GBD-L_ガンダムビルドダイバーズ Lonely (杉村 祐介)
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それでも僕は独りだった。
序:それでも僕は独りだった。


 きっと今日もインターネットの世界は賑わっている。きっと今日も僕の世界は静寂に包まれている。

 実際の友達は居ないに等しい。それでも、インターネットの普及した現在だから、多くの人々はSNSやオンラインゲームでつながりを求めて、そして実際に繋がっていくんだろう。けれど僕は、それでも僕は独りだった。

 

 

 

【GBD-L】ガンダムビルドダイバーズ−ロンリー

 

 

 

「このミッション、やっぱ俺たちにはムズかったんじゃ」

「おいおいバカを言うなよ! お前が受注しようって言ったんじゃねぇか!」

 

 無数にデブリが広がる宇宙空域に、二人のビルダーが己の作ったガンプラに乗り込んで戦っていた。敵はリーオータイプが複数、見えるところに五〜六体、隠れているのも複数居る。多勢に無勢、まだ駆け出しの初心者だった二人には、もう勝ち目が見えないでいた。

 

「おい、損傷状況は!」

「被害甚大、ストライカーパックがやられた。そのうえバッテリーももう持たない、そっちは!?」

「粒子はギリ残ってる。でもトランザムはもう使っちまった。後がねえぞ」

「ったく……救援を呼ぶ!」

「でも報酬が――」

「クエスト成功率の方が大事だろーが!」

 

 クエスト成功率は個人の、そしてフォースの総合的な一種のステータスだった。いくら己が強くても、クエストやバトル勝率が悪ければそれはいわゆる「害悪プレイヤー」としてみなされ、相手にされにくくなる風潮がGBN(ガンプラバトル・ネクサスオンライン)上では広まっていた。自分たちの力でクリアできないようなむちゃなクエストを受けるようなプレイヤーは大勢居たからだ。

 そんなプレイヤーたちに救いの手を差し伸べるのが、救援システムだ。幸いにもGBN上には大勢のプレイヤーが存在し、全員が現在バトルをしているわけではない。手の空いたプレイヤーに、報酬を山分けする代わりに、手助けに来てもらう――それが救援システム。

 二者択一。己のプライドを張って名声を落とすか。それとも意地と報酬を捨てて助けを乞うか。考えている時間はない、ストライクのカスタム機に乗っていたプレイヤーが、モニターをテキパキ操作する。

 

「救援求む! 場所はデブリベルト、敵はリーオータイプが複数!」

 

 するとその場所から救援を示す信号弾が飛ばされた。それはすぐさまGBNのメインコンピュータに情報が飛ばされ、救援ボードの一つに登録される。

 

「頼む、早めに来てくれよ……!」

 

 救援、といってもそう簡単に来るものじゃない。GBNのユーザーは無数に存在し、その多くが救援システムを利用している以上、信号弾を飛ばしてから数分、長いと十分待たされることもあるくらいだ。救援する側も、ノコノコと自分がクリアしたいクエストでもないのに手伝いに来て去っていく、そんな奇天烈な人間はそうそう居ない。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 そう、僕は言うなれば奇天烈だった。頓狂だった、という方が正しいかもしれない。



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救援任務を受諾しました

 そう、僕は言うなれば奇天烈だった。頓狂だった、という方が正しいかもしれない。

 人の心を知りながら、人の心が分からない。自分と他人は同じ人間なのに、まるで別の生き物のように感じてしまう。誰かが「こうしてほしい」と願うことと同じように自分も「こうしたい」と願って良いはずなのに、それは間違っていることのように思っていた。

 だから今日も、僕は独りで、誰かの願いを叶えるのだ。

 

「GBN、ログイン完了」

 

 ログインしたユーザーはまずGBNのメインフロアへと誘導される。そこから各種ミッションやフォースネスト、市街地への移動ができるのだが、僕はくるりと踵を返してガンプラの整備室へと向かった。別段ここから他へ行くあてもなく、用事もなかったからだ。ゲートを一つくぐれば、そこはメインフロアの喧騒そっちのけで、とても静かな整備場兼カタパルトデッキになっている。

 非科学的だが、それこそがオンラインゲームの良い所だ。

 

「さて、今日もたっぷりあるなぁ」

 

 静寂な整備場を歩きながら、独り言をつぶやいて、手元のモニターを何度かタップしたり、スクロールしてみる。両手でも足りないくらいにクエストの情報が寄せられているそれは、救援ボードと呼ばれたものだった。

 GBNにログインして僕が最初にやることは、溜まりに溜まった救援ボードの確認だ。いや、最初だけではない。GBNにおいて僕は、戦っている時を除いてほとんど救援ボードしか見ていない。救援を受注して、助けて、離脱する。そればかりを繰り返していた。それしかやっていなかった。

 他人からすれば、フォースへ所属してチームプレーを楽しんだり、GBN上での生活をやってみたりと、僕の知らない楽しみ方は無限にあるのだろう。仲間と交流を深めて、難関に挑戦していくという楽しみは、他では体感できないオンラインゲームとしてまっとうな楽しみ方である。

 けれど僕には、それができない。

 

「行こう『ゲイルシュナイデン』、今日も無茶なプレイヤーがたくさん居るみたいだ」

 

 視線を上げた。『ゲイルシュナイデン』と呼称されたガンプラは僕の目の前に猛々しくも静かに出撃を待っていた。

 RX-78を連想させるデザインを模していたが、それは似て非なるものだ。ベースキットに『アメイジングレッドウォーリア』を使用したそれがRX-78と被っても当然のことであり、同時にカラーリングは赤と朱色をメインとしたベース機から、黒と紫へと変更されていて、その各所は細かい変更が成されていた。何より背負い物であるバックパックにあるはずの大型武装は一切排除されていて、代わりに着けられているのは水中適性が高めのブースター。よくよく見ると貧弱とさえ思える代物だ。シールドすらRX-78より小さく、籠手のように片腕しか守れないほどのものだ。メイン武装は、大剣と銃を一体化させたものひと振りのみ。

 それでも、こいつの武装はこれだけで良い。これくらいがちょうどいい。

 

 救援ボードのクエストはどれも同じように見えて、実はそうでもない。誰かが救援に行きそうなクエストは放ったらかしても知らない誰かが行ってくれる。だから人気の無さそうな、無茶をしているプレイヤーのもとへ行くのが、個人的な流儀だと思っていた。

 今日は「おっ」と目に引くクエストを早々に発見できたから、手早くそれをタップして、「受注しますか」にOKボタンを返す。

 さぁ、ここからは時間との勝負だ。相手は今まさに苦戦しているさなか、こちらが一秒遅れたら敗北ということもある。実際何度か経験しているが、暗転する画面に「クエストに失敗しました」と表示されるだけのそれは悲しいものだ。

 降りていたワイヤーアンカーに脚をかけてコクピットハッチへ乗り込む。迅速に的確にシートへと座り、ボタンをONにしていく。ゲイルシュナイデンの四肢に血が行き渡るように、次々とモニターが点灯していく。

 

「プレイヤーネーム、コトノリ。機体名ゲイルシュナイデン。救援任務を受諾しました。出撃します!」

 

 タタン、と宙に浮くモニターをタップして、左右にある操縦桿を握った。前方の大きな鉄板が開き、ライトで照らされたカタパルトが伸びて、出撃のレールが敷かれた。

 ぐっと操縦桿を押し込んで、ゲイルシュナイデンは背面バーニアを全開に、広大な宇宙へと駆け出した。



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不器用な機体

 デブリベルトは大混乱していた。クエスト内容は「デブリベルト宙域に存在するプロトタイプ・リーオーを撃墜せよ」という簡素なものだった。これを初心者が迂闊にも受注してしまったのだろう。

 プロトタイプ・リーオーといえば、敏い人なら知っているだろうあのトールギスである。卑怯だなと思うのは、それを隠してプロトタイプという名前をつけていることだ。これでは初心者も油断してしまうだろう。けれどジムのプロトタイプとしてガンダムが作られたように、機動戦士ガンダムシリーズのプロトタイプは往々にして過剰能力だ。これはその意味を知ってるユーザーに向けた、運営からのファンサービスなのかもしれない。

 そんなことを考えながらも、十秒足らずで戦闘空域へと到着した僕は、まず救援機へと回線を繋ごうとした。

 

「こちら友軍なり、救援信号に参上した。返答求む!」

 

 結果は帰ってこなかった。ミノフスキー粒子が濃い、ノイズばかりを拾ってどうにもならない。僕はもう一度通信を試みて――その時、リーオーの一機がこちらに気づいたのを、レーダーが察知した。

 アラートがけたたましく鳴る。巡行状態だったゲイルシュナイデンの肩バーニアをむりやり吹かせてその軌道を捻じ曲げる。間一髪、ビームの奔流がその先をかすめて行った。

 

「見つかったか」

 

 スペースデブリの岩陰に隠れたが、位置がこんなにも早く割れるとは思いもしなかった。もしかしたらさっきの回線を敵機が拾ったのかもしれない。迂闊だった、見つかったとあれば他のリーオーたちも集まってくるだろう。

 こうなったら、派手に行くしか無いか。息を大きく吐いて、相手が攻めてくるその瞬間を待った。レーダーで近づいてくる敵影を確認しながら、呼吸を合わせる。三、二、一、

 

「今っ!」

 

 ライフルを構えたリーオーがその引き金を引く前に、ゲイルシュナイデンは肩バーニアを背面へと可動させて急速前進、その大振りの剣を横薙ぎに振るって、リーオーを一刀両断にした。

 刀を振った勢いを殺さずに距離を開くゲイルシュナイデン。直後、爆発する閃光で機体が輝いて見えた。

 

「くそっ、やっちまったな……」

 

 だがそれで終わりじゃない、むしろ「あんなところで一人仲間がやられた」と、他のリーオーたちが一斉にざわめき立つことだろう。だからこそ、救援を送ったグループと早急に合流したかった。そのための通信で、敵との接触になってしまったのだから仕方がないとはいえ、なんというか散々だ。

 僕は緊張で忘れていた呼吸を思い出すかのように、そしてこれから降りかかる災難を認めるかのように、大きくため息をついた。

 しかし、それは考え過ぎだったようだ。

 

「救援機だ!」

「ほんとだ、来てくれたのか!」

 

 さっきの爆発で、敵が己の位置を知ったと同時に、救援信号を出していた人たちもこちらに気づいてくれたのだ。

 

「合流、感謝します」

「何言ってるんですか、こっちが救援だした側なのに」

「そうですよ。さぁ、こっから反撃だ!」

 

 短く挨拶を交わす最中、その機体をよくよく眺めた。一方はストライクガンダムをベースにバックパックを改造されたのだろうが、その背中に致命傷を受けて今やただのストライク、手には細身だが長身の剣と盾。遠距離武装は頭部バルカンくらいか。

 もう一方もまた近接用にカスタムされている、ガンダムエクシアをベースとした機体だ。肩や脚に特徴的な改造が施されていて、一対一の近接戦闘ならめっぽう強そうな印象を受ける。

 だからこそ、こういった集団戦は致命的に苦手だったのだろう。

 

「なあ、名前は――」

「悠長に話す時間は無い、お二人共、近接戦闘で各個撃破をお願いします」

 

 敬語なのかタメ語なのか曖昧なイントネーションで、僕はそう二人に告げて通信回線を完全にシャットアウトした。そして直後、その場から飛びあがって離脱する。敵は複数、味方は近接に長けた二人組。そうともあれば、やることは一つ。

 遠距離スナイパー系の暗殺。それがこの場に置いて一番有用な手段だと僕は考えた。

 

 

 

「やるぞ、ゲイルシュナイデン。お前ならできる」

 

 自己暗示のそれに近いように機体に声をかけて、操縦桿を握りしめる。ああ、自分はなんて不器用なんだろうか。

 不器用といえば、この機体そのものが不器用だ。彼らのように近接戦闘力を高めに高めて前衛を張ることができれば、後衛職からは引く手あまただろう。また逆に、彼らのような近接戦闘の得意なプレイヤーを活かす後衛職というのも良い。オンラインゲームはそうやって役割分担をしてこそ、最適解が得られるというものだ。

 その点、ゲイルシュナイデンはどっちつかずだった。一応には大振りの剣を持っているものの、派手な砲も無ければトランザムやNT-Dといった特殊技能も搭載されていない。後衛職にはなりきれず、かといって前衛職も力不足だ。

 そんな不器用な機体を好いて使っているのが、頓狂な自分をよく表しているなと自嘲を浮かべる。そう、誰かとプレイしたいと思っているのに、積極的に相互フォローをしない自分も、この機体のようにどっちつかずの不器用さんだ。

 

 でも、それでいい。だからこそ、できることがある。この機体なら、「救援信号を出したチームがどんな機体だろうと、それに合わせることができる」のだから。



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独りを選び続けて

「……見つけた!」

 

 長物を構えたリーオーの背後を取った。それが首をこちらへ向けたと同時に、大剣で唐竹割りに叩き伏せる。その周囲にいたリーオータイプは近接兵装でこちらに迫ってくるが、そんなものお構いなしにデブリの隙間を縫って走った。

 あれは放っておいても、いずれストライクかエクシアが倒してくれるだろう。たかだかNPCの群れ、武装が汎用ならば勝機はある。問題はスナイパータイプが混じっていることだ。きっとあのストライクもスナイパーに背中を撃たれたのだろう。そうやってジリジリと遠距離でいたぶられて、最後にはエネルギー切れでゲームセット。そうなる前に、僕が暗躍してその狙撃手を潰す。

 

 背後から爆炎が輝いた。さっき追いかけてきそうだったリーオーのものだろう。派手に何度も散っていく。予想通り、彼らは接近戦で雑魚の群れとなったリーオーたちを蹂躙しているのだろう。上手くいった!と自分も心の中でガッツポーズをした。

 それにしても、たった二機でよく集団戦を耐えきったものだ、彼らのコンビネーション戦闘が見られないことが残念だ。幾つものデブリをチェックしながら、そんなことを考えていると、もう一機スナイパー型を見つけた。

 だが、今度の敵は僕を――ゲイルシュナイデンを警戒している。四機の護衛をつけているリーオーの群れに単身飛び込むのは無茶だ。

 けれど、その無茶を楽しんでしまうのが、僕の悪い癖でもある。

 

「あの二人が派手にやってるんだ、こっちも!」

 

 四機の護衛のうち二機はバズーカとマシンガンを手にしている。二機は近距離戦用でビームサーベルを手に直進してきた。

 ゲイルシュナイデンは左腕一本で大剣を振った。それを敵対するリーオーはやすやすと懐に潜るように回避してみせて、そのサーベルで機体を突くために腕を引いた。

 

「そこだっ、サーベル展開!」

 

 そこまで読んだ上で、右手の甲からビーム刃を突き立てる。「まさか手の甲にサーベルが仕込まれているなんて」という奇をてらった武装は、いわゆる初見殺し的な意味で特に有用だった。

 一機のリーオーを貫いて、二機目にそれを押し付けた。バランスの崩れた近接タイプは軌道を逸して明後日の方向へ進んでいく。

 だが気は休まらない。こんどはバズーカとビームライフルがお出迎えだ。そう直進ばかりもしてられず、ゲイルシュナイデンはデブリの影に隠れた。

 

「こいつでどうだ?」

 

 宙に手を振れば、そこから急速に広がっていくまるで自機のような風船、ダミーバルーンが幾つか形成された。視覚的な錯覚はあまりNPCに対して有用とは言えないが、それでも貫通できないバズーカに対しての遮蔽物にはなる。

 それが次々と割られていく数秒の間に、ゲイルシュナイデンが敵機へと近づいて、その右腕で軽々と屠った。

 

 中距離タイプの二機を倒した僕は、改めてメインターゲットとしていたスナイパー型を見て――その銃口がこちらに向いているのを察して――ゾッとした。

 

「しまっ……」

 

 声が出なかった。心のどこかで油断していたのだ、スナイパー型は救援を呼んだ二人を狙い続けるだろうと高をくくっていたのだ、近距離まで近づいたら攻撃せずに距離を取るだろうと慢心していたのだ。

 ああ、こんな時、背中を預けられる仲間が居たらなぁ、横から狙撃してくれるスナイパーが居たらなぁ、そんなこと何度思ったことか。そんな考え、いつものことだ。それでも独りを選び続けているのは、自分自身だろう。

 

「――あっぶねぇな!」

 

 怒号が飛んだ。通信回線は切ったはずなのに、声が聞こえた気がした。狙撃型のリーオーが引き金を引こうとした瞬間、そこに光の速さで飛び込んでくる機影が、味方の姿がそこにあった。



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己の仕事をこなすのみ

「大丈夫か!?」

「間に合ったみたいだな!」

 

 エクシアが狙撃手に高速接近して切り刻み、ストライクは先程突き飛ばした近接タイプが近づいていたのを切り伏せた。救援信号を出していた二人が、さっきまでかなりの距離を離れて戦っていたはずなのに、気づけば今目の前に現れて、ピンチを救ってくれていたのだ。

 切っていた通信回線を開いて、謝罪と感謝の意を伝える。

 

「……ごめんなさい、ありがとう」

「堅苦しいこと言わないで」

「それに、感謝するのはコッチの台詞だしな!」

 

 ああ、この二人はきっと本来の実力は自分よりも上なんだ、そんなことが脳裏をよぎった。救援に来たのに、逆に助けられるなんて恥ずかしい。

 だが気を抜いてる場合ではない。戦いはまだ終わっていない。おそらくはミッション目標であるプロトタイプ・リーオーを倒すまで、この量産型は無限に湧き続けるだろう。

 だが救援で途中参戦した僕には情報が足りなさすぎる。否が応でも、彼らと共闘するしか無さそうだ。

 

「トールギス……プロトタイプ・リーオーの位置情報はどこに?」

「二時の方角、少し進んだ所」

「でもスナイパー型も含めたリーオーがうようよ居て近づきようがない」

 

 なるほど、近接タイプの二人は門前払いを喰らったということか。だったら簡単、その門をこじ開けてやればいい。

 

「狙撃にだけ気をつけて、まっすぐデブリを突っ切ってくれるかな。君たちの実力なら、スナイパーさえなんとかすれば勝てるはずだから」

「スナイパーはあんたが倒すってこと?」

「そう」

 

 信じてもらえるかは分からなかった。ついさっき出会った仲だ、こちらの作戦を飲んでもらえるかどうかなんて、確率的には低い。

 だが回答は明瞭だった。

 

「オッケー」

「あんたを信じるよ」

 

 そう言って、彼らは機体のバーニアを燃やした。およそこの機体では追いつきそうにない加速で飛んでいく。

 まさかこんな簡単に信じてもらえるとは思えず、一瞬あっけにとられてしまったが、迷っている時間すら惜しい。こちらがやると言ったんだ、彼らに置いていかれるわけにはいかない。

 

「……ありがとう」

 

 ゲイルシュナイデンのバーニアも全力を吹かせて、二機の機影を追いかけた。もうすでに遠のいた機影の周りではドンパチ騒ぎが始まっていて、すでに複数のリーオーが倒されていた。速い、加速が段違いだ。さすが前衛職に適した機体のことだけはある。

 であるならば、己は己の仕事をこなすのみ。

 あちらこちらに散ったデブリに居座っているスナイパータイプを見つけては、その刃を突き立てる。一つ鍵をこじ開ける。二体目はこちらに気づいた瞬間、そのメインカメラをライフルでぶち抜いてやった。一つ鍵をこじ開ける。

 あの二体が派手に戦ってくれているおかげで、スナイパーたちは釘付けだ。その分だけ、ゲイルシュナイデンの暗躍しがいがあるというもの。決してスポットライトを浴びる立場ではない、浴びてはいけないのだ。身を隠すことに徹して、隠密に物事を進める。これは僕の性に合っていた。



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誰かのために戦う

 一つ二つと鍵を開け続け、とうとう親玉のトールギスへとあの二人が到達した。よし、あとは戦況を見るまでもなくクエストが終わるだろう。そう思った矢先、人間の殺気めいた何かを感じた。

 

「……何だ?」

 

 そこにはリーオーが独りで立っていた。その立ち姿はなんとも形容し難いオーラを持っていて、量産のそれとは違う出で立ちだった。まるでNPCに意思があって「戦おう」と喧嘩を売られているような気がした。

 本来なら一目散に逃げる性格だが、あいにくとこの先ではあの二人がボスと戦っている。今も戦闘の余波が届くほどに激しくぶつかり合っている。

 無い勇気を振り絞って、その異質なリーオーの前に立ちふさがる。僕はコクピットの中で震える脚をげんこつで叩いた。

 

「ここは、通さない」

 

 その言葉を理解したかせずか、リーオーは素手で高速に接近してきた。もはや大振りの剣を構える時間すら与えてくれない。一瞬の迷いもなくそれを横へ捨てて、右手の甲にあるビームサーベルを振るった。

 空振った。いや、回避された。身のこなしがNPCのそれではない。切れない水を切ったようにそれは動き、貫手を突き出す。

 

「くっそ……」

 

 驚く暇もない。肩バーニアでむりやり転がってみたものの、右脇腹を抉られた。その貫手はゲイルシュナイデンを動かしていなければ、たやすくコックピットを貫いていただろう。なんて強さ、なんて速さだ。

 相手のペースに呑まれてはいけない、とこちらからも攻める。背面、足裏のバーニアを全開にして突貫し、飛び膝蹴りを出す。リーオーはその膝をピンポイントに左手で受け止め、もう一度右手の貫手を繰り出そうと構える――

 

「かかったな!」

 

 トリガーを引く。それは弾を放つ銃のものではない、膝の先端に隠していた短刀、アーマーシュナイダーを射出するトリガーだ。それがパイルバンカーのようになって、膝を覆っていたリーオーの左手がはじけ飛ぶ。

 これには敵も驚いた様子で、構えた右手もすぐに引き、間合いを取る。こういった「初見殺し」は、ゲイルシュナイデンにとって得意中の得意だ。

 

「さぁ、こっからが本当の勝負だ」

 

 もう一本のアーマーシュナイダーも取り出して、それを逆手に握りしめる。

 

 次に仕掛けたのはリーオーだった。まるで武術家のように美しい間合いの詰め方だった。素人の僕にはそんなふうに見えて、攻撃に籠手を合わせるのだけで精一杯だった。

 ガンッと機体が揺れた。その攻撃は片手に収まるシールドで受け止められるほど安くはなく、鉄の塊であるモビルスーツを弾き飛ばすほどの威力だったのだ。その一瞬で敵を見失い、次に見えた時は右腕を掴まれていた。

 

「やばっ――」

 

 右腕を掴まれてぐるぐると振り回された末に、デブリの一つに叩きつけられた。目まぐるしく回る計器と景色に平衡感覚を失って、吐きたくなるほどに酔った。五感が鈍れば判断も鈍る。そうして次は右腕の肩から先を、手刀打ちで剥ぎ取られた。

 たかだかリーオー一機のはずである。なのにどうしてこんなに強いのか。理由は知れない。だが戦わなければならない。トールギスと戦っている彼らのためにも、こいつを通すわけにはいかない。

 

「……ははっ」

 

 我ながら滑稽だと思った。人間、誰だって「誰かのために戦う」と心に決めると強いのだ。普段以上の力が出せるようにできているのだ。神がこの世にいるならば、きっと人間が助け合うためにその機能を創ったのだろう。

 それを知ってなお、誰かを拒否して独りで居続ける自分という存在も滑稽だったし、そんな自分が誰かのために戦うと決めたことも滑稽だった。ああ、そうだ。僕は、

 

「誰かのために戦う」

 

 そう決めていたから、GBNで戦ってるんじゃないか。



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終:縁があれば、また

 迫るリーオーに対して、ゲイルシュナイデンはつま先で蹴り上げた。リーオーはその間合いを正確に読んで、紙一重のところで避けたつもりだっただろう。

 だが最後の手品だ。この機体、ゲイルシュナイデンのつま先には、ビームサーベルが仕込んである――。

 

 縦に真っ二つになったリーオーは、それ以上、動くことはなかった。腕をもぎ取られたゲイルシュナイデンも、正直満身創痍で残存エネルギーも僅かだった。なによりパイロットの疲労がピークを迎えていた。

 そのすぐ後、クエストクリアの表示と共に、あの二人が大手を振ってこちらへ来た。

 

「やったぜ、クリアだ!」

「楽勝だったな」

「おいおい、救援の人が来てくれなかったら負けてただろ」

 

 やけに賑やかな二人を見て、こっちも釣られて笑ってしまったが、画面酔いの頭痛と重なって変な表情になっていたことだろう。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「なぁ、俺たちのフォースに入ってくれないか?」

 

 これで何度目だろうか、こうして勧誘されることに慣れている自分がいた。そりゃあ、救援したりされたりの仲だ、相手のプロフィールくらい見るし、もしその人がフォース無所属だったら、勧誘しないという選択肢はないだろう。

 こういう時、僕はいつも丁重にお断りするのだ。

 

「ごめんなさい。フォースには入らないって決めてるんです」

「どうしてさ? 一緒にプレイしたらきっと楽しいよ!」

「やめときなって。あれだけの実力なんだ、きっと引く手あまたなんだよ」

「いやいや。一対一なら、貴方たちの方がよっぽど強いですよ。それに、貴方たちに必要なのは狙撃手か砲撃手だと思いますよ。僕じゃ力不足だ」

 

 二人の勧誘を断って、僕は背中を向けて歩き出した。複数の視線を感じながらも、クエスト終了後に訪れるメインフロアから、いつもの整備場へと移動する。

 さっき戦った傷が癒えておらず、ゲイルシュナイデンは右腕を失ったまま立っていた。

 

 ピコン、と通知が鳴る。さっき共闘したビルダーの片割れだ。

 

『ユーザーネームから探してメールしました、今日はありがとう。どうか一緒にフォースで戦ってくれませんか!?』

 

 僕はそのしつこさに苦笑しながらも、不思議と嫌な気持ちではなかったので、メールの返答はこう記しておいた。

 

『お誘いありがとう。縁があれば、また救援信号で引き寄せられるかも知れませんね。それでは』

 

 フォースやチームというのは自分にとって華々しいものでもあったが、同時に重苦しい枷に感じられるのだった。だからこうして、独りを楽しみ、独りを寂しんでいる。矛盾しているが、矛盾していることこそが僕のアイデンティティだった。

 

 

 

 きっと今日もインターネットの世界は賑わっている。きっと今日も僕の世界は静寂に包まれている。その静寂が、僕は好きだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 終わり ◇ ◇ ◇




*ビルドダイバーズ・リライズを視聴した勢いで書きました。設定の矛盾などお気づきの点がありましたらご連絡下さい。


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仕立て屋として
序:役割


この「序」から次回の「終」までは、原案をくすりしが担当し、友人である水槽学氏が執筆した合作となっております。
水槽学氏のツイッター:@lostfreedam


「なんで戦ってくれないの。救援で来たんでしょ?」

 

 通信から聞こえてきた少年の不平。その態度に、コトノリはため息をついた。

 

「キミには相性が悪かったんだ、今回は諦めてくれ」

 

 コトノリが返すと、少年――ユウタが不満そうに、低く唸った。

 

 

 

 コトノリはいつものように、誰も受けそうにない救援クエストを引き受けていた。今回の救援依頼は「ジェットストリームアタックを封じ込めろ」という簡素なクエスト。ダイバーズランクを上げるためのポイント稼ぎにはもってこいの、所謂「パターン化した敵を倒す作業ゲー」の救援依頼だった。

 わざわざ救援を出すほどでもないこのクエストで救援を出したのだ。よほどの初心者が追い込まれて困っているのだろうと思って来てみれば、

 

「ダイバーズランクを上げないと、フォースに入れないじゃん。だから手伝ってよ」

 

 救援を出したユウタの物言いに、コトノリはげんなりした。

 

「サポートはする。けれどキミは全く前に出ようとしないじゃないか」

 

 そう。ユウタは自身でミッションを受けたにも関わらず、救援のコトノリが会敵したとき、ユウタのストライクフリーダムは射程範囲の倍ほどの距離でふわふわ浮いているだけだった。耐えかねたコトノリは、敵機の視界から外れる場所で、ユウタと「作戦会議」という体で互いの意見をぶつけ合っていた。

 

「そりゃあ、ストフリだもん」

 

 ユウタは口を尖らせ、通信画面から目線を逸らす。

 

「後ろからバーってドラグーン出してさ、ビームライフルの二丁拳銃でフルバーストするのが僕の役目。ええと、お兄さん? が前に出て戦ってくれたら良いんだよ」

 

 自分に恥じるところなどない、とばかりに通信画面に向き直った。そんなユウタの態度に、コトノリはまたため息をついた。

 

「ボクはあくまでもサポートだ。キミが戦う意志が無いのなら、ボクは戦えない」

「なんでよ、役目でしょ!?」

 

 ユウタが叫ぶ。だがコトノリは動じない。

 コトノリの乗っていたゲイルシュナイデンは籠手のようなスモールシールドが破損していた。一度は戦闘をしたのだ。だが、救援主であるストフリが、射程範囲の倍もの距離をとってふわふわと浮いているだけの姿を見てその内情を悟り、一目散に離脱した。それを見たユウタが追いかけてきたことで、今の状態に至るのである。

 

「そんな量産機みたいな見た目のガンプラ使ってるんだから、GBDが相当好きなんでしょ。お兄さんならあんな敵簡単に倒せるでしょ?」

 

 堂々とバトルスタイルを語ったわりには、その根にある他力本願が丸見えの言動。コトノリは長々と喋るのも億劫になってきて、

 

「ボクは『仕立て屋』だ。それ以上でも以下でもない」

 

 それだけの言葉を返した。コトノリの信条として「救援はあくまで救援、主役にはならない」と決めていた。

 それと相反する存在がユウタだった。彼はGBDにログインしてこの方、救援ばかりを頼って自分はろくに戦いもしていない。

 とにかく依頼人と請負人の相性が、絶望的に悪かった。そして相性が悪いのはそれだけでなかった。ユウタとストライクフリーダムもだ。

 

「このクエストは諦めることを勧めるよ」

 

 進言だけをして、コトノリは手を止めた。クエストのリタイアは救援部隊であるコトノリには出せない。ユウタ本人の判断が必要だ。

 だがユウタはまだ、コトノリ主導でクエストをクリアする気でいた。それが諦めろなんて思ってもみないことを提案してきたのだから、たちまち、カッと頭に血が上った。

 

「嫌だ! クリア率下がっちゃうじゃん!」

 

 必死になって怒鳴る。救援に来てくれた人が助けてくれない――その事実だけが理不尽として見えていて、理由の方がまるで見えていないから怒る。子供の視界では、結局、それが限界だった。

 

「なら、戦うと良い。フォローはする」

 

 コトノリも折れることはない。これが、これだけがこの「ダイバーズ」という世界でのコトノリの生き方である以上、曲げることはできなかった。両者の主張は平行線の一途を辿る。

 

「だから、前に出て一機か二機倒してよ。それが前衛の役目でしょ?」

「前衛の、役目――」



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他人に命令するだけで

 ユウタが何気なく口にした言葉に、チリッ、とコトノリの脳裏を掠めるノイズ。嫌な記憶を思い出して、それを打ち消して。コトノリは淡々と返す。

 

「前衛後衛の役割分担は、信頼できる仲間とやるものだ。ボクはさっき戦っていた時、全く戦う意思を見せなかったキミを信頼していない」

 

 背を預けるに足ると判断できなければ、コトノリでなくとも前衛を買って出たりはしないだろう。

 

「だって、前衛が居ないのに後衛が前に出ても――」

「元々このクエストを受けたのはキミ一人だ。キミが前衛も後衛もやらなきゃならないはずだったんだよ」

 

 なおも戦おうとしないユウタに、いい加減付き合いきれない、というのは思考がユウタの頭を過ったが、

 

「何だよさっきから、うるさいなぁ!」

 

 思い通りにいかない子供が癇癪を起こすのが先だった。

 

 

 ピリッ、通信越しに伝わった殺気。ゆらり、と挙動を変えたストライクフリーダムに、嫌な予感がした――刹那。

 

「もういいよ! 消えろ、使えない奴!」

 

 ストライクフリーダムの背から抜け出した青い羽根――ドラグーン。直後、ドラグーンは迷うこともなく、一斉にコトノリのゲイルシュナイデンの方向を向いた。

 救援機は一応、友軍としての扱いになるが、それでも「第三勢力」である。同じフォースに所属しているわけでもなければ、フレンドの間柄でもない――つまり救援機を誤射しても、フレンドリーファイアのカウンターは回らないのだ。

 

「ボクと戦うのか? クエストを放ったらかして」

 

 コトノリは恐れるそぶりも見せず、淡々と問いかける。ドラグーンをただの威嚇と踏んでのことか。

 

「ちょっとだけだよ。ストフリの強さが分かれば、お兄さんもすぐボクが正しいって分かるはずだから!」

 

 笑みを浮かべたユウタは、その機体性能に慢心していた。八基のドラグーンによって繰り出されるオールレンジ射撃は、『ガンダムSEED DESTINY』作中で複数の敵に対して猛威を振るった通り、そう簡単に回避できるものではない――だが、それは一流パイロット、一流コーディネイターが扱えばの話だ。

 

 GBNにおいて、ただのオートで動いているドラグーンの回避など、レーダーの指示に従って動いていれば造作もないこと。ゲイルシュナイデンはストフリから距離を開きつつ、ただ計器だけに従って、次々に疾る火線を掻い潜る。

 

「ドラグーンが、当たらない!?」

 

 その機動に、ユウタは信じられない、とばかりに目を見開いた。今までのミッションでは、二、三度避ける機体はいても、数秒で宇宙の塵になったからだ。

 

「それだって他人に命令して飛ばしてるだけだろう。そんなもの、コンピュータ相手ならともかく、プレイヤーに当たるはずがない!」

 

 コトノリが告げながら、回避の動作を止めることはない。

 

「この、この、このっ!」

 

 ユウタの焦りを表すように、ストフリは手持ちのライフルもやたらめったらに打つが、ゲイルシュナイデンは水が流れるように軽やかに身を翻してことごとく回避して見せた。なんで、なんで。ユウタの頭がズキリ、と痛んだ。ドラグーンだって、黒いあいつだって、僕の言うことを聞いていれば、僕の思う通りに動いてくれればいいだけなのに!

 

「もう頭に来た、あの敵に使うはずの技だったけど使っちゃえ!」

 

 ストフリがドラグーンを並べ立て、全ての砲門を展開。照準を一ヶ所に絞り、退路を断つようにドラグーンの火線が延びる。さながら籠を織るかのように繰り広げられた、「ドラグーンフルバースト」だ。無数の光軸を前にしては、さすがのゲイルシュナイデンも躱しようがなかった。

 火線の熱量に耐えきれず、ゲイルシュナイデンの左腕が爆砕した。

 

「やった! はは、ざまぁみろだ!」

 

 命中。待ち望んだ命中に、ユウタは勝ち誇る。これまでの焦りの分、その喜びは大きかった。

 

「ああ、ざまぁみろ。だ」



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仕立て屋として

 コトノリは自分に言い聞かせるように言った。火線の跡に立ち尽くすのは、左腕を失ったゲイルシュナイデン。だが、失ったのは左腕だけだ。

 全てを回避する必要は無かった。全ての銃口を「一ヶ所」には集中できても、「一点」に集中するなんて芸当がユウタに出来るはずもない。それを理解していたからこそ、左腕を犠牲にして、ストライクフリーダムの一撃を甘んじて受けたのだ。

 そして、対するストライクフリーダムは、膨大な熱量を放った反動で、一瞬、硬直していた。ノーリスクで撃てるものではないからこそ、「奥の手」なのだ。コトノリはそれを理解していたが、ユウタはそれを正しく理解していなかった。

 直後に駆け出したゲイルシュナイデン。その名の通りに疾風の如く駆け巡り、全てのドラグーンを破壊する。一瞬。ユウタが、何が起きたかを理解するのに、また一瞬。ユウタにとっての二度の「一瞬」は、コトノリにとって――ゲイルシュナイデンにとって、十分すぎる時間だった。

 その後、ゲイルシュナイデンは構えもせず、足を止めた。無防備にも、無謀にも、そこはストフリの目の前だった。

 

 

 

 ユウタは愕然とした。要であるドラグーンを失ったことにも、そして、それ以上の追撃を加えてこないコトノリの行動にも驚き、狼狽える。

 

「何っ、どうして!?」

「ボクは左腕を失った。キミはドラグーンを全機だ。これ以上戦いを重ねるのはクエストクリアにも影響が出るだろうし、そろそろ辞めにしないか」

 

 コトノリは呆れきった口調だった。子供の癇癪には十分付き合った。これ以上、付き合ってはいられない。

 

「はぁ!? まだクエスト諦めてなかったのか!」

 

 ユウタは、コトノリの言動に愕然とした。そこへ、

 

「当然だ、ボクだって少しはクエスト達成率を気にする」

 

 通信から返ってきた意外な言葉に、ユウタはぽかん、と口を開ける。さっきまで理解できなかったコトノリに、初めて人間味を感じて、ユウタの怒りはだんだん萎んでいった。

 

「……でも、どうするんだよ。ドラグーンが無くなったらストフリの意味が無いじゃん!」

 

 萎むと同時、冷静になり、弱気になる。ドラグーンがなければ、オールレンジ攻撃も、切り札のドラグーンフルバーストも使えない。

 

「ストフリはドラグーンだけじゃないだろう。ビームライフルもサーベルもある」

 

 コトノリはため息混じりに告げた。

 

「でも!」

 

 なおも言い返そうとするユウタの言葉を遮り、

 

「ならリタイアすれば良い。ボクは『仕立て屋』として、ボクなりにキミを最適な姿に仕上げたつもりだ」

 

 はっきりと告げる。

 

「最適、って……こんなの……」

 

 ユウタにとって最大の特徴だった「ドラグーン」を失ったストフリは、なんとも言えない寂しさを覚えさせた。頼れる武装は、その手に握られたライフルと、腰のサーベルのみ。

 

「自分の力で、戦えって言うのかよ!」

 

 今さらそんなことを口にするユウタに、コトノリは頭を抱えたくなった。それを我慢できたのは、

 

「最初からそう言ってただろう。大丈夫だ。こんなクエスト、ドラグーンが無くたって勝てる」

 

 ユウタが前を向くまで、もう一歩だと気づいていたからだ。

 

 

 

 ユウタからの返答はなかった。五秒、十秒、その末に。

 

「どうやって戦えば良い?」

 

 ユウタから返ってきた言葉、コトノリの口許がわずかに綻んだ。

 

「……まずはフレンドになろうか」

 

 コンソールの上に指を滑らせ、申請の動作をする。すぐに、承認の通知が来た。フレンド欄には、背を預けるには心許ないが、肩ぐらいは並べてやれる。そんなフレンドが一人、登録されていた。



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終:一時的にも

「来るぞ」

 

 コトノリが告げると、ユウタは無言で頷いた。

 レーダーに捉えたのは、三機の敵が隊列を組んで直進してくる様子。次いでモニターに映るそれが、「ドム」だと認識できるようになる。

 対峙するのは片腕を失ったゲイルシュナイデンだ。その手には何も握られていない。代わりに、籠手から延びたビーム刃が光を放った。

 

「良いかい、計器をよく見て。決してそこを動くんじゃないよ。先頭のドムとの相対距離が50を切ったらトリガーを引くだけだ」

 

 コトノリの言葉に、ユウタは頷く。レバーを握る手が、少し震えた。

 

「……わかった。でも、お兄さんは」

 

 ストライクフリーダムが構えた連結ビームライフルの火線上には、先ほどフレンド登録をしたばかりのコトノリ――ゲイルシュナイデンがいる。

 今の問いかけは単純に、フレンドリーファイアによるスコアを心配してのものではなかったが、

 

「直前で飛ぶ。キミのフレンドリーファイアにはさせない」

 

 コトノリの返答は相変わらずだった。しかし、その頃には、ユウタがそんなことを意識している余裕も無くなっていた。

 画面に映る計器の数字がどんどん小さくなっていた。100、90、80、減っていく数字に逆らうように、心拍数が上がっていく。

 

『先頭のドムとの相対距離が50を切ったらトリガーを引くだけだ』

 

 コトノリの言葉を反芻する。焦ってトリガーを押し込みそうになる指を、何度か食い止めた。

 そして、それが50になった時。ユウタがトリガーを引いた。と同時に、ゲイルシュナイデンは飛び上がり、1機目を踏み台のごとく蹴りつける。

 

 

 

 ぽーんと虚空に上がったゲイルシュナイデンを見上げるコンピュータ制御のドム三機。その胸を、連結ビームライフルの光が刺し貫いた。

 素組のライフルを連結しただけ。それでも、このミッションで縦に連なった三機のドムの装甲を抜くには、十分な武装だった。

 静寂は数刻。ユウタは固唾を呑んで光軸の行く末を見守る――直後に、光軸上に仕上がった三つの火球が、宇宙を照らした。

 

「や、やった……?」

 

 レーダーから、ドムの反応はきれいさっぱり消えていた。位置取りさえうまくできれば、一瞬で3体ものMSを簡単に倒せる、それがこのクエストが人気の理由だった。

 

「やった、やった!」

 

 はしゃぐユウタの声を聞いて、

 

「ふーっ、なんとかなった」

 

 思わず漏らした、安堵の言葉。正直なところ、コトノリもここまで上手くいくとは思っていなかった。むしろゲイルシュナイデンを貫いてでも、彼にクエストクリアしてもらおうと考えていたくらいだ。彼が相対距離80付近でトリガーを引いていれば、そうなっていただろう。

 そうならず、きっちり50のタイミングでトリガーを引いたのは、つまり一時的にも、ユウタとコトノリは信頼できる仲間として、前衛と後衛の役割分担を果たせたことを意味していた。

 

「ねぇ、次のクエストも手伝ってよ!」

 

 興奮冷めやらぬユウタが告げる。対するコトノリは、

 

「悪いけど、リアルの用事があるからここまでだ。それにガンプラの修復も時間がかかりそうだからね」

 

 苦笑しながら、首を横に振った。

 

「そっか……でもさ、フレンドになったし。また会えるよね!」

「そうだね、縁があれば」

 

 そう口にしたものの、コトノリには、そんなつもりはさらさら無かった。嘘を言ってその場を取り繕っただけだ。もうユウタには二度と背中を預けたいとは思えなかった。

 けれど、やはりコトノリは甘い男だった。

 

「次に会う時は、出来ればストフリじゃなくて、例えばエールストライクとかが良いな。それだとボクも戦いやすい」

 

 そんなアドバイスに、

 

「わかった!」

 

 ユウタが気前のいい返事をして、その日は別れた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇  

 

 

 

 数日後。コトノリがログインすると、ユウタから数回のメッセージが残されていた。どれも一緒に戦いたいという趣旨のメッセージだったが、日付は2日前で止まっていた。

 フレンド一覧から彼のプロフィールを見てみると、もうフォースに所属しているようだった。そしてコトノリのアドバイスを受けたからか、相棒がストフリからパーフェクトストライクに変わっていた。

 

「そうじゃないだろ……」

 

 コトノリは頭を抱えた。汎用機に乗って基礎を学べという意味でストライクを勧めたのに――どうしてこう決戦機体を選んでしまう初心者が多いのか。「分かりやすいカッコよさ」は時に罪だ。

 

「……まぁ、彼にも居場所が出来たってことか」

 

 コトノリは慣れた手つきで、ユウタをブロックユーザーに指定した。もう二度と彼と出会うことは無い。彼のフレンド一覧はまた一桁に戻っていた。

 一桁のフレンドくらいが丁度いい、そんな気さえしていた。否、それが、そうでなければならないという強迫観念にも似たものだと薄々気づきながらも。

 

「さて、今日も救援に行くとしようか」

 

 ゲイルシュナイデンは、誰に背を預けることもなく、今日も独り、コトノリの戦場へと発っていった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 終わり ◇ ◇ ◇




前回の「序」からこの「終」までは、原案をくすりしが担当し、友人である水槽学氏が執筆した合作となっております。
水槽学氏のツイッター:@lostfreedam


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三日月の再会
序:三日月の再会


 コトノリが彼を見たのは三度(みたび)あった。

 一度目の彼は満月のように目を丸く輝かせて、少年がまさしくゲームで遊ぶ純粋さを写す鏡のように輝いていた。

 二度目の彼は半月のよう、欠けた部分に闇を抱え、その瞳は濁り曇りて混濁し、己が楽しみさえ失いながら、ただ任務達成を求めていた。目的を失ったまま目標へ邁進していた。

 三度目の彼は、三日月のように鋭く、今にも新月の闇へと消えそうなほど、闇を抱えてさまよっていた。もはや目的も目標もなく、己のあるがままにGBNへと溶け落ちていた。

 

 そんな彼はきっと、コトノリと同じだったのだろう。

 

 

 

【GBD-L】ガンダムビルドダイバーズ−ロンリー

003「三日月の再会」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ログインロビーの喧騒はいつものごとく。皆誰かと会話したり、クエストに向かったりと仲睦まじく微笑ましい。そんなプレイヤー達を横目に、今日もボクはログイン直後に整備室へと向かった。

 今日も今日とて救援ボードにかじりつき、気が向けばそれを受注する。今日はこれと言った目的もなく、単に流れていく雑多なクエストの中から一つを適当に選んで、それを受注した。

 

「コトノリ、ゲイルシュナイデン。これより救援に向かいます」

 

 カタパルトから射出されたゲイルシュナイデンが火花を散らしてレール上を走る。タイミング良く解き放たれたそれがゲートをくぐれば、重力のある闇夜へと瞬時にテレポートされた。

 三日月の美しい森林地帯、先程までライトで明るく照らされた整備室にいた自分にとっては少々暗い。メインカメラを暗視モードへと切り替えよう、そう思った時――即座に鳴る接近する敵アラートに驚いた。

 

「早い!?」

 

 ありえない会敵だった。本来なら、救援部隊は戦闘エリア外にワープ、出現する。そこから自力で移動し、クエストのターゲット、つまり救援主の元へと移動するのが常だった。だが今日はなぜか、ワープ直後に敵がいる。

 理由はともかく、ボクは操縦桿を折りかねないほどに傾けた。ぐわりと揺れるゲイルシュナイデンは、迫りくる危機を間一髪で避ける。すれ違うのはビームライフルの熱量ではなく、その実、モビルスーツそのものであった。

 一瞬だけ敵影によって三日月が隠れる。その後光輝く機体には見覚えがあった。四振りもの実体刀を携えた和風のガンプラ、鬼の面のような胸部装甲、露出したフレームが骨々しさをより一層強調させる。画面に表示される機体名『戦国バルバトス』、それを見て自分の記憶を遡って出たパイロットの名が――

 

「……イチョウ、お前か!?」

「かはは! やっと出やがった。偽善者さんよぉ!」



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鬼武者の名は

 戦国バルバトスが握っていた、モビルスーツの丈ほどもある黒鉄の刀を振るう。相棒であるゲイルシュナイデンは同じく実剣の、ライフルと剣の複合兵装でその刃を受けた。自分の意図せずして接触回線が開く。モニターに大きく映し出された鬼面のようなバルバトスに重なって、さらに睨みを利かせた青年の顔が歪んで笑う。

 

「久しぶりだなぁ、コトノリさんよ。オレはお前が救援に来るのをずっとずっと待ってたんだぜぇ!」

「イチョウ、お前……!」

 

 空中でもつれ合った二機はバルバトスを上に、ゲイルシュナイデンを下にしたまま落下していった。ガンプラの加工技術はほぼ互角、ともあれば機体スペックを機動性より出力に多く振った方が勝つ、当然のことだ。自機がこの武者に力勝負で敵うはずがない。

 さらに地面にぶつかる数瞬前、戦国バルバトスはゲイルシュナイデンを踏みつけるように飛び上がる。蹴り落とされた衝撃と、地面に叩きつけられた衝撃をまたたく間に浴びて、コクピットの中でボクは意識を失いかけるほどの衝撃を頭に受けた。

 

「あがっ――」

「こんなんで気絶するんじゃねぇぞ、こっから楽しい楽しいパーティの始まりなんだからよぉ!」

 

 休む間もなく、ゲイルシュナイデンの脚部を掴まれたアラートが鳴り響く。戦国バルバトスはその腕力をもって無理やりに持ち上げて、地面へと叩きつけた。三度目の衝撃に耐えかねず目眩がして、操縦桿から手が離れる。

 左手で頭を抑えながら、指の隙間からモニターを見た。その画面、メインカメラには確かに見たことのあるモビルスーツが立っている。威嚇するような鬼のような面を胸につけ、紅と白で彩られた和装のバルバトス。悪魔の名を冠しているその機体はまさしく、パイロットも含めて鬼だった。

 機体に追従するように表示されるダイバーネームは「ハチロウ」とされていたが、彼は自分が確かに知っている男、イチョウという存在で間違いないようだ。

 

「イチョウ、イチョウなんだろ。剣を下ろせ、こっちに戦う意思はない!」

「お前に無くてもオレにあるんだから、戦う理由は十分だよなぁ!」

 

 ゲイルシュナイデンを蹴り飛ばした戦国バルバトス。接触回線が切れてメインカメラの映像だけになる。武者のように鎧を着込んでいるバルバトス。肩に白銀の刀を二本、背中に黒鉄の刀を二本。合算して四本もの刀を扱うそれはまさしく鬼武者、悪魔の名にふさわしい。

 どうやら救援を出したクエスト受注者はこの男ハチロウ、いやイチョウらしい。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇



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過去、一度目の邂逅

 ボクが最初に記憶しているイチョウは、バルバトス第四形態に乗って戦っていた。ダイバーランクが低いながらもその格闘術にはセンスがあった。近接戦闘ならトップランカーを狙える操縦技術を感じていた。熱血漢でありながら精密なコマンドを入力できる冷静さと、敵対するモビルスーツの流れ、いや、『戦場の流れ』というものを読んでいるかのような眼を持っていた。そんな彼がたまたま泥沼となってしまったクエストに、救援として自分が入ったのが、最初の出会いだった。

 

「救援か、助かるぜ!」

 

 そんなイチョウからの通信を無視して、ボクはゲイルシュナイデンを動かした。当時のボクは今のように冷静な仕立て屋ではなく、ただ乱雑に、主役であるクエスト受注者を捨ててでも救援クエストを突破する一陣の風に過ぎなかった。メンバーに無言でフォースから脱退して数日しか立っていなかった自分は、GBN内にどこにも居場所が無いような気がして彷徨う亡者だった。

 

「おい。お前ちょっとは反応しろよ!」

 

 迫りくる敵機をなぎ倒すゲイルシュナイデンと、それなりにプレイを重ねてきたボクに難なく追いついたイチョウに違和感を覚えながらも、ボクは自機を動かし続けた。それを追従するイチョウのバルバトスは、満身創痍ながらもまだ健闘していた。

 このときのクエストはグリプス戦役を模したコロニーレーザーの発射阻止が目標だったと覚えている。最もそれに気づいたのは、大ボスであろう百式やジ・O、キュベレイたちを全てボクが撃墜した後のことだった。

 

「これで、終わりか……」

「終わりなんかじゃないぞ、早く出ないと!」

「……なら、ボクのことは置いていけ。それでクエストクリアだろう」

 

 遅かった。このクエストの目的が生還だということは、その時初めて気がついた。最初の通信で詳しく聞いていればこんなことにはならなかっただろう。

 自分とて名高いモビルスーツ達と争って無傷でいられたわけではない。むしろその時は腕ももげて片足も切り落とされ、もはや自力で母艦に帰ることすら困難になっていた。だが当時のボクはそんなゲイルシュナイデン以上に、他人と上手く会話することができないほどに荒れていた。その時も、そうやってそっけなく返事をしたまま、自分がコロニーレーザーに焼かれるのを待つという選択をしたのだから。

 だが、イチョウのバルバトスはボクの提案を無視して、ゲイルシュナイデンを担いだ。Zガンダムを倒したであろうバルバトスも損傷激しく、残された僅かなエネルギーを使って、ボロボロの機体を抱えて飛び上がったのだ。

 

「放っておけ、キミまで死ぬぞ!」

「死ぬもんかよ、死なせるもんかってんだよぉ!」

 

 

 

 結局、コロニーレーザーの発射時刻までの撤退に間に合わず、バルバトスとゲイルシュナイデンは光に包まれて、その時のクエストは失敗に終わった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇



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二度目のすれ違い

「くそっ、離脱を」

「無駄だ……ここは離脱制限エリア。機体が尽きるかクエストをクリアするまで帰れない、地獄の釜の底さぁ!」

 

 高難易度作戦の一部に設定されている『離脱制限エリア』。基本的には戦線離脱からのリペアやチームでの作戦会議といった行動を封じるためのゲームギミックだが、イチョウはそれを逆手に取って、わざわざ高難易度作戦の救援を出して、援軍の離脱を制限した上で襲いかかってきたというのか。

 確信犯。この男はシステムを悪用してPVP(対人戦)を行う所謂『救援キラー』だ。

 

「ハメられたっ」

「ああ、ハマっちまったもんはしょうがねぇだろ。だから楽しもうぜ、今の境遇をよぉ!」

 

 再び黒鉄の刀を手にした鬼武者が追従する。コトノリ――ゲイルシュナイデンは膝からアーマーシュナイダーを武者の目、メインカメラに向けて射出する。そんな牽制を、機体をずらして肩口の黒い装甲で難なく受けた悪魔。勢いを殺すこと無く、敵を殺すために、鬼は爪を振るった。月光に照らされた黒い機影は、その白い鬼の攻撃を大剣をもって紙一重でいなした。鉄同士がぶつかり合い散らされる火花に、お互いの白と黒の装甲が両極端に輝いて見える。

 

「覚えているかぁ。オレと初めて会った時、その剣でばったばったと敵を倒していった自分の姿をよ……めちゃくちゃカッコよかったんだぜぇ。ああ、オレはあの時純粋だった!」

「覚えていない、そんな昔のことなんて」

 

 嘘だ、はっきりと覚えている。純粋だったころのイチョウは強かった。戦闘のセンスがあったというべきだ。つたない作りのバルバトス第四形態を、アニメ同様かと思わせるほど鋭く操縦し、そのメイスと刀を振るっていた。その当時のコトノリはというと、チームを離れて荒れているころで、どんな救援にも乱入して敵を――的を倒して去っていく。そんな横暴な男だった。

 

「ボクの救援が悪かったと、そう言いたいのか!?」

「いいや、てめぇがあの時見せてくれた太刀筋はすげぇ綺麗だった。オレにGBNでやるべきことを見せてくれた。生きる方法を、嬲るってことを!」

 

 今の戦国バルバトスが握る刀もその時振るっていたものだろう、太刀筋がまるで同じである。ゲイルシュナイデンは振り下ろされた黒刀を受けきれず、ライフルと実体剣の複合兵装を弾き飛ばされる。

 

「嬲るのは楽しいよなぁ、面白いよなぁ。こんな楽しいことを教えてもらったんだ。恩返ししなきゃあならねぇだろぉ!?」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 二度目に出会った時のイチョウは、彼がGBNを始めた時とはすっかり変わっていた。戦国アストレイ頑駄無に乗り換え、数字ばかりを追いかけるプレイヤーになっていたようだった。プレイヤープロフィールが物語っていた。クエストのクリア率やランクよりも、撃墜数の方が明らかに多かったからだ。そして再び出会ったのは、救援ボードでの合流だった。

 コトノリが救援ボードのクエストをクリアすることに盲目的になっていたのと同様に、イチョウもまた、救援に駆けつける側として戦っていたようだった。同じ救援を同時に受注して、運悪く合流してしまった二人。

 

「コトノリ? お前、もしかして――」

 

 そんなイチョウからの通信をまたもや無視して、ボクは救援主の元へと一目散に飛び出していった。その時の記憶はあまり無い。ただ、イチョウの行動だけは覚えている。

 最初に出会ったときボクがそうしたように、イチョウは戦国アストレイを使って全ての敵を嬲り屠っていた。クエスト受注者の意向も武装も関係なく、ただ独りで敵を潰し続けた。もはやボクが居なくとも、その救援は成り立っていただろう。

 

「なぁ、お前コトノリだろう? あの時救援に来てくれたさぁ。どうだ、オレ、昔より強くなっただろ。PVPしないか?」

 

 そんなことを言われた覚えがある。だがボクは当時、対人戦どころか『他人に興味を向けることさえ』も嫌っていた。

 

「手合わせなら他を当たってくれ。ボクは興味がない」

「おい待てよ、せめてフレンド登録くらい――」

 

 厄介なことになりそうだったので、その時ボクは有無を言わさずログアウトした。

 

 

 ◇ ◇ ◇



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三度、三日月の下で

「嬲るのが楽しい?」

 

 ボクは改めて、イチョウに聞いた。

 

「何が楽しいんだ、こんな事が!」

 

 離脱制限エリアでの救援への奇襲。仕様の穴を突いて、公式の推奨しないやり方でのPVP。そんな邪道が許されるはずもなく、そういった悪質なプレイヤーは最終的に通報が重なりアカウントロック、いわゆるBAN扱いとなってしまうわけだ。それを「楽しい」と言ってのけたイチョウは、もう最初に出会った彼とは思えないほどに歪んでいた。

 

「どうしてこんなことを!」

「どうして? 楽しいからに決まってんだろう! 手前勝手にクエストを受けておいて、実力不足を思い知ったプレイヤーをいたぶって、嬲って、ぶちのめす。これほど楽しいことはねぇ!」

 

 戦国バルバトスが黒鉄の刀を振るう。闇夜に紛れて剣筋が見えづらく、複合兵装の大剣を失ったゲイルシュナイデンは、左腕の籠手で受けることでなんとか四肢切断を防ぐくらいしかできなかった。

 

「つい最近まで流行ってたブレイクデカールは特に楽しかった! チート使ってるプレイヤーがバンバン救援出してんだもの、笑っちまうぜぇ。それを潰してやったんだから、オレのやってることは運営を助けているにも等しかった!」

「お前は、どうかしている!」

 

 ゲイルシュナイデンのつま先に搭載されたビームサーベルが発現する。それは閃光をもって戦国バルバトスを切り裂かんと蹴り上げられた。激しく散らされる輝き、熱される白い装甲板。だが、ナノラミネートアーマーを採用しているバルバトスにとって、通過するビームは単なる熱量に過ぎない。金色のスパークが弾け流れ、その中をなおも鬼武者は向かってくる。

 

「ちぃ……」

「目くらましのつもりかぁ!?」

 

 迫る黒刀。左腕の籠手でいなし、あえて戦国バルバトスの懐に飛び込むゲイルシュナイデン。アーマーシュナイダーは両膝に一つずつ搭載されている、さっき射出したものとは別のものを、今度は密着して腹部のフレームめがけて撃ち込んだ。

 

 決まった、かと思った。だが、イチョウは射出されたそれを、腹を曲げて胸部と股関節の装甲で白刃取りしてみせたのだ。

 

「……っぶねぇ!」

「イチョウお前、それほどの技術を持ちながら――」

「ぁあ? 説教たれる余裕がまだあるんだなぁ!」

 

 戦国バルバトスが刀を振り下ろす。ゲイルシュナイデンはその場に落ちたアーマーシュナイダーを拾い上げて、即座にその刃で剣先をずらして回避する。背後へと回った自機が、肩関節に向けて左手刀を振り下ろし、その胴と腕を断ち切ろうとした。だが、

 

「かはは!」

 

 見えない背後からの一撃を、戦国バルバトスはみごとなまでに防いでみせた。気合の類ではない、戦国アストレイ頑駄無の肩装甲はサブアームである。二振りの白銀の刀、ガーベラストレートとタイガーピアスを振るうその腕は、闇夜に沈んだ黒の腕。

 肩のサブアームによって刀が振るわれ、意図に反してこちらの左腕が切り落とされる。

 

「この速度でも、かっ」

「あぁ、お前があれからどれほどのクエスト救援に成功したかは知らねぇけどよ……オレはお前と同じかそれ以上に、お前みたいな偽善者をたっぷり殺して来たんだよ、たっぷり!」

 

 それはつまり、救援を出しては殺し、出しては潰しを繰り返してきたということか。フレンドリーファイアのカウンターは回らないとは言え、誰の得にもならないそんな野蛮な行動を繰り返して、当然のごとく何度も通報されて、アカウントは七個がBANされ、これが八個目。ハチロウという名前はその回数を示しているのか。

 

「イチョウ、お前はどうしてオレにこだわる!」

「簡単なことさぁ、食い損ねた獲物がこの世界のどっかで生きてる、それだけで寝覚めも悪くなるってもんじゃねえかぁ!」

 

 七度もアカウントの死を体験してもなお、同じ過ちを繰り返し続ける彼の執念を見て、ボクは息を吐いた。

 

「そうか。お前はお前なりに楽しんでたんだな」

「いいや、てめぇに逃げられたあの日以来、楽しいことなんて一つも無かった……ただただてめぇにこの刀を浴びせたくて堪らなくて切なかった!」

 

 両腕に二本の黒刀、肩のサブアームで二本の白刀、合計四本もの剣を巧みに操るファイターは、目指す所を目指せば高みに登れていただろう。だが方向を間違えて、ただ低く、底なし沼の底の底まで、深みに沈んでいくように、イチョウはただ闇へ闇へと躍進していた。

 そんな深淵に落ちたイチョウが、同じく暗がりを彷徨う亡者のような自分に尋ねた。

 

「お前こそどうして救援にこだわる? オレにはこんな偽善の何が楽しいのかさっぱりわからねぇよ。お前の価値観は人間離れしてて不気味ってもんさぁ……!」

「戦いの途中で鏡でも見ているのか? それとも寝言か?」

「そうやってはぐらかして、てめぇはいつも本心を隠しやがる。なぁ、コトノリぃ!」

 

 まるで『心を視ている』かのように言ってのけるイチョウ。

 彼のガンダム、戦国バルバトスの刀の一本が、ゲイルシュナイデンの右腕ビームサーベルとかち合う。火花が散り、闇夜を照らす。矢継ぎ早に、サブアームが動いたのを確認して、ゲイルシュナイデンはサーベルの出力を落とした。

 鍔迫り合いのバランスが崩れて機体の重心が乱れる。当然バルバトスは前のめりになって、その瞬間をゲイルシュナイデンが懐に潜り込む。繰り出された足払いが命中するも、鎧武者は左腕の刀を地面に突き立ててこらえた。

 迫る右腕、腕を失っていた側からの攻撃に、ゲイルシュナイデンは受ける手段もなくなっていて、ただ距離を開くより他無かった。一足飛びに後ろへ下がれば、地面へ刀を突き立てた敵は僅かに間合いを詰めることができず、その刃の切っ先は空を凪いだ。

 

「本心なんて、キミに語れるような出来事は何一つないよ」

「ならここで死ね、オレの刀で斬られて伏せろ、偽善者ぁ!」

 

 地面から黒刀を抜き取った鬼武者は再び構え直した。闇夜に沈んだ四本の三日月は一つの生き物のように、流れるようにゲイルシュナイデンへと迫った。



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終:偽善者

 コトノリにとって、それにある種の美学を覚えた。己に足りない何かを持っているのだと錯覚した。正しくないことでさえ正しいと思わせる何かをイチョウは持っているかのように、心の芯が振れていなかった。

 対して自分はどうだ。他人の応援ばかりして、己の道を全く進んでいない。プレイヤーランクだって下から数えるほうが早い。フォースに所属しても居なければフレンドも数えるほどだ。今日このクエストを選んだのだって気まぐれだし、イチョウを見ていると全てが否定されたかのように感じてしまった。

 

「偽善者、ごもっともだ。ボクほどの偽善者はそうそういない」

 

 けれどそれでいい。それでも居場所をくれるのが、GBNというオンラインゲームなのだから。

 

 

 

 迫りくる三日月は、自機を、ゲイルシュナイデンを切り刻んで通り抜けた。それはそれは美しい動きで、まるで人類に最初から腕が四本あったかのように、滑らかな動きで愛する機体を屠った。

 

「てめぇ、わざと受けたなぁ……!?」

「ボクの実力じゃキミには勝てないと悟っただけだ」

 

 崩れ落ちる愛機だった残骸。火器攻撃ではない上に、イチョウはわざとコクピットブロックを外したために、四肢が削げ落ちた達磨状態になったまま、通信と一部のレーダーだけが生かされていた。

 イチョウは恐怖を味わせるためにか、あえて生かしたまま通信越しに叫ぶ。

 

「自覚症状があるのが余計に気に入らねぇ、その偽善、誰のためになるって言うんだ!?」

「ボクのプレイスタイルだ、否定しないでくれ。イチョウ、キミのプレイスタイルが『救援を襲うこと』なのも否定しない。ボクの目が届かないところでやってろ」

「そいつは嘘だな。第一、自分が楽しむためのゲームで他人を楽しませるようなことばかりやって、それが楽しいってのかよ!」

 

 ガツン、機体が揺れる。どうやらコクピットを素手で持ち上げられているようだ。逆さまに吊り下げられた愛機だった残骸が、戦国バルバトスの前で三日月に晒される。

 

「お前の目はオレを見ていながら、別のものに焦点を当ててやがる……まるで今を見ていない、ずっと昔を見たまんまだ。違うか!」

 

 イチョウの問いかけは、今のボクに答えられるものではなかった。重力が反対にかかって頭に血が登っていくような感覚が走り、苦しいという次元を超えて快楽になりかけていた。

 

「オレを見ろ! 今こうして敵対するオレをよぉ! なぜ見ようとしない、なぜだ、オレなんざ相手にならないって嘲笑ってんのかぁ!?」

「嘲笑ってなんか、いない」

「ならなんでオレと戦わねぇ! てめぇの攻撃には殺意が乗ってなかった。自分に嘘ついてんじゃねぇよ。お前の心の奥底に眠ってる殺意を、オレに、向けろ!」

 

 朦朧とする意識の中で、イチョウの言っていることは正しいように思えた。ルール外のPVPを仕掛けてくる害悪プレイヤーに殺意を向けない自分こそ、害悪も害悪なんじゃないかと感じていた。それでも、

 

「ボクは、戦わない。イチョウ、お前のことを否定しない」

「――てめぇ」

 

 投げ捨てられた機体は地面に落ちると、闇夜に煌めく三日月によって両断された。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「……なるほどな。言われた通り、ボクはボク自身に嘘をついているのかもしれない」

 

 ログアウトしたボクは、今日のことを振り返って呟いていた。

 対峙したイチョウ――戦国バルバトスの強さは恐ろしかった。ゲイルシュナイデンでは万全の状態でPVPを行ったとしても勝ち目はないだろう。手刀を防がれたときの反応速度といい、最後の一撃といい、彼ほどの実力があればゲーム内上位ランクに食い込むのも難しくはないだろう。

 そんな彼が自身に執着し、救援キラーと化していることに悲しみを抱きながらも、同時に「彼のプレイスタイルを否定しない」ことは自分の信条でもあった。それを否定してしまっては、自分という存在すら危うい。

 でも、彼の言うように、自分は偽善者なのだろう。『自分が楽しむためのゲーム』で『他人を楽しませることが第一と考える自分』は紛れもなく異端だ。

 だが、それがどうした。自分はこのゲームが好きだ。

 

「偽善者、か」

 

 コトノリのあり様を形容した彼の言葉を噛みしめながら、ゲイルシュナイデンが完全に修復されるまでの時間をスマホにメモして、店を立ち去った。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「……はぁ、ったく今日もシケた相手だったなぁ!?」

 

 鋭利な刀のように銀色に輝く三日月を背に、和風のガンプラが月をそのまま持ってきたかのような刀をダブルオーライザーへと突き立てる。

 

「お前、何をしてるのか、分かってんだろうな!?」

「ぁあ?」

 

 倒れているダブルオーライザーの中に乗り込んでいるパイロットが、通信越しに和風ガンプラのパイロットへ怒鳴る。

 

「こんなことをして、タダで済むと思うなよ。運営に凍結されても知らないからな!」

「うっせーよ……あぁ、ガンダム風に言えば『ダメじゃないか!死んだやつが出てきちゃあ!』ってか!?」

 

 和風ガンプラのパイロットは、絶望するプレイヤーをあざ笑いながら、倒れているダブルオーライザーに何度も何度も刀を突き差した。そのたびに溢れるオイルや火花を己のガンプラに浴びせ続けた。それは相手が運営への通報とログアウトをするまで繰り返された。何度も、何度も。

 

 ホログラムのそれがログアウトされて姿を消した時、和装ガンプラは月明かりに照らされて独り輝いて見えた。そのガンプラを操るダイバー、ハチロウは独り言をぼやく。

 

「なぁ、コトノリよお。今何処に居るんだ……?」

 

 血塗られた武者は再び、救援システムの闇に消えた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 終わり ◇ ◇ ◇



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混ざり合う色の中で
序:灰色


 物体には色がある。赤、青、緑からなる光の三原色。もしくはシアン、マゼンタ、イエローからなる色の三原色が代表的だ。それぞれ混ぜることで他の色を作り出すことができ、色の三原色は全てを混ぜれば黒になる。

 誰しも小学校のころ、図画工作の授業でいろんな色を出そうと絵の具を混ぜた経験はあるだろうが、知識をもたないまま適当に混ぜていると、それは濁り曇って鮮やかな色には到底及ばない。せいぜい販売されている絵の具に少し色味を足す程度だと思う。

 そして怒りは赤、悲しみは青というように、色は物体だけでなく心にもあると感じる。人は心の色を言葉というコミュニケーションツールを介して交ぜあい、より良い色を出そうと努力しているのだ。

 

 だが、色を混ぜればまぜるほど、それは濁り曇って黒になる。そして僕の心は、限りなく黒に近い灰色だ。だから僕は、誰かを濁らせることが分かっていたから、人との交流を遠ざけていた。けれど僕の本心は、誰かの色が欲しかったのかも知れない。

 

 灰色に何を足せば、白になれるのだろうか。灰色は灰色のまま、黒にしかなれないのだろうか。

 

 

 

【GBD-L】ガンダムビルドダイバーズ−ロンリー

004「混ざり合う色の中で」

 

 

 

 視界を覆う青。電子の海面を突き抜けた直後に、ふわりとした浮遊感に包まれる。毎回ログインの度に与えられる、数秒ほど地に足がつかないその感覚は、現実が物足りないと感じている僕に「非現実感」を与えてくれる一種の儀式のようなものだった。

 儀式が終わりを迎える、虚構が現実と重なる。急速に後方へ流れていく視界。眼前に現れた光を突き抜け、僕、ダイバー「コトノリ」は今日もGBNに降り立った。

 ログインロビーはいつも都心部の駅を思わせるほど賑わっていて、談笑をしていたり、待ち合わせをするダイバーたちの笑顔であふれていた。

 

「青いストライク使い知らない?」

「この前のミッションでさ、出たんだって。乱入する『黒いフリーダム』!」

「クロスボーンの集い、フォースメンバー募集中でーす!」

「そのアデルのダイバーが鬼強くてさ――」

 

 思い思いの会話をするダイバーたちを縫うように、時折肩をぶつけてもお構いなしに僕は歩いた。今日は休日、とはいえ普段より一層多くのダイバーで賑わっていて、整備室へ向かうのも一苦労だ。ロビーの端に設置された整備室へのゲートがいつもより遠く感じられてる、それに向かって急ぎ足で進む自分に何か違和感を覚えた。

 こういう時、やっかいごとに巻き込まれるのだと自分の第六感が囁いていた。

 

「そこの兄ちゃん、ちょっとええか!」

 

 声と同時に、肩に手を置かれた。僕はボディタッチや過度なスキンシップを好まない性格なので、その時も心臓が飛び出るほどに驚いたし、身体も飛び跳ねたことだろう。

 額に滲む汗を拭くこともせず、肩に手をやった声の主へと振り返れば、そこにはやや困惑した表情の青年が突っ立っていて。

 

「あ、脅かしてもうたかな……?」

「……いえ。こちらこそ、すみません」

 

 僕は内心それを「不自然な受け答えだな」と自傷した。謝罪されるべきはこちらのはずなのに、謝る道理がない中で謝りながら、足は無意識に一歩退いている。頭で考える前に心で拒否していた。自分の悪い癖だと自覚はしている。

 だがそれもそのはずだ。彼の少し困りつつも笑っている表情、胸を張って物怖じしない態度、肩に置かれた手はまだ離されていない。そしてこちらの眼をじっと見てくる曇りのない視線。直感で「苦手なタイプだ」と察知した僕の身体が、無意識に警戒レベルを引き上げるのは自然なことだった。

 

「ほら、テンマ。初対面の人にそんな声のかけ方しちゃダメだって」

 

 自分にとってのunknown。声を掛けてきた少女は彼の仲間だろう、目の前に対峙する彼に気安く話しかけていた。

 

「初めまして、私はアヤカ。で、こっちがテンマ。ほら、挨拶しなさい」

 

 そして僕を見て会釈する。ああ、彼女はまだ理解の及ぶ人間だと、少しだけ自分の心の鎖は緩んだ。だが、まだ警戒を解くには及ばない。

 

「……そろそろ手を離してくれないかな」

 

 さっきから「離さないぞ」と言わんばかりに置かれていた手に視線をやって、少年にこちらの意向を伝えた。その間、彼とは一瞬だけ視線を交わしたが、やはり彼の純粋で真っ直ぐな瞳に僕は押しつぶされそうになって、すぐに眼を逸らした。

 

「ああ、すまん。でも用があるねん。聞いてくれんか?」

 



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Unknown

 澄んだ瞳の青年、テンマは大袈裟に、降伏のポーズのように両手を上げた。さすがにこちらが警戒していることが伝わったのだろう。それでも、口元からは相変わらず笑顔が絶えず、それが自分には無配慮さを感じさせて気になった。

 

「これからちょっと難しいミッション行くんやけど、一緒に来てくれへんかなーって」

「そうなの。推奨人数四人なんだけど、私たち二人だけじゃ難しくて。お願いします」

 

 二人が揃って頭を下げた。仲の良いことだ……そんなふうに捉えながらも、彼らが頭を下げている間に、相手の公開プロフィールをさらっと見ておいてランクやフォースに入っていることや、戦績などの最低情報を頭に仕入れておく。こういった情報はあればあるだけ交渉事には有利だ。

 早速、さっきチラ見したフォース名を手元のウィンドウで検索する。所属は五人ほど、規模は小さいが、メンバーの練度は高かった。

 

「テンマくん、だったね。君たちはフォースに所属しているんだろう? フォースの仲間に頼めばいいじゃないか」

「あー……」

 

 僕の返答に、テンマは口を開けて声でもなさそうな音を出してから、苦笑して隣の少女に助け舟を出すように目配せした。彼女もどこかぎこちなく苦笑いして。

 

「それが、ね。他のメンバーは参加条件を満たしてないんだよね」

 

 テンマに代わってアヤカが、首元に巻いていた赤いマフラーに手をやって、口元を隠しながらそう告げた。

 嘘。そう読み取った僕の感情を、さらに読み取ったであろうテンマが、ズイと前に一歩踏み出す。

 

「コトノリさんっ!」

 

 こちらが相手のステータスを盗み見たのと同様、テンマもこちらのステータスを見ていたのか、名前を知られていることは想定内だが、面と向かって名前を言われると人間は多少ならず戸惑うものだと身をもって知った。

 

「俺、コトノリさんと一緒に戦ってみたいねん。頼む!」

 

 不思議なことに、彼の言葉には一点の曇りもない説得力があった。純粋さとでも言うべきか、彼の言葉や態度には、あたかも、自分がそこに居ていいのだと錯覚させるほどの肯定感を与えてくれた。きっと僕でなければ、彼と打ち解けるのに時間はかからないだろう。

 しかし、彼のようなタイプに関わってはいけないと胸の内で叫ぶ己も居た。僕には土足で他人の心に踏み込んでくる彼という存在が不安で不快で仕方なかった。僕にとってチームを組むということは、たとえ一時のことだろうとも、それはまた裏切りの過去を繰り返すことに――

 

「――やめろ」

 

 否定の言葉で、ネガティブな思考も、彼の申し入れも、すべてを遮断する。

 

「え?」

 

 きょとんとするテンマとアヤカに、

 

「……他を当たってくれ。チームバトルは専門外なんだ」

 

 そう言って、僕はそそくさと早歩きで整備室へと向かおうとした。

 

「――知ってるで!」

 

 ログインロビーにいるユーザー全員に響き渡るかのように、突然彼が声を張り上げた。

 

「あんたのこと、全部知ってるで」

 

 遠慮もせず続けざまに言った言葉は、整備室へと向かおうとする僕の足を止めた。その笑顔が気さくな兄ちゃんから、戦う者の好奇心へと変わったのを、僕が見逃すはずもなく。

 

「『仕立て屋』って名乗って救援しまくる影のエース級ダイバー、出るとこ出ればヒーローになれるかもしれん実力を持ってながら、裏方で低レベルクエストの救援ばっかやってるんやろ。そんなあんたやから、特別な頼みなんや!」

 

 テンマが空中を指でなぞると、そこに3Dで描かれたパネルが追従して、それは警戒する僕の方へと向けられた。受注前のミッション画面だ。情報欄へと眼を移せば、その難易度と報酬に声が出そうになった。

 ミッション名は「先駆者の目覚め」。『劇場版 機動戦士ガンダム00 A Wakening of Trailblazer』をベースにしたミッションで、無尽蔵に現れる金属生命体「ELS」を食い止め、「ダブルオークアンタ」が対話を行うまでの時間を稼ぐ、というものだった。GBNでもトップクラスの難易度、それに見合った報酬金額とEXパーツに経験値。これだけの報酬が貰えれば、他のダイバーとの差をさらに広げることもできるだろう。

 

「これから行くのはこの高難度ミッションやねんけど、ちょっと二人やと手が足りんみたいでな、コトノリさんなら条件満たしてるやろし、背中を預けるのに不安はない。報酬は参加者の等分でどうや?」

 

 悪く無い申し出だ。それどころか、この依頼をクリアさえ出来れば、報酬でしばらくGBNを悠々自適に満喫できる。フォースネストの拡張に必殺技の強化、ランカー達とも張り合えるほどの経験値報酬も入る。並のダイバーならまず断ることはないだろう。テンマもまた、この好条件なら乗ってくれるだろうと思っていただろう。

 だが、

 

「……悪いけど、控えさせてもらうよ」

 

 僕の返事は決まっていた。

 

「なんでや! 報酬が悪かったんか?」

「いや、むしろ高過ぎるくらいの報酬だ、でも」

 

 僕はこのミッションに不安を感じていたのかもしれない。彼という存在にも恐怖を感じていたのかもしれない。彼と肩を並べられる自分ではないと、強張っていたのかもしれない。

 心にもない言葉が口から流れ出る。

 

「僕はフォースに所属してないから相対的にお金に困ってないし、ランカーでもないから月間取得経験値も気にしてない。なにより初対面の君たちとチームを組んでこのミッションをクリアできる保証はない。そんなわけだから、他をあたっておくれ」

 

 立て板に水といった具合に、僕は言い訳を並べ立てた。都合の悪い時にある事ない事をべらべらと喋ることができるのは、自分にとって数少ない長所なのかもしれない。そう思いながら、圧倒されていた二人に背を向けて、僕は下を向いて整備室へと歩き出した。

 

 

 

「……やっぱりダメだったじゃない。初対面であれは無いわよ」

「そうかー? 行けると思ったんやけどなぁ」

 

 さっきテンマが大声を出したことで、背中越しに彼らの言葉が聞こえるほどにロビーは静まり返っていた。そして彼が最後に言っていた言葉が、僕の心に突き刺さった。

 

「絶対楽しいって、思ってんけどなぁ」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ゲイルシュナイデンは普段の姿で直立していた。整備室はログインロビーと違って、コツコツと足音が反響するのが心地良いほどに静かだった。けれど僕の心はノイズで掻き乱されていた。

 

「チームになるのが、楽しい……?」

 

 いつものように救援ボードを眺めていたが、そのリスト一覧には多くの星が並んでいた。そう、普段はミッション難易度の低い順に並べていたが、今日ばかりは高難易度――テンマとアヤカが向かったであろう「先駆者の目覚め」――を探していた。

 

「……絶対楽しいって、思ってんけどなぁ」

 

 先ほど出会った遠慮のない無礼なダイバー、テンマの言葉が靴音のように反響する。幻聴だ。そんな言葉を発する人間はここには居ない。だが現に今、僕の頭から離れずに居座り続けている。

 

「やめろ、馬鹿馬鹿しい」

 

 口から出た言葉は、先刻の否定のように思考回路を切ってくれるものだと思っていた。だがその期待とは相反して、指は、目はあのミッションを探していた。

 無ければ良いのだ。彼らが無事にクリアしていれば、単なる僕の徒労で終わる。救援を出していなければ、僕が見ることは二度とないだろう。いっそすぐにミッション失敗に――

 

「――くそっ、バカか僕は」

 

 僅かにも、他人の不幸を望んでしまった自分に嫌気が差して、リスト更新のボタンを叩いた僕は目を見開いた。

 見つけてしまった。ミッション「先駆者の目覚め」、参加者は三人。テンマとアヤカ、あと誰だろうか。詳細を表示するが、どうやら参加者はファーストと呼ばれるRX78-2ガンダムのカスタム機、そしてガンダムをより軽量化、近接戦闘化させたガンダムピクシー、あと一人はストライクベースの機体らしい。

 

「こんなの……絶望的じゃないか!」

 

 誰に聞かせるわけでもなく思わず、僕は独り声が出ていた。

 あの時見せてもらったミッション詳細。ガンダム00に聡い人なら分かっているだろうが、ELSを相手どるには事前準備から必要だ。彼らの移動速度についていけるだけの機動力、物理兵器を吸収無効化する知的生命体にダメージを与える遠距離武装、そして群体で襲いかかる敵に対しての経験と知識――その準備、対策がなされたチームだとは到底思えない参加機体のリストに、とても勝ち目があるとは思えなかった。

 僕があのミッションを断った理由の一つでもある。僕の機体では、ELSを相手するのに相応しくない。

 あの時すでにわかっていただろう。僕が断れば、あの二人はあのままミッションに行き、当然のように苦戦する。救援を出すか、敗北するか。こうなるのが分かってただろう、僕には、初めから……。

 

「――やめろ!」

 

 考えても仕方のない「ああしていれば」という後悔を、否定の言葉で断ち切る。

 

 

 

 そう、僕は「仕立て屋」。救援を通してしか他のダイバーとは関わらない。逆に言えば「救援を通して必ず助けて、仕立ててやる」と昔決めたのだ。だから僕は未練たらしく、このGBNにダイブしてるんじゃないか。

 愛機を見上げて、独り言をつぶやく。

 

「……悪いなゲイルシュナイデン、腕の一本か二本くらいは覚悟してくれよ」

 

 救援ボードのミッションを受諾する。同時にモビルスーツのコクピットへ乗り込む。左右の操縦桿を手にして――汗ばんだ掌が気持ち悪くてもう一度握り直した。

 眼前のゲートが開く。カタパルトが展開される。棒立ちだった黒い愛機に魂が宿るようにツインアイが輝き、待ちわびたと言わんばかりにその四肢にエネルギーを行き渡らせる。

 

「コトノリ、ゲイルシュナイデン。これより救援に向かいます」

 

 レールによって射出されたゲイルシュナイデンはゲートを潜って、その身よりも深く暗い宇宙空間へとワープした。



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運命の女神

 視界がライトに照らされた整備室から一転、一面が光を吸収する暗黒の世界と、散らばる無数の星に誤認するほど、そこに瞬く火器によって引き起こされる爆炎の数々。遠巻きに眺めるだけでも、この戦いがすでに激しいものになっていることは容易に想像ができた。

 

 直後レーダーに表示された、来援する一機のモビルスーツ反応。僕はこの間のイチョウを思い返し、すぐに乗機のメインカメラをUnknownへと向ける。機影は白く、宇宙空間では星に紛れてしまって、その形がハッキリと確認できるまで数瞬かかった。

 それはまさしく、希望の星だった。

 

「どいてくださいーっ!」

 

 流れ星のようにこちらへ猛進してきたUnknownは、そのままゲイルシュナイデンと衝突する。それが敵ではないことを知っていた僕は武器を手放し、優しくそれを受け止めた。

 ガツンと鉄と鉄がぶつかる衝撃に耐えながら、開かれた接触回線に目をやる。

 

「あ、ありがとうございます、すみませんっ!」

「……ああ、びっくりしたけど、大丈夫だ」

 

 接触回線から若い女性の声が通信越しに耳に届く。それに自分は半ばパニックになりながらも、冷静さを装って対応する。希望の星――彼女は過去に一度だけ遭遇したことのある、GBNでは珍しい「ヒーラー」だった。名前をマシロ、駆る機体の名はガンダム・ノルニエル。

 

「あれ、もしかして……コトノリさんですか?」

 

 自分が相手のことに気づいていたように、相手も自分のことに気づいたようだ。自分はすっかり忘れられていると思っていたし、内心、忘れていて欲しいと思っていた自分もいた。かなり昔、僕が救援を始めたころに出会った強者ダイバー。

 今でも昔の彼女を鮮明に思い出せる。僕がまだ荒れていたころのことだ。自分の過ちを諭すように、正すように、ただ自分の戦果よりも皆の勝利を求めて舞っていた。虹色のヴェールに包まれた彼女は、影のような僕には眩しすぎた。

 

「覚えてたんですね、僕のこと」

「ええ、当然です。一期一会、私にとってGBNでの出会いはどれも大切なものですから」

 

 彼女はさらっと言ってのける。そんな純粋さも、そして操縦技術の下手さも昔と変わらないようだ。それが辛くて、僕は光から遠ざかったのだ。具体的に言えば、彼女との再接触におびえて、高難易度ミッションの救援を止めていた。低難易度のミッションばかりを受注していた。

 

 バランスを取り戻した彼女の愛機が自分の手から離れ、その全貌がモニターに映る。ダブルオークアンタのボディに∀ガンダムを混ぜ、武装も最低限しか載んでいない白い機体は、ミキシングする一般モデラー達のよくやる「過積載・高火力・重武装」とは無縁の代物だった。

 そんな非力な彼女とノルニエルは、非力だからこそ、今回は確実に希望の星となる。彼女を守り切ることこそが勝利へとつながる。彼女の必殺技さえ発動してしまえばこのミッションは勝ったも同然だろう。

 彼女の必殺技は、フィールド全域に癒しの効果を与えるもの。理論は彼女しか知らないが、それが一度発動してしまえば(人工物としてはありえないことだが)乗機に永遠の命が備わるという――。

 

「良かった。貴方がいれば、このミッションはクリアできる」

 

 ELSはほぼ無限に活動する。ならばこちらも無限に戦えるようになれば良いだけのこと。なんだ、簡単ではないか。僕はこの時、楽観的に安堵のため息を吐いた。



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応援する者

 モビルスーツにしてみれば僅かな距離だが、救援は数十秒ほど移動しなければ戦域へ到着できない場所にスポーンするため、僕とマシロは救援主の元へと向かう僅かな時間、機体を列に並べてデブリ宙域を飛んでいた。マシロは大きくデブリを避ける癖があるため、その速度はあまり早くない。僕は不器用なノルニエルを一人にしないように速度を合わせて、その後ろを着いていくようにゆっくり進む。

 

「まだ続けていたんですね、GBN」

「あ、ああ」

 

 僕はミッションをどう攻略するか作戦を練ることで頭をいっぱいにしていて、彼女の言葉に中身のない返事だけをしていた。それはこちらの台詞だ、と内心思ったが、言葉には出さなかった。通信モニター越しの彼女の澄んだ瞳が、それを言わせなかったのだと思いたい。

 

「良かったです。フレンドになってから数カ月、あれからずっとお会い出来なかったので」

「フレンド登録は解除してなかったんだから、ログインしてるかどうかは分かってたでしょう?」

「それでも、こうしてお会いできたことは嬉しいですよ。数字や文字だけでなく、こうしてこの目でお姿を見れたのですから」

「大袈裟だな……」

「それにしても、本当に良かった。コトノリさんも続けていたんですね。人助け」

 

 ふふと笑みを交えて語る彼女の瞳を、僕は直視できなかった。

 

「マシロさんほど、大したものじゃない」

 

 マシロも僕も、救援依頼を見つけて駆けつけ、それをこなすことがメインのプレイスタイルだった。だが僕は前述の通り、理由の一つに彼女との再会を恐れ、低ランクの救援ばかりをやっていた。高ランクの救援ともなれば報酬は高いかもしれないが、修理時間やミッションクリア率、その難易度の高さ故に求められる救援依頼主との即興チームワーク技術など、高度なプレイが必要だ。そういう意味で「大したものじゃない」と言ったのだ。

 だが通信モニターに映る彼女は目を見開いて驚いていた。何か悪いことを言ってしまったか、大したものじゃないという表現が悪かったのかと思案して、謝るべきか、どう謝罪すべきかと思考を巡らせていたら、彼女がポツリと呟いた。

 

「名前、覚えてて下さったんですね!」

 

 マシロが少し嬉しそうに微笑んだ。

 

「……そんなの、今は気にすることじゃないですよ。集中して。そろそろデブリ帯域を抜けますよ」

 

 彼女の表情から逃げるように、僕は通信を切った。

 覚えていないはずがない。彼女のプレイスタイルは画一的なものだし、慈愛に溢れた行動はインターネットゲームプレイヤーの鏡だ。僕の数少ない一桁代のフレンドの一人だ。だが彼女は違うのだろう。僕よりはるかに多くのダイバーと関わり、時にはすれ違い対立し、今こうしてここに居る。その事実が僕にはよく理解できなかったのだ。だからその言葉を上手く受け止めて、返すことができなかった。

 

 

 

「さぁ、合流しますよ!」

 

 揚々と戦闘宙域――救援主の元へと向かう。デブリ宙域を抜けた先に多数の熱源反応があり。そちらに索敵レーダーを向ける。数機のモビルスーツがもつれあって戦い合っている様子が見て取れた。

 だが不自然だ。ELSとの戦いであるならばもっと無数の熱源があって当然のはずなのに、レーダーには片手でも数えられそうなほどしか反応がない。

 

「おかしい、このミッションはELSとの戦いじゃないのか……!?」

「コトノリさん急ぎましょう。このミッション、もしかしたら罠かもしれない」

 

 それの規模に違和感を覚えたのは、どうやら僕だけではなかったようだ。マシロもまた、その異常事態に驚いている様子で、愛機ノルニエルをさらに加速させた。

 この時僕は、マシロの「罠かもしれない」という言葉にビビっただけかもしれない。判断を間違えたのだ。マシロと同じように救援主と合流する方が良かったのかもしれない。

 後悔は先には立たない、いつも気づいた時には手遅れだ。

 

「マシロさん、ここからは別行動でお願いします。それでは」

「ええっ、コトノリさん!?」

 

 僕はそう伝えて通信を遮断した。たとえどんな敵であろうとも、どんなミッションであろうとも、僕はいつものように影で暗躍しこの戦場を仕立てる脇役であらねばならない。だからこそ救援主との接触はなるべく避けなければ。そんな思考で、ゲイルシュナイデンを直角に飛び上がらせて宇宙を駆けた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「この距離なら通信も届きますね! 救援に来ました!」

 

 マシロが合流した時、救援主は敵勢力ELSと互角に渡り合っていた。一機はファーストガンダムと呼ばれるRX78-2ガンダムにエールストライカーを搭載した白と青の機体。そしてもう一機がそのファーストに似た地上戦用のガンダムピクシーを、宇宙適性を底上げしたようなカスタムモデルだった。似通った二機は鮮やかなコンビネーションでELSの猛攻を凌ぐ。

 三機目のストライクは姿が見えない。もしかしたらすでに敗北しているのかもしれない……イヤな推測を跳ね除けるために、マシロは頭を横に振った。

 爆煙が広がり閃光が輝く宇宙空間で、とにかく時間と情報が足りない。目の前にいるELSはすでに小型のものではなくモビルスーツの姿を象っていた。

 

「おぉ、救援来てくれたんや!」

「よろしくお願いします! もう、テンマが三人で行けるなんて無茶言うから、ひどいことに!」

 

 パイロット達に疲労感は見えたものの、闘志は尽きるどころかなお燃えていた。これならば勝ち目もあると言うもの。

 マシロは再度レーダーを確認する。近くにある二機のモビルスーツと自分、そして遠のいていく僕の機体を見て、彼女は救援主のテンマに告げた。

 

「コトノリさんという心強い方も一緒に来て、今は別働隊として動いてもらってます。私も微力ながら援護します!」

「コトノリさん!? あの人も来てくれたんか! やっぱ救援出して正解やったなぁ!」

「諦めなくて良かったねテンマ! でもあの人、別行動ってどういうつもり!?」

 

 会話の途中にもELSの一機がピクシーに迫る。水銀の塊は剣のように伸びて振るわれ、それをピクシーがビームダガーではじき返した。そこにタイミングを合わせるようにガンダムがサーベルを突き立てる。銀色の塊がビームで裂かれ、機能を停止する。見事なコンビネーションで、一機のELSは両断されて動きを止めた。

 だがそれは一時的なもので、彼らが離脱すると分離した水銀は即座に融合、再合成されて元の姿――ストライクガンダムの姿へと戻った。

 

「……どういうことですか、これは」

「ああ、運営もおもろいこと閃くよなぁ!」

「ホンッと。性格悪いにも程があるわよ」

 

 マシロ、テンマ、アヤカに対峙するELSは同じく三機。それぞれストライク、ピクシー、ファーストを模した姿だった。

 これは単なるELS掃討作戦ではない。己と同じ姿で無限に活動し続ける存在と戦うミラーミッションを模したもの。

 よくよく見れば、数多くのELS達がソレスタルビーイングを筆頭に激戦を繰り広げているのは、このフィールドに貼られたテクスチャでしかない。敵勢力としてレーダーに表示されているのは僅かに三機。そして、母艦級のELSが一機。

 

「多分やけど、来るで……!」

 

 そこから絶望とも思わせる追加戦力が発進した。その姿は、マシロのノルニエルと、僕のゲイルシュナイデンと瓜二つだった。



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後悔

 レーダー上でマシロの熱源が残る二機と合流したのを確認して、僕は改めて気を引き締めた。ELSとの対話が成立するまでの時間を稼ぐ。それを叶えるにはまず無限に動き続けるELSに決定打を与えなければならない。こちらが殲滅するか、無限に戦い続けるか。今回は後者、マシロの必殺技さえ発動できれば勝ちも同然だ。

 だから僕は囮になることで、それを叶えようと考えていた。

 

「……やっぱり、おかしい」

 

 予想では無数のELSに囲まれ追いかけ回されることを推測していたが、そんな敵性反応もほとんどゼロ。目に見える爆煙と閃光は全てこのフィールドに貼られた映像でしかなく、その中は空の壺のように空間が広がっているだけだった。これでは囮もなにもあったものではない。

 

「ELSが居ない、どういうことだ?」

 

 その異変に気付いた直後、こちらに飛来してくる熱源反応が。それは味方ではなく敵性の、銀の水晶で型取られたモビルスーツ。モニターで目視したそれはまさしくゲイルシュナイデンと同じ武装、同じ装甲、同じシルエットだった。

 

「ELSが既に僕のゲイルシュナイデンを解析した!? ……いや、違うな。これは『そうなるように最初から設定されていた』か!」

 

 鏡写しの自分と戦うミラーミッションを彷彿とさせるそれは、まさしく高難易度に相応しく、それがELSであるならばまさに「無限に蘇る己との戦い」だ。そんなもの、地獄でしかない。

 

「くそっ、対策も何もあったもんじゃないな!」

 

 僕は真っ先に手持ちの大剣を投げ捨てて、右腕に内蔵されたビームサーベルを展開した。相手は僕が投げ捨てるという選択をした大剣をその手に握ったまま、大きく上に振りかぶる。

 振り下ろされた大剣は虚空を凪いだ。ゲイルシュナイデンの機動力なら易々と回避できる。そこへ置いてくるようにビームサーベルを振るえば、簡単にELSは一刀両断できてしまう。

 だが、それで終わりではない。ELSであるがゆえにそれは自己再生し、再びこちらに刃を向ける。僕はそれが分かっていながら、他に選択肢が見つからず、再びビームサーベルを振るった。

 

「ああ、くそっ!」

 

 二度目の太刀も、相手を切った。だが一撃目で「学んだ」のか、踏み込みが浅かったのか、それは形を歪に変えながらも個として残存していた。その手が伸びる。

 機体に触れられれば最後、ELSに取り込まれてゲームオーバーだ。血の気が引いていくのを実感しながら、僕は操縦桿を強く引いた。

 

「取らせて、たまるか……!」

 

 脚部ビームサーベルを展開、同時に右腕部サーベルとぶつけ合ってスパークを起こし、迫る水銀を弾く。同時に愛機が泣くように軋みをあげた。

 敵であるゲイルシュナイデンELSと距離を取る。さっきの軋みは、関節への負担が大きすぎたせいで起こったんだと理解するのに時間は掛からなかった。脚部関節にイエローアラートが表示される。

 

「――こんなの、何度も続けられないぞ」

 

 さらに接近する熱源反応。振り向けば、そこに飛来する新たなELS。ノルニエルの姿を象ったそれは、貧相なライフルをこちらに向けている。

 

「くそっ!」

 

 挟み撃ちと言わんばかりに両サイドから敵に迫られるのは得策ではないと、その場から大きく回避するゲイルシュナイデン。だが、その読みは大きく違っていた。

 直後ELS特有の、黒板を爪で引っ掻いたような甲高い鳴き声が響き渡る。ゲイルシュナイデンELSが、ノルニエルELSを大剣で貫いたのだ。

 

「……どういう、ことだ!?」

 

 フレンドリーファイアを連想させるそれは僕にとって気味の悪い光景だった。貫かれたELSは悲鳴を上げた。そして二つは混ざり合い、ゲイルシュナイデンELSは腕を四本に増やし、そしてそのすべてに大剣を構える。まるでイチョウの戦国バルバトスのように。

 

「からかっているのか、僕を、僕の在り方をっ……」

 

 愛機をもした目の前の機体は、味方を傷つけて喰らって己の物にした。そして四つ腕の悪魔を生み出した。まるで僕の行いを嘲笑するかのように、再びELSが叫んだ。

 その悲鳴に負けじと、僕も叫んでいた。

 

「ボクの行動が仲間を傷つける、そう言いたいのか!」

 

 やけくそに僕は大剣を拾い直して、全身のバーニアとスラスターを点火して突進する。牽制のミサイルを数発発射して、その爆煙に紛れて大剣で両断するつもりだった。だが最大速度で突っ込んでも、ELSにはそれが見えていたのだろう、四つ腕は悠々と構えている。

 爆発の光でモニタが白に染まる。そこにいるであろうELSに大剣を振り下ろす。実体剣での一撃はELSに取り込まれるのは知っていたから、侵食が腕に来るまでに内蔵のライフルを暴発させて自爆ぎみに離脱すればよいと考えていた。

 

「――居ない!?」

 

 だが、ELSは既に移動していた。大振りの剣は空を凪ぎ、その後隙を狙った四つ腕が不気味に笑っていた。完全に背中を取られた形だ。

 終わった。いや、そもそも冷静さを失っていた時点で終わっていたのだろう。後悔は先には立たない、いつも気づいた時には手遅れだ。



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フレンドリーファイア

「大丈夫ですかっ!?」

 

 飛来したunknown。レーダーには、ガンダムピクシーと表示されていたそれは、動けなかった僕の愛機を蹴り飛ばし、同時に四つ腕から繰り出される俊足の連撃を、ビームダガーのみで凌ぎ切る。

 

「別行動って良くないですよ。仲間なんだから、助けあわないと!」

 

 彼女は目は真剣に、それでも口元には笑みを浮かべて言った。彼女、アヤカもあのテンマとかいう青年と同じ表情をしていた。それが僕にはとても辛く感じた。僕は独りで何をやっている、彼女や彼のようになぜ笑えない、ああ、仲間を持ち楽しむということは、そんなにも尊いことなのか――

 

 

 

 だがそんなチームプレーも、時として命取りだ。ELSがピクシーの足にミサイルを撃ち込んだ。それはつまり、足に刺さった楔から、機体をELSと同化させていくに等しい。

 

「しまっ――」

 

 アヤカは息を飲む。それは僕も同じだ。僕を助けにきた彼女が先にリタイアするなんてことはあってはならない。救援しなければならない、助けなければならない。

 

「動くなっ!」

 

 キミが犠牲になる必要はない、という言葉は口から出なかった。ただ身体は最善の行動を選んでいた。ゲイルシュナイデンの膝に内蔵されているアーマーシュナイダーを射出し、数歩分先にいるELSに蝕まれたピクシーの右膝から下を的確に射抜き、その本体が侵食されるのを防いだ。

 

「なによ……っ!?」

 

 彼女の「仲間なんだから助けあわないと」という言葉に、僕は刃を返すのか。僕という存在は先程のELSのように他人を傷つけて取り込み、イチョウのように害を与えるのか。ああ、そうであるならば罰を受けなければならない。言葉足らずは今始まったことではない。だから今回も恨まれて当然のことだ。僕は彼女に恨まれることは覚悟していた。だからその反応も、当然のことだと唇を噛んだ。それでも、これが助けることに繋がるのなら、汚名を被ってでも最適解を選ぶのが僕の不器用なプレイスタイルだった。

 

 

 

 だが、

 

「――お前ぇっ! 何やってんじゃぁあ!」

 

 近接レーダーの探知外から流星のように飛んできたガンダム。赤い筋を残しながら、まるで光の速さで動いているように、気づけばゲイルシュナイデンの胸ぐらを掴んでいた。

 それはそのまま僕を押さえつけて激走する。急激にかかるG、目まぐるしく変化する景色に、僕は胃液が昇ってくる不快感に襲われた。

 

「お前っ……ふざけんなや! アヤカはお前を助けようとしたんやぞ。それを、撃墜数を横取りされそうだからって攻撃するんかっ!」

 

 いつのまにか開かれていた接触回線からは、鬼気迫る表情で、彼、テンマが怒鳴っていた。

 気づけばフィールド外周のデブリ宙域まで押し込まれていたようで、ゲイルシュナイデンは胸ぐらを掴まれたまま隕石の一つに押しつけられた。そこでやっと、流れていた景色が止まった。

 

「テンマ、くん、か」

「コトノリさん! あんたはそんなことをする人じゃないと思ってた。信じたかった。けどな、アヤカを傷つけるヤツは許さねぇ!」

「まさか、違う、僕は最善を――」

「最善? 味方を斬ることがアンタにとって最善なんか!?」

「ぐっ――」

 

 僕はそれ以上返す言葉が見つからなかった。確かに僕は正しくあろうとしたつもりだったが、そもそもが間違えていたのだろう。助けられるものでも、助かるものでもない。彼の言うように「味方を斬ることが最善」であっていいはずがない。

 僕は気力を失って、操縦桿から手を離した。

 

 

 

「待ちなよ、テンマくん」

 

 また新たなUnknown、割り込んで接触回線が開く。俯いた顔を上げてみれば、それは今まで敗北していたと思っていたストライクのパイロットからだった。

 驚いたのは僕だけではない、さっきまで声を荒げていたテンマが先に口を開く。

 

「エスさん!? あんた生きてたんか!!」

「ああ、なんとかね。ELSとのやり取りでエネルギーもかなり使ってしまったから、限界も近いけど」

 

 バックパックにAGE-FXのものであろうCファンネルを多数搭載した、エールストライクがベースであろう紅い機体。大剣をやすやすとELSに飲まれたコトノリに反して、彼はまだ大型実体剣であるシュゲルトゲベールを引っさげ、そのボディに被弾した形跡も見当たらない。どれだけの技量があれば自分と同じELSに対して無傷で居られるのか。

 だがパイロットの疲労と残存エネルギーは心許ない様子だったのが、さっきの通信の声色で伺える。

 

「俺の必殺技は『空間跳躍』――」

 

 必殺技――GBNのランクが上がれば使えると言う、ダイバーと機体固有の高威力兵器のことだ。だがそれはガンプラの精度や閃きによって幾多もの方向へと設定できる。エスと呼ばれた彼の必殺技は相手を破壊する類のものではなく、その名の通りの能力で――

 エスのストライクが、テンマのファーストと僕のゲイルシュナイデンを掴む。するとふわり、反重力を身体で感じると同時にモニターが一斉にモザイクノイズに包まれる。

 次の瞬間、デブリ宙域まで押し込まれたはずの僕と、押し込んでいたはずのテンマも、元々の戦闘区域へと戻っていた。その証に、その場にマシロとアヤカもいる。

 

「量子化のように時間軸の移動じゃない、単純な空間軸の移動。デブリが多い宙域だと使いにくいけど、ここまで開けた宇宙ならELSと戦うのも、こうして仲間を助けるのにも使える」

「さっすがエスさん、スゲェーっ!」

 

 テンマが歓喜の声を上げてはしゃぐ。僕もそれに驚きながらも、ELS達はどうだろうかと望遠レーダーを立ち上げる。急に失踪した的を見失って混乱している様子だが、数秒もすればすぐにこちらへ気づくだろう。

 

「コトノリさんっ!」

 

 マシロは僕との再会を喜んだ。だが右足を失ったピクシーのアヤカは疑念を拭えず、テンマはそれを見て改めて怒りを湧き起こしていた。

 このフィールドにいる五人がやっと揃った形になる。だがこのパーティは歪だ。チームワークが望めたものではない。それに時間も残存エネルギーも少ない中で、僕が出す答えは単純だった。

 

「……僕が前に出ます。みんなは巻き込んでもいいから遠距離武装で戦ってください」

「はぁ!?」

 

 僕の提案にテンマが突っかかる。

 

「仲間を斬るようなヤツの言うことなんか聞けんわ!」

「テンマ……!」

「キミがそのつもりなら、僕は独りで構わない」

「コトノリさん何を言って!?」

「テンマも、冷静になってよ!」

「うるせぇっ! アヤカ、お前斬られたんやぞ!? 味方を斬るような奴に背中を預けられるかっ!」

 

 話し合いの時間はない。今にもELSはこちらへ向かってくるだろう。僕は愛機の各関節ににリモート爆弾を装着しながら計算した。ミラーミッションなら相手も五機、いや先程ゲイルシュナイデンELSがノルニエルELSを取り込んだから四機か。だがあの四つ腕を相手するのに、二人では数が足りない。そもそも一対一でも勝ち目は薄い――

 

 

 

「コトノリさん。なにを見てるの」

 

 マシロの声が、作戦を考える僕の思考を止めた。



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対話

「マシロ、さん。僕は……ミッションの、クリアを――」

「これは『対話のためのミッション』でしょう? 私たちが仲間同士で対話できなくて、クリアできるはずがありません」

 

 正論だった。だがこの言葉を、マシロ以外の誰かが発していたら、きっと聞き入れられなかっただろう。こんなギスギスした人間関係さえも、彼女は繋いでみせるのか。その器量に、ただただ僕は驚いた。

 

「みなさん聞いてください。私の必殺技の発動まであと少し時間が欲しいです。コトノリさんがアヤカさんを傷つけたのは事実ですが、それでも、彼は信じられる人です。彼と力を合わせて、少しだけ時間を稼いでください」

「でもよ……」

「私は!」

 

 どもるテンマに、アヤカが遮るように言う。

 

「コトノリさんのことは、まだわかんないけど。マシロさんを信じる!」

「俺も信じるよ。マシロさんのことも、このコトノリって人のことも」

 

 ストライク乗りのエスも同意した。無論、僕はマシロの言うことを信じている。

 

「……ああっ! 分かったよ、でも時間稼ぎだけだからな!? あとでアヤカを傷つけたことはきっちりケジメつけてもらうからなっ!!」

「ありがとうございます、テンマさん!」

 

 マシロが笑顔を見せた。ああ、この表情で助けられた人は無数にいるのだろうな。僕もこの笑顔に助けられたのだ。今回も。

 話はついた。レーダーを見れば、ELSもこちらに向かっている。

 

「じゃあ、さっきも言ったように僕はELSの注意を引きつける。囮に使えばいい。テンマさんもアヤカさんも、必殺技の条件は整ってるんだろう、出し惜しんで勝てる相手ではないのは分かってるはずだ」

 

 こういう時だけ饒舌になる性格はなんとかしたい。そう思いながらも実行に移せない。

 

「お前が仕切るんじゃねぇよ――」

「テンマくん、冷静になりなよ。この百式使いはコミュニケーションこそ苦手だけど、単に不器用なだけだと思うんだ」

「百式ではない。ベースはレッドゥォーリアだ」

「……そういうところだと思うけど?」

 

 食えないストライク使いの反論に言葉が詰まる。ぐうの音も出ないとはこのことか……。

 僕はその場の空気に我慢できず突出する。それを追いかけるようにエスが飛ぶ。マシロは必殺技のために後方支援ぎみに移動、ピクシーはマシロの援護。残されたファーストガンダムの乗り手のテンマは頭を掻いて。

 

「あああっ、くそっ! 後で覚えてろよ!」

 

 エスと僕を追いかけて飛んだ。

 

 

 

 何はともあれ、やるべきことは決まった。ゲイルシュナイデンが宙域を飛ぶ。その後をストライクが追いかけて、そしてファーストガンダムも続く。

 

「いくぞ四つ腕ELS、僕を学習できるか、やって見せろ!」

 

 ゲイルシュナイデンはフロントスカートのミサイルを射出した。ただのミサイルではない、一発は閃光弾、もう一発はミノフスキー粒子爆弾だ。光とミノフスキー粒子が拡散し、ほぼ全ての遠距離ビーム兵器を無効化する。それには流石のELSも怯んだ様子で、それが打ち放ったライフルは濃度の高いミノフスキー粒子の前に霧散する。単純な時間稼ぎでしかないが、その隙に腕の一本をビームサーベルでもぎ取ってやった。

 

「俺も負けちゃいられないな!」

 

 エスの紅い機体も縦横無尽に駆け回り、自分のコピー相手だけでは飽き足らず、ストライクELSとピクシーELSの二機を相手に、大剣とビームサーベルの二刀流で大立ち回りを繰り広げる。ストライクELSの大剣をやすやすと回避してはその懐に大薙払いを食らわせ、取り込まれる前に空間跳躍。飛んだ先に突貫してくるピクシーに対しては、その動きを読んでいたかのように再び空間跳躍で逆に背後をついて刺す。

 僕自身そこまでGBDのトップランカーに詳しいわけではない。だが彼の一挙手一投足は頂点を狙ってもおかしくないレベルだ。名前も機体も知らない無銘が、これほど強いはずがない。

 

「……強い。エスさん、貴方は」

「昔の機体を引っ張り出してきたけど、これは思ったより、戦える!」

「昔の――!?」

 

 Cファンネルを巧みに操りながら、シュゲルトゲベールを振るうそれは、現役のガンプラではなく昔使っていた物だという。

 たとえ機体を借りたとして、あれと同じ動きを僕ができるかと聞かれれば無理だ。普段から高難易度ミッションを繰り返していることを連想させる動きだ。あんな技量のダイバー、受注者のテンマは彼を一体どこから連れてきたのだろうか……。それもあの、曇りない瞳のなせる技、ということか。

 

 

 

「kiiiiiiiiii――」

 

 ELSが叫び、ミサイルに擬態したELSが発射される。ダブルオーシリーズのトランザムでも無ければ容易に回避がままならない速度のそれは、ゲイルシュナイデンの左腕に食い込んだ。

 

「早いな、けど想定内だっ!」

 

 侵食が始まる。それを見て、僕は左肘のリモート爆弾を起爆させた。爆発の衝撃と、左腕ロストの警告が出る。

 額の汗を拭う余裕もない。だが本体はまだ生きている、まだ戦える。

 

「それにしても、ペースが……っ!」

 

 我ながら無鉄砲だった。破れかぶれの戦術はどんどん後が詰まっていく。そのうち右足も侵食されて起爆、そしてサーベルの仕込んだ右手までも捕われてしまい、仕方なく起爆スイッチを押したが――起動しなかった。

 

「何、まさか、すでにELSに学習されて!?」

 

 肘に付けていたリモート爆弾自体にELSが取り付いていたのだ。これでは起爆もできず、本体ごとまるっと呑まれてしまう。迂闊だった。だが、自分に出来ることは全力でやった。もうこれ以上、何が出来るというのか――

 

 

 

「――蒼を纏え、ガンダムっ!」

 

 叫んだのはテンマだった。彼の青いファーストガンダムが、その色を一層と輝かせた蒼いオーラを発し、マントのように身を包む。先程までの一見すると稚拙ともとれるファーストガンダムの風貌から一転、それは例えるならSD騎士ガンダムのような高貴な雰囲気を漂わせ、他のガンプラを――少なくともゲイルシュナイデンなど容易なほど――遥かに凌駕するオーラを漂わせて、宇宙という極寒の地に、確かな熱量と存在感をもって顕現した。

 

「いくぜ……『戦いを終焉させる、一本の剣の欠片。『蒼き剣』よ、我に力を与えよっ!』」

 

 彼はさらに叫ぶ。それは呪文のように、詠唱することで叶えられる能力であろう。増大したオーラと共にその手には、先程まで握られていたビームサーベルが貧弱に見えるほど神々しい、モビルスーツの身の丈ほどもある蒼光の両刃剣。それが振り払われれば、美しい残光をなびかせながら、ELSに取り込まれかけたゲイルシュナイデンへと肉薄する。

 

「これが、オレの、必殺技だぁーっ!」

 

 動きはまるで覚醒したユニコーンガンダムか、はたまたトランザムしたダブルオーライザーか。GNドライブもサイコフレームも搭載していないファーストガンダムに、そんな芸当ができるはずは無いのだが。それでも彼は亜高速で近づき、ゲイルシュナイデンの肩関節部を狙って、その真紅の剣でELSに取り込まれた腕を切り捨てた。

 

「なんだよ、それ……」

「それはこっちのセリフや!」

 

 騎士のようなファーストの背後に迫るELS、それに対応すべくテンマはエールストライカーをパージして押しつける。振り返って斬ることも簡単だっただろうに、そうすることで僕とゲイルシュナイデンを抱えて戦域から離脱することを優先したのだ。

 

「自分の機体をボロボロにしてでも囮をするってのが、お前の最善って奴なんか!?」

「……ああ、そうだ。そうなんだ」

 

 我ながら不器用だ。ELSと互角に渡り合う技量もなければ純粋な力もない。誰かを信じることもできなければ、誰かを助けることもできない。接触回線に映ったテンマという少年の瞳は、僕にとって純粋すぎた。



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虹の剣

 四肢のほとんどをもがれ、もう戦うことが叶わないゲイルシュナイデンを、蒼いファーストガンダムが後方へと押しやった。

 

「あとは任せとけ!」

「私も、いくよ。『黄を纏え、ピクシー!』」

 

 僕と入れ違いにピクシーが前に出る。彼女の機体もテンマと同じようにオーラを纏い――それは光り輝く黄色い姿で――その手には同じ光の剣を握り、さらに速度を上げてELSと渡り合う。

 ストライクも、ピクシーも、ファーストも、どれもこれも僕より数段上手じゃないか。「何が仕立て屋だ。こんなもの、僕が居なくてもとっくに仕上がっているじゃないか」と思わずため息が漏れた。

 

「コトノリさんも頑張ったじゃないですか。それで十分ですよ」

「……えっ?」

 

 すっかりエネルギーを出し切って準備万端のノルニエルと、通信モニター越しにその乗り手であるマシロがみえた。

 

「もしかして、声に出てましたか」

「ええ、ばっちり」

 

 僕は恥ずかしくなって、全ての通信を切断した。ぷつりと切れる前に彼女が何かを言っていたが、きっと聞かなくても良いことだろう。マシロさんが言いそうなことは、なんとなく分かっている。

 

 

 

 紅い剣士と黄色の剣士、そして蒼い大剣使い達の戦場は華々しかった。遠巻きに見ることしかできなくなった僕にはそれが眩しかった。

 そしてマシロの準備がやっと整ったようだ。

 

「行きます、これが私の必殺技――トランザム月光蝶(トランザム・ナノ)!」

 

 マシロのガンプラはそのほとんどのリソースを必殺技に当てていた。彼女のガンプラ、ノルニエルはナノマシンを拡散し、それをGN粒子によってコントロール、活性化させる。発動したら最後、すべての味方機体を癒し、同時に敵機体を蝕む対軍兵器にも劣らない力を有する新緑の風。

 

「なんだよこれ、スゲェー!?」

「機体が軽い!」

「ELSの動きも鈍ってるな、これなら!」

 

 それはELSにも多少なりと有効であった様子で、

 

「kiiiiiiiiii――!?」

 

 甲高い悲鳴が周囲に響き渡った。

 

「皆さん、お待たせしました! これで思う存分戦ってください!」

 

 マシロが高域回線で伝えると、瀕死だった僕のゲイルシュナイデン以外は、動きが著しく良くなった。残存エネルギーも気にせず大技を使える開放感に浸り、テンマはその剣をオーラで大きくして振り回し、アヤカは黄色のオーラを強化させて飛び回り、エスも宇宙狭しと飛び回りELSを翻弄した。

 

 だがELS達もすぐにそれを学習したようだ。小さな個体ではナノマシンに勝てず侵食されてしまう、ならば大きな個体となれば良いだけのことだと。そのコアとなる四つ腕のELSに、残りのELS達が食いつき、飲み込まれ、さらには今まで遠巻きに見ているだけだった母艦型ELSさえも加わりその形を変えて、それは厄祭戦を彷彿とさせる鋭利な爪を持つモビルアーマー、ハシュマルのそれへと近づいていた。小型機のプルーマもELSはしっかりコピーしており、その数ざっと二桁は固いほど、宙域を埋め尽くしている。

 希望が、絶望に変わった。

 

「嘘だろ……絶望的じゃないか、こんなの」

「面白くなってきたじゃねぇか!」

 

 だが、こんな状況でも、テンマは笑ってみせたのだ。

 

「正気か? あのモビルアーマー、ハシュマルに加えてプルーマが無数に湧いてるんだぞ、しかもELSで。こんな大群に五人で勝てるはずがないだろ!?」

「そんなもん、やってみなきゃ分かんねぇだろ!」

 

 だがテンマは諦めない。むしろテンマという人間は、こんな逆境でこそ輝くのだろう。僕にはない輝かしい長所だった。

 するとエスが空間跳躍でテンマに近づく。彼は愛機のバックパックをパージし、ファーストガンダムの背中に押しつけた。

 

「最後の一回をバックパックにのこしておいた。あとは頼んだよ」

「テンマ、私の力も使って!」

「……おうっ!」

 

 アヤカのピクシーも、その黄剣をテンマへと託す。

 二つの力を受け取ったテンマとファーストガンダムはその力を重ねて、魔法でも唱えるかのように言葉を紡いだ。

 

「戦いを終焉させる、一本の剣――『虹の剣』よ、我に力を与えよっ!」

 

 紅い剣と黄の剣、そしてバックパックの蒼とが混ざって、一太刀の虹の刃を作った。それはモビルスーツの身の丈を軽々と超える長い剣筋で、その美しさはオーロラのように揺らめいて輝いていた。

 

 

 

 超大型のモビルアーマー、ハシュマル型ELSはその嘴ともとれる先から超望遠ビームを放つ。だが、虹の剣とともにガンダムが身に纏った虹色のオーラにそれは阻まれる。弾かれたパーティクルが虹のオーラを引き立てるようで、さらにその背景にはGN粒子で活性化された緑色に輝くナノマシン。無数の光が煌めく宙域で、テンマは、ファーストガンダムはその剣を大きく薙ぎ払った。プルーマELS達は一瞬にして砕け散り、弾け飛ぶ。

 

「いくぞ、『空間跳躍』っ!」

 

 ストライクのバックパックに残された一回限りの跳躍で、大元となるハシュマルに肉薄するファーストガンダム。その剣はさらに輝きを増して、太さも、長さも、モビルスーツのビームサーベルとは比較にならないほど強大な、ライザーソードを思わせるほどの虹の剣で、

 

「これで、終わりじゃあーっ!」

 

 上から下へ、宇宙さえも真っ二つにしかねないほどの煌めく剣が振り下ろされた。ハシュマルELSは最後まで甲高い悲鳴を上げながら、その光の奔流に呑まれた。繋がろうとするELSの意思とは裏腹に、虹の輝きと緑色のナノマシンにより分断され、全てのELSが集結していたがゆえに、全てのELSが一太刀で消滅させられたのだ。

 背景のテクスチャには、無数の花が咲き誇っていた。ミッションコンプリート、こうしてELSとの激しい戦いは終わったのだ。

 

 

 

「赤、黄色、青。全部混ぜたら黒になるだろ、普通――」

 

 虹色に輝く宇宙に漂っていたゲイルシュナイデンに乗っていた僕は、独り言を呟いていた。



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終:混ざり合う色の中で

「あの時はほんと、すみませんでした!」

 

 いつものログインロビーに戻ってきて、テンマは早々に頭を下げて言った。僕は過ぎたことだと半ば忘れていたが、彼にとってあの時誤解して怒ったことは、忘れられないものだったのだろう。

 

「いえいえ……こちらも説明不足でしたし。というか、あの状況でよくすっ飛んできましたね」

 

 頭を上げたテンマの困りながらも笑っている顔を見ると、あの時、鬼の形相で怒鳴っていたのが同一人物とは思えないが、その両面がテンマという人物そのものなのだろう。心に素直でまっすぐだ。それは彼の目を見れば分かることだった。

 

「そりゃアヤカに何かあったら大変やし」

「あらあら、テンマさんはアヤカちゃんに惚れてるんですねー?」

 

 マシロが茶化して言う。こういうことを言う人だったのか、という驚きもあったが、今まで聖人化してたイメージを押し付けていただけだったのだと自制もした。彼女もまた、戦場の外では一人の女性ということか。

 

「そ、そんなんじゃないっすよ!」

「そんなんじゃないって何よ?」

「あー……ええと、それはだなぁ!?」

 

 テンマが照れ隠しに投げた言葉がアヤカに刺さり、それが火種になって喧嘩になりそうな雰囲気だ。ああ、そんな状況なのになんでマシロさんは笑ってられるんだか。

 

「お二人は仲が良いんですね。もしかして、恋人同士だったり……?」

 

 マシロがちょっと小声で尋ねたことに、あれやこれやとテンパっていたテンマが「はい! そうです!」と大声で返事をするものだから、隣にいた彼女は顔を真っ赤にして爆発した。

 

「ちょっ、何大声で言ってるの!恥ずかしいじゃない……!」

「すまん。でも違うって言ったら怒るんやろ?」

「大声だすのが悪いのよ!」

 

 賑やかだな、この二人は。こういう雰囲気は嫌いではないが、自分のペースではないので、とても疲れる。ストライク使いのエスさんは任務終了後早々に用事があるからとログアウトしたし、自分もそろそろ立ち去ろうか……などと思っていた時。

 

「そういうコトノリさんは、マシロさんと付き合ってるんか?」

 

 びっくりする質問が飛んできた。

 

「えっ、まさか。そんな関係じゃないけど――」

「あ、会ったのもまだ二度目ですし!」

 

 マシロも驚いている様子だった。茶化す側から急に立場が入れ替わったんだから仕方ないか。

 

「お二人なら良いカップルになれそうですね!」

「ほんまほんま。今度またダブルデートでもどうっすか!?」

「冗談はやめてくださいよ。僕は――」

 

 こういう話題は、ちょっと息が詰まる気がした。

 

「――誰かと仲良くなるとか、そういうことに向いてないんです。それじゃ、失礼します」

 

 僕はなんだか後ろめたくなって、三人があっけに取られる中、そそくさと逃げるように整備室へと歩き出した。激しい戦闘の疲れもあったが、なにより人間関係にも疲れた。感情をストレートに表現してくる人間は、苦手だ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 コツン、コツンと足音が響くほど静かな整備室は、やはり僕にとって居心地が良い。独りになった僕はアルミ製の階段をイス代わりにして座る。ひんやりとした質感のそれは螺旋状に上へ上へと伸びていて、銀色の通路は両腕と片足を失った愛機ゲイルシュナイデンのコクピットブロックまで続いている。その足元からコクピットブロックを見上げて、モビルスーツの大きさを改めて知るのだった。

 こいつには無理をさせたな、と思った。自分にとってはお似合いの姿だな、とも思った。ボロボロになって、戦績も芳しくない。ゲイルシュナイデンは僕の写し鏡だ。

 

 ピコン、とメール通知が届く。マシロから「お疲れ様でした。また御縁があればご一緒しましょう」という短文だった。僕もそれに「縁があればまた」と短く返す。

 あの機体、ノルニエルも彼女の写し鏡と言えるのだろうか。あの必殺技は、本当に彼女の慈愛の心から生み出されるものなのだろうか。テンマのファーストガンダムも、心の強さを引き出して、虹色の光を放っていたのだろうか。

 

「……色を混ぜても、虹にはならないだろ」

 

 否定の言葉は、思考を切ろうとする自分の癖だ。

 虹を纏ったガンダムが脳裏から離れなかった。テンマという可能性に満ちた少年を目の当たりにして、その輝きが僕には眩しすぎて。すぐ横にあったゲイルシュナイデンの黒い脚部装甲を無意識に撫でていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 終わり ◇ ◇ ◇




 この章は、赤い彗星氏による「ガンダムGPBクロニクル《ペガサスの飛翔》」の登場人物「テンマ」「アヤカ」並びに水槽学氏による「創造戦士ガンプラダイバーズ」の登場人物「エス・ブラックベイ」をお借りしたクロスオーバー作品となっております(キャラ敬称略)。
 この場を借りてお礼申し上げます。

赤い彗星氏 Twitter:@redcomet0303
「ガンダムGPBクロニクル《ペガサスの飛翔》」
https://www.pixiv.net/novel/series/977480

水槽学氏 Twitter:@lostfreedam
『創造戦士ガンプラダイバーズ』作品サイト
https://sites.google.com/site/enjoygunpraenjoyyourself/


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ラプラスの亡霊
序:贖罪


「貴方は何のためにGBNをプレイしてるんですか?」

 

 ある日の彼女の問いかけに、僕は何も答えられなかった。ただ黙ってその澄んだ瞳に魅入られていた。彼女のように慈愛からこのゲームをプレイしているわけではなく、またイチョウのように己の快楽を求めているわけでもない。

 

 ――贖罪。

 

 僕は言葉に出さなかった単語をゴクリと飲み込んだ。するとそれは体内で吸収されて血液に乗り、手先足先まで駆け巡った。言葉の鎖に繋がれて、音速に近い速さで移動するモビルスーツに乗ってGを受けるかのように息苦しくなった。全身に重くのしかかる重力が、僕を締め付けて離さなかった。

 

 

 

【GBD-L】ガンダムビルドダイバーズ−ロンリー

005「ラプラスの亡霊」

 

 

 

「やっぱり、ここはいつも静かだな」

 

 主相官邸ラプラスとは、端的に言えば、宇宙空間に漂う廃墟である。

 機動戦士ガンダムシリーズにおける宇宙世紀に存在し、宇宙世紀元年、その場で行われたセレモニーと大規模テロによって名を馳せた場所であると同時に、ガンダムUCにとってはLa+プログラムで示された座標の一つであり、作中でのダグザ中佐の活躍ぶりから、一定層のファンからの名所として好まれている場所でもある。だが普段は辺境な宇宙の片隅として、人の気もなく静かに漂っていることが常だった。

 僕はガンダムUCという作品も好きだったし、ダグザ中佐の活躍も、その後の展開も好いていた。しかし何より、地上の廃墟でもない、宇宙のデブリ宙域でもない、この極寒の世界にポツリと点で残されている廃墟という特殊な環境が、現実離れした異端であり、それが逆に僕の心を落ち着かせた。GBN内の個人的ランキングでは整備室の次に好きなスポットである。

 半壊した主相官邸ラプラスに愛機ゲイルシュナイデンを横付けして、僕は今一度ノーマルスーツがきちんと閉まっているか確認した。それが済み次第コクピットハッチを開けて、光を無限に飲み込む黒い海へと飛び込んだ。ざぶんという音こそしなかったものの、それは冷たくも僕を迎え入れてくれる。ノーマルスーツの上から背負ったランドムーバーという推進器を操って、僕は演説台へと近づいて腰掛けてみた。

 

「ラプラス事件、ユニコーンガンダム……宇宙世紀憲章か」

 

 ラプラス事件とはガンダムUCにおける重要事件であるが、ここでは「政治的陰謀の絡んだ事件」だということだけ伝えておこう。この場所に関しての情報は、宇宙世紀のお偉いさん方がまるっと焼け死んだ廃墟というだけで今はいいだろう。スペースノイド、選民思想、内部抗争、そういった人々の軋みが生み出した残骸がここにある。無機質なはずのラプラスに、そういう人間味の感じられる背景があることが僕は好きだった。

 そんな場所に好き好んで居座るダイバーはそうそう居ない上に、現在時刻は夜12に差し掛かろうという所だ。今日ものんびり、この大規模な廃墟を独り占めして、ここで日が変わるのを待とうと宇宙を眺めた。

 

 

 

 ――独りじめできると、思っていたが。



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空白のフォース

「ノリぃー! やっぱここに居たのかぁ!」

 

 場違いな景気のいい声に、僕はきっと眉間にシワを寄せていたことだろう。振り向けば同じくパイロットスーツを着た青年がこちらへ飛来してきた。

 

「……アーくん、か」

「なんだよー、辛気臭い顔してさぁー! まぁ、ノリはいつもそんな顔してるけどさー」

 

 彼は「アーク」と言う名前で活動しているダイバーの一人だった。僕の数少ないフレンドの中の一人でもある。お互い何度かアカウントの転生――作り変え――をしてきたというのに、気づけば長い付き合いになっている、いわゆる腐れ縁というやつだ。彼は馴れ馴れしく「ノリ」と呼んでくるので、僕はもっぱら「アーくん」と言うのが通称となっていた。

 

「相変わらず他人の心にへーきな顔して土足で踏み込んでくる奴だな」

「ひどいなぁ! キミはいっつも仏頂面だから楽しませようと思って言ってるんだぞ!?」

「そういう所を言ってんだよ」

 

 彼はランドムーバーを器用に吹かして、平気で僕のパーソナルスペースへと侵入してくる。それにイラっときて、つい口調が荒っぽくなるのを自覚して反省した。そんな僕の内心も無視してアークという奴はお構い無しに自分のことを並べ立てる。

 

「実はまた新しいアカウント作ってさー。ランク上げ、手伝ってよ!」

「そんなことだろうと思ったよ。次のアバターは……ケモミミか?」

「そうそう! 色々やってみたけど、男性ベースに中性的なフェイス選んでケモミミ付けるのがやっぱ良いなーって思ってさー」

 

 アークは自分の頭をコンコンと叩いてみせるが、残念ながらそのケモミミはノーマルスーツのヘルメットで見えていないぞ。

 まぁ、GBNはアバター製作だけでも相当幅広い選択肢があり、アバターに夢中になるがあまり本題のガンプラがおろそかになるような人物もいるくらいだ。目の前に居る彼もその一人である。

 かく言う自分はリアル体型に似せたアバターからほとんどいじっておらず、服装だけは白い連邦軍のノーマルスーツに決めていた。GBNではファンタジックな世界観もあり、服装が多岐に渡る中でのノーマルスーツ着用は少数派だ。ノーマルスーツを選ぶ中でも、デザイン的にはダブルオーやSeedなどのアナザーシリーズの方がデザインセンスで勝り、一方で根強いジオン軍服着用者も居て、一般連邦軍スーツなんてモブのような姿はそう見かけるものじゃなかった。

 

 

 

「で、そろそろ決めてくれたかい」

「……何の話だっけ、ランク上げ?」

 

 アークが切り出した話題は前後の脈絡が乏しくて、また自分の夢想癖が手伝って、てんで検討がつかなかった。

 

「フォースの話だよ。僕の本アカで作ったフォースに入ってくれないかって、前に話したじゃないか!」

 

 そう言えば、そんなことを前に話していたなぁと思い出す。

 

「その時も言ったけど、僕はフォースには入らないって決めてるから。お断りだよ」

「強情だなぁ、幽霊部員でもいいから入ってよー! ノリが手伝ってくれたら僕のサブアカウントも入って賑やかになるし、きっと楽しいよ!」

「アーくんのサブアカだらけのフォースなんて、ログイン率が心配になるだけだろう……」

 

 全くこいつはどこまでも自分が好きな奴だなぁ、とため息が出た。そのため息は呆れと、少しの羨望が混じっていたのを、彼は見抜いていたんだろうか。彼もため息を返してきて、その上で、広大な宇宙を見上げながら僕に問いかけた。

 

「いつまで前のフォースにこだわってるのさ!『スティールブレイカーズ』だっけ? あのときのメンバーはもう――」

「言うな。ソレ以上言ったら、僕でも怒る」

 

 彼の発現に僕は即答した。そのワードは僕にとって地雷だ。思い返すのも嫌になる過去の出来事だ。軽々しく他人に触れられたくない事実だ。

 それをアークは知ってか知らずか、自分のフォースに勧誘したい気持ちが抑えられないのだろうか、続けて言った。

 

「……詳しくは知らないけどさ、フォースに入らないでGBNを続けるのはもったいないよ。ノリが別のフォースに入るんならもう勧誘はしないけど」

「そうだな。今は別のフォースに入るつもりもないし、アーくんのフォースに入る気も起きないよ」

 

 フォースに入れば整備室なんかでたむろしなくても個人のスペースが確保できるし、フォース単位でしか挑戦できないミッションも数多く存在するし、なにより仲間ができて楽しい。アークが「もったいない」と言っていることは実に正しかった。先日出会ったあの青いガンダム使いも、フォースの仲間とミッションに挑戦して楽しそうにしていた。異端なのは僕の方だ。自覚はあった、けれどそれでも、フォースに入ることは頑なに拒んでいた。

 

「ノリはいっつも言ってるじゃん、『誰かと何かをするのは楽しいことだ』って。それにゲームやってるのに、なんで楽しそうじゃないのさ」

「そうだな。けどフォースは……もう、疲れた」

 

 かのイチョウのような事を言ってくるので、また僕はストレスを感じたが、彼の言い分ももっともなことだ。楽しめなくて何がゲームか。それにアーくんの言うように「誰かと何かをするのが楽しい」は自分の信条だったし、前は多くの人に説いていたことでもあった。

 だというのに、僕はフォースに所属はしなかった。怯えていたのだろう、恐れていたのだろう。僕は前に所属していたフォースを無断で脱退したのだ。もうフォースに入ることは許されないと思っていた。

 

「結成時こそ楽しかったが、過疎気味のフォースだった。仲が悪かったわけではないけど、皆自分のペースで歩いていった。それだけのことだよ」

「うわ何急に自分語り始めて怖い」

「……えっ」

 

 声に出てた? という僕の表情にウンウンと頷くアーくん。僕は頭を抱えて三角座りに縮こまった。そんな僕をニマニマと笑ってくる彼。ああ、やっぱりこいつには調子が狂わされる。



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終:可能性という名の神

『地球と……宇宙に住むすべての皆さん……こんにちは……』

「ああ、始まった」

 

 

 ちょうど時刻が零時を回ったようだ。廃墟となった主相官邸ラプラスに、かすかに当時主相であるリカルド・マーセナスの声が、旧式のラジオのようなノイズ混じりで流されている。毎日零時、時報のように機動戦士ガンダムUCのEP3を模した音声が聞けるという、このフィールドの特殊ギミックだ。

 

『この記念すべき瞬間に、地球連邦初代首相としてみなさんに語りかけることができる……』

「うげーっ、なんでノリはこんな薄気味悪いギミックの場所が好きなのさー」

「この演説の直後、ここはテロで爆破されて、大勢のおえらいさん方が死んだんだ。宇宙に出ようとした希望の星が、一夜にして墓になっちまったんだ。楽しいだろ?」

「どこがだよぉー!」

 

 渋い顔をして耳を塞ぐアーク。けれどヘルメットの上からじゃあ意味がないし、それにケモミミって人間の耳とケモノ耳の四つになってたら、両手二本だけじゃ塞ぎようがないんじゃないだろうか、なんて思って僕は笑っていた。

 

『我々ひとりひとりの意識改革が不可欠だったのです……』

 

 ラプラスの亡霊が語りかけてくる。一人一人の意識改革、聞こえはいいがそれは単なるエゴである。他人は変わらないし、変えられない。意識改革の成されない前提で生きていかなければならないと考えていた。だからマーセナス議長のように他人に発信することは無駄だと、僕は密かに考えていた。潜在的にそれをあざ笑おうと思ってここへ足繁く通っているのかもしれない。

 

『……そして、祈りを捧げてください……宇宙に出た人類の先行きが安らかであることを……』

 

 祈りを捧げよう。GBNに出た人類の先行きが安らかであることを。かつて別れた友が僕という存在を忘れて、どこかで楽しんでいることを。これからも僕が救援者としてありつづけられることを。

 

『可能性という名の、神を信じて……』

 

 演説が終わって音声がフェードアウトしていく。UC00では爆破テロは完結して、連邦との癒着の原因ともいえるラプラスの箱がサイアム・ビストの手に渡り、長きに渡りアナハイム社が覇権を握る状態となる――というのは、宇宙世紀での作り話にすぎない。

 現実はまだ宇宙移民など存在し得ない技術レベルだ。GBNだってまだ仮想現実の延長線上に過ぎない。ニュータイプだのコーディネーターだの、イノベイターと呼ばれるような人種は未だ出現していない。相互不理解の蔓延する現代において、僕はやはり隣りにいるアーくんのことを一つも理解できていない。

 

「さぁさぁノリくん。イベントも終わったことだし、ミッションに行きませんかー!」

「僕はこれからログアウトして寝るところなんだけど……」

「そう言わずにさー! 今ログインしてるフレンドはノリだけなんだよ、ね? 協力してくれよー」

 

 オンラインゲーム特有の、生活リズムの違いからなるすれ違い。全く彼の相手をするのはため息が出る。だが出るものは出るが、不思議と彼のことは嫌いにはならなかった。

 

「アーくん、少しだけだからな」

「そうこなくっちゃ! じゃあ早速――」

 

 アーくんは飛び上がって喜んだ。やれやれと思いながらも僕は愛機、ゲイルシュナイデンの心臓部へと戻って座った。

 本来ならば存在したはずの僚機をふと思い出し――しかしその姿はもうぼんやりとしか記憶になく、描かれたのは霧のような影だけで――それをかき消して足のペダルを踏み込む。ゲイルシュナイデンという名だけを残して、僕は廃墟となったラプラスから飛び立った。

 

 

 

 可能性という名の神を信じるならば、それはきっと、僕に再び光を見せてくれることだろうけれど。僕はまだ、その神を信じることができずにいた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 終わり ◇ ◇ ◇



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正義という名のマスク
序:正義という名のマスク


 正義とは、論理的ないし合理的、その他にも法律、自然、宗教などに基づく道徳的な正しさに関する概念である。悪とは、一般的な意味では善の反対または欠如である。これら二つは相反する物として、広く知れ渡っている。

 だが、ここであえてお伝えしておこう。悪は善の対になるワードであり、決して正義と交わらないものではない。正義なる悪もあれば、悪なる正義もまたしかり。

 正義は天に掲げる剣であり、悪は身に纏う鎧である。正義は己から他人へ与えるものであり、悪は他人から己へと授かるものである。さすれば善なる正義はもとより、悪なる正義もまた、この世界に存在しうる。

 

 彼に言わせれば、悪とは、単なる過程に過ぎなかったのだ。

 

 

 

【ガンダムビルドダイバーズ・ロンリー】

006/正義という名のマスク

 

 

 

「救援要請! こちら遊軍ゼロ。突発的なPvPに巻き込まれた。応援求む!」

 

 人からすれば小高い木々に囲まれた林か森かという広いフィールドに、車両が何度も行き来してできた一本道が繋がっている青空の広がる世界。ここが現実でないことは、鳴り響く爆音と巨大な機械――モビルスーツの影によってはっきりと示される。

 銀色の騎士を模したギャンのカスタム機に乗ったパイロットが、ショートボイスメッセージを発信する。周囲にはアッシマー、ギャプラン、バウンドドッグの三機が、隊列を組んで接近している。本来のミッションは「資材運搬の護衛」という簡素なものだが、突然のプレイヤーからの襲撃に、ギャンの乗り手は乾いた喉を潤す暇もない。

 

「悪いがここで落ちてもらう!」

「ピンポイントで僕を狙ってきた……?」

「ヒャッハー!」

 

 可変機であるアッシマーがMSとは違う挙動でギャンに近づく。その速度になんとか追いついたギャンがサーベルを振るうが、致命傷には程遠く、空を切るに留まった。

 

「三対一なんて、騎士道に反するぞ!」

 

 剣を構え直し、対峙するMS三機に広域回線で伝える。だが暖簾に腕押し、彼らにとって『騎士道などという戯言に付き合う理由はさらさらない』のだ。

 

「エゴだな、それは。『ルールは守るがマナーは守らない』それが我々のフォース・ヴィランなのだから」

 

 ヴィラン。悪の組織であり、彼らには常識というものが通用しない。他人へのPvPは勿論、ミッションでのチームプレイ妨害、風評被害の流布、アイテム強奪など、GBN運営のBAN対象にならない範囲のマナー違反はほとんどを繰り返すほど悪質なフォースである。彼らはそのメンバーで、何かしらの理由でギャンのパイロットを襲ってきたのだ。

 当の本人であるギャンの騎士は、先程の通信回線で聞き覚えのある声にぴくりと反応し、すぐさまこの場を乗り切る策を練った。

 

「よく聞けヴィランよ。これから貴殿を倒すはアズマという男、この剣はギャンスロット! 僕の前に立つというのなら、名乗れ!」

 

 アッシマーとバウンドドッグは広域回線を閉じているのか、問答無用で襲いかかってくる。そのサーベルを実剣でいなし、捌き、その上でなおギャプランのパイロットからの返事を待つ。

 だが、その問いにはノーを突きつける彼。

 

「敵を倒す前に名乗るのはヒーローのやることだ。我々ヴィランが名乗る時、それは――全て終わらせて、犯行声明という形でさせてもらおう」

 

 そう言い終わると、その右手を前に出すと同時に、肘から伸びるアームの先、そのビーム・メガ粒子砲が号砲を放った。目の前から即死級の熱源が一つ、そしてそれを合図に左右から接近する可変機が1機づつ。ギャン、アズマは左右に逃げもできず、下がってもメガ粒子砲を受ける袋の鼠。もはや万事休すか。

 愛する機体と千載一遇のチャンスをこんなところで失うわけには、と唇を噛んだが、アズマに策は無かった。

 

 

 

 そんな緊迫した薄氷の上を滑るように、僕は機体を急加速させて飛び込んだのだ。

 

「こちらコトノリ。救援任務を受諾した、援護する」





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機体名:ギャンスロット
パイロット:アズマ

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ヴィランとヒーロー

 広域回線、新手のモビルスーツ。その場にいる4機がアラートに気づくのと同時に投擲されていたフラッシュバン。左右を塞いでいた可変機の眼を見事に潰して、その上で一陣の風となったゲイルシュナイデンがギャンスロットを、メガ粒子砲の銃口から救い上げた。

 

「君は!?」

「話は後だ、状況が知りたい。この任務は護衛任務であっているな?」

 

 僕は状況が飲み込めないでいた。救援任務の内容は大量のNPCを相手取った輸送護衛の任務だったはずだ。僕が名乗らないことにアズマはぐっと胸を堪えていた様子だが、僕の問いかけには確かにうなづいた。その上で、ギャプランを指して言う。

 

「あれはおそらくヴィランの部隊長。何かの理由で僕を排除しようとPvPを仕掛けてきたんだ」

「なるほど――」

 

 悠長に会話する暇を与えてくれるほど相手は優しくない。そもそもゲイルシュナイデンの推力ではモビルスーツ二機分を持ち上げて飛行するなど無茶であり、一度飛び上がったものの今や二人は堕ちていくようなもの。そこへアッシマーとバウンドドッグがハイエナのように着地地点を逃さず見張っている。

 アズマがその剣を強く握って悔しがった。

 

「近づきさえできれば!」

「なら手を離すぞ」

「だったら、蹴って!」

 

 交わされた一瞬の言葉に全てを理解したわけではないが、僕は少なくない数のダイバー達を見てきた。その中でも彼は上位レベルの近接戦闘ができるタイプだ。直感はそう告げている。だがここで蹴るという選択肢が本当に必要かどうか、もっと別の選択肢がないか――などと考えている余裕もなく、僕は一か八か、手元のレバーを押し込んだ。

 ガツンと機体が揺れる。空中でもう一度ジャンプしたゲイルシュナイデンと、急加速するギャンスロット。

 鉄の騎士はその丸盾でバウンドドッグのビームサーベルを弾いていなし、その剣を真一文字に薙ぐ。動体を二分割にはできなかったものの、その独特なスカートを大きく抉った。

 黒の風は天から銃剣の光を一発、アッシマーの脳天をスナイプする。致命傷には至らなかったものの、メインカメラが爆散したそれはよろめいて膝をついた。

 

 瞬く間に陣形の崩されたヴィラン達に対して追い討ちをかけるべきシーンではあったが、アズマも僕も人間である。逆転の一手を打つのに精一杯で、地面に着地して呼吸を整える時間が必要だった。

 

 

 

「……時間か。プランBへ移行する。撤退だお前たち」

 

 ギャプランのパイロットがわざわざ広域回線でそう告げると、損傷した二機のガンプラが撤退していく。

 それはつまり此方への「手を出すな」という警告でもあるのだろう。さすが隊長格だというべきか、此方が動けば一発ぶちかますというオーラを出していた。

 僚機であり任務受注者がどう動くか、僕は横目に騎士を見た。こちらの気迫も高まっているようだが、そこから一歩進むことは無かった。

 しばらくの沈黙を重ねて、いよいよギャプランもその場から飛び上がり転身する。

 

「さらばだヒーロー。二度と会わないことを願う」

 

 見事なものだ。ライフルで狙えなくなる距離までずっと、ギャプランはこちらに背を向けることもなく飛行を続けていたのだ。

 

 

 

「……なんとかなったか」

「みたいだね」

 

 レーダーの範囲外へと消えた敵影。横の騎士もやっと構えを解いて剣を地面に突き立てる。精神的な疲労が激しかったのだろうか、ため息がこちらに届いた。

 回線が開く。アズマと名乗っていた青年は、画面越しに僕に礼をして言った。

 

「救援ありがとう。助かりました」

「それが役目だから、当然です。では僕はこれで――」

「待ってください! まだクエストは終わってないので」

 

 そこで言いどもったアズマは、おもむろに口を開いた。

 

「少し手伝ってもらえませんか?」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 今、僕は先ほどの戦場からわずかに逸れた丘の上、崖がくずれてモビルスーツも隠れられるほどの影ができている場所が見下ろせる。そこに降り立って、アズマはモビルスーツから降りて自分の機体を端末に格納した。

 

「クエスト中に何のつもりですか?」

「コトノリさんも、早く」

 

 訳もわからない状況で、言われるがままに僕もゲイルシュナイデンから降りた。アズマという青年が信じきれていない自分は、機体を格納する代わりに光学迷彩を仕掛けておく。これでほとんどのレーダーからは探知されることもないだろう。

 

「それで、これに何の意味が?」

「ああ、その。悪いんだけど、クエストは単なる囮でね。本命はこっちの調査なんだ」

 

 アズマが下を指差す。覗き込むと、生身なら落ちれば即死するほどの高低差にクラクラとした。吐き気を何とか堪えて目を凝らせば、数名のダイバー達がモビルスーツも無しに顔を突き合わせている。向こうはこちらに気づいていない様子だった。

 

「あいつらは?」

「さっき交戦した『ヴィラン』のメンバー。ここがヴィラン達の合流ポイントって調べるのに相当時間がかかったけど、やっと突き止めたんだ」

「じゃあ、奇襲を掛ければいいのか」

 

 すぐにゲイルシュナイデンへと向かう僕を、アズマが慌てて引き留めた。

 

「ちょっとまって。ヴィランは倒したい相手だけど、そうじゃないんだ。問題は――」

 

 噂をすれば、という具合に鳴り響くモーター音。荒地用のビークルに乗って眼下のヴィラン達に近づく一人の男。白い服がやけに目立つ。

 

「あれは」

「ヴィランとは別のフォースメンバーだよ。あそこの通信を傍受する。片耳貸して」

 

 そう言ってアズマはイヤホンの片方をこちらによこす。それを右耳に装着すると、ノイズ混じりに声が聞こえてきた。



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リアルマネー・トレーディング

「――だから、次のターゲットはこの先の市街地に向かう」

「なるほど。なら5分後に襲撃するわ。おたくらはその1分後に乱入、俺らを撃退して正義ってーのを演じりゃいいさ」

「いつもありがとよ。こいつは前金だ、受けとれよ」

 

 じゃらり、と金属の音が響く。データでのやり取りが主流のオンラインゲームにおいて、コインそのものを物理的に取り出す理由はほとんど存在しなかった筈だ。だが通信傍受先の白服はそれを足下に投げ捨てた。そしてヴィランのメンバーがそれを拾う。

 ログの残らない金銭授受、つまりこれは非道徳的な行為を隠蔽するためのものか、という察しにすぐにたどり着いた。

 

 

 

「なるほどな、黒幕はあのヴィランじゃない白服野郎か」

「そう。自分の動画チャンネルを伸ばすために賄賂を送って無害な人を巻き込んでいる……何も知らない人からしたら救世主だけど、その手品がバレたら、当然制裁が必要だ」

 

 アズマは悔しそうに強く手を握った。その仕草は、言葉にすらできないほどの正義感の表れか。

 耳元のイヤホンスピーカーからの音声は止まらない。

 

 

 

「おい、前金が前回より少なくねぇか?」

「リスクヘッジだよ。今回は後金をその二倍出す。結果的には特だろ?」

「……悪くはねぇ。けどこっちもボスにバレねぇように動くのはなかなか骨が折れるんでな。いつもの額でなきゃ話にならねぇぞ」

 

 通信先の会話から、雲行きが怪しいことが伝わってくる。

 

「いいや、今回はこれだけだ。あとは達成後」

「舐めてんのか? 一昨日きやがれ……俺らはてめぇの手下じゃねぇ」

「へぇ、ここで手を切るのか? ならボスにこのボイスをメールしても良いってことかな?」

 

 白服が小型の端末をチラリと見せる。高台の僕たちにはそれが何かは詳細こそ分からなかったものの、ボイスレコーダーの類だということは容易に想像がついた。

 

「脅迫のつもりか?」

「脅迫そのものだけど、何か」

「裏に誰が付いてるのか、分かってやってんのか?」

「そっちこそ、これがバレたら居場所なくなるんだろう」

 

 通信機から聞こえる口調が段々と荒くなっていく。ギスギスとした空気がイヤホンスピーカー越しに伝わってくる。一触即発とはこのことだ。

 このまま行けば交渉決裂、この場で戦闘もあり得るかもしれない。僕はゲイルシュナイデンの位置を改めて頭に叩き込んで、最短距離で行動できるように構えつつ、それ以外の精神をイヤホンの向こう側へと集中させた。

 

 

 

 だが、その判断は間違っていた。敵は足元にいるヴィランと白服だけではなかったのだから。

 

「また会ったな、ヒーロー」

 

 

 イヤホンの外からの声に、現実に引き戻された。



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対立する思想

「……っ!?」

 

 振り返れば、そこには先ほど交戦したギャプランが、空中からスラスターを蒸して降下してきた。人間にはおおよそ高火力すぎる銃口がこちらを睨んで離さない。

 

「ヒーローごっこもここで終わりだ。さっさとログアウトしろ!」

 

 生身の人間に対してモビルスーツをけしかけるなんて、とも思ったが、それよりも崖下にいる悪党達が、この騒ぎに気づかないはずもなく。

 すぐにそこに隠されていたモビルスーツが飛び出してくる。片方は純白に塗られたリゼルと、もう片方はティターンズカラーのAGE2だ。

 

「じ、ジャードゥのギャプランが、なんでここに!?」

「ボス直々の連絡だ。『てめぇは道をズレた』とさ」

「……まさかすでに、このことはバレて!?」

 

 AGE2が可変して飛び去ろうとする。だがギャプランが離陸直前でその脚を掴み、地面へ叩きつける。

 

「往生際の悪い奴だ」

「くっそおおおお!!!」

 

 叫ぶAGE2のパイロット。だが一方で、白いリゼルは悠々と空へ舞い上がる。

 

「やはり三下を雇うのは失敗だったか! でも、まあいい。僕はログを残すようなヘマはしていない。別のヴィランを探して同じことをやれば、今まで通り……」

 

 そこまで言って、リゼルの目の前に、空間の亀裂が入った。いや、それは亀裂ではなく、ガンプラが転移するゲート。意図的にこの区画へ介入してくるイレギュラー。

 

 

 

 ゲートを潜り抜けて現れたのは、白の対になる漆黒のガンプラ。巡航形態のモビルスーツを押し返すほどの推力と加速力で、それは眼前のリゼルを捉えて、ギャプラン達がいる区画へと押し戻す。

 

 今この場所には、虐げられたAGE2とリゼル、そしてギャプランと、土煙が晴れていくことでまざまざと姿を見せた、ストライクフリーダムをベースとしたであろう漆黒のガンプラ。

 

 

 

「おいアズマ、どうする――」

 

 救援主であるアズマに目をやると、そこにいたはずの彼はもうすでに居ない。この状況を省みてログアウトしたのだろうか。クエストも自動的に失敗扱いになっていた。「当然、か」と独り呟く。

 敵は複数。手練れのギャプラン、謎の黒いストライクフリーダム。救援主は不在。ここでモビルスーツに駆け出しても、コトノリにとっては何一つメリットは無かった。

 

 だが、たった一件の通知に、僕は身体が突き動かされた。

 

 

 

「引け、黒いモビルスーツ。そこの白いリゼルは俺の獲物だ」

 

 ギャプランが広域回線で警告する。堂々たるその声は、もはやどちらが正義か分からなくなるほどだ。

 だが黒いストライクフリーダムは動じない。ただ一言だけ返答する。

 

「悪を倒す。フリーダムガンダム・ピカロはその為だけに存在する。貴様もまた悪なれば、打倒するのみ」

 

 交渉決裂。お互いは一瞬でそれを悟り、ビームサーベルを抜いて突進した。ギャプランは地面が抉れそうなほどの推力で、フリーダムは風に乗るように軽やかにそして鋭く、二機は1秒も掛からず手が届くリーチまで近づいていく。

 

 

 

 その剣撃を僕は――ゲイルシュナイデンは中央に割り込んで、手持ちの大型実剣と腕に仕込んだビームサーベルで受け止めきってみせた。

 

「コトノリ、ゲイルシュナイデン。新たな救援任務を受注した。これより戦闘に介入する!」





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機体名:フリーダムガンダム・ピカロ

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エゴイスト

 新手の登場に、一度距離を取るモビルスーツたち。ピカロは引き際に2丁のハンドガンへと武装を持ち替え、その引き金を引く。

 ゲイルシュナイデンは地面を滑りながらその銃撃を回避すると、こんどはギャプランがメガ粒子砲を構えていることに気づく。その銃口が向く先は僕ではない、黒いフリーダムだ。

 豪放。穿たれた地面、だがそこにモビルスーツの影はなく、天高く舞い上がった黒い翼が陽の光を一瞬だけ遮って、重力を味方にギャプランへと一条の光を伴って墜ちる。

 その着地地点に狙いを定めて、ゲイルシュナイデンがライフルを向けた。引き金に指をかけたが、フリーダム・ピカロはその先を行く。ライフルを撃つよりも早くギャプランの片腕を両断し、その上で再び地面を蹴り上げた。

 二度舞い上がったモビルスーツは、ウイングガンダムのように無機質なモビルスーツだというのに、カラスのように極彩色を内包した黒い羽根を散らしながら、戦場を所狭しと羽ばたく。

 

「やるな、黒いの!」

 

 黒いの、とはあのフリーダムのことだろう。ギャプランのパイロットは、片腕をロストしたというのにまだ闘士は滾ったまま、地面に埋まっていたAGE2を持ち上げて、それを盾にピカロへと突進した。

 

「まさか、味方を!?」

「悪には悪のルールがあるのだよ!」

 

 可変状態で硬直しているAGE2を剛腕で無理やり投げつけるギャプラン。フリーダム・ピカロはビームサーベルを軽やかに振り抜き、迫るモビルスーツを両断した。

 

「ヴィランが、ルールを語るな!」

 

 味方を盾にするようなプレイヤーは悪である。と、それを躊躇なく切り捨てたピカロが叫ぶ。乗っていたパイロットの断末魔が回線越しに鼓膜を叩いた。

 

「ああ、可哀想に……。無法者の正義ほど残酷なものはないな、ヒーロー!」

 

 爆煙に紛れてサーベルを抜いていたギャプランが迫る。ピカロが先程のAGE2を両断するために振るった体勢から、迎撃へと移るまでの一瞬の隙を突いた巧妙な策だった。

 

「そこまでの腕を持って、なぜヴィランに!」

「当然、楽しむためだ!!」

 

 快楽のために他人を巻き込み、苦しめること。それが悪であることは誰の目にも明確で、そのことがピカロの乗り手には相当の苦痛だった。

 

「快楽のための悪事が許されていいはずがない。悪は……裁かれなければならない!」

 

 

 

「その点に関しては、概ね同意するっ!」

 

 僕は――ゲイルシュナイデンはその切っ先をギャプランに向けて突進した。差し込まれた剣はギリギリの位置で気付かれてしまい、ビームサーベルが反転してこちらの斬撃を受け止める。だがそれ以上でもそれ以下でもない。ピカロは再び空へ舞い上がる。

 

「コトノリさんも、やはり僕のことを理解してくれるのか」

「理解はするが共感はしない! 僕はそこのヴィランも、乱入してきた君のことも否定する!」

 

 天空の黒い翼へ放たれたライフルが一発。拒絶の熱源はその羽を焼き、片翼を赤黒く染めた。

 

「……!」

「正義を語る乱入者よ、よく聞け!」

 

 コトノリは広域回線で叫ぶ。

 

「僕の名はコトノリ、機体名はゲイルシュナイデン。この戦場でただ一つ、そこの白いリゼルを守ることこそが僕の使命だ!」

 

 今、僕の手元には1件の救援依頼がある。発注者はあの白いリゼルのパイロットだ。彼を守ることこそが、今のコトノリにとっては正義だった。

 

「何を言って……奴は裏取引をしていた悪人だぞ!?」

「それでも! どれだけ救援主が酷い奴であろうとも! 僕は救援依頼を捨てはしない! それこそが、僕にとっての正義なのだから!!」

 

 ギャプランが距離を取りつつも、その台詞に反応する。

 

「戦の中で名乗るとは、お前もやはりヒーローか!」

「いいや僕の行いは悪だ、悪人を助けるなんてヒーローのやることじゃない。その程度、理解はしている!」

 

 ビームライフルを紙一重で回避して、即座に敵機から距離を取る。ヒットアンドアウェイ、頼れる仲間も居ない孤独の戦場では鉄則だ。

 

 

 

 相対する正義と悪。もはや各々のエゴがぶつかり合う戦場は、三つ巴の泥仕合。互いに二人を相手取ることは不可能に近い。先に仕掛けたとして、もう一機が援護してくれる可能性は皆無だ。一番賢い選択は、漁夫の利を得ることを考えること。

 だが、この状況を許せるものは居なかった。

 

 正義として、悪事を働く者を止めずには居られなかった。悪として、正義を騙る者を叩き潰さずには居られなかった。そして救援依頼を受けて、助けないわけにはいかなかった。

 

「悪は滅ぼさなければならない!」

「そうこなくっちゃな、ヒーロー!」

「来るか……っ!」

 

 相容れない三人は同時に動いた。最大出力のビームサーベルを手に突進するギャプラン。目標は、あの白いリゼルだ。当然ゲイルシュナイデンがその行手を阻む。重なる刃、弾けるスパーク、互いの装甲が照らされて熱を帯びる。

 そこへ舞い降りる黒い翼。蒼く燃えるそれは嵐のように、二機を飲み込んで食い荒らした。その有機質な羽を弾丸のように飛ばし、地面へと無数に突き立てた。そして動きが止まった悪の背後へと回り込み、その首元を切り落とす。腕を斬り刻む。足を砕く。

 

 暴虐の嵐が通り過ぎた場所には、スクラップだけが残っていた。



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終:救うヒーロー、倒すヒーロー

 ◇ ◇ ◇

 

 

 立て続けに二度のクエスト失敗というログを眺めて、コトノリは小高い森の丘に座りながらため息をついた。

 完敗だった。あのフリーダム・ピカロという機体はとてつもなく強かった。正義という言葉を事実するには十分な実力だった。ギャプランもまた強者だった。ゲイルシュナイデンでは遠く及ばない。彼らの一騎打ちなら、どれだけ妄想しても決着がつかないだろう。

 

「……あー、コトノリさん」

「やっと来ましたね、アズマさん。いや『ヒーロー』って呼ぶべきかな?」

 

 コトノリが待っていたのは、ログアウトしたっきりのアズマだった。いや、実際にはログアウト直後に参戦して、散々場を荒らした上に勝利をもぎ取っていった張本人なのだが。

 

「やめてください。あれはあっちのアカウントでのことなんで」

「そっか。では『騎士』さん、何か言うことはありますか」

「……ごめんなさい」

 

 アズマは少し頭を下げて言った。

 

「貴方ならきっと素性に気付いて、味方についてくれると思っていたんだけれど」

「論理的に考えたら、僕もきっとそうするべきでした」

 

 アズマが「横に座っても?」と聞くので、「もちろん」と返す。

 

「いつから気づいてたんですか?」

「……そもそもタイミングが良すぎたから、もしかしたらと考えていたよ。確信が持てたのは、ピカロが僕の名前を呼んだ時でしたけど」

「まあ、そうなりますよねー」

 

 アズマが大きくため息をつく。

 

「僕のこと、怒ってますか?」

「全然、むしろ清々しい気分です。お互いの正義を真っ向からぶつけ合うことって争いに繋がるから嫌っていたけど、こういう気持ちにもなれるものかと」

 

 僕は戦いでは負けてしまっても、何故か心は清々しかった。結局白いリゼルのパイロットはピカロに連れて行かれたし、アズマには事実上裏切られていて、今回得たものは疲労感くらいのはずなのに。

 アズマが言う。

 

「きっとああいう奴はGBNの中にまだまだ沢山いるんです。ヴィランという公にされている悪いフォースも沢山。だからコトノリさん!」

「――遠慮しておきます」

 

 その先の言葉は、浴びるほど聞いてきたであろうフレーズだろう。だから僕は、いつもの文句で切り返す。

 

「縁があればまた、救援で会いましょう。ヒーローさん」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 正義は天に掲げる剣であり、悪は身に纏う鎧である。正義は己から他人へ与えるものであり、悪は他人から己へと授かるものである。

 さすれば善なる正義はもとより、悪なる正義もまた、この世界に存在しうる。

 

 確かに救援任務は正しい行いだが、彼に言わせれば、正義とは単なる過程に過ぎなかったのだ。



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