一夏が千冬と一緒にドイツに行った話 (たんたんたんめん)
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始まりの日

 ドイツにある私有地。

 とある特殊部隊の為に用意されたこの場所では、現代における最高の能力を誇る兵器の試験運用がされていた。

 その兵器の名前はインフィニット・ストラトス。通称IS。

 もともとは宇宙空間での活動を想定し開発されたマルチフォーム・スーツだった。

 だが、発表からしばらくして起きた【白騎士事件】により、従来の兵器を凌駕する性能が示された事により宇宙への進出ではなく、軍事転用されてしまったのだ。

 宇宙空間での活動の為、デブリ等の被害を受けぬよう搭載されたシールドバリアは現行の実弾兵器を実質無効化できてしまったのも、拍車をかけた。

 ISの攻撃を防げるのはISだけ。この事実は軍事パワーバランスを大きく変えたと言っても良い。

 というわけで、各国共に躍起になってISの研究を進めており、ここドイツでも積極的ににISの開発、試験を行っていた。

 

『ハーゼ1。こちらコマンドポスト。調子はどうか?』

「こちらハーゼ1。武装なしの時は良かったが、レールカノンを載せたせいか来たいいバランスが右側に傾く。すこし面倒だな」

 

 ハーゼ1と呼ばれた少女。

 銀髪を腰のあたりまで伸ばし赤い目。

 なによりも左目には眼帯を着けているのが大きな特徴だ。

 彼女の名はラウラ・ボーデヴィッヒと言い、十五歳という若さでドイツ軍最強の部隊、『シュヴァルツェ・ハーゼ(通称黒ウサギ隊)』の隊長を務める実力者だ。

 そんな彼女が纏うISもまた特徴的な見た目をしている。

 黒を基調とし赤いラインが所々にはしる見た目。右肩にマウントされた大口径のレールカノンは見るものに威圧感を与える。

 この機体の名前は『シュヴァルツェア・レーゲン』。ドイツが開発を進める第三世代型のISだ。

 

『ハーゼ2。そちらはどうか?』

 

 ハーゼ2と呼ばれた機体は、ラウラに続くように飛行していた。

 白と青を基調としたその機体は、シュヴァルツェア・レーゲンと対象的だ。

 そしてなによりも目を引くのは操縦者の全身を包むように展開されている装甲。

 あらゆる兵器をシールドバリアによって無効化出来るISにおいて、全身に隈なく装甲が展開されているのは珍しい事のなのだが、操縦者のある事情によって採用されていた。

 名前を『ヴァイスリッター』。畏れ多くも『白騎士』の名前を冠したこの機体はその何恥じぬ騎士然とした風格を携えてた。

 

「ハーゼ2。こちらは問題ない」

 

 若い男の声。

 これこそが、ヴァイスリッターが全身装甲を採用している理由。

 現在この操縦者を除いて、ISを動かすことの出来る男性は存在しないのだから。

 彼にISの適正があると判明したのは、三年前。その日から彼を取り巻く環境は一変したのだ。

 いつの間にかドイツ国籍に変わり、知らぬ間に軍属にされていた。

 彼の姉は彼の扱いについて大きく反対したが、ただの一個人に国が作った流れを変える術はない。

 故に彼女は彼の処遇改善を諦め、弟を鍛える事にシフトしたのだ。

 名前を織斑一夏。

 世界最強のIS操縦者と言われる、織斑千冬の実の弟だ。

 世界最強の姉に教えられた彼もまた黒ウサギ隊において、上位の実力者として名を連ねるようになった。

 

『では次に、対地攻撃を想定した各種装備の性能試験を実施する。目標の座標を転送した』

「ハーゼ1よりコマンドポスト。目標ポイントに向かう」

「ほう。たかが性能試験に旧式とはいえ戦車を持ってきたか。随分と仰々しいことで」

「ハーゼ2。危険度の低い訓練とはいえ、現在は作戦行動中だ。緊張感をもって当たれ」

 

 軽口を叩いた男に、ラウラがキッと睨む。

 鋭い視線を向けられた彼は気にした素振りもなく、肩を竦めると「失礼しました!隊長殿!」と真面目くさって返す。

 そんな彼も目標ポイントに近づくにつれてふざけるのをやめた。

 二人の眼下には、十数台もの戦車が展開されている。殆どはレオパレト2A5だが、よくよく見れば対空用のゲパルト自走対空砲も含まれている。

 はっきり言って、装備の性能試験をするには過剰気味である。

 

「ハーゼ2よりコマンドポスト。目標を視認。──念の為聞いておくが、後から請求書が届くとかないよな?」

『コマンドポストよりハーゼ2。そちらに関しては心配しなくていい。むしろ、盛大にやってくれた方が都合がいいみたいだ。ドイツ軍が誇る最強の力。とくと見せてくれ』

 

 オペレーターの指示を聞いた一夏はフルフェイスの下で好戦的な笑みを浮かべる。

 そういう事なら遠慮は要らないだろう。

 ラウラの様子を伺い、行ってこいと言わんばかりに頷くのを見るとすかさず目標の戦車軍に向かって降下をはじめた。

 

「──ッ!」

 

 降下をはじめた直後から少しの間を空け、戦車部隊からの対空射撃──35mm対空砲と7.22mm機関銃──が撃ち上がる。

 撃たれることを想定していなかったのか、ほんの少しだけ一夏の動きが乱れた。

 しかし、すぐさま気を引き締め直すと簡単に回避する。が、そこで違和感に気付く。

 

(今のは……実弾か……!)

 

 次いで飛来してきたスティンガーミサイルを左腕にマウントされた三連ビームキャノンで迎撃する。

 これは少し引き締めねばと切り替えると、ヴァイスリッターの背部からコンテナを射出。

 射出されたコンテナが開き、小型ミサイルが発射される。

 地表に達する前に全て対空砲によって迎撃されてしまうが、一夏からは落胆の色は感じられない。

 もともと、このミサイルは時間稼ぎ。本命のためのつなぎでしか無いからだ。

 迎撃される間に、高度を上げた彼の手には、いつの間にか新たな武装が具現化されていた。

 身の丈より大きなそれは、一見すると槍のような形状に見える。だが、穂先のついているはずの先端には刃がなく、代わりに銃口のような物が二つ空いている。

 

「オクスタン・ランチャー。Eモードにセット。まずはうるさい対空砲を黙らす!」

 

 瞬間、銃口の下からエネルギービームが発射された。

 彼の宣言通り、発射されたビームはゲパルト自走対空砲を貫いていく。

 全てのゲパルト自走対空砲が沈黙したのを確認すると、再び降下。

 降下中にオクスタン・ランチャーをくるりと回転させ、持ち手を変えた。

 

「装甲の厚いレオパルトだが、Bモードなら!」

 

 引き金を引くと、先程とは違い、実弾が放たれる。

 通常弾頭ではなく、特殊徹甲弾仕様のそれは分厚い装甲を物ともせず簡単に貫く。

 驚くことに、降下中の猛スピードの中、一夏は殆ど外すことなく砲弾を命中させていった。

 そのままスピードを落とすことなく一夏は降下を続ける。

 地面にぶつかるかと思ったその瞬間、彼は制動をかけ着地。

 

「ハーゼ2よりハーゼ1。こちらの仕事は終わりました。後はお任せします」

「ハーゼ1だ。上官に尻拭いをさせるとはいい度胸だな」

 

 セリフとは裏腹に、彼女の表情は柔らかい。

 それでも、レールカノンを銃口をレオパルトに向けた瞬間、一変した。

 

「Feuer!」

 

 声とともに放たれた砲弾。

 オクスタン・ランチャーのBモードの砲弾よりも大きな砲弾がレオパルトを命中。

 命中した瞬間、爆発。黒煙を立ち上らせた。

 はるか高空に佇むラウラを落とす術は無い。漆黒のISを纏ったラウラが残存部隊を全滅させるのに時間はそうかからなかった。

 

「ハーゼ1よりコマンドポスト。目標の沈黙を確認。いいデータはとれたか?」

『こちらコマンドポスト。完璧な戦果だ。これでISの開発に文句を言っていたオエライサマも静かにしてくれるだろう』

「それは良かった」

 

 和やかな空気が流れた瞬間、二人のハイパーセンサーに反応。

 高速で接近する物体の存在を伝えていた。

 この空域に、自分達以外のISは存在しない。そしてまた、航空機も飛行しない。

 その事実から導き出される答えは一つ。

 

「ハーゼ1よりコマンドポスト! 高速で接近する反応アリ! そちらで反応は捉えているか!?」

『こちらコマンドポスト。こちらでは何の反応も示していない。そちらの誤認ではないか』

「ハーゼ2よりコマンドポストへ! こちらでも確認している! ハイパーセンサーのデータを送るから見てみろ!」

 

 一夏がデータを送ろうと接近する機体にヴァイスリッターを向ける。

 青空に溶け込むような青い機体。その機体は既に目視出来る距離まで飛来していた。

 

「ハーゼ2! データ照合を!」

「やっています!……しかし、データには登録のない機体です!」

 

 データにない。

 基本的に、ISに関する情報は須らく公開しなければならないという事はISに関する運用条約のアラスカ規定で決められてる。……まあ、律儀にそんな事を守っている国などそうは無いのだが。

 ドイツも、現時点で開発中のシュヴァルツェアシリーズにヴァイスリッターの情報は公開していない。

 とはいえ、だ。他国の、それも軍事拠点にノコノコと出向いてくるのはおかしいことなのだ。

 本来は秘匿するべき未登録の機体。それなのにこの場に来ているというのはある種矛盾した物を感じる。

 ラウラが所属不明機に向け、所属と当該空域への侵入理由を聞こうと回線を開こうとしたその瞬間──

 

「──ッ!? 所属不明機、撃ってきます!」

「畜生め!」

 

 一夏が警告を放った時には既に所属不明機からレーザーが放たれていた。

 それを躱したラウラだったが、表情は険しい。

 警告も無しに撃ってきた事もそうだが、現時点で試作段階の二機で応戦せねばならない事実。

 というより、応戦して良いという指示が出ていない現実に歯がゆさを感じていた。

 

「ハーゼ1よりコマンドポスト! 正体不明機による攻撃を確認! 交戦の許可を!」

『コマンドポストよりハーゼ1へ。交戦は認められない。現在そちらに向かって援軍が派遣されている。現戦域からの撤退をせよ』

「くそッ!」

 

 叩きつけるように通信を切ったラウラは尚も降り注ぐレーザーを避ける。

 それは一夏の方も同様だ。反撃することなく、ただただ回避行動を続けていた。

 ラウラも一夏も当然わかっている。二人の機体は未だ試作段階なのもそうだが、なにより現時点でドイツの最高機密の塊なのだ。武装を使ったとして、そこから情報が漏れないとも限らない。故に、兎にも角にも逃げの一手を取り続ける。

 

(だが、足の速いヴァイスなら可能だが私の機体では……)

 

 正体不明機は明らかに、機動力に特化した強襲用の機体。

 それでも一夏の機体なら、速度を活かし離脱する事は可能だ。

 だが、万能機のシュヴァルツェア・レーゲンではあの機体から逃げ切れない。

 もし、あの機体の操縦者が凡庸な腕だったら可能だったかもしれない。だが、高速機動下にこれだけ精密な射撃が出来ている事を踏まえると明らかにあの操縦者の技量はかなり高い。

 顔はバイザーに覆われていて全体は確認できないが、口元を見るに自分達とそう変わらない年齢だという事はわかる。

 

「逃げるのか。ドイツの遺伝子強化素体(アドヴァンスド)

「貴様、なぜそれを……!」

 

 ラウラは、遺伝子実験に生み出された強化人間である。

 この事は、ドイツ国内、そしてドイツ軍内でも殆ど知る者は無い。

 それを知っている事に一瞬、ラウラの動きが鈍る。

 

「ふっ。この程度の揺さぶりで動揺するとは、やはり大したことないな」

 

 襲撃者の口元が嘲笑によって歪む。

 右手をさっと振ると、機体から装備がパージ。そのまま地上に落下すると思われたそれは、まるで意思を持っているかのようにラウラ達に向かって飛来し、レーザーを放つ。

 二人にはこの兵器には見覚えがあった。

 現在、IS学園にも通っているイギリスの代表候補生の専用機に装備されている武装。

 独立した機動とレーザー射撃が可能な所謂ビット兵器。

 イギリスの誇る第三世代兵器だ。その名は──

 

「──BT兵器!?」

 

 合計六基。ラウラと一夏に1人につき3基ずつに分けられたビット兵器から、レーザーの雨が降り注ぐ。

 一夏の方はまだ余裕を持って回避が出来ているが、徐々にラウラのシュヴァルツェア・レーゲンには被弾が増えてきた。

 

「ハーゼ2よりコマンドポスト! 正体不明機の装備にイギリスのBT兵器を確認! うちはいつからイギリスと戦争状態になった!?」

『ハーゼ2。こちらでも映像を確認した。ハーゼ1及びハーゼ2は引き続き当戦域からの離脱を優先せよ。友軍ががあと600ほどで到着する』

「はいはい、了解しましたよ! 友軍には可及的速やかに来てくれって言っておいてくれよ! 10分間も逃げ続けられるとは思えないからな!」

 

 ヤケクソ気味に叫んだ一夏は通信を切った。

 ちなみに、敵に声を聞かれると正体が露見するので開放回線(オープンチャンネル)ではなく個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)で叫ぶというなんとも器用な事をしていたりする。

 

遺伝子強化素体(アドヴァンスド)の方は、まだ調整段階のようだな。先にそちらから潰すとしよう」

「ッ……!」

 

 彼女の言葉通り、ラウラに降り注ぐレーザーの密度が増える。

 それまで一夏に回していたビットを彼女に集中しだしたのだ。

 通常なら、そうはさせじと一夏は邪魔をするために動く。あるいは、自身への攻撃が薄くなったのを幸いに、攻撃のチャンスとする。

 しかし、交戦の許可が降りていない以上、一夏には何も出来ない。

 見ているだけしか出来ない己の不甲斐なさに、思わず拳を握りしめた。

 

(このままだと落とされるのも時間の問題だ。だったら懲罰覚悟で……)

 

 上手く行けば、ここであの正体不明機を撃墜させる事だって出来るかもしれない。

 そうすれば、情報が漏れることもない。徐々に反撃する方向に傾き出した一夏に、ラウラから通信が入った。

 

「ハーゼ2。私のことはいい。離脱しろ」

「しかし……!」

「私に攻撃が集中している今なら逃げ切れる。このままだとどうせ2人まとめて落される。だったらお前だけでも逃げた方がまだマシだ」

 

 ビットから放たれたレーザーが、シュヴァルツェア・レーゲンの装甲を吹き飛ばす。

 もはや一刻の猶予もなくなりつつある。

 一夏は選ばなければならない。

 

 ラウラを見捨てて、一人逃げるか。

 ラウラと共に、ここで落されるか。

 あるいは、命令無視をして戦うか。

 

 一番上は、軍人としては取らなければならない選択肢だ。

 上官であるラウラの命令でもある。

 真ん中と一番下は、軍人として論外だ。

 

 だが、一夏はここにはない選択肢をとった。

 離脱でもなく、反撃でない。ラウラを襲うレーザーをその身でもって受け止める。

 

「ぐぅうう!」

「一夏!?」

 

 レーザーが命中し、ヴァイスリッターの装甲が弾け飛ぶ。

 衝撃が身体を突き抜け、思わずくぐもった声を漏らす。

 彼に庇われることを想像していなかったのだろう。思わずと言った風に、ラウラが一夏の名前を叫んだ。

 

「その声は、男か? それに、一夏……?」

 

 射撃の手を止め、銃を下ろす。

 一夏とラウラは意図がわからず、怪訝そうな顔を浮かべる。

 

「白い方の操縦者。貴様は男だな? そして名前は一夏」

「…………」

「答えないか。まあいい、おそらくだが貴様の名字は織斑。そうだろう?」

「……っ!」

 

 名字を当てられた一夏が、息を呑む。

 その動揺を察したのか、襲撃者は口角を上げる。

 

「そうか、やはりそうなんだな! 織斑一夏、よもや貴様がISの操縦者とはな!」

 

 女性にしか動かせない筈のISで男性の操縦者が現れた事は、確かに驚かれることだ。だが、この襲撃者の驚き方はそれとは違う。

 

「つまらない任務だと思っていたが、よもやの再会が出来るとは。ISを動かせることは驚いたが、考えてみれば貴様は私で、私は貴様だ(・・・・・ ・・・・・)。動かせぬ道理は無いというわけだ!」

 

 ひとしきり、声を張り上げて笑った襲撃者は、何を思ったかバイザーを解除し、素顔をさらけ出した。

 マスクの下に隠されていた顔が顕になり、それを見た一夏とラウラは思わず息を呑む。

 年齢はやはり一夏やラウラと同じく十五程だろう、だがその顔は間違いようが無かった。

 

「千冬姉……?」

「教官!?」

 

 自身の姉、そして尊敬する師匠の顔を、二人が見間違えるはずがなかった。

 だが、襲撃者は首を横にふる。

 

「違う。私は織斑千冬ではない。私は貴様だ。織斑一夏」

「意味がわからないな。何を言っている?」

「そうか、貴様は知らないのか。──いや、あの女が教えるはずもないか」

 

 忌々しそうに吐き捨てると、彼女は一夏達の周囲に飛ばしていたビットを回収する。

 

「今日のところは退いてやろう。……邪魔も入りそうなことだしな」

 

 彼女の言葉通り、もうまもなくドイツ軍の増援が到着する。

 本来は、作戦失敗なのだろうが、彼女の表情に落胆の色は無かった。

 

「いずれ、決着をつけるその時を楽しみにしているぞ、織斑一夏」

「待て、お前の名前は──」

「──マドカ。織斑マドカだ」

 

 飛び去る彼女の背中を、一夏とラウラはただ見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 その日、何者かの手によって、ドイツ軍にISを操縦できる男性がいることが明らかにされ、世界が揺れた。




ヴァイスリッターを出したかったが為に一夏をドイツに行かせた可能性が微粒子レベルで存在します


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ドイツの人達

「──状況からして、先程の襲撃者が君の事を公表したと見て間違いないだろう」

 

 西日の差し込む部屋の中で、初老の男性が机に肘を付き顔を預けていた。

 この男性がラウラ達、黒うさぎ隊の所属する基地の司令官の、マイヤー・V・ブランシュタインだ。

 帰還したラウラが先に襲撃を受けた事は報告していたが、先程世界に向けて一夏が男性に関わらずISを動かせると発信されたの受けて、一夏が呼び出されたのだ。

 ちなみに、織斑マドカと名乗った少女のことについては、ラウラと二人で話した上で二人の胸の中にしまっておくことにした。

 千冬と同じ顔の持ち主がいたとなれば、大きな問題にならないとも言えない。

 それに、あの少女が放ったセリフ──私は貴様だ、と言ったことが妙に引っかかると一夏が強く訴えたのだ。

 

「はい。して、我が国としてはどういった対応をするのでしょうか?」

「世界で初めてとなる男性操縦者を隠し続けていたことについて、我が国は激しく追求されるだろう。津でに日本からも君が日本人だということも声明が出され、日本国で身柄を預かりたいと申し出ているが……まあ、こちらの方は特に問題ないだろう」

 

 かつての祖国に対する評価に、一夏の表情もなんともいえないものになる。

 まあ、その評価は間違っていないのだから言い返せないのだが。

 

「中尉。君の存在を公表しなかったのは、人道的な考えに基づいた事と、君本人が公表されることを嫌ったということになる」

「はっ」

 

 ドイツ軍における一夏の階級は中尉。

 十五歳で尉官とは過分な身分だが、驚くなかれ同い年のラウラは少佐だ。

 この辺りの事情はラウラが試験管ベイビーという事もあり、生まれながらに軍属であることが決められていたりもする。

 

「そして中尉。貴官の今後の処遇だが……貴官もIS学園に近々ボーデヴィッヒ少佐が派遣されることは知っているか?」

「はい。シュヴァルツェア・レーゲンの最終テストの為、派遣するというのは存じております」

 

 一夏の返事に満足気に頷いたマイヤーは椅子から立ち上がると、一夏に背を向けおもむろに口を開いた。

 

「今後世界は、君を中心に動く事になるだろう。世界初の男性操縦者を我が物にせんとあらゆる国、そして組織から狙われる事になるだろう」

 

 組織と言えばあの少女──織斑マドカは、と一夏の脳裏をよぎった。

 帰還した後、クラリッサ(黒ウサギ隊の副隊長)の話によると、件の少女がイギリスの機体を使っていた事ドイツ上層が確認したところ、強奪されていたと返答があったそうだ。

 もっとも、イギリス主導で襲撃を企てていた場合はこの発表も嘘になるのだが……。

 まあその辺りは下っ端の自分達が考えてもしょうがないと割り切っているが、もし本当だとすれば今後も襲撃はあると見て間違い無いだろう。

 少なくとも、マドカは一夏に対して並々ならぬ執着心を抱いていた事だし。

 

「現時点で、君はドイツ国民だ。とはいえだ、それでおいそれと納得する国はいないだろう」

 

 ISは女性しか動かせないというその事実が世界に与えた衝撃は計り知れない。

 国によっては女尊男卑的な政策を打ち出すところもあったし、女性の社会進出にとって大きなキッカケとなった。

 だが、それを快く受け入れる者ばかりではない。

 旧態依然とした考えのものや、社会の変化についていけなかった者などはこの風潮を嫌っていた。

 そこに、一夏というイレギュラーが降って湧いた。

 そうした者たちは考えるだろう。男もISが使えるとなれば、今みたいに女どもに大きな顔をさせることは無い、と。

 一夏を旗印として祭り上げようとする程度ならまだいい。だが、人によっては非合法な手を打つ者もいるだろう。

 

「我が国として、織斑一夏はドイツ国民だと強く訴える事は出来るが……」

「そこに反発が生まれるのは必至でしょう」

「その通りだ。我が国としては、できるだけ平穏にこの件を片付けたい。となれば、物事は穏便に進めねばならん」

 

(なる程な。少しずつだが読めてきた。故に冒頭にIS学園の話題を持ち出したか)

 

 IS学園とは、文字通りISを学ぶための学校だ。

 場所としては日本にあるが、あらゆる国家、組織に属さないとされるIS学園は、自国のIS研究だけでなく、他国のIS技術にも触れられる場所として、各国から生徒を送り込んでいる。

 すなわち、ただの学び場としての側面だけでなく、ISの試験運用の場としての色も強い。

 それを活かすためにドイツからも、ラウラとシュヴァルツェア・レーゲンが派遣される予定だった。

 

「小官もボーデヴィッヒ少佐と共にIS学園に編入する、ということでしょうか」

「理解が早くて助かるよ中尉。理由は……そこまで読んだ君のことだ、わかっているな?」

「IS学園における特記事項ですね。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする……でしたか」

「流石だな。その規則に従う限り、三年間は君に対して外部からの接触はない……あくまでも外部からは、だが」

 

 各国が、その規則をみて「じゃあしょうがないね」などと納得するはずもない。

 あくまでも禁止されてるのは、外部からの接触だ。

 ならば、内部からの接触は? 許されているに決まっている。

 それを禁止することはすなわち、生徒同士の触れ合いを禁止すること他ならないからだ。

 つまり、一夏に近づきたいなら自国の生徒を利用すれば良いだけなのだ。

 まあ、それでも大分やりやすくはなるのだが。

 

「して、司令。編入の時期は?」

「ボーデヴィッヒ少佐と同じとは言ったが、彼女の機体はまだ調整にしばらくかかるそうだ。早くても六月頃になりそうだと。君のヴァイスリッターは問題ないと報告を受けている。急ですまないが、来週……五月には編入する事になる。部隊での引き継ぎをしっかり行っておいてくれ」

「承知しました」

 

 他にも何点かやり取りを行った後、一夏は退室した。

 扉が閉まるのを確認したマイヤーは、そっと息を吐く。

 

(すっかり、軍人らしくなりおって……)

 

 三年前、彼の適性が判明した直後から彼は半ば無理やり軍に身を置くことになった。

 わずか十二歳の少年が、軍人になるなど、国益のために仕方がないとはいえマイヤーとて諸手を挙げて賛同したわけではない。

 彼も軍に入ることは当初、ひどく嫌がった(当然といえば当然だ)が、今ではそんな雰囲気を感じさせない。

 先程のやりとりの中でも、彼は今後もドイツに身を置く前提で話をしていた。やり方次第では、彼が再び日本国籍を取り戻す事が可能なのに、だ。

 マイヤーは思う。

 彼が、ここの居心地を感じて言ってくれたのなら嬉しいが、果たしてどうだろうか。

 軍人の立場として、そう言うしか無かったのではないだろうか。

 だとすれば、自分達はなんと罪深き大人なのだろう。

 たった十五の少年を、軍人として育て上げてしまったのだ。

 一夏だけではない。ラウラをはじめ、黒ウサギ隊は若い女性で構成されている。

 最年長ですら二十二歳という年齢なのだ。

 

(まったく、ままならないものだな)

 

 せめて、ラウラと一夏には平穏な学園生活をさせててあげようと、マイヤーは人知れず心に誓った。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 マイヤーとの話を終えた一夏は食いっぱぐれた昼食を摂ろうと食堂に来ていた。

 昼にしては遅く、夕食には早い。そんな微妙な時間帯のためか、席もまばらにしか埋まっていない。

 点けっぱなしにされているテレビからは、男性操縦者の報道がされていた。

 一夏の事が知られてから数時間程度しか経ってないのに、顔写真、出身地、そして現在はドイツ国籍を取得している事、そういった情報が既に公開されていた。

 

「知らないうちに、随分と人気者になったようだな」

「大尉。なぜこちらへ」

「今日は色々とあったからな。私も雑務をしていたらこんな時間さ」

 

 やれやれとため息を吐きながら、一夏の目の前に座る女性。

 クラリッサ・ハルフォーフ。黒ウサギ隊の副隊長を務めている。

 部隊内最年長でもあり、未だ十五歳の隊長を副隊長として支えていた。とはいえ、彼女も二十二と若すぎるくらいなのだが。

 

「司令に呼ばれていたようだが、要件はなんだったのだ?」

「簡潔に言うと、小官の待遇についてですね。自分も隊長と同様にIS学園に編入することなりました」

「……ふむ。仕方がないこととはいえ、部隊内から二機も持っていかれるか」

「残るのは大尉の『ツヴァイク』のみですか」

「それこそ仕方あるまい。それよりも中尉、貴様は自分の心配をした方が良くないか?」

 

 クラリッサの指摘に、一夏は首をかしげる。

 彼女の言っている意味を理解していないようだ。

 

「IS学園というからにはISを学ぶところだ。知っての通り、ISは女にしか扱えない。つまりは通っている生徒は女しか居ない事になるぞ」

「? 女子しか居ないと判断するのは早計では? おそらく自分が配属されるクラスは操縦者の育成コースでしょうが、他にも整備コースとかもあるでしょうし、そこには男子生徒もいるでしょう? 整備なら男だって出来ますし」

 

 事実、黒ウサギ隊も隊員構成こそ一夏を除き全員女性だが、サポートを勤める整備部隊は男性も多い。

 IS学園も同じだろうと思った一夏の発言だったが、クラリッサのなんとも言えない表情を見て、徐々に不安な気持ちが湧き上がる。

 

「残念だが中尉。IS学園は生徒ならず、教員までもれなく女性だそうだ。……まあ、用務員とか警備員は男性だそうだが」

「…………」

「そんな顔をするな。まあ、ウチの部隊だって女性しか居ないんだ。慣れてるだろう?」

「慣れてますけども、男連中だってそれなりに居ますからね」

 

 と、一夏とクラリッサが話をしていると四人程の女性が食堂に入ってきた。

 集団は一夏達を見つけると、彼らの方に向かっていく。

 

「副隊長、中尉。お疲れ様です。ご一緒してもよろしいでしょうか?」

「ん、ああ。構わないぞ」

 

 クラリッサが気軽に応じると、彼女たちは思い思いの席に腰を落ち着けた。

 彼女達も黒ウサギ隊の隊員である。と言っても、ISをメインで動かすのではなく、EOSと言われるパワードスーツがメインだが。

 

「そういえば中尉。ついにバレちゃったんですよね。IS動かせること」

「まあ、な」

「でもなんでバレたんです? 中尉のISって顔を見られないようにフルフェイス仕様じゃなかったでしたっけ?」

「……被弾した時に声を漏らしちまったし、隊長も俺の名前を叫んじまったしな。しょうがないさ」

 

 ラウラが名前でなく階級で叫べばまだ誤魔化しが効いたかもしれないが、男性名を叫んだ時点でどうしようも無かった。

 

(まあ、名字を当てられた時に動揺しなければ誤魔化せたかもしれんが)

 

 とはいえ、細かいところの説明までするつもりは一夏はないのでこれ以上は説明はしないが。

 

「丁度いい。お前らにもついでに言っておくか。いまいままで副隊長と話してが、五月から俺はIS学園に編入することになる。六月には隊長もIS学園だ。部隊に残るISは一機だけになるが、頼むぞ」

「任せて下さい。EOS四天王の名にかけて、しっかり部隊を維持してみせますよ」

 

 あ、でもと言葉を濁した彼女に、何か不安な事でもあるのかと一夏が眉をひそめる。

 問題があるのなら早目に片付けなければと一夏が発言を促すと彼女は重々しく口を開いた。

 

「ブリーフィングルームの掃除、今後誰がやればいいんでしょうか……?」

「知らん。というか仮にも上官の俺にやらすな」

 

 本来は、清掃する人もいるのだが、散らかった部屋をそのままとしてよしとするのは一夏本人の性分が許さなかっただけなのだが。

 

「まあ、一夏は世話焼きだからな。それは昔から変わらん」

「隊長。いらしてたんですか」

 

 一夏が振り向くと、そこにはラウラがトレイを手に立っていた。

 顔には、どこか呆れたような色が浮かんでいる。

 

「士官室の掃除も未だに自分でやっているのだろう?」

「当然です。自分の部屋の掃除くらい自分でやりますよ」

「そのセリフは、中々耳が痛いな」

 

 やれやれと肩をすくめると、ラウラは一夏の隣に腰を下ろす。

 ちなみに、一夏のセリフを聞いた女性たちはさっと目を伏せた。

 

「で、一夏はいつくらいにドイツを発つんだ? もう来週から五月だぞ」

「司令の言葉だと直ぐにでも経った方が良さそうですけどね。慌ただしいことです」

「だろうな。外部にやいのやいのと騒がれる前にIS学園に逃げ込んだ方が良い」

「でしょうね。──にしても、たった数時間でここまで手際が良いと、少し疑ってしまうところもありますが」

「ふむ。一理あるな」

 

 発覚から数時間で一夏の編入の手続きを終えた手際の良さ。

 それ以外にも声だけで自分の存在がバレた事も一夏は気になっていた。

 彼女、織斑マドカが確信を得たのはわかる。だが、他の者はそれだけで信じられるだろうか。

 なにか、もっと決定的な証拠があったのではないか。

 

「まあ、深読みのしすぎだ。大方、いつ発覚しても対応できるように準備していただけかもしれんしな」

「そうですね」

 

 一夏の思考を切るように、ラウラがフォローを入れる。

 そして、話題をかえるように口を開いた。

「私とすれば、IS学園で一夏がどうやって接してくるのかの方が気になるんだがな」

「はあ」

 

 どういう事です?と言わんばかりに首を傾ける一夏にラウラは本当にわからないのかと嘆息する。

 自分も中々にズレている自信はあるが、彼も中々だった。

 

「学園でも、私の事を少佐と呼んで敬語で話すつもりなのか?」

「あー……。確実に浮きますね、それ」

「だろうな。どうだ、今やってみるか? 会ったばかりの頃は遠慮なく呼び捨てで話してただろう?」

「いいですねそれ!」

「中尉が隊長のこと呼び捨てにするの見てみたいです!」

 

 途端にキャッキャと盛り上がるのは、やはり女性の集まりだからか。

 そんな女性特有の空気に気圧されつつも一夏としては別に呼び捨てにするのはなんら抵抗はない。

「ラウラ。学園ではこうやって呼べばいいのか?」

「おお、なんかお前にそうやって呼び捨てにされたのは久しぶりで新鮮だな」

「まあな。──あの、もうやめていいですか? なんかやりにくいんですけど」

「ええーいいじゃないですか! もっとやりましょうよ!」

「やかましい。あんまり調子に乗ってるとオクスタン・ランチャーの先端に括るぞ」

 

 和やかな空気に、一夏の頬も思わずゆるくなる。

 

「中尉。IS学園に入ったら、とりあえず軍務の事は忘れろ。久しぶりの日本だ。生まれ育った故郷に帰るんだ。思うところもあるだろう?」

「はい。お気遣いありがとうございます。しかし大尉──」

 

 IS学園には姉の千冬がいる。

 日本に行くのが楽しみな自分も確かに存在していた。

 それでも、だ。クラリッサのセリフは一つ訂正せねばなるまい。

 

「──自分を育ててくれた地は、このドイツです。自分は日本に帰るのではなく、向かうのです。だから学園生活を終えたら、自分を育ててくれたこの故郷に帰ってきますよ」

 

 次の日、一夏は日本に向かうため、ドイツを発った。



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再会と出会い

 翌日、時差ボケの睡魔と戦いながら一夏はIS学園にたどり着いた。

 

「こんにちは、織斑くん。IS学園にようこそ」

 

 正門には案内役だろう女性が立っている。

 ずり落ちそうなメガネに、サイズの大きな服。

 ともすれば学生とも見間違えられそうな雰囲気を纏っていた。

 

「今日、君の案内を務める山田 真耶です。織斑くんの編入する一組の副担任もしています。よろしくおねがいしますね」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 

 挨拶を交わした後、真耶は守衛に荷物を預けるようにと伝える。

 寮部屋に運び込んでおくという提案を一夏は最初は遠慮したが、真耶の「織斑先生が待ってるので」という言葉で引き下がることにした。

 どうにも、早く会いたくて仕方がないようである。

 

「だったら、自分から出迎えにこいよ……」

「まあ。立場上、なかなか迎えには来れませんから」

 

 互いに苦笑を浮かべながら二人はIS学園の門をくぐる。

 休日だからか、生徒の数はまばらだ。

 それでも、一夏は自身に向けられる視線のに若干辟易していた。

 

「流石に、これだけ見られるとアレですね……」

「そうですね。やはり皆さん男性と関わってませんでしたし」

 

 こればっかりはしょうがないです、と苦笑いを浮かべる真耶だったが、彼女も彼女で緊張しているのだが。

 なにせ、男性経験が無いのは真耶も同じなのだから。

 

「やっぱり男の人は少ないんですか? さっきの守衛と用務員くらいって聞いてますけど」

「そうですね。実質校舎内にいる人は織斑くんだけになりますね」

 

 事前に聞いていた通りの情報に一夏は軽く落胆する。

 どうやらこの環境に慣れるしか無いようだ。

 

「でも織斑くんもドイツ軍内でISの事を学んでいたんですよね? だったら割と慣れてるとかないですか?」

「ないですね。女性にしか動かせないったって軍内には男も多かったですし。身近なところだと整備士とかその辺は男でしたよ」

「そうなんですか」

「むしろ自分からしたら不思議ですね。ISの整備とかって割と男もいるのにIS学園に男を受け入れないってのは。二年生から整備士の養成コースとかありましたよね?」

「織斑くんの言葉も一理ありますね。卒業すると男性とも仕事する機会は確実に増えますし、そうなったら男性に免疫がないから云々は言い訳になってしまいますから。でも、だからといってIS学園としては今後も男性に門戸を開くことは無いでしょう」

 

 真耶はそこで区切ると、タブレット端末を取り出し一夏に見せる。

 映し出されているのは、IS学園に設置されているアリーナだ。

 休日だと言うのに熱心な生徒が、自主練をしているのが映し出されている。

 

「あくまでもここ、IS学園は操縦者を養成するのが第一です。一年次の成績如何によっては二年生から整備士のコースを選択する人もいますが、あくまでもそれは結果的にです。一番最初は操縦者として学びますし、私達もそのつもりで教えます」

「なる程。そういう事なら必然的に入学する人も教える人もISを動かせるっての前提になるわけですね」

 

 つまりは、男子禁制なわけではなく、ISを動かせる人なら男でも入学できるという事なのかと一夏は納得した。

 願うことなら二人目の男性操縦者が現れないかとも思うが、現段階だと期待薄だろう。

 

「さて、つきましたよ。ここが職員室です。中に織斑先生が待ってますよ」

 

 そうこうする間に職員室に到着。

 真耶に促されるようにして職員室に入ると、千冬がコーヒー片手に落ち着きがなく机を叩いていた。

 一夏の姿を見付けた瞬間、ふっと頬が緩んだ。

 

「久しぶりだな、一夏。元気だったか?」

「はい、お陰様で。教官もお元気そうでなによりです」

 

 一夏が真面目くさって返すと、千冬が露骨に不機嫌になった。

 

「私はもう教官じゃない。ここでは織斑先生と呼べ。……あと今は就業時間外だ。真面目に呼ばんでいい」

「ごめんごめん。そんな怖い顔しないでくれよ千冬姉。……ついにバレちゃったんで、これからは生徒として世話になるわ」

 

 肩をすくめながら言うと、千冬の顔も穏やかになものになった。

 一年ぶり……いや、もっと期間は空いただろう。なんにせよ久しぶりの再会だ。

 

「寮生活は慣れているだろうが、ドイツとここじゃ勝手が違う。冊子を渡すからしっかり読んでおけ」

「わかった」

「後は、入学前に読んでおくようにと資料もあったが、これはお前にはいらんな。あとは……お前は専用機持ちかだったら専用機の取り扱いの規定も読んでおくように」

「専用機の取り扱いもわざわざ規定を用意してるのか」

「ああ。毎年一人は居るからな……。今年は代表候補生が学年に三人いてその全員が専用機持ちだ。そこにお前入れて四人。そしてラウラも六月に転校してくることを考えると五人。ハッキリ言って異常だな」

 

 そして、この数はもっと増えていくだろうと千冬は思っていた。

 各国が第三世代機の完成に近づいた今、入学させるのはこの学園の特性からして当然だし、一夏という存在がさらに拍車をかけるだろう、と。

 

「まあその資料は長々と書いてあるが、要約すると無闇矢鱈に展開するなってことだな。IS学園で展開していいのは教師の許可が下りた時とアリーナ内だけだ」

「了解了解」

 

 資料を鞄に仕舞う一夏を横目に、千冬はチラリと時計を見る。

 そろそろ昼食に良い時間だろう。

 

「一夏、もう昼は済ませたか? まだなら一緒に食べないか?」

「まだ食べてない。……なんか一緒に飯食うのも久しぶりだな」

「そうだな。私がドイツで教官をしていた時以来か」

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 場所は変わって食堂。

 寮生活の生徒しかいないという都合上、ここの食堂は年中無休だ。

 昼時ともなれば、平日と変わらない賑わいをみせることになる。

 今もかなりの人数の生徒が食事をしていた。

 

「箒さん、少しは落ち着いたら如何ですか?」

「わ、私は落ち着いているぞ!」

「主食を食べる前にデザートに手を付けてる人は落ち着いているとは言いませんわ」

「ホントホント。私みたいに慌てずデーンと待ってればいいのよ」

「鈴さん、食堂の入り口にいらっしゃるの織斑さんではなくて?」

「嘘!? マジで!?」

「嘘です。……慌てずデーンと待つのでは?」

「セシリア、アンタ言っていいことと悪いことがあるんだからね……!」

 

 六人程度がまとめて座れる窓際のテーブルでの会話だ。

 ポニーテールが特徴的で鋭い雰囲気を持った日本人の篠ノ之箒。

 ツインテールに快活そうな雰囲気を持つ中国人の凰鈴音。

 そして金髪が映える貴族然としたイギリス人のセシリア・オルコット。

 あるものはISの生みの親の妹だったり、数少ない代表候補性と専用機持ちだったりと中々の濃いメンバーである。

 ちなみに、箒と鈴音は食堂の入り口に背を向ける格好で座っている為、セシリアの悪戯に騙されたのだ。

 

「そんなに気を張っていてもしょうがなでしょうに。どうせ明日には編入してくるのですから」

「そうは言ってもだな……」

「箒さんは六年?七年?振りだかの再会でしょう? ハッキリ言って、覚えていてくれるのかどうかも怪しいですわね。あんまり期待していると裏切られた時に酷ですわ」

 

 フォークをクルクルと回しパスタを絡めながらセシリアがにべもなく言い捨てる。

 

「鈴さんもですわ。あなたもIS学園に居ることをあの方は知らないのでしょう?」

「そうだけどさあ! でも髪型変えてないしわかるでしょ!」

「そうだ! 私だって昔から同じ髪型のままだ!」

「ポニーテールとツインテールというありきたりな髪型で胸を張られても……」

 

 と、セシリアが食堂が妙にざわつき始めたのを感じた。

 それは入り口の付近の生徒から感じられる。

 誰か、珍しい人でも来るのかとそちらに視線をやる。

 箒と鈴は髪型論争をしていて気付かないようだが、セシリアの目にはハッキリと写った。

 

「あれは……」

 

 千冬の隣を歩く黒髪の男性(・・)

 報道されている通りの顔立ち。

 間違いない。件の男性操縦者の──

 

「──織斑、一夏……」

「アンタねえ……また私らをおちょくってるの?」

「その手にはもう引っかからんぞ」

 

 ブツクサと文句を言う二人はまだ彼の存在に気付いていないのだろう。

 と、千冬が隣を歩く一夏になにやら耳打ちをする。

 すると、彼はニヤリと笑うとセシリア達の座るテーブルに向かって歩いてきた。

 

「あ……」

 

 セシリアが何かを言おうとするよりも早く、一夏が口に人差し指を持ってくる。

 黙っていろというジェスチャーを受け取ったセシリアが口を噤む。

 満足気に頷いた一夏はゆっくりと二人の背後に立つ。

 

「まあ、セシリアの言う通り焦っててもしょうがないわね」

「そうだな。どうせ、明日には会えるんだ。なにせ、私と一夏は同じ一組だからな!」

 

 同じ、というところを強調した箒に鈴が面白くないというような表情を浮かべる。

 

「ふうん。箒は俺と同じクラスなのか。鈴は違うクラスなのか?」

 

 二人にとっては突然とも思える一夏の声。

 情けない悲鳴を上げなかったのは乙女としてのせめてもの矜持か。

 

「い、一夏!?」

「なんでここに!?」

「そりゃあ明日からここに通うんだから、俺がいたっておかしくないだろ?」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、一夏は肩をすくめた。

 

「にしても、なんか安心したぜ。鈴は心配してなかったけど、箒は友達が出来るのか不安だったけど、どうやら飯を一緒に食べる程度には仲が良いみたいだな」

「よ、余計なお世話だ」

 

 鼻息荒く返す箒をあしらいながら、一夏は改めてセシリアの方を見る。

 

「お前とははじめましてだな。一夏 織斑だ。まあ、報道で知ってるとは思うが、ドイツ国籍だから名前の並びは逆だけど生まれは日本だ」

「ご丁寧にどうも。わたくしはセシリア・オルコットですわ。イギリスの代表候補生をしておりますわ」

「……イギリス、か」

「……それがなにか?」

「いや、ちょっと気になっただけだ。これからよろしく頼む」

「こちらこそ」

 

 何事もなかったかのように手を差し出す一夏だったが、セシリアがイギリスと言った瞬間、一夏の目が一瞬鋭くなったのをセシリアは見逃さなかった。

 もっとも、それを追求したところで彼が何も喋らないというのはなんとなくわかったが。

 

「代表候補生って事は専用機持ちか。やっぱBT兵器搭載型か?」

「ええ、詳しいですわね、他国の事情なのに」

「まあ最近色々あってな」

「そういう織斑さんはレーゲン型のISを?」

「そいつは来月編入してくるウチの隊長が使ってる。俺は別のだよ」

 

「一夏、挨拶は程々にして飯を食わんか? どうせ明日から嫌でも顔を合わすんだ。その時にでも遅くはないだろう?」

「あ、うん。ごめん千冬姉。──じゃあ、またな」

 

 千冬に呼び戻された一夏の背中をセシリアは黙って見送る。

 その視線の間には、まだ話足りないような表情を浮かべる箒と鈴の姿があった。

 

「そんな顔をしなくてもいいではありませんか。織斑先生のおっしゃる通り、これから嫌でもお会いになるのでしょうから」

「そ、そうよね。丁度いいわ。ISの事私が教えてあげようかしら。なにせ私も代表候補生なわけだし!」

 

 張り切り勇んで無い胸を張る鈴だったが、その言葉はセシリアによって打ち消された。

 

「どうでしょうか。織斑さんに教えられることは案外少ないかもしれませんわよ」

「はあ? だってあいつは男だし……」

「さっきの言葉を聞くに、あの方も専用機を持ってるとみて間違い無いですわ」

 

 それに、公開された映像は一夏がISを纏って飛行している姿だった。

 フルフェイスでどうして性別がわかったのかは気になるが、それでも飛行が出来るという事はそれなりに操縦できるスキルがあるという事だ。

 

「確か、織斑さんは三年前に転校されたのでしょう?」

「そうよ。確か千冬さんがドイツでISの教官をするからってついていくって」

「そう考えると、彼の適正が発覚したのは案外早かったのかもしれませんわね」

 

 姉がISに関する仕事をしているとなれば、触れ合う機会はそれなりにあるだろう。

 千冬がIS学園に赴任してきたのは二年前。となれば千冬が赴任してくるまでの間に適正が発覚したと考えていいだろう。

 

「むしろ、動かしたキャリアだけで言えば鈴さん以上かもしれませんわよ? 逆に教わることの方が多いかもあるかもしれませんわね」

「教わるって……そんな二人きりで」

「誰も二人きりとは言ってませんが……」

 

 よく見ると鈴だけでなく箒までトリップしているようだ。

 恋は盲目と言うが、ここまでとは。

 

「……でも、気にはなりますわね」

「ど、どういう意味だセシリア」

「まさかアンタまで」

 

 セシリアとしては思わずついて出た言葉だったが、予想以上に食いつかれてしまった。

 別段、深い意味は無いのだが。

 

「純粋に、あの方の実力が気になるだけですわ。そもそもわたくしは──」

「「わたくしは?」」

「……いえ、なんでもありませんわ。とにかく、お二人が心配されるような事はありませんからご安心を」

 

 不思議そうな二人を放置して、セシリアは食事を再開した。

 

(まさか、男性が嫌いだなんて言えるはずもありませんわね)

 

 食事をしながら考えるのは先程言いかけた言葉だ。

 一介の生徒なら許されるだろうが、セシリアは責任のある立場だ。

 安易に言葉にしては不都合が発生しないとも限らない。

 それでも、あの男からは普通の男性とは違う何かを感じたのも確かだった。



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千冬姉を凹ます男

「箒はまあ、束さんの妹だからなんとなく居るだろうなとは思ってたけど、鈴がここに居るのはびっくりしたなあ」

「そうだな。私も入学してくると聞いて驚いたものだ」

 

 遠巻きに囲まれつつも、別段気にした様子もなく織斑姉弟は食事をしていた。

 話題は、先程再会した二人の事だ。

 

「しかも鈴は一年足らずで代表候補生だ。キャリアはお前のほうが上なのに、抜かれたな」

「まあ、俺の立場で代表候補生なんてやってたら一発でバレるしな。……つーか鈴は一年で代表候補生かよ」

「それだけ努力したという事だろうな。……ただまあ、これより上を目指すならもう少し落ち着きが欲しいところではあるが」

「違いない」

 

 先程の鈴の様子を思い出しながら一夏がと笑みを浮かべる。

 

「箒はどうなんだ? ISの乗り手としては」

「適正はC。まあ、適正が全てという訳ではないが厳しいな……ところで一夏」

 

 そこで千冬は声をひそめた。

 遠巻きに見られているとはいえ、声が聞こえないこともないからだ。

 

「お前、適正どれくらいになった?」

「Sだ。千冬姉と同じ」

「……そうか。もうそこまで伸びたか」

「ああ」

 

 一夏の当初の適正ランクはB。

 ある程度乗っていくとランクが上がるとは言え、最高峰のSランクになるのは前例がないことだった。

 ただ、千冬の口ぶりからすると伸びたスピードに驚きこそすれ、Sランクになったこと自体は驚いていないようだが。

 

「そういや、俺も聞いときたい事があったんだけどさ」

「なんだ? 言ってみろ」

「俺ら以外にさ。家族っているのか?」

 

 瞬間、千冬が息を呑み緊張感を纏ったのを感じた。

 

「どうした。急に」

「いや、俺らは捨てられたってのは知ってるけどさ。他に姉弟とかはいなかったのかなって」

「興味ないな」

「……なるほど。いなかったじゃなくて興味がない、ね」

 

 ニヤリと一夏が口角をあげた。

 反対に千冬はどこか居心地が悪そうにしている。

 その姿に、何か隠し事があるのだろうと一夏は見当を付けた。

 家族の事を思い出したくない。怒りを再燃させるならもっと苛立ちや怒りを醸し出すだろう。

 だが、今の千冬は何か触れられたくない事を隠している様に感じた。

 

「俺と千冬姉は一緒に捨てられたが、他にも姉弟はいたんだな」

「一夏、お前は何を言っている? 何度も言わせるな。私にはお前以外家族は──」

「──織斑マドカ。千冬姉とおんなじ顔で、織斑性だ。他人だとは思えないんだが?」

 

 遮るようにして放たれた一夏の言葉に千冬が息を呑む。

 もはや二人の間に、姉弟の親密な空気感は無くなっていた。

 さながら戦場で対峙する兵士同士のような緊張感が漂う。

 

「………………」

「………………」

 

 二人は言葉を発することなく、視線のみで語り合う。

 永遠とも思える数秒の後、先に視線を外したのは一夏の方だ。

 

「まあ千冬姉が知らないんならそれはそれでいいさ。実際、他に家族がいたなんて千冬姉も本当に知らなかったのかもしれんし」

「一夏……」

「俺だって、俺の家族は千冬姉だけだと思ってるよ。俺らを捨てた親なんか家族とも思ってねえし、他に姉弟がいたとしても……まあ、俺には関係のない事だったんだ」

 

 でもな、と一夏は続ける。

 

「織斑マドカはそうじゃないみたいでな。なんでかは知らんが、あの女は俺に因縁を持ってるらしい。決着をつけるとかって言ってたから、近いうちに顔を合わせる事になるだろうな」

「………………」

「千冬姉が知らないってんなら、それはそれでいいさ。だったら俺は俺で勝手に動くだけだ。だから、後から邪魔だけはしてくれるなよ。……俺だってあの女のせいで、こんな目に遭ってるんだ。少しはお礼をしたい気持ちもある」

 

 話は終わりだと言わんばかりに一夏が席を立つ。

 残された千冬は、一夏を呼び止める事もなく、ただただ拳を握りしめ彼を見送ることしか出来なかった。

 

「……すまない。一夏」

 

 ようやく絞り出した一言。

 唇を噛み締めた悲痛な表情が、彼女の辛さを物語っていた。

 

 

 ちなみに、そんな千冬の姿は本当に珍しく、彼女をそうさせた一夏に対して周りで見ていた生徒たちは畏怖を覚えた。

 織斑千冬を凹ませる程に怖い人なのではないかという噂が、一日にして学園中を駆け巡った。

 彼の穏やかな学園生活は、程遠いようだ。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 食堂を出た一夏は、寮の自室に戻るわけでなく、あてもなく校舎を歩いて回っていた。

 部屋に行きたくても、まだ鍵を貰っていないから入れないという理由もあるが、一番は頭を冷やしたかったのだ。

 

(言い過ぎたよな……)

 

 食堂での千冬への対応を思い出す。

 自分が求めていた答えが返ってこなくて苛ついていたのか。

 だとしても、それで千冬を責めるのは、あまりにも酷だった。

 千冬としても、突然の質問で困惑していたのが正直なところだろう。

 そもそも、それ以前に久しぶりに再開した姉弟の会話の話題としては不正解もいいところだ。

 

 どれくらい彷徨っていただろうか。

 いつの間にか一夏はアリーナ内のピットにたどり着いていた。

 先程の千冬の説明では、アリーナ内では自由に専用機を展開できる。そして、普段は申請が必要となるアリーナも休日は開放されていて自由に使えるそうだ。

 視線を上げると、先程食堂で出会ったセシリアが専用機を展開しアリーナを飛行していた。

 付近には鈴や箒はいないから自主練習だろうか。

 最初の印象は真面目そうなお嬢様だったが、あながち間違ってはない気がしてきた。

 

「食後の運動にしちゃハードじゃないか?」

「……織斑さん? どうしたんですの?」

「いや、飛んでるお前を見て声をかけただけだ。邪魔なら大人しく退散するが」

 

 距離が離れていても、IS同士であれば通信を繋ぐことはできる。

 それを利用して一夏はセシリアに声をかけたのだ。

 

「折角、専用機を持ってらっしゃるならご一緒に如何ですか? どうやら学園の訓練機はメンテナンスだとかで一般の生徒はいらっしゃいませんし、今なら広く使えますわ」

「そういう事なら、お言葉に甘えようかな」

 

 言葉と同時にヴァイスリッターを展開。

 本来はISスーツに着替えた方が運用効率が良いのだが、なにも今は戦闘をしたりするつもりはないから横着をした訳だ。

 程なくしてアリーナに飛び立った一夏を、セシリアは直ぐに見つけた。

 地上に降り立った一夏の隣に並ぶように、彼女も自身の機体を降下させる。

 やはり目につくのは全身装甲だ。もっとも、これまでの事情を考えれば当然かも知れないが。

 

「ヴァイスリッター……ドイツ語で白騎士、ですか」

「ああ。世代としちゃ第二世代機かな。武装的には試験的なものもあるが」

 

 にしても、と一夏はセシリアの機体、『ブルー・ティアーズ』を見定める。

 調べによると、この前襲ってきた織斑マドカが乗っていたのは、ブルー・ティアーズ二号機だそうだが、フォルムとしては似てないなというのが正直な感想だった。

 それに、なにより──

 

「──色、お揃いじゃねえか。そっちは青を基調に白のワンポイント。こっちは白を基調に青のワンポイント」

「だからなんだと言うのですか。わたくしとしてはどうでもいいことですわ」

「なかなか辛辣じゃねえの……」

 

 やれやれ、と一夏は肩をすくめる。

 どうやら、少し嫌われているかもしれない。

 

「チラッと見せてもらったけどオルコットはどんな練習してたんだ? 飛行訓練か?」

「ええ、まあ。たまには基本に立ち返るのも良いかと思いまして」

「違いないな。良ければ、俺も付き合わせて貰ってもいいか? イギリスの代表候補生がどんな練習してるかも気になるし」

「そんな特別な事をしてる訳ではないので、退屈かもしれませんけど……それでもよろしければ」

「んじゃま、よろしく頼むわ」

 

 言うやいなや、セシリアが間髪入れずに動く。

 単純な急上昇だったが、そのスピードはかなりの物だった。

 最高速もそうだが、なによりも加速が素晴らしかった。初速の時点でほぼほぼトップスピードに達している。

 とはいえ、一夏も負けてはいない。

 セシリアの後を追う一夏も、彼女に離されることなくついていく。

 その後はセシリアが宣言していた通り、あくまでも基本的な動き。ともすればマニュアルに書いてある動きを繰り返す。

 とはいえ、だ。

 

(いくらなんでもマニュアル通りに動きすぎだろ。普通は自分の色が混ざったりするんだが……機械かよこいつ)

 

 動きの一つ一つ。そして次の行動に移る予備動作に至るまで全てがマニュアル通り。

 まさにお手本となる洗練された動きだ。

 基本に立ち返るとは言っていたがまさかここまで忠実にやるのは一夏としても、正直想像していなかった。

 

(基本的な機動とはいえ、わたくしの動きにほぼノータイムでついてきますわね……。これは見てから動いているのではなく、わたくしの意図を察して、動きを合わせている訳ですか……)

 

 セシリアもセシリアで一夏の動きに舌を巻いていた。

 動き自体は単純だ。だが、セシリアが驚いたのは自身の動きを読み切ったスピードだ。

 自分の行っている機動がマニュアルに書いてある機動の一例とはいえ、それをしていることを僅かの間に読み切ったその観察眼。

 やはり、彼はISを動かしたキャリアは相当なものと見て間違い無いだろう。

 

「いや、凄いな。ただ単にマニュアル通りの動きをするだけなら意味はないが、お前は明確に意図を持って動かしやがる。全ての動きに意味を持ってるタイプも中々珍しいな」

「普通、そうではなくて?」

「いーや。お前の場合は極端だな。……それに普通はやるって言うが鈴は絶対やらないと思うぞ。マニュアルとかも『なんでこんなの読まなないといけないの?』って読まないに決まってる」

「それは、確かに」

 

 互いに笑みを浮かべる合う。

 一夏も今は顔の装甲を解除し、表情を晒しているが中々どうして。

 

(確かに顔はイケメン、と言われる部類ではありますね。箒さん達が惚れるのも無理はないですわ)

 

 真剣な表情を浮かべている一夏は格好良い。セシリアも素直にそう思った。

 だからといって、どうこうなるつもりは毛頭ないが。

 

「さて、わたくしは少しだけISを動かしたかっただけですので、もう上がりますが」

「俺もまあ、こっち来たてだし上がるかな」

 

 ピットに並んでもどると、そのままISを解除。

 一夏はISスーツに着替えていなかったからそのまま私服に戻るのだが、セシリアも同じように制服姿になっていた。

 

「おいおい。随分と不真面目な事してやがるな」

「そういう織斑さんこそ」

 

 どうやら、真面目一辺倒な訳ではなさそうだ、と一夏はセシリアへの評価を改めた。

 

「この後は暇か?」

「ええ、まあ」

「だったらお茶とかどうだ? 今日のお礼も兼ねて奢ってやるよ」

「誘い文句としてはまあ、及第ですわね」

「そいつはどうも」

 

 肩をすくめると一夏はピットの出口に向かって歩きだ出す。

 

「あら、ご一緒して頂けるのではなくて?」

「ん? いや、シャワーとか浴びるのかなって。ドイツにいた頃はみんな訓練終わりにシャワー浴びてたし」

「自分で言うのはアレですが、まあ大丈夫でしょう。そこまで動いてないですし」

 

 早足で歩いて、一夏の隣に並ぶ。

 

「……ふうん」

「? どうかなさいまして?」

「うん、安心しろ。汗臭くないしむしろ良い匂いがするなあ、と。良い香水とか使ってんのか?」

 

 くんくんと鼻を動かす一夏、だがそれを聞いたセシリアがパッと身を離す。

 恥ずかしさからか、心なしか頬も紅く染めている。

 

「じょ、女性の匂いを嗅ぐなんて……非常識ですわ!」

「まあ、あからさまに匂いを嗅いだのは悪いと思っているが……隣にいる以上、嗅ごうと思わなくたって匂いはわかるだろ」

「だからって言葉にしなくても良いでしょう!?」

「……つまり黙って嗅ぎ続けていろと」

「そ、そういう事でもありませんわ!」

 

 まったくもう、と早足で歩いていくセシリア。

 そんな反応を見せる彼女の姿が面白くて、一夏はこれからの学園生活が少し楽しく思えて来た。




言い忘れてましたが、自分はオルコッ党所属です。


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