 びっくぅ、とエリオが飛び上がり、クロノに慌てて頷く。先の一撃の直後だ。その反応は無理も無い。苦笑し、向かい来る敵機動部隊に視線を移した。

 

《後はシオン達次第だ。僕達の役目は――》

《敵を引き付ける事。陽動です》

 

 はっきりと答えるエリオに、クロノは再び頷く。そして。

 

《エリオ、君が前衛で僕が後衛だ。ディエチは――》

《援護、だね。分かってる》

 

 返ってくる念話にクロノは微笑する。そして、真・デュランダルを握りしめた。

 

《いくぞ》

《はい!》

《了解》

 

 短い返答と共に、エリオが前に。クロノが後ろからそれを追い掛ける。

 

 フェイズ2、継続中。フェイズ3、艦内突入まであと僅か――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −轟!−

 

 全身に見えない何かを叩きつけられ、吹き飛んだタカトが舗装された地面へとめり込む。呻きと共に、ケホと一つ咳をして、タカトが顔をしかめた。

 

「ぐ……っう……」

「HAHAHaHaHa! どうしたよベイビー? 『貴様には無理だ』じゃあなかったかぁ!?」

 

 そんなタカトを見て、ゲイルがカカと豪笑する。笑う目には明らかな嘲りが含まれていた。タカトはそれに、悔し気に舌打ちする。

 

「ポイント・アクション。……そういった能力とはな」

「おお? もう気付いたのかよ。まぁ、気付いたとしてもこの能力の前には無意味だがなぁ!」

 

 タカトの台詞に、更に笑う。それを見て、タカトは顔を歪めた。

 

 ――ISポイント・アクション。空間操作能力、それがこの能力の全容であった。そもそも、おかしくはあったのだ。タカトの認識範囲は2Kmまで広げてあった。言わばこの範囲だけ、全てタカトの触覚が広げられているようなモノである。例え、光速でこの中に侵入しようと、入った瞬間にタカトは気付く。それが、全く気付かずに侵入されたのだ。

 恐らくゲイルは空間操作能力で、空間転移か接続かで直接その場に現れたのだろう。

 先の真綿のような感触もそうである。あれは空間を任意に遮断し、防御障壁へと変えたのだ。いかなAA+相当の打撃であろうと、空間を遮断されてしまえば衝撃が徹る筈が無い。

 例の見えない砲撃や束縛も、空間操作能力より派生した攻撃である。見えない砲撃は、空間を圧縮する事により生じた余剰エネルギーを衝撃へと変換し、空間衝撃砲を形成したのだろう。見えない束縛も、空間を固定化する事により強制的にタカトの動きを止めたのだ。

 ポイント・アクション。厄介に、厄介な能力であった。

 

「……空間操作能力か。先程言った第二世代とやらは、こう言った意味か?」

「いーや、違うね。これはあくまで俺の能力だ。第二世代って意味は別にある……戦闘機人って知ってるか?」

「いや、先も言った通りだ。露程も知らん」

 

 あっさりとタカトは否定する。本当に知らないのだろう。ゲイルがフンと鼻を鳴らす。

 

「ケッ……田舎モンがよ」

「そう言うな。貴様の空間操作能力の前では俺は手も足も出ん。冥土の土産程度には教えて欲しいものだ」

 

 タカトの降参宣言とも取れる言葉に、ゲイルがふふんと調子ずく。余程自慢したいのだろう。得意気に語り出した。

 

「そもそも戦闘機人ってのは先天的に遺伝子やらに手を加えて機械をインプラントしたサイボーグ兵のこった」

「先天的に? ――そうか。拒否反応か」

 

 ゲイルの台詞に、タカトはフムと頷く。同時、思い当たる者達が居た。アースラに居るN2Rの面々である。彼女達の骨格フレームを、タカトは水迅で切り断った事があった。

 確かに、彼女達は魔力を使用せずに魔法じみた戦闘を行っていたが。

 

「……なる程な」

 

 合点がいき、タカトはフムフムと頷く。しかし、第一世代と第二世代の違いがよく分からない。ISとやらと言い、性別の違い以外では大した違いは見受けられないのだが。

 

「……で? 第二世代の意味は?」

「あン? てかお前、さっきからなんか、根掘り葉掘り――」

「くっ……! ここまで俺を追い詰めた第二世代戦闘機人の事を死ぬ前に一度聞きたいモノだが……!」

「し、仕方ねぇなぁ……」

 

 タカトの台詞にゲイルはまんざらでも無い笑いを浮かべる。……普通ならばここでタカトの様子がおかしいと気付くのであるが。悲しいかな、ゲイルは超が付く程のお調子者であった。

 

「戦闘機人ってのはさっきも言った通り、先天的に遺伝子を弄られて作られる――だが、これだとどうしても一体一体作るのに時間が掛かる。大量量産にそもそも向いてねぇんだ。……だが」

「……だが?」

 

 ゲイルの台詞に、タカトが首を傾げながら言葉を重ねる。ゲイルは、ニタッと笑い続けた。

 

「ストラの指導者、ベナレス・龍は”後天的”に遺伝子配列を弄り、戦闘機人を生み出すシステムを確立させたんだよ。これなら生まれてすぐなんかじゃなく、処置をうけりゃあ誰でも戦闘機人になれる。つまり大量生産可能って訳だ」

「後天的に? ――いや、そうか」

 

 いかにして、後天的に遺伝子を操作する術があるか、タカトはそれに即座に思いついた。

 それは、グノーシスで封印指定に処された二つの技術内の一つであった。

 分子レベルでの遺伝子操作を可能とする技術。極端に倫理感を問われる技術の為に、封印された技術であった。その名を――。

 

「ナノ・テクノロジー……」

「お? 何でお前がそれ知ってんだ?」

 

 ゲイルが不思議そうにタカトに尋ねるが、それに、彼は肩を竦めた。

 めり込まされた地面から身体を引き抜き、立ち上がる。

 

「成る程な。いや、期せずして面白い話しを聞けた。感謝しよう、ゲイル・ザ・ファントム」

「お、おう」

「礼として、だが――」

 

 そこでタカトはにっこりと笑った。ゲイルは何故かその笑いに、不気味な予感を覚える。

 まるで、巨大な台風に一人立たされているような、そんな予感を。

 

「お前の能力の弱点、及び破り方について教示してやろう。ついでに精一杯”手加減”してやる」

「は……?」

 

 一瞬、何を言われているか分からずにゲイルの目が点になる。しかし、その言葉の意味を理解しだすと、血管が破れんばかりに顔を怒りに染めた。

 

「てめぇ……!」

「行くぞ? 構えろ」

 

 優しく言うなり、タカトは再びゲイルの懐に、刹那で飛び込んだ。持ち上げ、振り上げるのは右の拳。

 

 ――馬鹿が!

 

 内心タカトを悪し様に罵倒し、ポイント・アクションを発動。自分と周囲の空間を遮断する。これで、自分はもはや鉄壁となった。どんな攻撃も通じない――。

 

「天破疾風」

 

    −撃!−

 

 直後、遮断された空間がパリンと言う”可愛い音をたてて割れた”。暴風を詰め込んだ拳はそのまま、ゲイルの鳩尾に突き刺さる!

 

「が、ぎ、ぐ、げ……」

「ご?」

 

 鳩尾にまともに刺さった拳にゲイルが奇妙な悲鳴を上げる。タカトはそれを楽しそうに続けた。

 

「――空間に対するエネルギー理論、と言うモノがあるのを知ってるか?」

「が、があ!」

 

    −轟!−

 

 空間衝撃砲を即座に発動。何やら言ってくるタカトに対して撃ち放つ。だが、タカトはひょいとそれをあっさり躱した。

 

「難しい理論になるが――そうだな、簡単に言うと、空間や次元と言った概念は、その許容量を越えたエネルギーを注ぎ込むと簡単に砕けると言う理屈だ。空間のスペースやら、次元の高低差によって必要とされるエネルギー量が決まるから一概にどれ程のエネルギーがいるかは決められんのだが――」

 

    −撃−

 

    −撃−

 

    −撃−

 

    −撃!−

 

 放つ、放つ、放ち続ける! ゲイルは空間衝撃砲を撃ち続ける。

 しかし、タカトは軽いステップを踏むだけ。それだけで全ての衝撃砲を躱してのけた。

 狂ったように放たれる衝撃砲をタカトはひょいひょいと躱し続ける。

 

「――とまぁ、簡単に纏めるとそんな理屈だな。ぶっちゃけると極大エネルギーを瞬時に開放すると、任意の空間を打ち破れる訳だ。さて、理解出来――」

「があぁああああぁぁぁぁぁ――――!」

「――る状況じゃ無いか」

 

 苦笑する。どうにも自分は、理論とかそう言ったのを説明し出すと止まらなくなるらしい。シオン辺りが何度も呆れていた事を思い出す。更に放たれた衝撃砲をあっさりと躱し。

 

「があっ!」

 

 咆哮一声。ゲイルが右の掌を突き出す。同時に、タカトの動きがピタリと止まった。

 

「……空間束縛か」

「へぇっへへへへ……。捕まえたぜ。うろちょろ逃げ回りやがって。これでもう――」

「む、ん!」

 

    −轟!−

 

 魔力放出。魔法を介さず魔力を噴射するスキルである。タカトはそれを無造作に放ち、直後。

 

    −破−

 

 空間束縛が、あっさりと弾け飛んだ。固定化した空間が許容量を越えるエネルギーつまり、魔力を注ぎ込まれる事により、あっさりと砕け散ったのだった。

 平然とそれを行ったタカトを見て、ゲイルは呆然とする。

 

 ……俺が戦っているのは本当に人間――いや、生物なのか?

 

 そんな、そんな思考に捕われたからだ。空間遮断をあっさりとブチ抜き、空間束縛を弾き飛ばす。そんな真似をやらかしたタカトに、心底恐怖を覚えた。

 

「さて、と」

「ひっ!」

 

 やたらと緊張感の無い声を出しながらタカトはゲイルを見据える。ゆっくりと歩き出した。

 

「あ、あ、あ……」

「ジっとしてろよ? 何、すぐ済む。手加減はきっちりするしな……針億本は俺も怖いし」

 

 意味不明な事を呟きながら歩いて来る。そんなタカトが、ゲイルは怖くて怖くて、仕方が無かった。

 本当に、自分と同じ人間なのか分からなくて。

 本当に、自分と同じ生物なのか分からなくて――だから。

 

「あぁあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!」

 

 近寄るタカトに、錯乱したゲイルは再び衝撃砲を撃ち込む。ただ怖くて、ただただ怖くて!

 幾度と無く撃ち込まれた衝撃砲。その中でも一際巨大で、威力のある一撃である。人間がまともに受ければ、挽き肉確定の一撃。そんな一撃を前に、タカトは、ひゅっと息を吸い込んだ。

 

「喝ァッ!」

 

 轟咆一閃! タカトは迫り来る衝撃砲に咆哮した――それだけ。それだけで、衝撃砲は跡形も無く吹き飛んだ。

 

「あ……」

 

 自分の渾身の一撃。その結末に、ゲイルはただただ呆然となるしか無かった。そうでなければ、笑い出していたか。

 どうやれば兵器である衝撃砲を、咆哮だけで消し去れると言うのか。

 

「さて……手品はこれで終わりか?」

 

 何も無かったかのようにタカトは笑う。自分のISを手品扱い。しかし、ゲイルはそれを怒る気にもなれなかった。

 ……手品扱いにもしよう。この男と自分はあまりにも次元が違い過ぎた。ただ、それだけの事。

 呆然とするゲイルに、タカトはフムと頷く。そして、右手を伸ばした。

 

「終わりのようだな。では、暫く寝てろ」

 

 直後、頭に衝撃が走った感覚を残して、ゲイルの意識は闇に飲まれた。

 

 

(中編2に続く)

 

 




はい、相変わらずタカトは出鱈目なのであった――まぁ、そんな話しです(笑)
一応解説しますと、第二世代型戦闘機人は、ナノマシンによる遺伝子改造を施し、スバル達のように機械を受け入れる身体にして、戦闘機人化する言わば量産型戦闘機人となります。スカさんは量産なんぞを考えてなかったと思いますが、使えるもんは使われるのが世の定め。諦めて貰いましょう(笑)
これには二つのタイプがありまして、一つはゲイルのように専用ISを持つ者。もう一つは、旧世代型戦闘機人(つまりナンバーズ)のISを任意に第二世代型戦闘機人に埋め込むといったものです。ここらは後々をお楽しみにー。
そして、もう一つの解説はタカトがゲイルのISを打ち破った謎理論、通称「そんなの嫌だー!」(某○ウさん)理論です(笑)
正式な名称は「空間、次元、時間軸に対するエネルギーポテンシャル理論」と言う長ったらしい名前なんですが、ようはそれぞれの座標軸上において、許容量以上のエネルギーを瞬間的にぶち込めば座標軸上に特異点を作りだし、それぞれの座標をぶち抜いてしまう、と言う理論です。
しょっちゅうタカトが空間を軋ませてしまうのはこれが原因となります。
さて、長い解説はここまでで、次回中編2をお楽しみにー。ではでは。


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第三十九話「幸せにしてあげる」(中編2)

はい、第三十九話中編2です。今回は後編2まであるので(笑)
うん、もうデフォですよデフォ(笑)
タカトとなのはの逃避行、そしてアースラの強襲戦もいよいよ盛り上がって参ります。では、第三十九話中編2、どぞー。


 

 次元航行艦『シュバイン』ブリッジ。そこでは、提督であるビスマルクが酷く震えていた。

 何故か? 答えはモニターに映る青年にある。つまり、クロノ・ハラオウンに。

 

 何だ……なんなんだ、さっきの魔法は!?

 

 これが、ブリッジ一同の偽らざる心境であった。

 総数約百体。それが、先の凍結魔法によって消えた、ガジェット、因子兵の被害総数だ。あまりにも馬鹿げた一撃である。

 何せ、空間ごと凍結、そのまま、消滅させられたのだから。

 あれが、もし艦隊に放たれたなら――。

 そう思うだけで、ビスマルクは震えたのだ。実際、クロノは人に向けてこの魔法を使用はしないだろうが。そんなもの、ビスマルクには関係が無かった。

 

「て、提督……」

「奴を潰せ……!」

 

 低い声が響く。管制官が振り向くと、ビスマルクは恐怖に固まった顔で大声を張り上げた。

 

「奴を、クロノ・ハラオウンを潰せ! 展開した機動戦力を全て奴に向けろ!」

「い、いえ。それでは艦の直援が――」

「貴様! 私に意見するか!? 先程の一撃を貴様達も見ただろう! あんな……あんなものを艦に直接撃ち込まれたらどうする気だ!?」

 

 もはや、悲鳴のようにビスマルクは叫ぶ。出来れば逃げ出したいが、この艦に”アレ”が居る限り、それは叶わぬ願いであろう。そんな真似をすれば処理されるだけだ。

 引く事は叶わない。ならば前進するしか無い。

 脅迫観念にも似たモノに突き動かされ、ビスマルクは吠えた。

 

「いいからやれ! これは命令だ!」

「……はい」

 

 鈍い諦観に包まれながら、管制官はガジェット、因子兵に指示を出す。二つのヒトガタ兵は、迷う事無く艦の周囲を離れクロノ達へと向かった。

 先程よりさらに多い150体程のヒトガタ達は一気にクロノ達に襲い掛かる。

 クロノ、エリオのコンビは迎撃を開始。先に艦の兵装を撃ち抜いたディエチの援護と共に、ヒトガタ達を墜としていく。しかし数が数なのか、彼等は後退し始めた。

 

「は、ははははは! さっきの魔法はどうやら、もう使えんらしいな!」

 

 クロノ達の様子に、ビスマルクは笑いを上げた。さっきの怯えも何処へやら、モニターを見ながらニタリと口元を歪める。

 

「ここまで私を虚仮(こけ)にしたのだ……! 相応の礼を払ってもらうぞ、小娘達が! アースラの特定を急げ!」

「了解です」

 

 管制官もすぐに返事――若干の軽蔑も入っていたが。に、ビスマルクは笑う。

 

 どうしてくれようか……! あの小娘どもが!

 

 そう思い、アースラ艦長であるはやて達をどのような目に合わせようか考えてビスマルクがだらし無く笑う。……それは、女性陣が見たならば嫌悪と軽蔑の気持ちを抱いたであろう笑みであった。幸い、ブリッジには女性は誰も居なかったが。

 

「……? これは……?」

 

 突如、再び管制官より疑念の声が響いた。ビスマルクはまたかと眉を潜める。

 

「何だ! 今度は何が――」

「岩塊、です。距離ほぼ0……艦の真後ろに。”さっきと同じような岩塊が”!」

 

 ビスマルクは管制から引き攣った声で告げられる報告に、声を失った。さっきと同じ? それはつまり、つまり――。

 

「え、映像、来ます……」

 

 モニターが切り替わる。そこにあるのは当然、岩塊なぞでは無い。

 三つの人影がそこには在った。

 一人は赤の髪の少女、紺色を基調としたバリアジャケットに身を包み、右手にはガンナックル、両足にはジェットエッジの各固有武装を持つN2R3、ノーヴェ・ナカジマ。

 一人は薄い紫がかかった髪の少女、白を基調としたバリアジャケットに身を包み、右手にリボルバーナックル、両足にマッハキャリバーを装備するスターズ3、スバル・ナカジマ。

 そして、もう一人は銀の髪の少年、既にカリバーフォームとなったそのバリアジャケットは金色。背には六枚の剣翼が展開し、手に持つU・Aデバイスは、精霊剣イクス・カリバーン。セイヴァー、嘱託魔導師、神庭シオン。

 その三人が艦の後ろ、フィールドを挟んだほぼ0距離に居た。中央の少年、シオンが笑い、口を開く。その口は、確かにこう言った。

 

 遅まきながら、騎兵隊の到着だぜ? ――と。

 

 艦の直援すらも前線に出したシュバインを初めとした次元航行艦隊は丸裸。シオン達を止めるモノはフィールドしか無い。

 これが、アースラが立てた強襲作戦の最終段階であった。

 陽動作戦を含めた強襲戦。後はフィールドを破り、次元航行艦隊内部へ突入。”無血”にて、次元航行艦隊を占拠する。

 アースラの真なる目的はそこにあったのである。

 ディエチの砲も、クロノの殲滅魔法も、後の後退ですらもが、全てその伏線だった。

 

 強襲作戦は最終段階、フェイズ3。艦内へ、突入する――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《よし、上手く行ったな》

 

 目の前の次元航行艦を見ながらシオンは笑う。上手く接近出来たと。それに、両隣の二人も頷いた。

 

《結構あっさりと行ったよね》

《つか。あいつ等、バカか? 直援、全部連れて行くかよ。普通》

 

 スバルが朗らかに笑い、ノーヴェがあからさまに馬鹿にしたような瞳を目の前の次元航行艦に向けた。その台詞に、シオンも苦笑する。

 

《クロノ提督の魔法が、な》

《うん……そうだね》

《ま、まぁな……》

 

 一同、先のコキュートスを思い出して顔を引き攣らせる。あの時、ちょうどシオン達は魔力反応で、ストラ側に悟られぬように、後側から慣性飛行で次元航行艦隊に向かっていた。つまり、迫り来るコキュートスを真っ正面から見た訳だ。

 想像して欲しい。空間を凍結させるような氷結魔法が、真っ正面から迫って来ていたのだ。三人共、全力で逃げ出したかったのは言うまでも無い。

 ……作戦上、そう言う訳にもいかなかったのだが。

 

《……あれは怖ぇよ》

《……だね》

《……ああ》

 

 三人揃って、うんうんと頷き合う。今回の件で、当分氷は見たく無いと思う三人であった。

 

《……っ! ……ちょ、……っ! ちょっとアンタ等三人……! 何、敵艦前で暢気に頷き合ってんのよ……!》

 

 そんな風に頷き合っていると、三人の中央にウィンドウが展開。息も絶え絶えなティアナの顔が現れる。

 シルエットを漸く全部解いたとは言え、魔力消費が激しかったのだろう。息を荒げながら三人を睨んでいた。

 

《ティアナか。シルエットの維持、お疲れさん。……で、突入はいつでも?》

《ティア。お疲れ様〜〜やっぱ、ティアは凄いよ》

《ま、あたし達に勝ったんだ。これくらいやって貰わねぇとな》

 

 ウィンドウに映るティアナに、シオンは労いの声を上げながら問い、スバルやノーヴェも続く。それにティアナは嘆息。三人に今更緊張感を持てと言うのも馬鹿らしい。「ありがと」と、だけ返し、ウィンドウにデータを表示させた。

 

《敵、機動部隊の航行艦隊からの引き離しには成功したわ。後はアンタ達次第。……作戦を確認するわよ? 三人は、敵フィールドを破ってそれぞれ艦内に突入。一気にブリッジまで突っ込んで占拠して》

 

 ティアナから告げられる作戦にそれぞれ頷く。酷く単純な作戦だが、それ故にこの三人にはピッタリな作戦とも言えた。三人の反応に、ウィンドウの向こうでティアナも頷く。

 

《それじゃあ、私とキャロはクロノ提督とエリオの援護に行くわ》

《おう。……結構魔力使ってんだ。無理だけは、すんなよ?》

 

 息は整い始めているが、それは=魔力が回復した事にはならない。シオンの台詞に、ティアナはキョトンとなり、少しの間を持って微笑した。

 

《な〜〜に? 心配してくれてんの?》

《て、お前ね。人が折角――》

《大丈夫よ。……ありがと》

 

 シオンに最後まで言わさず、ティアナはそれだけ告げると念話を切った。有無を言わさぬ早業である。言葉の出し所を見失い、ついでに不意を突いた礼にシオンは少し呻く。そんなシオンの肩を、スバルが叩いた。

 

《ほら、シオン。早く突入しよう》

《お、おう。てか、そんなに急がんでもよ》

《……いや、案外急いだ方が良くねーか?》

 

 ノーヴェの台詞にシオンは、は? と疑問符を浮かべる。すると、ノーヴェはウィンドウを新しく展開。シオンに見せた。

 

《どうやら気付かれたみたいだな。向こうのガジェットもどきやらが戻って来てる》

《うげ……》

 

 確かに、数体の動体反応が伸びた前線より戻って来ていた。それを見たシオンが呻き声を上げる。

 

《ほらね? 急いだ方がいいよ。シオン》

《確かに》

 

 スバルに苦笑を返しながらシオンは頷く。そして三隻の次元航行艦に向き直った。

 

《さて、んじゃあ邪魔なフィールド。ブチ貫きますか》

《おう……で、どうすんだよ? 航行艦レベルのフィールドだけど》

 

 カリバーンを前方へと差し向けたシオンにノーヴェが疑問符を浮かべる。

 次元航行艦のフィールドは、およそSS相当レベルとされている。面積の都合上、もっと高いかもしれない。スバルや、ノーヴェも航行艦レベルのフィールドを砕くには当然、時間がかかる。故に、どうするかをシオンに聞いたのだ。だが、シオンはその台詞にニヤリと笑った。

 

《何の為に、初っ端からカリバーフォームになってると思ってんだ?》

《は……?》

 

 シオンの台詞に、思わず問い返す。それに変わらず笑いを浮かべたまま、シオンは左手の親指を口元に持って来て、皮膚を噛んだ。血が、しとどに溢れる。

 

《さーて。リンカー・コアも完全復活したんだ……盛大に行くとしようか! イクス!》

【派手好きめ。了解。イクスカリバー、兵装(フル・バレル)、全開放(フル・オープン)、凌駕駆動(オーバー・ドライブ)開始(スタート)する】

 

 イクスの呆れたような声に乗り、シオンが虚空に血で文字を刻んだ。最初に火、次に水、風と続き、最後に雷の文字で結ぶ。

 それが示すのは、文字召喚による。契約精霊の全召喚であった。全ての血文字を描き終わり、シオンは叫ぶ!

 

《来いよ……! イフリート! ウンディーネ! ジン! ヴォルト!》

 

 虚空に響く念の叫び。それに応えるようにして、炎が立ち上り、水が対流するかのようにして顕れ、風が吹きすさび、雷が疾る。刹那に、それらは形を持って世界に顕現した。

 シオンの契約精霊達、その全てが。顕れた精霊にシオンは感謝の念を込めて微笑む。

 各精霊達は、それに頷くかのように動いた。シオンはそれを見遣りながら、カリバーンを振り上げる。

 

《久しぶりに行くぜ……! 双重精霊装填×2!》

【適当に言うな! デュアル・スピリット・ローディング!】

 

 イクスがツッコミを放ちながらもシオンの令に従う。まず、イフリートとウンディーネが装填され。その後に、ジンとヴォルトが装填された。カリバーンが、四柱の精霊を装填され、金色に光り輝く。

 

《ふぁ〜〜。シオンのそれ、久しぶりに見たよ……綺麗だよね》

《あたしは始めてだな。で? そっからどうすんだ?》

 

 スバルとノーヴェが輝くカリバーンに魅入られながらもシオンへと問う。シオンは、笑いながら答えた。

 

《言ったろ? 盛大に行くってよ。イクス、全合神剣技。行くぜ?》

【……一撃で三艦共フィールドを貫け。それが条件だ】

 

 イクスが呆れたような声で告げる。シオンは再度苦笑。『了解』と頷いた。

 

《んじゃ、一丁行ってみようか! 四神合神剣技――》

 

 カリバーンを背にやる形で振り上げる。そのまま、シオンは一歩を虚空に対し踏み込んだ。一気に振り放つ!

 

《黄・龍・煌麟……!》

【オーバー・バースト】

 

    −煌−

 

 ――音は無かった。ただただ、輝きだけが虚空を照らす。朱雀、白虎、玄武、青龍。四神全ての奥義が合わさり、そして”ソレ”は生まれた。

 スバルが、ノーヴェが最初に見たのは巨大な鱗であった。は? と疑問符を浮かべる二人に構わず、ソレはゆっくりと動き始める。暫くして、漸く二人は気付く。自分達が、恐ろしく巨大な何かに囲まれている事に。

 

《これ……! え、えぇ〜〜!?》

《……マジか……》

 

 スバルが驚きの念を上げ、ノーヴェが呆れたように笑う。二人を囲んでいるのは、とぐろを巻いた巨大な身体であった。見れば頭上、その先端に頭がある。

 ――黄金の巨龍。その化身(アヴァター)こそが、黄龍煌麟と呼ばれる存在、そのものであったのだ。

 威力ランクにしてSSS。これこそが、現在のシオンが放てる最大威力の技の名であった。

 

《よし。発動成功、と。訓練でも出した事無かったから、出来るかどうかちと不安だったけど……問題無しだな》

【……いい加減、ぶっつけ本場は勘弁して欲しいがな】

 

 黄龍がとぐろを巻く真ん中、そこにシオンは居た。相も変わらないシオンの行動に、イクスが嘆息する。

 

《まぁ、そう言うなって。これを訓練室で使う訳にもいかねぇだろ?》

【それは、そうだが】

 

 シオンの反論に、イクスはしぶしぶと言った念話を返す。心配性めとシオンは笑った。そして前方、航行艦隊に視線を戻す。

 見れば、三隻の艦はそれぞれ逃げるように移動を始めていたが、シオン達がここに到達した時点で全てが遅い。シオンは左手を頭上に掲げ、一気に振り下ろす。同時、黄龍がその巨大な身体をくねらせた。

 

《もう遅いんだよ……! 行け!》

【ゴー・アヘッド!】

 

    −轟−

 

 シオンの叫びに応えるかのように、黄龍が飛び出す。迷い無く、航行艦隊へと轟速で向かい、フィールドに対して巨大な顎を開く!

 まるで、航行艦を喰らわんとするかのようだ。黄龍の牙がフィールドを上下から挟み、刹那の抵抗も許さずかみ砕いた。

 だが、航行艦をそのまま喰らうような真似はせず、左の艦へと首を巡らせる。身体をくねらせ、そちらのフィールドにも牙を突き立て、あっさりと破壊した。当然、後一艦を残す筈も無く、先と同じようにフィールドに噛み付き、あっさりと破壊する。まるで、風船を割るかのように航行艦レベルのフィールドを砕いた黄龍に、スバル、ノーヴェは共に呆然となった。

 シオンは二人に構わず、振り下ろしたカリバーンを持ち上げた。

 

《……この辺でいいだろ、イクス》

【ああ、術式を凍結。破棄する】

 

 シオンの念話に、イクスが応える。すると、黄龍の姿がスゥっと薄くなり、やがて消えた。それを確認して、シオンがノーマルフォームへと戻る。

 

《よし。んじゃ、二人共。行くぞ!》

《え? あ、うん!》

《お、おう!》

 

 黄龍の出鱈目さに呆然となっていた二人が、シオンの念話に我に帰る。フィールドは破ったのだ。後は、突っ込むだけである。

 スバルはウィングロードを発動。ノーヴェもエアライナーを形成する。蒼と赤の道は、左右の艦に突き進み、到達した。

 

《うん、準備完了だよ》

《こっちも完了だ》

《おう》

 

 二人の返事にシオンは頷くと、振り返り、二人に向き直った。

 

《……機動戦力をヒトガタに頼ってるような連中だから問題ねぇとは思うけど。多分魔導師は残ってる。気をつけろよ》

《うん! 大丈夫だよ》

《インドアなら、そうそう心配ねえよ》

 

 シオンの念話にスバルは素直に頷き、ノーヴェは不敵な笑いを浮かべる。二人の返事に、シオンも頷いた。そのまま、三人は航行艦隊へと目を向ける。

 

《よっし。んじゃあ強襲作戦のトリ! しっかり終わらせようぜ!》

《うん!》

《おう!》

 

    −轟−

 

 吠え、一気に飛び出す。シオンは真ん中、スバルは右、ノーヴェは左の艦に向かう。大した距離でも無く、即座に到達した。

 

《神覇・壱ノ太刀――》

《《リボルバー――》》

 

 暢気に入口を探すなんて真似を三人はしない。眼前に迫る艦の装甲に、それぞれの相棒を振りかぶる!

 

《絶影!》

《キャノン!》

《スパイク!》

 

    −撃!−

 

 咆哮と共に放たれた一撃達が、艦の装甲をブチ抜き、勢いのままに三人は艦内に突入した。

 

 シオンは、通路のような場所にいきなり出ると同時、その場に居た武装隊のバリアジャケットを着た三人を視界に納める。

 壁をブチ抜いて現れたシオンに目を丸くする武装隊であるが、シオンは構わない。床に着地しながら、イクスを振りかぶる!

 

「神覇参ノ太刀! 双牙!」

 

    −轟−

 

 気合いの一声と共に、イクスを放つとそこを中心として、床に魔力が走る。その技は、地面を走る斬撃であった。未だに唖然となったままの魔導師に、床を削りながら襲い掛かる!

 

    −撃−

 

 双牙は三人の身体に叩き付けられ、非殺傷設定故か、衝撃のみを貫かせた。だが、衝撃だけとは言え、その一撃は意識を刈り取るのに充分な威力がある。三人はまるで、枯れ葉のように吹き飛び、もんどり打って倒れた。

 

「……なんて言うか、ご愁傷様」

【ぶっ飛ばした本人が言う台詞では無いな、それは】

 

 苦笑混じりのイクスの台詞に、シオンは五月蝿いよと応える。そして、通路を真っ直ぐに見据えた。

 

「んじゃあ、ブリッジに突入と行こうか」

【道に迷うなよ? お前はどうにも方向音痴のきらいがあるしな】

「やかましいわい」

 

 心当たりが有りすぎるイクスの台詞に、ツッコミを入れつつシオンは走り出した。

 この艦に、どんな存在が居るのかも知らずに――。

 

 強襲作戦はこれより最終フェイズ、ブリッジの占拠へと移行する。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 所変わり、首都メッテ。

 街路の真ん中で昏倒した敵――ゲイルをタカトは見下ろす。頭に魔力を直接撃ち込み、脳震盪を起こした訳だが。戦闘機人は身体に機械をインプラントして改造されているらしい。それ故に、脳震盪で意識を刈り取れたか分からなかったのだ。……意識があれば、水迅で骨格フレームを断ち切るだけだが。

 

「……ふむ、大丈夫そうだな」

 

 暫くゲイルを観察していたが、問題無く意識を失っている。どうやら戦闘機人とは言えど、脳震盪はきっちり起きるらしい。ふむふむと頷き、タカトはゲイルに背を向け、歩き出した。

 

「さて、こんな所か。なのはと合流して――」

 

 余裕の表情で歩き、縮地を使おうとした、瞬間。

 

   −ズグン−

 

 そんな、そんな音をタカトは確かに聞いた。

 

「な、に……?」

 

 呆然と目を見開く。まるで信じられ無いモノを聞いたように。

 

   −ズグン−

 

 再び鳴る、心音にも似た音。それは他でも無い、”タカトの内側”から響いていた。

 そして、ちぎれるような痛みがタカトの内側を迸る!

 

「っ――! があぁあああああああっ!」

 

 自分が悲鳴を上げていると気付いたのは、片膝をついて跪いた後だった。

 視界がところどころ暗くなる――あまりの苦痛に、一部の神経がシャットダウンしたのだ。

 胸を必死にかき抱く。しかし、それに意味は無い。苦痛の根源は”肉体では無い”のだから。

 

「ぐ……う、……ぐ」

 

 ガチガチと、奥歯が鳴る。身体全体が、異常な程に震えていた。

 街路にうずくまり、震え続けるタカトはしかし……笑っていた。

 痛みに震えながら、真っ青となった顔に、笑みが張り付く。それは、嘲りの笑み。

 ”自分自身”を、タカトは嘲笑していた。

 

 ……分かっていた事だ。

 

 タカトは朦朧とする意識で呟く。……そう、分かっていた事なのだ。

 ”EX化”を行使し続ければこうなる事は。

 この痛みは、十年前に受けたモノと全く同質の痛みであったから。

 

「……”傷”、か」

 

 震える唇で、苦笑する。それは、EXと言う存在であるならば決して逃れられないモノであった。

 だが、その単語が示すのは身体の傷では無い。精神(こころ)の傷ですら無かった。

 その単語が示すものは、より根源の傷。

 他でも無い。タカトがタカトたらしめるものが傷を負っていたのだ。それは――。

 

「……ふ。ははは」

 

 笑う、笑う、笑う。震えながらタカトは笑い、立ち上がった。

 ――そう、分かっていた事なのだ。それはつまり、覚悟が出来ていたと言う事に他ならない。全ては、今更の事なのだから。

 やがて、ふらつく身体で歩き始める。

 

「……」

 

 タカトは未だ己を激しく蝕む苦痛を、自身に全て押し込める。

 これも、慣れた行為であった。自分と身体とを、切り離せばいい。

 遠くから自分を見るような感覚をタカトは強く幻視する。その、遠くから見ている自分がホントウの自分で、この身体を動かしているのはニセモノの自分。痛みは変わらなくても、少しはマシな気分にはなれる。

 どうせ、自分にとって身体なんて――『魂』さえも――道具に過ぎない。

 

「……なのはと、合流、せんとな」

 

 歩く足に、全力を込める。そうしなければ、また崩れてしまいそうだった。

 まだ、身体は動いてくれる。なら、問題無い。

 笑いながら歩く。酷く、弱々しい足取りで。やがて、タカトは縮地を発動。その姿は戦場となった街路から消えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ここは――?

 

 暗い、暗い闇に堕ちて行く。彼女は――高町なのはは再びそんな感覚を得ていた。それは朝見た夢と同じであった、と――そこで、なのはは気付いた。そう、あの夢である。何で忘れていたのか。

 

「やっぱり夢だから、覚えて無かったのかな? ……あれ?」

 

 ついつい呟いた言葉が”声”として現れた事に、なのはは驚く。

 まさか、喋れるとは思わなかったのだ。夢で話せて、それを不思議に思うなんて。

 我が事ながら、とても間の抜けた事を思ってるなと苦笑する。そして、頭上――堕ちている方向に目を向けた。

 

「前は、いきなり声が聞こえたんだっけ」

 

 朝方見た夢では声が突如として響いたのだ。頭に、直接響くような声であり、酷く頭痛を伴って聞こえていた訳だが。

 

「あれ? あの声、なんて言ったんだっけ?」

 

 思わず疑問符を浮かべる。つい、忘れてしまったのだ。何か、大事な事だったような気がするのに――。

 

「EXシステムに関する事だよ」

「あ、そうそう。確か、そんな――」

 

 響く声に、同意しようとして。だが、自分と違う声がしたと言う事に、なのはは凍り付く。

 

 この、声は?

 

「大丈夫。検閲で見れなくなってたけど、あれは貴女の知識にもうなってるから。……暫くしたらちゃんと、分かるよ」

 

 響く――響く声。それは、背後から聞こえていた。と、そこで既に、自分は堕ちていない事に気付いた。闇に浮かぶようにして、なのはは止まっている。

 

「ここは、私と貴女のラインで繋がった意識野。厳密には違うけど、ココロの世界みたいなものかな?」

「ココロの世界?」

 

 響く声に、なのはは目を丸くする。ココロの世界と言う割りには真っ暗なのだが。まさか、こんな闇が自分の世界なのか。

 なのはがそんな疑問を抱いていると、苦笑が響いた。

 

「……だから厳密には違うんだってば。確立した世界じゃないから真っ暗なんだよ」

「そ、そうなの?」

「うん」

 

 返って来た声に、ホッとする。この真っ暗な場所が自分のココロでは無い事に安心したのだ。いくら何でも、一面闇の世界が自分のココロだとは思いたく無い。そんななのはの様子にクスクスと笑い声が響いた。

 

「笑ってゴメンね。貴女の様子がちょっと楽しくて」

「う、うん。全然大丈夫だよ?」

「そう? ならよかった。”アリサ”に聞いた通りだね。貴女は」

「っ――!?」

 

 いきなり出た名前に、なのはは目を見開く。それは、彼女の親友の名前であったから。……タカトに刻印を刻まれ、意識を奪われた親友の――。

 

「貴女、は」

「ストップ。……ゴメンね。私の名前は明かせないんだ。言っちゃったら、多分■■■が気付くから。そしたら、このラインも切られちゃうからね」

 

 最後まで言わせずに、声は響く。それになのはは暫く迷い、ややあって頷いた。

 

「分かってくれてありがとう。……今回、貴女をまた呼んだのは理由があるんだ」

「……理由?」

 

 なのはの返答に、うんと声が返って来る。そのまま声は続けた。

 

「単刀直入に言うよ。■■■をこれ以上、戦わせないで」

「え……? だ、誰?」

 

 誰かの名前を呼んだのだろう。しかし、その部分だけが上手く聞き取れなかった。

 

「……自分の名前も検閲対象にするなんてね。徹底し過ぎなのよ、あのバカは」

「……え、えっと」

「あ、ゴメンゴメン。置いてきぼりにしちゃったね。え〜〜と、……666。うん、これなら大丈夫」

「666? ■■■君?」

 

 と、その名を口にして、なのはは目を見開き、口許を押さえた。彼の名前、タカトが呼べない。それで、検閲の意味をなのはは漸く理解した。つまりは――。

 

「その単語だけ、聞こえ無くなるの?」

「そう言う事だね。……話しを戻していいかな?」

「あ、うん」

 

 問う声に、なのはは頷く。それに、『ゴメンね』と再度の謝罪が響き、声は続きを話し出した。

 

「さっきも言った通り、666をもう戦わせ無いで欲しいの。あいつはEX化を短期間で二回も使っちゃってる。もう、アイツの■は限界なの」

「え、えっと……」

「ゴメン。今は黙って聞いて。後で分かるようになるから」

 

 声は、なのはの戸惑いを遮る。後で分かるようになるとは、どう言う意味なのか? 問いたかったが、声が何かを焦っている事に気付き、なのはは頷きだけを返した。

 

「ゴメンね、ありがとう。話しを続けるね。アイツの■は■を負ってしまってる。これ以上■が進むと、本当に取り返しのつかない事に成り兼ねないの。――このままじゃあ、きっとアイツは……」

 

 ――破滅、しちゃう。

 

 たった一言の単語。それは、なのはの心に刃のように突き立った。

 破滅とは、どう言う意味なのか?

 

「アイツ、今幸せが分からないって言ってるでしょ? アレ、嘘じゃないの。666は”本当の意味”で幸せが分からないの」

「本当の、意味で……?」

 

 声の内容を繰り返す。

 それはどう言う意味なのか。声は続ける。

 

「……■を負うとね。■■を失うの。まるでヒトである事を無くしてしまうように……アイツは幸せと言う■■を失ってしまってる」

 

 それは、それは、それは。それは!

 声が告げる内容に、なのはは震えていた。……ヒトである事を無くすと言う言葉が酷く生々しく響いたから。それを知るのが、怖いと思ってしまったから。声は、続ける。

 

「それが進むと、アイツの■は破滅を迎えてしまうの! ……アイツの存在が”終わってしまう”!」

「終わっ、て……?」

 

 何を言ってるか分からない。でも、それは絶対に知らなくてはいけないような気がした。知らなくては、後悔すると。そう、なのはの直感が告げる。

 そして、声が続きの言葉を紡ごうとした、瞬間、なのはの身体が急に浮上しだした。

 

「……っ! 時間、だね」

「ま、待って! まだ!」

 

 思わず手を伸ばす。その時に至り、漸くなのはは声の正体を見た。それは、紫の髪の女性であった。長い髪は、腰の辺りまで伸びている。その、女性は――。

 

「大丈夫。最初の時に、全部貴女には知識を送ってあるから。すぐに分かるようになるよ」

「で、でも……!」

 

 浮上しながらなのはは叫ぶ。それを見て、彼女は微笑した。

 

「悔しいけど。多分、貴女しかアイツは救えないと思うの。……私じゃ、アイツを救ってあげられなかった」

「っ……”ルシアちゃん!”」

 

 思わず、なのはは彼女の名を叫んだ。何故か彼女がそうだと、なのはには分かったのだ。それは最初の夢で、彼女の幼少期の姿を見た為なのか。

 声の女性は――ルシア・ラージネスは、なのはの声に目を軽く見開き、しかし優しく微笑んだ。

 

「”なのは”。アイツを、お願い」

 

 それだけ――それだけをルシアは、なのはに告げる。直後、なのはの意識は完全に覚めた。

 

 

(後編2に続く)

 

 




はい、第三十九話中編2でした。シオンの合神剣技ですが、実は名称変更してまして(笑)
前は麒麟だったんですが、黄龍煌麟へと名前を変えてます。だってカッコイイじゃない!(厨二)
滅多に使われないのが悲しい所(笑)
タカトの苦痛、そしてなのはの夢、後編1、2で一気に明らかとなります。
刮目してお待ち下さい。
ではでは、後編1でお会いしましょう。ではでは。


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第三十九話「幸せにしてあげる」(後編1)

はい、第三十九話後編1をお送りします。ついに、StS,EX史上最悪のアレが出てきます。ええ、アレが。真骨頂は、逆襲編までお待ち頂きますが、性格マジ最悪です(笑)
では、第三十九話後編1どぞー。


 

「――シア、ちゃん……!」

「……なのは?」

 

 声が聞こえる。自分の名を呼ぶ声だ。ぶっきらぼうで、無愛想な、でも、優しい声。

 

「……っ。なのは、おい」

「う……」

 

 再び聞こえる声に、高町なのはは意識が浮上した感覚を得た。視界にこちらを覗き込む青年が映る。伊織タカトが、真っ直ぐに自分を見つめていた。

 

「わ、たし――っ!」

 

 瞬間、完全に我に返り身体を起こす。ナウル川堤防沿い。その上で、なのはは寝転んでいた。タカトが街で戦っている時に、なのははここで待っていたのだ。そして――。

 起きたなのはに、タカトは安心したように息を吐く。

 

「……大丈夫か? なのは」

「えっと。私、寝てた?」

 

 一応聞いてみる。まさか、タカトが戦っている最中に寝るなんて。いくら、”アレ”とは言え、流石に不謹慎だ。だが、タカトはその問いに首を横に振った。

 

「いや、確かに横にはなっていたが、寝てはいなかった。目が開いていたからな。……何かをブツブツ呟いてはいたが」

「……えっと」

 

 告げられた内容に、なのはは汗を一つかく。……何か危ない人のような、そんな状態だったらしい。

 タカトが大丈夫かと聞いた意味を、なのはは漸く理解した。そして、自分が何故、そんな状態になっていたのかも。

 

 ……ルシアちゃん。

 

 心の中で、その名を呟く。今、なのはは朝見た夢の内容も含めて、全て夢の事を覚えていた……検閲された場所の意味を除いてではあるが。

 

「……? どうした? やはり何か問題でもあったか?」

「ううん! 何でも無いよ……?」

 

 慌てて否定する――そこで、なのはは気付いた。タカトの顔色が悪い事に。いや、それだけでは無い。いつもは規則正しい呼吸が、少しだが乱れていた。

 666の■は――。

 そんなタカトの様子に、何故かなのはは夢の事を思い出した。

 

「……どうしたの? タカト君。顔色、悪いよ?」

「……そうか?」

 

 なのはの疑問に、逆にタカトは問う。なのはは即座に頷いた。

 

「顔、真っ青だし。呼吸だって……」

「……戦いの後だからな。魔力を使い過ぎたのかもしれん」

 

 ――嘘だ。

 即座に気付く。タカトには八卦太極炉がある。呼吸するだけで魔力を補給出来る彼が、魔力の消費でどうにかなる筈が無い。

 ……嫌な、予感がした。

 

「タカト、君?」

「……心配いらん。それより、航行艦の侵入だ。援軍を他の世界から呼ばれるのも厄介だからな。早く行こう」

 

 無理矢理話しを切るようにしてタカトは立ち上がると、そのまま歩き出した。やはり変だ。

 

「タカト君、ちょっと待って!」

 

 すぐに、なのはも立ち上がる。そして、タカトの腕を引いた――瞬間、タカトの体勢が崩れた。

 

「っ……!」

 

 倒れ込む体勢を即座に立ち直す。が、その顔色は先に増して悪くなっていた。青を通り越し、真っ白に変わっている。

 

「タカト、君……?」

「……行くぞ」

 

 なのはから顔を背け、再び歩き出す。タカトの様子に呆然となっていたなのはだが、ハッと我に返ると袖を掴み、引き止めた。

 

「タカト君、どうしたの! 怪我でもしたの……!?」

「何でもないと言っている――少なくとも、お前に心配されるような事じゃない」

「そんな……!?」

 

 袖を掴むなのはの指をそっと解き、タカトは再び歩き出す。その歩みは、酷く弱々しく見えた。

 

「タカト君!」

「……」

 

 無言のまま、タカトは歩く。暫く立ち尽くしていたなのはだが、今のタカトを一人にも出来ない。少走りに追い付いた。

 

「本当に、大丈夫なの……?」

「しつこいな。なら、俺が怪我をしているように見えると?」

「……それは」

 

 言われ、タカトの全身を見る。どこも、怪我をしていそうには見えなかった。

 

「でも、調子が悪いなら――」

「例えそうだとしてもだ。もう事は起こしたんだ。今さら止められる訳が無いだろう?」

「……っ」

 

 タカトの台詞に、なのはは何も返せなかった。既に市街で強襲戦は行っているのだ。もう、後戻りは出来ない。言葉を失うなのはに、タカトは苦笑する。

 

「……本当に、俺に問題は無いんだ。それにこの世界に於けるストラ側の戦力はほぼ壊滅させた。後は、航行艦に乗り込んで次元転移するだけ。俺の心配をしてくれるなら、さっさと転移して休ませてくれ」

「……本当に、大丈夫なの?」

「ああ」

 

 即答する。暫く、じっとなのははタカトを見詰め。やがて、ゆっくりと頷いた。

 

「……うん、分かったよ。でも、無理は――」

「無理はするな、か? いらん心配だな。ならばお前も約束を守れよ?」

「え?」

 

 告げられる言葉に、面食らう。タカトはその反応に再度苦笑。左手の小指を差し出した。

 

「俺は約束を守った……お前、忘れていた訳ではないだろうな?」

「う、ううん! 大丈夫、忘れてないよ?」

 

 慌てて首を横に振る。タカトは疑わしげに目を細め苦笑していたが。すぐに真顔に戻る。そして、前を見た。

 正確にはナウル川の上に浮かぶ、次元航行艦隊達を。

 

「では侵入するとするか、なのは」

 

 スっと手を差し出す。だが、それになのはは疑問符を浮かべた。

 

「えっと……」

「縮地で艦のフィールド内部に直接入る。だから掴まれ。……ああ、それとバリアジャケットは着ておけ」

「あ、うん」

 

 タカトの言葉に頷くと、先にセットアップし、バリアジャケットを纏う。そして、差し出された手を握った。

 

「よし。では行こう。……ああ、なのは。最初に行っておくが、”気をつけろ”」

「え?」

 

 告げられた台詞に、なのはは疑問符を浮かべる。タカトはそれに苦笑した。

 

「後で分かる。では、行くぞ」

「うん――」

 

 頷いた、直後。一瞬の浮遊感をなのはは覚え――いきなり景色が一変した。

 空中、”目の前にいきなり次元航行艦が映る”。足元が消失していた。 

「ふ、ふぇ――!? わ、わ!?」

「だから、覚悟しておけと言った」

 

 重力に捕まり、落ちそうになるなのはをタカトが片手で引っ張り上げる。タカトの足元には、いつの間にか空間固定による足場が作られていた。そこに乗せられる。

 

「言った通りだったろう?」

「……先に言ってくれたらいいのに」

 

 その一言に、なのはが憮然となる。タカトはそれに目を細めながら、航行艦に向き直った。一歩を踏み出す。

 

「では、さっさと中に入るとしよう」

「どうやって?」

 

 思わず問うてみる。目の前にあるのは、艦の壁である。当然、出入り口などは無い。半ば答えは分かっているとは言え、一応は聞いてみなくてはならない。タカトはなのはの問いに構わず、壁へと歩く。既に右手が持ち上げられていた。その拳が纏うは暴風。

 

「決まっている。こうやってだ」

 

    −撃!−

 

 なのはが止める間も無く、暴風を詰め込んだ拳が艦壁に叩き込まれ、同時に風が解き放たれた。

 

    −轟−

 

 一撃は、あっさりと艦壁を破壊。更に放たれた風が、その奥の障壁を螺旋状にえぐり取る。

 

「……やっぱり」

「どうした? 行くぞ」

 

 その結果に、ぐったりとするなのはにタカトはやはり構わない。あっさりと中に入る。

 どうもこの辺は、シオンと同じくアバウトに出来ていた。流石は兄弟と言った所か。

 さっさと中に入り、通路に立ったタカトをなのはも追い、中に入って――タカトの背後に、異様なモノを見た。

 

 

「なのは? どうし――」

「タカト君! 後ろ!」

「――っ!?」

 

    −閃−

 

 声を遮るかのように放たれた叫びに、タカトはその場から前方に身を投げ出す。直後に銀の輝きが一閃した。ぎりぎりで躱す。体を捻り、一回転して体勢を整え――タカトはそれを見た。

 

「……何?」

「ご、お、るるるる……」

 

 それは異形だった。パンパンに膨らんだ身体に爬虫類のような肌。手が四本あり、足も六本、目は八つある。まさに、出鱈目な形をした異形。

 まだ因子に感染された異形の方がまともな形をしていただろう。何より、タカトを、なのはを驚かせたのは服、であった。

 その異形は、服を着ていた、”管理局本局の制服”を。所々破れているが、間違い無く。それは本局の制服であった。

 

「これ、どういう――」

「……バカ、な」

「え?」

 

 響く声に、思わず疑問符を浮かべる。タカトが呆然と上げた声にだ。

 タカトは目を見開き、異形をただただ、見詰めていた。

 

「……”後天的なヒトの合成獣(キメラ)”だと……? そんな事、出来る奴は――」

 

 君は、何を求めて――。

 

 タカトは忘我の中でその言葉を反芻する。金の髪の、少年の笑顔と共に――。

 

「タカト君!」

「っ――!?」

 

    −閃−

 

 再び閃く銀光。呆然となったタカトに、爪の一撃が放たれる。タカトはなのはの呼ぶ声に我に返り、爪が届く寸前でダッキングし、躱した。

 

「ちぃ……」

 

 眼前を通り過ぎる爪を視界の端に納めながら、そっと手の甲に手を当て押し出す。異形はその動作により、振り放った一撃を加速され、体勢が崩された。タカトは前に踏み込みながら、異形の懐に飛び込み、重心を左足に移動。右蹴りを異形に見舞おうとして。

 

   −ズグン−

 

 再び、自身の奥底から鈍い激痛が走った。

 

「が、あ……っ」

 

 最短最速の軌道を描く筈だった蹴りは放たれる事すら無く、タカトは体勢を崩し、跪く。

 

「タカト君!?」

 

 タカトの様子に、なのはも血相を変える。すぐに援護しようとレイジングハートを起動して――。

 

「……やめろ、なのは。約束を忘れたか?」

「っ――!」

 

 タカトから制止が掛かる。しゃがみ込んでいたタカトが、その体勢のまま、なのはに視線を向けていた。なのははタカトの台詞に首を横に振る。

 

「そんな事言ってる場合じゃないよ! 私も戦う!」

「やめろと言っている」

「でも――」

「なのは」

 

 静かなその声は、通路に大きく響いた。タカトが異形を前にして、ゆっくりと立ち上がる。視線は、なのはをただ見詰めていた。

 

「俺は約束を守る。お前は、約束を破る気か」

「タカ、ト……君」

 

 ただただ見詰めるタカトの視線。それに、なのは有無を言わさず止められた。何も言えなくなったのだ。タカトの、目に。

 そんな二人に異形は止まらない。なのはを見続けるタカトに背後から爪を振り下ろす!

 

    −閃!−

 

 放たれる殺意の一撃。しかし、それはタカトがあっさりと持ち上げた左腕に受け止められた。

 

「……命までは取らない、約束だからな――だが」

「が、がが……!」

 

 ゆっくりとタカトは振り返る。その瞳は、どこまでも感情を映していなかった。

 

「今の俺は、上手く手加減出来る自信が無い。死ぬなよ」

 

 そこまで言い切ると同時に、異形の爪を受け止めていた腕を主軸に半回転。肩が異形の腹部に、そっと触れられる。

 

「天破紅蓮改式」

「ぐ、る――」

 

 そんなタカトをまるで両腕で抱きしめるかのように、左右から放たれる爪。だが懐に入られた時点で全てが遅い! タカトは構わず、一撃を放つ。

 

「天破爆煌」

 

    −煌−

 

 一瞬だけ、タカトの全身が炎を纏い。それが、肩を中心に圧縮。押し当てられた腹に、その威力を全て解き放つ!

 

    −爆!−

 

 異形の腹で圧縮された炎は開放され、それは爆砕と言う形で顕現した。火柱が、一瞬だけ通路を埋め尽くす。

 もし、なのはが通路に入っていたならば炎に巻き込まれたていたであろう。タカトと異形の中心点で発生した大爆砕に、なのはは手で顔を覆う。

 火柱は異形を吹き飛ばし、壁にその身を叩き付けて消えた。火柱が上がった場所には、タカトのみが立っていた。

 タカトは爆煌を放った体勢で残心。異形を見据え、立ち上がらない事を確認した後、漸く肩から力を抜いた。

 

「……っふ……は……ぐ……」

 

 喘ぐような呼気は、あまりにも弱々しい。いつものタカトとは明らかに違う。なのははすぐにタカトへと駆け寄った。

 

「タカト君!」

「……」

 

 呼ぶ声にもタカトは応え無い。なのがその身体を後ろから支えると、崩れ落ちるかのように体重を預けて来た。

 見た目よりもずっと重いタカトに、なのはは体勢を崩しそうになるが、何とか耐える。

 タカトは何処も怪我などしてはいない。にも関わらず、驚く程に消耗し切っていた。

 

「タカト君……」

「……もう大丈夫だ。それより、なのは。アレを見ろ。俺は約束は守っているだろう?」

「え?」

 

 なのはに支えられながらタカトは前方を指差す。釣られて見ると、壁に叩き付けられた異形がゆっくりと身じろぎしていた。

 生きている――だが。

 

「……タカト君。なんで、そんなにまでして……」

 

 なのははタカトを支えながら問う。自分を戦わせれば、もっと楽に勝てた筈だ。体調が悪いにしても、こんなにまでは消耗しなかっただろう。

 なのに何故、こんなにまでして約束を守らせようとするのか。

 タカトは、なのはの声に長い吐息を吐く。ややあって、ゆっくりとなのはから身体を離した。

 

「俺の事は”どうでもいい”。実際、怪我もしていないのだからな。だが、お前はそうもいかない。万が一にでも傷が開いたらどうする気だ。……お前は女なんだ。傷痕なんて、残すな」

「…………」

 

 なのはは呆然と、タカトを見る。そんな事をずっと気にしていたのか。自分が危ない時にさえ。それに――。

 

「どうでもいいって、何が……?」

「?」

 

 なのはより告げられる問い。しかし、タカトは意味が分からず首を傾げる。そんなタカトを、なのはは真っ直ぐに見据えた。

 

「自分の事がどうでもいいって、どう言う意味……?」

「……ああ、さっきのか。そのままの意味だ。”俺の事なぞ、どうでもいい”」

 

 タカトはさも当然と答える。自分の事なぞ、本気でどうでもいいと。どうなってもいいと。

 

「それより、先に――」

「やめてよ」

 

 行こう、と言えなかった。それより先に、なのはの声が響く。声が遮られたタカトは、目を見開いて彼女を見た。なのはは構わない。タカトを見据え続ける。

 

「二度と、そんな事言わないで」

「何を――」

「お願い」

 

 有無を言わさず、なのはは告げた。自分を蔑ろにし続けるタカトへと。それが、とてつもなく嫌だったから。

 例え、それが――。

 

「――分かった」

 

 あえてタカトは何も問わずに、それだけを言う。なのはは漸く微笑んだ。

 

「ありがとう」

「礼を言われるような事じゃ無い」

 

 それだけをタカトは告げると、なのはの手を取る。目をなのはの首に掛かっているレイジングハートに向けた。

 

「……この艦の構造は、クロノ・ハラオウンの艦と同じか?」

【はい、共通の筈です。転送ポートも同じ位置にあるかと】

「そうか」

 

 答えにタカトは頷きを一つ返し、前を見据える。そこには先程吹き飛ばされた異形が起き上がろうとしていた。

 それだけでは無い。艦のあちこちから重い歩みの音が響いていた。

 

「長居は無用だな」

「タカト君、あの……」

 

 いきなり繋がれた手にどぎまぎしながら、なのはも異形を見る。タカトは先程こう言った筈だ。

 約束を守った、と。そして、後天的なヒトの合成獣だと。

 その言葉が示すのはただ一つでしかない。それは――。

 

「……今は聞くな。どちらにせよ、もう元には戻せん」

「…………」

 

 タカトはそれだけを告げる。それは、なのはの想像が当たっていたと言う事に他なら無い台詞であった。

 あの異形が、元はヒトだったと言う事に。なのはが長い時間を掛けて頷いた、直後。

 二人の姿は、再びタカトが発動した縮地により消えた。

 向かう先は、転送ポート。なのは達がこの世界を脱出する為の場所――そして、逃避行の最後となる場所であった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 第78管理外世界、次元航行艦『シュバイン』。その通路を艦内に侵入したシオンは飛行魔法で駆けていた。

 向かう先はブリッジ。そこを占拠すれば、この作戦は大成功で終了の筈だ――だが。

 

「……う〜〜ん」

【どうした? 似合わん難しい顔などして】

 

 飛行しながら眉根を寄せるシオンに、イクスから声が掛かる。シオンはそれにイクスへと目を落とした。

 

「いや、こう嫌な感じがしてよ。この艦に入ってからずっとなんだけど」

【嫌な感じ、だと……?】

「ああ」

 

 即座に頷く。シオンは、高ランクの直感保持者である。そのシオンが嫌な感じを受けている。

 この艦に何かあると感じているのだ。シオンの直感が。

 

【それは嫌な予感か?】

「……いや、違うんだよ。何か、こう、気持ち悪い感覚ってのかな?」

【……何だ。その下手な説明は】

「いや、そうとしか言いようが無い――」

 

 んだよ。と、までシオンは言えなかった。

 

    −射−

 

 突如、前方から放たれる光弾群。見れば、通路の向こうで魔導師部隊が杖のデバイスをこちらに向け、射撃魔法を放っていた。光弾群は、問答無用にシオンへと向かう。

 シオンは向かい来る光弾群を前にニヤリと口元を歪めた。

 

「こんなちゃちぃ攻撃が効くかよ!」

 

    −轟−

 

 魔力を一気に開放。放出する。

 シオンの対魔力AA。そして魔力放出AA+の効果により、威力がAにも届かない光弾群はあっさりと消失した。対魔力だけでは衝撃までは消せないが、魔力放出をフィールド魔法のように使う事により、射撃魔法を完全に防いでのけたのであった。

 これには射撃魔法を放っていたストラの魔導師達も驚き、怯む。シオンはそれを逃さず瞬動を発動。彼等の前へと、一気に駆ける!

 

「神覇、壱ノ太刀」

「ひ、退け――」

 

 遅ぇ、と心の中だけで叫びを上げ、シオンはイクスを振り上げる。魔力をジェット噴射のように放出した。

 

「絶影!」

 

    −斬−

 

 放たれた頭上からの斬撃は過たず、目の前の魔導師に叩き込まれ、そのまま横薙ぎへと変化。数人を同時に吹き飛ばす。反す刃で更に一閃。

 非殺傷設定とはいえ、容赦無く大剣であるイクスを振り回す。全員を殴り倒すのに、二秒と掛からなかった。

 

「……なんかなぁ。一応、元管理局本局の魔導師だろ、こいつら。こんなに弱いのか……?」

【フム……】

 

 殆ど一撃で片付けたシオンが呆れたように周りを見て呟く。本局武装隊の魔導師の平均ランクはA相当だと言う。だが、シオンの感想としてはエリオやキャロよりも弱い感覚を覚えたのだ。

 ――シオンは知らない。自分が居た環境が、どれだけ強い者達に囲まれていたのかを。グノーシス時代からそうだった為、Aランク相当の魔導師(殆ど成人)では、エリオクラスの敵を想定していたのである。

 蓋を開けて見ればグノーシスで言えば位階に入らないような者達だったのだ。拍子抜けもする。

 

「ま、いっか。楽には進めるし」

【そうだな……ふむ? スバル・ナカジマとノーヴェ・ナカジマから定期連絡だ】

「向こうはどうだって?」

【至って順調、だそうだ】

 

 イクスの台詞に、シオンもそかと笑う。どうやら考えていたよりも作戦は上手く行ったらしい。……このまま行けば。

 

「――!?」

 

 瞬間、シオンの背に悪寒が走る。ゾクリ、と言う感覚は背中を即座に突き抜けた。この、感覚は――!

 

「ちぃっ!」

【な!?】

 

 いきなりシオンがイクスを振り上げた事に、当のイクス自身が驚きの声を上げた。シオンは構わない。イクスを床に振り放つ!

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 真上から落ちるイクスは真っ直ぐに床へと刃を向ける。床を叩き壊す筈だった刃は、しかし。その直前に床をブチ抜いて現れた”モノ”に弾かれた。

 

【何……!】

「ちぃ!」

 

 舌打ちを放ちながら、シオンは瞬動で二m程後退。残像を、青の光を纏う巨体が突き抜ける。

 巨体は床を突き抜けると纏う光を消した。シオンはそれを見て、目を見開く。それは機械のヒトガタであった。

 新型のガジェットやDA装備の因子兵と比べるとスマートかつ刺々しい感覚を覚える。特徴は肩にある巨大な突起か。まるで、首が三本あるように見えた。

 

 こいつ……!

 

【シオン。こいつは……】

「ああ。――っ!?」

 

    −撃!−

 

 イクスに頷きを返した直後、シオンの周りの床がぶち抜かれる。その数四。

 全て、さっき現れたヒトガタと同じものであった。

 

「ガジェット――じゃねぇな……? けど因子兵でもねぇ。お前達……」

「セット」

 

 シオンが言い終わる前に、目の前のヒトガタの一体から声が響いた。シオンはそれに確信する。

 

 こいつ達、”DAを着込んだ魔導師……!?”

 

「ブレイク・チャ――――ジ!」

「っ!? この!」

 

    −轟−

 

 叫びが響くと同時、四体のヒトガタが光を纏うなり、シオンへと一気に突進して来た。シオンは身体を捻り、壁を利用して三角跳び。突撃を躱す。だが、突っ込んで来たのは三体だけであった。

 

 あと一体は――!?

 

「チャ――――ジ!」

「な――!? ぐっ!」

 

    −撃!−

 

 上へと逃げるシオンの行動を予測したが如く、最後の一体が突っ込む!

 シオンはそれに回避は不可能と判断。イクスを盾にして突撃を受け止める、が。いかな威力がその突撃にはあったのか、シオンは堪えきれず押し上げられる。向かう先は、艦の天井!

 

 こいつ達の狙いは――!

 

    −撃!−

 

 シオンは一気に天井に叩きつけられ、更に押し込まれる。それに艦壁が破壊。シオンとヒトガタを着込んだ魔導師は、天井を突き抜け、一緒に虚空へと再び投げ出された。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 タカトが縮地を発動した直後、再び周りの景色は一変した。

 

「ここ……」

 

 なのはは辺りを見渡す。目の前には大きな装置があった。上下に分かれた機器と、横にコンソールが並んでいる。

 ――転送ポート。次元・空間転移システムが、そこにあった。

 

「転送ポート……到着、だね」

「…………」

「タカト君?」

 

 声を掛けたなのはだが、無言のままのタカトに疑問符を浮かべる。タカトは無言のまま、ただただ歯を食いしばっていた。額を汗が一つ、流れて行く。そして。

 

「やぁ、タカト。久しぶりだね」

 

 声が、響いた。

 

 ……え?

 

 いきなり響いた声に、なのはは振り返る。タカトも苦虫を噛み潰したような顔と共に、ゆっくりと振り返った。

 タカトとなのはの真後ろ。そこに、金髪白衣の青年がいた。綺麗な――なのはから見ても綺麗な青年が。

 女性じみた白い肌。怖気すら感じる程、整い過ぎた顔。両の金眼が、二人を見詰める。その容貌に映える金砂の長髪に、白い装束。そして、天使のような綺麗過ぎる笑顔を浮かべていた。

 タカトは青年を見て、搾り出すように声を漏らす。

 

「……メタトロン。やはり、お前か」

「君には、本名で呼んで欲しいのだけどね。でも、久しぶりの再会だし。別にいいかな」

 

 くすりと青年は笑う。無垢な、無邪気な光輝く笑顔。でも、なのははその笑顔に違和感を覚えた。

 綺麗過ぎて、綺麗過ぎて綺麗過ぎて――その笑顔は、逆に悍(おぞ)ましさを醸し出していたのだ。

 

 彼は、一体……?

 

「高町なのは、さんだよね?」

「え? あ、はい!」

 

 急に声を掛けられ、なのはは思わず頷く。あまりにも親し気な態度だ。なのはの返事に、メタトロンは微笑む。

 

「初めまして、高名はかねがね聞いてるよ。エース・オブ・エースの二つ名は特にね」

「あの、貴方は……?」

 

 微笑み続けるメタトロンに、なのはは横のタカトをちらりと見て問う。タカトは依然として、険しい目でメタトロンを睨み続けていた。

 メタトロンはそんなタカトに微笑を送り、再びなのはに視線を戻した。

 

「彼の親友さ。昔からのね……兄弟と言っても差し支え無いけど」

「親、友?」

「誰が、貴様と……!」

 

 メタトロンの台詞に、タカトが苛立ちを隠さずに声を放つ。メタトロンはそんなタカトにすら、絶えない笑顔を向け続けた。

 

「君が一番知っている筈だよ? ”僕には君しかいない”。君以外、僕はこの世界に価値を見出だせ無い。それが僕の”傷”だ」

「…………っ」

 

 その言葉に、タカトはギシリと歯を噛み締める。胸を、抑えた。

 

「……一つ聞かせろ。この艦の乗員をどうした?」

「僕は願いを叶えてあげただけだよ? 君を前に彼達は力が欲しいと言った。だから、あげたんだ。強靭な身体をね」

 

 それは、つまり。つまり、つまりつまり!

 

「艦の乗員、全員を合成獣化したのか……!」

「うん。その通りだよ」

 

 ニコっと愛らしさすら感じる笑顔でメタトロンはタカトに答えた。なのはは、その答えに目を見開く。

 こんな笑顔を浮かべて、そんな真似を平然と行ったと言う、彼に。

 

「な、んで……?」

「さっきも言った通りだよ。僕は、彼達の望み通りに願いを叶えてあげただけ。実際、力を得ていた筈だよ?」

 

 メタトロンは変わらない笑顔のままで、なのはに答える。その台詞に、なのはは漸く目の前の存在が酷く危険な存在だと認識した。何の邪気も抱かず、そんな真似を出来る存在に!

 タカトが何故、彼をここまで敵視しているのかをなのはは悟る。この存在は、あまりに危険過ぎる。

 

「さて、本題に行こうか。タカト、実は僕。君に聞きたい事があってここに来たんだ」

「……聞きたい、事だと?」

「うん」

 

 二人の敵意を込めた視線にも、メタトロンは構わない。ただ笑顔のままで頷く。そして、問いを放った。

 

「君の”傷”はどこまで広がってるんだい? トウヤとの戦い。本局での戦い。いずれも君はEX化してる。……君の事”だけ”は僕はよく視えないからね。直接聞いて置きたいんだ」

「…………」

 

 タカトは問いに、しかし答えられない。ただ、メタトロンを睨み続ける。

 当の彼は、そんなタカトに肩を竦めた。

 

「君の魂の傷はどれ程深くなってるの?」

「……黙れ」

「駄目だね。大切な事だよ――特に、僕にとっては」

 

 そう言い切るなり、メタトロンは歩き始める。タカトへと一歩、一歩ゆっくりと。

 

「君の魂はどれ程摩耗してるの?」

「俺は、お前とは違う……!」

「同じだよ。”同じEX”だ。絶対に理解し合え無い傷を抱えているとは言え、それでも僕と君は同類だ」

 

 タカトの声にも、メタトロンは変わらぬ笑顔のまま。ついに至近まで迫り、瞳を覗き込む。

 

「魂の傷。僕は、”希望”を失った。君が失ったものを僕は知ってる。でも、その程度がわからないんだ。君は今、どれだけヒトのままなんだい?」

「…………」

 

 タカトは無言のまま、胸を抑え続ける。その仕草に、メタトロンの目尻がピクリと動いた。

 

「成る程ね。もう、そんな状態なんだ」

「傷って……?」

 

 メタトロンの台詞に、なのはが問いを発する。その声に彼は、なのはへと視線を向け、目が合った――直後。

 

 魂のエネルギー化。

 

 なのはの脳裏に文字が踊った。激しい頭痛と共に。

 

「っ! あ、う!」

「なのは!?」

「へぇ」

 

 激しい痛みが走り抜け、なのはが頭を押さえながら崩れ落ちる。タカトはそんななのはに驚き、メタトロンは感心したような声を上げた。

 その間にも、なのはを激しい痛みが苛む。立っていられなくなり、膝を着いた。

 

「検閲が外れ始めたか。ルシアも頑張るね」

「な、に……?」

 

 メタトロンの台詞に、タカトは呆然と疑問の声を上げる。メタトロンは、またくすりと笑った。

 

「気付かないかい? 君と――いや、君の中のルシアと彼女を繋ぐ、ラインに」

「っ……!?」

 

 タカトはメタトロンの台詞に、右手を呆然と見た。

 ある。確かに、繋がっている。なのはと、彼の右手に伸びるライン。霊脈が!

 

「いつの間に……?」

「ずっと昔からさ。何せ、ルシアと彼女は”一度会った事がある”。二人共、覚えてはいないだろうけどね。その時にさ」

 

 メタトロンは、タカトが、ルシアやなのはですら知らない事をさらりと口にする。まるで、昨日の出来事のように。

 そして、頭を抱えて苦しむなのはに微笑を送った。

 

「そうだね。僕が、君の苦痛を和らげてあげる。ここで、”EXの全てを教えてあげるよ”。そうすれば苦痛も和らぐ」

「貴様……!」

「君の相手は彼等さ」

 

    −軋!−

 

 次の瞬間、通路の艦壁を突き破り、現れる手――手、手、手、手、手、手、手、手! そのどれもが異形の手であった。タカトに抵抗の暇すら与えずに、その身体を絡め取る。見れば、突き破られた壁の向こうに数多の異形の姿があった。

 

「こいつ達……!」

「分かってるとは思うけど、彼等は全員人間だよ。元だけど。殺さないよね? 約束があるから」

「っ――――!」

 

 メタトロンの何気無い台詞。それにタカトはギシリと歯軋りを上げる。そんなタカトに無邪気な、あまりにも無邪気過ぎる笑みをメタトロンは浮かべ、そして。

 

「さぁ、語ろう。EXの真実を――君が、更なる絶望を知る為に。決して救われない存在の話しを、始めよう」

 

 なのはに、優しく、優しく――。

 

「君の、望むモノをあげよう」

 

 ――微笑んだ。

 

 

(後編2に続く)

 

 




はい、第三十九話後編1でした。ネタバレになりますので主語除きますが、双子の妹である彼女と髪の色が違うのは、彼女が彼と一緒の髪型を嫌がって例の能力で変えたせいだったりします。つまり、幼少期からそんくらい嫌悪感持たれていたと(笑)
次回、ついにタカトとなのはの逃避行完結! 明らかとなるEXの真実、そしてタカトの秘密、メタトロンの正体etc……。
お楽しみ下さい。では、後編2でお会いしましょう。
ではではー。


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第三十九話「幸せにしてあげる」(後編2)

はい、第三十九話後編2をお届けします。ついに、なのはとタカトの逃避行ラスト。
顛末は、テスタメントが全力で書きたかったシーンとなります。
書けた時は、魂抜けましたね(笑)
EXの真実も、またお楽しみ頂ければと。
では、第三十九話後編2、どぞー。


 

「君の望むモノをあげよう」

 

 微笑みと共に告げられる声。それを間断無く襲い掛かる頭痛に喘ぎながら、なのはは聞く。

 それを告げた人物、メタトロンは、なのはを見下ろして膝を着く。額のサークレットが、ちりんと通路の光を反射して煌めいた。

 

 ……私の望むモノ……。

 

 痛みの中で、なのははメタトロンの言葉を反芻する。メタトロンは絶えない微笑みのまま語り始めた。

 

「グノーシスには大きく分けて二つの封印指定研究がある。一つは、ナノマシン・テクノロジー。通称、ナノテク。そしてもう一つがソウルトロジー。魂学と呼ばれる研究さ」

 

 ゆっくりと語るメタトロン。なのはは痛みの中で、それを聞き続ける。

 

「この魂学は、『魂の実在』を証明した学問でね? 比喩でもなんでもなく、文字通りの魂――ヒトをヒトたらしめる究極要素たる魂を解明する研究なんだ。この魂学によれば、二十六次元以上の高次元で検出される特殊波動を『魂』と呼ぶんだけどね」

 

 メタトロンは語る、語り続ける。その間にも、なのはの脳裏には文字が踊り続けた。

 

「この学問によれば『魂』は輪廻転生を可能とするシステムがあらかじめ組まれてる。つまり、『魂』自体が一種の永久機関な訳だね。それ故にか、この『魂』を称して”無限波動エネルギー”とも呼ぶんだけど。……重要なのはそこじゃ無いんだ」

 

 メタトロンの黄金の双眸は、なのはをただ見続ける。その瞳は、顔の微笑みとまるで正反対に感情を宿していなかった。と――。

 

「お、あぁぁぁぁ……!」

 

    −轟−

 

 メタトロンの背後から声が漏れる――タカトだ。

 合成獣化したストラのモノ達に、身体を拘束されていたタカトの身体から魔力が噴出する。タカトの魔力放出はS+の高ランクである。これは、もはやそれ自体を攻撃として使用出来るレベルであった。

 タカトはそれを無造作に放ち、自分を拘束する異形の手を引きちぎる!

 

    −裂−

 

 瞬く間に、全ての手は粉微塵に引き裂かれる。タカトは拘束から免れると一瞥も送らずに、駆け出した。だが――。

 

    −寸っ−

 

 今度は足元から、頭上から、背後からも手が湧き出て来た。その数は千を超える。

 通路を埋め尽くす手は、出来の悪いホラーを彷彿させた。

 タカトはそれ等を容赦無く叩き潰して進む。しかし、再生能力でもあるのか、その数は一向に減らず、タカトの足や肩に絡み始めた。

 

「ち……!」

「”君の足止め用”に作ったからね。簡単には通れ無いよ? タカト」

 

 メタトロンがタカトを見もせずに告げる。最初からこの積もりだったのだろう。そうで無くては、わざわざ足止めだけに合成獣なぞ作りはしない。

 タカトは舌打ちを放ちながら、湧き出る手を破壊し続ける。

 異形の悲鳴が連続してあがる中、それを背にメタトロンは微笑み続けた――言葉を紡ぐ。

 

「重要なのはそこじゃない。そこまで言ったよね? 魂は一種の永久機関であり――それ故に、魂学ではある結論を導き出したんだ。この魂を”エネルギー化”したならば、通常の魔力を始めとしたあらゆるエネルギーを遥かに凌ぐエネルギーを取り出せる、とね。この魂をエネルギー化したモノを”霊子エネルギー”と呼ぶんだ。この霊子エネルギーは魂をエネルギー化、消費する事で生まれる。その出力は膨大でね? 何せ、ヒト一人分の魂を完全にエネルギー化した場合、まる一つの宇宙に匹敵するエネルギー量を叩き出したんだ。――被験者がどうなったのかは、想像に任せるよ」

 

 魂をエネルギー化され、消耗させられたヒトがどうなったのか。

 それは、想像するだけしか出来ないが、聞いて楽しい話しで無いのは間違い無かった。なのはは激しい痛みの中で漸く理解する。

 この研究が、何故封印されたのかを。倫理的な問題が大き過ぎる。

 例えば”魂”を消耗させられたヒトは、果たしてヒトと呼べるのか。

 例えば”ヒトの魂を宿らせたデバイス”は、ヒトであるのか?

 

「この魂学と、遺伝子操作技術を可能とするナノ・テクを生み出した世界は、かの伝説の世界、アルハザードなんだけど。今は関係無いから割愛するよ? この霊子エネルギー理論を推し進めて行く内に、理論研究上、特異な魂の存在が浮かび上がったんだ。……もう、分かるよね? その魂が”EX”だよ」

 

 EX――。

 その単語に、なのはの身体が震える。痛みと、そして予感に。

 これを聞いてしまうと、もう”戻れ無い”と。そう、直感は告げていた。

 メタトロンは、そんななのはの反応に、くすりと笑う。

 

「EX――正確には事象概念超越未知存在って言うんだけど。この存在は、”神殺し”としての性質たる概念破壊能力を有していた。神――世界の究極の法則にして、理由たる”概念”を破壊、超越する力をね。そして、このEXの力の根元は他でも無い。”魂”にあったんだよ」

 

 語る、優しく優しく語り続ける。だけど、それが酷く苦痛に感じられるのは何故なのか。

 なのはは痛みの中、ルシアから与えられた情報の検閲が次々と外れていくのを理解しながら、メタトロンの声を聞き続ける。

 

「EXは霊格が神と同位の存在であり、当然その魂は異質な存在だった。その意思力もさる事ながら、最大の異質点は魂のエネルギー化現象にあったんだ。そう、霊子エネルギー理論だよ。EXの魂はこれを”自然発生”させられたんだ。君達、魔導師が魔力を生み出せるようにね。しかも、その霊子エネルギーを高速無限増殖可能としていた――つまり、本当にEXは理論上、無限のエネルギーを瞬間的かつ永久に生み出し続ける事が可能だったんだ」

「あ、う……!」

 

 頭の痛みが酷くなる。EXの真実を告げられる度に頭痛は酷くなっていたが、それが一段と酷くなっていた。

 それに、なのはは何とはなしに悟る。これ以上知るなと、”なのは”自身が叫んでいるのだ。EXの真実を知るなと。

 メタトロンは、そんななのはに構わない。続ける。

 

「その無限に発生させられるエネルギーを用いて行われるのが、さっき言った事象概念破壊、超越現象だよ。EXの本質は『魂』にあるからね。正しく神殺したる力を、EXは持っていた。外ならぬ神である『世界』がそのように生み出したんだから当然なんだけどね。……ただ、神は自身を殺すシステムたるEXを作って置きながら一つの保険をシステムに組み込んでいた。それが――『傷』だよ」

 

    −傷−

 

 その単語を、なのはは酷く生々しく聞く。

 痛みによる忘我の中で、なのはは自身の中の検閲が外れた事を悟った。

 

 傷、とは――。

 

「傷、と言うのはね。神が施したEXの魂に組み込んだ自壊プログラムとも言えるモノなんだ。これは無限発生させられる霊子エネルギーにより、EXがその力を顕す度にその『魂』が傷ついていく現象なんだ。自身のエネルギーに、魂自体が耐えられないのさ。そして、それが致命的なレベルと化した時、EXは魂に傷を負う」

「…………」

 

 ――もう、なのははメタトロンの話しなんて聞いていなかった。だって、その知識はもう自分の中に在るのだから。……そう、もうなのはは知っている。

 

 ――傷、とは。

 

「その結果、引き起こるのが”感情の欠落”さ。……もう、分かるよね? 僕は『希望』と言う感情を喪失(うしな)った。そして、タカトは――」

 

    −轟!−

 

 次の瞬間、メタトロンの背後で空気がまるごと引き裂かれる音が鳴り響く!

 タカトが右手に漆黒の魔力を宿し、湧き出る手を引き裂きながら突っ込んで来たのだ。

 

 絶・天衝。全てを一刀の元に斬り裂く一撃を持って、タカトがメタトロンに突っ込む!

 そんなタカトに、メタトロンは胸元のペンダントを手に取った。

 

「起きなよ、”エア”。君の力が必要だ」

【セット】

 

 直後、ペンダントが変化する。片側から棒状の物体が顕れたのだ。それをメタトロンは掴む。そして、逆側からは光が生まれた――幾何学模様の光の文字が。それは、複雑な形を描き、一つの形へとその身を成した。魔法陣で編まれた”剣”へと。

 メタトロンはそれを優雅に振るい、振り返りざまにタカトへと放つ!

 

「絶・天衝」

 

 タカトと同じ、純粋な闇色の魔力を宿した一撃を。

 

    −撃!−

 

 二つの極闇は、全く同時に互いにぶつかり合う。

 タカトの右手から放たれた絶・天衝と、メタトロンのエアから放たれた絶・天衝が絡み合い、喰らい合う!

 

    −裂!−

 

    −閃!−

 

    −破!−

 

 二人は闇色の極刃を鍔ぜり合わせたまま、至近で互いを見る。

 メタトロンは笑みのままに。

 タカトは無表情のままに。

 対象的な表情の二人は、闇の一撃で互いを滅ぼさんと魔力を汲み出し、注ぎ込む。空間が、その余波で歪み破裂し始めた。

 ただの余波で許容量以上のエネルギーを注ぎ込まれたのだ。

 互いに一撃を放ち続ける中で、メタトロンは笑顔のまま、語り続ける。どこまでも、笑顔のままに――

 

「タカトが喪失(うしな)った感情は、『幸せ』だよ」

 

 ――そう、言い切った。

 ついにタカトは真っ正面からメタトロンを睨み! 叫ぶ!

 

「クロォォスっ! ラァァァァジィィネスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……!!」

「あは」

 

 タカトの咆哮に、メタトロンは――否、クロス・ラージネス。ルシアと同じファミリーネームを持つ青年は、先の笑顔とは違う、嬉しそうな、本当に本当に、嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 

「漸く、本当の名前で呼んでくれたね」

 

    −砕!−

 

 直後、互いの絶・天衝が硝子が砕けたような音と共に破砕した。それこそ、世界に拒絶されたようにだ。

 そこから二人は一歩を踏み込み、すれ違いながら前に進む。互いに位置を入れ替え、二人は漸く止まった。

 

「これで僕の話しは終りだよ。これが、EXと言う存在。もう、分かったよね? EXと言う存在を――決して救われ無い、存在の事を」

 

 クロスは最後に、そうなのはへと言う。なのははそれに答えられない。ただ。ただただ。

 

 ――その目から、涙が零れた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 転送ポートの前で、タカトはメタトロン……否、クロスと対峙する。相も変わらぬ笑顔でこちらを見続けるクロスに、タカトは呻く。そして、ちらりと後ろを見た。

 ……泣いていた。なのはが、顔を伏せて。

 だが、タカトは何故なのはが泣いているかを”理解出来ない”。幸せが分からないとはそう言う事であった。

 誰かと一緒に居る事を、幸せと思え無い。

 ただ一人であろうとも、それを不幸だなんて思え無い。

 誰かが幸せであっても、それを共有出来ない!

 人間として当たり前の感情を、タカトは欠いている。脳神経だとか、精神的な問題ではなく、より根本的な『魂』から感情を欠落してしまっているのだ。

 だから、タカトは分からない。なのはが泣いている理由が。だから。

 

「……」

「あは」

 

 眼前の存在を、ただ睨み据えた。クロスはそれにさえも微笑む。タカトは、そっと右手を掲げた。

 

「クロス。お前、最初から”なのはに教える為にここに来たのか”?」

「うん。だって、不公平だろう? 彼女だけ何も知らないのは。これで君と彼女はイーブンだ」

 

 何がイーブンだと言うのか。クロスの台詞に、タカトは睨み続ける。だが、やはりクロスは微笑み続けるだけ。

 

「でも意外だね。君はもっと怒ると思ったんだけど」

「……今更だろう。そんな感情は”とうに死んでいる”」

 

 びくっとタカトの一言で、なのはの肩が震えたのが空気で分かる。

 何故、なのはが泣いているのか――?

 タカトには想像しか出来ない。同情か、あるいは自分のようなバケモノと居た事を後悔しているのか。どちらか。

 タカトには、少なくともそうとしか思え無かった。

 そして、それを”辛い”と思え無い。”不幸”だと思え無いのだ。

 それが、タカトの『傷』だから。

 だが、少しだけ、寂しくはあった。

 EXの真実を知った以上、前と同じようには接する事は出来まい。

 なのはと共に居た、三日だけの逃避行にタカトは少しだけ思いを馳せ。

 

「クロス・ラージネス」

 

 ゆっくりと、右手を翳す。その手の拘束具が音を立てた。拘束具が開いたのだ。封印を、解く為に。

 

「貴様は、ここで終われ」

「それでこそ、君だ」

 

 タカトの言葉に、クロスは微笑み。サークレットの中央に指を翳す。

 片や、右手を掲げ。

 片や、額に指を当てる。

 そんな二人を前に、なのはは涙を流しながら顔を上げる。その瞳に映るタカトの背中は、いつも、いつも、力強く、印象的だった背中が。

 

 ずっと、ずっと、儚く見えた。

 

 

 

 

《……なのは》

 

 タカトの背中を見ていたなのはに念話が届く。当のタカトからだ。

 こちらに背を向けたまま、タカトは念話を飛ばしていた。

 

《つまらん話しを聞かせた……すまんな》

「そ……!」

 

 そんな事無い! そう告げようとして。でも、出来なかった。喉につっかえるようにして声は出なかった。

 

《なのは。地球の次元転移座標は分かるな?》

《う、うん。でも……?》

 

 何で? と告げようとして。それも出来なかった。

 分かったからだ。タカトが何を言おうとしているかを。タカトは構わず続ける。

 

《そうか。ならなのは、お前一人で転移しろ》

《……っ》

 

 想像していた通りの一言が告げられる。タカトなら多分、こう言い出すと思った。だから、なのはは首を横に振った。

 

《やだよ……》

《なのは》

《タカト君だけを置いて行けるわけ無いよ!》

 

 漸く。漸く、なのはは正しく話せた。今まで、つっかえていたモノがまるで取れたかのように。なのはは感情のままに念話で叫ぶ。

 

《なんで、なの。なんでタカト君はいつも、いつも……!》

 

 自分を、犠牲にしようとするのか。そう、続けようとして。

 

《幸せが、俺には分からないから》

《っ――!》

 

 その前に、明確な答えが帰って来た。

 ……分かっていた事である。他では無い。それがタカトの傷なのだから。

 だから、彼はいつも自分を犠牲にする。幸せなんてものが、分からないから。だから。

 

《……クロスは捨て置け無い。こいつは、危険過ぎる》

 

 沈黙したなのはに、タカトは念話を続ける。なのはは無言でそれを聞いていた。

 

《ここで、奴と戦う。”真名を開放”して――》

《――っ! ダメ!》

 

 タカトから告げられる念話に、なのはは否定の念話を被せた。

 ……今のなのはには分かる。EX化が、どれほど危険なモノなのかを。それが、タカトをどれだけ苛むかを。だが、タカトは構わない。

 

《必要な事だ。俺の事は気にするな》

《っ……!》

《だから、なのは。お前は行け》

《タカトく――》

 

 それ以上、タカトは応じなかった。念話を切る。

 

「話しは終わったかい?」

「……ああ」

 

 やっぱり察しられていた事にタカトは目を細める。クロスは変わらぬ笑みのまま。二人は視線を交差させ――。

 

 光が、闇が集まり始めた。

 光が集う、光が集う、光が集う!

 暗い、暗い光が集う!

 闇が集う、闇が集う、闇が集う!

 輝く、輝く闇が集う!

 

 タカトの右手の拘束具、そしてクロスのサークレットに――。

 

「「真名、開放」」

 

 全く同時に二人は同じ言葉を呟く。無表情と笑みのままに。

 

「「我が、真名は――!」」

 

 そこまで言った――直後、いきなりタカトの足が浮いた。

 

「な……?」

 

 唐突に、突然に、何の前触れも無く、タカトは浮いていた。

 ”背中に抱き着くなのはと一緒に”――!

 二人は、そのまま後ろへ飛翔。転送ポートになだれ込む。タカトに出来たのは、転がり込む際に体勢を無理矢理変え、なのはを前へだき抱えて、クッションになる事だけだった。

 転送ポートの床に叩きつけられながら、タカトは胸に抱くなのはを見る。

 

「なのは! どういう積も――」

「レイジングハート!」

【オーライ! マイ、マスター!】

 

 二人が叫ぶと、低い機械音と共に転送ポートが起動した。タカトはそれに、なのはの意図を察する。

 自分を連れて、無理矢理転移する積もりなのだ。見れば、次元座標は第97管理外世界、地球を入力されていた。

 

「っ……! どけ、なのは! 俺はあいつと――」

「絶っ対にイヤ!」

 

 タカトに覆いかぶさるなのはは、真っ正面。タカトに抱き着きながら吐息が触れる距離で叫ぶ。その目は、ただタカトを見据えていた。

 

「絶っ対に、タカト君を置いて行ったりなんてしない……!」

「っ。たわけが……!」

 

 なのはを無理矢理突き飛ばすか――タカトは悩み。

 しかし、なのはの肩越しにクロスがサークレットから、指を外す仕草を見た。微笑み続けながら、クロスはタカト達をただ見ているだけ。

 

「お前……」

「彼女が、転移する”未来”までは視えていた。けど――」

 

 そこで視線はなのはに移る。クロスは嬉しそうに。本当に本当に嬉しそうに笑った。

 

「彼女が、君を無理矢理連れて行く未来までは視えなかったな」

「クロス……」

「視えないって事は楽しいんだよ。タカト」

 

 嬉しそうに、まるで子供のように無邪気に微笑む。それは、一切の偽りが無いと言う証であった。

 クロスの紛れも無い本当の笑顔。

 

「最初から、僕には全て視えていた。遥か遠い過去も。ずっと、ずっと遠い未来も。僕が死ぬ瞬間も、そこから続く未来も、世界の終焉すらも僕は視えてた。だから嬉しいんだ、楽しいんだ。視えないって事は。すごく、すごく、すごく、すごく、楽しいんだ。だから――」

 

 そこまで話し、クロスは言葉を切る。そして、タカトにいつものように微笑んだ。

 

「世界の全てが夜に覆われ、全ての悪意が現れる時、大きな大きな天使の輪の上で、輝く天使の輪の上で、僕は、君の答えを聞く」

「答え、だと?」

「君は何を求めているの?」

 

 まるで、不意打ち。しかし、クロスはタカトにはっきりと問う。その目を見ながら、真摯な瞳で。

 

「君は何の為に、生きてるの?」

「俺、は――」

「今はいいよ。どちらにせよ、そこまで行けば僕は君の答えを聞ける――そう、それだけが全てを知ってしまった僕のただ一つの価値。『希望』だから」

 

 そこまで言うと、クロスは背を向けた。直後、転送ポートが駆動。光が上下に瞬く。タカトの視界に映るクロスも歪んで見えた。次元転送の前触れである。

 

「忘れないでね? タカト。僕には君しかいない。いないんだ」

「クロ――」

「それじゃあ、またね」

 

 瞬間、光がタカトとなのはを覆い。二人は、この世界、ナルガから消えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 月明かりが二人を照らす。

 第97管理外世界、地球、海鳴市。その山奥に、二人の姿はあった。

 ナルガから転移してきたタカトと、なのはの姿が。二人は転移して来た時と同じ格好。つまり、タカトの上になのはが覆いかぶさる格好でいた。

 

「地球に着いた、か」

 

 自分の胸に顔を埋めるなのはの柔らかな感触を覚えながら、タカトは嘆息する。

 上半身を起こすが、なのははタカトから離れようとはしなかった。それにタカトは苦笑する。

 結果からすれば自分はなのはに救われた事になる。あの様子では、クロスもあの世界をどうこうはすまい。今のタカトが真名を開放すれば、最悪タカトの魂は破滅していた事だろう。なのはが、それを知っていたかは分からない。だが――。

 

「なのは、すまなかったな。ありがとう」

 

 なのはを胸に抱いたまま、タカトは礼を言う。自分は、なのはに救われたのだから。

 また借りを作ったなと苦笑して――”それ”を見た。

 涙目で、タカトを見据えるなのはの瞳を。

 

「なの――」

「もう、治らない、の?」

 

 なのはは真っ直ぐにタカトを見ながら、そんな事を言い出した。指をタカトの胸に当てて。

 それに、タカトは一瞬だけ息を飲み。そして目を細め。

 

「……二度と、治る事は無い」

「っ」

 

 ただ、事実のみを述べた。なのはが何を指しているのか、既にタカトは知っている。『傷』の事を、それは指していた。

 

「何、で……?」

 

 なのはの瞳から、再び雫が零れる。……涙だ。タカトはそれを見て、また嘆息する。

 

「魂の傷に、治療法なぞあると思うか?」

「それ、は……」

 

 なのははタカトの言葉に呻く。そんなモノ、あるかどうかも分からなかった。でも、ならタカトは――。

 

「俺は一生、幸せを理解する事は無い」

 

 淡々と、淡々とタカトは言う。その言葉は、なのはの胸に深く突き刺さった。タカトはそんななのはに微笑む。

 

「いつか言ったろう? そんなバケモノに優しくするな、と」

「…………」

「だから、なのは」

 

 俺と、もう関わるな。

 そう告げようとした瞬間、なのははキッとタカトを睨み据えた。真っ直ぐに。ただ、タカトを。そして。

 

「……決めたよ」

「何を――?」

 

 タカトがなのはの台詞に疑問符を浮かべた直後、なのはは躊躇無く、タカトの顔に自身の顔を寄せる。

 ――その唇に、自分の唇を重ねた。

 

「っ……!」

「ん……」

 

 唇から伝わる感触は、あまりに暖かくて、柔らかくて。

 タカトが目を見開いて驚愕する中で、なのはは身を寄せる。唇が、さらに深く合わさった。

 それはほんの一分にも満たない時間。月明かりに輝く中、星が瞬く瞬間、なのはは、タカトを感じた。ゆっくりと、唇を離す。

 タカトは、未だに呆然としていた。

 

「何、故……」

「決めたの」

 

 なのははタカトを真っ直ぐに見たままにそう言う。その瞳は、ただ決意に満ちていた。まだ固まったままのタカトに、なのはは続ける。

 

「タカト君を、私が幸せにしてあげる」

「なん、で……」

「好きだから」

 

 きっぱりと、なのはは告げる。それは告白と言うより、果たし合いを申し込むような感じであった。

 なのはは呆然とするタカトに、決意に満ちた目で続ける。

 

「タカト君の事が好きだから。だから、タカト君が幸せになれない事が、幸せを分からない事が納得いかない。イヤなの」

 

 そう、それがなのはの結論。伊織タカトに対しての、なのはのただ一つの想い。

 同情なんかじゃ無い。なのははただ自分の想いのままに行動する。

 

 ――だって好きだから。

 それが、全ての。

 

「幸せが分からないなら、教えてあげる。一緒に幸せになって、それが幸せだって感じて欲しいの。タカト君を幸せにしたいの」

 

 まるで、プロポーズ。

 だが、なのはは構わない。気恥ずかしさも覚えなかった。自分の想いを、自分の願いを、声にして伝えたいから。だから。

 

「一緒に、幸せになろう?」

 

 最後の一言を、なのははタカトに伝えた。

 

 

 

 

「言いたい事は、それだけか?」

 

 なのはが想いを伝えた直後、タカトが真っ直ぐに、なのはを睨みながら、声を絞り出す。

 その目は、ただただ怒りに満ちていた。

 けど、なのはは構わない。きっと、彼はそう言うと思ったから。

 

「ふざけるなよ……。なのは、そんなモノを誰が頼んだ……!」

「誰も、頼んでなんか無いよ。私の、想い」

「そうか」

 

 それだけを言い放つと、タカトは無理矢理立ち上がる。

 なのはを自分の胸から下ろして、そして目を閉じた。

 

 −ハハ、俺は幸せモノだな−

 

 その言葉を、タカトは覚えている。父の、自分が殺してしまった。父の末期の言葉を。

 

「俺は、俺が幸せを識る事を赦さない」

 

 なのはに真っ直ぐ告げる。同時に己にも。それはタカトが自分に定めた事。

 ずっと、ずっとそう思い続けてた。だから。

 

「でも、私はタカト君が幸せになれない事も、幸せを理解しないのも納得出来ないよ」

「自分が、どれほど傲慢な事を言ってるか。理解してるか?」

 

 タカトは、自分の幸せを祈る人を拒む。それが誰であれ、だ。

 なのはは、タカトの台詞にコクリと頷き、そして。

 

「それでも、イヤなの」

 

 タカトの瞳を見つめながら、そう言い切った。

 タカトは、そんななのはに眩しそうに目を細める。正しく、今のタカトにとって、なのはは眩しい存在だった。

 

 だから、タカトは。

 

「なら、俺はお前が嫌いだ」

 

 彼女を赦せなかった。

 赦せる訳が無かった。

 だって、それはタカトの決意を、想いを踏みにじる事だから。

 ずっと、ずっと、願い続けていた想いを。

 

「でも、私はタカト君が好き」

 

 だが、なのはは折れない。それが、タカトの想いを蔑ろにすると知っていても、分かっていても。

 例え、嫌いだと言われても。なのはは、自分の想いを決して曲げたりしない。

 だって、好きだから。

 その、ただ一つの想いだけが確かなモノ。

 なのはの想いを聞いて、でもタカトは視線を逸らさない。真っ直ぐに見つめる。

 なのはも、タカトの瞳を見つめ続けた。

 

「平行線だな」

「平行線だね」

 

 二人は、確かめるように呟く。互いの意見は交わる事無く、ただ平行線を辿る。二人は見つめ続けて、そしてタカトは、ゆっくりと背を向けた。

 

「なら、後は一つしか無い。この間は、貴様からの挑戦だったな。今度は俺から言おう――なのは、俺と戦え」

 

 それは、いつかの約束。賭けを交えた、戦うと言う約束だ。

 ――大切な約束。

 あの時は、なのはからだった。そして、今度はタカトからの挑戦。

 なのはは、視線を逸らさずに頷く。タカトはそれを確認して、完全に背中を向けた。

 

「お前は、俺にとって赦せ無い事を言った――だから約束しろ。俺が勝ったらその想いを捨てると」

「私が勝ったら?」

「――受けてやる」

 

 言い切ると同時にタカトは歩きだす。山の奥、闇の中へと。

 なのはは、それをずっと見続ける。

 

「お前の願いも、想いも」

 

 タカトはそこで顔だけをなのはへと向ける。

 なのははずっとずっとタカトを見続けていた。二つの視線が絡み合う。

 

「忘れるな。お前とは、必ず決着を付ける」

 

 タカトはそれだけを最後に言い放つと、同時に縮地を発動。その場からあっさり消えた。

 なのはは、タカトが消えた後もタカトが居た場所を見続け、もう一度頷いた。

 懐かしい、地球の月明かりの中。

 二人は互いの想いを伝え、「さよなら」も言わずに二人の逃避行は終わりを告げた。

 

 

(第四十話に続く)

 




次回予告
「DAを着込んだ魔導師部隊に次元航行艦から弾き飛ばされたシオン」
「彼は、そのまま彼等と戦うが、その連携に追い詰められていく」
「そんな彼の前に現れたのは――」
「そして、シオンの前に一人の少年が現れる」
「次回、第四十話『過去からの刃』」
「少年は絶叫する。過去の罪、その顕現に」


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第四十話「過去からの刃」(前編)

「かつて、俺は刀を握っていた――正直、今も思い出したくない記憶だが。あの頃の俺は、それは生意気だったと思う。刀さえあれば、自分は何でも出来る。そう思ってた。その結果、俺は取り返しのつかない事をしたんだ――魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

《ぐっ……! っあ!》

【シオン!】

 

 イクスの叫び。そして、視界に広がる虚空を見てシオンは舌打ちを放つ。

 危うく、慣性に任せて艦から離れてしまいそうになりながら、飛行魔法を発動。艦壁へと着地し、現状を確認する。

 強襲戦、最終段階。艦内への侵入に成功し、後はブリッジを占拠するだけだったシオンだが、突如として現れたDAを着込んだ魔導師達の一団により艦内から弾き出され、宇宙空間に投げ出されてしまったのだ。

 艦壁に着地したのは、フィールドの外に出ない為である。下手に離れると、フィールドを破る所からやり直さなければならない。そんな魔力も、余裕もシオンには無かった。何故なら――。

 

 −弾・弾・弾・弾・弾−

 

 現状を確認していたシオンに飛来する光弾。スフィアによる誘導弾射撃魔法だ。シオンはそれをイクスを振るい、切り払う。

 ……敵がDAを着込んだ魔導師ならば、本命は。

 

《っ!》

 

    −撃−

 

 光弾に混じって、別種の光弾が放たれたのをシオンは視認する。それは”通常弾”。魔法弾では無い、質量兵器による光弾であった。

 シオンは慌てず横にステップ。物質弾を回避する。だが。

 

    −轟!−

 

 直後、回避中のシオンに向かって放たれる光砲!

 シオンの行動を先読みしたが如くの精度で光砲は向かって来る。それに対し、シオンは足場を展開。着地しながらイクスを横薙ぎに振るう!

 

《弐ノ太刀、剣牙!》

 

    −戟!−

 

 放たれるは、魔力斬撃! シオンの斬撃を延長し、魔力が飛ぶ。

 砲撃と斬撃がシオンの眼前で衝突した。二つの一撃は一瞬だけ、互いに食い合い。すぐに霧散、相殺する。その砲撃の延長線上にシオンは目標を見付けた。

 それは機械のヒトガタを着込んだ存在。先程シオンを巻き込んで、一緒に艦から弾き出た魔導師であった。左手を翳し、砲撃を放った体勢で硬直している。その隙をシオンは逃さない。

 

《壱ノ太刀――》

 

 展開した足場に足裏を叩き付け、横薙ぎへと振ったイクスを振り上げると、瞬動を発動。即座に敵魔導師の懐に飛び込み――。

 

《絶――っ!?》

 

 硬直したままの敵に放たれんとするイクス。しかし、シオンは斬撃の途中でいきなり顔を強張らせる。無理矢理斬撃を止めて、後退した。

 

《……ちっ》

【動体反応多数……シオン】

 

 分かってる、とシオンは心の中だけでイクスに返す。あのまま突っ込めば、恐らく……。

 シオンの心中を察したが如く、新型DAを着込んだ魔導師を中心に、三体の同型のDAを着込んだ魔導師が艦壁をブチ貫いて現れた。ブレイク・チャージとか言ったか。蒼の魔力をフィールドのように纏いながら、三体は現れたのだ。

 あのまま突っ込めば、確実にシオンは再びあの突進を食らっていた事だろう。しかも、今度は無防備な状態で。四体に増えた敵魔導師をシオンは睨み据える。

 

《……アンタ達、この艦の魔導師か?》

《元第77武装隊魔導師だ。小僧、貴様のような子供が侵入者とはな》

 

 恐らくは隊長なのだろう。シオンと先に戦っていた魔導師が念話を返して来る。シオンはスッとイクスを正眼に構えた。

 

 ……敵は四体。

 

 彼我戦力を確認し、シオンはイクスを握る手に力を込める。DAを着込んだ魔導師と言うのは、それだけで厄介な存在であった。

 オプションとして、質量兵器を装備し、DA自体がデバイスとしての働きもするので本来のデバイスを持つ必要も無い。加えて、あれはパワードスーツの役割も果たす。……A相当の魔導士があれを着込んだとすると。

 

【一体辺りAAA+相当の戦力か】

《聞きたくない冷静な敵戦力を教えてくれてありがとさん》

 

 ぽそりと呟くイクスに、シオンは嘆息混じりに皮肉を飛ばす。AAA+相当の魔導師が四体。アースラやらグノーシスで慣れ切っていたが、そう考えるとかなりの戦力だ。

 

 ……通常状態じゃあ一人で戦っても勝ち目は薄いか。

 

 冷静にシオンは判断する。ここで必要なのは、客観的判断であった。四体もの高レベルと化した魔導師を相手に、一人で戦えると思う程、シオンは自惚れてはいない。一番いい方法はスバル、ノーヴェと合流する事だが……。

 

《シオン!》

《スバルか》

 

 シオンも向こうも双方互いの出方を窺っていると、当のスバルから念話が来た。随分慌てたような声に、シオンは訝しむ。

 

《ひょっとしてと思うけどよ。こっちの状況、掴んでるか?》

《うん。イクスが教えてくれて……》

 

 その一言で、何でスバルから念話が来たのかをシオンは悟った。余計な事しやがってと、自分の相棒を睨む。

 

《で、シオン。大丈夫なのかよ?》

《……ノーヴェにも報せてやがったのか》

【当たり前だ】

 

 今度はノーヴェからの声にシオンは呻く。イクスはさも当然と返して来るが、今回ばかりは余計だった。

 二人の事だから、この分だと――。

 

《すぐそっち行くから! 無理しないで待ってて!》

《私達が行くまで耐えてろよ!》

《……やっぱりそうなんのな。二人共、こっちはいいから来んな》

《《はぁ!?》》

 

 重なる大音声の念話に、ここらへんは姉妹だなぁと、シオンは苦笑。視線は変わらず敵を見据えながら、シオンは続ける。

 

《折角、敵艦に侵入出来たのに自分から出て来る馬鹿がどこにいるよ? フィールドをまた破るのも面倒だしよ》

《でも……》

《大丈夫だって。だから、お前達は自分ん所に集中してろ》

 

 スバルの迷うような声に、シオンは重ねて言う。それにスバル達は迷いからか、暫く沈黙。やがて念話が返って来た。

 

《分かったよ! こっち済ませたらすぐ行くから!》

《ソッコーで終わらせるから待ってろよ!》

《あいよ。……無理すんなよ》

 

 二人の返答に、シオンは苦笑する。言葉は違えど、助けに来ると言って来る二人に。シオンの返答を最後に念話は切れた。

 

《さってと――》

 

 念話が切れ、シオンは再び前方、四体の敵魔導師へと集中する。彼達はシオンが念話が切れるのを待っていたかのように一斉に前へ出た。

 シオンはそれに対し、一つの反応を示す。獣じみたニヤリと言う笑みを。

 

《始めようか》

 

    −撃!−

 

 その念話がまるで聞こえたが如く、四人が手に持つアサルトライフルを一斉にシオンへと撃ち放ち、シオンは矢の如く走り出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 −弾・弾・弾・弾・弾−

 

 虚空に灯るマズルフラッシュ。それは取りも直さず物質弾が放たれた証である。

 シオンは向かい来る弾丸を体を横に向けて躱すと同時に測転。さらに放たれるアサルトライフルの弾丸を避けた。

 

《イクス、セレクト・ブレイズ!》

【トランスファー】

 

 横に回転しながら戦技変換。シオンの動きが一気に加速し、空中に足場を展開と同時に瞬動を発動する。

 それまでのシオンの体速度を遥かに上回る速度でだ。必然、敵魔導師達はその速度に反応出来ない。ノーマルのシオンとブレイズのシオンでは、そもそもの速度が違う。DAを着込んでいるとはいえ、反応速度までは変わらない。加速した速度に付いて来られる筈も無かった。

 アサルトライフルを連射する魔導師の懐にシオンは飛び込み、両のイクス・ブレイズを振るう!

 

    −撃!−

 

 魔導師が気付いたのは、イクスの刃が通り過ぎた後だった。DAの装甲をイクスの刃が”削った”後。シオンはその結果に舌打ちする。

 ブレイズは速度特化型の戦技変換状態である。つまり、攻撃力はノーマルに比べるとかなり弱くなるのだ。DAの装甲が、その一撃に耐えた。それだけの事である。

 突如目の前に現れ、一撃を叩き込んだシオンに、攻撃を受けた魔導師とシオンの後ろに居た魔導師が漸く動き出す。

 左手に――これもオプション装備であろう――コンバットナイフを握ると、シオンへと突き出して来た。

 ――だが、シオンの動きはそれより疾かった。

 

《遅ぇ!》

 

    −閃−

 

    −戟!−

 

 突き出された二条の銀光に両のイクス・ブレイズが閃く! ナイフは、イクス・ブレイズに止められ、あろう事か”絡み取られた”。更にシオンは両手を跳ね上げる。

 ナイフは、それによりあっさりと虚空に舞った。自分の武器を失い、硬直する魔導師二人を前にシオンの身体がぐるりと踊る。横にスピンしながらシオンはイクス・ブレイズを振るい、放った。

 

《絶影・連牙!》

 

    −戟!−

 

    −裂!−

 

 前後の魔導師二人に同時に放たれるイクス・ブレイズ。その軌跡は孤を描き、首へとひた走って。

 

    −撃−

 

 その装甲を叩き、二体を吹き飛ばすだけで終わった。

 

 こいつ達……!

 

 シオンは再びの舌打ちと共にスピンを停止。新型DAの装甲に舌を巻く。想像通りではあるが、やはりこの装甲は厄介であった。

 少なくともブレイズ・フォームではまともなダメージを期待出来ない。

 

 ……ノーマルかウィズダム、あるいはカリバーなら……!

 

 そう思い、戦技変換しようとして。

 

    −撃!−

 

 間を置かず放たれた銃弾に気付いた。先に吹き飛ばした以外の者達。つまり、残された2人の魔導師が放ったアサルトライフルの弾丸である。シオンは戦技変換を諦め、横にステップ。銃弾はシオンの身体を掠めて通り過ぎた――が、当然一撃で終わる筈も無くアサルトライフルは更に銃弾を吐き出す。

 シオンは二、三と続く銃弾を両のイクスで迎撃、弾き飛ばし、瞬動を発動しようとして。

 いきなり突っ込んで来た騎体に目を剥いた。残った二人の魔導師は、一人が援護射撃を放ち、シオンをその場に釘付け、もう一人は突っ込んで来たのだ。

 シオンに迷い無く向かい来る騎体が纏うは蒼の魔力!

 

《ブレイク・チャージ!》

 

    −轟−

 

 撃発音声が念話によって放たれ、DAの尖った肩の部分が前へと倒れる。その部分が展開すると同時に、纏う魔力が濃密さを増す。直後、一気に加速。シオンへと突き進む。

 対し、シオンは横に半歩進んだ。同時に銃弾が途切れる。敵騎体を壁にして銃弾から身を隠したのだ。しかし、それは突っ込んで来る騎体の真っ正面に立つ事を意味する。

 すでに回避出来るタイミングでも無い。無防備なシオンへと、魔導師の騎体は迫り。

 

《セレクト・ウィズダム》

【トランスファー】

 

 突っ込まれる直前で、戦技変換。ウィズダムフォームへと変換する。

 同時にシオンはその身を前方へと投げ出した。まるで、迫り来る騎体に自ら挽かれるような動き。

 防御もせずに、シオンは身体を倒し。

 

《神覇、伍ノ太刀――》

 

 その一言が念話となって辺りに響いた。艦壁へとイクス・ウィズダムの石突きが飛び、叩き込まれる! その動作により、倒れ込むシオンは反発力を利用して一気に前へと出た。その穂先を展開、内部エネルギーを吐き出しながら。

 

《剣魔・裂!》

 

    −轟!−

 

 それは四神奥義を別とするならばシオンが放てる最強の一撃の名である。

 威力にしてSS相当の一撃を、シオンは穂先を中心に魔力を纏い、迫り来る騎体に突き放つ!

 

    −戟!−

 

    −軋!−

 

 二つの貫通突撃は真っ正面からぶつかり合った。

 周りを軋ませながら、ぶつかり合う一撃はしかし、より威力が高く、密度が高い方に押し負ける。

 つまり、シオンの剣魔・裂が敵騎体のブレイク・チャージを破り始めていたのだ。徐々に貫き、穂先が敵騎体へとじりじり突き進む。

 

 これで一騎――。

 

 シオンはその様子に撃破を予測して。

 

《《ブレイク・チャージ!》》

 

 左右からの念話による叫びに、ゾクリと悪寒を覚えた。

 

    −轟!−

 

 そんなシオンに左右から真っ直ぐ突っ込む二つの騎体! それはシオンが絶影・連牙を持って弾き飛ばした二騎であった。

 前方の騎体に剣魔・裂を放っているシオンには、それを回避する術は無い。回避する為には剣魔・裂を解除する他無いが、それは今、鍔ぜり合っている敵騎の突撃を受ける事に外ならない。

 

《まず――!》

【シオン!】

 

    −戟!−

 

 シオンとイクスの叫びを掻き消して二騎が左右からブレイク・チャージをシオンに叩き込む!

 シオンはそれに更なる魔力を放出し、剣魔・裂の勢いを上げて防いだ。

 左右前の三方向からのブレイク・チャージと、剣魔・裂が拮抗し、シオンと敵魔導師は硬直状態へとなる。それに、シオンは舌打ちして。

 

《ブレイク・チャージ!》

 

 響いた撃発音声に愕然とした。先程援護射撃を放っていた騎体が真上に回り込み、突撃を敢行したのだ。拮抗している今の状態で、これが躱せる筈も無い!

 

 こいつ達――。

 

 真上から降り落ちる敵騎を仰ぎ見て、シオンはぐっと息を飲む。

 

 ――共闘(たたかい)慣れてる……!?

 

    −撃!−

 

 シオンへと真上から叩き込まれたブレイク・チャージ。それは拮抗状態を十分打破しうる一撃であった。四方向からのブレイク・チャージは剣魔・裂の勢いに勝り、一気に押し流す!

 

    −戟!−

 

 直後、剣魔・裂はあっさりと破れ、四方向からのブレイク・チャージはその威力を存分に発揮。挟み込まれ、威力が逃せ無いシオンは爆裂したが如く弾け飛び、艦壁へと盛大に突っ込んだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「「シオン!?/シオン君!?」」

 

 アースラブリッジ。そこで、二つの叫びが木霊する。

 艦長席に座る八神はやてと、バルディッシュの破損により出撃出来ないフェイト・T・ハラオウンの声だ。二人が注視するのは、展開したウィンドゥである。

 そこに今映ったのは、新型DAを着込んだ四人の敵魔導師の突撃により、艦壁に叩き込まれ、未だに穴から出て来ないシオンだった。

 映像を見て、はやてがくっと顔を歪める。

 

「シャーリー。シオン君のバイタルは……?」

「はい! 少し待って下さい……!」

 

 はやてに聞かれる前から既に調べていたのだろう。シャーリーの指がコンソールを叩く。短く、しかしはやて達には長く感じられる時間が過ぎ、やがてシャーリーが頷いた。そして、艦壁に開いた穴も少し動く。

 

「バイタル良好! 大丈夫です!」

 

 その声と共に、穴からシオンがはい出て来る。シャーリーの報告と、映像に映るシオンに一同ホッとするが、そうも言ってられ無い事にすぐに気付いた。

 敵魔導師である。四騎の敵騎は迷い無くシオンへと襲い掛かる。それに対し、シオンは戦技変換。カリバーへと変化し四騎を向かい討つ。だが、先の一撃のダメージのせいかシオンの動きが鈍い。

 ニアSランクの攻撃を四騎から同時に叩き込まれたのだ。寧ろ、今戦えている事の方が不思議であった。

 銃弾、突撃が再びシオンを襲い。シオンは間断無い連携に反撃もままならず、防戦一方となっていた。

 

「シオンが……! はやて!」

「分かってる! 何とかせな……!」

 

 フェイトの声に、はやては頷く。それに、シャーリーが顔を歪めながら訝しんだ。

 

「でも、何でシオン君、精霊融合や精霊装填を使わないんでしょうか?」

「いえ、違います。使え無いんです」

 

 シャーリーの疑問に隣の席から答えが来た。グノーシスから来た管制官、シオンの幼なじみ、御剣カスミである。彼女もまた、防戦一方のシオンに顔を歪めていた。

 

「精霊融合は反動の冬眠がありますし、精霊装填は……」

「魔力消費が半端や無い、やろ?」

 

 カスミの言葉を、はやてが引き継ぐ。その目はモニターを見たままに続ける。

 

「シオン君はさっきSSSランクの精霊装填技を使ってる。アレで魔力を四割は使ってる筈や。精霊装填は使えて後、一、二発が限界やろ」

「あ……!」

 

 その言葉に、シャーリーはシオンが出現させた黄金の巨龍を思い出した。次元航行艦レベルの防御障壁を、三枚纏めて軽々と破ったあの技である。

 四神合神剣技・黄龍煌麟。

 シオンが放てる最大威力の技――それはつまり、魔力を最大消費する技と言う事に他ならない。

 

「それで決められるなら問題無いよ。でも、ブリッジの占拠が元々の目的だから。ここで魔力を全部使っちゃう訳には行かないんだよ……」

 

 フェイトが最後に締め括る。その目は苦戦を強いられるシオンを見続けていた。映像に映るシオンは良く戦っていると言える。

 精霊融合、装填抜きでAAA+、あるいはSに匹敵する敵魔導師四騎を相手取って、未だ落ちていないのだ。だが、それも時間の問題である。このままでは、シオンは――。

 やがて、フェイトがくっと歯を食いしばった。そのままシャーリーへと視線を移す。

 

「やっぱり、私が出るよ! シャーリー、バルディッシュは……!」

「だ、ダメですダメです! バルディッシュは本体が破損してるんですよ!? 戦闘行動なんて出来ません!」

「っ! でも……!」

 

 シャーリーが必死に首を振り、それにフェイトが悔し気に顔を歪める。

 何も出来ない自分をフェイトは責めた。やっと立ち直り、この場に居ると言うのに、教え子を助けられない自分を。

 それは、はやても同様であった。未だ、リインはアギトと共に眠りについており、シュベルト・クロイツも破損している。

 この場に居る者で、シオンの援護に行ける者は誰も居なかった。

 ブリッジに暗い空気が流れて――。

 

《――はやてちゃん!》

 

 突如、通信がブリッジに響いた。モニターの脇にウィンドゥが展開する。そこに映るのは、アースラの主任医療官、シャマルであった。

 いきなりの通信に、はやてが目を丸くする。

 

「シャマル? どないかしたん?」

《はやてちゃん! 皆が! シグナムとヴィータも――!》

 

 次の瞬間。

 

 

    −撃!−

 

 震えた。アースラが、僅かに。直後、ブリッジにアラームが鳴り響く。

 

「っ! シャーリー!?」

「は、はい!格納庫の隔壁で爆発! 敵の攻撃では無い見たいで……て、ええ!?」

「……シャーリー?」

 

 報告の最中に、素っ頓狂な声が出て、フェイトが訝しむ。それにすら、反応出来ずシャーリーは硬直。しばらくして、ゆっくりはやてとフェイトに振り返る。

 その顔は見て分かる程引き攣っていた。

 

「え、えーと。その、さっきの爆発、敵からの攻撃じゃない見たいです」

「……どう言う意味なん?」

「その……」

 

 しばらくシャーリーは迷い、ややあって報告を告げた。その報告を聞いて、はやて、フェイトは数十秒近く沈黙。やがてそれぞれ頭を抱えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《ぐっ……!》

【マズイぞ、シオン!】

 

 分かってると心の中で叫びながらシオンは両のイクスを振るう。それは飛来する銃弾を防ぎ、弾く。同時にシオンは虚空に足場を展開し、突っ込んでくる二騎の敵魔導師を向かい討った。二騎が持つは、オプションのコンバット・ナイフ。

 

《っら!》

 

    −撃!−

 

    −戟!−

 

 両のイクスが、突き込まれるナイフの刃を弾き、受け止める。接近戦の技術は、シオンの方が遥かに上である。二騎同時であろうと遅れは取らない。だが、敵は二騎だけでは無い!

 

 −撃・撃・撃・撃・撃−

 

 隙間を縫うようにして、放たれるアサルトライフルの銃撃! シオンは顔を歪め、両のイクスを跳ね上げて二つのナイフを弾きながら動く。

 銃弾を何とか回避。そのまま一番近い敵騎に蹴りを叩き込み、距離を取る。

 

 止まるな――!

 

 シオンは胸中、叫ぶ。その目は見失なった最後の一騎を捜し、さ迷う。動きは一切止めないままにだ。何故なら。

 

 止まれば、やられる――!

 

 それは確信であった。さっきの突撃のぶつかり合いで悟った事。この四騎相手に動きを止めるのは自殺行為と同義であった。

 放たれる火線がシオンを掠める、それは上からだった。シオンが真上へと顔を上げる。

 そこに映るのは、今まさにブレイク・チャージを発動せんとする敵騎の姿であった。

 

《ブレイク――》

《ちぃ……!》

 

 舌打ちを放ち、シオンは右のイクス、短槍となったイクスを振り上げる。即座に槍が展開。エネルギーを開放した。

 

《弐ノ太刀! 剣牙・裂!》

 

    −撃!−

 

 シオンの念話による叫びに応え、展開したイクスから穂先が一気に伸びる!

 それは真っ直ぐに飛翔し、ブレイク・チャージを発動しかけた敵騎を捉えた。その一撃をまともに受ける愚は避けたか、ブレイク・チャージを停止。左手を翳し、シールドを展開した。

 

 

    −軋っ−

 

 穂先の中心は、迷い無くその中央に突き立つ。出足をくじかれた敵騎はたたらを踏み、突撃を止めた。

 

 ――それが狙いだった。

 

《神覇、伍ノ太刀!》

 

 イクスの穂先により、動きを縫われた敵騎は硬直している。そんな敵騎にシオンは魔力を身体に纏い、一気に駆け出す!

 左手の長剣を前へと差し向けたままに、シオンは敵騎に突っ込み。そして。

 

《ブレイク・チャージ!》

 

 再びのブレイク・チャージが突き進むシオンの横へと叩き込まれた。その突撃で技の発動を邪魔されたシオンはぐっと唸り、再び、ブレイク・チャージにより吹き飛ぶ。

 だが、今度は艦壁まで吹き飛ばされる事は無く、形成した足場へと着地する事で何とか堪えた。同時に穂先を戻す。

 

《くっそ……!》

 

 シオンは止まらずこちらへと襲い来る四騎の魔導師に歯噛みする。

 一騎、一騎は正直大した事は無い。DAを装備しているとは言え、一騎打ちならすぐに撃破出来る程度の相手だ。

 だが、彼達は当然1騎では無い。四騎の彼達は、ガジェットや因子兵に出来ない――言ってしまえば”人間くさい”連携を組んでいたのだ。

 一騎ずつなら大した事が無くとも、四騎を総体として、有り得ないレベルの戦闘力へと跳ね上げている。

 これはアースラのFWチームと同じ事が言える。一人の戦闘力は普通より多少優秀な程度でも、それを重ね合わせる事により数倍になりかね無いレベルに押し上げているのだ。今の、”普通”のシオンでは、この連携は捌ききれない。

 

 ……使うか?

 

 シオンは自問する。己の切り札たる精霊融合・装填を使うかを。だが、シオンの直感はそれを拒み続けていた。

 こいつ達で”終わりでは無い”と、そう訴え続けていたのだ。

 だが、このままではじり貧で終わる。詰め将棋と同じである。捌ききれない以上、いつかやられる。

 後の事を考え余力を残して置いて、今やられる。それほど馬鹿らしい事も無い。

 シオンは迫り来る四騎にぎりっと歯を食いしばり。

 

《ちっくしょうが……!》

 

 悔し気な声を漏らしながら、指を噛む。血は玉となってぷっくりと出た。それを人差し指で擦り合わせ、潰し、魔力を纏わした上で血文字を虚空に描く。何せ、無重力空間だ。そうしなければ、血文字も描け無い。描く文字は――。

 

    −撃!−

 

 直後、シオンは背中に衝撃を受けた。

 

《か……!?》

【シオン!?】

 

 誘導魔力弾。それによる攻撃である。対魔力があるからこそ、衝撃を受けるだけで済んだが……。

 

 いつ、そんなもの――!

 

 前から迫る四騎は、そんなモノを放っていない。それはシオンも確認済みだ。ならば、誰が?

 答えはシオンの真後ろにあった。そこには、”前から接近して来る四騎の魔導師と同じ新型DAを装備した者達”が居た。

 その数、八騎。それは、一つの事実を意味している。

 

《増、援……!?》

 

 愕然とするシオンは、馬鹿なと呟く。だが、それは紛れも無い事実であった。八の騎影が一気にシオンへと殺到する。前の四騎と合わせて十二騎。新型DAを纏う彼達がシオンを囲む。

 

【シオン】

《分かってる……! 使うぞ!》

 

 シオンにもう迷いは無い。後の事を気にしている状況では無くなったのだ。今必要なのは、敵騎を纏めて倒す手段! それは一つしか無かった。手に赤く染める血を振るい、シオンは文字を描く。その文字は『雷』。

 

《来い! ヴォル――!》

 

 念話による叫びが響く。精霊召喚。シオンは切り札を発動する為に、友にして隣人たる精霊を召喚する。それを阻止せんと、アサルトライフルが火を吹き、誘導弾が放たれる。しかし、シオンは一切構わず。最後まで名を呼ぼうとして。

 

《切り札使うんは、まだ早いやろ。アホシオン》

 

 念話がシオンに響いた。

 

 この声は……!

 

    −射!−

 

 瞬間、”剣が矢となり”飛来。誘導弾の事如くを撃ち貫く――それで終わりでは無かった。

 

《先輩は弱いんだからよ。無理すんなって言っただろ?》

 

    −撃!−

 

 聞き覚えのある先輩を先輩と思わない念話と共に放たれるのは魔力斬撃! それは、アサルト・ライフルから放たれた銃弾を一部消し飛ばし。

 

《シオンだしね〜〜。……この借りで後で何して貰おっかな♪》

 

    −破!−

 

 脳天気なくせに、やたらとSな念話と共に砲撃が放たれる。光砲は更に銃弾を消し飛ばした。これで敵騎が放った攻撃は全て消えた。

 敵騎もシオンを見ていない。顔まで隠れているDAのせいで判別出来ないが、その動きは動揺が混ざっているようにシオンは思った。

 

《ヘタ君には後で一発芸でもやってもらおか♪ 勿論、爆笑取れるまで終わせんで?》

 

    −轟−

 

 相も変わらずお笑いの事を言ってくる関西弁の念話が響くと共に放たれるは渦を巻く衝撃波。それは、今も敵艦のブリッジを目指す少女の一撃である。

 ここに居ない彼女の一撃を再現したのだ。衝撃波は、四騎のDAを纏めて束縛する。

 

《全くよ。この借りはでかいと思えよ? ヘタレオン!》

 

    −裂!−

 

 その四騎に、ぶっきらぼうな念話と共に放たれるは、真空間に発生した竜巻。それが容赦無く四騎を吹き飛ばす。

 それを見た残る八の敵騎は即座に散解しようとして。

 

《貴方は毎回懲りないですね本当に――まぁ、そんな無茶するあたりが、シオンらしいですけど》

 

    −閃!−

 

 続く烈風の一閃が、やたらと慇懃な敬語と共に放たれ、残る敵騎を纏めて撃つ。その一撃で倒れ無いまでも、相当な衝撃を叩き込まれたか、敵騎はその場で硬直する。

 

《あのブラウニーの真似事なんかするから、こう言う目にあうのよ。少しは反省しなさい》

 

    −砲!−

 

 明るい、しかし姐御的な言い回しと共に光砲が撃ち込まれ、硬直する二騎に直撃。盛大に吹き飛ばし。

 

《まぁ、今回は俺達が寝てたせいがでかいからよ。今度、飯奢る程度で許してやるよ。……あ、肉な肉。やっぱ怪我したら肉だよなー』

 

    −斬!−

 

 やたらと脳天気かつ、鷹揚な念話と共にシオンを”摺り抜け”て、斬撃が飛ぶ。それは、残る六騎”のみ”を纏めて打撃し、軽快に吹き飛ばした。

 

《いろいろあるがよ。ま、俺達が寝てる間に迷惑掛けちまったな。……それは置いといてヤニねぇかヤニ。吸えねぇだろうがくわえときてぇ》

 

    −弾!−

 

 −弾・弾・弾・弾・弾−

 

 労いの言葉なのに、最後はやっぱり煙草を求める念話と共に、六の銃撃が容赦無く敵騎に叩き込まれる。弾かれたように、更に吹き飛ばされ。

 

《――済まんな、シオン。迷惑を掛けた》

《それと、後でなのはの事聞かせろよ》

 

    −烈!−

 

    −戟!−

 

 連結刃の一撃が、三騎を追撃。横薙ぎに、打撃し、同時に三つの鉄球が残る三騎に撃ち込まれる。

 そして、シオンの周りにはあれほど居た敵騎は纏めて吹き飛ばされ。代わりに、見慣れた顔が出揃っていた。

 アースラで寝ている筈のグノーシス・メンバー。そして、ライトニング2、シグナムとスターズ2、ヴィータ。

 総計十一人の顔ぶれが。

 皆、本来はまだ寝てなくては駄目なのだろう。そこらに包帯は巻いてあるし、片腕や片足をギブスで固めている者も居る。

 当然、まともに戦えるような状態では無い。

 だが、それでも無理矢理に駆け付けたのだ。戦う為に。

 シオンを助ける為にとは誰も言わない。真実、誰もそうは思っていないだろう。だが、それでも彼達は――。

 しばし呆然としていたシオンだが、やがてへっと笑う。そして駆け付けた彼達に皮肉気に口端を吊り上げた。

 

《怪我人は大人しく寝てりゃあいいのに。皆揃って目立ちたがり屋だなぁ……》

《言ってろ。大ピンチだったじゃねぇか》

《これから大逆転の予定だったんだよ。――ま、でも折角来たんだし、一つ楽しんでいけよ》

 

 そう念話を飛ばしながら、シオンはぐるりと首を巡らせる。そこには、いくら本調子では無かったとは言え、グノーシス・メンバーと、シグナム、ヴィータの一撃を受けて尚も倒れない十二の騎影があった。

 また随分、頑丈である。だが。

 

《んじゃ、反撃開始と行こうか!》

《お前が仕切るな アホ》

 

 シオンの念話にコルトのツッコミが入り、直後、一気にシオン達は敵騎に踊り掛かる。

 ここに反撃開始の幕が開いた。

 

 

(中編1に続く)

 




はい、第四十話前編でした。ちなみに今回出て来た魔導師が着ていたDAのイメージは某ガーリオンさんですな(笑)
AAA+ランク相当まで戦闘力を底上げしてくれる逸品です。
では、次回もお楽しみにー。


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第四十話「過去からの刃」(中編1)

はい、第四十話中編1です。タイトルの意味はもーちょいで明らかに。反逆編も後もう少し、駆け抜けて参りましょう。では、どぞー。


 

    −撃!−

 

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

 宇宙に灯る、銃撃のマズルフラッシュ。それと共に吐き出された数千の弾丸が、真っ直ぐに翔けて来るシオン達アースラチームに放たれる。

 その先陣を切るシオンは、向かい来る弾丸にシールドを最大数である三枚展開。その真横で、シオンの元後輩でもある真藤リクも同じくシールドを三枚展開する。そこに容赦無く叩き込まれる弾丸群。が、最大数を展開したシールドは容易には抜けない。弾丸群を弾き飛ばす。

 シオン一人だけならば、ここでブレイク・チャージによる突撃を敢行されていた事だろう。だが、今のシオンは一人では無い!

 

《フェイル、行くで》

【はい】

 

    −射!−

 

 弾丸群を撃ち込まれるシオン達の真後ろで、彼の幼なじみにしてイクスと同じU・Aデバイスである、フェイル・ノートを構えた本田ウィルの念話が響く。

 直後、剣矢が連なり飛翔。ちょうど並びながらアサルトライフルを連射する敵陣の真ん中へと撃ち込まれた。

 中央の敵騎達が撃ち落とさんと、剣矢にアサルトライフルの照準を向ける。放たれた剣矢は四発。敵騎達は、迷い無く発砲。

 

 −撃・撃・撃・撃−

 

 アサルトライフルから放たれた弾丸は、剣矢に着弾し――赤い火花のみを発して、あっさりと弾かれた。

 敵騎達は慌ててアサルトライフルを連射するも、結果は先程と同じ。威力の桁が違い過ぎるのだ。

 中央の敵騎は迎撃を諦め、上へと逃げる。四発の剣矢は、真っ直ぐに飛び、敵騎を通り過ぎて虚空に消えた――それが狙いだった。

 

《簡単に頭を出してくれちゃって♪ ガングニール!》

【ぶっ飛ばせ〜〜♪】

 

 直後に叫びが響く!

 射撃、砲撃を得意とするのは、ウィル一人では無い。

 凪千尋。

 白き槍、ロスト・ウェポン、ガングニールを携える彼女が居た。

 上へと逃げた四騎にほくそ笑むと、ガングニールの穂先を迷い無く向ける。

 ガングニールの姿は既に2ndフォルム、砲撃形態!

 

《その威名を存分に叫びなさい!》

【真空間だから念話でね〜〜♪】

 

 −バースト・ベヴァイゼン!−

 

 同時、世界に鍵となる声が響き、それを契機にガングニールの砲口に光が収束する。上へと逃げた敵騎達は漸く千尋に気付いたのか、慌てて離脱、散開しようとするが、砲撃上等な彼女がそんなものを許す筈も無い。

 

《大・神・宣・名!》

【オーディン! カノーネン!】

 

    −煌!−

 

 叫びと共にガングニールの砲口から激烈な光が放射された。放たれた光砲は一気に敵騎へと飛び、上に逃げた四騎の内、二騎に直撃。何とかシールドを張り、一撃KOこそ避けたが、あまりの威力にその場に留まる事も出来ず光砲に押し流される。

 仲間が押し流されるのを脇目に見ていた残りの二騎は、一瞬だけ棒立ちになるも、しかしすぐに我に返った。下降し、仲間へと合流しようとして――その一瞬が、命取りだった。

 千尋の叫びが更に響く!

 

《連……! 射ぁああああぁ――――――――――――――――!!》

【大、サービス〜〜♪】

 

    −轟!−

 

 叫びの念話が響き渡ると同時に、”二射目”の砲撃が放たれる!

 その光砲にぎょっ! とする残りの二騎は、千尋の笑顔と、問答無用とばかりに煌めく光砲を目に焼き付けた。

 

    −撃!−

 

 放たれた光砲は、防御すら忘れた敵騎に叩き込まれる。光砲は、その威力を一騎目に全て注ぎ込んだ。それは、爆砕と言う形をもって顕現する。

 

    −爆!−

 

 閃光爆裂! 光砲が着弾した敵騎を中心に爆発し、残った一騎を押し退けながら広がる。その光はまるで、太陽を思わせた。

 光は直ぐに収束し、収まる。後に残ったのはDAを完全に破壊され、気絶した魔導師だけだった。

 

《まずは一騎!》

 

 千尋は顔を綻ばせながら、高々に戦果を告げる。そして。

 

《んで、もう一騎追加やな》

 

    −射!−

 

    −撃!−

 

 上に残った最後の一騎。千尋の砲撃に驚愕し、硬直していた敵騎の四肢に剣矢が八連で貫通していく。いつ放たれたのか、敵騎が射られた事にすら気付かぬ早業であった。

 四肢を穿たれ、苦しみ悶える魔導師が見たのは、最後の剣矢をフェイルに番えるウィルの姿。その目はどこまでも、ひたむきであった。口端がにぃ、と歪む。

 

《往生ォ、しぃやあ……》

【サンダーブレード、セット】

 

 直後――。

 

    −閃−

 

 静謐に、あまりに静かに剣弓が敵騎に突き立つ。この剣矢は、先の剣矢と違い貫通する事は無かった。肩の部分へと突き立った剣矢は、しかしその効果を発揮する。

 

    −雷!−

 

 一瞬、敵騎に容赦無く走る雷光! いかな威力があったのか、敵騎はびくっと痙攣し。雷光が収まった後は黒煙を辺りに吐き出した。

 

《二騎撃破、や》

 

 煙を上げ続ける敵騎にウィルはフッと笑い、隣の千尋と頷き合う。

 そして、次なる標的と援護が必要な仲間を求めて視線を巡らせ始めた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 千尋とウィルがそれぞれ撃破を告げる。それを後ろで聞きながら、シオンは前方、未だ艦壁に張り付き、アサルトライフルを連射する敵騎達を見た。

 四騎の魔導師は後方に吹き飛ばされ、二騎は撃破。残った六騎の魔導師達は目に見えて分かる程にうろたえている。

 ……当然とも言える。何せ、ウィル達が駆け付けてからまだ一分も経ってはいない。その間に、二騎も墜されたのだ。うろたえもしよう。

 だが、戦場においてその動揺は、付け入られる隙でしか無い。

 

《シ〜〜オン♪ 宜しく♪》

《リク、頼むで♪》

 

 弾幕が緩んだ瞬間を見計らって後方から飛ぶ念話。シオンとリクはそれに迷い無く頷き、ノーマルに戻したイクスと、バスターフォームへと戦技変換させたブリューナクを構える。刃を横にして、まるで野球のバッテングのようにして二人は己のデバイスを振るった。その前に、念話を掛けた二人――聖徳アスカと、獅童楓が、ひょいと現れる。女子二人はくるりと身体を回転。シオン達に対して、足裏を向ける。そこを目掛けて、シオンとリクが、刃を横にした大剣を振り放つ。

 

    −轟−

 

 二つの大剣を足場にし、さらにシオン達が振るった大剣の勢いを利用して二人は一気にすっ飛んだ。向かう先は、アサルトライフルを連射する敵騎陣。

 弾かれ、飛び出した二人は真っ直ぐに敵陣へと突き進み。その最中に、ぐっと拳を握る。拳は、何故か血に塗れていた。

 

《《術式解凍!》》

 

 −アクセル・ブレイク−

 

 −サーキット・ロード−

 

 二人の念話による叫びと共に鍵となる言葉が空間に響く。同時、二人は血に塗れた右手と左手を振るった。

 

《来てね♪ ジン!》

《来ぃや。セルシウス!》

 

 二人が叫ぶと共に、背後に二つの影が顕現する。

 アスカの背には風纏う太っちょの男性が。

 楓の背には、その肌すらも透き通り霜を纏う薄衣の女性が現れた。

 風の精霊:ジン。

 氷の精霊:セルシウス。

 二人は、己の契約精霊を呼び出したのだ。そう、アスカも楓も使うのはカラバ式。その二人が精霊と契約していない筈も無い。

 永唱は、ここに来る最中に済ませて置いたのだろう。先の術式解凍は、これを意味していたのだ。

 

《さっき行っくよ〜〜♪ 白煌(びゃくこう)、精霊装填》

【了解。全兵装、全開放。超過駆動、開始!】

 

 アスカの叫びと共に、腕に装着した手甲。白煌へとジンがその像をブラしながら吸い込まれる。完全にジンが白煌へと装填されると、アスカはにぱっと笑った。

 

【精霊・装填!】

《よーし。”単一固有技能”、発っ動♪》

【了解】

 

 アスカの陽気な念話に白煌の淡々とした声が答える。直後、アスカの姿が”ブレた”その姿は、多重に”残像”となって世界に投影される。

 

【聖鳳流拳技、単一固有技能(オンリーワン・アビリティー・スキル)『聖爛武闘(せいらんぶとう)』発動】

 

 白煌がその残像現象の名を淡々と呼ぶ。同時、アスカは足場を空中に展開。そこに足を乗せ、アスカ達へとアサルトライフルを連射する敵陣を見る。

 にぱっと、再び笑った。

 

《行っくよ〜〜〜〜!》

 

 笑いと共に間延びした叫びが響く。瞬動発動。一気にアスカは残像を残しながら敵陣へと駆ける!

 慌てたのは敵騎である。何せ、残像を伴いながら疾走してくる少女など初めて見た事だろう。慌てて全騎、アスカへとアサルトライフルの照準を向け、フルオートで連射開始。

 

 −撃・撃・撃・撃・撃−

 

 放たれる幾百もの弾丸群。それは隙間無くアスカへと殺到し、その華奢な身体へと襲い掛かる。だが、そんなものに意味は無かった。アスカに殺到する弾丸は、全てその身を通り過ぎる。

 そう、弾丸が撃ち抜いたのはただの残像に過ぎない。本物のアスカはそんなもの、とうに抜けていた。

 普通の瞬動を遥かに超える速度である。アスカは真ん中でアサルトライフルを連射する敵騎の真ん前に移動すると、その眼前でにぱっと笑ってみせた。

 その行為を挑発と受け取ったか、至近距離でアサルトライフルを魔導師は連射する。弾丸は未だに笑うアスカへと吸い込まれ。当然の如く、通り過ぎた。残像だ。

 

《聖凰流拳技、風神奥義〜〜》

【フル・ドライブ!】

 

 二つの声は、魔導師の真後ろから響いた。それはアスカを至近距離で撃った魔導師は疎か、その仲間達である敵騎すらも気付かせぬ内に背後に回り込んだアスカとそのデバイス、白煌の念話である。

 アスカは右の拳を引き、展開した足場に乗っていた。それは空手の中段正拳突きの構えを思わせる。そして、その拳が纏うは風! 魔導師が背後のアスカに振り返ろうとして。

 

《風塵流星煌〜〜!》

 

    −撃!−

 

 その背中に、風巻く拳が叩き付けられた。拳は捩りと共に放たれ、同時、風が螺旋を描きまるで流星の如く拳から放たれる!

 風で形成された流星は容赦無く、背中を削った。しかも、それは一発では済まない。

 残像がアスカの姿勢に追い付くと、その拳から螺旋を描く流星が捩り込まれる!

 

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃− 

    −撃!−

 

 続け様に叩き込まれた風の流星が、DAの装甲を問答無用に完全破壊。尚も止まらず、その背中に流星は撃ち込まれ、魔導師は完全に意識をぶち切られ、気絶した。

 これこそが聖爛武闘の真なる効果。風で形成された残像による追加攻撃であった。

 例えばSランクの攻撃を絢爛武闘で放った場合、残像による追加攻撃が放たれた攻撃と”同じ威力”で発生するのである。

 続け様に数十発もの攻撃が、である。その威力たるや押して知るべしであった。

 風塵流星煌を放ち、残心するアスカ。しかし、その笑顔が若干歪み、脇腹を手で押さえる。

 

《あたた〜〜……》

【……肋骨が骨折しているのですから当たり前です】

 

 目立った怪我が無いように見えたアスカであったが、やはり相応に怪我をしていたらしい。ん〜〜と、唸りながらその場に膝を着く。

 そんなアスカに我に返った敵騎達がすぐさまアサルトライフルを彼女に向ける。だが、それを見てもアスカは笑顔のままだった。

 

《えへへ〜〜。ちょっと痛いから休憩するね? 楓ちゃん。後、宜しく〜〜》

《お任せや♪》

【全兵装、全開放。超過駆動開始!】

 

 アスカの念話に、楓とシャドウの念話が応える。見ると、敵陣から少し離れた所にアスカは陣取っていた。構えるシャドウは1stモード。レイピアの状態である。そのシャドウに、セルシウスがその身を沈ませる。

 

【精霊装填!】

《……パクる相手もおらんし、時間も無いから久々に行くで? 楓お姉さんのオリジナル魔法!》

 

 精霊装填が完了したシャドウがその刀身を鮮やかな蒼に染める。楓は迷い無く、シャドウをあちこちに振るった。

 その動作に呼応するように、その眼前に氷の鏡が生まれる。それも一枚では無い。多数にだ。氷鏡は楓の姿をそのまま映す。

 その鏡を見て楓は笑みを浮かべ、視線を前へと戻す。アスカを撃たんとする敵陣達に。その時、うずくまるアスカへと、今まさに弾丸を叩きこまんとする魔導師達であったが、直前に信じられない事が起きた。

 アスカの前にいきなり氷の鏡が発生したのだ。一切、何の前触れも無く。

 それも、アスカを囲むように氷鏡は現れる。氷鏡は、DAを着込んだ魔導師達を言葉通り鏡映しとする。

 それを何かの防御と思ったか、魔導師達は即座にアサルトライフルを氷鏡に向け、破壊せんと即座に発砲し――。

 

 −撃・撃・撃・撃・撃−

 

 ――全て、その弾丸を”己達”が喰らった。氷鏡に弾丸が接触した瞬間にだ。

 跳弾でも、ましてや弾丸を返された訳でも無い。”氷鏡に映る”自分を撃ったと同時に、撃った箇所と”同じ”所に弾丸による衝撃を受けたのである。何が起きたか分からずに混乱する敵騎達を見て、楓がくすりと笑う。

 

《ミラー・ファントム。上手くハマってくれたなぁ》

 

 レイピアを弄びながら、そんな念話を飛ばす。

 ミラー・ファントム、それがその魔法の名前なのか。未だに混乱する敵騎達に楓ニンマリと笑い、眼前の氷鏡へとレイピアを構え。

 

《よっと》

 

 迷い無く突き入れた、瞬間。

 

    −閃!−

 

 レイピアが氷鏡に”沈む”。それと同時に、敵騎の眼前にある氷鏡からレイピアの剣先が一斉に”生えた”。

 それは混乱する敵騎達に突き穿たれる。DA自体は相当な頑健さを誇る為、その一撃は装甲を僅かに傷付けるのみであった。だが当然、いきなり生まれたレイピアに更に敵騎達は混乱する。

 ――異変はそこで終わらなかった。レイピアが触れた箇所から、いきなり凍り始めたのだ。

 これは、精霊装填された武装による追加効果であるが、それは取りも直さず一つの事実を肯定する。氷鏡から生まれたレイピアは、全て”本物”のシャドウであると言う事だ。

 ミラー・ファントム。氷鏡による多重転移魔法。

 それが、この魔法の正体であった。弾丸を返したのも、これによる現象である。氷鏡に映った敵騎達に弾丸を転移して返したのだ。シャドウが多重に現れたのも同様である。鏡越しに剣先を転移させて、ついでとばかりに変形。1stモードのシャドウは形質変化能力を有する。クラナガンでの戦いでハリセンに変形したのがこれだ。

 つまり、これを氷鏡の転移空間内で行ったのだ。剣先を多数生み出し、全ての氷鏡から出現させたのである。結果、何が起こったのか分からない敵騎達は混乱したのだ。

 装甲が精霊装填されたシャドウの追加効果で凍り始めた事に、魔導師達は慌てる。氷鏡の前に居る事は危険と判断したか、慌てて上へと逃げ出した。

 楓とアスカが同時にクスリと笑う。

 

《《リク!/リク君♪》》

 

 二人が同時に、同じ名を呼ぶ。と、同時に二人の背後から艦壁を蹴り虚空へと駆ける一人の少年が居た。真藤リクである。

 その手は、二人と同様”血に塗れている”。リクもまた、カラバ式の使い手である。ならば、精霊と契約していない筈も無い!

 

《術式解凍!》

 

 −スマッシュ・インセプト−

 

《来い……! ノーム!》

 

 虚空をひた走るリクの叫びに、どこからとも無く岩塊が複数現れる。それはリクの背後で衝突。直後、髭を生やした、やけに背丈の小さな初老の男性が現れた。

 地の精霊:ノーム。

 それが、この初老の正体である。

 リクは背後に現れたその存在に振り向きもせずに己のデバイス、ブリューナクを大上段に振りかぶる。そこにノームが像をブラして、吸い込まれた。

 

《精霊装填!》

【全兵装、全開放、超過駆動開始!】

 

 やがて、ブリューナクに完全にノームは融合した。リクはそのまま虚空を駆け、一気に下降を開始する。

 そこには、今まさに楓の攻撃から逃げ出した敵騎が二騎居た。そして。

 

 −足を地に、我は恐れず前へと歩く−

 

 空間に、リクだけの呪文が響く。そう、リクは第四位でありながら唯一、オリジナルスペルに開眼しているのであった。それが意味するのはただ一つ。

 今から放つのは、”リクが放てる最大威力の技”だと言う事。

 その呪文に応えるかのように、ブリューナクの色が変質する。朱だった色は、漆黒へと変わった。光が歪められているのだ。ブリューナクの”超重量”に。

 それをリクは逃げ出す二騎に突き進みながら一気に振り放つ!

 

《超重! 魔神撃!》

 

    −轟!−

 

 剣先は、二騎に当たら無かった――いや、当て無かったのだ。直撃させれば、確実に即死させてしまう。

 剣先は、二騎の隙間を通り過ぎる。それだけ、それだけで。

 二騎はDAを砕かれた。

 超重量により、発生した超重力衝撃波でDAのみを問答無用に破壊されたのだ。DAを砕かれた魔導師達も当然、ただでは済まない。

 そのまま直重量の剣に引きずられ、リクと共に艦壁に叩き付けられる。その衝撃で、彼達はあっさりと昏倒した。艦壁にめり込んだリクは、ふぅと息を吐き、ブリューナクを肩に担ぐ。そしてアスカ、楓に振り向きながら、ニッと笑い。

 

《これで、五騎!》

 

 撃破数を高々に告げた。

 

 残り敵魔導師、七騎――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 これで後、残りは七騎……!

 

 シオンは戦果を告げるリクの念話に頷きながら現状を確認する。楓の攻撃から逃げ出した五騎はそのまま後退し続け、千尋に吹き飛ばされた二騎も漸く砲撃から逃れたのか戻り始めていた。

 二つに分かれていた敵騎はそのまま合流するつもりなのだろう。互いに合流する軌道で飛んで行く。

 だが、そんなもの許してやる義理も無い。

 シオンは”目標”――自分を最初に艦内から叩き出した魔導師を見つける。

 あの新型DAを装備した第77武装隊の隊長である。あれには最初にブレイク・チャージをかまされて以降、煮え湯を飲まされっぱなしであった。いい加減、ここらで借りを纏めて返しておきたい。

 神庭シオン。タカトの事は何も言えない程、負けず嫌いであった。

 

《刃、あいつ達。分断出来るか?》

《あ? 誰に聞いてるつもりだお前》

 

 シオンの念話に、刃がニヤリと笑う。そして、愛刀である銀龍を振るった。

 

《朝飯前だ、そんなの。……てか。そんな事する必要あるか? 纏めてぶっ潰せば――》

《お前。その足で、あれ達と戦うつもりかよ?》

《…………》

 

 刃の念話に、シオンがジト目で睨む。刃の足は、両足とも見事にギプスで固められていた。骨が折れているのは間違い無い。少なくとも、歩法が重要な刀術で戦える状況ではあるまい。

 無言で固まる刃に、シオンが苦笑して肩を竦めた。

 

《ま、無理せんとここで援護してろよ怪我人》

《……治ったら覚えとけよ、ヘタレ》

 

 その念話に聞こえませーんと、耳を塞ぐシオンに、刃はこめかみをピクピクさせつつ、銀龍を振るう。

 

《――目覚めろ、銀龍》

 

    −哮−

 

 瞬間、刃の持つ銀龍から確かに咆哮が響いた。無音の咆哮である。

 刃はそれに微笑し、ゆっくりと刀を振り上げた。

 

《分断するだけでいいぜ、刃》

《アホか。んなセコい戦果で納得出来るかよ。一騎墜としてやる……!》

《聞こえたで――――! 刃――――――!》

 

 遠くから、精霊装填したのに一騎も墜として無い楓からの怒声が響く。

 実際、敵騎を分断させたあげく、混乱にまで落とし入れたのだから、その戦果は撃破より高いと言えるのだが――。

 シオンと刃は揃って聞こえ無いフリを決め込んだ。

 

《こら! 無視すな! お笑いには無視が1番キツイんやで!?》

《……だ、そうだぞ? ウィル》

《……ワイに振らんといてくれるか》

 

 楓と同じ関西人(しかし、中身はクォーター)のウィルが諦めたような顔で首を振る。

 それにも反応し、ぎゃあぎゃあと騒ぎ出した楓に、シオンと刃は標的が変わった事に安堵。再び敵騎に視線を向ける。

 同時、刃の足元に二重螺旋を織り込んだ魔法陣が展開した。更に刀身を炎が伝う。そして。

 

《――そこだ》

 

 ぽつりと告げる念話と共に、激烈な踏み込みを艦壁に叩き付ける!

 直後に、円を描いて炎を巻く銀龍が振り下ろされた。

 

《燃え盛れ、銀龍。焔龍・煉獄陣》

 

    −業!−

 

 振り下ろされた銀龍の軌跡を延長して、焔が疾る! その軌跡は炎線となり、真っ直ぐに敵騎へと向かった。敵騎も流石にこれには気付き、プロテクションを発動。その真下を炎線は通り過ぎ――。

 

    −爆!−

 

    −裂!−

 

    −閃!−

 

 炎線を中心に、炎の壁が立ち上がる! プロテクションはあっさりと砕け散った。ついでとばかりにDAも焼き尽くし、”中身”を景気良く吹っ飛ばす。炎壁は、そのまま百m近くも築きあげられ、敵陣を容赦無く分断。合流を阻止してのけた。

 

《おお……。流っ石♪》

 

 それを見て、シオンが喝采を上げる。労おうと刃に振り向き。

 

《ぐ、くくぅ……!》

 

 跪きながら足を押さえて悶える刃を見た。一同、そんな刃に暫く沈黙する。

 

《何してんのお前?》

 

 一応、シオンが代表して聞く事にする。苦悶の声を上げる刃が、顔を上げた。

 

《お、思いっきり踏み込み過ぎた……》

《…………》

 

 刃の、あまりにアホなその念話に再び一同、沈黙。やがてそれぞれ、うんと頷き合い。刃へと視線を向け、皆一斉に念話を飛ばす。

 

《《アホ》》

《喧しい! とっと行けヘタレ!》

 

 がーと、吠える刃に苦笑し、シオン達はそれぞれ動き出す。

 視線を再度敵騎達に向けると、炎壁の上から抜けて合流しようとでもしたのだろう、炎壁を伝い、上昇しようとした所でウィル、千尋の二人から射砲撃が飛び、頭を押さえつけ、合流出来ないようにしていた。

 どうやら一連の騒ぎの最中もずっと頭を押さえていたらしい。二人共、ある意味器用であった。そんな二人にシオンは微笑し、ちょうど三騎ずつ残った敵陣に目を向ける。

 未だ合流せんとする敵騎達は、ウィルと千尋の射砲撃に動きを縫われ、まともに退避も出来ないようであった。

 ――つまり、殲滅するチャンスである。

 ちょうど三騎ずつに分かれた敵陣達に、残るシオン達も三人ずつに分かれた。

 シオンは、コルトとハヤトと共に。

 シグナムとヴィータは悠一と共に。

 ごくごく自然に、彼等はそのように分かれた。

 シオンは、自分の背後に立つ二人に視線を巡らせ、再び敵騎へと視線を戻す。念話を二人に飛ばした。

 

《俺は、あの隊長騎をやります》

 

 シオンの念話に、背後のコルトは少しだけ考える。そして、すぐに頷いた。

 

《ま、いいだろ。だが、俺は左腕を骨折。出雲の野郎は――》

《右腕をやっちまってる》

 

 即座にハヤトはギプスで固められた右腕を振って見せる。コルトはそれに嘆息し、自分の左腕――こちらもギプスで固められている――をシオンに見せた。

 

《そう言うこった。つまり、援護を期待すんな。助けてなんぞやらん。……きっちり勝って見せろ》

 

 コルトの、ある意味で乱暴とも言える台詞に、しかしシオンは、素直にはい。と、返事を返す。

 それがコルトなりの、こう言うと本人は否定するだろうが、激励だと分かったからだ。

 見れば、シグナム達も短いながら念話で話していた。

 頷き合う。何らかの作戦でも決まったのかと、シオンは思い。そのまま、再び敵陣へと視線を戻した。今は、まず自分の敵の事。それだけに集中せねばならない。

 二組に分かれた六人は、それぞれの敵騎を見据えると、コルトが念話で話しかけて来た。

 

《いいか、野郎ども。俺ぁ、いい加減疲れた。ヤニも吸いてぇしな。……だから、ここらでさっさと終わらせんぞ》

《……私とヴィータは一応、女だが?》

《気にすんな》

 

 野郎どもの部分に、シグナムからツッコミが入るが、コルトはあっさりと流す。苦笑しながら、続きを話した。

 

《いいか? 容赦すんな。俺はニコチンが切れてイライラしてんだ。ぼさぼさしてっと、容赦無く尻に鉛弾撃ち込んでやっからその積もりでいろ》

《目茶苦茶ですねーー》

《喧しい。行くぞ、野郎ども!》

 

 どっちが悪役だか、全然分からない台詞をコルトが景気良く叫ぶ!

 同時にシオンは瞬動発動。真っ直ぐに目当ての敵騎へと駆け出した。

 残り敵六騎。半分にまで減った敵、武装隊達に、シオン達は一斉に襲い掛かったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

   −ぴちょん−

 

 次元航行艦『シュバイン』ブリッジ。そこに滴が落ちる音が鳴り響く。その音を背に、中年の男は震え上がっていた。ツァラ・トゥ・ストラの提督、ビスマルクである。

 彼は、ガタガタと震えながら眼前の少年を見る。

 銀の髪の少年だ。歳は十二、三歳程か。一見すると女の子に間違いそうな顔立ちである。ビスマルクは、この少年に震えていたのであった。

 何故なら今、このブリッジではその少年とビスマルク以外、動く者は誰一人として居なかったからである。

 ブリッジ要員達は、既に動かない。

 そのことごとくは、”文字通り”八つ裂きにされていたからだ。

 先の滴は、壁に張り付き奇怪なヒトのオブジェと化した管制官から流れ出た血であった。

 

「な、何故……!?」

 

 ビスマルクはいっそ哀れな程に震え、少年に問い掛ける。何故、皆を斬ったのかと。

 そう、この惨劇を起こしたのは他でも無い、この少年の仕業であった。

 左手に持つ”刀”がその証のように血で赤く濡れていた。ビスマルクの問いに少年はくすりと笑う。

 

「何故って? そうだなぁ。試し切り、かな」

 

 あっけからんと答える。

 そんな少年の様子と台詞にビスマルクは愕然となる。ただそれだけで、この少年はこれだけ人を惨殺したと言うのか。少年は笑顔で続ける。

 

「ほら、やっぱり実際使ってみないと分からない事、あるじゃないか? いきなり実戦で使うなんて愚の骨頂だしね」

 

 肩を竦める。その動作も愛らしい。

 だが、人を斬っておいて、そんな動作が出来るこの少年はひどく恐ろしい。

 暫く開いた口が塞がらなかったビスマルクだが、やがて怒りをあらわにする。少年を睨み付けた。

 

「き、貴様……! 私をこんな目に合わせてただで済むと……!」

「思ってるよ」

 

 ビスマルクの台詞に少年はあっさりと答える。一枚の紙を投げて渡して来る。それは、ある命令書であった。

 ビスマルクは受け取り、その命令書を読んで――顔から血の気が引いた。

 そして、何度も、何度も何度も、読み返す。

 だが、そんな事でその内容が変わる筈も無かった。命令書には、ただ一つの言葉が書いてある。

 

 ビスマルクを始めとした命令違反者を処理せよ。

 

 そう、書かれてあった。

 

「やり過ぎたね。地球への進攻、グノーシスの攻略はベナレスに取ってすれば綿密に作戦を立てて行う予定だったんだ。それを君は全部ぶち壊したんだから、この結果は当たり前だよね? ついでに新型DAの無断使用も効いたね」

「…………」

 

 その言葉に、ビスマルクは何の返事も出来ない。ただ、震えるだけである。そんなビスマルクに、少年は再度笑う。

 

 ――刀を掲げた。

 

「”神覇ノ太刀”。単一固有技能『神空零無(しんくうれいな)』発動」

「ま、待ってくれ……! 頼む! 見逃してくれ……っ!」

 

 漸く、ビスマルクは声を絞り出す。その場で土下座し、血で汚れた床に額を擦り付けた。プライドなぞ、もうどうでもよかった。

 

 死にたく無い!

 

 それが、ビスマルクの心からの願い。少年はそんなビスマルクを見て。

 

「もう、そんな段階は過ぎてるんだ」

 

 あっさりと死刑宣告を下した。刀がゆっくりと持ち上げられる。

 ビスマルクは、その刀に映る銀光を目に焼き付け――。

 

「じゃあね」

 

    −斬−

 

 それがビスマルクが人生の最後に見た光景となった。

 刀は容赦無く、ビスマルクを頭頂から真っ二つにしてのける。ただ真上から降ったような刃が、である。

 それは、あまりにも現実味の無い光景であった。少年はその結果に満足すると、刀身にこびりついた血を紙で拭き取る。そして、未だ艦の外を映すモニターを見て薄く笑った。

 

「こちらの仕事も終わったし、そろそろ本命の仕事に移ろうかな。”あの人”たっての願いだしね」

 

 少年の紅い瞳。それは、モニターに映るある少年の姿を捉えていた。少年と酷く”酷似”した少年。おそらく五年程経てば、二人は全く見分けがつかなかっただろう。

 少年はクスクスと笑い、モニターを見続ける。その瞳は、どこまでもひたむきに真摯にモニター内の少年を見続けていた。

 

「やっと会えるね。”オリジナルシオン”。君に会える事を楽しみにしてたんだ」

 

 一人、少年は呟く。

 歌うように、唄うように、謡うように、詩うように、続ける――。

 

「どっちが、”あの人”の願いを叶えられる存在か、ずっと確かめたかったんだよ――そう」

 

 そこで一度言葉を切る。

 そして、凄惨なブリッジの様子を仰ぎ見て、少年は微笑んだ。楽しそうに、告げる。

 

「僕が、”刀刃の後継”、紫苑(しおん)だ」

 

 ――サクセサー・オブ・ブレイド・エッジ。

 

 かって、神庭シオンに与えられし、二つ名を少年は……紫苑は呟き、ブリッジを出る。

 会う為に。

 もう一人の自分と”殺し合う”為に、紫苑は歩き出した――。

 

 

(中編2に続く)

 

 

 




はい、第四十話中編1でした。しかし、集団戦闘は難しいなと。
タイマンバトルは結構描写しやすいんですが、集団戦闘だと描写が急に難しくなりますな……ん? お前、結構やってる?
そこはテスタメントですんで、ええ仕方ない(笑)
次回、中編2もお楽しみにー。


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第四十話「過去からの刃」(中編2)

はい、第四十話中編2をお送り致します。反逆編も、これを含めて五話! ……こう書くと長いですが、お付き合い下さい。では、どぞー。


 

 ストラ次元航行艦『シュバイン』外壁部。そこには今、盛大に炎の壁が立ち上がっていた。

 かなりの大きさであり、相応の熱量を有している。本来真空間である宇宙でこんな炎が発生する訳が無いのだが、この炎壁は容赦無く燃え続けていた。

 魔法の炎である。魔法とは、意思を具現化し、世界の法則を書き換える方法に他ならない。つまり、真空間だろうと術者が『燃えろ』と念じれば、燃え続けるのだ。

 当然、相当の力量が無ければ出来ない芸当ではあるが。

 そんな事はさておき、第77武装隊・隊長である彼にとって、今も燃え盛る炎壁は厄介な存在であった。炎壁の向こう側の部隊と寸断されてしまったのである。当然、炎壁の上から合流しようとは試みたものの、下手に頭を出せば(不用意に、上空にあがる事をこの場合は指す)、容赦無く砲撃と射撃が降り注ぐのである。

 そう、今は戦闘の真っ最中であった。

 管理局次元航行艦『アースラ』の部隊との。最初は嘱託魔導師である少年ただ一人と戦っていた。

 恐ろしく腕が立つ少年ではあったが、所詮は多勢に無勢。徐々に追い詰め、後一歩の所で撃破出来た筈であった。しかし、それは叶わなかった。少年側に、援軍が現れたのだ――怪我人だらけの。

 最初の方こそ、余裕を持って片付けられるとタカを括っていたのだが、向こうの援軍が到着して一分足らずで、その展望はあっさり砕けた。

 鮮やかな連携で二騎を撃破されたのである。さらに、続いて三騎を墜とされ、止めとばかりに炎壁を形成されると同時に一騎墜とされた。

 彼にとって悪夢に等しい現象が目の前で成されたのである。もはや疑うまでも無い、彼達は明らかにSランクオーバーの者達であった。

 個別に戦っては結果も見え見えである。せめて合流し、どうにかこの場を突破して離脱しようとしたのだが、合流の段階で阻止されてしまった。

 悪夢に続く悪夢としか言いようが無い。

 そして今、進退窮まった彼達に襲い掛かる者達が居た。先程の少年と、援軍に来た男達である。少年以外怪我をしているが、騙されてはならない。

 先程、その怪我人に戦闘開始から三分程度でこちらの戦力が半数も墜とされたのだ。本当に怪我人かどうかも疑わしい。

 

《た、隊長!》

《っ……!》

 

 念話で叫んで来る部下に、彼は漸く我を取り戻す。今は、どうにかこの三人を退けなければならない。

 そして、離脱しなければ。彼は勝ち目の無い勝負はしない主義である。逃げたモン勝ちであった。

 故に部下にまず特攻させ、時間を稼がせようとして。

 

《吠えろ……! フツノォォ……!》

【承知】

 

 声が聞こえた。念話による声である。見れば最後尾の青年、随分体格の良い青年が左手一本で身の丈程もある巨大な剣を振りかぶっていた。

 同時、剣の合わせ目がスライド。激しくぶつかり合う!

 

【エクスプロージョン。3rd、フォーム】

 

 −マキシマム・インパクト−

 

 −天に輝くは二つの凶星−

 

《片手しか使えねぇんだ……! 手加減してやれねぇから、せいぜい生き残れ!》

 

 恐ろしく目茶苦茶な事を青年は叫ぶ。同時、その手に握る大剣に異変が起きた。

 消えたのである。刃先が、刀身ごと。青年が握るのは、ただ柄と鍔のみとなった。

 ……否、異変はそこで終わらなかった。刃先が消えた場所から少し離れた所、その部分が変化していたのだ。

 空間がそこだけ裂けていた。まるで剣が貫かれたように。空間の裂け目は、宇宙の闇を無視するかのように、青白い闇が居座っていた。

 

 ……あれは、何だ?

 

 そう、77部隊の者が思う前に答えは来た。青年、出雲ハヤトの叫びを持って、吠える! その剣の名を!

 

《布都御魂……! 覚えておけ! 其は魂を斬る剣、”万物をぶった斬る剣”の名だ!》

【我が名にかけ、主の望む全てを断ち斬らん】

 

 フツノの真なる名を叫び、ハヤトが真っ向からフツノを振り下ろす! 同時に、裂け目が縦に広がる。つまりは、敵対者たる自分達の所へ!

 

《次元一刀……!》

《ひっ!?》

 

 部下の悲鳴が聞こえたが、隊長である彼は構わなかった。振り落ちる裂け目から必死にDAを操作し、身を逸らす。部下二人は、迫り来る一撃に臆しでもしたか固まっていた。そんな二人に断斬が迫り――。

 

《真っ向! 唐竹割いィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ――――――――っ!》

 

    −断!−

 

    −撃!−

 

    −閃!−

 

 にやりと笑い、ハヤトは叫びながら断斬を完全に落とした。空間、いや”次元断斬”は、その進行方向にある全てを裂け目として斬り裂く。結果、”敵騎から上手く逸らした”断斬は逃げた隊長である彼と、その部下を完全に分かった。

 

 何故――!?

 

 そう思うが、それより早く、彼に飛来する影があった。先程戦った銀の髪の少年、神庭シオンである。

 次元断斬を回避する際に同じ方向を選んだのだろう。こちらへと突っ込みながら、真っ直ぐに手にする大剣、イクスを容赦無く振り落とす!

 

    −撃!−

 

 勢いを乗せた斬撃。隊長は、その一撃を辛くもアサルトライフルを横にして受けた。当然、あっさりと曲がる。

 斬られ無かっただけマシだろうが、どちらにせよ、もうこれは使い物にならない。

 

《ハヤト先輩、ナイスアシスト!》

《二度はやんねぇからな》

 

 アサルトライフルを半ばまで断ちながら、鍔ぜり合うシオンは、振り向かないままに褒め、ハヤトは面倒臭そうに欠伸をかく。

 そのやり取りに、隊長は確信した。同時に慄然とする。

 

 ……こいつ達……! 最初からこの状況狙ってやがったのか……!

 

《手前ぇには、散々突進やら何やら喰されまくったからなァ……借りは万倍にして返すぜ!》

《ぐ、ぬ……!》

 

 不敵に笑うシオンに、隊長は呻き、部下に援護しろと呼びかけんとして。

 ……部下が、そんな真似を出来る状況じゃ無いと気付いた。

 

  −弾!・弾!−

 

 ハヤトの一撃に萎縮してしまった二騎に放たれる弾丸。一発ずつ撃ち込まれたそれは、アサルトライフルに叩き込まれ、その威力を発揮する!

 結果、あっさりとアサルトライフルは鉄屑へと姿を変えた。弾丸が叩き込まれると同時に、まるで抉り取るようにアサルトライフルをひしゃげさせてしまったのだ。

 これに、二騎は目を丸くする。手持ち火器をいきなり破壊されたのだ。誰でも驚くだろう。

 それを成し遂げた男は、ハヤトの横で右手に持つ大型の銃――正確にはデバイスであるガバメントを差し向けていた。

 小此木コルト。大のヘビー・スモーカーであり、異端の射撃格闘者が。冷たい眼差しで二騎を見据えて。

 

《……Jack、Spot》

 

    −弾!−

 

 ぽつり、と告げられた念話と共にガバメントとから二発銃弾が吐き出される。それは、未だにうろたえる敵騎に真っ直ぐに飛翔。その顔面に叩き込まれた。

 敵魔導師が着ているDAは、全身甲冑(フルプレート)タイプの物である。故に、顔面部もマスクがある訳だが、その部分をコルトは狙い撃ったのだ。マスク部分はひび割れている。あれでは、ろくに目も見えまい。

 

《さーて。後は、潰すだけだ》

《……外道だなぁ》

 

    −弾!−

 

 ぽそりとつぶやくハヤトの足元に問答無用とばかりにコルトは銃弾をぶっ放す。慌てたのは、ハヤトであった。下手をすれば足を撃ち抜かれている。

 

《何すんだアンタ!》

《やっかましい! こちとら身体中骨折と皹(ひび)だらけの上、内臓まで痛めてんだ! まともに戦ってられるか!》

 

 ちなみにこれはコルトだけで無く、グノーシス・メンバー全員とシグナム、ヴィータ、共に共通する状態だったりする。ぶっちゃけ、立っていられるだけで相当なものなのであった。

 

《あー、いらいらする。ヤニ吸いてぇ……》

《アンタも大概な……》

 

 苛立ちを隠そうとしないコルトに、ハヤトは口を引き攣らせる。コルトはそれすら構わずに、ガバメントを構える。ハヤトもフツノを担いだ。

 

《俺ぁ、右だ》

《なら俺は左な》

 

 頷き合う。そして間髪入れずに視界を奪われ、あたふたとする敵騎に踊り掛かった。互いの得物を携えて、一気に突っ込む。

 

《ガバメント、断罪LEVEL2で固定》

【ラジャー】

《フツノ、2nd。行けるな》

【承知】

 

 互いに相棒に指示を下し、それぞれの相手を間合いに入れる!

 無論、視界に頼らない状況にそもそも置かれた事が無い敵騎にこれがどうにか出来る筈も無い。

 手持ち火器も失い、目も見えない彼達にコルトとハヤトは容赦無く、己のデバイスを振りかざした。

 

《インパクト・ファング》

《断、星、剣!》

 

    −撃!−

 

    −裂!−

 

 零距離からの銃打撃が、暴れる敵騎の土手っ腹に叩き込まれ、その威力を余す事無く発揮。敵騎を一撃の元に昏倒させ。

 選択斬撃がDAのみを断ち斬り、返す刀でぶん殴り、気絶させた。

 そして、二人はあっさりと勝利した事に大した感慨も見せずにシオンに向き直る。

 シオンは、鍔ぜり合っていたアサルトライフルを両断し、一目散に逃げた隊長騎を追い回している真っ最中であった。

 

《何やってんだ、アイツ……》

《知るか、クソッ。かったりぃ。ヤニ吸いてぇ――》

《本当、そればっかなアンタ》

 

 敵騎をあっさりと片付けたグノーシス第三位の男二人は、虚空に浮かびながら、シオンと隣にある炎壁の向こう側の決着をのんびりと待つ事にした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 コルト達が、ほぼワン・アプローチで敵騎を叩き落とし、傍観モードに入ってる頃。隣の炎壁の向こう側では、残りの三騎の敵騎と、シグナム、ヴィータ、そして一条悠一が交戦していた。

 DAを着込んだ敵騎が虚空を踊るように動き回りながらアサルトライフルをフルオートで連射する。

 それをシグナム、ヴィータがかい潜りながら接近を試みるが、弾幕がそれを中々許さなかった。

 傍目には一進一退の状況が繰り広げられている事になる――そう、”傍目”には。

 

 ……さて、そろそろですか。

 

 そうズレた眼鏡を直しながら黒髪の少年、一条悠一は思う。悠一は、シグナム、ヴィータの遥か後方で待機していた。

 元々、悠一は近接型だった事もあり近接戦闘は苦手では無い。だが今、それは出来なかった。

 理由は左手である。左手の指が三本、ギプスで固定されていた。骨折して、使い物にならないのだ。

 そして大型の斬撃武器である鎌型のデバイス、月詠を操る悠一にとって、この怪我で月詠を振るう事は明らかに致命的であった。

 故に、シグナムとヴィータに任せたのだ。前線に出て貰う事を。

 悠一はひたすらに待つ、敵騎が射撃で仕留められ無い事に焦れ、”例の”魔法を使う事を。

 悠一が見てる先では、アサルトライフルから吐き出される弾丸群を、シグナムとヴィータの二人が回避し、あるいは己のデバイスで弾き返している所だった。

 先の相談で、二人にこの役に徹するように話しをしたのである。”確実に”敵騎を撃破する為に必要だからと。二人は案外あっさりと承諾してくれた。

 元よりこちらは怪我人である。一撃必殺(ワンアプローチ)が出来ないのであれば、即座に地金を晒し、敗退してしまうのは明々白々であった。

 ならば、一撃必殺を可能な状況に持っていく。その状況作りが肝要であった。

 グノーシス・メンバーの殆どは、そんな複雑な事を考えてるとは悠一も思わないが。

 そして、銃弾を躱し続ける二人に業を煮やしたか、三騎はアサルトライフルを連射しながら前に出る。肩の突起部分が前へと倒れ、蒼のフィールドを三騎共纏い始める。

 ブレイク・チャージ。推定威力、AAA+相当の突撃魔法である。その特性は、シオンが使う剣魔とよく似ており、攻防一体を可能とする魔法であった。

 それを持って、シグナムとヴィータに一気に駆け出す。

 弾丸を回避し続けていた二人は、向かい来る三騎を真っ向から見据えた。このままでは、ブレイク・チャージの一撃を正面から叩き込まれる事になるだろう。そう、このままならば。

 

 かかりましたね!

 

《この世界に満ちる、”三百万”の音素達! 次元空間故に空気は有らず、しかし起き行く雄叫びと戦場の重唱達よ! 届いていますか? 僕の声が!》

【レデイ?】

 

 今まで沈黙を守り続けていた悠一が、月詠を右手一本で振り上げ朗々と謡い上げる。それは、ここら一帯の空間に響き渡った。

 

《聞こえているのならば、僕と共に一つの演奏を鳴り響きかせなさい! 曲名は、鎮魂歌!》

【クラスタ(房・塊・群)の光に呑まれ、災いとなる力を鎮めよ】

 

 悠一の叫びと共に、今度は月詠が謡い始めた。それは、空間が謡う音と混ざり合い、複雑な音を作り上げる。重厚な、そして哀し気な音を。

 悠一と月詠が謡う二種の音素が平行して謡を鳴り響かせる。それは、悠一が編み出したフォニム式魔法の第二段階であった。

 平行して謡う二種の音素を組み合わせ、重厚な謡とする事で莫大な威力を叩き出す魔法。それは、通常の音素式魔法の二乗、三乗の効果を叩き出す!

 その技法を悠一はこう、名付けている。

 併唱演奏(オブリガーズ)、と。

 消耗が激し過ぎる為に、滅多には使わないのだが、今回はただ一発のみ使えればよいだけである。消耗の事は、この際忘れる事にした。

 そして、曲が完成する。その曲の名は。

 

《煌きの鎮魂歌》

【シャインズ・レクイエム】

 

 悠一と月詠が同時に、その謡の名を呟く。直後、光が悠一を中心にして広がった。

 まるで波のように広がるそれは、一瞬にしてまず近いシグナムとヴィータを飲み込む。当然、それでは終わらず、光の波は二人に突撃していた三騎にまで到達した。

 慌てたのは敵騎である。どう考えても広範囲に効果が及ぶ魔法だ。まさか仲間を巻き込むとも思わなかったが、それを平然とやってのけられたのである。

 どのような攻撃かは不明だが、喰らえばタダでは済むまい。いっそブレイク・チャージの防御力に賭けて突っ込むかを迷ってる内に、光の波は三騎を飲み込む――と、”あっさりと通り過ぎた”。

 

 …………?

 

 来たるべき衝撃も、何も来ない事に三騎は訝しむ。威力が無いとかそう言った問題では無い。そもそも当たった感覚すら無かったのだから。

 

 もしや不発?

 

 そう、思った直後。

 

【【エクスプロージョン!】】

 

 重なる機械的な声を聞いた。見ると前方、シグナムとヴィータがカートリッジロードを行い、己のデバイスを変形させている所だった。

 レヴァンティンはシュランゲフォルム、連結刃形態に変化させ、その刃には紫の魔力が走る。

 グラーフアイゼンはギガントフォルム、巨大なハンマー形態へと変化し、その前には巨大な鉄球が浮かんでいた。

 

《飛竜……》

【コメット・フリーゲン!】

 

 シグナムはぽそりと呟きながら、レヴァンティンの柄を振るい、同時に連結刃が踊る。ヴィータは巨鎚を振るい、巨球に目掛けて身体ごと振り放つ。

 その目は二人共、敵騎を真っ直ぐに見据えていた。

 

《一、閃!》

《でぇい!》

 

    −轟!−

 

    −破!−

 

 二人が同時に叫ぶと共に、連結刃が真っ直ぐに疾り、巨球が打ち出され飛翔する! それを見た三騎達は放たれた瞬間こそ驚いたが、すぐに持ち直した。

 彼達はブレイク・チャージを発動している。あの程度の攻撃ならば、耐えられる――そう、”ブレイク・チャージが発動している状態ならば”。

 

    −撃!−

 

 飛来する刃と、巨球が、それらを弾けるとタカを括っていた左右端の”無防備な”敵騎にそれぞれ叩き込まれる。

 左右の二騎は何が起こったのかも分からずに、一撃でDAを破壊され、あまつさえ吹き飛ばされた。それにただ一人残された敵騎が呆然と立ち竦む。

 DAがある為、表情こそ分からないが、何故? と混乱しているのが傍目からも分かった。

 それを遠目に悠一がくすりと笑う。上手く行った、と。

 煌きの鎮魂歌。音素式魔法の”魔法無効化、あるいは減少魔法”の名前である。

 これは、空間に音を響かせる――即ち振動させる魔法特性を利用した魔法であり、特定魔法の魔素結合を緩ませ、あるいは解除する魔法である。AMFの拡大版と言えば分かりやすいだろう。

 本来なら、一度発生した魔法現象の完全解除は難しい。その為に使ったのが併唱演奏であった。

 シグナムとヴィータは先んじてこの魔法の仕様を聞いていた為、逃げるそぶりも見せずに煌きの鎮魂歌を受けたのである。

 後は、煌きの鎮魂歌の効果が消えると同時に無防備な敵騎を墜とすだけであった。

 

 さて……。

 

 未だ混乱する敵騎を見て悠一は微笑する。恐らく魔法が何故消えたのか分からない為であろう。煌きの鎮魂歌は、あの一瞬だけの効果だと言うのも、当然分かる筈も無い。そして、混乱して未だに無防備な敵騎をシグナムとヴィータが見逃す訳も無い。

 二人はそれぞれのデバイスを基本形態に戻し、一気に最後の敵騎に迫る。

 敵騎はそれに慌てふためいて魔法では無い質量兵器であるアサルトライフルを連射する。だが、たった一人で放たれたそれは、二人に掠りすらせず接近を許す。その時点で悠一は背中を向けた。結果などもう見えている。ならば最後まで見る必要も無い。

 

《紫電一閃っ!》

《ラケーテン・ハンマ――――!》

 

    −閃!−

 

    −撃!−

 

 二つの轟撃が敵騎へと放たれ、それにより激烈な音が鳴り響いたのを、空気を介してでは無く音素を介して悠一は聞きながら、艦壁に残った黒鋼刃に合流すべく飛んで行った。

 

 残りは後一騎。

 シオンが相手をする隊長騎だけであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンは隊長騎を追い回しながら、ちらりと背後を振り返る。そこには、かなり苛々してるのが分かるコルトがハヤトと共に居た。

 

 ……ヤバイ。アレは相当に”キテる”……!

 

 冗談抜きで下手したら後ろから撃たれかね無い事に背筋を震わせ、シオンは鬼ごっこを終わらせる為に瞬動を発動。隊長騎の前に出た。

 いきなり眼前に現れたシオンに、隊長騎がたたらを踏み、留まる。即座に方向転換しようとするが、シオンはそれを許さない。イクスを真っ向から振り下ろす!

 

    −撃!−

 

 隊長騎は、それを何とかDAに包まれた腕で受け止めた。シオンは不敵な笑いを浮かべ、隊長騎に念話を飛ばす。

 

《いい加減鬼ごっこは終わりにしようぜ。……俺も怖い教官がいるんでね。あんま時間掛けたく無いんだわ。……それに分かってんだろ? 逃げ場が無い事くらいよ》

《ぬ、うう……!》

 

 隊長騎の呻き声が念話を通じてシオンに伝わる。と、いきなり隊長騎のDAの肩部分が前方に倒れ、突き出た。

 

 これは……!

 

《ブレイク、チャ――――ジ!》

《と!》

 

    −轟!−

 

 イクスと鍔ぜり合った状態でいきなり放たれた突撃に、シオンは足場を形成して上へと逃げる。隊長騎はシオンが居た位置をブレイク・チャージで突き抜けた。

 そのまま逃げるつもりかと思ったが、何と隊長騎はそのまま反転。シオンに再度突っ込んで来た。

 方針転換か、それとも自棄にでもなったか。何れにせよ、シオンにとっては都合の良い話しであった。

 

《神覇弐ノ太刀、剣牙!》

 

    −閃−

 

 向かい来る隊長騎にシオンは試しに魔力斬撃を放ってみる。隊長騎は飛んで来る剣牙にそのまま飛び込み、あっさり蹴散らしてシオンに突っ込んだ。

 

《っとぉ!》

 

 マタドールになった気分でシオンは突撃を寸前で躱す。隊長騎はまたもや突っ切り、その場から遠ざかった。また反転して襲い掛かるのは明らかである。

 シオンはイクスへと目を落とした。

 

《……で、どうよ? お前に言われた通り剣牙かましてみたけど、あっさり弾かれたぞ?》

【ああ、これで大体あの魔法の正体が分かった】

 

 シオンの念話にイクスから答えが返る。先の剣牙は、イクスに頼まれたものであったのだ。

 シオンとしても剣魔と似た特性の魔法だった事に興味があったので、イクスの頼まれ事をあっさり飲んだのだが。

 

【攻性斥力場フィールドの応用による圧力場だな。あれを展開している間は向こうも内側から攻撃は出来んみたいだが、ぶつけられればこちらが一方的に衝撃を被る。……やはり剣魔と似た仕様の魔法だな】

《んで、対抗策は?》

 

 イクスの説明を聞きながら、シオンは隊長騎を見る。ちょうど反転している所である。イクスを正眼に構えた。

 

【一つは何もせん事だ。あんな魔法、長時間持たせられる筈が無い】

《却下。俺はコルト教官に殺されたくない》

 

 シオンは即座に却下する。ただでさえ、コルトの機嫌がどんどん悪くなっているのが分かるのだ。この上時間稼ぎなぞすれば、何をされるか分かったものでは無い。

 

【ならば、破る方針で行くか。……剣魔が適切だな】

《やっぱそうなるか》

 

 イクスの返答に、シオンは苦い顔となる。突撃と突撃がぶつかり合った場合、より威力が高い方が勝つのが常識だ。

 ブレイク・チャージの推定威力はAAA+、と言った所か。ノーマルフォームの剣魔はS相当の威力がある。どちらが勝つか、自明の理であった――だが。

 

 ……面白く無い。

 

 シオンの感想は、その一点だった。散々煮え湯を飲まされた相手と言うのもあるが、通じる攻撃手段が剣魔しか無いと言うのが、非常に気に喰わない。

 

 あれ、正面から斬れないか?

 

 シオンはそう思い、向かって来る隊長騎を見る。時間は無い。剣魔を使うべき状況なのは分かっている。だが……。

 

《悪い、イクス》

【は? て、お前何を……!】

 

 イクスが最後まで言う前に、シオンは動く。突撃して来る隊長騎に真っ直ぐ突っ込み、イクスを”振りかぶった”。剣魔の構えでは無い。

 

【待てシオン! 何をする気だ!?】

 

 イクスが念話で叫ぶが、シオンには聞こえてはいない。シオンはただ隊長騎を見据え、駆ける!

 

 ……真芯だ――そこに、斬筋を通す!

 

 まるで世界が止まっているかのような感覚をシオンは覚えながら思う。イクスを握る手に力を込めた。

 

 ――インパクトの最大作用点を見極めろ。

 

 忘我の境で、シオンはヒュッと鋭い呼気を吐く。ブレイク・チャージで迫る隊長騎はもはや眼前、回避も防御も、もう間に合わない。その中でシオンは足場を展開し、深く踏み込む!

 

《神覇、壱ノ太刀――》

 

 引き出すは、己が最も信用する技。眼前に迫り来る隊長騎に吠え、シオンは一気にイクスを振り下ろす!

 

《絶、影!》

 

 叫びと共に放たれたイクスが真っ正面。蒼の攻性斥力場フィールドたるブレイク・チャージとぶつかる――。

 

 叩き斬る!

 

 無言の叫びをシオンは放ち、そして。

 

    −斬!−

 

    −裂!−

 

 シオンと隊長騎はすれ違い、停止した。シオンはイクスを振り下ろした格好で。隊長騎は、前へと突き進みながら。

 まるで交差した事すら、無かったかのようにシオンと隊長騎は固まる。

 否、一つだけ違う点があった。隊長騎のフィールドが消えていたのだ。

 シオンは残心した状態からスクッと足場に立つ。イクスを肩に担いだ。呟く、己の。

 

《とった》

 

 勝利を。

 次の瞬間、隊長騎のDAが縦に割れ、そこからひび割れが全身に広がる。やがて、DAは木っ端微塵に砕けた。

 後に残ったのは気絶した第77武装隊、隊長だけであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《ふぅい〜〜》

 

 気絶した隊長騎に、シオンは安堵の吐息を漏らす。ぶっつけで絶影で勝負してみたが、案外上手く行った。

 やれば出来るモンだなぁと、シオンは一人ごち。

 

【お、まえはいつもいつもいつもいつも……!】

 

 ……何やら怒っていらっしゃる己のデバイス兼師匠の声を聞いた。聞こえ無いフリをしようとも思ったが、そうも行かずにイクスに視線を落とす。

 

《えーと、イクス怒ってたり?》

【当たり前だアホ弟子! 黄龍煌麟の時もそうだったが、貴様はぶっつけ本番しか出来んのか!?】

 

 恐々と尋ねるシオンに盛大に雷が落ちた。うぉっとのけ反るシオンに、イクスは間髪入れずに説教モードに突入する。まぁ、確かになのはが居れば”お話”されたような事をやらかした訳だから、イクスの説教なだけマシである。

 ……砲撃も飛んで来ない事だし、拘束魔法で逆さにされる事も無いし。

 そう思い、つくづくなのはのお話は異常だったんだなぁと、シオンは思いを馳せた。

 

【聞いているのか、シオン!?】

《っと、聞いてる聞いてる……けど、今は作戦中だし、な? コルト教官とハヤト先輩に合流しなきゃだし、説教はまた後でって事で……》

【ぬ、う……!】

 

 シオンの念話に、イクスが悔し気な声を漏らす。よし、これで上手く話しを反らせたと。シオンはホッと安堵。そして、コルト、ハヤトに合流しようとして。

 

《いやぁ、それは無理じゃないかな?》

 

 ――声が、聞こえた。

 どこかで聞いた事のあるような声が。

 

 敵が残ってやがったか……!?

 

 シオンは、全く気配を感じさせずに後ろに立たれた事に怖気を感じながら、背後に振り向く。イクスを放とうとして――そのまま、固まった。

 声を失い、目を見開いて絶句する。

 そこには、一人の少年が居た。十二歳くらいの少年であろうか、細身と言うよりは華奢な体格の少年である。

 その身体を黒のボディスーツのような物で包んでいた。シオンはそれに見覚えがある。グノーシスの戦闘用バリア・ジャケットの一形態である。動き易さに定評のある一品であった――だが、そんなモノはどうでもいい。

 シオンを驚かせたのは、少年の顔であった。

 少年の顔は、中性的を超え傍目からは少女のようにしか見えない顔立ちをしていた。顔立ちに負けず劣らず存在を主張する銀の髪がたなびく。そして、紅い目がシオンを微笑しながら見詰めていた。

 シオンと同じ、紅い瞳が。

 そう、目の前に居る少年は――。

 

《ば、かな……》

《驚いてくれたようだね、嬉しいよ。オリジナル・シオン》

 

 茫然と呟くシオンに、少年はクスリと笑う。いつの間にか、その左手にはあるモノが握られていた。

 シオンが5年前に捨て去ったモノ。

 ずっと、ずっとそばに居た、己の半身だったモノ。

 大切、だったモノ――日本刀が、握られていた。

 鮮やかに反り、美しい銀の光を反射してシオンを照らす。そして。

 

《”刀刃の後継(サクセサー・オブ・ブレイド・エッジ)”……神庭シオン》

 

 刀は迷い無く、美しい孤を描いてシオンへと振り落とされた。

 シオンは、その美しさに魅入られるように茫然とし続け――。

 赤が、虚空に舞った。

 血の、赤が鮮やかに。

 

 そう、シオンの目の前に居る少年は、シオンの幼い頃にうり二つの姿をしていた。

 

 

(後編に続く)

 

 




はい、第四十話中編2でした。前話から意味ありげに出てたシオンぽいもの。その正体は、後々をお楽しみにです。
では、後編にてお会いしましょう。


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第四十話「過去からの刃」(後編1)

はい、第四十話後編1をお届けします。
ついに現れる彼、その正体は――?
お楽しみにです。では、どぞー。



 

 アースラ艦内。その通路を、姫野みもりは走っていた。ブリッジに向かう為である。

 先程までは医務室に居たのだが、前代未聞の怪我人大脱走(しかも全員、脱走する直前まで意識不明だった)により、ブリッジに向かっていると言う訳である。

 どうやら皆、シオンが戦ってる敵次元航行艦へと飛んで行ったようであるのだ。医療魔法を専門とするみもりの目からしても、皆戦えるような状態では無かったのだが……。

 

 ……皆さん、大人しくしてて下さい、て言っても聞きませんし……。

 

 通路を走りながら嘆息する。誰も彼も、シオンに負けず劣らずの無茶な方ばかりである。

 目が覚めたら、こうなるのは自明の理であった。……随分なタイミングで目が覚めたものではあるが。

 そうこうしている内にブリッジに着く。みもりは、自動ドアが開くのを待って中に入り『失礼します』と声を掛けようとして。

 

「……あれは、何や?」

 

 そんな声を聞いた。

 アースラ艦長である八神はやての声である。見れば、その隣に居るフェイト・T・ハラオウンも、グリフィス・ロウランも――否、ブリッジに居る全員が硬直していた。

 みもりはその光景にキョトンとしながらも、皆が見ているブリッジ正面のモニターに目を移し。

 ……そのまま目を見開き、硬直した。ブリッジの皆と、同様に。

 その目は真っ直ぐに一点に注がれる。モニターの中央で対峙する少年達に。

 一人は十七、八歳くらいの少年である。手に大剣イクスを持ち、振るおうとした体勢でブリッジの皆と同じように、固まっていた。

 みもりの幼なじみである少年、神庭シオンだ。彼もまた呆然として、その目は信じられ無いものを見たかのように見開かれている。

 対し、その前に居る少年は微笑していた。こちらは、十二、三歳くらいの少年か。固まるシオンを見て、嬉しそうに微笑み続ける。

 その少年を見て、ブリッジの皆は、そして恐らくシオンも硬直したのである。

 少年は、外見年齢以外、対峙する少年、神庭シオンに恐ろしく酷似していたのだ。

 

《ば、かな……》

 

 シオンの念話が響く。少年はそれを聞いて、微笑を深くした。そっと左手を差し延べる。その手には――。

 

《驚いてくれたようだね? 嬉しいよ。オリジナル・シオン》

 

 みもりが、ひっ! と声を詰まらせる。少年の手に握られたモノを見たからだ。その声を聞いて、ブリッジの皆が漸くみもりの存在に気付いた。

 少年が握っていたモノは、刀であった。日本刀である。銀の光と、鮮やかな反りが特徴的であった。

 みもりはそれを見て、震え出す。カスミから声が掛かったようだが、それすら聞こえ無かった。

 刀を握る少年を見て、みもりは過去を思い出す。

 シオンが刀を捨てた、あの一件を。

 ”自分のせいで”シオンが刀を握れ無くなったあの日の事を。

 

「シ、ン、君……」

 

 震えながら、みもりは我知らずに呟いた。

 幼なじみの名を。

 少年はゆっくりと刀を振り上げる。シオンはそれに魅入られたが如く、呆然とし続け。

 

「や、めて……」

 

 それを見て、みもりは首を振る。震えながら、震えながらイヤイヤをするように。

 当然、モニターの中にその声が聞こえる筈も無い。少年は、嬉しそうに笑う。

 

「やめて……。やめて……!」

 

 声は、どこまでも届かない。少年にも、固まり続けるシオンにも。

 

 シン君がシン君に斬られる……!

 

 その光景を、一瞬。みもりは想像してしまう。

 そして、その想像を実現するかのように、銀の光を反射しながら刀が孤を描いて振り落ちて。

 

「シン君!!」

 

 赤が、虚空に散う。

 鮮やかな血の色が、モニターに赤く華のように咲いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――シン君!!

 

《っ――――!?》

 

 固まり続けていたシオンは、自分の名を呼ばれたかのような感覚を受けて、我に返った。

 同時、振り落ちた刀に対して全力で後ろに退がる!

 

    −閃!−

 

 孤を描いた斬撃は、シオンの肩口を浅く斬り裂いただけで終わった。

 血が辺りに飛び散るが、シオンは構わない。イクスを眼前の少年へと横薙ぎに振り放つ!

 少年は、それにも笑い続けながら一歩を踏み込む。刀が優雅に下方から上へと孤を描いた。横にイクスと、縦に刀は交差して。

 

   −つぃん−

 

 シオンが愕然とする。横薙ぎに放ったイクスが縦に斬り流されたのだ。あまりにも、鮮やかに。

 シオンの斬撃をそのまま刀の反りで滑らせ、流したのである。

 直刃である”剣”には決して出来ない芸当だ。曲刃である”刀”でもってしか出来ない”業(わざ)”。

 シオンのイクスは縦に斬り流された斬撃の勢いを殺せず、少年の刀は逆に斬り流した勢いを利用して刀を翻(ひるがえ)した。その業を、シオンは知っている。

 乱剣の型――相手の武器を乱す事により、絶対の隙を生む業の名であった。

 ”正統・神覇ノ太刀”の型の一つ!

 

 ま、ず……!

 

 刹那に、シオンは胸中叫ぶ。体は不様に乱れ、イクスは頭上に跳ね上げられた。瞬動で回避出来るようなタイミングでは既に無い。後、出来る事と言えば。

 

【プロテクション】

 

 跳ね上げられたイクスから念声が響く。同時、シオンの身体を白のフィールドが覆った。回避も迎撃も出来ないのならば、後は防御しか無い。耐えられるかどうかは賭けである。

 シオンは今にも振り落とされんとした、刃に苦い顔となり。

 

《単一固有技能、『神空零無』発動。壱ノ太刀、絶影》

 

 な――!?

 

 信じられ無い言葉を聞く。絶対に有り得ない筈の言葉を。

 シオンが驚愕する中で、刀は迅雷の如く振り落ちた。視認すらも霞む速度で、”フィールドを何の抵抗も無く突き抜けながら!”

 

    −斬!−

 

 シオンの身体を袈裟に刀は斬り裂き、通り過ぎる。直後、少年はおや? と一瞬だけ疑問符を浮かべた。シオンは、斬られながら後ろに流され、しかし足場を展開。その場に留まる……が、すぐに片膝を足場に着く。傷口から、血が噴き出した。

 

《あ、ぐ……!》

【シオン……! シオン!】

 

 喘ぐように、息を荒げるシオンにイクスが叫ぶ。シオンはそれに少しだけ頷き、少年へと目を向け、睨み付けた。

 少年はそれすらも楽し気に見て微笑む。

 

《まさかあの一瞬で、無理矢理身体を”後ろに倒す”なんてね。お見それしたよ》

《……黙れ……!》

 

 痛みに喘ぎながらシオンは少年に念話で叫ぶ。そう、あの刃が迫る刹那、シオンは身体を後ろに倒す事で、無理矢理傷を浅くしたのだった。

 直感があるとは言え、驚異的な反射速度と言える。

 素直にシオンを褒めた少年は、その叫びに肩を竦めた。シオンはそれを苛立たし気に見る。

 

《おまえは、一体何モンだ……!?》

《見ての通りだよ。僕は僕さ。神庭”紫苑”だよ》

《んなワケあるか! 俺が神庭”シオン”だ!》

 

 少年の言葉にシオンは頭を振り、親指で己を指しながら吠える。少年、紫苑はそれに微笑み続けた。シオンは更に叫ぶ。

 

《大体、何故お前が神覇ノ太刀を使える……! アレは一子相伝の技だぞ! しかも俺より数段上のレベルでだ……!》

《その表現はあまり適切じゃ無いなぁ……》

 

 余裕のある口調でシオンの言葉を紫苑が否定する。どう言う意味かとシオンが訝しむ前に、紫苑は続けた。

 

《”貴方が、僕より弱いんだよ”。順番を間違えたら変な事になる》

《……?》

 

 言葉の意味が分からずシオンは眉根を寄せる。その反応も楽しいのか、紫苑は笑い続けた。

 訳が分からないシオンは、そのままの体勢でいる訳にもいかず、立ち上がる。いくら浅くしたとは言え、相応に深い斬痕からは血が噴き出し、無重力故に玉となって辺りに浮かんだ。

 相当痛むのだろう。顔に苦渋を張り付けるながらもシオンはイクスを構える。

 ……質問したい事は、まだあった。

 

《『神空零無』……なんでお前が使える……?》

 

 息を荒げながらも、ゆっくりとシオンは聞く。だが、紫苑は答えない。不透明な紅の眼差しで、余裕の笑いを浮かべながらシオンを見て押し黙っている。

 シオンが、かっとなり叫ぶ!

 

《あれは……! 神覇ノ太刀の中でも最秘奥の業だぞ! 神覇ノ太刀を極める段階で漸く会得出来る業……奥義に匹敵する業だ! よしんば神覇ノ太刀を見様見真似で使えたとしてもアレだけは絶対に使える筈が無い……! そう言った業なんだ!》

 

 苦々しく紫苑の刀を見ながら、シオンは吠える。認められる筈が無かった。

 『神空零無』とは、……否、単一固有技能とはそう言った能力なのだ。シオンの苛立ちながら放たれる殺気と叫びを、紫苑は軽い顔で受け流しながら微笑み続ける。

 

《……そう。単一固有技能『神空零無』。神覇ノ太刀を極める段階で得られる業、魔力放出の一つの異常変化形だね。”虚数魔力”を放出する事により、純魔力系魔法術式を擦り抜け、あるいは斬り裂いて無効とする業だ》

《っ――――!》

 

 淀み無く説明した紫苑に、シオンが驚きと声無き悲鳴を上げる。それはまごう事が無い神空零無の正しい説明であったからだ。

 ――虚数空間、と言うものがある。次元断層により発生する異常空間であり、その中では術式を完全に虚数に分解されてしまう為に、一切の魔法が発動しなくなると言う空間だ。この中に落ちれば、一切の魔法が使えずに重力に従い永遠に落ち続けると言う。

 これを限定的に再現したのが神空零無であった。異常魔力変化により、虚数へと変化した魔力を用いて、術式を”直接”斬り裂く事により、魔法効果を無効としてしまうのである。

 当然、全ての魔法を無効果出来る訳では無く。許容量を超える大魔法術式は無効果するのに時間が掛かる為、完全に無効とする事は出来ず、物質系魔法も同様に無効とするのに時間が掛かる。

 だがそれでも尚、強力――否、”強力過ぎる”能力であった。何せ、これを使用した場合、純魔力系防御は何の役にも立たないのだから。

 そして、これは教えられたから、見たからと言って再現出来る能力では決して無い。神覇ノ太刀を極める段階で漸く発現出来る能力なのだから。

 驚きに固まるシオンに、紫苑が微笑む。

 

《五年前の貴方も使えたんだよね。奥義よりアレを先に使えたのは貴方以外前例が無いらしいけど》

 

 言うなり、紫苑は刀の先端をシオンに差し向けた。剣先から魔力が陽炎のように沸き立つ。

 

《まぁ、今の貴方には――”刀を使わない”貴方には発動出来ないんだし、比べようは無いけどね。例え今の貴方が使えたとしても、貴方よりは上手と思うよ? ……あ、僕が間違えちゃったな。”貴方が僕より下手”なんだ》

《訳の分からん事をさっきから……!》

 

 いい加減、紫苑の言葉に苛立ちが限界に達していたのだろう、シオンが激昂する。だが紫苑は、やはり微笑むばかり。

 

《うん。つまらないこだわりだよ。大切な事だけどね。……それより、もう一つやらなきゃいけない事があったんだ》

《何、を……っ!?》

 

 紫苑の台詞に、シオンが疑問の声を上げた瞬間、辺りにミッド式の魔法陣が複数程展開した。それらはシオンの周りでは無い。

 こちらへと翔け寄ろうとしていたコルト、ハヤトを先頭としたグノーシス・メンバーと、炎壁が消えた為に悠一と共に翔けていたシグナム、ヴィータの周りに展開したのだ。その数は、三十程。

 そして、魔法陣から読み取れる術式は……!

 

《転移魔法……! 増援か!?》

《折角の貴方との対決だしね、邪魔は欲しく無いんだよ》

 

 楽し気な紫苑の言葉に、シオンは歯噛みする。

 グノーシス・メンバーやシグナム、ヴィータは全員怪我人である。先程はあっさり敵騎を落としていたように見えたが、実際の所は余裕が無い為に、切り札を使いダメージを喰らわないように戦ったに過ぎないのだ。

 つまり、余裕が無い。そんな状態で増援と言う事態は最悪過ぎる展開であった。

 シオンは視線を紫苑からコルトに向けた。コルトはシオンの元に向かう事を諦め、既に停止し、ガバメントを構えている所であった。

 魔法陣から見慣れたフォルムが現れる。先の第77武装隊が着ていた新型DAである。それを着込んだ魔導師と思しき者達がおよそ三十。シオンは、コルトに念話で叫ぶ。

 

《コルト教官!》

《うるせぇ! 分かってる! 手前ぇはよそ見してんな! 手前ぇもどきから視線逸らしてんじゃねぇ!》

 

 シオンの叫びに、コルトは間髪入れずに吠えた。そのまま続ける。

 

《自分の面倒くらい自分で見れる。……手前は自分の相手にだけ集中してろ!》

《っ……! はい!》

 

 コルトの怒号に、シオンは少しだけ躊躇い。しかし、紫苑へと視線を戻した。紫苑はそれに微笑むと、右手を振り上げる。

 

《じゃあ、第2ラウンドと行こうか?》

《上等だ……!》

 

 シオンの叫びに紫苑はクスリと笑い、一気に右手を振り下ろす!

 同時に、シオンと紫苑は同じタイミングで弾かれたように飛び出し、増援として現れた敵騎達とコルト達も動き出した。

 

    −撃!−

 

 各所で激突の魔力がぶつかり合い、それが第2ラウンド、新たな局面に変わった事を告げる合図となった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンは真っ正面から迫る紫苑に対し、イクスを肩越しに振りかぶる。

 魔力放出。その身体から轟、と白の魔力が放たれ、イクスの剣先に走る! 対し紫苑は横、腰溜めに刀を構えた。

 

《《神覇、壱ノ太刀――》》

 

 異口同音に、技の名を呼ぶ念話が響く。シオンはそれを憎々し気に、紫苑は楽しそうに聞きながら互いの刃を放った。

 

《絶!》

 

    −閃!−

 

 シオンが絶影を放つ前に、紫苑の刀はその身体を斬っていた。居合の要領で放たれた刀は、シオンを胴を薙ぐ――が、これもシオンが無理矢理後退した事により皮一枚を斬るだけで済んだ。紫苑が感心したような表情で笑う。

 

《今のも、か。直感はかなりのレベルだよね》

《――絶影!》

 

    −閃!−

 

 紫苑の言葉を黙殺し、シオンは振り上げていたイクスを放つ! 轟速で放たれたイクスは、容赦無く紫苑に迫り。

 

《――遅いね。あまりにも》

 

   −しゃん−

 

 更に一歩を踏み込み、イクスを自分に引き寄せるようにして紫苑は刀を縦に当て、再び斬り流した。シオンには既に驚きは無い。この自分もどきは、明らかに自分より強いのだから。

 無理に踏み留まらずに斬り流された方向に、シオンも身を踊らせた。

 

    −裂−

 

 シオンが居た位置を刀が通り過ぎる。今ので踏み留まってしまえば、それだけで首が跳ねられていた所であった。

 

 ……ノーマルじゃ、速度で勝てない!

 

 シオンはそれだけを悟る。慣性に任せて体勢を整えざまに吠える!

 

《セレクト・ブレイズ!》

【トランスファー!】

 

 シオンの叫びにイクスは忠実に従う。ブレイズフォームになり、双剣を構えた。紫苑はそれを見ても笑う。

 

 ……余裕かましてろ!

 

 心の中で叫びながら、シオンはイクス・ブレイズを振り上げた。

 

《壱ノ太刀、絶影・連牙!》

 

    −閃!−

 

    −裂!−

 

 一気にシオンの身体が加速し、紫苑に踊り掛かる。縦横無尽に、イクス・ブレイズは踊り。

 

    −閃−

 

 刀が孤を描き、一閃。ただそれだけで、シオンが放った絶影・連牙は反らされ、弾かれ、斬り流された。

 

 ――馬鹿な!

 

 その結果に目を見開き、驚愕するシオンに、紫苑はさっきとは打って変わり詰まらなそうな瞳を向けた。

 

《正統の神覇ノ太刀に近い形である剣ならともかく、付け焼き刃の双剣なんて通じると思ったのかい? 舐められたものだね》

 

    −斬−

 

 シオンがイクス・ブレイズを戻す前に刀が更に一閃する。ブレイズ・フォーム故の速度で、どうにか身体を反らしものの、今度は左の二の腕を斬られた。

 

《ぐっ……!》

 

 血飛沫が再び噴き出す。新たな痛みに、シオンは歯噛みしながら瞬動で後退。そのままの動きでイクス・ブレイズを構えて、虚空に身を踊らせた。

 

《神覇弐ノ太刀……! 剣牙・連牙!》

《神覇弐ノ太刀、剣牙》

 

 −裂・裂・裂・裂・裂−

 

    −閃!−

 

 シオンから無数に魔力斬撃が放たれ、紫苑はそれに合わせるかのように刀を横に薙ぎ、一閃のみ、魔力斬撃を飛ばす。

 二つの魔力斬撃は真っ直ぐにぶつかり合い、あっさりと無数の魔力斬撃の方が霧散した。つまり、剣牙・連牙の方が。

 

《忘れたかい? 僕は神空零無を発動してるんだよ?》

《っ――! しまっ!》

 

 紫苑の念話に、シオンが失策を悟る。そのシオンに、剣牙が容赦無く名前の通りに剣の牙を剥いた。

 

    −撃!−

 

《が、あ……!》

 

 オートで展開したフィールドも時間稼ぎにすらならない。何も無かったかのように突き抜け、シオンに剣牙が叩き込まれる。直撃を受けたシオンは先に受けた斬痕と同じ箇所に魔力斬撃を受けた。

 ただでさえ、噴き出していた血が更に溢れ出る。口からも血を吐き出しながら、シオンはぐっと朦朧とする意識を繋ぎ止めた。足場を虚空に形成して、踏み止まる。

 

【シオン! 気持ちは分かるが、これ以上は……!】

《ぐ、っう……! まだ、だ! セレクト、ウィズダム!》

【シオン……! くっ! トランスファー!】

 

 イクスを振り上げると同時に戦技変換。ウィズダム・フォームへと変化する。同時、足場に対して身を低く体勢を取った。

 クロスレンジもミドルレンジも、技量や能力に差があり過ぎて勝負にすらならない。ならば、シオンが出来るのは後一つしか無かった。つまり、シオンが今放てる最大威力での突撃。それを見て、紫苑が薄く笑った。

 

《今度は神風? 芸が多いね?》

《るせぇ!》

 

 紫苑の念話に、叫びながらシオンは魔力を一気に放出。イクス・ウィズダムの石突きが弾け、展開した足場に突き立つ。その反発力を利用して、イクス・ウィズダムを構えるシオンは矢となり弾けた。

 

《神覇、伍ノ太刀! 剣魔・裂!》

 

    −轟!−

 

 シオンの身体を魔力が包み込み、同時にイクス・ウィズダムの刃が展開する。進行上の全ての存在を砕くようにして、シオンは迷う事無く紫苑へと疾り――紫苑が、刀を突き出す構えを取るのを見た。

 

 あれ、は……!?

 

《――神覇伍ノ太刀、剣魔》

 

    −破−

 

 紫苑の身体が魔力を纏い、矢となって弾ける。真っ向から剣魔・裂と剣魔がぶつかり合い。

 

《――バカだね。神空零無で放った剣魔だよ? 威力の上下に意味なんて無い。そして、攻撃と防御は同時には出来ないんだ》

《っ――まずっ!》

 

    −斬!−

 

 シオンがそれに気付いた時、全ては遅かった。剣魔・裂は剣魔によりあっさりと引き裂かれ、紫苑の剣魔は、向かい来るイクスを容赦無く弾く。後は、防御も回避も何も出来ないまま、愕然とするシオンしかいない。無防備な状態で剣魔・裂を放った勢いのまま、シオンは自分から剣魔に飛び込む形になり。

 

    −閃−

 

 それでも身を無理矢理反らせたシオンの中心を離れ、刀はシオンの腹に突き刺さった。刀は腹部、正確には左脇腹を貫通。更にシオンを剣魔の魔力衝撃が襲い掛かる!

 

    −轟!−

 

 身体中に衝撃が叩き込まれ、身体の致る所が破裂、一瞬で全身をスタボロに変えた。紫苑はそのまま、ゆっくりと止まり、刀に貫かれたシオンを見つめながら吊り上げる。

 

【シオン? シオン!】

 

 イクスがシオンに呼び掛けると、シオンはそれに反応。左手に持つイクスを持ち上げ、紫苑に向けようとして。

 

《しぶといね》

 

 紫苑はそれだけを言うと、刀を下に振り下ろす。

 シオンも一緒に振り下ろされて、刀が下に落ちると同時に刃から身体が抜けた。そのまま、シオンの身体は慣性に従い突き進み、進行方向にあった『シュバイン』の艦壁に叩き付けられて停止する。

 シオンの身体は艦壁に転がり、その身体からは血が激しく噴き出し続けた。

 転がるシオンを追って紫苑が艦壁に着地する。ゆっくりとシオンに歩みよりながら肩を竦めた。

 血を噴き出し続けながら転がるシオンを見下ろし、意外そうな顔で告げる。

 

《驚いたね。こんなに差があるなんて思って無かったよ。……”あの人”の頼みだったんだけど。こりゃ更正には苦労しそうだね》

《っあ……ごぶっ……!》

 

 艦壁に転げたままシオンは何かを話そうとして口を開き、だが血を大量に吐き出す。紫苑はそれを見て、少し顔を引き攣らせた。

 

《やり過ぎちゃったかな? 殺しちゃったら意味無いし》

《せ、……くと……》

《うん?》

 

 シオンが呟く念話に興味を引かれたか、紫苑が顔を寄せる。そんな事で聞こえる筈は無いが、気分の問題なのだろう。

 そして、シオンがぎょろりと紫苑に目を剥いた。

 

《ゼ、レグド! ガリバァ!》

《っ!?》

 

 始めて紫苑の顔に驚愕が張り付く。シオンは構わずに、最初からカリバーンとなったイクスを倒れたまま振り放った。

 

    −戟!−

 

 紫苑の刀は間一髪の所で放たれたカリバーンを防いだ。そのまま、刃を絡め取り弾く。イクス・カリバーンはあっさりと虚空に舞った。紫苑はそれに口元を緩め――。

 

    −激!−

 

《か……!》

 

 ――油断したその顔に、跳ね起きたシオンから勢いのままに頭突きを顔面に叩き込まれた。

 痛みと言うよりは、驚きに身を引く紫苑にシオンは更に蹴りを腹に叩き込み、その小さい身体を撥ね飛ばす。自分もその勢いを利用して、紫苑から間合いを取った。

 

《イ、クス……》

 

 シオンがぽつりと呼ぶと、イクス・カリバーンはすぐにその手に戻った。紫苑に真っ直ぐ差し向ける。蹴られた紫苑も体勢を整え、艦壁に足を着いた。その顔には、苦笑が張り付いている。

 

《貴方はゾンビか何かかい? 普通、死んでるよその傷》

《死、んで、たまる、か……!》

 

 息も絶え絶えに、シオンが唸るようにして念話を放つ。紫苑をギロリと見据えた。

 

《……結局、お前はなんなんだ……どうにも、他人じゃ、無いみたいだしよ》

《だから僕は僕だって。神庭紫苑さ。……貴方と違う、ね》

《な、に……?》

《そうだなぁ、なら一つ面白い話しをしてあげるよ。……プロジェクトFって言うのを聞いた事はある?》

《プロジェクト、F……?》

 

 一切の油断無く、紫苑の隙を探りながらシオンはその言葉を繰り返す。紫苑はそれにゆっくりと微笑んだ。

 

《詳しくは貴方の仲間であるフェイト・T・ハラオウンや、エリオ・モンデアルに聞くといいよ。……ぶっちゃけると記憶転写クローニング技術の事なんだけどね。これを使えば、被験者の記憶を持ったクローン体が出来上がるって寸法だよ》

《それが、お前だってか……!》

 

 シオンが顔を歪めながら紫苑を睨み付ける。それならば、紫苑の言葉も腑に落ちる。自分の記憶を有したクローン体。ならば、確かに目の前に居る奴も”シオン”だと言う事になる。だが、紫苑は浅く笑い、それに首を振った。

 

《さて、ね。ところで魂学は流石に知ってるよね?》

《……ああ》

 

 はぐらかすような紫苑の言葉に内心、更に怒りながらシオンは頷く。紫苑はそれを見て、鷹揚に笑った。

 

《そう、魂学。あれによれば人の魂は二十六次元以上で波動として、その形を表すのだそうだね。つまり、その精神を”波紋”として検出する訳なんだけど――もし、”ある特定の人物の魂の波紋を完全に複写出来た”としたら、果たしてどうなるかな?》

《な、に……?》

 

 シオンは、その説明に目を見開き呆然とする。紫苑は構わず続ける。

 

《例えば、”貴方の十二歳時の魂の波紋データを完全に複写して魂の複製データを作り上げて、貴方の記憶転写クローンにその複製魂を内装したなら”果たしてどうなるかな……?》

《お、ま、え……!》

《そう、それはプロジェクトFの完成形さ。まぁ、僕が”ソレ”だとは言わないけどね》

 

 愕然となるシオンに、紫苑は微笑む。

 魂も記憶も遺伝子的な意味でも一緒。それは、もう一人の自分で無くて果たして何だと言うのか。シオンは漸く、紫苑の謎のこだわりを悟った。つまりは――。

 

《お前は、俺の五年前の……!》

《そう、貴方がかつて誇っていたレベルで僕は貴方の技を振るえる。……貴方のように殺人の忌避も無く、ね》

《な……?》

 

 今、こいつは何と言った?

 

 紫苑の言葉に、シオンは目を見開き、呆然とそう思う。そんなシオンに紫苑は微笑んだ。

 

《そう、僕は人を殺す事を忌避したりしないよ。貴方と違ってね。この次元航行艦、やたらと静かだと思わないかい……?》

《……殺、したの、か……!? 俺の技で……!》

《うん。この艦の乗員全員をね。なかなか苦労したよ》

《っ――!》

 

 ぎりっと、シオンが奥歯を噛み締める。このシオンは刀を振るい、自分の技で人を殺したのだと言う。

 シオンの脳裏に、ある光景が浮かび上がった。血溜まりの、赤の光景が。

 こいつは、あれを再現したのだ。シオンは怒りに震える。憤怒に彩られた瞳で紫苑を見据えた。

 身体から溢れ出る血を指に塗れさせ、虚空に文字を描く。雷、と。

 紫苑の目尻がピクリと動いた。

 

《まさか……使う気?》

【シオン! 止めろ! これ以上は……!】

《やかましい! あいつは……! あいつだけは許しておけるかぁぁぁぁ!》

 

 シオンが吠えると同時に拳を握りしめる。左手を突き上げた。

 

《来い……! ヴォルトォ!》

【く……! シオン!】

 

 イクスの声もシオンは構わない、その背後に雷が疾り、ソレは顕れた。雷の精霊、ヴォルトが。シオンはそのまま叫ぶ!

 

《精霊……! 融合!》

【くそ……! シオン、死ぬなよ! スピリット・ユニゾン!】

 

 もはやシオンは止まらぬ事を察してイクスもシオンの命に従う。ヴォルトがシオンの身体に溶け込むように、像をシオンへと重ね、やがて完全に一体化した。

 シオンの身体から紫電か走る。精霊融合が完了したのだ。

 そのまま律儀にも融合完了するまで待っていたシオンを怒りのままに、見据えた。紫苑はそれを見て微笑む。刀を八相に構えた。

 

《漸く、切り札のお出ましか。どのくらいのものなのか、拝ませてもらうよ》

《ほざいてろ……! お前はここで潰す!》

 

    −轟!−

 

 叫ぶなり、シオンが一気に紫苑へと向かい飛び出す。カリバーンを左手一本で腰溜めに構えた。

 それを見て、紫苑も構えを変える。シオンと同様に、刀を腰溜めに構える!

 そして、シオンと紫苑、二つの姿が交差する――。

 

《神覇壱ノ太刀! 絶影・雷刃!》

《神覇壱ノ太刀! 絶影!》

 

    −閃!−

 

    −裂!−

 

    −斬!−

 

 雷纏う斬撃がシオンより放たれ、神空零無を纏う斬撃が紫苑より放たれる!

 二つの刃が擦れ合い、互いの身体を求めて火花を散らして。

 シオンのカリバーンは、紫苑の身体を掠め。

 紫苑の刀は、シオンの左腕を肘から斬り捨てた。

 

《――残念、だったね》

 

 刀を放ち、残心した状態で紫苑は笑う。シオンは目を見開いていた。

 二人のちょうど中間に、斬り飛ばされたシオンの左腕がカリバーンを握ったままくるくると舞う。そして――。

 笑う、”シオン”が! 獣じみた表情で!

 それを見て、紫苑が訝しむように眉を寄せ、シオンはそれにも関わらず動いた。”斬り飛ばされた左腕に噛み付く!”

 そのままの勢いで紫苑に体当たりをブチかまし、首を反らして紫苑に刃を振り放つ!

 

    −撃!−

 

 驚いたのは、紫苑である。まさかそんな行動に出るとは思っていなかったのだ。

 技後硬直と驚きで無防備となった紫苑にその一撃を躱す事など出来よう筈も無い。立ち尽くす紫苑にカリバーンは、深々と突き立った。

 

《が、ぐ……貴方は……! 最初から、コレを……!》

《神覇九ノ太刀、奥義》

 

 シオンは紫苑の言葉を完全に黙殺する。その目は爛々と紫苑を見据えながら輝いていた。怒りに、憎しみに。

 そして、シオンは密着しながらソレを放つ!

 ”自爆覚悟”の大技を!

 

《青龍》

 

    −轟!−

 

 シオンがぽつりと呟くと同時に、カリバーンから暴虐たる雷龍が生まれ落ちた。密着している二人を青龍は区別なく喰らい――次の瞬間、”制御されなかった”青龍は問答無用に暴走した。つまり――!

 

    −轟!−

 

    −雷!−

 

    −爆!−

 

 青龍がその形を瞬時に失い、激烈な威力となって爆裂する!

 二人を飲み込んだままに、その雷爆発は引き起こり、シオンはカリバーンごと左腕をくわえたまま吹き飛ぶ。紫苑も逆側へと盛大に弾け飛んだ。

 

《お前にだけは負けるかよぉ! バカタレェェェェェェェェェェ!》

 

 シオンが全身を焼かれて、艦壁を盛大に転げながらも叫ぶ。やがて、雷爆発は収まり虚空に静寂が戻った。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《……は、あ、う……》

【シオン! シオン! 生きてるか!? シオン!】

 

 イクスからの声を虚空に浮かびながらシオンは聞く。出血と、全身の火傷で身体の中は恐ろしく寒く、しかし身体の外は異様な程に熱い。もう、痛みなんて感じていなかった。そんなもの、とうに超越してしまっている。

 

 寒いなぁ……。熱いなぁ……。

 

 朦朧とした意識でシオンはぼんやりと思う。シオンはあまりにも酷い状態だった。

 身体中を裂傷が走り、腹には大穴、片腕は斬り落とされ、全身は大火傷。今も息をしているのが不思議な状態であった。

 もう、指一本も動かせずにシオンは虚空をさ迷う。

 

 眠いなぁ……。

 

 意識は途切れ途切れになり、いつ失ってもおかしく無い状態で、シオンはそう思う。ここで寝たら、恐らくは死ぬ。それが分かっていながら、その睡魔に抗え無い。

 そして、瞼(まぶた)がゆっくりと閉じて行き。

 

《《シオン!》》

 

 二人分の叫び声に、無理矢理叩き起こされた。閉じかけた瞼を開ける。

 正面にウィンドウが展開していた。そして映るのは、二人の少女の顔。

 スバル・ナカジマ。

 ティアナ・ランスター。

 その二人の顔であった。

 二人は顔をくしゃくしゃにして、スバルは泣きながら、ティアナは泣きこそしないまでも顔を歪ませてシオンを見ていた。

 

《シオン……! シオン……!》

《アンタ……! また、こんな……!》

 

 二人の声に、シオンは思わず微笑する。大丈夫と言おうとするが、上手く念話が使え無い。そんなシオンに、二人はすぐさま叫ぶ。

 

《今すぐ行くから……! だからシオン! 頑張って! 死なないでっ!》

《アンタ死ぬんじゃないわよ! もし死んでみなさい……! 絶対許さないから……っ!》

 

 二人の声に、シオンは僅かに頷く。シオンもこんな所で死ぬ積もりは無い。やらなければならない事、成さねばならない事がある。こんな所で死んでいるような暇は、無い。帰るのだ、アースラに! だから――。

 

《そうだね、貴方に今死なれると僕も困るしね》

 

 ……!?

 

 聞こえた声に、シオンは鈍く反応する。この念話は……!

 見ればウィンドウの後ろに、いつの間にか彼が居た。

 紫苑が、”ほとんど傷一つ無く”。

 

 な、んで……!?

 

 そう問いたいが、シオンは今、上手く念話を飛ばせない。そんなシオンに、彼は笑ってみせた。

 

《それは秘密だよ。にしてもまぁ、貴方も恐ろしい真似をするね。死ぬかと思ったよ》

 

 紫苑はひょいと肩を竦めて見せる。そして、シオンを楽し気に見つめた。

 

《まぁ、今後気をつけてね? ”あの人”は貴方の死を望んじゃいないんだ。……僕に取っては甚だ不愉快だけどね》

 

 また、”あの人”か……!

 

 再び紫苑から漏れた単語に、シオンは朦朧とした意識で胸中叫ぶ。その”あの人”とやらが、この紫苑を作った存在だとでも言うのか。

 

 それにこいつは……!

 

《――そう、貴方が僕を許せないように、僕も貴方を許せないんだ。この手で殺してやりたいと思ってる。……でもあの人を怒らせる訳にも行かないからね。……誰にも邪魔出来ないようにして貴方を殺すつもりなんだ。けど、今は殺せない》

 

 それが本当に悔しいと、紫苑はシオンを見据えながら告げる。その目は、凄まじいまでの憎悪と殺意に彩られていた。

 一瞬だけソレを見せた後、紫苑は肩を竦める。ソレは、あっさりと紫苑の瞳から消えた。

 そのまま、紫苑は虚空に目を向ける。そして、ぽつりと呟いた。

 

《だから、今日の所は貴方の大切な人を殺して溜飲を下げておくよ。スバル・ナカジマと、ティアナ・ランスター、て言ったかな? あの二人がちょうどいいね》

 

 ……今、こいつは何と言った?

 

 シオンは真っ白になった頭で、そう思う。そんなシオンを見て、紫苑は笑う。

 

《貴方の大切な人を、かつての貴方の技で殺す。……うん。なかなかいいね。楽しそうだ》

 

 にこにこと笑いながら、紫苑は告げる。

 

 ……俺の技で、スバルとティアナを、殺す?

 

 呆然とし続けるシオンに、紫苑は背を向けた。刀を握り、歩を進める。

 

《それじゃあね。そこであの二人が斬り裂かれる姿を見てるといいよ。……楽しみだなぁ》

 

 そうシオンに告げ、紫苑はその場から離れようとして。

 

《……今、何つった?》

 

 −お前、ムカつくなぁ−

 

 声が聞こえた。二重に響く声が。空間に、世界に響く。

 

《……今ぁ、何つった?》

 

 −カカカカカカカカカカ……! お前、本当にムカつくな。楽しくなってきたよ。なぁ、兄弟?−

 

 声が響く、響く。その場から離れようとしていた紫苑は、しかし動けず、ゆっくりと振り向く。

 ――そこにシオンが居た。”身体中から因子を溢れさせて”!

 目が煌々と朱を照らし、紫苑を見据える。

 紫苑は漸く悟った。自分が彼の逆鱗に触れた事を。凄まじいまでの怖気と共に!

 

【シ、オン……! ぐ……! コード、アンラ・マンユ確認。だ、め、だ。抑えきれ……!】

《今ぁ……! 何つったあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!》

 

 −カカカカカカカカカカカカカ! 刺殺、絞殺、斬殺、圧殺! 何がいい? 何がいい? 何がいい!? 全部か!? なんなら滅殺ってのはどうだ!? なぁ、兄弟! カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!−

 

    −轟!−

 

 直後、シオンの身体から因子が柱のように宇宙空間に突き立つ!

 アンラマンユが、再びシオンの身体を持って、その力を振るわんと、顕現せしめた。

 憎しみに、喜悦して。

 怒りに、愉悦して。

 

 

(後編2に続く)

 




はい、第四十話後編1でした。紫苑が使ってる刀術は、こう刀でしか出来ない技。みたいな感じで書いてみたり(笑)
あ、いくつか名称変更してますが、お気になさらずー(笑)
では、後編2でお会いしましょう。
ではではー。


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第四十話「過去からの刃」(後編2)

はい、第四十話後編2であります。反逆編ラストまで後三話。お付き合いよろしくお願いします。では、どぞー。


 

 ――ユニゾン・イン。

 虚空に響き渡る、たった一つの言葉。それをその世界に居る者達は余す事無く聞く。そして沸き立つは負の象徴、アンラマンユ因子。

 自分の同一存在である紫苑と対峙するシオンから、それは溢れ出ていた。

 紫苑を睨む爛々と光る紅玉の瞳。それに紫苑は怖気と共に息を飲む。

 

《……やり過ぎた、かな? まさか自分の事より他人の事で暴走するなんてね――》

《何を言ってんだ? お前》

 

 −カカカカ。無知ってのは怖いなぁ、兄弟−

 

《ッ――!?》

 

 独り言のように呟いた念話を返されて、紫苑の瞳が揺れる。まさか、返答されるとは露程も思わなかったのだ。

 

 まさか――ひょっとしたら、と言う自分の考えに紫苑は総毛立つ。

 ”有り得ない事”だ。少なくとも紫苑が知る範囲では、そんな事は。だが。

 

《誰が暴走なんざするかよ、お前は俺が潰す》

 

 −カカカカカカカカカカカカ! 信じられねぇよなぁ、有り得ねぇよなぁ、分かる。分かるぜぇ? だが理不尽ってのは往々にして起きるモンなんだよ−

 

 眼前のシオンがあっさり否定する。その憎悪と言う名の冷徹過ぎる”理性”を持って紫苑を睨み据える。

 

【シ、オン……?】

 

 イクスからも戸惑うような声が上がる。それは、そうだろう。シオンは因子を、カインを顕現しておきながら理性を保っていたのだから。

 直後、シオンの断たれた左腕から血の代わりに因子が溢れ出た。それは真っ直ぐに虚空を進み、あるモノに繋がる。

 未だ虚空を漂っていたシオンの肘から先のイクス・カリバーンを掴んだままの左腕を。因子は傷口に繋がると、そのまま左腕を引き寄せる。そして、断たれていた左腕が接続。あっさりとくっついた。

 感染者特有の現象、再生である。シオンは左手に握っていたイクスを右手に持ち替える――と、いきなり、くっついた左腕の肘の部分から更に因子が溢れた。それは一気にシオンの全身を包み込む。そして。

 

    −轟!−

 

 因子が柱のように突き建ち、晴れた。紫苑は身じろぎする事も出来ずにただただその光景を眺める。

 有り得ない事の筈である。だがもし、仮に、”アンラマンユを完全に自身の制御下に置けたのならば?”

 そして因子が晴れたその向こうで、”それ”は、現れた。

 異形である。それは間違い無い。

  だが、その異形は今までと明らかに違っていた。

 最初に目を引くのは左腕だ。肩から手の先まで漆黒の甲冑に覆われている。その指先は凶々しい鈎爪となっていた。そして背中、まるで触手のようにのたうつ三本の尻尾。どこか剣竜を思わせる尻尾である。

 どれもアヴェンジャーフォーム特有の甲冑である――否、”あった筈”か。

 甲冑はそこまでしかなかったのだから。左腕と背中だけ。後はカリバーフォームを黒にしたバリアジャケットをシオンは纏っていた。そして最大の変異点。シオンの髪は、銀から染め上げられたように黒へと変わっていたのだ。まるで、タカトやトウヤのように。

 アンラマンユを象徴するが如く、その髪は漆黒へと変貌していた。

 シオンは、沸き立つ因子に理性を小揺るぎもさせないまま、左腕を掲げる。鈎爪を備えた左手をバッと開いて見せた。

 紫苑に掌を差し向けながら、ぽつりと呟く。己の――。

 

《我は正しき怒りと、憎悪を持って眼前の存在を打ち砕かん》

 

 −カカカカ、悪くねぇ、悪くねぇ! ああ兄弟、アベル・スプタマンユ! いい憎悪だ。いい怒りだ!−

 

 シオンの念話に応えるかのように、カインが吠える。因子がそれに共鳴したが如く激しく沸き立つが、今のシオンの理性は全く揺るがない。

 真っ直ぐに、紫苑を見据えままに続ける。

 

《ハーフ・ アヴェンジャーフォーム》

 

 新たな姿の名前を告げた。

 それは、シオンが負の感情より引きずり出した新たな姿。自らの中にあるカインと同一の思考性を持った時のみ、顕現せしめる形態。そして、それは取りも直さず一つの事実を意味する。

 則ち、シオンは因子を自身の制御下に置いたと言う事を。

 その力を余す事なく振るえる、と言う事を。

 他でも無い。紫苑を見据える瞳がそう語っていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ……言葉が出ない。

 スバル・ナカジマは宇宙空間に伸ばしたウィングロードの上に立ち尽くしながら、そう思う。

 先程、担当であったストラの次元航行艦のブリッジを占拠したスバルは、シオンと紫苑の戦いを見て、慌てて、艦の外に出てシオンの元に向かった。

 紫苑と対峙するシオンは明らかに冷静では無かった。まるでそこに居るだけで、紫苑に精神的に追い込まれているかのようにスバルには思えたのだ。

 嫌な予感を覚え、シオンの元に急ぐ速度を上げたのだが――その悪い予感は当たってしまった。

 シオンは自分の命すらも省みないような無茶を行い、瀕死の状態までになってしまったのだ。

 当たって欲しく無い嫌な予感が的中してしまい、歯噛みしながらもスバルは最大速度でシオンの元に急いだ。

 途中でノーヴェとも合流。そして、シオンを肉眼で見える距離まで近付いた時。”それ”は起きた。

 因子、アンラマンユが再びシオンの身体から溢れ出たのだ。どういう原理か、シオンの命懸けの自爆技を受けて無傷な紫苑すらも、それには目を丸くしていた。

 シオンはアヴェンジャーに近いような姿になり、理性を保ったまま、紫苑を見据えていた。

 ”憎悪”と言う名の理性を持って。

 そんなシオンを、スバルはかつて見た事がある。

 タカトを追ってアースラを飛び出した時のシオンである。あの時も、シオンは憎悪と怒りのままに動いていた。

 そして、その結果は――。

 

《まさか、アンラマンユを完全に制御しきるなんてね……!》

《そんな事、どうでもいい。俺は、お前をぶっ潰せたらそれでいい》

 

 あくまで、シオンは静かなままに紫苑へと語りかける。それは逆に、怒りが過ぎて冷静になってしまっている証拠であった。

 そんなシオンに、スバルは想像が当たってしまった事を悟る。シオンに念話を掛けようとして。

 

《さっき、お前が言った台詞、忘れてねぇよな?》

《ああ、そこの彼女と、後こっちに来てるもう一人の娘を殺すって話し? うん、忘れて無いさ。なんなら今からでも――》

《もういい、黙れ》

 

 楽し気な口調で言ってくる紫苑の念話をシオンは最後まで言わせ無い。右手のカリバーンと、左腕の鈎爪を掲げる。そして。

 

《スバル》

《っ――!? シ、オン……?》

 

 突如として、念話を掛けられてスバルは飛び上がりそうになる。最初からスバルがそこに居るのに気付いていたのか。シオンは振り返らないまま、スバルに念話で話す。

 

《――守るから》

《え?》

《絶対に、お前も、ティアナも”俺の技”で、刀で、殺させたりなんかしないから……!》

《シオン……?》

 

 その念話に、スバルはシオンの名を呼ぶ。紫苑に語りかけた時とは、まるで違う口調である。そこには、悲痛なまでの願いがあった。

 スバルは何とは無しに悟る。シオンは今、この瞬間までも追い詰められている。

 因子に、では無い。

 紫苑に、そして自分の過去にだ。

 心が、押し潰されんばかりにシオンは精神的に追い詰められていた。

 

《シオン!》

 

 スバルは、シオンの名を叫ぶ。思っていた以上に、シオンの精神状況が良く無い事を悟ったのだ。嫌な予感がスバルの心に膨れ上がる。

 

《……”こいつを、殺してでも……!” 俺は、絶対に!》

《シオン! 駄目!》

《て、スバル待て!?》

 

 シオンの台詞に、漸く嫌な予感がなんだったのかをスバルは悟る。シオンは紫苑を殺す積もりなのだ。ここで、確実に。

 よく考えれば、先の戦いでもシオンはずっと殺傷設定で戦っていた。

 思わず飛び出そうとするスバルを傍らのノーヴェか押さえる。そうしなければ、おそらくスバルは二人の間に割って入ろうとしただろう。

 スバルはノーヴェに押さえられながらも、シオンへと向かおうとする。そして、シオンは振り向かない。眼前の紫苑をただ見据えて。

 

《ここで、お前は終われ……!》

《やって見せなよ》

 

    −轟!−

 

 二人は弾けるように飛び出す!

 星々が瞬く中で、白刃と怪手は漆黒の虚空で相打った。

 磁力で引かれたように二人は至近で見合い、弾かれたように刀と鈎爪は跳ね上がる。

 二人のシオンの戦いが、再び始まる――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −戟!−

 

 ぶつかり合う刀と、怪手、刃と鈎爪とが絡み合う。

 シオンは右に体を捌き、振り上げたカリバーンを紫苑へと放つ!

 

   −つぃん−

 

 だが、それはあっさりと身体ごと孤を描く刀によって斬り流された。

 ――乱剣の型。

 先の焼き直しのように、シオンのカリバーンが頭上に跳ね上がる。軌跡は延長し、シオンの首元に刃はひた走ろうとして。

 

    −軋!−

 

 シオンの左の鈎爪が、刃を寸前で受け止めた。火花を散らしながら刃と鈎爪は責めぎ合い、二人は再び至近で互いに視線を交わす。

 

《答えろ、紫苑! ”あの人”ってのは一体誰だ! 誰に何を頼まれた!?》

《僕が答えるとでも思うのかい……! だとしたら相当にお気楽だね!》

 

    −破!−

 

 紫苑の刀が鈎爪とぶつかり合ったまま刃を上へと翻した。人差し指の鈎爪に刃を引っ掛かけると、紫苑は半歩をシオンへと踏み込みがてら刃を跳ね上げた。

 

    −戟!−

 

 すると力点をずらされ、あたかも刀に弾かれるように怪手は先のカリバーンと同じくシオンの頭上へと跳ね上がる。

 そして、刀はすでに紫苑の頭上で翻っていた。両の手で刀の柄を紫苑は握り締め、真っ直ぐに体重をかけながら刀を振り落とす。

 ――虎走りの型。

 それがその型の名前であった。

 

《壱ノ太刀、絶影!》

 

    −斬!−

 

 無念無想。紫苑より放たれた刀が、袈裟に迅雷の速度を持って振り落ちる!

 だが、今のシオンは鈎爪だけが武器では無い。その右手にはカリバーンが握られている――!

 

《絶影!》

 

    −戟!−

 

 縦に放たれた刀は、横に放たれたカリバーンにより、シオンの頭を割る直前に防がれた。

 二つの絶影の衝撃で、空間に振動が走る。刀とカリバーンは真っ正面から鍔ぜり合い、二人は刃の向こうに映る互いを見据える。

 筋力は流石にシオンの方に分があるのだろう。シオンは右手一本で紫苑の刀を受け止め切っていた。

 そして相対する紫苑も流石である。刀とはその特性上、縦の衝撃に滅法強いが横の衝撃にはひたすら弱い。『折れず、曲がらず、よく斬れる』とは言うが、それは持ち手の力量に多分に依存する武器が刀というものである。デバイスである以上、刃の欠けや耐久性は相当に上がっているだろうが、普通に考えれば剣と真っ正面にぶつかり合ってただで済む筈が無い。

 ならば、何故に折れる事も刃が欠ける事も無く鍔ぜり合いが成立しているのかと言うと、それは紫苑の力量に依る所が多いのだ。

 紫苑は力点をずらす事で鍔ぜり合った状態で力を流しているのであった。

 力のシオンと、技の紫苑。二人は今まさに拮抗していた。

 シオンは鍔ぜり合いの状態から紫苑を真っ直ぐに見据える。紫苑も同じくだ。

 やがて、シオンの口端が笑みの形に歪んだ。

 

《どうしても言う気は無ぇんだな……?》

《当然だね》

 

 紫苑はあっさりと答える。シオンはそれに笑みを更に深くした。

 まるで獣のような笑い。そして、跳ね上がられた左腕を高々と振りかぶられ――。

 

《言わねぇんなら……! その身体に聞いてやらぁぁぁぁ!》

 

    −轟!−

 

 横薙ぎに、鈎爪が振り放たれる!

 紫苑はそれに半歩を振込みながら刀を振るい、カリバーンと放たれた鈎爪を同時に弾こうとして。

 

    −戟!−

 

《ぐ――っ!?》

 

 九割がてらその威力を斬り流したにも関わらず、鈎爪は刀を弾き飛ばした。いかな威力がその鈎爪には秘められていたか、紫苑はそのまま後ろへと吹き飛ばされる。

 すぐに体勢を整えようとするが、シオンの獣じみた動きはなお疾い!

 紫苑が体勢を整える前に肉薄し、カリバーンを振り放つ!

 

    −撃!−

 

 辛うじてその一撃を紫苑は斬り流すも、完全とはいかず肩口に刃が掠め、血が吹き出した。

 一撃を放ったまま背後に抜けたシオンはまだ止まらない。足場を展開し、着地、紫苑へと更に跳ぶ。

 背後から迫るシオンに、紫苑は無理矢理背中へと刀を振り放つものの、そんな無理な体勢で放った刀にさほどの威力はある筈も無く、シオンはカリバーンであっさり刀を弾いた。そのまま鈎爪を翻して、紫苑の背中に叩き付ける!

 

    −撃!−

 

《が……っあ……!》

 

 紫苑から苦痛の喘ぎが零れる。それに、シオンは当然構わない。カリバーンと鈎爪を振り上げる!

 

《絶影、双刃!》

 

    −閃!−

 

    −裂!−

 

 左右から挟み込まれるように放たれる二条の絶影! カリバーンと、鈎爪から放たれたそれは迷い無く、無防備な紫苑へと叩き込まれた。

 

    −撃!−

 

 突撃にも等しいその一撃を受けて、紫苑の身体が盛大に跳ね上がる。虚空へと投げ出された紫苑の下を、絶影・双刃を放ったシオンは勢いのままに突き抜けた。

 

 とった……!

 

 シオンは今の一撃に確信する。手応えからして、致命傷となるだけの一撃であった。これならば、奴も――そう思った、直後。

 

《調子に乗りすぎだよ……! オリジナル・シオン!》

 

    −閃!−

 

 シオンの背中を袈裟に刀が一閃!

 背の尾も、甲冑すらも易々と斬り裂いて刀は通り抜けた。

 

 ばか、な……!

 

 背に走る激痛と、再び沸き立つ因子すらも忘我して、シオンは驚愕する。そして肩越しに紫苑へと振り返って紫苑を見る。紫苑は、何と無傷であった。バリアジャケットすらも傷付いていない。”そんな筈は無い”のに。

 

 いや、待て……。

 

 シオンは斬撃で身体が虚空を泳ぐのも構わず、疑問符を浮かべる。そもそも、さっきカリバーンを紫苑に突き刺した筈である。鈎爪も、背中の肉を抉った筈だ。なのに、”無傷?”

 

【シオン!】

 

 −兄弟? ボケッとしてる暇あるのかよ? 何なら”代わろうか?”−

 

《っ――――!?》

 

 イクスと、カインの言葉に、シオンは我に返ると足場を展開。着地し、体勢を整える。

 紫苑がそんなもの、悠長に待つ筈が無かった。瞬動でシオンの懐に飛び込み、下段から刀が振り上がる!

 ――曰く、燕尾の型。

 

《絶影――》

 

    −斬!−

 

 逆袈裟にシオンを斬り裂いて天へと突き立った刀が鈍い光を反射する。一拍遅れて、シオンの身体から血と因子が吹き出した。

 

《ぐっ! ……っう!》

 

 痛みと出血に喘ぎながらも、シオンはカリバーンを振り放つ。

 だが、そんな状態で放たれた斬撃なぞ、紫苑が斬り流せない筈が無い。

 あっさりとカリバーンは跳ね上げられた。そして、紫苑の身体が虚空に踊る。

 まるで死之舞踏(ダンス・マカブル)。

 刹那に放たれた数十もの斬撃は、視認すらも間に合わせずに、シオンの身体を斬り裂く。血煙がたちどころに虚空に華となり咲いた。

 

《感染者だからといって絶対不死と言う訳じゃ無いだろ? 貴方は何回死ねば死ぬかな……!》

《ぐ……!》

 

 紫苑の台詞に、シオンはぐっと呻く。確かに、いくら何でも完全に不死と言う訳ではあるまい。そうで無ければ聖域での戦いで、タカトが本気を出す事をあれ程躊躇う筈が無い。

 このままでは、死ぬ――そう、”このままならば”。

 シオンの口端がにぃっと吊り上がった。

 

《我は堕ちる。色と自らの本能に赴くままに、他者を汚しながら……!》

 

 斬られながらシオンは聖句を呟く。それは果たして、紫苑に聞こえたかどうか。

 両の腕を交差させて斬撃を受け続けながら、シオンはひたすら紫苑を睨み据える。開かれる口からは聖句が零れた。

 ”新たな罪”を顕現せしめる聖句を。

 

《侵し、犯し、冒し尽くす! その、精神(こころ)までも! 第五大罪。顕! 現……!》

《させると思うかい!?》

 

 シオンの聖句に気付いた紫苑が、させじと勝負に出る。刀を突き出し、その身体に魔力を纏いながらシオンへと突っ込んだ。奇しくもそれは、同じ五の名を冠する技!

 

《伍ノ太刀! 剣魔!》

 

    −轟!−

 

 叫びと共に紫苑は矢となり弾けた。向かう先には未だ防御の体勢のまま動かないシオンが居る。

 剣魔を持って突き出された刀はシオンの両手を弾き、無慈悲に身体の中央、心臓に突き立つ!

 これで大罪スキルも使え無いと紫苑は勝利を確信して笑い。

 

《淫欲(ルスト)……!》

 

 その言葉を耳元で聞いて、愕然とした。シオンの目的は最初からそこにあった。ルストを紫苑にかける事、ただそれだけを。故に、剣魔を躱さなかったのだ。

 つまりそれは、この大罪ならば紫苑を倒せると確信している事に他ならない――。

 次の瞬間、紫苑の視界は光に染まった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《っ――!?》

 

 紫苑の視界に光が広がり、瞬く間に消える。その間に逃げたか、刀で突き刺した筈のシオンは何処にも居なかった。

 それに、今の紫苑には他にも気にかかる事がある。

 第五大罪、淫欲。シオンが発動した大罪スキルである。

 まさか、さっきの光による目眩しと言う訳もあるまい。

 

 なら、一体……?

 

 怪訝に思いながらも紫苑は視界を素早く巡らせようとして、その必要の無い事に気付く。シオンは、真っ正面に居たのだから。

 因子による効果か、すでに無傷。紫苑と対峙する形で、薄ら笑いを浮かべている。

 それに何らかの罠を警戒するも、シオンは何もしない。ただ立ち尽くすだけ。

 

 ならば……!

 

 虎穴に入らずんば虎児を得ず。紫苑は瞬動で、シオンの懐に飛び込む。同時、孤を描く刃が頭上より振り落とされた。

 

    −斬!−

 

 袈裟に振られた刀は、迷い無くシオンを肩口から叩き斬る!

 そして、シオンは無抵抗のまま崩れ落ち、塵となって消えた。

 

 死んだ……?

 

 あまりにもあっさりと消えたシオンに紫苑は思わず疑問符を浮かべた。いくらなんでも簡単に過ぎる。これは――?

 

 −カカカカカカカ!−

 

《っ!?》

 

 突如響いた笑いに、紫苑は身を固くして振り向く。そこには、先程塵となって消えた筈のシオンが居た。薄ら笑いを浮かべて紫苑を見続ける。

 ……それが何故か凄まじくカンに障った。

 再び瞬動発動。即座にシオンの眼前に現れ、今度は逆袈裟に刀を跳ね上げる!

 

    −閃!−

 

 今度も結果は同じだった。シオンはあっさりと斬り捨てられ、塵となって消える。すると、その後ろに斬り捨てた筈のシオンがまた現れた。紫苑が愕然とする。

 

《どう言う事なんだ……!?》

 

 幻術では無い。そもそも手応えからして違う。紫苑の手には、人を斬った感触がしっかりと残っていた。

 幻術ではそんなもの、再現出来る筈も無い。故に紫苑は混乱していたのだ。

 取り敢えず、眼前のシオンを斬り捨てようとして。

 

《何処を見てる? こっちだ》

《っ――!?》

 

 念話が背後から掛けられた。紫苑は猛然と振り返る。

 そこには、ニヤニヤと笑うシオンが居た。前にも居るのに! すると。

 

《こっちだ、こっち》

《どこ見てんだ?》

《お前の目はふし穴かなんかか?》

 

 次々と念話が紫苑に掛けられていく。紫苑の周りには、いつの間にやら数十人のシオンで埋めつくされていた。

 それも、その一人一人から念話が掛けられたのである。更にシオンはどんどんと増えていく。

 有り得る筈が無い光景だ。だとするならば、やはり幻術か――だが。

 

《っ!》

 

    −斬!−

 

 試しに眼前のシオンを斬り捨てる。するとやはり。甲冑と肉、骨を斬った感触だけを残してシオンは塵となって消えた。

 紫苑の感覚は伝える。あれは、”本物”だと。

 なら、この無数のシオンは果たして何なのか。

 

《っ……! あぁああああ……!》

 

    −斬!−

 

 斬る。

 

    −閃!−

 

 斬る。

 

    −裂!−

 

 斬り捨てる!

 

 立ち並ぶシオン”達”のこと如くを斬り捨てる! だが、シオンの数は一向に減らない。寧ろ、増えていた。

 

 これが、淫欲の効果……!?

 

 胸中叫びながら紫苑は呻く。いくら斬ってもシオンは減らなかった。そして紫苑はシオンを斬り捨て続け。

 

《あぁああああああ……! どこだ……!? 本物は何処に居る……!》

 

 その数が万に達しようとした時、ついに吠えた。

 いい加減おかしくなりそうだったのだろう。先のような余裕は何処にも無い。

 それでも眼前のシオンを逆袈裟に斬り捨てて。

 

《――三分、て所か》

《何、が……!?》

 

 突如として聞いた声に、紫苑は問い掛けようとして。

 

    −破−

 

 頭上から世界が割れる光景を見た。まるで硝子のように砕け散っていき。

 

《いい夢は見れたかよ?》

《ま、さか……!?》

 

 その時点で、漸く紫苑は今の状況を理解した。やはりこの現象は幻術だったのだ。しかも分身を作るような物では無く。”幻世界を作り出し、対象の精神を取り込むタイプの!”

 おそらく、幻術としては最高法の代物である。

 第五大罪、淫欲。その能力を漸く紫苑は悟り、直後。

 割れ、現実世界へと戻った紫苑の眼前に、本物のシオンが映る。至近で鈎爪を振りかぶり、今まさにそれが振り落とされんとしていた。

 驚愕する紫苑にシオンは獣じみた笑いを浮かべる。

 

《満足したかよ? ”俺を散々殺せてよ……!”》

《貴方は……!?》

 

    −撃!−

 

 眼前のシオンから繰り出される鈎爪の轟撃!

 ルストで疲弊させられた紫苑にそれを躱すだけの力は無く、鈎爪は容赦無く紫苑の胴を薙ぎ払った。

 胴の肉を虚空に撒き散らし、紫苑が身体が跳ねる。それを尻目にシオンは鈎爪を振り放った姿勢で通り過ぎ、虚空を翔ける。

 あの程度の傷では、倒せない事はさっきの攻防で分かっていた。再生か、何かか。だが、そんなもの”肉片一つ残さず”に消し飛ばせばどうにもなるまい。

 故にシオンは顕現させる。紫苑を抹消せしめうる大罪を!

 

《我が怒りは世界を焼き尽くし、破壊し尽くし、殺し尽くす……!》

 

 紫苑から離れること数十mで、シオンは振り返り、左手の掌を突き出した。すると、掌を中心に幾何学模様の紋章が生まれる。それは、シオンの異母兄、タカトの右腕にある666の魔法陣に酷似していた。

 更に、紋章から前後に光の網が伸びる。それはぐるりと左手を囲うと、掌を中心にして迫り出した。

 それはまるで、光で作られた砲身であった。

 

《眼を焼き、己を焼き、世界を焼き尽くす熾烈なる光! 第二大罪、顕現……っ!》

 

 光で構成された砲身は、真っ直ぐに紫苑へと向けられる。紫苑は未だ鈎爪によるダメージからか、まともに動けないようだった。

 ただ、シオンに憎悪の瞳を向ける!

 

《オリジナル・シオン!》

 

 咆哮が響く。だが、シオンはそんなモノに一切構わない。

 こちらも激烈な憎悪からなる視線を紫苑へと浴びせる。同時、砲身を中心に複数の魔法陣が展開した。転移魔法陣である。

 そう、第二大罪は反物質砲である。反物質はこの世界に生まれ落ち、物質に触れた瞬間に対消滅を起こして、そのエネルギーを爆発として、顕現させてしまう。故に転移魔法による空間転移で、この世界に触れさせる前に対象空間まで転移させる必要があるのだ。

 そして砲身に生まれたモノは凄まじい光を反射しながらも米粒以下のサイズしかなかった。下手に質量の大きな反物質を生み出すと、後ろのスバルやノーヴェ、それに他の仲間をも消し飛ばしかねない。

 シオンは紫苑をただ見据え、そして最後の聖句を紡ぐ。紫苑を抹殺する為に!

 

《――噴怒(ラース)ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァスッ……!》

 

    −轟!−

 

 叫びを辺りに撒き散らしながらシオンは噴怒を撃ち放つ!

 それは空間転移魔法陣を潜り抜け、紫苑へと刹那に迫り――。

 

 −ソードメイカー・ラハブ−

 

 −我は無尽の剣に意味を見出だせず、故にただ一振りの剣を鍛ちあげる−

 

《な……!?》

 

 その直前に、聞き覚えのあるキースペルとオリジナルスペルが響いた。

 

 この、スペルは……!?

 

《チィィィィィィィィィィィィエストォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ……!》

 

 

 

 

    −斬!−

 

 

 

 

 直後、世界を揺るがせる咆哮が辺りに響き渡り、世界はその刀の名が示す通りに斬り裂かれた。

 斬界刀――その一撃を持って。

 転移中の反物質を”世界”ごと斬り捨て、容赦無く消し飛ばし、彼は現れた、

 忘れもしない紅い壮年の男性。無尽刀、アルセイオ・ハーデンが。

 

《お、っちゃん……!》

《いよう、坊主。随分楽しそうじゃねぇか?》

 

 シオンの頭上、斬界刀を担いで、アルセイオはニヤリとシオンに笑って見せたのだった――。

 

 

(第四十一話に続く)

 

 




次回予告
「ハーフ・アヴェンジャーとなったシオンと紫苑の戦い。しかし、その決着に邪魔が入る」
「無尽刀、アルセイオ・ハーデンから」
「シオンは激昂し、彼に襲い掛かるが、アルセイオはそんなシオンを呆れたように見る」
「弱くなったと」
「次回、第三部『反逆編』完結! 第四十一話『舞い降りる王』」
「王たる青年は、現れる。神鎗を手にもって」


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第四十一話「舞い降りる王」(前編)

「私は、奴と何度も戦りあった――それこそ、理由は喧嘩からガチな殺し合いまで。幾度となく、戦いあった。その数、百万とんで千百。そして勝ち星は五十万とびの五百五十一。……今なら言える。私は、タカトより強いと。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」



 

 −我は無尽なる剣に意味を見出だせず−

 

 その言葉と共にこちらへと降りて来る男に、シオンは息を飲む。その肩に担がれた剣と一緒に。

 そんなシオンの反応に男は――アルセイオ・ハーデンはシオンを見続ける。

 

 −故に我はただ一振りの剣を鍛ち上げる−

 

 そしてシオンと紫苑のちょうど中間点で止まるとニっと笑って見せた。初めてあった時と同じように、ただ笑う。

 

《よう、坊主。久しぶりだなぁ。つってもクラナガン戦から一週間くらいしか経ってねぇけどよ。元気してっか? 歯ぁ磨いてるか?》

《……磨いてるよ》

 

 脳天気な挨拶をしてくるアルセイオにシオンはぐっと唸りながら答える。カリバーンと怪手を構えたままに。

 ――当たり前だ。どれだけ陽気に、脳天気に見えようとも、相手は”あの”アルセイオなのだ。

 無尽なる剣を造りだし、世界を斬り得る一刀を鍛ち上げる事が出来る傑者。

 シオンは彼と三度戦ったが、一人で勝利を納めた事は一度も無い。緊張も警戒もして当然であった。

 そんなシオンに、アルセイオはフフンと鼻を鳴らして笑うと。視線を背後に向けた。つまり、紫苑に。

 

《おめぇがベナレスの言ってた回収物か……しっかし本当に坊主に似てんなお前》

《そう言われるのは癪だね。……で、貴方は何しに来たのさ?》

《あん? さっき言ったろうが。お前を回収にだよ。ベナレスから勅命だぜ? まったく。俺達はあくまで傭兵だっての》

 

 深々とため息を吐きながらアルセイオは紫苑に愚痴を言う。それに紫苑は不快そうに眉を潜めた。

 

《……僕は、ここで帰る積もりは無いよ。あくまでも僕はストラの協力者に過ぎない。命令を聞く義理はあっても義務は無い筈さ。だから貴方はとっと帰って――》

《”あの人”からの言伝があるんだとよ》

 

 紫苑が拒否しようとする言葉を、アルセイオが遮る。”あの人”。その単語に紫苑は目を見開き、硬直した。

 

《『勝手な行動を許した積もりは無い。許すのは今回限りだ。帰還しろ』だとさ、……あの人とやらは知らねぇけどよ。命令、聞いた方がいいんじゃねぇか?》

《…………》

 

 暫く紫苑は無言。目を閉じ、何かに耐えるように肩が少しだけ震える。やがて、ゆっくりと目を見開いた。

 

《……了解。帰還します》

《っ――!?》

 

 紫苑の返答に、二人の会話を聞いていたシオンは驚く。紫苑とて、本心ではここで自分とケリをつけたいだろう。それを捩曲げてまで命令をあっさりと聞いたのだ。

 ここまで紫苑を従わせられるあの人とは一体誰なのか。

 シオンが疑問を巡らせている内に三人の遥か頭上に穴が開く。次元航行艦の次元航行による転移だ。

 穴からは、管理局で使われている標準的な航行艦、XV級次元航行艦が出て来る。間違い無く、ストラの――いや、アルセイオ隊の艦であった。

 紫苑はもはやシオンに一瞥もくれずに航行艦へと飛ぶ。それを見て、シオンは漸く我に帰った。紫苑に追い縋ろうと瞬動を発動する。

 

《っ! 逃がすかよ!》

《ところがギッチョン、てな?》

 

    −斬!−

 

 直後、シオンの鼻先を”何かが”通り抜けた。シオンは即座に瞬動を停止。その場に留まると、ゆっくりと横を振り返った。

 確認するまでも無い。そこに居るのは斬界刀を振り下ろしたアルセイオであった。

 

《おっちゃん! 邪魔するかよ……!》

《もちな。一応、今回はあいつを連れ戻すのが任務だ――悪ぃな坊主、決着つけたいならまた今度にしろや》

 

 凄まじい形相で自分を睨むシオンに、アルセイオはまったく動じず笑う。シオンは歯を食いしばると、アルセイオに向き直った。

 

《俺が、嫌だって言ったらどうする……!》

《――やめとけ坊主。今のお前じゃ、俺には死んでも勝てねぇよ。賭けてもいいぜ?》

 

 シオンの台詞に、アルセイオから笑みが消える。だが、それは戦いにより真剣になったと言う事では無かった。

 アルセイオはただ、シオンに言い聞かせるような瞳で見続ける。

 ――死んでも勝てない。その台詞にこそ、シオンは激昂した。

 

《勝てねぇだと……!? 今の俺にそれ言ってんのかよ!》

《今のお前だから言ってんだバカタレ。さっきの戦い。ちょっと見てたが――前よりお前、寧ろ弱くなってんぜ?》

 

 分かんねぇのか?

 

 そうアルセイオは、まるで哀れむかのような瞳をシオンに向ける――その目にこそ、頭に血が上った。

 

《ふざけんなよ……! 俺が、弱くなった……? ふざけんなよ!?》

《……本当に分かってねぇんだな》

 

 まだ言い続けるアルセイオに、シオンが怒りの視線を向ける。それでも、アルセイオは哀れむような視線を止めなかった。

 シオンの堪忍袋もここまでだった。アルセイオに飛び掛かる!

 

《だったら……! アンタを倒して強くなったと! 証明してやらァァァァァァァァァァっ!》

《忠告はしたぜ? 坊主》

 

 勝てねぇってよ?

 

    −撃!−

 

 直後、シオンが振るったカリバーンをアルセイオが斬界刀を解除してダインスレイフに戻し、受け止める。

 聖剣と魔剣は、ここに三度目の対決を果たす事になったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《おぉ……!》

 

    −戟!−

 

 虚空にシオンの咆哮が響く。同時、弾かれたようにカリバーンとダインスレイフは跳ね上がった。

 シオンはそこから体を回し、左の鈎爪をぐるりと廻らせる。狙うのはアルセイオの首!

 

《っらぁ!》

 

    −閃!−

 

 叫びと共に鈎爪は容赦無くアルセイオへと放たれる。だが、アルセイオは少しも慌てる様子は無かった。

 ただただ、醒めた瞳でシオンを見続け――。

 

    −撃!−

 

《がっ……!?》

 

 突如、シオンの背中に激烈な一撃が叩き込まれる。その衝撃で放たれた鈎爪も無残な軌跡を描き、アルセイオに届かないまま通り過ぎた。

 

 一体、何が……!?

 

 何が自分の背中を痛打したか分からず確認の為首を巡らせ――シオンは硬直した。

 シオンの背中には刃渡り十mはあろうかと言う巨剣が突き刺さっていたのだから。

 シオンはその巨剣を見て思い出す。アルセイオは離れた所からでも剣を作り出す事が出来たのだと……!

 

《――相対してる敵を前にして視線逸らしてんじゃねぇよ》

《っ!?》

 

 前方から響く念話にシオンは我に返る。前に振り向いて。

 

    −轟!−

 

 その目前に、剣先が迫っていた。アルセイオが投擲した巨剣である。自分が気を逸らした瞬間に投げたのか。

 巨剣は既に回避も防御も出来るようなタイミングでは無かった。

 シオンは迫り来る巨剣をただ見る事しか出来ず。その身体に巨剣が叩き込まれる!

 

    −撃!−

 

《がっあァァ……!》

 

 胴体に直撃した巨剣はシオンの身体に食い込み、容赦無くその身を吹き飛ばす。景気良く吹き飛んだシオンの身体から血と因子が溢れた。

 それでもシオンは虚空で身体を翻し、体勢を整えて――その視界にとんでも無いモノを見た。

 アルセイオが右手を振りかぶっている。その手に握られているのは、刃渡り五十mはあろうかという極剣!

 それを、アルセイオはまるで野球のピッチャーのように構え。そして。

 

《そら、よぉ!》

 

    −轟!−

 

 咆哮一声!

 叫び声と共に、極剣を容赦無くアルセイオは投擲した。それは放たれると同時に音速超過。空間に衝撃を撒き散らしながらシオンに突き進む!

 シオンはそれに、瞬動で回避しようとするも、既に遅い。音速超過の極剣は、問答無用にシオンへと叩き込まれた。

 シオンはそれでも身体を右に倒す事で直撃だけは避ける。極剣に跳ね飛ばされ、右に吹き飛ばされながらもシオンは何とか踏み止まった。

 連撃に次ぐ連撃で、シオンの息は荒い。心臓が跳ね上がっているのを自覚する。そして、アルセイオへと視線を戻した。

 恐るべき連撃を放ったアルセイオは、やはりつまらなそうにシオンを見続ける。

 

《どうだ、坊主。分かったか? 今のお前が弱い理由が》

《ぐ……!?》

 

 まだ言うか。

 

 アンラマンユを制御し、大罪スキルをも放てるようになった自分の何処が弱いと言うのか。

 シオンは歯軋りしながらアルセイオを睨みつける。だが、彼はそれにすら嘆息した。

 

《分かんねぇか? 坊主、さっきの攻撃……クラナガン戦で、お前が全部”避け切った”攻撃だぜ?》

《な、に……?》

 

 告げられた言葉に、シオンが目を見開き呆然とする。そして思考を巡らせて、愕然とした。確かにその通りであったから。

 クラナガンでの戦いで、シオンはあの連撃を辛くもではあったが回避してのけた筈であった。

 背後に生み出された剣群も、あの時はウィルと一緒であったとは言え気付いた筈だ。それが何故、今まともに全部喰らったのか。

 漸く自身の言わんとしている事を察したシオンに、アルセイオが笑って見せた。

 

《怒り、憎しみ――確かにそれでお前は力を増したんだろうさ。感情ってのは意思に直結するからな。意思を現す法たる魔法の威力も上がる。しかも大罪のオマケつきと来てらぁ。けどな? 言っちまえば”それだけでしか”ねぇんだよ》

《…………》

 

 アルセイオの言葉に、シオンは無言。ただただ、黙り込む。

 ――否定したかった。そんな筈は無いと言いたかった。けど、アルセイオの言葉を否定し切れない。黙り続けるシオンに、アルセイオは更に続ける。

 

《今のお前は視野が狭まってんだよ。怒りや憎しみでな? 集中してるって言やぁ聞こえはいいけどよ、逆に言うやぁ、それ以外は見えてねぇって事だぜ? だからあんな攻撃を躱せねぇんだよ。しかも、動きにいつものキレがねぇ。相手を倒す事しか考えてねぇんだ。当たり前だな》

《だ、まれ……》

 

 震えながらシオンはアルセイオを睨む。認められる筈なんてなかった。自分が、弱くなってるなんて。

 だが、アルセイオは黙らない。シオンを見据えて最後にこう続けた。

 

《坊主、今のお前じゃあ絶対に俺には勝てねぇよ》

《黙れェェェェェェェェェェェェェェェ!》

 

 シオンの叫び木霊する。激情に駆られるままにアルセイオへと飛び掛かた。その言葉を否定させるために!

 

《我は喰らう! 万物全てを我が糧とせんと!》

 

 アルセイオと駆けながら、シオンは聖句を叫ぶ。引き出すは第一の大罪!

 シオンが最初に目覚めた大罪であり、それは眼前のアルセイオの能力も含まれる。

 

《我が肉に! 血に! 骨に! 万物を我と成す! 第一大罪、顕! 現!》

《その大罪スキル、な。そいつがいけねぇんだ、坊主――》

 

 向かい来るシオンの必死の形相に、アルセイオは目を伏した。その周囲から剣群が形成される。

 シオンはそれに構わない。己が大罪を顕現する!

 

《暴食(グラトニー)ィィィィィィィィィィィィィィィィィィ――!》

 

 シオンが叫ぶと共に、アルセイオと同じように周囲に剣群が形成された。

 暴食の大罪スキル。それを持って、シオンはかつてアルセイオの無尽刀スキルを喰らった事がある――!

 互いに生み出した剣群は互いにその切っ先を向け、今にも放たれんとする。

 シオンはアルセイオを睨み、アルセイオは目を漸く開いた。

 シオンに哀れみの目を向けたままに――そして念話が響いた。

 

《坊主。”他人からの借り物”じゃあよ。俺は倒せんぜ》

 

    −轟!−

 

 次の瞬間、二つの剣群は迷い無く互いを蹂躙せんと、突撃を開始した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −撃!−

 

 飛来する先頭の剣が互いにぶつかり、砕け――それを皮切りに剣群が真っ向から衝突を始める!

 

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

 乱舞し、ぶつかり合い、砕け行く剣群!

 砕けた剣の破片がまるで雪のように煌めいた。その中をシオンは、破片で身体を切り裂かれながら突き進む。シオンの本命はアルセイオから奪ったこの剣群では無い。オリジナルはあちらだ。勝てる見込みは何処にも無い。

 だが暴食で奪った魔法は何も無尽刀だけでは無い。あと一つ、暴食で奪った魔法がある。

 シオンは破片の中で左手を、その向こう側に居る筈のアルセイオに向ける。掌に光球が灯った。

 それはシオンの異母兄、タカトから奪いし魔法。彼が唯一使う砲撃魔法!

 シオンはそれを迷い無く解き放つ!

 

《天破! 光覇弾!》

 

    −轟!−

 

 叫びと共に左掌から巨大な光球が放たれた。それは衝突する剣群を纏めて砕き、前へと突き進む!

 シオンは勝利を確信して――。

 

《――違うな》

 

    −撃!−

 

 直後、光球が二つに”割れた”。その中央から、五十m超の刃先が生えていた。

 

《……な……》

 

 あまりの事態にシオンは言葉を失う。それはそうだろう。こうもあっさりと破られるなど誰が考えるものか。

 硬直するシオンに、割れた光覇弾の向こう側で、アルセイオは肩を竦めて見せた。

 

《何を驚いてんだお前? 伊織と同威力の技なんざ。”本当に使えるとでも思った訳じゃねぇだろ”?》

《っ――!?》

 

 アルセイオの言葉に、シオンは我に返る。ギリっと歯を噛み締め、再びアルセイオを睨み据えた。

 

 ならば……!

 

《我は欲っする。尽くせぬ強欲を持って……!》

 

 シオンは次の聖句を紡ぐ。暴食が通じないならば、別の手段を使うまでである。そして引き出すのは第四の大罪!

 クラナガン戦でアルセイオを倒してのけた切り札が一つだ。その名を強欲――だが。

 

《奪い、望み、手に入れる――》

《悠長にそんなの待つ馬鹿が何処に居るよ!》

 

 アルセイオが吠える!

 次の瞬間、聖句を最後まで唱えようとしたシオンを容赦無く剣群が囲んだ。

 

《大罪スキルってのはどうも特定の永唱を必要とするみてぇだな? なら、それを中断させちまえば怖くも何ともねぇ》

《っ……! 第四大罪、顕・現!》

 

 アルセイオが笑いながら手を掲げる。シオンは歯噛みしながらも聖句を続けて唱えた。

 強欲はシオンの認識範囲内の魔力を支配する能力である。一度発動させれば、周りにどれだけ剣群があろうとも全部無力化出来る!

 

 何発食らわされようと唱え切る――!

 

 シオンは覚悟を決め、今にも放たれんとする剣群を睨んだまま聖句の最後を紡がんと口を開き、それを見て、アルセイオが笑った。

 

《人間ってのは不便に出来ててな? 念話に口は必要としねぇが、念話自体を中断する方法はいろいろあるんだよ。例えば、”念話を出すべき頭に強い衝撃を与える”とかな?》

《な――ぐっ!?》

 

    −撃!−

 

 アルセイオの言葉に目を見開いたシオンのコメカミを、ピンポイントで飛来した剣が叩き込まれる!

 脳が激しく揺さぶられ、視界を震わされた。脳震盪である。

 下手に剣を突き刺さしても再生するだけだと見越して、頭を強く打つ事で念話を中断させたのだろう。呻くシオンに、アルセイオは笑う。

 そしてその身体を囲んでいた剣群が一斉にシオンへと突き進む!

 

    −轟!−

 

 シオンはそれを躱そうと瞬動を発動しようとするも、身体が上手く動かない。脳震盪を起こしたシオンは飛来する剣群達をただ見る事しか出来ずに、その身体に余す事無く剣群が突き立った。

 

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

《かっ……あ……っ》

 

 まるで針ネズミのように無数の剣が刺さったシオンの口から因子と血が溢れて零れた。呻きを上げるシオンは、それでも片手を上げて、聖句を告げようとして。

 

 −我は無尽なる剣に意味を見出だせず。故に我はただ一振りの剣を鍛ち上げる−

 

《これで終わりだ》

 

    −斬!−

 

 その身体に容赦無く、アルセイオは再び顕現せしめた斬界刀を振り下ろす!

 そして、シオンの視界が漆黒に染まった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 斬界刀が振り下ろされた瞬間、シオンは目を閉じ、死を覚悟した。

 こんな所で死ぬのかと、後悔より先に自嘲が頭を埋め尽くす。力を過信して、溺れて敗北した。その結果として死ぬ。それに自嘲したのである。だが……。

 

 ……?

 

 いつまで経っても覚悟した斬撃は来なかった。死ぬ前に時間が遅く感じられると言うが、これは違う気がする。シオンは恐る恐る、目を開いて――眼前に映る背中を見て愕然とした。

 振り下ろされた斬界刀から守るようにして、シオンの前で両手を広げて立つ一人の少女の背中を。

 その少女の名を、スバル・ナカジマと言った。

 彼女の直前で、斬界刀は止まっている。アルセイオは呆然とするシオンを一瞥した後、スバルに目を向けた。

 スバルは真っ正面からアルセイオを見ていた。その瞳から、視線を一切逸らさずに。そんな彼女の視線をアルセイオは眩しそうに目を細める。

 

《……嬢ちゃん。何で出て来た? 俺が”最初から斬撃を止める”つもりじゃなきゃあ、諸共ぶった斬ってたぜ。どう言う積もりだよ?》

《っ!?》

 

 シオンはその言葉に驚愕する。

 アルセイオは最初からシオンを殺す積もりは無かったのだ。もしそうならば、シオンはスバルと一緒に斬界刀で斬られて死んでいる。どう言う事かと思っていると、スバルは首を横に振った。

 

《どう言うつもりとか、そんなの考えてなかった……ただ、気付いたらこうしてたんだよ》

 

 アルセイオの問いに、スバルは淡々と答える。

 いきなり始まった二人の戦いを、スバルはずっと間近でノーヴェと見ていた。

 何とか介入しようとも思ったのだが、シオンとアルセイオの戦いはすでにスバルやノーヴェが割り込めるレベルを超えていたのである。故にただ見続ける事しか出来なかったのだが。

 あの、瞬間――シオンに無数の剣群に突き刺さり、アルセイオが斬界刀を形成した瞬間に、スバルはノーヴェの制止を振り切り、飛び出していたのだ。

 その身を持って防ごうとか、守れるとか、そんな考えはスバルの中には無かった。ただ、あの光景を見た瞬間に飛び出していたのである。

 そこに何の打算も考えも介入する筈も無かった。

 

《そうかい》

 

 スバルの一言に、アルセイオは納得したように頷く。そして、未だに呆然とするシオンに目を向けた。

 

《坊主。今のお前に足りねぇのが”これ”だよ》

《…………》

 

 シオンは答えない。ただ黙り続ける。アルセイオは苦笑した。

 

《お前とあいつの間に何があったかは知らねぇけどよ。お前、動きに全部”迷い”があんだよ……いや、”後悔”か? だから動きにキレは無ぇし、行動思考は攻撃一辺倒になっちまうのさ。無理矢理吹っ切ろうとしてな。……自分でも気付いてたんじゃねぇか?》

《…………》

 

 当たり前だ。

 

 忘我の境で、シオンはそう思う。

 十二歳の時の、”一番許せない”自分が刀を持って現れた。それに、シオン自身の忌まわしい記憶を呼び起こされたのである。

 人を斬ってしまった、あの記憶を。剣に、それが現れ無い筈が無かった。

 

 ……当たり前、だ。

 

 もう一度一人ごち、シオンは俯く。そんなシオンに、アルセイオは目を細めた。

 

《坊主。守破離(しゅはり)って言葉を知ってるか?》

 

 突如告げられる一言。だが、先の言葉にうなだれたシオンは答えない。ただ首を横に振る。アルセイオはシオンの反応に頷いてみせた。

 

《仏教だか何だかの教えで修業の段階を現す言葉だった気がすんだが……まぁ、大事なのはそこじゃねぇ。この守破離ってのはな?

 『守』。師に教えられたことを正しく守りつつ修行し、それをしっかりと身につけること。

 次に。

 『破』。師に教えられ、しっかり身につけた事を自らの特性に合うように修行し、自らの境地を見つけること。

 最後に。

 『離』。それらの段階を通過し、何物にもとらわれない境地。

 ……だったかを言うんだが……俺の無尽刀や、伊織の拳技はこれを、”自分”を学び尽くす事で出来てる。今のお前にゃそれが無ぇ。ただ借りてるだけだろ、”他人の持ち物をよ?”》

《…………》

 

 その言葉をシオンは黙したままに聞く。

 ……その通りだった。ハーフ・アヴェンジャーフォーム、大罪スキル、それらは全てカインの力だ。シオンのモノでは無い。

 そんなモノに守破離なぞ――極める事なぞ、望むべくも無い。

 アルセイオがずっと言っていた事を、漸くシオンは悟る。弱くなったと言う意味を。

 自分の力でも無いモノを振るうヤツが、極めた存在に敵う道理は何処にも無い。勝てる筈が無かった。

 

《……ま、他にも言いてぇ事はあるけどよ。こんな所か。坊主、最後に聞いとくわ。お前、”何の為に戦ってるんだ?”》

《な、んの……?》

 

 絞り出すようにして出たシオンの言葉に、アルセイオは頷く。

 

《お前の最初の思いだよ。実際、最初にヤツと剣で戦り合ってるお前にはあった筈だぜ?》

《俺、は……》

 

 俺の、想い……?

 

 シオンは、それを自問する。

 ――許せなかった。紫苑の存在が、何処までも。

 奴の容姿が過去を思い出させて。

 奴の行動が過去を思い出させて。

 奴の、在り方が。スバルやティアナを殺すと言った奴が許せなくて!

 黙り込んだシオンに、アルセイオは苦笑する。そんな彼に、一連のやり取りを聞いていたスバルは不思議な感じを覚えていた。

 アルセイオはまるで、シオンに教えるかのように戦っていたのだ。いや、実際に教えていた。

 『守破離』や、今のシオンが、どれだけ危ういかを。これでは、まるで――。

 

 ……弟子と師匠みたい。

 

 あえて声には出さずに、スバルはそう思う。アルセイオはスバルの思考を読んだが如く肩を竦めた。

 

《ま、これは宿題な? 次会う時に答えを聞こうじゃねぇか》

《宿題……?》

 

 スバルが小首を傾げて尋ねる。アルセイオがその問いにニッと笑った。

 

《俺の任務は奴を回収する事だけだったしな。別に坊主を殺せとか、お前達を殲滅しろとか言われてねぇし、この辺で終わりでいいだろ。――坊主、次はもうちょっと楽しませろや》

《……おっちゃん》

 

 未だにアルセイオに言われた事が分からずに自問し続けるシオンが、思わず呼び掛ける。

 それに手を上げて、アルセイオはじゃあなと声を上げようとした、直後。

 

《神庭シオンを捕らえよ》

 

 声が、辺りに響いた。

 重く、そしてよく通る声である。念話ではあるが、その声にシオン達は聞き覚えがあった。この、声は。

 

《ベナレスか……。こんな所までわざわざご苦労なこった。んで? 今なんつった?》

《神庭シオンを捕らえよ、と言った》

《……命令の拒否権は?》

《無い》

 

 その言葉に、アルセイオは深々と嘆息する。そして、シオンに視線を向けた。同時、シオンの背中を悪寒が突き抜ける!

 

《スバル、離れろ!》

《え?》

 

 突然のシオンの剣幕に、スバルは思わず不思議そうな顔をして。いきなりシオンに突き飛ばされる!

 虚空を流れ、文句を言おうと、スバルは振り向き――。

 

《……悪ぃな。坊主》

 

    −斬!−

 

 アルセイオの短い謝罪と、空間が悲鳴を上げるような音を聞いた。振り向いたスバルが見たのは。

 

《か、あ、ぐ……!》

 

 その身体の半ばまで、斬界刀を埋め込まれたシオンであった。左の肩口から腹まで刃がめり込んでいる。

 アルセイオはそんなシオンに黙ったまま斬界刀を引き抜く。

 噴水のように血と、因子が吹き出した。

 

《シオン!》

《――ノーヴェっ!》

《……く!》

 

 シオンの有様に駆け寄ろうとするスバルに、シオンが叫ぶ。すると、後ろからノーヴェがスバルを羽交い締めにした。

 それにより、スバルはシオンの元へ行く事を制止させられる。

 

《シオン! ノーヴェ、離して!》

《絶対離すな! 逃げろ!》

 

 スバルの念話を遮るようにして、シオンの叫びがノーヴェに届く。ノーヴェは一瞬だけ迷い、やがてジェットエッジを駆動。後退を始めた。

 

《ノーヴェ!》

《馬鹿ヤロ……! 何の考えも無しにあんな奴と戦う気かよ!?》

 

 自分を睨み付け、叫ぶスバルにノーヴェもまた叫ぶ。二人は至近で睨み合った。

 

《……シオンの判断が正しいんだよ。今のアイツはそうそうくたばらねぇし、アタシ達だけで、無尽刀とやり合っても勝てる見込みなんてねぇだろ!?》

《でも、シオンが……!》

《でももかしこもねぇ! もうすぐティアナ達も来る! それまで待てよ!》

 

 ノーヴェとて、シオンを見捨てるつもりは無い。だが現状に置いて、アルセイオに二人で立ち向かって勝てるとも思えなかったのだ。

 勝ち気で負けず嫌いなノーヴェが現状では絶対に勝てないと認めたのである。それがどれだけ悔しい事か、ノーヴェの目が物語っていた。

 

 ……それでも。

 

 スバルは頭を振るう。そして、シオンに目を向ける。シオンは因子で身体が急速に修復されているが、それもすぐでは無い。アルセイオは、そんなシオンを拘束せんと手を伸ばす。

 ちらりとその目がスバル達に向けられた。

 

《……んで、悪ぃな嬢ちゃん。坊主貰ってくわ》

《っ……! ダメ!》

 

 アルセイオの言葉にスバルが拒否の叫びを放つも、アルセイオは当然無視する。シオンに手が掛かろうとして。

 

《それは困るね。どうしようも無い馬鹿かつ、阿保かつ、間抜けかつ、鈍感かつ、愚弟だが……まぁ弟に代わりは無いしね?》

 

    −閃!−

 

 声が、降って来た。

 同時に、”槍”も。

 ”白い槍”はアルセイオの手を弾き、シオンとの間を分かつように、何と空間に突き刺さった。

 その石突きに、ふわりと長身の男が立つ。

 アルセイオは愕然とした。今、自分は何の気配も感じ無かった。白の槍が手を弾くまで、全く分からなかったのである。

 つまりそれは、自分を殺そうと思えばあっさりと殺せたと言う事を意味していた。

 アルセイオに男は微笑すると、槍からひょいと降り立つ。まるで重力があるように、恐ろしく自然な動作だった。

 シオンもまた見る。幾度と無く見たその背中を。

 白の軽鎧を纏う姿を。

 それは、シオンのもう一人の異母兄。グノーシスに現状ただ一人だけ存在するEXであった。

 その存在の、名は。

 

《トウヤ、兄ィ……?》

 

 唖然とするシオンに、男は――叶トウヤは笑って見せる。そして、こう告げた。

 

《――諸君。王が来たぞ? 挨拶はどうしたね? ……特に女性陣は色っぽいポージングを忘れずに! これ、重要だよ?》

《知るかァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!》

 

 グノーシス最強の男、王たる男は、このように敵味方問わずに、その場に居る全員の心を一つにしてのけた――ボケとツッコミと言う方向で。

 

 かくして、王は舞い降りた。

 

 

(後編に続く)

 




はい、第四十一話前編をお送りしました。敵なのにガチいい人なおっちゃんこと、アルセイオ。敵なんですよ、これでも(笑)
さて、反逆編最終話となる今回、トウヤ参上です。
しかし、ただの強襲戦がなんでここまででかくなった……(笑)
次回、トウヤVSアルセイオ。お楽しみにー。


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第四十一話「舞い降りる王」(後編)

はい、第四十一話後編です。ついに反逆編ラスト! 久しぶりのトウヤの本気をお楽しみ下さい。では、どぞー。


 

 虚空に斉唱するツッコミ。それを満足そうに受け、王たる男、叶トウヤは微笑した。

 脇の空間に突き刺さったままの白槍、ピナカを引き抜き、優雅に振るう。それだけ。それだけで彼は戦闘体勢に入ってのける。

 思わず裏手でツッコミを入れていたアルセイオは、その仕種を見てゾクリと背中に寒気を覚えた。そう、今は戦闘の真っ最中。しかも、この男は――。

 

《はじめまして、だね? 無尽刀、アルセイオ・ハーデン。噂はかねがね聞いてるよ?》

《……何の噂か、聞きてぇ所だな》

 

 トウヤの台詞に肩を竦める。強がりではあるが、ここで飲まれる訳には行かない。この語りかけですらも、ペースの掴み合いだと即座に悟ったのだ。

 トウヤはアルセイオの言葉に、微笑し続ける。ピナカをスッと差し向けた。

 

《そうだね……。君がペンタフォース時代からの大体の経歴等も含めると膨大な数になるが。いいかね? この場で大声で語りが入ってしまっても?》

《俺がガキの時代からじゃねぇか!? いつからの噂だよ!》

《何、敬意を払うべき人の事は最低限知って置くべきだと思ってるだけだよ――そうだね。君が世話になっていた孤児院で最後に粗相をした辺りなぞ、なかなか面白いと思うよ?》

《あーもういい。黙っとけ》

 

 調子が狂う……。

 

 トウヤに自分が珍しくペースを狂わされている事をアルセイオも自覚する。だが、それでも。

 

《…………》

 

 アルセイオは握る斬界刀の柄に力を込める。目の前に居る男に、ぐっと息を飲んだ。

 どれだけふざけたように見えようと、アルセイオは一切トウヤに対して油断しない。先の投槍だけ見ても、並の技量では無いのが分かったからだ。

 

 ここから大上段の一撃ぶっ放して、殺れるか……?

 

《やめておきたまえ》

《!?》

 

 いきなりの制止に、アルセイオは硬直する。まるで心を読んでいるかのように、トウヤは話し掛けて来たのだ。

 おそらくは、こちらの筋や身体の僅かな動きから”兆し”を見切ったのだろうが、それもごくごく僅かな挙動でしか無い。

 それをいともあっさりと見破られた事にアルセイオは戦慄する。そんな彼にトウヤは微笑し。

 

《少し待っていてくれるかね。何、時間はあまり取らせないさ》

《……ああ、いいぜ》

 

 アルセイオはトウヤの言葉に、鷹揚に頷く……正確には、頷かされたが正解だが。

 トウヤはアルセイオの答えに一礼すると、背後に振り返った。そこには、未だに呆然としたシオンが居た。

 アルセイオにつけられた傷も再生が終わっている。トウヤはそれを素早く確認すると、シオンを冷たく見据えた。

 

《何をしているのだね? 邪魔だ、負け犬……さっさと立って失せたまえ》

《っ!?》

 

 ビクっとシオンの肩が震える。トウヤは構わない、シオンをただ見続ける。彼は悔し気に唇を噛み締め、震えた。

 それを見て、トウヤはシオンへと近付いた。

 

《立てないのかね?》

《…………》

 

 シオンはただ無言。俯き、トウヤと視線を合わせない。そんなシオンに、そうかと呟く――と。

 

《では、立たせてあげよう》

 

    −撃−

 

《か……!?》

 

 いきなりシオンの顎をトウヤが蹴り抜いた。シオンの身体が、それだけで立たされる。二人の目線がはじめて合った。

 シオンの瞳が怯えるように震える。トウヤの目は変わらない。ただただ、冷たくシオンを見据える。

 

《立てるではないか》

《あ、あ……》

 

 トウヤの言葉に、シオンは答えられない。何かを言おうとするが、言葉は詰まり、声にならない。トウヤはそんなシオンに、また近付く。

 

《それでは説教タイムといこう。殴られるのは当然と思いたまえ。反論は許さん》

 

    −撃!−

 

 言うなり、トウヤの右拳が唸りを上げて飛ぶ! シオンの顔をそれは痛打し、盛大に跳ね上げた。トウヤは更に踏み込む。

 

《お前は何をしているのだね?》

 

    −撃!−

 

 跳ね上がった顔に逆側の拳が容赦無く叩き込まれ、そこから続く連撃。シオンは身体ごと、左右に跳ね飛んだ。トウヤは冷たい眼差しのままに、シオンを殴り続ける。

 

《今の不様さは何だね、お前は? 相変わらずのガキめ。力に振り回されて、それを指摘されて反省のポーズかね?》

《ぐう……っ……!》

 

 更に続けざまに叩き込まれる拳。それにシオンは抵抗しない。ただ、殴られ続ける。

 

《過去の貴様が現れたらしいね? ”その程度”で情緒不安定になるのかね、お前は。少しは成長したかと思いきや、全然なってないね》

《……っ!? だったら……!》

 

 その程度。その言葉にシオンは反応し、はじめてトウヤを睨む。

 そんな風に言われたくは無かった。言わせられる筈が無かった。

 だって、紫苑は殺したのだ。自分の技で、人を。

 そして、殺そうとしたのだ。仲間を、大切な奴達を! それを……!

 

《何で、その程度なんて言われなきゃいけない!? なら俺はどうすればよかったって言うんだ!?》

《知るかね、そんな事。自分で考えたまえ》

 

    −撃!−

 

 吠えたシオンに、今までで一番強い威力を持って拳が打ち込まれる!

 シオンの身体は軽々と吹き飛び、今や無人となった次元航行艦『シュバイン』に叩きつけられた。

 トウヤは、それを見て漸く拳を納める。

 

《……今のお前は駄々をこねて立ち上がる事を拒否してるガキに過ぎんよ。そんなお前に何かを吠える権利は無いと思いたまえ。力に振り回された? それがどうしたね。それが原因で負けた? それが”今のお前の不様さと”何か関係あるのかね? シオン、違うだろう?》

 

 シオンは艦に大の字で横たわったまま、それを聞く。トウヤが何を言おうとしているのか、それが分からなくて。

 トウヤはフッと嘆息すると、もう用は無いとシオンに背を向けた。

 

《……シオン。最後にこれだけは言おう。お前が刀で起こした事件。あの後、お前は半年程自閉症に陥ったね? ……今のお前はその時そっくりだよ》

《……っ》

 

 思い出したくも無い記憶を掘り起こされ、シオンの瞳が震える。それはシオンにとって、忌まわし過ぎる記憶であったから。トウヤは構わない。続ける。

 

《思い出したまえ。あの時、部屋から無理矢理タカトに引きずり出された時の事を。そして、”イクスを引き継いだ”時の事を。あの時、再び力を手にする事を決めたお前は、タカトに何と言った?》

 

 俺、がタカ兄ぃに言った事……?

 

 あの時、確かに自分はタカトにイクスを渡され、何かを言った筈だ。あれは、確か――。

 

《私は、覚えているよ。だから、お前がイクスを握る事にも何も言わなかった。だから、お前が家を出て二年間放浪しても何も言わなかった》

《トウ、ヤ兄ぃ》

《――原点に戻りたまえ。迷ったのならば、最初にまで戻ればいい。そして、一番最初の、お前の”想い”を取り戻したまえよ。……以上だ》

 

 それだけ。それだけを言うと、トウヤはぐるりと、視線を巡らせる。ある一点でその視線は止まった。スバルと、ノーヴェに。微笑する。

 

《済まないが、愚弟を頼むよ》

《あ……》

 

 その言葉にスバルは一瞬、返事を忘れた。ノーヴェも同じく、だ。トウヤは二人の返事を待たない。相対すべき敵、アルセイオの元に向かい、肩を竦める。

 

《いや、済まないね。時間を取らせた》

《構わねぇさ。あれで、坊主が立ち直るんならな》

 

 アルセイオも、また笑う。彼だけは、トウヤの意図を正しく理解していた。

 何のかんのと言っても弟の事が心配だったのだろう――態度には一切出さない為、分かりにくいが。

 その為の説教であり、そして”戦闘に巻き込まない為に”殴り飛ばしたのだ。

 そうでなければ、ああも吹っ飛ばす必要は無い。

 

 ……俺の周りは不器用な奴達ばかりだな。

 

 人知れず苦笑して、そう思う。それには当然、自分も含められる。

 斬界刀を、トウヤに差し向けた。

 

《んじゃ、始めるとするかい?》

《そうだね――ああ、そこらで戦ってる負け犬諸君?》

《誰が負け犬か!?》

 

 その言葉に、今も激しい戦闘を繰り広げていたグノーシス・メンバー達が一斉に叫ぶ。トウヤはそれに心外とばかりに眉を潜めた。

 

《負け犬は負け犬だろう? 本局決戦で敗退したのだから。もう少し使えると思ったのだがね? いや〜〜これは私の失策だった。君達がこれ程までに使え無いとは……》

《野郎……!》

 

 トウヤの台詞に、コルトを始めとした一同が盛大に唸る。それを見て、トウヤは婉然と微笑んだ。

 

《まぁ、そんな事はいいのだよ。今から彼と戦うのでね? ……せいぜい巻き込まれ無いよう注意したまえ。今回、ピナカを使うよ?》

《げぇ!?》

 

 その言葉に、グノーシス・メンバーは一斉に悲鳴を上げる。アルセイオは、そんな一同の反応に怪訝そうな顔となり、その意味を探る。ピナカ、だと?

 

《ああ、それと貴方にも一つ、忠告だね?》

 

    −戟!−

 

《っ!?》

 

 突如、放たれた白槍がアルセイオの握る斬界刀に突き込まれる!

 その一撃は斬界刀の切っ先に撃ち込まれ。

 

    −破!−

 

 直後――砕けた。

 ”斬界刀が”!

 あまりの事態に硬直するアルセイオに、トウヤはくすりと笑う。左手に握るピナカが円を描いて翻った。口を、開く。

 

《ちなみに私は、”タカトより強い”から。その積もりで居てくれたまえ》

《なぁ!?》

 

 言われた台詞に、目を見開いて驚愕するアルセイオへとトウヤは変わらぬ笑いのままに踏み込む。

 対し、アルセイオは砕かれた斬界刀からダインスレイフを引きずり出し、頭上から一閃。

 

    −戟!−

 

 虚空に神槍と魔剣がぶつかり合い、衝撃が周囲の空間を揺るがした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《ちぃ!》

 

    −閃!−

 

 激突したダインスレイフと、ピナカは虚空に衝撃を撒き散らし、アルセイオとトウヤはその反動で僅かに後退。そこからアルセイオはダインスレイフを横薙ぎに一閃する――が、トウヤは構わず前に踏み込む。

 槍がぐるりと回転。ダインスレイフを柄部分で受け止めると、そこからピナカが更に回転。石突きがアルセイオの顔に向けて跳ね上がった。

 

《っお!?》

 

    −撃!−

 

 反射的に生み出した剣を顔の横に作りだし、アルセイオは石突きを防御しようとして、それを問答無用に破壊!

 石突きは何もなかったかのようにアルセイオの顔面を痛打した。

 

《がっ……!》

 

 横殴りに思いっきり殴り飛ばされ、アルセイオの身体が流れる。口を僅かに切り、アルセイオの口から血が流れた。アルセイオは構わず、トウヤを睨み、愕然とした。

 アルセイオが見たのは、ピナカを更に回転しながら踏み込むトウヤ! 今度差し向けられたのはピナカの風纏う穂先。

 

《――捻れ穿つ螺旋》

 

    −閃!−

 

 放たれる一閃!

 空間をその名の如く捻切りながら、ピナカが撃ち込まれる。アルセイオに出来たのは、身体に無尽刀のスキルを持って鎧を作り出す事だけだった。

 

    −轟−

 

 抉り込まれたピナカが鎧を容赦無く砕き、アルセイオの腹に突き込まれんとする。しかし、鎧を砕いたそれが僅かにアルセイオを後退させていた。アルセイオはそれを利用して、瞬動を発動。無理矢理後退する。

 結果、捻れ穿つ螺旋は虚空を削るだけに留まった。アルセイオは、後退し続けながら唸る。

 言うだけの事はある。

 恐らく、接近戦の技量だけを取るならば。タカトと十分に互する。はっきり言って自分では勝負にならないレベルであった。そもそも近接で、属性変化系魔法を使える時点で異常と言えるのだから。

 接近戦は勝負にならない。ならば、別の手段を取る!

 

《こいつなら――どうよ!?》

 

 そう叫んだアルセイオの周囲に大量の剣群が形成される。万を遥かに超える数である。一個人に放つ量では無い。それを一斉に放たんとして、その前に、トウヤが動いた。

 ピナカを虚空に突き刺さし、そこを中心にカラバ式魔法陣が展開する。

 

《震えと猛る鳴山》

 

 瞬間、魔法陣から大量の土砂がどこからともなく出て来た。

 召喚したのである、土砂を。それはトウヤを包み込み、巨大化する。

 アルセイオはそれを見てトウヤに指を差し向けた。剣群達に、突撃を命ずる!

 

《――行け!》

 

    −轟!−

 

 一斉に、剣群がトウヤへと殺到した。

 

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

 土砂に包まれたトウヤに万を超す剣群が叩き込まれる!

 それは、突き刺さった上から更にその剣を砕いて突き立ち、暴虐の剣群はトウヤを惨殺せんと次々と撃ち込まれていく。だが、アルセイオの顔は晴れない。彼の直感は告げている――これで終わりな筈が無い、と。そして、それは事実だった。

 

 −アヘッド・レディ−

 

 −時すらも我を縛る事なぞ、出来ず−

 

 響くは鍵となる言葉。そして、トウヤ固有の呪文。

 同時、ぞくりと言う悪寒をアルセイオは覚え、トウヤに背中を向けて全力で後ろに下がる!

 直後、それは起きた。

 

《凶り歪み果てる理想》

 

    −軋−

 

 割れた――空間が捻れ、凶り、歪み、割れ尽くす!

 それは、空間に出来た裂け目であった。裂け目は万物全てを問答無用に飲み込み尽くす。

 人はそれをこう言う。重力特異点”ブラックホール”と。

 アルセイオはそれを離れた位置から見て冷や汗が止まらない事を自覚する。

 もし、あの場に留まっていたならば?

 もう少し離脱が遅かったら?

 自分は恐らく、この世にいない。

 やがて、ブラックホールは自分から勝手に蒸発し、消え去る。そこからあっさりと彼が現れた。

 当のそれを放った人物、叶トウヤが。彼は、アルセイオを見て微笑む。

 

《ふむ。上手く避けたようだね? 安心したよ》

《よくそんな事言えるぜ……離脱が遅れてたら死んでるぞ、俺》

 

 軽口に、軽口で返しながらアルセイオは跳ね上がった心臓を押さえ続けていた。軽い興奮状態である事を自覚する。

 彼に取って、強者との戦いは望む所である。それがアルセイオに取って、一つの願望であるからだ。

 気付けば、アルセイオは笑っていた。くっくっと笑い続ける。

 タカトといいこのトウヤといい、自分を越える相手によくよく出会うモノである。それも全員年下と来てる。

 笑いの一つも出ようと言うモノであった。

 何より、アルセイオは嬉しかった。彼は自分より強い相手と戦い、それを超える事に何より楽しみを覚える。趣味、と言っても過言では無い。

 彼もまた戦闘狂(バトルマニア)の一人であったのだ。

 

 奴にまともに通じる技は、あと……。

 

 恐らく巨剣や極剣は無意味だ。いくら数を作ったとしても、あのブラックホールを生み出す技には通じまい。ならば、後はアレすらも斬り得る剣しか無い。

 ――斬界刀。それしか。

 だが、最初にアレはいかな方法を持ってか破壊されている。何が起きたのか、分からない程であった。

 

 試して見るか……。

 

 何をされたか、その正体を見極める。アルセイオはそう決めると、ダインスレイフをトウヤに構えた。

 

 −ソードメイカー・ラハブ−

 

 −我は無尽の剣に意味を見出だせず。故にただ一振りの剣を鍛ち上げる−

 

 虚空に再び響く、二つの言葉。同時、ダインスレイフを中心にして剣が形成されていく。

 斬界刀。世界を斬り得る一刀が。

 トウヤはそれを見て苦笑した。

 

《思いきったね……。一度破壊されたそれを持ち出すかね?》

《おうよ……! お前さんに通じそうなのが、これしか無くてなぁ!》

 

 アルセイオもまた笑う。

 トウヤは苦笑しながら、自分の体内時計を確認した。

 

 ――あれから僅かに八分。ピナカを発動させるには後二分と言った所かね。

 

 凶り歪み果てる理想で時間を稼いだとは言え、”最初にピナカを発動してから”まだ八分しか経っていない。後二分。それまで、斬界刀相手にどう戦うか。

 

 擬似EX化は……却下だね。 

 

 こちらの最強の切り札を晒す事は、流石に憚られた。恐らく、向こうも見ている事だろう。

 この戦いを。

 真性のEXとは違い、凡人だった自分が成せたモノである。再現出来るとも思え無いが、万が一の可能性は否定出来ない。ならば、こちらは却下であった。

 

《行くぜ》

《来たまえ》

 

 ――なら、こちらで行こうかね!

 

 トウヤが胸中叫び、アルセイオが斬界刀を振り上げながら、瞬動でトウヤへと一気に突っ込む! トウヤは動かず、指を虚空に滑らせた。

 その指は雷、と虚空に一文字を描く。直後、アルセイオが大上段から斬界刀を振り放った。

 

    −斬!−

 

 斬界刀はその軌跡にあるモノ、世界そのものを断ち斬りながらトウヤに突き進み、トウヤはそれに笑って見せる!

 世界を斬り裂いて、一撃はトウヤへと振り落ちたのだった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −斬!−

 

 空間を、次元を、万物全てを断ち斬りながら斬界刀が通り過ぎる!

 アルセイオは、最後まで斬界刀を振り切った。だが、その顔は苦渋に歪む。

 

 手応えが、ねぇ……!

 

 振り切った斬界刀に、トウヤを断ち斬った手応えがどこにも無かったのだ。それは、つまり――。

 

《……いや。恐ろしい、一撃だね? 下手をすれば概念破壊攻撃、EXに届くよ、貴方のその技は》

《っ――!?》

 

 念話は、後ろから聞こえた。アルセイオは首だけを背後へと向ける。そこには、雷を”身体”に纏うトウヤが居た。アルセイオを変わらぬ笑いで見据える。

 そのトウヤの様子に、アルセイオは彼がどうしてあのタイミングで斬界刀を避けたられたかを悟った。それは、カラバ式における秘奥。己が魂を一時的に、ある存在と融合させる事により絶大な戦闘能力を得る方法であった。その名を。

 

《精霊……融合……!?》

《誇っていいよ? アルセイオ・ハーデン。貴方を含めてたった三人しかいないからね。私が精霊融合を行ったのは》

 

 バカな……!

 

 アルセイオは、トウヤの台詞に戦慄する。精霊融合とは、神の端末、分化し、一つの概念存在と化した精霊と融合する魔法である。

 強力な魔法だ。何せシオンは一度、これを使ってアルセイオを追い込んでいる程なのだ。だが、当然それだけの能力には相応の反動がある。あまりに巨きな霊的存在と融合する事は、同時に自我の崩壊を招きかね無いのだ。故に、カラバ式において禁術とされているのである。

 だが、トウヤはそれをあっさりと使っていた。しかも、その言葉が確かならば。

 

《反動に耐え切る事が出来るって事か!?》

《何、さほど難しい事では無いさ。たかが一柱の精霊。この身に宿せずして、精霊王の二つ名は名乗れぬのでね?》

 

    −斬!−

 

 アルセイオは、最後までトウヤの台詞を聞かない。斬界刀を横薙ぎに振り放つ!

 その一撃は、トウヤの上半身と下半身を苦もなく分かち――あっさりとその身体は紫電へと変わり、消えた。

 

《こちらだ》

《!? ちぃ!》

 

 再び念話は背後から聞こえる。今斬ったのはただの残像であったか。雷の精霊、ヴォルトとの融合で得られる特化能力は雷に等しき超速度である。それ故に、アルセイオを持ってしてもコレに追い付くのは難しい。斬界刀とはいえ、当たらなければ意味は無いのだ。……だが。

 

 とはいえ、流石だね?

 

 アルセイオが振り放ち続ける一刀を躱し続けながら、トウヤは苦笑する。

 精霊融合で、斬界刀を回避出来ているが、それとて完全では無い。

 ――余波だ。斬界刀からの一撃が放たれる度に、空間、次元が容赦無く斬り裂かれ、歪みが生じ、それだけで下手な攻撃より強力なモノが放たれているのである。その威力はランクにすると恐らくSSに届く。ただの余波がだ。直撃を受けた場合を想像すると、ゾッとする。

 防御は実質不可能。迎撃出来る魔法も、多くは無い。もし目が無ければ、トウヤとて迷い無く擬似EX化している。それだけの相手なのだ。このアルセイオ・ハーデンとは。

 

    −斬!−

 

    −裂!−

 

    −閃!−

 

 振るう、振るう。振り放たれた続ける!

 それをトウヤは辛くも回避し続ける。一度攻撃に転じようとしたが、その隙を逃さずアルセイオは斬界刀をトウヤに放って見せたので、トウヤは下手な攻撃を放つ事を諦めた。

 現状、どの攻撃を放ったとしても、斬界刀で斬られて無効化されるのは間違い無い。ならば、待つ。

 ピナカが発動出来る、十分の時間を。

 

《っおお……!》

《っ……!》

 

    −斬!−

 

 放たれる大上段からの轟撃! それ自体は回避したものの、余波でトウヤの腕が軽く斬られた。

 トウヤの顔が若干歪み、アルセイオが笑う。

 そしてその一撃はトウヤの身体をぐらつかせ、体勢を乱す!

 アルセイオは凄絶な笑みのままに、斬界刀を振りかぶった。このタイミングからの回避は不可能。アルセイオは勝利を確信し、吠える!

 

《捉えたぜ……! 叶!》

 

 叫び、斬界刀を放つ!

 それを前にして、トウヤは――。

 

《いや、こちらが――間に合ったさ!》

 

 ――笑った。

 

 直後、ピナカが激烈な光を放つ!

 それに、アルセイオが斬界刀を振り放ったままに目を見開いた。

 

 これは――!?

 

《ピナカ。破壊神の力を受け継ぎし神槍よ。その名を持って、力を示したまえよ!》

 

 トウヤは構わず、迫り来る斬界刀に向かい、ピナカを構える。技は使わない。

 そうでなければ、”この世界を破壊してしまうから”。

 ピナカはトウヤの叫びに応えるが如く、更に光り輝き、トウヤは微笑む。そのまま斬界刀に向かい、ピナカを放り投げた。

 

《受けたまえ……! 神鳴る破壊(ピナカ)ァ!》

 

    −閃!−

 

 トウヤより放たれたピナカ。それは迷い無く、斬界刀に真っ正面からぶつかり。

 

    −壊!−

 

 次の瞬間、斬界刀を容赦無く木っ端微塵へと変えた。

 先程は斬界刀だけで済んだが、今回はそれだけで終わらない。

 斬界刀の中心であったダインスレイフすらをもひび割れさせ、砕き。更にアルセイオの両腕すらをも巻き込む!

 

《ぐっ! おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!?》

 

 アルセイオの両腕が容赦無く破壊され、裂傷が走り。骨が砕かれる!

 それを尻目に、トウヤは微笑した。告げる、己の――。

 

《終わりだね》

 

 勝利を。

 それはこの世界。そして、長く続いた強襲戦。全ての終わりを告げていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《ぐっうう……!》

《――終わりだよ、アルセイオ・ハーデン。その腕では、もはや戦えまい?》

 

 唸るアルセイオに、トウヤはピナカを回収しながら笑って見せる。アルセイオはそんなトウヤを、そしてピナカを睨み据えた。

 

《なんなんだ、その槍は……。斬界刀どころか、俺も含めてこの有様かよ……》

《ふむ。その魔剣と、君が喰らったのはあくまでも余波だがね?》

 

 笑い、ピナカをすっと差し出す。斬界刀と、ダインスレイフ、更にはアルセイオの両腕すらをも破壊し尽くした恐るべき槍を。

 

《神槍、神鳴る破壊(ピナカ)。十分間に一度。自身の攻撃力を”無限値”へと変える槍でね? 生憎、破壊力限定ならば、これより上の武器は存在しないのだよ》

《……おいおい。無限、てよ》

 

 トウヤはあっさりと言ってのけるが、それだけにアルセイオは言葉を失う。

 攻撃力を無限とする。簡単に言うが、下手をすれば世界をあっさりと破壊しかね無い槍であった。

 

《さて。これ以上の戦いに意味は無いと思うがね? 大人しく帰りたまえ》

《……そうはいかねぇ。生憎、俺は諦めが悪いんでね?》

 

 ダインスレイフは破壊され、両腕は砕けた。それでもなお、アルセイオは戦闘の続行を告げる。

 それを、シュバインの艦壁に横になったままのシオンは聞き、不思議に思う。一緒に居るスバルとノーヴェが制止するのにも構わず、上半身を起こして、アルセイオへと視線を向けた。

 シオンの疑念に気付かぬまま、アルセイオはへっと笑う。そんな彼に、トウヤは苦笑した。

 

《そんなナリでまだ私と戦う。敗北は確定しているのにだ。何故かね?》

《は……! 決まってらぁ! 誰が負けたなんざ認めたよ? 少なくとも俺は認めちゃいねぇ。いいか? 何回負かされようと、何度地に這いつくばされようとだ……! 俺が負けたと認めねぇ限りは負けじゃねぇんだよ!》

《何回、負けようと……?》

 

 その台詞を、シオンは聞いた事がある。あれは、確か――!

 

《何回、転んでも……》

《シオン?》

 

 呟くシオンに、スバルが疑問符を浮かべる。シオンは構わない。続ける。

 

《何回、躓(つまづ)いてしまっても……》

 

 それは雨の日。突き立てられたイクスを前に、タカトに吠えた言葉であった。それは、シオンが叫んだ言葉。

 

 −あーあ。今回も、兄弟はこっちの道を選ぶんだな。まぁ、いいけどよ−

 

 直後、シオンの身体から甲冑が砕ける。ハーフ・アヴェンジャーフォームが解除されたのだ。同時、イクスも人型に戻る。

 だが、呆然としたシオンは気付かぬまま、アルセイオを見て呟き、両手をついて、足を艦につける。

 

《何回でも、立ち上がって見せる。……前に、進んで見せる――》

 

 ――あんたに、追い付きたいから。

 

 そう、最後まで言うと、シオンは立ち上がった。

 なんで、忘れていたのか。思わずシオンは苦笑する。

 最初の思いを、こんな大切な事を。

 まさかアルセイオの台詞で思い出す事になろうとは思わず、シオンは微苦笑する。

 それに気付いたのだろう。アルセイオとトウヤがこちらに目を向けていた。

 アルセイオは驚いたようにこちらを見て、トウヤは逆にしてやったりの笑いを浮かべていた。

 シオンは微苦笑を苦笑に変える。あの兄はどこまで計算して動いていたのかと。アルセイオの言葉ですらも、彼が引き出したモノなのだから。

 少しだけ静寂がシオン達とアルセイオ達に流れ。突如、いきなりアルセイオの足元に魔法陣が展開した。いや、アルセイオだけでは無い。

 グノーシス・メンバーと戦いを繰り広げる新型DAを着込んだ魔導師部隊にもそれは広がる。そして、再び声が落ちて来た。先と同じ、ベナレスの声が。

 

《撤収せよ、アル》

《ああ!? またお前……勝手過ぎんだろ! 俺はまだ……!》

《現状で叶トウヤに勝てる見込みは無い。そいつが来た時点で本来は撤収を命じる積もりだった。ここまで待ったのは、お前への義理だと思え》

《ちっ……!》

 

 よく見ればアルセイオの艦も次元航行を開始している。恐らくは強制的にだろう。それに、アルセイオは盛大にため息を吐き、トウヤをじろりと見る。

 

《叶、今度は俺が勝つぜ?》

《まぁ私に勝つより先にタカトに勝ちたまえよ。一応、あいつの方が先約だろう?》

 

 ああそうな、とアルセイオは呟く。次に、シオンを見据える。彼も、もう瞳を逸らさない。

 真っ直ぐに視線がぶつかり合い、アルセイオは笑った。

 

《いい答えを聞いたぜ? またな、坊主。次は容赦しねぇぜ》

《ああ、俺もだ。おっちゃん》

 

 負け惜しみしかならない筈のシオンの答え。だが、それにアルセイオは満足そうに笑う。

 次の瞬間、足元の転移魔法陣が一際強い光を放つ!

 

《じゃあな!》

 

 直後、アルセイオを始めとしたその場にあるストラに連なるモノ、全てが消えた。最初から無かったように。

 トウヤはそれに肩を竦め、笑う。グノーシス・メンバーや、シグナム、ヴィータもホッと安堵の息を吐いていた。そして。

 

《と、トウヤさん!》

《ふむ、八神君かね? 久しぶりと言う程間は開いてないが無事で何よりだ》

 

 ウインドウがトウヤの眼前にいきなり展開。はやての顔が映り、トウヤは軽い調子で頷いた。

 

《あー……めっちゃ聞きたい事とかあるんやけど、とりあえず、ありがとうございます》

《何、構わんさ。それより八神君。今から地球に来たまえ。その様子だと、怪我人も山と居るのだろう?》

《え、いやー、でも、それはなー……》

 

 トウヤの言葉に、はやては言葉を濁す。だが、肝心のトウヤは見透かしてるとばかりに笑って見せた。

 

《君が懸念している事はもはや無意味だ。八神はやて君。地球は既に狙われている――寧ろ、こちらに来て貰った方が何かと助かるよ。それに迷い人を一人預かってるのでね?》

《へ? それって――》

 

 迷い人。それに、はやては目を白黒させる。一応、アースラには行方不明者は一人しか居ない。だが、彼女は――。

 

《ウチの愚弟一号と共に地球に来たようでね? 怪我もしていたし、こちらで治療中なのだがね》

《やっぱり! なのはちゃん!?》

《なのはが!?》

 

 はやてが叫ぶと同時に、ウインドウがもう一つ展開する。フェイトである。それに苦笑しながらトウヤは頷き、直後、ウインドウの向こうで爆発したが如く歓喜の声が響いた。それを聞きながら、トウヤは下に向かい、降りる。

 そこには愚弟二号、シオンが居た。トウヤを見て、バツが悪そうな顔をする。

 

《その、トウヤ兄ぃ、ごめん》

《構わんさ。弟共の面倒は一番上の兄が見るものだよ。それよりシオン。先にも言った、過去のお前のクローン体の事だが?》

 

 トウヤの問いに、シオンは僅かに顔をしかめる。しかし、すぐに気をとり戻した。

 

《……俺の肉体と魂を複製した存在って、あいつは言ってた。だから、あいつは過去の俺と同じ存在で――》

《有り得んのだがね。そんな事は》

 

 は? と、いきなりトウヤが告げた言葉に、シオンが唖然とする。そんな彼の反応に、トウヤは笑って見せた。

 

《その言い分にはある致命的な欠点がある。見落としとも言うがね。これは魂学の欠陥とも言える事だが――まぁ、詳しくは向こうに着いて話そうか》

《あ、うん》

 

 トウヤの言葉に、シオンは素直に頷く。かくして、アースラは地球に向かう事になり、それは短く、一時ではあるものの、平穏が漸く彼等にも訪れる事を意味していたのだった。

 

 

(第四十二話に続く)

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 はい、テスタメントであります。ようやく、ようやく、ここまで来れたか……! 第三部反逆編終了です。次回から逆襲編に突入。地球に逃れたアースラ・メンバーとシオン達、そしてタカト。彼等の逆襲にこうご期待です。では、毎度の如く、次章予告! どぞー。

 

「そう言った台詞聞いてっとムカついて来るんだ……! 来いよォっ!」

「オリジナル・シオォォォォォォォン!」

 

 地球、グノーシスでようやく羽を休めるアースラに、トウヤから提案が齎される。そして、なのはとの再会。しかし、シオンに待ち受けるのは、もう一人の自分、紫苑との決着だった。

 過去の、最も赦せない自分との戦いの決着は!

 

 そして、物語はシオンとタカト、地球、EUとミッドチルダの戦いへと移っていく――。

 

「イギリスについた途端これかよ!」

 

「第二世代戦闘機人、特殊部隊、ドッペル・シュナイデ”隊長”、ギュンター。よろしくねぃ」

 

「君、は!?」

 

「……クリストファ。僕の名はもう、これだ。覚えておくといい。プロジェクトFの忘れ子、もう一人の僕。……偽物の僕」

 

「行け……エリオ! 俺を露払いにしたんだ! お前の全てを取り戻して来い!」

 

「はい!」

 

「WOOOOo……!」

 

「追わせねぇよ……! お前は、ここで俺とタイマン張るんだ、ヴォルテール!」

 

「行くよ! マッハキャリバー! ううん、マッハキャリバー、斉天大聖!」

 

「これが、……なのはさんと同じ空……! 行くわよ! クロスミラージュ、フラフナグド!」

 

「メテオ、スターライト……!」

 

「シューティング、スターライト……!」

 

「「ブレイカァ――――――――!」」

 

「……僕は、僕は、キャロを守る。そう決めた。決めたんだ! 君の記憶なんかじゃない! 僕としての想い! だからっ! フリード!」

 

「ここに! 仮初めなれど、我が御者たる資格を認めよう……!」

 

「”竜魂融合(ドラゴン・ユニゾン)”!」

 

【”グラム・フォルム”!】

 

 EU、イギリスでの騒乱は、奉ろわぬ神を呼び、それはEU全土へと広まっていく。そして。

 

「久しぶりだな」

 

「君かい? 本当に久しぶりだ。タカト」

 

「タカト、君は……!」

 

「ユーノ、勘違いをするな。俺はストラの敵であると同じく。”お前達の敵だ”」

 

「タカト……君は、ガキだ」

 

「……ああ、知ってる」

 

 ミッドチルダに一人向かうタカトはユーノ、ヴィヴィオを助ける為にかつての友と手を組む。しかし、そんな彼に待ち受けるのは悲劇だった。

 

「貴方が、殺した」

 

「タカト、君は私に夢を失っていないと言ったね? 君はどうなんだい」

 

「……俺は、間違っている。間違ったまま、進もう」

 

「ユーノ――さよなら」

 

 地球とミッド、二つの戦いは激しさを増していく……!

 魔法少女リリカルなのはStS,EX、第四部『逆襲編』――。

 

「アルトス・ペンドラゴン。人として英雄となり、剣として神になった男、それがヒントだったんだ……アルトス、お前の真名は――!」

 

【エクスカリバーとは、我が剣の名に非ず。我が……”必殺剣の名だ”!】

 

「リゲル・アイザック……! 元、第二位の吸血鬼――神祖の、吸血鬼!」

 

「タカト、君は……!」

 

「俺は、何一つとして諦めない。ずっと、そうやって生きて来たのだから」

 

「だから、覚悟を決めろ」

 

「リゲル・アイザック、お前は――やり過ぎた」

 

 ――始まります。

 

「アルカンシェルを……喰った!?」

 

「これで、奴の魔力はフルになった筈――」

 

「いんや。ただ今神庭シオン、最終戦技変換中」

 

「魔力値、”五億一千万”、SSS+++。……”腹八分目”ってとこかな?」

 

 

 




次回予告
「地球に到着するアースラは、ようやくその羽を休ませる」
「トウヤから告げられるものとは」
「そして、地球に戻って来たシオンも自分に向き直るための一歩をようやく始めるのだった」
「次回、第四十二話『懐かしき我が家』」
「少年は知る、母の優しい想いを」


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逆襲編
第四十二話「懐かしき我が家」(前編)


「地球に――日本に戻って来た事は何回かあった。けど、家に戻った事は一度も無い。……戻ってはならないと思ってた。だって、俺は何も出来ていないから。だから――魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 ――十年前。

 無限に広がる幻想世界、遍く広がるユウオ・A・アタナシアが歌い、作り上げた世界に、震えが走った。

 世界が軋む、軋み尽くして行く。

 その中で、二人の少年は互いの”力”をぶつけ合う! 剣と槍を。

 

「「おぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおあああああああああああッ!!」」

 

    −撃!−

 

    −裂!−

 

    −閃!−

 

    −破!−

 

    −滅!−

 

 互いがぶつかり合う度に、互いを傷付け、殺し、滅ぼして行く!

 ……それでも、二人は死なない。否、”死ねない”のだ。”EXに達した存在”は肉体のダメージでは死ぬ事は無い。

 数億回の殺し合いを重ねて、槍を振るう少年は剣を翳す少年に叫ぶ。

 

「タカトォ! もう、止まりたまえ!」

「断るッ!」

 

    −撃!−

 

 槍と剣。ピナカと、イクス・カリバーンが再びの激突! その度に、世界が壊れんばかりに軋み尽くす。二人の少年は――。

 叶トウヤと伊織タカトの異母兄弟は、真っ正面から睨み合い、至近で吠え叫んだ。

 

「アサギさんを、俺達の母さんを、あいつらは……! あいつらは、あんな、あんな目に合わせたんだぞ!? それを許せとでも言うのか! トウヤ兄さん!」

 

    −閃!−

 

「そうは言っていない! だが、命令を下した長老部、エウロペアの十賢者は、お前が殺した――魂ごと、殺し尽くした! 転生すらをも叶わぬように! なら、それでいいでは無いかね!?」

 

    −裂!−

 

 互いの言葉を乗せながら、互いに取って必殺の一撃が叩き込まれ続けていく。その度に、二人は幾度も死に、しかし即座に再生した。

 互いに殺し、殺された回数、三億四千八百二十九万六千百二十五回!

 それでも足りないと、互いの槍が、剣が。互いを殺していく。

 

「だから、滅ぼすと言うのかね!? グノーシスを……! 世界を!?」

「そうだ!」

「ッ! この――!」

 

    −撃!−

 

 タカトの答えに、トウヤは怒りを現にし、ピナカをぐるりと回す。それで、タカトは後退させられた。トウヤは、その隙を逃さ無い。直後、ピナカが激烈な光を放った。

 

「大馬鹿者がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 叫びながら、ピナカをタカトに向かい轟速で投げる! タカトはそれを、カリバーンで迎撃せんと上段からの一撃で叩き落とし――。

 

    −壊!−

 

    −爆!−

 

 次の瞬間、ピナカを中心に極大の爆発が巻き起こった。タカトは、それに悲鳴すらも上げられず飲み込まれた。

 十分に一度、攻撃力を無限値へと変換する。それがピナカの能力であり、この爆発も莫大なエネルギー量により引き起きた現象であった。

 トウヤはそれらを見ながら、タカトに向かい叫ぶ。何より、タカトを救う為に!

 

「それで……! そんな事をして誰が喜ぶ!? アサギさんかね!? ルシアかね!? シオンがかね!? 違うだろう! 誰も喜んだりはしない! こんな事をしても、何も得られたりはしない! 目を醒ましたまえよ! お前は、何の為に戦って来た! ここまで来られた!? 答えたまえよ!」

「だったら――」

 

 爆発が漸く止む、その中心点で消滅したタカトは時が巻き戻すように再生していく。だが、トウヤへと話しかけるその言葉は、どこまでも悲哀に染まっていた。

 

「だったら、この憎しみをどこに持っていけばいい……? 悲しみを誰にぶつければいい……!? トウヤ兄さん、答えてくれ。俺は、アサギさんを、母さんを守れ無かった俺は、何をすれば、いい……?」

「知るかね、そんな事」

 

 タカトの独白。だが、トウヤはそれを即座に切って捨てた。その言葉に、タカトはまるで泣きだしそうな子供のような瞳をトウヤに向ける。彼は、そんな異母弟に微笑んだ。

 

「お前の痛みも、憎しみも、悲しみも、全部お前のものだよ。まとめて全部お前が抱えたまえ――それが辛いと言うなら、耐えられないと言うなら、私も背負おう。分かち合おう。少しは私に荷を預けたまえよ。私は、お前の兄だよ?」

「ト、ウヤ兄さん……」

 

 タカトは呆けたように、トウヤを見続ける。それに、トウヤはただ微笑み続ける。

 

「いいから、もう止まりたまえ。皆が、お前を待ってる」

「お、れは、おれは……! 俺は!」

 

 それでもと、タカトは顔を歪めながら叫ぶ。カリバーンを握る指に力が篭った。まだ、戦いは終わらない――それを悟り、トウヤはピナカを構えて。

 

   −ドクン−

 

 空間を揺るがすような音と共に、まるで心臓の鼓動のような音が響いた。

 その音に、トウヤが怪訝そうに眉を潜める。この音は……?

 

「あ……」

「……タカト?」

 

 対峙するタカトが目を見開き、呆然としながら声を出す。その瞳は、身体は、まるで響いた音を恐れるかのように震えていた。

 尋常な様子では無い。

 トウヤは嫌な予感を覚え、タカトに近付く。震え続ける異母弟は、攻撃も何もしない。トウヤに触れられても、分からないようにただ震える。

 

「タカト……? どうしたね! タカト!?」

【……遅かった】

「イクス……!?」

 

 今の今まで、黙っていた――否、黙らされていたイクスの声が響いた。遅かったと言う、その言葉の意味をトウヤは問い質そうとして。

 

    −破!−

 

 タカトから、正確にはタカトの内から何かが弾けるような音が響く!

 同時、タカトが目を大きく見開いて悲鳴を上げた。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁァァァァァァァァァ……! あ、あ、あ……!」

「ッ……!? タカト!?」

 

 悲鳴を上げたタカトの肩を思わず抱き、トウヤが叫ぶ。だが、悲鳴を上げ終えたタカトは、焦点の合わない瞳でただ呆然と虚空を見ていた。

 呼び掛けにも答え無いタカトに、トウヤは寒気を覚えた。

 

【リンカーコア、破損。……同時に魂の損傷を、確認した――】

「……なんだね、それは……イクス! タカトに何が起きた!?」

 

 イクスから響く声に、トウヤは必死の形相で問う。イクスは、それに認めたくないとばかりにしばし無言。だが、ゆっくりと語り始めた。

 

【EXは無限の霊子エネルギーを瞬間的、かつ永続的に発生させられる。……だが、EXはあくまでもヒトでしか無い。個人で、そんなエネルギーを発生させたら、そのエネルギーを生み出している魂が持たない……】

「……待ちたまえ……」

 

 何を、イクスは言おうとしている……?

 

 トウヤは思わず、イクスに制止をかける。だが、イクスは構わない。続ける。

 

【……タカトは長時間EX化し過ぎたんだ。魂が持つ筈が無い。タカトは、”傷”を負ってしまった】

 

 ――傷。

 

 その、あまりにも生々しい響きにトウヤは固まる。目を見開いたまま、未だに呆然とし続けるタカトに視線を戻した。

 タカトが、ゆっくりと口を開く。

 

「ト、ウヤ、兄さん……? 俺は、何の為に戦っていたんだっけ……? 分からないんだ。なんで、俺は……」

「タ、カ、ト……?」

 

 さっきまでの叫びが嘘のようなタカトの言葉。そこにあるのは、ただただ虚(うつろ)。

 トウヤがタカトの肩を抱いたまま名を呼ぶ。それにすら、タカトの反応は鈍い。イクスが最後の言葉を紡いだ。

 

【トウヤ。タカトは……何の感情かは分からない。だが、タカトは、いずれかの”感情”を】

 

 喪失(うしな)った――。

 

 イクスの言葉を聞き、トウヤの顔が歪む。嫌々をするようにタカトの肩を掴む手に力が込められた。

 

「……嘘だ。タカト、嘘だと言ってくれたまえ……! 頼む、タカト――」

「分からない。分からないんだ。”兄者”。俺は……何の、為に」

 

 ――これが、結果か。

 

 タカトの声を聞きながら、トウヤは震える。ずっと、ずっと戦い続けて来て、そして迎えたのが、こんな結末か……!

 弟が、感情を喪失ったと言う末路か……!

 

「こんな、こんな結末が欲しくて、戦って来た訳でも、力を……! 手に入れた訳では、無い……!」

「兄、者……?」

「ッ―――――――!?」

 

 タカトの、既に変わってしまった自分への呼び名に、トウヤが嫌が応にも思い知らされる。

 もう、タカトは既に変わってしまったのだと。

 迎えた結末に、トウヤの目から涙が零れた。震える口から、何かを言わなくては耐えられ無かった。

 こんな、こんな無情の結末を迎えた事に、世界に、運命に、叫ぶ!

 

「ッッ――――!! オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ…………ッッ!!」

 

 無限なる幻想世界に響く悲痛なる叫び。弟を救えなかった兄の咆哮が木霊する。

 こうして後に『グノーシス事件』と呼ばれる事件は、最悪の終わりを迎えた。

 救いが、何処にも無い。ただただ無情な、結末を。

 そして、全ては五年後の事件に続く。

 『天使事件』へと――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 第97管理外世界。その宇宙空間に、穴が開いた。次元航行艦による次元穴である。

 穴からは、半壊した次元航行艦が出て来る。

 アースラだ。

 ツァラ・トゥ・ストラの追撃を振り切った艦は、漸くこの世界に来られたのだった。アースラの真下には、青い惑星が広がっている。地球だ。

 久しぶりに見た故郷である星をブリッジから眺めて、アースラ艦長である八神はやては、漸くホッとしたように息を吐いた。

 

「第97管理外世界、地球に次元航行完了しました」

「うん、了解や。で、トウヤさん。このまま地球に降下すればええんかな?」

 

 管制官、シャーリーからの報告に頷き、はやてはブリッジに立つ叶トウヤを見る。彼は、はやての問いにフフンと笑った。

 

「いや、地球には降りないよ。フィニーノ君、悪いが、これから言う座標に艦を向けるように、リリエ君に言ってくれるかね」

「了解です。ルキノ? 行ける?」

《はい。大丈夫です》

 

 トウヤの依頼に、シャーリーとルキノが短いやり取りを交わす。それを聞きながら、はやては疑問符を浮かべた。脇に立つグリフィスや、フェイトも同様である。

 地球に降りないで、何処に向かうと言うのか。

 

「えっとやな、トウヤさん。何処に行くんや?」

「ふっふっふ、見たら驚くよ? だが……そうだね、シオン?」

 

 ニンマリと笑いながら、トウヤはブリッジの隅に視線を送る。そこには――。

 

「ごめんなさいごめなさい、生まれて来てごめんなさいごめなさい」

 

 体育座りで、やたらと病んだ台詞をぶつぶつと呟く少年が居た。神庭シオンである。

 トウヤの言葉も聞こえていないのか、ぶつぶつと呟き続けるその姿は、かなり怖いモノがあった。トウヤはそれを見て、フウと嘆息する。

 

「やれやれ『シオンの恥ずかしい秘密”改”、500選。紙芝居♪』を晒された程度で、そんな有様とは……修業が足りんね?」

「て、やかましいわ!?」

 

 トウヤのあんまりな台詞に、いろんな意味で見てはダメな状態に陥っていたシオンが瞬間で復帰する。即座にツッコミを放ちつつ。涙をダーと流した。

 

「もう、毎度毎度毎度毎度……! 本人も忘れてたような事をなんで事細かに覚えやがるのさ!」

「はっはっは。私に不可能は無い」

「才野の無駄使いだよキッパリと!」

 

 朗らかに笑うトウヤに、シオンは本気で泣きが入る。つい先程、強襲戦にて、あまりにヘタレだったシオンに対して、もはや伝説となった罰『恥ずかしい話し大暴露、Part2♪』が行われたのだ。 ……およそ、3時間に渡って。

 シオンも泣きが入ろうと言うものであった。

 先程の、真面目なカッコイイ異母兄はどこに行ったのかとホロリと泣きつつ、シオンは立ち上がる。そして、散々精神的にいたぶってくれたトウヤを睨む。

 

「んで? 何さ?」

「うむ! ユウオのヒップラインだが……どの角度が、一番美しいと思うかね?」

「それは……て、ち・が・う・だ・ろ!? 何さらりと下手したら致死必死な質問してんだよ!? さっきの話しの流れと全然違うじゃんか!」

 

 ガ――と、吠えるシオンに、トウヤはハッハッハと再度笑う。

 

 こ、この兄貴は……!

 

 本当〜〜に、先程おっちゃんを退け、自分を立ち直らせた兄なのかと疑いたくなる。だが、これもトウヤなのだ。

 彼は、ユウオと出会うまでルシアを含めた妹弟をからかう事を生き甲斐にしていた。……当の弟として見れば厄介過ぎる性格であるが。再度の嘆息、もう一度尋ねる。

 

ん・で!? な・に・を聞こうとしたのさ!?」

「うむ。胸のサイズだが――」

「な・に・を・聞・こ・う・と・し・た・の・さ・ッ!? ……次はユウオ姉さんにチクるよ?」

 

 流石にその名には弱いのか、トウヤは肩を竦める。そして、漸く本題に入った。

 

「これから向かう所を八神君達は聞きたいようでね。教えてやってくれたまえ」

「へ? いや、俺も知らんけど?」

 

 その台詞に、キョトンとシオンが答える。トウヤは、シオンの答えに盛大に嘆息した。

 

「やれやれ。お前が居た時はまだ完成してはいなかったが、計画は知っていただろうに」

「て〜〜と、……”アレ”完成したの?」

 

 漸くピンと来たのか、シオンが頭に電球のマークでも浮かべそうな表情で答える。トウヤは、それに漸く頷いた。

 

「つい、この間ね」

「へ〜〜。たった四年でよく……」

「で? 結局、向かう所は何処なんかな?」

 

 兄弟の会話にはやてが割り込む形で尋ねる。それに、二人は笑った。シオンがトウヤに代わり、答える事にする。

 

「今は、多分グノーシス本部になってるのかな……? 月です」

 

 絶えず、地球の傍に寄り添う衛星の名をシオンは口にする。

 グノーシス本部、月夜(モーント・ナハト)。

 それこそが、アースラが向かう場所の名であった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 月の公転に合わせるようにして、アースラは軌道を描き、月に降下して行く。その降下した先には巨大なクレーターがあった。

 ――ガレ。月にあるクレーターの中でも一際有名なクレーターである。

 その由緒正しいクレーターを見て、地球出身のはやて、そして中学時代まで地球に居たフェイトが愕然とする。

 教科書にも載っている程、有名なクレーター。その円の中部分が、”無くなっていたから”。

 ……正確には、何やら隔壁のようなモノがその部分を覆っていたのだ。唖然とする二人に、トウヤが自慢気に笑う。

 

「ふ……どうだね? 驚いただろう?」

「……いや、トウヤ兄ぃ。多分、先生達は全然、別の理由で驚いてると思うよ?」

 

 自慢気な兄に、横でぽそりとシオンがツッコミを入れる。だが、これはまだ序の口であった。驚くのはこれからである。

 

「さてと、フィニーノ君。回線を開いてくれるかね? 今は自閉モードだが私のアクセス・コードで念話回線が開く筈だ」

「は、はい」

 

 クレーターを見ていたシャーリーがトウヤの声に慌てて頷き、言われた通りに通信回線を開く。数秒の沈黙の後、向こう側から声が来た。

 

《こちら、グノーシス第一位位階所有者本部『月夜』です……トウヤ、戻って来たの?》

「ユウオかね? うむ。アースラを月夜に入港させたいので、ゲートを出してくれるかね?」

《うん、了解。後、ナノ・リアクターの準備は要る? 女の子用は一台埋まってるから、そっちは二台しか使えないけど》

「そちらも全機、稼動状態で頼むよ」

《了解》

 

 ユウオの返答を契機にして、クレーターに収まっていた隔壁と思しきモノがゆっくりと横に開いて行く。そこで変化は終わらない。

 ぽっかりと開いたクレーターから、ドーム状の建造物がせり出て来た。アースラが小さく見える程、冗談のように大きなドームである。

 この、”変形”に、はやてとフェイトは呆然を通り越し、既に笑っていた。世に、それを現実逃避と言う。

 無理も無い、とシオンは地球出身者として二人に同情めいた感情を覚えながら苦笑した。多分、自分も知らなければ同じような反応をした公算が高い。

 自分の横で、スバルが少年の如く目を輝かせているが、あえて見て無いフリをした。

 

 ……うん、気のせい気のせい。ティアナが横でため息吐いてるけど気のせいだって。

 

 そう、シオンが色んなモノから目を逸らしていると、トウヤの自慢そうな声が響いた。

 

「これが、月夜だよ。今地表に出ているのが、エレベーター形式の”ゲート部分”でね。月夜本体は地下にある。完全稼動時は地下の本体にゲート部分も隔壁に格納されて、外部からのアクセスをシャットアウトする仕様となっているのだよ」

『『はぁ……』』

 

 そんな、秘密基地を自慢するみたいに言われても……。

 全員(スバルと、シャーリー除く)揃って生返事する中、ゲートの一部が上に開いて行く。そこに入れと言う意味だろう。

 ルキノがアースラを前に進める。やがて、アースラは完全にゲートの中に入港した。アーム部分がアースラに伸び、係留する。

 それを眺めながら、トウヤは一同に振り返り、一礼した。

 

「アースラの諸君、グノーシスへようこそ。心から歓迎するよ?」

 

 かくして、アースラは漸くグノーシスに到着。その羽を休める事になった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 グノーシス本部、月夜。

 ゲート部分も出鱈目に大きかったが、本体はそれが可愛く見える程に更に大きかった。断言出来る。地図が無ければ百%迷う。何せ、”月の中身”がそのまま月夜の本体であったのだから。

 その大きさ、押して知るべしであった。

 そこをトウヤの案内で一同は進む。ちなみに、グノーシス・メンバー&シグナム、ヴィータはストレッチャーに乗せられ、殆ど強制的に医務室に連れて行かれた。先の強襲戦を鑑みるまでも無く、重傷人ばかりである。本人達が嫌がろうと、無理矢理連れて行かれるのは至極当然と言えた。

 

「さて、まずは高町君の所へ――と行きたい所だが……。現在、彼女はナノ・リアクターで治療中でね。悪いが面会は出来ない」

「そう、ですか……」

 

 トウヤの言葉に、フェイトが残念そうに、しゅんとなる。余程、会いたかったのだろう。はやてもその肩を叩いて苦笑するが、表情に少しばかり影が射していた。そんな彼女達に、トウヤは微笑する。

 

「まぁ、ある程度治療はしてあったしね。後、一、二時間程で完治して目を覚ます。それまで待てるかね?」

「「……はい」」

 

 二人は揃って返事をする。それを満足そうに受けて、トウヤは前へと再び歩き出した。やがて、ある部屋の前に辿り着く。扉には、第四ブリーフィングルームと書かれてあった。

 

「さて、入りたまえ。今後と……そして先程の話しをしよう」

「…………」

 

 シオンは、それに無言。しかし、脳裏には先程刃を交えた存在、紫苑を思い出していた。

 

「シオン……」

「と、悪い。ボーって、してたわ」

 

 後ろからスバルの心配そうな声を聞き、我に返る。振り向き、やはりこちらを心配そうに見るスバルに苦笑して見せると、シオンは中に入り、席に座る。

 それに続き、はやて、フェイト、クロノ、ザフィーラ、スバル、ティアナ、エリオ、キャロ、ギンガ、チンク、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディの前線メンバーが席に座り、最後にそれらを確認して、トウヤが席に着いた。

 

「さて、まずは――」

「トウヤ兄ぃ」

 

 話し出すトウヤに間髪入れずにシオンが名を呼ぶ。言外に問うシオンの態度に、トウヤは苦笑した。

 

「分かってるよ。まずは先程の事、だね?」

「うん。”あいつ”、紫苑の事について。何か知ってるの?」

「いや、何も知らんさ。落ち着きたまえ。まずは情報を整理しよう。彼が言っていたプロジェクトFとやらの事だが、それは、”FATE”の事でいいのかね?」

『『ッ……!?』』

 

 トウヤの台詞に、一同が……特に、フェイトとエリオが凍りつく。それを見遣り、トウヤは一人頷いた。

 

「記憶転写クローニング技術……成る程、その様子だと合っているようだね」

「何故、貴方がそれを……?」

 

 フェイトが息を飲み、トウヤに問う。彼はそれに、一つの苦笑を返した。

 

「何。こちらにも同じような技術があってね……先の名前はこちらのモノなんだが、偶然とは恐ろしいモノだね?」

 

 本当に偶然か……?

 

 一同はそう思うものの、トウヤは顔色一つ変えない。疑問には思うものの、問いただせる筈も無かった。何より、これは主題では無い。

 

「……俺からも一つ。あいつは、俺の――五年前の、”俺の刀術”を使って見せやがった……」

 

 今度はシオンが挙手して紫苑の事を話す。それにトウヤの眉がピクリと動いた。恐らく、俺の刀術の部分が引っ掛かったのだろう。だが、事はそれだけでは無い。

 

「それにあいつ。神空零無を――神覇ノ太刀の単一固有技能を使って見せやがった」

「ほう……! それはまた……」

 

 シオンが話した内容にトウヤが唸る。それが、どれだけ有り得ない事か分かったのだろう。ニヤリと笑う。

 神覇ノ太刀は一子相伝の技である。曰く、神が覇を唱える為に生み出した剣技だとか。神殺しの技として作り出されたのだとか。

 ちなみに、いろいろ伝説があるらしいが、シオンは全部、信じていない――まぁ、そう言った経緯により一子相伝になったのだとか。だが。

 

「他の分家は別に一子相伝じゃないのにな……。どうして、うちだけ一子相伝なんだろ?」

「『聖』の拳技、『光』の槍技、『天』の弓技、そして、『神』の刀技かね。一応、神庭が本家だからね」

 

 思わず嘆息するシオンに、トウヤが補足説明を付ける。だが、今重要なのはそこでは無い。

 重要なのは、一子相伝かつ、極めるレベルで無ければ修得出来ない筈の神空零無を、紫苑が使って見せた事にあった。

 それを考えると、紫苑が言った台詞『記憶、肉体、そして魂を複製した存在』と、言うのが俄然真実味を増す。

 だが、トウヤはこう言ったのだ。『そんな事は不可能』だと。

 故に、シオンはトウヤを見る。それは何故かを聞く為に。異母弟の責めるような視線に、彼は苦笑する。

 

「そう睨むのはやめたまえ」

「トウヤ兄ぃ。いい加減、聞かせてよ。……なんで、”そんな事は不可能”なのさ?」

「ならば、逆に聞こう。シオン、どうやって”魂”を複製するのだね?」

「へ?」

 

 質問に質問で返されて、シオンの頭に疑問符が踊る。それに構わずトウヤは続ける。

 

「魂とは、二十六次元以上でその波動情報を検出される――で? その魂とはそもそも何で出来ているのかね? 素材は? エネルギーの塊だとしたら、どのようなエネルギーかね? 正位置のエネルギーかね? 負位置のエネルギーかね?」

「あ、え、えっと……」

 

 矢継ぎ早に繰り出されるトウヤの質問に、シオンはアタフタとなる。

 ――分からないのだ、トウヤが出した質問の答えが。それに、トウヤは笑う。

 

「つまりはそう言う事だよ、シオン。魂の利用方も、それを検出する手段も、取り出す方法も、実際に複写した例も、ある。だが、その実。

”魂の正体が何なのかと言う事については、全くと言っていいほど分かっていない”。

 ……本当、片手落ちどころじゃない話しだよ」

 

 肩を竦めるトウヤに、シオンは呆然とする……確かに、その通りであった。

 魂の、その本質が何も分かっていないのに魂を作れる訳が無い。複製なぞ、以っての外である。

 

「そもそも、お前のような霊格の魂を複製出来るなら誰も苦労はしないさ」

『『あ……!』』

 

 その言葉に、シオンを始めとして、はやて、フェイト、スバル、ティアナが同時に声を上げる。そう、それは聖王教会での話し合いで言われた事だった。

 シオンの霊格値はタカトと同じ、神級だと。そんなモノ、更に作れる筈が無い。

 あの場に居たもう一人の人物、クロノはそこらの事に、半ば気付いていたのだろう。ただ一人、苦笑していた。

 

「で、でも。アイツは実際に――」

「仮説で良ければ、それについても一つ答えが出せるがね?」

「はい!?」

 

 事もなげにあっさりと言ってのけるトウヤに、シオンは飛び上がらんばかりに驚く。他の皆もポカンとしていた。

 たったあれだけの情報で、仮説とは言え答えをあっさり出せると言う事に。その反応を楽しみながら、トウヤは話し出す。

 

「例えばだね。魂は波動、つまりは波形で、そのデータを現す。感情や人格、つまりは精神的なモノをね? ならば”全然別の魂に、お前の十二歳時の波形データを複写してしまえば”問題はクリアーされると思わないかね?」

『『…………』』

 

 トウヤの仮説に、シオンはあんぐりと口を開き、他の者達も顔を引き攣らせる。確かに、それならば魂を複製出来なかろうが問題は無い。

 ”複製”では無く、”複写”。認めたくは無いが、それなら可能だろう。

 

「……トウヤ兄ぃってさ、頭いいんだか悪いんだか分からないよね」

「何を言うかと思えば……私は天才だよ?」

 

 自分で言うか。

 シオンがこめかみをぐりぐり押しながら、盛大にため息を吐いた。一同も同じくだ。トウヤは微笑して、それらを見る。

 

「まぁ、あくまでも仮説だよ。魂の波形データは、その情報量だけでも凄まじい量になるからね……実際の所は、現実的では無い」

「でも、出来るんでしょ?」

「ああ、これならばね?」

 

 あっさりと頷いて見せるトウヤに、シオンは再び嘆息する。もう、この兄が何を言っても驚くまいと思いながら。

 

「さて、これでシオンもどきの話しはいいね? どちらにせよ、今の段階では仮定の話ししか出来ないしね。次に行こうか……今後の君達の、行動について話し合おうか」

 

 そうトウヤは言い、ニヤリと笑った。

 

 

(中編に続く)

 




はい、第四十二話前編でした。タイトル詐欺? いやいや、まだですとも(笑)
また四部くらいになるかなー(遠い目)
魂学の欠陥懐かしいですな。クイズにした記憶がありまする。引っ掛けの(笑)
またクイズやれたらいいなと思ってますので、お楽しみにー。では、中編1でお会いしましょう。ではでは。


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第四十二話「懐かしき我が家」(中編1)

はい、第四十二話中編1であります。今回は……うん、飲み物のみながら見るのは控えた方が……ええ、まぁそう言う回です(笑)
では、中編1、どぞー。


 

「――今後の君達の行動について、話し合おうか」

 

 『月夜』、ブリーフィング・ルーム。そこに集まるアースラの面々はトウヤの話しに頷く。それを確認して、トウヤはウィンドウを展開した。

 

「まずは現状の確認と行こうかね。君達の艦、アースラだが……おおざっぱな損壊状況について調べ終わった」

 

 言うなりウィンドウが切り替わり、3Dで損壊したアースラが表示された。

 

「左舷及び、艦壁半壊。魔導炉もかなりのダメージ。一部、転送システムも故障。何より、竜骨外殻にクラックがある……正直な感想を言おう。よく墜ちなかったものだと感心するよ」

「……アースラはただの艦とちゃいますから」

 

 はやてが一同を代表してトウヤへと頷く。彼はそれにふむと笑いを返した。

 

「そうかね。余程、信頼しているのだね。己の艦を」

「はい」

 

 はやては即答。迷い無く頷く。二ヶ月強の短い間とは言え一緒に戦って来た仲間である。信頼していない筈が無かった。トウヤは、はやての答えに苦笑する。

 

「そうかね。だが」

「分かってます。……アースラ、そう簡単には直らんのやろ?」

 

 トウヤの言葉を切るようにしてはやては問う。その場に居る一同は、視線を落とした。

 今、トウヤが告げた艦体診断だけでも並の被害では無い。その修理に一日や二日で効く筈も無かった。

 

「……月夜の設備を使って二ヶ月、と言った所かね」

「…………」

 

 告げられた日数に一同閉口する。二ヶ月。その間、アースラは修理に掛かり切りになるだろう。そして、その間にツァラ・トゥ・ストラの面々が黙っている筈も無い。

 着々と支配領域を広げるのは目に見えていた。下手をすると、その二ヶ月で管理内世界全てを手中に収めかねない。

 

「艦の修理を待てる状況では無い。そうだね?」

「……はい」

 

 はやては素直に答える。強がりを言っている場合では無いのだ。アースラの修理を待てる状況では無い。トウヤははやての返事に再度頷いた。

 

「艦に関してはこちらで代艦を用意しよう。そちらは後で詳しく話す。さて次だ……現状、君達は怪我人ばかりだが。その怪我が治ったらどうする積もりだね。よもや、本局に突撃とは言うまいね?」

「……それは」

 

 トウヤの言葉に、はやては二の句を告げない。何を言おうとしているかを察したからだ。

 本局決戦の時、シオンが抜けていたとは言え、自分達はほぼフル・メンバーかつ、ほぼ全快で戦いを挑んだのだ。

 ……その状態で、敗北した。

 つまり、現状の戦力ではストラと戦っても負ける公算が高いと言う事をそれは意味する。

 

「分かってくれたようだね? 今現在の戦力では、はっきり言ってどうにもならない。本局に向かっても玉砕がオチだよ」

「っ……! そんなの――!」

「ノーヴェ!」

 

 トウヤの台詞に、ノーヴェが椅子を蹴倒して立ち上がり反論しようとするが、チンクにすぐに諌められ沈黙した。この場ではトウヤの言葉が正しい。

 ノーヴェが着席するのを見計らって、はやてがトウヤに向き直る。

 

「……トウヤさんが一緒に来てくれるんやったら、何とかなるんですけど――」

「それは無理だね」

 

 キッパリと告げる。あまりの即答に、はやてが口ごもった程であった。トウヤは微笑しながら口を開く。

 

「確かに私が出ればすぐに終わる。今すぐにでもね。……だが私が此処を出た場合、タカトへのカウンターが誰も居なくなる事を意味するのだよ」

『『っ――』』

 

 一同はその台詞に一斉に息を詰まらせた。思い出したのである。そう、タカトは敵なのだ。

 そして、おそらくはトウヤ以外には戦いにすらならないレベルの。

 ストラに目が行き過ぎていた事を全員が自覚する。

 

「……分かってくれたようだね? 何よりだ。つまり、君達は私をアテにせず、ストラに勝てる方策で行かねばならない」

「……それは」

 

 そんな都合のいい選択肢があるのかと、はやては思う。他のメンバーもだ。

 だが、トウヤはそんな一同に笑って見せた。

 

「もちろんあるとも。何、簡単だよ? つまり、”君達の戦力を上げる”。これだけで済む」

『『…………ハイ?』』

 

 この人は一体何を言っているんだろうと、全員が疑問符を浮かべる。トウヤは微笑して、ウィンドウを更に操作。別の画面を表示する。そこには――。

 

「『アースラメンバー、各デバイス。ロスト・ウェポン化による強化計画。及び、ロスト・ウェポン製作設計図。並びに、第二世代型専用DA、第三世代型専用ロスト・ウェポン式DA開発設計図』……?」

 

 はやてがウィンドウに表記された文字を代表して読み上げる。ゆっくりとその意味を理解し、顔が次第に強張っていった。他の者も同様である。トウヤはそんな一同に笑いながら続ける。

 

「君達全員のレベルアップを短期間で行うのは、はっきり言うと無理がある。なら、武装を強化するのが妥当とは思えないかね?」

「いや、でも、これは――」

 

 各員の前に出されたウィンドウには、それぞれのデバイスの強化案や、DAの設計図が表示される。それを見て、はやては言葉に詰まった。

 何せ、ロスト・ウェポンとは文字通り”ロストロギアをデバイスに組み込む”仕様なのである。いくら何でも管理局である彼女達がそれを使うのは迷いが生まれる。

 ただ一人、現状でロストウェポンを所有するクロノ・ハラオウンは苦笑していたが。

 

「……叶。これは、僕のデュランダルと同じ仕様だと思っていいのか?」

「大体はね。まぁ、君達が迷うのは当然と言える……使うかどうかは君達に任せるさ」

「はぁ……」

 

 流石にこれは、はやても即答出来ない。戦力アップは確かに必須だが、使うモノがモノである。クロノやフェイト、そろそろ復帰する筈のなのはとも話し合わなければならない。この場で判断出来る事でも無かった。

 

「ねぇねぇ」

「あン? どした?」

 

 横からちょいちょいと肩を叩かれて、シオンが横に視線を移す。横に居るスバルである。彼女は、自分の所に表示されたウィンドウをシオンに見せた。

 

「これ、何て読むの? 漢字の読みがわかんなくて……」

「ふむ、なになに」

 

 まぁ難しい漢字がミッドに出回ってるとも思えんし、と一人ごちて、シオンはスバルの前に表示されたウィンドウを覗く。そこにはこう書かれてあった。

 

「『第三世代型、ロストウェポン式DA、”斉天大聖(せいてんたいせい)”――て、なぬっ!?」

「わ!?」

 

 ウィンドウに記されたそれを読み上げたと同時にシオンが叫ぶ。いきなり間近で叫ばれて、スバルがびっくりして目を見開いた。だがシオンは構わない。トウヤを盛大に睨みつける。

 

「……トウヤ兄ぃ」

「ふむ? どうしたね、シオン?」

 

 自分を半眼で睨むシオンにトウヤは微笑する。だが、シオンは睨みつけたままスバルのウィンドウを指差した。

 

「一応聞くな? これ、マジもん? てか、正気か?」

「当然だとも。ちなみにスバル君の物は”世界最初の第三世代型DA”になる予定だ。……ついでに言うと、ティアナ君の物は二つ目、ギンガ君の物は三つ目となる」

「……うわお……」

 

 告げられた言葉にシオンはくらりと眩暈を覚え、頭を抱える。そんなシオンの反応に、ティアナが訝しんで眉を潜めた。

 

「なんか、気になる反応ねアンタ……何? この第三世代って言うの。そんなに危険物なの?」

「いや……確かに危険物は危険物だと思うんだけどな」

 

 危険物なのかよ! と、一斉に内心ツッコミを入れるが、シオンはそれも分からないかのようにため息を吐く。トウヤに視線を向け直し、確認の為に問い掛けた。

 

「それ以前の問題だよ。世界初って言ったよな。トウヤ兄ぃ」

「ああ。その通りだよ、シオン」

 

 微笑しながら答えるトウヤにシオンは狸めとジト目で睨む。それもそよ風のようにトウヤは受け流した。シオンは続ける。

 

「つまり、そのDAは前例が無いものなんだよ。ぶっちゃけると試作1号機、またの名を実験機」

「ええっ!?」

「……なる程ね」

「そう言う事、ね」

 

 シオンの台詞に、当事者3名。つまりは上からスバル、ティアナ、ギンガの順で、それぞれの反応を示す。それらを見て、はやてはトウヤに視線を向けた。

 

「……トウヤさん、どう言う事なんやろ?」

「何、こちらもただで戦力供給する訳にも行かないのだよ。相応にこちらにリターンが無いと長老部が五月蝿いのでね?」

 

 いけしゃあしゃあと答えるトウヤに、はやて達はシオンに倣いジト目で睨み――すぐにため息を吐いて視線を戻した。

 言っている事は正論である。確かにただで別の組織である自分達に装備を譲る、または作る事など。本来有り得ない事だろう。

 ようは装備はやるから各種データは寄越せと言う事か。

 

「……シオン、長老部って何?」

「ん? ああ……そういや、お前達には説明してなかったっけ。長くなるから一言で説明すると、グノーシスの幹部みたいなもんだよ。詳しい説明は後な」

 

 スバルがまた聞いてくるが、シオンはそちらの説明は簡潔に終わらせた。

 ……グノーシス自体、結構複雑な組織なのだ。この場で説明すると長くなる。はやて達には説明もしてあるので、この場で説明する必要も無い。スバルもそれを理解したのだろう。あっさりと頷いた。シオンは再びトウヤに視線を向ける。

 

「……で? こんな試作機がまともに動くの? ロストロギア内蔵式のDAなんて、まだタカ兄ぃが理論上だけで考えてただけのやつだろ?」

「うむ、問題はあるまい。なにせ、”その理論を出した当人が『問題無い』と言い張ったモノ”だしね」

「ふぅん。タカ兄ぃがね――て、待てぃ!」

 

 あやうく自然に聞き流しそうだった自分に戦慄しながらシオンは大声で叫ぶ。すぐさま、ウィンドウを再び指差した。

 

「これ、タカ兄ぃが考えたの!? しかも全部!?」

「うむ。流石に最初に渡された時はびっくりしたよ?」

「そう言った問題じゃねぇだろォォ――!?」

 

 あまりに脳天気な答えを返すトウヤにシオンは全力で叫ぶ。先ほど、この兄はタカトを敵だと言ったのに、その設計図を何故にあっさりと採用するのか。

 シオンの叫びに、トウヤは眉を潜める。

 

「騒がしい男だね、お前は」

「誰のせいだよ!? いや、そんな事はどうでももういいや。なんで、これを採用したのさ?」

「――トウヤさん? ゴメンやけど私達も知りたいわ。やないと、これは本格的に使えんよ?」

 

 シオンに続いて、はやても問い掛ける。一同も、トウヤに疑問の視線をぶつけた。肝心のトウヤはあっさりと肩を竦める。

 

「当然こちらでもチェックは入れたさ。なんなら、その検査結果の資料もある。後で渡そう。その上で、問題無しと判断したのだよ。これは信頼出来るモノだとね。……それに、だ」

 

 そこまで言い切ると、トウヤはニヤリとシオン達に笑みを浮かべる。まるで、悪戯を仕掛ける子供のような笑みを。そのまま続ける。

 

「あの基本天然かつ生き方が不器用窮まる男が、そんな小細工をすると思うかね?」

「う……!」

 

 シオンはトウヤの台詞に盛大に呻く。はやてを始めとした一同も顔を引き攣らせた。

 天然かどうかははやて達が知る所では無いが、あの男の生き方が不器用窮まるのは間違い無い。小細工など考えつく事もしなさそうだった。そうで無ければもうちょっと上手く人生を立ち回っていた事だろう。

 一同の反応を見て、トウヤは微笑する。

 

「それの設計図自体は、スバル君が感染者化した時に渡された物だよ。その為か、八神君、ザフィーラ君、シャマル君については何も用意して無いようだね」

「あ、ほんまや……」

 

 言われ、はやてがウィンドウ内の各設計図をチェックする。確かに自分のものと、ザフィーラ、シャマルの分が無い。

 タカトは恐らく、自らが戦った者のデータからこれを作ったのだろう――と、言ってもあの時点でタカトと戦った者はシオン以外では一度しか無いのだが。

 

「そんな訳で、それについてはさほど問題は無いだろう。先にも言った通り、使うかどうかの選定は君達に任せる。ただ、早めにどちらかを決めてくれると助かるね。何せ、組み上げすらしていないのだから」

「……うん。分かったわ。後で話し合って決めます」

 

 トウヤの台詞に、はやてが頷く。それに満足そうにトウヤが頷き返した。

 

「さて、私からはこれ以上、話す事は無いね。具体的にこれからどうするかは君達に任せよう。月夜には好きなだけ滞在しても構わない」

「はい、ありがとうございます」

「いや、私もアースラには世話になった。本局にもね? お互い様と言う奴だよ」

 

 頭を下げるはやてにトウヤは苦笑して手で制す。そして、壁に掛かっている時計に視線を向けた。

 

「ふむ。そろそろなのは君の治療も終わる頃合いだが……」

《トウヤ?》

 

 タイミングぴったりにユウオから念話がブリーフィング・ルームに届く。彼はそんなタイミングの良さに苦笑しながら、口を開いた。

 

「ユウオ。なのは君の治療が終わったのかね?」

《うん。もうちょっとで終る所だよ。”女の子は”こっちに来る?》

「?」

 

 なのはの事と言う事もあり、二人の会話を聞いていた一同だが、ユウオの台詞に疑問符を浮かべる。なんで女の子限定? と。そんな皆にシオンが苦笑する。

 

「……ナノ・リアクターは余分なモノを身につけ無いで入るからな。……ぶっちゃけると裸で入ってるんだよ」

「そうなんだ……」

 

 シオンの言葉に、スバルが合点がいったのか感心したように頷く。他の皆も納得したのか頷いていた。

 それらを見ながら、トウヤが微笑し、ユウオに返事を返す。

 

「ふむ、了解した。では、私が皆を案内するから――」

《あ、それはダメだよ。トウヤはそこに居て。確実に覗こうとするから》

 

 問答無用に、ユウオはトウヤの台詞をぶった切る。それにトウヤは少しだけ硬直するが、すぐに立ち直った。

 

「いや、だが。お客を案内無しに――」

《そっちにカスミちゃんを向かわしたから問題無いね》

「……そこまで信用無いかね、私は……?」

 

 まるで見透かしているかのように先手を打っていたユウオにトウヤが若干いじけたように呟くが、ユウオは一切容赦をしない。

 

《当たり前だよ――例えばボクがナノ・リアクターに入ってると、トウヤ、どうするの?》

「全力で覗くね! それはもう舐めるように! 網膜に焼き付けてくれよう!」

 

 即座に拳を握って力説してのける! その姿に、アースラ一同は深くユウオに同意した。この男は女の敵だと。

 

「てな訳で、トウヤさんはここで残っててや?」

「――何故か、目が冷たいのだがね。八神君」

 

 努めて優しく言うはやてだが、その視線は素晴らしく冷たい。……はやてだけで無く、女性陣全員だが。

 間を置かずカスミが到着し、男達を置いてブリーフィング・ルームを出て行く。

 立ち尽くすトウヤを見て、残されたシオン、エリオ、クロノは苦笑した。

 

「……まぁトウヤ兄ぃ、普段の行いが悪かったって事だよ。これに懲りたら――」

「ふ……。誰だね? それは?」

「――はい?」

 

 いきなりのトウヤの言葉に、シオンは素っ頓狂な声を漏らす。だがトウヤは構わず、鉢巻きっぽい物を懐から取り出すと頭に巻き付けた。

 

「今の私はただ一人のエロ・コマンドー……断じて、トウヤなどと言う名前では無い!」

「て、ちょっと待て。待ったトウヤ兄ぃ、扉に近付くな!」

 

 まさか……!

 シオンを始めとして、クロノ、エリオも戦慄する。この男はまさか!

 

「このシチュエーション……! 覗かずば男にあらず!! 突撃ィィィィィィィィィィィ!!」

 

    −撃!−

 

 叫ぶなり、何とトウヤはブリーフィング・ルームの扉をピナカで破壊!

 ……恐らくは、外から施錠されていたのだろう――何にしても、破壊されては役に立たない訳だが――そのまま走り出す!

 衝撃映像を見た三人は暫く硬直し、我に返ったと同時に頭を抱えた。

 

「あ、あのエロ兄貴ィィィィィィィ……!?」

「ちょっと待て……! 本気か彼は!?」

「流石に冗談じゃ無いんですか!?」

 

 寧ろ、そうであって欲しいとクロノ、エリオの両名はシオンに叫ぶ。だが、シオンは重々しく首を振った。

 

「トウヤ兄ぃは、かつてグノーシス位階所有者女性陣、全員の着替えを覗いた事があります」

「「…………」」

「ちなみにそれがバレて女性陣に袋叩きにされた時の台詞は『反省も後悔もしてはいない! エロ万歳!』でした」

「追うぞ!」

 

 シオンの言葉を聞いて、三人はトウヤを追い駆け出す!

 ここにエロ暴走を繰り広げる第一位を止める為の戦いが、突如として勃発してしまった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 三人は直ぐさま廊下に出て疾走を開始する。だが既にトウヤの姿はどこにも無かった。とんでも無い疾さである。追い掛ける側としてはたまったものでは無い。

 更に、はやてや対トウヤ用最終兵器彼女たるユウオに念話で密告しようとしたのだが、念話は全然通じ無かった。妨害されている!

 

「くそ……! 念入りしてやがる! まさかこんな時にまで普通に変態で来るとは思わんかった……!」

「シオン兄さん! 普通に変態って意味分かりませんよ!?」

「気にしたら負けだ!」

 

 ツッコミを放つエリオに容赦無く告げる。更に速度を上げて三人は爆走するが、トウヤの姿は相変わらず無い。クロノがチッと舌打ちする。

 

「まずいぞ……! 彼はこの施設を知り尽くしている。僕達だけでは下手すると迷ってしまうぞ! このままでは追い付け無い!」

「そんな!?」

 

 エリオの悲鳴じみた叫びにシオンも舌打ちしながら頷く。全く持ってクロノの言う通りであった。

 こちとら全員『月夜』は初めての場所である。対してトウヤはこの施設のトップだ。地の理は向こうにある。このままでは追い付け無い。

 そう――このままならば! シオンがにやりと口端を吊り上げて笑った。

 

「いや、まだ手段はあります!」

「何……?」

 

 思わずクロノが問い返す。だがシオンはただニヤリと笑うだけ。そして、すぅっと息を吸うと、大声で吠える!

 

「皆さ――――ん! トウヤ兄ぃがまた覗きを企んでますよ――――――――――――!」

『『何ぃぃぃぃ!?』』

 

 直後、まるで最初から盗聴していたんでは無かろうかと言う程、シオンの叫びに答えてそこらから声が返って来る。次々に――。

 

『また奴か!?』

『銃だ銃を出せ!』

『デバイスを取れ! 今日こそ奴を殺ったるんじゃあ!』

『ターゲットは!?』

『今日此処に来た栗色の髪のあの娘だそうだぞ!』

『ちちぃ! 野郎の毒牙にあの可愛い子ちゃんをかけてたまるか!』

『お前いつの時代の人間だよ!? それ死語だろ!?』

『気にすんな! 気にしたら負けだ!』

『隊長! 核の使用許可を!』

『待て! それは最終手段だ!』

『いいか! 今日こそは奴の息の根を止めるぞ!』

『合言葉は――』

『殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!』

『ガンホーガンホーガンホーガンホーガンホー!!』

『叶トウヤの首級をあげろ!』

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――!』

 

 ――このように怒号の如く響き渡る叫びと共に、ドタバタと駆けて行く音が響いた。これにシオンがよしっとガッツポーズを取る。

 

「これでここの皆は俺達の味方です! 全力でトウヤ兄ぃを殺りに行ってくれます!」

「「いやいやいやいや」」

 

 そんなシオンにエリオとクロノが異口同音に首を横に振る。いくら何でもこれはマズ過ぎないか? と、言うか殺してはいかんだろうと。

 

「て、言うか何ですか皆さん! すごい手慣れてますけど。何でですか!?」

「こんなの日常茶飯事だからだ!」

 

 シオンのぶっ飛んだ発言に、二人はえ〜〜〜〜と、声は出さずに唸る。こんなのが日常茶飯事の組織があるのか。いや、実際目の当たりにしている訳だが。

 

「取り敢えず俺達も追おう! トウヤ兄ぃ、あれ平然と突破するし!」

「……あれだけ殺気だった連中をか……?」

 

 再び駆け出したシオンに続き、クロノ、エリオも走り出しながら疑問符を浮かべる。シオンはそれに悲し気に首を振った。

 

「エロが絡んだトウヤ兄ぃの戦闘能力を舐めちゃいけません……通常の三倍は強いですから。相手はプロのエロですよ!?」

「「…………」」

 

 シオンの発言に遂にクロノとエリオはツッコミを入れる事を諦めた。

 ……本当に気にしては負けな気がひしひしとして来たからである。と、言うか――。

 

「シオン兄さん。ここ、変な組織ですね」

「頼む。言ってくれるなエリオ。薄々感づいちゃあいたんだ。薄々」

「「薄々かよ」」

 

 結局ツッコミを入れてしまうエリオとクロノを完全に無視して、シオンは更に走る速度を上げた。

 ……そこらで爆発音が響いているのは、気のせいな訳が無かった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「とう!」

 

 叶トウヤは通路を疾駆しながら頭の中に地図を思い浮かべる。

 ここから自分の速度を持ってして、およそ三分程に約束された桃源郷(ヴァルハラ)があった。

 トウヤの頭には隠れて覗こうなどと言う選択肢は無い。真っ正面、扉をブチ抜いて――どうせ、施錠されている事だろうし――堂々と、なのはの裸を網膜に焼き付ける積もりだった。その後の事はどうでもいい。輝ける一瞬こそが全てである。

 その為に。そう思った瞬間、何と通路の床が開いた。

 そこからサブマシンガンに槍型のデバイスを装備した黒衣の男が現れる。デバイスの設定は当然の如く殺傷設定!

 二つ武器を男は躊躇無くトウヤに差し向ける。サブマシンガンのレーザーポインターがトウヤの額をロックオンして。

 

「甘い!」

 

 トウヤの命を奪わんと引き金が引かれる前に、彼は動いた。床から現れた男の顔面を迷い無く踏み潰し、跳躍する!

 

「お、俺を踏み台にしただと!?」

「ふ……古今東西、白が黒を踏み台にするのは常識だよ? 喰らえ、必殺!」

 

 くるりと空中で回転しながらトウヤが懐からスプレーのようなものを取り出す。同時にその噴射口を男に向けた。

 

「痴漢撃退用新製品! 『俺の吐息・焼肉翌朝!』」

 

 叫びとスプレーの噴出音が重なる。スプレーから漂うエライ物は男の顔面に降り掛かり、そして悲鳴が上がった。

 

「ぎゃああああああああああああああ……! ニンニク臭さといろんな臭いが――――!? ガクっ」

 

 あまりの臭いに男は数秒転げ回った後、意識を完全に手放す。男の反応が消えた後もトウヤは五秒程念入りに男にスプレーを降り掛けてから即座に駆け出した。だが!

 

「ってェェェェェェェェェェェェェ!」

 

    −轟!−

 

 向かう通路の先から叫びと共に、数百の砲撃に、大砲、ライフル弾、槍、剣、銃弾が雨霰とトウヤに降り注ぐ!

 魔法は当然、全て殺傷設定であった。数十秒の間に数千と撃ち込まれていくそれが通路を問答無用に破壊して行く。新品の筈の通路が速攻で瓦礫へと変わっていった。

 暫く撃ち込み続け、爆煙が視界を完全に覆った所で隊長らしき男が手を上げて、漸く各種砲撃が止まった。

 

「奴だって人間だ……! これだけ撃ち込めば――」

 

 殺った!

 そう一同が歓声を上げようとした、瞬間。

 

「うむ。全く容赦の無い攻撃だったね? 当たらねば意味無いが」

『出た――――――――――――――――!?』

 

 いつの間にやら中央に忽然と現れたトウヤに全員叫ぶ。即座に手持ちの火器を差し向けるが、それよりトウヤの動きの方が早い!

 右手には先程のスプレー、更に左手には全く別種のスプレーが握られている。トウヤはされを回転しながら辺りにぶち撒けた。

 

「『俺の吐息・焼肉翌朝』あ〜〜んど、『俺の靴下・三日間履きっぱな』!!」

『『ぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああ……っ!?』』

 

 轟く悲鳴と怒号――。

 パタパタと殺虫剤を撒かれた虫のように男共がぶっ倒れて行く。トウヤは臭いが移らぬウチに瞬動で即座に脱出。更に跳躍すると同時に天井からも男達が現れた。

 だがトウヤはそんな男達に『超電磁砲お勧め♪ びりびりきちゃう♪』と表面に書かれた放置式スタンガンをアリウープで投げ入れる。

 

    −雷!−

 

 直後、本気で雷が落ちたんでは無かろうかと言う程の電撃が天井を走り抜けた。

 暫く人がのたうつかのような音が響いた後、通路はシーンと静まり返った。重なり合う死々累々たる人の群れ。世にそれを屍山血河と言う。

 トウヤはそれを見遣り、許せよと一人ごちた。

 何ごとにも犠牲は付き物である。それが、今回は彼等だったと言うだけの事。ちょっとばっかしアンニュイな気持ちに浸っていると、通路からドタバタと走る音が響いた。シオン達である。

 彼等は到着するなり、顔を青くした。

 

「も、もうやられてるし……!」

「しっかりして下さい! 大丈夫ですか!?」

「くっ……! 叶! 貴様……!」

 

 三者三様の言葉を連ねる。そんな三人にトウヤはフッと笑う。

 

「何しに来たね、シオン」

「あんたを止めにだ……! 決まってんだろ! てか、覗きは犯罪だって!」

 

 ブンブンと首を横にして叫ぶシオン。だが、トウヤは構わず笑う。

 

「ならここは治外法権だ! 関係無いね!?」

「「「治外法権云々以前に人としての常識だろうがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――!!」」」

 

 シオン、クロノ、エリオ、魂の叫びである。だがトウヤには届かない。エロに支配された彼にそんな言葉は見事に馬耳東風であった。

 

「ふ……分かった。ならこうしようでは無いかね! 共に覗くとしよう! 光栄に思いたまえ。私が覗きに仲間を作るなど、滅多に無いよ?」

「きっぱりといらん世話だ色ボケ兄貴!」

「普通にそんな誘いに乗る訳があるかっ!?」

「絶対にお断りします!」

 

 これまた三者三様の言葉を連ねる。しかし、トウヤはそれに心外そうな顔を見せた。

 

「おや? おかしいね……? 私が知った情報によれば、ハラオウン提督はメインヒロインに、義妹に、お姉ちゃんキャラ、更には獣娘にまで手を出せる、それ、どこのエロゲ? 的なキャラであり、モンディアル君は初対面からメインヒロインの胸を触り、あげくの果てには若干露出過多なゴスロリ娘ともフラグを立てるフラグマスターと聞いたのだが……?」

「「……殺す!」」

 

 トウヤ台詞に、クロノもエリオも普段言いそうに無い単語を全力で叫び、己がデバイスを構える! シオンはあわてて二人を止めた。

 

「ちょっ! 待った待った!? 二人共事実を指摘されたからってトウヤ兄ぃの挑発に乗ったらマズイって!?」

「「何が事実か!?/事実ですか!?」」

「そうだよ、”エロノ・ハラオウン君”。”エロオ・モンデヤル君”。少し落ち着きたまえ」

「「うがぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁ――――!!」」

 

 その呼び名に何かトラウマでもあるのかいよいよ二人揃って奇声を上げ始める。トウヤはそれに笑いを浮かべ、シオンを見た。

 

「で? お前はどうかね? 幼なじみを喘がせたり、ツンデレ娘と裸で抱き合ったとか言う”神庭エロン”よ!」

「アヴェン! ジャ――」

「「わあぁぁ!?」」

 

 トウヤの台詞に迷う事無くアヴェンジャーになろうとするシオンを、左右からエリオとクロノが羽交い締めにして止める。だがシオンはじたばたとそれでも暴れ続けた。

 

「離せェェェェェェェェェェェ……! あの兄貴八つ裂きにしたるんじゃァァァァァァァァ!!」

「さっき僕達を諭していた台詞はどこ言った!?」

「さっきはさっき! 今は今!」

「挑発に乗ってはダメだと……!」

「そんなものとうに忘れた!」

 

 そんな風にチームワークがたがたな三人に、トウヤはふふと笑う。それはもはや、勝利を確信した笑みであった。

 

「ふっふっふ。やはり君達では私は止められんよ」

「言ってろ色ボケ兄貴……!」

「必ず止めてみせます!」

「その傲慢……! 正してやる!」

 

 そんなトウヤにシオン達は更に闘志を燃やす! トウヤをここで止める――最初の理由は既に因果地平の彼方だが、そんなものはもうどうでもよかった。

 皆の犠牲を無駄にしない為に、己が矜持を守る為に。

 何より一回この男は痛い目に合わせないと気が済まん!

 三人は互いのデバイスを構えると、迷い無く一斉にトウヤへと襲い掛かった。

 

 

(中編2に続く)

 

 




はい、第四十二話中編1でした(笑)
唐突に理由も無いエロ暴走がなのはを襲う!(笑)
しかし、被害者はシオン達と言う何これな状況です。
ただし、グノーシスではこれが当たり前なんだぜ……。
では、中編2にてお会いしましょう。ではでは。


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第四十二話「懐かしき我が家」(中編2)

はい、第四十二話中編2です。エロ暴走するトウヤ……一気にギャグ化しましたが、トウヤだから仕方ない(笑)では、どぞー。


 

「「「ウオオオォォォ――――!」」」

 

 グノーシス本部『月夜』ナノ・リアクター治療室前通路。

 そこを転がるもはや物言わぬ同士達(死んでない)を踏み越え、シオン、エリオ、クロノがトウヤに突っ込む。そんな三人にトウヤはフッと笑った。

 

「戦いとはいつも残酷なものだね……弟をこの手にかけねばならないとは」

「覗きの為だけに弟を倒そうとするのは全次元世界の中でトウヤ兄ぃ一人だけだけどね!?」

 

 大仰に手を掲げる一応異母兄に、シオンは吠える。手に持つイクスを構えながらエリオとクロノを追い越し、それぞれ高速移動を開始しようとし――だが、トウヤが掲げた手を懐に突っ込んだ瞬間、シオンの直感が最大級の警報を鳴らした。これは――!

 

「喰らいたまえ! 必殺! 『俺の吐息・焼肉翌朝!』あ〜〜んど『俺の靴下・三日間履きっぱな!』」

「さっせるかぁ! 四ノ太刀! 裂破ァ!!」

 

    −波!−

 

 噴射されるあからさまにヤバすぎる臭いの煙を、シオンがイクスを縦に構えて放った空間振動波が完全にシャットアウトする!

 ――その臭い、どれ程のモノなのか、シオン達とトウヤの間に居た戦死者達(しつこいようだが死んでない)が、滞留したその煙に転がったままゾンビのようにのたうちまわる。

 その光景を見て、三人の背筋にゾッと冷たい汗が流れた。

 このスプレー、絶っ対! 痴漢撃退用スプレーなんかでは収まるまい。きっぱりとBC兵器に区分すべき代物であった。

 

「……なんっちゅう、おっそろしいモンをあんたは……」

「ふっふっふ。ちなみに臭いが移れば一週間は取れない。その間、親しい者――特に娘さんあたりに『お父さん臭い!』とか言われるようになる心理攻撃も兼ねているのだよ!」

 

 それを聞いて、後ろのクロノの肩がビクっと跳ね上がる。クロノには、最愛の妻と双子の子供が居る訳だが……もし、あのスプレーを喰らった場合。リアルにそれを言われる事だろう。嫌過ぎる未来である。

 そして、シオン達もまた他人事では無い。

 仲間達に――アースラは女性が多いから特に気にするだろう――に、『臭い』とか言われた日には、再起不能なまでの精神ダメージを受ける事は必死であった。

 三人はトウヤがシャキーンと構えるスプレーを苦々しく睨む。

 

「くっそ……! 嫌らしい攻撃仕掛けて来やがる……!」

「とりあえず、あのスプレーを何とかするぞ! あれがある限り近付け無い!」

「はい!」

 

 クロノの指示にシオン、エリオは素直に従う。この距離で届く魔法を、己から引き出した。

 

「神覇、弐ノ太刀――」

「サンダ――」

「ふ……。無駄な事を」

 

 二人がイクスとストラーダを構える姿を見てもトウヤはスプレーから手を離さない。寧ろ何時でも吹き掛けられるように構える。

 

「――剣牙ァ!」

「――レイジ!」

 

    −閃!−

 

    −雷!−

 

 シオンとエリオはそんなトウヤに迷い無く魔力斬撃と範囲雷撃を浴びせ掛ける!

 魔力の刃と雷は迷う事無くトウヤへと突き進み。

 

「ト――ウ!」

 

 奇妙な声を放ったトウヤがいきなり消えた。当然、刃と雷はトウヤが居た空間を空しく通り過ぎるのみ。瞬動だ!

 

「どこに!?」

「――ここだよ」

 

 疑問に答える声は後ろから響いた。気付けばトウヤは自分達の真後ろでスプレーを構え、既に発射体勢に入っている! この距離、このタイミング、躱せない――!

 

「では、さらばだ。安らかに眠るがいい。シオン、エリオ君」

「く、くそ――せめて、俺の方が『焼肉翌朝』でありますように!」

「ちょっ!? シオン兄さん何て事を!?」

 

 やかましい! 『三日履きっぱな』なんて、最悪通り越して絶望だろうがよ!?

 

 可愛い弟分がそんなモノを浴びてもいいんですか!?

 

 この間僅か0.2秒でシオンとエリオはアイコンタクトでやり取りを交わす。そんな暇があるなら逃げろよと思わなくも無いが、二人にそんな余裕は無かった。そして、トウヤの指がスプレーのボタンを押し込み、殺戮芳香を二人に撒き散らさんとして。

 

「甘いな――! 叶!」

 

    −閃!−

 

 突如として閃いた三条の光線がトウヤの手からスプレーを叩き落とす!

 それを成したのはトウヤの更に後ろの人物、クロノ・ハラオウンであった。

 右手に握られた真・デュランダルがきらりと光ると、宙を舞うスプレーが一瞬で凍り付いた。凍結型の封印である。

 一瞬の早業に目を丸くしたトウヤは、事態を把握するとくっと呻いた。

 

「く……っ! あまりの影の薄さに君の事を忘れていたよ……! 大事な事だからもう一度言うと、影の薄さのあまりに君の事を――」

「二度も言うな!」

【アイシクル・カノン】

 

    −撃−

 

 影の薄さを散々強調しまくるトウヤに、クロノは容赦無く真・デュランダルを突き出す。直後、先端から氷結砲撃が撃ち放たれた。だが、二度も遅れを取るトウヤでは無い。あっさりと身体を翻して砲撃を躱す。

 だが、トウヤの相手はクロノ一人だけでは無い。スプレーの驚異から逃れ得たシオンとエリオは即座に振り返り、動いていた。

 

「エリオ! さっきの事は置いとくとして突貫かますぞ!」

「了解です! ……さっきの事は後でゆっくりと話し合いましょう!」

 

 ちちぃ! 簡単には忘れんか……!

 

 絶っ対! 忘れませんからね……!

 

 やはり即座のアイコンタクトで、そこまで語り合うと二人はイクスとストラーダを真っ直ぐ構える。刺突の構えだ。

 シオンは魔力を纏い、エリオは雷光を纏う!

 

「伍ノ太刀、剣魔ァ!」

「サンダー・ストライクッ!」

 

    −裂!−

 

    −閃!−

 

    −雷!−

 

    −轟!−

 

 咆哮と共に、二人は同時に突貫を開始。同時に放たれた突貫攻撃は相乗効果を生み、激烈な破壊力となって道行く全てを蹂躙せんと突き進む!

 クロノの方を向いていたトウヤが漸く振り返るが、もう遅い。

 少しやり過ぎ感もあるが痛い目に合わせた方が今後の為である。故に、二人は迷い無く突き進み――。

 

「ふ……」

 

 トウヤが突き出した左手の人差し指と中指。そこに二つの刃先が当たり――あっさりと受け止められた。

 

「「……へ?」」

「どうしたね? これが君達の本気かね?」

 

 間抜けな声を上げるシオン、エリオにトウヤが歯をキラリと光らせながら問い掛ける。勿論、二人はそんなものに答えられる筈も無い。

 威力にしてSSに等しい合体突撃攻撃。それを指二本で止められてどんな反応を返せと言うのだ。

 唖然とする二人に、トウヤはフフと笑ったまま指をブンと頭上まで振り上げる。それだけで、シオンとエリオはあっさり投げ捨てられた。

 

「「嘘だあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――!?」」

 

 投げられ、宙を軽々と舞う二人は叫ぶが、勿論現実である。しかも――。

 

「なっ!?」

 

 二人が投げられた方向には今まさにタイミングを合わせて挟撃を仕掛けようとしたクロノが立っていた。そこに容赦無く突っ込む二人に、クロノの反応は間に合わず、投げられた二人と衝突!

 

    −撃!−

 

「げふっ!?」

「あだっ!」

「あうぅ!」

 

 三者三様の悲鳴を上げて、情け無くも床に転がる羽目になった。それを見て、トウヤが勝利とばかりに腕を掲げる。

 

「ふ……。今日の私は阿修羅を――否、EXを凌駕した存在と知りたまえ!」

「ぐっ……くぬ! ち、ちくしょう! しかもその台詞は何か危険な気がする……!」

「ば、バケモノめ……!」

「い、今のは有り得ないでしょ……!」

 

 勝利宣言をかますトウヤに三人は床に転がったままでそれぞれ吠えるが、今回は文字通り負け犬の遠吠えである。

 三人をあっさりと撃破したトウヤの超常的な能力。それが煩悩で引き起こされていると言うのだからタチが悪い。

 

「てか。そこまでして覗きをする事に意味があるのかよ……?」

 

 部下を全員昏倒させて、自分達を倒してまで。何故、そこまで覗きをするのか。今、初めてトウヤにシオンは聞く。

 シオンの問いにトウヤはニッコリと笑い。

 

「オッ○イ」

「「「……はい?」」」

 

 その口から想像もして無かった一言が飛び出た。呆然とする三人にトウヤは構わず神を崇めるかの如く両腕を天に突き出す。そして、更に吠えた。

 

「〇〇〇〇▲▲▲▲■■■■■□□△△▲〇〇××××〇〇〇〇〇!!!!」

「ぎゃあ――――!」

「エリオ! 聞いちゃダメだ! フェイトが泣く!」

「え? え?」

 

 あかさらまに全部を伏せ字にせねばならない事をトウヤは全力で叫ぶ!

 シオンはそれに悲鳴を上げ、クロノは慌ててエリオの耳を塞いだ。

 やがて叫び終わると、満足したのかフゥと汗を拭う仕種をして。

 

「つまりだね。私は女性の身体に並々ならぬ興味があり、そこに見知らぬ女体の柔肌があるのならば、覗きたいと言う欲求を押さえられんのだよ!」

「「なら最初っからそう言え!!」」

 

 シオンとクロノは羞恥で顔を真っ赤に染めて怒鳴る。だが、トウヤはふっふっふと笑うのみであった。

 

「ふふふのふ。まぁどちらにせよ私の勝ちだ。さぁ、行くとしようかヴァルハラへ!」

「く、くそ……!」

 

 さっきの投げ。いかな威力で投げられたのか、まともに身体が動かなかった。エリオ、クロノも同様なのか立ち上がれずに居る。

 このままでは、なのはがトウヤに裸を見られてしまう。それを成した瞬間、トウヤは涅槃へと旅立つだろうが、それは寧ろ彼に取っては望む所だろう。……多分、すぐに蘇るだろうし。

 つまり、その時点で自分達の負けである。

 スキップしながらナノ・リアクター治療室へと向かうトウヤを憎々し気に睨みながらシオンは己に問い掛ける。何か、逆転の目は無いかと。

 あの変態王に負けるのだけは嫌だった。それはクロノもエリオも同様だろう。何とか立ち上がらんと、もがく。だが、身体は未だ痺れ続けている。立ち上がる事すら覚束ない。

 

 ここまでか――!

 

 そう諦めた。瞬間。

 

「ああ兄者。向こうで姉者が裸エプロンの格好をして手招きしているぞ?」

「はっはっは! そんな見え見えの嘘に騙される私では無い! ――だがしかしっ! そこに0.000000001%でも可能性があるならば己が煩悩の赴くままに幻想でしか有り得ぬような映像を我が目に焼き付けようという欲望に従うのが”漢”の生き様と言うモノだよ!」

 

 ……何やら、凄まじく聞き覚えのある声から発っせられた台詞に活き活きとしながらトウヤはこちら側に勢いよく振り返る。それと同時に、トウヤの身体の向こう側に居る存在が迅雷の速度で踏み込み。

 

    −撃!−

 

 ――凄まじい音と共に隙だらけの股間に容赦無く膝蹴りが叩き込まれた。気のせいか、魔力まで纏っている。

 

「……っ……!? ……タ……っ……とぉ……っ……!?」

「許せ、兄者。同じ男として、何より弟として。この攻撃だけはしたくなかったんだが――」

 

 顔を真っ青にしながら声ならぬ声で悲鳴を上げつつ崩れ落ちるトウヤの向こうから、敵である筈の彼が現れる。

 伊織タカト。シオンにとって、もう一人の異母兄が。

 ……なんで、こんな所に? と、三人が同時に思っていると、ぱたりと倒れたトウヤが涙目でタカトを見上げる。そこに。

 

 ――ならば、何故だね!?

 

 と言う明確な思考をアイコンタクトで飛ばされ、タカトはふぃと視線を逸らせた。

 

「いや、最初は少し”あいつ”の様子が気になっただけなんだが――なんか、兄者に”あいつ”の裸を見られると思うと凄まじくムカついてな。……大丈夫だ。多分、”潰れてはいない”と、思う」

 

 ――ふ、ふふ。つんでれだね……!?

 

「……アイコンタクトにも力が無いぞ。いいから寝ていろ」

 

 そこまでタカトが言い切ると同時に、トウヤは糸が切れたが如く意識を失った。それらを見遣り、タカトは長々とため息を吐くとトウヤを俵を持つようにして抱える。そして、シオン達の視線に気付き。

 

「とりあえず、兄者は俺が運んでおく。後は心配するな。ああ、クロノ・ハラオウン、元気そうで何よりだ。全快したようだな。……では、さらばだ」

 

 言いたい事だけを一方的に告げて、あっさりとその姿は消えた。恐らくは縮地であろうが――。

 

「……えっと。これは、どう解釈すれば……?」

「済まない。僕も許容範囲外だ。何が何やら……ここのセキュリティはどうなっているんだ」

「て、言うかよ――」

 

 三人が三人共頭を抱えながら周りを見る。そこに並ぶはドエライ臭いを発して意識が無い男共の群れがあった。それを見て。

 

「この片付け。どーすんの……?」

「「…………」」

 

 シオンの問い掛けに、当然二人は無言。答えの代わりにぱったりと横になる。シオンもそれを見て何やらどうでもよくなり、その場に大の字になって倒れた。

 すると、向こう側の扉――ナノ・リアクター治療室の扉が開き、ぞろぞろと人が出て来る。……確認するまでも無い、アースラ女性陣+ユウオやカスミ、みもりであった。

 その中に久しぶりに見る栗色の髪の女性をシオン達は見た。彼女達は周りの死々累々たる有様に唖然としながらシオン達に近寄る。

 

「これ、どうしたの? シオン……?」

「いろいろあってな。ほんっと、いろいろ」

「そ、そうなんだ……」

 

 尋ねてみたスバルだが、シオンの返事に何があったかは分からずとも、何かを感じたのかそれ以上聞いて来なかった。

 ユウオ達、グノーシスの面々は何があったか悟ったのだろう、深々とため息を吐いている。そして。

 

「え、え〜〜と。シオン君、久しぶり。げ、元気だったかな?」

「……う〜〜す。久しぶりです。今は、元気無いです」

 

 久しぶりに見るなのはから声を掛けられるが、シオンの返事はやたらと力が無い。クロノやエリオも。

 

「……元気だったか。そうか」

「……お久しぶりです」

 

 と、全然感動の再会とは程遠い挨拶をする。

 そんな三人の様子に、流石になのはは戸惑ったのか、困ったような顔となった。

 

「え、えっと。何か全然想像してた感じじゃないって言うか。何で、そんなにぐったりしてるの……?」

「……聞かないで下さい。ここであった事を一刻も早く忘れたいんで」

「ええ!?」

 

 まさかのシオンの返答にショックを受けたのか目を見開いて叫ぶなのは。

 だが、シオン達三人は全く構わず、その場で熟睡する事を選択した。

 ……結局、三人はそのまま翌日までぐっすり眠りこけたと言う。

 尚、今回の騒動を『第、数えるもバカらしいからやめた。叶トウヤ暴走事件』と呼称し、速やかにグノーシス内の人員は忘れるようにと通達があったとか無かったとか言われたそうな。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ぴぴぴと言う音が耳に聞こえる。その音でシオンは珍しく目があっさりと覚めた。

 『月夜』についた翌日、早朝である。

 寝起きでボーとした頭を二、三回振ると周囲を見渡す。そこはまるで、病室のような部屋だった。

 馬鹿デカイこの施設。医療室もそこらの病院並の設備がある。

 ぼけーと、周りを見渡すと、未だ眠ったままのクロノとエリオが居る。どうも三人揃ってあのまま爆睡したらしい。

 とりあえずベットから下りてスリッパに足を通し部屋から出る、と。

 

「あ、シオン。おはよー」

「おはよ。アンタが自分から朝早くに起きるなんて珍しいわね?」

 

 ちょうど顔でも洗って来たのだろう。スバルとティアナにばったり会った。二人の顔を見て、シオンはとりあえず片手を上げる。

 

「おう、おはよーさん。……今、何時くらいだ?」

「ちょうど七時って所ね」

「シオンもハラオウン提督もエリオもよく寝たね〜〜」

 

 ティアナが呆れたように、スバルは微笑みながら言って来る。

 昨日、エロ兄貴が暴走かましたのが夜の七、八時。つまり十時間以上寝ていた計算になる。確かにそれは寝過ぎだなとシオンは一人ごち、欠伸をかいた。それを見て、ティアナが苦笑する。

 

「……アンタ、あんだけ寝といてまだ眠いの?」

「んあ。なんか、寝足りん。……てな訳でもう一回寝直すわ――」

 

 そう言うなり回れ右をして、スリッパをぺったらぺったら鳴らしながら部屋に戻ろうとする。だが、その前に左右からスバルとティアナに腕を掴まれた。

 

「ダメだよ、シオン。昨日、なのはさんとちゃんと話して無いよ」

「そうよ。それにアンタ、今日帰るんでしょ?」

「……はい?」

 

 なのはときちんと話して無いのは置いといて、ティアナの台詞にシオンは疑問符を浮かべた。

 誰が、どこに帰ると言うのか。

 シオンの反応に、ティアナとスバルは二人揃って不思議そうな顔となる。揃って顔を見合わせると、シオンに向き直った。

 

「トウヤさんから聞いたよ? シオン、今日は実家に帰るんだよね?」

「……あの人の復活が何で俺達よか早いのかは気になるけど……俺、そんな事言ってないぞ」

 

 スバルから告げられた言葉に、シオンは盛大に怪訝な顔となる。

 多分、トウヤが勝手に決めたのだろうが、実家に帰る積もりなどシオンにはさらさら無かった。それなのに、何故――?

 少し考え込みそうになるが、シオンはそれをすぐに諦めた。トウヤに直接言えばいいだけである。自分は帰らないと。とりあえずは――。

 

「なのは先生、どこに居るんだ? 流石に昨日のアレだけじゃあ、どうよ、て感じだし。ちゃんと話さんと」

「あー、なのはさんなら……」

 

 シオンの問いにティアナが苦笑。スバルも横で引き攣った笑いを浮かべる。二人のそんな笑いにシオンはきょとんとなるが、次の一言でその意味を理解した。

 

「フェイトさんと、八神艦長と話してるわ……昨日から、ずっと」

「つまり、”お話し”?」

 

 ここに置けるお話しの意味を、ある意味に置いて一番受けたシオンが頬を引き攣らせながら問う。

 二人は即座に頷いた。それを見て、シオンは長々とため息を吐き、とりあえずは顔を洗って飯でも食べて来よと踵を返した。

 ……どうせ、暫くはお話し中のままだろうしと確信しながら、シオンは洗面所はどこだったかなと、まずはスバルとティアナに尋ねる所から始めた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 一時間後、顔を洗い、『月夜』の食堂でスバル、ティアナと朝ご飯を食べた後。起きたエリオとキャロとも合流して、シオンは通路を歩いていた。

 向かう先は、なのはやフェイト、はやてに宛がわれた部屋である。流石にそろそろお話しも終わっているだろうと思ったのだが――。

 

「……まだ朝飯にも来てないんだよな」

 

 一同の先頭を歩くシオンが肩を竦める。スバル達も苦笑した。

 

「フェイトさんや、八神艦長もすごい心配してたしね」

「だよね。昨日、フェイトさん泣いてたんだよ?」

「へ〜〜」

 

 ティアナとスバルの言葉に、シオンは相槌を打つ。確かに、フェイトやはやては、なのはが帰って来なくて相当哀しんでいた。状況だけ考えれば、なのはの生存は絶望的だったのである。

 それが無事に再会出来たのだから、泣くのも無理は無い。

 自分やエリオは、あの変態兄貴のせいでそんな感動なぞ吹き飛んでしまった訳だが。

 なのはとの再会を何気に心待ちにしていたシオンはそう思い、ため息を吐く。

 そして目的の部屋に漸く着き、シオンは呼び鈴を鳴らした。……だが。

 

「……あれ?」

 

 呼び鈴を鳴らしたが、誰も出て来ないし、何も言って来ない。シオンはキョトンとなる。スバルやティアナ、エリオやキャロも同じくだ。もう一度呼び鈴を鳴らすも、やはり反応は無い。

 

「どうしたんだろ、寝てんのかな?」

 

 一晩中お話ししていたのなら、確かにいい加減寝ていてもおかしく無い――そう思いながら、一応確かめてみようと扉の脇にあるボタンを押して、開けて見る。そして。

 

 

 

 

「あ、あの〜〜フェイトちゃん、はやてちゃん。このくらいで、もう……」

「「……で?」」

 

 シオン達が見たのは、正座させられたなのはとその前に仁王立ちとなり、彼女を見据えるフェイトとはやてであった。

 なのはは一晩中正座でもさせられていたのか、足が痺れているのだろう。顔を引き攣らせている。対し、フェイト、はやては無表情でただなのはを見据える。

 二人の簡潔極まり無い返事に、なのはの表情が更に強張った。二人に精神的に追い詰められている事は明らかである。なのはは、更に付け加える。

 

「だ、だから。タカト君と一緒だったのは確かだけど。ストラの封鎖領域にいたから連絡取れなくて……」

 

「「……で?」」

 

「そ、それだけだよ? 特にタカト君と何かあった訳じゃ無くて……!」

 

「「……で?」」

 

「え、え〜〜と、そ、そのー」

 

「「……で?」」

 

「えっと、やっぱり怒ってる……?」

 

「「……で?」」

 

 二人はずっと同じ事をなのはに続ける。なのはは既に涙目となっていた。

 そんな三人を見たシオンはあまりに異様な光景に暫く絶句。更に続けられそうな問答にシオンは巻き込まれ――もとい、邪魔しないようにゆっくりと下がり、扉を閉じようとして。

 

「……? あ! シオン君!」

 

 こちらに気付いたなのはが大声を上げた。フェイトとはやては、それでもなのはから視線を逸らさない。

 

「ほ、ほら、シオン君達来たから、お話しはまた後で、ね……?」

「「…………」」

 

 どうにか話しを終わらさんとするなのはに、二人は沈黙。暫くして、長々とため息を吐いた。

 

「しゃあ無いな〜〜お話しはまた後にしよか」

「そうだね……後で必ずまた聞くけど」

「う……」

 

 二人の返答に、なのはが顔を引き攣らせる。一体何を、そんなに聞いていると言うのか。

 シオンは怪訝に思いながらも、こうなった以上戻る訳にも行かず、部屋に入る。後ろに着いて来た四人も同じくだ。取り敢えず、挨拶する。

 

「……ども、おはようございます」

「うん。おはようさんや――て、もう朝なんや」

「あ、本当だ」

 

 シオンの挨拶に、はやてとフェイトは軽く驚いて時計を確認する。

 どうも時間を忘れてお話ししていたらしい。ちなみに現在、朝の八時である。

 そんな二人に、当のお話しされていたなのはは深々とため息を吐く。シオンは流石に苦笑した。

 

「ども、なのは先生、おはようございます」

「うん、おはよ。シオン君、助かったよ〜〜」

 

 後半のみ小声で、なのはが礼を言う。

 さもありなん、十時間以上お話しなぞ、シオンの想像を超えている。

 もし自分なら迷う事無く脱出を企む所であった。そう考えると、なのははよく頑張ったと言える。シオンはなのはの返答に苦笑して続ける。

 

「昨日はすみません、なのは先生……無事で良かったです」

「……うん。心配かけてゴメンね。ありがとう」

 

 シオンの台詞に、なのはは微笑みながら頷く。そんな彼女に、シオンも漸く実感する。なのはが帰って来たと言う事を。肩から力が抜け、シオンも笑った。

 

「……でも、なのは先生、よくあの状況で大丈夫だったですね?」

「あ、うん。タカト君が来てくれてね」

「……やっぱり」

 

 なのはの返答に、シオンは思わずため息を吐く。昨日の侵入と、さっきのなのはの台詞を考えると、自分の想像通りにタカトが彼女を助けたのだろう。

 相変わらず変わらぬ異母兄の行動にシオンは再び苦笑した。

 

「その、シオン君。タカト君の事、なんだけど……」

「はい?」

 

 なのはの言葉にキョトンとしながら首を傾げる。タカトの事で何を聞こうと言うのか。

 なのはは少し迷った仕種をして、意を決したのか口を開き――。

 

「なのは君。”それ”は待ってくれるかね?」

『『っ――――!?』』

 

 いきなり背後から掛けられた声に、シオンを始めとした一同飛び上がらんばかりに驚く。即座に後ろを振り向いた。

 

「……トウヤ兄ぃ、生きてたんだ?」

 

 そこに立つ異母兄をシオンはジト目で睨む。エリオも同様であった。

 昨日の騒動を詳しく聞いていない女性陣は疑問符を浮かべていたが――シオンの台詞にトウヤはフッと笑う。

 

「いや、あの一撃は痛烈だったさ。……後でユウオにも責められたしね? 拳で」

「……つくづく、よく死ななかったね」

 

 まぁ、あんな騒動はグノーシスで月に一度か二度は起きている。実際に見た訳で無くとも、状況をユウオが分からない筈が無かった。

 トウヤはうんうんと、頷くと、なのはに向き直った。いつに無く真剣な表情で告げる。

 

「なのは君。それをシオンに問うのは待ってくれたまえ。あれの事はシオンには教えていないのでね」

「っ……!」

「へ?」

 

 トウヤが告げた言葉になのはは目を大きく開いて、閉口する。そんな二人のやり取りに、シオンは訳が分からず疑問符を浮かべた。トウヤに視線を向ける。

 

「何の話し?」

「お前には――関係はあるが、教えられぬ事さ」

「て、何だよそれ」

 

 トウヤの答えに、シオンは批難の視線を向ける。だが、トウヤは肩を竦めるだけ。代わりになのはへ目を向けるが、ただ首を横に振られるだけで終わった。

 

「……何なんだ、二人して」

「気にしない事だよ。それよりシオン。帰る用意は出来たのかね?」

 

 二人の態度に怪訝な表情のまま呻いていたシオンに、トウヤが話しを逸らすようにして、別の話題を振って来た。

 それにシオンは嘆息し、二人に問う事を諦めた。

 この兄が一度言わないと決めたのならば、絶対に言わない事を知っているからである。なのはもそこまではいかなくとも、口は固い方だろう。

 それに、その話しにも言いたい事がシオンにはあった。トウヤをキロリと睨む。

 

「その話しなんだけどさ。俺、聞いて無いんだけど? ついでに家に帰るつもりは無いから」

「そうなのかね? では今、お前の兄として”命令しよう”。シオン、帰りたまえ」

「……は?」

 

 いきなりトウヤから告げられた言葉を理解出来ずに、シオンは暫くの沈黙を挟んで漸く疑問のみを放った。トウヤはそんなシオンに構わず続ける。

 

「今の時間なら道場もやっていない。転送ポートもちょうど空があるそうだし――」

「いやちょっと待て!? 何、話しを勝手に進めてるんだよ!」

「では逆に聞こう。何故そこまで帰りたく無いのだね?」

 

 叫びにいきなりの問いを被せられてシオンは思わず絶句する。

 

 何故か? そんなの決まっている。だって、俺は――。

 

「俺、は。まだ何にも決着つけて無い……。それなのに戻れる訳が無いだろうが!」

「そんな空っぽの”言い訳”はどうでもいいのだよ」

「っ!」

 

 シオンの言葉を容赦無くトウヤは切って捨てる。絶句したシオンを、いつものように見据えた。

 

「……お前が家を出て二年。アサギさんに合わせる顔が無いのも理解出来ないでは無いがね? それでも、お前は一度帰るべきだ。アサギさんと、お前自身の為に」

「……」

 

 トウヤの台詞に、ついにシオンは俯いて黙り込んでしまう。

 ぐっと何かを堪えるように沈黙してしまったシオンに、トウヤは短くため息を吐いた。

 

「……アサギさんも表情には出さないが、心配していたよ?」

「っ――――」

 

 トウヤの台詞に、シオンの肩が震えた。

 分かっていても、ショックだったのだ。自分が、ずっと心配させ続けていた事を。他でも無い、トウヤに言われて。

 俯いたまま肩を震わせるシオンに、トウヤは最後の言葉を投げ掛ける。

 

「帰って、アサギさんに元気な顔を見せてやりたまえ。シオン」

 

 トウヤから告げられた言葉に、シオンは沈黙し続ける。そして、数分の間を挟んで、その首が縦に動いた。

 

「…………うん」

 

 まるで、搾り出すような声と共に頷き。トウヤはその返答に、漸く微笑した。

 かくて、神庭シオンは二年ぶりに生家へと帰る事になったのだった。

 

 

(後編に続く)

 

 




はい、中編2でしたー。あれ? タイトルはあれなのに我が家に帰ってない?(笑)
うん、仕方ない。トウヤが暴走したから仕方ない(笑)
にじふぁんの時も、お、終わらねぇ! と叫んでたもんです。ええ(笑)
次回、ようやっと家に帰りますので、御容赦を。
ではではー。


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第四十二話「懐かしき我が家」(後編)

はい、第四十二話後編であります……これでタイトル詐欺にならずに済んだ……!(おい)


 

 グノーシス月本部『月夜』。転送ポートに続く通路を実家に帰る為に、神庭シオン”達”は、てくてく歩いていた――そう、”達”。つまりシオン一人では無い。

 スバルやティアナ、エリオ、キャロを始めとして、なのは、フェイト、はやての隊長三人娘。更にギンガ、チンク、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディ達N2Rの面々。

 ようするにシグナム、ヴィータ、アギト、リイン、クロノ、ザフィーラを除いた全アースラ前線メンバーがシオンと一緒に歩いていたのだ。

 それだけでは済まず、異母兄であるトウヤとその恋人兼秘書のユウオ、幼なじみのみもりまで一緒である。

 総数十六名がぞろぞろと歩ける『月夜』、通路の広さは本当に大したものである。それは、シオンも認める。だが、しかし!

 

「……あ、あの〜〜」

『『ん?』』

 

 わいわいと雑談しながら歩く一同にシオンは意を決して振り返る。そしてやや引き攣った笑いを浮かべた。

 

「見送り来てくれたのは嬉しいんだけど、ここまででいいかな〜〜と」

「ああ、ちゃうよ。見送りやないから」

 

 ……見送りでは無いなら果たして何故に着いて来ているのか?

 にっこりと笑って答えてくれたはやてに、シオンは更に引き攣った笑いのまま続ける。

 

「えっと、ならなんで?」

「もー、そんなん決まってるやん」

 

 ややなーもぅ、と。はやては朗らかに笑う。……シオンはそんなはやての笑いに――正解には、シオン以外全員が浮かべている笑みであった――に、嫌な予感を覚えて後ずさる。

 だが、すでに後ろはスバルとティアナが自然な動作で逃げ出せぬように移動していた。

 それに気付き、シオンは戦慄する。自分に気付かれずに、いかような手段を用いて移動したと言うのか。

 そんなシオンの動揺に気付いていないのか、はたまた気付いていないフリなだけか、はやての笑いは変わら無い。そしてきっぱりとシオンに告げた。

 

「シオン君のお母さんに会いに行く為に決まってるやん♪」

「さらばっ!」

 

 即座にシオンは横っ跳びに瞬動! 壁を蹴り、更に瞬動を発動して三角跳びの要領でスバルとティアナの頭上を越える。

 後は転送ポートに逃げ込んですぐに転移すれば――!

 

「甘いよ! シオンっ!」

「なぬっ!?」

 

    −閃!−

 

 着地し、一気に駆け出そうとしたシオンだが、いきなり足ばらいを喰らって転倒した。慌てて顔を上げると、そこにはにっこりと笑うスバルの顔があった。どうやら、着地点を狙って足を払われたらしい。

 

「もー、なんで逃げ出そうとするの?」

「なんでもかんででもだっ! てか、なんで皆着いて来る気だよ!?」

 

 叫び、諦めの悪いシオンは立ち上がろうとして、いきなり背中に誰かから乗っかかれた上に肘を捩り上げられて、阻止させられる。背に目を向けると、そこに居るのはやはりティアナであった。

 

「そんなに嫌がらなくてもいいじゃない? ほら、アンタいろいろあったし。昨日はまた感染者なんかになったから一人だけにするのは心配だしね。――それに、アンタのお母さんって気になるし」

「だぁぁぁぁっ! 前半、お前建前だろ!? 後半が目的だな!?」

 

 そんな事無いよ――と、一同笑うが、はっきりと説得力が無い。

 そもそも彼女達からしてみれば気にならない筈が無いのだ。あのトウヤ、タカト、シオンの三兄弟の母親とも呼べる人。どんな人物か知りたいと思うのも当然であった。それに――。

 

「私が許可したのだよ。家に行っていいとね」

「くっ……! トウヤ兄ぃ……!」

 

 一番後ろに居たトウヤの台詞にシオンは顔のみを上げて睨む。だがトウヤはそんな視線すらも楽しそうに受けて笑う。

 

「多少人数が多めの家庭訪問だと思いたまえよ」

「違う! こんな大人数の家庭訪問なんて存在しねぇ!」

「ううん、シオン君。存在するよ? 今ここに」

「そう言った意味で言ったんじゃない――――――!」

 

 叫ぶシオンだが、もはや拒んでも意味が無い。トウヤが許可した以上、シオンがどれだけ嫌がろうと皆が来るのは確定事項であった。

 

「うぅ……何故に家帰るのに、皆まで連れて行かなきゃならんのさ」

「いいでは無いかね、こう言うのも。では、アサギさんに宜しく頼むよ?」

「……は?」

 

 嘆くシオンにあっさり言って来るトウヤだが、その台詞に引っ掛かるモノがあり、顔を上げる。そんなシオンにトウヤは肩を竦めた。

 

「私は今日は帰れないからね。アサギさんによろしく頼む」

「ちょっ!? 人には帰れと言っておきながら……!」

 

 てっきりトウヤも帰るものだと思っていたシオンは、スバルとティアナに捕まったままジタバタと暴れる。そんなシオンに構わず、トウヤはユウオを伴い、一同に背を向けて歩き出した。

 

「多数の美しい女性に囲まれて羨ましいかぎりだね」

「なら替わってくれよ!」

「だが断る……久しぶりの実家だ。ゆっくりして来たまえよ。ではね」

 

 にべも無い。容赦無く置き去りにされて、シオンはしくしくと泣きすさぶ。そんなシオンとは打って変わり、アースラ一同は元気溌剌に転送ポートに入った。

 

「よっしゃ。じゃあ、神秘に包まれた神庭家に突撃や〜〜♪」

「いつからうちは秘境になったんですか?」

『『オオ――――♪』』

「皆のってるし!」

 

 ツッコミまくるシオンを一同は完璧に無視する。やがて転送ポートが起動し、アースラ一同は神庭家がある日本出雲市へと転移したのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 日本、島根県、出雲市。

 ビルが立ち並ぶ都市部から外れた、緑豊かなのどかな郊外部にその家はあった。

 神庭家。そう描かれた”門”を見て、アースラ一同は口をほえ〜〜と開き、唖然としていた。

 さもありなん。ずっと向こうの道まで続く塀。そしてドンっと立った門。それらを見るだけで分かる巨大な屋敷が、そこに在ったからである。

 一同の反応にシオンはため息を、みもりは苦笑していた。

 

「シオン家って、すごいね」

「まさか、ここまでとは思わなかったわ……」

 

 門を見上げながら呟くスバルとティアナにシオンは同じように門を見上げた。自分が育ち、暮らして来た家を。

 こうして久しぶりに帰ると、自分の家ながら大きいと言う事がよく分かる。昔はあまり分からなかったものだが。

 

 ……懐かしいのかな?

 

 門を見上げるシオンは胸中自問する。胸を締め付けるような、いたたまれないような、そんな気持ちになり、シオンは苦笑した。

 自分の家に帰るのに、なんでそんな気持ちになっているのかと。

 ……こんな、罪悪感を覚えるような気持ちになっているのだろうと。

 

「シオン……?」

「ん? どした?」

 

 暫くそうして見上げていると、スバルから声を掛けられる。それに出来るだけ笑って答えると、心配そうな顔が返って来た。横のティアナも声にこそ出さないものの、表情に出ている。

 そんなに俺は顔に出やすいのかと自嘲しながら、シオンは前に出た。これ以上、ここに居ても仕方あるまい。門に手を当てて、力を入れて押す。

 ……相変わらず重い門に、またもや泣きたくなるような気持ちとなり、苦笑でごまかしながら開いて行く。……そして、開いた門からいきなり眼前に木刀の先端が現れた。

 

 ……は?

 

 あまりに唐突に現れたソレに訳が分からず呆けるシオン。そんなシオンに構わず木刀は突き進み、顔面へと放たれる!

 

「て! どおっ!?」

「「「シオン!?/シン君!?」」」

 

    −閃!−

 

 顔面直撃まで、後数ミリで我に返ったシオンは、全力で顔を背ける事で木刀を回避した。後ろから響くスバル、ティアナ、みもりの悲鳴にも今は構っていられ無い。

 避けた体勢から後退しつつ、イクスを起動。後退したシオンを追って現れた小柄な影に向かい、横薙ぎにイクスを放つ!

 

    −閃!−

 

 空気を引き裂いて放たれた斬撃。だが、イクスが斬り払ったのはただその空気だけであった。なら、木刀を持った影は――!?

 直後、ぞくりと背中を走る悪寒にシオンは戦慄。直感の赴くままに頭を下げる。

 

    −閃!−

 

 下げたと同時に、頭上を何かが通り過ぎた。シオンはそれを確かめ無いままにイクスを上に振り上げる。が、やはりイクスは空を斬るのみ。

 前を向いたままのシオンの視界には誰もおらず、振り上げたイクスも空を斬った。ならば!

 

 後ろだろ!

 

「弐ノ太刀! 剣牙ぁ!」

『『シオン!?/シオン君!?』』

 

    −撃!−

 

 魔力斬撃を放ったシオンに、アースラの面々が悲鳴のような叫びを上げる。

 ……当然である。未だ姿さえ捉えさせない襲撃者は、魔法を使っていないのだから。

 そんな相手に魔法を。やり過ぎ以前の問題だ。例え非殺傷設定だろうと、相手によっては最悪の事態にすら成り兼ね無い。

 ……そう。それが、素人ならば。

 

「……やっ♪」

 

    −閃−

 

 軽快に響く高い声と共に、襲撃者は剣牙に対して前に踏み込む。同時に真ん中へ木刀を突き立て、捩るような動作で木刀を回転。それだけ。それだけで、剣牙はあっさりと霧散した。

 

「ッ!?」

『『へ……?』』

 

 その結果にシオンは悔し気に歯を食いしばり、他の面子は唖然とする。

 それはそうだろう。目の前の襲撃者は魔法を使っていないのだ。

 一切、である。にも関わらず、どうやったら魔力斬撃を霧散出来ると言うのか。

 襲撃者は剣牙を無効化しながら、まだ止まらない。シオンへと走る。

 剣牙を放った直後で動けぬシオンは、刹那に迫った襲撃者に簡単に懐へと踏み込まれ――。

 

「絶影っ!!」

 

    −閃!−

 

 その直前に、居合の要領でイクスを横薙ぎへと放つ。

 

 このタイミングでなら――!

 

 必勝を期した一撃にシオンは勝利を確信して。だが、イクスは再び空を斬るだけで終わった。躱された!

 

「な……! うぉ!?」

 

    −閃!−

 

 再び襲撃者を見失った事に驚く暇無く、シオンは足元を払われて空へと舞う。そして、シオンが見たものは自分の額へと降って来る木刀!

 

    −撃!−

 

「あだっ!?」

 

 宙を舞うシオンの額に打ち降ろされた一撃は問答無用に地面へと、シオンを叩き落とす。

 額と後頭部、背中を痛打し、悲鳴を上げるシオンにポカンとしてしまう一同。そして、そんなシオンの前に襲撃者が立つ。

 そこで初めて襲撃者の姿を、シオンを含めて皆が認識した。襲撃者は小柄な体躯であった。おそらく、はやてよりも背が低い。そして腰まで伸びた長い銀髪。柔らかそうに微笑む笑顔に紅眼が印象的である。

 どこかしら――否、シオンを女の子にしてみたら、こんな感じであろう。一見”少女のような”彼女は、微笑し続けながらシオンを見下ろす。

 

「ほら、変に抵抗するから余計に痛い目に合うんだよ? 大人しく一発殴られていればよかったのに」

「……木刀でブン殴られそうになったら誰でも避けるに決まってんだろ!?」

 

 まだジンジンと痛む額を右手で押さえながら、シオンが上半身を起こすと、木刀を持ったまま微笑む彼女を睨みつけた。……変わらぬその姿を見て、泣きそうになったのは痛みのせいだと己に言い聞かせて叫ぶ。

 

「母さん!」

『『……はい?』』

 

 シオンの叫びにアースラ一同が同時に疑問符を浮かべ、その”母さん”をマジマジと見る。

 彼女は、そんなシオンの台詞に微笑を続け、一同を振り返るとぺこりと頭を下げた。

 

「シオン君の母の神庭アサギです。ウチのシオン君がお世話になってます」

『『え、嘘?』』

「いや、マジ」

 

 アサギの挨拶に間髪入れず、異口同音に疑問の声をアースラ一同は上げるが、シオンが即座に否定する。

 アースラ一同の疑問は当たり前であった。見た目、完全に十代の少女。下手をすれば、ティアナやスバルよりも幼く見えるのだ。信じられ無いのも無理は無い。

 ……彼女と初めて会う人は必ず通る道なので、シオンとしては慣れっこである。……この後の展開も。

 シオンはため息交じりに、みもりも苦笑しながら耳を押さえた。そして。

 

『『えええええええええええええええええええええええええええええ――――――っ!?』』

 

 直後にアースラ一同から、大きな大きな叫び声が迸った。

 こうして、シオンは懐かしの我が家に帰って来た。額と後頭部、背中と――そして、胸に痛みを覚えながら。

 

 彼は帰って来た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンの母、アサギと驚きの初対面を果たしたアースラ一同と、再会したシオン、みもりは門を潜り神庭家敷地へと入る。そこに広がるのは、見事な日本平屋であった。

 大きな日本家屋。どれほど大きいのか、母屋だけでもかなりの大きさがあるのに、それに連なるように別棟がある。更に向こうには道場らしき建物や物置まであり、止めとばかりに庭に大きな池まである始末だった。

 外の塀や門から想像はしていたが、下手をするとそれ以上に大きな屋敷に一同呆然としながら中をアサギの先導で進む。やがて奥の一室にたどり着いた。居間と言うには大き過ぎる部屋である。

 何とここに居る面子、全員が楽々に入れ、ゆったりと出来るスペースがあったのだ。その広さ、押して知るべしである。

 久しぶりの畳の感触と匂いに、シオンは顔を綻ばせながら適当な場所に胡座をかいて座る。

 そんなシオンに一同、どこに座ったらいいものかと思案顔になるが、アサギが上座に座ったのを景気に、はやてを一番前にして皆が畳に座った。

 

「ようこそ、神庭家へ。大したもてなしは出来ないけど、自分の家だと思って楽にしてね」

「いえ……こちらこそお招き有り難うございます。シオン君には私達もお世話になってます」

 

 ぺこりと一同、頭を下げる。それにアサギも頷き、続いてシオンへと視線を向けた。

 

「さっきは言えなかったけど、シオン君も久しぶり。元気そうでよかった」

「ん。母さんも元気そうで安心したよ。……元気過ぎるみたいだけど」

 

 未だに痛む額にシオンは苦笑しながら言う。一同、そんなシオンに苦笑した。帰って早々襲撃を掛ける母なぞ、おそらくは世界広しと言えど彼女しかいまい。

 

「いいじゃない。シオン君が二年でどれくらい強くなったのか知りたかったしね」

「……で? 判定は?」

「×♪」

 

 問答無用にそう言われ、流石のシオンも苦笑する。アサギは絶えない微笑みのまま続ける。

 

「手を抜いていたのが分かったからね。もっと真面目に戦ってくれたら最低でも△は上げたんだけどね〜〜」

「……初っ端から母さんだと分かったからね」

 

 自分でも言い訳にしかならないと分かっている台詞を口にする。アサギはそれに、んーと小首を傾げた。

 ……取り敢えずこれ以上駄目出しをされる前に話しを変える。

 

「……皆の紹介をしたいんだけど、いい? 母さん」

「うん、いいよ」

 

 にっこりと笑うアサギに取り敢えずシオンは安堵。そして、シオンははやてから紹介して行く事にした。

 

「まず、俺が厄介になっている艦の艦長さん。八神はやて先生」

「八神はやてです。今日は大人数で押しかけて、申し訳ありません。よろしくお願いします」

「うん、よろしくね」

 

 シオンに紹介されて、はやてが頭を下げる。それを皮切りに皆をシオンは紹介していく。

 自己紹介も兼ねた挨拶が終わった後、アサギは皆を見て微笑した。そして、シオンへと視線を向ける。

 

「可愛いらしいお嬢さんばっかりだね。シオン君、ハーレムだ」

「ないない。世界で一番有り得ないよ」

 

 確かに女性が多いのは確かである。この場にいる男が自分とエリオしかいないのだ。何と九割が女性と言う事態にシオンは心底苦笑した。

 

「そうなんだ。でも、何とも無いって事は無いよね?」

「いや、ないってば。皆、先生だったり仲間だけどさ」

 

 確かに、キスやら何やらはあるにはあったが、半ば事故みたいなものである。そもそもまともな恋愛なぞ出来るような状況では無かったし、シオン自身する積もりも無かった。

 シオンの台詞に、アサギはふぅ〜〜んと、生返事をする。そして、おもむろにたった一言のみを呟いた。

 

「大変だね」

「なにが? てか誰に言ってんのさ?」

 

 シオンは思わず問うが、アサギは取り合わない。他の面々はそんなシオンにに苦笑したり呆れたりしていたが。

 さてと、アサギはポンっと両手を合わせるようにして叩き、ニッコリと笑った。

 

「今日は皆、泊まって行ってね。さっそく、お部屋用意しなきゃ」

「え? いや、それはな〜〜……」

「いいんですよ、はやて先生。部屋もありますし、泊まって行って下さい。母さんも、その方が喜ぶし」

 

 泊まるように言うアサギに若干困惑するはやて達一同にシオンは苦笑。アサギに合わせるようにして同意する。それに、はやては隣のフェイト、なのはに目を向ける。二人は苦笑まじりに頷き、はやても二人に頷き返した。そしてアサギに向き直り、頭を再度ペコリと下げた。

 

「なら、お言葉に甘えさせて頂きます。よろしくお願いします」

「は〜〜い」

 

 はやての答えにアサギが嬉しそうに頷く。こうして、神庭家にアースラの面々は一泊する事となったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 居間での一幕の後、シオンは二年ぶりの自室に戻って来ていた。

 小まめに掃除していたのか、部屋は片付いており、埃っぽく無い。そこにスバル、ティアナ、エリオ、キャロ、みもりも一緒に居る。四人はシオンの部屋を興味深そうに眺めていた。シオンは苦笑しながら、みもりに目を向けた。

 

「みもりが掃除してくれたのか?」

「はい。シン君がいつ戻って来てもいいように、お掃除してました」

「そか……悪い、サンキューな」

 

 その返答に、シオンは大人しく頭を下げる。みもりは首を横に振り、「趣味ですから」と微笑した。改めて自室を眺める。

 一人部屋にしてはかなり広い部屋である。窓際にベッドが設えてあり、本棚や机が置いてあった。その棚にあるのが意外にも専門書だったりするのに一同驚く。

 

「意外ね。アンタの事だからてっきり漫画ばっかりだと思ってたんだけど」

「そらどう意味だオイ」

 

 ティアナの台詞に思わずツッコミを入れるシオンだが、言っている事は分かるので苦笑する。そして、本棚から一冊本を取り出す。その本は、デッサン用の参考書であった。

 

「……暇があったら絵を描いてたからな」

「あ、そう言えばシオン。絵、描いてたんだよね」

 

 随分久しぶりにシオンが絵を描く事を趣味としている事を思い出して、スバルが口に手を当てて驚く。そんなスバルに、シオンは振り返りながら頷いた。

 

「最近描いて無かったしな。ほら、お前の後ろにスケッチブックやら置いてるだろ? あれ、全部が俺が描いたやつだよ」

 

 言いながら、シオンはスケッチブックを一冊取り出して、スバル達に見せる。そこには、いろいろな人が描かれていた。

 アサギが居た。トウヤが居た。みもりが居た。カスミが居た。ウィルが居た。悠一が居た。刃が居た――そして。

 

「……本当。描くの、止められなくてさ」

 

 ルシアが居た……タカトが、そこに居た。

 懐かしそうにスケッチブックを見て、シオンは苦笑。やがてそれを閉じ、元に戻す。そして黙ってしまった皆に笑って見せた。

 

「どうせついでだ。俺は持って無いけど、アルバムでも見るか? 母さんが持ってたと思うけど」

「あ、うん!」

 

 シオンの台詞にスバルを始めとして皆、頷く。それを確認して部屋を出ると、再び居間に向かって歩き出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 夕方。あれからしばらくアルバムを見たり、道場を案内しているうちに一日は足早に過ぎていき、早くも夕方である。

 ……アルバムを見た時も、まぁシオンの恥ずかしい写真があったりで一悶着あったのだが、それは別の話しである。

 シオンは湯に浸かり、ふぃ〜〜と息を吐いていた。風呂である。ただし、露天風呂であるが。

 シオンが浸かっている風呂は、一見すると旅館にあるような広い風呂であった。

 ちなみにこの風呂。なんと温泉である。

 神庭家には、庭の林(そう言わざるを得ない)に温泉が湧いていたのだ。

 これは元々あったらしいのだが、風呂好きなアサギが年中無休で使えるようにした結果、屋根や洗い場も整備され。銭湯も真っ青の露天風呂が出来上がったと言う訳である。

 ちなみに某異母兄曰く『風呂代が助かる』との事であった。

 

「あ〜〜久しぶりの我が家の風呂は生き返る〜〜」

 

 ふにゃ〜〜と、擬音が聞こえそうなシオンの緩み切った顔は、見る者が見る人ならば恐ろしく癒し効果満載であった。

 肩まで浸かりながら、シオンは久しぶりの湯を堪能する。目を閉じて、再び安堵の息を吐いた。

 

「……しっかし、住んでた時は全然思わんかったけど、こんだけ広い温泉を一人占めってのは贅沢だよな〜〜」

「そうだね〜〜。でも、気持ちいいでしょ」

「うん〜〜〜〜…………待てぃ!」

 

 思わず頷きかけて、シオンは盛大に怒鳴る。慌てて横を見ると、いつの間にやらそこには母、アサギが湯舟に浸かっていた。

 ……自分に全く気配を感じさせずに湯にまで浸かって見せた母に、シオンは戦慄しながらアサギを睨む。

 

「なに自然に入ってやがるのさ! 今は俺が入ってるだろ!?」

「たまにはいいじゃない。ほら、家族水入らずって言うし」

「こう言った時に使う言葉じゃない!」

 

 シオンは頭を抱えてアサギに叫ぶ。だが、アサギは意にも解さず湯舟に浸かり続けた。

 ……そんなアサギにシオンは説得は無理だと悟った。こうなっては、梃子(てこ)でも風呂から出まい。

 ハァと嘆息して、シオンは再び肩まで湯舟に身体を沈めた。

 

「……まったく、もう母さんは」

「ふふ♪」

 

 呆れたように言うシオンに、アサギは嬉しそうに笑う。そんな母を出来るだけ視界に納めないようにして、シオンは背を向けた。

 そのままゆったりとした時間が流れる。そして、シオンが唐突に口を開いた。

 

「……俺は、ここの敷居を二度と跨げないって思ってた」

 

 ちゃぷっと湯の音を聞きながら、シオンは呟く。アサギは何も言って来ないが、シオンは苦笑しながら続けた。

 

「母さん。聞いたんだろ? 俺がタカ兄ぃが出ていった原因だって……ルシアの、事も」

「……うん」

 

 シオンの問いに少しの沈黙を挟んでアサギの答えが返って来た。シオンは、どこか心を置いて来たような感覚を覚えながら続ける。

 

「しかも、母さんに何も言わずに二年間も家を出てた……本当、親不幸な息子だなって我が事ながら思う。けどさ」

 

 そこで一度、言葉を切る。視線を落とすと、湯に自分の顔が映った。

 眉を寄せたような顔の自分。そんな顔に苦笑しようとして、失敗した。

 

「なんで、母さんは俺を怒らないんだ?」

 

 その言葉を、シオンは俯きながら紡いだ。それを言うにはシオン自身、相当の覚悟が必要だった。

 その問いの後、暫くの沈黙が続く。そして、アサギが立ち上がる音が響くと、自分へと近付いて来ている事にシオンは気付く。やがてアサギはシオンの真後ろに来ると、頭にポンっと手を置いた。

 

「シオン君、大きくなったね。背も、シオン君自身も」

「かあ、さん……?」

 

 頭を撫でながら、アサギはシオンへと言葉を投げ掛ける。その意図が分からずに呆然とするシオンに、アサギは微笑みながら続ける。

 

「いろいろ、あったんだよね。シオン君の顔見たら分かっちゃった。……痛い事も、苦しい事も――悲しい事も。いっぱい、あったんだよね?」

「…………」

 

 シオンはその問いに答えず、ただ頷きのみを返す。アサギは微笑みながら、シオンの頭を撫で続ける。

 

「でも、シオン君はちゃんと成長してて、ちゃんと大きくなって帰って来てくれた。私はそれだけで充分なんだよ。だから、何も言わないって決めたの」

「……お、れは」

 

 ――ああ、こう言う時の事を言うんだな。

 

 シオンはそう一人ごちる。俯いて、アサギに決して顔を見せないままに。

 その頬を湯では無い。だが、暖かな滴が流れる。

 そんなシオンに気付いているのだろう。でも、アサギは構わず頭を撫でる。そして、一言のみをシオンへと呟いた。

 

「だから、これだけは言わせて。シオン君、お帰りなさい」

 

 ――”顔向け出来ない”って言うのは、きっと。

 

「た、だいま。母さん」

 

 シオンは、家に帰って来て、漸くその言葉をアサギに言えた。

 二人が浸かる湯舟に、優しい風が流れ、二人の髪を凪いでいく。

 親子はしばし、優しい時間を過ごした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 夜風が気持ちいい。

 シオンは、そう思いながら、自室の前で寛いでいた。

 綺麗な満月を見上げながらシオンは柱に身を預ける。その隣では、珍しくイクスが待機形態から人型形態へと変化して、お茶を飲んでいた。

 

「……いい風だな」

【ああ、いい風だ】

 

 今は秋。長湯していた事もあり、夜風が非常に気持ちいい。だが、あまり当たり過ぎては風邪を引くだろう。

 暫く風に当たりながら、二人は無言のままゆったりとただ流れる時間と風を楽しむ。

 ややあって、シオンが口を開いた。

 

「母さんがさ。お帰りって言ってくれたよ」

【……そうか】

「うん」

 

 その会話の後、またもや沈黙。風が流れ、その沈黙すらをも楽しみながら、二人は庭を眺め続ける。

 そして再び、シオンの口が言葉を紡いだ。

 

「俺は、ここに留まった方がいいのかな?」

【……何故、それを俺に聞く?】

 

 問いにイクスは悪戯めいた笑みを浮かべて、逆に問い返した。それにシオンは憮然とする。

 

「なんとなくだよ。一応、俺の師匠だろうが」

【刀を持てば意味は無いがな】

「……オイ」

【冗談だ。今はな】

 

 タチの悪い冗談だとシオンは呟いて、ふぅと息を吐く。続けて何かを言おうとして――。

 

「――けど、貴方はきっと、それを選択しないのだろうね」

「【っ――!?】」

 

 いきなり横合いから響いた声に、シオンとイクスは振り返る。そこに”彼”が居た。

 幼きシオンと同じ姿の少年、神庭紫苑が。

 

「君は何も決着をつけてない。タカ兄ぃの事も、ストラの事も……何より、僕の事も。だからここには留まれない。だろ?」

「何で、お前がここに居る!」

 

 叫び、いつでもイクスを起動出来るように手に持つ。紫苑はくすりと微笑んだ。

 

「僕は神庭紫苑だよ? なら、僕がここに居て。何の不都合があるのさ?」

「ふざけてんなよ。言葉遊びは好きじゃねぇんだ……!」

 

 ぐっと息を飲み、紫苑を睨みつける。その視線を意に介さず笑う紫苑に、シオンは憎々しげに歯を噛み締めた。

 

「結局、お前はなんなんだ?」

「だから何度も言ってるいる通りさ。神庭紫苑だよ」

「ふざけんなって言ってんだろ!? 神庭シオンは俺だ!」

「うん。でもよく見てよ」

 

 言うなり、紫苑は一歩を前に歩いて自分の身体を示すように両手を軽く広げて見せる。

 その五年前の自分に涼やかに見つめられて、シオンは我知らずに唾を飲み込んだ。

 ……どこからどう見ても、彼の姿は五年前のシオンだった。それは、間違い無い。今の自分とは背丈や体格がかなり違うが、うり二つと言えなくも無かった。

 そんな紫苑に、シオンは五年前の、刀を振るっていた自分を思い出す。

 

 ――刀刃の後継。

 その二つ名で呼ばれていた自分を。

 刀刃の後継(サクセサー・オブ・ブレイド・エッジ)の名を持つ少年は、ただの少年であった。外見もなにも、特に取り立てて言うほどのものではない。だがグノーシスにあって、僅か十歳にして”最強”の名を冠した刀術士。それが、かつてのシオンだった。そして今、目の前にその存在が居る。……その時の自分と、変わらない姿で。

 ”誰が刀刃の後継か”と聞かれれば、それは確かに紫苑の方だろう。

 自分は変わってしまった……刀すら、もう持たない。

 

「そう」

 

 胸中叫ぶシオンを嘲笑うかのように、紫苑はにっこりと笑うと、広げた手を胸に当てて見せる。そして、自慢気に言って来た。

 

「僕が、”刀刃の後継”さ。貴方は、何者でも無い。きっと刀を捨てた事で、貴方はもう僕じゃなくなってしまったんだね」

「お、前は――俺の過去の亡霊だとでも言うつもりか!?」

 

 身体が勝手に緊張している。戦闘体勢に入っている証拠であった。そうやって睨み据え続けるシオンに、へぇと気付いたように紫苑が笑って見せる。

 

「そうだね。それに近いよ。でも、あんまり現実的じゃあ無いなぁ」

「現実的、だと?」

 

 シオンはその単語を口に出して、思わず吹き出す。

 ――気が、狂いそうだった。

 自制しろと心の中で己に対して叫び、紫苑に対しては声に出して叫ぶ!

 

「現実的だと!? どこをどうやったら、そんな言葉が出て来やがる! いきなり五年前の自分が目の前に現れて、そいつが俺を殺そうとしてる……! どこに現実的なんて言葉が出て来るってんだ!」

「プロジェクトFの事は教えた筈だけど?」

「はン! どうせ、お前にゃ当て嵌まらないんだろうが! こいつは勘だが、お前はソレとは無関係だろう?」

 

 シオンの台詞に、紫苑は今度こそ感嘆の声を上げる。くすくすと笑いながらシオンを見た。

 

「へえ、よく分かったね。確かに、僕はプロジェクトFとは全く無関係の存在だよ」

「なら、なんだってんだ……!?」

「それを教える積もりはないよ。ただ一つだけ言えるのは、今の貴方は誰にも望まれていない刀刃の後継だって事さ」

「っ――――!?」

 

 紫苑が紡いだ言葉は、まるで心臓に直接攻撃を加えたように、シオンの身体を硬直させた。

 ……ただ泣きわめく、と言った事まで含めれば数百以上の反論が頭に浮かぶ。だが、硬直したまま何を思おうと、紫苑の顔を見つめる他、何も出来ない。

 紫苑はそんなシオンの様子に、会心の揚げ足取りをしたというように満足そうに笑っていた。

 

「最強の名を冠した刀刃の後継。その欠点は何て事は無い――”誰も殺せなかった”事、それだけに尽きる。何せ、刀を捨てた事件でさえも、貴方はギリギリで”誰も殺してなんかいない”」

「お、まえ……!」

 

 心臓を鷲掴みにされたような痛みを胸に覚えて、ぐっと顔を歪める。紫苑はくすりと笑うと自分の身体に手を当てた。

 

「だけど僕は違う。いつでも人を殺せるし、殺す事に躊躇なんか覚えない。だから、僕は”あの人”に望まれた存在なんだ。……”あの人”の為に僕は存在している」

「”あの人”?」

 

 再び出たその単語に訝く思い、シオンは聞き返すが、紫苑はにやりと笑ったまま笑顔を凍らせて答え無い。

 

「”あの人”は”あの人”さ。一人しかいない」

「…………」

「こんな所かな。じゃあね。これ以上家に居ると、母さんに見付かりそうだから」

「っ――! 待てっ!」

 

 凍りついていたシオンは、弾かれたように紫苑へと飛び出す! だが、突き出した左手が掠める瞬間、紫苑の姿がふっと消えた。

 

「空間? いや、次元転移!? こんな一瞬で?」

 

 短い舌打ちと同時にシオンは辺りを見渡す。神庭家の一角は、いつもの静けさを取り戻していた。

 シオンは肩を落として息を吐く。右手で額を押さえて、嘆息した。

 

「なんにしてもだ」

 

 ぐっと息を飲むと顔を上げる。そして、独りごちた。

 

「今までの相手とは、ちょっとばっかり勝手が違うみたいだ、な……」

 

 おそらくはそう遠くない対決の予感に、シオンは拳を握りしめる。やがて、顔に笑みが浮かんだ。

 

「紫苑。誰に喧嘩売ったか教えてやるよ」

 

 それは、シオンらしい在るがままの笑み。

 もう迷いは無い。アレと戦う事にいかほども。後は――。

 

 勝つだけだ。

 

 そう心の中だけで呟くと、シオンは自室に戻った。

 こうして波乱に富んだ帰郷一日目が終わる。それぞれの思いを、抱えたままに、夜は更けていった。

 

 

(第四十三話に続く)

 

 




次回予告
「家にまで現れた紫苑に、シオンは決着の予感を覚える」
「彼との戦いが一両日中には起こると踏むが――」
「そして、備えるシオンに紫苑は予想外の手を打つ」
「二人のシオン、その決着がついに始まる」
「次回、第四十三話『刀刃の後継』」
「少年は叫ぶ。かつての自分へ、最も許せない、自分に」


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第四十三話「刀刃の後継」(前編)

「俺は、俺を許せない――五年前のことも、二年前のことも。その、どれもが、俺にとって忌まわし過ぎて、俺は俺自身を絶対に許せない。そう、思ってた。けど、気付かなかったんだ。俺の、自分の、本当の気持ちを。それを自覚した時、俺は……。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 朝五時。まだ、日も上らぬ内の出雲市内を軽快に駆けていく影があった。

 神庭シオンである。例の如くタイヤにおもりを乗っけて、アウトフレームと化したイクスを乗せたまま街を走り抜ける。

 その速度は全力疾走に近い。彼等の修練にマラソンと言う概念はそもそも無いのだから。一時間も走り、やがて神庭家に戻ると、次は庭先に出る。

 そこに用意してあるのは、先端が尖った三角錐の太い針であった。シオンはその周りに剣山を配置していく。

 剣山を置き終わると、おもむろに針へと人差し指を置き、ひゅっと、口から鋭い呼気が発っせられたと同時にシオンの身体が上下逆さまに吊り上がる。

 針に置いた人差し指を基点に逆立ちしたのだ。よく見れば、人差し指が淡く光っている。その輝きは、まごうこと無き魔力の光であった。止めとばかりにイクスがシオンの爪先に乗る。――シオンの身体が僅かに揺れた。

 

【……落ちたら死ぬぞ】

「ぐ……っ!」

 

 イクスのぽつりとした呟きにシオンは呻き一つで耐えた。揺れが納まり、安定する。

 

【このままの状態で一時間だ。いいな?】

「おうっ……!」

 

 答えを返しながら、シオンはただ指先に魔力を集中させる。この修練は、主に魔力制御の為のものであった。

 シオンはただでさえ、魔力制御が甘い。タカトやトウヤとは比べられない程にだ。属性変化系魔法である神覇ノ太刀、奥義を精霊の力を借りねば発動出来ないのは偏(ひとえ)にこれに問題があった。

 十分程もそのまま逆立ちでいると、シオンの身体から汗が吹き出し始める。下手に動くよりも、持続する事の方が難しい修練。シオンが今行っているのは、まさにそれであった。

 ぽたぽたと庭に落ちて行く汗。だが、シオンはどれほど集中しているのか、一切それに構わなかった。視線は、ただただ魔力を放出する人差し指にのみ集中し続ける。

 この修練で最も大事なのは、魔力放出の量であった。多過ぎれば魔力はあっと言う間に枯渇、もしくは針が壊れて落下する。少な過ぎれば身体は支えられず、剣山に真っ逆さまと言う仕掛けであった。

 つまり魔力放出を適切に一定の量で長時間持続する必要があるのだ。これが非常に難しい。

 シオンはそのまま一時間程逆立ちしたままの姿勢を持続し続け、時間を確認するとイクスがフムと頷いた。

 

【よし、一時間だ……が、まだ持ちそうだな。後三十分追加だ】

「ぐ……っ!」

 

 イクスの台詞に、漸く終わりだと思っていたシオンが追加された時間に呻いた。

 終わりだと思っていた所から更に時間を増やされると言うのは、想像以上に堪えるものである。終わりだと安心し、一度落ちた集中力をもう一度振り絞らなければならないからだ。

 呻き、ぐらぐら揺れ始めたシオンの身体だが。どうにか、落下を堪える。やがて三十分経つと、漸くイクスがシオンの足から下りた。

 

【よし。いいぞ、シオン】

「く……っ。ふぅっ!」

 

    −発!−

 

 イクスの声に、漸く終わりだと悟り。シオンが指先で一気に魔力を炸裂させる。すると、シオンの身体が空高くに舞い上がった。剣山を避けて庭に着地する。だが、立っていられ無い程に疲労したか、庭先にばたりと座り込んでしまった。

 

「っう……。久しぶりにやったけど相変わらずきっついなコレ」

【針も剣山も向こうでは用意出来なかったからな。この修練こそは率先してやりたかったのだが】

 

 淡々とイクスは答え、シオンはそれに顔をしかめた。元々じっとしているような修練は得意では無い。

 ただでさえ、魔力制御には自信が無いのだから。まぁ、イクスもそれを考えてこの修練をさせている訳だが。

 

「さて。どうする? まだ修練やるか?」

【無論――と言いたい所だが、後三十分もすれば朝食だな。続きは後にしよう】

「オーライ」

 

 イクスの返事にシオンは軽く答えて立ち上がり、自室へと向かう。朝食を食べるにしても、まず汗を流しておこうと思ったのだ。汗でべたついた服のままと言うのも気持ち悪い。その為に風呂に行く前に、着替えを取りに行こうとして。

 

「……ん?」

 

 自室へと歩くシオンが、ふと何かに気付き立ち止まる。部屋へと向かう先に人影を見付けたからだ。その人物は――。

 

「なのは先生?」

「ふぇっ!?」

 

 呼び掛けてみると、その人物、高町なのはは、飛び上がらんばかりに驚く。慌てて、シオンへと振り返った。

 

「し、シオン君……! お、おはよ〜〜」

「はぁ。おはようございます。……何してんですか?」

 

 えらく慌てるなのはに、シオンは疑問符を浮かべる。何を、そんなに慌てる事があると言うのか。それに、なのはが今見ていた部屋の襖は――。

 

「タカ兄ぃの部屋に何か用でも?」

「え、えっと。そう言った訳じゃ無いんだけど……少し、気になって」

 

 なのはにしては珍しくも小声での言葉である。それに、鈍感極まるシオンは?マークを貼付けたまま、今度は部屋へと視線を向けた。

 ――タカトの部屋。シオンも結構入る事が多かった部屋である。それにはまぁ、ちょっとした理由がある訳だが。

 しばし部屋を見てると、シオンはフムと頷き、なのはへと視線を戻した。

 

「どうせだし、入ります?」

「ふぇ!? で、でも人の部屋に勝手に入るのはあまり……!」

「2年も放ってある部屋ですし、問題無いでしょ。掃除とかで母さんやらが入ってるだろうし。……どうしますか? なのは先生に任せますよ?」

 

 悪戯めいた笑いでの問いに、しばしなのはは宙に視線を巡らせる。あ〜〜やらう〜〜やら唸りに唸り、やがてコクンと頷いた。そんななのはにシオンは苦笑する。

 

「んじゃ、入りましょう。あまり、驚かないで下さいね」

「え?」

 

 台詞の後半部分に思わず問い返す。それには何も答えず。シオンは襖を開けた――そして、”それ”が現れた。

 

 本。本が、ある。だが、ただ本がある訳では無い。開けられたシオンの異母兄、タカトの部屋を見て、なのはがポカンと口を開いた。シオンは苦笑する。

 そして、”本”を見上げた。本の、山を。

 タカトの部屋は、まさに本だらけであったのだ。と、言っても無造作に本が置いてある訳では無い。

 ちゃんと本棚に綺麗に整頓され、分類ごとに分けられてさえいる。下手な図書館よりも綺麗に整理されているだろう。だが、問題は”量”であった。

 何せ、シオンの部屋より広い筈の部屋なのに、遥かに狭く感じる程に本棚が乱立していたのだから。

 ここは相変わらずだなぁと、呆れたように笑いながらシオンはタカトの部屋に踏み入った。なのはも続き、周りを見回しながら入って来る。

 

「タカ兄ぃは、家事の他に一つだけ趣味みたいなものがありまして。それがこれです」

「えっと、本好きって事かな?」

「本人は乱読派とか言ってました」

 

 肩を竦めてシオンはそう、なのはに言う。

 世に、彼のような人間を蔵書狂(ピブリオ・マニア)と呼ぶ。タカト自身に自覚は無いが、彼は酷い本の収集家であったのだ。しかも本であるならば基本なんでも楽しめると言う人間でもある。それについて、タカト曰く『本の内容はとにかく、本の種類に貴賎は無い』。そう断言するのだからタチが悪い。

 

「ちなみに、俺が世話になってたコーナーはそっちです」

「……そ、そうなんだ」

 

 言いながらシオンが指差す方向に目を向けて、なのはは苦笑した。そこにはこれでもかと漫画の単行本が収められていたのだから。シオンの部屋に漫画が無かった理由がここにある。つまり、タカトの部屋に山とあるので置く必要が無かったのだ。

 タカトは本当に、本に貴賎をつけなかった。学術書、技術書、民謡、神話、漫画、etc、etc……。

 単に節操無しなだけなのか、個人で持つ蔵書量としてはかなりの量がある。何せここに置いてあるものでさえ一部に過ぎない。実は神庭家には地下室があるのだが、そこにはこれに数倍する本の量があったりする。

 

「……やっぱり驚きました?」

「う、うん。あ。でも、ちょっと納得かも……」

 

 そう言い、なのはが思い出したのは幼なじみであるユーノの事であった。ユーノはタカトの事を友達と言っていたが、それはこういう共通点があったのだろう。

 実際タカトはユーノ家に居候中、酒を酌み交わしながらユーノの蔵書について朝まで熱く語り合った事があったりする。

 

「……よくここで、本をぼけっと読んでましたよ」

 

 シオンは笑いながら、部屋に一つだけ設えてある机と椅子を見る。

 家事をしている時と、修練の時、そして仕事の時以外だと、タカトはそこに座り、本を読み耽っていたものである。

 ……ルシアから、しょっちゅう無理矢理遊びに連れ出されていたようでもあるが。

 懐かし気に、そして寂し気に笑うシオンに、なのは少しだけ表情を曇らせた。トウヤの言葉を信じるならば、タカトの真実をシオンは知らない。

 『幸せ』と言う感情を喪失ってしまっていると言う真実を。

 こんなにタカトの事を想っている、シオンが。

 それは何故か。とても悲しい事だと、なのはは思った……理不尽な事だと、そう思った。

 だが口にしてしまいそうになるそれを、なのはは必死にしまい込む。今、シオンに知らせるべきじゃない。そう思ったから。

 

「シオン君は――」

「はい?」

 

 なのはの声に、シオンは振り返る。きょとんと自分を見るシオンに、なのははくすりと笑った。

 

 ――タカト君の事が、本当に好きなんだね。

 

 そう言おうとして。でも止める。多分、彼は否定しかしないだろうから。だから、別の言葉を紡いだ。

 

「――もし、お姉さんがもう一人出来たらどう思うかな?」

「なんですかそれ。ユウオ姉さんの事ですか?」

「違うよ」

「なら、どう言う……?」

「内緒♪」

 

 冗談めかすようにそう言い。唇に、立てた人差し指を当てて、なのははウィンクする。そのままタカトの部屋を出た。

 取り残された形となったシオンは暫く唖然とする。

 どう言う意味だろうと首を傾げて考えるも、鈍感なシオンに答えは当然出せる筈もない。取り敢えず、なのはを追い掛けて部屋を出て、再び聞く。

 

「なのは先生! さっきのどう意味なんなんですか?」

「内緒、内緒〜〜♪」

「気になりますって! 教えて下さいよ!」

 

 追いかけっこのように、二人は朝の神庭家を駆ける。そうして、再び主が居なくなった部屋に静寂が戻った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 なのはとのやり取りから一時間後。シオンの姿は神庭家にある道場にあった。

 あの後、皆で朝食を摂り、食休みを挟んでここに来たのだ。朝食では……スバル達が相変わらずの健啖っぷりを存分に発揮して、アサギを存分に驚かせてくれた。

 それを思い出して苦笑した後、シオンは道場の真ん中で起動したイクスを正眼に構える。

 頭に浮かべるは、昨日突如として現れた五年前の自分と同じ存在、紫苑であった。

 一昨日戦った感覚を思い出しながら、頭の中でシュミレーションを行う。

 ノーマルでのパワーを活かせた攻撃。

 ブレイズの速度で翻弄し、放つ攻撃。

 ウィズダムの突撃、砲撃を持っての攻撃。

 カリバーの奥義、合神剣技を主軸にした攻撃。

 それらを次々と思い浮かべて、得られた結果は――全て、敗北だった。

 パワー任せの剣は、刀であっさり斬り流され、速度任せの双刃はことごとく迎撃され、突撃、砲撃は神空零無で無効化、あるいはあっさり躱され、奥義は精霊召喚の際に生じる隙を突かれて敗北した。

 何せ五年前の自分である。イメージはこれ以上無い程に克明に再現され、そして完膚無きまでに敗北した。

 あまりの結果に、シオンは落胆を通り越して呆れて苦笑した程である。

 

 ……奴は、遠からず必ず現れる。

 

 それは、もはや確信。

 自分との決着をつける為に。

 自分を確立する為に。

 唯一の自分である為に!

 必ず、あいつは自分前に現れる。だが、だが――。

 

「――どうしようも無く勝てない、か……」

【どうする気だ】

 

 シオンのシュミレーションをイクスも見たのだろう。いつもの淡々とした声に僅かな震えがあった。それにシオンは再び笑う。

 正攻法では、どうあがいても勝てない。それだけは理解した。ならば。

 

「……それ以外の方法で勝つだけだ」

 

 にっと口端を歪めてシオンは笑う。あまりにも散々な敗北しか脳裏に浮かばなかったくせに、その顔には何故か自信が満ち溢れていた。

 

「俺は、あいつに勝てる要素がどこにも無い。あいつの力を誰よりも知ってるからな。けど、それは同時に誰よりもあいつの弱点を知っている事に他なら無いんだよ。……何せ、”俺”だ」

 

 言うなり、シオンはイクスを待機状態に戻して道場から足早に出た。

 確か、トウヤが”あれ”を持ってた筈だ――。

 そう思い、母屋へと戻ると、心の中だけでトウヤに謝りつつ部屋に押し入る。

 トウヤの部屋は、とても綺麗だった。恐らく兄弟の中では一番綺麗にしてあるだろう。

 ……ちなみにワースト1はルシア、次点はアサギだったりするが。

 部屋に入るなり、シオンは迷わず箪笥を漁る。綺麗に整頓され、畳まれた冬着に、いいの持ってんなぁと苦笑。いつかパクったろうと思いながら、今は関係無いので置いておく。

 ごそごそと暫く箪笥を漁ると、”それ”が出て来た。手に取り、シオンの顔が綻ぶ。

 

「まず1つ」

【”それ”がお前の切り札か?】

 

 シオンの肩に座り、イクスが言って来る。そちらに視線を移してシオンは笑った。

 

「あいつ専用の、な。他の奴には意味無いモンだけど。あいつだけには通じる」

【だが、それだけでは……】

「分かってる。言ったろ? ”1つ”ってよ」

 

 ぐっと”それ”を握りしめながらシオンは笑うと、立ち上がろうとして。

 

「あ、いたいた。シオン?」

「アンタ、何してんの?」

 

 自分とイクス以外の声が響き、振り返る。開かれた襖の前に、スバル、ティアナ、エリオ、キャロが居た。シオンを見ながら怪訝そうな顔をしている。そんな四人にシオンは笑って見せた。

 

「別になんも。……で、どうかしたのか?」

「あ、うん。八神艦長達が海鳴市に行くらしいんだけど。シオンもどうかなって」

 

 シオンの問いに、スバルが笑顔で答えた。

 海鳴市――確か、なのは達の故郷だったか。タカトと実質、最初に戦った因縁の場所でもある。

 

 ……そういや士郎さん、元気かな。

 

 アースラを下りると決めた時に、雨宿りで立ち寄った喫茶店のマスターの顔をシオンは思い出す。

 優しく、父親と言うのは。こんな人なんだなぁと思った人だ。

 士郎との会話を思い出し、シオンは思わず笑う。

 ……ちなみに彼が、なのはの父だと言う事をシオンはまだ知らなかったりする。偶然とは奇なり、とはよく言ったものでだ。会いたいとは思う。……だが。

 

「悪い。今回やめとくわ」

「そう? 何か用事とかあるの?」

 

 苦笑しながら断るシオンに、スバルがきょとんと問い返す。シオンとしても、海鳴市に行くのは吝(やぶさ)かでは無い。だが、今はそうも行かなかった。紫苑がいつ来るのか、分からないのだ。スバルやなのは達には、昨日夜に紫苑が告げた言葉も、ましてや紫苑が訪れた事すらも伝えてはいない。

 

 あいつと決着をつけるのは、俺だけでいい。

 

 そう、シオンは思っていた。

 ……それがエゴだと。単なる我が儘に過ぎないと、シオンも分かっている。だが、こればかりは譲れ無かった。だから、誰にも紫苑の事を伝え無いと決めたのだ。

 

 ……大概、我が儘が過ぎるよなぁ。

 

 苦笑する。スバル達に知られると、まず間違い無く”お話し”行きだろう。それでも、誰も紫苑と自分の戦いに巻き込む積もりは無かった。それに――。

 

「ま、ゆっくりして来いよ。……そういや、お前達のデバイス。メンテが終わるの、明日だっけ?」

「……そうね。明日中には、クロスミラージュも返って来るわ」

 

 何気無い風を装って問うたシオンに、ティアナが頷く。現在、アースラメンバーらのデバイスや固有武装は『月夜』に預け、フルメンテの真っ最中であったのだ。

 時空管理局本局での決戦、そして地球までの逃避行で、皆のデバイスや固有武装は、かなりのダメージを負っていた。

 ロスト・ウェポンにするにしてもしないにしても、どちらにせよ修理しなければ話しになら無い状況だったのだ。

 その為のフルメンテであり、アースラメンバーは誰もデバイスも固有武装も持っていない――だから。

 

 ……一両日中に来る可能性大、か。

 

 シオン以外にまともな戦力が無い状況。紫苑がそれを見逃すとも思え無い。

 おそらく今日中には来る。それは、もはや確信だった。

 

「シオン兄さん。そんな事聞いて、どうしたんですか?」

「ちっと気になっただけだって。今、ストラの襲撃があったら大変だなーてな?」

 

 エリオの問いも、はぐらかすようにしてシオンは笑う。紫苑の名は出さないようにして、少しだけ関連性がある情報を混ぜておく。下手な嘘より、こう言った嘘の方が安全だろう。それでも、四人はジト――と、シオンを見続ける。キャロでさえ、微妙に疑ってるような顔なのだ。

 ……こいつ達、俺専用の直感でもあるんじゃ無かろうかと、内心シオンは苦笑する。

 これ以上話していてボロを出すのもバカらしいので、とっとと部屋を出て四人から離れる事にした。

 

「んじゃ、楽しんで来いよ。俺は部屋で、だらだらしてるわ」

「あ、はい」

 

 ポンとキャロの頭に手を乗せてシオンは笑い、トウヤの部屋を足早に出る。取り敢えず、自分の部屋に戻る事にした。

 

 ……切り札2は、準備とかもいらねぇしな。

 

 強いて言うならば、後で道場で試して見るだけである。取り敢えず悟られる事だけは避ける為に、シオンは足早に自室に向かった。

 

「シオン……」

 

「……あいつ、また何か隠してるわね……」

 

「はい。僕もそう思います」

 

「私もです!」

 

「シオン。意外に嘘分かりやすいよね……ティア、どうしよっか?」

 

「決まってるわ。なのはさん達には悪いけど、海鳴市行きは中止。あの馬鹿を張るわよ!」

 

「うん!」

 

「「はい!」」

 

 四人が去って行くシオンを見ながら、頷き合う。

 自分が思っている以上に、四人には自分の事を知られている事に気付いていないシオンは、そんな会話に当然気付ける筈も無い。

 かくて神庭家には、アサギ、シオン、そしてフォワード四人が残る事となった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 トウヤの部屋から目的の物を手に入れた後、シオンは本当に部屋に篭った。部屋から出たのは昼食の時くらいか。スバル達が海鳴市に行かず、まだ家に居た時には驚いたものだが。

 昼食を終えると食休みを挟み、腹ごなしと”見せ掛けて”、道場で切り札2を試してみる事にした。

 スバル達も道場に付いて来てシオンの動きを見ていたが、何をやってるか分からなかったのだろう。キョトンとシオンの動きを見ているだけだった。

 暫くそうやって道場で身体を動かした後、スバルにシオンは聞いてみる。

 

「……スバル。今のような動き、見た事あるか?」

「ううん。無いよ。て言うか今の、なんなの?」

「そいつは内緒だ……ありがとな」

 

 他にもティアナやエリオ、キャロにも聞くが、首を横に振る。シオンは口端を歪めて笑った。

 ミッドでも――否、”一般の魔導師戦闘”でもまずお目に掛かれ無いものだと、これで確信が持てた。

 当然である。シオンもこれをまともに使っている人間なぞ、”タカト以外”には見た事も無い。

 奴相手の切り札2に十分になり得る。それを確認すると、それだけを行い続けるのも疑惑を持たれかね無いので、軽く四人と模擬刀等で手合わせする。

 実際にスバル相手に手合わせの最中に試して見るが、これが面白いように決まった。

 

 ……結果は上々、と。

 

 シオンは切り札2の仕上がりに満足すると、修練を切り上げる事にする。時間を確認すると、時計はお昼時を過ぎて夕方に差し掛かろうとしている所であった。

 

「うっし。んじゃ、ここまでにしとくか。風呂、お前達が先使うだろ?」

「あ、うん。いいの? 先使わせて貰って?」

 

 もう秋とは言え、身体を動かせば汗も当然出る。シオンも含めて、全員汗だくであった。スバルの問いに、シオンは苦笑する。

 

「流石に女の子を差し置いて俺達が先に入るのはアカンだろ。俺は部屋にでも居るし、風呂上がったら呼んでくれ」

「うん。分かった。それじゃあ、後で呼ぶね?」

「おう」

 

 スバル達に頷くと、シオンは道場を出た。自室に戻ると、すぐにイクスに呼び掛ける。

 

「……で、どうよ。イクス?」

【確かに、奴にも通じるだろう。一回きりならな】

 

 ふむとイクスも頷く。だが、その表情はまだ晴れない。つい、とシオンをイクスは見上げた。

 

【……だが、この二つの切り札はどちらも奇襲性のものだ。これだけではまだ勝ち目は薄いぞ?】

「つってもな。俺が考えつくのはこれしか無かったし……」

 

 イクスの言葉に、シオンもそれは分かっているのだろう。痛い所を突かれたとため息を吐く。そんなシオンに、イクスは少しだけ目を伏せ、やがて意を決すると顔を上げた。

 真っ直ぐにシオンを見る。

 

【後一つだけ、切り札は用意出来る】

「お、本当か? 一体どんな――」

【”刀を抜け”】

 

 その言葉に、シオンが笑顔のままで凍り付く。

 それを言われるとは思わ無かったのだろう……よりにもよって、イクスに。

 固まってしまったシオンをイクスは痛まし気に見ながら、しかし言葉を連ねていく。

 

【……奴も今更、お前が刀を握るなんて思うまい。これは十分に切り札に――】

「嫌だ」

 

 シオンは最後までイクスに言わせなかった。きっぱりと拒絶を告げる。

 一瞬だけイクスは口をつぐむ。だがまだ止まらない。

 

【シオン。お前の気持ちは分からないでも無い。だが】

「嫌だって言ってるだろ!」

【俺ではお前を活かせきれ無いんだ!】

 

 堪らなくなり、叫ぶシオンにイクスも怒声を上げる。二人は、真っ向から睨み合う形となった。

 

【いい加減に気付け! お前の本質は刀だ! この五年で神覇ノ太刀を剣式に変えてはみた……! だが、やはり神覇ノ太刀は――お前は! 刀を使う者なんだ。だから!】

「だから何だってんだ……っ! 俺の相棒はお前だろうが! 俺の剣はお前だろ!? お前を捨てて、刀に乗り換えろってか……!?」

 

 シオンはイクスの言葉を拒絶し続ける。

 そんな事を言って欲しくなんて無かった。他でも無い、イクスだけには。

 この五年を共に歩いた、師であり、友であり、相棒でもあるイクスだけには。なのに――!

 

【それが――それでお前が正しい成長を遂げられるなら。俺は、お前には必要無い……!】

「っ――! 話しにならねぇ!」

 

 シオンはそう叫ぶなり、立ち上がると部屋の襖へと向かう。イクスは慌てて追い駆けようとして。

 

「付いて来んな!」

【っ……! シオン!】

 

 振り向かないまま叫んだ声に動きを留められた。再び自分の名を叫ぶイクスに、シオンは首を横に振る。

 

「お前には……お前にだけは、そんな事言って欲しくなんて無かったのに――」

【シオン……】

「ッ……!」

 

 もうここでイクスと話していたく無かった。シオンは襖を開け放つと、真っ直ぐに玄関へと駆ける。

 途中で様子を見に来たのだろう。エリオとすれ違うも、無視して玄関に向かう。靴を履いて、家から飛び出した。

 とにかく走りたい――そう思い、家を出てからも走りる。

 イクスも何もかもを置き去りにして、ただただ走り続けた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「っ――! っ――!」

 

 家を出てからも全力で走り続け、シオンは川の土手で漸く止まった。一つ、大きく息を吐くだけで呼吸を整えると、土手の草原に寝転がる。

 言いようの無い苛立ちは、まだシオンの中で燻(くすぶ)り続けていた。

 

「くそ……! なんだよ。イクスの奴……!」

 

 苛立ちのままに言葉を吐き出す。

 ……シオンとて分かってる。刀の問題とは、紫苑の事が無くても、いつか必ず向き合わねばならない事だったと言うことくらいには。

 だが、だからと言って『はい、そうですか』と、頷ける話しでも無い。

 だって、それはイクスと歩いたこの五年を否定する事になるのだから。

 なのに、当のイクスからあんな事を言われたのだ。シオンの怒りも当然と言える。裏切られたような、そんな怒りがシオンの中に渦巻いていた。

 

「第一、俺が刀を捨ててどんくらい経ってると思ってんだ……! 五年だぞ! 使い物になるわきゃ、無ぇだろうが……!」

 

 次々と口に出る怒り。誰に言って聞かせるでも無いそれをシオンは言い続け、やがてハァと大きくため息を吐いた。腕で目元を隠して、ポツリと呟く。

 

「ばっか野郎が……」

 

 ――刀は抜かない。

 シオンの中で、それは大前提であった。ずっとずっと、決めた事。イクスを継いだ時に自らに定めた事。

 

 だって。もう、”あんな目”で見られたく無い――。

 

 あの事件での、自分を慕ってくれた幼なじみの少女、姫野みもりの恐怖に彩られた目を、シオンは思い出す。それと同時に苦笑した。

 ……なんだ、結局の所、それが全部じゃねぇか。そう、思いながら。

 自分は怖いのだ。

 刀で、人を斬る事よりも、また怖がられる事の方が。

 あんな風に見られる事の方が!

 ……なんて、自分勝手な理由。

 情けなくて、泣いてしまいそうだった。だけど、だけど――。

 

「……シン君」

「ッ……!?」

 

 突如、響いた声に慌てて起き上がる。上半身だけで振り返ると、土手の上に彼女がいた。

 今、想っていた少女、姫野みもりが。

 みもりは驚愕に固まるシオンに微笑むと、土手を下りて来た。

 

「……ここ、いいですか?」

「……ん」

 

 短い返事だけで、シオンは頷く。それを確認して、みもりはシオンの横に体育座りで座った。

 

「どうしたんですか? エリオ君が、シン君が飛び出したって騒いでましたよ?」

「てーと、スバル達も?」

「はい。皆探してると思います」

 

 しくった……。

 

 盛大にため息を吐いて、シオンはそう思う。もうごまかすのは不可能だろう。

 あの、愛すべきお人よし達の事である。何らかの手出しをして来る可能性が大であった。

 ただでさえ、自分は紫苑との戦いの時に暴走に近い状態となっている。

 それを直に見ていた彼女達が、自分を放って置く事はまず有り得無い。

 そんな風に嘆息するシオンに、みもりはくすりと笑う。

 

「みんな、良い人達ばかりですよね」

「良い人ってよりは、ありゃただのお節介だ」

 

 ふて腐れたように、シオンはうそぶく。みもりはもう一度微笑すると、シオンから視線を外して川に向ける。そして、ぽつりと呟いた。

 

「もう、自分を許してあげてもいいと思います」

「っ――――」

 

 その言葉に、シオンが息を飲む。みもりへと視線を向けた。だが、彼女は構わない。シオンを見ないままに続ける。

 

「シン君は、ずっと、ずっと苦しんで来ましたよね。……人を傷付けた事をずっと」

「…………」

 

 シオンは何も言えない。ただ、みもりを見続けるだけ。そして、みもりも見ないままに続ける。

 

「私を助ける為に、シン君は人を傷付けて……自分も、傷付けて。それなのに、私はシン君にひどい事をしました」

「……お前は何もしてねぇだろ」

 

 呻くようにしてシオンは呟く。だが、みもりは首を横に振った。

 

「シン君を、怖いって思っちゃいました」

「当たり前の事だろ」

 

 幼なじみの少年が、目の前で人を斬ったのだ。怖がらない人間が居る訳が無い。

 みもりの恐怖は、至極当然の事だったのだ。なのに、みもりは否定する。

 

「私は、私だけは、そんな風に思っちゃいけなかったんです」

「なんでだよ」

「だって、シン君が助けに来てくれた時。すごく嬉しかったんですから」

「ッ――」

 

 その言葉に、シオンが息を詰まらせる。……嬉しかったと言うみもりに。彼女は、漸くシオンの方を向いた。

 

「シン君が来てくれた時、嬉しかったんです。……嬉しかったのに、シン君が怖いって思っちゃいました」

「……目の前で人が斬られたんだぞ? 嬉しかろうが何だろうが、怖いもんは怖いだろ」

「でも、助けてもらった私は、やっぱり怖がっちゃいけなかったんだと思います」

 

 それは違うと、シオンは思う。みもりが気に病む事は何も無い。どう考えても、あれは自分が悪い。それなのに、みもりはそう言うのだ。

 直接的には言わないが、自分のせいだと。自分が悪いのだと。

 ……心の中でシオンは苦笑した。

 自分が悪いと、互いに言い続ける自分達はなんて滑稽なんだろうと。そう思った。だから。

 

「……ならさ、お前も自分を許せよ」

「え……?」

 

 突如として告げられた言葉に、みもりの目が丸くなる。シオンはそんなみもりにニッと笑った。

 

「お前は、お前のせいで俺が刀を捨てたって思ってんだろ? それを許せって言ってんだ」

「それは――でも……」

「でももかしこも無ぇよ……代わりに俺も、少しだけ自分を許すからよ」

 

 自分を許す……多分、これは綺麗ごとに過ぎない。

 言葉でいくら言おうと、簡単に自分を許せる程、自分は出来た人間じゃない。

 だけど、みもりにこんな思いを抱かせたままにしたくなかった。

 ……自分を許せ無いなんて、そんな事、納得出来なかった。

 

「刀を使うか、どうかはまだ分からない。俺にはイクスがいるしな。でも、互いに許すのは別にいいだろ?」

「で、でも……! シン君は五年間もフイにしたのに……!」

「それ言うならお前もだろ? ずっと、あれこれ世話してくれたんだ。同じようなもんだ」

「それは……! 私がシン君の世話をするのはそれが趣味ですから……」

「みもり」

 

 シオンはただ名前を呼んでみもりに首を横に振る。そして、みもりから顔を背け、川を見ながら続けた。

 

「お前をお前自身が許してやれよ。俺を荷物にするような事はしなくていいんだ」

「……でも、シン君……」

「俺もお前を許す。だから、お前も俺を許してくれ。そうしたら、俺も俺を少しは許せる気がするか

「あ……」

 

 笑って告げる言葉――シオンはそれが嘘だと。自分が自分を絶対に許せないと分かっていながら、それをつく。

 ……それで、みもりが自分を許せるなら。そんな嘘もいいと思えたから。

 

「な? みもり――」

 

 そう言って、再びみもりの方を向こうとして、シオンの視界に映ったものは、こちらを見つめる、みもりと。

 その、みもりを後ろから抱きしめるように手を広げる五年前の自分。

 

 ――紫苑!

 

「っ――!? みもり!」

「え? シンく――」

 

 それ以上みもりは話せなかった。紫苑に抱きしめられ、同時に口元をハンカチのようなもので塞がれる。

 一瞬だけ、みもりの目が驚きに見開かれて。だが、抵抗する暇も無く意識を失い、四肢から力が抜けた。薬をハンカチにでも染み込ませていたか。

 

「っ! みもり! 紫苑、てめぇ……!」

「ハハハハハハ! 大丈夫、寝てるだけだよ。でも、それ以上近付くと、分かるよね?」

 

 そう言って、何処から取り出したのか、みもりの首元に刀を押し当てる。飛び出そうとしたシオンの動きが止まった。キッと紫苑を睨みつける。

 

「何のつもりだ……!」

「簡単だよ。貴方の周りには人が多いからね。僕としては邪魔は欲しくないんだ。……みもりは保険だよ。人質だね」

「そんな事しなくても、俺は!」

「貴方はそうでも、貴方の周りはそうじゃないだろ?」

 

 図星を指されて、シオンが言葉を失う。スバルやティアナは言うまでも無く、下手をすればトウヤが動く。それを警戒したか。

 黙り込んだシオンを満足そうに見て、紫苑は笑った。

 

「私立、秋尊(あきたか)学園。中等部。知ってるよね?」

「……当たり前だ……!」

 

 シオンのかつての母校である。知らない筈が無かった。シオンの返事に、紫苑は頷く。

 

「そこで待ってるよ。今日、決着をつけようじゃ無いか」

「っ……!」

 

 やはり、今日中に決着をつけるつもりだったか。シオンはぐっと息を飲み、紫苑を睨む。

 

「……分かった。必ず行く。誰も連れて行かない。これでいいか……!?」

「うん、十分だよ」

「なら、みもりを離せ!」

「それは無理だよ。だって貴方以外への人質だからね」

 

 クスクス笑うと、紫苑の周りがボゥっと光る。これは、昨日の時にも起きた現象。つまり、転移魔法!

 

「必ず来てね。来なかった場合は――分かるよね? 殺すよ?」

「……てめぇ……!」

 

 ぎりっと歯が軋む音をたてる。それでも、紫苑に飛び掛かれ無い。みもりが人質に取られてる状況では下手に動け無いのだ。

 ただ自分を睨む事しか出来ないシオンに紫苑はあからさまな嘲りの笑いを浮かべ、最後の言葉を紡いだ。

 

「じゃあ、また後でね」

 

 そして、あっさりとその姿が消えた。みもりと、共に。最後まで睨みつける事しか出来なかったシオンは、やがてぽつりと呟いた。

 

「……上等、じゃねぇか……!」

 

 拳が、肩が震える。溢れそうな怒りで我を忘れそうになるのを、必死に自制しながら、紫苑が居た地点をずっとシオンは睨み続けていた。

 

「俺の名を……! 刀刃の後継の名を、思い出させてやるよ! 紫苑っ!」

 

 夕日を映す川にシオンの咆哮が響き渡った。怒りと、悔しさを交えた叫び声が、どこまでも。

 切なく、切なく。

 そして決着の予感を孕んで、響き渡った。

 

 

(中編1に続く)

 

 




はい、第四十三話前編です。ついに紫苑と決着の始まりとなります。
多くは語るまい……お楽しみにー。
あ、それと無事百万文字突破致しました。
にじふぁん時ラストが百万五十万文字くらいで、アリサ道場他を除いてますから、あともうちょっとで追いつきますな。
続きが気になる方はもーちょっとだけお待ちを。
ではではー。


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第四十三話「刀刃の後継」(中編1)

はい、第四十三話中編1をお届けします。
紫苑との対決がついに開始。どうなるのか……お楽しみにです。では、どぞー。



 

 ――夜。シオンの部屋の前で、スバルとティアナは妙な居心地の悪さを感じながら、その背中をじっと見ていた。

 自室の中でごそごそと動き回る神庭シオンの背中を。

 こちらに一切話し掛けようともせずに黙々と準備をするシオンに、二人は目を伏せ、先程の事を思い出していたのだ。

 夕方。風呂から上がった後、慌てふためくエリオから、シオンが飛び出したと聞き、すぐさまスバル達は神庭家を出て、探しに行った。朝のシオンの様子から、嫌な予感がしたのだ。

 ……だから、お隣りのみもりにも連絡して探すのを手伝って貰って、そしてシオンが出て行って一時間程後、その嫌な予感は的中する。

 飛び出して行ったシオンがあっさりと帰って来たのだ。……最悪のニュースと共に。

 シオンが帰って来た事に安堵しつつ何があったかを聞こうとして、その前にシオンが暗い瞳でぽそりと言って来た。「みもりが拐われた」、と。

 一瞬シオンが何を言ってるのか理解出来なかったが、徐々に理解して、スバル達は慌ててシオンに詳しく話しを聞こうとした。だが、シオンはそれを容赦無く無視したのである。

 ティアナがそれに激怒しそうになったが、それも寸前で出来無くなった。

 ……シオンが、皆にまともな説明が出来ない程に怒っており、それを必死に自制している事が分かってしまったから。

 だからスバルもティアナも、キャロも何も言えずにシオンの背中を見ている事しか出来なかった。

 そう、その三人は何も言え無かった……だが。

 

「……一人で行くんですか?」

 

 誰もが口をつぐむ中で、唯一シオンへと問い掛ける存在が居た。

 エリオである。彼は、真っ直ぐにシオンを見据えながら問う。

 シオンは大した反応を見せ無かったが、ちらりと横目でエリオを見遣る。

 

「ああ」

 

 素っ気ない、しかし意外にも冷静な声が頷きと共に響いた。すっと立ち上がる。シオンは既にバリアジャケットを纏っていた。

 戦いは避けられない事を理解しているのだ。そんなシオンに、スバル達は顔を歪める。シオンは静かにエリオへと視線を合わせた。

 

「みもりが人質に取られてる。俺一人で行かなきゃ、最悪殺される……それに、お前達はデバイスも無いしな」

「……でも、僕達だって何か出来るかも」

「そうやって、お前達のお守りをしろってか? しかも奴相手に?」

 

 シオンはあくまでも淡々と言う。まるで、言い聞かせるように。

 エリオはシオンの言葉に、ぐっと息を飲む。

 そんなエリオにシオンは苦笑した。

 

「あいつは、『刀刃の後継』だった俺の力が使える。それが何でなのかは知らねぇけどな。だが、これだけは言える。奴は俺より強い」

 

 ふっと目を伏せて肩を竦める。そのまま続きを告げた。

 

「そんな奴相手に、お前達にまで気を回せねぇんだ」

「シオン兄さん……」

 

 最後までシオンの言葉を聞いて、だがエリオはまだ納得いかないと、シオンを睨む。噛み締めるようにして、ゆっくりと聞いた。

 

「『刀刃の後継』っていうのは、誰なんです? いや、なんなんですか? つまり、昔のシオン兄さんがそう呼ばれていたって事ですか? それが、何で今更――」

 

 だんだんと語尾が強くなっている事をエリオは自覚する。それでも、問わずにはいられなかった。エリオの問いを聞いて、シオンが目を細める。しかし、答えてはくれない。いや、少なくとも即答はせずに、エリオを見つめている。

 

 ……答えられないんじゃないんだ。

 

 エリオは――ここに居る四人は、シオンの表情を見てそれを悟った。……同時に、答えてはくれない事も。

 後ろ暗いような気分でそう考えていると、シオンはこちらに、つまり部屋の入口に歩いて来た。

 問いに答えず、また四人の顔を見ないようにして、横を通り過ぎて部屋を出て行く。

 ――我慢出来なかった。

 エリオはシオンの背中に振り返るなり、吠える!

 

「何も出来ない上に、何も知らないんじゃ、僕は、僕達は! 本当に足手まといなままじゃ無いですか!」

 

 吠えたその言葉に、ぴたりと、シオンが足を止める。エリオは真っ直ぐにシオンを睨み据えて更に叫ぶ。

 

「なんで、なにも話してくれないんですか……! そんなに僕達が信用出来ないんですか!?」

「エリオ……」

 

 叫んだエリオに、スバルがぽつりと名を呼ぶ。それと共に、しばし沈黙が下りた。エリオは、ずっとシオンの背中を睨み続ける。言いたいことを全て言った訳では無い。だが、後が続かなかった。やがて、シオンが顔だけを四人に向けた。

 

「お前がさっき言ったとおり『今更』だよ。なんもかんも、今更の事だ――」

 

 シオンは無表情だった。ただエリオを、スバル達を見据えている。いつもは、どこか優しさを湛えた双眸に、今は厳しいものが浮かんでいた。

 

「奴は今更、俺の前に現れた。奴は今更、俺を殺そうとしてる。俺は今更、この家に帰って来た。……俺は今更、迷ってる」

「……迷ってる?」

 

 こちらはエリオでは無くティアナが、怪訝そうに問い返した。シオンは黙って頷く。

 

「いきなり現れた紫苑と俺。どちらが本物の『刀刃の後継』なのか。……でも多分、奴のほうだろうな。本物の『刀刃の後継』は」

「シオン……?」

「俺は偽物だから、ただの『シオン』さ。タカ兄ぃを追っ掛けて、お前達と一緒に戦って、一人じゃ何にも出来ない、落ちこぼれの、何者でもない『シオン』さ」

 

 まるで自嘲するような言葉。だがシオンはそれを何故か自慢気に話す。それで良かったのだ、と言うように。

 四人はそんなシオンに呆然となる。シオンは苦笑した。

 

「大丈夫だよ」

 

 そう言ってシオンはにやりと笑って見せた。それは、あまりにもシオンらしい、当たり前の笑み。

 スバル達がいつも知ってるシオンの顔だった。その笑いのままに、シオンは続ける。

 

「みもりは必ず助ける。んで、お前らが知らない俺の事も、なんもかんもに決着をつけちまうさ。……イクス」

 

 言い終わると同時に、シオンは自らの剣たる存在の名を呼ぶ。イクスは、それに無言でシオンの前に現れた。互いに真っ直ぐに見据える。

 

「……俺は、さっきの事を謝らない」

【……奇遇だな。俺もお前に謝るつもりは無い】

 

 二人は互いにそう告げると、同時に笑った。シオンが手を差し出し、イクスがそこに乗る。またもや互いにニッと笑った。

 

「行こうか」

【ああ】

 

 どちらとも無く頷くと、シオンはさっさと歩き始めた。玄関に着くと。ぽつりと、呟く。そこに居た人物に。

 

「……母さん。ここに居るみんなの事、頼めるか?」

「うん、任せて」

 

 アサギはシオンに何も言って来ない。責める事もしなかった。それで、許すつもりは無いと言う事である。

 みもりを取り返して、帰って来る事。それのみがアサギが求める事なのだから。

 シオンはアサギに頷くと、足に靴のバリアジャケットを纏う。玄関の引き戸を引いて、振り向かないままにぽつりと呟いた。

 

「必ず帰って来る。みもりと一緒に。だから」

 

 一息だけ、そこで止める。そして、ゆっくりと言葉を紡いだ。帰って来る為に。

 

「いって来ます」

 

 家に残ったみんなに向けてそう言い、シオンは返事を待たずに、家を出た。

 そのまま、歩いて向かう。

 私立秋尊学園。かつての母校。そして、決戦の場へと。

 シオンは向かった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 丸い月が照らすのどかな道をシオンは歩く。考えてみると、こうやって一人で夜の道を歩く事自体久しぶりの事だった。幼少の頃に家を抜け出した、あの時以来か。

 シオンは夜の町を一人歩きながら、ゆっくりと思い出していた。

 刀刃の後継――最強の刀術士にして、”勇者”であった神庭アサギの刀術。神覇ノ太刀を唯一継承し、僅か十歳にして極めの段階に至り、”最強”の二文字を冠した刀術士……その唯一の欠点は、なんて事はない。

 ……人が殺せなかったったと言う事だった。

 タカトやトウヤとて躊躇(ためら)いはするだろう。他のグノーシスメンバーだって、そうだ。好んで人殺しをする奴なんて、誰もいない。

 だがいざとなった時、他者を殺す事を受け入れる事は出来た。

 ――シオンは、それがどうしても出来なかった。受け入れられなかった。

 それでもなんとかしてしまえる技量はあったし、事実なんとかはして来た。だが欠点は、所詮欠点に過ぎない。

 考えてみると、誰だって欠点はあるのだから。

 だがシオンの欠点は、戦場においてはあまりにも致命的過ぎた。

 そしてシオンは刀を捨てるにいたって、いよいよ落ちこぼれた。よく真藤リクがシオンを指して”弱い”と言うのはここに原因がある。

 後輩の顔を思い出し、シオンはくすりと吹き出す。あいつも強情だからなぁと。

 そして次に思い出したのは異母兄、タカトだった。

 敵対し、そしてシオンが追う兄。彼が最強な秘密を、シオンは今では、なんとなく理解していた。

 魔力でも技能にも、その理由は無い。彼には欠点が無かったのだ……いや、あくまでも戦場においてと言う意味ではあるが。

 その技能を抑制するような弱さを、なに一つ持っていなかった。

 タカトは、その才能を全開にしていた。

 

『人と戦う時には、敵を超えようなどとは思わん事だ。それでは自分よりも強い敵と出会った時にはひとたまりも無い。それよりも、敵の弱点を見付けろ』

 

 タカトの事を思い出していると、つい彼がシオンに語ってくれた数多くの言葉から、そんな事を思い出す。

 

『弱点を見付けたならば、後は実行を恐れるな。それがなんであれ、たった一つでも弱点があれば打てる手は無限にある――お前なら出来るさ、シオン』

 

 俺は――。

 

 シオンは足を止め、苦く笑うと夜空を見上げる。夜空では、星々が瞬いていた。

 まるで宝石をちりばめたようだの言うのだろうが、シオンにはそうは思え無い。ただ、綺麗だなとは思うが。

 

 ――あんたには、永遠に敵わないのかもしれないな、タカ兄ぃ。もしくは、あいつ『紫苑』なら何とかなるかも知れない。人を殺せる。つまり欠点が無い俺ならば……俺が奴を憎いと思っているのは。恐れているのはその事実だ。まるで、俺が欠陥品だと客観的に証明されたみたいで、ね。

 

 苦笑しながら、空を見上げるシオンの周囲は静まり返っている。

 雲一つない、満天の星空の下。風が涼やかに流れた。

 そして、シオンは前を向く。そこに、”それ”はあった。

 私立秋尊学園、中等部。シオンがかつて通った学校だ。

 門の向こうにはあからさまに分かりやす過ぎるように結界が張ってあった。強装結界だ。紫苑が張ったのだろう。

 シオンは門を一足で飛び越えると、同時に結界に入った。

 多分、自分以外には出入りは出来ない仕様だろう。つくづく、手が込んでいる。

 門を越えて見上げる校舎に、シオンは一人、拳を固めて呟いた。

 自分に、言い聞かせるように。

 

「俺は欠陥品かもしれねぇが……同時に未完成品でもあるんだ。こいつは過去への挑戦だぜ、紫苑」

 

 そしてシオンは、また歩き出した。その中に居るであろう紫苑と、みもりへと向けて。

 助ける為に。

 ……戦う、為に。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 門から歩くと、すぐにシオンは下駄箱がある生徒用の入口に、殆ど無意識に向かっていた。かつての習慣のままに。

 それに気付いたのは、下駄箱の前に着いた後だった。……忘れ無いもんだなぁと、ちょっとの懐かしさと共に笑う。

 どちらにせよ中に入らねばならないのだから別にいいのだが。

 下駄箱は当然閉められていた。……施錠すらもされっぱなしと言うのは、流石に紫苑の性格を疑うが。

 招き入れたいのならば普通、鍵くらいは開けておくだろう。苦笑して、アンロック系の魔法は、はて、どんな術式だったかな? と、思い――寸前で思い直して止めた。代わりにイクスへと問い掛ける。

 

「イクス、下駄箱に、みもり居るか?」

【いや、生命反応は無い……ただ、一つだけお前に言っておく】

 

 いきなりの問いにも、イクスはすんなりと答えた。そのまま一つの笑みを残して、シオンの掌の上に乗る。

 

【派手好きめ】

「褒め言葉として受け取っとくよ……イクス!」

【セット・レディ!】

 

 鋭く叫ぶシオンにイクスが応え、直ぐさま起動する。その姿はイクス・ノーマル。シオンがもっとも使い慣れた大剣の姿であった。

 起動したイクスを、シオンは直ぐさま振りかぶる!

 同時に充実する魔力が一気に吹き上がり、そして。

 

「神覇弐ノ太刀! 剣牙ぁ!」

 

    −撃!−

 

 シオンは迷い無く、イクスを真っ正面に叩き下ろした。

 放たれた魔力放出斬撃、剣牙は軽快に下駄箱の扉を吹っ飛ばし、更にその向こうにある並んだ下駄箱を薙払った。

 まるで、爆裂したかのような下駄箱にシオンは踏み入り、不敵な笑いを浮かべる。イクスを肩に担いだ。

 

「せっかくの対決だ――」

 

 言いながら、イクスを再度持ち上げる。そして今度は頭上を見上げた。イクスは何も言って来ない。つまり生命反応はシオンの頭上、天井等には無いと言う事だ。ならば、遠慮は要らない。

 

「せいぜい派手にやってやろうじゃねぇか!」

 

    −撃!−

 

 叫びと共に再び放たれた剣牙が、今度はシオンの頭上を穿つ! それは二階、三階と突き抜け、屋上まで容赦無く貫通した。

 シオンは即座に飛行魔法を発動。二階に飛び移る。

 とてもでは無いが階段を使う気にはなれなかった。罠を仕掛けられている可能性は捨てられ無い。

 自分が紫苑の立場なら、入ってくる玄関と階段に罠を仕掛ける。ひょっとしたら仕掛けていないかもしれないが、安全よりは危険の可能性を取りたかった。

 

 紫苑との決着は、後だ――。

 

 開けた穴から二階へと入りながらシオンは思考する。静かに着地した。

 

 まずは、みもりを救出する。とにかく、撹乱して――。

 

 そうでなければ、自分達の戦闘に巻き込む恐れがあった。紫苑との決着は二の次。みもりの救出が最優先である。だから。

 

「でも、そんなに時間を掛けるつもりは無いんだ」

「ッ――――!?」

 

 突如として掛けられた声に、シオンは驚愕する。慌てて振り向いた。

 その前に広がるのは、漆黒の闇。そして、それに同化するが如く闇の中に佇む五年前の自分。

 ――神庭、紫苑。

 黒い身体にぴったりと張り付くようなバリアジャケットを身に纏い、笑いを顔に張り付けて、少年はそこに居た。

 思わず息を飲み、シオンは問い掛ける。

 

「お前、俺の行動を――」

「まぁね。流石に貴方の事を全部分かる訳じゃないけど……でも、このくらいの行動なら予測はつけられる。なんせ、貴方は僕だもの」

 

 笑い、紫苑が一歩をこちらに歩いた。シオンは、油断無くイクスを差し向ける。……同時に、紫苑が刀を取り出した。夜の闇の中で、なおも煌めく刀を。変わらぬ笑いのままに紫苑は刀を構える。

 八相の構えだ。そして、ゆっくりと告げて来る。

 

「さぁ、始めようか互いの存在を賭けた――戦いをッ!」

 

 最後だけ叫び、紫苑が踊りかかる! 刀が緩やかな円を描いて、シオンへと降り落ちた。

 対するシオンは真っ正面、横薙にイクスを放つ!

 

    −戟!−

 

 二つの刃がぶつかり、同時に、空間が僅かに震える。二つの斬撃の余波で震えたのだ。

 同時、両者が互いの一撃に僅かに後ろに流される。紫苑はそれに構わずシオンに追いすがり、シオンは流された勢いのままに後退。更にイクスを振る――だが。

 

「馬鹿の一つ覚えかい?」

 

   −つぃん−

 

 小馬鹿にするような言葉と共に、放たれた斬撃はあっさりと縦に斬り流された。そのまま紫苑が踏み込んで来る!

 イクスは頭上に跳ね上げられてシオンは無防備、紫苑は早々に決着をつけんと、刀を翻して。

 

「――セレクト、ブレイズ」

【トランスファー】

 

 そんな声を聞いた。

 直後にシオンが戦技変換、ブレイズフォームへと変化する。

 この形態の特性は、速度特化。つまり身体速度の劇的な上昇と、もう一つある。

 シオンの空いた右手に光りが灯り、それが現れる。大型のナイフ。つまり短剣型のイクスが。

 そう、ブレイズフォームには二つの剣がある――!

 

    −撃!−

 

 すかさず放たれた右からの斬撃。流石にこれは予想出来なかった紫苑は、斬り流す事が叶わず、刀で受け止めながらも、吹き飛ばされる。

 横の教室に、紫苑の小柄な身体が突っ込んだ。……否、自ら飛んで突っ込んだのだ。

 逃すまいと紫苑を追って教室に突っ込むシオン。だが、その教室に入った彼を待っていたのは、腰溜めに刀を構える紫苑だった。

 

 まっず……!

 

「壱ノ太刀、絶影――」

 

    −斬!−

 

 胸中、失態に舌打ちするシオンに無情にも放たれる刃! それは迷い無くシオンの喉元に伸びて。

 

「死ぬ! かよおぉおっ!」

 

 叫びながら、自分から後ろに転がったシオンの喉を浅く斬るに留まった。転がり、距離を取るシオンに更なる声が響く。

 

「弐ノ太刀、剣牙――」

「ちぃ!?」

 

    −撃!−

 

 響く更なる声に、シオンは転がった体勢から左へと横っ飛びに飛び出す!

 直後、教室を斜めに切り裂き、剣牙は廊下もその後ろの壁も貫通して、突き抜けた。

 

 ――戦うな!

 

 転がった体勢から無理矢理立ち上がりながら心の中で、シオンは自分に叫ぶ!

 

 まだ、奴の弱点を見付けていない……第一!

 

「人質取るような、卑怯モンとまともに戦う必要が何処にある――!」

「言ってくれるね!」

 

    −撃!−

 

 更に追撃で放たれる剣牙、確認するまでも無く神空零無が発動中だ。つまり、防御どころかバリアジャケットも紙と同然である。

 シオンは追撃で放たれた剣牙を更に避けながら、瞬動発動。自分が開けた穴へと飛び込み、一階に下りた。だが、同時に背筋を凄まじい悪寒が突き抜ける。直ぐさま後ろに飛び退いた。

 

「――四ノ太刀、裂波」

 

    −燼!−

 

 シオンが下りた箇所に空間振動波が放たれる。それは何と、一階の床部分をまとめて塵へと変える。

 四ノ太刀、裂波。その真の姿は、振動波での拘束では無い。空間ごと対象を振動させ、それを分解してしまう破壊振動波が、本当の姿であった。

 刀を使わない自分には出来ないそれを、シオンは苦々しく思い。今度は穴から下りて来た紫苑へと刃を放つ!

 

「参ノ太刀! 双牙、連牙!」

「弐ノ太刀、剣牙――」

 

    −裂!−

 

    −撃!−

 

 双刃のイクスから放たれる四条の地を走る魔力斬撃達。だが、紫苑が放った剣牙には神空零無が纏っている。

 当然、双牙はあっさり消え去り、だが双牙が”引き起こしたもの”は別だった。

 双牙は地を走る斬撃である。つまり床を走る訳だが、この際に一階の床を吹き上げながら走ったのだ。

 吹き上がられたコンクリートの床、本来ならば、そんなもの剣牙には大したものにはならない。だが、僅かに勢いを殺す程度の真似と、軌道は読める。それだけあれば、シオンには十分だった。

 剣牙の軌道を見切り、身体を逸らす。れだけで、剣牙はあっさりと脇を通り過ぎた。剣牙は後ろの何処かに叩き込まれ、シオンの背後が爆裂する。

 シオンはそれに構わず、紫苑へとぴたりとイクス・ブレイズを差し向けた。そんなシオンに、紫苑は感心したように笑う。

 

「この前戦った時とは動きのキレが違うね。別人のようだよ……いろいろと吹っ切れたようだね。嬉しいよ、あの人も喜ぶ――」

「そんな心にもねぇ褒め言葉はどうでもいいんだよ」

 

 にこやかに微笑みながら自分を褒めはやす紫苑の言葉を、シオンはあっさりと切って捨てた。構えたイクス・ブレイズの向こうに紫苑を見る。静かに問い掛けた。

 

「俺が聞きたいのは、一つだけだ。みもりは無事なんだろうな?」

「無事だよ。でも、貴方には助け出せないけどね」

 

 それは自分が勝つと確信しての事か。シオンがその台詞に笑う。

 

「大した自信じゃねぇか、俺はそこまで間抜けか?」

「違うね。僕は貴方を恐れている――」

 

 ……恐れている?

 

 シオンは思わず怪訝な顔となった。今までの紫苑の行動からは、自分を恐れるような言動は無かった筈だ。

 少なくとも、シオンには分からなかった。なのに――。

 戸惑うシオンに、同じ顔の少年は微笑する。再び、刀を構えた。

 

「そう、僕は貴方を恐れている。だからこそ、貴方を殺すんだよ!」

 

 叫びと共に、刹那の速度で紫苑が迫る! 瞬動だ。しかもこれは、神覇ノ太刀独自の歩法!

 ――瞬動、湖蝶。

 その名を、そう呼ぶ。自らの懐に刹那で入った紫苑に、シオンはイクス・ブレイズを左右から放つ。だが――!

 

「無駄だよ」

 

    −閃!−

 

 孤を描く刀が、今度こそは二つの刃を同時に斬り流した。更にその勢いでシオンの体勢は後ろに流される。無防備な、胴が空く――!

 

「終わりだ」

 

    −斬−

 

 静かに、静かに紫苑の声が響き。胴薙へと刀は放たれ、シオンの腹へと食い込んだ。

 神空零無を発動した紫苑の刀に、当然バリアジャケットは意味を成さない。衝撃がシオンを襲い、苦悶(くもん)の息を漏らす。

 ――だが、紫苑の刀はそれ以上進まなかった。シオンの胴体に食い込んだまま、停止する。

 はじめて紫苑の表情に驚きが混じり、シオンが会心の笑いを浮かべた。

 驚きに固まった紫苑へと激痛と戦いながらシオンは踏み込み、漸く我に帰った紫苑が慌てて後退する。だが――!

 

「遅いっ!」

 

    −斬!−

 

 今度は紫苑を追って放たれたイクス・ブレイズが後退する紫苑の左手首を襲う! 一拍置いて、溢れかえるように血が噴き出した。手首を斬ったのだ、傷口は腕の半ばまで達している。

 

「っ――! この!」

 

 それでも後ろに下がる紫苑が、右手に刀を持ち替えて横に振る。しかし、シオンはあえて追撃をせずに、その場に留まる事で刃を躱した。

 鼻先を通り過ぎる刃ににぃっと笑い、痛む脇腹を手で押さえながら、血の溢れる左手首を見下ろしている紫苑を見据える。

 

「ざまあねぇな。油断してっからだ。何でか再生出来るようだが、失った血液までは補充出来ねぇだろ。暫くは左手の握力は回復しねぇぜ?」

「そうだね……」

 

 紫苑は苦々しく呻きながら、刀を持った右手で傷口をスッとなぞる。それだけで、手首の傷があっさりと塞がった。

 シオンは再びイクス・ブレイズを身構えて、痛む脇腹を、埃(ほこり)を払うかのように右手で叩いた。

 その部分は、刀で斬られた筈――なのに出血していない。バリアジャケットは斬られているのにだ。それを確認するなり、紫苑が苦笑する。

 

「ジャケットの下に何か着込んでいるね?」

「トウヤ兄ぃが耐刃繊維の肌着を持ってた事を思い出してな。わざわざジャケットを展開した後に、もう一度着直したんだぜ?」

 

 ぴらりとシャツ状のジャケットめくって紫苑に見せる。そこには、もう一枚シャツがあった。

 耐刃繊維とは、ある特殊な生地で作られている服である。摩擦の強い特殊繊維で作られた服で、刃を滑らなくしてしまうのだ。滑らない刃物は、切れ味をろくに発揮してくれない。特に刀は引かねば斬れないのが特徴である。刀が他の刀剣類より、扱いが難しいと言われる由縁であった。

 シオンはそれを利用したのだ。これ自体は魔法と何ら関係の無い物である為、神空零無の影響を受けないと言う特典まである。

 ……ただ、刃物を滑らなくしてしまうと言う以外は普通の服の為、防御力は皆無。鉄の棒でブン殴られるのと大差無いダメージを受けはするのだが。

 実際、神覇ノ太刀の斬方の一つ、”斬鉄”あたりを使われれば、シオンの胴は二つに分かれていただろう。

 だが、シオンは確信していた。あの勝利が確定したような状況ならば、紫苑はわざわざ斬鉄を使っては来ないと。

 なんせ自分である。詰めの甘さもまんま自分と同じであった。

 へっと笑うシオンに、感心したように紫苑が唸った。

 

「まともには戦わない……そう言う事?」

「お前がちくちくちくちく、下らねぇ嫌みでもってこっちを虐めてる間に、俺はずっと考えていたのさ。お前を出し抜く方法をよ。”三つ”程考えついたよ。今のが、まず一つ」

 

 言いながら、シオンは前に進む。紫苑は後ろに下がりながら……恐らくは握力が回復していないのだろう、左手を庇うように右半身へと構えた。

 

「二度は通用しないよ」

「分かってるさ。だから、いくつも考えたのさ。そして――」

 

 そんな紫苑に薄っらとシオンは笑い、いきなり無挙動で両手のイクス・ブレイズを二つとも紫苑に投げ放つ!

 不意をついたそれに紫苑が目を見開き、しかし動じずに刀を翻した。

 

    −閃!−

 

    −撃!−

 

 回転しながり迫る二つのイクスは、あっさりと弾き飛ばされる。

 

 ――浅はかだね。

 

 そう紫苑が嘲笑を浮かべようとした、次の瞬間、その笑みが固まった。”眼前、吐息が掛かる程の距離にいつの間にか詰め寄ったシオンに”。

 驚愕に固まる紫苑に、シオンは獣じみた笑いを顔に張り付けて動く。その手には、何も持っていない。

 

 無手で何を――?

 

 紫苑のそんな疑問の答えはすぐに来た。硬く握りしめられた、拳と共に。

 

    −撃!−

 

「かっ……!」

 

 顔面に拳を叩き込まれ、紫苑が呻きを放つ。

 

 打撃だと……!

 

 胸中叫びながら、殴られて衝撃で後ろに下がる紫苑に、今度こそは踏み止まらず、シオンが深く踏み込む!

 そんなシオンに紫苑は鋭く睨みなり、右手の刀を横からシオンに放った。

 

「調子に……!」

 

 乗るな――そう叫ぼうとして、だがそれも出来なかった。シオンの身体が深く踏み込んだ分、深く沈み込む。

 紫苑が放った刀は、あっさりとその頭上を通り過ぎた。そこで、シオンは止まらない。通り過ぎる筈の刀――正確にはそれを握る右手を左手で掴むと同時に、自分へと引っ張る。

 その動作に、紫苑の体勢は崩れた。更に体勢が崩れ、がら空きとなった鳩尾(みぞおち)に右の肘を踏み込みながら突き放つ!

 世にその技を、こう言う。八極拳、六大開『頂』豁打頂肘(かつだちょうちゅう)、と。

 人体急所の一つである鳩尾に埋め込まれた肘に、紫苑が苦悶の息を吐いた。それを聞いて、シオンが笑う。

 

「刀を捨てて五年間。俺も無為に過ごして来た訳じゃねぇんだよ」

「こ、れが、二つ目、の……?」

 

 喘ぐように、問う紫苑。だが、シオンは更に笑みを深めた。

 

「いいや、二つ目はここからだ!」

 

 吠えると同時に、肘を打ち込んだ姿勢からシオンの身体が跳ね上がる! 掴んだ紫苑の右手を更に引きながら、肘に右手を押し当て、そこを支点に紫苑の小柄な身体を背中に担ぎ上げた。肘に逆関節を極め、叩き折りながら紫苑がその背中を回転する――!

 

 なんだ、これは!

 

 折られた右肘に苦悶の喘ぎを上げながら、見た事も無い動きに紫苑の目が大きく見開かれた。それを気配で察して、シオンは叫ぶ。

 

「見た事無ぇだろ? なんせ、タカ兄ぃ直伝の、タカ兄ぃだけの技だからなぁっ!」

「なぁっ!?」

 

 その叫びに紫苑の驚愕の声が重なり、紫苑の身体が背中を回り切る。シオンは前に倒れこみ、紫苑を頭から叩き落とした。

 

    −撃!−

 

「がぁっ!」

 

 脳天に凄まじい衝撃が走り、紫苑が悲鳴を上げる。シオンは素早く立ち上がり、うずくまる紫苑を冷たく見下ろした。

 

「組み技――投げ、締め、関節技の総称だ。これを魔導戦闘で、まともに使ったのはタカ兄ぃしかいない。……もしくは、それを教えられた俺以外にはな」

「く……!?」

 

 五年。シオンは刀を捨ててから、それを埋めるように他の技を求めた。

 剣技を、小太刀を。そして、タカトの格闘術を。

 タカトの格闘術は、他と一線を画するものだった。従来ならば魔導師戦闘で使え無い技を、自らの格闘術に組み込んだのである。それが、組み技であった。

 空間に足場を展開する技能が、これを空戦を含めた高速の魔導師戦での使用を可能としたのだ。

 痛みに喘ぐ紫苑の呻きが響き、それを聞きながらシオンは左手を前に突き出す。

 

「我が手へ!」

【リターン!】

 

 即座に離れた位置に落ちていたイクス・ブレイズがシオンの元へと返って来た。

 紫苑の左手は出血で使えず、右手の肘は叩き折った。だが、再生する事が出来る紫苑はすぐに復活するだろう。その前に倒す!

 

「終わりだ! 紫苑!」

 

 叫び、イクス・ブレイズを振り上げた――次の瞬間、紫苑が感情の失せた顔で、シオンを振り返る。ギョロリと剥いた目が、シオンを捉えた。

 シオンの背中を先とは比べものにならない悪寒が突き抜ける!

 

「僕を舐めるな……!」

 

    −轟!−

 

 刹那、目の前に真っ白な光が溢れ――。

 肩から斜めにかけて耐え難い痛みが走り抜け、身体が跳ね上がるような感触と共にシオンの意識は飲み込まれたのだった。

 

 

(中編2に続く)

 

 




はい、第四十三話中編1でした。
シオンVS紫苑、次回ついに紫苑の正体が明らかに。
どのようなものなのか、お楽しみにです。
では、中編2でお会いしましょう。
ではではー。


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第四十三話「刀刃の後継」(中編2)

はい、第四十三話中編2です。ついに紫苑の正体が明らかに。お楽しみにー。


 

 シオンが紫苑と戦闘を開始した頃。神庭家、母屋ではうろうろとさまよう影があった。

 スバル・ナカジマである。シオンが向かった後、じっとしてもいられず、こうやってうろうろしていたのだ。

 

 ……シオンの言う事は、分かるよ。

 

 スバルは考え込みながら歩く。みもりが人質に取られているのだ。下手に手出しは出来ない。

 しかも今、自分達にはデバイスも無いのである。同行をシオンが許さないのは当然と言えた。

 理屈では納得している。でも、感情はまた別であった。

 みもりは友達だ。短い付き合いだが、少なくともスバルはそう思っている。その友達が人質に取られているのに、じっとなんかしていられない。

 ましてやシオンは自分より強いと断言した相手と一人で戦いに行ったのだ。

 シオンの事は、スバルも信じている。必ず帰って来ると、そう思ってる。

 でも、だからと言ってここでじっと動かず、待っているのは違う気がした。

 動きたいけど、動けない。そんなもどかしい気持ちのまま歩いていると、曲がり角から突然、親友でありパートナーである、ティアナ・ランスターが現れた。何やらぶつぶつと呟きながら歩いている。

 

 ……ひょっとして、ティアも?

 

 その様子に自分と同じ感じをスバルは受ける。取り敢えず、声を掛ける事にした。

 

「ティア〜〜?」

「……ん? あ、スバルか」

 

 スバルの呼び掛けに、ティアナは俯いていた顔を上げる。スバルは頷くとティアナへと駆け寄った。

 

「どうしたの? 考え込んでたみたいだけど」

「うん。ちょっと、ね。あんたこそ、ここ。部屋じゃ無いでしょ?」

「……うん。私も、ちょっと」

 

 考えている事は一緒。二人は長年のパートナーだった事もあり、即座にそれを悟る。

 互いに罰の悪そうな顔となりながら、肩を並べて歩き出した。

 

「シオン、大丈夫かな……?」

「さぁね……」

 

 スバルがぽつりと呟いた疑問に、ティアナも気の無い返事を返す。そのまま、黙り込んでしまい、歩いて行くと。

 

「「あ……」」

 

 二人は思わず声をあげた。行き着いた先は、玄関だったから。

 ……まるで二人の心を表すように、そこに辿り着いてしまったのだ。勿論、意識しての事では無い。暫く二人は玄関を迷うように見る。

 今すぐ、行きたい。だが、来るなと言ったシオンの言葉が二人を止めていた。

 恐らくみもりが人質に取られて無くても、シオンは一人で戦いに向かっただろう。

 そう言った相手なのだ。シオンにとって、あの紫苑は。シオンが一人で向き合い、戦わなければならない存在。

 だからこそ、シオンはスバル達に来るなと言ったのではないか。

 そう思いながら、しかし引き返す事も出来ずに、二人はじっと玄関を見つめ続ける。すると。

 

「……スバルさん? ティアさん?」

「二人共、どうしたんですか?」

 

 突如、そんな声が背中から掛けられた。二人は思わず振り向く。そこには、エリオとキャロが居た。

 

「エリオ、キャロ……」

「あんた達こそ、どうしたの?」

 

 いきなり現れた二人に驚きつつも、スバルとティアナは聞き返す。

 それに、エリオもキャロも先の二人と同じく、罰が悪そうな顔となった。

 

「その……シオン兄さんの事が気になって」

「部屋にじっと出来なくて、エリオ君と歩いてたら、ここに……」

 

 視線を外すようにして答える二人に、スバルも、ティアナも思わずため息を吐いた。

 考えている事は、皆一緒だと言う事である。助けに行きたい。けど、行けない。

 そんな気持ち。

 ただ待つと言うのが、ここまで辛いものだと、四人は初めて知った。

 暫く、向き合ったまま黙り込む四人。やがて、ふっとスバルが不意に微笑した。ティアナを、エリオを、キャロを見て、そしてもう一度玄関を見る。ぽつりと呟いた。

 

「……行こう」

「「「え……?」」」

 

 その呟きに、三人は思わず目を見張る。スバルは、そんな三人に微笑んで告げる。

 

「行こう、みんな。シオンの所に」

「……スバル。あんた、自分が何言ってるか分かってる?」

 

 その言葉に、ティアナが問い返す。それが何を意味するか分かっているのかと。

 彼女達が行くと言う事は、取りも直さずシオンの意思を無視すると言う事であった。

 エリオやキャロも不安気な表情でスバルを見つめる。ティアナの問いに、しかしスバルはすぐに頷いた。

 

「……うん、分かってる。私達が行くと、シオンが嫌がるって事も」

「じゃあ、なんで――」

「でもね、ティア。我が儘かも知れないけど、私、行きたいんだ」

 

 ティアナに最後まで言わせず、スバルは告げる。玄関へと視線を移した。

 

「……シオンが今、一人で戦ってる。その結果が、ひょっとしたらって考えると……怖いんだよ。嫌なの」

「スバル……」

 

 まるで、自分に言い聞かせるように呟くスバルの言葉。それに、ティアナは呆然となる。エリオや、キャロもだ。スバルは構わず続ける。

 

「シオンの戦いの邪魔なんて、多分出来ない……でも、待ってるだけなのも絶対出来ない」

 

 だから。最後だけ言葉にはせずに、スバルはティアナを、エリオを、キャロを振り返る。

 スバルが告げた言葉は違う事が無い四人全員の気持ちであった。

 しばしスバルと三人は見つめ合い。そして。

 

「……みもりを私達で助ければ、あいつも気兼ね無く戦えるかもね」

「ティア!」

 

 ぽつりとティアナが告げた言葉に、スバルが歓声を上げる。彼女は苦笑した。

 

「……どうせ、最後にはあんたの我が儘を聞く事になるんだから。言っても聞かないだろうし。なら、出来る事を考えた方が無難よね?」

「ですね。これなら、シオン兄さんの戦いの邪魔にもなりません!」

「みもりさんが怪我してたら、ちょっとだけでも私が治せます!」

 

 ティアナの言葉に、エリオやキャロも乗って来る。スバルは三人に頷きながら、満面の笑みを浮かべた。よしっ、とティアナが大きく頷く。

 

「そうと決まったら、みもりを助け出す作戦練るわよ! まずは――」

「その前に、一人は戦える人もいるよね」

 

 意気込む四人に、やけに陽気な声が掛けられた。その声に飛び上がりそうな程驚き、四人はそろりそろりと後ろを振り向く。

 そこには、実年齢を思わず確かめたくなる少女のような外見の女性が居た。にっこりと笑う、彼女が。

 四人はその人を見て、呆然と名を呼ぶ。

 

『『アサギ、さん……?』』

「うん」

 

 シオンの母、アサギが、そこに居た。

 似合わない刀をその手に持って、変わらない微笑みを浮かべて、四人の前に居たのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

【……オン! シオンっ!】

 

 暗い――暗い、場所。

 その中で、シオンは聞こえて来た声に意識を繋いだ。

 数秒か、あるいは数分か、気を失っていたらしい。目を開く、と。

 

「ぐっ!? かは! あっぐ……!」

【シオン!?】

 

 肩から胸にかけて凄まじい激痛が走り抜けた。まるで骨をバールで一本一本、こじ開けるような、そんな太い痛み。

 暫く痛みに喘ぎながらも、シオンは床に手をついて立ち上がる。

 シオンが倒れていた場所は、暗い教室の中だった。一階には教室は無かったので、二階か三階まで吹き飛ばされたのか。先程から自分を呼ぶ相棒に目を向けた。

 

「……大、丈夫だ。イクス」

【そうは見えんがな……】

 

 イクスのそんな返答に、シオンは苦笑する。イクスは大剣形態、つまりノーマルフォームに戻っていた。当然、自分も。

 それを確認するなり、ぐっと息を飲みながら問う。

 

「何を俺はかまされた?」

【剣牙だ】

 

 イクスは即答する。だが聞いた本人、シオンは、その答えに怪訝そうに眉を潜めた。

 

「剣牙、だと? あの状況で……右腕は叩き折ってた筈だろ?」

 

 いくら再生能力があるとは言え、骨折が治るにしては早過ぎであった。その状況で剣牙なぞ、使える筈も無い。なのに。

 

【違う。奴は”左手”に刀を持ち替えて剣牙を放ったのだ。俺に出来た事はノーマルに戻って、この身体で剣牙を防ぐ事だけだった】

「……それで神空零無付きの剣牙を喰らっても俺、生きてたって訳か――て、左手? あいつの左手は」

 

 自分が生き残った理由に、シオンは納得。どうやらイクスが瞬間的に戦技変換する事で、ノーマルに戻り、大剣状態で剣牙を受けたらしい。そうでなければ、自分の身体は真っ二つになっていただろう。

 だがここに至り、もう一つの疑問が生まれた。紫苑の左手は出血で、握力が戻っていなかった筈である……少なくとも、あの短い時間で刀を握れる程、握力が戻る筈が無い。しかも少なからず反動がある剣牙すらも放ってみせたのだ。これは、どういう事か。

 

【シオン。俺達は、そもそも思い違いをしていたのかも知れん。奴は――】

「そうだね、イクス。僕の正体は貴方の思っている通りだよ」

 

 イクスの台詞を遮り、いきなり声が来た。

 

 来たか……!

 

 それだけを思い。シオンは痛む身体を押してイクスをひっ掴み、立ち上がる。

 ぐっと前を見据えると、そこに彼が、紫苑が居た。すでに右腕の骨折すらも治ったのか、変わらない姿のままで。

 実質切り札2枚は無意味に終わった事をシオンは歯噛みしながら悟る。そんなシオンに、紫苑は微笑み、周りを見渡した。

 

「懐かしい教室だろ?」

「……ああ」

 

 シオンは静かに頷く。今居るこの教室は、シオンがかって通っていた教室であったから。

 それを見越して、ここまで吹き飛ばしたのか。あるいは、偶然か……答えの出ない疑問を、シオンは頭を振って追い出す。微笑し続ける紫苑を見据えた。

 

「いい加減、はっきりしときたいんだけどよ……お前、一体何なんだ?」

「それを聞かれるのも三回目だね。イクスには気付かれたようだし、もういいかな? 教えてあげるよ、僕の正体について」

 

 言うなり、左手に刀を携(たずさ)えたままシオンは両手で自らの胸に手を押し当てた。

 にこりと笑う。無邪気な、そんな笑みを。

 

「……とある世界、魂の研究や、神に近付こうとした世界があった。アルハザードって言う世界。貴方も知ってるよね?」

 

 シオンは黙って頷く。それを満足そうに見ながら、紫苑は笑う。

 

「その世界では不死の研究として、魂や遺伝子、魔法の研究。独自の学問が進められていた。……けど、アルハザードは当時、平和とは言い難い状況でね? その為に、いろいろな兵器が生み出されたんだ――」

 

 例えば、巨大なる戦舟。

 例えば、様々な破壊力を誇る武器達。

 例えば、魂をエネルギー結晶に変換した、極大エネルギー装置。

 

「その兵器の中に、対人としては最高傑作と謳われた暗殺兵器があったんだ。それは、特定人物の『魂』の波紋データを元に自らをその人物と全く同じ存在に変換し、オリジナルを殺す事で入れ代わり、敵対組織を内部から切り崩す事を目的として作られた”殺人人形(キリング・ドール)”……もう、分かるよね?」

「て、事は。お前は――」

 

 紫苑の言葉を黙って聞いていたシオンの目が見開かれる。紫苑は――”シオンの姿を取った人形”は、こくりと頷いた。

 

「貴方達の概念では、ロストロギアって呼ぶんだったね。改めて自己紹介しよう。

 ロストロギア、”ドッペル・ゲンガー”。

 ……これが、僕の正体だ」

 

 人間じゃ無かった訳か――。

 

 どうりで、今まで殺人に対する忌避も無かった訳である。

 紫苑のその正体に、シオンは静かに納得した。だが、まだ疑問は尽きない。シオンは紫苑の顔を見つめて、更に問う。

 

「魂の波紋データを拾得して、お前は他の誰かの姿を取るっつったな? ……いつ、誰が、何の為に、”わざわざ五年前の俺”の姿なんぞをお前に取らせた?」

「質問ばかりだね? でもどうせ最後だし、いいかな。貴方の姿を取ったのは僕の意思だ。最初は貴方の魂の情報を持ってた”彼”になろうとしたんだけどね」

「”彼”だと……?」

 

 ”あの人”。そう言われるとばかり思っていたシオンは新たに出た呼び名に思わず聞き返す。

 わざわざ分けたと言う事は、”あの人”とは別人だと言う事か。紫苑はくすりと頷いた。

 

「貴方の良く知ってる人だよ? 分からないかい? ”貴方の記憶を略奪”した彼さ……」

「っ――――!」

 

 記憶を略奪した存在。そんなもの、一人しかいない。つまりは。

 

「タ、カ兄ぃ……」

「そう、彼さ」

 

 何が楽しいのか、紫苑は嬉し気に笑いながら、再び頷く。シオンはぐっと息を飲んだ。

 タカトはシオンの記憶を忘れさせる為に、略奪した。それに、”魂”の波紋データがあった訳だ。つまり、こいつは――。

 

「タカ兄ぃに、作られたって訳か……!」

「ちょっと違うね。僕はたまたま遺跡に来た、彼から魂の波紋データを手に入れて自分からこの姿を取ったのさ。……彼の魂は”傷”を負ってたから、彼にはなれなかったんだけどね」

「傷……?」

「貴方が知る必要は無い事さ」

 

 新たに出た単語に聞き直すシオンだが、紫苑はそれもばっさりと切って捨てた。すっと目が細まる。

 

「彼から貴方を、今までの貴方で最強であった五年前の、この姿を取って僕は生まれた……けどね? 彼は、伊織タカトはそんな僕を、生まれて来たばかりの僕を、”容赦無く殺したのさ”……壊したとも言うけど」

「タカ兄ぃが、お前を……? そうか!」

 

 一瞬、紫苑の台詞に疑問符を浮かべたシオンであったが、即座に悟る。紫苑が先程言ったでは無いか。

 ドッペル・ゲンガーは、その姿を取った本人(オリジナル)を殺して成り代わる、と。

 ……自慢でも何でも無いが、”あのタカト”がそれを知って、紫苑を生かして置く筈が無い。紫苑は肩をひょい、と竦めた。

 

「容赦無かったよ。僕も抵抗したんだけどね。まるで、意味が無かった。四肢は引きちぎって一つ一つ、念入りに潰して、胴体と顔は八つ裂きにして、完全に破壊された。……あそこまでやると、もう破壊なんて言葉が可愛く見えるくらいだよ。――でもね、そんな破壊され尽くした僕を、”あの人”が救ってくれたのさ」

 

 また、”あの人”か――。

 

 シオンは苦々しく思う。そのあの人とやらが、この紫苑を甦らさせ、自分に向かわせたのだ。

 それは誰かとシオンが問う前に、紫苑がまるで歌うかのように呟き始めた。

 

「……黄金の仮面を被り、神の名。真名を持ち得た偉大なる人――貴方は知ってる筈だよ? 何せ、”天使事件”を起こした人物だからね」

 

 ……今、こいつは何と言った?

 

 シオンは呆然と、声に出せない程の衝撃を受けて、問う。

 黄金の、仮面。

 神の名、真名を持ち得た存在。

 何より”天使事件”を、あの忌まわしい事件を起こした人物――そんな人物は、一人しか居なかった。震える唇で、シオンはその名を呼ぶ。

 

「シェピロ・アルカイド……生きて、やがったのか……!」

「そう! 全世界にたった四人しか現存しない。”ランクEX”! それが、”あの人”さ!」

 

 絶叫するように、紫苑が吠える! それを聞きながら、シオンはぐっと息と共に、その意味を飲み込んだ。

 天使事件を、ある存在と共に引き起こした人物。それが、シェピロ・アルカイドと言う存在であった。彼が生きていると言う事はつまり。

 

「また、やろうってか? ”俺を使って神の降誕とやらを!?”」

 

 紫苑が最初に会った時にシオンを殺せないと言った意味を、シオンは卒然と理解した。

 シェピロが再び神の降誕を自分を使って行おうとするならば、殺す事を禁じる筈である。シオンの叫びに、しかし紫苑はただ笑う。

 

「さぁね。ただ、貴方を殺す事を僕は禁じられただけだよ。後は知らない――だけど、僕はそれが納得いかないんだ。僕が居るのに、何故、貴方を必要とするのか……?」

 

 ――笑いが、消えた。人形じみた無表情な顔となった紫苑に、シオンは押し黙る。

 紫苑は構わず、無表情なままで続ける。一歩を、シオンに向かって前に踏み出した。

 

「僕が居る、僕が居るんだ。なのに何故、貴方をあの人は求めるのか? ……僕はそれが納得出来ない。だから、あの人の命を裏切って貴方を殺す事にしたのさ……そうすれば、あの人は僕を見てくれる――」

「…………」

 

 歌うように、唄うように、詩うように。

 そう言いながら歩く紫苑に、シオンは気圧されたように、後退した。

 

 あの人は僕を見てくれる――。

 

 そう言う紫苑に何かを感じてしまって……。

 更に紫苑は、前に進む。シオンはまた、後退した。

 紫苑はそれを見ながら刀を構える。同時にくすりと笑い、表情を取り戻した。すっと刀を差し向ける。

 

「あんまり後退しないほうがいいんじゃないかな? ……背後を見るといいよ、時間を十秒だけあげるからさ」

「――――!?」

 

 その台詞にシオンは反射的に振り向いた。視界に、”彼女”が飛び込む。

 教室の床に、仰向けになって転がされた、彼女――姫野、みもりが。

 目を閉じて、ぐったりと動かない。一瞬、最悪の事態を想像して悲鳴を上げかけるが、よく見れば、そんな事にはなっていなかった。

 ゆっくりとだが、呼吸をしている。それを確認して、シオンは安堵の息を吐いた。薬か何かで眠らされているのか、起きる気配は無い。

 

「十秒経ったよ」

 

 紫苑の言葉に、シオンは後ろ髪を引かれる思いで、しかしすぐに向き直る。

 その先で、紫苑は鈍く光る刀の切っ先を、自分から背後のみもりへとすっと動かして突き付けていた。

 

「……貴方はみもりを見捨てて逃げたりしないよね? 多分だけど。そうなったら僕はみもりを貴方の刀技で殺すよ? 少し楽しみだと思わない? 何せ、貴方の姿をした僕に、みもりは貴方の技で殺されるんだ。彼女はどう思うかな? 泣くと思う?」

「――――」

 

 シオンは、答えなかった――答える気にもならかった。代わりに。

 

   −ブレイド−

 

 自分だけの、鍵となる言葉を。

 

    −オン−

 

 解き放つ。

 心が冷え冷えと冴えて行く。怒りが過ぎて、逆に頭が澄み渡っているのだ……歯車が、噛み合う。ゆっくりと目を閉じた。

 その閉じられた瞼(まぶた)の奥で広がるのは自分だけの世界、悠久の青空を仰ぐ草原、自分の心象風景であった。

 その真ん中に古風に晒され、静かに地面へと突き立つ柄も鍔も黒塗りの日本刀。ただ刀身のみが鮮やかな銀の光を放つ、その刀へと、シオンは歩いて行く。

 歩いて行きながら、紫苑へと呟いた。

 

「お前を出し抜く方法なんだが……あと一つだけあってよ」

「……?」

 

 シオンが呟くようにして告げた台詞に、紫苑が怪訝そうに眉をひそめた、その瞬間!

 

    −閃!−

 

 なんの挙動も無しに再びイクスが、紫苑へと真っ直ぐに投げられる!

 射刀術。まるでダーツを投げるかのように、真っ直ぐに投げられた技をそう呼ぶ。

 いきなり投げられ、自分へと向かい来るイクスに、しかし紫苑は嘲るように笑った。

 

 二度、同じ手は通じないと言った筈だよ――!

 

 胸中叫びながら、紫苑は横に一歩を踏み出して体を翻した。それだけで、イクスの進行方向から外れる。

 下手に防御せずに、避ける事で隙を最小限にしたのだ。そして、紫苑の見る先でシオンがこちらに駆けて来る――!

 

 終わりだ……。

 

 静かに、そう思いながら左手に持つ刀を振り上げる。無手での格闘術がシオンにあったとしても、所詮は付け焼き刃である。自分の刀術に敵う筈が無い。そう、紫苑は確信していた。

 そして、それは概(おおむ)ね間違いでは無い――だが。

 こちらへと刀を振り上げる紫苑を、醒めた目で見据えながらシオンは右手を開いた。

 そして心象風景の中で、シオンは突き立った刀に辿り着く。

 

 ……今だけでいい。

 

 静かに、刀へと語りかける。

 

 今だけで、いい。だから。

 

 ゆっくりと手を伸ばす。柄を、握りしめた。目を見開く!

 

 お前を、抜かせてくれ――――!

 

 −ブレイド(刀を)−

 

  −オン(抜く)−

 

 叫びと共に、刀を引き抜いた――同時、開いた右手の掌から、”それ”が生える。刀の、柄頭が!

 シオンは迷わず左手で掴み、引き抜く!

 

    −戟!−

 

 直後、紫苑が縦に振るった刀は、シオンが引き抜きざまに横に振るった刀とぶつかり、シオンは更に前進しながら、”紫苑の刀を縦に斬り流す”。

 

    −閃!−

 

 ……な……。

 

 斬り流され、体を崩された体勢で、紫苑は呆然となる。視界に映るシオンは、手に持つ刀を翻している最中だった。

 ひどく、その光景がゆっくりと映る。

 柄も、鍔も、漆黒。ただ、その刀身のみが銀。刀身に浮かぶ鮮やかな乱れ刃紋が印象的だった。

 それを、翻した姿勢でこちらを見据えるシオンの目が、激烈極まる殺気が、紫苑に突き刺さる――!

 

「うぁああああ!?」

 

    −斬!ー

 

 魅入られたように固まった紫苑が、ついには悲鳴を上げて、その場から飛びすさった……それでも、完全には躱せなかった。

 肩口を浅く斬られ、鮮血が舞う。後ろに退きながら、それでも信じられないと紫苑は目を見張った。

 刀を緩やかに引き戻し、構えるシオンを。五年もの間、全く握らなかったくせに、刀を構えるシオンは、まるで一枚絵のように美しく映っていた。

 シオンは無言。刀を抜いた事も、振るった事にも何も言わずに、ただ紫苑に刀をすっと腰溜めに構えると、迅雷の速度で駆け出す!

 視認すらも霞む速度で踏み込むシオンに、紫苑は漸く我に返った。同じく前に踏み込み、横薙ぎへと刀を振るう――!

 

    −閃!−

 

    −裂!−

 

    −戟!−

 

 放たれた紫苑の斬撃は、同じように放たれたシオンの斬撃とぶつかり合った。鋼が絡み合うような音が響き、つぃんと言う音を最後に二つの刀は弾き合う。そのまま、二人は止まらなかった。

 円を描くように踏み込みながら相手を斬り倒さんと再び放たれる斬撃!

 それが、幾度も、幾度も重なり合う!

 

    −閃!−

 

 一撃。

 

    −裂!−

 

 十撃。

 

    −斬!−

 

 百撃!

 

 互いの身体を求め合い放たれる刀は互いに弾き合う! その中で、紫苑は最初こそ、まだ余裕の笑いを浮かべていた。

 ……いかな手段を用いたか刀を手にしたようだが、それでも向こうは五年ものブランクがある。自分には敵う筈が無い、と――だが、それが十を超えた辺りで笑顔は曇り、百を超えた段階で、笑顔は完全に消え去って、代わりに焦燥が紫苑の顔を支配した。

 五年。五年もの間、彼は刀を握る事もしなかった筈である。それが何故、何故!

 

「何故!? 僕に追いつける! オリジナル・シオン!?」

「――お前だからだ」

 

    −戟!−

 

 再び互いに、互いの斬撃を斬り流し、紫苑の問いにシオンは答える。

 

 ……僕、だから……? っ――――!?

 

 一瞬言われている意味を理解出来なかった紫苑だが、すぐにその答えの意味に思い当たり、顔が強張る。つまり、シオンは。

 

「僕から……! 僕からかつての自分の刀技を思い出したって言うのか!?」

「元々は俺の技だ。それを何度も目の前で振るわれて、斬り付けられりゃあ、嫌でも思い出すに決まってんだろうが!」

 

 有り得ない!

 

 紫苑の胸中は、そう叫ぶ。だが、目の前のシオンの技がそれを否定する。

 

    −戟!−

 

    −破!−

 

 再び放たれた刀は再び互いを斬り流し、互いを傷付ける事無く過ぎる。

 紫苑がその結果に歯噛せん程に凄絶にシオンを睨んで刀を振り、だがシオンは変わらず無表情のまま刀を振る!

 刀を振るう二人のシオン。二人の間に、すでに溝は無い。ここに至り、両者は完全に拮抗した。

 

 ――だが。

 

    −閃!−

 

 振るわれ、重なり、再び斬り流される二人の刀。しかし、そこに変化が起きていた。

 紫苑の方が、僅かに遅れたのだ。

 

 ……?

 

 それに、紫苑の顔が怪訝に染まる。

 

 ――ただ、一つの違いがあった。

 

 振るわれ、振るわれ続ける刀。しかし徐々に、だが確かに紫苑の方が僅かに遅れる。その遅れは段々と、しかし数を重ねる程に浮き彫りとなっていった。

 紫苑の斬撃が遅くなっているのか? ……否、違う!

 

 ――この時、神庭シオンは。

 

 ”速くなっているのだ、”シオンの斬撃が!

 

 ――十数年に渡って、自らに課していた、”不殺”と言う名の枷を、完全に。

 

 ひゅっと、シオンの口から鋭い呼気が放たれる。同時に手に持つ刀が翻り、肩に背が押し当てられた。

 紫苑を静かに見据える――直後、今までに無い程の悪寒が紫苑を突き抜けた。それは、かつて自分を殺し尽くした存在と同種の殺気。伊織タカトと同じ、他者を完全に殺し尽くすと言う決意の元に放たれる殺気!

 激烈極まる殺気を叩き付けたシオンの刀が僅かな震えを放った。否、違う。そうでは無い。震えたのは刀では無い。……空間が、世界が震えたのだ。

 恐れるように、畏れるように、怖れるように!

 シオンの、斬撃に――!

 

 ――外していたのである。

 

    −斬−

 

 その斬撃は、見る事が敵わなかった。

 ただ、紫苑が見たのは、刀を振り終えたシオンの姿だった。

 一瞬だけ間が空く。そして、紫苑の身体を斜めに赤い線が走った。

 ……血だ。あまりにも速過ぎる斬撃が、遅れて傷を走らせたのである。

 紫苑は何かを言おうとして、でもそれも叶わないままに、自らが生んだ血溜まりに沈んだ。

 刀を振り終え、残心するシオンがゆっくりと身を起こす。その息は、ただ荒い。その息のまま、紫苑を見据えて告げる。

 

「お前を出し抜く三つめの手はな……」

 

 紫苑の大きく見開かれた目を、しっかりとシオンは見る。ぐっと息を飲み、荒げた息を整えた。続きを、告げる。

 

「みもりを助けるためなら、刀を抜く事だろうが、人一人くらい殺す事だろうが、何だってやってやるって事だったんだけどよ――相手が人形だってんなら、そんなに思い詰める事も無かったな……」

 

 ふぅと安堵の息を吐く。そしてシオンは弾かれたように、みもりへと視線を移した。みもりには、人型のアウト・フレームとなったイクスが脇にしゃがみ込んでいる。

 

「イクス! みもりは――!?」

【案じるな、無事だ。ただ、眠らされているだけだろう】

 

 イクスの答えに、シオンは漸く完全に安堵の息を吐き切った。そんなシオンに苦笑し、イクスは視線をその手に持つ刀に移した。……少しだけ、淋しそうな笑いが零れる。

 

【抜いたんだな。それを】

「……ああ」

 

 シオンはこくりと頷く。そして、左手に握る刀を見つめた。

 シオンの右手から突如として現れたこの刀。これこそが、神庭家の至宝たる刀であった。

 銘(な)は、無い。この刀を代々継いだ者が、自分で考えた銘を、その時に与える事が決められているからであった。

 ……シオンは、それを決めていない。と言うより、つい先日自分がこの刀を継いでいる事を知ったばかりなのだ。

 初めて自分の心象風景に入った、あの時に。じろりと、イクスを睨む。

 

「……まさか、あの事件の後に勝手に継承されていたなんてな」

【そう睨むな。俺は殆ど無関係だ】

 

 イクスが肩を竦める、シオンは、ため息を吐いた。

 この刀、どうも五年前の事件の直後で、意識を失ったシオンになんと勝手に継承させたらしい。

 進めたのは母、アサギとの事だが、異母兄二人もかなり怪しい所であった。

 この刀を継承すると、刀と魂は融合し、継承者ならぬ所有者は、自らの中からこの刀を取り出せる。……あまりにも、不可思議な現象だ。この刀、そもそもの由来が不明と来てる。神(世界)の魂が、そのまま刀となった代物らしいのだが……。

 そう考えると、この刀も立派にロストロギアである。何の能力も無い、ただ絶対に壊れず、傷付かないと言うだけなのだが。シオンはもう一度息を吐きながら、笑顔を浮かべて。

 

「まさか……最後の手段が正攻法とは……ね……」

 

「【っ――――!?】」

 

 響いたそんな声に、ぎょっと固まる。すぐに振り返ると、そこに彼は居た。紫苑が、”立ち上がって!”

 

「しかも、刀を抜いて……僕を、斬る、か……」

「お、前……それは!?」

 

 苦々しく語り掛けてくる紫苑に、シオンが目を大きく見開きながら指を差す。その指が示す紫苑の身体には、”黒のバブル”がごぽごぽと溢れていた。

 アンラマンユ。因子が――!

 シオンとイクスは漸く悟る。紫苑の再生能力の理由を。つまり因子が理由だった訳だ。これで、あの再生能力にも合点がいった。どうりで、いくら致命的なダメージを喰らわせようと復活する筈である。

 シオンはぐっと息を飲んで、紫苑の台詞を思い出していた。あの人に救って貰ったと。つまり――。

 

「……そいつを、奴から感染させられたって訳か!」

「……僕の身体は……人間と一緒の……有機物で構成されているけど、ね……魂が無いから、第二段階に至らない限りは、意思を保っていられる訳さ……」

 

 にぃ、と紫苑の口端が吊り上がる。ゆっくりと刀を構えた。まだ、戦う積もりである。シオンはそれを確認するなり、同じく刀を構え、イクスに声を掛けた。

 

「イクス、悪ぃ。みもりを連れて外に出ててくれ!」

【な……! だがお前一人を置いて……!】

「イクスっ!」

 

 シオンの台詞に、反論しようとするイクスだが、シオンはそれを遮るように大声を上げる。そして、一言を告げた。

 

「頼む……こいつとの決着は、俺一人で付けさせてくれ」

 

 それは、懇願であった。イクスはそれに、しばし黙り込む。シオンの背中を見つめて。やがて、ふっと笑うと、背を向けた。みもりを担ぎ、ゆっくりと納得する。

 

 そうか、こう言う気持ちなのだな。弟子に――。

 

【……死ぬなよ】

「誰に聞いてる積もりだ? アンタの弟子だぞ?」

 

 一人立ちされる、と言う気持ちは。

 

 納得と共に去来するのは、ひどく寂しい想いだった。イクスはそれをゆっくりと噛み締めると、みもりを担いだまま窓から外に出る。飛行魔法で、結界の外に飛んで行った。

 それを気配で察しながら、シオンは前を見続ける。身体中から因子を溢れさせ、零し、それでも笑う紫苑を。紫苑は、笑いながら刀を構えてシオンへと語り掛けて来る。前へと、歩を進めた。

 

「刀を使えるようになったとしても……僕を殺せるようになったとしても。これで漸く、僕と互角に戦えるっていうだけの意味にしか、ならないよ」

「本気でそう思ってやがるのか?」

 

 シオンはそれに対し、心持ち後退りしながら問い掛ける。紫苑は、無理矢理に笑みを浮かべた。

 

「勿論さ。それで、僕が勝つんだ! あの人のために!」

 

 あの人のため――。

 

 そう言う紫苑に、シオンは目を細める。

 

 あの人のため――。

 

 そんな紫苑が、重なる。かつての自分、ルシアのためと、タカトを追い掛け続けていた自分に。

 

 あの人のため――。

 

 最も愚かだった、かつての自分に! 苛立ちに任せて、床に足を叩き付ける。教室の床を、ブチ壊した。

 

「あの人のため――あの人のため、あの人のため……あの人のためかぁ!」

 

 嘲るように繰り返し、叫ぶ! そんな紫苑を、見ていられなくて……そんな、”かつての自分”を許せなくて!

 紫苑も刀をシオンへと向けながら叫ぶ。

 

「そうさ! 僕はあの人のために存在している! あの人のための、あの人だけの! あの人が必要とする殺戮者だっ!」

 

 そんな紫苑が、自分と重なる! シオンは凄まじい形相で、紫苑に……かつての自分に吠えた。

 

「そう言った台詞を聞いてっと、ムカついてくるんだ……! 来いよォ!」

 

 叫びと共に、二人は同時に前に出た。刹那に、互いを間合いに入れる――!

 

「「壱ノ太刀――!」」

 

 そして引き出すのも、また互いに同じ技。居合の構えから、刀を一気に振り放つ!

 

「「絶影!!」」

 

    −裂!−

 

    −破!−

 

 真っ正面から、視認すら叶わぬ斬撃がぶつかり合う!

 それは互いの空間の中心点で、その威力を炸裂させ――場が持たなかった。

 行き場を無くした斬撃の余剰エネルギーが、真下に突き抜ける!

 それにより床に亀裂が走り、教室が完全に陥没して落ちて行った。

 

 ここに、二人のシオン。

 『刀刃の後継』の戦いは、最終局面を迎える――!

 

 

(後編に続く)

 

 




はい、第四十三話中編2でした。
紫苑の正体はロストロギアの人形だったと言うオチ。
魂学系技術のロストロギアとなりますな。
では次回、紫苑と決着!
お楽しみにです。
ではではー。


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第四十三話「刀刃の後継」(後編)

はい、第四十三話後編です。
ついに紫苑との戦いに決着! お楽しみ下さい。


 

 イクスが窓からみもりを担いで飛び出した直後に、その背後の教室から轟音が響いた。

 おそらく二人がまた激突した余波で教室が崩れたか。イクスは後ろ髪を引かれる思いで、だが振り返らずに飛んで行く。

 今、弟子であり、主でもあるシオンにとって、最も助けとなるのはみもりを戦闘の巻き添えにしない事であった。

 その為にもイクスは意識の無いみもりをこの場から離すべく飛んで行く。

 

 それに何より、奴は――。

 

 そう思いながら、イクスは結界の境界線に辿り着く。本来なら、ここで結界をどう抜け出すか算段をつけねばならない。だが、イクスは構わず結界へと飛んで行き、あっさりと結界を突き抜けた。それを確認して、イクスは息を吐く。

 やはりか、と。

 この結界、おそらく最初からシオンにだけ反応するように作られていたのだろう。つまりイクスやみもりが”外に出る”分には、全く反応しないのだ。

 ……試す気にはならないが、中に入ろうとすれば今度は阻まれるだろう。

 それは則ち、もう中には入れ無いという事を意味する。助けには行けないという事だ。

 シオンはそれを知っていながら――否、だからこそ、イクスに出て行くように告げたのだろう。

 一人で、戦う為に。

 シオンのそんな答えに、少しの苦さを覚えながら地面に下りる。それと同時に声が来た。

 

「あ! イクス!」

「本当……! それに、みもりも!」

 

 響いたのは、若い二人の少女の声。その声は、当然イクスの知る所のものだった。

 スバルとティアナである。

 イクスは声に顔を上げると、前方の道から、こちらへと駆けて来る五人の姿があった。

 それを見てイクスは嘆息する。彼女達が来るのを待って、イクスは声を漸く出した。

 

【やはり来たか、お前達】

「へ? やっぱりって……?」

 

 イクスの嘆息混じりの声に一同は――正確にはアサギを抜いた一同は、キョトンと疑問符を浮かべる。そんな一同の反応に、イクスは苦笑した。

 

【取り敢えず最初に言って置くと、みもりは無事だ。寝ているだけだな。そして、さっきの事だが、シオンとな。ああ言っても、お前達はここに来るだろうと話していたんだ】

「そうなんだ……」

「……あいつに行動読まれるなんて、なんか癪ね……」

 

 みもりが無事だった事に安堵しつつ、スバルが感心したように、ティアナは何故か悔し気に声を漏らす。エリオとキャロは、苦笑していたが。

 イクスは四人を取り敢えず置いて、アサギに向き直る。アサギはと言うと、イクスの見て、いつもの微笑を引っ込めていた。いつになく真剣な顔で問う。

 

「イクス君……イクス君がここに居るって事は、シオン君は”抜いた”んだね?」

【……ああ】

 

 簡潔に答える。そこで四人は漸く気付いた。シオンの姿が、ここに無い事を。イクスに慌てて問い掛ける。

 

「ねぇ、イクス! シオンは……!?」

【奴は戦っている。一人でな】

 

 こちらも即答。イクスは事実のみを四人に告げた。

 

 イクスも無しに、あの紫苑と。一人で……!?

 

 イクスの言葉に、四人の顔が蒼白となる。すぐに門へと向かおうとして。

 

【悪いが、行せない】

 

 その眼前に立ちはだかるように、イクスは両手を広げて四人に言い放った。そのまま、告げる。

 

【シオンが戦っているのは自分の過去だ。過去の、最も許せない自分の記憶だ……一人で戦わせてやってくれ】

「でも!? イクスも……デバイスも無いのに!」

【そちらについては問題無い。俺は、もう用済みだ】

「用っ!?」

 

 あんまりと言えば、あんまりなイクスの言葉に、スバル達は目を大きく見開く。イクスは、それに笑った。

 嬉しそうに、嬉しそうに――寂しそうに、笑った。

 そしてアサギに向き直る。

 

【アサギ。お前も、シオンの戦いに手を出すつもりは無いのだろう?】

「そうだね。シオン君の戦いに手を出すつもりは無いよ」

 

 こくりと頷く。アサギの返答に、四人は驚愕したように振り返るが、彼女はただ、首を横に振った。結界に包まれた校舎を見上げる。

 

「シオン君は今、必死なの。必死に、必死に過去と向き合おうとしてる……戦おうとしてるの」

「でも、でも……!?」

「私がここに来たのはね、こうなった時にスバルちゃん達を止めるため、なんだよ」

 

 そう言いながら、ゆっくりとアサギは刀に手を掛ける。

 ここに至り、スバル達はアサギの真意を漸く理解した。決して自分達の手助けの為に彼女は来た訳では無い。

 自分達を止めるために、彼女は来たのだ。

 鞘から抜き放たれた訳でも無いのに、アサギから感じる圧力に、スバル達は沈黙させられてしまう。

 そんな彼女達にアサギは『ごめんね』、と告げた。

 アサギの謝罪を聞いて、スバルが顔を歪めて叫ぶ。

 

「心配じゃ――! 心配じゃないんですか!?」

「心配だよ。今でも、すぐに中に入りたいくらいに、心配。……でも」

 

 そんな叫びにもアサギは動じない。ただスバルに同意しながら、頷きながら、言葉を紡ぐ。

 自分を睨むスバル達を、優しく見つめた。

 

「これはシオン君の戦いなの。他の、誰も邪魔しちゃいけない、シオン君だけの……」

「アサギ、さん……」

「だから、信じて上げて。私を許せなくてもいいから、シオン君を、あの子を信じて上げて」

 

 アサギの言葉に、スバル達は押し黙る。

 ……内心では、理解していた。シオンが、どれだけの覚悟を持って一人で戦っているのか。

 でも。でも、それでも――シオンを一人で戦わせるのはイヤだった。

 ……シオンがいなくなるのは、イヤだった。

 どれだけ取り繕おうとも、どれだけ言葉を尽くそうとも、それが彼女達の想い。だから――。

 

「シオン……」

 

 どちらにせよ、デバイスも無い身では結界も通れ無い。

 スバル達はただ、シオンが戦っているであろう校舎を見る事しか出来なかった。

 もどかしい気持ちを抱えながら、切ない想いを抱きながら、そうするしか、彼女達には出来なかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −戟!−

 

 風が吹く。

 

    −閃!−

 

 剣風と言う名の風が。それと共に合唱するは、鋼の音色。

 

    −裂!−

 

 そして生まれるは、引き裂かれ、震える音。世界が痛みと、歓喜と悲哀の絶叫を、確かな軋みとして生み出す叫び!

 

    −破!−

 

 そんな合唱を鳴り響かせながら、シオンと紫苑は廊下を駆ける!

 ただし廊下の床を、では無い。

 彼達は重力を無視して、壁を、窓を走っていたのだ。飛行魔法の応用である。

 重力、慣性をある程度制御出来るならば、この程度の真似はたやすい。

 当然、二人はただ走っている訳では無い。走りながら、”頭上”へと刀を振り翳していたのだ。

 

    −裂!−

 

    −閃!−

 

    −戟!−

 

 駆けながら放たれる刃は、しかし互いに互いを斬り流し続ける。

 鋼が絡み合うような音がそれを証明していた。

 やがて互いに窓に足を叩き付け、踏み止まる。

 震脚だ。

 だが、そこで奇妙な事が起きた。窓は当然、ガラスである。こんな風に足を叩きつければ――否、窓の上を走っているだけでも普通は窓は割れている筈である。しかも、二人は斬り合いながら走っていたのだ。なのに、激烈に窓へと足裏を叩きつけた筈なのに!

 割れない。ただ、たわみ、反響するような音をたてただけで、廊下側の窓も教室側の窓も、二人の震脚に耐えてみせた。

 

「「――壱ノ太刀」」

 

 響くは、やはり同じ名称。同じ名を持つ二人は、同じ技を同時に放つ――!

 

「「絶影っ!!」」

 

    −斬!−

 

 互いに放たれた技は、やはり互いの刃で、それを受けた。直後、世界が絶叫を上げる!

 

    −破!−

 

 まるで爆発したかのような音が、ぶつかり合い、互い剣先で起きた。

 いや、違う。”実際に爆発したのだ”。

 互いの技がぶつかり合った余剰エネルギーで!

 その衝撃で割れていなかった、二人が駆けた窓が残らず割れた。

 足場が消えた事を悟るなり、二人はその場から飛びすさる。床と、天井へと飛び、何とそこからも止まらなかった。

 床を、天井を蹴りながら、互いへと飛び掛かる!

 

    −裂!−

 

    −撃!−

 

 一瞬の交錯。刃が交え、互いに至近へと己達を捉えながら、その体勢で二人は斬撃を放つ!

 

    −破!−

 

 割れるような音が響くと同時、交差した二人は互いの居た場所を入れ替え、そこからも止まらない。

 床や天井と言う概念を無視して、互いの足場を蹴り、飛び、交差する。

 二つの刀は、その数だけぶつかり合い、互いを斬り流し続けた。

 この戦いを第三者が見た場合、上下の感覚を忘れたかのように錯覚したかもしれない。

 二人はまるで壁を蹴って三角飛びをするように、互いへと飛びかかっていたのだから。

 

「おおぉおお――!」

「はぁあああ――!」

 

    −斬!−

 

    −裂!−

 

 幾度も重なる交差。

 無限に続くと思われた程の、それを両者は重ねる。だが――。

 

    −斬!−

 

「うぐ……っ!」

 

 紫苑の口から苦悶の叫びが上がる。見れば、肩口が浅く斬られていた。

 

 まただ……! また速くなった……!

 

 苦々しくそう思いながら、紫苑は天井へと足を着地させたシオンを睨む。

 シオンはぐるりと、身体を翻してこちらへと向かおうとしている所であった。

 ――先の交錯。

 またシオンの速度が上がり、紫苑の刀を斬り流してシオンの刀が肩口を斬ったのである。

 

 何故、まだ速度が上がる……!

 

 かつての刀術を取り戻したとしても、これは異常だった。何せ、本来二人は互角の筈である。

 シオンは紫苑から、かつての刀術を取り返したのだ。ならば、自分と互角でなければおかしい。

 

 なのに、何故……!

 

 胸中叫びながら、幾度も行われて来た交錯を繰り返そうとして――目の前に、シオンが着地した。

 

「な、ん――!?」

 

 思わず、斬撃を放つ事すらも忘れて、降って来たシオンに呆然とする。そんな紫苑を、シオンは静かに見据えた。

 

「遅ぇ」

 

    −斬!−

 

 ぽつりと呟くと同時に、胴を一刀両断にした。

 壱ノ太刀、絶影。

 それが紫苑の認識速度を超えて、紫苑を真っ二つにしたのだった。最初に斬り伏せられた時と、同じように!

 呆然とする紫苑。胴はすぐに因子で再生する。だが、紫苑はそれにさえ構わずに戦慄していた。

 

 まさか……。

 

 呆然とする紫苑に、シオンの瞳が捉える。その目は、ただ静かな殺意を湛えていた。

 

    −斬!−

 

 返しの刃が、更に紫苑を袈裟に斬り裂いた。苦悶の喘ぎを上げながら紫苑は漸く確信する!

 シオンは強くなっているのだ。

 自分と刀を重ねるだけでかつての刀術を取り戻したように、その刀術に五年の、命懸けの戦いで手に入れた実戦での経験が漸く結び付き始めたのだ。

 血みどろの戦いを生き抜いて来た、紫苑が馬鹿にした五年の経験が。今、紫苑を再び追い詰める――!

 

「あの時の台詞を、そっくり返すぜ……!」

「っ――!?」

 

 言われ、思い出すのは強襲戦での最初の戦い。ハーフ・アヴェンジャーとなったシオンに、紫苑はこう言ったのである。それは。

 

「感染者だからといって絶対不死と言う訳じゃ無ぇだろ……! お前は何回殺せば死ぬ……!」

「うぅ! あぁあああああ……!?」」

 

    −斬!−

 

 声と共に、大上段から放たれる絶影! それが紫苑を頭頂から唐竹割りに斬り断つ!

 瞬時に三回も殺された紫苑が目も口も開いた形で固まった。

 

 どうだ……!

 

 そんな紫苑の状態に、シオンは手応えを感じる。紫苑と似た存在である因子兵は、五回殺せば滅びた。

 つまり従来の感染者と同様、再生、復活回数には限りがあったのだ。

 ならば、紫苑も……!

 そう思い、刀を引き戻しながら紫苑を見遣る。

 唐竹割りにされた紫苑は、傷が治る様子も無く、ただ呆然と固まり――。

 

「は。はは、あははははハハハハハハハハ!!」

 

 いきなり、大声で笑い出した。

 まだか……! と、シオンは胸中叫び、更に紫苑へ斬り付けんと刀を翻した所で、再びぎょろりと紫苑が目を剥いた。その、眼球が”漆黒”に染まる!

 

「っ――!?」

「ボクヲナメルナトイッタダロ……?」

 

    −撃!−

 

 直後、紫苑の身体の至る所から溢れた因子が、触手のように形を取って走り、シオンへと迷う事無く叩きつけられた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ぐっ! つぅ……!」

 

 触手の一撃を喰らって、吹き飛ばされた先は一年の教室の中だった。

 痛みに顔を歪めるシオンに、哄笑が響き渡る。

 

「アハハハハ……! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! コレガ……! コレガ! インシノチカラカ!? アノヒトカライタダイタチカラカ!?」

 

 野郎……! 真剣に人間、辞めてやがる!

 

 紫苑の笑いに舌打ちして、そんな事を思いながら立ち上がる。直ぐさま刀を構えた。

 教室に、紫苑が入って来る。身体中から因子を零しながら、ずるり、ずるりと。

 その動きは、ホラー映画で出て来たテレビから出て来る女を彷彿とさせた。ある意味では、夜の学校に果てしなく似合う光景ではある。

 赤光を放つ双眸を、ぎょろりとシオンに向けた。そんな紫苑に、やはりシオンは自分を重ねてしまう。

 アヴェンジャーに――感染者である自分は、果たして”こう”ならなかったのだろうかと。

 ……”こう”ならない理由なんて、何処にも無かったと。そんな愚にもつかない想像を、頭を一振りして追い出した。

 

「ハ、ハハハ、ハハハ……! コレデ……コレデ、アナタヲケセバ、ボクハアノヒトニ、ミトメラレルカナ……?」

「……そこまでして……! そこまでして! 俺に成り代わりてぇのか!?」

 

 もはや紫苑はヒトとは言えない程にまで変質してしまっている。そこまでして、自分になりたがろうとする紫苑が、シオンには理解出来なかった。

 シオンの問いに、紫苑は首を傾げる仕種をした。

 

「アタリマエダロ……? ソシテ、アノヒトニミトメラレルンダ……! アノヒトニ、アノヒトニィィィィ!!」

 

    −撃!−

 

 最後の叫びを撃発音声にして、剣牙を紫苑は放つ! シオンはそれに舌打ちしながら、刀を振りかぶった。

 

「っの! 双牙ァ!」

 

    −轟!−

 

 叫びと共に、シオンが頭上に斬り上げた姿勢から放たれる地を走る双牙。それは、迫る剣牙と真っ正面からぶつかり合う。

 同時に、紫苑の哄笑が一際大きくなった。

 

「ハハハハハハハハハハハハハ! バカダネ! アナタハ! シンクウレイナヲワスレタカイ!?」

「安心しろよ、忘れてねぇ。何しろ……」

 

 双牙の向こうで、シオンがニヤリと笑う。直後、双牙が剣牙を押し返し始めた。

 

「こちとら刀持ったと同時に使ってるんでなぁ!」

「ナ……!?」

 

    −撃!−

 

 紫苑の驚愕は、声にならなかった。その前に、剣牙を消し去って双牙が紫苑を飲み込んだからである。

 苦痛の叫びさえも、双牙に飲み込まれる紫苑へと、更にシオンは瞬動で駆ける!

 刹那に、双牙により身体中を喰らわれた紫苑の懐に飛び込んだ。自分の間近に来たシオンに、紫苑は叫ぶ!

 

「オリジナル・シオォォォォォォォォォォォン!?」

「――っおぉおお! 絶影ィ!」

 

    −斬!−

 

 紫苑の叫びに応えるようにシオンは叫び、刀が下方から円を描いて、頭上へと突き立った。

 一拍遅れて、紫苑から血飛沫と因子が吹き出す。シオンは、構わず前へと踏み込む!

 

    −斬!−

 

 更に、袈裟へと降り落ちる絶影! 紫苑から絶叫が上がるが、シオンは構わずに前へと踏み込み続ける。刀を、虚空へと半月を描くように振って見せた。ぽつり、と呟く。

 

「――四ノ太刀、裂破」

 

    −燼−

 

 悲鳴は上がらなかった。正確には、上げられなかったが正解だろうが。

 シオンが描いた半円を中心に空間を揺るがして、破壊振動破が紫苑に襲い掛かったのである。

 紫苑の身体は瞬く間に塵へと変わって行き、しかし即座に再生する。

 紫苑が笑ったのが、空気でシオンに伝わった。

 

「コノ、テイド、カイ……?」

「いいや、まだだ……!」

 

 答えるなり、シオンは刺突の構えを取る。矢を引き絞るように、ぐっと足を開いた。

 その構えに過たず、それは弓を射るのと同じであった。ただし、矢は自分自身!

 紫苑は未だ、裂破の影響で動け無い。そんな紫苑に、シオンは文字通り、矢の如く前へと踏み出した。

 叫ぶ――その一撃の名を!

 

「神覇、伍ノ太刀……! 剣魔ァ!」

 

    −轟!−

 

 咆哮と共に放たれた突撃。それはまず紫苑の中心へと刀を突き立て、更にシオンの身体を包む魔力が突撃と共に、紫苑を轢き潰す! その一撃は、容赦無く紫苑を轢き続けていった。

 紫苑の身体は剣魔で轢きずられ、衝撃で、身体中を引き裂かれて行き――止めとばかりに、シオンは剣魔で纏った魔力を突き放つ。

 紫苑の小柄な身体は、教室という教室の壁を突き抜け、最後の教室の壁をブチ抜いて廊下の壁に打ち付けられて、漸く止まった。

 シオンは剣魔を放った体勢で残心。じっと紫苑を見る。

 紫苑の動きは無い。動け無いのか、はたまた――。

 シオンは残心を解くと、緩やかに呼気を吐き出し、前へと歩く。すると、声が聞こえて来た。紫苑の、笑い声が。

 シオンはそれにも構わず、紫苑へと近付くと刀を突き付けた。

 

「終わりだ、紫苑。お前の負けだ」

「……マダ、ダヨ……マダ、ボクハマケテナイ……」

 

 途切れ途切れに、紫苑が言って来る。まだ、まだ、と。

 シオンはそれに頭(かぶり)を振った。

 こんな紫苑の姿を見て、何故、人は哀れに思うのだろうと、そう思いながら……自分と重ねてしまうのだろうと。

 自分がこうならなかったなんて、保証は何処にも無いのだ。たまたま、運が良かったに過ぎない――。

 

「もう、いい……もう、いいだろう? だから……」

「……マダ、ダ。マダ、ダヨ……ボクハ、ボクハ……!」

 

 そんな紫苑を見ていられなくて、シオンは歯を噛み締める。刀を振り上げた。

 首を落として、紫苑の存在を終わらせる。それが、せめてもの。

 そう思い、刀を降り落とそうとした、瞬間! 紫苑の瞳が、再び光を放った――!

 

「ボクハ、マダ……! マダ! マダ、オワッテナイ――――!」

「っ!?」

 

    −撃!−

 

 絶叫と共に、縦横無尽に放たれる触手。だが、二度も同じ攻撃を喰らう積もりはシオンにも無い。即座に紫苑から距離を離そうとして。

 それに気付いた。気付いてしまった。紫苑の状態に――!

 紫苑の身体は触手に支えられるかのように宙に浮いていた。そこから、滝のように溢れ出す因子が廊下の床を”染め上げる”!

 

 これは――!

 

「これ、は……! 第二段階、感染者の……!?」

「ハハハハハハハハハハハハaaaaaaaaaaa…………!」

 

 驚きに目を見張るシオンに、紫苑の哄笑が響き渡る!

 既に、紫苑は自意識を失っていた。そう、紫苑は言っていたでは無いか。

 第二段階感染者に至らない限りは自我を保てると。逆に言えば、至ってしまえば自我は失われ、完全な感染者となる……!

 しかも、第二段階到達型の感染者に!

 

「くっ……!」

「aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa……! ボクハ、ミトメラレルンダ! アノヒトニ! アノヒトニ! アノヒトニィィィィィィィィィィィィィィィィィ……!」

 

 そこまで……!

 

 紫苑の叫びに、シオンは悲痛に顔を歪める。

 そこまでして、自我を失ってまで、そんなにまでして!

 

「お前は……! 俺になりたかったのかよ……!」

「ア、タリマエ、ダネ……ボクハ、アノヒトノタメニ……!」

「っ――――!?」

 

 まだ、言うか……!

 そんな事を。

 そんなになってまでして! そんな事を!?

 

「っざけんなよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 シオンは吠え出すと紫苑に向かい、一気に走り出した。

 計算があった訳では無い……そうしなければ、気が狂いそうだったのだ。

 破滅の道を突き進む紫苑が、自分と重なって。

 ”自分自身にしか、見えなくて”!

 そんなシオンに紫苑から幾百、幾千と伸びる触手!

 

    −撃!−

 

 走る、その触手がシオンの身体を痛打する――構わなかった。そのまま突き進む!

 刀を大上段に振り上げ、紫苑に向かって飛び上がる。

 第二段階感染者に至ってしまった紫苑は、斬撃程度では死なない。意にも、介さない。

 すぐに再生して、シオンを殺すだろう。

 絶影も、剣牙も、双牙も、裂破も、剣魔も、今の紫苑には通じない。

 第二段階に到達してしまった感染者を滅ぼすには殲滅攻撃級の一撃が必要であった。

 だが、今のシオンにはそれが無い。奥義は使え無い。

 精霊を召喚しても、融合も、装填も使え無い。

 何故なら今、手にするのはイクスでは無く、刀なのだから。

 四神奥義は使え無い。ならば!

 

 使える技を、引きずり出す!

 

 属性変化を必要としない奥義。それを、出す。

 幸いにも一つだけ、それに心当たりはあった。ただ、問題は――。

 

 ”一回も使った事が無いって程度の事だ……!”

 

 制御は諦めた。必要無い。”最初から暴走させるつもりで放つ!”

 シオンは身体中を斬り刻まれながら、核となろうとしている紫苑にまで飛び上がり切る。

 目が、合った。

 爛々と光る瞳が、シオンへと叫んで来る。

 ボクガカツンダ! と、だから!

 シオンは迷い無く、その技を解き放った。

 ”神覇ノ太刀、最後の奥義たるその技を!”

 

 その、名は――!

 

「神覇! 捨ノ太刀――」

「オリジナル……!」

 

 吠えながら、飛び掛かるシオンに、紫苑が吠える! 直後、シオンが頭上に掲げた刀が煌めき、光が膨れ上がった。刀を中心に、シオンを一瞬で包み込む!

 それは一気にシオンを中心にして、光の柱として高々と突き立った。天高く、遥かな高みへと!

 自らを剣として、究極の斬撃を放つ技。その一撃は神も――その住み処たる天すらも斬ると言われる。故に、その名前が与えられた。

 

 ”世界を斬り得る一刀に相応しき名として”。

 

 その名前を、シオンが叫ぶ!

 刀と共に、光の柱を振り下ろした。呆然とそれを見上げる紫苑へと――!

 

「天(あま)ぁ! 砕きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――――――――っ!!」

 

 

 

 

    −斬!−

 

 

 

 

 極大の光剣は、一切の容赦無く、抵抗も許さず、紫苑を頭から斬り断つ!

 紫苑の全てを存在ごと両断して、シオンが生み出した天砕きは、問答無用に暴走。全てを飲み込み、爆砕した。

 当然、術者たる本人も巻き込んで、校舎をあっさりと断ち切った光は今度はそれらを光に変えていく。大爆発と言う名の光に!

 

    −轟!−

 

    −爆!−

 

 全てを消し去り、砕き、滅ぼす光に、まるで玩具のように中心点でシオンが跳ね回る!

 全身をこれでもかと光に打ち付けられ、衝撃で身体中をバラバラにされるような激痛の中で、上下も左右も分からない程にめちゃくちゃになりながら、シオンは絶叫する!

 その光の中心点、紫苑へと。

 

「お前にだけは――! 死んでも負けるかよォ! 馬鹿たれェェ――――!」

 

 転がり、何かに身体が叩き付けられる。既に、シオンはそれが何か分からないままに叫び続けた。

 

「ロストロギアの人形が化けた五年前の俺か――ハッ! テメェには言ってやりたい事が山程あったんだ! この自惚れ過ぎのマセガキが! あの人のために存在しているだ!? そんなおためごかしのために、テメェは何もかも捨てたのかよ!」

 

 シオンの叫びは、既に紫苑へのものでは無かった。

 分かっていた事である。シオンは最初から、紫苑を通して、かっての自分を見ていた。

 今更である。

 だからシオンは今更叫ぶ、かつての自分へと。

 許せ無い、自分へと!

 吠え、叫ぶ!

 

「お前を必要としていた人は他に沢山いたのによ! みもりを見ろよ! ずっと俺を待っててくれてた! 俺への罪悪感を抱えながら! 母さんを見ろよ! ずっと心配してくれたに違い無いんだ! トウヤ兄ぃを見ろよ! 俺の助けだって、死ぬ程欲しかったに違い無いんだ! それを……! テメェ勝手な理由で家を出て! 人に迷惑掛けて! タカ兄ぃや、ルシアの事だって、元々はテメェのせいだろうが! それを何勘違いしてやがったか知らねぇが、よりによって復讐だと!? テメェの面見てほざけ! そんな事は!」

 

 頭のすぐ横で光が炸裂する。鼓膜が、多分破れた。構わない、叫び続ける。

 

「たかだか剣振るしか能のねぇガキの分際でよ! 何様の積もりだったんだ! そうやって何もかんもを傷付けてよ! いい加減にしろよ!」

 

 天砕きの余波は、空間どころか次元も歪めていた。そんな空間では、視覚は勿論、聴覚も、触覚ですらも役に立たない。それでも、ぐちゃぐちゃになりながらも、オンは立ち上がった。叫び続けながら。

 

「だいたいだ! あの人のために――ルシアのためにタカ兄ぃを追っ掛けてただ!? 嘘だな! お前は何にも分かっちゃいないガキだったから、彼女を理由にしただけだ……! 何が初恋だ! それもただの幻想だ! 下らない……! 下らない、幻想だ!」

 

 ばっと顔を上げる、

 シオンの瞳からは、涙が零れていた。子供のように泣き叫びながら、シオンは自分の初恋も否定する。

 何もかも、自分の全てを否定したかった。だから、そう叫ぶ。

 

「彼女を理由にすんなよ! 他人を理由にすんなぁ! そして、奪うなよ……誰かに取って、大切なものを、奪うなよ……」

 

 叫びは、段々と普通の声へと変わっていった。それでも泣きながら、シオンは、ただ言葉を紡ぐ。自分を、責める言葉を。

 

「それでも、誰かを奪うしか出来ないなら……誰かの、大切なものを奪うしか出来ないなら――いっそ、死んでくれよ。居なくなれよ……!」

 

 泣きながら、涙を零しながら、シオンはそれでも言葉を紡ぎ続ける。ぐっと息を飲み、真っ直ぐに前を見と、最後の叫び声を上げた。

 

「消えて、なくなれェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ………………っ!」

 

 まるで全ての想いを絞り出すような、そんな叫びであった。

 反響するように響き渡り、漸くシオンは周りを認識した。

 ――そこには、何にも無くなっていた。ただ、真っ平らに荒野が広がる。

 学校は既に跡形も無い。この世界から、痕跡も残さず消滅していたのだ。

 そして――。

 叫び終えた、シオンが歩く。それは、ひどく弱々しい歩きであった。だが、それでも確かに歩を進める。やがて、シオンはそこに辿り着いた。

 何も無い、無くなってしまったここに、ただ、それだけはあった。

 色素を失い、真っ白になった紫苑の顔が。

 それだけしか、残っていない――消し去られたのだ、天砕きの一撃によって。

 やがて、それも塵となり、風に溶けて消えた。最後まで見届けて、シオンは小さく、本当に小さく、つぶやいた。

 

「……哀れな……俺……」

 

 涙は、ずっと流れている。でも、拭う気にもなれなかった。

 ただ、ただただ、シオンは、その場に立ち尽くし泣き続ける。そして――。

 

「シン、君……」

 

 ――声が、聞こえた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「シン君……」

「なん、で、みもりが、ここに……」

 

 シオンは思わず問い掛ける。自分が何て阿保な質問をしているかも分からなかった。

 みもりは答え無い。シオンにただただ近付き、呆然としていたシオンはぞくりと気付く。今の、自分の姿に。

 全身、自分が出したものを含めて血だらけ。そして手には刀を持っている。

 あまりにも、あの時と、あの事件の時と酷似した状態だった。

 シオンの心が何かを叫ぶ。近寄るみもりから、慌てて刀を隠した。

 今更、そんな事に意味なんて無いのに。

 

「ち、ちが……! 違うんだ、みもり。これ、は違うくて……」

 

 何が、違う……?

 自分は、再び刀で人形だったとはいえ人の姿をしたものを斬った。そして、またあの赤い光景を再現した。

 それに何の、違いがある……?

 みもりは近付いて来る。それに、シオンは目を逸らし続けた。

 恐くて。

 みもりの恐怖に彩られた、自分を見る目が恐くて!

 だから……だから……。

 

「お、れは……おれは……」

「シン君」

 

 みもりは、もうシオンの目の前に居た。手を伸ばせば届く距離に。

 確かに自分の名前を呼んで、すぐそこに居る。

 シオンは、それが堪らなく恐かった。

 みもりと向き直っている、この瞬間が堪らなく、恐かった。

 

 そして――。

 

「ごめんなさい」

 

 みもりが、たった一言を呟いてシオンを抱きしめた。

 

 ……え?

 

 それが、シオンには何故か分からなかった。

 何故、怖がらないのか?

 何故、逃げ出さないのか?

 ……何故、拒絶されないのか?

 分からない。分からない、分からない。

 

 ただ。

 

「ずっと、ずっと、謝りたかったんです……!」

 

 みもりの声が。

 

「昔のことも」

 

 優しい、この声が。

 

「今回の、ことも」

 

 シオンの耳に、届いて行く。

 

「謝り、たかったんです……!」

 

 なんで?

 

「ごめん、なさい……! ごめんなさい……! ごめんなさいっ!」

 

 なんで、俺は、謝られているんだ。

 俺が、俺が、全部、悪いのに……!

 

「違う……! 違う! みもり! 違う! 俺が、俺が全部悪いんだ! 謝るのは俺だ……!」

 

 自分を抱きしめたまま離れ無いみもりに、そのまま告げる。塞きを切ったように、言葉は溢れ出て来た。

 

「ずっと、ずっと謝りたかった! 許して欲しかった! 許され、たかったんだ……! 俺は……!」

 

 ああ、そうなんだと今更ながらにシオンは悟る。

 きっと、俺は許されたかった。

 自分で自分を許さないと言って置きながら、その実はずっと許されたかった。

 だって、自分じゃ、自分を絶対に許せ無い。

 自分と言う存在が、あまりにも許せなさ過ぎて。

 殺してしまいたいくらいに、許せなくて!

 ……でも、きっと許されたかった。

 それが、シオンの本当の本心。

 

「ごめん……!」

 

 自分では、自分を許せ無いくせに。

 

「ごめん……!」

 

 他人には、自分を許して貰おうだなんて。

 

「ごめ、ん……!」

 

 そんなの、虫が良すぎるじゃないか……!

 

「ごめん、な……! みもり……」

「シン、君……」

 

 シオンは泣きながら、みもりに謝り続ける。その謝ると言う行為でさえも、シオンには罪に思えて。そんな自分が、醜悪に思えて。でも、シオンは謝り続けた。

 まるで、子供のように謝り続けるシオンに、みもりはゆっくりと身体を離す。そして、泣きながら謝るシオンの顔を見つめて。

 

「ごめんなさい。シン君」

 

 もう一度謝り、そして。

 

「……大好き、です」

 

 大切な言葉をシオンに告げて、涙に濡れた唇に、自らの唇を重ねた。

 

 ――三回目のキスは、涙の味がした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「うそ……」

 

 そんな声を、スバルは遠くで聞いた気がした。正確には真横から聞いたのだが。

 真横――つまりは、ティアナの声。

 あるいは、ひょっとしたら、自分が言ったのかも知れない。それは、分からなかった。

 ただ、スバルはただ呆然としていた。横のティアナも、また。

 あの激烈極まる一撃で結界が壊れた後、何故か居なくなっていたみもりと、ここで戦っていたシオンを二人は探していたのだ。

 そして、スバルとティアナは二人を見付けた。全く、同時に。

 丸い月と綺麗な星空の下、何も無くなってしまった荒野の上で、二人を見付けた。

 

 キスする二人を、スバルと、ティアナは一緒に見付けていた――。

 

 

(第四十四話に続く)

 

 




次回予告
「紫苑と決着をつけたシオン。みもりの告白とキスを受け、彼は答えを決める」
「そんな彼の答えを、スバルとティアナは知りたがって」
「一方、アリサが意識不明に陥ってからふさぎ込む、すずか」
「そんな彼女の前に、彼が現れる」
「最も許せない、青年が」
「次回、第四十四話『それでも、知りたくて』」
「少年と青年、二つの答えを、それぞれは聞く」


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第四十四話「それでも、知りたくて」(前編)

「彼はあの時、どんな気持ちだったんだろう。泣いて、謝り続けていたシオン。告白されて、キスされて。私は、胸が痛かった。その光景を見て、呆然とするしかなくて。……そして、シオンの答えを知りたくて。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

《……と、まぁ。被害状況はこんな所だね》

 

 アースラ艦長、八神はやては伝えられたその言葉に頭を抱える。

 日本、海鳴市、月村家。そこで、彼女はその報告を受けたのだ。神庭シオンが叩き出した被害の有様を。隣にいる高町なのはや、フェイト・T・ハラオウンまでもが呆れたように苦笑していた。

 取り敢えず一息吐いて落ち着くと、ゆっくりと展開したウィンドウの中に居る叶トウヤと目を合わせた。

 彼は、相変わらずの微笑を浮かべてはやての言葉を待っている。

 一瞬、このまま黙ったままで居たら、彼がどんな表情をするか見たくなる衝動に駆られる。だがぐっと我慢し、漸くはやてはトウヤが話した報告の感想を告げた。

 

「……マジなんですか?」

《はっはっは……マジだよ》

 

 何故か『マジ』の部分だけ真顔でトウヤが疑問に答えてくれる。だからと言って報告の内容が変わる訳では無いのだが。トウヤは一つだけ苦笑すると、報告を繰り返した。

 

《昨日、夜だね。出雲市にある秋尊学園にて、シオンが単独で敵――例の、紫苑だね――と、無断で戦闘。その結果、秋尊学園は”完全に消滅”。結界は張られていたようだがね。それも完膚無きまでに破壊されていたので、意味が無い……つまりは》

「……修復は一切出来ないって訳やね」

 

 自分で末尾を告げて、自分の頭が痛くなる事をはやては自覚する。何を、どうやったらそんな被害が出せるのだ。

 ……いや、Sランク以上の集束砲撃辺りならば結界破壊も含めて不可能では無い。……それが、瓦礫の山を作ると言う意味ならば。

 はやて達が引っ掛かったのは”完全に消滅”と言う部分である。事件前と後の静止画を見せて貰ったが、とてもでは無いがそこに学園が建っていたとは想像も出来ない破壊っぷりであった。

 何せ、”本気で何も残っていない”。

 ただすり鉢状に抉られた地面と、基礎だけが覗いているだけと言った状態なのだ。瓦礫すらも消滅させたと言う事か。

 まだ消え去った学園跡地の静止画を見て考え込むはやて達に、トウヤは微笑する。

 

《今回は運が良かった方だね。正直な所、魔力量を検知した時は、完全にアウトだと思ったモノだよ》

「……? それは、どう言う事ですか……?」

 

 トウヤの台詞に何か感じるものがあったのかフェイトが怪訝そうな顔で尋ねる。はやてや、なのはも似たような顔をしていた。そんな一同の反応に、トウヤはまた苦笑する。

 

《百聞は一見に如かずだね。これが検知した魔力量から推定された、シオンが放った技のランクだよ》

 

 そう告げると、同時にウィンドウ横に更に小さいウィンドウが展開。当時発生した魔力量のデータと、推定される威力ランクがそこには載っており――三人は、それを見ると同時に硬直した。

 

 ……これは、なんだ?

 

 はやてがそれを見ながら顔を強張らせつつも、トウヤに向き直る。

 

「……えっと、やな。何かの冗談?」

《はっはっは……マジだよ》

 

 そんなはやてに、先程と寸分違わぬ台詞が放たれる。それを聞くなり、三人の顔は尚の事引き攣った。

 三人が注視した、ウィンドウにはこう書かれてあったから。

 推定威力ランク、SSS++++――と。

 硬直する三人に、トウヤは更に説明を続ける。

 

《どうやら、あの大馬鹿は最初から制御を諦めて集束させなかったようでね? 逆に言えばそれで助かったと言える。どうも、発生した破壊力が爆発と共に全て真上に向かったようだね。それが幸いしたよ。そうでなければ恐らくは”北半球が壊滅している”。……ちなみに、控え目な被害予測でだがね》

「「「…………」」」

 

 苦笑しながら告げるトウヤの説明に、三人は漸く硬直から脱出。三人一緒に一つだけ息を吐いた。

 そうして苦笑し続けるトウヤへと姿勢を正す。彼女達がショックから脱っしたのを見計らって、トウヤは説明を続けた。

 

《とにもかくにも学園側にはウチの方で説明、補償、再築する事で事態は解決したので安心してくれたまえ。元々魔法にも理解のある学園だったし、グノーシスの資本で建てられた学園なのでそこは問題無い。後、大馬鹿については当分ナノ・リアクターの空が無いので『月夜』に入院させておくよ。……こんな所かね》

「……じゃあ、私達もシオン君のお見舞いに――」

《そうだね。君達のデバイス、武装もメンテ完了したので。それの受け取りも兼ねて来るといい》

 

 なのはが頷きながら告げた言葉に、トウヤもまた頷く。そして、三人に向かい微笑した。

 

《それと、代艦の用意も整えてある。見に来るといい。ついでに例の件も解答をくれると助かるね》

「……そうですね。了解や、なら後でそちらに行きます」

《うむ……ではね》

 

 はやての返答に頷いて、トウヤは微笑を浮かべたまま通信を切った。ウィンドウが閉まるのと一緒に、三人は目を合わせて苦笑する。

 

「……トウヤさん、ちょっと怒ってたね?」

「そやなー。地球に来る前くらいに怒っとったかもしれんね」

 

 思わず強襲戦の時にシオンを殴りまくったトウヤを思い出す。あの時程では無いが、今話していただけでも分かる程にトウヤは怒っていた。

 ……終始朗らかだったが、目が全然笑っていなかったのだ。

 基本的には穏やかな性格故に、怒らせると非常に怖いのがあの異母兄弟達の数少ない共通した部分とも言える。

 三人は見合わせて、一つだけ息を吐くと座っていたソファーから立ち上がる。正面に立つ月村家メイドのノエル・K・エーアリヒカイトと、ファリン・K・エーアリヒカイトに一礼した。

 

「すみません。ノエルさん、ファリンさん、上がらせて貰ったのに、何も出来ないで……」

「いえ、こちらこそ。申し訳ありません。折角来て頂いたのですが――」

 

 なのはが目を伏せるようにして告げた言葉に、ノエルも頭を下げる。そして、視線を横に向けた。その方向には、主である月村すずかの部屋があった。

 ファリンも、なのはも、フェイトも、はやても、そちらを向くなり顔を曇らせる。

 そこに閉じ篭っている、部屋の主を想って。

 三人が月村家の屋敷に来たのは、彼女達の親友であるアリサ・バニングスが伊織タカトに意識不明にされて以来、塞ぎ込んでいるすずかに会いに来たのだ。……結局、すずかが部屋から出て来る事は無く、会う事は叶わなかったのだが。

 あれから一月程、すずかは殆ど引き篭りに近い状態であるらしい。なのは達が家に来ても、顔を出さない程だ。それがどれほどの事態なのか、分かろうと言うものだった。

 ノエルが三人に向き直るのに従って、一同も視線を戻す。そして、メイド二人は改めて頭を下げた。

 

「なのは様、フェイト様、はやて様、お越し下さったのに申し訳ありませんでした。今日はこれで……」

「……ごめんね。なのはちゃん、フェイトちゃん、はやてちゃん」

「いえ、こっちこそ。役に立てないですみません……また、来ますね」

 

 三人もまた頭を下げると、名残惜しそうに退室した。

 ……部屋に居る筈の、すずかを想って。でも、どうしようもなくて。

 

 月村家を後にした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「私、思うんだ。シオン、ケガは本人が治すものだって」

 

 ……俺も、そうは思う。

 

「でね? やっぱりケガを早く治したいなら体力つけなきゃって思うの」

 

 ……それについても、まぁ、同意しよう。

 

「と、言う訳で病院食じゃあ味気無いかもって思って、私、回復メニューて言うの作って来たんだけど」

 

 納得いかんのは、そこだ……!

 

 グノーシス月本部『月夜』。施設内の医療部にある病室に、ミイラ男よろしく包帯でぐるぐる巻きにされた神庭シオンは激しく内心で叫ぶ。

 紫苑との戦いの後、眠るように意識を失ったシオンが、次に目を覚ましたのはこの病室のベッドの上だった。

 ……怪我の内容は『よく死ななかったね?』と真剣な顔で聞かれる状態であり、命に別状は無いものの、当分の間――ナノ・リアクターの空が出るまでだが――間は、こうしてベッドから立ち上がる事も叶わ無い状態であった。……特に、首のギプスと頬に貼られたシップが最悪だ。それに輪を掛けて最悪なのが。

 

 ……くそ……! 一時的なショックで声が出せないだぁ……!?

 

 呻くようにそう思いながら、シオンはいらいらと歯噛みする。あの大爆発のど真ん中に居たのが災いしたか、シオンは声が全く出せない状態であった。

 ……あの爆発の中に巻き込まれたのだ。紫苑と同じ運命を辿らなかっただけマシかもしれない。それにプラスして、天砕きを無理矢理行使した代償か、魔力枯渇状態に陥り、念話すらも出来ない状況だった。

 つまりそれは、他者に自分の意思を伝える方法が無い事を意味する。

 それでも病室は快適だったし、細かい事は気にしなければさほど悪い環境では無い。所詮はナノ・リアクターの空が出来るまでの療養生活である。

 前向きに休暇と考えればいい……シオンも、起きた時はそう思っていた。だが。

 目の前の現実から逃れるように、シオンは周りを見渡す。一人部屋の病室にしては中々に広い病室である。

 そして今、ベッドの横にはスバル・ナカジマとティアナ・ランスターが詰めるように座っていた。

 ティアナは、ベッドの横に陣取り家から持って来たのか何やらごっつい本を読んでいる。そして、スバルはと言うと――。

 

「で、でね? これが作って来た回復メニューなんだけど……」

 

 言いながら、スバルが深皿に入れられたスープ……”らしきもの”を差し出していた。現実逃避はやめて、シオンは生唾を飲み、それを見る――ピンク色のスープを。

 何をどうやったら、こんな毒々しい色合いのスープが出来るのか真剣に考えるが、答えが出ない。

 そんな風に差し出された深皿を受け取るのを躊躇うシオンに、それだけを見るなら非常に可愛いらしく顔を赤らめ、おずおずとスバルは更に説明を続ける。

 

「とりあえず、”一撃必倒”シチューって。名付けたよ」

 

 ……一撃、必倒……?

 

 何を一撃必倒するのかと、シオンが細かく震える。そんなシオンに気付いたのか、慌ててスバルは手を振った。

 

「ち、違うよ? 悪い病気を一撃必倒って意味だよ!」

 

 ……俺、怪我人なんだけど。

 

「試しにケガが治った黒鋼さんに飲ませてみたら、あっと言う間に元気になって『これなら、どんなモノも一撃必倒だ』って。保証してくれたし」

 

 ……それに俺が含まれているか否かが問題だ。

 

 ちなみに、シオンが知るよしも無いが、刃は味見の直後、痙攣を起こしながら意識を失い、再び医療部に叩き込まれていたりする。

 そんな事を露とも知らず、シオンは内心で悪友に呪いの言葉を吐き続けた。まぁ、あまり意味は無いのだが。

 シオンはとにかく助かりたい一心で隣のティアナに視線を向ける。だが、彼女は素知らぬ顔でこちらを一切見ない。視線に気付いていない筈は無いのに、だ。あからさまな無視に、シオンはゲンナリとする。

 何故か朝来てからティアナは機嫌が悪い。そのわりにはベッドから離れようともせず、張り付いたままなのだが。

 ……それを言うなら、スバルもおかしい。何故、いきなり料理なぞ作って来たのか。それに、いつもの強引さが微妙に足りない。遠慮と言うか、そう言ったものをシオンはスバルの態度に感じていた。

 それでも頑なに深皿を引っ込めずに差し出しているスバルに戦慄しつつ、まさか拒否する訳にもいかずにシオンは深皿を受け取ろうとして――。

 

「よ――――っすや! シオン! 元気しとるか――!」

 

 突如、馬鹿が病室に突っ込んで来た。本田ウィル。シオンの幼なじみである悪友が。

 どうもナノ・リアクターで回復したらしく、怪我は治っているようだった。

 呆れたように見るシオンへとびしっとサムズアップしてウィルは笑いながら近付いて来る。

 

「やー。ようやっとワイが復活したっちゅうのに、今度はお前が怪我するなんてな――全く、間抜けやなぁ、アホシオンは」

 

 ……誰がアホか、誰が。

 

 ウィルの台詞に、じと目で睨むシオン。だが、声も念話も出せない状況では何の罵声も出せない。言われっぱなしである。

 ベッドの上で苛々と自分を睨むシオンに、ウィルが笑う。更に続けてシオンに何かを言おうとして。

 

「お? なんやそれ?」

 

 目敏く、シオンが手に持つ深皿に気付いた。スバルがウィルのそんな台詞に若干慌てる。

 

「えっと。それ、私がシオンに作ってきた――」

「な、なぬ!? ならこれ、スバルちゃんの手作り料理かい!?」

 

 そんなスバルの様子にみなまで言わせずに、ウィルは大仰に驚いて見せる。シオンは、こいつテンションやたらと高ぇなぁと、変わらず呆れたように見る、と。いきなりウィルがシオンを睨んだかと思うと、深皿をさっと奪い去った。

 

「くぅ〜〜〜〜! 手作り! テヅクリ! Tedukuri……!? ええぃ! お前なんぞに飲ませてたまるかい! ワイが飲んだる!」

 

 あ……。

 

 叫ぶなり、止める間も無く、ウィルは一撃必倒シチューをぐぃっと一気飲みして――そのまま、豪快に顔からぶっ倒れた。

 

 …………。

 

 更に床を爪で引っ掻くように掻きむしり、小刻みに震える。……暫く沈黙した後、ウィルはゆっくりと立ち上がり、再びのサムズ・アップをスバルに向けた。

 

「……強い。過ぎる味やったで、スバルちゃん……」

「本当? いきなり倒れちゃったからビックリしたけど、なら良かったよ!」

 

 ウィルの台詞に無邪気に喜ぶスバルだが、シオンは顔を横に振る。

 ウィルは『美味い』ではなく『強い』と言ったのだ。決して、料理に使う形容詞では無い。

 ……よくよく見れば、ウィルの瞳は虚ろになり全身がまだ震え続けている。どう考えても、正常な状態では無った。

 やがてウィルは、段々と青くなっていく顔色を悟られまいと隠すようにして、後ろに下がって行く。

 

「……ほ、ほんならワイはこの辺で、シオン、はよう元気になりや……」

「え? 折角だし。ゆっくりすれば――」

「いや! ええねん! よく考えれば、まだトウヤさんに報告しとらんかったし! そんじゃあ! お大事にな〜〜」

 

 一方的に告げるだけ告げて、ウィルは即座に病室を出た。扉が閉まり――。

 

『が、がはっ……!』

 

『きゃあぁあああ!? ウィル! あんた、どうしたの!?』

 

『か、カスミか……? も、もうワイは駄目かもしれへん……!』

 

『そ、そんな……! 何があったの!?』

 

『お、漢(おとこ)の責務を、果たしただけやで……ぐ、ぐふぅ!』

 

『う、ウィル!?』

 

『ふ……こんな事になるんなら、もうちょっと素直になれば良かったかもしれ、へ、ん、な……』

 

『だ、駄目!? 死なないで!』

 

『スマンな……カスミ……ガク』

 

『ウィル〜〜〜〜〜〜!?』

 

 ……何やら扉の向こうでドラマが展開されていたような声と共に、ドタバタと音が鳴り、がてシーンと静まり返った。

 ここにまた一人、漢が散った……。

 シオンは亡き(?)友を思い、涙を流す。

 

 ウィル……! お前の犠牲は無駄にはしない……! 俺は一人で幸せになるからな……。

 

 そんな友達甲斐が無い事をシオンが心の中で叫んでいると。

 

「……あれ、シオンのだったのになぁ……」

 

 スバルが若干不満そうに顔を曇らせて言う。シオンの代わりにウィルが全部一撃必倒シチューを飲んだ為だ。

 シオンからすれば、ウィルナイスと言った所だが、スバルはそうもいかないだろう。

 声が出せないので慰める事も出来ないが、態度で示す必要はある。そう思い、スバルの肩に手を置こうとして。

 

「でも、オカワリいっぱいあるから大丈夫だよね♪」

 

    −ぴしり−

 

 シオンはその言葉に、完全に凍り付いた。ぎりっぎりっと首を横に向ける。そこには――。

 

「よいしょっと♪」

 

 どすんっと凄まじい大きさの”寸胴鍋”が、そこには鎮座していた。

 見るからに巨大な、ヒト一人が楽に入れるレベルの鍋である。

 中身は……今更確認するまでも無い、一撃必倒シチューであろう。

 一体、何十人前分の量を用意したと言うのか。

 にこやかに笑うスバルに、心底恐怖しながらシオンは引き攣った笑いしか出来ない。

 

「シオン、結構食べる方だから一杯作って来たんだ♪ 多分、私が食べるくらいに用意したら大丈夫かなって思って」

 

 ……その優しい心遣いが、ニクイ……!

 

 善意の悪行とは、よく言ったものである。内心ひたすら涙を流すシオンに、新しく深皿を用意して一撃必倒シチューを注いでいく。

 そして再び、シオンの前にそれが用意された。

 何故か、貝殻(渦を巻いた、かなり大きな)が入っているのはツッコマ無い方がいいのだろう。思わず、ウィルが倒れた光景が頭を過ぎる、

 

 うぅ……。

 

 自然に涙は瞳から零れ落ちた。先に逝った(?)友に今すぐ俺も逝くよと告げ、しくしくと泣きながら一撃必倒シチューをスプーンで掻き交ぜる。

 ……こう言う時に限って、いつもは患者に余計な食事を与えないで下さいと、小煩い事を言う看護人も現れ無い。すでに、退路も尽きた。

 

「泣く程喜んでくれるなんて、嬉しいな♪ 貝殻も食べてね?」

 

 ……こいつ、わざとやっとるんじゃあるまいな……。

 

 内心そんな疑念が頭を過ぎるが、わざわざ作ってくれたものを捨てる訳にも行かない。覚悟を決めて、スプーンで掬った一撃必倒シチューをシオンは口に運び――数十分後、シオンはやたら綺麗な川がある野原(菊の花)で、刃とウィルに再会したと言う。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……すごかったわね〜〜」

 

 病室で、初めてティアナが口を開く。その横で、シオンはプルプル小鹿のように震えながら、聞いたその台詞にギロリと横を睨んだ。

 

「……なにが、ずごいっでんだ……!」

 

 しゃがれ声で、苦悶の喘ぎを漏らしながらシオンがティアナに声を発する。声は、一撃必倒シチューのあまりの威力――そうとしか表現のしようが無い――で、しゃがれ声ではあるが、復活していた。

 そんなシオンに、ティアナはため息を吐く。

 

「まさか白目剥いて倒れるとは思わ無かったわね。すぐに復活した後も、部屋を二十周は駆け回ったでしょ?」

「……あまりの威力にな……スバルは何処行った!?」

「あんたがベッドで痙攣した段階で長い用になるとか言って足早に出て行ったわよ」

「ぢ、ぢぐしょう……!」

 

 一言文句を言おうと、少なくとも嘘を吐くよりかはいい。まぁ、言おうとしたのだが、早々に逃げたらしい。シオンはため息を吐いて、ベッドに突っ伏す。

 ティアナはそんなシオンを見下ろしてぽつりと呟いた。

 

「ちなみに明日は全力全”壊”ミートローフだそうよ?」

「いらんわ!」

 

 シオン、魂の叫びであった。そのままぐったりとベッドに寝そべるシオンに、相変わらず冷たい視線をティアナは送り、次にその横の”空”となった寸胴鍋へと視線を移した。

 

 ……文句言うくらいなら全部食べなきゃいいのに。

 

 ぽつりと胸中、そう思う。残すよりかは大分マシなのだが、そこら辺はシオンの性格故だろう。

 きっぱりと正直に味に対して文句はつけるだろうが、残さず食べるのは。

 そんな風にティアナに見られるシオンは、もう一度ため息を吐くと、頬に張られた湿布をぺりぺり剥がす。そして自分をじっと見遣るティアナに視線を向けた。

 

「……何か、聞きたいって顔だな?」

「そうね。あんたの昔話とか、あの紫苑の事だとか聞きたいけど……今はもっと聞きたい事があるわね」

 

 さらりと告げた台詞に、思わずシオンはきょとんと疑問符を浮かべる。

 てっきり紫苑の事もあったので、昔の事を聞きたいと思っていたのだ。ティアナや、スバル。エリオ、キャロも気にしていた筈だ。それが、何故――?

 そうシオンが思っていると、ティアナは一つだけ大きく息を吐いた。

 何かを言おうとして、でも、やめる。

 聞きたい。けど、聞きたくない。そんな矛盾した感覚をシオンはティアナに覚えた。

 そして、もう一つだけ息を吸うと、ティアナは、ゆっくりと爆弾を落とす。

 聞きたかった事を、シオンを真っ直ぐに見据えて、告げた。

 

「あんた、みもりに何て返事するの?」

 

 ――空気が、先程とは全く違う意味で凍った。

 目を大きく見開いて硬直するシオンが、我を取り戻す前に、ティアナは目を伏せて続きを話す。

 

「……ごめん。盗み聞きするつもりなんて無かったけど、あの時、みもりの告白聞いちゃったわ」

「…………」

「あんたと、みもりのキスも見た」

 

 沈黙し続けるシオンに、ティアナは続けざまに言い放つ。暫く二人は見つめ合ったまま固まり、やがてシオンが息を大きく吐いた。

 

「お前が見たって事は、スバルもか?」

「……うん」

 

 ティアナの消え入りそうな小さな答えに、そうかと一つだけ答え、シオンはベッドに身を再び倒した。

 これで漸く、シオンも合点がいった。二人がおかしかった理由が分かったのだ。

 くしゃりと頭をかいて、天井を見る。そのままシオンはティアナへと口を開いた。

 

「……ん。俺は、みもりとキスした。告白も、された」

「…………」

 

 事実を確かめるようにシオンが告げると、ティアナの顔が歪む。彼自身が言った事に少なからずショックを受けたのだ。

 そんなティアナを静かに見据えて、シオンは苦笑した。

 

「まさか、好かれてるなんて思わんかった」

「……あんた、それ本気で言ってんの?」

 

 シオンの台詞に思わずティアナは呆れた声を出した。シオンは、さも心外そうな顔となる。

 

「恨まれこそすれ、好かれてるなんて思わなかったんだよ。それ相応の真似をしたんでな……仲良くしてくれてるのも、純粋に善意だと思ってたんだ」

「……まぁ、あんたが何したのかはあえて聞かないけど。純粋な善意だけで、あそこまで慕うとか本気で思ってたの、あんた……?」

「ま、まぁな……」

 

 じと目で睨まれて、シオンはバツが悪そうに明後日の方向に視線を送る。そんなシオンにティアナは再びため息を吐いた。

 あそこまで想われておいて、全く気付かないなんてどれだけ鈍感なのかと。

 

 この分じゃあ、直接言わない限り絶対気付かないわね、こいつ……。

 

 いっそここで自分の気持ちを突き付けたくなる思いに捕われるが、頭を振ってそんな想いを追い出す。こんな勢いで告白したく無い。ちゃんと、考えて想いを伝えたい――そう、思ったから。

 でも……シオンはどうみもりに応えるのか、それが気になって気になって仕方無かった。

 ……シオンの想いが、気になって仕方が無かった。

 だから、ティアナは再び問う。それが卑怯だと分かっていながら。

 

「シオン、さっきの答えてくれる?」

「俺はまだ、みもりに自分の答えを言って無いんだぞ?」

「……それも、分かってる。自分がどんな事聞いてるのか、知ってる。――でも……」

 

 

 

 

 ――聞きたい、の。

 

 

 

 

 それがたった一つの答え。ティアナの違う事が無い想い。

 だから、彼女は真っ直ぐにシオンを見つめて、それを告げた。シオンは、ティアナの言葉に暫く黙り込む。

 そのまま数分程、時間が経ち、そして――。

 

「俺は、俺のみもりへの、答えは――」

 

 シオンも真っ直ぐにティアナを見つめて、自分の答えを、ティアナに告げる。

 その答えに、ティアナの瞳が震えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 自室でカーテンから射す光を、彼女は目を細めて静かに見る。

 月村すずか。彼女が。

 彼女は、一ヶ月近く前からこうして部屋に閉じこもっていた。

 親友である、アリサ・バニングスが目の前で意識不明にされてから、ずっと。

 こんな風に閉じこもっていても、彼女の意識は回復しない――でも、なら外に出たとして、何が出来ると言うのか。

 アリサの意識を回復させる方法は、管理局の人も分からないらしい。生命反応等は、普通なのだ。

 なのに、”何かが無くなってしまった”かのようにアリサは意識を取り戻さない。正確には、”彼”に襲われた、皆が。

 ――666。

 すずかも見た、あの黒づくめの青年。

 何故、彼がアリサを襲ったのか、何故、アリサを意識不明にしたのか。

 分からない事は山ほどある。だが、一つだけ確かな事があった。

 自分は、彼を絶対に許せ無い。それだけは確かだった。生まれて二十年間。ここまで、人を憎く思った事は無い。そんな自分が嫌になって、すずかは部屋に閉じこもったのだ。

 心配してくれる姉や義兄、メイドの姉妹にも、極力顔を合わせ無いようにした。こんな、顔を見せたく無い。そう思ったから。

 特に、なのは達には会いたく無かった。

 ――彼女達のせいじゃないと分かっているのに、彼女達に何を言ってしまうか自分でも分からなかったのである。

 なんで、アリサがまだ意識を回復出来ないのか、それを問い詰めてしまいそうで、そんな自分が嫌で。

 だから、彼女達が来てくれた時も、部屋に閉じこもり続けた。そして、彼女達が帰ったと分かると、今度は自己嫌悪で潰れそうになった。

 友達が来てくれたのに、会うのも嫌がるなんて。そう、思ってしまって。

 そんな自分が、また嫌になって。でも、でも――。

 繰り返される悪循環。

 これが、よく無い状況だと自分でも分かっている。それなのに、部屋から出る事に凄まじい躊躇がある。

 迷いが、あった。

 今日も、このまま部屋に居続ける事になるのか。そう思うと、更に気が重くなっていく。

 けど、どうしようも出来ない。出来る気が、しない。

 そんな風に、また気持ちが沈んで行く事を自覚して――。

 

「……ここか」

 

 ――声が、聞こえた。

 ひどく、抑揚に欠けた男性の声である。

 少なくとも、メイドのファリンや、ノエルの声では絶対に無い。

 まさか、泥棒か何かか?

 だが、その可能性は殆ど無い事にすずかは気付く。この屋敷は、義兄である高町恭也監修のトラップが山と仕掛けられていた筈である。一般人に潜り抜けられるようなモノでは決して無い。

 

 そう、一般人には!

 

    −撃!−

 

 すずかがそんな風に思っていると窓が――確か、防弾性の硝子だった筈だ――が、叩き割られた。

 窓を粉々に割りながら、突き出た拳。それに、すずかは妙に見覚えがある事に気付く。まるで、拘束具のように右手を縛りつけるそれに。

 

「邪魔をする」

「……!?」

 

 だが、そんな見覚えもすずかの中から吹き飛ぶ。割れた硝子を踏み割って、部屋の中に入って来た人を見たから。

 風が吹き、割れた窓から部屋の中に入る。カーテンがはためき、暗い室内に光が完全に射し込んだ。そして、彼を完全に映した。

 すずかに取って、最も許せない青年を。

 

「あ、なたは……!?」

「月村、すずか。だな?」

 

 そんなすずかの驚愕を知った事では無いとばかりに無視して彼は聞いて来る。

 666の名で呼ばれる青年、伊織タカトが。

 すずかは目を大きく見開きながらも、無意識に割れた硝子を握っていた。手を僅かに切り、血が流れるも構わない。

 震える手でタカトへと向ける。

 何故、彼がここに居るのか?

 何故、自分の名前を知っているのか?

 何故、何故、何故――。

 どうでもいい。

 頭を過ぎって行く疑問が一瞬で霧散する。

 聞きたいのは、言いたいのは、叫びたいのは!

 ……伝えたいのはそんな事では無い。

 彼に、すずかは言いたい事はたった一つだけ。だから、すずかは迷い無くそれを告げた。

 

「……返して」

「……?」

 

 告げた言葉に、無表情で彼は首を傾げる。すずかは構わない。彼の反応なんて、どうでもいい。ただ、言いたい事をぶちまける!

 

「アリサちゃんを、返して……!」

「成る程、な」

 

 タカトは、すずかの呻くようにして告げられた言葉に漸く合点がいったのか頷く。そのまますずかを静かに見据えて、それに答えた。無表情のままで。

 

「出来ん相談だ」

「っ――――!」

 

 直後、すずかの頭から何もかもが吹き飛んだ。硝子の破片を掴んだままタカトへと駆け出す!

 こんなもので、どうにかなるヒトでは無い。

 彼は、すずかの目の前で、少年から振るわれた刃を素手で受け止めていたような人間である。そんなヒトにこんなちっぽけな破片なぞ、取るに足らないモノでしか無い。勿論、それはすずか自身も含まれる。

 でも、もう止まらなかった。止まれる筈が無かった。だって、彼は奪ったのだから。

 アリサを、自分から。だから!

 そして、すずかはタカトへと突き進み――あっさりと、タカトの腹に硝子の破片は突き刺さった。

 

 ……え……?

 

 体当たりするかのように、抱き止められるかのような体勢となって、すずかは呆然とする。

 だが、現実は変わらない。自分が、タカトを刺したと言う現実は。

 

「……満足したか?」

「っ!? ひっ!」

 

 頭の上から、声が降って来る。変わらない、抑揚に欠けた声が。

 それに、自分がした事を悟ってすずかが悲鳴を上げる。だが、声は続けてそのまま降って来た。

 

「この程度では俺は死なん。だが、まだ気が済まんと言うなら気が済むまで刺せ」

「あ、う……!」

 

 手に持つ破片からは血が滴るようにして落ちる。それに、すずかは震える。そんな風に言われて、誰が続けて刺せると言うのか。

 タカトは変わらず、すずかに刺されたまま続ける。

 

「……どうした? 刺さんのか? ならば、こちらの用件を告げるとしよう」

「よ、うけん……?」

 

 呆然としたまま、震えながら、すずかはタカトの台詞を繰り返す。彼は、それに頷き。

 

「アリサ・バニングスからの伝言を、君に伝えに来た」

 

 その言葉を、ひどく淡々とタカトはすずかに告げた。

 風がカーテンを揺らす中、二人は抱き合うような形で、刺しながら、刺されながら。

 

 すずかはその言葉を聞いた。

 

 

(中編に続く)

 

 




はい、第四十四話前編です。日常回なのに、戦闘より緊張感あるとかどーいう事かと(笑)
久しぶりに登場のすずかもお楽しみに。ではではー。


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第四十四話「それでも、知りたくて」(中編)

はい、第四十四話中編です。今回は、すずか回。……こうして見ると、タカトってシオン以上に原作キャラに絡んでるんですが(笑)
では、どぞー。


 

 『月夜』病室。

 ティアナとなんやかんやあった後、午後の陽気――なんてものは当然無いこの月にある病室で、シオンはくぁぁぁぁっと、あくびをかく。

 今、病室には再び戻って来たスバルと、相変わらず読書を続けるティアナ。そして、エリオとキャロが新しく来て居た。

 なお、例の『一撃必倒シチュー』については、スバルにきっちりと文句を言っておいた――今の内に言っておく事は言って置かないと、後々に恐ろしい事になりそうだと直感が最大警報を鳴らしたのだ。

 結論は『なら美味しくなるまで頑張るよ!』と言うものであり、良かったのか悪かったのかは分からない。その場に居たティアナには責任取りなさいよとか言われたが。

 

 ……うん。きっと、うららかな午後の陽気が生み出した幻聴だって。

 

 シオンは即座に、空耳だと勝手に決めつける事にした。自分一人だけ地獄に堕ちてたまるものかと胸中思いながら。

 とまぁ、そんな事がありつつも、昼も過ぎて病室の中で暇を持て余していると。

 

「おじゃましまーす」

 

 聞き覚えのある声と共に扉が開いた。現れたのは、シオンにとっての先生達。通称、アースラ隊長三人娘。高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやての三人であった。

 すぐに椅子に座っていた四人が立ち上がろうとするが、先頭のなのはが手を差し出して制する。

 今は、勤務外――これが、どこまで通じるかはシオンも知らないが――の、筈である。その為だろう、四人もあっさりと従って礼をするだけに留まった。

 三人は頷きながら、シオンが寝そべるベットまで来る。シオンは、上半身だけを起こした。

 

「ども、なのは先生、フェイト先生、はやて先生。すみません、こんな恰好で」

「ううん、そんな大怪我だし。気にしなくても大丈夫だよ」

 

 苦笑しながら、なのはが首を振る。そして、三人はシオンを上から下まで眺めた。

 青のパジャマを着たシオンの身体は見事に包帯だらけである。足は骨折しているのだろう、ギプスで固定されて吊されている。

 ぱっと見では、無事で無い箇所を探す方が難しい……つまり、それは、それだけの怪我をする程の真似をしたと言う事だ。

 

「……ほんとなら、この後にちゃんと、”お話し”しなきゃダメなんだけど」

 

 びくっとシオンが僅かに震えて硬直する。なのはの”お話し”とは、つまり言葉以外のモノが飛んで来ながらのお説教の事である。この二ヶ月、誰よりもそれを受けて来たシオンが硬直するのは当たり前と言えた。そんな硬直したシオンに、なのはは微笑する。

 

「言いたい事はたくさんあるけど……シオン君にとって、今回の戦いは絶対に一人でやらなきゃいけない事だったんだよね?」

「……はい」

 

 シオンは神妙に頷く。

 紫苑はシオンが、一人で戦わなければならない存在だった。

 自分や、周りの全てに向き合う為にも。逃げ続けて来た、全てのものと向き合う為にも。

 故に、シオンは迷わず頷く。もし百回同じ事を繰り返したとしても、シオンは百回とも一人で紫苑と戦っていた。その確信がある。例え、お話しされようと、そこは曲げられない。

 そんなシオンの頷きに、なのはは奇妙な懐かしさを思い出していた。それは自分がフェイトと向き合い、一人で戦う事を決意した時と似ている。違うのは、一つだけだ。

 なのはは、フェイトと向き合う為に。

 シオンは、自分と向き合う為に。

 その程度の違いでしか無い。根底に流れるものは同じ『自分の為』だと言う事だった。

 なのはも決して『フェイトの為』だとか押し付けがましい事は口にしない。シオンも『みもりを助ける為に』なぞ、死んでも言わないだろう。

 だから――なのはは、たった一つだけ『そっか』と頷いた。隣では、フェイトや、はやても苦笑している。

 

「でも、シオン。ちゃんと、色々な人には謝らなきゃダメだよ? 特に、トウヤさんには」

「うぐ……!」

 

 フェイトが苦笑しながら告げた言葉に、シオンは僅かに呻く。事情がどうあれ、自分が学校を消滅させた事には変わり無いのだ。そして、一番迷惑をかけたのが誰かと言うと、間違い無く異母長兄、トウヤである。

 一瞬にしてバツが悪そうな顔となるシオンに、今度ははやてが悪戯めいた笑いを浮かべた。

 

「そやなぁー。さっきも通信で話しとったんやけど、かなり怒ってたしなー」

「……ちなみに、どのくらいのレベルで?」

「この前、シオンが怒られたのと同じくらいに、かな?」

 

 続けるようにフェイトが告げた言葉にシオンはうげっと呻いた。ぶん殴られまくった記憶はまだ新しい。なんせ、三日前の出来事である。

 ……今度は、どんな風に怒られるのかを想像するだけでシオンは身体が震える事を自覚した――その、瞬間!

 

    −閃−

 

 どこからともなく、一切の脈絡なく、何か細いものが飛来し、それはそのまますこんっと小気味よい音を立てて、シオンの足のギプスに突き刺さった。

 

「どおぉおおお!?」

 

 あまりにもいきなり過ぎる事態に反応が後れたシオンだが、漸く気付いたかのように悲鳴を上げる。それに、他の一同はゾッと後ろに下がる中、ただ一人、キャロがシオンに近付いていく。

 

「あ、あのあの、シオンお兄さん。矢が足に刺さってるみたいですよ?」

「気付いてないとでも思ったか!?」

 

 一応、心配はしてくれているが、妙にズレているキャロにシオンは喚く。

 キャロの言う通り、ギプスに突き立っているのは一本の矢であった。矢の尻に紐がついていて、何やら封筒なんぞがぶら下がっている。

 窓も何も無い筈なのだが――何処から飛んで来たのか悩みつつ、シオンは涙目になりながら矢を引き抜いた。

 

「う、うう――!」

 

 呆気に取られる一同を置いて、引き抜かれた矢をシオンはベットの上に放り出す。ちなみに、ちょっぴり鏃(やじり)に血がついていたりする。

 完璧に引きまくった一同を気にせずにシオンは封筒を開けた。すると、中から一枚の紙が出て来た。がさがさと乱暴な手つきでそれを広げ、シオンが呟く。

 

「……と、トウヤ兄ぃからだ」

「あんたら、いつもそんな方法で連絡取ってたの……?」

 

 顔を引き攣らせながらティアナが聞いてくるが、もちろんそんな訳が無い。普通に念話通信が当たり前である。

 トウヤ流のタチが悪いジョークと言う奴か……若干、殺意が込められているような気はするが。あえて、シオンは気にしない事にした。

 シオンの台詞に襲撃かと思っていた一同もほっと一息吐くと、周りに集まって来る。手紙をシオンと同じく覗き込んだ。

 

「えっ……と、『緊急特別指令』?」

「勝手に読むなよ。まぁいいけど」

 

 スバルが読み上げるのに、シオンがちょっと抗議の声を上げるが、それに構わず、今度は横のティアナが読み上げる。

 

「『シオン。グノーシスを離れたお前と言えど、一応まだグノーシスに籍はある。と言う訳でお前になんか特別な指令を与える。しかも緊急だ』」

「……まだ俺、籍あったのか。てか、なんて出だしだよ。フランク過ぎるだろ」

 

 書いてあるままを読み進めるティアナにシオンは呻き――硬直した。

 理由は言うまでも無い、続きの文である。固まるシオンを置いて、ティアナは続ける。

 

「『えーと、最初に伝えておこう。お前に”地獄”を見せようと思う』」

 

 …………。

 

 そこで一旦読み上げるのを止めて、シオンを見る。未だ、シオンは固まったままだった。

 もしかしたら、そのまま気絶しているのかもしれないが。ティアナは構わずに先を続ける事にした。

 

「『あー、だが、ここでお前を生きるのに絶望する程の地獄を与えた所で、お前が社会に対して齎(もたら)した並々ならぬ損害が弁済される訳でも無い。まずは、お前の罪をここにしたためようと思う。先程、長老部からの通達により今年度から経理部が『暴走弟損害弁済費』なるものを予算に入れる事を検討していると、部長自ら私に通達があった。この時点で私はアースラにあるお前のデスクとロッカーを通路に放り出した』」

「…………」

 

 ちらり、と一同はシオンに目を向ける。だが、シオンは動きを見せていない。

 

「『及び、我が”第一位直属位階所有者”の予算七十五%カットの旨(むね)が、書面で知らされた。この、管理局に、いろいろと、便宜を計ろうとして、いろいろ、入り用な、この、時期に、だ……! 私はお前のデスクとロッカーを地球の出雲本社に持ち帰り、寒風吹きすさぶ屋上に運び出した』」

 

 この辺りになると手紙に綴(つづ)られた字がやけに歪んでいびつになっていた。どうも、怒りで筆圧が異常に上がったようである。腕も震えていたのか、字も揺れていた。ティアナは淡々と続ける。

 

「『間もなくして、カットされた予算の中に、私への賞与(ボーナス)と言う項目を発見した。つまり、私は最低、後一年はボーナスを貰え無いと言う事だ――私が屋上から景気良く音速超過で放り投げたお前のデスクとロッカーが、たまたま視察に来ていた長老部の一人に直撃して、現在意識不明、生死の境をさ迷う程の重傷を負わせたからといって、誰が私を責められよう……!』」

 

 ここで派手にインクが飛び跳ねていた。おそらくペンが折れたのだろう。

 

「『――と言う訳で、私はお前に”ただ地獄を見せる”のでは無く、”じわじわと地獄に叩き込む”事にした。……楽しみにしていたまえ。今が天国だと言う事を噛み締めさせてあげよう。ちなみに今日中に復帰せねば、更なる地獄を用意するのでその積もりで、では』……成る程ねー」

 

 手紙を二つに折り畳み、ティアナはうんうんと頷く。他の面々も同じくだ。ただ硬直するシオンのみが取り残され――。

 

「至極、妥当な判断ね。頑張ってね、シオン。めげちゃダメよ? 現実は変わらないわ」

「なんでじゃあぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああ――――っ!」

 

 何故か納得する一同に、シオンの全力の絶叫が白い病室に響き渡る。

 かくして、そう言う運びに話しはなった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 喫茶、翠屋。

 高町なのはの両親である高町士郎と高町桃子が経営する町内で大人気の喫茶店である。そのケーキの味は、パティシェの桃子の腕もあってか絶品であり、今日も今日とて近場の婦女子の舌を満たしていく。

 そんな翠屋で月村すずかは、呆れたような目を正面に居る青年に向けていた。すずかにとって最も許せない青年、伊織タカトに。だが、その視線は何故か妙に暖かみのあるものだった。

 その理由はいくつかある。まず一つは、タカトの前に置かれたケーキの量だろう。恐らくは翠屋のケーキ全種類がそこに並べられていた。彼は、それを全部食べていたのである――食べる度に、ひどく”幸せそうな”顔をして。二つ目の理由は、まさにそれである。

 やたらと美味しそうに食べるのだ、これが。

 見るだけで幸せになるような顔で食べるので、ついつられてしまいそうになる。

 だが、ここで一つの疑問点が生まれる。

 タカトは、あくまでも幸せを感じる事は出来ない。既にそういうものになってしまっているのだ。

 それは、例え美味しい料理を食べようとも当然感じる事は出来ない。世界一美味しい料理だろうが、何だろうがそれに例外は存在しない。つまり、この反応そのものがおかしいのだ。

 なのに、すずかの前に居るタカトは幸せそうにケーキを頬張る。

 見る人が見れば、自分の目を疑いそうな光景が繰り広げられ、やがて。

 

「美味しかった〜〜。一度やってみたかった”のよね”。翠屋のケーキ全制覇。残すの勿体ないからやれなかったけど。”男の身体”ってこう言う時便利”よね”」

「そ、そうだね……」

 

 タカトの違和感バリバリの台詞に、すずかは苦笑しながら答えた。それもそうだろう。今、タカトは完全に女言葉で話したのだ。苦笑の一つも出て、当然と言える。

 そんなタカトの台詞や仕草に、”たった一ヶ月しか見なくなった”のに、酷く懐かしい想いをすずかは抱く。

 それは、いつもすずかの隣に居た存在の仕草だったから。それをタカトがしているのに凄まじい違和感があるが、すずかはそれを振払った。そして、タカトに――”タカトの姿をした彼女”に微笑む。そう、彼女は。

 

「”アリサちゃん”、次はどこ行こうか?」

 

 アリサ・バニングス。タカトの身体を借り受けた彼女は、そんなすずかの問いに、にっこりと微笑んだ。

 ――何故、こうなったのか。話しはタカトの月村家襲撃まで遡る。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「アリサ・バニングスからの伝言を、君に伝えに来た」

 

 その言葉に、すずかは目を見開いて硬直する。

 今、彼は何と言ったのか。思ってもみなかった言葉に彼女は完全に凍り付き、だがタカトは構わず続ける。

 

「あれには日頃、やたらと世話になっていてな。おかげでいろいろ助けられた。今回はその礼だ。後は、本人に聞け」

 

 彼女に構わず話しを続けるタカトに、すずかは疑問符を浮かべ続ける。一体、彼は何を言っているのか、全然分からない。

 そんなすずかの顔を見て、自分が言っている事を分かっていないとタカトも気付く。

 

「……後になれば全部分かる。取り敢えずはだ」

「?」

「抜いてくれるか?」

「!?」

 

 そう言われて、漸くすずかは自分がタカトを刺したままだと気付いた。あまりにも自然に話すものだから、すっかり忘れていたのだ。慌てて、ガラス片を抜く。

 

「そ、その……ごめんなさい」

「謝る必要は無い。君は、相応に俺に怒るだけの理由があった」

 

 あっさりとタカトはそう言うと、傷口に手を当てる。鍛え抜いた筋肉のおかげで皮一枚程度しか刺さっていない。どちらにせよ、致命傷には程遠いものがある。

 だがこのままと言う訳にもいかず、タカトは仙術で体内の細胞を活性化させて、傷を癒した。すずかへと向き直る――と。

 

「お嬢様……!」

 

 切羽詰まった声が扉の向こうから響く。メイドのノエルの声だ。恐らくは、窓ガラスを割った音を聞き付けたか。

 

 ……このままでは無用の騒ぎになるか。

 

 タカトはそれを察するなり、いきなり前にいるすずかをひょいと抱えた。驚いたのは当然彼女である。

 

「え!? え!?」

「暫く我慢しろ。取り敢えず逃げる」

 

 そんな事をタカトは言うが、そうもいかないのがすずかである。ただでさえ歳の近い男性に抱えられた経験などは無いのだ――と、言うよりこんなに近くに男性を見る経験そのものが無い訳だが。

 気恥ずかしさやら何やらで混乱し、じたばたと暴れるがタカトは完全に無視。そのまま窓の外へと目を向けると、その姿がすずかごと消えた。

 仙術歩法、縮地。あるいは、縮地神功・神足通とも呼ばれる空間転移歩法である。それを持って、タカトはすずかごと、何処かに消えたのだ。

 ノエルが、扉をブチ抜いて現れたのは、すぐ後の事だった。

 その見る先には当然すずかはおらず、ただ割れたガラスが散乱するだけであったと言う。

 

 

 

 

「ここならば大丈夫か」

「え……!?」

 

 すずかはその台詞を聞くなり周りを見て愕然とする。先程まで屋敷に居た筈なのに、今、すずかが居るのは海鳴公園のど真ん中だったからだ。

 縮地の存在を知らない彼女は混乱するが、タカトは構わない。彼女をあっさりと下ろした。

 

「さて、話しの続きだが」

「え? えっと。私、さっきまで屋敷に――」

「気にするな。どうせ聞いても分からん。話しを続けるぞ?」

 

 これまた問答無用とばかりに、タカトはすずかの問いを切り捨てる。そして、説明の続きを始めた。

 

「先にも言った通り、彼女が君に伝えたい事があるそうでな。で、礼も兼ねて一日、俺の身体を貸す事にした」

「……えっと」

「そんな事が出来るのかと言う質問ならば要らない。出来ん事など言わん……つまり俺の身体ではあるが、彼女と話せるという事だ。後は先にも言った通りだ。本人に聞け。ではな」

 

 混乱するすずかを置いて、タカトは一方的に話すなり、いきなり崩れ落ちるようにして地面に倒れ込んだ。それに、すずかは慌てて起こそうとする――が、それを制するように彼は手を上げた。そのままゆっくりと立ち上がる。キョロキョロと周りを見渡した。

 

「……背の高さが変わるだけで、随分世界が変わって見える”わね”。ちょっとびっくりした”わ”」

「え……?」

「久しぶり、元気にしてた? すずか」

 

 名を呼ぶなり、微笑んですずかを見る。その視線に、すずかはひどく懐かしい感覚を覚えた。

 腰に手を当てて笑うその姿を何回も見た事があった。それは――。

 

「アリ、サ、ちゃん…………?」

「うん。だからそうだってば。このバカの説明、聞いてたでしょ――」

「アリサちゃん!」

「きゃ!?」

 

 台詞の途中でいきなり飛び掛かられて、タカトが――否、タカトの身体を借り受けたアリサが悲鳴を上げる。だが、すずかは構わず抱き付いた。

 

「アリサちゃん……! アリサちゃん! アリサちゃん!」

「ちょ……! ちょっと待って、落ち着きなさいすずか! 私、今男の身体! ご近所の噂になるわよ!?」

 

 抱き着かれ、転びながらタカトの身体でアリサが喚くが、すずかは聞く耳を持たずにしがみつく。

 

 アリサちゃんが今、ここに、居る……!

 

 タカトの身体ではあるが、今まさにすずかが抱きしめているのはアリサであった。

 だから、すずかは離れない。あの日、失った彼女が、ここに居るのだから。

 鳴咽を漏らして抱き着くすずかに、アリサは苦笑して、観念したかのように背中を叩いてやる。

 ――結局その後、すずかが離れるまでの間、二人はそうやって抱き合っていたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「はー、堪能したわ……こんな事になって何が辛かったかって言うと、何も食べたりとか出来なかった事なのよねー」

「そうなんだ?」

 

 翠屋から出て、二人は話しながら歩く。ちなみに、すずかは裸足だったり部屋着のままだったりしたので、適当な店で全部買い揃える事にした。当然、タカトのお金で。

 タカトは『いたらん出費を……』だのと中で喚いていたが、アリサは勿論無視。元はと言えば、部屋に突っ込んで誘拐同然にすずかを連れて来たタカトが悪い。いくら何でも、あれは無いだろう。

 ……まぁ、インターフォンを鳴らして正面から訪問しても、いきなり会わせてなぞ貰え無かっただろうが。そんな風にタカトの失態を笑うアリサに、すずかは微妙な笑いを浮かべながらも頷く。

 

「まったく。基本、こいつってば深い考えがあるかと思ってたら行き当たりばったりなんだから。腕力でなんとか出来る事態以外はからきしよ? 不器用なのは分かってるんだから治す努力しろってのよ。多分、一生治らないでしょうけど」

「……なんか、アリサちゃん。その人の事、いろいろ詳しいよね」

 

 微妙な表情のままで、すずかは呟く。それに、アリサは『そりゃあね』と苦笑した。

 

「なんだかんだで一ヶ月はこいつの中に居るんだしね。おかげで、いろいろ知ったわ……なのはには先越されるし」

「え?」

「なんでもないわよ」

 

 最後の部分の呟きに、すずかは疑問符を浮かべるが、アリサはそれに手を振ってごまかす。

 まさか親友のキスシーンをあんな形で見る事になるなど誰が分かるものか……ついでに、告白シーンも。

 アリサは今のタカトの事情をおそらく一番知っていると言える。それは『傷』もそうだし、目的もそうだ。だからこそ、タカトの目的を誰よりも否定しているのだが。

 アリサは頭に浮かんだそれらを頭を振って追い出した。すずかの手を握る。

 

「ほら、次行くわよ次! こいつケチんぼだから、二回も身体貸してくれないだろうし!」

「あ、うん!」

 

 『誰がケチか。誰が』と、再び喚く声が聞こえるが当たり前のように無視。アリサは、すずかの手を握ったまま駆け出す。

 今日は一日、すずかと遊ぶつもりだった。遊び倒すつもりだった。

 これまで会えなかった分を取り戻すように――会えなくなるこれからの分も含めるように。

 アリサは、すずかを伴って駆けて行った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 夕方の海鳴公園。

 冬も間近に迫っている証拠のように日が早くも沈み、辺りには夜の帳(とばり)が下りる。枯れ葉が足元を過ぎる中で、アリサとすずかはベンチに座っていた。

 

「遊んだわ……でも、映画二本は流石に無謀だったわね」

「だから、止めたほうがいいよって言ったのに」

 

 あの後アリサとすずかは、これでもかと言わんばかりに遊びまくった。

 ショッピング(タカトのお金で)に始まりゲームセンター(ここもタカトのお金で)をはしごして。気になっていた映画を続けて二本も見た(更にタカトのお金で)。

 もはや、中のタカトは『好きにしろ。もー知らん』と言っていたので、お言葉に存分に甘えた形である。

 そして、夕食を食べて今に至ると言う訳だ。殆どデートである。

 まぁ、女の子同士(?)で、そう呼ぶかどうかは分からないが、二人は存分に疲れ果てるまで遊んだ。

 

「……楽しかったね」

「うん、そうね……」

 

 すずかの言葉に、アリサは頷く。若干、力の無いその声は遊び倒した事による疲れか、それとも――この後の事を、理解していたのか。

 暫くして、アリサは立ち上がる。数歩前に歩いて、くるりとすずかに向き直った。

 

「……もう、時間だわ」

「……」

 

 アリサのそんな台詞に、すずかは無言。だが、その無言こそが何よりの意思表示であった。

 ……もう、終わりなんて嫌だと。また会えなくなるなんて嫌だと、そうすずかの態度は告げていた。

 

「あのね、すずか。私、ちゃんと伝えなきゃ行けない事があるの。……元々は、この為に身体を借りたんだしね」

「…………」

 

 すずかは変わらず無言。だが、今度は動きを見せた。首を振ったのだ、横へと。だけど、アリサは構わない。

 

「私ね。当分、身体には戻れないわ。今、戻る訳にはいかない」

「なんで」

 

 漸く。漸く、すずかは声を出した。なんでなのかと、問い掛ける声を。アリサは微笑する。

 

「理由はいろいろあるわ。今、身体に戻っても感染者のままだとか、身体がある場所が厄介だとか。でも、それは一番大切な事じゃないの」

 

 言いながら、アリサは自分の――タカトの胸へと右手を当てる。視線は変わらずに、すずかを見ながら。

 

「このバカを。今、放って置けない。……大切なモノを守るために、何もかもを捨てようとしているこのバカを、見捨てる事なんて出来ない」

「アリサ、ちゃん……?」

「ごめんね、すずか。でも、もう決めたの。このバカの――タカトの決意を聞いた、あの時から」

 

 ――もう、おそらくは長くない。残り僅かな時間。

 

 アリサは、その言葉を覚えている。大切な何かを守る為に何かを決めてしまった青年の言葉を。

 

 ――最後まで、この嘘を吐き通そうって決めたよ。

 

 その、優しい笑いを覚えている。どこまでも、どこまでも、孤高に、空を見上げながら優しく笑う、その姿を。

 

 ――怒るんだろうな。

 

 そして、自分の返答を。

 

 ――泣くと、思うわよ?

 

 アリサは覚えている。だから、決めたのだ。最後まで諦めずにタカトを止める事を。だって、そうじゃないと悲し過ぎる。

 他でも無い、それを悲しい事だと理解出来ないままのタカトが。

 

「だから、”今は”まだ戻れ無い。このバカの、世界をたった一人で背負った気でいるバカな考えをどうにかするまでは。だから――」

 

 待ってて。

 

 最後の言葉を聞いて、すずかは顔を上げる。アリサは微笑んでいた。どこまでも、清々しい表情で。

 

「必ず帰って来るから。絶対、帰って来るから! だから!」

 

 だから、待ってて。

 アリサの、まるで懇願にも似た言葉を聞いて、すずかはただ、アリサを見続ける。随分、長く時間が経ったように二人は黙ったまま見つめ合い。

 

「……うん」

 

 すずかの口から、ゆっくりと返事が零れた。そして、アリサを見つめる。優しい、瞳で。

 

「うん。待ってる。待ってる、よ。アリサちゃん」

 

 その瞳から涙も共に零れ落としながら、すずかは頷く。彼女もまた悟ったのだ。アリサが自分の意思でタカトの中に留まっている事に。そして、それを止めるなんて事は出来ない事に。

 アリサ自身が決めた事だ。それを何故、自分が止められるのか。

 でも、でも。それでも、寂しさは、どうしようも無くて。

 だけど、今にも口に出てしまいそうなそれを、すずかは必死に抑える。

 

「ずっと、待ってるから。ずっとずっと、待ってるから」

「……うん」

 

 アリサもまた何も言わない。親友だ。ずっと、ずっと一緒に居た親友だ。言いたい事なんて、分かってる。だからこそ、アリサは何も言わない。すずかが止めなかったようにアリサも何も言わない。

 見つめ合う二人の間を、風が通り過ぎる。アリサはゆっくりと目を閉じ、やがて開く。

 

「時間、だわ」

「……アリサ、ちゃん」

 

 分かっていた。分かっていたのだ。もう、この時間は終わりだと。それでも、溢れてくる感情はどうしようも無い。悲しみと言う感情は、どうしようも。

 アリサは微笑する。すずかが安心出来るように。

 

「大丈夫よ。あっちは、思ったより過ごしやすいもの。……たまにこのバカ殴ってるし。だから、だから――」

 

 声が、詰まる。ぐっと何もかも、弱音も悲しみも吐き出せてしまえば、どれだけ楽になるだろう。でも、アリサはそれを選ばない。

 きっと、すずかが悲しそうな顔をしてしまうから。そんな顔を見たくないから。

 

「ほら、すずか。笑って? 泣いて見送りなんて私は御免よ?」

「――――っ」

 

 その言葉に、すずかは一瞬だけ息を止め――何かを噛み締めるように頷くと、ゆっくりと笑って見せた。不器用な、そんな笑いを。アリサもまた笑顔を返す。

 

「うん。その顔が見たかったのよ。私が一番好きな、すずかの笑顔が」

「アリサちゃん……」

「ありがとう。すずか――また、ね?」

 

 そうして。アリサは、告げる事を告げるなり目を閉じて――変わった時と同じく、その身体が崩れ落ちた。が、完全に倒れる前にどうにか堪える。

 すっと立ち上がる佇まいは既にアリサのものでは無かった。伊織タカト。彼が再び身体に戻っていた。

 

「……俺を恨め」

 

 唐突にそんな事を、タカトはすずかに言う。

 今までの事も、アリサとすずかの会話も当然タカトは聞いていた。だから、彼はそう言う。そんな事しか、言えないから。

 

「俺は、彼女をお前に返す事なぞ出来ん。だから、恨め――」

「甘えないで」

 

 ぴしゃりと、すずかはタカトの台詞を切って言い放った。驚いたタカトが目を見開く。すずかは真っ直ぐにそんなタカトを見据えた。

 

「誰かに恨まれる事でしか、貴方は許しを請えないの?」

「……俺は、別に許される積もりなぞ――」

「なんで一言『ごめんなさい』って謝れないの!?」

 

 すずかの怒声が、公園に響く。タカトは動きを止めた。そんな彼にすずかはつかつか歩み寄り。

 

   −ぱん!−

 

 その頬を、思いっきり平手打ちにした。

 

「私は、貴方を絶対に許せない。何があろうとも、それは変わらない」

「…………」

「でも」

 

 ごしっと袖口で涙を拭う。そして、すずかは真っ直ぐにタカトを見据える。

 

「許そうって、努力する事は出来るの」

「……」

 

 すずかの台詞にタカトは何かを言おうとして、でも言わない。くっと呻きを一つだけ漏らして留まった。

 

「俺は謝るつもりは無い」

「……なんで?」

「俺は、俺が正しいと思う行動をしているからだ。そんな俺が、他者の犠牲を必要とあるならば認められる俺が、何故謝る事が出来る」

 

 謝る。タカトの選択肢にそれは無い。選べ無い。

 何故なら、それを容認すると言う事は、自分が間違っていると認める事になるから。今、自分がやっている事、全てを否定する事になるから。だから。

 

「俺は謝らない」

「そう。なら、私はずっと貴方を許さないよ? 許す努力もしない」

「それでいい」

 

 タカトはふっと笑う。それでいいのだと言いながら。すずかの言葉に、顔を綻ばせる。

 

「誰か一人くらいは、俺を許せない人間が居て欲しいと思っていた」

「……変わってるね? そんな風に思うなんて」

「ああ、そうだな」

 

 苦笑する。そして、タカトはすずかに背を向けた。もう用は無いとばかりに、笑いながら。

 

「では、さらばだ。絶対に俺を許せない女」

「うん、じゃあね。私が絶対に許せない人」

 

 二人は、互いの名を絶対に呼ばない。呼ばないままに二人はあっさりと別れた。

 許さない女は、許せない男を黙って見送る。

 そうして、男の姿は夜闇に消えた。

 

 

(後編に続く)

 

 




はい、第四十四話中編でした。基本的に、なのは原作キャラはよっぽどの事が無い限り、人を恨まないよなーと。
そんな訳で、アリサを奪われた形となるすずかがタカトを許せないとなりました。
いや、タカトって酷い事やってて、それを許せない人は絶対にいるよ、てのがやりたかった訳ですなー。
では次回、後編をお楽しみにー。


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第四十四話「それでも、知りたくて」(後編)

はい、第四十四話後編です。
最後までバトル無しの日常話ですが、楽しんで頂けたなら、幸いですな。
では、どぞー。


 

 ごぽっと音が鳴り、神庭シオンは目を覚ます。グノーシス『月夜』ナノ・リアクター治療室。そこにシオンの姿はあった。

 昼過ぎからナノ・リアクターが空いたので、遅まきながら治療を開始したと言う訳だ……シオンとしては後々の事を考えると、寧ろまだ入院して置きたかったのだが、例の手紙に書かれていた内容が内容だったので引き延ばす事も出来なかったのだ。

 トウヤの事である。更なる地獄を用意すると言えば必ず用意するだろう。

 ナノ・リアクター内の溶液(これがナノ・マシン)が排出され、シオンはやれやれと中からはい出る――と、声が掛けられた。

 

「うふふふ……気分はどうかしらぁ……」

「うーん。まぁ、痛い所はどこもって、待てぃ!」

 

 普通に受け答えしようとして、思わずシオンは叫ぶ。慌てて前を隠しがてら周りを見渡すと、そこには異様に伸びた前髪に白衣の”女性”が居た。

 そう、女性である。ちなみにここは女人禁制の男性用ナノ・リアクター治療室だ。つまり女性の立ち入りは厳禁の筈なのだが。何故か、その女性は自然にここに居た。シオンを見て、うふふと伸びた前髪の向こうで笑う。某リ○グの○子を彷彿とさせるその女性は、シオンに向けてビッとサムズ・アップして見せた。

 

「……うふふふ、なかなか」

「なかなか!? なかなか何だよ!? てか、何であんたがここにいる!? それより何より着替え寄越せ!」

 

 とりあえずはナノ・リアクターの後ろに隠れつつシオンが喚く。それにもやはり彼女は答えず、うふふと笑うのみであった。

 深海(ふかみね)女史。

 グノーシスにおける。封印指定研究である筈のナノ・テクノロジー研究をただ一人任されている女性である。見た目はこんなだが、当然頭の出来は人より遥か上だ……性格が壊滅しているが。

 とりあえず深海女史が放ってくれた服を、ナノ・リアクターの後ろでごそごそ着替える。

 

「……うふふ。それで、どうかしらぁ? 痛む所とかある?」

「いやまぁ無いですけどね。で、なんであんたがここに――」

「そんな細かい事はどうでもいいのよぉ」

「細かくないし!」

 

 吠えるが、やはり深海女史は聞こえて無いとばかりにうふふと笑い続ける。そんな彼女に、シオンはため息を吐き出した。

 この二年間、グノーシスを離れて漸く認識した事だが。この組織、あまりにも変人が多過ぎなのでは無いだろうか。

 アースラに居た皆がこうして見るとまともに思えてくるのだから不思議である。

 とにかく、素早く服を――管理局武装隊の服だ――に着替えると、シオンはナノ・リアクターの後ろから出て来た。

 

「……まったく、なんでこんな所に入って来るんだか」

「うふふふ、強いて言うなら知的好奇心のなせる業よぉ~~」

「いや意味分からんし」

 

 ツッコミつつ、シオンは軽く身体を動かして具合を確かめて見る。流石のナノ・リアクターであろうとも魔力枯渇はどうにもならないが、怪我は完治していた。

 普通ならば全治数カ月の怪我が僅か二時間足らずで快復している事にシオンはちょっとした感動を覚えつつ、苦笑する。

 

「どう? 何か問題ないかしらぁ?」

「はい、大丈夫です」

「そう……おかしいわねぇ」

「ですねー。て待てぃ」

 

 思わず流しそうだった深海女史の台詞にシオンは呻きながら留める。おや? と、首を傾げる彼女を睨みつけた。

 

「そら、どう言う意味だ」

「……うふふふ、何か聞こえたかしらぁ」

「きっぱりと聞き逃せん事が聞こえたわ!?」

「そう? まぁ、気にしたら負けよぉ」

「……もーいいや」

 

 何故か快復した筈なのにどっと疲れを覚えてシオンは肩を落とす。だが、このままと言う訳にもいかずにシオンはナノ・リアクター治療室の外へと歩き出した。

 

「うふふふ、また怪我したらいらっしゃいなぁ。最短で治してあげるわぁ」

「いや、だからここは男用だと……いいや。んじゃ、お世話様~~」

 

 ツッコミを入れるのにも疲れを覚えて、シオンは開いた自動扉を潜って外に出る。うーんと、伸びをした所で。

 

「おーシオンじゃんか」

 

 そんな風に横から声を掛けられた。視線を向けると、赤の髪を三編みにした、一見すると小学生じみた女の子、ヴィータと、桃色の髪をポニーテールにしたすらりと背の高い女性、シグナムが居た。

 笑いながら、こちらに歩いて来る。シオンはぺこりと頭を下げた。

 

「ども。ヴィータさんとシグナムもナノ治療で?」

「ああ。つい先程、終わった所だ」

 

 シオンの問いに、シグナムが微笑して頷く。ヴィータも腕を組んで、ちらりと出て来たナノ治療室に視線を向けながら苦笑した。

 

「……お前、まーたやらかしたらしいよな。ほんと、飽きないって言うか何て言うか」

「いや、まぁ」

 

 頬を指で掻いて視線を泳がせるシオンに、ヴィータはため息を吐いた。

 

「ま、いいけどよ。あんまし、はやて達に迷惑掛けんなよ。ただでさえお前、トラブルメイカーなんだから」

「いや、そんな好き好んでトラブルに首を突っ込んでるみたいな言い方せんでも」

「違うのか?」

 

 こちらはシグナム。彼女にしては珍しく悪戯めいた笑い顔で聞いて来る。シオンはげんなりと肩を落とした。

 

「勘弁してよ。俺は平和主義者なんだから」

「「…………」」

「せめてツッコんでお願い」

 

 黙ってしまう二人に、シオンは懇願する。そんな彼に二人は顔を綻ばせた。

 

「ところでシオン。お前、刀を抜いたとか聞いたが?」

「そうだけど。それが?」

 

 どこから聞いたんだろうと首を傾げつつ、シオンはシグナムに聞き返す。すると、彼女はふふと笑った。ぽんっとこちらの肩を掴んで来る……嫌な予感がした。このパターンは。

 

「よし。なら、話しは早い。早速――」

「だが断る」

 

 笑う彼女に、シオンは即断で台詞を皆まで言わせずに切って捨てる。ぴしりと固まったシグナムからきっかり三歩下がると、一礼した。

 

「じゃあ、俺はこれからトウヤ兄ぃの所に用事があるから」

「待てシオン! 私は最後まで用件を言って無いぞ!?」

「聞かんでもわかるわ! どうせ、模擬戦しようとかそんなんだろうが!?」

 

 吠えながらシオンは、これまでのアースラでの彼女の実績を思い出していた。始まりは嘱託魔導師試験に於ける模擬戦。次は、初出動の後に散々模擬戦を挑まれた。最後は聖域での戦いの後か。

 その後はごたごたしていた事もあり、模擬戦どころでは無かったが、どちらにせよ尋常な数では無い。既にシオンもシグナムのバトルマニアっぷりはよく理解していた。

 そんなシオンに構わず、シグナムは再び肩をぐわっしと掴んで来る。こちらを真剣な顔で見つめた。

 

「いいかシオン。聞いた話しだが、お前が刀を使っていたのは五年も前だそうだな?」

 

「うん、まぁ」

 

「それでだ。もし刀を実戦で使わざるを得ない状況に陥った時。そんなブランクを挟んだ状態では上手く使えないだろう?」

 

「いや、実戦のが先だったんだけど」

 

「だからだ。私と模擬戦をする事で刀を使う感覚を取り戻すと言うのは――」

 

「うん却下。じゃあ俺はこれで」

 

「ああ! 待つんだシオン!」

 

「……今度は何さ」

 

 若干どころか完全にぐったりとして、呻きすらをも上げながらシオンは聞き返す。シグナムは真っ直ぐにシオンを見据えた。

 

「細かい事は抜きにしよう。私とお前の仲だ。熱く刃を交えた、言わば好敵手(とも)……だからこそ、私は刀を使うお前と戦ってみたい」

 

 いろいろツッコミ所満載な台詞を、熱く、熱くシグナムは語り掛けてくる。肩を握る手にもやたらと力が入っていた。

 

「だから、是非私と戦って欲しい。頼む」

 

 最後に、そう締めくくった。その台詞に、シオンも感じ入ったかのように頷く。

 

「……熱い、熱いな。シグナム――でもな?」

 

 シオンは無念そうに首を振る。横にだ。シグナムが更に肩を握る手を強めて来る――かなり痛い。

 

「何故だ!? 何故そうまでして断るんだ、シオン……!?」

「何故か? そんなの決まってる。決まってるんだシグナム――」

 

 ふっと頭上をシオンは見上げる。その顔は傍目から見ても辛そうに見えた。瞳から涙が零れ落ち、そして。

 

「――模擬戦にかまけて、トウヤ兄ぃのおしおきをこれ以上増やしたく無いんだ」

「…………」

 

 凄まじく真剣な顔で、情け無さ過ぎる台詞をシオンは吐く。あまりにもあれな理由にシグナムの肩が若干コケた。直後、シオンの目がきらりと光った。力が抜けた瞬間を見計らってシグナムの手から抜け出す。

 

「あ! こらシオン!」

「てな訳で、俺がまだ生きてたらって事で――! ヴィータさんもまた――!」

「おう。頑張って来いよー」

 

 一連のやり取りを呆れ切った目で見ていたヴィータが頷くのを尻目にシオンは駆け出す。

 気は進まないが、トウヤの部屋へとだ。時間を掛ければ掛けるほど、後の”地獄”とやらは洒落(しゃれ)にならなくなると言う事もある。

 そんな訳で、シオンはとにもかくにも走って行った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 第一位、執務室。そう表記された扉を見て、走って来たシオンはため息を吐く。このまま回れ右して帰りたいと心の奥底から思うが、その後に待つは真性の地獄であろう。

 地獄地獄と強調し過ぎな気がするが、トウヤが繰り出す様々おしおきはそう呼ぶのに何の過分も無い。頭に過ぎる過去に受けたそれら――爽やかコース。すっきりコース――を思い出して、シオンの顔色はどんどん悪くなっていった。ほろり、と涙が零れる。

 だが、そのままと言う訳にもいかない。一応、思い付く限りの神様、仏様、もしくは悪魔に祈りを捧げつつ、シオンはインターフォンを押す。

 

《誰だね?》

「あー、俺だけど……」

《俺? 誰だね、それは? 俺と言う名前の人間には全くもって心当たりはないのだがね?》

「……ごめんなさい。神庭シオンです」

 

 やっぱり機嫌悪いや……。

 

 トウヤの声を聞くなり、シオンは直感する。暫くの間を持って、扉が開いた。入って来いと言う事だろう。ちょっと躊躇いがちに、シオンは扉を潜り――。

 

「遅い」

 

    -撃!-

 

「ぺぎゅる!?」

 

 ――何の脈絡無く殴られた。盛大に吹っ飛び、通路の壁にぶち当たる。

 そのまま崩れ落ちるシオンを冷たーく見下ろすのは当然、異母長兄、叶トウヤであった。

 顔を押さえながら、文句を言おうとしたシオンの顔が固まる。トウヤの視線が並では無い程に冷たい。

 

 これは、ヤバイ……!

 

 直感で感じ取れるレベルでトウヤの怒りが分かる。裸が粟立(あわだ)つのを感じながら、シオンは思わずあたふたと回れ右をした。

 

「たーすけてー……!」

「何を逃げてるのだね? お前は?」

 

 あっさりと襟首を捕まえられて、シオンの逃亡は終わった。ひょいと猫の首を摘む動作でシオンを吊り上げ、執務室に入っていく。そして部屋の真ん中に用意された椅子に、どすんと落とされた。尾骨を派手に打ち、悶絶するシオンを余所にトウヤはマホガニーに向かうと、椅子に腰掛ける。そして、シオンに向き直った。

 

「さて、シオン?」

「あ、あああああ、あ、あの……! と、トウヤ兄ぃ……?」

 

 にっこりと笑う――これは異母兄達共通の怒りのサインだ――まぁ、笑うトウヤに、シオンは噛み合わない歯で名前を呼ぶ。トウヤはそれを笑いながら見て。

 

「なんだね? 我が愛すべき異母弟”だった”シオン?」

「過去形!? 過去形になってるよトウヤ兄ぃ!?」

「これからは、家族”四人”になるのだね。頑張っていこうと思う」

「あ、あああああ……!」

 

 トウヤの台詞に、いよいよシオンは頭を抱える。

 問答無用。この四字熟語がこれ程似合う人間はそうはいまい。なんにしろトウヤは笑いながらシオンを見て、続ける。

 

「さて、シオン?」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

「五月蝿いねお前は」

 

    -撃-

 

「へぶっ!?」

 

 繰り返し呟くシオンにトウヤの手から何かが放られて、額に直撃する。

 投げられたものに一撃されて涙目となりつつも、正気を取り戻したシオンの手にぽすんっと投げられたものが落ちて来る。それはデータチップであった。

 

「痛っ……! これは?」

「任務の資料だ。三日後までに読んでおくように」

「へ?」

 

 告げられた台詞に、思わず目を丸くするシオン。トウヤは表情を変えずに続けた。

 

「先程、八神君達と話しをしてね。例の件、彼女達の各デバイス、ロスト・ウェポン化が決定された」

「……へ~~、よくまぁ」

 

 思わずシオンは感心して頷く。基本的に管理局の人間である彼女達は古代遺失物――つまりロストロギアの所有や使用を躊躇う面がある。危険度を鑑みると、それは寧ろ当たり前の反応とも言えた。

 個人で核兵器を持ち歩くようなものである。いくら制御されていようと、それに危険を覚えない方が寧ろ危なっかしい。故に、シオンはあっさりとはやて達が決めた事が意外だったのだ。トウヤもまた頷く。

 

「ここ暫くは悩み続けていたようだがね。お前の独断先行、言語道断、無理無茶無謀な行動で腹を決めたようだ」

「……えっと、ごめんなさい」

「はっはっは。謝っても許すつもりは無いから、その積もりでいたまえ。まぁ、あの被害を考えれば寧ろ当然とも言えるがね」

 

 トウヤの台詞に聞こえないように舌打ちしつつ、シオンは天砕きの被害状況を脳裏に浮かべる。

 学校消滅。しかし、それは本来の威力が全て上へと向かった為らしい。

 本来なら北半球が壊滅していたと言うのだから、改めて天砕きの威力を思い知らされる。

 しかもそれでさえ、アルセイオの斬界刀やベナレスのギガンティスが持つアーマーゲドンよりランクは低いのだ。

 はやて達が危機感を、力不足を感じるのは至極当然と言えた。

 

「そう言う訳だよ。その上で、お前に任務を与える」

「へ……? 任務? 地獄じゃなくて?」

 

 トウヤの台詞に、シオンはきょとんと聞き返す。てっきり即座におしおきだべ~~とばかりに、ドエライ目に合うと思ったのだが。トウヤは、そんなシオンの返答にため息を吐いた。

 

「手紙の題名には何と書いてあったね?」

「えっと、『緊急特別指令』だっけ?」

 

 シオンはうろ覚えの題名を読みあげて――その顔がぱぁっと明るくなる。それを見ながら、トウヤが頷いた。

 

「つまりはそう言う事だよ」

「あ、ああ……! まさか、トウヤ兄ぃが、こんなに簡単に許してくれるなんて……! ル○タニ様ありがとうございます……もしくはオ○シロ様」

「……危険極まり無い神様にお祈りを捧げるのはやめたまえ」

 

 マホガニーに肘を着けながら、トウヤはため息を吐く。その間にもシオンはリンパ腺で交信出来ると言う謎神と、しゅ~くり~むをこよなく愛する謎神にお祈りを捧げる。そんなシオンを脇目に、トウヤは説明を続けた。

 

「お前にはEUイギリス支部に出向いて貰う。そこで、『斉天大聖』『フラフナグド』『テュポーン』『バルムンク』『四龍玉』を受領。後に、同ドイツ支部に飛んで、各ロスト・ウェポン完成まで護衛。完成したそれらを受領して戻って来たまえ」

「ん。了解……でも、それだと」

「当然、持ち主も一緒が好ましいね。治療魔導師も一人は居た方がいい。つまりギンガ君、スバル君、ティアナ君、エリオ君、キャロ君、そして、みもりが適任か。彼女達と一緒に行ってくれたまえ」

 

 ……こら、また。

 

 告げられた名前に、シオンは思わず頬が引き攣る事を自覚する。このタイミングでこの面子。偶然にしては出来過ぎと言えた。

 

 ……どこまで知ってやがる……!

 

 みもりに告白された事やキスされた事まで、この異母兄が知ってるとは思わない――思わないが、それでもなお油断のならないのがトウヤと言う男であった。逆に言えば、何を知っていてもおかしくは無い。

 じーっとトウヤの顔を半眼で見るが、その面の皮には傷一つ付けられそうも無かった。シオンは嘆息すると、無駄な事はやめて頷く。

 

「了解、三日後に皆と向こうに転移(と)べばいいんだね?」

「ああ、それで構わない……さて、では」

 

   -ぞくり-

 

 その瞬間、シオンは特級の怖気を感じて総毛立った。直感が最大警報を鳴らす。ここは危険だ、速く逃げろ、速く、速く――!

 だが、身体は動かない。まるで椅子に固定されたかのように立ち上がれ無い!

 そんなシオンに、トウヤは口端をゆっくりゆっくりと持ち上げる。くすくす、と笑い声が口から漏れていた。静かに立ち上がる。

 

「と、と、ととととととと、ト、ウヤ兄、ぃ?」

「――”本題”に移ろうかね?」

 

 呟くと同時にぱちりと指を鳴らす。と、まったく唐突にトウヤの背後に”扉”が生まれた。そこは、確かに壁だった筈なのに!

 それを見て、シオンの恐怖はメーターを振り切った。同時に気付く。トウヤは許してなんぞいなかったのだ。全ては、油断させるための芝居――!

 

「”もかもか室”。そう名付けて見た」

「も、もももも、かもか……?」

 

 それは果たして何を意味するのか? 分からない。分からないが、直感はがんがんと警報を鳴らし続ける! ――この部屋は、危険なモノだと。そう、直感は告げていた。

 

「そう、もかもか室だよ。お前がこれから入る部屋の名前だ。安心したまえ、命は大丈夫だ……精神は一切保証しないが」

「っ――――!?」

 

 トウヤの台詞に、シオンは目を剥いて震え上がる。トウヤにそこまで言わせるもかもか室とは、一体何なのか……。

 異母長兄は、何故か威圧感漂う顔でニッコリと笑う。

 

「ヒントを上げよう。お前も入る部屋の前情報くらいは知りたいだろうからね」

 

 シオンはがくがくと頷く。どんな部屋なのか、名前だけでは全く分からない。それをヒントだけでもくれると言うのだ。乗らない手は無い。シオンの頷きを見て、トウヤは薄く笑う。

 

「では、ヒント――グノーシスの胸毛ランキング一位から二十位までが勢揃い」

「…………」

「しかも一つの部屋に」

 

 それを、聞いてはならなかった、知ってはいけなかった事を聞いて、シオンは崩れ落ちた。

 そんな部屋に、叩き込まれたら――あるのは精神の死、だけである……。

 

「では、シオン」

「…………」

 

 ついに間近に来てしまったトウヤをシオンは慈悲を懇うように見上げる。トウヤはニッコリと笑い――。

 

「お・し・お・き・だ・べぇ~~」

 

 それから数時間の間、第一位執務室には途切れる事の無い悲鳴が響き渡ったとさ。

 

 ちゃんちゃん♪

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――闇が迫って来る。

 もふもふとか、何故か弾力性に富んでいるとか、やたらと人肌な感じに温かいとか。そんな感じの闇が。

 闇を人が本能的に恐れる理由とは、その奥に何があるのか分からないからだろう。見えないと言う事はそれだけで恐怖だ。

 そんな闇が迫って来る。蠢動(しゅんどう)しながら、それが何かを見せずに。

 その闇の出口は何処だ? ――尋ねても答えてくれる者はいない。

 回答者は何処に居る? ――それさえも絶望的に存在しない。

 ただ、闇は在るだけだ。存在して迫って来るだけなのだ……もかもかと。

 

「もかもか……! うぅ……! もか……! なんかほのかに暖かいよー。なんかごわごわしとるよー。う、うぅ……! や、やめてくれ! 迫ってくるなぁぁぁぁぁぁぁぁ……! ご、ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……! トウヤ兄ぃ許してぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……! ここから出してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……!」

 

 求めるように彼は手を伸ばす。だが、なにも掴めないままに握りしめられた。

 そんな事は分かっていたのだ。闇には何も無い――寧ろ、ごわごわとしたものがあっては困る。

 とにもかくにも、闇にはなにも在り得ないのだ。だが……彼は、はっと目を見開いた。闇しか無い? 否、否だ。断じて否!

 虚無しか掴めなかった手の隙間から、何かが漏れている。それは小さな光だった。大きな闇に対して、比べる事さえもおこがましい小さな光。だが、それを彼は掴む事が出来たのだ。

 

 何故、光を掴む事が出来たんだ……?

 

 手の中にある光に驚き、戦(おのの)きながら彼は自問する。だが、闇を恐れる理由と同じくらいに、その答えは当然とばかりに自分の中にあった。

 

 そうだ。俺は手を伸ばした……伸ばしたんだ! 抗おうと、手を伸ばした。だったら出口なんて要らない。闇に対して逃げる必要なんて無い! だって俺はまだ戦える。握りしめたこの光を胸に、一歩を踏み出せる。そして踏み出した、その一歩が道になるんだ! 立ち上がりさえすれば、勝てる……! そう、勝てるんだ! 何故なら闇の中に敵なんていない。俺がいるだけなんだから!

 

 そして、気付けばシオンは、立ち上がっていた。

 闇の中で誇り高く、胸を張りながら。いつの間にか、泣いていたらしい。

 涙を零しながら闇の中で立ち尽くし、それでもと闇に対して吠え叫ぶ! 己の、信念に賭けて!

 

「もっ……かもっかなんぞに負けてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 そうして、闇は消えた。

 辺りに広がるは、椅子が立ち並ぶピロティ(休憩室)であった。

 辺りには誰もいない――いや、小柄な人影が二つあった。エリオとキャロである。こちらを唖然と見る二人に、シオンは漸く闇から、もかもかから帰還した事を悟った。

 

「だ、大丈夫ですかシオンお兄さん!」

「すっごいうなされてましたよ……!」

 

 心配そうにこちらを見る二人に、シオンは涙を拭いながら頷く。やがて天井を見上げながらぽつりと呟いた。

 

「恐ろしい体験だった……!」

「「はぁ」」

「タカ兄ぃに顎を砕かれて、殺されかけた時の次くらいにやばかった」

 

 引き合いに出すのが、間違っているような……思わず汗ジトになる二人にシオンは構わず、べたべたする額の汗を拭いながら呻く。

 

「下手をすりゃあ、もかもかで力尽きて俺の人生終わる所だったぜ……!」

「えっと……」

「もかもかって何ですか?」

「聞いてくれるな!」

 

 キャロのぽやぽやとした問いに、シオンは身体をくねらせて拒絶する。そのまま自らの身体を抱きしめるように腕を回し、がたがたと震えた。

 

「思い出したくもない……! あ、あれはヒトの手に余るおしおき部屋だ! 在ってはならない部屋なんだ……!」

「「はぁ……」」

 

 なんだか、とても辛い目にあったよーである。それを二人は悟り、聞かない事にした。

 シオンは暫く震えて、漸く落ち着いたように二人に振り返れと疑問に思った事を聞く。

 

「で、なんで俺、ピロティに? トウヤ兄ぃの所に居た筈なんだけど」

「そのトウヤさんが連れて来たんです。『壊してしまったかもしれないね』とか言ってましたけど……」

 

 非常に恐い台詞である。何を壊したと言うのか? だが、聞かない方が精神衛生上良さそうな気がした。

 

「最初はみもりさんが、介抱してたんですけど」

「……みもり、居たのか?」

「はい。そこでうなされているシオンお兄さんをひざ枕してました」

 

 ……何やら、とても恥ずかしい状態だったらしい。赤面しそうだったので顔を手で押さえて隠す。それで隠れる筈も無いのだが、そうしていたかった。

 

「で? そのみもりは?」

「カスミさんに呼ばれて向こうに行きました。それで、僕達に代わりに介抱お願いされまして」

 

 そんで今に至る、か。

 

 何ともまぁ、タイミングが合わない事である。みもりには、いの一番に伝えたい事が――返事があるのに。なのに、何故か会えない。病室に居た時も見舞いには来なかった。正確には来れなかっただろうが。なんにしろ。

 

「ままならないよなぁ……」

「何の事ですか?」

「いいんだよ。お前達にゃあ、まだ早い」

 

 ぼやくシオンにキョトンと尋ねて来るキャロ。そんな彼女に苦笑しながら、シオンは二人の頭をぽんぽんっと叩いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ふぅい~~……」

 

 夕方。すでに日も沈み、辺りには鈴虫の歌声が響き渡る。そんな中で、シオンは神庭家の風呂――と言う名の温泉に浸かっていた。ふにゃーと肩まで湯舟に沈めながら温泉を満喫する。

 

「いやー相変わらず、癖になる湯だなぁー」

 

 はふぅと緩み切った顔で、シオンは呟きながらんーと思う。

 結局、あの後みもりには会えなかった。どうも忙しいらしく、そんな中で呼び出すのも気が引けたので、結局シオンは家に帰って来たのだ。

 一応は護衛の名目で、スバル達前線メンバー組と、N2Rの面々と一緒に。そして今に至ると言う訳である。

 焦る事でも無し。何も今日いきなり返事をする必要も無いだろう。……それに、どうせ明日は”必ず”会わなければならないのだから。

 そんな風に思いながら湯を堪能していると、がらっと風呂のガラス扉が開く音がした。

 

 ……誰か入って来たか? エリオか。

 

 なんとなく、シオンはそう思う。この風呂には当然、男女別などある訳が無いので、それぞれ入る際には看板を立てる事が決められている。

 シオンも入る前に『現在、男入浴中。入るべからず』と書いた看板を入口前に立てたので、女性陣が間違って入って来る事も無い……そう、思っていた。

 

「おー。エリオー。いい湯だぞー」

 

 言いながら後ろを振り向こうとして、そのまま硬直した。それはそうだろう。シオンの目の前に居るのは――。

 

「し、シオン……!?」

 

 ……なんで、スバルがここに?

 

 呆然としながら、シオンの頭をそんな疑問が過ぎる。

 スバルはタオルで身体の前を隠して、こちらを見ていた。思った以上にスタイルいいなぁとか、愚にもつかない事を思っていると。

 

「こ、こっち見ないで……っ!」

「て、どわぁああああっ!」

 

 自分がひどくいけない事をしていた事を悟り、悲鳴を上げながら背を向ける。

 ばっくばっくと鳴る心臓を、なだめてすかせて殴りつつ、背後に声を掛けた。

 

「な、なんで? どうして入って来るよスバルさん!?」

「だ、だって看板立って無かったし、誰も入って無いって思ったから!」

 

 看板が立っていなかった……?

 

 スバルの答えに、シオンは動揺を必死に抑え込みながら疑問に思う。自分は確実に看板を立てた筈である。まだ家を出る前は、それでえらい目に合った事もあるのだ。忘れる筈が無い。

 ……この時、シオンが知るよしも無かったが、露天風呂と言う特性上、この風呂は外にある。当然、入口も外にある訳だ。これが、今回は災いした。風が吹いて看板が飛んで倒れてしまったのである。

 倒れただけならばスバルも気付いたのだろうが、飛んで、離れた所に倒れたたせいで気付かなかったと言う訳であった。閑話休題。

 そんな事を当然、知る訳が無いシオンは首を捻る。だが、今はそれもどうでもいい。とりあえずはこの状況をなんとかしなければならない。

 シオンはあくまでも視線を向けないままでスバルに声を掛ける。

 

「と、とりあえず入るんだったら、もうちょっと待ってくれ。俺もすぐに出るし。着替えるまで外で――」

 

   -ぽちゃ-

 

 口早にまくし立てるシオンの耳に、水音が響く。湯の中に何かが入ったような音が。そして、次に響いたのはちゃぷちゃぷ、と言う音だった。これはつまり――。

 

「す、スバル?」

「…………」

 

 スバルは何も答えない。だが、声の代わりに別の行動を起こした。湯舟に浸かったのだ……シオンの真後ろに。そして向けられた背中に、自分の背中を合わせて座った。

 

「ちょっ……! おい!」

「こっち向かないで。……恥ずかしいから」

 

 流石に文句を言おうとしたシオンに、機先を制するようにしてスバルが告げてくる。シオンは何も言えなくなってしまった。暫くあーやら、うーやら唸り――結局、黙り込んでしまう。そのまま暫く背中合わせで二人は湯に浸かり続けた。

 

 ……何なんだ、一体……。

 

 流石にシオンも頭が冷えて来て、スバルの態度にそう思う。背中の感触は出来るだけ無視して、シオンはスバルに尋ねようと息を吸って。

 

「シオン」

「わひぃ!?」

 

 またもやスバルに先に名を呼ばれ、変な声を上げる。わたわたとしながらも、無理矢理動悸を静めつつ聞き直した。

 

「な、なんだ?」

「ごめんね。いきなり入って来ちゃったりして」

「あー、いやまぁ……で、何で湯舟に入って来たりしたんだ?」

 

 曖昧に頷きながら、シオンは問う。それに、スバルはこくんと頷いた。

 

「えっとね。シオンに聞きたい事があって……でも二人きりってあんまりなれなかったら。今、ちょうどいいいかなって思ったんだ」

「ちょうど、てよ。お前……」

 

 思わずツッコミを入れて、シオンは苦笑する。いくら何でも湯に入って来るのはやり過ぎと言うものだろう。今言ってもせんない事なので、言わないが。苦笑し続けて、シオンは先を促す。

 

「で? 聞きたい事って何だよ?」

「……うん。昨日の事、なんだけど」

 

 ……またか。

 

 スバルの台詞に思い出したのは、ティアナの問いだった。昼過ぎの病室でのティアナの問い。そして、自分の答え。それは――。

 

「その……」

「……みもりに、何て返事するか、か?」

 

 躊躇いがちなスバルの問いを引き継いでやる。それに、今度はスバルが固まった。シオンは再び苦笑する。

 

「やっぱな。お前達、妙な所で似てるんだなぁ……」

「……えっと、何で?」

「昼間にティアナに聞かれた……お前達が見た事も、そん時聞いた」

 

 笑いながら告げられる言葉に、スバルがうわぁと唸る声が聞こえる。それを聞きながら、シオンは湯に視線を落とした。

 

「……それで、その。シオン。教えて、くれる?」

「ティアナにも言ったけど、俺はまだみもりに返事もしてないんだぞ。どうも会えなくてなぁ」

 

 予想通りなスバルの問いに、シオンは笑いを浮かべながら、ティアナにも言った台詞を告げる。それに、スバルも声を詰まらせた……だが。

 

「それ、でも。それでも――」

 

 

 

 

 ――聞きたい、の。

 

 

 

 

 つい半日前に聞いたのとまったく同じ答え。シオンは苦笑を強めた。

 無言のままで、上を見る。屋根に覆われて空は見えない。だが、何となくそうしたかった。そのままで告げる――。

 

「……今はそう言うの、考えられないんだ」

 

 ――答えを。

 スバルが硬直したのが空気で分かる。聞き方によっては、悪くにしか聞こえ無い答えだろう。シオンは笑いを止めて続ける。

 

「俺は、なんにも決着をつけてない。カインの事も、ストラの事も、タカ兄ぃの事も……自分の初恋にすら、決着をつけてないんだ」

「…………」

 

 シオンの言葉に、スバルは口を挟めない。そんな空気があった。シオンは一つだけ苦笑すると続ける。

 

「……紫苑と戦って、一つだけ決めた事がある。俺は、もう逃げないって、そう決めた」

「逃げ、ない……?」

「ああ。全部に――そう、今まで逃げて来た全部にだ。それに決着をつける。……ルシアの事にも、初恋にも、決着をつける」

 

 紫苑と――過去の自分の象徴と戦って出した答えがそれであった。

 ……ずっと、ずっと逃げて来た事、その全てに向き合おうと。

 決着をつけようと、そう決めたのだ。だから。

 

「紫苑の事は皮肉だけど、ちょうどよかったんだ。俺は、あいつとの戦いをスタートラインにした」

「スタートライン……?」

「ああ。決着をつける為のな。あいつを始まりにして、俺は前に進もうって決めた」

 

 それが、本当の理由。紫苑と、一人で戦う事に固執したわけ。そして勝利した。だからこそ、シオンは。

 

「だから、今はそういうの考えられないんだ。まずは全部ひっくるめて決着をつける。……全部にだ。初恋にもちゃんとケリをつける。そっから考えようって思った」

「……でも、それって――」

 

 返事を待ってくれ。シオンが出した答えは言ってしまえば、それである。

 しかしそれでは、みもりの気持ちは――。

 

「……分かってる。みもりが待ってくれるなんて、俺も思ってないさ。……でも、もう決めたんだ。そう答える」

 

 だから、答えを曲げない――酷い答えだと思う。これが、正しい答えだなんて到底言えない。でも、もう決めたのだ。決めた以上、シオンは答えを変えない。だから――。

 

「それが、俺の答えだ」

 

 そう、締め括った。二人を穏やかな風が包む。暫く二人は黙り込んで、スバルは一言だけ声を出した。

 

「そっか」

「ん」

 

 シオンも頷く。そして互いの背中に体重を預け合いながら、互いの体温を感じながら、二人は無言で湯に浸かり続けた――と、いきなりシオンがくすりと笑った。

 

「そういや、今だから話せる事があるんだけどよ」

「へ? なになに?」

 

 きょとん、とスバルが聞いて来る。それに笑いを苦笑いに変えながら、シオンは話し出す。

 

「最初、お前に会った時――正確に言えば、助けられた時にだけどよ。俺、何を勘違いしてたか。お前に惚れたとか思ってたんだよなー」

「……え……?」

 

 あまりにも予想を超えた言葉だったのだろう。先とは比べものにならないレベルでスバルは凍り付き、やがてぼんっと顔を赤らめさせた。

 

「ほ、ほほほほ……! ほ、惚れ……!?」

「おー。まぁ勘違いだったんだけどよ」

「…………え…………」

 

 今度は先とは全く違う意味で凍り付いた。しかし、シオンはそんなスバルに気付かず、笑いながら続ける。

 

「いや、全く持って恥ずかしい話しなんだけどな」

「そ、そうなんだ……」

「て、どうしたオイ? 急に声に元気無くなったけど?」

「いいの、気にしないで」

 

 「はぁ……」と、重々しい溜息を吐くスバルにシオンは首を傾げるが、まぁいいかと話しを続けた。

 

「……今から考えると、俺は憧れたんだな。お前に」

「…………」

「お前の生き方に。お前達と、アースラで一緒に戦ってさ。なんとなく、それが分かった」

 

 言い切ると、シオンは天井を見上げながら笑った。そんな彼の横顔を、スバルはちらりと覗き込む。

 自分に憧れたと言うシオン。その言葉が、何故か胸に突き刺さった。

 

 ……なんか、ヤだ……。

 

 そう思う。何故か、彼に憧れられるのが嫌だった。何故かは分からない。でも、そう思ってしまったのだ。

 自分でも理由の分からない痛みを胸に覚えながら、スバルは聞いてみる事にした。彼が、自分に憧れた理由を。

 

「なんで、そう思ったの? 私に憧れるなんて」

「……お前の生き方がさ。真っ直ぐで、真っ直ぐで、真っ直ぐで。綺麗だって思ったんだ」

 

 そんな生き方がしてみたいと思ったんだ――そう、告げる。そして笑うシオンに、スバルはついに俯いてしまった。

 

 違う……。

 

 スバルは、そう胸中で叫ぶ。自分は、そんなに真っ直ぐじゃないと。

 だって、いつも回り道をしてた。そして今も、自分の気持ちをシオンに伝えられ無いでいる……!

 なのに、シオンはそう言うのだ。そんなスバルに憧れたと言うのだ。自分はそんなんじゃ、無いのに――!

 

「あの、シオン?」

「…………」

 

 それは違うとはっきり言おう。そう思って、シオンに呼び掛ける。だが、返事は無かった。

 疑問符を浮かべ、もう一度呼び掛けようとして。

 

「きゅう……」

「え……? っ――!」

 

 そんな、やけに可愛らしい声を上げながら、シオンがもたれ掛かって来た。慌てたのはスバルである。今は風呂に居るのだ。当然、裸。そんな中で、もたれ掛かられるなんて――!

 

「し、シオン! ダメだよ……っ!」

「…………」

「あ、あれ……? シオン……?」

「…………」

 

 あまりにも反応が無い。ぐったりとしたシオンの様子に、スバルは首を傾げて顔を覗き込むと、シオンは顔を真っ赤にして意識を失っていた。これは――?

 

「……ひょっとして、のぼせた……?」

「…………」

 

 かっぽーんと、遠くで間抜けな音が鳴ったような感覚を覚えて、スバルはがっくりと肩を落とした。まさかまさかの事態に、一気に肩から力が抜けたのである。とりあえず、シオンを湯から出さなければならない……?

 

「えっと、ど、どうしよ……?」

 

 よくよく考えれば、湯からシオンを上げると言う事は、シオンの裸を見る事になる。だからと言って、このままなのもマズい。

 

 一体、どうしたら……!

 

 シオンを抱きしめながら、スバルはあたふたと悩み続け――。

 結局その後、アサギが入って来るまでシオンは目を回し、スバルはあたふたシオンを抱きしめたままだったそうな。

 

 

(第四十五話に続く)

 

 




次回予告
「告白された答えを告げに、みもりに会いに行くシオン」
「それは、意外な場所で」
「その答えに、みもりは――」
「そして、彼と再会する」
「久し振りのようで、ついこないだ振りに」
「次回、第四十五話『墓前の再会』」
「のどかな墓前に、兄弟達は集う」


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第四十五話「墓前の再会」(前編)

「父――親父と、兄弟で一番長く接したのは、結局の所、俺だった。兄者は、天使事件の時だけ。シオンに至っては会った事すら無い。俺は、生まれ落ちて二年程は共に居た。次の再会は、天使事件の時……俺が、その命を奪った時だった。魔法少女リリカルなのはStS,EX、はじまります」


 

「神、無」

 

    −撃−

 

 呟かれた一言と共に、胴の真ん中を拳で撃ち抜かれて、男は笑った。

 

 ……決まったな。

 

 そう、一人ごちる。同時に、自分の最も重要な何かが砕けた事を理解した。

 笑うその男に、拳を撃ち込んだ少年はただ呆然としている。信じられないと、その大きく見開いた瞳は語っていた。

 

「親、父……何故……? なんで!?」

「そう、叫ぶんじゃねぇよ」

 

 にっと笑い。拳を引く事を忘れた少年の頭を撫でてやる。そう言えば、息子の頭を撫でたのは初めてだった。思わず苦笑する。

 何度も。何度も、何度も、何度も、何度も、何度も!

 そうしてやりたいと思っていたのに。それが叶うのが、こんな形でとは。

 

 ……皮肉、だよなァ。

 

 あるいは、これが罰なのか。自分が犯した、罪の。もしくは褒美なのか。最後の最後に、それだけは叶えてくれた、男が最後まで抗い続けたカミの。苦笑する男に、少年は泣きそうな程に顔を歪めた。

 

「避けられた筈だ……! あんたなら、今の一撃を! なのに……!」

「……無理だろ。あれは、躱せやしねぇよ」

 

 言いながら、男は崩れ落ちた。地面に倒れる前に、少年がその身体を抱き留める。

 

「おや、じ……! 親父!」

「……まだ、そう呼んでくれるんだな」

 

 それが、たまらなく嬉しかった。いつの間にか、自分を抱えられる程大きくなった息子が誇らしかった。

 男は満足気に笑う。だがその顔には、あまりに生気が無い。

 

「父上……」

「おぅ、お前か」

 

 ふらりと背後に現れた少年にも、彼は笑う。もう一人の息子、一番上の子供だ。彼もまた、泣きそうな顔で立ち尽くしていた。男は、そんな彼に手招きする。

 それでさえも、全力を込めなければならなかった。少年も、男に縋り付く。

 

「なんでだ、ね。なんで……!」

「……お前には、いつも辛い役を任せちまうなぁ。悪い……」

 

 彼の頭も撫でてやる。その手を必死に彼もかき抱いた。啜り泣くような彼に、男は笑う。笑い続ける。

 

「ここまで来たら、一番下の顔も見たかったもんだな……」

「シオン、だ」

 

 男を抱き留める少年が、俯きながら告げる。男は問い返す前に少年は続けた。

 

「神庭、シオン。それが、あんたの息子の、俺達の弟の、名前、だ」

 

 ところどころ、詰まりながら少年は最後まで告げる。一瞬だけ呆然として、やがて満面の笑いを浮かべた。

 

「そうか……はは、そうかそうか、シオン……アサギは良い名前をつけたな。顔見たかったもんだがなぁ」

「まだ、見れる。このまま生き残れば――」

「そいつぁ、無理だな」

 

 男は力無く首を横へと振と、そのまま続けた。

 

「俺が生き残っちゃあ、矛盾は生まれねぇ。魔王が魔王を滅ぼしたっつぅ、矛盾がな。殲滅者システムも、調律者システムも、そのまま、残っちまう」

「だからって!」

 

 少年は、叫ぶ。もうどうにもならないと分かっていながら。それでもと。だが、男は構わず笑い続けた。

 

「終わらせなきゃ、ならねぇんだ。誰かが、な。こんな、下らないシステムをお前達がしょい込む必要はねぇさ」

「……もう、いい。もういいから……!」

 

 これ以上喋るな。そう言おうとして、だが男はそれにも首を振る。

 

「この矛盾を持って、殲滅者システムは完全に崩壊する。元々無理があるシステムだからな。壊れるのは、簡単、だ」

 

 告げられる言葉に、少年二人は全く何も言えなかった。全力を尽くして、男が何かを伝えようとしている事を理解したか。

 全く、反論の余地も何も無い言葉。それを、何と言うか。

 妄言。もう一つある――遺言。

 男の言葉は、明らかに後者だった。

 

「これで、お前達が殺し合う事は、なく、なる。……はは、最後の最後に親父らしい事をしてやれたかなぁ……?」

「最後、とか、言うな……!」

 

 男の頬に落ちるものがある。水滴、あるいはこう呼ぶ。涙だ。生まれて初めて、少年は涙を流していた。

 母の腹から産み落ちた時でさえ、泣かずにヒトを虐殺していた、少年が。

 それは確かな感情の発露。幸せを喪失ってしまった筈の少年が、未だ壊れきっていない確かな証であった。

 男はそれにも微笑むと、直後、その身体がさらさらと塵へと化していった。

 

「親、父……!」

 

 少年達が、男に縋り付く。だが、男は構わず微笑み続けた。

 

「俺は、幸せものだな」

 

 息子の腕で逝けるなんて思っていなかった。最低最悪の死に様が自分を待っていると思っていた……野垂れ死にが正しい姿だと。

 だが終わってみれば、こうして息子達の腕の中にいる。それが嬉しいと同時に、ひどく寂しかった。

 ああ、そうだ。本当はこんな人生なんて嫌だった。家族と一緒に居たかった。息子達と共に暮らしたかった。伝えたい事が、たくさんあった……愛していると、ずっと言いたかった。

 今更、そんな事に気付くなんて。

 だが、死は待たない。男の身体は塵となって消えて逝く。

 

 ……カミさん、カミさんよ。ひどいじゃねぇか……今更、こんな事に気付かせるなんて。

 今更、こんなに死にたくないなんて思わせるなんて!

 

 もう、声に出す事もできない。ただ視界に映る息子達の泣き顔しか見れなくて。

 息を吐く。まるで全ての人生を注ぎ込んだような、そんな長い息を。

 

 ……殺生、だなぁ……。

 

 呟き。ぐっと息を、飲んだ。

 最後でいい。これが最後でいい。ただ一つだけ、息子達に遺したい言葉がある。だから、男は声を紡いだ。

 

「いつまでも、元気で、な。幸せで、な」

 

 笑顔で、たった一つの言葉を遺して。

 そうして、男は完全に塵となり世界から消えて逝った。

 少年達は、それでもしゃがみ込み、悲しみに打ち震える。

 喪失ったものがあまりに大きくて。そして、二人は同時に絶叫を上げた。痛みに震えながら、悲しみに涙しながら。

 ただただ、その場で泣き叫んでいた。

 ――伊織コウマ。

 魔王と恐れられ、運命に抗い続けた男の人生はこうして幕を閉じた。

 そして、これより始まる。

 『天使事件』と呼ばれた事件の、最後の戦いが。

 

 静かに、幕を開けた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −戟!−

 

 神庭家、道場。敷板を敷き詰められた床を二条の影が疾る。

 一つの影は模擬刀を、もう一つの影は模擬槍を握っていた。

 神庭シオン。エリオ・モンディアル。

 おそらくアースラの中では最も刃を重ねた二人が、朝も早くから模擬刀と模擬槍で模擬戦をしていた。

 すっと擦り足でシオンが踏み込むのに合わせて、エリオが模擬槍を横薙ぎに払う。だが、それをシオンは模擬刀で受けながら斬り上げる。

 

    −閃−

 

「っ……!」

 

 模擬槍があっさりとエリオの頭上に跳ね上げられた。驚きに目を見張るエリオに、シオンはそのままの流れで踏み込む。斬り流した模擬刀を勢いのままに翻して、一気に降り落とした。

 エリオは顔をしかめながら、模擬槍を回転。石突きを跳ね上げ、模擬刀を受け止めようとして――眼前のシオンの姿が、唐突に消失した。

 

「え……!?」

「――瞬動・湖蝶」

 

 思わず驚きの声を上げるエリオの”背後”から、ぽつりと名を告げる声が響く。

 

    −閃−

 

 直後、エリオの足が綺麗に模擬刀で払われた。一瞬の浮遊感をエリオは感じて、一瞬後には重力に捕まり身体を横にしたまま落ちる。

 

 ……くっ!?

 

 呻きと共にエリオは空間に足場を展開しようとする。その前に、更なる声が降って来た。

 

「ほい、終わり」

 

    −撃−

 

 同時に額に模擬刀による一撃を受けて、エリオは敷板に叩き付けられた。

 

 

 

 

「あたたた……!」

 

 床に座り込んで、額を押さえながら痛がるエリオを見ながら、シオンは模擬刀を肩に担いで苦笑した。

 

「今のが湖蝶。そして、空歩の合わせ技だ。湖蝶は神覇ノ太刀、固有歩法の一つで、緩急方向転換自在の移動法。空歩は、カラバ式の使い手用の特殊歩法だな」

「……はぁ」

 

 生返事を返すエリオに、半眼の視線を送りながら肩を竦めると、続ける。

 

「空歩は踏み込みの反動を分散させる歩法だな。これで、地面を下手に踏み砕かずに踏み込んだり出来る」

 

 シオンを始めとする位階上位者達が近接戦を陸戦でやろうものならば、地面を数百m単位で踏み砕く。トウヤやタカト辺りならば、その単位がKmにまで昇る事は確実だ。

 だが、自ら足場を崩すと言う事は、それだけで近接戦を行う者にとっては致命的に成り兼ね無い。

 踏み砕かれた足場では、打撃、斬撃問わずに、その威力を分散する事にしかならないのだ。その為に生み出されたのが、この歩法であった。

 

「ようは踏み込み、蹴り出しの反動を単一から全体に変えるのがこの歩法のミソだな。上手く使えば、ガラス窓の上を走りながら戦うなんて真似も出来る」

「……ガラス窓って……」

「ついこの間、そんな戦いをしちまったからな。まぁ、この歩法は覚えといて損はねぇだろ」

 

 そこまで言うと、シオンは言葉を切った。苦笑すると、座り込む。そして悪戯めいた笑いを浮かべた。

 

「……どうだ? お前の希望通り。刀術の戦い方で模擬戦してみたけど。感想は?」

「あ! な、何というか……シオン兄さん凄かったんだなぁって……」

「それは――とどの詰まり、今までは凄くなかったって事か?」

 

 あたふたと答えるエリオに、シオンは笑いながら続けて問う。彼は更に慌てた。

 

「いえ! そんな事はないですよ!」

「……本音は? 怒らんから言うてみ」

「もっと早く使えば良かったのに、て思いまし――痛い痛い!」

 

 思わず真面目に答えるエリオに、シオンはこめかみを拳で抉る、通称ウメボシを敢行。エリオから悲鳴が上がった。

 

「これは怒ってるんじゃないぞぉ。ただ虐めたくなっただけだ」

「もっとタチが悪いです!」

「聞こえない。聞こえないなぁ」

「あぁあああああああ!」

 

 悲鳴を上げるエリオにシオンは笑い、しばらくして手を離す。そして、涙目となって上目づかいでこちらを見るエリオに再度苦笑した。

 

 やれやれ、だな。

 

 肩を竦めて苦笑し、問うべき事を問う事にした。

 

「……で? なんでまた刀術での戦い方を見てみたいだなんて思ったんだ?」

「えっと……」

 

 シオンの問いに、エリオは戸惑う。少しの間、迷う素振りを見せて、やがて切り出した。

 

「……このままじゃ、ダメだって思ったんです」

「何がよ?」

「僕自身が、です」

 

 怪訝そうな顔となるシオンに、エリオは続けて話す。だが、シオンは変わらずに疑問符を浮かべていた。

 

「……なんで?」

「その、シオン兄さん。最近人が変わったように強くなりましたし、だから、その……置いていかれたような気になって……」

 

 しどろもどろにエリオは言う。恐らく、自分の中で上手く言葉に出来ていないのだろう。それを理解して、シオンはエリオの頭をぽんぽんと叩いてやった。

 

「急に人が変わったりするかよ。俺は何も変わっちゃないさ。……強いて言うなら、取り戻しただけってなとこか」

「取り戻した……? 何を、ですか?」

「いろいろさ」

 

 言いながら、様々な事が頭過ぎっていく。思わず再び苦笑してしまった。エリオの頭から手を離す。

 

「そう、いろいろさ」

 

 そして立ち上がると、エリオに手を貸して立たせてやった。

 

「さて、もう一戦……と、言いたい所だけど。俺、今から用事があるから今日はここまでだな」

「え? 今から、ですか?」

 

 立たせて貰いながら、エリオがその台詞に怪訝そうな顔となる。

 それはそうだろう。現在、朝の五時半。早朝も早朝である。こんな朝っぱらから何の用事があると言うのか。シオンは苦笑して、でも答えない。

 

「ちょっとな。んじゃ、俺風呂入ってくっから」

「あ、僕も行きます!」

 

 模擬刀を片付けるシオンに倣ってエリオも模擬槍をなおすと、二人は並んで道場を後にした。

 そこで、エリオはふと気付く。いつもシオンの近くに居る筈の存在がいない事に。何気なく聞いてみた。

 

「シオン兄さん。イクス、どうしたんですか?」

 

 問うた瞬間、シオンの足が止まった。その分エリオが先に進んでしまい、振り返る。……その頃には、表情を戻していた。

 

「シオン兄さん……?」

「……何でもねぇよ。俺も一昨日から姿を見てねぇ」

「そうなんですか?」

 

 その台詞に、ちょっと驚きながらエリオは聞く。シオンは肩を竦めた。

 

「まぁ、あいつの事だからすぐ帰って来るだろ」

「そう、ですか……?」

 

 その言葉に、何か引っ掛かるものを感じてエリオはシオンを見上げる。シオンはエリオの頭を叩いてやりながら、先に進んだ。

 

「……大丈夫、だろ」

 

 エリオに言いながら……自分に言い聞かせながら、シオンは前へと歩いた。

 

 あの、バカ師匠はどこほっつき歩いてやがんだ……!

 

 胸の中だけで叫びながら、シオンは神庭家、温泉へと向かった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 つむじ風が落ち葉を舞い上げいく。

 それにつられて視線を上に向けると、鰯雲(いわしぐも)がたなびく秋の青空が広がっていた。

 彼女――姫野みもりは、髪を軽く押さえながら、暫く穏やかな秋空を見上げる。

 十一月に入って、やや朝は肌寒くなった頃合いに、みもりはそこに居た。

 墓地だ。彼女の手にはピクニック用のバスケットが握られている。しかし、中に入っているのはお弁当ではなかった。

 ブラシや雑巾、小振りな園芸道具、煎茶を入れた魔法瓶、少量のお菓子、蝋燭(ろうそく)、マッチ、線香。それらが入ったバスケットを手に、みもりは美しく紅く染まる並木道を歩き出す。

 暫く進むと、辺りの木々は常緑樹の榊(さかき)に変わる。まるで季節を忘れてしまったかのような榊の並木道は緑色に染まっていた。だが、吹き抜けていく風に舞い上がるのは、色とりどりの落ち葉達であった。

 そうして歩いて行くと、山門が彼女を迎える。そこを抜けると、老齢の竹箒(たけぼうき)を持った住職が彼女を待つようにそこに居た。

 

「お久しぶりです」

 

 みもりは足を止めて、頭を下げる。住職は穏やかな笑みを浮かべて、無言で頷き返した。茶封筒を差し出し、もう一度頭を下げて、みもりはぐるりと回ると閼伽桶(あかおけ)や箒を借り受けに行く、と――。

 そこに人影が差しているのに気付いた。片手を上げて、こちらに笑い掛けてくる。

 みもりは、ぽつりと彼の名を呼んだ。

 幼なじみの、名を。

 

「シン、君……」

「よ」

 

 幼なじみの少年。神庭シオンは、一昨日あった事を忘れたかのように軽い調子で、みもりに呼び掛けた。

 

 

 

 

 シオンはみもりと連れ立って手を合わせる。姫野家と書かれたお墓だ。

 久しぶりに、このお墓の前に立つなぁと一人ごちると、シオンは立ち上がり、持って来た菊の花を手元で弄ぶ。

 

「……まずは掃除だっけ?」

「はい」

 

 みもりはシオンに微笑みながら頷く。そのあまりにもいつもと変わらない彼女の調子に、シオンは若干肩透かしを喰らったような感覚を覚えながら頷き返す。そして、二人でお墓の掃除を始めた。

 

「とりあえず、指示頼むわ。みもりのが得意だしな」

「はい。じゃあ、まず……」

 

 みもりが出す指示に従い、てきぱきと掃除する。丁寧に、少しずつ。全てが終わったのは、二人が訪れてから一時間半程してからの事だった。

 みもりはお墓にお菓子を供える。シオンもそれに倣い、菊の花を供えた。

 最後に、みもりは蝋燭(ろうそく)を立て、線香をあげる。それを見ながら、シオンは持って来たビニール袋から小さな紙包みを取り出した。

 みもりの目が、軽く驚きに見開かれる。

 

「それは……」

「ああ、好きだったろ?」

 

 取り出したのは、草餅であった。シオン達が住む町から隣町にある老舗和菓子屋の草餅である。

 このお墓の住人が好きだった事を思い出して、シオンは朝早くからその和菓子屋に買いに行ったのだった。

 なにせ、毎日限られた数しか売っておらず、予約も受け付けていないと言う超人気商品の為、朝早くから並ばないと手に入らないのだ。シオンが知る限りでも十数年前からそうなので、老舗のブランド力は侮れないものだなぁと、最初苦笑した程であった。

 シオンはそれをみもりに差し出す。みもりは、はにかむような笑みを浮かべて受け取ると、包装を解いて、お墓に供えた。

 そして、二人並んでお墓の前にしゃがみ、両手を合わせる。五分程、互いに無言で手を合わせ続けて、やがてシオンがぽつりと呟いた。

 

「十年、か。おばさん。二年も来れなくて、ごめんな」

 

 みもりは、そのシオンの言葉を黙って聞いていた。

 姫野、綾音(あやね)

 それが、みもりの母親の名である――十年前に亡くなった。

 流行り病だったそうだが、シオンも詳しくは知らない。ただ、無性に悲しかったのだけは覚えていた。

 優しい女性(ひと)だった。だが、ときたま天然な事を言う人でもあった。アサギがあれなので、それが良く際立っていた事を思い出す。

 思わず苦笑する。懐かしくて、そしてちょっとだけ寂しくて。

 暫くそうした後、静かに立ち上がった。

 

「みもり」

「はい」

 

 みもりも頷きながら立ち上がると、シオンに真っ直ぐに向き直る。

 ちょっとだけ、シオンは罰の悪そうな顔となると鼻をかいた。

 だが意を決すると、みもりに視線を合わせた。口を開く。

 

「この間の、告白の事なんだけど、よ……」

 

 言い澱みながら、しかし続ける。もう決めた事を、伝えるために。

 

「返事なん――」

「返事は、いいんです」

「――だけ、ど……はい?」

 

 告げられた言葉に、思わずシオンの目が点となる。そんな彼に微笑みながら、みもりは続けた。

 

「返事はいいんです」

「え? な、何で?」

「シン君の答え、分かっちゃいますから」

 

 にっこりと笑うみもりに、シオンは呆然となった。あーと呻き、頭をかく。

 

「……一応、その、みもりが分かってるって言う俺の返事って……?」

「返事は待ってて欲しい、だと思います」

 

 見事に大正解である。あうっとまた呻いたシオンに、みもりはクスクスと微笑んだ。

 

「シン君真面目ですから。多分、ルシアさんの事とか、全部終わってからじゃないと、そう言うの考えちゃいけないと思いそうでしたから」

「…………あー」

 

 それだけしか、言えない。大正解と言うか、どこまで心の中を読まれているんだろうと、頭を抱えて、シオンは若干不安に襲われた。

 そんな風に、頭を抱えるシオンに、みもりは微笑みながら前に進んだ。つまり、シオンの真っ正面に。

 吐息が掛かるような距離に、シオンが面喰らっていると、みもりがぽつりと呟く。

 

「今は、いいんです――でも」

 

 シオンの胸に手を当てた。見上げる。大きく見開いた、シオンの目を。言葉を、続ける。

 

「まだ、好きでいてもいいですか?」

「…………」

 

 紡がれた言葉。みもりの言葉に、シオンは言葉を失う。まだ好きでいていいのか、問う言葉に。

 自分なんかを、そんな風に想ってくれるみもりに。

 やがてシオンは苦笑すると、こちらを見上げるみもりの頭に手を置いた。

 

「……こう言っていいのかどうか分かんねぇけど、俺が、こんな事を言っていいのか分かんねぇけど。みもりが、そう想ってくれるなら。俺は嬉しいよ」

 

 だから。そう続け、シオンはにっと、笑いかけると、そのまま答えた。

 

「これからも、よろしくな。みもり」

「はい♪」

 

 そんなシオンの精一杯の答えに、みもりは優しく微笑んだ。

 シオンが見惚れる程の、可愛い笑顔がそこにはあった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 蝋燭が短くなり、線香が燃え尽きる頃に、二人は道具類を片付ける。そして、シオンはうーんと伸びをした。みもりに振り返る。

 

「んじゃ、帰るとするか」

「え? でもシン君。今日は――」

 

 そんなシオンに、みもりは小首を傾げる。その反応に、シオンは疑問符を浮かべて――歌が風に乗って響いた。穏やかな歌が、この歌は、この声は。

 

「母、さん……? あ……!」

 

 母、アサギの歌声に、シオンは一瞬だけ呆然となる。だが、すぐに思い出した。母が月に一度だけ、ここでこの歌を歌う日を。シオンの反応に、みもりも頷く。

 

「……はい。今日は――」

「……そっか」

 

 続いて響く歌声に、シオンは苦笑した。すっかり忘れていた。今日の日付は――。

 

「父さんの、月命日だっけ」

「……はい」

 

 みもりが、こくりと頷き、シオンは肩を竦めた。

 歌が風に溶けて流れていく。それを聞きながら、シオンはまた頷いた。

 

「そっか……」

 

 そう、頷いた。

 

 シオンは父の顔を見た事が無い。声も聞いた事は無い。もっと言ってしまうと会った事すらなかった。

 『天使事件』が終わった後に、異母兄達から聞いただけだ。……父が死んだ事を。

 頭をかいて、また苦笑いを浮かべる。

 

「こう言うのも、親不幸って言うのかなぁ」

「どうなんでしょう?」

 

 シオンの台詞に、みもりも珍しく苦笑した。命日では無く、月命日。だからだろう。あまり気にしなかったのは。

 続いて響く歌にシオンは聴き入り、やがて頷いた。

 

「……ちょうどいいか。どうせだし、父さんの墓参りもして行くか」

 

 そう言うと、みもりに振り返る。彼女も微笑みながら、シオンをみつめていた。それに笑い、シオンは続ける。

 

「一緒に来るか?」

「はい」

 

 即座に頷く。そして、二人は連れだって歩いて行った。父の墓がある、区画へと。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンは手に持っていた閼伽桶を取り落としそうになった。その光景を見て。隣のみもりも言葉を失っている。

 父のお墓は、何て事は無い墓であった。墓地の一画にある墓。

 そんな二人を、母の歌声だけが通り過ぎて行く。それを、どこか遠くで聞いているような感覚でシオンは前を見続けた。

 父の墓を。父の墓の前に、居る人を。

 風が薙ぐ。さわさわと、秋の風が。その風の中を一人の青年がしゃがみ込み、父の墓を静かに見つめていた。

 シオンの異母兄にして追い掛けている人物。世界にたった一人で喧嘩を売った青年が。

 伊織タカト。彼が、そこに居た。

 まるで時間が凍結してしまったように誰も彼もが動かない中で、アサギの歌声だけが響いて行く。

 秋空の下。ゆるりと吹く秋風の中で、母の歌声に包まれながら、シオンはタカトと再会した。

 

 

(中編1に続く)




はい、第四十五話前編であります。
墓前の再会と言うと、某ナデシコの復讐鬼と電子の妖精さんを思い出しますな。あれは感慨深かった。
さて、次回は中編1。お楽しみにー。ではでは。


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第四十五話「墓前の再会」(中編1)

はい、第四十五話中編1です。タカト久しぶりに登場。お楽しみにです。ではでは、どぞー。



 

 秋空の下。ゆるりと吹く風の中で、銀髪の少女と見まごう女性が丘の上で歌っていた。

 目を閉じて、胸に手を当てて。風を感じながら、風を楽奏にしながら、彼女は歌い続ける。優しく、切なく、歌い続ける。

 

 眼下に見えるはお墓。そこには彼女の親友と、そして彼女が生涯ただ一人愛したヒトが眠っている。

 だが、彼女は墓参りをしない。ただ、歌い続けるだけである。

 生前、彼が好きだったこの歌を、彼がよく口ずさんでいたこの歌を、月に一度、ここで歌う事が彼女にとって当たり前となっていた。そして最後まで歌い終わると、彼女――神庭アサギは、頬を撫でて行く風に歌の余韻を感じながら、そっと目を開けた。目に映るのは、眼下に広がる墓地では無い。雲がたなびく、青空であった。暫く、そうやってジっとして。やがて、いつもの微笑を浮かべて後ろを振り向いた。

 今の今まで、ずっとただ一人、自分の歌を聞いていた観客へと。

 

「どうだったかな? イクス君?」

 

 ニッコリと笑いながら、その”人物”に問い掛けた。

 彼女の息子たる神庭シオンが融合騎剣、イクスカリバー、略称イクスは、その問いに頷く。

 

【いい歌だった。奴の好きな歌だったな】

「……うん♪」

 

 はにかみながら笑う。それを見て、イクスは眩しそうに目を細めて苦笑する。笑いを顔に張り付けたまま立ち上がった。

 

【久しぶりに聞けて良かった。これで、心置き無く行ける】

 

 笑いながら告げる言葉に、今度はアサギの顔が曇る。イクスが困ったように再度苦笑した。

 

「どうしても、行っちゃうの?」

【……ああ】

 

 簡潔な一言と共に頷く。そして、アサギの顔を見ないように空に視線を向けた。

 感傷では無い。

 のどかな昼前の秋空は、気持ちのいい静寂を奏でる。

 ……感傷では、無い。

 でも、泣きたくなった。

 だから、その前に続ける。

 

【シオンは刀を抜いた。そして決意したんだ。今のあいつならば、十二分に資格がある。俺の真なるマスターになり得る、資格が】

 

 だから――笑いながら、イクスは続ける。アサギの顔を見ないようにしながら。

 

【……だから、俺はイクスと言う仮の名を捨てよう】

 

 何処までも、その言葉が響いて行く。それが意味する事は、たった一つであった。それをアサギは知っている。あるいは、前マスターであったタカトも。

 アサギは少しだけ俯くと、一つ頷いて、顔を上げる。イクスを真っ直ぐに見据えた。

 

「シオン君に、課すの? あの、”試練”を」

【……ああ。その為に、トウヤに頼み込んだのだから。あいつのEU行きをな】

 

 イクスは笑いながら、頷く。アサギは一つだけ息を吐くと、笑った。それは、彼女にしては珍しい苦笑と言う名の笑いであった。

 

「……そっか」

【ああ、そうだ】

 

 イクスもまた頷く。二人の間に風が走り抜け、暫く二人はそのまま佇んだ。やがてイクスは踵を返すと、彼女に背を向けて歩き出した。

 

【ではな、アサギ。次会えるかどうかは分からないが――その時を楽しみにしていてくれ】

「うん……待ってるよ。あなたにまた会える日を」

 

 イクスは笑い。ゆっくりと歩いて、その場を去って行った。アサギはその背が見えなくなるまで見送り、さてと墓参りに来ている筈のシオンと合流しようと、眼下に視線を向けて。

 

「え?」

 

 これまた珍しく、唖然としてしまった。アサギが見る先、そこに信じられ無い人物が居たから。

 それは二年前から姿をくらまし、ずっとずっと、自分に会おうとしなかったヒトだったから。

 呆然とするアサギは、そのままぽつりと名を呼ぶ。”彼”によく似た容姿の”息子”の名を。

 

「タカト、君……?」

 

 呆然と告げられた人物。伊織タカトがアサギの見る先に居た。

 シオンと真っ直ぐに対峙しながら、そこに。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 歌が響く中で、シオンはその人物を呆然と見ていた。こちらに気付いていないかのように、全く視線を寄越さず、声も掛けて来ない、人物を。

 ……伊織タカトを、ただ見ていた。隣のみもりも、呆然と見ている。

 なんで? そんな疑問が頭を過ぎる。だが、そんなものは考えるまでも無かった。

 墓参りに来たのだ。恐らくは。

 だが、その事実が酷くシオンには信じられなかった。

 なんで? もう一度、己の中で問う。だが、答えは当然出ない。誰もが身動きしないままに、歌は流れ続け。

 

「シオン――――!」

 

 どのくらい経ったか、いきなり響いた大音声に場の硬直が解けた。……正確には、たった一人だけ、みもりの硬直が。

 シオンは相変わらず、タカトを見続け。彼は墓から一切視線を動かさない。みもりは、あたふたと背後に振り返る。

 そこには、こちらに駆けて来る彼女達。スバル・ナカジマやティアナ・ランスター、彼女達を始めとしたアースラ一同が向かって来ていた。

 みもりは彼女達を見て、隣のシオンに視線を移す。シオンは振り向きもしない。ただ、前を見続ける。

 やがて、スバルが最初にシオンの元に到着した。

 

「もーシオン、何処行ったかと思った……」

「どうしたの? スバ――」

 

 台詞の途中でスバルが硬直し、次に到着したティアナも続けて硬直する。

 エリオ、キャロ、N2Rの面々、そして隊長陣と、シオンの元に来るなり次々に固まっていく。

 正確には、その視線の先に居るタカトを見て。

 最後に高町なのはが到着するなり、ぽつりと呟いた。

 

「タカ、ト、君……?」

 

 その声は、静かな墓地において大きく響く。

 だが、タカトは全く振り向かない。振り返る事をしない。真っ直ぐに。

 ただひたすらに、ひたむきに、真っ直ぐに、墓を見続けた。父の墓を。

 水を掛けたりしない。

 お供え物もしない。

 手も合わせない。

 ただ、見つめるだけ。

 秋風に揺られながら、それだけをタカトはずっと続けて。

 やがてゆっくりと立ち上がる。そして視線だけをこちらへ寄越した。

 

「……お前達か。また大層な人数だな」

「あ、えっと……シオン君が朝から見えなくて、トウヤさんに聞いたら、ここだって言われたから――」

 

 なのはがしどろもどろに答える。だがタカトは彼女に視線を合わせる事をしなかった。シオンただ一人に、視線を合わせ続ける。彼も受けてたつように目を逸らさない。沈黙の時間だけが過ぎて。

 

「タカ兄ぃ」

 

 やがて、シオンがぽつりと呼び掛けると、一歩を踏み出して歩き出した。タカトはそれを見ながら頷く。

 

「なんだ?」

「聞きたい事があるんだ」

 

 歩く、歩く――ゆっくりと二人の距離が狭まる。同時に、場に緊張が満ち始めた。シオンもタカトも構わず続ける。

 

「タカ兄ぃは、紫苑の事を知っていたのか?」

「それがドッペルゲンガーの事を指しているならば、答えは是だ」

 

 頷く。シオンは、歩きながら続ける。場の緊張が二人の距離に比例するかのように高まっていく。

 

「ならこの間の、秋尊学園での戦いも?」

「ああ、近くで見ていた」

 

 その答えに、スバル達は仰天しそうになった。タカトが近くに居たなぞ、全く気付かなかったのだ。果たして、何処に居たと言うのか。

 タカトもシオンも周囲に構わ無い。ただ、その距離が狭まり、三mを切った。最後の問いを、シオンは告げる――。

 

「なら、”みもりが掠われた時も、見ていたのか?”」

『『っ!?』』

 

 その問いに、二人を除く全員が目を見開いた。まるで予期していなかった問いだったのである。だが、タカトは全く顔色を変えない。変えないままで、口を開いた。

 

「ああ、”見ていた”」

 

 ――堪忍袋の緒をぶち切った。

 

 −ブレイド・オン!−

 

    −閃!−

 

 響くは鍵となる言葉。同時に、右手から生えた刀をシオンは横薙に振るう! ――だが、タカトは少しも動かなかった。ぴくりともしないままに、刀は吸い込まれるように首へとひた走って。その首に触れる直前に止まった。

 凄まじい形相で自分を睨むシオンを、タカトは涼しい顔で見る。

 時が凍り付いたように二人は硬直して、シオンは怒りを一息に込めて吐き出した。睨んだままに叫ぶ。

 

「なんで……! なんでみもりを巻き込ませた!?」

「俺が助ける必要性を感じ無かったのでな」

「っ……!」

 

 刀が震える。押し込めた怒りが、再び表面化しそうだったからだ。タカトは、それに構わず告げる。

 

「勘違いするな、シオン。”あれ”は”お前”のミスだ。みもりを掠われた、お前のな」

「ンなもんは分かってるんだよ……!」

 

 誰が、勘違いなんかするか……!

 

 胸中だけで、シオンはそう叫ぶ。みもりを巻き込んだのも、掠われたのも、全部自分のせい。そんな事は、とうに分かっている。

 だからと言って、”それ”を黙って見ていたなんて言われて! ……納得出来る筈が無い。

 

「黙って見ている必要なんか無かっただろ……!? あんたが助ければ、みもりを巻き込むような事はせずに済んだ!」

「逆に言えば、それでお前は一つ過去を乗り越える事が出来た」

 

 タカトはあくまでも淡々と答える。

 至近で、刀を向け、刀を向けられながら、二人は互いを見続けた。

 ぎりっと刀を握る手に力が篭る。タカトを睨む視線が、嫌が応にもきつくなって行く。そして。

 

「そこまでにしておきたまえ」

 

    −閃−

 

 響く声と共に、シオンとタカトが睨む中間点に”槍”が突き刺さる!

 二人の殺気めいた緊張が、まるで槍に吸い込まれるように霧散した。

 二人は、そして場に飲まれていた一同は、ゆっくりと声が響いた方向に振り向く。

 

「やれやれ……父上の墓の前で、お前達は何をやっているのだね?」

 

 そこにはピナカを投げ放った姿勢で、ユウオを伴った礼服姿の彼が居た。

 叶トウヤ。神庭家の異母長兄が。

 昼前の墓地。静かな静かな、この場所で。異母兄弟達は、久しぶりに顔を合わせる事となった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

『『兄者/トウヤ兄ぃ』』

 

 二人の弟から全く違う言葉を持って、しかし同じ意味の呼び名で彼は呼ばれる。トウヤは一つだけ肩を竦めると、苦笑しながら二人に歩み寄った。

 そして迷う事無く、二人の頭頂にげんこつを落とす。……いかな威力がそれに込められていたか、タカトは顔を僅かばかりに歪め、シオンは打ち据えられた頭を抱えてしゃがみ込む。そんな二人へと、彼はこれ見よがしに嘆息して見せた。

 

「墓前で喧嘩をするとはどう言う積もりだね? 阿保共め。……父上の墓前では一切の喧嘩をせぬ事と決めてあっただろうに」

「う……」

「む……」

 

 シオンとタカトが同時に呻く。トウヤはそのまま説教へと移行する。指をぴんっと立てた。

 

「大体だね。お前達がいろいろしてくれたお陰で、『暴走弟損害弁済費』なんぞが組まれたりしたのだよ? こんな所で喧嘩なぞして、また私の財布を軽くする積もりかね、お前達は。墓を壊したりしたらどうする積もりだ――」

「兄者兄者」

「トウヤ兄ぃトウヤ兄ぃ」

 

 二人に対して長々と説教が続けられようとして、だが当の二人から呼び掛けられて遮られた。トウヤは眉を寄せる。

 

「なんだね? 言い訳でもあるのかね? あっても聞く積もりは無いよ?」

『『これこれ』』

 

 そんなトウヤに二人はびしっと指を父の墓に差し向ける。”ピナカが突き刺さった墓”に。

 二人を止めんと放たれたピナカは、見事に墓のド真ん中に突き立っていたのであった。それを視認するなり、トウヤが固まる。

 一秒二秒、と呼吸すらも忘れたかのように硬直して。

 

「誰だね!? 父上の墓にこんなモノを突き刺したのは!?」

『『あんただ! あんたぁ――――!』』

 

 そんな事をのたもい出したトウヤに一斉にツッコミが入った。タカトも呆れたように額を押さえる。

 だがトウヤはそんな一同からのツッコミに、えへんと胸を張ってのけた。

 

「ふ……! 甘いね君達。確かにこれは私のピナカだが、私が投げた証拠でもあるのかね!?」

「いや、それがあんたのだって時点でアウトだろ」

「無い筈だ!」

 

 シオンの半眼でのツッコミも問答無用に無視する。更に続けて高々と演説(?)を続けた。

 

「私が投げた現場も誰も見てはいまい! つまり、私は無実!」

「言い切ったなぁ」

 

 一同の後方、八神はやてが苦笑しながら呟く。ある意味感心に値する程の言い切りっぷりであった。興が乗って来たのか、固く拳を握りしめてトウヤは締め括り入る。

 

「さぁ! 私がやったと言う証拠があるならば言って見るがいい……! だが、証拠が無く私を責める事なぞ出来無いと思いたまえ!」

「うん。でもトウヤ。ボク、後ろで全部見てたから。トウヤが投げる瞬間も、ピナカがお墓に突き刺さる瞬間も」

 

 そんな風に熱く弁舌を奮うトウヤの肩に、ポンっと手を置いてユウオがニッコリと笑いながら告げる。

 ……場が再び固まった。

 ひゅるりーと風が吹いて、一同も含めトウヤは再び硬直し。やがて、ふっと空を見上げた。

 感傷では、ない。

 雲がたなびく青空は気持ちのいい風が吹いている。……何故か、からすの『かぁー』と鳴く声が間抜けに響いた。

 ……感傷では、ない。

 でも、泣きたくなった。

 だから、トウヤはそのまま続けた。

 

「……認めたく無いものだね。若さ故の過ちと言うものは」

 

    −撃!−

 

 有名過ぎる名台詞を堂々と吐く馬鹿野郎に、ユウオの腰の入った綺麗な一撃が鳩尾へと叩き込まれた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「さ、さて……では……」

 

 ユウオの鉄拳。もとい、愛の鞭でズタボロになった感があるトウヤが、汗ジトになった弟達に並ぶ。一同は若干コケた肩のままに、そんなトウヤに憐憫の目を向けた。

 

「兄者? 無理はせぬ方が」

「そ、そうそう。もう、何かいっぱいいっぱいっぽいし」

「まぁ、いかにも崩れ落ちそうだがね。フフ……ユウオの愛はいつも過激だよ。どうだ? うらやましいだろう?」

『『いや、全然』』

 

 異口同音に、兄弟達だけでは無くアースラ一同も一緒に告げた。だが、そんな彼達に構わずトウヤはしゃきっと背筋を伸ばす。それだけで汚れた筈の礼服も綺麗に見えるから不思議である。

 ともあれ、そうやってしゃんとしたトウヤを見て、シオンは盛大にため息を一つ吐いた。刀の切っ先を右手の掌に突き入れ――そのまま、刀が埋没していく。やがて鍔まで進むと『キンっ』と納刀し切った音が響いて、刀は消えた。タカトをじろりと睨む。

 

「タカ兄ぃ」

「……皆まで言うな。分かっている」

 

 結局の所、そうなのだ。シオンは謝って欲しいだけなのである。

 自分にではない、もう一人に向かって。

 タカトはくるりとみもりに向き直る。そして、頭を下げた。

 

「……済まなかったな、みもり」

「え、え?」

 

 突然、謝られてみもりは目を白黒させる。だが、タカトは続けた。

 

「いざと言う時は助ける積もりではあったが。……それまで、お前を利用した。済まない」

「あ……」

 

 漸く得心したようにみもりが声を漏らした。タカトがずっと見ていたと言う事は、つまりみもりを助ける事はいつでも出来たと言う事である。それをあえてせずにいたのは、シオンに過去を乗り切らせるキッカケとして、みもりを利用したと言う事であった。

 一同も、同じく納得する。同時にもう一つ、みもりとスバル、ティアナ達は気付いた。

 あの時、紫苑と、そして過去の自分へと想いをぶち撒けて泣き続けていたシオンの元に、みもりが現れた理由に。あれは、タカトが原因だったのだ。

 恐らく縮地あたりでみもりを運んだのか。道理でいきなり姿が消えた筈である。近くに居たアサギやイクスすらも欺いてみせたのだから大した物であった。

 納得すると、謝ったままでいるタカトをみもりは見て。

 

「……はい」

 

 ただ大人しく頷いた。いくら利用した等と言われても、みもりはタカトを恨む積もりは毛頭ない。

 そのおかげで自分の気持ちを、シオンに伝える事が出来たのだから。

 今までずっと。そして、あの一件が無い限りは伝える事が出来なかったであろう自分の気持ちを。だから、ただ頷く。

 タカトはそれを聞いて、ゆっくりと頭を上げた。横のシオンを見る。彼は半眼で、そんなタカトを見ていた。嘆息しながら、みもりに視線を移す。

 

「……いいのか?」

「はい」

 

 みもりは即答。すぐに頷く。シオンは暫くそんなみもりを見遣って、やがてもう一度ため息を吐いた。

 

「みもりがいいなら、俺から言う事は無いよ。でも」

 

 すっとタカトを静かに、真っ直ぐ見据える。一瞬、先と同様の殺気めいた威圧を出した。

 

「次は、許さない」

 

 そう、言い放った。タカトに対して、真っ直ぐに。そんなシオンに、タカトは目を細め、口の端を僅かに歪めた。笑ったのである。ほんの少しだけ。

 しかし、すぐにまた元の無愛想な顔に戻る――戻りがてら、頷いた。

 

「その言葉、覚えておこう」

 

 そう言うと、タカトは僅かに後ろに下がる。そのまま、目はトウヤに向いた。

 

「兄者。墓参り、するのだろう?」

「そうだね。では……」

 

 頷き、トウヤはしゃがみ込む。シオンもそれに倣い、隣にしゃがみ込んだ。タカトは、立ったままである。ただ、二人の横で父の墓を見るだけ。

 そんな三人を見て、一同はふと気付く。普通ならば違和感しか無い筈の、敵、味方に別れた三人が並ぶ姿が、ひどく自然に見えたのだ。今の今まで気付かなかった程である。

 異母兄弟達三人が並んでいるのが、ごく当たり前に思えてしまったのだ。だが、これが本来の姿なのである。三兄弟が、並ぶ姿が。

 五分程、シオンとトウヤは手を合わせて、立ち上がる。トウヤがそのまま笑顔を浮かべて、後方に居る皆に目を向けた。

 

「よかったら、君達もどうかね?」

「え? いや、でもな――」

 

 思わぬ提案に、はやてが若干うろたえる。だがトウヤは微笑して場所を開けた。

 

「……いいのだよ。父上も喜ぶ。出来たら、線香をあげてやって欲しいね」

 

 そう言うトウヤに一同は少しだけ逡巡を見せて、すぐに頷いた。

 

「……はい」

 

 そして一人一人、墓の前にしゃがみ込む。それを見ながら、タカトは踵を返そうとして。

 

「タカト」

 

 いきなり振り向かないままにトウヤに呼び掛けられた。タカトの動きが止まる。一同の視線も、自然に二人に集まった。そして

 

「……戻って、来ないかね?」

 

 そう、トウヤはタカトに告げた。その言葉が何を意味するか、分からぬ者はここにはいない……そして、それが無理な事も。

 シオンが目を伏せる。だが、トウヤは構わず続けた。

 

「お前には、何もかもを背負わせ過ぎたよ。シオンの事も、ルシアの事も……父上の事ですらも」

 

 だから。そう、告げようとして。しかし直前に、タカトが首を横に振った。苦笑すると、少しだけ嬉しそうに笑った。

 

「……それも俺の望んだ事だよ、兄者。あんたには、”俺”を、そしてグノーシスを背負って貰っていた」

「弟達の事を背負うのは、長兄の役目だよ」

 

 タカトの台詞に、トウヤはきっぱりと答える。それが、自分の役目……義務だと。だが、タカトは首を再び振る。

 

「……そうだな。確かに、そうかもしれない。兄は弟の事を背負うもの。その通りだよ兄者。だから」

 

 言いながら、タカトはシオンを見る。その目に、シオンは何も言え無かった。

 ――言いたい事はあるのに、言葉に出来ない。そんなもどかしさを感じて顔を歪める。

 タカトは一つだけ苦笑した。そんなシオンを見て、続きをトウヤに告げた。

 

「だから、俺は――俺”が”背負うよ。シオンの事を」

「タカト……!」

 

 珍しく。本当に珍しく、トウヤが呻くように叫ぶ。その叫びには、切望する何かが込められていた。たが、タカトはあくまでもそれを拒絶する。

 首をまた振って、今度こそは完全に背を向けた。

 

「……私は、お前の兄なのだよ?」

「そうだな。俺は、あんたの弟だ。でも」

 

 ――今は、敵だ。

 

 そう告げてタカトは歩き出した。振り向かないままに。そんなタカトにシオンは追い縋ろうとして、でも出来なかった。

 トウヤに手を差し出されて、遮られたから。タカトは振り向かないままに手を上げた。

 

「兄者。例の情報は皆に見せろよ。でないと持って来た意味が無い。ではな。兄者、シオン」

 

 最後にそう言いながら、タカトは歩いて行った。そんな背中に、最後にトウヤは言葉を送る。たった一つだけの言葉を。

 

「……なら、私はお前を再び背負う覚悟を決めるよ。タカト」

 

 その意味をシオンは分からない。分からないままに、タカトの背中を見続けた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 去って行くタカトを見送るシオンとトウヤ。そんな二人を見ながら、なのはは迷う――タカトを追うべきか、どうかを。

 結局の所、自分には何も話さないでタカトは去ってしまった。

 それが、何故か悲しかった。そして、ちょっとだけ腹立たしかった。

 でも、話しをしたいだけでタカトを追うべきなのか、なのはは迷う。

 あの時――ナルガから転移して、逃避行を終えた時、言いたい事は全部言った筈だった。伝える事は、全部伝えた筈だった。

 でも、だからと言って、こんな風に話しもしないと言うのに、なのはは嫌な感覚を覚えていた。

 

 ……シオン君やトウヤさんとは、いっぱい話したのに――。

 

 その感情を何と言うか。なのはがそれに思い至る前に、トウヤがくるりと振り返る。その顔には苦笑が浮かんでいた。

 

「行きたまえ」

「……え?」

 

 いきなり言われた事になのはは疑問符を浮かべる。他の皆もだ。だがトウヤは構わず告げる。

 

「あれと話したいのだろう? ならば追いたまえ。はっきり言って、次はこんな風に話しを出来る機会は無いだろう」

 

 そんな風にトウヤは笑いながら告げる。少しだけ、寂しそうに。そんな顔を、なのはは何処かで見た事があった。

 それは、精神世界で会ったルシアの表情に何処か似ていた――。

 

「早く行かねば、アレはさっさと帰ってしまうよ?」

「あ……!」

 

 その台詞に、なのははタカトが去って行った方向に目を向ける。タカトの姿は随分と小さくなっていた。

 それを見てなのはは意を決したか、トウヤにぺこりと頭を下げると、一気に駆け出した。

 

「あ! なのは!?」

「なのはちゃん!?」

 

 後ろからフェイトとはやての声が響く。それに首だけ向けて、なのはは叫んだ。

 

「ごめんね! ちょっと行ってくる!」

 

 後ろからまた声が飛んで来るが、なのはは構わない。そのまま、走ってタカトを追って行った。

 

 

 

 

「あ〜〜もぅ……!」

 

 駆け出したなのはを見て、はやてが呻くような声を上げる。そしてフェイトの方に視線を送ると、頷き合い。一緒にトウヤに頭を下げた。

 

「あのままやったら心配やし……なのはちゃんを私達も追います!」

「すみません……!」

「構わないよ。では、また後でね」

 

 非礼を詫びるはやて達に、トウヤは苦笑を一つ漏らして頷く。そして、はやてとフェイトもなのはを追って走って行った。それをしばし見て、シオンはトウヤに目を向ける。

 

「……いいの?」

「構わないさ。タカトも今日は彼女達と事を構える事もないだろうしね。それに……」

「それに?」

 

 首を傾げてシオンはトウヤを見上げる。そんな彼に、トウヤはふっと笑いながら告げた。

 

「彼女なら、タカトを変えられるかも知れないのでね」

「……タカ兄ぃ、を……?」

「ああ。前のあいつなら、あそこまで私達と一緒に居る事すらしない筈だよ。あいつは変わって来ている」

 

 自分達では変えられなかったがね。と、トウヤは続けて肩を竦める。

 シオンは思わず、タカトが去って行った方向に目を向けた――そして。

 

「……シオン? なんかいきなり不機嫌になったけど。何で?」

「……別に」

 

 ――面白く無い。

 

 スバルの台詞に、シオンはぶっきらぼうに答えながら。そう、思う。その感情を何と言うか――。

 それは、嫉妬と呼ばれる感情であった。

 結局、後から母、アサギが到着するまで、シオンはふて腐れていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 なのはは、タカトの背中を追って走る。走って、走って――彼の背中に追い付くまで、そんなには掛からなかった。すぐにたどり着く。そして。

 

「……お前な」

 

 なのはがタカトに声を掛ける直前に、彼は嘆息しながら振り返った。

 呆れたようになのはを見る。それに、彼女は何かを言おうとして、盛大に咳込んだ。走って追い掛けて来たので、息が切れていたのに話そうとした為である。そんななのはにタカトは苦笑した。

 

「……大丈夫か?」

「けほっ……けほっ……! う、うん、ちょっと、待って……!」

 

 手を上げて待ったを掛けながら、なのはは言う。胸に手を当てて、深呼吸を一つ、二つ……そうやって息を整える。やがて落ち着くと。タカトへと向き直った。

 

「えとっ……。ひ、久しぶり……?」

「そこで疑問符を使うな。さほど久しぶりでも無い」

 

 何と言ったらいいか分からないなのはに、タカトから痛烈なダメ出しが来る。思わず『あうっ』と呻いたなのはに、タカトはため息を吐いた。

 

「それで、わざわざ何の用だ?」

「えっと、タカト君とさっき全然お話し出来なかったから、話したいなって思って」

「……あのな」

 

 今度はタカトが額に手を当てて呻く。半眼でなのはを見据えた。

 

「この間、俺はお前に『嫌いだ』ときっぱり言った筈だが? ついでに宣戦までした」

「うん」

「なのに、話しをしたくて追い掛けて来た、と?」

「うん」

 

 こくりこくりと大人しく頷くなのはに、タカトはもう一度嘆息する。今度の嘆息は、先より長い嘆息だった。

 

「……お前と話しをしていると、真面目にお前を避けていた自分がアホらしく感じる」

「えっと……ダメ、だったかな?」

 

 意図的に自分を避けていたと言うタカトに、なのはは少したじろぎながら聞く。タカトは暫く沈黙。やがて、もう一度だけ嘆息して。

 

「「なのは――――!/なのはちゃ――――ん!」」

 

 答える前に別の所から声が来た。え? と、なのはが振り返ると、そこにはフェイトとはやてが居た。

 

「フェイトちゃん? はやてちゃん?」

「漸く追い付いた……!」

 

 不思議そうな顔となるなのはに、フェイトが息を荒げながら呟く。そして、はやてと一緒に息を整えると、なのはに向き直った。その向こうに居るタカトにも。口を開こうとして。

 

「ところでお前達、誰かに恨みを買った覚えはあるか?」

『『……え?』』

 

 いきなりそんな事を言われ、三人は顔を見合わせる。同時にタカトへと目を向けた。

 

「……いや、そんな覚えは無いよ。あんたやあるまいし」

「ふむ。なら、誰かに”待ち伏せ”されているならば、それは俺のせいか?」

「そうなるね」

 

 はやての問いに、タカトは答え。フェイトが頷き――。

 

「「「待ち伏せ!?」」」

 

    −軋−

 

 三人が叫んだと同時に、空間が確かな軋みを上げるような音を立てた。三人は顔色を変える。これは―――。

 

「結界……!?」

「それだけやない! 全然魔力が結合せぇへん!」

 

 ぐるりと見渡しながら叫ぶなのはに、はやても悲鳴じみた声を出す。魔力が結合しないと言う事は、つまり。

 

「AMF……! しかも、相当強力な……!」

 

 フェイトが呻くようにその正体に呟いた。

 アンチ・マギリング・フィールド。これについては今さら説明も要らない。魔力結合を阻害する特殊フィールドが、この結界に展開していた。それは、一つの事実を意味する。

 

「敵、襲……!」

「さて、どうだかな――そこに居る奴に聞いてみれば良いのでは無いか?」

「「「え?」」」

 

 事もなげに答えるタカトに、三人は一緒に声を上げる。直後、ぽつりと呟く声が辺りに響いた。

 

「……”IS”。インビジブル・キャンセラー」

 

 そんな、あまりにも聞き覚えのある単語が、一同の耳に届いたのであった。

 

 

(中編2に続く)

 

 




はい、第四十五話中編1でした。日常話、で終わらせない(笑)
次回もお楽しみにー。


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第四十五話「墓前の再会」(中編2)

はい、お待たせしました。第四十五話中編2です。いよいよわんさか出て来る彼らをお楽しみにー。


 

「IS、インビジブル・キャンセラー」

 

 そんな聞き覚えのある単語が墓地に響く。なのはとフェイト、はやては警戒するように身を竦めた。だが、その三人の前に立つタカトは全く気にもしないかのように突っ立っている。

 あくまでも、自然体。それが、タカトの在り方だ。例え敵襲であろうとも、変わる事は当然無い。やがてそんな一同の前の景色が歪んで、唐突に三人の男達が現れた。跪き、頭を垂れて。

 

「「「……え?」」」

 

 そんな光景になのは達は思わず疑問符を踊らせた。それは、そうだろう。

 AMFは張られ、結界まで展開されている。それなのに何故、彼等は主に対する臣下のように膝を折って跪き、頭を下げているのか。

 三人居る男達。彼等を見ていたタカトがホゥと息を吐いた。

 向かって左端にいる男、かなりの大男に笑いかける。

 

「……見た顔があるな。ゲイル・ファントム」

「……俺の名を覚えてやがったのか……?」

 

 その大男、ゲイル・ファントムは呆然と顔を上げると、タカトは鷹揚に頷いた。

 

「これでも記憶力は良い方なんだ。一度見聞きしたものは、そうそう忘れ無い。……で? 何をしに来た?」

 

 ゲイルの問いにあっさりと答えながら、今度は単刀直入に問う。真ん中の男、長身痩躯の、ゲイルと違って全身タイツでは無く、逆立てた髪に額に巻いたバンダナ、口元を隠すマフラーが、特徴的か――が、頭を下げたままに頷いた。

 

「……申し遅れました。我等、ツァラ・トゥ・ストラ。第二世代型戦闘機人、特殊部隊『ドッペル・シュナイデ』が、末席にある者達でございます」

「ストラの……!?」

「いや、ちょい待ちぃ! ”第二世代戦闘機人!?” なんや、それ!?」

 

 フェイトが、そして、はやてが悲鳴じみた声を上げる。管理局、本局を占拠したテロ組織『ツアラ・トゥ・ストラ』の人間がここに居ると言うのも問題だが、彼等の語った『第二世代戦闘機人』と言うのも大問題であった。

 戦闘機人とは、かのジェイル・スカリエッティが作り上げた、言わばサイボーグの事である。ナンバーズに代表される彼女達ではあるが、JS事件の終了と共に、その研究は全て破棄された筈であった。

 少なくとも第二世代の戦闘機人など、はやて達は聞いた事も無い。そんな彼女達に、タカトは面倒臭そうな目を向けた。

 

「その様子だと、兄者からは何も聞いてないな」

「トウヤさんから?」

「ああ。兄者に情報は渡してあった筈なんだが」

 

 フゥと嘆息する。例の『第数えるもバカらしいからやめた。叶トウヤ暴走事件』の際に、トウヤに第二世代戦闘機人についての情報も”追加した”データチップを渡して置いたのだが。恐らくは彼女達に、まだ見せていなかったのだろう。

 ……当然とも言える。紫苑の件と後始末も含めていろいろとあり過ぎた。

 トウヤ自身、各部署との折衝やらで忙しい身であったろうし、どうにか出来たとも思えない。もう一度だけ嘆息する。

 

「詳しくは、後で兄者に聞け。今は説明出来る暇は無い」

 

 一方的にそう告げると男達に向き直る。彼等はそれを待っていたかのように話し出した。

 

「私の名は、ヘイルズ。以後、お見知り置きを」

「……ケケ。俺の名は、アルテム。よろしく頼みますよ」

 

 真ん中の長身痩躯の男が、まず名乗り、向かって右の男。やたらと背の小さな、男が名乗る。

 タカトは、告げられた名を反芻するかのように一人ごちて、やがて頷いた。

 

「……ゲイルにヘイルズ、アルテムか。いいだろう、覚えるとする。さて、俺に二度も同じ質問をさせる積もりではあるまいな?」

 

 二度同じ。つまり先の質問『何をしに来た』だろう。ヘイルズが頷く。

 

「では単刀直入に。伊織タカト様、貴方を向かえに来ました」

「断る」

 

 場が、凍り付いた。三人の男達だけでは無く、なのは達も思わず硬直する。まだ、彼等は何も言っていない。にも関わらず、タカトは容赦無く切り捨てたのだ。

 固まりもしよう。凍り付いた場で、面倒臭そうにタカトは更に告げた。

 

「用件はそれだけか? では、さっさと帰れ」

「い、いえお待ち下さい……! せめて話しだけでも――」

「聞く意味が無い。俺は特定の組織に所属する積もりは無い。失せろ」

 

 取り付く島も無いとはこの事か。全く聞く耳を持たずにタカトは冷たく告げる。あんまりなタカトの対応に、ヘイルズは二の句を告げ無くなった。

 

「……やっぱりな」

 

 そして野太い声と共に、ゲイルが立ち上がる。その顔に浮かぶは不敵な笑いであった。両手の重散弾機関銃をタカトに差し向ける。

 

「あんたなら、そう言うと思ったぜ。伊織タカト……!」

「待て、ゲイル……!」

 

 ヘイルズが慌てたようにゲイルを止めようとする。しかし、行動を起こそうとしているのは彼だけでは無かった。

 

「……IS、インビジブル・”セレクト”」

「アルテム!?」

 

 次の瞬間、タカトは背後に羽虫のような音を聞く。

 ……嫌な予感がした、それに――タカトは、そう思うなり、何の前ぶれも無くしゃがみ込むと、アンバを思わせる動きで足を広げて回転。

 

    −閃−

 

 ”なのは達”の足を、素早く刈り取った。

 

「「「え?」」」

 

 一瞬の浮遊感をなのは達は感じ、当然、重力に捕まって下に落ちる。石畳の上へと。

 

「ふえっ!?」

「あっつ!?」

「うぁっ!?」

 

 軽くとは言え、石畳に落とされて三人は悲鳴を上げる。意図的だったのか、衝撃もさほど無かった。すぐにタカトに文句を言おうとして。

 

    −閃!−

 

 頭上を、何かが通り過ぎた音がした。強いて言うならば、電動鋸(でんどうのこぎり)のような高周波音か。ぱちくりと、目を見開く彼女達を置いて、タカトは一人だけ立ち上がる。視線は、アルテムに固定された。

 

「……先程は”キャンセラー”で、今回は”セレクト”だったか? そしてインビジブルと言う名……成る程、貴様の能力は」

「ケケケケケケ! あの一度でそれを見切りやがりますか!? これは噂に違わねぇ!」

「アルテム! 貴様ぁ……!」

「良いじゃねぇか、ヘイルズ。どうせ交渉が失敗すればこうなってたんだしよぉ」

 

 激昂するヘイルズに、ゲイルが笑いながらアルテムを擁護する。二人を憎々し気に睨みながら、ヘイルズはマフラーの下で舌打ちした。そんな三人を見ながら、なのはは立ち上がりつつ前に居るタカトに聞く。

 

「えっと……つまりはどう言う事なのかな……?」

「交渉不成立で、これから戦闘だ」

「いや、一方的にアンタが話しを切ったように見えたんやけど……」

「気のせいだ」

 

 あっさりとそう告げるタカトになのは達も嘆息して、しかし立ち上がりながら三人を睨んだ。

 確かに――どちらにせよ戦闘は免れ無かったのは明白である。だからこそ、彼等もここまで周到な準備をして来たのだろうから。だが、問題は。

 

「もういい……なら好きにしろ。俺はもう知らない」

「ひょうっ! そうでなくっちゃあな! 折角の大物を”嬲(なぶ)り殺し”に出来る機会はそうねぇしよぅ!」

「「「っ……!」」」

 

 ヘイルズの吐き捨てるような台詞にアルテムが歓声を上げる。それを聞いて、なのは達は顔を歪めた。

 そう、今この結界には高レベルのAMFが張られている。AMFをある程度キャンセル出来るなのは達が全く魔力が結合出来ない程のだ。この結界に居る限りは魔法は使え無いのだ。それはタカトも例外では無い。

 彼もまた、”魔法使い”なのだから。いくら身体能力が化け物じみているとは言え、そこは変わらない。

 

「嬲り殺しとはまた穏やかでは無いが――つまり、魔法が使え無い事が問題なのか?」

 

 タカトがポケポケっと聞いて来る。それに、なのはは肩を若干コカした。

 果たして今、それは聞く事なのか。見れば、フェイトもはやても脱力したかのようにガックリとしている。とりあえず、頷こうとした所で哄笑が響いた。

 アルテムが、腹を押さえて高い笑いを上げていたのだ。タカトはふむと声を漏らす。

 

「何を笑っとるんだ、お前は?」

「ケケケケケケケケケケケケケケケケケケっ! これが笑わずにいられるかってんですよぉ! まさか、今の自分の立場も分かって無いとか言うんじゃ無いでしょうな!?」

「ああ。全く分かっとらんが?」

 

 平然と答えるタカトに、またアルテムの笑いが響く。ひとしきり笑いきり、アルテムがタカトを指差した。

 

「分かってないんですかぃ!? それは傑作だ! いいですかい? 今のアンタはAMFで魔法が使え無い! そして、俺達戦闘機人にAMFなんて関係ねぇ! つまり、フ・ル・ボ・ッ・コ。て、訳ですよ――――っ! ケケケケケケケケケケケケっ!」

「ああ、そう言う事か。ところでお前、その笑い方はおかしいから止めた方がいいぞ?」

 

 どうでもいい事をタカトは言ってやる。アルテムは聞こえているのかいないのか、まだ笑い続けて――。

 

「で?」

 

 ――タカトの、そんな一言で笑いが止まった。

 馬鹿にされたように感じたのだろう。彼を睨みつける。だが、当のタカトは全く構わず続けた。

 

「先のお前の攻撃だが。おそらくは三十cm程の円形の刃、チャクラムと言った所か……それを”見えなく”させた訳だな。つまり、お前のISとやらは、”透明化”だ」

「な、ん……!?」

 

 いきなりぺらぺらと自分の能力を語られて、アルテムの顔が驚愕に彩られる。タカトは、構わずに続けた。

 

「ただの透明化と言う訳でも無いな。おそらくは各種レーダにも反応出来なくなる仕様か。だが、飛来時における音まではどうにもならなかった、と言う所か――つまりは、そう言う事だ。アルテムとやら。魔法だろうが、ISだろうが、所詮は技術でしか無い。そして人の技術でしか無い以上、破れる手段なぞ無限にある。そんなもの、俺が恐れる理由は何処にも無い」

「ん、だと……!」

「そして、だ」

 

 丁寧に欠点までも教えながら、激昂するアルテムにタカトは掌を差し出した。指を三本だけ立てると、前の三人に向けて見せた。

 

「貴様達は三つ程誤解している」

「誤解だぁ……!?」

 

 こちらはゲイルだ。呻くような声に、タカトは頷く。

 

「ああ、まず一つ目」

 

 直後、左手を背中に差し込み、”何か”を即座に取り出す。それは黒い球のような物体であった。タカトはそれを迷い無く地面に叩き付ける!

 

    −爆!−

 

 爆発的に煙が広がり、タカトを中心にして場に居る皆を煙は一気に包み込んだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ぶぁっと広がった煙幕は一気に視界を覆う。近くのなのは達もヘイルズ達も全く差別無くにだ。

 一瞬にして視界を奪われて、アルテムが苛立ちの声を上げた。

 

「くそ……! 煙幕なんてセコい真似しやがるじゃねぇですか!」

「だが効果的だ」

 

 隣からぽつりと漏れる声はヘイルズか。もう一度くそっと毒づいて周囲をアルテムは警戒した。

 この煙に紛れて奇襲を掛けて来るとも限らない。確かに魔法が使え無い状況ならば、これも一つの手段と言える。暫く時間が立つと、漸く煙幕が晴れた。だがそこに居たのは、もろに煙を浴びてけほけほと咳込むなのは達だけであった。タカトの姿がどこにも無い。

 

「ちぃ……! どこに!」

 

 周囲を目に内蔵してある各種光学レーダで探る。しかし、タカトの姿は何処にも無かった。

 逃げたか? そう思った、直後。

 

「まず誤解その1。俺は魔法技術をそれ程信用も信頼もしていない」

 

 な――――!?

 

 声は、真後ろから響いた。アルテムの真後ろから!

 

    −弾!−

 

 そして、悲鳴も振り向く事すらも許さずに、アルテムの四肢を何かが砕いた。

 

「あ、ああ、あぁあああああぁああああああ!?」

 

 今度こそは悲鳴を上げて、アルテムは倒れ込む。その後ろに、彼は居た。伊織タカトが。

 冷然とアルテムを見下ろしながら、右手で”何か”を弄ぶ。

 

「……誤解されがちだが、俺は魔法を使った戦闘より使わない戦闘の方が経験が多くてな。魔法を使え無いと言うのは、あまりハンデにならない」

「ぐっ……うぅ……!」

 

 呻きながら首だけをタカトに向ける。その目は何処に居た、そして何をしたかと彼に問うていた。だからと言う訳でもあるまいが、タカトは気前良く教える。

 

「気殺と指弾と言っても分からんか」

「……なん、だ。そりゃ……?」

「最初のは隠形術の一種だ。対象の六感全てから外れる事で身を隠す術でな。その気になれば、貴様のIS程度以上の真似も出来る。ちなみに、ただの”体術”だ。……忍術とも言うがな」

 

 事も無げに告げる。同時に右方に視線を向けた。そこには、今まさに襲い掛からんとするゲイルが居て。

 

「そして、これが指弾だ」

 

    −弾!−

 

 直後、右手で弄んでいた物を親指で弾き飛ばす。ゲイルは直感的に自身のIS、ポイント・アクションで前方の空間を遮断した。

 

 −弾!・弾!・弾!・弾!・弾!・弾!−

 

 同時に響くは、”着弾”の音。ゲイルが遮断した空間に、弾が浮かんでいた。丸い、鉄の球が。これは――?

 

「単なるパチンコ玉だ。……もっとも貴様達が、それを知ってるかどうかは知らんがな。だが」

 

 呆然としているゲイルに、タカトは無表情に告げる。パチンコ玉を装填した右手をひょいと近くの墓に向けると、親指で弾き飛ばした。

 

    −弾!−

 

 右手から放たれたパチンコ玉は、墓のど真ん中に命中し、”貫通”して向こう側へと突き抜けた。石の固まりである墓石を貫通して、である。並大抵の威力では無い。愕然とする一同に、タカトは相変わらず無愛想に続ける。

 

「だが、達人級ならば一般の拳銃(ハンドガン)程度の破壊力は出せる。ちなみに俺だとライフル並くらいか」

「……化け、物、め……!」

 

 呻くようにアルテムがタカトへと呟くと、彼は苦笑を返した。

 

「よく言われる。……さて、次は貴様か? ゲイル」

「ぐっ……!」

 

 タカトの台詞に、ゲイルは冷や汗が額を流れて行くのを悟った。

 ……恐れているのだ。魔法が使え無い筈のタカトを。

 戦闘機人となり、超人になりえた、あまりにも有利過ぎる自分が。だが――。

 

 何を恐れる必要があるってんだ……!

 

 ゲイルは自分に言い聞かせる。今はAMF下にあるのだ。前のようにポイント・アクションを真っ正面から弾き返すなんて真似は出来ない。今、この瞬間においてタカトなど、自分の敵では無い筈だ。

 

「どうした? 動かないのか? なら、こちらから行こうか」

 

 タカトはあくまでも平然としたままに告げる。そのまま一歩を踏み出して来て――それが、限界だった。

 ゲイルは奇声を上げながら攻撃の為にポイント・アクションを”解除”。

 

    −弾!−

 

 次の瞬間、身体の至る所を指弾で撃ち抜かれた。その数、十二発。ぽつりとタカトが呟く。

 

「たわけ」

「がっ……!」

 

 崩れ落ちる巨体をゲイルはどうにか持ちこたえる。そして、タカトの右手を睨み付けた。

 

 いつ、撃ちやがった……!?

 

 僅か一瞬で十二発もの弾丸を撃ち放った右手を見ながら胸中叫ぶ。そんな彼にタカトは嘆息した。

 

「あのまま空間遮断を展開していたならば、俺は攻撃を届かせられなかっただろうにな」

 

「な、んだと……?」

 

「いや。それ以前に最初からポイント・アクションを攻撃に使っていたならば、お前にも勝ち目はあったんだよ。ゲイル。今の俺に空間衝撃砲を防御する手段は無いのだから」

 

 身体中から血を流しながらゲイルはタカトの言葉を聞く……確かに、その通りだった。最初から衝撃砲を撃ち込んでいれば、こんな何も出来ないままに敗北はしなかっただろう。

 最初に、何故防御なぞしたのか。タカトは自問するゲイルを冷たく見ながら教えてやる。

 

「答えは簡単だ。貴様は俺を恐れたんだ。また自分のISを真っ正面から壊されたりしないか、とな」

「な、ん……!」

「お前は、自分の恐怖に負けた」

 

 その答えに、ゲイルは愕然とした。想像もしていなかった答えだったからだ。だが、どこかで納得する自分が居る。

 何故、最初に防御した?

 何故、その防御をずっと続け無かった?

 何故、何故――?

 答えは、一つだった。自分はタカトでは無く、自分の恐怖に負けた。ただ、それだけの事。

 

「――無様」

「っ!?」

 

 ぽつりとタカトから呟かれるはたった一言。それは何より、ゲイルを嘲る言葉だった。認められない言葉だった。だから!

 

「ふっざ、けるなぁぁぁぁぁぁ――――っ!」

 

 ゲイルはあらん限りの声を絞り出して吠える!

 そして渾身の一撃をタカトに叩き込もうとして。それより疾く、タカトは動いていた。何の挙動も予備動作も無く、ゲイルの懐に飛び込む。世に、それをこう呼ぶ。武道に於ける一つの到達点。無拍子、と。

 一切の予備動作無し、故に事前の行動の察知は不可能。その速度は、物理的限界を超えると一説には言われる。

 それを持ってして、タカトは懐に入りながら、右手をスッと伸ばしていた。右掌がゲイルの頭を鷲掴みにする――ずぶり、と言う異音が辺りに響いた。

 

「ぎ……っ!?」

「誤解その2」

 

 ゲイルの頭を鷲掴みにしたままに淡々とタカトは呟く。五指を広げて掴んでいる掌の内、中指だけが消えていた。それは、”左目に埋没している”!

 

「俺は、なのは達のように優しくは無い」

「ぎぃあぁああああああぁああああああああ―――――――っ!?!?!?!?」

 

 絶叫が、響き渡る。それは、左目を貫かれた激痛と違和感による恐怖により上げられた叫びであった。あまりの光景に、なのは達も絶句して立ち尽くす。しかし、なのはがいち早く立ち直った。タカトに制止を呼び掛けようとして、それより早くタカトは動いていた。

 くんっと悲鳴を上げ続けるゲイルを目に指を突っ込んだまま片手で持ち上げる。そのまま、石畳の上にゲイルの身体を半回転させながら叩き付けた。

 

    −裂!−

 

 背中から石畳に叩き付けられ、石畳が砕け散る。そこで、漸く指は目から引き抜かれた。血に塗れている中指をタカトはしばし見下ろし。

 

「いい加減に黙れ。欝陶しい」

 

    −撃−

 

「ぎっ!?」

 

 悲鳴を上げ続けるゲイルの顔を踏み砕く。ぐしゃりっと凄惨な音が辺りに響いた。

 ゲイルの悲鳴が、止まる……正確には悲鳴も上げられなくなった、だろうが。そこで漸く、なのはから声が来た。

 

「タカト君!」

「…………」

 

 タカトはちらりと、なのはの方を向いて――あっさりとそれを無視した。

 なのはの顔が悲痛に歪む。彼がまさかあんな行動に出るとは思わなかったのだ。

 ……いや。考えて見れば、この三人が来た最初っからタカトはおかしい。

 やたらと口数は多く、アルテムやゲイルを嘲るような言葉を吐いて、そして、今のような非道な真似をする。これでは、まるで。

 そこまで思い至り、なのはとフェイトは卒然と気付く。こんな彼の姿に見覚えがあった事に。

 

「ヴィヴィオの時と、同じ……!」

「どう事なん? なのはちゃん、フェイトちゃん」

 

 一人だけそれを知らないはやてが二人を見て疑問符を浮かべる。だが、なのはもフェイトもそれに答える事は出来ない。漸く理解したのだ。今のタカトは。

 

「……どうやら、我々は間の悪い時に来たようだ」

 

 ヘイルズの呻くような声が漏れる。タカトの殺気を余す事無く全身に受けて。

 今のタカトはミッド、クラナガン襲撃の際に引き起きた時のように、その目が憤怒に彩られていたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「一応、何故とお聞きしても?」

「…………」

 

 タカトは無言。ただヘイルズに一歩を踏み出す。答える必要も無いと言う事か。しかし、なのはは何となくタカトの怒りに思い当たる事があった。今日は彼の父の月命日なのだと言う。

 そして彼にとっては久しぶりの墓参りだった筈なのだ。それをいきなり現れて襲撃なんぞを掛けられて、台無しにさせられた――そう、思ったのでは無いか。あくまでも何となくではあるが。

 タカトは無言のままヘイルズへと歩く、が。いきなりその歩みが止まる。そして、ヘイルズを真っ直ぐに見据えた。

 

「……貴様も戦うか? ここで逃げるならば、追わんが?」

 

 そして、ヘイルズに静かに告げる。彼は一瞬だけ呆然とした。まさかここに来てそう言われるとは思わなかったのだ。

 あれほど怒っている彼が、譲歩するかのように自分達を見逃そうとするなど。だが。

 

「……いや、任務は任務だ」

 

 ヘイルズの口から敬語が外れる。それはつまり、彼も戦うと言う事に他ならなかった。タカトは無表情に彼を眺めて。

 

「……そうか」

 

 ぽつりと呟くと同時に駆け出していた。するすると滑るような歩法でヘイルズへの間合いを詰めると、刹那に懐に飛び込んだ。

 

    −撃!−

 

 ヘイルズの鳩尾に拳を撃ち込む。しかし、直後にタカトの眉が不可解そうに寄せられた。鳩尾に突き込まれた拳から伝わる感触。それがあまりに異様であったから。

 

 なんだ? これは?

 

「IS、インフィニット・トランス」

「!?」

 

    −射!−

 

    −閃!−

 

 ヘイルズがタカトに向けて差し出した指が”伸びる”。五指全てが伸びながら、タカトへと突っ込んで来たのだ。疾い!

 後ろに後退しながら、タカトは迫り来るそれらを化勁もしくは纏絲勁(てんしけい)――腕を独楽(こま)ように回転させて、攻撃を受け流す技である――の応用で、全て払い除ける。

 五指全てを後ろに流すと、前に踏み込みがてら右の掌をヘイルズの腹に撃ち込む。しかし、返って来るのはやはり異様な手応え。まるで、肉質のサンドバックを殴っているかのような感触だった。

 

「ちっ」

 

 短く舌打ちしてタカトは後ろに短く跳躍、ポケットからパチンコ玉を取り出すと、指弾をヘイルズに撃ち込む。

 

 −弾!・弾!・弾!−

 

 指弾による三点バースト。額、そして腹、肩へと指弾は放たれて。その全てがヘイルズを貫通した――だが。

 

「ひゅっ!」

 

 ヘイルズは全く痛痒も見せずに突っ込んで来る。いや、それ以前に血が流れていない。今度は左であった。視認も難しい程の速度を持って五指が伸びて来る。それも化勁で上手く逸らしがてら、タカトはヘイルズの能力を推測する。

 指を伸ばす攻撃。打撃の際の違和感、そしてダメージ無し。指弾を額、胴、肩に撃ち込まれても、同じくダメージを受けた様子無し。そして、インフィニット・トランスと言う名前。無限の変容を意味するこれは。

 

 ……そう、か。

 

 五発目の指槍を受け流すと同時に、タカトはある仮説を立てる。攻撃を無効化しているようだと最初は思ったのだが、そうでは無く”結果的に攻撃を無効化されている”のだとしたら。

 思い付くなり、タカトは試して見る事にした。受け流し、通り過ぎた指槍を掴んで一気に引っ張ると、ヘイルズが引き寄せられた。それを確認するなりタカトは指槍から手を離して、地面を蹴りながらトンボを切る。ぐるりと前宙回転しながら、降り落ちるは鉞斧(ふえつ)を思わせる踵。それは迷い無く、引き寄せられたヘイルズの頭頂に落とされ。

 

    −斬!−

 

 その身体を一刀両断、真っ二つに斬り裂いた。

 

「「「っ……!?」」」

 

 背後で声なき悲鳴が三人分上がるが、タカトは構わ無い。すぐに肉の”断面”を見て、己の推測が当たった事を理解した。

 

「気付かれたか」

「え……!?」

 

 聞こえた声になのはが驚きを上げる。聞こえた声は、”ヘイルズ”の声だったのだから。

 

    −閃−

 

 すぐにタカトへと左右から指槍が放たれる。だが、彼はそれを後退する事で躱した。綺麗に真っ二つになったヘイルズを見ながら告げる。

 

「貴様のIS……肉体変化の能力だな。しかも並では無い。まさか、”内臓や脳”まで変質出来るとはな」

 

 その内容を、なのは達が飲み込むまで暫く時間が掛かった。しかし、理解すると顔色が青へと変わる。ヘイルズがマフラーの下で左右に分かれながら笑った。

 

「IS、無限(インフィニット)の、変化(トランス)。己が肉体を、名の通りに”無限に変化”させる事が出来る能力だ。おかげで、殴られようが斬られようがダメージは無い」

 

 タカトが最初放った打撃の違和感の正体が、これであった。内臓を変化させて、”無くして”しまったのだろう。いかな浸透勁を持ってしても、破壊すべき内臓が無くては意味が無い。指を伸ばす攻撃も、指弾を撃ち込まれて平気だった事も、身体を両断されてもダメージが無い事も、これで説明がつく。そして。

 

「これで分かった筈だ。貴方は、俺にここでは”絶対に”勝てない」

「…………」

 

 その言葉に、タカトは沈黙する。打撃も斬撃も無意味ならば、”魔法が使え無い”タカトに勝ち目は無い。指弾やAA+相当の打撃であろうとも、ヘイルズには意味が無いのだから。攻撃手段が無いのだ。勝ち目があるはずが無い。

 いくらタカトが魔法を使わない戦闘法を持っていようと、こればっかりはどうしようも無い事であった。沈黙するタカトに、ヘイルズは言葉を続ける。

 

「どうだろう? ここらで手落ちにしては? ご同行願えないか?」

 

 自らの勝利を確信してヘイルズは告げる。この状況においては自分が負ける事は有り得ない。じゃんけんと同じ事である。

 ぐーは、ぱーには勝てない――だが。

 

「断る」

 

 あくまでもタカトは拒絶する。左右に分断されたままヘイルズは嘆息した。そして。

 

「ならば、嫌でもご同行願おう」

 

 言うなり、ヘイルズに更なる変化が訪れる。左右に分かれた身体が、それぞれ起き上がったのだ。

 変化は、そこから始まった。

 分かたれて、半分になった身体からそれぞれ無くなった部分が”生えて”来たのだ。服すらをも含めて。まるで時間を逆転するかのように身体が生えたのだ。

 そして、その光景は生まれた。”二人のヘイルズ”が同時にそこに居ると言う光景が。

 

「「片方は、擬態だ。数十秒もあれば、すぐに死ぬ」」

 

 だがと二人のヘイルズは続ける。指槍を持ち上げ。

 

「「どちらが、本物か分かるか……」」

 

 一気にタカトへと駆け出す。二人同時にだ。

 タカトは後退せずに、まず自分から離れた位置に居るヘイルズの懐に飛び込む。

 

    −撃!−

 

 すぐさま顔面に拳を撃ち込んだ。すると、そのヘイルズはあっさりと崩れ落ちて塵に変じた。

 こちらが擬態! なら、もう片方がは? その答えはすぐに出た。自分を”通り過ぎて、なのは達へと向かう”ヘイルズを認識する。魔法が使えず、戦闘手段の無い彼女達に!

 

「人質を取られて、なお断れるか……!」

 

 吠えながら、なのはとはやてを守るように前に出たフェイトへと指槍を放つ。ヘイルズの行動に意味は無い。だって、タカトは彼女達とは敵なのだから。人質に取られたとしても、タカトはあっさり見捨てるだろう。

 その筈。その筈、なのに――!

 

    −閃!−

 

 次の瞬間、彼女達の目に映ったのは、伸びた指槍に自分の左手を差し出し、フェイトに届く筈だった指槍を自らの腕を盾にして止めた。敵であるタカトの姿だった――。

 

 

(後編に続く)

 

 




はい、第四十五話中編2でした。量産型戦闘機人の利点は、一般人だろうと戦闘機人化出来る事にあります。
ぶっちゃけ因子兵やらガジェットより数が揃えやすいと言うこの事実。
魂学で洗脳とか出来るしなぁ……。
ではでは、次回もお楽しみに。


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第四十五話「墓前の再会」(後編)

はい、第四十五話後編であります。一話にどんだけかけてんだ俺……。では、どぞー。


 

    −閃−

 

 その瞬間、その場にいる人間は一人残らず固まった。フェイト・T・ハラオウンに届く筈だった指槍。それが別の人間を貫いている光景を見て。彼女を庇うかのように左手を盾にして、そこに五本の指槍を貫かせて止めていたタカトに。

 なのはも、はやても……フェイトも。ヘイルズすらも、彼の予想外の行動に固まる中、ただ一人全く固まっていない人間が居た。言うまでも無い、当の伊織タカト本人だ。左手に五つの穴を穿たれているのに、そこから鮮血が溢れるように吹き出しているのに、なのに!

 タカトの表情はぴくりとも変わらない。感情の変わらない無愛想な顔のまま、左手を貫いている指槍を一つ残らず左手で掴んで、ぐぃっと自らに引き寄せた。

 そこで、漸くヘイルズが我に返る。しかし、その時には既にタカトが前に踏み出して懐に飛び込んでいた。ぽんっと軽く右の拳をヘイルズの腹に押し当てる。

 

    −撃!−

 

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

 ヘイルズの身体中の至る所が、幾度も爆ぜる!

 頭、耳、目、鼻、首、肩、胸、腹、腕、手、腿、膝、臑、足!

 タカトはただ、拳を押し付けているだけ。それだけの筈なのに、ヘイルズの身体中が”殴られたように”弾けたのだ。

 ――浸透勁を極めるとこのような真似も出来る。”衝撃の伝導を操る”事によって、ただ拳が触れているならば、身体を伝って衝撃のみを打ち込むといった真似が。

 物理的に繋がっているならば、例え地球の裏側だろうと衝撃を伝えられる打法。それを持ってして瞬間的にヘイルズへと撃ち込んだ打撃。その数、総計百五十七発!

 全身に余す事無く衝撃を撃ち込んで、タカトが理解した事はただ一つだけだった――今の状況では勝てない。それだけ。

 何故なら、今放った衝撃全てが”軟らかく”変化した身体により受け止められたから。

 まるで、弾性の低いゴムを殴ったような感覚をタカトは強く受ける。身体全てを”軟らかく変化した”のだ。これでは衝撃をどこに撃ち込んでも意味は無い。

 

「……無駄だ」

 

 頭の上で呟く声が聞こえる。今度は左手をヘイルズは伸ばした。またもやフェイト達へと。指が伸びて指槍へと変じようとする。

 

「ふっ!」

 

 鋭い息吹が、タカトの口から漏れた。同時、押し当てていた拳が開いて、掌がヘイルズの腹に触れる。

 

    −発!−

 

 ――直後、爆裂したようにヘイルズが吹き飛んだ。寸勁。密着状態から放つ発勁の一種を持って吹き飛ばしたのだ。ヘイルズが伸ばさんとした指槍は、彼自身が吹き飛んだ事により再び空を切る。

 

「……っ」

 

 だが、タカトの顔が僅かに歪んだ。左腕には未だヘイルズの指槍が刺さったままであったから。

 吹き飛んだ筈のヘイルズのだ。それは彼が故意に指槍を残した事を意味する。何故、捕まる可能性を残してまでヘイルズは指槍をタカトの左腕に刺したままにしたのか。タカトは、それを即座に悟った。

 ”腕の中を何かがはいずり回る感覚を受けて”。故にその判断もまた早かった。

 タカトは右の貫手を作ると、迷い無く左の肩口に突き刺す!

 

    −裂−

 

 太い繊維質を断ち切るかのような音が鳴り響く。同時にタカトの左手は、肩の付け根からちぎれ飛んだ。

 

「……あ……」

「タカト君!」

 

 ゆっくりと、スローモーションで映る宙を舞うちぎれ飛んだタカトの左腕。噴き出した血が、フェイトの顔を汚す。

 なのはの悲鳴が響いて――それら全てをタカトは無視した。自分の左手をあっさり見捨てて駆け出す。驚いたのはヘイルズである。自分の左腕を、ああもたやすく捨てるなぞ想像の埒外だったのであろう。未だに吹き飛ばされて、空にある身体にタカトが追い付くまで驚愕に固まる。

 再び我に返るまでに、タカトは成すべき事を終わらせていた。地面を這うように駆けながら、右の貫手を手刀に変化。身体を引き起こしながら跳ね上げる。

 

    −斬!−

 

 手刀は軌道上にあるものをあっさりと斬り捨てた。つまりヘイルズの右腕を。それに彼は失策を悟った。今ので人質を取る機会を完全に逸したのだ。タカトの左腕に突き刺したままの右指槍。それを斬り捨てられたのである。擬態を作ろうにももはや遅い。既に指槍は完全に切り離されているのだから。そして、それに気を取られている暇は更に無かった。

 

    −撃!−

 

 タカトが手刀を放った体勢から身体を起こしがてら突き蹴りを放つ。それは真っ直ぐに、ヘイルズの鳩尾に突き刺さった。だが、当然帰って来るのは例の感触。軟体化による打撃無効。今の一撃も意味は無い……そんな事は百も承知だった。

 タカトの狙いは、ヘイルズを”吹き飛ばす”事にあったのだから。

 平行に飛んで行くヘイルズを尻目に、タカトは蹴りを放った体勢から前へと重心を倒す。蹴りを真下、敷石に叩き付けた。

 震脚。それも空歩を一切使っていないそれを、タカトは躊躇無く叩き付ける。そして、変化は起きた。

 

    −轟−

 

 タカトの足元から放射状に前へと地面が爆砕する! それは、ヘイルズの着地点までも含んでいた。

 そこから、後ろのなのは達は、そしてヘイルズは驚くべきものを目にする。

 爆砕した地面。それが集まって、まるで津波のように波打っていたのだから。タカトが震脚で引き起こした現象がまさにそれであったのだ。魔法も使わずに、爆砕して吹き飛んだ土や石の飛ぶ位置を全てコントロールしたのである。驚くべき技術であった。

 ヘイルズの頭上に高々と上がる土と石の津波。その上に、タカトはサーファーよろしく波に乗りながらヘイルズを見下ろし、ぽつりと口を開いた。

 

「打撃も斬撃も効かなくても、”窒息”はどうだろうな?」

「――――っ!?」

 

 その言葉にヘイルズはタカトの目論みを悟り――全てが遅かった。

 津波が崩れ、その身体を飲み込む! 悲鳴すらも掻き消して、やがてヘイルズの身体は小高い山の下へと消えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 敷石と土が混ざりあって出来た小高い丘を、タカトは見下ろす。

 何とか、動きを封じる事は出来た。それ”だけ”は。だが――。

 

「タカト君!」

「……?」

 

 いきなり響いた声に思考が中断され、タカトが不機嫌そうに目を細める。その眼差しを、振り返りながら声の主に向けた。声の主は当然、なのはだった。後ろからはやて、フェイトも駆けて来る。特にフェイトの顔は真っ青になっていた。

 

「……なのはか、何だ?」

「そんな……!? 何だじゃないよ! 左腕!」

 

 あまりに普通な反応を返すタカトになのはは怒声を上げる。左腕をちぎっておいてそんな反応を返されては、怒るのも当然と言えた。だがタカトはそんななのはを煩そうに見る。

 

「いちいち叫ぶな。たかだか腕一本落とした程度で騒ぐような事か」

「腕一本程度って……!」

 

 そんなタカトの台詞になのはは絶句する。まるで、何て事は無いとばかりなタカトの反応に。そして、キッと彼を見据えた。

 

「……やめてって言ったよね? 自分の事、そんな風に言うの……」

「……そんな事言われたか?」

 

 その言葉にタカトは心底不思議そうな顔となる。それは彼女の怒りに油を注ぐ反応でしか無かった。タカトを睨みながら叫ぶ!

 

「言ったよ! タカト君が『俺の事なんてどうでもいい』って言った時!」

 

「……待て。それとこれとは話しが――」

 

「違わないよ! タカト君は本当きかん坊なんだから!」

 

「……貴様。黙って聞いてやれば好き放題ほざきおって……! 大体貴様達がぼけらっとしていたからこんな目にあったんだろうが! たわけが!」

 

「ま、またたわけって言った! そんな事言う方がバカだよ! タカト君のバカ!」

 

「お前にだけは言われたく無いわ! このたわけ!」

 

「私だってタカト君にだけは言われたく無いよ! 大バカぁ!」

 

「ついに大をつけおったな……! この超たわけ!」

 

「大! 大! バカァ!」

 

「超! 超! たわけ!」

 

 売り言葉に買い言葉とは、この事か。二人は顔を付き合わせて互いに吠えまくる。そんな二人に、はやてとフェイトは呆気に取られて――大と超が二十を数えた頃にハッと我に返った。

 

「ちょっ……! 二人とも待ってや! 一辺止まる!」

 

「何? はやてちゃん? ……タカト君の大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、バカ」

 

「何だ? 八神? ……なのはの超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、たわけ」

 

「人の話しちゃんと聞いてや!? 負けず嫌いもいい加減にし!」

 

 流石にはやても勘忍袋の緒が切れた。二人に向かって、思いっきり怒りの声を上げる。それで漸く、二人の子供じみた言い争いは止まった。だが、はやての説教は止まる事無く続く。

 

「なのはちゃんもあんたも――もう面倒臭いから私もタカト君って呼ぶわ。二十歳越えた、いい大人やろ!? 何を子供じみた喧嘩しとるんや!」

 

「いや、待て八神。俺はそんな風に呼んでいいなぞ許可して――」

 

「あんたの許可貰う必要なんて無い! そして黙りや!」

 

「むぅ……!」

 

 タカトはひどく納得いかないような顔となる。しかし、怒れるはやての勢いに黙り込む事となった。更に、はやては説教を続けようとして。

 

「は、はやて、はやて! もうこの辺で……!」

「ん? そうか……? 全然言い足りんけど。まぁ、ええか――で、タカト君、その左腕やけど」

「……もう好きに呼べ。左腕がどうした?」

 

 いい加減諦めたのか、盛大にため息を吐いて続きを促す。はやては頷くと、聞くべき事を聞く事にした。

 

「その左腕なんやけど……大丈夫なんか?」

「それがすぐに出血死するかどうかと言う意味ならば大丈夫だ」

 

 問いに答えながらタカトは肩の付け根。そこから先が無くなった、抉れたような傷口を見る。どう考えても致命傷であり、時間を考えると出血量を心配しなければならないのだが。肝心のそこからは血が流れていなかった。

 傷口周辺の組織を筋肉で閉鎖する事で、強制的に出血を抑えたのである。これで、すぐに出血死を心配する事は無い。

 タカトの台詞に、はやては再び頷く。後ろのなのはやフェイトは、それでも心配そうに見ていたが。次いで、質問を続けた。もう一つ、聞かねばならない事があったから。

 

「なんで左腕を自分で切ったんや?」

 

 はやては、タカトの目を見て聞く。あの時、後ろで見ていた限りではあるが、わざわざ腕を落とすような真似はする必要は無かった筈だ。いくら指槍で貫かれているとはいえ、ちぎり落とすよりはマシな筈である。なのに、どうして……?

 タカトははやての問いに肩を竦めると、敷石の上に落ちている自分の左腕に視線を移す。右手で指差した。

 

「見てみろ、左腕の傷口の辺りを」

「そんなグロいもん見たくないんやけど……」

 

 はやてが顔をしかめる。なのは、フェイトも同じくである。仮にも女の子に見せるものでは無い。だがタカトはそんなデリカシーを気にする男では無かった。

 仕方なく三人は落ちた左腕に近づいて傷口を見る。すると、すぐに異質なものに気付いた。これは、何だ?

 

「タカト君、これ……?」

「奴の指先が変化したものだ。動脈を伝って中を這い回って来ていたからな。腕を落とすのが、一番手っ取り早かった」

 

 つまりタカトの左腕を貫いた指槍から先を更に変化して動脈に侵入。そこから遡って心臓に指先を伸ばされたのだろう。想像するだけで、吐き気を催しそうになる。一様に顔を歪めた三人にタカトは苦笑した。

 

「まぁ、腕一本であの事態をどうにか出来たのならば安いものだろう」

「また……!」

 

 その台詞にまたなのはが激昂する。声を上げようとして。しかし、横からそれを遮られた。

 フェイトだ。彼女はなのはを手で制止させると、タカトを真っ直ぐに見据えた。

 

「何で、私を助けたの……?」

 

 ぐっと抑えるかのような声。そんな、感情を抑えるような声でフェイトはタカトに問う。そもそも、そこからおかしかったのだから。

 タカトが身を呈(てい)してまで、彼女を助ける理由はどこにも無い。その筈である。なのに、何故――?

 その問いに、タカトはぷいっと横を向いた。

 

「……さぁ、何でだろうな? 俺にも分からん」

「分からないって……自分の事だよ!? そんな筈無い!」

 

 思わずフェイトは叫んでいた。元々彼女のタカトに対する感情は複雑である。どちらかと言えば、否定的ですらあった。

 なら自分を助けたのにも理由がある筈である。そうで無くてはおかしいから。だが――。

 

「そう言われてもな……気付いた時にはああしていたんだ。分からんとしか答えようが無かろう?」

 

 あっけからんと、タカトは答える。本当に、彼自身も気付いていないのだ。何故、彼女を助けたのかを。

 彼女達へとヘイルズが向かった事を認識した瞬間、身体が勝手に動いていたのだから。我に返った時には、既に指槍が左腕を穿った後だった。だから。

 

「……本当に、分からないんだ」

 

 まるで途方にくれた、迷い子のような声。タカトの台詞に、フェイトは、そしてなのはやはやても同じ感想を抱いた。

 その中で唯一、なのはが顔を悲しそうに歪める。少し、分かったからだ。タカトが分からないと言う、その理由に。

 『幸せ』と言う感情を喪失ってしまった彼の状態をただ一人知る、彼女は。

 

 タカト君は、多分――。

 

 おそらくはタカト自身も、否、タカト”だからこそ”気付かないそれに、なのはは気付く。

 彼が人一倍、何かを失うのを恐れている事に。

 誰かが不幸になる事を、それも顔見知りがそうなる事を彼は嫌がっているのだ。

 だけど、それは何て皮肉。

 彼自身はどこまでも『幸せ』が分からないのに。

 『幸せ』を共有する事も理解する事も出来ないのに。

 誰かの『幸せ』は必死に、無意識ですらも守ろうとするなんて……それすらも自覚出来ないなんて。

 漸くなのはは理解する。かのクロス・ラージネスが語った『決して救われ無い存在』と言う意味を。

 その感情を喪失ってしまっているが故にそれに固執しているのに、その感情を”喪失ってしまっているからこそ”手にする事も、認識、理解する事すらも出来ない。

 あまりにも救いが無い。

 あまりにも報われ無い。

 

 ――傷。

 

 その意味を、なのはは改めて噛み締めた。だけど。

 

「……さっきからどうした? なのは?」

「う、ううん! 何でも無いよ!」

 

 ずっと彼の顔を見続けていた事に今更ながらに気付く。そんな彼女を不思議そうに見るタカトに、なのはは彼自身に言った言葉を思い出していた。

 

 −幸せが分からないなら、教えてあげる。一緒に幸せになって。それが幸せだって感じて欲しいの。――タカト君を幸せにしたいの−

 

 初めての告白と一緒に告げた言葉。それをなのはは思い出して。うん、と頷いた。傷の本質を理解した今でも、その気持ちは変わらない。

 彼に『幸せ』を理解して欲しいと言う気持ちは。

 彼を『幸せ』にしたいと想うこの想いは。

 変わらない。むしろ、強くなっていた。

 

「……タカト君」

「む?」

 

 名前を呼んで見る。それにタカトは疑問符付きで応えた。そんな彼に、なのはは微笑む。

 

「何でも無いよ」

「……なんだそれは」

 

 なのはの答えに、タカトは不機嫌そうな顔となる。それにもう一度だけ、なのは微笑んだ。

 今はまだ言葉にしない。一度告げた事とは言え、彼は否定しかしないだろうから。だから。

 

 ――勝つよ。私、絶対に。

 

 それは、いつかの約束。戦うと言う約束であった。勝者の言う事を、必ず聞くと言う約束。

 それに勝つ事を、なのはは再び固く決めた。もう一度、彼に告げる為に。『幸せ』になる事を認めさせる為に。

 なのはは、再び決意した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ……何だ?

 

 何故かいきなり機嫌が良くなったのか、微笑むなのはを見てタカトは首を捻る。女心は秋の空とは言うものの、この変わりっぷりは一体なんなのか。

 暫く彼女のそんな変わりっぷりを見て、タカトはあっさりと匙(さじ)を投げた。

 

 ……女と言う生き物は良く分からん。

 

 結局、タカトはそう結論付ける事にした。そして、こちらはこちらで未だに暗い顔の彼女、フェイトを見る。

 どうも自身が原因でタカトが手を落とした事を気に病んでいる事だけは、彼も理解した。

 とりあえずは血で汚れた彼女の顔を右手で拭う――何と言うか、血で汚れたままなのは嫌だった。

 

「て、何を……!?」

「血を拭おうとしているだけだ。気にするな」

 

 自分の血である。自分が拭うのが、常識であろう。そう考えるタカトは、事もなげに言う。若干フェイトがぐっと息を飲んだ事をタカトは悟った。どうやら任せてくれる気にはなったのだろう。黙ったまま、なすがままになった。

 

 ……素直じゃないな。

 

 タカトはフェイトをそう評する。それは彼限定だったりするのには当然気付かない。拭いながら、告げる。

 

「計らずともだが、これでお前への貸しも返す事が出来た。だから、そう気にするな」

「え? ……あ」

 

 タカトのそんな台詞に、フェイトは思わず彼の弟であるシオンの言葉を思い出していた。

 

『今度はフェイト先生を助けようとするんじゃないですかね?』

 

 ――まさしく、シオンの読みは大正解であった。それを思い出しながら、フェイトはタカトへと視線を向けて。

 

「……終わりだ」

 

 そしてタカトは血を拭い終わる。そのまま離れようとして。

 

「……それ、どうするの?」

 

 その前に、ぽつりと消え入るような声でフェイトは聞く。視線はちぎれた左腕の肩口に移っていた。彼女の言葉に、まだ気にするかとタカトは嘆息する。気苦労を背負い込むタイプだなと苦笑し、そして。

 

「……そうだな」

 

 ふむと頷いて見せる。確かに、不便ではある――あるが、しかし正直に言ってしまえばそれだけであった。

 無理にどうこうする必要は無い。それがタカトの感想である。だが、まだ沈むフェイトの顔にタカトは目を細めた。

 こちらまで気が滅入りそうな顔である。はっきりと言うと欝陶しい。

 そんな顔でいられるかと思うと考えるだけでうんざりとした。タカトは大きく嘆息する。

 

 ……割に合わないんだがな。

 

 そう思い苦笑すると、どうにかする事にした。

 

「貸し1だ。フェイト・T・ハラオウン」

「え……?」

 

 いきなり言われた言葉にフェイトが疑問符を浮かべる。だが、タカトは構わずに続けた。

 

「割に合わん分は、後でメシでも奢れ。これをやるとひどく腹が減る上に、楽しみも出してしまうしな」

「何を言ってるの……?」

 

 彼が何を言っているのか分からずにフェイトは問う。しかしタカトは答え無い。指をフェイトへと突き付けた。

 

「いいから。了承か否か、どっちだ?」

「え、えっと……?」

「早く」

 

 いきなり過ぎる問いにフェイトはうろたえる。だが、当然タカトは構わない。強引過ぎると言えば、強引なそれをフェイトに突き付ける。

 しばし迷い。やがて、フェイトは頷いた。

 

「うん、分かった。ご飯を奢るくらいなら……」

「言ったな? 後で後悔しても知らんぞ?」

「え?」

 

 悪戯めいた笑いを浮かべるタカトに、再びフェイトは疑問符を浮かべるが、彼はもはや彼女を見ていなかった。目を閉じる。

 りぃぃぃぃぃ……。

 ひゅぅうぅううううううぅぅぅぅ……。

 口から漏れるのはストロークの長い呼気。長く、しかし鋭いそれをタカトは繰り返しながら、夢想する。

 

    『天』

 

 −其は、万物を照らす具象−

 

    『火』

 

 −其は、万物も滅っす具象−

 

    『水』

 

 −其は、万物に変じる具象−

 

    『土』

 

 −其は、万物を抱く具象−

 

    『山』

 

 −其は、万物へ聳える具象−

 

    『雷』

 

 −其は、万物に轟く具象−

 

    『風』

 

 −其は、万物に吹く具象−

 

    『月』

 

 −其は、万物を慈しむ具象−

 

 呼気と共に、それらを夢想しながら”己に取り込む”。『八極素』。世界を構成されるとされるそれを、タカトは己に取り込む事により”世界を己の中で構成”する。

 そして、”それ”は起きた。

 肩から先が無い左腕から細いものが飛び出す。それは複雑な形を描いて無くなった左腕を構成し――そこからが、驚きだった。まるで時間を遡るかのように。

 神経が。

 骨が。

 筋が。

 皮膚が。

 再生――否、復元される!

 

「えっ!? えぇ――――――っ!」

「な、なんなのそれ!」

 

 一連の事象を見ていたフェイトとなのはから驚愕の声が響く。当然タカトは構わず無視した。

 やがて完全に左腕を”復元”し終わると、ふぅっと息を吐く。そこから八極の残滓が漏れる。

 全てを終えると、タカトはゆっくりと目を開いた。復元した左腕の調子を確かめるように指を握ったり開いたりする。

 

「ま、こんなものか」

「こ、こんなものかって……」

 

 流石になのはも呆れたような声を漏らした。ちぎれた左腕を再生するような真似が出来るとは……どこまで規格外なのかと真剣に思う。そんななのはを置いて、タカトはフェイトに視線を移し、復元した左腕を見せる。

 

「これでいいか?」

「こ、これでいいかって……」

 

 問われても困る。頷く以外にどんな反応を示していいか分からずに、とりあえずフェイトは頷いた。

 

「ならよしだな。約束は守れよ?」

 

 そうフェイトに告げてタカトは笑う。そして。

 

「……”使える”んやん」

 

 ぽつりと今まで黙り込んでいたはやてが声を漏らした。え? と、なのは達が疑問を声にして出す前にタカトは苦笑する。

 

「慧眼(けいがん)だな。よく気付いた」

「それって、どう言う――」

 

 はやてとタカトの会話に、思わずそれはどう言う意味かを問おうとして。

 

「……馬鹿な」

 

 全然別の方から声が来た。三人娘は身を固くする。この声は。

 

「漸くか。予想より時間が掛かったな」

 

 ただ一人。気軽に笑うタカトは振り返ると、彼に対峙した。小高い山から這い出るようにして現れた痩躯の男、ヘイルズへと、タカトは笑いながら向き合った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「馬鹿な……」

 

 もう一度ヘイルズは呆然と呟く。果たしてそれはどう言う意味なのか。問う前に、タカトが前に出た。

 

「やはり窒息もせんか。便利な身体だな」

「馬鹿な! 何故、使える――!」

 

 素直に彼のISを褒めるタカトに、ヘイルズの叫びが響く。生き埋めにされようと脱出してのけた彼のISは非常に優秀と言える。だが。

 タカトは右手を持ち上げると、指を三本だけ立てた。最初に彼等へと突き付けたように、ヘイルズに再び突き付ける。

 

「最初に言ったな? 貴様達は”三つ程誤解している”と。最後がまだだったな」

 

 そう言いながらタカトは復元した左腕をひょいと掲げる。そこには、”対流する水”が渦巻いていた。

 

    −寸!−

 

 次の瞬間、ヘイルズの四肢が容赦無く切り落とされる! 周囲を駆け巡る水糸によって。更に水糸は切り捨てた四肢も含めてヘイルズに巻き付き、一気に引きずり寄せる。同時に前へと出るタカトの身体からは、『風』『火』『雷』『天』の光が溢れていた。

 

「誤解その3」

「っ――――! おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

    −閃!−

 

 引き寄せられるヘイルズから放たれる裂帛の叫び。それと共に身体中の肉が尖り、槍に変じてタカトを襲う――タカトは全く意に介する事無くぽつりと呟いた。

 

「”AMFだか何だか知らんが、こんな物で俺が魔法を使え無くなる訳が無いだろう?”」

 

 ぐーは、ぱーには勝てない。なら、ただちょきを出せばいいだけである。

 そして、全く構えもしない状態からいきなりタカトは動いた。溢れんばかりの魔力を放って――!

 

「天破無双闘舞」

 

    −撃!−

 

    −爆!−

 

    −雷!−

 

 疾風が放たれた肉槍のこと如くを引き裂きがてら、ヘイルズの腹に叩き込まれて。そこから暴虐の時間が始まった。

 『天破水迅』で拘束したヘイルズに、好き放題『天破疾風』『天破紅蓮』『天破震雷』を叩き込む!

 爆裂四散する筈のヘイルズの身体に、それを許さない程の轟速でだ。残像現象すらも起こしながら、数百発もの魔法打撃を同時に叩き込んで行く。

 『天破無双闘舞』

 大威力魔法を複数同時発動出来る『八極八卦太極図』ならではの技であった。一瞬にしてヘイルズの首から下が分子レベルで破壊。消滅される。

 止めとばかりに、タカトはヘイルズの首――理屈の上では、これでもヘイルズは死んでいない――を蹴り上げると、両の手を組み合わせた。

 『天』の魔力がタカトの両掌に集束、加速していく。それは星雲を描くように渦巻いていた。

 

「天破光覇弾」

 

    −煌!−

 

 特大の光弾が、頭上のヘイルズに放たれる!

 それは一瞬にしてヘイルズの首を蒸発させて、この世から完全に消滅させた。

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 溢れる魔力を呼気に乗せて吐き出す。残心を解くと、ゆっくりと後ろのなのは達に向き直った。

 

「待たせたな。これで終わりだ」

『『いやいやいやいや!!!』』

 

 暢気に終わりを告げるタカトに一斉にツッコミが入る。『む?』と唸るタカトに彼女達は更に吠える。

 

「タカト君、魔法使えたの!? 何で!?」

「いちいち叫ぶなと……お前達、俺の魔法の仕組みについては聞いてるな?」

「うん、一応ね」

 

 最初に叫んだなのはを煩そうに見ながら問う。それに、こちらは若干落ち着いた声でフェイトが頷いた。タカトは頷き返す。

 

「ではおさらい。魔力とは何だ?」

 

 そんな問いに彼女達は顔を見合わせた。何を今更な質問を彼はしているのだろうと疑問符を浮かべる。とにかくはやてが最初に答える。

 

「魔力って言うのは大気中の魔力素子をリンカーコアで結合して生むエネルギーの事やろ……?」

 

 今やこれは常識的な解答であった。この魔力素子、魔素をどれくらい多く溜め込めるかが、そのまま魔力保有量の大小に繋がる訳だ。更に、これを放出する事を出力と言うのだが。今は関係無いので割愛する。ともあれ、この魔力結合をジャミングで妨害する特殊なフィールドをAMFと呼ぶ訳である。

 

「そうだな。グノーシスではそれを意思媒介物質と位置付けているが……まぁ、今は置いて置こう。それで? 俺の魔力の元は何だ?」

「それは――」

 

 そこまで言われて三人は、あっと気付いた。タカトの固有魔法術式『八極八卦太極図』。これはリンカーコアを改造した『八卦太極炉』と言う特殊な器官を用いて使われる魔法である。そして、その駆動には。

 

「そう、八極素。またの名前を『概念』だが、これを俺は魔力としている……つまり、AMFとか言ったか? あれは根本的に俺にとっては意味が無い」

 

 AMFが妨害している魔力とはつまり、”魔素を結合して生まれたエネルギー”の事である。八極八卦太極図が使う”八極素”とは全くの別物なのだ。

 妨害が効く訳が無い。言ってしまえば、エネルギーの種類が違うのだから。

 

「なら、どうして最初から魔法使わなかったの……?」

 

 なのはが呻くように問う。それはそうだろう。最初っから魔法を使っていれば、楽勝だったろうに。タカトはそんな彼女の問いに肩を竦めた。

 

「いや、何と言うかだ……勿体ないでは無いか。向こうがこう、必死にこちらに勝てる要素を持って来ているのに、乗らないのは」

「「「…………」」」

 

 それが理由なのか。なのはを始めとして、三人は全く一緒に肩を落とした。

 タカトは意外にも”こう言ったのが”好きだったのである。相手を陥れる手段と言うか、ハメ技と言うか。ぶっちゃけてしまうとセコい技が。

 妙にクロノに肩入れしていたのもこれが原因の一つであった。……そう言えば心無しか、ヘイルズを生き埋めにした辺りから彼の機嫌が良くなっていた。どうもこれが原因だったらしい。

 

「……うぅ、何か詐欺にあった気分だ」

「だから言ったんだ。後悔するなよと」

 

 フェイトの呻くような台詞に、タカトは暢気に告げる。確かに――言ってしまえば詐欺のようなものである。魔法を使わなかっただけとは言え、自演に近いものだったのだから。

 かかと笑うタカトを、三人は恨めし気に睨んだ。

 

「……ひどい……」

「……最低や……」

「……今度、お話ししよう……」

 

 ぐんぐんと三人の中でタカトの評価が下がるが、当然タカトは構わない。肩を竦めると、背後に目を向けた。

 

「まぁ、そう言う事だ。”ヘイルズ”。もう、お前達は俺には勝てん」

『『!?』』

 

 そんな彼の台詞に、三人は驚愕に目を見開く。同時、タカトが作った山から言葉通り彼が現れた。

 ヘイルズだ。ずるずると這出しながらタカトを見る。

 

「いつ気付いていた? ”アレが擬態”だと」

「最初っからだ。わざわざ標的になりに来る馬鹿はおるまいよ」

 

 つまり、タカトに消滅させられたあのヘイルズは擬態だったのだ。本体はずっと地中に潜んでいたのであろう。大した用心深さと言えた……だが。

 

「さっきも言った通りだが、もうお前に勝ち目は無い」

 

 タカトがあっさりと告げる。それに、ヘイルズは黙り込んだ。その通りである。そして、それは擬態を消滅させられる事で証明されてしまった。なら、取り得る方策は後一つしかない。

 

「……ここは退こう。幸いにもアルテムもゲイルも殺されて無いようだしな」

 

 ……え?

 

 思わずなのは達は先程タカトに叩きのめされた二人の戦闘機人を見る。確かに、二人共息があるようだった。そんな三人に構わず、タカトは右手の小指を立てて見せる。

 

「……約束があってな? 何処かの誰かが”戦わない限り”は、俺は殺しはやらん」

「……あ……」

 

 その言葉を聞いて、思わずなのはは呆然となった。それはナルガで交わした約束であったから。

 確かにあの約束以降、なのはは戦っていない――だから。

 

「……そうか」

 

 そんなタカトにヘイルズは呟くように頷いて、指を伸ばすとゲイルとアルテムを回収した。直後に、三人を光の粒子が包む。次元転移だ。近くに次元航行艦でもあるのか、彼等を回収しようとしているのだ。

 転移する前にヘイルズがタカトに向かってぽつりと呟いて来る。

 

「……この借りはいずれ返す」

「楽しみにして待ってやろう。ではな」

 

 そうして三人は消えた。同時に結界が割れ、四人は元の世界へと帰還したのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 結界が消えた後には、戦いがあった事なぞ嘘のように、静寂な墓地が広がっていた。

 ゴーンと鳴る鐘の音に、思わずなのは達は安堵する。

 

「……さっきの答えがまだだったな。別にいいのでは無いか?」

「……え?」

 

 きょとんと、なのはがタカトの台詞に疑問符を浮かべる。それを面倒そうに見ながら、タカトは続けた。

 

「さっきの奴達が来る前に言っていた事だ。お前が話すのダメかどうか俺に聞いていただろう?」

「……あ」

 

 思わずなのはは驚きの声を上げる。自分でもすっかり忘れていたのだ。そんな事を聞いた事を。

 

 ……覚えてて、くれたんだ……。

 

 ナルガで交わした約束もこの事も。彼は、ずっと。

 思わず泣きそうになる。そんななのはにタカトは顔を歪めた。

 

「いちいち泣くな。俺はそう思うと言うだけだ」

「……うん……」

 

 でも、嬉しくて。だからこそ涙が出そうになる。

 タカトは嘆息すると、彼女に背を向けた。

 

「では、俺は帰る」

「あ……」

「またな」

 

 返事は待たなかった。タカトは縮地で消え失せる。あるいは、照れ隠しもあったのかも知れない。

 少しの寂しさも含んで、なのはは微笑み。一つだけ頷いて。

 

「……うん、また――」

「と、忘れていた」

『『わ!?』』

 

 居なくなったタカトにまたと告げる前に、当のタカトが戻って来た。驚きの声を上げる彼女達の前に、タカトはやって来る。

 

「フェイト・T・ハラオウン」

「な、なに……?」

 

 たじろぐフェイトの前に立つ。果たして、何を忘れたと言うのか――そんな彼女に、タカトは手を差し出した。

 

「飯を奢ってもらう約束を忘れていた。奢ってくれ」

 

   −ずてん−

 

 その台詞を聞いた瞬間、三人は一斉に派手にすっ転んだ。

 なおこの後、フェイトの持ち合わせを無くす程にタカトは飯をかっ喰らい、彼女を財布の中身的な意味合いで泣かしたのは余談であった。

 

 

(第四十六話に続く)

 




次回予告
「墓参りを済ませたシオン達。彼の家で、グノーシスからアースラ一同の歓迎会も兼ねた宴会が開かれる」
「一方、フェイトはタカトにより財布をすっからかんにされ、借金まで負わされ涙を飲んでいた」
「そんな、楽しい一時の裏で、イクスはかつての名を取り戻す」
「それが意味する事を知った時、全ては遅かった」
「次回、第四十六話『だから、さよなら』」
「きっと、また会える。そう誓いを込めて、今はただ」


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第四十六話「だから、さよなら」(前編)

「イクス――イクスカリバー。あいつは、ずっと俺と居た。それこそ、生まれた時から。タカ兄ぃの剣だった時も、俺が継いだ時も、一緒に居て。だから分からなかったんだ。イクスの、あいつの本当の想いを。だから――魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 夜の繁華街。そこは、たとえ夜だろうが絶え間無く明かりが灯る。それを静かに見下ろしながら彼、イクスカリバーは、懐かしさに浸っていた。

 見れば、どこも彼等と見た場所ばかりである。

 神庭家に来て二十五年。彼が今まで歩んだ人生からすれば、ごくごく僅かな時間。だが、ある意味において”家族”と過ごした時間と言う意味においては長い時間であった。

 彼がまだ人間であった時でさえも、これ程長くは家族と共には居なかったのだから。だが……。

 

「……何を見ている?」

 

 唐突に背後から声を掛けられる。一瞬前まで、確かに誰も居なかった筈なのにだ。しかし、彼は動じない。何故ならば、動じる必要が無いのだ。イクスは、彼を待っていたのだから。

 

【随分と遅かったな。そんなに彼女達との晩御飯は楽しかったか?】

「それをフェイト・T・ハラオウン辺りが聞くと泣くぞ」

 

 肩を竦めて、伊織タカトは苦笑しながら腹をぽんぽんと叩く。

 

「他人の金で喰う飯程美味いものは無いな」

【……まぁ、否定はしないが】

 

 苦笑を漏らす。そうしながら、タカトへと振り向いた。苦笑を続けてこちらを見る彼に、タカトは肩を竦める。

 

「こちとらする必要のない復元を使い、あまつさえ”見せた”んだ。飯の一つや二つ――百や二百食べたとしても、文句を付けられる言われはあるまい?」

【どのくらい食べたんだ、お前は】

「店の食料を取り敢えず全部食べた……出入り禁止にされた上に、フェイト・T・ハラオウンは、なのは達に借金までしていたな。生まれて初めて借金をしたそうだが、殺意満々の目で睨まれたぞ」

 

 呆れたように聞くイクスに、タカトは飄々と答える。それに、彼はフェイトの顔を思い浮かべながら合掌した。さぞや今ごろ涙を飲んでいる事だろう。

 タカトの”目論み通りに”。イクスは再び苦笑した。

 

【この嘘付きめ】

「ひどい言われようだな」

 

 さも心外とばかりにタカトは肩を竦め、だが彼は構わず続けた。

 

【事実だろう? 何故、彼女達にあえて魔法が最初から使えた等と”嘘を吐いた”んだ?】

 

 一瞬だけタカトの身体が固まる。それだけで十分だった。彼が反論する前に続ける。

 

【例のAMFと言ったか。あれは『八極八卦太極図』にも有効だったんだろう? 魔力結合を阻害するジャマーフィールドだったか……それが、”八極素の練り合わせも阻害していた”のだな】

「…………」

 

 タカトは無言。憮然として、彼を睨み付ける。

 ……その通りだった。AMF、魔力結合を妨害するこれは、呼吸法によって取り込んだ八極素の練り合わせも阻害したのであった。と言っても元々の性質が違うものなので、完全とは行かなかったのだが。八極素の練り合わせが完了したのが、ちょうど左腕を復元した時であった。

 ……しかし、いくら何でも状況に詳し過ぎる。これは。

 

「……見ていたのか?」

【タイミング良く、帰っている時に奴達を見掛けたんでな。ま、意趣返しの一種だ。悪く思うな】

 

 悪びれもせずに、彼は告げる。つまり最初から見ていたのだ、彼は。一部始終ならず、全てを。意趣返しと言うのは、紫苑決戦の際ののぞき見の事か。タカトはふて腐れたように横を向く。それは、図星の証であった。イクスは苦笑する。

 

【……不器用な奴だ。何故、嘘を吐いた?】

「別に、大した理由じゃない」

【嘘だな】

 

 即座に指摘される。楽しげに告げる彼に、タカトは見るからに嫌そうに顔を歪めた――それすらも彼は楽し気に笑う。

 

【お前の嘘は分かりやすい。癖があるからな。どうせ、フェイト・T・ハラオウンに気を使われまいとでもしたか?】

「そ……!」

【俺に嘘は通じんぞ】

 

 否定しようとして、しかし即座に、釘を指されてタカトが口ごもる。珍しいと言えば、珍しい図だ。そんなタカトに、イクスは苦笑を微笑みに変えた。

 

【敵に気を使われまいとするか……本当に不器用な奴だ】

 

 ずっと。ずっと、こんな青年だった。彼は懐かし気に思い出しながら、笑う。

 伊織タカトとは、そんな青年――否、少年だった。

 自分のためには嘘を吐かない。でも、他人のためならいくらでも嘘を吐く。そんな。

 だから、その嘘の見分け方もひどく簡単であった。他人の事を指摘されて、タカトが抑揚の無い声になると。ほぼ百%嘘を吐いている。おそらくシオンと、本人以外は気付いているだろう。タカトが苦虫を噛み潰した表情となった。

 

「……いつか戦う奴達だ。同情を買うのも、恩義に思われるのも欝陶しかっただけだ」

【それは本当の事なんだろうがな。それだけではないだろう?】

 

 苦笑が響く。タカトは仏頂面で、イクスを睨み続けていた。思えば、彼とこんな風に話すのはいつ以来だろうと。

 もう、こんな風に話す事も無くなるのだろうと。そう思いながら、ため息に全てを込めて吐き出した。

 

「もういいだろう。それで、行くのか?」

【……ああ、決めたよ】

 

 今度は逆に、彼の声から抑揚が消える。その返答にタカトは一つだけ頷いた。

 

 ……この会話が最後の語らいになるか。

 

 それをなんとなしに悟る。

 

「そうか、ならお前は」

【”名を取り戻す”。その為に、お前を待っていた】

 

 それが何を意味するのか、タカトは知っている。

 ”彼”が、”彼”で無くなる事をそれは意味していた。

 そうかと頷き、彼に歩み寄る。右手を上げた。

 

「……イクス」

【ああ】

 

 短い呼び掛けに短い返答。それだけで二人は全てを終えた……最後の別れも含めて。タカトの右手が、彼の額に触れる――。

 

「さよなら」

【ああ、さよなら】

 

 そして、彼は自らの名前を取り戻した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 神庭家、道場。そこでは一つの緊張が満ち満ちていた。

 道場を埋め尽くすのは大勢の人達。それが円を組むように、道場に座り込んでいる。円の中心にはたった一人の男がいた。

 本田ウィル。シオンの幼なじみにして、悪友の彼が。緊張に彼は汗を一つ流して――。

 

「……行くで」

 

 そう呟くと、足元に用意した玩具のピアノへと高々と跳び上がる! 着地、しかし足の指は鍵盤を押し込んでいた。指はそのまま次の鍵盤を叩く。それは一つの音を奏でた。則ち!

 

「曲芸……! 《足で猫踏んじゃった♪ 演奏!》――どや!?」

『『つまら〜〜〜〜〜ん!』』

 

 ウィルの会心の叫びに、皿やらお盆やら酒の瓶やらがすっ飛んで来る。

 

「芸道なめんな!」

「つまらん! 関西芸おそるに足らず!」

「ちよっ!? 待ちぃや! まだまだレパートリーはあるんやで!?」

『『知るか!』』

 

 叫びと共に投げられたものでウィルが山の下敷きになる。頭痛と共にそれを眺めながら、神庭シオンは頭を抱えた。

 夕方の神庭家、道場で宴会が今現在進行系で行われている真っ最中である。道場にはグノーシス連中にアースラチームの皆も含めて相当の人数が集まっている訳だが。

 

 ……そういや、うちはこんなんだったなぁ。

 

 今更ながらにそう思いつつ横に視線を向けた。

 

「おじさん。いいの? おばさんの命日に」

「湿っぽいのは昼までと決めとるんじゃ。ほ〜〜らオヒネリやるぞ〜〜!」

 

 がははと笑いながらウィルにおひねりを投げる、恐面四十代の男性。何を隠そう、彼こそが姫野みもりの父親、姫野秋人(ひめのあきと)、その人であった。

 ちなみに、現役日本警察の警視総監様である。やくざの大親分にしか見えないが、それは言わぬが華であった。

 はぁとため息を吐きながら、シオンはグラスのビールを一気に煽る。

 

「おー。シオンよく飲むやないけ。ほ〜〜ら、もう一杯」

「這って来んなよ、お前……飲むけどよ」

 

 背中の上に山と投げられた物を積んで、ウィルがビール瓶を差し出して来る。これ、投げられたモンじゃないだろうなと疑いながらグラスを差し出した。なおしつこいようだが、シオンの隣に居るお方は警視総監様である。がははと笑い、未成年の飲酒に何も言わなかろうが、そうと言ったらそうなのであった――閑話休題。

 神庭家で突如開かれた宴会。しかし、実はこれは毎度の事なのである……シオンもすっかり忘れていたのだが。命日や歓迎会と称して宴会をだだっ広い神庭家道場で開くのが。今回は、二つが合わさった事になる。そして、もう一つ。

 

「ふ……分かって無ぇな、ウィル!」

「何やと刃! ならお前は万人に受ける一発芸をやれるんかい!」

 

 未だ埋もれたままの山(ウィル)に進み出て来るのは黒鋼刃。銀龍を抜きながら、前へと進み出て来る。それを見ながら、シオンは嫌な予感を覚えた。これは――。

 

「――当然!」

 

    −斬!−

 

 叫びと同時に下の敷板が円状に切り裂かれる!

 刃はそれと一緒に落ちて行き、次の瞬間、ウィルの周りが円状に切り裂かれた。

 

「秘技……!」

 

 更にウィルと円に切り裂かれた敷板が持ち上がる! その下に居るのは何を隠そう、刃であった。

 敷板の真ん中に銀龍を当てて持ち上げたか。更にそれらをぶん回した。

 

「《人間皿回し!》」

『おぉ〜〜!』

 

 敷板ごと上の人間を皿回し宜しく回す荒業に、周りがどよめいた。これはこれで中々のものである……だが。

 

「お前、それ直しとけよ?」

「あ〜〜〜〜はっはっはっはっはぁ!」

 

 ……壊れてやがる。

 

 シオンは一目で看破した。刃は見事に酔っ払っている。キャラが壊れる程に。抜き身の日本刀を堂々と振るう事も意に介さず『オヒネリやるぞ〜〜♪』と投げるおっさんは、取り敢えず見て見ないフリをした。ぐぃっとグラスを煽ると。

 

「ほ〜〜ら、シオン。……ひっく……。飲みが足りないよ……。ひっく」

「誰だ!? スバルに飲ました野郎は!?」

 

 顔を赤らめて、しゃっくりを上げながらこちらにビール瓶を差し出して来るスバル・ナカジマを見て、シオンが吠える。さっと顔を背けた数人を見咎めると、シオンは手裏剣宜しくビール瓶をそいつらに投げて置く――ストライク。

 

「未成年に飲ませるなっつぅの。あ、おかわり」

「……シン君、全然説得力無いですよ?」

 

 こちらは、姫野みもり。一切飲んでおらず、酒を出したりオツマミを作ったり、寿司を頼んだりと、いろいろしてくれている。それで逃れているとも言えなく無いが。

 取り敢えずスバルの酌を受けて並々とビールが注がれて、注がれて――。

 

「こらこらこらこら! 零れてる! 零れてる! 冷たっ!?」

「あははははっ! ひっく」

 

 何が面白いのか、スバルはグラスから溢れさせ、更に注いでいく。被害を受けたのは当然シオンだった。ビールで身体中が濡れる。

 

「うげ……っ。このアホたれ! みもり、拭くもんくれ!」

「はい!」

「あははは! シオンべとべと!」

「黙れ酔っ払い。こら、スバル担当! 何してやがる!」

「誰が担当よ!」

 

 シオンが叫ぶと、間を置かずに返事が返って来た。ティアナ・ランスターである。彼女はこちらに”顔を赤らめ”て吠え――。

 

「ひっく」

「だから誰じゃあ!? さっきから未成年に飲ませまくっとる奴!」

 

 しゃっくりを上げたティアナに、シオンは喚く。それに、やはり顔を背ける馬鹿共を発見。今度は自らビール瓶を頭に叩き付けに向かった。

 

「待て! 落ち着くんだシオン!」

「そ、そうだそうだ! これは宴会なんだぞ!? 飲ませて何が悪い!」

「あいつ達は未成年だっつうの!」

 

    −撃!−

 

 アホな事をほざく奴達を一撃で沈める。はぁとため息を吐いて。

 

「ほ〜〜ら、キャロちゃん? ぐぐぃっと飲みや〜〜♪」

「えっと、でもでも。ウィルさん、これお酒ですよ?」

「大丈夫やって、これを飲んだらキャロちゃんも大人に――」

「「ちえ〜〜〜〜すと〜〜〜〜っ!」」

 

    −撃!−

 

 未成年どころか子供に飲ませようとする馬鹿野郎に、シオンと御剣カスミからビール瓶が投擲され、頭に直撃! 馬鹿野郎は、そのまま床に沈んだ。

 

「騒がせたわね、シオン君」

「……お前も大変な、カスミ」

 

 そそくさとウィルを回収する彼限定の相棒カスミにシオンは同情的な視線を向ける。彼女は『慣れたわ』とだけ呟いて、道場を出た。

 

「あ〜〜ったくよ。ほら、キャロ。それ渡しな?」

「…………」

「キャロ?」

 

 じ〜〜と、ビールが並々と注がれたグラスを見る少女に、シオンは嫌な予感を覚える。まさか……直後、キャロはグラスを一気にぐぃっと煽った。

 

「〜〜〜〜っ!」

「わ〜〜! 馬鹿! 何飲んでんだ!?」

 

 ぽんっと言う擬音が聞こえたかのように、一瞬で真っ赤になったキャロにシオンは慌てる。そのままぐるんぐるんと目を回す彼女をシオンは抱き上げた。

 

「おい! キャロ! しっかりしろ! 何で飲んだんだ!?」

「う……だってこれ飲んだら大人になれるってウィルさんが……」

 

 どうやらウィルの戯言を信じたらしい。しかし飲み慣れた人間ならともかく(国によっては子供でも飲む)、キャロが酒を飲み慣れているとも思えない。取り敢えず、キャロの相方を呼ぶ事にした。

 

「おい! エリオこら! どこ居やがる!」

「エリオならあっちよ……ひっく」

 

 いつの間に近寄って来たのか、ティアナがしゃっくりを上げながら道場の一角を指差す。そちらを見て、シオンはんがっと唖然とした。

 

「ちょっ……! 離して下さい!」

「だ〜〜めや♪ エリオ君はかわええなぁ。おもち帰りや〜〜♪」

「だめだよ、楓ちゃん♪ 私が持って帰るんだから〜〜♪」

「お持ち帰りって何ですか!? 何で服脱がすんですか!? 前もこんな事あったような――て、違う! 誰か助けて下さい――――!」

 

 獅童楓と聖徳飛鳥を代表するグノーシス女性陣に、シャリオ・フィニーノを代表するアースラ女性陣に囲まれていた。ある意味に置いて、断末魔の叫びが響く。花とか置いてやると散るイメージか。

 

「……何やっとんだあいつは……」

 

 シオンは呆れたように呟く。見れば、全員顔を真っ赤にしている。おそらくは酔っ払っているのだろう。そう言った女性陣はほっとくのが一番である――そんな訳で、シオンはエリオをあっさりと見捨てた。

 

「ああ、見捨てた!? シオン兄さんの鬼! 悪魔―――!」

 

 気のせい気のせい。俺は何も聞こえない。

 

 そう一人ごちるとシオンはキャロを抱え、一番医療の心得がある守護騎士シャマルを発見し。

 

「とくとくとく〜〜♪」

「あんたが犯人か!?」

 

 誰かれ構わず旅の扉で酒を注ぐ彼女に、取り敢えずツッコミを入れたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ぴんぽ〜〜んと、音が鳴る。それをシャマルにツッコミを入れたシオンは聞いた。誰か来たらしい。道場内を見ても、まともに出れる人間もいなさそうなので、自分が向かう。道場からサンダルを履いて、直接門に向かった。

 

「はいは〜〜い」

 

 定例の返事を返しながら、閂(かんぬき)を外す。ゆっくりと門が開き――シオンは絶句した。その来客に。

 

「……フェイト先生どうしたんですか?」

「…………」

「あはは……」

「まぁ、いろいろあってなぁ」

 

 来客は高町なのは、八神はやて、そしてフェイト・T・ハラオウンであった。しかし、シオンが絶句したのは彼女達が来たからでは無い。

 先頭のず〜〜んと言う擬音が聞こえかね無いくらいに沈んだフェイトを見て絶句したのだ。取り敢えず中に入れる事にする。

 

「「おじゃましま〜〜す」」

「……おじゃまします」

 

 ……本当に何があったんだろうか。聞いてみたい気もするが、ひたすら嫌な予感がするため止めて置く。

 道場の方に向かおうとするシオンを見て、なのはが不思議そうな顔となった。

 

「シオン君、どこに行くの?」

「ああ、今道場で宴会やってまして。そっちに皆居るんでよかったら先生達もと――」

 

 宴会? と、疑問符を浮かべるなのは達にシオンも苦笑する。それはそうだろう。昼間に墓参りに行って、何故に夜は宴会をするのか。

 そこらは置いとくとして、シオンは道場まで三人を先導して歩く。なのは達も……フェイトも一応着いて来た事に安堵しながら、道場に辿り着いて。

 

「ふ……! 甘いね、君達! そんなものが一発芸だと!? ちゃんちゃらおかしいね!」

「「なんだとぅ!」」

 

 そんな声が聞こえた。

 最初に聞こえた声は、シオンの異母兄、叶トウヤの声である。後のは刃と真藤リクか。どうやら、リクも一発芸をやったらしいが。

 

「なんやなんや? えらい盛り上がっとるなー」

「ええ、まぁ……」

 

 嘆息まじりにシオンは頷く。未成年飲酒しまくりなあの空間に三人を入れて大丈夫かどうか少しだけ思案する……と言うか、エリオとキャロの状態を見せて、フェイトは卒倒しないかどうか、かなり心配であった。

 もう入口なのでその心配も意味が無いのだが。仕方無しに道場に上がる、と。

 

「真なる一発芸をお見せしよう……!」

 

 次の瞬間、凄まじいどよめきが上がった。果たして、何が起こったのか……! 気になり、シオンは三人娘と駆け出し、それを見た。

 

 ……なお。ここらはいろいろと危険なものとなるので、詳しい名称等は伏せさせていただく。

 シオン達が見る先に居るのは、道場のど真ん中に居るトウヤ。彼は、一枚のティッシュをひらひらと摘み取ると、一瞬の早業を持って下を脱ぎさった。そして某所をティッシュで隠し――!

 

「秘奥義……! 《蘇る死体!》」

 

 それはあたかも墓場から立ち上がる死体のごとく、むくむくと立ち上がって見せた!

 これぞ秘奥義《蘇る死体》。

 究極の一発芸と言われる奥義であった……!

 

「ふ……いついかな状況においても立ち上がれる我が若さを持って初めて成せる技……! 真似出来るかね!?」

『『誰がするかぁあぁあああああああああああああああああああああああああ―――――――――――――――――――――――――!』』

 

 一部の例外を除いて、すっ転んだ全員が盛大にツッコミを入れる!

 だが、そんな彼等、彼女達にトウヤは更に笑った。

 

「ならば、更に見せよう! 変化秘奥義! 《脱皮するか――」

 

    −撃!−

 

 皆まで喋らせずに、空を踊って舞い降りたユウオがティッシュに包まれた部分を踏み潰す! 凄まじい音が鳴り、男性陣は例外無く顔を引き攣らせた。

 

「このこのこのこのこのこのっ!」

「や、やめたまえユウオ! 後で困るのは君だよっ!?」

「うるさぁ〜〜〜〜い!」

 

 そのままスタンピングに移行するユウオを脇の男性陣が必死に引き離した。トウヤ、悶絶の為、退場。

 完全にすっ転んで立ち上がれ無いシオンに、こちらはいち早く立ち直ったはやてがじと目を向ける。

 

「なんなん? おげれつ大会?」

「…………」

 

 否定したかったが、否定する材料が見付からず、シオンは視線だけを逸らす。完全に引きまくった三人をごまかすように座布団を用意して座らせた。

 

「ささっ、はやて先生ぐぐいっと」

「……いろんなもんをごまかそうとしてへん?」

 

 座ったはやてに酌をするシオンは、その問いに目を再び背けた。代わりになのはへと酌をする。

 

「なのは先生もどぞ〜〜! いつもお疲れ様です!」

「あ、うん」

「ささ、フェイト先生も――」

「ぐびっぐびっ!」

『『早っ!?』』

 

 シオンが酌をする前に、何と手酌で、いつの間にかグラスのビールを飲み干しているフェイトを見て、なのは、はやて、シオンは驚きの声を上げる。更にもう一杯、一気で飲むと、座った目でこちらを見据え出した。

 

「……はやて先生、ちなみにフェイト先生は、お酒が強い方で?」

「いや、かなり弱かった筈や――」

「シオンっ!」

『『はいっ!?』』

 

 轟く咆哮に思わずシオンどころか、はやてもなのはも返事をする。フェイトはすぐにグラスを差し向けた。慌てて注ぐ。

 

「シオン……タカトって腹が立つよね……?」

「はぁ……」

「心配したのに、実は嘘だったり、女の子にあんなにいっぱい奢らせるし……」

 

 タカ兄ぃ、一体何をした……!?

 

 この場に居ない我がもう一人の異母兄に問い掛けるが、当然通じる筈が無い。

 そのままぶちぶちと言い募るフェイトに、シオンは顔を引き攣らせながら、なのはとはやてへと視線を向ける。だが、二人は顔を横に振って見せた。それは、言外にこう伝えて来ていた。

 

 後は任せたよ!/後は任せたからな! と。

 

 鬼〜〜〜〜!?

 

 そう心中叫ぶシオンだが、二人はそそくさと視線を外して、他の皆との談話に移っていった。

 

「聞いてる!? シオン!?」

「はい!」

 

 怒鳴られて、びくっと背筋を立てる。そんなシオンに、フェイトは微笑むと顔を撫でて来た。

 

「シオンの肌、つやつやだ」

「は、はぁ……?」

 

 何? 何が起きようとしている?

 

 間近に迫られ、顔を撫でられて、シオンはどきまぎする。そんなシオンに、フェイトは構わず顔を撫でて――。

 

「――これなら、”化粧すると女の子”みたいになれるね」

「…………」

 

 ――血の気が、凍った。

 凄まじいまでの悪寒がシオンを襲う。それは、こう伝えていた。一刻も早く逃げろ、と。固まったシオンに構わず、フェイトはぱちりと指を鳴らす。

 

「ティアナ? シャーリー?」

「「既に準備出来てます!」」

 

 異口同音。全くのズレなく答える二人。そんな二人が用意したものを見て、シオンは声無き悲鳴を上げた。

 女用のかつら。

 各、化粧道具(コスメ)。

 そして、どこからともなく出て来たどこかの学校の制服(女物)。

 どっと滝のように汗が流れる。それをフェイトが優しく手持ちのハンカチで拭いて。

 

「一発芸、《JKしおんちゃん》」

「明日への脱出っ!」

 

 シオンは素早くフェイトから離れると、一気に瞬動で脱出を謀る。だが、しかしっ!

 

【シュランゲ・フォルム!】

「!?」

 

 聞こえてきた声に瞬動を停止。その眼前を連結刃が薙いでいった。おそらくあのまま前に進んでいたら、シオンは拘束されていたに違い無い。それをやったのは、当然彼女。

 

「シグナムっ!? お前……っ!」

「……悪いなシオン、我が主の命だ」

 

 ブルー○スよ、お前もかとばかりに驚愕の目を向けるシオンに、シグナムは仕方ないとばかりに首を振る。しかし、シオンは気付いた。いつもより、心無しかウキウキしている風情のシグナムに!

 

「く……! てか、はやて先生! どう言うつもりですか!?」

「ごめんなシオン君。でも、《JKしおんちゃん》を見てみたいと言う欲求には逆らえんかったんや……!」

「味方はいないのか味方はァ!」

 

 あまりにも四面楚歌の状態にシオンが嘆きの悲鳴を上げる。

 

 ああ、どうしてこんな目に……!

 

 そんな風に世界を呪っていると。

 

「ダメだよ皆!」

 

 女装させんとにじり寄る悪魔(じょし)達に、救いの救世主が現れた。

 なのはである。彼女は両手を広げて、皆を制止する。

 

「シオン君は男の子なんだよ? それを女の子の格好をさせるだなんて……!」

「あ、ああ……!」

 

 やっぱり最後に頼りになるのは、なのは先生か! あまりの嬉しさにシオンは泣いて喜ぶ。そんなシオンに、なのはは頷いて見せて。

 

「そんな面白い事、皆でやらなきゃダメだよ……っ!」

 

 ――次の瞬間、シオンはバインドで拘束された。

 

 ……へ?

 

 何が起きたか分からずに目を白黒させるシオンに、なのはは会心の笑みを浮かべると、皆に振り返った。

 

「ダメだよ、皆? こう言う時は味方のフリして騙さないとシオン君すばしっこいからすぐにげちゃうよ?」

『『は〜〜〜〜い』』

「て、待てぇええええええええいっ!?」

 

 漸く我に返ったシオンの叫びが響く。なのはは視線をシオンに向けた。

 

「どうしたの? シオン君?」

「どうしたもこうしたもありますかい! 最初っからこの積もりだったんですか!?」

 

 喚くシオンに、なのははにっこりと微笑む。それは見る人によっては極上の笑みだろう。シオンからしてみれば悪魔の微笑みに他ならないかったが。きっと、なのはを睨む。

 

「この……悪魔め…………!」

「悪魔でいいよ♪ シオン君を女装させられるなら♪」

「そこーあたしの台詞だぞー」

 

 すかさずヴィータからツッコミが入るが、二人は構わない。最後にスバルが進み出た。

 

「大丈夫! シオンならとびっきり可愛くなれるよっ!」

「何の慰めにもなっとらんのじゃあぁあああああ――――! いやぁああああ! せめて自由を! さもなくば死を――――!」

『『GO♪』』

 

 そうして、シオンに女子達は一斉に踊り掛かった。色とりどりの化粧道具や、かつら、制服を手に。

 直後に悲鳴は、道場どころか出雲市内全域に響いたと言う。

 

 

(中編に続く)

 




はい、シリアスから容赦なくギャグに突入の第四十六話前編でありました(笑)
トウヤが相変わらずのカオス(笑)
しかし、トウヤなので仕方ない。
さて、次回はついに、しーちゃん爆誕です。男の娘はもう古い? 聞こえませんとも(笑)
では、次回をお楽しみにー。


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第四十六話「だから、さよなら」(中編)

はい、第四十六話中編であります。
ついに、しーちゃん爆誕であります(笑)
お楽しみにー。


 

「……ひっく。シオン……。ううん、しおんちゃん動いたらダメだよ?」

 

 あ―――――――っ!

 

 響くは大音声の悲鳴。それが神庭家に断末魔の如く響く。その切ない悲鳴の主は神庭シオンであった……バインドで拘束された。

 そんな切ない悲鳴に構わず、まずフェイトがシオンの顔に化粧を施し始めた。

 

「うーん……ひっく……もうちょっとナチュラルな方向のほう……ひっく……がシオン君――しおんちゃんには似合うんじゃないかな?」

 

 次に動いたのはなのは。今度は薄くファンデーションを塗って行く。シオンの元々白い肌が、更に薄く、白くなっていった。

 

 あ―――――――っ!

 

 シオンは叫び続けているが、周りの女性陣は聞こえていないがごとく一切耳を貸さない。次は、はやてが動いた。

 

「しおんちゃんは肌キメ細かいなぁ……ひっく……なんや、腹立つなー。んじゃ、次は軽くアイシャドウを……」

 

 あ―――――――っ!

 

 シオンの悲鳴は途絶える事無く響く。それはまるで、純潔を散らされる乙女の声にも似て――。

 

「グロスも薄くがいいわね……ひっく……ほら、動くんじゃないわよ?」

 

 あ―――――――っ!

 

 次々と、シオンの顔に化粧を施していく。しかも本格的なものをだ。何が楽しいのか、皆一様に笑っていた……酔っ払っている証拠に。全員顔が赤い上、しゃっくりまで出ているが、気にしてはいけない。

 ちなみに、シグナムとヴィータは化粧に参加せず後ろで見ていた。

 

「うーん。ここまで来たら髪にもこだわりたいですね……ひっく……ショート、セミロング、ロング。どれがいいですか?」

 

 あ―――――――っ!

 

 シャーリーが次々と取り出すかつらに、シオンの悲鳴が更に大きくなる。しかし、女性陣は全く構わず自分の意見を声高に叫んだ。

 

「ロング!」

「セミロング!」

「ロング!」

「ロング!」

「セミロング!」

「ショート!」

「セミロング!」

「ロング!」

「……うーん。取り敢えず、全部試してみましょう!」

 

 にこにこ顔でそんな事を言う眼鏡っ娘に。周りから歓喜の声が上がる。その間にも、シオンの叫びは響いていた。もちろん、女性陣には届かない。届かない以上、聞き入られる筈もなかった。

 

 あ―――――――っ!

 

 かつらを次から次へと被せられる。あーでもない、こーでもないと、真剣に論議が重ねられた。

 長さ。色。髪型。試行錯誤が繰り返される……本人の意思を全く無視して。

 出た結論は、やはりロングのストレートと言うシンプル・イズ・ザ・ベストが1番似合うと言う事であった。髪の色は、元々のシオンに合わせて銀。これにも異論は多々あったが、やはり銀が似合うと言う事で採用される運びとなった。

 

「さて……ひっく……じゃあ次はお待ちかねの服だよ〜〜」

 

 あ―――――――っ!

 

 嬉しそうに、どこぞの学校の制服(女子)を手に持つスバルに、今度こそはまごう事なき絶叫があがる。それに構わず、うふふふと笑う悪魔達はにじり寄り――。

 

「待って! スバル!」

 

 フェイトから制止が掛かる。シオンはそれに一瞬だけ希望を見出だして。

 

「ニーソックスか、ストッキングか、普通のソックスか決めないと」

 

 あ―――――――っ!

 

 即座に希望がぶち破られた事に絶叫を上げた。当然女性陣は無視して話しは続けられる。

 

「やっぱニーソやろ! 絶対領域は正義やで!?」

「ストッキングもいいと思います!」

「いや、ここはマニアックにルーズソックスとか……」

 

 あ―――――――っ!

 

 既に死語に近い名称まで上げられる。上げた人の歳を疑いたくなるが、あえて誰とは言わないのが華であろう。とにもかくにも次々と出される案に、何故か議長の座に納まっているシャーリーがうんうんと頷く。そして。

 

「じゃあ、全部試して見ましょう♪」

 

 あ――――――――――――――――――っ!

 

 先に倍する絶叫が出雲市内に響き渡った。

 ……余談だが、ソックスはニーソックスに決まったそうである。本っ当に余談であったが。

 ともあれ、こうして《JKしおんちゃん》は完成したのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「「おまたせや〜〜♪」」

 

 神庭家道場。女性陣が、みもりとアサギ以外ことごとくいなくなり、寂しげに男同士で酌をしていた連中に二つの関西弁が響く。はやてと獅童楓である。

 二人を先頭に、何故か『いい仕事をした』風な感じの女性陣がぞろぞろて出て来た。一様に笑顔でぞろぞろと現れた面々に、急降下していた男共のテンションが上がり始める。

 

《長らくお待たせしました!》

「……ほんっとに長かったな……」

 

 何故かまたもや司会と化してマイクを握るシャーリーに、寿司をかっ喰らいながら出雲ハヤトがツッコミを入れる。

 シオンをバインドで縛り上げて、ぞろぞろと女性陣が出ていったのが、何と一時間と半分程前。その間中、男連中は一列にならんでにこにこ笑うアサギに酌をしたり、男同士でたわいない話しをしながら飲んだりしていたのである。……テンションも下がろうと言うものであった。

 そんなハヤトを中心とした男共の視線とツッコミを軽く『そぉいっ!』とばかりに無視してシャーリーは続ける。

 

《これより、女性陣一同の一発芸! 《JKしおんちゃん》を出したいと思います!》

『『お〜〜〜〜〜』』

 

 ついに出るか。シャーリーの宣言に、男連中は声を上げる。しかし、その声にはハリが無い。何故なら、大体結末は読めていたのだから。

 女装した男の辿る道は二つ。

 爆笑出来るレベルの似合わない女装か。

 女装がそこそこ見れるレベルで似合っているか。

 それしか無い。故に男共のテンションも中々上がりにくいのであった。

 そもそも、女装した男なんぞ見て何が面白いのか。似合わなければ笑いを取った後は気持ち悪いだけだろうし、似合っていればそれはそれで腹が立つ。

 そんな思いを男共は一人残らず抱いていた――”その時までは”。

 男共のテンションに、シャーリーがくすりと笑った。

 

《では、ティアナ♪ スバル♪ しおんちゃんを連れて来て〜〜♪》

「「は〜〜い!」」

 

 唯一まだ入って来なかったティアナとスバルが道場の前で元気良く返事をする。何故かどたばたとごたつく音が鳴り、それは現れた。

 女性にしてはやや高い背。それに腰まで届く銀の髪が映える。薄く化粧をされた顔は羞恥からか赤く染まり。おそらくはパッドか、やたらと膨らんだ胸。それに反比例するように、冬服の制服からも分かるほどに細い腰つき。止めとばかりに、細い足を包むニーソックスとミニスカートが生み出す絶対領域から見える太腿の肌の白さが眩しかった。

 もじもじと顔を赤らめて出て来た”彼女”に、男共は唖然となる。

 

《……女として、ここまで敗北感を覚えた事はそうそうありません! JKしおんちゃん! 略して『しーちゃん』と御呼び下さい! では、しーちゃん! 一言、どうぞ〜〜!》

「あ、う……!」

 

 素早く隣のティアナからマイクを差し出されて、彼女は慌てる。注目を集めているのが恥ずかしいのか、目を伏せて。

 

《……み、見ないで……!》

『『っ―――――――――――――!?』』

 

 その場に居る一同へと衝撃が駆け巡る!

 その声を聞いて、唖然としたままの男共から一人の男が立ち上がった。先の一発芸で天に召された筈の彼、叶トウヤだ。

 生きていたのかと言う疑問を当然のごとく無視して、懐から何やら取り出す。それはオーケストラの指揮者が使うタクトであった。

 それを手に持ち、男達の前へと来る。そして、音頭を取るようにタクトを大きく振った。

 

 さん、はい!

 

『『男の娘最っ高ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ――――――――――――――っ!』』

 

 道場を文字通りに揺るがす咆哮が男共より放たれ、響き渡る!

 ……しーちゃんはそれを聞いて、グノーシスと言うのは変人集団では無く変態集団が正しいと理解した。

 絶叫する! 口笛を吹く! 踊り出す!

 まあ、なんにしろここまでやる連中は正しく変態であるのは間違い無い。

 しーちゃんは真剣にストラに寝返る事を検討しようとして――。

 

「しーちゃん!」

「ぬぉ!」

 

 いきなり眼前に現れた涅槃に旅立った筈の馬鹿野郎ことウィルに、しーちゃんは驚きの声を上げた。そんな、しーちゃんの手をウィルは優しく掴んだ。

 

「シオン、いや、しーちゃん! ワイらは幼なじみで親友や!」

「あ、ああ。まぁ、親友かどうかはさておいて、幼なじみではあるな……でも、しーちゃんはやめろ」

「いや! あえてそう呼ばせてもらうで!」

 

 やたらと熱苦しく語り掛けて来るウィルに、しーちゃんは一歩下がるが、ウィルはずいっと進み出た。

 

「でや、しーちゃん。一つお願いがあるんやけど」

「……何だよ?」

 

 その台詞に怪訝な顔となるしーちゃんに、ウィルはさらに顔を寄せる。そして――。

 

「ワイらの友情の為に、ちょ――っと、”モロッコ”に行って。肉体改造して来てくれへん?」

「…………」

 

 しーちゃんは無言。ただ少しだけ腰を落とし、次の瞬間、落とした分の腰を使って一気に跳躍する! 同時に膝を跳ね上げた。

 

    −撃!−

 

「おっふぅ……!」

 

 跳ね上げた膝は迷う事無くウィルの股間を蹴り上げる。そのまま崩れ落ちたウィルを、取り敢えずしーちゃんは踏ん付けた。

 

「……ぐ、ぐぬ! や、やけど! このアングルならスカートの中が――」

 

 −撃!・撃!・撃!・撃!・撃!・撃!・撃!−

 

 更に言い募る変態を迷う事無くしーちゃんは無言でスタンピングを連打。馬鹿の意識を完全に断ち切った。

 

「う、ウィル! スカートの中は!? スカートの中はどうだったんだ!?」

「男物か!? 女物か!? それだけでも――!」

「やかましい!」

 

    −撃!−

 

 更に出て来た変態をアッパーカットで床に沈める。そんなしーちゃんを満足気に見ながら、トウヤはひとしきり頷いた。

 

「我が弟ながら恐ろしい才能だね……! お見それしたよ!」

「いやー。素質はあると思ってたんやけどな。ここまでとは思わんかったわー」

 

 はやての台詞に、女性陣は皆一様に苦笑する。……正直に言うと、やり過ぎた感が実は彼女達にもあったのだ。

 まさかここまで似合うとは思わなかったのだから。悪ノリで本格的にやったのが効を奏したのか、シオンならぬしーちゃんは、モデルもかくやと言う絶世の美女と化してしまったのである……いや、胸は詰め物だが。

 とにもかくにも、その出来映えは女性陣を納得させるものであり、同時に微妙な敗北感を味あわせるものとなったのであった。

 はやての台詞にトウヤはひとしきり頷くと、まだ怒りのスタンピングをかますしーちゃんの横に立ち、マイクを手に取った。

 

《諸君! 私は間違っていた事をここに告げなければならない!》

 

 いきなりマイクに向かい、並ぶ男共に演説を開始する。視線がトウヤへと向いた。

 

《私は常々こう思っていた……可愛い女性は正義! 可愛い女性は最強! 可愛い女性は何でもあり! 愛などいらぬ! 可愛い女性が欲しいと! つまり可愛い女性は国宝だと! ――君達もそうだった筈だ》

 

 腕を上げながら、熱く! 熱く! トウヤは語る。

 ここだけでも十分に変態であると認識するに足る台詞である。しかし、ほとんどの男共が即座に頷いているのを見て、しーちゃんは泣きたくなった。色んな意味で情けなくなって。

 

《だが、ここに一つ歴史は是正された……可愛い女性は国宝。それは今でも変わらない。だが、しかしっ! あえてここに一つ加えよう! 可愛い女性は国宝! だが可愛い男の娘は――》

 

 しゅぴっとしーちゃんに掲げた手を振り下ろす。それはまるで、紳士が貴婦人をダンスに誘うかのような手つきで。

 

《世界遺産だと……!》

『おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』

 

 スタンディング・オベーション……! トウヤの宣言に、変態共が一斉に立ち上がりながら拍手を打ち、声を上げる。

 しーちゃんは鳥肌が全身に立った事を自覚した。

 そんなしーちゃんに熱き視線を送りながら、トウヤはマイクに吠える!

 

《我々はこの素晴らしさに気付けなかった……! 何故だ!?》

『『坊やだからさぁ――――――――――!』』

 

 全く異口同音にヤバすぎる台詞を吐いた一同を、どう殺っちゃおうかとしーちゃんは思案する。だが、取り敢えずは。

 

《故に私は宣言する! 今この場において、男の娘の価値を! ある意味において希少価値は可愛い女性よりも遥かに高いしね! だからしーちゃん! 君には、『名誉男の娘賞』を与え――》

 

「ちぇ――――すとぉ――――!」

 

    −撃!−

 

 引き返しようが無い程に場を盛り上げようとする変態長兄を盛大にビール瓶で殴り飛ばしておく事にした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ったく……! 人を玩具にしやがって!」

「「まぁまぁ」」

 

 トウヤを殴り飛ばして数十分後、神庭家道場はかってない盛り上がりを見せていた。理由は言うまでも無く、どこかの変態長兄のせいである。あの演説のおかげで、いらん視線をしーちゃんは集める羽目となったのだから。

 わいわい騒ぎながらも視線が自分に向けられている事にぞっと悪寒を覚えつつ、しーちゃんは焼酎を一気に飲み干した。

 ちなみにしーちゃん化は解けていない。解こうとすると、その場に居る全員が気合いを入れて止めに入るのが理由であった……女性陣も含めて。

 しーちゃんが真剣に泣きたくなったのは言うまでもあるまい。

 

「でも良いじゃん。可愛いよ? しーちゃん♪」

「……その呼び名は変わらんのな」

 

 隣のスバルに再びその名を呼ばれ、しーちゃんは深々とため息を吐く。

 なお、しーちゃんは正座で座っている。最初は胡座にしようとしたのだが、その場に居る女性陣全員に嗜められたのだ。

 舌打ちが聞こえた気がしたが、あえて聞こえていない事にした。だって怖いし。

 ともあれ事態はようやく落ち着き、しーちゃんはゆっくりと酒を飲んでいた。

 なお細々と宴会を切り盛りしてくれたみもりは、しーちゃんが現れた直後こそショックを受けていた。しかし、今はさほど気になっていないのか、また皆の世話に戻っている。

 ……だが、何故にその手にデジカメが握られているのかは後で聞かねばなるまい。しーちゃんは、怖い答えが返って来ない事を切に祈った。

 

「まったく、どいつもこいつも……!」

「「まぁまぁ」」

 

 まだ怒りの声を出すしーちゃんに、両隣から再度声が掛かる。それにふんっとそっぽを向くとすぐにグラスを空けた。

 

「……ツンデレだ……!」

「っ――――!」

 

 ぼっと顔を赤らめながら、声がした方向に顔を向ける。だが、その瞬間にぱしゃりとシャッターを切る音がした。慌てて、振り返る。

 

「……みもり……!」

「はい? 何でしょう?」

 

 にっこりと笑う幼なじみ。その顔は一点の曇りも無く、いつもの笑顔である――その手のデジカメさえ無ければ。しーちゃんの顔が引き攣った。

 

「みもり、俺は撮影を許可した覚えは無いぞ!?」

「何を言ってるんですか? シン――じゃなくて、しんちゃん。私は楽しく笑う皆さんを撮っているだけですよ?」

 

 今年一番の大嘘である。それは間違い無い。だが、あのデジカメのメモリーには確実に宴会の様子が数点写されている事であろう。それにしーちゃんの写真が若干多いのは明白だが、まず間違い無くシラを切り通されるのは目に見えていた。

 

 何とかあのデジカメを奪ってメモリーを消去せねば……!

 

 そう思うしーちゃんだが、それを実行しようとする度に両隣から邪魔が入る。スバルとティアナからだ。何やら約定でも交わしたのか、急造とは思えない息の合いっぷりで、三人はしーちゃんの邪魔&撮影を行っていた。

 

「……おまえ達……!」

「何? どうかしたの? しーちゃん?」

 

 三度、みもりのデジカメを奪おうと立ち上がるしーちゃんに機先を制するようにティアナが酒を注ぐ。一瞬にやりと笑った気がするのは、決して気のせいではあるまい。

 果たしてこの三人を結びつけているものは、なんなのか……!

 

「あ、みもり。今の焼き増しお願いね?」

「私もー」

「それかあぁああああああああああああああっ!?」

 

 あっさりとネタが割れてしーちゃんが絶叫する。どんな密約かと思いきや、ようは自分の写真が欲しかっただけらしい。

 この! 女装している! しーちゃんと化した! 自分の! 冗談では無い!

 

「ええい! こうなったからには手段を選んでいられるか! みもり! そのデジカメ寄越せ!」

 

 がばりと立ち上がるなりみもりに詰め寄る。みもりが何故か顔を赤らめた。

 

「ダメです、しんちゃん! こんな所で……! 出来たら人の居ない場所がいいです!」

「何を言っとるんだお前は!?」

 

 素っ頓狂な事を言う幼なじみに、しーちゃんも喚く。本当に酒を飲んで無いのか果てなく疑問を抱くが、今はそれどころでは無い。とにかく、胸に抱えたデジカメを取り上げようとして。

 

「何やってんのアンタはァ!」

 

    −撃!−

 

「あだっ!?」

 

 瞬間で追い付いたティアナが神速のツッコミでしーちゃんをどつく!

 しーちゃんが悲鳴を上げ――勢いが付きすぎたか、後ろからしーちゃんに覆い被さるような形になって、ティアナが抱き着く事になった……本来なら、しーちゃんもここで堪える事が出来ただろう。しかし、残念ながら今のしーちゃんは若干飲み過ぎていた。前へとふらつき、今度はみもりに抱き着いてしまう。慌てて離れようとするが、まだ終わりでは無かった。

 

「あー! 皆くっついて楽しそうでズルイ!」

「だっ!?」

「きゃっ!?」

「ちょっ!? スバル!?」

 

 今度は何を思ったか、スバルが後ろからティアナごしにしーちゃんへと体当たり気味に抱き着く。

 やはりスバルもまだ酔っ払っていたのだろう。普通なら考えられない行動である。そのまま奇妙なサンドイッチと化す四人に、ぎょくりっと唾を飲む音が響いた。何せ、見た目だけならば美少女四人が押し合いへし合いしている図なのだ。傍目から見れば、かなり刺激的な絵であった。そして、彼等も相当に酔っ払っている。既に宴会は場の方向性と言うか、まとまりと言うべきか、そう言ったものが損なわれて久しい。まともに考えが回らない状態であるのだ。

 そんな場合で、この状況。何が起きるかなぞ、明白と言えた。つまりは――。

 

『『俺達も混ぜろォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ――――!』』

 

 ――暴走である。

 男共どころか、女性陣まで突っ込んで来たのを見ると、すでに深酒どころでは無かったのだろう。綺麗に理性がすっ飛んでいた。調子に乗った酔っ払い共が、四人に折り重なるように組み付く。

 

「て……てめーら……!」

 

 流石にしーちゃんのこめかみに怒りの血管が浮かび上がる。だが、酔っ払って状況判断がまともに出来ない酔っ払い共は一向に構う事なく抱き着いて来た。

 

「そんな怖い顔しないで、しーちゃん!」

「もっと酔っ払っちゃいなYO!」

「一人だけ素面だなんて――!」

「私も酔うからしーちゃんも酔って――――!」

 

 もう、目茶苦茶である。抱き着かれているのに、潰れるような圧迫感が無いのが奇跡的と言えた。とにかく、この人間ダンゴ状態を脱出するためにしーちゃんは渾身の力を篭めようとした、瞬間。

 

「……と、ゆーことでっ♪」

 

 ひらりっと自分の肩に乗って来た存在に、しーちゃんは思わず絶句する。そこには、いつの間にやら神庭家のラスボス、神庭アサギが居たのだから。

 何の手品か、全く重さを感じない。そんなアサギが手にするモノを見て、しーちゃんの顔色が真っ青に変わる。

 その手に握られたモノとは、スピリタス(アルコール度数96%の世界最強酒)であった。

 そんな危険窮まり無い代物を、アサギは”赤らんだ顔”で開く。

 

「母さぁん!? 母さんも酔っ払ってる!? ちょっ! それはマズ――」

「ママって呼んでくれなきゃ、イ・ヤ♪」

 

 い。と、最後まで告げる前に、アサギはしーちゃんの口にスピリタスの瓶の口を捩込んだ。極悪極まり無いアルコール度を誇るウォッカたるスピリタスが、一気にしーちゃんの臓腑に流し込まれる。

 ……なお余談となるが、スピリタスを瓶一気飲みなんぞをした日にはアルコール中毒で死人が確実に出るので、決して真似をしないように。

 

 これは……マズイ……!

 

 尋常じゃない寒気が身体を襲い、快感すら覚える熱気が胃の中に広がる! 否、既に熱気なんぞと言う生温いモノでは無かった。火を直接胃に突っ込んだ感覚。これが正しい。

 一瞬にして視界が歪む。前、後ろ、上、下、酔いと悪寒に脳みそを掻き回され、理性が溶けて行くのを感じる。全ての感覚が一気にないまぜとなり――そして。

 

「ぶぅぅぅぅぅぅぅぅるぅぅぅぅぅぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――!!」

 

 しーちゃんはキレた。

 有り得ない程の力を発揮して、周りに組み付く連中をすっ飛ばす!

 ……男達だけをだ。壁まで吹き飛んだ連中も居たが、そこは鍛えられた男共、そんな事では怪我一つせずに転ぶだけで済んだ。彼等を据わった目で見据えながら、適当な酒瓶を引っ掴みとしーちゃんは大声で叫び声を上げる!

 

「っらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 来るなら来いっ! スバルもティアナもみもりもしーちゃんもお前達なんぞに指一本触れさせん!」

『『いい度胸だ……! 生きて帰れると思うなよボケがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っ!』』

 

 しーちゃん自身、凄まじい台詞を口走っている事に――と言うか、しーちゃん自身が自分の事を言っていると言うすっちゃかめっちゃかな台詞に、周りの連中も当然構わない。ここ、お前の家だろ? とツッコミを入れる人間は誰もおらず、しーちゃんに、正確には、しーちゃんを中に挟んだサンドイッチに突っ込む!

 

「一番! グノーシス第八位! ファルク! 二十八歳独身! 趣味は庭いじり! しーちゃんを嫁にするため行きます!」

 

 よりによってしーちゃんかとツッコミを入れる暇もあらずんば、叫ぶなり突っ込んで来た変態に、しーちゃんは迷い無く肘打ちを顔面に叩き込む!

 

    −撃!−

 

 鈍い音と共に、変態は床に沈んだ。しーちゃんは中指をおっ立てて吠える。

 

「一昨日来やがれっ!」

 

 ――だが酔っ払い共は臆する事なく、次々に飛び掛かって来た。

 

「二番! グノーシス第十位! 福村! 愛してます!」

「その愛に死ねぇっ!」

「三番! アスカ! お兄ちゃん居るけど百合ならおっけーだよねっ!?」

「相手の合意があるのならっ!」

「四番! チャン! 最初会った時から決めてました!」

「知った事か! コズミック・44・マグナムっ!」

「五番! 楓! 師匠ちゃん! 是非、ウチと相方をっ!」

「スバルの相棒は私よっ!」

「六番! サマー! 俺の漢気に惚れろぉっ!」

「暑っ苦しいんじゃい! ジェット・トゥ・ジェット・アパカーっ!」

「七番! 高井! 俺に惚れると火傷するぜ……?」

「なら口説くな! エンジェル冥王拳っ!」

「八番! 内田! 俺ァ、死なない限りは君を決して諦めないっ!」

「なら死なすっ! ビクトリー・ザ・ビクトリー・レインボーっ!」

「九番! アニー! お姉様と呼ばせて!」

「断固断るっ! ギャラクシー・マグナムっ!」

「十番! ウィル! 四人の内の誰でもいいから結婚しようや!」

「オラァっ!」

 

 ――こうして。

 神庭家道場で開かれた宴会は、争奪戦だか、ドツキ漫才戦だかよく分からないカオス空間を作り出し、そのまま全員がぶっ倒れるまで行われていくのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 深夜。宴会に集まった人間のほぼ全てが床にぶっ倒れている中で――半分は酔い潰れ、半分はしーちゃんが殴り倒した連中である――まぁそんな中で、しーちゃんこと、シオンはふらふらになりながら神庭家温泉に入って行った。ちなみに女装は既に解いている。念のため。

 酒を抜く為と化粧を落とす為に、せめてシャワーだけでもと思ったのだ……普通、深酔いした後に風呂なぞ自殺行為も甚だしいのだが、シオンは構わない。シャワーをのろのろと浴びて、風呂から出た。

 

「……もー二度と酒なんぞ飲まんぞ、俺は……」

 

 はぁっと嘆息しながら、自室から出したパーカーとジーンズを身に着ける。過去の経験の賜物か、酒はもう抜けていた。だがそれでも、気怠さはどうしようも無い。身体にのしかかる倦怠感を頭を振って追い出す。柱にもたれ掛かった。

 

「なんだかなぁ……」

 

 苦笑する。思い出すのは道場で潰れている連中であった。彼等、彼女達を思い出して苦笑したのである。

 紫苑との戦いから二日。もう、二日なのか。まだ、二日なのか。シオンには分からない……だが。

 

「どこ居るんだよ……。バカ師匠……」

 

 月を見ながら、シオンはポツリと呟いた。

 ずっとずっと、それが気になっていたのである。あの事件以来、一切姿を見せない自らのデバイスにして師匠、イクスカリバーの行方が。

 どうにかなるような奴じゃない。そんな事は分かっている。だがそれでも、隣に彼が居ないのは酷く寂しかった。もう一度ため息を吐き、立ち上がった。

 こうしていても仕方が無い。取り敢えずは道場に居る奴達の面倒を見なければと向かおうとして。

 

「ん……?」

 

 庭に影が落ちているのに気付いた。月明かりで照らされて、影が。その影の主はゆっくりと進み出る。シオンの前へと。彼は――。

 

「イク、ス……?」

【ああ、シオン】

 

 穏やかな月明かりに照らされて、シオンとイクスは漸く再会した。

 

 

 

 

 シオンは一瞬だけ呆然として、やがて我に返るなり笑いながら頭をかいた。噂をすれば、影とやらか。苦笑すると、そのまま庭に下りて彼の元に向かった。

 

「……ったくよ。どこ行ってたんだ、バカ師匠? ちっとだけ心配したぜ?」

【そうか、心配してくれたか】

 

 何気無く告げた軽口。だが、イクスから返って来たのは本当に嬉しそうな言葉だった。

 嬉しそうな、嬉しそうな――寂しそうな。

 そんな笑い。

 シオンはそれを見て眉を潜めた。何か、おかしい。何がと言う訳では無い。目の前に居るのは間違いなくイクスである。

 だが、何故、何故――こんなにも”違って見えるのか”。

 

「……どうしたんだ、イクス……? 何かいつもと……」

【変わって見えるか?】

 

 突如として告げられた言葉に、びくっとシオンの身体が跳ねる。図星をつかれた訳では無い。だが、今の台詞に異様なものを感じたのであった。

 

 なんだ……?

 

 自らに問い掛ける。だが、答えは出ない。イクスはまた微笑んだ。嬉しそうに、寂しそうに。

 両手を広げると、月を向かえ入れるかのように仰いだ。

 

【昔の話しをしようか、シオン】

「……? 何、言って――」

【昔々、ある所に王様に憧れた少年が居ました】

 

 訝しんでどう言う意味か聞こうとするシオンだが、イクスは全く無視した。昔話とやらを話し出す。シオンは黙って聞く事になった。

 

【その少年は故郷の国を守りたかった。だから王様に憧れました。そんなある時、少年は王権を司るとされる選定の剣に出会いました。王様になる者にしか抜けない剣。それを前にした少年にある魔法使いは言います。『これを抜いてしまうと君はヒトでは無くなってしまうよ? それでもいいのかい?』と、少年は頷きました。王様になれるなら、それもいいと思ったから。そして少年は剣を抜いてしまいます。それは運命か何かか、それは分かりません。けど、少年は剣を抜いてしまいました。その時から、少年は王様になりました】

 

 懐かしい話しをするように大切な宝物を見せるように、イクスは話して行く。シオンは全く口を挟めなかった。

 ……だが、心の奥底で何かが叫ぶ。これを止めさせろと、取り替えしの付かない何かが起きてると、そう、叫んでいた。話しは続く。

 

【王様になった少年は故国を守る為に頑張りました。仲間も次々に増えていきました。魂を預けあえる程の友が出来ました……愛する女性が出来ました。少年は幸せでした。戦いに生きた人生だったけど、戦い続けた人生だったけど、少年は幸せでした。でも、少年の幸せは終わりを告げます】

 

 止めさせろ、止めさせろ、止めさせろ、止めさせろ!

 痛い程に胸をつく不安。それがイクスが昔話しを進める度に膨れ上がる!

 けど、シオンは何も出来なかった。声も出せなかった。まるで魔法にでもかけられたように。そんなシオンを他所に、イクスは昔話しを続ける。

 

【少年は、自分が信じたモノに裏切られました……それでも、信じ続けました。少年は自分が信じたモノに裏切られました――それでも、それでもと信じ続けました。けど結局、少年は自分が最後まで信じ続けたモノに裏切られました。……守ろうと誓った、夢見た国に裏切られて。だけど、少年は満足でした。最後まで裏切られてた人生だったけど、最後まで辛い人生だったけど、それでも悪く無い人生だったと、後悔しない、誇れる人生だったと。けど少年は理解していませんでした。魔法使いの言葉。『君はヒトでは無くなってしまうのだよ?』と言う言葉を。それは正しかったのです。”死した少年の魂は剣に引き寄せられ、融合してしまいました”。その時から少年は剣になってしまいました】

 

 漸く全てを話し終えたのか、彼はゆっくりとシオンに振り向く。

 嬉しそうな、寂しそうな笑みをたたえて。

 そして――世界が変容した。

 

「な……っ!?」

 

 驚愕の叫びを、シオンは上げる。いきなり世界が変容を始めたのだ、驚きもする。だが、当然世界の変容は変わる筈も無い。

 やがて、シオンの前に広がったのは、凄絶過ぎる光景だった。

 死山血河とはこのことか。肌が見えた丘は余す事無く血の赤に染まり、辺りには、死体が散乱していた。向こうを見れば、赤い河が流れている。それが血だと気付くのに、少しの時間が必要だった。

 

【これが、俺の最後の戦場。カムランの丘。仲間を死なせ、子を死なせ、国を死なせた。最後の場所だ】

「イ、ク、ス……?」

 

 上手く振り向け無い。身体が、心が、魂が! 振り向く事を拒否していた。現実を拒否していた。

 それでも、振り向かなければならない。何故ならイクスが呼んでいるのだから。だが――。

 

【もう、それは俺の名前じゃないよ、シオン】

 

 悲し気に声が響く。

 そして、シオンは見た。銀の髪に銀の瞳を持つ筈の彼が、”黒髪、蒼眼へと”変貌していく瞬間を。

 

【これが、本当の俺……いや、我だ】

「イ、ク……」

 

 声が上手く出せ無い。彼が、何を言っているのか理解出来ない。全てが分からない……なのに!

 彼は全く構わなかった。ゆっくりと歩いて来るその身体が装束を纏う。

 赤の衣に、銀の鎧を。それこそが、彼の騎士甲冑であった。同時に右手に握られるものがある。それは、シオンが見慣れたモノであった。

 黄金の剣。精霊剣、カリバーン。

 

【シオン。刀を抜け】

「な、ん……!」

 

 彼が何を言っているか分からない。

 分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない。分からない!

 なのに、彼は一切構ってくれなかった。カリバーンをゆっくりと持ち上げ。

 

【でなければ、死ぬぞ?】

 

 右へとただ、振り下ろした。それだけ、それだけなのに!

 

    −斬!−

 

 世界が、彼自身が作り上げた世界が斬り裂かれる!

 一瞬だけ、神庭家の庭が見え、すぐに消えた。

 とんでも無い切断力である。魔法を使った訳ですら無いのに、この威力。下手をすれば、”通常斬撃だけでSSランクに届く”!

 

「イ、クス……イクス!?」

【我は本来の名を取り戻した。既にイクスカリバーでは無い】

 

 告げながら、ゆっくりとカリバーンを持ち上げる。八相から剣先を突き出すような構えを取った。自然にシオンへと向けられる。

 

【アーサー……否、違ったな】

 

 一つだけ苦笑する。懐かしむように笑い、笑みが消えた。同時に凄絶な殺気がシオンに突き刺さる!

 凄まじい悪寒がシオンの背中を突き抜け――!

 

【騎神(きしん)。

”アルトス・ペンドラゴン”】

 

 自らの、今の名を名乗った。前に出る!

 

【まかり通る】

 

    −斬!−

 

 直後、アルトスがカリバーンを振り下ろし、カムランの丘が迷い無く爆砕した。

 

 

(後編に続く)

 

 




はい、第四十六話中編でした。
しーちゃん爆誕からの唐突なシリアス。ええ、テスタメントの得意技ですとも(こら)
次回後編はずっとシリアスです、お楽しみにー。


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第四十六話「だから、さよなら」(後編)

はい、第四十六話後編であります。ついにアルトスの名を取り戻したイクス。その真意とは……お楽しみにです。では、どぞー。


 

    −轟!−

 

 世界が割れる。アルトスが振り落としたカリバーンの一撃が、カムランの丘を粉砕したのだ。ただの一撃で!

 粉砕された丘の一部たる岩盤や砂くれが、爆発したが如く空へと舞上がった。その岩盤と共に空へと飛ぶ人影がある。

 神庭シオンだ。彼は顔を歪め、跳ね飛ばされながら戦慄していた。

 今の一撃。辛うじてすんでで回避出来たものの、そうでなければ確実に斬られていた。

 寸止めでも、非殺傷設定でも当然無い。確実に殺す為の一撃であった。そして、それを放ったのは。

 

【考え込む暇があるのか、余裕だな】

「っ――!?」

 

    −斬−

 

 声が聞こえたと思ったと同時に目の前の岩盤が静謐に断たれる。真ん中から両断された岩盤から、彼が飛び出て来た。

 イクスカリバー……否、騎神アルトス・ペンドラゴンが。

 膨大な魔力を噴出しながら、それを加速に用いて飛び掛かって来る。その速度は、即座に音速を超過。ソニック・ブームを撒き散らして、シオンに突っ込む!

 

「く……!」

 

 シオンに出来たのは、横へと飛んで岩盤を乗り移り、その突撃を躱す事だけだった。

 

    −撃!−

 

 直後、シオンが先まで乗っていた十m超の岩盤が砕け散る! アルトスの突撃を受けてだ。それを見て、やはりシオンは一つだけ呻き、叫ぶ!

 

「イクス……! いい加減にしろ! 何考えてやがる!?」

【何を、か。今はただ一つ、いかに貴様を斬るかを考えている】

 

 返事は即座に返って来た――後ろから!

 いつ回り込んだのか、アルトスはシオンの真後ろに居た。そちらを振り向く事すら出来ずに、シオンは絶句する。だが、当然アルトスは構わなかった。

 

【付け加えると、もう一つ。今はどう貴様に刀を抜かせるかを考えている】

 

    −斬!−

 

 言葉が終わると同時に、カリバーンが振り放たれる。シオンは直感と悪寒に突き動かされて、前へと飛んでそれを躱した。

 別の岩盤に乗り移りがてら、体勢を整え、アルトスに向き直る。彼はシオンの視線もどこ吹く風とばかりにカリバーンを振った。それだけで剣風が唸り、別の岩盤が両断される。

 

「……本気、なんだな……」

 

 消え入るような、シオンの声。それは今の現実を否定して欲しいが為の声だった。だが、現実はどこまでも変わらない。彼の宣言も、また変わる事は無かった。

 

【先程からそう言っている……シオン、刀を抜け、三度目は無い】

「っ――――!」

 

 ぎりっと歯が軋む音が鳴る。

 なんで?

 その問いは既に放った。でも、彼は答えてくれない。

 なんで?

 その問いはどこまでもシオンを苛む。でも、彼は応えてくれない。

 

 なんで、なんだ……!

 

 なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで――。

 

 なんで!

 

 いくつもの、なんで。でも、その全てを彼は口に出さなかった。

 答えてくれない。それだけは分かったから。だから。

 

   −ブレイド−

 

「……一つだけ約束しろ」

 

 響くは鍵となす言葉。シオンが刀を抜く為の言葉である。同時に、シオンはアルトスへと告げる。

 アルトスは変わらず冷たい目だけを向けて来た。

 

「俺が勝ったら、全部……全部だ! なんもかんもを、話せ!」

 

    −オン−

 

 キースペルが最後まで唱えられ、右手から刀の柄が生えた。それをアルトスは見て、一つだけ頷く。

 

【いいだろう。もし、勝てたら全てを話してやる】

 

 それを聞きながらシオンは刀を掴むなり、一気に抜き放った。緩やかな孤を描いて、刀は剣先を彼に向ける。アルトスへと。彼もそれに合わせるように、カリバーンをシオンに向けた。

 

「……神庭、シオン」

【アルトス・ペンドラゴン】

 

 名乗りを上げる。シオンは、彼の名前に顔を一瞬だけ歪めた。頭を一振り落として余計な思考を追い出す。

 真っ直ぐに二人は視線を交錯させた。告げる――!

 

「推して……参る!」

【まかり通る】

 

 宣戦を!

 同時に二人は真っ向から突撃する。直後に彼等は正面に互いを捕らえた。

 下段から放たれた刀と、上段から放たれた剣が激しく衝突!

 

    −戟!−

 

 確かな軋みを咆哮として、カムランの丘が悲鳴を上げた。師匠であった剣と、弟子であった主の戦いが始まる――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「くあっ!」

 

 振り落とされた一撃。たっぷりと魔力が乗り、加速がついた一撃を、シオンは翻した刀で斜めに斬り流す。

 

    −閃−

 

 カリバーンが軌跡を変えた。更にシオンはアルトスの斬撃を利用し、身体ごと横にスピンしながら刀を放つ。だが、既にアルトスはそこには居なかった。消えたアルトスに、一瞬だけシオンは呆然となり、直後、ぞくりと言う悪寒が再びシオンを突き抜けた。確認もせずに前へと身を倒す……衝撃は、すぐに来た。

 

    −轟!−

 

 寸前までシオンが立っていた岩盤が砕け散る! 頭上から降って来たアルトスの一撃でだ。

 

 ……いつの間に!?

 

 それを苦々しく思いながらシオンは自問する。答えは一つしかなかった。シオンがカリバーンの一撃を斬り流した瞬間に、アルトスはその場を離脱してのけたのだ。

 ”斬撃を斬り流され、体勢を崩された状態で”。

 凄まじい加速力と言える。殆ど死に体からそんな離脱なぞできるものでは無い。アルトスが自分で砕いた岩盤から出て来るのを見ながら、シオンは呻いた。

 考えて見れば初めてだったから。彼が剣を握っている姿を見るのは……戦っている姿を見るのは。

 つまり、シオンは初めて、もうアルトス・ペンドラゴンへと名を変えた彼の実力を知る――!

 

    −轟!−

 

 三度、アルトスが魔力を噴出させて突っ込んで来る!

 アルトスの戦闘スタイルはひどく単純であった。その突破力を生かした正面突破。騎士としての定石戦術と言える。

 しかし、アルトスのそれは普通の騎士とは比べものにならなかった。異常なまでの加速と力に支えられた戦術であったからだ。その突破力は、シオンが知る内でも異母兄、叶トウヤとほぼ同等。あるいは、凌駕しかねないものであった。

 

 ――だが。

 

    −撃!−

 

 再び突っ込んで来たアルトスの斬撃を斬り流す。再度、軌道を変えられたアルトスを見て、シオンは刀を握る手に力を込めた。

 

 ……いける!

 

 それを強く確信する。アルトスの斬撃に反応出来る。斬り流せている。それはつまり、自分の技が通用していると言う事であった。故にこそシオンは確信する。

 

 このままいけば――。

 

    −轟−

 

 再度突っ込んで来るアルトス。横から放たれたカリバーンを下段から刀を振り放ち、上へと斬り流す。それでもあまりあまった斬撃の勢いはシオンを回転させた。シオンはその勢いを利用して、刀を振り――!

 

 俺は、勝てる! イクスを”斬って”……!?

 

 ――放て、無かった。

 刀はアルトスの首元で止まっている。シオンは愕然とした。自分が、やろうとした事に。

 

 斬る……? 俺が? イクスを!?

 

 有り得ない。そんな事、出来る筈が無い。今さら気付いたように自失したシオンをアルトスは静かに見据えた。カリバーンを振る――。

 

【……馬鹿者が】

 

 呟きと共に軽く振られたカリバーンは、刀を軽く弾くいた。シオンはハッと我に返り、次の瞬間、アルトスから渾身の一撃が放たれる!

 

    −轟!−

 

「がっあ!」

 

 一撃は刀の上からシオンを叩き、その身を盛大に吹き飛ばした。悲鳴と共に、シオンが数百m単位で飛んで行く。くっと呻き、シオンは足場を形成して止まろうとして。

 

【漸く、元の自分に慣れて来た】

「っ!?」

 

 声を真横から聞いた。愕然としながら、横を見る。そこには飛ぶシオンに追従し、”追い付いて並走する”アルトスが居た。

 

【そろそろ、”本気で行くぞ”】

 

    −撃−

 

 悲鳴は上げられなかった。横合いから放たれた斬撃は、シオンの吹き飛ぶ角度を変更。今度は真横に弾き飛ばされる。シオンに出来たのは、刀で斬撃を受ける事だけだった。

 

    −撃!−

 

「かはっ!」

 

 飛んだ方向にあった岩盤に背中から激突して突き抜ける。だが、それで勢いが若干死んだ。シオンは今度こそは足場を形成して、空中に踏み止まった。

 すぐに前を見る。アルトスは真っ直ぐにこちらへと飛び掛かっている所だった。シオンは迎撃せんと、刀を腰溜めに構える。

 引き出すは、自身の最速斬撃。あの紫苑でさえも斬り伏せた一撃!

 

「神覇、壱ノ太刀――」

 

 捻るように抜刀術の応用で構える。突っ込んで来るアルトスが、シオンの射程に入った――放つ!

 

「絶影っ!」

 

    −閃!−

 

 叫びと共に放たれた一閃は、視認すら許さぬ速度で駆ける! 刹那にアルトスへとひた走り、それは、起きた。

 つぅんっと言う鋼が絡み合うような音が響く。その音を聞きながら、シオンは呆然と”それ”を見た。

 シオンが放った一閃。刀の上を、”カリバーンを当てながら回転する”アルトスを。それはいつか、嘱託魔導師試験時にシグナムとの模擬戦の時に、シオン自身が使った技である。

 合気。放たれた一撃の威力を全て受け流し利用する技法。実戦では、まだ一度も成功していないその技を、アルトスはこともなげに使って見せていた。

 

    −撃!−

 

「がっ!?」

 

 ならばその結果もまた同じ。シオンは自身の絶影の威力と、アルトスの斬撃を合わせて喰らう羽目となる。冗談のような速度で――それこそ音速にも匹敵しかねない速度で吹き飛ばされた。

 そこで終わらない。アルトスはシオンを吹き飛ばした体勢から即座に追撃に走る。魔力を先の倍は噴き出し加速に用いて、爆発的な速度を生む。初速からそれは、空気の壁をブチ破った。つまりは音速超過。一気に先に吹き飛んだシオンへと追走し、すぐに追い付いた。

 カリバーンを大上段に持ち上げる。狙いは当然、吹き飛んだままのシオン! ……シオンは刀を持ち上げる事しか出来なかった。カリバーンが振り落とされる――!

 

    −撃!−

 

 轟撃一閃! 刀越しとは言え、その一撃をもろに喰らってしまったシオンは、それこそ先の速度を遥かに上回る速度で地面に叩き落とされた。

 

    −轟!−

 

 そして、砕かれたカムランの丘を更に砕け散らし、巨大なクレーターを生んで、地面の中へと埋没した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンが叩き落とされたカムランの丘は、まるでカルデラのような地形に成り果てていた。それを空に浮かんだアルトスが静かに見下ろす。と、背後で重いものが連続して落ちる音が鳴った。

 アルトスの一撃により上空へと吹き飛ばされた岩盤達が、重力を思い出したように漸く下に落ちたのだ。どこまで舞い上がったと言うのか。

 しかし、アルトスは構わず自身が作り出したクレーターを見下ろして。やがて、その中心点から這って出て来る影があった。確認するまでも無い、シオンだ。彼は穴から這い出ると盛大にむせ返り、咳を吐く。

 しばらくして、呻きと共に立ち上がると、アルトスを見上げる。それに応えるかのようにカリバーンを構えた。再びの突撃を開始する――。

 

    −轟−

 

「ちぃっ!」

 

 こちらに再び突貫して来るアルトスを見て、シオンは舌打ちを放った。既に彼は悟っている。アルトスとの白兵戦はただの自殺行為である事を。

 速度と力、そして技量。その全てにおいて、シオンはたった今完敗したのだから。

 魔力放出を最大利用した加速。カムランの丘を破砕してのけた一撃の力。更には、絶影を斬り流して自身の斬撃に利用する合気。どれもが桁違いのレベルを誇っている。

 あるいは、トウヤやタカトに匹敵する戦闘能力であった。白兵戦では、どうあがいても勝てない。ならば!

 

「神空零無……発動!」

 

 呟くようにして告げた言葉と共に、シオンが噴き出す魔力が僅かに変質する。

 擬似虚数魔力。魔力放出の異常変化形の一種でだ。神覇ノ太刀単一固有技能であるこの技は、純粋魔力能力に強い力を発揮する。簡単に言ってしまえば、魔力防御を無視、あるいは叩き斬れるのだ。故に、莫大な魔力を放出しながら突っ込んで来るアルトスにも有効と言える。

 

 引き付けろ……!

 

 自身から引き出す技は神覇弐ノ太刀、剣牙。刀を構えながら、シオンは胸中叫ぶ。下手に早く撃つと、かえって回避しやすくなる。

 シオンは轟速で突っ込んで来るアルトスを待ち受ける。時間がまるで延長したがごとく長くなる感覚を覚え――アルトスがカリバーンを振り上げた。その距離、僅かに3m! アルトスの速度を考えれば、一瞬で到達されてしまう距離だ。

 

 ここだ――!

 

 心の中だけで吠えながら、シオンは刀を振り放つ。同時、溢れるようにして刀から魔力が解き放たれた。

 

「弐ノ太刀、剣牙ァ!」

 

    −閃!−

 

 咆哮と共に放たれた剣牙が、至近距離からアルトスを襲う。神空零無の効果でプロテクションを始めとした魔力防御は無効。防御手段の無いアルトスに、これを防ぐ手立ては無い――そう、思っていた。

 

【ぬんっ!】

 

    −轟!−

 

 その瞬間を見るまでは。

 気合一閃。アルトスは振り上げたカリバーンを一気に放つ。ただし、シオンに向かってでは無い。向かい来る剣牙に向かってだ。剣牙とカリバーンは真っ直ぐに激突し。

 

    −撃!−

 

 一瞬だけたわんで、剣牙はあっさりと斬り払われた。

 

 嘘だろ!?

 

 引き延ばされた感覚の中でシオンは叫ぶが、現実はどこまで現実離れしていようと、現実であった。

 振るったカリバーンの勢いを利用して、アルトスの身体が回る。それはそのまま次の攻撃に繋がった。蹴りだ。

 今度はこちらが隙だらけとなった、シオンの横面に勢いの乗った蹴りが叩き込まれる!

 

    −撃!−

 

「かっ……は……っ!」

 

 顔面に直撃した蹴りは、シオンを地面に叩き落とした。ぎりぎりで芯を外したからいいものの、そうでなければこれだけで死んでいたかもしれない。

 アルトスは地面をバウンドして跳ねるシオンを尻目に地面に着地。数mも足を滑らしながら、止まった。

 その間にシオンも地面に落ちる。ぐっと激痛を堪えながら立ち上がると、すぐに刀を振った。

 

 この距離はまずい……! まずは距離を稼ぐ!

 

 とにかくアルトスと距離を取ること。シオンはそう思い、その為に必要な技を繰り出す。刀を振り落ろした。

 

「参ノ太刀、双牙!」

 

 裂帛の叫びと共に地面を走る二条の魔力放出斬撃。それは、シオンの目前で十字を描いて交差。壁となり、その前を覆った。

 

 これなら――!

 

 そう思いながら、後ろへと瞬動で飛び跳ねようとした、直後!

 

    −裂!−

 

「な……!?」

 

 シオンが驚愕の声を漏らす。双牙を真ん中から両断されて!

 壁を形成していた双牙を問答無用に断ち斬ったのは、やはり黄金の剣、カリバーンであった。

 断ち斬られた双牙はあっさりと霧散する。それを全く気にも止めずにカリバーンの主、事も無げに双牙を粉砕したアルトスが悠々と歩いて来る。シオンは彼を見て、全身に震えが走った事を自覚した。

 

「あ、う……!」

 

 通、じない……!

 

 それだけをシオンは強く確信する。絶影も剣牙も双牙も! ……何一つとして、アルトスには通じなかった。後、シオンが使えるのは四ノ太刀、裂波と伍ノ太刀、剣魔。だがその二つを持ってしても通用しない。そんな気がした。なら、何が出来ると言うのか。

 震えながら、愕然とするシオンにアルトスは歩みを止める。カリバーンを振り上げた。

 

【どうした? 終わりか?】

 

 問う声。でもシオンは答えられ無い。だが当然アルトスは構う筈も無かった。

 

【この程度か、お前も。お前の覚悟はそんなものか】

 

 まるで歌うように告げられる言葉。シオンはそれを黙って聞く。震えながら。アルトスは構わず続けた。

 

【お前の言う想いとやらも所詮はこんなものか。潰されるのを恐れて、放てない程度のものか……滑稽だな。そんな程度の奴の為にタカトは全てを投げ出したのか】

 

 ――呼吸が止まった。同時に震えも止まるが、シオンは気付かない。アルトスに呆然と目を向ける。

 

【奴も哀れよな。いや、所詮は同類か。ならば奴もまた】

「やめ……!?」

 

 思わず叫ぶ。その先を言わせたく無かった。言って欲しく無かった。彼にだけはどうしても。

 だけど、アルトスはどこまでも構わない。むしろ哀れむような口調で言葉の結尾を結ぶ。シオンの制止すらも振り切って。

 

【滑稽よな】

「っ――――!」

 

 嘲るような一言。それが、本当にアルトスの本心なのかはシオンにも分からない。だが、許せ無かった。

 

「――せいしろ……」

【ん?】

 

 シオンが放った一言に、しかしアルトスは聞こえなかったか、疑問符を上げる。

 ……我慢ならなかった。それこそ怒りに顔を染めて、シオンが言い直す。

 

「訂正、しろ……! タカ兄ぃを、あの人を、侮辱すんな……!」

【――ハっ!】

 

 シオンの必死に絞り出した言葉。それをアルトスはあっさりと踏みにじった。嘲るように鼻で笑う。

 

【お気に召さんか? だが、我も意見を違えるつもりも無い。お前の兄は、伊織タカトは、どこまでも滑稽な、哀れな木偶人形だ】

「っ――――!」

 

 その一言で、漸くシオンは悟る。こいつは”イクスじゃない”。記憶や人格は同じでも、全く違う存在だ。元より彼自身もそう言っていた筈だ。

 自分はもうイクスカリバーでは無い。騎神、アルトス・ペンドラゴンだと。それを今更ながらにシオンは悟った。

 

「もう、いい……! お前は――」

 

 震える声で刀を構える。そこに渾身を込めた。一度目を閉じ、開くと、一言だけを呟いた。

 

「ここで、終われ……!」

【ほぅ……】

 

 それまでつまらなそうにしていたアルトスが少しだけ表情を変えた。シオンの、紛れも無い殺気を浴びて。口端を少しだけ歪め、笑う。こちらもカリバーンを構えた。

 

【いい気迫だ。ならば、見せてみろ。その言葉通りに――】

 

 ぐっと互いに踏み締めた足に力を込める。互いに視線の圧力に場が軋み出した。物理的な現象にまで昇華しかかっているのだ。互いの殺気が……そして!

 

【――”俺”を、殺してみせろォッ!】

 

 前に出る! 必殺の意思を持って、同時に駆け出す。刹那に互いを間合いに入れた。シオンは孤を描くように刀を振る。

 

「四ノ太刀! 裂波ァ!」

 

    −塵!−

 

 吠える一言と共に放たれたるは空間振動破。しかも本来の形である破壊振動破だ。これに触れれば、ただでは済まない。シオンの破壊的な意思を具現化したが如く破壊振動破は収束し。

 

【ムンっ!】

 

    −斬!−

 

 真っ向からぶった斬られた。先の剣牙、双牙同様一刀両断に伏せられる。……だが、シオンの狙いは裂波では無かった。

 裂波はただ一つ、アルトスを一瞬だけでも硬直させるためのもの。だから、シオンは止まらない。

 身体を弓でも引き絞るかのように刺突の構えを取ると、神空零無を発動した魔力を身に纏った。

 放つ――! 矢を解き放つかのように、一気に前へと突き出す!

 

「伍ノ太刀――!」

【ぬぅっ!?】

 

 初めてアルトスの顔色が焦躁に染まる。しかし、もう遅い! ほぼ零距離から放たれたこの一撃を、回避も迎撃するにも時間が足りな過ぎた。そして、防御は意味を成さない。シオンもまた迷わず、それを放った。

 

「剣魔ァっ!」

 

    −轟!−

 

    −裂!−

 

 神覇伍ノ太刀、剣魔。魔力を纏いて突撃するこの技は、防御と攻撃を両立させ、同時に凄まじい突破力を誇る。

 アルトスの突撃にも負けず劣らずのだ。至近でそんなものを発動されては一たまりも無い。

 至近距離で放たれたそれはアルトスを蹂躙せんと、一気に襲い掛かり――。

 

【ぬぅぅ――!】

 

 ――それでも、やはりアルトスは凄まじかった。

 無理矢理カリバーンを引き戻すと、刀の切っ先を受け止める。しかし、肝心の魔力を纏った突撃はどうにもならなかった。そのままアルトスは、剣魔を纏うシオンに押し切られる。地面を足で削りながら一気に数百mも後ろに下がった。

 このまま行けば、アルトスはカリバーンを弾かれ、刀は彼を貫くだろう。シオンの勝利である――そう、それが”普通”ならば。

 ぎりっぎりっと押し合う刀とカリバーン。既にアルトスの眼前まで迫った刀だが、それが押し返されていた。ゆっくりと、だが確実に。シオンの顔が本日何度目か分からない驚愕に染まる。アルトスはその目を真っ直ぐに見据えた。

 刀が、どんどん押しやられる。シオンもどうにか踏ん張ろうとするが、もの凄い力でそれも出来なかい。やがて、互いの中心まで刀は押し戻された。アルトスがにぃっと笑う。

 

【この程度か……!】

「う……! うぅ……!」

 

 シオンが呻きとも悲鳴とも取れない声を漏らす。渾身の力を込めているのだろう。

 だが、それでも、それでも――足りない。どうしようも無い程に力が足りない! 纏っていた魔力がついに消える。同時にアルトスが吠えた。カリバーンが一気に押し込まれる!

 

【ぬるいわぁっ!】

 

    −轟!−

 

 次の瞬間、シオンは押し込まれたカリバーンに一撃され、地面に激突。新たなクレーターを再び作り、そこに埋没したのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンを打ち倒し、アルトスは一つだけ息を吐いた。

 長く、緩く。嘆きのため息か――それとも喜びのため息か。それは分からない。

 ただ、息を長く吐き切ると、鞘を現出させカリバーンを納めた。

 

【終わりだな】

 

 それは何を意味するものか、それすらも分からない。ただ彼は一度だけ主であった少年を振り返った。主、神庭シオンは先の一撃で気絶でもしたのかぴくりともしない。アルトスは暫く黙ってそれを見ると、背を向けて歩き出した。

 もう、用は無いとばかりに。そして。

 

「……待、てよ」

 

 か細い声が耳朶を打った。アルトスの歩みが止まる……その背中に、声が届いて行く。

 

「待て……! イクス……!」

【我はもう、イクスカリバーでは無いと何度も告げた筈だが?】

 

 アルトスは嘆息しながら、しかし振り向かないままにそう言った。それを地べたに這ったままシオンは聞く。ぎりっとまた歯ぎしりが鳴った。

 

「うるっせぇ……俺にとっちゃあ、お前はイクスの、まま、なんだよ……」

 

 呻くような、消え入るような声をアルトスは黙って聞く。シオンは更に続けた。

 

「どこ……行く気、だよ……?」

【さぁな。貴様に告げなければならない義務は無い】

 

 あっさりとアルトスはシオンに告げる。シオンは身体を震わせながら立ち上がろうとして――でも、失敗した。再び地面に崩れ落ちる。

 アルトスはそれを待っていたかのように歩き出した。

 

「待……て」

 

 声は聞こえて来る。でもアルトスは構わない。

 

「待て……よ……」

 

 どんどん遠くなる声。絶えず響くそれに、アルトスは構わない。

 

「待て……て、言ってんだろォ!」

 

 遂には叫び声になった。アルトスの歩みが――止まる。

 

「……なんでだ?」

 

 その背中に。

 

「なんで……いつも、いつも、俺の憧れた、人は……」

 

 シオンの声が、涙を流して訴える声が。

 

「みんな、俺を、置いて、行くんだ……?」

 

 どこまでも、どこまでも切ない声が。

 

「なぁ……! イクスぅ――――!」

 

 届いて行く。涙声に濡れた叫び声がアルトスに――イクスであった彼の耳を打って響く。だけど彼は振り返らなくて。

 

「寂しく、ない、の、かよ……?」

 

 でも歩みを止めたままの背中に、シオンの声は響き続けた。

 

「嫌じゃ、ないのか、よ……?」

 

 問う声が重なる。それは、最初の”なんで?” シオンがずっと問い掛けていた事。そしてアルトスが黙殺した事だった。

 シオンは今、それを言葉に出して訴える。けど、彼は振り向かなくて――そして。

 

「俺は……っ! 寂しいよ……嫌だよっ! なぁ……! イクスぅ!」

【寂しいさ】

 

 叫びに答えが即座に返って来た。あまりの即答に思わず呆然としてしまう程に。どこまでも構わず彼は、アルトスは振り返った。その顔に浮かぶのは笑み。

 寂しそうな、嬉しそうな、そんな笑顔。

 

【寂しいし、嫌だと思う……お前と離れるのを辛いと感じる。けど、それでいいんだよ】

 

 呆然とし続けるシオンにアルトスは笑い掛け続けていた。それは、ずっとシオンが見続けていた彼の笑顔。アルトスでは無く、イクスとしての笑み。

 

【そう思えるなら、いつかきっと、また会えるさ。そして、お前もそう思うなら――シオン、俺の真名を見つけろ】

「真、名……?」

 

 呆然とし続けるシオンは、言われた単語を繰り返す子供のように。同じ言葉を繰り返して問う。アルトスは頷いた。

 

【仮名であるイクスカリバーでは無い。人であった頃の名であるアルトス・ペンドラゴンでも無い。真に剣としての俺の名だ……それが分かった時、俺はお前の前に立つ】

 

 その時こそ――。

 そう言おうとして、でもアルトスは首を振って止めた。まだ呆然としたままのシオンに微笑む。それは、本当にイクスであった彼の笑いだった。

 

【だが、それでも言わないとな……いや、違うな、だからこそか。けどでも、だけどでも無く、また会えると祈りを込めて】

 

 微笑みが苦笑に変わった。一度だけ空を見上げて笑う。そのままで、アルトスは告げた。

 

 ――別れの、言葉を。

 

【だから、さよなら】

 

 そうして、彼は消えた。カムランの丘と共に。

 神庭家の庭に戻って来たシオンは、座り込んでいた。そこに、アルトスの――イクスの姿は無い。ただ、シオン一人だけがそこに居て。

 

「なんでだ……?」

 

 告げる問い。しかし、もう答える存在はそこにはいない。

 

「なんで、だ……?」

 

 繰り返される問いは意味が無い。だって答えてくれる人はもうどこかに行ってしまったから。

 それでも、それでもと彼は続けた。何度も、何度も。泣きながら続ける。

 でも、答える声は、どうしようも無い程に遠い。距離的にも、精神的にも。だから。

 

「なんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――!?」

 

 シオンはありったけの全力を込めて吠えた。空に浮かぶ月に届けよとばかりに。そうして、ずっとその場で泣き続けたのだった。

 

 イクスカリバー。主、神庭シオンに謀反。グノーシス及び、アースラを脱退。

 

 奉非神(まつろわざるかみ)に、認定。殲滅対象に処す。

 

 その報は翌朝、グノーシスにもアースラにも衝撃を伴って伝えられる事となったのであった。

 

 

(第四十七話に続く)

 




次回予告
「イクス――アルトスが去り、シオンは悲しみに暮れる。しかし、時間は待たなくて」
「トウヤは予定通り、アースラメンバーのデバイス強化や受け取りの為、出向を決める」
「反論するアースラメンバーを切って捨てるトウヤ。彼の真意は……」
「そして、落ち込むシオンへと、彼が現れる」
「いつかのように」
「次回、第四十七話『決意の拳』」
「お前を、俺の敵にしてやる――それは、少年がいつか夢見た事、その続き」


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第四十七話「決意の拳」(前編)

「別れって言うのは何であるんだろう? 俺は時々考える。イクス――アルトスが居なくなって、寂しくて。けど、あいつは言った。また会えると祈りを込めて、さよならと。……俺は、それを認めたくなくて。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 第三十二管理外世界。無人世界であるこの世界を航行する次元航行艦があった。ツァラ・トゥ・ストラの艦である。

 今この艦は一つの静寂に満ちていた。搭乗員全員が意識を失っていると言う静寂に。

 通路や部屋、機関室。そして、武装局員や一般局員、魔導師、それら全ての区別を問わず、床に転がされていた。

 誰一人として死んではいない。そう、”死んでは”。

 全員、傍目からは生死の判断が付かない状態では生きているのも死んでいるのも大差はない。少なくとも一生ものの後遺症を約束された程の目に合わされている人間は、死ぬよりマシから死んだ方がマシに区分されるべき存在であろう。

 それを平然と成し遂げた襲撃者は、艦の中枢たるブリッジに居た。そこに居た管制官や操舵士も当然のごとく叩き潰されている。そして艦の責任者たる提督は、襟首を掴まれ右腕一本で吊し上げられていた。

 どれほどの膂力がそこに込められているのか。だが、襲撃者は――伊織タカト。彼は、男一人を吊り上げているにも関わらず平然とした顔をしていた。いや、むしろ面倒臭そうな顔か。どちらにしろ、こんな状況でするような表情では無い。だからか、提督は彼をぎょろりと見据えるなり吠えた。

 

「この……! 悪魔め……!」

「よく言われる。まぁ、そう褒めてくれるな」

 

 決して賛辞ではあるまいそれを聞いたにも関わらず、タカトはそんな事を言う。彼にとってみれば叩き潰す存在からの罵倒はむしろ賛辞に聞こえるらしい。

 そんな彼に、唾を吐きかけようとして。しかし襟首を掴まれ、顔を強制的に上へと向かされた状態ではそれすら出来ない。忌ま忌ましそうに呻いた提督にタカトは笑った。

 

「こちらとしては、くだらん真似をされた意趣返しだ。貴様達に文句を言われるような謂れは無い」

 

 艦の乗組員を全員叩き潰しておいて言う台詞では無いが、その台詞に提督は苦々しく顔を歪めた。

 この艦は先ほどストラの特殊部隊『ドッペル・シュナイデ』の三人を回収した艦なのだから。つまり、タカトを墓場で襲撃した第二世代戦闘機人達三人を。まさか三人を回収した時の転位反応を辿られて、この艦に直接仕返しを掛けられるなぞ夢にも思っていなかったのだが。提督の反応にタカトは笑いを消した。

 

「さて。では、いろいろ教えて貰おうか」

「ぐ……! 拷問などされても私は何も知らん!」

「残念だが、それを判断するのは俺だ。貴様では無い」

 

 聞く耳持たず。タカトは提督の言い分をばっさりと切って捨てる。そのまま吊り上げた腕の角度を上昇させ、冷たく聞いた。

 

「貴様達の目的は何だ? ヴィヴィオを掠おうとしたかと思えば、シオンを掠おうとし、あげくは俺か? わざと難易度上げているなら大したものだが――俺達を掠って何をしようとしている?」

「知ら――」

 

 ん、とは言えなかった。その前に枯木がへし折れたような音が鳴り響く。

 タカトが自分の左手の小指を掴んで折ったと気付いたのは数秒後の事だった。

 悲鳴が上がる。タカトは当然構わなかった。

 

「言い忘れていたが、『知らない』『分からない』は聞かんので、その積もりでいてくれ。後、無言も三秒以上続けると、その時点で指を折っていくのでその積もりでいろ」

「が……! こんな事をして、貴様、ただで済むと……!?」

「拷問は犯罪か? 別に構わん。俺は既に第一級の次元犯罪者らしいしな」

 

 基本的にタカトは捕虜を取らない主義である。生かして捕らえるような真似をあまりしないのだ。それをする場合は、単純に聞きたい事をその場で聞く場合のみに限る。つまりは、その場での拷問であった。

 顔色が青く変わっていく提督を見て、タカトは薄く微笑んだ。続ける。

 

「では、もう一度聞こう。俺達を掠おうとした理由は?」

「う……うぅ……!」

 

 一秒待つ、答えない。

 二秒待つ、答えない。指に手を掛けた。

 三秒……再び悲鳴が上がった。

 

「く、あ……!」

「余程その指、いらんと見える。いっそ、切り落とすか」

 

 それでも答えようとしない提督に、タカトは混じり気無しの本気で呟く。更に顔色が青くなる提督。だが、それでも答えようとはしなかった。

 タカトの眉が訝しむように細められた。本当に知らない。その可能性もあるだろう。

 だが、ここまでされても黙秘を貫くものか?

 それも、対拷問訓練を受けた事も無さそうな人間が?

 ストラにここまでの忠臣がいるとは、意外であった。それと同時に気になった。拷問に耐える、その理由に。

 

「では、別の質問にしよう。貴様達の目的は何だ?」

「私たち、の目的、だと?」

「そうだ。貴様達、ツァラ・トゥ・ストラのだ」

 

 ストラの目的は全次元世界の制覇にある――タカトはそんな世迷い言を信じるつもりは無かった。はっきり言ってしまえば無理がある。

 何故ならば、現在”見つかっていない”次元世界がごまんとあるのだから。

 管理外世界と言う意味では無い。そもそもとして見つかっていない世界だ。

 そう言った世界が介在するのに、全次元世界の制覇が目的?

 矛盾点を論じるまでも無く不可能である。故に、ストラが声明で言い放った目的をタカトは頭から信じていなかったのだ。

 

「我々の、目的は、全ての世界を……!」

「制覇するつもりなぞ言うまいな? そんな戯言、信じるつもりは無いぞ?」

 

 管理内、管理外世界などの発見された世界限定ならまだ信じる余地はあったがな。

 

 そうタカトは続けようとして。でも、出来なかった。提督が笑いを浮かべたから。タカトの目が細められる。

 

「……何がおかしい?」

「はっ、はっ、はぁ……! これが、笑わずにいられるか!? まさかそこまで知らなかったとはな!」

 

 まるで一つ一つの笑いに渾身を込めるかのような笑い。心底タカトを嘲るような笑いである。

 吊り上げられた自分が勝者であるかのような。タカトの目を見て、提督は笑い続けた。

 

「言え。貴様達の目的は何だ?」

「ふ、くく……」

「殺すぞ?」

 

 目が細められる。混じりっ気無し、本気でそれを行うと言う証でもある。同時に激烈な殺気――それだけで、世界が軋みを上げるそれを提督は受ける。

 だが、それでもこの男は笑って見せた。あるいは、こちらの拷問に耐える事でこの男は快感を覚えているのかも知れない。

 SとかMとか、そう言ったものでは無い。こちらがそうまでして必死に聞き出そうとしている事を、例え死のうが抵抗し続ける事で一矢報えると言う快感だ。

 

「……私には一人の娘がいる」

「…………」

「リリアナという……可愛い娘でな。遅くに授かった娘だから、とても大切にして来た」

「貴様の身の上話しなんぞに興味は無い」

 

 タカトはあくまでも冷淡に答える。だが、提督は構わず続けた。いや、一人の父親は。

 

「……不安なのだよ。娘が不幸になったりしないか」

「……なんだと?」

「犯罪に巻き込まれたりしないか? なんらかの事件に巻き込まれたりしないか? 誰かに殺されたりしないか!? ……不安、なのだ」

 

 タカトは提督の言っている事が寸分も分からなかった。だが、必死に何かを訴えている。それだけは分かった。

 

「……だとするならば、皮肉だな。そんな心配をした父親がテロ行為か? さぞ娘も悲しんでいる事だろう?」

「別にいい」

 

 ――その返事に、タカトは思わず呼吸を止めた。今、この男はもっとも大事にしていると言う娘に忌み嫌われる事に対して、何と言ったのだ?

 目を見開いたタカトに、提督は笑う。

 

「別に、いい」

「何故だ? 何故そう思える?」

「ははは……! ならばこちらから聞こう。何故、そう思えない?」

 

 逆に問われる。提督の嘲笑うかのような表情がカンに触る。タカトは表情を消して答えた。

 

「……質問しているのはこちらだ」

「答え、られないか!? はははははぁ! 滑稽だな……! 天下のナンバー・オブ・ザ・ビーストがこんな事も分からないのか!?」

 

 本当に滑稽だ。そう提督は笑い続けた。どこまでもどこまでも、タカトを嘲笑い続ける。いい加減に苛立ちが頂点を迎えかけた。

 襟首を掴んでいる指に更に力を込める。嘲笑い続けた提督の呼吸が止まった。それでも笑い続ける。

 ……タカトは指の力を緩めるしか無かった。

 

「……ふ、あ、あ、は、はは、ははは! 殺せばよかったものを……!」

「…………」

 

 タカトはやはり無言。まさか、約束があるから殺せ無いなどとは言えない。それは、タカトにとって敗北を認めた事になるから。

 提督は未だ吊されながらも笑いを止めなかった。そして。

 

「我等の目的とは何かと貴様は聞いたな……」

「……?」

 

 いきなり語り出した提督に、タカトはまたもや疑問符を浮かべた。ここに来て、いきなり自分達の目的を話し出した彼に。

 命が惜しくなったか? いや、違う。この男はそんなタイプでは無い。なら、どういう事なのか。

 思考を巡らせるタカトに提督は再び笑った。どこまでも、どこまでも人を嘲る笑い。それがタカトの目に焼き付いて――。

 

「我等の目的は――!」

 

 直後、提督が動いた。右手がズボンのポケットに突っ込まれる。そこから出たのは、拳銃だった。

 グロック17。第97管理外世界、地球において有名な自動少拳銃である。

 当然、管理局の嫌う質量兵器にあたる訳だが当の管理局に争いを吹っ掛けた彼等が、そんなものを気にする筈も無かった。

 提督は引き抜いたそれを、迷う事無くタカトの額に突き付ける。だが、タカトはそれに冷たい視線を向けるだけだった。

 彼からすれば、拳銃など撃たれてから躱せる程度のものでしか無い。もし躱せなくても、ハンドガンならば金剛体でいくらでも弾ける。そんなものをタカトが恐れる要因はどこにも無かった。

 

    −弾!−

 

 乾いた、軽い炸裂音が鳴る。拳銃から響いた火薬式の銃声はわりと地味な音だった。タカトはそれに対し、身体ごと逸らす。右半身になるようにして半歩を後退。それにより頭一つ分右にズラしたのだ。結果、回転する銃弾が左の頬を掠めて通り過ぎる。それを尻目で確認し、提督へと視線を戻して――絶句した。

 タカトに向けられていた筈の銃口が移動していたから。提督自身のコメカミに!

 彼は自ら銃口をそこに押し付けていた。その顔に浮かぶ表情に恐怖は無い。

 ただ、嘲っていた。

 タカトを誰よりも、世界中の誰よりも彼は嘲笑っていた。その嘲笑のままに吠える!

 

「――”全次元世界の人類から全ての争いを無くす事だ”!」

「な……」

 

 その言葉に、タカトは息を止め――次の瞬間、引き金は引かれた。

 

    −弾−

 

 待てとも言えなかった。ただ目の前で彼の頭が弾けた。それだけ、本当にそれだけで。

 彼は死んだ。

 負傷の具合を見るまでも無く即死である。

 タカトは呆然と、もはや肉塊と化した男を見る事しか出来なかった。

 やがて、彼を下ろす――悔しそうに呟いた。

 

「……勝ち逃げか、卑怯者め」

 

 死んだ彼の口は、ただ嘲笑いの形のままであった。最後の最後まで彼はタカトを嘲笑い続けて死んだのだ。

 それは間違いなく、タカトにとって負けであり、そして二度と勝てない。もう、彼は死んだのだから。

 そう言えば名前も聞いていなかったなとタカトは一人ごちて、やがて提督に背を向けた。

 

「全次元世界の人類から全ての争いを無くす……? どう言う意味だ?」

 

 もう答える存在はいない。それを分かっていながら問う。当然答えは返って来なかったが。

 タカトは嘆息すると、近場の管制官を退かして端末を弄る。ウィンドウが展開した。

 端末を操作し、艦のデータベースから情報を探る。しかし、ろくな情報は出なかった。

 あるのは簡単な指令や、補給計画等々である。片っ端からファイルを開くがどれも似たようなものだけ。タカトは嘆息し、諦めようとして――妙なファイルを発見した。

 一見なんてことは無いファイルに見えるが、これは……?

 

「一度、データが破棄されている? ……そうか、俺が来た時点で漏洩を避ける為に破棄したのか」

 

 納得する。だが、それはつまり、データを復元しない事には見れないと言う事である。

 そしてタカトには、まともな方法で破棄されたデータを復元する事もサルベージする事も出来なかった。

 そう、”まともな方法ならば”。

 タカトは端末から離れると、いきなり右腕を上げた。掌を中心にして幾何学模様の魔法陣が展開する。中央に浮かぶは666の紋章!

 

    −煌−

 

 虹色の光が帯状に魔法陣から飛び出す。それは迷い無く、端末へと突き刺さった。

 情報、強制略奪完了。

 データベースから各情報をサルベージ。復元、開始――。

 この間、数秒足らず。

 それだけでタカトは破棄されたデータを復元してのけた。『重要案件項目』と表示されたデータを展開する。

 そこにはずらりと情報が並んでいた。

 現在のストラ次元航行部隊の展開状況。

 現状における占拠完了した管理内、外世界。

 各、次元世界の侵略計画。

 出るは出るは。管理局の人間ならば、口から手が出る程に欲しがりそうな情報がそこには並ぶ。しかし、当のタカトが欲っしていた情報はどこにも無かった。ストラの目的は分からず仕舞い。

 

 結局、骨折り損か……。

 

 今度こそは諦めてタカトは嘆息して、そのまま息を止めた。

 

「……なんだと?」

 

 思わず問い掛け、展開した情報に視線を釘づけにされる。そこにはこう書いてあった。

 『第一管理内世界、ミッドチルダ”殲滅”計画』

 ……そう、書いてあった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 第97管理外世界、地球。グノーシス月本部『月夜』、ブリーフィング・ルームに集まる一同の姿があった。

 アースラチームの一同。そして、アースラへと出向されていたグノーシス・メンバーである。それと後二人。叶トウヤと、ユウオ・A・アタナシアが並んで座っていた。その中で唯一いない人物が居る。昨夜、デバイスであり師匠である存在、イクスカリバーに離反された神庭シオンが。彼だけが、この場に居なかった。だが、トウヤは一切構わず場を進める。

 

「……以上が、君達に行ってもらう予定の各地域だ。そこで、アースラの皆のデバイスをロスト・ウェポンへと改造。N2Rの皆は専用DAを受領してもらう。何か質問はあるかね?」

 

 トウヤは展開したウィンドウを背に、皆に聞く。そこには以下の通りに各自の行き場所が記されていた。

 

 月本部、『月夜』

 八神はやて。

 リィンフォース2。

 シャマル。

 ザフィーラ。

 クロノ・ハラオウン。

 他、アースラチーム各ロングアーチ、ならびにアースラスタッフ。

 

 グノーシス出向組一同。

 日本、極東支部。

 高町なのは。

 フェイト・T・ハラオウン

 ヴィータ。

 シグナム。

 アギト。

 

 中国、大連支部。

 チンク・ナカジマ。

 ノーヴェ・ナカジマ。

 ディエチ・ナカジマ。

 ウェンディ・ナカジマ。

 

 EU、イギリス支部。

 ギンガ・ナカジマ。

 スバル・ナカジマ。

 ティアナ・ランスター。

 エリオ・モンディアル。

 キャロル・ル・ルシェ。

 姫野みもり。

 ……神庭、シオン。

 

 ――そう、書かれていた。最後に書かれている名前を見て、一同は目を伏せる。やがて、おずおずとスバルが手を上げた。トウヤは頷き、質問を促す。

 

「どうぞ、スバル君?」

「……その、シオン、なんですけど」

 

 思わずしどろもどろになる。だがそれだけでここに居る皆には通じた。

 EU行きとなっているシオンだが、果たして彼は行けるのか? そう問うているのだ、スバルは。

 さにあらん。今、出席していないシオンは部屋に閉じこもったままなのだから。余程イクスが離れたのがショックだったらしい。しかもそれだけでは無かった。

 

「それに、イクスの事だって……!」

「あれの事ならもう決定している筈だよ? スバル君」

 

 最後まで言わせずにトウヤは質問を切って捨てた。思わずたじろぐスバルにトウヤは冷たく告げる。

 

「イクスカリバー、否、『騎神、アルトス・ペンドラゴン』『奉否神』に認定。グノーシスはこれを”殲滅対象にする――”」

「納得出来ません!」

 

 トウヤが淡々と話す台詞に、遂にはスバルが叫び声を上げる。それは、アースラ・メンバー一同を代表する言葉であった。

 イクスが離反しただけでも混乱しているのに、グノーシスは即座に彼を殲滅対象にしたのだ。

 僅か二ヶ月程度とは言え、仲間だった存在である。到底、納得出来る筈は無かった。

 

「なんで、なんですか……!? なんでそんな風に――!」

「『奉否神』これがどう言った存在か、私は説明した筈だね?」

 

 だが、そんな一同にトウヤは変わらぬ冷たさで答える。それに、スバルがぐっと押し黙った。

 

 『奉否神』。グノーシスにおいては、アンラマンユ因子感染者と同じく殲滅対象とされる存在――否、”次元災害”である。それは、何故か。

 

「先にも言ったように、『奉否神』とは世界が神話やおとぎ話しを骨子(ベース)にして偶発的に発生させる概念存在だ。その霊格は当然、神位。しかも、大概は発生してから周囲に被害を撒き散らす存在ばかりでね? 彼等の出現で、次元世界がいくつ滅びたか教えようか」

「そんなの……!」

 

 スバルがトウヤを睨み付ける。いくら『奉否神』と言う存在が危険だろうと、イクスがそんな存在だとは思え無かった。少なくともアースラの面々は納得していない。

 だが、”彼等”は違った。トウヤと……グノーシスの面々は。

 

「なんで、なんですか……! なんでそんな風にイクスを!?」

「……私達は『天使事件』を経験しているのでね」

『『っ!?』』

 

 トウヤが告げた言葉。それに、スバルを始めとした皆は一斉に身を固くした。そんな彼女達を変わらぬ冷たい視線でトウヤは続ける。

 

「『天使事件』。かって地球近隣の世界で『奉否神』、『カバラの天使』が大量発生した事件だ。まぁ、これは自然発生したものでは無く、人為的に発生させられたものだがね……何故、『第一位直属位階所有者』が十代から二十代で構成されているか、分かるかね?」

「…………」

 

 スバルを始め、数人が告げられた問いに首を横に振る。他の者達は目を伏せていた。トウヤが何を言わんとしているか分かったからだ。彼はそんなスバル達に頷き、答えを告げた。

 

「”当時の位階所有者の約半分、五百名余りがこの事件で死んだからだよ”。グノーシス全体で言えば万を超える人員が犠牲になっている。……最強の個人戦闘集団を名乗る我等がだ。彼等が身を呈して守ってくれたおかげで、世界は一つも消える事は無かったのだよ」

『『…………』』

 

 今度こそ、スバル達は沈黙した。せざるを得なかった。

 トウヤ達がどれほど『奉否神』と言う存在を危険視しているか理解したから。だが、それでも納得出来ない。イクスが『奉否神』だと言う証拠など何も無いではないか。

 なのに、何故。しかし、トウヤはそれらの疑問を全て切って捨てた。

 

「なに、君達に協力しろなどとは言わない。あくまで、グノーシスという一組織が決めた事だ。君達、管理局の人間が従わなければならない道理はないよ」

「……それはつまり、自分達のやり方に口出しするなって事やろ?」

 

 今の今まで黙っていたアースラ艦長、八神はやてが初めて口を開いた。……相当に辛辣な物言いと共に。納得出来ていないのは彼女も同様と言う事である。トウヤは肩を竦める。

 

「その代わり、我々も君達のやり方には口出ししないよ。後は君達が決めてくれ……さて、話しが随分と脱線してしまったね。で? 今のシオンの状況がどうかしたのかね?」

 

 強制的に話しの軌道修正をトウヤは図る。それに、やはりアースラ一同は納得行かないような顔となった。だが、いつまでもそこに固執する訳にも行かない。スバルは本題へと話しを戻した。

 

「その、シオン。今、すごいショックだと思うんです。……落ち込んでると思うんです。だから――」

 

 話しながら、スバルは思い出していた。朝方のシオンの様子を。神庭家の道場で酔っ払って寝ていた一同の耳に飛び込んだのは、まるで怒号のような泣き声だった。

 絶叫と言った方が正しいだろう。

 酔いも一発で醒め、慌てて庭に向かうと、彼女達はそれを見る事になった。

 庭に跪いたシオンが、空に向かって咆哮するように泣き叫ぶ姿を。尋常では無い様子に、近寄れ無かった程である。

 そんな一同を置いて、一人トウヤが進み出ると強制的にシオンを眠らせたのである。

 結局、シオンはそのまま部屋に閉じこもり、全ての事情はトウヤの口からしか聞いていない。

 ただ一つだけ理解出来た。今のシオンを、とてもでは無いがEUになど連れて行けないと言う事である。

 ……せめて、立ち直るだけの時間を上げて欲しかった。なのに。

 

「出発が”明日”だなんて……」

 

 呟くように言って、スバルは目を伏せた。

 そう、明日なのだ。アースラ一同のデバイスを改造すべく各地に散るのは。

 つまり、このブリーフィングは本来、最終確認の為のものだったのだ。

 だがそれも、このような事態になってしまい、最終確認の為のブリーフィングどころか、アースラとグノーシスで反目一歩手前の状況になってしまったのである。……なんと皮肉なものか。だが、それを嘆いている場合では無い。スバルはトウヤに再び視線を戻した。

 

「せめて、数日だけでも延期を――」

「却下だ」

 

 即答が来た。皆まで話させない程のそれが。あまりの即答にスバルが開いた口をぱくぱくさせる。トウヤは反論される前に続けた。

 

「一個人の問題に、組織のスケジュールを左右されていい訳があるかね。シオンが立ち直れぬようならば、置いて行くまでだよ。幸い、向こうには安内人(ガイド)も居るし――」

「トウヤさんっ!」

 

 遂に、スバルは激昂した。身体を震わせながら彼を呆然と見開いた瞳で見る。それにすら、トウヤは冷たい目を向け続けた。

 

「シオンが、心配じゃ、無いんですか……?」

「言いたい事はそれだけかね? では、先の提案は却下する」

『『トウヤさんっ!』』

 

 今度はスバル一人だけでは無かった。アースラメンバーが、皆一斉に立ち上がる。だが、トウヤはどこまでも一切構わなかった。

 

「――ブリーフィングは以上。明日は、07:00時に集合とする。では、解散」

『『ッ……!?』』

 

 容赦無く解散を告げるトウヤに敵意にも似た視線が集まる。トウヤは少しだけ微笑した。

 思ったよりも人望のある異母弟に。やがて、ぽつりと呟いた。

 

「――賽は投げられた」

『『……?』』

 

 小さな声だったが、静かになったブリーフィング・ルームにそれは大きく響く。今度は視線が別の意味となるが、トウヤは構わない。席を立ちながら、呟き続ける。

 

「後は奴次第。このまま腐るか、それとも――アルトスの真意に、気付くか」

「トウヤ、さん?」

「心配していないか? そう、私に聞いたね? スバル君」

 

 出口に向かいながら、笑う。それはあまりに当たり前の笑みで。今日始めて、彼は明確に微笑んだ。そのまま、扉から出る。

 ――たった一言だけを、その場に残した。

 

「心配? まさかね。有り得ないよ。アレを誰の弟だと思っている?」

 

 そんな、もう一人の異母弟と全く同じような一言を残して。トウヤはブリーフィング・ルームから歩き去って行った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 さわさわと秋風が吹く空の下、彼は一人で歩いていた。

 神庭シオンは。

 ぼけっとした顔で街中から外れた場所を歩いている――あるいは、それで良かったのかも知れない。

 こんな表情で街中を歩くと、それだけで気味悪がられそうではある。

 なんにしろ、彼は歩いていた……先程までは部屋に閉じ篭っていたのだが。

 

「……」

 

 無言で歩くシオンの頬を優しく風が撫でて行く。でも、シオンが欲しいのはそんなものじゃ無かった。

 シオンが欲しいのは横から響く、厳しく、無愛想だが、確かな優しさを込められた声――相棒の声だった。

 でも、それはもう聞こえない。彼は遠くに行ってしまったから。

 

「……」

 

 無言で歩く、歩く。やがて、シオンは表情の消えた顔でなんとなく横にあるものを見上げた。

 神社、である。

 長い階段がシオンの目の前に聳えていた。

 しばらくシオンはそれを黙って見つめて――いきなり、階段めがけて駆け出した。一気に駆け上がる!

 何段か飛ばしながら走ると、境内にあっさり到着した。

 

「…………」

 

 シオンは無言。息を切らしてすらいない。日頃の修練の賜物だ。もっとも、今は欲しく無いものではあったが。

 

 ……俺、何してんだろ……。

 

 思わず自分に聞いてみる。傍から見ると凄まじくアホな事をしているような気がした。

 ……だが、それもすぐにどうでも良くなった。

 一番上の段に座り込む。そのままでいると、すっかり涼しくなった風が通り過ぎて行った。

 気持ちのいい風だ。しかし、もう十一月である。これも、すぐに寒くなる事だろう。

 アレの事を考え無いように、そんなどうでもいい事を考えながら、シオンは階段の上に座り込み続けた。

 

 ……気晴らしに出て見たけど、意味無いか……。

 

 そんな風に思いながら、こてんと石畳に横になる。服が埃っぽくなるだろうが、構う事は無かった。

 階段は雑木林に囲まれていて、当然、シオンの真上にも枝を伸ばしている。それが太陽を遮っているのをなんとなしに見遣り、目を閉じた。

 このまま寝て。起きれば、全て夢だったなんて事は無いだろうか?

 そう思い。でも、心の中ではあっさり否定する。そんな都合のいい事なんて有り得ないと。

 イクスが離れた事は、どこまでも現実だと。そう、シオンは自覚している。それでも、シオンは認めたくなかった。

 だけど、何をしたらいいか分からなくて。

 分からない、分からない、分からない!

 

 分から、ない。

 

 あの時と一緒だなと、思わず苦笑が零れた――雫も、共に。そして。

 

「本当に、お前の泣き虫は治らないな……」

 

 声が、した。

 どこまでも聞き覚えのある、声が。声も出せない程に呆然とするシオン。あるいは、本当に夢か? そう思いながら目を開いた。

 そこに声の主が居た。こちらを相も変わらぬ無愛想な顔で眺め見る、彼は――。

 

「タカ、兄ィ……?」

「いい加減、その泣き虫は治さないとな。シオン」

 

 そう笑いながら、彼はいつかと同じ言葉をシオンに告げた。

 伊織タカトは、風が優しく凪ぐ中で、まるで幻のようにそこに居た。

 

 

(後編に続く)

 

 




はい、第四十七話前編でした。シオンがまたもや落ち込んでますが、基本テスタメントは主人公に優しくないのがデフォですので諦めて下さい(マテ)。
さて、次回はタカトがやらかします。うん、またか。
ではでは、次回もお楽しみにー。


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第四十七話「決意の拳」(後編)

はい、第四十七話後編です。落ち込むシオンとタカト、どうなるのか、お楽しみにー。


 

 さわさわと秋の風が枝を揺らす。それを彼の背後に見ながら、神庭シオンは呆然としていた。

 あまりに唐突に現れた彼、伊織タカトに。彼は薄く微笑みながら、シオンを見る。その微笑みは、何故か妙に”優しく”て――。

 

 タカ兄ぃが、”優しく”……?

 

 思わず疑問符を浮かべるシオン。その微笑みに、何故かぞくりと悪寒を感じて。直後、その視界が黒く覆われた。

 

「っ!?」

 

    −撃!−

 

 身体が動いたのはまぐれだった。

 慌てて身体を起こしたシオンの頭があった部分をタカトの足が打ち抜く。その踏み付けは、容赦無く神社の敷石を踏み砕いていた。

 

「なん――!?」

 

 何がなんだか分からずに、目を丸くしながら振り返るシオン。が、次の瞬間、シオンが見たものは踏み放った足を軸足にして突き蹴りを放ったタカトだった。それは迷う事無くシオンの鳩尾を打ち抜く!

 

    −撃!−

 

「ごっ、ふ……!」

 

 胃袋をまるごとひっくり返すような衝撃が突き抜け、更にシオンの身体は後ろへと弾き飛ばされる。その後ろは、当然階段であった。一瞬の浮遊感をシオンは覚え――タカトはその場でトンボを切った。宙にあるシオンへと前に回転しながら突っ込む! 忘我の境で見たのは、頭上から振り落ちる踵!

 

    −破!−

 

 打ち降ろされた踵は頭に直撃。シオンを真下に叩き落とした。悲鳴を上げる間すら無く、石作りの階段に危険な音を立たせながらシオンは落とされ、一回バウンドしながら、階段を転げ落ちた。

 

「あ、ぐ……!」

 

 転げて、転げて――石畳の踊場にまでシオンは転げて、漸く止まった。全身くまなく痛めつけられ、喘ぐ。

 そんなシオンを階段に難無く着地したタカトは静かに見据えて、ゆっくり下りて来た。何も喋らずに。

 シオンはやがて激しく咳込むと無理矢理立ち上がった。全身痛くて、立ち上がるのも億劫(おっくう)だったが、まさか寝たままと言う訳にもいかない。ぎろりとタカトを睨みつける。

 

「なにを、しやがんだ……!? タカ兄ぃ!?」

 

 当然と言えば、当然の疑問をシオンはタカトに叩きつける。いきなり踏み付けられ、蹴られ、転がされたのだ。文句の一つも言いたくなろうというものである。

 タカトはそんな自分を睨みつけるシオンを変わらぬ目で見据えた。口を開く――。

 

「八つ当たりだ」

「……は?」

 

 シオン自身が望み問うた答え。しかし、それを聞いたシオンは思わず盛大に疑問符を浮かべていた。タカトを怪訝そうに見るが、彼は構わず続けた。

 

「昨日、少々ムカつく事があってな。で、苛々して当たれる対象が無いか探していた訳だが――そしたらまぁ、いかにも不様な顔をしたヘタレを見掛けたのでな。八つ当たりに肉質サンドバックにして殴ろうかと」

「……八つ当たり?」

「うむ」

 

 何故か胸を張ってタカトは答える。そんな彼を呆然と見ながら、シオンは震える指でタカトを差した。

 

「……その、俺に説教とかしに来た訳じゃなくて……?」

「何故俺がそんな真似をせねばならない?」

 

 逆に聞かれた。再びシオンは我を忘れる。タカトは呆然としたシオンに歩み寄って――。

 

「ちなみに、まだ八つ当たりは終わっとらん訳だが」

「……え?」

 

    −撃!−

 

 我に返った時には、もう遅かった。横っ面にタカトの右拳が突き刺さり、今度は階段から横の林に吹き飛ばされる!

 

「ぐ……!」

 

    −撃−

 

 林に投げ出された身体を受け止めてくれたのは大層巨きな樹であった。

 凄まじい痛みが背中を突き抜け、息が出来なくなる。

 だが当然、八つ当たりと言って憚らないタカトは構わなかった。林に歩いて入り、一歩で間合いを詰めた。拳が、シオンを襲う! ……しかも、一発では無かった。

 

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃−

 

「が! うっ!」

「ふむ、殴りやすいな。流石、肉質サンドバック」

 

 樹に押し付けられたまま、シオンは殴られまくる! 両腕を上げて防ごうとしても、それも腕を流されて封じられ、開いた空間から拳が顔面に突き刺さった。

 

 なん、で……?

 

 殴られながら、シオンは呆然とそう思う。なんで今、自分はぶん殴られているのか。凄まじく理不尽極まり無い理由で。

 

    −撃!−

 

 顔面に拳が叩き込まれる。意識がそれで持っていかれそうになるが、続いて入った反対の拳がそれを許さなかった。

 あえて意識を刈り取らずに殴る。そんな真似をタカトは続ける。 おそらくはシオンを痛めつける、それだけで。

 理不尽だった、理不尽過ぎた。

 なんで、こんな目に合わなければならないのか分からなかった。

 イクスがいなくなって辛いのに、淋しいのに、なんで八つ当たりに殴られなければならないのか。

 分からない、分からない……が、腹が立った。目茶苦茶、腹が立った……! だから!

 

「っざけんなぁあぁぁぁああああああ!」

「む?」

 

 殴られながらタカトをギョロリと睨み、渾身の力で殴り返す!

 だが、それはタカトがただ後ろに下がるだけで空を切った。拳を躱したタカトは、しかし不満そうな顔でシオンを見る。

 

「こら、殴り返すな。肉質サンドバック。サンドバックはサンドバックらしく殴られろ」

「ふざけてろや……! このクソ兄貴……!」

 

 怒りで凄まじい形相になりながら、シオンはタカトに吠える。唇を切ったか、ぺっと血を吐き出した。

 

「あーキレた。キレました。クソッタレぼけ兄貴にボクキレました」

「口調がおかしくなっとるぞ?」

「どやかましいわ!? 誰のせいだと思ってやがる! 取り敢えずは……!」

 

 言いながら踏み込む。拳を持ち上げ、固く握り締めた。

 ……何故拳を構える? 殴るために決まっている! この、クソッタレ兄貴を!

 

「そのスカした面(つら)、殴らせろやぁあああ!」

 

 叫びながら、拳を放った。狙いは当然、顔面!

 シオンの拳は真っ直ぐにタカトの顔、中心点に突き込まれ、しかし当たる直前に顔を逸らされるだけで拳は再び空を切った。更に今度はクロスカウンターで、シオンの顔面に拳が突き刺さる!

 

    −撃!−

 

「百年早い」

「っう……!? っせぇえ!」

 

 カウンターを綺麗に決められ、一瞬だけ怯むもののシオンは諦めずにタカトに襲い掛かる!

 そんなシオンに、タカトは少しだけ笑い。

 

「たわけ」

 

    −撃!−

 

「がうっ!?」

 

 その顔に再びカウンターを叩き込んだ。それでも諦めずにシオンはタカトに突き進み、しばし打撃音が静寂な神社に木霊する事になったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「あだだだ……!」

 

 あれから1時間後、シオンの姿は再び石段の一番上にあった。ズタボロになった姿で。

 あの後も悲惨だった。殴り返した拳は全部空を切り、代わりとばかりに顔面には好き放題拳を入れられた。

 結局、シオンが気絶するまでその妙な殴り合いは続き、こうしている訳だが。ちなみに気絶した後、速攻で起こされた。

 中指を手首まで反らすという気付け方で。下手に殴られるより遥かに痛い事は言うまでも無い。ともあれ、これでシオンは跳ね起きたのだった。そして――。

 

「ふむ、すっきりした」

「……そりゃあ、あんだけ殴りゃあすっきりもするだろうよ……!」

 

 妙に清々しい笑顔なクソッタレ兄貴こと、タカトにシオンは憮然とする。

 結局、一発も殴り返せなかった。それに腹が立ってしょうが無い。そんな風にふて腐れるシオンにタカトは笑った。

 

「まぁ、そう言うな。ほら、これをやろう」

「ん?」

 

 ひょいっと放られたものをシオンは思わず受け取る。それはキンキンに冷えたコーラであった。これで顔を冷やせと言う意味か。取り敢えず、殴られまくった頬に缶を押し付けた。

 

「あぁ……ひやっこ〜〜い」

 

 思わずほお擦りしたくなる。ふにゃ〜〜と崩れた顔となるシオンにタカトは呆れたような顔となった。

 

「何に使ってもお前の自由だが、温くなったコーラほどマズイものは無いぞ」

「……分かってますよーだ。へん」

 

 べーと、タカトに舌を出すと、シオンはブルトップを開けようとする。それに、タカトが薄く笑った。

 

「ちなみに、そのコーラだが――」

「うん?」

 

 いきなりの台詞に、シオンはキョトンとなる。タカトの笑いは深くなり、目が細められた。

 ……嫌な予感がする。シオンはその笑いに妙な悪寒を覚え、だが既に遅かった。

 無意識に指はブルトップを開け、それを完全に見届け、タカトは続きを告げた。

 

「――よく振ってある。気をつけろ」

「て、ぶわぁ!?」

 

 直後、どんだけ振られたのか、缶から噴水もかくやとばかりにコーラが吹き出すと、シオンの顔面に直撃した。

 

「ぐぉおお! 冷たっ!? 染みる! べとべとするぅ……!」

「カカカ……八つ当たりが終わったなど、誰が言った?」

 

 騒ぐシオンを自分はアクエリアスを取り出して飲みながら愉快そうに笑う。やがて、ぐっしょりとコーラで濡れたシオンはべたつく身体で立ち上がった。

 

「う、ふふ……! お兄様ぁ……? 素敵なコーラをありがとーございますコンチクショウ。ですので、お礼に――」

「ぬ?」

 

 ゆらりとオーラが漂いそうな顔でシオンはタカトに笑う。タカトは怪訝そうな顔となって。

 

「くらえ! 愛の抱擁! コーラ付き!」

「ぬぉ……!」

 

 いきなりシオンが飛び掛かる! タカトは珍しく焦りながら、それを回避した。

 脇を通り過ぎたシオンは階段に舌打ちしながら着地。今度は上段になったタカトにじりじりにじり寄る。

 

「ふ、ふ、ふ……! お兄様ぁ? どうして愚弟めの愛の抱擁を躱すので……?」

「貴様……! 血迷ったか……!」

 

 不気味な笑いを浮かべながら近寄るシオンに、心底嫌そうな顔でタカトは警戒しながら後退る。

 流石に服がべた付くのは嫌なのだろう。タカトにしてはこの逆襲を読めなかったのは珍しいミスと言える。

 逆にアドバンテージを得たシオンはこれ以上ない程の笑顔でタカトに笑い掛けた。

 

「さぁ、お兄様。一緒にべたべたになりましょうや……死なばもろともに!」

「ちぃ……!」

 

 叫びながら飛び掛かるシオンに、殴れず――殴った手がべた付くからだ――まぁ、いかずに蹴りを放つ。

 だが、シオンは異常な俊敏さでそれをかい潜りながらタカトの懐に飛び込んだ。

 

「とったぁ!」

「ぬぉおお……! 貴様ぁああああ!?」

 

 鳩尾目掛けてダイブを敢行し、見事成功。ぐわしっと背中に手を回し抱き付く。当然、シオンの身体に染み付いたコーラがタカトの服にも染み付いた。

 

「ぐぉおおおお……! べたべたする! 離れろたわけ!」

「はン! 嫌なこった! もっと染み付けてやる! ぐりぐりぃ!」

「ぬぅあぁああ……! 気軽に洗濯出来ぬのに、貴重な私服がぁ……!」

 

 こうしてささやかな復讐にシオンは成功しつつ、後できっちり殴られ、兄弟喧嘩は終わったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「この、たわけが……!」

「元を正せばあんたのせいだろ! 自業自得だ!」

 

 恨めし気なタカトの言葉に、シオンは叫び返しながら桶に汲んだ水を頭から被った。

 あの後、この神社の巫女さんに騒いでいる所を見付かる事となり、お説教を一発喰らった後で裏の井戸を借りたのだ。

 巫女さんは『風呂も沸かせますよ? 入ります?』と、言って来たが、流石にそれは憚られたので丁重に断った。

 

「にしても、タカ兄ぃ。知り合い?」

 

 代用としてはなんだがバリアジャケットを纏う。取り敢えずはこれで、濡れた服のままでは無くなった……B・Jを解くとまた濡れねずみだが。ともあれ、気になった事を尋ねてみた。

 先の巫女さんだが、タカトと顔見知りのような態度だったのだ。それが気になったのだが。タカトはそんなシオンの問いに一瞬だけ疑問符を浮かべた。

 

「……? ああ。そうか、お前はまだ――」

「?」

「いや、なんでも無い。まぁ、知り合いだな」

 

 何か妙に気になる態度で答える。どんな知り合いなのか聞きたくなったが、タカトはそれを遮るかのように、井戸から離れた。当然、彼もB・Jを展開している。

 そして、神社の裏手の縁側に座った。ついて来たシオンに笑う。

 

「まぁ、何はともあれ。お前も大分すっきりしたろう?」

「は? そりゃあ、コーラ塗れだったし……」

「そうじゃない」

 

 苦笑する。それに、シオンは疑問符を浮かべ――やがて、あっと声を上げた。

 そう言えば、自分が落ち込んでいた事を今更思い出したのだ。

 

「あー。……タカ兄ぃ? これを狙ってたのか?」

「八つ当たりと言うのも本当だがな」

 

 ばつが悪そうな顔となるシオンに、タカトは笑いを再び苦笑に変えた。そのままシオンを見る目を細める。

 

「負けたか。アルトスに」

「……何であいつの名前知ってるのとか、戦ってるの知ってるのやら、ツッコミ入れたいけど……まぁ、いいや。うん、負けた」

「そうか」

 

 素直にシオンは頷く。頷きながら、自分自身、思ったよりアルトスに敗北した事を受け入れている自分に気付いた。

 その返答に、タカトは息を漏らす。そのまま睨めつけるようにシオンを見ながら頷いた。

 

「何故負けたか、分かるか? 技術的とかそう言ったものでは無いぞ?」

 

 タカトからの突然の問い掛け。今さっきの自分なら分からなかったろうそれに、シオンはこくりと頷いた。

 今の自分なら分かる。あの時、アルトスに完敗した理由に。我知らず苦笑してしまう。

 

「……俺は、ぐだぐだ考え過ぎていたんだな」

 

 空を見上げる。そして、昨日のアルトスとの戦いをシオンは反芻した。

 なんで?

 その想いだけが先立って、戦いに集中出来なかった。

 なんで?

 そう問うて、答えて欲しくて。

 ……戦いたくなくて。

 それが自分から集中力を奪い、迷わせた。

 迷った太刀筋ほど、鈍くなるものは無い。

 自分は、誰よりそれを知っている筈なのに――。

 そんな鈍った刀技で戦うなんて。勝てる筈が無かった。負けるべくして、負ける戦いであったのだ。

 それが、今のシオンにはよく分かった。タカトと何も考えずに喧嘩した、今ならば。

 憑き物が落ちたようにすっきりとした顔のシオンは微苦笑する。まさか喧嘩して立ち直ると思わなかったのだ。タカトはそんなシオンに鷹揚に頷いて見せた。

 

「そう言う事だな。考え無しもどうかと思うが、考え過ぎも良くない。特にお前のような単純思考な奴はな。それが見つけられただけでも殴られた価値はあったろう?」

「かー! よく言うよ。殴った本人が言うこっちゃねぇ……!」

 

 しかも半分は本当に八つ当たりだと言うのだからタチが悪い。嘆息しながら、半眼でシオンはタカトを睨んで。

 

「取り敢えず、礼は言っとくよ。ありがとさん」

「……なんだ、貴様。殴られて礼を言うなど気持ち悪い奴だな」

 

 憮然とした顔で頭をシオンは下げた。一瞬だけ呆然として、しかしタカトもやり返すように悪態をつく。

 そんなタカトにぬかせと呟き、シオンはタカトに笑ってみせた。……なんとなく、今のがタカトの照れ隠しに近いものだと理解出来たから。そして、しばらく風に吹かれて。

 

「なぁ、タカ兄ぃ」

「なんだ?」

 

 唐突に声を掛ける。返答は即座に返って来た。それに一瞬だけ気圧されたかのように黙り込み、だがシオンは意を決すると聞くべきことを聞く事にした。

 どうしても聞かねばならない事を。今の彼なら答えてくれると思ったから。だから。

 

「イクスをなんで、俺に預けたんだ?」

 

 長年の疑問を、シオンは迷わずにタカトに放った。それを聞いたタカトは、無表情にシオンの眼を真っ直ぐに居抜き――やがて、ぽつりと呟いた。たった一言を。

 

「……俺では、ダメだったからだ」

 

 それだけをタカトはシオンに告げた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ダメ、だった……?」

「ああ」

 

 あまりに意外過ぎる答えに呆然となる。そんなシオンに、タカトは頷いた。苦笑しながら空に視線を向けると、懐かし気に笑った。

 

「それ、どう言う――」

「あいつは自ら己の担い手を選ぶ」

 

 遮るかのように、タカトはシオンの疑問に言葉を重ねる。まるでいつかの自分のように、苦笑した。それすらも懐かしいと思いながら続ける。

 

「あいつの真名を、シオン、お前は知っているか?」

「いや、イク――……アルトスにも言われたよ。『俺の真名を探せ』って……」

「俺は、その試練すら受けられなかった」

 

 そう言ったタカトが何故か淋し気に見えたのは、気のせいか。シオンはタカトの言葉を聞きながら、なんとなくそう思う。タカトは続ける。

 

「当時、俺はカリバー・フォームまでは発動出来た」

「うん。なんとなく覚えてる」

 

 こくりとシオンはタカトの言葉に頷く。当時、シオンは八歳だったが、それでもタカトとトウヤが並んで黄金の剣と白銀の槍を手に持つ姿は目に焼き付けていた……だが。

 

「そこまでだったんだ、俺は」

「……え?」

 

 次に放たれたタカトの台詞に、シオンは今度こそ言葉を忘れた。果たして、それはどう意味なのか。シオンが問う前にタカトは苦笑しながら続けた。

 

「EX。事象概念超越未知存在。俺が、兄者が――クロスが、シェピロが辿り着いた領域。『神殺し』にして、『カミコロシ』……この意味をシオン、お前は知ってるな?」

「…………」

 

 タカトから紡がれた、まるで詩のような問い掛け。それに、シオンは思わず思い出していた。

 『天使事件』の結末を。

 カミを己が身に降誕させられ、タカトとトウヤの二人が自分を助け出してくれたあの事件を。

 その時、シオンは見ていたから。EXと化したタカトと、擬似EXを発動させたトウヤを。

 ”二人を敵に回し、殺されたカミの目で見ていたから”。それを、忘れる筈が無い。だから。

 

「……ああ」

 

 長い沈黙を挟んで、シオンは頷いた。タカトはそれを見て、笑う。その返答に満足したのか、そのまま続けた。

 

「全てにして万物の理由、『概念』を破壊、無視、超越してしまえる存在。故にそれが神だろうと、カミだろうと、一切の介入を赦さず、逆に殺し尽くしてしまうチカラ――だがそれは結局、孤独なチカラでしか無い。兄者の擬似EXは別にしてな」

「タカ兄ぃ……?」

「俺が本来の意味でEXに目覚めたのは十年前、『グノーシス事件』の時だ」

 

 懐かし気に語るタカトは、シオンが思わず上げた声にも構わず続けた。

 ――何故だろう? そんな異母兄が、泣いているように見えるのは。

 

「あの時、俺はEXのチカラを手に入れて、リンカーコアを破損し、”傷”を受け――イクスを受け入れられなくなった」

「……どう、いう……?」

 

 ”傷”。再び出た言葉も気になるが、その後の言葉の方こそを今は聞くべきだとシオンは思う。タカトはシオンに笑って見せると、言葉にならなかった問いに答えた。

 

「あいつはユニゾンデバイスだ。だが、ユニゾンは”介入”にはならないか?」

「っ――――!?」

 

 そんな、あっさりと答えるタカトに、シオンは絶句した。つまりは、そう言う事なのだ。

 EX。事象概念超越未知存在。その名の由来でもある事象概念超越現象。

 ”全て”の概念による介入を完全に”殺し尽くす”チカラ。そんなチカラに区別などあろう筈も無い。ユニゾンなぞ、以っての外であった。

 絶句し、固まるシオンにタカトは苦笑する。

 

「つまりはそう言う事だ。完全なユニゾンなぞすると、イクス自体を滅ぼす事になる。発動出来てユニゾン・アームド形態くらいだが、そんなもの、飼い殺しに過ぎない……俺はイクスを手放す外無かった」

「だ、だからって! 他に方法も――!」

「ない。絶対にな。俺は、”お前のような存在じゃないんだ”」

 

 タカトは容赦無く告げる。その最後の言葉に引っ掛かるものがあったが、シオンは首を横に振った。

 

「俺のようなって……! そりゃ、俺はEXじゃないさ! EXになれる訳が無い! だからってイクスを押し付けるような真似をしなくたって――!」

「違うな、シオン。それには二つの間違いがある。一つはイクス自身がお前を望んでいた事。俺はあくまでも借り初めの主でしかなかった。そしてもう一つ、お前は必ず”俺と兄者”に追い付く」

 

 反論すらをも封殺して、タカトはシオンの言葉を切って捨てる。シオンは混乱し、頭を抱えた。

 

「訳、分かんねぇよ……」

「今は分からなくていい。いずれ知る事になるのだから。差し当たっては俺が聞く事は一つだけだ。シオン、”お前はどうする?” ”何がしたい?”」

 

 弱々しく呟いたシオンの台詞を拾い上げて、タカトは問う。シオンは一度だけ目を閉じた。

 考えなくてはならない事がいっぱいある。

 やらなくてはならない事は山程ある。

 だが今、”シオンがやりたい事は――”。

 

「……イクスを、アルトスを、ぶん殴る」

 

 正直に心の奥底からの欲求を、タカトに叩き付けた。変わらぬタカトの表情に、挑むかのようにシオンは続ける。

 

「あのバァッカには散々いいようにやられたからな……取り敢えずは一発ぶん殴ってやらにゃあ気が済まない。その上で、あの馬鹿を取り戻す!」

 

    −発!−

 

 最後の言葉を拳を放ちながら、シオンは告げる。その拳をことも無げに受け止めつつ、タカトは笑った。シオンも笑いながら続ける。

 

「そんで、おっちゃんや、アンタとの因縁も。全部、全部に決着付けてやる……!」

「潔(いさぎよ)い解答だ。……いいだろう、気に入った!」

 

 拳を払い除けながら、タカトは吠える。逆に拳を突き込んで来た。それを何とか両手で受けながら、シオンは聞く。

 

「まずはアルトスだ。アレを超えて、ようやくお前は俺達の背中に追い付く。次は無尽刀……そして、全てを超えたのならば、”貴様を俺の敵としてやる”」

 

 それはどう言う意味か――シオンは悟るなり、背筋にゾッとする感覚を受けた。

 悪寒では無い。一種、快感に近い感情であった。

 今、タカトはこう言ったのだ。”シオンを認める”、と。

 ずっとずっと、追い付きたかった背中の主が、シオンを対等と認めると、そう言ったのだ。

 身体が震える。恐怖か、あるいは、歓喜によるものか。自分でもそれは分からなかった。だが。

 

「俺の前に立つ事が出来るか? シオン」

 

 言うなり、タカトは踵を返すと、そのまま境内を下りる階段に歩いて行った。シオンはしばし呆然としながら、口元に手で触れる。

 ……笑っていた。

 自分は、これ以上無い程笑っていた。

 

「前に、立てるか、だと? ……上等じゃねぇか……! タカ兄ぃ!」

 

 そんなタカトに、シオンは吠えた。未だに背中しか見せない、そんな兄に、シオンは親指をおっ立てて下に向ける。

 

「アンタが言った道、全部、全部だ! まとめて踏破してやる! そして、アンタの前に立ってやる! アンタを、超えてやるっ!」

 

 その背中に並ぶ事を夢見た。

 肩を並べて歩く事に憧れた。

 でも、今は違う。その背中を、肩を、追い越して前を歩く。それが、今の。

 

「忘れんなよ、タカ兄ぃ! 約束だ! アンタを俺は必ず超えてやる! 首洗って待ってろ!」

 

 シオンの精一杯の宣言。タカトは聞こえたか――ただ片手のみを上げて階段を下りた。それを最後までシオンは見続ける。

 もう、その瞳にはどこにも迷いなんて無く、ただ誇らしさだけが、そこにはあった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「首洗って待ってろ!」

 

 そんなシオンの台詞にタカトは苦笑しながら階段を下りた。小指を持ち上げる。

 

「……また、約束が増えたか」

 

 最近、妙に約束ばかりをしているような気がする。その筆頭はなのはな訳だが。

 苦笑し、そのまま小指を持ち上げたままタカトは階段を下り続けて。

 

「む?」

 

 階段を上がって来る一同と目が合った。向こうも同時に気付いたのだろう、半ば呆然としたままこちらを見上げている。

 アースラ一同。彼女達が、そこに居た。

 おそらくシオンを捜しにでも来たか。つくづく彼女達とは縁があるなと苦笑して、タカトはそのまま階段を下りた。

 

「タカト、君……?」

 

 なんで、ここに? と問いたいのだろう。先頭のなのはが目を丸くして名を呼ぶ。タカトはそれに目を細めながら、階段の上を顎でしゃくった。

 

「シオンなら上に居る。一丁前に落ち込んでいたが、今は大丈夫だろう」

「え? え?」

「やはり男は殴り合いで分かり合うものだな……一方的に殴ったのは俺だが」

 

 もう何が何だか分からない。一同例外無く疑問符を浮かべる中で、タカトは構わず上を指差した。

 

「行かんでいいのか?」

「え? あ、はい!」

 

 思わずスバルが頷き、ティアナ達と階段を駆け上がる。それを見送って、タカトは続けて残った一同に目を向けた。

 なのはを始めとして、フェイト、はやて、シグナム、ヴィータに。

 

「お前達は行かんのか?」

「ええと……よく分からないんだけど、タカト君が、シオン君を立ち直らせてくれたんだよね? ならもう大丈夫かなって」

 

 なのはがこくりと頷いてそう言う。それにタカトは答えず、残った四人にも目を向ける。四人も同意見なのか、頷きのみを返した。

 

「……まぁ、いいか」

 

 タカトはそんな一同の反応に肩を竦める。階段を下り始め――その前に、なのはが声を掛けて来た。

 

「あの、ね。タカト君。これからどこ行くの?」

 

 ひょっとしたら、その問いには深い意味は無かったのかもしれない。単純に根無し草なタカトを案じて出た問いだったのかもしれない。

 だが、タカトは正直に答えた。これから行く先を。

 

「ミッドチルダに向かう」

 

 そう、あっさりと答えた。一瞬、何を言われたのか分からずに、呆然となのはがなるが、タカトは構わない。そのまま続ける。

 

「昨日、ストラの航行艦に襲撃を掛けてな。その時に得た情報だが――何やら、ミッドチルダを完全に殲滅する腹積もりらしいな、奴達は」

「な、ん……!?」

 

 その言葉に、なのはだけでなくその場に居た一同全員が絶句した。

 ミッドチルダを殲滅? 不可能、可能かどうかは置いておいて、その行いはナンセンス極まり無い。そんな事をする必要がどこにあると言うのか。

 そんな、絶句してしまった一同に構わず、タカトは続ける。

 

「あんな世界、滅びようがどうしようが、俺には関係無いがな。……あの世界にはユーノと、ヴィヴィオが居る」

「あ……」

「捨ては出来ん。何より、あの二人が悲しむ顔は見たく無いしな。そう言う訳で、俺は地球から離れる。そして、次こそは敵同士だ」

「っ――――!」

 

 まるで、なのは達に何も告げさせないかのようにタカトは容赦無く告げる。なのは達は質問する事すら出来ずにただ聞く羽目となった。

 最後の敵同士と言う言葉に、流石になのはは反論しようとして。しかし、タカトはそれを読んでいたようになのはに目を向けた。

 

「――なのは」

「は、はい!」

 

 思わず、声に出して答える。タカトは鷹揚に頷いた。

 

「ユーノとヴィヴィオは俺が守ってやる。だから、お前はここでせいぜい強くなっておけ……俺を追い掛けてミッドチルダに来ようなぞ思うなよ?」

「で、でも……!」

「俺が信用出来んのは分からんでも無いがな。それでも、今回はこう言おう。なのは、俺を信じろ」

「っ――!」

 

 その言葉に、なのはは悲痛に顔を歪めた。タカトにぽつりと呟く。

 

「ひきょう、だよ。こんな時に、そんな事言うなんて」

「卑怯だろうが何だろうが言わねばな。それで、どうだ? 俺を信じるか?」

 

 それには、なのは自身凄まじい葛藤があった。ユーノを、ヴィヴィオを、人に託していいものか。出来得るならば、自分で行きたい。そう思う。

 だが、目の前の存在はそれを許しはしない。そもそも、なのは達にはミッドチルダへの渡航手段が無いのだ。

 どうしようも、出来ない。だから。

 

「――信じるよ」

 

 その言葉を告げるには、なのは自身、血の吐くような思いが必要だった。顔を伏せて、ぐっと堪えるように頷く。

 

「ユーノ君を、ヴィヴィオを……ミッドチルダの皆を、お願い」

「ミッドチルダの皆と付けたか。が、いいだろう。心得た。任せておけ」

 

 そんななのはに苦笑しながらタカトも頷く。そして、はやて達にも視線を向けた。

 

「貴様達もそれでいいか?」

「……私達には今、どうこう出来んしな。なのはちゃんが信じる言うたんや。私が口を挟めるような問題ちゃうやろ」

「私としては口惜しいがな。伊織、お前に任せよう」

「……ふん」

 

 はやてが苦笑気味に、シグナムが悔し気に、ヴィータに至ってはまともな返事をせずに答える。だが、彼女達も一応の納得はしたのだろう。

 反論は無かった。ただ一人、彼女を除いて。

 

「私は、反対」

 

 そう、フェイトだけはタカトに反対した。彼を真っ直ぐに見据えながら告げる。

 

「あなたが、皆を守ってくれるなんて信用出来ない……シオンみたいに”信頼”出来ない」

 

 それは、いつかシオンに告げられた言葉。

 ”信じて頼る”。

 その意味を持つ言葉を、フェイトはタカトに出来なかった。

 

「ならどうする? ついて来る気か? 言っておくが、俺がミッドに行く方法は奪取したストラの艦を使ってだ。当然、お前を乗せて行くつもりは無い」

「なら、なんで私の意見なんて聞こうとするの?」

 

 そのフェイトの台詞に、タカトは若干身を固くした。思っても見なかった台詞なのだろう。考えてみれば、タカトが彼女達にそれを聞く事事態おかしい事なのだから。タカトは、嘆息してそっぽを向いた。

 

「……別に他意は無い。聞いてみたかっただけだ」

「そう」

 

 フェイトも全く感情を見せずに頷く。そして、そのままタカトに告げた。

 

「なら、勝手にしたらいい。私はあなたを信頼なんてしない。でも」

「そこから先を言う必要は無い。お前は俺を信頼しないのだろう? なら、俺には何も頼むな。あの世界は俺が勝手に守る。それでいい」

 

 フェイトの言葉を遮ってタカトは告げる。それにしばし迷い、彼女は無言で頷いた。彼はそんなフェイトに微笑みながら踵を返す。

 

「ではな。お前達の娘の事は任せろ。……しかし、ミッドチルダの法整備は大したものだな。”まさか女同士で結婚出来るとは”」

「「……え?」」

「お前達、結婚しているんだろう? 何を隠す必要がある? 娘までいるくせに」

「「……え?」」

 

 タカトはなのはとフェイトに向かって、そんな事を言う。何やら、大いなる誤解をタカトがしている事に一同は気付いた。だが、構わずタカトは続ける。

 

「流石第一管理内世界。進んでいるものだ」

「ちょ――ちょっと待って! タカト君!」

「そ、そうだよ! 待って!」

「む?」

 

 本気で茫然自失としていた二人だが、はっと我に返ると同時に叫ぶ。だが、タカトはそんな彼女達を無視した。自分の体内時計を確認する。

 

「もう、こんな時間か。晩飯の用意もいるし……アホのせいで洗濯もせねばならん。と、言う訳でさらばだ」

「わー! ダメダメ! 行かないで!」

「そうだよ! ちゃんと! 私達の話しを聞いて!」

 

 がしっと必死に二人はタカトにしがみつく。流石にこう、アレな関係と勘違いされたままのは――特に、なのはは嫌なのか、タカトでさえも怯むほどの圧力で袖を握り締めていた。そんな彼女達に、タカトはむぅと唸り。

 

「……と、言われても惚気話(のろけばなし)なんぞ聞かされるのも嫌なんだが」

 

「「だから、そこから違うの!」」

 

「ならば、八神も入れて三人でか? 凄まじい倒錯っぷりだな」

 

「ちょっ! 待った! 私も!? なんでそうなるんや!?」

 

「むむぅ? なら、そこの二人も含めてなのか――ぬ? しかし、お前達、幼女は犯罪にならんのか?」

 

「ま、待て伊織! 何故私達まで含める!?」

 

「そうだそうだ! ん? てか、お前……今、あたしの事、なんつった?」

 

「いや、幼女だろう?」

 

「だ、だだだだ、誰が幼女だてめぇ!? グラーフアイゼンの落ちない汚れにすんぞ!?」

 

「――いや、幼女だろう?」

 

「全く同じ台詞じゃねぇかぁぁあああああ!?」

 

「タカト君! 話し逸らさないで! ちゃんと――」

 

「いや、だから――」

 

 ……結局、なのは達はタカトの誤解をこの場では解く事が叶わず、何故か彼が占領したと言うストラの次元航行艦に上がり込み、晩御飯までご馳走になりながらタカトに続けて説明して。その誤解が解けるまで、真夜中まで掛かってしまったそうであったとさ。

 

 

(第四十八話に続く)

 




次回予告
「シオンとタカトはそれぞれの目的の地へと旅立つ」
「EU、イギリスへと着いたシオンの前に現れたのは懐かしい人物だった」
「一方、ミッドチルダへと向かうタカトは厄介なトラブルに巻き込まれる」
「その最中に出会ったのは、かつての旧友であった」
「次回、第四十八話『旧き友よ』」
「少年と青年は、それぞれの再会を果たす」


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第四十八話「旧友よ」(前編)

「そいつとはじめて会った時、覚えた感覚は、妙な既視感だった。どこかで会ったような、見覚えのあるような、そんな既視感。だが、それが何故なのかは今もって分からない。ただ、そいつの目を一生忘れる事が無い事だけは確信出来る。あの、どこまでも欲望に満ち満ちた目を――魔法少女リリカルなのはStS,EX、はじまります」


 

「……本当にいいの?」

 

 夜の神庭家道場。そこで、少しばかりの躊躇いを含んだ声が響く。神庭アサギ、彼女の声が。それに息子たる神庭シオンはこくりと頷いた。

 夜の帳が落ちて、もはや深夜である。鈴虫の声が辺りに静かな音を澄み渡らせていた。

 アサギは一度だけ瞑目すると、また”得物”を取り出す。後ろを向くシオンへと、それを向けて――でも、やっぱり出来なかった。得物を引っ込める。

 

「やっぱり、ダメ……ダメだよ、シオン君」

「あのね、母さん」

「ママって呼んでくれなきゃ、嫌」

「……母さん」

 

 シオンはため息を吐きながら、アサギを振り向く。しかし、アサギはそれでもイヤイヤと首を振った。何かに追い立てられるような切望する想いが、その目に映る。シオンはそんなアサギを、じとーと半眼でみつめた。

 

「母さん。頼むから、早くしてよ」

「出来ない……出来ないよ! だって私達母子なんだよ!?」

「母子だから頼んでるんだろ」

 

 切羽詰まったように、ついには叫んだアサギにシオンは頭痛を覚える。そして半眼になったままの目で、アサギを見据えた。

 

「母さん」

「……嫌。嫌だよぅ」

「だ・か・ら……!」

 

 いい加減、勘忍袋の緒が切れたか。シオンは完全に後ろを振り向き、そのまま口を開いた。彼女を諭す為に! それは――!

 

「”髪を切る”だけで、何でそんなに嫌がるのさ!」

「だって〜〜!」

 

 たまらず叫んだシオンにアサギはハサミを片手にだう〜〜と、涙を流した。それを見て、シオンは再度ため息を吐いてうなだれる。

 事の起こりは単純な事だった。

 いい加減、前髪がうっとーしくなり……それに”いろいろ”あったので、気分を入れ替える為と決意を新たにする為に髪を切ろうとしたのだが。

 それを母、アサギに頼んだのが間違いだった。彼女はシオンが髪を切ると聞いて、目に見えて狼狽。散髪に大反対したのである。その理由はと言うと――。

 

「だって……しーちゃん、可愛いかったのに、このまま髪を伸ばしたらシオン君、しーちゃんみたいになると思って――」

 

 ……そう言って差し出された写真を奪取出来なかった事を、シオンはいつまでも悔やみ続けるだろう。後、みもりには話しをつけねばなるまい。

 ともあれその後、アサギをなんとか説得。彼女が髪を切る事で合意を得たのだが。事、ここに至って嫌がったと言う訳である。

 どんだけぐだぐだだよと言いたくなるが、ぐっと我慢。シオンは片手を差し出した。

 

「……もういい。自分で切るから」

「だ、だめだよ……! 形が悪くなっちゃうよ!」

「なら、みもりかティアナ辺りに頼んで――」

「それだけは絶対に嫌!」

 

 ならどうすればいいと言うのか。自分より背が低いアサギがう〜〜と、自分を涙目で上目使いに睨んでいるのを見て、シオンはまたため息を吐く。

 とにもかくにも、このままでは話しも進まない。明日の出発までにやっておきたい事は他にもあるのだから。

 

「う〜〜!」

「……はぁ」

 

 長い夜になりそうだなぁと、シオンは一人頷くとアサギに向き直る。

 そして説得を開始した。なおこの後、説得が完了するまでに更に一時間を要する事になったのは言うまでもない事だった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「――のは、なのは」

「ん……」

 

 誰から声が掛けられる。それを聞きながら、高町なのはは少しだけ目を開けた。

 そこに映るのは仏頂面の青年、伊織タカトだった。なのはを見下ろしている。

 

「なのは、いい加減起きろ。貴様、確か今日は朝早いとか言って無かったか?」

「ん〜〜?」

 

 なんだ夢かぁ……。

 

 彼がそこに居る訳が無い。自分を起こしに来る訳が無い。現実の自分達は敵同士だから。だからこそ、夢だと彼女は思う。

 なら、何してもいいやとも。

 そう思うなり、なのはへら〜〜と寝ぼけた顔で、タカトに笑いかけた。

 

「……黒い王子様が〜〜キスしてくれたら起きる〜〜」

「……ほぉ」

 

 ぴくり、と。その言葉を聞くなり、タカトのコメカミに怒りマークが浮かんだように見えた。

 あれ、と思う間も無くタカトはなのはの傍に顔を寄せると、”優しく”彼女に告げた。

 

「いいだろう。ならば、存分にキスさせてやろう」

「え、ほん――」

「ただし」

 

 言うなり、なのはのベッドにある敷き布団をタカトは引っ掴む! そして、そのまま彼女を投げ転がした。

 

「にゃっ!?」

「床と、な」

 

 ごろごろと転がる音と共に、なのはの悲鳴が響き渡る。床で顔でも打ったのか、鼻を押さえながら、なのはは涙目となって起き上がった。

 

「……ひ、ひどいよぉ〜〜。タカト君……」

「黙れ、やかましい。いつまでも起きない貴様が悪い。”折角起こしに来てやったのにな”」

 

 タカトが呆れたように言って、次の瞬間、なのははピシリと固まった。

 朝、朝である。そして、ここは高町家のなのはの部屋。そこに、何故に彼がいるのか。

 敷き布団を手に持ったタカトに、なのははゆっくりと振り向いた。

 

「……タカト君。なんでここに?」

「む? ああ、昨日は俺の誤解のせいで結構遅くに貴様達を帰したろう? 流石に悪いと思ってな。一人一人起こしてる真っ最中と言う訳だ」

 

 堂々と彼は言ってのける。なのはは呆然として、やがて重々しいため息を吐いた。

 昨夜、彼女達は妙な勘違いをした彼に必死にそれは違うと説明していたのだが。それが終わったのは何と夜中の事であった。

 晩御飯まで世話になりながら夜を徹して行われた説明。そこまでして、漸く誤解は解けたのだが、気付けば夜中の二時だったのだ。

 なんで彼はこう、微妙に常識が無いのか。

 がっくりと脱力したなのはに、タカトが不思議そうに首を傾げる。

 

「なんだ? どうかしたか?」

「ううん。タカト君はタカト君なんだなぁて思っただけ。ちなみに、これ不法侵入なんだけど」

「なんだそれは。食ったら美味いのか」

 

 ようは知った事では無いと言いたいのか。なのははタカトの言葉に、がっくりと肩を落とした。

 そんな彼女に、タカトは肩を竦めると窓に目を向ける。

 

「さて。ではな、なのは」

「え? あ、うん。タカト君、気をつけて――」

「それは要らない。俺とお前は既に敵同士なのだから。余計な気遣いをするな」

「あ……」

 

 気をつけて。そのたった一言さえも彼は許さなかった。なのはに向けた目は既に感情が失せている。

 つまり、敵として既になのはを認識していた。

 それに気付いて、またタカトの台詞に、なのはは目に見えて傷ついたように見えて――それをタカトは全て無視した。顔を逸らすと縮地で去ろうとして。

 

「……誰だ?」

「え?」

 

 いきなりそう言い放つなり、振り向いた。その視線は、なのはに向けられてはいない。真っ直ぐに”開いた扉”へと注がれていた。

 そして、そこには大柄な男性が扉に背を預けて居た。こちらを興味深そうに見ている。彼は――。

 

「お父、さん……?」

「やぁ、なのは。おはよう。そちらはボーイフレンドかな? だったら紹介して欲しいな」

 

 なのはの呆然とした声に飄々として答える。彼女の父、高町士郎が、そこに居た。タカトを悠然と見据えて、そこに。なのはが答えようとして。

 

「いや、違うな。俺は、彼女の”敵”だ。いつか必ず戦う約束を持つな」

「……そうか、予想した中で最悪の答えだよ」

 

 言うなり、士郎の視界はモノクロへと変化した。

 御神流奥義之歩法『神速』。

 自らの時間感覚を引き伸ばして高速移動を行う歩法である。それを発動した御神の剣士の視界はモノクロに変化し、相手の動きはスローモーションになると言う。

 そのモノクロの世界で士郎は手に持つ二刀で、タカトに襲い掛かり――直後、タカトが笑った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −閃!−

 

 なのはがそれに気付いたのは、全てが終わった後だった。父、高町士郎の二刀がタカトへと振り放たれた後。

 呆然とした彼女をよそに、二人の男は視線を交差する。タカトは感情の失せた微笑みと共に空となった視線で士郎を見つめ。士郎は、そんなタカトに額から汗を一筋流した。

 

「あ……! お、お父さん!?」

 

 漸く我に返って、なのはが悲鳴じみた声を上げる。しかし、二人は気付いていないかのように正面から見合った。

 

「もういいか?」

「……ああ、構わないよ」

 

 何のやり取りなのか、タカトの言葉に士郎は剣を下げる。そして、タカトは彼に背を向けた。

 

「それではな、なのは。俺と戦うまで達者でいろ、ではな」

「あ、タカト君! 待っ――!」

 

 当然、彼は待たなかった。なのはを無視して、縮地で消える。そんなあまりにも勝手な真似をしたタカトに、なのははもぅと口を尖らせて。

 

「なのは。彼は止めておきなさい」

「え……」

 

 そう、士郎から告げられた。一瞬、何を言われたか分からずに目を丸くする彼女に士郎は構わず続ける。

 

「今の一撃。素人なら何があったか分からずに死んでいる。玄人なら、自分が斬られている事には気付いて、でも死んでいただろう。達人なら少しの挙動で躱したかもしれない」

「な、なら。タカト君は……?」

「”あれは人間じゃない”」

 

 士郎はきっぱりと断言する。一瞬、何を言われたか分からずに呆然としたなのはに士郎は掌を広げて見せた。

 

「……見てごらん。冷や汗だ。さっきの一撃、僕は本気で斬るつもりで放った。奥義まで使ってね。しかし、彼は微動だにしなかった。僕が外した……いや、”外されたんだ”。わざとじゃなく、本能的に彼と殺し合う事を恐れてね。分かるかい? この意味が?」

「…………」

 

 それは、つまり。

 なのはは、士郎の言葉に固唾を飲んだ。その意味を、彼女はよく知っているから。

 伊織タカトと言う存在の異常性を。けど、でも。

 

「それに、彼は遠くを見据え過ぎてる。女の子じゃ、ついて行けない世界を見ている……そんな気がするな」

 

 それも知ってる。ただ自分の家族を取り戻す為に、世界全てに喧嘩を売った青年。それは家族の為じゃなく、あくまでも彼自身の我欲(エゴ)。幸せを喪失ってしまったが故に他者の幸せを守ると言う彼自身ですら気付いていない想いの果てに彼はそうなった。でも、いや――だからこそ。

 

「だから、なのは――」

「いいの、お父さん」

 

 心底心配しているのだろう。優しく言ってくれる士郎に、なのはは首を振る。そして、微笑んだまま彼に頷いた。

 

「もう決めたの。タカト君とは必ず戦うって。それは、約束だから」

「……なのは」

 

 それでも心配そうな父に、なのははもう一度頷いてみせる。士郎は少しばかり呆然として、やがてふっと笑った。踵を返す。

 

「そうか。なら、僕からは何も言えないな。なのは、彼は多分並大抵じゃないぞ? 勝てるかい?」

「――勝つよ」

 

 なのはは迷わず断言する。その言葉には、溢れんばかりの決意があった。想いがあった。

 

「勝つ為の努力もするし、勝つ為に頑張る。そして、必ず勝つよ。いつだって、そうして来たから」

「そうか」

 

 それだけ。それだけ笑って士郎は頷くと、そのまま部屋を出て階下に降りた。その背を見ながら、なのはも頷く。

 まずはレイジングハートのロスト・ウェポン化。それを行った上で、なのはには考えている事があった。

 シャイニング・ブラスターモード。通称、ブラスター”S”。

 ロスト・ウェポン化したレイジングハートなら可能かもしれない、彼女が考えた最終戦闘形態。

 完成すれば、あるいはタカトと互するかもしれない。

 あるいは、凌駕できるかもしれない――。

 それは予感か。なのはは、窓に目を向ける。もう去って行った彼に想いを馳せた。

 

 勝つよ。絶対に――。

 

 そう、なのはは心の中だけでタカトに宣言する。

 現在、午前5時半。最初の段階たるロスト・ウェポン化を開始する為のチーム集合まで、後一時間半となっていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 そんななのはが決意を新たにしている頃、神庭家には複数の少女達の姿があった。

 スバルに、ティアナとキャロの三人、それにN2Rの面々を加えた一同達が。

 勝手知ったる人の家とばかりに、彼女達は神庭家の廊下を歩く。これだけの人数が一斉に歩ける廊下と言うのはそれだけで凄まじいものがあった。

 

「……しっかし、いつの間にかここもセーフハウス状態になってるよな」

「そっすね〜〜」

 

 苦笑を浮かべるノーヴェにウェンディも同意する。最初に神庭家に世話になって以来、ついついこの家に泊まり込む事が多くなってしまったのだ。

 まぁ、やたらめったらと大きい家ではあるし、部屋も余っている上に家主であるアサギは心良く泊めてくれるので、甘えてしまったのだが。

 

「ふむ。だが、ここの風呂とは別れがたいな」

 

 うむうむと頷くは、N2Rでは2番の年長――外見だけ見れば1番の年下なのだが――な、チンクである。

 神庭家の風呂は何と庭に湧いた露天風呂。しかも温泉である。それだけでは無く、彼女は日本家屋の落ち着いた雰囲気が気に入っていた。そんな風に頷く彼女にギンガが苦笑する。

 

「でも、チンク。私達は今日から別の所よ?」

「分かっている。だから、少しでも早く装備を受け取って帰って来ればいい」

 

 そんなギンガの台詞に、チンクは事も無げに言う。一応は余所様の家なのだが、帰って来ると言わしめる辺りが神庭家らしかった。

 そんな彼女達に薄く微笑みながら、ディエチが前に出る。先頭を歩くティアナに追い付いた。

 

「でもその前に、シオンを連れて行かなきゃね」

「そうね、その通りだわ。でも、あのバカは……!」

 

 そんなディエチにティアナはどんよりとした目を向ける。そして。

 

「どこに居るってのよ!? 集合時間まで後十分よ、十分!」

「あ、あはは……」

「テ、ティアさん。落ち着いて……」

 

 そんな叫びに、隣でスバルが頬をかきながら苦笑して、キャロが宥め始めた。ちなみにエリオも姿を見せない。どうやら、シオンにくっついているようなのだが。

 

「ったくもー。朝から全く姿現さないし……」

「まぁまぁ、ティア。さっき念話入ったし、大丈夫だよ」

「大丈夫じゃない!」

 

 きっとティアナはスバルに睨みを効かせる。その瞳は明確に、こう言っていた。甘やかすなと。

 それにスバルはたじろぎながらも、いつものように笑顔を浮かべて。

 

「おー。悪い悪い、遅くなったな」

「すみません!」

 

 そんな、ここ二ヶ月で聞き慣れた声が響いた。ティアナは直ぐさま声の方向に振り向き叫ぼうとして。

 

「あんた! 何処行ってた……の……?」

「いや、ちょっと道場によ――て、どした? 皆固まって?」

 

 その場に居る女性陣が皆揃って凍り付く。シオンを見て、だ。ただ一人、エリオだけがシオンに苦笑する。

 シオンがそんな一同に首を傾げていると、一早く硬直から脱っしたスバルがシオンを震える指で差した。そのまま、問う。

 

「えっと、シオン……? だよね?」

「ん? そりゃ、そうだよ……て、ああ。こいつのせいか」

 

 そんなスバルの反応にシオンは漸く理解すると、自分の頭に手をやる。一同に、ニヤリと笑いかけた。

 

「似合うか?」

 

 そう言う彼の髪が朝の秋風に吹かれる。その髪は、相当に短くなっていた。

 シオンは髪を切って、まるで別人のように、そこに居た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ふ〜〜ん。じゃあやっぱり、はやてちゃんの所にもフェイトちゃんの所にも来たんだ? タカト君」

「……うん、来たよ、彼は――来なくていいのに」

「……ほんまにな」

 

 グノーシス月本部『月夜』。そこで、苦笑するなのはにフェイトとはやてはどんよりとした目を向けた。案の定と言うべきかやはりと言うか、タカトは彼女達も起こしに来たらしい。

 ……なのはの時と同じく騒動をきっちり巻き起こしたようだが。

 何故かムスッとしたクロノや、主と同じくどんよりとした目のヴォルケン・リッターの面々を見ると、何やらエライ事をしたのは間違いないが。なのははあえて聞かない事にした。

 『月夜』のブリーフィング・ルームには彼女達とロングアーチ一同、グノーシス出向組、そして、トウヤが集まっている。だが。

 

「スバル達、遅いなぁ……」

「そうだね」

 

 なのはが心配そうに呟き、フェイトもそれに同意した。集合時間まで、後五分。なのに神庭家に昨日泊まり込んだ面々はまだ顔を見せていなかった。

 一応、十分程前に念話で連絡を取ってはいたので大丈夫とは思うのだが。そう思っていると、ブリーフィングルームの扉が開いた。

 

「すみませ〜〜ん!」

「遅くなりました!」

 

 謝罪の言葉と共に、雪崩込んで来る少年、少女達。遅れていたスバル達であった。そんな彼女達に苦笑しながら、なのはは一言言おうとして。

 

「すんません。なのは先生! フェイト先生! はやて先生!」

「……シオン君?」

 

 自分達の所に来て頭を下げる彼女達に、なのは達は目を丸くした。正確には一番前の、シオンに。

 シオンは髪をばっさりと切って、短髪になっていたのである。一瞬、別人と見間違えた程だ。

 元々、はやてよりちょっと短い程度の髪だったのが数センチ程度短く切られていた。それにより、若干男の子っぽさが出ている。ただ髪を切っただけなのに、雰囲気がかなり変わってしまったシオンに、なのは達はぽかんとする。そんな彼女達の反応に、シオンは苦笑した。

 

「……似合いませんかね? これ」

「え? う、ううん! そんな事無いよ!」

「うん、ちゃんと似合ってる。けど」

「なんや、いきなりやったからなぁ」

 

 そんなシオンの台詞に、三人は慌てて否定する。いきなり過ぎて、流石にびっくりしたのだろう。

 後ろでスバル達も苦笑していた。かく言う彼女達も、今のシオンを見て騒いだのだから。シオンは『男が髪切ったくらいで、騒ぐ事かよ』とは言ったのだが、その髪を切っただけで雰囲気ががらりと変わったのでバカに出来ない。

 シオンはとりあえず、なのは達を宥めると視線を別方向に向ける。その視線の向こうにはトウヤが居た。彼はシオンに気付くと苦笑し、近付いて来る。

 

「髪を切ったのかね……ふぅむ、しーちゃん化計画にこれは遅れが出てしまうね」

「うん。そーいう事言いそうな奴らが増えそうってのも髪を切った理由だけどねー」

 

 軽口に軽口を返してやる。すると、トウヤはふっと笑って頭に手を置いて来た。そのまま撫でられる。

 

「はは。もう、大丈夫のようだね? まぁ、あいつがお前を放っておく訳が無いとは思っていたがね」

「……やっぱり、あれはトウヤ兄ぃの差し金か。てか、頭撫でんなよ。恥ずかしい」

 

 疑問に思っていた事に遠回りな解答を示され、シオンは取り敢えず手を払いのけた。

 やはりと言うべきか何と言うべきか、昨日タカトが自分の元に来たのは偶然では無かったのである。

 あれはトウヤの段取りだったのだ。

 どうやってかは分からないが、タカトに連絡を取って事の次第でも伝えたか。シオンは知らない事だが、トウヤはアースラチームに『あれを誰の弟だと思っている?』と言う言葉を残している。”あれ”とはシオンだけで無くタカトまで含まれていた訳であった。

 謎が一つ解け、しかしムスッとしたシオンにトウヤは苦笑を続け、また頭に手を置いた。

 ……今度はシオンも手を払いのけ無かった。この素直に弟を手助けしない、素直じゃない異母長兄を。そして。

 

「……さて、ではちょうど時間だね。席に着きたまえ、皆。ブリーフィングを始めるとしよう」

 

 それぞれの場所に向かう――力を手にする為の、旅路のブリーフィングが始まった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ストラの次元航行艦。現在、この艦は次元潜航の真っ最中である。

 ……結局、彼、タカトはこの艦の名前を調べる事をしなかった。何故なら、名前を知ると愛着が湧いてしまうから。

 この艦は、既に乗り捨てる事が決定している。何故なら向こうに着いた後は身軽になる為にこの航行艦は不要となるのだから。だから、名前を彼は調べ無い。ただ一度の共でしか無いのだから。そして。

 

「……さて、本局も抜けたか。後はミッドチルダに着くだけだな」

 

 次元座標を打ち込んだ艦は自動航行で進んでいる。その中でタカトは今は亡き艦長の席を避けて立っていた。

 別に何らかの感情を抱いていた訳でも無い。ただ、そこに座るのだけは妙な忌避感を彼は抱いていた。座ってはならない気がしたのだ。そこにだけは。

 そう思いを馳せていると、いきなり艦が妙な振動を起こした。

 

 ……これは?

 

 そう疑問を抱いた直後、艦が一斉にアラートを上げる。

 

「ぬ? なんだ……?」

 

 即座にウィンドウを展開し、状況を調べる。そして、タカトは顔を強めた。

 展開されたウィンドウには、艦の現在の状況が知らされている。それは、一つの事実を示していた。

 

「……次元封鎖されていて、これ以上は航行不能……? しかし、これはストラの――」

 

 そこまで言って、タカトは気付く。今、艦の航行を妨げた次元封鎖はストラのものでは無い事に。それは、”時空管理局が張った次元封鎖であったから”。

 考えてみれば、当たり前だ。本局決戦で敗北した管理局側が、ストラの侵攻を恐れ無い筈が無い。ならば、次元封鎖するのは当たり前であった。しかも、タカトが使っている艦はストラの艦である。尚更、通す訳が無かった。

 状況に気付いて、タカトは操舵席に座る。すぐに次元座標を打ち込んで艦を操作しようとしたが――。

 

「……間に合わんか」

 

 タカトは聞こえる艦の軋みの音に歯噛みした。元々、艦の操舵には専門の資格がいる程に難しいものだ。それを、いくらなんでもタカトが即座に操舵出来る訳が無い。結果として、艦は次元封鎖結界に無理矢理押し入ろうとして、今にも自壊しそうだった。

 

 ……このままでは、ダメか。

 

 それだけをタカトは悟るなり、右手を掲げる。そこには666の幾何学模様が生み出す魔法陣が現れていて――!

 

    −煌!−

 

 直後、タカトが乗った次元航行艦は光に包まれた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 第九管理内世界、軌道拘置所。重犯罪――しかも、管理局の捜査に否定的な者が収監される事で有名な拘置所である。

 更に、ここはある重犯罪者を収監している事で有名であった。

 だが、この管理局とストラの戦闘が激化している中で唯一平和を保っていたこの場所に、今、一つの衝撃が走っていた。

 局員達が慌ただしく拘置所内を走り回る。彼等はあるいは収監している囚人に呼び掛け、あるいは自らを守る為にバリアジャケットを展開していた。

 その表情は誰もが悲壮に歪んでいる。それはそうだろう、たった今齎(もたら)されたたった一つの報。それがあまりにも絶望的なものだったから。

 どこからともなく現れた次元航行艦が、この軌道拘置所に突っ込んで来ると言う信じがたい状況。それが今、この軌道拘置所を襲っている現実であった。

 

「くそ……っ! どこの航行艦だ! この拘置所に突っ込んで来る馬鹿野郎は!?」

「船籍不明! おそらくはストラの艦と……!」

「くそったれ!」

 

 二佐である所長は苛立ちを隠そうともしない。腹立ち紛れに机を殴りつけた。

 

「い、いかがしますか……?」

「全囚人の安全を確保! どれだけ重犯罪者だろうが人命は人命だ! 誰一人死なすな! 勿論、局員達も死ぬ事は許さん!」

「は、はい!」

 

 所長の咆哮のごとき命令に、局員は慌てて飛び出す。それを確認して、彼も突っ込んで来る航行艦に備える為に動き出そうとした。

 

《所長!?》

 

 直後、いきなり念話で叫ばれ、動きを停止された。ぐっと奥歯を噛むと、すぐに念話に答える。

 

「なんだ! どうかしたのか!」

《艦が! 急に速度を上げて! もう――!》

 

 念話は、そこまでだった。何故なら、それ所では無くなったから。

 

    −撃!−

 

 最初に所長が感じたのは衝撃だった。ただの衝撃では無い。それは大柄な所長を浮かばせるほどの衝撃であった。そして――。

 

    −軋!−

 

    −裂!−

 

    −破!−

 

 一気に視界が反転し、目茶苦茶に飛ばされる!

 件の航行艦が突っ込んだ事に気付いたのは、全ての衝撃が収まった後だった。

 所長は床の上に倒れている。衝撃で転がされたのである。

 そこで一つ呻き、咳込むと、所長は立ち上がるなり、そのまま叫んだ。

 

「突っ込んで来た馬鹿共を全員逮捕しろォ!」

 

 その叫びは通信を介して、軌道拘置所の全てに届いた。

 しかし、所長は知らない。その艦に居る人間はたった一人である事を。

 ……たった一人で全てを敵に回して、なお勝利を掴める致命的な化け物がいる事を。彼は知らなかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ぬぅ……! 何処だここは……?」

 

 その所長が言う所である馬鹿たるタカトは艦の外に這い出る。何らかの設備に突っ込んだか――残念ながら、ミッドチルダでは無いようだが。

 ともかく本局に突っ込まなかった事だけは感謝してもいいかも知れない。そして、辺りを見渡して。

 

    −撃!−

 

 突如放たれた射撃魔法を拳の一打で消滅させた。だが、それを皮切りに数千の射砲撃が襲い掛かる。それを前にしてタカトはしかし、ただ悠然と拳を持ち上げた。

 

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

 ただ殴りつける。それだけ、それだけで全ての射撃が霧散して行く!

 続いて放たれた射撃魔法も全く意に介さず蹴散らして行った。それも平然とした顔でやってのけるのである。

 射撃魔法を放つ面々は顔を青ざめさせ、タカトはそんな彼等に射撃魔法を殴りつけながら、左手の指を上げた。

 

「天破水迅」

 

    −閃!−

 

 ぽつりと告げられる一言。それは、彼等に取って死刑宣告に他ならなかった。

 一瞬にして水糸が、辺りに迅り抜ける! 同時に悲鳴が数百人分上がった。射撃魔法が停まる。

 たった一撃。それだけで、その場に居た全員は身体中を切り裂かれ、倒された。

 タカトはそれを見ながら平然と歩くと、近くに居た射撃魔法を放っていた男の襟首をひっ掴み、持ち上げる。そこで、漸くタカトは彼等が管理局員である事に気付いた。だが、まぁどうでもいいかと割り切ると局員に尋ねる。

 

「一つ聞きたい。ここは何処だ?」

「がっ……。あ……」

 

 タカトの問い。しかし、彼は答えられない。当然と言える。彼の手は途中から切断されていたから。激痛と戦う彼に問答する余裕はあるまい。

 タカトはふむと頷くと彼を適当な所に投げ捨てる。

 そして周りを見渡すが、全員、切り刻まれており、まともに尋問も出来そうに無かった。

 しまったなとタカトは思ったが、直後にそれは杞憂に終わった事を悟る。

 通路らしき所から、局員らしき人物が次々と現れて来たからだ。彼等はデバイスを片手にタカトへと突っ込んで来ていた。

 

「サービス精神旺盛だな? 一つだけ聞くが」

 

    −閃!−

 

 再び迅る水糸が彼等を襲う! それは、やはりと言うべきか一瞬で彼等を切り刻んで見せた。だが、数人は拘束するに留まる。タカトは拘束した彼等にこそ、続きを告げた。

 

「軍隊式の拷問は好きか?」

 

 そんな、地獄から響いたが如き声を彼等は聞いて。数分後、その場に絶叫が響いた。

 この時、彼はここの場所も何も知らなかったのだが――もう一つ、知らない事があった。

 ここに彼の旧友が居る事を。かつてJS事件と呼ばれ、ミッドチルダを震撼させた事件の張本人が居る事を。タカトは知らなかった――。

 

 

(中編に続く)

 

 




はい、第四十八話前編でした。早速やらかすタカト(笑)
基本的に神庭家の男共はどいつもこいつもトラブルメイカーです。うん、管理局上層部の方の胃がマッハでry(笑)
では、次回もお楽しみにー。


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第四十八話「旧友よ」(中編)

はい、第四十八話中編でございます。なのは版、あの人はどこに、第一段となります。今回は、あの人。お楽しみにー。



 

 五年前――まだJS事件も天使事件も起きる前の事。”それ”は唐突に、彼、かのDrジェイル・スカリエッティの元に現れた。

 

「侵入者かい?」

「はい」

 

 彼の疑問に、秘書にして助手。そして戦闘機人、ナンバーズ最初の一人、ウーノは淡々と頷いた。

 それに、スカリエッティはふむと頷く。彼等が居るのは隠し研究所の一つである。そこに侵入者が入るなど滅多に無い。

 管理局の局員では有り得ない。彼等には根回しをしてある。

 余程の事が無い限りは管理局は動かない筈であった。……まぁ数年前に、その余程はあったのだが。

 一応、スカリエッティはウーノに尋ねてみる。答えは否であった。

 

「侵入者は”おそらく”管理局の局員ではありません」

「おそらく? またやけに君らしく無い表現だね?」

「申し訳ありません。Dr。何せ、未だ”捕捉”も出来ていませんので」

「捕捉も……?」

 

 それはどう言う事か? 聞くより先にウーノはウィンドウを展開。研究所の至る所に設置されたサーチャーを起動して画像を映した。そこには警備に置いてある各ガジェットが徘徊している。このガジェットは研究所をランダムで動き回り、警備に当たっているのだが、そのガジェットに突如、異変が起きた。

 

    −閃−

 

 一瞬、たった一瞬である。そのたった一瞬でガジェットが二つに分かれて倒れた。

 

「何……?」

 

 異変は止まらない、静謐にただただ静かに警備のガジェットが両断されて行く。

 ”何も映っていないのに”だ。

 そして、最後にはサーチャーをも破壊されたか、ウィンドウは砂嵐となった。

 

「……こんな状態です。侵入者と思しき存在は、こちらに全く姿を見せないままガジェットを撃破。更にサーチャーをも破壊して、こちらに向かっています」

「何故、こちらに向かっていると?」

「ガジェットが撃破された形跡が入口からこちらに進んでいるからです」

 

 とても簡潔な推理である。しかし、その内容はとてもでは無いが笑えるものでは無い。

 こちらは侵入者の姿さえ捉えていないのに、向こうは研究所内を我が物顔で歩き回っているのだ。障害物(ガジェット)を破壊しながら。

 普通なら血相を変えるだろう。しかし、彼は違った。にぃ、と笑う。

 

「全く姿を見せない侵入者、か。……く、ふふ……! 面白い、面白いじゃぁないか!」

「いかが致しましょう?」

「チンクを迎撃に出したまえ」

 

 即断でスカリエッティは己が片腕に告げる。笑いを顔に張り付けたまま、楽しげに続けた。

 

「あの娘なら侵入者の正体を割り出してくれるだろう。研究所内の被害については考えなくていい、存分にやるように言ってくれたまえ」

「はい。了解しました」

 

 スカリエッティの、ある意味においてとんでもない指示に、ウーノもあっさりと頷く。普通ならば研究所の被害を考えなくていいなぞ言わないだろう。しかも、チンクのIS(先天固有技能)はランブルデトネイターと呼ばれる能力である。これは彼女が触れた特定金属を爆弾に変える能力だ。この能力を持って被害に構わず戦った場合、どこまでの被害が出るか分かったものでは無い。

 スカリエッティは、”スポンサー”に新たな援助を頼まねばねと、笑いながら思う。そして、未だ展開されたウィンドウに目を向けた。

 

「未だ見ぬ侵入者――チンクはどれくらいの被害を出すだろうね?」

 

 そう、笑いながらウィンドウをただ注視し続けた。

 結果から言うと、このスカリエッティの懸念は外れる事になる。何故ならば、被害が殆ど出る事は無かったのだから。

 

 

 

 

「くっ……」

 

    −閃−

 

 チンクは呻きながら、固有武装スティンガーを放つ。だが、それは誰も居ない壁に突き立つだけに終わった。それを見て、彼女は再び苦々しい顔を浮かべる。

 侵入者が研究所内に入り込んだとの報を受け、迎撃に来た訳だが……その敵が、居ない。否、居ない訳では無い。先程、共に連れて来たガジェットが音も無く両断されて撃破されたばかりなのだから。

 正確には、全く把握出来ないのだ。ここに、間近に居る筈の敵が。

 彼女の各種センサーにも全く掛からない。あまりにも異常過ぎる事である。敵は居る。確実に、ここに。しかし、どこに居るのか全く分からないのだ。

 こちらをじっと見て、隙を伺っている。獲物を狙う獣のように。その獲物は他でも無い、彼女だ。

 

「っ……。っ……」

 

 スティンガーを構えてチンクは周りに気配を配る。相変わらず侵入者はどこに居るのか分からない。

 緊張の時間が過ぎて行く。数秒か、あるいは数分か……チンクにとっては、それは数時間にも思える時間であった。そして。

 

    −とん−

 

 唐突に、チンクの背中に何かが当たった。同時に後頭部へと掌を当てられる――!

 

「っ――――!?」

 

 チンクは直ぐさま振り向こうとして。それすらも許され無かった。

 

    −撃−

 

 頭部に衝撃が走る! それは、彼女の意識を容赦無く断ち切ってのけた。

 

 ば、かな……!?

 

 薄れ行く視界で、チンクは何とか、敵対すらをも許され無かった敵の顔を見ようとする。けど、それは叶わなくて。結局、彼女は侵入者の顔すらをも見られずに昏倒した。

 ……彼女は知るよしも無い事ではあるが、この五年後、漸くチンクは彼の顔を見る事が出来る。その時もまた敵対者としてではあったのだが。

 

 

 

 

「チンクが撃破された……?」

「はい。しかも一切交戦させて貰えずに、です」

 

 少しだけ驚いたような顔となるスカリエッティに、ウーノは変わらぬ無表情で答えた。しかし他ならぬスカリエッティは気付く、彼女の声に、ほんの僅かだが動揺が混ざっていた事に。

 チンクはかつてオーバーSランクの騎士を限定的な条件下の元とは言え撃破に成功している。そんな彼女を、交戦すらも許さずに撃破したのだ。この侵入者とやらは。

 そんなウーノをよそに、スカリエッティは内心の好奇心が首を擡(もた)げていくのを自覚した。侵入者は果たして、どんな存在なのか。

 

「侵入者の姿は?」

「相変わらず不明です。丁寧にサーチャーを念入りに破壊しながら進んでます」

 

 彼女の報告に、更に興味が沸いて来る。

 その姿が見たくてたまらない。どんな存在なのか知りたい。

 無限の欲望。アンリミテッド・デザイアと名付けられた彼の欲が、その存在を欲し始めた。

 

「……では、次は……」

「クアットロ、トーレ。居るんだろう?」

「は〜〜い」

「ここに」

 

 スカリエッティの呼び掛けに、直ぐさま二つの応じる声が返ってきた。

 一人は、眼鏡にオサゲ、身体にぴったりとしたボディスーツにコートを着ている少女、クアットロ。

 もう一人は長身痩躯、一見すれば美青年に見えかねないが、そのボディスーツに浮かぶスタイルの良さが、それを否定する女性、トーレ。

 その二人にスカリエッティは笑いながら告げる。

 

「侵入者の件は聞いてるね?」

「はい」

「勿論ですわ」

 

 直ぐに二人は頷く。それは則ち、チンクが撃破された事も知ってると言う事であった。二人の返事にスカリエッティは笑う。そして、笑いのままに問うた。

 

「この侵入者。君達ならば、捕らえる事が出来るかな?」

 

 まるで挑発するかのような、そんな問い。それをどう捉えたか、二人は顔を見合わせると笑い合い、スカリエッティへと視線を戻した。

 

「お任せ下さ〜〜い」

「必ず、捕らえて見せます」

 

 二人はそれぞれの答えを返して、スカリエッティは鷹揚に頷き。

 

「ほぅ? 大した自信だな?」

 

 ――そんな声を聞いた。

 

 っ――――!?

 

 一同全員に驚愕と戦慄が走り抜ける! 同時、目を大きく見開いたクアットロの首に、するりと腕が掛かった。真綿のように抵抗無く、未だ驚愕から抜けられない彼女に静かに巻き付く。そして、一瞬の後には大蛇に変じたように凄まじい圧力で顎ごと首を絞め付けて来た。

 

「――!? っ!? っ!?」

 

 チョークスリーパーホールド。しかも、気管や頸動脈(けいどうみゃく)を絞める”落とす”為の技では無い。それは頚椎(けいつい)を破壊して首を捩切る殺人技であった。

 一気に混乱の極致に追いやられたクアットロの呼吸が止まり、視界が真っ黒に染まる。急速に意識が遠退いて。

 

    −軋−

 

 自分の頚椎が、正確には頚椎フレームだが、何にしても、それが破滅的な音を立てた。その音を彼女は聞きながら、完全に意識が閉じて行く事を自覚した。どさり、と音を立ててクアットロが床に沈む。

 だが、そんなクアットロを、スカリエッティも、ウーノも、トーレも見ていなかった。正確には見る事も出来なかったが正しいか。

 ガジェットを潰し、チンクを倒し、今、クアットロを苦もなく潰してのけた謎の侵入者が、姿を現していたから。

 それは、少年だった。黒髪黒瞳。もっとも顔の半分はバリアジャケットの垂れ下がったフードが隠していたが。それに、漆黒の変わった形のバリアジャケットに身を包んでいる。全身黒で固められた彼は、いっそ他を廃した純粋さを醸し出していた。それは彼自身もまた同じ。彼もまた、ただ漆黒に純粋な存在であった。

 そんな、ただひたすらに純粋さを目指したかのような存在をスカリエッティは初めて知る。

 呆然としたスカリエッティに、彼は肩を竦めながら一歩を刻んだ。

 

「……さて、後は貴様か?」

「っ!?」

 

 声を掛けられ、トーレは漸く我に返った。すぐに自らの固有武装、虫の羽に似たエネルギー翼、インパルスブレードを展開。同時に、その身体が加速する!

 IS、ライドインパルス。超高速機動を可能とする彼女の先天固有技能である。その速度は、それこそ視認不可領域。亜音速のレベルにまで到達する。トーレはその速度のままにインパルスブレードを振るって。

 

「ふむ」

 

    −閃−

 

 踏み込みと共に腕を流されて、その一撃は躱された。しかもどうやったのか、亜音速機動で発生した慣性――そうそう止まれる筈が無いそれが、完全に停止してしまっている!

 彼女が知るよしも無い事だが、少年は一撃を流した直後に彼女の亜音速機動で発生した慣性を、膝を”抜く”事で受け止めてしまったのだ。それこそ、数トンに匹敵する慣性エネルギーを。呆然とするトーレに、彼はゆらりと踏み込む――気付いた時には全てが遅かった。

 

「天破疾風」

 

    −撃!−

 

 撃ち込まれるは暴風巻く拳の一打。真っ正面から正拳の形をもって放たれたそれは、迷い無くトーレの中心を穿つ。次の瞬間、トーレの姿はその部屋から消えた。

 

    −破!−

 

 それこそ、ライドインパルスに匹敵しかねない速度でトーレの身体が壁に叩きつけられ――止まらない。その身体は部屋を次々とぶち抜いて、八つ目を数える頃に漸く止まった。

 意識の有無は確かめるまでも無い。壁にめり込んだトーレは完全に気絶していた。

 それら一連の事態を見守っていたスカリエッティは呆然とする。そんな彼に、少年は振り返った。悠々と歩いて来る。

 既に、この研究所内の全ての戦力は無力化されてしまった。ウーノは戦えるタイプでは無い。それでも、彼女は彼を守らんと前に出て。スカリエッティはそんな彼女を押し留めた。代わりに前に出る。

 

「Dr……!?」

 

 驚きに彼女が目を見張った事を気配で察する。でも、スカリエッティは構わない。やがて、彼は侵入者である少年の目の前に居た。

 

「一応、聞いて置きたい事があるのだが……」

「何だ?」

 

 返事は恐ろしく簡素かつ不遜であった。スカリエッティも大概不遜な態度を取ると言われるが、この少年程ではあるまい。気付くと彼は苦笑していた。

 

「君は何の為にここに来たんだい? 物盗りとも思えないのだが」

「ああ、それな? 実を言うとだ。道に迷ってな」

 

 は……?

 

 流石に予想外過ぎる答えを返されて、彼はぽかんとなる。そんなスカリエッティに構わず、たった一人で彼の研究所を潰した少年は答え続けた。

 

「ミッドチルダで美味な特産品が出ると言う噂を嗅ぎ付けてな。”おつかい”に来たんだが……どこをどう間違ったのか、こんな山奥に来てしまった。で、相方に頼んでどうするかを聞いたら近くに人が居るから聞けと言われたのでここに来たんだが、まぁ変なガラクタに襲われたもんで、取り敢えず叩き潰したら次から次に沸いて来る始末。で、元から潰しておくかと来てみたらこうなった、と言う次第だな」

「……つまり、君はただ迷子で道を聞きに来ただけだと?」

「ああ」

「この研究所をどうこうするつもりは無かったと?」

「そうなるな」

 

 あんまりにもアレ過ぎる理由に、スカリエッティはおろかウーノまで呆然としている。そんな二人に、少年は小首を傾げた。

 

「と、言う訳でだ。エルセアとは何処だ?」

 

 次の瞬間、スカリエッティは爆発した――正確には、爆発したように爆笑し始めたのだ。

 何らかの目的があった訳ですら無い。ただ道を尋ねたかったと言った彼に。

 そんな理不尽過ぎる理由で片手間扱いに潰されたのだ。自分の研究成果たる戦闘機人が! これが笑わずにいられる筈が無い。

 ウーノまでもがスカリエッティに声を掛けられないでいると、やおら少年は憮然としたままにそっぽを向いた。

 

「……そんなに笑わなくでもいいだろう? 確かにミッドは初めてだから、”お上りさん”になったのは認めるが」

 

 そんな当たり前であり、しかし場の空気とは全くそぐわない反応を返されて、スカリエッティは更に爆笑する。

 笑って、笑って、笑って……。

 数分程、本気で腹筋が捩切れる程笑った彼は、目に涙を浮かべつつ。漸く立ち上がった。

 

「後で、エルセアまでの道を教えよう。……それと引き換えになるのだが、一つ頼みを聞いてくれないかい?」

「何だ? ちなみに正当防衛だから俺が壊したガラクタを弁償する気は無いぞ? 治療費もな」

「君は、毛ほども傷ついていないようだが?」

「知らん。先に手を出したのはそちらだ」

 

 その前に不法侵入であるのだが、当然とばかりに二人は構わない。

 スカリエッティはくっくと笑うと右手を彼に差し出す。それは、あまりに自然な動作で。

 

「友人に、なってくれないかね?」

 

 そう、スカリエッティは彼に告げた。これが後にジェイル・スカリエッティが生命に対して、一種の執着を覚える事となる事件。そして彼、伊織タカトとの出会いであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 グノーシス『月夜』。複数ある転送ポートの中に数人の姿がある。広い転送ポートは、それぞれ二組をそこに乗せていた。

 中国、大連行きの、チンク・ナカジマ、ノーヴェ・ナカジマ、ディエチ・ナカジマ、ウェンディ・ナカジマ。

 EUイギリス行きの、ギンガ・ナカジマ、スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター、エリオ・モンディアル、キャロ・ル・ルシエ、姫野みもり、そして神庭シオン。

 そんな一同を、グノーシス第一位である叶トウヤを始めとした見送り組が、笑みを浮かべて見守っていた。

 

「準備はいいかね? これより君達にはそれぞれ、中国大連支部とEUイギリス支部に跳躍(と)んでもらう。向こうにはガイドをつけてはいるが、失礼の無いように――そして、これ以上私の財布を軽くする行為は慎んでくれたまえ。特に、そこの暴走弟は注意するように!」

「何で俺だけ名指しだよ!?」

 

 流石の言われようにシオンが喚く。しかし、トウヤはやけに感情が失せた瞳を向けた。

 

「聞きたいかね?」

「イエ、イーデス……」

 

 必死に目を逸らしながら、片言でシオンは答える。トウヤの瞳が非常に怖かったのだ。今すぐにでも、『もかもか室』を召喚しかね無いような気配がある。暫く、目を逸らすシオンをじーと見つめて、やがてトウヤは嘆息すると視線を外した。

 あやうく薮から蛇な状況だった事と、それを脱っした事にシオンはホッとした。そんなシオンを尻目に、トウヤは気を取り直して話しを続る。

 

「後はブリーフィングで話した通りだ……とは言えアクシデントは付き物、現場では常に臨機応変に頼むよ。では、はやて君?」

「はい」

 

 トウヤがマイクを、はやてに譲る。彼女は頷きながらそれを受け取り、一同の前に出た。

 

「皆、これから暫くは別れて行動やけど、私は特に心配はしてない。あの本局決戦から逃避行まで含めて、何とかやってこれたんや。今回も大丈夫やと信じてる。やから皆、私が言えるんは一つだけや――また皆で、ここに強なって集まろ! 私はここで待ってるからな! 以上!」

『『はい!』』

 

 皆、即応で頷く。それを見て、はやても満足そうに頷き、トウヤにマイクを返した。トウヤはそれを受け取り、転送ポートの起動を目線だけで命令する。

 すぐに転送ポートが起動。それぞれを、光が包んで――。

 

「では、幸運を。頑張って来たまえよ」

 

 その声を最後に、転送ポートに居た面々はそれぞれの向かう場所に空間転移された。

 向かう先は中国大連。そして、EUイギリス支部。

 シオン達は知らない。その先に待ち受けるものを。

 まるで運命のように、そこでただ彼等を待ち続けるものも。

 それを知るまで後僅かとは言え、シオン達は知らなかった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 何故だ……? 何故、こうなった……!

 

 軌道拘置所、所長室。その主たる所長、カシマ二佐は頭を抱えていた。つい十分程前に、この軌道拘置所にストラのものと思しき次元航行艦が突っ込んで来た。

 それは、まぁいい……いや、よくは無いのだが、それによる人的被害は奇跡的にも無かったのだ。それだけでも僥倖と言える。

 後は航行艦の乗組員を捕まえれば、復旧に取り掛かれた。

 その筈であったのだ。

 その筈、なのに。

 

「何故だ……誰か……誰かいないのか!?」

 

 通信で拘置所内の全局員達に連絡を取る。しかし、返って来たのはただの無言であった。

 当然だ。既に、この軌道拘置所において意識を保っているのは彼以外にはいないのだから。

 あれからたった十分程。たったそれだけでそこまでの状況に追いやられたのだ。たった一人の侵入者によって。

 

 何故だ……。何故だ……!?

 

 繰り返される自問。しかし、答える声は己の中にすら無い。そして。

 

    −撃!−

 

 突如、所長室の床が螺旋状に撃ち抜かれる!

 その衝撃で椅子に座っていた彼はもんどり打って床に倒れてしまう。痛みに呻いていると、眼前に人影が落ちた。

 

 誰だ……?

 

 顔を上げる。その顔には当然見覚えが無い。何故なら、彼は第一級の次元犯罪者でありながら名はともかく、顔が全く世間に流布しない存在であったから。

 ナンバー・オブ・ザ・ビースト、伊織タカトはそんな存在であった。

 

「後残るのは貴様だけか……一つ尋ねたいのだが、ここに次元航行艦は無いか? その部品でも構わんが」

「なん、で……」

「ぬ? ああ、ここの看守だった管理局局員達に”お話し”していろいろ聞けたのだがな。だが、結果としては最悪だった。取り敢えず、ミッドチルダに行ける方法があれば文句は言わん。よこせ」

 

 全く違う意味での問いに、タカトは平然と答えながら凄まじく理不尽な要求を叩きつける。そんな彼の足元で、震えながらカシマは続けた。

 

「なん、で……?」

「ぬぬ? 聞きたい事は違ったか? だとすると、何でそんな事をとかを聞きたいのか。残念ながら目的については話せんから、それは諦めろ。と、言う訳でだ。さっさとよこせ」

 

 またもや見当違いの解答をタカトはする。しかし、カシマはそんな答えを聞いていなかった。聞きたい事は”それ”では無かったのだから。震える手が、拳を握る。

 

「なん、で。こんな、事を……?」

「ああ、そっちの方か。何だ、先に言えばよかったものを。有り体に言うと、これが一番手っ取り早かったからだ」

 

 漸くまともにカシマの問いを理解してタカトは頷く。しかし、その解答はあまりにも理不尽なものであった。

 

「いちいち艦を貸してくれなどと言っても貴様達も聞く耳は持つまい? と、言う訳で奪いに来た……そう言う事だ。早くよこせ」

 

 そこまで聞いて、カシマは勘忍袋の緒を切った。握りしめた拳を振るいながら立ち上がった。

 

「ふざっけるなぁああああぁあぁあああああああああああああっ!」

 

 怒号と共に唾を飛ばしながら、殴り掛かる! だが、タカトはそんなカシマから放たれた拳をあっさり躱すと、逆に顔面に拳を入れた。

 

    −撃!−

 

 一打はあっさりとカシマの鼻を叩き潰し、彼を地面に打ち据える。彼が幸運だったのは、一撃で気絶してしまった事だろう。そうでなければ、激痛でのたうちまわる羽目になっていただろうから。

 昏倒したカシマを冷たく見下ろしながら、タカトはぽつりと呟いた。

 

「浅慮……貴様達は理不尽だ等と思うのだろうが、それこそ怠慢と知れ。奪われたくなくば強くあるしか無い。しかも貴様達は他者のそれを守る存在だろう? そんな存在が”弱い”と言う事、れ自体がすでに”罪”だ。まぁもっとも、人の事は言えた義理では無いがな」

 

 それだけを既に意識を失ったカシマに叩き付けて、タカトは所長室を出る。思わず最後の一人までも叩きのめしてしまったが。さて、これからどうするかと彼は悩んだ。

 正直、ここから次元転移を彼自身が使ってミッドチルダに直接向かう事も考えたのだが、はっきり言って現実的では無いだろう。またあの次元封鎖に往生するのは間違い無い。いっそあれを完全にぶち壊すのも考えたし、可能なのだが。あれがストラに対する防壁となっている以上、むやみやたらに壊すのは得策とは言い難かった。ふむぅ、と彼は腕組をしながら悩み――その足がぴたりと止まった。くるりと反転して、所長室に戻る。

 そして、所長専用の情報端末を引き出すなり、右手を掲げる。そこに輝くのは、やはり666の魔法陣!

 

    −煌−

 

 そこから飛び出た虹色の帯が情報端末に突き刺さり、直後、情報端末の全てのロックが解除された。それを確認してタカトは頷く。

 

「最初からこうしていれば、よかったな。ついつい、直接人に”聞く”癖がついてしまっている。自重せねば」

 

 自重。その言葉程、彼に似合わない言葉は無い。そうして彼は情報端末を操作して、やがて顔をしかめる事となった。

 

「次元航行艦そのものの駐留は無し……本局決戦に破れた管理局側がミッドで戦力を集め出したのか。ふん? 悪く無い手だ。しかし――」

 

 細々とした替えの部品等々はある。しかし、それを使ってタカトが乗って来た次元航行艦を修理出来るかと言えば答えは否であった。そもそも次元航行艦を修理出来たとして、どうやって次元封鎖を抜けるのか。悩みは尽きない。

 取り敢えず、他の手段を捜すかとタカトは情報端末を操作して。

 

「む……?」

 

 やおら、その顔が怪訝に染まる。それは情報端末に出たあるファイルを見咎めたからであった。囚人名簿と書かれたそれに。

 タカトはしばしそのファイルを眺めて、やがてそれを開いて表示させた。

 自分では次元航行艦を修理も出来ないし、次元封鎖も破壊以外の手段で抜けられ無い。ならばいっそ囚人に手伝わせてはと思ったのだ。脱獄を条件にすれば、大体の奴らは手伝うだろう。それにこれだけ大きな軌道拘置所である。ひょっとしたらではあるが、次元封鎖を抜けられる手段を講じれる者がいるやも知れない。

 そう思いながら、タカトは名簿に目を通して――やがて、ぴたりとある名前で目は止まった。

 しばらく呼吸を忘れたかのようにタカトは硬直して。

 

「奴がここに……?」

 

 それだけをぽつりと呟く。情報端末が出した、その名簿にはある男が表示されていた。

 ジェイル・スカリエッティ。

 かつてミッドチルダを驚愕と恐怖に叩き込んだ男。JS事件と呼ばれる一連の事件の主犯。そして、タカトの旧友たる男が情報端末に表示されていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −煌−

 

「はわっ?」

「うおっ」

 

 トウヤ達に見送られ、一瞬の浮遊感を覚えた直後、シオン達は全く違う場所に居た。空間転移したのである。

 EU行きの面々が、いきなり戻って来た重力に少しのバランスを崩しながらも何とか耐える。そして、辺りを見渡した。

 

「ふわぁ……!」

「ここって……」

「どうやら、無事に着いたみたいだな」

 

 そこは広い庭のような場所であった。遠くには大きな、しかし年期の入った建物も見える。

 グノーシス、EUイギリス支部『学院』と、そう呼ばれる場所であった。

 見慣れぬ景色に感嘆の声を上げる皆にシオンは苦笑して、やがてこちらに歩いてくる存在に気付いた……見覚えのある顔に。

 

「どうやら着いたようだな、久しぶりだなシオン」

 

 そう告げるのは白衣を着た少女であった。背はかなり低い。おそらくはエリオやキャロと同じくらいか。

 ショートの髪に鼻にちょこんっと乗った眼鏡が可愛いらしかった。そんな少女に不思議そうな顔となる一同の視線を感じながら、シオンは片手を上げる。

 

「おう、チビ姉。元気してたかー?」

「き、貴様! また私をそんな風に……!」

 

 よほどそう呼ばれるのが嫌なのか、彼女はいきなりシオンに飛び掛かる! しかし、シオンは苦笑しながら頭に手を置いて、つっかえ棒にした。当然、背の低い彼女の手は届かずに空を切る。

 

「く、くぬぅ〜〜〜〜!」

「はっはっは。人がゴミのようだ」

「こらこら、小さい子をいじめてどうすんのよ、あんた」

 

 有名過ぎる名台詞を言いながら笑うシオンを、後ろからティアナが近付いて耳を捻り上げる。それには堪らず、シオンは悲鳴を上げた。

 

「て、痛ててっ!」

「あんたが悪いんでしょ? ごめんね、お嬢ちゃん。こいつも悪気があった訳じゃ――」

「……じゃない」

 

 謝ろうとするティアナの声を遮って、少女が何事かを呟く。それはあんまりにも小さな声で、ティアナは頭上に疑問符を浮かべた。

 

「えっと、ごめんね。もう一回言ってくれるかな?」

「私は! お嬢ちゃんなんかじゃないっ!」

 

 やおら、がばりと顔を上げて少女が吠える。そんな彼女に面喰らっていると、唯一シオン以外に彼女と面識のある姫野みもりが前に進み出た。苦笑しながら、一同に告げる。

 

「えっと、ですね。彼女は鉄納戸(てつなんど)良子(りょうこ)さん……その、私の”二歳年上”になります」

『『……へ!?』』

 

 流石に一同は固まる。みもりの年齢は今年十八になるのだと言う。と、言う事は――。

 

「今年で二十歳! お前達よりうんと年上だ!」

「しかも、今回のロスト・ウェポン化計画において、お前達のロスト・ウェポン開発責任者だったりするんだけどな」

 

 ぷんすかと怒りながら言う彼女、良子にシオンが追記でとんでも無い事を付き足してくれる。しばし、時が流れて――。

 

『『え、えぇええええぇええええ――――!?』』

 

 ――そんな大声を一同は一斉に上げたのだった。

 

 

(後編に続く)

 

 




第四十八話中編でした。
ちび姉登場(笑)
こう見えて二十歳なちび姉、実は結構な天才だったりします。タカトやなのはの一個下のお年頃(笑)
そして、回想とは言え、ジェイル登場。ネタ枠含めて、いろいろ便利過ぎですこの人(笑)
では、次回もお楽しみにー。


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第四十八話「旧友よ」(後編)

はい、第四十八話後編です。ようやっと、EU編は開始ですが、タカトはまだミッドに着かないと言う。前フリ長い(笑)では、どぞー。


 

 グノーシス、イギリスEU支部『学院』。その施設は首都ロンドンの郊外にひっそりとある。さほどロンドンから離れている訳でも無いのに、この辺りは比較的のどかであった。

 首都と言えど少し離れるだけでこのような風景が見られる。東京でも郊外に行けばわりと田舎があるものだ。

 おおざっぱにシオンはそんな風に思いながら『学院』内を歩く。先頭に立つ鉄納戸良子の膨れっ面に苦笑しながらではあったが。

 そんな彼女に、後ろでスバル達がおろおろしているのが手に取るように分かった。それにもシオンは苦笑を強める。

 先程、初対面の時に驚きの声を上げた事を良子が拗ねているのだ。スバル達はそれを気に病んでいるのだろう。

 しょうがねぇなぁと、シオンは胸中呟くと良子に追い付き、声を掛けた。

 

「……なぁ、ちび姉。ちっさい扱いされんのは前からだろ? スバル達は初対面だったんだし、いい加減許してやれよ」

「き、貴様……! 誰に一番怒ってると思ってるんだ!」

 

 執り成すように言った言葉に、良子はすぐに反応。こちらをキッと睨んだ。シオンは、おや? と首を傾げて。

 

「……ひょっとして、俺?」

「貴様以外の誰が居る!? ちび姉と呼ぶな!」

「だって、ちび姉はちび姉だし、前からそう呼んでただろ?」

「その度に訂正しろと言っただろう! 全くお前は――!」

 

 足を止めて、そのまま説教モードに移行。良子は、腕組みしてシオンに怒声を浴びせ掛ける。シオンは苦笑して、床に正座して聞く事にした――怒られている時に自分より視線が高いと良子が更に怒るからだ。

 そんな、懐かしい気持ちになりながら久しぶりに良子の説教を聞いているシオンを見て、スバル達はちょっと呆気に取られながら、やはり微苦笑しているみもりに尋ねる。

 

「ねぇねぇ、みもり。シオンってさ。何で良子ちゃ――……さんの事をあんな風に呼ぶの?」

「えっと、それはですね」

 

 危うくちゃん付けにしそうだったのを何とか堪え――以前、姉であるチンクにしてしまい、えらい怒られたからだ――堪えながら聞いたスバルの問いに、みもりは顎に手を当てて少し思案。しかし、すぐに頷くと説明を始めた。

 

「良子さんは、私達が小学生くらいの頃にお世話になった人なんです。……私と、シン君。ウィル君とカスミちゃんは皆、良子さんに遊んで貰ったんですよ」

 

 みもり達が小学生低学年くらいの頃、グノーシスが二分に分かれる争いが起きた。世に言う『グノーシス事件』である。

 これにより神庭家は殆どの人間が出て行き、みもりの父も表の混乱を押さえる為に家に帰れない日々が続いた。そんな彼等、彼女達の面倒を見たのが神庭アサギと個人的に友人であった鉄納戸家であり、その家の長女、良子であったのだ。

 ああ見えてシオンは良子には一切頭が上がらない。あるいは義理の姉、ルシア・ラージネスと同じくらいに、であった。

 そんな説明を聞きながら、ギンガがみもりの説明にちょっと頷く。

 

「成る程……シオン君って年上の女性に弱そうな気はしてたけど、やっぱりそうなのね」

『『……う……』』

 

 何となしに呟いた彼女の台詞に、一斉に唸る声が三人分上がる。今更とは言え、やっぱり口に出して言われるときっついものがあった。

 スバルは一つ年下、ティアナとみもりは同い年であったから。そんな一同に、漸く説教が終わったのか、シオンが立ち上がってこちらに近付いて来る。

 

「悪い悪い、足止まらせちまって……て、どした? スバルも、ティアナも、みもりも?」

 

 場の空気が微妙におかしな事に気付いたのか、シオンは首を傾げる。だが、それに三人は答えなかった。それぞれそっぽを向いたり微苦笑するだけ。シオンは眉を潜めた。

 

「……何だよ……?」

「別に何でも無いよ」

「別に何でも無いわ」

「別に何でも無いです」

 

 問うシオンに、それぞれ語尾だけ変えて、全く同じ事を言う。それにこそ何かあったろと、シオンは思うが、三人はやはり答えない。やがてギンガが苦笑しながら、シオンの肩を叩いた。

 

「シオン君……世の中気にしちゃ駄目な事があるの」

「はい?」

「今回は私が無用心な事言っちゃったのもあるけどね」

「いや、何の事言ってるんですかギンガさん……?」

「こら――! 何やってるんだ、早く来い!」

 

 ギンガの台詞も、やはり訳が分からずにシオンは頭に疑問符を浮かべまくり、そんな一同に良子が大きな声を上げた。シオン達は、慌てて彼女に続く。

 これより向かうは『学院』地下施設、その一つ一つが核弾頭並の危険物扱いとされる物が並ぶ場所。

 遺失物――つまり、ロストロギア封印施設であった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 『学院』は一般的には、普通の大学として知られている。意外かも知れないが、わりと普通の大学生もここには通っているのだ。これは全てのグノーシス支部に言える事ではあるのだが。

 例えば、極東日本支部『企業』は何も知らないサラリーマンが働いているし、北米アメリカ支部『正義』は米ペンタゴン内にある為、軍の高官達が普通に出入りしている。

 さらに言うならば、EUフランス支部は『教会』であり文字通り十字教総本山であるフランス内部の世界最小主権国家、バチカン市国”そのもの”がグノーシスの支部となっている。

 だが当然、多数の十字教信者達はそんな事を知らない。木を隠すなら森の中と言う訳ではあるまいが、グノーシスはこのように、一般人からひどく近しい所で活動しているのであった。そして――。

 

「――てな訳で、基本的にグノーシスの施設は一般人の目に触れられないように地下に作られてるって訳だな」

『『へ〜〜〜〜』』

 

 古びた、しかし歴史を感じる重々しい校舎に全く似つかわしく無い大きなエレベーターで地下に下りながら、通り一辺を説明したシオンに、スバル達は珍しそうな目を周りに向けながら何度も頷く。

 現在、『学院』の隠しエレベーターで地下施設に向かっているのだが、シオンは毎度の事とは言え、この高速エレベーターに乗るとまるで投身自殺をしているような錯覚に襲われる。

 地下150m先に下りる高速エレベーターだ。そんなもの投身自殺しているのと体感は何も変わらない。

 ただ重力、慣性制御システムがある為、実際死ぬ事はおろか衝撃も感じないのだが。そんなシオンに、スバルが不思議そうな顔をした。

 

「でも、こんなに深くに施設を作る必要ってあるの?」

「逆だよ。そんだけ下に作らざるを得なかったんだ……もし、中のもんが暴走しても被害を最小限に出来るようにな」

 

 シオンは苦笑すると、そのまま一同に振り向く。悪戯っぽい笑みが、そこには張り付いていた。

 

「よく覚えとけよ。お前達に渡されようとしてるもんは、”そう言った”もんだ。……暴走すると、取り返しの付かないって代物だ。それだけは覚悟しとけよ」

「……うん」

 

 その言葉に、自分達が扱おうとしているものがどれだけ危険物か悟ったか、一同は顔を引き締めた。

 シオンは満足そうに頷くと前を向く。同時、チンっと言う懐かしい音が鳴るとエレベーターの扉が開いた。良子が先導して、最初に中から出ながら一同に告げる。

 

「ようこそ、『学院』へ……そして、ここが遺失物封印区域だ」

 

 

 

 

 

 そこは、ドーム状の場所であった。恐ろしく広い空間がドームに包まれている。しかし、中はがらんどう。たった一つ台座があるだけで、他は何も無い。そんな空間に、シオン達は入っていた。

 

「……これが噂に名高い『学院』の遺失物封印区域か」

「ふわぁ〜〜」

 

 良子に先導されて、ドームの中央に歩く一同は物珍しい光景に目を奪われる。それはそうだろう。数十mに渡り、広がる地下ドームなど珍しい事この上無い。

 やがて中央に到着すると、良子が台座に手を翳(かざ)した。何ごとかを呟くと台座が開き、下から何かが迫り出して来る。

 

「これ、どう言う……?」

「この下にロストロギアが封印されてるんだよ。で、ここからオーダーを出してロストロギアを呼び出すって訳だ――来るぞ」

 

 それらを見て、疑問の声を漏らしたティアナに律儀に答えながら、シオンは冷や汗を一つ流した。これから出て来るものが何かを知っているが故にだ。それは遺失物にして遺失物に非ず。

 『奉非神』との戦いに於いて、グノーシス――否、人間が彼等より”算奪した戦利品”だ。だからこそ、シオンは知っている。それが、いかなるものかを。そして、”それ”は出た。新たに現れた台座に載せられて出て来たもの達が。

 まず最初に目についたのは、大きな三つの宝玉である。蒼、緋、紫の三色の宝玉。しかし、それはただの宝玉では有り得ない。こうして見ているだけで、凄まじいまでの圧力を感じる。

 かのエネルギー結晶型ロストロギア、レリックを遥かに上回るエネルギーを秘めているのは間違い無い。

 続いて目についたのは、剣であった。これもただの剣では無い。幅広の大剣は不可思議な事に、刃の向こう側が透けている。ごく薄の刃なのか、それともガラスのような透明な材質で出来ているのか判然としないが、それも通常の剣では無い。目に見えて分かる程のプレッシャーを感じる業物であった。

 最後にこれまた四つの宝玉。しかし、これは前の三つの宝玉と違いえらく小ぶりであった。四つの宝玉は、それぞれ『東』『南』『西』『北』と方角を表す文字が刻んである。恐らくは四つセットのロストロギアなのだろう。他のロストロギアと比べても勝るとも劣らぬ圧力を吹き出していた。

 その五つの神宝に驚いたかのように、唖然とする一同。彼女達を代表するように、シオンは生唾を飲みながら我知らずに呟く。

 

「かの岩より生まれし、猿神、斉天大聖、孫悟空! そして北欧神話に於いて卓越した魔術の使い手であったオーディーン、別名、鴉神(フラフナグド)! 更には、かのゼウス神を一度は敗退に追い込んだ嵐神、テュポーン! そしてニーベルンゲンの指輪でお馴染みの鋼の英雄、ジークフリートの愛剣、封竜剣バルムンク! 最後に世に言う四海竜王、東方蒼龍(東海龍王)、敖廣(ごうこう)、廣徳王。南方赤龍(南海龍王)、敖欽(ごうきん)、廣利王。西方白龍(西海龍王)、敖閏(ごうじゅん)、廣順王。北方黒龍(北海龍王)、敖順(ごうじゅん)、廣澤王。それらの龍玉達! ……すっげぇ……始めて見たよ」

『『……はい?』』

 

 熱っぽく現れた神宝について呟くシオンに、スバル達は何事かと聞き直す。だが、シオンはそんな彼女達の疑問なぞどこ吹く風であった。良子に目を向ける。

 

「こいつ達を、スバル達に……」

「そうなる。どれも一級品の神奪宝だから、扱いには非常に気を配らなければならない。取り敢えず今は封印解除中だ。それが終わるまではどれも取り出せない」

「え? 封印?」

 

 話しについていけなかったスバルだが、漸く語られた台詞を理解して今度は良子に聞き直す。彼女は頷くと、再び台座に手を翳した。神宝達が再び格納されて行く。

 

「第一級の超危険物だからな……最高位の封印を四層も編んでいる。これは、一層解除するのに丸一日掛かる程のものなんだ。それより、君達は今のシオンの話しを理解出来た?」

「い、いや、その……」

「全然、分からなくて……」

 

 丁寧に説明しながら良子はスバル達に問うと、彼女達は困ったような顔を浮かべた。

 当然とも言える。このロストロギアは全て”地球産”のものなのだから。当然、地球育ちな訳でも無いスバル達が、これを知る訳が無かった。納得したように良子は頷くと、シオンに振り向く。

 

「シオン」

「分かってるよ、ちび姉」

「ちび姉と呼ぶな!」

「……細かいなぁ。取り敢えず、後で俺も大英図書館に調べ物あるし、スバル達連れてくよ。んで、それぞれの神話のレクチャーして来る」

『『へ?』』

「よし、ならいい。ちゃんと教えるんだぞ?」

『『え?』』

 

 自分達の全く知らない所で話しが進んで行き、スバル達は目を白黒させる。それに構わず、シオンと良子はお互いに頷き合った。やがて封印区域から出ようと踵を返して――ぞくりとシオンの背筋を悪寒が突き抜ける。

 

「あれ? これ……?」

「どうしたの? キャロ?」

 

 そんなシオンを知ってか知らずか、突然キャロが不思議そうな声を上げた。自分の間近、すぐ側をゆっくりと黒い甲虫(かぶとむし)が飛んでいる。虫にしては、少々大きめだが不思議と嫌悪感を感じない。生き物と呼ぶには単純過ぎる輪郭のせいか――そんなキャロの声を聞いて、エリオが振り向く。その頃にはシオンは特級の嫌な予感に包まれていた。彼もまた振り向き、そして。

 

「あ、エリオ君。ここに大きな虫がね――」

 

 そう言いながら振り返るキャロに甲虫が中央から展開。その身体が開き、中から現れたのは小さな針!

 

「キャロ! 逃げ――!」

「え?」

 

    −閃−

 

 直後、彼女の白いうなじに向けて、甲虫は針を撃ち出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 そこは一見、普通の独房であった。ジェイル・スカリエッティが入っているそこは、薄暗く簡素なベット等が置いてあるだけ。しかし、彼はそこで度々起こる”振動”をリズムにして鼻歌なんぞをそらんじていた。

 今日は、朝から気分がいい。何故かと言われても困るのだが、今日のジェイルは久しぶりに機嫌が良かった。

 だが彼の場合、いつ見ても口元に薄笑いを浮かべているので傍(はた)から見れば、その違いは分かるまい。何にしても、彼は気分が良かった。

 それが、この軌道拘置所を特級の衝撃が襲うに当たって絶頂を迎える。彼は独房の中で、ひっくり返りながらも笑っていた。看守の一人が不気味そうに笑っていたが、知った事ではない。その看守も慌てて何処かに行き――そして帰って来なかった。

 

「人は賢者と愚者に分けられる。かつて君はそう言ったね?」

 

 そんな中、唐突にジェイルは鼻歌を止め、独り言を呟き始めた。だが、それは果たして独り言と呼べるのか。誰かに話し掛けるような口調は独り言と思えない。振動がさらに強くなった。

 

「賢者と愚者。人が聞けば誰でも賢者の方が正しいと思うだろう。だがね、私は愚者になりたかった。賢者ならば、そもそもあんな夢を追ったりはしない。だから、私は愚者になりたかったのさ」

 

 正しくなくともそれを夢見た。他人の事なぞ、知った事では無い。他人なんて、所詮は他人。別の生き物に過ぎない。ならば、いくら利用しようとも構わない。

 だが、勘違いをしてはならない。

 自分は人間を愛してる。あれだけ未知な存在はそうはいない。

 骨を抜きとり、内蔵を改造して、脳髄を引きずり出し、精神――記憶までもに手を加え。

 足りない。

 足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない!

 自分は、まだ”人間”と言う存在を説き明かしていない!

 ”彼”に追い付いていない!

 ああ、ああ、なんて狂おしい。

 ああ、ああ、なんて妬ましい。

 人間――否、彼を説き明かす事が出来るなら、いくらでも愚者になろう! そう、思っていた。

 

「だが、私は間違っていたよ。本当の意味で愚者とはそう言った存在じゃないのさ。考えてみれば誰だって分かる。誰が好き好んで愚者になりたがる? 誰が望んで愚者になると言うんだい? そう、そこから違うのさ。愚者は最初っからとことん愚者だからこそ、愚者なのさ」

 

 本人にその積もりは一片足りとも無かろうともその行いは愚を極め、その思想に他者は非ず、理解も出来ない。

 人格として、最初っから最後まで”間違って”しまっている存在。

 故に人は言うのだろう。愚か者、と。

 

「そう言った意味では君は極めて愚者だ。先程、航行艦がここに突っ込んで来たそうだが、そんな真似をする人間を私は一人しか思い浮かばなかったよ」

 

 微笑む――狂気じみた笑みと共に。振動は止まる事無く強くなっていた。そして。

 

    −撃!−

 

 直後、ジェイルの居る独房の天井が”くり抜かれた”。まるでコルクを抜くが如く丸く円を描いて、次の瞬間にはそれが落ちて来る!

 

    −轟!−

 

 激音と共に大量の砂埃を立てて、落ちて来た天井。だが、それは果たして狙ったものなのか、ジェイルを綺麗に避けていた。その天井の上に立つ人間が居る。

 ジェイルは砂埃なぞ、見えていないかのように無視して手を大きく広げた。それは、まるで歓迎するかのような仕種であった。そんなジェイルに、”彼”は告げる。

 

「久しぶりだな、ジェイル。貴様、こんな所で何をしている?」

「ああ、本当に久しぶりだ。五年振りかい? タカト」

 

 そうやって、久しぶりに旧友達は顔を合わせた。

 最初に会った時以来、会う事も無かった二人は、このように再会を果たしたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 薄暗い独房の中で向き合う二人、伊織タカトは相も変わらぬ無愛想な顔で、対称的にジェイル・スカリエッティは薄笑いを浮かべていた。

 ジェイルは、その笑みのままにタカトを上から下まで眺めると一人頷く。

 

「大分身長も伸びたね、今はいくらだい?」

「ここ最近は計っとらんからな。正解には分からんが180強と言った所ではないか? ……しかし、そう言う貴様は変わらんな」

「若く見られる事に関しては定評があってね」

 

 ジェイルは年代から考えると歳は三十を超えている――あるいは四十に届くかもしれないのだが、外見からは全くそうは見えない。二十代と言われても信じてしまえそうであった。

 そんな場に似つかわぬ、しかしこの二人だと納得してしまえそうな世間話を二人は交わして、やおらジェイルがにやりと笑った。

 

「で? 君は何しにここに来たんだい?」

「わざとじゃないぞ?」

「……私は何をしに、と聞いたのだが」

 

 いきなりそんな事を言う辺り、とんでも無い事を彼はやらかしたのか。じーとがタカトを半眼で眺めていると、彼は諦めたように嘆息。ここに来た事情と、今の状況を大ざっぱに説明した。

 それを聞き終わるなり、やはりと言うかジェイルに爆笑された。

 

「……くっ……! くくく……っ! いや、流石だね。君はいつも、私の考えを斜め向こうに飛び越えてくれる!」

「……素直に馬鹿めと言え」

「ならそう言おう。馬鹿だね、君は」

「死ね」

 

 言われた通りの事を言ったら拳を振り上げられた。冗談抜きにブン殴られそうだったので、ジェイルは即座に降参とばかりに両手を上げる。タカトはふて腐れながら拳を納めた。

 

「……で、わざわざ私を尋ねて来た理由は?」

「ただ単純に顔を見ようと思ってな。まさか捕まっとるとも思わなんだし。そう言えばジェイル。お前、航行艦の修理は出来るか?」

「実物を見なければ何とも言えないね。まぁ、出来ると思うが?」

 

 ここで、無理と言わない辺りが世に天才と言われる所以であろう。ジェイルの答えに、タカトはふむと頷いた。更に問い掛ける。

 

「なら先程言った管理局が仕掛けた次元封鎖を破壊せずに抜けられる方法は?」

「次元航行システムと、転移システムの応用。それから次元封鎖のデータがあれば出来るだろう……タカト、遠回りなのは君らしく無い。素直に私に何をさせたいか言ってくれないか?」

「そうだな、その通りだ。ならば素直に言おう。ジェイル・スカリエッティ、俺と共に来い」

 

 ジェイルに告げられた通り、タカトは素直に告げる。ジェイルはくくっと笑った。半ば想像はしていたのだろう。だからこそ漏れた笑いだったか。

 そのままの薄笑いで、ジェイルはタカトに向き直った。答えを、告げる。

 

「嫌だ」

 

 はっきりと、そうとだけジェイルはタカトに告げた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「…………」

 

 あまりにも明瞭に、明確に示された答えにタカトは沈黙。暫くして、漸く口を開いた。

 

「……ふむ、嫌か?」

「ああ。私はここから出る積もりは無いよ、タカト。航行艦の修理くらいは手伝うが、そこから先は自分でやりたまえ」

 

 ジェイルはあくまでも薄笑いを浮かべたまま。タカトも表情が全く変わらない。さほど気にしていないと言う事か。

 少しだけ嘆息すると、そのまま次の問いを放った。

 

「一応、理由を聞いてもいいか?」

「別に構わないさ。有り体に言うと私は世界に飽きてしまってね……私がここに居るのは夢を追い掛け、破れたからさ。もう、その夢も無い」

 

 ジェイルの長年の夢であった『聖王のゆりかご』。それによる力で持って、思う存分、生命を研究する。人と言う存在を説き明かす。

 それはひょっとしたら誰かに”設定された夢”であったかもしれない。ジェイル自身の夢であったのか、あるいは違うのか――だが、今となってはそんな事はどうでもいい。

 重要なのはただ一つ、既に『聖王のゆりかご』は消滅し、ジェイルの夢は無くなってしまったと言う事。それだけであり、それだけでしか無い。

 その時点でジェイルは全ての熱意を失ってしまった。

 

「だからタカト、君と行く事は出来ない」

「そうか――」

「ああ、そうだとも。すまないね」

 

 彼にしては珍しく、本当に申し訳無さそうな、しかしどこか晴々とした表情でジェイルは語り終えた。タカトに背を向けようとして。

 

「――本当にそうか?」

 

 その言葉に、足を止めた。振り向く――この時、もしフェイト・T・ハラオウンや、ナンバーズの人間がジェイルを見たら驚いたかも知れない。

 ジェイルのいつも浮かんでいた薄笑い。それが完全に消えていたのだから。微かな苛立ちが視線に篭る。タカトは微笑した。

 

「本当にそうか? ジェイル。お前の夢は終わっているのか?」

「……何が言いたいんだい?」

「俺は、お前が言ったあの言葉を忘れていない」

 

 −君こそが、私の望んだ生命の”究極”だ。私はいつか、君に追い付こう−

 

 その言葉を。五年前、ジェイルと出会い、別れ際に言われたその台詞を、タカトは覚えている。

 ”ジェイルからの、タカトへの挑戦を”。

 

「お前の夢が何であったのかを問うつもりは無い。それに破れたと言うのも仕方のない事なのだろう……だが、お前が世界に飽きたなんぞと言う戯言を信じるつもりは無い」

「……私が嘘を吐いてる、と?」

「あるいは自分自身ですらも気付いていないだけやもしれんがな」

 

 あれほどの執念を込めた夢が終わる?

 それも、ただ一度破れただけで?

 有り得ない。他の何でも無い、タカト自身を一瞬だけでも驚かせて見せた程の夢。それがあっさりと終わる筈が無い。

 

「夢が終わったなぞと言う言い訳なぞいらん。お前はただ落ち込んでいただけだろう? ”お前の夢は終わってはいない”。少なくとも、俺に追い付いてはいないのだしな」

「…………」

 

 きっぱりと言い放つタカトに、ジェイルは無言。そんな彼にタカトは手を差し出した。

 

「もう一度、自分で夢を描いてみてはどうだ? ジェイル・スカリエッティ。少なくとも、お前はここで終われるような、そんな繊細な人間ではあるまいよ」

「……私の夢は、人の道から外れるものであってもかい?」

「構わん。そもそも化学者にとって倫理感なぞ最も不要なものだろう? ……まぁ、それが俺の身内に危害を加えるようなモノならば、遠慮容赦呵責無しに叩き潰してやるだけだ」

 

 そう言いながら差し出し続ける手。ジェイルは、その手をじっと眺め続ける。その手を取るか否かで迷っているのだ。何と言っても彼は一度負けた身――生まれて始めての敗北と共に夢を砕かれた身だ。逡巡(しゅんじゅん)するのは、当たり前と言える。そんなジェイルに、タカトは更に笑った。

 

「……実を言うとな。もう一つ、お前を確実に説得出来る手段はある」

「……一体、何を――」

「”魂学”」

 

 そのたった一言の単語がいかような効果を持っていたか。ジェイルの身体が強張ったように固まった。

 彼の脳が、その単語に反応している。まるで、ずっと求めて来たものを漸く知ったように! 固まるジェイルにタカトは続けた。

 

「錬金術に於いては人間は三つの要素で構成されているとされる。一つ、肉体。一つ、精神。……一つ、魂。それを説き明かす学問が、かつてアルハザードと呼ばれる世界にあった。それが則ち魂学」

「…………」

 

 アルハザードに? だが、そんな単語をジェイルは始めて知る。あるいは聞く。どの文献にも無かった言葉だ。アルハザードの遺児にして、その知識を全て受け継いだ筈の自分が!

 だが自身の奥深く、根源では、ひどく納得している自分が居た。これが答えだと。

 

「五年前。お前の研究を適当に見た俺は言ったな? ”一つ足りない”と。それが最後の一つだ。もし俺について来るのならば、俺が知る限りの魂学について教えてやろう」

「…………」

「どうだ?」

 

 最後の誘い。おそらくここでジェイルが首を横に振れば、タカトはそうかと頷いてあっさり彼を諦めるだろう。それは、確信。故にこそジェイルは悟る。この”魂学”を知る機会は、今を於いて二度と無いと。だからこそ、タカトは断言したのだ。ジェイルを説得出来る確実な手段だと。……確かに、その通りだった。

 それがいかなるものか、知りたい。その知識を手に入れたい! 彼の”欲”が疼き出した。かのJS事件以降、消えてしまった筈のそれが。

 ジェイルはそれを自覚しながら、タカトに思い至った事を聞いてみる。

 

「”君”と言う存在は、その”魂学”にルーツがあると?」

「ああ、そもそも人は魂にルーツを見出だすものだ」

「魂学を知れば、君に追いつけると?」

「それについては、自分で答えを出すのだな」

 

 あくまでもタカトのスタイルは変わらない。

 その気があるならば、手を取れ。拒むのも手を取るも自由、と――タカトの手は、まだ差し出されたままだった。

 

「……最後に一つ。私がその魂学を知った結果として、君や君の周りに何事か起きた時、君はどうするんだい?」

「先程も言った通りだ。その時は、容赦無く叩き潰してやろう」

 

 その言葉に一切の迷いも躊躇いも無い。ただ、既に決めていた事のみを告げる口調であった。

 そんなタカトの台詞に、漸くジェイルの口元に薄笑いが戻る。手を伸ばした。

 

「……君は、私と話している時も、ずっと手を差し出していた――」

 

 まるで、その手を取ると確信しているように。だから。

 

「そんな風に差し出された手を拒む手なんて、私は持ち合わせていないよ」

 

 そう言って、ジェイル・スカリエッティは伊織タカトの手を握った。

 

 ナンバー・オブ・ザ・ビースト、伊織タカト。

 アンリミテッド・デザイア、ジェイル・スカリエッティ。

 

 ある意味に於いては最悪な二人は、こうして手を組む事となった。

 だが、タカトは気付いていなかった。本当に久しぶりに仲間を手に入れた事を、当人だけは知らなかった。

 

 

(第四十九話に続く)

 

 




次回予告
「突如として現れた虫達、その毒針がキャロを襲う!」
「致命的な毒を受けた彼女を救うべく、シオン達は懸命な蘇生を行う。果して、間に合うのか」
「一方、ジェイル・スカリエッティと合流したタカトは、彼の依頼を聞き、行動を開始した」
「その依頼は、管理局にとって甚だしく迷惑なものだった」
「そして――」
「次回、第四十九話『約束は、儚く散って』」
「約束を、破る。それは彼の、精一杯の謝罪」


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第四十九話「約束は、儚く散って」(前編1)

「約束、と言うものには一つの思い入れがある。それは誓いであり、決意を示し、果たすものだから。だから、それを果たせない時、俺はひどく負けた気持ちになる。それを、認めたくないと、思ってしまう。――魔法少女リリカルなのはStS,EX、はじまります」



 

    −閃−

 

 甲虫から針がキャロへと撃ち放たれんとした瞬間、シオンは迷う事無くキャロに向かって踏み込んだ。魔力を放出させ、拳に集中。一気に突き出す!

 

 間に合え――――!

 

 叫びは声にならず、ただ己の胸中のみで響く。突き出した拳から魔力の塊が放たれた。

 

    −破!−

 

 それは未だにこちらを向いたままのキャロの脇を抜けて、針を今にも撃ち放たんとした甲虫に叩き込まれ。

 

    −撃!−

 

 甲殻に包まれた身体を問答無用に破壊。さらに軽く爆発した。

 そして、魔力が叩き込まれる直前に放たれた針が爆発で僅かに逸れ、キャロの頬を掠めて通り過ぎる。

 それだけ。本当にそれだけで、キャロは仰向けにひっくり返った。

 

「キャロ!」

「キャロ!?」

 

 倒れ込むキャロをシオンが慌てて抱える。エリオやスバル達も顔色を変えて真っ青になりながら駆け寄って来た。

 ぐったりと脱力してしまったキャロの口元にシオンは手を当て――ぞっとした。息をしていない。呼吸が止まっている!

 

「くそっ……!」

 

 おそらく針に毒でも塗られていたのか。キャロは呼吸すらも麻痺させられていたのだ。おそらくは神経毒……それも、かなり強力な!

 そこまで確認するなり、シオンはキャロを横たえる。すぐに皆を振り返った。

 

「スバル! 人工呼吸出来るな!? 頼む!」

「あ、うん!」

 

 スバルに呼びかけながら、シオンはキャロに馬乗りになり、心臓の位置を確かめて強く押し出した。胸骨圧迫による心臓マッサージである。ゆっくりと、しかし確実に行う。

 キャロほど華奢だと下手をすれば肋骨が骨折しかねないが、今は構っていられない。口元では、スバルが気道を確保して人工呼吸を行っていた。

 

「ティアナ! AED(自動体外式除細動器)が確か近くにあった筈だ! 取って来てくれ!」

「うん! 分かったわ!」

「シオン君! 心臓マッサージ代わるわ!」

「お願いします!」

 

 ギンガの申し出に素直に頷き、場所を譲る。そのまま今度はみもりに振り返った。

 

「みもり……!」

「分かってます! 今、”視てます”から……!」

 

 シオンの悲鳴じみた声に、みもりも顔に苦渋を張り付けて、じっとキャロを視る。その間にティアナがAEDを持って来た。

 

「シオン、これ……!」

「ああ!」

 

 頷き、ひったくるようにしてAEDを受け取る。脇に移動して、ギンガとスバルを退かし、AEDを開いて電源を入れた。

 キャロに向き直り、一瞬だけ躊躇する。だが、すぐに首を振って思い直した。

 今は躊躇している場合ではない。それに、”地球製”のAEDを使えるのは自分しかいないのだ。

 みもりは今動かせないし、良子もみもりの”あれ”を待って中央の台座に居る。ものが毒である以上、二人は動かせない。

 

「……っ!」

「え、シオン……!?」

「ちょっ……! あんた……!」

 

 キャロが着ていた管理局の制服に手を掛ける。そんなシオンに後ろでスバル達が声を上げるが構っていられない。

 無視して、上着をはだけさせるとAEDの端子を右肩と左の脇腹に取り付け、周りに退がるように手くばせする。そして、AEDのボタンを押した。電気ショックが、キャロの身体を叩く。それを二回。だが、キャロの状態は変わらない。呼吸も止まったままだ。

 

 まだか……!

 

 そう思った、直後。

 

「視え、ました……!」

 

 待ち望んでいた声が来た。みもりだ。彼女は疲労を顔に滲ませ、汗でぐっしょりとなりながら振り向いたシオンに頷いて見せた。すぐに台座の前に居る良子に顔を向ける。

 

「良子さん! これは動物性の神経毒です! ユニコーンの角を!」

「了解だ!」

 

 良子はみもりに頷くなり台座に手を翳す。すぐに目的のものは出て来た。

 幻獣、ユニコーンの角――竜種と同じく、幻想種として知られる彼の幻獣の角である。これは最高峰の薬剤になるとして知られる。

 特に動物毒に対しては優れた毒消しになると言われていた。その希少性からグノーシスでは遺失物扱いになる事も珍しくないものであったが、ここにもあってくれたか。

 良子が目的の捻れた形が特徴的な角を手に取ると、何と投げて寄越した。ちょっと離れた位置に落ちそうだったが、エリオがギリギリでキャッチ。すぐにみもりの元に持って来てくれた。

 

「み、みもりさん! これ……!」

「エリオ君、ありがとうございます……?」

 

 差し出された角をエリオから受け取ろうとして、みもりは気付いた。エリオの手が震えている事に。エリオは声も震わせながら、みもりを見上げた。

 

「キャロを……助けて下さい……!」

「エリオ君……」

 

 その声にいかほどの願いが込められていたか。すぐに、みもりは頷いた。

 

「任せて下さい! キャロちゃんは必ず助けてみせます!」

 

 言うなり、みもりはキャロの傍にしゃがみ込む。そして、角の調合を始めた。

 角を一欠片、手配して置いたナイフで、こちらも手配して用意した乳鉢に削り、乳棒で押し潰して粉末にする。この時、みもりは自身の魔力も一緒に練り合わせる。角の毒消しの効果を自身が”視た”毒の対効果に特化させる為だ。

 今、みもりにはキャロの身体を麻痺させた毒に対する”完璧”な知識が備わっている。”視た”事により、その知識を手に入れたのだ。

 これこそが、みもりが所有する希少技能。霊視能力であった。

 みもりの目は事象の全てを読み解く霊眼なのである。天啓(オラクル)とも呼ばれるこの能力によって、みもりは毒の成分を見極めたのだ。

 

「良子さん。温めのお湯を……」

「大丈夫だ、手配してある」

 

 みもりに良子が頷くと同時に、転送魔法でポットが送られて来た。

 それをみもりは受け取ると、調合を終えた乳鉢の中に熱湯を加えて粉末を溶かし込む。今のキャロの状態では粉末のままで飲めない為の処置だった。

 それら調合を終えるまで僅か二分。しかし、キャロが毒を受けて呼吸を止めてから四分は経っていた。

 みもりは焦る気持ちを落ち着かせて、AEDを一旦停止。キャロを抱きかかえると、乳鉢から直接口に流し込む。ゆっくりと、確実に。全て流し込むと、再びAEDを取り付ける。キャロの身体を電気ショックが叩き。そして――。

 

「こふ……! こふっ! こふっ!」

 

 ――キャロが咳込んだ。息を吹き返したのだ。

 それを確認して、シオンは安堵のあまり膝から崩れ落ちる。他の皆も同じようにして、しゃがみ込んだ。

 

「……良かったぁ……」

 

 ぽつりと呟くスバルの声に、シオンは黙って頷く。いきなり妹分が死に掛けたのだ。何とか助かったものの、ショックは大きい。

 そんなシオン達に、みもりも漸く笑顔になるとAEDを取り外した。

 

「もう、大丈夫だと思います。けど、まだ……」

「分かってる。キャロは下手に起こさない方がいいだろ。ちび姉、医務室は?」

「ああ、案内する」

 

 こちらもいつものようにツッコミを入れる気力を無くしたのか、すぐに頷いてくれた。シオンはキャロを、みもりの助けで背中に背負う。

 

「まずは医務室にキャロを連れて行こう。ちび姉、当直の医療官は?」

「そう言えば、さっき呼んだ筈だが……?」

 

 その問いに、良子はキャロが倒れてすぐに『学院』に常駐している筈の医療官を呼んでいた事を思いだす。しかし、まだ来ないのは流石におかしい。これは……?

 

《鉄納戸博士!? ご無事ですか……!》

「どうしたのだ、そんなに慌てて」

 

 疑問に思っていると、いきなり通信が良子の元に入って来た。通信をして来た女性は無事な良子の姿にホッとするが、その後ろのキャロを背負ったシオンの姿に顔色を変えた。

 

《そんな……!? もうそこまで……!》

「おい、何がそこまでなんだ?」

 

 嫌な予感がする。シオンは女性の反応に、『直感』で嫌な予感を感じ取っていた。

 つまりそれは、それ程の危険な予感と言う事でもある。女性は不躾なシオンの問いに気を悪くする事も無く頷く。

 

《実は――》

 

 女性の口から、現在の『学院』の状況を知らされて、シオンのみならず、この場に居る一同全員が顔色を変えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 『学院』医務室。通信して来た、女性――『学院』の管制官だそうだ――に、事情を聞いた一同はそこへ移動していた。本来そこに居る筈の当直医療官も居ない。現場に駆り出されているのである。

 『学院』地上部。例の”虫”の襲撃を受けた場所に。

 シオン達の所に居た虫は一匹しかいなかったが、地上部を襲った虫は一匹二匹では無い。

 その数、何と数万匹。数が多過ぎて、数えられない程の虫が地上部を席巻していたのだ。

 もはや疑うまでも無い。敵対者からの襲撃であった。

 

「さて、これからだけど、リーダー、どうする?」

「そうね……」

 

 キャロをベッドに寝かせて、シオン達は思い思いの場所に座り、話し合いを始める。そして早速とばかりに放たれたシオンからの問いに、ティアナが眉根を潜めて唸り始めた。

 本来なら階級が一番高いギンガが指揮を取るべきだが、本人の推薦で、このチームではティアナがリーダーとなっている。

 曰く『ティアナが一番向いているわ』との事であった。

 

「まずなんだけど、あの虫、何なの?」

「……私見でいいなら俺から。多分機械だな、ありゃあ。ガジェットと似た奴だと思う」

「ガジェットと?」

「勘だけどな」

 

 魔力を叩き込む直前に見た感覚から、シオンは言う。それに、ティアナが腕組みをして再び思考し始めた。あの虫がガジェットの類だとすると、それはそれでまずい事になる。ガジェットにはAMFがあるのだ。それを、あの虫が使えるとしたら。

 

「対人用と考えたら、ある意味最悪なものになるわね」

「あの毒針だけでも最悪だしな……キャロが即死しなかったのは運が良かっただけって考えた方がいいだろ」

 

 例のキャロを一瞬で死に追いやり掛けた毒。みもりの話しによれば、”掠った”程度だったから、あれで済んだらしい。あの毒は即効性の強力な神経毒であり、本来のように突き刺さっていたならば、即死は確定だったそうだ。そんな毒針持ちの虫が、もしAMFを張れたとしたら。

 フィールド、シールド等の防御はろくに役立つまい。あのサイズで有り得ないとは思うが、最悪の可能性は常に視野に入れて置く方がいいだろう。

 ティアナは頷くと、皆を見渡す。その誰もが、彼女に頷いて見せた。ティアナの判断に任せると、そう言っているのだ。彼女もまた、頷いた。

 

「これから、グノーシスEU支部『学院』の支援に行くわ。ポジションは、スバル、ギンガさんがFW。シオンがGW。私が、CG、FB兼任」

 

 各自のポジションをティアナは告げていき、だが、そこに名前が無い人間が居た。

 エリオである。名を呼ばれ無かったエリオはティアナを呆然と見上げ、そんな彼にティアナは向き直った。

 一度だけ息を飲むと、意を決し、ティアナはエリオを真っ直ぐに見据えて告げた。

 

「……エリオ、あんたはここに居なさい」

「な……!? なんでですか!?」

 

 余程予想外の答えだったか、エリオは愕然としながら気色ばむ。しかし、ティアナはすぐに首を横に振った。

 

「これは現場のリーダーとしての判断よ。……あんたを今、前に出す訳には行かない」

「そんな……! 納得出来ません!」

「分からないの? ”そこ”がダメだって言ってるのよ」

 

 そこまで言われて、エリオはティアナに食ってかかろうとして、そのまま悔しげにぐっと歯を食いしばって止まった。漸く理解したのだ。自分が冷静では無かった事に。

 

「……今のあんたはいつかの私や、そこのバカと同じよ。そんなあんたを連れて行けない。理由は言うまでも無いわね?」

「……でも」

 

 それでも納得出来ないのか、エリオは首を振る。当たり前と言えば当たり前であった。

 突如として奪われそうになったのだ、自分の大切な人が。怒らない方がむしろおかしいと言える。

 だが、今必要なのは怒り狂って敵に特攻する事では無いのだ。今は冷静に、虫達を駆除しなくてはならない。しかも向こうは一撃必殺の手段を有している。今のエリオを連れて行ける訳が無かった。

 うなだれて拳を震わせるエリオ。そんな彼に、ティアナは更に何かを告げようとして。

 

「エリオ、そうじゃねぇよ。お前には、ここを守って欲しいんだよ」

 

 先に彼女の横から彼に告げる声が響いた。

 シオンである。彼はエリオの頭にポンっと手を乗せて笑い掛けた。

 

「さっき一匹居たんだ。まだ地下に居るかもしれねぇ。……もし、俺達全員がここを離れてキャロやみもりが虫に襲われてみろ。どうしようもねぇ」

「…………」

「それに、だ」

 

 そこまで言って、シオンは後ろに振り向く。

 今は穏やかな寝息を立てるキャロに。エリオもそちらを見て。

 

「傍に居てやれよ。こう言う時は一緒に居て欲しいもんだぜ?」

 

 その言葉に、エリオは目を大きく見開いてシオンを見る。シオンは、ポンポンと頭を叩いてやるだけ。エリオもされるがままになった。もう一度だけキャロを見て。

 

「……はい……」

 

 消え入りそうな声で、エリオは頷いた。シオンはそんなエリオに、よしと呟くと漸く手を離す。扉に向かって歩き出した。その身体を、魔力が纏う。

 

「安心しろよ、エリオ。あんの虫達には相応の報いをくれてやるさ」

 

 魔力は次第に形を成していく。それは服であり鎧。魔導防護服、則ちバリアジャケットだった。

 だがシオンが着込もうとしているのは今までと全く違うジャケット。全身、黒。まるで飾り気を嫌うように、そのジャケットは装飾が無い。下は黒いGパンのようであり、上は縁に白いラインが入っただけの上着。その上着は、妙に身体のラインを浮き彫りにしていた。

 靴もかなり無骨なブーツに変わっている。外に露出しているのは何と首から上だけといった仕様であった。

 昨夜シオンは髪を切っただけでなく、バリアジャケットの新調も行っていたのだ。

 前のノーマルフォーム時のバリアジャケットと違い、ひどく大人びた印象をそれは与える。完全にバリアジャケットを展開し終えて、シオンは呆然とした一同に振り向く。

 にやりと笑い、告げる。

 

「行こうぜ、皆。誰の妹分に手を出したか、思い知らせてやる」

 

 それだけを告げると、シオンは医務室から出て地上部に続くエレベーターに向かった。

 これより謎の虫群に対して、攻撃を始める。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 地下150m下から、今度は再び地上へ。既にバリアジャケットを展開し、デバイスを起動したシオン達は地上部へ向かう。その中で、シオンはティアナをじと目で見る。彼女は罰が悪そうに目を逸らし、しかしその目をずっと続けられ、流石に我慢出来なくなったか、ティアナは漸く口を開いた。

 

「……何よ?」

「べっつにー。ただ、敢えて悪役になろうなんてしたアホを見てるだけだ」

「う……!」

 

 その言葉に反論しようとして、でも言葉が浮かばずにティアナは再びぷいと余所を向いた。

 そんな彼女にシオンはため息を吐き、スバルとギンガは苦笑する。

 

「ティア、そう言うの不器用だから」

「だったら俺に言わせりゃいいんだ。ティアナ自身が泥を被る必要なんて無いだろ」

 

 言葉自体はスバルに向けられたものだが、実際はティアナへと放たれた言葉である。ティアナはまだ余所を向いたままだ。

 ティアナの考えも分からないでも無いのだ。そう言った、人に恨まれるような事を人任せに出来ない性質なのだろう。

 だが、だからと言って現状のリーダーである彼女がそう言った真似をする必要は無い。リーダーに最も必要な素質として人望があるのだが、それを自ら失ってどうしようと言うのか。

 シオンは再び嘆息して気を取り直す。余所を向いたままのティアナに再び顔を向けた。

 

「……まぁいいや。で、ティアナ。ここからどうするんだ? 真っ正面から特攻って訳にもいかねぇだろうし」

「……そうね。一つだけ、考えてる事はあるわ」

 

 こちらも一つ息を吐いて、ティアナは皆に向き直る。その彼女の表情に、一同は気を引き締めた。

 

「数が数だし。まともに戦ってたら、あれは埒があかないわ。だから、”真っ当な手段じゃない方法”で一網打尽にしようと思ってる」

「一網打尽って……おいおい、出来るのか? ンな真似」

「出来るわ」

 

 きっぱりとティアナは断言。それに一同は面食らったように目を見開いて、やがて苦笑した。

 こう言う所は、なのは先生に似ているなとシオンは思いながら頷く。

 

「聞かせろよ。お前の作戦とやらを」

「うん。あのね――」

 

 そして、ティアナは自らが考えた作戦を皆に話し、それを聞いた一同は思い思いの反応を彼女に返した。

 苦笑したり、呆れたりといった反応をだ。シオンも苦笑していたが、やがてそれは不敵な笑いに変わった。

 

「こらまた見事にふざけた案だな……いいぜ、気に入った!」

「やっぱりティアナって、なのはさんの弟子なのね」

「うん。最近、ティアってなのはさんに性格似て来たよね」

「……全く褒められてる気がしないのは、何でかしらね」

 

 勿論誰もが、その台詞には口をつぐんだが。

 そんな話しをしていると、漸くエレベーターは地上部近くに来る。それを見て、ティアナはスバルとギンガに目配せした。二人も応えて頷く。そして。

 チンっと軽い音を起てて、エレベーターは地上部に到着。その重い扉が開いていき、直後。黒い甲虫達がエレベーター内に雪崩込んで来た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 開いた扉の向こうは真っ黒だった。

 びっしりと隙間無くそこに居る例の虫達。それらが壁のようになり、シオン達からは真っ黒にしか見えないのである。

 キチキチっと羽を擦り合わせるような音がして、一気にエレベーター内に虫達は雪崩れ込む!

 それは、まさしく濁流。虫の濁流であった。

 流れは即座にシオン達を飲み込もうとして。

 

「「ダブル、リボルバァ――――!」」

 

 その直前に虫達へと出る者達があった。スバル、ギンガの姉妹コンビである。二人は前に出ると同時に、互いに母の形見であるデバイス、リボルバーナックルを前に突き出した。既にカートリッジロードは完了。タービンが激しい回転を刻む。

 

「「シュ――――トッ!」」

 

    −轟!−

 

 二人は全く同時に、衝撃波を撃ち放つ。渦を巻いて放たれた双発の衝撃波は、互いに相互干渉を引き起こし、中央に捻れ効果を発生させつつ互いの勢いを増幅させる。それはあたかも横向きに発生させられた竜巻のようだった。

 何より相互干渉で引き起きた衝撃波は、更に効果範囲を倍化させて虫達を逆に飲み込み。

 

    −破!−

 

 一気に虫達を駆逐していった。あれ程扉の前に居た虫達、全てがだ。

 その結果にティアナは己の推測が当たった事を確認し、頷いた。

 あの虫達は数も多く、小さな体躯も相俟って非常にタチの悪い代物なのだが、その小柄さ故か、耐久力や防御力は大した事は無かったのだ。

 単体で攻撃に使えるレベルではないシオンの魔力放出だけで、破壊出来る程度のものでしかない。

 それをキャロの襲撃の際に見たからこそ、この初手を思いついたのだ。

 障害物を排除し、開いた突破口を見て、今度はシオンへとティアナは視線を向ける。

 シオンは、その視線を見越したように頷いて見せ、まるで弓を引き絞るかのように全身を伸ばす構えを取っていた。

 刺突の構え――その構えから放たれるのは当然、神覇伍ノ太刀!

 

「先、行ってるぜ……! 剣魔ァ!」

 

    −轟!−

 

 言うなり、こちらが頷く暇もあらずんば、シオンは魔力を纏ってエレベーターから轟速で突っ込んで出て行く。同時に幾重にも放たれる一撃必殺の毒針達!

 だが、剣魔を使ってエレベーターから出たシオンには針が追い付かず、シオンが通った後を穿つのみであった。更に。

 

「スバル! ギンガさん! もう一発!」

「おぉおおおっ!」

「はぁあああっ!」

 

    −轟!−

 

 叫びを頷きに変えて、再び双発のリボルバーシュートが放たれる。渦巻く衝撃波は、今度も過たず虫達を駆逐していった。

 作戦、第一段階完了。これより、第二段階に移行する。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 所変わりグノーシス月本部『月夜』。その第一位執務室で、彼女は部屋の主である叶トウヤに向き直っていた。

 高町なのは、彼女が。やや緊張した面持ちで、なのははトウヤを見る。そんな彼女に、トウヤは微笑を浮かべた。

 

「いきなり呼び出して悪いね、なのは君。日本支部に向かう前に君と話して置きたい事があってね」

「いえ……」

 

 すぐになのはは首を横に振る。トウヤはそれに微笑を少しだけ苦い物に変えた。ユウオに入れてもらった紅茶を一口飲む。

 なのはも、倣うように出された紅茶に口を付けた。暖かいダージリンの香りが心を落ち着かせてくれる。その香りと味を楽しむと、トウヤはカップをマホガニーに戻して、なのはに向き直った。

 

「さて、話したい事な訳だが――単刀直入に聞こうかね。なのは君、プランはどうなってるのかね?」

「……? 何の事ですか?」

「当然決まっている。”タカト攻略の為のプランだよ”」

 

 直後、ぶっと、なのはは吹き出した。器官に入ったか、盛大にむせ返る。トウヤは、そんななのはに構わず言葉を続けた。

 

「あれの手強さは並では無いからね……ああ、勿論恋愛的な意味でだよ? 勘違いしないように」

「な、なんで知って……!」

 

 流石になのはが声を上げる。無理も無い。彼女はタカトに告白した事を誰にも言ってはいないのだから。フェイトや、はやては若干疑っていた節はあったものの、それとて確信していたとは思え無い。

 なら、何故トウヤが知っているのか――愕然としてこちらを見るなのはに、あくまでも優雅にトウヤは微笑む。そして、懐に手を突っ込むとある物を取り出した。

 小振りな録音機器を。トウヤはぽちっとスイッチを押して再生する。

 

『タカト君を、私が幸せにしてあげる』

『なん、で……』

『好きだから』

「きゃあぁあああ!?」

 

 録音機から響くのはいつかの会話。なのはからタカトへの告白の場面の会話であった。

 響いたそれに、悲鳴を上げる本人へとトウヤは優しく微笑んだ。

 

「いや、いい告白だね? まるで決闘を申し込むような風情すら感じるよ」

「なんで!? なんで、なんで!? ふぇえええ――――!」

「特にこの場面とか、いい味を出してると思うねぇ……」

『タカト君の事が好きだから、だから。タカト君が幸せになれない事が、幸せを分からない事が納得いかない、イヤなの』

「いやぁああああああ――――!?」

 

 改めて聞かされるととんでも無く恥ずかしい。と言うより、自分の告白の場面なぞを聞かされるなど、精神性の拷問以外何物でも無いのだが。

 しばらくトウヤは録音していた告白場面を流し続け、なのはは恥ずかしさで身もだえる。

 やがて再生が終わると、なのはは疲れ果てたのかぐったりと肩を落としていた。

 

「うぅ……なんで録音なんてしてるんですか」

「分かりやすく言うと私の趣味だ。まぁ個人の試聴用にしか使わないので安心してくれたまえ」

 

 無論、そんな事で安心出来る筈も無い。ちなみに再生されている真っ最中に没収しようとしたのだが、見事に阻止されてしまった。流石第一位と言える……性格は破綻しているが。

 まだ顔を紅潮させてうなだれるなのはを、トウヤは見て、やがてその顔はひどく真面目なものとなった。なのはを静かに見据える。

 

「……ところで、これは本気かね?」

「え?」

「本気かね? と聞いているのだよ。タカトを幸せにしてあげると言う君の言葉だ」

 

 問われ、顔を上げたなのはにトウヤは静かに告げた。その顔は先とまるで違うもの。どこか厳しいものを表情に浮かべて、トウヤは続ける。

 

「あれを幸せにする事は、アサギさんも、シオンも、私も……ルシアにさえ出来なかった。”傷”。タカトの欠落を君は知った筈だね? それでもなお、タカトにこの言葉を叩き付けた君を私は認めよう。その上で聞いているのだよ。本気――いや、”出来ると思っているのかね”? タカトを幸せにする事なぞ」

 

 声に感情は篭っていない。トウヤにしてはひどく珍しい事に無表情で、なのはに問うていた。

 なのはは、そんなトウヤに一瞬だけ呆然として、しかし次の瞬間には迷う事無く頷いていた。

 

「――はい」

 

 真っ直ぐにトウヤを見据えて。

 

「出来るかどうかは分かりません。どうやったらいいかなんて考えつきません……でも」

 

 真っ直ぐにこちらを見据えるトウヤに応えるかのように、挑むように、なのははトウヤを見続けたままに言葉を紡ぐ。

 だって、そうしたいから。

 タカトを幸せにしたいから。

 一緒に幸せになりたいから――だから。

 なのはは、その言葉を告げる。想いを、言葉にして。

 

「タカト君を幸せにしてみせます」

 

 真っ直ぐに彼女はトウヤへと想いを告げた。トウヤはしばし、それを聞いて余韻に浸るように目を閉じる。やがて、口元に笑みを浮かべた。

 

「いい答えだね。だが、それは君が思っている以上に困難だよ? それは理解して置きたまえ」

「……はい」

 

 トウヤが浮かべた笑みに、なのはも微笑む。

 認められたと、そんな気がして安堵したのだ。そんな彼女に、トウヤは若干温くなった紅茶を口につけた。

 

「さて。君の答えも聞けた事だし、私も手伝うとしようかね。なのは君、敵を知れば百戦危うからず、と言う言葉がある――”タカトの女性の好み”を知りたくは無いかね?」

「っ――!? あるんですか!?」

 

 思わぬ言葉に、なのはは身を乗り出す。まさか、あのタカトに女性の好みなんてものがあろうとは。

 あまりに意外過ぎるの言葉を告げたトウヤは、そんななのはを両手を上げて制止する。

 

「まぁ落ち着きたまえ。それを聞かせるに当たっては、流石に条件があってね……この情報は私しか知らない超重要機密事項なのだよ。故に代価を貰おうと思ってね」

「代価、ですか……?」

「うむ」

 

 まさか、そんな物を要求してくるとは。なのはは流石に躊躇する。そんな彼女に、トウヤは悪代官よろしく邪悪な笑いを浮かべた。

 

「ふふふ……知りたくは無いかね? なにせ、”あの”タカトの好みだ。この機を逃しては、この先聞く事は叶わないだろう。さて、どうするかね?」

「う、うぅ……!」

 

 トウヤの条件とやらに凄まじく嫌な予感を覚えるが、それ以上にそれはあまりにも魅力的過ぎるものであった。

 何せ、”あの”タカトの好みである。恋愛感情抜きにしても、知りたいと言うものであった。

 なのは、うんうん唸り、そして――。

 

「だ、代価、て何ですか?」

 

 そう問うた。問うてしまった。まるで悪魔の取り引きだなぁと、なのはは思う。そして、それはあんまり間違っていない。

 トウヤはなのはの返答に、にやりと笑った。

 

「何、そう難しい事じゃないさ。今すぐにでも出来る事だよ。君に要求する代価とは、ただ一つ!」

 

 ずびしっ! と、何故かトウヤはなのはに手を差し出す。それは、まるで貴婦人をダンスに誘う仕種で――そして、トウヤはなのはに要求を明かしてみせた。

 

「今、君が履いているパンティー。それで手を打とうじゃないかね!?」

 

    −撃!−

 

 次の瞬間、どこからともなく現れたユウオ・A・アタナシアの一撃が変態の顎にぶちかまされ、変態は、盛大に天井へと頭から突き刺さったのだった。

 

 

(前編2に続く)

 

 




はい、第四十九話前編1であります。ええ1(笑)
案の定、今話は長くなります(笑)
多人数の視点となるので仕方ないんですが(笑)
ともあれ、お楽しみにです。ではでは、前編2でお会いしましょう。


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第四十九話「約束は、儚く散って」(前編2)

はい、第四十九話の前編2です。今話は六部構成(笑)長いなー。では、どぞー。


 

「よっ、と」

 

 剣魔でエレベーターから抜け出し、一気に虫達を突破したシオンは剣魔を解除。飛行魔法を発動して、空へと飛び上がった。

 その頭上ではやはりと言うべきか、視界いっぱいに虫達が飛んでいる。

 それらが、飛び上がって来たシオンへと顔(?)を巡らし、即座に飛んで来た。

 だが、それを見てシオンは短く舌打ちする。”こちらに来た数が少ない”。

 ティアナの作戦を完了する為には、虫達全てを引き付けなければならない。それなのに、自分の元に来た虫は約半数程。後の半分はシオンを無視して降下していたのだ。そこにいる先には――。

 

「させるかボケっ! 剣牙ァ!」

 

    −閃!−

 

 虫達の行く先を察知して、シオンが振り向きざまに放つは弐ノ太刀、剣牙。放射状に放たれた魔力斬撃は、虫達を複数体飲み込んで破壊する。

 虫達の総数から言えばほんの僅かな数。だが、こちらに注意を向けさせる事は出来た。

 案の定、降下していた虫達もこちらに向かって来る。シオンはほくそ笑もうとして――しかし、直ぐさま悪寒が襲って来た。また正面に振り向くが、それが間に合わない事を察っする。

 そう、元々シオンに向かって来ていた虫が居た筈だ。当然、その虫の到達速度は、後でこちらに来た虫より早い。

 シオンが剣牙を放っている間に接近を終わらせていたとしたら。

 

 後は、攻撃するだけか!

 

    −閃−

 

 そんなシオンの想像を肯定するように、彼へと放たれる毒針。回避は間に合わない。

 

「ちぃっ!」

 

    −壁!−

 

 鋭く舌打ちしながら、シオンは右手を開いて背中に突き出す。展開するのは、カラバの魔法陣、シールドだ。回避が不可能ならば防御するしかない。

 しかし、シオンはシールドを展開しながら顔を歪める。何故か? その理由はすぐに来た。

 シールドに撃ち放たれた毒針が接触する。本来なら楽に防げる筈の毒針。弾かれて、落ちるのが普通だろう。だが、それは違った。

 シールドへと毒針が接触するなり、それを”中和”していく。そのまま毒針はこちらに押し進んで来た。魔力結合を解いて、シールドを強制的に通り抜けようとしているのだ。

 AMF。それも針に、仕込まれていたのである。

 ある意味、シオンの単一固有技能『神空零無』に使用方法が似ている。あれもまた、敵の防御を無効とするスキルであったから。シオンは顔を歪めたまま、こちらに進んで来る毒針を見据え、突如、シールドを解除した。

 そんな真似をすれば、防ぐ物が無くなった毒針はシオンへと殺到する。当然、毒針も例外では無い。

 シオンへと再度進もうとして、その前に動いていた。シールドを解除した右手を刀の柄に添えて、ゆるりと円を描いて刀が振るわれる。そこから発生するのは、攻撃性の空間振動波、神覇四ノ太刀。

 

「裂波ァ!」

 

    −塵!−

 

 咆哮するシオンの叫びのように、破壊振動波は毒針に収束する。シオンに突き進んでいた無数の毒針は、波に晒されてあっさりと塵に還り、さらに振動波は突き進み、毒針を放った虫達の尽(ことごと)くを針と同じ末路へと辿らせた。

 それらを尻目に、シオンは振動波で開いた道を飛翔して駆け抜ける。向かい来る虫達、そのど真ん中。”最も危険な場所に”、シオンは自ら飛び込んで行った。

 

 

 

 

「シオン……」

 

 そんなシオンを地上を疾走しながら見上げて、スバルがぽつりと名前を呼んだ。

 ティアナの作戦の中で最も危険な役割、それを行っているシオンの名を。

 遮る物の無い戦闘空間たる空中戦では、彼しか万を超える虫達相手に空中で渡り合えないと言う判断から、ティアナがシオンにそれを任せたのである。シオン自身もあっさりと請け負ったのだが……。

 そんなシオンが、やはりスバルは心配だった。相変わらず、無茶を好む彼が。

 シオンがああ言った性格だとはよく知っているし、理解もしている。その無茶に助けられた事だって沢山あった。

 だけど、それでも、そんなシオンが、スバルは心配だった。無茶をして欲しく無かった。

 でも、状況はそれを許さなくて、彼の無茶に甘えるしかなくなってる。

 

 やだな……。

 

 強く、そう思う。シオンに無茶ばかりさせたく無い。けど、それをさせているのは自分達の力不足のせい。

 それが分かっているからこそ、なおさら嫌だった。

 

「スバル?」

「……っ、ギン姉? どうかした?」

 

 そんな風にシオンを見つめていると、隣で同じく走っているギンガから声を掛けられた。はっと我に返って、スバルが振り向く。そんなスバルに少しだけギンガは心配そうに眉を寄せた。

 

「あまり気にしない方がいいわ。シオン君はシオン君、スバルはスバルなんだから」

「え……?」

「シオン君、強くなっちゃったものね。けど、そのせいでまた無茶を押し付けてる……そう思ってたんでしょう?」

 

 ギンガの問い掛けに、スバルは目を大きく見開く。それは正しく今、スバルが考えていた事に他ならないから。ギンガは戸惑うスバルに微笑する。

 

「大丈夫。スバルは強くなれるわ……私達だって強くなる。その為にここまで来たんだから――それに、ちょっと悔しいし、ね?」

「あ……」

 

 そう言って、ウィンクしてくれたギンガにスバルは一瞬だけ呆然として、でもすぐにいつもの笑顔となった。

 

「うん! そうだね、そうだった。ここに強くなりに来たんだよね!」

 

 嬉しそうに笑うスバルにギンガは微笑み続けながら頷いてくれる。それを見て、スバルもまた頷いた。

 そう、強くなりに来たのだ、ここには。だったら。ううん、だからこそ。

 そう思い。スバルは再びシオンを見上げる。その先でシオンは、空を飛びながら虫を刀で両断していた。

 

 シオンの無茶に甘えない程に。

 シオンの無茶に頼らない程に。

 ”シオンに頼られる程に”!

 強く、なる!

 

 自分が強くなるべき理由を得て、スバルはぐっと拳を握った。

 今はまだ無理だけど。それでも、いつかそうなりたいと願って、だから!

 

「今は、ティアの作戦を成功させるよ……! 行こう! ギン姉!」

「ええ!」

 

 叫び、一気にマッハキャリバーの速度を加速させる。そんなスバルにギンガも頷いて、後ろに続いた。

 ティアナの作戦を完成させる為に、スバルとギンガは、自分が向かうべき場所へと駆け抜けて行った。

 決意を新たにした、スバル。しかし、彼女はすぐに知る事になる。

 その願いは軽々には決して叶わないと言う事を。それがとても難しい事を。

 彼女は知る事になるのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 なんだ……?

 

    −閃−

 

 無数に自分へと放たれた毒針。それに、しかしシオンは自分がどこまでも落ち着く感覚を得た。

 三百六十度、くまなく自分に突き立たんとする殺意の針――本来ならば、それを回避する術は無い筈であった。フィールドを展開して、毒針の速度を遅らせ、裂波で塵に還す。それくらいしか出来ない。シオンの空間把握能力を持ってしても、知覚出来ない毒針もあるのだ。どうにか出来る訳が無い――その筈、”だった”。だが。

 

 ”分かる”。

 

 シオンは迫り来る毒針達を前に、そう思う。

 今にも突き刺る筈の毒針達。更に逃げ場を無くすように、追加で毒針が放たれる。それら一瞬ごとに起こる全ての事象が、どこまでも致命的に己の命を侵さんと追い掛けて来る。

 その全て、”発生する事象の必ず一歩先をシオンの感覚は知覚する”。

 まるで、知覚だけが時間の速度を超えたかのよう。その急激な知覚の加速の中で、刀を振るう!

 

    −閃!−

 

 一瞬。たった一瞬である。その一瞬で、シオンは”全ての毒針達を迎撃してのけた”。

 毒針達を見もせずに、むしろ物憂(ものう)げに振るわれた刀が、まるで吸い寄せられたように毒針をいなし、さばき、受け止めて見せたのだ。

 ぱらぱらと迎撃された毒針が下に落ちて行く。その中で、シオンは腰に手をやった。すると、そこからするりと刃が滑り落ちてグローブに包まれた手の中に落ちた。

 スローイングダガー。投擲専用の短剣である。その形状は、かのチンクの固有武装、スティンガーにも似ている。それをシオンはバリアジャケットに仕込んでいたのだ。

 暗器等の、隠し武器を仕込める仕様のバリアジャケット、バトルフォーム。それが、シオンの新たな姿の名であった。

 取り出したスローイングダガーをシオンは無造作に投げ放つと。

 

    −閃−

 

 迷い無く虫へと突き立った。それを合図にしたように、虫達は羽を鳴らしシオンへと襲い掛からんとして、それより早くシオンは動いていた。

 

    ―裂!―

 

 前へと展開した足場に踏み込みながら、刀を振り落とす。その一閃は、容赦無く虫を縦に叩き斬り――止まらない!

 

「あぁああああ……!」

 

    −閃!−

 

    −裂!−

 

    −波!−

 

 縦横無尽!

 視認すら許さずに、シオンの刀が虫達を蹂躙する。

 見る必要は無い。いらない。自分が感じた場所に虫がいる。その確信があった。放たれた毒針すらも脅威にならない。容赦無く迎撃していく。

 その異様なまでに澄み渡り、冴えて行く知覚。まるで自分の五感の他に、別の誰かが加わっているかのようであった。

 その知覚が伸び、空間を支配し、虫の動きが全て読み取れる……だが。

 

 あくまで、勘だ……! この感覚に頼って戦い続ければ、いつか外れる!

 

 シオンは、その知覚を”勘”と言い切った。所詮はあやふやな感覚の一つでしか無いと。

 そして外れた時が終わりになる。一撃決殺の手段を有するこの虫達ならば確実にそうなる!

 ならば可能な限り早く、一撃で敵を倒していかなければならない。そうでなくては、この戦い方は続けられない。

 そこまで思い至るにあたって、シオンは慄然とした。

 

 だからこそ、多対一の条件下で、”常に初手の一撃で敵を無力化する”タカ兄ぃや、トウヤ兄ぃの戦い方があった訳か……! そら化け物な筈だ、こんな戦い方をずっと続けられているんだからな!

 

 納得すると、思考とは別に虫を断ち斬る。それで、近場の虫は全て撃滅していた。それを確認して、シオンは刀を翻し、遠巻きに居る虫に突き付ける。にぃと笑った。

 

「悪いが――負ける気がしねぇよ」

 

 言うなり、シオンは刀を突き付けた虫へと駆ける。そんな彼を、まるで恐れるかのように虫達が一気に殺到した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「あのバカ……」

 

 学院屋上。そこで、ティアナは遠目に映るシオンを見ながらぽつりと呟いた。

 自分の作戦通りに、虫達を引き付けるシオン。いや、正確には”それ以上の仕事”をやってのけているシオンに。

 まさか、あれほどとは思わなかった。ティアナは胸中、そう思う。

 今の戦いである。シオンは向かい来る虫達の毒針をあっさりと払いのけ、さらに虫本体達も苦もなく打倒せしめていたのだ。

 イクスを失い、弱体化していたと思っていたシオン。とんでも無かった。今、シオンは明らかに強くなっている。

 あるいは、なのは達と同じレベルに。

 あるいは、彼の兄達と同じレベルに!

 今、シオンはそこまでの段階に進もうとしていたのである。

 

「あいつ、一人で虫全部潰しちゃうんじゃないでしょうね?」

 

 あながち冗談では無く、それをしかねない。それほど今のシオンは圧倒的過ぎた。だが。

 

《流石に、それは無理じゃないかな?》

「ギンガさん」

 

 呟いたティアナの眼前にウィンドウが展開して、ギンガが苦笑混じりに言ってくる。通信だ。向こうでもシオンの大立ち回りを見ているのだろう。

 ティアナから視線を時折外しながら、ギンガは言葉を続けた。

 

《今のシオン君は凄いけど……あんな戦い方、ずっと続けられるとも思えないわ》

「はい、分かってます」

 

 ギンガの台詞に、ティアナは即座に頷く。

 あのシオンの戦い方は、一歩間違えば致命的な隙を作りかねない戦い方であった。彼の兄達と同様の戦い方。逆を言えば、それだけの実力がなければ出来ない戦い方なのだ。

 言って見れば、命懸けの綱渡りをずっと続けているようなものである。少しのミスも許されない、そんな戦い方。

 体力はともかく。精神が持ちそうに無い。実際、スバル並の体力バカなシオンの息が若干乱れて来ていた。精神的な疲労を覚え始めているのだろう。それを見るなり、ティアナは顔を歪めた。

 

「ギンガさん、そっちは?」

《こっちは準備完了よ。スバル?》

《あ……! うん、ごめんギン姉。こっちも大丈夫だよ!》

 

 繋げた通信に、スバルが慌てて答える。シオンの様子でも見ていたのか。ティアナは無理も無いと思いながらもスバルに頷く。

 

「なら後は、私の番ね」

 

 そう言うと、ティアナは立ち上がる。クロスミラージュを両手で構えて、虫達の中心に掲げた。告げる――。

 

「散布魔力確認。これより集束開始! ”スターライト・ブレイカー”で敵を殲滅します。準備はいい? スバル! ギンガさん!」

《うん、いいよ! ティア!》

《こっちも大丈夫よ》

 

 スバルとギンガが、ティアナに応えて頷く。それを聞いて、最後にティアナは叫んだ。未だ、最も危険な場所で戦っている彼に。

 

「――シオン!」

 

 その叫びに、シオンは薄っすらと笑った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ジェイル・スカリエッティを拘留していた軌道拘置所とは別の世界の軌道拘置所。その内を、アラートが激しく鳴り響く。

 それを聞きながら、伊織タカトは悠々と軌道拘置所内を歩いていた。

 こう言った音は基本万国共通なのだなと、どうでもいい事を思う。そして。

 

    −煌!−

 

 そんなタカトに真正面から撃ち込まれる魔力砲撃! それは迷い無くタカトに直撃して、更に数十発の砲撃と射撃魔法が彼に撃ち込まれる。

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 それでも、まだ飽き足らないとばかりに撃ち込まれていく光砲達。数分程もそれは絶える事無く続いた。

 やがて砲撃が収まると、周りからぞろぞろとデバイスを手に持つ者達が現れる。管理局局員、武装隊の面々である。辺りが数千にも及ぶ砲撃と射撃魔法による煙りに包まれる中で、彼等は油断無くデバイスを構える。そして、煙りが晴れ――。

 

「天破光覇弾」

 

 ――そんな声が彼等の耳朶を打った。

 

    −轟!−

 

 直後、煙りを突き抜けて現れる特大の光弾!

 それは容赦無く軌道拘置所内に炸裂し、特級の爆発を一気にぶち撒けた。

 

    −煌!−

 

    −爆!−

 

 爆発は容赦無く武装隊の面々を巻き込み、吹き飛ばして行く。光弾自体を直撃された訳でも無いのに、それだけで彼等はまるで人形のように空中を舞って、床に叩き付けられると動かなくなった。

 そんな中で、光弾を放った当人であるタカトは未だに立ち上る煙りを切って現れる。周りを見渡して、肩を竦めた。

 直撃はしなかったが、爆発に巻き込まれた武装隊達は見るも悲惨な状態になっている。基本的に非殺傷設定を全く使わないタカトだ。先の光弾も例外では無い。結果として彼等は死にこそはせずとも、大怪我を負ってしまっていた。

 

「……約束は殺さない事だしな。うむ、手足が逆を向いたりしているがセーフな筈だ。多分」

 

 そんな事を言いながら、タカトは一人うんうんと頷いた。これを当の光弾を叩き込まれた彼等が聞けば激怒は間違いないだろうが、肝心の彼等は全員昏倒している。

 そんな文句(ツッコミ)が来る筈も無かった。そして、タカトは誰も彼もが倒れている中を再び歩き始める。無人の荒野を行くが如く、真っ直ぐに拘置所内を進み。

 

「……ナンバーズが拘留されている場所はどこだ?」

 

 そんな身も蓋も無い事を呟いた。何故、彼がナンバーズを探しているのか。それは僅か二十分程前まで話しは遡る。

 

 

 

 

「ナンバーズ? それを助けて来いと?」

 

 タカトが偶然にも突っ込んだジェイル・スカリエッティを拘留していた軌道拘置所。そこで、ジェイルが拘置所内の端末を操作していた。

 そんな彼から告げられた言葉をタカトは繰り返す。ジェイルは端末を操作し、拘置所内のワーカーロボット達に拘置所に突っ込んで座礁(ざしょう)している次元航行艦を起こさせながら頷いた。

 

「そう、私の大切な娘達だ。君も見ただろう? 私の研究所に居た彼女達だよ。あの娘達も連れて行きたいから、君に助けて来て貰いたいのが」

「ああ、あいつらか……必要か?」

 

 漸く思い出し、頷きながらも聞いてみる。はっきり言うと、タカトは彼女達をさほど評価をしていない。

 あくまで基準が自分となっている為、どうしても彼女達を戦力として見做(みな)す事が出来ないのだ。言ってしまえば、自分一人居れば問題無いだろう? と、言いたいのだが。そんなタカトにジェイルは振り向きながら苦笑した。

 

「君一人ならともかく、私も追われる身となったからねェ。私も身を守りたいのさ」

「いざとなれば俺が守るが?」

「それは絶対かい?」

 

 逆にそう問われ、タカトは肩を竦める。確かに彼にとってジェイルのガードは優先順位が低い。ユーノやヴィヴィオと比べると、どうしてもそうなってしまう。目的は彼等を守る事なのだから、これは仕方ない。タカトは苦笑いを一つ浮かべると、立ち上がった。

 

「いいだろう。了解だ。そいつらはどこに居る?」

「それぞれ別の無人世界の軌道拘置所に拘留されているからね。複数の世界に行って貰うけど、いいかい?」

「構わん。一、二時間もあれば全員連れて来れるだろう」

 

 この軌道拘置所内の看守と武装隊の配置からタカトはそう予測を立てる。それにこそ、ジェイルは本当に苦笑した。

 管理局の誇る最高レベルの監獄。それを彼は事もなげに数時間程度で”攻略”してのけると言っているのだ。それも、違う世界にある複数の軌道拘置所をだ。

 改めて自分が目指していた者の凄まじさを思い知らされる台詞であった。

 

「君が彼女達を連れて来る間に私も次元航行艦の修理を終わらせよう。よろしく頼むよ」

「ああ、任せろ」

 

 そうして、彼はジェイルと同じく別の無人世界に拘留されたナンバーズを脱獄させに向かったのだった。時空管理局としては非常に、そしてとんでもなく迷惑な事にだ。

 早々と、この二人が手を組んだ事が最悪な事だと分かるエピソードであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……ここか?」

 

 あれから出会う武装隊の面々や管理局員達を適当に叩きのめしながらタカトは歩き、最終的にやはりと言うべきか、ここの所長から専用端末をくすねて、漸くタカトはそこに着いた。

 ナンバーズNo.1、ウーノが囚われている牢獄に。

 思ったより時間を喰ったと彼は思うが、それは道に迷った彼が悪い。とりあえず牢獄のごつい扉を破ろうとして

 

 ……はて、どうするか。

 

 よくよく考えれば鍵等を奪い忘れた事をタカトは思い出した。当然、鍵がなければ開かない。だが、どうでもいいかと思い直した直後。

 

    −撃!−

 

 問答無用に特殊合金製の扉に叩き付けられる蹴り!

 それは一撃で真ん中から扉をへし折り、勢いのままに牢獄の中へと弾き飛ばした。

 

「……邪魔をする」

 

 扉を文字通りに蹴破ったタカトは礼儀として、それだけを言って中に入る。そこには、あまりの出来事に普段は切れ目な彼女が目を大きく見開き、こちらを見ていた。最初のナンバーズ、ウーノが。彼女はタカトを見るなり、呆然と呼び掛けて来る。

 

「貴方は……伊織タカト?」

「ほう? ジェイルもそうだが、一度しか顔を見ていない俺をよく覚えてるな?」

「……いえ、それ本気で言ってますか?」

「む?」

 

 顔を合わせて早々にそんな事を言われて、タカトは首を傾げた。そんな彼の様子に、変わってないとジェイルと同じ事を思いながら、ウーノはため息を吐いた。

 彼程インパクトがある人間などそうそう居る筈も無いから出た言葉である。忘れろと言う方に無理があるだろう。

 未だに首を傾げた彼にウーノは再び嘆息、用件を尋ねる事にした。

 

「それで、御用件は何でしょう?」

「む。そう言えばそうだったな。単刀直入に言おう。ウーノ、貴様の主人の依頼で来た。ついて来て貰おうか」

「主人……? Drの事ですか?」

「そうだ」

 

 問われ、タカトは短い言葉で肯定する。それを聞いて、彼女はあっさりと頷いた。にこりと微笑みながら立ち上がる。

 

「わかりました。行きましょう」

「……またえらく早い決断だな。一応言っておくが、これは脱獄だ。罪がまた大きくなるぞ?」

「構いません」

 

 念を押して解うタカトに、ウーノは即座に答える。何故なら答えなんて最初から決まっているのだから。だって。

 

「Drが呼んでいるのでしょう? なら、私は行くだけです」

 

 その答えにこそ、タカトは肩を竦めて苦笑した。

 まずは一人目、ウーノを回収。残るは後三人。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ふ、ふふ……! 最近のユウオは激しいね!? あやうくあっちに逝ってしまう所だったよ?」

「言葉は選ぼうよ!? 次は『月夜』から放り出すよ?」

 

 『月夜』第一位執務室。そこで先程、完璧なセクハラ要求を受けた高町なのはは、目の前で行われている夫婦漫才に乾いた笑いを浮かべた。そのセクハラ要求は、ユウオのツッコミにより難を逃れたのだが。

 しかし、天井に頭から突っ込み、逆八ツ墓村状態だったにも関わらずトウヤは相変わらずである。その丈夫さはある意味尊敬出来なくもない。

 そんな風に思っていると、漸くトウヤはなのはに視線を戻した。隣で監視とばかりにユウオが張り付いているのにはとても安心してしまう。

 

「さて、話しを戻そう。タカトの好みだが、代価はブラでいい――いや!? 待ちたまえユウオ! 二度は流石に私も逝き切ってしまうよ!?」

「なら、バカ言ってないで早く言いなよ!? ほら、ボクも聞きたいし」

「……結局、君も聞きたいのではないかね」

 

 即座にユウオが拳を持ち上げたのを見て、流石にトウヤが訴えるが、ならセクハラ要求を止めればいいのにと思わなくもない。

 ……トウヤなので、今更そこら辺は期待していないが。コホンと咳ばらいを一つして、トウヤは漸く語り出した。

 

「アレの好みはね? ”強い女性”だよ」

「……え?」

「”強い女性”。自分より強い、ね……それがタカトの好みだと言ったのだよ」

 

 あっさりと言われたものだから、ついなのはは聞き返す。それにトウヤは丁寧に教え子に勉強を教える心持ちで繰り返してやった。しかし、それにも関わらずなのはは呆然とする。

 それは、どう言う事なのか?

 ユウオも隣でポカンとしている。

 予想外過ぎる答えに二人が我を忘れているのを眺めながら、トウヤは昔、タカトに問い、得た答えを思い出していた。

 まるで大切な宝箱から宝物を取り出すような、そんな顔で。

 

 強い女(ひと)が好きだ。

 

 そう告げた異母弟の言葉を思い出す。相変わらずの無表情で、それを自分にだけは教えてくれた異母弟の言葉を。

 

 心の強い、女(ひと)が。もし、俺より強い女(ひと)がいたならば――きっと、俺はその女を好きになる。

 

 そう告げた、異母弟の言葉を。やがて、なのはとユウオが我に返り始めたのを見て、トウヤは微笑んだ。

 

「さて、なのは君? 君はタカトに自分より強いと認めさせる事が出来るかね?」

 

 そう告げて、トウヤは席を立つ。最初から答えを期待した訳では無いのだろう。なのはの方を見ずに微笑み続け、そして。

 

「ゼグンドゥス。何があったね?」

 

 唐突に、そんな事を言った。その言葉に、なのはは、え? と思い、次の瞬間、それは唐突に現れた。

 黒のローブを見に纏う金髪金眼の青年が。

 本当に全く突然に現れた為、どのようにして現れたか分からなかったくらいだ。

 いきなりの事態に目を丸くするなのはを置いて、彼――ゼグンドゥスはトウヤに口を開いた。

 

【”ネットワーク”に感ありだ、主よ】

「……ネットワークに? と、するとシオン達の方に何かあったかね?」

 

 問う。しかし、ゼグンドゥスは答えない。変わりに手を差し出した。そこにウィンドウが展開する。映るのは必死にキャロに心臓マッサージを施すシオン……!

 

「キャロ!? トウヤさん、これは――!?」

「ふむ。少々厄介な事態のようだね。こちらに連絡が来ないと言う事は、余程切羽詰まってるようだ」

 

 そう言うと、慌てるなのはに手を差し出して制止する。やがて画面の中でみもりが何やら処置を施したのか、キャロは息を吹き返したようだった。

 それを見て、なのはは漸くホッとする。しかし場面が変わると、それも消えた。次に映った画面では、シオンがただ一人、謎の虫と戦っていたからだ。

 

「どうやらあの虫がキャロ君があのようになった原因のようだね? 道理で連絡が来ない筈だよ。通信も妨害されていると見た方がいいね――待ちたまえ、なのは君」

 

 自分の台詞を最後まで聞かずに駆け出そうとしたなのはを彼は即座に止める。彼女は何故と聞こうとして、それより先にトウヤが言って来た。

 

「シオンの方は陽動だよ。本命はこちらだ」

 

 そう言うと、トウヤはウィンドウを指差す。そこには数隻の次元航行艦が、地球周辺宇宙に次元航行を完了している場面が映っていた。

 

「陽動と言うよりはどちらも本命かね。艦隊戦になるだろうが、念の為、こちらの迎撃に参加して貰いたい……大丈夫さ、今のシオンを倒すのには”第二位レベル”がいる。あの程度、どうとでも切り抜けるだろうね」

「…………」

 

 なのはは無言。相当な葛藤があるのだろう。しばし悩み、やがてこくりと頷いた。それを見て、トウヤは動く。

 

「よし。では、ユウオ。これより『月夜』は第一級戦闘配備。はやて君にも連絡を取ってくれたまえ。”アレ”を出すよ?」

「うん。分かったよ。任せて」

「さて、では行こうかね、なのは君」

「あ……その前に一つだけ。さっきのは一体?」

 

 前を歩こうとするトウヤに問うて見る。先のゼグンドゥスに見せられた画像達だ。あれは、普通の通信等では無い。全然別物だと、なのはの直感は訴えていた。そんな彼女の問いにトウヤは一度だけ苦笑した。

 

「何、彼は”時の精霊”でね。少し、”過去の情報を再現”してもらっただけさ」

「過去の……?」

「そう、過去の情報距離を零とする魔法。これを、”ネットワーク”と呼ぶのだよ」

 

 そううそぶくと彼は早足で執務室を出る。そんな彼に、なのはも続こうとして、その前に続きの言葉が来た。

 

「私は過去を力とする者。故に、私に知り得ない過去はそうそう無いよ?」

 

 そう言って、トウヤは『月夜』の通路を歩き出したのだった。

 

 

(中編1に続く)

 

 




はい、第四十九話前編2でした。またもや艦隊戦か(笑)
いや、好きなんですよ艦隊戦。ゼノサーガのEP1とか、あのノリ超好きです。例えがマニアック過ぎるか……(笑)
ではでは次回もお楽しみに。


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第四十九話「約束は、儚く散って」(中編1)

はい、第四十九話中編1であります。毎日更新したいですが、リアルが忙しくなりつつある……(涙)。そんな今話、どぞー。


 

    −轟!−

 

 風が鳴る。音を引き裂き、空気をぶち抜いて、風が。

 

 −弾!弾!弾!弾!弾!−

 

 その風に撃ち込まれる幾千、幾万の光射。尾を引き、それは風に疾走。しかし風は一切構わず、むしろ光射に向かい駆け出した。直後、風が消えた。そして。

 

 −撃・撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

 人が空に舞った。光射を放っていた者達が。まるで人形のように脱力したまま、冗談のようにくるりくるりと回転して、やがて地に落ちる。

 落ちた後も、彼らは身動き一つしなかった。一瞬にして意識を刈り取られたのだ。見れば、彼らは誰も彼も顎骨や頬骨といった箇所を陥没させられてしまっている。

 よく見れば彼らは、それぞれ似通ったバリアジャケットを展開していた。管理局、武装隊の基本仕様のそれを。

 やがて、風は――否、風では無い。”彼”は、全てを睥睨して、姿を現した。

 ナンバー・オブ・ザ・ビースト、伊織タカトは。

 武装隊の面々を叩きのめした彼は、悠々と戦場となった場所を見て。

 

「……どうして、魔法を使わなかったんです?」

 

 そんな声を背後から聞いた。振り向くと、そこには冷たい眼差しの女性が居る。元ナンバーズの一人、ウーノが。

 彼女は昏倒させられた武装隊の人間を、踏まないように気をつけながら歩いて来た。続きを問う。

 

「貴方なら魔法を使えば、一瞬で終わった筈。何故、そうしなかったんですか?」

 

 そう言う彼女の足元には、タカトにぶん殴られて沈黙している彼らが居る。それを見もせずに、タカトは肩を竦めた。

 

「何、つまらん理由だ。水迅が便利だからと、そちらばかり使っていては技も錆びるのでな。言わば修練だ。こいつらはそれに打ってつけだ」

 

 あっさりとそう答えると、タカトは再び前を向いて歩き出した。ウーノも慌てずに着いて行く。

 

「それで? 貴様にはここに居るナンバーズの居場所を探って貰っていた筈だが?」

「はい。既に見つけています。ここに居るのはセッテ……貴方とは初顔となりますね」

「と言うより他の連中は俺の事を知らんだろう? 貴様以外に話した奴はいない」

 

 タカトに言われ、そう言えばとウーノも気付く。最初のインパクトがインパクトだっただけに、あの時研究所に居た妹達もタカトの事を知ってると思い込んでしまっていたのだ。カメラも破壊されていた為に一切の記録も残せていないので、実質、タカトの顔を知っているのはトーレと自分、そしてジェイル・スカリエッティ当人しか居ない。

 

「すると、ほとんどの妹達は貴方の顔も知らないのですね」

「その妹とやらは銀髪に眼帯をしている、あの幼女も入るのか? あれならば見たぞ」

「……なんですって?」

 

 思わぬ言葉にウーノは目を見開いてタカトを見る。それに振り向きもせず、タカトは歩きながら続ける。

 

「あれならば、何度か顔を合わせたと言った。敵対者としてだがな……共闘した事も一度だけあるか」

「待って下さい。そう言えば聞いてませんでしたが、貴方、今は何をしているのですか?」

 

 銀髪眼帯幼女ことチンクは、確か現在、時空管理局に所属している筈である。彼女だけでなく、ナンバーズの大半は管理局所属となっていた。

 そもそも管理局の軌道拘置所を襲撃して自分達を脱獄させて回っている段階で気付けと言う話しではある。彼は、ひょっとして。

 

「……時空管理局と敵対しているのですか?」

「違うな」

 

 神妙にウーノは聞いて、しかしタカトはあっさりと否定した。あまりの即答ぶりに、言葉に詰まってしまった程である。なら何故かをウーノは聞こうとして。

 

「敵対しているのは時空管理局だけじゃない。……そうだな。現在、管理局本局を占拠し、管理局と敵対しているツァラ・トゥ・ストラ。そして、俺の元所属していた組織、グノーシス。それら全てと現在敵対中だ」

「…………」

 

 告げられた言葉に問いも忘れて、完全に絶句させられてしまった。

 敵対者は管理局だけではない?

 それだけでも驚きなのに、どれだけの組織と敵対していると言うのか。

 固まってしまったウーノに、タカトは振り向くと。

 

「俺は今、世界全部に喧嘩を売っている。世界全てが敵と言う訳だな。どうだ? やり甲斐があるだろう?」

 

 そう言って、にやりと笑って見せたのだった。

 

 

 

 

「ここか?」

「はい、間違いありません」

 

 あれから数分後、タカトとウーノは一つの牢獄の前に居た。相変わらずの特殊合金製の扉が堅く閉ざされている。それを見てタカトはふむと頷き。

 

「さて、では蹴破るか」

「そんな真似はいりません。私が今からロックを解除します」

「……そうか」

 

 自分がやられたような真似を流石に妹にされるのは嫌と感じたか、きっぱりとウーノが言うなり前に出る。タカトは若干いじけながらも場所を譲った。

 そんな彼には目もくれず、ウーノは自分が拘留されていた軌道拘置所の所長からくすねて来た(正確には、タカトがくすねた)端末機を操作し始めた。僅か数秒で、この軌道拘置所内のシステムにハッキング完了。続けて、ロックの解除に取り掛かる。

 IS:不可触の秘書(フローレス・セクレタリー)。

 自分や自分のいる施設をレーダー等の探知から隠す『ステルス能力』と、知能の加速による『情報処理・統括力の向上』。この二つの能力を総称したものが、彼女のISであった。

 特に情報処理を専門とするこのISからしてみれば、施設のハッキングなど容易い事でしかない。

 僅か数秒で牢獄のシステムを完全に掌握。あれ程堅く閉ざされていた牢獄の扉が、あっさりと開いていく。

 

「便利なものだ」

「そんな事はありません。私の能力(ちから)は戦闘能力がありませんから……セッテ!」

 

 感心したようなタカトに、ウーノは謙遜しながら牢獄内に入り目当ての人物に呼びかける。

 

「ウーノ……? どうしてここに? それに後ろの方は誰でしょうか?」

「それも説明します。彼は――」

「伊織タカト。ジェイル・スカリエッティの友人だ。あれには俺の目的に付き合って貰っている。で、ジェイルが貴様達を必要としているので俺が呼びに来た訳だ。理解したか? ならば、共に来い」

「了解しました」

「伊織タカ――て、え?」

 

 セッテが問いに答える間も無く、なんとタカトとセッテは既に同行の決を取っていた。唖然とするウーノを余所に、セッテは立ち上がるとタカトは彼女の手首に目をやり。

 

    −撃!−

 

 目に止まらぬ速度で貫手を放ち、拘束具のみを破壊してのけた。セッテは自由になった手を確かめるようにぐるりと回して、すぐに直立不動となる。

 

「では、これからどうするのでしょうか? 伊織タカト様」

「タカトで構わん。ウーノ、貴様もそれで頼む。セッテとか言ったな? お前を解放した通り、他のナンバーズも解放中だ。後二人と言った所だが――ウーノ?」

「……貴方達、テンポが早過ぎです」

「「……?」」

 

 まだ二人が顔を合わせてから何と一分も経っていないのに、既に次の軌道拘置所に行く事になってしまっている。

 ため息を吐くウーノを、タカトとセッテは不思議そうに見た。彼女は諦めたように頭(かぶり)を振り、端末機を操作する。

 

「次の軌道拘置所はここです。次元座標は――」

 

 そう言って端末機に映した次の軌道拘所がある無人世界の次元座標をウーノはタカトに示す。タカトは頷くと、その足元に八角形を模した魔法陣が展開した。

 次元転移魔法である。魔法陣はそのまま広がり、セッテとウーノの足元にまで広がった。

 

「では、跳躍(と)ぶぞ。さて、次はどう戦うか」

「いえ、次からは戦う必要もありません」

「何……?」

 

 最後の部分をウーノに否定され、思わずタカトは彼女に振り向く。すると彼女は――恐ろしく珍しい事にだが、なんと、悪戯めいた微笑を浮かべていた。気になり、タカトは問う。

 

「どう言う事だ?」

「百聞は一見にしかず。実際見た方が早いでしょう」

 

 ……どうやら話す気は一切無いらしい。セッテの方をちらりと見ると、彼女は彼女で無表情にこちらをじーと見ているだけだった。タカトはため息を吐き。

 

「……了解した。では、行くとしよう」

 

 そう言うと次元転移魔法を発動。彼等の姿はゆっくりと光の粒子に包まれるようにして消えていった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 『月夜』格納庫。

 月の内部を基地化して作りあげたそこは、従来の格納庫スペースより遥かに広く出来ている。そこを進む叶トウヤに、高町なのはは着いて行く。

 先程、『ネットワーク』でストラの次元航行艦隊を発見した彼は、『月夜』に第一級の戦闘配備を発令。ここに直行したのだ。

 着いて来たまえと言う彼の言葉に従い、一緒に来たのだが。

 

「ここだね」

「わぁ……!」

 

 目的地に着いたのか、立ち止まるトウヤに倣い、なのはも止まる。そして、目の前にある”もの”を見て感嘆の声を上げた。

 全長数百Mクラス。管理局の基準で言うのならばXL級。縦長の、どことなく東洋の”龍”を連想させるフォルムの艦がそこにあった。これは――。

 

「現在、アースラのシステムをこちらに引っ越しさせて擬装中だったのだがね。紹介しよう。君達に貸し出す予定のアースラに代わる代艦。”バハムート級、次元戦闘艦”だ」

「次元”戦闘”……?」

 

 告げられた単語に、違和感を覚えてなのはが彼を見上げながら怪訝そうに呟く。トウヤは朗らかに笑って見せた。

 

「そう。”航行艦”ではなく”戦闘艦”……戦闘を主な目的として建造した艦だよ。それ故に航行艦とは一風変わった装備を持つのだがね」

 

 そう言いながら、彼は艦内に入って行く。なのはも続きながらトウヤの説明を聞きつづけた。

 戦闘を主な目的として作られた艦とトウヤは言うが、この艦の通路は広く取られていた。一般の航行艦とさほど違和感が無い程である。物珍し気に周りを見るなのはを尻目に、トウヤは先に先にと向かう。やがて一つの場所へと行き着いた。ブリッジだ。自動扉がトウヤを認識するなり、ぷしゅっと空気を排出して横に開く。中に入ると、すぐに声が掛けられた。

 

「あ、なのはちゃん」

「なのは」

「はやてちゃん、フェイトちゃん」

 

 ブリッジの一番上の席。恐ろしくは艦長席なのだろう。そこに座るはやてが、振り向きながら手を振ってくれる。横に立つフェイトも微笑んで迎えてくれた。二人になのははトウヤを伴って近寄る。すると、はやてがトウヤを見るなり苦笑した。

 

「ども、トウヤさんも今回の迎撃に参加するんや?」

「あくまで保険だがね、私は……今回の主な目的は、君が”これ”を扱えるか否かの検分だよ」

「それなんやけど、この艦のシステムなぁ……」

「なんだね? 気に入らないと?」

 

 思わぬ言葉だったのか、トウヤは意外そうな顔となる。それに、はやては首を横に振った。苦笑を続けながら、問いに答える。

 

「いや、なんぼなんぼでも出来過ぎちゃうかな、てな? イメージ・フィードバック・マギリング・システムやったかな? あまりに”私向け”のシステムやったから」

「ああ、そう言う事かね。確かにね。それに関しては私も驚いたものだよ」

 

 はやての台詞に漸く納得したのか、トウヤは頷きながら微笑む。そして、振り返ってブリッジを見渡した。

 

「こう言う奇縁もあるものと言う事でいいのではないかね。あまり気にしてても仕方ないよ?」

「いや、それはそうなんやけどな」

「……あの〜〜?」

 

 そう話していると、横からなのはがひらひらと手を上げて声を二人に掛けた。すぐに二人は振り向く。

 

「どうしたね? なのは君?」

「その、イメージ・フィードバック・マギリング・システムって何ですか?」

「……ああ、なるほど。ブリッジクルー――君達だとロングアーチだったかね? ともあれ、ロングアーチにしか話しをしていないのだったね」

 

 見知らぬ単語が出た事で気になったのか。確かに、意味深な名前でもある。それに、先程トウヤが話していた説明も途中だったのだ。気にならない方がおかしいだろう。見れば、フェイトも好奇の目をトウヤに向けている。トウヤは、そんな彼女達に微笑し。

 

「よろしい! では、君達が今履いている――」

《……トウヤ。ボクがそこに居ないからってセクハラしたら後が酷いからね?》

 

 何事か言おうとした瞬間、ブリッジのモニターが起動。ユウオの顔がどでかく現れ、トウヤをジト目で睨んだ。――彼は二秒ほど沈黙し、やがてきらりと白い歯を見せてユウオに笑って見せる。その笑顔には、一点の曇りも無い。

 

「フ……何の事か分からないね? それでユウオ、どうしたのかね?」

《あ、そうだった。さっき敵と目される次元航行艦が四隻、衛星軌道に転移して来たよ……多分、大気圏内に降下する積もりなんだと思う》

「そちらを先に言いたまえよ。はやて君、準備は?」

「こっちは完了や。なのはちゃんが来た段階でオッケーやよ?」

 

 そちらが本命であったのか、現在の状況をユウオは知らせる。トウヤは肩を竦めて、今度ははやてに問う。それにもすぐに彼女は答え、満足したのかトウヤは頷いた。

 

「では現時点を持って、この艦は管理局、八神はやて一佐に貸与する事を叶トウヤの名に於いて承認する。八神一佐、異論は?」

「ありません。確かに承りました」

 

 急に神妙となったトウヤの言葉に、はやてもまた真面目な顔で頷く。そして今度は、ユウオの方へとトウヤは振り向いた。

 

「ユウオ、ゲート起動。発艦用意。空間転移カタパルトの使用を許可する」

《了解、空間転移カタパルト起動。いつでも出港出来るよ》

「うむ。では、はやて君、後はよろしく頼むよ?」

「……はい」

 

 ユウオに指示を飛ばして、するべき事は終えたとトウヤは後ろに下がる。変わりに、はやてが立ち上がった。すぅっと息を吸う。

 

「現時点を持って、この艦は私が預かりました。そして、これよりストラ次元航行艦の迎撃に向かいます! 準備はええな!」

『『はい!』』

 

 はやての台詞に、一斉に応える声が来る。彼女は微笑すると、キッと前を見据えた。

 

「ではこれより、バハムート級次元戦闘艦こと、仮称”アースラ2nd”は発艦します!」

《こちら『月夜』管制、了解しました。空間転移カタパルトにアースラ2ndをセットします》

 

 はやてが言うなり、たった今名付けられたばかりの名を持つ艦(ふね)がゲート内を移動させられる。やがて、アースラ2ndはゲート内のある区域へと到着した。

 空間転移カタパルト。”航行艦・戦闘艦専用の”超巨大カタパルトだ。このカタパルトはその名の通り、空間転移で艦を打ち出すカタパルトである。それを使って、一気にストラの次元航行艦に接敵すると言う訳だ。

 一見乱暴ながら、いきなり艦を戦闘速度に持っていけると言う、まさに戦闘艦での運用を前提としたシステムであった。

 やがて、ゴウンと言う音と共に、アースラ2ndを固定していたアームが外れる。

 

《空間転移カタパルトにアースラ2ndセット完了。発艦のタイミングはそちらにお任せします。お気をつけて》

「了解しました。ありがとうな。では、アースラ2nd――」

 

    −轟−

 

 アースラ2ndの艦尾推進システム起動。スラスターに光が灯り、同時にカタパルトが動き出した。アースラ2ndが僅かに前に動き、そして――。

 

「発・艦!」

 

    −破!−

 

 はやてが叫ぶと同時にアースラ2ndが一気に加速! 直後、空間を”ぶち抜いて”、アースラ2ndの姿が消えた。

 これよりアースラ2ndは敵性次元航行艦との戦闘に入る――!

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 セッテが居た軌道拘置所から、次の軌道拘置所にタカトとウーノ、セッテの三人は次元転移して――”そこ”に到着するなり、タカトは唖然とした。

 ついでにそこに居た人物も彼と同じように呆然自失してしまっている。短い髪に長身の女性、綺麗と言うよりは凛々しいと表現すべきか。彼女もタカトと同じく固まってしまっていた。

 そんな彼等を余所に、ウーノは手に持つ端末機を操作。セッテはと言うと相変わらず無表情のままである。

 やがて何らかの操作を終えたか、ウーノが端末機を閉じた。”彼女”に呼びかける。

 

「ステルス及び、監獄内のシステム掌握完了……久しぶりね、トーレ」

「ウーノ……? それに、セッテ? お前達、何でここに? それに確かお前は……?」

 

 呼びかけた彼女と、後ろで待機するセッテ、最後にタカトを見て、ナンバーズNo.3、トーレは問い掛けて来る。タカトはそれに構わずため息を吐いた。ウーノをきろりと睨む。

 

「……お前が言っていたのはこう言う事か」

「はい、そう言う事です」

 

 よほど驚かされたのが悔しかったか。ウーノをタカトは睨み、それをどこ吹く風とばかりに、彼女は満足そうな顔で頷いた。

 つまり彼等が転移したのは、軌道拘置所の”監獄内”であったのだ。直接、トーレの監獄内に転移したのである。ウーノがタカトに示した次元座標によって。

 おそらく、先にこちらの拘置所内のシステムにハッキング。この”監獄内の次元座標”を調べてのけたのであろう。

 こう言うと簡単に見えるかもしれないが、実際はとんでも無い。本来、次元転移はそこまで細かく跳躍出来るものでは無いのだから。改めて彼女のISの脅威が分かろうと言うものだった。

 状況を悟ると、タカトはため息を再度吐き、トーレに向き直った。

 

「俺の事は覚えているか? と言っても名乗った覚えはないが。ついでだな、今名乗るとしよう。伊織タカトだ」

「……それは皮肉か? もちろん覚えている。あれ程鮮やかに瞬殺されたのは、後にも先にもあれだけだからな」

 

 タカトの口ぶりにトーレは悔しさを滲(にじ)ませて、しかし確かに頷いた。彼女からしてみれば敗戦、しかも名乗りすらさせる事も出来ずに負けさせられた記憶である。悔しくて当たり前の事ではあった。

 タカトはそんな彼女の反応に頷くと、ウーノ、セッテと同じように説明してやる。それを聞いて、彼女は苦い顔となった。

 

「……状況は分かった。つまりDrの要請と言う訳か」

「そう言う事になる。で、来るのか? 来ないのか?」

「勿論行くとも。Drの要請ならな。しかし――」

「俺が信用出来んか?」

 

 いきなり本心を突かれ、トーレが息を飲む。まさに今、トーレが苦い顔をした理由がそれであったから。だがタカトは、そんなトーレに口の端を歪めて笑って見せた。

 

「別に構わん。信用される要素は皆無だしな。せいぜい貴様が俺を見張って置け……貴様は俺を監視する為に共に来る。それでいいだろう?」

 

 あっさりとそう言うタカトに、トーレはまたもや呆然として。やがて不敵な笑みを浮かべた。

 

「いいのか? 状況次第では、私はお前を背後から斬るぞ」

「構わん。まぁもっとも、貴様に出来るとも思えんがな。その時は容赦無く叩き潰すので忘れぬように」

 

 かかかとタカトは笑い、トーレも構わず不敵に笑い続けた。声に出さずとも、その笑顔は告げている。

 承知した、と。

 タカトは一つ頷くと再び貫手を一閃。トーレの拘束具を破壊した。すぐに彼女も立ち上がる。

 

「さて、では後一人か。ウーノ?」

「すでにそちらの次元座標も調べてあります……でも、後一人は――」

「クアットロか……確かにな」

 

 タカトに頷き、しかしウーノとトーレは複雑な表情でタカトを見る。彼はきょとんと首を傾げた。

 

「なんだ? そのクアットロとか言うのには、何か問題でもあるのか?」

「……いえ、覚えているかどうかは分かりませんが、貴方、研究所に来た際に眼鏡を掛けた娘の事を覚えてますか?」

「眼鏡? ……ああ、いたな。そんなのも」

 

 確か後ろからチョークスリーパーで頚椎を捻り折って倒した娘である。あの研究所では唯一殺しておいた娘のはずだが――。

 

「なんだ、生きていたのかアレ」

「……いえ、蘇生に成功したので大丈夫だったんですが。よくそんな台詞を言えますね」

「む?」

 

 やはり分からないとばかりにタカトは首を傾げたまま。ウーノとトーレは一緒にため息を吐き、セッテは相変わらずの無表情で後ろに立っている。

 ウーノは首を一振りすると、端末機に次の次元座標を表示しタカトに見せる。それに頷き、タカトは次元転移魔法を起動。先と同じように魔法陣が広がり、数秒後には監獄内に居た全員と共に、次の軌道拘置所へと跳躍した。

 ……なお、トーレが脱獄した事にこの軌道拘置所の局員が気付いたのは、数時間後の事だったと言う。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「――シオン!」

 

    −斬!−

 

 声がシオンの耳朶を打つ。それを聞きながら、シオンは笑みを浮かべて、今まさに毒針を放たんてした甲虫を両断してみせた。声は、ここ二ヶ月で聞き慣れた声である。つまりは、ティアナの声。

 このタイミングで呼びかけられたと言う事は――そう思うなり、シオンは遠巻きにこちらを伺う無数の虫達を前に棒立ちとなる。

 笑いを張り付けたまま、構えもとらずに。ゆらりとその身体が揺れて、直後、迷い無くシオンは”落ちた”。

 本当に唐突に、空にあったシオンの身体は重力を思い出したように落下を開始したのである。飛行魔法を解除したのだ。

 そんな落下して行くシオンに、遠巻きに見ていた甲虫は何かに気付いたかのように、シオンを追って降下を開始。だが、シオンはそんな虫達にむしろ笑った。

 

「”ここまでティアナの予想通り”だと、驚嘆を通り越して笑えて来るな――スバル! ギンガさん!」

「うん!」

「了解よ、シオン君!」

 

 落下しながら吠えるシオンに、応える声が下から聞こえて来た。スバルとギンガだ。二人は、大きく左右に分かれて互いのリボルバーナックルを構えている。同時にカートリッジロード。スピナーが激しい回転を刻み始めた。それを背に感じながら、シオンは逆さまの状態で刀を振るう!

 

「四ノ太刀――」

「「ダブル・リボルバ――――」」

 

 シオンの声に重なるようにして、スバルとギンガの声が響く。シオンを追う虫達は中央から展開し毒針を放たんとするが、もう遅い。三人は攻撃準備を終えている――!

 

「裂波!」

「「シュ――――トッ!」」

 

    −轟!−

 

    −裂!−

 

 次の瞬間、中央のシオンから放たれた破壊振動波と、スバル、ギンガから放たれた衝撃波が問答無用とばかりに甲虫達に叩き付けられ、容赦無く吹き飛ばし、あるいは叩き潰し、あるいは塵に還していく。

 その結果を眺めながら、シオンは裂波を放った反動を利用して体勢を立て直し、地上に着地。すぐに左右に目を配る。スバルとギンガは彼の視線に頷きながら、リボルバーナックルを再び振り上げた。

 

「「ウィングっ! ロ――――ドっ!」」

 

 そして一気に地面に叩き付ける! 直後、ナックルを叩き付けた場所を基点として光の帯が伸びた。

 ウィングロード。スバル、ギンガが使う、シューティングアーツの代名詞とも呼べる魔法である。飛行魔法と違って、名の通りに空に”道”を作る魔法であるのだが、それ故に様々な応用が効く魔法であった。

 例えば空を飛べない陸戦魔導師の足場となったり――例えば、”障害物となって空戦を出来る敵の動きを制限したり”。

 そう、ティアナの作戦の肝はまさにそこにあったのだ。つまりは。

 

    −轟−

 

 二つの道が戦場を走り、駆け抜ける! それは、『学院』の空にある甲虫達をまるで繭のように包み込んだ。

 甲虫達の毒針にAMFはあれど、甲虫自身にAMFは無い。ウィングロードで作られた檻を、破壊する手段などある訳が無いのだ。

 あの一撃決殺の手段を有する虫達を一匹残らず撃破するにはどうすればいいか――答えは単純、”逃げ場を無くした上で一撃で叩き潰してしまえばいい”。後はそれを可能とする状況を作り上げるだけである。ティアナが考えたのはそれだけ。しかし、即興でこれを考えられると言う時点で特異と言える。既にその状況も整った――後は、叩き潰すのみ!

 

『『ティアナ!/ティア!/ティアナさん!』』

 

 

 シオン、スバル、ギンガが『学院』屋上のティアナに叫ぶと、ティアナは頷き、前を静かに見据えた。

 彼女が先から集束を開始した散布魔力は”左右の手に持つ”クロスミラージュに溢れんばかりに輝いて集まっている。

 それは、星――”双発の星の光”であった。ティアナはその輝きを、ウィングロードで構成された繭に差し向ける。

 吠える! なのは直伝のスターライト・ブレイカー。”そのティアナ、アレンジバージョン”を! その名は――。

 

「スターライト……! ブレイカ――――ッ!」

【スターライト・ブレイカー、ファントム・ストライク】

 

    −煌−

 

 直後、双子の星光は膨れ上がり、一気に爆発したが如く驀進を開始する!

 それはウィングロードで作られた繭のど真ん中に突き刺さり、貫いて――。

 

    −轟!−

 

    −爆!−

 

    −裂!−

 

 ――繭の中心点で、光りが爆発! 容赦無く炸裂した。

 光りはその名の如く二つの星となり、ウィングロード内に広がっていく。甲虫達は何とか星光から逃れんと飛び回るが、ウィングロードの檻がそれを許さない。行く先を阻まれた甲虫達は、星光に飲み込まれる事を与儀無くされて。星光は檻を巻き込んで広がり、砕きながら広がった。

 ――数秒後、ようやく星光が消えた後には何も残ってはいなかった。

 甲虫もウィングロードで作られた檻も、一切合財完璧に消し去られたのである。

 ティアナが立てた作戦これにて完了。ティアナもスバルもギンガも、甲虫達が消えた空にほっと息を吐いた。

 しかし、彼女達はまだ気付かなかった。その場に居るべき者が居ない事に。

 神庭シオン。彼の姿が忽然と消えている事に、まだ誰も気付いていなかったのだった。

 

 

(中編2に続く)

 

 




はい、第四十九話中編1でした。
ティアナが最近火力厨に……あ、あれ? おかしいぞー?(笑)
艦隊戦、次回に持ち越しちゃいましたが、何卒ご容赦を(汗)
次回はついに、クアットロが……ええ、クアットロが(笑)
お楽しみにです。ではでは。


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第四十九話「約束は、儚く散って」(中編2)

ふぅ、リアルでのごたごたが一つ片付いたので更新です。第四十九話中編2、ついに艦隊戦。お楽しみにー。


 

 次元転移が完了する。暗い、軌道拘置所内の監獄内に。それは先と同じ部屋であり、しかし別の部屋であった。違う無人世界にある軌道拘置所なのだから当たり前なのだが。

 そんな事を思いながら、タカトは今度こそは驚かず前を見る。そこには眼鏡をかけたおさげの少女が居た。

 こちらをぽかんと見ている彼女を見て、俺もこんな間抜けな顔をしていたのかと、自己嫌悪に陥りかけた所で、ウーノが呼び掛け。

 

「クアットロ、久しぶりね」

「ウーノ姉様!? それに、トーレ姉様に、セッテまで……! どうしてここに?」

 

 クアットロが反応し、猛烈な勢いでこちらに詰め寄った……タカトを見事に無視して。

 ちらりとウーノはタカトを見て、口端を引き攣らせつつ宥めるように手を上げた。

 

「ええ、Drが私達を必要としているのよ。彼の目的にDrが協力するためらしいのだけど――」

 

 そこまで言うと、ウーノはちらりと再びタカトへと視線を向ける。追従する形で、クアットロもタカトに目を向けた。……胡散臭いものを見るような目を。

 タカトはと言うと、何故かクアットロの方では無く、直接転移したために閉まりっぱなしの扉を注視していたが。

 

「彼は――」

「あ〜〜ら。あなたが私達を助けて下さったんですか〜〜? ありがとうございます〜〜♪」

 

 説明しようとするウーノを遮るようにして、クアットロがタカトへと話し掛ける。その声には、あからさまなまでの嘲りが込められていた。更に。

 

「けど、調子に乗らないで下さいね〜〜? 私達にあんまり大きな顔すると、プチッと潰しますんで〜〜♪」

「く、クアットロ!」

 

 さすがに毒舌が過ぎると、トーレが口を挟む。しかしクアットロは変わらず不敵な笑いでタカトを見て。漸くタカトが扉から目を離し、クアットロへと視線を向けた。

 

「ほぅ? プチッと潰されてしまうのか。それは気をつけねばな?」

「でしょう? だから――」

「なら、お前は俺に再び頚椎をプチッと潰されんように気をつけるのだな」

 

 へ? と、その言葉にクアットロの顔から笑いが消える。タカトの言葉に何かを思い出したか。固まってしまった彼女に、つつっとウーノが近付いた。耳元に口を寄せる。

 

「ほら、貴女、覚えてるでしょう? 五年前に研究所を襲撃して来た――」

「あ、ああ、ああ!?」

「はじめまして、では無いのだな。伊織タカトだ」

 

 ウーノの言葉に、クアットロの目が大きく見開かれ、口から悲鳴が零れる。それに気付いてか、気付いていないのか――気付いているに決まってはいるのだが、何にしろタカトは彼女の間近まで顔を寄せて。

 

「よろしく」

 

 そう、静かに告げた。直後!

 

「ひぃいいいいいいいいいいいいいいい――――――――!!!!」

「ぬおっ!?」

 

 いきなりクアットロからとんでも無い奇声が上がる! その声量、タカトが驚きの声を上げたほどだ。どれほどの奇声だと言うのか。

 クアットロは構わず奇声を上げながらベッドに頭から突っ込むと、そこで頭に枕を乗っけてガタガタ震え出した。当然、奇声は上げ続けながら。

 タカトは汗ジトになりながらも、声を掛けてみる。

 

「……おい?」

「うひぃいいいいぃいいいいい――――――――!」

「……ちょっと?」

「きょえぇえええええええええええええ――――――――!」

「……あの、だな」

「ぎぃいぃいいいいいいいいいいいいい――――――――!」

 

 声を一つ掛ける度に、奇声がパワーアップして返って来た。……さすがにタカトは珍しくも途方に暮れた、凄まじく困った顔となり、ウーノとトーレの方を向く。彼女達は、そんなタカトにため息を吐いて見せた。

 

「……つまりは、こう言う事なんだ、伊織」

「いや、全く訳分からんぞ……?」

「ようはトラウマです」

 

 簡潔にウーノが答えを告げる。再びクアットロへと三人は目を向けた。

 

「どうも、あんな風に殺されたのははじめてだったので、変にトラウマを抱えてしまったらしくて。蘇生した後、暫くはこんな感じで」

「…………」

「やはり、伊織と認識するとこうなるのだな」

 

 ウーノの説明に、口端をひくりと引き攣らせたタカトへ、トーレが締めを告げる。暫く監獄内に奇声が響き、そのままと言う訳にも行かず、タカトはクアットロへと近付いた。

 

「まぁ落ち着け、クアットロとやら。あの時は問答無用に殺してすまなんだ」

「ぎ、ぎぃいい……?」

「そう。俺達は人間だ。分かり合えるはずだ」

 

 むしろ人間外に使う言葉じゃないか? と言うような言葉を吐き、タカトがクアットロに手を差し出す。それに光明を見出だしたようにクアットロは震える手を伸ばして――ぐわしっと、その手をタカトが掴んだ。

 

「と言う訳だから、いい加減、その悲鳴を止めんと今度は首を捩切るぞ?」

「うぎょろもぽぇえええええええええぇええええええ――――――――!」

「「ちょ――!?」」

 

 いきなりとんでも無い事をのたもうたタカトに、クアットロが最大級の奇声を上げる。それを見て、流石にウーノとトーレが驚きの声を上げた……セッテだけは無表情であったが。

 む? と首を傾げたタカトに二人が詰め寄る。

 

「何をしているんだお前は!?」

「いや、何と言われてもだな。こう、先のやり取りから見ても嘗められんように締める所は締めておこうと」

「だからと言って、あの台詞は無いでしょう!?」

「むぅ……」

 

 二人がかりで怒涛の勢いで責められて、タカトも流石にやり過ぎたと感じたか。二人の怒鳴り声に呻き声だけをもらす。その間にも、クアットロが人外の奇声を上げ続けてはいたが。

 何しろこのままではまずい。タカトは再び、クアットロの元へ向かうと、声を掛け――。

 

「……おい」

「きょえぇふもぐにゅくるげゃぁあぁああああああ――――――!」

「…………」

 

 ――奇声を上げ続けるクアットロの首に無言で腕を回し、こきゅっと捻った。奇声が止まる、と同時にクアットロがベッドに沈んだ。一同、唖然とする中でタカトは額の汗を拭う仕種をして。

 

「よし。これで静かになったな」

「「こらこらこらこら!」」

 

 いい仕事をしたとばかりに爽やかな笑みを浮かべやがるタカトに、またもや揃ってウーノとトーレがツッコミを入れる。いきなり何をしだすのか。

 そんな二人のツッコミに、しかしタカトは構わずにあさっての方を向いた。

 

「静かになった……それでいいじゃないか。俺は何も悪くない。そう、悪いのは世間だ」

「貴方、どこの厨二病患者ですか!? 世間関係ありませんし!」

「どこからどう考えても悪いのはお前だろう!?」

「と言うかウーノ、お前の口からその単語が出た事が俺は驚きなんだが……」

「「話しを誤魔化すな!」」

 

 ついには命令口調で言われてしまう。タカトは視線を外したままで。そこから数分程、再び責められて、漸く観念したように両手を上げた。

 

「分かった分かった。次からは、もう少し大人し目の対応を心掛ける」

「……殴ったり、窒息させたりもダメですからね?」

「顎を踏み砕くのは?」

「「論外です!/だ!」」

 

 どこまでもひど過ぎるタカトに、ウーノとトーレはツッコミを斉唱させ、再びため息を吐いた。

 なお、つい数時間前に元六課――つまりは現アースラ隊長陣が彼に全く似た感じでツッコミを入れていたのだが。そんな事は流石に知る由も無かった。

 ちなみに、ぴくぴくと痙攣しているクアットロをセッテが無表情で介抱していたりする。なんにしろ、彼女達は息を吐き切るとタカトを冷たく見据えた。

 

「ほんとに……何でこんなにクアットロだけ対応が酷いのですか?」

「む?」

「確かに。そもそも研究所襲撃の段階でクアットロのみ殺されているしな」

 

 ウーノの問いに首を傾げる。そんなタカトに、トーレも思い出したように呟いた。……確かに、どうもクアットロのみ酷い目に合わせているような気がする。これは、果してどう言う事なのか。

 首を傾げていたタカト自身も、不思議そうな顔となった。

 

「ふーむ。何故か気付いたら、ああ言った真似をしているのだがな……こう、顔を見ているだけでイライラすると言うか」

「どう言う理屈だ。どう言う……」

 

 完璧に虐めっ子の理屈である。呆れたような顔となる彼女達に、自分でも分かっていないのか、タカトは首を捻り続けた。

 ……なお、この疑問が解消された時、またもやクアットロに災難が降り懸かる事となるのだが――それはまた、別の話しである。

 とりあえずそのままと言う訳にもいかず、まずはクアットロを起こそうとして。

 

    −爆!−

 

 唐突な爆音が監獄に響き渡る! ウーノもトーレも、セッテすらもがぎょっと身構える中で、唯一タカトは構わず、クアットロに気付けを施していた。

 

「……まさか、向こうに察知されたか?」

「違うだろう。これは戦闘音だ」

 

 タカトが口を挟み、一同、は? とタカトを見る。だが、彼は構わずクアットロの中指を一つ手に取った。ゆっくりと反対側に反らしていき。

 

「襲撃だ。俺達とは別口のな」

 

 直後、一気に反対側に中指を折り畳んで、本日何度目かのクアットロの悲鳴が響き渡った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 地球衛星軌道。第97管理外世界において、代表とされる母なる青い星、地球。その大きな青を見下ろしながら、ゆっくりと降下していく物体があった。

 次元航行艦。管理局が誇る、次元世界を渡り歩くための船である。もっとも、その四隻の航行艦達は管理局所属ですらない。

 ツァラ・トゥ・ストラが所持する次元航行艦であった。それが地球に降下して何をしようと言うのか……と、いきなり四隻の艦がぐるりと向きを変える。地球に向けて縦へと艦の向きを変えたのだ。同時、艦首に環状魔法陣が展開した。

 それをもし魔法に詳しい者や、航行艦の事を知っている者が見たならば、血相を変えた事だろう。

 アルカンシェル。数百Kmに渡って空間を歪曲させながら、対象を消滅させる砲。それが地球に向けられていたのだから。

 最初から地球に降下するつもりも無かったのだろう。彼等の目的は、衛星軌道からの砲撃にあったのだ。四つの砲は、それぞれ別の方向を向いている。

 それはアメリカ合衆国、中国、ロシア、EU諸国へと、それぞれ狙いを定めている。アルカンシェルを首都に叩き込んで殲滅する腹なのか――どちらにしろ、被害を想像するだけでぞっとする。

 数万の単位では、とても効くまい。数億。二次災害を考慮するならば、数十億単位の人的被害は間違い無く引き起こる。

 それは地球と言う星を壊すに至らなくとも、人類を始めとした生物を根絶するにあまりある被害であった。正気の沙汰とは思えない。しかも、彼等は通告すら出さずにそれを行おうとしていた。

 やがて艦全てのアルカンシェルがチャージ完了。地球へと滅びの一打が放たれようとして。

 

    −撃!−

 

 突如、航行艦の一つを光が艦底から貫く! さらにその光は、貫いた航行艦から一気に炸裂!

 

    −爆!−

 

 光が広がり、残り三隻の航行艦も巻き込んで行く。だが不思議な事に、最初に一撃を受けた艦も残りの三隻もダメージを受けた様子は無い。最初に一撃を受けた艦は沈黙。

 残り三隻もヨタヨタと不安定な動きを見せながら回転し、光が放たれた方向へと艦首を向けた。

攻撃を受けた方へと。

 そこからは、猛烈な勢いと、考えられない速度で疾駆する艦が来ていた。

 

 

 

 

「敵航行艦に主砲、”フレスヴェルグ”直撃! 敵艦一隻、沈黙しました!」

「残り三隻、地球からこちらに回頭します!」

「……よし。まずは成功やね」

 

 アースラ2ndブリッジに、シャーリーとアルトの報告を読み上げる声が響く。それを艦長である八神はやては聞き、厳しい顔を浮かべて頷いた。

 『月夜』から空間転移カタパルトを使用し、地球衛星軌道まで跳躍して来たのだが、その時アースラ2ndに居る者達が見たものは、地球へとアルカンシェルを叩きこまんとするストラ次元航行艦だったのである。

 既にこちらの射程内だったので、主砲を叩き込んで、それを妨害出来たからよかったものの、少しでも遅れたらと考えると冷や汗が止まらない。

 アルカンシェルが一発でも地球に打ち込まれれば、甚大な被害が出るのだから。

 矢継ぎ早に飛び交う管制達の声を聞きながら、はやてはトウヤがうむと頷いたのを見た。

 

「お見事。やはり、君とIFMSは相性が良いようだね」

「ん、ありがとうな」

 

 素直に褒めてくるトウヤに、はやては謙遜せずに礼を言う。その彼女は今、球のような魔法陣に囲まれていた。

 球状魔法陣。情報処理を最重要とした特殊な魔法陣である。元々ミッドにも、ベルカにも無い魔法陣であるが、この艦をはやてが使うと決めた段階でベルカ式用に調整したのだ。つまり、それを使わなければならないシステムを使っているのだが。

 彼女の周りに展開した球状魔法陣は、あるデータを表示さていた。

 はやて専用の魔導書型ストレージデバイス、『夜天の書』のデータを。

 今、かの魔導書はアースラ2nd内に取り込まれている。そして、”艦から直接はやての魔法を撃った”のだ。

 これが、IFMS。イメージ・フィードバック・マギリング・システムと呼ばれる、この艦最大のシステムであり、航行艦ならず戦闘艦と呼ばせるに至ったシステムであった。

 このシステムの特徴は、ずばり艦の武装を介して艦長の魔法を艦が使えると言う事に限る。つまり、はやての長距離炸裂型砲撃魔法、フレスヴェルグを艦の主砲から発射するなどの真似が出来るのだ。同時に、このシステムは艦の中枢制御システムを艦長の魔法処理に割く事も出来る。はやての弱点とも言えた並列処理と高速処理を艦のシステム任せで行えるのだ。

 艦内に居ながら魔法を。しかも従来の数倍の威力と制御で放てる。これ程、はやてにうってつけのシステムもあるまい。

 先の彼女とトウヤのやり取りも分かろうと言うものであった。

 

「艦長! 敵艦、回頭完了――こちらにアルカンシェルを向けてます!」

 

 シャーリーから悲鳴じみた声が上がる。さもありなん。”あの”アルカンシェルで狙われているのだ。悲鳴の一つも上げようと言うものであった。

 見れば、ブリッジに居る面々は誰も彼もが顔を青くしている。なのはや、フェイトすらもだ。だが、それを聞いてなお平然としている者が二人居た。

 艦長であるはやてと、その艦を貸し与えたトウヤである。はやてはシャーリーの報告に頷くと、次の指示を飛ばす。

 

「アースラ2ndは現状速度を維持! フィールドを展開したまま敵艦に突っ込むよ!」

『『ええ!?』』

 

 まさかのはやての指示に、ブリッジの至る所から驚愕の叫びが響く。しかし、はやては迷わなかった。更に声を飛ばす。

 

「大丈夫や……! この艦のフィールドなら耐えられる! シャーリー!」

「は、はい! フィールド、展開します!」

 

 言われ、シャーリーは動揺を滲ませながら、はやての指示に頷き、アースラ2ndのフィールドを展開させる。加速するアースラ2ndの周囲の空間が歪み、フィールドが発生した――直後、敵次元航行艦三隻から一斉に光の帯が解き放たれる。それは迷い無く、アースラ2ndに殺到し。

 

    −煌!−

 

    −裂!−

 

    −爆!−

 

 光が広がる! メビウスリングにも似た形を取りながら空間を歪め、周辺数百Kmを容赦無く消し飛ばした。空間ごとである。

 これがアルカンシェル、時空管理局の当事者達ですら、その威力に恐れを覚え、使用を躊躇う兵装であった。やがて、ゆっくりと光が晴れ、そこに影が射した。それは!

 

    −轟!−

 

 アルカンシェルの余波を突っ切り、龍を模した艦が現れる。つまりはアースラ2ndが。アルカンシェルに見事に耐えて見せたアースラ2ndは、なおも加速。ブリッジで、当の本人達も唖然とする中、その結果を予想していた者達――はやてとトウヤは頷き合っていた。

 

「ディメイション・フィールド……次元歪曲フィールドか。ここまでやなんてね」

「我々グノーシスは、管理局に数十年単位で技術レベルが劣っている。だが、単に戦闘系技術だけを見れば管理局の一段上でね。特に空間、次元系の技術は某馬鹿弟の提唱した次元・空間に対するエネルギーポテンシャル理論等がある通り、更に一歩踏み込んだ技術がある。――まぁ、つまり何を言いたいかと言うとだね」

 

 はやての言葉を引き継ぐようにして、トウヤの説明がブリッジに響く。

 それを聞きながら、なのははアースラ2ndのフィールドを何処かで見た事を思い出していた。これは、かのツァラ・トゥ・ストラが指導者、ベナレスが有する対界神器、ギガンティスのフィールドと同じものでは無かったか? そう思いながら、トウヤの続きの言葉を聞く。

 

「アルカンシェル? 既に時代遅れの武装なぞ、怖くも何とも無いのだよ」

 

 そう締め括ると同時に、頷きながらはやてが更なる指示を飛ばす。

 

「ぼーとしてる暇はあらへんよ? シャーリー、アルト! 主砲斉射用意! フレスヴェルグ、”非殺傷及び非物理破壊設定”で起動してや!」

「あくまで、そこにこだわるかね?」

 

 その指示に、すかさずトウヤが疑問を飛ばす。しかし、はやては即座に頷いて見せた。当たり前と言わんばかりに。

 

「これが私達のやり方や……文句は言わせへんよ?」

「当然だね。頑張りたまえ」

 

 あっさりとトウヤは頷く。既にこの艦を貸与した時点で、彼女に文句を言わないと、そう言わんばかりであった。

 はやてはそれを聞きながら、管制の報告を待つ。果たして、すぐにそれは来た。

 

「主砲、回頭完了! IFMSリンク……測距データ確認! 艦長!」

「主砲発射……! フレ――ス、ヴェルグっ!」

 

    −煌!−

 

 はやての叫びが響き、アースラ2ndの主砲砲塔から光が放たれる! それは真っ直ぐに伸び行き、三隻ある次元航の内、真ん中の艦に直撃。敵艦のフィールドを撃ち抜いて貫通、更に炸裂し、三隻纏めて広がる光が打撃した。

 次元航行艦が、びくんとまるで痙攣するが如く震えて、そのまま先にフレスヴェルグを撃ち込まれた艦同様、今度は三隻共沈黙する。艦には一切の損傷も無しにだ。

 非物理破壊設定の魔法により、対象に一切のダメージを与えずに衝撃のみを叩き込んで中の人員のみを昏倒させたのである。

 元々、宇宙空間ならずとも艦に損傷を与えればどうしても死傷者が出る。それを嫌う管理局――と言うよりはアースラの面々は、非物理破壊設定を使ったと言う訳だ。

 中の人員を昏倒させられ、虚空をただただ漂う四隻の次元航行艦をアースラ2ndが減速しながら通り過ぎる。それを見ながら、アースラ2ndのブリッジではやては安堵の息を吐いた。ブリッジに居る面々も緊張が緩んでいく。

 

「よし、警戒レベル引き下げ。念の為に周辺の警戒を怠らんようにな?」

「はい……え!?」

 

 はやての指示に頷いて、直後にシャーリーから突然驚愕の声が漏れた。はやては、それを聞いて何故か嫌な予感を覚える。

 

「シャーリー?」

「艦長! 新たな転移反応を感知しました! 場所は……月! 月の衛星軌道です!」

 

 シャーリーの悲鳴じみた声に、ぞっとした感覚を覚える。月の衛星軌道に現れた転移反応。それが示すものは月への敵襲! つまり、先の四隻は囮だった訳だ。

 陽動。しかし次元航行艦を使った陽動など誰が考えつくものか。

 はやてはくっと呻くと転舵させ、シャーリーに空間転移を命じようとして――。

 

《こちらは大丈夫だ。任せておきたまえ》

「え?」

 

 念話通信が、ブリッジに響く。それも、先程までブリッジに居た人間の。

 ブリッジに居る皆は、すぐにトウヤが居た席に目を向けるが、そこに居た筈のトウヤは忽然と消えていたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 月、衛星軌道。そこを新たに現れた六隻の次元航行艦が進む。彼等の目的は既に問うまでも無い、グノーシス月本部『月夜』。その殲滅か、占拠か――なんにしても『月夜』こそが目的だったのだ。

 六隻もの次元航行艦隊なぞ、そうお目に掛かれるものでは無い。それに一斉に攻撃を受ければ、さしもの『月夜』と言えども敗戦は必死だったであろう。”彼”さえ居なければ。

 

《悪いが、そこで行き止まりだよ。それ以上こちらに来るならば、相応の対処を取らせていただく》

 

 念話が響く。艦隊全てに。それを放った当人は、艦隊の進行方向の真っ正面に居た。アースラ2ndのブリッジからどうやってここに来たと言うのか。

 既に、バリアジャケットを展開し、左手にはピナカを携えている。不敵に微笑む彼は、そのまま艦隊に言葉をぶつけた。

 

《そのまま帰るもよし。投降するもよし。何にしても、今ならば命の保証くらいはしよう。返事は――》

 

    −煌!−

 

 そこまでトウヤが言った瞬間、返事は来た。六隻全てから放たれた砲撃――アルカンシェル!

 それは真っ正面のトウヤを滅ぼさんと殺到して。

 

《ふむ、それが答えかね? よく分かった》

 

    −閃!−

 

 ピナカ。神鳴る破壊を一閃! 十分に一度だけ発生させられる無限攻撃力を持って、放たれたアルカンシェルに叩き込む!

 それだけ、それだけで全てのアルカンシェルは砕かれた。まるで硝子のように、あっけ無くだ。

 それは流石に予想だにしていなかったのか、艦隊は次撃を用意しておらず、ただ前を進む。動揺しているのか、中の人員が呆気に取られているのか。どちらにしろ、それが全てであり――そして致命的だった。

 トウヤは振るったピナカを虚空に突き立てる。足元にカラバ式の魔法陣が展開した。更に、右手の指を滑らせ文字を描く。地、と言う文字を一つ描いて。

 

《来たまえ、ノーム》

 

 ぽつりと念話が響き、同時にそれが現れる。小柄な子供のような体躯の老人の姿をした精霊。地の精霊、ノームだ。彼の精霊は現れるなりピナカの中に吸い込まれて行く。

 精霊装填。がしゃん、とまるで銃に弾丸を装填したが如き音が響き渡り、それは起きた。

 艦隊の真上、そこに魔法陣が展開。ゆっくりと姿を現す。

 石柱。石柱である。何の変哲も無い石の柱が現れたのだ。ただ、その大きさがとんでも無かった。

 ”幅、数km。長さ、数十km”。巨大な隕石に匹敵する石柱。それが何と、艦隊の数と同じ数、つまり六つ、艦隊の真上に現れたのだ。単純に質量だけでも相当な破壊力があるのは間違い無い。それらは、まるで艦に狙いを定めるようにゆっくりと先端を巡らせる。トウヤはそれを眺めながら、ピナカを振り上げた。

 すると、艦隊から慌てて念話通信が入る。降伏を告げる旨の内容のそれが。しかし、トウヤは嫣然と微笑むだけだった――もしここに第三者が居れば、ぞっとするような笑みを。そして。

 

《私は言った筈だね? 相応の対処を取る、とね。では、さようなら》

 

 ゆっくりとピナカを振り下ろし、呟く――。

 

《真・震えと猛る鳴山》

 

 ――処刑宣告を。

 次の瞬間、石柱達が一気に加速! 艦隊達に音速を超えて突っ込み。

 

    −撃!−

 

    −轟!−

 

 フィールドを紙のように叩き割り、石柱達が航行艦に突き立ち、刺さった。他の艦にも容赦無く、石柱は突き刺さって行く。

 

《悪いがね。私は自分の領域を侵されて尚、是と出来る程人間は出来ていないのだよ――ここで終わって行きたまえ》

 

 そう言って、ぱちんと指を鳴らした、直後。

 

    −爆!−

 

 全ての艦が爆発! 中の人員諸共に、虚空に花となって散って行った。それを、彼にしては珍しく無表情で眺めて。

 

《……トウヤさん》

《はやて君かね? こちらは終わったよ》

 

 唐突にはやてから念話が来た。それに彼は鷹揚に頷くが、はやてからの念話はどこと無く元気が無い。

 

《……すみません。向こうの陽動を読めませんでした。トウヤさんの手を煩わせてしまって》

《何、あれを感知出来るのはネットワークを使える者くらいだよ。気にしなくてもいい。……それに、言いたいのはそれでは無いだろう?》

 

 その返事に、向こうではやてが息を飲んだのが分かる。トウヤは先とは違う、少し苦いものが混じった微笑みを浮かべた。

 

《君達は人死にを嫌うのだろうがね。これが私のやり方だ。口出しは無用だよ》

《……はい、分かってます》

 

 トウヤの返事に、はやてが頷きの念話を返す。少し躊躇いがちなそれは、彼女の本心を如実に表していた。

 先のトウヤの一撃は全ての艦隊を完全に撃破してしまっている。当然、次元航行艦の中に居た人員も一人残らず死亡していた。

 はやて達は、それを気にしていのだろう。トウヤを責める訳でも無く、悔し気なのはそれが原因か。トウヤは微笑み続けながら『月夜』の方向に振り向く。

 

《では、『月夜』で合流と行こう》

《はい》

 

 最後にそう告げると、トウヤの姿が消えた。

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 トウヤとの念話を終えると同時、はやては艦長席の背もたれに身を倒すと、目を閉じ、息を吐いた。その内心にどんな思いがあるのか、それは推し量れないままで。

 そんな彼女に、席から離れてフェイトとなのはが近付く。艦長席に手を掛けて、彼女に微笑んだ。

 

「お疲れ、はやて」

「お疲れ様〜〜。はやてちゃん」

「ん……ありがとな。最終的にはトウヤさんの手を借りたから、あんま褒められた結果やないけど」

 

 苦笑して、そう答える。それには、フェイトもなのはも微笑に苦いものを混ぜた。三人共口にこそ出さないが、結果より人死にを出してしまった事の方がきついのだろう。

 だが、トウヤを責める事は出来ない。彼は最初に勧告を出している。それにも関わらず戦闘を行ったのは向こうなのだから。

 殺されても文句は言えない。当然の事と言えた……だが、それでも。

 

《なのは》

「……え?」

「うん?」

「なのは?」

 

 暗い空気が三人に流れる中、唐突になのはが声を漏らした。フェイトもはやても、怪訝そうに彼女を見る。だが、なのははそれにも関わらず目を大きく見開いた。今の、声は――。

 

「タカ、ト、君……!?」

 

 呆然と呟く。そう、なのはに響いた声は他でも無い、タカトのものであった。念話では無い。だが普通の声でも無い。まるで、”なのはの中から響く声”で。彼女の声に、しかし響くタカトの声は構わない。

 

《……すまんな、なのは》

「何、何が……!」

 

 何を伝えようと言うのか。謝るタカトの声に、なのはは疑問を飛ばそうとして――それより早く、答えは来た。それは。

 

《約束を、破る》

「え……?」

 

 宣告。彼女と交わした約束を破ると。そうとだけ、タカトの声は告げたのだった。

 

 

(後編1に続く)

 

 




はい、第四十九話中編2でした。
ようやく次回、タイトルが……お楽しみにです。
では、また次回にー


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第四十九話「約束は、儚く散って」(後編1)

お待たせしました(汗)
第四十九話後編1です。
お待たせして申し訳ない(涙)
では、どぞー。


 

 なのはに宣告が届く、数分前の軌道拘置所。そこで、すすり泣きが響く。

 指を押さえてしくしく泣くのは当然と言うべきか、最近イジメられっ子にクラスチェンジしたクアットロであった。

 

「う、うぅ……」

「泣くな。指が反対向いたぐらいで」

「いや十分泣くだろ、それは」

 

 やれやれと嘆息するタカトに、すかさずトーレがツッコミを裏手で入れるが、当然ながら彼に気にした様子は無い。ツッコミとクアットロに構わず、タカトは扉に視線を移した。

 そこでは、未だに爆音――つまりは戦闘音が鳴り響いていた。心無しか、こちらに近付いているような気すらする。

 普通なら、ここで次元転移を行う所だ。元より戦闘を行っていた所で関係無い。管理局局員を助ける義理も無ければ、襲撃者を助ける義理も無い。むしろこの期に乗じて、さっさと逃げ出すべきである。……その筈、だったのだが。

 

「……例によって次元封鎖か。鬱陶しい事だ」

 

 忌ま忌まし気に嘆息しながら、そう言う。今、この軌道拘置所内は次元封鎖されていたのであった。なのはとナルガに逃げ込んだ時と同じ状況である。彼等がここに来た直後に次元封鎖を敷かれたのだ。自分が殊更幸運に見放されているのはいつもの事ではあるが。

 

 ……こうも毎度だといい加減飽き飽きだな。

 

 タカトはそう思いながら嘆息した。やり方からすると、ストラの連中か。何にしても次元封鎖を解く必要がある。次元封鎖を直接破壊するのもありと言えばありなのだが、余波等を考えると、中の連中がどうなるか解ったものではない。なら、どうするのかと言うと。

 

「やはり、こうするのが一番か」

「ああ、やっぱりそうなるのですね……」

 

 扉に近付くタカトを見て、ウーノが盛大にため息を吐いた。次元封鎖を破壊は却下、しかし次元封鎖を解かない限りは次元転移は出来ない。そうなると、残る手段は一つだけであった。つまりは襲撃して来たストラの連中を叩き潰す事。

 

    −撃!−

 

 ウーノの監獄内と同じように、しかし中から叩き込まれるタカトの蹴撃。それは、当然の如く扉を真ん中からへし折り盛大に空を舞って飛んで行った。タカトはそれを眺めながら、監獄から出て行く。

 

「貴様達はここに居ろ。武装も何も無い奴らが居た所で足手まといだ」

「……了解だ」

「はい」

 

 ここに居る中でタカト以外で戦闘が出来る者。つまりは、トーレとセッテが頷く。彼女達も理解しているのだろう。現状では、自分達が戦える状態では無い事を。それを確認して、タカトは視線を元に戻し――その足が止まった。

 

「……? 伊織?」

「どうかしたのですか?」

 

 突如として止まったタカトに、ウーノとトーレが怪訝そうな顔となり尋ねる。だが、それにタカトは答えなかった。変わりに、感情が失せた瞳で前を見る。

 

 そこには、地獄が広がっていた。

 

 

 

 

 世にそれを、屍山血河と呼ぶ。目の前の光景は、そう呼ぶのに何ら違和感が無かった。おそらくは、管理局局員”だったのだろう”死体が山とそこかしこにある。彼等から流れる血が周囲に溢れ返っていた。

 よくよく見ると殺害されているのは局員だけでは無い。おそらく、ここに拘留されていたとおぼしき者達も例外なく殺されていた。

 その光景に、タカトはふと自分が懐かしい気分になっている事を自覚する。この光景には、覚えがあった。

 彼が、ずっと居た所――地獄。あそこもまた、こんな場所であった。

 違うのは、あそこは人、化け物、問わずに死体があったのに比べ、こちらは人間の死体しか無いくらい。周りが死に包まれていると言う点については何ら変わりが無い。

 だからか、タカトは全く躊躇せずに前に歩き出した。ちゃぷっと流れる血で出来た水溜まりを踏み超える。当然、足が血で汚れるが一切構わない。そのまま数歩、前へと進み――直後。

 

    −轟!−

 

 空気が渦を巻いてうねりを上げた。それは衝撃波と化し辺りを蹂躙する。

 衝撃波は、空気をぶち貫いた事によって生じたものであった。つまりソニック・ブーム。

 衝撃波は周りに散乱する死体を打ち、当然タカトにも襲い掛かる。だが、タカトは向かい来る衝撃波に対して拳の一打で応えて見せた。

 

    −撃!−

 

 渦を巻いた衝撃波が、一撃で潰される。周囲を蹂躙していた衝撃波も例外無く吹き飛ばされた。そうして、ようやく風が止むと、”彼等”が、そこに立っていた。

 最初に目を引くのは、顔をすっぽり覆った仮面だろう。やたらと細長く白い仮面が、彼等の顔を隠している。唯一、口元のみ隠れてはいない。

 その口は誰も彼もが嘲るような、不敵な笑みを浮かべている。そして下も、また特異なものだった。全身を覆うボディスーツ――タカトは知らない事だったが、それはかのナンバーズ達の、かつての装束にも似ていた。そして。

 

「なん、だと……?」

 

 後ろから、声が来る。監獄の中に居る筈のトーレだ。彼女は大きく目を見開き、彼等の両手足を呆然と見つめていた。そこに展開している、虫の羽を思わせる光の刃を。

 インパルス・ブレード。それは、彼女の固有武装ではなかったか?

 それを、その場に居る全員、計六人の人間”全員が”展開していた。

 それに、先のソニックブームを起こした現象もトーレには見覚えがある。と言うよりは、”身に覚え”があると言うべきか。それは、彼女のISで起きる現象であったから。

 亜音速機動を可能とするIS、ライド・インパルス。今、それを全員が使って見せたのだ。トーレならず、彼女と共に居る元ナンバーズ全員が驚愕と混乱に陥る中、一人だけ全く動揺せずタカトだけは事態を把握していた。

 第二世代戦闘機人。”量産型”の戦闘機人であるならば、同じようなスキルを有していた所で不思議でも何でも無い。つまり、彼等は。

 

「ツァラ・トゥ・ストラ。第二世代戦闘機人、特殊部隊『ドッペルシュナイデ』参上。――伊織タカト、我々と共に来て貰おうか」

 

 そう彼等は名乗り、しかしタカトは相変わらずの無表情でそれを聞いていたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ドッペルシュナイデ。それは、ドイツ語で双剣を意味する。何の意味があるかは分からない――分からない、が。彼等の言葉を決して聞き逃せないものが、タカトの背後に居た。元ナンバーズの面々である。彼女達は呆然と彼等が放った名乗りを自然と呟いていた。

 

「戦闘機人……? 第二世代、の!? なんだ、それは!」

 

 トーレが叫ぶ。しかしタカトも含めてその場に居る者達は、叫びを容赦無く無視した。まるでいないかのようにトーレを黙殺して互いを見る。

 ……いや、正確には彼、タカトは、ドッペルシュナイデと名乗った彼等を見ていなかった。彼が見ていたのは、連中の一人が手に持つモノ。

 身体中の至る所を無惨に切り裂かれ、片手と片足をちぎられた男。おそらくは管理局の局員か、若い青年。彼を見ていた。

 死んではいない。いないが、若い命も長くは無いだろう。青年はただ辛うじて生きているだけであった。何より肺を貫かれているのが致命的である。空気を吸う度に、肺から空気が抜ける音が鳴っていた。しかも、呼吸の度に激痛が彼を襲っているのだろう。今にも死にそうな青年は、度々襲われる痛みに顔を歪めていた。

 そんな青年をタカトは見続け。やがて視線に気付いたか、連中の一人がにたにたと笑いながら青年を床に投げ捨てた。

 

「何だぁ? へ、こいつがこんなに気になるのかよ? ったく、こんな玩具をよ?」

 

 そんな事を言う男――男だろう。仮面を被っているが、声からすれば。何にしろ、彼はタカトの無表情ぶりに余裕とばかりに嘲笑い続けた。

 タカトが死体と死にかけの青年に臆(おく)したとでも思ったか。だが、タカトはあくまでも彼を見ない。それに苛立ちを覚えたか、男は手を振り上げようとして――目の前に、突然タカトが現れた。

 全く唐突に、一切の間も無く、彼が。それこそ後数センチ先、ぶつかりかね無い距離に現れたタカトに男は固まっていた。

 男だけでは無い。ドッペルシュナイデの連中全員が固まっていた。何せ、見えなかった。いや、そもそも全く認識出来なかった。

 まるでコマ落としのように、瞬間でタカトはそこに現れたのだから。そして、固まってしまった男をタカトはやはり無視。

 その場に屈みこみ、死にかけた青年の肩に手を当てて――またもや唐突に姿が消える。直後、タカトは元居た位置に戻っていた。連中と、トーレ達が入っている監獄のちょうど中間。未だ固まる一同をさて置き、タカトは青年の容態を見た。

 でも、出た結論は変わらない。遠からず、この青年は死ぬ……もう助からない。だからと言う訳でもあるまいが――彼は青年に呼び掛けた。たったの一言を。

 

「……遺言は、何かあるか?」

 

 あるいは、それは酷く残酷な言葉であった。

 お前は、もう助からない。そう宣告したも同じなのだから。

 だが、タカトの言葉に青年は震える目で笑って見せた。

 頷きながら、やはり震える手で懐から写真を取り出した――血で濡れた写真を。

 そこには、一人の女性が写っている。姉か、妹か、あるいは恋人か、妻か。

 どちらにせよ、この青年にとって心の拠り所となる女性であったのだろう。懐に写真を忍ばせるとは、そう言う意味だ。

 青年は、タカトにそれを差し出す。彼は、青年を手伝わなかった。何故なら、それは青年の手でタカトに手渡さなければならないから。ついに差し出された写真を、彼は受け取る。そして、青年から小さく――ほんとに消えてしまいそうなほどに小さい声が零れた。タカトは、その言葉を確かに聞き届け、ゆっくりと頷く。

 

「……分かった。確実に伝える」

 

 その言葉に安堵したのか、青年は満足そうに微笑む。すると気が抜けたのか、再び青年の顔が歪んだ。身体中を激痛が襲ったのだ。だが、青年の身体はまだ死を否定し続けている。必死に生きようと、生き足掻いていた。

 でも、それは青年の苦痛を長引かせる事にしかならなくて。

 そんな青年に、タカトの無表情が僅かに歪む。それは何かを迷っているような、そんなそぶりであった。……だが、そんな表情もすぐに止む。

 タカトは青年を抱き起こしてやると、ぽつりと呟くようにして問いを放った。

 

「……止めが、欲しいか?」

 

 そう、確かにタカトはそう聞いた。終わらせて欲しいかと。

 青年はその言葉に、何かを言おうとして。でも、もう言葉すらも言えないのだろう。だから、青年はタカトに、微笑んで見せた。

 

「分かった」

 

 すまんな、なのは。

 

 心の中だけで、彼女に詫びる。

 それに、自分を呼ぶ声が聞こえたのは気のせいか。

 すっと手を胸に当てた。掌を介して魔力を心臓に送り込む。その魔力は、直接心臓を内部から穿ち――。

 

 ……約束を、破る。

 

 ――そして、青年の心臓は鼓動を止めた。

 即死だった。青年の心臓を撃ち貫く事で痛みも苦しみも感じさせる事無く終わらせたのである。僅かほんの数秒。後、数分の命を数秒に縮ませただけ。だが、青年の顔には笑みが浮かんでいた。

 

 そうして、タカトは青年の息の根を止めた。名も知らぬ青年の、命を。

 

 ――殺した。

 

 それは、どんな理由があろうと変わりはない。タカトは、青年を殺したのだ。

 かくして、ここに不殺の約束は破られる事になった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 せめて、心安らかに。

 

 青年を楽にしたタカトは、まるで神に祈っているかのようであった。そうして、ゆっくりと身体を床に下ろしてやる。

 

「終わったかぁ、茶番はよ?」

 

 軽薄な声が、空気を壊した。先ほどの男である。彼は、漸く動揺から立ち直ったのか、先と同じくタカトをにたにた笑いながら見ていた。

 

「人が殺しかけた奴をわざわざ殺すなんてよ? ご苦労な事だぜ」

 

 タカトは動かない。振り向きもしない。ただ、青年から手を離して――。

 

「何にしても、さっきのようにはいかないぜ? 速さには自信があるようだけど、次は」

「黙れ」

 

    −軋っ!−

 

 ――世界が、揺れる。

 ゆっくりとタカトが立ち上がると、同時に凄まじい音を立てながら”世界”が軋みを上げた。

 軋む――軋む、軋む、軋む、軋む軋む軋む軋む軋む軋む軋む軋む軋む!

 タカトがただ一言呟いただけで世界が軋みを上げ、震える!

 殺気。世界が軋みを上げる程のそれを叩き付けられ、男達は全身から一気に汗を吹き出した。

 彼達だけでは無い。ウーノやトーレ、セッテ、クアットロも例外無く殺気に晒されて凍り付く。

 動けば――存在を知られれば殺される! 比喩では無く、確実にそうなると、そこに居る誰もが確信した。やがて、タカトは振り返り――唐突に、軋みが止まった。

 それだけでは無い。先程の殺気も消えている。誰も彼もが唐突に消えた殺気にぽかんとする中、唯一殺気を放っていた当人、タカトは、いつものようにそこに居た。全く変わらず、相変わらずの無表情で。

 あまりにも先程のギャップとの違いに拍子抜けしてしまいそうになる。

 そんなタカトの様子に、男は恐怖に固まってしまった事を恥と思ったのか、手を大きく広げて叫びを上げ始めた。

 

「は、ははっ! 大した殺気じゃねぇか。だがよぅ、俺もこの手で二百人殺した男だ! びびったりなんか――!」

「恥ずかしくないのか? そんな事を堂々と自慢して」

 

 男の言葉を切って、タカトの問いが、叫んだ訳でも無いのに大きく響き渡った。あまりに唐突に告げられた問いに口をぱくぱくと開けたり閉めたりする男に構わずタカトは続きを告げてやる。

 

「恥ずかしくないのか? 自分の恥部をそうもあからさまに自慢して」

「な、にを言って――」

「勘違いしているようだが」

 

 またもや男に何も言わせる事無く、タカトは言葉を放った。ゆっくりと、まるで子供に言い聞かせるようにタカトは男に――否、その場にいる全員に言ってやる。

 

「人殺しと言うのは、最悪の行為だ。断言してやる。人を殺そうと思う考えは史上最低の劣情だ。他人の死を望み、祈り、願い、念じる行為は、どうやっても救いようの無い悪意なのだから。そんな”恥”を堂々と自慢か? 笑わせる。よくそんな恥知らずにそこまで大きくなれたものだ」

「な、な、な……!」

 

 男が声を漏らす。タカトはそんな男を鼻で嘲笑いながら、さらに続けた。まるで、自嘲するように。自分をこそ、嘲笑うかのように。

 

「分からんか? ならもっと分かりやすく言ってやろう。自慢行為と言うのは人間が取る行為の中で最も下劣だが、悪行の自慢なぞ、更に劣る。最悪の二乗だな。つまりだ」

 

 口端がゆっくりと、ゆっくりと、まるで月の下弦のように、ナイフのように持ち上がる。そうして、タカトは最後の言葉を――”最も侮蔑する言葉”を男にぶつけた。

 

「”お前、生きていて恥ずかしくないのか?”」

「ぶち殺すっ!」

 

    −轟!−

 

 その最後の言葉に男は当然、逆上した。インパルスブレードを振り上げてタカトに襲い掛かる! 後ろに居た、他の者達もタカトに攻撃を開始しようとして。彼はそれに、ニヤリと嘲笑いを不敵な笑いに変えた。

 

「トーレ、よく見ておけ」

「な、なんだ?」

 

 囲まれ、襲い掛かられながら、背後のトーレに言葉を飛ばす。同時、男が腕を振り下ろした。

 

「いい機会だ。お前達、高速機動型の弱点を教示してやる」

 

    −撃!−

 

 降って来た斬撃を纏わり付く蛇のように左腕で受け流し、すかさず男の顔面に拳を叩き込む。その一撃を契機に戦いが、始まった。

 

 

 

 

 拳を叩き込まれた男は、仮面が砕けるだけに留まった。タカトが手加減していたのか――現れた男の顔は思ったより整ってはいる。

 顔に拳を入れられた事が余程気に入らなかったか、男は更にインパルス・ブレードを振る。だがタカトはすっと後ろに下がる事であっさりその一撃を躱した。

 

「落ち着け! フォーメーションを展開しろ――相手は所詮一人だ! 囲め!」

「ほぅ」

 

 別の男からの叫びが響くと、タカトは思わず感嘆の声を上げた。てっきり前のアルテムやゲイル達の如く、自分の能力を過信して個別に突っ込んで来ると思ったのだが。今回、彼等は六人全員でタカトを囲もうとしたのだ。

 フォーメーションを構築し、連携でタカトを倒そうとしているのである。

 仮面が砕かれた男もしぶしぶ一旦下がり、それを援護するように男達から射撃魔法が飛ぶ!

 

 −撃・撃・撃・撃・撃−

 

 放れ行く光弾。しかし当然、Sにも届かない射撃魔法なぞタカトに通じる筈も無い。持ち前の対魔力と魔力放出で放たれた光弾のこと如くを吹き散らす。

 だが、それと引き換えに男は後退を果たし、タカトを囲むようなフォーメーションの構築が完了した。

 男達は一斉にインパルス・ブレードを振り上げトーレと同じIS、つまりはライドインパルスを発動しようとして。

 

「まず、弱点一つ。高速機動が発生する前と後があまりに隙だらけ過ぎる」

 

    −撃!−

 

 突如として現れたタカトが男の一人の腹に拳を叩き込む! ”ライドインパルスを発動する直前”の男にだ。鳩尾に深々と突き刺さった拳は風を巻く。その一撃の名は天破疾風!

 

    −轟!−

 

 直後、発生した暴風によって、男がまるで人形のように吹き飛んだ。盛大に空を舞って、どこかに飛んで行く。

 だが、男達は構わず今度こそはライドインパルスを発動し、タカトに襲い掛かる! 彼はそれに対して、ただ屈んで見せた。深く深く踏み込みながら。

 中国拳法の曲芸の一つに”長椅子潜り”と言うものがある。地面に接触する程に踏み込みながら、長椅子の下を高速で潜ると言うものだ。だが、これは本来曲芸では無い。”実戦用”の技なのだ。それを、タカトは証明して見せる。

 ライドインパルスの亜音速機動で一斉に突っ込んで来た男達。その一人の股下を”高速”で潜り抜けながら背後に現れた。

 それは、男達にとってすれば瞬間移動のように見えただろう。何せ、いきなり視界から消えたのだから。見失ったタカトに男達は互いがぶつかりそうになって、慌ててライドインパルスを解除する。だが発生した慣性は彼等に急に止まる事を許さず、しかし何とか止まろうとして。そんな隙だらけの背中にタカトは蹴りを突き込んだ。軸足を床に突き立てながら、男の一人の背中に突き刺した足を振り上げ、天地逆さまに突き上げると、ぽつりと呟いた。

 

「天破紅蓮」

 

    −轟!−

 

    −爆!−

 

 突き立つは炎の柱!

 爆炎が男に突き刺さった足から発生し、まともに飲み込んで行く。

 やがて炎の中からタカト”のみ”が現れた。

 男はどこに行ったのか――よくよく見ると天井に人が一人突き刺さっている。あそこまで吹き飛ばされたのか。

 漸く止まる事に成功した四人がタカトを呆然と見る中で、彼は平然と彼等を見据える。

 

「貴様達の高速機動が発生するまで、およそ0.3秒、終了も大体同じ時間だ。数字にすれば短く感じるが、体感で計ればわりと余裕がある。その隙はあまりにも致命的だ」

「く、くそ……!」

 

 残った四人の男達の内一人がタカトに舌打ちし、再びライドインパルスを発動。タカトに亜音速で突っ込む。

 彼が言っているのは、あくまでも発動する前と後のみ。一旦発動してしまえば問題無い――そう、思っていた。だが。

 

「弱点、その2」

 

 ぽつりと呟きがてら、タカトは身体を半身に反らし、向かい来る男の”軌道”を見切ると拳を突き出した。

 

    −撃!−

 

 拳は、振るわれたインパルスブレードを潜り抜け、男の顔面を貫いていた。それでもライドインパルスを発動していた彼の身体は止まらず、回転しながら弾き飛び、地面に激しく打ち付けられる。

 それだけ、それだけで男はぴくりとも動かなくなった。

 残り三人はあまりの出来事に全く動けず、タカトはまるで何事も無かったかのように説明を続けた。

 

「貴様達、高速機動型は機動が単純過ぎる。しかも、”自分の速度に反応速度が追い付いていないのだ”。俺からすればカウンターのカモでしか無い。……せめて鋭角機動か、それが出来無いのなら戦闘機動を少しは考えるのだな。スペック頼りでは速度が光速を超えて来ようと、楽に迎撃出来る」

 

 その台詞に三人は――いや、三人とトーレこそは戦慄を覚えた。何も、彼等彼女達とて戦闘機動を考え無かった訳では無い。だが、タカトは事もなげに見切って見せたのだ。

 見切られた高速機動は、ただカウンターのカモでしか無い。しかし、そんなもの、彼以外に果たして出来るものか――?

 タカトが一歩を前に進む。しかし、それに男達は後ろに下がった。

 どう戦っても、勝ち目が無い。今のタカトは、それを証明してのけたのだから。

 

「どうした? 来ないのか?」

「う、うぅ……!」

「困ったな。後二、三点程弱点があるのだが……まぁ、いいか」

 

 そんなにあるのか。そう疑問を覚える暇無くタカトが指を持ち上げる。そこには水が周囲から集まっていた。

 

「……では、お前達はここで終われ」

 

    −寸っ!−

 

 天破水迅。大量の水を凶悪な水圧で束ねた水糸が解き放たれる。莫大量の水糸を前に、恐慌寸前に追いやられた男達は慌てて散り散りにライドインパルスを発動してまで逃げ出した。だが、水糸はそんな男達に容赦無く襲い掛かる。水糸を制御しながら、タカトは男達とトーレに告げる――。

 

「お前達の機動は既に見切っている。逃げられるとは思わん事だ……”後、四十八手”」

 

 その言葉は何を意味するのか。答えはすぐに来た。男達は飛翔し、水糸を躱しながら絶望的な気分に陥れられる。自分達が終わりに向かい突き進んでいる事を理解したから。

 そう、放たれた水糸――それは”自分達の限界機動”を見切って放たれたものだったのだ。

 疾る――疾る、疾る、疾る、疾る疾る疾る疾る!

 必死に辺りを疾り抜ける水糸をライドインパルスを使用して、必死に躱す! だが、それは終わりのゴールに向かってひた走るだけの結果でしか無かった。

 やがて、四十八手。辺りを完全に囲まれ、機動を見切って放たれた躱しようの無い水糸が走り抜けた。

 

    −斬!−

 

 三人、全てを一刀の元に斬り伏せる。一瞬だけびくりと震えると、男達はばたばたと落とされた鳥のように床に落下した。

 タカトはそれを冷たく見据えて、ゆっくりと水迅を解除する。同時、誰に向けてでも無い一言だけを告げた。

 

「……終わりだ」

 

 そう、告げた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ドッペルシュナイデの面々。彼等を一人で叩きのめしたタカトは、終わりを告げるなり監獄に戻って来る。それに、しかし誰も何も言えない。

 ウーノもトーレもセッテもクアットロも――まるで口を開く事すら憚られるように、黙りこくっていた。だが当の本人、タカトだけは何も気にせず彼女達に話し掛ける。

 

「どうだ、トーレ。理解したか?」

「あ、ああ……。いや、参考にはする」

 

 不自然にトーレはどもりながら答えた。それにタカトはふむと頷くと、今度はウーノへの視線を向ける。

 

「ウーノ。ではさっさとジェイルの元に帰るぞ。次元封鎖も――」

 

 そう言うなり、硝子が割れたが如き音が鳴り響いた。次元封鎖の術者の一人がドッペルシュナイデの一人であったのか。何にせよ、次元封鎖が文字通り音を立てて解除されたのだ。それを確認しながら、タカトは続きを告げる。

 

「――今、解除された。もう、ここには用も無い」

「その前に、彼等は」

「後で話す。……ジェイルを交えてな」

 

 ウーノの問いにそう答え。同時、足元に八角の魔法陣が展開する。それは、皆の足元に広がった……が。

 

「……何をやっている、そこの眼鏡」

「え? あ、あの〜〜」

 

 見れば、クアットロが展開した魔法陣から一人離れていた。彼女はタカトに見られ、蛇に睨まれたカエルのような縮こまりながらえへへと笑う。その顔は見るからに引き攣っていた。

 

「わ、私はここに残ります。その〜〜、行きたくないと言うか……」

「…………」

 

 タカトは、そんな事をのたもうたクアットロににこっと笑うと。

 

    −撃!−

 

 直後、その頭頂に問答無用とばかりに拳を落とした。衝撃を逃さぬよう真上から落とされた打撃に、声も上げられない程痛かったのか。クアットロが頭を押さえてしゃがみ込んだ。

 

「……他の奴には聞いたが、貴様は強制だ。では行くぞ」

「い、いやぁあ〜〜! こんな人と一緒に居たくない〜〜!」

 

 当然と言えば、当然の叫びをクアットロは上げるが、タカトは一切構わなかった。彼女の襟首を引っ掴み、ずるずると引きずって行く。中央に戻り、今度こそはと次元転移魔法を発動しようとして。

 

「私からも良いでしょうか」

「……今度は貴様か。何だ?」

 

 その直前に、セッテが片手を上げた。タカトは苛立ちを覚えながら、セッテに向き直る。当然、クアットロの襟首は捕まえたままで。

 セッテは悲鳴を上げる眼鏡を無視しつつ頷き、視線を外に移す。タカトに叩きのめされたドッペルシュナイデの連中へと。そして。

 

「彼等はまだ生きてます……殺さないのですか?」

 

 そう問うた。他のメンバーも気になっていたのだろう、タカトに視線が集中する。彼はふむと頷いた。

 

「ああ、あれか。別にいい……破った約束とはいえ、約束は約束だからな。それに――」

 

 面倒くさそうに、タカトは答える。その約束と言うのは、彼女達には分からないものであったが、タカトは構わず続けた。

 

「――殺す価値も無い。この程度の奴らはな」

 

 最後まで一切彼等に目を向けず、最大級の侮蔑の言葉をタカトは吐いた。セッテはその答えに満足したのか、後は何も言わない。他の者達もだ。それに、タカトは問いも終わったと判断。次元転移魔法を発動し――彼等の姿が消えた。

 後に残るのは、ただ広がる地獄の光景と叩きのめされたドッペルシュナイデの連中だけであった。

 かくてナンバーズの回収完了。タカト達は、ジェイルの元に戻る事となったのだった。

 

 

(後編2に続く)

 




はい、第四十九話後編1でした。
四月から五月は忙しいですマジで(涙)
鬼かと、ええ鬼かと。大事な事なので、二回ry(笑)
次回もお楽しみにです。
ではでは。


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第四十九話「約束は、儚く散って」(後編2)

お待たせしました! 第四十九話(後編2)です。しかし、長い……(笑)


 

「あ〜〜もう! あのバカ、どこ行ったのよ!?」

 

 『学院』に甲高い叫びが轟く。その叫びの主は他でもない、ティアナ・ランスターその人の叫びであった。

 彼女の他に、スバルとギンガも心配そうに辺りを見渡す。しかし、どこにも彼の姿は無い。神庭シオンの姿は。

 先程までは確実に居た筈なのだ。ティアナの作戦により、虫を撃滅した時までは。正確には、ティアナがスターライトブレイカーFSを叩き込む、その瞬間までは居た筈だ。

 なのに、撃ち終わった時には既にシオンの姿は消えていた。

 最初は巻き込んだかもしれないと、三人とも顔を青くしたものだが、冷静に考えると、あの時シオンは地面に下りていた。つまり、シオンが巻き込まれたのであれば、スバルやギンガも巻き込まれていなければおかしい。都合良くシオンだけが巻き込まれる訳が無いため、これは有り得なかった。

 だが、なら何の為にシオンは消えたのか――ひょっとすると、拐われた可能性も無くは無いのだが。

 シオンは何故か、ストラに狙われていた節がある。理由いかんは不明にしろ、ストラもそう簡単に諦めるとも思え無い。だが、あのシオンがそうそう簡単に誘拐されたりするだろうか? それだけは有り得そうに無かった。なら、後は。

 

《皆さん!》

「みもり?」

 

 と、そこで念話が三人に来た。シオンの幼なじみにして、現在キャロに付き添っている姫野みもりから。だが、彼女からの念話が何故来るのか。それも、やけに切羽詰まった様子で。

 ティアナは訝しみながらも、念話に答える。

 

「どうしたの? 慌てたような声を出して……キャロに何かあった?」

《いえ、キャロちゃんは大丈夫です。すやすや寝てます》

 

 彼女が慌てる用件として、キャロに何かあったのかと思ったが、そうでは無いらしい。それには安堵を三人共浮かべ、ならと思う。ひょっとしたら、シオンがそこに居るのか。しかし彼女の返答は違うものであり、尚且つ三人共の顔色を変えるものであった。

 

《エリオ君いなくなってしまって……》

「っ――――! エリオ”も”!?」

《え……? ”も”ってどう言う事ですか?》

「こっちは、シオンが居なくなっちゃったんだよ……」

《ええ!?》

 

 ティアナの代わりにスバルが答え、向こうでみもりが悲鳴を上げた。ティアナとギンガは頷き合う。

 あの二人が同時に居なくなった。れに関連性を見出ださない方がおかしいだろう。あるいは、ひょっとして二人は――。

 

《見付けた!》

 

 直後、更に別の方から念話が入る。他でも無い、ちび姉の愛称で久しい鉄納戸良子の声であった。彼女の台詞に、三人はすぐに飛び付く。

 

「見付かったんですか!?」

《ああ、シオンに――これは、エリオ・モンディアル君もか? 二人の反応が重なって検出された》

 

 三人の声に、良子がおそらくは頷きながら返答してくれる。しかし、重なってとはどう言う事なのか。それを問う前に、良子から答えが来た。

 

《多分、シオンが彼を抱えて飛行魔法で飛んでいるんだ。かなりの速度である場所に向かっている》

 

 確かに、それならば辻つまは合う。しかし、何故にシオンはエリオを抱えて何処かに飛んでいるのか……そこまでは、良子も分からないのだろう。答えは無い。

 だから、ティアナはたった一つだけを彼女に聞く事にした。

 

「あのバカ達が目指してる場所は、何処ですか?」

《あくまでそれは、予測でしか無い。それでいいなら》

 

 そこで一度言葉を良子は切り、そして暫くの間を挟んで答えを告げた。おそらくは、場所を正確に予測する為だろう。シオンの飛行経路を辿っているのだ。そして、その場所とは。

 

《英国首都、ロンドン。この国の中心だ》

 

 沈まぬ太陽とまで謳われた国、イギリス。その町の中心、シティと呼ばれる場所にシオン達は向かっていると、そうとだけ良子は三人に告げた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 イギリスとは四つの国からなる連合王国である。社会の授業で必ず習う常識だが、これはあまり実感では分からないだろう。せいぜい都道府県と同じと思われているのが関の山だ。だが、実際の所は違う。

 グレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国と言うのは呼称だけではないのだ。イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド。この四つの国の境にはちゃんと国境が立てられているし、文化も細々と違う。

 間違っても同じ国だと思っていると、痛い目を見るのがイギリスと言う国であった。

 そんなイギリスの首都、ロンドン。シティ・オブ・ロンドンと呼ばれる街の中心には世界中の金融資本がなだれ込むビジネス街が広がっている。セントポール大聖堂やイングランド銀行を擁する、英国最大の金融街。

 かつてはロンディニウムと呼ばれた、ロンドンの原型とも言える場所の上空を、彼等は疾駆していた。

 神庭シオンと、エリオ・モンディアルである。シオンが後ろからエリオを抱えるようにして、彼等は超高層ビルの更に上を飛んでいた。

 

「準備はいいか、エリオ!」

「はい!」

 

 向かう先は、高層ビルの中でも一際高いビルだ。まるで神殿にも似た荘厳さを醸し出す、とある社名を掲げたビルである。その屋上。そここそが、シオン達が目指す場所であった。

 一点も迷い無くそこを睨み、飛翔しながら、シオンとエリオは頷き合う。

 

「怒りは心の中で! 頭の中はあくまでもクールに! いいな!」

「はい! 大丈夫です!」

「よっしゃ! んじゃ後は各自突貫! 突っ込むぞ!」

「了解です!」

 

 言うなり、シオンがエリオを離す。当然、エリオは下に向かい落ちて行き。

 

「ストラーダ! セット、アップ!」

【セットアップ! デューゼン・フォルム!】

 

 エリオが叫ぶなり、ストラーダが起動。更に、その形態が2ndフォルムへと変化する。そして、ストラーダの各部から突き出したブースターが火を噴き、一気に加速。目当てのビルに突っ込んだ。

 そしてシオンはと言えば、エリオを離して更に加速。刀を顕現させて、刺突の構えを取った。同時、彼の目前に現れるは、例の甲虫。”予測通り”に、現れたそれをシオンは一瞥するなり無視を決め込んだ。吠える――その叫びでビルのガラスが割れんばかりに! それは。

 

「神覇、伍ノ太刀! 剣魔ァ!」

 

    −轟!−

 

 叫び、高密度の魔力を纏ってシオンが突貫を開始する。同時に甲虫が例の毒針を射出するが、それも意味を成さない。例えAMFがあろうと、剣魔の出力の方が遥かに大きいのだ。

 言ってみれば、津波を敷板で防ぐようなものである。当然、針はあっさりと蹴散らされ、それを放った当の虫も例外無く剣魔に巻き込まれて砕かれる。

 そのままシオンはビルまでひた走り、ぶつかるすんでで剣魔を解除した。まるで墜落するようにビルに着地する。

 さらに、ビルの端からは飛翔してきたエリオが到着していた。

 二人は、”あるもの”を挟み込むようにして互いの武装を構える。そして、シオンはにやりと笑うなり告げた。

 

「人様の妹分に手ぇ出したんだ。ただで帰れるなんざ、思っちゃいねえよな?」

 

 そう、そんな問いを。その場に居た”二人の人間”に告げた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「やれやれ、見付かっちゃったねぃ」

 

 シオンとエリオが、挟み込み対峙する二人――二人とも、頭をすっぽりと覆うフードを被っている為、性別が特定しにくいのだ。まぁ二人の内、背の高い方が肩を竦めて言ってくる。妙に明るく、もっと言ってしまえば、えらく軽薄な声と喋りであった。

 ともあれ、その背の高い方の台詞に、やけに背の小さい、エリオと同じくらいだろう。そちらも、深々と嘆息するような仕種を見せた。

 

「隊長がここに残ろうと言うから、こうなったんだよ」

「いやぁ、そう言われると弱いねぃ。まさか、場所が特定されるなんて思ってなかったし。どうやって見付けたのか聞きたいくらいだねぃ」

「……音だよ」

 

 二人の会話に、シオンが丁寧に答えてやる。反対側のエリオから責めるような視線が飛ぶが、どちらにせよ向こうが気付いていない筈が無い。それに、今のはカマかけだ。シオンは続けて説明を続けた。

 

「あの虫共と戦ってる最中、どうも”空間にブレ”が走ってる感覚があった。最初は何だか分からなかったけど、聞いている内に、そのブレ、”振動”は一つのリズムを刻んでいる事に気付いたのさ。何かしらの曲をな! ”空間を介して音楽を奏でて、それで虫達に命令してたんだろう!?” だったら後は空間の振動元を辿れば見付かるって寸法だ!」

「ああ、そうか。君は”悠一”と友達だったんだねぃ」

 

 その説明に、彼は名前を出した。シオンは明確に歯噛みする。そう、空気では無く空間を振動させて曲を奏でる。この方法はシオンの友人にして、グノーシス第四位、一条悠一の技では無かったか?

 

「お前……悠の何だ? まさか」

「それを聞くのは、野暮ってもんだねぃ。それに、今はこう名乗ってるよ」

 

 そうシオンに告げ、彼は自らフードを下ろす。そして、自らの顔を晒した。

 黒の髪に細長の顔。やけに整った顔に軽薄な笑いが乗っている。目だけはかけらも笑っていなかったが。更に取り出すのはU字型の形をした金属製の管楽器――サキソフォーン、俗にSax(サックス)と呼ばれる楽器であった。だが、それは楽器にして楽器にあらず。シオンは気付く、あれは彼の武器なのだと。そう、あれは――。

 

「第二世代型戦闘機人、特殊部隊。『ドッペル・シュナイデ』”隊長”。ギュンター。よろしくねぃ」

 

 そう言うと、彼はサキソフォーンを高らかに吹く。ブォオン! と、言う低音が鳴り響き――同時、周りから例の甲虫達が現れた。

 

「紹介するねぃ。これが俺っちの固有武装、シンクラヴィスと、魔虫(バグ)。そして、これが俺っちのIS」

 

 サキソフォーンから口を離して、微笑みながら自己紹介するギュンターに、シオンは内心で冷や汗をかく。

 

 第二世代型戦闘機人、だと?

 

 なら、彼もまた――!

 

「音界支配者(サウンドマスター)て、言うんだけどねぃ」

 

 ブォオン、ブォオォオン!

 言うなり、サキソフォーンを吹き鳴らし、直後、シオンを衝撃が襲った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 第九無人世界、『グリューエン』。軌道拘置所の暗い一画にて、くくくっと笑い声が響いていた。

 端末が画像を展開し、見て笑うはかのJS事件を起こしたDr、ジェイル・スカリエッティ。彼は怪しげな笑いを浮かべて、画像を次々と変える。

 

「ククク……ふ、くくくくく! 次は何にしようか、迷う所だね……」

 

 そう言いながら、ジェイルはあるものを手に取る。その顔に浮かぶのは明らかな狂気――否、狂喜と言うのが正しいのか。何にしろ、それらを手に取り、彼は迷うようなそぶりを見せる。その悩みでさえも、喜びが見え隠れしていた。

 そして、ジェイルは悩み抜いた末に片方を選ぶと高々と頭上に掲げた! 恍惚とする表情で、それを嬉しそうに見て――!

 

「よし! 次はマク○スFを見ようじゃないか!」

「なーにやっとるかー」

「ぶぐるっしゃ!?」

 

    −撃!−

 

 叫んだジェイルの背中をどつく蹴り! どこをどう叩き込まれたのか、ジェイルはその場でくるくると回転して床に転がった。

 ぴくぴくと痙攣して床に五体投地するジェイルを見る、蹴りを放ったのは当然と言うべきか、帰って来た伊織タカトであった。後ろの元ナンバーズ連中もひくひくと顔を引き攣らせている。

 そんな彼等に、ジェイルはバネ仕掛けでもしているかのような――平たく言うとキョンシーが立ち上がるような動きである――を、見せて立ち上がった。その顔はえらく血だらけであるが、どのような仕組みか、一瞬でそれらも治り、こちらに手を上げて見せた。

 

「やぁ、タカトじゃないか! それに、ウーノにトーレ、クアットロ、セッテ。ふふ、上手く助け出してくれたようだね!?」

「……お前、今のやり取り全てを無かった事にしようとしてないか?」

「何の事だい? ああ、ちなみに○クロスは、漸くTV版を見終えた所だよ」

「……あの短時間にか? 早送りでも無理なんだが。それと、次はマ○ロス+にしておけ」

 

 ツッコム所が間違ってる! と、ツッコミ担当(?)のウーノは激しく思うが、この二人の会話にそんなものを入れるのは無謀だと言う事を五年前に知っている為、早々に諦めた。代わりに嘆息のみを漏らし、ジェイルの元に近付く。

 

「Dr。要請に従い、戻ってまいりました。どうか指示を」

「ふふ、最初の言葉がそれかい? 流石だねウーノ! 次はミッドチルダに向かうんだったかい? タカト?」

「ああ。しかし貴様、次元航行艦の修理は……?」

 

 マクロ○を僅か1時間そこらでどう見たのかは不明だが、まぁ見たと言うのだ、見たのだろう。そこはあえて尋ねずに、タカトは別の事を問う。

 そもそも、自分がナンバーズの面々を助けている間に、ジェイルは次元航行艦を修理しておく予定だったのだから。タカトの問いは至極当然のものであった。

 そんなタカトの問いに、ジェイルはうーむと唸る。

 

「修理自体は完了しているのだがね? 改造がまだ済んでなくてね……」

「改造? なぜ改造なんぞを?」

「次元封鎖を突破したいと言ったのは君だよ? で、これが改造案なのだが」

 

 ジェイルの返答に、そう言えばとタカトは思う。

 そもそも管理局側が仕掛けた次元封鎖を破らずに突破する為にジェイルに依頼したのであったのだから。ついつい忘れていたなと、タカトは一人ごちて。ジェイルはそれを知ってか知らずか、端末を操作してタカトに見せる。そこには――!

 

「さぁ見たまえ、タカト! これが君の新たな次元航行艦! ○トレマイオス、ガンダ――」

「ガゼルパンチ!」

「ふごひゅ!」

 

 あまりに危険過ぎるネタを披露しようとするマッド野郎の顎に斜め下から突き上げるようにして炸裂する拳! それを喰らい、ジェイルはもんどりうって床に転がった。

 やがて顎を押さえてタカトを下からふるふる震えて見て。

 

「と、父さんにも殴られた事――」

「次は蹴るぞ」

「さて、話しを戻そうか」

 

 タカトの台詞を聞くなり、何事も無かったように立ち上がった。

 ……なお、プ○レマイオス・ガ○ダムなぞと言うガン○ムは公式には存在しない為、気をつけて頂きたい。何にしろ、今度こそはジェイルも真面目な顔で話し出した。

 

「実際、次元封鎖を突破するシステム自体は修理と共に完成しているよ。しかし、まだ取り付けてなくてね」

「後、どれくらい掛かる?」

「ざっと三十分と言った所だね」

 

 ふむとタカトはジェイルの言葉に頷く。そもそも、ウーノのおかげもあってナンバーズを連れて来る事自体、1時間程度で終わってしまっていた。

 元々は2時間程の予定だったのだ。むしろ、ジェイルの作業速度を褒めるべきだろう。

 

「そうか。なら、俺は少しシャワーでも浴びて来る。戦闘やら何やらあったしな」

「ああ、構わないさ。シャワーは向こうにあるよ」

「そうか。では、行ってくる」

 

 言うなり、くるりと反転してタカトはシャワー室へと向かった。彼をジェイルは見送って、今度はウーノに振り返る。

 

「さて、ウーノ。少し手伝ってくれるかい? 装置の取り付けを終わらせよう」

「はい。……ですが、実際はワーカーロボット任せで大丈夫なのでは?」

「ああ。だから、そちらは君に任せよう。私は――」

 

 そう言って、ジェイルはくるりと残る三人。トーレやセッテ、クアットロに向き直り。

 

「君達の固有武装を作ろうか」

 

 笑いを浮かべて、そう彼女達に告げた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シャワー室に入るなり、タカトは頭からシャワーを浴びる。冷水でだ。

 ざぁざぁと頭に掛かる水は雨のようであり、滝のようでもあった。

 その中で、タカトはぼんやりと右手を上げて見る。666の文字が刻まれた手、人を殺した手だ。しかも、つい先程に。

 そんな手を汚れていると見るべきなのか、苦しみを取り除いたと誇るべきなのか。タカトは少し判断に迷い、でも苦笑した。

 今更だ。殺人も何も今更。この手は生まれた瞬間から赤に染まっている。

 奴達、ストラのドッペルシュナイデに叩き付けた言葉こそ、タカト自身に相応しい言葉であった。

 人を殺そうと思う思考も、行動も、何もかもが史上最低最悪の劣情であり、恥だと。それが例えどんな理由であれ、事情であれ、変わらない。

 人殺しは人殺しだ。変わる事なぞあろう筈も無かった。それに。

 

「約束を、破ってしまったな……」

 

 ぐっと右手を握りしめて、タカトは呟いた。正直、こちらの方がこたえている。それは、あるいは最低の思考なのかもしれない。

 だが、今更タカトは人殺しに何の感慨も浮かばなかった……浮かべる事が出来なかった。

 そうするには人を殺しすぎたし、慣れすぎた。

 あるいは、それもまた一つの欠落なのかも知れない。

 伊織タカトと言う存在の根幹を成す、傷なのかもしれなかった。

 だから、タカトは思う。なのはに悪いなと、そう思って――。

 

《そんな事、ないよ》

「っ……!?」

 

 声がした。この数ヶ月で聞き慣れた。慣れてしまった、声が。タカトにしては珍しく周りを見渡す。だが、当然誰もいよう筈が無い。

 

 なら、この声は?

 

《えっと、私だけど。タカト君、分かる?》

「なのは……?」

 

 思わず声に出して名前を呼んだ。だけど、応える声は無い。代わりに『聞こえてないのかな?』と、言う声が来たからには向こうも聞こえていないのだろう。そこで、タカトは気付く。

 この声が自分の中――”魂”から聞こえている事に。これは。

 気付くなり、タカトはゆっくりと目を閉じた。と、内に、内に、精神を傾ける。五感をそちらに向けるように。やがて、魂を直接触るような手触りと、そこから伸びる縁、彼女と自分を繋ぐ霊脈を認識した。

 

 ……やはり、これは。

 

 その存在と向こうから、まだ呼び掛ける声に苦い顔となりながら、タカトは嘆息を一つ吐いて、応える事にした。

 

「やはりお前か。なのは」

《あ、よかった。今度はちゃんと聞こえた》

 

 今度はこちらの声もちゃんと聞こえたのか、嬉しそうに向こう、つまりは、なのはの声が来る。タカトは明確に顔を歪めた。

 

「……何の用だ」

《な、何の用って……えっと、用がなきゃこれしちゃダメ?》

「ダメだ。理由は鬱陶しい、喧しい、落ち着かない、面倒臭い……どれでもいい、あるいは全部でも構わないから持って行け」

《理由って、そう言うのじゃないと思うけど……それに、それだと理由を今作ったみたい》

 

 その言葉に、タカトは返す言葉も無く黙り込んだ。

 それはそうだろう。何故なら、まさしく今作った理由(いいわけ)なのだから。

 タカトはそんな、なのはを避けようとしている自分に気付いて自己嫌悪を覚える。約束を破った事を、伝え無ければならないのに。

 

「それで、何でお前がこれを――”霊信”を知っている?」

《……さっき、タカト君から声が聞こえたんだけど、覚えない? それでトウヤさんから聞いたんだよ》

「……俺から?」

 

 兄、トウヤからどうもこの特殊念話魔法、”霊信”を知ったようだが、それが自分から行ったと言われ、タカトは首を捻った。そんな事をした覚えは無いのだが。

 

《……さっき約束を、破るって》

「…………」

 

 アレか……。

 

 なのはから聞いたそれに、タカトは珍しくも頭を抱えた。

 この魔法、霊信は魂から伸びた縁――霊脈を介して行われる個人用の魔法の為、一切の妨害を受けないと言う利便性がある。

 それと同じくらいの嫌な面もある訳だが。これも、その一つ。霊脈が繋がった相手を強く想って何かを思う時、その心の声が霊信となって相手に伝わるのである。この魔法自体、使用条件が”アレ過ぎる”ので、滅多に使われないのであるのだが――何はともあれ、なのはがこの霊信を知ったのかは理解出来た。ついでに、彼女がこれをして来た理由も。

 タカトも、なのはも、二人共沈黙。だが、そのままにも出来ないとタカトは嘆息して、彼女に伝えるべき事を伝える事にした。ゆっくりと、息を吸って。

 

「……ああ、俺は約束を破った」

《…………》

「人を、殺した」

 

 一つ一つ、噛んで含めるような、そんな言い方。だけど、タカトはそれ以上何も言わない。

 状況も何もだ。何故なら人を殺した事には全く変わりは無く、彼女との約束を破った事も変わりは無いのだから。

 

「嘘ついたら、針億本だったか。次会う時に飲み干してやる」

《いいよ……》

「心配するな、針億本なぞ、朝飯前――」

《いいってば!》

 

 タカトの声を遮って、なのはの叫びが響く。彼は続きを言えなくなった。そんなタカトに、続けてなのはの声が届く。

 

《どうしようも無い理由が、あったんだよね……?》

「勝手に決め付けるな。俺は――」

《”負けず嫌い”なタカト君が自分から約束破るなんて絶対無い。それくらい、分かるよ》

 

 なんで、この女は――!

 

 ぎりっとついには歯ぎしりをタカトは立てる。まるで、こちらを見たかのような事を言う、彼女に明確な苛立ちを覚えた。

 

「分かったような口を聞くな。貴様に何が分かる」

《でも……!》

「でももかしこも無い。理由は確かにあった。だが、それがどうした。理由があれば人殺しをお前は肯定するのか? 違うだろう? 俺に同情するな、俺を肯定するな。それは、俺にとって最大の侮辱だ」

 

 ……俺は、何をやっている?

 

 苛立ちのままに言葉をぶつけながら、タカトはそんな自分に疑問を抱いた。何故今、自分は、なのはを責めているのだ。約束を破ったのは、自分なのに。だが、止まらない。言葉は止められない。

 

「そんな、お前が。俺を許す。許してしまう、お前が。俺は、嫌いだ」

 

 最後まで。最後の最後まで、タカトは、なのはにそう告げた。

 ……沈黙が、辺りを支配する。シャワーの音のみが彼の耳朶を打ち、そして。

 

《……いいよ。それでも、私はタカト君を肯定し続けるから》

 

 答えが、なのはから返って来た。タカトの言葉に、全く揺れない答えが。

 だって、そんなの今更。

 彼が、自分を嫌いだと言う事なんて、本当に今更なんだから。

 

 だから――。

 

《それでも、私はタカト君が好きだよ》

 

 そうとだけ、なのははタカトに告げた。

 タカトは息を飲んでそれを聞き、やがて盛大にため息を吐いた。壁に背を預けて、ずるずると座り込む。そうして、一言だけを彼女に告げた。

 

「――バカめ」

《なら、タカト君はたわけだよ》

 

 ……違いない。

 

 互いの言葉を交換しながら、心の奥底から、タカトはそう思う。こんな、こんな事で救われたような、そんな気持ちになる人間など、たわけ以外の何者でも無いだろうと。だから。

 

「……悪かった」

《……うん》

 

 たった一言に全部を込めて、タカトはそう彼女に謝った。なのはも短く頷いてくれる。それに、タカトは微笑んだ。そうして、話しを続ける。

 

「……だが、約束は約束だからな。針億本は覚悟せねば」

《だからいいってば、そんなの飲んじゃったら死んじゃうよ》

「だがな……約束は約束だ。何もお咎め無しなのは気持ち悪い」

《……なら、タカト君。約束破った罰として、なんだけど》

「何だ? 今なら大抵の事は聞くぞ?」

 

 遠慮するような、小さな声。それに、タカトは苦笑しながら言った。

 まぁ聞けない事もあるが、約束を破ったのは自分だ。今ならば大体の事は許そうと、そう思って。

 

《この霊脈だったかな? これ、切らないで欲しいの》

「…………」

《それで、たまにお話し出来たらなって》

 

 あんまりにも予想外の言葉に、タカトは沈黙する。確かに、タカトはこれが終わった後、なのはとの霊脈を切るつもりであった。正直、彼女と繋がっていると言う状況はあまり良く無い。先のように、心の声が向こうに届いてしまう事も有り得るのだ。あまり喜ばしい事では無いだろう……だが。

 

「約束を破ったのは、俺だからな」

《えっと。……いいの、かな?》

「ああ。だからと言っていつも霊信で話せる訳では無いからな。それでいいのなら」

《うん!》

 

 弾む声に、向こうでなのはが満面の笑顔となっている事を理解して、タカトは苦笑する。

 その上で、ついでに気になる事を彼女に尋ねる事にした。

 

「ところでなのは。この霊信の使用条件を、お前聞いているか?」

《え? トウヤさんから、霊脈が繋がっているなら出来るって聞いたよ?》

「なら、その霊脈を繋げる条件は?」

《ううん。そっちは聞いてないよ》

 

 そうかとタカトは頷く。やはりなのはは何も聞いていない。なら、後は。

 

「……そこに、兄者は居るか?」

《え? うん、居るよ。後、はやてちゃんやフェイトちゃんも。……すごいトウヤさんが笑顔なんだけど――》

「そうか、兄者には後で死ねと言っておいてくれ。……その上で、だ。なのは。霊脈を繋ぐ条件は”粘膜接触”だ」

《……え?》

「一般的には、キスと呼ばれる」

 

 そう、タカトは、なのはとルシアに繋がれた霊脈など当の昔に切っている。だからこそ、最初分からなかったのだ。今繋がっているのは、なのはとタカト自身の霊脈だった。

 

《……ごめんね、タカト君。今からちょっとトウヤさんとお話しがあるから》

「ああ、そうこう言ってる内に逃げそうだがな――」

《あ! トウヤさん!?》

「――遅かったか」

 

 流石、ユウオで鳴らした逃げっぷりである。更に『待って! 違うの、はやてちゃん! フェイトちゃん!』と言っているのを聞く限り、あの二人には教えていたか。

 ともあれ、そのまま霊信は切れた。それを少し寂しいと思ってしまうのは、やはりおかしいのか――。

 

「……まぁ、悪くは無いか」

 

 タカトはそう呟くと、出しっぱなしだったシャワーを止めて、外に出た。

 苦笑しながら服を着込み、待たせているジェイル達の元に向かう。

 先とは違う、少しスッとした気持ちのままで、タカトは歩き出した。

 

 これよりタカト達は、ミッドチルダに向けて出発する。

 

 

(第五十話に続く)

 




次回予告
「襲撃を掛けて来た第二世代型戦闘機人達、ギュンターと、少年と戦うシオン達」
「激闘は、ロンドンを揺るがす」
「一方、タカトはついにミッドチルダに到着。しかし、そこでは戦闘が始まっていた」
「ツァラ・トゥ・ストラと、時空管理局。二つの組織の戦いに、タカトが取った選択は、ひどく単純で――どこまでも、間違ったもので」
「次回、第五十話『戦士と言う名の愚者達』」
「少年は絶叫し、青年は咆哮する」


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第五十話「戦士と言う名の愚者達」(前編)

「戦いに気構えは必要か――? かつて、こう言われた事がある。それを言ったのは当たり前だけど、天然な異母兄だった。当時は、そりゃそうだろと思っていたもんだけど、タカ兄ぃは違った。あの人は、戦場に在る事が当たり前過ぎて、気構えなんて持たなかったんだ。……それは果たして、良い事なのか、悪い事なのか、俺には分からなくて。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

    −撃!−

 

 突如、横っ面に炸裂する衝撃! それをまともに受けて、シオンは屋上に転がる。痛みと、エリオから声が飛んだ感覚を受けて――サキソフオーンが、更に高らかな音を立てた。

 

「っ――――!? ちぃ!」

 

    −撃!−

 

 苦しげに唸りながらも、シオンは転がった体勢から側転に移行。回転する彼の身体があった位置を再び衝撃波がぶった叩く。この攻撃は……!

 

「エリオ、気をつけろ! これは音を使った衝撃波だ!」

《へぇ、良く分かったねぃ?》

 

    −撃!−

 

 叫ぶシオンに再び炸裂する一撃。必死に身体を反らして回避するも、その攻撃範囲の広さ故にどうしても体勢が崩れる。しかもだ。この攻撃、ある程度衝撃波を操れるのか、ギュンターとか言ったか、彼ともう一人の周りには一切何も起こらず、変わりにシオンとエリオには衝撃波が襲い掛かっていた。更に。

 

《じゃあ、そろそろ魔虫(バグ)も使おうかねぃ》

「ぐ……!」

 

 サキソフオーンを吹き鳴らす、ギュンターから飛ぶ念話。シオンは、やはりと思いながらも呻き声を上げずにはいられなかった。ギュンターの固有武装はサキソフオーン型のシンクラヴィスだけにあらず。例の虫達――魔虫(バグ)も含まれるのだから。それを、攻撃に使わない訳が無い。

 再びシオンとエリオに叩き付けられる衝撃波に続いて、魔虫が羽音を立てて襲い掛かる。みちり、と身体の中心部分が開き、キャロを殺し掛けた一撃決殺の毒針が放たれる。

 

    −閃−

 

「ぐっ!」

「くっ!」

 

 何とか放たれる無数の毒針を二人は身体を反らし、また側転しながら躱して。

 

    −撃!−

 

 そんな隙だらけの二人を見逃す訳も無く、炸裂する衝撃波。直撃を受けた二人は、まるで案山子(かかし)か何かのように派手に屋上を転がった。

 

 

 

 

「ぐっ……かはっ……エリオ……!」

 

 吹き飛ばされ、屋上のセメントに転がったシオンは痛みに喘ぎながら、弟分に呼び掛ける。それに、無言ながらもエリオは立ち上がって見せた。痛みを、顔に張り付けながら。

 そんな二人を、戦いが始まってから一歩も動いていない化け物――ギュンターが、相変わらずの軽薄な笑いを浮かべて、二人を見ていた。

 

《おっとっと。これは、ちょっと実力に差がありすぎかねぃ? まぁ、二対一だし、こっちも余裕が無いから、許してねぃ?》

 

 冗談じゃねぇぞ……!?

 

 かはっと咳込みながら、シオンはギュンターを睨む。その顔は明らかに余裕を無くしていた。

 先の攻防。自分とエリオは全く何も出来ないまま、転がされてしまった。どう考えてもレベルが自分達とは一段違う。

 第二世代型戦闘機人の話し自体は、イギリスに来る前のブリーフィングで聞いた――聞いてはいたのだが、ここまでなんてのは予想出来なかったのだ。

 考えてみれば、彼等と戦闘を行ったのは、あの規格外異母次兄、伊織タカトしかいないのだ。彼等のレベルを計れようはずが無い。

 彼等全体はどうだか知らないが、ギュンターの実力は明らかにエースクラス。なのは達、隊長陣と同等、つまりはグノーシス”第三位レベル”の実力の持ち主であった。その事実にシオンはぐっと呻く。

 自分はどう贔屓目(ひいきめ)に見ても第四位レベルがせいぜいだろう。エリオも第五位から第六位レベルか。

 そう考えるとこの勝負、どんなにひっくり返ようと勝てるはずが無い。

 自分達が、ひどく絶望的な戦いの最中に居る事をシオンは自覚した。

 

《それじゃあ、ここらで終わりにしておこうかねぃ。悪く思わないで欲しいね――》

 

    −雷!−

 

 そう言った直後、こちらを向いて笑うギュンターの向こうで、莫大な雷光が迸った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

【ウンヴェッター・フォルム!】

 

 高らかな、声が響く。それは、エリオのアームドデバイス、ストラーダからの声であった。

 ぱりぱりと、辺りを帯電する雷が走る。それは紛れも無く、エリオから放たれた雷。同時、辺りをぼたぼたと何かが落ちた。例の虫、ギュンターの固有武装、魔虫(バグ)である。それらは全て帯電し、下に落ちたまま動かない。

 

《へぇ》

「……エリオ」

 

 ギュンターからは感心したような声が、シオンからは呆然とした声が漏れ、エリオはその全てを無視した。ストラーダを構える!

 

「はぁあああ――――!」

【ソニック・ムーブ!】

 

 吠えると同時、ストラーダが叫び声を上げ、エリオが雷光もかくやと言う速度で駆け出す。対し、ギュンターは即座にシンクラヴィスを吹き鳴らして。

 

    −撃!−

 

 発生する音衝撃波。それは、超音波によって発生する衝撃波にあらず、空間を音により歪ませ、発生させる衝撃波であった。これは、かのゲイルのポイント・アクションにも通じる能力である。ただしギュンターの能力は、彼を完全に凌駕していた。何故ならば、ギュンターは衝撃波を彼とは全然別の場所から突然、発生させていたのだから。

 これに弾道も何も無い。いきなり衝撃波が周りに発生するのだから。そして、今回も例外無くエリオを打たんとして――エリオの動きは、その想像を一歩超えた。空間に足場を設置し、そこに唐突に身を投げ出す。ソニック・ムーブを発生させたままだ。ギュンターの音衝撃波は間に合わず、飛んだ彼の足元を打つ。それを感じながら、エリオは高速で身体をよじると、天地逆さまに足場に着地。ギュンターと目が合った。

 ぞくりと言う感覚が、”ギュンター”の背筋を走る!

 エリオは構わない。ソニック・ムーブで、そのままひた走る。狙いは当然、ギュンター! 彼はさせじと音衝撃波を発生させた。

 

 −撃、撃、撃、撃、撃−

 

    −撃!−

 

 幾重にも発生する衝撃波。だが、辺りに幾つも発生させた足場を足掛かりにして、ジグザグに駆けるエリオはそれを全て回避する。自分に迫り来るエリオに、ギュンターは目を大きく見開き、衝撃波を放ちながら、今度は魔虫も飛ばす。それらは、駆けるエリオに飛翔して。

 

    −雷!−

 

 そんな魔虫をエリオの身体から溢れる雷が打つ。魔法では無い。ただの魔力変換資質である電撃である。だが、それは既にアビリティースキル、魔力放出に近しい威力を伴っていた。言うならば、魔力放出・雷と言った所か。何にしても、魔虫からすればたまったものでは無い。近寄るだけで雷に打たれるのだ。

 毒針を撃ち出そうにもエリオが接近するだけで、その前に迎撃される。

 それは則ち一つの事実を意味していた。ギュンターの攻撃全てを破ったと言う事を! そして、ギュンターまでの道が開いた。

 

「あぁあああ……! サンダ――!」

《っ! これはマズイねぃ!》

 

 吠え、空に飛び上がりながらエリオはストラーダを振り上げる! そこからは、溢れんばからに雷光が迸り――。

 ギュンターが自身の前方に魔虫を配置するのと、エリオがストラーダを振り下ろすのは、全く同時であった。

 

「レイジ――――――!」

 

    −雷−

 

 叫びと共に、ストラーダを中心として雷が跳ね回る!

 回避する余裕も無く、ギュンターに、そして仲間であろう小柄なもう一人の仲間に、炸裂し。

 

    −爆!−

 

 辺り一帯を雷と共に、爆発が襲った。爆発は当然、爆煙を引き起こす。それを引き裂いて、エリオが後ろに下がりながら飛んで現れた。はぁはぁと肩で息をしながら、エリオは黒煙の中を見る。手応えあり、今のは完全に決まった。

 これなら――そんなエリオを見て、シオンは呆然とする。

 確かに魔虫に対して、エリオは相性がいいとは予測していた。いたが、ここまでとは思わなかった。まさか、一人であそこまでやるとは。

 何より凄まじいのは、エリオは相性の良さやら実力差やらを一切考えずに突っ込んだ事にある。

 シオンが実力差に呆然としていたにも関わらず、エリオはそこを全く考えなかったのだ。本来ならば、慎重になるだろう戦場では考えられない行為。しかし、時にその無謀さこそが必要とされる事がある。エリオは、それをやって見せたのだ。

 

 ……うかうかしてられねぇな、おい。

 

 シオンは苦笑を浮かべて立ち上がる。弟分の、まさかの成長に複雑な気持ちになる彼に、エリオがこちらに振り返った。

 

「だ、大丈夫ですか? シオン兄さん!」

「おう。しっかし、お前……」

「な、何でしょうか? 僕、何かマズイ事でも……?」

「んにゃ、大したもんだと思ったんだよ。それより、構えろ」

「え?」

 

 反対側で疑問符を浮かべたエリオに、シオンは苦笑を消すと刀を構える。ゆっくりと、黒煙が晴れて行き。

 

「あの程度でやれるんなら苦労はいらねぇさ。あの野郎、咄嗟に防御しやがった」

「っ――――!?」

 

 エリオが、その言葉に息を飲み――同時、黒煙から二人の影がゆっくりと現れた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「やれやれ……参ったねぃ」

 

 言葉に反し、全く参った様子も無く、ギュンターは呟いて来る。彼も、その横に居るもう一人の仲間もダメージを受けた様子は無い。

 そんな彼等の前に展開する三角形の形を取る光があった。頂点に、それぞれ魔虫が一匹ずつ居る。あれもまた、魔虫の機能の一つと言う事か。

 シオンとエリオはぐっと息を飲むと己の武器を構える。そんな二人にギュンターは笑いながら、目を細めた。

 

「……なるほど。そっちも復活しちまったようだねぃ。これは、一人じゃ厳しいねぃ」

「僕も出ようか」

 

 そこまでギュンターが言うと、今の今まで傍観に徹していたギュンターの仲間が彼に言い放った。疑問符ですらない、既に確定事項を言うような、そんな言葉である。ギュンターはそんな彼に振り向き。

 

「じゃあ、お願いしようかねぃ」

「分かった」

 

 言うなり、彼が目深に被るマントから伸びるものがあった。

 長柄長斧。ハルヴァードと呼ばれるそれを、唐突に引き出したのである。どこにそんなものを仕舞っていたのか。

 そんな疑問を抱く前に、彼はこちらに突っ込んで来る。エリオではなく、シオンに!

 

「っ!」

「君の相手は僕だよ」

 

    −閃−

 

 声と共に放たれる一撃。シオンはその一撃を刀で斬り流そうとして。

 

    −撃!−

 

 な、に……!?

 

 彼の一撃を斬り流した方向に身体ごとすっ飛ばされる! ぐるぐると回転する自分に自覚し、驚愕に目を見開いた。

 

「IS:ザ・パワー」

 

    −轟!−

 

 次いで放たれた頭上からの一撃が、シオンに容赦無く炸裂!

 シオンはビルの屋上へと直下に叩き付けられ、屋上が陥没。その姿は、ビルの中へと消えた。

 

「シオン兄さん!? っ!?」

「よそ見をしている暇はあるのかい」

 

 そんな光景を目の当たりにして、エリオが悲鳴を上げるも当然敵は構わない。今度はエリオへと長柄長斧を叩き付けんと振り上げて。

 

「させるかボケェ! 剣魔ァ!」

 

    −轟!−

 

 真下から咆哮と共に、魔力をその身に纏ってシオンが突き上がって来た。

 その一撃に長柄長斧を弾かれ、フードを被ったままの敵は後退。代わりとばかりに、ギュンターから例の衝撃波が来る!

 対し、シオンは空中に足場を展開しながら前方に踏み込んだ――自然、刀が頭上に振り上げられる。そこから放つは、シオンの最速斬撃!

 

「絶影!」

 

    −斬!−

 

 放たれた斬撃は視認出来なかった。気付けば、既に振り放たれている。同時、空気が彼の周りにぶあっと広がった。それは、確かに何かを斬った証。ギュンターが驚きを笑みとして顔に浮かべながら、念話で吠える。

 

《斬ったのかい!? 空間衝撃波を!》

「二度も三度も同じ手食らってたまるか!」

 

 ぐいっと口元を手で擦りながら、シオンはギュンターに罵声を浴びせた。どうもエリオの前で何度も転ばされたのが、よほど業腹だったらしい。刀をギュンターと、もう一人の斧使いへと差し向けた。

 

「ったく、何度も何度も何度も何度も! 俺は起き上がり小法師か!?」

《そのネタが分かる人間はそういないと思うねぃ。ところで、どうやって衝撃波が発生するポイントを見極めたのか聞いてもいいかねぃ?》

「うっせぇ、勘じゃ」

 

 身も蓋も無い台詞を堂々と放ち、シオンは再び刀を構える。その横でエリオもストラーダを構えた。

 

「シオン兄さん。あの斧使いなんですけど……」

「気ぃつけろ。あのガキ、馬鹿みたいな怪力してやがる。まさか、斬り流した威力に身体が持ってかれるなんざ思わんかった」

「……ひどいな、ガキとか馬鹿みたいな怪力とか。僕は、クリストファと言う名前があるし、怪力じゃなくISだよ」

 

 二人の会話に無理矢理入るようにして、斧使い――彼の言葉を信じるならクリストファと言う名前か。何にしても、彼は言ってくる。その言葉を聞いて、シオンとエリオはやはりか、と納得した。

 IS:ザ・パワー。名の通り、それは尋常ならざる膂力を使用者に与える能力であったか。単純極まりない能力であり、それ故に厄介と言えた。

 シオンとエリオ、ギュンターとクリストファ。四人は互いの武装を構えたまま、硬直する。

 シオンとエリオ側は、ギュンターとの実力差とクリストファの戦闘能力が未知数と言う事もあり、軽々とは仕掛けられず。

 ギュンターとクリストファ側は、自分の攻撃をくぐり抜けた事実から仕掛けるのを躊躇っていた。

 ――が、逆を言えば。きっかけがあれば、いつでも仕掛けられる状況と言う事でもある。だが、そのきっかけを掴めずに、四人は高まる緊張の中で機会を探っていた。

 果たして、そのきっかけはすぐに来た。シオン達を基点として、”ロンドン中に広がった広域結界によって”!

 ギュンターと、クリストファが目に見えて驚き――。

 

「ナイスちび姉ぇ!」

《ちび姉と言うな!》

 

 その隙を見逃さず、シオンとエリオは二人に襲い掛かる! すぐに我に返ったギュンターが衝撃波を発生させ、クリストファが斧を振るうのと、シオンが剣魔を、エリオが電撃斬撃、スピーアシュナイテンを放つの全く同時であった。

 それらの一撃は真っ向からぶつかり合う!

 

    −轟−

 

    −撃−

 

    −爆!−

 

 直後、容赦無く辺りに衝撃をばら撒き、爆砕! ビルの屋上が完膚無きまで消し飛び、そして。

 

    −砕−

 

 衝撃に耐え兼ねたのか、ロンドンでも随一の高さを誇っていたビルは、即座に倒壊を始めた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 虚空を進む。一隻の次元航行艦が。XL級のその艦は、元はストラ所属の船。しかし、現状ではある個人の持ち物となっていた。つまりは、艦を強奪した伊織タカトの。

 ゆっくりと進む航行艦の中、ブリッジにてタカトは立ち上がったままモニターを見る。その目は何か、ひたすらにひたむきに前のみを見ていた。まるで、何か遠くを見ているよう――と言うよりは、何かから必死に視線を逸らしているようが正しいのか。

 ……そう、タカトは目を逸らしていた。必死に、自分が行った行為を恥じるように、後悔するように。何故なら。

 

「ふっふふ……! いいね……! ラ〇・デビ〇ークにはライバル心を掻き立てられるよ……!」

 

 彼の背後では、最近とある月刊少年誌で連載を再開したちょっとエッチと噂高いラブコメアニメをジェイル・スカリエッティが熱心に見ていたのだから。

 そんなジェイルからタカトは必死に目を逸らす……周りに居る、元ナンバーズからの視線が凄まじく痛かった。

 何故かと言うと、今ジェイルが見ているアニメはタカトが動画データを提供したものであったのだから。やがて、視線に耐え切れなくなったのかタカトがぽつりと呟いた。

 

「……認めたくないものだな。若さ故の過ちと言うものは」

『『こらこらこら』』

 

 一斉に、それこそタカトを怖がっている筈のクアットロからさえもタカトに裏手でツッコミを入れる。唯一、セッテのみが無反応であった。タカトへと、彼女達は更に叫ぶ。

 

「どうするのですか? と言うより、Drをどうするつもりなんですか! あんな、あんな……!」

「……いや、ものは試しとアレを見せたら。まさか、ああもハマるとは……まぁ、ものは経験だ。ああ言う人間の機微を知るのも悪くは無かろう」

「それは後付けの理由だな? そうだな? そうだと言え……!?」

「何を馬鹿な。ほら、俺の目を見てみろ。これが嘘をつく目か」

「今、一つ間が空きましたですわね? それに、そこからでは背中しか見えませんわよ!」

 

 三人の叫びも届かない。タカトはあくまで若さのせいと言い切る。……どうでもいい事ではあるが、この兄弟は何故言い訳をする際に、ガンダ〇ネタに走るのかは一切不明であるので、あしからず。ともあれ、タカトはそれらの流れを一切ぶった切ると三人に振り向いた。

 

「さて、軌道拘置所を出港して早三十分。そろそろ次元封鎖にぶつかる頃合いだが」

「……話しを逸らしましたね?」

「何の事だか分からんな」

 

 にべも無い。そんなタカトの反応に、ウーノは嘆息。手元のコンソールを操作し始めた。

 

「貴方の証言を元にするならば、そろそろですね」

「そうか。行けるか?」

「問題はありません」

 

 即答で答える。タカトが問うているのは、次元封鎖を突破できるか否かであったが、それに迷い無くウーノは頷いた。ウインドウを展開し、モニター上にデータを表示する。

 

「このシステムは、管理局の所属と艦のデータを偽装して、次元封鎖魔法のプログラムに介入する機能です。私のフローレスセクレタリーと、クアットロのシルバーカーテンの応用ですが――この手の技術は、Drの十八番です。信用して下さい」

「…………」

 

 タカトは無言。一瞬、アレをか? と『こう言った発明品も悪くないね!』と叫ぶジェイルに指差しそうになり、寸前で止めた。わざわざ自分から責められる要因を復活させる必要もあるまい。

 そんな風に思っていると、ウーノからそのまま声が来た。

 

「はい。今、通り抜けました」

「……今か?」

「はい、今」

 

 随分とあっさりとしたものである。流石にタカトは驚きを隠せずにモニターで周囲の座標を確認し、そして肩を竦めた。

 確かに、自分が弾き飛ばされた座標を航行艦は越えていたのだから。大したものだと、タカトは苦笑する。

 

「さて、ジェイル」

「ふふ……。しかし、この金色の〇と言ったかね。彼女の能力は素晴らしい。いっそ、クアットロかセッテ辺りに」

「話しを聞けい」

「ひでぶ!」

 

    −撃− 

 

 ちょっと怖い台詞を呟くジェイルの頭に踵落としを叩き込む。その一撃に、ジェイルは顔ごと端末に突っ込み――数秒後には何事も無かったように、タカトに振り向いてみせた。

 

「何だい、タカト? おおっと、もう次元封鎖は越えたんだね?」

「……まぁ、もういいか」

 

 一応、似たような能力を持つ輩はいるのだが、その辺はあえて伏せる。タカトはこちらに戻って来たジェイルを含む、ここに居る皆に話しを始めた。

 

「次元封鎖も無事越えられた。感謝しよう、ジェイル」

「ふふ、感謝されるような事でもないさ」

「……そう言ってくれるのはありがたい。さて、ここからの予定だが。俺はミッドチルダに向かう。その上で、だ。貴様達はどうする?」

「当然、ここまで来たのだから付き合うさ」

 

 タカトの問いに、あっさりとジェイルが頷く。他の者達も同様なのか口を挟んで来なかった。それは予想内だったのだろう。タカトも特に反応を見せずに頷く。

 

「そう言うと思っていた。ならば共に来てもらおう。今、現状でミッドの状況が分からんが、分かり次第ミッドに――」

「いえ、待って下さい! タカト、これを!」

 

 行く、と。タカトが最後まで言う前にウーノが叫び声を上げた。それに、一同は怪訝な表情となる。

 

「どうした、ウーノ。何があった?」

「ミッドのサテライトニュースを傍受したのですが……これを」

 

 そうウーノは告げると、展開したウインドウに動画データを展開する。それは、ミッドで今流れているサテライトニュースであった。

 

《――今、現在クラナガンでは大規模の戦闘が発生しています。住人の皆様は速やかに避難を――》

「……何?」

 

 大規模の戦闘だと?

 

 予想外のニュースに、タカトが目を細める。モニターでは、クラナガン上空の映像が映されており、そこでは管理局の武装局員と激しく撃ち合うガジェットの姿があった。これは。

 

「ストラ、か? しかし、次元封鎖がなされているのに何故?」

「ツァラ・トゥ・ストラ。君の話しによれば、本局を占拠したテロ組織だったね? く、ふふ……! 彼等にも興味が沸くよ。――それに、私の戦闘機人テクノロジーを勝手に使われた借りもあるしね」

 

 一瞬だけ、タカトはぞくりと言う感覚を受ける。モニターを見るジェイルの目が笑っていなかったから。軌道拘置所を出る前に、ジェイル達には第二世代型戦闘機人の事を話していたのだが――まさか、こうまで劇的に反応するとは思わなかった。

 だが、今はそこを気にしている場合でも無い。タカトは彼に疑問を突き付ける事にした。

 

「ジェイル、貴様の見解を聞かせろ。ストラはどうやって次元封鎖を突破したと思う?」

「そんなのは決まっているよ。無理矢理さ」

 

 肩を竦めて、それこそ何でも無いかのようにジェイルは答える。その答えにこそ、タカトは眉を潜めた。

 

「無理矢理だと?」

「そう、外殻を強化した航行艦で次元封鎖に突撃を掛けたのだろうね。それならば、五艦に一隻程度ならあれを突破出来るだろう?」

 

 五艦に一隻。事もなげにジェイルは告げるが、それは自爆覚悟の突貫と全く変わりなかった。カミカゼではあるまいが、死が確定している作戦である。いくら、ストラ側の戦力がガジェットや因子兵と言う人を極力使わないもので固められているとは言え、航行艦に人が乗っていない筈も無い。

 ツァラ・トゥ・ストラ。彼等は、自分達の命でさえも等しく、平等に尊く”扱わない”。いっそ清々しいまでの徹底ぶりであった。

 ともあれ、ストラは次元封鎖を突破してミッドで暴れている。タカトがああまでして次元封鎖の破壊を拒否していた意味は無くなってしまった……ならば。

 

「ジェイル。俺は今から直接ミッドに跳躍(と)ぶ。その上で奴達を叩き潰す。お前達は後でゆっくり来い。……管理局の人間には見付からんようにな」

「その前に一つ。タカト、君はミッドに何をしに行くんだい? 君の目的は?」

「助けたい奴らが居る」

 

 即答だった。タカトは、ジェイルに間髪入れずに答える。同時、彼の足元に魔法陣が展開した。それは、次元転移魔法。

 

「助けたい友と、助けたい弟子。そして、そいつらの世界を守ってやりたい……答えは不服か?」

「いや、十分だよ。けど、名前だけは聞いてもいいかい? その友と、弟子の」

「ユーノ・スクライア。そして、”高町ヴィヴィオ”」

 

 ――空気が凍った。完膚無きまでに、タカトの答えによって。あのジェイルですらもが目を大きく見開いて、驚愕している。だが、それに構わずタカトは言葉を締め括った。

 

「あれらのためならば、俺は鬼にも修羅にも化そう。では、先に行く」

「いや! タカト待――」

 

 待たなかった。タカトの姿が消える。後に残されたのは、固まるジェイルと元ナンバーズ達。

 かつて、”ヴィヴィオを苦しめ、泣かせた者達”。

 彼等しか残っていなかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 高空の空に、光が灯る。クラナガンの空に光が。

 それは射撃魔法、砲撃魔法の光であり、ミサイル等の質量兵器からなる光でもある。また、ガジェットや因子兵……武装隊の局員達が攻撃を受けて、墜ちる光でもあった。

 

《こちらブラボー2! 隊長! このままでは陣形が食い破られます!》

《ホーク4とホーク5を回せ! くそ……! なんだってこいつら……!》

 

 部下の念話に、指示を怒鳴るように返しながら隊長と呼ばれた中年男性が射撃魔法を放つと共に、呻き声を上げた。

 敵は例の人もどきのガジェットと因子兵。つまりツァラ・トゥ・ストラの戦力である。ガジェットはともかく、因子兵なぞと言うものを使うものなどストラしかいなかった。

 だが、それは本来有り得ない事である。何故ならミッド周辺には次元封鎖が敷かれ、界境を越えるには管理局所属の艦である事を証明するしかない。つまりストラはミッドを攻められない――筈、であった。

 そんな確信を、ストラは微塵に砕いてくれた訳だが。

 まさか、強行突破を図るなどと誰も思いはすまい。結果、次元領界に容易く攻め入れられストラの軍勢は再びクラナガンを蹂躙し始めたのであった。

 ミッド航空部隊や、地上でもストラ軍を迎撃はしている。だが、向こうの戦力はガジェットや因子兵が主力。対魔導師戦闘に特化した兵器であるガジェットや、再生能力を有する因子兵である。

 その戦闘能力は、どう贔屓目に見ても平均的な魔導師より高い。さらに数は揃えられている上に、犠牲を厭わない戦術行動が可能と来ている。

 管理局航空、地上戦力は善戦しているものの当然とばかりに不利に陥っていた。

 

《くそ……っ! 聖王教会からの援軍は!?》

《来てます! ですが、向こうの戦力が多過ぎて……っ!?》

 

    −煌!−

 

 そこまで部下が叫んだ直後、光が炸裂する! その光に部下が巻き込まれたのを、隊長は見た。

 光を放ったのは、上空から現れた因子兵達。鎧型のデバイス――デバイス・アーマーを着込んだ因子兵達であった。彼等の攻撃は魔法ではなく、質量兵器。今攻撃に巻き込まれた部下は……。

 

「くそったれがぁあああ――――!!」

 

    −轟!−

 

 叫び、砲撃魔法を放つ! しかし、その一撃は易々と因子兵達に回避され、逆に光砲と光射を叩き込まれた。

 彼も応射し、次々と因子兵達に砲撃魔法を放つが、所詮は多勢に無勢であった。瞬く間に周囲を包囲される。

 そして、因子兵達は隊長に砲撃を放っていたのであろう背中に担いだ二門の砲台を彼に一斉に差し向ける。もう、彼にこれを回避する手段も防御する手段も、ない。

 

「くそ……!」

 

 呻くように吠える。けど、もうどうしようも無くて。

 

「くそったれ……!」

 

 叫ぶ、叫ぶ。現状は変わらない。隊長である彼の死と言う現実は。

 せめてもの抵抗に、彼は杖型のデバイスを持ち上げて因子兵に向ける。同時、因子兵達が向けた砲門が光り輝いた。

 

「くそったれ共がぁあああああああああああああああああああああっ!」

 

    −轟!−

 

    −爆!−

 

 直後、隊長が放った砲撃は因子兵の一つに直撃してそれを消し飛ばし、彼には因子兵達から放たれた光砲が殺到。砲撃を放って無防備な隊長の身体に次々と撃ち込まれ、爆砕した。……彼は遺体すら残さず、消し飛ばされた。

 因子兵はすかさず旋回。次の標的に向かわんと、飛翔を開始して。

 

 それを、見た。

 

 上空に広がる雲を突き抜けるように現れた純粋なる黒を。そして。

 

    −斬!−

 

 次の瞬間、黒から縦横無尽に放たれた水糸が、その身体を両断して行く。

 当然、すぐさま因子兵は再生しようとするものの、水糸は更に容赦無く何度も切り刻んだ。

 計、五回。因子兵は再生限界数の分だけ、殺害されて結局塵に帰る事となった。それを尻目に。彼はゆっくりと降下して行く。

 伊織タカト。ミッドチルダ首都、クラナガンに現着。戦闘を、開始する。

 

 

(中編に続く)

 

 




はい、ついに第五十話の大台に乗りました――ん? 百話超えてんじゃんと? 何をおっしゃるうさぎさん。まだまだ序ノ口ですよ、いまマジに(笑)
さて、今回エリオ活躍しまくりですが、さにあらん、EU編ではシオン以上に、エリオが主人公やりますので(笑)
反逆編では、サブキャラ達がむしろ主人公やります。つまりミッド編は……ここらは次回以降をお楽しみにです(笑)
では、次回は中編1かな? で、お会いしましょう。
ではではー。

PS:リアル事情が大分落ち着いたので、更新が早くなります。他二作も順次更新致します。


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第五十話「戦士と言う名の愚者達」(中編1)

はい、第五十話中編1です。シオンの戦いも、いよいよ大詰め。タカトは戦闘開始な回です。お楽しみにー。



 

 ミッドチルダ、クラナガン上空に疾り抜ける水糸。それは的確に、確実に、そして恐るべき速さで、あっと言う間にクラナガン上空のストラ戦力を駆逐してのけた。

 今の今まで、管理局航空部隊がまじめに戦っていたのがバカらしく感じられる程速やかに、その駆逐は行われいく。

 取り残された彼等武装隊員達を、それを放った術者であるタカトは全く見もしない。ただただ因子兵を、そしてガジェットの掃討だけに集中している。

 

《お、おい? あれ、誰だ?》

《知るかよ。だが、これで……》

 

 希望が持てる。そう、航空部隊の彼等は頷き合う。彼等は第一級次元犯罪者である、666たるタカトの顔を知らないのだ。タカトのバリアジャケットには、『直視でなければ顔を視認出来ない』と言う特殊な概念魔法が掛けられている。これにより、666はその被害者数に比して顔が全く出回らない犯罪者となっていた――そして、それ故に。

 

《誰だか、知らないが協力に感謝――》

 

    −斬!−

 

 念話をタカトに掛けた瞬間、局員達を水糸が一刀の元に切り捨てた。

 致命傷ではないが、水糸は容赦無く彼等の意識を奪い取る。

 

 な、ぜ……!?

 

 局員達が大きく目を見開いて、こちらを見つめる。それに対して、タカトは視線のみで答えを告げた。

 

 邪魔だ、失せろ。と。

 

 タカトにとって守るべき対象はユーノとヴィヴィオ、そして彼等の住む世界。それ以外は、例外無く敵。当然、その敵には”管理局の人間全員が含まれる”。

 

「…………」

 

 タカトは鮮血を撒き散らしながら落ちる局員を尻目に降下を開始。当然、この間にも水糸はストラ戦力はおろか、管理局局員を適度に戦闘不可まで追いやっている。

 その状況を起こしながら降下し続け、やがて一つの場所に目を付けた。

 恐らくは高速道路のような道なのだろう。それは、ミッドチルダ管理局地上本部へと繋がる道だ。

 そこをストラの因子兵や数種のガジェットと、管理局武装隊員達が東西に分かれて撃ち合っている。どうやら、あそこが最終防衛ラインなのだろう。二つの勢力が最も激しくぶつかりあっている。ならば。

 タカトは目を細めると迷い無く、そこに高速で降りた。両者が撃ち合っている、ちょうど真ん中に!

 

    −轟!−

 

 爆音を立てて、真ん中に着地。そんなタカトに驚いたのか、管理局側からもストラ側からも一瞬射撃が止まった。そんな二勢力に、タカトは告げる。

 

「……さて、どちらから先に潰されたい?」

 

 そう、宣戦を告げた。

 

 

 

 

 数秒、時が止まったように場が凍る。いきなり現れたタカトに唖然とし、戸惑っているのだ。全く空気を読まずに現れたタカトに。

 管理局側は、呆然とし続け、ストラ側は――。

 

「――伊織タカト!?」

 

 自分の名を叫び声として出され、タカトは眉を潜める。前々から常々思ってはいたのだが、ストラには顔が割れているらしい。

 まぁ、自分を知る人間なぞ向こうには山ほど居るのだから不思議でも何でも無いのだが。

 代わりに、管理局の面々は名前を聞いてもきょとんとしている。

 最近では、666と言う呼び名で呼ばれる事の方が稀だが、本来はそちらの呼び名の方が流布しているのだ。伊織タカトと言う本名は、管理局の人間の中でも一握りしか知らない。

 ……ついでにタカトはストラ側にも、人間が居る事を確信した。必ず司令塔たる人間が居るだろうとは思っていたが、案の定と言った所か。まぁ、この襲撃のリーダーでは有り得ないだろうが。何にしても、潰すのに変わりは無い。

 そうタカトは思い、まずはストラから潰すかと歩み出して。

 

「アレを展開しろ!」

 

 そんな声を聞いた、直後!

 

    −壁−

 

 辺りを、何らかの力が走り抜ける。同時にタカトは自身の八卦炉の動きが鈍った事を自覚した。これは――。

 

「AMF、と言う奴か」

 

 アンチ・マギリング・フィールド。対魔導師戦において、絶対的なアドバンテージを誇るジャミングフィールドである。

 それがこの戦場を中心に、数十Kmに渡って展開された事をタカトは悟った。このフィールドに掛かれば、魔素を必要とせずエネルギーの種類が違うタカトオリジナル魔法術式、八極八卦太極図と言えど影響を受ける。当然、ミッド式を使う武装隊も例外では無い。

 一斉に魔法が使え無くなり、全員、顔が青に染まり。

 

「今だ! 管理局共々あの魔王を潰せぇ!」

 

 とても分かりやすい命令が飛び、因子兵とガジェットが、群れを成してタカトへと襲い掛かる!

 この一団を、タカトが屠るのは割と楽だ。水迅を使えば一撃だろう。しかし、次撃が持たない。

 このAMF空間内では魔力の無限精製に限りが出る。つまり、ここで魔力を使い切っては、次の魔力が精製されるまで魔法は使えないと言う事であった。魔力精製まで素手で切り抜けると言う手段もあるのだが。

 

 ……面倒臭い。

 

 そう、タカトは判断した。故に、残る魔力である魔法を発動する。

 両手の指を組み合わせ、口訣(こうけつ)を唱える。その魔法を分かる人間が居れば、ひょっとすれば驚愕したかもしれない。

 それは、仙術における”空間接続魔法”だったから。俗に、その魔法を壺中天(こちゅうてん)と呼ぶ。その魔法を自分の後ろに展開し、無造作に手を後ろに突っ込む。

 手は、まるで何かに飲み込まれたようにタカトが展開した空間に入り込み――よいしょっと、巨大な鉄塊を取り出した。人間が持つにしては、あまりに巨大過ぎるそれを。

 鉄塊は、円筒形の形をしており何やら先端には円に沿って穴が複数空いている。更に、タカトが持つ取手部分からは大きな――大きすぎる筒状のものが無数に連なり背中の空間に入り込んでいた。

 

 ……は?

 

 ストラ側、管理局側問わず、タカトが取り出したものを見て目を点にする。タカトは構わず、”安全装置”を解除した。

 その鉄塊は、俗にこう呼ばれるものでは無いだろうか? ”ガトリング・ガン”と。

 

「……魔法はどうしたんだ?」

 

 そんな当然の疑問が、ストラ側から聞こえる。因子兵やガジェットが襲い掛かっている場面からすれば、的外れのくせに当たり前過ぎる疑問が。それに、タカトはふむと頷いて。

 

「水曜日は、ガトリング砲の日なんだ」

『『嘘付けぇえええええええぇええええええええええええええええええええええ――――――!!』』

 

 タカトへと、ストラ、管理局問わずにツッコミが叩き込まれ、その答えとばかりに巨大なガトリングが回転開始! 爆音が鳴り響き始めた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 銃は許可さえあれば所持出来る。

 これを知る管理内世界の人間は、実はわりと少ない。一般的には拳銃は立派な質量兵器扱いなのだから。

 だが、いくらなんでもこれは立派な質量兵器所持違反であろう。ガジェット、因子兵にガトリング砲の銃撃――もう、爆撃と呼んだ方が正しいのかも知れないが、それを叩き込むタカトを見て、管理局武装隊の一人はそう思う。

 GAU-8、アヴェンジャー。それが、タカトが今、鼻歌混じりに放っているガトリング砲の名前であった。口径30mm、7銃身、対戦車攻撃用に開発され、A-10攻撃機に搭載。CIWSの一種であるゴールキーパーにも使用されているガトリングガンであるが、タカトがかましている”暴挙”を見れば、第97管理外世界、地球の兵器開発者は泡を吹いて倒れるかも知れない。

 なにせこのガトリング、某アメリカ軍の航空機搭載機関砲のなかで最大、最重、そして攻撃力の点で最強を誇るガトリングなのだから。

 主に”対戦車攻撃”に利用されされていると言う段階で、タカトがどれほどめちゃくちゃな真似をやっているか分かろうと言うものである。間違っても人間が手で持って運用出来るようなものでは無い。

 戦車を紙のように穴だらけにすると言う馬鹿げた威力は、当然凶悪な反動を伴う。何せ、このアヴェンジャー、戦闘機が撃つだけで飛行速度が落ちたとか言う都市伝説を生んでいるのである。

 人間が手で持って撃つなぞ、考えられる訳が無い――筈、なのだが。

 そこは伊織タカト、そんな人間的常識をそぉいっ! とばかりに投げ捨てて直立したまま化け物ガトリングをぶっ放している。

 なお、これは余談だが、一般的にガトリングとは人間が手で持って使うなど有り得ない武装である為注意されたい。洋画でよくあるような、人間がガトリングを手で持って掃射なぞはフィクションだから出来る話しなのである。

 間違ってもタカトの如く、ター〇ネーター2の真似をしたいからと言ってガトリングを手で持って使わないようにされたい。しかし、アヴェンジャーと言う名前のガトリングをタカトが使っているのは皮肉か何かが込められているとしか思え無い。

 とにもかくにも、その化け物ガトリングは毎分4200発程も弾丸を吐き出し、ガジェットと因子兵を粉々に砕いていく。因子兵はともかく、ガジェットは魔法には強いが質量兵器には圧倒的に脆いと言う欠点がある為だ。まぁ、本来の生みの親であるジェイルからしてみても、アホみたいな巨大なガトリングを持ち出す輩なぞ想像出来ないだろうが。

 因子兵にしてみても、このガトリング砲の前からしてみれば再生能力なぞ意味は無いようなものである。次々と圧倒的な数を誇っていた因子兵やガジェットが撃破されて行き――それが、現れた。

 

「……?」

 

 ガトリング砲の掃射を止めずに、しかしタカトは眉を潜める。ガトリングから吐き出された大量の銃弾が次々と弾かれたのだ。それは、ごろりと転がってタカトの前に現れた。

 ガジェットⅢ型。数あるガジェットの中でも最強の防御力を誇るガジェットである。その防御力は、ガトリング砲の銃撃を軽々と弾いている事からも分かろうと言うものだった。それが、ストラ側を守るように総計十機立ち並ぶ。

 

「は、ははは! どうだ! これで――!」

 

    −爆!−

 

 いきなり、その一機が爆発した。笑っていたストラの人間の声を問答無用に消し飛ばして爆発は広がる。再び固まった彼が目にしたのは、タカトが取り出したものであった。

 大きな筒にトリガーを付けたようなフォルムの銃が、見た目としては正しいだろう。それは一般的には、こう呼ばれる。

 グレネードランチャー。専門的には、M203グレネードランチャーと呼ばれる物であった。本来はM16アサルライフル等の自動小拳銃の下部に取り付けられて運用されるのだが、当然単体運用も可能な単発式グレネードである。接触してから爆発するその威力は、当然ガトリング砲と単発の威力が違う。ガジェットⅢ型が爆砕されるのも、むべなるかな。タカトは化け物ガトリングを投げ捨てると、滑るような動作でグレネードを再装填。次のガジェットⅢ型に差し向けながら、ぽつりと呟く。

 

「確か、こんな場面ではこう言うのが典型だったな」

「あ! 撃、撃て――」

 

 向こうが、そう叫ぶ前にガジェットⅢ型は既にレーザーを放っている。だが、それをタカトは半身を反らすだけで躱して。

 

「Hasta la vista, Baby(地獄で会おうぜ、ベイビー)」

 

 某〇ーミネーター2の名台詞を呟きながら、引き金を引く。しゅぽんっと間抜けな音と共に弾頭が発射され、ガジェットⅢ型の上部に激突し。

 

    −轟!−

 

    −爆!−

 

 当然の如く爆発! それを皮切りに、タカトはさらに棍棒型手榴弾(ポテトスマッシャー)を取り出すと五指に挟んで疾駆。放り投げられたそれらが、空に舞い――更なる爆発が辺りを蹂躙した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 それは、ギュンター達との戦いから僅かに三分程遡る出来事。

 イギリス首都、ロンドン上空をエリオを抱えてシオンは飛翔する。彼等は、もうそろそろロンドンが誇る雄大なる川――テムズ川に差し掛かる所であった。

 ロンドンと海とを繋いて来た川。ロンドンという都市はこの川をハジマリとして作られたと言っても過言ではなかろう。

 そんな川に差し掛かる辺りで、シオンは抱えるエリオに笑った。

 

「ここがテムズ川だよ。ああ、こう言う時じゃなけりゃあ観光で見せてやれるんだけどな」

「はい、僕もゆっくり見たいです」

 

 エリオも頷く。だが、声は硬い。緊張か、怒りか――恐らくは後者だ、当然とも言える。

 何せ、この少年はたった今さっき、最も大事な人の一人を失いかけたのだから。その恐怖と、そして怒りは、シオンには馴染み深いものであった……だけど。

 

 お前は、俺と同じようにはなんねぇよな。

 

 エリオは、自分のようにはならない。シオンはその確信があった。そうでなければ、ティアナやスバル達の隙をついて念話で呼び出したりしない。

 直感に頼るまでも無い、何故ならエリオは自分を見ている。怒りに染まり、勘違いの末に復讐者なんてものに酔っていた自分を。あの自分が犯した愚を、エリオが繰り返す筈も無かった。だから。

 そう思いながら、苦笑する。エリオが苦笑の気配に、こちらをちらりと見た。

 

「どうしたんですか? シオン兄さん」

「いや、またやっちまったな、てな? ティアナやスバルが気付いたら、またうるさいだろう――」

 

 そこまで言った、瞬間!

 

《こンのバカ共ぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――!》

「どぉおおおっ!?」

「わ、わ、わ、わ!? 落ちる!? 落ちちゃいますよ!?」

 

 響き渡る大音量の念話に、シオンは体勢を崩し、エリオはあわやシオンの腕から落ちかける。あわたたと体勢をどうにか立て直し、ほっとする暇もあらずんば、シオンとエリオは同時に真っ青になった。聞き違える筈も無い、今の念話は……!

 

「てぃ、てぃ、てぃ、ティアナ、さん?」

《言い訳があるなら聞くわよ? 聞くだけならね?》

 

 ひぃ!? 怒ってる――――!

 

 どうやったか、こちらを捕捉したのだろう。当たり前と言えば当たり前なティアナの反応と、今までに無かった程の声音に、シオンは心底恐怖した。

 エリオなぞ、先の怒りもどこかに吹き飛んだかのようにガタガタ震えている。

 とにもかくにも、ここは言い訳をするべき、そう判断して、シオンは震える唇で言葉を告げた。

 

「あ、あのティアナさん? これはですね、立派な策であり、敵を追い詰めるのと合わせて奇襲を掛ける為に重要な事でしてね?」

《……へぇ、何よ、策って?》

「いや、それはこう、アレですよアレ、ひ・み・つ・って言うか」

《死刑》

 

 告げられた一言に、ぎゃー! 俺何か間違った――!? なんぞと叫ぶが最初から最後まで間違っているとしか言いようが無い。エリオがシオン兄さんのバカ……と、呟くのを聞いてなにおぅと言い返すが、そんな暇は無いとすぐに気付いた。

 頭をふるふると振って、シオンはティアナに呼び掛ける。

 

「冗談はここまでだ! ティアナ、いいか、よく聞け!」

《私は――”私達は”かけら足りとも冗談の積もりは無いわ》

「い、いいから聞けって!」

 

 私達は、と言い直した辺り、今回はスバルやギンガ、みもりもかなり怒っているのだろう。良子? 論外だ。既に頭に鬼の角を生やしているのは間違いない。ともかく、話しの方向転換をシオンは計る。どちらにせよ、”後、数分後には、彼女達に念話を掛けるつもりだったのだから”。

 

「黙って出てったのは謝る! けど、お前達に知られるわけにゃいかなかったんだよ!」

《何でよ!》

「向こうに気づかれるからだよ! ”こっちの作戦をな!”」

 

 そうシオンは叫びながら、あの虫達の事を思い出していた。正確には、あの虫達を操っていた”音”の事を。

 シオンは戦っている最中に、虫達へと響く音を耳からでは無く、体感として聞いていた。それは親しい友人がよく使う技術によく似たものだったから。だからこそ、気付けたのであるが。

 何にしろ、あの虫は偵察機としての役割も果たしていた筈だ。なら、ティアナ達に話してのこのこ”音”の発生元に向かった所で。全員居なくなった事がバレて逃げられるのがオチである。

 だからシオンは、姿を見せなかったエリオと共にティアナ達に黙って音の発生元に向かったのだ。

 ティアナ達には、囮になって貰った格好だ――が、”それだけでも無い”。

 

「いいか、ティアナ。お前達に頼みたい事がある。その為に、お前達を残して来たんだしな」

《……どんな事よ》

「うん、それを話す前にちび姉を呼んでくれ」

《ちび姉と言うな!》

 

 相変わらずの反応の良さで、良子が念話に割り込んで来る。シオンは明確に笑った。タイミングばっちし、都合がいいと。だから。

 

「ちび姉。”ロンドン全域に広域結界張るまで”何分かかる? それと、転移魔法を一つ用意して欲しいんだけど――」

 

 シオンはここに、自分が考えた作戦とあるものを告げた。

 

 

 

 

 かくて、その策は成された。シオンの目論み通りに! 崩れ落ちるビルの中でシオンは、にんまりと笑う。

 本来ならば、高層ビルが崩れると言う事は同時に凄まじいまでの人的被害を覚悟せねばならない。ビル内外問わずにだ。

 一種の災害にもそれは近しい。しかし、今、崩れるビルには人は一人も居ない。正確には、ロンドンに一人も!

 何故なら広域結世界を張った段階で、このロンドンは現実のロンドンの正常な時間と空間から切り離されているのだから。

 これで、もう周りに気を使う必要も無い。辺りに数mから数十mクラスのコンクリートの破片が落ちて来る中で、シオンは一点、敵のみを注視する。

 敵、ギュンターは相変わらずの笑いを浮かべているものの、その笑みは先と比べて余裕が無い。

 そう、結界が敷かれたと言う事はギュンター達はこの結界に捕われた事を意味するのだから。

 この結界をどうにかしない限りは、ギュンター達に逃走は許されない!

 

《やってくれるねぃ! これが最初からの狙いかぃ!?》

「おうともよ! んでもって、これからが――」

 

 次の瞬間、破片を潜り抜けるようにして三匹の魔虫が飛翔して来る。魔虫はシオンの元に来ながら、身体を開き。

 

    −斬!−

 

 そんな魔虫を、シオンの刀が三匹まとめて断ち斬った。そのままの動きで、破片の上に乗っていた足を前――正確には、上に進める。直後にシオンが駆け出し、向こう側でデューゼン・フォルムへとストラーダを変化させたエリオが飛翔したのが見えた。

 二人は真っ直ぐ、迷わずに己の敵達へと向かう。互いの、武器を振るって!

 

「――本番だ!」

 

 再び両者は互いに衝撃を撒き散らして激突した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −戟!−

 

 シオンが向かったのはギュンターではなくクリストファだった。彼の長柄長斧と、シオンの刀が正面からぶつり合う。

 

「正気? 僕と力比べするつもりか」

「アホか」

 

 未だフードに隠された彼の顔を真っ直ぐに見ながら、シオンは罵声を飛ばす。同時、空間に展開した足場にある彼の足が後ろに”滑った”。まるでスケートを見ているかのように。

 一見すれば、それはクリストファのIS:ザ・パワーにより押されたようにしか見えないだろう。だが、実際の所は違う。

 それは何より、見開かれたクリストファの目が証明している。

 

 ……手応えが、ない!?

 

 鍔ぜり合っているのにも関わらず、全くと言っていい程に手応えが感じられなかった。まるで、暖簾(のれん)に腕押しするかのように!

 その異様な手応えの理由を、クリストファはすぐに知る事になる。滑るシオンの足がくるりと反転、クリストファの凶悪な怪力を利用して、それこそ相当な速度でだ。

 そして、クリストファが長柄長斧を振り切った時には、既にシオンの姿は彼の背後にあった。これは!

 

「僕の、力を利用して……!」

 

 呻くように吠えるクリストファ。シオンは、彼の怪力を無理に斬り流さず、受け止めた上で足を滑らせながらベクトルを変化。その怪力を利用して、背後に回り込んだのだった。

 合気……否、化勁の応用。シオンは知らず、異母兄、タカトの技術をここに再現する。

 長柄長斧を振り切ったクリストファは当然無防備、後はその背中に一撃加えれば終わる!

 シオンは無意識に、刀を翻し――峰を向けたのだ――背面を首筋に叩き込まんと振り放つ。一打は、隙だらけのクリストファに吸い込まれるように打ち込まれ。突如、彼の姿が消えた。

 

「な、ん!?」

 

 驚きで目を見張るシオン。しかし、一度放った斬撃は容易く止まらない。クリストファの首があった場所を通り抜ける。

 そして、シオンは消えたクリストファの行方を理解した。

 真下――”通り過ぎた刀の真下”に、クリストファはいたのだ。足を180°開脚して屈んで。

 砕かれたコンクリートの足場にぺたんと股間から足までついた状態で、だ。尋常な身体の柔らかさではない。

 更に、彼はその体勢から真後ろに長柄長斧を放って来た。それこそ、肩の関節が外れているのではないかと錯覚する程に回して! ……シオンに出来たのは、刀をぎりぎりで振り戻す事だけだった。

 

    −戟!−

 

「ぐ……っ!」

 

 爆音の如き音が鳴り響き、シオンがその場からぶっ飛ばされる。いや、自分から飛んだのだ。そうでもしなければ刀は容易く弾かれ、シオンは両断されている。

 

「シオン兄さん!?」

 

 背後から悲鳴に近しい声が来た。シオンはぐっと呻く。エリオがこちらを見て、そんな悲鳴を上げた事が分かったからだ。

 シオンは着地した勢いのままに身体を反転、つまりはクリストファから完全に背中を向ける。

 いくら体勢を崩しているとは言え、敵対者に背中を向けるのはシオンも勇気が必要であったが、あえてそれを行う。回転しながら魔力を解き放ち、斬り放った。

 

「弐ノ太刀、剣牙ァ!」

 

 吠えるシオンの斬撃から伸びるように、魔力で生み出された一撃が伸びる。それはこちらを向いて、目を見開いているエリオ――その背後に迷う事なく炸裂した。そこに居たのは、例の魔虫!

 

    −閃!−

 

 剣牙はあっさりと魔虫を両断。それに気付き、呆然とするエリオにシオンは叫んだ。

 

「こっちの事はいい! 自分ん所に集中してろ馬鹿タレ!」

「は、はい!」

 

 先には見事なまでの集中を見せたエリオも、自分以外に何かあると途端にその集中が落ちるらしい。仮定でしか無いが、シオンは歯噛みした。

 元はと言えばシオンがぶっ飛ばされたのが原因なのだが、それとこれとは話しが別であった。こっちの状況に集中が乱されるようでは、エリオにギュンターを任せられない。

 

    −閃!−

 

 そこまで思い至りながら、シオンは脇から背後へと刀を突き放つ。すると、くぐもった悲鳴が響いた。

 

「流石に背後への警戒は怠らないか……!」

 

 その声に、シオンは肩越しに目を向けた。そこにいたのは当然クリストファ。頬に刀傷をつけながら下がる。体勢を立て直してシオンを背後から攻撃しようとしたのだろうが、空間把握能力と直感が突出しているシオンに今更通じる筈も無い。

 シオンはクリストファに向き直り――そのまま後ろに飛ぶ。

 

    −撃!−

 

 直後、シオンが居た空間に衝撃波が叩き込まれた。ギュンターの音衝撃波だ……これは、向こうにも気付かれたか。エリオの集中を乱すには、こちらを攻撃する事が一番だと。

 更に魔虫が四方八方から落ちるコンクリートを避けてこちらに来る。シオンはそれにぐっと息を飲んだ。

 実質二対一。本来なら有り得ないが、ギュンターの能力はそれを可能としている。エリオの相手をしながら、クリストファの援護をやってのけているのだ。つくづく、ギュンターの能力は厄介であった。

 

 この状況、どうにかするためには――。

 

 シオンは一瞬だけ考え、そしてにぃっと笑った。この状況を何とかする手段、それを自分は持っている……!

 

「エリオ! ギュンターはいい! こっちのクリストファの相手をしろ!」

「え……? はい!」

 

 向こうで魔虫の一匹にストラーダを叩き込みながら、エリオは一瞬だけ怪訝そうな顔となるが、すぐに頷いた。後は。

 

《余裕だねぃ! 俺っちは放っておいて大丈夫ってかい?》

 

 構うな。

 

 ギュンターの念話が響くが、シオンは相手にしない。刀を放り投げると、身体の至る所に手を当てた。そこから出るは、スローイングダガー。先の魔虫相手にも見せた投擲用短剣。それを五本の指に挟みこむ。その数、総計八本。

 

「はっ!」

 

    −閃−

 

 気合いの声と共に、周囲に一斉に放つ。それはシオンへと襲い掛からんとした魔虫八匹を狙い違わず貫いた。よしとシオンは頷いて。

 

「自分から刀を捨てるなんて、余裕だね!」

 

 正面からクリストファが襲い掛かる! シオンはスローイングダガーを放つために刀を捨てているのだ。そんな好機を、彼が見過ごす筈も無い。

 

「させない!」

 

    −轟!−

 

 しかし、クリストファの長柄長斧がシオンに叩き込まれる直前、エリオが横合いから魔力刃をストラーダから発生させて突っ込む。

 デューゼン・フォルムの推進力を利用した突撃攻撃魔法――メッサー・アングリフだ。その一撃は、クリストファのザ・パワーと互するだけの威力を伴っていたか。クリストファの一撃を真っ正面から受け止め、更に二人は絡み合うように落ちて行く。

 

「こっ……の……!」

「シオン兄さん!」

 

 −炎の民よ−

 

 エリオの叫びに、シオンは頷きだけを返した。

 

《我が手へ》

 

 念話で呼び掛けると同時、放り投げた刀が戻って来る。それをシオンは引っ掴むなり、左手の空間に叩き込んだ。

 そこに居たのは、当然魔虫。シオンの一撃は、当然の如く魔虫を両断した。

 

「知ってるか? ギュンター。俺には三人の先生がいる」

《何を……》

 

 −黒の者よ、火祭りの長よ、夏の日にて祭を行う者達よ−

 

 −斬、斬、斬、斬、斬−

 

    −斬!−

 

 斬る、斬る、斬る、斬る、斬る――!

 落ちるコンクリートの隙間を縫って自分に襲い掛かる魔虫のこと如くを斬り断つ。それだけでは無い。いきなり発生する音衝撃波も例外無くぶった斬る。

 

「一人は高町なのは。この人には、連携戦闘の基礎から戦術機動まで空戦のいろはを叩き込まれた」

 

 −それは太陽が最も輝く日、豊饒の祈り、願う夏の日、則ち火の日なり、則ち炎が猛る日なり−

 

 斬る、斬る、斬る、斬る――それをずっとずっと続けながら、シオンは言葉を紡ぐ。それを遠くで聞きながら、ギュンターは嫌な予感を覚えた。彼は、何を言おうとしている?

 

「一人はフェイト・T・ハラオウン。この人には管理局の法規やら魔法知識やらを教えられた」

 

 これが一番辛かったんだよなぁ……。

 

 ほんの二ヶ月程前の事なのに、シオンは懐かしい思いを抱きながら笑う。

 

 −猛ろ。猛ろ、猛ろ、猛ろ猛ろ猛ろ猛ろ! 祭りはここに始まる――炎の日を祝うために!−

 

「そして、後一人!」

 

 叫ぶと同時、シオンはその場からいきなり落下した。大量のコンクリートの破片と共に。その落ちる先にあるものを見て、ギュンターは絶句する。

 そこに”魔法陣”が展開されていたから。

 カラバ式魔法陣――セフィロトをイメージする魔法陣だ。しかし、何故――と思い、すぐにギュンターは気付いた。

 あのスローイングダガー、それが魔法陣の基点となっている事に。

 よく考えれば、あのタイミングでスローイングダガーを放つのはおかしく無かったか? シオンほどの技量があれば、刀で十分魔虫は迎撃出来た筈だ。それを何故、スローイングダガーで迎撃したのか。理由は、ここにあったのだ。この魔法を放つ、その布石――!

 

「八神はやて。この人からは”儀式魔法”を教わっていた」

 

 シオンは何も刀術一辺倒の人間では無い。精霊召喚を始めとして、儀式魔法も修めているのだ。

 普段は至近距離戦闘の方が得意だから儀式魔法を使わないだけなのだ。

 だが、この状況――”広域魔法を必要とされる状況で、それを攻撃に使わない理由は無い”!

 

《しま……っ!》

 

 ギュンターが失策に気付き、吠える。だが、そんなギュンターの念話にシオンはにやりと凶悪な笑みを浮かべた。

 右手をすっと上げて拳を握ると、炎がぼっとそこに灯る。シオンの笑いは一つの事実をギュンターに告げていた。もう、遅い!

 

「民よ、夏至の祭に炎の中で踊れ!」

 

    −撃!−

 

 展開した魔法陣に炎の拳を叩き込む! 魔法陣が紅に染まる――!

 

「炎界(ムスペル)!」

 

    −轟!−

 

 直後、炎が周囲一面に膨れ上がり、炸裂! 崩れ落ちる高層ビルのコンクリートの破片全てをまとめて飲み込み、天地に突き立つ炎の柱として、世界に顕現した。

 ――なお、高層ビルが崩れてからこの炎の柱が現れるまで僅か数秒足らずしか経っていなかった。

 

 

(中編2に続く)

 

 




はい、第五十話中編1でした。最初からタカトがかましてますが、なんで質量兵器あんま使わないかと言うと、タカトの場合、魔法使った素手のが強いと言う事実がありまして(笑)
ぶっちゃけ、質量兵器使う時は面倒臭い時限定です(笑)
シオンが儀式魔法使っていたのは、第四話か五話あたりからの伏線ですな。長かった……(しみじみ)
ちなみに炎界、本来なら戦略級の古代ベルカ式の広範囲魔法なんですが、シオンがカラバ式なのと、適性があんま無いので威力はガタ落ちしてます(笑)
次回は中編2……うん、この先ずっとこんな感じですが、許したって下さい(笑)
ともあれ中編2でお会いしましょう。ではでは。


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第五十話「戦士と言う名の愚者達」(中編2)

だんだん暑くなって参りました、テスタメントです。第五十話中編2をお送り致します。では、どぞー。


 

    −煌−

 

 紅に世界が染まる。

 その紅は炎の色、神庭シオンが放った儀式魔法、炎界(ムスペル)が生み出した炎であった。

 発生した炎は天と地を繋ぐかのような巨大な火柱となって崩れいくビルを丸ごと包み込んだ。地面に落ちて行っていた鉄筋コンクリートも容赦無く巻き込み、弾き飛ばしてだ。

 もし結界が張っていなかったと考えたらゾッとする。それだけの広範囲に渡って火柱は顕現したのだった。

 やがて、火柱は空に吸い込まれるようにして消えて――それを見送りながら、『ドッペルシュナイデ』隊長のギュンターは歯噛みしていた。

 先の炎界、威力は大した事は無い。せいぜい、A〜〜AAランク程度の威力しか無かった。当然、フィールドを張れば防げる威力であるし、ギュンターもクリストファも、向こうのエリオも無事だ。

 だが、問題はその効果範囲であった。ビルを丸ごと飲み込むほどの広範囲魔法。つまり、彼等が戦っていた戦闘空間は丸ごとあの炎に飲み込まれていた事になる。そう、ビルの破片を悉(ことごと)く焼き払ったように、”あの場に居た全てのモノ”が攻撃を受けたのだ。それは当然、ギュンターの固有武装。魔虫(バグ)も含まれる。魔力放出だけで墜とされる魔虫も!

 

「これで厄介な虫共は消えた」

 

 真っ正面から放たれた声。その声を聞いて、ギュンターはぞくりと言う感覚を得た。そこに居るのは、炎界を放ったシオン! 彼はギュンターを真っ直ぐ睨みながら刀を緩やかに構えた。すっと細められた目がギュンターを捉える。

 空間に足場を展開し、一歩を踏み出した。走る!

 

「終わりにしようぜ! この戦いを!」

 

    −轟!−

 

 叫ぶと同時に、シオンは矢の如く弾けた。真っ直ぐにギュンターに向かう! 対し、ギュンターはシンクラヴィスを吹き鳴らし、衝撃波を発生させ。

 

「っせぇ!」

 

    −斬!−

 

 一刀の元に斬り払われる!

 唐突に任意の空間に発生する音衝撃波がだ。どのような原理かは不明だが、シオンはこちらが発生させる衝撃波の位置を特定出来る。先もそうだったが、今もあっさりと斬られてしまった。

 あの衝撃波の利点は、どこでも唐突に発生させられる奇襲性にこそある。それが位置を特定されるようでは話しにならない。

 シオンには、もう音衝撃波は通じない。魔虫も全滅させられた。

 

 ……仕方ない、ねぃ。

 

 思わず苦笑をギュンターは浮かべる。まさかここまで追い詰められるとは思わなかったのだ。しかし結果はこの通り。ギュンターは今、シオンに追い詰められている。どうしようもない程に……ならば。

 

 ”こちらも切り札を切らなきゃいけないねぃ”!

 

 そう思うと同時、シンクラヴィスを吹き鳴らす。厚く、厚く、重く、重く。サキソフォーン独特の音色が鳴り響き、それは起きた。

 周囲の空間が歪み、ギュンターの前方に集束していく。まるで吹き鳴らされる音に共鳴するように。

 ここで、一つの例え話をしよう。音と言うのは空気や水……あるいは空間そのものを震わせて発生される。つまりは振動波だ。極論となる事を覚悟して言えば、音は振動波に他ならず、振動波でしかない。だが、逆に言えば振動波であるからこそ出来る事がある。

 思い出して欲しい、スバル・ナカジマのIS、震動破壊が何故にあれ程恐れられていたのかを。振動と言うのは、モノを震わせる事で発生する。当たり前の事だ。だが、これを高速で発生させればどうなるか?

 ”分子結合を解く程の高速振動をモノに与えればどうなるか?” ”それを空気では無く、空間を震わせる事によって発動させればどうなるか!?”

 音叉(おんさ)。楽器の調律に使われる道具であるが、ギュンターの前方に集束していく空間はまるで、それを思わせるかのように震える。

 ぃぃいん……と、静かな音が響き、そして――。

 

「っ――――!?」

 

 ――瞬間、シオンはアルセイオ・ハーデンの斬界刀に対峙した時程の寒気と恐気(おぞけ)、吐き出しそうな程の恐怖を覚え、慌てて、その場の空間に足場を発生させ静止。全力で、それこそ死に物狂いの全力で左側へと逃げる! 直後、”それ”は発動した。

 

    −轟−

 

 一切の音が、消え――。

 

    −裂!−

 

 ギュンターから放たれた”何か”が、走り貫ける!

 

    −斬!−

 

 そして、結界に覆われたロンドン市内は真っ二つに叩き斬られたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 御遣いの槍――アポルスティック・ジャベリン。

 それがギュンターの切り札でもあり、ロンドン市を真っ二つに叩き斬った攻撃の名であった。

 空間を音により責めぎ合わせ、同時に音による高速振動、分子結合を分解するほどのそれを与え、一点から放つ。御遣いの槍とは、そんな攻撃であった。

 分かってしまえば単純な攻撃。しかし、故にこそ、この攻撃は凶悪極まりなかった。

 その射程も凄まじいが、威力はもっと途方も無い。何せ、触れたものの分子を例外無く分解してしまうのだから。

 その威力はロンドン市を真っ二つに斬った跡からも分かる。破片が一つ足りとも残っていないのだ。ビルも、その先にある民家も何もかも!

 この攻撃に防御は無意味。その威力はSSSランクに匹敵する。当然、人間などこの攻撃に曝された時点で倒される――筈、であった。

 

「ぐ……あ……」

 

 呻き声がギュンターの耳に届く。その声を辿り、彼は顔をしかめた。ギュンターが見る先には対峙していた敵、シオンが居たのだから。

 御遣いの槍が放たれた瞬間、危機を感じたのか、シオンは左側に横っ飛びに回避していたのだ。

 

 ……よく避したねぃ。

 

 そうギュンターは思い、しかし笑みを顔に浮かべる。

 御遣いの槍を回避したとは言え、シオンは余波をまともに受けたのか、右手がずたずたに裂け、他の箇所にも決して浅くない傷を負っている。何より、余波に曝された事で身体が後ろに倒れそうな程体勢を崩していた。この体勢では次撃は躱せまい。更に、ギュンターは既に次の御遣いの槍を発動寸前状態にしていた。予め、次撃を用意していたのだ。念には念を。まさにそう呼ぶに相応しい徹底ぶりである。後はシンクラヴィスを一吹きすれば終わる。

 

《惜しかったねぃ?》

 

 念話でシオンに告げてやる。そうしながら、ギュンターは息をシンクラヴィスへと注ぎ込んだ。これで終わりだと、そう告げるように!

 

    −轟−

 

 二撃目の、そして躱しようの無いタイミングでの連撃として、御遣いの槍が放たれる! 一撃は今度こそはシオンを仕留めんと真っ直ぐに進み――その一撃を前に、シオンは爛々(らんらん)と輝く紅い瞳。絶命に晒されていると言うのに、決して諦めていない生きた目をギュンターへと向けていた。

 全身を恐怖が苛む。本能が叫んでいた……逃げろと。この場から逃げろと身体が叫び、勝手に動き出そうとする。

 その身体を、否、本能を、シオンは――シオンの”理性”は叩き伏せる!

 

 逃げるな――!

 

 胸中、全力で叫び。シオンはその場に踏み留まった。無理矢理、身体を前へと倒す。もう回避は不可能だった。迫り来る御遣いの槍。死を約束付けられた一撃に、本能と直感がどうしようも無い程の警告をシオンに与える。……無視した。

 むしろ、一歩を踏み出す!

 本能が叫ぶ。その一歩を踏み出せば死ぬと。回避も防御も叶わず粉砕されると。

 直感が吠える。その一歩を踏み込めば、もう逃げられないと。まだ間に合うと。

 本能と直感。構わなかった。その二つをシオンは鋼の理性で抑え込む!

 

 ――原理は同じだ。

 

 一歩を踏み込み切った。同時、ずたずたになった右手を左手で掴む柄にそっと添える。右手は、添えられるだけでいい。

 

 ――剣撃だろうと、拳撃だろうと、槍撃だろうと、空間衝撃波だろうと!

 

 それは攻撃であり物理現象であり――それだけでしか無い! ならば!

 身体がぐるりと踏み込んだ一歩を中心に回る。その動きに連動して、刀がゆるりと振るわれた。

 理想的な角度と速さでなければ死ぬ。そんな事は分かりきっている。だから、あえて無視した。沸き上がる恐怖を捩じ伏せ、本能を叩きのめす。

 無念無想。

 他の何も考えずに、ただ振るう刀に意識の全てを傾けた。人は、それをこう呼ぶ。無我の境地と。

 シオンはほんの一瞬だけ、そこに至り――刀を振り切った、瞬間!

 

    −裂!−

 

 再び、シオンへと御遣いの槍は叩き付けられた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 一瞬の空白。それを、ギュンターは感じる。再び放たれた御遣いの槍は、ロンドン市内を再度縦に叩き割り、シオンを今度こそは仕留めた――分子結合を分解する、この一撃に防御は無意味。

 

「何故だぃ……?」

 

 回避は出来るタイミングでは無かった。防御も回避も不可能ならば、間違いなく撃破出来ている。

 

「何故、だぃ……!」

 

 それでも呻くようにして、ギュンターは吠える。目の前に居る存在に。

 

「何故”防げたんだぃ!?” 神庭シオン!」

「……簡単なこった」

 

 吠えるギュンターに、御遣いの槍を叩き込まれ倒された筈の人物。本来そこにありえる筈の無い存在、神庭シオンはにぃと笑って答えた。振り切った刀を緩やかに振り戻す。

 

「空間衝撃波だろうが何だろうが、攻撃は攻撃。一方向からの直線的な攻撃だろう? なら、”斬り流せない筈が無いだろうが”!」

 

 有り得ない!

 

 シオンの台詞にギュンターは強くそう思い、咄嗟に我を忘れる。そして、そんな隙を逃す程シオンは甘くなかった。瞬動を発動。一気にギュンターの懐に踏み込む!

 彼が我に返った時には、既にシオンの刀は翻(ひるがえ)り反転、抜刀術の応用で放たれていた。

 

「絶影!」

 

    −斬!−

 

 刀が走り抜ける。直後、ギュンターは慌てて後ろに下がった。しかし、その顔には苦渋が張り付いている。ガランと、地面に金物が落ちた音が響く。

 確認するまでも無い。地面に落ちたのは、シンクラヴィスの下半分であった。シオンが斬ったのはギュンターの固有武装だけだった。

 全ての攻撃手段を失い、呆然とするギュンターに、シオンはとびっきりの笑顔で告げてやる……そう。

 

「天才に二度目は効かねぇよってな。……俺の勝ちだ」

 

 勝利宣言を。それを聞きながら、ギュンターは苦笑を浮かべた。

 二度目も何もワンツーの連撃である。それを”二度”とカウントする時点でまともでは無い。そもそも、御遣いの槍を斬り流すと言う発想からして思考が普通では無いのだ。

 理屈上では可能なのだろう。実際、シオンは音衝撃波を叩き斬っている。しかし、音衝撃波と御遣いの槍では威力の桁が違い過ぎる。

 Aクラスの射撃魔法と、Sクラスの砲撃魔法を一緒くたにするようなものだ。いわば、雪崩をストローに注ぎ込むような行為である。無理だの無茶だのを問うような問題ですら無い。

 角度がコンマ1mmズレていたら、タイミングがコンマ1秒でもズレていたら。その時点で、シオンは肉片一つ残さず消し飛ばされている。

 それをやるくらいなら素直に逃げを打つだろう。実際に、シオンの身体――本能は、迫り来る”死”に対して逃避を促していたのだから。それら本能を理性で無理矢理抑え込んだのだ。

 シオンがやった行為は”死”に自ら向かう行為、自殺に等しい。

 

 死中に活を見出だすとは、よく言うがねぃ……。

 

 流石にギュンターも呆れ果てるしか無かった。こんな闘い方をずっと続けてはいくつ命があっても足るまい。だが、ここぞと言う時にそれを出せたなら。

 その効果は問う必要も無い。ギュンターはまさにそれによって敗北したのだから。

 認めるしか無いだろう、自分は敗北した――だが!

 

 ここで終わってやる訳にはいかんねぃ!

 

 ギュンターが心の中で叫んだ。直後。

 

「あ……あぁああぁあああああああああああああああああああ――っ!?」

 

 シオンの背後より、叫び声が響いた。まるで、この世の終わりを見たかのような叫びが。その叫びは……!

 

「エリオ!?」

 

 シオンがあまりの叫び声に、慌てて後ろを振り向く。

 そこでは、”フードが外れたクリストファ”の顔を見て。目を大きく見開いたまま叫ぶエリオが居た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 時間は少しだけ遡る。シオンが発動した炎界、そしてギュンターが最初に放った御遣いの槍を、エリオは彼等の下――元ビルがあった場所の地面から見ていた。

 途方も無い威力の何かが放たれた。それだけをエリオは悟る。シオンがその一撃を辛くも躱し、しかし深手を負い、体勢を崩してしまった事を。そのシオンに二撃目が放たれんとしている事を!

 

 いけない!

 

「シオン兄さん!」

 

 叫び、デューゼン・フォルムのストラーダを構える。ブースターを吹かし、ギュンターに突撃しようとして。

 

「残念。君の相手は僕だ」

「ッ!?」

 

    −撃!−

 

 横合いから突如叩き込まれる長柄長斧の一撃! エリオは、辛くもストラーダで受けるのが精一杯であった。盛大に跳ね飛ばされる。更に、そんなエリオにクリストファは追撃をかけて来た。

 

「隊長の邪魔はさせないよ」

「っこの……!」

 

 踏み込みながら、長柄長斧を振るうクリストファのフードは、炎界に晒されたせいかボロボロだ。引っ掛かるようにして彼の顔を隠している。

 僅かに覗く、その顔にエリオは違和感を覚え――しかし、すぐに意識から除外した。ストラーダのブースターを吹かし、速度をつけて真っ正面から彼の長柄長斧と打ち合う!

 

    −戟!−

 

 激しく鳴り響く爆音。同時に衝撃が辺りを蹂躙する……構わなかった。二人は迷わず互いの刃を叩き込む! だが、真っ正面からの打ち合いではクリストファの方に分があった。当たり前である。彼のIS、ザ・パワーは常人を遥かに超える膂力を与える能力なのだから。

 エリオはクリストファが放った大上段からの一撃に後ろへと流され――。

 

    −轟!−

 

 ついに二撃目の御遣いの槍が放たれた。エリオが目を見開く。

 

「君は……邪魔だぁ!」

【スタール・メッサー】

「っ!」

 

    −撃!−

 

 ストラーダの刃から光の刃が現れる。同時、ブースターから激しく光が吹き出し、エリオは光の刃、魔力刃を迷う事無くクリストファに叩き付けた。その一撃に、今度はクリストファが後ろに下がる。だが、彼も一歩で耐えてのけた。

 僅かに離れる間合い、その中で、クリストファは弾丸を再装填するが如く再び長柄長斧を振り上げ、エリオはストラーダのブースター任せに身体をぐるりと回す。

 直後、大上段からの一撃と下方から振るわれた互いの刃が放たれた。

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 轟音を鳴らし、ぶつかり合う! 一段と激しい衝撃が二人を中心に渦を巻いた。同時、びきりと言う音がエリオの耳に届く。その音はストラーダから響いた音だった。慌てて顔を上げ、音の発生源へ目を向ける。

 ストラーダの刃部分――クリストファの長柄長斧の刃と打ち合っている部分だ。そこに亀裂が走っていた。耐えられなかったのだ。

 エリオとクリストファ、両者の攻撃に武器自身が。対し、クリストファの長柄長斧はストラーダより頑丈に出来ているのか破損は無い。

 むしろ、更に押し込まれる刃がストラーダの中に侵入する。更なる亀裂が走った。

 

「ストラーダ!? っ!」

【私の事は気にせずに――】

 

 ストラーダはそう言うが、そんな訳にはいかない。亀裂はどんどん深くなって行く。ついには、本体部分へまで! このままでは、ストラーダが破壊される――!

 クリストファがそれを見て、にぃと唇を吊り上げた。そして、エリオは覚悟を決める。

 右手をストラーダから離した。すなわち、片手でストラーダを握る。力で負けている状態で、打ち合っているのにも関わらずだ。それは自殺行為にも等しい行為。当然、クリストファのパワーに負けて、一気に押し込まれる。

 長柄長斧の刃が、そのままエリオを両断せんと迫り――エリオは離した右手で拳を握る。その拳に雷光が走った。

 そう、その一撃はJS事件時、ルーテシアの召喚獣、ガリューとの闘いで決定打となった一撃であった。

 副隊長であり、騎士として師匠ともなる守護騎士シグナムから授けられた一手。ただ、魔力の雷を付与すると言う単純な魔法――故にこそ、その一撃はここぞと言う時に切り札となる!

 クリストファもその拳に気付き、失策を悟った。押し込んだと言う事は、互いの距離が縮まった事を意味する。拳が届く間合いまで! エリオの狙いはそこだったのだ。クリストファは慌てて後退する――遅い!

 エリオは合わせるように一歩を踏み込み、拳を放った。

 

「紫電、一閃!」

 

    −撃!−

 

    −雷!−

 

 叫び、放たれた拳が、クリストファの顔面のど真ん中に突き刺さる! 雷が拳を中心に吹き荒れた。

 雷拳は、クリストファが被っていたフードを微塵に破きながら彼を吹き飛ばす。だが、彼は倒れる事無く地面に両の足で着地する――。

 

「あ……」

 

 声が、零れた。クリストファの声では無い。それはエリオから漏れた声であった。”クリストファの顔を見た、エリオの”。その、顔は。

 

「……参ったね。まだ、君に顔を見せる積もりじゃなかったんだが」

「き、み、は……」

「自己紹介が必要か? ……要らないだろう。僕の事を君は知っている筈だ。そう」

 

 笑う。あるいは、それは苦笑であった。あるいは、自嘲であった。そして、同情の笑いであった。同病相憐れむ。そんな笑い。

 

「”三人目”だよ。そして、プロジェクトFの完成形――それが僕だ」

 

 そう、”自分と全く同じ顔で言われ”、直後、エリオはあらん限りの声でもって悲鳴を上げた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 響き続ける悲鳴。それを冷たい目で見据えながら、彼は……クリストファは小さくため息を吐いた。

 だから、見せたく無かったのにと。

 こうなる事は半ば予測出来ていたのだから。自分と同じ顔、同じ存在、けど”魂(こころ)”は違う。

 

 彼と、自分とでは――。

 

 そこまで思い至り、クリストファは頭を振った。まるで、思考を追い出すように。そして、長柄長斧を振り上げる。

 それを見ても、まだ呆然とし続けるエリオに――”偽物”に明確な苛立ちを覚えながら、それでもとクリストファは自分に言い聞かせた。

 

「こんな決着は望む所じゃないんだ。でも、命令は命令だ」

「あ……」

 

 それに、自分は命令に逆らうようには出来ていない。

 

 漸く気付いたように、声を上げるエリオ。でも、もう遅い。クリストファは冷たい目のまま、長柄長柄を無造作に振り下ろす。

 

「っおらぁああああっ!」

 

    −閃−

 

 その一撃を、横合いから放たれた刀が斬り流した。先はあまりの膂力に完全に斬り流せなかった一撃を、今度こそは完璧にだ。

 誰なのかは言うまでも無い。先程までギュンターと対峙していた神庭シオンであった。恐らくは瞬動で一気にここまで走って来たか。

 クリストファが放った一撃は斬り流され、横の大地を砕く。彼は少しの安堵と、そして驚きを含んだ目でシオンを見る。そんなクリストファをシオンは見て、次にエリオに視線を移す。何かに怯えるように、目を震わせるエリオに。

 ぐっと息を飲んで、再びクリストファに視線を戻した。

 

「……てめぇもアレか? 紫苑と同じ、ドッペルゲンガーか?」

 

 問う。それは、つい少し前にシオンが戦った過去の自分の姿をしたロストロギアの人形――対人としては最高クラスの殺人人形であった。

 シオンの後ろに居るエリオも、それを聞いてびくりと身を震わせる。だが、クリストファはそんなシオンの問いに笑って見せた。

 

「違うよ、僕は人間さ……まぁ、もっとも? 純正な人間とは言い難いけどね。僕は”三人目のエリオ・モンディアル”だ」

「……三人目?」

 

 クリストファの台詞に、シオンは怪訝そうな顔となった。それに、おや? とクリストファは思い、しかし次の瞬間には得心したように笑い出した。シオンの反応に、全てを理解して。

 

「は、ははは……! なるほど。あなたは何も知らないんだ?」

「何の事をだよ」

「プロジェクトF」

 

 ぴくり、とシオンの片眉が跳ねた。その言葉を聞いてだ。それは確か、トウヤが言っていた記憶転写クローニング技術の総称では無かったか? なら、こいつは。

 

「お前……!」

「そう言う事だよ。そして、彼も」

 

 最後の台詞に、シオンは息を飲んだ。後ろのエリオが硬直した事を空気で悟る。それは、クリストファの言葉が正しい事を証明していた。……だが。

 

「それがどうした」

 

 きっぱりとシオンは、そうクリストファに告げた。左手一本で刀を握り、突き付ける。

 クリストファは、そんなシオンの反応に、へぇと感心したような声を漏らした。

 

「いいんだ? それを秘密にしていたって事は、彼は君に隠し事をしていたと言う事だよ? 信頼出来るのか?」

「隠し事の一つや二つでがたがた吐かすかボケ。人間内緒の事だって山程あんだろうがよ。俺だって、こいつらや皆に昔の事ァ話してねぇ。”そんな程度”で信頼無くしたり、無くなる程、落ちぶれちゃいねぇんだよ」

 

 そこまで一気に言い切ると、シオンは刀をゆるりと構えた。互いに、互いを間合いを入れたまま二人は向き合う――出来る事ならば、エリオにも声を掛けたかった。だが、それをみすみすクリストファが許してくれる筈も無い。

 シオンはぐっと歯を食いしばり、そして、ひょいっとクリストファは肩を竦めると、あっさりと構えを解く。そのまま、後方に跳躍した。

 数m程も離れて着地すると、そんな行動に再び怪訝そうな顔となるシオンにクリストファは笑う。

 

「……残念、僕の役目はここまでだ」

「何のこったよ?」

「分からないか? 僕の役目は”君を隊長から引き離す事だと言ったんだよ”」

 

 その言葉に、シオンは思わず先程まで戦っていた――置いてきた、ギュンターに目を向ける。彼はクリストファの更に後方に居た。周りの空間に、音を走らせながら!

 その魔法をこう呼ぶ。『音素(フォニム)式魔法』、と。かの一条悠一と全く同じ魔法術式である。それをギュンターが使えると言う事はつまり……!

 

「助かったよ。”結界を展開してくれて”。……おかげで離脱する手間が省けたからね。後は、”向こう側に居る魔虫を基点に魔法を発動させるだけだ”」

「……っ」

 

 それは、シオンが放った炎界と同じ方法であった。向こう側に待機させていた魔虫を基点に魔法陣を展開、それを媒介に大規模儀式魔法を発動させる。

 結界。今、シオン達が居る隔離結界は現実の時間の流れと空間をズラして二重に発生させて戦闘空間にすると言う特殊な魔法だ。これにより、現実のロンドン市には人が居ても結界内のロンドン市には人が居ないと言う状態になっている。

 結界内で何が起きようと結界を解かない限りは現実世界には影響を及ぼさないのだ。しかし、それはまた逆も言える。”現実世界で何が起きようと結界内に何の影響も起きない”! シオン達はギュンター達を手助けしたようなものであった。そして。

 

「詰めを誤ったね。これで、僕達の任務は――」

「――”失敗”だねぃ」

 

 クリストファが勝利宣言をしようとした矢先、当のギュンターからそんな言葉が告げられた。クリストファは振り向き、驚きの目をギュンターに向ける。しかし、彼は力無く首を横に振った。苦笑しながら、シオンを見る。それに、シオンは片目をつむりながら安堵の息を吐いた。

 

「一応聞くねぃ。”いつから気付いてたんだぃ?”」

「最初っからだよ。……お前達と戦う前、”ロンドンに入った時”にだ」

 

 答えながらシオンは笑う。誇らし気に、嬉し気に――楽し気に。そして胸を張って、こう言った。

 

「俺には頼りになる仲間が居るんでな」

 

 

 

 

「本当に居たわね」

 

 ロンドン市内。正確には、結界”外”のロンドン市内でティアナ・ランスターはぽつりと呟いた。その目の前に、煙りを吐き出しながら壊れている物体がある。

 何をか、を問う必要も無い。ギュンターの固有武装にして、彼等の作戦の要、魔虫であった。

 少しの苦笑いを浮かべる彼女に、次々に念話が来る。

 

《ティア! こっちも居たよ、とりあえず壊したから》

《こっちも。シオン君の言う通りだったわね……》

「あいつ、妙な所で頭が回りますから」

 

 スバル・ナカジマ。そして、ギンガ・ナカジマからの報告を聞いて、ティアナは苦笑混じりで答える。そんなティアナの答えに、向こうで二人も苦笑いした事を気配で悟った。

 そう、シオンが鉄納戸良子に頼んだ事に結界の展開と、”転移魔法”があったのだ。その時頼んだ転移魔法と言うのは、彼女達を跳躍(とば)す為のものだったのである。

 シオンの話しによれば、ロンドン市内のあちこちに例の虫の反応がある。配置から嫌な予感がするからそっちの方を頼むと言われたのだが――。

 

「ビンゴ、だったわね。……全く、大規模の儀式魔法なんてね」

 

 そう言いながら、ティアナは肩を竦めた。そして、次のポイントに向かう。まだ魔虫は全部撃破した訳では無いのだ。魔法陣展開に必要な魔虫を破壊しただけなのだから。後顧の憂いを断つ為にも、全て撃破しなければならない。全くと、もう一度ティアナは胸中呟き、そして。

 

「私達に使いっ走りさせたんだから……しくじったら承知しないわよ、シオン」

 

 そう言いながらティアナは、そしてスバル、ギンガも、次の魔虫を撃破する為に走り出していた。

 

 

(後編1に続く)

 

 




はい、第五十話中編2でした。シオンがちょこちょこと仕掛けていたのは、これだったと言う訳ですな。
意外に戦術行動考えれてますが。実はシオン、本人込みでないと、まともに考えられないと言うオチがあったりします(笑)
しかも基本的に詰めが甘い(笑)
なので、普通は考えられる奴に丸投げだったりしますダメじゃん(笑)
次回、後編1はタカト編オンリーとなりますかな?
なのは版、あの人は今inミッドチルダをお楽しみにー。ではでは。


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第五十話「戦士と言う名の愚者達」(後編1)

はい、後編1です。今回はタカト編オンリーとなります。なのは版あの人は今inミッドチルダと合わせてお楽しみにー。では、どぞー。



 

 がらん、と言う音がする。金属製の何かが崩れる音だ。それを何とは無しに聞きながら彼は――伊織タカトは、零距離でデザートイーグルを全弾叩き込み、穴だらけにしたガジェットⅠ型を蹴り剥がして周りを見た。

 周辺一体は金属片が転がっている。それは、ガジェットの破片であった。

 タカトが取り出した質量兵器の山により作りだされたもの達だ。因子兵はいない、と言うより因子兵の場合、撃破すれば塵に帰る為、何も残らないのは至極当然と言えた。

 それらを、ぼーと眺めながら……実際の所は数Km単位で空間把握を走らせ、索敵しているのだが、それはともかく、タカトはため息を吐いた。

 

 ……逃げ足が早い。

 

 そう思いながら。例の指揮を出していた人物及び、ストラの兵力の殆どをタカトは取り逃がしてしまったのだ。

 突如、発動した空間転移によって。こちらがAMFを全く気にせず、ガジェットと因子兵を駆逐して回っているのを見て、ストラ側は即座に逃げを打った。

 退却が上手い兵は強い。かねてから言われる言葉であるが、ストラは正にそれを実行してのけたのである。

 魔法を使えれば問題無かったのだが、AMF空間内で壺中天を起動しっぱなしであったのが災いした。結果、タカトは目の前のガジェット、因子兵の駆逐に追われ、退却を許してしまったのだった。

 

 ……これが後々に影響しなければいいがな。

 

 そう一人ごちて、タカトは壺中天を停止。手にあるデザートイーグルを投げ捨てて、くるりと振り向く。

 そこに、”デバイスをこちらに向けた管理局局員達が居た”。

 

「…………」

 

 タカトは無言。しかし、彼等はこちらを険しく睨み付ける。その視線に、自分が彼等に敵であると認識されていると理解した……理解しただけであったが。

 口端に苦笑を滲ませながら、タカトは局員達の方へと歩き始める。彼等は一層表情を険しくした。

 

「動くな! ……援護は感謝するが、貴方には質量兵器使用違反。並びに、武装局員襲撃の――」

「くだらん前置きはいい」

 

    −撃!−

 

 そこまで、武装隊の隊長だろう、彼が叫んだ所で唐突に弾けた。隊長がだ。それこそ巨大なハンマーか何かでぶん殴られたが如く、空を舞う。それを行ったのは、当然タカトであった。

 挙動すら見せずに踏み込むと同時、これまた一切の予備動作無しで叫んでいる隊長の顎を撃ち抜いたのだ。

 周りの武装局員達が呆然とする中で、滞空は終了。隊長は地面へと落ちる。

 叫んでいた最中に、顎を撃ち抜かれた為だろう、自身の歯で噛みちぎる羽目となった舌の先がぽろりと落ちた。

 

『『……』』

「さて」

 

 総じて絶句する局員達のど真ん中でタカトは一人呟く。指をすっと持ち上げた。

 

    −破−

 

 直後、それを見計らったようにAMFが解けた。ストラが撤退した為だろう。局員達にも魔力が戻る。だが、それはタカトも同じ事であった。持ち上げた指に水が対流して行く。

 

「あ……!?」

「次は、お前達だ。潰させて貰おうか」

 

    −斬−

 

 次の瞬間、水糸が走り抜け、世界の蹂躙が始まった。

 

 

 

 

 ユーノ・スクライアは無限書庫、司書長だ。一応、管理局本局勤務――つまり本局所属となるのだが、ストラによる本局制圧時に彼はミッドチルダに居た為、捕縛を免れていた。

 その彼の姿は今、管理局地上本部ビルにあった。飛び交う怒号の中に。

 ビルの中に所狭しと並べられた怪我人達。そして、その彼等の治療に当たる者達の叫びである。怪我人は一般市民、管理局局員問わず並べられている。本来なら、病院に搬入されてしかるべきなのだろう。……しかし、そうもいかない事情があった。既に、”そこ”は存在していないのだから。

 ストラが最初に狙い、壊滅させたのは病院や学校、そして退避シェルターといった場所であった。一般市民が避難し、そして生活する場所をこそ、最初に彼等は殲滅したのである。

 非人道的――しかし、これ程効果的な狙いも無い。何故なら、これにより大量の避難民と怪我人の全てを地上本部は受け入れざるを得なかったのだから。まさか、見殺しにも受け入れ無い訳にもいくまい。そして、地上本部に受け入れた大量の避難民と怪我人により、当然局員達の動きは鈍り、人手不足に陥った。

 避難民もそうなのだが、怪我人と言うのは思った以上に人手を取られるものなのだ。最低でも怪我人一人に二人は人手を取られる計算となる。いくら治療魔法があり、自然治癒よりも遥かに早い治療方法があるとは言え、根本的に人手不足に陥るのは至極当然と言えた。

 市民の中から人手を募り、協力を要請しても、それでも足りなかった。結果、ユーノが見る先では、正にもう一つの戦場とも、地獄とも言える状況が展開されていたのである。

 

「ユーノさん?」

 

 その声に、はっと我に帰る。振り向くとそこに鮮やかな赤と緑の瞳があった。同居人、高町ヴィヴィオである。この少女も手伝いを申し出てくれたのだ。それを申し訳無く思い、だが情けない事に今の状況ではたまらなくありがたい申し出をユーノは受け、こうして共に怪我人の治療に当たっていた。

 首を緩やかに、ふるふるとユーノは振るう。我知らず呆然としてしまったのだ。目の前の、もう一つの戦場に。

 それを苦く感じながら、治療を終えた少年と、その両親であろう、少年を抱きしめる二人の男女にユーノは微笑み、すぐに次の怪我人の元へと向かう。

 ぐずぐずとはしていられない。まだ怪我人は居るのだから。

 

《臨時ニュースです。先程、ミッドチルダ管理局地上本部へと向かっていたツァラ・トゥ・ストラと名乗るテロリストは――》

 

 次の怪我人の治療にユーノが当たろうとした、まさにその時、臨時ニュースが大きく展開したウィンドウから流れ始めた。状況を常に伝える為に管理局が展開したのだ。

 情報を伝えられない市民は閉鎖感と不安により、たやすく暴走する。それを恐れての措置であった。しかし、今回ばかりは臨時ニュースで人が湧いた。そのニュースは、ストラの撤退を伝えるニュースであったからだ。ユーノもそのニュースに、ほっと胸を撫で下ろす。

 

《現在、武装局員は新たに現れた謎の魔導師と思われる人物と交戦しており、彼は――》

 

 直後、ユーノとヴィヴィオは同時に絶句し、硬直した。今まさにウィンドウに映っていた人物が彼等の良く知る人物であったから。大切な人であったから。彼は――。

 

「タカ、ト……!?」

 

 そんなヴィヴィオの悲鳴を、ユーノははどこか遠くで聞いたような気がした。

 彼を、管理局武装局員相手に一人戦うタカトを見て、そんな感覚を受けていたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −閃−

 

 −閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃−

 

    −閃!−

 

 縦横無尽。走り抜け、局員達を切り刻み、蹂躙し尽くす水糸は途切れる事無く動き続ける。

 それは一方的な戦い……否、戦いとも呼べない。これは、ただの殲滅戦にしか過ぎない。

 天破水迅。凄まじい射程距離と、緻密極まる制御操作能力を有するこの魔法を回避する事はほぼ不可能と言える。だが、物事に完璧と言う物は存在せぬように、絶対と言う言葉がただの幻想にしか過ぎないように、この魔法にも、ある弱点があった。それは。

 

「障壁を展開しろ! 二人がかりでも何でもいい!」

 

 ほぅ。

 

 突如として飛んだ指示に、タカトは感心したように目を細める。そんな彼を知ってか知らずか、まだ撃破されていない武装局員達は広域フィールドを展開。水糸に貫かれるような薄いフィールドしか張れない所は、二、三人がかりで多重に展開した。結果、水糸はフィールドを抜けられず、ただ障壁に張り付くのみとなった。一応、それでも削ってはいるのだが、効果は薄い。

 そう、天破水迅。この魔法の威力はAA〜〜AA+相当”しか”無い。砲撃魔法にも等しい威力があれど、絶対的な破壊力にはほど遠いのだ。

 アースラ隊が最初にタカト相手に使った戦法と同じである。だが、今回はアースラ隊の時と状況が違う。管理局武装局員達。彼等には、”人手”が山とあるのだから。

 

「今だ! ”砲撃魔法”で集中砲火! 水糸ごと蹴散らせぇ!」

 

    −轟!−

 

 叫びと共に、一斉砲撃が始まる! フィールドごしに、幾千もの光砲がタカトめがけて飛来した。

 それにタカトは、にぃと凶悪な笑いを浮かべると水糸をカット。その場から後ろに飛翔し、砲撃を躱す。しかし、これにより水糸は途切れた。つまり、武装局員達の動きを縛るものは何も無い!

 

「全体、構え――突撃ぃ!」

『『応っ!』』

 

    −轟!−

 

 応える声が地響きもかくやと言う音を鳴らし、武装局員が四方八方から突っ込んで来る! 無論、砲撃、射撃魔法を撃ちまくりながらだ。

 これをタカトは拳と蹴りで対応する。だが所詮は単騎。攻撃をいくら蹴散らそうと、限度と言うものがある。

 向かい来る光射と光砲をぶん殴って、弾いている内に、突っ込んで来る局員達に距離を詰められてしまった。目の前に来るのは槍型のアームドデバイスの持ち主――騎士だ。聖王教会直属の、武装騎士達であった。

 彼等が後方から雨霰と降る光射、光砲の援護を受け、タカトへと突っ込む!

 それにタカトは目を細め、騎士達は槍を真っ正面から突き出して来た。数十と言う槍が一斉にタカトを仕留めんと襲い掛かる――その全てをタカトは拳で迎え討つ!

 

    −撃!−

 

 音は、遅れてから届いた。しかも、”一打のみ”の音しか響いていない。実際の所は一打であろう筈が無かった。何故なら突っ込んで来た騎士達全員が、空を舞っていたから。その全員が身体の何処かに拳を叩きこまれ、失神している。

 至近戦。それも零距離での格闘戦こそがタカトの本領なのだ。援護が多少あろうと、それが数十を超えていようと何の関係も無い。

 それが、格闘戦”だけ”ならば、そうなっていただろう。だが。

 

    −轟!−

 

 局員達はタカトの間近で失神し、空を舞っている騎士達に”構わず”、光砲、光射を叩き込んで来た。それには、流石にタカトも目を見開く。

 よくよく見れば、騎士達全員は口元に薄っすらと笑みを浮かべて気絶している。最初っから”自分達ごと”と決めてあったのだろう。

 それを躊躇わず実行してのけたのだ。非殺傷設定であろうとも、仲間ごと撃つのも撃たれるのも、相当の覚悟が無ければ出来ない。タカトは見開いた目をすっと細め、しかし迎撃が間に合う筈も無く。

 

    −煌−

 

    −爆!−

 

 次の瞬間、数千にも及ぶ光射、光砲がタカトごと騎士達を飲み込み、大爆発がクラナガンの地上に顕現した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ぶぁっと爆煙が広がる。大量の砲撃魔法により発生した煙りだ。それは視界を奪うには十分過ぎる程の広域に渡って広がる。

 目の前に広がる粉塵に、局員達は一斉に射砲撃を放つ事を止めた。変わりとばかりにサーチャーを飛ばす。

 視界がろくに役に立たない状況では、サーチャーで索敵するのが定石であるからだ。タカトやシオン達のごとく、広域に空間把握を自覚的に走らせられるのは割と希少なのである。

 サーチャーで、敵対していた漆黒の魔導師――タカトの事だ――の、姿を捉えんと彼等はサーチャーの操作に集中し、そして。

 

「見事」

 

 そんな。そんな自分達を称賛する声が響いた。”自分達の真後ろから!”

 驚愕を飲み込み、局員達が一斉に振り返る。そこには一切のダメージ無し、バリアジャケットを傷付けてすらいない、伊織タカトの姿があった。

 どさどさと手の中の荷物を捨てる。それは、先程タカトによりKOされた騎士達であった。

 

「縮地、応用編。”禺歩(うほ)”」

 

 そんな事をタカトはぽつりと呟くが、局員達には何が何だか分からないだろう。禺歩、縮地による応用魔法の一種だ。空間を歪めて、周囲一体の空間と空間を接続。そこに飛ぶと言う魔法であるのだが、タカト単体で跳躍(と)ぶのならば、こんな魔法は必要あるまい。

 騎士達を射砲撃に巻き込ませぬ為に、この魔法を発動したに違い無かった。タカトは自嘲気味の笑いを浮かべる。

 

「さて。では、お前達はここで終われ」

「っ……! 障壁用意! 広域魔法、来るぞ!」

 

 誰かの指示の声が飛ぶ。それは、まさしく適切な指示であった。タカトはまだ敵陣の真っ只中にいるのだ。戦術的な効果を狙うならば、広域魔法で一網打尽が最も正しいと言える。そして広域魔法と言えば、先程の天破水迅であった。

 それを、まず第一に防ぐと言うのは冷静な判断である……ただ一つだけ、彼等にも誤算があった。

 タカトの”広域魔法は一つだけでは無い”と言う、そんな誤算が。

 

「天破疾風、天破震雷、”合わせ改式”」

 

 両の掌を組み合わせ、打ち付ける。同時、タカトの身体から光が溢れ出した。それは見るものが見れば、風、雷、地の三つの光をイメージ出来たであろう。

 その魔法は、タカトがアースラ隊と初戦闘を行った時、彼等を一網打尽にした技――その名を。

 

「天破、疾風迅雷撃」

 

 ぽつりと呟き、タカトは両手を広げながら激しく回転開始! 両の掌から風と雷が吹き出し。

 

    −轟!−

 

 戦場に巨大な雷竜巻が発生! フィールドを容易く叩き割り、その場に居た全てのものを巻き込んで吹き荒れた。

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 タカトは頃合いを見計らって雷竜巻を停止。回転もゆっくりと止めた。そうして、ゆるりと戦場を見渡す。管理局武装局員達は、その全てが雷竜巻に巻き込まれて、ダウンしていた。

 一応誰も死んではいないか空間把握を走らせて確認するが、全員命に別状は無い。ただ、誰もが失神するなり、なんなりはしているようだが。そこに頓着(とんちゃく)などタカトがする筈も無かった。

 

 さて、これからどうするか――。

 

 ストラは一時撤退。管理局も一部戦力撃破。自分の目的から考えるのならば、撤退したストラを追撃するのが一番だろう。もしくは、地上本部を壊滅させて後顧の憂いを断っていくか。さて、どうするかとタカトは少しだけ悩んで。

 

「ぐ……う……」

 

 そこで驚くべきものを目にした。立ち上がったのだ。天破疾風迅雷撃を喰らった、武装局員達や騎士達が次々と。

 SS+相当の広範囲攻撃を叩き込まれていながらだ。これにはタカトも流石に目を見張る。

 

「……大したものだ。まさか立ち上がるとはな」

「何故、だ……!?」

「む?」

 

 その問いを放ったのは、先程まで指示を出した男に相違無かった。今にも崩れそうな身体を、杖型のデバイスを形状通りの使い方をして支え、こちらを睨んでいる。よほど悔しいのだろう。目からは涙が滲んでいた。

 

「何故、こんな真似をする!?」

「邪魔になるだろうからな」

 

 その悔しさも、悲しさも、何もかもを、タカトはあっさりと踏みにじって答えを放った。答えに愕然とする彼等を、感情が失せた瞳が見つめる。

 

「な、んだ、と」

「お前達は邪魔なんだ。俺の敵になるだろうから叩き潰した。それが、お前達を倒した理由だ」

 

 勘違いするなと、タカトは続けて。

 

「俺は自分が正しいとか間違っているとか、そんな事はどうでもいい。だが、今回に限っては言ってやる。”お前達は正しい”。そして、”俺は間違っている”」

 

 そんなタカトの言葉を、その場に居た全員は呆然と聞く。彼が何を言っているのか、理解出来無かったのだ。

 ……ここに、なのはや、もしくは神庭家の人間がいれば、ひょっとすれば気付けたかもしれない。

 これがタカトなりの謝罪だと。曲がりくねって遠回しにすら伝えられていない謝罪だと。そう気付けたのかもしれなかった。

 そこまで言って、タカトは呆然とした彼等を置いて歩き始める。我に帰った彼等は待てと言うが、タカトは止まらない。ただ微笑んだ。

 

「お前達のような奴らは惜しい。そこで寝ていろ。そうすれば、俺が全てを終わらせてやる」

「そんな事が納得出来るか!?」

 

 彼等だって気付いている。タカトにとっては、ストラの連中こそが本命の敵なのであると。だからと言って彼一人に全てを押し付けて――否、持っていかれて寝ている事なぞ出来よう筈が無い。”ここ”は彼等の世界で、彼等が守るべき世界なのだ。

 それを横から勝手に現れた者などに守る義務を持っていかれるなぞ、我慢出来る話しな訳が無い。でも、彼等は立てなくて。

 タカトは微笑んだまま、その場から立ち去るように歩く。その足は、ストラが撤退した方に向かい。

 

「……いえ、そんな話しは我慢も納得も出来ません」

 

 凜、と。涼やか声が流れた。同時、地面を踏み締める音が響く。大量の人間が歩く音だ。しかも、ただ歩くだけでは無い。それは、行進によって鳴り響く歩行の音であった。

 タカトは苦笑を滲ませゆるりと振り向く。そこに、騎士達が居た。

 聖王教会、修道士からなる騎士達が。その一番前に居るのは、金の髪の女性であった。彼女の視線は、こちらを真っ直ぐに射抜く。

 

「貴方の話しを私達は、絶対に納得しません。了解も、しません」

「何故だ? と問うても?」

「私達は、この世界を守りたいからです。少なくとも、誰かに勝手に守られるなんて――守る事すらも奪われるなんて、認められないからです。それが、ミッドチルダ地上の守護を任せられた者の義務であり、そして権利だからです」

 

 それは、ひどく正しい答えであった。少なくともタカトのように勝手に人の守りたいものを勝手に奪い、守るような輩よりは、確かに。

 だが、”最初から最後まで間違っている”タカトにそんな答えは意味を成さない。つまり、止まる事など有り得なかった。

 

「……貴方は、ナンバー・オブ・ザ・ビースト、ですね?」

「そうだ」

 

 タカトはあっさりと認める。それに、彼女は苦い顔となった。やはりかと、その表情は語る。

 

「貴様の名は? 聞いても?」

「カリム。カリム・グラシア」

 

 カリム、ね。

 

 タカトは頭の中だけで、その名を反芻する。響きを楽しみ、笑った。

 

「良い名だ。気に入った――さぁ」

 

 笑い、タカトは両手を構える。カリムの前へと騎士達は出た。槍を前に突き出し、タカトへと向ける。

 更に彼女の横に幾人程風変わりの人物をタカトは見る。タカトは知るよしも無かったが、彼女達と彼こそは、この場に居る者達の中で最強の者達であった。シャッハ・ヌエラ。ヴェロッサ・アコース。そして、かのナンバーズ最後の三人。No.6、セイン。No.8、オットー。No.12、ディード。

 彼女達も、それぞれの武装をタカトに構え、彼の足元から無数の猟犬が生まれる。それを見ながらタカトは一歩を踏み出して、続きを彼等へと告げた。

 

「始めようか」

 

 その言葉に一斉にそれぞれが動き、ミッドチルダ、クラナガンにてタカトと管理局側との第二戦の幕は切って落とされた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「シャッハ、ロッサ、セイン、オットー、ディード、これより永唱を開始します! 時間を!」

『『はい!』』

 

 カリムの叫びに、タカトは眉を潜めた。彼女の前に出た騎士達が全く動かず、代わりにカリムの側に控えていた者達がこちらに来たのだから。

 数は力だ。タカトにとっては、それは大した障害とも成らないが、それでも数人を向かわせるよりは遥かにマシと言うものだろう。彼女にとっては精鋭であろうが、それでもタカト相手では無理がある。

 故にこそ、タカトは彼女が取った戦術を訝しんだのだ。理由があるとすれば。

 

 −偉大なる戦士よ、神の園に導かれし者達よ、戦乙女に認められし、聖なる神の使徒達よ−

 

 ――あの永唱か。

 

 足元に広域魔法陣を展開し、歌うように呪文を唱えるカリムを見てタカトはそう思う。剣十字に、三角形の形を成す魔法陣はベルカ式――それも、今は担い手が殆ど絶えたとされる古代(エンシェント)ベルカ式であった。

 古代ベルカ式には、近代ベルカ式のような応用力こそ無いものの、強大な呪文がある。

 

 ――グノーシスにある、”対界戦略型禁呪魔法”も古代ベルカ式だったしな。

 

 そんな事を思い出しつつ、この魔法の完成は面倒臭い事になるとタカトは判断。まずはカリムから潰すかと、狙いを定めて。

 

「後ろから失礼」

 

 そんな声を、後ろから聞いた。同時、背後から光刃がタカトに迫る! ディードのIS、ツインブレイズである。タカトがカリムへと歩を向けた事を察知して、わざわざ後ろへと回り込んだのか。

 刃は迷う事無く、タカトへと叩き込まれんとして。

 

    −撃!−

 

 次の瞬間、吹き飛んだのはディードの方だった。くはっと息を吐き、身体をくの字に曲げる彼女の腹に、いつ放たれたのかタカトの足が突き刺さっている。

 

「その程度の速度では、都合百回は蹴りを放ってお釣りが来るぞ?」

 

 笑いながらタカトは告げ、即座に追撃に入る。吹き飛ぶ彼女に一歩で追い付きながら拳を放ち――突如、がくんと体勢が崩れた。

 

「ぬ?」

「IS、ディープダイバー……ディードはやらせないよ!」

 

 その声にタカトは足元へと視線を移す。そこには、自分の足首を掴む手があった。”地面から現れた手”が。まるで水中から差し出されたが如くだ。その手により、足首が掴まれ体勢を崩したのか。

 

「セイン、そのまま! ロッサ! オットー!」

「ああ!」

「分かりました。騎士シャッハ」

 

 同時、後方から叫び声が響いた。応じように無数の獣と、光の線がタカトへと走る! ヴェロッサの希少技能、無限の猟犬とオットーのIS、レイストームである。それらは足首を拘束され、動けぬタカトへと容赦無く迫る。

 

「ぬん」

「ひょわ!?」

 

 しかし、タカトは構わず掴まれた方の足で蹴り上げた。その動作に、セインが潜っていた地面から引きずり出される。蹴りにより空中へと投げ出されセインは驚きに目を見開き――それ以上に、ヴェロッサとオットーは驚愕する羽目となった。

 何故ならセインが投げ出された位置は、彼等が放った猟犬とレイストームの直撃位置であったからだ。このままでは、セインに直撃する! 二人は慌てて猟犬を退かせ、レイストームを逸らせた。セインへと向かうそれらは間一髪、彼女の身体を掠めるようにして逸れていった。二人はホッと安堵の息を吐いて。

 

「気を抜いたな?」

「「――っ!?」」

 

 そんな声を背後から聞いた。ぞくり、と悪寒が二人を突き抜け。

 

    −撃!−

 

 それぞれの身体を衝撃が突き抜けた。ヴェロッサは盛大に吹き飛ばされ、オットーは地面に叩き付けられる。さらに、その胸へと足が落ちて来た。

 誰の足かを問うまでも無い。伊織タカト、彼の足であった。セインごと縮地でも使ったか。彼女もタカトの足首に掴まったまま、目を白黒させている。

 タカトはオットーの胸――正確には鳩尾当たりを踏み付け、地面に縫い付ける。と、タカトが何かに気付いたように目を見開いた。彼にしては、慌てて足を退ける。

 

「……貴様。女、だったのか」

 

 そんな事を聞いて来た。だが、オットーは流石に答える余裕は無い。げほげほと空気を求めて吸い、荒げた咳(せき)をするだけであった。タカトは参ったと言う顔をして。

 

「この……っ! セクハラですよ、それは!」

 

 次の瞬間、シャッハがタカトの懐に飛び込んで来た。両手のトンファー、彼女のデバイスであるヴィンデル・シャフトを回転させ、タカトへと斬撃を叩き込む。それを、タカトは両掌で捌きながら訴えた。

 

「待て! 誤解だ、冤罪だ!」

「聞く耳持ちません!」

 

 何やら乙女の怒りに触れるものでもあったのか、シャッハがいつもの数倍程も苛烈にタカトを攻め立てる。当のタカトと言えば、罰が悪いのか防御一辺倒に終始し、言い訳じみた事しか言わない……それでも一切打ち込ませ無いのは流石と言えるのではあろうが。

 更に復活したディードまでもがシャッハに加勢し、左右からタカトに襲い掛かる。だが、それにタカトも我に返ったのか、再び目は冷たい眼差しを取り戻していた。そして。

 

    −破!−

 

 機を見て放たれたタカトの両掌が二人の腹部に叩き込まれる! 二人は悲鳴すら上げられずに、その場に崩れ落ちた。タカトはそれを見送り、視線をカリムへと戻す。彼女の永唱はまだ続いていた。あの手の魔法は永唱時間が長ければ長いほど、強力なものと相場は決まっている。

 タカトは再度中断させるべく、縮地で跳躍(と)ぼうとして。

 

「させないって言ってるだろ!」

「む」

 

 一人、まだノーダメージの……正確には、タカトから攻撃を喰らった者達は全員ダウンしているのだが。それはともかく、無傷なセインがタカトへと飛び掛かる。

 タカトごとディープダイバーで地面に潜ろうとする為だ。だが、そこはタカトも読めていたのか、あっさりとセインを躱し、おまけとばかりに背に裏拳を叩き込んでおく。

 かはっと息を詰まらせ、地面に倒れる音が聞こえたが、知った事では無い。タカトは再度カリムへと視線を巡らせて、直後彼女と目が合う。舌打ちを放った。

 察したのだ。彼女の強い瞳――義弟と部下達がやられていく中、声を掛ける事すら許されずに永唱をし続けた、彼女の瞳に、決意と、やり遂げた意思が宿っている事を。

 

 −喜びの野に立つ戦士に、戦乙女よ祝福を!−

 

「――聖戦士(エインヘリアル)!」

 

 カリムの高々と空まで届く清涼な声が辺りに響き、そして光が”待機していた騎士達”に降り注いだ。

 

 

(後編2に続く)

 




はい、第五十話後編1でした。
タカト大暴れですが、次回カリムがチート(笑)
カリム姉さんって、ロッサ、はやてと同じく古代ベルカ式の使い手で騎士設定なのにバトルに絡まないので、StS,EXでは全力でバトルさせて見ました。
どんな魔法を使うのかは次回をお楽しみにー。
ではでは。


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第五十話「戦士と言う名の愚者達」(後編2)

はい、第五十話後編2です。カリム+騎士団VSタカト。カリムのチート魔法をお楽しみに。では、どぞー。


 

 聖戦士(エインヘリアル)。

 今は亡きレジアス・ゲイズ中将と最高評議会が開発、運用を推し薦めていた地上防衛用の迎撃兵器と同じ名を冠する魔法である。

 古代ベルカにおいて、特別な意味を持つこの魔法は王族専用の魔法との伝承もあるが、現代に於いてはそれを確かめる手段は介在しない。

 ただ一つだけ。この魔法の強力さと、ただ一人のみの使い手を残すのみであった。そして、そのただ一人のみの使い手は――。

 

 

 

 

 光が降り注ぐ。同時、カリム・グラシアを守るべく彼女に侍(はべ)っていた騎士達へと神からの祝福のように、その光は舞い降りた。彼等の身体を覆うように、半透明な鎧のようなものが纏わり付く。まるで硝子を重ね合わせて出来た装甲板のようでもある。さらに、彼等が手に持つ槍型のデバイスから延長するようにして光の刀身が生み出された。

 それを、総計三十を超える騎士、全員に展開された鎧のようなものを見て、タカトは思わず息を飲む。

 彼の特異性の一つとして、目で直接見た魔法の術式を即座に解読すると言うものがある。大概の魔法は一目見ただけで、特性から弱点までも理解してしまえるのだ。これを応用して、魔法以外のものも即座に弱点をさらけ出させるのであるが……そのタカトがこの魔法に対して出した結論は一つだけであった。

 ”危険”。早急な対処を必要とする――だ。

 そんなタカトを、カリムは静かに見据え。

 

「――構え」

 

 そんな一言を呟いた。指示に従い、騎士達が槍を構える。その槍は全てタカトへと向けられていた。一瞬だけ、時が止まったように場が硬直し、そして!

 

「Angriff(突撃)!」

 

    −轟!−

 

 カリムの怒号のような号令に従い、騎士達の姿が一斉に矢となり弾けた。”その場の空気をぶち破って”!

 

「っ!?」

 

 タカトの目が驚愕に見開かれる。その時には既に騎士達はタカトへと殺到していた。光の刃が彼に殺到する!

 タカトは縮地を使い、その場から後退。姿が消え、光刃が全て空を切る。騎士達はタカトの姿を見失い、そして彼は騎士の一人の背後に忽然と現れた。

 いつもそうだったように、バリアジャケットもフィールドも無効とし、衝撃のみを透過させる浸透勁で持って拳を叩き込む。

 

 

    −軋−

 

 その一撃が、”あっさりと弾かれた”。光と音が激しく散る。防御された訳でも切り払われた訳でも無い。だが、タカトの打撃は完全に止められてしまったのだ。硝子のような装甲板によって!

 

 そう言う魔法か!?

 

 胸中で叫びながら、タカトは頭を下にさげた。

 

    −閃!−

 

 その頭上を薙ぐように光刃が通り過ぎる! ”自分が攻撃された事に今気付いた騎士”が背後のタカトへと槍を振り放ったのだ。だが、それはまたもや空を切り、タカトは合わせるように頭上を通り過ぎて行く騎士の腕、肘の辺りに裏拳を、そっと当てた。と、一気に騎士の腕が加速される。タカトが当てた手に力を込めた為だ。結果、騎士は自分の斬撃の勢いに体勢を崩し、わずかに開いた隙間を縫って、タカトは脇腹へと膝を叩き込む。

 

「死ぬなよ」

 

 そう呟き、声が騎士に届いたか分からぬ内に爆炎が膝から膨れ上がった。

 

    −爆!−

 

 天破紅蓮。爆砕し、顕現した炎は一瞬にして膨れ上がり天地を繋ぐ炎柱となる。軌道拘置所にて、トーレもどき達に使ったものとは比較にならぬ――つまりは、一切の加減なしの紅蓮である。人相手にまともに使うようなものでは無い。それこそ、消し炭も残さず”焼失”させかねない程の火力の一撃であった。立ち上がった炎柱の中で、タカトはさてどうなったと意識を集中させ、更に驚くべきものを目にした。

 紅蓮を叩き込んだ騎士が、”何でも無かったかのように”、こちらに振り向き、光刃を突き出して来たのだから。

 タカトの姿は再び縮地にて消える。一瞬にして上空数百mまで移動し、タカトは下――騎士達を置き去りにした地面に視線を移した。

 

 見極める!

 

 聖戦士の能力については、ある程度理解した。あとはどこまでのものか。そうタカトが思うと同時、騎士達がこちらを見付けたのか見上げて来て、直後、三十の騎士達全員が空気を貫いて、つまり”音速超過”の速度を持って飛び上がる!

 

「やはりか!」

 

 そう叫んだ頃には、既に騎士達はタカトに到達している。音速超過の速度を利用して、突き出した槍のままにこちらに突進。

 

    −轟!−

 

 一人一人がミサイルのように、タカトへと突っ込む。だが、それをタカトは展開した足場を利用して全て避けて見せた。

 そうして、勢い余ったまま頭上高く通り過ぎた騎士達をタカトは苦々しい目で見る。

 聖戦士――恐らくは白兵戦用戦術魔法と言った所か。その魔法は、平たく言ってしまえば強化魔法の一種であった。

 鎧のような防御圏層を展開し、更に内の被術者の動きを加速。止めとばかりに攻撃力までも強化されている。

 だが、その性能は従来の強化魔法とは天と地程も差があった。

 まず加速性能。普通ならば有り得ない事に、音速超えの速度を被術者に与えている。これは、かのトーレのIS:ライドインパルスを凌駕する速度であった。

 これだけでも大概ではあるが、攻撃性能までも強化されている。実際受けてはいないし、受けたいとも思わないが、攻撃力はタカトが見た所、AAAは確実に超えている。これは、タカトの通常打撃を超える威力であった。

 そして最後、タカトが最も恐ろしいものと判断したのが防御性能であった。

 硝子を張り合わせたような防御圏層。あれが何より厄介である。どうも、外側からの力を全て光や音に変換して逃がす――そう、”全て”だ。そういう仕様であるらしい。

 衝撃を内へと打ち込む浸透勁でさえも、だ。それだけならまだしも、その防御能力は強固としか言いようが無い。

 タカトの天破紅蓮。威力にして、S+からSSに匹敵する威力全てを光と音にされてしまったのだ。

 聖戦士。厄介に厄介な魔法であった。タカトは知らぬ事であったが、これ程強力な魔法を持つカリムと彼女直属の騎士がJS事件にて動け無かった最大の理由がその強力さにあった。

 その使用を当時の管理局地上本部の上層部が恐れたのだ。強大であるが故に、それが自らに振るわれ無いように。

 まさしく地上本部に於いて切り札となる魔法であり、そして、その使い手達であった。

 

 聖戦士、どう攻略するか……。

 

 タカトは少しだけ思案し、しかし一番手っ取り早い方法を取る事にした。つまり、術者本人を打倒する事だ。卑怯と言えば卑怯ではなののだが、あれ程の魔法、まともに相手するのも面倒である。その手間を考えれば卑怯者と言う謗(そし)りを受けた方がマシと言うものであった。

 幸い、彼女の盾と成り得る騎士達は全員空の上だ。音速超過の速度は、当然凄まじい慣性となる。すぐに彼等が戻ってくれはすまい。

 タカトは眼下、数百m先のカリムを見下ろし正確に指を差し向ける。その指に水が対流して。

 

「天破水迅」

 

 ぽつりと呟く声に応えるようにして、差し向けた指から水糸が迸った。

 水糸は迷い無く、そして異常なまでの精緻さで持ってカリムへと走る。その一撃に対し、デバイスすら持たぬカリムは、すっと手を頭上に掲げた。

 

 −其は魔を拒み、邪を拒み、統(す)べからく世界を護り抜く壁なり、諸王(しょおう)の要請に従い、今ここにそびえ建て!−

 

「壁よ、存(あ)れ! 塞界(ミズカルズ)!」

 

    −壁!−

 

 叫び声と共に掲げた掌(てのひら)から聖戦士を思わせる、多面体の硝子を重ね合わせて構成されたような防壁が展開される。そこに水糸が一斉に殺到し、しかし塞界により水糸は全てそこから進む事が出来ず、張り付くのみとなった。

 

 防がれたか……だが、まだだ!

 

 その結果に、タカトは即座に水糸をカット。両手を浅く開く。そこからは眩ゆいばかりに溢れる光が星雲のように渦を巻いていた。腰溜めに構える。その魔法こそはタカトが唯一有する砲撃魔法であった。

 天破光覇弾。SS+もの威力を誇るこの魔法ならば、あの程度の防壁など物の数では無い。

 

「天破、光覇ぁ――っ?」

 

 叫び、叩き込まんとした直後、タカトはいきなり頭上を振り仰いだ。広がる空は既に夜闇に包まれんとしている――その夜空に、光る星のようなものをタカトは見付けた。

 否、星では無い! それは、先程頭上高くまで飛んで行った騎士達であった。漸く。しかし、タカトの予測よりは遥かに早く舞い戻って来たのだ。

 こうなっては、カリムへと光覇弾を撃つ暇は無い。狙いを頭上へと変え、タカトは光を解き放つ。

 

「――弾!」

 

    −煌!−

 

 直後、タカトの掌から生み出された巨大な光弾は、その名の如く光速で空を切り裂き、飛翔した。真っ直ぐにこちらに音速で向かう騎士達へと、光弾は向かい。騎士達は驚くべき行動を取った。いきなりその角度を変えたのだ。タカトへと向かうコースから! 音速超過での飛行では当然、一度コースから逸れると舞い戻るまでに時間が掛かる。さっきもあれ程時間が掛かったのだ。

 タカトはせいぜい防御を固めて、光覇弾を防ぎに掛かると思っていたのだが。

 

 −天よ、地よ、その狭間に存りし、全てのものよ、今こそ等しく、終焉を与えん−

 

 直後、響いて来た永唱に、タカトはかつてない程の悪寒を覚えた。

 

 この、魔法は!?

 

 すぐに声が響く方向、つまりは眼下へと振り向く! そこに居るのは、永唱を紡ぎ続けているカリム! 彼女は塞界を既に解除。両手を広げて目を閉じ、朗々と唄を読むが如く唱え続けていた。

 その魔法は古代ベルカに於いて、終焉の笛とも神々の黄昏とも呼ばれる魔法であった。そして、これこそが本当の狙いだったのだ。カリムと騎士達の! 聖戦士ですらもが、この伏線に過ぎない。

 タカトは舌打ちし、しかし直ぐさま縮地で逃げようとする。どれだけ極大な威力を持っていようと、当たらなければ意味が無い。砲撃なぞ、タカトからすればいくらでも回避出来るものにしか過ぎないのだ――それが、砲撃だけならば。

 

    −縛!−

 

「なっ!?」

 

 今まさに縮地を発動しようとしたタカトを光の紐が縛る! それはひどく基本的な魔法であった。

 拘束魔法、ディレイドバインド。大した拘束力も無く、対象を拘束する以外に能力も無い魔法である。タカトからしてみれば力ずくで破れる程度の魔法だ。だが、それには数秒程度の時間を要する。いくらタカトとは言えど、無かったが如く蹴散らす事は出来ないのだ。それに何より、この魔法はミッド式の筈――呆然としたタカトは視線をカリムから移す。そこには、天破疾風迅雷撃によって動けなくなった筈の管理局武装隊の面々が居た。

 肩を貸し合い、こちらを睨みながら杖型のデバイスを掲げている。一度撃破した筈の彼等が再び立ち上がり、魔法を使う。それは、タカトも想像の埒外であった。何より、彼等にはもう何も出来ないと、出来たとしても大した事は出来ないとタカを括り過ぎていた。

 その油断が、今、タカトを追い詰める――!

 

「お……!」

 

 吠え、力を込める。直ぐさまバインドはちぎれて行くが、それは全てでは無い。解術も、間に合わない。

 

「お、おぉ……!」

 

 縮地も出来ない。バインドは”空間的に束縛する術”だ。この空間に縫い止められた状態では縮地は使えない……! 応用魔法である禺歩もまた、同じ理由で使用出来ない。回避する手段は、もう無い!

 

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……っ!?」

 

 最後の抵抗とばかりにタカトの叫び声が響き、バインドが一気に外れ。

 

 −神も、魔も、人も! 全て、ここに滅ぶべし!−

 

 無情にも、その前にカリムの永唱は完了した。後は放つのみ!

 カリムは迷う事なく、タカトへと掌を向け、同時に剣十字に三角形のベルカ式魔法陣が展開! タカトを真っ直ぐに見据え、カリムは最後の叫びを放った。

 

「響け、終焉の笛――破天(ラグナロク)!」

 

    −煌−

 

 直後、目も眩むような光が三角形の頂点からそれぞれ解き放たれ、螺旋を描いて捻り、驀進を開始! タカトへと一直線に突き進み、そして。

 

    −轟!−

 

    −滅!−

 

 クラナガンの夜空に太陽を生み出し、世界を真昼に変えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 所変わって地球、イギリス首都ロンドン――正確には、結界側のロンドンだ。

 辺りに瓦礫が散乱する中で、ズタボロとなったシオンは刀を二人、第二世代型戦闘機人、特殊部隊『ドッペルシュナイデ』のギュンターとクリストファへと差し向けた。

 

「もう、終わりだろ。お前達の持ち札はねぇ筈だ」

「それは降伏勧告かぃ? 俺っち達が大人しく捕まると思ってるのかねぃ?」

「強がりはやめとけよ」

 

 答えたのはギュンター。しかし、その答えすらもシオンはすっぱりと切って捨てる。向こうの策は完全に潰した。更に怪我の程度はこちらの方が酷いと言えど、ギュンターには既に戦闘能力は無い……こちらも、エリオが戦える状態とは思え無いが、クリストファに負けるとも思え無い。詰んだ。そう、シオンは確信する。

 この期に及んで彼等が策を有しているとは、流石に思え無かった。先の宣告通りである。俺の――俺達の勝ちだと。

 

「お前達には聞きたい事が山程あんだ。ここで何の儀式魔法を使おうとしていたかとか……そこのガキの事とかな」

 

 その言葉に背後のエリオがびくりと震えた事が気配で分かる。だが、今は何も言う事は無い。

 シオンは視線をあくまでギュンターとクリストファに固定する。二人は応じるように、しばし見合い、やがてギュンターが肩を竦めた。

 

「確かにねぃ。今回は俺っち達の負けだねぃ。だから――」

「逃げさせてもらうよ」

 

 ギュンターの台詞をクリストファが引き継ぎ、直後、二人の後ろ、背後の空間が”開いた”。まるで扉を開くようにして、観音開きにだ。シオンとエリオは息を呑む。これは――!

 

「空間、接続!? ちぃ!」

「シオン兄さん!?」

 

 魔法では無い。何らかの方法で持って空間を接続したのだろう。それが何かは分からないが、このままでは二人を取り逃がしてしまう! シオンは半ばそう確信して駆け出した。

 この二人をここで逃がせば、後々厄介な事になるのは間違いない。特にギュンターは二度やって勝てる自信が全く無い相手だ。ここで逃がす訳にはいかない!

 一気に瞬動発動、二人の懐に飛び込もうとして。

 

 −弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾−

 

    −弾!−

 

 突如、開いた空間から弾が飛んで来た。散弾。ショットガン系の何らかの銃弾である。シオンは舌打ちを放ち、シールドを展開、散弾を全て受け止める。回避しなかったのはただ単純な話し、手間が惜しかったからだ。

 

 一気にケリを付ける!

 

 シオンは身体を伸ばすと、まるで弓を引き絞るような構えを取った。刀を引き、ぎりぎりまで捻る。魔力が立ち上り、噴出! それを纏い、加速に用いる。

 

「神覇伍ノ太刀! 剣魔ァ!」

 

    −轟!−

 

 シオンは刀を一気に突き出し、矢となって弾けた。散弾も何も関係無いとばかりに弾き飛ばしてだ。魔力を纏い、突撃するこの技に散弾なぞ物の数では無い。

 シオンは開いた空間の中に入るギュンターとクリストファへと、その勢いのままに突貫する。だが!

 

「IS、インフィニット・トランス」

「っ!?」

 

    −撃!−

 

 そんな言葉が聞こえた、瞬間! 開いた空間から何かが飛びだして来た。それはシオンの剣魔と真っ正面からぶつかり、しかし弾かれない!

 それは奇妙なものだった。棒状の何かを捻れ合わせ、ドリルのような形状となり剣魔とぶつかり合っている。それが何かはシオンには分からないが、剣魔と同威力と言う事はSランクに匹敵する威力があると言う事だった。

 シオンは歯噛みし、そんな彼を尻目にギュンターとクリストファは開いた空間の中へと入る。そうして、クリストファは振り向くと、シオンからエリオへと視線を移した。クリストファの視線に、エリオの目が震える。

 

「君、は……」

「もう一度言うよ……クリストファ。僕の名は”もう、これだ”。覚えておくといい。プロジェクトFの忘れ子、もう一人の僕……”偽物の僕”」

 

 その言葉に、エリオは息を飲む。それは果してどう言う意味なのか。しかし、クリストファは構わず背を向けた。それを合図にしたが如く開いた空間は閉じ、二人を飲み込む。同時に剣魔と攻めぎあっていた何かは根本からちぎれ、支えるものが無くなったせいか剣魔に飲み込まれた。シオンはそのまま、突き進む――が、既にギュンター達はそこに居ない。

 逃げられた。完膚無きまでに、鮮やかに。

 シオンは剣魔を止めると、悔し気に唸る。腹立ちまぎれに、地面へと刀を叩き込んだ。

 

「ちっくしょう……!」

 

 結果は勝利。しかし、到底そうは思え無かった。結局、取り逃がしてしまったのだから。

 シオンはどかっと、その場に座り込む。エリオもシオンの元に駆け寄って来た。

 座り込みながら、シオンを見上げる。何かを言いたそうな、そんな瞳で。けど、シオンはそんなエリオに顔を横に振った。頭にぽんっと手を乗せてやり、撫でてやる。今はいいと、そう言う代わりに。そうして、シオンは空を見上げた。

 空は茜色――日が沈まんとしている所だった。一日が終わろうとする。それを眺めながら、シオンはぽつりと呟いた。

 

「イギリスについた途端これかよ……まだ一日目だぞ、こんちくしょう」

 

 それは、イギリス初日の――そして、これからEU全土で巻き起こる戦いの最初の終結となる言葉だった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −煌−

 

 クラナガンを真昼に変えた破天の一撃。太陽を思わせるような巨大な爆発を生み出した、その光をカリムは厳しい瞳で見つめていた。

 破天。かの八神はやてが所有する殲滅砲撃魔法の一つである。闇の書事件以来、滅多に使われる事が無かった魔法だが、それもその筈。この魔法は威力の桁が違い過ぎるのだ。その使用を術者であるはやてが躊躇うのは当たり前と言えた。

 それは同じ古代ベルカ式の使用者であり、はやてと同じく後衛タイプのカリムも同様。だが、それは時と場合による。タカト相手に破天の使用は決してやり過ぎとカリムは思わなかった。

 やがて爆発は余韻と共に消える。真昼に変わったクラナガンに、夜の暗闇が戻って来た。そして、タカトは――いない。

 

「倒した……?」

 

 怪訝そうにカリムが呟く。そんな彼女に八方に散らばっていた騎士達が戻って来た。カリムは彼等に微笑のみを送り、すぐに頭上へと再び視線を戻した。やはりタカトの姿は見えない。本来ならば、ここで倒したと判断するだろう。しかし、カリムにはどうしてもそう思え無かった。それが何故かは分からない……だが。

 

「……見事」

『『っ!?』』

 

 突如、声が一同の背後から響いた。本日二度目の称賛の声に、一斉に振り返る。そこにはやはりと言うべきか、伊織タカトが居た。まるで、最初からそこに居たように。

 

「馬鹿な……」

 

 騎士の一人が呆然と呟く。それをカリムは聞きながら、無理も無いと思った。あれ程の一撃をどうやって防いだと言うのか。

 

「防いで無いぞ?」

「え……?」

 

 いきなりタカトがそんな事を言い出した。まるで、こちらの心を読んだが如くにだ。タカトから言わせれば、皆の顔色から大体分かったと言った所なのだろうが。それはともかく、タカトはため息混じりに右手を挙げて一同に見せた。

 

「絶・天衝。これで、ぶった斬った……まぁ、爆発の余波はどうにも出来なんだが直撃よりはマシだ」

 

 そうでなければ死んでいたがな。

 

 そうタカトは告げ、その答えにカリムは絶句した。

 タカトの言い分はこうだ。防御も回避も間に合わないから、迎撃した。ただそれだけ。これだけならば至極真っ当な言い分に聞こえるが、その実まともな思考で出来る――行える行動では無かった。

 もし迎撃が出来なかったらどうする積もりだったと言うのか。破天の威力が天衝を少しでも上回っていれば、タカトの命は無い。にも関わらず、タカトは事も無げにそれを行ったのだ。それが、どれだけ異常な事か。

 

「さて、先はしてやられたのでな。今度はこちらから行こう」

「っ!」

 

 そんなタカトの一言に、カリムは思考から引き戻された。騎士達も同様にだ。

 一斉に気が付いたように、槍を構える。まだ彼等の聖戦士は続いている。この魔法をどうにかしない限り、タカトの勝利は無い。カリムは飲まれていた自分に気づき、頭を振った。有利なのはこちらである。タカトが破天を迎撃してのけたと言えど、破れた訳では無いのだ。

 

 まだ、まだ!

 

 そう、カリムは思い――しかし。

 

「ああ、ちなみにだ。その魔法は既に見切った」

「……!?」

「それを今、証明しよう」

 

 そう呟くと、タカトの姿が消える! 空間転移歩法、縮地。一瞬にしてタカトは一人の騎士の懐に飛び込むと、拳を無造作に叩き込んだ。その拳に巻くは暴風、天破疾風!

 

    −撃!−

 

 台風にも匹敵する風圧を詰め込んだ拳が騎士の腹にぶち込まれ、しかし例の如く大量の光と音に変換される。衝撃も何もかもだ。天破疾風は防御圏層を抜けられず、やはり防がれ――くるりと、その結果に構わずタカトの身体が回転した。

 ちょうど騎士を主軸にするようにだ。騎士の目からは、まるでタカトの姿が消えたように映っただろう。そうして回転しながら背後に回り込み、勢いのままにタカトは騎士の後頭部に肘を打ち込む。その肘に灯るは紅蓮!

 

    −爆!−

 

 肘から膨れ上がった炎は先と同じく、一瞬にして膨れ上がり巨大な炎柱と化す。そして。

 どさり、と重いものが倒れる音が一同に届いた。人が一人、倒れたような音が。

 炎柱が消える。そこには、黒焦げになって倒れる騎士と、ふむと頷くタカトが居た。

 

「やはりな。いくらなんでも、限度はあると思っていたが」

 

 そう苦笑するタカトを呆然と一同は見る。カリムもだ。

 今、彼は何をした? 疾風と紅蓮。つまり、Sクラス以上の攻撃を”連撃”で使わなかったか?

 カリムは知らない。”伊織タカトが本来は手数で押すタイプ”だと言う事を。大威力術式を複数起動出来ると言う事を。

 それを”通常打撃と変わらぬ速さ、動作で打ち込める”と言う事を!

 ともあれ、これで確実になった事は一つだけであった。聖戦士が破られたと言う、その事実だけは。

 

「さて……これで、漸く五分だ」

『『っ!?』』

 

 タカトが呟くようにして告げた一言に、一斉に我に返る。しかし、次の瞬間にはタカトの姿は消失していた。

 

 縮地だ。

 

 その姿は再び上空にあった。手の中に星雲の如く、渦を巻く光を集めて!

 カリム達が漸くタカトの位置に気付く。そんな彼女達にタカトは笑い。

 

「決着をつけようか!」

 

    −轟!−

 

 叫びと共に、天破光覇弾を撃ち込む! 頭上から放たれた光弾に、騎士達は弾かれたように散開。散り散りになって退避するが。それは陣形を崩すと言う事であり、単騎になると言う事であった。

 そして、音速超過であろうとタカトには追い付く術がある! 縮地――三度、タカトの姿が消え、一瞬にして、単騎となった騎士の前に現れる。

 

    −撃!−

 

    −破!−

 

 即座に天破疾風の二連撃を叩き込み、聖戦士の防御圏層を貫通! 二人目の騎士を昏倒させ、直ぐさま三人目へと縮地で跳躍(と)ぶ――!

 聖戦士を打ち破る手段を見出だしたタカトは、それこそ水を得た魚の如く飛び回り、騎士達を打破して行く。それを、カリムはただ呆然と見ている事しか出来なかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ぉおおおお……!」

 

 叫びと共に光刃が突き出されるが、それをタカトは踏み込みながら、体を躱し、避けて見せた。踏み込みの勢いを逃さず、順手で放った拳が、まるで蛇の如く吸い込まれるようにして騎士の鳩尾へと撃ち込まれる。

 

    −撃!−

 

 光と音が激しく散った。疾風の衝撃と威力が変換された証だ。だが、そこでタカトは止まら無い。更にもう半歩。踏み込みながら膝をかち上げる! 紫電を纏う、その一撃は疾風を叩き込んだ箇所と寸分違わず正確に打撃!

 

    −雷!−

 

 一瞬だけ光と音へと雷光は変換され防御圏層に押し止められるが、それも僅か。聖戦士の防御圏層はあっさりと限界を迎え、膝から放たれた雷光が騎士の身体を貫く!

 びくん、と騎士は身体を震わせ、タカトが身体を離すと同時にその場に崩れ落ちた。

 

「っのぉ!」

「ちぃ!」

 

 そのタカトを、今度は背後から騎士二人が音速超過で強襲を掛ける! 騎士の基本戦術は突撃にある――それを証明するように、騎士二人は超絶な速度を莫大な破壊力に変えるべく音速超過での突撃を放つ。だがそれに対しタカトは両掌を広げ、振り返りながら、むしろ踏み込んだ。その両掌に灯るは再び雷光!

 

「天破震雷」

 

    −破!−

 

    −雷!−

 

 突撃を身を低くして、光刃を潜り抜けながら両者の胴体にカウンターで叩き込まれる震雷! 騎士達は、自身が生み出した速度と震雷の威力を纏めて受ける。それでも聖戦士は耐えて見せた。光と音が、かつて無い程に散らばる。だが、そこまでだった。

 タカトの身体が空へと舞う。空中をとんぼを切りながら回転。両の踵がまるで斧のように、騎士二人の頭に落ちる!

 

「天破紅蓮」

 

    −爆!−

 

 声と共に発生するは、炎柱! 天地を繋ぐそれは、一瞬にして騎士二人を飲み込んだ。防御圏層は限界に達し、ついに割れる。

 炎柱が消える――その後には、焼き焦がされた騎士の姿しか無かった。タカトはそれを見もせずに、地面へと着地。しかし、着地に隙を見出したのか残る四騎――それ以外は、全てタカトに撃破されたのだ――が、タカトを押し包むように包囲を固めて襲い掛かる。光刃を振り上げ、あるいは突き出し、着地したタカトへと四方から、それを叩き込まんとして。

 

「天破水迅」

 

 声が通り、彼等は一斉に万歳をするようにして腕が上へと引っ張り上げられた。

 

「な、ん!?」

 

 いきなりの事態に彼等は驚愕し、慌てて頭上を振り仰ぐ。腕は、そこに固定されていた。巻き付いた水糸によって!

 天破水迅は、ただの斬撃魔法では無い。伊達に糸の形状としている訳ではないのだ。このような応用力を持たせる為にこその糸としての形状なのである。先のお返しとばかりに束縛された騎士に、タカトは拳を持ち上げた。

 

「よく頑張った。しかし、お前達はここで終われ!」

 

    −撃!−

 

 打音は一発。しかし、放たれた暴風巻く拳は総計八発は確実に超えていた。防御圏層を貫かれ、吹き飛ぶ騎士達がそれを証明している。

 吹き飛んだ騎士達は、激しく地面に叩き付けられ――もう、動かない。

 そして、三十も居た騎士達はこれで、全て撃破された。後残るは、カリムのみ。

 

「…………」

「さて、後残るはお前一人だな? どうする?」

 

 このまま退くか、それとも戦(や)るか――。

 

 言外にそう問うタカトを、カリムはキッと睨み付ける。同時に、その足元に魔法陣が展開した。

 答えるまでも無いと、その行動は語る。一人だけ逃げようなんて真似が出来る訳が無い。タカトは、そんなカリムを楽し気に見つめた。

 

「良い覚悟だ。カリム・グラシア。その名を俺は生涯、忘れん」

 

 管理局の人員としてはクロノしかいない、タカト最大級の称賛の言葉。

 それが放たれた瞬間には、既にタカトはカリムの眼前に居る。そして、拳は真っ直ぐにカリムへと放たれ――。

 

    −壁!−

 

 その拳が、横合いから現れた手に掴まれ止められた。カリム以外撃破され、止められる筈が無い、その拳を止めたのは――。

 

「何をしてるんだ……」

 

 声が響く。誰も彼もが倒れた戦場で、怒りに震える声が。その声と共に現れた者に、カリムは目を大きく見開いた。それが、あまりにも有り得ない人物であったから。

 

「何を、してるんだ、君は……!」

 

 タカトは、ただ震える声に無表情となった。だが、その目に寂しさと若干の喜びが見えたのは気のせいか。声は、そんなタカトの視線に構わない。声の主は、タカトを緑の瞳で睨み……その瞳もまた、怒りで震えていた。タカトが行った理不尽に、そして間違いに。そう、声の主は――。

 

「久しぶりだな。ユーノ」

「君は、ここで! 何をしているのかって聞いてるんだっ!? 僕は!」

 

 ――ユーノ・スクライア。タカトの親友となった男。タカトを理解しようとして、でも出来なかった、そんな友の叫びが、戦場に響き渡ったのであった。

 

 

(第五十一話に続く)

 




次回予告
「ついに再会を果たすタカトとユーノ。しかし、ユーノはタカトの暴虐を許す事が出来なくて」
「自らの想いを貫く為に、ユーノはタカトと相対する事を選んだ」
「一方、ようやく戦いが終わったイギリスで、シオンはエリオとえらい目に合いつつ、語り合う」
「少年の過去と、傷を、シオンは聞く」
「次回、第五十一話『男の闘い』」
「意地を貫き、意思を拳に固め、ただ相手にぶつけ合う。それは、少女に出来ぬ男共の闘い」


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第五十一話「男の闘い」(前編)

「いつか、こうなると言う事を、きっと僕は最初から分かっていた。彼と最初に会った、その時から。それは、なのはとフェイトの時と同じで――でも、きっと違う。彼とは、いつかどこかで必ずぶつかり合うのだと言う確信。それも、ただの意地だけで。彼女達のような正さすらもない、ただの喧嘩。馬鹿な行い。だけど、きっと彼はこう言うのだろう。『俺達が馬鹿なのは、愚者だからじゃない。男だからだろ』と。だから、彼と僕はただ喧嘩をする――魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


 

 時空管理局本局。次元の海に浮かぶ巨大なコロニー。管理局に取って、最も重要な拠点である筈のそこは、今は管理局のものでは無かった。

 ツァラ・トゥ・ストラの襲撃によって占拠されてしまった本局は、既に彼等のものと言っても差し支えは無い。

 そんな本局の一室にて大男が、両手を忙し無く動かしながら執務を行っていた。

 ベナレス・龍。ストラの指導者であり、最高責任者たる彼はストラが行った作戦行動――もしくは、行う予定の作戦行動に素早く目を通し、処理して行く。

 本来、彼が行うような責務では無いのだが。あえて彼は書類整理を好んで行っていた。

 そう言うと、大抵の人間――特に、旧知の仲であるアルセイオなどには不気味そうに見られるのだが、続く一言によってすぐさま納得させられてしまう。

 曰く、人が死なない。

 たった一言。故に、全てが込められた台詞であった。

 膨大な量に及ぶ、それらにサインを入れ。暗号付きでファイルに閉じて行く作業を黙々とベナレスはこなし。

 

「……アルか。何の用だ?」

「気付いてやがったか。なら、顔くらい上げろや」

 

 視線はおろか、眉一つ動かさずに告げた台詞に苦笑が応えた。

 アルセイオ・ハーデン。ストラが雇っている傭兵部隊の隊長である。

 彼の苦笑を伴いながら、放たれた言葉をベナレスは聞こえていないかのように反応を示さない。代わりに、言葉だけはしっかりと返って来た。

 

「何の用か、と聞いている。私はこれでも今は忙しい。そう言えば貴様、先日の叶トウヤとの戦闘、まだ報告書が上がっていないぞ。本日の1500時までに提出しておけ」

「……今、ソラが死ぬ気で上げてる真っ最中だから大丈夫だろ」

 

 自分で報告書を作成する気は一切ゼロらしい――副隊長である、真藤ソラの苦労が偲ばれる台詞にベナレスは嘆息。漸く、視線を上げた。

 

「お? 終わったのか?」

「終わるものか。我等の作戦行動が今、いくつ展開していると思っている。……区切りがいい所で、一息付こうと思ってな」

 

 言うなり、ベナレスは大きな身体を立ち上がらせた。ぐるりと大きなデスクを避けて歩き、自ら据え付けの炊事場に向かう。インスタントの豆を用意し、自分でコーヒーを淹れはじめた。

 

「……相変わらずだな。誰か茶を淹れてくる姉ちゃんでも侍らせろよ」

「人員の無駄だ。茶ぐらい自分で淹れる。貴様は、自分で淹れんのか?」

「いや、面倒くせぇじゃねぇか。折角、隊に女が居るんだから、女に淹れさせてるよ。たまにとんでも無いモン出されるが」

「……貴様も、大概変わらんな」

 

 そこではじめて、ベナレスの顔に苦笑が浮かんだ。彼にしては珍しいそれに、アルセイオは意外そうな顔となる。だが、すぐに表情を改めた。何もここに来たのは、世間話しをするためでは無い。

 

「なんで、奴を使いやがった?」

「唐突だな……と言いたいが、先程グリムにも詰め寄られた」

 

 ベナレスは苦笑を続行しながら、カップを手に持つ。ポッドからお湯を注ぎはじめた。

 

「グリムは、管理局とミッドチルダそのものに復讐心を抱いている。無理はからぬ事ではあるがな」

「…………」

 

 アルセイオは無言。その脳裏には、ミッドでグリムが行った市民の虐殺が浮かんでいた。決して褒められた行為ではない――どころか、批難されてしかるべき行為。だが、”グリムの境遇を思えば”無理も無いと思わされてしまう。だが、それはならば、なおの事。

 

「なら、なんで奴を、アイザックを使った? わざわざ呼び寄せてまで」

「それに関しては、私からの解答は一つしかない。”適任だった”。それだけだ」

 

 簡潔極まりなく――そして、文句のつけようの無い答えである。アルセイオは嘆息……わかってはいたのだ。ベナレスが作戦を変える事はありえない。そんな事は理解している。

 だが、”理解と納得は全くの別物だ”。内心の苛立ちを再び吐いた嘆息に混ぜる。そんなアルセイオに、ベナレスは続けた。

 

「それに、グリムではやり過ぎる危険があった。標的が死んでは元も子もない。貴様に至っては、逃がす可能性を捨てきれ無かった――」

「わぁーた、わぁーた。この件についてはもう文句をつけねぇよ」

 

 観念したように、両手を上げて降参するアルセイオ。ベナレスは変わらぬ無表情で、しかし続きを話す事を止めた。その代わりとばかりに、データチップをアルセイオに投げて寄越す。彼は、それを空中でキャッチした。

 

「……何か、嫌な予感がすんだけどよ。これ何だ?」

「暇そうだからな。仕事を一つ与えよう。詳しくは、そのデータを参照しろ。閲覧後は、貴様の隊長権限でもってデータを破棄しろ」

 

 げっ……と、アルセイオが呻いた事をベナレスは確認。だが、彼の反論を許さず言葉を続けた。

 

「”ゴリアテ”の骸(なきがら)が見つかった。”奉非神”として再生する可能性がある」

「……ん、だと……?」

 

 さしものアルセイオも、その台詞を聞いて顔色を変えた。奉非神の顕現。それが、どのような事態を招くかを知っているのだ……同時に、ストラの目的の一つに。”奉非神の捕獲がある事を”。ベナレスは、アルセイオの動揺にやはり構わない。

 

「期待はしていなかったが、あるいは保険となるかもしれん。向こうの部隊と合流後、ただちに捕獲に向かえ」

「……了ー解」

 

 アルセイオは、今度こそは話しが終わったと判断し背中を向ける。そうして出口まで歩いて行き。

 

「……なぁ、ベナレス。お前達の、”ストラの目的ってのは、何だ”?」

 

 唐突に、そんな事を聞いた。それは、傭兵であるために知らされる事が無かった事。アルセイオ自身も気にしなかった事である。だが、事ここに至りそうも行かなくなって来た。

 ストラの作戦行動が今一納得出来ないものばかりであったからである。だが、ベナレスの答えは変わらない。いつものように、無表情で。

 

「それを知りたくば、正式に我等の仲間になれ。そうでないならば教えられるものか」

「……チっ……」

 

 変わらぬ解答にアルセイオは舌打ちを一つ打ちながら扉から出る。その姿は、ゆっくりと自動扉の向こうに消えた。ベナレスは暫く消えたアルセイオの背中を見続け、やがて苦笑する。

 

「言えるものか……言えば、貴様が黙っていないだろうからな」

 

 そう一人呟くなり、再び書類を処理していく。そんなベナレスの前に展開するウィンドウには一つのデータが表示されていた。それは……。

 

 −奉非神『聖王神、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの召喚。並びに捕獲に関する資料と、”その器”に関する調査資料』−

 

 ……そう、高町ヴィヴィオの写真と共に。そこに表示されていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ユーノ・スクライアの咆哮が辺りに轟く。それを伊織タカトは無表情に、カリム・グラシアは呆然となりながら聞いた。

 普段、物静かな青年なのである。このように、怒りの叫び声を上げるなど到底想像もつかなかった。

 カリムが驚いて我を忘れたとしても無理は無いだろう。だが、ユーノとタカトはそんなカリムを完全に無視。向き合いながら、互いに視線を交差させた。

 自らを睨むユーノをタカトは見て、やがて微笑する。小さく、小さくだ。それこそ集中していなければ見えない程の微かな笑み。しかし、それもすぐに消える。

 

「一部始終はどうせ知っているんだろう? 今更答える必要も無い」

「っ……! タカ――」

「勘違いするなよ、ユーノ」

 

 手を差し出し、ユーノの言葉をタカトは制止。ぐっと呻きと共に黙り込んだユーノを冷たい視線が貫いた。そしてタカトは冷たい視線のままに、ユーノへと告げるべき言葉を告げる。

 

「俺はストラの敵であると同じく。”お前達の敵だ”――管理局の、な。そうだろう?」

 

 第一級広域次元犯罪者。タカトの肩書き。それを思い出して、ユーノは歯噛みする。

 何をどうしようと、タカトにとって管理局は敵であり、敵でしか無い。ならば、そこに容赦なぞあろう筈が無かった。

 例え、共通の敵がいようとも……敵の敵は味方、とはならないのだから。だけど、それなら、なんで――!

 

「なら、なんで……ミッドに来たんだ……!」

「……目的があった」

「その目的が何かを聞いてるんだっ! 誤魔化すな!」

 

 タカトのあやふやな解答を、ユーノの怒号が切り裂く! 僅かながらタカトの瞳が揺らいだ。

 タカトの、そんな小さな反応にユーノは確信する。

 自分達のために、彼はここに来たのだと。

 ストラに狙われていたヴィヴィオを、その守り手である自分を、守るために、それだけのためにここに来たのだと。

 だからこそ、ユーノは納得出来なかった。自分達を守る。そのために管理局と敵対し、そしてその人員達を叩きのめした彼の行動が。

 タカトの現状を考えれば、ミッドに来ると言う段階で管理局と敵対する事は分かっていた筈だ。それなのに、あっさりと彼は現れたのだ。

 自分の危険も省みずとか、そんな問題では無い。

 自分の大切なものを守る。そのためならば、他人がどうなろうと構わない。

 そんなタカトの行動が、思考が、何もかもが! ユーノは、許せ無かった。

 

「タカト……君は、君、は――!」

 

 つっかえつっかえの言葉。それをユーノが――彼に守るべき対象とされている自分が言う事は酷く傲慢なのかもしれない……だが、それでも言わねばならなかった。タカトを、まだ自分は友達と思っているなら――!

 

「タカト……君は、ガキだ」

「……ああ、知ってる」

 

 抑揚が抑えられた口調の答え、同時にタカトは拳を引いてユーノの腕を振り払った。まるで、決別を告げるかのように。正しく、それは、その通りの意味だったのだろう。タカトの目が細められる。

 

「俺の前に立つか? ユーノ。ならば、お前も俺の敵として見なすぞ?」

「……意見を違えた男友達って、どうするか知ってる? タカト」

 

 まだ自分を友達と呼ぶ。そんなユーノにタカトは僅かに黙り込む。しかし、それも長くは続かなかった。ユーノを見据えて口を開く。

 

「殴り合い、か?」

「喧嘩だ。君が教えてくれた事だよ、タカト。僕は君に対して怒りを覚えてる。君もだろう?」

「……ああ、そうだな」

 

 かつて、ユーノ宅に居候していた時、タカトはユーノにそんな事を話した記憶があった。確か、ユーノの蔵書を巡って起きた論争の最中である。

 

 まるで、”彼女”みたいだ――。

 

 そう、呟いたユーノの姿を思い出した。

 

 あれは、きっと――。

 

 二人はもはや無言。互いに視線を交差させ、どちらとも無く明後日の方に向いた。

 

「場所を変えよう、タカト」

「いいだろう」

 

 一も二も無くタカトはユーノに頷き、二人は飛空魔法で空に浮く。

 

    −轟−

 

 そして、二人揃って何処かに飛んで行った。その場に呆然としたままのカリムと、倒れ伏した、騎士と魔導師、修道士を残して。やがて、我に返ったのかカリムは顔色を蒼白に変える。

 

「大変……っ! スクライア司書長が……!」

 

 その声は誰にも聞かれる事無く、風に溶けて消えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 暗い夢を見る。暗い、暗い、夢を。少年は――エリオ・モンディアルは、直感的にそれが夢だと悟った。

 

 −偽物−

 

 誰かの声で、そんな事を言われる。でも、それが誰かは分からない。

 

 −偽物−

 

 ……いや、分からないように自分で思い込んだだけである。それは、フェイトだった。

 

 −偽物−

 

 あるいは、スバルだった。あるいは、ティアナだった。あるいは、なのはだった。あるいは、はやてだった。あるいは、シグナム。あるいは、ヴィータ。あるいは、シャマル。あるいは、ザフィーラ。あるいは、ギンガ。あるいは、ヴァイス。あるいは、アルト。あるいは、ルキノ。あるいは、グリフィス。あるいは、あるいは、あるいは、あるいは、あるいは、あるいは、あるいは――!

 

 −偽物−

 

 たくさんの声が自分を偽物と呼ぶ。それに、エリオは暗闇の中で一人、拒絶するように首を振った。

 

 ちがう……! そんな事みんな言わない! みんな、みんな――。

 

 −偽物−

 

 声が、する。みんなの声で偽物と呼ぶ声が。

 違うと、みんながそんな風に思っている筈が無いとエリオは叫び。でも、心のどこかでは、そうか? と、疑問の声がある事に気付いた。

 本当に、みんなそう思ってくれているのか? 確かめたのか? 騙されているだけじゃないのか?

 

 −違う……。違う!−

 

 叫ぶ、叫ぶ――でも一人きりの暗闇では、その声は誰にも届かなくて。

 

 −偽物−

 

 ……シオンの声で、姿で、そう言われ、エリオはうなだれる。そして、目の前に一人の少女が現れた。彼女、は。

 

「キャ――」

「偽物」

 

 言葉を、失う。彼女の――キャロの言葉に、エリオはどこかが砕けたような音を、確かに聞いた。

 

 

 

 

「うわぁあ――――!」

「きゃっ!?」

 

 大声で叫びながら跳ね起きる。悲鳴が聞こえたような気もしたけど、今のエリオにそれを確かめるような余裕は無かった。

 荒げた息で、開いた自分の手を見下ろす。全身が汗で湿っていた。

 

 ……ゆ、め……!?

 

 自分で自分に問い掛け、あれが夢だったと、それだけを理解するとエリオは自分の体を抱きしめた。まるで、怯えるかのように震えを止めるかのようにぎゅっと力を込める。

 嫌な、嫌な夢であった。悪夢と言ってもいい。あんな夢を見るだなんて。

 

「あの……エリオ君?」

 

 原因は、はっきりとしている。”彼”だ。

 クリストファ。三人目のエリオ・モンディアルを名乗り、自分を偽物と呼んだ少年。彼の台詞――いや、存在そのものが自分の、最も嫌な部分を刺激したのだ。トラウマを。だから。

 

「エリオ君!?」

「うわぁ!?」

 

 そこまで考えた時、いきなり耳元で大声が炸裂した。エリオは飛び上がるようにして、我に返る。

 そして左方向、耳元で叫ばれた方に目を向けた。

 

「よかった……大丈夫、エリオ君? さっきもうなされて――」

「……キャロ?」

 

 ほっとしたのだろう。少女、キャロ・ル・ルシエはエリオに微笑みながら声を掛けて来る。しかし、その声を遮ってエリオは彼女に呼び掛けた。

 キャロはしばしきょとんとして、やがて、はにかみながら、こくんと頷いた。

 そこで、エリオは自分がどこに居るのか、またどこで寝ていたのかを思い出した。グノーシス、イギリス支部『学院』、その医療室である。

 姫野みもりの治療を受けたキャロが寝ていたそこに、自分は突っ伏すように寝ていたのだ。

 ギュンター達との戦闘後に、すぐにここに向かったから――恐らくは戦闘の疲労のせいであろう、こんな所で気付かぬ内に寝てしまったのは。いや、そんな事はいい。それよりも。

 

「キャロ……」

「ごめんね、エリオ君……心配掛けたみたいで――」

 

 キャロは医療室のベッドから半身を起こしたまま、エリオに謝ろうとして。それどころでは無い事態に、固まった。

 抱き着いて来たのである、当のエリオが。

 一瞬、何をされたか分からずにキャロは呆然として、しかし、すぐに事態を悟り顔を真っ赤に染める。

 

「え、エリオ君!?」

「……った……」

 

 慌てて、呼び掛ける。でも、エリオはまるで声が聞こえていないかのようにキャロを抱く力を強めた。譫言(うわごと)のように何かを呟く。より身体が密着し、キャロの顔色は更に赤みを増す。

 普段とまるで立場が逆であった。いつもならキャロがこういった真似をしてエリオが困るという場面が多かったのだが――ひょっとすれば、キャロにも羞恥心が少しは備わってきたのかもしれない。ともあれ、何とか離してもらおうとキャロは訴ようとして。

 

「え、エリオ君、恥ずかしいよ……! だ、だから――」

「よかった……!」

「……え……?」

「よかっ……た……! 君が、無事で……!」

 

 震えるエリオの身体と声を、キャロは聞いた。同時に悟る。自分がどれ程、彼に心配を掛けたのかを。不安にさせてしまったのかを。

 震える肩、ひょっとすれば嗚咽しているのかもしれない。

 

「……あ……」

 

 私……ばかだ……。

 

 ようやく、エリオの心情を察する事が出来て、キャロは酷くいたたまれない気持ちになる。身体が自然に動いていた。エリオを、そっと抱きしめ返す。

 

「ごめんね、エリオ君……もう、大丈夫だから」

「うん……うん……!」

 

 キャロの言葉に、エリオは何度も頷く。そんなに心配させてしまったのかと、キャロは内心罪悪感でいっぱいだった。

 

 それに……いつものエリオ君と違うような……。

 

『『あの〜〜〜〜』』

 

 キャロがそんな風に考えていると、声が別方向から上がる。エリオは、ふと我に返って振り返り――。

 そこに、スバル、ティアナ、ギンガ、みもり。そしていくつも展開されたウィンドウからこちらを覗く”アースラ前線メンバー女性陣一同”の姿を見た。

 

「…………」

 

 ぴしり、とエリオ硬直。そんなエリオを見て、ウィンドウの向こうでフェイトが何故かハンカチを目に当てる。

 

《……子供だと思ってたのに……! エリオってば大人になって……!》

《男子三日会わざるば、刮目して見よ。か――まだ別れて半日しか経っていないが》

 

 と、こちらはシグナム。何故か訳知り顔でうんうんなどと頷いている。すると、そんなシグナムを追い越すように、シャマルが口を挟んだ。

 

《ほら、でも最近の若い子は積極的って言うから。いいわね〜〜。若いって》

《シャマル――それ、おばちゃんの台詞だぞー》

 

 今度はヴィータだ。だが、何故かシャマルが向こう側に振り向いた直後に黙り込んでしまった。その横に居たザフィーラも顔を真っ青にした辺り、何を見たと言うのか……。だが、一同は構わず話しを続ける。

 

「でもでも、二人って早過ぎない? だって、まだ11歳だよ?」

「甘いわ、スバル。こー言うのに歳は関係無いのよ? ……話しを聞いただけだけど」

《うーん、私もそーいった経験ないから分かんないけど、行き過ぎなきゃ大丈夫だと思うよ?》

「て、なのはさん。行き過ぎって……!」

「どうでしょう? シン君はそんな事無かったですし。むしろ、もっと――」

「「むしろ、何?」」

「い、いえ……何でもありません!」

 

 他人の恋話は蜜の味――特に、女性にとっては最高のものだろう。それが、弟分と妹分ともなればなおさらである。

 更に、N2Rの面々まで話しに加わり、しっちゃかめっちゃかに話しが膨らんで、それを纏めたのは、やはりこの人。アースラのボスにして、八神家家長! 皆さんのお母さん!

 

《と、言う訳でや! エリオ。キャロを泣かしたら承知せんで! 幸せにな!》

『『わぁ〜〜〜〜♪』』

「何の話しですか、何の――――――!?」

 

 はやての、祝福の言葉に盛り上がる一同にエリオの渾身のツッコミが叩き込まれた。シオンの影響か、かなり強烈かつ魂の篭ったツッコミである。真っ赤になった顔で、エリオのツッコミは続く。

 

「と、言うか皆さん! い、一体いつから!?」

『『最初から』』

 

 即答。気持ちのいいくらいの、即答である。

 最初から最後まで見られていたらしい。眠ってた自分も、キャロに抱き着いた自分も!

 あう、あう、と口をぱくぱく開いたり閉じたりするエリオに一同うんうんと頷いて。

 

《いや〜〜だってなぁ? あんな状況だと声掛けられんし》

「気まずかったですし」

『『何より興味あったし』』

 

 興味あった=面白そうだった、である。エリオは、キャロに抱き着いていた以上に身体を震わせ、顔が一気に羞恥に染まり。

 

《エリオ……お母さんは、応援するからね!》

「っっっっ――――! わぁあああああああああああああああ――――――――!!」

 

 保護者(フェイト)の、ボケに全力で叫び声を上げたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「まったくもう……! ひどいです、みんな……!」

『『まぁまぁ』』

 

 『学院』廊下。そこを、エリオはぷんぷん怒りながら進む。そんなエリオを見て、EU組女性陣一同は苦笑しながら続く。

 珍しくも、年相応な子供らしい反応がやけに微笑ましい。ちなみに、キャロは未だ病室である。もう問題無いとはされているものの、一度は死にかけた身であるのだ。大事を取るのも、無理は無かった。

 

「ほ〜〜ら、エリオ。機嫌治して、ね?」

「そうそう。むくれてると頬っぺた突いちゃうわよ〜〜?」

「……やめて下さい」

 

 よほど恥ずかしかったのだろう。膨れっ面なエリオを、フォローの積もりか、スバルとティアナが横からちょっかいを掛けて来た。それもむすっとした顔で拒否する。

 

「……それより、シオン兄さんはこっちに居るんですか?」

「うん、こっちに”いって”るよ」

 

 ……なんだろう、今言葉使いがちょっとおかしく無かっただろうか?

 エリオは不審そうにスバルに振り向く。でも彼女はニコニコしたままである。気のせいかとまた、前へと進む。

 

「でも、シオン兄さんもかなり大怪我負ってたと思うんですけど」

「あ、それは私が治療魔法で治しておきました。エリオ君の怪我も私が治したんですよ?」

 

 と、これはみもりだ。そう言えば、腹部にギュンターの一撃やらクリストファの攻撃やらを受けていた筈なのだが――どうやら、寝ている間にみもりが全部治してくれたらしい。エリオはすぐに、みもりに向き直り頭を下げた。

 

「そ、そうだったんですか。ありがとうございます」

「いえ、いいんですよ……それに、無駄になっちゃうかもしれませんし」

「……え?」

「何か聞こえました?」

 

 ニッコリ♪ まるで、日なたのようなポカポカとする笑みだ……だが何故だろう? その笑顔が、やけに怖いのは。そんな事を思っていると――。

 

 −もっか、も〜〜か〜〜〜−

 

「……へ?」

 

 何やら、妙な歌が聞こえて来た。なんか、こう、妙に間延びした歌が。エリオが疑問符と共に声を上げる。だが。

 

「どうしたの? エリオ君?」

「え? ぎ、ギンガさん、今、変な歌が聞こえませんでした?」

「何の事?」

 

 そう言って、ニコニコ♪ ……おかしい、何かがおかしい……! だが、その何かが分からなかった。

 

 −毛髪の常識を超えて私は来たのだよ−

 

 −ワックスはついてないけど出来れば欲しいね?−

 

 −さぁ早く扉に入りたまえよ−

 

 −どうかしたのかい?−

 

 −怖がらずに一歩を踏み出したまえよ−

 

 −そこにあるのは−

 

 −もっか、も〜〜か〜〜♪−

 

 −毛深さはまだね、頑張るよ−

 

 −もっか、も〜〜か〜〜♪−

 

 −新たな境地に至れる−

 

(至れる〜〜♪)

 

 −もっか、も〜〜か〜〜♪−

 

 −どこまでも増え続けるよ−

 

 −もっか、も〜〜か〜〜♪−

 

 −君を容赦なく包んであげるよ−

 

 −もっか、も〜〜か〜〜♪−

 

 −逃がしはしないよ−

 

 −もっか、も〜〜か〜〜♪−

 

 −例え君が壊れても−

 

「……いや、これ絶対どこかで歌ってますよね!? ねぇ!?」

「何言ってるの? エリオ?」

「そうそう、歌なんて聞こえないわよ?」

 

 スバルとティアナも、ニコニコ♪ 振り返る。ギンガも、みもりもニコニコ♪ 全員ニコニコ♪ ……おかしい、おかし過ぎる! 戦慄にも似た寒気をエリオは感じ――そして、それは現れた。

 廊下を抜けた先に休憩室(ピロティ)がある。多人数を目的として作られたそこは、やけに広い。その休憩室に、”扉”があった。

 扉、扉である。かなり大きめな立派な木製の扉。だがそれだけに、この休憩室においては違和感バリバリである。エリオは即座に悟る。これは、ヤバいものだ。

 入ってはならない。触れてはならない――否、断じて否だ! これに、存在を知られてはならない! この扉は、この、扉は――!

 

「そこにシオンがいるよ♪」

「ほら、エリオ。シオンに用があるんでしょ? 入らなきゃ♪」

「あ、う、う……!」

 

 一同は相変わらずニコニコ♪ エリオは思わず後ずさる――が、後ろに控えていたギンガとみもりにぶつかった。

 

「どうしたの? エリオ君♪」

「い、いや、あの……! こ、この扉。何かおかしく無いですか……!」

「そんな事無いですよ? 普通の扉です♪ 開けてみれば、分かりますよ――」

 

 みもりがそこまで言った、瞬間!

 

《も、も、もかもかぁああああ――――――――――――――!!》

 

 絶叫が聞こえた。断末魔っぽい、あれな感じの。エリオは無言で、ごくりと唾を飲み込む。

 今のはシオンの声であった。間違い無い。あの扉の向こうでは何が行われているのか――エリオは、扉を開ける事はせず、耳をつけて聞き耳を立ててみる。その先の、声は……!

 

《あ、ああ、ああああ……! もかもかが迫ってくるぅぅぅぅ――――! 助けてぇええええ――――! ここは、ここは嫌なんだ! ここはダメなんだ! も、もうしません! 助けてスバル! ティアナ! ギンガさん! みもり! いやぁあっ!? もかもかがぁああああああああああ――――――――――――! あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!? あ、ああ、ぁ、あ、あ……》

 

 悲鳴は尻すぼりに小さくなり、やがて消えた。ただ、もかもかと言葉だけを残して。

 エリオは汗ジト。ごっくんと唾を飲む。これは。

 

「ところでエリオ」

「っ!?」

 

 声に、慌て振り向く。既に背後、間近に四人は居た。素敵すぎるニコニコ♪ な笑顔のままに。

 

「私達言ったわよね? ”死刑”って。まさか――」

『『許されるなんて思ってないよね♪』』

「ひっ!?」

 

 その台詞と笑顔で、漸くエリオは全てを悟った。最初から全てが罠。つまり、このお仕置きをするために――!

 道理でキャロが連れて来られ無かった筈である。納得すると同時に、エリオは逃げようと駆け出さんとして、その前に扉が重々しく開いた。

 

 見るな!

 

 内心、強く叫ぶ。だが、この扉から目を逸らす事はあまりに難し過ぎた。本能のレベルで、それを許しそうにない。理性の叫び声を無視して身体が勝手に動く。扉の、向こうには――闇、があった。闇、黒、なんでもいい。とりあえず闇が。

 その闇は、何故か表面がごわごわしている。あれが何かを理解する事を本能が拒絶する! だけど、目は逸らせなくて。直後、闇から無数に現れるごつい筋肉質な腕!

 それらは、迷う事無くエリオを捕まえんとする。しかし、少年も捕まる訳にはいかないとばかりに回避しようとして。

 

『『えぃ♪』』

「――へ!?」

 

 ちょうど四人分の手で背中を押された。空中に浮かんだ身で、首だけを背中に向ける。そこには、やはりと言うかエリオの背中を一斉に押した悪魔達が居た。彼女達は、押した手でエリオにひらひらと手を振り。

 

『『ばいばい、エリオ♪/君♪』』

 

 その声を聞きながら、エリオは腕達に捕まる! 悲鳴を上げたかったが、それすら許されずに扉の中に引きずり込まれた。

 もさっと闇の中にエリオの全身が飲み込まれ――扉が、バタン! と閉まる。そして。

 

「「も、もかもかぁあああああああああああああ――――――!!」」

 

 断末魔の悲鳴が、長く、遠く、どこまでも響いたとさ。ちゃんちゃん♪

 

 

(中編1に続く)

 

 




はい、第五十一話前編でした。今話はユーノマジイケメンの回です(笑)
ええ、マジイケメン。大事な事なので二回言いました(笑)
どんくらいなのかは次回以降をお楽しみにです。
ではでは、中編1にてお会いしましょう。


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第五十一話「男の闘い」(中編1)

はい、第五十一話中編1です。ユーノマジイケメンな回。え、何故ユーノかって? テスタメントお気に入りだからです(爆 そんな訳で、中編1どぞー。


 

 ……ここ、どこだろう?

 

 ふと目覚めると、エリオ・モンディアルは”川のほとり”に居た。

 綺麗な川である。辺りに咲く様々な”菊”の花が非常に美しい。川も澄み渡っており、心が安らぐ。岸から出る小舟に乗せられた人々のやけに青白い顔が気にはなったが。

 ともあれ、エリオは歩き川の近くまで来る。すると、対岸で宴会をやっている風景が見えた。

 何か、面白そうな事やってるなー、なんて思っていると、小舟の船頭がこちらに気付いた。

 

「ようこそ、乗って行くかい? 渡し賃に六銭貰うけど」

「え? お金取るんですか?」

「あ? 当たり前だろ? ここは忘却(レテ)の川なんだから――通称、あの世」

 

 ……今、船頭さんは何か凄まじく不穏当な事を言わなかっただろうか?

 エリオは汗ジトになりながら、そう言えばと思い出す。確か、フェイトや、なのは、はやての故郷である第97管理外世界、地球ではあの世とこの世の境目に川が流れてる、そんな話しがなかっただろうか? つまり、自分は――。

 

「う、嘘――! 僕、死んじゃったんですか!?」

「そりゃ、あの世だしねー。一応、渡り切るまでは死んでないけど」

 

 その歳で坊やも可哀相だねと、船頭さんは言うが、エリオは聞いちゃいなかった。

 なんで!? そう思うが、理由は一つしかない。あの、禁断の部屋である……悍(おぞ)まし過ぎて、決して名前は呼べないがアレが原因なのは間違いない。

 とにかく、まだ死ぬ訳に行かないので反対側へと駆け出そうとして。

 

「おーい、エリオ〜〜〜〜」

「へ? し、シオン兄さん!?」

 

 対岸でこちらに呼び掛ける人物に気付き、エリオは目を丸くした。神庭シオン、その人であったから。彼はやたらと爽やかな顔で手を振っていた。

 

「お前もこっち来いよー。面白いおじさん達が居て、こっちは楽しいぞぅ?」

「レジアス。今日もいい飲みっぷりだな」

「ゼスト、お前とまたこう飲める日が来るとはな」

「ほ、本当ですか!? な、なんか見覚えがあって死んじゃった人が若干二名ほど居るんですけど!?」

 

 手を振るシオンの後ろに、見覚えがありすぎる二人の姿を見て、やはりここはヤバいとエリオはビビる。そんなエリオにシオンはにこっと優しく微笑んで。

 

「ああ。ここじゃあ、あの部屋も無いし、恐い女達もいないし、楽しいタノし、タノシィィィィィィィ――――!」

「……さよなら!」

 

 シオンの豹変に、エリオは迷う事無く反対側にダッシュ。全力の逃走を開始した。

 

 シオン兄さん……助からなかったんですね。貴方の分まで、僕は幸せに生きてみせます……!

 

 きらりと涙を零し、エリオは走る――そう、生きるために! そんなエリオに後ろからシオンが迫って来た。川を渡って、追いかけて来る!

 

「マテヨゥ、エリオゥ。イッショニ、アッチニ逝コウゼ……?」

「ぎゃあぁぁ――! 来ないで下さいぃ――! シオン兄さん、一人で成仏して下さいっ!」

「オマエダケタスカルナンテェノハ、ナットクデキネェンダヨゥ……!」

 

 そうやって、二人は止めようとする船頭や頭に角が生えたマッチョな方々を弾き飛ばしながら走り、やがて、その行き先に光が見えた――。

 

 

 

 

「「……今回ばっかりは、ホンットに死ぬかと思った……」」

 

 エリオとシオンはぐったりと異口同音に呻き声を上げる。

 『学院』の休憩室。すでに、例の部屋が消えたそこである。もかもか室に入れられた二人は1時間程で解放され、精神の死と生の狭間をさ迷い、二人揃って『もかもかなんぞに負けるかぁああああ――――!』と叫びながら復活を果たしたのであった。まだ怖かったのか、エリオはうっうと泣き声を上げる。

 

「うぅ〜〜。すごい怖かったですよぅ〜〜」

「……言うなよ。思い出しちまうだろ……」

「あの部屋もですけど、追っかけて来たシオン兄さんも怖かったですよぅ!?」

「……過去の事は、忘れようぜ……」

 

 男二人、心についた傷を慰め合う。そんな二人を見下ろしながら、もかもか室に二人を叩き込んだ悪魔の一人、ティアナは、はぁと嘆息した。

 

「大袈裟ねー。情けないわよ、あんた達――」

「「どの口がそんな事言いやがるっ!」」

「エリオにまで怒鳴られた!?」

 

 よほど辛かったのか、エリオすらもが敬語抜きの叫び声を上げ、流石にティアナは目を丸くする。だが、そんなティアナの反応に構わず、二人は肩を寄せ合って涙を流した。

 

「うっう……! シオン兄さん。ティアさんが……ティアさんがぁ……!」

「ああ……! ちくしょう、なんて女だ……! 人でなしにも程があるだろうが……っ!」

「そ、そこまで言われる程!?」

「……ちょ、ちょっと、どんなのか気になるなー」

「そ、そうね……絶対入りたくはないけど……」

「あ、あはは……」

 

 もかもか室とは、果たしてどれ程のものなのか……女性陣は揃って汗ジトとなるが、男二人は黙して語ろうとしない。ただ、その恐怖だけはばっちりと伝わったが。

 

「やれやれ、ほら立ちなさい。良子さんが二人とも呼んでたわよ?」

「ぐすん……て、ちび姉ぇが?」

「ちび姉と言うな!」

「わ!?」

 

 ようやく泣き止んで、顔を上げたシオンに怒号が突き刺さる。驚きの声を上げて、そろりと怒鳴られた方を向くと、何やらでかいトランクを脇に置いた良子が腰に手を当てて、こちらを睨んでいた。なんで怒っているのか――理由は一つしかないのだが。

 

「お前はいっつも、いっつも、いっつも、いっつも……!」

「はいはい、ストップ。ちび姉、何か用事あったんだろ?」

「だからちび姉と呼ぶなと言ってるんだ! 全く! ……ここで話すのも何だから、ついて来い。私の研究室で話すぞ」

 

 終いに呆れたように再び嘆息して、良子は先に行こうと身体を翻す。トランクに手を掛けて――。

 

「うぬぬぬぬぬ……!」

「……ちび姉、非力なんだから。無理しない方がいいぜ……?」

「う、うるさい!」

 

 ――重くて持ち上げられないトランクを引きずるようにして、シオンに怒鳴りながら自らの研究室へと向かった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ぜぇー、……さ、ぜぇー、……さて、はな……、ぜぇー」

「ちび姉、水、水」

「ちび姉と言うな!」

 

 重いトランクを引きずったせいか、息を荒げる良子にシオンが水を差し出す。ちなみに、シオン達は代わってトランクを持つと言ったのだが、良子は意地でもあるのか、断固として断られた。

 まぁ、そんな良子は怒鳴りながら差し出された水を一気に飲みほして息を整えた。

 

「ごきゅ、ごきゅ……ふぅー水美味し……さて、早速用件だが」

「早速じゃないけどね、全然」

 

 余計な事を言うシオンを、良子は一睨みして黙らせる。そして咳ばらいをすると、一同に向かって頭を下げた。

 

「すまなかった。こちらのごたごたに巻き込ませて。君達のおかげで『学院』は最小の被害で何とか収める事が出来た。礼を言わせてくれ」

「いえ、そんな……」

「相手はストラだったし……」

 

 いきなり頭を下げた良子に、スバル達は困惑した顔となる。彼女達からすれば、キャロをあんな目に合わせた敵と戦ったに過ぎないのだ、礼を言われるのは想像の埒外(らちがい)だったに違いない。

 そんな一同達を見て、シオンは良子の台詞を思い出す。最小の被害。つまりは。

 

「何人、やられた?」

「…………」

 

 シオンの問いに、良子は沈黙。ティアナ達もハッと我に返る。『学院』を襲ったギュンターの固有武装、魔虫(バグ)。あの虫には一撃決殺の毒針と言う攻撃方があったのだ。キャロのような幸運は、そう続くはずもない。視線を落としたままの良子に、シオンはため息を深く吐いた。

 

「……そっか。うん、ごめん」

「いや、いいんだ。あれだけの戦いだったんだ。犠牲が出ない方がおかしい。それに、さっきも言ったが、お前達のおかげで犠牲は最小に抑えられたんだ。だから、あまり気にするな」

 

 顔を上げて、微笑む良子にシオンは頷きだけを返す。そんなシオンや一同に良子も頷き、話しを続けた。

 

「さて、じゃあ次の話しなんだが、今後の予定を話そうか」

「今後の予定……?」

「ああ、先程封印施設でも話した通り、各遺失物の封印解除まで後四日ほど掛かる。そこで彼女達には、遺失物の勉強をしてもらう予定だったんだが」

「あの、質問いいですか?」

「ああ、構わない。何でも聞いてくれ」

 

 説明を続ける良子に、スバルが手を上げる。良子は、そんなスバルに向き直って頷いた。先を促され、スバルは質問を始める。

 

「えっと……なんでロスト・ロギアの勉強をするんですか……? あ、勉強が嫌な訳じゃなくて」

「ああ、そうか。そこから話さなければならないんだな……シオン」

「明日、大英図書館で話す予定だったんだけど。ま、いっか。てな訳で注目ー」

 

 良子の指名を受けて、シオンが片手を上げた。呼び掛けられて、一同そちらへと視線を向ける。

 シオンは、何から話すか考え――面倒くさいので、地球産ロストロギアの話しから始める事に決めた。

 

「まず最初に。第97管理外世界、地球は。他に例を見ない程の”多文化国籍世界”って事と。地球産のロストロギアは、須らく奉非神自身か、その神から簒奪した物品だって事を覚えておいてくれ」

「……えーと」

「ああ、質問は後にしとけ、面倒くせぇし。でだ」

 

 一旦、言葉を区切る。今言った事を皆が把握した事を確認して、シオンは話しを続けた。

 

「奉非神ってのは基本的に、神話とかの物語――それも、信仰されてたりする奴な。そう言ったのをベースにして生まれるんだ。真偽の程は別にしてな。んで、ここが重要なんだけど、地球は他の世界と比べて奉非神の発生率が格段に高いんだ。いっそ、異常なくらいにな」

「……なんで?」

「そこをこっから話すんだよ」

 

 ティアナが真剣な顔で問い、それにシオンは苦笑まじりで応える。視線をそのまま良子へと向けると、頷いてくれた。どうやら、自分の説明はさほど間違っていない。そう認識して、シオンは続ける。

 

「さっきも話したと思うけど、地球ってのは多文化国籍世界だ。どんくらい国があるかは俺も忘れたけど、相当数があるはずなんだよ。これはかなり異常な数でな? あんまり誰も理解してないけど、ここまで文化の違う国々が一つの星に収まってる――なんてのは、かなり奇跡的な事なんだよ。本来なら、文化の違いで引き起こる争い。戦争で、人類なんてとっくに滅んでる」

「そ、そこまで言う!?」

「補足説明をすると、人間――私達、ホモサピエンスと言うのは、霊長類の中でも突出した凶暴性、暴力性を持ってる。原始の時代において、別の原始人類であるネアンデルタールを残らず滅ぼしてしまったのがいい例だな。ついでに言うと、ホモサピエンスである私達くらいだ。同じ種族で大した理由もなく殺し合うなんて言うのはね」

 

 シオンの説明に、良子が補足を付け加えてくれる。それに一同、ほへ〜〜となりながら聞き入った。

 ホモサピエンスがネアンデルタールを滅ぼしたのは自然界における淘汰現象の一つであり、何も人間だけに限った事でもないのだが。基本的に自然界というのは、より強靭な性質――つまりは闘争における強靭性たる、凶暴性、凶悪性と言った部分が強い方が生き残るものである。世に言う弱肉強食だ。そして、その凶暴な性質故に、天敵がいないホモサピエンスは同じホモサピエンスを天敵とした訳である。

 区別は簡単。価値観の違い、つまりは文化の違いだ。

 

「……話しが脱線しちまったな。まぁ、地球は文化圏がえらく多いってのだけ覚えときゃいいよ。んで、奉非神ってのはこの”文化”が生み出すんだ」

『『……はい?』』

 

 話しを戻したシオンだが、その説明に一同首を傾げる。何をどうしたら、そうなると言うのか。

 

「……それだとまるで、人間が神様を作ってるみたいね……」

「ギンガさん、正解」

 

 ぽつりと呟いたギンガの言葉に、シオンはしゅぴっとどこから取り出したのやら、指し棒を向ける。指されたギンガも含め、一同呆気に取られた。

 

「……え? ええ!? あ、合ってるの!?」

「はい。奉非神ってのは人間……正確には、人間の文化によって生まれるとされてます」

 

 シオンはにっこりと彼女に笑う。そして、そのまま呆気に取られた一同に説明を続けた。

 

「詳しいメカニズムまでは明らかになってないけど、さっきも言った通り奉非神ってのは神話や英雄譚――信仰されるような物語をベースとして生まれるんだよ。んで、そう言った話しは”どうやって生まれると思う?”」

「あ! そ、そっか! そう言った物語は宗教とか……!」

「スバル、正解。宗教や価値観――つまり文化だ。文化が神の物語を生み出し、そして物語は奉非神を生み出すって訳だーな」

 

 これには苦笑して、シオンはスバルの答えを首肯する。そして、これこそが地球が奉非神を多数生み出す最大の原因であった。

 つまり、ただ単純に文化圏があまりに多いので、比例して神話や英雄譚と言った信仰されるべき物語が他の世界に比べて圧倒的に多いのである。

 普通は一つの世界に文化圏が一つが基本だが、地球では数十の文化圏がひしめき合っている状態なのだ。

 結果として、奉非神の出現率が数十倍に――否、一つの神話に一つの神とも限らない。日本においては八百万の神とも言われる程だから、数百倍に跳ね上がる……と、言う訳であった。

 

「で、だ。こんだけ奉非神が出現すると、その遺品――つまりは武具とか、奉非神自身を封印して、その魂をエネルギー結晶化したものとかが残されまくった訳だ。それが地球産のロストロギアなんだよ」

「はぁ……なんてゆーか……」

「壮大な話しねぇー……」

 

 シオンが説明を締めくくり、スバルとティアナを皮切りに呆れたような顔となる。いきなり、こんな話しを聞かされれば、大体こんな反応となるだろうが。

 シオンは再度苦笑すると、良子に視線を向けた。

 こちらの説明は終わり、本題をどーぞと言った所か。良子は頷きだけを返して、一同に向き直る。

 

「大体は今の説明通りだ。そんな訳で地球産の遺失物は基本的に神話や英雄譚等が原典となる。従って、君達にはそれぞれが扱う遺失物の勉強をしてもらう事になるのだが――そこで、一つ相談があってな。エリオ・モンディアル君」

「え? あ、はい!」

 

 いきなり良子に名指しで呼ばれ、エリオはきょとんとしながら返事をする。そんな少年に、良子は少し申し訳なさそうな顔となった。

 

「君のデバイス、ストラーダだが、今日の戦闘で破損していただろう?」

「……はい」

 

 こくりと頷く。例のクリストファとの戦闘でストラーダは破損していたのだ。こちらに帰って来た際に、良子に破損状況を調べてもらう為に渡して置いたのだが。

 

「……結論から言おう。ストラーダの本体部分は無事だ。だが、各パーツ――特にフレームの破損がひどい。正直、一朝一夕で修復出来る状況では無い事が判明した」

「……そう、ですか……」

「うん。そこでだ」

 

 良子の報告を聞いたエリオはあからさまに消沈した返事をする。だが、良子は構わず話しを続け。

 

「ストラーダを一足早くドイツに送り、バルムンク用のフレームに差し替えようと思うのだが……どうだろうか?」

「……え?」

 

 言われた事が今一分からず、顔を上げたエリオは疑問符を浮かべる。それに、後ろからシオンが頭をポンポンと叩いてやった。

 

「修復するよりは、新しいパーツに差し替えた方が早いんだろ? で、バルムンクの封印が解けたらロストウェポン化しようって訳だよ。よかったじゃんか」

「じ、じゃあ直るんですか!?」

「正確には、直るのでは無く改造するが正しいかな?」

 

 良子は苦笑。しかし、頷いてくれた。エリオはぱっと明るい笑顔を浮かべる。

 

「ありがとうございます」

「まぁ、先んじてストラーダだけを向こうに送らせてもらう事になる。だから、君の許可を貰おうと思ってね」

「はい、是非」

 

 良子の言葉に、エリオは即答で返事を返した。破損状態のままよりは、いち早く直して置きたいのだろう。良子はエリオの元気のいい返事に頷き、続いてシオンへと視線を移す。

 

「さて、そちらはこれでいいとして。シオン、お前にトウヤさんから送り物だ」

「……? 俺に? トウヤ兄ぃから?」

 

 シオンは思わず、疑問符を三連続。首を傾げ、?と言った顔となった。そんなシオンに良子は呆れたとばかりに眉を潜めながら、ここまで引きずって来たトランクを前に出す。何かと思えば、トウヤからの送り物だったらしい。

 

「お前が申請したんだろうが、追加の武装を」

「あ、そういやそうだっけ……ついつい忘れてたよ……」

「あんた、まだ何か装備あるの……?」

 

 良子の台詞に、はっはっはと笑うシオン。そんな彼に、今度は横からティアナが訝し気な顔となって尋ねた。今日の戦闘でシオンが使ったスローイング・ダガーを見ていたティアナからすれば、まだあるのかと思うのは当然である。……実は、バトルフォームのジャケットにはまだまだ暗器が仕込んでいたりもするのだが――それはともかく、シオンは笑いを苦笑に変えて、ティアナに向ける。

 

「今の俺は火力不足もいい所だからなー。武装の一つや二つは欲しい所なんだよ」

「……ふーん、まぁいいわ。で? どんなものなの?」

「そいつは見てのお楽しみってな」

 

 告げて、良子からトランクを受け取り、早速とばかりに中を開ける。ティアナだけでなく、他の皆も何が出てくるのかと周りに集まって。そして、一同の目の前にシオンの武装が現れた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 夜の空を二つの光が切り裂いて行く。クラナガンの町を眼下に飛翔するのは、ユーノ・スクライアと伊織タカトだ。

 二人は全く無言。視線すら合わせずに、クラナガン上空を飛んで行く。

 

 −狂える獣よ−

 

 やがて、二人はどちらともなく降下を始めた。目的の場所に着いたからだ。そこは、クラナガンの周りに無数にある廃棄都市の一つ。今は誰もいない、人影すらない、ゴーストタウンである。

 

 −咆哮し、叫び、歎き、怒れる者よ。ここに、その怒り、解き放つべし−

 

 タカトはビルの一つへと先に降り立つ。それを見ながら、ユーノの身体を光が包んだ。

 バリアジャケットだ。ストラによる最初のクラナガン襲撃時には状況の関係上、展開出来なかったそれを、今回は展開したのだ。

 翡翠の光が、眩ばゆく点り、次の瞬間にはすでにバリアジャケットの展開は完了していた。

 緑を基調とした服装である。ただ、装甲等はついていない。身軽さを追求したタイプのジャケットであった。ユーノは展開完了したジャケットを翻し、アスファルトの地面に降り立ち、振り返る。自然、二人の目が合った。

 月を背にするタカト。地面から見上げるユーノ。二人はしばし互いを見る。まるで、互いを値踏みするかのように、そして。

 

「……ユーノ。貴様はヴィヴィオと共にミッドチルダからしばし出ていけ」

「…………」

 

 唐突に、そんな事をタカトは言い出した。本当はこんな事になる前に言いたい事だったのだろう。前後の脈絡無く、告げられた言葉である。ユーノは無言。タカトに視線を注ぎ続ける。

 

「……僕がこの喧嘩に負けたら、君の言う事も聞くさ」

「いいだろう。拳で言う事を聞かせるのは、慣れている」

 

 いつだって、いつの時だって、彼はそうして来た。

 だからこそ言える台詞である。傲慢な、理不尽な――それでも、タカトのたった一つの訴えるための方法。だが、それがユーノには堪らなく寂しかった。

 こんな方法でしか、彼は人に何かを言う事も出来ないのか。だから。

 

「なら、君が負けたらどうする?」

「俺が?」

 

 ふっ――と、タカトは笑う。そんな事は有り得ないと、その表情は語っていた。

 主観的にも客観的にも自分とユーノでは戦力差がありすぎる。万が一にも負ける事は有り得ないと。

 

 そう言えば……。

 

「俺が負ければ、そうだな、何でも言う事を聞いてやる。貴様のな」

 

 ……こんな約束、誰かともしていたな。

 

 一瞬、頭の中にある顔が浮かび、すぐに振り払う。今は、考えるべきでは無い。

 ユーノはそんなタカトを見つめ、やがて、ゆっくりと頷いた。タカトもまた鷹揚に頷く。

 

「では、はじめ――」

「ところでタカト。君、なのはの事。どう思ってる?」

 

 はじまりを告げようとするタカトを、ユーノの一言がいきなり遮った。あまりに唐突な、あまりに意味不明な一言が。

 タカトはその問いに、眉をしかめる。こんな時に何の意図か。

 

「……質問の意味が分からんな」

「いいから、教えてよ。大事な事なんだ」

 

 ユーノはあくまで答えを聞きたがる。その目は真剣なままだった。一体、どう言うつもりなのか……。

 タカトは少し黙り込み、だがすぐに答えてやる。

 別に内緒にする事でもなんでもない。自分は――。

 

「嫌いだ。あんな女。人の心の中にずけずけ入って来ては、いちいちこちらに介入しようとする。放って置いてくれればいいのに、あくまで構って来る、あの無神経さが特にな」

 

 ――彼女の事が、嫌いなのだから。

 まるで自分に言い聞かせるような、そんな言葉。それを、ユーノに、そして心の中で一緒に告げる。

 果たしてユーノはと言うと、そんなタカトの答えに黙り込み、しばらくして頷いた。

 

「そう、分かった」

「逆に聞かせろ。貴様はなのはの事をどう思っている? 幼なじみだそうだが、真実それだけか?」

 

 今度はこちらの番とばかりにタカトが問う。一種の仕返しのつもりなのだろう、彼からすれば。ひょっとしたら、動揺を誘う目的もあったかも知れない……だが。

 

「どうした? 人に聞いたくせに、自分は答えられんか――」

「好きだよ」

 

 ユーノは堂々と、タカトに答えた。……一瞬、何を言われたか分からずに、タカトの思考が止まる。

 今、ユーノは何と答えた?

 そんなタカトに、ユーノは苦笑。そして晴々とした笑顔で告げる。

 誰にも言った事は無い、誰かに相談した事すら無い。本人にも話した事は無い。

 大切な――大切な、たった一つの、自分の想いを。

 

「僕は、なのはを一人の女の子として愛してる」

 

 世界中の、誰よりも――。

 

 タカトは、そんなユーノの答えに、たった一つの大切な答えに、完全に自失した。何も言えず、何も考えられず、ただ呆然とする。

 ユーノは、そんなタカトを前にして、腕を胸の前に交差させた。

 

 だからこそ、だからこそ……! この戦い!

 

「月と星の紋章を抱き、狂える戦士よ。喜びの野を制す、獣と成れ!」

「っ! ユ――」

 

 はっと我にタカトは返り、構わずユーノは笑った。それは、何ともユーノに似合わぬ笑み。男らしい、笑いだった。

 

「狂戦士(バルセルク)ッ!」

 

 負ける訳には、行かない――!

 

 次の瞬間、ユーノの魔法が発動した。

 二人の喧嘩が、はじまる――!

 

 

(中編2に続く)

 

 




はい、第五十一話中編1でした。ユーノがイケメン回と言ったな……あれは、本当だが嘘だ!(笑)
ええ、説明回でしたな……次回はユーノの狂戦士発動。これまたヤバい魔法ですんで、お楽しみあれ。ではでは。


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第五十一話「男の闘い」(中編2)

はい、第五十一話中編2であります。ユーノVSタカトがついに始まります。熱いバトルをお楽しみあれー。では、どぞー。


 

 ぎちぎちと、音が鳴る――まるで、多数の虫がうごめくような音が。その中で思い出すのは、かつての語らい。

 

『この魔法は――?』

『狂戦士(”ベ”ルセルク)。そして、狂戦士(”バ”ーサーク)です。……無限書庫で発見しました』

 

 ぎちぎち、ぎちぎちと。それは、どんな音よりも彼、ユーノ・スクライアの間近で響いていた。

 

『前者は古代ベルカ式、後者はミッド式の強化魔法の一種みたいで……特に狂戦士(ベルセルク)は聖戦士(エインヘリアル)と対を成す魔法みたいなんです。狂戦士(バーサーク)は狂戦士(ベルセルク)をミッド式に術式変更した魔法みたいなんですけど』

『それは分かりました。確かに狂戦士(ベルセルク)は古代ベルカ式の危険な魔法のようですし、こちらで術式を封印しましょう。……ですが、貴方が使いたいと言うのは……?』

『……後悔が僕には一つあります』

 

 ぎちぎちぎちぎち、ぎちぎちと! 当たり前である。その音は他でも無い、ユーノの身体、その内側から鳴り響いていたのだから。

 

『……僕は、あの時。なのはを守れませんでした』

『それは――』

『その場に居なかったとか、そんなのはいいんです。……今でも考えるんですよ。僕が、なのはをこの世界に連れ込んだから、なのははあんな怪我を負ったんです』

 

 ぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちと! 筋肉が――否、”細胞の一片、一片が”膨張していく! ユーノの身体を作り替えていく!

 それは、ヒトから別のモノへの変貌を意味していた。果たして、ユーノは気付いていただろうか。人体改造とも言えるその魔法は、目の前に存在する友の使用術式、八極八卦太極図の特性にひどく似通っている事に。

 自らを改造する。つまりは、”兵器と化さしめる”と言う一点において同一だった事に!

 

『今更過ぎた事だって分かってます。なのはが望んでこの世界に来た事も分かってます。でも、僕が力不足だったせいで、なのはを巻き込んだ。それは間違い無い事だと思いますから』

『だから、この魔法を?』

『はい。大切な人を守るための力。……そして、大切な誰かを止めるための力。僕は、それが欲しい』

 

 だから――。

 

『騎士カリム。僕にこの魔法。古代ベルカ、ミッド。ハイブリット術式、狂戦士(”バ”ルセルク)の術式開発を、許可して下さい』

 

 音が、鳴る――!

 

「ユーノ、お前……!」

「お……」

 

 タカトが目を見開いて呆然と呟く。それを聞きながら、ユーノは一つ息を吐き出した。

 見た目は何も変わっていない。だが、それは見掛けだけだ。その内側は、筋肉、骨、血管、神経……いや、人間の身体を構築する全ての要素が改造されている。すでに、ユーノの身体は兵器のレベルまで押し上げられていた。

 片手を振り上げる。拳を握り、ただ地面へと打ち下ろした。それだけ、ただそれだけで――!

 

    −轟!−

 

 ”廃棄都市が丸ごと陥没する!”

 数十Kmの範囲に渡って地下の水路をぶち抜き、陥没したのだ。ただの拳の打ち下ろしだけで!

 タカトが立っていたビルも盛大に傾く。倒壊しなかったのは、ただ運が良かっただけだろう。いくつかのビルは基礎ごと破壊され、倒壊をはじめていた。

 タカトは未だに呆然として、ユーノを見続ける。そして、ユーノは。

 

「おぉオオオオオオおおおぉぉオオオオオオオオおおおぉオッ!」

 

 ミッドチルダ全域に響き渡らんばかりの咆哮を上げた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 空気が、びりびりと震えた。ユーノの咆哮でだ。それにタカトは顔をしかめる。ユーノの咆哮は、すでにそれ自体が武器と出来うる威力と化していた。生半可な攻撃は、この叫び声だけで吹き散らされてしまうだろう。

 なら、間接的な声では無く。直接的に身体を使った場合は――。

 長い咆哮を終えると、ユーノは膝を5Cm程曲げ、伸ばした。それだけ。それだけで、ユーノは”音速を突破して、跳躍した”。

 

    −撃!−

 

「!? っが!」

 

 超音速で跳躍したユーノは、そのまま頭からタカトに突撃。その運動エネルギーを全て、タカトに叩き込む。打撃を捨てて、ただ突っ込んだのである。驚いたのはタカトだ。

 その挙動から突撃出来るなぞ誰が思うものか。

 回避も防御も出来ず、まともに突撃を受けてタカトは砲弾の如くすっ飛ぶ。そして、悲鳴を上げる暇すら彼には与えられなかった。

 タカトを弾き飛ばし、運動エネルギーを彼に預けたユーノは止まらない。そのまま身体を折り曲げて飛翔、空気をぶち抜いてタカトに追い付く。

 吹き飛び続けるタカトが見たものは、左手を振り上げて追い縋るユーノの姿。タカトに追い付くと、ユーノはそれをタカトへ放つ。吹き飛ばされ続けるタカトに出来た事は、ただ両腕をクロスさせて金剛体を発動する事だけであった。

 

    −轟!−

 

 一撃がぶちかまされた。タカトは直角に弾かれ、真下、地面へと叩き落とされる! が、タカトは地面へとぶつかる直前で身体を回転。足から着地した。

 空歩により、吹き飛ばされた一撃と着地の衝撃全てを地面全域に逃がす。だが、それでも足元にはひび割れが生じていた。ユーノの一撃、どれ程のものだったのか。

 タカトは両腕を見下ろして顔をしかめる。金剛体により硬質化した筈の両腕は、しかしユーノの一撃によって激しい痺れを残していたのだ。

 それが意味するのはただ一つ。ユーノが放った打撃は、Sランクオーバー……あるいは、SSランク以上と言う事であった。これは、かのアルトス・ペンドラゴン並の威力である。

 

 ……狂、戦士。こんな魔法――!

 

 タカトは聖戦士以上の戦慄を、この魔法に覚える。ユーノがSランクオーバーもの戦闘能力があったとは流石に思え無い。そこまでこの魔法は、ユーノの身体を改造してしまったのだろう。それが意味するものはただ一つ。術者の――。

 そこまで考えた所で、ユーノが下りて来た。今度は右手を振り上げ、放つ! だが、吹き飛んでいる時はいざ知らず、直立しているタカトがそんな大振りの一撃を受ける筈も無い。僅かに後退し、振り下ろしの一撃を避ける。

 ユーノの一撃は空を切るだけで終わった。そして。

 

「天破紅蓮」

 

 地面に着地する前に、ユーノの顔面へとタカトは回し蹴りを放つ! その足は紅蓮の赤に染まり、それを前にしてユーノは右手を掲げた。”ミッド式の魔法陣を展開しながら!”

 

    −爆!−

 

    −壁!−

 

 閃光が膨らみ、直後に爆炎となって世界に顕現する! タカトが見たものは紅蓮を放った蹴り、それにより砕けたシールドを発動した手で掴むユーノであった。

 

「な……に?」

「驚くような事じゃない。僕は防御には自信があるんだよ――君の一撃を受け止められる程度にはね」

 

 驚くタカトに、ユーノがぽつりと呟く。それにこそ、タカトは真に戦慄した。この魔法、タカトが見た限りでは自我すらも失う魔法の筈だ。それが魔法を使う? 話した? つまり、自我を失っていない。ユーノはユーノのままで戦っている――!?

 

「お前、意識が……!?」

「一番に改良したいのが、そこだったからね」

 

 ユーノはさも当然と答える。二つの狂戦士の術式を融合したのは、まさしくその為であったのだ。極限とも言える肉体強化を、理性と魔法技能を保ったまま使えるようにする。ただ、そのためだけにユーノは二つの術式を融合させたのだ。

 それが、どれ程凄まじい事か――タカトは愕然とし、しかし呻きを上げると迷わず次の行動に移った。

 足が捕えられている状況ではまともな打撃は出来ない。ならば。

 

「天破、水迅っ」

 

    −寸っ−

 

 片足立ちの状態でタカトは右手をユーノに差し向ける。すると、そこへ水が対流し始め――無数の水糸となりユーノへと殺到した。数千、数万もの水糸は全方位からユーノに襲い掛かり。

 

「邪魔だぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

    −轟!−

 

 裂帛咆哮!

 とんでもなく大きな叫び声がユーノから放たれ、咆哮は無形の衝撃波となって水糸を、タカトを叩く! 水糸は一瞬にして須らくちぎり飛ばされ、タカトは衝撃波をまともに受けてのけ反った。鼓膜もやられたか、耳から血が流れる。

 それは同時に、三半器官を激しく揺さぶられた事を意味していた。必然、タカトの身体はぐらりと傾き――ユーノは、そんな彼を右手一本で釣り上げた。

 足を捕まえられ、更に平行感覚を一時的に失ったタカトは成す術なくされるがままになり、釣り上げたユーノ自身を飛び越えて反対側の地面へと叩き付けられる!

 

    −撃!−

 

「か、は……!」

 

 アスファルトの地面が爆砕した。タカトが叩き付けられた事によって。その衝撃により内臓でもやられたか、タカトの口から血が零れ――ユーノは容赦しない! 更に反対側に叩き付ける。

 

    −撃!−

 

−撃、撃、撃、撃、撃−

 

    −撃!−

 

 ――止まらない! 幾度も幾度も、ユーノはタカトを地面へと叩き落とした。壊れた人形のようにタカトが宙を舞い、やはり壊れた人形のように地面に落ちる!

 それは戦いと言うより、既に処刑のような有様となっていた。ここまでくれば、勝負の行方よりタカトの安否を心配するだろう。だが、ユーノは止まらない。

 

「……この程度か!」

 

    −撃!−

 

「この程度、か!」

 

    −撃!−

 

「この程度かァっ!」

 

    −撃!−

 

 吠え、叫び、咆哮し、ユーノはタカトを地面に叩き付ける。最後の叫びの部分で、ユーノは地面に叩き付ける事を止めた。代わりに横、地面スレスレのアンダースローでタカトをぶん投げる! その投擲は初速から音速超過。先程が人形ならば、今度は砲弾の如くタカトは地面と平行に飛ぶ。進行上には、立ち並ぶ倒壊したビル群があった。

 

    −轟!−

 

 そこにタカトの身体が突っ込む。そして、無数にあるビルを貫通しながら進み――。

 

「っ!」

 

 ――目を見開いたかと思うと、タカトは空中でまたもや回転、ビルへと横に着地する。音速超過の運動エネルギーを叩き付けられ、倒壊したビルが砕けた。呆れた事にあれだけの猛攻を受けて置きながらタカトは平然と動いていた。

 だが、ダメージが無い訳ではないらしくタカトはぐっと顔を歪め、しかしすぐに上、本来は前を見据える。

 果たして、ユーノの姿は間近にあった。タカトを投げ飛ばして即座に追撃を掛けたのか。それを見るなり、タカトは身体を翻して本来の地面に着地、拳を握り込む。

 半歩を踏み込んだ。同時、ユーノがぶつかるように拳を放ちながら突っ込んで来る! タカトはそんなユーノに、握った拳を迷い無く放り込んだ。

 ユーノの拳と交差するように、タカトの拳が彼の鳩尾に突き込まれる――!

 

    −撃!−

 

 浸透勁、打撃の衝撃を内部へと打ち込む打法には、改造された筋肉も意味を成さない。ユーノは急所を打たれ昏倒する……筈であった。

 ”ユーノの腹筋が爆発的に膨らむまでは”。

 次の瞬間、タカトは浸透勁によって放たれた打撃の衝撃を叩き返され、右腕は、拳と言わず腕ごと弾け散った。ピンク色の肉片が散り、骨まで見えている。

 タカトは愕然と見ながら、ユーノが何をしたのかを悟った。

 

 筋肉を瞬間的に膨張させて、打撃の威力を返しただと……!?

 

 無論、本来このような事は有り得ない。筋肉を意識的に、爆発的に膨張でもさせない限りは不可能だ。そして、人間はそのような事が可能なようには出来ていない。

 だが、ユーノの狂戦士、意識的に制御された極限の肉体改造は、それを可能にしたのである。

 

「この、程度、なのか……ッ! 君の……!」

 

 そんなタカトの驚愕に構わず、ユーノは彼の胸倉を掴んだ。引っ張り上げ、そのままの勢いで傍らのビルに叩き付ける!

 

    −撃!−

 

「っぐぅ!?」

「……チェーン・バインドッ! ストラグル・バインドッ!」

 

    −縛−

 

 叩き付けられた衝撃でタカトの口から再び血が溢れた。だが、ユーノはその一切に構わない。身体を鎖状の捕縛魔法と紐状の捕縛魔法、二つの捕縛魔法で拘束する。

 単純捕縛魔法と、強化、変身無効化捕縛魔法。いくらタカトでも、普段無意識に全身に流してる強化魔法を無力化されては、抜け出すのに時間が掛かるだろう。

 そしてユーノは直ぐさま後退。永唱する――それは、ストラがSt、ヒルデ魔法学院に現れた時に使った魔法。チェーン・バインドの強化版。

 

「サウザウンド・チェーンっ!」

 

    −轟!−

 

 叫びと共に、幾千もの鎖がユーノの足元から飛び出る! それらは現れると同時、辺りへと散らばった。サウザウンド・チェーンを発動して何をしようと言うのか。

 タカトはバインドをどうにか解除しようと、もがき……そして、恐ろしいものを見た。

 

「ふぅううう……っ!」

 

 ユーノが千の鎖を丸ごと握り、頭上へと振り上げる。まるで、釣りで大物を釣り上げるかのように。そして、釣り上げたのは確かに大物だった。

 ――ビル。そこらに倒壊していたビルをユーノは釣り上げたのである。”およそ、千もの”。

 ずらりと、頭上に並ぶビルの葬列は天地逆さまとなった町を彷彿とさせた。

 あまりの光景にタカトは唖然となり、やはりユーノは構わない。釣り上げたそれらを、纏めてタカトへと振り下ろす! ビルの葬列が、音速超過で落ちて来た。

 

    −轟!−

 

    −爆!−

 

    −破!−

 

 最初に起きたのは地震だった。それこそミッドチルダそのものを揺るがすような巨大な地震。次に引き起きたのは、爆発である――正確には爆発したかのように見える程の煙りであった。

 音速超過で叩き付けられたビルは当然、全て砕けたのである。その破片が吹き飛んだ光景が爆発を連想させたのであった。

 煙りが辺りに充満する。その中でユーノは叫び続けていた……涙を零しながら。

 

「この程度なのか……! 君の想いは!? 誰かを叩きのめして! 誰かを蹴散らして! 誰かを踏み付けてまで叶えようとした君の想いは! こんな程度のものなのか!?」

 

 自分と、ヴィヴィオを助けるためにタカトはミッドチルダに来た。誰かを倒して、蹴散らして、踏みにじってまで!

 

 そんな事……!

 

「そんな事! 誰が頼んだって言うんだ! ふざけるのも――! 自分勝手なのもいい加減にしろ! 誰かに迷惑かけてまで助けられたいなんて誰が思うもんか! 君がやっている事は、ただの我が儘じゃないか! 考えた事があるのか……!? 殴られたら痛いんだ! 蹴散らされたら辛いんだ! 踏み付けられたら、悲しいんだっ! それが、何で君は分からない!?」

 

 怒号と共に吐き出される訴えは、止まらない。煙りが次第に晴れて行く。それでも、ユーノは叫び続けていた。友への、怒りを吠えながら。

 

「痛いかい……!? それが、君が誰かに与えて来た痛みだ。誰かに与えてきた苦しさだっ! 気付こうよ。そして、止めにしようよ……」

 

 ようやく――ようやく、全てを叫び終えてユーノは荒い息を吐き出す。煙りは、ようやく全て晴れ、その後には瓦礫の山しか残っていなかった。ユーノの最後の一撃で、こうなってしまったのである。他は全て、無くなってしまったのだ。ユーノは悲しげに瓦礫を見つめ続け、直後。

 

    −軋−

 

 世界が、胎動するかのように軋んだ。莫大な、怒りの気配と共に――!

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 所変わってイギリス支部『学院』、鉄納戸良子の研究室。

 彼女から追加武装として渡されたトランクを神庭シオンは開け――そして、異様なものを一同は見た。

 

「……何これ?」

「だから俺の追加武装だって。いやー、頼んでみるもんだ」

 

 ティアナがぽつりと呟く。それに、にんまりと笑いながら、口をあんぐり開けた皆の前で、シオンは武装の一つを取り出した。”鉄塊”を。

 

 ……何、これ?

 

 そんな考えがティアナだけで無く、もろに顔に出ている皆に、シオンは名前を告げてやる。

 

「BIG(ビッグ)―BEN(ベン)だ」

 

 そう、まるで黒い煉瓦のような”拳銃”の名前をシオンは告げた。

 BIG―BEN。

 口径100。冗談じみた大きさの銃口を持つ拳銃である。ハンドガンの弾丸としては、現存する最大の弾丸である0.5インチ弾の、”単純に二倍の口径を持つ弾丸”。その弾丸を放つためだけに造られた、ただそれだけの拳銃だ。

 当然、実戦を想定して造られた銃では無い。制作者が、ただ己の欲求――世界最強の拳銃を造りたいと言う欲求を満たすために造られた拳銃と言われている。

 名の由来は、今シオン達が居るイギリス首都、ロンドンのウェストミンスター宮殿にある鐘から取られていた。

 この銃は1983年に製作された幻の拳銃であり、この時造られたオリジナルは試し撃ちの段階で銃身にひびが入ったために破棄。その二年後に四丁の完成品が造られたと言われる。

 今シオンが手に持っているBIG―BENは、その完成品を更にグノーシスの手によって改造したものであった。言うならば、BIG―BEN(改)といった所か。だが、その銃の本質はまるで変わっていない。

 限りなく黒く、限りなく無骨な外見。飾り気と言うものを一切合財排除したかのような、銃と言うよりは工具のような外見が、その全てを語っている。

 何故、このような外見となっているのか。答えは、その口径にある。

 あまりに巨大過ぎる口径のため、それに応じて銃身も大きくならざるを得ず、また発砲の際の衝撃を吸収する必要性から、どうしても肉厚な造りとなっているのだ。

 強度を増せば当然重量も増す。見た目は鉄の塊だった。

 弾丸が二倍になった場合、その威力は単純に二倍になるわけではない。外周と重さに比例して火薬の量が増えるため、弾頭の破壊力は何倍にも跳ね上がる。

 その威力は最強のハンドガンであるフリーダム・アームズ製のSAリボルバー、454カスールをも軽く凌ぐ。カスールが人間の頭を木っ端微塵にするのならば、BIG―BENは人体を肉塊に変える。その威力、推して計るべしであった。

 だが、欠点が無い訳では無い――と言うより欠点だらけな銃であった。

 まず重い、えらく重い、とんでも無く重い。とてもでは無いが、普通の人間が両手で構えられる重さでは無いのだ……よしんば構える事が出来たとしても、対象に弾を当てる事はまず不可能と言える。

 また弾丸一つ一つが巨大なため、弾倉に装弾できる数が少なかった。装弾数、僅か四発。一発で対象を破壊できるとはいえ確実に当たる保証もなく、さらに敵が単独とも限らない戦場において、その装弾数は極めて命取りであった。

 更に、回転式(リボルバー)拳銃にも関わらずブレークオープン式と言う異端な造形をしている。普通、強力な威力を持つ回転式拳銃は弾倉を横に出して弾を交換するスイングアウト方式が採用されている。しかし、BIG―BENはあまりに重量のある弾倉が繰り返されるスイングアウトに耐え切れ無いために、フレームを折って弾丸を装填するブレークオープン方式が採用されているのだ。

 本来ならば強力な弾丸を使用する拳銃に、中折れ式を採用する事はまず無い。フレームを折ると、銃の強度が落ちるからである。

 そのためか、この拳銃は強度を上げるための頑強な造りと、中折れ式の銃身を確実に固定するフックを有していた。

 そして、これが最も重大な欠点なのだが――当然、反動である。

 あまりにも強力すぎる弾丸は、発砲した際の反動もまた凄まじいの一言に尽きた。普通の人間の肉体では、その反動に耐えることは不可能だ。

 一発撃つだけで、腕と言わず指を破壊される事うけあいである。つまり、実戦うんぬんの前に撃つと言う段階からままならない拳銃なのだった。

 ……だが、それは”普通の人間に限る”。

 

「よっ、と」

 

 シオンは身体強化を身体に張り巡らせると、BIG―BENを事もなげに構えて見せた。流石に片手とはいかないものの、真っ直ぐに構えられている。後はバリアジャケットでも展開すれば、反動によるダメージは無くなるといっても過言では無い。

 巨大な拳銃を構える少年の図は、どこか冗談じみた光景にも見えた。シオンは構えながら、横に居る良子に聞く。

 

「流石に重いな……試射していい?」

「ばかっ。こんな所で撃つな! 後で射撃所で撃って来い」

「へーい」

 

 適当な返事をしながら、シオンはBIG―BENを下ろす。すると、じとーとした視線を感じた。言わずもがな、ティアナである。彼女は何を言いたいのか。シオンは苦笑しながら言ってやる。

 

「……言っとくけど、地球(ここ)で質量兵器うんぬんは通じねぇからな?」

「分かってるわよ」

 

 ぷいっとティアナはふて腐れたように顔を横に向けた。

 そう、BIG―BENは立派な火薬式の拳銃である。つまりは質量兵器に区分されるものであったのだ。だが、今シオン達が居るのは質量兵器万歳な地球である。管理内世界による質量兵器保持禁止令は、管理内世界だからこそ通用する法律なのだから。

 ちなみに余談だが、グノーシスは質量兵器とデバイスを合わせて持つ場合が多い。これはただ純粋に使い勝手の良さを求めた結果であった。とは言え、位階持ち上位位階者の殆どは質量兵器の類を持ち歩く事は無いのだが。

 これは単純に、普通の質量兵器より魔法の方が強いためである。一応、グノーシスでは射撃訓練が義務課題とされているため、殆どの人間は銃器を扱えるのであった――閑話休題。

 

「さって、後は……お、OICWもあるじゃん」

「OICW?」

「グノーシスの一般正式採用小銃、アサルトライフルのこった。世間一般では、次世代兵器の代名詞なんだけどな」

 

 不思議そうな顔をするスバルに、シオンは変わった形のアサルトライフルを取り出しながら笑った。

 OICW――Objective-Individual-Combat-Weapon。

 アメリカ陸軍が長年に渡って研究開発を続けていたものの、21世紀初等、ロサンゼルス・タイムスに詳細をスッパ抜かれて大騒ぎになった究極の対人銃。それが、シオンが新たに手にしたアサルトライフルの名であった。

 未来銃の代名詞とも言われるレーザー銃は技術的には既に実用化の段階に入っている。ミッドにおいて、ガジェットが普通に装備している事からも、それは明らかとなっているのだが、地球の実働部隊はこのレーザー銃の導入に難色を示している。何故なら強力でも、その攻撃範囲は直線のみだからだ。このような兵器は、正面からの白兵戦でこそ効果があるのだが……現代の戦争では、そんな場面は皆無に等しいと言われる。

 NATO軍がよくやるように、まず爆撃で敵戦力を根こそぎ奪い、しかるのち残党狩りをするために兵士を投入するのが現代戦争のセオリーなのだ。常に敵は物陰に潜んでいる。

 そこで、より確実に、効率的に敵兵士を抹殺するために開発されたものが、OICWであった。

 弾丸自体にある程度の軌道変更能力を持たせて、それを銃のレーザーで誘導するのである。ミサイルと違って自動性が無いため、どうしても命中率は下がるのだが、弾頭を空中爆裂型にする事によって、敵を確実に仕留めると言う恐ろしい仕組みになっている。例え敵が塹壕の中にいようと、銃の誘導で弾道が歪曲し、敵兵士の背中で炸裂するのだ。逃げ場などあろう筈が無い。

 敵兵士を確実に抹殺すると言う非人間性の理念により考え出された銃――BIG―BENとは対極とも言える銃であった。

 しかも、グノーシス製のものは完全に小型化されている。現在試作されているのは、かなり大型であり、口径は20mmにもなる(ちなみに、BIG―BENは25.4mm。これより更にでかい)。これはNATOのアサルトライフルの約四倍にもなるだが、グノーシス製のものは口径も大きさも普通のアサルトライフルと変わらない程になっていた。

 魔法技術と質量兵器に精通し、その道の天才集団が集まるグノーシスならではと言った所か。

 シオンはそこらを説明しながら、こちらも構えて見る。バランスも良い。グノーシスの開発部はいい仕事をしてくれた。

 後で射撃所で試射しようと、シオンは思いながらOICWをBIG―BENの横に並べる。後残るは。

 

「これか」

 

 そう言いながら取り出したのは、一振りのナイフであった。鞘に納められたそれを、シオンな抜き出す。鮮やかな白と赤のフィンガーガードに銀色の刃が現れた。

 刃渡り30Cm程の、片刃のファイティングナイフだ。一見、普通のナイフ――しかし当然、これも普通のものでは無かった。と言っても、変な機能がついている訳でも無い。魔法的な技術で強化された訳でも無かった。ただ、その材質が違う。

 オリハルコン――伝説の金属と言われる超金属で、そのナイフは鍛造されていたのだ。その強度は凄まじいの一言に尽きる。地球で最強の強度を誇る構造分子、カーボンナノチューブを超える程の強度を、その金属は有していたのだ。加えて、錆が浮く心配も無いと来ている。

 シオンがこのナイフに求めたのはただ一つ。頑丈さ、それだけだった。ともあれ刀身を眺めすがめて、シオンは満足したようにナイフを鞘に納める。

 

「ふっふっふ、これで俺の武装は完璧だぜ。これからはフルアーマーシオンと呼んでくれ」

『『イヤ』』

 

 笑いながらシオンはそんな事を言い、当然の如く断られ、いじけたシオンは床に、”の”を書きはじめた。そんなシオンに、ティアナは頭が痛いとばかりに額を抑える。

 

「……一応言っとくけど、管理内世界で使っちゃダメだからね」

「お前が許可出してくれりゃーいいじゃん。確か、拳銃程度なら管理局に届け出たら使えんだろ? 緊急事態適用って事で――」

「却下」

 

 またもやきっぱりと断られ、シオンは再び床にのを。それを尻目に良子がパンパンと手を打った。

 

「それじゃあ今日は解散。部屋も用意してある。明日に備えてゆっくりしてくれ」

『『はい』』

 

 良子に皆は素直に頷き、シオンを放り出して解散となったのであった。

 

 

(後編1に続く)

 

 




はい、第五十一話中編2でした。
……ええ、言いたい事は良く分かりますユーノがヤバい、いろんな意味で(笑)
なにこのチート(笑)
ちなみに狂戦士発動中のユーノは、条件付きながら、作中最強レベルと化します。
いやまぁ、タカトフルボッコの時点で分かる話しなんですが(笑)
シオンの武装については、分かる人は分かる筈(笑)
ええ、某八百万機関と、汚い顔からの出展となります。
BIG-BENとか懐かしい……ではでは、次回もお楽しみにです。


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