魔王、帰郷 (dukemon)
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1話

たぶん短い作品になります。


一、

 

1

 

「よし、日本に帰りましょう。」

 

――ハハ、また親父と会うのは嬉しいぜ。

 

赤い髪の大男は家族と数ヶ月ぶりの連絡を取った後、心の中に居るもう一人の自分にそう言った。

彼は日本人とイギリス人の混血児で、両親と幼い頃死別してから、日本にいる伯父に引き取られた。

六年前、妻が病で亡くなってから、気晴らしのためにギリシアに行った。

そこで、まつろわぬへクトールを倒し、神殺しとなった。

 

神殺し。

それは地上に災いをもたらす『まつろわぬ神』を殺し、その権能を奪った人間の事を指す。

神々とは敵対関係で、現代ではカンピオーネと呼ばれる。

 

神を殺した後、彼らは転生し、ほとんどの魔術を無効化する体、超人的な生命力と呪力を得る。

また、その莫大な力と性格によって、周囲を狂わせることが多い

 

自分がトラブルメーカーになったことを直感で理解しているから、彼は家族を事件に巻き込まないよう、日本に帰らず旅を続けた。

もともと、彼の一族は旅行好きな人間が多いから、その血脈を継承した彼は旅行が嫌いではない。

神殺しになる前に、あまり一人で旅行に行かない原因はただ最愛の妻と娘の側に居たいだけ。

 

しかし、妻と死別し、娘も独立した今、父親としての責任を全うした彼は羽目を外し、神殺しのことを隠して、自在に世界を飛び回っている。

 

現在、彼が神を殺したことを知ったのは、五人しかいない。

その五人も、彼の故郷が日本であることを知らない。

家族に迷惑をかけないよう、自分に関する情報を全力に隠蔽した。

 

今回、日本に帰るのは最近日本で起きた異変の数々が神と神殺しと関係していると察知して、養父、甥と姪を心配するから。

 

知り合いに《流浪の魔王》、《双貌の魔王》などと呼ばれたミハイルは六年ぶりに帰郷した。

 

 

2

 

「伯父さんが帰ってきた?本当か!」

 

草薙護堂が妹の静花からその情報を聞いたのは晩餐の時だった。

 

「今、羽田にいるって。」

 

「六年ぶりだな。フェリシアが亡くなった後、ずっと旅行をしていたから。」

 

祖父・草薙一朗が懐かしそうな顔をしている。

 

「護堂、あなたの母は一人娘でしょう。その伯父さんってどういう人なの。」

 

ミラノから来た美少女・エリカが自分が知らない親戚について、興味津々のようだ。

 

「ああ、ミハイル伯父さんはじいちゃんの甥だったが、両親が事故で亡くなった後、じいちゃんに引き取られたそうだ。いい人だが……時々想像だにしなかったことをする人だ。」

 

「そうだよね。」

 

「確かに。」

 

それを聞いて、エリカは興味深い顔をしている。

草薙家の破天荒さを良く知っているから、その一族の想像以上のことをするミハイルについて、好奇心を抱いている。

 

「あの駆け落ちを聞いた時、さすかに耳を疑ったよ。」

 

「フェリシア伯母さんのこと?あれ本当なの?」

 

「本当だ。彼から養子縁組を解消したのはそれが原因だよ。あの時、僕たちを巻き込まないように、色々な手を打ったと本人から聞いてた。まったく。」

 

「待て、そのこと、俺聞いてないぞ。」

 

祖父から聞いた話によると、フェリシア伯母はもともと貴族のお嬢さんだった。

そして、ドイツに行った伯父とお互いに一目惚れしたから、駆け落ちした。

ここまでなら、恋愛小説のような話だった。

問題はその後、伯父は郊外の廃城を占領し、追っ手と五年間戦った、

その間、捕まえた捕虜は二百人ぐらいで、彼らの身代金で快適な生活を過ごした。

最後、伯父の反撃で壊滅寸前になった叔母の実家を支援しにきた戦士を伝統の一騎打ちで破れた伯父は義父と和解し、家族と共に日本に凱旋した。

まるで中世の盗賊のようだ。

 

義父に結婚を認めてもらいたいから戦った、と伯父はそう言ったそうだ。

ちなみに、叔父と伯父の義父の関係はすごく良かったようで、叔母が元気だった頃、年に数回、家族と共にドイツに遊びに行った。

 

「……それ、ミカエル伯父さんがやっただろ。」

 

「いいや、ほとんどミハイルがやったとフェリシアから聞いてた。ミカエルが戦ったのは最後の一騎打ちだけ。」

 

「待て護堂、ミカエルは誰なの?」

 

「……言い忘れた。伯父さんは二重人格者だよ。幼い頃おじちゃんに引き取られる前に、かなり酷い生活を過ごしたようで、ミカエルというもう一つの人格を生み出した。ミカエルはミハイルより荒々しいが、鷹揚で豪快な人だ。医者に診てもらった事があるが、治らなかった。日常生活に問題がないから、本人はそれほど気にしなかった。伯父もそのことを隠そうともしなかった。ちなみに、うちの一族はそのこと全員知っているよ。」

 

「……少し用があるので、先に失礼します。」

 

エリカが何かを思い出したようで、席を立った。

護堂は彼女の異常に気づいて、食事を取った後、エリカの屋敷を訪れた。

 

 

 

「伯父さんは何か問題があるのか。」

 

「あの一騎打ちの相手は、叔父様よ。」

 

「え。パオロさんか。」

 

「ミハイル・ミカエル。過去の経歴は一切不明。二十年前、一騎打ちの戦いでパオロ・ブランデッリに勝った謎の戦士。彼は魔術と呪術の知識は一切持たないけど、その神域の武技で勝利をもぎ取った。決闘の後、妻と娘を連れて失踪した。最近は傭兵になったという報告があって、噂によると神獣さえも倒せる実力を持っているわ。ふふ、まさか日本に隠居していたとは。」

 

「パオロさんに報告するのか。」

 

「そのつもりはないわ。ただ、その伝説に興味があるだけよ。」

 

「絶対に伯父さんを怒らせないでくれよ。普段はいい人だが、怒ると本当に怖いから。」

 

一抹の不安と共に、護堂はエリカに忠告した。

 

草薙護堂は神殺しである。

まつろわぬ神を殺し、その権能を奪った偉業を成した者。

世界有数の実力者の一人である。

 

だが、自分の親族の中で神を殺した人が居るということ、彼はまだ知らない。

 

 



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2話

二、

 

 

ミハイルは日本に帰った後、まず自分の家に一晩過ごしてから、養父に訪れた。

 

「父さん、お久しぶりです。」

『親父!俺帰ってきたぞ。』

 

「お帰り。さあ、入って。」

 

日本に色々なことが起きたが、養父・一朗の様子が至って元気そうで、ミハイルもミカエルも安心した。

護堂と静花はもう学校に行ったそうだ。

 

 

ちょっとした世間話をしてから、僕たちはお土産の干貝(かんぺい)を渡した。

先日、中国で神獣退治の報酬代わりに手に入った超高級品だ。

それから、養父と外で昼ご飯を食べた後、お互いに用事があるので別れた。

 

用事というのは、日本で現れた七人目の神殺しと会うことだ。

だが、どうやって接触するのかわからない。

その日は、一般人を装って色々な魔術と呪術と関わりがありそうな店に行ったが、情報が得られなかった。

 

原因が分かる。

まず、僕たちはその神殺しの名前を知らない。

次は、相手の情報は日本で統制されている。

この点について、理解を示した。

面倒事を避けたくなるのはどちらも同じだ。

 

自分が知っていることは、その神殺しが先週アレクと東京湾で戦ったということだけ。

その話を聞いた時は身の毛をよだつ気がした。

人の被害がないのは幸いだった。

 

アイスマンに頼れば、詳しい情報が得られるが、仕事以外のことについて、あまり王立工廠と関わりたくない。

魔術結社同士の抗争に巻き込まれたくないから。

依頼を完遂して、報酬を取って、悠々自在に世界を旅するのはこの六年の生活スタンスだ。

 

その点について、王立工廠は最高の客だ。

かなり大きな組織でありながら、いつも人材不足に悩まされる。

アレクとアイスマンは責任感がある実力者だが、仕事が多い。

 

アレクと初めて会ったのは四年前、ミカエルがうっかりして、まつろわぬアーサーの封印を解き、あいつを倒した後だった。

アレクはアーサーが解放されたと感じて現場に来たそうだった。

彼は好戦的な性格ではないし、お互い旅行好きであることもあって、なかなかいい関係を築いた。

 

それで、彼の紹介で王立工廠の任務を受けるようになった。

僕たちは金が稼げるし、アレクも他の仕事と研究に集中できる。

まさに、一石二鳥の提案だった。

 

だが、王立工廠に所属するわけではない。

あくまで、外部協力者として協力するだけ。

フェリシアと結婚した時、欧州(おうしゅう)の魔術結社と一悶着があった。最後無事に和解したが、結社の争いはもうこりごりだ。

アレクもアイスマンも、僕たちを勧誘する気がない。神殺しが同じ組織に二人居ることが争いの種だと言っていた。

 

 

 

そういうことを考えながら、眼前に立った青年を見つめる。

 

「甘粕冬馬と申します。えーと、少し伺いたいことがありまして。」

 

どうやら、まったく収穫なしではないようだ。

 

動きから判断すると、相手は忍術の使い手で、それもかなりの達人だ。

この時点で現れたのは、たぶん自分の行動が店側から彼の組織に報告されただろう。

この人は神殺しの関係者の可能性が高い。

情報を得るチャンスだ。

 

 

相手が渡した名刺を見ると、ミハイルは首を傾いた。

 

「正史編纂委員会?なるほど、日本では政府が情報操作をしているのか。それで、用件は何でしょうか。」

 

「ミハイル様、あなたが来日したことは私たちが把握しましたが、その目的がわからないです。単独で神獣を狩れるほどの凄腕がカンピオーネの名前でさえわからないなど、ありえません。」

 

「いや、本当にわからないですよ。僕は神獣を狩れるが、魔術の世界に一切興味ないし、わかりたくもないです。カンピオーネの名前も三人しか知りません。」

 

――これは本当だけど、僕が相手の立場に立てば絶対に信じないでしょう。

 

――俺もそう思うぞ。代わるか?

 

――いいや。僕に任せて。

 

――分かった。

 

心の中で、ミカエルと相談しながら、ミハイルは甘粕と話し続ける。

明らかに、平行線に辿る話し合いになった。

甘粕はカンピオーネに関する情報を一切喋らない。

ミハイルは家族が日本に居ることを絶対に話しないから、日本に来た理由を説明できなくて、相手にますます疑われる。

結局、場所を変えて、改めて話し合おうと決めたんだ。

 

甘粕に先導されて、秋葉原にある『国士無双』というメイド喫茶店に入った。

店内で一人の少年が従業員と話している。

そして、それを見たミハイルは固まった。

 

――彼はなぜ日本にいるのだ。

 

――くっ、くははははは、とんだ無駄足になったぜ、兄弟。

 

ミカエルが大笑いをするのを聞きながら、ミハイルはその少年に話しかけた。

 

「鷹化。」

 

少年はすぐに振り返った。

傍にいる甘粕は少し驚いた表情でそれを見た。

 

「……し、いやミハイル様じゃないですか!何でここにいらっしゃるんです。――ッ!まさか、師父が何かご用命を。」

 

「いや、あの人とここ数ヶ月会わなかったよ。どころで、君に聞きたい事があるんだ。」

 

「分かりました。……甘粕さんはここで待ってくれ。」

 

鷹化のただならぬ気迫を感じた甘粕は、身の安全のためすぐに了承した。

そして、二人はVIPルームに入った。

 

「仕事の邪魔をして、すまない。鷹化。」

 

「いえ、それほど忙しくないですよ。それで、師叔(ししゅく)の用件は何でしょうか。」

 

「だから、その師叔という呼び方をやめてくれないか。前に言ったでしょう。」

 

「申し訳ありません。二人きりの時、師叔と呼ばないと、鷹化は師父に処罰されるかもしれません。」

 

「――ふう。それより、日本のカンピオーネに会いたい。」

 

「叔父上と?」

 

「叔父?あなたの親戚なのか?」

 

「いいえ、叔父上は師父と義兄弟の契りを結ばれたので。」

 

「…………は?弟?」

『…………師姐(しじぇ)の義弟、マジかよ。』

 

この偉業を成し遂げた見知らぬカンピオーネに、ミハイルもミカエルも畏怖を感じた。

 

「いやいや、師叔も師父の弟弟子ですよ。」

 

「……ミカエルがあの時面白半分に受け入れたから、僕も教主を師姐と呼ぶようになったけど。今でも、その兄弟弟子の関係に疑問がある。僕たちは飛鳳五仙掌の秘伝書をたまたま手に入って、興味本位でそれを会得し、たまたまその掌法でまつろわぬ神を殺しただけ。これは弟弟子ではないでしょう。」

 

「お戯言を。純正の飛鳳五仙掌が使えるのは今となっては師父と師叔だけ。飛鳳五仙掌の継承者という意味で、師叔はたしかに師父の弟弟子ですよ。今や、師父が改良した飛鳳十二神掌(ひほうじゅうにしんしょう)のほうが有名です。」

 

「飛鳳十二神掌の完成度は明らかに飛鳳五仙掌より高いから、当然の結果だ。あの戦闘で、あれを破るのはかなり苦労したよ。」

 

 

 

 

飛鳳五仙掌を教主の手で魔改造したのは、飛鳳十二神掌だ。

素晴らしい掌法だったが、元の飛鳳五仙掌とは別物になった。

 

僕たちが飛鳳五仙掌でまつろわぬ盤古を倒した瞬間は、近くにいる羅濠教主に見られた。

そして、神殺し同士の戦いになった。

 

天山山脈(てんざんさんみゃく)を半分ほど吹き飛ばした激戦の後、どちらも力を使い果て、戦闘不能となった。

それで、羅濠教主の弟子を使って武術で勝負しようと、ミカエルは提案した。

 

勝負方法は簡単だ。

鷹化が教主の技を実演して僕たちに見せる。

僕たちはその技を打ち破る技を鷹化に指導し、教主に見せる。

これで、1ターンだ。

 

1ターン毎の思考時間は一時間。

36ターンの後、もし僕たちがすべての技を破れたら、引き分けになる。

 

結果は引き分けだった。

そして、お互いに意気投合し、兄弟弟子となった。

 

「お願いだから、あのような勝負方法はもうやめて下さい!心臓に悪いです。師父と師叔の技を真似しろと言われた時、死ぬかと思いました。」

 

――悪かったぜ。

 

「ミカエルは謝ったよ。実際、数時間で戦えるように回復したけど、その勝負が案外面白いと思ったから、何日も続いた。僕たちが考案した技を他の人に指導する機会が少ないので、少し調子を乗った。すまない。」

 

「あの時のことを思い出すと、今でも吐きそうになります。」

 

「それで、七人目のカンピオーネに連絡をお願いできるのか?ああ、そういえば、彼の名前は何でしょう?」

 

「草薙護堂です。」

 

「………………………………え?」

『…………………………………………はあ?』

 

「どうかしたのですか?」

 

「いや、知り合いと同名だから、少し驚いただけ。写真があるのか?」

 

 

 

 

 

 

その後、甥の写真を見たミハイルは頭を抱え、陽気なミカエルは長い間本気に悩んだ。

 

 



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3話

三、

 

重大な事実を発覚した後、ミハイルは鷹化に自分のことを護堂に秘密にしてくれと頼んでから、喫茶店を離れた。

彼は黄昏に照らされながら、これからのことを考える。

 

――これ、隠し切れねえぞ。

 

――分かっている。ああ、これからどうすればいいのか。

 

――気分転換に行こうか。

 

――どこへ?

 

――俺に任せろ!

 

言われた通り、ミハイルはミカエルに体を渡した。

ミカエルは携帯を取り出し、依頼人の一人に連絡した。

 

――おい、ミカエル。

 

もともと、彼らの手元には数件の依頼がある。

緊急なものではないから、日本に一週間滞在した後で取り組むと考えていた。

 

――一緒に神獣を殴って、このストレスを発散するぞ!

 

――やっぱり……

 

ミカエルが選んだ依頼はクレタ島の神獣退治だ。

数年前、アレクとミノスと戦った時出現した迷宮の中に神獣ミノタウロスが現れた。

それを発現した魔術結社は王立工廠に連絡し、助けを求めた。

だが、アレクが神祖との戦いに備えていたから、アイスマンはこの依頼人にミカエルを紹介した。

ミノタウロスは迷宮に留まって外に出ないから、急を要する事ではないが、それでもかなり重大な案件だ。

 

依頼人が周辺を避難させたと確認した後、ミカエルはミハイルに言った。

 

――それじゃ、転移任せたぞ!

 

――わかったよ。

 

人目につかない場所に移動した後、ミハイルは神行法(しんこうほう)を使い、クレタ島に転移した。

 

神行法は梁山泊百八星の一人神行太保(しんこうたいほう)戴宗(たいそう)が使った道術で、一日で千里を駆けると水滸伝に記載された。

この術を使うため護符を用意する必要があるが、羅濠教主が愛用した縮地法に比べて、呪力の消耗が少ない利点がある。

 

ミハイルにとっては普通の移動術だが、

「普通の神行法は大陸間転移ができません」と鷹化に言われたことがある。

 

神行法は広く知られた術で、護符も簡単に入手できる。

だが、一般の術者が使ったものは移動時間を少し短縮するだけ、普通に交通工具を乗るほうが早いということ。

絶対に市販の護符で瞬間移動できる道術ではないと、鷹化が念入りに説明した。

 

 

 

クレタ島の迷宮に侵入したミカエルは、すぐに神獣に遭遇した。

だが、ミノタウロスはもう死んでいる。

明らかに自分の斧で自殺した。

 

そして、ミノタウロスの死骸は爆発した。

飛び散った血肉は一瞬でミノタウロスの体内から出た者に吸い込まれた。

 

『……不味いぞ』

 

――ああ。

 

「まさか、ぼくの再誕に立ち会う者は神殺しの獣とは」

 

清らかな声を発した存在は、白き牛頭の巨人。

その身長は三メータルほどある。身に青銅の鎧を纏って、大きな斧を背負っている。

 

『綺麗だな、お前』

 

ミカエルは率直に自分の感想を言った。

 

そう、もし並みの人間がこの白き牡牛を見れば、彼の美貌に涙を流し、跪きだろう。

どれほど優れている彫刻家でも画家でも、彼の体躯を目撃したら、その美しさの万分の一でさえ表現できない自分に絶望し、自死を選ぶだろう。

先の声を聞けば、たとえ天才的な音楽家でも、その天籟を再現するため、生涯を捧げるだろう。

 

「すごいな。ぼくを見て綺麗という言葉だけを言った者は、君が初めてよ。何も言えない人、あるいは美辞麗句(びじれいく)を並べる人はほとんどだ」

 

『まあ、俺は口下手だから、そういうものしか言えねえ。兄弟は先からずっと黙っているぞ』

 

――少し驚いているだけだ!

 

「なるほど、一つの魂は二つに分けたか。奇妙な神殺しだ。戦うの前に、先に名乗っておこう。ぼくはアステリオス」

 

ミカエルは読んだことがある神話を思い出した。

アステリオス。雷光と星辰の子。

ギリシャ神話で、ミノス王の妻がクレタの牡牛と生んだ怪物ミノタウロス、その真名はアステリオス。

最後は英雄テセウスに倒されたという。

 

――王妃が牛の子供を孕んだことを読んだ時、少し引いてたけど、アステリオスの姿を見て納得したぜ。

 

――たぶん、アステリオスは生贄の神と思う。

 

――生贄?

 

――死をもって、勝利、繁栄、豊穣などを祝福する神。最優の物しか生贄になれないから、あのような姿で現れただろう。テセウスはアステリオスを殺し、その祝福を受けたという解釈もできるよ。

 

――へえ。そういうものか。

 

ミハイルの分析を聞き流しながら、ミカエルはアステリオスに話しかけた。

 

『俺はミカエル。兄弟はミハイル。戦うのがいいが、先にやりたい事がある』

 

「ほう、言ってみよ」

 

『一緒に酒を飲みに行こう!』

 

「――――なに?」

 

戸惑うアステリオスを見て、ミカエルは微笑んだ。

 

『これは俺たちのわがままだ。相手のことを知らなくて殺し合うのは、少し気が進まねぇ』

 

アステリオスはその雷光を宿す瞳で、ミカエルを見た。

ミカエルの真意を見抜けようとするだろう。

だけど、何も見抜けないはず。

彼は本気でアステリオスを誘っているから。

 

「いいよ。君の命を数時間延ばすだけで、ぼくは構わない」

 

 

 

 

それから、ミハイルの神行法で、俺たちは近くの町に移動した。

 

「人気がない。寂れたところだ」

 

「あ。先に住民を避難させましたから」

『そういえば、そうだったな』

 

「賢明な行為だ。神と神殺しの戦いに巻き込まれれば、こんな町など一瞬で蒸発されるだろう」

 

『まずは、酒が置いてあった店を探そう』

 

俺たちは町中の小さなバーに入って、棚から数本の酒と二つのグラスを取って、代金をカウンターに置いた。

 

『それじゃ、神と神殺しの出会いに乾杯!』

 

俺とアステリオスはお互いのグラスに注がれたワインを飲み尽きた。

 

「ほう、安い酒でありながら、製作者の情熱を感じるぶどう酒だ」

 

『安いし、美味しいし、最高だぜ!』

 

――僕が選んだ酒だから、当然だ。

 

「さて、君はぼくのことを知りたいと言ったな」

 

『ああ』

 

そして、アステリオスは語り始めた。

 

 

ミハイルの予測通り、彼は豊穣、勝利や繁栄などを祝福する神だった。

生贄に取り付き、その死を持って顕現して、民衆に加護をもたらす者。

神王ミノスの長子として、次代の神王になると約束された存在。

もともとはそうだったが、ギリシャの台頭によってクレタの神話が貶められ、アステリオスも怪物に堕ちた。

 

今回、彼はまつろわぬミノスの死によって呼び起こされた。

王が崩御したから、継承者が次の王にならなければならない。

神の威光を世界に示すため、彼はまずクレタ島を支配し、周辺の地域を征服すると決めた。

そして、神権社会を築き上げ、神王の愛をもって、神の民に永遠の繁栄を約束する。

 

 

アステリオスが熱を上げて朗々と自分の願いを語っているのを見ると、俺はこの神の本質を見抜いた気がした。

 

彼は確かに民衆の守護神だ。

支配も征服も民のために、そこには何の裏もねえ。

王として人民に幸せをもたらすのが自分のやるべきことだと、この神は信じきっている。

 

普通の人はそのまっすくな言行と理想に心を動かされ、素晴らしい未来のために命さえ捨て去るだろ。

 

だが、アステリオスは前に進むことしか考えていねえ。

その幸福な未来に到達した時、どれくらいの人間が生きて、それを目にすることができるのか。

 

俺たちより立派で、善行を成そうとする神だが、どこかで歪んでしまった。

その歪みは決定的な破綻となって、やがて世界に災いをもたらす。

なんだか、やり切れねえ感じがする。

 

――俺、アステリオスのことが嫌いじゃねえ。

 

――アステリオスはこれから歩む道にかなりの苦難が待っていると理解しているけど、それでも前に進むと決めたのだ。あなたはそういう不器用な人間や神が好きだと前から知っているよ。ヘラクレスも似たような神だった。

 

――確かに。そうかも。

 

話が終わって、アステリオスはグラスの中の酒を一息で飲んでから、口を開いた。

 

「ぼくだけ話すのは不公平だ。次はあなたの番だ」

 

『つまらねぇけど。まあ、いいか』

 

 

 

 

 

俺の最初の記憶はイギリスの孤児院だった。

虐められたミハイルは暴力の受け皿として、俺という人格を生み出した。

まあ、俺は受け皿として、失格としか言えねぇ。殴られたら殴り返すというのが信条だから。

後から聞いた話だけど、ミハイルはあの時の俺をヒーローと思っていたんだぜ。

って、色々な問題を起してから、あそこに追い出されて、連絡を受けた親父のところに引き取られた。

あの時は確か、七歳かな。

 

俺の記憶はあの頃、ミハイルと共有していなかったから、かなりバラバラだった。

親父はミハイルを自分の子供みたいによくしていたから、俺の出番は少なかった。

大体、数ヶ月に一度ぐらい。

それでも、親父とおふくろが俺に気づいて、医者に連れて行ったが、解決できなかった。

 

だけど、俺はそもそもミハイルの心を守護する存在として生まれてきた人格だから、ミハイルが自立したら、ミカエルという人格が自然に消滅してしまう。

 

あの時の俺は、それでもいいと思っていた。

兄弟を守るのは生きる意味だから。

 

 

 

そして、運命の日が来た。

二十年前、俺は見知らぬ部屋で六年ぶりに目覚めた。

 

なぜか、手に騎士剣と鞘と持って、眼前にローブ姿の男性が気絶していた。

状況から見ればミハイルがやったことだが、俺は何もわからずに佇んでいた。

突然部屋のドアが開くと、子供を抱えた女性が慌てて入った。

 

――――――――――彼女はミハイルの妻で、その子供はミハイルの娘だ。

 

その二人を見た瞬間、俺はそれを理解した。

心の中にどす黒い感情がこみ上げたのを感じたが、その気持ちの意味が分からなくて戸惑っていた。

 

とにかく、俺はミハイルの妻・フェリシアに自分の状況を聞いた。

幸い、ミハイルが人格のことを彼女に話したから、話し合いはすんなりと進んだ。

 

ミハイルはこれから一騎打ちの決闘をするという。

気絶した男はたぶんミハイルに襲撃し、返り討ちされたという。

その時、何かが起きて、俺の人格が浮上しただろう。

 

ミハイルが目覚めていなかったから、決闘に俺が出るしかなかった。

初めて、剣を使うのはあの決闘だった。

それに、相手のパオロという少年は明らかに剣の達人だった。

 

しかし、なんとかなるだろと思った。

実際、最後は俺の圧勝だった。

 

ミハイルはよほど鍛錬に励んでいた。

俺は剣技が知らないが、この体は知っている。

後は最適の時に、最適の技を打ち込めばいい。

 

決闘に勝利した俺は、部屋に戻った。

フェリシアはそこに俺を待っていた。

 

彼女は俺に礼を言った。

これで、ミハイルと正式に結婚できるって。

 

その時、俺は自分の心の中に蠢く暗い物の名前を知った。

その醜い感情の名は、嫉妬。

最初にフェリシアに会った時から、彼女に恋をした。

守るべき兄弟に羨ましくてたまらなかった。

 

その時、ミハイルの意識は覚醒しはじめたのを感じていた。

 

――――――――――ああ、フェリシアを俺の物にしたい。

 

邪念が湧き上げた。

あの時、ミハイルの力が俺より弱くて、体の主導権を握るのは容易かった。

このまま、彼を眠らせば、俺がすべてを手に入ると考えていた。

 

ミハイルは激しく抗ったが、俺にやすやすと制圧された。

あと一歩で、兄弟を永遠の眠りに追い込む時、何も知らないフェリシアは俺に言った。

 

「あなたはやはりミハイルが言ったとおりのヒーローです。」

 

――――――――――俺は一体何をしている。

 

気が付くと、俺はうずくまって泣いていた。

外のフェリシアはどうしたらいいかわからねえようで、オロオロしていた。

中のミハイルは突然解放されて、慟哭している俺を見て、混乱していた。

 

――――――――――どうして、僕を解放したのか。

 

――――――――――…………うるせえ、さっさと行け。みっともねえ俺を見るな。

 

ミハイルは静かに俺の側に座って、俺の肩を叩いた。

それだけで、彼はすべてを知った。

 

フェリシアは俺のことをヒーローと言ってくれた。

だが、ミハイルを殺したら、俺は彼女のヒーローにいられるのか?

そう考えると、みじめな自分を嫌いになってきた。

ミハイルは何も言わずに、俺を抱き締めた。

 

――――――――――こんなに得難い兄弟を殺したい俺はどうかしている。

 

俺はミハイルを押して、外に帰らせた。

これはたぶん、最後の目覚めだろう、と思っていた。

六年も起きてねえのはミハイルがもう自立したってこと。

このまま眠れば、二度と目覚めねえ。

 

しかし、あの時はかなり満足していた。

もちろん、フェリシアを手に入れねえことに悔しくてならなかったが、彼女に好印象を持たせることに成功した。

それに、兄弟と初めて心を通じ合わせた。

 

俺は目を閉じて、覚めない眠りに――――――――――

 

 

 

 

 

『――――――――――つかなかった』

 

「だろうな。でなければ、ぼくとここで対話できない。なぜこんな共存している状況になった?それにしても、現代の酒はかなりいいな」

 

アステリオスは興味津々な顔をして、ウィスキーを一本飲み尽きた。

 

その飲みぶりにさすがに感服した。

俺は彼を真似して、ワインを一本干してから、話を続けた。

 

『あの時、ミハイルを襲撃した魔術師は狂化の呪いを彼にかけた。ミハイルは冷静が売りの剣士だから、そうすると弱くなると考えていただろ。バカとしか思えねえ』

「ちなみに、パオロさんがこのことを聞いた後、激怒しましたよ。騎士の決闘が邪魔されたから、当然です。あれから、その魔術師が所属していた結社は潰されたそうです」

 

『で、その狂化の呪いは精神に作用する術のようで、その後遺症として俺の意識はミハイルの意識と繋がって、今のような状況になった。そのことを気づいた後、兄弟もひでえことをしたぞ。日本帰りの船の中で酒漬けになってから、俺に体のコントロールを押し付けた。あの時の記憶はねえが、話によると俺はどうやら酒の勢いでフェリシアに告白したようだ。気持ちの伝え方としては最悪だったぜ』

「そうしなければ、あなたは告白しないでしょう。その気持ちを受けるかどうかはフェリシアが決めることなのに、僕を気遣ってどうする、この馬鹿弟」

 

『あれから、彼女は俺を愛人として受け入れてくれた。その後、俺たちは彼女と十数年幸せな生活を過ごしてから、六年前フェリシアがこの世を去った。気晴らしのためにギリシアに旅行し、そこで神を殺した。そして今、お前と酒を飲んでいる、アステリオス』

 

「なかなか面白い話だよ」

 

『そりゃ、どうも』

 

俺は残りの酒を飲み尽きた。

アステリオスもそうした。

 

『決闘の結果で俺が死んでも、おまえを恨まねえ』

「あなたと戦えることを光栄に思います」

 

「同じ言葉を返すよ。神殺し。敗者は勝者に賛辞を、勝者は敗者に敬意を。縁があったら、また飲もう」

 

そして、戦いは始まった。

 



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4話

四、

 

先手を取ったのはアステリオス。

神速の権能で接近し、斧で瞬きの間に何十回の斬撃を繰り出した。

それに対して、ミカエルは召喚した槍ですべての攻撃を弾いた。

 

アステリオスの斧の重さが数百キロに下らないが、彼はまるで小枝を振るうように自在に操り、目にも留まらない速さで攻めてくる。

驚くべきことに、これほど重い武器を使っているのに、空切り音などの雑音はない。

 

もう一方、ミカエルが振るう槍はせいぜい数キロしかないが、その一撃一撃がまるで数百キロもあるバトルハンマーのように重い。

さらに、ミカエルはたった今相手が使った技を盗み、最適なタイミングで反撃した。

まさに、神域の才能。

 

そして、異変が起きた。

 

「これは!」

 

アステリオスは一瞬で相手から離れて、警戒態勢を取った。

 

――早い、もう気づかれたよ。

 

――このまま押し込むぞ!。

 

ミカエルは追撃したが、アステリオスは神速の権能で一定的な距離を取って次の動きに移行した。

 

「星よ。降り注げ。」

 

夜空に輝いた星光が無数の光の槍となって、雨のように戦場に落ちた。

ミカエルは勘でそれを避けながら、アステリオスの動きを観察している。

 

先、二人がいた町がこの技に吹き飛んだが、これは牽制でしかない。

本命は次の一撃だと、ミカエルの直感はそう告げた。

 

『急!』

 

ミハイルのような大陸間転移ができないが、ミカエルも移動術に長じている。

彼は羅濠教主との戦いで学んだ縮地法を発動し、アステリオスの背後を取った。

 

『我らの友ヘクトールが残してくれた槍よ、その真の姿を現れるがいい!』

 

ヘクトールの権能を発動し、長槍は聖句と共に変形して投槍となった。

ミカエルは全身の気を込めて、白き牡牛に向けて投擲する。

 

かつて、英雄ヘクトールはトロイア戦争で投槍を使い、アカイアの戦士31名を殺した。

それを防げる者は、アカイアの大アイアースのみ。

 

「なるほど、君がギリシアで倒した神はヘクトールだったか。だが、無駄だ」

 

アステリオスはアキレウスと同じ対処方法を取った。

防げないなら、避ければいい。

神速の権能を持つ雷光の申し子にとって、それぐらいの芸当は容易いことだ。

彼は先と同じ、ミカエルから離れて、星辰の光を繰り出そうとする。

しかし、その前に背中に寒気がして、大きく右側に跳んだ。

そして、かわしたはずだった投槍は、彼の脇腹を抉った。

槍はそのまま大地に大きなクレイターを残した。

 

痛みを耐えて、アステリオスは全身から雷電を放し、ミカエルの追撃を止めた。

 

『ちっ』

 

好機を逃したミカエルは悔しそうに舌打ちをした。

もし、アステリオスが投槍に気づくのは少し遅かったら、致命的な隙を晒しただろう。

 

「刹那の驕慢が死に直結する。やはり、君たちは油断ならない相手だった。まさか、転移によって空中で槍を掴んで、そのまま槍ごとぼくの後ろに移動した。しかし、その右腕も大きな傷を負っただろう」

 

『心配はいらねえよ』

 

全力で投げた槍を掴んだせいで、ミカエルの右手は見るに耐えない様子になった。

体に辛うじて繋がっているが、常人であればもう使い物にならないだろう。

 

『湖の乙女より賜れし鞘よ。我らの体を治りたまえ』

 

彼は再び聖句を詠み、アーサー王の鞘を召喚した。

持ち主に不死身を与える権能によって、手をみるみるうちに回復する。

 

もう一方、アステリオスの腹はもう全快した。

死と再生を繰り返した生贄の神にとって、このような傷は大したことはないようだ。

 

『どうやら、持久戦になりそうだ』

 

「いいえ、君の得意分野に付き合うほど酔狂ではないよ。次の一分で決めなければ、ぼくは負けるだろう」

 

『何もかもお見通しか』

 

アステリオスが言った通り、ミハイルとミカエルがもっとも得意なのは持久戦だ。

だから、それを見抜いた敵はほとんど短期決戦を望む。

 

アステリオスは膨大な魔力を集め、星辰と雷光の権能を使おうとする。

一分で決着をつける言葉は本気のようだ。

 

次の瞬間、空から無数の稲妻と星光がミカエルに向かって落ちてくる。

大地は天空の災厄を感じ、悲鳴を発した

緑あふれた地面は地震で裂き、焦土と化した。

 

たとえ神殺しでも、この一撃を受けたら重傷を負っただろう。

ミカエルの体は不死身の権能に守られるが、それは色々な制約がある。

まともにこの攻撃を食らったら、ミカエルは鞘の力によって強制的に仮死状態になる。

アステリオスはそれを見て、絶対に止めを刺す。

 

ゆえに、ミカエルは縮地法を発動しようとする。

 

「その術は厄介だから、封じるよ。クレタの大地、我が敵を地上に縛れ」

 

『抜け目はねえな』

 

聖句によって、空間転移が封じられたと感じたミカエルは、不敵な笑いを見せて、舞いように前へ跳び、位置を変えた。

そして、ダン、ダン、ダン、ダンとステップを踏む続ける。

その悠然たる足捌きで踏んだのは六十四の点。

 

かつて、羅濠教主と戦った時、ミカエルとミハイルは教主の禹歩(うほ)を見て、伏犠六十四卦と組み合わせることで、一つの遁行歩法を作り上げた。

伏犠震天歩法。これは羅濠教主が付けた名前だ。

いかなる攻撃でもこの歩法を踏むミカエルを捉えない。

 

アステリオスは刹那、敵の姿を見失うが、すぐに攻撃を変えた。

狙って当たらないなら、広域攻撃でこの戦場を破壊し尽くせばいい。

星の槍と雷電は雨のごとき降り注げる。

その判断は正しい。

だが、一瞬遅かった。

 

『来たれ、太陽と月を飲み込む双狼よ。その牙と爪で星辰の光を奪うがいい。スコル、ハティ!』

 

遁行歩法で時間を稼いだミカエルは、取ってあった切り札を切ると即断した。

最初に、アステリオスと対面した時、この権能が勝利への鍵だと本能的に理解した。

 

二匹の巨狼が現れ、空に向けて吼え始める。

 

「「ウォォォォォォ――――」」

 

その咆哮は星辰の光をかき消した。

 

伝承によると、スコルとハティはフェンリルの子で、狼の姿をした巨人。

ラグナロクの時、二匹の獣は太陽の女神ソールと月の神マニーを喰らい尽くし、世界に闇をもたらした。

 

星光が消えたことによって、星辰と雷光の弾幕は破れた。

ミカエルは巨狼を随伴し、アステリオスを急接近した。

 

「くっ、まさか闇の権能をこの時まで隠したとは!だが、まだだ!」

 

アステリオスは神速の権能を使った。

彼は再び態勢を立て直して、別の手段でミカエルを倒す気だ。

 

『神速の権能はお前だけの専売特許じゃねえぜ!雲の咆哮よ、神王に打ち勝った羅刹よ。汝はインドラの名を奪い、その雷光を掌握する者!』

 

神王インドラを倒し、《インドラを制した者》という名前を得た羅刹・インドラジット。

その権能によって、ミカエルは雷の速さを一時的に手にした。

雷の属性を有する相手だけに使える権能だ。

 

アーサー王、スコルとハティ、そしてインドラジット。

三つの権能を同時に発動する反動で、ミカエルは体が破壊と再生を繰り返し、激痛で意識が失いそうになる。

 

――代わるか。弟。

 

――必要ねえ!こいつは俺の敵だ!

 

――それなら、しっかりしろ!勝利は目の前だよ!

 

兄弟の激励を受けたミカエルは、確実にアステリオスに打ち勝つため、最大の武器を取り出した。

眼前のアステリオスは神速が追いつかれることに、一瞬驚いた。

これまでのすべては、この瞬間を作り出すためだった。

 

そして、ミカエルは雄々しい炎でできた大剣を好敵手の腹に突き刺した。

 

『ユグドラシルを焼き尽くす刃よ。今こそ、九つの鍵で封じた箱から解き放ち、黄昏を呼び起こせ!』

 

聖句と共に、終焉を告げる魔剣レーヴァテインは猛威を振るい始める。

地上に落陽が顕現した。

白き牡牛の体は劫火に飲む込まれ、溶けていく。

 

ミノスは《鋼》の軍神の派生だと、アレクから聞いた事がある。

アステリオスもそうだろうと考え、ミカエルはスルトから奪った炎の権能を決め手と選んだ。

 

炎の権能を全力に注げたミカエルは、火だるまとなったアステリオスの手に掴まれた。

 

「一緒に、冥府に行こう。神王を殺すものは、そのまま地上に留まる事を許さん。クレタの大地よ。冥界への道を開かれよ。」

 

牡牛の手はまるで鎖のように、敵の肩を掴んだ。

 

ミカエルはそれを振りほどこうとしたが、できなかった。

 

『お前もなかなか根性があるじゃねえか。はは。』

 

神と神殺しの足下に――大地がいきなり裂けた。

この裂け目は地の底の冥界に通じている。

ミカエルは瀕死のアステリオスに引き連れられて、地底に落ちていく。

 

 

 

 

アストラル界の一角、アステリオスは眠っているミハイルを見つめている。

雄々しい牡牛の体は段々と薄くなっていく。

 

「ここは?」

 

ミハイルは起きて、目の前にいるアステリオスに聞いた。

 

「アストラル界だ。ミカエルはどうした?」

 

――ミカエル、聞こえるか。

 

――……うん…………

 

「かなり疲れたようで、意識が朦朧しています。珍しいことではないですよ。その体は一体?」

 

アステリオスの体は今でも消えそうだ。

 

「ミカエルの攻撃で体が焼き尽くされた。最後の冥界落としは魔力が足りないから、アストラル界に落ちた。ここにいるぼくはただの残留意識でしかない。少し時間を経てば、消え去るだろう。しかし、彼ほどの戦士に倒されることに悔いはない。見事な戦いだった。」

 

ミハイルは目を閉じて、彼から奪った権能を感じた。

 

「弟への賞賛、感謝いたします。あなたも僕たちにとって強敵でしたよ。まさか、最初の数合で奥義を見抜かれたとは」

 

「アレはいったい何なのだ。魔術ではないだろう」

 

「東洋の気功です。原理は……」

 

戦いが終わった今、隠し事ではなくなるから、簡単に説明した。

 

「なるほど。どころで、一つ聞きたいことがある。君たちは一体何を悩んでいる」

 

「え」

 

「ぼくは勝利を祝福する神、戦神・軍神の神格も持っている。ミカエルの戦い方は悩みを発散するものだと見えた。話したくなければ、言わなくていい。あなたたちのような強者に悩ませることについて少し興味があるから、聞いただけだ」

 

――どうする?

 

――……………………話しても…………いい…………。

 

やっぱりか。ミハイルはそう考えた。

ミカエルはよほど気に入った相手でなければ、自分のことを話さないから。

そして、彼が気に入った相手は信用に値する者だ。

 

「実は家族のことなんですが……」

 

「うん。」

 

「甥が神殺しになった。」

 

「…………はあ?」

 

ぽかんとした白き牡牛の顔に、ミハイルは思わずに笑い出した。

 

「冗談……ではないな。」

 

「本当ですよ。ああ、話してよかったです。気持ちは少し軽くなってきましたよ。彼とはそれなりに親しいでした。フェリシアが病で倒れる前に、時々家族ぐるみで食事をしていましたよ」

 

ミハイルは懐かしそうに顔を綻び、甥との思い出を語った。

アステリオスは聞いてから、自分の考えを言った。

 

「正直、かなり驚いたが、悩む点が見当たらない。神殺しであることをさておき、優れた戦士の誕生は祝うべきものだ。ぼくの時代なら、国全体が三日三晩の祝宴を開け、山ほどの財宝を彼に贈るだろ」

 

「いえ、甥が神殺しになること自体は問題ではないです。これから、どうすればいいのかを悩んでいます。えーと、僕たちは六年前から、故郷を離れて旅をしています。神殺しのいざこざを家族を巻き込まないためです。そのために、僕たちがわざと自分たちが神殺しであることを隠しました」

 

「ああ、これからの身の振り方について考えているのか。隠し続けるか、それとも公表するのか」

 

「ええ。甥は家族思いの人で、故郷の魔術結社にも協力関係を築いたそうだから、故郷にいる家族を心配する必要はありません。なので、これからのことについて悩んでいます」

 

「それなら簡単だ。君たちは旅が好きなのか」

 

「好きです」

 

「なぜ旅が好きなのか」

 

「うーん、色々あるが、旅の途中で新しい人と知り合うことが好きです。ミカエルも友達作りが好きなんです」

 

「なら、神殺しであることを隠すほうがいい。君たちが神殺しであることを公表したら、周囲の人々は畏敬を抱くだろ。そういうものは君たちの望みではあるまい」

 

「なるほど、確かにそうでした。感謝します」

 

「大したことではない。敵の行方について、好奇心が湧いただけだ。……そろそろ時間のようだ」

 

アステリオスの姿はもうほとんど透明になった。

 

「そのようですね。最後にお願いが一つあります。」

 

「言うがいい。」

 

「弟の友になってくれませんか?」

 

――………何を言っている………このバ………カ兄………弟。

 

「待て、ぼくと彼はつい先、殺し合ったばかりだよ」

 

「それはそれ、これはこれ。殺し合った敵でも友情が結べるのは僕たちの持論です」

 

「……本気なんだよね」

 

「弟のことに関して、いつも本気ですよ」

 

少し考えた後、アステリオスは戸惑いながら答えた。

 

「神殺しの友人を作るのは初めてだが、それでもいいなら」

 

「もちろん」

 

「はは、ならまた会う日まで。さらばた。神殺しの友人よ!」

 

言い終わると、アステリオスは消えた。

 



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5話

あけましておめでとうございます


五、

 

それから、ミハイルは縮地法でアストラル界から脱出した。

クレタ島で、依頼人の魔術結社はまつろわぬ神の出現で大騒ぎになった。

町ひとつが吹き飛ばされたので、無理もない。

周辺の環境にも重大な影響が出た。

なぜか、戦場周辺にぶどうの樹がたくさん現れた。

そのぶどうで作った酒がクレタ島の名産となるかもしれないが、今のミハイルにはどうでもよかった。

 

まつろわぬアステリオスは他の神と戦い、どこかに消えた。

依頼人にそう報告した。

 

アイスマンとアレクに本当のいきさつを話し、情報の隠蔽を頼んだ。

そして、ミハイルは日本の家に帰り、ベットの上で泥のように眠った。

 

が、数時間後、携帯の着信音に目覚めさせられた。

静花からの電話だ。

 

電話の内容は食事の誘いだ。

贈った干貝(かんぺい)は高級すぎて、店に料理してもらうことになる。

せっかくだから、東京にいる親戚を誘って、数日後晩餐会を開こうとする。

 

ミハイルとミカエルはすぐに了承した。

晩餐会の後で、護堂と少し話をしたいのだ。

 

「そういえば、最近護堂の様子はどうだった?」

 

静花にそれを聞くと、なぜか護堂の女性関係について色々聞かされた。

 

――さすか親父の孫だ。

 

――やめてくれ、父さんの女性関係について思い出したくない!

 

心の中でミカエルと話し合いながら、護堂の周りの女性について少しの情報を得た。

 

 

 

 

 

 

――やべえな、護堂。

 

――ああ、凄すぎたよ。

 

静花と話し終わった後、今まで得た情報を整理した。

護堂の人脈は恐ろしいことになった。

 

ブランデッリ家とグラニチャール家の令嬢を同時に愛人にしたということについて、ミハイルはすごいとしか思えない。

駆け落ちのとき、あの二つの名門の騎士と戦った事がある。

フェリシアは、ブランデッリ家とグラニチャール家がライバル関係と教えてくれた。

 

もっともやばいのは、羅濠教主と義兄弟の契りを結んだことだ。

 

――これはたぶん神殺しになるより難しい偉業だぜ。

 

――同感だよ。

 

これらの情報により、二人は護堂の周りが安泰だと確信した。

家族の安全も保障された。

 

心の重石を完全に取り除いたミハイルとミカエルは休暇を楽しもうと決めた。

だが、その前に大事なことを思い出した。

 

――会社のほうが少し気になる。アリシアは日本にいねえだろ。

 

――ああ、電話の中で、海外業務を開拓するため、義父のところに行ったと言っていた。確かに気になるな。

 

ミハイル、ミカエルとフェリシアはもともと小さな警備会社を経営していた。

フェリシアが亡くなった後、ミハイルとミカエルはギリシアに行く前に、自分の全財産を娘のアリシアにあげた。

会社のこともアリシアに任せた。

養父・一朗の話によると、アリシアはミハイルたちよりうまく経営しているそうだ。

そして今、二人はその会社の門前に佇んでいる。

 

――これは俺たちの会社なのか。

 

――僕たちの会社だった。今はアリシアの会社だよ。業務拡大のため、引き越しをしたのは知っていたが、まさか商業ビルを一棟丸ごと貸し切るとは。

 

 

「あ!ミハイル社長だ!」

 

職員の一人がミハイルに気づいて、大きな声を出した。

元社長であることに知られたミハイルたちはすぐにVIPルームに連れられた。

今の副社長も自ら二人を招待しにきた。

彼らの話からすれば、アリシアはミハイルたちの来訪を予想し、事前に部下たちに伝えた。

過去の部下たちと色々と話をしていたり、相談を乗ったりすると、妙なことを聞いた。

 

「ねえ、あのことをミハイルさんに相談しましょう?」

 

「ああ、確かに社長は昔からそういう怪談の調査に得意なのですね」

 

「怪談とはなんですか?」

 

話を聞くと、二人はついさっき、運搬警備の仕事をしていたが、なぜか都心で迷った。

 

迷う場所ではないのに、迷った。と、昔の部下が言っていた。

好奇心を感じたミハイルは現場に行くとした。

 

 

 

――アステリオスの権能が確かに奪った。なぜ、彼の気配をここに感じた。

 

現場に着いたミハイルは、弟の最も新しい友人であるアステリオスの気配を感じた。

 

――……おかしい。俺はアステリオスの権能を手に入れてねえ。

 

――なんだと!どういうことだ。

 

――俺も知らねえ!とにかく、行こう。仕事の後始末は護堂に任せるわけにはいかねえ。

 

――同感だ。幸い、正史編纂委員会はまだこの異変に気づいていないようで、すぐに解決すれば問題ない

 

「幻術を長じる羅刹よ。インドラを倒し、その稲妻を奪う者。我が姿を隠したまえ」

 

ミハイルはインドラジットの権能を使い、幻術で自分の姿を隠し、異変の中心点に進む。

しばらくしたら、異変の中心部に魔方陣に縛られるアステリオスを見つけた。

 

「アステリオス、なぜあなたがここにいるのですか」

『おはよう、アステリオス』

 

この魔方陣が地脈から魔力を吸い上げ、アステリオスに供給するものでしょう、とミハイルが判断した。

 

「すまないが、ぼくをここから出してくれないか?」

 

「それはいいが、その意味が分かるでしょう」

 

今のアステリオスは消滅寸前の状態だ。

その魔方陣でかろうじて現世に留まっている。

それを破壊すれば、半時間足らずに消滅してしまう。

 

「構わない。生贄に捧げられるより、君たちに見送られるほうがずっといい」

 

「わかりました」

 

ミハイルはアステリオスを触れ、神行法を発動し、共に家に転移した。

 

「感謝する」

 

「大したことではありません。だが、日本にいる原因を説明してください」

 

「わかった。まず、ぼくをアストラル界からここに召喚したのはアリアという神祖だ」

 

『あいつか』

「まさか、ここでその名前を出すとは思いませんでしたよ」

 

「知り合いか?」

 

「昔、ジョン・プルートー・スミスという神殺しとともに、彼女が引き起こした事件を解決しました」

『スミスは今でもあいつの行方を追っているぞ。後で報告しよう』

 

「話を続くよ、アリアはランスロットという軍神の敵を討つため、ぼくを呼んだ。ぼくを生贄に捧げれば、彼女は女神としての姿を取り戻せる」

 

「ああ、なるほど。あなたは万全の状態なら、生贄に捧げられるぐらい死なないでしょう。彼女が女神になったら、その敵は二柱の神を相手する必要がある。僕の考えては、彼女はクレタ島に何かの呪術を施し、あなたを顕現させたでしょう」

 

「君の言うとおりだ。で、ぼくを呼んだアリアはこの姿を見て激怒した。そして計画を修正した。ぼくとこの都市の霊脈を使って、女神になるそうだ。敵の名前は知らないが、日本の神殺しだ」

 

『名前は草薙護堂、俺たちの甥だ。けど、手伝う気はねえぜ』

「同じ考えです。助けを求められたら話は別ですが。自分から手伝う気はありません」

 

「随分信頼しているようだな」

 

「信頼ではありませんよ。僕たちがかつて雇われ、アリアの計画の邪魔をしたが、その契約が完遂した今、彼女は敵ではない。それに、護堂の戦いに手を出したら、事件がもっと複雑になるでしょう」

『神殺しとなった時点で俺たちと同格だ。心配するだけ無駄だ』

 

「よし、これでぼくが知っているすべてだ。これで心置きなくミカエルに権能を渡し、不死の領域に帰れる」

 

アステリオスの姿は段々と薄きなって行く。

 

――弟、あの権能を使え。

 

『ああ、少し待てくれ。兄弟、本当にいいのか?』

「いい。早くしろ」

 

「何をするつもりだ?」

 

『えーと、俺たちと一緒に旅をする気はあるか?』

 

「……それは従属神になれ、という意味なのか?」

 

『いいや、同盟神だ。いつでも俺たちから離れられる』

 

少し躊躇った後、アステリオスは答えを出した。

 

「君たちには恩がある。敗者として、勝者の望みを叶えよう」

 

アステリオスの同意を得たミカエルは聖句を詠み始める。

 

『契約の名にし負うミトラよ。新たな盟約を祝福し、我らを見守りたまえ』

 

次の瞬間、アステリオスの体はクレタ島で見た雄々しい姿に戻った。

ミカエルは彼との強靭な繋がりを感じている。

そして、ミハイルはアステリオスの権能が自分の内側から消えたと理解している。

 

「まさか、東方の神王から契約の権能を簒奪したとは」

 

『ミトラの権能は権能を引き換えに、契約を交わした神を同盟神にすることができる。まあ、本当に契約を交わした神はあなたが初めてだ。話し合える神はほとんど戦いで死んだ」

 

「戦いはそんなものだ。で、君たちはこれからどうする」

 

「妻の墓に行き、旅の出来事を報告するつもりです」

『アリシアと護堂のことも話そう』

 

「分かった、弔いを邪魔しないように、ぼくは上空で待機しよう」

 

アステリオスは一筋の雷電と化し、雲の中に消えた。

それを見届けたミハイルは、墓参りの準備に取り掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後、妻の墓を見たミハイルとミカエルは激怒し、神祖アリアを塵一つ残さずこの世から消え去ることを誓った。

 

 



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6話

六、

 

1、

 

事件が起きた時、草薙護堂は家の中で祖父の一朗と妹の静花と週末の晩餐会について、話をしている。

叔父のミハイルが晩餐会に出ると聞いた親戚たちはほぼ全員参加すると言った。

そのせいで、『国士無双』の席では足りない。

幸い、鷹化はすぐに会場を確保した。

 

あれやこれやと話していると、護堂は突然寒気を感じ、家を飛び出した。

 

「なっ」

 

都内のあちこちに、火の柱は空へ登っていく。

 

「お兄ちゃん、どうしたの?そんなに慌てて」

 

静花はその火の柱を見えないようだ。

護堂はどうにか言い訳を考えて、その場を離れた。

そして、いつもの仲間と連絡を取った。

 

正史編纂委員会は大騒ぎになった。

すぐに調査に向かっているが、その時火の柱はもう消えた。

近くの住民たちは死傷者がない。

犯人は幻術を使い、住民を逃がしたようだ。

 

エリカ、祐理、リリアナ、甘粕と馨は沙耶宮家別邸で緊急会議を開いた

恵那は山篭り中で不在だ。

 

「今のところ、犯人の考えが分からないですね。まつろわぬ神が人々の生死に気遣うとは思えないわ。でも、祐理は神の気配を感じているよね」

 

エリカは媛巫女に確認した。

 

「はい、今朝は雷と豊穣の神の気配を感じていました。しかし、火柱から感じた気配と違います。その火柱は破壊と再生を司る火の巨人、ラグナロクで世界樹を焼き尽くしたスルトの権能です」

 

「まつろわぬスルトは数年前、アイスランドに顕現した報告があります。しかし、なぜか消えました。賢人議会は新しいカンピオーネの誕生を疑いましたが、確証がありませんでした」

 

リリアナの補足を聞いた全員は黙り込んだ。

その時、護堂の携帯に陸鷹化から電話がかかってきた。

 

『叔父上、竜蛇の封印を解けた神祖とカンピオーネは横浜港で交戦しています。手伝ってくれたアステリオスという神の話によると、草薙護堂の協力が必要だそうです』

 

「すぐに行く」

 

電話が終えたあと、護堂は仲間にこの情報を伝えた。

そして、全速で横浜港に行った。

 

 

 

 

 

 

「来たのか。草薙護堂」

 

横浜港の前に、白き牡牛が静かに神殺しを見つめた。

 

「あんたがアステリオスなのか。状況を説明してもらおう」

 

「わかった。が、その前にあの二人に一つ約束してもらいたいことがある」

 

アステリオスは馨と甘粕を指差した。

 

「我が同盟者、さすらいの神殺しについて、あらゆる情報を外に漏らさないことを誓えてもらう」

 

二人はうなずいた。

 

「俺たちは?」

 

「神殺しを縛ることなどできないよ。まあ、無闇に言いふらしたら、あいつに怒られるだろ。よし、本題に進もう」

 

アステリオスの後ろにある横浜港は今、霧に覆われた。

 

「先の連絡通り、我が同盟者は竜蛇の封印を解けた神祖と戦っている。神祖の名前はアリア」

 

エリカとリリアナは神祖アリアの名前を聞いて反応した。

 

「神祖アリア、聞いたことがあるわ」

 

「数年前、アメリカでジョン・プルートー・スミスと戦った神祖です」

 

「そうだ。ちなみに、あいつがスミスと知り合いとなったきっかけもその事件だった。で、アリアはランスロットの仇を討つため、日本に来た」

 

「俺のことか?」

 

死闘を繰り広げた女王を思い出す。

 

「そうだ。しかし、そのことについて、もともと介入するつもりはなかったよ。アリアは大した敵ではない。神殺しなら一人で対処できると言っていた。問題は彼女があいつを怒らせたことだ」

 

陸鷹化が戸惑う表情で聞いた。

 

「怒らせる?どうやって?怒りと憎しみなどはあの方の戦いから、最も遠い感情だよ」

 

「鷹化、そのカンピオーネと面識があるのか?」

 

「はい、叔父上。あのカンピオーネは僕の師叔に当たるお方です。かつて、彼は師父と激しい戦いを繰り広げた後、意気投合して、師父の弟弟子になりました。実際は、武術においてのライバルという関係が正しいでしょう」

 

「待て、武術においてのライバルということは――――」

 

「ええ、師叔は武芸が師父とほぼ同格で、あらゆる武器を使いこなせる天才です」

 

「羅濠教主と同格――」

 

「これは、大変ですね」

 

「補足すると、師叔は比較的に無害な神殺しですよ。戦いの時はまず民間人を避難させてから戦います。――その分、自然環境や都市などの破壊に無頓着という一面があるが。話を戻ろう、師叔が怒りを抱いて戦うことは正直、信じられないです」

 

「どういうこと?」

 

「彼は筋金入りのバトルマニアですよ。怒りと憎しみなど自分を苦しめる感情は楽しい戦いに必要ないと言っていました。相手を友と認めることも多い」

 

「ぼくとの戦いもそうだった。まあ、今回は流石に戦を楽しむ気分にはなれないだろな」

 

「それで、アリアというやつは一体何をした?」

 

護堂は単刀直入に聞いた。

 

「墓を荒らしたよ、あいつの妻の」

 

全員は絶句した。

ああ、これは確かに怒る。と誰もが思った

 

「アリアはあんたと戦うため、この都市の竜脈で魔方陣を設置し、魔力を吸い上げた。で、その一つはあいつの妻の墓場にあった。かなり酷い状況だったよ。魔方陣を描くため、邪魔をした墓石はすべて細々に潰された」

 

「「「「「「「…………………………」」」」」」」

 

「墓参りに行ったあいつはそれを見て激怒した。数時間かかって、墓地を権能で完全に修復した後、神祖アリアの抹殺に動き出した。アリアをおびき出すため、彼は竜脈と接続して、すべての魔方陣を破壊した。これはさっきの火の柱の正体。今のあいつは狂戦士といってもいい。その暴走を止めるため、あなたの協力が必要だ。草薙護堂」

 

「俺はどうすればいい?」

 

「あいつを殴れ。大体、暴走している原因はアリアが弱すぎることもある。相手は強敵だったら、どれほど怒っても理性を持って戦うだろ。暴走したあいつは正直に言うと弱い。技量は一割しか持っていない。だから、強敵を用意する」

 

「なるほど、正気を戻したらどうなるのか」

 

「おそらく、あいつはアリアを瞬殺し、あなたに迷惑をかけることについて謝るだろ。ちなみに、この都市は我が同盟者の故郷だから、賠償金などいくらでも払う」

 

「あの人も日本出身のカンピオーネかよ!」

 

全員は同時に驚いた。

 

「よかったね、護堂。同郷のカンピオーネが増えましたわ」

 

「―――思い出した。先日、師叔は叔父上のことを尋ねてきた時、草薙護堂という人と知り合いだと言いました。その反応から見ると、叔父上がカンピオーネになる前の知人だと思います」

 

「俺の知り合い?」

 

「名前を言うな。我が同盟者は自分で話すと決めたのだ」

 

「名前を知られたくない、俺の知り合い、妻の墓が都内にある…………一つ聞きたい、あんたの同盟者は兄の方か、弟のほうか?」

 

「……弟のほうだ。やはり分かったか」

 

「ヒントが多すぎるから」

 

「護堂。本当に知り合いなのか?」

 

「名前だけなら、エリカも知っているだろ。怒ると怖いやつ」

 

「あ」

 

先日のことを思い出したエリカは唖然となった。

 

「よし、それじゃ、ぼくが知っている能力と権能を教えよう……」

 

 

 

2、

 

頭に衝撃を受けた。

黒い兜は砕け散り、地面に落ちた。

僕は目覚め、自分を攻撃した相手を見つめる。

 

「…………護堂……なのか?」

『………………久しぶりだな』

 

「やはり、伯父さんか……」

 

護堂はボロボロの様子で血まみれだった

 

「……それ……僕たちがやったのか?」

『…………………………すまねえ』

 

「気にしないでくれ。伯父さんは悪気がないだろ。それに、これぐらい大したことじゃない」

 

「でも……」

 

次の瞬間、空から無数の水弾が襲い掛かり、僕と護堂は同時に跳び退った。

神祖アリアの攻撃だ。

 

いや、今はまつろわぬアリアドネと呼ぶべきかもしれない。

海の女神の姿を一時的に取り戻した彼女は蒼い竜蛇の姿になった。

しかし、その体は大地から生み出された多くの鎖に縛られ、動けない。

 

「それ、護堂の権能か?」

 

「伯父さんは盤古という神の権能でやっただろ!」

 

「……実際、僕にはこの数時間の記憶はない。ミカエルもないでしょう」

 

盤古の権能は大地を操縦する権能だ。

このような事ができると思うが、記憶はまったくない。

怒りすぎて、記憶が吹き飛んだようだ。

 

『話は後だ!あいつをぶち殺せ!兄弟!』

「ああ、分かった。護堂、後は僕たちに任せてくれ。先に退避してくれ」

 

「……終わった後は海に元に戻して。俺は無理だ」

 

それから、護堂は神速で戦場を離れた。

 

「海?……あ!」

 

今、自分がいる場所に気づいた。

東京湾全体は陸地になった。

 

盤古の権能で海底を上昇させ、戦いの場を整えただろ。

それに、相手が海の女神だから、海から切り離されると力が弱まる。

かなり合理的な一手だ。

 

――狂った僕たちもなかなかの戦士だと思う。

 

――…………護堂に攻撃した時点で戦士失格だろ!

 

――……あ、はい。

 

――後は一緒に謝ろう。

 

《おのれ!忌まわしき傭兵よ。我が計画を一度のみならず、二度も邪魔してくれたな。たとえ貴様はカンピオーネでも、このアリアドネに勝てぬぞ》

 

アリアドネの姿を見ると、胸の中から不快な感情を湧き上げた

 

「黙れ」

『さっさと死ね。これ以上甥に迷惑をかけたくねえ』

 

目の前の仇を消滅するために。

僕は奥義の解放を進んだ。

 

「ここに盟約の大法を発動する!最後の王アーサーよ。我に力を!」

 

アーサー王の権能発動条件は三人以上の神殺しは同じ場にいること。

僕、ミカエル、護堂。三人で条件を満たした。

盟約の大法により、呪力は爆発的に増えた。

 

その呪力で、僕たちはさらなる攻撃を繰り出した

選んだのは竜蛇に対して、もっとも有効な太陽の権能だ

 

「太陽は光明として、輝く武器として運行する。神王ミトラよ、天と地の主宰者として、罪人を焼き尽くせ」

『アポロンに祝福されし、我が友ヘクトールよ!この槍をもって我が敵を討ち滅ぼせ』

 

白馬が引くミトラの戦車はアリアドネに向けて堕ちてきた。

その後に太陽がある。

 

手にしたヘクトールの槍は高熱を発し、太陽の輝きを宿った。

ミカエルはそれをアリアドネに投げ出した。

 

《そんな、馬鹿な――――!》

 

彼女は逃げようとしたが、大地の鎖から抜き出せない。

 

「これは警告だ」

『転生しても覚えておけ、俺たちの妻に手を出したらこうなる』

 

二つの攻撃は彼女に直撃した。

盤古の権能で築き上げた大地はこの一撃を耐えられず、粉砕して海に沈んだ。

東京湾の海水は半分蒸発し、灼熱の蒸気に変えた。

それに、海の女神アリアドネの死が、東京を飲み込むほどの大きな波が引き起こした。

 

「トロイアの城壁よ。この都市を守りたまえ」

 

それに対し、僕はヘクトールの権能でトロイアの城壁を召喚し、海上から来た災いを防いだ。

アポロンとポセイドンが築き上げた城壁は、すべての衝撃と熱を吸収して消えた。

 

それを見届けた後、僕は護堂がいる場所に転移した。

 

「伯父さん、これはやり過ぎじゃないのか」

 

「何を言っている?神祖はこれぐらいやらないと死なないでしょう。スミスでさえ仕留めて損なったから、念入りにやっただけよ」

『それに、あいつはフェリシアの墓を荒らした。塵一つも残さねえぜ』

 

「「「「「伯父さん!!!?」」」」」

 

「あ、改めて自己紹介しましよう。僕は草薙護堂の伯父ミハイルで、神殺しの一員です」

『同じく、草薙護堂の伯父ミカエルだ、まあ、気楽で話していいぜ。護堂の妻たちは俺らにとって家族だ』

 

「叔父様はいつもあなた方の武勇を称えました。今日はお会いできて光栄です」

 

エリカは冷静で挨拶してきた。

 

『パオロと戦ったのは俺だ。彼はなかなか強いぞ』

 

周りを見ると、疲れたアステリオスが床に座っている。

呪力の消耗が激しいようだ。

 

『何かあったのか?アステリオス』

 

「――迷宮結界を張ったのだ。そうしなければ、この都市の竜脈は君たちに食い荒らされるだろ」

 

「すみません」

『迷惑をかけた』

 

「ぼくはクレタ島に帰る。用があったら呼ぶがいい」

 

アステリオスは神速の権能を使い、空に消えた。

僕は護堂に振り返った

 

「護堂、詳しい話は晩餐会の後で話そう」

『楽しみにしているぜ!』

 

「分かった」

 

「後は、この事件の後始末です。甘粕さん、少し話がしたいのですが」

『場所は鷹化の店でいいな』

 

「甘粕の上司、沙耶宮馨です。それに関して、私も話をお伺いしてもいいでしょうか?」

 

甘粕の側にいる沙耶宮馨という女性はそれを聞いて、同行を願い出た。

 

「それはちょうどいい。一緒に来てください」

『よし、それじゃ行こう!』

 

僕は神行法を発動し、甘粕、沙耶宮、鷹化と共に国士無双に転移した。

 

 

3

 

ミハイルが消えた後、草薙護堂はその場で崩れ落ちた。

顔色を変えた女性陣に対し、護堂は言った。

 

「大丈夫だ。少し休めば良くなる。それに、弱くなるって何なのだ。暴走した伯父さんは、ヴォバンのヤツより少し弱いだけじゃないか……」

 

 

先の戦いを思い出すと、全身が痛くなる気がする。

暴走したミハイルは技量こそ一割になったが、優れている戦闘センスが失っていない。

 

「ええ、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)と『猪』の融合体は一分足らずに消されたのを見た時、目を疑ったわ」

 

「スルトの炎の権能で装甲の一部を溶けて、ヴァルナの権能で『猪』を強制的に帰還させました。原理はペルセウスの時と同じです」

 

「司法神ヴァルナは神王ミスラの同盟者だから、ウルスラグナの権能に対し、強い効果があると思います」

 

「『剣』でヴァルナの権能を封じてから始めて、伯父さんの隙が見えた。そういえば、あの気功は強すぎるだろ。殴った時に触れただけで、俺の呪力は三割ほど奪われた」

 

「三割!?あの一瞬で?」

 

「陸鷹化がそれを話しただけで、冷や汗がするのも無理はありません。『明玉神功(みんぎょくしんこう)』は噂通りの恐ろしい内功でした。アステリオス様がなければ、東京の竜脈は本当に吸い尽くされたでしょう」

 

「俺の感覚では、あれはまるで竜巻のようなものだ。膨大な呪力を回転させ、周辺の呪力と生命力を吸い込み、自分のものにする。姉さんなら普通に対処できそうが、俺には無理だ。権能で無理矢理に破るしかない」

 

「貴方が怒ると怖いと言っていたが、アレは怖いという次元を遥かに越えたわ、護堂。あの人は親戚で良かったですね。そういえば、晩餐会は何なのでしょうか?」

 

エリカは思い出したようで、さっき聞いたキーワードを話した。

 

「ああ、数日後、親戚たちと一緒に食事をする予定だった。正直ミハイル伯父さんの歓迎会になったぞ。一族の人々もあの人のことを随分心配している。伯母さんが亡くなってから、ずっと世界各地に放浪しているから。――まあ、あの様子じゃ、伯父さんは随分旅を楽しんでいるようだ」

 

「神を殺しながら、旅を続いている……たぶん世界各地のまつろわぬ神が消えた理由はミハイル様に関係があるでしょう」

 

「それについて、晩餐会の後で話そうと言ってくれたから、本人に聞くほうが早い」

 

しばらくしたら、動けるようになった護堂は仲間とともに、壊れた港を離れた。

 

 

 




明玉神功(みんぎょくしんこう)
膨大な気を竜巻のように運行し、周辺の魔力、呪力、熱、生命力を吸収し、自分のものにする気功。
習得難易度は凄まじく高い。数百年に一人の天才だけが使いこなせるといわれている。
他人の気を吸収するため、邪派の武技だと誤解されやすいが、れっきとした正派の内功である。

本来、この内功をもってしても、まつろわぬ神に対抗できない。
ミハイルとミカエルが使ったのは自分で魔改造したもので、まつろわぬ神の呪力も大量に吸収できる。
アステリオスとの戦いで、アステリオスが持久戦、接近戦を放棄した原因はこの内功である。

羅濠教主は原版の明玉神功(みんぎょくしんこう)が使えるため、対処法をよく知っているから、ミハイルとミカエルを相手に持久戦を持ち込められる。




元ネタは古龍の武侠小説《絶代双驕》からです。


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7話

七、

 

1、

 

晩餐会の後、ミハイルと護堂は国士無双のVIPルームで会った。

 

「本当にすみませんでした」

『ごめんなさい』

 

平謝りに謝る伯父を、護堂は複雑そうな表情で見た。

 

「いや、だからいいって。俺はもう気にしないから」

 

「しかし」

『俺たちは……』

 

「俺も一発殴ったから、そのことはもういいのだ。それより、伯父さんはなぜ神殺しになった?」

 

「六年前に、ギリシアに行った時、まつろわぬヘクトールを殺した」

『あの時の俺たちはかなり荒れていた。持っているお金は全部、酒を買うのに使った』

 

「……無理もない。フェリシア伯母さんが死んだ時、もっとも衝撃を受けたのは伯父さんだった」

 

「ヘクトールはいい友人だ。酒場で暴れている僕らを抑えてくれて、さらに僕とミカエルの話を聞いてくれた」

『俺たちがすべての事を吐き出した後、あいつはそう言った』

 

――貴方達はただ、旅の終わりを見ただけだ。

――だが、旅はまだ終わっていない。

 

「フェリシアと一緒に過ごした時間は、僕たちにとって何物にも代え難い宝物だった」

『長い旅の終わりで手に入れるべきものを、俺たちは先に手に入れてしまった。それだけだ』

 

護堂は静かに聞いている。

 

「これからの人生がその埋め合わせだと、僕たちは決めた」

『その宝物に釣り合わせるほどの波瀾万丈(はらんばんじょう)で楽しい人生を過ごしたいんだ』

 

「ヘクトールは僕たちの考えを聞いて、笑った」

『そして、一緒に旅をしようと誘ってくれた。短い間が、良い思い出だったぜ』

 

「つまり、ヘクトールは伯父さんたちの恩人で友人だった?」

 

「ええ。そして、友人の依頼を完遂するため、まつろわぬヘクトールを殺した」

『彼がまつろわぬ神として覚醒する前に、自分を止めてくれと、俺たちに頼んだ』

 

まつろわぬヘクトールはギリシャを滅ぼすと宣言し、ミハイルとミカエルを部下にしたがった。

二人の兄弟は軍神の誘いを断った。

 

「ヘクトールはたしかにギリシャに憎しみを抱えているが、今そこに生きている人々を愛している。彼はかけがえのない日常を守る英雄だ。憎悪で罪のない人間を虐殺するような者ではない」

『あいつに俺たちの友人を返せと叫んだ。それは叶わないと分かった時、友人の願いを叶えると決めたのだ』

 

そして、死闘を始まった。

まつろわぬヘクトールの武器は名剣デュランダル。

それに対し、ミハイルとミカエルが持っているのは、ヘクトールが託した何の変哲もない槍だ。

 

武器、戦技、呪力、あらゆる要素において、ヘクトールは二人に勝っている。

 

「最後は完全に共倒れを狙った。ヘクトールはたぶんわざとたっだ一つの勝利の方法を残してくれたでしょう」

『自爆覚悟で、明玉神功(みんぎょくしんこう)を発動し、あいつの1パーセントぐらいの呪力を奪ったら、ヘクトールが槍に宿した権能は突然に発動した』

 

神の呪力は、人の体では耐えられないものだ。

 

それを吸収したミハイルとミカエルは、心臓と全身の血管が即刻に爆砕した。

それでも、約束を守るため、彼らは槍を投げ出した。

 

そして、神殺し(友殺し)になった。

 

「これは神殺しになるまでの経緯だった」

『その後は、インドラジット、スルト、ミトラ・ヴァルナ、スコルとハティ、盤古、アーサーを殺し、十六の権能を奪った。アステリオスについては俺と同盟したからまつろわぬ神でなくなった』

 

「そういえば、鷹化が言っていた。伯父さんは二人のカンピオーネとしてカウントされている。だから、神を殺すと、二つの権能を簒奪できるという」

 

「ええ、そうだ。でも、いいことだけではないよ、これは。体は一人分の神殺しの力しか持っていないし」

『それと、盟約の大法を持っている神とは相性が最悪だぜ。たとえば、アーサー王とミトラ・ヴァルナがそうだった』

 

「ああ、盟約の大法は確かにやりづらい」

 

それを聞いたミハイルとミカエルが驚いた。

 

「使える神と戦ったのか?」

『そういう神は盟約の大法を使わなくても強いぞ』

 

「孫悟空と戦った時は、姉さんとジョン・スミスと共闘した」

 

「孫悟空か、考えてみれば、使えても不思議ではない有名な神だね。あの二人は確かに戦力としては頼りになるよ。戦力だけなら」

『師姉もスミスも俺たちのことを知っているぜ。護堂の事について、一度連絡しようかな…………いや、やめとこう。ロクなことにならねえだろ』

 

「スミスはともかく、姉さんに話さないほうがいいと思う……それで、伯父さんはこれからどうするのか?」

 

「旅を続くよ。でも、新年会に出席する予定だよ」

『ここ数年は、神殺しの面倒事を日本に持ち込まねえように動いたけど、護堂が神殺しになったから、日本の平和はもう終わったと同然。だから、俺たちも好き勝手に動くぜ』

 

「いや、日本の平和が終わったって……」

 

「アテナ、ヴォバン、羅濠教主、孫悟空」

『ランスロット、アレク……これからも増えるだろ』

 

「………………」

 

ミハイルとミカエルは甘粕と馨から護堂の戦歴を聞いた。

 

『まあ、戦力が必要なら、いつでも連絡していいぜ。これは俺たちの連絡手段だ。それじゃ!』

 

ミカエルは名刺を机に置いてから、一陣の風とともに消え去った

草薙護堂は伯父が座った場所をしばらく見つめて、ふと思い出したのだ。

かつて、叔母・フェリシアが病院で語った事。

 

――あたしが死んだ後、彼は日本に離れるでしょう。その時は止めないでほしい。あの人は風です。自分以外の誰にも縛れる事ができない暴風ですから。そのような人は十数年もあたしの側にいることを選びました。これ以上の幸せはないです。

 

「やはり、伯母さんが言った通り、伯父さんは風のような人だ」

 

 

 




次話で完結です。


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8話

八、

 

1、

 

【グリニッジの賢人議会により作成された、ミハイル・ミカエル・クサナギについての調査書より抜粋】

 

ミハイル・ミカエル・クサナギ、『双貌の魔王』として呼ばれる彼は、魔王内戦の後で新たに確認されたカンピオーネである。

七番目のカンピオーネ、草薙護堂は彼の甥に当たる。

 

その名前は欧州の魔術関係者にとって、伝説である。

彼が欧州にその名を轟かせたのは、二十歳の時、ある大貴族の令嬢と駆け落ちした事件であろう。

五年間、全欧州の魔術結社が派遣された精鋭たちを悉く打ち破り、妻との結婚を大貴族に認めさせたという。

その間、彼は魔術を一切使えなかった事を明記しておく。

 

事件の後、数多の魔術結社は彼をスカントしようとするが、拒否された。

意外に、追い手の精鋭たちは彼の人柄にかなりの好感を持っているという。

 

ミハイル・ミカエル・クサナギは妻と娘と一緒に欧州を離れた後、十四年間日本に定住していたという。

三十九歳の時、妻と死別し、放浪の旅に出た。

同年、まつろわぬヘクトールを殺し、神殺しに成り上がる。

それから、彼はカンピオーネの身分を隠し、傭兵として名を馳せた。

 

数多くの難事件をこともなげに解決した彼は、最高の傭兵に称えられた。

もし、魔王内戦と最後の王の事件がなければ、神殺しであることを後何十年隠せるかもしれないのは共通の見解である。

 

彼は過去に類を見ないカンピオーネだ。

ミハイルとミカエルの二重人格により、神を殺した際、二つの権能を手に入れられる。

彼が現在行使できる権能の数は、十六。

おそらく有史以来、もっとも多くの権能を所有しているカンピオーネであろう。

 

以下はその権能の詳細――

 

2、

 

『これはひどい』

「――いや、たぶん護堂がこの報告書に関わったでしょう。大事なものは一切触れていない。アリシアや義父の事など一切書いていないよ」

 

魔王内戦から数年、自力で並行世界から帰還したミカエルは知り合いに仕事を斡旋してもらおうとするが、彼を見た相手は土下座をして許しを乞った。

カンピオーネの事はバレたと二人は悟った。

 

目の前の相手は仲介料をわざと高く設定している事をとっくに承知していた。

その分、面白い仕事が回してくれたから不満はない。

 

そして、賢人議会の報告書を読んだ。

もし、妻、娘、義父と養父など家族に関する詳しい事項を書いてあったら、即刻にそこを潰すと思った。

幸い、そんなことはなかったようだ。

 

『考えてみれば、あれほどのことをやったから、バレるのは当然だぜ』

「ああ、魔王内戦の最初に少しやりすぎたと思う」

 

最初は、九人の神殺しで発動した『盟約の大法』で護堂、アレク、スミス以外の神殺しを殺そうとしたが、全員無傷でその攻撃から逃げおおせた。

羽田空港が深さ数十キロメートルの大穴に化したという残念極まりない結果だけを残っている。

後は、護堂にこの事について叱られた。

 

最終局面で、羅濠教主とサルバトーレ・ドニを連れて、通廊に堕ちた。

あの二人なら、並行世界から簡単に帰られるだろう。

 

「この世界ではもう傭兵仕事は無理だと思う」

『並行世界の旅を続こう。ああ、まず護堂に連絡しなければならねえ』

 

簡単に旅を続くという情報を書き、『投函』の魔術で護堂に送った。

護堂への連絡はこれぐらいで十分。

 

次は日本へ転移し、家族を訪れる。

さすがに、数年間行方不明となったミハイルは一族にかなり心配された。

 

アリシアだけが護堂からカンピオーネの事を知ったから、それほど心配はしていない。

彼女は魔術結社を結成し、護堂の手伝いをしている。

もちろん、警備会社の仕事もきっちりこなしている。

他のカンピオーネにもそれなりのつながりを持っているようだ。

 

『なんというか、俺たちよりしっかりしている…………』

「ええ、僕たちは面倒で途中で会社と魔術結社を投げ出すでしょう」

 

「それは当然でしょう。パパたちは自由な人だから」

 

フェリシアの墓の前に、アリシアと話を交わした。

 

「最後に、一つ聞きたい事がある」

『確認したいのだ』

 

今まで打ち明かす事はできないことを話した。

彼女は今、魔術の世界を知っているから。

昔、フェリシアと交わした約束を果たす。

 

「フェリシアが死んだのは僕たちのせいだ」

『俺たちを恨むのか』

 

「ないわ。籠の中で長く生きる事より、ママは外の世界を見たがった」

 

フェリシアは体が弱い。

生まれながらの莫大な呪力は彼女の身体を蝕んだ。

義父はその命を延ばすため、全力を尽くした。

もし、駆け落ちしないで義父のところにいたら、あと何十年生きているだろ。

 

「もう、義父から聞いたのか」

 

フェリシアの病因について、アリシアが魔術の世界と接触した後で話すと決めていたが、どうやら義父が先にこの秘密を話したようだ。

 

「ええ、じいさんはパパたちに感謝しているよ。ママの笑顔を見られてよかった、と」

 

「僕たちは本当に家族に恵まれている」

『心配させてごめん、と伝えてくれ』

 

そして、微笑むミハイルとミカエルは花束を残して、この世界から旅立った。

『流浪の魔王』は帰郷を果たして、再び終わらない旅へ向かった。

 

 

 

《魔王、帰郷》 終

 




これで完結です。詠んでくださった皆様、ありがとうございました。


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