ドールズピアース・サバイバー (何もかんもダルい)
しおりを挟む

人形殺した生存者

問を求め、答えを求め。そして、世界を放浪する。

故に、放浪者。


 月も差さぬ曇天の夜更け、廃墟と瓦礫の陰を走り抜ける影。片腕に何やら機械仕掛けの大型ナイフを持ち、迫る異形の影から逃げ惑う。

 

「ちっくしょう、何だってこんな数のガラクタが居やがる!」

 

 男を追いかける異形の正体は、「人形」と称される機械達―――の、暴走個体。「ガラクタ」と蔑称で呼ばれてこそいるが、その性能は中途半端な戦力であれば容易に蹴散らせる以上、決して侮っていい相手ではない。こと一般人ならば猶更であり、例え雑魚の一体であっても出会ったら即撤退が基本である。銃同士の撃ち合いとはいえ、人間では機械の正確性には敵わないのだから。

 

 頭の中に簡易の地図を思い浮かべ、走り抜ける。その先は行き止まりではあるが、大型のマンホールがあったはずだ――――そう考えて、辿り着いた先に道はなかった。

 

「おやおや、こんな行き止まりにどうした、人間」

「ウッソだろ、オイ…」

 

 ニタニタと嗜虐的な笑みを浮かべる女性のようなソレ。豊満な肢体と白い長髪も相まって威圧感が割増しとなっている。男は知る由もないが、その機体名は“アルケミスト”。暴走し、人類に敵対した鉄血工造の戦闘用人形、そのハイエンドモデルであった。

 腰のリボルバーに手を添えたまま、渋面で男はアルケミストに語りかける。

 

「…趣味悪ぃなお前。そのご自慢のAIで此処に逃げてくるまで予測済みだったってか?」

「は、何とでも言えばいいさ。さて、お前に使われている技術は我々にとっても有用だからな。今抵抗しなければ無傷で連行してやるが、どうする?」

「ふざけろボケ。どの道用済みになったら殺されるのがオチじゃねぇか」

「どちらでも構わんさ。何にせよ、奴らに渡れば困るのだから、抵抗するなら殺すしかないぞ?」

「…今死ぬか、後で死ぬか、ってか。それなら―――――」

 

 彼我の距離は10m程、アルケミストからすれば3秒せずに迫れる距離。多少強化されている程度で、あくまで人間である男にとって、取れる手段はたった一つ。

 

「こうする」

「―――――そうか」

 

 銃口を咥える。男の方へと走り出すアルケミスト。しかし、あと一歩及ばず引き金は引かれ――――――――――――――――――銃声は無かった。

 

「――――――ッが!?」

 

 突如として行動不能になるアルケミスト。まるで電子頭脳を物理的に揺すられたかのような衝撃に、まともに立ち上がることすらままならなくなった。無傷の男はその隙を逃さず、投げナイフを腰から引き抜いて投擲、片目に命中させた。

 

「――――っ、ああああぁぁ!!!」

「置き土産だ、もってけクソアマ!」

 

 酩酊と激痛で動けないアルケミストに、ナイフをヤクザキックでめり込ませて頭部へ回し蹴り。完全に動けなくなった敵を尻目に、マンホールへと飛び込む。想像以上の深さで着地の瞬間に足が衝撃で痺れるが、男はそれを意に介さず下水道を走り抜けて行った。

 

「…っぐ」

 

 ―――――男の目からは、一滴の血が流れていた。

 

 

 

 

 

 

「…っぐ、あぁっ!」

 

 苦悶しながら、己の眼窩を抉ったナイフを引き抜く。いまだ視界は安定せず、聴覚も耳鳴りで機能しない。立ち上がるのも一苦労な状態で、それでも彼女は笑う。

 

「っはは、ハハハ! まさかここまでとは…この私が逆に痛めつけられるとは思ってもいなかったよ。 嗚呼―――――あの苦痛、余計に欲しくなってしまうじゃないか」

 

 鉄血のハイエンドモデルの中でも群を抜いた嗜虐趣味を有するアルケミスト。代理人からの指令というのもあるが、それ以上に自身の趣味のために例の男の技術が欲しくてたまらなくなっていた。そんな折に、鉄血の専用回線から通信が届く。

 

『首尾はいかが、アルケミスト』

「ああ、ドリーマーか。すまんな、逃げられた」

『はぁ…その相手を甚振らずにいられない加虐趣味、どうにかしたらどうなんだオイ? 永遠に鬼ごっこでもする気かァ?』

「ははは、そこまで悠長ではないさ。いずれ必ず捕えてみせるとも」

 

 回線の向こう側、鉄血本拠地の防衛を担っているハイエンドモデル“ドリーマー”が苛立った声で責め立てる。彼女達が追っているのは、例の男――――の、両目に嵌め込まれた義眼。より迅速に、より効率的に人類を滅ぼすべく、一瞬とはいえハイエンドを昏倒させたその魔眼を求めていた。

 そして、あと一歩という所で嗜好のために取り逃した失態を責められているはずのアルケミストは、暖簾に腕押しという風でドリーマーからの叱責を受け流してしまう。

 

「ではな、ドリーマー。私はもう一度ヤツを追う。心配せんでも責務は果たすさ」

『…いいえ、そうもいかないわ。一旦戻って頂戴。コレはハイエンド全体への命令よ』

「…そう、か。ならば仕方あるまい。捕縛命令を一時凍結、撤退する」 

 

 事務的な返答と共に回線を切断し、男が去ったマンホールを背に歩き出す。その顔はやはり嗜虐に歪み、何処までも悍ましく、それでいて美しかった。

 

 

「―――――逃がさんぞ『人形殺し(ドールズピアース)』。お前の両目は、私が貰おう」

 

 

 

 

 

 

 

 下水道の中、男は自分の持っていたリボルバーを見やる。本来6つのマグナム弾薬が込められているべき場所は空洞で、弾丸を発射できる状態ではない。要は、アルケミスト相手に自害しようとしたのは一瞬の隙を見るためのフェイクだったのだ。

 

「っは、はあ、うぶ―――――――――」

 

 もはや使われていない下水道で、男は一人嘔吐する。人形殺し(ドールズピアース)と名付けられた代物―――――両目の義眼は、膨大な演算を男の脳へと要求、アルケミストほどでないにしても重い反動を与えていた。

 

「うぇ、ああ畜生。ガラクタの親玉から逃げ切ったとあっちゃあ、もう運なんて使い切ったかもなぁ、はは、クソッタレ」

 

 口を拭いながら、悪態と共に下水道を歩いていく。もう使われていないとはいえ悪臭の漂うそこは、男にとっては長居したくない場所だった。少なくとも、マンホールまで全力疾走してきたことに加えて嘔吐し、喉がガサガサに乾いていても水の一滴も飲む気が湧かない程度には。

 男はリボルバーをホルスターに仕舞い、ずっと手に持っていた大型ナイフも腰の鞘に納めた。

 瞬間、走った鋭い痛みに顔を顰める。見ると、脇腹に一筋赤い線が走っており、そこから血が滲んでしまっている。先程鉄血から逃げた時に一発貰っていたらしいが、極度の緊張からか認識していなかったらしい。

 暫く移動した後に、マンホールから再び地上に出る。どうやら人類側の領土か中立地帯らしく、鉄血の姿は無かったことに安堵して、気兼ねなく息を吸う。

 

「…ふぅ、何度も移動しちゃいるが、やっぱし下水道はキッツいわ。あんなとこを住処にしてる奴らの気が知れんね」

 

 白み始めている空を背景に廃ビルに侵入し、腰を下ろす。携帯糧食と新品のボトル水を床に置き、情報屋との取引の中で作り上げた自作の地図を手に、今後について思案する。

 

「今いるとこが多分S05のどっか、んで、さっきがS04の端っこだったから…やっべ、鉄血上位の目撃情報多発地帯じゃねぇか。移動予測範囲がこんなもんでー…マンホール、あー…どーしよ、下水道で飯は食いたくねぇな。昼まで待つか。ヤバけりゃそこで逃げて、それ以外なら日没と一緒に行動開始でS06まで逃げるか、よし」

 

 地図を仕舞い、カロリーバーを一気に食べて包装を捨てる。ボトル水を片手に一旦部屋の隅まで移動し、外と部屋の入口、両方の監視を開始した。

 

「…ったく、何時になったらこんな日々終わるのかねぇ。あー、行政区のホテルのやわらかーいベッドでぐっすり寝たいもんだ。可愛い娘でも一緒にいてくれたら尚良し。…そんな金何処にもありゃしないけどな」

 

その首には艶消しされたチェーンが下がり、彼の名前―――――ヨシムラとだけ刻まれたドッグタグがあった。

 

 

 

 

 

 

――――――“真実を知りたければ、私を見つけてみたまえ”。それが、“奴”から渡されたメッセージだった。 

 

 名前は「アラタ・サトウ」。第三次世界大戦で亡国となった日本の生まれで、大戦中に各国上層部を騒がせた“90Wish”という科学者グループの元メンバー。男性、年齢は不明。

 

 「彼岸花は枯れ落ちた。最後の希望はイヌタデの種に」という謎の文言が、奴の物と思われるコンピューターに残されていた。

 

 そう、ヒントはこれだけ。「どうして」とか「何処へ」とかは一切不明で全世界を探せと、そんな無理難題を叩き付けられたのだ。

 

 

 

 記憶喪失で何も分からず、名前が刻まれたドッグタグが首から提げられ、全員が独自のネットワークで場所の把握が可能。そんなちぐはぐな半機半人達。それが、“放浪者”の始まりだった。

 

 

 

 目を覚まし、意識が浮上する。しかし、その視界には何も映らない。代わりに、反響する音から周囲の状況を克明に認識できている。

 ――先天的な盲目。光の一切が存在しない暗闇こそ、彼―――ヨシムラにとっては“色”という概念そのものであった。そして、視界を代償とするかのように異常発達した聴覚は、音の反響を介して彼に世界というものを認識させている。

 

 瞼の間に指を入れ、眼球に触れる。伝わるはずの痛覚は無く、機械らしい駆動音と共に光が情報として送られてくる。演算機能を備えた義眼は、長期間メンテナンスを欠いても正常に稼働し続けていた。

 少しだけ瞼を開いて、上を向く。健常者と比べて酷く狭く暗い視界に、必死に生きて背を伸ばす深緑と抜けるような青空が、ほんの僅かに映っている。

 

「…青い、なぁ」

 

 起動することで人形のハッキングすら可能とする電子義眼。しかし、その能力を電子戦に割きすぎた代償として、本来眼球としてあるべき機能は非常に脆弱なものとなっていた。機能自体は上げようと思えば上げられたのだが、これ以上のスペックにすれば今度はヨシムラの脳がその情報量に耐えられない。ハッキングにおける演算処理を装着者の脳に依存することも相まって、現在以上の視覚スペックを積むことは不可能であった―――と、彼が見つけた資料には書かれていた。

 

 そう、ヨシムラは何も知らない。気付けば真っ白な研究施設らしき場所で、コールドスリープと思われる装置から転がり落ちるようにして倒れていたのが、彼の記憶の始まり。それ以前の事については何も分からず、研究施設に残されていた資料から自分と思しき顔写真の添付された文書データが見つかったことで、自身の状態について知ったに過ぎないのだ。

 

「…結局、何もわからずじまいであちこちふらついて、それでも収穫無しか、はは、参ったな」

 

 暫く空を眺めた後に気が済んだのか、目を閉じるヨシムラ。僅かな光は完全に消え、暗闇と音の反響だけが支配する世界へと立ち戻る。同時に感傷的だった心情も鳴りを潜めた。

 

 リボルバーをホルスターから抜き、弾薬を込める。懐にある弾薬はたったの3発。道中のスカベンジでも一切見つけられなかったことから、補充は絶望的だった。舌打ちしながら装填し終わったリボルバーを仕舞い、次いで大型のナイフを取り出した。

 反りの無い片刃で、柄の部分に高周波振動の発生装置が仕組まれている。切れ味の上昇だけでなく、血の振り落としも出来る優れものだが、バッテリーに注意が必要。残量は連続稼働で10分ほどと残り少なく、替えのバッテリーも無い。ハッキリ言って詰んでいた。

 

「弾薬はまぁ良いとしても、バッテリー…どっかから掻っ攫うか、廃棄品をどうこうするしかないか」

 

 問題は山積み、しかし本来の目的であるサトウの捜索は未だ手掛かりも無いまま約3年程世界中を放浪しており、今後についても絶望的だった。廃墟漁りや闇市を利用して物資を繋いできたが、それも直に底をつく。どうにかして金策をしなければならない状況であった。

 

 どこまでもままならない現実に辟易としていると、ネットワーク―――――コンパスプロトコルと呼んでいる―――――が起動した。

 通信とは言えない、連続したモスキート音。ネットワークが使用可能な一定範囲内に仲間、もしくは敵が居ると、音の強弱で位置を知らせるソレが示すままに移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 ――――世人が言う、“生きる”ということの定義は何なのだろうか。この絶望的な世界において、まだ生きる理由を見出すとしたら、それは“死にたくない”の一つに集約されると考える。

 では、自分が生きているのか死んでいるのか定かでない場合はどうすればいいのだろう。もし、もしも自分が既に死んだ身で、今此処でこうして動いている自分が半身たる機械に生かされているだけのゾンビだとしたら?

 一方で、友達が欲しい、普通の女の子みたいにお洒落をしたい、温かい食事をみんなで食べたい。そんなささやかな願いのために生きるのも、あるべき姿の一つなのだろう。それすら叶わないというのなら、もういっそ……

 

 そこまで考えて、強引に思考を断った。こんな地獄のような世界で、生きる理由も無いのに生きているのなら、死ぬ理由位は――――

 

「モモ、頭に崩壊液でも被ったの」

 

 女性体であることを加味しても低めの仲間の声で、意識を現実へ引き戻す。そして、前方に居た仲間二人を視界に収めた。

 

「……ううん、平気です。ちょっと疲れちゃっただけなので」

「ちょっと、ねぇ。その割には随分沈んでいたようにも思えるんだけれど?」

「無理は勧めないよ、辛いなら、休んだ方が……」

 

 苦笑するように声を掛ける仲間―――――ヨレイとヨイユメへと、少女―――モモは愛想笑いで平気だと返した。

 

「覚悟は何時でもしておいて。昔の仲間みたいに、ある日突然動けなくなって――――なんてこともあり得るんだから」

 

 そう言って、ヨイユメはモモへと目を向けた。

 三人の中でも妙に大人びているヨイユメは、こういう時には必ず妥当な判断を下せる存在として信頼されている。……仮に、それが何よりも残酷な判断であったとしても。

 

「忠告有難うございます。そういう時の覚悟はとうに決めてるので、心配しないで下さい」

「あ、あたいも決めてるから、心配ご無用だよ!」

「そう、なら行くわよ。分かってると思うけど、“コンパス”に反応がある。反応からして仲間。すぐ近くにいるはずよ」

 

 そう言うと、布製のマスクとフードを目深に被り、3つの影が何かの施設らしき廃墟へと移動を開始した。

 

 

 

#

 

 

 ―――――今や、廃墟と化した巨大施設。かつて大型ショッピングモールであったその場所は、瓦礫と弾痕で埋め尽くされた惨劇の跡地であった。鉄血工造の人形を護衛役として多数雇用していたために犯罪を未然に防げていたものの、かの蝶事件の際にはそれが仇となり、その施設を擁していた都市諸共に破壊されてしまった。

 そして、そこへと侵入した彼女達へと原因不明の異常を押し付ける。

 

「コンパスプロトコルは?」

「…駄目、入った瞬間から何かにジャミングされてる」

「…チッ、無差別か、それともこっち限定か、ね」

 

 仲間の位置をモスキート音の大小で知らせる“コンパスプロトコル”は、廃墟へ侵入した瞬間からその能力を喪失していた。そうなれば、索敵に使えるのは己の五感のみ。人間など敵わない、人類の生み出した怪物たちを相手に五感で勝負、冗談にしては酷過ぎると、モモは歯噛みする。“あのヒト”が、五感に特化したあの人たちが居れば―――と、思わずにいられないのだ。

 

「……周囲を警戒して、何時でも戦えるように」

 

 ヨイユメの警告に反応して、モモとヨレイも無言で頷き、行動を開始する。気を乱さず、呼吸・心音すら限界まで殺しながら、それでも尚五感を極限まで研ぎ澄まして探索する。

 

 ヨイユメ達3人の目的は、仲間との合流の他に使えそうな“資源”の確保もある。彼女達は半機半人、活動のためには食事かバッテリーのどちらかを必要とする。その他、彼女達共通の武装にもバッテリーが必要となり、また弾薬や修理用の予備パーツの確保も入用だった。

 データ化したマニュアルがインプットされているために専門のエンジニアなどを必要としないが、何処にも所属していない野良で、しかもサイボーグという奇天烈な存在である以上、正規ルートで部品を買い付けるわけにもいかないという切実な事情もある。となれば、残る手段は現地調達か闇市で有用な部品を売買する位しかない。

 

「本当に、何処までも面倒臭いデザインにしてくれたわね、我らが造物主サマは」

「単純に失敗作で遊んでる、って線も否めないのが何ともね」

「…」

 

 小さな声でぼやくヨイユメと、考え得る限り最悪の可能性を提示するヨレイ。そして、その思考に同意しながらも予想の範囲内で終わってほしいと願うモモ。

 

 ――――――“戦線”は既に離れている。しかし、それがイコール安全ではないのだ。“はぐれ”が待機状態で潜んでいる可能性もある。もしくは“戦線”に関係ない浮浪者などが武器を手に潜んでいても可笑しくない。

 もし、もしも“戦線”の大型兵器が眠っていたら――――彼女達は、此処で終わる。3人は戦闘特化ではあるが、純粋に戦闘のために造られた連中には敵わない。出来て足止めが精々だろう。

 

 そう考えつつ移動して――――

 

「――――――ァッ!!」

「っ、クソッ!」

 

 曲がり角から飛び出した凶刃を、間一髪で回避。そのまま運動エネルギーを利用して一本背負い、地面に叩き付けた。

 

 衝撃で吹き飛んだ凶器は、手甲型の両刃ナイフ。刺突剣、ジャマダハルと呼ばれる武器を機械化したものだった。纏っていた高周波振動によって地面で大暴れするも、所有者の手を離れたことで徐々に静まっていく。

 そして、地面に叩き落された下手人のフードをヨイユメは一気に引き剥がした。

 

「……武器から想像ついてたけど、やっぱりアンタだったのね、リック」

「ぐうぅ、すまねぇ、敵かと思った……」

 

 黒人特有の褐色の肌の男性―――リックが呻きながら謝罪する。彼もまた自身のルーツを探る半機半人、ヨイユメ達の仲間であった。打ち付けた痛みで腰をさすりつつ、転がった刺突剣を回収する。

 

「それで、此処からの仲間の反応はアンタ?」

「いや、俺が入る前から反応があったからまだ居るかもしれねぇ。此処に入ってしばらくしたら、急にコンパスプロトコルが使えなくなっちまってな」

「……となると私達よりも前、誰かがこのジャミングを起動した……?」

「そうか、お前らジャミングが出てから……っと、そうだった、取り敢えず来てくれ、大収穫だ」

 

 常人と比較すれば驚異の復帰力で、足音を抑えつつ曲がり角の奥へと走っていくリック。「大収穫」という言葉につられ、3人も後を付いて行った。

 

 

 

#

 

 

 

 暫く走って、辿り着いたのは地下の隠し扉、その更に奥。埃の積もり方などから使われなくなって長期間は経過しているが、老朽化という程ではない場所だった。

 その中で、診察台のような場所のコンソールを操作する人影があった。見覚えのあるフードと、淡い光を放つ義眼。

 

「……ヨシムラか?」

「ん、あぁ、リックにモモ、ヨレイ、ヨイユメ。こりゃまた大勢だな。それじゃあ、この廃墟から出てたコンパスプロトコルはお前らか」

 

 顔をリックたちへ向けながらも、手は休めていない。電子義眼でコンソールに接続し、何かを探っているようだった。それに対し、3人が口々に話しかける。

 

「お前らかーじゃないわよ。今の貴方、圧倒的な不審者よ」

「でも、ヨシムラさんが居て良かったです、電子系統は私達には不向きですから」

「ちょっと、電子ダイブならあたいも得意なんだけど?」

「俺のはどっちかというとアナログだからな、その辺の使い分けは出来るだろ……っと、見っけ。随分と厳重なロックだ」

 

 ヨシムラの軽口と共に何かのパスワードが独りでに入力される。そして、ロック解除と同時にホログラムの地図が表示された。そこには複数の光点と点線が示されていて―――――

 

「もしかして、鉄血の拠点の位置……?」

「ああ、ついでに移動ルートもな。時間は経ってるから誤差はあるだろうが、そこまで大きくは変わってないはずだ」

「ちぇ、先越されちまったか」

「でも大収穫なのは事実ですよ」

「いやまぁ、そうなんだが」

「そうだな、大収穫だ。それじゃあ―――――――――

 

 

 ―――――命令(オーダー)、情報を各自地図へ書き写せ。情報のまま持ち出すことは出来ない」

「「「「――――承諾(ポジティブ)」」」」

 

 

 和気藹々と語り合っていた5人は、その一言を最後に声と表情を断った。そして、バックパックや懐から取り出した紙の地図に素早く書き写していく。

 そう、データをデータのまま持ち出すことはできない。戦争で荒廃したとはいえ、高度な機械化が進んだ文明においてデジタルの情報の吸出しは非常に大きいリスクが付き纏う。仮にネットワークが生きていた場合、データのダウンロードは即座に検知され、今回の場合は鉄血に此方の居場所を教える事になり兼ねない。

 加えて、直接電子ハックを行えばカウンター用のトラップやウイルスで逆に此方が電子頭脳を完膚なきまで破壊される危険性もある。仮に一般モデル相手ならどうにかできるだろうが、ハイエンドや専門のモデルが出張ってきた場合は最悪だ。絶対に逃げられない。

 

 更に付け加えるなら、彼ら彼女らは、既に何人もの同胞が殺される現場を目撃している。ある物は物理的に破壊されて血肉と鋼をばら撒き、またある者は機械部分を乗っ取られて内側から焼け死んだ。その数、累計20。かつて始まりの場所で見たリストの通りなら、残る同胞の数は237。生存が確認できているのは――――そのうちの、たった10。数が減れば減るほどに協力者は少なくなり、奴―――佐藤へ辿り着く“ヒント”の捜索は至難となる。

 

 余りに困難な道のり。それでも、自身のルーツを探るために、彼らは生き続けている。

 

 

 

「……データで共有が出来ないってのは不便なもんだ」

「俺達はどの企業のセキュリティからも外れてる“浮浪者”だ。後ろ盾は無い、一つ地雷を踏めば一瞬で死ぬぞ」

「半分機械のサイボーグの癖にアナログ依存って、随分と不便な身体だよね」

 

 紙の地図に情報を移し取りながら、各々がぼやく。一歩間違えば脳を焼かれ、二歩間違えば物理的に四散する。耐久力・身体能力は人間以上人形未満。そして諸々の事情から、ともすれば人間未満の存在。

 何のために造られたのか、何故わざわざ記憶喪失の状態や扱いに困る欠陥品ばかりが使われているのかと謎ばかりの自分達に辟易としていた。

 

 

 

 

 瞬間、地面が揺れる。同時に全員がその手を止め、五感を研ぎ澄ました。

 

 機械に半ば支えられた心臓が跳ねるのをどうにか抑え込もうとする。その間にヨシムラは義眼を閉じ、その鋭敏な聴覚に全ての意識を向けて情報を集める。

 地下の隠し部屋という閉鎖空間では、真面な方法では外部の情報を探れない。地に付けた足、壁に貼り付かせた手、そして空間を伝う振動。自身を取り囲む全ての“振動”を“情報”へと変換し、振動源を浮き彫りにしていく。

 振動発生の感覚、その強さ、そして駆動音(・・・)。それらを累計した結果を、ヨシムラは頭の中で組み上げた。

 

「(距離およそ100m、四脚、駆動音大……おい嘘だろ、まさか)」

 

 推測したその全体像は、考え得る限り最悪に近いもの。そして、それを真っ先に想像してしまった彼の背に冷や汗が伝う。

 

 

 

―――――直後、発砲音にしては余りにも大きすぎる破壊音が連続して聞こえてきた。

 

「(ふっっっっざけんな“マンティコア”かよッ!?!?)」

 

 ―――――鉄血工造の装甲四脚戦車『マンティコア』。

 大砲と呼んでも遜色ない大口径機関砲を主武装とし、前脚を覆う装甲はライフル弾すら弾き、そして飛来した弾丸を()()()()()()()()()()()()という、人間が相手をするには余りにもオーバースペックな怪物だった。

 

 しかし、かのハイエンドモデルと比較すれば、それでも“雑魚”なのだ。図体がデカく、その分反応も遅い――――当然エリート戦術人形基準で――――ことに加え、基本的に待ち伏せなどの罠を仕掛けるだけのAIも無い。

 ならば、少なくとも身体能力は人間よりも上の自分達が戦えるのだろうか?

 

「……逃げるぞ。戦っても勝てない」

「何が居たの」

「おそらくマンティコアだ」

『――――――!!』

 

 そう、無理だ。近づくまでも無く、機関砲の乱射でスクラップにされて終わる。仮にセンサーを掻い潜って近づけたとして、その巨体で薙ぎ払われれば一瞬で肉塊だ。

 現在の5人の中で攻撃が通用するとすればリックだろう。彼の懐にはグレネードランチャーと炸裂榴弾がある。ただし、たったの1発。E.L.I.Dとの交戦を想定して作られた装甲を、グレネード一つで貫く? 不可能だ。笑い話にもならない。

 高周波振動ナイフを利用すれば、確かに装甲は簡単に裂けるかもしれない。運が良ければ、それこそ今の5人総出で掛かれば一矢報いる事は出来るかもしれない。だがしかし。

 

「仮に倒せたとして――――データを送信されて、興味を持たれたら終わりだ」

 

 現時点でも、()()()()()()()()()()()()()として方々から狙われているのだ。人間以上人形未満という中途半端な出力であったためにこれまで大した追っ手が向けられてはいなかったが、此処で戦闘能力がある事を証明してしまったら―――――つまり、その警戒度を一気に跳ね上げさせるという結果を残してしまえば、あっという間に窮地に陥る。

 その結果としてハイエンドモデルやエリート、更には正規軍がやってきたらもう詰みだ。

 

 ―――――故に、彼等が採れる手段は逃げの一手のみ。それも、出来る限り弱者の側であることと時の運を強調した逃走を行わなければならない。

 そして、地下の閉鎖空間故に逃げ場はない。マンティコアの進行方向は自分達の居る地下へ真っ直ぐ、つまりは既に感知されている。誰も居なかったと誤魔化すことはもはや不可能だった。

 

 

 

 ――――――――――取れる手段は、たった一つ。

 

 

「……リック」

「……応」

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――皆を頼む。俺が先に出て囮になるから、引き付けている間に逃げろ」

「了解。任せな」

 

 歯を食いしばって、感情を押し殺し、この場で取れる最も効率的な解を選び取る。自分は先程のような一時的な“号令”を掛ける事には向いていても、長期にわたって複数人を纏める“統率”の能力はない。それに適しているのはリックやヨイユメであり、何よりどちらも貴重な高火力の武器持ちだ。失うわけにはいかない。

 加えて言うなら、ただでさえ仲間の人数が絶望的に少なく、そして世界中が敵だらけの状態。犠牲は可能な限り少なくしなければならない。そうなれば、囮に適しているのは“戦線離脱に優れ、単独行動が得意”な者が適任である。

 

 引き抜いたナイフを口に咥え、両手でリボルバーを構えた。仲間は誰も引き留めようとはしない。引き留めようとした結果、巻き込まれて死んだ仲間を知っているから、2度と同じ過ちを繰り返さないように歯を食いしばる。

 

「ヨシムラ、受け取れ」

 

 リックから声が掛けられ、何かを投げ渡される。手に持ったそれは、黒色の物体。

 

「振動ナイフのバッテリーだ。俺の奴だが互換性はあるだろ」

「……いいのか?」

「本当は弾薬でも渡しゃ良いんだろうが、生憎手持ちが無くてな。せめてもの餞別、ってやつさ」

「…すまん、恩に着る」

 

 そして、沈黙。

 

「……すまない」

 

 何を言うべきか迷った挙句、ヨシムラの口から出てきたのは謝罪。それに対して怪訝な顔を浮かべるリック。

 

「何でお前が謝ってんだよ」

「すまん」

 

 ヨシムラは繰り返すのみ。振り返りもせず、ただ静かに。

 そして、その姿に違和感を感じ取ったのは、今まで沈黙していたヨレイだった。

 

「待って、ヨシムラ、まさか」

 

 震えた声で、ヨシムラの背に話しかけるヨレイ。しかし、それに真面な返事を返すことも無く、そしてやはり振り返ることも無く、ヨシムラは一度閉じた目を静かに開いた。

 

「仲間を、頼むぞ」

「やめ――――――――――」

 

 瞬間、ヨシムラはリボルバーを投げ捨てた。

 

 

 

 

 

 

 ヨシムラは乱暴に扉を開き、隠し部屋から飛び出す。鉄底の靴で、馬鹿みたいに大きな音を立てながらの全力疾走。ガツガツと響く音が反響して視覚の代わりに機能し、電子義眼が鋼の怪物との距離を記録しつつ、演算の副次効果で肉体のリミッターを脳越しに外した。

 そして、ヨシムラに気付いた敵手が駆動音を獣の咆哮のように響かせて地下空間を揺らし、旧時代の遺物を軒並み蹴散らしながら進撃する。

 

 連射される機関砲は障害物の破壊に使われ、本体はひたすら此方を追跡することにのみAIを割いている。そして、電子義眼が示す4つの反応が自分とマンティコアとは真逆の方向へ逃げていくのを確認して、振り返ることなく嘲笑う。

 ジャミングによる探索不可能も相まってか、丸腰で逃げ惑う自分に集中して、より数の多い方に意識が向いていない。つまり、囮作戦は成功したのだ。その事実が、ヨシムラの口角を更に持ち上げる。

 

「……っはは、はははッ!!」 

 

 滑稽だ。人間を殲滅せんと動き回って暴虐の限りを尽くす装甲戦車が、自分というたかがゴキブリの一匹に過ぎない塵芥に惑わされて目的を見失っていると考えると笑いが止まらない。最期の大仕事としては上出来も上出来、最高だ。

 

 ―――――そう、遅かれ早かれ、ヨシムラは此処で死ぬ。幾ら体のリミッターが外れているとはいえ、相手は体力の概念が無い機械。いずれ何処かで追い付かれ、踏み潰されるか弾丸によって挽き肉にされる。

 だから、命尽きるその時まで引き付けて、引き離す。それだけで終わりなのだ。

 

「すまん皆、何もかも投げ出しちまって」

 

 声が届かぬままに謝罪する。己は此処で終わるだろうが、残りの4人は違う。世界全土の人類・人形問わず敵の中を生き続けなければならないという無間地獄に囚われ続けるのだ。

 対して、ヨシムラの命は持ってあと数分、下手すれば数秒。それだけで、この苦痛から解放されるのだ。

 

「すまん、すまん……けど、もう無理なんだよ。俺はきっと、もう立ち上がれないから」

 

 あの時――――マンティコアの囮になると決断した瞬間に、ヨシムラの心は折れてしまっていた。これ以上命を狙われ続ける苦しみに、自分はきっと耐えられないと悟ってしまった。だからこそ、自ら囮になると宣言したのだ。

 

 不意に、自分が目覚めた施設で告げられた、サトウの“メッセージ”が頭を過った。

 

 

―――――――私の元に辿り着いたのなら、これ以上苦しむことなく生きられる手段を教えよう。

 

 

 

 その言葉を無視しても良いのだろう。いつか来るかもしれない平穏な未来など投げ捨て、ほんの少しであろう時間を仲間と共に笑い合って――――――

 

 ―――――果たしてそれは、死に方以外に何の変わりがあるのだろうか。

 

「……ああ、ああ、畜生畜生畜生!!」

 

 阿呆のようだ、とヨシムラは心の底から思った。夢を見て死ぬか、現実を見据えて死ぬか。まるで馬鹿だ。生きる事を、そしてサトウを捜すことを放棄してしまえばどうなるか。それを、ヨシムラは何度も見てきたのだから。

 

「死んだじゃねぇか! どいつもこいつも、死にたい、もう嫌だなんてほざいた瞬間に、機械に体を食い破られてよォ!!!」

 

 絶叫する。その殆ど見えない目でしかと見届けてしまった苦悶の死を何度も再生し、必死で“生きたい”という思いを奮い立たせて走る。

 

「ふざけんな、ふざけんな! 何でお前の“隠れんぼ”に付き合わされてアイツらが死ななきゃならなかったんだよ!!」

 

 かつて死にたいと泣いた少女が居た。サトウを探す意味などないと怒鳴った青年が居た。

 彼らは、内臓や骨肉として潜んでいた機械部品に全身を食い破られ、脳を貪られて死んだ。20人のうち、15人。ヨシムラの前で、目覚めた瞬間に、あるいは荒廃しきった世界に絶望して死んだ。否、殺されたのだ。

 

 生殺与奪を完全に握られ、記憶という存在証明を消され、あまつさえそんな状態で生きたければ一つの事柄に執着しろと脅迫されて、そしてあっけなく殺された。

 

「嫌なんだよ、畜生、クソッタレが! ああクソが、嫌だ、生きたい!!!」

 

 浅ましい。そう感じてしまう。この期に及んで、手の届くだろうほんの僅かな幸福をかなぐり捨てて、どこの誰とも知らない男の敷いたレールの上をただ走っていた自分自身に嫌気が差していた。

 

 ただ、それでもヨシムラは嫌なのだ。

 

「無意味に死ぬなんて嫌だ、価値も意味も無く終わりたくないんだよォッ!!!!!」

 

 全力で疾走しながら、そして血涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら慟哭する。あんな意味のない死に方をしたくない、どうせなら意味のある死に方をしたいのだと泣き叫ぶ。

 

「すまねぇ、リック、ヨイユメ、モモ、ヨレイ……でも頼むよ、どうか、どうか許してくれ―――」

 

 人間のエゴで壊され、狂って、瀕死寸前でのた打ち回る絶望の中。

 無価値に生まれ、無意味を押し付けられ、そして迫りくる死に怯えて生きて、奪われ殺され。そんなことの連続の中に、果たして一体どれだけのモノが見いだせる?

 

 ただの人間には過酷すぎる。

 力を得た人間には残酷すぎる。

 ただの人形には苛酷すぎて。

 力を得た人形には冷酷すぎる。

 ―――――そして、ヒトも機械も自我を得て、自家中毒で苦しむ。

 

 過去を知らず、未来も知らない。一分一秒の今しか知らないし、覚えている余裕もない。

 そして、そのほんのわずかな“今”ですら、他人の敷いたレールの上しか許されない。

 

「ああ、あああ」

 

 だからほら、こうやって。

 

「う、あぁ、あああああぁ」

 

 ただひたすらに、泣くことしか出来ない。

 獣の遠吠えのように、声を張り上げて、己はここに居るぞ、此処に居たんだと、絶叫することしか出来やしない。

 

「ああああああぁあぁぁあああああああぁ!!!!!!!」

 

 そして、そんな自由も、ほんの僅かで。

 

「――――――――――――――――――――」

 

 鉄塊が高速で放たれる、その轟音に阻まれて消えた。

 

 




Tips

・放浪者
 用途不明の改造人間の集団。人体のうち、内臓の大部分とその他の肉体の一部を人工のもの、或いは人形用の生体部品と交換するという本末転倒な手段で製造された“人形モドキ”。
 出力は人間以上人形以下という中途半端であり、共通して残されているのは脳のみ、それでいて用いられている技術はかの鉄血やIOPに並ぶという意味不明な存在である。
 彼らは全員記憶を消されており、また意図的に残されたと思われる資料から記憶喪失前、即ち施術前の自身のパーソナルデータと用いられた技術を周知している。
 また、女性体の放浪者は既存の戦術人形と酷似した顔立ちの者が殆どであり、整形を施された可能性もある。
 “放浪者”達には“コンパスプロトコル”と呼ばれる独自の通信機能が搭載されており、また、高周波振動のナイフが形は違えど全員に支給されている。稼働にはバッテリーが必要。

 更に特徴的な点として、彼らは生存のために施術者と思われる人物“サトウアラタ”を探す必要がある。その理由としては単純で、生存を放棄した、或いはサトウの捜索を諦めた段階で体内の機械部品が暴走、生体部品や脳、駆動用のコアといった主要部位を食い破ってしまう。
 要は生存のためにノーヒントで世界中を探し回ってサトウを見つけなければならず、放棄した場合のペナルティは己の死という倫理と道徳を真っ向から嘲笑うかくれんぼに参加させられている状態。それでなくとも、“死体を兵器転用できる”という可能性から各勢力に狙われ(表面上は倫理・道徳に反する兵器の処分)ており、彼らが頼れるのは同じ“放浪者”のみである。

 現時点で、彼らが資料で見たとおりであれば、放浪者の総数は237名。ただし、実際に生存が確認できているのはたったの10名のみであり、20名は生存者の手によって死亡が確認されている。


・コンパスプロトコル
 放浪者達に搭載された通信手段であり、その本質はレーダーに近い。モスキート音の高低と大小で敵味方及びその方角を示す。任意でオンオフが可能であり、またその機能もほぼ受信限定。


・高周波振動ナイフ
 読んで字の如く。肉厚の刃がバッテリー駆動で振動し、コンクリート程度であれば簡単に切断する。金属との斬り合いにはあまり向かないので、基本的には受け流し用となる。
 片刃の大型ナイフやククリ、ジャマダハルなど様々な形状がある。


『人物』
・ヨシムラ
 本二次創作の主人公。資料上のデータでは先天的な盲目だった青年。そのせいか聴覚が異常の域に達しており、改造も相まって靴音などの反響による周囲の把握に留まらず、人工筋肉の駆動音などから相手の位置・行動などをある程度予測することが可能。
 両目が電子戦特化の義眼となっており、戦術人形顔負けのハッキング能力を有する。ただし、義眼自体の視力が非常に悪い上にハッキング等に必要な演算の大半を当人の脳に依存する欠陥品。人形のような高度な精密機械へのハックを行えば、その負荷から血涙や鼻血といった副作用が発生する。

 リックたち4人を逃がすためにマンティコア相手に囮となり、その際に機関砲で吹き飛ばされた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

生存命題

「……反応は」

「…………消えたわ。もう観測できない」

 

 ほんの僅かな希望を滲ませたリックの声を、ヨイユメが打ち砕く。逃走後に廃墟の外から観測していたコンパスプロトコルの反応は最早無く、またそれが該当者の死を意味することも、彼らの中では常識だった。

 誰かを犠牲にしてでも、多数が生き残る事こそ最優先。一殺多生を絶対として生き延びる事を選択した彼らに、“誰か”を顧みる余裕など有りはしなかった。

 

 しかし、それとは別に、弔うことは許されていた。死した同胞の魂を鎮めるのではなく、生き延びた者が前を向くために、犠牲となった者を過去のものとして置き去りにするための時間。

 その中で、ヨレイは一度も不調を起こしたことのない人工臓器が重くなる不快感を感じ取っていた。

 

「……そっか、もう、会えないんだね」

 

 ヨレイが目覚め、記憶喪失のまま世界を放浪し、初めて出会った同胞。それがヨシムラだった。

 一番最初の仲間という認識が、彼女自身知らぬ間にヨシムラという男の存在感を一際大きなものにしていた。

 

 盲目で、初対面の女子の顔を無遠慮に触ってきた。目が綺麗だと態々義眼を起動してまで覗き込んで、距離感があまりに近いものだから勘違いしそうになって。そのくせ面倒見がいいものだから、知らず知らずのうちに色々な人に借りを作っていた。その弱視で見えるもの一つ一つに、訳が分からないほど感動していて―――――

 

 そして、ヨレイは気づいてしまった。

 自分がすでに、彼を置き去りにしていることを。そして―――

 

「(―――――駄目、こんなモノは、背負って行けない)」

 

 込み上げる溶けた鉛のような感情を、寸でのところで飲み下した。

 そして、未だ泣きじゃくるヨイユメへと目を向ける。

 

「……何よ、泣くのがそんなに悪い事?」

「……ううん、むしろ良い事だと、思う。何も感じなくなるよりずっと正常だよ」

 

 嗚咽混じりの問に対し、淡々と告げられた答え。それに納得したのか呆れたのか、ヨイユメは黙り込んで乱暴に目を擦った。

 そして、追っ手は無いと判断して歩き出す。目的地はモモ、ヨイユメ、ヨレイ、そしてリックが拠点、というよりは集会所として用いている場所。

 足取りが重いのは、瓦礫やら何やらで足場が悪いせいではない。

 残されるという重責、託されたもの、そして、いつか辿り着くべきモノ。

 

「……ヨレイ、さん」

「どうしたの、モモ」

「…………こんな、こんな地獄も、いつか終わる時が来るんですよね…………?」

 

 半ば、答えなど期待していない問い。誰もが無言の中で、ヨレイは空を見上げた。

 日は既に落ちて、月明りが世界を照らしている。その金色に、どういう訳か見覚えのない誰かの瞳を重ねてしまった。

 琥珀色で、そして灰色がかった長髪の、誰かの顔を。そして―――――

 

「……うん、終わるよ」

 

 そう信じて、訳の分からない幻影を振り払う。そうしないと、もう。

 

 

 

「きっと終わる。終わらせるために、私達は歩くんだ」

 

 

 

 

 ――――――――自分の重さで、壊れてしまうから。

 

 

 

 

 

 

 片道だけでおよそ2日と半日。瓦礫の街を超え、軽度の崩壊液汚染の影響で枯れ果てた死の森の奥、降りしきる雪によって汚染から守られた生きた森林の中、切り立った山脈の亀裂。殆ど目立たない洞窟の奥に、彼女達の隠れ家はあった。

 懐から取り出したライターの火を照明代わりに、罠と警報代わりの鳴子付き鋼線を慎重に超えていく。単純に勢いよく突っ込めば鋼線に切り刻まれる以外に、所々にワイヤー式の爆弾や地雷まで設置された場所。その奥に、拾い物の装甲板を加工して作られた鉄扉が見えた。

 

 ヨイユメが目覚めた研究施設を改装した隠れ家。念の為に電子機器は電源ごと全部破壊済みのために、中は非常に暗い。電子の世界からは完全に隔離されているためにハッキングによって場所が割れる事はまずないという場所。実際に発見されれば頑丈な鉄扉も紙屑同然に吹き飛ばされるだろうが、それでもこうして残っている。偏に徹底した隠蔽と隠密行動の賜物だった。

 ヨイユメが鉄扉の横に近づき、ボタンを押して一定間隔で数回ブザーを鳴らす。すると、少し間を置いて鉄扉が開かれ、中から少女が顔を出した。

 

「お帰りなさい、皆様。リック様も一緒だったのですね」

「応、同じ建物で鉢合わせしてな」

「そうですか、お疲れさまでした。シャワーを使用可能にしてありますので、どうぞお使いください」

「貴女もお疲れさま。長い間留守を頼んで悪かったわ、コノヤ」

 

 ヨイユメが、隠れ家で留守番を任されていた少女―――コノヤへと礼を告げる。対し、コノヤはアルビノ特有の赤眼を伏せて静かに会釈し、奥の部屋へと案内した。

 

 

 

 周囲の機械類が軒並み破壊された暗闇の広間。そこで、彼らは今回の“遠征”の成果物を取り出した。

 まず、4人で分担して書き写した鉄血拠点の最新分布。 

 個別には、リックは別の場所で手に入れた、未開封の水と食料。

 ヨイユメ、ヨレイはバッテリー。

 そしてモモは、背負っていたバックパック一杯の水。

 どれ一つをとっても、暫くは食料に困る事のないモノであり、また地図についても比較的安全な地域を推測できるという意味では大きな収穫であった。

 

 しかし、だからこそ――――――

 

「……犠牲者は、一名。これで累計21だ。確定している残りは216の内9。そして、ここに居る6人が確定しているうちの三分の二……はっきり言えば、もう後がない」

 

 リックが淡々と事実を述べる。そして……

 

「だからこそ、俺はもう一度あの廃デパートへ行こうと思ってる」

 

 その一言に、重い沈黙が降りた。

 

「……アンタ、自分が言った意味は理解してるんでしょうね」

「ああ、そのつもりだ」

 

 ヨイユメの苛立ちすら込めた渋面に、リックは毅然と言い返す。自然と空気は悪くなるが、しかしそこに切り込む者はおらず、じっと二人の顔を見据えていた。

 

「あの廃デパートに居たマンティコア、明らかに視覚情報に頼ってこっちを見ちゃいなかった。今までの鉄血連中の動きからして、ネットワークが生きてたら見なくても敵として感知してたはずだ」

「つまり、あのジャミングは鉄血側の物じゃない、他の勢力がわざわざあんな辺鄙な場所に仕掛けるとも思えない。残る可能性は私達関連か、あるいは民間のテロリスト連中」

 

 そして、廃デパートに人間の姿は無く、何者かが使っている痕跡もまた無かった。そうなれば残された可能性はおおよそ一つ。

 

「最後に残るのはサトウの差し金、か。けど、リスクは大きいよ。鉄血のジャマーが暴走して無差別になってたなんて可能性もある」

「あの場所を全部調べきった訳じゃないし、なによりジャマー本体をまだ発見していない。それに、わざわざ隠し部屋なんてものがあったんだ、他にいくつか見つかっても不思議じゃないだろ」

「……でも、あのマンティコアがまだ居座っていたとしたら……」

「だが、少しでも可能性があるなら行くべきだ。どの道このままじゃ完全に手詰まりだろうよ」

 

 ヨレイとモモが危険性を示唆するが、実際の所、リックの言い分も最もである。ヒントや手掛かりと言えるものが一切なく、現状分かっているのは個人ごとのパーソナルデータと名簿のみ。犠牲者を含めてとはいえ31人も発見されたこと自体が奇跡というべき状態であり、若干焦りが出始めていた。

 

 最終判断を任されたのは、ヨイユメ。皺の寄った眉間を揉み解しながら、結論を出す。

 

「……分かった、行きましょう。ただし今すぐじゃなく、事前準備は済ませるわよ。万全の状態で、且つ例のマンティコアや鉄血その他が居座っていたら即座に撤退。それでいい?」

「ああ、すまねぇ」

「良いわよ、どの道多少は無茶しなきゃ手詰まりなんだから」

 

 作戦会議が終了すると同時、それぞれの部屋へと戻っていった。

 

 

#

 

 

 

 ――――――部屋へ戻ると同時、ヨレイは鍵を閉めて周囲を確認した。就寝用のベッドと小さな机以外に何もないがらんどうの部屋。

 誰も居ない、壁はそこそこ厚く、防音できていることは確認済み。それを認識してから――――――膝から崩れ落ちた。

 

 

「何が、何がもう会えないだ、このクソ女ぁぁッ!!!!」

 

 拳を床に叩き付け、自分で自分を口汚く罵る。生き残るための仕方ない犠牲? そしてそれを受け入れて置き去りにしろ?

 

 ―――――()()()()()。いつからそんなことを許される身分になった? ただ怯えて腰が引けただけだろう。ヨレイとリックは失ってはならないにしても、電子戦特化という切り札を捨て駒にするべきではなかったのだ。

 

「どうしようもない弱虫の癖に、肝心なところで逃げ腰で、それで何が解決するんだよ、あぁ!?!?」

 

 あの時、ヨシムラが死ぬ気だと分かった時に、手を掴んで自分が走り出せば良かったのに。

 ぶつけようのない怒りを拳に乗せて、机を思い切りぶん殴る。老朽化が進んでいたことも相まって、あっさりと粉砕されたソレを掴んで、更に床に叩き付けた。

 

「何が起きてもアイツのせいコイツのせい、そうやって自分の責任から逃げてるだけだもんなぁ!!」

 

 犠牲をだして、ヒントは出せず。何一つ掴めないままに仲間を窮地に少しずつ追いやって、そのくせ自分は他人に従ってばかりで被害者面。ああなんて楽な生き方だ。

 

「っはは、あはははははっ――――――――!!!」

 

 嗤いながら怒って泣いて。そして、こんな体たらくでどうするんだと罵倒してなじって。そうやって狂っているうちに、怒りが維持できなくなって、頭から血が引いていった。

 同時に再び浮かぶ、誰かの顔。ぼんやりとしていて、しかし確かに泣いている、自分より弱虫だった誰か。その顔が浮かぶたびに、どれだけ打ちひしがれても歯を食いしばるのだ。

 

「……そうだよね、あたいがお姉ちゃんなんだもの、頑張らなきゃ、あの子に笑われちゃう」

 

 “あの子”が誰の事かも分からないうちに、そんなことを呟く。そして、眼下と自分の手の惨状に目を向けた。

 

「うわ、やっちゃったなぁ……どうしよ、これ……」

 

 自分の心を占めていく何かに言い訳をするかのように、ヨレイは言葉を吐いていく。

 

「……うん、薪にすればいいか。燃料も限りはあるし、足しにはなると思うし」

 

 そして、扉の鍵を開いた。

 

 

#

 

 

 扉を開けば、すぐそこでコノヤがポーチを手に立っていた。

 

「あ、コノヤ……もしかしなくても……」

「ええ、全て聞いてしまいました。申し訳ございません」

「あぅ、いいのいいの、あんなのあたいの八つ当たりみたいなモノだし」

「そうですか。ですが――――」

 

 そこで一旦区切り、コノヤは白い細指をヨレイの隠されていた右手に向けた。

 木片が深々と刺さり、血が滴っている。それ以外にも応急処置として縫い合わされた傷などが目立つそれを見て、盛大に顔を顰めていた。

 

「隠そうとするのは頂けませんね。手当をするので見せてください」

「う、だ、だから良いって、あたいが八つ当たりしたからであって」

「だっても何もありません! そんなガサツな治療で化膿や感染症を起こしたらどうするんですか!」

「ひう」

 

 コノヤは普段から隠れ家の手入れを担当しているのだが、こういった変化には聡いし、放ってはおかない。自分より華奢で小柄とはいえ、まるで母親のような怒り方をするコノヤに逆らえる人物はそう居なかった。

 

「文句は受け付けませんよ、全身ひん剥いて徹底的に手当てしますので」

「い、いやそれだったら他の皆だって」

「もちろん、この後全員見て回りますわ。そのぐらいさせてくださいな」

 

 有無を言わせない笑顔と共に、ヨレイは自分の部屋へと引きずられて行った。 

 

 

 

 

 

 

「―――――ご、ぷ」

 

 ヨシムラの意識は、何の前触れもなく覚醒した。

 体を動かそうにも全く反応せず、ついでに言えば右半身は感覚すら無い。

 喉からは止めどなく血が溢れ、口と鼻の周りを鉄臭く汚していた。

 

 どうにか動く左手を体の右側へあてがえば、そこには何もなかった。感覚がどうこうという問題ではなく、肉体そのものが物理的に存在していない。気管支と思われる場所からはひゅうひゅうと息が漏れ、心臓は半壊し、生体を維持していた人形用コアが剥き出しとなっていた。

 下へと手を動かせば、生物らしさを備えた無機物――――人工の消化器官に触れた。すっかり冷え切って温もりは存在せず、死体然として転がっている。この調子だと脊髄までやられている可能性もある。

 

「ひゅ、が、ごふ、こぷ――――」

 

 ふと、そういえば目が見えない、と気づいてしまう。

 いや、そんなまさか、と、恐る恐る手を頭へ伸ばせば―――そこに、頭はしっかりと存在していた。義眼もあるべき場所に存在しているが、機能はしていない。おそらく半身を吹き飛ばされ、地面に転がった衝撃で壊れたのだろう。

 そんな惨状でも未だに死んでいないのは、恐らく心臓部のコアの有する何らかの機能で生かされているせいだろう。全く持って笑えない。

 

「ごほ、あぁ、くそ、が」

 

 悪態と共に左腕を投げ出せば、何かに指先が触れて、思わず手に取った。

 それは、ナイフ。刃渡りだけで手首から肘までの長さがある、大型のもの。抵抗手段としてではなく、愛着があったせいであの時に投げ捨てられなかったものだった。

 高周波振動を発生させるためのバッテリーは存在しておらず、機械仕掛けの柄は罅割れてしまっている。衝撃で留め具か何かが壊れて弾け飛んだのだろう。刀身にも亀裂が走り、もう武器としては使い物にならない。

 

「……ぐ、はは、あと、どのくらい、だろぉなァ…」

 

 絶望すら浮かんでこない。このまま、あとどれくらいで時間切れになるかだけが頭の中を占めていた。体を動かして何かをしようなんて気も起きない。

 息苦しい。つらい、意識が薄れてきた。どうしてこのタイミングで目が覚めてしまったのかも分からない。ああ畜生、こんなことばかりなのか。そんなことを考えながら、ヨシムラの意識は暗闇に溶けて―――――

 

「……あんれまぁ、随分と酷い様で」

「―――――?」

 

 脱力したような中性的な声によって、朧気ながらも再び覚醒した。目は見えないが、音の反響を利用して輪郭から何者なのかを推測し、そして吐血混じりに名を呼んだ。

 

「えん、じにあ……」

「はいはーい、皆大好きエンジニア君でーす、ってね。それにしてもよくもまぁ生きてるね。体半分どころか下半身と上半身皮一枚だよ?」

 

 わざとらしい瓶底眼鏡を着けた青年――――エンジニアが、彼を見下ろしていた。彼もまた“放浪者”の一人であり、ヨシムラと同じ電子戦特化の改造が施された人間でもあった。

 嘲るような笑みを浮かべながら、ヨシムラの傷を分析していく。

 

「ふんふん、物理的に潰され抉られじゃなく、衝撃波でぼーん、ってとこかな? 何があったん?」

「ま、ん、てぃ―――」

「あー察した。あの鉄血のデカいの相手に囮になったんでしょ? よくもまぁやれるよね、死にたがりなのかな?」

「……ど、ぅ、な  た」

「うん? 僕が手ずから電子頭脳かき回してぶっ壊したけど。やっぱ雑魚は楽でいいよね、使い捨て前提だからセキュリティも侵入し放題」

「…………そう、か」

 

 嫉妬する気力すら、もうヨシムラには残されていなかった。同じ電子戦特化のはずなのに、積める機能の余裕でこんなにも差があるのかと現実を受け止める以外に何も出来ない。強いて言えば、あのマンティコアにこれ以上誰かが追い回されなくて済むという安堵を感じているくらいだろうか。

 

「お、れは、ど なる  ?」

「うん? あーそだね、生きたいってんなら直してやることはできるけど? ただし、報酬は貰うよ」

「……」

「何人かぶっ壊れた連中の中身弄り回して、僕らの体って人形に近いって分かったからさ。脳みそ無事ならいけると思うよ」

 

 元々“その気”はあったが、とうとう吹っ切れたかとヨシムラは得心する。この青年のサイコパスぶりはヨシムラが出会った当初から変わっていなかった。サトウを探すために世界中を彷徨うのではなく、自分の仲間の亡骸を解剖することでサトウの目的に迫ろうと考えていたのだ。

 

「で、どうする? 代金はー、そうだね、その電子義眼両方で」

「……たの、む」

「……へぇ、自分から武器棄てるんだ。君の電子戦能力はその義眼依存だったはずだけど」

 

 エンジニアの推測通り、ヨシムラの電子戦における能力は義眼に由来している。取り除かれれば、仮に生き延びても今後において切れる手札を一つ失うことになりうる。しかし、それでも―――――

 

「せに、 らは、かえら、れ、な――――」

「……くっははは、いいね、やっぱ根性あるよ。これだから面白いんだ君は」

 

 そう言うや否や、エンジニアは遠隔ハックを起動、周囲から残骸と化した人形達を強引に操作、集合させた。欠損が激しいとはいえ、その総数は十数体。パーツを繋ぎ合わせれば人形一体を組み上げられるだけの量があった。

 

「ニコイチならぬ十コイチってね。死ぬ寸前で延命しまくるけど耐えてよ?」

 

 その一言と同時に、ヨシムラの意識を強引に刈り取った。

 

 

 

 

 

 

―――――やった、やったぞ!!

 

 誰かの喜ぶ声が、聞こえる。男性で、恐らく青年。それ以外は真っ暗で何も分からない。

 

――――――ですが先生、この子は……

――――――先天性だろうな、運が悪かった

 

 疲弊しながら、どこか案ずるような声色の女性と、どこか落胆しているかのような男の声。

 

――――――だがそれ以外の不安要素は今のところはない。それだけでもこの子は豪運だ

――――――そう、なのでしょうか

――――――そうだとも、出生後数週間の死亡率が9割を超える中、この子は健康に生き抜いたんだ。

 

 荒廃した世界であっても、ありふれた幸せ。何処であっても芽吹きうる命の輝き。

 しかし、それを認識した瞬間に情景が遠くなっていく。まるで覚えていてはいけないとでも言わんばかりに、その光景は薄れ、漂白されていく。

 目が覚めれば、きっとこの音を覚えていることは出来ないのだろう。そもそも、生まれた時から全盲の自分が「目を覚ます」という表現自体可笑しいといえば可笑しいのだが。

 けれど、どうしてかは分からないが、それでも。

 

『―――――生まれてきてくれて、ありがとう、■■■■■■』

 

 その言葉だけは、忘れてはいけないはずなのに。

 

 

#

 

 

 

 ぎちり、と体が軋むと同時に意識が覚醒する。呼吸や心拍は安定していた。

 

「……ぐ、ぅ」

「あ、起きた?」

 

 視界はゼロ、完全な暗闇。しかし、失われたはずの半身が生体部品によって継ぎ合わされたのが何となく認識できた。エンジニアは横で何か本を読んでいたらしく、どこか間の抜けたような声色で此方に反応した。

 

「……直った、のか」

「まぁね。あ、まだ動かない方が良いよ。医療用ホチキスで無理矢理繋げてあるから、暴れると直ぐに接合部が剥がれる」

 

 何とも荒々しい修復をしたのだなと嘆息するが、その一呼吸すら苦痛に変わる。必死で左腕を動かすと、何かチューブのようなものが大量に繋がれ、喉付近に酸素挿入管のようなものが付けられていた。クリック音で周囲を探れば、チューブの先には装置や液体があり、おそらく未だに自分の身体が安定していないのだろうと推測する。しかし、問題が一つ……

 

「右腕が、無いぞ」

「そだねー」

「右足も、何か雑だぞ、金属棒一本だぞ」

「修復で目、アフターケアで腕と足。等価交換は基本だよ?」

「……外面は、随分人間めいて感じるが」

「そりゃそうでしょ。鉄血の人工皮膚剥いで縫ったから」

「内臓は、どうした?」

「幾ら軍事用つったって人工内臓くらいはあるよ。ま、人間としての消化機能は物理的に半減だけどね」

 

 ヘラヘラと笑いながら答えるエンジニア。人工皮膚で体裁は整えられているが、その下では機械がこうこうと音を立てて稼働しているのが聞こえてくる。おそらく心臓などの完全に喪失した器官の代わりを担う機械部品も存在しているのだろう。

 随分と酷い姿になったと内心自嘲する。だが、あのマンティコアと真正面でかち合って、そして半身を吹き飛ばされても生き延びたと考えればかなりの強運。そう考えて慰めるしかない。

 

「…………あと、どの位で動ける?」

「応急処置だけなら3日、万全状態なら2週間。目玉だけじゃなくて手足までぶん取ったからねぇ、敵が来たら保護する位はしたげるよ。どうする?」

「……世話になる」

 

 心の中で白旗を挙げて、エンジニアの言いなりになる事を承諾する。身に纏っている衣服も半壊したソレではなく真新しいシャツとズボンであり、それも“アフターケア”とやらだろうと推測する。すると、二体の人形に担架に乗せられ、エンジニア自身も肩車の要領で片方の人形に乗る。もう4体がチューブ先の装置や液体を保持しつつ、周辺警戒をしているらしい。

 

 相変わらず馬鹿げた演算処理能力だと思っていると、当のエンジニアからはキーボードを叩く音が聞こえ始める。同時に、唸るような呼吸音も聞こえ始めた。何かを悩んでいるのだろうか。

 

「うーん……? やっぱおっかしいんだよなぁコレ、うん、可笑しい」

「何がだ」

「キミが生きてる理由。生の神経と疑似神経、特に脳神経や主要神経が何の抵抗も無く癒合してる。コレとんでもないことだよ」

「……具体的には、どの位だ」

「半人半機、なぁんてサトウの奴は言ったけどさ、シンギュラリティなんてレベルぶっちぎり。生物の定義すら改定されるよ?」

 

 絶句する。そんな超常現象がどうして己の体で起きているのかと思っていると、独り言ついでにエンジニアが解説し始める。

 

「実はさ、こっち狙ってきた人間幾らか生け捕りにして改造施術やってみてんのよ。あのわざとらしい残し方されてたデータ通りに内臓ぶっこ抜いて人工品に挿げ替えてー、ってね」

「お、まえ、何を……!」

「まぁ聞いててよ。それでさ、施術の成功率、幾らだったと思う?」

 

 

 一旦言葉を切り、深呼吸して―――――心拍がおかしい。呼吸も若干粗い。まるで、信じられない何かを見たかのように。

 

 

 

「――――――――――378人中0%。本来なら、僕らは存在すらしていない」

「な―――――」

「ガチだよ、そしてもう一つ。例の体が機械に喰い殺されるヤツだけどね――――――そんなものを組み込めるパーツやプログラムその他は何処にも無い。アレは()()()()()()()()()()と同義ってこと」

 

 今度こそ、二の句が継げなくなってしまう。存在すら意味不明? 催眠と同じ? それなら自分達は、“放浪者”とは一体何なのか。

 

「僕ら、便宜上放浪者って呼ぶけど、ソレは無機物(キカイ)有機物(イノチ)の代理として組み込める新生物”って定義するしかない。だから言ったろ、生物という定義すら変わってしまう、って。内臓四肢どころか、脊髄や脳髄すら置換可能な超常生命な訳だ」

 

 呆れたような声で告げるエンジニア。謎ばかりが深まるソレをどう処理したものかと困惑して、そして気づいてしまう。

 

 ―――――自分の心臓と肺は半壊していたはず。そうでなくとも大量の失血が起きていたはずであって、ならば、どうして生きている? 失血と心停止、呼吸機能の停止、そこまで揃えば脳だって無事では済まない。だというのに自分は生きている。何故、何故、何故?

 それまで考えもしなかったことが思考を蝕んでいく。精神に泥まみれの爪が突き立てられて、ガリガリと削られていく感覚がする。

 

 自分は何なんだ? 超常生命、そんな答えで納得できるわけがない。サトウが改造したというのは間違いないだろう。だが、それだけが理由なのか? あるいはサトウが何かをする前に既に―――――

 

「分からないことを推測だけで完成させるのは止めな。それで間違ってたらとんでもないことになる」

「だが」

「だってもしかしも無い。確証がないまま立証したら、それこそ間違いに気付けなくなる。今分かっていることを把握して、何かが見つかる度にそれを繋げていくしかないよ」

 

 

 

 

 

 

「コールドスリープ解除、励起」

 

 ―――――暗闇の中、ソレは目を覚ました。この時代ではもはや骨董品とすら言える無機質な人工音声と共に、鋼と知恵によって編まれた棺が開いていく。

 

 停止から起動まで、中間無く動き出す棺の亡者。ミイラのように細い足で地を踏み締め、立ち上がるのは歪なナニカ。

 

「 a e」

 

 機械と肉、無機と有機の完全融合。異常性を真正面から叩き付けるソレ。機械のようでありながら、そこには有機的存在がある。

 鋼鉄の骨髄、肉の筋繊維、そして神経半導体入り混じる奇怪な脳髄。機械という定義では測れず、しかし生命という定義も不可能な異常存在。

「―――――――co―――――― la se」

 

 ソレは、肉食。己の餌となりうるモノを感知し、貪欲に動き出す。

 

「ni k ki kaaaaa i」

 

 本能/プログラムが命じる。自己保存せよ、自己保存せよ、自己保存せよ。餌を食らえ、肉とせよ、そして成長せよ。

 その怪物は――――――――あろうことか、自分が眠っていた鋼鉄の棺桶に齧りついた。

 歯が割れる程度では済まない筈のそれ。しかし、現実は違う。怪物が歯を当てた途端、ぞぶり、と異質な音を立てて、鋼鉄はその内側の配線ごと崩れて口内へと招かれる。

 

 口内に入った金属とプラスチックの塊。それを、まるで食物のように咀嚼していく。咀嚼して嚥下し、そしてまた食らう。食って食って食って、しかしその姿は微塵も変わらずに体積のみを増加させていく。

 

 

 1時間もしないうちに、鋼鉄の棺は跡形も無く食い尽くされ、そして土と岩盤すら食って、怪物は地上へと這い出していた。

 

 

――――――誰にも知られず、誰も知らないバケモノが、餌を求めて動き出した。

 




Tips

・リック
 黒人系の男性の外見をした放浪者。ジャマダハル型の振動ナイフを所持。六連のグレネードランチャーを所持しており、単発火力ではトップ。
 言動は軽薄だが責任感が強い。サトウ捜索において積極的に動いており、仮に自分が犠牲になる何かがあったとしても、それで他の同胞が救えるならやむなしという思想の持主でもある。
 
・ヨイユメ
 名前として記載されていた416からヨイム→宵夢→ヨイユメと名乗っている。青みがかった銀髪をポニーテールできつくまとめており、アサルトライフル(品番不明)を所持している。振動ナイフはサバイバルナイフ型。
 リック同様責任感が強い。また、リックと比べて慎重に動こうとする傾向がある。
 少し前に自分と全く同じ顔をした人形を見かけてから、妙な既視感と偏頭痛に悩まされている。

・モモ
 名前として記載されていた100から百→モモと名乗っている。長い黒髪を太い三つ編みにして肌着の中に入れている。振動ナイフは銃剣型。
 基本的には一歩下がって経過を見守るが、ここぞという時には強い主張と共に一歩も譲らない頑固さを備えている。また、身体能力のみであればリック達の中ではトップクラス。

・ヨレイ
 名前として記載されていた40からヨレイと名乗っている。緑がかった灰色の髪を2本の三つ編みにして肌着の中に入れている。電子ダイブが可能だが、ヨシムラ等の電子特化型には劣る。ナイフはククリ型。
 精神的には一番成熟している――――が、それは外面の話。誰にも見られていないところでそれを独り溜め込んで炸裂させることも多い。
 少し前に、とある人形を目撃してから喪失前の記憶の一片と思われる誰かを思い浮かべることが多くなった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

延命課題

――――――光へ向かって一歩でも進もうとしている限り、人の魂が真に敗北することなど、断じて無い
クラウス・V・ラインヘルツ


「……んで、ソレどういう意味かもう一度聞いてもいい?」

 

 エンジニアの隠れ家に運び込まれた後に、ヨシムラは床に寝かせられた。部屋には複数のディスプレイが存在するコンピューターと、集めたのだろうジャンクの山が積まれていた。鉄血やIOP製と思われる戦術人形も混ざっており、生身の死体が積まれているような錯覚も覚える。また、ジャンク山の隣には冷凍庫らしき巨大な直方体が鎮座しており、中身はあまり想像したくなかった。

 

「……奴らに、鉄血と正規軍に勝つ方法は、あるか」

「無いね。逆にあったとしてどうすると? 戦えるって分かれば目を付けられる、そうなれば不味いんでしょ?」

 

 嘲るような、あるいは楽しむような目でヨシムラを見下ろすエンジニア。彼の心には絶望がこれでもかと刻み込まれ、それでも進む方法を模索し続けている。結果として倫理と道徳を全て切り捨て、同じ“放浪者”が辿り着けていない領域まで知識を広げたのだ。

 

 しかし、万人にそんな決断が出来る訳が無い。

 例えを出すなら、よくあるゾンビ物の映画だ。生き残るために、眼前で食われる家族を、友人を、あるいはそこまで協力してきた他人を見捨てて逃げられるか? 全てを切り捨てて、己だけが生き残ればいいと決断しても、果たして本当に孤独を選び続けられる精神的強者がどれだけ居る?

 

 倫理も道徳も、果てにはこの世界で数少ない同胞すら己の糧として踏み躙れるだけの覚悟。エンジニアにはそれがあった。だが、ヨシムラには無い。他者を切り捨て続けて正気でいられるほどの支柱が無いからだ。

 だが、自ら囮となって一度死んだも同然な今、切り捨てるべきものは無い。故に―――――

 

「皆に死んだと思われてる今なら、多少派手に動いても偽装できる。どんな目に遭っても、傷つくのは俺という“亡霊”だけだ」

「成程、一理あるね」

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、とりあえず地獄へ行ってらっしゃい」

「――――っが!?」

 

 突如としてエンジニアの手で、何かの薬品を注入された。瞬間、薬品の場所を起点に体が内側から焼けるような激痛が走り始める。

 

「ぎィ、あ、がぁ、何を、した」

「うん? 王水を突っ込んだだけ」

「おう、すい……っがぁあああああ!?」

「知らない? 濃硫酸と濃塩酸で作る最強の酸。金を溶かせる唯一の劇物」

「あひゅ、が、ひぃぐ、ぎぃぃぃ」

 

 溶ける、焼ける、死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ。まもなく死ぬ、何もしなければ死ぬ。

 

「ほらほら、食べないと。体を増やさないと死ぬよ、君」

「ぎ、がっがあああ、ぎぐぎぃううううぅぅ」

 

 死ぬ、死ぬ、 ぬ、生 る、食べる

 

 食べる、食べる食べる、食べる食べる食べる食べる食べる食べる食べる食べる食べる食べる食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食

 

 生きるために食べる。当たり前じゃないか、じゃあ実行すればいい。

 死にそうで、生きたいんだから、食べるしかない

 

「――――― あ  か、 いた」

 

 空腹。腹の中になにもない。なにか欲しい。食べなければ。

 腹の中を詰めなければ。

 

「―――――――お か いた」

 

 

      べ

 

 

 

                の

 

? ?    ?   ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■月■日 ■■:■■

 王水投与から1ヶ月が経過。彼は未だ異常なペースで食事を続けている。

 今の状態で外へ出すのは非常に危険だと判断し、地下収容室へ食事を続行させたまま連行、封印した。

 

 食事は鉄血の残骸を主に与え、時折拾ったまだ新しい死体やG&Kのダミーを寄越している。それまであったはずの理性や知性が全て消し飛んだかのように一心不乱に、そして有機無機問わずに口へ運んで咀嚼し続けている。血液のような液体を散乱させてはいるが、肉片や機械片は殆ど見つからず、文字通り欠片も残さず血肉とするべく暴食し続けている。

 

■月■日 ■■:■■

 暴食が一時的に止まり、冬眠のような状態へ移行した。外見的には体温・呼吸・脈拍が低下した状態での昏睡であり、他の哺乳類に見られるそれと大した変化はない。

 肉体的な変異は殆ど見られず、人型を保っている。ただ、皮膚に電子回路らしき模様が浮かんだり、採取された血液に細菌めいた金属片のような何かが存在するなど既存の生命から乖離した現象が表出している。

 

■月■日 ■■:■■

 休眠状態へ移行してから1週間が経過した。体温低下などの症状は解け、現在は昏睡状態。同時に、完全潜行(フルダイブ)VRでのメンタルトレーニングを開始。

 内容的には無数の敵を全滅させればクリア、ただし死ねば1からやり直しというもの。チャットを利用して意志疎通を図り、トレーニング開始から5時間が経過しているが、最高記録は3体/10000体に止まっている。

 

■月■日 ■■:■■

 じわじわと記録は伸びている。つい先ほど1000体の大台を突破した。

 あの人外達を相手にする為には、これ位の無茶は突破してもらわないと困る。

 

■月■日 ■■:■■

 サトウの残したデータの発掘に成功。見つからないわけだ、正規軍と16labの深層に埋もれるように隠されて、しかも双方を組み合わせないと暗号として成立しない文字化けにされていた。シンプルだがそれ故に嵌まると抜け出せない。さすがサトウ、考えることが狡い。

 ヨシムラの方は3000体を突破したところで行き詰まっている。単一の武器を使い回すのが限界なようだ。

 

■月■日 ■■:■■

 ヨシムラのヤツ最高だ!! コレならあの野郎に一発叩き込める!

 こいつは最高傑作だ!

 

 

###

 

 

 

―――――走り抜ける。手にはアサルトライフル。残弾は10発、替えのマガジンはないが、関係ない。

 

 単独となった敵の背後を取り急接近。残りの10発全弾叩き込んで即死させ、アサルトライフルを投げ捨ててサブマシンガンを奪う。二丁あるなら一丁は要らない、重くて邪魔だ。25回目はそれで死んだ。

 

 続いて見つけた単独行動のショットガン持ちを、首を後ろから膝でへし折る。人形相手に心臓は無意味、首か頭を確実に落とす。37回目で首の折り方と共に学んだ。

 

 ショットガンを片手に、もう片方にサブマシンガンを持って近くの林に隠れる。素早く木に登り、待機。

 正面から勝てると思うな、常に息を殺せ。臆病にケツを向けて逃げ、相手に追い回されて、そして殺せ。148回目で学んだことだ。

 

「……来た」

 

 アサルトライフルの銃声を聞いて駆け付けた敵、累計20。動きは|新兵()()()。十分だ、やれる。此処は電子の世界、全てが0と1で構成された型枠ありきの世界。ならば、この世界で生き残れなければ現実で死なずに生き延びることなど夢のまた夢。20回目の死で学んだことだ。

 集中しろ、目を離すな、恐怖を手放すな。恐怖は乗り越えるんじゃない、飼い慣らせ。第六感として機能させろ。此処まで573回死んでいるんだ、いい加減覚えろ。

 

 樹上から飛び降り、そのままショットガンの引き金を引く。まず一体。

 ショットガンの有効射程は至近距離と考えろ。それ以外は牽制だ。7回目の死で学んだ。

 

 反動で跳ね上がった片腕を無視してサブマシンガンを乱射、弾の続く限り足を壊す。

 サブマシンガンは牽制を目的とした銃火器。生身に直撃すれば当然死ぬが、それ以前に機械相手なら文字通りの豆鉄砲。威力に期待するな、どうしてもというなら足の露出している部分を狙え。245回目でようやく習得した。

 

 弾丸を使い切ったサブマシンガンを投げ捨て、両手でショットガンを構え走りつつ連射。これで6、ショットガンも弾切れで捨て、殺した敵を引っ掴んで盾にしつつアサルトライフルを拾い、再び乱射。

 倫理など通じる相手じゃない、使える物は死体でも何でも使え。大口径の弾丸じゃなければ人形の体は防げる。360回目でようやく戦闘時の倫理・道徳を捨てられた。

 

 狙いをつける余裕が無いなら、徹底的に足を潰す。10回目の死で学んだ。

 

 弾が無い銃は良い鈍器になる。3回目で学んだ。

 

 狙撃中は技術と練度があって初めて使える武器だ。至近距離で複数を纏めて吹き飛ばすか、銃身を持って鈍器にしろ。振り下ろせば人形の頭位なら陥没させられる。173回目でようやく覚えた。

 

 覚えろ、怯えろ、恐怖を忘れるな、恐怖を第六感(センサー)に変えて、最大限に稼働しろ。それこそがお前の武器だ。此処で覚えろ、此処で学べ。そうでなければ現実で生き残る事なんて出来ないぞ――――――!

 

 

あと100

 

 

「―――――――死ね」

 

 

あと50

 

 

「死ね、死ね」

 

 

あと20

 

 

「死ね、死ね、死ね!」

 

 

あと5

 

 

「俺が生きるために、死ね」

 

 

 脳天を空になったライフルで叩き割り、銃剣を取り付けて振り回し首を刎ねる。

 

 奪ったハンドガンを脳天に乱射、銃身を持って殴打、その勢いで首を圧し折る。

 

 

あと1

 

「これで、終わりだ」

 

 膝蹴りで倒し、残っていたサブマシンガンを頭部へ乱射。絶命させた。

 

 同時にわざとらしいファンファーレが流れ、世界が黒く染まって消えていく。

 

 

 

 エンジニアに王水を投与されるという凶行から1年。ヨシムラは、遂に現実世界へと正気を伴って帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メンタルトレーニング突破おめでとう。」

 

 大げさに拍手をし、ヨシムラと話すエンジニア。その声は隠しきれない歓喜に染まっている。対するヨシムラはと言えば、真っ暗な筈の視界に僅かに外の光景が映ることに違和感を覚えていた。音を聞き取る力はこれまで通りで、目を閉じて少し集中すればエンジニアの呼吸音まで鮮明に聞き取れる。

 

「義眼は、戻したんだな」

「うん。ハッキング能力を視覚機能限定に特化させた。ダウングレードとも言えるね」

「……理由は」

「実験協力の報酬。どーせ持ってても碌でも無いことになると思って捨てようかと思ったんだけどねー」

「他人から対価として奪っておいてか」

「僕のモノになったんだから、どう使おうが僕の勝手じゃない?」

 

 あっけらかんと言い放つエンジニア。さも当然と言わんばかりのその態度に怒る気力も失せて、ヨシムラはベッドから起き上がり溜息を吐いた。そして、もう一度エンジニアに向き直る。

 

「……で、どういうつもりだったのか説明はしてくれるんだよな」

「もちろん。とは言っても、結局のところは実証実験を兼ねてるんだけどね。放浪者の身体が無機物を取り込める細胞だって話はしたよね。そこから無機物を実際に捕食して肉体の構成材料に出来るんじゃないかって考えた訳よ」

「……」

「実際、放浪者の消化器官は異常だった。人工物にすげ替えられたとはいえ、明らかに賞味期限が大きく切れた食品とか人形用のレーションとかまで食べることができて、しかも体調を崩さない。となれば、仮に無機物を取り込んだ場合はどうなるのか。そもそも食べられるのかの検証は出来なかったけど、人工物や無機物との癒着ではなく同化が起きている以上可能性はあった……って、聞いてるかい?」

「……ああ、聞こえてる」

 

 視界にはぼんやりと、且つ狭い範囲しか世界が写らない。代わりのように機能する異常な域の聴覚は、エンジニアのべらべらと喋る声の反響から自身の全体像や周囲の状況を把握しつつあり、ようやく現実へ戻ってきたのだという奇妙な感慨をヨシムラに抱かせていた。

 

 

「いやぁ凄いね。正直上手く行くなんて欠片も思ってない仮説だったんだけど、上手く行っちゃったよ」

「……お前、そんな適当さで王水なんて劇物突っ込みやがったのか」

「うん? 自分は死に損なった亡霊だからどうなってもいいんだー、って言ったの、何処の誰だったっけ?」

「そんな言質の取り方があるか」

「口には気をつけた方がいいよ? 何処で揚げ足取られるか分からないし」

 

 倫理も道徳もない、子供の思い付きのような軽薄さで実行に移されたエンジニアの凶行。強化されるか死ぬかの無計画な二択に苛立ちながらも、ヨシムラはベッドから身体を起こした。丸一年眠っていたにしては異様なほどに動きの軽い体。奇妙な違和感を感じて触れてみれば、血管とは異なる、非生物的な程に規則的な凹凸が確認できた。

 そして、聞く気も無いエンジニアの蘊蓄を背景に体を動かす。イメージするのはVRの世界での自分。イメージトレーニングの要領で身体を動かせば、長期間眠っていたにも関わらず自身の肉体はイメージの動きに見事に付いてきており、それどころか余裕すらあるレベルだった。

 

「……まるでエリート人形と同レベルだね。おーこわ、今蹴られたら頭なんてボールみたいに飛びそうだ」

「自分でやっといて感想がソレか、この野郎」

「しょーがないじゃん、予想以上の仕上がりになっちゃったんだからさ。専門家じゃないから表面上の現象しか分からないけど、大量の有機物と無機物を取り込みまくった結果なのか、君の肉体は自己再生できる人形みたいな状態になってる。正直マジで理解に苦しむけどこう表現するしかないんだよ」

「……それは、他の放浪者でも」

「あり得るだろうね。条件までは分からないけど、ある程度同じに揃えたら皆君みたいな異常進化を遂げるだろうさ」

「そう、か」

 

 だからこそ、謎は更に深まる。サトウは、何を目的として放浪者に対してデタラメな封印を施したのだろうか。あまりにもちぐはぐで穴も多く、おまけに時間か何かで封印を解除してわざわざ自身を探させる始末。ますます意味が分からず、何が目的なのかが不明になっていく。

 世に出さず自決させたいのなら、最初から例の束縛で身体を食い破らせればいい。第三勢力として確立させたいなら最初から異常進化を起こさせれけばいい。どっちつかずの中途半端で、生かす気も殺す気もなく閉じ込めてから放浪させているのは完全に意味不明だ。

 

「……俺たちは、一体何なんだろうな」

「それが分かってたら、こんなに苦労してないよ」

「そうか」

「そういうこと。さて―――――

 

 

 

 

 残念だけど、時間切れだ」

 

 

 結局真相は闇の中、何一つ掴めないまま。そんな中、エンジニアが神妙な顔で言葉を発する。

 同時に盛大な爆音が響き、けたたましいアラートと共に無数の何かが慌ただしく駆ける靴音をヨシムラは聞いた。

 

「おい、何が……」

「言ったろ、時間切れだって。鉄血に捕捉された、僕らはもう逃げられない」

「は、何で鉄血が!?」

「分からない。どっかで補足されてたのに気づかなかったのかも」

「どうすればいい」

 

 ヨシムラがそう言うと、エンジニアは小さなリモコンのようなものを操作した。するとヨシムラの義眼が強制的に起動し、赤色の輝線が表示され、部屋の隅のハッチの下へと続いていた。

 

「義眼に脱出ルートを記録しておいた。隠し通路で古い下水道と繋いであるし、辿れば()()()()と合流できる。まだ鉄血は感づいてない、さっさと行きな」

「……お前は、どうする」

 

 

 一拍おいて、エンジニアはいつも通りの嘲笑を顔に張り付けつつ言い放つ。ケタケタと、鉄血と共に自身の運命すら嘲笑いながら。

 

「実はさ、此処の防衛機能に電子戦スペック全部割いてるせいで僕動けないんだよね」

「な、ん……」

「んでもってさぁ、実は崩壊液爆弾が置いてあるんだよ。爆破の範囲は半径2キロ。情報もサンプルも何も残さず消し飛ばしてやるさ」

「……」

「幾ら人形を即座にハッキングできるだけの電子戦能力があったって、鉄血が大群で押し寄せてる今じゃ焼け石に水だ。そして、防衛機能を全停止すれば君が逃げる暇も無く鉄血に突破される。序でに言っとくと鹵獲されてバラされる位なら自決するよ」

「……死ぬ気、なのか」

「僕一人が困るんならともかく、お仲間に危害が及ぶならさっさと消える。話は終わりだ……行けよ!!」

 

 初めて聞いたエンジニアの怒号に、反射的に身体が動いた。赤色の輝線で示されたハッチへと駆け、乱暴に開く。鉄梯子が縦穴の奥へと続いており、暗闇ではあるがヨシムラであれば聴覚と輝線によって最短の逃走ルートを問題なく移動できるだろう。

 

 

 そして、いざ逃げるとなってからエンジニアを振り向き、ヨシムラは一言だけ声を掛ける。

 

「無理な話かもしれんが、生きろよ、エンジニア」

「へへ、そいつは無理な相談だね、バケモノ」

 

 

 

 同時、ヨシムラは縦穴へと飛び込んだ。

 

 

 

「生きろ」

「いいや、死ぬね」

 

 

 

 

 ―――――――――小刻みに震えるエンジニアの手を見なかったことにして、彼は逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へへ、アイツも無茶な相談するよね」

 

 震えながら、エンジニアは手に崩壊液爆弾のスイッチを握る。拳銃に偽装したそれのセーフティは外され、後は引き金を引くだけ。

 死ぬのは怖い。当然だ。だが、自分はあまりにも情報を集めすぎた。ヨシムラから得られたデータだけでも漏洩すれば、きっと人類は血眼になって放浪者を探すだろう。そうなれば、もう残された道は全滅しかない。

 

「倫理も道徳もどうでもいいんだけど、仲間意識だけは捨てられなかったなぁ」

 

 思い出すのは、自分をコールドスリープから引き摺り出した6人の顔。リック、ヨイユメ、モモ、ヨレイ、コノヤ、そして―――――ヨシムラ。

 どうでもいい、付いて行けないと虚仮にしながら、その実誰よりも犠牲を拒んでいたのはエンジニアだった。死ぬ姿を見たくない、どうせみんな死ぬなら、その死に様を見ないで済む場所に居たい。そうやって怯えて、狂人の振りをして――――――最終的に、本物の狂人になってしまった。

 

 

「……ま、許されるなんて微塵も思ってないけどね。何なら今まで実験台にしてきた連中から怨念浴びせられたのがこの結果でも、納得できる」

 

 

 背中から追い縋るような寒気から目を背ける。300人以上犠牲にしてきた。赤の他人なら何も感じないのを良い事に、散々な仕打ちをし続けた。当然の報いだと受け入れる覚悟も準備も出来ていた。

 ケタケタと笑い、必死に恐怖を誤魔化そうとする。大丈夫だ、ここは爆心地。苦しむ暇も可能性もなく、一瞬でこの命と情報は消える。だから大丈夫。そう言い聞かせる。

 

「ひひ、怖いなぁ。この引き金を引いた瞬間、僕は消えるのか」

 

 泣かない、歯を食いしばる。可能性は残した。ヨシムラは、怪物へと進化した。きっとアイツならやってくれると嗤う、笑う。哂う。

 全て託した。集めたデータのうち、最重要の項目だけはヨシムラの義眼に内蔵した。テキストにしてたった100字に満たない、情報量としてもマイクロチップ程度の大きさのメモリーに余裕で半永久保存できる程度の物。だが、逆を言えばそれさえ残っていればどうとでもなる程の、文字通りの“鍵”。

 

 

「……頼んだよ、バケモノ(ヨシムラ)。先にあの世で待ってるよ」

 

 

 鉄血の人形群が最後の防壁を突破し雪崩込んでくる。

 

 無数の銃弾に全身を蹂躙される。

 

 

 

 

 

 ――――――――――ハイエンドの凶貌が眼前に迫った瞬間、引き金を引いた。

 

 

 

 

#####

 

 

 

 

 下水道を疾走する。身体は異様なまでに軽く、文字通り人外の速度で駆け抜ける。

 一歩で数メートル、数秒走ればもう百メートル。表示されている目的地までの距離は数百キロだが、その数字もまるで車か何かに乗っているような圧倒的な速度で減っていく。崩壊液爆弾の予想起爆範囲からはとうの昔に外れた。

 

「……この、音は」

 

 轟音と共に何か砂が擦れるような音が響き、同時に空間そのものが激震した。恐らくは崩壊液爆弾が起爆したのだろう。

 

「……」

 

 崩壊液の恐ろしさは身をもって知っている。かつて、そういう団体に出くわしたことがある。全ての物質がボロボロと崩れていく悍ましい光景はどうやっても消えることは無く、同時にアレは未だ人類が扱うべきでないモノだったのだと直感したのもヨシムラはよく覚えている。

 

 ――――体内で何かがこうこうと音を立てている。人形を山ほど食って何か新しい器官でも生まれたのだろうか。

 今となってはそれを確認する術はない。それを知っていたであろう男は、死んだ。残る可能性は自分達にこの狂気の鬼ごっこを押し付けたサトウのみ。

 

「……どうしても、見つけないと」

 

 理由が出来た。死を無駄には出来ない。何としてでもサトウを見つけて問い詰める。

 放浪者とは何なのか。この肉体の構造は何なのか。何故こんなゲームを考案したのか。全てを問う。絶望して死ぬのはその後で良い。

 

「……こんな世界、間違ってる」

 

 そうだ、この世界は間違った。進むべき道を誤ってしまった。

 この世界そのものが絶望なのだ。

 

 責任転嫁と笑えばいい。逃げているだけだと指を指して笑うのもいいだろう。

 だが、死者だけは笑わせない。この絶望しかない世界で生きて、そして力尽きた者達を嗤う権利だけは、誰にも無い。

 

 後ろを向いても、何もない。

 

 前を向いても、何もない。

 

 足元以外は真っ暗だ。赤い光だけが、ほんの僅かな間だけ道しるべになってくれる。その先はどうすればいいのか、まだ分からない。

 

「進め、サトウを見つけるんだ」

 

 前に進めば、足元だけは見える。それを積み重ねて道を紡ぐ。先人たちのやってきたことを、もう一度繰り返す。滑稽かもしれないと笑いながら、前へ、前へ。

 

 

「前へ、前へ行くんだ……前へ、前へ」

 

 

 前へ、前へ、前へ、前へ、前へ―――――――

 

 

 

 

 

「……出来る訳、ない、だろ……っ」

 

 涙が零れる。身を焼き焦がすような痛みを、ただの液体として消費していく。

 前へ進んで、死者を忘れろと? 死人など忘れて進んで、幸せになれればそれでいいと?

 

「無理だ」

 

 そんな強さは持てない。そこまで強くない。

 だから、せめて死者を無意味にしないために進むんだ。

 

「……っ、くそ、くそっ」

 

 また涙が零れる。歯を食いしばっても喉の奥が苦しくなって、眼から熱いものが溢れて止まらない。

 また一人死んだ、その事実を単なる“記録”にしないために、どうにかして背負い込もうとして、それを取り零す。

 

「……サトウ、お前は今、何処にいる」

 

 進みたくない、だというのに進む。忘れるために進む。忘れないために進む。

 

 どこまでも矛盾しながら、ヨシムラは下水道を走り抜けた。

 

 

###

 

 

 

 赤い輝線を飲まず食わずで辿り続けて、見えてきたのは岩壁の大きな亀裂。爆破したような跡だらけの歪な洞窟の先に、輝線の終着点があった。

 エンジニアは、“あいつらと合流できる場所”と言っていた。なら、この先に皆が居るのだろうかと考えながら、ゆっくりと進んでいく。

 

 その途中で、滑稽だ、とヨシムラは思った。もう耐えられないからと囮になって死んで、死んだと思ったら拾われて、亡霊のようなものだからどうなってもいいと言って生死と正気の挟間を彷徨うような実験を受けて、そして結局仲間の元へ戻らされた。

 マッチポンプのようで、自嘲が顔に出てしまいそうになる。どれだけの迷惑をかけたのか計り知れない。だと言うのに、心は再会を求めてやまないのだから呆れてしまう。

 

「どれだけ弱いんだ、俺は」

 

 道中、足元には金属片や鋼線が散らかっており、その量は奥へ行くほど増えていく。洞窟の奥、行き止まりに見えてきた金属質の扉らしきものは弾痕や爆破跡だらけで、そして―――――

 

 

 

「……そうか、此処で、死んだのか」

 

 扉を守るように背を預けて息絶えた男―――――リックの姿があった。

 損傷が酷いが、腐敗した様子はない。本来腐って異臭を放つはずの肉体は形と色を保ったままその機能を停止し、凄絶な死に様を時間が止まったかのように保存している。

 

「…………お疲れ様。あの世でどうか、安らかに」

 

 涙も出ないままにリックの瞼を降ろして地面に横たえ、ドッグタグを回収する。そして、重い鉄扉を開いた。

 

 

 

 

 真っ暗な廊下を、靴音の反響を頼りに進んでいく。敵の姿はなく、それどころか侵入された形跡すらない。

 リックが侵攻を防ぎ切ったのだと理解して、尊敬すると同時に後悔した。自分があと少し間に合っていればと、そう思わずにいられない。

 

 過ぎたことを後悔してもどうにもならないのに、たらればばかりが頭を過る。未練タラタラで、情けない。

 

 

 いつもそうだ、という一言が浮かんで、そして沈む。浮き上がってこないように押し込めて、自分のせいにならないようにどうにか取り繕おうとしている。

 情けない。

 惨めだ。

 馬鹿で、阿呆で、どうしようもない駄目男。

 

 そんな風に罵倒しながら、一つ一つ扉を開いて、中を隅々まで確認していく。

 声は出さない。リックが命を懸けて守っていたとはいえ、中に敵が侵入して潜伏した可能性も棄てていない。

 

「……糞が」

 

 そう考えて、吐き捨てた。危険性云々よりもリックの覚悟を冒涜したような気分になって、苛立つ。

 

 あと3部屋、2部屋、そして、最後の部屋。

 

 

 

 重い扉が、音を立てて開いていく。

 

 

 

 

 

 

「………… 、ぁ」

「―――――――――」

 

 

 

 

 

 絶句した。

 

 

 

 

 赤、赤、赤。狭い視界でも分かるほどの赤で塗りたくられた、まるで拷問部屋。

 

 そして、その中央に、無傷のヨレイが居た。

 

 

「ヨレイ、だよな」

「…………よし、むら?」

 

 茫然自失といった状態で、開き切った瞳孔でヨシムラを見るヨレイ。全身は乾いた血液で余す所なく装飾され、少し体を動かす度にパリパリと音を立てて剥がれ落ちる。

 

 そして、その下から出現する、電子回路のような血管めいた何か。ヨシムラが無意識に触れた頬の凹凸と酷似しているであろう物体が、彼女の肌全体に浮かんでいた。

 

「一体、何が」

「…………あのね、あたいの名前、UMP40って言うんだって」

「……は?」

 

 俯いて、唐突に喋り出すヨレイ―――――否、UMP40。もしや失っていた記憶を強いショックか何かで思い出したかと考えて、即座に都合のいい妄想として切り捨てた。

 

「サイドテールの、グリフィンの子が、教えてくれたの。あたいの名前と、そして、『その子の事を覚えてるUMP40(あたい)』がもうこの世に居ないってこと、そして、あたいは本来人形のはずだってこと」

「……」

「ぼんやりとその子の事を思い出して、つい名前を呼んじゃって。そうしたら、それを教えてくれたの」

 

 

 ―――――彼女は、自分が見聞きした事実をありのままに喋っているだけだ。それを理解して、口を噤んだ。何も喋れなかった。

 

 

「元々捕縛命令が下ってたらしくてさ。その子の部隊に追われて、その時点では逃げ切れたの。でも、問題はその後。焦って端末からデータを引き抜こうとしたら鉄血のセキュリティに引っ掛かって、大群が押し寄せて来たんだ」

「……」

「皆ボロボロになりながら生き延びて、それで、追いかけて来た鉄血とグリフィンと三つ巴になって、リックが両手に機関銃持ち出して、あたい達を匿いながら独りで戦って……」

 

 

 ぼそぼそと、語っていく。絶望の物語を、ヨシムラが居ない間に起こった悲劇を。

 

 

「音が聞こえなくなって、戦いが止まったのは分かったけど怖くて出れなくてさ。ヨイユメとコノヤとモモが代わりに食糧とか持ってきてくれてたんだけど、瀕死で帰ってきて、治療しても血が止まらなくて死んで、一人ずつ、目の前で、いなくなって……食料が尽きて、もう死のうかって首を切ったんだ」

「……」

 

 

 そして、結末が語られる。何より凄惨な結末が。

 

 

「それで、目が覚めたら血の海で、3人の死体が無かったんだ」

「―――――っ」

「おかしいよね。死体が動くはず無いのに。食料が尽きてるのに満腹になってるなんて有り得ないのに」

 

 ヨシムラは確信した、してしまった。エンジニアが己に行った事に、重なるから。

 

「ねぇ、何でなのかな? みんな、何処に行っちゃったのかな」

「…………わから、ない」

「……いじわる、しないで、よ」

「分かる訳、ないだろ」

「――――――」

 

 

 

 慟哭が部屋に反響する。仲間が生きていた安心感と、自分が仕出かしたことの絶望に打ちひしがれながら、喉が枯れ果てるほどに、子供のように泣き叫んだ。

 

 

 

 

 

 ――――――UMP40(ヨレイ)は、仲間の死体を食ったのだ。




プロローグ1/2 了


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

生存遂行

 ―――――困惑。それがが、目を覚ました少女が初めて感じたものだった。

 

 どうして自分ばかり、という思考が過る。

 どうしてこんなに意地悪なの、という妄想も過る。

 

 何も分からない。気が付いたら倒れていて、そして追われる。悪鬼の形相をした死人のような兵器達に、当たり前のように命を狙われて追撃される。

 戦う方法なんて知らない。逃げる方法なんて分からない。ただひたすらに走って走って走って、疲れたら少しだけ休んで、また走る。命の続く限り走って、その後なんて知るもんか。

 

「……いたい」

 

 ぽつりと声が漏れる。ふと何も履いていない己の足を見れば、どこかで踏み抜いたのだろう鋭利な瓦礫が肉を貫いており、あまつさえ融合し始めていた。

 力任せに、強引に瓦礫を引き抜く。まとわりついた肉がぶちぶちと千切れる嫌な音が響くが、気にしている余裕はない。近くに落ちていたぼろ布を裂いて包帯代わりにし、抉れたような形になった傷跡を覆う。

 

「……っ、う、あ」

 

 不意に零れる涙を拭う。泣いている暇はない、はやく、もっと距離を取らなければ。裸足だから薄く積もった雪の冷たさも辛いが、気にしている余裕はない。どうせ食べれば直るのだからと強引に自分で自分を説得して、血と傷跡だらけになりながら、褐色の少女は走り出した。

 

 

 

 

 ―――――狂気。それが、目を覚ました少女が初めて感じたものだった。

 

 全員同じ顔で、全員同じ衣装で、全員同じ思想。そんな生命体があってたまるかと絶叫したくなった。

 

「ふざけてる、あんなモノが命だと?」

 

 あの場所は狂っている。構成する全てが異常異質。あんな場所にいれば、どれだけ精神の強い者でも数日で発狂しかねない。いいや、確実に発狂する。アレはもう、この世にあってはならない―――――地獄だ。

 

「――――速い」

 

 追撃が来た。連中は思想だけじゃなく身体能力も常軌を逸している。幸いだったのはソレが此方にも反映されていること。自分が連中と全く同じ容姿というのはぞっとするが、その分身体能力も高い。

 

 何の抵抗もなく爆弾を手に突っ込んでくる純白の兵器5体。鋼鉄の足でその首を蹴り折って殺し、続いて飛来する大鎌を踵落としの要領で地面にめり込ませ、その白い髪の頭を派手に蹴り上げた。向こうはふらついており、脳震盪を起こしたらしいと判断して再び疾走。5体の持っていた爆弾が起爆したと同時に拾った煙幕と閃光弾をありったけばら撒いて目くらましにして、黒髪の少女はどうにか逃げ切った。

 

 

 

 

 ―――――殺意。それが、目を覚ました少女が初めて感じたものだった。

 

 殺したい、とにかく何かを殺したい。自分は見知らぬ誰かに似ているらしいが、そんなことはどうでもいい。

 

 最初はネズミや虫、猫やらで我慢していたが、どうにも物足りない。人間、あるいはあの機械人間―――――人形といったか。とにかく自分と同じ形をしたものを殺したくてたまらなかった。

 悲鳴はうるさいし、血や内容物は臭いしでどうにも不快だが、己の手で殺したという快感だけはそれの何十倍も心地よかった。ついでに洗えば食えたし、食った分だけ傷も癒えた。

 

「……ッチ、来たか」

 

 当然、敵は一方的に殺されてくれるわけがない。抵抗するし、仲間だって呼ぶ。殺しては逃げを繰り返していたら、いつの間にか特級のお尋ね者扱いをされていた。

 ああ、面倒だ。面倒で面倒で仕方がない。

 

「殺させろ、殺させろ、とにもかくにも殺したいんだ私は」

 

 隠れ家を早々に放棄し、拾ったトマホークと巨大な片刃剣を手に、黒髪にオレンジのメッシュが入った少女は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何のために生まれて、何のために生きているのか。

 目標を見失い、意味もなくただ生きて、結局手に入ったのは耐え難い空白だけ。

 

 何かに熱中できる時間も余裕もなく、誰かに共感される生き方をしてきたわけでもない。

 好きな物や趣味は一応出来たが、少し腹を括れば投げ捨てられる程度の執着。

 

 空っぽ、虚無、白色。

 

 無意味に一日を費やして、何かが欲しいという欲も沸かず、ただぼんやりと風と青空を感じられればそれで幸せ、無味乾燥。

 挙げ句の果てに世界が悪いアイツが悪いなんて適当抜かして自身の罪から逃避するのだから、どこまで救えないんだお前はと自分で自分を[[rb:詰 > なじ]]りたくなる。

 

 自分勝手、自己中心的。

 

 そんな怪物に救いなんて要らない。そんな生き方に意味も価値も無くていい。

 

 人間の悪辣さを見過ぎて、人間に興味がなくなった。

 自分の惨めさを自覚して、自分が誰より嫌いになった。

 

 

 まず断言しよう。何処まで来ても、自分は―――――ヨシムラという男は、屑でしかないのだと。

 

 

 

 

 

 襲い来る人間に瓦礫を投擲。脳震盪でぐらついた隙に銃火器を奪って銃床で思いっきりぶん殴って頭蓋骨を陥没させ、倒れたところを踏みつけて首を圧し折る。これで「元」犯罪者が一丁あがり。

 当然相手も馬鹿じゃない。此方を敵と見なして銃弾の雨霰をぶちまける。

 

 けれどほら、ここに良い[[rb:肉塊 > たて]]が有るわけで。

 背中側のプロテクターを引っ掴んで持ち上げて弾除けとして使い、ついでにぽろりと落ちた首を回収、小細工を施す。

 一瞬銃弾が止む。瞬間、手に持ったまだ温かい生首を投擲。口腔内に捻じ込んだ手榴弾が炸裂し、脳漿と血肉の雨を降らせる。

 

 いくら死体慣れしていても、結局は人間。ほんの先ほどまで談笑していた仲間が眼前で無残に炸裂すれば、物理的な殺傷能力が無くとも隙を晒す。

 

「―――――あ」

「じゃあな」

 

 手に持った拾い物の銃火器の引き金を引けば、乱射される散弾で後ろの数人ごと木っ端微塵。何が起きたと呆然としている若者の頸動脈をナイフで裂いて赤い噴水を作り、その首を掴んで振り回し血で視界を潰す。

 

 ほら、どうしたよベテランさん、なんて安い挑発はしない。そんなことをしている暇があるなら引き金を6回は引ける。そして、それだけやれば十二分だ。貫通と衝撃波で周囲を挽き肉だらけに出来る。

 

 ほんの数分かそこらで、邪魔だった連中は軒並み排除完了。生存者はゼロになった。

 

「土産は……これでいいか」

 

 転がっていた片腕と片足を拾い集める。内臓は食えないことはないが臭いし処理も大変だから、なるべく避けるし掃除する。しかし、今回の相手は外も内も真っ黒なカルト連中だったから後始末の必要はないだろうと、入り口を向いた―――――瞬間。

 

「……」

 

 響いた銃声の方向を振り向く。銃弾はあらぬ方向へ飛んでいき、此方を掠りもしていない。

 其処にいたのは、まだ年若い少年だった。見た目からして十代後半。片腕と脇腹が吹っ飛んで、無残な姿を晒しながらも気骨一本で立って、こちらへとハンドガンの銃口を向けている。

 

「……なんだ、生きていたのか、君」

 

 見覚えのある顔。自分が吐いた入信希望という妄言を信じて案内した張本人が、そこにいた。純真そうで優しかった人柄は何処にもなく、ただただ修羅のような顔で此方を睨みつけ、壁に身体を押しつけながら銃を持つ。

 

「う、ぎィ……黙れ、この、悪魔が」

「……」

「我らの、希望を、安寧を打ち砕き、人間を駆逐する悪魔の手先、お前は、お前だけは……!!」

「ご立派だね、本当に」

 

 失血寸前、激痛は全身に。もはや意識を保つのもままならないだろうに、こうして動こうとするのは何なのか。

 狂信か、信念か。意志の力がそうさせているのだろう。自分たちが正義で、相手が悪魔だと本気で信じ、そして信じる正しさのために駆け抜けようとしている。確かにカルト教団で、テロリストだ。しかし、そこにあるのは紛れもない救いへの願いだった。

 

 嗚呼、尊敬するよ。こんな人でなしより何倍も格好良いさ。でも―――――――

 

 

「悪いね」

 

 

 でも、それはそれ、これはこれ。

 

 

「顔見られたから、死ね」

 

 

 顔を覚えて追われては困るから、躊躇いなく引き金を引いた。

 

 その後ろにいた想い人であろう少女と、首魁であろう痩せぎすの男の胴体も、諸共に吹き飛ばしながら。

 

 

 

 

 

 走り抜ける。獲物は既に得た、後は逃げ帰るだけ。

 人間ならばともかく、戦術人形の一団を相手に戦えると思える程自惚れてはいない。

 

「くそ、速い!」

「待てえっ!!」

 

 制止を勧める声と共に放たれる弾丸を、姿勢を低くすると共に左右へ小刻みに動いてかわす。回避というよりは狙いを絞らせないための技術だが、走りながらの発砲という非常に狙いにくい状態だった事も幸いしてか、一発も食らうことなく弾切れへと持って行くことができた。

 

 銃火器という武器である以上は当然ながら弾が切れれば補充するし、その間一瞬は此方から目を離す。その隙に閃光手榴弾を放って視界を眩ませ、動きが止まると同時に煙幕も張り、相手が困惑している間に逃げおおせた。

 

 

 

 

 煙幕が晴れたと同時に周囲を見渡すも、標的の姿は既に何処にも無い。仲間と自身のダミーを利用して周囲を探るもその影はなく、まんまと取り逃がしてしまう失態を晒したことに、落胆しながら人形は連絡を行う。

 

『……また、逃げられたか』

「ごめんなさい指揮官……何て詫びれば良いか」

『いや、いい。逃走については一家言あるような連中だからな、仕方ない』

「……ええ」

『とにかく、一度戻ってきてくれ。作戦はまた練り直せばいい』

「了解」

 

 通信を切断し、仲間を呼び集める。任務失敗ということもあってか、やはり皆の顔はどこか暗い。

 

「帰るわよ、皆。指揮官も、もともと捕まえられる可能性の方が低かったし仕方ないってさ」

「そっか……でもちょっと自信なくすなぁ。これでも足には自信あったのに」

「帰ったらお説教とかでは無いんですよね……?」

「そこまで鬼畜じゃないでしょ」

「でも凄かったよね、走ってる途中で狙いは付けてなかったにしてもスコーピオンの乱射を避けるなんて」

「うーん、一発くらいは当たると思ったんだけど」

 

 あれこれと姦しく、追跡中の剣呑さが嘘のように騒がしく基地への帰路に付く少女達。その手には無骨な銃器が握られ、いっそ不釣り合いですらある。

 

 彼女達は人間ではない。人型の機械兵士―――――戦術人形。各々の武装と刻印により繋がり、そして銃の名を己の名として纏う戦士達。

 

 

「……放浪者、貴方達は一体何者なの……?」

 

 

 その一人、小隊のリーダーであるSR-3MPは小さく呟く。姿以外の情報が何も無く、依頼人が探しているから捕まえろとだけ伝えられたその任務にずっと疑問を抱きながらも、兵士として忠実に指令を執行する。

 

 その衣服には、彼女の所属するPMC「グリフィン&クルーガー」のエンブレムバッジが輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 廃ビルの地下に作った拠点に戻り、深く息を吐いた。それだけで、何もかもがすっきり消えていくような感覚に襲われる。

 ―――――何も感じない。どこまで行っても空っぽのまま。人を殺したという罪悪感も、久々の食糧を確保したという達成感も、なにもかもほんの少し意識すればきれいさっぱり真っ白。表面的な感情は幾らでも感じ取れるのに、その奥へ触れようとした瞬間に霧散してしまう。

 どうしようもないほど「人でなし」だと自嘲しつつ、そんな感傷もすぐに消えてしまった。

 

 

 仲間を殆ど失ってから長い時間が経った。実際にどのくらいなのかはカレンダーも時計もないから分からないが、新しいPMCの基地が近辺に出来て難民キャンプが形成される程度の時間は過ぎている。

 仲間の死体を食ったヨレイは、数日を一緒に過ごしてから姿を消した。独りぼっちで身軽になった自分は、人殺しと死体漁りを始めた。サトウの捜索を諦めていないせいか、あるいは本当にただの洗脳や催眠の類だったのかは分からないが、未だに自滅装置は起動していない。

 

 時折ヨレイと再会することは有ったが、互いに成果はないままだった。依然サトウも他の200人近く居るはずの同胞も行方知れず。

 加えて、彼女は名前を改めて40-Dと名乗っているらしい。人形めいてると揶揄ったら苦笑いしていたのは記憶に新しい。

 

 ごく最近聞いた噂では、何でも鉄血工造のハイエンドモデルに遭遇する頻度が上がっているらしい。

 ただ上がっているだけならばともかく、生還者からの情報となれば別だ。それはすなわち、目撃者を殺して回るよりも重要な何かが起きたかと推測が出来る。なんにせよ、人間でも人形でもない自分達は襲われないと決まったわけではない。戦術人形に勝てない自分が、軍用設計の鉄血に勝てるとは考えたことも無いし、あんなバケモノ共には遭遇しないことが一番だろう。

 

「んぐ、やっぱり不味い」

 

 ぎちり、めちりと音を立てながら、腕を食い千切る。色白で柔らかそうな見た目に反して、その音は何処までも生々しく、そして異質。

 通常の生物であれば真面な栄養にはならないだろう人間の血肉を食って、栄養としていく。

 

「……物資が見つからないんだ、しょうがないだろう」

 

 自分で自分を納得させる。苦労して缶詰やレーションでも探せばいいのに、“そっちの方が楽だから”という理由で人肉食に手を染めて、あまつさえ自己弁護。とうとうヒトから外れた怪物だと自嘲しながら、骨もバキバキと噛み砕いて腹に収めていく。ゴミ袋一杯に集めたはずの亡骸は、30分も経たずに空となっていた。

 

「これでも腹が膨れないとは、いよいよバケモノになって来たな」

 

 そもそも食人自体が問題なのだが、それ以外にも異常はあった。[[rb:40-D > ヨレイ]]と別れた日から、明らかに身体の燃費が悪化しているのだ。当時は1カ月に手足の数本食えば十分だったのに、今や大型のゴミ袋一杯に集めてもまだ足りない。いつか街一つ分食い散らかしても空腹になる日が来るのではないかと怯えたくもなる。

 

「……行く、か」

 

 食糧とサトウの手掛かりを求めて、ヨシムラは再び動き出す。ほぼ視覚の代替といって差し支えないほどの機能となった聴覚は、音の反響を立体地図に変換して情報を伝える。

 

 

「―――――あとどれだけ、こんなことを続ければいいんだろうな」

 

 

 夜明けの日が射しこむ中、フードを目深に被ってヨシムラは地上へと出て行った。

 

 市街地に侵入し、そのまま路地裏へと進んでいく。PMC主導で都市が建築されていたとしても、路地裏という日の当たらない存在からはどうしても避けられない。そして、そう言った場所は往々にして―――――

 

「やめ、 ぁ」

「ひ   」

「く   ぴ ぁ??」

 

 死のうが生きようがどうでもいいモノの巣窟故に、どれだけ事を起こしたとしても気にする者はいない。ついでに言えば、此処にたむろする数が減れば減るほど犯罪の温床も減っていく。

 ついでに言えば、どれだけ狩ろうともこういう存在は減らない。一つの町から駆除する間に、一度駆除し切った街に再び湧いている始末だ。ゴキブリよりも質が悪い。三度の共食いを経験しようとも、人間の本質は変わらないのだとうんざりもしたくなる。

 

「これだけ死臭を撒き散らしても警備兵の一人も来ない、か。いっそ不気味だな」

 

 成果物を大型のゴミ袋に詰め込みながらぼやく。その行為への嫌悪すら塗りつぶさんと襲ってくる空腹感を血の臭いで誤魔化しながら、自身がどんどん人間から離れていくのを実感する。

 

「……あれは」

 

 袋一杯に詰め込んだところで、ふと目に付くものがあった。綺麗であったはずの衣類は無残に破かれ汚され、綺麗だったであろう長髪がくすみ、鼻をつんざく異臭が漂っている。傍に転がるのは、長大であっただろう真っ二つに折られた銃身。

 自分が今いる場所と、その穢れながらも整った顔立ち、そして劣情を誘っていたのであろう肉感。何が起きたかは明白だった。

 

「―――――」

「……不幸だったな、アンタ」

「―――ろ、 して」

「悪いが俺には関係ない。俺の耳の届かないところで、勝手に死んでくれ」

 

 冷淡に、そう突き放す。他人を気に掛けている余裕など此方には微塵たりとも無いのだと言い聞かせてその場を去ろうとするが、コートの裾を人間らしからぬ膂力で掴まれ、そのまま死を望む目で見つめられた。

 

「……ああ、なるほど。アンタ、人形か」

「こ してよ」

「知るか。俺はお前の死神じゃない。介錯なら同じ人形にでも頼んでくれ」

「ころ て 」

 

 もはや用を為さぬ程に潰れ、人工血液を吐くばかりの喉を更に酷使して何度も懇願してくる。華奢な身体で地面に這いつくばって、涙を流す余力すらなく必死に死を願う姿は余りにも惨め。

 そして、喪失している視覚の分鋭敏化した聴覚は、機械的に絞り出される「殺して」という言葉の合間に挟まれた本心を嫌でも感じ取ってしまう。

 

 殺してくれ、殺してくれ、殺してくれ―――――――――助けて。何度求めても与えられなかったものを、目の前の機械兵士が安易に求めているという事実に吐き気すら覚える。

 

「……無視して、殺そうとしてきたくせに」

「―――ろして」

「捕まったらどうなるって言った? 尋問だって俺は聞いたぞ、お前の仲間から」

「こ   て」

「その気になれば両手足軽く砕いて捕まえられる癖に散々追い回して、どんな気分だった?」

「ころ、 て よ」

「逃げるために一人ずつ犠牲になって自決したんだぞ、手榴弾と崩壊液の小瓶で!!」

「―――――て」

「……」

 

 ああ、腹立たしい。恨めしい。憎たらしい。何より、惨めで、眼前の死に体に八つ当たりしている自分がどこまでも嫌になる。だから……

 

「殺してなんて、やるものか」

 

 手っ取り早く目の前のイヤナモノから目を背けるために、その細い首を裂いた。

 

 

 

 

 

 

 からり、と小さな音が鳴って扉が開く。

 市街地の片隅にぽつりと存在している古びた店。軒下の看板には“fix(修理)”と申し訳程度の看板が提げられている。その中では金属を弄る音が鳴り響き、赤熱した物体が叩き上げられては冷却され、そして削られて再び叩かれる。

 作業をしているのは、両腕が機械義手の老人。枯れ丸太のような屈強な身体が作業服へ窮屈そうに押し込まれ、その表情は当人の偏屈さを如実に語っている。

 

「……また来たのか、このボンクラが」

「俺はアンタ以上に信用できる人間を知らないぞ、ウォッカ爺」

「後ろ暗い事をやっている自覚があるのならとっとと去れ愚物」

 

 口を開けば出るのは罵倒。しかし、それを気にする様子もなく適当に受け流し、ヨシムラはその手に持った布の塊の中身を広げた。

 転がり出たのは、無残な姿の人形。首の回路をナイフで切断され、人工皮膚はあちこち剥がれて内部の機械が露出、ボロボロの衣服を申し訳程度に纏った華奢な四肢はズタズタになっていた。

 当然、そんなものを自宅の床にぶち撒かれて苛立たない家主は居ない。舌打ちを一つ、今の今まで扱っていた部品を静置してウォッカは道具を片付け始めた。

 

「……どこで拾った」

「その辺の路地裏だ。食料調達のついでに、な」

「悪食も大概にしろゴミ。失踪者が増えたと喧しくてかなわんのだぞ」

「そこら辺の缶詰より悪人の方が安上がりなんでな」

「ハッ、違いないな。お前のような屑畜生が山ほどいる世の中だ」

 

 罵倒の雨あられをぶつけながらも人形の様子を確認していく。そして、苛立たしげに数回舌打ちをしてからヨシムラへと向き直った。

 

「抵抗されぬように首の伝達系を裂いたか、まったく、総交換とは面倒な。……それにしても貴様、コイツをどうする気だ? 戦術人形なぞ一つや二つ消えたところで雇い主は大して気にせんだろうが、それにしても使い道などあるまい」

「……」

 

 返答に詰まり、そして言葉をかみ砕く。何故、と聞かれれば八つ当たりとしか答えられないのだから、自分の矮小さに反吐が出そうになる。

 

「……随分と尊厳も何もかも蹂躙されたらしいからな、生かすには十分な理由だろ」

「フン、またそれか。己と同じように惨めに生きろと? 随分阿呆のような発想よな、矮小が」

「………………そんなことは」

「自分が一番わかっている、とでも? ハッ、だから貴様は何時まで経っても愚図なのだボケが」

「……」

「そうやって拾うだけ拾って野放しにする輩が一番タチが悪いのだ。責任も取れんのならその場で食い荒らしてしまえばいい」

 

 それなりの付き合いとはいえ、本心を見透かされての口撃はかなり堪える。しかし本心故に言い返すことも出来ず、不貞腐れて黙る事しか出来なかった。

 

「……とりあえずは直してやろう。金は要らん、ゴミを多少マシなガラクタにするような仕事で貰った所で嬉しくも無いわ」

「……分かった」

 

 明後日の夕方に取りに来い、という言葉を聞きながら、ヨシムラはウォッカの住処を後にした。

 

 

###

 

 食う、食う、食う。

 拾い集め、狩り集めた“食料”を食い荒らす。

 

「ぐ、が、ぐううぅ」

 

 死臭が蔓延する地獄のような様相の中、有機無機の区別すらつかずに一心不乱に喰い漁る。大して美味くもないのに、空腹を誤魔化すために血と肉片を散らかしながら消費していく。

 既に一日で食べた量は大型のゴミ袋で4つを越えている。だと言うのに腹の虫は鳴り止まず、それどころかもっと寄越せと主張して止まない。

 

 何かを考える暇も無く食い尽くし、袋の中の金属片すら咀嚼して飲み込む。しかし、それでも膨らまずに空腹の合図を出す腹。

 

「クソ、がぁ!!――――――げほ、えほ」

 

 いい加減腹が立って自分で自分を殴るも、返ってくるのは激痛のみ。どうしようもない程に非生産的なループを繰り返している。ただひたすらに苛立ちと言いようのない焦りのようなものが、心を蝕んでいく。

 

「……どうなってんだ、俺の身体は」

 

 何度目かも分からない弱音を吐く。気分が紛れるかと点けてみたラジオも、何の役にも立たないバラエティを垂れ流すばかりで気休めにもなっていない。聞いているうちに苛立って、遂には手で弾いて壊してしまった。

 

「くそ、くそ、畜生、何も手が無い」

 

 頭をぐしゃぐしゃと掻き回して髪を掴む。その行動が何の意味も持たないと分かっていながら、八つ当たり先を求めてうろうろと歩き回るしかなかった。

 

#####

 

 

 正規軍の施設の一室。そこで、二人の男が話していた。片方は儀礼的な軍服に身を包み、その顔に皺を刻んでいる。もう片方は煤だらけの白衣を着ている無精髭の若者。軍という環境において、年齢と身分の差というのはほぼ比例している。余程の例外を除けば親子ほどの年の差があろう見た目の人間が対等に喋っているというのは、見る者が見れば違和感しか覚えない光景だった。

 

 

「――――では、リコリスの成果は未だ手に入れられず、と」

「そういうことになるな。まぁ自分から逃げたというのなら仕方がない」

 

 多少の苛立ちすら込めて、軍服の男が白衣の男に問いかける。それなりの威圧を掛けられているのだろうに、白衣の男は微動だにしていなかった。それどころか、その状況をどこか楽しんでいるようにも見える。

 

「あくまで白を切るか、サトウ。お前の差し金だろう」

「何を言うかと思えばそれかカーター? 私だって彼の研究成果は喉から手が出るほどに欲しいよ。君たちが少し頑張れば手に入るというのなら、それを邪魔する気は無い」

「どうだかな。世界平和などという妄言を掲げる狂人を信じるほど、私は馬鹿ではない」

「はは、良く分かっているじゃないか。我々の関係は利害の一致だ」

 

 軍服―――――カーターが殺意すら込めて睨みつけるも、白衣―――――サトウは一切意に介していなかった。それどころか笑い、そして疑うことも無く差し出された紅茶を飲む。そして、渋面を作り半眼で下手人を睨んだ。

 

「……ふむ。カーター、毒を盛るならもっと分かりづらくしなければ駄目だよ? これではすぐに気づかれ、そしてその瞬間に反撃される」

「………………チッ、化け物が」

 

 空気は険悪の一言に尽きる。互いが互いの寝首を掻くことに躊躇いが無い。カーターの後方に構える軍用人形と、サトウの後方でアサルトライフルを構える男―――――エゴールの存在も相まって、小心者が入り込めば心停止を起こしてしまいそうなほどの重圧が一室を満たしていた。

 

「そうだね、化け物だ。僕の理想はそういうものだよ、知っているだろカーター? 一体何十年の仲だ?」

「ふん、軍に技術を貸し与えているのは知っていたが、貴様が旧知の仲だとして信用する気は微塵もない」

「やれやれ、昔からそうだな。一途で頑固だ」

 

 和気藹々と話すサトウに、親の仇を見るかのようなカーター。対になるかのようなその雰囲気が、更なる殺意を呼び起こす。

 

「そう、いつもそうだカーター。だから―――――――――

 

 

 

 

 ―――――――君は此処までだ」

「な―――――」

 

 

 ずぷり。その音と共に、エゴールの投擲したナイフがカーターの右腕に突き立つ。それだけに留まらず、カーターの背後に居た軍用人形がナイフを強引に捩じって腕をもぎ取った。

 

「ぐっ、ぎぃあ、が」

「ああ、勘違いしないでくれよ? 僕は元々こうするつもりだったんだ。正規軍は強すぎるからね、少しばかり貰っても問題は無いだろう」

 

 ぎしり、という異音にカーターが振り向けば、その原因は軍用人形だった。

 

 

 

「A aaaA e aa eeeeeee」

 

ぎし、ぎし、メリメリメリ。金属骨格を内側から破るように肉塊が這い出す。歯が、舌が、喉が形成され、そしてその手に持った人間の腕を咀嚼し始める。

 余りに冒涜的で、余りに非生物的。地球に存在しない、してはいけない魔獣が顕現し、そしてその空腹を満たすために稼働する。

 

 そして、眼前で人間の一部を食っている怪物が居るというのにエゴールは微動だにしない。それどころか急速に肉体が老化し、瞳孔が白化し始めた。

 

「げ、か、かかかかかかかかかかか―――――――」

「ふむ、維持薬はここらが限界か。それでも96時間も保ったのだから合格だ」

「………………なる、ほどな、最初からか。となれば、これは……私のミスか……」

「ああそうだね、君がほんの少しの違和感にも気づけなかったのが悪い」

 

 もう片方の腕も掴まれ、無残に食い荒らされる。その酸鼻極まる光景を前にして、サトウは未だ嗤っている。そして、気味が悪い程に静謐な声でカーターを諭すように話していく。

 

「しかし心配しないでくれ。正規軍というシステムは維持するさ。コレが無いとELIDは止められない。ただ民衆の知らない上層の首が総じて挿げ変わるだけだ。表面上は何も変わらないし、君達の作戦にも変更はないから安心していい」

「ぐぅ、あああああああッ!!!」

 

 笑う笑う、嗤う嗤う嗤う。眼前で嬲られていく昔馴染みを前にして、そして嗤っている。

 

「そろそろ僕も動かなければならないからね、少しばかり借りるとするよ。先程も言ったが、何も心配することは無い。安心して眠ってくれ」

 

 

 そして、怪物に肩を掴まれたカーターを尻目に、淀んだヘドロのような瞳を向けて呟いた。

 

 

「君たちの義務は、僕が果たしておく」

 

 

 めきり。

 その音を最後に、カーターの意識は閉ざされた。




Tips

・ヨシムラ
 盲目の青年。はめ込まれた義眼は、瞬間的とはいえ人形の視覚をハックして操作できる。
 主人公という運命は、間違いなく彼を苦しめるだろう。

・40-D(ヨレイ)
 ヨシムラとは別行動をしながら、サトウの行方を探っている。
 彼女を囲う過去は、決して彼女を逃がそうとはしないだろう。

・サトウ
 情報がありません

・エゴール
 既に死亡証明が出ています

・カーター
 彼は多忙の身です


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。