雪が紅に染まる時 (星影 翔)
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第一話 巡り合った二人の運命

初めましての方は初めまして、お久しぶりの方はお久しぶりです。星影 翔です。今回は「フランドールと一週間のお友達」以来の長編を手掛けようと思い、筆を取りました。レミリアが関わる作品を作りたい。でもなるべく原作を汚さないようにと試行錯誤した結果、幻想入りする前に起こったお話とさせて頂きました。なので最後には必ずあの紅魔館メンバーが揃って終わるように考えています。読者の皆様の『こんなこともあったかもしれない』に加えて頂けると幸いです。


 ……僕にはこの世界が分からない。虚構溢れるこの世界の中で果たして僕はなぜ存在しているのだろうか…。

 死にたいのか?違う、そうじゃない…。生きたいのか?いや、それも違う。僕の前には漠然とした答えのない存在が僕自身へ問いを投げている。

 そいつはとても明るい笑顔のまま、悪意のないそぶりを見せながら僕に言うんだ。

 

 君は誰なの?…と。

 

「僕は…誰…?」

 

 唐突なその問いに答えることができない。そして彼は少し呆れ混じりの表情のまま口を開く。

 

(君と僕は表裏一体。決して僕らが離れることはない。でも逆に交わることもない。僕らはいつまでも僕らであり続ける。……きっといつかはこの意味が分かるようになるよ)

 

 今ひとつ彼の言葉の意味を理解しきれていなかったが、彼はそのまま「じゃあね」と残して、そのまま闇の中へと姿を消していった…。そして途端に僕の視界も暗転する。

 

 

 

 

 

 

「うっ…こ、ここは…?」

 

 僕が意識を取り戻した場所は多くの木々が乱立する森の中だった。冬なのか凍てつく寒さが辺りを覆っており、凍える空気の中で僕は生い茂る雑草のベッドの上にちょっかいをかけられたダンゴムシのように丸まっていた。

 

「……ここは?」

 

 起き上がってまわりを見回してみても、辺りには人っ子一人居る気配がない。周りにあった樹々が傘になってくれてたおかげか、それ以外では雪が雑草の上に薄い絨毯を敷いていた。それを認識した途端にとてつもない寒さが僕を襲う。この寒さなら確かに人なんているはずもないか…。こんな場所に居ようものならあっという間に寒さにやられて永遠の安眠を手にしているに違いない。むしろ今僕が生きているのが奇跡だろう。

 と、ここで僕は自分の容姿を改めて確認する。

 薄汚れた白い長袖のシャツに群青色の長ズボン、そして僕の小さな身体をすっぽり覆える程度の布切れが一枚ある。だが、そのいずれもが生地が薄く、とても防寒に適した服装であるとは言い難かった。口から漏れる白い息、震える唇がこの辺りの気温の低さを顕著に表していた。本来であれば、これから自分の家や知り合いの家にでも駆け込んで難を逃れるのかもしれないが、今の僕にその選択肢は存在しなかった…。なぜなら…

 

 今の僕には…今までの記憶がないのだ……。

 

 記憶がない…。もちろん一部なんかではなく全てだ。僕を産み育ててくれたはずの親の顔も…名前も…、深い仲だったはずの友の顔すらも思い出せない…。好きな食べ物も、好きな衣服も、心安らぐ場所も、自分の持っていたはずの趣味さえも分からない…。僕は一体誰で、どこから来て何の為に生きているのか…。そして果てにはここがどこなのかすらも分からない…。

 

ガサガサ…!

 

「………!」

 

 茂みの揺れる音。そしてその直後に現れる人影、その影は僕を認識するなり、嬉々としてゆっくりとやってきた。

 

「そこにいたのか、ったく手間をかけさせやがって」

 

 牙と黒い翼を生やし、赤い瞳を爛々と輝かせている男が二人ほど僕の前に姿を現した。しかし、ニヤリと不気味に笑う彼らを見るかぎり、恐らく僕を助けてくれるわけではなさそうだ。僕を取って食らおうとでも考えているのだろうか。もし、そうなのであれば早急にこの場から離れなければ…。

 だが、僕は逃げ出せなかった。寒さが響いているのか、身体が上手く動かない。だが、この寒さに薄い布切れを二枚重ねた程度ではこうなるのも当然と言える。

 

「正直なところ、子供を殺すのには多少なりとも抵抗あるが、スカーレット家再興の為だ。許せ」

 

 …スカーレット家?それは一体………。

 しかし僕にそんな疑問を呈する時間などなかった。彼らの内一人がその手に伸びた爪を鋭利に伸ばし、今にも殺さんと姿勢を下げて構えた。彼らとの距離は数メートルもない。一度飛びかかって来られたら、避けるのは不可能。しかし、今更逃げても結果は同じ事だ。大人しくここで死を待つしかないのか…。

 

「そこをっ!どけぇっ!!」

 

 突然聞こえたその声に両者とも辺りを見回す。直後、とてつもないスピードで落下してきた黒い影が二人の男達に衝突し、二人は数メートルほど吹っ飛ばされた。

 

 その影は全身を布で覆っていた為に詳細を知ることはできないが、彼等からはどうやらその姿を見ることができるらしく、彼等は歯軋りしながらその者を睨み付けていた。

 

「まだ…まだ邪魔をするというのか、裏切り者が…!」

 

「裏切る…?勘違いしないで。私こそがスカーレット家の正統な後継者であって当主よ」

 

 怒り混じりの彼等の声に対して、その声は気品に満ちた落ち着いたものだった。そしてこの声は…女性だろうか…。

 だが、その後ろ姿はなんとも小さく華奢でとてもあのがたいの良い男二人に勝てるとは思えない。あんな小さな身体で挑めばたちまち彼等に殺されてしまう。

 

「早く逃げろっ!」

 

 気づけば、僕は彼女に向けそう叫んでいた。どうせ死ぬならせめて彼女くらいは、そう無意識に考えていた。

 しかし、彼女は逃げるどころか僕を守るように堂々とその場に立ち塞がり、彼等と対峙していた。

 

「もとより我らはお前という紛い物を殺すために生まれてきたのだ。今更、自分の命が惜しくなることもない」

 

「…そうか、それは残念」

 

 彼女はあくまでも冷静に返す。やがて、最初に僕に向けて攻撃を仕掛けてきた男が感情に任せてか彼女に飛びかかった。だが、感情的とはいえ普通の人間ならば捉えるのも難しいほどの素早さ。常人であればこの瞬間にもバラバラにされてしまっているに違いない。しかし、彼女はその場を離れることなく、その場で足を上げ、飛び込んでくる彼の鳩尾目掛けて蹴り込んだ。その上、彼女はこれの突撃の勢いをものともせず、逆にそのままその足で彼を吹っ飛ばした。

 

「うがぁっ!」

 

 距離で言えば数メートル程だろうか。彼は一度バウンドし、そのままゴロゴロと転がって進路上にあった樹木に激突した。

 

「……痛ぇ…」

 

「まだやろうというのかしら?」

 

 彼女は悠々と彼等に近づく。すると、今度はもう一方の男が一旦彼女から距離を取り、青白く輝く光弾を放つ。それらは彼女目掛け、恐ろしいまでのスピードで襲いくるものの、彼女は目にも留まらぬ動きで次々と回避する。しかし、密度の濃い光弾は彼女の羽織っていた布切れに命中し、次々と丸い穴を開けていく。が、彼女自身にはなんのダメージもない。

 やがて、彼女はその数多の光弾の雨の中から二つ紅く細い弾を発射、それらは彼の放つ光弾の雨を潜り抜けてそのまま彼の腕に突き刺さり、両腕とも見事にさらっていった。

 

「ぎぃやあぁぁぁ!!」

 

 そんな断末魔のような叫び声が聞こえてきたかと思えば、彼は消えた両腕から夥しいほどの血を垂れ流してそのままその場に倒れ、その後彼が口を開くことはなかった…。それを見ていたもう一人の男は真っ青になって尻餅をついたまま後ろに後退する。

 

「次はお前か…」

 

「くっ、来るなぁ!!」

 

 男は慌てて立ち上がると、先程までとはまるで変わって必死な形相になりながら全力で逃げていった…。

 

「『自分の命など惜しくない』んじゃなかったのか。…所詮は口だけの雑魚ということか」

 

 男の姿が消え、気配がなくなった辺りで、彼女は僕の方へ振り返り、そのままこちらに歩み寄る。

 だが、その僕もまた震えて力の入らない腕を必死に使って後ろへと退いていた。あれだけ恐ろしい現場を目撃したんだ。そうなるのは当然だろう。僕もああなるんじゃないかと思わざるを得ない。

 しかし、彼女は僕のすぐ正面まで寄ると、自ら膝をついて未だ恐怖で震えている僕の手を取って優しい表情のまま言った。

 

「もう大丈夫。安心して」

 

 その時、彼女を覆っていた穴だらけの布切れの繋ぎ目が風によって千切れ、どこかに飛んでいく。そこで僕は彼女の顔を改めて知ることができた。優しく語りかける彼女の顔は僕が予想していたものとはあまりにも違いひどく幼く、風になびくその髪は薄い蒼色を表していた。そしてその体は想像していたよりもはるかに小さく、本音を言えば、とてもあの身体付きの良い男達を吹っ飛ばしたようには見えなかった。

 

「ぁ….ありがとう」

 

 夜の闇に光る紅い瞳を細らせ、彼女は微笑んだ。その後ろから覗く黒い翼。どういう悪魔か妖怪かは知らないが、人間でないことは間違いない。

 

「良かった…、無事で…」

 

 その直後、彼女は僕をその両手で優しく抱きしめた。

 

「ごめんなさい…。私は貴方の大切な人を守れなかった…」

 

 彼女から匂うクチナシにも似た優しい香り。記憶を失ってもなぜかこの花の名は知っているらしい。そして同じように漂う血の匂い。そして今、彼女は僕の為に涙を流している。

 

「…その…僕は大丈夫ですよ。記憶が…ないので……」

 

 小さくそれだけ口にすると、彼女は驚いたように僕を見つめ、そしてまたしても悲しげに眉をひそめた。

 

「そう……」

 

 申し訳なさそうに俯く彼女。しかしやがて仕方ないとばかりに立ち上がり、一旦離れると僕に背を向けたまま口を開いた。

 

「貴方、これから行くところはあるのかしら?」

 

「……ないです」

 

「そう…」

 

 彼女は僕の方へ向き直り、その手を僕に向けて差し出す。

 

「なら、私の従者になりなさい。私に忠誠を誓うと約束しなさい」

 

 笑みを浮かべる彼女。唐突な勧誘に戸惑わざるを得なかったが、冷静に考えて彼女についていく以外に僕の生き延びる道はない。この寒空の森の下で、ひたすら救助を待って一体いつ助けが来るだろうか…。それならば彼女の下で彼女の僕として生きる方が遥かに賢明である。

 だが、少なからずリスクもある。彼女の場合は背から生える翼から少なからず人間ではない。彼女が上手く僕を騙して食らおうとしている可能性も全くないとはいえない…。たとえ人間であっても奴隷にしようと思えばできるのだ。隷属され、苦しみながら生かされるくらいならばこの場で凍え死んだ方がマシだ。彼女という人が分からないからこそ、僕は彼女の誘いに乗るか決断を下せずにいた。

 

「………はぁ」

 

 しばらく俯いている僕に対して彼女は大きめのため息を吐くと、少しが呆れ混じりの笑みを浮かべる。

 

「まぁ…、記憶を失っているんだものね…。警戒して当然か」

 

 すると、彼女はその指から伸びた爪を使い、もう片方である自分の腕をグリグリと抉り始めた。思わず目を背けてしまうほどの生々しい肉とたちまち溢れ出ててくる夥しい血が僕の脳内に飛び込んでくる。

 

「どうかしら?私は貴方のためならここまでする覚悟がある。これでも私を信用できない?」

 

 負けた。というのも彼女のその覚悟に負けたのだ。僕の為に肉を抉るなど、常人ならしない。たとえ彼女にどれほど強力な再生能力があっても彼女の痛覚がないわけじゃない。自分の肉体を抉ることがどれほど痛いのか、もはや想像することしかできないが間違いなくショック死することが可能な程度には痛いはずだ。だがそれでも彼女はそれをして見せた。僕の為に…。

 

「…わかりました」

 

 彼女はふっと笑って僕を見やる。その温かなその瞳には僕に対する彼女自身の心情の全てが込められていた。優しさや慈しみのようなものはもちろんだが、それ以上に言葉にできない何かを彼女から感じる。上手く言い表せないこの温かい感覚は何なのだろうか…。

 

「これからよろしくね」

 

「はい…」

 

 だが直後、彼女の声が詰まる。

 

「ん…そういえば、記憶がないのなら名前も分からないのよね…?」

 

「ぁ…はい」

 

「なら、与えてあげる。貴方にぴったりの名前を」

 

 彼女はしばらく手を顎に当て夜空を見上げて何やら考え込み始め、ぶつぶつと呟き始める。そして、30秒ほど過ぎた辺りで、改めて僕の方へ振り返り、満面の笑み浮かべながら口を開く。

 

「決まったわ!今日は満月。辺りは一面真っ白な雪。そしてこの日、貴方は私に永遠の忠誠を誓うと約束した」

 

「私は天、貴方は地、私が紅で、貴方が白。そして私が主人で貴方がその従者…」

 

「『白雪(しらゆき) 永遠(とわ)』今日からそれが貴方の名前。(スカーレット)の名を冠する私とは対でありながらも、私と運命を共にする道を選んだ貴方の名前。これから貴方は私の手足となって働き、私に忠節を尽くす。良いわね?」

 

『白雪 永遠』…。僕はこれからこの名を背負って生きていくのか…。それも悪くない。それどころか嬉々として喜べるかもしれない…。だが…

 

「僕のような記憶すらもない人間ごときが貴方様にお仕えするのはいささか相応しくないように思われますが…?」

 

「関係ない。私がそうしたかったからそうしただけ。私が良いと言ったのだから、大人しくついてきなさい。良いわね、『永遠』」

 

 あぁ、ついて行こう。この人を信じよう。この人には指導者としての器がある。この人には人の心に寄り添える温かさと人を率いる強い力と意志がある。この世界で僕に一体どれほどのことが出来るかは分からないが、それでも僕は一生彼女について行こう。そうすることで、僕という存在が何の為にあるのかが分かる気がする…。

 

「はい、分かりました。…えっと」

 

「私はレミリア。レミリア・スカーレットよ。私のことは…まあお嬢様とでも呼んでくれれば良いわ」

 

「…はいっ!」

 

 僕は彼女に手を引かれる。彼女の手の温もりが僕の腕を通して感じる。

 この命ある限り、彼女の為に生きて行こう。それが彼女に対する唯一の恩返しであり、今の僕のあるべき姿だと思うから…。




 お読み頂きありがとうございました!まだまだ拙い文章ではありますが、少しずつ少しずつ地道に努力していく所存ですのでどうぞ温かい目で見守っていただけるとありがたく思います(^∇^)
 また、評価や感想、応援コメントを下さると筆者が泣きながら踊り上がって喜びますので、良ければよろしくお願いします!
 最後に、筆者自身の筆が恐ろしいまでに遅いので、投稿が亀更新になると思いますが、何卒よろしくお願いします。それではまた次回でお会いしましょう。


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