慟哭 (saijya)
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プロローグ

使われぬまま、どれほどの時間が経過したのだろう。小学校の裏庭に設置されている錆び付いた大きな焼却炉の前に、二人の男がいた。

座らされた椅子の背で、抵抗できないように両手を縛られた壮年の男性、もう一人は、やや年上にも見える男だ。一見してわかる違いとしては、年上の男には、血に濡れた左手と、右手に刃物が握られているかどうか。そして、どちらの表情に笑みが浮かんでいるかどうかだ。

だが、表情が歪んでいるのは、刃物を握った男のほうだった。激しい狼狽が一目で窺え、遂には、手にしていた刃物を地面に落としてしまった。粘着を増した血塗れの刃に、大量の砂や小石が付着する。

理解が出来なかった。左耳を削ぎ落とし、顔が腫れ上がるまで殴打し、足や手を始めとした骨を数本折った。挙げ句、決意を固めて左目に人差し指まで突きいれたというのに、尚も、椅子に座った男の唇は三日月型を保っている。眼球を潰した感触が残る指を切り落としてしまいたい、そう考えてはいたものの、そんな思いは胸に広がった恐怖心により塗りつぶされた。

ただただ、恐ろしかった。人が耐えられる痛みの限界など知るはずもないが、おぞましささえ感じる見た目になるまで痛め付けられて、悦に入ったような顔色など浮かべられるはずがない。

しかし、目の前にいる男はどうだ。

まるで、餌を待ちわびる猫みたいに、顎をあげ、残された右目だけを爛々と輝かせている。荒くなった呼吸は、次第に艶を含みだし、苦しくなったのか、上下に割れた唇から、だらり、と舌が垂れた。猫ではなく、その様は、さながら、犬のようだ。落とした刃物を拾いもせず、後ずさった男に、濁った水のような声が掛かる。

 

「どうしたの……?僕がどうして、ここを襲ったのか吐かせる、そう息巻いていたじゃないか。そんなに離れてちゃ、何も出来ないよ……?」

 

ひっ、と悲鳴をあげ尻餅をつく様を眺めていた椅子の男から、表情が消えた。

 

「なぁんだ……期待外れだったなぁ……」

 

自由の利く首で空を仰ぐと、顔を戻さず、一息で軽く立ち上がる。驚愕のあまり目を剥いた男に、もう関心が薄まったのか、右目の煌めきが鏡のように冷めきっている。目線を投げつけつつ、足下に落ちていた刃物を拾った。

 

「君、ここのリーダーなんだよね?」

 

語りかけられるも、リーダーは拾われた刃物と男に目が釘付けになっていた。

椅子に縛られていたにも関わらず、男は苦もなく立ち上がってみせた。つまり、あの拷問を享受していたのだ。




感染の続編になります


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第2話

背中に、冷汗が流れ始め、喉を鳴らす。世界が崩壊してから、人を騙す奴、人から奪う奴、人を殺す奴、あらゆる人間を見てきたが、こんな奴は初めてだった。痛覚が麻痺しているなんて次元の話ではない。

風が吹き、周囲の木々が音をたてる中、そこに葉音だけではなく、集団の足音と呻き声が混ざっているのを聞き取ったリーダーは、男の背後より、多数の死者の影が伸びてきていることに気付く。この世の中を壊した生きる屍の大群が、身を粉にして築き上げた世界へ侵入してきている。

 

「何故だ……?何故、奴等がここに……?ここは学校だぞ、入り口には柵があるし、中へは入れないはず……」

 

言いかけた所で、眼前に立つ男を恐る恐る見上げる。すると、先程と同じように、口角が吊り上がっていた。

男が一度、死者の影に振り返り、僅かに肩をあげる。

 

「この世界に必要なことってなんだと思う?」

 

「必要なこと?」

 

向き直って両手を広げると、嬉々とした声音で叫ぶ。

 

「 人間を殺す方法はいくらでもあるのさ!撲殺、刺殺、圧殺、扼殺、射殺、毒殺!だが、これらは痛みの先にあるものなんだよ!死ななければ生きられる!生きているから死んでしまう!」

 

影の先頭が校舎の角から姿を現す。

本来、鼻があるはずの位置には、ぽっかりと穴が空き、糜爛した痕の残る腹部からは、漏れだした臓器が頼りなく揺れている。次々と姿を見せる者のなかには、死蝋のように生前の姿を保った者までいる。リーダーは、口を塞いだ。大群の中に、近場で死者から隠れていた者達が、数人、変わり果てた姿で歩いていたからだ。

男が、抑揚をつけて続ける。

 

「生と死の狭間にある痛みを受け入れることは、自分を不死身にしてくれるのさ……僕はね、別に死にたい訳じゃない、生き残る為にこうなったんだよ。そして、気付いたのさ!痛みの素晴しさと訪れる奇跡に!そう!これは、神からの最高峰の贈り物なのだと!!クカカカカ!」

 

哄笑を耳にし、狂っている、そんな感想がリーダーの顎を震わせ、歯列が音を響かせる。

すると、突然、男は声のトーンを下げた。

 

「だけど、君は駄目だったね……そこにいる彼等に残虐な人間を聞いて、門まで壊したっていうのに、期待外れもいいとこだ」

 

凍てついた目付きがありありと男に宿り、刃物をもつ手が締まった。その瞬間、死者と男への恐怖心から、リーダーはある言葉を口にした。

 

「なあ、俺も……アンタの思想に賛同したよ……だから、ここのリーダーの座を譲る……貴方は、俺達の導きになってはくれないか?」




また同じ過ちを繰り返すとこだった……


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第3話

一瞬、きょとん、とした男は、数秒後、合点がいったとばかりに、ああ、吐息のように吐き出す。そして、怪訝そうに尋ねた。

 

「それってさ、僕に殺されない為の方便じゃないよね?もし、そうだとしたら、すごく、ものすごーーく、心外なんだけど」

 

リーダーは必死の形相で首を縦に振る。それでも、男は訝しそうに喉の奥で唸るだけだ。

 

「だとしたら、判断が難しいなぁ……なにか、こう、僕が信用できるようなことはないかなぁ……」

 

こうも悠長に構えられていたら、遅かれ早かれ、どちらかに殺されてしまう。そこで、焦燥に駆られたリーダーは、舌を出し勢いよく自ら口を閉じた。数万個の味蕾を歯で磨り潰すのは、頭のなかにまで、鋭い針を幾度も刺されるような激痛が走っているみたいだった。鉄の味が口内を占めていき、溢れてくる血をどうにか逃がしながら言葉を繋げる。

 

「これが……忠誠の、友好の証しになるかは……貴方の考えに任せる……だから……どうか……この手をとってくれないか……」

 

リーダーが差し出した右手が包まれ、男が顔の位置を合わせた。顔面が浅黒くなり始めていたので、表情は読み取りにくくなっていたが、声の調子が弾んでいる。

 

「そうかぁ、嬉しいよ。僕に賛同する人がいてさ。どうだい?痛みは生きる素晴らしさを与えてくれているだろう?いま、君は生きているって実感できるだろう?えっと……ごめん、名前は?」

 

「早坂だ……早坂健太……」

 

共通の趣味を見付けたような明るい口調のまま、男が頷いて言った。

 

「早坂君か、僕は真田広明、これからよろしくね。それじゃあ、まずは、彼等をどうにかしようか」

 

校舎から悲鳴が木霊した。どうやら、生きる屍の大群は進行を広げているようだ。

真田と名乗った男は、立ち上がるやいなや、死者に歩み寄り、自然な手付きで額を貫き前蹴りを打ち込んだ。後続を巻き込んで倒れた死者を確認するよりも早く、二人目のこめかみに刃を沈める。大きな骨は折れてないとはいえ、こうも変わらずに動けるなど、常識的にあり得ない。生きる為に述べた早坂は、とんでもない男に捕まってしまったのだと自覚した。

早坂の口から落ち、地面に広がった朱色は、自身が吐いた言葉とともに、どれだけ月日が過ぎても残り続けるのだろう。それまで正気を保つことができるのだろうか。

生と死の間に存在する痛みを求める真田広明、生と死の狭間を生き抜いた九州地方感染事件の生存者達、この両者が出会うのは、これから四年後、世界が崩壊してから、七年後のことだった。




とあるネット小説にハマってしまった……
次回より、第1部に入ります


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第1部 生存者

一台の軽自動車が炎天下の中、走っていた。排気音が歪な唸りをあげていることから、充分な整備をしていないことが分かる。加えて、後部座席には、大量の段ボールが積まれており、リアバンパーは下がり、バックミラーに写る光景も茶色の箱で埋められている。運転手の男は、ハンドルを片手で操作しつつ、頭上のルーフの凹みを右手で押してみるが、すぐに諦めて溜め息をつき、助手席で寝息をたてる青年を一瞥した。

迷彩柄のズボンに、返り血が付着した白のティーシャツ、髪は涼しげに短く揃えられている。それでも、やはり、暑さの影響なのか、額から垂れた汗が、頬を伝って顎先へ到達し、数滴、ズボンへ落下する。その様子を眺めていた運転手の男は、ふっ、と短く鼻で笑うと、正面に向き直り、レジスターを助手席の青年に合わせ、ハンドルを両手で握りアクセルを緩める。

九州地方感染事件から十年、多大な犠牲を払い到着した東京では、マスコミなどに追われながらではあったが、どうにか穏やかさを取り戻しつつあった。しかし、事態は五年前に急変することになる。

始まりは、広島県にある海の名所として有名な浜海水浴場に、腐乱した死体が漂着したときだった。当時の新聞やニュースでは、周辺に集まっていた観光客に襲いかかり、多数の死傷者を出した上に、噛まれた者までもが避難先で死亡したのち、突然、甦り人を襲い始めたとあった。そこから先は、詳しい情報を入手することはできなかった。爆発的に増える動く屍に対して、有効な手立ても見つけられず、僅か数十日で日本が崩壊したからだ。いまや、生き延びている人類よりも、甦りを果たした屍のほうが圧倒的に数で勝っている。生存者達は、拠点を設けて小さな社会を形成し、日々を暮らしていることが殆どとなった現在、二人も例に漏れず、拠点とした場所に戻っている最中だった。

運転席の男は、ドアウィンドウをスイッチで下げると、ダッシュボードに転がしていた煙草の箱に手を伸ばし、紙パック越しに本数を確認すると、男は苦い顔をして、少し悩んだものの、一本を取り出し唇で挟んで火を点ける。漂う煙が外へと流れていくが、助手席に座る男には届いていたようで、小さく唸ってから薄く目を開ける。気付いた運転席の男が言った。

 

「あ、悪ぃ、起こしちまったみてぇだな」

 

声を掛けられた青年は、まだ意識の手綱を握れていないのか、僅かに呆けた顔をしたあと、両目を見開く。

 

「す、すいません達也さん!俺、どれぐらい寝てましたか!運転代わります!」

 

達也と呼ばれた男が、フィルターにまで迫った煙草を指で外に弾いて笑う。

 

「まだ、三十分くらいしか経ってねえよ。気にせず寝てて良いぞ?裕介、お前、最近は特に寝てねえだろ?」



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第2話

裕介は、眉を寄せてサイドミラーに自分の顔を映してみる。両目の下に、ハッキリとクマができており、とてもやつれたように見えた。まだ、二十代半ば、皮膚の弛みや血行不良といった原因ではなさそうだ。一つ、吐息をついて、ズボンのポケットをまさぐり、腕時計を左手首に巻き付けると、さきほどのやり取りを煙に巻くかのように呟く。

 

「もうすぐ、昼になるから……交代するなら、そのときでも良いか……」

 

達也は吹き出して言った。

 

「裕介ってそういうとこ下手くそだよなぁ……太陽の位置で大体は予測できるに決まってんだろ、今は昼過ぎだ。すぐに交代させようとしても無駄だってえの」

 

愉快そうに笑う達也に、裕介は不満そうに鼻を鳴らした。

上野裕介と古賀達也、二人は九州地方感染事件の数少ない生存者だ。未曾有の災害を生き抜き、地上を跋扈する死者に対しての対策を持っていた為、誰よりも早く危機を感じ取り、多くの命を救いだすことが出来た。人々と作り上げた小さな街は、巨大な壁に囲まれている。

美術館を横目に視認し、ようやく、中間地点にまで差し掛かった所で、達也はブレーキを掛けた。理由は訊かなくても分かる。

 

「二日前には、無かったよな?」

 

達也の質問に、裕介は頷いた。

美術館を過ぎた先の道路は、横一列に並べられた七台の車で塞がれていた。どれも状態は良いようには見えないので、恐らくは、周辺に廃棄されていた車両を強引に動かしたのだろう。

ジリジリと照らす太陽の下だと、車体も熱くなっているはずだが、よくやるものだ、と呆れる達也に対して、裕介は警戒心を強める。これだけの大仕事、一人でこなせるものではない。

 

「達也さん、どうします?引き返しますか?」

 

しばらく逡巡した達也は、首を横に振る。

 

「いや、ここまで二日も経過してる。街にいる奴等も、いろんな意味で首を長くしてるだろうし、引き返すのは得策じゃねえと思う」

 

「なら、車をズラしますか?二台もどければ通れるでしょ。なら、それは終わりとして、次の問題ですけど、明らかに誰かいますよね」

 

「ああ、いまは隠れてるみてえだな」

 

「実弾と銃をもってたらどうします?」

 

裕介は神妙な顔付きで尋ねたが、とうの達也は軽口でも叩くような口調で返す。

 

「まあ、そんときはそんときだろ。頼りにしてるからな、相棒」

 

達也の左手が肩に置かれる。右肩に残る感触を確かめてから、右腰に吊っていたシースからナイフを逆手に引き抜き、ドアを開いた。念のため、すぐには閉めずに大盾のように使いながら、身を屈めてドアウィンドウより様子を窺う。




うーーん、ハマりすぎてるなぁ……これは、いかんなぁ……


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第3話

あちらも車を盾にしているのかと警戒しながら、裕介が立てた指を前方に向け、サイドミラーで背後を監視してつつ、ナイフを引き抜き、視認した達也が車から降りる。

裕介は、並んだ車から延びる影を注視して、舌を打った。太陽が二人の背後にあるため、影でのチェックが出来ず、より危険が増していることを理解したからだ。迂闊だったと後悔しても、後戻りはできない。汗ばんだ掌にナイフを握り直し、もう一度、達也へ視線を送れば、ジェスチャーを交えて車に近付くことを伝えてきた。裕介が首肯したのち、達也がのそりと動き出す。ジリジリとした足取りで、距離を詰めていく中、裕介はここ数年で鋭敏に研ぎ澄ました感覚を頼りに、音や影を探し始める。

絶対にどこかにいるはずだ、そう信じて思考を巡らせていると、ある可能性に行き当たった。あの車列が、注意を向ける為の罠だとしたら、どうなる。達也は、サイドミラーで後方の確認はしていたものの、バックミラーの景色は段ボールに埋められて見えない。だとすれば、完璧に背後を確認できてはいない。

はっ、と息を呑んだ瞬間、裕介の後頭部に、筒上の何かが押し当てられ、低い声が聞こえた。

 

「動くな。両手を挙げて、ナイフをそのまま、地面に置け」

 

裕介は、右手に持っていたナイフを、そっ、と地面に置いて、頭の上に両手を挙げた。一呼吸の間を置いてから、旋毛に息がかかる。

 

「仲間は他にいるのか?」

 

筒の違和感が無くなりはしたが、裕介は黙然と首を振った。まだ、毛先に至るまで武骨な雰囲気は漂ってきている。こうなれば、頼れるのは達也だけだが、期待の相棒は車列にまで到着し、周辺を窺いつつ、廃車を動かして車が通れるくらいの幅を作ろうとしていた。

くっ、と奥歯を噛み締めた裕介は、細い息で問い掛ける。

 

「君のほうはどうなんだ?仲間が近くに潜んでいるのか?」

 

再び、冷たい筒の感触が後頭部に押し当てられる。意味するところは、余計な口を挟むな、だろう。それでも、裕介は浅く息を継ぎながら言った。

 

「押しつけたのは、答えと受け取るよ。そもそも、廃車を並べて壁にするなんてこと、一人じゃ出来ない……いるんだろ?この近くに……」

 

「そうだな。そこまで分かっているのなら、黙ってこちらの要求を呑んでもらえないか?」

 

「要求って?」

 

「確認するまでもないだろ?もちろん、オタクらの車に積まれた物資だ」

 

やっぱりか、と裕介が嘆息をつく。どのような意味合いで受け取ったのか、男はやや語尾を強めた。

 

「決断できないのなら端的にいってやる。物資と命、どちらが大切だ?」



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第4話

男の声が上がると、裕介は、すかさず立ち上がる勢いを利用して、膝のバネを使い車の助手席へ飛び込む。事態の好転を望むあまり、込み上げた怒りに意識を向けてしまい、咄嗟の反応が遅れた男は、くそっ、と短く悪態をつき、警戒もせずに車内を覗く。

眼界を占めたのは、靴の底だった。

 

「ぶっ!」

 

鼻頭に強烈な痛みが走り、無意識に男は鼻から口にかけて左手で覆う。だが、倒れることができなかった。右手が伸びたままになっており、男は車内に引き込まれ、シートに顔をぶつける。何が起きているのか、把握するよりも早く、自身が右手に持っていたはずの物が無くなっていることに気付く。

男が慌てて顔をあげるのと、額に銃口が突き付けられるのは、ほとんど同時だった。

 

「形勢逆転だ」

 

破顔した裕介とは対照的に、男は眉をあげて睨みつけた。

 

「なんだ、俺よりも、だいぶ若造じゃないか。それで、坊っちゃん、どうするつもりだ?それで俺を撃つのなら、撃ち方でも教えてやろうか?」

 

男の皮肉に、裕介は一転して沈痛な面持ちを作る。

 

「必要ない。それは、アンタが一番わかってるはずだ……怪しいとは思ってたけど、これ、モデルガンだろ」

 

目元の剣を強めはしたものの、男は諦念の息をつき、首だけで項垂れた。右手は、相手の左手と左足に押さえ付けられ、左手と両足は車外に出てしまっている。対して、青年の右手にモデルガン、右足は自由、そのうえ、運転席側のドアは開いたまま、態勢の不利は明らかだ。

 

「御名答だ……どうする?俺を殺すか?いくらモデルガンといえども、ソイツで頭でも殴られたら、息絶えるだろう」

 

「そんなこと……しない。ただ、何事もなく終わりたいだけだ。少しだけど物資も分けるよ」

 

提案に緘黙を続けていた男は、やがて、吐息をつき、顔をあげて訊いた。

 

「さっき、銃が怪しいと言っていたが、どこに違和感を覚えた?」

 

「突き付けられた瞬間から、かな。あれだけ近付けたのなら、背後から撃てば良いのに、そうしなかった。それに、元々のことを言えば、その、ここ、日本だし……」

 

後半を濁しながら返した裕介に、男は吹き出し、困惑の色を浮かべた青年に、一度、謝罪を挟んで言った。

 

「こんな人間が、まだ残っているなんてな……分かった、こちらの負けだ。なにもしないから放してくれないか?」

 

裕介は、念のために、男のズボンと腰回りに視線を送り、大声で達也を呼んだ。

一台分の幅を確保して肩で息をしていた達也は、走って戻ってくるや、車内の光景に瞠目するも、両者の状況と、裕介の笑みを見て息を吐き、不満を言う。



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第5話

「なにがどうなってんのか、よく分かんねえけど、もうちょい早く呼べなかったのかよ」

 

「すいません、呼べるような状況じゃなかったもので……この人の持ち物検査をしてもらえませんか?」

 

頷いた達也は、助手席へ回り、ズボンからポケットと叩いていき、腰回りまで確認を終えた途端、男の襟を乱暴に掴み車外へ放り出すと、無防備に晒された腹部に乗り、ナイフを喉元に突き付ける。裕介が非難をあげる。

 

「達也さん!なにを!」

 

「襲われたから襲い返してるだけだ。これから先の保証を作ってんだよ」

 

男の喉に切っ先が触れた。

 

「必要ないです!俺は、その人と話しをつけていますから!」

 

達也が、振り返ることもせず、戸惑いの声を出す。

 

「話しだと……裕介、お前まさか……」

 

裕介は、ぐっ、と唇を噛むが、なにも返事がないことに苛立った達也が火を吹く勢いで振り返って怒鳴った。

 

「また、物資を分けるから見逃せなんて言ったんじゃねえだろうな!どれだけ大変だったか、お前も分かってんだろうが!」

 

「それは……」

 

身を引いた裕介に、達也はバツが悪そうに舌打ちすると、喉元からナイフを離して立ちあがり、男は、緊張からか、盛大に息を吐き出した。

 

「良いか、裕介……俺や浩太は、お前に冷酷になれとか、非情になれやら、そんなことを言ってる訳じゃねえんだ。ただ、もうちょい、自分のことも考えてくれよ」

 

柔らかい口調で言った達也は、男をそのままにして、ボンネットに腰を落ち着けた。目元に降った影を払うように首を振った裕介が車外へ出ると、男に手を伸ばす。訝しげに裕介を仰ぎつつも、握り返して言った。

 

「そこの人のほうが正しいぞ……俺を助けてもなにも……」

 

「人は助け合うもんでしょ」

 

被せるように言った裕介に、男は呆けた様子で達也を見るも、肩をすくねられてしまう。軽い調子で引かれた腕と共に立ちあがると、薄く笑みを溢してしまった。

 

「随分な変り者だな」

 

「よく言われる。けどさ、俺も君も人間だし、こういうのも良いもんだろ」

 

三人の周辺を囲む瓦礫と朽ち果てた背の高いビル、どこからでも現れる死者が跋扈する日本、そんな環境で掛けられた裕介の言葉を正面から受け止められる者が、どれだけいることだろうか。

憂慮に満ちた男は、心と現状に板挟みになりながらも、右手を頭上に掲げた。素早く反応を示した達也に、裕介が、男から目を離さずに制止の声を出す。

そして、男の背後にあるビルの入り口から、ひどく痩せ細って、いやに下腹のでた数十名の男女が姿を見せた。遠目で発見したら、死者と間違えてしまいそうだ。



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第6話

「俺達は、とある場所から逃げ出してきたんだ……」

 

ノロノロと歩み寄る集団に意識を奪われてしまっていた達也が、我に返って疑問を口にする。

 

「とある場所……?」

 

男は首肯して言った。

 

「こうなった以上、タダで手に入れる訳にはいかない……物資を分けてくれるのなら、俺も相応の情報をやる。お前達も身を守るのなら、聞いておいて損はないはずだ。どうする?」

 

目を配られた達也は、裕介へと受け流す。ふてくされたような行動に、苦笑いをした裕介だが、すぐに表情を固めた。男は、息を吸い込むと、訥々とした口調で話す。

 

「奴等は、自分達の事を「傷物」と呼んでいた……リーダーの名前は分からないが、常に左目を閉じていて、左耳が削ぎ落とされている。分かりやすい特徴だろ……」

 

すかさず、裕介が訊く。

 

「その傷物って連中が、どれだけ危険なのか、説明できる?」

 

男が、さきほど現れた集団に顎をしゃくると、渋々といった足取りで三人が前に出る。肋が痛々しく浮き、足と腕は白く細い。炎天下の現在、ながらく外出をしてこなかったのだろう。陽に当たるのも辛そうだ。

 

「コイツらは、まだマシなほうだったから歩けるが、それでもこれだよ」

 

男が一人の服を捲ると、陰部から首元にかけて、多数の生傷が現れる。特に、胸を裂くように刻まれた裂傷の奥に白いものが見えそうだ。裕介は、驚愕のあまり目を見開き、達也は息を呑んだ。

男が捲ったシャツを戻して続ける。

 

「さっきも言ったが、これでも、マシなほうなんだ。さすがに、女性の傷を見せることはできないが、ここにいる全員の胸にも、同じような傷がある」

 

どうやら、足元が定まっていなかったのは、単に炎天下による疲れのせいだけではなかったらしい。刻まれた傷は、胸だけでなく、他にもありそうだが、裕介は見せなくても良い、と右手を突き出す。

 

「これがお前達に渡すべき情報だ。これでどうだろうか?」

 

男は、横目で達也を確認するように見た。この情報で物資と吊りあうか、と暗に示しているのだろう。それでもなお、達也の態度は変わらず、男と目が合うや、ついと逸らす。確かに、吊りあうかと問われればなんとも言えない。しかし、裕介はもとからそうするつもりだったのだから、収穫はあったと思うべきだろう。

裕介が右手を出すと、男は視線だけを落とす。

 

「ありがとう、その傷物ってやつらには、注意しておく。それなら、段ボール一箱くらいは分けてもバチは当たらなそうだ」

 

裕介が達也を一瞥すれば、溜め息を吐き出し、ボンネットから降りて後部座席を開ける。



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第7話

集団の双眸だけが、やけに光を放ち始め、いまにも足を踏み出してきそうだ。それを男が諌めるように睨目つけた。

よっ、と短い声を出した達也が段ボールを地面に置いて片膝をついたまま裕介を見上げる。

 

「これが俺達に分けることができる限界だ、こっちも人がいるから」

 

段ボールには、丁寧に重ねられた缶詰が詰められていた。肉や魚、野菜と数にして二十はある。一斉に喉を鳴らす集団を、もう一度、左手の動きで抑えた男が頭を下げる。

 

「充分すぎる。ありがとう」

 

微笑みで返した裕介が缶詰の一つを男に渡せば、指で開いて傍にいた女性の手に落とす。その流れを皮切りに、どっ、と集団が段ボールへ両手を伸ばした。空を仰いで燕下しては、満足そうな息を漏らす。

もう一箱といきたい所であった裕介だが、それだけは駄目だ、と鋭い声に遮られた。恐らく、いまだに納得していないだろう達也に、なにも言わず、男へ改めて向き直った。

 

「ところでさ、そっちはどこかに拠点でもあるの?」

 

男は首を振って言う。

 

「さっきも伝えたように、俺達は這う這うの体で逃げて来たんだ。拠点を築く暇なんかなかったよ……口振りである程度は分かるが、そっちはどうなんだ?近くにあるのか?」

 

「テメエに関係ねえだろうが」

 

忿懣を隠そうともしない達也に巧笑を作った男は、両手を胸の位置で揃える。原因は、ハッキリとしているが、どうにも虫の居所が悪いみたいだ。そんな状態なので、裕介も頷くだけに止めておき、話題を切り替える為に、話しを傷物という一味に戻した。

 

「聞きそびれていたんだけど、さっきの話しに出てきた奴等って、近くにいる?」

 

「アイツらに関してはなんとも言えない。一ヶ所に長いこと留まることはあるようだが、基本的には移動を繰り返しているみたいだ。俺達が逃げ出したのは、確か、東京に入ったばかりだったと思う。ただ……」

 

男が言葉を区切った理由は、裕介にもすぐに分かった。

並べられた廃車の奥から無数の影が伸びてきており、慚愧の念を訴えるかのような伸吟が聞こえてきたからだ。段ボールの缶詰に夢中になっていた集団が短く悲鳴をあげる。車輛と車輛の間から垣間見えるだけで、二、三十人はいそうだ。

軽い舌打ちを挟んだ男が、裕介と達也へ言った。

 

「こっちは、まともに歩けない奴が多い。申し訳ないが、頼んでも良いか?」

 

「分かった。ただ、こっちも倒すことはできないんだ。代わりに引き寄せるから、その内に逃げてくれ」

 

それだけを言い残すと、裕介は運転席まで歩いてエンジンを掛けた。二度、三度と空回りはしたものの、車が震えて排気音が響き出す。助手席に達也が乗り込み、ナイフを引き抜くと窓を開けて走り出そうとしていた男に言った。

 

「もう会うことはないだろうけどな、一応、言っとく……死ぬなよ」



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第8話

これまで、あんな態度を貫いてきたにしては、温もりを持った声音だった。男は、意外そうな顔をしたが、軽く肩をあげる。

 

「そっちこそ、下手な死に方をするなよ。きっとすぐに会うことになるだろうしな」

 

裕介がアクセルを踏み、エンジンが唸りをあげて車が走り出す。男が最後に残した一言に、達也は口角をあげることを返事とした。

幸いにも、数十人の死者が達也が作った抜け道に集まっていなかったので、グングンと速度をあげた車は、車輛の間を一気に駆け抜けることができ、裕介が安堵の息をつく。しかし、助手席から飛んできた達也の声に、諦念へと変わる。

 

「……街に戻ったら、浩太を交えて話しをするからな」

 

「見逃してもらえませんかね?」

 

「駄目に決まってんだろうが」

 

ふいっ、と顔を窓へ逸らす。反射で見えた表情は、様々な感情が入り交じっているようにも思えた。

きっと、達也だって心根は違っているのだろう。人を信じたい、人と助けあいたい、人と繋がっていたい。けれど、この世界は残酷だ。

跋扈する死者、生き残りを賭けた人々との争い、裏切りと軋轢、優しさだけでは、どうしようもない事態に直面することも多い。単純な思いやりだけでは、いまを生き抜くことはできない。

達也は、そっぽを向いたまま、裕介の肩を軽く叩く。

 

「まあ……先日も、似たような件で、お前らはぶつかっちまってるしな。ある程度は庇ってやるから、そんなに気落ちするなよ」

 

段ボールが一つ減ったことで、確認しやすくなったバックミラーへ目線をあげ、ポッカリと空いた空間を眺めたまま言った。

 

「そうしてもらえると、有り難いです……」

 

物資を無駄にした訳ではない。見返りは情報、それも危険な集団が近くにいるという重大なことを聞けた。

大丈夫、きっと、浩太さんも分かってくれるはずだ、そう裕介は口のなかだけで呟いた。自分を落ち着かせる意味もあったのだが、九州地方感染事件を共に生き延びた仲間が不信感を募らせているのではないかという憂慮もある。それらを吐き出すことは簡単だが、そう上手く事が運ぶはずもないだろう。それが、この十年で、もっとも変わった性質なのだ。

当時の九州地方でもあったことだが、些細な出来事が大きな軋轢に変わることも少なくない。なんらかの引金へ、常に指を掛けた状態で日々を暮らしていくのは、とても神経を磨耗させてしまう。

裕介は、達也にも聞こえないような、小さな小さな息を身体から押し出すように腹から出し、案内標識を見上げると、九州地方感染事件を生き延びた者が過ごす街まで、あと僅かの距離だった。




次回より第2部「責任」にはいります


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第2部 責任

地下駐車場に軽自動車が入り、シャッターが下ろされた。

打ち捨てられたビルの窓から出ていた鍋やフライパンが引っ込み、拳ほどの鶏肉が飛び出し、独特な音をたてて地面に落下する。それを追って、ビルを囲んでいた死者達が一斉に群がった。

シャッター越しに、その光景を眺めていた達也が渋面する。

 

「何度見ても、胸糞悪ぃな。裕介、早いとこ荷物を降ろして、中に入るぞ」

 

後部座席を開き、段ボールを引きずり出していた裕介は、なにも言わずに頷く。そこで、地下駐車場とビル内を繋ぐ扉が開かれた。二人が顔を向けると、ショートカットで、まだ幼さを残す顔付きをした少女が手を振っていた。

 

「達也おじさん、お兄ちゃん、お帰りなさい!」

 

「ああ、ただいま、亜里沙ちゃん」

 

迷彩服の上着を腰に巻いた加奈子が、白の半袖シャツの姿で駆け寄ってくる。裕介が、年齢を重ね、相応に育った身体なのだから、少しは気を使えと言い聞かせているのだけど、と苦笑を浮かべていると、ひょい、と顔を覗かせた加奈子が積まれた段ボールを指差す。

 

「今回も沢山あるね。まだ残ってた?」

 

「いや、もう残ってないよ。次の場所を探さなきゃいけなくなった」

 

そう裕介に返され、加奈子の表情が曇る。

裕介達が「街」と呼ぶビルには、現在、生き残った人々が三十名ほど暮らしており、今回の成果をそれぞれに配れば、恐らく、一週間も保たないだろう。いくら都心部に近くとも、物資を確保するのは至難の業、ましてや、次を探るとなると、場所も限られてくる。世界が衰退して五年、このビルを拠点にして三年、事態は悪化の一途を辿っていた。

 

「なに暗い顔してんだ、ほら、加奈子ちゃんも荷下ろしを手伝ってくれねぇかな。老体には腰にくるんだよ、この作業」

 

わざとらしく、腰に手を当てた達也に微笑んだ加奈子が返す。

 

「老体って言うけど、達也おじさんって、まだ三十前半じゃん」

 

「いやいや、それでも加奈子ちゃんの倍は生きてるんだから、十分老体だろ。ほら、さっさと手伝ってくれ」

 

はーーい、と間延びした返事のあと、後部座席に手を伸ばした加奈子は、段ボールの一つを持ち上げながら、思い出したように裕介に言った。

 

「そういえば、お兄ちゃん、お姉ちゃんが話しがあるって言ってたよ」

 

「亜里沙が?」

 

「うん、なんだか暗い感じだったし、ここは私がいるから、先に行ってきたら?ついでに、台車とか持ってきてくれたら嬉しいな」

 

それは加奈子ちゃんが持ってきてくれていたら、とは口にせず、達也に目線を送る。

 

「行ってきて良いぞ。こっちは下ろすだけだからな」



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第2話

「分かりました」

 

ビルへの扉へ歩きだした裕介の背中に、加奈子の声が当たる。

 

「出来るだけ早く戻ってきてねーー」

 

「ああ、分かってる」

 

扉を抜け、ビルに入った裕介は、後手で扉を閉めた。

もともとは、白に塗られていたコンクリート壁を眺めていると、生まれ育ったマンションの記憶が甦ってくる気がした。勿論、あの九州地方感染事件から失ってきた多くの人々のこともだ。いまとなっては、どんな声をしていたのか忘れてしまっているが、交わした言葉は刻んでいる。

 

「俺達はまだ、人として生きてる。そうですよね、真一さん」

 

自信がない訳ではない。だが、時折、ちゃんとした人間でいられているのか、分からなくなることがある。

裕介は、自分に言い聞かせるように呟くと、一階のエントランスへの階段に足をついた。

 

※※※ ※※※

 

裕介達がいる街は、六階建てのビルになっており、広々とした一階エントランスホールが住民の生活空間になっており、中央奥に設けられたエレベーターから六階へ行くことができる。

比較的、近代に建てられた為、ソーラーパネルの恩恵もあり、照明には事欠かないが、問題は山積みになっていた。

その一つである原因を担う無精髭を生やした男が、裕介を認めると同時に立ちあがり、ズカズカとした足取りで声をあげた。

 

「おーーおーー、物資調達のエキスパート様が帰還されたみたいだな。で、どうなんだ?今回の成果を聞かせて、みんなの士気を高めてやってくれや」

 

「今回の調達で、拠点にしていた場所の物はほとんど無くなった。医薬品や服はあるけど、食料は約一週間分ってところだよ、伊藤さん」

 

伊藤孝次は、両腕を広げて、盛大に鼻を鳴らす。

 

「はぁ?服はいらないだろ、服は。ソイツを調達するくらいなら、食い物持ってこいよ、飢え死にさせるつもりか?」

 

「そういう訳にはいかない。ここには、女性だっている。男は、多少、汚れたって構わないかもしれないけど、そうもいかないだろ」

 

エントランスホールの角で洗濯籠を使って、手洗いをする女性達を一瞥する。慣れない洗濯板で付着した血を擦って落とす為、数回の作業で破れてしまっているようだ。

 

「それに、世の中がこうなってしまったとしても、俺達はまだ生きた人間なんだ。だから……」

 

「出た出た、俺達は人間なんだーーって一言な。あのよぉ、そんな人間とは斯くあるべき、みたいな哲学に用はないんだよ。俺達が気にしてんのは、明日、生きていられるかだ。そんな糞の役にも立たない奇麗事なんかじゃないんだってーーの」



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第3話

呆れた口調で首を振る伊藤に、賛成の立場にある数名が次々に賛同の声を出し始める。一週間分だけでは生きていけない、子供だっているんだぞ、もっとも大切な物は食料だ、外で何をしていた、人員を減らして辿り着いた結果がこれか、などと口々に罵倒が飛んでくる。

それに、気を良くした伊藤が一際大声で言った。

 

「服じゃ腹は膨れないんだよ、エキスパートさんよぉ!なあ!みん……!」

 

伊藤が言葉に詰まった理由は、無骨な筒状の何かが後頭部に当てられる感触があったからだ。あれだけ騒ぎ立てていた周囲も、いつの間にか静まり返っている。

息を呑んだ伊藤が目だけで振り返れば、鮮やかな迷彩柄のズボンが映る。

 

「随分と、ご機嫌みたいだな、伊藤」

 

「お……岡島……さん……」

 

伊藤がゆっくり両手を掲げていき、肩で止まると、額から吹き出した汗が、顎から滴り落ちた。

 

「そうだ、それで良い。でだ、裕介、これは一体、なんの騒ぎだ?」

 

岡島浩太は、伊藤に突き付けた拳銃を下げずに裕介に尋ねる。まるで、冷えた鏡のような感情が見えづらい浩太の問い掛けに、裕介は喉を上下させて言った。

 

「いや、今回の調達の成果がちょっと悪くて……浩太さん、報告していた場所は、もう、物が無くなってしまったんですけど……」

 

「そうか。で、次の当てはあるのか?」

 

「はい、あります。ただ、少し距離があるので、近いうちにまた達也さんと行ってきます」

 

浩太は満足そうな吐息をつくと、伊藤へ銃口を更に押し付ける。

 

「だ、そうだ。伊藤、それに、周辺にいる皆、物資のことは心配しなくても良いみたいだぞ」

 

エントランスホールの空気が安堵に揺れる。だが、それはすぐさま霧散し、全員の視線は、中央にいる三人に注がれる。いや、正確には、浩太と伊藤にだ。

水を打ったような静寂を破ったのは、浩太だ。

 

「それじゃ、本題に入ろう。なあ、伊藤、お前はどうして拳銃を突きつけられているのか理解しているか?」

 

これから何が起こるのか察したのか、伊藤の身体が小刻みに震え出し、裕介が目を細めた。

 

「こ、ここの治安を……乱したから……」

 

浩太の声が僅かに跳ねる。

 

「そうだ。治安を乱した、つまりは、お前にはある嫌疑がかけられている。俺達を裏切っている、もしくは、裏切るつもりなのかもしれない。俺に、この街の治安を守る責任がある内は……」

 

「まっ、待ってくれ!そんな事はしねぇよ!ただ、ちょっと不安が募っただけなんだ!裏切ったりなんて、有り得ねぇから!」

 

振り返ることなく遮った伊藤は、必死の形相で訴える。その叫びを受ける者の中には、裕介も含まれているようだ。



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第4話

裕介にしか見えていないが、助けてくれ、そう懇願する黒目には、涙が溜まり始めていた。

それでも、浩太は容赦なく突き放す。

 

「そんな事はしないって?会話に於ける基本を教えてやるよ。伊藤、お前がどう思うかじゃない、お前が発した言葉を受けた相手が、どう思うか、そっちの方が大切なことだ」

 

溜め息を挟んだ直後、撃鉄とシリンダーが回る音が伊藤の鼓膜に届いた。

 

「なあ!おい!冗談だろ!俺はここに貢献してる!俺が居なくなったら、誰が電気系統の整備をするんだ!」

 

「残念だが、冗談を言ってる場合じゃないんだよ。それに、お前だって見てきたはずだぞ、俺が治安を守る為なら、なんだってするってことをな」

 

浩太が引鉄に掛かった指を動かすと同時に、裕介が駆け出しす。

 

「浩太さん、駄目だ!」

 

拳銃を掴もうと、右腕を伸ばすが、もう間に合わないことは明白だ。周辺の人々も、これからの惨劇から目を逸らしている。

 

「やめてくれぇぇぇぇぇ!」

 

裕介が歯を食い縛って、どうにか食い止めようとする中、伊藤の絶叫が響き渡り、遂に、引鉄の指が下がり切ろうとした瞬間、浩太の背後から現れた右手が、シリンダーを握り発砲を止めた。

怪訝そうに眉間を狭めた浩太の耳元で、女性の声がする。

 

「裕介君の言う通りよ。やめなさい、浩太君」

 

拳銃を覆うような右手の袖口が白衣だと気付き、浩太が億劫そうに呟く。

 

「邦子さんか」

 

渡部邦子が、腕に力を込めて拳銃を下げさせると、伊藤がその場にへたりこんだ。

 

「いつまで、こんな意味のない事を続けるつもりなの?今は、みんながイライラしている時なのよ。リーダーなら少しは余裕を持ってもらえないかしら」

 

白衣のポケットに手を入れた邦子は、中から煙草の箱を取り出し、飛び出た一本を振り向いた浩太に差し出す。

 

「達也と裕介は調達、亜里沙ちゃんと田辺さんは物資の管理、斎藤さんは哨戒、邦子さんは医療、俺の仕事は、統括と治安維持、俺は俺の仕事をしているだけで、余裕がないと仕事もできない」

 

「だから、落ち着いてるって?浩太君、自分が言ったことを忘れたの?」

 

とてもそうは見えない、と邦子は首を振る。

 

「治安維持も仕事の内なら、周りを見回してみなさい。みんながどんな目をしていると思う?」

 

下げた拳銃をホルスターに戻し、浩太は差し出されていた煙草を一本抜き、火を点けると、紫煙を漂わせながら歩き始め、邦子とすれ違いながら言った。

 

「邦子さん、俺の判断は間違っていると思うか?」

 

「さあ、どうかしらね」

 

その返答に、浩太は肩を軽くあげて大声を出す。

 

「裕介、あとで、責任者全員で俺と達也の部屋に来てくれ。今後の話しをする。勿論、邦子さんもな」



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第5話

そう残して、エントランスホールの階段を登っていく浩太の背中に、裕介が小さく、了解です、と返し、腰が抜けた状態の伊藤に肩を借そうとするが、あえなく、手を弾かれてしまった。

 

「借りを作ったなんて思わねえからな!」

 

「俺だって、そのつもりはないよ」

 

浩太の気配がなくなると、裕介を睨みながら伊藤の支持者が一斉に集ってくる。その視線を受け流しつつ、裕介は邦子に声を掛けた。

 

「助かりました。また、前と同じことを繰り返すところだった」

 

邦子は、シリンダーを止めていた右手を軽く振る。

 

「良いのよ。それにしても、何を考えているのかしらね……」

 

裕介の落ちた声音に負けず、邦子の返事も暗いものだった。

浩太が今のような状態になったのは、二年前、ある事件が起きてからだ。当時、街に食料を要求してきた、とあるグループを何者かが招き入れた。今に至っても犯人は判明していないが、多大な犠牲を払ってしまう。

九州地方からの脱出を支援した一人、浜岡という男は、誰よりも素早く危険を察知し、このエントランスホールでグループとの対話を求めた。しかし、近付いた相手がフルスイングした金属バットによって、命を落とす。

そこから先も、凄惨な出来事として、裕介の脳裏に深く刻まれている。

 

「あれから、もう、二年……そろそろ、前に進まなきゃいけないのに、あのままじゃ、信用を無くすことになるわ」

 

「けど、浩太さんも必死なんだと思います。あのときみたいな状況を作らない為に……」

 

「庇いたくなる気持ちは分かるわ、私もそうだから。けど……」

 

言葉を濁した邦子が、なにを伝えようとしたのか裕介も分かっている。だが、あえて、二人は会話を交わさなかった。

そして、ふっ、と息をついた邦子がポケットに入れた煙草を裕介に渡す。

 

「一度、浩太君のとこに行く前に、部屋にある薬の備蓄を確認してくるわ。達也君に会ったら、それ、渡しておいて。確か、出掛ける前に二箱しかないって嘆いてたから」

 

箱の中央に描かれた7のマークを眺め、裕介は頷く。

 

「もう無くなってるみたいだから、喜ぶと思いますよ。それから、亜里沙がどこにいるか知ってます?」

 

「亜里沙ちゃんなら、さっき、バインダーを持って歩いてたから、二階の食料庫にいるんじゃない?急いでたみたいだし、声は掛けてないから聞いた訳じゃないけど……」

 

首を傾げた邦子は、思い付いたとばかりに、唇にぴんと立てた人差し指を当て嫌らしく笑う。

 

「もしかして、逢い引き?」

 

「違います!ただ、呼ばれただけですよ!」



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第6話

「そうやって慌てて否定しちゃうと、亜里沙ちゃんにも悪いわよ。それに、お互い、良い年齢なんだから、先も考えておいたほうが……」

 

「だから、違いますから……もう行きますよ俺」

 

邦子の微笑を受け、これだけは流せない、と裕介は溜め息をついた。

街は、元々、企業に向けて会議場などを貸し出すビルだった名残から、二階から五階まで、無機質な廊下に、等間隔で四部屋ずつ並んでいる。

全六階建て、三階から五階は一部屋に一家族か、三人から四人、六階は裕介や浩太を初めとしたオリジナルメンバーの居住スペースとなっている。

裕介が、二階の右最奥の食料庫の扉を指で軽く六回ノックすると、すぐにドアノブが中から捻られ、中年男性が顔を出す。

 

「お疲れ様です、田辺さん」

 

田辺将太は、九州地方感染事件の様々な裏側を世間に公表した東京の記者だった男で、オリジナルメンバーの一人だ。苦労から、年齢の割りには多い白髪と細い身体が印象に残る。

メガネを指の腹で押し上げて、裕介に身振りだけで中に入るよう促す。

 

「亜里沙ちゃんなら、奥にいるよ。それと、僕も同席して良いかい?」

 

田辺の申し出に、裕介の両目が深くなる。間違いなく、邦子が言っていたような浮わついた会話にならないと理解したからだ。

 

「大丈夫です、行きましょう」

 

食料庫内の照明は切られており、採光の窓も無く、縦に並んだ棚に肩をぶつけながら進んでいく。節約の為に、昼と夜以外は電気を点けないことになっているのと、ここに三人がいることを極力、悟られないようにしているのだろう。ますますもって、不穏な空気だ。

そんな倉庫内の奥に、清潔感のある白いワイシャツから覗くうなじの位置で、長い黒髪をポニーテールに纏めた女性、加藤亜里沙の背中があった。

 

「お帰り。裕介君、早速でごめんね?」

 

「大丈夫だよ。なにか問題でもあった?」

 

顎を下げた亜里沙は、段ボールに野菜を入れたままになっている四段目の棚を示してから、裕介にノートが挟まれたバインダーを渡す。

 

「ここ数日で、野菜を中心に食べ物が無くなってる。本当は、もっと早く知らせるべきだったんだろうけど、確認してる内に裕介君が調達に出掛けちゃったから……」

 

さっ、と青ざめた裕介が尋ねる。

 

「正確に、いつからか分かる?」

 

裕介にバインダーを渡すよう促した田辺が言った。

 

「僕も調べてみたけど、約四日前からだね。昼食、夜食、朝食は摂らない人もいるけれど、毎回、前日のデータを残しているから、間違いないよ」



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第7話

裕介と達也が調達に出たのは二日前、書類が確かならば、二人なりに時間を空けて、しっかりと確認をとったのだろう。そして、発覚した食料の不正問題、さきほどの一悶着と合わせて、非常に頭が痛いところだ。

 

「亜里沙、この件ってさ、浩太さんには報告を上げてるのか?」

 

亜里沙は首を振る。

 

「言える訳ないよ……」

 

目を伏せた亜里沙の唇に、ぐっ、と力が入る。

 

「ねえ、裕介君は報告したほうが良かったと思う?」

 

「いや、それで正解だ。言いにくいけど、今の浩太さんなら、犯人を追放するか、最悪、殺そうとするかもしれない。達也さんにも、一応、隠しておいたほうが良い」

 

「うん、そうだね。アタシもそう思ってたから……」

 

同意を示した亜里沙が、田辺を一瞥すると、彼も同じく頷いた。共通の秘密というものは、精神的な負担を良くも悪くも分割してくれる。

 

「じゃあ、次の疑問として、犯人の目星がついてるとか、あてがある、みたいなことない?」

 

「無くはないけど……」

 

渋々、といった様子の亜里沙を促すように、田辺が肩に手を置く。少しの緘黙のあと、口をひらいた。

 

「最近、出産した小林さんの旦那さん……則松さんなんだけど……奥さんの圭子さんが母乳が出にくくなってるらしくて……」

 

「母乳と野菜がどう関係があるんだ?」

 

きょとん、として首を傾げた裕介に深い溜め息を返した亜里沙が続ける。

 

「あのね、母乳ってお母さんの血液から作られてるの。鉄分を取らなきゃ出にくくなるのは当たり前でしょ?それに、無くなってる野菜も、ホウレン草やジャガイモが特に多いし、そもそも、栄養が偏っちゃうと良くないよ」

 

「だから、小林さん……旦那の則松さんのほうな?が怪しいってこと?他に根拠はないか?」

 

「根拠と言って良いかは分からないけれど、それらしき行動はあったよ」

 

二人の会話に入った田辺は、落ちてきたメガネを押し上げる。

 

「裕介君と古賀さんが出発してから、一騒動があってね。問題事態は岡島さんの介入で片付いたのだけど、その際に、小林則松さんの姿がなかったんだ。あらかた、事態が収束したあと、ふとした拍子に戻ってきていたのだけど、その場では、どこにいたのか聞けなかった」

 

岡島さんもいたしね、と付け加えたのは、秘密を守るという意思の表れだ。裕介は、更に踏み込む。

 

「けど、それじゃあ、証拠として扱うにはあまりにも弱いですね……どうにか、止めさせないと、大変なことになる……」

 

「そこで、僕からは、罠を張ることを提案するよ」



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第8話

裕介は苦い顔をした。それも当然だろう。この街にいる以上、どれだけ問題を起こしていても、裕介にとっては、仲間であることに変わりはない。それに、敵でもない人間に罠を仕掛けるなど、どうにも気持ちが悪い。

そういった胸中を読み取った田辺は、眼鏡を取り目頭を揉んだ。

 

「これは、別に裏切りの類じゃないんだ。ただ、確認の為にすることなんだよ。もしも、僕らの推測が外れていた場合、事態を今よりも重くすることになりかねないからね」

 

「それは、分かってます。でも……罠なんて、なんていうか……」

 

「気持ちは分かるよ。僕だって、この提案は辛いんだ。けど、もっとも犠牲を抑える為には、こうするしかない」

 

亜里沙が手を挙げる。

 

「直接、聞くっていう選択肢は……」

 

「それだけは絶対に駄目だ」

 

二人の重なった声に一蹴され、亜里沙は見るからに凹んだ。蚊の鳴き声で、声を揃えなくたって、と呟いている。

しかし、今のタイミングで二人が一致したということは、裕介も犯人を特定するには、それしかないと心の奥で思っているであろうことが判明した。

気まずそうに俯いた裕介に一拍置いて、田辺が言う。

 

「裕介君、確認をするだけで、声を掛けるまではしなくて良いんだ。協力してくれないかな?」

 

「……具体的にどうやるのか、決まっていますか?」

 

「ああ、それはね……」

 

説明を始めようとした田辺を遮ったのは、ノックの音だった。三人は、ドキリ、と心臓が跳ねそうになり、恐る恐る扉へ振り返る。

 

「おにいちゃーーん、おねえちゃーーん、邦子さんからここにいるって聞いたけど、まだいるーー?浩太おじさんが呼んでるよーー」

 

聴こえてきた声に安堵の息を吐く。

そういえば、浩太が集まるように言っていた。

 

「ああ、分かった!」

 

「あ!やっぱり、ここにいたんだ!もう!台車持ってきてって言ったのに、いつまでも戻ってこないんだもん!」

 

加奈子が愚痴を言いながら扉を勢いよく開き、そこにいる筈がない田辺に気付き、あれ、と目を瞬かせる。

 

「将太おじさんもいたの?三人で何してたの?」

 

あっけらかんとした態度で、田辺は頬笑む。

 

「裕介君が持ってきてくれた物資についての話しをしていてね。今回で、施設の物が無くなってきていると聞いたから、次に必要な物をピックアップしていたんだ。それで、加奈子ちゃんはどうしてここに?」

 

上手くかわして、次の質問に切り換える。この辺りの巧みさは、元記者としての経験から活きているものだろう。怪しむ素振りもなく、加奈子が続ける。

 

「あ、そうだ。浩太おじさんが……あれ?これさっきも言わなかったっけ?」



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第9話

ふふっ、と笑った裕介は、加奈子の頭を撫でて廊下に出た。倉庫からは、亜里沙と加奈子の声がする。

この平穏を保つ為に、やるべきことをやる。それが間違いであろうともだ。

 

「田辺さん、あとで話しの続きを聞かせて下さい」

 

「勿論、そのつもりだよ」

 

※※※ ※※※

 

達也と浩太の部屋に集まったのは、裕介、亜里沙、田辺、といった面々に加え、初老の男性がいた。元警察官で十年前の九州地方感染事件の際、東京からの救助組の一人、斎藤健一だ。

椅子やテーブルが無い為、浩太以外のメンバーは立ったまま、会議に参加している中、厳しい顔で両腕を組んでいた斎藤が、部屋に置かれた自身のベッドに座り、議長の立場にある浩太へ向けて溜め息を落とした。

 

「岡島、また、拳銃を使用しようとしていたらしいな」

 

浩太の旋毛が動揺から揺れたが、すぐにおさまると、ああ、と短く返事をする。

 

「確かに、伊藤は貴重な人材だ。けど、アイツは我が強すぎる」

 

浩太の落ち着いた視線に、斎藤は奥歯を締めた。

 

「それで、拳銃を突き付けたら、お前にも被害が及ぶ可能性があることを分かっているのか?」

 

「そりゃ、理解してるよ」

 

「肉体的な話じゃなく、精神的な負担という意味で理解しているのか?」

 

浩太は屈託とした表情で、斎藤を仰ぐ。

 

「斎藤さんが何を言いたいのか、俺はちゃんと理解してる。なら、俺から聞くけど、もしも、俺があの場で拳銃を抜いてなけれぱ、裕介に被害があったかもしれない。その場合、周囲に広がる動揺はどれほどだろうな」

 

確かに、浩太は拳銃一挺で被害を最小に収めたことになる。しかし、それは、結果論に過ぎないとはかりに斎藤が反駁をしようとした所、邦子が両手をパンと打った。

 

「はい、そこまで。斎藤さんも浩太君もお互いに熱くなりかけてるわよ。ひとまずは別の話しに切り換えましょ」

 

しばらく息を含んだ斎藤は、壁に背中を預けて俯く。納得がいっていないと手にとるように分かるが、邦子は構わず言った。

 

「浩太君、喘息を持ってる人がいることは教えていたわよね?もう、薬が切れかけているから、次の調達リストに加えて良いかしら?」

 

「内容は?」

 

「テオドールっていう錠剤とキュバール吸入器よ。ただ、普通のお店には……」

 

「置いてないってことは前回も聞いて知ってる。裕介、リストに追加しといてくれ」

 

首肯した裕介が、田辺からボールペンと紙を受けとりメモを残す姿を見て、今度は達也が右手を挙げた。

 

「俺からも、報告してぇことがある。良いか?」

 

最後の確認に、どういう意味が込められているのか、それは、達也と目が合った裕介以外には分からなかった。



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