霞(26)「提督を誘拐して既成事実を作ろう」 (トクサン)
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がんばれかすみさん

供養


「提督、今までありがとうね」

「あぁ、お前も……内地で元気でな」

「えぇ」

 

 舞鶴鎮守府、その執務室にて二人の男女が向かい合っていた。三十代後半と思われる男性と、今年で二十六歳になる駆逐艦(仮)霞、その人である。

 長い銀髪を一つに縛り後ろで括ったポニーテール。昔は提督の胸程の身長だったそれも、今では頭半分程度に収まっている。

 そして今日、この日――彼女が【艦娘本土防衛協定】にて結んだ契約期間、その最終日であった。本日を以って駆逐艦霞は艦娘としての任務を終え、ただの一般人として内地に戻る。

 長い間苦楽を共にし、歩んできた二人は暫くの間じっと互いを見つめ合っていた。

 

「それじゃあ、さようなら」

「……おう」

 

 霞は素っ気なくそう告げ、提督は後頭部を掻きながら頷く。別れは既に済ませてある、昨日の夜、遅くまで送別会を開いた。酒も浴びる程呑んだし、涙も流した。霞は大きなキャリーバッグを引いて執務室を後にし、提督はその背を見送った。

 

 ばたん、と。

 扉が閉まり、霞の背中が見えなくなる。

 

「―――さて、と」

 

 そして廊下へと進んだ霞は目を伏せ――それから鋭い視線で周囲を見渡した。

 

「…………」

 

 廊下には誰も居ない。それを確認し、霞は執務室の直ぐ脇で壁に背を凭れる。時計に目を落とし、じっと時を待つ。十秒、二十秒、三十秒、四十秒――そして二分が経過した頃。

 ごとん、と。部屋の中で何か大きな物が倒れる音がした。

 

「―――」

 

 霞はそれを見逃さない。足音を殺しそっと執務室の扉を開け、中を覗き込む。するとそこには床に倒れ伏し、書類をぶちまけた提督の姿が。霞は再度周囲を見渡し、誰も居ない事を確認して執務室の中に踏み込む。

 

「眠った……わよね」

 

 呟き、恐る恐る近付く。倒れ伏した提督の傍に屈みまず瞼に手を当て、それから鼻に指を翳した。

 

「眼球運動、呼吸、弛緩具合、えぇ、効いているわ、十二分に」

 

 頷く。量は少し多めにしていたが、やはり耐性があったのか効き目は遅かった。しかし、確かに目的は果たした。霞は持ってきたキャリーバッグを提督の傍に寝かせ、素早く散らかった書類を纏め机に戻す。

 

「昼食から少し時間が掛かったけれど、想定の範囲内ね」

 

 一度傍を離れて扉の隙間から念入りに廊下を見渡す。人通り確認、なし。行くなら今しかない。霞は持ち込んだバンドで提督を素早く拘束。目隠しに防音イヤーマフを被せる。提督が起きる気配はない。寝かせたキャリーバッグを開く。霞の体格と比較して大きく感じるソレ、中身は空。提督は私物を沢山詰め込んだものと考えていただろう。しかし違う――人間ひとりを詰め込める大きさにしたのは、この為だ。

 

「ごめんなさい提督、少し窮屈かもしれないけれど、我慢してね」

 

 霞は一言謝罪し、提督をキャリーバッグの中に詰め込む。膝を折りたたみ、赤子の様にすれば何とか詰め込むことが出来た。一応痛くない様に緩衝材も出来る限り備え付けてある。霞は提督の入ったキャリーバッグを立たせ、そのまま何事もなかったかのように執務室を後にした。

 

 そして建物の外に出ると、駐車場の方へと速足で向かう。途中、駐車場に駐屯する守衛と会い、霞はそれとなく手を挙げた。守衛の方も相手が霞だと分かると朗らかに笑い、手を挙げる。

 

「あぁ、霞さん、今出立ですか?」

「えぇ、少し前に提督への挨拶も終えたから、今から車に向かうところよ」

「そうでしたか……長い間、お疲れ様でした」

「ありがとう、後は頼んだわよ」

「えぇ、お任せを」

 

 霞は微笑みを浮かべながら歩く。霞の車は駐車場の端に止めてあった。何の変哲もない乗用車。四人乗りで、大した特徴もない。霞は後部座席の扉を開けると、其処にキャリーバッグを丁寧に乗せた。丁度前座席と後部先の間に、挟み込む形で。滑ったりしない様に位置を調整し、そのまま運転席に乗り込みエンジンを掛けて外へ。駐車場を出る時、守衛が帽子を取って頭を下げた。霞も小さく頭を下げ、そのまま公道へ。

 

 少し走って、ふとバックミラーに目を向けた。

 そこには血走った目で、口元を歪めた自分の顔が見えた。

 

「へっ………へへへッ………」

 

 にやけ顔が止まらない。震えた笑い声が、止まらない。

 

「へへへ、えへへへへへへッ……!」

 

 もう十分離れただろう。だから、まぁ、問題ない筈だ。ハンドルを持つ手が震える。しかし走行は安定したものだった。何せ一番大変だった部分をやり遂げたのだ。後はボーナスステージ、否、【ヤる】だけだ。

 

「し、仕方ないわ、そ、そう……こ、これは仕方ない事なのよ」

 

 霞は喉を震わせながら汗を流す自身の額を拭う。これは恐怖と、興奮と、幸福によるものだ。

 やった、やってしまった、自分はトンデモナイ事をしようとしている。その自覚がある。

 けれどもう止まらない、止められない、止まりたくない。霞は指先でハンドルをこつこつと叩きながら、言い訳の様に口を尖らせた。

 

「だって、だってこうでもしなきゃ? わ、()(26歳)が提督とセッ……セックスぅする機会なんて? 今後一切? 未来永劫? 訪れないだろうし? そう、そうよ……! 鎮守府の連中が出払って、尚且つ私が合法的に鎮守府を離れられる今日以外、チャンスは……チャンスは無いの……ないんだから!」

 

 汗が凄い、額から頬から流れるソレを乱雑に拭う。そして自身の不安と興奮を少しでも和らげる為に、自分に向けた言い訳を次々と口にした。

 

「そ、それに? ほら、何だかんだ言っても提督も私の事、き……嫌いではなかっただろうし? 実質和姦、そうこれはもう合法ックスよ、そうに違いないわ、えぇ、間違いない――えっへ、へへへッ!」

 

 笑い、自分にそう言い聞かせる。そして暫く公道を走り続け三十分程――目的地へと到着。

 車を駐車場に止め、後部座席からキャリーバッグを下ろす。場所は十年間以上貯めた給与で買った一軒家。庭付き駐車場付き、命がけの職場であった為給与は良かった、終戦直後は人が戻って来るだろうと、数年前から契約して購入したものだ。ローンもない、二階建ての白い家。何度か下見に来ては掃除もしてある。霞はポケットに入れていた鍵を取り出し玄関の扉を開く。キィ、と軋んだ扉が開くと塗料の匂いがした。余り頻繁に顔を出していなかったからだろう、人の生活している気配はない。キャリーバッグを引いて中へ。靴を脱ぎ、キャリーバッグはそのまま中へと運ぶ。そして家の奥、物置用のクローゼット――その床にある四角形の扉。

 

 分かりにくい場所にある扉は地下室へと繋がっている。元々避難場所として設計されたものだ、非常食に簡素な寝具、そして上にモノを置いてしまえば入口の発見すら困難。霞は自身の口もとがにやけるのを自覚した。扉を持ち上げ、下へと降りる急こう配の階段を一段一段、ゆっくりと下る。

 

「っしょ……うん、しょ」

 

 十数段の階段を下りた先に地下室はあった。大きさは畳八畳ほど。壁際には保存食や水、そして端っこに二人は寝ることが出来そうなパイプベッドがある。霞はベッドの近くまでキャリーバッグを運ぶと、ゆっくりとその口を開いた。

 

「……大丈夫、まだ、寝てる」

 

 一応振動にも気を付けたつもりだ。乱雑に扱っていなかった為か、提督は未だ意識を取り戻していない。霞は苦労してベッドの上に提督を寝かせると、首と腕を回して緊張を解した。

 

「ふぅ……」

 

 手足の拘束は外した。視覚、聴覚は封じ、口も塞いである。後は服を脱がして、ベッドに縛り付けるだけ。そこまで考え、霞は思わず生唾を飲み込んだ。そして恐る恐る、提督の衣服に手を伸ばす。

 

「あぁー……、あぁぁぁぁー……!」

 

 妙な声を漏らす。まずは上着、ボタンをはずして上着を退かし、シャツ姿となった提督の裾を捲ると、素晴らしい肉体が顔を覗かせた。軍人らしい鍛えられた肉体だ。心なしか香ばしい匂いもする。霞は必死に自身の理性と戦いながらシャツを脱がせた。

 

「駄目、駄目よ提督、誘っているの? 誘っているのね! いけない! 私を誘惑するなんて、いけない提督! ハレンチ、ハレンチな提督!」

 

 でも手は止まらない。片手で脱がせつつ、もう片方の手でこれでもかと言う程腹筋と胸襟を撫でまわす。

 

「ふーッ、ふっ……ふぅッ!」

 

 そして数分の格闘の末、上半身を裸にする事に成功した。持ち込んでいたロープで両腕をベッドに縛り付け、下半身の方に目を向ける。

 下半身――ズボンと、パンツである。想像し、プッと思わず鼻血が噴き出した。霞はそれをワイルドに拭い、震える指先をズボンに向ける。

 

「ず、ズボン、そうね、ズボンだけ、ね……!」

 

 恐る恐るベルトを外して、ゆっくりと――ゆっくりとズボンを下ろす。すると視界にボクサーパンツが見えて、その下にお山が。お山が。

 

「あーッ、困りますくそ提督! アーッ、クソ提督困ります! あーッ、くそ提督! あーッ!」

 

 気付けばパンツに頬ずりしながら叫んでいた。意識を取り戻した時は既に遅し、なにやら素晴らしい香りが鼻腔を擽り、そのまま飛びつきたくなる。しかし、駄目だ、まだ駄目だ。霞は理性を総動員して意識を繋いだ。

 

「ッ! 駄目よ霞! しっかりしなさいッ!」

 

 慌てて離れ、荒い息を繰り返す。中途半端に脱がされたズボン。そしてそのまた座に見えるお山様。霞はぐっと己の唇を噛んだ。

 

「あ、危なかった……全くクソ提督ったらインキュバスね……! この私を誘惑して操るなんて、本当に変態なんだから……ッ!」

 

 霞は戦慄する。あれはきっと全自動艦娘ホイホイか何かに違いない。

 今度は深呼吸を繰り返し、幾分か心を落ち着けさせズボンを脱がしにかかる。そしてなるべくお山を見ない様にしながら提督の両足を拘束した。

 

「ま、まぁでも? この霞さん(26歳)に掛かれば? この程度? 全然? これっぽちも効かないんですけれどね? もうっ、全ッ然? これっぽっちも?」

 

 拘束しながらそんな強がりを口にし、提督のパンツ越しに山を撫でる。見ない様にと言いながらチラチラ見ていたし、もうどうにもならない。そして自然、そんな急に撫でつけなんてすれば。

 

「あっ、あーっ、あっ……わぁーっ……」

 

 当然の如く大きくなった。

 下着を押し上げ、隆起する物体。それを霞はわなわなと震えながら見つめていた。

 

「ち、ちんちん(ボソッ)」

 

 霞の頬が赤く染まる。何かもうイッっちゃてるとしか言えない表情で指先を伸ばし、両手で提督の下着を掴んだ。無意識の行動だった。

 

「て、提督の……提督の、ちん……」

 

 ごくりと、唾を呑んだ。早鐘を打つ心臓、もう、ここまで来たのだ。

 退くという選択肢は――ない。

 

「や、ヤるしかないわ……ヤるのよ、霞……!」

 

 覚悟は決まった。血走り、危ない覚悟を決めた瞳で山を射抜き、霞は気負い良く提督の下着を脱が

 

 

省略されました。全てを読むにはワッフルワッフルと叫んで下さい)

 

 




 わっふるわっふる。


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がんばれかすみちゃん 三国志編

あたま空っぽにして読んでください


 

「ハッ!?」

 

 霞は目を覚ました。布団を跳ね除け起き上がる。部屋は――見慣れた鎮守府の私室。荒い息を整え、胸を押さえつけながら声を絞り出す。

 

「ゆ……夢? 今のは、夢?」

 

 霞(26歳)は枕元のスマホを手に取った。画面をタッチし表示される日時と時刻は――送別会の翌日、つまり今日が最終日。霞が鎮守府を去る日。

 即ち――提督を【おいしく頂く日】の筈だが。

 霞には記憶があった。提督を誘拐し、家に連れ去り、そして事に及び――そのまま寝入った。

 

「………私、確かに、提督と」

 

 そう、この霞(26歳)には余裕が無い、時間がない、機会がない。故に強引にでも事を進め結ばれるしかないと考え実行に移した筈だが――あれは夢だったのか?

 (いなや)、それにしては余りに鮮明で、現実味があった。明晰夢? いや、断じてそんなものではない。もしあの夢全てが霞の頭の中で生まれたものならば、提督の○○の味や匂い、ち○○○の長さ大きさなど、どうやって知れよう。

 

「夢、本当に――?」

 

 霞は思わずそんな言葉を口にした。ありえない、と口にしようとして、しかし自身にその記憶がある事を否定できず、思わず困惑する。しかし仮に、あれが夢だったとして――どうだと言うのだ。

 

 ならばもう一度、事に及ぶまで。

 

 ☆

 

 昼食時――霞が鎮守府を去るのは夕頃と決めている。現在鎮守府に居るのは駆逐艦の数名のみ、提督を狙う戦艦、空母、重巡、軽巡共が居ない絶好の機会。霞は予定通り提督の昼食に薬を仕込むべ厨房へと踏み入った。

 夢の世界ではこの時、特に問題もなく成功していた仕込みだが。

 

「あっ……」

「えっ……」

 

 右手に小瓶を握り締めた霞が厨房に踏み込んだ時、同じような格好で厨房に踏み込んだ電と鉢合わせになった。電(26歳)は霞と似た様な小瓶を握り締め、正面に立つ霞を見ていた。

 

「……い、電?」

「か、霞ちゃん」

 

 驚いた表情で互いに硬直する両名。霞は咄嗟に小瓶を尻のポケットに押し込み、へらりと笑って見せた。

 

「ど、どうしたの電、こんな場所に? もしかして、今から昼食かしら?」

「そ、そうなのですよ、えっと、丁度妖精さんが出払っていたみたいなので、中の方にいるのかなーと思って、えへへ、えへ……」

 

 電は小瓶を両手で握りしめる様にして隠し、引き攣った笑みを浮かべた。「ふ、ふーん、そっかぁ」と霞は目線を逸らし、両名はへらへらと笑って見せた。

 

「そ、それでは、電は、これで」

「えっ、あ、うん、昼食は良いの?」

「よ、妖精さんがいないみたいなので、出直すのです!」

「そ、そっか、うん」

 

 電は速足で厨房を後にし、霞はほっと胸を撫で下ろした。

 

「どうやら、バレていないみたいね……焦ったわ」

 

 霞は額から流れる汗を拭い、小瓶の蓋を開けると素早く提督用の配膳に中身をぶちまけた。睡眠薬と媚薬のブレンドである、寝ている間にもお山様が隆起してしまうような強烈なものを用意した。夢のなかではもっと大人しいものであったが――最早、事此処に至って霞は限界を迎えていた。

 何だったら執務室で一発ヤってからでも……などと考えていたのである。

 

「ふふっ……我が策に穴などないわ、完璧ね、後は頃合いを見計らって執務室に行くだけ、ふふっ……ふふふ」

 

 微笑み、小瓶をポケットに仕舞った霞は素早く厨房を後にした。

 こそこそと私室へと戻って行く霞。

 ――そして入れ替わる形で電(26歳)が厨房に再び姿を現す。暖簾から首だけ出して厨房内を覗き込むと、誰も居ない事を入念に確認した。

 

「び、びっくりしたのです、まさか霞ちゃんと鉢合わせになるなんて……」

 

 呟き、恐る恐る中へと足を進める電。そして目的の物――提督の配膳の前に立つと、手に握っていた小瓶の蓋を開け、勢いよく中身を料理にぶちまけた。

 

「へへ、えへへ………へへへへへッ」

 

 ぶちまけながら思わずと言った風に口元を歪め、笑みを零す。小瓶の中身は霞と同じ――即ち睡眠薬と媚薬のブレンドである。それを倍プッシュ――倍プッシュ!

 

「し、仕方が無いのです、電(26歳)が提督と結ばれるには、もう手段を選んでいる暇などないのです、前後不覚に陥った提督を襲って、子作りして、『責任を取るのです!』からの圧倒的めでたしゴールインなのです……! 何者にも、何者にもこの道は阻めぬのです…!」

 

 震える指先を握り締め、小瓶をポケットに仕舞い速足で厨房を後にする。効果のほどは分からない、しかし昼食後少ししてから執務室に向かえば良い。その時の提督の状態を夢想し、電は笑った。薄笑いを浮かべたまま食堂を後にした電。

 そしてふと、その入口で見知った顔と遭遇した。

 

「あっ、暁ちゃん」

「! い、電」

 

 食堂へと向かう人物、それは黒いロングストレートが映える暁(26歳)であった。彼女は手を後ろに隠しながら引き攣った笑みを見せる。

 

「今から昼食ですか?」

「え、えぇ、そうなの! 電はもう食べ終わったの?」

「はいなのです、丁度今戻ろうと思って」

「そ、そう……じゃ、じゃあ私、ご飯食べてから戻るから」

「わかった、なのです!」

 

 たわいない会話を済ませ、擦れ違う二人。そして暁は電が去ったことを確認し、食堂を突っ切って厨房へと踏み込んだ。妙に挙動不審な暁。中に誰も居ない事を確認し、慎重に足を進める。

 狙いは――提督の配膳。

 

「へ、えへへ、えへへへへへッ……」

 

 後ろ手に隠していた小瓶の蓋をあけ、ゆっくりと中身を料理に垂らす。料理は最早どきついピンクのオーラを放ち始めていた。

 

「し、仕方ないのよ、えぇ、仕方ないのよ……だ、だって? もう、私も立派なレディ(26歳)な訳だし? そろそろ? 提督も私が子どもだからという理由で手を出さないのは苦しいとおもうの、だからそう、これは二人の愛を確認する為に必要な事、必要な事なのよ……!」

 

 小瓶を最後まで振り抜き、中身を空っぽにした暁は空の小瓶を胸ポケットに仕舞い、こそこそと厨房を後にした。その表情は麻薬中毒者のそれと比較しても引けを取らない。最早引けぬところまで来てしまったのだ。

 

「そもそもこちとらレディ(笑)とか言っている場合じゃないのよ、四捨五入で三十になるっていうのにいつまでも手を拱いて待っているだけなんて冗談じゃないわ! 私は立派なレディ(既婚)になるのよ! ……どんな手を使ってでも!」

 

 食堂を走り去る暁。その背中を見守る者はいない。

 そして――。

 

 

「よし、午前中に何とか急ぎの分だけは終わったな……冷めちまっているだろうけれど、ご飯、ご飯、っと」

「俺も食堂で飯位食いてぇな……むぐ」

「――ん? なんか、これ、ちょっと味が……」

「………………ヴッ!」

 

 

(――そろそろ提督も眠った頃かしら、良し、大丈夫よ、夢とは言え一度成功しているんだもの、今度こそ提督と……!)

(――時間なのです、提督と一発キメてドヤ顔ダブルピースで勝利のマリッジなのです! 最早電の勝利は確定的! 圧勝、なのです!)

(――良い頃合いね、真のレディは決して獲物を逃がさない、提督と結ばれるのは他でもない、この(レディ)よ!)

 

 

(((この勝負、貰ったッ!)))

 

 

「提督! 最後の挨拶に来たのだけれど――あら?」

 

 執務室の扉を開け放ち、飛び込んだ霞。そこには執務机にうつ伏せになって眠りこける提督の姿。霞はにまにまと笑みを浮かべ、「あら、あらら、あらあらあら~?」と言いながら提督の傍に寄って行った。

 眼球の動き、呼吸、体の弛緩具合。どれも完全に意識の途絶を証明している。霞は通常より強力な薬が効いている事を確認し、満足気に頷いた。

 

「提督、眠ってしまったのね……そう、そうなの」

 

 呟き、霞は持ち込んだキャリーバッグを提督の傍に寝かせる。ジー、と入口を開け乍ら笑う。後はこれに提督を詰め込み逃走するだけ。それだけであの夢と同じ、最高のシチュエーションが確約されるのだ。そして霞の手が提督を拘束しようと動く。

 しかし、その直前!

 

「提督、実は相談があるのです、少し(人生の)お時間を貰いた――」

 

 電が襲来! 霞と似た様な大きなキャリーバッグを引き摺って執務室に突入! そして霞を発見し、硬直!

 提督に手を伸ばしていた霞も思わず固まって電を見る。二人の視線が交差し、奇妙な沈黙が下りる。状況は一目瞭然、霞が提督に手を出そうとしているのは明白。しかし、霞と同じ装備を持ち込んだ電もまた言い訳不可能!

 二人は直感的に悟った、目の前のこいつは――提督と合法ックスするつもりだ!

 

「か……霞、ちゃん?」

「い、電……」

 

 茫然とした表情で対峙する二人。そしてその沈黙を破るべく――!

 

「提督! 良いお店を見つけたのだけれど、これからドライブデート(結婚式場)に――」

 

 暁、襲来! またもや人ひとりを詰め込めそうなキャリーバッグを引いて突撃してきた三人目! 彼女は自分と同じキャリーバッグを引いて固まる電と霞を発見し、思わず笑顔のまま固まる!

 

「か、霞に、電……?」

「あ、暁」

「暁、ちゃん……」

 

 三雄、ここに出揃う!

 三人は提督を中心に円型を作り、硬直する事十秒程。そしてハッと意識を取り戻した三名は立ち直るや否やじりじりと距離を取り始めた。

 電、霞、暁――互いに互いを油断なく見据えながら戦闘姿勢へと移行する。

 

「ふ、二人とも……何の、用かしら? 私、これから提督に鎮守府を離れる前に挨拶をしようと思っていたのだけれど」

「ふ、ふぅん? そ、そうなんだぁ、それにしては提督、ぐっすり眠っているみたいだけれど……何かしたの、霞?」

「ひ、人聞きの悪い事言わないでくれるかしら? それを言うならアンタ、暁、それに電も、随分タイミングが良いじゃない――まるで提督が眠っている事を最初から知っていたみたい」

「い、言いがかりなのです!」

「そうよ! レディ(26歳)は睡眠薬を入れたり媚薬を入れるなんて卑劣な事しないわ!」

「………………」

 

 思わず、と言った風に叫ぶ暁。その暁ににやりと笑みを見せる霞。そして自身が何を口走ったのかを理解し、蒼褪め、口を噤むが既に遅し。

 

「ふぅん、そう――睡眠薬に、媚薬、ねぇ?」

「ッ、し、しまったぁッ!」

 

 暁は怯み、ぐっと言葉を詰まらせる。しかし自身ばかり攻められる謂れはない。キッと霞を睨みつけた暁は指差し、叫んだ。

 

「な、なら、霞は何をしようとしていたのよ! そんな『空っぽ』のキャリーバッグを引いて!」「ッ、そ、それは!」

 

 どきりと、霞が退いた。二人の前に開け放たれたキャリーバッグ。その中身は空。挨拶をしに来たと言うのなら中には私物が詰められている筈。何せこれから彼女は鎮守府を去る予定なのだから。暁は鼻を鳴らし、腕を組むと見下した目で霞を見る。

 

「ふふん、大方提督を誘拐して合法ックスでもキメるつもりだったんじゃないかしら? 調べても良いわよ、どうせ手錠やら目隠しやら入っているのでしょう?」

「ッ、く」

 

 図星だった、霞は悔し気に歯を噛む。

 

「そ、それを言うなら貴女達二人とも! 同じものを持ち込んでいるじゃない!」

「ッ!」

「うっ!」

 

 だが何もキャリーバッグを引いていたのは霞だけではない。残りの二人も、言い逃れ出来ぬ程に用意周到に準備していたのだ。それが仇となった。暫しの間沈黙が降り、三人は距離を保ちながら互いに視線を飛ばし合う。

 

「――どうやら、()達は同じ目的を持った敵同士らしい、なのです」

 

 電がごくりと唾を呑み、重々しい口調で告げた。暁がちらりと電を見て、口を開く。

 

「電、貴方も提督と……?」

「……電も今年で二十六歳、そろそろ提督と合法ックスをキメてショットガンマリッジをしないと不安になる年頃なのです、こうでもしないと、提督みたいな絶食系は手を出してこないのです!」

 

 心からの叫び。奥手なのはそれもそれで好ましいが、物には限度というのがある。提督はそれを既に十年程オーバーしていた。霞はそんな電の言に鼻を鳴らし叫んだ。

 

「ふん、だからって媚薬や睡眠薬を使って逆レイプ? 何が合法ックスよ! そんなの犯罪よ犯罪! 憲兵にしょっ引かれると良いわ! その間に私が提督と合法ックスしてあげるからさっさと此処から立ち去りなさい!」

「愛があれば合法なのです! つまり逆レでもこれは合法! つまり合法ックス!」

「意識がない相手に何言ってんのよアンタ!?」

「電の言う通りよ、霞! この場に居る全員、それは確信しているのでしょう!?」

「ッく!」

 

 霞は思わず唇を噛む。確かに、逆レと言えどそこに愛があれば合法……! 

 提督が自身を愛していないなどあり得ない! 

 つまりこれは合法……圧倒的合法! 合法ックス!

 

「くッ、たとえ合法ックスだとしても! 全員が提督と結婚出来るわけじゃないわ!」

「それは――確かにそうなのです」

 

 霞の言に、電が重々しく頷く。

 

「生き残るのはただ一人、そういう事ね……!」

「絶対に、負けられないのです!」

 

 方針は決まった。三人はジリジリと間合いを詰め、飛び掛かれる距離にまで持ち込む。元より三名が共存する道などなし。生き残るのはただひとり――勝者(既婚者)となれるのは、ただのひとり!

 

「行くわよ、電、暁ッ!」

「有澤重工雷電――お相手仕るのです!」

「真のレディ(淑女)がどういうものか教えてあげるわッ!」

 

 霞が地面から野太刀を取り出し、電は亜空間より雷を召喚――合体し有澤重工の雷電と化す。暁は背後より己の精神体(スタンド)を呼び出し構えた。最早此処に加減はない、仲間を殺してでも手に入れなければならぬものがある。

 三人の瞳が細まり、此処に英雄たちが激闘した。

 

 





予告

「私は提督と合法ックスしようとしているだけよ! 何もやましい事はないわ! 例え提督が前後不覚で記憶が無くて合法ックスした覚えが無くても事実さえあれば良いのよ!」
「わ、私だって提督の提督をお借りしてちょっと子作りしたいだけなのです! 子どもさえいれば勝利は確実なのです! 決して提督を逆レして監禁しようだなんて、ほんのちょっとも、これっぽっちも考えていないのです!」
「私だってそうよ! いい加減良い歳(26歳)なんだし? まぁなんていうか? そろそろ提督も素直になっても良いじゃないかなぁと思って背中を押しただけなんだから! 何もやましい事はないわ! 本当よ! 外堀を埋めようなんて微塵も思っていないわ!」


(続きは)ないです。



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