俺は/私は死にたくない!~死亡√は断固拒否です~ (黒三葉サンダー)
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プロローグと呼ばれてしまうもの

もうこの作者の前書きとかいらんでしょ?
次いこ!次!


とある辺境の地。豊かな緑が溢れ、川のせせらぎが心地よいそこには何代にも渡り優秀な騎士を輩出する名家があった。

 

名をユーストラス家。王都から最も離れた地でありながらその名前を世に広めている一族であり、冴え渡る剣技は剣舞さながらの美しさもありながら絶技として完成されており騎士たちの憧れでもある。特にユーストラス家の初代、コルネリア・ユーストラスの剣技は次元の壁さえ斬り崩したと言われているほど。

しかも王都へ出向いた一族の者は必ず成功してきたのだ。王直属の近衛隊隊長、王国騎士団長、王国騎士指南役、竜の討伐、国を守った英雄等々、話題には事欠かないのが人外魔境の巣窟ことユーストラス家なのだ。

 

そんな歴史ある名家に、新しい生命が既に誕生していた。

 

 

 

 

 

───────

────

──

 

 

 

 

腕の中であーうーと言葉にならない声をあげながら、小さくて柔らかい手を女性へと伸ばす。女性はそれをにこやかに見ながらそっと人差し指を差し出すと、ふにゅっとした感覚が女性の指から感じられる。

幼子が女性の人差し指を掴んだのだ。まだあまり目が見えないはずの幼子の行動に驚き、そのエメラルドのような瞳が女性の瞳をしっかりと捉えていることに胸がキュッと心地よくしまり、顔が熱くなる。

 

つまるところ、女性は我が子にメロメロだった。

 

「まぁ!見てあなた!アリシアが私の目をしっかり見てるわ。しかもギュって小さい手で人差し指を掴んで離さないし、もう可愛すぎる!」

「うむ!ルクシアの時もそうだったが、俺達の子はまさに天使の生まれ変わりかもしれん!いや勿論今のルクシアだって断然天使過ぎて可愛いが!」

 

否、両親どちらもメロメロだった。アリシアの母であるレリィは頬を染めてアリシアの頬をちょんちょんとつつくと、アリシアはくすぐったいのかキャッキャと元気に笑う。その光景の尊さに父シグムッドは胸を抑えて蹲った。

 

完全な親バカである。むしろ大丈夫かこの父親。

 

アリシアの姉であるルクシアは現在学習院で勉学に励んでいるためこの場にはいないがルクシアもアリシアにゾッコンであり、この後も学習院が終われば真っ先に家に帰ってきてアリシアに会いに来るだろう。それほどまでにユーストラス一族は家族想いでありファミリーコンプレックス、所謂ファミコンなのである。同じ村に住むご近所さんなんかもシグムッドとレリィのイチャつきぶりに血反吐が出てしまうレベルなのだ。

そしてどの時代も末っ子が一番愛され可愛がられるのは変わりなかった。

 

しかしこの幼子、可愛らしい見た目に反してただの幼子ではなかった。

 

 

 

何故ならば─────

 

 

 

「きゃっきゃ♪(うぉぉぉ!?クールになれ俺!肉体年齢に負けるな!相手は精神年齢では年下──あっ、なんか楽しくなってきたかも……)」

 

 

 

中身は俗にいう転生者であり、元おっさんなのだから。

 

 

 

「あぅ……zZZ(あっ……やべ……急に眠気が……zZZ)」

「アリシア?あらあら、疲れて眠っちゃったみたいね」

「寝顔もお前に似て可愛らしいものだ。それこそ姫様にも負けないくらいの美人になるぞ、ルクシアもアリシアもな」

「あなたったら、恥ずかしいわ……」

「なに、ほんとのことさ」

「あなた……」

「レリィ……」

「zZZ」

 

揺り篭の中にそっと寝かされたアリシアを起こさないように、されど情熱的にイチャつき始めるシグムッドとレリィ。この後急いで帰ってきたルクシアの声によってアリシアが起こされるまでがテンプレだったことをここに記す。

 

 

体は幼子、中身はおっさん転生者の明日はどっちだ!?

 

 

 




まぁ気分が乗ったら何か書くかもね!


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状況整理と呼ばれてしまうもの

はじめまして!わたしはアリシア・ユーストラス!まだまだ育ち盛りの六歳です!皆よろしくね!

………まさか自分が幼女になるなんてこれっぽっちも思ってみなかったぜ。

 

改めて挨拶しよう。俺の今世の名前は先程の通りアリシア・ユーストラス。元々は冴えない平社員であり、ゲーム好きなモテないおじさんだった。特出したことは特になかったし、頭が良かったわけでもないが自分が出来ることはどんどんやって仕事を増やしてきたし、信頼を勝ち得て上司とも上手くやっていけていた。

 

そんで今後の会社の行方を左右するほどのプロジェクトを任されて、「おっしゃあこれからやってやるぜ!」って矢先にこれだ。

早い話、俺は会社の誰かに殺されたわけだ。理由は多分妬みとかやっかみじゃないかと考えている。

普段冴えないあんな奴がどうして一大プロジェクトの主任に任されたんだとか、上司はなんでパッとしないあんな奴を気に入ってるのかとか、色々陰口を言われたものだ。確かに業績だけみればお世辞にも良いとは言いづらかったけどな。でもこちとら地道に積み重ねて頑張ってたんだよ。親に甘やかされて育ってきた奴らには耐えられん程の屈辱だったってことかね?だがこっちは愛の鞭打たれて育ってきたんだ。若いもんと一緒にするでない!

 

おっと、話が逸れたな。まぁそんなこんなでいつの間にかこの世界に生まれた俺は絶賛親と姉の有り余る愛情を一身に受けてすくすくと順調に育っている。正直心地よすぎてダメになりそう。

なんという甘い密。こりゃゆとり世代を馬鹿に出来ない。姉がかっこ可愛い過ぎてほんとつらい。

 

ちなみに俺が転生したこの世界、元々は〈princess knight〉と呼ばれていた有名なゲームであり俺もプレイしたことがある。内容としては孤児である主人公のクレストがとある貴族に拾われ、メインヒロインと共に王都の騎士学園へ通う物語となっている。そこでクレストは様々なヒロインと出会い、イチャついたりなんなりで物語が進んでいくのだ。

ここまで言えばもうお分かりいただけただろう。

 

そう!このゲームはギャルゲーである!!

 

貴重な姫騎士のくっころが見れたり、√次第でヒロインが亡くなってしまうこともある癖のあるゲームなのだ!

しかも全ヒロインと主人公にも死亡√が作られているという徹底ぶり。

そしてその中でもダントツに死亡√が多いのがルクシア・ユーストラスというヒロイン。つまり我が姉なのである!

 

あぁ!なんということだ!なまじヒロインの中でも一番強いこともあり、戦うことになる敵が強キャラばかり!しかも本人は仲間の為に命を散らすことも厭わないまさに騎士のような人物!ヒロイン三人と主人公の四人がかりでも圧倒するようなイカれた戦闘力を持つ頼れるお姉さま!そして俺はその実妹だ。

なんとこのゲーム、実は戦闘システムがあるのだ。それぞれ各主力キャラにはスキルや特技があり、ステータスの成長具合にもバラつきがでるRPG要素もある。

 

あぁそうさ。戦闘があるんだよ!そのせいで死亡√盛り沢山だよちくしょう!

 

ユーストラス家は世界的に名が広まっているため敵もこちらをバリバリに警戒するし、戦力もルクシアを殺すために集中させたりしてくる。そうなれば同じユーストラスの名前を持つ俺だって例外じゃない。いや逆にルクシアを嵌める罠として俺が利用されることだって充分有り得るのだ。しかも相手は魔王復活を企む魔族ども、その実力は魔王幹部レベルと言われていたくらいだ。

 

いや洒落にならんって!ルクシアがリタイアしてしまえば前半から中盤がマジで詰みゲーになりかねん!そうなれば俺の命も危うい!平穏に暮らそうともヒロインの妹という星のもとでイベントから逃れられる保証は限りなく低い。

俺はもう死にたくない!だからと言ってルクシアを見捨てるなんて気も更々ない!ならばどうするか?

 

徹底抗戦だ!死亡√は断固として認めん!んなもんクーリングオフ制度使うまでもなく受け取らねぇわ!

俺は無事に生き延びて推しとイチャラブするんじゃい!

あぁお父様、お母様。孫の顔を見せる事が出来なくてごめんなさい。孫はお姉さまが作ってくれる筈なのでそちらにご期待ください。

 

「はぁ……前途多難だな」

 

目の前の姿見鏡に映る美少女が憂鬱そうにしている。

金髪のゆるふわショートヘアに母譲りのおっとりしたタレ目、背は小さくて胸もペッタンコな美少女、それが今の俺だ。蝶よ花よと愛でられて育てられてきた結果か?いや関係ないか。そもそもまだ六才だし、これからが本番だろう。お母様は大変立派なものをお持ちだし、俺の未来は残念ながら明るい。

ほら、元は男な訳だし違和感があるんだよ。いやもうこの体に違和感は無いけどさ。そもそも生まれ持った体ですし。

うんうんと鏡の前で唸っていると控え目なノック音が聞こえてきた。

 

「アリシア。入るぞ」

「お姉さま?どうぞ~」

 

ルクシアの声が聞こえた瞬間すぐさま表情筋を整える。その間僅か一秒足らず。シャラン♪と音が聞こえそうな回れ右で振り返った時にはおっとり笑顔でゆるゆる挨拶!先程まで憂鬱そうだった少女は一体どこへ、ここにいるのはその笑顔で家族みんなを虜にする生まれながらの天使だ!

 

「お姉さま、如何なさいましたか?」

「父上が呼んでいたぞ。アリシアももう六才だから、適正を調べなきゃいけないんだ」

 

そう言って少し残念そうに笑うルクシア。俺やお母様とは違ってちょっとつり目がキリッとした凛々しさを感じさせる。事実我が姉はお父様の血を色濃く継いだのだろう。女性でありながらスマートな佇まいと女性をコロッと堕としてしまいそうな甘いフェイス、それでいてまだ成長途中でありながらも女性らしさを感じさせる身体つきにギャップ萌えが!

 

「まぁ!それではわたしもようやくお姉さまと同じ騎士様になれるのですね!」

「ふふ、そうだな。もっともまだ私も見習い騎士同然。アリシアの期待には答えたいが、まだまだ騎士と呼ぶには未熟だよ」

「お姉さまの実力でしたら騎士様と呼ばれても誰も文句は言いませんわ。それに、お姉さまがまだ未熟と仰られるのならわたしは少しだけ嬉しいです。お姉さまと一緒に立派な騎士様になれるチャンスがあるのですから!」

 

俺の言葉に照れ隠ししてるのか、肩にかかったおさげを弄り始めていたルクシア。つかマジで俺よりも二歳しか変わらないのに大人とまともに剣打ち合えるってなんだよ。同年代の子供たち全員お姉さまに打ちのめされてるじゃん!お姉さまはちゃっかりこの頃からファンクラブ出来始めてるんだって裏設定おじさん知っちゃったよ!

それとルクシアと共に強くなるというのは俺の現在の目標だ。

本編ではルクシアが一人で大立ち回りしていた為に詰みゲーぎりぎりで回避出来ていたが、もはや転生してこの世界の住人になってしまった以上姉一人に負担を掛けさせたくはないのが気持ちだ。

 

「っ~!もう!そんな可愛いことを言ってくれるな!本当なら私も父上もアリシアには危ないことをさせたくはないんだからな!」

「お姉さまもお父様も心配性なんですから。それにもしわたしが危なくなってもお姉さまが守ってくれるのでしょう?」

「当たり前だろう?私の可愛い妹を見捨てる筈なんて無いだろう。何があってもアリシアは私が守ってやるさ!」

「うふふ、ありがとうお姉さま。わたしもお姉さまを守れるように強くなりますから!」

「アリシアぁ!本当に可愛いなぁもう!」

「わっぷ」

 

八歳とは思えない将来有望なお身体に抱きしめられる。頭一つ分身長が違うため、俺の頭はルクシアの胸の中へと収まるのだ。

 

 

あ~^お顔が柔らかな感触で天国なんじゃ~^

 

 

結局この後お父様が直接呼びに来るまでルクシアとイチャつき続けたのだった。

 

 

 



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アーティファクトと呼ばれてしまうもの

この作品はコメディです。大切な事なのでもう一度。

この作品はコメディです(鉄の意思)


お姉さまと姉妹でイチャついていたところをお父様に捕まって、村の教会へと向かっている俺氏。護衛としてお姉さまも付いてくるということで道中も安心だ。

いや、そもそも護衛が無くともこの辺りにはそんな凶悪な魔物とかは出てこないから安全だ。この妹から離れたくないから護衛だと言い出した感じある。

 

「なぁアリシア。や、やっぱり止めないか?アリシアはまだ六歳だ。騎士を目指さなくとももっとやってみたいこととかあるんじゃないか?」

「お父様ったら、そんなに心配なさらないで下さい。わたしとて誇りあるユーストラス家の一人ですもの。騎士を目指すことに迷いはありませんわ」

「父上、アリシアの事は私にお任せください。この身に代えてもアリシアは守ってみせます」

「う、うむ。ルクシアがそう言うのであれば……ぐぐ…」

「もう!お姉様まで!」

 

お父様とお姉さまの過保護っぷりにプリプリと怒る俺氏。良いぞ、自分で言うのもなんだが女の子らしく振るまえてるぞ!たまにボロが出そうになるが……。

 

そんなことよりも今回行う儀式である!これは〈princess knight〉における重要なイベント、アーティファクトの入手イベントである!

アーティファクトとは簡単に言うとその人物専用の武器の事だ。このアーティファクトは持ち主を武器が選び、所有者足り得る人物の魂と繋がることで初めて使用することが可能となる。この儀式を行うのは人生で一度きりで、契約出来るタイミングは体内魔力の覚醒時期である六歳頃だ。これを逃すと一部の例外を除いて契約は金輪際出来なくなる。それに必ずしもアーティファクトに選ばれる訳では無いらしい。

 

しかも何故か契約対象は女の子ばかり。アーティファクトはロリコンばかりか!?

因みに主人公ことクレストがさっき言った例外であり、彼の場合は騎士学園の地下に封印されていたアーティファクトに引き寄せられて契約するというイベントだ。これはゲーム内では強制イベントの為、クレストは必ずと言って良いほど物語の中核を担ってくれるだろう。

そうなれば後のチート兵器であるクレスト君が頑張ってくれるさ。

 

その為にも俺は自分の身を一人で守れるくらい強くならねばならない。そしてそれを達成する一番の手段こそがアーティファクトだ。

アーティファクトは基本的に剣や槍、斧といった武器の姿を象っている。しかも強力な特殊効果や属性を持っているのだ。使い手と共に成長もしてくれるし、アーティファクトがあるかないかで大分生存力が変わってくる程。

 

そんなすげぇ武器を狙わない筈がないよなぁ?この天使のようなロリータボディで気になるあの子(アーティファクト)もイチコロだ!

 

「……着いたぞ。ここが教会だ。この教会の中に数多のアーティファクト達が眠っているのだ」

「これは……」

「アリシアにも伝わるか。この濃い気配が、これこそが眠れるアーティファクト達が主を求める気配なんだ」

 

こんな辺境の村にあるとは信じられないくらいの神々しさを感じる教会に、はたと疑問が浮かぶ。

 

はて?何故ここまでの威圧感さえ感じさせる建物を今の今まで見てなかったのか。つかここって前まで只の更地だったよね?何なら一年前にここら辺で遊んだことあったぞ。こんなん無かったよ絶対。

 

「あぁ、アリシアにはまだ話してなかったか。この教会はね、生きているんだよ。アーティファクトを持つに相応しい人物の元へ引き寄せられるかのように、特定の場所に出現する」

「教会が……生きているんですの?」

 

はぇー。まるで意味が分からんぞ!

確か教会ってゲーム内ではアーティファクトの強化とか属性変質、ステ振りとかが出来るエリアだった。それが何?建物が生きててしかも出現て何?

 

不味い。不味いぞ!早速ゲーム内容とかけ離れた設定をブチ込んできやがった!

これはちゃんと話を聞けばよかった!

 

「さぁ行こうアリシア。ここまで来たなら父さんも覚悟を決めるぞ……!」

「父上…これはアリシアの儀式です。父上が覚悟を決める事は必要ありません」

「ルクシア!なんか最近冷たくないかい!?」

「そんなことはありません父上。決してアリシアとの至福の時間を邪魔されたことを恨んでいる訳ではありませんとも」

「いやいや!がっつり恨まれてるじゃないか!?父さんだってルクシアやアリシアと遊びたいんだよ!?」

「あーもう!早く行きましょう!」

 

てんやわんやが止まらねぇ!もう一人で進んで良いですかねぇ!?

 

 

 

 

───────

────

──

 

 

 

 

 

「ふわぁ……これは壮観ですわ……!」

「そうだろう。私もこの光景を観た時は心が震えたものだ」

「うーむ、父さんはアーティファクトに選ばれなかったから少しだけ羨ましいな……」

 

教会の中に足を踏み入れると、中にはアーティファクトと思われる武器が無数に安置されていた。

硝子細工のような儚くも力強く輝くそれらはステンドグラスから射し込む太陽の光を浴びて更にキラキラと反射し、幻想的な空間を作り出している。カメラがあれば是非とも写真に納めておきたいくらいだ。

にしても、なんだ。なんかさっきから頭がポヤポヤしてきてるな。こう、何かに呼ばれてるかのような……。

 

「教会はアーティファクトの墓場とも呼ばれることがあるんだ。それは所有者が死んでしまった場合、契約が破棄されてこの場所へと戻ってくるからと言われているかららしい」

「そう、ですか」

「アリシア?」

 

だんだん思考がボヤけていく中、知らず知らずのうちに部屋の中央へと歩いていく。お父様とお姉さまが声をかけてくれた気がするが、思考がまとまらない。

心臓が、魂が熱くなる。早鐘を打つ音が脳内に鳴り響く。

 

間違いない。ここには俺を求める相手がいる。それが心で理解出来る。俺は、確かに呼ばれている。

 

「わたしを呼ぶのは………誰?」

 

部屋の中央へたどり着き、確かめるかのように右手を虚空へと伸ばす。そしてそれは唐突に起きた。なんの前触れも無く。

 

「え───」

「っ!!逃げろ!アリシアぁ!!」

 

お姉さまの悲鳴にも似た声が聞こえ、その意味を理解したときには既に手遅れだった。

伸ばしていた右手が何かに触れた時、瞬時に右腕丸々一本が凍りづけにされた!それどころか凍りついた腕が作り替えられているような、掻き回されるかのような感覚に襲われる!思わず左手で右腕を押さえると、瞬く間に左手にも白銀の氷が侵食してくる!

 

「あぁ……あぁぁぁぁ!!」

「アリシア!?今いくぞ!!」

「待ちなさいルクシア!!危ないっ!!」

 

お姉さまが駆け寄って来ようとするが、遮るように無数のアーティファクト達がお姉さまとお父様を囲うように突き刺さる。そのアーティファクト達からはわたしの邪魔をさせないと威圧感が放たれていた。

遠目からだが、お姉さまが自身のアーティファクト〈エリュシオン〉を出そうとしているのが見えた。しかしエリュシオンは一向に出てくる気配を見せない。

 

俺の身体は徐々に白銀の氷によって侵食されており、両足と両腕は完全に凍ってしまっている。この速度ならあと数分もしないうちに全身が凍りついてしまうだろう。

 

まさかここまで危険だとは思っていなかった。もうこの世界に馴染んだものだと思い込んでいたが、まだまだ覚悟が足りてなかったみたいだ。

そりゃそうだ。ゲーム感覚が抜けて無かったんだから。

本当に己の不甲斐なさに涙が出そうだ。

 

(あぁ、マジか……本編始まる前にリタイアとか……俺のバカ野郎……)

 

せめて最後に、六年間俺にありったけの愛情を込めて育ててくれたお父様とお姉さまに笑顔を向けて。

 

 

「お父様。お姉様。大好き────」

 

「アリシア……?アリシアぁぁぁぁ!!」

 

 

お父様、お姉さま。俺はちゃんと笑えてたでしょうか?お母様、ごめんなさい。貴女にも最後に会いたかったです……。

 

 

こうして俺は泣きながら手を伸ばしていたお姉さまと悲痛な顔をしていたお父様を見ながら氷像となったのだった。

 

 

 

 




前書きが無ければ即死だった…!


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契約と呼ばれてしまうもの

修正:ルビ振り


目が覚めると白銀の世界にいた。

 

いや、ごめんよ?説明が足りんかったわ。俺も取り乱してるから、ちょこーっとだけ整理させてくれ。

 

先ず俺はアーティファクトと契約するためにお父様とお姉さまと一緒に教会へ向かった。

そんで教会の中に入ったらだんだん頭がボヤけてきて、呼ばれるままに手を伸ばしたら凍りつけにされたと。

 

…うん。これ死んだよね俺。普通全身凍りつけにされて人間生きれるわけないもんね。

くそー……マジかー……早すぎだろ人生リタイア。まだ本編始まっても無ければヒロインにすら会ってねぇよ!

ルクシア?お姉さまは家族だから。

にしてもこれ、絶対お父様とお姉さまにトラウマ植え付けたよね?俺が二人の立場だったら、可愛がってる妹が目の前で助けられずに氷像にされたらガチ泣きする。絶対する。まだ生き返る方法はないだろうか?無いですよねー(涙目)

 

「つか、これどうしよう……」

 

冒頭に戻るが、今俺の眼前に広がっているのは遭難でもしたのかと疑うレベルの雪山の光景である。絶賛猛吹雪である。こんな極寒な地にいるわりに俺の服装は変わらずである。

 

しかし吹雪の鬱陶しさはあるものの寒さは感じないのが幸いだ。いやそもそも幽霊なの?俺。

実体ではないと思うけど、あれか?よくある精神体ってやつか?

 

「はぁ、なんか喧しいのが来たわね。なんでこう、毎回毎回こんな癖が強い奴ばっかり選ぶのかしらね?まぁたどり着けた子は久し振りだけどさ」

「だ、誰ですの!?」

 

咄嗟に声のした方へ体を向けると、そこには美少女がいた。見ただけでわかるフワフワな長い銀髪にあどけなさの残る童顔。そして気の強さを露にするような鋭い視線。

 

俺には分かる…この子にはツンデレの才能があると!!ツインテールじゃないのは少し悔やまれるが、これはこれでクるものが────

 

「あんたぶっ飛ばすわよ?」

「ヒエッ」

 

銀髪美少女の射殺すような視線に身が竦む。

な、なんだ?何故バレている?まさか心を読まれているのか!?

 

「あんたの心なんて駄々漏れよ。それにしても見た目に反して中身がこれとはねぇ」

「これって、酷い言い種ですわ」

「いや、もうあんたの中身分かってるし普通の喋り方に戻しなさいよ」

「あ、そう?なら遠慮無く」

 

促されるまま口調を崩す。俺としても久し振りのお嬢様口調からの解放はありがたい。

どうしても家族の前では淑女らしく振る舞わないと怪しまれるからな。

 

「ふーん。それよりここで話すのもなんだし、とりあえずそこの洞窟の中にでも移動しない?吹雪もウザったいし」

「それには同意だな。寒さは感じなくても鬱陶しいことこの上ない」

 

そんなわけで俺は銀髪美少女の誘導の元、洞窟へと移動を開始したのだった。

 

 

 

───────

─────

───

 

 

 

「さて、色々聞きたいことがあると思うけど何から聞きたいかしら?」

 

何処から途もなくテーブルとイスを取り出した美少女がイスに腰掛け、足を組ながら優雅に紅茶を嗜んでいる。

確かに色々聞きたいことがある。

 

「そのテーブルとイスは一体何処から出したのかが気になって仕方ないぞ」

「企業機密よ」

「紅茶が空中から注がれたように見えたんだけど」

「あんた疲れてるのよ」

「俺にもイスが欲しいんだけど」

「あんたは地べたで充分よ」

「パンツ見えそうだぞ」

「どこ見てんのよ!」

「ふぎゅっ」

 

事実を告げた瞬間黒ニーソな御御足で頭を踏んづけられた。流石に女の子(中身おっさんだけど)の頭を靴で踏むような少女では無かったのが嬉しいです。しかもそんな強く踏んでる訳じゃない所も優しくて惚れそう。

 

「な、なにいってんの!中身がそんなんでも一応女の子なんだし、顔とか傷付けちゃったら不味いじゃない!それだけよ!」

「ありがとうございます!」

 

少し赤くなりながら早口で捲し立てる少女にほっこり。可愛いかよぉ!

 

「うっさい!このまま消えるわよ!」

「マジですんませんでした」

 

待って待って!真面目にやるから許して!

 

「全く、こっちだって暇じゃないのよ。一応制限時間もあるしね」

「え、何それ初耳。早く言ってくれよ。それじゃあここは何処なんだ?」

「ここは心想世界と呼ばれる場所。大雑把に分かりやすく言うならアーティファクトの中よ」

「アーティファクトの中?なら俺は取り込まれたってことか?」

「まぁそれに近いかしら。後あんたは死んでないから勘違いしないように」

「え!?まだ生きれるの俺!?」

 

思わぬ情報に座りながら物理的に飛び上がる俺。その光景に一瞬ビビる少女。

すまぬ。嬉しくてつい飛び上がってしまった。

 

「あんた器用ね…そんで、この心想世界に入れる人間は極少数よ。つまり心想世界に入れた人間はそれだけアーティファクトと波長が合うってこと」

「はぁ…」

「いまいち分かって無さそうね。まぁそのうち嫌でも分かる時が来るわ。というか慣れるわ」

「慣れるのか」

「慣れるわよ。あたしがそうだったもの」

 

妙に疲れたような顔でため息を吐く少女。彼女にも中々難儀なことがあったのだろう。

いや待て。ってことは俺も難儀なことが起きるってことじゃねぇか!

 

「そこはあんたが頑張りなさい。少しくらいならあたしも手伝ってあげないこともないし。あたし以外にこの心想世界にたどり着いたのはあんたで二人目だし、貴重な人材はなるべく殺したくないしね」

「待って待って。別に俺より前にたどり着いた人がいるのは別に気にしないけどさ、ここって君しかいないよね?確証があるって訳じゃないけど、何となく君と俺以外の人間はいない気がするんだけど」

「あら?意外と勘が良いわね。あんたの言う通り、この心想世界にはあたしとあんた以外の人間はいないわ。だって────」

 

 

 

 

 

 

────あたしが殺したんだもの

 

 

 

 

 

 

「っ……マジかよ……!」

 

ニッコリと可愛らしく笑う彼女から濃密な死の気配を感じ、ジットリと汗が背中を伝う。

先程までのツンデレ少女の面影は無く、否応にも心臓がバクバクと高鳴り脳が危険信号を出す。

間違いなく目の前の少女は強者であり、戦う術を持たない俺は蹂躙されるしかない。

 

「あはは!そんなにビビらなくても大丈夫よ。あんたが理に反しない限りはあたしもあんたを殺そうとはしないから」

「こ、理?」

 

少女がフッと力を抜くと、息苦しさが消えていき元の緩い空気へと戻っていた。

洒落にならんよあれ。死んだと思ったもん。

 

「そ、理。契約内容とも言えるかな」

「契約内容…」

「ここにたどり着けたもう一人の子は残念ながら契約に反してしまった。だからあたしが始末したの。あたしだって理に反して死にたくないしね」

 

そう呟くと、少女は立ち上がると洞窟の入り口へと歩みを進めた。そしてこちらを振り返る。

その目には今までにないくらい真剣なものだった。

サファイアのような綺麗な瞳に吸い込まれそうになる。

 

「本題に入るわ。あたしと、アーティファクトと契約しなさい。あんたはあたしたちに選ばれた、三人目の逸材よ。契約するのなら、あんたにはあたしたちの力が継承される。云わばアーティファクトが使えるようになる」

「…契約内容は?君の言う理って一体……」

「契約内容は至って単純よ」

 

少女は組んでいた腕を解き、得意気に笑いながらビシッと人指し指をこちらに向けてきた。

 

「どんなことがあっても生きなさい!生きることを諦めるのはどんな理由があれど許さないわ。例え親を失おうが、例え恋人を失おうが、例え友人を失おうが、例え自分の命を犠牲にしないといけない場面であろうが、絶対に生き残る方法を考えなさい!足掻いて足掻いて、それでもどうしようも無いなら死ぬことを許してあげる」

 

少女の契約内容はなるほど、確かに単純明快だ。生きることを諦めなければいいのだから。

だけど重い契約とも言える。それこそどんな理由であれ生きることを諦めてはいけないのだから。

 

どれほど残酷な運命であろうとも、それを受け止めて生きねばならないのだから。

 

「さぁ!あたしの手を取りなさい!あんたをどんな過酷な運命をもはね除ける、最強のアーティファクト使い(ファクター)にさせてあげる!何よりも生きることに貪欲になれるあんたとなら、今後ともやっていけると思うし!」

「……はは。なんじゃそりゃ。でも、そうだな。俺は死にたくないなんかない。好きな子とイチャつけてもなければ会えてすらいないんだからな!だから受けるぜ、その契約!」

 

差し出された手を掴むと、少女は嬉しそうにグイッと俺を引き寄せると────

 

 

 

「はむっ♪」

「んむ!?」

 

 

 

 

────俺のファーストキスが奪われていた。

 

 

 

 

「んっ、ちゅ……ぷはっ」

「な、なななな!?!?」

 

ディープではなかったものの、その衝撃は計り知れない。身体全身が痺れるような甘い感覚に襲われる。

顔を真っ赤にしてプルプルと震える俺を余所に、本人は全く気にしてはいない様子。

 

「ん……はい、これで契約完了よ。あとは現実世界に帰るだけ。あっちに戻っても驚いちゃだめよ?右腕には何も異常は無いからね」

「何もアクション無しかよ!?ふぁ、ファーストキスだったのに!?」

「なによ?別にキスくらいでそんなに慌てる必要はないでしょ。そもそもあたしとあんたじゃ生きてる時間も違いすぎるんだから、今更あたしがキスくらいで羞恥心が刺激されるとでも?」

「やだ!この子男らしすぎる!?」

 

アワアワと突っ込みを入れていると、俺の身体がどんどん薄くなってきているのに気付いた。彼女が言っていた制限時間ということだろう。

 

「あはは!あんたほんとに面白いわね!ま、精々あたしたちの力を引き出せるように励みなさい。あんたは先ずそこからよ」

「うぐぐ、覚えてろよ!絶対に仕返ししてやるからな!えーと……」

「ラム。あたしの名前はラムよ。それじゃまた会いましょう。アリシア」

「絶対だぞ!絶対だからな!ラム!」

 

 

完全に身体が消える直前に見えたのは、本当に楽しげに笑いながら手を振ってくれていた銀髪美少女だった。

 

 

 

 




アーティファクトのヒントしかない。
不思議だなぁ(すっとぼけ)


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銀の腕と呼ばれてしまうもの

評価つき始めてる!?良いぞこの作品を盛り上げるためどんどんつけるんだ!


起きたら俺の右腕が銀色だった件。

 

いやぁラムから事前に聞いておかなかったら驚き過ぎて気絶してたね。小心者には心臓に悪いプレゼントだよほんとに。

 

俺が起きてから間もなくお姉さまが看病に来て、目を覚ました俺を見て大泣きし始めた時はマジで焦ったぜ。

そこから声を聞きつけたお父様とお母様も俺を見て泣き始めたのは本当に悪いと思ってる。でも不謹慎ながらそこまで心配してもらえて嬉しいって思いもある。

 

なんというか、改めて心配してくれる相手がいるってのは幸せなことなんだなって再認識出来た感じだ。

だから俺も思わず貰い泣きしちまったぜ……。

 

因みに、俺が氷から解放されて三日はたったらしい。俺の体感では一時間にも満たない時間だった為、それを知ったときは唖然としてしまった。それと俺の右腕の変化は倒れた時には無かったみたいだ。つまり銀腕化したのはどう考えてもあの契約の後だろう。

 

……まさか前世含めてのファーストキスが奪われると思ってもみなかったが。

女の子の唇って予想以上に柔らかくて瑞々しい──ってなに考えてんだ俺!?確かに相手は文句無しの美少女だったが、性格はあれだぞ!?絶対に他人を足蹴にして喜ぶタイプの人間だぞ!?俺は踏まれて喜ぶマゾではないのだ!

 

ふぅ……落ち着け俺。何時もクールなナイスガイが俺の取り柄ではないか。いや今は女だけども。

 

何はともあれ。無事?アーティファクトを手に入れたと思われる俺は無理をしないことを条件に両親から外出許可をもらい、外で試運転してみることにした。

 

あ、右腕はそのままだと目立つので取り敢えず長袖と手袋着用で肌を見せないように出てきた。流石に村の皆にも心配させる訳にはいかないし。

 

「さて、ここら辺かな。……おーい、ラムさんや。これってどう使うんかね?」

 

周りに誰もいないことを確認し、小声で白銀化した右腕に話し掛けてみるが反応はない。

今更ながら自分の右腕に話し掛けるってヤベー奴だな。

それから五分ほど呼び掛けてみたが、うんともすんとも言わない。

 

はて。これは困った。ラムに話を聞くにはまた心想世界とやらに行けばいいんだろうか。でも行き方わからんしなぁ。死にかけて行けるとしてもそれはそれで契約違反起こしそうだし、向こうからアクションを起こしてくれない限りは接触出来なそうだ。

 

兎に角今は俺が契約したアーティファクトの特徴を理解しなきゃ話にならない。

何か変わった事から考えてみよう。

 

先ずは見た目が変わった。右腕がシルバーになった。指先から肩まで綺麗な白銀だ。感覚はしっかり残っている。指の関節等に異常無し。至って健康だ。

次に体温。これもハッキリと異常が出ている。

身体が冷たすぎるのだ。銀腕になってから急激に体温が低下している。自分では何も違和感を感じられなかったが、お姉さまが熱を計るために俺のおでこを触ったら冷たすぎて手を引っ込めたくらいだ。キンッキンに冷えてやがる!

今後は長袖手袋着用が義務付けされそうだな。

 

さて、ここで大まかに推測出来ることは二つ。

一つ目は俺が契約したアーティファクトは〈アガートラーム〉と呼ばれるものではないかという点。

二つ目は付与されてる属性は氷属性ではないかという点だ。

 

一つ目については、アガートラーム(ヌアザの腕)は銀腕であったということだ。詳しくは知らないが、ヌアザと呼ばれる神様の片腕をディアンケヒトが治したとか何とかだった気がする。おじさん神話マニアじゃないからよく覚えてないな。まぁそういうのがあったということだ!うん!……ん?なんかのアニメでそんなもん使ってた歌姫がいたような……?

 

二つ目については、俺が陥った状況と心想世界の光景。及び体温低下による判断だ。

俺が気絶する原因となった氷像事件と心想世界が雪山だったことを考えても属性は氷まで絞れるし、止めに体温低下だ。これでほぼ氷属性で決まりだろう。

いやまぁ、もしかしたら水属性の可能性もない訳じゃないんだけど。

 

なに?安直?こまけぇこたぁいいんだよ!

 

んで、ふと気付いたラムの名前のこと。これってアガートラームの略じゃね?そうだよね?これはもう特定しましたな。やったぜ、アリシアちゃん大勝利!

 

んじゃあとは名前を呼べば出てくるのでは!?

 

「こい、アガートラーム!」

 

 

………………………ん?おや?

 

 

「……あれ?あれれ!?なんで!?なんで出ないの!?呼び方が違うとか!?おいで!来て!来なさい!来てください!お願いします!」

 

様々な呼び方で呼び掛けてみるが、アーティファクトは何も答えてくれない。

え?いやマジで予想が違ってたってこと?アガートラームさんじゃないの君?

だとすれば俺の乏しい知識じゃもう予想つかんよ?

 

ゲームでは名前を呼べば具現化してたけど、具現化してないってことは間違ってるってことになるよな。

うーん、あとでお姉さまに聞いてみるか。

でもなぁ……お姉さまは説明が苦手というか……感覚派というか……天才肌だから、ね?可愛らしく擬音とか身振り手振りで表現してくるから俺が萌え死ぬ。

 

ちなみに、自制効かぬ幼き日にお姉さまの身振り手振りを真似して遊んだことがあったが、その日はお姉さまとお父様が失血死しそうになっていたことをここに記す。

 

可愛い天使な妹の手遊びに愛が洩れ出ちゃったんだろう。心中お察ししますお姉さま。お父様は……うん。

 

 

結局この日はアーティファクトをお目にかかることは出来ず、帰ってきたお姉さまに連れて帰られるまで腕をブンブンしてました。

 

……腕が疲労でピクピクしてるぅ……

 

 

 

 

─────────

 

 

 

 

━━━━ユーストラス宅

 

 

アリシアがシグムッドとレリィに無理をしないことを約束し、元気良く家を飛び出した後。

シグムッドは走っていくアリシアを少々困ったような顔で見送り、レリィのすぐ隣へと腰かけた。

 

「ふぅ、一時はどうなるかと思ったが…また元気な姿を見せてくれて本当に良かったよ」

「大変だったそうですね…。私もあなた達に着いていけば良かったと今では後悔してます」

「いや、レリィ。俺が側にいたにも関わらず何も出来なかったんだ。残念だがレリィがいても結果は恐らく変わらなかっただろう。何せ教会中のアーティファクトが我々の干渉を拒んだのだからな」

 

シグムッドはレリィが淹れたお茶で喉を潤すと、重々しく息を吐いた。彼の頭に過るのは恐怖で泣きそうになりながらも、最後に心配させまいと笑顔で凍りついたアリシアの姿。必死に助けようともがきながらも伸ばした手が届かず絶望したルクシアの姿。

そしてその愛娘二人に何もしてやれなかった己の不甲斐なさ。

 

シグムッドは堪らなく怖くなった。

今はアーティファクトと無事契約を果たしたと言っているアリシアが、再びアーティファクトの力で凍りつけにされたら?

そうなれば何の力も持たず、ただ剣を振るうことしか出来ない己に何が出来るというのか。

 

それは一重にアーティファクトに対して無力な自分が、いつか愛娘を助けられずに失ってしまうのでは無いかという恐怖心だった。

 

ルクシアは生まれた時から天才であった。物を覚えることも、学ぶことも、ありとあらゆる知識をスポンジの如く吸収していく姿に自分の父の姿を垣間見た事さえある。ルクシアは正しくユーストラス家を導く存在になれるだろう。そんな確信さえシグムッドは持てていた。

 

だがしかしアリシアは違う。アリシアは何の変哲も無い女の子だ。ルクシアが天才だとすれば、アリシアは至って平凡。それこそ騎士になる必要も無いくらいの可愛い娘なのだ。出来ればアリシアには普通の人生を歩んで欲しかったのがシグムッドの偽らざる本心だ。

 

けれどアリシアは騎士の道を選んだ。

姉と同じ道に進むと、自分も誇りあるユーストラス家の騎士になるのだと。そんな決意を込められた瞳を見てしまっては、もう彼には止める術はなかった。

 

「レリィ。俺は間違ってしまったのだろうか。やはりあの時、キツく叱ってでも止めるべきだったのだろうか」

「あなた……。確かに無理にでも止めれば、あんなことにはならなかったかもしれません」

「やはり……」

「でも、アリシアは自分で自分の道を選びました。まだ六歳だというのに、ワガママを一切言わなかったあの娘がハッキリと自分の意思で決めたんです。私はそんな娘の選択を、あなたの悩みを間違いだなんて言いたくありません」

 

レリィは項垂れるシグムッドの手を取り、そっと両手で包み込むとほんわかとした微笑みでシグムッドに笑いかけた。

 

「私たちには私たちの出来る限りの事を、ルクシアとアリシアにしてあげましょう?親が子を応援せずに、誰が応援してくれるのですか。大丈夫。アリシアにはルクシアもいます。アリシアは賢い子ですよ。だから私たちはあの子たちを支えてあげましょう」

「あぁ……あぁ。そうだな。それが俺たちが娘たちにやってあげられることだもんな。ありがとう、レリィ」

 

こうして二人は寄り添い合いながら、自分たちが二人になにをしてあげられるのかを語り合うのだった。

 

 

 

 

 



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勘違いと呼ばれてしまうもの

先ず始めにハッキリと言おう。俺には剣の才能がなかったと!!

 

事の始まりはアガートラーム反抗期事件から数日後のことだ。未だにアガートラームを具現化出来なかった俺は敬愛せしお父様に連日ボコられ───じゃない剣術指南を受けている。

なんでも、「アーティファクトを使えない今、頼れるものは己の剣の腕だ!」とはお父様談。

 

実のところお父様は家族の事になるとポンコツ気味なものの、剣の腕は国王様に認められる程の腕前を誇るのだ。飛んでくるTUBAMEを斬り落とせるレベルで。

 

いやぁあれは度肝を抜かれたよ。まさか身近に燕返しをお手軽に打てる人物がいるとか思わないじゃん?

でも今よく考えてみると、そもそもあのお姉様に剣を教えていたのはお父様だ。同年代どころか年上相手にも圧勝してしまう程の実力をお姉様に付けさせたのは正真正銘お父様なのだ。そのお父様が凄くないわけないんだよなぁ?

今度から認識を親バカからスゲー人に変えようと思う。

お父様TUEEEEEE!!

 

余談だが、実践後はお母様が早急にTUBAMEに回復魔法をかけて自然に帰してあげていた。そしてその後お父様はお母様に自然動物を傷付けた事でお叱りを受けてしょんぼりしていたのが印象的だった。

 

そんな訳でお父様から剣の持ち方から学び(無論子供用の小さい刃を潰した物だ)、山の中を走り回され、魔物に追いかけ回され、素振りをこなし、直接稽古をし、勉強を教わり、泥のように眠る。こんな生活が延々と続けられている。

死ぬ。そろそろアリシアちゃんの心と身体が死んじゃうよ。でも契約のせいで死ぬレベルまでは至れないのでギリギリ生き延びている。もういっそ殺せ。

 

あっ!待って!いだだだだ!?なにこれ呪い!?右腕がミシミシいってる!?いってるからぁ!?冗談だから許してぇ!

 

内側から押し潰されるような痛みに懲りて謝ると、スッと痛みが引いていく。ちくしょう、これ絶対ラムの仕業だろそうに違いない!

うっ、いたた……こんな呪い聞いてないぜ……。加減しろばか!ばーかばーか!

 

ふぅ、失礼。取り乱しました。

 

でもなーんかおかしいんだよなぁ。剣術はともかく身体を動かす事に関してはここまで音痴な訳はないのだ。

何故って?そりゃお外で元気に走り回ってたレベルですし。

それにこう、なんと言うか身体に違和感があるのだ。

なんつーんだろ?右手と右足が同時に出る感じ?いや違うか。うーん。

とにかく身体の中でごちゃごちゃと物が散らかってる感じだ。うん、これ伝わらないな。つまり身体に異常をきたしているに違いない。それ以外に思い付かん。

 

そんな俺は現在何をしているかと言いますと、手の中で氷の鶴をパタつかせています。

いやはや、まさか剣は使えずに魔法(スペル)が使えるとは思わなかったぜ。

魔法自体はこの世界に存在しているし、使える人も勿論いるがそう多くはないのが実態だ。

でもヒロインの一人も魔法使い(スペルキャスター)だし、珍しいってくらいだろう。お母様だって回復魔法使えるんだし魔法使いの中じゃ普通普通─────

 

「お母様?お母様。どうされましたか?」

「アリシア……ごめんなさい!私は!私達はずっと勘違いしていたわ!本当にごめんなさい!」

「え?……え!?勘違い?何が勘違いなのですかお母様!?」

「あなたは天才よ!確かに剣の才能は無かったかもしれない。けれどあなたにはそれ以上に魔法使いとしての才能があったのよ!」

「ふぇ!?」

 

───とはいかないようで、まるで宝石を見たかのようなキラキラした眼でガッチリと俺の肩を掴むお母様に少しビビる。

普段はおっとりとしたほんわかお母様なんだが、今ばかりは子供のようにはしゃいでいるのが分かる。

 

つかほんとにどうしたお母様!これだってお母様がやって見せてくれたのをパクっただけだぞ!?寧ろ俺の方がビックリだわ!

 

「あのね、アリシア。魔力で動物とかの複雑な形を形成するのは本当に難しいことなの。それこそ10年以上掛かる人が大半よ。ましてやそこまで動かせるのであれば、それは魔法使いとしての天性の才能があるってことなの。これでも私も名のある魔法使いだったけれど、アリシア程の年頃にはそこまで複雑な形成は出来なかったわ。実際私が出来るまで5年は掛かったしね」

 

俺の手の中から宙に羽ばたき始めた氷鶴を目を細めて眺めるお母様。そして純粋に恐怖する俺。

 

いや、お母様や。あなた他の魔法使いよりも半分近く早く出来るようになってますやん。それって充分天才の領域だと思うんですがこれは。確かに俺がやったことはスゲーことって分かったけどさ。この親あってこの子ありとも言えますよね?

 

それにお母様に悪いが、これ多分俺の力じゃなくて右腕のせいだと思うんですよ(名推理)

だってこの氷鶴だって右腕から作れたものですし。

 

「アリシア!これからは魔法中心で覚えていきましょう!あの人にも私から話は通しておくから!」

「え?あの、お母様?これは恐らく右腕のせい……」

「うふふ、ルクシアはあまり魔法が得意じゃなかったから教えられなかったけれど。アリシアになら私の知識や技術を教えられるわ。それは今後絶対にあなたの強い力になるわ!一緒に頑張りましょう!」

「アッハイ」

 

本当に楽しそうにしているお母様の可愛らしい姿に、結局俺は真実を告げることが出来ず魔法のお勉強へと力を注ぐ事になったのだった。

 

……これ、どうしようかな(震え)

 

 

 

 




ア「アーティファクトってスゲー」

レ「やだ!?うちの娘ったら天才!?」

悲しいすれ違い……


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動揺と呼ばれてしまうもの

ゲーム:Princess knight ~Re connection~

ジャンル:本格ファンタジーシュミレーションAVG
対応機種:■■■■■、■■■■■■、■■■■■
発売元:フローティア
プロデューサー: MURASAME
キャラクターデザイン:船虫、カカオ、鶴彦(SDキャラクター)
シナリオ:水瀬光一、佐野木仁、三森翔太、天童荒太、新海レオ
音楽:エレクトロン、しむろー
プレイ人数:1
発売日:←→AB年☆月
レイティング:CERO D(17歳以上対象)
コンテンツアイコン:セクシャル、暴力
キャラクター名:変更不可
エンディング数:50
セーブファイル:99
攻略キャラ:5
キャラクターボイス:主人公以外フルボイス





悲報、原作の流れ壊れる。

 

おっとすまない。何時もニコニコあなたの後ろで凍てつく天使、アリシアちゃんだよ。今回ばかりは原作の流れと違う状況に驚きすぎてうっかり氷のにゃんこを作ってしまう始末。因みに種類はスコティッシュフォールド。

生前俺が飼いたかった猫である。いや、そんなことはどうでもいいのだ。

 

うん、結論から言おうか。俺はメインヒロイン一名と出会ってしまった。

 

その名をティオ・ミリトゥス・フランツェア。見惚れる程綺麗な水色の髪と深海を思わせる深いディープブルーの瞳が特徴的な女の子であり、魔法属性の関係もあり後に〈深海の姫〉と呼ばれる魔法使いだ。

なお、この子は俺の押しではないことはハッキリとさせておく。いや、誤解なきように言っておくがティオは可愛いから好きだぞ。

特に、たまーに悪気なく毒を吐くことがあるところとかたまらんね。

 

そんなティオには秘密がある。それは昔に海の底に沈んでしまったと言われる海洋都市アトランティスの王族の子孫だと言うことだ。しかしその出生はティオ本人には隠されている。

このアトランティスはティオ√に入ることで出現し、ティオの出生やアトランティスの失われた歴史を知ることが出来るのだが……ちょっと待ってほしい。

 

そもそもティオは原作ではクレストの幼馴染みとなるシルフィというヒロインと友人関係を築いている。つまり彼女は本来は王都にいる筈なのだ。

そう、王都にいる筈なのだ!

 

「なんでこんなところにいるんですの!?」

「なんのことですか!?」

 

しまった!あまりの驚きについ心の声を出してしまった!

明らかに様子のおかしい俺にティオが怪訝な表情を向けているのが分かる分かる!やめて!そんな目で見ないで!

どうして……どうしてこうなってしまったん……?

 

俺は数週間前の記憶を漁り始めた……

 

 

 

───────

────

──

 

 

 

普段通りお母様と魔法の訓練を積んでいる最中、お母様がやけに弾んだ声で俺に話しかけてきた。

 

「ねぇアリシア。お友達を増やしたくない?」

「お友達ですか?」

「えぇ。私の仲の良いお友達に子供がいるんだけどね、その子がアリシアと同い年くらいなの。向こうもお友達を探してるみたいだし、魔法も使えるからアリシアにもその子にも良い刺激になると思うの」

 

ふむふむなるほど。これはあれですか。俗にいう公園お友達計画的なあれですな?公園デビューってやつですな?公園じゃないけど。

お友達殆どいないものね、俺。学習院にも通ってないし、基本的に勉強も魔法もお母様から教わっている状況だし。小学校行ってないのと同義ですよこれ。

 

まぁ知識と教養さえしっかり教われるのであれば無理に学習院にいく必要も無いらしいのが幸いだが、最近ろくに外で遊んで無いので現在ボッチ一直線なんだよなぁ。

 

「なるほど、わかりました!そういうことであれば是非!」

「そう、よかったわ!なら今度向こうに話を通しておくわね」

 

おけ、ロリかショタか知らないけどこの大天使アリシアちゃんに任せておきなさい!メロメロにしてやんよぉ!(自信過剰)

 

「ふふ、仲良くなれるといいわね?」

「はい♪」

 

優しく頭を撫でてくれるお母様に甘えながら、どう接してやろうか計画を立てねばならない。

まぁでも友達かぁ。楽しみだなぁ。

 

やったねアリシアちゃん!お友達が増えるよ!

 

 

───────

────

──

 

 

あっ、これかぁ……これだぁ!(確信)

 

つまり原作の流れを変えたのは俺か……って!そんなことで流れが変わるとか分かるかい!

俺知らなかったよ?ユーストラスとフランツィアが交友してたとか設定資料集に無かったよ!?

 

これは不味い!本来ならシルフィと友人のティオが彼女からクレストの話を聞いて、皆のクッション役となってクレストがヒロインたちと打ち解けていく切っ掛けになるが、これってシルフィの友人√潰えたよね?

これクレスト君ピンチだよね?魔王倒せるのって主人公であるクレスト君だけなんだよ。でもそこまで行くのだってヒロインたちとの友好関係は必須。でも肝心のティオは俺の目の前にいるこの状況。

 

ど、どどどどうするアリシア・ユーストラス!

 

「あの、大丈夫ですか?」

「え、えぇ!大丈夫ですわ!」

 

ダラダラと冷や汗をかく俺にティオが遂に心配そうに様子を窺ってきていた。

間近で見えたティオの顔に一瞬ドキッとしてしまい、吃りながらも何とか答える。

し、仕方ないだろ!俺だって好きで緊張してるんじゃねぇやい!経験無いんだから加減しろ!

 

「こほん。では改めて自己紹介を。わたしはアリシア・ユーストラス。誉れ高きユーストラスの騎士の次女ですわ」

「わたしはティオ・フランツィアです。よろしくお願いします、ユーストラスさん」

 

優雅にスカートの裾を少し持ち上げて一礼。親しき仲にも礼儀ありともいうし、友達の始まりならこれくらい緩やかで丁度良いはず。

 

「わたしの事はアリシアで構いませんわ。友達ですものね」

「ありがとう。それじゃあわたしもティオって呼んで?」

 

そして空かさず私たち友達だよアピール!

こんなことは予想外だし少し行く先が不安だが、最悪俺がクッションになればワンチャンあるだろ。

 

「えぇ、よろしくですわ。ティオ」

「こちらこそ、アリシア」

 

生憎と素手で触ると冷たすぎると思うので手袋越しで差し出しす。本来なら手袋を外さずに握手を求めるのは大変失礼な行為になる。しかしティオは何も言わずに嫌な顔なんてせず、逆にニッコリと笑いながらしっかりと握り返してくれた。

そのことに少し、本当に少しだけだが救われた気がしたのは俺の気のせいだったんだろう。

 

 

────────

 

 

 

「今回はありがとうね、レリィ。あの子ったらいつも魔法の特訓ばっかりしてるから、お友達が出来るか不安だったのよ。その代わり間違いなく将来は大魔法使いになるわね!」

「あらあら。ティオちゃんったら本当に魔法が好きなのね。アリシアも学習院に通わせてないから、ティオちゃんとお友達になれるのは私もうれしいわ。でもうちのアリシアも負けてないわよ。なんたって私を越える魔法使いになれる子だもの」

「へぇ……ティオの方が凄い子になるのに?」

「うふふ……アリシアが世界一の魔法使いになれるのよ?ソフィア」

 

 

「あはははは……」

 

「うふふふふ……」

 

 




前書きで気付ける人もいるだろう。何かが違うことを!

※前書きのWikiはフィクションです。探しても出てこないので止めましょう。


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自業自得と呼ばれてしまうもの

お?おお?なんか急激に人気になってきてる?
やっぱ皆TSなロリが好きなんすね(偏見)

この作品流行れ……流行れ……(実力不足)


Tips

・魔法
詠唱を行うことで発動することが出来、相手に強力な全体攻撃を与えたり味方の傷を癒したりが可能。基本的にどの魔法も強力なものが多いため、パーティに魔法使いがいるかどうかで戦力は大きく変わると言える。しかしその反面、詠唱に時間が掛かり妨害されると失敗する確率が非常に高くなり、しかも素質がある者しか魔法を使用することは出来ないのが欠点。魔法使いは圧倒的に少なく、時には魔法使いを巡ってパーティ同士の衝突も起きる事がある。

・属性
魔法や武器の特徴を表すもの。魔法の属性は必ず火属性、水属性、風属性、地属性、聖属性、魔属性の六属性に分かれる。しかしごく稀に複合属性と呼ばれるものが存在する(水と風の複合が氷属性など)。
武器の場合は基本的に無属性だが、魔法によって様々な属性を付与することが可能な他、特殊な素材を用いれば鍛冶で付与することも可能。ただし付与出来るのは火属性、水属性、風属性、地属性の四属性だけであり、聖属性と魔属性は魔法によっての付与かアーティファクト自体の属性のみである。

・上位属性
一般的に複合属性のことを示す。上位属性は主に六属性のいずれかを組み合わせて作り上げるものであり、少なくとも二種類以上の属性を扱えるようにならなければ運用すらままならない。しかし扱う事さえ出来れば他の通常属性に追随を許さない程の強力さを誇り、上位属性を越えるには上位属性をぶつけるしかないと言われる程。これを自由に扱えるようになれば偉大なる魔法使いと呼ばれるに相応しいとさえ言われている。

・過剰属性
複合属性に更に属性を組み合わせて作り上げる一撃必殺の極致。嘗て一人だけ到達したことがあると噂されているが、詳細は一切不明。



原作ヒロインの一人であるティオと友人になってからというもの、異常なまでに俺の魔法使いとしての腕がメキメキと育ち始めていた。

氷の猫や鶴は前から小さなものは作れていたが、最近はティオと魔法を勉強してきているせいか大型犬まで作れるようになってきているのだ!

 

ん?これって魔法使いじゃなくて召喚師じゃね?でもこの世界に召喚師なんて職は無いしなぁ。でも魔法使いというには攻撃魔法とか補助魔法とか得意じゃないんだよなぁ。

 

ティオは水属性の攻撃魔法〈ウォーターボール〉とか使えるけど、俺は氷属性の魔法をそういう風に使用することが出来なかった。いや、出来そうで出来ないと言う方が正しいかもしれない。

ともかく今は生物を象ったものしか作り出せないのが現状だ。

 

「ねぇティオ。どうしたらティオみたいな魔法が射てますの?」

「どうって、普通に詠唱すれば良いと思うけど?」

「それが出来ないのですわ!」

 

俺の相談にキョトンとした顔で答えるティオに頭を抱える。そもそも魔法自体が適性のある人物にしか使えないという時点で少なからずこういう症状に陥る人は多いらしいが、それでも何かしら1つくらいは攻撃魔法を使える筈なのだ。

何故だアーティファクト!何故動かん!

 

「う~ん。むしろアリシアみたいに動物型ばかり作れる方が魔法使いとしては上だと思うんだけど」

「それじゃあ満足出来ないの!」

「そ、そんな涙眼にならなくても」

「ずるい!ティオばかりずるいですわよ!」

 

こればっかりは仕方ないだろ!こちとら剣の腕はからっきしだし、運動神経すら前より悪くなってんだぞ!

強くなれる筈のアーティファクト入手がなんで弱体化フラグになってんだ!

 

「それじゃあ違う角度で試してみない?」

「違う角度?」

「そう。動物型を経由して攻撃魔法が使えるかどうか試してみるとか」

「た、確かにそのアプローチはまだでしたわね」

 

ティオの気転に俺は動揺を隠せないぞ(震え)

でも動物型を経由して魔法行使なんて無茶だろう。

試しに甲斐犬モデルの氷像を通して大雑把な攻撃魔法を思い浮かべる。まぁ妥当に〈アイスボール〉くらいでいいだろ。

 

俺はこの時、すっかり忘れてしまっていたのだ。

この作品に登場する二人の天才、その片割れのことを。

一人は謂わずもがな。剣技の天才であり〈剣聖〉と吟われるルクシア。

そしてもう一人は水魔法の天才であり〈深海の姫〉と吟われるティオ。

 

頭の中から抜け落ちた天才というワードを。

 

甲斐犬擬きが突如口を開いた瞬間、真っ白いブレスが放射されたのだ!

 

「やった……やりましたわ!」

「やったね、アリシア!」

 

いぇーいと二人でハイタッチしていると、心なしか甲斐犬擬きも誇らしげにお座りをしていたのでしっかり頭を撫でて褒めてやった。

なんか擬きってか、本物の犬にしか思えないレベルで動いてんなこいつ。お母様が作った小鳥は何処か機械じみた動作だったのに、何で俺の作った奴らはこんな生き物染みた行動が出来るのだろうか?

 

「アリシア?ティオちゃん?こういうことはお外でやりましょうね?」

 

「「ごめんなさい……」」

 

結局この後、凍ったフローリングを元に戻すことが出来ず、魔法の発動と冷気にお母様が気付いて直してくれたが、お叱りを受けてしまうのだった。

とほほ……

 

 

 




アリシアちゃんがティオを天才と呼んでいるけど本当に天才と呼ばれてる理由は他にあるからあしからず。




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予兆と呼ばれてしまうもの

書くことは……ないっ!!

ぶっちゃけ細かいプロットなんて無いんで何処に辿り着けるのか作者も分からぬえ(白目)

あ、こちらでも記載しときます。
本作品の質問コーナー(仮)を作ったので、何かありましたら活動報告へとどうぞー(書くことあった)


「魔狼、ですか?」

「あぁ。ここ最近村の人たちから目撃報告がされていてな。放っておくと村人にも被害が出てしまうんだ。だから俺と腕に覚えのある男たちで山へと赴く予定なんだ。とても危険だからアリシアもティオちゃんも山の近くには行かないように。わかったね?」

「はい。分かりましたわお父様」

「わかりました。気を付けます」

「なに、心配するな。すぐにまた外で遊べるようになるからな」

 

大きくてゴツゴツとした剣士としての手が俺の頭を丁寧に撫でる。その感触に思わず目を細めて堪能する。

父親に撫でられる感触は未だにくすぐったいものがあるが嫌ではない。

 

あ、どもども。愛され系幼女のアリシアちゃんです。

 

ティオとティオママが遊びに来てから一週間、俺とティオはすっかり打ち解けて今では見事幼馴染みポジを確立したも同然である。多分同じ数少ない魔法使いだから親近感が沸いたんだろうと予測。

やはり天使アリシアちゃんの癒し力は世界一かもしれない!

 

いや、真面目な話何かしらのパッシブスキルだと思うけどね。カリスマ的な何かだと思われる。

そして今お父様が話していたのは魔狼と呼ばれる魔獣についてだ。

 

魔獣。元はただの動物が魔人によって過剰に魔力を注ぎ込まれ暴走してしまった存在のことだ。これは動物だけに限らず、人間にもその個人に魔力の器と呼べる限界量が決められている。

その器に入りきらない程の量の魔力を注がれた結果、魔獣や魔人が生まれるという話だ。

 

勿論この魔獣や魔人は非常に危険な存在であり、一般の兵士では4、5人編成で戦わなければまず間違いなく負けると言われている。

 

そんな存在に真っ正面からやりあえるのが俺たちファクターだ。

そもそもアーティファクトと契約した時点で大幅なステータス上昇が起こり、アーティファクトにはアーティファクトで対抗しなければ勝てないと設定集に記されていたし、実際ファクター同士の戦闘では町が吹き飛んでもおかしくない程だと聞いた。事実昔はファクターたちの衝突で町まるごと一つを更地にしてしまったこともあるらしい。

 

話が逸れたな。つまり強力な魔獣や魔人と戦うのはファクターの役目であり、こんな辺境にファクターなどいる筈もない(俺やティオはまだ魔獣とやりあえるレベルじゃなく、お姉様は俺たちの保護者枠だ)。そのため、この村で間違いなく一番強いと信頼されているお父様が討伐隊に組み込まれた訳だ。

 

「それじゃあルクシア。アリシアとティオちゃんを守ってくれ。レリィ、後は任せたぞ」

「二人とも命に変えても守ってみせます。父上もどうかお気をつけて」

「行ってらっしゃい、あなた。今日の晩御飯はあなたの好きなものを作っておきますね」

「おぉ!それはいい!ならささっと終わらせてすぐ帰らないとな。では行ってくる!」

 

俺たちに微笑みかけながら勇ましく出ていったお父様の背を見送って、俺たちはお母様やお姉様、ティオと一緒に家の中で魔法についての勉強を進めていった。

 

 

………俺はこの選択を後悔することになるとは、この時は全く考えていなかったのだ。

 

 

 




一体なにが起こるんだ………


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魔王の剣と呼ばれてしまうもの

残念ながら少しだけシリアスが続くんじゃ。

そして今回ヤベー長いです。


何故だろうか。何か嫌な予感がする。

 

まるで選択肢を間違ってしまったかのような、じわじわと背中から鳥肌が立つような焦燥感と呼ぶべきか。

 

「大丈夫だアリシア。父上はとても強い。魔狼の一匹や二匹なんて父上の敵にもならないさ」

「お姉様……。そうですね。お父様ならすぐに片付けて帰ってきてくださりますよね」

 

俺の底知れぬ不安が顔に出てしまっていたのだろう。お姉様は俺の頭を優しく撫でると、ニッコリと微笑んでくれた。

ティオも何も言わないけれど、その顔にはありありと此方を心配している様子が見られる。

 

「……よし!アリシア、今日はアリシアの召喚魔法を研究しようよ!」

「召喚魔法、ですの?」

「うん。アリシアの得意な動物型の魔法」

 

ティオは少しだけ頭を悩ませた後、名案を思い付いたとばかりに瞳を輝かせて提案してきた。

うーむ。まさかティオにまでバレるとは。そんなに分かりやすかったか。

 

にしても召喚魔法とな?別に召喚してる訳じゃ無くて作ってるだけなんだけども、それも召喚扱いにしちまうのかいお嬢さん!

 

「でもあれは魔法で動物型にしてるだけですわよ?」

「それはそうなんだけど。でも動物魔法よりも召喚魔法の方がかっこいいと思うけど、どう?」

「むむ……」

 

た、確かにティオの言い分には納得出来る。

動物魔法だ!と呼ばれるか召喚魔法だ!と呼ばれるか考えると個人的にも後者が一番かっこいい。

こう、折角ファンタジーゲームの世界にいるのだから多少なりともカッコつけたって良いよね?

 

「……召喚魔法にしますわ!」

「チョロい……」

「チョロい妹も可愛い過ぎて辛い……!」

「あらあら~」

 

な、なんだよ!皆してそんな幼い子供を見るような目で見るなよ!チョロいっていうな!

確かにまだ幼女だけどさぁ!?

ティオもお姉様も似たような年だろぉぉ!?!?

 

 

 

 

 

────────

─────

───

 

 

 

 

 

 

 

━━━━魔狼討伐隊

 

 

 

「しっ!!」

『グルァァウ!』

 

 

襲い来る魔狼へと剣を薙ぎ切り払うと、シグムッドたちを囲んでいた魔狼たちが低い唸り声を発しながらもギラギラと照りつくような瞳を此方へと向け続けている。

彼の近くでは腕に覚えのある村の男たちが同様に魔狼たちへと剣や槍を向けているが、その姿は幾度とない魔狼の攻撃によってボロボロになってしまっている。

シグムッドも仲間を助けようと動こうとするが、その尽くを十数匹の魔狼に妨害されていた。

 

「くっそ!どんだけいやがんだ!倒しても倒してもどんどん出てきやがる!」

「無駄口叩いてる暇はねぇ、ぞ!」

「うぉりやぁぁ!!」

『Kyan!?』

 

斧を持った男が飛び掛かってきた魔狼の頭を斧でかち割ると、その隙を狙ってもう一匹が彼の隙だらけな背中へと食らいつく。

 

「デヴィッド!後ろだ!」

「なに───」

『GURaaaaa!!』

 

槍を持った男がそう叫ぶも、デヴィッドは斧を振り下ろした反動で動きが遅れ魔狼の鋭い牙が振り向いたデヴィッドの喉笛を勢いよく噛み切り、デヴィッドは呆気なく絶命した。誰が見ても即死であった。

 

「てんめぇぇぇぇぇ!!」

「よせっ!!ダム!!」

 

魔狼がシグムッドたちへと見せつけるようにデヴィッドの死体を前足で押さえつけると、その首をブチブチと強引に噛み千切った。その魔狼の顔はシグムッドたちを、否人間たちを嘲笑っているかのように見える。

 

デヴィッドは村一番の働き者であった。己の子供が結婚して村を去った後も、デヴィッドは妻と共に村の為に働き続け、己の子供とは関係なく村の子供たちを我が子のように可愛がってくれていたし、老いて辛くなってきた畑仕事を老人の代わりに行ったりしてきた。彼に感謝する村人は沢山いる。間違いなく村人の皆を支えてきた頼もしい男であった。

 

そんな男が犬畜生に足蹴にされ、あまつさえ魔狼は彼の死を冒涜するかの如く首を噛み千切ったのだ。

魔狼のその行いに、デヴィッドと旧知の仲であったダムと呼ばれた槍を持った男が耐えられる訳がなかった。

 

シグムッドはダムの様子に危機感を覚え、止めようとするもダムの行動が一足先だった。

しかしそれは誰が見ても悪手だ。現在彼らが戦っている魔狼たちは今までシグムッドたちが戦ってきた個体の中で最も統率がとれている。ダムがシグムッドよりも戦闘経験があり、また腕が立つのであれば話は変わったかもしれない。

 

ダムは怒りに我を忘れ魔狼の群れへと単身で攻め入り、粗末な槍を振るうも、冷静さを失った槍は軽々と魔狼たちに避けられる。

体勢を崩したダムは我に返り慌てて体勢を立て直そうとするが、それを魔狼たちが見逃す筈もない。

 

「ぐっ!?やめ、離せ!くそ───ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

それぞれがダムの槍へと食い付き、ダムが武器を取られまいと手に力を入れる。しかし魔狼たちの力は強く、振り払うことも出来ず引き倒されると、あっという間に複数の魔狼に飛び掛かられて食い殺されてしまった。

 

「ダムぅぅぅぅ!!」

「っ!!全員これ以上離れるな!!常に背後に警戒しろ!フラッド!俺たちが時間を稼ぐ!すぐに村の皆を避難させろ!女子供を優先的にだ!」

「シグムッドさん!?そりゃ村を放棄するってのかい!?」

 

シグムッドの思わぬ指示にフラッドと呼ばれた男は反発する。

自分たちがずっと暮らしてきた故郷だ。それを捨てろと言われれば少なからず反発も出てくるのは当たり前だ。

無論シグムッドとて生まれ故郷を放棄することなど良しとはしない。それでも今回は退かねばならないとシグムッドは判断した。

 

現在彼が交戦している魔狼達は一般的な魔狼と比べて明らかに特出した個体であり、彼が戦ってきた魔物とは比べ物にならない。いわば異常個体と呼べる魔狼達の標的が自分に向いているうちに村人達を避難させることがベストだと判断したのだ。

 

「そうだ!!皆の命と故郷、どっちを優先させるべきかは分かっているだろう!!」

「っ……くそ!分かったよ!!」

「悪いな……フラッド」

 

頭をかきむしりながらも何を優先させるべきか正しく判断したフラッドはシグムッドの言葉を了承した。

シグムッドはフラッドに感謝すると、一人だけ素早く前に出ると魔狼たちを瞬時に斬り捨てて、道を切り開いた。だが道が開いたままでいられるのは長くない。それこそ魔狼達が彼らが何をしようとしているのか把握しているのか、すぐに穴埋めに回っているからだ。

 

「いけ!フラッド!……妻と娘たちをよろしく頼む」

「あぁもう!縁起でもないこというんじゃねぇ!さっさと逃げてこいよお前ら!」

「分かってるからいけよフラッド!お前が一番逃げ足速いんだしよ!」

 

フラッドは剣を納刀すると、一目散に山道をかけ降りていった。それを数匹の魔狼が追いかけようとするが、その尽くをシグムッドは斬り払った。

魔狼たちはシグムッドを最大の脅威を再認識し、フラッドを追いかけるのを止めた。

そして何度目か分からない殺し合いが始まろうとしたその時。

 

「おや?まだ生きてたのですか。流石は元王国最強の騎士といったところでしょうか。てっきり貴方以外魔狼たちの餌になったと思っていたのですが」

「誰だ!?」

 

自分達と魔狼しかいないと思っていたこの場に、似つかわしくないほど落ち着いた声が聞こえてくる。

シグムッドは勿論のこと、他の男たちも困惑していた。

魔狼たちは先程までシグムッド達に牙を向けていた筈が、先程の声が聞こえてからは嘘のように静かになっている。

いくら魔物に成り果てようとも、獣としての本能はそのまま残っていることが大半だ。それは魔狼達も例外ではない。

ではこの場での本能は何が当てはまるか。

多くは逃走本能だろうか。己よりも格上の相手に挑まず、生き残る為に逃げ出す。なるほどその可能性もあっただろう。

しかしこの魔狼達の様子はそれには当てはまらない。それは一重に逃走しても無駄だと悟っているからか、はたまた己の主からの指示を待っているだけか。

シグムッドはそんな魔狼達の様子を見て、誰よりもいち早く現状を理解した。

 

つまり魔狼達よりも遥かに格上の存在がいるということに他ならない。

 

「おっと、自己紹介がまだでしたか。ワタシの名前はバアル。魔王様の第一の剣。此度は魔王様のお迎えに上がったのです」

 

そんな声と共に空から舞い降りたのは、一人の男であった。真っ黒なコウモリのような翼に額から大きく伸びた二角、縦に割れた瞳孔は真っ赤に染まっており、妖しく光っている。

それはまさに悪魔の特徴そのものであり、魔族と魔物を統べる上位の存在だという確証を得るには充分な要素であることに間違いはない。

 

「バアルだと!?大悪魔バアルは我が父が討ち取った筈!それが何故生きている!?」

「討ち取った?あれで?ク、クハハ!まさか神聖の無いアーティファクト擬きで本当にワタシを討ち取れたと思っていたとは!つくづく人間という種は愚かなものですね!……あんな模造品で我々大悪魔を屠れるとは、思い上がるなよ人間!!」

 

バアルはシグムッドの言葉に呆れ、思わず笑ってしまうとその怒りをぶちまけた。

そう、嘗て魔王の討伐に貢献したシグムッドの父、グリフレッドは男でありなからもアーティファクトに選ばれ、その剣で数多の魔物や魔族を討っていた。

大悪魔であるバアル相手にもそれは変わらず、その時には確かにグリフレッドは死闘の末にバアルを討ち取っていたのだ。

 

しかしそれには見落としがあった。

グリフレッドの持つアーティファクトには神聖が無かったのである。

神聖とは聖属性の上位に当たる。魔族や魔物、中級の悪魔相手であれば聖属性は充分にその力を発揮出来る。

だがそれよりも上位の存在、すなわち大悪魔や魔王を滅ぼす為には神聖属性でなければならないのだ。

 

つまりグリフレッドはバアルを討ち取ることが出来たが、本当の意味で滅ぼすことは出来ていなかったのだ。

だがバアルは自身がさも本当に滅ぼされたかのように姿を消した為、最後まで誰もグリフレッドのアーティファクトがただの聖属性であることに気付けなかったということだ。

 

その真実を知った男達は絶望した。この場には聖属性どころかアーティファクトすら所持していない者達しかおらず、今この場にいる魔狼達にすら押されているのだ。

そんな状況下で大悪魔を相手にするなど不可能としか言えなかった。

 

「ど、どうしてこんな辺境に大悪魔が……」

「クドいですよ人間。魔王様のお迎えに上がったと言ったでしょう。あぁ!魔王様!再びそのお美しい御姿を拝見出来る時が待ち遠しゅうございます!魂まで永久に凍てつかせるような銀の御手で再び触れて頂きたく!」

「銀の手、だと……!?」

 

嘗ての魔王の姿を思い出しているのか恍惚な表情を浮かべるバアルだが、シグムッドの心は平穏ではいられなかった。

バアルが発した銀の御手。それに心当たりがありすぎたのだ。彼の脳裏に浮かぶのは愛らしく笑う娘の顔。

己のことをお父様と呼び慕う、かけがえのない存在だ。

 

(まさか……まさかそんなことがあるわけが!!違う!違う!あの子は、アリシアは俺とレリィの愛する娘だ!!この悪魔が言うような魔王などではない!!)

 

「───ない」

「む?恐れでも為しましたか人間。元王国最強の騎士とはいえ所詮は人間───」

「いかせはしない!!絶対にだ!!!」

 

今までにない程の強い光がシグムッドの目に灯る。それは命を賭してでも愛娘を護ると覚悟を決めた父親の顔であった。

そしてそんなシグムッドの様子に、バアルはニヤリと口を歪めた。

 

「あぁ!あぁ!なるほど、そういうことですか!ならばよりいっそう早くお迎えせねばなりません!貴方に感謝しましょう、勇敢なる騎士よ!我らの魔王様を育てて頂きありがとうございます。そのお礼とは言いませんが、せめて貴方だけはワタシの手で直々に殺して差し上げましょう。クハ!クハハハ!!」

 

バアルが高笑いを上げながら剣を抜き放つと、高速で接近して剣を振りかざした。

シグムッドはそれを冷静に受け止めるが、人間と悪魔ではそもそもの身体能力が違いすぎる。剣を受け止めたシグムッドの足元がひび割れ、その威力を物語る。

バアルの一撃を受け止めたシグムッドから彼らが今まで聞いたことのない苦悶の声が漏れる。だがシグムッドは倒れることはなく、むしろ正面からバアルの剣を徐々に押し返している。

 

「シグムッドさん!!いくぞお前ら!!」

「「「「応!!」」」」

 

初めはバアルの登場に震えていた男達だが、バアルの剣を受け止めたシグムッドを見て正気に戻り、一斉にバアルへと己の武器を繰り出すが、バアルはそれを左手に出現させた剣で同時に凪払うと空へと舞い上がった。

 

「ちっ。チョロチョロと鬱陶しい。貴様らはこいつらと遊んでいなさい!」

 

そう言ってバアルが指示を出すと、木々をなぎ倒して魔物が姿を現した。

その体は男達よりもふた回り以上大きく、口からは2本の長く鋭い牙が伸びており、その手には巨大な棍棒を携えている。それは足元の人間を見つけると、高らかに遠吠えを上げた。

 

「う、嘘だろ………」

「大鬼……!!」

 

大鬼。それは小鬼たちを統べる親玉であり、魔物の中でも強力な個体である。その力は大木を一撃でへし折ることが可能であり、人間が直撃すればどうなるかなど考えるまでも無いだろう。

そして何より厄介なのは、大鬼は己よりも弱い魔物を従えることが出来るという点だ。それは小鬼だけには飽きたらず、魔狼たちも例外ではない。

 

『GURooooooooo!!!』

『『『kuoooooon!!』』』

 

大鬼の指示が魔狼たちへと伝わり、魔狼たちもそれに答えるかのように遠吠えを上げると群れを為して男達へと襲いかかる。その動きは見事なまでに連携が取れており、一人、また一人と動きを止められ引き裂かれ、また棍棒に潰されていく。その様はただの蹂躙であった。

 

「テッド!ラグー!トゥネ!」

「他人の心配をしている場合ですか?」

「がぁっ!!」

 

仲間がどんどん殺されていく中、シグムッドは咄嗟に大鬼へと斬りかかろうとするが、そうはさせまいとバアルが横から剣を振るい吹き飛ばす。

シグムッドもそれに気付き同時に横一閃に剣を振るうも、衝撃までは殺せず大木と体が叩きつけられ、カヒュっと声が漏れた。

久しぶりの強烈な痛みにシグムッドは意識が飛びそうになるが、自らの唇を噛みきり痛みで意識を覚醒させると追撃してきたバアルに強く踏み込んでその剣を振るう。

バアルは脅威的な速度で迫る剣を同じく速度の乗った剣で受けるが、今度は逆にバアルは後方へと吹き飛ばされる。

 

「ぬぅ、まだこれほどの力が残っていたとは。ならばこちらも少し本気を出すとしよう!」

 

「ぐっ!がっ!」

 

バアルは魔法剣を消すと、腰に納刀していたもう一本の剣を抜き、再びシグムッドへと衝突した。

バアルから繰り出される流れるように繰り出される連撃は徐々に速度が上がっていき、シグムッドの体に生傷を増やしていく。

バアルはかつてシグムッドが戦ってきたどの相手よりも強いと彼は実感していた。同時に、この化け物と打ち合えるのは自分だけだとも。

 

(流石に限界が近い……剣が重いな……だが、こいつは。こいつだけはここで殺さねば!!)

 

何よりこの化け物を生かしておくわけには行かない理由がシグムッドにはある。

バアルの目的は魔王の回収。それと過去の魔王の特徴は銀色の腕と言った。

この近くにいる、銀色の腕を持つ存在はたったの一人。

自分の命よりも大切な愛する娘(アリシア)を悪魔などに奪われるなど許せない。許してはいけない。

 

我が子を守れずして何が父親か!!!!

 

彼の消えかけていた気力が沸々と沸き上がり、体の奥底から光が溢れ出て、シグムッドの体を、剣を包み込む。

それはシグムッドも見たことのある優しい光。彼の父と共にあり、そしてルクシアへと継がれた闇を照らす光だ。本来ならそれはアーティファクトに備わった属性。

即ち、聖属性が彼の体と剣を包み込んでいるのだ。

 

『属性とは目に見えぬもの。しかしそれはアーティファクトのみならず、人の心の中にも確かに存在している。アーティファクトはそれに引き寄せられ、それを存分に引き出しているだけなのだ。時としてそれはアーティファクトすら凌駕する。聖なる光も、魔に染まった闇も人の心の中に存在しているのだ』

 

これはかつてシグムッドの父、グリフレッドが遺した言葉だった。この言葉は残念ながらシグムッドやレリィ以外誰にも届かなかった言葉だが、それを二人が忘れたことなど一度たりともない。故に、シグムッドの体が光に包まれようが驚くことはなく、寧ろ神の祝福だと言わんばかりに感謝を捧げた。

恐らくこれはこの一撃のみだろう。だが、それでいい。

 

「これはっ!!何故アーティファクトすら持たない人間風情が!?」

「お前はっ!ここで討つっ!!!」

 

その一撃で敵を討つ!!

 

「無速抜剣───」

「しまっ───」

 

シグムッドは剣を納刀し、構えを取る。それは遥か遠くの島国、火国と呼ばれるところの剣士が得意とする剣術。ここにアリシアがいたならば、その目を見開くような型。抜刀術と呼ばれる特殊な型であった。

過去にグリフレッドが火国から訪れてきた剣士に偶々教わった剣術は子に継がれ、長き時を経てシグムッドの奥義へと昇華していた。

まるで速度という概念を無くしてしまったかのような、剣を抜き振るう瞬間すら見えないそれはバアルへと牙を剥く。

風を切る音も、剣風も何も感じないそれは確実にバアルへと迫っていた。

 

「───八岐斬り!!!!」

「───かはっ……!!」

 

 

シグムッドが振り抜いた剣を鞘へと納刀した瞬間、バアルの体に八つの裂傷が刻まれ、傷口からおびただしい量の血が吹き溢れていく。やがてバアルは白目を剥きながら血の池へと倒れ伏した、

シグムッドも限界を越えて技を放った為に、膝が笑い立つのも辛いが、まだ終わってはいない。大鬼達が残っている。

シグムッドが視線を向けた先では既に戦闘が終わっており、そこには凄惨な状況が出来上がってしまっていた。

 

自分がバアルと戦っている間、彼らは一度たりともシグムッドに助けを求めず己の力だけで魔物達へと立ち向かっていたのだ。助けを求めればシグムッドなら何が何でも助けようとしてくれる。だがそれではバアルを倒すことは出来ない。バアルを倒せる可能性があったのはシグムッド一人だけ。だからこそ彼らはシグムッドが戦闘に集中出来るように必死に抗ったのだ。

その結果、シグムッドはバアルを倒すことが出来たが、その代償は彼らの命だった。

 

魔狼や大鬼が彼らだったものを貪る中、シグムッドは剣を抜き放ち幽鬼のように歩き出した。

自分が彼らを殺したのだと、その罪を背負いながら。

背後でピクリと動いた悪魔の様子にも気付かずに。

 

「……クハ。最後の最後でつまらない油断をしましたねぇ?」

「がっ……げほっ……」

 

バアルの剣がシグムッドの胸を貫き、もう一本の剣を背に突き刺すと左右に手を広げるように剣を振るう。

腹と胸を斬り裂かれたシグムッドは力無く膝から崩れ落ちると、顔から倒れてしまった。

ドクドクと流れ出る血がシグムッドに死を感じさせる。

頭上では高らかに声を上げて笑う悪魔がいた。

 

「クハハハハ!!先程の一撃は驚きましたが、所詮は聖属性!あなたがやったことはグリフレッドと同じなのですよ!ワタシが倒れた後にすぐにでも逃げればこうはならなかったでしょう。何せ再生にも体力は使いますからねぇ。それなのに逃げるどころかもう死んだ仲間の弔い合戦をしようだなんて、殺してくださいと言ってるようなものですよ?」

「…う……あ……」

 

何か言おうにも、もう彼の口は上手く動かずただ悪魔の言葉に耳を傾けることしか出来なかった。

その様子にバアルはニンマリと微笑むと、シグムッドの首へと切っ先を添えた。

 

「さぁて、あなたの首を手土産に魔王様の元に向かいましょうか。ふふ、あぁ見えて魔王様はこういったものが大好きでしてねぇ。可愛らしい御方ですよね?」

「…あ……りし……」

「それではさようなら、シグムッド。せめてこのワタシに傷をつけた人間として、グリフレッド同様名前だけは覚えておいてあげましょう。クハ!クハハハハ!」

 

笑いながら剣を振りかぶったバアルの姿を眺めながら、シグムッドは一人心の中で愛する家族達へと謝罪を残した。

 

(すまない……レリィ、ルクシア、アリシア……お前達を心の底から愛しているよ……。神よ、どうか家族に神の御加護を………)

 

シグムッドの願いが届いたかは神にしか分からない。

だが彼の首が斬られる寸前に見えたのは、今ここにいるはずの無い愛する妻と可愛い娘達の笑顔であった。

 

 

 

 

 




不覚にも書きながら涙が出そうだった……(メンタルくそ雑魚)


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魔王と呼ばれてしまうもの

久しぶりだな諸君!
この黒三葉サンダーが帰ってきたゾ!


神がシグムッドの祈りを聞き届けた訳ではないだろう。

だがそれはやはり神が遣わせて来たのではないだろうかとさえシグムッドは考えてしまう。

 

自分の死を覚悟したシグムッドはバアルによって首を斬られる事はなかった。それは何かがぶつかり合う音で理解出来たからだ。

ならば誰が自分を救ったのか。

 

彼が目を開くと、そこにいたのは白い羽の天使であった。

なるほど確かに天使であれば神の遣いというのも間違いではない。

しかし神からの遣いとしてはその存在は彼にとってあまりにも残酷であった。

それこそ神という存在に、否、魔族に負けた自分自身に途方もない怒りを覚えてしまうくらいには目の前の事実は衝撃的であった。

 

まさか彼の命を救った存在が────

 

 

 

 

 

 

 

 

「控えなさい。お前が手を出した相手は私の大切な存在なの。それに手をかけようとするなら万死に値するわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────彼の溺愛する娘だとは。

 

 

 

 

 

 

─────

───

 

 

 

 

お父様が魔狼討伐に出てから結構時間が経った。

我が家でティオと一緒に魔法の練習をしているが、どうにもさっきからジトッとした嫌な感覚が付きまとって離れない。

明らかに調子がおかしい。今まではこんなことは一度もなかったのに。

 

「アリシア?さっきからソワソワしてるけどどうしたの?」

「…いえ、何でもありませんわ。ちょっとだけ調子が悪いだけよ」

「大丈夫?少し休む?」

 

ティオが心配そうに俺の様子を伺っているので何とか笑顔を作って返答する。

早くこの感覚を何とかしてしまいたいものだが、いかんせん対応策はさっぱり分からない。

 

しかもお父様がいなくなってからずっとだ。

これはもしかするとお父様がいなくなった事が原因なのだろうか。

……これは少し原作を思い出さねばならないかもしれない。

 

まずはヒロインの一人である我が姉、ルクシア。

才色兼備かつ戦闘力ナンバーワンを誇るルクシアのルートは入るだけでも困難だったりする。

 

第一に主人公の戦闘力を極限にまで高めなければならないこと。

それこそルクシア相手にタイマンで勝つか引き分けるほどに上げなければならない。

青春イベントをほぼ全て戦闘イベントに変えていかないとスタートラインにすら立たせてもらえない。

 

第二にルクシアと一緒に魔王復活を企む四天王バアルを撃退すること。

これがとても難しい。そもそもこのバアル戦自体がほぼ無理ゲーに近く、ターン制バトルにおいて強力な二回行動を常に行ってくるのだ。

 

これをクリアするには攻撃コマンドを極力選ばず、防御やカウンターに特化させることで時間経過を狙い撃退するという方法しかない。

勇敢なる実験プレイ兄貴姉貴が様々な方法を試したものの、結局はこの方法以外でクリア出来ないという証明をしてしまった時は戦慄したものだ。

 

さて。この上記二つをクリアすることでようやくルクシアルートに入れるのだが、更にここから先が地獄の始まりである。

その理由は圧倒的戦闘イベントの多さにある。

普段は冷静かつイケメン可愛いお姉さまだが、何故か魔族相手だと殺意マシマシで戦闘が始まる。

そう、魔族絶対殺すウーマンに変化するのだ。

 

え?何でそんな変わるん?(困惑)という人もいるだろうが、それこそがルクシアルートの本質である。

つまりルクシアルートはぶっちゃけ復讐ルートなのだ。

 

実はルクシアルートで初めて彼女の父親が小さい頃に魔族に殺されたという過去が明らかになる。

もちろんそれは俺も忘れてはいないし、滅茶苦茶警戒したこともあった。だけどその話で父親が殺されたのはルクシアが六歳の頃だ。

だが現在ルクシアの年齢は八歳。

もうお分かりだろう。とっくに二年も過ぎてるのだ。

この時点でルクシアの復讐ルートは潰えたといっても良いのではないだろうか。

 

……もっとも、この世界はゲームではないし皆しっかりと生きている。

俺個人としてはお父様が殺されるなんて胸くそ悪いイベントが過ぎたことで心底ほっとしていた。

 

そうだ。もうそんなイベントは過ぎたんだ。だから何も心配することはない。

 

 

 

『不味いわね……よく聞きなさい、アリシア。バアルが来てるわ。このままじゃあんたの父親が死ぬわよ』

「……は?」

「みんなぁぁぁ!今すぐ逃げる準備をしろぉ!魔狼が!魔狼が来るぞぉぉぉ!!」

 

 

 

唐突に頭の中に聞こえてきた声と必死に叫んでいる声を聞いて理解した瞬間に、俺の体は反射的に驚いていたティオを置き去りにして駆け出していた。

 

「………ッ!!!」

「…えっ?アリシア!?待って!!どこにいくの!!?」

「何事だ!ってアリシア!!?待て!!行くな!!」

 

ごめん、お姉さま。でも行かなきゃ。

父を、お父様を助けなければならない。

その思いだけを強く滾らせて。

 

 

 

 

 

▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽

 

 

 

 

 

飛び出して駆けていく俺の姿を見た大人たちが慌てて俺を捕まえようとするが、そんなことはお構い無く避け続けて森の中を走る。

ワンピース姿で走っているせいで枝や葉っぱが肌を傷付けていくが、どうでもよかった。

お父様から走り込みの特訓を受けていた甲斐はあったが、明らかに間に合うとは思えない。

 

お父様は素人の俺が見ても分かるほど強い。剣を振った時なんて軌道は全く見えないし、気迫なんて直接当てられただけでへっぴり腰になってしまう。

お父様は王都でも最強格の騎士だったという話もある。

 

それでも俺の嫌な予感は強くなっていくばかりなのだ。

急がねばと思うものの、この幼い体では限界が訪れるのも早い。

森に入ってから少し経つと、疲労によって足取りはフラフラとおぼつかなくなっていた。

 

「もっと!もっと速く動ければ……!!」

『ねぇ。あんたさ、何の準備もなくバアル相手にどうにか出来ると思ってるの?』

「分かってるさ……相手はあの、四天王だ。今の俺なんかじゃ……相手にもならない、だろうさ」

 

頭に直接響くラムの声に呼吸を整えながら答える。

我ながら咄嗟の行動が馬鹿過ぎると思う。でも今すぐにでも出なければ間に合わない気がしたのだ。

俺の力なんてちっぽけなものだ。そこらの子供と何ら変わりない。

俺にはお姉さまのような天賦の才なんて無いし、お母様のような魔法使いの才能なんかもない。ましてやお父様のような強さなんて夢のまた夢だ。

 

どこまでいっても俺は凡才。アーティファクトが手に入ったからといって才能が開花したわけではない。

むしろそのアーティファクトすらロクに扱えず、能力すら判明出来ていない。

 

このまま戦ったって俺は死ぬ。きっとお父様も死んでしまう。お父様ですら勝てない相手に俺が勝てる道理なんかないだろう。

でも俺は死にたくない。お父様も死なせたくない。

俺が死んでも、お父様が死んでも絶対にお母様やお姉さまの心は死んでしまう。そんなことは容認出来ない。

絶対に俺はその死を否定する。

 

「俺だけじゃどうにもならないなんてそんなことは百も承知なんだよ。俺みたいな凡才に英雄みたいな能力はないしさ」

『なら諦めなさい。残念だけど今回は諦めて──』

「でも俺にはラムがいる。俺のアーティファクトが、アガートラームがある」

『……』

 

あぁそうだな。これが運命の強制力というならお父様が死んでしまうことも仕方ないのかもしれない。

でもそんなこと知ったことか。

俺はお父様を助けたいのだ。お父様だけじゃない。

この先に幾つも待ち構えているであろう、お姉さまの死の運命すらも蹴散らしたい。

 

俺は俺の大切なものを守りたい。

 

「だから力を貸してくれ。俺の体なら何を差し出したっていい。寿命だって持っていって構わない。だから、お願いだラム」

『……はぁ。あんたって本当に馬鹿よね』

 

本気でお願いしたのにため息を吐いた挙げ句流れるように罵倒は酷い。

 

『今回だけよ。今回だけは助けてあげるわ。代償はあんたの体の支配権。今後はあんたの体をあたしも使えるようになるわけ。つまりあたしが表層に出ている間はあんたの意識が表層に出ることは叶わない。それでも覚悟があるのなら───』

「分かった。それでいい。それで、俺はどうすればいい?」

『いや、あんたさ。ちょっとは考えなさいよ!どう考えたってヤバイでしょ!自分の体を勝手に使われるのよ!?怖くないわけ!?』

「そりゃ怖いよ。でも死ぬことに比べれば何倍もマシだ。それにラムなら信頼出来る。だって俺たちは契約者同士なんだから」

『~~っ!!もうっ!なんなのあんた!?もう良いから!さっさと終わらせて筋肉痛にでも悩ませられればいいわ!!』

 

え?それは止めてくれよ(絶望)

 

 

 

 

 

▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽

 

 

 

 

 

 

数百年ぶりの生身の体にあたしは思わず口許を緩めてしまう。驚くべきことに体の感覚は生前のあたしの体に近いものを感じる。

アイツの意識は今は深層で眠っている。だがこのまま無駄に眠っているだけなのも癪なので、非常に仕方なく、全く持って不本意だがあたしのアーティファクトについての知識をほんの少しだけ植え付けておく。

 

まぁアイツがこのアーティファクトを使えないのもある意味仕方はない。

そもそもこのアーティファクト自体が凡才にしか適合出来ないという欠陥を抱えているのだし、発動条件すら癖が強いのだから分からなくともおかしくはない。

 

「…ほんと、なんでこんな馬鹿ばっかり引っ掛かるのかしらねぇ」

 

つまらない堅物が来るよりも断然いいけどね。

さぁ!久しぶりの肉体だし盛大にやらせてもらいますか!

 

「想起せよ、天駆けし凍てつく翼、フロストウィング!」

 

昔からよく使っていた愛着の飛行魔法の詠唱を完了させると、背中からバサッと半透明な氷で出来た翼が現れる。何回か翼をはためかせ、使い心地を確かめるが何も問題無し。

そしてあたしはアイツの父親を助けるべく動き出した。

 

この力を誰かを助ける為に使うだなんてどれほど懐かしいことか。

それこそあたしが魔王と呼ばれるもっと前の話だ。

生き残ることに使ってきた力をこんなことに使うという今に、心なしか気が昂っているような。

 

森の中を飛ぶのは非効率なので、一度上空に上がってから魔力感知で探す。探す対象はアイツの父親ではなくバアル。どうせあの狂信者の事だからあたしに会う前にアイツの父親の首をお土産にとでも考えているのだろうけど、割りと純粋に気持ち悪いから止めてほしい。

いやそれよりも前から気持ち悪い感情を向けてくるから殺したくなるけど。

 

「……見つけた!やっぱ気持ち悪いけど見つけやすいわね!」

 

徐々に生命反応が小さくなっている存在も側にいる。きっとアイツの父親だろう。

急がなきゃ手遅れになるほどの弱い反応だ。

 

「ふん。あたしの契約者の親に喧嘩を売るなんてね。二、三回くらい殺してあげようかしら」

 

バアルの元へと急降下する中、あたしはなんでか無性にイライラしているのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

「さぁて、あなたの首を手土産に魔王様の元に向かいましょうか。ふふ、あぁ見えて魔王様はこういったものが大好きでしてねぇ。可愛らしい御方ですよね?」

「…あ……りし……」

「それではさようなら、シグムッド。せめてこのワタシに傷をつけた人間として、グリフレッド同様名前だけは覚えておいてあげましょう。クハ!クハハハハ!」

 

 

バアルがキモい笑い声を上げながら剣を振り下ろす。

 

 

 

 

しかしそれは叶うことはない。

 

 

 

 

 

 

 

「控えなさい。お前が手を出した相手は私の大切な存在なの。それに手をかけようとするなら万死に値するわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

あたしはそれをギリギリのところで滑り込み、氷の剣でバアルの剣を弾き飛ばした。

 

 

 




いつからシグムッドが死んだと錯覚していた?


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氷精霊【リオート・ドゥーフ】

ヒラヒラと羽のように空を舞う銀氷が木漏れ日を照り返し、アリシアを───ラムを飾るように周りを漂う。

彼女を幻想的に飾るその光景は神々しい絵画のように見えるが、その対象であるラムだけはスッと目を細めバアルと相対していた。

 

その姿はやはりシグムッドの愛娘に間違いないのだが、彼女の姿は本来彼が見知っている姿とは少しだけ違っていた。

今もなお銀氷を蒔く白い翼のような氷の魔法に、絹のような金色の髪は冷たくもキラキラと光を返す銀色へと変わっており、宝石のような翡眼も蒼眼へと変わっている。あまりにも娘の容姿が変わっていた為にシグムッドは困惑した。

 

(アリシア、なのか。しかしその髪の色は……しかもその魔法は……飛行魔法だというのか!?)

 

シグムッドが困惑するのも仕方ない。そも飛行魔法事態が非常に珍しく、制御の方も難しいものだと彼は友人に聞いていた。

それは正しく、この世界において飛行魔法を行使出来るのは魔術学院の一部の講師や大魔法使いと呼ばれる存在だけだ。しかも飛行魔法を行使するための媒体も必要になる。例えるなら箒や細長い板等だが。

しかしラムはそのどれもを必要とせず、空から飛行魔法のみで完全制御を行っていたのだ。

 

そんなことが出来たのは今までの歴史でただ一人。

そしてそれにバアルは歓喜していた。

 

「あ……あぁぁ!アハハァ!我ら魔族を圧倒出来る程の魔力!美しい銀色の髪!忌々しくも惹かれ焦がれるその飛行魔法!そして何よりその魂!!あぁ!あぁ!バアルは、このバアルはずっと貴女様にお会いしとうございました!魔王様!!」

「……」

 

バアルの敬愛にラムはただ睨み付けるだけであり、その瞳は冷たく鋭いにも関わらずバアルは身体中に走る喜びに震え、悦に浸っている。

そんなバアルの様子に、シグムッドは己の中で確信を持った。

己の愛娘は魔王の生まれ変わりだったのだと。

 

「……!!逃げなさい、アリシア!ここは父さんに任せ、うぐっ!」

 

それでもシグムッドはラムを逃がそうとした。

例え彼女がバアルの言うとおり魔王の生まれ変わりだったとして、それがなんだというのだ。

魔王だとしてもそれは生前の事であり、今は己と妻、そして彼女の姉であるルクシアもが溺愛する娘なのだ。

 

己の子を守らんとする事に何の間違いがあろうものか。

 

ヨロヨロとおぼつかない動きで彼は剣を杖代わりに立ち上がるも、身体へのダメージは大きくまともに戦える状態ではない。

それを気配で察したラムはどこか寂しそうに、そして羨ましそうに一瞬笑うと、再び膝を屈したシグムッドに手をかざすと暖かな光が彼を包み込んだ。

 

「ここは私に任せて。あなたは()の為にもゆっくり休んでいなさい」

 

ラムがそう告げると、シグムッドの傷が少しずつ癒えていき身体から力が抜けていく。

その光はどうやら回復魔法らしく、それは彼女の心の暖かさを感じるものだった。

 

「待たせたわね、バアル。随分と元気になったようね」

「そんな待たせたなどと滅相もない!寧ろ魔王様のお姿を永遠に眺めていたい所存です!あぁ……しかしバアルは嘆かわしく思います」

「……!」

 

怪訝な様子のラムを気にする事もなくバアルはショックを受けたように片手で顔を半分覆うと、ギョロリと覆われていない方の瞳をラムへ、否その奥底へと向ける。

バアルが向けるその瞳は魔眼と呼ばれるものであり、バアルの魔眼は身体の奥底、魂を覗く能力を持つ。それは魔力を伴うものであるため、ラムはそれを探知することが出来る。

 

魔眼で覗かれている事を理解した瞬間、ラムはアリシアの魂を隠すように魔力でフィルターをかけるものの既に手遅れだった。

バアルはアリシアの魂を見つけると、不愉快そうに表情をしかめた。

 

「魔王様。それは、それだけはなりません。そんなものを抱えていては魔王様に悪影響です。それは魔王様を腐らせてしまう!」

「……勝手な事を言わないで。あなたにそんなことを言われる筋合いはないわ」

「魔王様!どうかバアルの話を聞いてください!それは魔王様が考えている以上に危険なものなのです!魔王様の御体を蝕む猛毒なのですよ!!」

「黙りなさい。これ以上あなたと話すことはないわ。今は退きなさい、バアル」

 

バアルのアリシアへの毒物扱いにラムは不思議と苛立たしさを感じ、有無を言わせぬ態度で示すがバアルはそれでも退かない。

バアルからしてみれば魔王たるラムの身体の中に恐ろしい程の輝きを放つアリシアの魂が紛れ込んでいるように見えているが、ラムとしては己こそがこの身体の持ち主にとって異物であると判断している。

 

「……いいえ。退けません。魔王様の中からその穢らわしい魂を切り離して差し上げましょう!我等が魔王様を穢す罪深き魂に粛清を!」

「っ!くっ!」

 

バアルは一度首を横に振ると、魔法で新しく剣を作ると、あろうことかラムへと斬りかかってくる。

その剣は魂魄魔法を主軸にした魔法剣であり、肉体を傷付けず魂を傷付けるものだ。これは魂魄魔法を得意とする魔族特有のものであり、かつて悪魔と呼ばれていた彼等の専売特許だ。

ラムもその魔法事態は生前に幾度も目にしている為、バアルが生成した魔法剣の危険性を悟り氷の魔法剣で初撃を防ぐ。

 

魔法剣の質は同等、あるいはラムの方が勝っているように見えるが、その実は数百年ぶりの肉体な為出力が安定していない。

しかも体格差は歴然であり、大の男であるバアルの一撃はまだ幼い身体であるラムでは耐えきれず後ろへと弾きとばされ、魔法剣も粉々に粉砕されてしまった。

ラムは翼で衝撃を緩和するとゆっくりと地に足をつけ、先制攻撃を受けたにも関わらず冷静にバアルの動きを注視している。

 

「もう一度だけ言うわ。退きなさい、バアル」

「いいえ。このバアル、退きはしません!」

「っ!アリシア!!」

 

ラムの警告とも言える言葉をバアルは尚も聞き入れず、双剣を交差させてラム目掛けて距離を詰める。

その動きはラムの首を狙ったものであり、左右から挟み込むような軌道で双剣を振るう。

それをただ見ることしか出来ないシグムッドは後に起こるであろう娘の無惨な姿を想像し、悲痛な声を上げた。

 

(取った!その穢れた魂を今斬殺してくれる!!)

 

この時、バアルは確信していた。

その剣速は久しぶりに現界したラムでは避けることは出来ないだろうと疑わない。

 

シグムッドは絶望した。

己が不甲斐ないばかりに大切な娘の命が刈り取られようとしていることに、心臓が止まりそうになっている。

 

二人とも共通しているのは、アリシアの魂が失われるだろうと確信していることだ。

しかし、残る一人だけは違った。

 

「……不愉快ね。本当に、不愉快だわ」

 

ただ一人。ラムだけは能面のような無表情で、ボソリと呟いた。

そして同時に、バアルはゾクリと身体中に嫌な気配を感じ取った。それはバアルの本能が発した警告であり、命の危機に晒される寸前だということである。

バアルは咄嗟にラムから離れようとするが、下手に距離を詰めてしまったツケが回ってくる。

 

ラムの後ろ、なにもなかった筈の場所から突如現れた巨大な手がバアルへと伸びていき、その体躯をガッシリと捕まえる。

その手は余裕で大の男一人を完全に握り締める事が出来るものであり、その存在がゆっくりとラムの後ろから姿を現していく。

 

「氷召術式九番、氷精霊(リオート・ドゥーフ)

 

それは巨大な氷の精霊であった。

其処らの木々など優に越える体躯、目と思われる二つの小さな器官に口、そして額から伸びる一角。

うっすらと青く透けて見えるその体躯と四肢は細々としたものであり、普通であれば歩くことは愚か立つことさえも困難にさえ思える。

しかし足と手は意外とガッシリとしたものであり、指先からは鋭い爪が生え揃っている。

全体的に見れば精霊と言うよりは悪魔にも見えるが、氷精霊を中心にどんどんと周りが凍りついていく現象が否応なしにその精霊の在り方を示していた。

 

氷精霊。それは十三種存在すると言われている魔王の召喚獣の内の一体であり、ラムが特に気に入っている召喚獣である。

氷精霊の存在は人々の間で魔王と同じく語り継がれ、最早伝説と昇華されている。

元来、精霊とは人々の信仰心から力を得る存在であり、元から強力だった精霊が伝説にまで昇華される程にまで語り継がれたらどうなるか。

 

「ぐっ!オォォオァァァァ!!」

 

その力は精霊の中でも最上位、【精霊王】に匹敵する程に氷精霊は進化した。

しかも精霊はその特性上、魔族と同じように魂そのものへと干渉することが出来る。

つまり氷精霊の力は本来神聖属性でしか届き得ない魔族の命を容易く奪う事が出来てしまうのだ。

 

苦悶の声を上げるバアルを冷たく見つめるラム。

何とかバアルは氷精霊の腕から逃れようともがくが、身体を魂ごと握られたバアルは脱出することが叶わず、徐々に身体と魂が凍りついていく。

 

バアルは己の死を覚悟した。これ程までに己の死を感じた事はグリフレッドと交戦した時以来であり、その時はラムが魔王だった事もありその力を頼もしく思えたものだ。

だが、いざ己がその力を向けられてみればグリフレッドとの交戦は茶番にすら思える程の差を感じていた。

しかしバアルがそう感じてしまうのも仕方ない。

そもそも氷精霊に唯一傷を負わせる事が出来た相手などたった一人だけしかいなかったのだから。

 

ラムが右手で握り潰すような動作をすれば、氷精霊は主人の想いを汲み取って望むままに実行する。

そしてそのままバアルを凍らせるよりも早く握り潰そうとして────

 

 

 

 

 

『────ダメだ!!ラム!!』

 

 

 

 

 

ラムの右手()()が勝手に動き、氷精霊もその動きに従いバアルを投げ飛ばした。

その事実にラムは一瞬呆けると、すぐさま覚醒して慌て始めた。

 

「……は?あんたもう起きたの!?ってかどうして動かせるのよ!身体の主導権は今はあたしの筈でしょ!?」

『うっさい!そんな事より自分に嘘つくのは止めろよ!本当は殺したく無いんだろ!』

「は、はぁ!?何であんたにそんなこと言われないといけないのよ!」

『あんなに心の中で悲鳴上げてりゃ嫌でも分かるっての!本当に殺したかったんなら、その巨人の能力でとっくに死んでるだろ!全く、力を貸してほしいとは言ったけど、何もラムの仲間を殺せなんて言ってないだろ、俺』

 

アリシアのため息混じりの言葉にラムはピシリと固まった。それは無意識に見ないフリをしていたラムの心の悲鳴の事だった。

確かにラムはバアルを好いてはいない。魔王崇拝者の中でも特に変態的でウザったい存在ではあったことは間違いないし、時折殺意に溢れていた事もあった。

それでも、バアルは魔王──ラムにとって数少ない味方であり、信を置けた部下でもあった。

 

勿論バアルがアリシアの魂を穢れと呼び、あまつさえ消し去ろうとしていた事に無性に腹が立っていた事も事実である。

だが、それでもラムにとって味方とは何にも勝る大切なものであり、例えそれがどうしようも無い変態であろうとも殺そうとしたことに心が悲鳴を上げていたのだ。

その為に本来であれば瞬時に凍結させることも可能だった筈の氷精霊の侵食もゆっくりとしたものだったのだ。

 

そしてその悲鳴が眠っていたアリシアを目覚めさせ、ラムの感情に気付いたアリシアが感情の綻びをついて一瞬だけ右手の主導権を奪い取り、バアルの命を助けたのだった。

 

『ほら!もうバアルは戦える身体じゃないだろ!バトンタッチだ、バトンタッチ!』

「ちょっと!?そんな強引に───」

「───さて。私の方からも再三と。ここから去りなさい、魔族。彼女の慈悲を無駄にしないでくださいませ」

 

アリシアがラムから半ば強引に主導権を奪い取ると、スッと翼と氷精霊が消えていき、銀髪蒼眼だった容姿も金髪翡眼へと戻っていた。

バアルは震える身体で何とか立ち上がると、アリシアを睨み付ける。少しの間お互いに視線を交差させた両者だったが、先に折れたのはバアルであった。

 

「……魔王様の御慈悲に感謝を。しかしワタシは貴様を認めない。何時か必ず、その魂を斬殺してくれる。努々忘れるなよ、小僧」

 

荒い口調でバアルは吐き捨てると、翼を広げこの場を飛び去っていく。

その姿を最後までアリシアは見送ると、急激に身体が怠くなっていくのがわかった。

 

「お父様っ!だいじょ……ぶ……?」

「アリシアっ!!しっかりしなさい!」

 

アリシアはシグムッドの元へと向かおうと足を動かそうとするが、氷精霊を召喚した反動は大きく、膝から崩れ落ちるように倒れ伏してしまった。

漸く動けるまでに回復したシグムッドは血相を変えて倒れたアリシアを抱き抱えると、必死に呼び掛ける。

その顔は少し青ざめているが、シグムッドでは今アリシアがどういう状態なのか把握出来なかった。

 

「アリシア!!アリシアどこ行ったの!?お願い!返事をして!」

「レリィ…?レリィか!?ここだ!!ここにいるぞ!」

「っ!あなた!!それに、アリシア!!?どうしたの!」

 

遠くからレリィの声が聞こえ、シグムッドが声を張り上げるとレリィは即座に場所を把握し、二人の元に辿り着く事が出来た。その先ではシグムッドの腕の中でアリシアがぐったりと横たわっており、顔を青ざめさせていた。

シグムッドは駆けつけたレリィにアリシアの症状をみせると、レリィはすぐにアリシアが陥っている症状を理解した。

 

「いけない……これは魔力失調よ。本来使用出来る魔力量よりも過剰に使ってしまったのね。でもこんなになる程の失調なんて、どれだけの大魔法を使ったの……」

「とにかく、危ない状況なんだな?どうすればいい?」

「まずは家に連れて帰りましょう!治療するにしても家にある魔道具が必要だわ!」

「分かった!……すまん、皆。もう少しだけ供養は待っててくれ。すぐに戻るからな」

 

 

シグムッドはアリシアをしっかりと抱え直すと、なるべく揺らさないようにレリィと共に走り出した。

娘の命を溢し落としてしまわないように。

 

 

 

 

 

 

 



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思い違いと呼ばれてしまうもの

少しずつこのイカれた作品に評価が重なっていくのを見て、作品ってのはこうやって意味を持っていくんやろうなぁとかよく分からん感慨に浸ってた俺氏。

前書きも後書きも脊髄反射で書いてるようなもんだから深い意味は特にない。
無いったらない。


「知ってる冬空だ……」

 

相変わらずのもう吹雪の中で、俺は何故か仰向けで寝転がっていた。

積もった雪特有のモフッとした感覚はあるものの、やはり寒さは感じられないことに少し物足りなさを感じつつ起き上がる。

 

さて、ここに来るのは二回目だけども今回は誰もいない。ラムはまたあの洞窟にいるんだろうか。てか俺一人でラムのところまで辿り着けるのか?

むーん、誰か使いはおらんかね!

 

「にゃー!」

「おう!?なんだお前!?どこから出て……あの穴か」

 

寂しくなって一人ごちていると、いきなり足元から猫の鳴き声が聞こえてビビる俺。

声の元を辿ると俺の足に体を擦り寄せている真っ白な猫が一匹、頭にちょこんと雪を乗せてにゃーにゃー鳴いていた。その近くにはおそらく猫が掘って出てきたのであろう穴がポッコリと空いていた。

なんやこいつ。めっちゃ可愛いんだけど。ぐうかわ過ぎて抱きしめて撫でまわしたいんやが。

 

「にー!にゃー!にゃうー!」

「おう、どしたどした。抱っこか、抱っこをご希望なんか。喜んで抱っこしてやるぞこのやろー」

 

俺の足に向かってテシテシと猫パンチをしてくる白猫の気持ちを代弁したつもりだったが、どうやら違うらしい。

え?なに?あっち?ついてこいって?

 

「にゃあー!」

「分かったわかっ──ちょ!?速い!速いよ白猫さん!置いてかないで!」

 

今度こそ代弁が当たってたらしく、白猫が嬉しそうに一鳴きすると物凄い速度で雪上をダッシュし始めた。それもあっという間に姿が見えなくなる程に。

雪駄もなしにその速度だとぉ!?こやつ、雪猫やったか!?(意味不明)

 

軽く戦慄しつつも必死に白猫を追いかける。といっても白猫の姿は見えなくて、最早ここまでか……と思いきや。

なんとあの猫、この吹雪の中で巧みにも自分の足跡を残していっていたのだ!

やだ!素敵!その足跡についていくわ!

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで白猫の足跡を辿っていくこと体感十分。

ついに俺は件の洞窟へと到着した。

薄々思ってはいたが、やっぱりあの猫はラムの使いだったのだろう。白猫に感謝しながら洞窟の中へと足を踏み入れた。

中を進んでいくと、ぼんやりと松明の灯りに照らされた木の扉があった。

とりあえずノックしないで入るのは礼儀違反なので、ノックをしてから扉を開けると、前と同じようにテーブルと椅子が用意された小部屋に彼女はいた。

脚を組みながら優雅に紅茶を嗜んでいるが、場所が洞窟のせいか微妙に格好がついていないのがネックだ。

 

「来たわね。待ってたわよ」

「来たぞ。道分かんなかったけど」

「にゃあ~」

 

本人の許可を得てから対面の椅子に座ると、さっきの白猫がゆらりと尻尾を揺らしながら俺の膝の上に乗っかり寛ぎ始める。

うーむ、これは懐かれているでいいのか。触って良いんか?良いんよな?触るぞワレ。

 

「へぇ。チィがそんなに懐くなんて珍しいわね」

「チィ?この猫の名前か?」

「えぇ。幸召術式七番、幸運の猫(シシアシチィ)。それがその子の本来の名前よ。だからチィ」

「ほー、なんかよく分からんが宜しくな。チィ」

「にゃあん」

 

ラムが物珍しそうに俺と俺の膝上で寛ぐ白猫、チィを見ている。

交渉術式?なるものらしいが、どこからどう見てもただの白猫である。何にせよ挨拶は大切だ。

チィの両脇に手をいれて抱き上げると、猫特有の体がだらんと伸びる現象を楽しみつつ挨拶すると、眠たげな顔で一鳴きしてきた。何ともまぁ人懐っこい猫だ。初見の相手に対して警戒心が無さすぎるぞ。

 

「で、チィが懐くのが珍しいってどゆこと?こやつ初めて会った時からめっちゃ体擦り寄せて来てたんだけど」

「チィは幸福を司る召喚獣よ。能力としては特定の相手にのみ幸福を与えるの。例えそれがどんな形でもね。でもその能力のせいか余り他人に対しては良い反応を見せないんだけれど……」

 

チラリとラムが眠りこけてるチィを見るが、当の本人は欠伸をかますなど我関せずである。お前の話やぞ、これ。

 

「何故かあなたには気を許してるみたいね。良かったじゃない。近々あなたに幸福が訪れるかもね?」

「そりゃありがたい。出来れば俺の推しと運命的な出会いが出来る幸福が欲しいが。どうかねチィちゃん」

「にゃ?」

 

ダメ元で頼んではみたが、反応を見る限り俺の言葉は全く伝わってないだろう。間抜けな顔でこちらの様子を窺っている。

なんやこの猫、生意気やな。ほれ顎下撫でまわしたるわ。

 

「ま、あたしの契約者としては見所があるわ。将来的にはあたしの召喚獣を全て使役出来るくらいには成長して貰わないといけないし」

「そう、それだよ。そもそも召喚獣って何のことだ?あの巨人の魔法だって、あんなの出来るのか」

「は?え?なに、あんた。もしかして召喚獣のこと知らない訳?嘘でしょ?」

「いえいえ、嘘なんかじゃないですよ奥さん」

 

ラムは真顔で「誰が奥さんじゃ」と俺の体をテーブル下から蹴ると、やれやれといった様子で召喚獣の説明を始めた。

 

「そんじゃしっかり聞きなさい。まず、召喚獣というのは前魔王が従えてた魔獣の事よ。まぁ魔獣と言っても大元は魔法なのだけれど。完成した術式に魂を埋め込むことで形を成し、術者を主と認める。そして主の命令に絶対遵守の魔獣が生まれる。それが召喚獣よ。ここまではよくて?」

「お、おう。つまりチィやあの巨人は元は魔法で、魂を埋め込んだから姿を持って生まれてきたって事だな?そんでそいつらを召喚獣と呼んでると」

「そんなところね。だから主以外の命令には従わないし、懐きもしない……筈なんだけど。チィは別格みたいね。多分他の召喚獣はチィみたいにいかないわよ」

 

ほうほう。じゃあ俺があの時巨人に指示が出せたのは主であるラムが表層に出てたから、その指示には従ったって訳か。んで俺が完全にラムと入れ替わってたら、あの巨人の制御が効かなくなって俺の身もヤバかったと。

 

……は!?あれってもしかして命懸けだったのか!?

 

「ってあれ?召喚獣ってのは前魔王が従えてたんだろ?なんでラムの命令に従ってたんだ?それじゃあまるでラムが魔王……みた、い……」

「あら?ようやく気付いたの?」

「……待て。待て待て待ってくれ!あれって!

?まさか前魔王って……!」

「そうよ。気付いた所で、改めて自己紹介をしましょうか」

 

ラムはティーカップを置くと、不敵な笑みを浮かべながら前魔王の時の名前を告げた。

 

 

 

「あたしの名前はアリステル・フォン・ヌーザ。魔王アリスとはあたしのことよ!」

「そんな、馬鹿な……!!」

 

 

あまりの衝撃に体が震え、信じられないものを見てるかのように彼女を凝視する。

そんな俺の様子が嬉しいのか、まるで悪戯が成功した子供のように笑いながら尚も話を続ける。

 

「ふふ、騙してたようで悪いけれど。もうあなたはあたしと魂で契約しているの。今更契約破棄は許されないわ!大人しく自分の運命を受け入れなさい」

「あり得ない……そんなことあり得ない!!だってそうだろう!?」

「あーはっは!もう手後れなのよ。だから──」

 

そうだ!そんなことあってはいけない!これは何かの間違いなのだ!

何故ならば……

 

 

 

 

「魔王は!魔王の名前はヴィルヘルムで、男だろうが!!!」

 

 

「………はぁ!?!?」

 

 

 

魔王ヴィルヘルムは男であり、魔王アリスなんて存在しない筈なのだから!!

 

 

 

 

 

 

……余談だが、この後すぐに声が五月蝿かったせいか寝惚けたチィに手を甘噛されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 




きっとこの話を読んだ君たち読者はこう思っているだろう。
「魔王とか召喚獣とかよう知らんけど、チィ可愛い」と……!


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原作崩壊と呼ばれてしまうもの

初投稿です(目そらし)


魔王アリスだと?それはおかしい。

 

先程も言ったように魔王の名前はヴィルヘルムの筈だ。散々苦しめられてきたのだから、その名前を忘れる筈はない。

 

魔王ヴィルヘルム。【princess knight】のストーリーにおいて正真正銘のラスボスであり、かつて世界を滅ぼしかけた最恐の存在だ。

その戦闘力は規格外。主力キャラ達の強みをまとめて得たようなスキルに高すぎる属性耐性、一ターンの間アーティファクトを使用不可にする【封印】や強制的にアーティファクトのレベルを1下げる【レベルダウン】。アーティファクトの制御を奪う【凶奪】等をあわせ持つイカれた性能をしており、初見で戦った時はあまりのイカれ性能っぷりに天を仰いだこともある。あの戦いがヴィルヘルムだけじゃ無かったらマジで難易度キチってたぞ。

 

そんな相手を見間違えるなんてあり得ない。ましてや性別すら違うじゃないか!ヴィルヘルムは紛れもなく男性であり、決して目の前にいる偉そうにふんぞり返ってる銀髪美少女ではないのだ!

 

「と言うわけで断じて君が魔王などとは信じられんのだよ。ラム君」

「いや、どういうキャラよそれ。それにあたしは嘘なんて言ってないわ。むしろこんなことで嘘ついても何もメリットがないじゃない」

「む、むぅ……」

 

馬鹿を見るかのような目で諌められ、ぐうの音も出ない俺。まぁでも確かに、あれほど強力な召喚獣がいて、しかも的確に制御出来てるなら強いのにも頷ける。

え、じゃ、じゃあマジでラム……ってかアリステルが魔王だって言うことか?

 

そう納得しかけた時、俺の頭の中で鈴のような音が聞こえた気がした。そして頭に走る鋭い痛みに顔をしかめた。

 

「だから何度もそう言ってるでしょ。それと名前呼びは止めて。ラムで良いわ」

「……っ!お、おう。わかった」

「……なに?どうしたのよ?」

 

怪訝な顔をするラムに何でもないと誤魔化すと、ふと下から視線を感じ顔を向ける。するとチィが綺麗な蒼い瞳で俺をガン見していた。その瞳は俺に何かを訴えかけようとしてるようだ。

しばらくチィとにらめっこしてみたが、やがてチィは飽きたのか「にゃあん」と一鳴きした後にまた膝の上で丸まってしまった。

 

「チィのことそんなに見つめて、そんなに気に入ったの?」

「……チィってさ……」

 

俺はチィを撫でると、真剣な顔でラムに向き合い胸の内を露にした。

 

「めちゃくちゃ可愛いよなぁ」

「ってなによ!そんなに溜めるから何かと思って身構えたあたしが馬鹿みたいじゃない!」

 

バン!と強くテーブルを叩くラムについと目をそらしつつ、ラムとこれからの事を話し始めた。

現状はラムが魔王だという話で進めつつ、今後の目的の擦り合わせも必要だろう。

なにより俺が知らない情報が出てきてしまった以上、これを放置しておくわけにはいかない。

 

「とにかく、あんたはこれから先はあたしの召喚獣達に認められるように励むことが必要よ。前のファクターは召喚獣と全く相性が合わなかったから、氷精霊を少しでも動かせたあんたには期待してるわ」

 

足を組ながら優雅に紅茶を飲む様は実にお嬢様らしいが、言ってることはスパルタである。そもそも相性とかあんの?あの巨人とか?無理だろ。俺に懐いてんのチィくらいだぞ。

 

「動かしたって言っても、あれはラムが表層?ってとこにいたからだろ?」

「それもあるわ。でもそれだけじゃリオは従わないのよ。だってあくまでもバアルを投げるよう誘導したのはあたしの意思じゃなくてあんたの意思だから」

「??」

 

つまりなんだ?あれは俺の意思に従ってくれたってことか?でもなんで?従う理由がなくないか?

 

「はぁ……いい?理由はあるわ。それはあんたも言ったように、あたしが本心ではバアルを殺したくないと思ってたからよ。リオはそんなあたしの心情を分かってた。でもあたしが止めようとしなかったから続行してたの。でもあんたがあたしを止めようとしたから、あんたの意思にリオが従ったってわけ」

「ラム……お前、めんどくさい奴だな……」

「うっさいわね!あんたにだけは言われたくないわ!」

「あいだぁ!?」

 

ラムからの強烈なチョップを食らい、頭を押さえてテーブルに倒れ伏す俺。

こんな美少女ボディになんて事を……傷が付いたらどうしてくれる!?

 

「安心なさい。ここは精神世界みたいなものだから、現実の体には何も支障は無いわ。それよりそろそろ戻った方が良いわよ」

「へ?」

「あら?気付いてないの?あんた、魔力欠乏症で死にかけてるのよ。今はティオって娘が泣きながらあんたの看病してるわ」

「はぁ!?!?それを早く言えよ!?!?どう戻れば良いんだ!!?」

「はいはーい、近くで騒がないでちょうだい。チィ、任せたわよ」

「にゃあ~♪」

 

ラムの指示に緩い返答を返したチィがピョコッと膝上から飛び降りると、真っ白い尻尾を左右にユラユラと振りながら歩き始めた。

どうやらチィが道案内をしてくれるらしい。

 

「あっ、そうそう。最後にひとつだけ」

「えっ?なんだよ」

「あんたは運動が出来なくなった訳じゃないわよ。アガートラームは可能性を引き出す記録媒体、とだけ教えてあげる」

「はぁ??」

 

唐突に出された訳の分からないヒントに首を傾げるが、しっしっと犬を払うように追い出された俺は仕方なくチィの小さな足跡を追う。

見ればさっき俺が歩いてきた跡は既に雪で覆われてしまっていた。

 

小さな足跡が消えないうちに急いでチィに合流し、ちょこちょこと軽快な足取りで歩くチィに着いていくと、ちょっとした広間のような場所に出た。

チィはその手前で止まると、俺を促すように鳴くと視線をその場所に戻した。

どうやら俺にここにいけと言ってるらしい。

 

「ここか?んー?なにもないけ───ど!?」

 

少し訝しげに近づくと、突如踏み込んだ右足から雪がハラハラと消えていき、ポッカリと大穴が現れる。

そしてその大穴は見事に俺の足元まで広がっていた。

 

「もうちょっとマトモな起こし方はねぇのかよぉぉぉぉぉ!!」

「にゃああん♪」

 

そんな俺の叫びも楽しそうに笑うチィの鳴き声に上書きされるかのように消えていき、俺の意識は落ちていった。

 

 

 

 

 

────────

────

──

 

 

 

 

「う、うーん……あれ?ここは……」

 

閉じた目蓋からでも感じる光に、うっすらと目を開けると、見慣れたライトが天井に下げられている。

どうやら意識が戻ってこれたみたいだ。

とりあえず起き上がろうと腕を動かそうとしたら、ふと

右手に違和感を感じる。

 

やれやれまた右手ねはいはい、と視界をそちらに向ければあら不思議。青髪の美少女が俺の右手をガッチリと握って眠っているではありませんか。

 

もしかしてこれがラムの言ってた状況??

幸いにも手袋越しだから凍傷にはなってないだろうけど、それでも冷たい筈だ。

自由に動かせる左手でティオの手に重ねてやれば、やはりティオの手もすっかり冷たくなってしまっていた。

体だって冷えるだろうに、ティオはそれでもお構い無しに心配で手を握っていてくれたのか。

 

「…ありがとう、ティオ」

「ん、んぅ……はれ?アリシア?」

「クスッ。えぇ。おはよう、ティオ」

「……っ!アリシアっ!良かった!起きてくれて、本当に良かったよぉ……!」

 

寝起きで呂律の回ってないティオが可愛くてにこりと微笑んで見せれば、少しポケーっとした後すぐにくしゃりと顔を歪めて、ティオが抱きついてくる。

 

「心配させてごめんなさい。待たせたわね」

「ほんとだよぉ……!うぁぁぁ……!」

「あら……困りましたわ……よしよし」

「ティオちゃん、どうしたの──アリシア!!起きたのね!!」

「お母様!」

 

ティオの声を聞き付けたお母様が扉を開けると、俺の姿を見たお母様が一瞬止まったかと思いきや、一目散に俺の所まで走ってくる。

そこから俺が起きた事に気付いたお姉さまやお父様、ティオのお母様も駆けつけてきて、泣きながらもみくちゃにされたのだった。

 

 

 

 




色々な衝動があった……暑さがダルい……雨がダルい……マスクが嫌い……ロボットもの書きてぇ……
そんな衝動を全てねじ伏せて俺はここに帰ってきたぜ(白目)


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とある剣士の記録(欠)

気分は初投稿です。


その少女は、平凡だった。

黒い髪と赤い瞳が珍しい子供だった。

何て事はない小さな村で生まれ、両親の愛を受けて、やがて愛する人と共に家族を作り幸せな人生を歩む。

 

 

 

────その筈だった。

 

 

 

場面が変わる。

少女の眼前に広がるのは燃え広がる赤と、決して見慣れる事の無い血、そしてまるでゴミのように転がっている見慣れた人々の骸。

 

何故、と少女は眼前の地獄絵図に問う。

家は燃やされ、骸は魔物に食い荒らされ、死の匂いが溢れかえっている。

少女は声を上げた。自分の家が魔物に壊され、自分の愛する家族は原型も無くグチャグチャにされていた。

 

少女は吼えた。真っ赤に染まった視界で少女はそれを手に取った。その行動は少女の破滅の始まりであり、またその行動は決して誰にも語られることはない。

ただ、それに記録される。

 

得物を握ったその手は、汚れる事の無い銀色に染まっていた。

 

 

 

──────

───

 

 

 

 

少女は平凡の筈だった。

少女はとある王国では知らぬ者がいないとされる程の逸話を残した。

迫る魔物の大群を一人で制圧した、不死と呼ばれた竜を殺した、得物を振るえば空を断った、最強と吟われた敵国の騎士団長を下した。

誰もが少女に羨望し、畏怖した。

 

彼女こそが最強である。

彼女こそが人を越えた者である。

彼女こそが人類の希望である。

 

人々は少女を讃えた。少女に希望を見出だしていた。

 

魔王が現れた時も、人々は少女が魔王を打ち倒すだろうと信じていた。

 

 

──しかし、その想いのどれもが少女には届いてはいなかった。

 

少女に残されたものは魔物への殺意であり、強さへの執着であり、命を削る戦いへの渇望だった。

そして彼女はまるで大きな流れに導かれるように、その時を迎えた。

 

 

 

 

───────

────

──

 

 

 

 

再び映り変わる場面。

そこでは2mは越えるだろう魔物と少女が対峙していた。

 

魔物の左腕は切断され、翼ももがれ、しかしギラついた瞳で少女を睨み付けている。

少女も傷だらけの体でありながら、右腕だけで剣を構える。その左腕はだらんと力無く垂れ下がっており、もう動かすことは叶わないだろう。

 

お互いに体力は限界。それを感じ取っていた魔物と少女は同時に踏み込んだ。

魔物が突き出した槍を少女は体を反らすも完全に避けることは出来ず、脇腹を大きく削られながらも魔物に肉薄し、黒い刀身を魔物の急所へと突き刺した。

 

「■■■■■■■■■■!!」

 

「───」

 

魔物は一際大きな咆哮を上げた後、まるで少女に笑いかけるかのように笑みを浮かべたまま死に絶える。

それを見届けた少女も、地面に突き立てた剣にもたれ掛かりながら瞳を伏せた。

 

その瞳が閉じられる瞬間、確かに少女の視線はこちらを捉え、微笑んでいた。

 

 

 

──どうか、あなたは幸せを守ることが出来ますように。

 

 

 

騎士団が到着した頃には、そこにあったのは息絶えた魔物と肌白い右手を握りしめた少女の亡骸だけであった。

 



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覚醒と呼ばれてしまうもの

そろそろアリシアがバグるので初投稿です。


なんかとてつもなく壮絶な夢を見た気がする。

黒髪の少女が織り成した人生だ。所々場面が欠如している所もあったが、それを抜いても重い話だった。

 

あれは一体なんだったんだろうか。どうにも他人のようには感じられず、あり得ないことに夢の中の少女と視線すら合った気もする。その時に何か言っていたようだが、それは分からなかった。

 

しかも体が妙にスッキリしてる。いや、変な意味じゃなくてね?

なんというか、開放的?鎖が外れた感じ?そんな感じのものだ。

体を動かしたくてしょうがないぜ!

 

「……あら?」

 

とりあえずベッドから降りようと起き上がったら、真っ先に右手が虚空を掴もうとしていた。でも伸ばした先にはもちろん何もなく、銀色の手をニギニギするだけである。

今の動きは完全に無意識だった。まるでそこに当たり前に置いてあったものが無い時のような寂しさを感じる。

 

間違いなく、俺の体に異変が起きている。

あの夢を見てからこれだ。確実に普通の状態ではないと思われる。

 

「うーん……あの夢と関係が?」

 

取り敢えず起きて朝食を食べよう。んで、その後に少し体を動かしてみよう。

そう決めた俺はベッドから降りて、おもむろに姿鏡に写った自分に視線が誘導された。

そこには何時もの金髪碧眼の美少女───ではなく、黒髪赤眼の美少女だった。

 

「……は?え?」

 

予想だにしてない光景に唖然とし、瞬きをした時には元のアリシアとしての容姿に戻っていた。

 

今の姿って……夢の中の……?

 

「アリシアー?起きてる?」

「あっ……お母様!起きてますわ!」

 

ドアがノックされた音とお母様の声にハッと我に返り、慌てて返事を返す。

え、ええい!よくわからんが確認は後だ!

 

『嘘……どうしてあの娘が……』

 

この時の俺は、そんなラムの呟きに気付くことは出来なかった。

 

 

 

─────

───

 

 

 

 

時は無情にも早いもので、バアルと魔物の襲撃から既に一ヶ月が経過していた。

当時戦いに出ていたメンバーはお父様とフラッドさんの二人だけだった。俺と仲良くしてくれたデヴィットさんや、村のムードメーカーだったダムさん、他にも沢山の人が殺されてしまった。

 

魔力欠乏症から回復した俺は、その話をお父様から聞いて年甲斐もなく泣いてしまった。

デヴィットさんやダムさん達は、いや村の人達みんな仲が良かったのだ。

それこそ村全体でひとつの家族のようなもの。そしてその家族が奪われてしまったのだ。

そのショックはとても大きいものだった。亡骸にすがり付く子供の姿に、夫を亡くした妻の悲痛な泣き声。

その光景は俺の胸を大きく抉るものだった。

 

村の皆が総出で行った葬式も、ついぞ誰も涙が枯れることはなかった。

お母様は俺とお姉さまを力一杯抱きしめながら、お父様は血が滴るほど強く拳を握りこみ、ティオとソフィアさんは静かに黙祷してくれていた。

 

それから一週間後、ティオとソフィアさんは一度王都の家に戻る事となった。

元々この村に滞在する期間は三週間程だったからだ。

流石にティオとお別れとなると寂しくなったが、ティオは俺の心情を察してか、両手で俺の手を取り真っ直ぐこちらを見つめてくる。

 

「私ね、アリシアが羨ましかった。魔法の才能は負けてないつもりだったのに、あなたの魔法は凄く素敵だった。だから私はあなたと一緒に魔法の練習をしていて、少しだけ劣等感を感じてたの」

「えっ……ティオ」

「聞いて、アリシア。この前の魔物の襲撃の時、あなたが真っ先に飛び出して行った時、あなたの姿がとても眩しかった。危険だと分かっていても、村の人達の命の危機に迷わず飛び出したあなたに憧れたわ」

 

でも、とティオは口を一度結ぶと俺の手をギュッと握ってきた。その瞳は当時を思い出したせいか揺れていた。

 

「あなたが倒れて運ばれてきた時、生気を感じられないあなたを見た時、私はとても怖かった。アリシアが死んじゃうって…そして後悔したわ。私も一緒だったら、何か変わったかもしれないって。そんな事あるわけ無いのにね」

 

ティオは自嘲するように呟くと、瞳を閉じた。そして一息つくと今度こそ力強くこちらを見つめてきた。

その青い瞳はまるで星が落ちてきたかのように輝いていた。

 

「アリシア。私、もっと強くなる。沢山魔法の勉強して、沢山知識を付けて……あなたの隣に立てるようになるから!あなたと一緒に戦えるようになるから!だから、また会おうね!」

「ティオ……えぇ!えぇ!ティオならあっという間ですわ!それこそわたしなんかじゃ届かないところまで行ってしまいそう!」

「ふふ、その時は無理矢理にでもアリシアも連れていくからね」

「望むところですわ」

「「ふふ、あははははは!」」

 

その後は二人で思う存分笑いあって、再会の約束を交わしたのだ。

次に会う時はきっと、原作の舞台である【オルトリンデ騎士学園】になるだろう。

こうして一時的にティオと別れることになった。

 

 

 

そして今現在。俺は途方に暮れていた。

何故かって?はっはっは。そりゃ目の前の大木がへし折れてるからさ!

 

 

悲報、魔法少女から撲殺少女へとランクアップした模様。

 

 

 

 

 

 




アガートラーム「おう、そろそろ俺の出番かい」
アリシア「マジやべぇ」


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