平民派DQN女オリ主がいくFFタクティクス (ひきがやもとまち)
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序章「横たわるのは犬とブタ。だから私は動くと決めています」

最近、メンタル的な理由から思うように作品が書けていない状態が続いてましたため、少しだけ違うことをしてみようとFFタクティクス二次作も独立連載させてみました。

その内、もう一つのFFタクティクス二次作として予定している『オルタ・ベオルブのFFタクティクス』も書けるようなテンションに持っていければと思っております。


 ――私はかつて現代日本で『FFタクティクス』をプレイしていた▲■と申す者・・・・・・。

 貴方は、“獅子戦争”をご存じでしょうか?

 FFタクティクスの舞台であるイヴァリースを二分して争われた後継者戦争の名です。

 一人の無名の若者、若き英雄の登場によって幕を閉じたとされる大乱・・・・・・この物語世界に住む者なら誰もが知っているとされている英雄譚です。

 

 ――しかし、それが真実なのか今の私は知らない。覚えていないのです。

 

 交通事故に遭い、一度死んでFFタクティクスの世界に生まれ変わるとき、神様にとって都合が悪いから消されてしまったのか、あるいは最初から覚えようとしなかったのか。

 それすら今の私の記憶には残されていません。

 

 ここにいるのは、獅子戦争以前より武門の頭領として名高い名門だったベオルブ家の長姉『ラムダ・ベオルブ』。

 

 後に教会の手によって秘匿される“デュライ白書”の中で真の英雄として綴られる一方で、教会からは神を冒涜して国家の秩序を乱した元凶そのものと弾劾され、歴史の表舞台を記した記録からは存在を抹消されることになる少女騎士。

 

 ですが、私は知っています。

 忘れてしまった記憶と違って、残されていた自我がハッキリと理解している。

 

 それは、人が目に見えるものだけを“真実”であると思いたがる生物だという事実。

 自分が信じたいものをこそ“真実”だと“正しい”のだと決めつけたがり、縋りたがる弱さを持った生き物こそが人間あると言う紛れもなき真実。

 

 どちらが“真実”なのか?と選ぶことはしても、“どちらともが”真実なのではないか?とする声には耳を塞いで目をつむる。

 そんな愚かしくも愛しい存在こそが人間という名の種族たち・・・・・・。

 

 

 さあ、私と共に人々が追い求める“真実”を追体験する、歴史の旅へと出かけてみましょう――。

 

 

 

 

 歴史劇のはじまりは獅子戦争勃発の一年前、魔法都市ガリランドにある王立士官アカデミーの講堂から幕を開けます。

 その日、アカデミーに通う学生たち・・・若手貴族の子弟たちからなる士官候補生一同は、指導官役の北天騎士団団員によって全員が講堂に呼び集められていたのでした。

 

 

「・・・昨夜もまた、イグーロス行きの荷馬車がやられたんだとさ」

「それも、骸旅団の仕業なのかしら・・・?」

 

 同期生たちの囁き交わす声が耳の中に入ってきて、私は薄目を開けてそちらをチラリと一瞥し、特に目新しい物があるわけでもなさそうだったので直ぐに視線を正面に戻しました。

 

 

 ・・・この頃、イヴァリースでは鴎国との間でゼラモニアを巡って争われた五十年戦争の敗北により国そのものが疲弊しており、戦地から帰還してきた騎士たちに恩賞を支払う余裕さえなく、事実上のタダ働きとしてこき使っただけで解雇された元騎士たちが国中に溢れているという有様でした。

 

 当然、国のために戦いながら何の報酬も与えられることなく兵士たちを路頭に放り出す戦後処理は、職を奪われた騎士たちに王家や貴族に対する忠誠心を放棄させ、盗賊に身をやつす者や王家に対して謀反を企てる者など多くの凶賊や逆賊を生み出す結果を招いてしまい余計に内政を悪化させる悪循環を生じさせます。

 

 そのため当時のイヴァリースでは強盗や殺人が日常的に起きるほど治安が悪化しており、それらに反比例して民衆を守るべき責務を果たそうとしない統治者への信頼は下落の一途をたどっていたのです。

 

 そうした中で近年に台頭してきたのが“骸旅団”と呼ばれる一大勢力。

 元々は五十年戦争末期に、有志を募って結成された民間義勇部隊『骸騎士団』が母体となり、貴族に反抗するため結成された義賊集団だった組織です。

 ・・・ですが同時に、人が作る組織の弊害故に昨今では変質が激しさを増してきた集団でもありました・・・。

 

 組織が民衆からの支持を得て巨大化していく過程で、志も何もない本物の犯罪者までもが内部になだれ込むようになり、彼らの成す悪徳によって良貨は駆逐されはじめ、今では彼らの理想を成すはずだった戦いの目的は復讐戦と略奪戦にその姿を変えていってしまっていたのです。

 

 その被害は、幾人もの英雄や魔道師を輩出してきたガリランドの街もまた例外ではありませんでした・・・・・・。

 

 

「これから何が始まるんだろう? 知らないか、ディリータ?」

 

 傍らから兄の声で、親友であり幼なじみでもあり将来的には腹心の参謀として迎え入れることがほぼ確定している若者に話しかけるのが聞こえてきたので、私はあらためて視線を母の異なる自分の兄『ラムザ・ベオルブ』へと向け直したのです。

 

 線が細く、体つきは華奢で、女性のように面差しの柔らかで中性的な風貌を持つ武門の頭領ベオルブ家の末弟。

 兄二人と違って正室の子ではなく、平民出の側室から産まれた子であるためか政略結婚で嫁いできた母から産まれた私たち兄妹のような鋭さがなく、優しげな印象を見るものに与える一方で、『軟弱な見た目が武人らしくない』と陰口を叩かれる原因にもなっている武官貴族の子としては些か異端な私の兄上様で御座いましたとさ。

 

「いや・・・。ただ、ある程度の想像はつくが・・・」

「というと?」

「ラーグ公がこの街へおいでになる」

「ラーグ公が・・・? 何故・・・?」

「ラーグ公だけじゃない。ランベリーの領主・エルムドア侯爵もだ」

「それは初耳だ。・・・公式訪問じゃないな」

 

 ディリータさんから大雑把な説明を受けたことで、兄は一定の予測を立てられたらしく後半は理解の色が声に宿っていました。

 基本的に甘い人ですが、頭の悪い人ではないですからね。むしろ成績そのものは優等生の部類に入るほど。

 ただ、致命的なまでに人の悪意や作為、打算など人の悪感情にとことんまで疎く、人を疑うよりも信じたがる心理的傾向が戦略戦術関連における授業の成績を落とす原因になってしまっているんですよねぇ。

 

 去年の終わりにつけられた教官個人による個別評価では、

 

『技術的には優れており、教本通りに兵を動かす分には申し分ない。

 ただし、不測の事態により自己の判断で兵を動かさなければならない状況時には疑心暗鬼に陥り足を止めてしまう傾向が強く、教本通りにしか動くことのできない欠点を有している。

 総合得点としては、誰かの作戦指揮の下で一部隊を率い敵と戦う小隊指揮官としては理想的。多数の部隊を指揮統率する大将軍の地位には適性を欠く人物だと思われる』

 

 ・・・あれチラ見して読んじゃったときには、反論の余地がありませんでしたからねー・・・いや本当にマジでマジで。

 

「――今のイヴァリースはどこもかしこも“危険地帯”ばかりだ」

 

 一瞬、何かを言おうとして言葉を濁したディリータさんは、適切な表現を探すため少しのあいだ考えた後に『地位に配慮した表現』を使って説明を再開されたようでした。

 

「騎士団は八面六臂の大活躍だが、実際には人手が足りない・・・。

 そこで俺たち士官候補生の出番ってわけさ」

「要するに、貴族のお偉い皆様方がようやく重い腰を上げられて盗賊退治に本腰を入れられることが決まり、面子を保って協力し合うために非公式という形を取らざるを得なかった・・・と言うわけですよ兄様」

 

 身分に配慮して直裁的に言うわけにはいかなかったディリータさんに代わって、私が代理で結論を兄上様にご報告申し上げさせて頂きました。

 自分で思ったよりも大きな声が出てしまったせいか、周囲にいた何人かの生徒たちが「ギョッ」として私の顔を見つめてきたので「なんだよ?」と見つめ返して差し上げると慌てたように仲間内での噂話に戻っていっていかれましたとさ。

 

 ちなみに兄たちの反応は、苦笑する兄と、肩をすくめる兄の親友という熟れた反応。さすがに付き合い長いと癖のある性格を熟知されていて付き合いやすくていいですよね。大好きですよ、お二方。

 

「・・・相変わらず歯に衣を着せる気がまったく無い奴だなラムダは・・・。本来なら、聞かされているこっちの身が持たなくなるところだが、さすがにもう慣れさせられてしまったしな・・・」

「ラムダの“これ”は生まれつきだからねー。気にしてる方がバカらしく感じてくるくらいだし、いいんじゃないかな? 別に。ラムダらしくてさ」

 

 生真面目で配慮の行き届いた性格のディリータさんからは、まだしも諦め切れてない表情と声で論評され、兄からは割り切られてるのか見限られてるのか判断に困る言葉を賜る妹転生者の私です。いや本当の所どっちなんですか、兄上様よ。地味に気になるぞオイ。

 

 

 ・・・実のところ国内勢力最大規模とは言え、たかだかゴロツキとならず者の寄せ集めでしかない骸旅団による被害がここまで大きくなってしまったのにはワケがあります。

 

 それは鎮圧する側の貴族たちが骸旅団の討伐よりも、『他家の貴族に対しての面子や家格を気にする余り、軍事的には有効な作戦案を政治的理由により退ける傾向が強かったから』――と言うものでした。

 

 具体的には、自領内で暴れている盗賊たちに討伐軍を派遣した後、敵が隣にある別の貴族の領内に逃げ込んでしまうと相手に対する配慮から境界線より遙か遠ざかった地点で軍を返してしまう・・・等の現場判断。

 

 他にも、政治的に敵対している貴族の領土内で叛徒たちが暴れ出した頃には統治能力の欠如を非難する発言を繰り返していた名門貴族が、いざ自分の領内で反乱が起きたりすると今までの発言が仇となり、他の貴族に知られないため箝口令を敷いてしまって発見報告が遅れる・・・等の後方での責任者による怠慢。

 

 これらが積み重なり、『貴族による支配そのもの』を否定するためイヴァリース中を縦横無尽に暴れ回っている骸旅団相手に先手先手を取られる貴族配下の騎士団が多く出てしまうという結果を招いてしまっているというわけですね。

 

 おまけにここで、家同士による伝統的な確執まで関わってくると収拾がつかなくなるのも道理というもの。そりゃあ人手も不足するでしょうよ、当たり前ですけどね。

 

「貴族が面子や伝統の問題を一時棚上げにするためには、形式が必要です。そのためには比類なき名門の当主が範を示すのが一番楽で効率がいい。

 そのための今回の非公式訪問。そのためのエルムドア侯爵とラーグ公という人選です。多分ですけどね? これが一番効率よさそうな配分でしたから、おそらくは合っているでしょう多分」

 

 肩をすくめて総論を口にする私。

 

 イヴァリースは、王家が直接統治するルザリア地方、ガリオンヌ領、ゼルテニア領、フォボハム領、ランベリー領にライオネル領を加えた5つの上級貴族たちがそれぞれに統治する地方領。これに大小無数の貴族たちが統治している中堅貴族領とがひしめき合って版図としている封建国家です。

 

 この内、ライオネル領はグレバドス教会の所轄領であるため貴族同士の揉め事には基本的に中立の立場を取ることが多く、残る四家の中で北西に領土を持つ『北天騎士団』有するラーグ公と、五十年戦争末期に名を馳せた英雄『銀の貴公子』エルムドア侯爵・・・国の南東を統治している二人が手を取り合って国内の治安維持に本腰を入れて乗り出すとなれば残る二つの名門も無視するわけには参りません。

 外聞が悪すぎますし、忠義心が疑われ政敵につけいる隙を与えてしまう。

 

 と言って、ラーグ公のお膝元であるイグーロスまで侯爵が出向いてしまえば、配下になるため膝を屈したことになってしまいます。

 そこで、候補生でいる間は家同士の確執を持ち込まないことを国法により義務づけられている、貴族子弟の全員が入学を義務づけられた名門校ガリランド王立士官アカデミーで非公式会談という手はずが整えられた・・・そんな感じだと思われます。

 

 なかなかに政治的配慮の行き届いた良い策だとは思うのですが・・・もう少し早く重い腰を上げてくれなかったものかなぁ~、とコロンブスの卵を思い煩わなくもない私。

 ・・・ぶっちゃけ、割と本気で骸旅団による被害が尋常じゃないレベルに達してましてね。これ絶対、今年の税収に大きな影を落とすなぁーって段階まで放っておかれたことについては疑問の余地ありまくりな私ッス。

 

 そんな、貴族にあるまじき骸旅団的思考に私が陥りだした頃、「一同、整列ッ!」ようやく指導官役の北天騎士様が講堂にご到着されました。

 やれやれ、長かったなと思いながら言われたとおりに整列して同期生たちと並び合い、正騎士殿からのお言葉を拝聴するため、視線を騎士様の上がった壇上へと向けるのでした。

 

「士官候補生の諸君、任務である!

 諸君らも知っていると思うが、昨今このガリオンヌの地にも野蛮極まりない輩どもが急増している。中でも骸旅団は王家に仇成す不忠の者ども。見過ごすことの出来ぬ盗賊どもだ。

 我々北天騎士団は、君命により骸旅団殲滅作戦を開始する。

 この作戦は大規模な作戦である。北天騎士団に限らず、イグーロス城に駐留するラーグ閣下の近衛騎士団など多くの騎士団が参加する作戦だ。

 諸君らの任務は後方支援である。具体的には、手薄となるイグーロスへ赴き、警備の任についてもらいたい」

 

 ――もっと具体的に説明するならば、ラーグ公と北天騎士団のトップが御座しますベオルブ家の居城に、作戦に参加する貴族の子弟たちである諸君らを一カ所に集めて人質にさせてもらうのが我々の任務である・・・。

 

 声には出さず、心の中だけでつぶやき捨てる私。ラムダ・ベオルブは性格が悪い。

 そんなことを考えているときでした。

 講堂の扉が開かれて、部屋の外から一人の女騎士が駆け込んでくる。

 

「・・・なに!? それは本当か?」

 

 壇上に立っていた騎士の耳元に唇を寄せて、何事かをささやいて来る相手の言葉までは聞こえませんでしたが、それを聞かされた騎士の反応から見て吉報ではなさそうですね。

 

「士官候補生の諸君、装備を固め、剣を手に取るがいい!

 我々北天騎士団によって撃破された盗賊団の一味が、この町へ逃げ込もうとしているとの連絡を受けた。我々はこれより街に潜入しようとする奴らの掃討を開始する! 諸君らも同行したまえ!」

 

 案の定、報告を終えた女性騎士が部屋を出るまで待つことなく、大仰な身振り手振りを交えながら左手を掲げて握りしめ、壇上の騎士様から士官候補生に対して初めての『殺人命令』という、騎士の家系に産まれた者にとっては有り難~いご命令を押しつけられたわけであります。

 

「これは殲滅戦の前哨戦である! 以上だ! ただちに準備にかかれッ!!」

 

 断言し、背中を向けて去って行く騎士の後ろ姿を見送りながら周囲の士官候補生たちを見回してみると、不安で顔色が真っ青になっているのが半分。残りの半数は強がって必要以上に大声で気勢を上げてる人とで占められてますねー。

 いやー、分かり易いなぁ~。

 

 落ち着いて言われたとおりに準備を始めているのは、この二人だけ。

 

「気をつけろよ、ラムザ。成績では他の奴らよりも上なお前だって実戦は初めてなんだ。無理に進もうとせず、確実に仕留められる敵から倒していけばそれでいい」

「侮るなよ、ディリータ? 僕だってベオルブ家の一員だ。こんな所で無駄死にはしない」

「・・・だといいんだがな。お前は顔に似合わず燃えやすいところがあるから心配だぞ、俺は・・・?」

 

 士官アカデミー今期の成績ナンバー1と2の会話は、相変わらず安定してスゴく安心できますよ。あ~、癒やされます。

 

「と言うよりも、僕よりも女の子のラムダを心配すべきところなんじゃないのかいディリータ? 僕はこれでも男なんだぜ?」

「いやまぁ、そうなんだが・・・コイツはなぁ・・・。念のため聞いておいてやるが、ラムダ。お前は仮に敵が食い詰めて犯罪に手を染めてしまっただけのやむを得ない事情を持った平民出身者だったとしても殺せる――――」

「殺しますよ。情状酌量の余地は微塵もない人たちですから遠慮なくね」

「・・・即答かよ・・・。だから聞かなくていいと思ったんだよなぁ-、コイツには・・・」

 

 ばつが悪そうな顔で自分の準備に戻っていくディリータさん。

 あと、念のためって何ですか念のためって。おかしいでしょ、人に気を遣って聞いてあげてるときにその表現が出てくること自体が絶対的に。

 

 

 ・・・でも実際問題、今回の敵さんは殺すことに何の躊躇いも感じさせられてないのは紛れもない事実。

 事情はわかりますし、志には共感します。同情もしましょう。

 

 ――ですが、どんな理由があろうと『民衆のための戦いで、民間人を巻き込むこと』は許されません。まして武器を持つ兵士同士による市街戦など問答無用で論外。

 あれは民間人の命と財産を盾に使って、敵の攻撃を一時的でも凌ごうとする下策中の下策。少なくとも『民のための革命』を大義名分として掲げている平民出身の反乱部隊が使っていい戦法では断じてなし。

 

 

 

「国民の命と生活を守るために軍人はいて、それをするから私たち貴族は国民の払ってくれた税金で豊かな暮らしをしていられてる。

 民を守り、民を傷つける敵と戦えない貴族なんてブタ以下のクズでしょう? だったら私はただ、戦うだけです。人の上に立つ貴族としての務めを果たすためだけにね・・・・・・戦争です。一人残らず殲滅しますよ。

 戦に敗れて撤退中の敗残兵が民間人に被害を加えるようになる、その前に一人残らず絶対に――殺し尽くす」

 

 

つづく

 

 

オリキャラ設定『ラムダ・ベオルブ』

 ラムザの腹違いの妹に生まれ変わったTS転生者。

 ダイスダーグ、ザルバッグ兄弟の実妹。

 歳の離れた兄たちよりもラムザと一緒にいる時間の方が長かったため、実の兄たちよりラムザやディリータといる方を好むようになった。

 女騎士は騎士団内に限らず、アカデミーでも珍しいため奇異の目で見られやすく差別を受けるときもあるのだが、彼女は自分の成績と家柄を使い分けることで相手を黙らせてしまうためプライドの高い男子候補生からは煙たがられているが、実力主義の生徒たちからは男女の別なく好かれている。

 また、隠れファンクラブを結成している女子たちがいるのは、ファンタジー世界であっても婦女子としての嗜みなのかもしれない・・・。

 

 外見的にはCHAPTER2のラムザに近く、黒い甲冑を身に纏い、ややくすんだ色の金髪と吊り目がちな青い瞳の持ち主。

 価値基準としてはラムザに近いが兄よりも言動が過激であり、大人しめな外見とは裏腹に責任を果たすことなく権利ばかりを主張する者には一切容赦しない激しさを内包している。

 

 貴族派DQNのアルガスと対をなす平民派DQNの毒舌キャラ。

 世界観に合わせて言動の過激さが増していく性質を持ち合わせている女の子で、ある意味この世界そのものにとって最大級の異分子的存在。

 

 父バルバネス曰く、

 

『性格的にはザルバッグに似て潔癖なところがあるが、才能はダイスダーグに似て魔法と剣、そして策略と謀略の才に恵まれた極めて珍しい愛し子であり、鬼子でもある愛娘。

 長じた暁には、兄たちに勝るとも劣らぬ雄材大略の偉才として国の歴史に不滅の名を残し、イヴァリース初の女性騎士団長になることさえあり得るだろう。

 だが同時に、国に未曾有の国難をもたらす梟雄にもなり得る才と運命までもを、あの子は持って産まれてきてしまっている・・・。

 そして、どちらになるかはラムダ本人の意思ではなく、おそらくはイヴァリースがその時どの様な状態にあるかで決まってしまうことなのだろう・・・・・・』

 

 

・・・父が彼女に残した最期の遺言にして予言が実現するその日まで、残り一年・・・・・・。



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第1話

序章と違ってサブタイトルに文章は無し!(苦笑)こういう点がメンタル落ちてる証と思って頂ければ幸いです…。
ちなみに今作内で『五十年戦争末期のベオルブ邸』は描写されません。


 私たち三人を含めた士官候補生一行が敗走途中の骸旅団敗残兵の一団と遭遇したのは、街の東側にあるスラム地区に到着してすぐのことでした。

 

「・・・なんだ、追っ手に先回りされたのかと焦ったが、ガキどもじゃねぇか! くく、ツイてるぜぇ!」

 

 見るからに悪人面で盗賊風の身なりをした、職業としてのジョブもおそらくはシーフなんだろうリーダー格らしき男の人が野卑た口調で私たちを見下しながら嘲笑い出します。

 

「いいか、野郎ども。このガキどもを倒せばいいんだ! そうすりゃ逃げることができるぞ! 気にするこたぁねぇ! 一人残らず殺っちまえ!」

 

 ――こうして、降伏勧告をおこなう余裕すら与えられないまま始められてしまった、『敵を倒すより逃げ延びることを優先しなくちゃいけないはずの敗残兵さんたち』との不意遭遇戦。・・・いくらなんでもメチャクチャすぎるでしょうがよ・・・。

 

 しかも言ってる内容が、『貴族のみを攻撃対象とするアナーキーな集団』である骸騎士団と合わないこと、この上ありません。誰がどう見ても正規隊員ではないことは一目瞭然です。

 大方、組織が大きくなるに従って大樹に寄りかかりに来ただけの寄生虫な元盗賊かなんかの皆さん方なのでしょう。

 相手が年端もいかぬ子供で、苦労知らずな貴族のお坊ちゃん方だと舐めきった想定が透けて見える発言なんか、如何にも過ぎる小物な方々ですけれども。

 

 ・・・実際のところ、彼らは運の良い人たちの部類に入る人間たちじゃありませんでした。むしろ運が悪い人たちと言った方が正しいかもしれないほどに。

 

 と言うのも、ガリランドの街は広く、街に逃げ込んできた彼らは少数です。

 守る側は必然的に固まったまま当てもなく敵を探し歩くわけにも行かない以上、何隊かに別れて担当地区ごとに巡回する手法を今回は採用するよう北天騎士の方から指示されていたからです。

 

 その中で私と兄様、『武門の頭領ベオルブ家の王子様とお姫様』をどこに配置して守らせるかという問題は容易に決めていいことではありません。

 いくら妾腹の子の末弟と、家督相続があり得ない妹とはいえベオルブ家はベオルブ家。できるだけ安全な場所に配置して厄介事を避けたい気持ちは、宮廷政治に参加せざるをない士官アカデミー執行部側として当然持っていたでしょうし、それでいて武門の頭領一族が後方から偉そうに指揮棒振ってるだけというのは外聞が悪いと、派遣されてきてた北天騎士さんから釘を刺されているところを目撃してしまった私だけが知る真実。

 

 板挟みになった結果としての、スラム地区担当。『貧しい人たちだろうと国民は誰でも北天騎士団が必ず守り抜きます!』・・・という政治的プロパガンダを兼ねた配置だったんだろうなーと予測しますけど、まさかピンポイントで来るとはねー。

 いやー、現実は小説より奇なりとはよく言ったものですね~。

 

「ラムザ、気をつけろよ! むやみに前に出て突っ込まないようにな!」

「侮るな、ディリータ! 僕だってベオルブ家の一員だッ!!」

 

 私のすぐ側で、ディリータさんがいつも通り兄様に対して過保護さを発揮して、兄様もまたいつも通りに気負った感じに家の名を持ち出して強気な返事を返しているのが聞こえました。

 こういういつも通りの注意事項を、いざという時も忘れないディリータさんは本当に参謀向きな男性ですよね。私も彼のように斯くありたいものです。自分的には頭脳派だと認識している私の願望としては特にね?

 

「むしろ、ディリータ。そういうセリフは僕じゃなくてラムダに対して言うべき何じゃないのかな? たとえ兄さんたちに及ばなくても僕は男で、彼女は女の子なんだよ?

 騎士としても男としても、こう言うときには一番に気をつかってあげるべき存在なんじゃないのかな?」

「いや、まぁ・・・うん。俺もそう思いはしたんだが・・・ラムダは俺が言うまでもないヤツだという考えが頭の隅から離れなくてな。結局実行できなかったんだ」

 

 ・・・ちょいと? ディリータさん、言うまでもないヤツってなんですか、言うまでもないヤツって。喧嘩売ってんだったら買いますよ?

 主席のあなたほどではなくても結構強いですからね? 転生してきた今の私はそれなりに強いのです、エッヘン。

 

「ベオルブ家だと!? あの“ベオルブ”の名を継ぐ者か!

 そうか、お前たちは士官アカデミーの候補生たちか! ふん、貴族のくそガキどもがッ!」

 

 あ、なんかリーダー格の盗賊っぽい人にまで聞こえたっぽい。

 

「大人しく投降しろッ! さもなくば、ここで朽ち果てることになるぞッ!」

 

 しかも兄様、律儀に反応してあげてますし・・・。礼儀正しい人だなぁ、本当に・・・。

 

「おまえたち、ひよっこどもに何ができると言うんだ! おまえたち苦労知らずのガキどもにオレたちを倒せるものかッ!!」

 

 盗賊風な身なりからは想像も出来ない勇ましいリーダー格さんからのご返答。

 ・・・・・・けどね?

 

 ザシュッ!!

 

「グハーッ!?」

「なにッ!?」

「・・・言った直後に、苦労知らずなガキどもの一人の女の子に殺される程度の腕しかないんじゃ、竜頭蛇尾も甚だしいんですよねぇー」

 

 私は今し方まで鍔迫り合っていた敵の剣士さんに、フェイント使った一撃を叩き込んで悠々と切り倒せてしまいました。

 

 ・・・この人たち、実戦で鍛えた我流剣術としてはそこそこですけど、正規の剣術習ったことがないのか騙しとか流しの技術に耐性なさ過ぎますね・・・。

 骸騎士団を母体とする組織の名前を名乗るぐらいなら今少し『訓練という名の苦労』もしておいて欲しいんですけれども。

 

「よっと」

 

 そして私は、先ほど倒した敵に近づいて、動けなくなってる間に止めを刺します。

 グサッとね。

 

「ガフッ!?(・・・・・・パタリ)」

「キース!? てめぇッ! よくも!!」

 

 激高するリーダー格さんに、私は肩をすくめてみせるだけで返事の代わりとさせて頂きました。

 

 騎士道基準で見れば卑怯、現代日本の基準で見れば冷酷で非情な手段に見えるだろうなとは思いますけど、戦いの渦中で敵を切り倒しただけで勝ったと思って済ませるのは、剣士として迂闊の誹りを免れない恥とするべき行為でしてね。一度は倒れた敵であろうとも、斬られたショックで昏倒しているだけだったケースが歴史上には多数記録されているからです。

 

 そういう場合、倒れた姿勢のまま意識を取り戻した敵が、その姿勢のまま反撃してくるという例は少なくない。それが本当の戦場であり、戦争です。

 

 したがって、時代劇でよくやる倒れた敵に止めを刺すという行いは、斬り傷で苦しむ敵を早く楽にしてあげようという仏心から来るものではなく、あくまで防衛的目的がメインでやる行為なんだという事実を、現代日本に再び再転生できる機会があったら持ち帰りたいものですね。

 ・・・誰も聞きたがらないでしょうから意味ないかも知れないなーとは思いますけれども。

 

「クソッ! クソッ! クソクソクソ糞ガキどもがッ! 苦労知らずの貴族の小倅どもがッ!

 なんの苦労もせずにヘラヘラ笑って生きてられるお前らみたいなガキどもにオレたちが倒せるわけねぇんだッ! 現実ってのはそんな甘くはできてねぇものなんだ! 死ね死ね死ねッ! 死んじまえ!!

 オレたちが働いた金で楽して食ってる貴族どもなんざ、オレたち平民のために一人残らず死に絶えろぉぉぉぉぉぉッ!!!!」

 

 なので、こうゆう現代日本人よりも性質の悪い貧乏人のひがみ根性丸出し貴族観で、現実を知った風な顔して語りたがる人を見ると・・・・・・なんて言うかこう、イラッとするんですよね。殺してやりたくなるほどに。

 

「・・・うるさいですねぇ・・・。そんなに死んで欲しいなら、自分の手で殺してみなさいよ。なに、敵が悔い改めて自殺するのを待ってるんですか。

 そこは『死ね』じゃなくて『殺す』って言うべきところですよ? いい歳して子供みたいな言い間違いをする他力本願なアダルトチルドレンの皆様こそ国民にとっては害以外の何物でもありません。死になさい。

 それが、この国の人たちに与える被害を少しでも減らせる役に立つのですからね」

 

 冷徹に宣言して以降、私は敵との対話を拒否して野盗退治の任務に意識を集中。

 もともと率いる兵の数の総数では同じであっても、戦術講義で1位、2位、3位の上位トップ3を独占維持し続けている気心知れた私たち三人が役割分担して指揮している士官候補生部隊とでは『指揮官の数』が違いすぎます。

 

 「船頭多くして舟山に登る」と言いますけども、その警句を警句として活かして準備して訓練しておけば、指揮官が多いというのは必ずしも欠点というわけではありません。

 無線とかレーダーとかある時代じゃないですからね。一人の指揮官が把握できる範囲に限りがある以上、役割分担による臨機応変な対応は意外なほど有効なのです。

 

 

「ば、バカな・・・っ。オレたちが・・・オレたちがこんな、苦労知らずの貴族のガキどもに負けるなんて、そんなことあるはずな―――ッ!?」

「・・・その罵り文句しか知らないんですか、あなた? 語彙が少なすぎるにも程があるでしょうよ・・・。

 同じ言葉しか言えないなら、あなたの代わりはオウムで事足ります。死になさい」

 

 ズバッ!!

 

「ギャァァァァァァッ!?」

 

 私が担当していた戦区に残った最後の一人を片付けてから、ディリータさんとも合流してラムザ兄様のもとまで戻ると、何やら一人でブツブツ言いながら考え込んでいるみたいでした。

 とりあえずソーッと近づいて、独り言に聞き耳を立ててみるといたしましょう。

 

「・・・盗賊などという愚かな行為を何故、続けるんだ・・・? 

 真面目に働いていれば、こんな風に命を失うこともないだろうに・・・」

 

 ――ふ~ん・・・。

 まっ、らしいと言えばらしいんで、いいんですけれども。

 

「本人たちが投降を拒否して選んだ結果なのですから、別に兄様が思い煩う必要も理由もないでしょう? 彼らの好きにさせてあげた結果なんですから、いいじゃないですかどうだって。

 どのみち三人以上殺してしまった犯罪者は死刑が妥当と、イヴァリースでも諸外国の法律でも決まっている大前提です。

 どうせ彼らには今更助かる道など残っていなかったんですから、拷問の後に処刑されるよりも、自分たち好みな殺され方で殺された方が彼らとしても少しぐらいはマシだったんじゃないですかね? 私だったらそう考えますが?」

 

 ハッキリとそう言い切る私と、困ったように苦々しい表情で黙り込む兄様。

 ――そして、「・・・やれやれ」と外国人みたいに大げさなジェスチャーで呆れてみせるディリータさん・・・って、やっぱあなた私に喧嘩売ってるでしょ? 買いますよ? そろそろ本気でノシ付けてでも。

 

「たしかに、そういう風に法律の講義では習っているけど・・・・・・特例がないってほどでもないんだし、少しぐらいは助かる可能性だってあるかもしれないし・・・」

「はんっ」

 

 苦悩に満ちた兄様の言葉に対して、鼻で嗤って返す私。

 そりゃ確かに特例はありますよ? それも結構沢山な数でね。

 

 たとえば、殺された被害者が『平民』で、殺した加害者が『貴族』であったりした場合には、問答無用で「事件ごと無かったことにされてしまうケース」が最近のイヴァリース犯罪史には山のように沢山ね。そういう腐った階級制度の国ですから、今更っちゃ今更ですよ、そんなもん。

 

 ただ逆に、平民同士の間でそれやった場合には特別扱いも依怙贔屓もする理由ないので、司法は法令で定められたとおりに公平で公正に正しくギルティーしてくれます。それもまたイヴァリースという国の特徴です。

 

「ありませんよ、そんなもの。どんな理由で盗賊行為を働こうと、盗みは盗み、強盗は強盗です。決して許されることではありませんし、許してしまえば『我も我も』と模倣犯を生み続け、結果的に被害の連鎖を産んでしまいます。

 そして、力弱き者たちが武器を持ったときに襲う相手は多くの場合、肥え太った力ある者ではなくて、身近にいる力弱き同類です。

 私たち子供を、北天騎士団の大人たちより与しやすしと見て問答無用で襲いかかってきたのと同じようにね・・・・・・」

「・・・・・・」

「彼らが何故、盗賊などという道を自ら選び取ったのか・・・その理由が私にはある程度予測はついていますけども、そんなものは彼らの都合であり、事情に過ぎません。

 殺す側に、奪う側にどんな理由があろうとも、奪われたり殺されたりした側に取ってみれば自己正当化目的での言い訳にしかなりようがありません」

「けど・・・・・・」

「彼らは真面目に働く道を捨てて、盗賊になる道を選択した。それが罪であり、悪とされている行為だと知った上でです。そして匹夫野盗の手から弱き民衆を守る責務を負った私たちの敵として現れた。

 ・・・・・・それが今回の全てですよ、兄様・・・。

 私たちが出会わなければ、別の隊に殺されて終わっただけのこと。彼らが生き延びられる道は、既に閉ざされていたのです。

 彼らがここで死んだのは、巡り合わせが悪かっただけのことです。兄様のせいじゃありません。

 だからそう、気を落とさずに・・・ね?」

「・・・・・・うん。ありがとう、ラムダ・・・・・・」

 

 いつも通りナイーブな兄様を慰めながらポンポンと肩を叩いていると。

 

「あー・・・、オッホン。お邪魔虫になるようで悪いとは思ったんだが」

 

 ディリータさんがわざとらしい咳払いをして見せて、私たち“ごく普通の兄妹”のことを白っぽい目付きで等分に眺めやり後頭部をかきながら意見されに来たようでした。

 ・・・って言うか、なんですかい。その目付きと口調は。なんか微妙に腹立つんですけども?

 

「もしかしたら、本隊とは別に街の中へ侵入してきていた敵の生き残りがいるかも知れない。本隊を撃滅した以上、これだけの部隊を維持したままでいる必要も無いのだし、家々を一軒一軒廻って怪我人が出てないかどうか確認させながら残敵掃討と発見に移行させるべきだと考えるんだが、如何かな? ご両人」

「そ、そうだね。気付かなかったよ、ありがとうディリータ。早速みんなに伝令を・・・」

「それでしたら先程やっておきましたよ。

 と言っても、戦闘中にポーション使い切っちゃってたんで今の時点じゃ何かあったときに対応できませんから、アカデミーに備蓄物資の一部を供出してくれるよう嘆願する伝令役を出したばかりで返事待ちの状態なんですけどね」

「・・・・・・さすがにラムダは用意周到だな、相変わらず。色々と」

 

 畏怖したような表情でつぶやきながら、何故だか目が笑っているように見えるディリータさん。

 だから、やめなさいってその目付き。なんかムカつくんですよ、前々からずっとその目付きだけは。

 基本好きなんですけどね、ディリータさんのことも、ラムザ兄様のことも。――でも、この目付きだけはなんか気にくわないです。昔から。

 

「・・・おっ、返事が来たみたいだな。わかりやすい答えをいっぱい引き連れて」

「そうみたいだね。――オ~イ! こっちだ! 早く来てくれ! 組み分けをして、担当箇所を指示したい!」

 

 走ってくる一人の後ろから、後方で負傷者が出たときのために待機していた下級生のアイテム士部隊が汗みずくになりながら大人数で駆け寄ってきてるのが私にも見えました。

 

 

「・・・敵がいる可能性も考えて、最低でも前衛として戦える二人とアイテム士一人という内訳でやらせたいんだけど・・・どうかな? ディリータ」

「難しいな・・・アイテム士の数は補充が来て余っているが、逆に剣士が足りなくなっている。俺たちが率いてた人数だけじゃ間に合わん。

 いっそ、俺たちの意思を上に伝えて大々的にやってもらった方が効率的かも知れない。一番近くの北東地区を担当しているラッセルに仲介してもらえば話も通りやすそうだしな。アイツは気配り上手ないい奴だから」

「なるほど、確かにその通りだね。じゃあ、学園長の指示でアカデミー全体が動き出すまでの間、僕たちだけでも出来ることがないか考えてみようか・・・誰か意見がある人は?」

 

 

 打てば響く反応と返しで、ディリータさんと兄様が事後処理をスムーズに進めていくのが聞こえてきました。

 兄様は、臨機応変さが重要となる戦闘指揮官としては教条的な部分が目立ちますけど、この手の教科書通りに進めればいい作業を指揮させたら主席のディリータさん以上な人なので問題はなく。

 

 ディリータさんはディリータさんで、部隊間の指揮も執れれば必要に応じて単独でも動くことができるフットワークの軽さが最も高く評価されているポイントな人。

 大将軍としては身軽すぎるとも評されていて、貴族生まれでないのは幸いだったと他人には聞かせられない独り言を漏らしていた教官もいたぐらいの人ですから、細々としたところで見落としに気付き易く対応策も柔軟。・・・ですが貴族じゃないので周りを説得させづらいという欠点持ちな人でもある。

 

 主君の短所を参謀が補い、参謀の能力を主君が最大限に活かせるよう意見を採用する。

 よい主従関係であり、理想的な人間関係でもあるこのお二人に、私が余計な差し出口を挟むことなど何一つありません。放っておいた方が順調に進むぐらいです。

 

 なので私は無視。仲間はずれらしく、輪から離れて遠ざかり敵に格好の餌として自らの身を生き餌に使いながら、ふと、倒れている死体の一つに目がとまりました。

 

 先程私が倒した敵さんの一人です。キースさん・・・でしたかね? 敵のリーダー格なシーフさんが呼んでた、この人のお名前は。

 がなり立てるばかりで、大した脅威にならなかった彼と違って、この人の言葉は一言も聞く機会がないまま殺してしまいましたが・・・・・・一体この人は、どの様な理由で『反貴族を掲げるアナーキー集団“骸旅団”』に入団して戦っていたんでしょうかね・・・?

 兄様にああ言っておきながら終わったことを気にするのは矛盾していると自分でも思いますが、どうしても戦い終わるとこういうことが気になりだす性分なのでね?

 

 

 私みたいな子供に殺されて人生を途絶させられた現実が理解できない、したくないとでも言うかの如く目は見開かれたまま、驚いた表情を浮かべて死んでいるその人の死体にソッと近づくと傍らに膝を突き。

 

 

「・・・『盗賊には三種類ある。暴力によって盗む者、知恵によって盗む者、権力と法によって盗む者』・・・・・・。

 ――あなた達は、一番普通で平凡でよくありふれた盗賊として世に害悪をもたらし、許される事なく罰されて死にましたが、最悪の盗賊が許してもらえる時代もそう長くは続かないことでしょう・・・。

 あなた達の犠牲が新たな時代の礎となり、次の世代へと続く道の一部であったことを、偽善を承知で切に願います。

 どうか私への憎しみから成仏できずアンデットになって、死して後も苦しまぬよう往生してくださいませね」

 

 

 目を閉ざさせました。

 そうすると不思議なことに、さっきまでとは別の感情を浮かべているように見えるのですから、人間の心というものは本当に自分勝手なものだと心の底から思います。

 

 それでもまぁ・・・やらないよりかはマシなのでね?

 自己満足とは言え、満足感を得られて感謝する気になれるのですから、敵として憎んだまま逝かせるよりかは少しぐらいはマシだと信じたい私がいますから。

 

 それでは、キースさん。お休みなさい。

 願わくば来世とやらがないまま、ゆっくり眠れるといいですね?

 

 

 ――でないと、平和な時代の平和な国から戦乱のイヴァリースへと生まれ変わって、あなたの命を奪った私みたいになっちゃいますのでね・・・・・・?

 

 

つづく



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第2話

 ガリランドに逃げ込んできた骸旅団を殲滅した後、私たち士官候補生はその足でイグーロス城行きを命じられ、歩を早めておりました。

 その理由として、『元々そういう任務だったから』と言うのもありますし、『敵が来ない城の守備を子供に任せて大人たちを一人でも多く旅団殲滅に回したい』という事情もあるにはあるのでしょう。それは確かです。

 

 ・・・とは言え、本当の狙いは別にあるのは言うまでもありません。

 “政治”です。

 

 そもそも骸旅団が掲げる大義名分は『民衆による自治』と『貴族支配からの解放』。

 根っこにあるのが、五十年戦争の敗北により困窮しだした貴族たちの搾取強化に対する民衆の恨み辛み。それが盗賊集団となった今になっても骸旅団が支持されて一大勢力を保っていられる理由にもなっています。

 

 要するに、『自分たちから奪うだけで守ってくれない貴族たちをぶっ潰してくれるなら、盗賊集団だって構いやしない』・・・そう言う理屈が国民の間では主流になってしまっているのが現状におけるイヴァリースの民心事情。

 

 これに対抗するため貴族たちは、『民衆に害をなす野盗集団を殲滅するため愛する我が子たちまで動員しているのだ』とアピールしたいという・・・まぁよくある政治的プロパガンダですよ。

 そんなもんに利用される子供の気持ちとしては堪ったものではないですけども、それが国民の税金で養ってもらってる貴族の勤めというもの。給料分は仕事しないとダメなのです。

 

 

「よし、そろそろマンダリア平原にさしかかる。そこで一旦休憩しよう」

 

 先頭に立っていたラムザ兄様が、皆を振り返りながら名目上のリーダーとして通達してこられました。

 『マンダリア平原』は魔法都市ガリランドとイグーロス城の、ほぼ中間に位置する草原地帯です。別名を「獣ヶ原」とも呼ばれている場所。

 読んで字のごとくモンスターが大量に生息している群生地帯・・・・・・ではなくて、なだらかな草原の表面に白い石灰岩が牙のように張り出していることから、この呼び名がつけられました。

 一応モンスターも出没しますけど頻度としては少なめで、むしろ平らな地形的に大人数を休ませるのに適しているからと休憩場所や避難民のキャンプ場、すぐ側のイグーロス城に陣取る北天騎士団が演習なんかもする時があ・・・・・・んん?

 

 

「あれ? なんか誰かと誰かたちが戦闘してませんか? ・・・もう終わっちゃいそうですけれども・・・」

 

 

 

 

 

「こいつ、まだ息があるようだぜ。どうする?」

 

 二人の男の片割れが、岩場を背にして蹲る少年を見下ろしながら相方にそう問いかけた。

 「どうする?」とは即ち、“殺すか?”“殺さぬか?”どちらを選んでやる? という趣旨を持った質問である。

 

「わかりきった質問をするな。侯爵さえ手に入ればいいんだ」

 

 聞かれた相方は吐き捨てるように返事を返して、問いかけてきた相方のシーフにさっさと終わらせるよう促す。

 見ると、草原の各所にはいくつかの死体が転がっており、そのどれもが質素ながらも上質な素材で作られた見る者が見れば相応の値がつきそうな衣服を身にまとっている。

 そんな自らが殺した死体たちに群がっているのは、死肉に群がる肉食の獣たちではなく、人間の盗賊たち骸旅団。・・・要するに、人の皮を被った獣の群れである。それ以外の何物でもあるまい。

 彼らは死体から金目のものを残らず奪い取ろうと、目的を果たした本隊が撤退した後も戦場に残って略奪に明け暮れていた者たちであり、現代風に言えばイェーガーとでも呼ぶべき存在である。

 

 彼らにとって目の前の少年は、潔く死なずに生き延びるため必死こいて逃げ回ってくれたせいで追い詰めるまで時間がかかり面倒ごとを増やしてくれた小憎らしい若造だった。

 しかし同時に、「目撃者を一人も逃さぬために」という名目で戦場跡に残り、死体から略奪品をぶんどるための口実を与えてくれたのも事実ではあったのだ。

 

 そのため、もともと盗みが得意だった男の方はそれなりに懐が暖かくなっていたので「ガキ一人ぐらい見逃してやってもいい」そう思える精神的余裕を手に入れており、逆に長剣を帯びた剣士風の男の方は見せかけで脅して強者を気取るしか取り柄のない小悪党だったために相方にくらべ欲が張っており、目の前の少年も殺して死体から追い剥ぐことを望んでいたのである。

 

「・・・・・・」

 

 そんな風にして、自分の未来を勝手に決定づけられようとしている男たちに向かって少年は声も上げずに黙り込んだまま蹲っている。

 怖くて相手を罵倒できないのではなく、疲れて声が出せなくなっていたからである。

 子供だからと敵が侮ってくれたのを利用して、救援を呼ぶため戦場を離れようと駆けだした彼の行動は襲撃者たちの意表をつくものだったため皆が全滅する中で一人だけ生き残れていたのだが、その代償として体力のほとんどを使い切ってしまっており、負傷はたいしたことないにもかかわらず言葉を話すだけのためにも休憩が必須となってしまっていた。

 

「そうだったな」

 

 相方の冷徹な返事に、懐が温かくなった盗みが得意な彼もうなずき、本来の任務に戻るため心と身体を切り替えて―――残忍で冷酷な笑みを口元に浮かべながら宣言する。

 

「小僧、恨むなら、てめぇの運命を恨むんだぜ」

 

 ダガーを抜いて振りかぶり、一方的に人を切り刻める強者のみに許された被虐特権を行使するため、少年のお貴族様らしい綺麗な顔立ちめがけて振り下ろそうとした、まさにその時!

 

 

「・・・ん? ――しまった! 北天騎士団の奴らだッ! ザコの始末に時間をかけ過ぎちまったか!」

 

 相方が罵り声をあげて睨みつけた先に見いだしたもの。それはガリランドからイグーロス城へ向かっていたラムザたち士官アカデミーの士官候補生の一団であり、北天騎士団の拠点イグーロス城とは完全に真逆の方角からきた集団だった。

 

 ・・・彼らは略奪に熱中するあまり、自分たちが今どちらを向いているかの方角さえ見失っていたのである・・・。

 

 

 

 

 

 

 

「――ラムダの言ったとおり、本当にいたな。骸旅団の連中か?

 ・・・誰か襲われていた人が生き残っているようだな・・・?」

 

 斥候役を買って出てくれたディリータさんが、後に続く私たちに報告をもたらしてくれました。

 貴族の子弟たちのみが通うことを許されている士官アカデミーの中で、平民出身の彼が受け入れてもらえるには成績優秀だけでは足りずに、このような面倒ごとを率先して引き受けてくれる気配り上手なところが影響しておりまして、相手の求めているものがなんなのか見抜ける目に優れているようなのです。

 よい方に作用すれば気配り名人。悪い方に悪用すれば主をたぶらかす奸臣にもなれる才能の持ち主。まったく多芸で羨ましいことですが、未来はどちらに向くんでしょうかね~?

 

 ――ちなみにですが、こういう時。私たち全体の意思決定機関であるベオルブ家の末弟ラムザ兄様が「骸旅団殲滅という任務」と「殺されそうになっている人の命」とが天秤にかけられた時に選ぶべき決断は基本的に決まっておりまして。

 

 

「北天騎士団の名誉を傷つけてはならない! 彼を助けるのが先決だ!」

 

 となります。

 まっ、兄様らしくて良いですし、私も好きですけどね。そういうの。

 ・・・とは言え、任務的にグレーゾーンになりかねないので補填だけはしておきますか。

 

「まぁ、どちらにせよ骸旅団と戦うことには変わりありませんからね。敵が同じである以上、運が良ければ彼を助け出すこともできるでしょう」

 

 妥協案というか、単なる詭弁に過ぎませんけど、これで一応の人命救助のために戦うことへの大義名分は立てられました。後は本当に彼を助けられることを祈るだけです。

 ・・・人情論で人命尊重を叫ぼうとも、詭弁で現実論とりつくろおうとも、人間ってヤツは運が悪けりゃ普通に死ぬ生き物ですからね・・・・・・彼の運がいいことを祈るだけです。本当に・・・・・・。

 

 そして戦闘開始。

 骸旅団を殲滅するため、彼らに向かって進軍していく私の耳の聞こえてくる要救助者のものらしき声がコレ↓

 

「・・・援軍か? た、助かった・・・」

 

 ・・・・・・うん、ごめん。助けられなかった場合は本当にごめんなさい。先に謝っときます。死なせないよう全力を尽くしますので、運悪く死んじゃった場合には・・・本当にごめんなさい・・・。

 

 

 

 

 ――んで、勝利です。・・・前回の初陣と比べて楽すぎますし、早すぎませんかね?

 そうなった事情は、目標を確保した敵の本隊が撤退した後であり、残っていた略奪部隊だけが倒した敵だった事実を知らない私はそう思い、とりあえず助けることができた少年騎士さんに声をかけるにいたしました。

 

 

「大丈夫ですか?」

「・・・なんとかな・・・。しかし、侯爵様が・・・」

「侯爵? ランベリーの領主、エルムドア侯爵のことですか?」

 

 彼の返事の中に「侯爵」という単語があったことから私は驚き、そう聞き返します。

 初陣前の士官アカデミーでディリータさんからガリランドへ非公式訪問しにくるだろうと教えられていた「エルムドア侯爵」の爵位と全く同じだったからです。彼と同じ上級貴族の爵位を持つ候補なんて滅多にいませんのでね。そりゃ関連付けて考えますよね、普通なら。

 

「ああ、そうだ。おまえらは・・・?」

「私たちはガリランド士官アカデミーからイグーロスへ向かう途中の士官候補生です。もしかしたら、あなたの力になれるかもしれませんし、詳しい話をお伺いしても?」

 

 

 こうして始まった彼との会話。

 まずは互いの素性を知るため自己紹介から。氏素性もわからない人には困っていようといるまいと助け船を出すわけにはいかない、国民の血税で食べてる貴族の宿命です。

 

 

「俺はアルガス・・・。ランベリー近衞騎士団の騎士・・・だ」

 

 少しだけ言い淀みながら名乗られたことに不審を覚えたらしいディリータさんが、彼の名乗りを聞いた後「騎士・・・?」と小声でつぶやくのが聞こえてきました。

 結構小さな声だったんですけど、相手の彼には聞こえていたようです。

 

「・・・いや、騎士見習いさ。なんだよ、おまえらだって一緒じゃねぇか」

 

 相手の彼は憮然としながら横柄な口調で言い返されました。言葉遣いが野卑ているとか、貴族らしくないとか色々言えますけど、私が思ったことはただ一言。

 

(プライドが高そうな人ですね・・・)

 

 それだけでした。最初に名を名乗って姓を名乗らず、それでいて身分としては近衞騎士という家名を誇るべき地位にあるのだという誇張をしたがる辺りに彼の複雑さとひねくれ事情を察した故のことです。

 

 逆に私なんかと違って兄様は素直すぎるぐらい素直な人なので、そんな風に穿った見方をしたりはしません。爽やか~な声と口調と仕草で優しく名乗りをあげられるのでした。

 

「僕はラムザ・ベオルブ。こっちは親友のディリータと、妹のラムダだ」

「・・・よろしく」

「初めましてアルガスさん。お会いできたことを嬉しく思います」

 

 兄様に紹介されて軽く頭を下げながら短く応じるディリータさんと、貴族の娘らしい適当な社交辞令を口にする私たち二人。

 ――ですが、当の本人は私たち「オマケ」のことなどどうでもよかったらしく、目を見開いて何度も瞬きを繰り返した後、確認するように兄様へ向けて問いを発せられました。

 

「ベオルブって・・・あの北天騎士団のベオルブ家か?

 ――そいつはすごい! なんてラッキーなんだ、オレは!」

「・・・・・・???」

 

 挙げ句、自分から聞いておいて返事を聞くより先に結論出してしまい、さらには行動まで続けてしまわれます。

 

「お願いだ。侯爵様を助けるため北天騎士団の力を貸してくれ!」

「どういうことだ?」

「侯爵様はまだ生きている! 奴らに誘拐されたんだ! 早く手を打たないと侯爵様がやつらに殺されちまう!

 ・・・そうなったら、オレはいったい・・・」

 

 この時、相手の彼が自主的にうつむいて悔いるように唇を噛みしめてくれたのは私にとってこそラッキーでした。

 『微妙な表情の変化を見られずにすんだから』です。先ほど発した彼の発言から微妙にイヤなものを感じざるを得なかったものですからね・・・。

 

「だから頼む! 手を貸してくれ! お願いだ!」

「まあ、落ち着けよ。死ぬと決まったわけじゃないだろう?」

 

 やがて顔を上げた彼は、馴れ馴れしく兄様の手を両手で握って嘆願し、ディリータさんに窘められることになりましたとさ。

 

「それに、骸旅団だって誘拐したからには何か狙いがあるはずだ。何かの要求があったかもしれない。まずはイグーロスへ行き、報告するのが先決だろう」

「そうだよ。それに僕らだけじゃどうしようもないしね。

 だいたい、エルムドア侯爵が誘拐されたんだ。イグーロスじゃ今頃大騒ぎだよ。きっと」

 

 ディリータさんの言葉に兄様が口添えし、最後に私が横合いから「付け加えるなら・・・」と補足を付け足させていただて無理矢理にでも納得してもらいました。

 

「ここガリオンヌの地は、ラーグ公の統治領です。ランベリーの近衞騎士であるあなたが自由に動き回られるのは、あまりよろしくないと存じます。

 他の貴族が治める領地内で行動の自由をもらいたい時には、領主から許可をもらってから行うのが貴族としての常識であり礼儀というものです。違いましたか? アルガスさん」

「しかし、それでは手遅れになる可能性が・・・・・・」

「無許可で勝手に動き回って、万が一政治的に危険な場所に入り込んでしまったりした場合には、最悪エルムドア侯爵様は助けられたけど、あなただけは名誉の戦死を賜らされてしまう・・・そういう事態も覚悟する必要が出てくるかもしれませんけど、それでも?」

 

 最後に放った言葉の効果てきめんでした。まさにRPG世界らしく「効果はてきめんだ!」ですね。

 手のひらを返すように一も二もなく私たちの案を快諾して、イグーロス行きの行程に同行するアルガスさん。

 まるで十年来の親友であるかのごとく親しげに兄様と会話をしたがる彼を横目に、私は彼からランベリーについての話を聞きたがる兄様の邪魔をしないよう後ろに下がりながらディリータさんを探し出し、目で合図すると「列の最後尾を敵襲されないよう警戒してくる」と告げて皆さんからも距離を置いた後にようやく本題について話し始めました。

 

 

「・・・ディリータさん、どう思われましたか? あのアルガスさんという方のこと・・・」

「・・・短い時間で得た印象だけで判断するのは好きじゃない・・・。ただ、強いて言うならアイツは士官アカデミーで何度も会ってきた奴らと同じ目をして俺を見てきてたよ・・・」

「ふん・・・」

 

 私は彼の答えに鼻を鳴らして、当時起きていたイヤな出来事の数々を思い起こさせられました。

「生まれの身分が卑しいくせに生意気だ」と、試験で負けた腹いせに難癖をつけてくる同級生には事欠かなかった彼です。気配り上手で世渡り上手な能力はこの頃身につけられたものだったぐらいですから、相当なレベルでの虐めに遭ってたのです。

 

 兄様はそのことを半分ぐらいは知ってましたけど、残り半分は知らされていません。親友に心配をかけさせないようディリータさんご自身が努力と工夫で解消なさいましたからね。 

 それでも0にすることは絶対不可能なのが、この種の悪意に満ちたくだらない嫌がらせ行為。

 それをしてきた人たち。所謂、「生まれの身分を絶対視している貴族のバカ息子ども」と同じ瞳でディリータさんを見ていたと言うことは・・・まぁそういうことなんでしょうね、やっぱり。

 

「そういうお前はどうなんだ? ラムダ。お前だって俺と同じで初対面の印象だけで安易に判断するのは嫌いなタイプだろう?」

 

 ディリータさんが混ぜっ返すように、敢えて明るい口調でからかうように言ってこられました。「まだアルガスが原因で何か起きると決まったわけじゃないのに心配の度が過ぎる」と、そう言いたかったようですね。

 

 ――ですが、私の方には彼について、そこまで楽観視できない理由と事情が存在してましたので正直微妙な心地にしかなれませんでしたけども・・・・・・。

 

「・・・先ほど彼と交わした会話の中で、エルムドア侯爵の安否を気遣う時に、彼が言っていた言葉を覚えていますか・・・?」

「ん? ああ、一応はな。これでも詩の朗読やらやらされてる内に暗記は得意科目になったぐらいなんだ。さっき聞いたばかりの言葉を諳んじるぐらい訳ないさ。

 ・・・えっと、たしか・・・『侯爵様はまだ生きている! 奴らに誘拐されたんだ! 早く手を打たないと侯爵様がやつらに殺されちまう! そうなったら』――――」

 

 

 

「・・・そうなったら、『オレはいったい』・・・・・・そう言っておられたんですよね。彼は、自分の発言の中で・・・」

 

 

 

 ディリータさんが黙り込み、重い沈黙が私と彼の周囲にだけ漂いはじめ、急速に危険度の度合いが悪化していくのを私たち二人は肌で感じ取っていました。

 

 『ご恩と奉公』の概念で行くなら、彼の言葉に矛盾はなく。主が死んで路頭に迷うのを喜ぶ臣下などいるはずもなく。彼の言った言葉自体は不思議でも何でもない当たり前の言葉。

 だからこそ逆に気になって仕方がなくなるのですよ、あのタイミングで言った場合には。

 

 

 

「人の生死がかかっている状況下で、相手が死んでいた場合の自分の生活についての心配を優先する騎士見習いの少年ですよ・・・?

 そんな人と関わり合いになったのですから、悲観的になるぐらいが丁度いいとは思われません?」

「・・・人間は誰だって、自分がかわいいものだ。それに、自分の生活を守るため主に忠義を尽くすことは間違っていない。

 家臣が主に尽くすことで、仕える主から家臣は恩恵を得られる・・・それは普通の主従関係だろう。そうじゃないのか? ラムダ」

「そうだとしても、です。

 自分のために主君に仕えると割り切っている人が、尽くすこと仕えることを至上価値とする騎士としてのエリートの地位である近衞騎士という身分にはこだわりを見せる・・・微妙な矛盾が感じられて仕方がありません」

「・・・・・・」

 

 

「なんとなくのイメージで恐縮なのですが・・・彼にとってエルムドア侯爵“個人の命”はどうでもよく感じているように見えるんですよね・・・。

 自分の生活のため侯爵に仕えているだけだから、自分の地位と生活を維持してくれれば侯爵である必要はいささかもなく、もっと上の待遇で迎え入れてくれるのならば今までの主にとって敵であっても平然と寝返えれる。・・・そういう人な気がしてならないんです。偏見だと自覚はしてるんですけどね・・・

 まぁ、そういう訳ですので私はあの人と相性悪いみたいですし後よろしく~」

 

 

「・・・え? って、ちょ、おま、ラムダてめぇー! 俺もアイツのこと苦手なのわかってて押しつける気で話しかけてきてやがったなコノヤロー!」

 

 遠ざかっていく後方から、厄介ごと担当な兄様の幼なじみの叫び声が聞こえてきた気がしますけど、今は無視です。後で埋め合わせはしますので今回のところだけはお許しのほどを。

 私は割と本気でアルガスさんと相性悪い気がして仕方がないですのでね。何も起きていない間までは、こっちから近づいていって問題起こしたくないんですよ本当に。

 ・・・それに何より気になることもありますしな。

 

 

「今回のエルムドア侯爵のイグーロス訪問は“非公式”だったはずです・・・。

 中枢近くにいる人たちでも一部の人しか詳細は知らされていないはずの情報が、なぜ骸旅団ごとき盗賊集団に襲撃可能なルートまで知られていたのでしょう・・・? まるで襲ってくれと言わんばかりに・・・。

 仮にそうだとしたら、あなたは何を狙って、何に利用されるおつもりなのですか? ダイスダーグ兄上様・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その頃、北天騎士団の拠点イグーロス城では。

 『エルムドア侯爵が誘拐された!』という大事件の情報は、大した混乱も及ぼすことなく穏やかに冷静沈着に、それでいて一部では慌ただしく対処に追われる結果を招いていた。

 

 「混乱を避けるためにも情報公開の時期は厳選しなければならない」――そういう口実の元で徹底した情報統制が敷かれ、誘拐された侯爵を探し出すため派遣された捜索隊ですら詳細は知らされないまま『やんごとなき身分の貴人を草の根分けても丁重にお探しするよう』矛盾した命令を受けて首をかしげながら忠勤に励んでいたほどなのだから。

 

 

 そうなった原因は二つある。

 一つは事件の首謀者が、彼らの主君ラーグ公その人だったことから真相など語れるはずもなかったこと。

 二つ目は、侯爵誘拐の首謀者であるラーグ公が誘拐実行に関してだけは何一つ知らされぬまま蚊帳の外に置かれてしまっていたこと。この二つである。

 

 

 

「・・・ギュスタヴからは今回の一件で、なんと弁明してきておる・・・?」

 

 城の窓から外を眺めつつ、一人の大貴族が背後に立った己の腹心に語りかけていた。

 

 服装物腰髪型態度、それら全てにおいて如何にも『貴族』といった雰囲気を醸し出している、良くも悪くも支配者階層としての『貴族』という概念を体現したような容姿を持つ、その人物の名は『ベストラルダ・ラーグ公爵』。

 ガリオンヌの領主である大貴族、ラーグ公その人である。

 

「ハッ・・・。先刻、連絡役に当てていた者が戻って参りましたが・・・どうやら骸旅団の首魁であるウィーグラフに計画が察知され、急がざるを得なかったと記されておりました。

 ウィーグラフの追撃を躱しながら侯爵殿を誘拐するにはガリオンヌ領で行うより他なかったのだ、と・・・・・・」

「・・・つくづく使えん男だ・・・」

 

 はっきりと侮蔑を込めてラーグ公は断言し、深々と嘆息してみせる。

 今回の誘拐事件は彼の仕組んだことではあったが、それはあくまで大事の前の小事でしかない謀。本番の前に無益な不祥事で事を荒立てたくはない。

 

 エルムドア侯爵の非公式“訪問”は、ラーグ公の領地であるガリオンヌの地へ侯爵の方がやってくるものであり、ゲストの安全を守り抜くことはホストとして当然の義務であり、それを果たせなければ主催者として貴族の資質が問われてしまう。

 だから侯爵の誘拐は、ガリオンヌ訪問が終わって侯爵との密約も結び終えた後の帰路において、ゴルターナ公側の重臣貴族のうち誰かの領地内で勃発させる。そういう手筈だったのである。

 

 そうであればこそ、ラーグ公の政敵であるゴルターナ公から手駒を一つ失わせることができ、尚且つエルムドア侯爵の救出には裏の事情を全て把握しているラーグ公配下の北天騎士団が一番乗りで名乗りを上げることが可能になるというものなのだ。

 

 ――だと言うのに、あの目先のことばかりしか考えられない無能者の役立たずめは・・・っ!

 公爵としては、正当だと信じてやまぬ怒りに身を任せてしまわぬよう最大限努力するのが精一杯であったため、信頼する腹心であり親友でもあるダイスダーグにこの件を一任する方が良いだろうと考えていた。だからこうして意見を聞きに来ている。

 

「もはやワシは、あれを物の役に立たんと見ておるが…そちはどう思うか? ダイスダーグよ」

「閣下のお考えに私も賛同いたします。・・・が、対処するため北天騎士団を動員するにはまだ時期尚早かと存じます。

 現時点ではまだ計画が完全に破綻したわけではございませぬうえ、想定外の早期実行でもあったために事後処理役の人選がまだ済んでおりません。二度も失敗が続かぬよう万全を期すべきかと存じますが、如何でございましょう?」

「うむ・・・。そちの言うこともわかるが、ことは急を要しておるのだぞ? 事が公になるのは時間の問題・・・そうなる前に我々の手で犯人共を処断して侯爵殿を救出し、恩だけでも売っておかねば今後に差し支えよう。このような些末事で大事に障るようなことなど、あってはならことなのだからな・・・」

「承知しております。既に手は打ちました、ご安堵ください。北天騎士団の中枢でさえ事件の続報が届くまでにはタイムラグが生じるよう細工しておりますれば、一週間は時間的猶予が稼げるかと」

「うむ・・・」

 

 曖昧な返事を返しながら、ラーグ公は友へと振り返って瞳を細め、両腕を背中に回して組み替えて見せた。

 

 ――了承を意味する仕草である。

 

 王侯貴族というものは、言葉にして己の意思を相手に伝える行為を「品のない行為」と捉えており、思っていることや考えた指示内容を、こういった仕草で伝えることを「貴族の嗜み」として幼い頃より覚え込まされる。

 イヴァリースで1、2位を争う大貴族であるラーグ公は、貴族の中の貴族と言って差し支えのない人物。当然のことながら、この手の嗜みは呼吸するより自然なこととして出来て当然の常識でしかない。

 

「承知しました。では早速に」

「うむ・・・。まず、手始めに何を使う?」

「ひとまずは、今日届きました身代金要求書を握りつぶします。明日か明後日にもあらためて二通目が届きましょうが、それまでは北天騎士団は動くに動けません。

 連絡役を兼ねていた“草”の一人は既に処分して城の庭に埋めさせました。ザルバッグは捜索隊を派遣するよう要請してくると思われますが、それは奴が城の地下に死体が埋まっている事実を知らぬ証拠ともなり得ましょう。無駄にはなりませぬ」

「うむ、流石だな。これからも期待しておるぞ、我が友よ・・・・・・」

「御意・・・」

 

 そう言って主に対して、深々と頭を垂れるダイスダーグ。

 それは、ラーグ公が今どのような表情で自分を見ているかをダイスダーグにわからなくしてしまう結果を招く仕草であったが、一方でラーグ公からも頭を下げているダイスダーグの表情を見ることを叶わなくさせている側面も有していた。

 

 このとき彼の表情は常と変わらず冷静沈着を保ち続けており、余人から見れば普段と何一つ変わっていないように見えたかもしれない。

 

 だが、ただ一人。長兄と同じく表情があまり動かない長女であり末の妹でもある少女が見ることがもし出来ていたならば、こう評していたかもしれなかった。

 

 

「珍しいですね、ダイスダーグ兄上様が上機嫌に笑っているだなんて。

 何か他人に嫌なことでも言って、欲しいものが得られたんですか?」

 

 

つづく



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第3話

「・・・初陣を勝利で飾ったそうだな。兄として嬉しいぞ」

「・・・・・・ありがとうございます」

 

 私の見ている前でベオルブ家の長兄であるダイスダーグ兄上様が、ラムザ兄様にお褒めの言葉を賜らせておりました。

 場所はイグーロス城内にある談話室の一つ。通常はそれなりに地位の高い貴族を招いたとき等に使用される用の他より調度品が高価な一室です。

 

 ガリランドで骸旅団の敗残兵を撃滅させ、マンダリア平原で二度目の実戦経験をして勝利で飾った私たち一行は『エルムドア侯爵が骸旅団に誘拐された』という重大情報を携えて当初の目的地であるこの城に到着したわけなのでありました。

 

「なんだ、嬉しくないのか? 他の重臣の方々も、さすがはベオルブ家の血を引く者だと褒めておいでだったというのに」

「いえ、そんなことはございません。お褒めの言葉、有り難く存じます」

 

 ベオルブ家現当主様からの褒め言葉に対して、『嬉しいけど微妙に複雑な心境』であることが丸分かりな反応を返すラムザ兄様。・・・本当に素直な御人だなぁ・・・。

 まぁ、兄様は母親の身分が平民であることと、正当なベオルブの血を引く兄二人が優秀すぎて昔から比べられて生きてきた積み重ねがありますからね。その大半はベオルブ家に対するやっかみに過ぎなかったんですけども、過剰に自己の立ち位置を意識しすぎてる兄様にそう思えるはずもなく・・・そんな感じでしたから。

 

「・・・それより、報告があったと思われますが、エルムドア侯爵の馬車が襲われ、誘拐されたとのこと。如何なされますか?」

「うむ。ザルバッグに捜索隊を出すよう既に手は打ってある」

 

 そんな経緯を経てから始められたベオルブ家長男と末弟による『ベオルブ家の男たちの会話』を聞きながら、私は飲み物に口をつけるだけで口を差し挟もうとはせずに、黙って聞き役に徹することを心得とする普段通りの城での過ごし方を徹底しておりました。

 

 ダイスダーグ兄上様が、『男同士の話し合いに女が口を差し挟むのは貴族の儀礼として良いものではない』として好まれないからです。

 兄上様は必ずしも、性別や生まれの身分で能力を判断するタイプの人ではなくて、どちらかと言えば『使える者は誰だろうと金を出して使う、身分はやらない』というタイプの人です。

 階級意識を徹底しながらも、下位にある者を用いるときには相応の報酬を出すことを躊躇わない。そういうタイプの人なんですよね。

 

 そのため『優れた才能は神に選ばれし高貴なる家系に与えられるもの』と信じ込みたいから信じ込んでいる名門貴族のお歴々からは受けが悪く、反面、冷徹な印象とは裏腹に下級騎士や平民出身の兵士たちからは意外と嫌われておらず『冷たいだけの人ではない』という好意的評価を得ている人でもあります。

 

 とは言え、それらはあくまで人を束ねて指揮する支配者としてのリアリズムによる思考法。

 兄上様の寄って立つ価値基準はあくまで貴族社会であり、貴族支配です。平民たちのため市民革命の旗手になる日は決して来ないと断言できます。

 ハッキリ言ってしまえば兄上様は、『平民相手でも必要があれば最低限度の礼儀は守れる“だけ”の人』であり、基本的には貴族的思考法と価値基準を堅持している貴族らしい御方です。

 こういう公的な場で、家族だからと特別扱いされたがるような女は大嫌いな方だと承知している私は、黙って壁の花ならぬテーブルの花として置物役に徹するのみですよ。

 

 ・・・おい、そこ。ディリータさん。「花は花でも、毒の花だろ・・・」とか心の中でつぶやいてたら後でケンカですからね絶対に。

 

 そうやって空気読める私とディリータさんの二人が黙ったまま事の推移を見守りながら、武門の頭領にして北天騎士団を動かす権限を持つベオルブ家二人の会話を、一言一句聞き逃さずに記憶しておこうと内的努力を続けていたときのことでありました。

 

 

「お願いします、ベオルブ閣下。何卒、私に百の兵をお与えください!」

 

 いきなりアルガスさんが末席に与えられていた自分の席から立ち上がり、大声を上げながら頭を下げてダイスダーグ兄上様にお願いを要求してきたのです。

 

「「・・・・・・」」

 

 正直、これには流石に兄上様だけでなく、私も眉を顰めざるをえませんでした。

 『自分たちの住む土地の領主が誘拐されて心配だから、家臣である自分が助けたい』という人情論は気持ち的に理解できなくもありません。

 ですが、流石にこれはやり過ぎです。

 

 言ってみれば彼の要望は、他の地域を支配する領主に対して『よそ者の見習い騎士でしかない自分に、貴方の部下百人を指揮する権限を与えてくれ』と要求しているようなものです。

 しかもそれを、『よそ者の領主を救出するため、彼の家臣に指揮権ごと貸し与える』なんて、事実上ダイスダーグ兄上様がエルムドア侯爵の傘下に加わる意思を行動によって示してしまうようなもの。

 誰がどう見たって傲慢すぎる要求内容にブチ切れて怒り出さなかったダイスダーグ兄上様は流石だなぁ~と、思わず感心してしまったほどの暴挙でしたから当然のように彼の要望は却下され、私たちは安全なイグーロス城の警備役をベオルブ家の現当主様直々に言い渡されてしまうという大変名誉な『命令違反犯したときにはヤバいことになる立場』を与えられてしまったわけでした。

 

 ・・・まさかとは分かってますけど、それでもアルガスさんの失言問題のせいでこうなったんじゃないかと思わずにはいられない私は、素直すぎるラムザ兄様と違って悪い子です。

 反省――はしてあげません。今回は特別にね?

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、私が色々と複雑な心情を抱いている相手アルガスさんの言動が何に起因するものなのか知ることになるのは、兄上様との話し合いを終えて城内にあるベオルブ家用の邸宅を出た後でのことでした。

 

「・・・オレの家も昔はベオルブ家みたいに皆から尊敬される家柄だったんだ・・・」

 

 アルガスさんがポツリと口にして、語り出した彼の家系の過去に起きた悲しいお話に、屋敷と城とを結ぶ石造りの橋の上で立ち止まって振り返り耳を傾けだす私たち幼友達三人。

 

「五十年戦争の時に、オレのじいさんが敵に捕まってなぁ・・・。じいさん、自分だけ助かるために仲間を敵に売ったんだよ。そう、自分の命を救うためにね・・・。

 でも、敵の城を出たとたんに背後から刺されて死んじまった・・・。オレみたいな騎士見習いにな。そんな話を、じいさんの仲間だった一人が命からがら脱出してきて方々に吹いてまわったんだ。

 もちろん、オヤジは信じなかったよ。でもな、みんなその話を信じた。そして、みんな去っていった・・・」

 

 そこまで寂しそうな表情と声で言った後、足下に落ちていた小石を拾って橋の下の池に投げ込んでから空を見上げ、

 

「身分か・・・・・・。たしかに、オレ一人じゃダイスダーク卿には会えんよなぁ・・・」

 

 そう結んで、話の終わりを締めくくられたのでした。

 

 その仕草はまるで、『ベオルブ家の城の中にあった小石を騎士見習いの自分が城の外へと放り出して入れ替わりたい。捨て石なんかより自分の方が絶対に価値がある』・・・そんな風に思っているような、錯覚でしかないような。

 曰く、なんとも言いがたい複雑で曖昧な彼の内心を現しているようで少しだけ私も動揺せざるをえなくなるほど居心地の悪い感情で満たされたものだったようです・・・。

 

 ――とは言え。

 

(・・・ちょっとだけ疑問点の多い話でもあったわけなんですけどね・・・)

 

 同情すべき余地が多分にある今の話を聞かされて尚、こういう考え方をしてしまうところに我ながら救いようのない部分を感じなくもない私でもありまして。

 

 第一に、どれひとつ取っても証拠がないお話だということがあげられます。

 これは彼の話の信憑性のみならず、おじいさんの証言や、逃げ出してきたおじいさんの仲間の人の話にも共通して言える疑問点です。

 

 そもそも何故、敵に寝返って味方を売った彼のおじいさんを見習い騎士なんかが殺す必要があったのか? その見習い騎士は敵の見習い騎士か、それとも味方の見習い騎士だったのか? 仮に味方であるならなぜ所属が話の中に出てきていないのか? もしかして本当に仲間を売った裏切り者とは逃げ帰ってきた仲間の一人だったからではないのか? だからこそ方々にデマを流して自分の罪を無かったことにしようとしたのではないのか?

 

 ・・・アルガスさん寄りの意見としては大体そんなところですが・・・逆にアルガスさんアンチの視点で見た場合に考えられる疑問はひとつだけ。

 

 ベオルブ家みたいに尊敬されていた家柄の老人が裏切ったなんて話を、碌な証拠もないのに皆が信じて去っていったという部分のみです。

 

 比べる対象として適切ではないかもしれませんけど、仮に私たちのお父様である『天騎士バルバネオス・ベオルブ』が死去した後に、同じ噂が立ったとしても去っていく人はほとんどいなかったと確信できるだけのものが、うちのお父様にはありました。

 同じ五十年戦争で活躍した皆から尊敬される家柄の出であるベオルブ家の好々爺さまには、死人に口なしの状態になってからデマを流されたぐらいで揺らぐほど軽い信頼は周囲から寄せられていなかったのですから当然のことです。

 

 ・・・とは言え、やっぱり比べる対象としてデカすぎるのは否定できるはずもなく。

 騎士として最高位の人と、『昔はベオルブ家みたいに皆から尊敬される家柄だった“だけ”』の老騎士さんとでは格がちょっと・・・ねぇ?

 

 それだけ周りから評価されて信頼されてたからこその『天騎士』。後を継いで北天騎士団団長になったザルバッグ兄上様でも継承することが許されていない騎士として最高の称号を有していた人だと、同じおじいさん同士を比べ合うのに使いづらくて仕方がありませんな。

 別の適切な候補は他にいなかったでしょうかね? え~と、え~とぉぉ~・・・・・・。

 

 

「兄さーん! 姉さーん!!」

 

 そんな風に私が(しょうもない内容の)悩みについて色々考えを巡らしていたところに若い女の子の声がかけられたのでそちらを見ると、見覚えのある二人の美少女と、一人の偉丈夫が私たちに向かって満面の笑顔とともに手を振って挨拶してくれておりました。

 

 如何にも貴族らしい金髪碧眼の男女に囲まれた中央に、茶色の髪をして黒い瞳をもつ少女を加えたその一行を見て、兄様たちは各々に喜びの声を上げられたのです。

 

「ティータ!」

「アルマ、ザルバッグ兄さん!!」

 

 ディリータさんに名を呼ばれた茶髪の少女、彼の妹である『ティータ』さん。

 ラムザ兄様に名を呼ばれた二人のうち女の子の方が、私と兄様の妹に当たる『アルマ』さん。

 彼女たち二人は共に、亡き父の厚意によって貴族学院に通っており、寄宿舎生活を送っているはず。今日会えたのは一時帰省していたからなんでしょうね、ラッキーです。

 

「ラムザ兄さん、ラムダ姉さん。戻っておいでだったのね」

 

 こういう風にしてベオルブ兄姉が集まったときに最初に話しはじめるのは大抵の場合、明朗快活な末妹のアルマさんからであり、話しかけられる相手も最初は決まってラムザ兄様。

 

「お久しぶりです、ザルバッグ兄さん」

 

 そして、こういう時に限って絶対に家の序列を優先するのもまた、真面目すぎるラムザ兄様であるのでしたとさ。

 

「聞いたぞ。ガリランドでは盗賊どもを蹴散らしたそうだな。

 それでこそベオルブ家の一員だ。亡き父上も喜んでおいでだろう」

「・・・ありがとうございます」

「ふふっ、相変わらずだな。こんな言葉じゃ素直に喜べんか?」

 

 そう言って、ラムザ兄様からの挨拶に答えられたのはベオルブ家の次兄『ザルバッグ・ベオルブ』兄上様。

 父亡き後の北天騎士団現団長であり、私にとっては直系の兄上様で、ラムザ兄様にとっては腹違いの兄に当たる男性です。

 

 帰属意識としては貴族社会にある方なのですけど、それはあくまで『仕える者である騎士階級としての忠誠心』であって、ダイスダーグ兄上様の貴族感とは似ているようで大きく異なる、陰謀とか謀とは無縁なタイプの典型的な武人系の人。

 ですので、ベオルブ家の正当な血筋に気後れしがちなラムザ兄様も、ダイスダーグ兄様よりかはザルバッグ兄様と会話している方が気楽そうにしている場合が多く見られるのが特徴です。

 

 もっとも、公明正大すぎて『騎士の見本』みたいなところがある人ですから、兄様としては立場を優先して話さなければならないように感じてしまう相手でもあるらしく、素直に甘えられる人では決してない微妙にスゴすぎてる人でもあるみたいですけれども。

 

 

「なら率直に言ってやろう。

 よくやったな、ラムザ。見事だ。兄として俺は弟の勝利と生還を心より嬉しく思っている。

 ・・・どうだ? これなら素直に喜んで感謝の言葉を兄に聞かせてやろうと思えるようにはならんものかな?」

「に、兄さん・・・っ。お戯れを・・・」

「はっはっは! お前はそういうところも相変わらずだなラムザ! そんな風に肩肘張ってばかりいると、俺よりも兄上に似ている妹にもてあそばれるようになる日もそう遠くはなくなってしまうのではないか? はっはっは!」

 

 ――おいコラ、ちょっと待てやクソ兄貴。

 たとえ血のつながった妹だろうと、女の子相手に言っていいことと悪いことの区別の付け方を教えてやりたくなったじゃないですかコンチクショー。

 

「ディリータも、逞しくなったな。お前の活躍も聞いているぞ?

 ティータが嬉しそうだった。なぁ? ティータ」

 

 ザルバッグ兄上様がからかうように言って振り返る先にいるのは、茶色の髪と黒い瞳を持つアルマさんと同い年の少女で、ディリータさんの実妹でもあるティータさん。

 

 基本的に『FFタクティクス』は、貴族社会を中心とした世界観で描かれているためなのか、中世ヨーロッパのフランク人貴族を彷彿とさせる金髪碧眼の人種が貴族階級には多く存在しておりまして、彼女のような髪と目の色を持つ人たちは平民階級に多く見られる外見的特徴です。

 なので貴族の邸宅で彼女のような見た目を持つ若い娘がいた場合、多くは小間使いか召使いであり、場合によっては性的虐待や奉仕といったエロゲーみたいな目的で囲われている事例も最近では珍しくなくなってきちゃっている現状なのですが、彼女の場合はそれらと違って正式にベオルブ家に準ずる人の待遇で迎えられてる養子みたいな立場にあります。

 

「ディリータ兄さん。お元気そうでなによりです」

「ティータこそ、元気そうでよかった。学校には慣れたか?」

「ええ。みなさん、とても良くしてくださるので・・・」

 

 “良くしてくださる”の部分で少しだけ言い淀むティータさん。

 その理由はまぁ・・・察するまでもなくアレなんでしょうねぇ、きっと。――って言うかさ。

 

「・・・あのー、みなさん? 何でさっきから私には一言も話しかけてもらえてないのでしょうか? 結構待ち続けて期待してたのに寂しくなってきたんですけども・・・」

 

 控えめに挙手しながら私が口を差し挟むと、ザルバッグ兄上様は「ニヤリ」と笑われて。

 

「無論、お前のその表情と反応が見たかったからだラムダ。

 いつも取り繕ってダイスダーグ兄者の妹弟子みたいになってしまってる可愛い妹に、人間らしい感情的な部分を呼び覚ませて表現させてやりたいという兄からの愛情表現だ。有り難く受け取って感謝するがいい愚妹よ」

「ヒドすぎる評価ですね! 私これでもベオルブ家の直系の血を引く正当な妹なんですけれども!」

 

 私が叫んで、その場にいた一同全員が声を上げて笑い出す。

 いつものことなんでいい加減慣れましたけど・・・実の妹をダシにして家族の団らんに利用するの本気でやめてもらえません? そろそろ訴えますよ本当に。現代日本だったら勝てる自信ありますからね! ――イヴァリースだったら知りませんけども・・・。

 

「ゆっくり話したいところだが、これから盗賊狩りなんだ。すまんな、二人とも。

 落ち着いてからでも兄姉水入らずで、今度こそゆっくり話すとしよう」

「ご武運を、ザルバッグ兄さん」

「ご無事をお祈りしております、兄上様。・・・次話すときには今度こそ私を利用しないでくださいね?」

「はっはっは」

 

 カラカラ笑って背を向けたまま手を振るだけで答えてくれない兄上様なんか嫌いです。骸旅団に不覚を取って怪我でもしちゃえい。

 そんな私の内心を読み取ったのか、ザルバッグ兄上様は途中で足を止めて中途半端に振り返りながら私を肩越しに見つめると、こう言ってこられたのでした。

 

「・・・そう言えばな、ラムダ。お前に意見を聞いておきたいことがあったのだ」

「??? なんでしょう?」

「骸旅団から身代金の要求があった。“エルムドア侯爵を無事に帰してほしければ要求額通りの金を払え”とな」

「なんだって!?」

 

 またしてもベオルブ家の兄姉が話し合っている中に横から割り込んでくるアルガスさん。

 懲りない人ですけど、ザルバッグ兄上様はダイスダーグ兄上様と違って下の者からの無礼にはわりと寛容な性格の持ち主なので細かいことにはとやかく言ってきません。優先事項を分かっている人でもありますしね。

 

「そうだ。それがどうにも腑に落ちなくてな・・・。

 骸旅団は反貴族を掲げるアナーキストだが、貴族やそれに仕える者たち以外には手を出さない義賊だという。

 そんな奴らが金目当てで侯爵殿を誘拐したとは考えにくい。できれば兄者に近い思考をして、実際に現場で奴らと剣を合わせてもいるお前の意見を聞いてから出撃したいと思っておったのでな。忌憚ない意見を聞かせてもらいたい」

「ばかな! ヤツらはただのならず者だ!」

 

 うん、いい加減にしてくださいねアルガスさん? そろそろ本気でウザくなってきましたからね?

 

「・・・その件で私も兄さんに聞いてもらいたい事というか、むしろ聞かせてほしいことがあったんですが・・・」

 

 私は一呼吸置いて、アルガスさんに貯まったヘイトを発散させてからザルバッグ兄上様の質問への答えと自分からの質問を同時に口に出しました。

 

「私たちがイグーロスに来る直前にマンダリア平原で倒したと報告しておいた、骸旅団の侯爵誘拐実行犯たちの死体の中に、骸騎士団の騎士は存在しておりましたかね?」

「!!!!」

 

 それだけ言うと、ザルバッグ兄上様は全てではなくとも多くの謎が解けたと言うような顔に表情を激変させて黙り込み、しばらくの間試行錯誤に没頭した後絞り出すように結論を口にされました。

 

「・・・いや、いない。

 五十年戦争末期の混乱期に徴用された義勇騎士団のひとつでしかない骸騎士団メンバーの素性に関する記録は、元上司である俺の手元に残っている物だろうと信憑性はまるでないが・・・・・・それでも断言することができる。お前たちが戦って倒した骸旅団の中に骸騎士団のメンバーは一人もいない。いるはずがない、と」

「な!? 何故ですかザルバッグ閣下! 記録は不確かなのでしょう!? ならば何故オレたちが倒した奴らの中に骸騎士団がいなかったと断言できるのですか!?」

「簡単なことだ。もしお前たちが戦った中に骸騎士団員が・・・五十年戦争の経験者が混じっていた場合、今の無傷なお前たちと話をしている俺自身が存在できないからだ。

 ・・・それ程までの死闘だったのだ、あの戦争はな・・・。たかが初陣を終えたばかりの士官候補生にしてやられるような者では、騎士見習いにさえ勝てはしない・・・そういう状況の中で生き残ってきた者たちの力は今のお前たちの想像を遙かに超越している・・・」

「なっ・・・!? ・・・くぅぅ・・・っ」

 

 当時を振り返って複雑そうな顔をして見せながら述懐するザルバッグ兄上様と、自分の実力が平民たちの寄せ集めでしかない骸騎士団よりも下だと言われて悔しかったらしいアルガスさんが歯がみする対照的な光景。

 

 そして兄上様はやがて自分の中で結論を出されたらしく、毅然と顔を上げて迷いの晴れたような表情で私たちを一瞥すると野太い笑みを浮かべられながら宣言されました。

 

「これだけ大きな作戦に、幹部クラスである骸騎士団員が一人も加わっていないなど考えられない。分派行動か、はたまた本体から離脱した一部が逃走資金確保のため暴挙に出たといったところなのだろう。

 どちらにしろ敵が減るのは我が方にとって有利以外の何物でもない。これで後顧の憂いを気にする必要もなく、賊どもの一掃に集中できるというものだ!」

 

 笑い飛ばして不敵に微笑まれた後、この件へのご褒美なのでしょうか?

 ザルバッグ兄上様は私たちに情報をひとつだけ、チクってくれたのでした。

 

「情報収集のために放った“草”の一人が戻ってこない。大事に巻き込まれたと考えられるが、“草”ごときに捜索隊を出す必要はないと重臣の方々はおっしゃられるのだ。

 ・・・その草が巻き込まれた大事というのが、侯爵殿の行方を知ったからかもしれんのにな・・・フフフ、おかしなことだと思わんか?」

「!!! その草は、どこで消息を絶ったんですか? ザルバッグ兄さん」

「ガリオンヌの南、ドーターという名の貿易都市だ。

 ・・・城の警護なんぞ退屈なだけだ。そうは思わんか? 我が自慢の弟ラムザ。そして、ラムダよ・・・」

 

 それだけ言って、それ以上は何も言わずに去っていく兄上様の背中に私たちは軽く一礼した後、次に行くべき場所と行動方針が決まったので準備に取りかかることに決定いたしました。

 

 ――後は、またしばらく会えなくなる愛しの妹たちとの別れのイベントシーンを残すのみと言うわけですね。

 

 

「ティータ、そう言うわけだ。すまない。僕らは行くよ」

「私のことなら心配しないで。自分のことだけ考えてね・・・」

「大丈夫。無茶はしない。必ず戻ってくるから、いい子でいろよ・・・」

 

 そう言い合って、熱い抱擁を交わすハイラル兄姉の兄姉ライクシーン。・・・うーん、兄弟愛と分かっていても誤解したくなってしまう司波兄姉的ムードを見せつけられた側としては少しだけ複雑ですね・・・。

 

 ですので少しだけ彼らのためにも、兄姉ともに仲良く長生きできるよう私の方からも補填しておいてあげるとしましょうかね。

 

 

「ティータさん、お兄さん想いなあなたの為に一つだけ忠告して差し上げましょう。・・・寄宿先の学校で貴族出身の家の子たちに生まれの身分を理由にイジメを受けさせられた時には迷わずベオルブの名を持ち出して、笠に着なさい。

 『あなたの自慢するお父様の地位は、ベオルブ家に目をつけられて生き残っていられるほど高位の爵位なのかしら?』とか言ってあげたら、大抵の相手は黙り込ませられますからね。

 権威を笠に着て威張り散らす連中を相手にするには、より高い権威を持ち出してしまうのが一番楽だし効率もいいですから」

「え? ・・・で、でもラムダさん・・・そんな・・・。そんなことしたらベオルブ家にご迷惑がかかって・・・」

「んな事は気にしなくて宜しいですよ。そもそもあなた方兄姉を引き取ったのは、今は亡きベオルブ家の前当主バルバネス・ベオルブの遺志です。それにケチをつけるというならベオルブ家にケンカを売るのと何ら変わりありません。

 むしろ、亡くなったお父様に拾われた命を意識しすぎて、遠慮させすぎてしまったことが原因であなたに死なれでもした日には、私たち兄姉はあの世でお父様に殺されてしまいますよ。

 ですから私たち兄姉の安楽な死後生活を守り抜くためにも、いざというときにはベオルブ家の名をためらわずに持ち出すこと。・・・い・い・で・す・ね?」

「・・・・・・・・・はい・・・わかりました、ラムダさん・・・・・・」

 

「よろしい。――と言うわけなのでアルマさん。あなたはティータさんの監視役です。決して彼女が私たちの死後を疎かにしないよう、よーく見張っておあげなさい。

 そして私たちベオルブ家の兄姉を死後の世界で亡父に抹殺させようと企む不届き者を見つけたときには、ベオルブ家の名を出してお仕置きしてあげるのを忘れないように。

 『あなたの娘さんからこういう事されてるベオルブ家の末妹です』とか手紙に書いて、相手のご両親にお知らせする感じでね」

「は~い。わかりましたー、ラムダ姉さん♡ ベオルブ家の正当な血を引くお姉様からのお言いつけ通りに実行するよう、ラムザ兄さんと同じで母親の身分が低い妹のアルマは頑張りまーす♪」

「うん、元気があって宜しいですね。どうせ、この手の陰湿なイジメを好む人たちは自分で思っているほど親から評価されてない場合が多いでしょうから、何言ったところで自主的に自分の家内だけで封殺してくれるはずです。ベオルブ家には害は及びません。遠慮せずにやってしまいなさい」

「は~い♪ アラホラサッサ~♪」

「は、はい・・・。えっと・・・あ、あらほらさっさ・・・?」

 

 

「・・・おい、ラムザ。お前の妹は俺の妹にいったい何を教え込んでたんだ・・・?」

「さ、さぁ・・・? たぶん、たまにだけど寝言で変な言葉を言ってるときがあったから、それをアルマが聞いてティータに吹き込んだとかじゃないのかな・・・? なんか性格的にそんな感じがするんだけども・・・」

「クッ・・・! 説得力がありすぎて反論できん・・・!! いや、言ってくれてる内容自体はありがたかったんだけれども! 何故だかすさまじく感謝したくない俺が俺の心の中に巣食ってしまっていて妙に落ち着かない心地になっている・・・!!」

 

 

 

「・・・・・・・・・ケッ!!(誰からも守ってもらったことない生意気な態度の騎士見習い少年)」

 

 

つづく



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第4話

 貿易都市ドーター。

 古くから陸路による様々な貿易の中継地として発展し、様々な商人が行き来する活気あふれた都市である。

 それはイヴァリースが五十年戦争で事実上の敗北を喫した今も変わっていない。

 

 ・・・と言うのもイヴァリース王国は、国土のほとんどを海に囲まれた国であり、隣国には五十年戦争での敵国オルダリーアとロマンダしか存在しないからだ。

 一方的に不利な条件とはいえ終戦協定が結ばれている陸続きのオルダリーアと違い、北氷海を挟んだ隣国ロマンダは、五十年戦争の初期に参戦しながら本国で疫病が蔓延したため参戦後わずか3年で全面撤退した因縁を持つ国である。

 その後は特に目立った軍事行動は見られないとはいえ、逆に言えば五十年戦争が終わった今になっても正式な終戦条約を調印し合った関係ではない国と言うことでもある。

 

 要するに船を使った海路での貿易をおこなうには、今の外交関係だとリスクが高すぎるのである。

 戦災復興の費用を貿易に求めるしかない限り、陸路を繋ぐ貿易都市と中継地を優先して復興させて、商人たちが落としていく金を当てにする以外イヴァリース王家に道はない。

 

 そのためドーターは、王都ルザリアと距離的に比較的近いという事情もあって優遇的に治安維持と復興を支援してもらっていた。それが殺人や強盗が日常茶飯事レベルで起きている今のイヴァリース内で活気あふれる商人たちが行き来する町が存立できている理由である。

 

 

 ・・・だが一方でドーターには、金の光につられて集まってくる難民や孤児やならず者が多く流れ着いてしまうという欠点を有しており、それらの者たちが表の光あふれる貿易都市ドーターの経済発展に悪影響を及ぼさぬようスラム街に押し込めて出てこないよう監視するのがドーターに駐留する治安維持部隊の主な任務となっているのが昨今のドーターだった。

 

 基本的に彼らは、スラム街からドーターへ『出てこようとする者』には容赦なく取り締まりに来るが、スラムの中で誰が何をやろうと見て見ぬフリして見逃してくれるのが日常風景の一部になっていた。

 これはスラム街へと追いやった元貧民街の住民や難民たちへの温情という訳ではなく、ただ単に人手不足から治安維持に割く人員が足りずに、スラム街まで手が回らないだけである。

 

 

 そのスラム街の一角で今、二人の男による言い争いが行われていた。

 

 

「・・・知らないって言ってるだろ!」

 

 片方の男が怒鳴り声を上げ、今まで自分を詰問していた男の前から逃げ去ろうとして追いつかれ、もう一人の男に肩をつかまれて立ち止まらざるを得なくさせられる。

 

「ウソを言うなッ! お前たちがやったことはわかっているんだ!」

 

 肩を掴んだ男が詰問して、肩を掴まれた男の方が小刻みに体を震わせながら青い顔でモゴモゴとごまかすように小声で何か答えたようだが、聞こえない。相当に怯えているらしい。

よほど相手の男が怖いのだろう。

 

 

 奇妙な男たちだ。

 物陰から黙って見物したまま、家の中から出てこようとは絶対しないスラム街の住人たちはそう思っていた。

 

 問い詰められている剣士風の男の顔に見覚えはなくとも、見窄らしい装備と服装からドーターでもよく見かける騎士崩れタイプであるのは明らかであり、特別奇妙と言うほどのものは持っていない。

 奇妙なのは彼を問い詰めている、もう一人の男の方だった。

 

 立派な騎士の出で立ち、そのものなのである。

 決して新しいとは言いがたい品ばかりではあったが、手入れが行き届いているのか鈍い光を失っておらず、使い込んでいるのが一目でわかる古強者然とした印象を嫌味なくキザとも感じさせずに自然と他者に受け入れさせてしまう。

 そんな生来のカリスマ性を持った漢であるのを理性よりも本能で感じ取ったスラムの住人たちは、本能に従ってモグラのように住み処に潜って出てこようとはせず、何があろうと動かず騒がず、何を見ても聞いても言わないことを己に課した。

 

 それは彼らの生存本能がさせる、弱者故の生きる術だった。弱い彼らが弱肉強食のスラム街で生きていくためには勇者に憧れてはならず、徹底的に卑怯で卑屈で臆病に生きることを由と思えるようにならなくてはいけない。

 

 それがスラムの掟であり、その掟を無視しながらスラムで生きていける彼らのような強者と関わり合いになることを貿易都市ドーターのスラム街に住む住人たちは全面拒否した。

 それが、これから行われる市街戦の最中にスラムの住人たちが何一つ関係してこようとしなかった裏事情だった。

 

 彼らは誰一人として、知らなかったのである。

 今自分たちが見つめている騎士風の男を自分たちの誰もが“知っている”という事実を。

 自分たち全員が知っている相手が誰なのか、自分たちの誰一人もわかっていないという実情を。

 

 皆が見つめている騎士風の男の名は『ウィーグラフ・フォルズ』

 悪名高き骸旅団を率いるリーダーであり、骸騎士団の団長でもあった元騎士である。

 

 奪われる物を持たないスラム街の住人にとっては、悪い貴族を懲らしめてくれるだけの大英雄様であり、自分たちにとってのヒーローでもある男だったのだが。

 今自分たちが隠れ見ているヒーローが、自分たちが毎日のように話題にしている『貴族退治の英雄』だという事実には最後まで気づかぬまま、彼らとの物語は始まることなく終わりを迎える。

 そういう場所である。この町、ドーターという名の商人たちが行き交う活気あふれる貿易都市は・・・・・・。

 

 

 

 

「・・・ギュスタヴはどこだ? どこにいる・・・?」

 

 家屋の壁に追い詰めながらウィーグラフは、剣のように目を細めて相手を問い詰め、相手の男は後ろめたそうに下を向いて俯きながらボソボソとした声で「し、知らない・・・」と同じ返事をつぶやくだけ。

 

 その様子からは事情を知っていることと共に、剣士風の男が元来ウソを吐くのが得意なタイプではない性格の持ち主なのが窺い知れる。

 それもそのはずで、彼は元々ドーターのスラム街をウィーグラフから任されていた骸騎士団の正団員だったのだ。

 五十年戦争中は従騎士として従軍し、ウィーグラフの後をついて行くのがやっとの見習いであったが、敗戦後に骸旅団を立ち上げるときには出来合いの民兵を鍛えて使わねばならぬ関係上、彼もまた幹部の一員として骸騎士団の騎士に正式に加えさせてもらう運びとなった人物なのだ。

 

 人格的に信頼できるからこそウィーグラフは彼に、重要な拠点の一つを任せていたのだから、それが裏切ってギュスタヴごとき卑劣な輩に魂を売り渡すなど許されざる背信行為であり、本来なら即刻首を叩き落としてやりたいほどの怒りを胸に抱かれていた。

 

 ただ、彼には彼で事情が存在し、五十年戦争中に一度だけイヴァリースは国内にオルダリーア軍の侵入を許してしまった時期があり、そのとき敵軍に占領された村々の彼の生まれ故郷があったのだが、奪還後『敵と戦わずに言いなりになって協力した売国奴』と蔑まれるようになり彼の妹は貴族の士官から腹いせに強姦されて拷問まで受けさせられ未だに足が不自由な状態が続いていた。

 なんとか医者に診せてやりたかった彼に誘いをかけてきたのが、骸騎士団副団長のギュスタヴだった。

 彼はウィーグラフと違って人望は薄かったが、現実主義者であり金がらみではむしろ信用できる男でもあった。

 その点に限り、理想主義者のウィーグラフは信頼がまるで持ち合わせていなかったから・・・。

 

 

「侯爵はどこだ? どこに隠したんだ・・・?」

「・・・・・・」

「――言えッ!!!」

 

 罪悪感から黙って俯くしかない剣士風の男の生真面目さは、この場合ウィーグラフにとって逆効果しかもたらさない。

 なにしろ彼は信頼していた同士に裏切られたのである。

 拝金主義者のギュスタヴならまだしも、自分と共に五十年戦争を戦い抜いた、少年時代よりよく知る若者に裏切られた今の彼に半端な誠実さは目の前で赤い布を振るに等しい。

 

 力任せに胸ぐらを掴んで自分の眼前に顔を近づけさせてから、強い眼光に怒りの炎を宿して相手を激しく睨みつける。

 相手の男は物理的な息苦しさと、精神的に追い詰められた心から逃げ出すため自分の胸元に伸びた相手の手を振り払うと必死に逃げようとして無様に転んでしまった。

 骸騎士団員として、あるまじき未熟と無様すぎる醜態である。これだけでも彼は骸騎士団の名に泥だけでなく塩まで塗りたくっているのだが、手を地面について尻餅をついてでも逃げようとする卑小さがウィーグラフには許せなかった。

 

 ――なぜ、貴様ほどの男がここまで墜ちてしまったのだ・・・ッ!?

 

 そんな怒りで今、彼の心は満たされ尽くしており、拝金主義者のギュスタヴがどのような誘惑で彼を釣ったのかも、若さ故に半端な誠実さをもつ彼が仲間を裏切ってなお卑劣漢にもなりきれず中途半端な言動を繰り返すことしか出来なくなっている心境にあることも、誠実すぎる理想主義者のウィーグラフには今の時点ではもう考えてやることが出来ない。

 

 彼はゆっくりとした足取りで男の後を追い、腰の鞘から愛剣を引き抜くと、刃の切っ先を相手の首筋に突きつけてから、相手に対して最後の友情と絆を示す。

 

 

「これが最後だ・・・・・・。

 どこだ?」

 

 主語を最大限省いて、助命する条件と要求内容だけを言い放つ、彼らしくない言い草が本気であることを示唆していた。

 普段の彼は他人に対して、自分の思いをわかってもらうため丁寧な態度とわかりやすい言葉遣いで語り聞かせるのが常であり、ここまで必要最小限度の言葉しか使わずに人と話をするのはウィーグラフにとって異常事態と断言できる。

 そして、その意味するところは明らかだ。

 

 

 ――お前とはもう話す気はない。わかってもらおうとも思っていない。言うことを聞け、聞かねば敵として殺す。質問の答え以外の返答は一切認めない――

 

 

 折しも降り始めた雨が、二人の心の間に灰色の分厚いカーテンを敷いてしまったかのように、剣士風の男には感じられた。

 

 そして、今になってようやく気づく。

 

 自分の選んだ道は、もう二度とウィーグラフ団長から名前で呼んでもらえなくなってしまう選択だったのだということを。

 今の自分はもはや、骸騎士団員の名を穢すだけの卑劣漢に成り下がってしまったのだという事実を。

 

 ――そんな自分が、ちっぽけな罪悪感で子悪党にもなりきれず、助かるために味方を売り飛ばすこともできないなんて、自己満足以外の何物でもないのだという今更どうしようもない現実を・・・・・・。

 

 

「さ、砂漠だ・・・・・・」

 

 諦めて彼は答えて、一度は手を取った裏切りの同士をまた売った。

 一度でも味方を謀った卑劣漢が戻るべき場所は骸騎士団ではなくエゴイズムに満ちた保身と金の自己愛に満ちた場所しかないのだという真理を諦めて受け入れる気にようやくなれたから・・・・・・。

 

「そうか、“砂ネズミの穴ぐら”か・・・・・・」

 

 ウィーグラフが、ガリオンヌに住む者以外が聞いても意味不明な単語をつぶやいた次の瞬間、彼の背後から大きくはないが鋭い制止の声が飛ばされてきた。

 

「待てッ!!」

「!?」

 

 予想外の制止にわずかに慌てて後ろを振り向いたウィーグラフ。

 然もありなん、北天騎士団の本体は骸旅団本体を撃滅するため各地に分散して派遣されている最中であり、中央がガラ空きになったことを知っていたからこそ彼は友軍の指揮を妹や同士たちに任せて自分は一人でギュスタヴを追跡して、骸騎士団の掲げる大義に泥を塗る行為だけは阻止しようと出張ってきていたのだから。

 それが今この場に、若い騎士によって率いられた一部隊として現れている。数こそ少ないものの、捜索隊としては十分すぎる人数だ。ラーグ公の統治領ガリオンヌで、これだけの装備と人員を揃えられる正規軍兵士など北天騎士団以外に考えられない。

 

「チッ、北天騎士団か。今は戦いどころではないというのに・・・ッ」

 

 一瞬の判断で、彼は戦うよりも逃げる道を選択した。

 臆病風に吹かれたのでも、彼らを殲滅させた後あらためてギュスタヴを追える自信がなかったわけでもない。

 

 彼にはこの戦い、命を奪い合って戦うだけの大義が見出せなかったのである。

 ギュスタヴの暴走に始まる侯爵誘拐、それを追跡して救出しに来た若い騎士たちの一団。

 どう考えても彼らの方に義があり、生きて帰るだけの資格がある。

 

 茶色の髪を持つ副官らしい若者は別としても、先頭に立つ二人の少年少女たちは明らかに骸騎士団が倒すべき敵の貴族子弟ではあったが、それとこれとは話が別だ。

 少なくともギュスタヴが死なずに逃げ延びて、彼らだけが自分に殺されるというのでは筋がまるで通せていない。

 

『筋が筋として通らぬ今の社会を改革して、筋が通る世の中へと民衆を中心に作り直す』

 

 それがウィーグラフが奉じて、骸騎士団が掲げた大義であり理想である。

 たとえ憎むべき貴族相手であっても、彼には大義を捨てることだけは出来ないのだ。絶対に。

 

 

 その様な理由で、自ら戦場を一人だけで離脱していくウィーグラフを見送りながら、彼を追ってきた北天騎士団所属の一隊・・・・・・ラムザ率いる士官候補生の一団は戦闘開始前の軽い会話を交わし合っていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら、ドーターまで来た甲斐があったようだな」

 

 私たちのすぐ横からアルガスさんが言ってきました。気持ちはわからなくもないですけどね?

 ドーターに来るまでに通った行軍途上に『スウィージの森』と呼ばれる森林地帯があったのですけれども、ここは四方を山脈に囲まれた原生森林地帯で、FFタクティクスの世界では大昔に絶滅したとされている“あの”!モーグリさんが暮らしているかもしれないと言われている場所でしたため、こんな状況下で不謹慎とは思いつつも少しだけ心躍らせながら足を踏み入れドータの町を目指してきたところ。

 

 

 な・ん・で!! ゴブリンの集団なんかに襲われて戦闘しなきゃならない羽目に陥ってんですか私たち!?

 元は同じ妖精だったって設定が地球のゴブリンにゃありましたけど、知らんですよそんなもん! この世界の妖精はモーグリさんだけでいいんです! ゴブリンはお呼びじゃありません! エロゲーの世界に帰れーゴブリーン!!

 

 ・・・まっ、それはそれとして一先ずおいとくとしまして。

 

 

「あの男は、たしか・・・?」

「おや、ディリータさんも彼に見覚えがありましたので?」

「五十年戦争の終わり際にイグーロスで見たことがある・・・?」

「ほぅ・・・?」

 

 相変わらず人のことを、よく記憶している人ですねディリータさんは。尤も今の時点で正確に彼のことを思い出せなかった会う機会の少なさには正直感謝してますけどね。

 

 ・・・なにしろ今の私たちじゃ絶対勝てない人ですからね~、あの人は・・・。見逃してあげることで見逃してもらえるなら、それが一番。勝てない敵とは戦わないのが用兵学の基本です。

 

「二人とも、どうやら戦わないわけにはいかなくなったようだ。

 戦闘前に緊張をほぐす会話はそこまでにして、行くぞッ!!」

 

 兄様の号令で視線を前に戻すと、先ほどまでどこかに隠れていた骸騎士団の人たちがワラワラと出てきて戦線参加。これだけで先ほど逃げてった彼のバケモノ振りが想像つくのがイヤなんですよねぇ~。

 だって、どう考えても彼を恐れて出てこなかった連中が、『アイツでなければ俺たちでも勝てる』と判断して出てきたってことですから。甘い判断を見返してやろうって気にはなるんですけど、同じくらいには先ほどの彼との差を実感させられてしまう対応に思わずゲンナリ。

 

 とりあえず『彼でなければ自分たちでも勝てる』のは、相手側だけがもつ判定基準ではないという事実を教えてあげましょう。体の痛みと、死によって・・・ね?

 

 そして戦闘開始。

 

「そうだ、思い出した! あの騎士の名はウィーグラフだ。

 平民の中から募った義勇兵の集団、“骸騎士団”の団長ウィーグラフだった。間違いない」

 

 しばらくしてディリータさんが思い出さなくていいことを、今更思い出しても意味なくなった頃になって思い出してしまい、思わず私は心の中で「チッ」

 

「なにッ? ・・・てことは、あいつが?」

「そう。“骸旅団”の親玉さ」

 

 一人だけだからと逃がした敵が大魚だった事実を知らされたアルガスさんが盛大に舌打ちして、右手の拳を左手の平に叩きつけて悔しがられました。

 

「チッ! そのことをもう少し早く知っていれば、こんなザコどもよりアイツ一人を優先して仕留めてやったってのに! 敵の大将首を持って帰れば一足飛びに俺も騎士にな――」

「なる前に死にますよ、普通にね。あなたが彼の後を追ったところで返り討ちにしかなれないでしょうからね」

「なんだと!? ラムダ、お前オレたちがアイツ一人にかなわないとでも思っているのか!?」

「あなたこそ、彼にかなうと本気で思ってるんですか? 仮にも彼は一つの騎士団を任されていた団長だった人物ですよ? たかが士官候補生だけの集団に騎士見習一人が加わったところで歯牙にもかけてもらえず蹂躙されるとは思われないのですか?」

「たかが一人じゃねぇか! いくら元騎士団長だからって軍隊を引き連れてさえいなきゃただの騎士と変わらねぇ、一人分の戦力だろう!?」

 

 よほど逃した大魚が惜しかったのか、あるいは単に自分の言葉を否定されたのが許せないだけなのか、それは分かりませんがアルガスさんは妙に突っかかってきて言う言葉がドンドン過激になってきました。

 てゆーか、いつの間に呼び捨て&ため口の関係に・・・? 私、許してあげた覚えないんですけども・・・まぁ、それはいいか。私もあんまりそういうのには興味ないタイプですのでね。

 

 ・・・せめて、私が子供時代に見せつけられた騎士時代のウィーグラフさんの訓練風景だけでも見ていれば別だったかもしれませんのにねぇー・・・。

 

 骸騎士団はたしかに平民中心で編成された義勇騎士団ではありますけど、副団長のギュスタブ・マルゲリフさんは北天騎士団からの左遷組で、その上に立つウィーグラフさんも元は北天騎士団で名をなしてた人でした。

 つか、名ばかりとはいえ平民だけで構成された部隊に『騎士団』なんて名前を名乗ること許すはずないじゃないですか。常識で考えなさいよ、形式過剰な貴族社会の常識でさぁ~。

 幹部クラスは正騎士だったに決まってんじゃん。元正騎士と現騎士見習い。戦った場合に勝敗自ずと明らかですよ・・・。

 末っ子で女の身とはいえ、北天騎士団で歴代団長務める武門の頭領一族出身者の過去を嘗めるな! 若い騎士たち同士の御前試合を観戦させてもらった経験ぐらいあるわい!

 私はこんなんでも一応は、ベオルブ家の正当な血を引くプリンセスだい!

 

 

「だいたい騎士団長つったって、所詮は平民を寄せ集めて作っただけの員数合わせ騎士団を率いてただけの野郎に過ぎないんだ! オレたち貴族が束になってかかりゃ勝てるに決まってる相手だぜ!」

「勇ましいお言葉だとは思いますけど、そういう台詞はせめて肩書きから『見習い』の三文字が取れた後に言った方がよろしいのではと忠告させていただきます。

 世間一般の基準で見た場合、まだしも見習いよりかは平民の寄せ集め騎士団率いて五十年戦争を戦い抜いた元騎士団長さんの方が格上だと思われるでしょうからね。“大言壮語は一人前になってから言え”、とか言われたくなければ今の身分をわきまえた方がよろしいのではと」

「ぐッ!? ラムダ、てめェッ!!」

 

 なにか喚いてくるのを、私は屋上にいる弓兵倒しに行くため屋根上るので無視させていただくと軽く一人目をザシュッ!

 上からの目と脅威を排除しながら、地上部隊の支援に努めつつ全体を見下ろして指示を下し、危なげなく戦闘には勝利。

 やっぱり高所を取ると強いな~、戦争は。旅順であれだけの日本兵が死にまくったのにも納得です。

 

 

 まっ、何はともあれ戦い終わったので生き残っていた捕虜をジ~ンモン開始ー。

 最初にウィーグラフさんと話していた、この部隊の指揮官さんぽい人が殺される前に降伏してくれたので、エルムドア侯爵閣下の行方について聞くことができそうで何よりですね。

 

 強いて問題を挙げるとするなら、私たちは士官候補生であり正規の軍人ではないと言うこと。士官学校はきれいな戦争の仕方を教える泥臭さのない清潔な場所ですので、そんな教育機関で育てられたピカピカの軍人一年生未満の私たちにゃ尋問技能なんてあるわきゃない、という部分。

 

 ここで立候補したのがアルガスさん。一応は騎士見習いで、士官候補生よりかは実際にそういう場にも立ち会っているからと言って強引に引き受けられちゃったんですけど・・・大丈夫ですかね? この人に任せちゃっても。

 ・・・めちゃくちゃ、ストレス発散用のサンドバックとして使い捨てるだけで終わる気がするのですけれども・・・。

 

 

「・・・お前たちが骸旅団だってのはわかってるんだ」

 

 両手を縛って床に転がし、水をぶっかけてから声をかける通常手順を遵守した後、あらためてアルガスさん流の尋問が始められました。

 

「侯爵様はどこだ? どこに監禁されているんだ? 言えッ!!」

「・・・・・・」

「さっきまで、お前たちのボス、ウィーグラフがいただろ? ヤツはどこへ行ったんだッ!?」

「・・・・・・」

「こ、この野郎ッ! なんとか言ったらどうだ!!」

 

 ・・・うぉ~い。たかが返事を返してこないだけで挑発されたのと同じ効果を出されちゃってますよ、このお人・・・。どこの三流刑事ドラマに出てくる拷問刑事ですか、いったい・・・。

 権威振りかざして素直に従わなかっただけでブチ切れるって・・・どんだけぬるま湯で生きてきたんですか、この人とか刑事ドラマの人たちとかは。軽く引くわ。

 

「なんとか言えっつってんだよ! この平民ッ!!」

 

 そして相手のお腹めがけて全力キック。痛みで体がくの字に折れた相手の頭を掴んで上に向けさせ、強引に自分の顔と相対させる。

 

 ・・・これって中止したところで『死なないように加減した』とかなんとか屁理屈で返されるパターンなんでしょうかね? 普通に考えて・・・。

 加減して死なないも何も、お腹は蹴られた直後に死なんでしょう普通に考えて。今ここで蹴ったことが、しばらく後の死に繋がることはあるでしょうけれども。そこら辺の医療知識ちゃんと分かった上でやってますかアルガスさん? 拷問ってけっこう高等技術いるんですからね? ただ殴って痛めつけりゃいいとか考えてる脳筋の出る幕はあんまない分野なんですぜ? そこら辺きちんと考えて志願したの? ねぇ? ねぇ? ねぇ~??

 

「よせッ! アルガス!!」

「チッ」

 

 こう言うのを見ているのが苦手な兄様に止められて、さすがのアルガスさんも手を離して相手を下ろされ、あらためて優しい口調で相手への懐柔と誘惑に方針変更。

 

「・・・いいか、よく聞け。まもなく、おまえら骸騎士団を皆殺しにするために、北天騎士団を中心とした大規模な作戦が実行される・・・。

 そうだ、お前たちは死ぬんだ。一人残らず地獄へ落ちるのさ。盗賊にふさわしい末路だな」

「・・・・・・」

「だが、お前は幸せだ。ウィーグラフの行く先を教えれば命だけは助かるぞ。どうだ?」

「・・・オレは知らん」

「生意気な言い方してんじゃねぇッ!!」

 

 初めて返事を返してくれた敵軍捕虜の尋問相手に、言葉遣いが気にくわないからと一発蹴りくれて修正してくれる尋問立候補者。

 

「言葉遣いに気をつけろよ、この野郎! 盗賊が貴族にタメ口聞くんじゃねぇ!」

 

 その言葉を聞かされて、さすがに堪えきれなくなった私は思わず盛大にため息を「ハァ~~~・・・」

 

「・・・もういいです、アルガスさん。あなたがこの役目に全然適正のない役立たずだってことは分かりましたから下がっていてください、尋問の邪魔です。私が選手交代しますから少しだけでいいんで引っ込んでいてください・・・いい加減聞いてる方が疲れてきましたし・・・」

「なんだとッ!? オレのどこが役立たずだと――」

「さっきから怒鳴って蹴って怒らされて、自分だけがベラベラしゃべっているだけで捕虜から聞き出せた自白が『オレは知らん』の一言だけな部分です。他に理由が必要ですか?」

「うッ!? ・・・ま、まだ尋問の途中なんだよ! オレの本当の尋問技術は最初は前準備に使って、途中からが本番なんだよ! お前こそ余計な邪魔してんじゃねぇ!」

「言い訳する子供ですか、あなたは・・・。てゆーか、尋問の途中に貴族への言葉遣いがどーのとか関係のない話題を持ち出すのはやめてください、時間の無駄ですからね」

「うっ、ぐ・・・ッ」

「あと、あなたも私たち兄姉に対して言葉遣いに気をつけてください、騎士見習いさん。

 肩書きとしては同じであっても、生まれた家柄が影響するのは貴族社会の常識です。没落貴族出身の騎士見習いさんが、大貴族の一員ベオルブ家の人間にタメ口聞くものじゃありません。私たちは許してあげてますけど、公の場で同じことやったら、あなた首チョンパされても知りませんからね?」

「・・・・・・」

 

 憎々しげに私を睨み付けてきながら黙りこくるアルガスさん。・・・よーやくこれで尋問が開始できる状況が始められましたよ・・・やれやれです。

 

「いや、ラムダ。駄目だからね? 女の子が捕虜を尋問とかしたりしちゃいけません」

 

 ・・・ラムザ兄様、あなたもかい・・・。

 

「とゆーか、ラムダ。おまえ尋問とか出来るのか? 士官学校で習ったことはないはずだよな?」

「ありませんでしたけど、一応やり方だけは知ってるんですよ。本で読んだことありますからね。

 『ウォーターボーディング』という名前のつけられた尋問技術です」

「・・・聞いたことのない尋問術だが、なぜだか物凄くやらせたらマズい気がしてならないから俺も反対だ。お前はやるな」

「・・・・・・」

 

 ディリータさん、あなたもですかい・・・。

 つーか、私もダメだと他に候補がいねー・・・・・・。

 

 

「・・・オレたちは・・・盗賊なんかじゃない・・・」

 

 あ、なんか勝手に捕虜の方から自白し始めてくれましたわ。コナンくん時空の犯人が今彼に乗り移りでもしたのでしょうか? ファンタジーですな~♪

 

「なんだとぉ!」

 

 ・・・うん、もうお前は黙れ。本気で尋問の邪魔にしかなってないから。

 

「・・・貴様たち貴族はいつもそうだ。オレたちを人間とは思っていない・・・。

 五十年戦争で・・・、この国のために・・・、命を賭けて戦ったオレたちを・・・用済みになると切り捨てた・・・。

 オレたちと貴様ら貴族に、どんな違いがあるというんだ・・・? 生まれ? 家柄? 身分って何だ・・・?」

「誘拐の上、身代金まで要求するおまえらが何を偉そうに言うッ!!」

「・・・・・・侯爵誘拐は・・・間違いだ・・・・・・ウィーグラフ様の計画じゃない・・・・・・」

「!?」

「我々は金目当てで・・・要人誘拐など・・・絶対にしない・・・・・・」

 

 ここまで犯人自ら語ってくれた事件のあらまし。真実はいつも、犯人自身から自白してくる一つだけなのですよ。

 

「じゃあ、誰なんだ? 誰がエルムドア侯爵を誘拐したんだ?」

「・・・・・・」

 

 あらたなる尋問参加者ラムザ兄様の言葉を聞いた途端に、また黙りに逆戻り。

 ・・・兄様・・・見た目の迫力ないですからね~・・・嘗められるのは仕方がないのではと。

 

「言え! おまえたちじゃないとしたら、いったいどこのどいつなんだッ?」

 

 そして兄様と真逆で、迫力だけは人十倍のアルガスさん。欠点としてはヤクザとか軍人と言うよりも不良っぽくて、不良と言うよりチーマーとかの方が似合いそうな点。

 要するに中身が薄く、勢いと迫力だけが先行しすぎていると言うこと。現代日本の路地裏なら別として、殺人や強盗が日常茶飯事のイヴァリースで役に立つのかな~この人のコレって?

 

「・・・ギュスタヴだ」

 

 あ、役に立ったみたいですわ。殺人と強盗が日常茶飯事のイヴァリースすげぇ。

 

「ギュスタヴ? 誰だ、そいつは?」

 

 そして反対に役立たなくなるアルガスさん。自分が尋問して情報聞き出せても、それがなんなのか分からない無知な尋問係ってなんじゃい。完全に拷問特化じゃないですか。やめてくださいよ、たった一人の生きた捕虜を情報得る前に拷問して殺そうとするのは。侯爵様、救えなくなったらマジでどーする気ですので?

 

「ギュスタブ・マルゲリフ・・・。骸騎士団の副団長だ」

 

 さすがに見るに見かねたのか、壁際でかっこよく腕を組んで背中を預けながら見ているだけだったディリータさんが情報提供してくれて、ようやく分かったらしいアルガスさん。

 

「やっぱり、お前たち骸旅団の仕業じゃねぇかッ!!」

「ち、違う!」

 

 そのアルガスさんによる無知丸出しの発言に対して過剰なまでに熱い反論を示す、捕虜の骸旅団員の人。

 

 あ~・・・、この人って確実に根はいい人タイプだわ~。訳ありで殺人事件起こさざるを得なかったタイプのコナン君犯人役で間違いないわ~。だから自分から自白してれるんだわ~。間違いないわ-、うんうん。

 

「我々骸旅団は貴様たちを倒すために戦っているッ!

 我々は平等な世界を築くために戦っている誇り高き勇者だ・・・。ギュスタヴとは違う!」

「何が誇り高き勇者だ? このゲス野郎めッ!」

 

 そしてまた自白の途中で蹴り入れて邪魔して遮るアルガスさん。いい加減にしなさい。

 ・・・と、思っていたところ。

 

「いい加減にしないか、アルガスッ!」 

 

 ラムザ兄様が代わりに言ってくれました。いいですよ、兄様。もっと言ってやれい。

 

「――で、そのギュスタヴとやらはどこだ?」

「す、“砂ネズミの穴ぐら”だ・・・・・・」

「砂ネズミ~ぃ?」

 

 聞き出せた重要情報聞かされて、素っ頓狂な声しか出せないヨソ者の尋問係立候補者アルガスさん。・・・本気で役立たずですねぇ-、この人って・・・。

 

「余所から来たアルガスには分からないと思うが、砂ネズミはこのドーターの北に広がるゼクラス砂漠に生息するネズミのことだ」

「どういうことだ??」

「穴ぐらはネズミの巣ってことさ」

「!?」

 

 こうして、ディリータさんが行ってくれた説明を、兄様が補足することによりアルガスさんにも理解できたらしいですので、ようやく次の行き先と侯爵救出の旅の終着点が見えたのでした。

 

 目指す場所はドーターとゼクラス砂漠の間にある、今では使われていない砂漠の民が昔、集落に使っていた所。

 即ち、『砂ネズミの穴ぐら』に向けて、いざ出陣!!

 

 

 ・・・と、その前に。

 

「相当な重傷みたいですね・・・肋骨にヒビが数本入ってそうですし、この魔法で大丈夫かどうか分かりませんが一応どうぞ。《ケアル》です」

「!?」

 

 キラリラリン♪と、呪文詠唱と同時に☆でも飛び出しそうな優しい光が降り注ぎ、アルガスさんに暴行されてた捕虜の骸旅団員さんの傷が少しだけ癒やされていくのが見えました。回復魔法スゲー。

 

「ディリータさん、付いてきてくれたメンバーの中に白魔道師の方っていらっしゃいましたっけ? もしいたら呼んで来ていただきたいんですけども」

「・・・いるにはいたが・・・いいのか?」

「?? 何がです?」

「ゲス野郎の盗賊を助けたことに決まってるだろうが!!」

 

 ダンッ!!と、大きな音を立てながら大声で怒鳴る声が聞こえたので、ゆっくり振り向きますとアルガスさんがメチャクチャ怒っている姿が見えました。この人はいったい何に怒ってんでしょうかね? さっぱり分かりません。

 

「ラムダ! てめぇ、いったいどういうつもりだ!? 敵を治療なんかしやがって! まさかオレたちを・・・北天騎士団を裏切る気じゃねぇんだろうな!?」

「滅相もない。そんなつもりは毛頭ありませんよ」

「じゃあ、どういうつもりだと言うんだ!? アイツは敵で、貴族を滅ぼすと宣言していて、オレたちは貴族で、コイツらは敵なんだぞ!! それをお前は助けたんだ! これが裏切りでなくて何だって言うつもりなんだテメェはよ!!」

「そうですね。強いて言うのであれば――――」

 

 私は相手の熱さにまるで感応する気になれず、テキトーな視線で相手を見つめ返しながら、テキトーな仕草で相手を指さすと、相手の方に『事実を教えてあげました』

 

「あなたのせいですよ、アルガスさん。あなたが余計なこと言ってくれたせいで私がしなくてもいい怪我人の治療をしなくちゃいけなくなっているのです。少しは責任を自覚してくださいよ。無責任な人ですねぇ~、まったくもう」

「はぁッ!? 何でオレのせいになりやがるんだよ!? 話すり替えて誤魔化そうとしてんじゃね―――」

「『だが、お前は幸せだ。ウィーグラフの行く先を教えれば命だけは助かるぞ。どうだ?』」

「・・・・・・・・・」

 

 あ。私の一言というか、自分が言っていた一言聞いてアルガスさんの刻が止まりましたね。パルプンテ~。

 

「ああ、そういえば最初のあたりでそんなこと言ってたな。アルガス自身の口から堂々と」

「!? ディリータ、てめぇッ!?」

「うん、僕も確かに聞いていたから覚えてる。アルガスはベオルブ家が預かってるエルムドア侯爵家のお客様扱いだから、当然君が交わした約束事はベオルブ家が責任を持って履行しなくちゃいけない義務が存在するね、イヴァリースの法律的に。貴族が平民一人のために法律やぶるのはちょっと外聞悪いかなー」

「ら、ラムザ・・・・・・お前もなのか!?」

 

 驚愕で表情を歪めるユリウス・カエサル・・・じゃなくてアルガス・サダルファスさん。全然関係ない余談ですが、「ブルータス、お前もか・・・!」と言って殺されたのはブルータスに裏切られたカエサルことシーザーであって、ブルータスはブルータスを裏切っていません。

 ブルータス的には「私ではない!」とか言いたくなるような気が・・・・・・しませんよね、ごめんなさい。超余計な余談でした。なんか今一瞬だけ美術室になぜか置いてあったブルータスの石膏像思い出しちゃいましてね・・・。

 シーザーはないのに、なぜ置いてあったんだブルータスと。余談です。

 

 

 

 ま、そんな感じでゼクラス砂漠に向かうことになった私たちですが、当然ながら砂漠行くのに専用装備もなしとか富士の樹海の自殺観光みたいになっちゃう可能性さえあり得ますので必要な道具類をドーターの町で買ってからと言うことになりました。

 せめて金属鎧の上から着る日除けの外套だけでも買っときませんとね。でないと日差しで死にます、砂漠の行軍を甘く見ると死ぬのですよ確実に。私はエジプトに遠征した十字軍になりたくありません。

 

 

「――今日はどうかしたか? ラムダ」

「・・・何のことでしょうかね? ディリータさん」

 

 全員そろって買い物したら町の人の邪魔になるのでバラバラに行動するためチーム分けして、ラムザ兄様とアルガスさんが同じチームで、私とディリータさんも同じチームになったわけですが。

 あの二人は上手くやれているんですかね~? 本質的には相容れないもの同士な気がするんですけれども。

 

 まぁ・・・・・・今の私とアルガスさんがチームを組むよりかは遙かに良いペアになってることだけは間違いないのでしょうけどね・・・・・・。

 

「俺の前でまで下手なごまかしをしなくていい。今日はラムダにしては珍しく感情的になっていたみたいだから、気になってたんだよ。何かあったのか?」

「・・・・・・」

 

 ――こういうところが、私がディリータさんをちょっとだけ苦手に感じるポイントです。普段は気遣いの人なのに、たまに人があからさまに異常性を晒してしまって指摘されたくないときに指摘してくるときが昔から偶にある人でしたから・・・。

 

 そして、そう思う気持ちが自分で自分の見たくない感情から目を背けたいと願っている願望に起因しているのだという事実に、言わずとも気づかされてしまうところが一番苦手なポイントの人なのですよ。昔からディリータさんは。

 

「・・・自分でもよく分からないんですけど、ドーターに着いた瞬間から自分の中でナニカが変わったような感じがあって、精神的に不安定になってたんですよ。そのせいでご迷惑をおかけしちゃって申し訳ありませんでした」

「いや、それについてはまぁ・・・プラスマイナス0ってことで相殺してしまって構わない程度の問題だったからいいんだが・・・その変わったって言うナニカっていうのは、どんなものなんだ?」

「・・・よく分かりません。でも、どちらかと言えばイヤな感じを私自身は抱いていないような気がします。ですが、私以外の人にとってはかなりイヤな思いをさせられてしまうものなような気もしますし・・・本当によく分からないんです・・・ごめんなさい・・・」

「・・・さすがにそれだけだと俺にも原因はよくわからんからなんとも言えないんだが・・・」

 

 そこまで言ってからポンと肩を叩いてくると、彼は笑って笑顔になり、優しい口調で私にこう言ってくれたのでした。

 

 

 

「まぁ、あまり気にするなよ。お前の中に何が変わろうとも、お前はお前だろ?

 俺やラムザと同じ、ラムダ・ベオルブという名の一人の人間。それだけで十分じゃないか。

 中身の何がどう変わろうとも、自分は自分だって認識を持ち続けていられさえすれば変わってしまったナニカになんて振り回されずに自分らしく生きて死んでいけると、少なくとも俺は信じてる」

 

つづく

 

 

 

『ステータス更新』

 

 刻が来たことにより、ラムダ・ベオルブの覚醒スキル《DQN毒舌》が解禁されました。

 次話以降は使いまくれるようになってます。消費MPなし。使用回数無限。

 スキルの効果は《イヤな奴ほどブーメラン発言でイヤな思いをさせられる》

 

 ・・・今更ながら、誰が欲しがるんでしょうな。こんな糞スキルを・・・。

 普通に呪いとしか思えませんわい・・・。



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第5話

 ゼクラス砂漠――。昼間は摂氏50度にも上昇し、夜間には一気に氷点下まで気温が下がる地方固有の独特な気候から別名を『死の砂漠』とも呼ばれている不毛の地。

 

 その地にある集落跡で今、複数人の武装した男たちが誰に聞かれる心配もない不毛の砂漠であるにもかかわらず声を潜めた小声で話し合いを行っている・・・・・・。

 

 

「・・・おい、聞いたか? 北天騎士団が本格的に動き出したらしいぜ」

 

 騎士風の風体をした男が、隣の男に話題を振った。

 身なりこそ立派な騎士そのものであったが、身にまとう装備には所々ペンキを塗った跡があり、その下には質屋で買った安物の中古鎧が見え隠れしている。

 彼は騎士ではあったが没落しており、支給品の鎧兜まで売って生活の足しにしていた没落騎士階級でしかない存在だった。

 外見は騎士階級たる貴族だが、中身はとっくの昔に騎士を失って『空っぽ』だ。

 

「ああ、聞いたよ。・・・オレたちはいったいどうなるんだ?」

 

 隣に立つ、弓使いらしき男が胸の前で腕を組みながら唸るような声で返事を返す。

 その声にあるのは不安だけ。元が猟師出身である彼には騎士風の男と違って職を失っても自然から糧を得て生きていける術の心得があるはずだったが、山で暮らす獣から動かぬ敵を背後から狙い撃つ仕事に生業を変えて数年が経過し腕がなまっている。今さら元の猟師に戻ったところで暮らしていける自信は今の彼には残っていない。

 

「殺される前に足を洗って、どこかへ逃げるしかないだろうな」

「ウィーグラフに従っても死ぬだけだしな」

「ああ、その通りだ」

 

 モンク風の外見をした、修行をおろそかにして随分と経ち、腹が出てきた男が肩をすくめて両手を広げながら呆れたように言った言葉に没落騎士は大きくうなずき、結論を口にする。

 

「ギュスタヴの計画通りに侯爵の身代金さえ手に入れれば、こんな生活ともおさらばさ・・・」

 

 どこか自信なさげにつぶやかれるその言葉。そこには隠しても隠しきれない『疲労』が込められており、彼らの内心を言葉よりも的確に表現してくれていた。

 彼らはすでに疲れ切っていたのである。

 貴族たちから民衆の権利と自由を得るための『戦い』に・・・・・・ではない。

 

 

 貧しい今の暮らしにウンザリして、他人の金で楽が出来る暮らしに早く『戻りたくて』仕方がなくなった者たち。それが彼らギュスタヴ率いる骸旅団から分派した勢力だったからである―――

 

 

 

 

 ・・・骸旅団はもともと、貴族支配に反対して反旗を翻した『骸騎士団』が、貴族支配打倒を掲げて解放戦争を挑む際に名を改めた組織である。

 掲げるスローガンから、貴族やそれに仕える者たち以外に手を出さないことを絶対の規律としているアナーキストの集団であるため活動のための資金源と呼べるものはほとんどなく、志に賛同してくれた民間からの寄付と、困窮した貴族領主が領地内の治安維持に金を出し渋るようになって放置されてしまっていた盗賊集団を討伐した際に謝礼金としてもらえる僅かな報酬だけが、その全てだったと言っていい。

 

 まるで絵物語に出てくる王道騎士のごとき在り方だが、それが彼ら『骸旅団』を民間が広く受け入れた一因であり、平民出身の義勇騎士でしかなかった彼らを正規軍と互角以上に戦うことのできる精鋭騎士団へと成長させた要因にもなっていたのは皮肉な話と言うしかない。

 

 領地の奥深くにある居城でふんぞり返ったまま動こうとしない主からの命令を待つばかりでは、五十年戦争を生き抜いた正規軍の新鋭騎士たちであっても腕が落ちるのは必然の結果でしかなく、民衆たちにとってみても税金を納めさせるだけで自分たちを守ってくれない役立たずの騎士たちよりかは骸騎士団に報酬として支払った方が今後の生活を守るうえで利があったのは事実なのだから。

 

 平民を見下す貴族たちは決して認めようとしないであろうが、彼らに支配される民衆にとって法と制度で金をむしり取るだけで外敵と戦いもしない騎士や貴族や王族たちなど『着飾った盗賊集団』としか思っていない。尊さや威厳などまるで感じてはいないのである。『働かない役立たずは必要ない』・・・それがいつの時代も民衆の本心なのだから・・・。

 

 やがて貴族たち、支配者階層にとっても骸旅団は厄介な脅威となっていき討伐軍が組織され―――完膚なきまでに敗北させられることになる。

 戦意も装備も十分に満ち足りた上流貴族の騎士隊長に率いられ、質屋に支給品の装備を売って見た目だけ安物でごまかした下級騎士たちで編成された貴族直属の騎士団では、終戦後も変わることなく戦い続けてきた骸騎士団を相手に勝負にさえならなかったのである。

 

 

 こうして―――『骸旅団の崩壊』がはじまる・・・・・・。

 

 貴族軍を撃退した正義の義勇騎士団『骸騎士団』の名はイヴァリース全土に知れ渡り、無数の模倣犯を誕生させていく。イヴァリースの各所で骸旅団を『名乗る者たち』による襲撃や略奪、放火や強盗、横暴な貴族領主への報復攻撃やテロ活動、闇討ちによる天誅などが玉石混淆で展開されまくっていく。

 摘発する側にとっても、襲撃の実行犯は『骸旅団』であった方が都合がよかった。

 なにしろ貴族に仕える直属騎士団が撃退された盗賊集団である。彼らの仕業と報告すれば犯人を捕らえられずとも責任を問われることはなく処罰されることもほとんどない。

 犯行側と政府側双方の利害一致によって『骸旅団』の名は、免罪符の代名詞となっていってしまったのだ・・・・・・

 

 それが今日の志を失いつつある骸旅団没落の始まりであり、ギュスタヴに寝返った者たちが金で釣られて楽をしたがっている理由である。

 最初から彼らが骸旅団に入った目的は、弱い者たちから一方的に奪うためであり、骸旅団と名乗りさえすれば弱腰になって逃げていく正規軍兵士たちを笑いながら虐殺する愉しみを味わうのに必要だったからというだけでしかなかったのだ。

 

 それが、北天騎士団をはじめとして正規の騎士団たちが骸旅団討伐に本腰を入れて動き始め、骸旅団と名乗っていた者たちを一人残らず根絶やしにする勢いで襲いかかってきたことから慌ててアジトを引き払い本隊と合流するという名目で逃げ込んできただけの彼らにとっては、本気で殺される覚悟をしての革命戦争など冗談ではなく、再び安楽な生活を手に入れ楽に遊び暮らせる生活に早く戻りたくて仕方がなかっただけなのだから。

 

 たしかに、今までほどは贅沢で楽な暮らしはできないかもしれない。だが、当座の生活基盤を新しく築くには十分すぎるはずだ。

 その後に落ち着いてから今までの経験を活かして新たな商売でも始めればいい。金さえあれば、大して難しいことじゃない。

 イヴァリース最大の盗賊集団『骸旅団』として、弱い者たちから手に入れてきた生きるための術と技術は大抵の場所で通用するはずなのだから・・・・・・

 

 そう思い、そう考え、至近の未来に迫った温かい食い物と寝床に困らない生活を夢見ていた矢先のこと。

 

 唯一、外に目を向けていた見張りの男から発せられた警告の声と言葉に、心と視界を甘い夢から現実の地平線上へと引きずり戻される!!

 

 

「た、大変だッ!! 北天騎士団のヤツラが現れたぞォッ!!」

『な、なにぃッ!?』

 

 

 彼らは一様に驚き慌てて、装備を手に取り持ち場へ戻るために走りはじめる!!

 彼らは皆、自分たちの置かれた立場を今ようやく思い出していたのである。

 今の自分たちは今までのように獲物を追い立て、誘拐した人質を盾に身代金で遊び暮らしていられる凶悪犯罪者集団ではなく。

 

 『砂ネズミの穴ぐら』に逃げ込んで隠れ潜んでいるだけの、追い詰められて落ちぶれた逃亡犯の群れに過ぎなくなっているのだという現実の姿を・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 砂漠の丘陵地帯にある、一部だけ凹んだ地域に風から家屋を守るために建てられたと思しき小さな廃屋の中で動き出す敵影の姿を視認しながら、私はちょっとばかし小首をかしげていました。

 

「なんか敵さん、妙に慌てすぎてやしませんか・・・? まるでコチラの襲撃をぜんぜん予測していなかったみたいに慌てふためきまくってるように見えるんですけども・・・」

 

 一応、こちらも人質の安全優先で敵拠点を攻撃しているわけですから最低限度の技巧は凝らしており、ただでさえ少ない部隊の人員を二隊に別けて片方を陽動にしながら接近してきた訳なのですけれども。

 いくら何でも慌てすぎです。逃げる側の心理として、追ってくる敵への恐怖感がまるでなかったような狼狽えっぷり・・・。これじゃまるで絶対刃向かってこないと見下していた飼い犬から背かれたことを知らされたロンウェー公爵みたいにしか見えないんですけどね・・・。

 

 ちなみにですが、今のは『タクティクス・オウガ』が元ネタです。タクティクス繋がりで使ってみました。韻を踏んでいていいですよね?

 

「よし、他の奴らに悟られる前に見張りを倒せッ!!」

 

 ラムザ兄様が、味方に対して指示を出されている声が聞こえてきました。

 いやまぁ、うん。言ってる内容自体は正しいんですけども・・・・・・それ“大声出して言っちゃったら意味ないんじゃないのかなぁー”・・・っという心の本音は、そっと心にしまって無かったことにしておいて差し上げる私はラムダ・ベオルブ。ラムザ兄様思いのできた妹だと自負しております。

 

「ラムダ・・・気にするな。ラムザのあれは病気みたいなもんで、どうにもならない。諦めるんだ・・・オレたちには諦めることしかできないんだからな・・・」

「兄様、騎士道英雄とか大好きそうな人ですもんね~・・・」

 

 隣に並んだまま敵陣へと進んでいく私とディリータさんの、しょーもない会話内容がコレ。

 ぶっちゃけ、だだっ広い無人の砂漠にある一軒家に接近するまで気づかれることなく見張りを倒し、他の者にも気づかれることなく籠城する側の敵を殺し尽くして人質救出したいなら夜まで待って夜陰に紛れて夜襲しかけましょうよと提案してみようかと何度思ったか分からない私ですけども、結局は兄様の人柄をおもんばかって言い出せぬまま今に至っている時点で同じ穴の狢状態。

 言う資格なくなっちゃいましたので、せめて行動あるのみです。よッと!!!

 

 

「『岩砕き、骸崩す、地に潜む者たち集いて赤き炎となれ! ファイア!』」

 

『うッ!?』

 

 私が唱えた呪文が終わってしばらくして、「ボォンっ!」と小さな爆発音と共に地中から火を噴き出させる炎属性の攻撃魔法【ファイア】を食らわされた敵の一人が小さく悲鳴を上げるのが聞こえてきました。

 

 と言っても、所詮は炎属性の中では最低ランクの威力しかない攻撃魔法であり、まだ距離もあったため効果範囲に巻き込めたのは狙った対象一人だけのショボいものでしかないわけですが。

 

 とは言え別段、威力自体で攻撃しようと思ったわけでもないですのでねぇ~。

 

『う・・・くっ! 吹き上がった炎で砂が巻き上がって視界が悪く・・・しまった煙幕にするのが狙いだったのか!?』

 

 ピンポーン、その通り大正解です。ただでさえ足場が悪い砂地での戦いの中で視界まで奪われたらまともに戦う事なんてできません。窓ガラスのなくなった窓枠から弓で狙い撃とうとしていた弓使いさんたちにとっても目障りな土煙となっていることでしょう。まして一度吹き上がった煙は突然の突風でも吹かない限りは晴れてくれ難い砂漠の土煙なら尚更です。

 よし、コレで接近するまで時間が稼げますね。味方の被害が減らせそうで良かった良かった。

 

「さすがだな! ラムダ! 相変わらず卑怯でえげつない戦術だ! 見事だったぞ! 後は任せろ!!」

「あなたいい加減にしないと、本気で訴えますからね本当に!?」

 

 横を走りすぎながら、いい笑顔で要らんこと言い残して敵陣へと切り込んでいくディリータさん。

 まったく! なんだって一応は武門の頭領ベオルブ家の長女に生まれ変わったはずの私が、平民出身の青年にここまで悪口に満ちた褒め言葉を言われなくちゃならないんでしょうかね!? ぜんっぜんチート転生してきた気がしないんですけども! これでも一応はチート転生の部類に入るはずなんですけれども!!

 

 ホントの本当に貴族社会のベオルブ家長女舐めんなッ!?

 

 

 ・・・まぁ、そんな感じで色々ありながらも戦闘自体はそれほどたいした損害も負わないまま、無難な勝ち方で普通に勝ちました。

 敵は最初から終わりまで穴ぐらに引き込んだまま時間稼ぎでもするかの如く、しぶとく粘りながらも無駄な悪あがきとしか表現しようのない戦術ばかりに終始し続けて結果的にコールドゲームで勝ってしまった・・・そんな戦いだったのです。

 

 なぜ、追い詰められて目の前の敵を突破できなければ生き残れる道がなくなっていたはずの敵たちが、ここまで消極的な延命療法じみた判断を繰り返し続けたのか、それは分かりませんでしたけども、とにかく予想外に粘り続けた敵の足掻きによって予定してたよりずっと長い時間を表での戦闘に費やしてしまったのは事実であり、そうなると何故いっこうに敵の援軍が現れないのかが気になっても来るわけでして。

 

「予想外に手間取ったな・・・これじゃ他の敵に気付かれてもよさそうなものだけど・・・?」

 

 兄様も私と同じ疑問を抱いたらしくそうつぶやくのが聞こえ、次の瞬間にはおそらくディリータさんも含めた私たち三人ともが一つの同じ結論に達していたでしょう。

 

 

 敵の注意を片方に引きつけ、二手に別れて挟撃する今回選んだ戦法は、

 別に“味方同士でなくても成立可能だ”という当たり前の事実を。

 “敵の敵は味方でなくても、倒したい敵は同じだ”という常識的な戦略的判断基準を。

 

 そして、それをやりそうな人をこの前ドーターで目撃したばかりだったという直近の過去に起きた出来事を―――

 

 

「・・・??? お前らどうしたんだ? なんでそんな怖い顔して表情硬くしてんだ――って、オイ!? いきなり走り出してどこ行くんだよコラ!

 チッ! 待てチクショウ! オレ一人だけ置いていこうとしてんじゃねえ!!」

 

 

 

 

 

 

 ・・・そこは今では『砂ネズミの穴ぐら』と呼ばれるようになった集落跡が、実際に使われていた頃には食料保管庫として使われていた広大な地下室だった。

 砂漠で生きる民たちにとって、いざという時の備えは生きていくために必要不可欠なものであり、今このときの生活だけを考えて消費し尽くしてしまっては未来の自分たちの絶滅を確定させてしまいかねない。

 だからこそ彼らは集落に住む者たち全体が利用するための広大な地下空間を作って、そこに長期保存が可能な食べ物や、寒さ暑さから身を守ってくれる毛布などを保管しておき、安全に眠って翌日の朝を迎えられるところを確保していた。

 

 

 この民族史について、骸騎士団副団長である『ギュスタヴ・マルゲリフ』が知っていたかどうかについて歴史は沈黙している。

 だが少なくとも、敵が侯爵救出のため奇襲をかけてくることを警戒して、倒壊した家屋が目立つ集落の中では唯一と言っていいほど出入り口がひとつしかなく、正面突破してくるバカ以外は警戒しなくてすむ安全な侯爵と自分の身の置き所にこの場所を選んだ事実についてだけ見れば、歴史上の皮肉が大量にまぶしかけられた出来事だったと言えなくもなかったであろう。

 

 

 そのギュスタヴは今、かつての上司で自分たちの騎士団長でもある男と一人対峙していた。

 自分と同じ部屋に詰めていた部下たちはいない。もう殺されて死体になっている。

 いざという時には、侯爵を連れて人質にしたまま逃げられるよう身軽なシーフを側近として採用していた彼であったが、肝心の敵が『貴族社会の打倒』を掲げるアナーキストの集団『骸騎士団』の団長ウィーグラフだったのでは侯爵に人質としての価値は一切なくなってしまい、戦闘力の低い側近のシーフたちが倒された後では、「副団長」の自分が「騎士団長」を相手に一対一で勝負を挑んで倒す以外に生き残れる道は残されていなかった。

 

 即ち―――『詰み』である。

 

 

「どうだ、ギュスタヴ。いい加減に観念したらどうだ?」

 

 ウィーグラフが、かつての腹心に剣を突きつけながら最後に、そう語りかけてくる。

 

 ラムザたちが来るより少しだけ早く到着していた彼は、自分一人で乗り込んで裏切り者たちの血で集落跡を赤い海に沈めることは確実にできるだけの自信と実力を有していたが、その隙にギュスタヴが逃げ出さないという確信までは得られていなかったから、ラムザたちの到着を待ち、彼らと見張りたちと派手に戦闘をはじめてから混乱に乗じて室内へと突入し、ここまで一人でたどり着いたのだった。

 

 目的の違いが、彼にこの選択を選ばせたとも言えるだろう。

 ラムザたちの目的は侯爵が殺されるより早く生きてる間に救出することだったが、ウィーグラフにとってはエルムドア侯爵もまたいずれは倒さなくてはならない敵である。

 今はギュスタヴの非道から救い出すため動くとはいえ、優先目標は恥知らずな裏切り者ギュスタヴを抹殺する方が上なのである。

 

 だからこそ、ラムザたちを彼は使った。利用した。

 その謝礼としてエルムドア侯爵を『出来るだけ』生かしたまま彼らの手で救い出させてやれるよう侯爵を巻き込むことなく粛正を終わらせられるよう努力してやろうと心に決めながら――

 

 

「・・・貴様の革命など、うまくいくものかッ!!」

 

 追い詰められ、逃げ道を失い、部下も殺され尽くしたギュスタヴは、ウィーグラフの言うとおり遂に観念した。観念して・・・“最期に思いっきり罵声をぶつけてやろう”と決意せざるを得なくなっていた。

 ここで終わるならせめて! コイツに! この小綺麗な理想論ばかりを並べ立てる綺麗事大好きな坊や騎士サマに現実の厳しさってヤツを教えてやってから死んでいきたい!

 醜く歪んで屈辱と怒りに染まったウィーグラフの顔を見て、せせら笑いながら殺されていく自分自身・・・そんな未来の自分を幻視しながら彼は人生最後になるであろう弁舌と詭弁と毒舌とを相手の心を傷つけるため最大限使い尽くしまくりにくる!!

 

「オレたちに必要なのは思想じゃない。食い物や寝る所なんだッ! それも今すぐになッ!」

 

 だが、ウィーグラフは動じない。さらに言葉を接ごうとする相手を制して、自己の信じる正義をハッキリと主張して相手の考えを否定する。 

 

「お前は目先のことしか見ていない。重要なのは根本を正すことだ!」

「・・・貴様にそれができるというのか? 無理だよ、ウィーグラフ! 貴様には絶対にできないッ! 甘すぎるお前の理想では現実に勝つ事なんて決してできるはずがないんだ!!」

 

 こんな事態に至ってもなお、揺らぐ事なく綺麗事を口にしてくる相手を言い負かすことは不可能であると悟らされたギュスタヴは、脆くも崩れ去った自分の人生最期の幻想をかき集めながら、せめて、せめて、最後の最期に自分が命をかけて信じて、命を捨てる羽目になってしまった信念だけは正しいと信じながら逝くために絶叫を放ち、相手の正義を否定することで自分の信じる現実主義こそ正しかったのだと認めさせようとする。

 

 だが、しかし―――

 

「言いたいことはそれだけか?」

 

 厳然と、昂然と、泰然と。ウィーグラフの理想は揺らぐことなくギュスタヴの言葉による弾劾を受け止めて弾き返し、物理的にも一歩前へと進み出た。

 それは終わりを告げる意思の表れであり、この距離まで近づいてもギュスタヴの腕では自分を倒すことなど“絶対にできない事実”を思い知らせるための自慰行為をも兼ねたものだった。

 

「ギュスタヴ、おわかれだ」

 

 何の感慨も感じさせない、怒りや憎しみすらもない、ただ『終わってしまった出来事』として自分の死と、自分という存在までを定義したウィーグラフの言葉を聞かされて、ギュスタヴの顔が屈辱と怒りに醜く歪む。

 

 ・・・思い出されるのは自分自身の過去の出来事・・・。

 

 

 もとはイヴァリース最強の騎士団と称された北天騎士団に所属するエリート騎士の一員だったにもかかわらず、敵兵を皆殺しにしたり、占領した村などで強姦や強盗などの非道な戦い方をしてしまったことが騎士団内部で問題視されて骸騎士団の副団長に左遷させられる決定が言い渡された、エリートとして歩んできた彼の前半生が終わりを告げた日の記憶。

 

“なぜ、自分だけがこんな目に遭わされなければいけないのかッ!?

 敵国の兵士を殺して、何がいけない!?

 敵国人の女を犯して金を奪ったことが、なんで非道扱いされる!?

 皆やっていることじゃないか! 国がやらせている事じゃないか!!

 所詮、英雄なんてものは大量殺人者でしかないのに、どうして自分みたいな子悪党が犯罪者扱いされて、血塗れの英雄サマが凱旋パレードで美姫たちと笑顔でダンスを踊ってやがるのか!?

 世の中は! 社会は! 正義とか悪とか綺麗事とかは全部全部全部、間違っている!!”

 

 

「この俺が・・・・・・この俺様が! お前みたいに綺麗事ばかり抜かす、苦労知らずのガキ騎士に負けてなどやるものかぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」

 

 

 激高し、ウィーグラフへ向け全力で斬りかかっていくギュスタヴ。

 その斬撃は間違いなく彼の人生の中で最高にして最強の威力と速度と完成度を誇った神速の一斬だった。厳しい選抜基準を勝ち抜いて北天騎士団に入隊を認められた時でさえ、これほどの必死さと真剣さで全力を出し切ったことはない。

 紛れもなく、ギュスタヴに繰り出せる全ての可能性を発揮し尽くした必殺の一撃。

 

 

 ・・・だがそれは、骸騎士団団長の評価基準には合格にはほど遠い、あまりにも信念と覚悟が籠もっていない無謀と勇気をはき違えている、速くて重いだけの単調な剣としか映ることはなかった。

 

 完全に距離と速度と間合いとを見極めた上で、完璧な身体コントロールで制御された体捌きを駆使して容易にギュスタヴ最期の一撃をよけきった後、全力での突撃が徒となって隙だらけになっていた彼の心臓に狙い澄ました刺突が正確に突き込まれて死命を制する。

 

 グサァァァッ!!!

 

 ・・・自分の心臓が鉄の刃で貫かれる音を聞かされながら、ギュスタヴはそれでも最期に何かを言い残そうと動かぬ唇を必死に動かし続け・・・

 

「うあ・・・・・・う・・・・・・」

 

 ・・・事切れた。

 人生の中で何かを成そうとして何もなせず、何をしようとしていたのかさえ判然としないまま骸騎士団副団長だった男ギュスタヴ・マルゲリフは35年の生涯を元の上官の手で終わらせられたのだった・・・。

 

 

「ウィーグラフッ!!」

 

 その時になって、ようやく外で見張りたちと戦っていたラムザたちが駆けつけてきて、彼とはじめて言葉を交わし対峙する距離にまで近づくことができたのだった。

 

「侯爵様ッ!!」

「動くなッ!!」

 

 先ほど亡くなったギュスタヴに縛られ床に転がされていたままになっているエルムドア侯爵を見つめて走り寄ろうとしたアルガスの動きを制するために、敢えてウィーグラフはギュスタヴの猿真似をして侯爵の首筋に剣の切っ先を突きつけて脅しをかけた。

 

 既にこの場で自分の成すべき事は終わった。

 ならば次は、彼らに真実を持ち帰って報告してもらわなければならないのだから・・・。

 

「貴様ッ!!!」

「よせッ、アルガス!」

 

「侯爵殿は無事だ。イグーロスへ連れて帰るといい」

 

「・・・どういうことだ?」

「侯爵殿の誘拐は我々の本意ではない。我々は卑怯な手段は使わないのだ。

 このまま私を行かせてくれたら、侯爵殿をお返しするが、どうかね?」

 

 お互いに妥協案となるよう、そう提案してみたのだが。

 どこにでも血気にはやる若く未熟な騎士というのはいるものだった。

 

「ふざけるなッ! オレたちに敵うとでも思うのかッ!!」

 

 先ほど誰より先に侯爵に駆け寄ろうとしてウィーグラフに止められた少年騎士が、身の程知らずな挑戦を勝てると思い込んだまま吠え猛って挑もうとしてくる。

 

 “若いな”と、苦笑で済ませてやりたくなくもなかったが、こちらも余裕のある戦況とは言えない。急いで戻らなければ各地から本隊に合流するため駆けつけてきている支部員たちに無駄な損害を強いてしまいかねないだろうから。

 

「よせッ、アルガス。彼は本気だ!」

「くッ・・・!」

 

 互いに互いを牽制し合いながら距離を取り、最終的にはウィーグラフが逃げることで手打ちとする。

 もし追ってくるような身の程知らずな若者がいた場合には、哀れだとは思うが己の未熟と無謀を死によって購わせようと決意していたウィーグラフの耳に、よく澄んだ静かな女声が響き渡り、彼から見ても思わぬ一言で事態を終息させてくれる一言を放ってくれたのだった。

 

 

「了解しました。その提案、ベオルブ家長女ラムダ・ベオルブが、ベオルブの名において了承いたします。

 双方、合意の上で剣を納めてください。これはベオルブ家の決定です」

 

 

『ラムダッ!?』

 

 くすんだ金髪の、どことなく先頭に立って部屋に入ってきた少年と似た印象を感じさせる少女が放った衝撃的な一言。

 その言葉に含まれていた単語は、さしものウィーグラフをして驚嘆せしむるに値した。

 

「・・・ベオルブ家だと? 君は、あの“ベオルブ”の名を継ぐ者なのか?」

「まさか」

 

 質問に肩をすくめて返事をし、軽く自分の胸を揺すって答え代わりに返してくる“彼女”。

 “女では家を継げない”。・・・下級貴族ならまだしも、大貴族に生まれた者の宿命を彼女は己の体格で表現してウィーグラフの質問の答えにしてきたのだ。

 面白い返し方だとは思うが、いささか少女として恥じらいに欠けていると思わなくもない。

 

「ラムダッ! てめぇ、なぜオレたちがソイツを殺すのを止めやがるッ!」

「勝てないからですよ。私たち全員でかかってもなお、彼には及ばない。行かせてあげた方が無傷で帰れるのですから素直に喜んどきましょうよ。

 第一、あなたの目的は侯爵様を取り戻すことだったんでしょう? だとしたら無事送り届けるまでは油断して危ない橋を渡ったりしちゃダメです。生きてお城まで連れ帰れるまでが救出作戦というものですよ」

「・・・ぐッ!!」

「――それにね、アルガスさん? こんな言い方好きじゃないんですけど・・・あんまり命令違反と独断専行が過ぎると、あなたの手柄を私たちで独占することになっても知りませんからね?

 ベオルブの名前さえ出せば、たかが騎士見習い一人の立てた手柄を全部無かったことにして、私たちだけで成し遂げたことにしてしまうぐらい簡単だって事はお忘れなきように」

「ぐッ!? ・・・ぐぬぅぅぅ・・・ッ!!!」

 

 如何にも貴族らしい傲慢な言い分を、あまり貴族らしくない“はすっぱな口調”で、どことなく特権を行使するのがイヤそーに感じているような声音で、同じ貴族であるはずの少年騎士に向け言い放った少女騎士。

 

 どうやら貴族たちの側にも、自分たちと同じように不協和音があるらしいことがわかり多少愉快な気持ちになりながら、ウィーグラフは騎士らしく礼には礼を以て遇するため剣を鞘に収めて少女に向かって一礼する。

 

 

「ベオルブ家の英断に正義あれ。骸旅団団長ウィーグラフが感謝を申し上げる。

 騎士として、互いの決着は戦場にて決するものとしよう。では、御免」

 

 

 そう告げて背を向け去って行くウィーグラフ。

 こうなってしまうと騎士見習いのアルガスには、どうすることもできない。

 ラムダの越権行為を責めるにしても、自分にはその権限もなければ資格もない。

 大貴族の非を責められるのは、同じ大貴族のみであり。イヴァリースの騎士たちの中で最高の地位と名誉を誇る武門の頭領ベオルブ家の一員が犯した過ちを糾弾するためには、同じベオルブ家の一員で、彼女よりも格上の二人の内どちらかに取り入り、権利を与えてもらうしかないであろう。

 

 それが、身分制度というものであり、アルガスもラムダも身分制度の中にいる限りにおいてはその縛りを超えて行動することは許されていないのだ。

 たとえ、その利用法が同じであっても、真逆の理由であったとしても。

 

 全ては家柄が決するのが、現在のイヴァリース貴族社会における絶対原則なのだから――

 

 

「う・・・うう・・・・・・」

 

 重苦しい沈黙で満たされていた地下室内に、エルムドア侯爵の弱々しい嗚咽が響き渡る。

 軽く診察したラムザが、命に別状はなく弱っているだけで外傷もないことを確認すると、ディリータが場を締めくくるように、問題解決を先延ばしにするように、常識的な一言でもって終わりの言葉に変える。

 

 

「イグーロスへ戻ろう・・・・・・」

 

 

 反対する者は誰もいなかった。

 ただ、アルガスだけがその瞳に宿しはじめた暗く燃える赤い炎で、一人の少女の横顔を沈黙したまま強く強く睨み続け。

 睨まれている少女もまた、その視線に気付いている事実を彼に伝えることなく、そのまま流しながらイグーロスへと戻るための道を歩み始める。

 

 誰かにとって破滅へのカウントダウンは既にこのとき、どうしようもないほどに始まっていたことを今はまだ誰も知らない。未来の歴史を知るものは現在の時点では誰もいない。

 

 たとえそれが、自分自身に近い将来訪れる死の未来であろうとも・・・・・・。

 

 

つづく



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第6話

更新です。予定より遥かに長くなってしまったせいで遅れまくってしまいました、ごめんなさい。謀略シーンだとなんか気合入っちゃう変な癖があるみたいでしてね…。
我ながら嫌な性格しているなーと、思わない訳ではないのですけれども…。


「・・・いったい、どういうことだ? 何故、ゼクラス砂漠へ行ったのだ?」

 

 重苦しい沈黙で満たされる室内に、ダイスダーグ兄上様から発せられた詰問する声が静かなる雷鳴のように響き渡りました。

 私たち士官アカデミーの候補生たちは今、命じられていたイグーロス城の警備任務を勝手に放り出し、無断で骸旅団の討伐とエルムドア侯爵救出に赴いてしまったことに対しての釈明と事情説明を求められている真っ最中だったからです。

 

「・・・・・・」

「黙っていたのではわからん。説明しろと言っている・・・」

 

 そしてラムザ兄様は相変わらず、顔をやや斜め下へと傾けたまま沈黙して答えようとはされません。

 もとから言い訳するような人ではありませんし、ザルバッグ兄上様から「草」に関する情報を教えてもらったことが事実上の黙認だった、などと口にする人柄でもありません。言い訳や嘘をつくよりかは沈黙を以て応える対応方法しか知らない真面目すぎるタイプなんですよね、この人って。

 

 とは言え、この場合ザルバッグ兄上様との一件を責任回避のため持ち出さないのは正解です。

 そういう人だと思ったからこそ兄上様は情報を兄様に教えて下さったのでしょうし、何よりも命令違反になると判った上で赴くと決めたのは私たち自身の意思なのですからね。

 「チクリ」で自己の行動を正当化しようなどとしてしまえば、二重の意味でザルバッグ兄上様からの信頼を裏切るだけ。百害あって一利なしな最悪の悪手と言えるでしょう。

 

 それにまぁ・・・・・・実際のところ、そんなに重い罰が下されるほど“大した事件でもない”出来事でしたからねぇ~・・・。

 

「・・・皆が勝手気ままに振る舞うとしたら、何のために“法”が存在するのだ?」

 

 ダイスダーグ兄上様の固い声が続けられていき、遂には一番大事な“本音の部分”を口にされました。

 

「我々ベオルブ家の人間は“法”を遵守する尊さを騎士の規範として示さねばならぬ。

 ――“ベオルブの名を汚すつもりなのかッ”?」

 

 ・・・その言葉を耳にした瞬間、私は反射的に肩をすくめる仕草を自制できた自分を褒めてあげたくなったというのが嘘偽りなき本音でありました。

 

 結局のところは、“そういう事”なのですよ。今回の件で一番重要なのは――“唯一問題視されているのは”この部分に関してだけなのです。

 

 

『我々、法を尊ぶ騎士の模範となるべきベオルブ家の人間が勝手気ままに振る舞うことを許してしまっては、ベオルブ家の名が汚れる』

 

 

 ――つまりは所詮、そういう理屈。

 兄上様が問題にしているのは、私たちの勝手な行動という“終わってしまった出来事”ではなくて、それを自分が無罪放免してしまうことで被るのは確実な一族当主としての政治的スキャンダル。

 

 家族の情を政に持ちこむことは、人の上に立つ者としての資質に欠けていることを示す一番分かり易い指標。身内だからと命令違反等の勝手を許すような公私混同などは、その最たるものの一つなのは言うまでもなし。

 

 兄様が自分をどう評価されていようとも、私たち兄弟はベオルブ家以外の人たちからすれば紛れもなくベオルブの血を継ぐ者であり、ベオルブ家の一員。そしてダイスダーグ兄上様はベオルブ家の現当主であらせられる方。

 内心など関係なく処罰は絶対おこなって“見せておく必要性”が絶対的に存在している御方です。

 

 また、これとは真逆にダイスダーグ兄上様の評価とは関係なしに、兄様も私もベオルブ家の外から見たら立派にベオルブ家の一員であり、貴族名鑑にも名はしっかりと本家の人間として記されている身の上です。

 正当な処罰であろうと何だろうと公に罰を下せば『ベオルブ家の名に小さなシミが付く』ことになり、政敵たちである大貴族たちの大好物になりそうな中傷のネタを放り投げてやるようなものです。

 “このご時世”だと兄上様的に見て、どちらも避けたい状況であることでしょう。

 

 

 ぶっちゃけ、公私混同なんざ貴族にとっては日常茶飯事でしかない普通にやってることでしかないですからねぇ~。家族の情を政治に持ちこまなかった王様なんて地球の歴史にも数えるほどしかいやしないのが現実ですしな。

 

 極端な話、ディリータさんたち戦災孤児で平民の子の兄妹“だけ”を拾って、兄様の直臣に育てるため貴族の子弟しか入学できない士官アカデミーに学長とのコネ使って入学許可させたのも今は亡きバルバネス父様による公私混同、職権乱用、身内人事としか言いようのない行為なのですから当然のことです。

 戦争中に両親を失った子供たちや家なき兄妹など国中に五万といるでしょうからね。彼らだけ養ったところで雀の涙以下、お父様の自己満足しか得られない偽善的人助けでしかありませんが、一方で彼らを助けて養うのに使ったお金を救済復興にバラ撒いたところで一人5ギル程度しか割り当てられない額だったのもまた事実。

 

 結局、救える数の違いは端数でしかないのですから、将来の民への投資として個人資産のみで賄える数を養子として迎え入れて、個人的コネだけ使って戦後復興の際に民たちの側へ立ってくれそうな人材を育成するのに使った方が遙かにマシ。『やらない善より、やる偽善』です。

 模範的騎士として知られながら、戦略家としても名高かった父らしい方針ですよね。

 

 

 と言っても、それは大貴族にして騎士の中の騎士【天騎士】だった亡きお父様だからこそ当たり前に通じていた概念であり、大半の貴族たちには通用しません。

 イヴァリースの宮廷においても人の上に立つ者たちが好むところは地球と全く同じ、中傷、流言、醜聞の類いであり、不名誉な噂こそ喜んで信じたがるのが貴族社会という特権階級に寄生するようになってしまった人々の性というところも変化しておりません。

 

 彼らは、自らのおこないには無頓着である反面、他人が自分と同じ過ちを犯すことは決して許さず正当な裁きやら正しい振る舞いやらを全うしないのは如何なものかと陰でコソコソ正論を陰口あうのが大好きなんですよ。卑怯者とはそういうものですからね。致し方ありません。

 

 なので兄上様がそういう連中からの誹謗中傷を避けるため、こういう時の定番解決方法を採られるのは必然的な帰結であり、私も多少は“テコ入れ”しておきましたから放っておいても向こうが勝手にテキトーに解決してくれるでしょうと気楽に構えて見物していた訳なのですけれども。

 

 ・・・気楽に見物していた・・・・・・訳だったんですけれども・・・・・・。

 

 

「申し訳ございません、ダイスダーグ閣下。自分がラムザを無理矢理、誘いました」

「そうなのか、ラムザ? ディリータのせいなのか?」

「・・・いえ、自分の意思です。ディリータのせいじゃありません」

「いいえ、ラムザはウソを言っています。悪いのは・・・」

 

 

「僕をかばわなくていい。命令違反をしたのは僕の意思だ!」

 

 

 ・・・目の前でなぜかいきなり勃発しだした『フラ折れ』の逆修羅場めいた、無罪の押し付け合いと全責任のかぶり合い・・・。

 なんですかい、この状況は・・・。男同士でコレやってるところを目の前で見せつけられた元男としては、どう反応すりゃいいもんなんですか・・・。

 最初から女だったら腐女子的な悦びによってなんとかなったかもしれませんけど、元が男子高校生だった男に見せられても気色悪いだけなんですけれども・・・。いやまぁ、正直腐った趣味も気持ちいいわけではないのですがね? だって腐ってますし。

 

 ・・・あ、今一瞬だけ普段から表情を動かさないのがデフォルトなダイスダーグ兄上様の顔が、ちょっとだけ面倒くさいものを見る目に変わりましたね。私も同感でしたので、久しぶりに兄妹仲良く親近感です。

 この光景はたしかに面倒くさいですからなぁ・・・。

 

 

 そして―――

 そうこうしている間に、ようやく“主演男優”がご登場するシーンに至る訳でして―――

 

 

 

「もう、よいではないか、ダイスダーグ」

 

 

 

 厳かで静かな威厳を漂わせた声とともに、タイミング良く扉を開けて室内に入ってきた人物を視界の隅に認めた瞬間に、ダイスダーグ兄上様を除いた私たち全員が即座に膝をつき頭を垂れて臣下の礼を取り、その人物への忠誠と畏敬の念を行動によって示しました。

 

 身なりが良く、生まれながらにして他人が傅いてくるのが当たり前だった人間だけが持ちうることの出来るオーラのような物を肌にまとわせて感じさせてくるような特別なナニカを持っている男性。

 年齢の頃は30代後半ぐらいで、短い口髭を生やして綺麗に整えてある貴族らしい身だしなみを完璧に着こなした人物。

 

 ガリオンヌの領主にして、国王オムドリアⅢ世陛下の王妃ルーヴェリア様の実兄。

 王家以外で、武門の頭領ベオルブ家の当主が頭を下げるのが当たり前なイヴァリース国内でも数少ない貴人中の貴人の一人。

 

 

『ベストラルダ・ラーグ公爵』

 

 北天騎士団を配下に持つ王国随一の大貴族であり、ベオルブ家全体にとって直属の上司に当たる人物。

 事実上、血筋の尊さで彼と肩を並べられる人間は一人だけ。南天騎士団を擁する東の雄ゴルターナ公爵、只一人だけでしょう。

 

 そんな超超大物が出てきた以上、私たちはもちろんのこと、大抵の貴族たちは感情論などねじ伏せて黙り込んで頭を下げる以外にはありません。

 権威を笠に着て他人を誹謗中傷してくる連中を黙らせるには、より高い権威に出張ってきてもらうのが一番手っ取り早く簡単でいい。どうせ彼ら安全な場所から他人を口で攻撃したいだけの卑怯者には権威を敵に回す度胸などありはしないのでしょうし、自主的に口をすぼめて巻き添え食らわされるのを避けるようになります。兄上様はそこのところをよく心得ていらっしゃる方ですよ。だからこそ“利用価値がある”のです。

 私にとっても、兄上様にとっても、ラーグ公にとっても三者三様に『他人事で傷を負いたくない者たち』という損益を共有する者同士としての・・・ね?

 

 

「侯爵を救出した功績は大きい。そう目くじらを立てなくともよい。

 功をあせる若い戦士たちの気持ちもわかるというもの。かつては、我らもそうであった」

「・・・甘やかされては他の者たちに対して、けじめがつきませぬぞ、ラーグ閣下」

 

 遠回しに苦情を言うだけで、反論も反対もしてはいないダイスダーグ兄上様によるラーグ公への奉答。

 要するに、この場における裁量権はラーグ公の胸先一つで決まってしまう、全ての者たちの立場と順位が明確に図示されたような感じですね。いや~、分かり易いですなぁ~。

 

「そなたがダイズダーグの弟か。・・・楽にしてよいぞ」

「はっ・・・」

 

 指名を受けて、只一人立ち上がるラムザ兄様。

 

「なるほど、亡きバルバネス将軍にそっくりだな・・・。よい、面構えだ」

「恐れ入ります、ラーグ公爵閣下」

「それから・・・おお、そなたの隣におるのがダイスダーグの妹だな。何年ぶりであろうか・・・久方ぶりに顔を見たい故、楽にして欲しい」

「はっ、閣下」

 

 兄様の斜め後ろ隣で跪いていた私にもお声がかかったので、一礼して立ち上がり兄様に並ぶため前に一歩だけ進み出ました。

 

「ほう、やはり兄妹だな。そなたにもバルバネス将軍と似たもの感じさせられる。よい、目付きだ」

「恐れ入ります、公爵閣下」

「固くならずともよい。実のところ私は過去に一度そなたと会って会話をしたことがあるのだよ。そなたは幼かった頃の時分故、覚えておらぬだろうが・・・」

「いえ、閣下。覚えておりまする。兄上様の誕生日を祝う席上に御自らお越し下さり、末席でさえなかった当時の私に優しくお声をかけて頂いた興奮と感動は、時の流れごときで忘れ去られるほど易いものではありませんでしたので・・・」

 

 私が転生者ならではの共通特典、幼い頃からの優れた記憶力を使って美辞麗句とともに社交辞令を口にすると、ほんの少しだけラーグ公は驚いたように黙り込んでから、続いてニコやかな笑顔を浮かべられました。

 

 たとえそれが社交辞令とわかり切っていたとしても、面と向かって痛罵してくる人間よりかは表面上の礼儀だけでも守って対応してくれる人の方が好意は百倍持ちやすい。形式主義で権威主義が基本の階級社会上部に生まれ育った人なら尚更に。

 そういうものですよ、人間の心なんていうご都合主義の産物めいた代物はね。

 

「物覚えの良い子供であった・・・、その聡明さと兄の武勇、ありあまる若さと力は城の警護だけで補えるものではなかったということじゃ。そうは思わぬか? ダイスダーグよ・・・・・・」

 

 ラーグ公から意味深な視線を向けられながら告げられた“命令に対して”兄上様が反応するまでの間に結構長い時間が流れてゆきました・・・。

 

「・・・・・・骸旅団殲滅作戦も大詰めだ。お前たちの参加を許そう」

 

 懊悩の末に主君の命令を受け入れた家臣の体を形作った後、ダイスダーグ兄上様はそのように結論を口に出されました。

 

「いくつかの盗賊どものアジトを一斉に襲撃する。そのひとつをお前たちに任せる」

「・・・はい」

 

 ラーグ公の求めに応じ、ダイスダーグ兄上様が懊悩しながらも承諾して命令を変更させ、ラムザ兄様が声に出して新たなる命令を受諾する。

 

 ――これで今回の一件は全て解決してしまったことになるのでした。

 ダイスダーグ兄上様が問題提起し、北天騎士団とベオルブ家にとって直属の上司ラーグ公が許してやるよう判断を示し、兄上様が主の意を受け新たな決定を下す。私たち下っ端には最初から命令されたことを拒絶する権利も自由も与えられていないし許されてもいませんので、これでセレモニーはすべて完了したということになりますね。

 

 たった、これだけ。これだけの手順を踏むだけで、この件について問題提起することができる人は少なくとも中級以上の貴族の中には一人たりといやしなくなることになるからです。

 

 ベオルブ家の当主が問題だと思ったことを、主君であるラーグ公が「許せ」と言って、武門の頭領ベオルブ家は渋々矛を収めた出来事・・・それを一体どこの誰が非難できるというのでしょうか? 誰にも出来やしません、したくても身分の壁が邪魔をするからです。

 もし今回の一件でラーグ公に間違いを正してやりたいと願いを抱いてしまった場合には、もれなくゴルターナ陣営への参加権が得られるでしょうし、勝って生き延びていたなら望んでいた目的達成が自動的になされるようになっていることでしょうよ。

 

 どちらも所詮は、政治ショーという演劇の中の一幕。

 すでに先の見えた骸旅団殲滅作戦の次に訪れるであろう、『もう一つの大乱』に備えるための布石でしかない路傍の小石でしかない茶番劇。

 

 ハッキリ言って反吐が出る思いですけど、今だけは利用させてもらいます。

 私にも、兄様にも、そしておそらくディリータさんにとっても、現実を学ぶための社会見学する場所と状況の最も適した現場から遠ざけられないようにするために。

 

 

 ・・・さて、政治の話はこれくらいにして割り当てられた作戦面の話にでも戻りましょうかね、軍人らしく。そっちの方がまだしも気が楽そうですし。

 

 私たちが任された骸旅団のアジトは『盗賊の砦』と地元の人たちから呼ばれている、海上に浮かぶ正式名のない小さな砦。

 元は漁師さんたちが避難所として使っていた小屋だったそうですけど、五十年戦争時に用いられた私掠船戦術などの悪影響により長らく放棄され続けていく中で、いつからか盗賊のアジトになってしまい改築増築が繰り返されていき、今ではある程度立派な拠点になってる場所だそうですね。

 ぶっちゃけ、この砦が『盗賊の砦』と呼称されだしたのは今に始まったことではないらしく、骸旅団以前にもいくつかの盗賊団が根城として利用してきては増長と没落と滅亡とを繰り返してきたという黒歴史を持つ場所だったりもするそうです。

 今回、複数拠点への同時奇襲攻撃という時間を合わせるのが難しい作戦であるにもかかわらず、私たちのような士官候補生で編成された出来合いの部隊でもできると任されたのは、そういう事情も関係しているのでしょう。

 

 この辺りで敵が拠点として使っている場所があるとすれば“ここ”と、最初から候補がわかっているなら攻撃ポイントの特定と決定は容易ですからね・・・。

 オマケにどうやら命惜しさに味方を売る裏切り者まで出始めているらしく、敵指揮官を含む複数の敵情がダダ漏れ・・・これでは『子供たちでも楽に勝てる相手』と侮られるのも致し方ありません。

 

 んで、なになに・・・敵の指揮官さんの名前は『ミルウーダ・フォルズ』さん。姓から見てウィーグラフさんの妹ですか。

 女性騎士であるが故に旅団内での地位と権限は必ずしも高くなく、実力的にもお兄さんには遠く及びませんから戦略的には倒したところで大した損害を敵に与えられるわけではない人ですが、地位や性別がどうであろうと『敵首魁の実妹』という生まれの出自には政治的な効果があって―――って、チィッ!!

 

 政治の話から頭離すつもりが、まーた政治がらみの任務になっちゃってるじゃないですか! 勘弁して下さいよ! 名誉挽回と立身出世にゃちょうどいい立ち位置にある間柄ですけども後味が悪すぎる相手ですし!

 しかも、団内における役割が『団長である兄の補佐』って、なんか誰かさんを彷彿させてくる気がしてスッゲー戦いづらいんですけども!?

 

 ・・・はぁ。仕方がありませんね、今回はその線で対処法考えてみることにしましょ。無駄な血を流してもあんまし意味ないからなぁ~・・・。

 

 そして何より。

 

 ――どうせ、この戦いは『今の時点で終わっています』。死ぬのも殺すのもバカらしいだけの殲滅作戦。

 『来たるべき真の戦い』を目前に控えた二大巨頭にとっては布石として利用すべき前哨戦でしかない代物のはず。こんな戦いで死のうが生きようが、後世には何の影響も与えられはしないでしょうからね・・・。それならせめて無駄死にの数を少しでも減らして次のために温存しておいた方が少しはマシってものでしょうよ。

 

 なんとなく今一瞬、お父様が残して下さった遺言を思い出しました。

 

 

【ベオルブの名に恥じぬ女になれ・・・。

 不正を許すな・・・。だが形にこだわり、本来の法の在り方を見失うな・・・。

 自分が正しい道を歩んでいると信じられる人を支えてやるのだ・・・。

 おまえはおまえらしく在り続ければそれでいい・・・。】

 

 

「・・・今のイヴァリースには改革が必須だと感じた骸旅団の認識は正しかったですが、正しい認識が正しい行動に繋がると決まっている訳でもなし、正しい志が正しく報われる世の中でもありませんしね。

 だからこそ彼らは改革を推し進めようとしたわけですから当然ですけど、今のままだと彼らの投げた小石は歴史の大河の中に埋もれてしまうだけで終わってしまうしかないでしょう・・・せめて彼らの志だけでも後世に伝え残せる人が確保できればいいんですけども、彼の妹さんはそういうのOKする人なんでしょうか? わからんとですねぇ・・・」

 

 

「――ん? どうかしたのかラムダ? なにか作戦に不審点でもあったのか?」

「・・・どうしたんだい、ラムダ? なにか心配事でも見つけられたのかい・・・?」

「いえいえ、別にな~んにも♪ お気になさらないでくだぁ~さい☆」

 

「――――ケッ!」

 

 

 私が独り言をブリッコ愛想笑いで誤魔化して(我ながら気持ち悪い・・・)アルガスさんに聞こえよがしな舌打ち聞かれさせられちゃいながら(相手は聞こえるような音量で、私は聞こえないような声量で言ってたので内容は聞かれちゃいないでしょうけどね)私たちは与えられた任務を果たすため各々が各々の役割と目的ごとに別々の出撃準備を整えるため屋敷の中を足早に進んでいきました。

 

 さぁて、次は軍人としてお仕事の時間ですよ・・・ッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そのしばらく前のこと。

 ラムザたちが辞したダイスダーグの私室にて。

 

 

「申し訳ありませぬ、閣下」

 

 窓外の風景を眺めるために移動した上司の背中に対して、ダイスダーグもまた己のしでかした失態に対する罪を謝していた。

 

『エルムドア公爵を誘拐させた後に北天騎士団の手で救出して恩を売り』

『それに連座して此度の不祥事に対する責任を取らせることで潜在的な敵を排除する』

 

 ・・・この二つの計画の内、半分までしか達成することが出来ず。

 しかも、その半分を担った実行役が想定外の人選となってしまったため仲裁の役割を主君にお願いせざるを得なくなった己の無能非才ぶりを詫びていたのである。

 

「愚弟たちのしでかした不祥事を納めるためとはいえ、閣下に無用なお手間をおかけする無礼を犯してしまいました。この失態は必ずやより以上の成功を以て報いさせていただくことをお約束いたします」

「気にするな、ダイスダーグ。所詮、ギュスタヴもその程度の男だったと言うことだ。

 彼奴の失態と比べたら、弟御たちのしでかした独断専行など可愛いものよ」

 

 サラリと言い切って、この件は手打ちにすることを明言して言質も取らせたラーグ公は窓外に視線を向けたまま腹心の部下に表情を見せることなく話を続けていく。

 

「どのみち、公爵誘拐がガリオンヌ領で行われた時点で、計画変更は避けようがなかったのだからな・・・。

 それに救出したのが想定外の人選になったとは言え、ベオルブの者が侯爵の命を助けたのは事実。こちらの要求に対して侯爵側も妥協しないわけにはいくまい。

 結果として、貴公の弟君と妹君の行動は我々を有利な立場にしてくれた・・・“その功績と比べたら”此度にしでかした命令違反など些事に過ぎん。気にするほどの価値はあるまいよ」

「・・・・・・・・・」

 

 先ほどラムザに自らが放った言葉が持つ“本当の意味”を語って見せたラーグ公の本音に対して、ダイスダーグは反応を示さない。

 無礼に当たるからだ。

 己が責任によって主君のためにと計画し実行させた計画が失敗に終わり、結果的には良い効果をもたらしたからと主君が免責することは地位身分に伴う特権として当然の権利であるとはいえ、許された目下の者がそれに肯定の言葉を返すことは許されない。

 

 それが貴族社会における、“身分の差”というものである。

 上の者と下の者とでは、正しさの基準が違って当然なのが階級社会というものなのだ。

 人は生まれながらにして平等“ではない”を基調とするのが貴族社会である以上、彼らの倫理観にとって先ほどのやり取りも今の発言も決して人の道を外れることには当てはまらない。そういうものだ・・・・・・

 

 

「それに、妹君から提出された報告書によれば、弟君たちより先にウィーグラフの不忠者が救出の現場に到達していたらしいではないか。

 ギュスタヴが奴に勝てる道理がないのは自明・・・ならば奴一人の手で侯爵が救出されてしまう可能性も十分にあったということだ。そうなれば我らはとんだ道化を演じてしまったことになる。それを未然に防いでくれただけでも弟君はよくやってくれた。

 先ほどの件は、その礼だ。未来の主君として、功ある若者に報いただけのこと。そなたが気に病むことではない。気にするな」

「御意・・・・・・」

 

 今度はダイスダーグは返事をして、公爵の意を受け入れる。

 それが目上に対する礼儀であるからだ。

 

 目上の者が主君としての度量を示し、功ある部下に褒美を与えて報いた。

 これに異を唱えるのは主君の決定にケチをつけるばかりか、部下への人事権まで口を挟み、あまつさえ自分が叱責して上司が庇い立てした部下に嫉妬していると思われても文句の言えない家臣として最悪の愚行。

 そのような悪手中の悪手を用いる無能さとダイスダーグは、国内で最も無縁な一人であるはずであったし、また彼自身もそう在らねばと研鑽を積んできた自信もある。

 

 なにより、所詮は士官候補生でしかない未熟な若者たちがしでかした“若さ故の過ち”でしかない事件なのだ。最悪の事態に陥っていた可能性もあったとは言え、可能性は可能性。終わってしまえば当事者以外からの記憶からはすぐに薄れて消えていく程度の些事でしかなかった事件を必要以上に追求して、零れたミルクを拭いた後で嘆くが如き愚行を犯す必要性は双方ともに全く認めない性格と価値基準の持ち主だったのである。

 

「それより妹君からの報告書にあった提案についてはどうか?

 なかなかに見るべきところが在り、私は全面的に賛同するつもりでいるが・・・彼女の上司は私ではないからな。最終決定権は貴公にある。その貴公から見て、どう映ったか? 意見を聞かせてほしいな、我が友よ」

「はっ、『此度の一件を美談として吟遊詩人や劇団に上演させる』という提案についてですな。私も報告書をつぶさに読み返して不備がないことを確認いたしました。

 いくつか改善の余地在るところを、先ほどの会談中に修正するよう家宰に命じておきましてございます。明朝までにはイグーロス中にある場末の劇場を賑わせる脚本を完成させてご覧に入れましょう」

「まこと兄思いの良き妹君らしき活躍よな・・・・・・」

 

 表情を動かさぬまま、だが不機嫌さを微塵も感じさせぬ声と顔でダイスダーグとラーグ公はラムダから報告書に添付された形で提案されてきた内容に満足の意を現していた。

 

 彼女が今回、免責を勝ち取るため用意していた“テコ入れ”とは、この二つのことを指していたのである。

 

 ひとつ目は、今回の一件での顛末と経緯を記した『報告書』

 自分たちのやったことを過剰も過小もなく客観的に事実だけ捉えて、あるがままを書き記した物をイグーロス城に着くより大分前からベオルブの名を出して早馬を走らせ届けさせていたのである。

 これにより、責任感が強すぎる余り『自分が命令違反を犯して勝手に出撃したこと』に意識の全てが持って行かれてしまい優先順位を取り違えてしまっていたラムザの言葉不足は全て解消される結果となり、ダイスダーグが求めた説明には文字通り形式的な意味しかなくなるよう細工がなされた状態で今回の詰問は始まっていたのだった。

 

 そして二つ目は、『ラムザの活躍を創作物の騎士道物語として各地の劇団に公演させて人気を得る』という政治的プロパガンダ工作の提案だった。

 転生者の利点を生かした彼女らしい提案だったと言えるだろう。安くて容易に実行が出来、効果は確実に得られてリスクは皆無。・・・宣伝という物の価値を熟知した現代人らしいやり口であった。

 

 イヴァリースには五十年戦争前から戦争を経た今に至るまで無数の劇場が各地に点在しており、作家を志す文学志望の若者たちの資金的援助は貴族の嗜みとして良いこととする伝統も消え去ることなく生き続けている。

 が、現実の課題として事実上の敗戦による不経済と治安の悪化、人心の荒廃などの社会問題は如何ともしがたいものがあり、各地に点在する劇場も作家たちも日々の糧にすら事欠く有様であり、中には詐欺師の片棒を担ぐことで日銭を稼いでいる者も多く出始めているという陳情すら入ってきている窮状が現在のイヴァリースにおける劇団の実情であり、ダイスダーグやラーグ公たち支配者層にとっても頭の痛い事案の一つになっていた。

 

 その一石二鳥の改善策が、ラムダによってもたらされたのである。彼らとしては早速実行させ、報酬としての免責を与えてやることに躊躇いなど微塵も感じる理由はない。

 

 

『かつてよりも遙かに安い賃金で仕事をしている場末の劇場や作家たちには、名門貴族お抱えの作家たちに書かせた草稿を安く売って自分なりのアレンジを加えて上演させてやり、それが民に浸透していくのに合わせるタイミングでラムザたちの活躍を民たちの間に口伝で流布させていく。

 上からの強制で浸透させるより、下から自然な形で広めていった方が浸透速度は圧倒的に速く確実であり、民たちの噂話という形で広まるのだから自分たちがやるのは最初の一手間だけで済み、後は火を消されぬよう金という風を送り続けてやるだけでいい・・・・・・』

 

 

 厭らしいほどに群集心理を熟知しすぎたラムダらしい提案内容は二人の権力者――特にラーグ公にとっては万金に値する功績に相応しいものを感じさせられ、彼が今回の“茶番”に際して最初から乗り気であったのも実はこれが一番の理由だったりする。

 

「まったく、聡明な妹君を持てたそなたが羨ましいぞダイスダーグよ。我が愚妹に、そなたの妹の英知が十分の一でいい、備わってくれていたなら此度の計画そのものが必要なかったことを思うとつくづくそう思わざるをえんよ」

「まことに恐縮の極みに存じます・・・」

 

 注意深くダイスダーグは奉答し、具体的な返答は避ける道を選択する。

 何故ならこの批判的な発言は、ラーグ公だからこそ許される言葉だったからである。

 

 ラーグ公の妹君であらせられる現イヴァリース王妃、ルーヴェリアへの批判的言動は、言うまでもなく不敬罪に該当する。家臣としてあるまじき失言、許されざる反逆的言質である。

 実兄である彼には私的な場に限り許されていたとしても、彼以外の者には許されるべきものではない。唯一許される者がいるとするならば、それは国王陛下以外には実在してはいけない人物への批判なのだから。

 

「アレはあまりにも悪い部分が貴族令嬢でありすぎた。

 妹の躾を家の者に任せきりにしてしまった私にも責任はあるが、それでも母譲りの美貌を活かして王に取り入り一生安泰な地位と生活を保障してやったというのに、あの愚妹めが。

 王妃というお飾りにしてもらえただけでは飽き足らず、身の程知らずにも形式に実を伴わせるため政にまで口を差し挟み出す始末。

 我が家臣団が実質的政治を執り行っているとは言え、あれでは気位ばかりが高い大貴族どもからの反感は免れまい。そしてその批判は、奴の兄である私にまで向けられる・・・・・・いい迷惑だが王妃は王妃。世継ぎを生んだ功績もある以上は、厳しく当たるわけにも行かぬ。つくづく兄想いで優秀な妹を持てたそなたが羨ましい・・・・・・」

 

 ラーグ公は、今日の中で一番長い発言を“愚痴”と言う形で口にする。

 それが彼の嘘偽らざる本心を現すものだったからである。

 

 全く以て彼としては冗談ではなかった。現在、ラーグ公のライバルと目されているゴルターナ公と彼自身とは、位階も爵位も保有する戦力と名声においてさえ完全に拮抗しており、血筋においても同じ家を祖とする者同士である以上、差は欠片ほども存在していない。

 そんな互角の両家から今代の王妃を嫁がせたのはラーグ公爵家の側なのである。本来ならば『この戦いの次に来るであろう真の戦い』において、ラーグ公側は大貴族たちも含めた圧倒的優位な勢力を築けていたはずだったのだ。

 

 それが蓋を開けてみれば実情はまるで真逆、有力貴族の大半はルーヴェリアへの個人的な嫌悪感も手伝ってゴルターナ公を推しており、王妃の専横ぶりを恐れる議会が自分を排斥しようとしているとまで噂される始末。

 貴族たちが当てに出来ない以上、頼るべきは敗戦のツケで没落した貴族や、職を失った騎士たち、現在の既得権益層に義理立てする理由を持たない目先の利益で転んでくれる者たちしかない。

 彼らに味方してもらえるため、人気取り工作は今のうちからしておくべき事柄であり、その為に役立つのなら如何なるものでも利用するのが政を担う者として当然の判断だった。

 

 そう。戦に勝つため、利用できるものは何でも利用すべきものなのだ。それが実弟の不祥事であろうと、実妹の策略であろうとも関係なしに。

 結果的に自分たちを有利にしてくれるのなら、それで良く。正しさも規律も法の尊さも、その為に使う道具の一つでしかないのだから・・・・・・。

 

 

「国王の命もあとわずか・・・事を急がねばなりませぬ。今回のラムダが具申してきた提案も、それを踏まえてのもの。

 必ずや【来たるべき次なる戦い】において我らベオルブ家が閣下に勝利をもたらしてお見せいたしましょう・・・」

「ああ、期待しているとも。我が友よ・・・。

 そして私が信頼する、我が友の一族たちよ・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そして。

 ダイスダーグとラーグ公が密談を終え、ラムザとラムダの兄妹が廊下を通り抜けてそれぞれの準備に精を出していた頃。

 

 イグーロス城内にある、ザルバッグの執務室にて。

 

 

 

「・・・・・・その話は、真であろうな? サダルファスの姓を継ぐ者よ。売名のため用いていい名と姓と、“そうでない”ものとがあるぐらい知っておいてよい年頃だと判断するが、それでもか?」

「ハッ! 家の名に誓って嘘偽りは申しておりませぬ閣下。私めが今申し上げたことは全て真実でございます」

「ふむ・・・」

 

 椅子に座し、書類を眺めて処理していきながら相手の顔を見ようともせずザルバッグは曖昧な答えを返し、彼の前に跪いている若者――たしか、ランベリーから訪れて我が家に逗留を許されていた騎士見習いで“アルガス”とかいう名を持つ者からもたらされた情報を、どう判断してどう処理するかについて考えをめぐらし始める。

 

 彼がもたらした情報―――平たく言えば“密告”の内容とは、こうだ。

 

『先日おこなわれた“砂ネズミの穴ぐら”において平民のディリータが骸旅団団長のウィーグラフを敢えて逃がすためラムザに追撃をやめるよう促していた。

 その目的は親友の地位を悪用してラムザに取り入り、骸旅団をはじめとする恩知らずな平民どもの革命とやらに利用する腹づもりである可能性が高い。十分に警戒されたし』

 

 ・・・という趣旨の内容。

 また、交易都市ドーターにおいて交わされた彼との会話も自分に都合のいい部分だけを抜粋して嘘偽りは交えることなく語って聞かせていた。

 彼も貴族、我も貴族。そして彼奴めは卑しい血が流れる平民の子・・・相手に求められている情報はアルガスには手に取るように解る。

 少なくとも、彼自身は相手が求めている情報は自分と同じ貴族としての価値基準に順するものだと、彼自身は心の底から信じて賭に出たのである。

 この機を逃せば自分が成り上がる好機は二度と訪れまいと、そんな危機感と期待感に尻を蹴飛ばされながら震える拳で扉をたたき、雲の上の地位にある北天騎士団団長の前まで進み出て密告をして、自分を助けてくれたものの一人である恩人を売り飛ばして新たに高い地位身分を得るために・・・・・・。

 

「もし、僅かでもお疑いなされた場合、わたくしめの首を今この場で切り飛ばし罪を罰して下さいますよう閣下にお願いいたします。その覚悟で私めはこの場へ参りました」

「うむ・・・・・・」

 

 実直な武人として名高いザルバック卿が好みそうな表現を用い、アルガスは貴族の一員である自分の方が平民出身のディリータよりも信頼に値するのだと熱心に、そして慎重に説き続けた。

 売り込みに失敗すれば一巻の終わりである。それだけは何としても避けたいアルガスとしては必死にならざるをえなかった訳だが、その苦労は相手の言葉で正しく報われた。少なくとも彼はそう判断した。

 

「・・・相分かった。そなたの言葉に嘘偽りは感じられぬ。そなたをディリータ監視の任に用いることとする」

「・・・!! ハッ!! ありがたき幸せ! 臣の全力を以て閣下の信頼と期待にお応えさせていただくことをお約束いたします!!」

「だが、勘違いはするな。アルガス、私は貴様の言葉に嘘偽りはないものと信じたが、まだディリータを疑っているわけではない。

 もしそれが真実だとするならば証拠を手に入れ私の前に持ってこいと言っているだけだ。それが出来るだけの地位を与えた、それだけでしかない地位と身分と権限を貴公に一時的に貸し与えただけのこと・・・ゆめゆめ忘れるでないぞ? アルガス。悪名高き裏切りの騎士の家名サダルファスの血を継ぐ者よ・・・」

「・・・っ」

「報酬の前払いだ、支度金を与える。もし貴様の言うことが真実であり、任務を達成した暁には正式な北天騎士団団員として俸禄とふさわしい邸宅も用意することを約束してやる。それまでは雇われ者の身分である己を忘れぬよう心するがよい」

「――はっ、閣下の御意のままに・・・。では、御免・・・」

 

 そう言って、投げ渡してやった金貨の詰まった袋を押し頂きながら背を向けることなく部屋を出て行くアルガスの足音が、扉を閉めて遠ざかっていく。

 それが途絶えて聞こえなくなってきた頃、ザルバッグは大きく溜息をついて自分が今まで見下ろしていた、跪いて頭を垂れていたアルガスには見たくても見れなかった“報告書”を机に向かって投げ出しながら慨嘆する。

 

 

「裏切りの汚名を晴らすため、裏切りによって事を成すを望むかサダルファスの姓を継ぐ者よ・・・。

 あのとき祖父に被せられていた汚名は必ずしも信じるに足るものではなく、証拠もなく、証人さえ信じるに足らぬ小物が一人いるばかりの、戦時下における混乱あってこその疑惑でしかない代物を孫の手で確定事項として家名に消せぬ泥として擦り付けることを決断するか。愚かなものだ。

 他人との比較でしか自らの価値を計れない人間など、無様以外の何者でもなかろうに・・・」

 

 ザルバッグはそう言い切る。言い切ってみせる。

 それこそが貴族という生き物が持つ、根底的な欲求であることを承知の上で言い切ってしまう。

 『競争心』とは人間の心の中で最も薄暗く醜い感情のひとつであり、貴族はそれを最も強く持って生まれ育つ人間たちを指す言葉である。

 

 それ故に貴族は、それを自覚し自制する術を心得た者だけが、万人の上に立つ資格を得ることを万民に許されるのだ。

 アルガスにはそれが無く、ザルバッグやダイスダーグ、ラーグ公にはそれがあった。だからこそ上下が生まれた。それだけのことである。自らの責任で落ち行く道を選んだ者にかけるべき情けなど、腹違いの弟と違って彼にはない。

 

 

 ――まぁ、よいか。

 

 ザルバッグは心の中だけでそう呟いて、この件を今の時点で全て「解決」の判を押した。

 北天騎士団の団長である彼にとって、今し方アルガスに与えた密命も、ディリータの裏切り疑惑もどちらも些事でしかなく、真相などどちらだろうとどうでもよい。

 

 重要なのは、現在自ら指揮しておこなっている骸旅団殲滅作戦にかんする是非のみである。

 

「盗賊相手の殲滅戦だ。戦略的に見て戦闘の帰趨は作戦開始が決断された時点で既に決している・・・・・・なら後は、取りこぼしのみを警戒するだけでしかない・・・」

 

 まだ戦い自体が終わったわけではないとは言え、戦の勝敗そのものは現時点で定まっている戦いにおいて、今さら一戦闘の勝敗やら潜んでいた裏切り者が本性を現そうが大した問題になるわけもなく、全ては『勝利』の一言の前に意味を損失するのは確実。

 

 

 ならば警戒すべきは『勝利にケチをつけてしまうこと』のみ・・・・・・

 万が一にも骸旅団の首魁、ウィーグラフを取り逃がしてしまうなどと言う致命的な失態を犯してしまったとするならば、その失態は全ての功績と名声を地に落とすに十分すぎるものがあるのは確実だろう。

 

 雑兵の首などいくら取っても、同じ雑兵にしか意味が無く。

 彼一人を逃してしまった時点で貴族側にとっての作戦失敗は確定してしまうのだから。

 それだけは何としても阻止しなければならない。

 

 

 ・・・だが、戦場というものは何が起きるか分からない場所だ。万全の体制を敷き、必勝を期して望んだ戦いであっても万が一を無くすことは如何なる名将にも叶わない神の域。

 

 もし万が一、億が一にもウィーグラフを仕留め損ねて、骸旅団の殲滅“だけ”は達成することができた・・・・・・そんな“最悪の事態”を想定して打っておいた手が先ほど投げ渡してやった金子である。

 

 

「いざという時は彼奴に詰め腹を切らせる。

 ただでさえ、汚名により貴族位を剥奪され、同じ貴族からも白眼視されてきた裏切り者一族の嫡子という経歴は、貴族社会転覆を旗印として掲げる骸旅団に協力して首魁を逃すのに十分すぎるものがある。

 はした金でエルムドア公爵への忠誠を売り渡し、味方を誹謗することでベオルブ家の末弟に取り入り信を得ようとした証拠も先頃手に入れてある。彼奴に限ってはこれで問題は無い。

 ・・・とは言え、一介の騎士見習の首一つで納まるほど易い失態ではない以上、他にも幹部クラスに候補を挙げておかねばならぬか・・・やれやれだな」

 

 

 首を振り、気が滅入る仕事もせねばならぬ己が地位に伴う義務と責任に多少の思うところは感じながらも、ザルバッグは貴族としての義務をおろそかにしようとは思わず真面目に与えられた任務を果たすべく作業を続けるのみ。

 

 

 何故なら彼は北天騎士団の団長であり、武門の棟梁ベオルブ家の次男なのだから。

 万が一、何が起きたとしても。

 

 自分の失態が原因になりベオルブ家と北天騎士団と主君たるラーグ公の名を汚すことなど在ってはならぬことなのだから。

 

 そのために生け贄となる犠牲が必要だと言われたならば。

 

 ――それは決して、自分の愛するベオルブ家の人間であってはならない・・・・・・。

 

 それが彼が信じ貫くと決めている真の騎士道・・・・・・

 代々ベオルブ家が守りつづけた物を守り抜くことこそが、今は亡き偉大なる父が生涯をとして守り抜いた自分にとっても宝物である家族を死守することに繋がっているのだと、彼は固く信じていたのだから………

 

 

つづく



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第7話

気付かない間に物凄い評価をいただいていたみたいで有難うございました! 日刊ランキングで三位に入っていたことを知り合いに後から聞かされて嬉しい反面ビックリしてしまいました(#^^#)
期待に応えるために気合入れて次話を書いたところ…入り過ぎてしまったのか長くなりすぎた視たいですゴメンナサイ。ミルウーダとの決着シーンは次話の出だしで描かれます。今話は前話と対照的に綺麗めの話をどうぞ。


 ――雨が、降っていた。

 昼頃から降り始めた雨粒は嵐となり、今も止むことなく降り続いている。

 そんな状況の中でもたらされた凶報に、骸旅団の幹部にして骸騎士団団長ウィーグラフの実妹『ミルウーダ・フォルズ』は、正しく自分たちの未来が閉ざされたことを思い知らされていた。

 

「そう、本隊との連絡も途切れたのね。私たちも、もうお終いというわけね・・・・・・」

 

 肩を落とし、苦い自嘲を込めた声でそう吐き捨てる。

 自分が指揮官として、『撤退のタイミングを見誤ってしまった』という事実と共に・・・。

 

「なに言っているんですか! 戦いはまだ終わってないじゃないですかッ!」

「そうですよ! やつら、貴族どもが我々に謝罪するまで続くんですッ!」

 

 二人の部下が、自責の念に押しつぶされそうになっていた自分を慰めるように、鼓舞するように、発破をかけるように力強い声と言葉で叱咤してくれている。

 正規軍と違って平民出の若者を中心に結成された骸旅団にあっても絶対数が少ない女性団員同士という縁で知り合って仲良くしてきた双子の白魔道士姉妹だった。

 

 男たちのような腕力はないから敵兵と鍔迫り合うことはできなくとも、苦しむ人々を救うため「自分たちにも何かできることがあるはずだ!」と信じて革命戦争に参加を志願してきた、女だてらに負けん気の強い気性がミルウーダと一致したから部下と上司という立場を超えて親友のような間柄になってきた者達からの優しい言葉。

 

 ・・・だが今は、それさえもがミルウーダの心に重くのしかかり自罰する言葉の暴力にしかなり得なかった・・・。

 

 

 ――もとより彼女が率いている部隊は、双子の姉妹を含む白魔道士たちを中心に編成された救護隊であり、戦闘を主とした実戦部隊ではない。

 『盗賊の砦』と呼ばれるようになったとはいえ、元はただの漁師たちが使う避難小屋でしかなかった正式名称すら持たぬ形ばかり立派になった砦モドキを拠点として利用していたのも、それが理由だ。

 

 海にも陸にも面しているこの砦は、各地から敵に追われてイヴァリース中央地方に逃げ込んでくる骸旅団の仲間たちの集合場所であり逃げ込み場所であり、漁師だけでなく彼女たち骸旅団にとっても避難場所として用いられていたからである。

 

 設備はともかく広さだけはあるお陰で、海から船を使って逃げ込んできた者たちを収容するには十分なスペースがあり、いざという時には船を残らず使って海に出てしまえば追っ手の追撃を一時的に撒くこともできる。

 ここで逃げ込んできた身体を休め、彼女たちに傷を癒やされた同胞たちを骸旅団本隊が根城としているジークデン砦まで送り出し、兵力を補充する。――それがミルウーダ率いる救護隊の役割であり勤めであり、彼女たちはその任務を最後まで全うしていた。

 

 今朝方になってようやく最後に残っていた負傷兵を送り出し、完治までは無理でも自力で砦まで歩いてたどり着くことだけは可能なまでに回復させ終わった彼女たちは役目を終えて砦も放棄し、自分たちも撤退の準備をはじめようとしていた。その直後のことだ。

 

 

 天は・・・正しい意味で彼女たちを“見放した”。

 

 雨が・・・・・・降ってきたのである・・・・・・。

 

 

(・・・元は漁師たちの避難小屋だったこの砦は、台風の際には逃げ込んで『嵐が去るまで立てこもれる場所』を選んで建てられている・・・。

 雨が降るまでは、逃げ込むのにも逃げ出すのにも有利な地形だけど、雨が降り始めてやまないままでは砦を出ることさえ難しくなってしまう・・・夜の闇と嵐に紛れて逃げ出す道もあるにはあるけど、それまで北天騎士団が大人しく待っていてくれるなんて思えない・・・)

 

 ミルウーダはそう思うが、声には出さない。

 先ほどは押し寄せてきた絶望に負けて、つい弱音をこぼしてしまったが、指揮官としてあるまじき行為であったと自覚して反省した今となっては、たとえ虚勢でしかないと判った上だろうとも最後まで指揮官として形だけでも張っていようと心に決めている。

 

 指揮官が負けると言った戦は、たいてい負けるものだ。

 ・・・もっとも、指揮官が勝てると言った戦いは必ず勝つというわけでもない。負けると思って戦を始めるバカなどいるわけがないからだ。

 誰もが勝つつもりで戦を始める。それは自分たち骸旅団も北天騎士団も同様だろう。だからこそ彼女はこの嵐が、自分たちを不利に導く天の下した理不尽な決定だと恨み憎んで、思わず普段は言わない“愚痴”をつぶやかせてしまったのだろう。

 

「兄さんの・・・、

 兄さんのやり方が甘いから・・・・・・」

 

 そこまで言ってミルウーダは言葉を切ると、心の中で「いや・・・」とつぶやいて首を振り、甘いのは自分も同じだと自嘲に変える。

 

 雨が降り始めたとき、即座に撤退を指示しなかったのは双子姉妹を始めとする白魔道士たちが連日連夜の救護任務で疲れ切っており、休ませずに歩かせることで本隊と合流する前に脱落者が出てしまうことをミルウーダ自身が恐れたからだ。

 だから彼女は、雨が止むか弱くなる可能性もあると砦にこもったまま休憩を取らせ、予定通り昼には出発するつもりでいたのだが、天気は彼女の期待を裏切り雨を嵐に変えて救護隊の遅い足取りをさらに重苦しいものにしてしまった。

 それでも危険を承知で行くべきか、止まるべきかで決断を迷い続けていた中に届けられた先ほどの凶報。――決断するのが遅すぎたのだ。ミルウーダとしては自嘲して責任の重さを痛感せざるをえない・・・・・・。

 

(せめて、護衛の歩兵たちだけでも本隊と合流させるため、私自身が率いて強行突破を計るべきだった・・・。それは仲間を見捨てられなかった私の甘さが原因だ・・・。

 彼女たちを見捨てて行けなかった私の甘さが、結果的に彼女たちを無駄死にさせてしまう・・・フフ、皮肉な話よね・・・。神様って本当、理不尽な存在なんだとつくづく思うわ・・・)

 

 自分たち平民と貴族。生まれた家が違うだけで、ここまで天に贔屓してもらえるのかと、彼女としては天にも神にも言いたいことが百通りぐらいは軽くある今の状態。

 

 そんな中に、砦の外で陸側から続く唯一の道を見張っていた見張りの兵から今日一番最悪の凶報が彼女の元へともたらされてしまうのだった・・・・・・。

 

 

「て、敵襲ーッ! 北天騎士団のヤツらだーッ!!」

 

 

 …その怯みを含んだ声での知らせが、ミルウーダに覚悟を決めさせてくれた。

 

 “どうせこれが最期になるならば”

 “最期ぐらい彼女たちのために理想の革命戦士を演じて死ぬのも悪くはない”

 

 ……そう暗い決意を瞳に宿して人生を走り切る、その覚悟を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ようやく迎撃のため動き出しましたか・・・。どうやら嵐の中を強行軍してきたのが無駄にならずに済みそうです」

 

 見張りが慌ただしく動き出すのを目視できる距離にまで近づいていた私、武門の棟梁ベオルブ家の長女ラムダ・ベオルブはそうつぶやいて、足下まで海水に浸かった砦へと続く道の悪さに顔をしかめておりましたとさ。

 

 ・・・敵が立てこもっている『盗賊の砦』は、砦と言っても元は漁師さんたちが避難小屋に使っていただけの場所でしたので当然ながら海に面した立地に建てられており、陸路からいける道は雨が降ると水嵩が増す砦正門へと続く一本だけという天然の要害。

 攻め落とすときの困難さよりも、到着するまでの移動の方が難儀するという変わったタイプの面倒くささを誇る場所でしてねぇ。

 オマケに雨まで降ってきて視界が悪くなったから逃げる側にとっては好都合の条件が揃ってしまって強行軍せざるを得なくなった次第なのですよ。

 

 まっ、海が荒れたら逃げ込んで嵐が過ぎるのをジッと待ち、民間の犯罪者集団でしかない盗賊団たちが必要に応じて増築改築してっただけの代物に海から資材搬入する金なんて掛けられてるはずもないので当然っちゃあ当然なんですけれども。

 

「そう過小評価したものでもないぞ、ラムダ。正門へ続く一本道しかない砦を相手に、この距離まで敵に気づかれずに接近できたのはお前の提案してくれた強行軍のおかげだ。みんなもそこは感謝しているさ」

 

 いつも通りに隣に立って進軍していたディリータさんが私に慰めの言葉を掛けてくれました。

 昼頃に雨が降り出したのを見て、雨が止むまで出陣を延期したほうがよいと判断した兄様と彼のお二人に対して、私が駄々をこねてまで無理矢理にでも出陣を強調したことをフォローしてくれたのでしょう。

 

 

 ・・・『桶狭間の戦い』による影響なのか、現代日本では夜中や雨が降ってる視界の悪い状況のことを『奇襲には最適の時間帯』と勘違いしている人が多かった気がしますけど、実際におこなわれていた中世以前の戦争では夜中や雨中に戦いを仕掛けるのは無謀を通り越して自殺行為に過ぎなかったというのが現実であり、少数のコマンド部隊による奇襲作戦以外に成功例がない愚策中の愚策とされていました。

 その軍事学上の常識をアカデミーで教えられた優等生である兄様たちの判断は非常に正しく、私も基本的には賛成だったのですが・・・戦争には『戦略状況』と言うのがあるのもまた事実。

 

 今、骸旅団は追い詰められており、雨が止めば直ぐにでも彼らは逃げる道を選ぶでしょう。そして逃げた敵を一人残らず補足するには私たちの部隊は数が少なすぎている。

 『逆賊どもの根絶やし』を標榜しながら、人手が足りずに士官候補生まで狩り出さなければならなくなった政権側の苦い内情がここにあります。

 北天騎士団本隊は骸旅団本隊の殲滅に手一杯であり、町に逃げ込んだ敵を探し出すための人員を割く余裕はいささかもなく、私たちは私たちで『名誉挽回のための戦い』であるため『敵に逃げられてしまったので応援をください』と素直に頭を下げるわけにはいかない事情を抱えてしまっている。

 

 様々な条件から私たちもまた追い詰められつつあり、のんびり雨が止むのを待っている余裕はない。・・・そう説明して提案した私の強攻策にお二人は渋々ながらも納得せざるを得ないことを認めて全軍前進開始。

 んで、リーダーたちによる家の事情に付き合わされた士官候補生チームの皆様方にはいろいろ鬱憤がたまる結果を招いてしまったというわけでして。

 先のディリータさんがしてくれたフォローには、そういう事情がある次第。

 

 

「――もっとも、戦い終わって宿に帰ったら足を拭くお湯ぐらいは奢ってもらいたいとは思ってるかもしれないけどな。正直、俺も海水で足が痒いよ」

 

 茶化すような笑顔と口調で言ってくれた言葉に、何人かの仲間たちが疲れを滲ませた声でとはいえ賛同してくれて、私は彼らの気遣いを無駄にしないためにも頭を軽く下げて事後の報酬を約束するのに使わせていただきました。

 

「お約束しましょ。この戦いが終わった後に、生きて宿屋まで帰り着いた方には一杯のお湯プラス、その宿屋で買えるなにか一つを私の払いで購入することを宣言させて頂きますよ」

『お、オォ―――ッ!?』

 

 わかり易い飴と鞭の宣言に、ここまで一緒に付いてきてくれていた士官アカデミーの仲良しチーム十数人が一斉に声を上げて力強く要求を口にされてこられます。

 

 

『約束だぞラムダ! 俺はワインだ! 家では親父が、士官アカデミーでは教官たちが目を光らせて飲めたことないからな。今夜こそ俺は酒を飲んで大人の階段を昇る!』

『だったら私は、お湯をもう一杯欲しいわ! 身体洗いたい髪洗いたい、温かいお湯で綺麗な私に戻りたい~~~ッ!!』

『・・・肉料理を頼むべきだろうか? それとも魚料理にすべきだろうか・・・? 文学的に考えて、それが難題だな・・・』

 

 

 口々に元気を取り戻した風を装い、欲望ダダ漏れな貴族子弟らしくないセリフを口にされまくる私たちベオルブ兄妹率いる士官候補生の皆様方。

 まったく・・・こんな所まで付いてきてしまう辺り、つくづく物好きでお調子者な貴族のはみ出し者ばかりが集まったものですよね本当に・・・。お陰でこういうときには私の方が助けられてしまいそうになりますよ・・・。

 

 

『まったく・・・君たちは下品な要求ばかりだな。物品を要求するだなんて貴族として品がないよ。少しはボクのように貴族らしい願いを口にすることができないのかい?

 そう! 金で買えるものはいらないから、ラムダと過ごす一夜のアバンチュールが欲しいと要求する予定の貴族らしいボクを少しは見習ってくれたまえよ!!』

 

『いや、お前の(あなたの)要求が一番品がなくて下品で貴族らしくない(わ)よ!?』

 

 

 ・・・・・・いやまぁ、うん。中には色んな人がいますよ、人間の集団なんてそんなものです。とりあえず最後の人には戦い終わった後にグーパンチだけをプレゼント確定、と。

 

 そんな感じで和気藹々アットホーム的な雰囲気に包まれた私たち士官候補生ラムザ・ラムダと仲良し組な方々でしたが。

 

「ケッ、命がかかっているのに、よくそんな軽口が言えるな・・・。まあいい。

 侯爵様を救出できたのもラムザたちのおかげだからな。この作戦が終了するまでは俺も手伝ってやるぜ!」

『・・・・・・・・・』

 

 と、アルガスさんが言った途端に黙り込んでそっぽを向いて、不機嫌そう顔して舌打ちする人まで出てくる始末なのでした。

 いやまぁ、うん。正直で露骨すぎる部分と裏表のある人たちなんですよ、貴族子弟なのでね?

 

(・・・と言っても、大部分はアルガスさんに責任があるわけなんですがねぇ~・・・)

 

 私としては、そう思わざるをえない状況がアルガスさん加入以来ず~っと続いている士官候補生チームの実情。

 どうにも彼には、『自分の力を私たちは必要としている』と信じ込んでしまっている部分があるらしく、実際に実力はあるんですけど態度のデカさと図々しさの方が実績を上回ってしまっているため嫌われてるという実感は薄いみたいでもあるんですよねぇ。

 

 オマケに、指揮官を務めている家柄的にも最上位の兄様が彼を『エルムドア侯爵家からベオルブ家が預かっている客分』として扱っているため指揮系統には組み込まず、副隊長格のディリータさんと同じ遊撃剣士として戦うことを許されている特別待遇を当然のことと思い込んで感謝の想いを形で示そうともせず、『ここで一番偉い奴に気に入られている』という虎の威を借るネズミの立場に恥じらう殊勝ささえ持ち合わせていない性格を、時間が経てば経つほど露骨にさらしまくってきているために最近の私たちチームの中では彼に対して露骨な嫌悪の視線と侮蔑の言葉をぶつけるものが多く出始めていて雰囲気悪くなる原因にしかなっていなかったりするんですよねぇ~。

 

 それでも兄様が彼に退去を命じない限りは、他の皆様方は一応その決定には従って彼を無理矢理追い出そうとする挙にでたりはしません。

 なんだかんだ言いながらも、彼らは彼らで兄様のことが気に入っており、だからこそ“こんな所まで”付き合い続けてしまっている人たちの集まりですからね。

 

 たとえ周囲からは“甘い坊や”と陰口をたたかれている人であろうとも、自分たちの評価でさえ“箱庭育ちで苦労知らずの坊や”判定を下していようとも。

 私たち兄様についてくる道を選んだ士官候補生たちは全員、兄様のことが好きなのですよ。その甘さも、綺麗事ばかり口にするところも、世の中の汚さや黒い部分を知らない子供みたいに無垢な部分も含めて兄様の一部として気に入っている。

 

 そんな自分たちも所詮、“甘い坊やの一人でしかない”・・・そういう共通認識を私たちは共有しています。だからなのかもしれませんけどね。

 ・・・・・・アルガスさんの内心に、兄様への隠された悪意の本音があることを理性ではなく本能によって察知して衝動的な嫌悪感を感じ始めるようになっていったのは・・・。

 

「おしゃべりはここまでだ! 来るぞッ! 総員戦闘準備!!」

 

 兄様から号令がかかり、砦に籠もる敵の射程に入るギリギリまでようやっと到達した私たちは、ボタンひとつで取り外せるよう細工された防水装備を脱ぎ捨てると武器を抜いて構えを取り、敵との交戦に備えます。

 が、追い詰められた敵に問答無用で総攻撃を命じられる性格を兄様はしておられませんですのでね。順当に考えて、まずは降伏勧告から始められるのでしょうよ、おそらくはね?

 

 

「敵将に告げる! 既に君たちは逃げ場を失って孤立している。大人しく剣を捨てて降伏するんだ。抵抗しなければ命だけは助けよう」

 

 そう言った兄様に対し、ほぼ全員が意外な思いを禁じ得なかったことに敵将から礼儀正しく返事が声に出して届けられたのでした。

 

「そんな甘言につられるものかッ! お前たちの嘘は聞きあきた!

 私たちだって骸旅団の戦士ッ!! 降伏したりなどするものかッ!!」

 

 強い口調で降伏勧告を完全拒否して見せた後、続く言葉で敵将の女性・・・・・・情報にあったウィーグラフさんの妹君ミルウーダさんは弾劾を始めました。

 それは私たちベオルブ家の兄妹に対してのみではなく、貴族全体に対してのものですらない。

 『貴族支配』という現状世界を支配している政治体制そのものへの憎しみと怒りを込めた弾劾の言葉。

 

「あなたたち貴族がなんだと言うんだ! 私たちは貴族の家畜じゃない! 人間よ!

 私たちは人間だわ! 貴方たちと同じ人間なのよッ!

 私たちと貴方たちとの間にどんな差があるというの!? ただ生まれた家が違うだけじゃないの! それなのに貴方たちはただ奪うことしかしない!

 ひもじい思いをしたことがある? 数ヶ月も豆だけのスープで暮らしたことがあるの? なぜ私たちが飢えなければならない?

 それは貴方たち貴族が奪うからだ! 生きる権利のすべてを奪うからだッ!

 だから私は戦う! 貴方たち貴族が奪っていったものを返してくれないから! ひたすら奪っていくだけだから! だから私たちは力を行使して貴方たちから取り戻す! 人として生きる権利をこの手で! 骸旅団の掲げる大義によって!!」

 

 この糾弾に対して反応したのは、これまた私たち全員にとって意外な人物。

 

「同じ人間だと? フン、汚らわしいッ!」

 

 アルガスさんでした。普段から感情的なところのある彼が、今日はいつにも増して苛立ちを見せて彼女の言葉にキツい口調で堂々と恥ずかしげもなく言い返し始めたのです。

 

「生まれた瞬間からお前たちはオレたち貴族に尽くさなければならない義務を負っている!

 生まれた瞬間からお前たちはオレたち貴族のための家畜なんだよッ!!

 犬や豚と同じ家畜風情が、一丁前にオレたち人間と同じ立場を口にするんじゃねぇ! 気持ち悪くて怖気がするッ!!」

 

 それに対して敵将さんも、なにか彼の言葉に気に障る箇所があったらしく強い口調で問い返してきて議論が発生してしまいました

 

「誰が決めたッ!? そんな理不尽なこと、誰が決めたというのッ!」

「それは天の意思だ!」

「天の意思・・・? ・・・いいえ、違うわ! 神がそのようなことを宣うものか!

 神の前では何人たりとも平等のはず! 神はそのようなことをお許しにはならない! なるはずがないッ!」

「家畜に神はいないッ!! 必要もない!

 家畜にとって必要なのは、飼い主であるオレたち貴族だけなんだからな!!」

「!!!!!」

 

 

 ・・・うんまぁ、何と言いますか・・・。適切かどうか判りませんけど、なんとなく思い出した前世で聞いた言葉『事件は会議室で起きてるんじゃない! 現場で起きてるんだ!』・・・だから議論は会議室でやれー、とか思ってしまう私は生粋に無神論者ッス。

 

 まっ、それはそれとして。

 ―――これは使えるかもしれませんねぇ・・・・・・。

 

 即興でいいアイデアが思いついた私は兄様の近くまで歩み寄ると、小声で話しかけて作戦に関しての意見具申をおこなわせていただきました。

 

「兄様、どうやらアルガスさんと敵将の女性騎士は互いに思うところがあるようですし、あの人の相手は互いに任せて私たちは他の雑兵たちを相手に戦いませんかね?

 見たところ実力的にもほぼ拮抗している技量の持ち主に見えますし、指揮官を押さえつけていてくれるなら他の人たちも戦いやすく犠牲も少なくて済みます」

「ラムダ・・・だけどそれは―――」

「私に考えがあります。彼女を抵抗できない状態にさえ追い込めれば、生かしたまま北天騎士団勝利のために役立てられる作戦案のアイデアです。許可さえ頂けたら実行に移させて頂けますけど、ダメですか?」

「・・・・・・わかった。ただし、味方の損害を出さないためにも剣を捨てて投降の意思を示した者以外にまでは手加減するような指示は出しちゃいけないよ?

 僕たちはまず味方を死なせないことを優先しなくちゃいけない立場にあるんだからね・・・」

「わかってますよ。それじゃ、また後ほどにでも」

 

 そう言って私は兄様の元を離れ、各々に動き始めたチームメンバーたちに声を掛けて『指揮官である兄様からの指示』として『無理のない範囲で殺さず敵を無力化していくよう』指示を伝達していきました。

 

 敵を殺さず倒すなんていう、自己満足の極地みたいな真似は好きではないのですが・・・これは必要な措置ですので仕方がないでしょうね。やれやれですよ。

 

 

 ――それはそうと、先ほどの弁論大会もどきの言い合いの中で、敵さんはまだしもアルガスさんが意外と正しいことを言っておられたのは本気で驚きの事態でしたよね・・・。

 

 

『神の前では何人たりとも平等のはず!

 神はそのようなことをお許しにはならない! なるはずがないッ!』

『家畜に神はいないッ!!』

 

 

 ――なかなかに正しいものの見方です。

 どちら共も正しく世の中と神とを定義できていましたので、思わず感心してしまったほどですよ・・・。

 

 

 

「平民たちを家畜におとしめた貴族を是とする神は、平民たちにとっての神ではないでしょう。

 貴族たちも平民も自分の前では平等にあつかう神は、貴族たちにとっての魔王でしかないことでしょう。

 お二人とも、人の世における神という存在を正しく理解して“使い合って”おられる・・・。

 人間同士が争い合う戦争の中で神などと言う存在は、どちらにとっても互いが互いに対しての魔王であり神であるという現実がよく見えているようで何よりですよ。

 正義を成すのに大量の血と生け贄を要求する神が、本当に正しい神様であるはずがないのですから当たり前のことなのですけれども・・・・・・」

 

 

 骸騎士団の掲げる革命の熱意と、兄様の掲げる理想へのこだわり、そして現在の腐りきったイヴァリースの貴族支配。

 このどれもが基をたどれば同じもの。

 

 人々を善導する意思から端を発して、それがやがて歪み、腐り、淀み、善意が支配へとすり替わってゆくのが人の世の歴史。『すべての革命の行き着く先』

 フランス革命もソビエト革命も中国革命も、結局勝利した革命終了後に待っていたのは大規模な粛清を行っての人々を恐怖で従わせる強権支配。世界中の歴史において革命後にこうならなかった例はひとつもない。

 

 その事実を知るからこそ、私は兄様が好きです。兄様の理想論と綺麗事を守ってあげたくなってしまいます。

 その為ならば・・・兄様の善意が人を支配するための方便にならずに済むのであれば、いくらでも私は綺麗事の名のもと偽善的行為をおこなって見せましょう――。

 

 

 

 雨が降りしきる中を、私は暗い色の空以上に暗い笑みを浮かべているであろう自分を自覚し、反吐が出る思いに駆られながらも味方に指示を伝えて回るのでした。

 

 生きてこそ得ることの出来る勝利を得るためと嘯きながら、誰の心も痛めなくて済むいい作戦を実現するためにも、私は走り、ただ嗤う。

 そういう風にしか生きられなくなってしまった自分のようになって欲しくないと、兄に自分のエゴという名の理想を押しつけながら――――

 

 

つづく

 

 

オマケ『今話に登場したオリキャラ士官候補生たちのプロフィールは必要でしょうか?』

 一応考えてはあるんですけど、必要かどうか判らないので聞いてから載せるかどうか決めようと思った次第です。

 載せる場合は次話のオマケになりますけど、もしご要望があった場合には是非にも!(^^)!




*訂正と謝罪文:
文の最後にある『オリキャラ・プロフィール』について、ご指摘を賜りましたので説明と訂正をさせていただきます。

『一人でも見てみたいと言われた方がいた場合にはお載せする』という意味での記述でしたので、アンケートというわけでは御座いません。

勘違いさせてしまうような書き方してしまって申し訳ございませんでした!


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FFタクティクス【オルタ・ルート】

けっこう長い時間、更新止まっちゃっててすいません。ネタは思いついているのですけど、気持ち的な問題のせいか考えがまとまらずにゴチャゴチャしちゃってまして…。
今回の話はゴチャゴチャ解消のため、一部を吐き出して書き捨ててみたネタ放出用の読み切りとお考えください。最近どーも思考がまとまらなくて上手く書けない日が続いているものですから…。


 

 君たちは“獅子戦争”について、どこまでの話を聞いたことがあるだろうか?

 かつて、太陽と聖印に護られた双頭の獅子が治める国『イヴァリース』を二分して争われた後継者戦争である『獅子戦争』は一人の若者、ディリータという名を持つ無名の英雄の登場によって幕を閉じたと信じられてきた。

 ここで暮らす者なら誰もが知っていた英雄譚だ。“百年ほど前までは”

 

 ここに一冊の書物がある。

 歴史の真相の暴露を恐れた教会によって執筆者が捕らえられ、数百年もの間隠匿され続けた末、ようやく執筆者の子孫の手により真実の歴史と真の英雄と彼の子孫の名誉のすべてを回復させるに至らしめた真実の歴史書“デュライ白書”

 

 獅子戦争を終わらせた真の英雄について記されたこの本を基に、執筆者の子孫であるアラズラム・デュライによって描かれ直した“ブレイブストーリー”は、今では広く一般に浸透し、新たな世を生きる若者たちに真の勇気と、真実の英雄の生きざまについて書かれた書籍として毎年売り上げを伸ばし続けている。

 

 だが今年に入って発見された、驚くべき新たな歴史資料が物議をかもしていることは君たちも知るところだろう。

 それは民家の書庫から見つかったもので、長年誰も英雄について書かれた一文であったなどとは想像もしないまま放置され続けてきたが故に残されてきた貴重な紙片で、そこに記されていた短い文章が今、世の中すべてを驚愕させている。

 

 なんと、彼の英雄は“男性”ではなく“女性”だったと、そこに記されていたのである。それは真実が暴かれるまで真実とされてきた歴史とも、“デュライ白書”によって明かされた本当の真実ともまったく異なる、前提を覆すほどの大発見だったと学会では言われている。

 果たしてどちらが真実の歴史なのだろうか? その問いは私に答えられるものではない。

 ただ、一つだけ言えることは“デュライ白書”は、執筆者オーラン・デュライ自身が見聞きした出来事をまとめあげた書物であって、歴史に隠された答えの全てを記すために書かれた本ではないということだけである。

 彼は彼なりに歴史と向き合い、後の世に生きる我々に真実を恐れることなく探求する道を示してくれた。

 もし、彼の英雄の生きざまと勇気に憧れを抱く者が、この中にいるとするならば、真実の答えを誰かに教えてもらうばかりではなく、今はまだ“歴史のIF”とされている中から答えを探求する旅に出る勇気をこそ学ぶべきだと説教をして、今日の私の講義は終わりとする。

 起立、礼、着席。明日の講義にも遅れないように。以上だ。

 

    イヴァリース共和国ガリランド国立大学歴史学講師アーラム・デュライ教授より

 

 

 

 

 

 

 ――数百年前。

 後に自分のことが講義として語られているのと同じ場所、同じ位置に立ちながら、後世の英雄にして、近い将来には異端者となる未来を持つ若者は高い天井を見上げながら不愉快そうに眉根を寄せていた。

 原因は、建物の外から響いてくる稲光の不吉そうな音に、ではなく。

 建物内部に集められている、人間とかいう二本足で歩いて平和を口で唱えながらも一向に戦争の歴史をやめることができないでいる、愚かな同族たちの交わす会話内容が不愉快そのものだったというだけのこと。

 

 

 

「・・・昨夜もイグーロス行きの荷馬車がやられたんだとさ」

「それも、骸旅団の仕業なのかしら・・・?」

 

 アカデミーに在籍している生徒たちのうち、上級生の全員が集まるよう命じられていた講堂内に、そこかしこから不安を吐露するささやき声が聞こえてきている。

 まだ講師が到着していない現在、私語が禁止されているわけではなかったが、不安を抑えきれずに零してしまう声を周囲に聞かれて余計な不安を与えてしまわぬようにとの配慮からか低く抑えられている。

 

 それでいて、ハッキリ聞こえてきている上に、誰もその事を指摘しようとしないところが『オルタ・ベオルブ』にとっては実に馬鹿馬鹿しく見えてしまって仕方がない。

 

「偉大な先祖を持ち、万民の上に君臨する根拠としている貴族の子弟たちが、たかだか盗賊の被害に怯えるとは情けない限りだね」

 

 ハッキリと言い切って鼻を鳴らす、目つきの悪い金髪の少女貴族の呟きが聞こえたらしい、幾人か中級貴族の子弟たちがギョッとなって彼女の方を向く。

 独白としては声が大きかったから、その反応は誇り高き貴族として当然のものではあったものの、相手の顔を見た途端に表情をゆがめると目線を逸らして黙り込む辺りに、彼らの家柄自慢と内実の底が知れてしまってオルタとしては愉快な気持ちになれようはずがない状況だった。

 

 だがオルタはひとつ肩をすくめただけで相手を追撃しようとはせず、うつむいて黙り込んでしまった相手から視線を外して、傍らに立つ信頼すべき幼馴染みの少年の方へと顔と意識を向け直した。

 食ってかかってくる気概がある相手ならまだしも、弱い者イジメをする趣味を彼女は持ち合わせていた記憶はなかったからである。

 

「さて、これからイヴァリースでは何が始まるんだろう? 君なら知らないかな、ディリータ。我が信頼する幼馴染みにして未来の副官殿」

「茶化さないでくれよ、オルタ・・・」

 

 幼い頃からの付き合いである少女の露悪趣味を遺憾なく発揮させられながら語りかけられた、茶色の髪と瞳を持つ、貴族とは思えない騎士見習いの少年『ディリータ・ハイラル』は苦笑しながら前置きして、自身の幼馴染みであり“未来の主君”でもある少女からのご下問に対して、予測され期待しているであろう回答を述べ始める。

 

「今起きていない未来のことなんて知るわけがないさ。

 ただ、ある程度の想像ならつくけどな」

「と言うと?」

「まず、ラーグ公がこの町へおいでになる」

 

 やはり予想通りの回答だったのか、相手の少女はディリータからの返答にさほど驚いたようには見えなかったが、口に出しては意外さを強調させた。友人に対して気をつかったのである。

 

「ラーグ公が・・・? それは何故?」

「ラーグ公だけじゃない。ランベリーの領主・エルムドア侯爵も、公に次いでお出でになるだろう」

「それは初耳だ。公式訪問ではないな」

 

 オルタは納得させられたように頷いて、親友の能力の高さに満足の意を表したが、取り繕っていたのもそこまでが限界で、つい“地”が出た。

 

「・・・・・・もっとも、非公式訪問なんだから初耳なのは当然なんだけどさ」

 

 クツクツと、自分自身が先に放った愚かな失言をおかしそうに嗤う親友の姿に、ディリータとしては肩をすくめざるを得ない。

 

(こういう事をしなければ、もっと人に好かれる善いヤツなんだが・・・・・・)

 

 そう思わずにはいられなかった。

 そして思い出す。自分がコイツの家に拾われて、コイツと共に育てられるようになった初めての日のことと、今までのことを僅かな時間だけ振り返る。

 

 彼、ディリータ・ハイラルは貴族のみが通うことを許された士官アカデミーに在籍していながら貴族子弟ではなく、平民出身の騎士見習いだった。

 両親を黒死病で同時に失ったとき、当時その地を治めていた先代領主であるオルタの父親バルバネオス・ベオルブ様に養子として引き取っていただき、実の息子や娘たちと同様にかわいがられ、こうして士官アカデミーにも特例として入学を許可していただけた。

 偉大なる先代様には感謝しかないが、同時に多少の後ろめたさと複雑な思いをも感じさせられていたのも事実である。

 

 その原因となっているのが、今隣に立って嗤っている自分の親友オルタ・ベオルブであり、彼女を屈折させてしまった自分自身の出自そのものだったからだ。

 

 彼女は幼い頃から正義感が強かったが、一方で正室の子ではなく側室の子であったことと、母親の身分が低いことから劣等感を強く抱かされており、引っ込み思案で我が弱く、自分の気持ちをハッキリと口に出すのが苦手な女の子として育ってきてしまっていた。

 

 バルバネオスが平民の子供であるディリータを養子として迎え入れたことも、オルタの母親が平民出身であったことと無関係ではなかったのだろう。

 同格の身分にある者同士で、互いに理性よりも感情が先に立つ子供なら対等の友達になれるかもしれない・・・そう考えた故かもしれない。

 仮にそうだったとしても、彼の予測は正しかったことになるのだろう。自分たちはすぐに仲良くなり、親友同士になれたが―――逆にそれが良くない結果を招いてしまった。

 

 

 ―――結局のところ、オルタやバルバネオス様がいくら俺を自分たちと対等に扱ってくれたとしても、ほかの貴族たちにとって俺は永遠に平民の子でしかないって事なんだろう・・・・・・

 

 

 そんな苦い思いを記憶の中の出来事の総論として出した後、ディリータは軽く頭を振って余計な思考を外へと追いやるとオルタに対して話を再開した。

 

「今のイヴァリースは、どこもかしこも危険地帯ばかりだ。

 騎士団は八面六臂の大活躍だが、実際には人手が足りていない・・・・・・」

「減らした分だけ、こっちが補充してしまっているからね」

 

 またしても辛辣すぎる皮肉な酷評。

 ディリータとしては、ここまで来ると聞き流して無視する以外に取るべき道が他にない。

 

 実際、オルタの言うとおりであり現在のイヴァリースで脅威となっている盗賊たちの多くは五十年戦争の敗北によって始まった不経済によって職と収入を奪われた者たちが野盗化したものが大半を占めている。

 彼らを討伐するにも金がいる。軍隊という存在は基本的に生産に寄与するところがほとんどなくて、もっぱら壊すこと殺すことを生業としている暴力集団なのだから当然のことだ。

 多少は必要物資の買い付けなどで金を落としていってくれはするものの、元々から民の払った税金で支払いを済ませて俸禄をもらっている者たちで形成されている集団である以上、増やされる分より減らされる量の方が遙かに大きいのは自明だろう。

 

 結果、金がなくなって食うに困った者が野盗化して、それを討伐するために騎士団が派遣されるために税が増やされ、足りなくなった分はまた民衆に補充を求めて貧困層を増やし、野盗に走る者を増加させる悪循環を作り出していく・・・・・・負のスパイラルが現在のイヴァリースを覆っている暗雲の正体なのだから、どんなに騎士団が盗賊退治で活躍したところで彼らが根絶されることはあり得ないのだ。

 問題の根源となっているものが別のところにあるのだから、それを放置して枝葉の問題にどんなに対処したところで応急処置以上のものにはなりようがない。

 

 当時のイヴァリースが抱えていた混乱が収まらなかった理由は、まさにその一点にこそあったのだから・・・・・・。

 

「だからこそ、ラーグ公とエルムドア侯爵がこの町へお出でになる。そして、その結果として俺たち士官候補生たちの出番が回ってくるというわけだ」

「・・・つまり君は、ラーグ公とエルムドア侯爵が手を結ぶと・・・?」

 

 自分でも予測していたとおりの答えに親友が達しただけでしかないのはディリータには丸分かりだったし、相手にもその意図は伝わっていたことは疑いないにも関わらず、わざとらしいほど芝居がかった態度で驚きをあらわにしてくる親友の態度にいい加減面倒くさくなってきたらしいディリータは大きく両手を左右に広げて、短く簡明な一言で自分と相手が達していた答えが選ばれる理由を説明して話を無理矢理終わらせた。

 

「他に打てる手はないだろう? このイヴァリースの状況では」

「・・・・・・確かに。他に手はないだろうね・・・・・・君の言うことは道理だよ」

 

 言い切られて、自分が悪ふざけをしすぎていたことを自覚させられたオルタはばつが悪そうに視線を逸らし、あらぬ方向へと顔ごと向けて親友の視界から自分自身を追い出させる。

 

 今やイヴァリース中に数千規模で蔓延るまでに拡大した盗賊集団を一網打尽にするためには、たとえ国内であろうと大規模な討伐軍を編成して遠征を行う必要があり、ここまで大規模な討伐作戦を行うためには幾つか満たさなければならない条件が存在している。

 

 第一に、参加者全体が盗賊どもを根絶やしにしようとする熱意を共有していること。

 ただ一度の大規模作戦で禍根を断ち、数年は枕を高くして眠れるようになるなら一時の犠牲と出費を惜しむべきではないと参加者たちの多くが信じてこそ犠牲を前にして怯むことなく初志を貫徹できるものだからだ。

 

 そして今一つが、経済的支援だ。

 経済の支援なくして軍隊も戦争も成り立たない以上、これは致し方がない。大量の兵力を一カ所に集結させることで編成されるのがが大規模討伐軍とは言え、彼らを食わせる側も楽ではないのだ。

 

 最低限この二つを両立させることが、骸旅団殲滅作戦を成立させるためには必須であり、その条件を満たすため最適な人材がラーグ公とエルムドア侯爵二人による同盟締結だった。

 

 ラーグ公はイヴァリースを守護する二つの最強騎士団の片割れである『北天騎士団』を配下に擁する大貴族であり、彼と肩を並べうる存在を貴族の中で探すとするなら『南天騎士団』を擁して同格の爵位と血筋の尊さを持つゴルターナ公以外には存在しない。

 今でこそ、骸旅団が主な活動場所としているのがラーグ公の統治しているガリオンヌ地方に集中していることから国境警備の重要性を強調して賊どもの討伐に消極的なゴルターナ公も、同じく統治領を持つ上級貴族のエルムドア侯爵までもが盗賊退治に参加するとなれば状況が変わってくる。

 

 如何に勇名をはせたエルムドア侯爵と言えども、貴族である以上は一人で盗賊退治に赴いてくる訳もなし、親類縁者も含めてかなりの数の貴族たちに檄文が届けられるはずで、彼からの頼みを面と向かって袖に出来る家格の者など数えるほどしかいない貴族たちは内心がどうであろうと参戦せざるを得まい。

 まして、エルムドア侯爵が統治するランベリーは広大な穀倉地帯と知られるイヴァリースの食料庫である。彼が加わってくれるだけで補給の心配はほとんどなくなり、野盗退治ごとき北天騎士団単独でもやり遂げてしまいかねない実力を持っている集団なのだから、貴族たちとしては出遅れて自分だけが手柄を立てられない憂き目には遭いたくないところだろう。

 

 なにより、彼らの支配する領地の中にも不平分子や反貴族思想を持つ者たちは日に日に増加していくのには手を焼いているのは確かなのである。

 連中は骸旅団に参加こそしていなかったが、貴族相手に立ち回っている彼らの活躍に我も我もと続き始めた「お調子者の日和見主義者ども」である事実に変わりはない。

 根を絶たれれば枝葉は枯れるしかない以上、彼らとしては絶てるものなら根を絶ってしまいたいと思うのは当然の心理だった。

 

 こうなってくると、ラーグ公が治めるガリオンヌ領だけの問題であったからこそ、「自分のケツぐらい自分で拭け」の理屈を貫いても一切損をしなくて済んでいたゴルターナ公の旗色は一挙に悪くなってしまう。

 国内治安を預かる有力者の一人が、『国中で協力して解決すべきと判断された問題』に一人だけ参加しないなどあってはならない事態だし、それ以前に国内最強と名高い二つの騎士団のうち北天騎士団だけが敵と戦って勝ち名声を得て、自分たちは蚊帳の外で見ているだけだったなどと誇り高き南天騎士団の団員たちまでもが主君への不平不満を抱くようになるのは明らかだった。

 

 たった一人の侯爵を抱き込むだけで、ゴルターナ公としては参加せざるを得ない状況ができあがり、さらには国内6つの統治領を持つ上級貴族たちのうち半数が参加して解決に望む国内治安の問題を他の三名が完全に無関係でいるのも不可能になるだろう。

 

「よくできた計画だよね。いったい誰が立てたものなんだろう? ザルバッグ兄さんとは思えないし、ダイスダーグ兄さん辺りかな」

「・・・・・・まっ、それは計画を立てた上の人間が考えればいいこととしてだ」

 

 知っていたところで答えられる身分ではない質問を、サラリと無視してディリータは話を纏めて結論を出し、ちょうどタイミング良く聞こえてきた騒々しい鉄製のブーツが立てる足音を扉の向こう側に聞きながら姿勢を正し。

 

「ご到着だ。無駄話はまた後でな? 親友」

「・・・・・・」

 

 そう言って、軽く腰を叩いてやったときには既に相手も姿勢を正して前を向き、模範的な士官候補生の体を取り繕いながら、今朝方に急遽ガリランド入りしてきた北天騎士団の騎士隊長様からありがたい訓示なり命令なりが言い渡されるのを大人しく待つ体制を整え終えていた。

 

 その時だった。

 

 

 バタン!!!

 

「一同、整列ッ!!」 

 

 必要以上に大きな音を響かせながら、樫の木で作られた両開きの扉が外側から開かれて、一人の完全武装した北天騎士団の団員とおぼしき男性騎士が入室してくると、声に慌てて整列しなおすため元の位置へと戻っていく学生たちの列のど真ん中を、彼らには一瞥もくれることなく、大きく腕と肩を振り回すように大股な歩調で通り抜けていきながら、生徒たち全員の全面にある壇上に立ち、マントを翻す音を響かせながら生徒たちの方へとようやく振り返って叫ぶ。

 

「士官候補生の諸君、任務である!」

 

 騎士らしく力強い大声での宣言だった。

 大仰なのが好きな男だな、とオルタだけは冷ややかな視線で思っていた。

 たかが初陣もまだな士官候補生ごときに大した任務など与える馬鹿な貴族なんて流石にいないだろうにと、心の中で付け足したが声に出しては何も言わずに周囲の反応を眺める。

 自分とディリータは例外としても、他は一部を除いて今の叱咤で姿勢と意識を正したように感じられた。そちらの方が余程オルタには馬鹿馬鹿しい。

 

「諸君らも知っていると思うが、昨今、このガリオンヌの地には野蛮極まりない輩どもが急増している。

 中でも、骸旅団は王家に徒なす不忠の者ども。見過ごすことのできぬ逆賊どもだ。一匹たりとも生かしておく訳にはいかない!

 我々、北天騎士団は君命により骸旅団殲滅作戦を開始する。

 この作戦は大規模な作戦である。北天騎士団に限らず、イグーロス城に駐留するラーグ閣下の近衛騎士団など多くの騎士団が参加する作戦だ。

 諸君らの任務は後方支援である。具体的には、手薄となるイグーロスへ赴き、警備の任についてもらいたい」

 

 具体的に彼らのやるべき事を説明してくれた騎士の熱意に応えるように、講堂内に熱気が刻一刻と上昇していくのを肌で感じて、逆にオルタ・ベオルブは心の温度が急激に低下していく自分を抑えられなくなっていく。

 

 ・・・皆、気づいていないのだろうか? 今の命令を要約すると『自分たち士官候補生は骸旅団と戦う多くの騎士団の中で頭数にも含まれていない』と断言されたに等しいのだが・・・。 主城の警備もたしかに重要な任務ではあるし、いざ敵が攻めてきたというときに守備兵が弱兵ばかりでは主を守り切れずに、『戦場で勝ったが戦争に負けた』などという事態を避けるためにも疎かにしていい事では決してない。

 

 が、逆に言えば『いざという時』が来るまでは見栄えだけシッカリ警備してくれていればいいだけの存在であり、前線が一兵も通さないと覚悟を決めている軍隊の場合だと自分たちは、『未来のイヴァリースを背負って立つ新進気鋭の若手騎士候補生たち』として、やる気だけは一人前以上のヒヨコの群れとして、見た目だけ息上がっていてくれればそれでいいと思われているような気がしてならないのだが?

 

 ――斜に構えて穿った考え方をしている自分を自覚しながらも、それを改める気にどうしてもなれないでいたオルタの背後で音がして、男性騎士が入ってきたときとは真逆に静かな音だけ立てて扉を開き、一人の女性騎士が慌てたように入室してくると男性騎士に何事かを告げ、即座に元来た道を戻っていく光景が展開された。

 

「士官候補生の諸君、装備を固め、剣を手に取るがいい!!

 我々北天騎士団によって撃砕された盗賊団の一味が、この町へ逃げ込もうとしているとの連絡を受けた。我々はこれより町に潜入しようとする奴らの掃討を開始する! 諸君らも同行したまえ!」

 

 何事かと、無言のままにざわめきだす士官候補生たちを鎮めるため、男性騎士は必要以上に声を張り上げ命令を伝達した。

 その声を聞いた瞬間、講堂内にいた誰もに緊張が走る。オルタとて、それは例外ではない。当たり前のことだ。

 なぜなら自分たちはこれから、人生で初めて実戦の戦場を経験しに行く・・・・・・初陣のため出陣するのだ・・・ッ!!

 

 

「これは殲滅戦の前哨戦である! 以上だ! ただちに準備にかかれッ! いざ出陣!!」

『オオオオォォォォォォッ!!!!』

 

 

 臨時の指揮官役を兼ねることにでもなったらしい北天騎士の号令に応えて、士官候補生たちの多くが緊張を吹き飛ばすためにも威勢良い声を上げて熱意に応え、規範通りに列を乱さず秩序を保ったまま講堂を出て、それぞれの出陣準備を整えるため四散していく。

 

「・・・まっ、こうでもならないと騎士として手柄を立てるなんて夢物語だからね。仕方がないか」

 

 そんな中、オルタはディリータと並んで併走しながら愛用の剣を持ち出すために部屋へと急ぎ、その途上でそんな自虐めいた言葉を口にする。

 

 実績のない若造がどんなに偉そうな正論を吐いたところで無視されるのは当然のことだ。自分の言葉に説得力を持たせたいなら実際にやって見せて実績を立てていくより他にない。

 誰かを救うにせよ、護るにせよ、実績もなく家柄しか取り柄のないお嬢様のままでは侮られるだけで何もさせてもらえないだろうし、それで誰かが救えたり、何かを変えられたりできると思い込むほど自分はもう子供ではない。

 自分はもう“あの日から”子供ではいられなくなって久しいのだから・・・

 

「・・・・・・」

「ん? なんだいディリータ? 僕の顔に何かついているのかな?」

「・・・いや、別に何も」

「ひょっとして、死神でも背中に張り付いてたのかな? ハハッ、できれば初陣ではまだ連れて行かれたくないんだけどな~」

「・・・・・・やめろ、そういう冗談をこういうときに言うことだけは本当に。本気で怒るぞ」

 

 一瞬にして真剣さを増した親友の言葉に、“またしても”やり過ぎた自分を自覚させられ、オルタ・ベオルブは「・・・ごめん、ディリータ」とだけ告げて頭を下げ、ディリータはそれに応えようとせずに頭を振って「――急ぐぞ」とだけ言って走る速度を上げる。

 

 

 

 これは英雄の物語であり、IFの歴史を描いた架空の物語であり、一人の少女騎士が性別を偽ってまでナニカを成したいと願った故の物語であり、オーラン・デュライの知らない刻と場所で紡がれていたラムザ・ベオルブの物語である。

 

 後の世で『真の英雄』と呼ばれる若者が、自ら手にした正義と剣で切り開く世界にもたらされるのは秩序か、さらなる混沌か―――

 

 それは後の世で綴られた光り輝く英雄譚の、知られざる影の部分が綴られた歴史でもある。




余談として、他のアイデアには『ファイナルファンタジー・タクティクス・オウガ』とかもあります。
あと、『FFタクティクス・オウガ外伝』とかも。

似たようなもんじゃんと自分も思うんですけどな…。


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第8話

お待たせしてすいません、ようやっと8話の正規バージョンが完成できましたので正式に更新させていただきました。
なお、紛らわしいと思われましたため今までに出してあった8話と9話は削除いたしましたので、興味がある方か再び読み直したいと思われた方は手段は何でもいいですのでご連絡くださいませ。


 僕は今まで、“綺麗な理想”を当然のように信じて生きてきた。

 綺麗な世界、綺麗な国、綺麗なイヴァリース・・・。

 

 力なき人々を護るために僕たち貴族と騎士団があって、国王陛下や貴族たちも平民たちと力を合わせて国を発展させていく――そんな『理想的で綺麗な国』がイヴァリースなんだと、僕は今まで当然のように信じながら生きてきたんだ・・・。

 

 そりゃ、いろんな人が集まってできるのが国なんだから、様々な矛盾や汚い部分だってあるだろうし、世の中すべてが『善いもの』だけで出来てる訳じゃないってことぐらい理解してもいる。

 

 だけど、それらの問題は皆で力を合わせて協力し合えば解決していける問題なんだと、僕は信じてた。

 すぐには無理でも、時間をかけて少しずつ前に進んでいければ、いつかきっと・・・そんな風に“理想”が“現実”に勝利する日の到来を疑うことなく、当然のように信じながら今まで生きてきてたんだ。

 

 だけど―――

 

 

「・・・殺せ! 殺すがいい。我々はどうせ家畜なんだ・・・、殺せッ!!」

 

 

 その“当然”が今、崩されようとしている・・・。

 目の前にうずくまり、片腕を押さえながら憎悪と殺意に染まった瞳で激しく僕の顔を睨み付けてくる美しい女性の騎士・・・。

 本来、僕たち貴族が守らなければいけない“平民出身の女性騎士”

 それなのに今、僕たちは彼女を大人数で取り囲んで剣を突きつけ、無条件降伏を促している。

 

「それほどまでに僕らが憎いのか・・・?」

 

 これが・・・これが現実なのだろうか・・・? あまりにも理想とかけ離れたギャップが僕を混乱させ、自分でも意識しないまま発していた疑問の声は、誰の耳にも心にも届いていなかったのか空しく雨音に混じって消えて、代わりに雷鳴のごとく轟いてくるのは最近聞き慣れてきてしまった彼の怒声。

 

「ラムザッ! やれ! 殺すんだッ!!」

 

 ――アルガス・サダルファス。僕たちがイグーロス城へ向かう途中のマンダリア平原で骸旅団に襲われているところを助けてから行動を共にしているエルムドア侯爵配下の少年見習い騎士。

 

「こいつはおまえの敵だ! ベオルブ家の敵だ! わかるか? おまえの敵なんだよ!」

 

 続けざまに響く罵声。

 ・・・正直に白状すれば、僕も彼のこういう所が好きではなかったし、部隊の皆が迷惑がっていることも知っていた。本当だったら罰しなきゃいけない行動だって幾つかしてたことも解ってはいる。

 

「こいつは敗者だ。人生の敗者なんだ! 敗者を生かしておく余裕はどこにもない!

 こいつを殺さなければ次に死ぬのはオレたちだ! 共に歩む道など、どこにもないのさ!」

 

 だけど、イグーロス城を出るときに聞かされた彼の事情は同情に値するものだったし、彼のせいでもお爺さんの責任でもないことで不当な扱いを受けたというなら彼もまた被害者の一人だ。

 性格や言動が多少キツくなってしまったとしても無理はないし、そのことで彼だけを責めて悪者にしてしまうのは本当に正しいことと言えるのだろうか・・・?

 

「殺せッ、ラムザッ! おまえがその手でやるんだッ!!」

 

 アルガスが僕に決断を促す。

 彼個人の意見としてだったら、強い調子で拒否する気持ちが僕にも沸いたかもしれない・・・。

 だけど、『ベオルブ家の敵』という表現を持ち出されてしまうと、僕は途端に弱くなる自分を自覚している。決断が出来なくなり、何が正しくて、自分が何をすべきなのかが一瞬にして見えなくなって、何も決められなくなってしまう・・・。

 

「・・・ラムザ、僕には彼女が敵とはどうしても思えない・・・」

 

 そんな中、僕の親友のディリータが意見を口にしてくれた。

 

「なんだと? 気でも狂ったのか、ディリータ?」

「彼女は家畜じゃない・・・。そうさ、僕らと同じ人間なんだよ・・・」

 

 途端に突っかかってくるアルガスを前に、彼らしい穏やかな口調で諭すように僕が思っていた気持ちを分かり易く言語化して彼に伝えてくれている。

 

 ――だけど、“特別な家の事情”を抱える彼には、ディリータの言葉と思いでさえ届かない。周囲の悪意で頑なに閉ざされた心は、そう簡単には溶かしてあげられない・・・。

 

「裏切るのか、ディリータ!? やはり、おまえは・・・・・・!!」

 

 アルガスが疑いの眼差しでディリータを睨み付けているのが解って、僕は瞬時に親友を庇いたくなり、それが却って僕の行動を足止めさせて、口も手も動かせずに棒立ちするだけの結果を招いてしまう・・・。

 

 気持ちを問題にするなら、全面的にディリータの味方をしてあげたいと本心から思ってる。アルガスの方が間違っていると、みんなの前で断定して以後の行動を自制するよう求めたいと願う気持ちは僕にだって存在している。

 

 そして、“だからこそ”僕は何も言えなくなり、何も出来なくなってしまう・・・。

 なぜなら僕は、武門の棟梁ベオルブ家の一員だからだ。

 公私混同は慎むべきだ、親友だからと一方的に庇うわけにもいかない。

 まして、ベオルブ家と比べて圧倒的に立場の弱い没落貴族のアルガスに、僕が命令して自分の意思を押しつけてしまうのは弱い者イジメも同然の卑劣な行為だ。騎士としても貴族としても許される事じゃ決して無い。

 

 そういった相反する考え同士が僕の中でせめぎ合い、どっちつかずの状態になって答えを選べないまま結果的に沈黙してしまうことが多くなっているのが、ここ最近の僕が抱えるようになった新たな悩みの種だった。

 自分の意思で、どちらかを選べたなら一番いいとは思うのだけど、今までずっと変われなかった自分の悪癖を一朝一夕で直せるようになるわけにもいかない。

 

 結局、今回もまた僕はいつもの様に“彼女”の方を見てしまう。

 助けを求めるように視線を送って、年の近い妹に自分の問題解決を委ねてしまう・・・。

 

「・・・まぁ、今回の任務を拝命したのは、この部隊の指揮官の兄さん――いえ、武門の棟梁ベオルブ家の末弟であらせられるラムザ・ベオルブ卿ですからねぇ。

 指揮官が決定されたことなら、部下として割り当てられた者たちは意見を曲げてでも従うのが筋というものでしょうね。軍の人事秩序的に考えるならの話ですけれども」

 

 僕の視線に気づいたらしいラムダは、一つ肩をすくめると正論によって落とし所を見いだしてくれる。

 彼女の言葉を聞かされて、ディリータが「ホッ・・・」としたように息を吐く姿を視界の隅で捉えながら、また妹に助けられてしまった自分自身の不甲斐なさを僕は痛感させられる。

 

「ラムダ! てめぇまで平民の肩を持つのかッ!?」

「ダイスダーグ閣下は、ラムザ兄様に『盗賊どもの立てこもるアジトの一つ』を襲撃する任務を任され、それを兄様は声に出して拝命なされました」

 

 すかさず食いついてきたアルガスに対しても、特に感情的になる様子もないまま、どちらかというと面倒くさそうな調子で返事を返して剣呑な眼を向けながら。

 

「それを承知で君命に背くというのなら、それもよし。軍の秩序に則り補佐役として、命令違反の咎であなたに厳罰を与えるまでのことです。貴族の裏切り者として、貴族である私に処罰されてまで己の正しさを主張する勇気があなたにあるのですか? アルガスさん」

「なっ!? お、俺が貴族の裏切り者だとぉッ!?」

 

 恫喝するように、そう言い切って相手の再反論を封じるいつものやり口を使い、憎まれ役を買って出てくれた。

 今までだったら、これで収まりが付いていた。アルガスは自分の責任を追及されるような行動を毛嫌いしている、それは僕のような鈍い人間にだってハッキリと見えていたほどに明らかだったからだ。

 ・・・・・・もっとも、それが薄々わかっていてさえ相手を信じたい、不用意に傷つけてしまいたくないと、言うのを避けてきてしまった僕には偉そうに論評したり彼を責めたりする資格は少しもないのだろうけれど・・・。

 

「そいつは敵だぞッ! お前らや俺たちを殺すために刃向かってきた敵なんだぞ!!」

「知りませんよ、そんなこと。私は兄様が見逃すと言われたから従うだけです。どうしても自分の方が兄様よりも正しいと信じるのであるならば、命捨てて自らの正義と正しさを貫いてみたら如何ですかね? 何だったら手伝いますが?」

「な・・・ッ!?」

 

 シャキィィィン!

 鍔鳴りを響かせながらラムダが剣を抜いて、未だ鞘に収めたまま剣に指先一つかけていなかったアルガスの首筋にぴったりと剣先を押し当てて、無表情に相手の怯えたような眼を見つめている。

 

「ま、待てよ・・・。俺は何もお前らベオルブ家を裏切った訳じゃな―――」

「三つ数えるまでに黙るか、裏切るか。どちらかを選びなさい。・・・3」

「だ、だから待てって! 実は俺はザルバッグ閣下から―――っ」

「2」

「・・・・・・」

「1。・・・はい、よろしい。お互い平和的に納得し合って、矛を収められたようで何よりですね。これからもよろしくお願いしますよ、アルガスさん」

 

 ポンポンと、馴れ馴れしく相手の肩を叩きながら、右手に剣を持ったまま鞘に収めようとする気配すら見せない妹は、やっぱり僕とは違う人間と言うより生き物なんじゃないのかなっていう気がしてきて、なぜだかちょっとだけ安心してしまう。

 

 自分には彼女のようにはなれない。絶対になれない。断言できてしまうほど彼女と僕は違いすぎている。

 だけど僕たちは一緒にいられてる。こんなに違っているのに一緒にいることが全然苦痛に感じたことがない。

 それは今まで感じてきた“当然”の一部だったけど、もしかしたらこれも“当然ではないこと”なのかもしれない。何かが変わる、変えてくれる切っ掛けの一つになれるものなのかもしれない。

 

 そう思えるようになった時だ。

 ――幽鬼のようにおどろおどろしい怨念と怨嗟を込めたような、恨みに満ちた声で僕たちを地の底から見上げてきている声と言葉が聞こえてきたのは・・・・・・。

 

 

 

「貴族が私たち平民に上から目線で情けをかけるのか。舐められたものね・・・」

 

 

 ミルウーダが立ち上がり、負傷した腕を押さえながら暗く淀んだ憎しみの炎を宿した瞳で僕のことを睨み付けながら。

 一言一言に恨みを込めて、怨嗟を込めて、僕たちの今を支えている全ては自分たちから奪ったものでできているのだということを忘れるなと、言葉よりも雄弁に視線で語りかけながら。

 

「あなたたちが、あのベオルブ家の一員である以上、あなたたちは私の敵よ。

 それを覚えておくといいわ・・・・・・」

 

 僕に向かって最後の捨て台詞を吐き、この場を去るため背中を向ける。

 ――いや、正しくは“向けようとした”と表現すべきだったんだろう。途中で妹に声をかけられて立ち止まらされてしまったのだから。

 

「今の時点で忘れていませんので、ご安心のほどを。

 私たちとしては、なにも無償であなたを見逃してあげるといった覚えはないのですけど、そこは忘れて欲しくなかったのですけどね?」

 

 言われた瞬間、キッ!と鋭い視線でミルウーダはラムダを睨み付けた。ラムダは平然としている。

 ディリータと僕は「まさか」という思いと共に二人を見て、アルガスは黙ったままニヤリと笑っていた。

 ラムダ・・・いったい君はこれから何を言い出すつもりなんだい!?

 

「・・・やはり、それがあなたたち貴族の本性というわけね。先に言っておくけれど、私は敵に情報を売ってまで生き延びる気は少しもないわ。拷問にかけられたところで同じこと。

 仲間を売るぐらいなら舌を噛み切って死を選ぶ。それが誇り高き骸騎士の生と死の選び方だからよ、あなたたち卑劣な貴族の基準を私たちに当てはめないで」

「ご安心を。そんな野暮なことは致しません。私はあなたにメッセンジャーの役目を果たして欲しいとお願いしたいだけですから」

「メッセンジャー?」

 

 ミルウーダが、意外そうな顔になってキョトンとしながらラムダを見返す。

 怒りが抜け落ち、少し間の抜けた顔になった今の彼女は、年頃の娘らしいきれいな顔立ちをしていて、不意打ちで見せられた僕は思わずドキリとさせられてしまうほどだった。

 

「ええ、そうです。あなたのお兄さんウィーグラフさんに―――骸旅団の団長さんに対して、あなたの口から私の言葉として伝えて欲しいメッセージがありましたので、それを言付かって欲しいのですよ」

「・・・へぇ、ずいぶんと紳士的な手順を踏むものね。貴族らしい」

 

 侮蔑もあらわにして、彼女はラムダの顔を見下すように睨み付けると「フッ・・・」と笑う。

 

「それで? あなたは兄さんに私の口から何を伝えて欲しいというのかしら? あいにくと貴族どもから兄さん宛の罵声なんか聞き飽きるぐらい聞いてきたから覚えておける自信はないのだけれど。聞くだけなら聞いてあげてもいいし、覚えていたなら伝えてあげる。

 ・・・ああ、でも一つだけ確実に覚えていて伝えられると約束できる言葉があったわね。あなたたち貴族が私たち平民に対して謝罪の言葉を贈るようなら、確実に伝えると約束してあげる―――」

「無条件降伏の使者をお願いします」

「・・・・・・・・・は?」

 

 馬鹿に仕切ったようなミルウーダの雄弁を遮って、ラムダは僕やディリータ、アルガスさえも驚いて絶句させてしまう一言をつぶやいて、ミルウーダは眼をパチクリしたまま体の時を止めてしまっている。

 

 そんな彼女に、ラムダは力みのない自然な態度で、当たり前のように伝達してもらう要求内容を口にする。

 

「無条件降伏の使者ですよ。

 すでに戦いの帰趨は見えましたので、大人しく武器を捨てて両手を挙げて本拠地から出てきてお縄につき、“どうか部下たちの命だけでも助けてくださ~い”と勝利者側にお願いする、部下たちの生命に対する責任を全うしなさいと、骸旅団の最高責任者である戦犯のウィーグラフさんに伝えて欲しいと言ってるだけですよ。

 別に受け入れてもらえるかどうかまでは気にする必要性はありませんよ? メッセンジャーの役割は伝言を伝えるだけですのでお気楽にどうぞ」

「・・・・・・バカバカしい・・・」

 

 ラムダの話を聞いたミルウーダは、むしろ見下しと呆れの色を濃くした瞳で妹のことを見上げながら、自虐めいた口調で皮肉るように降伏した後の自分たちが辿る未来についてを口に出す。

 

「だいたい降伏して捕まったところで、私たちは全員そのまま処刑台に行くだけなのでしょう? 降伏したって殺されるなら結局は同じなのではないかしら?」

「そんなことはな―――ッ」

「まぁ、そうなるでしょうねぇ」

 

 僕が彼女の言葉を否定するため反論しようとした矢先に、妹のラムダが彼女の言葉を肯定してしまい、遅れてしまった僕は黙り込まざるを得なくされてしまった・・・。

 

「私も兄さんと一緒になって助命嘆願書ぐらいは書いて提出するつもりでいますけど、受理されることはまずありえないでしょうからね。言っちゃなんですが、あなた方は降伏して許されるには余りにも人を殺しすぎてきてしまっています。理由はどうあれ、極刑は免れようがありますまい」

 

 冷たい声で言い切られ、僕が絶句する中。

 ミルウーダは歯をむき出しにして獰猛に笑い、まるで追い詰められて猫に噛み殺そうとするまでに凶暴化してしまった鼠のように凶悪そのものの瞳で僕たち全員を睨み付け、憎しみとともに宣言する。

 

「私たちは、ここで死ぬわけにはいかない! 革命の途中で死ぬわけにはいかない!

 あなたたち貴族が私たちから奪ったすべてのものを返させるまで私たちの戦いは終わらない! 骸騎士団の戦いが終わることは決してない!! 貴族どもに捕まるぐらいなら戦って死んだ方が遙かにマシよ!!!」

 

 そして彼女は、自分たち骸騎士団が掲げる誇りを、その由縁を高らかに声高に歌い上げる。

 

「たとえ、ここで朽ち果てようとも私たちは逃げない! 現実から逃げたりなんか絶対にしない! 一人でも多くの貴族を道連れにして一矢報いてやる!

 私たちが投げた小石は小さな波紋しか起こせないかもしれないけれど、それはいつか必ず貴族社会を飲み込む大きな波へと育って、私たちの子供にお前たちに苦しめられない未来を与えてくれると信じている!!!」

 

 たとえそれで殺されたとしても、自分の死が無駄にはならないと世界に向かって叫ぶように・・・・・・

 

 

「私だって骸旅団の戦士ッ! 残された最後の一兵になろうとも降伏などするものか!!

 何故ならそれが、私たちが命を捨てて信じ貫く正しい正義なのだから!!!!」

 

 

 高らかに歌い上げられた彼女たちの誇り。

 その余りの熱と勇気と誇りを前にして僕とディリータは思わず圧倒されて、アルガスでさえ鼻白まされたように口をへの字に曲げている中。

 

 

 ―――熱とは無縁に冷めた口調で、冷静に冷静に彼女の言葉を見極めながら。

 ひどく冷たく、酷薄そうにも聞こえるほどに情熱の欠落したうそ寒い声で。

 

 

 “事実”を告げる言葉が、僕たち全てと骸旅団の誇り高い女戦士の鼓膜に響き渡る・・・・・・。

 

 

「救うと誓った民衆たちを無理心中に付き合わせながら、勝てもしない戦いを綺麗な言葉で飾り付けて、自己満足のなかで格好良く死ぬために・・・・・・ですか?」

 

つづく



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第9話

テレビの使えない早朝に書きはじめたのを完成させました。ミルウーダ初戦編は今話で完結です。


 周囲では、雨が降り続いている。

 やまない雨が、灰色のカーテンとなって私と私の周囲に立つ者たちの間を分厚い灰色のカーテンで覆い尽くし、まるで相手の姿が顔の見えない暗くくすんだ貴族の醜悪さを表す影絵のように私の目に見せてくれていた。

 

「なに、を・・・・・・言って・・・・・・お前はいったい何、を・・・・・・」

 

 そんな雨の中で私は、今まで見てきたその光景が目の前に立つ少女の言葉で打ち砕かれようとしていた・・・。

 突如として放たれた、ベオルブ家の血を引く小娘の言葉を切っ掛けに二人の少年達は驚愕の表情を浮かべて身動きが取れなくなり、先ほどまで私を殺せ殺せと喚いていた目つきの悪い貴族主義の騎士見習いも鼻白んだように黙り込まされてしまっている。

 

「お分かりのはずです、骸旅団団長の妹として組織の運営を補佐する立場の貴女なら」

 

 それほどまでに辛辣な一言。それを放った相手の少女貴族は、静かな口調と冷たい声音で弾劾者から弾劾される側に突き落とした私を見下ろし。

 表情と視線にふさわしいセリフで、やまない雨によって形作られていた灰色にけぶる風景と、その中心に立つ自分だけが鮮明で綺麗で、それ以外は暗い影を背負ったものにしか映らない忌々しいほど綺麗なカーテンを力尽くで引き千切って私に対して現実を突きつける。

 

「ご自分でも分かっておられるのでしょう? あなたは団長であるお兄さんを補佐する立場にあると骸騎士団当時の資料にはありましたからね。

 ならば、各地から追われて逃げ込んでくる途中の骸旅団たちが、どんな手段を使って本隊と合流するまで生き延びてこられたのかご存じのはずです。補佐役である貴女なら絶対に」

「そ、それは・・・・・・っ」

「略奪、暴行、人質を取っての立てこもりに、本隊から離脱し近隣の村々を襲う野盗化する者たち。腹いせに火を放って家屋を燃やし、畑には火をつけ、追っ手を振り切り足を止めさせるため何でもする。自分が生き延びるためなら他人の命や財産なんか知ったこっちゃあない。

 ・・・いつの時代の戦争だろうと、戦に負けて落ち延びる途中の敗残兵ほど民間人に悲惨な被害をもたらすものはありません。人は生き延びるためなら何でもするし、してしまう怖い生き物だと言うことは貴女ならご存じのはずでしょう・・・?」

「・・・・・・ッ」

 

 私は、自分の目を見つめてくる相手からの冷たい視線を受け止めることが出来ずに目をそらし、下を向いて唇をかみながら必死に反撃のための言葉を探して記憶の図書館をさまよい歩く。

 

 ・・・わかっていたことだった・・・そんな事ぐらい、ああ、わかっていた。わかっていたさ! その程度の常識的な現実ぐらい分かっていたんだ! 当然のことだ! 私はそれを解る立場にいた身なのだからな!

 兄が理想を追うとき、それを補佐する者が理想に足りない現実を繕わなくてはならない現実ぐらい、こんな小娘に言われなくたって五十年戦争を経験した私たちなら解っていた! 解っていたことなのに! だけど――ッ!!!

 

「付け加えるならば、どこの誰と戦うものであろうと戦争に必要となる物やお金を負担するのは貴族でも騎士でもありません。あなた方と同じ身分の平民達です。

 あなた方“骸旅団を討伐するため”に行われている今次掃討戦でも既に、かなりの量の必要物資徴発が行われている。あなたたちが無駄な抵抗を一日でも長く続けるだけで、私たち貴族側は集まった兵達全員分を養うために必要な分の補充を平民達に求める結果を招くのですよ。

 それを承知で行っているとするならば、それは間接的な収奪加担であり飢えた平民達の自殺を誘発する行為です。あなた方もまた私たちと同じ奪う側に今ではなってしまっている・・・」

「違う!! 我々をお前ら貴族なんかと一緒にするな!!」

「どう違うのです? どこが違うというのですか? 貴女にはそれを説明できますか?」

 

 首をかしげて、悪意も見下しの感情もなく、本当に『私たちが正しいと思うのなら証明して見せろ』とだけ思っているとしか見えない瞳で質問してくる眠そうに細められた少女の青い瞳。

 

 一瞬、雷鳴が鳴り響いて私たち双方の姿を白一色に染め上げた。

 その瞬間に、私は相手の顔が生気を持たない塩でできた女神の彫像であるかのように錯覚させられそうになる。

 石で造られた石像ほど冷たくはなく、生きていくため必須の塩だけで形作られていながら“甘さ”というものは一切持たない、ただただ口に入れると辛くなるだけの、そんな“正しさに満ちた”塩の女神像に・・・・・・。

 

「・・・貴方たち貴族は、私たちから全ての物を奪っていった。最初に奪っていったのは貴方たち、私たちはそれを返してくれと願っているに過ぎない。

 だけど貴方たちは返してくれなかったじゃない! ただ、ひたすら奪い続けるだけだったじゃないの! だから私たちは力を行使した! それのどこがいけないと言うの!?

 最初に貴方たち貴族が私たちから奪わなければ、私たちがこんなことをする必要なんてなかった!!」

「・・・!! それは・・・っ!!」

「――そうですね。その点では確かに貴女方の言うことの方に理があります・・・・・・」

 

 私の言葉に、今まで沈黙していたベオルブの娘からは兄と呼ばれていた少年が声を荒げようとして、妹の冷たい声と言葉に機先を制され再び驚愕の表情を浮かべると彼女の方へと視線の向きを変える。

 見渡すと、他の二名もまた愕然とした表情を浮かべさせられ一人の少女に視線を集中させている姿が視界に映った。

 ・・・・・・おそらくきっと、私自身も彼らと同じように驚愕の表情を浮かべているのだろう・・・。“こんな事はあり得ない”――と。

 だって、そうでしょう? 今私の目の前に立つ貴族の名門で武門の棟梁ベオルブ家の血を引く娘は私に向かって、“平民上がりの成り上がり女騎士”に向かって私の方が正しくて自分たちの方が間違っていたと認めたのよ?

 こんな事、あり得るはずないと誰だって予想なんかできないに決まっているじゃない・・・・・・っ。

 

「私たち統治者側は、あなた方その土地に住まう者たちを外敵から戦って守り、平民個々人ではできない大規模な工事や、全体の指揮をとる専門職としての仕事をこなしているからこそ、税金という形で貴女たち平民からお金と物をもらえる権利を得ている者たちです。その仕事をこなす事が私たち貴族にとっての義務と呼ぶべき代物でしょう。

 義務を果たさぬ者に、権利を主張する資格はなく。義務を放棄するなら、権利も共に放棄しなくてはいけない大前提がある存在のはず。

 王侯貴族の原則として見た場合に、私たち現イヴァリース貴族の多くがやっていることは、統治者としての王道から外れてしまっていると断言できる。それは過ちであり、間違った道です。間違いは正さなれなければいけません。彼女の今言った内容は、一言一句間違ってはいませんでした・・・・・・」

 

 無表情な中に沈痛な想いを滲ませながらベオルブ家の娘はそう言って、私を糾弾していた騎士見習い――アルガスとか言ったか?――が怒気で顔を真っ赤に染めて食ってかかろうと口を開こうとした、その瞬間に。

 

「しかし―――」

 

 と、続けて私を見つめ、先ほどまで以上に苛烈で容赦ない『正しさ』を持った言葉と確信を基に、私たち骸旅団の非をあらためて指摘してきたのだ。

 それは今までとは比べものにならないほど冷徹な現実。私たちが見たくないと願ってきていた理想の側面、歪められていない正しく歪んだ現実の姿、そのものだった・・・・・・ッ。

 

「飢えているから、奪われて返してくれないから、子供達のためだからといって、他人を殺し、物を奪い、略奪したり民衆を戦渦に巻き込んで殺してもよいということにはなりません。それは間違った者たちが自己正当化するときに用いる詭弁であって、正しさを主張する側が言うべきことではない」

「そ、それとこれとは話が違う・・・・・・」

「違いません。だいたい、今の貴女たちが奪われ初めて返してもらえなくなったのは、イヴァリースが五十年戦争で負けてお金がなくなったからではなかったのですか? わざわざ自分たちが否定している相手と同じ論法で自分たちの掲げた崇高な理想を穢してやる義理はあなた方平民達にはないはずです。違いましたか?」

「・・・・・・ッッ!!!」

 

 唇を噛みしめ、睨み返してやる事しかできなくなった私にベオルブ家の小娘は、容赦なく言葉の刃で追い打ちをかけてくる・・・!!

 

「それに貴女たち骸騎士団本隊にしたところで、貴族と貴族に仕える者たち以外は狙っていなかろうとも、あなた方が平民出身者で構成された骸騎士団の名で襲撃を繰り返している以上、結局その被害は同じ平民達から補填させられてきたのですよ?

 “同じ平民同士、骸騎士団から庇われたお仲間として責任を取れ”という論法によってね・・・」

「そんな・・・! そんなこと、って・・・・・・!!!」

 

 私は予想外の言葉に驚愕させられたが、すぐに相手の言っている事も普通にあり得たのだと気づいて二重の意味で愕然となり黙り込まされてしまう。

 考えてみれば当然の事だった。貴族達は奪うだけで返してくれない奴らだから私たちは力尽くで返させようと躍起になった。

 平民達を家畜同然のように扱って、奪うことは自分たちにとっての権利だと傲然といえるような連中が、私たちに奪われた物を再び戦う力のない民衆達から奪い直せばよいと考えるようになっても何ら不思議はない。

 私たちは、自分たち『平民のために戦う骸騎士』と『守るべき民衆』を別けて考えていたけれど、貴族はすべて例外なく否定すべき敵だと考えていた。

 

 ・・・もし、それが敵の側も同じであったら・・・? 貴族達にとって、私たち骸騎士も平民達も同じ平民でしかなかったとしたら?

 彼ら自分の身を自分で守ることのできない、守るべき力のない人々も『同じ平民で骸旅団の一員』と決めつけられて殺されるような事態になってしまっていたのだとしたら・・・ッ!

 

「~~~~~ッッ!!!!!」

 

 急激に体温が低下し、頭と心を満たしていた熱情が冷め、血液の代わりに氷を溶かした液を流し込まれて全て入れ替えられてしまったような猛烈な悪寒が私の体中を支配した・・・ッ。

 寒さと悪寒で震えが止まらなくなる。今まで見えてなかった物の中に、もしかしたらとんでもない事をしでかす恐れのあった物が混じっていたのかもしれないと気づいて途方もない恐怖感に魂の底まで雁字搦めに縛られまくる・・・ッ!!!

 

 ・・・そうだ。どうして気づかなかった・・・? 当たり前の結果を、どうして分からなくなっていたんだ? 一体何故? どうして? どうして? どうしてどうしてどうして・・・・・・

 

 

 

「――まっ、こういう理由で貴女にはウィーグラフさんの元に降伏勧告を伝えてきて欲しいと思いましてね。民衆達をこれ以上苦しめないためにも無益な戦をこれ以上続けたくはありません」

「・・・・・・」

「無論、それをしたことで結果的に得をするのは私たち貴族である事は認めます。事実ですからね。

 ですが、だからと言って今のまま戦い続けたところで貴女たちにはもう何も出来ません。無駄な悪足掻きになってしまっている今の戦いを続けることで平民達に今以上の負担を支払わせるべきではないと、そういう意図を貴女の口からお兄さんに伝えてあげて欲しいのですよ」

「・・・・・・」

「貴女から見れば同じにしか見えないのかもしれませんが、私的には他の私利私欲に走って義務を忘れた汚職貴族達と一緒くたにはされたくないと思ってますし、自分なりにイヴァリースの未来と国民達の生活とを考えているつもりではあります。

 そういう人も貴族の中にはいるんだという事を、どうか貴女の口から今一度だけお兄さんにお伝えくださいませんか? お願いします」

「・・・・・・」

 

 そう言って、平民相手に頭を下げてきた貴族の娘を前に私は何も言う事ができずに呆然としたまま立ちすくみ、ただ視線をさまよわせて右往左往しながら「えっと、その、えっと・・・」と意味のない言葉を繰り返すのみにさせられてしまう・・・。

 

 それは相手の言葉を受け入れたくない本心を、どう取り繕っているかで悩んでいるからだった。

 今までの私だったら目をそらして気づかなかったであろう邪な感情を、今の私はハッキリ見えるおかげで正体を看破する事ができていた。だから分かる。

 

 ・・・そして、それ故にこそこの願いは引き受けられない。引き受けたくない・・・・・・。

 一体どの口で、今まで信じて付いてきた兄と、その兄の掲げた理想を信じて命がけで戦ってきた同志達の前で今の話をできると言うのだろう・・・。

 

 したくない、言いたくない、こんな現実見たくなかった。夢だけ見たまま死んでいった方が遙かにマシだった・・・。

 

 そんな後ろ向きな思想にとらわれ、いっそこの場で自決してしまおうかと思っていた直後の事。

 私の立つ近くから声が聞こえて視線を向けると、白いフードをかぶった若い娘の骸旅団員が呻き声を上げながら、気を失っていた意識を取り戻しかけてる姿が目に入り―――!?

 

「ミンウ!? それに、向こうにいるのはまさかミーウなの!? あ、貴女たち生きて・・・!!」

 

 生きていてくれた! 死んでいなかった! 絶望に囚われて死を望もうとしていた私の心に光が差した、その次の瞬間に――ッ!!!

 

「おや、丁度良いタイミングで目を覚ましていただけましたね。よかったです。これで貴女が生きて骸旅団本隊と合流するための口実ができましたよ、良かったですね」

「・・・・・・」

 

 一気に、絶望のさらに奥底まで引き戻されて突き落とされた気分にさせられた・・・。

 この小娘・・・戦いが始まった最初の辺りから、こうするつもりで彼女たちを殺させないよう手加減して私たちと戦っていたわね・・・!!

 私だけでなく、骸騎士団全体の誇りと尊厳も舐められまくったものね本当に・・・!!!

 

「さぁ、どうぞ。指揮官の責務として傷ついた部下を連れて本拠地へとお帰りください。

 もっとも、自分の守りたい誇りだかプライドだかのために義務を放棄して部下達を無駄死にに付き合わせるのが正しい道だと考えているなら、無理強いはしませんけどね?」

「・・・・・・・・・」

 

 く、くそぅ・・・! この借りはいつか必ず返してやるんだから覚えてなさいよ本当に!!

 

「・・・わかったわよ。伝えればいいんでしょ、彼女たちを助けるためにも伝えれば!!」

「はい♪ お兄さんにどうかよろしく~♡」

「―――フンッ!!」

 

 私は見せかけだけだと自分でも分かった上で、無理して堂々とした足取りでその場に背を向け、立ち去っていき、ミンウとミーウも止めを刺そうと動き出したアルガスとやらを残る二人が羽交い締めにして止めてくれたおかげで無事に付いてきてくれる事ができたみたいで内心ではホッとしながら後ろを振り返る。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 冷たい目をした、ベオルブ家の兄を補佐する妹貴族の視線と目が合い、四つの瞳が交差する。

 お人好しで現実より理想を優先したがる兄を持ち、その兄を支える立場を自ら選んだらしいベオルブ家の妹と、骸旅団団長の妹である私・・・・・・。

 

「ふっ・・・」

 

 と、不意に一つの事に気づいて私は思わず吐息を漏らしてしまう。

 なんのことはない、貴族も私たち平民と同じような関係性と、兄弟を持つ者がいるのだ。

 それを私は解っていたつもりでいたけど、実際には解っていなかったのでしょうね・・・・・・『ベオルブ家の一員である限り全員同じ』と決めつけていた今までの私に、そのことが解っていたはずはないのだから・・・・・・。

 

「・・・今日の屈辱はいつか必ず返してあげる。骸騎士の誇りにかけて絶対に。絶対によ。それを忘れないことね、ベオルブ家の血を引く娘よ」

「覚えておきましょう。私も貴女と、貴女が今言った言葉を忘れるつもりはありません」

「貴女がベオルブ家の一員である限り、私は貴女の敵でいられる。貴女に受けた借りを返す機会は必ず訪れることができる。・・・・・・だから私が、貴女に受けた借りを返すまでは死ぬ事は許さない。絶対によ。それもまた忘れないで頂戴・・・」

「・・・(クスッ)わかりました。覚えておきましょ」

 

 忍び笑いを零しながら返事をするベオルブの娘に背を向けて、私は顔を見られないよう俯きながら歩き出し、しばらく行って道を逸れると、幹部級だけしか知らされていない細い抜け道を通って私たちが拠点として確保している場所『ジークデン砦』へと向かって歩み続ける。

 

 

 

「・・・グスッ。ミルウーダ様ぁー・・・私悔しいです・・・。貴族なんかに負けちゃって・・・ミルウーダ様の事も守り切る事ができなくなりかけてしまって・・・・・・エグッ、エグッ・・・」

「ミーウ! 今はもうそんなこと言わないの! 次よ! 次こそ奴らに思い知らせてやるのよ! それでお相子になるの! それでいいじゃない!!」

 

 ミンウとミーウが姉妹らしく息の合った、だが性格はやはり見た目ほどには似ていないところを発揮して言い合いを始めて、私は思わず笑ってしまいそうにさせられる。

 

「まったく!! ――ところでミルウーダ様、これからどうなさるおつもりなのですか? まさか本気でベオルブの娘の言ってた通りに、ウィーグラフ様へ降伏勧告を伝える使者の役目を果たされるおつもりではないのでしょう・・・?」

「いいえ? その役目はきちんと果たすつもりよ? 当然でしょう? 騎士が交わした約束なんだから」

 

 私の答えに相手は驚き慌てて制止してきて、そんなことをしたら裏切り者として殺されてしまう!とまで言ってきたけど、私は笑ってその可能性はないことを彼女たちに向かって説明した。

 

「大丈夫よ、問題ないわ。貴女たち同志を助けるためには受け入れるより他なかったと言えば兄さんは納得するでしょうし、降伏勧告自体は私以外からも来ているだろうし、言うだけなら別に問題はないもの」

「そ、そういうものですか・・・?」

「そういうものよ。―――それにね」

 

 言葉の後半は小声で呟き、相手には聞こえなかったようだけど、私は言い直す気にはなれなかったから敢えて気づかないフリして無視をした。

 

 ―――それに、どうせ伝えたところで何も結果は変わらないだろうから。

 

 などという碌でもない未来予測を彼女たちに説明してあげようなんて気持ちには到底なれなかったからだ。その予測がおそらく現実になるであろうものであったから余計に。

 

(兄さんは今更、誰に何を言われたところで決して戦いをやめようとはしないだろうし、最後の一兵まで戦い続けて貴族達を一人でも多く道連れにする道を選ぶと思う。

 それ以外の道を選べるような人ではなかったし、そういう人だったからこそ私たちは今まで付いてきたのだから。だけど―――)

 

 其処まで考えてから、振り返ってヨタヨタ歩いて付いてきてくれる二人の仲間であり友人達の傷ついた姿を見るとこう思う。こう思わずにはいられない。

 

 ―――あまりにも払った犠牲が大きくなりすぎているのではないだろうか・・・?

 そう思わずにはいられない心境に、今の私はなっていたからだ・・・。

 

「・・・・・・」

 

 そして正面に向き直ると、また山道を歩き始める。

 だからと言って、どうする事もできない自分自身の無力さに今更ながら気づいているのも今の私の気づきだったからだった。

 たとえ当初は正しかったこの戦いが、今はもう間違ったものに変わっていたとしても、私にはどうする事もできない。止められもしない。その権限も力も私個人には一切ないからだ。

 

 私は所詮、骸旅団団長の妹であり、組織全体の序列で見たら幹部の一人に過ぎない身の上。到底、組織全体の方針を変えられるような力はないし、個人的に呼びかけたところで集まってくれる人数などたかがしれている程度の武名しか獲得していない。

 

 その程度の存在なのだ。今の私という存在は。団長の妹という血筋だけで他の者とは違う価値が与えられてはいるものの、私個人が彼らよりも上の実力と知名度を有しているというわけではない以上、今更になって私が争いをやめるため役立てる事など何一つとして存在しない。

 

 もう、終わった事なのだ・・・。それを認めよう。受け入れよう。諦めよう・・・。

 せめて最期まで兄さんの理想だけでも信じさせてあげたまま死んでいく・・・・・・それが兄さんを信じて付き従ってきた、骸騎士団団長ウィーグラフ・フォルズの妹としての義務であり、勤めなのだから。

 

 

「・・・・・・結局、私は兄さんの事が好きだったから付いてきて、言うべきことを言わないであげてただけだって事ね・・・。滑稽な話だわ。あのベオルブ家の娘が知ったらなんと言われる事か・・・おお、怖い」

 

 クスクスと忍び笑いを漏らしながら、傷ついた部下達の歩調に合わせてゆっくりゆっくり山道を登っていく私たち。――その時だった。

 

 私たちを背後から呼び止める声が聞こえてきて振り返った先に、一騎のチョコボ騎兵が走ってくる姿が遠望できたのは。

 

 

「・・・この道を知っているということは幹部級。生き残りの幹部の中だと、ゴラグロスか。

 ―――でも、だとしたらチョコボの背中に乗せている“あの娘”は、いったい誰・・・?」

 

 

 こうして私は、後に『獅子戦争』と呼ばれる大乱を引き起こす事になる切っ掛けとなった出来事の始まりに出くわす事になる。

 そしてそれは、私が壊滅させられた骸騎士団の名を掲げたままラムザたちの仲間に加わる切っ掛けともなる出来事にまで発展していく始まりでもあったのだ・・・・・・。

 

 

 

 

 

「おお、予想以上の収穫だな。ラムダの奴から報酬はもっとふんだくれそうだぜ。

 ・・・しかもディリータの奴用に情報も手に入れちまったし、今月は臨時収入が多そうでありがたいねぇ~♪ そのためにも早く帰って喜ばせてやろーっと」

 

つづく

 

 

オマケ『今作オリジナル味方キャラクターの紹介』

 

【テッドウェット・ウェルバイン】

 ラムザやディリータ達と同じ士官アカデミーの生徒で、ラムザと一緒に付いてくる道を選んだ少年。ジョブは【見習い戦士】

 歴とした騎士隊長の地位を世襲して受け継いできた一族の長子なのだが、本人の性格は非常に軽く、軽快な若者。

 実は、ラムダの指示を受けて傷ついたミルウーダたちの後を追い、ここまでつけて来ていた斥候の士官候補生。

 

 ウェルバイン家は今でこそ歴史ある騎士隊長一族の家系になってはいるが、もともとは大昔の戦争で斥候として手柄を立てた末に騎士に取り立てられた傭兵を祖に持つ一族であり、その後に政治的手管を身につけて騎士としての家格を確実な物にした一族だったりする。

 

 両親はその関係上、息子に対してもラムザたち名家と誼を結んでおく事で将来の出世に役立たせようと考えて士官候補生を育成するアカデミーへの入学を望んでいたのだが、彼本人は家の祖であるご先祖様にあやかって斥候として貢献して手柄を立てたいと考えており、それを知っていたラムダから今回の役目を仰せつかってやってきている。

 

 アカデミーを卒業した後は父親の後を継がせるため、騎士団に入って父親の従士として学ばされる予定にはなっているものの、彼自身は家を飛び出し傭兵として食っていくつもりで今から金を貯めている真っ最中だったりする。家は次男なり三男なりが勝手に継げばいいと考えているようだ。

 

 堅苦しいのが苦手な性格のため、フルネームではなく【テッド】と略した名前で呼ばれたがる。

 また、爵位も持たない下級貴族に遠縁の従兄弟がいて、そいつの家では斥候としての技術が残され傭兵として食ってた時期もあると聞かされた事があることから、密かに「先輩」として慕っていたりする。

 ただし一度も会った事はなく、名前が自分と似ている事もあってか、一方的に親近感を抱いているだけの関係である。後に彼と出会って仲間同士になる未来を今の彼は当然知らない・・・。



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第10話

長らく更新止まってしまって申し訳ありません。ようやく更新です。ただ余りにも長く空きすぎましたため更新することを優先したせいで内容が前書いて削除したものと近いものになってしまいました。

予定していたダイスダーグ視点メインの話は次話に回して、シッカリ書かせて頂くつもりです。ダイスダーグ視点で見たベオルブ家の麗しい肖像を楽しめるよう頑張ります。

また、1章が終わるまでにオムドリアⅢ世メインの話も書きたいと思ってます。作中では出番のなかったイヴァリース王宮内の裏事情とか超好みです故に♪


 雨が降り続けている盗賊の砦からミルウーダさんたち三人が撤退していく中、

 雷鳴とともに、アルガスさんの罵声と文句が響き続けておりました。

 

「気でも狂ったのかラムダ!?お前は俺たちを・・・貴族を裏切るつもりなのか!!」

「・・・・・・」

 

 私は黙ったまま彼の言葉を背中で受け続け、穏やかな視線で去りゆくミルウーダさんたちの後ろ姿を見送ったまま微動だにせず、ただ沈黙するばかり。

 

「骸旅団殲滅はダイスダーグ卿からの命令なんだぞ!? それをお前は無視しようって言うのか!? たかが平民の反逆者どものためにお前は貴族の誇りを捨てて見逃しちまったんだぞ!? こんな事してタダで済むと思ってんのか!? ええ、オイ!?」

「・・・・・・」

 

 あらん限りの声量で響く怒声。それを抑えようとする兄さんとディリータさんの声まで掻き消すほどの大音量で木霊し続ける悲痛なまでの怒りと屈辱に満ちた「見習い騎士」からの非難と弾劾の言葉の数々。

 

 それらを私は、ただただ礼儀正しく無視し続けていました。無視している私にアルガスさんはさらに声を高めていきます。

 無視しているからこそ、無視されている方は声を高めてなんとか自分の主張に耳を傾けさせようと躍起にならざるを得ない。

 

「お、おいアルガス。ラムダもなにか考えがあって言ったのだろうし、とにかく落ち着けよ・・・」

「落ちつけだと!? これが落ちついてなんていられるかッ!?」

 

 見るに見かねたらしい気遣いのディリータさんが仲裁に入ってくれようとしたみたいですが、軍人としては比較的正しい理屈を言ってガン無視され続ける今のアルガスさんには届くわけもなく火に油を注ぐだけ。その後に兄さんからも何か言っていたようでしたが、成果らしい成果が出るわけもなし。

 

「・・・・・・」

 

 それでも私は黙ったままミルウーダさんたちの背中を見守り続け、アルガスさんが余計な手出しをしないよう立ちはだかり続け、傷ついた彼女たちの背中がゆっくりゆっくりと遠ざかっていくのを見送り続けたまま言葉を発しようとはせず、アルガスさんの苛立ちを加速させることだけに貢献し続けます。

 

「どうせ奴らに逃げ延びる道なんかない! ここで逃げられても奴らは北天騎士団の手で皆殺しになる! アイツらは死ぬんだよ、一人残らず地獄に落ちるんだ! そんな連中とお前まで一緒に心中してやる義理なんて少しもないんだ! わかるだろ!?」

「・・・・・・」

 

 響き続ける怒声。無視し続ける私。かつての貿易都市ドーターで骸旅団の捕虜相手におこなわれていた尋問が場所と相手を変えて再現されていましたが、あの時と今とでは致命的に違う点が一カ所だけありました。

 

 【身分の違い】です。

 

 私は大貴族、骸旅団捕虜は平民、そしてアルガスさんは下っ端の騎士見習い。正論や規則だけでは埋めがたい生まれの違いが彼の行動をあのときと同じにしないよう、見えない鎖となって彼の足をその場に縛り続けていたのです。

 平民相手ならば力尽くで突破して追いかけていって首を撥ねることができる“手柄たち”を、貴族の特権乱用で逃がしてしまって正当な非難の声には聞こえないフリして黙り込む。

 イヤな上位者が、ムカつく偉そうな態度を取るときの定番を私は再現しておりました。それ故アルガスさんの声量も、額に浮かぶ青筋の量とともに増えていかざるを得なくなっていたわけです。

 ですが・・・・・・今回はそろそろ我慢の必要性もなくなってきたようですね。“お互いに”

 

 

 傷口を押さえながら、負傷した部下二人をかばいながら、背後から気が変わったか罠でしかなかった私たちから追撃の刃を受ける危険性を意識しながら、ミルウーダさんたちの背中が一歩一歩、盗賊の砦から離れていって雨のカーテンが彼女たちの姿と足音を完全に拭い去って、私の耳元にはアルガスさんの罵声以外には何一つとして聞こえなくなった瞬間。

 

 風向きが変わったのでした。

 雨粒の落ちる方向が明らかに変化した次の瞬間、私は即座に控えていた策の発動を指令する決意を固めたのです。

 

 

「どいつもこいつも、いい加減にし―――」

「――テッドさん、来てもらってますか?」

「あいよ」

『・・・っ!?』

 

 突然、横合いから割って入ってきた男の人の声に、アルガスさんだけでなく兄様たちまで驚いたように一歩後ずさり、とかく『影が薄い』と言われがちな士官候補生学校での級友に驚愕の視線を向けたまま言葉を失って大人しくなってくれたようでした。

 ・・・考えてみると、クラスメイトに対して失礼極まりない対応だったように思えますが・・・今は都合がいいのでとりあえず無視です無視。友人関係でもいざこざ問題は権力闘争が終わった後でしましょう。

 

「さっき頼んできた要件だよな?」

「ええ。彼女たちの後をつけて欲しいのです。

 あの身体では北天騎士団の包囲を突破して骸旅団本隊と合流することは不可能でしょうし、自決するには白魔道士二人が足枷となるはずですので、おそらく幹部のみが知る抜け道か何かを使うはず。そこを見つけて報告してください。殲滅作戦本番で討ち漏らしがないよう念のためにね?」

 

 わざと具体的に長ったらしい解説口調でアルガスさんにも聞こえるよう、テッドさんへの任務を説明してあげていると背後から鼻白んだような気配が感じられてきましたが・・・・・・文字通り念のためです。もう一声いっときましょう。

 

「もっとも、それを使って脱出しなかったところをみても少人数しか使うことのできない獣道かなにかなのでしょうし、北天騎士団で攻め込むときには使えないかもしれませんけどね。潜入部隊を突入させるだけなら使えないこともないでしょう」

「了解。いっそのこと敵の本拠地まで道のりを調べてくるか?」

「必要ありません。抜け道に入ったのを確認したら即座に引き返して撤退してください。

 仮に尾行に気付いても、精神力を使い果たした白魔道士二人がいる間は気付かぬ風で無視してくれるとは思われますが、狭い隠し通路に入った後はその限りではありませんからね」

 

 クドクドと『白魔道士の部下二人と一緒に生きて帰す必要性』について口に出して説明し、私に詰め寄り肩を掴もうとしていた距離にあるアルガスさんが背後で完全に沈黙してしまったことを雰囲気でもって察しながら、私は彼の方を見ることなくテッドさんだけを見ながら釈迦に説法とは承知しつつも念を押すように含みを持たせることを忘れません。

 

「言うまでもないでしょうけど・・・・・・情報は持ち帰ってこそ意味があるものです。正確な情報を得ようと深入りするあまり、殺されて情報を齎せなくなったのでは全くの無駄死にです。浅くてもいいので手に入れた情報だけは絶対に持って帰ってください。そこは本気でお願いしますね?」

「あいよ、任せときなって。俺は『一命に代えても』とかの格好いいセリフを大事にしたがる騎士と違って斥候志望だからな。そこら辺は弁えてるから安心してくれや」

 

 軽く請け負って、素早く走り出す軽装の見習い剣士であるテッドさん。

 こういった細々とした依頼を色んな生徒たちから引き受けては少しずつ貯めてきたお金で、先日ようやく貿易都市ドーターで購入できたらしい『バトルブーツ』に新調した彼の足取りは軽く、負傷した上に足の遅い白魔道師を二人も連れたミルウーダさんたちに後発で追いつく分には大した問題もないように思われます。

 

「んじゃ、生きて帰ったら報酬の方よろしくな~♪」

「勉強させてもらいますので頑張ってくださ~い」

 

 軽く手を振って、偵察役を一人だけ送り出していく私。

 暢気な会話をしていようとも、『向かい風』に風向きが変わっている今の状態では、ミルウーダさんたちに聞こえたとしても、細かいところまでは無理だったでしょう。

 

 時期は十分。後は『後始末をする』だけが残っているのみ・・・。

 

「さて、と。―――アルガスさん」

 

 前を向いたまま私が言葉を発したとき、背後から一瞬「ビクッ」とした雰囲気と人一人分が纏った甲冑が鳴る音がしたような気がしました。それが私には酷くバカらしい。

 

「――先ほどは協力して頂き、ありがとうございましたね。おかげで彼女たちは私たちの嘘を完全に信じ込んでくれたと思います」

「なん・・・・・・ハァ?」

 

 一瞬、なにかを言おうとして口を開いた堅い表情が崩れ去り、相手が何を言ってるんだかわかっていないようなポカンとした間抜けな表情を浮かべられ、彼の後ろで兄様も不思議そうな表情のまま「・・・?」と疑問符を浮かべながら小首をかしげられ。

 

 唯一ディリータさんだけが「・・・・・・あっ!」と、遅まきながら私たちの置かれていた政治的状況と、今私がやろうとしている事を理解したらしい表情を浮かべられて―――微妙に苦そうな瞳で睨まれてしまいました。いつもながら、なんでだよぅ・・・。

 

「あなたが私の猿芝居に付き合ってくれて、平民たちへの誹謗中傷を大声で叫び続けながら、私たち貴族側にも意見対立や不和があるかのように見せかけてくれたからこそ、私の言葉にも説得力を付与させることができたのです。心からお礼を言わせてください、ありがとうございました」

 

 そう言って、頭を下げて見せた私の頭上において。

 おそらく全てを理解した彼は顔色を、青くしてるか赤くしてるか信号みたいになっているのでしょうけど、知ったこっちゃありません。

 これだけで、ディリータさんの問題発言が「猿芝居の一環」ということに変換できて、有耶無耶にしてしまえるのであれば安いもの。

 

「今回の成果は全部あなたあってこそのものです。ベオルブ家を代表して、今回の功には厚く報いることをお約束いたしましょう。あなたのお手柄です。

 どうか私からの感謝をお受けくださいませ、騎士サダルファス。貴方こそまさに先ほどの戦いの英雄です」

「・・・・・・っ、」

 

 軽く頭を下げながら、舞踏会でエスコートを求める貴族令嬢のように手の平の甲を差し出す私の仕草を見て、ラムザ兄様も『あ・・・・・・ああっ!?』と遅すぎながらも下手な演技の意味と目論見に気付いてくれたようでした。

 ・・・本当に遅すぎましたけどね。アルガスさんの方はとっくに気付いていて、だからこそ苛立ってもいる。

 苛立ってるから、女でしかないベオルブ家令嬢の私が『ベオルブ家を代表する』などという越権行為を働いていたことにも気付くことなく、ただただ手の平の上で踊らされることしかできない自分の立場への憎しみを募らせていく。

 

 

 ――今のイヴァリース貴族社会において平民擁護の言質を取られることは、たとえ法律的に問題がなくても自分か、その身内に危険が迫ってしまう可能性を秘めている言動。

 いえ、むしろ“法律的に問題がないからこそ”“自分と身内の身に問題が起きやすくなっている”そう言い換えた方が正しいのかもしれません。

 

 公明正大に表立って裁けぬ者たちに罰を与える私的制裁。身内に潜む裏切り者を始末して後顧の憂いを絶たんとする天誅。法で裁けぬ悪を討つ主観的正義のテロ思想。

 名前や言い方は何でもいいですし、どれだって意味するところは同じな代物ですけど、だからこそこの手の失言問題は理屈も道理も通じない。感情と情理だけがものを言う。

 

 だからこそ【巻き込む】

 この場で起きたことに問題があるとするならば、誰一人として例外はいない状況に追い込んでしまうまでのこと。

 

 ディリータさんの放った「平民擁護」の言動に問題があったとするならば。

 この作戦の勲功第一位に奉ってあげたアルガスさんの手柄にケチがつき、大貴族ベオルブ家のご令嬢から頭下げて受け取って欲しいと『オ・ネ・ガ・イ★』してあげてることを謝絶する権利と自由なんて階級制が法として敷かれている今のイヴァリースじゃ絶対に許されません。貴族の特権行使して、貴族の裏切り者アルガスさんを貴族社会的に抹殺です。

 

「・・・・・・・・・・・・光栄であります、ラムダ・ベオルブ嬢。不肖の身に過分なお言葉を賜りましたること、無上の喜びで御座います。

 報いるに、我が騎士としての忠義と献身の全てを捧げさせて頂くことをお約束いたします・・・・・・っ」

 

 歯を食いしばるような喜びの笑顔を浮かべられながら私の手を取り、手の平の甲に口付けをして上目遣いに睨み付けてくる相手をニッコリ微笑みと共に見返して。

 

 私はこの作戦最後の総仕上げである『後始末のための前準備』を、完全に終わらせるための言葉を放ったのです。

 

 

「これからご活躍を期待していますよ、騎士サダルファス卿。

 “私たち貴族に”貢献するために―――」

 

 

 果たして、私の言葉を正しく“誤解してくれた”のか否か。それは顔を伏せたまま騎士の礼をとり続けている彼の仕草からは察しようがありませんでしたけれども。

 まぁ、気付いたでしょう。普通に考えて。

 

 私が彼を『所詮は騎士で』『貴族ではない』と断言したことを。

 貴族にとって、騎士が『家来でしかない』という傲慢な貴族思考の典型例を分かりやすく伝えてあげたことに気付くぐらいの頭は間違いなく持ってる人ですから確実に気付くはず。

 

 

「ラムダ・・・? えっと・・・ディリータ、彼女は今いったい何を言って・・・・・・」

「――後で説明してやる。今はとりあえず、イグーロスに作戦終了の報告が先だ」

「・・・わかった」

 

 

 兄様もまた、私の放った私らしくない差別発言に気付かれたようでしたが、生来そういうタイプの考え方をする人ではないため目的までは理解できず、ディリータさんに補足してもらっているご様子でした。

 

 そのホノボノとした光景を見やりながら、当事者である私が考えていたことは全く別のこと。

 

 ――そろそろアルガスさんには、本気で出て行ってもらわないと危ないですからねぇ。

 ―――そうしないと多分、私たちが死ぬ。殺されます。

 

 ・・・味方の切り捨て時がきたことを知る、貴族らしい薄汚れた方法論だったのです。

 それは誠に逆説的ながら、『骸旅団の殲滅が確定してしまった現在の戦況』にこそ起因するもの・・・。

 

 

 実のところ貴族たちにとって、この骸旅団殲滅作戦は『既に終わってしまった出来事』になっているのが、貴族視点で見た私にとっての政治的実情です。

 既に骸旅団は戦力の大半を失って、残りも北天騎士団に包囲されたまま拠点に籠もって最後の抵抗を示しているだけの状態。袋のネズミな状態にあります。

 ミルウーダさんたちには悪いですが、追い詰められたネズミが覚悟を決めて猫に噛みついても痛いだけで猫が殺せることはありません。窮鼠が小石を投げたところで負け惜しみとしか映らないのが現実の戦争です。

 

 今やっている戦争に終わりが見えたのならば、『次の為の布石』として利用できる要素を探すようになるのが政治というもの。

 戦いを主導している貴族たちにとって、既に『論功行賞』という名の戦いの舞台は宮廷内へ戻ってしまっており、現場の下っ端たちが「思い上がった平民たち」を相手に雑草駆除するのに勤しんでる作業とは関係なく『次の戦いのための準備』に励み出しているころのはず。今さら血生臭くて泥臭いステージなんか見ちゃいなくなってることでしょう。

 

 

 ですが、戦いの価値は勝者と敗者だけでなく、味方同士であっても立場により異なるものです。

 特に敗残兵狩りは、下っ端に取ってこそ楽に手柄を立てられる戦場として最も喜ばれる類いのもの。次の戦いの準備を宮廷内でおこなえない者たちにとって、次の戦いでもっと上の地位に就いて始められるようにするためには、今この時の戦でどれだけ手柄を立てれるかがポイントになる。

 

 ・・・・・・さて、そうなると厄介になるのが今のアルガスにとっての立ち位置。

 『ベオルブ家の居候』であると同時に『ラムザ兄さんの仲間の一人』というお立場です。

 どう足掻いても、どんなに功績を立てても上司であり貴族でもあるラムザ兄様に全て持って行かれてしまうしかなく。

 兄様の側近の地位を得ようとしてたのか、追い出そうとしていたっぽいディリータさんへの誹謗中傷も然程は上手くいかなかったみたいですしねぇ。

 

 雑兵の首を討ち取ろうにも、『北天騎士団が包囲している骸旅団』を相手に、エルムドア侯爵配下のランベリー近衛騎士団の騎士見習いさんが勝手気ままに敵と戦えるわけもない。

 

 

 要するに、出会った直後は『幸運だった』ラムザ兄様との出会いは、今の彼にとって足枷にしかならない要素ばかりに状況によって変化してしまっているということ。

 彼としては、新しい就職先を探し始めている心境になっても全然おかしいところはなく、むしろ自然。

 

 そして―――

 

 

(私とか兄さんが下手に手柄立てて出世しちゃうと、ダイスダーグ兄上様から危険視されて抹殺の対象になりかねませんけど、彼の場合は根っからの余所者です。

 騎士の棟梁ベオルブ家の一員とはいえ、妾腹の末弟と、家督継承する可能性皆無な長女を捨てて、長男は無理でも次男に渡りをつけるのに利用するぐらいのことは躊躇いなくやっても不思議ではない。

 気に入った他人のために献身するのは好きですけど、気にくわない他人のために利用されてやるのは御免です。それぐらいならさっさと切り捨てるため、自主的に出て行きたくなるよう促した方が余程いい)

 

 そう判断したが故の今回の措置。

 なんか色々とゴチャゴチャして面倒くさいですが、それが貴族というもの。なれるより他に道はなし。

 

 そう思ってアルガスさんの処分方法を頭の中で数通りほど思いつきながら帰路に就いていた私でしたが・・・・・・その後思わぬ凶報に驚愕させられ、今まで進めていた思惑を完全に放棄することになる直近の未来を今の私は知らずにいました。

 

 

 

 ―――ディリータさんの妹、ティータさんが骸旅団にベオルブ家の一員と間違えられて誘拐されてしまっていたことを、今この時の私はまだ知らずに済んでいました。

 ・・・・・・今は、まだ。

 

 

つづく

 

 

オマケ『今作イヴァリースの政治的勢力図の解説』

*今話の中身が薄くなりすぎましたのでオマケとして急きょ書かせて頂いたものです。

 

 

【北天騎士団】

 自領内のガリオンヌに骸旅団の拠点があり、彼らの活動の中心地でもあることから最も積極的に戦い、戦果を上げている部隊。

 一方でザルバッグの差配により、他の騎士団たちも上手く配分して“南天騎士団以外には”適度に手柄を立てさせてやってもいる。これは将来的な敵勢力たちに自領内の地理や施設の内情などを知られないためという側面も兼ねてのもの。

 政治面ではダイスダーグがグレバドス教会やバリンテン大公に対して『戦火で家を失った戦災孤児救済のための義援金』を要請し、支払われた金を『ダイスダーグ閣下の決定によって』戦災孤児だけでなく家族を含めてガリオンヌ中にばらまくことで人気取りに励むと同時に“次の戦いのための志願兵集め”に忙しい。

 

 

【南天騎士団】

 現在進行形でも政敵で、将来的には宿敵となる勢力のため完全に邪魔者扱いされている。

 ガリオンヌ領内に軍を入れることは滅多になく、領地の外周地域に逃げ延びてきた残敵掃討のみが役割となってしまっていることから騎士団内には不満や怒りが高まってきている。

 ゴルターナ公自身は宮廷工作に忙しく、ゼルテニアの守りを腹心のオルランドゥ伯に一任し、自ら騎士団を率いて『かつての戦友ラーグ公を救援するため』ガリオンヌ近くまで出陣。以後は配下の騎士団に軍務を委ね、王都ルザリアに居住する有力者や議員たちの邸宅を飛び回るなど“軍政”に励んでいる。その成果は後の歴史が証明してくれることだろう・・・。

 

 

【ライオネル教会所轄領】

 グレバトス教会の所轄領であることからガリオンヌ領内へ軍を入れることは自主的に避けているものの、領内に逃げ込もうとする残党や賊たちに対して断固とした対応を取ることで協力の姿勢を示している。

 また、ダイスダーグからの要請に応えるため教会から指示を受けて支援物資を送っているのもライオネル領。

 ・・・ただし、その際に政治的配慮から輸送業務を委託されている民間の貿易商【バート商会】が、戦時下での混乱に紛れて何をやっているかまでは不明。

 ドラクロワ枢機卿がいつルカヴィになっていたかは解らないものの、悪魔に付け入られる欲望が生まれていたとすれば、この頃あたりからが妥当かもしれない・・・。

 

 

【フォボハム地方】

 先の戦争では唯一被害を免れている地方であることから、今回の骸旅団殲滅戦でも戦力温存に努めており、自領内からの賊追放には積極的だったものの以降は資金提供などでの協力に徹している。

 その反面、物と金の流れる過程で情報網構築にも励んでおり、公の趣味でもある希少武器収集を実益も兼ねてコネ作りなどにも活用するなど裏工作には意外と優れた手腕を発揮している。

 ・・・最近では、有名な貿易商のバート商会による『画期的な新兵器の開発計画』という噂を耳にして興味を持っているらしいが・・・・・・?

 

 

【ランベリー侯爵領】

 自分たちの主を骸旅団に誘拐されたことへの怒りと、主の窮地をラーグ公と北天騎士団に救ってもらえたことへの恩義により、“今の時点では”北天騎士団に最も好意的で協力的な他領の騎士団。

 エルムドア侯爵自身は療養中で、まだ前線に復帰しておらず配下の騎士たちだけが純粋に悪党退治に勤しんでいる。

 その純粋さが真実を知らされた後には諸刃の刃になることを、彼らはまだ互いに知らない・・・・・・。

 

 

 ――余談だが、ラーグ公の側近であるダイスダーグは、若い貴族や家臣たちに『功績の際立っていた者を妹の配偶者にと考えている』という噂が一部で流布しており、若い弟や子弟を持つ中級貴族たちの“権力欲”を刺激して発破掛けになっている。

 ただし、噂が真実か否かは本人自身が曖昧な微笑みを浮かべるだけのため不明。

 一説には、噂を流布させたのはダイスダーグ自身だとも言われているが、それもまた真偽不明の噂でしかない・・・。



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第11話

久々の更新となります、お待たせしてすいません。
…只どうにも最近、暑さ故なのか頭が上手く働いてくれず、文章がこれで大丈夫なのかどうか?の判断が客観的にできづらくなっている次第…。
今までと違うと感じさせてしまった方には深くお詫びいたします。

今回の話は、ダイスダーグ回。
後に続いていく、彼のセリフの発端の部分を想像で書いてみたベオルブ邸襲撃のオリジナル内訳話です。


 伝説があれば、異説が生まれる。それが人の歴史というもの。

 神話があれば、その聖性を否定するために反神話が生み出す者が必ず現れ、時に異説が伝説を覆すことがある。

 教会が長く主張してきた英雄王ディリータの伝説に対して、真の正義と騎士道を貫いた勇者ラムザ・ベオルブの異説が語られ出したのも、その流れの一つを繰り返しただけの行為だったのかもしれない。

 

 ――だが、それはラムザだけに限った話ではない。

 教会の主張する英雄王ディリータの伝説の中で、貶められてきた者の一人が真の英雄ラムザ・ベオルブであったなら、教会が教え伝えてきた歴史の中で彼と敵対したとされる全ての者たちにも同じ可能性があることを、否定された歴史は否定することが決してできはしない。

 

 これは、そんな異説の一つだ。

 英雄王と敵対し、後に軍を捨てて一人逃げ出したとされる敗軍の将。

 

 その一人の、語り継がれることが遂になかった歴史の異説を今、語ろう・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 ――雨が、降り始めようとしていた。

 昼頃から降り始めた雨粒が嵐となり、止むことなく降り続いていく状況の中で、骸旅団団長の妹である女騎士が自分たちの未来が閉ざされたことを知るのと、ほぼ同じ時間。同じ日の夕暮れ時に。

 

 盗賊の砦から三日と離れていない距離にある町の館で、彼女とは対極の立場と位置にある男が、彼女と同じ問題に苦悩し、同じ未来の可能性を思い描き、同じような手段を取ることを考えていたという事実は歴史の皮肉という他なかったのかもしれない。

 

 何故なら彼らは、同じ国で起きている同じ問題に同じ答えを見いだして、同じ解決策を考え出せたが故にこそ“決して手を組むことは出来ない間柄”になってしまった者たちなのだから・・・・・・。

 

 

「・・・・・・」

 

 ダイスダーグ・ベオルブは、自邸にある執務室で椅子に深く腰掛けながら考えに耽っていた。

 右手にはワイングラスが握られており、異国より取り寄せられた高価なワインが芳醇な芹香を部屋の中へ漂わせている。

 

「・・・・・・・・・」

 

 だが、しかし。そのワインは注がれたときより一滴たりとも量が減っておらず。折角の芹香も時の経過によって本来のそれより大分弱まってしまっている。

 椅子に深く腰掛けた部屋の主もまた、まるで物言わぬ彫像であるかのように微動だにせぬまま思考の海に、椅子よりも深く沈み込んだまま意識を遠い俯瞰の彼方へと飛ばし、現在という時に残された肉体には魂すらも残っていないのではと思われるほど、人形めいて感情の揺らぎを感じさせない。・・・そんな印象。

 

 一瞬、雷鳴が鳴り響いて、彼と彼の座する部屋の中を同時に白一色に染め上げる。

 その瞬間、彼の姿は生気を持たない塩でできた知神の像であるかのようにも見えた。

 

 石で造られた石像ほど冷たくはなく、生きていくため必須の塩だけで形作られていながら“甘さ”というものは一切持たない。

 ――そして、それ故にこそ人々が奪い合い、多くの利権が生まれ、新たなる闘争の火種ともなっていく人類の生存には必須の、だが多くの人の命を奪わせてきた。そんな“必要悪に満ちた”塩の知神像のように・・・・・・。

 

「・・・・・・っ。雨、か・・・」

 

 室内に轟き渡った雷の轟音を聞いた瞬間。・・・彼はかすかに、驚いたような表情を浮かべて呟きを発し、“数時間ぶりに”体を動かす。

 椅子から立ち上がろうとした時、ふと手の中にある感触を感じて視線を下ろすと、そこにある自分が注いだワインの入った器を見つけ、軽く目を見開きながら其れを見つめ、わずかに苦笑してからグラスを傾け中身を飲み干す。

 

 まるで、“今初めてワインの存在に気づいた”かのような仕草でワインを干すと、グラスを置いて窓辺へと歩み寄り、屋敷の外に広がる景色を見渡しのいい執務室の中から見える範囲までを見渡し回す。

 

 そして思う。

 

 ―――寂れたな。

 

 ・・・・・・と。イヴァリーズの現状すべての情報を知ることができる立場の大貴族、ベオルブ家の当主として、自分が見ている景色を眺めながらそう思わずにはいられないのだ。

 

 屋敷内でも高所にある自分の部屋から見渡せる、イグーロスの街の大通り。

 先の戦争での敗戦以降、経済的に衰退を続けているイヴァリース国とは言え、名門中の名門であるラーグ公のお膝元は流石に豊かさを留めていて娯楽もある。庶民の暮らしぶりも他の地域と比べれば天国と地獄のようだと、他の町を知る者は口々に言ってくれる。

 

 ―――だが、それでさえ開戦前の賑わいと繁栄を比べ見れば、天上と泥のごとき天地の開きがあるほど見窄らしく落ちぶれた感しか、ダイスダーグの目には映りようがない。

 

「・・・・・・雨は、不快だ。人に嫌な記憶ばかりを思い起こさせる・・・」

 

 不意に、眉根を寄せて唇をゆがめ、不快そうな声と口調と言葉によって、彼は自分の今の感情を吐き出すように表へと排出して毒気を払う。

 

 吐き出した毒の微粒子に混ざり込むのは、過去の記憶―――五十年戦争の中での出来事。

 あの忌々しい負け戦さえなかったら、今のような惨状を誇るべき祖国にさせることなど絶対なかったはずだと、彼の無念と憎しみを雨は力尽くで思い出させてくる。そんな負の力があるように思われて、ダイスダーグは心底から不快にさせられるのである。

 

 ―――雨水に濡れ、泥を被り、血反吐がへばり付いた華麗な鎧甲冑を重く濡らし尽くして、ただただ足取りを遅くするしか役に立たなくさせてしまう不快な記憶の象徴。

 自分たちの軍から退路を断ち、進軍速度を遅らせて、あと半日降り始めるのが遅ければ放棄する必要がなかったはずの占領地から撤退して逃げ帰ってくるしかなかった敗走の記憶と屈辱を、彼は一秒たりとも忘れたことがない。決して忘れることなど出来はしない。

 

「・・・戦で荒れた田畑は実りが少なく、領地内で実効支配できている地域は首都周辺の一部のみ。

 かつて偉大だったイヴァリース王家の権威など、もはや何処にも残ってはおるまい」

 

 彼はそう呟き、窓の外に広がる灰色の雲で祖国を覆った暗雲を睨み付ける。

 ・・・本来、あの戦争は勝てる戦であるはずだったのだ。

 オルダリーアの支配を嫌ったゼラモニアの意思を受けて宣戦を布告したデナムンダⅡ世陛下が遠征の途上で病に倒れることさえなければ、あのまま自分たちイヴァリース軍は喉元まで手をかけつつあった敵国首都ブラまで一挙に進軍して城下の盟を布くことも十分に可能な戦況だったはずだ。

 

 否、たしかにデナムンダⅡ世陛下の病没によって最初の遠征が失敗に終わったことは痛恨事であったが、それでも挽回は可能だったはずだ。

 王位を継いでロマンダ・オルダーリア両軍と渡り合った勇敢なる国王デナムンダⅣ世陛下がご健在であるならば、オルダーリア如きに屈辱的な事実上の降伏でしかない和平交渉などする必要はなかったはずなのに・・・・・・。

 

 

「――改革が必要なのだ。

 衰退の事実を認めることなく、古き領地に固執し続け、痩せこけた土地すら手放そうとしない愚か者どもを一掃し、既に死に体となったこの国を今一度、偉大だった時代に戻すためには生まれ変わらせるより他に道はない」

 

 

 そう、彼は断言する。それが彼がこの景色から眺め続けた末での結論だったからである。

 維持できる分だけを残し、守れぬ部分は全て切り捨てる。旧来から自分たちの物だった土地全てを維持することは出来なくなった今では、そうするしかない。

 今のイヴァリースには必要な切り捨て策を、今までの体制に凝り固まった古臭い血だけしか取り柄がない老害貴族共には取れなかったことが現状の衰退を招いた一番の原因。

 安全な宮廷に居ながらにして戦争を起こす無能な門閥貴族共には期待できない。ならばそれが出来るのは、自分たち前線で屈辱的な敗戦と撤退とを経験してきた武門貴族以外にはいないではないか…っ。

 

 

 …彼は、忘れることが出来ない。

 あの戦いで祖国の勝利を信じて出征し、父の指揮の下で連戦連勝を続けて帰国してきた自分たちが見た光り輝く舞踏会を。戦意高揚の凱旋パレードを。宮廷で煌びやかなドレスに身を包んだ美姫と踊る社交パーティーを。・・・彼は決して忘れることなど出来はしない。

 かつて偉大だったこの国はもはや、先祖の勇名に泥を塗ることしか出来ない無能者どもに支配された三流国家へと成り下がってしまっている。

 

 勇敢な王だった、二人のデナムンダ陛下と違って、今のオムドリア三世は暗愚の極みであり、イヴァリース王家の血を引いている以外に何の取り柄もない出涸らしでしかない。

 もともとお二人の兄君方がご存命であったなら、王位など手に入るはずもない王位継承権などないも同然のスペアでしかない栄光ある王家の居候。

 

 そんな輩でさえ、尊い血を引いているだけで王になれるのだ。

 なら我ら、武門の頭領たるベオルブ家が、あの戦争で国を守るために犠牲と努力を払ってきた我らが王となり、改革と復興の担い手となったところで何の問題があろうというのかーー

 

 

「誰かが変えなければ、この国は滅びを免れることは出来ぬ。そしてそれは、戦争を敗北へと導いた宮廷育ちの廷臣どもには不可能な話。宮廷に人材はおらぬ。

 とすれば、我らベオルブ家がやるしかないではないか・・・・・・」

 

 そこまで言い切った後、ダイスダーグは僅かに躊躇いを覚え、続きを口にすることに迷信じみた恐怖心を感じて、其れを感じてしまった自分自身への怯懦な心を振り払うが如く、強い口調で続きを口にして柳眉を逆立て怒りを露わにする。

 

「・・・共に歩んでくれればよかったのだ、父上・・・。

 そうすれば私も、父殺しの簒奪になど手を出さずに済んでいたものを―――」

 

 彼の胸に去来する、過去の記憶。

 それは自分の訴えを何度耳にしても聞き入れることなく、ただ「ベオルブ家は王家に仕え、騎士の模範として在り続ければ其れでよい」と同じ言葉を繰り返し続けた頑迷なる父と、最期に交わすことになってしまった“あの日”の記憶。

 

 ラムザが到着する前、僅かな時間だけ寝たきりになった父と二人きりになったときに告げられた例の言葉。

 父の死後、数年が経過した今も忘れることが出来ずに留まり続けている、不快極まりない老人の繰り言と断じてきた諫言。

 

 

「・・・ラムザは、父上に似ている・・・」

 

 不意に、彼は独り言の話題を変えた。

 珍しいことだった。否、それ以前に彼が独り言を言い続けること自体が、希有と言うよりほとんど奇跡に近い希少性を持ってしか起こらないはずの異常な事態。

 あるいは彼にも、高ぶりがあったのやもしれない。長年、用意周到に積み重ねてきた雌伏の時を終え、遂に偉大なる祖国を自分の手で再生させる第一歩目を記し、最初の一幕目を終えようとしているのだ。彼をして興奮するなという方が無理なのかもしれなかった。

 

「ザルバッグは、ベオルブ家の名誉を穢すおこないは決してできぬ。名誉ある役目のみを与えておけば味方として留め続けることができるだろう。

 ・・・・・・だが、ラムザが父上に似ていることだけは厄介だ・・・」

 

 自分にとって尊敬できる対象だった父。幼い頃には目標として憧れて、騎士の目指すべき理想として背中を追い続け。・・・やがて袂を分かった存在。

 次弟と並んで、最も身近で見てきた相手だからこそ解るのだ。父に似ている、天騎士バルバネス・ベオルブに似ていると言うだけの理由で・・・・・・ラムザは自分の目論みに賛同することは決してないだろうという、未来予想図が・・・・・・。

 

「・・・ラムダは、はたしてどちらに付く・・・?」

 

 そして最後に思い出した対象。ベオルブ家の長女にして、ラムザと年の近い腹違いの妹ラムダ・ベオルブ。

 一番下の妹であるアルマが政治的な面だけでなく、能力的にも何ら障害にならなければ敵になり得るほど大した力を持ってもいないことから“警戒しなければいけない可能性”という評価基準で見られていないことを考慮するなら、ベオルブ家中で最も判定が曖昧にならざるを得ない少女騎士。

 

 彼女に対してダイスダーグは、特に悪感情を持ったことはない。言われたことをよく理解し、兄たちの意図を汲んで動くことも出来、指示される前からやるべき事を理解している賢い妹だと、かわいく思う気持ちもある。

 

 ・・・・・・だが、どこか彼女には完全な信が置けないところをダイスダーグは本能的に感じ取っていた。

 それは疑惑と呼べるほど確かなものではなく、単なる疑心暗鬼で終わってくれるならそれに越したことはない程度の不安。

 

 別に好きこのんで身内の処理を望むほど、残忍な性格になった覚えもない以上、できることなら家族とは敵対することなく革命と改革とを同時に推し進めたいものだが、果たして―――

 

 

 そう思っていたときのことだった。

 扉の向こう側から「トン、トン」と。軽くノックをする音が響いてきたのは。

 

 

「・・・誰か」

『私でございます、ダイスダーグ様。おくつろぎのところを、申し訳ございません』

 

 聞き慣れた老人の声と言葉に、ダイスダーグは意識と視線を扉へと向けた。

 ベオルブ家に長年仕え続けた家令の老人である。ダイスダーグを幼い頃から世話してきてもらった間柄であり、滅多なことでは他人を信じようとはしない彼も、この信頼に値する老執事だけには多くの私事を任せ、留守の間の館の情報は全て彼が担っていると言っても過言ではない。

 

「・・・何事かあったか?」

『火急の知らせに御座います。手の者が三人、やられました。どうやら賊が、この館に向かっておるようです。至急、戦支度をお召し下さいませ』

「・・・あいわかった。すぐに参る」

 

 短く返して、余計な動きなど含ませずにダイスダーグは、キビキビとした歩き方で扉の方へと近づいてゆく。

 そこには一本の剣が、壁に絵画の代わりのようにして飾られている。

 

 【ディフェンダー】

 古代の魔法文字を彫り込ませることで神秘の力を宿した騎士剣だ。

 宝石がはめ込まれた丸い柄頭が特徴的な逸品で、その希少性と相まって芸術刀としての価値は驚くほど高く、それ故に普段は部屋の飾りとして威光を放たせてある北天騎士団では一本だけしか保有していない極めて貴重な宝物。

 

 ・・・・・・だが元来、伝家の宝刀とは抜かれるときのために鍛え上げられた武器のことを指して呼ぶ。

 いざという時、他の何者よりも切れ味鋭く、敵を切り裂くことができぬのであれば、どれほど希少性の高い宝剣もナマクラよりも安っぽい主を守る役には立たぬゴミに成り下がる存在。

 

『・・・ダイスダーグ様! 敵が参りました! お早くッ!!』

「今、行く」

 

 扉の外から聞こえる声に合わせて、数瞬早く、そして遅れて、幾つかの怒号と破砕音と悲鳴と絶叫が、連続性を無視して不協和音のごとく飛び交い、醜悪な楽団が奏でる出来損ないの楽曲を響かせる音を耳にして、ダイスダーグは鎧を着る間も惜しんで剣だけを握りしめて扉の前に立つ。

 

『ダイスダーグ様・・・っ』

「うむ」

 

 切羽詰まった声で、主の身を案じる信頼厚い老執事の声を聞き、ダイスダーグは扉のドアノブに手をかけて、外側へと一気に押し開く。

 

 そして。

 

 

「―――ぐほハッ!?」

 

 

 悲鳴と血反吐と、刃が肉を切り裂き内蔵までもを突き破られる耳障りな音を轟かせ・・・・・・ダイスダーグを騙し討ちした男の一撃は、“無言のままの相手”に自分だけが全ての楽曲を演奏させられる役目を負わされるだけで終わって・・・・・・そのまま彼の人生も終わりを告げられ死んで逝った。

 

『な、なにッ!? なんだとッ!!』

「・・・随分と、我が屋敷の家令も侮られたものだ・・・」

 

 肩をすくめながらダイスダーグは、今し方自分が手にかけた男の死体を冷然と見下ろし。

 その横で倒れたままピクリとも動かぬ、生きてはいるが死んで逝こうとしていた者より動きが少ない、信頼する老執事が目を開けたまま眠り続ける姿を見つけて独白する。

 

「・・・アンデット化によるものか、あるいは薬物か。もしくは話術士にたぶらかせでもしたのかまでは分からぬが・・・・・・臣下の貢献には報いるのが主の勤めなのでな。罪人として皆殺しにされてもらうぞ。

 納得はしなくてよい、ただ皆死ね。無礼者ども」

『ヒッ!?』

 

 相手の細い体から噴き出された殺気に当てられ、途中参加の者が多かった骸騎士ゴラグロス率いるベオルブ邸への奇襲部隊は態勢が乱され、恐怖心から一歩退く者たちばかりの臆病者の群れと化す。

 

 もともと五十年戦争で勇名をはせた歴戦の騎士という称号は、骸騎士団だけの専売特許ではない。

 同じ戦場、同じ戦争で、ダイスダーグも共に戦い、共に勝利、同じ敗北を味合わされ、大半の骸騎士よりも多くの敵の命を奪ってきたのだ。

 ウィーグラフならいざ知らず、たかが平民出の下級騎士如きに後れをとるほど柔な鍛え方は、戦後の事務仕事が多くなった生活の中でもしてきた覚えは一度もない。

 

 殺戮が、始まった。

 数で圧倒的に上回っているはずの骸旅団たちを、ダイスダーグはたった一人で相手取り、一方的に翻弄しながら一人、また一人と確実に敵を仕留めてゆく。

 

「ひ、退け! いや、距離を保て! 弓兵隊、放てぇーっ!!」

 

 隊長格らしき男が部下たちに命じる声が廊下に響く。

 遅ればせながら、ダイスダーグの有利さと、自分たちにとっての不利な地形に気づいたようだった。

 

 狭く長い廊下の中で、襲撃者側がいくら剣を振り回そうとも、互いが互いの攻撃に当たらぬよう廊下の横幅までの人員しか投入することができずに、結局は数の差を活かすことができていない。

 むしろ、廊下の幅いっぱいに弓兵隊を並べて一斉に放たせた方が、敵に近づかれることなく蜂の巣のようにして殺せる分、効率的でよい戦術なのだと、この隊長はようやくその事実に気づいたようだった。

 

 だが、しかし。

 

「愚かな・・・」

 

 ダイスダーグは敵の愚かすぎる命令を耳にして、言葉に出して短く侮蔑し、心の中では激しく見下していた。

 彼は、そのまま退くことも逃げることもしようとはせず、ただ真っ直ぐに前に出て隊長格の男の前に配置されていた弓使いどもの方へと全速力で急速接近してくるのみ・・・!

 

『なんだと!? 気でも狂ったのか! ええい、構わん! 殺ってしまえ! 放てぇー!』

 

 己の常識では計ることのできない相手に対する恐怖が多分に混じりあわされた射放命令。

 その声に合わせて、怯えながらではあっても一斉に放たれて、ダイスダーグへと向かっていく矢の軍勢。

 

 ・・・・・・しかし。

 

『ば、バカな! そんなバカな!? ヤツは神話に出てくる化け物かなにかなのか!?』

「・・・ふん」

 

 自分に向かって飛来してきた矢の群れの内、体捌きで躱してなお、致命傷は避けられない数本だけを『素手で【キャッチ】し』掴み取った敵の矢を適当な場所へと投げ捨てて接近を再開するダイスダーグ。

 

 弓矢隊で仕留めるために陣形を変えてしまったまま戻すことができず、必勝のはずの弓矢を素手で捕まれて防がれるという神業に度肝を抜かれた骸旅団に、北天騎士団を率いる頭領一族の長男とまともな戦いとなれる者など一人も残っているわけもない。

 

 程なく全滅させられ、一人残らず皆殺しにされるという大損害を被らされながら、自分たちが敵に与えた戦果はといえば体の各所に矢が掠めたことで血を流している、見た目だけなら出血多量のように見えなくもない負傷した姿。それだけをダイスダーグに晒させることができた。それだけだった。

 

「・・・つまらんな。所詮は武装しただけの平民の群れか・・・大事の前の錆落としにもならん」

 

 心底からそう思っているらしい声と口調でそう言い切った後、剣を大きく振って血を払い、鞘に収めてから・・・・・・背後を振り返る。

 

 そこには先ほど自分を謀るために利用された老執事の死に顔があった。

 また一人、自分たち偉大なる祖国を守り続けてきた者たちの一人が減ってしまった。殺されたのだ。敵国の勇者相手の決闘ですらない、平民如きの卑劣な手にかかって――。

 

「・・・・・・うっ!?」

 

 だが、そこで初めてダイスダーグは蹈鞴を踏んで、膝をついた。

 立ち眩みがし、目の前がよく見えなくなり、意識が朦朧としてきて立っているのがやっとの状態。

 まるで“風邪によく似た症状”と全く同じ其れは―――

 

「モスフングスの胞子から抽出した・・・毒か・・・・・・っ!!」

 

 心からの憎悪と怒りを込めて彼は呟き捨てていた。

 かつて彼が、国を救うためにやむを得ずとった手段を、今度は自分を殺すために『国を救うためには必要』と信じて用いてくる愚か者共がいたのだ。

 

「……父上ッ!」

 

 彼はそこに、父の遺志を見た。見てしまった。

 それは毒で頭をやられ、頭痛により弱まっていた思考力が雨という天気と先刻まで考えていた懊悩の記憶とを整理するため一時的に陥らされただけの錯覚だったのかもしれない。

 だが常ならば弱者の戯言と断ずる迷信じみた発想を、この時の彼だけは笑い飛ばすことが出来なかった。

 何故かは解らぬ。父殺しの所業に内心で罪悪感を抱いていたからかもしれない。押さえてきた感情が一時に爆発する切っ掛けを与えられ、毒で抑えが利かなくなっただけかもしれない。

 

 精神面で生じた疑惑に対する彼の出した答えが正答か否か分からない。

 だが、今の肉体が負わされた体調悪化の原因予測だけは確かな正鵠を得ていた。

 

 今まで自分が食らってきた鏃の全てに同じ毒が塗ってあったことを確信する。

 ・・・いや、それでも足りない。あの毒は中毒性が弱く、ただ体に掠らせただけでは幾ら数が多くとも、これほど短時間で効果が出せる毒ではな―――待て。

 

「まさかコヤツら・・・・・・全員か!? 全員が中毒状態にされた体で捨て駒として使い捨ててきたというのか・・・!?」

 

 彼が愕然としながら行った予測を肯定するかの如く、遠くの方から複数の足音と、野太い男の声による事情を知っていなければできない指示が響いてくるのを薄れゆく意識の中で彼は確かに耳にする。

 

「今ならダイスダーグは満足に動けん! 全員かかりで殺せ! 絶対に生かすな! こいつを殺せなければ俺たちに未来はない!!」

「く・・・っ!」

 

 震える足に力を込め、痛む頭にまだ眠るなと厳命し、力尽くで自分の体を立ち上がらせて剣を握らせ、ザルバッグが救援に駆けつけてくるまでの時間を稼いでみせると決意を心に抱きながら立ち上がる。

 モスフングスの毒に犯され尽くした死体から、血とともに流れ出し続けて血煙と共に充満した毒素に塗れながらダイスダーグは死戦する。

 

 やがて遠くから「兄上ーっ!!」という怒号が聞こえてきたことで安心し、気を緩めた瞬間に不覚にも意識を失ってしまい、命惜しさに自分へ止めを刺すより逃げ出す方を優先した賊どもの頭目に追撃の刃を振るうこともできずに眠りにつき、しばらくの間気を失うことになる。

 

 気を失っていたのは、そう長い時間ではない。

 せいぜい1分か2分の短時間でしかなかったが、彼の脳裏が記憶を整理していく作業の中で、過去のあの時の出来事が記憶の図書館から引きずり出されて閲覧させられていた時間は、彼にとって短いと感じれるものでは全くないものでもあったのだ。

 

 

 

『他人の力を借りなければ戦もできぬ王! それが今のイヴァリース王家の実態です!

 力を持つ者に、持たざる者は支配される・・・その事実は今のイヴァリースが示している!

 かつて力を有していた王家も、今では墜ちるところまで墜ちてしまいました!

 ならば我ら力ある武門の頭領ベオルブ家が王家に取って代わるのが当然の流れ!

 何故それを理解してくださらないのです!? 父上ッ!!』

 

 

 自分が亡き父に対して、決起と翻意を促す声が延々と終わることなく流れ続けている。

 全ての騎士たちに頂点に立つ、騎士の模範とも呼ぶべき【天騎士バルバネス・ベオルブ】が挙兵したとなれば、革命と改革の成功率も効率も大いに上がるのは間違いなかったのだから。

 

 ・・・・・・だが父は、ただ黙って首を振るばかりで自分が主張する正しい世の見方に賛同してくれることは一度もなかった。

 

 

 

『・・・ダイスダーグよ。我が自慢の長男よ。お前が私に怒りを抱く気持ちは分かる。ベオルブ家が欲しいというなら、お前にやろう。

 だが、せめて最後に一つだけ、死に逝く父との約束を守ってはくれまいか・・・?』

 

 

 舞台が変わり、二人きりとなった十年前のベオルブ邸で、まるで自分が息子に殺されるのを予期していたかのような言葉で自分に語りかけてきた青ざめた父の死に顔に、相手よりさらに青ざめさせられた顔色を浮かべて恐怖する自分の顔が見えてくる。

 

 

『ダイスダーグよ、お前はできた子だ。出来ぬことなどない。理を知り情を操る術を知り、そして利発だ。

 お前が自分より遙かに劣るオムドリア陛下よりも、自らが王位には相応しいと確信する理屈も理解できる』

 

 

『だがな、ダイスダーグよ。お前には・・・いや、ベオルブ家にはたった一つだけ、オムドリア陛下よりも欠けているものがあるのだ。それを認められぬ限り、お前は決して王にはなれぬ。

 ダイスダーグよ、ベオルブ家当主の座を継ぐのはよい。ラーグ公の側近として宮廷政治に進出したいと望むなら止める理由をワシは持たない。お前ならば凡百の廷臣たちより余程うまく国を動かしていくことも出来るだろう。

 ・・・だが決して王位だけは望むな、ダイスダーグよ・・・。お前がそれを望んでしまえば、必ずやそれが、お前自身を滅ぼす最初の一滴目になる。そうなることしかできんのだ・・・我らベオルブ家にはどうしても・・・・・・王位だけは望むことは・・・・・・絶対に・・・・・・』

 

 

 

 ―――そう、この言葉だ。この言葉が気になり、自分の王に足りない部分は何なのかと考え続け、あらゆる努力を積み重ねながら自分はあの頃より遙かに成長した。

 強さも権力も度量も率いる兵の数も全て、当時とは比較にならぬほど強力になった。

 

 今の自分ならば確実に王になる資格を持っている。

 暗愚なオムドリアよりも国を良くすることが自分にならば間違いなく出来る。

 事実として、ベオルブ家もラーグ家家臣団への差配も、イグーロスの領地運営もすべて。

 自分が担っているのだ。自分が民たちの生活とイグーロスの現状を維持しているのだ。他の者には出来なかった。

 ましてラーグやオムドリアなど、家柄だけを理由に他の貴族たちから敬意を払われ、自分では何もしようとはしないまま、ただただ自分がもたらしてやった成果だけを咀嚼して、美味しいところだけ持って行きたがる貴族の風上にも置けぬ無能の極みでしかないではないか。

 

 

 ―――だというのに、まだ私が王につくのを否定するのか!?

 まだ私に従う立場に立たされるのを拒絶するつもりなのか!?

 

 すでに事実上、貴様らを支配しているのは私なのだ! ラーグはただの傀儡でしかない! 実質的に支配者の地位を有しているのは既に私なのだ!

 

 実質に形式を伴わせる、只それだけのことが何故納得できないのだ!? 何故受け入れられないのだ!? まだ私には足りない部分があるというのか!?

 

 

 ――おそらくは、そうなのだろう。

 事実として此度の襲撃で不覚をとり、自分は負傷し、勝てるはずの相手に深手を負わされる醜態を晒してしまった。力ある支配者として不適格と言われても仕方があるまい。

 

 なればこそ、より自分に厳しくあたるようにならなければならない。

 自分にはまだ“甘さ”があったのだ。だから今回のような不手際を招くことになったのだ。

 

 自分はもっと強くならなければいけない。甘さなどという弱さは、強さにとって邪魔者でしかない。

 王になるためには、王として相応しいと万人に認められるためには。

 今より強い力を。もっともっと力を。

 王になるために。王に相応しい人間になるために。王に相応しいと誰からも認められる偉大な人間になるために。もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと――――

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・これは伝説の英雄にまつわる人物の異説の話だ。

 英雄になれたかもしれない男の話。

 英雄になれたかもしれなかったが、“なれなかった男”にまつわる反神話。

 

 人として真の勇気をラムザ・ベオルブから学ぼうとする者たちは留意せねばならない。

 正しさを学ぼうとする者は、等しく間違いについても学ばなければならないという事実を。

 

 ダイスダーグ・ベオルブが目的のために被り続けた、氷の如き冷徹の仮面。

 その下に隠され続けた憤怒の心。

 それは、今を生きる我々全ての人々が被り、隠しているものなのかもしれないのだから。

 

 

 人は何故、どこで間違えるのか?

 それを理解せぬ者に、真実を求める人の心を理解できることはない・・・・・・

 

 

 

     【評伝ダイスダーグ・ベオルブ~戦犯の犯した真実を探す再評価の旅~】

                         著者アラズラム・デュライ




*今作におけるダイスダーグの思想設定の説明を追記しておきました。

今作におけるダイスダークの目的は【ベオルブ家がイヴァリースの頂点に立つこと“ではなく”】【自分自身がイヴァリース王になること】とする作者なりにダイスダーグの行動を総まとめした評価を基準としたものとなってます。

理由は、「そもそも彼のやり方でどうやってベオルブ家がイヴァリースを支配できる立場になれるのか?」という疑問点によるもの。

ディリータの場合は、あくまでオヴェリア王女を主君をして仰いで、自分は部下として戦乱を終結させた一番の功労者として女王と結婚。王家の仲間入りした後、自分とオヴェリアとの間に生まれた男児が即位してから事実上のハイラル王朝が始まる流れができあがる。

これに対してダイスダーグの場合だと獅子戦争に勝利してオリナス王子を正式に王にした後、ラーグ公最大の側近として妹の王妃ルーヴェリアの息子に、アルマ(今作だとラムダでも可)を嫁がせて王妃の叔父となり、王妃の実家として第二のゴルターナ公の地位を手に入れる。
その後、アルマ(もしくはラムダ)との間に生まれたオリナス王子の子供が即位することで事実上のベオルブ家支配によるイヴァリース体制が誕生できる。

ですが、その頃には自分は爺さん。
なにより王妃の叔父で、新王の祖父ではあっても、自分自身が王にはなれない。

だからこそ、あんな途中から支離滅裂になってきた手段を取るようになったんじゃないのかなーと、推測した次第です。

ぶっちゃけ、ラーグ公の側近で戦功があったってだけで、王家と血のつながりが殆ど無いベオルブ家が無理やり王の座を手に入れちゃうと他の家臣や、オルダリーアとも血縁あるっぽいので介入する口実与えかねませんのでね。

第二のゼラモニアとして、第二次五十年戦争勃発させるだけの暴挙ではないかと推測して見たので、たぶん願望で目が曇っていたのではないのかなーと。そういうオリ設定ッス。


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第12話

昨晩、久々に感想をもらえたことで急激にやる気が出過ぎてしまって、他の作品が手を付かなくなってしまったので急きょ完成させてしまいました。

他作品の次話執筆は、これから再開ですので待ってくださっている方は申し訳ございません…。

今回の話は、【ダイスダークの見舞いに訪れる前までの経緯】です。
そのせいで今話も半ば以上オリジナル内容に…急きょ書くとこうなりやすい作者の悪癖ですよね…(反省)


 ダイスダーグ兄君様に命じられていた任務である盗賊の砦に立てこもっていた骸旅団の一隊を倒し終えた後、私たち士官候補生の一団はイグーロス城への帰路を歩いておりました。

 

 と言っても、勝った直後にその足でイグーロス城へと凱旋する途中って訳ではありません。

 戦い終わった夕暮れ迫る空の下、おまけに雨まで降っている中での行軍なんて危なっかし過ぎますので、一旦ガリランドまで距離を置いて後退した後、宿屋と自分たちの寮部屋で一泊して身体を休めてから、翌朝になった後の帰還となります。

 

 電灯もなく道路もガードレールもない、おまけに害獣よりも凶暴で強いモンスターたちが襲ってくる可能性のあるファンタジー世界の夜道を好きこのんで歩きたがる物好きなんて滅多には実在しないものです。

 砦を攻めるときには、敵を逃さず勝つためにも強行軍を強く主張した私ですけど、逆に勝った後の今では無理をする必要性を少しも感じちゃいませんでしたので一晩グッスリ寝てからの出発に異論はなし。

 せっかく戦死者出さずに勝つことができた戦いの帰り道で、天候悪化による事故で犠牲者出しちゃったら洒落にもなりませんし、格好付かないにもほどがある・・・・・・安全策を選べる時には選んどいた方がいい、それが常識。戦時下の軍隊においてさえ変わりようのない真理ですね。

 

 こうして、ゆっくりと養生してからノンビリと再出発した私たちだった訳ではありますが。

 ・・・しょーじき、「知らなかったが故の気楽さだった」という事実は否定しようがなく、私たちが休んでる間に起きてた大事件を知ってた場合にまで、私が今と同じようなリスクマネジメント的に正しい決断ができていたかと言えば怪しい限りではあるのですけどけれども・・・。

 

 それは私たちが、マンダリア平原へと入ってきた、丁度その時のことに起きた出来事――。

 

 

 

「・・・ん? 向こうから何か近づいてきているみたいだな。

 あれは・・・チョコボ騎兵か?」

 

 と、いつも通りに先頭の斥候役を買って出てくれていたディリータさんから私たち全員に報告がもたらされたのです。

 

「チョコボ騎兵だって? 掲げている旗印はどこのものか、見えるかいディリータ」

「ああ、確認するまでもない。薄い青の下地に白獅子――北天騎士団の正騎士だけが使用を許されている旗印だよ。乗ってる騎士も青色のマントを羽織っているところから見ても間違いはないだろう」

 

 ディリータさんの報告を聞いて、私と兄様は少しだけ首をかしげてしまいます。

 イグーロスから今更・・・・・・? どこかの部隊に新たな命令でも届けに行く途中なのでしょうか? それにしては一騎だけで護衛がいないって言うのも緊急事態ぐらいしか思いつかない数ですし、初陣直後の頃ならいざ知らず現在の戦況で骸旅団残党の、そのまた生き残りがラーグ公のお膝元近くで隠れ潜み続けていられるとは考えづらいのですが・・・なにかあったんでしょうかね?

 

「どこかの部隊への伝令役かな? だとしたら歩行の礼儀として、僕たちが道を譲るべきところなんだけど・・・」

「いや、どうやら俺たちの方に向かってきているらしい。真っ直ぐこちらを目指して直進してきている」

 

 そう告げながらディリータさんは、相手の味方と思しき騎士の姿が近づいてくるのをジッと見つめ続けながら―――ソッと、右手のひらを腰に這わせて、得物である剣の位置と存在とを確認しているところは流石と言うしかありますまい。

 

 北天騎士団の正騎士とは言え、相手が味方どうか確実なことは何も言えない以上、備えておくに越したことはないのです。

 向こうから近づいてきている方が足が速く、少ないとは言え人間の小集団である私たちの方が移動速度は圧倒的に遅く、相手が到着するのを準備整えた上で待っていた方が即応できると判断して、とりあず荷物を降ろして使者を迎え入れる準備と『刺客を歓迎してやる準備』を同時に行いながら待っていたところ。

 

 その騎士は、私たちの前にやってくるとチョコボの上に跨がりながら、よく通る口調で叫ばれたのでありました。

 

「私は北天騎士団所属、騎士ラッセルである! 役儀によって質すが、ベオルブ家の末弟ラムザ・ベオルブ殿率いる隊とお見受けするが如何に!?」

 

 強い口調で、でも少し焦りを滲ませた汗まみれの表情を浮かべて必死そうに問いただしてきた男性騎士ラッセルさん。

 手綱を引いてチョコボを急停止させ、鞍に跨がりながら問いかけてくる声には力があり、もともと兄様は“そういう事”に興味ないどころか深く関わり合おうとするのに苦手意識よりも嫌悪感を感じてしまうタイプでしたので、相手のやや居丈高に見える態度にも気を悪くするでもなく、礼儀正しく質問に答えようとして―――その瞬間に。

 

「無礼でしょう! 礼儀を弁えなさい!!」

 

 と、強い口調で私が横から叱責したことで相手の騎士と兄様たちの視線が私に集中し、私は相手の騎士だけを見据えたまま強い口調で語り続けました。

 

「如何に北天騎士団における専任者とは言え、ベオルブ家の末弟たる方に対して騎乗したまま指示を伝えるとはどういうことか!? 確かに我らは士官候補生なれど、ラムザ・ベオルブ隊長はダイスダーク卿直々に骸旅団掃討のため一部隊を任せられたお方。

 そのお方に対して、命令がましく上から意思を押しつけようとは、誇り高き北天騎士団員は礼儀も心得ぬのですか!?」

「――っ!! し、失礼つかまつった!!」

 

 強い口調で叱責され、相手の正騎士ラッセルさんも普段は真面目な騎士さんだったらしく、私の叱責を素直に受け入れ己の非を詫び、チョコボから降りて兜を脱いでラムザ兄様の前で跪くとベオルブ家に仕える臣下の礼を取られておりました。

 

「火急の知らせとは言え、主家に連なるお方に対して非礼の数々、どうかお許し願いたい。いえ、許して頂けなくて当然だが、故あってのことなのです。御家の大事がかかっておりましたので・・・」

「あ、いやその・・・そんなに気にしなくてもいい。あなたの方が年上で、騎士団内では先輩でもあるのだから・・・」

 

 こういうことに慣れていない兄様が、相手のへりくだった態度に右往左往しながら対応しつつ。私の方にも恨みがましい目を向けてこられてましたのでさり気なく無視して見ないフリして逃げる私自身~。

 

 実際問題、「緊急事態」と言ってる相手に対して形式過剰すぎる対応だったなとは、正直自分でも思ってはいる言葉のかけ方だった訳なのですけれども。

 一分一秒を争う戦争中に形式主義なんて邪魔なだけで、効率優先、さっさと報告役を通してしまった方が良いに決まっているし、権威とか面子とかバカバカしい・・・・・・現代日本人感覚としては、そんな感じの理屈の方が説得力高く感じられるのでしょうねぇー、きっと。

 

 ただまぁ、これも夢のない現実問題として、こういった形式的な上意下達が『非常事態にも実行できるか否か?』が重要になる類いの問題でもあるのが事実ですからねぇ。

 正直、普段の平和で安全な時期の方が命令やら形式やら無視されたところで犠牲者多数出まくるって事態にはなりづらいでしょう。緊急時だからこそ序列と手順を守って動けるかどうかが結構重要になってくる部分なんですよな。

 

 大地震が起きたときに日頃やってきてた避難訓練の手順を守らず、勝手に一人だけで暴走して周囲をドミノ倒しに巻き込んでしまうという内容を連想すれば、分かりやすいのではないでしょうかね?

 いざとなれば、やらざるを得ないからやって見せる!・・・なんて意見の人もいるにはいますけどね。

 それで上手くいくのは『本番に強い人だけ』であって、大抵の『普段から出来てないしやってもいない』って人たちは、何度やっても出来ないもんは出来ないままでしょうよ。大抵の普通の人たちは、そういうもんです。

 

「それで、僕に伝えたい知らせというのは?」

「ハッ! 昨日の夕暮れ時に骸旅団の別働隊がベオルブ邸の屋敷を襲撃、ダイスダーク閣下のお命を狙っての奇襲を行ってきたのです」

「なんだって!?」

 

 兄様がここで初めて怒気と驚愕を表に出し、強い口調で相手に問いつめられました。

 

「それで!? ダイスダーク兄さんは御無事なのか!?」

「ははっ! 賊たち迎撃の途中で負傷されましたが、ザルバック団長が救援に駆けつけ事なきを得たとのことです。お命に別状はないとのことでありました」

「そうか・・・良かった・・・」

 

 心底から安堵しているらしい兄様の横顔を見て、私は思っていた皮肉や嫌味を飲み込んで頭を回転させ初めて行きながら、彼らの話にも耳を傾ける。

 

「閣下は一刻も早くラムザ殿のイグーロスへの帰還と、ダイスダーク閣下へのお見舞いに訪れるようにと求められておられまする。何卒、一刻も早くイグーロスへお戻り頂きたい!」

 

 言わずもがなの要求を口にされ、反応に困った上で兄様の視線が定まらなくなってきた頃。

 

「――では、兄様とディリータさんは先行してイグーロス城へ急いだ方がよろしいでしょうね。ぞろぞろと足の遅い部隊を引き連れて急ぐことはありませんから」

 

 と、割かし一般論を吐いてきた私の言葉に対して兄様は、驚いたように瞳を大きく見開いてナニカの思いを訴えかけようと口を開こうとした動作を示してきましたので、何か言われる前に「提案理由」についての説明を続けてあげましょう。

 

「残された部隊を誰かが統率しなくちゃいけませんし、ディリータさんでは生まれの事情的に角が立ちやすく、アルガスさんは立場的に完全な余所者です。

 私がやるのが一番問題ない状態だからやるだけですよ。すぐに追いつきます、兄様たちは先へ行って待ってて下さいませな」

 

 そう言って肩をすくめて顔も背け・・・・・・本当の目的の方を隠せたことにホッと安堵の息を吐く私でありましたとさ~。

 いえ、心配する気持ちはあるのですよ? 血の繋がった兄を心配するのは妹としては普通のことですし。

 

 ただまぁ・・・襲撃されたのが昨日で、今日になっての連絡により「命に別状ない」ということが既に確定されてしまっている状況。

 既に峠を越えられて、安定化に入ってるらしい状況・・・・・・騎士や黒魔道師が必要ある状況なんですかね? これって。

 

 今のダイスダーク兄さんに必要なのは、むしろ医者とか白魔導士とかアイテム師であって、人殺しと国と主君守るしか能のない職業軍人である私たち騎士がゾロゾロ行っても邪魔なだけでしょうよ。

 それぐらいなら、年上の兄様と居候のディリータさんの二人で行って誠意伝えて、残るメンバーを私が混乱させずに連れて帰って迷惑をかけない方がまだマシというもの。

 

「でも、ラムダ。それじゃあ――」

「大丈夫ですよ。ザルバッグ兄君様もダイスダーク兄君様も、そこら辺のことは話せば分かってくれる方たちです。最初は不快に駆られるかもしれませんが、ディリータさんにでも説明して頂ければたぶん大丈夫でしょう。多分ですけれども」

「――わかった。ここはラムダの意見が正しいだろう。悪いが、後は任せて俺たちだけで先行させてもらうことにする」

「ディリータッ!?」

 

 苦い表情ながらも了承の意を返してくれたディリータさんに対して、情が深すぎる兄様の方はまだ納得しきれなかったのか非難がましい視線と共に振り返られて、年来の親友から落ち着き払った声音と表情で見返される。

 

「どのみち今のまま全員で移動したのでは急げない、少数で先行するのは避けられないんだ。

 ダイスダーク閣下の家族であるお前が行かない訳にはいかないし、俺だってそうだ。

 ベオルブ家に恩がある平民出の俺が、家長である閣下の負傷を知って任務を優先したというんじゃ今まで通り屋敷内に居続けることは許されないだろう。

 と言って、ダイスダーク閣下から指揮権を与えられている部隊を放置して問題を起こしてしまえば、その方が却って迷惑をかけることにもなるだろう。

 お前以外で部隊の指揮を委ねられる人間がラムダしかいない以上、そうするしかない。これは仕方ないことなんだよラムザ」

「そ、それは・・・・・・そうかもしれないけれど・・・・・・」

 

 冷静に論理的に論破されて尚、歯切れ悪く反応される兄様。

 珍しく今日だけは妙に強情さを見せつけてこられるのは、おそらく『あの時のこと』が未だに響いてる故の後遺症なのでしょう・・・・・・。

 

 あの『五十年戦争末期の日』バルバネスお父様の死に目に際して、最後に駆けつけることができて、遺言となる最後の会話だけ話すことが出来たのは家族の中で私と兄様だけでしたから・・・・・・。

 士官学校への入学準備で忙しく、あれでも最大限急いで最期だけでも看取ることが出来たのは行幸だったというタイミングでのものでしたが、兄様の中では痼りとして残っているのでしょう。

 同じ想いはしたくない・・・という気持ちは分からなくもありません。

 

 ――まっ、もっとも今回のは多分大丈夫だとは思いますので、兄様の杞憂だろうなとも思ってはいるんですけどね~。

 そんな危ない状態に陥っているなら、逆に私たちには知らせないでしょう。お父様と違ってダイスダーク兄上様の場合にはの話として。

 あの人の場合は、根っからの政治家ですからねぇ~。こんな戦況で自分が死にそうな状態にあることは絶対に秘匿しようとさせるはず。

 代理でも身代わりでも影武者でも何でも立てて、死んだ後でも生き続けているよう見せかけることぐらい平然とやりそうな人ですし・・・。

 

 『我が死を三年の間、秘匿せよ』・・・でしたっけ?

 甲斐の虎と違って身内の絆を強調する人じゃなさそうですが、基本的に強行的な外交政策が多いって点では似てる人でしたからなぁー・・・。知者は時に同じ答えにいたるもの、多分似たようなこと考えると思います。多分ですが。

 

「ああ、それとですが、アルガスさんも連れて行く先行メンバーの中に入れておいてあげて下さい。彼もいないと何かと面倒なことになりかねないでしょうからね」

「――はぁ!? 俺がか!? なんでだよ!!」

 

 一瞬前まで、関係ない他人事の三文人情ドラマでも見ているかのような、退屈そうな表情をしておられたアルガスさんに水を向けると、当然のように彼は食ってかかってきて日頃から嫌われている私の提案に意図も解せぬまま猛然と反論してきますけど、想定の範囲内なのでどうでもいいっス。名分という名の口実は既に用意してありますのでご安心のほどを。

 

「なんでも何も・・・当然の人選でしょう?

 あなたは先日、骸旅団の魔手から北天騎士団によって救出されたことになっているエルムドア侯爵の配下で、見習いとは言え近衛騎士団の一員です。

 そんな身分にある者が、ベオルブ家の家内で厄介になりながら当主の負傷に心配して駆けつけないというのでは、些か問題になるのではと思ったのですが?」

「む。・・・それはまぁ、確かにそうかもしれないが・・・」

 

 アッサリと勢いを削がれて糾弾の声も弱めてしまうアルガスさん。基本的にこの人、頭は悪くないんですけど感情が先に立ちやすく、特に嫌いな相手に対しては脊髄反射的に反発を返してしまいやすいところがある人ですからねぇ。感情的な怒声ではなく、冷静な理屈で返されると妙に弱い特徴がある。

 

「ついでに言えば皮算用にはなりますけど、先日の一件でお世話になったベオルブ家へと侯爵閣下の家臣として誠意を伝えるだけでも好意を得られてコネも出来、ベオルブ家とのパイプ役としてランベリー近衛騎士団の中でも頭一つ抜きん出れるかもしれませんよ?」

「・・・ふん。見え透いた美味しい餌だな、そんな挑発に誰が乗るかよ」

 

 そう言って、皮肉気な笑みを浮かべながら私に向かって背を向けるアルガスさん。

 ――が、しかし。最後の瞬間に浮かべた口元の笑みが、皮肉で隠しながらもニヤけていたのは私には丸見え。伊達に貴族社交界で生きてきた名門貴族令嬢はやっていないのですよ。

 本音を隠して笑顔を浮かべ合い、左手に毒塗りのナイフを握りしめながら右手で握手を交わし合う、それが権力者同士の利害関係が絡んだ社交場というもの。いつの時代もそれは変わりません。中身が平和ボケした現代人だからと言って、過酷な中世ヨーロッパ風異世界人に劣ると決まっている訳でもなし。

 

 

「だが、お前の言うことにも一理ある。今日のところはお前の案に乗せられてや――」

「では、アルガスさんも快く快諾してくれたようですので、全会一致で兄様たちだけ先行出発に方針を決定いたします。全員急ぎ準備に取りかかって下さい。出足の遅れを取り戻すため一刻の猶予もありません、さぁ早く! 急いで下さいッ!!」

『応ッ!! 任せろ! 三十秒で完了させてやるぜッ!!(あげるわッ!!)』

 

 

 そして、越権行為な副隊長である私からの号令の元、【イヤな野郎が自主的にいなくなってくれる事】が決定された皆さんたちが大急ぎで決定が覆される前に準備を完了させてしまい、ほとんど追い出すみたいな勢いで兄様たちと一緒にアルガスさんを先行させて出発させて、本気で兄君様を心配している兄様と、私たちの本音を見透かしている呆れ気味なディリータさんと、皮算用の笑みを浮かべているアルガスさんという、少し変な組み合わせの三人だけの部隊を先行させ終えた後、私たちもようやく再出発。一路、イグーロス城を目指して行軍を再開いたしましょう。

 

 

『行ってらっしゃいラムザー! 閣下によろしくなーッ!!!

 ・・・・・・あと、二度と帰ってくるなよアルガスー。月の出る晩は、せいぜい背中に気をつけやがれや―――』

 

 

 と、自分たち部隊のリーダー様を気遣いと共に送り出す、心優しい学友の皆様方。

 ・・・・・・なんと言うか、私が言えることじゃないんですけど・・・ここまで嫌われてたんですねアルガスさんって・・・・・・ちょっと引いたのはナイショです・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、数刻後。

 ガリオンヌの成都イグーロスにあるベオルブ邸にて。

 ベオルブ家の次兄、ザルバッグ・ベオルブは荒れていた。

 

 

「・・・遅いッ! ラムザたちはまだ戻らないのか!? こんな時に・・・・・・!!」

 

 苛立たしげな口調で、屋敷勤めの家臣たちに何度も何度も確認の声をかけ、同じ返事をもらう度に怒りの水量を増して家臣たちを一層怯えさせてしまう悪循環に捕らわれている最中だったからである。

 常は豪放磊落ではあっても、冷静な判断力は失わないことに定評がある【ガリオンヌの守護神】とも賞される北天騎士団長たる彼が、ここまで感情的に考えて行動してしまうのは極めて希で、家人たちとしても慣れない事態に対処に困り、とにかくラムザたちへと連絡を付けさせることを急がせることに全力を尽くすしかなくなっていた。

 

 とは言え、これは彼ら使用人たちの側にも責任がない訳でもなかった。

 彼らの多くは日常的な家の業務をこなすだけの末端であって、彼らに個別の指示を与えていた全体を統括するダイスダークの腹心とも呼ぶべき家令が暗殺の犠牲となってしまったことにより、現在ベオルブ邸の家事を担う者たちの職場は単なる前例処理の場と化してしまっていたのである。

 

 長男を負傷させられたことに怒り狂ったザルバッグから、二人の弟妹たちにも『家族の危機』を伝えるよう指示された彼らは【盗賊の砦に立てこもる骸旅団の討伐に向かったラムザたち】へと連絡を付けるため【盗賊の砦“だけ”】に使者を向かわせ、既に戦闘が終わっていた戦場跡に本人たちがいなかった場合は帰ってくるようにと指示を出してしまったのだ。

 

 空しく手ぶらで帰ってきた使者から事の次第を聞かされたザルバッグは流石に閉口させられ、呆れ果てて怒る気にもなれず、自らが鍛え上げた北天騎士団員の中から使者となる者を指名してガリランドへ向け送り出した。

 

 それが今朝のことである。たった一晩とは言え、無駄足を踏ませるためだけに浪費したかと思うとザルバッグとしては苛立つなという方が無理であり、それでも騎士たる者が武器を持たぬ使用人に制裁を加えるべきではないと自制してやっているだけマシな対応になっていたのだが。

 そのような声に出さぬ怒り狂った主一族の気遣いなど、彼ら言いつけられた仕事を完璧にこなすことだけが自分たちの役目だと思い込んでいる者たちに理解できる訳もなく、ただ怒り狂う主家のとばっちりが自分たち従僕にまで飛び火しないよう祈るばかりだったのだから・・・。

 

 

「ざ、ザルバッグ様・・・今、ラムザ様がお帰りになられました・・・」

「そうかっ!!」

 

 歩み寄ってきた使用人の一人から待ち望んでいた報告を聞かされ、ザルバッグは解放された心地で歩み出し、自らの足で弟“たち”を出迎えてやろうと早足で廊下に歩を進めていく。

 屋敷に仕える使用人どもが何か言ってきていたが、答えることなく無視してやった。

 もともと気の長い方ではない彼には、同じ人の言葉も通じない“異世界人共”の話になどこれ以上付き合っていられるかという想いを態度として現さずにはいられない気分になっていたのだ。

 

 ようやく自分と想いを共有し合える身内がやってきてくれたかと、喜び勇んで玄関ホールへと足を踏み入れたザルバッグであったが、彼を出迎えてくれた弟たちの姿を目にした瞬間、急激に眉の角度を逆立てずにはいられなくなる不快な光景を目撃させられることになる。

 

「ザルバッグ兄さん! ダイスダーク兄さんが負傷させられたというのは本当ですか!?」

 

 心配顔で尋ねてきてくれる末弟の方は良い。

 ディリータも、血が繋がっていないとは言え共に同じ屋敷で過ごしてきた家族に準ずる者だ。・・・ティータを守り切れなかったという負い目もある。

 アルガスとやらいう、サダルファス家の跡取りも自分との間で密約を交わした者として礼儀は守ったというところか。

 

「兄者は治療のための麻酔が切れ、先ほど目覚められたばかりだ。今は自室で養生しておられる、身の程知らずの賊共の討伐成功という報告と共に顔を見せに行ってあげると良いだろう。

 ・・・ところでラムザ。ラムダはどうしたのだ?」

 

 ――だが、妹の態度だけは納得がいかなかった。

 同じベオルブの性を持ち、誇り高き一族の名を守り抜く責務を負った家族の一員が、当主である長兄の負傷を見舞わずして何とするか!!

 ザルバッグは思わず感情的に怒鳴りかけたが、寸前でディリータが前に出て跪き「ご報告申し上げます!」と臣下の礼を取ってきたことで不発に終わる。

 

「・・・ディリータか。なんだ?」

「はっ! 私如き身分卑しき者が僭越ながら、ラムダ・ベオルブ副隊長よりの伝言をお伝えさせて頂きたく」

「ラムダから・・・?」

 

 ラムザよりも先に、家族同然で育ったとは言え一門ではないディリータの口から聞かされることに一瞬だけ眉をしかめた彼であったが、口下手の末弟より説明役には向いている相手の長所を思い出し、『部外者のアルガスがいる状況』ということもあり、怒りと不機嫌さを一旦は押さえ込むと相手に対し手続きを促さす。

 

「・・・聞こう」

「はっ! ラムダ副隊長は、こう仰っておられました。

 “襲撃してきた賊の残党が屋敷の周囲に隠れ潜んでいる可能性がある中で、自分たちの人数が屋敷に入れば警備に隙が生じさせ兄上様を更なる危険に晒す恐れあり。家族への不義理をお許しあられたし”――以上です」

 

 その言葉を聞いて、ザルバッグは完全に機嫌を直すに至っていた。

 むしろ、頬に無形の平手打ちを食らわされたような気分だった。

 長兄のことで激情に駆られる余り、逃げ延びた賊だけでなく、暗殺を諦めずに付近に潜み続けて隙を伺っている可能性について全く考慮していなかった自分に気がつかされたのだ。

 たしかに可能性は低かろうが、万が一と言うこともある。今回の奇襲自体が完全にコチラの予測を裏切り、隙を突かれて行われたものである以上、警戒してしたり無いと言うことはないのである。

 

「――そうか。わかった・・・ラムダの判断を由とする。ラムザの部下たちにはイグーロスに到着次第、休ませるための部屋を用意させ、ラムダはすぐこちらへ急ぐように伝えるよう。そこの貴様、遺漏なく実行しておけ」

『は、ははぁっ!!』

 

 家族の肖像を傍観者の体で、我関せずと見守っているだけだった使用人の一人が主の弟に命令されて慌てて小走りに部屋を去って行き、急いで言われたとおりに準備を整えさせるため駆けずり回っていくことになる。

 自分で自主的に考えて動く思考は苦手だが、言われたことを言われた通りにこなす手腕は決して低くないのがベオルブ家に仕える使用人たちのランクであった。彼らを率いる頭さえ優秀なら優れた組織になれるのが彼らの特徴だったのである。

 

「俺はこれから逃げた賊共を追い詰め、自分たちがやってしまったことの罪深さを思い知らせに行かねばならん。

 お前が到着次第、入れ違いで出立する予定だったが“アレらのせい”で遅れてしまった。悪いが後のことは任せてしまうしかない。許せよ? ラムザ」

「いえ、兄さんの方こそご武運を」

「応。・・・・・・だが、その前に一つお前たちには知らせておかなければならん悪い知らせがあるのだ・・・・・・」

 

 そう言って、声を低めて顔を暗く曇らせるザルバッグらしからぬ行動に不審さを感じさせられながら話を聞かされた瞬間。ラムザたちは理解させられてしまうことになる。

 

 相手の表情の意味と、自分たちにとっての優先事項が『血の繋がった家族』から『血筋的には何の繋がりもない赤の他人の少女』へと、完全に順序を入れ替えられてしまったのだという理不尽すぎる現実を―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い表情を浮かべながら長兄の部屋へと、重い足取りで歩を進めていこうとするラムザたち一行。

 

 だが、その中で一人だけ何ら痛痒も感じていない表情を浮かべたまま、一秒ごとに自分の顔色と表情を微妙に動かしていき、最終的に相手の背中へ話しかけるときには緊張しきった密談をするときの顔つきを意識して作り上げていた人物は、ザルバッグの背中に向けて低く短い声音で、こう語りかけてきたのであった。

 

 

「――ザルバッグ閣下。先日の件で、ご報告したき議がございます・・・」

「・・・・・・サダルファスの家の者か。私は忙しい。急を要するものでなければ後にしろ」

「重要な秘事についてでございます。おそらく閣下にとっても、決して無視できぬ案件かと・・・・・・此度のベオルブ邸襲撃、犯人共に情報を流していた内通者と、その繋ぎ役の存在を今の私は存じておりますれば―――」

 

 

 その言葉を口にした瞬間。アルガス・サダルファスという名を持つランベリー近衛騎士団の少年騎士見習いは、“勝った”と自らの勝利を確信していた。

 

 何故なら、歩み去ろうとしていた相手の背中を、自分の弁舌一つで止めさせる偉業を達成したばかりだったのだから―――。

 

 

「・・・・・・兄者を見舞った後、私の自室へ。詳しい話を聞いておきたい」

 

 

 

 己の小さな野望と短期的な計略によって、後に大きな悲劇を招かせるに至ってしまう小さな悲劇の始まりは、こうして導火線に火が灯されてしまった。

 

 果たして、火の付けられた野心という火薬の爆発がもたらす被害は、砦一つ分程度の小さなもので終わるのか? イヴァリースという国そのものを歴史ごと焼き尽くす業火となってしまうのか?

 

 それとも―――別の誰かの野心に火を灯す、種火にしかなれずに終わらされてしまうことになるのか・・・・・・?

 

 

 喜劇として終わる未来であろうと、悲劇としての結末を迎える未来であろうとも。

 それが未来である限り、未来を知る者は、まだ誰も現在には存在していない・・・・・・。

 

 

つづく




*次回の内容では、ダイスダークへの見舞いシーンは省略する予定です。
主人公がいない中では、原作通りにしかやりようないですのでね(苦笑い)

ディリータが怒り狂い、ラムザとアルガスが決別するシーンからのスタートとなりますので、それ故の今話で書かれた経緯だったとお考えください。


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第13話

どうにも、エロにしろ何にせよ上手く書けずウンウン唸りながら色々やってたら、この作品が最初に完成まではいけたみたいなので更新しておきますね…。
どうにも最近、迷走気味で申し訳ないです…。


謝罪文:失礼、サブタイトルを完コピしてたことに今気付いて直しました…(赤面)


 獅子戦争を終わらせた英雄王ディリータの伝説は、今この地に住まう者なら誰もが知っている英雄譚だ。

 だが一方で、「英雄になるまでの彼」がどの様に生きてきた人間だったかを知る者は、意外なほど多くない。

 数多の伝記が記されているが、その殆どは物語であって一つの事実に基づくものは存在していない。

 

 彼が貴族社会を打破するため動き出す切っ掛けとなった出来事は『デュライ白書』の公開によって判明している。

 しかし彼が“何時どうして現状の社会に疑問を抱くようになったか?”という部分には、未だ定説を見るまでに至っていないのが実情である。

 

 だから私は、再びイヴァリース中世史の真実を捜す旅に出ようと思う。

 本当の勇気を持つ「真の英雄」がラムザだったとしても、「獅子戦争を終わらせた英雄王」は間違いなく彼なのだから。

 神話に反神話を唱えた者として、そうする義務が私にはあると信じるが故に。

 

 

 

 

 

 ――疑わなかったわけじゃない。疑問を感じなかった訳でもない。

 ただ、信じたいと思っていた。

 

 英雄になる前のディリータが心の中で何を思っていたとしても、『今この時』まで彼は確かに現状の貴族社会を守る側に身を置き続けていたのは確かだったから・・・・・・

 

 

 

「――待つんだディリータ! 待ってくれ!」

 

 背後からラムザの、制止する声が聞こえてくる。

 ベオルブ家屋敷内の廊下を玄関ホール目指して早足に歩んでいく俺を引き留めるように叫んでくれる親友の声。

 いつもなら心に染み渡る親友からの暖かな声が・・・・・・今日は妙に遠く、小さく聞こえる。聞こえてしまう・・・・・・ッ。

 

「ディリータ、待ってくれ! 一人でどこへ行くっていうんだ!? 少しは落ち着けよ!」

「・・・・・・・・・」

 

 親友からの呼びかけに無言を通したまま俺は進む。

 その声から逃れるように、その声が聞こえる屋敷から逃れるように、俺は早足で廊下を進みながら玄関前まで直進していく。

 途中、邸内の各所で“背後以外の方角”から無言の声たちが、耳ではなく俺の心に呪詛のように聞こえてくるのを否が応にも実感させられる。

 

 “ベオルブ家に相応しくない下賤な血めが・・・”

 “穢らわしい・・・早くこの屋敷から出て行ってしまえばいいのに・・・”

 “たまたまベオルブ家の目に止まった運がいいだけの平民如きが偉そうに・・・・・・”

 

 ――幼い頃から聞こえ続けていた見下しと羨望と嫉妬に満ちた、それらの声が今はとてつもなく大きく聞こえてしまって耐えられなかったからだ・・・ッ。

 今までは耐えられた。二人一緒なら、“彼女のため”にも耐えられた。

 妹が幸せに暮らす権利を守ってくれる主人たちの屋敷だった今までだったなら・・・ッ!

 

「待てよ、ディリータ。どこへ行こうって言うんだ。とにかく落ち着けよ!」

「・・・落ち着けだと・・・? 落ち着いてなんかいられるものかッ!!」

 

 ベオルブの屋敷を飛び出して、“ベオルブ家から早く出て行け”という無言の声が聞こえなくなり、やっと足を止めることが出来た俺に追いついてきたラムザが肩を掴みながら言ってくる言葉に、俺は神経を逆なでさせられ思わず怒鳴り声を上げてしまう。

 

 “待て”“落ち着け”“一人で突っ込んでも意味がない”

 ――普段なら俺の方が、正義感が強くて無鉄砲な親友に向かって言うべき言葉が妙に苛立たしく聞こえてしまい、まるで他人事を語るような冷静さが距離感を感じさせられて大声を出して駆け出さずにはいられない気分になっていたからだ。

 

 ――俺にとって世界中に一人だけしかいない、“本当の家族”を守り抜くために・・・・・・ッ

 

「どこにいるかも分からないんだ! 当てもなく捜したって意味がないよ!」

「意味がない・・・? 意味がないだと!?」

 

 先行しようとした俺に追いついたラムザからの正しい正論が、今の俺には何故だか受け入れられない。再び激高して、親友の胸ぐらを掴み上げて怒鳴り声を上げてしまう!

 

 ああ、分かっているさ! ラムザのせいじゃない! ラムザが悪いわけじゃないんだ! そんなことぐらい分かっている!

 解っているからこそ・・・俺はきっと今、“自分の中の自分に耐えられなくなってしまっている”・・・・・・!!!

 

「ティータが浚われたんだ! たった一人の妹なんだぞ!? それを探しに行くことのは無意味なことだと、お前はそう言いたいのかラムザッ!? ええッ!!」

 

 親友の胸ぐらを掴み上げて締め上げながら感情任せに振り回して叫ぶ、まるで筋の通っていないメチャクチャすぎる俺の言い分・・・ッ!!

 こんなものは言いがかりだ、単なるガキの我儘だと、頭では解っているのに自分で自分が抑えられない。激情を爆発させたくて仕方がなくなってる今の俺には、どうしても自分を抑えることができそうにない!

 

 ――だって、そうでもしないと“アイツからの言葉”に耐えられなくなってしまうと解っていたから・・・・・・っ。

 

「に、兄さんも・・・言ってたじゃないか・・・・・・ティータを見殺しには・・・しないって・・・・・・。

 と・・・に・・・かく・・・今・・・・・・動いても・・・・・・く、苦しいよ・・・・・・」

 

 俺に首を締め上げられて、息が出来なくなったラムザが窒息しながら言ってきた言葉に俺は思わず「ハッ」となる。

 

(・・・今、俺は何をしようとしていた・・・?

 何をするために、何をしようと考えていたんだ・・・?)

 

 数瞬の間、茫然自失となった後、俺の右手から力が抜けてくれてラムザを降ろしてやることがようやくできる。

 しばらくして投げかけられた「大丈夫だったか・・・?」と親友の無事を問う声が、我ながら社交辞令じみていて妙に嘘くさい・・・・・・。

 

「あ、ああ・・・ゴホッ! ゴホッ! ・・・はぁ、はぁ・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 俺のせいで咽せている親友を前にして、手を差し伸べるべきだと考えながら――俺が心の中で思い出していたのは、子供の時からずっと頭の中にあった“アイツ”のイメージ。

 

 ベオルブ家に来たばかりの頃、貴族たちに嫌な想いをさせられる度に感じていたものが、今では聞こえなくなって久しくなっていたアイツの言葉が、ティータが浚われたと聞かされて『ベオルブ家の屋敷に俺一人だけ平民がいる』と実感させられた瞬間から、俺は再び思い出すようになってしまっていたから・・・・・・。

 

 

【本当のお前が居るべき場所はそこじゃない。今のお前は与えられた偽りでしかない。

 本当のお前に変えてやれるのは、本当の俺になる道を選んだときだけだ―――】 

 

 

 そう言って手を差し伸べてくる、立派そうな騎士。

 真紅のマントを翻し、黄金の鎧を身に纏った、俺たち兄妹を救い出してくれる年上の騎士の姿を子供の頃は何度も夢想した。

 子供の夢でしかない空想上の騎士の姿が・・・・・・何故だか今になって鮮明に思い出せてくる自分がいた。

 

 総髪で、無表情な顔をした、丁寧な口調と激しい言葉でヒドく心を揺さぶってくる騎士。

 

 今の俺と【よく似た顔】を持ったソイツが、俺たちを救うために邪魔する悪い貴族たちを殺しまくって築いた屍の山を前を見ながら冷然としていた姿を、何故だか今の俺は自分とラムザに重ね合わせるのを辞められずにいて怖くなってきていて、それで――――っ

 

 

 

「オレは“絶対”なんて言葉を、“絶対”に信じないけどな」

 

 

 

 ―――ソイツの言葉に振り回される結果をもたらされてしまうことになる。

 ――――歴史がヒトの形を取って、俺とラムザの邪魔をする。

 

 

 

 

 

 アルガス・サダルファスは、その時。人生の絶頂期にあった。

 今までの苦労と努力全てが報われたような、そんな気さえしていたからだ。

 

「アルガス・・・兄さんが嘘を吐いているとでも言うのか?」

 

 だからベオルブ家の末弟ラムザから、先ほどまでのやり取りもあって彼らしくもない険のある口調と目つきで言い返された時も平然としていた。むしろ哀れにすら想っていたかもしれない。

 

 ――信頼する兄たちから何も聞かされていない、“下賤な血を引く弟”に対して優越感と見下しとで寛容な気分になれていたからだった。

 

「ああ、オレだったら平民の娘を助けるなんて事はしないな」

 

 平然と胸を反らして、彼は持論を述べ始めてやる。

 昨日までだったら、ラムザから同じ言葉を言われてしまえば我を殺して抑えるしか許されなかった身分差も、今では気にしなくて良くなった己の身を誇るかのように平然と傲慢に、騎士の棟梁たるベオルブ家の方針を、騎士見習いでしかない自分の尺度で論評する。

 

 まるで、昨日までの雇い主との契約が切れてしまった後のように。

 新たな雇い主と契約が結ばれて、気にくわなかった旧雇い主に気を遣ってやる必要がなくなってせいせいしたとでも言うかのように平然と。

 

 

 ……何しろ自分は念願叶って、遂にザルバッグ・ベオルブから密約を取り付けることに成功したのだから!!

 一個小隊を指揮する権限を与えてもらえることが確約されたのだ! それもベオルブ家の次兄であるザルバッグ直属の部隊としてだ!

 たかが没落貴族の倅でしかなかった自分が、北天騎士団長さま直属の部隊長として出世した! コレを誇らずして彼の人生に華はない!!

 

 もちろん正式な北天騎士としての身分を与えられたわけではない。

 見習いとは言えエルムドア侯爵麾下のランベリー近衛騎士団に属する者が、他家の独断だけで移籍されたのではエルムドア侯爵家の面子に泥をなすりつけるに等しい暴挙でしかない。

 だが、貴族社会というものは建前さえ整えれば、意外と融通が利くものでもある。

 先の五十年戦争と、此度の骸旅団殲滅作戦において他の騎士団はもとより南天騎士団からも北天騎士団からも多数の戦死者を出し、その家督を残された息子が継いで当主の代替わりが行われているわけであるが、全ての貴族に成人年齢に達した家の後継者たる男児が生まれているというわけでもない。

 

 そのため、家を存続するために近しい親族から養子縁組という形で他家の子供を一門の当主に迎え入れるという事例が多く発生しているのが戦災で疲弊しまくったイヴァリース貴族社会の実情だったのだ。

 その中の一つに、アルガスが入り込んだところで誰も気にする者はいないであろう。

 所詮は、たかが騎士見習いの若造に過ぎない身の上。さらには祖父の汚名もあって嫌われ者ときている。形式さえ整えてやれば誰も気にしない、気にしたがる事は二度とない!

 

 

「なんだとアルガス! お前は自分がなに言っているか分かって・・・・・・」

「お前たち平民のために兵など動かさんと言ってるんだよ!!」

 

 その為にこそ彼は、妹の身を案じながらも必死に独断専行を我慢しようと理性で押さえつけていたディリータに対して、劇薬にしかならない言葉を平然と述べ連ねる。

 相手の怒りを誘って、ベオルブ家から余計な同情心などかけたくなくなるよう敵対しあってもらわけなければ自分が成り上がれない!!

 

 アルガスの頭の中では、このとき確かな精算と計算があった。少なくとも彼は、それを現実的で成功率の高いと信じて疑わないだけの計画がである。

 その計画のためにも、アルガスはディリータを挑発し、さらには激高させるための言葉を放つ必要があった。罵倒しなければならないのだ。そうしなければ計画自体が成り立たない。

 

(俺には手柄を立てる必要があるんだよ! 手に入れた地位を足がかりに俺は北天騎士団で名を上げて、もっと上にのし上がってやるための切っ掛けになる手柄がなァッ!!

 テメェの妹は、そのための生け贄だ! ディリータっ!!)

 

 ――彼の考えでは、ベオルブ家は決して手を汚したがらない。

 たとえ平民の娘でしかなろうとも、先代当主であった天騎士バルバネスが養子として迎え入れた少女を直接殺めたのでは、敵対勢力に非難の口実を与える事になってしまうからだ。

 

 ならば、そういう時に汚れ役を進んで担ってくれる存在は、懐刀として重宝される事になるだろう。

 ましてゴルターナ公との権力闘争の中で、汚れ役を担う者が最も力を得ていくのは必然的な流れでしかない。

 そして行く行くはラーグ公の秘密検察官として、彼が疑心を抱く家臣を調査し、断罪をも執り行う処刑人として絶大な権勢を振るい得る身分に成り上がってみせるのだ!

 生まれた家の身分で一生が決まってしまう貴族社会において、【汚れた血の家】に生まれてしまったアルガスが、名門貴族に生まれただけで幸せな将来が約束される者たちをも頤使してやれる立場になるにはそれしかない! ・・・・・・そう彼は考えていた。

 

 ――そのためにも彼は、ティータに死んでもらう必要があった。

 より正確には『自分が』『ザルバッグの代わりにティータを殺す』という形式が必要だったのだ。

 

 それによってザルバッグの“依頼”は果たされ、自分と交わした契約は成立し、自分は晴れて北天騎士団の一員として正騎士の身分に取り立ててもらえる事が確定する!!

 

(その暁には、アルガス・ハイラルってのも悪くねェかもな! 語呂は悪いが、ベオルブ家に近しい平民の養子って地位は悪くねぇ!)

 

 そう考えるまで、彼は増長していた。自惚れまくって有頂天になっていたとも言える。

 ラムザは納得しないだろうが、所詮はベオルブ家あっての苦労知らずなお坊ちゃんでしかない末弟ならダイスダーグの決定に否と返せるわけがない。

 ラムダに至っては、所詮“女”だ。男社会の貴族制の中にあっては、いずれ政略結婚の道具として利用されるだけの“駒”でしかない。

 家の名がなければ何もできない小娘如き、ザルバッグの側近からダイスダーグの側近へと成り上がり、ラーグ公の側近まで目指している自分の覇業を邪魔するなど出来るわけがない!

 

 ・・・・・・彼はそう考えていた。少なくとも彼“だけ”は本気で、自分の計画と世界観こそが真実であり、現実世界とはそんなものだと心の底から確信していたからだ。

 だからこそ、彼は知らない。ザルバッグが彼を雇い入れた本当の理由を彼だけは知らない。知らされていない。

 

 ――それはただ、もしもの時のために『他の貴族が手柄を焦っての独断専行』という形で全てを処理するための“保険”でしかなかったことを、今の自分の成し遂げた成功の部分だけを高く評価しまくっているアルガスには想像することさえ出来なくなっていたのだから。

 

 

「なっ!? き、貴様ッ!!」

「ッ!! よせッ! ディリータ!!」

「離せッ! 畜生ッ、離せッ!!」

 

 そしてアルガスの予定通りディリータは激高し、ラムザはそれを必死になって羽交い締めにして制止する。

 そうしなければならない理由がラムザにはある。

 “親友のため“にも、“親友の妹を助けるため”にも止めざるを得ない理由が、である。

 

「やめるんだディリータ! 頼むからやめてくれッ!」

「離せラムザッ! なんで止める!? こんな奴ブッ殺してやるんだッ!!」

「駄目だッ!!」

 

 力任せに自分を引き剥がそうとするディリータの馬鹿力を、全身全霊の力で押さえつけ、その行為を無駄にさせるように嘲るようにアルガスの侮蔑がディリータの耳と心を痛めつけ続ける。

 

「フンッ、やっぱり平民は所詮、平民だ。貴族になれやしないッ!

 ディリータ、おまえはここにいちゃいけないヤツなんだよ! わかるか? この野郎ッ!!」

「言わせておけばァァッ!!!」

「やめろ! ディリータ! アルガスもいい加減にしろッ!!」

 

 ラムザは必死の思いで叫び声を上げていた。

 それは彼が考えて取った行動ではない、“本来の自分だったなら”言わなかったかもしれない言葉。

 思ったとしても言えない。考えていたとしても口に出来ない。

 そういう性質を持って生まれていた彼が、初めて口にした“利己的な打算”と感情的な友情とを矛盾なく併走させた現実的な、その言葉。

 あるいは今まで見てきた“彼女”の行動が、知らず知らずのうちに兄である自分にも行動を促すよう働きかけていたのかもしれない。

 

 その言葉を彼は叫ぶ。

 歴史の流れに抗う、別の人物がもたらした潮流に乗って、彼なりの思いを口に出す。

 

 

「何故だラムザッ! なぜ止めるッ!?」

 

 

「今彼を殴ったら、ティータが救えなくなってしまうかもしれないからだ!!

 ベオルブ家の前で味方同士で対立する君の妹を助け出すことが出来なくなってしまうかもしれない! そんなこと僕は絶対に許すことなんかできないッ!!!」

 

 

「・・・・・・ッ!!!」

 

 

 ディリータはその言葉にハッとなって周囲を見渡し―――自分たちに向けられていた“無数の視線たち”の存在にようやく気がつき、ゾッとなる。

 心底から蒼白になり、顔面だけでなく魂さえもが恐怖に震え、いったい自分は何をしていたのかと冷水を頭からかぶせられたような悪寒に打ち震える。

 

 ・・・そうだ。なぜ気づかなかった・・・? ここはベオルブ家の邸宅で、自分は北天騎士団に所属している騎士団員じゃないか・・・。

 そんな奴が自邸の前で味方に対して殴りかかり、怒鳴り叫んで口汚く罵倒する・・・そんな真似をしたら自分の妹を、ティータを助けてもらえる可能性が減るだけじゃないか!! なぜ気づかなかった!? バカか俺は!?

 

 そのことに気づいて、唖然としたまま動きを止めたディリータの行動。

 ラムザにとって望んだ結果の得られたその行動を、面白く感じない人物が一人、この場にはいた。

 

 

 “目論み”を邪魔されて、思い通りに動いていた相手を止められてしまった、当の挑発者アルガス・サダルファス本人である。

 

 

 

 

 

 

(チッ、余計なことを・・・。お人好しな坊やも少しは学んだってことか、めんどくせぇ・・・)

 

 ディリータに殴り飛ばされ、庭の芝生に座り込んだままアルガスは内心で“小賢しくなったラムザ”を罵りながら口元を拭い、ペッと唇を切ったときに出たらしい血液と唾を同時に吐き出し瞳をすがめる。

 

 彼の計画では、今この場で彼ら二人は“自主的にベオルブ家を飛び出す予定”だった。

 その後にザルバッグやダイスダーグたち、“この場にいない上役共”には都合のいい嘘も交えて事の次第を報告してしまえばいい。 

 この場にいなかった者に、真実などどーせ分かりはしないのだし、名門ベオルブ家の使用人たちの大半は自分と同じような思いをディリータに対して抱いている。口裏を合わせるために口実さえ作ってしまえば後はどーとでも事実を捏造することが出来るようになるだろう。

 

 その為に、”自分からは殴り返さず”

 表向きは、“礼儀正しい対応をして”

 あくまで、“自分からは手を差し伸べ”

 そして、“相手から罵倒と共に振り払う”

 

 ・・・・・・そういう流れを作ることで、ラムザたちだけ“悪者”にして、自分だけが“いい子だった”という事にしてしまうのだ。

 そうなる状況を作るためにもラムザたちの方からベオルブ家を出て行かせてしまう計画だったのである。それが途中で思うように行かなくなってしまった。

 

 だから予定を変えることにする。

 

「ラムザ、目を覚ませ。そいつはオレたちとは違う。

 わかるだろ、ラムザ。オレたち貴族とコイツは一緒に暮らしてはいけないんだ」

 

 立ち上がって埃を払い、礼儀正しく親切そうな表情を作ってラムザの方にだけ笑顔を向けて言い放つ。

 殊更“自分たちは仲間であること”“自分は敵じゃないこと”“自分たちは友達になれること”“共に歩んで生きていけること”そういった綺麗事をアピールし続けながら語り続け。

 

「目を覚ませ。友達ごっこはもうお終いだ。

 きみは名高きベオルブ家の御曹司だ。貴族の中の貴族だ。

 コイツと一緒に居ちゃいけない。

 少なくとも、きみの兄キたちはそう思っているはずだぜ!」

 

 両手を広げる大げさなジェスチャーを見せつけるように示してやりながら、最後まで友好的な態度のままで―――破滅させてやるつもりだったのだ。破滅への道を自分で選ばせてやる計画だったのである。

 

 言葉とは裏腹に、彼が既にラムザのことなど仲間などとは微塵も思っていない。

 むしろ、こんな奴が自分と同類だなどと思うと反吐が出る思いに駆られるほど嫌い抜いてしまっていた。

 

 ・・・実のところアルガスは、ラムザが自分の手を取ることは決してないという事実を、理性や推測ではなく本能的な直感によって早い段階から感じ取ってきていた人間だった。

 

 只それが、なんの根拠もなく『何となくの勘でしかなかった』という事情から今までは確信を持つことが出来ず曖昧なスタンスを維持するだけに終始させていた。

 彼のラムザに対する態度と言動が安定せず、不規則にブレているように見えていたのも、それが原因によるものだった。

 

 むしろ出会って最初の頃は、シンパシーさえ抱いていた時期もあった程だ。

 どこか貴族でありながら貴族社会に馴染み切れておらず、中途半端な状態にある彼に対して、自分が抱え続けた家の事情と祖父の話を聞かせてしまったこともある。

 

 ――だが、今ならハッキリと解っていた。

 『コイツと自分は全く別の人間なんだと言うこと』がだ。

 同じ貴族と平民の間にある中途半端な場所にいた者同士であっても、コイツと自分では全く『半端な理由』が違っていたのだと理解していた。

 

 ラムザは、【貴族として生まれながら】【貴族として生きることを拒絶している人間】だ。

 自分の様に、【貴族として生まれながら】【貴族として生きることを“許されなかった人間”】とは全く違う。

 

 同じ中途半端でも行きたい方向が全く逆だ。進みたいと願っている道が全然別物だったんだと今なら解る!

 そしてラムザと自分の違いを理解した瞬間、今まで感じていたシンパシーと好感は一挙に反転して憎悪と憎しみへと取って代わった。

 あるいはアルガスにとって、ディリータ以上に憎たらしい存在はラムザだったのかもしれない。

 

(俺が欲しいと望み続けて手に入らなかった、名門貴族に生んでもらった身分の癖に!

 俺よりも格下で、貧しい暮らしを送ってなきゃいけないはずのディリータなんかと一緒にいる生活を大事にしやがって!

 要らないというなら、俺に寄越せ! 俺にくれ! 俺ならお前なんかよりずっと上手く貴族ができる! 俺の方がお前なんかよりベオルブ家の御曹司には相応しい! そのはずだった! そのはずだったんだ!!)

 

 アルガスは本気でそう思う。だからこそ彼はラムザを憎まずにはいられない。

 自分が望んでも決して手に入れることの叶わない【生まれの身分】を価値なきもののように切り捨てて、家畜程度の価値しかない平民なんかと一緒にいる方が大事だと抜かす、苦労知らずの甘ったれなベオルブ家の御曹司。

 

 仮に自分がラムザを殺せば、自分がラムザの代わりにベオルブ家の御曹司になれるのならば、彼は今すぐラムザを殺して自分がその地位と身分を手にすることに喜びは感じても躊躇いや罪悪感を感じることは決してないだろう。むしろ栄達の生け贄になってくれた相手に感謝の気持ちぐらいなら沸いてくる程度だろう。

 

 だが現実はそうじゃない。彼が思い描く青写真通りには決して叶ってくれることはない。

 ラムザを殺したところで、自分は騎士の棟梁ベオルブ家に生まれた御曹司にはなれない。ベオルブ家の末弟を殺めた没落貴族の小倅にしかなれない身分に生まれてしまった彼には、今更どうすることもできはしない。

 

「なぁ、ラムザ。分かるだろう? 君と俺は、コイツとは違うんだ。

 コイツは望んだところで何も出来ない。何も手に入れられない。

 そういう身分に生まれた“持たざる者”なんだ。

 俺たち“持つ者”じゃない。俺たちは全く違う人間なんだよ!!」

 

 だからこそ憎い! 殺してやりたい!!

 本人が望んでいるとおり平民と一緒に歩む道を行かせてやって、自分がそれを利用して出世するダシにしてやることで鬱憤だけでも晴らしてやりたい! 心の底からそう思っている!! そう信じている!

 

 だから追い出す! 利用する!!

 そのためにもディリータの妹をこれ以上ないほど扱き下ろしてやって、それを利用してディリータを暴走させ二人まとめて古道具を処分してやるために“ダイスダーグから教えてもらった”ジークデン砦の情報を教えて使い捨ての駒に利用して、それから―――

 

 

 

「おや? 皆さんどうしたんです? 何やら騒がしいようですけど喧嘩でもしてらしたので?

 ダメですよ、仲間同士で喧嘩なんかしちゃダメです。喧嘩なんかしちゃいけません」

 

 

 そこに、声が落ちてきた。

 場にそぐわないほどノンビリとした、如何にも世間知らずで苦労知らずな貴族のバカ息子のような―――いや。

 

 貴族の“バカ娘”っぽさを丸出しにしたような、空気をまったく読めていない拍子抜けするほど肩すかしな、おのぼりのような声の主。

 

「ラム―――」

 

 この声の主は一人しか知らない。どうやら部隊の再編成を終えて戻ってきてたらしい。

 こんな声を出すバカじゃなかったが、所詮は生まれながらに苦労を知らないワガママお嬢さまなんて、こんなものかと。ザルバッグによって貴族社会の一員に取り立てられることが内定したアルガスは大して気にもしないまま後ろを振り返って振り向いて、

 

 

 

 そして―――視界をナニカが横切っていく縦線が見えた気がした。

 それが何だったのか分かったのは、反射的に身体が動いて地べたに座って相手を見上げ。

 

 

 ――――右脇の腹部から血が流れ出て、ジクジクとした鈍い痛みが身体を通して心に恐怖を理解させる。

 

 その工程を経て、青ざめた顔色で相手を再び見上げ直した。

 その直後に、その光景を見せつけられた。その瞬間になってからのことだった。

 

 

 

 

「――ダメですよ、喧嘩なんかしたら。

 兄様たちと喧嘩して敵対してしまったからには、もう貴方を殺すのを我慢してやる理由がなくなっちゃうじゃないですか。

 ねぇ、アルガスさん? わかるでしょう?

 ・・・・・・強い者には媚びへつらい、弱い者だけ強い言葉で罵倒して、他者から地位や力をめぐんでもらえば自分が強くなった偉くなれたと思い込む。・・・・・・貴方みたいな太鼓持ちは生きているだけでも虫唾が走って仕方がない・・・ッ。

 このベオルブ家を腐らせるだけしか能のない、寄生虫ヤロウッ! とっとと死ねッ!!」

 

 

 

 

 心優しい兄と違って、兄の敵を殺すことに何の躊躇いも覚えたことのない少女。

 ラムダ・ベオルブが―――剣を振りかぶって、殺意にギラつく眼差しで自分を睨み付けながら。

 

 手にした剣を振り下ろしてくる銀閃が、俺の視界に高速で迫りつつあった。

 ベオルブ家の屋敷中に――――叫び声が轟き・・・・・・そして、消える。

 

 

 

つづく

 

 

注:アルガス君は死んでおりません。“まだ”(苦笑い)

一応これもラムダの謀略の内ですので誤解なきようお願いいたします。




オマケ【次回予告】


ラムザ「そんなこと言うなよ、努力すれば――」

ディリータ「努力すれば将軍になれるのか? この手でティータを助けたいのに、何もできやしない」

ディリータ「僕は・・・“持たざる者”なんだ・・・」


ラムダ「“持つ者”の家に生まれながらティータさんを助けられず、何もできてない人間もここにいるみたいですけどね?」


ラムザ「ラムダッ」
ディリータ「ラムダ・・・・・・」


ラムダ「生まれた家は将軍より上でも、女に生まれてしまえば出来ることは殆どない。結婚相手を選べやしないし、そのうち政略結婚を押しつけられるのが関の山。――そんなものでしょう? 自分に無いものばかりを高く評価したところで、大した意味のある行為と私は思いませんけどね・・・」


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第14話

更新が遅れ過ぎて申し訳ありません。
正直、出来あがった文章が気に入らず清書し直してから投稿する予定だったんですけど、流石に時間が経ちすぎました。
如何ながら最初に出来あがった時の状態で最新話とさせて頂きました。
もし清書し直した文章に変える必要が出来た場合には、その時の対応という事で何卒…(謝罪)


 

 僕はそれまで、当然のように生きてきた。

 その“当然”が崩れたとき――

 

 僕は――いや。

 “オレ”は現実を知った。

 思い知らされたのだ。

 

 それまで親父や爺ちゃんを敬い、「立派な家柄だ」「尊敬している」とチヤホヤしてきた連中は、たかが騎士見習いの言葉一つでアッサリ俺たち家族を見捨てて去って行き、手の平を返すように今まで忠義面して仕えてきた連中は「負け犬」を見る目でオレや母さんを見下してくるヤツばかりに一変した。

 

 その時になって、ようやくオレは奴らが本心から爺さんたちを褒め称えていた訳じゃなかった事実に気づくことができた。

 ただオレの家が強かったから、守ってもらうために擦り寄って来ただけだった事実を。

 仕える主君から気に入られることで、より多くご褒美をもらおうとオベッカを言い続けてただけだったという真実を。

 

 だから誓った。―――今度はオレが、利用する側に立ってやるんだと。

 

 利用されるだけなど、二度とゴメンだ。いや、アイツらだけが悪かった訳じゃない。あの程度の奴らの浅知恵を見抜けなかったオレも父さんも、殺された爺さんだって悪かったんだろう。

 

 所詮、世の中持ちつ持たれつ。

 自分のために相手を利用して、相手もまた都合良く自分のことを利用しにくる人間だけが上に行けて、信じたがるヤツは馬鹿を見る。それが現実ってものだったのだから。

 

 ――なら、他人に利用されて切り捨てられる側よりも、他人を利用して切り捨てる側に立ち続けた方が絶対に得じゃないか。

 オレの家を利用して成り上がり、都合が悪くなったら見捨てて逃げた奴らを利用し、切り捨てる側に立った方が得だ。遙かに得だ。ずっとずっと賢い生き方なのだ。

 

 だからオレは全てを利用して成り上がり、アイツらを正しく切り捨てられる立場に立たせ、アイツらの犠牲によって奪われた地位と権利を取り戻してやるんだと、幼き日に誓いを立てたのだ。

 

 そして、その誓いは叶う寸前にまで到達することが出来た。

 ベオルブ家の次男に接近して密命を受けるまでになり、一隊を指揮する立場になることができたのだから!

 後はベオルブ家も利用し、ラーグ公に取り入り、邪魔になったらベオルブさえ切り捨てる! オレを見下してきた連中に必ず思い知らせてやる! 今度はアイツらをオレが切り捨てる番に、もう少しでなれるんだ! そう確信した!!

 

 

 ―――そのはずだ。そのはずだったんだ。それなのに―――

 

「――ダメですよ、喧嘩なんかしたら」

 

 それなのに・・・・・・なぜオレは今、上から目線で見下ろされている? 

 なぜ冷たい地ベタに座り込んだまま、オレは相手を見上げなきゃいけない立場に戻っているんだ・・・?

 

「兄様たちと喧嘩して敵対してしまったからには、もう貴方を殺すのを我慢してやる理由がなくなっちゃうじゃないですか。

 ねぇ、アルガスさん? わかるでしょう?」

 

 優しい声音と、丁寧な口調での問いかけ。

 だが、言っている言葉の内容は処刑宣告に他ならない。

 

 目の前には自分を背後から切りつけて、血の流れ落ちる剣の切っ先を下に向け、振り向いて座り込んだままの自分を薄らと微笑みを浮かべながら見下している、一人の少女騎士の姿がそこには立ちはだかっていた。

 

 ――ジク、ジク、ジク・・・・・・と。

 血の流れとともに鈍痛が少しずつ体を蝕み始め、その痛みが自分自身の肉体に現実の状況激変を教えてきているような気がした。

 

 ベオルブ家に取り入り、当主からのお墨付きをもらい、今まで自分を利用してきた者たちへの復讐を、嘘八百のデタラメを信じて父さんと母さんを裏切って追い詰めた連中を見返してやるための第一歩をようやく踏み出すことに成功し。

 

 今の自分に刃向かうことは、ベオルブ家に逆らうのと同じ事になる立場を与えられ、自分を傷つけられる者は今この場にいなくなっていた。そのはずだと信じていた。

 それなのに―――

 

 

 

 

 

 

「ら、ラムダ・・・」

「どうも。遅れて申し訳ありません、兄様。そしてディリータさんも。宿の手配と部隊の再出撃準備に手間取りましてねぇ。

 ――まっ、そのおかげで丁度良いタイミングの場面に遭遇できたのは幸運だったと言うべきなのでしょうけれども・・・」

 

 兄からの言葉に笑顔で返してきた、名門ベオルブ家の長女にして少女騎士でもある、現代日本人だった前世と記憶を持ち合わせた存在ラムダ・ベオルブは、穏やかな笑顔はそのままに掲げ持ってアルガスの首筋に突きつけた剣の切っ先は微動だにさせることなく、“裏切り者”へと視線と意識を向けるときには意識も表情を冷たさだけが伝わってくるものへと変えながら、静かな態度で見下すのみ。

 

「さて、裏切り者さん。最後に言い残すことはありませんか? どーせコレが最後なのですし、恨み言の一つや二つぐらい聴いてあげても良いのですよ?」

「う・・・、ぐ・・・な・・・・・・」

 

 相手の言い草に対して、なにか言い返してやろうとは思うものの、突然の状況変化に頭が追いつかず尻餅をついたまま立ち上がることすら忘れてしまい、意味のない単語を繰り返すだけ。

 

 ・・・・・・とはいえアルガスが、これほどの醜態を晒してしまっていたのには一応の理由が存在してはいた。

 

 一見すると奇妙なことに思えるかも知れないが、この事件を起こしたときアルガスには、自分が挑発して激高した相手に殺される可能性について全く想定していなかったのである。

 

 それはラムザたちの側に立つ者には、信じがたいほど楽天的思考に映ったであろうが、実のところそうではない。

 彼が、自分は殺されないと考えるのは「当たり前のこと」だったのである。

 

 何故なら彼は、「何の罪」も犯していないからだ。

 

 ディリータと妹アルマのことを悪し様に罵り、平民たちを見下す差別感情をむき出しにした言葉を放ち続けたことは、確かに非難に値するだろう。

 周囲から嫌われていることを承知の上で、それがどうしたとばかりに横柄に振る舞い続け、自分を助けてくれた恩人の一人を売り渡すような密告をしたのも恨まれて当然の自分勝手な行為であっただろう。

 

 ――だが、罪は犯していない。

 彼はイヴァリースの法律を犯したことが一度も無いのである。

 

 罪なき者を、正当な理由もなく処断することは、流石の大貴族といえども正式に許されている行為ではない。

 平民相手なら黙認はされよう。だが、合法的に許可されている行為ではないのだ。

 

 まして、骸旅団殲滅の総指揮を担っているベオルブ家の一員が、作戦開始前に私的な怒りに駆られて部下を斬り殺し、激高した理由が「平民出身の友人をバカにされたから」というのでは他の貴族たちからの非難と責任追及を免れることは不可能となるだろう。

 そうなれば喜ぶのは、ライバルの側近自ら墓穴を掘ってくれた、政敵のゴルターナ公勢力だけである。

 

 ラムザにしても、そこまで考えて友人を制止したわけではなかったが、罪なき者を殺して、それを地位と家柄で正当化しようとする行為に嫌悪感を抱いていた部分が影響を与えていたのは確かだったろう。

 それではミルウーダが指摘した通り、自分たちイヴァリース貴族は文字通り横暴な特権階級そのものになってしまう。

 貴族であるからこそ、それらの行為に手を染めるべきではないと固く信じるラムザにとって絶対に許されていい行為ではなかったのだ。

 

 ただ「嫌われているから」というだけの理由で部下を処刑していい、などというのでは法も秩序もあったものではない。

 完全な特権階級の一員になる羽目になってしまうだけだ。そんな行為には自分も、そして親友にも手を染めて欲しくはない。

 

 それが先程ラムザがディリータを制止した、大きな理由の一つになっている部分だったのである。

 

 

 ――だが、この妹は兄たちの倫理的判断に従わなかった。

 彼らとは違う視点で事態を見ていた彼女ならではの理由があったから・・・・・・。

 

 

 

「な、何しやがるラムダ!? 何故、オレに剣を向ける!? こんなことをして許されると思っているのか!? いいか、聞かせてやるからよく聞け。オレはお前らの兄キから――」

「黙りなさい、薄汚い裏切り者。私個人への恨み言なら聴いてあげると言いましたが、卑劣漢の分際でベオルブ家の名誉に泥を塗る言質さえ弄するというなら話は別です。

 今すぐ誅戮の刃で、何も言えぬまま終わらせてしまっても構わないのですが?」

「う・・・っ、ぐ・・・・・・あ・・・」

 

 ようやく言うべき言葉を思い出し、相手を威圧して場の主導権を握り直すためにも強い言葉と口調で叫び出すアルガスに対して、先程より深く首筋に刃を近づけることで続きを口に出来なくさせてしまうラムダ・ベオルブ。

 

 ――自分は、お前の兄ザルバッグと密約を交わしている・・・・・・そう匂わせようとした寸前で切っ先を喉元に突きつけられて、尻餅をついたまま後方へズリズリと這って遠ざかろうとするしか出来なくされてしまうアルガス・サダルファス。

 

 事ここに至り、ようやく我を取り戻した兄ラムザとディリータが、妹騎士の問題行為を理解して止めに入ることが出来たのは、ここからだった。

 

 

「ま、待つんだラムダ! いくら何でも味方を勝手に処刑するなんて、そんなことは許されない!」

「そ、そうだ! ラムザの言う通りだぞ、ラムダ!! 第一証拠がない! ソイツが裏切ったという確たる証拠がなければ、俺たちが勝手に処罰することは出来ないことぐらいお前なら知ってるはずだろう!?」

 

 ラムザだけでなく、ディリータまでもが慌てたように親友の妹を制止するため動き出したのにも正当な「法律の理由」が絡んでのことである。

 先程までは激高し、感情的になってしまっていたから考え及ばなくなっていたが、あらためて今になって考え直してみれば、先程までの自分が如何に危うい橋を渡りかけていたか心胆を寒からしめる程の思いで冷静さが一気にぶり返してきていたからである。

 

 何しろ彼がやろうとしていたのは『私情に駆られての味方殺し』である。

 要するに私怨を晴らすために仲間を殺そうとした、只それだけの行為だったのだ。

 

 もし、それをしていた場合にはアルガスの人格的評価は問題にならない。ディリータがやってしまった行為と、アルガスがそれをされるだけの過ちを犯していないという事実だけが裁きの場で問題視されることになる。

 如何にベオルブ家末弟の弁護があるとは言え、ディリータに勝ち目はない。罪人として牢に繋がれた後に処刑されるか、裁きを逃れて脱走するか。

 どちらにしろ、攫われたティータを救い出すどころの話ではなくなっていた事だけは確実な行為だったのだ。むしろ罪人の妹として兄の罪まで連座して被せられる恐れすら出てくるだろう。

 

 そうなったとき、ベオルブ家が『恩知らずな裏切り者の妹』を助けない事は正しくなってしまうしかない。

 助けてやる義理を、ディリータ自身の手でアルガスごと切り捨てる事になってしまうのだ。

 

 貴族であるベオルブ家が、所詮は平民でしかない自分の妹を見捨てたなら、自分には彼らを恨む権利があると、ディリータは思う。

 だが、自分自身の衝動的な怒りによって、妹を見捨てることを『正しい選択にしてしまった』なら、悪いのは自分だ。自分の罪が原因で妹は殺されるべき存在にしてしまったのだから――。

 

 落ち着いて考えれば冷や汗が吹き出して止まらなくなるほどの暴挙を、先程までの自分はやりかけてしまっていたのである。

 

 そのせいで友人の妹までもを激高させ、自分と妹のために自分がやろうとしたことを代替えして、自分が背負う寸前までいった様々な罪業を背負わせるなど、冷静さを取り戻した今のディリータには到底できない。

 彼がラムダを必死で慌てながら制止したのも、先ほどの彼と矛盾する行動ではなかったのだ。

 

 

 

 ――だが、そんなディリータの行動にも読み切れていない部分があった。

 自分たちと異なる視点から事態を見ていたラムダの着眼点は、彼ら三人をして瞠目させるに足る威力を持っていたのだから―――

 

 

 

「いいえ、ディリータさん。彼は処刑されて然るべき罪を犯しています。

 “敵と内通して北天騎士団の内部情報を流し”“仲間たちに貴族の邸宅を襲わせるため招き入れていた”“貴族たちの内部に骸旅団が潜入させていた草だった”という罪が。

 貴族たちの裏切り者として、身分卑しき者とともに王家へと弓引いた大罪人としての罪状が・・・ね?」

 

 

『なっ!?』

「なんだとォッ!?」

 

 意外すぎるラムダの発言を聞かされて、最も大きく驚愕の声を上げさせられたのは、ラムザたち以上にアルガスだったのは当然の反応と言うべきだっただろう。

 彼としては謂われのない容疑であり、不名誉極まりない言いがかりとしか受け取りようのない誹謗中傷だったのだから当然のことだ。

 

 自分が? 薄汚い平民共に味方して、貴族の裏切り者となって王家と敵対する逆賊共の一員だって? ―――ふざけるなッ!!

 そんなバカな理屈があって堪るものか。友人を庇うために下手な言い訳しやがって許せねぇ! 密告してやる! つまらねぇ詭弁で責任逃れしようとしたことを必ず後悔させてやる・・・っ。

 

 そう思い、激高し、相手の間違いと矛盾を完膚なきまで徹底的に指摘してやろうと叫び声を上げたアルガスだったが、

 

「子供じみた言い逃れしてんじゃねぇぞラムダ! 何の証拠があって、そんな屁理屈を――」

「おや? そんなに不思議に思われるようなことを私は言いましたか?

 “50年戦争で没落した家柄”で、“裏切り者の汚名を着せられ同じ貴族たちから白眼視され”、“皆から尊敬される家柄だった自分たちを庇ってくれず”、“たかが騎士見習いの言葉を信じて自分たち一家を助けることなく見捨てた王家”

 そして、“名門貴族ベオルブ家の子息への感情的な怒りを幾度も向けてくる”

 ・・・・・・現在の社会と王家に恨みを抱いて反政府活動に参加するには十分過ぎるほどの“家の事情”を持ってる人が貴方だと、私なんかはずっと思っていたんですけどね・・・?」

「そんな理屈、が―――」

 

 ・・・・・・至って冷静に返された相手の返事を聞かされた瞬間、反論しようとした言葉が途中で止まり、

 

「・・・・・・・・・――――」

 

 そして、絶句させられてしまった。

 完全に相手の言ってることが正しくて、反論の余地を見いだすことが出来なかったからである。

 

 無論、アルガスは貴族たちを裏切っていないし、平民たちの寄せ集めでしかない骸旅団に寝返るなど反吐が出る思いしか沸いてこない。あり得ない選択肢だと断言できる。

 

 “彼自身”は、絶対にあり得ないことだと心の底から保証できるだろう、アルガスの真実。

 

 だが、それを周囲の者たち―――特に、『ベオルブ家の長女の証言』として聞かされた、『命惜しさに味方を売った貴族の面汚しの孫』を蔑視している体裁と面子ばかりを気にする上流貴族たちが、どう受け取るかは全く別の問題である。

 

「あなたは最初から、ティータさんを誘拐することを目的としてベオルブ家を骸旅団の仲間に襲撃させたんですよ。アルガスさん。

 私たちの仲間として、あなたはベオルブ家の警備の任に当たっていた。邸内の見取り図やベテランが減って騎士見習いばかりになった警備状況を知らせるのは容易だったでしょうからね。

 ベオルブ家は彼女を見捨てる決定を下したならば、『天騎士バルバネスが養子として迎えた娘でさえ保身のために切り捨てる。所詮はベオルブ家も貴族だった』という噂を立てて、民衆からの支持を奪う。

 王妃様への反発心から名門貴族からの協力が得づらいラーグ公にとっては、無視できない醜聞でしょう。

 最悪ベオルブ家を切り捨ててでも、職を失った下級騎士や平民の支持を維持することを選ぶ可能性すらある。ベオルブ家は公の側近ではあっても他の将軍がいないわけではありませんが、兵たちが集まらないのでは戦はできない。

 見捨てないなら見捨てないで、人質として利用すれば良いだけですからね。どちらにしろ骸旅団に損はない」

 

 淡々とした口調で語られる、『骸旅団の戦士アルガス』による『貴族支配体制の一翼を奪うための陰謀計画』

 その話が進めが進むほどに、アルガスは自分の顔色が青ざめていくのを自覚させられる。

 

 何の物的証拠もなく、状況証拠と生まれの身分だけを理由として推測と憶測を重ね合わせ、足りない部分を社会的風潮と偏見によるこじつけで繋ぎ合わせただけな、穴がボコボコ空きまくった理論ともいえない子供じみた言いがかりでしかない代物。

 

 だが、それは語っているラムダ本人も自覚しているところでもあったのだ。

 

 今のようなときに重要なのは、『信じてもらうこと』ではなく『信じさせること』であり、確たる物的証拠や事実証明よりも『説得力を感じられるか否か“だけ”』なのである。

 

 “あの”アルガスだったら、やっていてもおかしくはない――そう周囲の者たちに思わせることさえ出来れば、それで良くなる問題なのである。

 

 『連言錯誤』と呼ばれる言葉がある。

 「そして」あるいは「かつ」といった言葉で繋げて語った話の方が、単体で話すときより説得力が増すという人間心理の一説だ。

 コレを応用して悪用しているのが、ラムダの前世である現代地球世界で『評論家』と称されている者たちで、自説を物語調で主張することにより単独のデータだけで説明するより他人に信じられやすく、かつ受けやすくなるよう調整しているのだ。

 

 今ラムダが使ったのも、その応用である。

 実際には、自分の主張した論が『こういう内訳が存在していた場合には成立可能になる』と仮説を語っただけでしかない、何の証拠もない誹謗中傷。

 

 だが、それに『味方を売った裏切り者の孫アルガス』の悪評と、『名門貴族ベオルブ家令嬢の証言』という二つの条件が重なるだけで、多くの者はアルガスの無実よりもラムダの正しさを信じる側に回ってしまう。

 

 それがアルガスには、過去経験からイヤと言うほどよく分かっていた。

 理解しすぎて本心から嫌すぎるほどに、思い知らされていたのである。

 

「イヴァリースを支える大貴族ラーグ公の片腕を削ぐことができれば、ゴルターナ公が必ず動き出して内乱が発生して、民衆たちが乗じる隙は必ず生まれる。

 よしんば、そこまで上手くいかずとも貴族制度に大打撃を可能となる。そのために自ら敵の中枢近くに接近して機を伺っていた。

 ・・・・・・そう兄様たちに語って決断を迫らせることが貴方の目的だったのですよ。その目的が果たされた後は処刑される覚悟で、民衆の勝利のため国家百年の計を練っていた故に・・・。

 どうです? なかなか感動的な三文芝居だったでしょう? 思わず私も反逆者という者たちに初めて敬意を感じたくなってしまうほどにです・・・・・・オヨヨ」

 

 と、最後にはわざとらしく嘘泣きマネまでして見せてくるラムダの猿芝居。

 だが、たしかにストーリーとしては間違っておらず、物語としては民衆にも受けやすそうだという事はラムザやディリータにも理解できる。

 

 ――だからこそ、アルガスの危機感は増す一方になり、震えが止まらなくなってしまう。

 

 冗談ではなかった。冗談としても出来が悪すぎていた。

 自己犠牲? 自分が? 民衆なんかが勝利して国を手に入れるために!?

 そんな馬鹿な理屈があって堪るものか! 自分は他人共を犠牲にして上に行きたい人間だ! 自己犠牲など今の自分から最も遠く、最も縁遠い無縁な代物! そんな濡れ衣などで処刑されては堪ったものではない―――

 

「そ、そんな証拠がどこにあるってんだ!? そんな物ある訳がない!」

「それを証明してくれる証人が誰かいますか? ここには私たちしかいません。私と兄さんとディリータさん、そして貴方の四人だけです。

 ベオルブ家の一員である私たち全員が、“貴方自身がそう言ってから死んだ”と口裏を合わせてしまえば証拠は何も残らない」

「な・・・、にぃ・・・っ!?」

 

 相手から放たれた非常な宣言に対して、最も顔色を変えさせられたのは、だがアルガスではなかった。

 

「駄目だ! ラムダ! やめるんだ!!」

 

 ラムザ・ベオルブ。

 ラムダの兄であり、騎士の中の騎士と言われた祖父の道をこそ進みたいと願っている少年騎士見習いにとって、先のラムダの方法論は到底許容できるものではない。

 

「無実の者に罪を着せて殺すことなど許されない! そんな行為は、いくらお前でも僕が決して許すことはできないぞ!? 分かっているのか!?」

「・・・ティータさんを救うためには必要なことだとしてもですか?」

「な、なんだって・・・・・・?」

 

 急にトーンを落とした相手からの返答と視線に、やや尻込みさせられたように僅かながら上半身を仰け反らせながらも、側に立つディリータの真剣さを増した厳しい表情へと顔と意識を向け直さざるを得なくなっていた。

 

「・・・正直なところ、この人の言うとおりではあるんですよ。

 ダイスダーグ兄君様はラーグ公にお仕えする軍師として来たるべき次なる戦いの準備を優先するしかない立場ですし、ザルバッグ兄君様も最終的には立場を選ぶ御方でしょう。

 ならば多少あざとくても、敵の謀略をでっち上げ、ティータさんを殺すことがデメリットになるよう仕向ける必要がどうしても出てきてしまう。

 そのためにも分かり易い『悪者』がいるんです。嘘八百に説得力を持たせるため悪者の退治された死体がね・・・!」

「そ、そんな・・・そんな事って・・・!?」

 

 ラムザもまた、先のアルガスと同じように絶句させられる。

 兄二人がその道を選ぶ理由説明がされていたことも、ラムザが相手の考えの正しさだけは認められる理由の一つだった。

 長男と次男の性格は、ラムザもまたよく知っている。

 情を知らない人たちではないが、立場に伴う義務を果たすことに強い使命感と誇りを抱いている人たちでもあるのだ。感情だけで動く人ではないことは・・・遺憾ながらラムザも兄弟として認めざるを得ない部分を確かに持っている。そんな兄たち。

 

「だ、だけど・・・それでも・・・それでも僕は―――ッ」

「生け贄が必要なんですよ・・・・・・ティータさんを救い出すため、愚かな人の心を揺り動かすための生け贄がねッ!!」

 

 叫びと共に、躊躇いなくアルガスの頭上に振り下ろされるラムダの長剣。

 

「やめろぉぉぉぉぉッ!!!」

 

 と叫ぶラムザの制止とも悲鳴ともつかぬ雄叫びだけが空っぽになろうとしていた脳味噌に虚しく響き渡り、間近に迫り来る『死』そのものを見上げながら絶望に染まった思いで凝視していると――――ほんの一瞬。

 

 

 一瞬だけ、お人好しな兄の言葉に、兄貴思いな甘ったれの妹の剣先にブレが生じる光景が、アルガスにはハッキリ見ることができていた。

 

 その瞬間。

 

「~~ッ!!」

「な・・・っ!?」

 

 思い切り、正面からの体当たりを食らわせて仰け反らせてやった後、全速力で屋敷の中へ逃げ込んでいく騎士見習いアルガス。

 

 逃げようとする自分を逃がすまいと、背後から一瞬追撃の足音が聞こえてはきたものの、そのすぐ後に『やめるんだラムダ!』という言葉が聞こえたと思ったら、次にはもう背後から何も聞こえなくなって、アルガスは自分が逃げ延びることに成功したことを心の底から知覚した。

 

「・・・ちくしょう! クソッタレ! 馬鹿にしやがって!馬鹿にしやがって! あのヤロウ、あのヤロウ、あのヤロウぅぅ・・・・・・ッ」

 

 だが、窮地を脱したアルガスの心に、自分を追跡者から救ってくれたラムザへの感謝など微塵もなく。

 ただただ自分を、『哀れみによって救ってやったラムザ』と、『自分を憎んでる癖して格好つけたがるディリータ』

 

 そして、このオレ様をここまで虚仮にして、恐怖を思い出させやがった『クソ生意気な女でしかないラムダ・ベオルブ』

 

 この三者に対する恨み、憎しみ、憎悪、殺意、嫉妬。

 ・・・様々な感情で溢れかえった心を抱えながら、使用人たちの目など気にすることなく屋敷の中を走り続けているのがアルガスの心情ではあったが・・・・・・。

 

 おそらく彼の心を最も占めていた感情は、後にも先にも、過去未来の全てを通じてさえ一つだけだったのかもしれない。

 

 

 

【プライド】

 

 

 

 彼はプライドが生まれつき高かった。高すぎたのである。

 それが周囲からの裏切りと、ラムダとの舌戦で敗北したことなどを経て今に至っている。

 

 それがアルガス・サダルファスの行動動機と主張の中身であり正体だった。

 

 

 

「・・・思い知らせてやる・・・! 絶対に思い知らせてやるぞぉ・・・ッ!!

 オレを虚仮にしたヤツは殺してやる! 絶対に! この手で! アイツらの守りたがってる平民の小娘を殺した上で、アイツら自身のことも絶対に・・・・・・ッ、絶対にだ!!」

 

 

 

 プライドを傷つけられた復讐―――否、ただの意趣返しを取り繕って復讐という形でしか実行できないプライドが高すぎる少年騎士アルガス。

 

 

 そんな彼だからこそ――――どのような行動に、どんな反応を示すのか。

 分かり易く、予測しやすい。

 自分の望む行動を、言葉一つで自主的に行ってくれる“彼女にとっては”便利で使いやすい、安物の壊れたマリオネットとしか映ることは決してなかったかもしれなかった。 

 

 

 

 

「――さて、コレだけやれば十分でしょう。邪魔者が自主的に出て行ってくれて、遮る障害はなくなりました。

 では兄様。ティータさん救出のため、本当の出撃を始めに行くとしましょうか?」

 

 

 

つづく



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第15話

前回が中途半端なところで止まってしまって申し訳ありません。
他の止まっている作品を更新してから続けようと思ってたら時間かかりそうなので、コッチを先に完成させた次第です。

今話でベオルブ家襲撃の話は完結です。オリジナル話は早く終わらせて原作ストーリーに回帰する必要あるため焦りましたわ(;^ω^)
そのせいで今回、ラムザとディリータの出番が薄めです。その分、後半は躯旅団の現状を付け足しときました。
敵と味方の事情を楽しんでもらえる半オリジナル回になれたら幸せです。


「ラムダッ!!」

 

 ――私の名を呼び、制止する声が背後から聞こえた瞬間。

 思わず剣を抜いたまま走り出そうとしていた私は機先を制され足を止め、背後を一度振り返ってから振り払うように前方へと視線を向け直すと、再び走り出そうと大きく鎧の音を鳴らしながら一歩前へと踏み出した時に、

 

「やめるんだラムダ!」

 

 二度目に放たれた制止の声が、私の足を再び地面に縫い付けて追撃の足をも止めさせました。

 背後からの指示との葛藤で動くに動けなくなってしまった私は、抜き身の剣を納めぬまま屋敷の中へと姿を消していく、『卑劣な裏切り者』の後ろ姿を睨み付けるだけで追いかけることができなくなり、相手の姿が完全に邸宅の中へと吸い込まれていき影も形も残ってはいなくなり、今から追いかけても手遅れであることが確定した頃になってようやく―――“これ位やれば十分だろう”と判断して、私は剣を鞘に収めたのでありました。

 

 そして振り返りながら、兄様達に宣言したのです。

 

「さて、コレだけやれば十分でしょう。

 邪魔者が自主的に出て行ってくれて、遮る障害はなくなりました。

 では兄様。ティータさん救出のため、本当の出撃を始めに行くとしましょうか?」

 

『『・・・・・・は?』』

 

 

 ・・・・・・その返答として、お二人からポカンとした表情でマヌケそうな反応を、返事としていただく羽目になったのでありましたとさ。

 

「――なんです? その反応は・・・・・・まさか私が本当に兄様の命令を無視してでも自分の判断を優先して、アルガスさんの粛正を行おうとする人間だと思われてましたので?」

「い、いや・・・・・・その・・・」

「そんな事は・・・・・・いや、まぁ・・・・・・うむ・・・」

「・・・・・・」

 

 メッチャ思われてたんじゃねぇですかい。

 実の兄と、兄の親友で私にとっても友人の幼馴染みから、命令違反して独断専行で部下の粛正行っちゃう人間だと思われちまってましたよ私って・・・・・・

 

「――まっ、兄様達でさえそう解釈してくれてたぐらいですからね。外様のアルガスさんには分かるはずもなかったはず。

 私も猿芝居が無駄にならなかった証拠として喜んどくといたしましょう」

 

 わざとらしく肩をすくめながら妥協案を提供されて、見るからにホッとして肩の力を抜かれるお二人さん。・・・貸し一つですからね? 後で覚悟しておいてくださいよ本当に・・・。

 

「そ、それよりもラムダ。今言っていた話は一体・・・・・・やはり兄さん達はアルガスの言うとおりティータを・・・・・・」

 

 誤魔化すように言いだし始めた兄様の言葉でしたが、内容が内容です。途中から表情口調共に深刻さが増していき、ディリータさんの顔も強ばっていく過程を客観視点で、やや薄情さを自覚しながら観察した後、「より正確には」と兄様の話に私も乗ることを受け入れて。

 

「兄君様たち以外の人たち全ての都合で、ティータさんの命は兄君様たちに奪われる可能性が高すぎると言うべきでしょうかね・・・・・・」

「「・・・・・・??」」

 

 嘆くような仕草で言った、分かりにくすぎると自覚していた私の言葉に兄様だけでなく、鋭敏で政治感覚もあるディリータさんでさえ不審そうな表情で黙り込まれた姿に、最初から付け足すつもりでいた説明をプラスさせて頂きました。

 

 

 ――現在、ティータさんの身命はかなり危ういバランスの上で成立していました。

 たかが平民の娘がベオルブ家令嬢と勘違いされて誘拐されただけという経緯から、アルガスさんを始めとして軽く見ている人も多いみたいですけど、実際には全ての勢力にとって政治的に大きな意味合いと効果を持ってしまっていた――というのが実態なのですよ。

 それこそ、本物のベオルブ家令嬢が誘拐された方が大した問題ではなかったぐらいに、です。

 

 今回の骸旅団殲滅作戦は、彼らの本拠地があり主な活動地域にもなっていた、ラーグ公が統治しておられるガリオンヌ領で行われる都合上、総指揮官にはラーグ公ご自身が務められ、現場での総指揮を北天騎士団とベオルブ家が担当して軍政はダイスダーグ兄君様が、軍令をザルバッグ兄君様が・・・・・・そういう人事となっています。

 

 要するに、成功すればラーグ公の武威が高まりますけど、失敗すれば政敵であるゴルターナ公陣営を喜ばせるだけってことです。

 それどころか、ゴルターナ公としては成功しようと失敗しようと、なんの損もありません。せいぜい“来たるべき次の戦い”のためにも、何でもいいから汚点だった部分にイチャモン付けられ中傷できる口実さえ得られりゃ万々歳な立場ってところでしょうよ。

 

 そして、そんな公にとって【五十年戦争を形ばかりでも講和で終わらせた天騎士】である父様が養子として迎え入れられていた『平民の娘』を賊に浚われ、その命惜しさに討伐作戦の責任者の側近一族が反乱軍共の要求を一つでも飲んでしまっただけでも、公私混同を始めとして『上に立つ者として適正のなさ』を論って非難しまくるには十分すぎる口実が得られる訳で。

 

 しかもイヴァリースは、大陸の北西部に突き出た半島で、逃げ出す先が旧敵国である隣国オルダリーアか海しかありません。

 オルダリーアを逃亡先に選んだ場合には、ゴルターナ公の領地であるゼルテニアを通過する必要があるのです。

 

 北天騎士団のトップ一族ベオルブ家が、仮にラーグ公に嘆願して見逃してやるよう許可を取り付けたとしても、ゴルターナ側が従ってやる理由も特にはないでしょうからねぇ・・・。

 せいぜい体裁を取り繕って、骸旅団に家族を殺された平民たちが復讐のため襲撃したことにでもして、ベオルブ家は討伐作戦の責任者でありながら身内の情に流され犯人たちの逃亡に手を貸した。公私混同は上に立つ者として適正を欠くこと甚だし――って感じに落ち着くのが関の山でしょう。

 

 

「一方で、ティータさんを誘拐した犯人たちである骸旅団にとっては、追い詰められつつある現状において生き延びられるかもしれない、唯一の可能性がティータさんです。

 この際、彼女がベオルブ家の令嬢かどうかの真偽は問題ではありません。それしか生き残れる道がないのですから、縋るしか他に手が存在しないんですよ。

 ウィーグラフさんや、ミルウーダさんとかの人達は多分、覚悟を決めて生き残れる可能性を捨てて挑んでこれる強さを持ってる人たちだと思われますが・・・・・・皆が皆、彼ら兄妹のような生き方と死に方ができる訳でもなし」

 

 私の話で顔色を悪くしつつあるお二人に、私は容赦なく説明を付け加えました。

 これは政治に疎い兄様には一応、今のところは語らないようにしている話なのですが、今回の骸旅団が起こした争乱はウィーグラフさんの意思はどうあれ、『平民VS貴族』という図式を成立させる結果となってしまっているのが現状です。

 

 そんな中で起きたティータさん誘拐事件は、『次の戦い』に向けて有力貴族の大半が味方しつつあるゴルターナ公にとっては、貴族たちの感情だけを理由にアルガスさん理論でいいんでしょうけど――王妃様の影響によって貴族たちの支持が得づらく、平民や下級騎士、没落貴族なんかを頼りにせざるを得ないラーグ公にとっては、『たかが平民の小娘だから』と簡単に切り捨てられるものでもない。

 

 平民たちから見ればティータさんは『生まれの身分は同胞』であり、今まで名門ベオルブ家が養っていた相手を人質になった途端に見捨てる、というのは今後の展開を考えるとデメリットが大きすぎると予想される。

 反面、ラーグ公にとっても現段階でゴルターナ公や貴族たち全てと敵対する気はないでしょう。

 もともと今回の作戦自体は王家から直々の命令を与えてもらって、自分が総司令官に就任しての殲滅作戦な訳ですし、せいぜい武名を轟かせて人気取りと味方集めに利用したいところ。

 

 その中で、『平民たちから嫌われそう』な『平民の娘殺し』はラーグ公に取ってやりたい行為ではあまりなく。

 一方で、『身内の命惜しさで犯人共を逃亡させた最高責任者』などという不名誉は、公も兄君様たちも全力で避けたいところ。

 更には、『貴族たちから悪感情を買い込む平民に味方する行為』も、現時点では有効とは言いがたい・・・・・・。

 

 

「これらを条件を整合させるには、『北天騎士団はティータさんを全力で助けようとしたけれど、追い詰められた骸旅団の一部が暴走して自暴自棄に陥り、貴族たちへの悪感情から人質を手にかけた』・・・・・・という事にしてしまえばいい。

 多分ダイスダーグ兄君様だったら、この程度の策は考えてるだろうと思われます。あの人は別段、悪意の人じゃないですけど、こういう場面で身内への情を優先してくれる人でもないのは事実ですから・・・・・・」

 

 と、私は表現に気を遣いながら兄様の顔をチラリと振り返りつつ、歩みは止めることなく二人を先導しながら長い説明の締めくくりとさせてもらいました。

 時間がない中でノンビリと説明だけのために玄関でボーッと突っ立ってる訳にもいきませんでしたし、味方を待たせてある場所まで移動しながら今までの話させてもらってました。

 

 これには一応の副次効果として、追っ手に話を盗み聞きされづらいという部分もあります。

 距離を保って付いてきながら身を隠せたり、延々と赤の他人が私たちと同じ道を歩き続ける不自然さをカモフラージュする方法とかを考えれば、普通の道を歩きながら話す方が密談には向いているのが、映画とかでは語られにくい微妙な事実ってところでしょうかね。

 

「じ、じゃあやっぱり兄さんたちはティータを・・・・・・見殺しにしようと・・・・・・」

「微妙なところです」

 

 兄様が後ろから、顔面蒼白になっているのが見なくても分かる声で言ってきたのを即答で切り返して、少しだけ訝しげな気配へと変化した『二人の』雰囲気を背中に感じつつ、私は話の一番重要部分についてようやっと語れる地点まで来たことを、密かに心の中で安堵しておりました。ふぅ~、助かった。という感じです。

 

「ダイスダーグ兄君様にしても、別にティータさんを殺したいわけではないでしょう。

 見殺しにして得する訳でもなし、今まで一緒に暮らしてきた相手なのも事実ですしね。助けれそうだったら、助けてくれるのではないでしょうかね? 行方を探させているって言うのも立場的に嘘ではないと思いもしますし」

「・・・・・・じゃあ、ザルバッグ――様もか?」

 

 ディリータさんが一瞬だけ、言葉を言い淀むのを聞き逃してしまうほど、難聴系でも意味が分からなかった善人過ぎるタイプでもない私でしたが、それでも『聞き流す』を選ぶべき場面であることぐらいは理解できる心は持っているつもりです。

 

「ザルバッグ兄君様は、ベオルブ家の名誉を最も大事に考える方です。

 その点ではダイスダーグ兄君様以上に、現実主義的判断をする可能性が高い人だとも表現できる。

 たとえば、“武門の長たるベオルブ家の一員が情に流され、人質を盾にした卑劣な賊の脅迫に屈する”とかは、あの人には絶対に選べない選択肢の類いだと思われますね」

「―――ッ!!! な、ならティータはこのままだと・・・っ」

「そうです」

 

 驚愕に顔を引きつらせていたであろうディリータさんの顔面に、いきなり振り向いてズズィッと顔を急速接近させながら私は断言して、結論を語りました。

 

 ・・・・・・何故だかディリータさんの頬がちょっと赤くなってるように見えるのと、兄様が気まずそうな顔して目線をさまよわせてる風に見えたのは錯覚だと割り切りながら、です。

 ええ、私は二人を信じてますからね。今はそんな状況じゃないんですから、そんな変なこと考えてるはずがありません。

 今の自分の性別なんか無視です無視。きっと二人も分かってくれてます。私のホッペタから微熱を感じるのも、歩いてきたから暑くなったのです。他意はなし。絶対になし。

 

「――このままだと、ティータさんは恐らく助けることは出来なくなるでしょう。

 骸旅団がティータさんを無条件で返してくれて、自分たちは捕縛されて、王家に背いた逆賊として処刑される道を自主的に選んでくれる・・・・・・という展開にでもならない限りは、ほぼ不可能。絶体絶命の大ピンチ、風前の灯火なのが現在ティータさんが置かれている立場なんですよ」

「そん・・・な・・・・・・そんな事って・・・ッ」

 

 苦悩して、ベオルブ家に養ってもらっていたことが裏目に出てしまっている現在の状況を前にし「オレは・・・オレは・・・・・・ッ」と、自分自身の今まで全てに対してまで疑問の目を向け始めたっぽいこと言いだしてるディリータさんの項垂れてしまった頭頂部に向かい、私は用意していた最適回答を提示する時期が来たことを察したのです。

 

 

「そうです。そして、そここそが“ティータさんを助けられる唯一の可能性”でもあると私は考えています」

 

『『・・・・・・は?』』

 

 

 最初の場に登場した時と同じような反応を返されて、軽いデジャヴに襲われながら周囲を見渡し、目当ての物を見つけて歩み寄りながら私は二人に自分の提案を語ります。

 

「先程も言いましたけど、ダイスダーグ兄君様にもザルバッグ兄君様にも、ティータさんを『見殺しにしたいと思う理由とメリット』はないのです。

 ただ単に誘拐された骸旅団の要求を飲んでしまうとデメリットが大きすぎるから、損得勘定で得する方を選び取ってるだけでね?

 アルガスさんは敢えて露悪的な表現を使って、『切り捨てること』を強調していましたが本来、ナニカを切り捨てるのは別のナニカを得るための手段のことです。切り捨てること自体が主目的なのはあり得ません。捨てるのが従で、得るのが主。この上下関係は変わりようがない部分でしょうね」

「それは・・・・・・そうかもしれないけど・・・」

「今回は、これを応用します。ダイスダーグ兄君様の負傷も相まって、現場の指揮はザルバッグ兄君様だけに一任されるでしょう。

 あの人なら名誉の問題にさえ妥協点を見いだせれば、交渉の余地ぐらいは得られます。形式を整え、状況さえ作り出せるなら、多少のことには目を瞑ってくれる臨機応変さもある人ですしね」

「・・・それも理解は出来るが・・・・・・だが、どうやってだ? 俺達には、そんな交渉材料なんて何一つ・・・」

「だからこそ、“彼の出番”というわけです」

 

 と断言した私の目の前で、指さした先の藪を見ていた二人の視線が見ている先で。

 

 ガサァッ!!と音がして植物の中からなんか出てきて「うわァッ!?」と二人を驚かせたのは―――葉っぱとか色々付いてて、到着したら来るように伝えておいてもらった人。

 

「おいおい、偵察から帰ってきた味方にヒデェな二人とも。コレぐらいのことで驚くなよ。

 勇気が低いヤツだと、非道いリアクションされる確率が高くなって困るぜ」

「「テッド!?」」

 

 と、言うわけで逃がして後を付けさせていたミルウーダさんたちの情報を持ち帰ってきたばかりのテッドさん登場です。彼が今回の私たちの切り札ってわけ。

 

「ご苦労様でした、テッドさん。で? 収穫はどうでしたか?」

「大収穫だな。ラムダが言ってたとおり、奴らが通った道の先には骸旅団が拠点として占拠していたジークデン砦へ通じる隠し通路が掘られてたらしい。少人数だけが進める狭い獣道みたいな場所で大軍には使用不可能だが、逃げ道として使うだけなら十分だろう。

 もっとも、こういう時を見越してから封鎖するための仕掛けぐらいは施してあったようで、今は塞がれちまったみたいだがな。他の道まで完全封鎖する余裕はなかったらしい。途中までの近道だったら十分使える」

「十分です。これで北天騎士団本体を出し抜けます、報酬は後ほどタンマリとってことで。

 いやはや、猿芝居までしてアルガスさんを追い出した甲斐があったってものですね」

 

 肩をすくめて呟き捨てた私の発言に、兄様は不信感とまでは言わずとも不思議さを感じたのか疑問を呈されてこられ、

 

「・・・・・・このためにアルガスを・・・? でもそれだったらアルガスがいたところで別に――」

「正気ですか兄様? 私たちはこれから、“命令違反で独断専行して”“軍の方針とは違う自分たちの目的”で動くのですよ?

 そんな立場になる人間が、よそ者で別の目的のために行動を共にしていた人間を一緒に連れたままで、戦うことが出来ますか?」

「それは・・・・・・」

 

 理想を信じる兄様は、悲しそうな顔をして私を見ますけど・・・・・・こればかりは譲れません。悪いとは思いますけど、私にはお二人や仲間たちやティータさんの方が、外部の人間よりかは大事ですから。

 敵が正面ばかりにいるとは、私は思っちゃいないタイプの人間です。

 正面の敵と剣を交えている時に、後ろからナイフで刺し殺してくる輩は幾らでもいるのが世の中だと思ってるタイプの人間ですので、アルガスさんみたいなのには今からの戦場にいて欲しくなかったのです。

 

 後ろから味方に殺される可能性を抱えながらでは、安心して戦えません。

 獅子身中の虫を、土壇場で抱え込んでしまっている状況は確実な裏切りを招くもの。そういうものです、人の世の中って言うものはね。

 

 ・・・それにアルガスさんは、ダイスダーグ兄君様から色々聞かされてるみたいでもありましたからな・・・。

 どこまでが本当の情報で、どこからが自分に都合のいい話なのかは別として、私たち以外の誰かに寝返ることが得になり、私たちの元に留まり続けることが最も損になる人からの情報なんて惑わされるだけで邪魔で仕方がありません。真実が混じっている嘘ほど面倒くさいんですから。出て行ってくれた方が、今後は迷う必要がなくなってよろしい。

 

「では行きましょう、皆さん。

 『骸旅団殲滅』という北天騎士団とは異なる私たちの目的、『ティータさん救出』のために、ラムザ・ベオルブ隊だけの出陣と洒落込むとしましょう」

「ラムダ。その名前は・・・まぁいいんだけど、ティータ救出のためとは言っても、具体的な目的と方針は?」

「決まってるでしょう? 兄様」 

 

 真顔で返して、ツッコまれると思ってなかった自分のネーミングセンスのなさの部分に感じた恥ずかしさはなかったことにしてもらって、私は断言したのです。

 

 

 

「骸旅団のリーダー、ウィーグラフさんの妹、ミルウーダさん誘拐作戦にです」

 

 

 

 ・・・・・・我ながら名前以上に非道すぎる内容の作戦を思いついてしまったなぁー・・・と。

 この前、偉そうなこと言って逃がしたばかりの人を、舌の根が乾かぬ内と自分でも思うのですけど、状況が変わった以上は致し方なし。

 

 

「それで? その隠し通路はどこまでだったら近道できるのです?」

「幾つかのポイントごとをつなげて使うもんらしく、直通のヤツはなさそうだったな。絶対通らざるを得ない箇所が何カ所かある。

 だから地図を見る限りでは、まずここだな。ここを通った後なら大幅な短縮が可能になるし、人数によってはジークデン砦へ直接いくことも不可能じゃなさそうに見えた」

 

 私と兄様、ディリータさんは揃って顔を付き合わせながらテッドさんに示された、バツ印が書かれた地図上の一点のみに視線と意識を集中させ、図らずも呟かれた声は予測していたわけでもないのに異口同音の同じ一つの声に他の者には聞こえるものだったと、後にテッドさんから評される一言を私たちは口に出しました。

 

 

 

「【レナリア台地】・・・・・・か。ここからなら、北天騎士団を先を越せる距離だ。

 急ぐぞ、みんな出陣!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして、ほぼ同じ頃。

 骸旅団が占拠して久しい拠点、『ジークデン砦』の一室でも、兄と妹の仲睦まじい再会劇が行われていたのは、歴史の偶然か皮肉か、どちらかを使った嫌味だったのかもしれない。

 

 

 

「ミルウーダ! よく無事に戻ってきてくれた! 心配していたぞっ」

「・・・・・・心配をかけました兄さん」

 

 帰還した旨を門番役の若い見習戦士に報告してもらって、しばらく待たされてから会議室へと通された私は項垂れながら、兄さんの暖かさに満ちた言葉を聞かされて複雑な心境を隠すのに苦労させられずにはいられなくなっていた。

 

「・・・私が未熟なばかりに、指揮を任されていた大勢の同士たちを失ってしまいました・・・・・・。

 本来なら合わせる顔がないと自害も考えたのだけれど、結局こうして生き恥をさらして帰還してしまったわ・・・・・・」

「いや、いい。全滅だけでも免れたことは、お前の功績だったことを私は知っている。

 同士たちには哀れなことをしてしまったが・・・・・・彼らの為にも、お前が生きて貴族たち相手の弔い合戦に参加できたことを私も、そして死んでいった同士たちも天国で喜んでくれているはずだ」

 

 兄さんはそう断言して、会議室に集まっていた生き残った幹部たちも同意するように深く頷く姿を見せつけられて、私の心は余計に重く沈んでいくしかない。

 彼らの前で、“アイツ”から言われた伝言を伝えなければいけないなんて、針のむしろに自分から座りに行くようなものだったけれど・・・・・・それでもあの約束は果たさなければいけないものだと私は思っていた。

 

 いえ・・・違うわね。砦に帰ってきたことで、あの伝言は伝えなきゃ“いけないことだ”と、私自身が思わざるを得なくなったから言いたいのよ。

 

「・・・兄さん。敗軍の将が恥の上塗りをする行為でしかないと承知してはいるのだけれど・・・・・・生き残った部下たちを救ったのは私じゃない。助命する条件として私に伝言するよう求めた貴族の要求を受け入れたから助けられただけなのよ・・・・・・」

「助命する条件としての言伝・・・・・・? なんだそれは」

「・・・・・・無条件降伏の使者よ。すでに戦いの帰趨は見えたから、これ以上戦っても意味がない戦闘を止めて大人しく降伏し、部下たちの生命に対する責任を全うするよう、骸旅団の最高責任者である兄さんに伝えるよう求められた。・・・・・・そういう条件」

 

 予想通り、会議室に集まっていた幹部たちからの非難と罵声が私に集中させられた。

 当然だろう。彼らの貴族に対する感情を思えば、命惜しさに貴族に魂まで売り払った裏切り行為と解釈されてしまうのは仕方のない事だと自分でも思う。

 まして私自身が、彼らと同じ立場で別の人間が今の言葉を伝えに来てたなら、同じ反応を返していただろうと考えているぐらいなのだから・・・・・・。

 

 ジークデン砦に到着する直前まで、私にとってベオルブ家の生意気な令嬢から託された伝言はミンウたちの命を助けるために了承しただけで、騎士として約束を果たす以上の意味しか感じていないものでしかなかった。

 

 ・・・・・・にも関わらず、兄さんから温かい言葉で迎えられた私の心に奇妙なザワつきがあり、優しくかけられた言葉に返す声音が我ながら固いことを自覚せずにはいられなくなっていたのは“今のジークデン砦を見てしまった後だから”なのだろう・・・・・・。

 

「ミルウーダは同士たちの命を救うため、屈辱を耐え忍んだのだ。それは勇気ある行動であり、誰にでも出来ることではないと私は断言する。

 この場にいる者の中にも、同じ立場に立たされた時に名誉ある死を選ばないと言える者は多くはあるまい?」

『う、ウィーグラフ様・・・・・・』

 

 室内に一瞬で満ちた怒りの空気を、同じように一瞬にして振り払ってしまったのは、兄さんが片手を鋭く、だけど威圧的ではない空気をまとった仕草で振り払い、全員の視線を集めてからのことだった。

 兄さんの言葉で幹部たちがハッとなり、私に向けて謝罪の視線を向けてくる者たちが何人かいたことで、私は彼らに返事をすべきか否か束の間、逡巡させられてしまうほどに。

 

 ―――だけど―――

 

「ここで我々は、死ぬわけにはいかない。

 革命の途中で死ぬわけにはいかないのだ!!

 その為にこそミルウーダは恥を捨てて生を選び、誇りを掴み取った。骸騎士団の戦士として生きることから逃げようとはしなかったのだ。それこそが“真の勇気”」

 

 同士たちを鼓舞する兄さんの熱弁が、どこか遠くから響いてくるような声で聞こえてくる。

 何故かは分からないけれど、その声と言葉はヒドく私の心に突き刺さり、胸が苦しくなって熱くなってくるけれど・・・・・・戦意を呼び覚ますような内側から生じる熱意には結びついてくれるものにはなってくれなかった。

 

「貴族たちは、知らなければならない。我々の苦しみを、辛い思いを。

 奴らが当然だと思っている世界は、平民の犠牲の上で成り立っている歪んだ世界だという現実を。

 為政者が自分たちの見ている世界が如何に狭く、小さいものかという事を知らないのは罪でしかないのだから!!」

 

 私は俯いていた顔を上げて、兄さんの顔を見つめて、瞳と見つめ合う。

 迷いなく、澄んだ瞳。どんな困難にも諦めることなく立ち向かい続け、決して折れることも穢れることも知らずに、理想の未来だけを真っ直ぐ見つめ続けられる、そんな瞳。

 

 見ただけで普通の人間とは、どこか違うものを感じさせる、私たち全員が兄さんを信じて付いてきた理由の一つにもなってきた、人を引きつける魅力を持った不思議な眼。

 

「我々はただ、貴族たちが奪っていったものを返してくれと願っているに過ぎない。

 だが奴ら貴族が返してくれることはなかった。ただ、ひたすらに奪い続けるだけで!

 だからこそ我らは力を行使する道を選んだのだ」

 

 その眼と見つめ合った瞬間。

 

 ――私は激しく脱力して、言うべき言葉と言う意思とを、同時に損失していく自分を確かに自覚する。させられてしまった・・・・・・。

 

 今までであれば、信じて付いていくことが最善の未来へ続く道だと信じられた不思議な瞳の色。

 どんな困難を前にしても、夢と理想を諦めようとしなかった瞳。如何なる逆境だろうと折れず曲がらず、人々を救うため戦い続ける勇気を与えてくれた瞳。 

 

 戦争を終わらせて平和を取り戻すため、平民たちに向かって骸騎士団の創設を訴えかけた時のまま、骸旅団としてイヴァリース王家に平民たちの権利と自由を勝ち取るための戦いを始める決意を語った時のまま。骸旅団が徐々に変貌していく中にあっても兄さんだけは変わることがなった始まりの頃と同じままに。

 

 あの頃と全く変わることなく、純粋に理想を信じて貫く道に、人々を信じて付いていく道を選ばせてしまえる不思議な瞳の色は――――今の私たち骸旅団にとって、『破滅への道』を突き進んでしまうことを意味してしまうものだったから・・・・・・。

 

「あるいは、そのような貴族ばかりではないのかもしれない。心ある貴族もいるのやもしれない。

 だが現状が変わらぬ限り、我ら平民は永遠に奪われる側であり続けるしかないのだ!

 今の不公平な社会が変わらない限り、我らは我らの子供たちのため、子供たちの未来からも奪い続けるであろう貴族たちを憎み続ける!!」

 

 それが兄さんの決定であり、骸旅団団長として全軍の方針を示した言葉にもなっていた。

 私たちは少数の部隊ごとに別れて別々のルートを使って、ジークデン砦の立つ山から雪に紛れて脱出を図る。

 それによって貴族たちの包囲を突破し、逃げ延びることに成功した者たちは地下に身を潜めて時を待つ。

 

 ・・・革命戦争を今ここで終わらされないために。これからも私たちの戦いを続けるために。

 その為にも、たとえ犠牲を払おうとも逃げ延びて、生き延びて欲しいという兄さんの願いと希望。それを聞き届けた幹部たちが涙ながらに決別と再会を誓い合う姿を、どこか冷めた心地で見つめ終わった私は部隊を率いるため部屋を出て、待っていてくれたミンウとミンクの二人を連れてジークデン砦の中を通り過ぎていく。

 

「・・・・・・ずいぶんと雰囲気が変わりましたね、この砦も」

 

 ミンクが、私たちに聞かせるようにも独り言のようにも聞こえる声で発した呟きに、ミンウは声に出して同意して、私は声には出さずに小さく頷くだけで賛意を示していた。

 

 明らかに、私が盗賊の砦へ出立する前よりも砦の雰囲気は違うものに変化していると、私もミンクたちと同じように感じることしか出来なかったからだ。

 

 ――既に勝ち目はないと、特攻を主張する者がいる。貴族に殺されるぐらいなら全員で自決すべきと唱える者もいる。

 自棄を起こして酒を喰らっている者もいれば、死人のように青白い顔色で言われたことをやっているだけの兵もいる。絶望のあまりか座り込んだまま動かなくなっている者も少なくはない。

 

 ・・・・・・何時から、こんな事になってしまったのだろう・・・?

 私たち骸旅団が、この砦を奪取した頃、この砦には理想の未来を語り合う同士たちだけで溢れていた。

 だけど今は、如何に貴族を殺すか? 如何にして死ぬか? そればかりが語られる声だけで砦の内側は満たされている。

 誰も未来など見てはいない。今だけが全てとなった者たちだけで砦の中は満たされており、わずかに残った希望だけが会議室を中心として兄さんたちの周りに集まっている。そんな状況。

 

 何時から、こうなってしまっていたのだろう・・・・・・?

 あるいは、もうずっと前からこうなってしまっていた後だったのかもしれない。

 私自身が、ずっと彼らと同じ側にいたから、自分の姿を正しく見えなくなっていただけなのかもしれない。

 

 今の自分が、この砦の中で最大の“異端”となっていることを自覚させられ、苦虫を噛んだ気持ちにさせられる。

 部外者の視点として、今まで自分が属していた仲間たちの姿の側面を見せつけられるのが、こんなにイヤなものだなんて考えたことすらなかった。

 そして思う。思ってしまう。一瞬だけでも思ってしまうのを避けられなかった。

 

 もしかしたら――これがあの、“生意気なベオルブ家の小娘”が見てきた景色だったのかもしれないな・・・・・・と。

 

 

「ミルウーダ様、どうなさいました? どこか御加減でも・・・」

「大丈夫よ、ミンウ。問題ないわ。それで、部隊の出陣準備はととのったの?」

「はい、大丈夫ですミルウーダ様。負傷していた者もいましたが、私たちが回復しておきました。いつでも行けます」

「当然、私たちは最後までミルウーダ様にお供します。絶対に貴族たちが謝るまで付いていって、お守りしますから離れません」

 

 先手を打たれて牽制されて、私を置いて逃げろなどとは今さら言えなくされてしまい、私の元から離れたからと言って生還率が上がると決まっている訳でもない以上は仕方がないと苦笑しながら、信頼する二人の副将たちと最後まで共にする覚悟を決める。

 

 

 

「行くわよ、ミンク。ミンウ。他の者たちも出来る限り生き残れる道を探し出して、選び取りなさい。

 私たちが進むよう割り当てられた道は、【レナリア台地】!

 なんとしても北天騎士団に封鎖される前に、ここを突破する!!

 遅れる者は置いていく、後れを取るな! いざ出陣!!」

 

 

 

つづく




*話の都合上、【草笛】の話をいつ入れるかで迷ってしまう羽目になった今日この頃。
番外編で行くか、それともミルウーダ戦の後にして時間軸をズラし、居なかったはずの人物を二人交えての内容に変えてしまうか……悩み所です。


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第16話

久方ぶりの更新となってしまい申し訳ありませんでした。
今回の内容は【草笛】です。

久しぶり過ぎて勝手が掴めなかったのか、原作だと短いシーンに文字数かけ過ぎたので1話分扱いになっちゃいました。
私の悪い癖です、次から今話よりもっと気を付けなきゃいけませんね。努力します。


 ――大空を行く鳥が、何者にも縛られない自由な存在ではないのだと知ったのは、いつからだったろうか。

 天空を司る神の気まぐれによって起こされると言われる嵐一つで、為す術もなく地に落ちることしかできない制限された自由しか持たぬ哀れな存在。

 

 ・・・だが今の俺には、限られた自由しか与えられていない鳥たちが心底羨ましくて仕方がなかった。

 たとえ空高く飛び上がったからこそ、墜落死する末路を辿る運命をも背負うことになろうとも、あらゆる国も国境も如何なる城壁さえも気にすることなく、行きたいところへ飛んでいくことを許された鳥を。自らの意思で飛び立った先で死ぬ自由を与えられた鳥を。

 

 羨望の思いを込めて見上げ続けて待つことしか出来ない、今の無力な俺には何よりも自由な存在に思えて仕方がなかったんだ・・・。

 

 逸る想いを誤魔化すために空を見上げ、焦る気持ちを抑えつけるように足を抱え――自分の内側から擡げはじめた鎌首のように邪悪な感情から目を逸らしたくて綺麗な夕暮れを見ていたいだけのように。

 

 俺はただただ黄昏が迫った空を見上げて、その向こうで助けを待っているティータのことだけを考えていた。本当に、それだけだったんだ。“この時には、まだ”本当に・・・・・・。

 

 

 

 昼頃にアルガスを出し抜いてイグーロス城を出立し、準備を整えていた仲間たちと共に数刻の内にマンダリア平原まで到達していた俺やラムザたち兄妹を含めた士官候補生の一団が足を止め、ただボンヤリと空を見上げて時間が無為に過ぎるのを待っていたのには理由がある。

 

「――兄様たちを迎えに行く途中で聞いた情報によれば現在、骸旅団殲滅作戦は最終段階に入っているそうでしてね。

 旅団が立てこもっているジークデン砦が置かれた山を中心に、ガリランドを後方拠点として北天騎士団が山へと攻め込む突入部隊を勤め、その外側を各貴族たち率いる援軍の騎士団がグルリと囲んで完全包囲を敷き、一人の逃走者も逃さぬ構えのようです」

 

 昼過ぎに平原へと到着した直後にラムダが語ってくれた、最新情報に基づく戦況情報が記憶の中から思い出される。

 

 敵がこもる山を包囲するといえば雄壮だが、現実に自然の山々を人間の軍勢が包囲するとなれば途轍もない数の兵力が必要となる。今のイヴァリースに残る戦力では到底不可能な作戦だろう。

 だが一方で、山から出て村落へと続いている街道や平原などは見晴らしがよく、要所要所を固めて出入り口を塞いでしまえば、何処かへ落ち延びようとしている骸旅団の敗残兵たちを最後の一人まで殺し尽くすことは必ずしも不可能な話ではなかった。

 

 北天騎士団の突撃によって防御の兵たちを蹴散らしながら進軍を続け、仕留め損ねたり敵前逃亡した兵たちは逃げようとした先で待ち構えていた各貴族軍の騎士団によって補足殲滅させていく。

 そこまで逃げ延びられた時点で、数が激減している部隊しか残っていない以上、外側の騎士団は層を薄くして、監視網を広く取ることが可能になる。

 

 さすがに先代のデナムンダⅣ世から『イヴァリースの守護神』と絶賛されたザルバッグ卿の用兵だ。奇抜さはなくても堅実で、隙もまたない。

 

「この中でガリランドの外に陣を敷いている北天騎士団は、包囲の内側から逃げ出す者には目を光らせてるでしょうけど、外から入ってくる者には警戒心が薄くなっているはずです。

 ・・・ただテッドさんが情報を持ち帰ってくれた山への侵入経路の中で、最も近道である一本を使うにはガリランドのすぐ側を通過しなければなりません。

 せっかくアルガスさんたちを出し抜いて、ティータさんを私たち以外の誰かに害されるより早く到達できるかもしれない立場を手に入れた今、私たちの動きを味方に気取られるのは面白くない。

 ――ですので、ディリータさんには悪いですけど、夜まで待って闇に紛れて侵入するのが一番だと私的には思っているのですが・・・・・・」

 

 理路整然とおこなっていた説明の最後の部分だけ、伺うような視線と口調でオレたちの顔を見つめながら言ってきた、親友の妹の普段は見せない心許なげな表情は強く心に刻まれ消えてくれそうになかった。

 

 ・・・・・・俺はそんなにも、ヒドい顔をしてしまっていたのか・・・・・・と、アイツの話を聞かされた直後に自分が示したのだろう反応を想像して自己嫌悪を感じずにはいられなかったからだ・・・・・・。

 

 他の騎士団だったなら、俺たちの顔を見知った者は少なく、今の時点での出発も可能だったかもしれない。

 だが、最初の目的地であるレナリア台地に陣を敷いているのは北天騎士団なのだ。

 代々“ベオルブ家が”頭領を務めてきたイヴァリース最強騎士団の一つ・・・。

 兵たちの中には、ラムザやラムダたちベオルブ家の兄妹を知っている者がいる可能性は低くない。

 あるいは、“平民出身の俺だけ”なら、知らないヤツの方が多いかもしれないが・・・。

 

「・・・ラムダ、僕たちが夜まで待って隊の主力を連れて侵入して、ディリータたち目立たない少数の者だけを先行して向かわせるという手はダメなのかい?

 先に道を確認して偵察しておく部隊も必要だと思うけど・・・」

 

 俺に気遣いの視線を向けながらラムザが行ってくれた提案は、そんな俺の鬱屈した感情に気づいて気遣ってくれた故でのものだったのだろうと思う。

 だが結果として、その提案内容が俺の悩みを更に深い場所へと落とし込んでいくことになる。

 

 それはラムザの提案を聞かされて、親友の妹は先の時より申し訳なさそうな表情になり、言い辛そうな口調で兄の質問に答えを返したことで生じた新たな問題点への気づきがあったからだ。

 

 

「その案は私も考えたのですが・・・・・・ティータさんを話し合いで返してもらうにせよ、力づくで奪還するにせよ戦況から見て、その前段階では交渉せざるをえないと予測されます。

 そうなった時に、もしディリータさんたちだけでティータさんを連れた敵部隊を見つけても、相手は話を聞いてくれない可能性が高いと思われるのです。

 こういうのは、約束を交わした相手が信用できる人柄かどうかではなく、言った言葉を実行可能かどうかが重要な問題ですので・・・・・・残念ながら骸旅団の人たちにとってディリータさんからの提案はあまり、その・・・・・・」

 

 ・・・・・・その返答を聞かされた時のラムザの表情は、後になれば物笑いの種として一生のネタになれる程のものだった。「やぶ蛇だった」とタイトルをつけ、額縁に飾っておきたいほどに。

 “ハッピーエンドで終わる事ができた後”なら、きっとそういう思い出話の一つにできたはずの表情だったんだ。おそらくは、“今の俺自身の表情”と同じように――。

 

 

 いったい今の俺は、どんな表情を浮かべて、どんな顔をしているのだろうか・・・?

 一刻も早くティータを救い出しにいきたい思いに、鎖となって足止めしているのは“貴族であるベオルブ家の親友たち”がいるのが原因だった。

 だが、ティータを救うためには貴族であるベオルブ家の二人が必要で、平民である俺だけがティータの元まで辿り着いても妹を帰してもらえる手段を俺自身が持てていない。

 いや、そもそもベオルブ家の娘と勘違いされたことでティータは浚われ、貴族と関わり合ったからこそティータに身の危険が迫っている今がある。

 

 ・・・・・・しかし、俺たち兄妹が親を失って孤児となった時、バルバネス様が俺たち二人をベオルブ家に迎え入れてくれなかったなら、俺たちの人生はあの時点で既に終わりを迎えていたはずなのも事実だったんだ・・・。

 ティータが危険に晒され、俺たちが助けに向かっている今の危機的状況は、あの時にティータと俺が“野垂れ死ぬことがなかった結果”として苦しめられている現在に至れてる・・・。

 

 貴族のせいで、こうなっている。

 貴族のお陰で、こうなるまで生きてこれた。

 

 その二つともが事実なんだと自覚させられた俺は、混乱する心を抱えて“どっちの道を選べばいいのか?”と自分自身に問いかけながら、動くことが出来ずにいる自分を抱え込んだ姿勢で、ただただ太陽が沈んでいき夜に変わろうとしている夕暮れの空を見上げ続けることしか出来なかったから・・・・・・。

 

 

 

 

 

「――ディリータ、こんな所にいたのかい?」

「ラムザ・・・・・・」

 

 声をかけられ振り返ると、幼い頃からの親友が、あの頃と同じように自信なさげで、だが優しそうな顔立ちに心配そうな表情を貼り付けながら、俺の元へ歩み寄ってくる姿が目に映っていた。

 

「みんなの出発準備が整ったから、陽が落ちて町に明かりが灯り出すのを見計らって出発しようってことになった。それで君を呼んできてくれって頼まれたんだ」

「・・・そうか」

 

 それだけ言って顔を背けると、俺は再び夕日を見る行為に戻ってくる。・・・・・・今はラムザの顔が直視できる自信がなかったんだ。

 貴族として生まれた、貴族らしくないお人好しの親友の顔を直視して、俺はコイツに酷い言葉を言わないでいられる自信が・・・・・・今だけは・・・ない。

 

「――綺麗だな」

 

 だから代わりに、俺は別の本心から来る言葉を、ラムザに向かって素直に告げた。

 綺麗だ、と。

 この綺麗な景色を称える綺麗な言葉が、俺にとって本心の全てであってほしいと心のどこかで叫んでいる声が、小さくなっていくのを自覚しないためにも・・・・・・。

 俺は、今だけは、現実の状況よりも、この綺麗な景色だけを見ていたいと本心から願っていたのは事実だったから――。

 

「ティータもどこかで、この夕日を見ているのかな・・・」

 

 そう続けた自分の言葉でさえ、今は心に冷たい風の一吹きを感じさせる部分があるのを俺は感じる。

 ティータは今、この夕日を見ているのか? 見ることは出来ているのか? 

 それとも――見ることさえ出来ない場所に、連れて行かれてしまった後なんじゃないか・・・って。

 

「大丈夫だよ、ティータは無事さ。そして僕たちが必ず救い出す」

 

 そんな考えに心が囚われつつあった今の俺にとって、ラムザの放つ優しくはあっても根拠のない気遣いの言葉は虚しく響いて聞こえ、心遣いに感謝の気持ちは沸いてきても胸の奥底から膨れ上がり始めた別の感情を覆い尽くすまでには至ってくれない。悪意の呟きを抑えることができない。

 

「・・・・・・違和感は感じていたさ。ずっと前からな――」

「アルガスの言ったことを気にしてるのか・・・?」

 

 俺の呟きにラムザが反応して、俺はゆっくりと首を振って答えを返す。

 “横に”首を振った答えを・・・。

 

「アルガスだけじゃないさ。アルガスと出会う前からずっと、色んな人たちと話す度に、向けられる視線の意味に気づく度に、ずっと感じてきてたことで、ずっと周囲から感じさせられてきたことでもあった。

 どんなに頑張っても、覆せないものがあるんだな・・・・・・って」

 

 そう、アルガスが言った言葉は、切っ掛けに過ぎない代物だった。

 自分自身が蓋をして、見ないようにしてきた思いが膨れ上がってきていた俺自身の内面にあるものを見るための、ただの切っ掛け。

 たとえアルガスが言わなくても、別の誰かが俺に向かって言う時が来たであろう言葉。それをアイツがたまたま順番が回ってきたから言っただけに過ぎない、俺自身の内側にあるものを見つめる切っ掛けにしか・・・。

 

 

「そんなこと言うなよ。努力すれば夢はきっと――」

「努力すれば――だと?」

 

 そして、だからこそ今の俺は揺れており、ラムザが放った言葉を聞かされて、我慢することが出来なかったんだと思う。

 

 

「努力すれば、平民でも将軍になれるのか?

 賊に浚われ、救出のため捜索隊を出してもらい、身代金を貴族たちから出してもらえるような将軍に」

 

 

 俺の言葉にラムザが、ハッとした表情になって黙り込むのを、俺は無感情にただ眺めていた。

 頭の良さを過小評価されてるだけの親友はとうぜん気づいたんだろう。俺が『エルムドア侯爵』を引き合いに出したという事実に。

 

 もし誘拐されて命の危険が迫っているのが、ベオルブ家の娘と間違えられたティータではなく、先に浚われていたエルムドア侯爵だったなら、ダイスダーグ卿も北天騎士団も譲歩と妥協をせざるを得なくなっていたはずだった。

 

 そういう権利と資格が、俺にはあるはずだった。

 骸旅団に浚われたエルムドア侯爵が、今なお敵に捕らわれたままだったなら、ティータが誘拐される必要なんてなかったはずだからだ。

 言うなればティータは、解放されたエルムドア侯爵の身代わりとなって敵に捕まったようなものだ。

 侯爵を救出した褒美として、敵に誘拐された妹を助け出してもらえない地位と権利を与えられる・・・・・・こんな不条理なことはない。

 

「この手でティータを助けたいのに、俺一人の力だけじゃ何もできやしない・・・。

 それどころか俺のせいで妹を更に危険な目に遭わせかねないのが、今の俺の立場なんだ・・・」

 

 一人では、なにも出来ない無力感。

 やりたいことを、やりたい時に出来ない失望感。行きたい場所に、行きたい時に行くことが許されない閉塞感。

 

 大貴族の侯爵を助けるためなら協力してくれた人たちが、救出に成功した俺の妹が浚われた時には冷たく対応される孤独感。

 

 そんな立場を事実として実感させられる立場に立たされたからこそ、強く思う。思い知らされる。

 

 

 

「俺は・・・僕は・・・・・・“持たざる者”なんだ」

 

 

 

 生まれ持たされていた“差”を、努力で埋めることは出来ない。

 貴族として生まれなかった者が、努力して貴族になれたとしても、生まれついての貴族たちから仲間として扱われることはない。

 

 持たざる者として生まれた者より、持つ者として生まれた者の方が上にあると決められている社会で生き続ける限り、持たざる者の側は一生“持つ者の都合”に振り回されて生きていくことしか許されない・・・・・・それが今の世の中なんだと、そう心の底から思い知らされたから・・・・・・。 

 

 

 

 

 そう言って、ラムザが黙り込み、俺も沈黙して風だけが凪がれていく。

 そんな時だった。

 

 

「持つ者の娘として生まれたのに、結婚相手を選ぶ権利すら持たされてない者も、いるにはいるみたいですけどね」

 

 

『『!? ラムダ・・・っ』』

 

 

 俺たち二人は異口同音に、同じ一人の少女の登場に驚かされて、同じ少女の名を呼んでいた。

 ベオルブ家の血を引く直系の娘にして、ラムザの妹。

 そして俺にとって、もう一人の幼なじみでもある少女騎士見習い、ラムダ・ベオルブ。

 

 彼女は普段通り、俺たちの顔を等分に眺めやりながら、俺たち二人の間の距離の中間で、半歩下がった位置に立ち止まると、俺とラムザが先ほどまで見ていた夕日を俺たちと同じように眺めながら、いつもの様にいつもの如く、今までの話題とは関係ないものに見える情報の劇薬を突然の不意打ちで投じてくる。

 

「余計なことで心惑わすべきではないと、お二人には黙っていましたが・・・・・・実は盗賊の砦の討伐に出発する前、ダイスダーグ兄君様に呼び出されて告げられましてね。

 “そろそろ準備を整えておく様に”――と。

 まぁ、適齢期にもなりましたし、士官アカデミー卒業も近い。状況的にも丁度いい頃合いだということなのでしょう」

「ラムダ、それはどういう・・・・・・」

「この戦いが終わったら、政略結婚しろと言うことですよ兄様」

 

 こういう事には疎いラムザが質問して、妹のラムダが平然と答えを返して驚愕し――そして俺自身さえも絶句させられる。

 ・・・ありえない事ではない話ではあったのだ。

 ラムダは仮にもベオルブ家の血を引く娘で、ベオルブ家は大貴族の一員だ。北天騎士団の頭領一族と血縁になりたいと望む若い貴族家系などイヴァリース中に星の数ほどいることでもあるだろう。

 

 ・・・・・・だが何となく俺は、俺とラムザは、ラムダだけは例外だと考えてしまっていた事実に今更気づかされていた。

 だって彼女は他の貴族令嬢と違って、強い女の子だったから。家の都合などに振り回されることなく、自分の気に入った相手しか認めない。

 そんな傲慢だけど筋の通った、自分の意思を強く持って生きていく事ができる。そんな女の子だと思っていたから。

 

「お忘れかもしれませんけど、私も一応は貴族令嬢ですから、年頃になったら結婚して家同士の繋がりを強くする道具として使われる義務があるのです。

 おそらくは、この戦いで功績を上げた有力騎士隊長の誰かと、論功行賞の褒美代わりにベオルブ家との親戚になる権利として与えられ、“次に来る戦いの戦力”として血の繋がりを持つ味方を確保するため嫁ぐことになるのではないでしょうか?

 だから今回の戦いが、兄様たちと共に戦える最後の機会になるかもしれません」

「そんな・・・そんな結婚は・・・・・・ラムダは本当にそれでいいのか?」

「いいも何も、私個人の意思など問題にすべきことでもないでしょう?」

 

 ラムザが妹のことを思って喘ぐように抗弁するのを、逆に妹の方は肩をすくめて気にした風もなく平然と、自分の運命として受け入れる予定であることを軽い口調で明言してしまう。

 

「色々と偉そうな口を叩いてきた後で言うことでもないかもしれませんが・・・・・・私が持つ力はベオルブ家という大貴族家系の後ろ盾があってこそのものでした。

 大貴族の家に生まれてなければ私など、生意気なだけの小娘としか誰からも思われることはなかったでしょう。

 仮に私が自分の好ましい相手とだけ結婚したいからと家を飛び出し、一人で生きていく道を選んだとしても、碌な人生を歩めるとは思っていませんでしたしね。

 ですのでまぁ、恩返しも兼ねて家のために役立てるなら、ダイスダーグ兄君様が嫁げと命じた相手と結婚して、状況の変化で離婚して別の貴族と再婚しろと言われた時にも従います。

 私なりに、それがベオルブ家という貴族の血を引く家の娘に生まれた義務だと思って生きてきましたので、そう気にするほどの問題でもありません」

 

 一息にそう言い切って、達観したように吐息してみせる少女からの衝撃発言に対して、俺もラムザも何も言えず、何も思えず、ただただ呆然と相手の顔を見つめ返すことだけしか出来なくされてしまっていた。

 

 結婚、という人類社会の中で当たり前のようにされている行為について、今まで考えたことがなかったわけでは決してない。士官候補生同士の間でも下世話な話題で盛り上がったことも一再ではない。その時にはラムダ自身が混じっていた時だってあった。

 

 ・・・だが今思えば、話題にすることはあっても、そこに現実感があったことは一度もなかったような記憶がある。

 どこかしら他人事で、自分たちとは縁遠い別世界のことを話していたような印象が、実際の話の内容より鮮明に脳裏には焼き付いている。

 

 だって俺たちはまだ子供なのだからと。いずれは誰かと結婚しなければいけなくなったとしても、それは大人になってからのことで、そこらの大貴族の長男と違って先の話なんだとばかり決めつけだけで思ってしまっていた。そんな気がする。

 

 あるいは――――そう信じたいから、そう信じていただけだったのか。

 

「それに貴族の娘に生まれたお陰で、今まで良い暮らしをさせてもらったという恩もあります。

 こんな時代ですからね。今日の食事にも事欠いて身を売る女性は、路傍を歩けば掃いて捨てるほど有り触れている状況下では、そうならずに済ませてもらっただけでも有り難い限りですし、その分の恩返しぐらいはしないと私自身も納得しにくい。

 ・・・とはいえ政略結婚は双方の家が得するために行われる、利害損得に基づく行為ではありますからね。

 ダイスダーグ兄君様が嫁ぎ先に決めた相手でしたなら、それなりに大事にしてくれる人だとは思われますし、私もベオルブ家から来た余所者として他家に嫁いでからは出しゃばったことは控える必要性も出てきますしね。そう悪い未来にはならないでしょう。

 兄君様も、人格的に問題ありすぎる上に、ベオルブ家の血を粗略に扱うような人物なんかと親戚になりたいと思える人とも思えませんし。

 それなりに幸せにやっていくつもりですので、そう心配そうな顔はなさらずに」

 

 話題を出してきた相手の方から、気遣いの表情と共に言われた言葉で俺たちはばつの悪い気持ちと共に視線をそらして、あらぬ方向へと目をやりながら話題を探し、思いつかずに視線をさまよわせるだけの挙動不審な態度に終始するしかことしか出来なかった。

 

 こういう時、男は役立たずになるものだと、昔に誰かから言われた記憶があった。

 あの時には確か―――ティータが結婚する時に、俺はきっと相当に慌てふためくだろうと、からかわれる中での会話だったはずだ。

 

「まっ、それもこれも今回の作戦を勝って生きて帰ってこれたならの話です。今から気にしたところで、どうにもなりません。

 今はティータさんを骸旅団から助け出し、彼女が死ぬことなく未来を迎えられるよう全力を尽くすことに集中しましょう。彼女は生きてさえいれば必ず、幸せな家庭を手に入れられる人です。こんな所で死なせてしまっては勿体ないというものですよ」

 

 自分が思っていたことを、そのまま口に出されてしまい、ドキリとした思いを隠そうとしたくて誤魔化したくて、俺は無言のまま足下にあった花を見つけて手を伸ばし。

 

 それから伸びている葉っぱを一枚ちぎって切り取ると、口に当てて息を吹きかけ――音色を響かせ始める。

 

 

「ディリータ、その草笛は・・・・・・」

「・・・・・・お父様の・・・懐かしいですね」 

 

 

 俺の仕草を見た二人も、それぞれの表情で同じ過去の思い出を思い出したのか、同じように足下に手を伸ばすと葉っぱを一枚ちぎって唇に当てて、そして―――

 

 

『―――』

 

 

 それぞれの音符ごとに音を奏で、平原に響かせていく。

 バルバネス様が、幼い時分の俺たち三人とティータ、それにアルマの皆一緒に教えてくれた、俺たち全員が身分や階級を気にすることなく過ごせていた、無知だった子供時代の思い出の草笛の音色を。

 

 それは他人から見れば不思議な光景で、後から思い起こせば自分自身でさえ奇妙な光景だと感じられそうな景色。

 

 

 持つ者の末子として生まれながら、平民の母親を持っていたせいで半端物としか扱われない親友と。

 

 持たざる者の平民として生まれながら、持つ者たちに与えられたもので生きながらえることが出来た俺と。

 

 持つ者の直系の血を引きながら、女として生まれたことで、生涯の伴侶を選ぶ権利すら与えられない親友の妹。

 

 

 持つ者と、持たざる者と、持つ者。

 二人の男と一人の女。別々の立場で生まれた三人の男女が、同じ平原に立って同じ夕日を見ながら、同じ曲の音色を響かせ合っていた時の景色と光景を―――

 

 

 たぶん俺は、死ぬまできっと・・・・・・忘れられずに抱え込んだまま生きていくことになる。そんな予感を、この時の俺は感じていたんだ・・・。

 

 

 やがて、無言のまま言葉を交わさず草笛の音色だけが響き合っていく中で日は沈んでいき―――出発すると決めた夜が来る。

 

 三人の進む先が隔たれる運命の場所へと続く道を、俺たちは踏み出す。

 夜の闇は深く、見通せる先の向こう側に何が待っているのか、そこに近づくまでは分からない道のりを俺たちは歩み出す。

 

 歩み出してしまったんだ―――

 

 

 

つづく



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第17話

かな~り振りの更新になってしまいました、申し訳ございません。
何度も書き直してる内に時間だけが延々と…。

久しぶり過ぎるせいで感覚的に変わってないか、ちょっと心配です…。

注:書き忘れてた部分を書き足しました。
  一文だけですので、読み直す必要まではありません。


 

 ラムザ・ベオルブ率いる北天騎士団から離脱した士官候補生たちの部隊が夜陰に紛れ、骸旅団包囲網の内部へと密かに侵入を果たすという『陰性の策』を成功したのと、ほぼ同じ頃。

 

 彼らと逆側の陣営に立つミルウーダ・フォルズ率いる部隊が、数の有利が生かせる昼間に敵の一部を突出させて地の利を生かし打撃を与え、その混乱に乗じて突破するという『陽性の策』を成すため野戦築城を進めている最中に、ラムザたちの部隊と鉢合わせしてしまった偶然は、歴史上の皮肉としてデュライ白書の研究者たちのみならず、運命論を奉ずるグレバドス教会側の擁護者たちからも注目される有名な一説に今日ではなってしまっている。

 

 ――だが、当時を生きる彼ら彼女たちにとって、これほど皮肉で予想外なアクシデントも他にはなく、思わず異口同音に同じ存在のことを罵る言葉を吐いてしまっていた史実を歴史の皮肉として語る者は、デュライ白書の愛好家たちにいても、グレバドス教会の擁護者たちには一人もいない。

 

 それもまた過去から現在、そして未来へと繋がっていく歴史が生み出す皮肉の一つと言うべきものなのだろう。

 

 双方の頭脳を担う、二人の女性騎士たちは互いに示し合わせたわけでもなく、こう口走っていたと記録は語る。

 

 

『『――ファッキン・ゴッド!!!(神はクソッタレ)』』

 

 

            【異聞・獅子戦争記:著者ミリアリア・フォルズより抜粋】

 

 

 

 

 

 

 

「北天騎士団の一部隊がこちらに向かって進軍してきます!」

 

 斥候に出していた同士の一人が報告とともに慌てて駆け戻ってきて、慌てるあまりか経験不足によるものか、転んで助け起こされている姿を見下ろしながら、私は少し吹き出してから天を仰ぐと――思わず呟かずにはいられなかった。

 

 

「・・・・・・ファッキン・ゴッド・・・(神よクソッタレ)」

 

 

 昨晩のうちに夜襲をしかけ、予想外に強固な防衛戦に一時後退して作戦を立て直すように見せかけた後、密かに再び戻ってきて敵の前線が前進していないことを確認して、最初に私たちが陣取っていた位置に落とし穴やトラバサミなどの罠を仕掛けて場所まで油断して進軍してきた敵を混乱させ、そこから突破する。

 

 そのための準備を進めている最中に、この報告。

 おそらく敵の一部が予想以上に突出していた結果だと思うけれど・・・・・・まったく。

 

 ・・・癪に障って仕方がないけれど、神様という存在に関してだけは、あの貴族は正しいことを言っていたように今の私には思えてならない。

 

「こんな所まで、もう敵が出張ってきて封鎖されているとはね・・・・・・。

 我々に逃げ場はないということかしら・・・?」

 

 溜息を吐きながら、それでいて不思議と敗北感や絶望は感じていない自分の気持ちが不思議だった。

 

 あるいは私は既に、知っていたのだろうか?

 骸旅団に、この時が訪れる日のことを・・・・・・いいえ、私たちに『逃げ場はない』という事実を。

 そう思っていた、その瞬間に。

 

「こんな手勢では、北天騎士団相手に勝ち目はありません・・・。

 もう諦めましょう。大人しく投降した方が・・・」

 

 横合いから不安げな声で、不安げな言葉をかけてきた、不安げな表情を浮かべる女騎士に言われたことで、私は発作的に相手の顔を「ジロリ」と見やってしまって、「ひっ!?」と怯えさせてしまい・・・心の中だけで溜息を吐く。

 

「・・・・・・降伏したところで、どうなるというの?

 捕まって拷問された後、そのまま処刑台行きになって殺されるか、今ここで敵の刃に切り裂かれて殺されるかの違いぐらいしか無いと思うけど?」

 

 代わりに出てきた言葉と声音は、思っていものよりずっと静かで、暗い声音と悲観的な現実的予測で満たされたものだった。

 そのことに私は自分自身が驚かされ、同時に深く納得も感じる自分に気づいていた。

 

 ・・・・・・今の自分に、相手を怒る資格のある提案だったとは思えなかったからである。

 先日のジークデン砦で、私自身は兄たちを前にして何と言ってた?

 味方を助けるためとはいえ、敵からの使者として、なんと口にしていたか?

 それを忘れていなければ、怒鳴り声で叱責できるような発言ではなかったのだから。

 

「仮に、降伏して許されたところで同じことよ。

 どうせ私たちに逃げられる場所なんて、どこにもありはしないのだから・・・」

 

 静かな口調で語って聞かせて、部下たちの顔に絶望と自暴自棄のような色を同時に与えてしまうだけだと分かってはいても言わずにいられない現在の窮状。

 

 もっとも、私は兄さんと違って、『貴族を倒さない限り子や孫の代まで奪われるままだ』とか、そういう歴史俯瞰で見た数百年先まで見据えた話ができるほど広い見識を持ってるわけじゃない。

 それを持ってなかったから、ウィーグラフ兄さんは骸騎士団の団長になって、妹の私は補佐役の幹部にしかなれなかったのだから当然のことよ。

 

 その程度の未来までしか見えない私だけれど・・・・・・それでも幾つか今日明日の戦況予測と、降伏して許された後の自分たちが辿ることが可能になる人生行路ぐらいなら分かることがある。

 

 

 ――平民出身者と五十年戦争で職を失った没落騎士とが多く参加する骸旅団という反乱軍は、言い換えれば復員しても農民に戻ることを拒否した平民たちの群れであり、イヴァリース王国という現体制の視点から見れば、無駄飯食らいの居候。それ以外の何者でもない。

 

 五十年戦争で事実上の敗北をして多額の賠償金を支払わされたイヴァリース王国にとって、現在の人口は多すぎるのだ。

 食料を作らない平民なら皆殺しにした方が、今のイヴァリース食糧事情としては有り難い。

 その後に、殺して減った食い扶持の何割かを王からの温情として民に給わす人気取りをすれば乱の再発も防げる可能性は低くない。もちろん一時凌ぎでしかないことだけど・・・。

 

 兄から聞いた話では、近く崩御するであろうオムドリアⅢ世の後継者になる王子の後見人をめぐってゴルターナ公とラーグ公とがぶつかり合うのは、ほぼ必然だという。

 ならば自分たちが降伏して生かされた場合には、農奴階級に落とされ、死ぬまで鎖につながれ労働力として酷使されるか、次なる戦いで奴隷兵士として使い捨てられるか。

 

 二つに一つの使い道だけが目的と見て間違いないと、私は予測していた。

 どちらだろうと、国に刃向かって敗北した自分たちに逃げ場はなく、せいぜい死に方と命日を僅かにズラすぐらいしか選択の自由が与えられることは二度と無い・・・・・・。

 

 とはいえ―――

 

「“貴族たちに降伏するぐらいなら死んだ方がマシ”

 “戦って勝つしか私たちに活路はない”・・・・・・私自身は、そう信じているけれど・・・。

 別にそれが正しい判断だと、神が保証してくれた訳じゃないのも確かではある」

「・・・ミルウーダ様・・・?」

 

 ぼんやりと呟いた言葉に、傍らに立っていた女騎士だけでなく、周囲で聞き耳を立てていた部下たちまでもが露骨な態度で後ろを向いて、自分たちの指揮官の言葉に注目し始める。

 

 そんな彼ら一人一人の顔を眺め回して見つめながら、私の心はひどく晴れ渡っていた。

 色々な重りが取れて、捨てられて、久しぶりの自由にでもなった気分で。

 

 空虚なまでに何もない青空のように。虚しいほどに何もない自由のように。

 束縛も義務も理想も現実も、そして未来さえも。

 何もかも失って『まだ死んでないだけ』になった今の私は、澄み渡った心からの笑い顔を浮かべながら隊長として、部下“だった者たち”に最後の命令として言い渡すことがやっと出来る。

 

 

「好きにしなさい。逃げたい者は逃げればいい、降伏したい者はすればいい。

 どーせ私たち骸旅団に、それを選んだ者を留める力も、裁く機会さえも既に無い。

 勝ち目のない戦いに従っても殺されて死に、降伏しても殺されて死に、逃げても殺されて死ぬ。

 どの道を選んでも死ぬ結末が変わらないなら、死に方ぐらいは自分で選べる“自由”があっても別にいい・・・・・・。

 私は、あなた達それぞれが自分の道を選ぶことを、裏切りだとは思わない。だからもう、好きにしていい・・・」

 

 

『『なッ!? ミルウーダ様ッ!?!?』』

 

 私が告げた瞬間、信じられないと言いたげな声音で、双子の白魔道士姉妹ミンクとミンウが揃って驚愕の声を上げるのが聞こえたけど、私の空虚な決意に水を差して潤いを取り戻すことは出来なかったようである。

 

 片手をあげて二人を制すると、剣を抜いて部隊の前方へと歩き出す。

 

「従う義務も義理も、必要も無いと承知の上で、私なんかの指揮に残りたがってる物好きがいたら付いてきなさい。

 逃げる道を選んだ者たちのため、少しでも時間を稼いで無駄死にするわよ。イヤな者は無理して付いてこなくていい。

 心配しなくても私は最初から一人きりで戦って無駄死にするつもりだから、今さら逃げるなんて無駄な徒労はしないわよ」

 

 そう言い切って、晴れ晴れとした表情で前線へと進んでいく。

 もっと早くこうしていれば良かったと思いながら。

 今さら言ったところで自己満足だと自嘲しながら。

 それでも今の自分が抱いた晴れ晴れとした気持ちを汚すことは、誰にも出来ないと承知の上で――

 

「・・・言っておきますけどミルウーダ様。私たちが義務がなくなったからって、あなたの部下じゃないとか言い出しませんよね?」

「・・・・・・もし言ったりしたら、ミルウーダ様だって怒ります。そして、ブチます。この杖でボコリって。それでもいいんでしたら、どーぞご自由に」

 

 膨れっ面で横に並んできたのは、二人のよく似た顔を持った白魔道士姉妹たち。

 他の者たちからは当然のように何割かの脱走者が出たみたいだったけど・・・・・・それでも半数近い者が残留して、『無駄死にする覚悟』を共にしてくれるらしい。

 

 まぁ、もっとも・・・・・・。

 

 

 ―――もう、どうなっても別にいい―――

 

 

 そんな空虚さだけを胸に空いた空洞に満たされながら、無意味な死に向かって前進する道を選択した私たちの瞳に、僅かながら光が灯るのは敵部隊の姿が視認できる距離まで近付いた時のこと。

 

 見覚えのある、二つの『金髪の頭』を視界に収めた。その瞬間。

 

 

「アレは・・・・・・まさかっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どうやら、運なり天なり神様なりは、私たちに味方してくれる道を選んだようですね。今回はの話ですけれども」

 

 皮肉な注釈をいちいち付け加える必要はない場面だと自覚しながら、ついつい普段の癖で諧謔を飛ばしてしまいつつ、私は目前に現れた敵部隊の先頭近くに立ってコチラを見据え、唖然とした表情を浮かべている見覚えのある女性の顔を確認して、珍しく神に感謝する気持ちになりつつありました。

 

 夜陰に紛れて包囲陣の内側への侵入に成功した後、焦るディリータさんを押さえて夜の山道を進む危険性を説いて不承不承ながら納得してもらい、朝早くになってから出発してレナリア台地まで進軍した、そのしばらく後に現れた部隊が初っぱなからミルウーダさん本人が率いる部隊だったのですから、こんなに嬉しいことは滅多にありません。

 

 探す手間が省けるのは勿論のこと、私たちが探してる途中で他の味方部隊に捕殺される可能性を思えば、信じてもいない神への感謝の気持ちぐらい幾らでも沸いてこようってもんですからね。

 

「・・・・・・つくづく因縁がある相手のようね。私たち兄妹と、貴方たち兄妹は。

 もっとも、私も兄さんも貴方たちに会ったのは互いに一度切りしかないはずだけど・・・不思議と因縁深いものを感じてしまう。何故だろう? それだけは本当に分からない・・・」

 

 どこか感慨深げな声と口調で向こうから語りかけてきてくれたミルウーダさん。

 けれど、初めて会った時とは互いの状況が違いました。互いに追い詰められて余裕のない状況に陥っている窮状にあり、しかもどうやら相手の方が何やら悟った風な諦観を感じさせる態度なのに対して、コチラは完全に感情に走らざるを得ない事情持ちが、アルガスさんに代わって爆誕している事情が発生しておりまして。

 

「ウィーグラフはどこだッ! ティータをどこへやった!?」

「・・・ティータ?」

 

 私たちの横合いから、ディリータさんが切迫した表情で声を荒げるのが聞こえて、思わず少しだけ肩をすくめさせられざるを得ない私。

 ひねくれてると承知の上で思うことですけど・・・・・・誘拐した側の一員から答えられても信じていーのか判断に困る質問をされましてもねぇ・・・。

 普段の彼なら、その程度のことは言われるまでもないでしょうし、愚問と割り切って処置する方を優先するところなのですけど、それが出来ないからこそティータさんはディリータさんのためにも必ず助け出さなきゃいけない存在ってことになるんでしょうね。

 

「ひょっとして、ゴラグロスが人質として浚ってきた、あのベオルブ家の娘のこと?」

「ティータはオレの妹だ! ベオルブとは関係ないッ! お前たちがティータを人質にしても何の意味もない!

 お願いだ、妹を返してくれッ!!」

「・・・・・・そういうことか」

 

 ディリータさんからの悲痛な叫びじみた答えを聞かされ、ミルウーダさんが何かを察し取ったような表情で一つ頷き、「フッ――」と微かに憫笑を浮かべられ。

 

「貴方たちは返してくれるの?」

 

 と静かな声音で、逆にディリータさんへと、あるいは私たちベオルブ家の兄妹二人に対して質問を聞き返されてくる。

 

「貴方たち貴族が、私たちから奪った全てのものを、貴方たちは返してくれるの? 返せるの?

 返す力が貴方に、そして貴方の友達の兄妹たちにあると言うの?

 最初に奪ったのは、貴方たち貴族の側。

 私たちは、それを返してくれと願っていたに過ぎない。でも、貴方たち貴族は返してくれなかったから私たちは力を行使した。

 ひたすら奪い続けるだけだった貴族たちの側に立つ貴方が、自分が奪われた時だけ私たちに返せと言うの? 

 私たちが貴方の妹を生きて返せば、貴方は私たちを生きて故郷に帰すことができるのかしら?

 一方的に返してもらうだけの側に立つことなく平等に・・・・・・それが出来るの? 貴方に」

「それ、は・・・・・・それは・・・・・・っ」

 

 以前とは打って変わって静かな声音で、論理的な正論でディリータさんに答えづらい問いかけを投げかけてくる彼女。

 ・・・正直コレには私でも答えにくいですからねぇ・・・。だからこそ交渉カードみたいなものとしてミルウーダさん本人を確保するつもりなのが私の計画な訳ですし。

 さりとて、それを正直に白状するわけにもいかず、どう答えようかと兄さんにも目線送って、計画に支障ない程度の会話を――と示していたところ。

 

「・・・・・・なんてね、冗談よ」

 

 ミルウーダさんの方から諧謔のような口調で先に告げられて、彼女からの言葉を続けられてきます。

 

「ただ私には、答えようがない質問だったというだけ。

 私も、そして恐らく兄さんからも、ゴラグロスには人質の娘を解放するよう既に命じているはず。もし彼が兄さんの命令を遵守しているのなら、もうあの娘は解放されているはずよ。

 骸旅団最後の戦いを、卑劣な手段で穢されるのは私たちにとっても不本意なのだから」

「本当か!? それじゃあ――」

「無理ね」

 

 相手の言葉で光明を見いだし、一瞬だけ輝き掛けたディリータさんの希望を打ち砕くように冷たく響き渡る、ミルウーダさんからの短くて鋭い言葉の一閃。

 

「ゴラグロスは決して、あなたの妹を返すことはしない。

 たとえ兄さんから解放を命じられても絶対に彼は、あなたの妹を手放すことだけは絶対にしないし、したがらない」

「なんでだよ!? どうしてなんだ!? ティータはオレと同じ平民の娘で、ベオルブ家の血筋なんか継いじゃいない! 人質としての価値なんてないんだ! なのにどうして!」

「それはゴラグロスが、“生きたがっているから”よ」

 

 単純にして明快な答えが彼女の口から放たれたのを聞かされて、兄さんとディリータさんは一瞬だけ相手の言葉の真意が分からず、表情に戸惑いが浮かぶのが見えました。

 

 ・・・ですが私の方は、奇妙に腑に落ちる心地で相手の言葉を受け入れている自分にこそ、少しだけですけど躊躇いを覚えたような、そんな気分にさせられる発言内容。

 

 彼女は語ります。

 

「最初にゴラグロスと会った時には分からなかったけど・・・・・・でも今なら分かるわ。

 彼は“生きたがってる人の目”をしていた。砦の中で息巻いていた“死にたがってる人の目”とは異なる、ギュスタヴとも違う瞳。

 だからこそ兄さんは、彼に次の副団長を任せたんでしょうけど・・・・・・でも今なら判る。

 彼の目はギュスタヴとは違っていたけど、それは彼が“ギュスタヴにもなれない人間だった”と言うだけのこと」

 

 己の中の疑問点を、私たちを見据えながら整理していくように話しながら、そして彼女が出した結論が。

 

「彼は、“臆病者の目”をしていた。彼は死の恐怖に囚われ、生き残れる道だけを探す者の眼をするようになっていた・・・。

 五十年戦争中に、何度か同じ眼に変わってしまった者を見てるから分かるのよ。彼は自分が生き残れる可能性を絶対に手放したがらない。味方が全て死に絶えても、あの娘だけは手放さない。

 一度でも手放してしまえば、“自分は絶対に殺される”そういう恐怖心に捕らえられてしまっているから・・・・・・だから彼は絶対に彼女を離すことはない。

 “ベオルブ家の娘だ”と信じ込んだまま、彼は地獄まで彼女を道連れにしてしまう。そういう奴らの眼と全く同じになってしまっていたのだから・・・」

「そんな・・・・・・そんなことって・・・っ!!」

「あきらめなさい。彼が、貴方の妹を返さなければならない理由は、どこにもないのだから」

 

 ディリータさんにとっては、あまりに辛すぎる『人の心の問題』を至極冷静な口調で語られてしまって、打ちひしがれた彼に代わり、今度は兄さんが前に出てお決まりになりつつある降伏勧告をおこなわれる。

 

「ミルウーダ、僕たちの目的は今言ったようにディリータの妹ティータを助け出すことで、君たちと戦うことじゃない。

 出来れば僕たちに協力して欲しい。それが無理なら、せめて道を空けてくれ。

 僕たちは北天騎士団と別行動を取っている。君たちと戦わなきゃいけない義務はないし、僕も君たちと戦いたくなんてない。そしてもしティータ救出を手伝ってくれるなら、僕からも兄さんたちに、君たちを助けてもらえるよう頼んで――」

「残念だけれど―――」

 

 兄さんからの言葉を遮るようにミルウーダさんが言葉を放ち―――スゥ・・・と、鞘から剣を引き抜つ。

 

「私だって骸騎士団の戦士であり、骸旅団の幹部。

 敵である貴族に協力はできないし、味方を倒しに行く貴族たちの一員を通すわけにはいかない。

 “逃げたりしない”と、約束したばかりでもあることだしね・・・・・・ここで決着を付けさせてもらうわ! 攻撃を開始しろッ!!」

「――っ、ミルウーダ・・・!!」

 

 ビュン!と剣の切っ先を振り下ろしながら命じられた、女性指揮官の号令以下、一斉にかけ声と共に斬りかかってきた骸旅団からの攻撃に対して、私たちは話し合いの間に準備し終えていた重武装の盾隊を前面に出して被害を押さえながら、なんとか彼女を傷つけないで捕縛できる隙を探します。

 ですが――

 

 

『ウォォォォォォォォッ!!』

 

 

「う・・・っ! コイツら・・・腕は大したことないくせに・・・ッ!?」

「力負けしている!? ――退がって! 今《ケアル》を詠唱するからッ!」

「貴族らしいエレガントさを重視できない戦いだね・・・っ。ラムダの前で格好悪いところは見せたくないんだがッ」

 

 今までの戦いをくぐり抜けて、身分こそ士官候補生のままでも、大抵の正規軍兵士より実戦経験では優るようになりつつあった味方部隊の面々でさえ、この敵の攻撃には些か以上に手こずらされる状況に陥らされ、私も兄さんもディリータさんも、それぞれの声が届く範囲の部隊指揮に手一杯な状況に追い込まれ、チャンスがなかなか見いだせない・・・!!

 

「チィッ・・・! 全力で戦えれば少しはやりようもありますけど、こう行動が制限されていたのでは・・・ッ」

 

 私も斬りかかってきた敵の一人に、刃を弾いて切り返しの一撃を見舞いつつ、致命傷には至らず後退していく敵を追撃する機会を逸してしまい、歯噛みしながら回復させられてる相手の姿を遠巻きに見守ることしかできない戦況に苛立たされます!

 

 私たちが動きづらい理由として、なんと言っても今回の目的が『ティータさんの救出』にあるからです!

 まだまだ山の先には骸旅団の後詰めが大勢控えてるって言うのに、そんな場所に飛び込もうとしてる私たちが初っぱなの戦闘から全力を出し切ったり、被害者や犠牲者出すわけにもいかないんですよ本当に!!

 

 しかも敵がなかなかに賢く、そして強かです!

 なにより覚悟がある! それが一番厄介になってる理由でしたっ。

 

 

「…らしくもなく、神様など信じたせいで罰が当たったという所でしょうかね…っ。

 信じる者には苦難と試練を、都合のいい時だけ信ずる者には天罰を……。

 ドゥ・アズ・ファッキン・ゴッド・ディスポーゼス(クソッタレ神の御心のままに)」

 

 

 前世で見た西部劇の中で、ギャングが言っていたのを聞きかじっただけのセリフを思わず口走ってしまうほど、情況的に芳しくない戦況。

 先程の会話を見る限りでは、恐らく部隊の全員がミルウーダさんと覚悟を共にして、死ぬ覚悟を決めて人生最後の戦闘を戦っているのでしょう・・・っ。

 

 ただ相打ち狙いで突っ込んでくるだけの敵なら、動きが直線的になりすぎるから対処しやすい。

 旧日本軍の特攻も、奇襲戦法や騙し討ちとしてなら有効な手ではあり、最初は効果あったみたいですけど、奇襲はなに仕掛けてくるか分からないからこそ効果が大きい作戦であって、最初から夜襲してくる、特攻してくると分かっているなら、普通の攻撃手段の一種となにも変わる所なんてありはしない。

 

 ですが、『死ぬ覚悟を決めた戦士』というのは、ただ『覚悟を決めただけ』であって、焦りもしなければ恐怖心に惑わされることも多くはない。

 『既に自分は死んだもの』と認識して向かってくるから、無駄に粘り強いし、交渉も説得も意味なさ過ぎる! 厄介極まる冷戦沈着に無謀な戦いの前線支えるスパルタ兵三百人みたいな連中なんですよ、この敵たちは本当に!

 

 しかも、話してる最中に準備してたのは向こうも同じなようで、妙に理路整然として陣形整えながら対処してこられて面倒くさい!

 こんな戦況に陥ってしまうと、思わず兄さんの綺麗事で敵の心が動いてくれないものかと期待したくもなるほどに!

 

「剣を棄てろ、ミルウーダ! これ以上の戦いは無意味だッ!!

 剣を棄て、戦いをやめ、話し合おう!

 どこかに解決策があるはずだ! それを見つけよう!」

「そんな戯れ言は聞き飽きたわ、ラムザ!

 もし私がここで死ぬことになるとしても、革命の途中で投げ出すことだけは出来ないのよッ!」

「革命と言ったなっ。革命を起こす必要があるのかッ!?

 僕らが悪いのか? 僕らが君たちを苦しめているのか? 何がいけないんだ・・・ッ!?」

「知らないということは、それだけで罪だわ!

 あなたが当然と思う世界は、あなたに見える範囲だけ。でも、それだけが世界じゃないッ。

 あなたの妹に私が気づかされたのと同じように、自分に見えている綺麗な世界だけを理由に“話し合いで解決できる方法は必ずあるもの”と、決めつけでしか語れない今のあなたには、どうせ口先だけで何も出来はしないのだから!」

「僕は嘘吐きなんかじゃない!!」

 

 ガキィィッン!!と、高く音を立てて兄さんの剣が、ミルウーダさんの打ちかかってきた剣先を弾き返し、言葉の刃でも相手に気圧されぬよう兄さんが一歩前に出て、相手にぶつかっていくように想いを込めた言葉を放つ。 

 

「僕が兄さんに言おう! いや、ラーグ公に言おう! 僕を信用してくれッ!!」

「無駄なことよッ!!」

 

 ガシィィィッン!!先程とは微妙に異なる刃音が轟くと、小さく細い光が天に昇って、やがて地に落ちる。

 ・・・それがミルウーダさんの折れた剣の切っ先であることを振り向いて確認した私は、「ちっ!しまった・・・」と呟くミルウーダさんの舌打ちが聞き取れます。

 

 『ナイト』のジョブで習得できる『戦技』と呼ばれる特殊技《ウェポンブレイク》

 それを兄さんがミルウーダさんに使った結果でした。

 

 いわゆる『武器破壊』と呼ばれる現実の地球にも存在している高等技術の一つなのですが、私が生まれ変わった【FFタクティクス】の世界には魔法が実在するのと同様に、剣術や格闘技にも魔法じみた効果を付与することが可能になっています。

 

 兄さんが使った《ウェポンブレイク》も、その内の一つ。

 本来なら習得するため、達人級の腕前になるまで修練と実戦に明け暮れてからじゃないと使い物にならない神業の一種な武器破壊を、成功失敗を確率によって占う博打のような法則に委ねることで初心者でも使うことだけなら出来るようになっている。それが、この世界独特のルールでした。

 

 何とか彼女を生かして捕らえる必要のある私たちとしては、兄さんも剣だけ壊して諦めて降伏せざるを得ない状況に追い込もうとしての作戦だったのではと思われますが――

 

「――まだよッ! ハァァッ!!」

「うっ、くッ!? 格闘技・・・・・・《拳術》かッ」

 

 やはり獲物を失っただけでは彼女の戦意を砕くには至れず、武器を失って素手になっても徒手空拳で革命を成し遂げようとした彼ら兄妹の想いの強さが伝わってくるしぶとすぎる戦いぶり。

 

「あなたには、どうせ何も出来ない! 出来はしない!

 何故なら今のあなたは、『ベオルブ家の血を継いでいる』それだけしか価値のない人間に過ぎないのだから!!」

「なっ!? そんな・・・そんなことはっ」

「違わないわ! だから私は、あなたの言葉を信じれないのよ!

 ベオルブ家がないと何も出来ない今のあなたが何を約束したところで、守らせれる力なんてどこにもない!!」

 

 痛烈に響く、ミルウーダさんから兄さんへの辛辣な指摘。

 実際彼女は間違っておらず、幾ら兄さんが叫んだところで、この状況に至ってできることなど何もありはしないのでしょう。

 十中八九勝利を収めた後の状態で、敵から降伏の条件としての要求を飲んでやる意味はなく、その必要もない。順当通りに勝ち進めて滅ぼした方が手っ取り早い。

 ただの命乞いとしか取りようのない状況下になった後からでは、如何なる交渉も条件提示も無意味で無価値。

 

 何より彼女たち骸旅団は、貴族たちを殺しすぎました。

 階級社会で支配社会層にいる人たちの身内や家族を大勢殺してしまった者たちを、下手に許してしまえば今度は怒り狂った貴族たちから反乱を起こされてしまうだけでしかない。

 妥協案が必要であり、落とし所がある内に和解しておかなければ、勝敗が決してしまった状態で慈悲をかけることは却って禍根になりやすくなってしまうのが人の感情。

 

 その点で、骸旅団という組織は既に助けようがなくなっている存在でした。

 王家の威信とか貴族の面子とかも、理由としては色々ありますけど、基本的には誰か一人の意思押しつけは中世ヨーロッパ風の王制国家でも不可能なのが政治の現実です。

 

 絶対王政なんて言葉がありますけど、それが出来てたのは地球の歴史ではフランス王国末期とヴィクトリア朝時代の大英帝国ぐらいだったというのが実情で、それらでさえ第一人者程度の影響力に留まり、他の支配社会層である貴族たちからの協力無しでは政治など実行不可能だったのが国という組織が抱え続けた現実の上下関係。

 

 そうでもなければ、現国王のオムドリアⅢ世陛下が存命している今の時点から、ゴルターナ公とラーグ公とで【王の死後に後継者の後見人を巡っての争い合い】を始める準備なんかするわけがない。

 

 王家でさえ、既に貴族たちに絶対的な命令権を有することが出来なくなっているのがイヴァリースの現状。

 まして、王様の家来の家来の、そのまた三男坊な末子ときては・・・・・・まぁ普通は受け入れてもらえると信じれる理由は一つもないんですよね本当に・・・。

 

「あなたが悪いわけじゃないのかもしれない。あなたを憎むのは筋違いかもしれない。

 でも、現状が変わらない限り、私はあなたを憎む。あなたと戦う!

 あなたがベオルブの名を継ぐ者である限り、あなたの存在そのものが私の敵ッ!」

「どうして・・・、どうして、そこまで・・・・・・ッ」

「おかしなことを言うのね」

 

 ここへ来て、ミルウーダさんは初めて「フッ」と女性らしく、愉快そうに唇を綻ばせ、そして―――

 

 

 

「貴族だけを標的とするアナーキストの革命軍、骸旅団にとって、大貴族であり騎士の頭領一族ベオルブ家の末子を殺すことは、貴族社会に小さからぬ打撃を与えられることになる。

 私たちが、貴方たちと、命がけで戦い続けることに、これ以上の理由が必要かしら?」

 

 

 

 

 ―――あまりにも正論過ぎる彼女の言葉に、今回は私も何一つ言い返せず、ただただ黙って戦闘指揮だけこなすのみ。

 

 それでも尚、これまでの戦闘経験値と、ごった煮でしかない骸旅団の編成不備は致命傷になるのを避けられるまでには至ること叶わず、徐々に徐々に敵の数は減っていき始め、減った分だけ手の空いた味方が他の味方を援護して戦いに加勢し、2対1になったのが勝利すると次は3対1、6対1と。

 ドンドン数の差が大きくなっていって、遂に残る敵はあと3人だけ。

 

 

「はぁ・・・、はぁ・・・、ミンク・・・・・・そろそろ私、限界かも・・・・・・先に逝っちゃったときは、鎮魂をよろしく・・・」

「勝手な・・・こと・・・言わない、でよミンウ・・・・・・貴族に謝らせる、まで・・・私たちと、ミルウーダ様の戦いは・・・・・・終わらないんだか、ら・・・・・・」

 

 前回もミルウーダさんと最後まで生き残っていた、双子らしい白魔道師の姉妹さんたちお二人と。

 

「そう・・・だな・・・ここで私たちは、死ぬわけにはいかないな・・・・・・

 革命の途中、で・・・・・・死ぬわけにはいかないのだか・・・・・・ら・・・・・・」

 

 疲れ切った身体を、気力だけで立ち上がらせ続けているとしか見えようのない、ボロボロの状態の女騎士ミルウーダさん。

 この3人だけが最後まで生き残った、レナリア台地を防衛する骸旅団部隊の残党。その生き残りたちです。

 

 ミルウーダさんに限って言えば、外傷は少なく、体力の消耗が激しすぎるというのが外から見た印象としての怪我の具合。

 剣が折れても戦い続け、不屈の雄志と革命闘士としての誇りが彼女にそうさせたのか、あるいはもっと別の異なる理由を持ってた故なのか。

 

 それは分かりません。分かりませんが・・・・・・流石にこれで終わりなのは、事実のようです。

 

 

「・・・立派な戦いでしたよ、ミルウーダさん。せめて最期は、同じ女騎士として私が止め役を担いましょう。どうか安らかにお眠りを・・・」

「・・・・・・ハァ・・・、ハァ・・・、まったく・・・・・・最後まであんたになんてね・・・今日は人生最大の厄日だったわ・・・」

 

 憎まれ口を叩きながらも、口元は笑みを浮かべながら、ミルウーダさんは振り上げられた私の剣が振り下ろされてきたのを見つめ―――やがて、ゆっくりと目を瞑る。

 

 

「に、兄さん・・・・・・。ごめんなさ―――」

 

 

 

 ガンッ!!!

 ・・・・・・ドシャッ・・・・・・と。

 

 

 ――人の頭に鈍器のような、堅くて重い物が叩き落とされたとき特有の鈍い音がレナリア台地に響き渡り。

 鎧を着たままの女騎士ミルウーダさんが、剣の刃を返した峰という、棍棒で殴られたような痛さとダメージを受ける部位で頭頂部を殴り倒され、前のめりに倒れて気絶させられた姿を、二人の白魔道士姉妹たちは唖然として、しばらくボーっと見つめ続けてしまってたんですけれども。

 

『み、ミルウーダ様ぁッ!? あ、アンタたちなんてこ―――ごふゥッ!?』

「・・・すまない、お前たち。オレも妹を助けるために必死なんだ。許してくれ・・・」

 

 と、昔から気絶させるための当て身が妙に巧かったディリータさんによる鳩尾への一撃で気絶させられた二人は他の仲間に縛られ、適当に荷物に紛れて運ぶことで味方部隊にも気づかれないよう偽装しつつ。

 

 私は目当ての物を求めて、ミルウーダさんの身体をまさぐり、鎧の中にまで手を伸ばして―――あった。

 

 幾つか発見しましたが、全部使えば問題ないでしょう。

 

「テッドさん、こちらへ。コレらを持って骸旅団が立てこもってるというジークデン砦に向かってください。

 “ミルウーダ隊長の形見”として“なんとしてもウィーグラフ様に届けねばならない”とでも言えば、たぶん色々と便宜が計ってもらえるはずですから」

「なるほど・・・・・・どーせ寄せ集めの混成部隊になってる骸旅団だったら、オレが敵か味方の生き残りか判別するには、味方の重要人物を示す証拠の品があるのが一番なわけだ」

「ええまぁ、そんなところです。砦に侵入できた後も、別に下手な動きとか、単独でのティータさん救出とかはする必要ありません。バレたら事ですし、交渉材料となりそうな内部情報さえ取ってきてくれれば、それで充分ですからね」

「あいよ。んじゃラムザにディリータ、悪いがオレは先にいって待たせてもらうから。それじゃ」

「行ってらっしゃ~い。お気を付けてー」

 

 ヒラヒラと手を振って送り出したテッドさんを見送った私の両隣で、微妙な表情になっておられる二人組。

 ラムザ兄様とディリータさんに発破を掛けるつもりで声を掛け、

 

「ほらほら、お二人とも。ボヤッとしてないで進軍準備を急いでくださいな。最低でもザルバッグ兄君様が、砦に総攻撃掛ける前までには近くに到着しておく必要あるんですから。ヨソウガイに手間取った分を取り戻さなきゃいけません、ほら走って」

「わ、分かったよ・・・・・・ハァー・・・、ラムダといると色々気にしすぎてる自分が、少し考えすぎてるような気もしてくるから不思議だね。ディリータ」

「そう・・・だな・・・。今は取りあえず、ラムダの策に乗ってティータを助けることに集中しなきゃ行けない時なんだからな。

 今は、一先ず、それしか出来ない・・・」

 

 

 ――最後のディリータさんの呟きを、横目でソッと見つめてから私は前を向いて、無言のまま味方の進軍準備を手伝うための作業に向かうことにします。

 

 ですので、これは背後から聞こえたかもしれないですけど、気のせいかもしれない。

 私の心の中だけに留めておくべき事なんだろうと思われます。

 

 今はまだ。もしくは・・・出来ることなら、永遠に―――。

 

 

 

 

「――くそッ、オレはいったい何者なんだ! オレはいったい・・・・・・」

 

 

 

つづく




解説:

ラムダの策は、『ティータ救出用のミルウーダ物品確保』と『躯旅団にも何人かは生き残らせたい用の誘拐』という二つの作戦を両立させれるよう組まれたものです。

殺すだけでも出来なくはないのですが、その後の情報が手に入らないのが難点。
不確定な交渉カードが手に入る前提での作戦だけをやらずに、保険をいくつか用意して同時並行して進めるラムダらしい策となっておりました。


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第18話

POMERAの調子が悪いせいなのか、書いた内容が書き直す前のものと変わりやすいナゾ現象が生じてしまって、これ以上の時間をかけることが有効になれない状態になってしまいました。
さすがに現状は不味いですので、今の状態でできてる分だけでも投稿させてもらいます。
落ち着いてから書き直すかもしれませんが……とにかく今はマズイ状態ですゆえに。


 『骸旅団の反乱』は、それに続く史上最大規模の大乱や、平民出身の英雄王が誕生したことなど、輝く光と血塗れの赤色という極彩色に彩られた派手すぎるものであったことから人々の耳目を集めやすく、今の時代には『獅子戦争の前哨戦』という認識を抱かれてしまっている。

 

 だが、この戦いがなければ英雄王ディリータが誕生することはなく、そうなっていた時には歴史は大きく進む方向を変えて今日に至っていただろうことは疑いない。

 規模こそ小さくとも、無視していい戦いではなかったのが骸旅団の反乱だった。

 

 このため獅子戦争を研究する者達より数が少ないとはいえ、骸旅団の反乱について研究し続けている者たちも少数ながら常に存在し続けていたことは、余り世間では知られていない事実である。

 そんな彼らの間で、未だに統一された見解が出されていない議題の一つに、『反乱末期におけるウィーグラフの戦略方針』というものがある。

 

 『デュライ白書』の記述にある骸旅団団長の妹ミルウーダの発言からは、骸旅団の団長ウィーグラフが軍をいったん解散して再起を図ろうとしていた意図が読み取れる。

 

 だが一方で、北天騎士団に残されていた捕縛された後に処刑された捕虜の証言の中には、『一人でも多くの貴族を道連れにして未来に可能性をつなげる徹底抗戦』こそウィーグラフから最期の命令であったと、貴族への呪詛と共に書き残している記録も発見されており、そのどちら共が高い信憑性を有することから容易に結論が出せぬまま今日まで議論が続いている難題として一部研究者達の間では知られていた。

 

 時には、獅子戦争という大きな歴史の流れの真実を探求する旅の途上で、小さな真実を探求する寄り道をしてみるのも悪くない。

 何故なら多くの歴史研究家たちにとって、小さな真実を探す旅こそが、歴史という大河の流れを探求する長い旅路の一歩目なのだから―――

 

 

 

 

 

 

 そこは骸旅団が活動拠点として使用している《ジークデン砦》と、その地を北天騎士団から守り抜くための最前線となっている《レザリア大地》との中間地点にある小高い丘の上に立てられていた風車小屋の中だった。

 

 風で回る帆を止めさせぬため周囲に高い建物や自然物は存在しておらず、強い風を受けて風車を回させるため小高い丘の上に立てられている風車小屋は、敵からの進軍を察知するため都合が良く、一時的に隠れ潜む避難所としても活用されている場所である。

 

 その小屋の中で今、ウィーグラフは一人の人物と深刻な面持ちで向き合っていた。

 

「――何故、娘を誘拐した?」

 

 ウィーグラフは十分に抑制の効いた理性的な言動で、だが流石に訝しげな雰囲気を漂わせずにはいられぬ口調によって、腹心の側近に問いかけていた。

 

 小屋の中には、数人の同士たちが思い思いの姿勢で身体を休ませていて、自分たちを率いる大将と、その腹心とのやり取りを真剣な瞳で、あるいは皮肉気な視線で、またある者は虚ろな眼差しと共に無言のまま、ただ沈黙を保ちながら見守っていた。

 

「我々の理想のための戦いを、罪なき少女の血で穢すつもりか? ゴラグロス」

「――そうじゃない、ウィーグラフ。そんな意図は俺にはなかった」

 

 ゴラグロスと呼ばれた相手の騎士は、不当な疑惑をかけられて不本意だという意思を表すように大きく腕を振るって無実を訴える。

 騎士風の戦装束に身を包み、精悍ながらも柔らかさを感じさせる顔立ちをした20代後半の青年で、鎧に付いた傷の数から風貌に似合わぬ戦歴を思わせる若き騎士だ。

 

 『ゴラグロス・ラヴェイン』というのが、今ウィーグラフと向かい合っている青年騎士の姓名だった。

 先日に粛正されたギュスタヴに代わって骸旅団の副団長に任命され、現在は骸旅団のナンバー2という地位にある人物である。

 

 各地の貴族たちからなる連合騎士団によって完全包囲され、先鋒を務める北天騎士団により壊滅の危機に立たされつつある戦況の中、骸旅団のナンバー1とナンバー2とが険悪な雰囲気で対話しているのには発端となる理由が存在していた。

 

 

 ――作戦開始当初の時点でウィーグラフは、ミルウーダに指示した通り革命戦争を継続するため、連合騎士団による包囲網を突破して一人でも多くの同士を脱出させることを目指すつもりでいた。

 

 残存戦力を結集してジークデン砦に立てこもり、貴族たちの連合騎士団と籠城戦で最後の決戦を挑むという選択肢もあったが―――立てこもるとは同時に、追い詰められるという意味でもある。

 たとえ、どれほどの犠牲を払おうと一人でも突破し、革命の志を広め続けることで将来的に国を変える萌芽とすることこそ、自分たちにとって本当の勝利だと考えるウィーグラフは各部隊へと独自に撤退させるよう決断を下していたのだ。

 

 その方針を急遽変更したのは、北天騎士団による包囲が彼の予測を大幅に超えて強固であったことと、貴族たちの利害で結ばれた連合騎士団の連携が「しょせんは私利私欲の絆」という骸旅団側の希望的観測より遙かに堅かったことが決断を促されたことが理由になっていた。

 

 如何なる犠牲を払おうとも、同士たちの一部と革命の志を逃すことが出来るなら、自分たちの犠牲も無駄死にではなく確かな意味ある犠牲だったと胸を張って断言もできよう。

 だが戦力分散の末、一人も突破できず全員が殺されただけで終わるなら、真性の無駄死にであり、犠牲になった者たちに合わせる顔がない。

 

 それぐらいなら残存戦力を結集させてジークデン砦に籠城し、北天騎士団と決戦して地の利を生かし、将来的な民衆たちの強敵となる者たちを一人でも多く道連れにすることが、今の自分たちの可能な革命成功のために選ぶべき選択肢・・・。

 

 そう考えざるを得ない窮状へと追い込まれたウィーグラフは、自らが直接指揮する精鋭部隊を率いて各戦場をめぐって味方を救出しながら、ジークデン砦への再集結と最終決戦を呼び回っていた。

 

 そして自身もジークデン砦に向かう途中、休みなく転戦して疲れ切っていた精鋭部隊のメンバーたちに休息を与えるため小屋の中へと足を踏み入れ、たまたま先客として来ていたゴラグロスの隊と再会する。

 

 その時に彼は見てしまっていたのだ。

 やや後ろめたそうに視線を逸らしたゴラグロスと――彼の背後にいる、幼気な少女の縛られた姿を・・・・・・。

 

 

「我々が逃げるためには、人質を取らざるを得なかったんだ。

 同志達を生かして連れ帰るには仕方なかった、好きで攫ったわけじゃない」

 

 心外だ、という意志を示すように静かな口調で断言して首を横に振ってみせるゴラグロス。

 だが、その説明と仕草を前にしてもウィーグラフの瞳から疑念は晴れなかった。

 ゴラグロスは骸騎士団時代から戦い続けている最古参の一人であり、ウィーグラフにとっては団内で最も信頼する同士でもある。団員たちからの信頼も厚い。

 

 本来なら骸旅団立ち上げの際、副団長にするつもりでいた男だったのだが、出自が平民の子であったがために『人を率いるための教育』を受けておらず、その一点においてだけは“元”と言えども北天騎士団に所属していた過去を持つギュスタヴの方が1枚も2枚も上手だったことから、これまで団内のナンバー3という立場に甘んじてきていた。

 

 些か時機を逸してしまった感はあるが、ギュスタヴが裏切り者としてウィーグラフに粛正されて本来就くはずだった地位にようやく座ることが可能になった・・・・・・そう評すべき人事ではあったのだろう。本来通りの流れだったなら。

 

 だが、慣れない仕事は明らかに、ゴラグロスにとって精神的負担を増大させる結果をもたらしていたらしい。

 しばらく会わない間に、今までなかった目元の険が生じて、目の下にはクマが浮かび初め、俯きがちな姿勢でボソボソと話すようになっていた。

 戦闘が始まる前までは想像もしていなかった同士の風貌に、ウィーグラフも当初は驚きを禁じ得なかったほどで、その変わり果てた飢えた狼にも見える風貌もまた、彼への疑念を高める一因となってしまったのは誰にとっての皮肉と呼ぶべきものだったろう・・・。

 

 

「逃げるだけならば、途中で解放することも出来たはず。

 まして、追撃を控えてでも殺されたくはない価値ある者を攫われた以上、敵は決して人質となった者を見失う訳にはいかなくなるのだからな。

 追撃はできずとも、密偵に後をつけさせるぐらいの手は、ダイスダーグやザルバッグなら取ってくるのではないか?」

 

 その疑問に対して、今度は相手からの返答はなかった。だが、聞く必要もなかった。

 言われた側の顔色を見れば答えなど、言葉で聞かずとも誰だろうと一目瞭然だったからだ。

 一瞬ごとに青さを増していくゴラグロス自身と、背後に付き従う部下達の表情。

 それらの情景を見渡しながら、ウィーグラフは容赦なく必要となる確認作業を続行する。

 

「背後からの追っ手がないことは確認したのか? 撤退する際に用いた脱出路を使った痕跡を消すことは?」

「・・・・・・」

 

 もはや問われた側にも、問うた側にも言葉がなかった。

 完全に、自分たちが逃げ延びることだけに集中しすぎて、追撃が止んだことを『追跡も辞めさせた事』と同義に捉えてしまったゴラグロスの判断ミスだった。

 ウィーグラフは溜息を吐いて首を振り、考えるようにゴラグロスの青ざめた顔の瞳を「ソッ」と見つめる。

 

「・・・お前らしくもないミスだったな。

 それとも、お前にとって今回のことは“ミスではなかった”ということなのか――?」

「ど、どういう意味だ? ウィーグラフ」

「言葉通りの意味だ。

 ――まさかとは思うが、ゴラグロス。お前まで・・・っ」

 

 その言葉を発した瞬間、それまで仲間たちにとって頼もしく見えることはあっても畏怖することはなかった団長の剣気が室内を圧し、既に剣の間合いに入ってしまっていたゴラグロスは魂の底から生への悲鳴を上げさせたが、実際に口から出ていた言葉は理不尽に対する糾弾の叫びだった。

 

「俺をギュスタヴと一緒にするのか!? ウィーグラフ、いくら貴様とて許さんぞッ!!」

 

 大声で相手を怒鳴りつけ、謂われのない侮辱に激怒する想いを仲間だからこそ押さえている。

 そう伝わるような態度と口調と声量で必死の思いで放った、免罪による生を勝ち取るための言葉であったが、半分近くは本気の怒りでもあった。

 

 実際、彼は決してギュスタヴのように金欲しさで女子供を拐かすような、卑劣な行為に手を染めたいと思ったことは今まで一度もなかったし、今この瞬間でも変わるつもりは些かもない。

 ただ、そうであるが故に保身のための少女誘拐は、彼の価値観にとって公明正大とは言いがたく、後ろめたいものを感じさせない訳ではなかったことが、彼のやや曖昧な態度を取らせる理由になっていた。

 

 そんな立場が、自己の行為を正当的なものだったと主張したい気持ちに駆られたのだろう。ゴラグロスはウィーグラフに向かって熱心に、自分の考えた『現状からの脱出案』を語り聞かせる。

 

「よく現実の戦況を見た上で考えてみろ、ウィーグラフ。

 我われ骸騎士団は仲間たちの大半を失い、今も北天騎士団に包囲されているじゃないか。

 この娘は今の窮地を乗り切るため、またとない切り札となるぞ。

 なんたって、この娘はベオルブ家の令嬢なんだからな! 奴らだって自分たちの大将の娘の命と引き換えにしてまで、俺たち生き残った少数の残党の命まで奪おうとは思わないはずさ! 違うかッ!?」

 

 連日の激務と、連戦に次ぐ連戦による疲労故か、やや充血した目付きで激しく睨みつけてくるような視線と共に言い放ち、縋るような瞳で壁により掛かったまま気絶して動かない娘の方を振り返るゴラグロス。

 

 その姿からは、嘘までは感じないまでも『生に対する執着』は強く感じ取らされたウィーグラフは、むしろ痛ましさすら覚えながら彼が指し示した先で横たわる『生き残れる可能性』とやらに少しだけ歩み寄り。

 

 相手の思いは分かりながらも、分かるからこそ彼に応える。

 間違っている、と。

 

 

「・・・・・・ゴラグロス、逃げてどうする? いや、どこへ逃げようというのだ?

 オルダリーアか? ロマンダか? その更に向こう側にある国々を目指し亡命するのか?

 それらの国を支配している《貴族たち》が、イヴァリースの貴族よりも我々に優しくしてくれるべき理由が、何かあると思うのか?

 オルダリーアに逃げれば、オルダリーアの貴族の都合で。ロマンダに逃げればロマンダの貴族に。

 結局は一方的に奪われた挙げ句、使い捨てられるだけのことだ」

 

 諭すように語り聞かせる団長の言葉に、ゴラグロスは反論することが出来なかった。

 ウィーグラフは、理想的な革命に拘りすぎるあまり現実認識能力に欠けるところがあるのは事実であったが、それは彼の知的劣等を示すものではない。

 一軍を率いる将として相応しい識見と分析力を有する戦略家こそが、骸旅団のリーダーだった。

 

「それは・・・しかし・・・」

 

 反論しようとゴラグロスは口を開いたものの言葉が続かず、無意味に口を開閉するだけで意味ある声として発されることはできなかった。

 確かに、ウィーグラフの言う通りな状況ではあるのだ。

 

 たとえばオルダリーアかロマンダの隣国どちらかに逃げ延びたとして、亡命した国の《貴族たち》は、『武装蜂起して敗れた反乱軍の生き残り』でしかない自分たちに、仕事や生きていく場所を与えることを逃げた先の支配者たちは許してくれるだろうか?

 亡命が認められたとしても、乞食のように生きるか、野盗にでも身を落とすかしか、その後も生き続けられる手段がない。

 

 力を蓄えて故国へと舞い戻り、捲土重来をはかる可能性も断たれるだろう。

 『貧民の救済』『貴族制の廃止』を掲げて反乱を起こしながら、土壇場になって命惜しさに貴族たちと交渉して生き存えようとした自分たちを、イヴァリースの平民たちは決して許さないからだ。

 家族を無謀な反乱に巻き込んだ戦争犯罪人として、復讐の対象にされるのは目に見えている。

 

 絶対封建制が続く世の中に生きる自分たちの世界で、イヴァリースを含めた全ての国々は、未だ《貴族制の王権政治》の時代に在り続けていた。

 イヴァリース国内で追い詰められ、国外へと落ち延びた平民たちの反乱軍には、『貴族たちが支配する逃亡先の外国』しか待っている場所は存在しない時代が現在なのである。

 

 彼らが、王位継承に敗れて落ち延びた王家の一員や、権力闘争で地位を奪われた大貴族の亡命者であるなら、各国は政治的計算や体面を理由として受け入れてくれる可能性を持っていたかもしれない。

 

 だが現実に、彼ら骸旅団のメンバーたちは平民だった。

 国が変わっても平民は平民であり『貴族制の廃止』と『平民たちによる自治』を訴えて王権を否定する戦いを仕掛けた彼らに――『武装決起した平民による反乱軍の生き残り』には人間として生きて死ぬ権利を許してくれる土地は、今の地上には存在していない。

 

 少なくとも“今は、まだ”―――

 

「たとえ、今この土壇場から逃げられようと、我々が奪われる側であり続けることに変わりはない。

 我々は、我々の子供たちのために未来を築かねばならない。同じ苦しみを与えぬためにも!」

 

 ウィーグラフは自分の嘘偽りなき想いを、信頼する腹心の部下に語って聞かせた。

 それは彼なりに、自分の理想に今まで付き合い続けてくれた副将に対する誠意であり、騎士として示すべき礼節であり、嘘偽りなき思いの吐露でもあった。

 

 今までにも、この様な会話を交わしたことが無かった訳では無い。

 共に理想的な『万民平等の平民国家』となったイヴァリースの未来を語り合ったこともある。

 

 だが、しかし。

 彼ら平民たちの反乱軍『骸旅団』のトップとナンバー2は、致命的なまでに【想いが通じ合っていない自分たち自身】に、この期に及んでも気付くことが出来なかった。

 

 

「我々の投じた小石は小さな波紋しか起こせぬかもしれんが、それは確実に大きな波となって、やがて貴族社会全体を飲み込み、新たな世で生きる子供たちが我らが求めた社会を実現してくれるだろう。

 たとえ、“ここで朽ち果てようとも”な!」

 

 

 その最後の一言が、相手にもたらした衝撃の大きさをウィーグラフは理解していなかった。あるいは理解できなかっただけかもしれない。

 

「ウィーグラフ・・・・・・お前は我々に、“死ね”と命じると言うのか・・・?

 お前の語る理想を信じて、今までついてきた俺たちに・・・?」

 

 彼の言葉を聞かされた瞬間。

 ゴラグロスの表情には、ハッキリとこう語っていた。

 

 ―――話が違う――――と。

 

 平民出身で、戦時下の特例として騎士に任じられていたゴラグロスは、必ずしもギュスタヴのように私利私欲を求める人物ではない。

 平民たちの世を築いた後も大層な出世などは望まず、貴族たちの都合で理不尽に奪われることのなくなった故郷に戻って、平穏無事な一生を家族と共に過ごせさえすれば十分と考える程度の、無欲で使命感のある平民出身の骸騎士だった。

 

 決して革命の勝利による功績によって、高い地位を欲するタイプの人物ではない。 

 ただ反面――独創性や想像力といった分野では、凡人並みのものしか持ち合わせることができていない人物でもあった。

 

 平民出身の彼には、ウィーグラフの語る『貴族なき世の中』という理想社会が、必ずしも正確にイメージできた上でウィーグラフに従っていた訳ではなかったのである。

 

 彼ら平民たちにとって貴族という存在は、自分たちの父祖の代より更に前の時代からずっと存在し続けていた者たちだった。

 やがて貴族たちに搾取されるようになり、『貴族なき平等な社会』が叫ばれるようになったが、それは現状の生活変化への不満に『一つの形』を与えたものだったに過ぎず、必ずしも語られる理想としての『誰もが平等の社会』を理解した上で賛同しているわけでは実はなかったのだ。

 

 それは後の世から異なる世界に招かれた、性格の悪い大貴族令嬢の転生者から見れば呆れるかもしれない実情だったが、客観的に鑑みた場合には必ずしも無責任な解釈とは言いがたい。

 

 この時代、世界はまだ封建制の時代が続いており、イヴァリースの周辺諸国でも民衆国家などと言うものは一つも存在していない。

 オルダリーアもロマンダも従来の政治機構を維持したまま続いている王政国家であり、平民国家と呼べる政治制度の国は今の大陸には存在していない。

 仮にあったとしてもゴラゴロスのような平民出身の騎士には想像の埒外にしかなりようがない存在だったのである。

 

「ただでは死なん! 一人でも多くの貴族を道ずれに!

 それが我らの子供たちの幸せな未来を築く肥やしになってくれるならば!!」

「バカな! 犬死にするだけだ!!」

 

 だが、ウィーグラフに彼の疑念に激しく頭を振って否定し、信頼する副将に己の想いを嘘偽りなく誠実に訴えかける。

 致命的すぎる程にズレた、誠実なる回答を――である。

 

 ゴラゴロスと異なり、ウィーグラフの側には自分の語る『平民たちの世』という理想社会について明確なヴィジョンを持ち合わせていた。

 自分たちによってイヴァリースから『貴族という特権階級』が廃され、平民たちの誰もが対等な市民となった理想的な国の形をである。

 

 だが、自分たちが政治制度の変革に成功して、貴族なき平民たち全てが平等な『平民国家』となったイヴァリースにも敵性国家は存在する。

 特に、王家支配を否定した『平民国家』は、既存の王権支配を続ける国々にとって自分たちの支配の正当性を完全否定する不倶戴天の敵として見なされるようになるのは避けられないだろう。

 

 そうなった時、国と国民たちを護るため侵略者たちと戦うのは、血統によって役割を継承してきた『騎士』や『貴族』といった者たちではない。

 平民国家となった後のイヴァリースには、血統主義にもとづく貴族や騎士は存在しなくなっているからだ。

 

 侵略者から国民たちを守るため戦うのは、平民たちの中から国と家族を守るため志願した『自由騎士たち』による防衛軍である。

 平民によって統治される平民たちの国家において、国防を担うのも平民たちしか有り得ない。

 

 ウィーグラフにとって自分たち骸旅団は、『貴族も騎士もない国民国家となったイヴァリース』において国防を担う、平民たちからの自主志願者のみによって成り立つ『自由騎士団』とでも呼ぶべき存在の先駆けとなる者たちとして、彼は考えていた。

 

 だが、それは余りにも早すぎる思想であり、未だ中世期の社会を脱し切れていない世を生きる普通の人々にとって理解できる話ではなかったし、想像の範疇を超越しすぎてしまっていた。

 

 到底、ゴラグロスのように『平民出身の義勇騎士団の中では優秀な人物』という程度が持ち得る想像力で理解できる範疇を超えていた。超えすぎていた。

 

 もし今の世を生きる者たちの中で、ウィーグラフの理想を正しく理解できる者がいるとすれば、それは味方ではなく敵側の若き騎士たち三人の誰かしかいなかったかもしれない。

 今まで同志たち相手に、自分の考える理想社会について語らなかった訳ではない。幾度も語らい、意見を交わし合い、時に頷き、時に激高し、時に考え込まされ合った。決して独り善がりな独走だけで事を進めてきた人物ではウィーグラフはなかった。

 

 だが、それでも平凡な平民出身の同志たちに、彼の理想が正しく伝わることは最後までなかった。

 ウィーグラフ自身もまた気付いてやることが最後まで出来ることなく彼らは終わる。彼らは別れる。

 

 

 ・・・ウィーグラフの理想は今の時代、まだ余りに早すぎたのである・・・・・・。

 

 

「いや、ジークデン砦には生き残った仲間がまだいるはずだ。

 合流すれば、一矢報いることはできよう!」

「だが、今さら・・・・・・」

 

 言いかけたところでゴラグロスは口を噤んだ。

 相手の言葉に納得したからではなく、説得を諦めたからでもなく――ただ、戸の外側から誰かが近づいてくる足音を感じ取り、無言のまま剣の柄に手をかけただけだったが・・・・・・幸いなことに入ってきたのは味方の女性格闘家で、ウィーグラフ率いる直属部隊の一人だった。

 

「ウィーグラフ様、大変です! ミルウーダ様が・・・っ」

「なにっ!? ミルウーダの身に何かあったのか!?」

「・・・今し方、こちらに接近してくる者を見つけて確保しましたところ、どうやらミルウーダ様率いる隊の一員だったらしく、その者がいうところではミルウーダ様はもう・・・・・・」

「なんだとっ!? して、その者は何処に! 話は聞けるのか!?」

「ハッ! 酷い疲労でしたが、回復魔法で最優先に癒やしました! 話だけなら十分かとっ」

 

 そう言って、外で待機させていたらしい部下に連れられて、一人の見習い騎士が疲れ切った身体を引きずるように歩かせながらウィーグラフの前へと進み出ると跪き、恭しく頭を垂れながら息も絶え絶えに最前線の戦況を報告してくるのを、ウィーグラフは鬼の表情で見つめ返す。

 

「ほ、報告いたします・・・・・・我々ミルウーダ様率いる部隊は、レザリア大地にて敵を引きつけつつ突破を試みたのですが・・・ベオルブ家の末弟を名乗る者の部隊に突如として強襲を受けて突破を断念・・・・・・。

 ミルウーダ様は、後方のウィーグラフ様に危機を伝えるようオレに――いえ、私に命じられて送り出され、他の仲間はミルウーダ様と共に・・・・・・」

「ベオルブ家の末弟・・・・・・あの者たちか! では、その後ミルウーダは!?」

「分かりません・・・・・・オレ・・・いえ、私もウィーグラフ様に敵襲の危機を伝えることだけで頭がいっぱいで・・・・・・」

「そうか・・・・・・クソッ! おのれベオルブの小僧めらが! 我が妹を手にかけたなら許してはおかんっ! 必ずや犯した罪の重さを思い知らせてくれるッ!!」

 

 息も絶え耐えに恭しく前線の危機を伝えてくれた伝令からの報告に、ウィーグラフは感謝しつつも激高し、貴族たちへの報復の誓いを新たにしたが事が急を要する状況へと変化してしまったことも事実ではあった。

 

 レナリア大地を突破して脱出を謀らせるつもりでいたミルウーダ隊が敵の奇襲を受けたと言うことは、遠からず今いる風車小屋も敵軍の総攻撃を受けさせられる危険性が高まったことを示していた。

 もはや一刻の猶予もない。迷っている時間は既に無いのだ。一刻も早く後方の本隊と合流し、残された残存戦力の全てでもって貴族たちに最後の決戦を挑むより他、自分たちに残された道はない! ウィーグラフは決断を下した。

 

「報告、ご苦労だった。辛い任務をよく果たしてくれたな、妹に代わって礼を言わせて欲しい。

 ゴラグロス! 聞いての通りだ! ジークデン砦に戻って本隊と合流する! 部隊をまとめろ、敵は今にも来るはずだ! もはや取るべき手を考えている余裕は我らにない!!」

「だ、だが・・・・・・砦の兵たちも既に殺られていることだって・・・・・・」

 

 すぐ目の前まで敵軍が迫りつつあると知らされたことで顔色を失ったゴラグロスは、狼狽えたように抗弁しようとしたが、それもまた小屋の外から聞こえてきた別の声に遮られる。

 

『敵襲だーっ!! 北天騎士団の奴らが来たぞーッ!!』

「チィッ! 速い! となるとミルウーダは、やはり・・・・・・おのれベオルブの小僧!」

 

 物見からの報告に激高して愛剣の鍔を強く握りしめ、ウィーグラフは歯ぎしりせんばかりの怒りと共に弔い合戦のため出陣しようとするが、団長としての義務を疎かにするほど冷静さを失ってまではいなかったらしい。

 

「ゴラグロス! お前は彼や、他の仲間たちと共にジークデン砦を目指せ! ここを撤退する! 

 娘はここに置いていけ! 今となっては交渉の余地はどこにもない!!」

 

 そう命じて剣を握りしめ、副将に後を託して出撃する骸騎士団の長に迷いはなく、自らの判断に公明正大さと誠実さにおいても欠けるところは些かもないウィーグラフであったが・・・・・・たった一点。いや、二点だけ失念している配慮があることに気付いていなかったことも事実ではあったのだ。

 

 

 自分たち骸旅団全体を率いるリーダーが、直属の部下達を連れて迎撃のため小屋を出て行った後。

 残された自分の部下達にしか聞こえない声と声量で――ゴラグロスは血を吐くような想いを込めながら、怨嗟とも命乞いとも絶望とも取れる声音で小さく呟いていたことを、救世の情熱に燃える革命騎士ウィーグラフは知らなかった。

 

 

「オレは逃げてやる・・・・・・死んでたまるか!!」

 

 

 その声の向けられた先は、自分たちを平民として産み落とした天にまします神に向けてではなく、自分たち全ての命を奪いに来る敵の本陣がある前方に向けてでもなく。

 

 ただただ――縛られて身動きが取れなくなった姿のまま、憔悴しきった身体を横たえさせている、清楚な衣服に身を包んだ可憐な少女にだけ向けられていた・・・・・・。

 

 それは彼自身が、致命的なまでに『後ろ向きな人間』であることを無言のまま示してしまっていた、自分の在り方そのものを体現する光景だったのだが・・・・・・他の同席している者たちも同じように縛られた少女の姿をギラつく目で見つめるばかりで、『生への執着に飢えていない者』が誰一人として残されていない風車小屋の中にあっては指摘する者も異端者もまた皆無であった。

 

 

 ただ一人。

 ―――異端者ではないと“装っているだけ”の一人を除いて全員が・・・・・・。

 

 

(ラムダから聞かされていた最初の指示とは少し変わっちまったが・・・・・・まぁ、仕方ないと思っといてもらおう。

 次点の策には収まってる訳でもあるし、あとは騎士の頭領一族ベオルブ家の応用力を信じて、任せるとするさ。

 オレらより高い給料もらってる身分なんだから頼むぜ? 策略好きなお嬢様)

 

 

つづく




*謝罪文メッセージ追記。

今回は遅れて申し訳ございません。
本来はもっと早く出せる予定だったのですけど、ゴラグロスとウィーグラフの擦れ違い部分を何度もリテイクし続けてたら今になってしまいました。

どっちとも互いを裏切っていた訳ではなかったように描くのって意外に難しい様です…。


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第18話(別の文章バージョン)

執筆マシンの不調によって、記録と文章が混在するようになったので半端なまま投稿するしかなかった18話の、別バージョンが残ってましたのでオマケとして出しておきました。
内容は特にストーリーが変化する類の物じゃないですので、気に入られた方に差し替えても問題はありません。お好きだった方をドゾ。


 『獅子戦争』は平民出身の英雄王ディリータによって幕を閉じた大乱であり、長く続いたイヴァリースの貴族制度やアトカーシャ王家の血筋による血統支配に終止符を打った戦いとしても広く世に知られている。

 

 だが反面、獅子戦争そのものは『大貴族に主導された勢力同士』がぶつかり合う有力者同士の主導権争いでしかなかったというのが、些か意外ながらも側面的な事実でもあった。

 

 国内を二分して世を変えたほどの大乱でありながらも、この戦いで平民たちが戦局に影響を及ぼしたとする記録は見当たらず、英雄王ディリータも生まれの身分は平民だが、乱を終わらせたのは大貴族ゴルターナ公爵の側近として公の死後に後継者となった後のことである。

 『獅子戦争』は、あくまで【貴族たちの戦争】だった。

 英雄王の偉業とは別に、それが獅子戦争における側面的な事実ではあったのだ。

 

 そうなった一因として、歴史学者たちの一部からは『骸旅団の反乱』による影響を指摘する声がある。

 貴族主導による戦いではなく、平民たちの自主的な賛同を得てウィーグラフにより引き起こされた『骸旅団の反乱』と最終的な敗北と滅亡。

 平民階級の中にいた人材の多くが、この乱に参加し、戦死していたことで獅子戦争に影響を与えうる平民がほとんど残っていなかったことが原因だったのではないだろうか? という説である。

 

 その説が真実か否かは私にも分からないが、少なくとも『骸旅団の反乱』が後の『獅子戦争』にも影響を及ぼしていた部分があるのは事実だろう。

 これは、そんな大乱へと影響を及ぼす事になる、小さな反乱の中で起きていた歴史に残らぬ記録の1ページだ――

 

 

 

 

 

 

 

 骸旅団が活動拠点として使用している《ジークデン砦》と、その地を北天騎士団から守り抜くための最前線となっている《レザリア大地》との中間地点にある小高い丘の上に立てられていた風車小屋の中だった。

 

 風で回る帆を止めさせぬため周囲に高い建物や自然物は存在しておらず、強い風を受けて風車を回させるため小高い丘の上に立てられている風車小屋は、敵からの進軍を察知するため都合が良く、一時的に隠れ潜む避難所としても活用されている場所である。

 

 その小屋の中で今、ウィーグラフは一人の人物と深刻な面持ちで向き合っていた。

 

「――何故、娘を誘拐した?」

 

 ウィーグラフは十分に抑制の効いた理性的な言動で、だが流石に訝しげな雰囲気を漂わせずにはいられぬ口調によって、腹心の側近に問いかけていた。

 

 小屋の中には、数人の同士たちが思い思いの姿勢で身体を休ませていて、自分たちを率いる大将と、その腹心とのやり取りを真剣な瞳で、あるいは皮肉気な視線で、またある者は虚ろな眼差しと共に無言のまま、ただ沈黙を保ちながら見守っていた。

 

「我々の理想のための戦いを、罪なき少女の血で穢すつもりか? ゴラグロス」

「――そうじゃない、ウィーグラフ。そんな意図は俺にはなかった」

 

 ゴラグロスと呼ばれた相手の騎士は、不当な疑惑をかけられて不本意だという意思を表すように大きく腕を振るって無実を訴える。

 騎士風の戦装束に身を包み、精悍ながらも柔らかさを感じさせる顔立ちをした20代後半の青年で、鎧に付いた傷の数から風貌に似合わぬ戦歴を思わせる若き騎士だ。

 

 『ゴラグロス・ラヴェイン』というのが、今ウィーグラフと向かい合っている青年騎士の姓名だった。

 先日に粛正されたギュスタヴに代わって骸旅団の副団長に任命され、現在は骸旅団のナンバー2という地位にある人物である。

 

 各地の貴族たちからなる連合騎士団によって完全包囲され、先鋒を務める北天騎士団により壊滅の危機に立たされつつある戦況の中、骸旅団のナンバー1とナンバー2とが険悪な雰囲気で対話しているのには発端となる理由が存在していた。

 

 

 やや後ろめたそうに視線を逸らしたゴラグロスと――彼の背後にいる、幼気な少女の縛られた姿という理由が・・・・・・。

 

 

「我々が逃げるためには、人質を取らざるを得なかったんだ。

 同志達を生かして連れ帰るには仕方なかった、好きで攫ったわけじゃない」

 

 心外だ、という意志を示すように静かな口調で断言して首を横に振ってみせるゴラグロス。

 だが、その説明と仕草を前にしてもウィーグラフの瞳から疑念は晴れなかった。

 ゴラグロスは骸騎士団時代から戦い続けている最古参の一人であり、ウィーグラフにとっては団内で最も信頼する同士でもある。団員たちからの信頼も厚い。

 

 だが、慣れない仕事は明らかに、ゴラグロスにとって精神的負担を増大させる結果をもたらしていた。

 しばらく会わない間に、今までなかった目元の険が生じて、目の下にはクマが浮かび初め、俯きがちな姿勢でボソボソと話すようになっていた。

 戦闘が始まる前までは想像もしていなかった同士の風貌に、ウィーグラフも当初は驚きを禁じ得なかったほどで、その変わり果てた飢えた狼にも見える風貌もまた、彼への疑念を高める一因となってしまったのは誰にとっての皮肉と呼ぶべきものだったろう・・・。

 

「逃げるだけならば、途中で解放することも出来たはず。

 まして、追撃を控えてでも殺されたくはない価値ある者を攫われた以上、敵は決して人質となった者を見失う訳にはいかなくなるのだからな。

 追撃はできずとも、密偵に後をつけさせるぐらいの手は、ダイスダーグやザルバッグなら取ってくるのではないか?」

 

 その疑問に対して、今度は相手からの返答はなかった。だが、聞く必要もなかった。

 言われた側の顔色を見れば答えなど、言葉で聞かずとも誰だろうと一目瞭然だったからだ。

 一瞬ごとに青さを増していくゴラグロス自身と、背後に付き従う部下達の表情。

 それらの情景を見渡しながら、ウィーグラフは容赦なく必要となる確認作業を続行する。

 

「背後からの追っ手がないことは確認したのか? 撤退する際に用いた脱出路を使った痕跡を消すことは?」

「・・・・・・」

 

 もはや問われた側にも、問うた側にも言葉がなかった。

 完全に、自分たちが逃げ延びることだけに集中しすぎて、追撃が止んだことを『追跡も辞めさせた事』と同義に捉えてしまったゴラグロスの判断ミスだった。

 ウィーグラフは溜息を吐いて首を振り、考えるようにゴラグロスの青ざめた顔の瞳を「ソッ」と見つめる。

 

「・・・お前らしくもないミスだったな。

 それとも、お前にとって今回のことは“ミスではなかった”ということなのか――?」

「ど、どういう意味だ? ウィーグラフ」

「言葉通りの意味だ。

 ――まさかとは思うが、ゴラグロス。お前まで・・・っ」

 

 その言葉を発した瞬間、それまで仲間たちにとって頼もしく見えることはあっても畏怖することはなかった団長の剣気が室内を圧し、既に剣の間合いに入ってしまっていたゴラゴロスは魂の底から生への悲鳴を上げさせたが、実際に口から出ていた言葉は理不尽に対する糾弾の叫びだった。

 

 

「俺をギュスタヴと一緒にするのか!? ウィーグラフ、いくら貴様とて許さんぞッ!!」

 

 大声で相手を怒鳴りつけ、謂われのない侮辱に激怒する想いを仲間だからこそ押さえている。そう伝わるような態度と口調と声量で必死の思いで放った、免罪による生を勝ち取るための言葉であったが、半分近くは本気の怒りでもあった。

 

 実際、彼は決してギュスタヴのように金欲しさで女子供を拐かすような、卑劣な行為に手を染めたいと思ったことは今まで一度もなかったし、今この瞬間でも変わるつもりは些かもない。

 ただ、そうであるが故に保身のための少女誘拐は、彼の価値観にとって公明正大とは言いがたく、後ろめたいものを感じさせない訳ではなかったことが、彼のやや曖昧な態度を取らせる理由になっていた。

 

 そんな立場が、自己の行為を正当的なものだったと主張したい気持ちに駆られたのだろう。ゴラグロスはウィーグラフに向かって熱心に、自分の考えた『現状からの脱出案』を語り聞かせる。

 

「よく現実の戦況を見た上で考えてみろ、ウィーグラフ。

 我われ骸騎士団は仲間たちの大半を失い、今も北天騎士団に包囲されているじゃないか。

 この娘は今の窮地を乗り切るため、またとない切り札となるぞ。

 なんたって、この娘はベオルブ家の令嬢なんだからな! 奴らだって自分たちの大将の娘の命と引き換えにしてまで、俺たち生き残った少数の残党の命まで奪おうとは思わないはずさ! 違うかッ!?」

 

 連日の激務と、連戦に次ぐ連戦による疲労故か、やや充血した目付きで激しく睨みつけてくるような視線と共に言い放ち、縋るような瞳で壁により掛かったまま気絶して動かない娘の方を振り返るゴラグロス。

 

 その姿からは、嘘までは感じないまでも『生に対する執着』は強く感じ取らされたウィーグラフは、むしろ痛ましさすら覚えながら彼が指し示した先で横たわる『生き残れる可能性』とやらに少しだけ歩み寄り。

 

 相手の思いは分かりながらも、分かるからこそ彼に応える。

 間違っている、と。

 

 

「・・・・・・ゴラグロス、逃げてどうする? いや、どこへ逃げようというのだ?

 オルダリーアか? ロマンダか? その更に向こう側にある国々を目指し亡命するのか?

 それらの国を支配している《貴族たち》が、イヴァリースの貴族よりも我々に優しくしてくれるべき理由が、何かあると思うのか?

 オルダリーアに逃げれば、オルダリーアの貴族の都合で奪われた挙げ句、使い捨てられるだけのことだ。

 たとえ、今この土壇場から逃げられようと、我々が奪われる側であり続けることに変わりはない」

 

 

 諭すように語り効かせる団長の言葉に、ゴラグロスは反論することが出来なかった。

 ウィーグラフは、理想的な革命に拘りすぎるあまり現実認識能力に欠けるところがあるのは事実だったが、それは彼の知的劣等を示すものではない。

 一軍を率いる将として相応しい識見と分析力を有する戦略家こそが、骸旅団のリーダーだったのである。

 

 確かに、ウィーグラフの言う通りな状況ではあるのだ。

 オルダリーアかロマンダの隣国どちらかに逃げ延びれたとしても、『武装蜂起して敗れた反乱軍の生き残り』でしかない自分たちに、仕事や生きていく場所を与えることを『逃げ延びた国の支配者たち』は許してくれるだろうか?

 亡命が認められたとしても、乞食のように生きるか、野盗にでも身を落とすかしか、その後も生き続けられる手段がない。

 

 仮にゴラグロスの案が採用され、人質交渉によって今の窮地から脱することが出来たとしても、それは『現在の窮状』から脱するだけで、『貴族たちの都合で生死を決められる平民の立場』から逃れられる訳では決してない。

 

「オルダリーアに逃げ延びられた時には、オルダリーアの貴族たちによってイヴァリース侵攻のために利用され、切り捨てられるだけのこと。

 ロマンダに逃げれば、ロマンダの民衆を支配している貴族たちに。

 それ以外の国に逃げようと、その土地が『貴族の支配する国』である限りは、我々『平民の反乱軍』に安住の日が訪れることは決してない」

 

 ウィーグラフの言葉と声は、もう詰問口調の責めているものではなかった。

 相手が嘘を吐いている訳ではないこと“だけは”察してやることが出来たから。

 

 仮に、この場を人質交渉で乗り切ったとして、“その後の自分たち”はどうなるというのだろう?

 この窮地から脱したところで、自分たち骸旅団の残党たちには、行ける場所というものが、今の世界にはどこにも無い。

 



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第19話

本来18話の後半に入ってるはずだったラムダたちサイドのシーンです。
色々あって後回しにする予定だったんですが、奥歯に物が挟まったような気分はどうも苦手で、結局は書いてしまったので続けて投稿です。

18話として改めて一纏めにしちゃっても良いのですけど、マシンの調子的に念の為。




 

 後世において『骸旅団の反乱』は、獅子戦争の前哨戦として人々には認識されるようになっている。

 これは後の大乱が、国内史上最大規模の内乱であったことや、50年戦争では味方として戦った英雄豪傑たちが敵として戦う構図が人々の心に響きやすかったこと、そして何より『平民出身の英雄王』という存在が戦乱の主役であることを民衆たち自身が望んで止まなかったからこその結果でもあった。

 

 ただ獅子戦争は、あくまで『大貴族同士たちによる主導権争い』でしかなく、戦乱を終わらせた英雄王の身分が平民の生まれだったというだけであって、戦いそのものは終始一貫して王家に連なる大貴族たち同士による政治目的のために行われ、平民たちで結成された第三勢力が台頭してくるような事態には遂に最後まで訪れることはない戦いでもあったのだ。

 

 そういう視点で鑑みた場合、『骸旅団の反乱』は平民たちが自主的に権利を得るため立ち上がった、最初で最後のイヴァリース貴族たちと平民たちとの争覇戦だったと言えるのかも知れない。

 

 又この戦いの中で、はじめて歴史の表舞台に名を記した“2人の人物”が現れているものの、その現れ方が好対照であった点は非常に興味深い一例として知られてもいる。

 

 その内の一人は当然ながら『英雄王ディリータ』

 だが後に大乱を終結に導く英雄王も、この時点では北天騎士団に属する一騎士見習いとして名が小さく記されているに過ぎず、英雄となった後に経歴を紐解かれていく過程で本当の出自が明かされるようになっていく流れを経た偉人だ。

 

 そして今一人の人物は『ラムダ・ベオルブ』

 北天騎士団を率いる武門の棟梁ベオルブ家の長姉で、ベオルブ家における参謀格の一人として獅子戦争勃発後も、その姿と影響を所々でもたらしながらも自らが覇権を求めることは決してなかった、未だに謎多き女傑の一人。

 

 民想いで知られるディリータはともかく、ラムダには含むところが多すぎる言動から、その行動に隠された本心が奈辺にあったかを探ることが極めて難しい人物として知られており、その評価は未だ定まっていない。

 

 その彼女が、はじめて歴史の表舞台に影響を与える策謀を弄した戦いの一つに、骸旅団の反乱末期における《名もなき風車小屋での決戦》がある。

 特定の地名すら与えられない地にて行われた、骸旅団の首魁ウィーグラフと、真の英雄ラムザ・ベオルブたちによる戦いの結果として、彼らも歴史の濁流の渦に飲み込まれていくことになる。

 

 それはラムダ・ベオルブが《影の軍師ラムダ》として、彼女個人の歴史がはじまる戦いでもあった――――

 

 

         小説【女たちの獅子戦争~歴史は男が創りだし、女が紡がせる~】

           『第三章:影の軍師ラムダ・ベオルブ』より

     

            作者:バルマリーア・ラナンドゥ

           

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・泥の中を掻き分けながら進むように、重く、苦しく。

 いっそ楽になってしまいたいと、意識を手放してしまいたい欲望に襲われながら、それでもミルウーダ・フォルズは全身の力を振り絞って意識の海の水面へと、己の心を浮上させることに成功することが出来たようだった。

 

「・・・・・・う・・・く・・・」

 

 身体が重い。頭も満足に動かない。

 まるで、鉛でも詰め込まれたように考えることが難しく、身体はもっと動いてくれない。

 

 否、動けないのだ。両手足が縛られて、なにかの箱の中に押し込まれた不自由な体勢で運ばれている途中であることを、彼女の頭はようやく理解し始めて、完全に身動きする自由を奪い尽くされてしまっている自分自身の体勢までもをやっと自覚し、そして―――

 

「おや、意識が戻ったようですね。ご気分は良くないですか? ミルウーダさん」

「――ッ!! きふぁまは・・・っ!?」

 

 近くから掛けられた聞き覚えのありすぎる声によって、完全に我を取り戻して激高し、怒鳴り散らそうと声を発した瞬間には、自分が手足だけでなく猿轡まで噛まされて満足に喋る自由さえ奪われた惨めな虜囚となっている事実をイヤというほど噛み締めさせられる羽目になる。

 

「動かない方が良いですよ? まぁ動きたければ動いても良いですけどね、無駄ですけど。

 ただ疲れるだけですし、傷だって全くない訳じゃない身なのですから、素直に休んどいた方がいいだろうなと忠告してあげてるだけですから。勝者の余裕からくる善意としてね?」

「きふぁま! おふぉへッ!!」

 

 ガタガタと! 必死に動かぬ身体を動かして相手の言葉に抗議するミルウーダだったが、この様な姿で生かされていたのでは相手の非道を糾弾することさえ出来はしない。

 猿轡で口を開けっぱなしにせざるを得ないせいで、悔しさに歯嚙みすることさえ出来ず、思わず涙目になりそうになってしまいながら、それでも彼女としてはこう言おうとするしかない。

 

「こふぉへッ!」

「まぁ多分、こういう場合の定番として“殺せ”って言っているのだと仮定しての返事になりますけど、お断りしておきます。

 死にたいのでしたら、骸旅団が倒れて戦い終わって解放された後にでも、自分で喉を突いて自殺でもしてください。

 もっとも、そうなった後で自殺したところで共に戦った仲間達と同じ場所に行けるかどうかは、無神論者の私には保証しようのない問題ではありますけどね」

「・・・くふぉを・・・・・・っ」

 

 軽く肩をすくめながら言い換えされて、それ以上抗弁してもしなくても、余計に惨めにしかなりようがなく黙り込むしか選択肢が与えられていないミルウーダ。

 視線だけで殺せるのなら百回ほどは殺戮できそうな瞳で睨みつける自分に向かって「フフン」と勝ち誇ったような笑みを浮かべてきた相手に、思わず動かぬ身体を動かしまくってジタバタ暴れたい衝動に駆られてしまう。

 

 ・・・・・・だが、やれば絶対にバカにされると分かりきっている相手の前だから出来ない。絶対に出来ない。コイツの前でだけは醜態を見られたくないと思える怨敵にまで憎しみが昇華した相手から、せめて自分だけは相手を視界から外してやろうと目を逸らし。

 

 そこに、どうやら食料その他を運ぶ荷馬車の荷台らしい車体に、荷物と一緒くたにして運ばれていた自分と同じように、食べ終わった食料を入れていたらしい樽の中に二人分の金色の頭と、汚れた泥がついてるものの白色のローブの切れっ端だけが見えた瞬間。

 

 思わず目を見開いて、上げられぬ声を上げて彼女たち二人の名を呼んでしまっていた。

 

「みんふッ!? ふぃんくふぁのッ?! あふぁははひ、生きふぇ・・・・・・ッ!!」

「大丈夫、お二人とも生きてますし死んでませんし、怪我も大したことないみたいです。

 他の味方に見つかって処刑されないような運び方で、私たち自身も先を急いでる最中ですから扱いは荒いですけど、助けた命を殺す物好きな趣味だけは持ってませんので、そこはご安心のほどを」

 

 苛立たしいほどに落ち着いた声音で説明を受け、囚われのミルウーダはようやく力を抜いて、自分の惨めな境遇を諦めるしかない運命を受け入れていた。

 自分だけでなく、部下の姉妹二人まで助命されて運ばれている事実の意味を、不毛な言い合いで言い負かされねば理解できないほど彼女は愚かな人間ではない。

 

 ――指揮官である自分が自殺すれば、部下である彼女たちも殺される。

 彼女たちだけを依怙贔屓する気はないが、彼女たちだけしか生き残った部下たちがいない以上、もはや今の自分に感情の赴くまま部下たちを道連れにする決断と行動をとれるだけの意欲と勇気は、己の中に残っていない心をミルウーダは自覚せざるを得なくなってしまっていた。

 

 一人でも多くの貴族を道ずれにすることで、未来の民衆たちが権利を手にする戦いに立ちはだかる強敵を減らせるのなら、諦めることなく挑み続けよう。

 戦いの犠牲が無駄にならない未来に続いていると信じられるなら、部下たちに徹底抗戦を命じることに躊躇いはない。

 

 ・・・・・・だが、どちらも不可能なことが確定した状況下で、ただ意地を張って部下に無駄死にを強要できるには、ミルウーダは既に自分自身への自信を持てなくなってしまった後になっていた。

 

 信じていた大義は、敵方へと移ってしまった後だった。

 平民たちのための戦いは、平民たちを巻き込んで苦しめる戦いへと変化していた。

 自分たちの戦いは、未来に続いていると信じていた。今のような世の中がいつまでも続くものではないと心から信じて、今尚それは疑っていない。

 

 ・・・・・・ただ、貴族たちに未来がないことは、自分たちに未来があることと同じではないという事実に気づかされただけだ・・・・・・。

 

 敵の悪さ、禄でもなさ、非人道さを誰よりも多く見てきて、強く激しく糾弾した自分たちが、悪くないわけではない事実や、碌でもない部分を有していたことや、非人道的な行為に手を染めるようになっていたことを自覚させられただけでしかない・・・。

 

 ただ、それだけだ。それだけの事でしかない。

 今まで自分たちがやってきたことの一部でしかなかった行為の内訳を、今までの自分が“気付こうとしなかったことを気付かされた”・・・・・・それだけの事だ。

 それだけの事だから――もうミルウーダは動けない。戦えない。

 

 自分が気付いてなかっただけで、自分たちは今やこんな存在になってしまっていたのだと、気付いてしまった後の自分には・・・・・・戦うために何を信じればいいのか、もう分からなくなってしまった後だったから・・・・・・。

 

「・・・んぶぅ・・・」

「どうやら落ち着いたようですね。まぁ、何言ってんのか分かりませんけど、しばらくは大人しくしてて下さい。話は終わった後にでも、ゆっくり聞かせてもらいますから。ね?」

「・・・・・・ぶふぅ、ん・・・・・・」

 

 頭の上から蓋をソッと被せられながら、ミルウーダは堪えていた涙を一筋だけタラリと流した。

 それは敗残の身で敵に捕らわれ、あまりに惨めな恥態を晒している自分自身に女として屈辱と恥辱に耐えきれなくなった故だったのか。

 あるいは・・・・・・そういう言い訳をすれば泣いていいと思った、騎士としての自分の逃げ口上でしかなかったのか。ミルウーダ自身にも分からなかった。

 

 それでいいと彼女には思えた。分からなくていいとミルウーダはこのとき思っていたのだ。

 ――どのみち考える時間は、これから幾らでも与えられてしまう羽目になる身なのだから・・・。

 死に損なって、皆と一緒に戦って死ぬことが永遠にできなくなって、夢見た革命の未来が閉ざされてしまった今になっても。

 

 ・・・・・・自分は、革命のために死ぬ事は、もう出来ないのだ。永遠に・・・・・・。

 過ぎ去りし夢は遠く、仲間と夢見た希望の光は悲願の彼方へと去って行き、後に残されたのは孤独な生命と、命をかけると誓った夢が潰えた後の余生のみ――

 

「・・・うっ・・・ううぅ・・・・・・ああっ、ぁ・・・・・・うううぅぅぅ・・・・・・・・・っ」

 

 暗い闇に包まれた、狭苦しい自分一人だけの樽の中でミルウーダは泣いた。静かな声で延々と、ただただ泣き続けたまま運ばれていく。

 自分がどこへ運ばれているか知る事はなく。自分が運ばれた先で誰が誰と話しているのか知るよしもなく。

 

 ただただ彼女は泣いて、泣き続けて、泣き疲れて寝てしまった時にはもう既に―――何もかもが終わってしまった後になっている未来を。

 

 このときの彼女は最後まで、知る事はないまま終わりを迎える。

 骸騎士団の女騎士ミルウーダにとって、獅子戦争の前哨戦とも呼ぶべき《骸旅団の反乱》は今の時点で、こうして終わりを迎えさせられてしまったのだった――

 

 

「静かになりましたか・・・・・・その方がいいでしょうね。

 決して生かしておく手段がない立場のお兄さんを殺した相手とは、流石に今の彼女であっても手を取りたいと思える相手ではなれないことぐらい、私にも理解は出来ますのでね。

 まったく――理想主義な兄を持つと苦労しますよね? お互いに・・・」

 

 そう呟き、中の声が聞こえないよう調整しておいた樽から離れ、わずかな間だけでも座って休ませてもらった女の身の上に感謝しつつ。

 

 ラムダ・ベオルブは部門の頭領ベオルブ家の長姉として、部隊の最前列をいく兄と親友の後ろ姿に並び立つため前に出る。

 

「どうです? 敵の様子は」

「悪くないよ。ラムダの策が功を奏したみたいだ。テッドを連れて案内していった先、そこには報告する相手の幹部がいるはずだからね」

「・・・ティータを助け出すには、まず居場所を聞き出さなきゃならない・・・・・・面倒だが彼女を救えるなら俺は何だってや―――待て!

 まさか、アイツは・・・・・・あの部隊を率いている隊長は、まさか・・・ッ!?」

 

 

 こうして、予期せぬ場所で予期せぬ強敵との再会を果たしてしまった三人の騎士見習たちは瞳を見開きながら相手を見上げ、そして心の中で覚悟を決める。

 既に覚悟していた相手とはいえ、別の味方の手によって確実に殺されるであろう最大のターゲットの『死』を覚悟していただけだった少年少女たちに、獅子戦争へと続く戦いにおける最大最強の試練が立ちはだかるため姿を現す。

 

 そして、それは同時に《影の軍師》に一計を案じさせる材料を与える戦いでもあった。

 獅子戦争へと影響を与える反乱騒ぎの中、最大の変化をもたらすための戦いが今、幕を開ける!

 

 ――血色の憧憬と、血塗れの理想が、どのような未来をもたらす切っ掛けとなるものか、未来に影響を与える本人自身さえ今の時点では知らないままの戦いが――。

 

 

つづく




追記:次話で説明する予定でしたが、今話のラムダがとった策を念のため説明です。

テッドの報告するタイミングを、自分たちの行軍速度に合わさせることで敵の動きを制限したかったというのが主目的の策です。

ティータ救出が自分たちの目的のため、追い詰められつつある躯旅団部隊のドレが彼女を確保してるか分からなかったため、【本拠地に立てこもる以外の選択をしていたとき用】の作戦も必要だったという次第。

一方で、大将であるウィーグラフが直々に最前線まで出張ってきてるとは想像してなかったのが今話の内訳。

色々知ってる風に見えて、組織を持たず情報を入手するツテが限られているラムダは意外と行き当たりばったりな策しか取れないことが多い立場で、思わせぶりな言動で誤魔化していたから本心が分かりづらかった。

……という歴史の裏話も絡まっていた、そんな内容でした~。


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第20話

何度も書き直した末に、ようやっと更新です。
それでも出来た内容の戦闘シーンが思ったよりショボクなってしまって残念…。
どうにも最近、長い話を書くのが下手になり、上手く書けない状態から抜け出せない次第。
気持ちの問題なのかなぁー…改善を目指します。


 私がテッドさんに『捕らえたミルウーダさんの人質交渉』と『ミルウーダさんの敗報を届ける部下として接触』という方針の異なる二つの案を持たせて、ジークデン砦に先行してもらったのには二つの目的と理由によるものでした。

 

 一つは、報告がもたらされるタイミングを遅らせること。

 『戦闘中に敵襲を知らせる急使』と『戦い終わって敗報を届ける生き残り』では、当然ながら知らせを聞いた側の対応と状況判断の条件とが大きく異なります。

 敵から攻撃を受けて戦闘中なら援軍が間に合う可能性がありますが、負けた後に敗北したことを知らされても手遅れです。

 敵に判断を迷わせ、こちらの接近を気づかせない、まぁよくある小細工ですけど何もしないよりはマシというもの。

 

 そして今一つの理由は、『ティータさんが今どの部隊と行動を共にしているか?』が不明だったからです。

 ガリランド付近まで到着して軍の動きを探っていたときに分かったことなのですが・・・・・・どうやら私が予測した以上のスピードで骸旅団殲滅作戦は進んでいるらしく、すでに組織は瓦解しはじめ組織だった抵抗をしている者は少数派になりつつあるのが現状のようでした。

 こうなってしまうと、『骸旅団に浚われたティータさん個人の救出』を目的とする私たちとしては条件が大きく変わってしまう。

 『骸旅団に誘拐された』という場合には『骸旅団との交渉』が可能でしたけども、『骸旅団残党部隊のどれかが連れて逃げている』という状況下では、まずどの部隊が確保しているのかを把握しないと交渉も救出もできようがない。

 

 骸旅団という組織の壊滅を目的とする北天騎士団にとっては、部隊ごとに分断しての各個撃破は戦略上でも理に叶っていて「流石はザルバッグ兄君様です」とか妹らしい褒め言葉でも言いたくなれるのですが・・・・・・個人の救出を目標とする私たちにとっては、敵は一枚岩であってくれた方が楽だったというのが正直なところ。

 

 そういう事情から当初の計画に微調整を加えて実行してもらい、すでに骸旅団という組織は事実上壊滅した『骸旅団の残党部隊』となりつつある敵軍の中で彼女を発見するのは至難の業かと、内心で苦々しく思いながらも止まる訳にも行かず進軍を続けていた私だったのですが・・・・・・どうやら思い上がりの傲慢が綻びを生んでしまったかもしれません・・・・・・。

 

 テッドさんの後を追い、ジークデン砦へと続く道の途上にある風車小屋まで部隊を進軍させた時のことです。

 ちょうど小休止していたらしい、敵の一部隊がこちらの接近に気づいて迎撃のため飛び出してきて陣形を整えるのを遠目に見やりながら――ふと、敵の中に見覚えのある姿がいたような気がして目をこらすと・・・・・・

 

 

「げっ!? う、ウィーグラフさん・・・!?」

「バカな! なんでヤツがこんな前線近くまで出張ってきてるんだっ!?」

「く・・・っ! ティータ救出に急がなきゃいけない時に・・・!!」

 

 

 この反乱騒ぎの中、おそらくは最大最強の敵が私たちの部隊迎撃のため出張ってきてしまったことを知らされた私と兄さんとディリータさんの三人は揃って顔色を青く染め、口元を引きつらせながら敵部隊殲滅のため総力戦を覚悟して準備を命じます!

 

 平民達から成る義勇騎士団を中核として民衆たちで編成された反乱軍『骸旅団』

 その中で只一人、『騎士団長』の役職を与えられて配属されていた正騎士ウィーグラフ・フォルズ骸騎士団長が、私たち士官候補生だけの部隊の前に立ちはだかり、決戦の火蓋が切って落とされる。

 

 おそらくは歴史に残るような戦いではなく、本戦である骸旅団と北天騎士団との決戦がおこなわれる中で生じていた偶発的な遭遇戦の一つとしてしか記録されることはないであろう、この反乱最大にして最重要な戦いは、こうして始まりを迎えることになったのです・・・・・・!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの少年達はギュスタヴのときの・・・・・・まさか彼らが、“お前たち”がミルウーダを殺ったというのか!?」

 

 妹が敗死したかもしれぬという凶報を受けた直後の敵襲に、剣を手に取り怒りに駆られて小屋を飛び出した私の視界に、見覚えのある三つの頭髪と六つの瞳が目に映り、記憶を刺激された私は思わず――激高せざるを得ない憎しみを禁じ得なくなっていた!!

 

 部下達に命じて迎撃の陣形を整えさせながら、それでも私は奴らに怒鳴り声で問う。問わずにはいられない。

 いや、あるいは問うてすらいなかったのかもしれない・・・私の中で叫ばずにはいられない感情が、ただ声を出すことを望んでいただけだったのやもしれない・・・っ。

 たとえ部下達に対する指揮官としての責任を今この時だけは放棄することになろうとも、問わずにはいられない激情に駆られるべき理由が私にはあったのだから!

 

「お前達がミルウーダを・・・お前たち士官候補生たちが我が妹、ミルウーダを倒したというのか・・・!

 貴族共の不当な支配と差別から平民達を救おうとしたミルウーダを、お前たち士官候補生如きが・・・・・・ッ!!」

 

 妹の革命にかける情熱の強さを知る兄として、それは許されざることだった。

 妹の熱情を知る全ての者たちにとって、その死に方はあまりにも理不尽で侮辱的で、彼女の死を無駄死に貶めるような、あまりにも冒涜的すぎる死に様の強制だったからだ!!

 

 貴族と戦って力及ばず果てたというなら、平民たちのため命を捨てて戦った妹の魂は、新しい世のための礎になった一人として、志半ばで無念であっても決して卑下される死ではなくなっていたはずだった。

 

 ・・・だが! 士官候補生を相手に戦死など! “貴族未満の子供たち”に戦死させられるなど!

 それでは一体なんのために妹は死んだことになるのだ!?

 未来を生きる子供たちのために戦っていた心優しいミルウーダは、勝っても負けても貴族支配に一石を投じることすらできない、「殺されても他のスペアに変えるだけ」でしかない家を継がせる道具でしかない貴族の子供たちに殺されて・・・・・・そんな『死』がいったい誰の未来につながれると言うのだ!? なんのために役立つことができる『死』だったというのだ!?

 

 まして! ・・・そんな死に方をミルウーダに強要した者たちが、『私が理想的な革命を守るため』『かつて見逃してやった士官候補生たち』というのなら尚更に・・・・・・!!

 

 

「・・・もしそうなら、退くわけにはいかない。妹の仇を今ここで討たせてもらう他に道はない!

 全軍、全力を挙げて奴らを倒せ! 一人も生かして帰さぬつもりで挑むのだ!!

 ミルウーダの死を、掲げた理想を、決して無駄にさせてはならん!!」

 

『『『オオォォォォォォッ!!!!』』』

 

 背後から轟く兵たちの檄と共に、私も剣を引き抜き刃と殺気を前方の敵全面に放出する!!

 戦略的に考えるなら、たかだか士官候補生の一部隊に手間取るのも消耗するのも愚策、ここは退いて北天騎士団本体に対するための戦力を少しでも維持することこそ賢明・・・・・・それは分かる。分かってはいる。

 

 ・・・・・・だが、今ここで奴らを殺すことなく退くことは、妹を殺した者どもを復讐せずして見逃すことは私にとって決して出来ない! 一人の人間として許されない!

 

 そう、許されないのだ。奴らも、そして私自身も!!

 『ミルウーダを殺させた共犯者』として、私には骸旅団の団長としてではなく、一人の人間でありミルウーダの兄ウィーグラフ・フォルズとして、妹の仇だけでも取ってやらねばならない義務が絶対的にあるのだから!!

 

 非合理! 無責任! 上に立つ者として職務怠慢! なんとでも罵ればいい! その通りだ!

 だが私は人間なのだ!

 骸旅団の長という役割以前に、生きる術を奪われ、家族を奪われ、怒りのあまり王家に刃を向けて世を変えたいと理想を抱いた民衆たちと同じ、ただの一人の人間として私は妹を殺した奴らが憎い! 決して許すことは出来んのだからッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

「お前達がミルウーダを・・・お前たち士官候補生たちが我が妹、ミルウーダを倒したというのか・・・!

 もしそうなら、退くわけにはいかない。妹の仇を今ここで討たせてもらう他に道はない!」

 

 ・・・・・・敵将からの、その叫びを聞かされた瞬間。

 心が青臭い衝撃を受けなかったと言えば、間違いなく虚勢だったとオレは自覚させられていた。

 アルガスに嗤われようと、敵の叫びで痛みを感じてしまう自分の心に、虚勢という名の嘘を吐き続けることが出来そうもない己自身を思い知らされずにはいられない・・・っ。

 

 貴族たちとの戦いに無関係な妹を巻き込んで誘拐した酷いヤツら。

 ・・・だが、そんな彼らにも家族がいて、大事な妹がいて、妹が殺されたことに怒り狂う兄がいる――そんなのは当たり前のことで、敵はただの人間たちの集団で、伝承にある《ルカヴィ》と呼ばれた悪魔たちのような人外の怪物共じゃない。ただの飢えた平民たち。

 

 それが骸旅団という反乱組織なんだということぐらい、最初から分かり切っていたことだった。当たり前のことだった。そのはずだった。

 

 ・・・・・・だが今、こうして『妹を浚われて』『妹が殺されてしまった時の自分』を想像し、『勝手な理由で妹を傷つけたヤツらを許せない』という怒りに燃えていた先日までの自分自身を忘れられずに覚えている立場として相手の言葉を聞かされた瞬間。

 

 思わず、“怯み”を感じざるを得ない自分自身の心を自覚させられたんだ・・・っ。思い知らされたような心地を味あわされるんだよ・・・ッ!

 「今までの自分が分かっていたつもりで何も分かっていなかった」とか、「理屈で分かってるだけで心で理解できてた訳じゃない」とか、そういう小綺麗な理屈を思ったわけじゃない! 違うんだ!

 

 ただ、何か・・・・・・ナニカが俺の中で感じさせられて、相手の言葉に思うところがあって、ナニカが始めてナニカを終わらせたい衝動に駆られてるような・・・・・・そんな気持ちが俺の中でムクムクと生じ始めてしまった・・・・・・そんな気が微かに、だが確かにオレの気持ちと心と頭を占拠し始めている。そう実感させられていた。

 

 しかし―――だけど、今は。

 

「ウィーグラフ! ティータを――オレの妹を返してくれッ! 頼むッ!!」

 

 かろうじて相手の発言と、事前にラムダから聞かされていた現在の状況とがオレの頭の中で感情を抑制して理性が勝り、嘆願の言葉を吐くことを可能としてくれていた。

 正直ヤツらに同情してるかと言えば、そうではない。滅びが確定したヤツらの意志を継ぎたがっているかと言えば、そうでもない。

 同じ平民同士であっても、奴らとオレとでは立場が違い、目指すべき未来の在り方が違っている―――そう実感するようになっていたことが、オレの行動を感情とは別の理由で冷静なものに変えてくれる。

 

「ティータだと・・・? あの娘のことか?

 ならば、お前がベオルブ家の? ・・・・・・しかし・・・」

 

 こればかりは嘘偽りなく叫んだオレの嘆願に、ウィーグラフむしろ困惑したような声で呟くと、訝しそうに俺の姿を見つめて目をすがめる。

 『綺麗ではない赤茶けた髪と瞳の色』そして『ティータ』という名前。どちらも『大貴族ベオルブ家』に連なる者には存在しないはずの特徴をオレたち兄妹は持ち合わせて生まれてきていた。

 

 今まではそれが家の中で孤立させられ、自分たちが部外者なんだと思い知らされる理由になり続けてきたものだったが・・・・・・今だけはその違いが有り難い!!

 

「彼も、その妹の少女もベオルブ家とは関係ない! 僕がベオルブの名を継ぐ者だッ!

 貴族に奪われたことを恨むというなら、僕にぶつけろウィーグラフ! その代わりに彼女を解放してあげて欲しい!!」

「そういうことか・・・なるほどな。ゴラグロスの奴め、浚うべき相手を間違えたばかりか、それにすら気づかず人質として用いようと進言していたとは・・・・・・」

 

 ラムザからの叫びが、オレの言葉を補填してくれて、ウィーグラフが苦い顔になり舌打ちする音が聞こえてくる。

 それはウィーグラフと初めて出会った時と同じように、彼がまだ理想的な革命にこだわっている事を示すものでもあった。

 これなら交渉できる可能性はあるかもしれない・・・! 俺の心と表情はこの時、もたらされた希望に久方ぶりの暖かさを感じられたが―――直後に、その希望と暖かさは冷酷な現実に打ち砕かれる事になる。

 

「――だが、まったくの無関係という訳ではないのだろう?

 そうでなければベオルブの名を継ぐ者が、お前の妹を救うため庇い立てするはずもない」

 

 冷静な声で指摘され、思わずオレは返事に詰まる。

 それはラムダから指摘されていた、オレが自制して感情を抑えざるを得ない理由が、現実となっている可能性を示唆する危険極まりないものにオレには感じられた。

 

「ベオルブ家に関わる者ならば、皆一緒と言うのか!? ウィーグラフ!」

「違うとでも言いたいのか? ベオルブの名を継ぐ者よ。

 元より我らが抗うは、この国の体制そのもの。貴族支配による民衆への搾取と、特権に寄与する者たちから自分たちの自由と権利を取り戻す事だ。

 お前たちベオルブ家とて、王家に与して特権を与えられ禄を食むが故に、イヴァリース大貴族の一員となっているに過ぎぬ身であろうに」

「・・・っ!! それは・・・・・・しかしッ!!」

 

 相手からの返答にラムザが窮して、オレもまた一瞬だけでも言葉を飲み込まざるを得なくさせられる。

 たしかに相手の言う通りではあるのだ・・・・・・オレも妹のティータも、貴族の血を引いてなんかいない。

 大貴族であるベオルブ家の令嬢と間違われて妹が誘拐されただけに過ぎない、巻き込まれた身ではあるが――それは立場だけなら、ベオルブ家さえ同じ条件ではあるのだ。

 

 貴族社会の改革だけでなく、貴族制の完全な撤廃を求める骸旅団にとって、戦いを挑んだ相手はイヴァリースという国。現在の社会そのものが彼らにとっての『倒すべき敵』だ。

 『ベオルブ家そのもの』を倒したがっている訳ではない。

 

 国に仕えている大貴族『ラーグ公の側近一族だから』

 骸旅団が活動場所にしたイグーロス地方がラーグ公の領地で、公爵配下の『北天騎士団の本拠地でもあったから』

 

 だから『ベオルブ家の屋敷は襲撃された』のだ。

 彼らにとって襲撃したかったのは『ラーグ公の側近一族』であり『北天騎士団の指揮官』だった。その役職に就いていた貴族だったら誰だろうと同じだった。

 もしギュスタヴに誘拐されていたのがラーグ公爵で、北天騎士団の頭領一族がエルムドア侯爵家だったときには、彼らは今と全く同じ理屈を口にしただろう。

 

 俺たち兄妹を巻き込んだベオルブ家でさえ、イヴァリースという国全体の変革という巨大な流れの中では『巻き込まれた貴族の一家』に過ぎないのだから・・・・・・!

 

「そんな事はどうでもいい! どちらにしろ彼女は解放するつもりだった、人質に取るつもりはない。

 命惜しさに卑劣な手段を取り、我が身かわいさの保身を謀るが如き輩に成り下がったと行動によって示してしまえば、我々の志を引き継ぐ者など誰も現れるはずがないのだから!」

「!! なら―――っ」

 

 相手の言葉で、憎しみの向け所が分からなくなって混乱させられ欠けていた俺の心に、光明と共に冷静さと希望と――そして再びの絶望を与えてきたのは皮肉な事に、またしても敵からの言葉だった。

 

「だが、その前に貴様らとの決着をつけさせてもらう!

 あの娘を返して欲しくば、君が生きて妹との再会を望むのであれば、私を倒してからにするがいい!

 君の言う通り、彼女はベオルブ家と無関係かもしれないが、“貴様ら”自身には我が妹ミルウーダを殺して命を奪った仇という、私にとって憎むべき正統な理由を持っている者たちなのだから!!」

「!? それは――っ!!」

「ディリータさんッ!!」

 

 思わず相手からの言葉を聞かされた瞬間、反射的に口をついて出そうになってしまった「ミルウーダは死んでいない。俺たちは彼女を殺していない」という真実の公開。

 それを制したのは、普段は冷静な親友の妹から放たれた制止の叫びだった。

 

 誤解されやすい性格と言動で、ときに冷淡とも酷薄とも受け取られることもある彼女だったが、この時ばかりは切羽詰まった表情と声音で必死に俺の『退路を断たせる言動』を止めに入る。止めてくれた。

 

「堪えて下さいディリータさん! 今ここで彼女の生存を告げてしまったら、私たちは手札を完全に失ってしまいかねません・・・!」

「・・・分かってる・・・! ああ、分かってるさラムダ、大丈夫だ。大丈夫だから・・・ッ!!」

 

 ほんの一瞬前まで迸る寸前だった言葉を、歯を食いしばって血が滲むほどに噛み殺し、俺の体外に生まれ出る前に命を失わせるため懸命に心と体を押さえつける・・・!

 妹と一刻も早く生きて再会したい想いと、『より確実な妹の生還』を求める冷たい計算が俺の中でせめぎ合い、葛藤し、最終的には後者が勝利を収めて暴発は未然に防がれる。

 

 ――それは戦いが始まる前、『ティータを助けられる条件』の一環として冷静さを欠く俺に代わってラムダが語ってくれた『ティータに危険が迫る条件』が頭の中に残ってくれていたお陰だった。

 

 

 

 

 

「兄様、ディリータさん。私たちがミルウーダさんを殺さず、生かしたまま捕らえたことは交渉できる段階まで来たとき以外は伏せておくよう気をつけて下さい。

 それと出来ればティータさんがベオルブ家の令嬢ではないという真相も、敵部隊を率いる幹部クラスにしか言わなれませんようお気をつけを」

 

 この風車小屋まで続いていた山道を昇る途中で、そうラムダは俺たちに歩きながら言ってきていた。

 

「なぜ・・・? ティータを助けるには彼女が間違って浚われただけで、ベオルブ家の令嬢ではないから人質としての価値がないと教えるのが一番なんじゃないのか・・・?」

 

 不審げにラムザは妹からの提案に、今回ばかりはキツい口調で反論していた。

 俺もラムザに同感だった。彼女は誤解されて誘拐されただけで、俺たちみたいな平民の兄妹を助けるために貴族たちが交渉に応じてくれる訳がないのだから、そのことを教えてやれば奴らも諦めて妹を返してくれる可能性が出てくる。

 

 正直、今では俺もそう思うようになってきていたし、現実問題としてベオルブ家以外の貴族にとってオレたち兄妹はただの平民でしかないのが事実なのだから、それを告げてやるのは有効だ。・・・そう信じていたのだが・・・しかし。

 

「そうです。彼女は勘違いで浚われただけで、ベオルブ家にとっても他の貴族たちにとっても人質としての価値がない、単なる平民の女の子です。交渉カードに持ち出したところで意味はない」

「だったら―――」

「だからこそ“私たちに対して”は、人質としての価値があるでしょう?」

『『――あ』』

 

 言われて、オレたちは2人そろって間の抜けた声で間抜け面を晒してしまう。

 次いで赤面して俯いてしまった。

 ティータを浚われたことと助け出すことに必死になりすぎて、こんな当たり前すぎることにも言われるまで気づかなくなっていた自分の不明に恥ずかしさを覚えずにはいられなかったからだ。

 

 ミルウーダが語っていた評価は別として、ティータを勘違いから誘拐した連中は『生き残ること』が目的だったからこそ、人質として浚ったのだろう。

 ならば、捕らえた敵大将の妹とベオルブ家令嬢と勘違いされているティータを交換したところで、奴らの目的にとっては意味がない。

 窮地に陥った状況で敗将一人帰ってきたところで、奴らの窮状にはなんの効果も与えようがないのだから。

 

「もともと、今回の骸旅団殲滅作戦において、最大のターゲットはウィーグラフさんだけです。

 もともと彼が呼びかけて、応じて集まってきた平民出身者や帰還兵なんかを組織化して反乱勢力に育て上げたのが骸旅団ですからね。

 彼なしの状態だと、“飢えた民衆”と“食い詰め兵士”が寄せ集まった烏合の衆でしかないのが彼らだったのですから、組織を作った大元を捕殺できなければ意味がない。

 逆に言えば、『ウィーグラフさんを確実に確保できるなら他のザコはどうでもいい』・・・それが今作戦の絶対条件」

 

「ですので私は、ミルウーダさんを殺さずに捕縛することで、“敵大将の妹が敗れながらも殺されずに生かして囚われた”という証拠をえる必要があったのですよ。

 “骸旅団の首魁であるウィーグラフに関する重要な情報を教えるなら、貴様らだけは助けてやってもいい”、“現にウィーグラフの妹ミルウーダは部下を助けるため提案を受け入れた”、“嘘だと思うなら証拠を見せてやる”・・・・・・とかの流れを作るために」

 

 用意周到すぎる親友の妹の計略に、オレとしては苦い顔をして首を左右に振るしかない。

 こんな時ではあったが・・・純粋なティータが彼女と付き合って、悪い影響を受けなければいいと心から思わずにはいられない

 

 ――だが、僅かな間だけとは言え敵中でなごやかな雰囲気になることが出来たのは、ここまでだった。

 次に続いていた彼女の話で、オレは現状が決して今までの綺麗な日常世界の延長ではないことを思い知らされることになる――

 

「交渉するとき、コチラが交渉を持ちかけてきた目的を知られてしまってたら負けです。足下見られる上に他の連中まで便乗しかねない。

 ティータさんを確保してるしてないに関係なく、“返して欲しければ”と言えば交渉のテーブルにつけるなら空手形だって切りまくるのは当然の状況。

 ・・・・・・最悪の場合、彼女が平民の娘で“ベオルブ家令嬢ではなかった”と知った彼らが激情に駆られ、“自分たちを騙した売女!”として殺してしまう危険性があるほどに・・・」

 

 深刻な表情で告げられた恐るべき未来予測に、オレもラムザも揃って絶句させられ顔面蒼白になりながらも、彼女の言葉を否定するための理屈で頭が覆い尽くされるのを実感させられていく。

 

 ――そんなバカげた理屈があるだろうか? 奴らが勝手に勘違いして浚っていっただけなのに、それが分かった途端に人質の方が騙していたと言って殺すなんて・・・。

 自分たち兄妹は平民の子供で、ベオルブ家で一緒に生活していただけの被害者でしかない身分なのに、そんな自分たちを貴族制の廃止や平民による政治を訴える革命軍が殺すのは矛盾している―――そうも思ったからだ。だけど・・・・・・

 

「自分や仲間や、連座して家族まで殺されそうな時に、そんな理屈が通じる人が多くいると思いますか?

 “そんな事やっても意味がないから”と言われて、“ハイそうですね”と素直に理を認めて、自分たちが殺される危険が迫るのを大人しく見てる道を選べそうですか? ディリータさん」

「それ・・・は・・・・・・」

 

 相手に言われてオレは心の中でギクリとし、言葉を探すように視線をさまよわせる。

 思い出すのはベオルブ邸を出立する前にラムザと交わした会話だ・・・・・・あの時のオレはどうにか持ちこたえる事が出来たが・・・・・・アレがもし、相手がラムザじゃなかったなら、赤の他人から言われただけだったなら・・・・・・自分は憎しみと激情に耐えることが出来たろうか・・・?

 

「人の感情という名の心とは、そういうものです。

 冷静なら絶対やらない馬鹿なマネでも、時としてやってしまうことがある。そうせずにはいられない気持ちに駆られることが誰にだって絶対にある。そういうものです。

 だから彼らにそうさせないためにも、ティータさんの正体と、ミルウーダさん生存の情報は可能な限り伏せたまま事を進めざるを得ないんですよ。

 彼らに、“生存の可能性はない事実”で退路が断たれるのを避けるために。

 彼らに、“生存の可能性がある証拠”を示せる状態を維持するために―――」

 

 

 

 

 

 

 ――傍らでディリータさんが葛藤していることが表情でも仕草からでも伝わってきて分かってあげられている状況の中。

 そんな彼の内心とは無関係に理不尽に、敵さんたちからすれば不条理に抗うための戦いとして戦況は一進一退の様相を示してきておりました。

 

 平民たちからなる義勇騎士団とはいえ、流石に団長が直率する部隊は選りすぐりの精鋭だけで固められているらしく、腕も良ければ編成もいい!!

 

 特に今までの敵と違って手強い相手になっているのが――・・・・・・っ

 

 

「クェェェェェッ!!」

「ボコか! 助かったぞっ。後は任せて他の者の元へ行ってやってくれ!」

「クェッ!」

 

「くそッ! また回復されちまった! コッチも回復して仕切り直す! 《ケアル》急いでくれッ!」

「む、無茶言わないでよ! 鳥と違って私たち人間の魔道士には詠唱って順序があるん・・・だから・・・ッ! 精神力だって無限じゃないんだから・・・ね・・・っ! けほッ、こほッ」

「クッ! 足が速すぎて《ファイア》が間に合わない! エレガントな詠唱より早く動かれてはどうしようも・・・ッ! せめて絶対確実な間合いに入ってくれさえすれば!」

 

「クェェェェェッ!!!」

 

 

 縦横無尽に駆けまくりながら、傷ついた敵を片っ端から回復してっちゃう可愛い鳥さんの《チョコボ》が敵部隊にいるからでしてね! おかげで回復力で完敗してますよコンチクショウ! 見た目は可愛いのになぁもう!!

 

 《チョコボ》はモーグリと同じくFF世界でおなじみのマスコット生物にして、馬の替わりの騎乗用生物として飼育されてる設定のFFタクティクス・バージョンな存在です!

 他のFF世界同様に、羽が退化して飛べなくなった大型の鳥類で、気性などの理由で飼育しやすく馬の替わりに騎乗用の乗り物動物としてイヴァリースでも主流になっている動物なのですが――この世界のチョコボさん最大の特徴は、とにかく強いってところ!

 

 羽ばたきによって体内の生命力を活性化させることで、モンクが操る《気》のようなものでも周囲に発散させているのか、自分だけでなく近くにいる敵味方まで傷を癒やせる《チョコケアル》で白魔道士の代理まで果たせて、自分単独でも並の戦士では歯が立たない強力なモンスター並みの戦闘力を持ってまでいる!! しかも乗り物としても移動に使えて超便利!

 

 そんな便利すぎるチート気味な存在なのが、イヴァリース世界のチョコボさんです!

 正直うちの部隊にも一匹か二匹ぐらい欲しい存在だったんですけど、何故いなかったのかといえば・・・・・・高いからですよ!! そんな便利すぎる存在が安いわけがないですからね!

 

 単なる移動用に使うだけのチョコボだったら値段もお手頃ですが、戦闘にも参加できる軍馬としての訓練を受けさせられてる《軍用チョコボ》なんて餌代も含めて、正規の騎士団でもない限りは滅多にお目にかかれない存在をウィーグラフさんは隠し球として用意していやがりました!

 

 おそらく50年戦争時代から使ってたのを、反政府勢力の頭目になった後まで餌代の出費覚悟で手元に置き続けてたんでしょうが・・・・・・今の私たちにとっては疫病神以外の何物でもないですね! この可愛いチョコボさんは本当に全く、かわいさ余って憎さ百倍!

 

 ・・・・・・挙げ句の果てに、私たち部門の頭領ベオルブ家の兄妹2人はと言えば―――

 

 

「つあぁぁぁッ!!」

「ふんッ!!」

「もらった! はぁぁぁッ!!」

「ほう? やるな!」

 

 ガキィィィッン!!

 

 私が身軽さを活かして放った連撃を、いとも容易く一撃のなぎ払いだけで弾かれてしまうほど、強すぎる敵リーダーさんを二人がかりで相手取るのが精一杯な体たらくですよ!

 

 体重差があり、腕力では勝負にならないウィーグラフさんの一撃を受け止めるわけにもいかず、そのまま吹き飛ばされる反動を利用して後ろに飛びすさった私の横から飛び出して、剣を振り抜いたばかりの状態にあるウィーグラフさんに、兄様が渾身の突き技を放ったというのに、それすら余裕の笑みを浮かべながら児戯同然に押さえ込まれる始末!

 

 クソッ! この人ほんとうに強い! 五十年戦争経験者っていう存在と、経験を積んだ士官候補生との壁がここまでありますか!?

 

「流石はベオルブ家の子息と息女というところだな。なかなかどうして、その歳で大した腕前を持つに至ったものだ。ミルウーダが敵わなかったのも無理はない。

 戦士としてだけとはいえ、兄たちの薫陶よろしきを得ている。と言ったところかな」

 

 悠然と剣を構えながらも、隙は全く見いだせず、動きが止まったからと他の味方部隊を助けにいくため注意を逸らせば、その瞬間に致命の一撃を放ってくるつもりでいることを殺気を隠さないことで敢えて分かりやすく伝えて牽制までしてくる革命軍の凄腕リーダーから、お褒めのお言葉を賜りました!

 苦しすぎる戦況に追い込んでくる相手に言われても、全く嬉しくないですけどね!

 

 ・・・・・・くそ、ディリータさんに指揮を任せられたおかげで何とか戦線を保ててはいるみたいですけど、このままじゃ流石にキツい・・・・・・何かしらで潮目が変わる切っ掛けが得られれば良いのですが、この敵はそれを許してくれるほど甘い人かどうか――っ

 

 

「いいだろう。私も君たちを・・・・・・貴様らを、もう子供とは思わない。全力で倒すに足る“対等な敵”として殺す。

 五十年戦争で仲間たちを守り続けた我が剣技の冴え、受けてみるがいい――」

 

 

 そう言うとウィーグラフさんは、不思議な動きを見せ始める。

 構えていた剣先を一度、ゆっくりと下段に降ろした後、今度は大きく振り上げて大上段へと振り下ろす構えへと移行させていく。

 

「「・・・・・・??」」

 

 私も、そして兄様も相手の動きの意味が分からず、警戒だけは解くことなしに互いをフォローし合える距離を保ったまま少しずつ相手との距離を縮め続ける。

 本音を言えば、無駄としか思えない動きに乗じて斬りかかりたいところなのですが・・・・・・隙がありません。

 一見ゆっくりとノンビリと剣を動かしてるように見えながら、完全に足を止めて意識を研ぎ澄ましての動きであり、むしろ乱戦の中で意識が乱れて四方八方を警戒しているときの方が、ちょっとした事で集中が乱れやすく隙は生じやすいもの。

 

 相手を攻めるため斬りかかれば、倒せる可能性を得られる反面、敵に近づき間合いの内側で剣を動かす隙を見せることにも直結してしまうもの。

 『負けて当然。勝って偶然』という言葉が将棋の世界であるように、戦い始める前の状態こそが最も隙がなく万全な状態であり、一手攻める毎に自陣の中には隙間が次々と生じ続けてしまって、埋められることは二度とない・・・・・・それが剣と剣との打ち合いというもの。

 相手が無駄な動きを示してきたからといって、安易に攻め込めるというものではない。

 

 

 ・・・・・・幸い、“相手の剣からは離れた位置”で見ていられる状況でしたので、何かしらの技なり魔法なりを使ってきた時には、見てからでも対応できる距離に私たちはいます。

 

 

 あとは、相手の使ってくるアビリティ(能力)次第。

 

 技であるなら、ジョブによって間合いがあり《騎士剣》を用いて使える《ナイト》の能力は接近してからしか効果が薄く、まず距離を詰めてくるための手を打ってくるでしょう。

 

 魔法であれば、呪文詠唱の時間が絶対必要になり、詠唱に時間をかけずに使おうと思えば威力が出せずに食らってしまっても対応可能な体力を残さざるを得ません。

 

 ・・・・・・ただ、その程度のことが分からない相手とも思えない強敵であることだけは、唯一にして最大の懸念材料ではありますが・・・・・・一体なにをやる気なのか・・・。

 

「――いい判断だ。この技の動きを隙と見て、不用意に斬りかかってこなかったことは賞賛に値する。

 だが、甘い。もう一手足りなかった。

 この技の動きを見た瞬間に足を止めた後、一刻も早く逃げるべきだったのだ。その道を選ばず、踏みとどまる選択肢を選んでしまったことが君たちの敗因だ」

 

 フッ―――と、小さな笑みを唇の端に閃かせながら勝利宣言してくるウィーグラフさん。

 兄様はそれを侮辱と感じたのか、表情を強ばらせながら僅かに一歩前に進み出て、私は妙な相手の自信に違和感を感じながらも不自然な点が見いだせず、戸惑いながらも兄様の後に続こうとして―――ふと、上を見上げたときでした。

 

 相手が掲げていた頭上の剣。

 太陽の光に照り返された切っ先が・・・・・・ふと。

 

 陽の光の色とは異なる、“青白い陽炎のようなオーラ”を纏わせ始めている光景が視界に入ってきて――――って、ちょっとコレまさか!?

 

 

「兄様危ないッ!! あれは《聖剣技》です!!」

「!! 聖剣技って――ザルバッグ兄さんのっ・・・!?」

「集中ッ!!」

 

 私は必死に叫んで兄様に向かって警告を発し、無駄で無意味な動きに視線を向けさせ偽装されていたことに気づけなかった自分の間抜けさを心の底から罵倒しながら!!

 

 それでも今からでは逃げられない、“ソレ”に対抗するための手段を他には知らない、“教えられていない”私たちは必死にソレをやることしか出来なくなって――

 

 ウィーグラフさんの振り上げられた切っ先が今・・・・・・振り下ろされました!!

 

 

「「がッ!? ・・・あ・・・・・・っ」」

 

 

 ――その瞬間、すさまじい痛みが私たちの体を走り抜け、声を出すことすら出来なくなって、思わず意識が一瞬だけ遠ざかり―――そして、どこかに辛さごと取り払ってもらえたみたいに穏やかに、ゆったりした気持ちと安らぎが心の中に染み入ってくるのを感じさせられてくる・・・・・・。

 

 ・・・まるで母親に抱きしめられた時みたいに、穏やかで優しい温もりの中で・・・・・・痛みも、疲れも、なにもかも投げ出して、今だけは休んでいいんだと言われてるような気分になり、一時だけでも意識を手放し、一休憩入れたい誘惑に抗いがたい魅力を感じ始めてしまっていく・・・・・・

 

 そんな―――強烈すぎる“睡魔”の誘いに、傷ついた私と兄様の体は襲われてしま・・・って・・・・・・抵抗できなくなっ・・・・・・て・・・・・・それ、で・・・・・・わた、し・・・・・・は―――

 

 

 

「――“命脈は無情にて惜しむるべからず”――

 今生での苦痛から解放され、穏やかな眠りの中で葬り去るが、我が剣技《不動無明剣》の極意なり。

 心安らかなる眠りの中で死なせてやるのが、貴族ではなく剣士としての君たちに与える、せめてもの慈悲。

 妹を殺した罪を、君たちの死によって今許す。迷うことなく逝くがいい。

 君たちのことは、嫌いではなかった―――」

 

 

 

 ウィー・・・グラフさん、が・・・・・・振り下ろしてくる剣の刃のかがやき、が・・・・・・私たちの見る・・・・・・最後の景色になると知ってるの、に・・・・・・わたし、は・・・・・・私たち・・・・・・は―――

 

 

 

 

つづく

 



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