魔王と救世の絆 (インク切れ)
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設定資料集
主要登場人物早見表


※ネタバレを含む場合がございます。最新話まで読んでいない方はご注意ください。
※新キャラが登場次第随時更新します。
※ハルとライバル、ジムリーダー、魔神卿については後日詳細なキャラ紹介の公開を予定しております。


――主人公とライバルたち――

 

・ハル 初登場:プロローグ

今作の主人公。他の地方からマデルへと引っ越してきた。

 

・サヤナ 初登場:1話

ポケモントレーナーの少女でミツイ博士の娘。ハルと同じ日に旅に出る。

 

・スグリ 初登場:4話

ポケモントレーナーの少年。新人だがポケモンバトルの腕はピカイチ。

 

・ミオ 初登場:12話

ポケモントレーナーの少年。マイペースでのんびりしているが意外と頭脳派。

 

・エリーゼ 初登場:19話

ポケモントレーナーの少女。クールに立ち振る舞うが実はビビリな恥ずかしがり屋。

 

・ラルド 初登場:83話

ポケモントレーナーの少年。ハルに憧れてマデルの旅に出る。

 

 

 

――マデルの旅で出会う人々――

 

・ミツイ 初登場:プロローグ

マデル地方のポケモン博士でサヤナの父親。ハルをマデル地方に連れてきた。

 

・イチイ 初登場:5話

シュンインシティのジムリーダー。花屋の看板娘でもある。

 

・ヒサギ 初登場:11話

カザハナシティのジムリーダー。人見知りが激しい。

 

・アカメ 初登場:14話

カザハナシティのジムトレーナー。ヒサギの一番弟子。

 

・サツキ 初登場:21話

ヒザカリタウンのジムリーダー。活発で極めてテンションが高い。

 

・アリス 初登場:20話

サオヒメシティのジムリーダー。マデル地方でも名のあるメガシンカ使い。

 

・リデル 初登場:36話

マデル地方のポケモン博士でアリスの父親。メガシンカについて研究している。

 

・ルニル 初登場:28話

ディントス教の司教で双子の妹。先に口を開く。

 

・グニル 初登場:28話

ディントス教の司教で双子の兄。後に口を開く。

 

・ディントス 初登場:37話

ディントス教の教皇。キーストーンを欲している。

 

・ワダン 初登場:62話

カタカゲシティのジムリーダー。ぶっきらぼうだが人を見る目は一流。

 

・ヘンゼル 初登場:62話

ハーメルン・サーカスの団員でグレーテルの兄。コガネ弁で話すピエロ。

 

・グレーテル 初登場:71話

ハーメルン・サーカスの団員でヘンゼルの妹。無愛想で口が悪い。

 

・メルヘル 初登場:71話

ハーメルン・サーカスの団長。自分勝手でわがまま。

 

・クリュウ 初登場:83話

ノワキタウンのジムリーダー。ノワキの住民を取り仕切るリーダー的存在。

 

・ゼンタ 初登場:84話

ノワキタウンの住民。クリュウとは昔からの仲。

 

・アン 初登場:84話

ノワキタウンの住民。内気だがしっかり者。

 

・イロー 初登場:84話

ノワキタウンの住民。ポケモンセンターの管理人を務めるギャル。

 

・マキノ 初登場:103話

イザヨイシティのジムリーダー。半身が機械化している。

 

・ダフナ 初登場:114話

マデル地方のチャンピオン。威厳のある姿だが接しやすい好々爺。

 

 

 

――謎の組織『ゴエティア』――

 

・パイモン 初登場:9話

ゴエティアの魔神卿。ハルを気に入っている。

 

・ダンタリオン 初登場:18話

ゴエティアの魔神卿。様々な人間の口調が混ざったような奇妙な話し方をする。

 

・ヴィネー 初登場:40話

ゴエティアの魔神卿。冷酷だが時折お茶目な一面を見せる。

 

・ロノウェ 初登場:51話

ゴエティアの魔神卿。狂気じみたテンションの高さ。

 

・アスタロト 初登場:53話

ゴエティアの魔神卿。猫をかぶっているが腹黒い。

 

・アモン 初登場:58話

ゴエティアの魔神卿。参謀を務める筋骨隆々の大男。

 

・ベリアル 初登場:61話

ゴエティアの魔神卿。直接戦闘専門の武闘派。

 

 

・パラレル 初登場:58話

パイモンに雇われた用心棒。強さを追い求めている。



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オリジナル技リスト

この項目では当小説で登場するオリジナル技の簡単な説明文を掲示します。
※注意事項
・威力表記は目安です。もしもゲームでこの技を使えたらこれくらい……程度のものです。作中では本来威力の高い技が低い技に撃ち負けたりすることも多々ありますし、使うポケモンの実力によっても変動しますので、あくまでも参考までに。
・命中率やPP、追加効果の確率はややこしくなるので表記しません。


《疾風突き》

威力:40

タイプ:飛行

物理

目にも留まらぬスピードで近づき、ツノや嘴などで突く。優先度+1の先制攻撃。

 

《ポイズンボール》

威力:30

タイプ:毒

特殊

毒素を固めた紫の弾を投げつける。非常に高い確率で相手に毒を浴びせる。

 

《必殺針》

威力:120

タイプ:虫

物理

ありったけの力を込めた針で渾身の一撃を叩き込む。

 

《シャドースピア》

威力:90

タイプ:ゴースト

物理

黒い影を纏った大きな棘や針で突き刺す。急所に当たりやすい。

 

《ブレイクスピン》

威力:75

タイプ:格闘

物理

高速回転の遠心力で破壊力を上げながら体当たりする。相手のリフレクターや防御力上昇を無視する。

 

《サイコパンチ》

威力:75

タイプ:エスパー

物理

実体化させた念力を拳に纏わせ、念動力によって強化されたパンチを繰り出す。

 

《サイコショット》

威力:80

タイプ:エスパー

特殊

サイコパワーを一点に集めて念力の弾を作り上げ、放出する。

 

《イビルスラッシュ》

威力:90

タイプ:悪

物理

闇の力を込めた刃や剣で斬撃を浴びせる。急所に当たりやすい。

 

《パワーボルテージ》

威力:100

タイプ:電気

特殊

溢れ出す激しい電撃を衝撃波と共に周囲へ放つ。一定確率で相手の特防を下げ、さらに麻痺状態にする。

 

《ヘビーブレード》

威力:90

タイプ:鋼

物理

重い剣を全力で振り下ろし叩き割る。相手の光の壁やリフレクター、オーロラベールを破壊する。

 

《リキッドブレード》

威力:90

タイプ:水

物理

水でできた剣や水を纏った刃で切り裂く。急所に当たりやすい。

 

《キャノンパンチ》

威力:90

タイプ:格闘

物理

砲弾が如く勢いよくパンチを繰り出す。

 

《ダイヤブラスト》

威力:90

タイプ:岩

特殊

周囲にダイヤのように煌めく爆発を起こし、爆炎と爆風で吹き飛ばす。一定確率で相手の特防を下げる。

 

《ポイズンクロー》

威力:70

タイプ:毒

物理

毒を帯びた爪で切り裂く。急所に当たりやすく、一定確率で相手を毒状態にする。

 

《ドラゴンビート》

威力:110

タイプ:ドラゴン

特殊

竜の咆哮や羽ばたきと共に強烈な音波を放つ。竜の力で相手を刺激することにより一定確率で相手の攻撃力を上げてしまう。

 

《ニードルルート》

威力:25

タイプ:草

物理

尖った根っこを相手の足元から連続で突き出す。複数回連続でダメージを与える。

 

《ファントムゲート》

威力:−

タイプ:ゴースト

変化

異次元に繋がる穴を開き、相手が最後に見せた技と同じ技を異次元空間から放つ。

 

《フェザーラッシュ》

威力:25

タイプ:飛行

物理

無数の鋭く尖った羽を飛ばし、突き刺す。複数回連続してダメージを与える。

 

《シルフウィンド》

威力:80

タイプ:フェアリー

特殊

白く煌めく風を乗せた突風を吹かせる。一定確率で相手の回避率を下げる。

 

《ワンダーボム》

威力:80

タイプ:フェアリー

物理

鮮やかなピンク色の霧を固めた爆弾を投げつける。一定確率で相手の回避率を下げる。

 

《サイコマシンガン》

威力:25

タイプ:エスパー

物理

無数のサイコパワーの小型弾を作り上げ、マシンガンのように一斉射出する。複数回連続でダメージを与える。



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Prologue
第0話 マデル地方へ


“かつて、このマデル王国は強大な力を持つ王と、それに付き従う72人の部下たちによって支配されていた。”

“世界を手中に収めんとする王は、部下を率いて国を治め、他国への侵略にも手を出した。”

“人々は王を恐れ敬った。不可思議な力を持つ王を人々は『魔王』と呼び、72人の部下たちを『悪魔』と呼んだ。王は国の支配者であると同時に、恐怖の象徴でもあった。”

“ある時、一人の英雄が立ち上がった。英雄は民を率いて王と戦った。”

“太陽が百度没し、百と一回没した時、王もついに戦場に没した。王政は崩壊し、マデル王国は革命によって滅び去ったのである。”

 

 

「どうだい、ハル君? それはこれから私たちが行くマデル地方の、五、六百年程昔の歴史の話さ」

大きな車を運転しながら、黒髪を少し長めに伸ばしてサングラスを掛け、南国風の派手な服の上から白衣を着た男が隣の少年に話しかける。

「これが、マデル地方の歴史ですか」

助手席に座る、ハルと呼ばれたその少年が、手にした本から一度目を話し、オレンジ色の髪を揺らして隣の男性を見上げる。その澄んだ瞳は、決して小さくはない不安と、その不安を覆い隠すような期待に溢れていた。

「そう。マデル地方はね、その王が支配したマデル王国の中で一番栄えていたと言われている場所、謂わばマデル王国の中心地だったところなんだ。続きを読んでごらんよ」

男性に勧められ、少年ハルは再び本に目を向け、パラパラとページをめくる。

 

 

“かつて、このマデル地方では『王』の名を冠する者により、大規模な紛争が起こされた。”

“紛争は長きに渡って続いた。『王』とその七人の部下たちは強大な力を振るい、圧倒的な力でマデル地方を侵略していった。”

“『王』の進撃を食い止められる力の持ち主はどこにも存在しなかった。人々の抵抗も虚しく、街は次々と『王』の手中に収められていった。”

“いよいよ『王』がマデル地方を我が物にしようとした、その時。突如、七人の『救世主』が現れた。”

“七人の『救世主』は『キズナ』と呼ばれる力でそれぞれのポケモンと結ばれ、その力で『王』の軍勢を圧倒した。『王』とその部下は瞬く間に追いやられ、姿を消した。”

“しかし、案ずることなかれ。その『王』、狡猾にして決して諦めることを知らず。遠い未来、『王』を冠するものはまたかならず現れる。忘れるなかれ、『王』の名を――”

 

 

「その話はね、今から百年程前、マデル地方で実際に起こったと言われている話さ」

ハルが本を読み終わったのを見て、男性が声を掛ける。

「とは言っても、百年前の話だからね。今となっては半分おとぎ話みたいな扱いだよ」

「そうなんですか……」

ハハハ、と笑う男性の横顔を見ながら、ハルはそう返す。

「でもミツイ博士、わざわざ送り迎えしていただき、ありがとうございます。親の仕事の関係で引っ越すことになってしまって」

「いやいや、気にすることはないさ」

ミツイ博士と呼ばれたその男性は、再びにこやかに笑う。

「しかし君も大変だね。初めてのポケモンを貰う14歳の誕生日、まさにその日になって、マデル地方まで引っ越すことになるなんて」

ハルの両親は、どちらも世界を飛び回る仕事をしているため、ハルは昔から祖父母や親戚の家を転々としながら生活してきた。

その関係で、父親の旧友であるミツイ博士が住んでいるマデル地方まで引っ越すことになったのだ。

「いいえ、慣れっこですから。でも、旅を始めるその日になって引っ越すことになるとは思ってませんでした」

この世界では、一定の年齢に達した人はポケモンを持ち、トレーナーとなることができる。地方によって年齢差はあるが、どの地方でも10代前半。マデル地方では、14歳だ。

ポケモンを貰ってどうするかは個人の自由だが、ポケモンと共に一人旅を始める者が多数。そして勿論、この少年、ハルもその一人だ。

「ハハハ、そんなこともあるさ。人生なんて何が起こるか分からないからこそ楽しいってものだよ。さぁ、僕の研究所まで、もうすぐだぞ」

 

 

ポケットモンスター、縮めてポケモン。この世界に住んでいる、不思議な生き物だ。

この世界には多くのポケモンが溢れている。陸に、海に、そして空にポケモンは生息し、そしてポケモンは人間と共存して生きている。誰もがポケモンを理解し、ポケモンと共に生きている。人間とポケモンは互いに助け合い、共闘し、親交を深め合いながら生きている。

そして、ポケモンが人間と共に生きるのなら、人間もまた、ポケモンと共に生きている。そして、その関係性を体現する人間を表すような言葉、それが、ポケモントレーナー。

この世界は様々なポケモンに溢れている。ポケモンの数だけ出会いがあり、ポケモンの数だけ物語がある。

 

 

「さぁ、着いたぞ!」

ミツイ博士の声と共に、車が止まる。

車を降りれば、そこはいくつかの民家が立ち並ぶ小さな町。

そして目の前には、白い綺麗な研究施設がある。

「この建物は僕の研究所。そしてここは、マデル地方の旅の始まりの地、ハツヒタウンだ」

 

 

 

これは、そんな物語の中の一つ。

ハルという少年の、小さな物語である。



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ハツヒタウン編――旅立ち
第1話 最初のポケモン


ハツヒタウンは、マデル地方の南に位置する小さな町だ。

片田舎といったような感じで、建物といえば数軒の民家と、どこの町でもお馴染みのポケモンセンターがあるくらいだ。

ただ唯一目立つものがあるとすれば、この町の中で最も大きな建物、ハツヒタウンの北に立つミツイ博士の研究所だ。

「これが博士の研究所か……」

ハルが白く立派な研究施設を見上げて呟くと、ミツイは満足げに笑みを浮かべる。

「そうとも。僕はここで、日々ポケモンの研究に勤しんでいるんだ」

さて、とミツイは続け、

「こんなところで立ち話もなんだ。さっそく中に入ろう。ついておいで」

ミツイがガラスの扉を開き、ハルを招く。

「……失礼します」

少し緊張した様子で、ハルもミツイに続いて研究所に足を踏み入れる。

中はそこまで広いわけでもないが、様々な研究室への扉があり、ガラス張りの壁の奥では研究所らしくハルが見たこともないような機会がいくつも作動している。

そして、

「あ、パパ! おかえりー! 待ってたよー!」

部屋の中央には一つの人影が。入ってきた二人に気づき、こちらを振り向く。

少女だ。見たところ歳はハルと同じくらいか。赤い髪をツインテールにしており、黒い服の上から赤いジャケットを着ている。

やや細身だが、活発な印象も相まって華奢さは感じられない。

「ただいま、サヤナ。待たせたね」

少女に向けてミツイは軽く手を振ると、

「ハル君にも紹介しておこう。彼女は、私の一人娘の――」

「よろしくね! 私はサヤナ。君のことはパパから聞いてるよ! ハル君っていうんだよね、ハルって呼ぶね! ハルと同じで、昨日パパから初めてのポケモンを貰ったんだ! 今日から私も旅に出るんだよ!」

一方的にまくし立てられて口を挟む隙すらないハル。

どうやら、このサヤナという少女もハルと同じく、今日からポケモントレーナーになるようだ。

「あ……うん、よろしくね……」

なんだかすっかりサヤナの勢いに押し負けてこれくらいの返事しか返せなかったハルだが、サヤナは特に気にしていないようだ。

「……まぁ、全部言われてしまったけど、そういうことさ。サヤナは私の一人娘で、今日からハル君と同じく旅に出るんだ。サヤナには昨日ポケモンをあげたんだけど、他にも旅に必要なものがあるから、一日待ってもらったんだ」

「にひひー、一日だけだけど、私の方が先輩だね!」

ミツイに紹介し直され、サヤナはにんまりと無邪気な笑みを浮かべる。

「そして、改めて自己紹介しておこう。僕はマデル地方の研究者、ミツイ。ポケモンの生態を研究しているんだ」

「ポケモンの、生態?」

ミツイの言ったことを復唱するハル。一聞すると多くの研究者が取り組んでいそうな分野だが、

「僕の場合はその中でも特に、地域によって生態の異なるポケモンの研究をしているんだ。住む場所によって進化したりしなかったり、その姿を変えたり。最近だと、アローラ地方のリージョンフォームが有名かな」

ミツイの言う通り、ポケモンの中には同じ種族でも住む地域によって違う姿をしたものがいる。研究のテーマとしてはうってつけだろう。

「さて、自己紹介も終わったし、早速ハル君にポケモンを渡したいんだけど……」

そこまで言って一つ目の箱を取り出したところで、ミツイは急に申し訳なさそうな表情になる。

「本当に申し訳ないんだけど……僕の不手際でね、用意するポケモンの数を間違えてしまったんだ。だから急遽別のポケモンを用意したんだけど、その関係で一匹しかポケモンを用意できていないんだ。もう何日か待ってくれれば用意できるんだけど、どうする? 待ってくれるのであれば、勿論泊まるところは手配するよ」

本来、初めてのポケモンを貰ってポケモントレーナーとなる時は、炎・水・草のタイプで新人でも扱いやすい三匹のポケモンの中から一匹を選ぶ。

しかしミツイが開けた箱には一つしかモンスターボールが入っていなかった。

「いいえ、僕はこのポケモンと一緒に旅をします。早く旅をしたいから、というのもありますけど、僕はどんなポケモンとでも仲良くなりたい。だから、この子を選びます。僕のために間に合わせてくれて、ありがとうございます」

笑顔でそう返し、ハルはそのモンスターボールを手に取った。

「よかったよ。それじゃあ早速、君の初めてのポケモンご対面だ。真ん中にあるスイッチを押して、ボールを開いてみてくれ」

ミツイに促され、ハルは手にしたモンスターボールを見つめる。

(この中にいるのが、僕の初めてのポケモン……)

それはハルにとって、初めての地を旅する、初めてのパートナーであることを意味する。

期待を膨らませ、ハルはゆっくりと、ボールの中央のスイッチを押す。

ボールが開き、眩い光とともに、中からポケモンが飛び出した。

 

ワオンッ!

 

そんな威勢のいい鳴き声と共に現れたのは、青い体の小さな獣人のようなポケモン。

小柄ではあるがしなやかで強靭な体つきをしており、掌からは僅かに青いオーラのようなものを出しているのが見える。

「わぁ……! この子が僕の初めてのポケモン……!」

「これはリオルというポケモンだ。ポケモンのタイプは知っているよね、リオルは格闘タイプのポケモンで、本来は初心者用ポケモンではないんだ。だけど認めてもらえれば、きっと君のいいパートナーになってくれるよ」

ミツイの説明を聞くと、ハルはしゃがみこんでリオルと目線を合わせる。

リオルは青いオーラを纏った右手をハルの顔の前に掲げ、何かを探っている様子だったが、やがて笑顔を浮かべ、その右手をハルへと差し出した。

ハルは少し戸惑うが、すぐにその意図を理解し、リオルと握手を交わす。

「うわぁ、ハルすごい! もうリオルと打ち解けてる!」

「……すごいね。こんなに早くリオルと仲良くなれるなんて、君たちはいいコンビになれそうだ。僕もリオルを用意した甲斐があったよ」

ミツイはとても驚いたような様子を見せるが、気を取り直して空になった一つ目の箱を戻すと、二つ目の箱から赤く平べったい機械を取り出す。

「次はこれ。ハル君とサヤナに、僕からプレゼントだ」

「……? 何ですかこれ?」

「なにこれ。ゲーム機?」

二人に渡されたのは、長方形の端末のような機械だ。上半分がモニター画面で、下にはボタンがいくつか付けられている。

「これは最新型のポケモン図鑑さ。出会ったポケモンの情報がその中に記録されていくんだ。裏側にセンサーがあるから、試しにリオルについて見てごらん」

ミツイに促され、ハルとサヤナはきょとんとした表情のリオルへ図鑑のセンサーを向ける。

 

『information

 リオル 波紋ポケモン

 体から波導を発している。

 生物の怒りや悲しみといった感情を

 波の形として見分けることができる。』

 

その間にミツイは二つ目の箱も戻し、三つ目の箱を取り出す。

「これも渡さなきゃね。ポケモンを捕まえるための道具、モンスターボール。元気なポケモンはなかなかボールに入ってくれないから、ポケモンバトルで体力を減らしてから投げると捕まえやすいよ」

ハルとサヤナにモンスターボールを五個ずつ渡し、

「そして、これで最後だ」

三つ目の箱をしまうと、四つ目となる、最後の箱を取り出した。

中から出てきたのは、白い端末。先程のポケモン図鑑と違い、モニターが大部分を占め、ボタンのようなものは付いていない。

「これはアルス・フォン。サヤナは知っているね、ホウエンのデボンコーポレーションやカントーのシルフカンパニーに肩を並べるマデル地方の大企業、アルスエンタープライズが作った端末機器だ。言うなれば旅するポケモントレーナー用に特化したスマートフォンだね」

例えば、とミツイは続け、

「メッセージの送信や電話は勿論、インターネットに接続して色々な情報を得たり、各地で行われているバトル大会の時には参加証代わりにもなったりする優れものだよ。使う人の好みに合わせて新しい機能をインストールすることもできるんだ」

以上で説明はおしまい。

さて、とミツイは全ての箱を片付け、

「これで僕から二人に渡すものは全部だ。最後に少し話しておきたいことがあるけど、その前に」

パンッ、とミツイは手を叩き、ハルとサヤナを交互に見据え、

「ポケモンは戦うことで強く育っていく。ポケモントレーナーというのは、ポケモンにとって自分の力を引き出してくれるパートナーだ。逆に言えば、ポケモンの力を最大限に引き出すにはトレーナーの力量も大事。つまり、トレーナーとポケモンにはポケモンバトルが不可欠なんだ」

そこで、とミツイは続け、

「今から、二人でポケモンバトルをしてみないかい? なに、初めてのバトルなんだから上手くいかなくたっていい。バトルの練習だと思って、やってみるといい」

「はいはい! やる! やる! ポケモンバトル、やってみたい!」

口を開く前に横からのサヤナの勢いに押されているハルだが、

「僕もやってみたいです。ポケモントレーナーになったんだから、自分のポケモンと一緒に戦ってみたい」

ハルもその提案には賛成だ。

「よし、じゃあ決まりだね。さすがに研究所の中では危ないから、一旦外に出ようか」

「にひひー、ハル、私負けないよ? 一日だけだけど私の方が先輩なんだからね!」

「僕だってさ。初めてのポケモンバトル、リオルと一緒に勝つよ」

新しくポケモントレーナーとして旅立つ、ハルとサヤナ。

そんな二人の、初めてのポケモンバトルが始まる。



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第2話 初めてのバトル

ミツイの提案で始まった、初めてのポケモン。使用ポケモンは当然一匹。一対一のバトルだ。

「よし……! リオル、頑張るよ」

ハルの声に応えてリオルは頷き、進み出る。

「それじゃいくよ、私のポケモン! 頑張って、アチャモ!」

サヤナが繰り出したのはオレンジ色のひよこのようなポケモン。頭には三本の黄色い羽毛が跳ねており、非常に愛くるしい姿をしている。

 

『information

 アチャモ ひよこポケモン

 全身がふかふかの羽毛に覆われ

 体内に炎を燃やす器官を持つので

 抱きしめると暖かく心地よい。』

 

「リオルは格闘タイプ、アチャモは炎タイプ。ポケモンのタイプ相性に有利不利はないね」

ミツイがそう言ったとおり、ポケモンには、タイプと呼ばれる、ポケモンやポケモンの技に備わっている所謂属性のようなものがある。

例えば、炎タイプを持つアチャモは、水タイプの技に弱く、草タイプの技はあまり効かない。このタイプ相性を有利に活かすことが、ポケモンバトルで勝利するための第一歩となる。

「それじゃ、私から行くよ! アチャモ、火の粉!」

最初に動いたのはサヤナ。指示を受けてアチャモが嘴を開き、無数の火の粉を吹く。

「リオル、躱して!」

対するリオルは素早く横に移動し、まずはアチャモの攻撃を避ける。

「今度はこっちの番だよ! リオル、発勁!」

リオルの右手を、青く揺らめく波導が包む。

波導を纏った右手を構え、アチャモへと向かっていくが、

「アチャモ、つつく攻撃!」

リオルが突き出す右拳に、アチャモは嘴で応戦する。

硬い嘴を叩きつけて、突っ込んできたリオルを逆に押し返した。

「今だよ! 火の粉!」

体勢を崩したリオルへ、アチャモが放つ無数の火の粉が襲い掛かる。

回避が間に合わずに、リオルは火の粉を浴びてしまう。

「やるじゃないか、サヤナ。つつくは飛行タイプの技だから、格闘タイプの技である発勁に強く出られるんだね」

ミツイの解説を聞いて、サヤナは得意げな笑みを浮かべる。

「にひひー、そういうこと!」

「なるほどね……リオル、大丈夫?」

火の粉を受けてよろめいたリオルだが、すぐに体勢を立て直すと、ハルの言葉に応えて頷く。

「よし! リオル、電光石火!」

「アチャモ、もう一度火の粉!」

再びアチャモが火の粉を吹き出そうとするが、今度はリオルの動きがそれよりも早かった。

猛スピードでアチャモとの距離を詰め、そのまま体当たりして突き飛ばす。

「おおっ、ハル君も負けてないね。電光石火は先制技と呼ばれる技の一つだね、相手よりも先に攻撃できる便利な技なんだ」

今度はハルが優位に立つ番。よしっ、と小さく拳を握り締め、

「リオル、続けて発勁だ!」

リオルは再び右手に波導を纏わせ、突き飛ばされて転んだアチャモを追って追撃を仕掛ける。

「わわっ、アチャモ、立って! つつく!」

何とかアチャモは起き上がり、嘴を突き出して迎え撃つ。

だが慌てて技を使ったことによりアチャモの技の勢いが先程より弱い。

発勁の勢いこそ防がれたが、押し返されはしない。

「火の粉!」

しかしその後の動きはサヤナの方が早かった。

素早く息を吸ったアチャモが吐息とともに無数の火の粉を吐き出し、リオルを押し戻す。

「っ……! リオル、電光石火!」

「そうはいかないんだよ! アチャモ、つつく!」

降りかかる火の粉を耐え切り、リオルが飛び出す。

再び目にも留まらぬ速度で、一気にアチャモとの距離を詰める。

しかし火の粉で体勢を崩されたタイムラグにより、アチャモの迎撃が間に合ってしまう。

突撃を仕掛けたリオルだが、逆にアチャモの嘴を叩きつけられ、吹き飛ばされてしまった。

「なっ……リオル!」

嘴に突き飛ばされたリオルは、そのまま目を回して地面に倒れてしまった。

 

 

 

「やったー! 初めてのバトル、大勝利!」

サヤナがアチャモと共に辺りを駆け回る一方、

「……負けちゃった。ポケモンバトルって、難しいね」

呟いたハルはその場に屈んで、倒れてしまったリオルを抱き寄せる。

「ごめんねリオル。もっと上手く君の力を引き出せるようにならないと……」

ハルがリオルの頭を撫でると、目を覚ましたリオルは、気にするな、とでも言うかのように首を振る。

「ほら、サヤナ、落ち着きなさい。ハル君も元気を出して。二人とも、初めてにしてはなかなかいいバトルだったぞ」

ミツイが手を叩き、二人を注目させる。

「勝ち負けも勿論大事だが、バトルで一番大事なことは勝敗じゃない。そのバトルから何を学ぶか、そしてそれを次にどう生かすかだ。そういう意味では、勝利にも敗北にも同じように価値がある。だからハル君、負けたからって気を落としすぎないように。サヤナも、勝って調子に乗りすぎないように。勝って兜の緒を締めよ、だ」

優しい笑みを浮かべながら、ミツイは二人に向けて言った。

「さて、それじゃあ一旦研究所に戻ろう。二人のポケモンを元気にしてあげないとね」

 

 

 

リオルとアチャモを回復させ、ミツイは二匹をそれぞれの持ち主へと返す。

「さあ、これで二人も晴れてポケモントレーナーだ。これからは自分のやりたいことをやるといいよ。マデル地方を巡ってポケモンと一緒に思い出作りをするもよし、ポケモンとの絆を深め合うもよし、自分が思う道を進んでいくといい……と言われても、ピンとこないかもしれないね」

そこで、とミツイは続け、

「私からアドバイスだ。二人とも、ポケモンジムは知っているね? ジムを回るといい」

ポケモンジムとは、トレーナーが目指すポケモントレーナーの最高峰、ポケモンリーグに至るまでの通過点にして、関門とも呼べる場所。ポケモンジムは各地の街にあり、そのジムを取り仕切るジムリーダーと呼ばれる存在がいる。そのジムリーダーに勝利することでジムバッジが貰え、これを八個集めることがポケモンリーグへの出場条件となるのだ。

「一口にポケモントレーナーと言ってもいろいろな人がいる。だからまずは、スタンダードにバトルの腕を磨いていくといい。そのうちいずれ、自分のやりたいことが見えてくるさ」

「はい、分かりました」

「分かったよ! パパ、ありがと!」

ハルはまだマデル地方のことすら何も知らないし、サヤナもポケモントレーナーについてはよく理解していない。だから、旅の中でそれを学ぶところから始める必要がある。そのために、やはりポケモンと共に戦い、腕を磨いていくことが大事なのだろう。

「とりあえず、今日はもう夕方だ。ハル君には研究所の部屋を貸してあげるから、二人とも今日はゆっくり休むといいよ」

 

 

 

そして次の日。

「さあ、いよいよ旅立ちだね」

研究所の前。青空の下、新しく旅立つハルとサヤナを、ミツイが見送る。

「とりあえず、ここから一番近い街は隣町のシュンインシティだ。歩いていくと少し掛かるけど、そこでポケモンを捕まえたり、ポケモンを鍛えながら進んでいくといい」

それじゃあ、とミツイは改めて二人を交互に見て、

 

「二人とも、頑張れよ」

 

そう告げ、二人を送り出す。

「よし! それじゃあハル、早速シュンインシティに行くよ!」

「えっ!? うわっ、サヤナ、ちょっと待ってよ!」

サヤナがハルの手を引いて走り出し、慌ててハルも後に続く。

 

 

 

ハルとサヤナ、新人トレーナーの二人が、新たに旅立つのだった。



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第3話 ポケモンゲット!

シュンインシティを目指し、ハルとサヤナは二人で道路を進んでいく。

「ねえ、ハル!」

ハルの隣を歩くサヤナがこちらを振り向き、口を開いた。

「ん、なに?」

「折角ポケモントレーナーになったんだからさ、自分の力で新しいポケモンを捕まえてみたくない?」

二人のバッグの中には、博士から貰った五個のモンスターボールがある。ポケモントレーナーはこのボールを使って、気に入ったポケモンを仲間にしていくのだ。

「そうだね。ポケモンジムに挑戦するなら、手持ちポケモンが一匹だけじゃ太刀打ちできないだろうし……」

「でしょ? そこでだよ」

サヤナはまるで何かとてもいいことを思い付いたかのように胸を張り、得意げに続け、

「ここは街と街を繋ぐ道路だけど、さっきから周りを見てると何種類かポケモンがいるんだよ。今後の練習のためにも、まずはここで一匹ポケモンを捕まえてみようよ!」

サヤナの言う通り辺りを見渡してみれば、確かにポケモンがいる。

木々からは鳥ポケモンのさえずりが聞こえるし、草むらは時折ガサガサと揺れ、小川にも水ポケモンの影が映る。

「たしかに、それいいね。気に入った野生のポケモンを探してみよっか」

「さんせーい! それじゃハルと違うポケモンを捕まえて見せ合いたいし、私はあっちの方を見てくるね! 捕まえたらまたここに集合だよ!」

そう言うが早いか、サヤナは猛スピードで駆け出して行った。

「ちょ、ちょっと、サヤナ……まぁいいか。僕もこの辺で探してみようかな」

ずっとサヤナのペースに振り回されている気がするが、気持ちを切り替え、ハルもポケモンを探し始める。

 

 

 

「さて、まずはどこから探そうか……」

とりあえず定石通り、ハルは草むらに入り込む。

しかし、ハルが一歩足を踏み入れたその瞬間。

ガサッ! と音がし、草むらの中から矢のように何かが飛び出してきた。

「うわっ!? な、なに!?」

びっくりして尻餅をついてしまうが、ポケモンが出てきたことは間違いない。座り込んだまま、ハルはポケモン図鑑を取り出す。

襲撃者が旋回して目の前に戻ってきた。赤い顔をした、小柄な鳥ポケモンだ。

 

『information

 ヤヤコマ コマドリポケモン。

 さえずり声が美しく人懐こいので

 人気のあるポケモンだが縄張り荒らし

 には容赦のない攻撃を仕掛ける。』

 

「ノーマル・飛行タイプのポケモンか……格闘タイプのリオルはちょっと不利だけど、頼んだよ!」

立ち上がり、ハルはリオルを繰り出す。このヤヤコマをゲットすることに決めた。

そして威嚇してもこの場から離れないハルとリオルを外敵だと認識したのか、ヤヤコマも今度こそ本気で突っ込んでくる。

「っ、リオル! こっちも電光石火だ!」

ヤヤコマの技が電光石火であることに気づき、ハルも同じ技を指示。リオルも素早く飛び出して、ヤヤコマを迎え撃つ。

「リオル、発勁!」

正面からぶつかり合い、お互いに競り合う中、リオルが右手に青い波導を纏わせ、右拳を突き出してヤヤコマを突き飛ばす。

「よし、いいよ! 続けて真空波!」

さらにリオルはその場で拳を振り抜き、真空の波を飛ばして追撃。

しかしヤヤコマも動きが早い。すぐに体勢を整え、羽ばたいて上昇し、真空波を躱す。

そのまま旋回し、ヤヤコマは嘴を突き出し、再び全速力で突っ込んできた。

「また来たか! リオル、電光石火!」

再びリオルも猛スピードの突撃を仕掛ける。二者は再び正面から激突する。

ここまでは先ほどと同じ。

しかし今度はリオルが押し戻された。電光石火に比べて、ダメージが大きい。

「えっ!? もしかして……技が違う?」

慌ててハルはポケモン図鑑を取り出し、ヤヤコマの技を調べる。

「ええっと……“疾風突き”……? 飛行タイプの先制技か!」

電光石火と挙動がよく似ていたが、どうやら違う技のようだ。

「なるほど、気をつけないと。リオル、頑張るぞ! 発勁!」

立ち上がったリオルは、右手に青い波導を纏わせて飛び出す。

対するヤヤコマは嘴を開いて無数の火の粉を吹き出すが、サヤナのアチャモの火の粉より威力は弱めだ。

右手を突き出して火の粉の中を突っ切り、リオルは波導を纏った右手をヤヤコマに叩きつけた。

強い衝撃を受けて、ヤヤコマが空中でふらつく。

「今だよリオル! 真空波!」

それを見逃さず、着地したリオルは右手を振り抜き、真空の波を飛ばす。

真空波がヤヤコマを捉え、地面へと叩き落とした。

「よし、これで……! いけっ!」

地面に落ちたヤヤコマを狙い、ハルはモンスターボールを投げる。

ヤヤコマに当たると、ボールはひとりでに開き、ヤヤコマがその中へと吸い込まれる。

「どうかな……来い……っ!」

ボールが地面に落ち、赤い光を点滅させながら左右に揺れる。

しばらく音を立てて揺れ続けるが、やがて一度だけカチッと音がし、揺れと点滅が止まった。

すなわち、

「……やった! ヤヤコマ、ゲット!」

初めてのポケモンゲット、無事成功。

「ヤヤコマ、これからよろしくね」

ポケモントレーナーになったということを改めて自覚し、ハルは待ち合わせの場所へと戻る。

 

 

 

ハルがスタート地点に戻り、しばらく経った後。

「ハルー! お待たせー!」

少し離れた木陰から、猛スピードでサヤナが戻ってきた。リオルの電光石火といい勝負かもしれない。

「ごめんねー! 最初に狙ってたポケモンに逃げられちゃって、大変だったんだよー! でも、ちゃんとかわいいポケモンを捕まえたよ!」

悔しがるかと思えばすぐににんまりと笑みを浮かべるサヤナ。感情が忙しい。

「よかったね。サヤナ、どんなポケモン捕まえたの?」

「えっとね、この子! 出ておいで、コフキムシ!」

サヤナが出したのは、首にフサフサの体毛を持つ黒い芋虫のようなポケモンだった。

 

『information

 コフキムシ 粉吹きポケモン

 体の周りの粉が体温を調節するため

 高い適応能力を持つ。外敵に対して

 は毒の粉を撒き散らして反撃する。』

 

コフキムシという、見た目通りに虫タイプのポケモンのようだ。

「ねね、ハルのはどんなポケモン? かわいい?」

「僕のはね、こんなポケモンだよ。かわいいけど結構血の気が多いのかも」

ハルもボールを取り出し、先ほど捕まえたばかりのヤヤコマを出す。

「わぁ、かわいいじゃん! だけど、私が最初に狙ってた鳥ポケモンとは違うね」

そう言いながらサヤナはポケモン図鑑を取り出す。

画面には、ツツケラという鳥ポケモンが表示されていた。

「ま、このコフキムシもかわいいから、全然問題ないね」

にひひー、とサヤナは笑い、コフキムシの頭を撫で、ボールへと戻す。

「さ、ハル! ポケモンも捕まえたし、シュンインシティまでレッツゴー!」

「わ、だから、待ってってば!」

再びサヤナが勢いよく駆け出し、慌ててハルもヤヤコマを戻すと、急いでその後を追う。




初めてあとがきを書いてみます。こういうあとがきって、読者の方々的にはあった方が面白いのですかね?定期的にあとがきを続けるかどうかは分かりませんが、ご意見いただけると助かります。あった方がいいという意見が多ければ、毎回書いていきたいと思います。今回はハルとサヤナの二人とも、新しいポケモンをゲットしましたね。今回の話でお分かりかと思いますが、マデル地方にはさまざまな地方のポケモンが幅広く生息しています。ちなみに二匹とも六世代のポケモンなのは特に深い意味はありません。次回は、いよいよシュンインシティに到着です。ジムにいきなり挑戦するかどうかは、次回をお楽しみに。


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シュンインシティ編――経験
第4話 花の街シュンインシティ


最初に訪れた街、シュンインシティ。

道路はアスファルトで舗装されており、家は木造が多い。

また、街のそこかしこに花壇が用意され、街全体が花に包まれているような印象を受ける。

ひとたび息を吸えば、甘く優しい花の香りが心を癒してくれる。

そして、街の中心に位置するのが大きな花屋。この街の花は、マデル地方の名産品の一つとも言われている。が、

「え? あの花屋さんがポケモンジムなの?」

「うん。タウンマップによると、そうみたいだよ」

ポケモンセンターのロビーで、二人はアルス・フォンのマップアプリを開きながら街のパンフレットの地図と場所を照らし合わせている。どちらの地図も花屋をジムと指しているので、どうやら間違いなさそうだ。

「ま、いっか。私、早速ジム戦に挑戦してくるね!」

「え、もう行くの? 僕はまだちょっと自信ないんだけど……」

「私も勝てるかどうか分かんないけど、ものは試しってね! もしかしたら、もしかするかもしれないじゃん?」

サヤナはこう言うが、ハルとしては自分はまだ間違いなく経験不足だ。シュンインシティまでの道中で何戦かしたものの、対戦相手もまだ新人ばかり。ノーマルタイプを使うトレーナーが多かったため格闘タイプのリオルを主軸に勝ってこれたが、新人を相手にギリギリの勝負をしているようでは恐らくジムリーダーには勝てないだろう。

「うーん、やっぱり僕はまだちょっと自信ないし、もう少し特訓してから行くよ」

「分かった! その代わり、先にジムバッジを貰って自慢しちゃうからねー?」

にひひー、とサヤナは笑い、

「それじゃ、行ってくるね!」

「うん、頑張ってね」

元気よく立ち上がり、ポケモンセンターを出て行くサヤナ。

それを見送り、

「よしっ……と。僕も特訓しなきゃ」

パンフレットによれば、マデル地方のポケモンセンターには地下にバトルフィールドがいくつか用意されており、そこで毎日ポケモントレーナーが交流や特訓をしているとのこと。

より多くの経験を積むため、ハルはポケモンセンターの地下、交流場へと向かう。

 

 

 

勝率は悪くはないが、いいとも言えない。勝ったり負けたりを繰り返している。

「うーん、難しい……でもちょっとずつコツが掴めてきたぞ」

何戦か終え、ハルが少しずつバトルに慣れてきた、そんな時。

「あっれー? 君見ない顔だよね、この街に来たばっか?」

唐突に、後ろから声を掛けられた。

ハルが後ろを振り向くと、そこにいたのは背の高めの少年だった。短めで鮮やかな青髪に、赤いシャツの上から黒いパーカーを羽織っている。全体的に身軽そうな格好だ。

「え? うん、そうだけど……」

「そっかぁ。いやぁ、丁度オレも昨日この街に着いてさ。ずっとここでバトってたらこの辺りの人の名前と顔覚えたし覚えられちゃったんだよね。せっかくだから君の名前と顔も覚えたくてさ。あぁそうだ、オレの名前はスグリ。よろしく」

「あ、うん。僕はハルだよ、よろしくね」

かなり饒舌なその少年はスグリと名乗り、ハルに近づく。

「見た感じトレーナー歴はまだ浅そうに見えるけど、どれくらい? ってか多分オレと同年齢だよね? いくつ? あとどっから来たの?」

次々と質問攻めにあうハル。相手が女の子でもこんな感じなんだろうか、と余計なことを考えながらも、

「えっと、14歳だよ。別の地方から昨日引っ越してきてそのままポケモントレーナーになったばっかりで、ハツヒタウンからここに来たんだ。明日ジムに挑戦してみようかなって」

「おっ、やっぱり歳一緒じゃん。実はオレも一週間前にトレーナーになったばっかなんだよね。オレはカザハナシティ……って言っても引っ越してきたなら分かんないか、地図でいうとこの辺りから来たんだ」

そう言いながらスグリはアルス・フォンを取り出し、地図を開く。ハツヒタウンからシュンインシティよりは距離があるが、それでもここから隣の街だ。

「んで、そこのジムリーダーを倒して、今日ここに来たってわけ」

さらっと。

あまりにもあっさりとスグリは流したが、

「……えっ!? スグリ君、もうジムリーダーに勝ってるの!?」

「いやぁ、まぁね。すごいっしょ?」

驚くハルを見て自慢げにスグリは笑うと、ベルトを捻り、モンスターボールを取り出す。

「なら……」

「さぁて。ここで会ったのも何かの縁だし、一戦やってかない? ハル君、ポケモンは何匹?」

まさにハルが言おうとしてたことを先に言ってくれた。

相手となるスグリは新人とはいえジムリーダーを倒している格上だが、相手にとって不足はない。

「えっと、二匹だよ」

自分のポケモンを数え、そう返す。

「おっけー。それじゃ、二対二のバトルにしよっか。それでいい?」

「うん、大丈夫だよ。それじゃ、始めよう」

 

 

 

そんなこんなで、スグリとのバトルが始まった。

「よっしゃ。じゃあまずはオレから。出て来い、ブイゼル!」

まずスグリが繰り出したのは、オレンジ色のイタチのようなポケモン。首の周りには浮き袋のような輪っかがあり、尻尾は二股に分かれている。

 

『information

 ブイゼル 海イタチポケモン

 二本の尻尾をスクリューのように

 回転させて水中を泳ぐ。地上に出る

 時は首の浮き袋を膨らませるのだ。』

 

ブイゼルという、水タイプのポケモンのようだ。

「それじゃ僕は……出て来て、ヤヤコマ!」

対するハルの初手は、まずはヤヤコマだ。

「さあ、早速始めるよ。ブイゼル、ソニックブーム!」

ブイゼルが動き出す。

挨拶がわりに二本の尻尾を振り抜き、衝撃波を飛ばす。ノーマル技だがなかなか痛い。

「っ、いきなり速い……! ヤヤコマ、反撃だよ! エアカッター!」

ヤヤコマも負けじと力強く羽ばたき、風の刃を飛ばす。

刃がブイゼルを切り裂くが、痛そうな素振りは見せない。

「ならヤヤコマ、疾風突き!」

「へえ、なかなかやるじゃん。ブイゼル、アクアジェット!」

翼を広げたヤヤコマが嘴を突き出し、滑空しながら高速でブイゼルへ突撃する。

だが。

それよりも速く、瞬時に水を纏ったブイゼルがヤヤコマをも上回る猛スピードで飛び出し、ヤヤコマを突き飛ばした。

「えっ……!? 疾風突きは先制技なのに……!」

「残念、アクアジェットも先制技なのさ。先制攻撃技は同じタイミングで使えば、より素早いポケモンの攻撃の方が先にヒットする。ハル君のヤヤコマなかなか動けるけど、オレのスピード自慢のポケモン達には敵わないね」

つまり、スグリのブイゼルはハルのヤヤコマよりも素早いということになる。

「くっ……ヤヤコマ、電光石火!」

「遅い遅い、もう一度アクアジェット!」

再び全速力で突っ込むヤヤコマだが、やはりブイゼルのスピードには勝てず、再び攻撃を受けてしまう。

「だったら遠くから……! ヤヤコマ、火の粉だ!」

何とか立て直したヤヤコマは素早く距離を取り、口から無数の火の粉を吐き出すが、

「ブイゼルは水タイプだよ? 炎技なんか怖くないって! 水の波動だ!」

ブイゼルが広げた掌に、水の力が宿る。

集めた水の力を球体にしてヤヤコマへと撃ち出し、火の粉を一蹴、さらにその奥のヤヤコマへと水弾を直撃させた。

「くぅ……ヤヤコマ、エアカッター!」

「とどめ! ブイゼル、瓦割り!」

水の波動の直撃弾を受けても、何とか耐えきったヤヤコマ。

だがその直後、地を蹴って一気にヤヤコマの頭上へと跳躍したブイゼルが、間髪入れずに手刀を振り下ろす。

「ああっ、ヤヤコマ!?」

瓦割りの直撃を受けたヤヤコマが空中から叩き落とされ、地面に激突する。

ブイゼルの連続攻撃に耐え切れず、目を回して戦闘不能となってしまった。

「ありがとう、ヤヤコマ。休んでて」

倒れたヤヤコマをボールへと戻す。最初にエアカッターを一発当てたが、それ以降は大したダメージを与えられなかった。

スグリというこの少年、ここで戦ったトレーナー達と比べて明らかに強い。

「よし……それじゃあ頼んだよ、リオル!」

ハルの二匹目はもちろんリオル。

「へえー、リオル? 珍しいポケモン連れてるじゃん。それじゃあその実力、お手並み拝見っと……ブイゼル、アクアジェット!」

「リオルのスピードなら! リオル、真空波だ!」

ブイゼルが体に水を纏うのと、リオルが拳を振り抜いたのはほぼ同時だった。

だがその直後、一瞬早く真空波がブイゼルを捉える。

「へえ、リオルの方が速いのか! だったらブイゼル、水の波動!」

しかしその程度ではブイゼルはまだ倒れない。

すぐさま掌に水の力を集めて水弾を作り上げ、リオルへと放つ。

「リオル、躱して発勁!」

右手に青い波導を纏わせ、リオルも攻撃を仕掛ける。

ブイゼルとの距離を詰め、水弾を跳躍して躱すと、波導を纏った右拳をブイゼルへと叩きつけた。

「やべっ……ブイゼル、ソニックブーム!」

「リオル、電光石火!」

吹き飛ばされながらもブイゼルは尻尾を振り抜こうとするが、リオルが間髪入れずに高速移動でブイゼルへと突っ込み、そのまま押し飛ばす。

その一撃でブイゼルは地面に落ち、戦闘不能となった。

「ちぇっ、やっちゃった。ブイゼル、よく頑張った」

ブイゼル単騎で押し切るつもりだったのだろうか、スグリは少し悔しそうな表情を浮かべてブイゼルをボールへ戻す。

しかし二つ目のボールを手に取った時には、既に余裕が戻っている。

ともあれ、これでお互いに一対一だ。

「それじゃ、第二ラウンドといきますか」

そう告げ、スグリが次なるポケモンを繰り出す。



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第5話 自信家な実力者

「出て来い、ジュプトル!」

スグリが二体目に繰り出したのは、緑色の二足歩行のトカゲのようなポケモンだ。トカゲといってもリオルよりも大きなポケモンで、頭や腕からは葉が生えている。

 

『information

 ジュプトル 森トカゲポケモン

 森の中では枝から枝へ身軽に飛び回り

 地上でも動きは素早い。太腿の筋肉が

 驚異的な瞬発力と跳躍力を生み出す。』

 

「ジュプトル……進化系ポケモンか……!」

種にもよるが、ポケモンは進化する生き物だ。

進化の方法もポケモンによって異なるものの、基本的には経験を積み力を高めて進化するものが多い。

つまり、スグリの持つこのジュプトルは普通のポケモンよりもより多くの経験を積んでいる、と考えられる。

「自慢じゃないけどオレのジュプトルは強いよ? カザハナジムを突破した時はまだキモリだったけど、その頃からブイゼルたちより強かったしね」

スグリの言う通り、目の前のジュプトルは明らかに強そうだ。そもそも、進化を遂げているのがその証だろう。

「だけど、可能性はゼロじゃないよね。逆に言えば、そのジュプトルを倒すことができたら僕たちもきっとジムリーダーに勝てるってことだ。頑張るよ、リオル! まずは電光石火だ!」

ハルの言葉に応えて頷き、リオルが飛び出す。

しかし、

「ジュプトル、電光石火!」

同時にジュプトルも動き出すが、その速度は桁違い。リオルよりもずっと速いスピードで一瞬のうちに突貫し、リオルを跳ね飛ばした。

「タネマシンガン!」

続けざまにジュプトルは口から無数の種を機関銃が如く連射する。

一発一発の威力は控えめだが、それが無数に叩きつけられるのでなかなか痛い。

「リオル、大丈夫!?」

無数の種を打ち付けられたリオルだが、体勢を整えると自分の頰を叩いて気合を入れ直し、頷く。

「よし、リオル、反撃するよ! 岩砕き!」

拳を強く握りしめ、リオルが地を蹴って飛び出す。

ジュプトルとの距離を詰め、拳を突き出そうとするが、

「遅い遅い、燕返し!」

既にジュプトルはそこにはおらず、リオルの上空へと飛び上がっていた。

刀の刀身が如く白く輝く腕の一撃がリオルを直撃する。燕返しは飛行タイプの技、リオルに効果は抜群だ。

「さらに二度蹴り!」

ぐらりと体が傾いたリオルに対し、ジュプトルは素早く二発の蹴りを食らわせ、リオルをハルの元まで蹴り飛ばした。

「くっ……強い……! リオル、発勁!」

「させないさ、タネマシンガン!」

リオルの右手の空気が渦巻き、青い波導が腕を纏う。

しかしそれと同時に、ジュプトルも再び無数の種を乱射する。

リオルの拳の一撃は種の弾幕に阻まれ、ジュプトルには届かず、

「今だジュプトル、燕返し!」

リオルの波導が弱まった瞬間を狙い、ジュプトルは一気にリオルへ接近する。白く輝く右足を振り上げ、リオルを宙へ蹴り上げる。

「まずいっ……リオル、真空波!」

「とどめ! ジュプトル、タネマシンガン!」

咄嗟に右拳を振り抜くリオルだが、不安定な体勢で狙いが定まらない。

真空波はジュプトルのすぐ横を掠め、その直後、ジュプトルの放つ無数の種の弾丸がリオルを捉えた。

「ああっ、リオル!」

蜂の巣にされたリオルが、ドサリと地面に落ちる。

そのまま目を回し、戦闘不能となってしまった。

 

 

 

「よしよし、好調好調。ジュプトルもよく頑張った、戻ってていいよ」

バトルが終わった後、ジュプトルの頭を撫でてボールへと戻し、スグリはハルの近くへ歩み寄ってくる。

「す、すごいねスグリ君。全然敵わなかったよ……」

「ハル君、オレに負けたからって落ち込む必要ないよ。自分で言うのもなんだけど、オレって強いしさ」

いかにも自信家な発言だが、実際にスグリはかなり強かった。ハルと違ってトレーナーになってから一週間経っているとはいえ、新人トレーナーとは思えないほどの強さだった。ジュプトル、ブイゼル共にポケモンの行動前後の隙が少なく、動きも機敏。さらにトレーナーの指示も的確。ポケモンだけでなく、スグリのトレーナーとしての腕前も優秀に感じられた。実際、リオルはジュプトルに対して一撃も攻撃を当てられず一方的にやられてしまったのだから。

「それに、ハル君もまあまあ強かったよ? まだトレーナーになって二日目って聞いたから、ブイゼル一匹でサクッと決めるつもりだったし」

「あ、あはは……ありがとう……」

褒められたこと自体は嬉しいことなのだが、その評価のレベルを聞くとちょっと複雑な気持ちになる。そこまで低く見られていたのだろうか。

さーて、とスグリは大きく伸びをし、

「オレはもうちょっとここでバトルしていくけど、ハル君は明日ジム戦に行くんだよね? だったら今日はこの辺にしとけば? ポケモンの調整もしてあげないといけないでしょ」

「うん、そうするよ。っていうか、ポケモンバトルって疲れるね……何戦もするとくたくただよ……」

ふう、と息を吐くハル。スグリはそんなハルの様子を見て悪戯っぽい笑みを浮かべると、じゃあね、と手を振り、他のトレーナーとバトルしに行ってしまった。

 

 

 

ポケモンセンター一階でリオルとヤヤコマを回復させていると、サヤナが帰ってきた。

「ハル! あの花屋さん、やっぱりポケモンジムだったよ!」

「あ、本当にジムだったんだ。ジム戦はどうだった?」

「それがねー」

むー、とサヤナは唇を尖らせ、

「ジムリーダーの人、すんごい強かったの! 一匹目のポケモンは倒せたんだけど、二匹目にコフキムシとアチャモ、どっちも倒されちゃった」

どうやら、サヤナは負けてしまったらしい。

「そっか……残念だったね」

「ハルも明日挑むんだよね? 気をつけて頑張ってね。やっぱりジムリーダーって強いよ……」

分かりやすく落ち込むサヤナだが、

「だから、明日は近くにある林で特訓するの! そこの野生ポケモンは今日通ってきた道路のポケモンよりちょっと強いみたいだし、トレーナーの特訓の穴場にもなってるんだって! 行くっきゃないね!」

すぐに顔を上げて笑顔になる。切り替えも早い。

「そのついでに、新しいポケモンも捕まえちゃうかも!? それじゃハル、私もう少し地下の部屋で特訓してくるね!」

笑顔で手を振り、サヤナはポケモンを回復させた後、すぐに地下の交流場へ下りていった。ハルと違って疲れ知らずだ。

しかし、トレーナーになりたての時とはいえ自分に勝ったサヤナもジムリーダーに負けてしまったという。気を引き締めて挑まなければ。

「とりあえず、今日はゆっくり休もうかな。明日に備えて、早めに寝ることにしよう」

こうして、ハルの一日が終了する。明日は、いよいよ初めてのジム戦だ。

 

 

 

翌日。

「うわ、思ったより大きい……」

ハルは地図に載っている花屋――ジムを訪れていた。

予想していたよりも大きな建物だ。ただ、やはりジムという感じはしない。というか、普通に一般客が花を買いに来ている。

「……」

建物の前でハルが呆然と立ち尽くしていると、

「おや、どうしたんだいお兄ちゃん。気になる女の子に花でもプレゼントかい?」

店の中から、優しそうな表情の大柄な男性が出てきた。

「えっ? いや、ここがジムだと聞いたので、挑戦に……」

突然変なことを言われたので戸惑いつつも、ハルはそう返す。

すると男性は、なるほど、と納得したような表情を浮かべ、

「お前さんポケモントレーナーかい。まだ若いのに頑張るねえ。よし、それじゃちょっと待っとくれ。おーい、イチイちゃーん!」

店の方を振り返り、人の名前を呼ぶ。

しばらくして、

「お待たせしました。クネニさん、お呼びですか?」

店の奥から、女の人が出てきた。

桜の花びらが描かれた桃色のワンピースを着た女性だ。ピンクのロングヘアーに、赤い木の実のような髪留めを差している。歳は二十歳前後くらいだろうか。

「イチイちゃん、この男の子がジムへ挑戦だそうだ。お得意様は僕が代わりに接客しておくから、ジム戦をしてあげてくれ」

「了解しました」

クネニと呼ばれたこの大柄な男性は花屋の店長なのだろうか。そしておそらく、この女性がジムリーダーだ。

男性にぺこりと頭を下げると、女性はハルの方に向き直る。

「それでは、ついてきてくださいね」

女性に連れられ、ハルは店の奥へと進んでいく。

外からは見えない店の奥には、花を育てている庭のようなスペースがあり、その真ん中に、芝生と砂地で構成されたバトルフィールドがあった。

「それでは、挑戦者さん。貴方のお名前は?」

「はい、ハルといいます」

「ハル君……いいお名前ですわね。では私も自己紹介を。私はこのシュンインシティジムのジムリーダー、イチイ。以後よろしくお願いしますわ」

その女性、イチイは、上品な口調で名乗る。

 

『information

 ジムリーダー イチイ

 専門:草タイプ

 肩書き:新緑の導き手(グリーンズアライズ)

 花屋では:看板娘』

 

「この時期は多くの新米トレーナーさんが旅に出る時期ですの。貴方のような若い挑戦者の方々が多くて、私もフレッシュな気持ちでジム戦が出来ますわ」

柔和な笑みを浮かべ、イチイはモンスターボールを手に取る。

「とはいえ、勝負は勝負。ジムリーダーとして、貴方の力、試させていただきますわ。さあ、それでは早速始めますわよ」

「……はい! よろしくお願いします!」

緊張を振り払い、気を引き締め、ハルもボールを取り出し、握る手に力を込める。

ハルの初めてとなるジム戦が、いよいよ幕を開ける。



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第6話 初挑戦!新緑のシュンインジム

「ではこれより、シュンインジムのジムバトルを行います」

花屋の従業員の人々と思わしき眼鏡の男性が、審判としてルール説明を告げる。

「使用可能ポケモンはお互いに二体。戦闘不能以外でのポケモン交代は挑戦者のみ認められ、先に相手のポケモンを二体とも戦闘不能にした側の勝利となります」

一般的なジム戦のレギュレーションだ。いわいよ、シュンインシティのジム戦が始まる。

「それでは両者、最初のポケモンを……」

「あ、オンコさん、お待ちになって」

と、そこでイチイが審判の男性を呼び止める。

「ハル君は最初のジム戦ということですし、先に私から参りますわ。よろしいですわよね?」

「まぁ……イチイさんがそれでよいのなら、構いませんが」

「では、そういうことでお願いしますわ」

再びハルの方へと向き直り、笑みを浮かべてボールを取り出す。

「さあ、まずはこの子から。綺麗な花を咲かせて、スボミー!」

イチイの初手となるポケモンは、可愛らしい顔をした緑色の植物の種のようなポケモン。頭の上には大きな蕾を持つ。

 

『information

 スボミー 蕾ポケモン

 温度の変化に敏感なポケモン。寒い時

 はじっとしているが暖かくなると蕾

 を開いて毒素を含んだ花粉を飛ばす。』

 

「スボミー、草タイプのポケモンか。草タイプには……」

タイプ相性の知識を引っ張り出し、ハルもボールを取り出す。

「それじゃあ、出てきて、ヤヤコマ!」

ハルの一番手はヤヤコマだ。草タイプに有利な飛行タイプを持つ上、炎技も覚えている。

「なるほど。まずはセオリー通り、有利なタイプのポケモンで来ましたわね」

両者のポケモンが出揃い、準備は整った。

 

「それでは、ジムリーダー・イチイと、チャレンジャー・ハルのジム戦、開始です!」

 

審判オンコの掛け声と共に、両者が動き出す。

「さあ、行きますわよ! スボミー、葉っぱカッター!」

スボミーの周囲に鋭い葉が浮かび上がる。ヤヤコマに狙いを定めると、無数の葉が一斉に発射される。

「ヤヤコマ、躱して電光石火!」

翼を広げたヤヤコマは大きく飛翔して葉を躱すと、上空から猛スピードで突撃。

回避する間も与えず、スボミーを突き飛ばした。

「よし、ヤヤコマ、エアカッター!」

続いてヤヤコマは翼を羽ばたかせ、空気の刃を飛ばす。

「なかなか素早いですわね。スボミー、スピードスター!」

スボミーもすぐに起き上がると、蕾を開いて無数の星型の弾を飛ばす。

ヤヤコマの放った空気の刃を、スピードスターで防いだ。

「それならヤヤコマ、疾風突き!」

嘴を突き出し、再びヤヤコマが突っ込んでいく。

一気にスボミーに近づいて嘴で突き、反撃が来る前に素早く飛び去る。

「いいぞヤヤコマ! 続けて火の粉だ!」

距離を取ったヤヤコマはさらに嘴を開き、無数の火の粉を放つ。

対して、

「やはり、スピードが自慢のポケモンのようですわね。ですが」

イチイが笑みを見せると同時に、スボミーが起き上がり、再び蕾を開く。

 

「スボミー、ポイズンボール!」

 

ぴょんとスボミーは跳躍し、火の粉を躱す。

開いた蕾の間に毒素を固めた弾を作り上げ、蕾を手のように使ってその紫色の弾を投げつけた。

空中でも正確に狙いを定めて投げられた毒の弾は、吸い込まれるようにヤヤコマに直撃した。

「しまった、ヤヤコマ!」

弾が破裂し、紫の煙がヤヤコマを覆う。

とはいえ煙はすぐに霧散してしまい、ヤヤコマにも大きなダメージが入ったようには見えない。

だが、

「……ヤヤコマ、どうしたの?」

明らかにヤヤコマの様子がおかしい。

表情に苦悶が浮かび、飛び方も先ほどまでと比べて少しぎこちない。

「この状態は……確か……毒状態?」

「その通り。そのヤヤコマは、毒の状態異常を受けたのですわ」

毒。

ポケモンの技によって起こる、状態異常の一つだ。

「ポイズンボールは威力こそ高くないものの、高確率で相手に毒を付与する技。毒状態となったポケモンは、何もしていなくても少しずつ体力を削られ、やがては戦闘不能となってしまいますわよ」

ポケモンの行動そのものに直接影響を及ぼすわけではないが、それでもヤヤコマは苦しそうだ。長期戦にはできない。

「スボミーは進化していくと、美しい薔薇の花を咲かせるポケモンになりますの。ですが知っているかしら? 綺麗な薔薇には、棘がありますのよ」

それでは、とイチイは続け、

「スボミー、スピードスター!」

再び蕾を開いたスボミーが、無数の星型弾を飛ばす。

「あっ、ヤヤコマ、躱して!」

慌てて指示を出すハル。ヤヤコマも毒を堪え、スピードスターを躱そうとする。するのだが、

「……えっ?」

撃ち出された無数の星型弾はヤヤコマを追尾するように軌道を描き、旋回するヤヤコマを正確に捉えた。

「スピードスターは、いわゆる必中技。相手がバトルフィールドにいる限り、必ず相手に当たる。回避したければ地中や高高度まで逃れるか、技を当てて打ち消すしかありませんわよ」

何となくハルには分かってきた。

毒でじわじわとダメージを与えつつ、主力となる葉っぱカッターや必中技のスピードスターで攻撃を当てる。少しずつでも確実に相手の体力を削っていくのが、このスボミーの戦術だ。

「さあ、まだまだ参りますわよ? スボミー、葉っぱカッター!」

スボミーが周囲に鋭い葉を浮かべ、飛行体勢を崩して高度を落とすヤヤコマを狙う。

「っ、ヤヤコマ! 火の粉だ!」

何とかヤヤコマは顔を上げて火の粉を吹き出す。

無数の葉の刃は火に焼かれて消えてしまい、その隙にヤヤコマは翼を羽ばたかせ、再び浮上する。

「ヤヤコマ、エアカッター!」

「スボミー、打ち消しなさい。スピードスター!」

ヤヤコマが翼の羽ばたきを強めて風の刃を放つ。

しかしスボミーの放つスピードスターに防がれ、風の刃が相殺されてしまう。

「正面からの単調な攻撃では、スボミーには届きませんわよ。さあ、どうします?」

技が打ち消されるだけならまだいいのだが、

(っ、どうしよう……このまま技と技をぶつけ合っていても、ヤヤコマは毒でやられてしまう。何とか、この状況を変えないと)

探す。

何かヒントはあるはずだ。思い出せ、ここまでのバトルを。

(何か、スボミーの弱点があるはず。そこを突くことができれば……!)

「スボミー、葉っぱカッター!」

攻撃体勢に入るスボミーが、周囲に尖った葉を浮かべる。

その瞬間。

(……そうだ!)

ここで、ハルは閃く。

「ヤヤコマ、躱して電光石火!」

スボミーが葉の刃を放った直後、ヤヤコマは急降下して葉っぱカッターを躱し、低空飛行で突撃。

「スボミー、躱して! ジャンプよ!」

慌ててスボミーが避けようとするが、攻撃直後の後隙を狙われたためにすぐには動き出せず、ヤヤコマの高速の体当たりを受けてスボミーは突き飛ばされた。

「やった! ヤヤコマ、疾風突き!」

毒の苦痛を堪え、ヤヤコマは嘴を突き出し、飛んでいったスボミーをさらに追う。

「……スボミー、日本晴れ」

ヤヤコマの突撃を躱す間もなく、スボミーは鋭い嘴の一撃を諸に受ける。

どうにか着地するものの二、三歩とよろめき、そのまま転んで目を回し、スボミーは地面に倒れた。

「スボミー、戦闘不能! ヤヤコマの勝利です」

先に一本目を先取したのは、ハルだ。

「……やった! ヤヤコマ、頑張ったね!」

喜ぶハルに呼応して、ヤヤコマも甲高く鳴き声を上げる。

「スボミー、お疲れ様でした。ゆっくり休んでいてくださいな」

イチイはその場に屈んでスボミーを労い、ボールへと戻し、再び立ち上がる。

「なかなかやりますわね。先手を取られてしまうなんて」

「序盤にスボミーが電光石火を躱さなかったのを思い出したんです。だからもしかしたらスボミーは結構遅いポケモンなんじゃないかと思って、攻撃直後を狙いました」

「なるほど。スボミーの弱点を正確に見抜いたその観察眼、さすがですわね」

ハルの言葉にイチイは頷き、賞賛したその上で、

「ですが、スボミーはちゃんと仕事をしてくれましたわ。ヤヤコマに毒を浴びせ、体力を大きく削ってくれた。さらに」

イチイが天井を指差す。

ハルがそれを見上げると、いつの間にか上空に先ほどまではなかったはずの炎の球体が浮かび上がり、周囲を照らしている。

「気付いているでしょうか。スボミーが最後に使った技、日本晴れ。最後にこれを使えましたから、次のポケモンへのバトンはしっかりと繋がりましたわ」

ハルはまだあまりポケモンバトルに詳しくないため、上空の火の玉が何なのかはまだ分かっていない。

そんなハルの様子を見つつ、イチイは次のボールを取り出す。

「次はこの子が相手ですわ。綺麗な花を咲かせて、チェリム!」

イチイが構えたボールから現れるは、開いた桜の花びらのようなポケモン。

 

『information

 チェリム 桜ポケモン

 暖かい日差しが一番のエネルギー。

 花びらを広げ全身で日光を浴びると

 活発に活動できるようになるのだ。』

 

「チェリム、やっぱり草タイプか。しかも進化系ポケモンだ」

スグリの使っていたブイゼルと大きさは同じくらいだが、立派な進化系ポケモン。強敵であるのは間違いないだろう。

「でもヤヤコマなら、タイプ相性は有利だ。ヤヤコマ、まだ戦える?」

毒を浴びているため心配だが、ヤヤコマはハルの言葉に頷いて鋭い目でチェリムを睨みつける。戦意は充分だ。

「わかった。頑張るよ! ヤヤコマ、疾風突き!」

翼を広げたヤヤコマが嘴を突き出し、チェリムへと猛スピードで突撃する。

しかし、

「チェリム、躱してマジカルリーフ!」

踊るような身軽なステップでチェリムはヤヤコマの突撃を躱し、周囲に光を纏った無数の木の葉を浮かべる。

チェリムが腕を振るのを合図に、木の葉がヤヤコマを狙って動く。

「ヤヤコマ、躱して電光石火だ!」

攻撃を外したヤヤコマはすぐさま旋回し、木の葉を躱して再び攻撃を仕掛けようとする。

だが輝く木の葉は先ほどのスピードスターのように軌道を変えてヤヤコマを追跡し、確実にヤヤコマを切り裂く。

「なっ……!? ヤヤコマっ!」

葉に切り裂かれたヤヤコマが地に落ちる。草技なので効果は今一つなのだが、毒のダメージも重なって戦闘不能となってしまった。

「うぅ……ヤヤコマ、ありがとうね」

健闘したヤヤコマの嘴を撫でてボールへと戻し、ハルはイチイの方へと向き直る。

「もしかして、今のマジカルリーフも……」

「察しがいいですわね。その通り、マジカルリーフも必中技の一つですわ」

結局、さしたるダメージも与えられずにヤヤコマは倒されてしまった。これでハルのポケモンも残り一体だ。

「さあ、君の出番だ。一緒に頑張ろう、リオル!」

ハルの最後のポケモンはもちろんリオル。チェリムに対しては、タイプ相性の有利不利はない。

「おや、リオルですか。珍しいポケモンを連れていますわね」

「はい。僕の一番最初のポケモンなんです」

リオルを珍しそうに眺めるイチイだが、これからリオルとチェリムのバトル。

これを制した方が、このジム戦の勝者となる。

 

「それでは、リオル対チェリム、試合再開です!」



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第7話 自然の脅威!絢爛のチェリム

「行きますっ! リオル、電光石火!」

試合再開と同時、リオルが地を蹴って飛び出し、高速でチェリムに突っ込む。

ヤヤコマのそれよりさらに速いスピードで一気にチェリムへと近づき、そのまま体当たりで突き飛ばす。

「続けて真空波!」

さらにリオルは腕を振り抜き、真空の波を飛ばして追撃。

しかし、

「チェリム、マジカルリーフ!」

真空波を受けても顔色一つ変えず、チェリムは光を帯びた無数の葉を放って逆にリオルを押し戻してしまう。

「ポケモンには、特性が存在するのはご存知ですわよね?」

ポケモンの特性。

ポケモンごとに持っている、特殊な能力のことだ。戦闘時に効果を発揮するものが主で、その種類は実に様々。

「ええ。例えばこのリオルの特性は精神力なので、怯み状態を受け付けません。それがどうかしたんですか?」

「一ついいことを教えてあげましょう。私のチェリムの特性はフラワーギフト。日差しが強い天候状態の時に、攻撃力及び特殊防御力が上昇する効果ですわ。真空波のような特殊技でチェリムを攻撃するのは、得策ではありませんわね」

「なるほど……ん? 日差しが強い時……? もしかして!」

はっと上空を見上げるハルは、そこでようやく気づいた。

天井近くに浮かぶ炎の球体は、スボミーの打ち上げた擬似太陽。スボミーはあの技でこのバトルフィールドを日差しが強い状態に変え、後続のチェリムを強化させていたのだ。

「天候の変化については覚えておくとよいですわよ。日差しが強い時には他にも葉緑素の特性を持つポケモンの素早さが上がったり、炎タイプの技の威力が上がったりしますわ。さらに、天候に左右される技もありますのよ。例えば」

そこで、イチイは一拍置く。この妙な間に、ハルは何か嫌な予感を覚えた。

イチイが、再び口を開く。

「チェリム、ウェザーボール!」

チェリムが空気を固めたような白い球体を打ち上げる。

するとその球体は上空で強い日差しを受けて着火、炎の玉となり、リオルを狙い落下してくる。

「なっ!? リオル、発勁!」

咄嗟にリオルは青い波導を纏った右手を突き出し、何とかウェザーボールを防ぐが、

「さあ、休む暇はありませんわよ! チェリム、マジカルリーフ!」

「それならリオル、もう一度発勁だ!」

チェリムが撃ち出す無数の光る木の葉の中へ、波導を纏った右手を構えてリオルは正面から向かっていく。

右手を振るって木の葉を振り払いながらまっすぐ突き進み、

「岩砕き!」

握り締めた右拳を勢いよく突き出し、チェリムを殴り飛ばす。どうやらこのチェリムも、そこまで素早いポケモンではないようだ。

「続けて行くよ! リオル、さらに発勁!」

ハルの声に呼応し、リオルの腕を再び青い波導が包む。

対して。

「チェリム、いい位置どりですわ。仕掛けましょう」

吹き飛ばされて砂地の上に落ちたチェリムが、立ち上がる。

 

「チェリム、自然の力!」

 

振り下ろされるリオルの右拳をその場で耐え切り、チェリムが足元の大地から力を吸い上げる。

刹那。

フィールド全体が激しい揺れに襲われ、地面を衝撃波が這い、リオルが吹き飛ばされた。

「っ、リオル!?」

「チェリム、もう一度自然の力です!」

リオルが立て直す間にチェリムは位置どりを変えて芝生の上に立ち、再び大地から力を吸う。

「リオル、また来るよ! ジャンプで回避だ!」

先ほどの衝撃波はかなり強烈だったが、所詮は揺れを起こして地を這う技。空中にさえいれば影響はない。

だが。

肝心の揺れはいつまで経っても起こらず、代わりにチェリムの手元から淡く緑色に輝く光の弾が放出された。

「ええっ!? リ、リオル、岩砕き!」

想定していたものとはあまりに違う攻撃が来た。慌ててハルは指示を出し、リオルも咄嗟に拳を振るって光弾を迎え撃つが、タイミングが遅れたのもあって相殺しきれずに押し負けてしまう。

「っ、なんなんだ、この技は……?」

「自然の力。文字通り自然の様々な力を行使する技ですが、何の技が出るかはその地の自然によって……つまり地形によって変化する。砂地に足をつけて使った時には“地震”が、芝生で使った時には“エナジーボール”が出たようですわね」

つまり、この技を覚えていれば立つ場所を変えるだけで多種多様な技を使えるということだ。

ここに来てハルはサヤナが言っていたことを思い出す。

一匹目、つまりスボミーは倒せたものの、二匹目チェリムにコフキムシとアチャモを倒されてしまった。毒でじわじわ削る戦法や日本晴れを使ったことも考えるとスボミーの主な役割はチェリムのサポート。さらにこのチェリムは、タイプ相性で不利を取るコフキムシとアチャモを破っているということになる。

「さあチェリム、ウェザーボール!」

チェリムが白い玉を高く上空へと投げる。

「リオル、電光石火!」

空中で着火し火の玉となって飛来するウェザーボールを躱し、リオルは地を蹴って目にも留まらぬスピードで飛び出す。

「チェリム、躱してマジカルリーフ!」

「リオル、チェリムを追って! 発勁!」

身軽なステップでリオルの突撃を躱すチェリムだが、対してリオルも踏み止まり、右手に波導を纏わせ方向転換する。

チェリムの顔のど真ん中へ右手の一撃を叩き込んだが、その直後リオルは光を放つ無数の木の葉に襲われる。

さらに、

「まだやられませんわよ。自然の力!」

顔面をぶん殴られてふらついていたチェリムだが、首を振って意識を戻し、足元から自然の力を吸い上げる。

「芝生……エナジーボール! リオル、躱して!」

木の葉の攻撃を受けて若干タイミングが遅れるが、それでもリオルは何とか淡く輝く光弾を回避する。

尻尾の先をエナジーボールが掠めたが、大したダメージにはならない。

「見上げた素早さですわね……チェリム、ジャンプしてウェザーボール!」

チェリムが大きく飛び上がり、上空から白い玉を放つ。

「躱して! 岩砕き!」

横っ飛びして火の玉を躱すと、リオルは上空のチェリムを追って跳ぶ。

「着地して自然の力です!」

繰り出されるリオルの拳を、チェリムは思い切り体を捻って避ける。

そのままチェリムはウェザーボールによって焼け焦げた芝生の上に着地、力を吸い上げる。

直後。

燃え盛る炎の渦が出現し、瞬く間にリオルを巻き込んだ。

「っ!? リ、リオル!」

チェリムが放ったのはまさかの炎技。しかも炎の渦は日照りによって強化されている。

「焼けた芝生の上に立てば、自然の力は“炎の渦”になりますわ。ハル君、君のリオルも、そろそろ限界なのではなくて?」

炎の渦から脱出し、まだリオルはなんとか立ち上がる。

だがその体には黒い煤がまとわりついており、今の一撃で大ダメージを負ったのは明らかだった。

「ジムリーダーとして、ここばかりは厳しく行きますわよ。私に勝ちたければ、この窮地、乗り越えてごらんなさい! チェリム……マジカルリーフ!」

チェリムの周囲の空気が渦を巻き、光を帯びた木の葉が浮かび上がる。

マジカルリーフは必中技。確実に勝負を決める気だ。

「っ……やるしかないんだ! リオル、発勁!」

だが勝ちたい。絶対に勝ちたい。チェリムの受けたダメージだって、決して小さくはない。

ここまで頑張ったリオル、スボミーを倒してくれたヤヤコマのためにも、この初めてのジム戦は絶対に勝ちたい。

襲い来る光の木の葉を打ち破り、そこからどうにかして勝利への道を切り拓く。

策があったわけではないが、諦めたくない、どうにかしなきゃ、その思いで、ハルは叫んだ。

その刹那。

 

リオルの右手を中心として爆発的な波導の力が噴出し、マジカルリーフが吹き飛ばされた。

 

「なっ……これは……!?」

「え……?」

予想だにしない事態に驚愕を隠しきれないイチイだが、それはハルとて例外ではない。

リオルの体は波導に包まれ、特に右手は青く揺らめく炎が如き波導の力を纏っている。

「もしかして……これはリオルの特性」

やがて、イチイがゆっくりと口を開く。

「特性といってもフラワーギフトのようなものではなく、リオルが持つ本来の能力という意味でのもの。確か、リオルというポケモンは危険な状態に追い込まれた時に波導の力が強くなる」

しかし、とイチイは続け、

「強くなるとはいっても、本来は仲間に危機を伝えるための防御的な力のはずですわ。まさかここまで強大な波導の力を操るなんて……」

イチイの話を聞いても、トレーナーになってまもないハルには難しいことはよく分からない。まして、この力の本質になど気づくはずもない。

ただ一つ、ハルに分かることは。

今。ジムバトルというこの場において、流れは間違いなくこちらに向いているということだ。

「……何だかよく分からないけど、リオル、君はすごい力を持ってる。それだけは分かるよ。この勝負、勝とう!」

ハルの言葉に応え、リオルは大きく吼える。意識もしっかりと保っているようだ。

(まだ未熟なポケモンながらこれだけの波導の力を纏い、かつ見たところ過剰な力によって暴走しているわけでもない。この力は、一体……いいえ、今はバトルに集中すべきですわ。ジムリーダーとして、ハル君とリオルへの試練となる!)

「ハル君、仕切り直しですわよ。その力、使いこなして見せなさいな! チェリム、マジカルリーフ!」

「はい! リオル、真空波!」

チェリムが周囲に光を放つ葉を浮かべるが、それを放つよりも早く。

リオルが右腕を振り抜き放った真空波に青い波導が乗り、青い波動の弾となってチェリムへと直撃する。

「いくら強化されようと、特殊技ではチェリムは崩せませんわ。自然の力!」

マジカルリーフを撃てなければ即座に次の手を。

足元の芝生から力を受けて、チェリムが淡く光る緑色の光弾を発射する。

「リオル、発勁!」

対するリオルはその場でエナジーボールを迎え撃つ。

爆発的な波導を纏った右手を突き出し、光弾を打ち破った。

そこで。

(……分かった!)

ハルは遂に、このチェリムの突破口に気づいた。

「もう一度ですわ!」

いつのまにか砂地に場所を変え、再びチェリムが自然の力を行使し、フィールド全体に強い揺れを起こす。

「えーっと……地震か! リオル、ジャンプして回避!」

衝撃波が襲い来る寸前、リオルは跳躍してそれを躱すと、

「チェリムの足元へ、真空波!」

着地してチェリムの足を狙い、波導を乗せた真空波を放つ。

「起動力を奪うつもりかしら? チェリム、躱しなさい!」

いくら特防が上昇しているチェリムとはいえ、何度も受け続ければ無視できないダメージとなる。

大きくチェリムは跳躍し、真空波を躱すが、

「いいえ、違いますよ! リオル、電光石火!」

猛スピードでリオルが飛び出した。

チェリムが空気の玉を打ち上げるより早く、一気にチェリムの懐へ潜り込む。

「っ、チェリム――」

そこで、イチイは気づいた。

チェリムは空中にいる。つまり、

「大地から力を受ける自然の力は、空中では使えないはずっ! リオル、発勁!」

チェリムの技のうち、マジカルリーフとウェザーボールは共に出が遅い。

このバトルで見たチェリムの出の早い技は、自然の力によるエナジーボールと炎の渦のみだった。

だが、この瞬間。

空中にいるチェリムには、自然の力を受け取れない。

二倍以上に膨れ上がった波導を乗せた右拳を叩きつけられ、チェリムが地面に叩き落とされる。

「岩砕きっ!」

拳を突き出したリオルが、流れ星のように青い尾を引いてチェリムを狙い急降下する。

「これで最後……受けて立ちますわ! チェリム、マジカルリーフ!」

何とか起き上がったチェリムも、上を見上げて輝く木の葉を周囲に浮かべる。

両者、最後の力を振り絞り、攻撃を放つ。

無数の木の葉の中に、拳を構えたリオルが飛び込む。

光る葉の刃に体を切りつけられながらも、ただまっすぐにチェリムだけを見据え。

その末に、無数のマジカルリーフから抜け出した。

「行っけええええ!」

遮るものがなくなったリオルの拳は、最早チェリムを捉えるのみ。

青い波導を纏った渾身の拳が、チェリムに叩き込まれた。

「っ、チェリム……!」

全力を乗せた拳の一撃を浴びて、チェリムが吹き飛ばされる。

今度こそ。

地面に落ちたチェリムは、そのまま目を回してしまう。

 

「……チェリム戦闘不能、リオルの勝利です! よってこのジム戦、チャレンジャー・ハルの勝利!」

 

「……勝った……?」

審判オンコの声が聞こえても、ハルはしばらく呆然としたままだった。

だが、次第に実感が追いついてくる。

勝利。初めてのジム戦で、勝ったのだ。

「……やったあーーっ! リオル、勝ったんだよ! やったね!」

ちなみにチェリムを倒した直後、リオルも膝をついてその場に座り込んでしまっていた。リオルも限界間近、ギリギリのところで戦っていたのだろう。

リオルの元へと駆け寄り、ハルは最後まで戦い抜いた幼き波導の戦士を抱き抱える。

「チェリム、いいバトルをありがとう。ゆっくり休んでくださいな」

チェリムを優しく撫でてボールに戻し、イチイがハルとリオルへ歩み寄る。

「ハル君、見事なバトルでしたわ。ありきたりな言い方ですが、貴方がリオルを信じ、勝負を諦めなかったその思いに応えたからこそ、リオルも力を存分に引き出せたのでしょう」

「いやぁ、リオルのおかげです。僕はただ、諦めたくなかっただけですから。でも、リオルも、ボールの中のヤヤコマも、きっと同じ気持ちだと思ってました」

イチイの言葉に照れたのか顔を赤くするハルの様子を見て、イチイはにこりと微笑み、

「オンコさん、バッジを持ってきてくださいな」

「はい、ただいま」

オンコが小さな箱を取り出し、イチイに手渡す。

箱の中から取り出されたのは、緑色のFという文字を、赤や黄色の花で色とりどりに装飾したような形状をしたバッジだ。

「それでは、ハル君にはこれを。シュンインジムを制覇した証、ポケモンリーグ公認のジムバッジ、フローラルバッジです。是非お受け取りください」

「はいっ、ありがとうございます!」

「それと、ハル君はこのバッジが一つ目でしたわよね? それでは、これも」

イチイが取り出したのは、薄い黄色の下地に緑色の花の模様が描かれたケースだ。

「これはポケモンリーグ公認のバッジケースですわ。マデル地方では、初めて勝利したジムでバッジと一緒にバッジケースも手に入れるのが伝統ですの。この花模様はシュンインジム製の証ですわよ。お気に召したかしら?」

「はい、とっても! ありがとうございます」

イチイから受け取ったバッジケースを開き、フローラルバッジをセットする。

「まずはバッジ一つですわね。これからもこの調子で、頑張ってください」

ケースの中で輝く初めてのバッジは、ハルのこれからの旅への希望の証のように、キラキラと輝いていた。




オリ技リストを作成しようとしたのですが、文字数が1000文字に到底満たず作成することができませんでした。
いずれ公開いたしますので気長にお待ちくださいませ。


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第8話 ポケモン泥棒

「さて、ジム戦も終わったことですし、ハル君のポケモンたちを元気にしてあげなければいけませんわね」

バッジとバッジケースを渡した後、イチイはポケモン用のスプレー式の傷薬を取り出した。

「さ、ハル君、ヤヤコマとリオルを出して。二匹の傷を癒してあげますわ」

「……あ、ありがとうございます。それじゃ、お願いします」

ハルは腕に抱えたリオルを下ろし、ヤヤコマを出す。

「リオル、腕は大丈夫かしら? よく休めておいてくださいな。ヤヤコマも、翼を見せて」

手慣れた様子で、イチイは二匹の傷を受けた場所や疲労した場所へと傷薬をかけていく。

「さて、これで少しは元気になったでしょう。今のは簡易的な処置ですから、後でもう一度ポケモンセンターで休ませてあげてくださいね」

ところで、とイチイは話を変え、

「ハル君は、この後どうする予定ですの?」

「うーん……まだどこに進むかは決めてないんですよね。ジム戦が終わってから考えようと思ってました」

「あら、それならちょうど良かったですわ。実はハル君がジムに来る少し前に、カザハナシティのジムリーダー、ヒサギさんから連絡が来まして」

カザハナシティといえば、スグリの出身地だ。

イチイはアルス・フォンを取り出し、メッセージ画面を開く。

「どうやら、カザハナシティでポケモンバトル大会を開くので、参加者を勧誘してほしいとのことですのよ」

バトル大会と聞いて思わずハルは身構えるが、

「バトル大会とはいえど、参加条件はバッジの数が二個まで。つまり初心者トレーナー限定の大会ですわ。ちょうどジム戦もできるし、次はカザハナシティに向かってみてはどうかしら?」

大会という言葉の響きには少し緊張を覚えるが、初心者でも挑戦できるちょうどいいバトルの機会だ。

「はい、じゃあそうしてみますね」

次はどこに行こうか迷っていたところだったので、この機会はありがたい。

「……それと、最後に」

そこで。

「ハル君がどんな目的で旅を始めたのかは分かりませんけれど、自分が歩みたい人生を歩みなさいな」

イチイの口調が、変化する。

「イチイさん……?」

「ポケモントレーナーとしての旅は、決して楽しいことばかりではありませんわ。上手くいかないことだってありますし、目の前にそびえる高い壁を乗り越えられないことだってあります。だけど、それをどう乗り越えるか、その手段に正解はない」

ポケモントレーナーに試練を与え、トレーナーを導くジムリーダーとして。

イチイは、真剣な眼差しで語る。

「私は元々富豪の生まれ。ですが、親に人生を決められるのが嫌で、家を飛び出し、ここの店長、クネニさんに拾っていただき、この花屋で働かせてもらっているのです。財産は家にいた頃の方がずっと多かったですが、生活はこちらの方がよっぽど楽しいですわ」

そこでまた、イチイはにっこりと柔和な笑みを浮かべる。

「急に難しいことを言って、ごめんなさいね。私が言いたいことは、自分が信じる道を歩みなさい、ということ。たくさんの人、ポケモンと触れ合い、自分の道を探せばいい。人に決められる人生なんて、退屈で仕方ありませんわ。それじゃ、カザハナシティでの大会とジム戦、応援しておりますわよ」

「……はい、ありがとうございます!」

もう一度イチイに礼を告げると、初めてのジム戦を勝利で飾った高揚感と共に、ハルはジムを後にした。

 

 

 

花屋を出たところで、ハルはスグリに出会った。

「……あれ? ハル君じゃん。もしかしてジム戦帰り?」

「うん。たった今バトルが終わったところだよ」

ハルがそう返すと、スグリはニヤッと笑みを浮かべ、

「で、どうだったのさ。勝った?」

「うん。ギリギリだったけど、何とか勝てたよ」

ハルははにかんでバッジケースを開き、フローラルバッジを見せる。

「へーえ、やるじゃん。ハル君に追いつかれちゃったなぁ。ま、俺は今からここのジム戦に勝つから、すぐに追い越すけどね。昨日、近くの林で新しいポケモンも捕まえたし」

スグリが得意げに話していると、

「あら、また挑戦者の方ですの?」

店の奥からイチイが出てきた。ジム戦を終え、花屋の仕事に戻ろうとしたところだろうか。

「って、あら、ハル君のお友だちですのね」

「まぁね。バッジの数で追いつかれちゃったから、追い抜きに来たわけよ。あ、俺はスグリ。よろしく」

「ジムリーダーのイチイですわ。スグリ君、自信満々のようですが、簡単には勝たせてあげませんわよ? それと……」

明るい笑みを浮かべるイチイだが、少し申し訳なさそうな表情になり、

「来ていただいたのに申し訳ないのですけれど、少しポケモンを休ませてあげてもよいかしら? 私のポケモンも連戦になってしまうし、そうなるとベストコンディションで戦うことができませんのよ。一時間もあれば充分元気になるでしょうけれど」

あれだけ戦って一時間で万全になるあたり、流石はジムリーダーのポケモンと言うべきか。

「うーん、そう言われちゃ仕方がないね。分かった、少し時間を潰して、また来るよ」

と、そんな時。

「ハル……! イチイさん……!」

二人を呼ぶ声が聞こえた。聞こえただけならいいのだが、その聞こえた声が間違いなく友人の声だ。

しかも、泣き声。

振り向いた先にいたサヤナの顔は、涙に濡れていた。

「ちょ……どうしたの? 大丈夫?」

「おやおや、昨日ジムに来たサヤナさん? 一体どうされたんですの?」

イチイが進み出て、サヤナの頭を撫でながら尋ねる。

普段から感情の忙しいサヤナだが、それでもこの号泣っぷりは異常だ。

言葉にならない泣き声を漏らしていたサヤナだが、イチイに慰められ何とか落ち着いて言葉を発する。

 

「わ、私のポケモンが、変な二人組の男の人に盗られちゃったの……!」

 

「ええっ!?」

「な、何ですって!?」

早い話が、ポケモン泥棒。

「あの、ちょっといいかな。サヤナちゃんだっけ、ポケモンを盗まれたのはどこ?」

真っ先に声を掛けたのは、サヤナとは初対面となるスグリだった。

「近くの……林……ポケモンを特訓してて、帰ろうとしてボールに戻したの。そうしたら、急に後ろから突き飛ばされて、転んで……」

「分かった、あそこか。格好は覚えてる?」

「背の高い……真っ黒な二人組……林の中も薄暗くて、見失っちゃった……」

恐らく、サヤナが昨日特訓をすると意気込んでいた林だろう。

「よし……ハル君、行くよ。ジム戦は後回しだ。先に盗まれたポケモンを取り返す」

「うん! サヤナ、待ってて。すぐに取り戻してくるから!」

スグリが駆け出し、ハルも急いでそれに続く。

「ちょっ……お二人とも、すぐに追いかけますわ! 無理はなさらず! サヤナさん、貴方は少しここで待っていてくださいね。クネニさん、すみませんがこの子をお願いしますわ!」

イチイは一旦店の奥に引っ込むと、店長に事情を話して、すぐに二人の後を追う。

 

 

 

薄暗いこの林は、シュンインの林と呼ばれる。

そこまで広くはないが野生ポケモンは多く生息しており、新米トレーナーたちの特訓の穴場とされている。

「す、スグリ君! この道で合ってるの?」

ハルとスグリは現在、林の中を突っ走っている。

ハルはひたすらスグリの後をついて走っているだけなのだが、

「ああ。こいつが案内してくれてるから大丈夫さ」

スグリ曰く間違いないようだ。

そのスグリの前方には、大きな耳をした紫色の蝙蝠のようなポケモンが、二人を先導して飛んでいる。

 

『information

 オンバット 音波ポケモン

 薄暗い森や洞窟に生息。耳から

 超音波を発して暗いところでも

 周囲の様子を正確に把握できる。』

 

「オンバットはここで捕まえたポケモンなんだ。この林は庭みたいなものだし、超音波を使えば人がどこに何人いるかも把握できる」

茂みをかき分けて進みながら、スグリは説明する。

「ここを特訓の場に使うのは新米トレーナーばかり。泥棒は背の高い二人みたいだから、大人の二人組を見つければそいつらが犯人でほぼ確定さ。オンバットはもう二人組の大人を見つけてる」

「だけど、大人の二人組なんでしょ? 僕らじゃ勝てないかも……」

「いーや、それはないね」

そこに関しては、スグリは断定した。

「急に後ろから突き飛ばされたってことは、初心者トレーナー、しかも女の子相手に不意を突かないとポケモンを奪えないってこと。どうせ大した使い手じゃないさ、オレとハル君でぶっ飛ばしてやろう」

しばらく進むと、不意にスグリが立ち止まり、ハルを制す。

「わっ……」

「静かに。奴らはもうすぐそこにいるよ。止まって休憩してるみたいだから、チャンスだ」

できるだけ静かに、ゆっくりと二人は進む。

すると近くの木陰から、男の話し声が聞こえてきた。



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第9話 謎の組織『ゴエティア』

「まぁ、まずまずの収穫ってとこか」

「コフキムシはどうでもいいな。だがこっちのアチャモは珍しいポケモンだぜ」

ハルとスグリが少しずつ忍び寄っていることにも気付かず、二人の黒ずくめの男は木の幹にもたれ掛かり、座り込んで話している。

「……コフキムシにアチャモ、間違いないよ。あいつらがサヤナのポケモンを奪ったやつだ」

「オッケー。それじゃ、サクッと片付けますか。ハル君、そっちから大声で出てって」

スグリはオンバットをボールへ戻し、作戦を開始する。

「お前たち! サヤナのポケモンを返せ!」

まず正面から、ボールを構えたハルが飛び出す。

「なっ!?」

「追っ手だと!?」

慌てて二人の男は立ち上がる。

「お、おい! 逃げるぞ!」

「落ち着け、相手はガキ一人だ。俺たちが二人で掛かれば……」

そしてごちゃごちゃ喋ってる二人の後ろから、

「一人じゃないし、お兄さんたち、もう逃げらんないよ」

逃げ道を塞ぐように、ボールを手にしたスグリが現れる。

「く、くそ! こうなれば!」

「ああ、力尽くだ!」

突然現れたとはいえ子供二人にビビっているあたり、やはり大した使い手ではないらしい。

ともあれ逃げることを諦めたのか、黒ずくめの二人もモンスターボールを取り出した。

「行け、フシデ!」

「やっちまえ、ポチエナ!」

ハルに相対する男は赤く丸っこいムカデのようなポケモンを、スグリに相対する男は黒い小型のオオカミのようなポケモンを繰り出す。

 

『information

 フシデ ムカデポケモン

 体は小さいが凶暴な性格で天敵の

 鳥ポケモンにも毒の牙で噛みついて

 反撃。触覚で獲物や外敵を察知する。』

 

『information

 ポチエナ 噛みつきポケモン

 動くものを見つけるとすぐに噛みつき

 逃げる相手はしつこく追いかけるが

 反撃されると尻尾を巻いて逃げる。』

 

「虫タイプなら、頼んだよ、ヤヤコマ!」

「こいつで充分っしょ。出てこい、ブイゼル!」

ハルとスグリも、それぞれ戦闘に入る。

 

 

 

「フシデ、糸を吐く!」

「ヤヤコマ、火の粉だ!」

フシデが白い糸を吐き出し、ヤヤコマを拘束しようとするが、ヤヤコマは無数の火の粉を吹き出し、その糸を燃やしてしまう。

「フシデ、ポイズンボール!」

「躱して疾風突き!」

糸が当たらないのを見ると、フシデは毒素を固めた球体を放つが、ヤヤコマはそれをひらりと躱し、高速で突撃する。

「くそっ……フシデ、受け止めろ! 虫食いだ!」

フシデが口を開いて迎え撃とうとするが、それよりも早くヤヤコマが嘴でフシデを突き飛ばした。

「くっ、フシデ、毒を浴びせろ! ポイズンボール!」

再びフシデが毒素を固めた弾を放つが、

「ヤヤコマ、エアカッター!」

ヤヤコマは翼を羽ばたかせて風の刃を飛ばし、毒の弾を切り裂いて壊し、さらにフシデ本体も切り刻む。

「一気に決めるぞ! ヤヤコマ、火の粉!」

連続攻撃を受けてフシデが数歩下がったところに、ヤヤコマは口から火の粉を吹き出し、フシデの体を焦がす。

炎を浴び、黒焦げになったフシデは、そのまま目を回して動かなくなった。

 

 

 

「ブイゼル、アクアジェット!」

ブイゼルが水を纏い、猛スピードで突撃を仕掛ける。

「ポチエナ、噛み付く!」

ポチエナは迎撃しようと口を開くが、その時には既にポチエナはブイゼルに突き飛ばされていた。

「速い……っ! ポチエナ、突進!」

「遅いっての! ブイゼル、瓦割り!」

立ち上がったポチエナが地面を蹴って突撃を仕掛けようとするが、その瞬間にブイゼルに脳天へ手刀を叩きつけられ、再びよろめく。

「くそっ! ポチエナ、噛み付く!」

「これで決めようか。ブイゼル、水の波動!」

ポチエナが口を開けたその瞬間、ブイゼルがその口の中に水の弾を叩き込んだ。

ポチエナの口の中で水が炸裂し、派手に吹き飛ばされ、ポチエナはそのまま戦闘不能になった。

 

 

 

「嘘だ……俺のフシデが、こんなガキに……?」

「こんなに早くやられるなんて……そんなバカな!」

どうやら男たちはこれ以上ポケモンを持っていないらしい。

相手は子供とはいえ、ポケモンを引き連れている以上腕ずくで抑えるわけにもいかない。

「さぁて、そろそろ観念してもらおうかな」

「サヤナのポケモンを、返してもらうぞ」

ハルとヤヤコマ、スグリとブイゼルに囲まれ、追い詰められる二人組。

その時だった。

 

ズドォン!!! と。

轟音が響き、林に何かが落ちてきた。

 

「うおっ……!」

「な、なんだ!?」

スグリが飛び退き、ハルも後ずさりする。

木々がなぎ倒され、砂煙が上がる中、

「……いつも言ってるんだけどさぁ、もう少し安全に着地できないかなぁ? ぼくは別に怪我しないけど、誰か押し潰しちゃったらどうすんのさ? ま、どーでもいいけど」

砂煙の中から声が聞こえる。

少年のものにしては高いが、少女のものにしては低い。そんな声だった。

やがて砂煙が晴れると、そこには一人と一匹。

まずはポケモン。鋼の円盤のようなボディに、二本の鉄腕がくっついている。

 

『information

 メタング 鉄爪ポケモン

 腕を後ろで折りたたみ時速100キロ

 で空を飛ぶ。鋼の体はジェット機に

 激突しても傷つかないくらい頑丈だ。』

 

鋼のポケモン、メタングが無機質な赤い瞳を光らせ、周囲を見回す。

そして、メタングの上に腰掛ける人影。

着地の衝撃でずれた金色の王冠を欠伸をしながら被り直し、長い黒髪を腰のあたりまで垂らし、肩を露出させた丈の長い赤いマントのようにも見える服を着ており、足はなぜか裸足。体つきも身長も少年にも少女にも見え、性別が分からない。

「見ーつけたっと。ったく面倒くさいな、なんでこんなところにいるんだよ。あ、それ没収ね」

悪態をつきながら謎の人物は黒ずくめの二人からサヤナのボールを取り上げ、ハルとスグリの方に向き直ると、

「君たち、これを取り戻しに来たんでしょ? これ別にいらないから君たちに返すけど、代わりにこいつら引き渡してくんない?」

何気ない様子で首を傾け、二つのモンスターボールを手の中で弄び、そう尋ねる。

「……その前に」

スグリがブイゼルを連れたまま、一歩踏み出す。

「取引を持ちかける前に、自己紹介の一つくらいしたらどうなのさ」

「あらぁ? 気の強いやつがいたもんだ。こんな胡散臭い男に会話を求めるなんてさ。そういうの嫌いじゃないけど、関わる相手は選んだ方がいいよ」

スグリに詰め寄られても、この人物――どうやら男らしい――は顔色一つ変えない。

「ゴエティア。その名前を聞けば、分かるんじゃないかな? ぼくたちに関わらない方がいいってことくらいは」

「なっ……ゴエティアだって?」

刹那。

スグリの表情から、余裕が一瞬にして消えた。

だが目の前のスグリなど気にも留めない様子で、謎の少年はハルの顔を見つめる。

「んー? 君はこっちの地方の人間じゃないのかな? マデルの人間なら絶対に分かるはずなんだけど」

歴史の勉強が足りないなぁ、と少年はケラケラと笑い、

「じゃあこっちなら分かるかな? 百年前、マデル地方に大紛争を起こし、最終的には七人の英雄によって打ち倒された組織。それが、ゴエティアなのさ」

「……! それって……」

ハルも思い出した。引っ越しの日に、ミツイの車の中で読んだ歴史書に書かれていたものだ。

「ぼくたちの組織の名は、まさに『ゴエティア』。百年前の、いや、六百年も前に栄えたマデル王国の王の思想を理解し、崇拝する者たち」

ニヤリと。

王冠の少年は、顔いっぱいに悪戯な笑みを浮かべ、

「かつての王には悪魔と呼ばれる72の部下がいた。此度、王の下に集いしはその中の七人。我ら七人の悪魔、魔神卿が王を支え、再びこの世界を支配するんだ。そして、ぼくはその中の一人」

ようやく、その名を明かす。

 

「ぼくはパイモン。ゴエティアの王に仕える七人の悪魔、魔神卿のうちの一人だよ」

 

そう、名乗った。



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第10話 聖冠の少年

「パイモン……魔神卿……?」

ハルにとってはよく分からない言葉ばかりだが、とりあえずこの少年が何をしに来たのかは分かった。

「まあとりあえずこれは返すね。ほいっと」

パイモンは無造作に、サヤナのモンスターボールを二人へ投げ渡す。

慌ててハルが二つのボールを受け止めると、パイモンは再び大きく欠伸をし、

「ふわぁ……んじゃ――」

「ちょっと待ちなよ」

撤収しようとしたパイモンを呼び止めたのは、スグリだった。

「性格上、悪人は放っておけないんだよね。ゴエティアを名乗ってるけど、ポケモン泥棒するような卑怯なやつの上司だ、あんただってろくなやつじゃないんだろ? オレがぶっ飛ばしてやるよ」

「……ふぅーん」

ボールを取り出したスグリを、パイモンはじっと眺め、

「あくまでやる気なんだねぇ。そういう姿勢は素晴らしいと思うけど、強気と無謀は違ってことを教えてあげる必要があるね。ま、君たちはまだ新米トレーナーみたいだから、優しく教えてあげるよ」

派手な赤服の袖から、モンスターボールを取り出した。

「やっちゃえ、スピアー!」

 

『information

 スピアー 毒蜂ポケモン

 非常に縄張り意識の強いポケモン。

 体格の大きな相手は群れで襲い

 無数の鋭い毒針で仕留めてしまう。』

 

黄色い大型の蜂のようなポケモンが現れた。特徴的なのは両腕と腹部の大きな毒針だ。

「ハル君、サポート頼むよ」

パイモンから目線を離さず、スグリはハルへ声を掛ける。

「こんなのでも一応相手のボス格だ。二人掛かりで速攻で決めよう」

「わ、分かった。出てきて、リオル」

「ジュプトル、出番だ」

ハルはリオルを出してスグリの横に並び、スグリはエースであるジュプトルを繰り出す。

「始めるよ。ジュプトル、タネマ――」

 

「必殺針!」

 

一瞬だった。

ズドン!!! という轟音と共に、スピアーを中心として周囲の地形がクレーターの如く凹んだ。

ジュプトルが動くよりも早く、スピアーが腹部の毒針を地面に思い切り突き刺した。

たったそれだけ。

たったそれだけで、林の地形の一角が削り取られたのだ。

「なっ……!?」

「ッ……!」

ハルもスグリも、完全に動きが止まっていた。

スピアーに圧倒され、動けなかった。

「今のは警告だよ」

パイモンの笑みの中に、明らかに邪悪な何かをハルは感じ取った。

「どう? これでもまだやる? これ以上やるっていうんなら、次は今の一撃をそのまま君たちのポケモンにぶつけるけど」

「っ……スグリ君」

「……分かってる。ここは退こう、オレたちじゃ勝てない」

悔しそうにそう呟き、スグリはジュプトルをボールへと戻し、引き下がった。

ハルも同感だった。今の自分では、たった一撃で地形を変化させるパワーを持つポケモンとは到底やり合えない。

「うんうん、これで分かってくれたみたいだね。物分かりのいい子は嫌いじゃないよ」

わざとらしくニコニコ笑いながら、パイモンは座ったまま黒ずくめの男二人の方に向き直る。

「あぁ……パイモン様、助けてくださりありがとうございました」

先ほどまでの威勢はどこへやら、男たちは途端に情けない声を上げて下手に出る。どうやら『ゴエティア』の下っ端構成員らしい。

だが、

「は? 誰がお前たちを助けに来たって?」

笑みを浮かべたままのパイモンの口調は、悪魔のような冷たい声へと変わる。

「お前たちヴィ姐のとこの隊員だよね? ヴィ姐にさ、規律が守れない構成員二人組が手に負えないから連れ戻してくれって言われたから、わざわざ連れ戻しに来たんだよ。どうしてぼくがお前たち下っ端なんかをいちいち気にかけなきゃいけないのさ。おまけに勝手に問題起こして追い詰められて……もういいや。お前たちみたいなバカはもうゴエティアにはいらない。ヴィ姐も愛想尽かしてたし、連れて帰って処刑ね」

そこまで言ったところで、そうだ、とパイモンはハルとスグリの方を振り返る。

「百年前の話なんだけどね。かつて王を打ち倒した七人の救世主は、ちょうど君たちくらいの歳の少年少女だったんだ。特に、後ろの君」

パイモンはハルを指差し、

「君はその時の救世主の一人になんだか似ている。だからぼくは今、君たちという存在に期待を寄せ始めてるんだ。今は弱っちくても、いずれぼくたちの好敵手になるんじゃないかって。だから君たちを始末するのはその時まで待ってあげる。パイモンさんは気に入った人間には優しいのだ」

と、その時。

 

「ウツボット、自然の力!」

 

女性の声が響き、直後、地面から植物のツルが一斉に飛び出し、パイモンのスピアーに襲い掛かった。

ツルの無数の殴打を受け、スピアーが吹き飛ばされる。

「自然の力……ハードプラントかぁ。なんだよ、出て来なよ。誰?」

面倒臭そうに頭を掻きながら、パイモンが襲撃者の方に目をやる。

「ハル君、スグリ君! 遅れて申し訳ありませんわ」

現れたのはジムリーダー・イチイ。隣には食虫植物のような黄色いポケモンを連れている。

 

『information

 ウツボット ハエとりポケモン

 普段は蜜の香りで獲物の接近を待つが

 時には積極的に狩りを行う。長い

 ツルで獲物を縛り大口でひと呑み。』

 

ウツボットという草タイプのポケモンのようだが、見た感じからしてチェリムより明らかに強い。イチイの本来のエースポケモンだろう。

「なるほど、この者がポケモン窃盗の犯人……いえ、その親玉、と言ったところでしょうか。二人とも、後は私にお任せくださいな」

ハルとスグリを下がらせ、イチイとウツボットがパイモンと対峙する。

「あーあ、ジムリーダーが来ちゃったかぁ。ま、でも」

パイモンが不敵な笑みを浮かべると共に、林の奥からスピアーが舞い戻る。

「せっかくだ。実力の違いを教えてあげよう。スピアー、シャドースピア!」

スピアーの両腕の毒針が、黒い影に覆われる。

漆黒の影は巨大な槍に形を変え、二対の影の槍を構えたスピアーが羽音を響かせ突撃を仕掛ける。

「ウツボット、パワーウィップ!」

対するウツボットは長いツルを思い切り横薙ぎに振るう。

横からツルを叩きつけられてスピアーの軌道が逸れ、巨槍を携えたスピアーは勢い余ってウツボットのすぐ横をすっ飛んで行き、

「自然の力!」

ウツボットが長いツルを地面に突き刺すと、大地が揺れると共に無数のツルが地面から飛び出す。

自然の力はそれを使うポケモンの実力によっても、行使できる技が異なる。実力の極めて高いポケモンが木々に囲まれた林の中で自然の力を使えば、それは草タイプ最強クラスの技“ハードプラント”へと変化するのだ。

だが。

「スピアー、必殺針!」

腹部の毒針を突き出し、上空からスピアーが黄色い弾丸の如く飛来する。

スピアーの毒針は無数のツルを容易く引き裂き、貫き、ウツボットへとぶち込まれ、派手に吹き飛ばした。

「そんなっ……!? ウツボット、大丈夫ですか!?」

ウツボットが木の幹に叩きつけられる。甲高い呻き声を上げて何とか起き上がるが、受けたダメージはかなり大きい様子。ハルのような素人でも見て分かるレベルの大ダメージだ。

当のパイモンはといえば、相変わらず気怠げに欠伸をし、

「なーんで揃いも揃ってそんなに躍起になるのかなぁ? ぼくは別に君たちに危害を加えようとしてるわけじゃないんだけど」

面倒くさそうにぼやくその態度は、とてもイチイの存在を脅威と認識しているようには思えなかった。

「ま、今ので実力の差は分かったでしょ? んじゃぼくもう行くね……って、あいつら逃げやがった……」

パイモンが急に忌々しそうに呟く。

今の騒動の隙を突いて、黒ずくめの二人組はいつのまにかその場からいなくなってしまっていた。

「まぁいいや。まだそんな遠くには行ってないはずだし、後で処分しとこ。行くよメタング。スピアーも」

主君の指示を受け、パイモンを乗せたメタングは赤い瞳を光らせ、腕を折りたたんで浮上する。

「名前は覚えたよ。じゃあね、ハル君、スグリ君」

それだけ言い残し、パイモンはメタングとスピアーと共に飛び去っていった。

 

 

 

事件の後、すぐにイチイは警察へとゴエティアなる組織について連絡。

ハルとスグリは、奪われた二匹のポケモンを無事サヤナへと届けた。

「よかった……よかったぁ! アチャモ、コフキムシ……怖い思いさせてごめんね……!」

大事なポケモンが帰ってきて、サヤナは半泣きで二匹を抱きしめる。

「ハル、それにスグリ君、ほんっとうにありがとう! イチイさんも、ありがとうございました!」

「いえいえ、当然のことをしたまでです。貴女のポケモンも無事で何よりですわ」

窃盗の犯人こそ取り逃がしてしまったが、後は警察に任せることになったようだ。

「さて、それではスグリ君、ジム戦のお約束でしたわよね」

イチイがにっこり笑い、スグリの方を向くが、

「あっ……ごめんイチイさん、今日はやっぱりパスで」

当のスグリは申し訳なさそうに両手を合わせる。

「あら、どうされたのですか?」

「実はさっきヒサギ兄からメッセージが届いてさ、大会の準備を手伝ってほしいって言われちゃったんだよね。オレってカザハナシティ生まれで小さい頃からよく隣の家のヒサギ兄に遊んでもらってたから、あの人に頼まれると断れなくてさ。大会終わったらまた挑戦しに来るから」

「まあまあ。そういうことなら、仕方ありませんわね」

そんじゃね、とスグリは手を振り、駆け足で去っていった。カザハナシティへと向かったのだろう。

「それじゃイチイさん、代わりに私がジムに挑戦してもいい? アチャモたちも戻ってきたし、特訓自体はちょうど終わったところだったから!」

さっきまで半泣きだったサヤナは、いつのまにかいつも通り元気な姿に戻っている。

「ええ、構いませんわよ。特訓の成果、見させていただきますわ」

「やったー! ハル、せっかくだし私の試合、見てってよ! 成長した姿を見せてあげる!」

これにて一件落着。ハルはサヤナに連れられ、サヤナのリベンジマッチを見届ける。




《必殺針》
タイプ:虫
威力:120
物理
ありったけの力を込めた針や棘で渾身の一撃を叩き込む。

《シャドースピア》
タイプ:ゴースト
威力:90
物理
黒い影を纏った棘で突き刺す。急所に当たりやすい。

※威力はあくまでも目安です。ゲームに実在したらこれくらい……程度のものですのでご了承ください。


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カザハナシティ編――ライバル
第11話 バトル大会! inカザハナシティ


サヤナとアチャモは追い詰められていた。

「くぅ……アチャモ、まだ立てる?」

というのも、アチャモの主力となる火の粉は特殊技。日照りで強化されるとはいえ、フラワーギフトによって特防の上昇しているチェリムにはダメージを軽減されてしまう。

チェリムにもダメージは蓄積しているが、アチャモの方が疲労が大きい。

チェリムのエナジーボールを正面から受けてしまったアチャモだが、まだなんとか立ち上がり、勇ましく鳴き声を上げる。

「さあ、サヤナさん。貴女の特訓の成果、もっと見せてくださいな! チェリム、マジカルリーフ!」

かなり疲弊してきたアチャモに対し、チェリムが周囲に光る無数の木の葉を浮かべる。

だが、ここで。

「もちろんです! アチャモ、ここからだよ!」

サヤナが強気に言葉を返すと同時に、アチャモの体が赤いオーラに包まれる。

ギリギリまで追い詰められたことで、アチャモの特性、猛火が発動したのだ。

「……なるほど、それを狙っていたのですわね。ですが、既にマジカルリーフは発射されていますわよ」

輝く必中の木の葉が、アチャモを仕留めんと襲いかかる。

 

「アチャモ! 特訓の成果、新しい技を見せよう! 弾ける炎!」

 

アチャモが大きく息を吸い込み、口から火の粉ではなく、炎の弾を噴き出した。

炎は激しく火花を散らしながら突き進み、マジカルリーフを焼き尽くし、さらにその奥のチェリムを捉えた。

「な、なるほど……! 最後の技を、ずっと隠し持っていたのですわね!」

日照り、そして猛火によって超強化された炎技を効果抜群で受ければ、さすがのチェリムもただではすまない。

飛び散る火花と共に地面に倒れ、戦闘不能となってしまった。

「チェリム、戦闘不能です。アチャモの勝利! よってこのバトル、チャレンジャー・サヤナの勝利となります!」

「やったー! アチャモー! 今のカッコよかったよー!」

サヤナが両手を広げてアチャモに駆け寄ると同時に、アチャモもくるりと振り向いてサヤナの元へ駆け出す。

腕へ飛び込んでくるアチャモを抱きしめ、くるくる回って大はしゃぎだ。

「頑なに四つ目の技を使わないから何か隠しているとは思っていましたけれど、まさか弾ける炎を覚えていたとは。ちゃんと成長していましたわね、サヤナさん」

「えっへん、もちろんです! コフキムシと私と三人で、いっぱい頑張ったもんね!」

顔いっぱいに満面の笑みを浮かべるサヤナに合わせて、アチャモも、ピィ! と元気に鳴く。

そんなサヤナたちを見てイチイは微笑み、

「では、サヤナさんにも。ポケモンリーグ公認のジムバッジ、フローラルバッジと、シュンインジムお手製のバッジケースですわ」

「わぁ、やったぁ! ありがとうございます! にひひー、これでハルに並んだよ! 次は追い越すからね?」

初めて貰ったジムバッチを手に、サヤナは得意げにハルの方を振り返る。

「おめでとうサヤナ、いいバトルだったよ。僕も負けてられないね」

サヤナのリベンジマッチも無事達成、といったところで、

「二人とも、次はカザハナシティに行くのですわよね。カザハナはここからハツヒタウンまでよりも少し長い道のりになりますわ。色々ありましたし、今日はシュンインで休んでいかれては? 旅には休息も大事ですわよ」

「そうだね。私も今日は泣いたり笑ったりでへとへとだよ」

一日の中でポケモン泥棒に遭ったり、ジム戦に勝利したり。いくら元気いっぱいのサヤナでも、さすがに疲れてしまうだろう。

「うん。それじゃあ、今日はポケモンセンターで休もうか」

「それがいいですわね。それじゃ、二人ともこの先も頑張ってくださいね。また何か困ったことがあったらいつでも連絡してくださいな。私でよければ、力になりますわ。カザハナシティの大会も応援してますわよ」

「はい、ありがとうございます!」

「イチイさんも、お元気でー!」

イチイに別れを告げ、二人は花屋を後にする。

ポケモンセンターの宿舎で休んで、明日はカザハナシティへ出発だ。

 

 

 

マデル地方では、他の地方と比べてよりポケモンバトルによる街の活性化に力を入れている。

そのため、様々な街でジムリーダーやテレビ局、ポケモンリーグ本部などが協力して不定期にポケモンバトル大会を開催しているのだ。

そして、

「やっと着いた……ここがカザハナシティかぁ」

「シュンインシティと比べて、なんだか地味じゃない?」

「うーん……あの街が花のおかけで派手に見えるから、比べるとね」

きちんと整備されているがあまり派手さは感じられず、質朴な街並みだ。

道場のような建物がいくつか見られ、街の一角には巨大なテントが張られている。大会の会場用に作られたものだろう。

また、隣町であるヒザカリタウンとはカザカリ山道という山道で繋がれており、他の道路と比べて険しい道のりになるようだ。

ひとまず二人はポケモンセンターへ寄り、公共スペースのソファーへと腰掛ける。

「ハル、大会って明日だよね?」

「そうだね、だけどもうエントリーはできるみたいだよ。アルス・フォンで直接申し込めるってさ」

バトル大会情報のアプリから進むと、すぐにエントリー画面が出てきた。

そこに示された通りに必要事項を入力していけば、

「よし、これで完了みたい。サヤナ、登録できた?」

「ばっちりだよ! でも大会って言葉を聞くと、ちょっと不安になるんだよね……」

「そうだね……でも今回の大会の参加者はみんなバッジ二個までの初心者だし、きっと何とかなるよ」

「うん! もしバトルすることになったら、真剣勝負だよ!」

いよいよ明日。

マデル地方恒例のバトル大会、カザハナ大会が開幕となる。

 

 

 

『さあ、まもなく始まります! カザハナシティバトル大会! 今回は特別に、今大会主催者、カザハナシティジムリーダー・ヒサギさんに来ていただきました!』

実況の男性がマイクを片手に、試合会場を盛り上げる。

『それではヒサギさん、今日は試合解説のほど、よろしくお願いいたします!』

 

『information

 ジムリーダー ヒサギ

 専門:格闘タイプ

 肩書き:静かなる闘志(サイレンスファイター)

 悩み:人見知り』

 

『……ああ。よろしく頼む』

男――ヒサギはなんだか無愛想に返事を返すが、観客席からは拍手や歓声が起こる。やはりジムリーダーともなれば注目を集めるだろう。

『さて、それでは早速参りましょう! カザハナシティバトル大会、いよいよ開幕です!』

会場が歓声に包まれ、選手の入場だ。

『まずは一回戦、第一試合! ハル選手と、リオン選手の対戦です!』

『二人とも既にバッジを一つ獲得しているな。ハル君はシュンインジム、リオンさんはヒザカリジムのジムバッジを持っているそうだ』

ハル、まさかの第一試合。

小さな大会とはいえそれなりの数の観客に見られるポケモンバトルは、ジム戦とはまた違った緊張感を覚える。

対戦相手のリオンは背が高めの金髪ポニーテルの少女。バッジはお互いに一つ。

『バトルは一対一。先に相手のポケモンを倒した方が勝利となります。第一試合、スタートです!』

試合開始の合図と共に、二人はボールを取り出し、それぞれのポケモンを繰り出す。

「出てきて、ヤヤコマ!」

「お願い、コンパン!」

ハルが選んだのはヤヤコマ。対するリオンのポケモンは、紫色の体毛に覆われ、赤い複眼を持つ丸っこい虫ポケモンだ。

 

『information

 コンパン 昆虫ポケモン

 ふさふさに見える体毛は細くて硬い

 ので押してみるとちくちくするが

 毒を浴びるので触ってはいけない。』

 

『ハル選手はヤヤコマ、リオン選手はコンパンを繰り出しました!』

『タイプ相性でいえばヤヤコマの方が有利だな。ヤヤコマはスピードも速い』

『つまり、このバトルはハル選手が有利ということでしょうか?』

『そうとも言い切れない。コンパンは豊富な補助技を得意とする毒・虫タイプ。上手くヤヤコマを撹乱できれば、勝機は充分にある』

無愛想ではあるが、解説はきっちりこなすヒサギ。さすがはジムリーダーだ。

「それでは、バトル開始!」

審判が合図を告げると共に、両者のポケモンが動き出す。



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第12話 カザハナ大会・一回戦

「よし、行くぞ! ヤヤコマ、電光石火!」

まず先手を取ったのはハル。

ヤヤコマが翼を広げて猛スピードで滑空し、コンパンを突き飛ばす。

「コンパン、サイケ光線!」

ひっくり返ったコンパンだがすぐさま起き上がり、上空のヤヤコマを見据え、巨大な目から光線を発射する。

「ヤヤコマ、躱して疾風突き!」

大きく旋回してサイケ光線を躱すと、ヤヤコマは嘴を突き出し、再びコンパンへ突撃を仕掛ける。

しかし、

「コンパン、毒の粉!」

ヤヤコマが眼前に迫った瞬間、コンパンは体を揺らして周囲に毒の鱗粉を撒き散らす。

ヤヤコマは毒の粉を至近距離で吸い込み、思わず動きが止まってしまう。

「シグナルビームだよ!」

そこにコンパンが目から色鮮やかな光線を撃ち出し、ヤヤコマを吹き飛ばした。

「っ、ヤヤコマ、大丈夫?」

ヤヤコマは少しだけ苦しそうに呻くも、すぐに気合の入った鳴き声を上げる。

シグナルビームは虫技なので効果は今一つだが、ヤヤコマは毒状態になってしまった。

『おおっと! ここでリオン選手のコンパン、ヤヤコマへと毒を浴びせました!』

『毒の状態異常……毒タイプの常套手段だな。このまま撹乱していけるかどうかだが』

しかし毒状態については、ハルはシュンインジムでもう身をもって学習している。

「長期戦は不利、毒が蓄積される前に倒す! ヤヤコマ、火の粉だ!」

「ならコンパン、サイケ光線!」

ヤヤコマが嘴から火の粉を吹き出し、コンパンは目から光線を放つ。

お互いの技が正面から衝突するが、

「疾風突き!」

その隙にヤヤコマは翼を広げて一気に急降下、地面すれすれに飛びながら一気にコンパンとの距離を詰める。

「っ、コンパン、虫食い!」

慌ててコンパンが牙を構えるが既に遅い。ヤヤコマの嘴がコンパンに命中し、その丸い体を突き、押し飛ばす。

「いいよヤヤコマ! エアカッター!」

「っ、コンパン、サイケ光線!」

ヤヤコマが翼を羽ばたかせて風の刃を飛ばし、コンパンは目から不思議な光を放つ光線を放射して迎え撃つ。

空気の刃は光線で何とか防ぐが、

「電光石火!」

続くヤヤコマの高速の追撃に対応できずに、突き飛ばされてしまう。

「うぅ……コンパン、シグナルビーム!」

体勢を立て直し、コンパンが今度は瞳から激しい光を放つ光線を放射するが、

「ヤヤコマ、躱して火の粉!」

素早く動き回るヤヤコマには光線が当たらず、隙を見せたところにヤヤコマの火の粉が降りかかる。

「今だヤヤコマ、エアカッター!」

ふらつくコンパンに対して、ヤヤコマは翼を羽ばたかせ、風の刃を飛ばす。

躱すことも出来ずにコンパンは風の刃に切り裂かれ、そのまま戦闘不能になってしまった。

「コンパン戦闘不能! ヤヤコマの勝利!」

『ここで決着がついた! 一回戦、第一試合の勝者はハル選手! リオン選手のコンパンを倒して、二回戦進出です!』

『ヤヤコマのスピードを生かした、いい試合運びだった。リオンさんのコンパンは苦手な相手と正面から向かわせすぎて、防戦一方になってしまったな。もう少し補助技で相手を翻弄できれば勝機はあっただろう』

ハルとリオンはそれぞれのポケモンを戻し、互いに一礼したあと、バトルフィールドを後にする。

 

 

 

「よし……一回戦は突破したぞ」

ロビーに戻ると、途端に緊張がほどける。第一試合だったこともあり、かなり緊張していたのだが、なんとか勝利できた。

「ハル、お疲れー! いいバトルだったよ!」

そんなハルをサヤナが笑顔で出迎える。

ちなみにこの大会、突発的な大会だったこともあり参加者はあまり多くない。トーナメント形式で三回勝てば優勝、つまり次はもう準決勝となる。

「よーし、次は私の番だね! にひひー、応援よろしくね、ハル!」

「うん。サヤナなら勝てるよ、頑張ってね」

 

 

 

そして。

『それでは只今より、一回戦、第四試合! サヤナ選手とミオ選手の入場です!』

『第一試合と同じく、バッジを一つ持っている二人の勝負となるな。どんなバトルを見せてくれるのか楽しみだ』

サヤナの試合、対戦相手は黄色の髪をした背の低い少年だ。

「よーっし、行くよ! アチャモ!」

「頼んだよぅ、ラルトス」

サヤナのポケモンはアチャモ、対戦相手ミオが繰り出したのは人間の幼児にも似たような姿をした白いポケモンだ。

 

『information

 ラルトス 気持ちポケモン

 生き物の感情を察知する力を持つ。

 近づいた者から少しでも敵意を感じ

 取るとテレポートで逃げてしまう。』

 

ラルトスというエスパータイプのポケモンのようだ。アチャモとはタイプ相性に有利不利はない。

『それでは、バトルスタートです!』

バトルが始まると同時、先に動いたのはサヤナだった。

「行っくぞー! アチャモ、電光石火!」

バトルが始まると同時に、アチャモが勢いよく飛び出す。

いきなりラルトスの距離を一気に詰め、そのまま突き飛ばすと、

「続けて火の粉だよ!」

さらに嘴を開き、無数の火の粉を吹き出す。

「ラルトス、妖精の風」

対してラルトスはどこからか白く輝く光を乗せた風を起こす。

白い風によって火の粉は風に流され、明後日の方向へと飛んでいく。

「ならアチャモ、つつく!」

火の粉は振り払われたが、ラルトスはまだ近くにいる。

アチャモがラルトスへと飛び掛かり、嘴を突き出すが、

「ラルトス、念力だよぅ」

両手をかざしたラルトスの手の先から、見えない力が迸る。

不可視の念力がアチャモの嘴の一撃と拮抗し、競り合った末にアチャモを押し返す。

『ミオ選手のラルトス、アチャモの連続攻撃を防ぎきった!』

『今のは念力……筋力が弱い代わりに強力な超能力で戦う、エスパータイプの常套手段だ。私の専門とする格闘タイプによく効く技の一つでもあるな』

押し返されたアチャモだが、まだまだやれるといった様子で勇ましく鳴く。

「あのラルトスはそんなに速くはなさそうだから……アチャモ、電光石火!」

ラルトスに勝るスピードを生かし、再びアチャモは地を蹴って飛び出す。

しかし、

「ラルトス、テレポート」

刹那、ラルトスの姿が消えた。

「ええっ!? ど、どこ!?」

慌てて周りを探すサヤナ。アチャモも急停止し、周囲を探る。

「続けて念力だよぅ」

直後、少し離れたところに不意にラルトスが現れる。

念動力を発生させて空気の流れを歪ませ、衝撃波を飛ばす。

「っ、アチャモ! 大丈夫!?」

念力による不可視の衝撃波を避けられず、アチャモがふらつく。

「ラルトス、もう一度テレポート」

アチャモが体勢を立て直した時には、再びラルトスは姿を消している。

「アチャモ、どこから来るかわからないよ。いつでも攻撃できるようにしておいてね」

再び周囲を警戒するサヤナとアチャモ。

少し間を置いて、ラルトスが今度はアチャモの正面に現れ、

「妖精の風だよぅ」

両手を突き出し、白く輝く風を呼ぶ。

「させないよ! アチャモ、火の粉!」

しかしここはアチャモの方が早かった。どこにラルトスが出てきても対応できるように、あらかじめ火の粉を溜めておいたのだ。

大量の火の粉を浴びたラルトスがよろめき、数歩後退りする。

「今だよアチャモ! 弾ける炎!」

その隙を逃さず、アチャモが口から炎弾を吹き出す。

体勢を崩していたラルトスに直撃し、火花を散らすとともにラルトスを吹き飛ばした。

「あっ、ラルトス……」

念力を得意とする代償なのかは分からないが、どうやら耐久力は低いらしい。

弾ける炎を受けて吹き飛ばされたラルトスは、そのまま床に倒れてのびてしまった。

「ラルトス、戦闘不能! アチャモの勝利!」

『決着がつきましたぁ! サヤナ選手のアチャモ、ラルトスの念力に翻弄されかけるも隙を突いた見事な一撃! 二回戦進出を決めました!』

『テレポート直後の火の粉はお見事だったな。ミオ君の攻めの姿勢も良かったが、あの場面ではもう少し慎重に立ち回るべきだったな』

サヤナも無事一回戦を突破し、互いに一礼してバトルフィールドから出る。

 

 

 

「サヤナ、お疲れ! いい勝負だったね」

「ありがとーハル! 二回戦も頑張ろうね!」

試合を終え、ロビーにて合流する二人。

そして全ての一回戦が終わったということで、第二回戦の組み合わせが発表される。ちなみに試合ごとに対戦相手はシャッフルされるため、トーナメント形式ではあるが次の相手に誰が来るかは分からない。

その、注目の二回戦の対戦相手は。

「うそ……!」

ハルにとって一番当たりたくなかった相手、スグリだった。



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第13話 速攻の自信家、再び

『それでは只今より二回戦、第一試合を開始します! ハル選手とスグリ選手の入場です!』

カザハナシティバトル大会、第二回戦。ハルの相手となるのは、強敵スグリ。

「久しぶり、ハル君。二回戦に上がってきたね。まぁ正直、ハル君なら一回戦突破くらいは余裕だと思ってたよ」

「まぁね。前回は負けたけど、今回はそうはいかないよ」

「へえ、そりゃ楽しみだ」

口元を小さく緩ませてスグリはボールを取り出し、まだ緊張の解けないハルもボールを構える。

「ハル君はまあまあ強いから……ジュプトル!」

「よし、頑張るよ、リオル!」

スグリのポケモンはジュプトル、対するハルはリオル。シュンインシティでのリベンジマッチだ。

『スグリ選手はジュプトル、ハル選手はリオルを繰り出しました! 一回戦、スグリ選手は対戦相手のアメタマを一分も掛けずに倒しています。対するハル選手はタイプ相性を生かして有利に試合を進め、そのまま勝利。さあ、この対戦カードはどうなるか!』

『二人とも素早さの高いポケモンを連れているな。スグリ君とは私もジム戦で戦ったが、彼のポケモンの機動力には目を見張るものがあった。ハル君のポケモンもスピードが高いが、一回戦のようにはいかないだろうな』

実況のアナウンサーとヒサギのコメントが入る中、いよいよバトルスタートだ。

「それでは、試合開始です!」

審判の声が響く。先に動き出したのはスグリとジュプトルだ。

「ジュプトル、燕返し!」

ジュプトルがバトルフィールドを駆ける。一気にリオルとの距離を詰め、右腕を振り下ろす。

「リオル、躱して!」

ジュプトルの振るう右手をどうにか躱すリオル。

だが間髪入れずに右足で蹴り飛ばされ、宙に打ち上げられる。

「だったら真空波だ!」

宙を舞いながらもリオルは腕を振り抜き、真空波を飛ばす。

以前とは違い、多少不安定な体勢でも狙って真空波を飛ばせるようになったが、

「遅い遅い! ジュプトル、電光石火!」

刹那、ジュプトルがその場から消える。

一旦壁まで飛んで真空波を躱しつつリオルの視界から消え、即座に壁を蹴って飛び出しリオルを突き飛ばす。

「っ、リオル、岩砕き!」

やられっぱなしではいられない。リオルも拳を握りしめ、右腕を振るうが、

「躱して二度蹴り!」

ジュプトルはその場で素早くリオルの腕を躱すと、返す刀で瞬時に二発の蹴りを叩き込んだ。

『スピードはどちらも優れているが、スグリ君のポケモンはそれに加えて攻撃前後の隙が非常に少ない。結果としてその時間を追撃や回避に当てられ、攻撃速度が速くなっていく』

ヒサギの解説する通り、スグリのポケモンは攻撃の隙が非常に少ない。

「くっ、リオル、発勁!」

リオルが右手に波導の力を纏わせ、再びジュプトルへと向かっていくが、

「ジュプトル、燕返し!」

それに合わせてジュプトルも突撃する。

リオルが腕を振り上げたところへ、ジュプトルの腕がラリアットの如く食い込み、リオルを吹き飛ばした。

「くっ……リオル、真空波!」

まだ何とか立ち上がり、腕を振って真空の波を飛ばすリオルだが、

「ジュプトル、躱して二度蹴り!」

真空波を躱して一気にリオルとの距離を詰め、ジュプトルは瞬時に二発の蹴りを放ってリオルを蹴り飛ばす。

そこで。

「そうだハル君。ジュプトルの新しい技、見せてやるよ」

スグリが、不敵に笑う。

「ジュプトル、リーフブレード!」

リオルの体勢が整わないうちに、ジュプトルが動き出す。

地を蹴って飛び出すと同時に、両肘に生えた葉が刃のように展開された。

「っ! リオル――」

ハルが指示を出すよりも早く。

ジュプトルの二対の刃が、リオルを切り裂いた。

立て続けに攻撃を受け続けたリオルの体力はついに限界に達し、戦闘不能となってしまう。

「リオル戦闘不能! ジュプトルの勝利!」

『決まりましたーッ! 二回戦第一試合、決着! スグリ選手、またしても速攻のバトルで瞬く間に試合を終わらせてしまいました!』

実況の声が響き渡り、会場が湧き上がる。

二人はポケモンをボールへと戻し、ハルはスグリへと言葉を掛ける。

「やっぱりスグリ君、強いね……また負けちゃったよ」

「へへっ、まあそれほどでもあるかな? ハル君に勝てばあともうそんなに警戒する人いないし、このまま突っ走って優勝しちゃうか」

「あ、あはは……頑張ってね」

相変わらず自信家なスグリだが、やはり強い。実際、彼の言う通り優勝まで突っ走っても何ら不思議ではないレベルだ。

だけどいずれ、スグリに勝ちたい。そんな思いをより強めつつ、あとはスグリとサヤナの試合を見届けるだけだ。

 

 

 

そして迎えた決勝戦。

対戦カードは、スグリ対サヤナ。

スグリは二回戦と同じくジュプトル、サヤナはアチャモで戦っているが、現在、スグリはタイプ相性で不利なはずのアチャモを圧倒している。スピードを武器に上手く立ち回り、タイプ相性を覆しているのだ。

「アチャモ、弾ける炎!」

「当たんないよ、ジュプトル、電光石火!」

アチャモが大きく息を吸い込むが、炎を吹き出すより前に動き出したジュプトルに突き飛ばされてしまう。

「うぅ、強い……アチャモ、こっちも電光石火!」

「ジュプトル、躱してからの二度蹴り!」

アチャモも高速で突っ込んでいくが、ジュプトルには躱され、直後に二発の蹴りを叩き込まれる。

「っ、アチャモ、火の粉!」

起き上がったアチャモは嘴を開いて無数の火の粉を放つが、

「遅い遅い、電光石火!」

既にジュプトルはそこにはおらず、アチャモは横から高速で突撃してきたジュプトルに再び突き飛ばされる。

「とどめっ! ジュプトル、リーフブレード!」

ジュプトルの両肘の葉が伸びて刃のように展開され、アチャモを切り裂く。

その一撃で、アチャモは地面に倒れ伏し、戦闘不能となってしまった。

『決勝戦、決着ーーッ!』

試合終了の合図と同時にアナウンサーの大きな声が響き渡り、観客たちがより一層湧き上がる。

『スグリ選手、タイプ相性をものともせずサヤナ選手のアチャモを撃破! 試合時間はどの試合も二分と掛かっておりません! 速攻のスグリ選手、カザハナシティ大会優勝です!』

『とんでもないトレーナーが現れたものだ。初めて戦った時にも感じたが、やはり今後の彼の活躍が楽しみだ』

勝敗の結果もさることながら、驚きなのは試合時間の短さ。スグリは全試合とも、あっと言う間と言える速度で勝負を決めてしまった。

その後、スグリが優勝商品であるポケモンの卵を受け取り、カザハナシティバトル大会は無事終了した。

 

 

 

大会後、スグリは少しハルやサヤナと話したあと、再びシュンインシティに向けて去っていった。

「スグリ君、本当に強かった……一応二位にはなれたけど、全然敵わなかったよ」

「正直、スグリ君なら優勝してもおかしくはないと思ってはいたけど……あんなあっさり優勝を決めるなんてね」

残ったハルとサヤナは、ポケモンセンターのロビーで大会の余韻に浸っていた。

「そうだ、サヤナは明日ジム戦行く? 今日解説をやってたヒサギさんのジムがあるけど」

ハルが尋ねると、サヤナは珍しく――といっては失礼だが――少し考え込み、

「うぅん、明日はちょっと休憩。ハル、先に行ってきていいよ」

「そ、そう? なら分かった。じゃあ今日は、もう休もうか」

大会を終えれば、二人もポケモンたちも休息の時。

ゆっくり休んで、明日はカザハナジムに挑戦だ。



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第14話 ジム前哨戦、格闘少女

改めて、カザハナシティ。

質朴で趣のある街並みで、そこまで大きな街ではないものの、ここでは最近ポケモンバトルに力を入れている。

バトル大会が行われたり、ジムリーダーのヒサギが格闘タイプ使いであることもあってか道場のような建物がいくつか立ち並び、街のショップにも先頭に役立つ木の実やアイテム、ポケモンを鍛えるのに役立つ栄養ドリンクなどの品揃えが充実している。

 

 

大会の翌日。

ハルは早速、ポケモンジムを訪れていた。

先ほども述べたようにこの街には道場のような建物がいくつがあるが、その中でも最も大きなもの。それがカザハナジムだ。

「失礼します……」

木製のドアを横にスライドし、ハルはジムへと入っていく。

内装はシュンインジムとは大きく異なる。壁は木造、床には畳が敷かれ、格闘タイプの使い手が集まりそうな雰囲気を醸し出す。

そして。

「チャレンジャーの方っスね!?」

ハルを出迎えたのは、赤いスポーツウェアを着て青い髪をポニーテールにした少女。歳はハルよりも上に見える。

「えっ? あ、はい! ハルといいます」

突然現れた少女に驚くも、返事をして名を名乗る。

「ハルっスね! あたしはアカメ! この道場で稽古に励むポケモントレーナーで、ヒサギさんの一番弟子っス!」

アカメと名乗った少女は顔いっぱいに笑顔を浮かべ、

「このジムは格闘タイプの使い手が集まる場所。格闘タイプ使い、それは日夜戦いへの努力を怠らない、強い闘志を持つものっス。もちろん、私もその一人っスよ」

「そ、そうなんですか……」

「もちろんっスよ! そして日々戦いへの努力を重ねる格闘タイプ使いは、常に戦いを求めているものっス!」

つまり。

「格闘タイプ使いに会ったなら、挨拶代わりにポケモンバトルしていくのが常識! さあ、ハル! ジム戦前に一丁、私と勝負するっス!」

 

 

 

どうやら、アカメに勝たないとジムリーダーに挑戦できないらしい。

そんなわけで、ジム戦の前哨戦。

ハルとアカメによるポケモンバトルが始まった。

「使用ポケモンはお互いに一体、先に相手のポケモンを倒した方が勝ち。いいっスね?」

「はい。始めましょう!」

「よーっし! それじゃあ出番だぜ、ヌイコグマ!」

アカメが繰り出すは、ピンクと黒を基調とした熊のようなポケモン。なんとなくだがぬいぐるみのようにも見える。

 

『information

 ヌイコグマ じたばたポケモン

 見た目は愛くるしく人気も高いが

 パワーは凄まじい。怒ると思い切り

 暴れて周囲のものを吹き飛ばす。』

 

ノーマル・格闘タイプを併せ持つポケモンのようだ。

「格闘タイプなら……出てきて、ヤヤコマ!」

対するハルのポケモンは、格闘タイプに有利な飛行タイプを持つヤヤコマだ。

「さあ、行くっスよ! ヌイコグマ、まずはぶん回す!」

バトル開始と同時、ヌイコグマが大きく跳躍した。

ヤヤコマの上を取って体を丸め、空中で高速回転を始めたかと思うと、そのまま弾丸のように突っ込んでくる。

「ヤヤコマ、躱してエアカッター!」

突撃の軌道は一直線。ヤヤコマは落ち着いてヌイコグマの回転攻撃を躱すと、翼を強く羽ばたかせて空気の刃を飛ばす。

「ヌイコグマ、じたばたっス!」

ヌイコグマが後ろ足で立ち上がり、前足をばたつかせる。

一見すると可愛げのある動きだが、ヌイコグマは前足のばたつきで空気の刃を砕いてしまった。

「なかなかパワーがあるな……だったらスピードで勝負だ! ヤヤコマ、撹乱するよ! 疾風突き!」

ヤヤコマが翼を広げて飛び出す。

ヌイコグマの頭上を猛スピードで旋回しつつ、隙を見て一気に突っ込む。

「速いっスね……! ヌイコグマ、迎え撃つっスよ! 瓦割り!」

再び上半身を持ち上げるヌイコグマだが、前足での攻撃よりも早くヤヤコマが突撃し、嘴で突き飛ばす。

「続けて電光石火!」

素早く距離をとったヤヤコマが再び翼を広げる。今度はヌイコグマを狙い、一直線に突っ込んでいく。

対して。

「ヌイコグマ、しっぺ返し!」

電光石火を食らったヌイコグマは怯まなかった。

そのまま前足を思い切り振り払い、ヤヤコマをぶん殴ったのだ。

「っ!? ヤヤコマ!?」

思いもよらない一撃を受け、ヤヤコマが吹き飛ばされる。

しかも火力がやたらと高い。しっぺ返しは悪タイプの技、効果抜群でもないのに、かなりのダメージを受けた。

「どうっスか、今の一撃! しっぺ返しは相手からの攻撃を受けた直後に使うと、威力が二倍になる技っス! 下手な牽制攻撃は通用しないっスよ!」

はっはー! といかにも自慢げにアカメが笑う。

だが厄介な技であることには間違いない。体勢を崩せなければすぐさま反撃を受けかねないとなると、ちまちま削るよりも一気に攻めた方がよさそうだ。

「よし、ヤヤコマ、反撃だよ! エアカッター!」

起き上がったヤヤコマは翼を広げて飛翔し、強く羽ばたいて空気の刃を飛ばす。

「ヌイコグマ、躱してぶん回す!」

対するヌイコグマは大きく跳躍すると再び体を丸め、高速回転しながら突っ込んでくる。

「だったら疾風突きだ!」

やはり軌道は直線的なので回避は簡単。

回転攻撃を躱すと、ヤヤコマは翼を広げて高速で飛び出すが、

「もう一度っス!」

ヤヤコマを捉えられず回転したまま床に激突したヌイコグマは、その反動で再び飛び上がる。

回転を続けたまま、さらにヤヤコマを狙ってきた。

「っ! ヤヤコマ、上! また来るよ!」

慌ててヤヤコマは横に急旋回するが、ヌイコグマの突撃が翼を掠め、体勢が乱れる。

「今度こそ! ヌイコグマ、瓦割り!」

空中でふらつくヤヤコマに対し、ヌイコグマが大きく跳躍してヤヤコマの上を取る。

そのまま前足を勢いよく振り下ろし、床へと叩き落とさんと迫る。

「させるか! ヤヤコマ、火の粉だ!」

しかしその直前。

咄嗟にヤヤコマが無数の火の粉を吹き出し、ヌイコグマに浴びせかける。

「炎技……! しまった、ヌイコグマ! 大丈夫っスか!?」

アカメが慌ててヌイコグマに呼び掛ける。

効果抜群ではないはずなのだが、火の粉を浴びたヌイコグマは大きく怯み、ヤヤコマへ攻撃できずに床に落ちてしまう。

「……なんだかよく分からないけど、チャンスだよ! ヤヤコマ、エアカッター!」

ヤヤコマが翼を羽ばたかせて空気の刃を飛ばす。

体勢の整わないヌイコグマにヤイバが直撃し、その身を切り裂く。

「これで決めるよ! 疾風突き!」

翼を広げて滑空し、ヤヤコマが一気に距離を詰める。

ヌイコグマが嘴で突き飛ばされる。効果抜群の攻撃を受け続けたこともあってか、目を回して倒れ伏してしまった。戦闘不能だ。

「ヌイコグマ!? ……くっそー、あたしの負けみたいっスね……」

アカメは悔しそうにヌイコグマをボールへと戻す。

「お見事っス、ハル! それじゃ、ジムリーダーの元へ案内するっスよ!」

「その前に、あの、ちょっといいですか?」

「ん? どうしたんっスか?」

奥の部屋の扉を開けようとしていたアカメだが、ハルに呼び止められて戻ってくる。

「ヌイコグマってノーマル・格闘タイプですよね? 炎が苦手なんですか?」

「あれ、もしかしてヌイコグマの特性を知らなかったんスか?」

ハルが尋ねると、アカメは少し驚いたような表情を浮かべ、

「ヌイコグマは、もふもふという特性を持ってるっス。これは直接攻撃のダメージを抑える代わりに、炎タイプの技を大ダメージで受けてしまう特性。てっきり知っててあのタイミングで使ってきたんだと思ってたっスけど、違うんっスか?」

「あ、そうだったんですか……いえ、実はあの時は咄嗟に攻撃できる技を選んだだけで……」

先制技を持つヤヤコマだが、既に瓦割りの攻撃を繰り出そうとしていたヌイコグマにそれ以上近づかせるのは危険。

なのでハルはヤヤコマの技の中では一番出の早い火の粉を選択したのだ。

「……ま、まぁ、ハルが勝ったってことには変わりはないっス! あっ、そうだ、ヤヤコマを回復してあげないといけないっスよね。あたしの傷薬をあげるっスよ」

そう言いながらアカメはハルに傷薬を手渡す。

戦いでの傷を癒してもらったヤヤコマは気分良さそうに鳴き、翼を広げた。

「それじゃ改めて、カザハナシティジムリーダー・ヒサギさんのところまで案内するっスよ。準備はいいっスか?」

「はい、お願いします」

アカメに連れられ、ハルはジムリーダーの待つ部屋へと進む。



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第15話 秘められし闘志、カザハナジム

「ヒサギさーん! ジム戦の挑戦者が来たっスよー!」

大声で叫びながら、アカメが扉を開く。

奥の部屋は、先ほどバトルを行なった部屋より少し広い。バトルフィールドは硬い木製で作られており、フィールドの周りは畳で囲まれている。

壁には『全力』と書かれた大きな旗が掛けられている。

そして、フィールドの向かい側には、昨日大会の解説席に座っていた男。

ベージュ色のシャツの上に青いベストを着ており、茶色の短髪はぼさぼさ。解説の時もそうだったが、あまり表情を変えないポーカーフェイス。

カザハナシティジムリーダー・ヒサギだ。

「ご苦労だったな、アカメ……おや、君は昨日の大会にも出場していた」

「ハルといいます。ジムに挑戦しに来ました」

「なるほど……今日のチャレンジャーは君というわけか。改めて自己紹介をしよう。俺はジムリーダーのヒサギだ」

大会の時とは一人称が違う。公私で使い分けているのだろう。

「専門は格闘タイプだ。……」

「……」

妙な空気が流れる。

ヒサギがそれ以上何も話そうとしないし、ハルもどちらかといえば内気な性格なので、こういう時にどう話を切り出せばいいのか分からないのだ。

「……ああ、もう! また人見知り発動してるんっスか、ヒサギさん!」

やがて沈黙を破ったのは、アカメだった。

「っ……仕方ないだろう。俺は昔からこういう性格なんだ。お前も知っているだろう?」

「それはもちろん分かってますけど、ハルはまだジムバッジ一個、駆け出しの男の子っスよ? ずーっと無言で、それで怖がらせちゃったらどーするんっスか!」

「いや、それはそうなのだが……しかし……」

「もーっ、仕方ないっスねえ。審判はいつも通りあたしがやりますから、ヒサギさんはジム戦、ジム戦! ハルも準備万端なんっスよ! ほらほら!」

ヒサギの人見知りモードに見かねたアカメが勝手に話を進めていってしまう。大会での解説席で無愛想だったのは、実況の男性に対して人見知りが発動していただけだったのかもしれない。

「……すまない、お見苦しいところをお見せして。ハル君だったな……その、なんだ。バトルを始めようか」

「あ、はい……」

なんだか微妙な空気になっているが、ジム戦はジム戦だ。

ハルの二つ目のバッジを賭けた戦いが、いよいよ始まる。

 

 

 

「それじゃ今から、チャレンジャー・ハルとジムリーダー・ヒサギさんの試合を始めるっス。使用可能ポケモンはお互いに二体まで、先に相手のポケモンを二体倒した方の勝利。戦闘不能以外でのポケモンの交代ができるのはチャレンジャーだけっスよ」

ルールはシュンインジムと全く同じ。一般的なジム戦のレギュレーションだ。

「それでは両者、最初のポケモンを出してくださいっス!」

アカメの言葉に続き、両者がポケモンを繰り出す。

「出てきて、ヤヤコマ!」

「来い、アサナン……」

ハルの初手は再びヤヤコマ。

対してヒサギのポケモンは、人型の子供のようなポケモンだ。特徴的な頭の形をしている。

 

『information

 アサナン 瞑想ポケモン

 一日に木の実を一つだけ食べ毎日

 瞑想の修行をする。極限まで精神力を

 鍛えた個体のみが進化に到達する。』

 

「アサナン……格闘タイプとエスパータイプを持ってるのか」

「なるほど、初手はセオリー通りに飛行タイプか……悪くはないな」

両者のポケモンが出揃った。

ヤヤコマは勇ましく鳴き、対するアサナンは何も声を発さず、わずかにヤヤコマを見上げる。

 

「それでは、ジムリーダー・ヒサギと、チャレンジャー・ハルの試合、開始っス!」

 

アカメの掛け声とともに試合が始まる。

しかし、ヒサギのアサナンが攻撃の気配を見せない。

「……それなら遠慮なく、こっちから行きますよ! ヤヤコマ、電光石火!」

先に動き出したヤヤコマが、猛スピードでアサナンへと突っ込む。

対して。

「アサナン……猫騙し!」

ヤヤコマがアサナンの眼前まで迫った、その瞬間。

パチン! と。

アサナンは、ヤヤコマの目の前で勢いよく手を叩く。

「えっ……?」

予想だにしていなかったアサナンの動きに戸惑うハル。

突然の衝撃にヤヤコマも驚いたのか、動きが止まってしまう。

「発勁!」

そしてそんな隙をジムリーダーが見逃すはずもない。

アサナンが掌をヤヤコマへ叩きつけ、弾き飛ばしてしまう。

「……猫騙しはバトルに出た最初のタイミング以外では成功しない技。その代わりどんな先制攻撃技よりも確実に早く発動し、相手を怯ませて動きを止める効果を持つ。序盤の流れを掴むのに最適」

ぼそぼそと小さな声でヒサギは説明する。

「なるほど……だけど、もう使えないってことですよね。ならヤヤコマ、ここから立て直すよ! 疾風突き!」

再び翼を広げて飛翔し、ヤヤコマは嘴を突き出して突撃する。

「アサナン、バレットパンチ!」

アサナンが拳を握りしめる。

ヤヤコマの突撃にも負けないスピードで弾丸の如く拳を突き出し、ヤヤコマを迎え撃つ。

「エアカッター!」

高速の突きが防がれるも、ヤヤコマは翼を羽ばたかせて空気の刃を飛ばし、今度はアサナンを切り裂いた。

「なるほど、なかなかやるな……それならばアサナン、雷パンチ!」

体勢を立て直したアサナンの右拳の周囲から、バチバチと電気の走る音が響き、その直後に拳の周りに電撃が迸る。

そのままアサナンは地を蹴って跳躍し、電撃を纏った拳を突き出す。

「電気技……! ヤヤコマ、躱して!」

飛行タイプのヤヤコマに電気技は効果抜群。慌ててヤヤコマは大きく横に飛び、アサナンの拳を躱すが、

「逃がさん……バレットパンチ!」

空中だというのにアサナンは瞬時に方向転換し、素早い連続パンチをヤヤコマへ浴びせる。

「エスパータイプを併せ持つアサナンは念力によって宙に浮くことができる。他のポケモンとは違い、空中でもある程度動きを制御できるぞ」

ただしそう長い間浮いていられるわけではないようで、アサナンは一旦着地し、再び拳を構え直す。

「よし、反撃だ! ヤヤコマ、火の粉!」

ヤヤコマが嘴を開き、無数の火の粉を吹き出すが、

「アサナン、発勁!」

対するアサナンは力を込めた右手を思い切り振り抜き、火の粉を一蹴、さらに、

「雷パンチ!」

再び拳に電撃を起こし、ヤヤコマへと向かっていく。

「ヤヤコマ、躱してエアカッター!」

「そうはさせん……連続で雷パンチ!」

殴りかかってくるアサナンを躱して、ヤヤコマは翼を羽ばたかせ、風の刃を飛ばす。

しかしアサナンは電撃の拳で空気の刃を全て破壊し、またも空中で方向転換すると、今度こそ電撃の拳をヤヤコマへと叩き込んだ。

「しまった……ヤヤコマ!」

拳の一撃を受け、ヤヤコマが地面に叩き落とされる。

ここで追撃が来たらもう避けられないが、空中浮遊が限界だったのか、アサナンは一旦着地した。

「危なかった……ヤヤコマ、まだいける?」

効果抜群の一撃を食らったが、ヤヤコマは何とか立ち上がり、翼を広げる。

直後。

 

ヤヤコマの体が、青白い光に包まれる。

 

「えっ……な、なに!?」

見たこともない初めての現象に戸惑うハル。

「……! 進化か……!」

対照的に、ヒサギの表情は小さく変化した。僅かに笑みを浮かべたのだ。

光に包まれたヤヤコマが、そのシルエットを変化させていく。やがて光が収まった時、そこにいたのはヤヤコマと違う、というより、ヤヤコマを成長させたような姿のポケモンだった。

体つきに大きな変化はないが一回り大きくなり、翼もより大きくなった。目つきが鋭くなり、後頭部の羽毛が尖っているように見える。

「これは……? もしかして……!」

「君は進化を見るのは初めてか。そう、これはポケモンの進化だ。図鑑を確認してみるといい」

ヒサギに促され、ハルはポケモン図鑑を取り出す。

 

『information

 ヒノヤコマ 火の粉ポケモン

 体内に炎袋を持っており火力を

 強めることで速く飛ぶことができる。

 最高速度に達するには時間がかかる。』

 

「ノーマルタイプが消えて、炎タイプになってる」

「……技も見てみるといい。進化すると新しい技を覚えることがあるぞ」

ハルはもう一度図鑑を確認する。ヒサギの言う通り、ヒノヤコマは新しい技を覚えていた。

火の粉と電光石火が、より強力な技へと変化している。

「……凄いよ、ヒノヤコマ! さあ、勝負はここからだよ! 進化した君の力を見せてやろう!」

「これは面白くなってきたぞ……さあ、どこからでもかかってこい」

あまり表情の変わらないヒサギだが、その口調は明らかに先ほどまでよりも戦いを楽しんでいる。

「それじゃ、行きますよ! ヒノヤコマ、ニトロチャージ!」

ヒノヤコマが力強く鳴くと、翼から炎が吹き出し、全身を纏う。

そのまま、ヒノヤコマはアサナンへと突撃していく。

「アサナン……雷パンチ!」

アサナンも真っ向から迎え撃つ。ヒノヤコマの突撃に合わせて、電撃を纏った拳を突き出す。

二者が激突。激しく競り合った末、お互いに一度引く。

「アクロバット!」

しかしその次の動きはヒノヤコマの方が早かった。素早くアサナンの懐に突っ込み、翼でアサナンを叩き飛ばす。

「ッ、アサナン……」

「ヒノヤコマ、もう一度ニトロチャージ!」

再びヒノヤコマは炎に身を包み、よろめくアサナンへと襲い掛かる。

「回避はできないか……アサナン、雷パンチだ!」

体勢を崩しながら、それでもアサナンは電撃を纏わせた拳を突き出す。

再び、両者が正面からぶつかり合う。



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第16話 回転殺法! 強蹴のカポエラー

ヒノヤコマのニトロチャージとアサナンの雷パンチが再び激突する。

しかし今度の結果は明白。ニトロチャージによって素早さが上がっているヒノヤコマが、不安定な体勢から技を繰り出したアサナンに負けるはずはなく、アサナンを突き飛ばした。

「今だ! エアカッター!」

ヒノヤコマが翼を羽ばたかせ、風の刃を飛ばす。

躱すこともできずにアサナンは風の刃に切り裂かれ、目を回して床に倒れてしまった。

「アサナン、戦闘不能! ヒノヤコマの勝利っス!」

まずはハルが先手を取る。

「……アサナン、ご苦労だった」

アサナンをボールに戻すと、ヒサギはハルの方を向く。

「やはり進化の力は侮れない。ポケモンが進化するのは、多くの経験が実った証拠でもあるからな」

ハルとヒノヤコマを称賛した上で。

だが、とヒサギは続け、

「バトルはここからだ。俺にはもう一体、ポケモンが残っているぞ」

二匹目が入っている、モンスターボールを取り出した。

「来い……カポエラー!」

 

『information

 カポエラー 逆立ちポケモン

 逆立ちしてコマのように高速回転

 しながら戦う。遠心力のパワーで

 強化されたキックをお見舞いする。』

 

ヒサギの二番手はカポエラー、コマをひっくり返したような形の頭をした格闘タイプのポケモン。

場に出ると、自信を鼓舞し、相手を威圧するかのように大きく叫ぶ。

「ヒサギさんの二番手はカポエラー……だけど格闘タイプだけだから、タイプ相性ではヒノヤコマの方が有利だよね」

アサナン戦で受けたダメージは決して少なくないが、それでもヒノヤコマはまだ充分戦える。しかもニトロチャージによって素早さも上がっている。

「よし、行くよ! ヒノヤコマ、疾風突き!」

ヒノヤコマが勢いよく飛び出す。

素早さが上がっていることもあり猛スピード、一瞬でカポエラーとの距離を詰め、嘴でカポエラーを突き飛ばす。

「続けてニトロチャージだ!」

素早く距離を取ったヒノヤコマが、体に炎を纏う。

そのまま、再びヒノヤコマはカポエラーを狙って突撃を仕掛ける。

しかし。

 

「カポエラー、ブレイクスピン!」

 

カポエラーが動き出した。

その場で瞬時に逆立ちし、頭のツノを軸に高速回転、そのまま突撃してヒノヤコマを迎え撃つ。

両者が激突するが、ヒノヤコマが回転に巻き込まれて吹き飛ばされた。

「えっ……ヒノヤコマ!?」

唖然とするハルをよそに、

「カポエラー、メガトンキック!」

回転を維持したままカポエラーがヒノヤコマを追い、強烈な蹴りを叩き込んだ。

アサナン戦でのダメージも重なり、ヒノヤコマの体力は遂に限界を迎え、倒れてしまう。

「ヒノヤコマ、戦闘不能! カポエラーの勝利っス!」

進化してきっちりアサナンを倒してくれたヒノヤコマだったが、続くカポエラーには疾風突きの一撃しか入れられなかった。

「ヒノヤコマ、ありがとう。ゆっくり休んでてね」

ヒノヤコマを労い、ボールに戻す。

(やっぱり、ジムリーダーは強い……そう簡単には勝たせてくれないよね)

だが、ハルにももう一体ポケモンは残っている。

「最後は君だ! 出てきて、リオル!」

二番手はもちろんリオル。すると、それを見たヒサギがふとハルに声をかける。

「リオル……確か君は、フローラルバッジを持っていたな」

「ええ、そうですけど」

ハルがそう返すと、ヒサギは興味深そうにリオルを眺める。

「僕のリオルが、どうかしましたか?」

「いや、実は……イチイさんから珍しい能力を持ったリオルを連れたトレーナーと戦ったと話を聞いてだな。先日の大会にも参加してくれると聞いていたので密かに注目していたのだが、リオルを使うトレーナーは君だけだったし、大会ではその珍しい能力のようなものは見られなかった」

イチイの言っていた能力というのは、ジム戦終盤で見せた、あの爆発的な波導の力だろう。

「もしも君のリオルがそうなのだとしたら、格闘タイプを専門に置く俺としては、どんな力を持つのか、大いに興味がある」

「おそらく、それは僕のリオルの事で間違いないと思います。ただ、僕にはそれが本当に能力と言っていいのかは分かりません」

「……と、言うと?」

「イチイさんのチェリムに追い詰められた時に、突然発現したんです。リオルを纏う波導の力が、急に強くなって……」

それを聞くとヒサギは少し考え込むが、

「……話を聞いた限りでは、何とも言えないな。リオルには確かにピンチになると波導を増幅させる力はあるが」

やがて、考えていても始まらない、そんな首を軽く横に振る。

「まあいい……バトルを再開するぞ。君たちの力で、俺のカポエラーを打ち破ってみせろ」

「望むところです。僕とリオルで、勝ってみせます!」

「いいだろう……それでは、行くぞ……! カポエラー、回し蹴り!」

素早く逆立ちして、カポエラーが高速回転を始める。

回転しながらリオルへと向かっていき、勢いをつけて蹴りを繰り出す。

「リオル、岩砕き!」

対するリオルも拳を突き出し、カポエラーを迎え撃つ。

だが遠心力の乗ったカポエラーの方に分があり、リオルは押し負けてしまう。

「カポエラー、ブレイクスピン!」

さらにカポエラーは回転したまま、今度は体全体で体当たりを仕掛ける。

「っ、リオル、躱して真空波!」

立ち上がったリオルは大きく跳躍し、回転攻撃を回避。

さらにカポエラーが回転を止めて一旦立ち上がったところへ、腕を振り抜いて真空波を放ち、額へとぶつける。

「いいぞリオル、続けて電光石火!」

さらにリオルは高速でカポエラーへと突撃するが、

「ブレイクスピン!」

カポエラーは再び逆立ちしてその場で猛回転、突撃するリオルを逆に弾き飛ばしてしまう。

「カポエラー、メガトンキック!」

弾かれて体勢を崩したところに、カポエラーの強烈な蹴りが叩き込まれ、リオルは吹き飛ばされる。

「リオル! 大丈夫?」

吹き飛ばされて床に倒れるも、まだリオルは立ち上がる。

「さあ……まだまだ行くぞ。回し蹴り!」

「だったらリオル、発勁!」

カポエラーが再び動き出す。

猛スピードで回転し、遠心力の力を受けた回し蹴りを放つ。

対してリオルは右手に波導を纏わせ、その掌を叩きつける。

リオルにも波導の力が上乗せされ、今度は威力は互角。

「岩砕き!」

直後に、リオルはもう一度勢いよく右拳を突き出す。

「メガトンキック!」

カポエラーも蹴りを放とうとするが、カポエラーの攻撃は回転してから行われるため、リオルに比べてタイムラグが生じる。

その結果、迎撃に間に合わずにリオルに殴り飛ばされた。

「リオル、真空波!」

「カポエラー、ブレイクスピン!」

腕を振り抜いて真空の波を放つリオルだが、吹き飛ばされたカポエラーはなんと頭から着地し、着地と同時に回転を始める。

真空波をも明後日の方向に弾き飛ばし、回転を維持したままリオルへ突っ込んでくる。

「この技、何をしても弾かれるのか……? リオル、ここは躱して!」

厄介なのはやはりブレイクスピンだ。ヒノヤコマの技も含め、今までこちら側の攻撃は全てこの技に跳ね返されている。

リオルは跳躍してカポエラーの回転を躱し、

「電光石火!」

回転が止まったところに高速で駆け出し、カポエラーを突き飛ばす。

「今だよリオル! 発勁!」

カポエラーを追い、リオルが地を蹴って飛び出す。

青い波導を纏った右手を振り抜き、カポエラーへと突き出すが、

「……ブレイクスピン!」

またしてもカポエラーは頭から着地してそのまま高速回転、波導を乗せたリオルの右拳を弾き、さらに回転しながらの突撃でリオルを吹き飛ばしてしまう。

「リオル! くっ、また……」

どうしてもこの技を攻略できない。攻撃後の隙を狙うにも限界があるし、リオルの技の中にブレイクスピンを破れる技がない。

ハルが必死に思考を巡らすが、

「そろそろ……最後の技を使う時か」

ヒサギのその一言でハルは気づいた。カポエラーの回転速度が、さらに高まっている。

ここに来て。

ヒサギが、切り札を使う。

 

「カポエラー、ブレイズキック!」

 

カポエラーの足元から火花が飛び散る。

火花が擦れあって発火し、刹那、カポエラーの足に激しい炎が灯った。

そのままカポエラーは突撃を仕掛け、燃える炎のコマのように猛スピードでリオルへと迫る。

「なっ……! リオル、躱し――」

ハルが指示を出すより早く、遠心力を乗せたカポエラーの炎のキック攻撃がリオルを捉え、吹き飛ばした。

「リオル!?」

ハルが叫ぶと、腕を震わせながら、何とかリオルは起き上がる。

まだ何とか戦闘不能までには追い込まれていないが、それでも大ダメージだ。もう一撃、耐えられるかどうか。

「さあ……ここで終わりか? 挑戦者ハル君。まだ終わらないというのなら、君と君のリオルの、その力をもっと見せてくれ……カポエラー、メガトンキック!」

一旦回転を解いていたカポエラーが再び逆立ちし、また回転を始める。

そのままリオルへと向かっていき、強烈な蹴りを繰り出す。

(諦めちゃダメだ……! リオルの闘志はまだ尽きていない)

回転するカポエラーのメガトンキックが、リオルを捉える。

「僕には感じるよ、リオル、君の闘志を。君が諦めていないのなら、僕だって諦めない、最後まで! リオル、発勁だ!」

その、刹那。

 

青き爆発に巻き込まれ、カポエラーが吹き飛ばされた。

 

「……!」

「おぉ……!」

その瞬間。

ヒサギは思わず、吹き飛ばされるカポエラーよりもリオルへと目をやっていた。

なぜならば。

リオルの全身が青い波導の力に包まれ、さらにその右手は、まるで炎が如き波導の力を纏っていたからだ。

シュンインジムでも見せた、リオルの謎の能力。しかし、今回はそれだけではない。

「これ……新しい技……?」

思わず、ハルが呟く。

リオルをよく見ると、その右手は波導だけではなく、何やら念力のようなものを纏っていた。

ギリギリまで追い詰められたことで、この状況を打破すべく、リオルは新しい技を覚えたのだ。

「……なるほど、これがイチイさんの言っていた、リオルの力……! それに今カポエラーを吹き飛ばしたその技は、サイコパンチか……!」

楽しくてたまらない。そんな様子で、普段無表情のヒサギの顔に明確な笑みが浮かぶ。

そんなヒサギの静かなる闘志に呼応し、カポエラーも立ち上がる。

そして。

ハルとリオルの闘志も、彼らに負けてはいない。

「ヒサギさん、勝負はここからです!」

「ああ……全力でかかってこい!」

互いの相手を見据え、二体の格闘ポケモンは同時に走り出す。




《サイコパンチ》
タイプ:エスパー
威力:75
物理
念動力を実体化して拳に纏わせ、パンチを繰り出す。

《ブレイクスピン》
タイプ:格闘
威力:75
物理
高速で回転しながら体当たりする。相手のリフレクターや防御力上昇を無視して攻撃できる。

※威力はあくまで目安です。


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第17話 一つの別れ

「行くよリオル! 発勁!」

「気をつけろカポエラー……相手は格段にパワーアップしているぞ! 回し蹴り!」

燃え盛る青い炎が如き波導を右手に纏わせ、リオルは地を蹴って飛び出す。

カポエラーも素早く逆立ちして高速回転を始め、遠心力を乗せた強力な蹴りを放つ。

二者が正面から激突。だが、強化された波導の力を得たリオルの一撃が遂にカポエラーに打ち勝ち、カポエラーを叩き飛ばした。

「続けて電光石火!」

「……ブレイクスピン!」

全身に波導を纏ったリオルが突撃を仕掛けるが、カポエラーは再びその場で猛回転、突っ込んできたリオルを弾き飛ばす。

「その波導の力は大したものだ……しかし、カポエラーの回転を破ることができなければ、君に勝ち目はないぞ。カポエラー、もう一度ブレイクスピン!」

その回転速度を維持したまま、カポエラーが突っ込んでくる。

「っ、リオル、一旦躱して!」

大きく跳躍し、リオルはカポエラーの回転を回避する。

(この状態ならリオルの攻撃力は充分だ。あとはこの回転をなんとかするだけ、だけど、どうすれば……)

波導で強化されているとはいえ、リオルの体力は限界に近い。

できれば、もう一発も受けずにカポエラーを倒したい。

「着地を狙え……ブレイズキック!」

回転したままのカポエラーが足を擦り合わせて火花を起こし、炎を纏わせる。

「ここは躱せない……リオル、受け止めて! 発勁!」

向かってくるカポエラーに対し、リオルは波導を纏わせた両手を突き出す。

カポエラーの炎の蹴りを何とか食い止め、引き下がって距離を取る。

その瞬間。

(……! 今のは……!)

カポエラーがブレイズキックを使ったおかげで、ハルには突破口が見えた。

たった一つだけだが、カポエラーの回転を打ち破る手段を思いついた。

「リオル、真空波だ!」

「弾け……ブレイクスピン!」

リオルが波導を乗せた真空の弾を放ち、対するカポエラーは猛回転でそれを弾くと、

「そのまま回転で吹き飛ばせ!」

回転速度をさらに高め、リオルへと向かってくる。

(来た……!)

決めるなら、ここだ。ここを逃せば、もう後はない。

そしてリオルもそれを感じ取ったのか、ハルが指示を出すよりも早く、しかし、ハルが思っていた通りに跳躍する。

 

「リオル! カポエラーの真上から、サイコパンチだ!」

 

リオルの右手を纏う波導が、念力によってさらに強化される。

念力によって膨れ上がった波導の拳を、リオルはカポエラーの真上から、思い切り叩きつけた。

カポエラーが二度目のブレイズキックを使った時。足に灯った炎が、カポエラーの真上をカバーできていなかったのをハルは見逃さなかったのだ。

いくら回転で周囲からの攻撃を防ぐことができても、真上からの攻撃は防御のしようがない。

「な……っ、カポエラー……!」

効果抜群となるエスパー技の直撃を受け、カポエラーが吹き飛ばされる。

二度、三度と床をバウンドしてそのまま倒れ、目を回して動かなくなってしまった。

 

「……! カポエラー、戦闘不能! リオルの勝利っス! よってこのバトルの勝者、チャレンジャー・ハル!」

 

「……やったあああああ! リオル! 僕たち、勝ったんだよ!」

審判の声、そして自らのトレーナーの歓喜の叫びを聞いて、リオルもようやく状況を理解したようだ。

自身を覆う波導も収まり、ハルの元へと駆け寄り、ハイタッチを交わす。

「……ハル君といい、スグリといい。今年の新人トレーナーは粒揃いだな。いやはや、どうしたことだ。カポエラー……ご苦労だったな」

カポエラーを労い、ボールへと戻し、ヒサギは二人で喜び合っているハルとリオルへ歩み寄る。

それと同時に、アカメも駆け寄ってくる。

「ハル! なんなんっスか、今のリオルの能力! 凄かったっス、あんなの初めて見たっスよ! ねえ、ねえ!」

「えっ? いや、あの……」

「……アカメ、落ち着け。その気持ちは分かるが、ハル君もまだよく分かっていないとバトル中に言っていただろう」

バトルをしていたはずの二人よりもテンションが上がっているアカメをなだめ、ヒサギが進み出る。

「さて……君とリオルの力、とても素晴らしいものだった。しかし、それと同時に何とも不思議な力でもある……格闘タイプ専門の俺でも、初めて見るものだった」

「ヒサギさんでも、この能力は分からないんですね……」

「ピンチに陥った時に発生する力かと思ったが、そう結論付けるには疑問が残る。大会では発動しなかったからな……確かにリオルはピンチになると体から発せられる波導が強まるという特徴を持っているが、それとはまた別のようにも見える。ううむ……」

格闘ポケモンのエキスパートであるヒサギでも、この力についてはよく知らないようだった。

「やはりポケモンというのは、まだまだ謎の多い生き物だ」

やがてヒサギはそう締めくくると、ともあれ、と続け、

「決して最後まで尽きることのない、君と君のポケモンの闘志……見事だった。そう、闘志が尽きぬ限り、バトルの行方は最後まで決して分からない……俺はそう信じている。最後までバトルを諦めず、勝利を収めた君に、カザハナジムのジムバッジを渡そう。アカメ、あれを」

「はい、準備できてるっスよ。どうぞ!」

ヒサギはアカメから小さな箱を受け取り、中からバッジを取り出した。

拳を模したような、アルファベットのBの形をしたバッジだ。

「俺の格闘ポケモンたちに打ち勝ち、カザハナジムを制覇した証……その名もブレイクバッジ。このジムにぴったりな名前だろう? さあ、受け取ってくれ」

「はい、ありがとうございます!」

リオルの力についてこそ分からなかったが、これでハルは見事、二つ目のジムバッジを手に入れることができた。

「それと、ハル君。君は次の行き先はもう決めてあるのか?」

「あ、いえ……これから決めようと思ってました」

ヒサギに尋ねられ、ハルは首を横に振る。

「そうか……ならば、サオヒメシティに向かうといい。あそこのジムリーダーなら、君のリオルの力がなんなのか、もしかしたら分かるかもしれない」

「えっ!? 本当ですか!?」

「……かもしれない、だがな。だが可能性はあるし、あそこはマデル地方の中でも大きな都市だ。旅の拠点にもなるし、ジム戦もできる。マデル地方を旅するのならば、リオルのことを抜きにしても、立ち寄っておく価値はある街だ」

「そうっスねえ……あたしも久しぶりに、サオヒメデパートに買い物に行きたいなぁ……」

ヒサギの話に続き、アカメも頷く。彼女の場合は私欲が強そうだが。

ハルはアルス・フォンを取り出して地図アプリを開き、場所を確認する。

「サオヒメシティは隣街ではない。進む道路次第で、一つか二つ別の街を経由していくことになるな」

「どっちの道にもジムのある街があるから、己を鍛えつつ、進んでいくといいっスよ!」

「分かりました、色々とありがとうございます」

「ああ。それでは、頑張れよ。どれだけ失敗しても、最後まで諦めない……その闘志だけは忘れないようにな」

「ここから先も、応援してるっスよー! ふぁいとー!」

微笑むヒサギと手を振るアカメに頭を下げ、ハルはジムを後にする。

「……ヒサギさんって最初は人見知りなのに、ジム戦が終わった相手にはやけに世話焼きで饒舌になるっスよねぇ」

ハルを見届けた後、アカメがぼそりと呟く。

「仕方ないだろう……人見知りとはそういうものだ」

「ま、あたしはヒサギさんのそういうところも、好きっスけどね!」

「……お前は時々、人をからかっているのか尊敬しているのかよく分からなくなるな」

悪戯っぽくニヤッと笑うアカメに、やれやれといった様子でヒサギは首を振った。

 

 

 

その日の夕方。

サヤナに呼び出され、ハルは街のはずれ、カザカリ山道の麓まで来ていた。

「どうしたの、サヤナ? ポケモンセンターに戻ったらどこにもいないし、探したんだよ?」

「ごめん、ハル。ちょっと、一人で考え事をしてたんだ」

「そっか……ならいいんだけど、でももうすぐ日が暮れるよ? ヒザカリタウンへ向かうのは、明日にした方が……」

「ううん。呼び出したのはね、その話じゃないんだ」

そう言って顔を上げるサヤナの表情は、いつになく真剣味を帯びていた。

「ポケモントレーナーってね、ポケモンを貰ってから一人で旅をする人が多いんだよ。そりゃもちろん、全部のことを一人で出来るようにならないといけない、ってわけじゃないけど、一人前のトレーナーになるには、ある程度は一人でできるようにならないといけないんだよね」

だから、とサヤナは続ける。

 

「私たち、ここで別れよう」

 

「えっ……?」

あまりにも唐突で、思わずハルは聞き返してしまうが、構わずサヤナは続けた。

「私、シュンインシティでポケモンを盗られたでしょ? あの時、私一人じゃ何もできなかった。ハルとスグリ君、イチイさんが近くにいてくれたからなんとかなったけど、本当はあの時からずっと考えてたの。もっと一人で何でもできるようにならなきゃって」

それに、とサヤナは続け、

「一番最初のバトルだけはハルに勝ったけど、その後はなんだかずっとハルの背中を追いかけてる気がするの。ジムだって先を越されたし。このまま一緒に旅をしていても、私はずっとハルに頼ってばっかりだと思う。だけど、それじゃダメなんだよね。だから」

「ここで……別れるんだね」

「……うん」

サヤナの目を見る。真剣で、覚悟を決めた、そんな目をしていた。

正直なところ、ハルとしてもサヤナがいてくれた方が安心できる。引っ越してきたハルにとってはマデル地方は知らない地、そんな場所を旅するのは不安も大きい。

だけどもしかしたら、それはサヤナも同じなのかもしれない。

ハルよりもマデル地方のことは知っているだろうが、そんなに遠くの街まで行ったことはないだろう。だとすれば、サヤナにとっても知らない地の旅となる。

そう考え。返事を、紡ぎ出す。

「……分かった。それじゃ、一旦お別れだね」

ハルもそう告げた。

しかし、言葉にせずとも、二人には分かっている。

ここで別れることは、永遠の別れではない。また、会える日が来るということを。

「……にひひー、心配しないで。一日だけだけど、私の方が先輩なんだからね! それじゃ、しばらくさよならだね、ハル。次に会うときは私、もっと強くなってるからね!」

「うん、僕も頑張るよ。次に会ったときには、またポケモンバトルしようね」

 

 

 

そして翌日。

サヤナはジム戦のためにカザハナシティに残り、ハルは次の街に向けて出発。

これからはいよいよ、ハルとサヤナの一人旅が始まる。



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ヒザカリタウン編――出会
第18話 白き奇術師


カザハナシティを後にし、ハルはカザカリ山道へと足を踏み入れていた。

カザカリ山道は、名前の通りカザハナシティとヒザカリタウンを繋ぐ道だ。

ここまでの道路と比べると道がしっかりと舗装されていない山道であることもあって、なかなか歩きづらい。

また、山に生息するポケモンが食糧を求めてこの山道や街まで下りてくることもあるという。

ちなみにサオヒメシティまでの道は他にもあるのだが、そちらは少し遠回りになるため、ハルはこの山道を抜けてヒザカリタウンを経由する道を選んだ。

「しかし、結構きつい道だな……中腹にはポケモンセンターもあるみたいだし、とりあえず今日はそこまで行くことにしようかな……」

アルス・フォンで地図を確認しながら、ハルは山道を進んでいく。

そんな時だった。

「ん……?」

道を少し外れた茂みの中から、一匹のポケモンが現れた。

体つきは猫のようで、長い耳が特徴的。首回りをふさふさの体毛が覆っている、小柄なポケモンだ。

 

『information

 イーブイ 進化ポケモン

 体の遺伝子が不規則で生息環境の

 影響を受けやすい。環境に合わせた

 進化をすることで遺伝子が安定する。』

 

図鑑によるとノーマルタイプのポケモンらしい。

だがそんなことはどうでもよかった。なぜなら、そのイーブイはふらついており、今にも倒れそうな状態だったからだ。

「ちょっ……ど、どうしたの!? 大丈夫!?」

慌てて駆け寄り、イーブイを抱きかかえる。近くで見れば、体に深い傷を負っているのが分かった。

「ええっと、ここからだと……カザハナシティに戻った方が近いかな」

恐らく野生のポケモンなのだろうが、ここまで弱っていれば無視はできない。急いでポケモンセンターに連れて行く必要がある。

しかし、

「坊や、ちょっと待ちな」

「そのイーブイは私たちが狙ってるの。置いていきなさい」

そのイーブイを追い、男女の二人組が現れる。

「誰だ……お、お前たちは……!」

つい最近シュンインの林で見た、黒ずくめの服に身を包んだその姿。間違いない、ゴエティアの構成員だ。

「そのイーブイは珍しい特性を持ってるから狙ってたんだ。お前には渡さない、返しな」

「そうよ。私たちは野生ポケモンをゲットして自分のポケモンにしようとしているだけ。何も悪いことなんてしてないでしょう?」

構成員たちの言葉を聞いた後、ハルはもう一度イーブイを見る。

その傷は、どう見てもただのバトルによる傷とは思えなかった。

「……これから仲間にしようとしているポケモンに、どうしたらこんな傷を負わせられるんだ!」

「うるっせえな。俺たちが捕まえるポケモンに何しようと勝手だろ。お前面倒だな、力尽くで取り返す! 行け、ヤブクロン!」

「出て来なさい、キノココ!」

ゴエティアの二人がポケモンを繰り出す。ゴミ袋のような姿のポケモンと、緑のキノコのようなポケモンの二匹だ。

 

『information

 ヤブクロン ゴミ袋ポケモン

 不衛生な場所を好んで生息する。

 餌となるゴミを求めて路地裏を彷徨い

 ゴミのポイ捨てをする人を付け回す。』

 

『information

 キノココ きのこポケモン

 夜に活動するため昼間は落ち葉の下で

 じっとしている。腐葉土が好物で

 雨が降った翌日は活発に動き出す。』

 

「毒タイプに、草タイプ……リオル、サイコパンチ! ヒノヤコマ、ニトロチャージ!」

イーブイを抱えたハルが叫ぶと同時、ベルトに付けたボールから二匹が勢いよく飛び出す。

リオルは拳に念力を纏わせてヤブクロンを殴り飛ばし、ヒノヤコマは炎を纏った突進でキノココへ襲い掛かる。

「っ……!」

二人が怯んだ隙に、

「リオル! ヒノヤコマ! 行くよ!」

イーブイを抱えて二匹を呼び、ハルは元来た道を走り出そうとする。

しかし。

 

「お待ちなさい」

 

木陰から、別の人物が姿を現した。

「……! ダ、ダン様!」

慌てて構成員二人は背筋を伸ばして敬礼した。ハルも禍々しい殺気のようなものを感じ、足を止めて思わず振り返る。

異様な姿の男だった。奇術師のような真っ白いシルクハットと燕尾服に身を包み、顔も白いメイクの上から、頰にトランプの四つの模様のスタンプを押し、黒いステッキを持った青年だ。

「邪魔です。お前らはもう帰れ」

ダンと呼ばれたその男は、ゴエティアの二人を押しのけ、ハルの前に立つ。

「リオルを連れた少年……間違いねえ。パイモンが言っていた人間ですな」

その男は、色々な人間の話し方が混ざったような奇妙な口調で話す。

「俺の名はダンタリオン。パイモンは知っているな? あいつと同じく、ゴエティアの魔神卿の一人です。名前が長いので、組織の人間からは“ダン”と呼ばれておるがな」

そう名乗り、ダンタリオンは不気味に笑う。

「私は変装が得意でしてな、昨日からカザハナシティに忍び込んでずっとお前を見張っていたのさ。シュンインシティでは我々ゴエティアの邪魔をしたそうだが、その真意が知りたかったものですから。お友達を助けたかっただけか? それとも、ゴエティアに敵意を持つ人間か?」

そこで、とダンタリオンは続け、

「さっきの二人をお前のところに向かわせて確かめたのじゃ。その結果確信しましたよ、貴方は明確に我らゴエティアに敵対しようとしている人間だってな。さらに」

ダンタリオンの口元が吊り上がり、明確な邪気を含んだ笑みを浮かべる。

「パイモンが目をつけたとなれば、間違いなく危険な存在。あいつは所詮生意気なクソガキだが人を見る目だけは一流なんでな、危険な芽は早めに摘み取るに限ります。よって、この儂が直々に貴様を始末する」

そう告げ、ダンタリオンはモンスターボールを取り出す。

「奈落に落とせ……ゴースト!」

ダンタリオンが繰り出したのは、胴体と手が独立した、文字通り幽霊のようなポケモンだ。

 

『information

 ゴースト ガス状ポケモン

 あらゆるものをすり抜けて移動し

 暗闇に隠れて獲物を狙うが気配

 までも完全に消すことはできない。』

 

「戦いは避けられないみたいだな……イーブイ、もう少しだけ頑張ってね……ヒノヤコマ、バトルを頼んだよ!」

名前通りにゴーストタイプを持つゴーストに対して、ハルはヒノヤコマで応戦する。イーブイの容態が心配だが、ダンタリオンを退けなければ進むことも引き返すこともできない。

「それでは、行きますぞ。ゴースト、シャドーボール!」

ゴーストが体から離れた両手を構え、黒い影を固めた漆黒の影の弾を発射する。

「ヒノヤコマ、躱して疾風突き!」

対するヒノヤコマは素早く影の弾を躱し、嘴を突き出して目にも留まらぬスピードで突撃する。

「ゴースト、躱せ」

だが思ったよりも身軽な動きで、まるで跳躍するかのようにゴーストはヒノヤコマの突撃を躱すと、

「気合玉!」

体の奥から闘気を生み出し、それをエネルギー弾に変えて発射する。

ヒノヤコマに直撃、効果今一つの割にダメージはかなり大きい。

「負けない……っ! ヒノヤコマ、ニトロチャージ!」

それでも、パイモンのスピアーに比べれば火力は控え目だ。

ヒノヤコマは力強い鳴き声を上げて全身に炎を纏わせ、再び突っ込んでいく。

「ゴースト、シャドーボールです」

対して再びゴーストは漆黒の影の弾を放つ。

突っ込んでくるヒノヤコマに正面からぶつけてその体勢を崩し、

「もう一度シャドーボールだ!」

もう一発、影の弾を放出する。

「ヒノヤコマ、こっちももう一度ニトロチャージ!」

間一髪、ヒノヤコマは影の弾を躱し、すぐさま炎で体を覆い、高速で突っ込んでいく。

炎の突撃がゴーストに直撃した。

その瞬間。

 

「ナイトバースト」

 

ゴーストを中心としてその周囲へドーム状に漆黒の衝撃波が放出され、ヒノヤコマが吹き飛ばされた。

「……!? ヒノヤコマ!」

衝撃波を叩きつけられてなす術もなくヒノヤコマは地面を転がる。

衝撃波と煙が晴れた時、そこにいたのはゴーストとは似ても似つかぬ、全く別のポケモンだった。



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第19話 乱入に次ぐ乱入

『information

 ゾロアーク 化け狐ポケモン

 人やポケモンを化かす力を持つ。

 熟練のゾロアークが見せる幻影は

 最先端の科学技術すら騙してしまう。』

 

先ほどまでゴーストがいた場所に立っていたのは、赤黒い鬣に真っ黒な体の、二足歩行の狐のようなポケモンだった。

「ゾロアーク……? 人を、化かす……?」

図鑑説明を見る限り、ボールから出てきた時点でゴーストに化けていたのだろう。

そしてパイモンのスピアー程ではないにせよ、攻撃力はやはり異常だ。たった一撃でヒノヤコマは撃墜されて戦闘不能まで追いやられてしまった。

「フフフ、あまりにも呆気ない。それでは、お覚悟を! ゾロアーク、ナイトバースト!」

ヒノヤコマに気を取られるハルの隙を見て、ゾロアークは再び両腕を地面に叩きつけ、漆黒の衝撃波を放つ。

ただし。

今度は、ハルを直接狙って。

「えっ――」

気付いた時には、既に遅い。

既に闇の衝撃波は、ハルの目の前まで迫っている。

しかし、その刹那。

衝撃波とハルの間に、何者かが割り込んだ。

その右手は、青く輝く波導を纏い、死に物狂いで衝撃波を食い止める。

「――リ、リオル!」

「……チッ、トレーナーを庇ったか。ですが」

一歩も引くことなく、ナイトバーストを抑え切ったリオルだが、膝をついて蹲ってしまう。

「リオル……リオル! 大丈夫!?」

「大丈夫なわけがありません。その程度のレベルのポケモンが俺様のゾロアークの攻撃を正面から受けて、まだ意識があるのが不思議なくらいじゃよ。それでは、もう一度です」

ヒノヤコマとリオルを何とかボールへ戻し、イーブイを抱えるハルへ、闇の力を溜め込んだゾロアークが距離を詰めてくる。

「ゾロアーク、ナイト――」

 

「アイアンヘッド!」

 

刹那。

女性の声が響き、直後赤い何かが弾丸の如く飛来し、ゾロアークに直撃、その体を吹き飛ばした。

「……!?」

その赤い何かを目で追うハル。

真紅のボディを持つそれは、ポケモンだった。

 

『information

 ハッサム 鋏ポケモン

 鋼鉄の鋏は敵を挟むより殴るのに

 向く。金属の身体が熱で溶けないよう

 翅を羽ばたかせて体温を調節する。』

 

流線型の体つきをした鋼のボディを持つ虫ポケモン。

そして、そのハッサムの持ち主と思われるトレーナーの少女。

女性にしては身長がとても高くスタイルも良い。ハッサムと同じく真紅の服に、赤と黒が主体のフレアスカートを着ている。

「あぁ? 誰だお前」

「あなたは……?」

ダンタリオンは如何にも忌々しそうに、ハルは呆然と、その少女に目線を移す。

「私の名はエリーゼ。エリーゼさんとお呼びなさい。それより」

ハルにそれだけ言った後、即座にその少女――エリーゼはダンタリオンと対峙する。

「生身の人間に直接攻撃を仕掛けようとする輩を見つけたので、邪魔させてもらったわ。一体どういうつもりなのかしら」

詰め寄られた当のダンタリオンは、はぁ、とため息をつき、

「お前も我らゴエティアの邪魔をするというのかね? ならば貴女から先に始末する! ゾロアーク、火炎放射!」

ゾロアークが再び立ち上がり、口から灼熱の業火を放つ。

「躱しなさいハッサム! バレットパンチ!」

身軽に跳躍して炎を躱すと、ハッサムは弾丸が如く飛び出し、鋼の鋏で殴りかかる。

「華奢な技よ。ゾロアーク、受け止めてねじ伏せろ」

対するゾロアークは真正面から迎え撃つ。

ダンタリオンの指示通り、鋏を掴んで受け止め、そのままハッサムを地面に叩きつけてしまう。

「火炎放射!」

「っ、ハッサム、戻ってきなさい!」

虫と鋼タイプを持つハッサムにとって、炎技は致命傷となる。

咄嗟にハッサムは飛び上がり、寸でのところで火炎放射を回避した。

「ククク、そこの少年に比べれば幾分かは強えが、それでも私の敵ではありませんね」

「それなら、こうさせていただくわ! ハッサム、剣の舞!」

ハッサムが力を溜め込み、その体が青いオーラに包まれる。

「なるほど、攻撃力の上昇。だが、それでどこまで戦えますかな? ゾロアーク、気合玉!」

「ハッサム、アイアンヘッド!」

ハッサムが真紅の弾丸の如く突撃し、ゾロアークは体の奥から生み出した気合の念弾を投げつける。

威力は互角。剣の舞一回で魔神卿のポケモンと張り合えるようになるハッサムが凄いのか、剣の舞を使ったポケモンと互角に渡り合えるゾロアークが凄いのか。

最後にはお互いに一度距離を取り、再度攻撃を仕掛けようとする両者。

しかし、

 

「必殺針!」

 

ここにいる誰のものでもない声が響くと同時、今度は黄色い何かが上空から飛来しハッサムを突き飛ばす。

続いてゾロアークをも突き飛ばし、こちらは一撃で戦闘不能にしてしまった。

「なっ……!?」

「チッ……」

驚愕を露わにするエリーゼに対し、ダンタリオンは小さく舌打ちする。

次はいったい誰かとハルが上空を見上げれば、降りてきたのはメタングに乗った魔神卿パイモンだった。

「やあハル君、また会ったね。そしていきなり失礼、お嬢さん。ぼくの名前はパイモン。今回君たち二人には用はないから安心して。用があるのはこっちだから」

ダンタリオンの助太刀に来たとしたら絶望的な状況だったが、どうやらそういうわけではないらしい。

パイモンはダンタリオンの方を向くと、

「ダン、ぼく言ったよね。ハル君はぼくのお気に入りだから手を出すなってさ」

「あぁ、そんなこと言ってたっけか。それがどうかしましたか?」

何の気なしにダンタリオンが返すが、その直後。

「なんだお前その態度はさぁ! じゃあこれは一体どういう状況なんだ、あぁ!?」

パイモンの顔が怒りに染まり、激昂する。

「うるっせえなぁ。危険な芽は早めに摘んでおくに限るでしょうが! それとも何か? このまま危険因子を放置して組織の崩壊を招くつもりか!?」

「バカかよお前はさぁ! 百年間の屈辱を果たす王様の目的すら忘れたのか!? もしそうなのならぼくがお前を処刑すっぞ! 今、ここで! お前の代わりなんてちょっと待てばいくらでも集まるんだからさぁ!」

「ぐっ……だったらこの場はお前にお任せしますよ。そこまで言うんだったら後処理はお前に頼んだ。じゃあな」

そう吐き捨ててダンタリオンはゾロアークを戻すと、おそらく本物のゴーストを繰り出し、ゴーストの能力でその場から消えてしまう。

「チッ……あー、イライラすんなぁ。同じ魔神卿のくせになんであんなにバカなんだ? 同レベルで話ができるのはアモちゃんかアスたんくらいだよ……いっそ新しく部下でも雇った方がいいんじゃないかなぁ、これ?」

残されたパイモンはぶつぶつと独り言を呟きながら、ハルとエリーゼの方に向き直る。

「いやぁ、ごめんねぇハル君。ダンはやたらとぼくに突っかかってくるバカだから扱いに困るんだよね。ちゃんと釘を刺しておくから、以後は安心してね」

だけど、とパイモンは続け、

「今回はダンの独断行動だけど、あんまりぼくたちの邪魔をし過ぎないほうがいいよ。ただ戦うだけならともかく、ぼくたちの計画の邪魔をされるのはごめんだ。ぼくは確かにハル君、君に期待してはいるけど、逆に言えば君の周りの人たちには興味を持つかは分からないってことだからね? そこのお嬢さん、君もだよ?」

じゃあね、とパイモンはスピアーを戻し、何やらぶつくさ呟きながらメタングの上に座ったまま飛び去っていった。

「エリーゼさん、助けていただいてありがとうございました」

「私は人として当然のことをしたまでよ。それより、そのイーブイを早くポケモンセンターに連れて行ってあげなさい」

「あ……そうだった! とにかく、ありがとうございました!」

命の危機に瀕しかけたので忘れていたが、腕に抱えたイーブイが重傷なのを思い出し、ハルは急いでカザハナシティへと戻る。

そして、ハルを見届けた後。

 

「……あぁぁぁ、焦ったぁ……」

 

一人残ったエリーゼは、急に顔を抑えてその場に座り込む。

「男の子を助けようとしたはいいけど、あの男あんなに強いなんて驚き……ねぇハッサム、私情けなく見えてなかったわよね? ちゃんとクールに振る舞えてたかしら?」

先ほどの威厳はどこへやら、急に弱気になるエリーゼ。

そんな主君の様子を見てハッサムはやれやれと言った様子で首を振り、鋏でエリーゼの頭を撫でる。

「ありがとう、ハッサム……大人になるためには常にクールにって教えられてきたけど、なかなか難しいねぇ……って、貴方も大丈夫? あのスピアーの攻撃、かなり痛かったでしょう? 休んでなさいな」

タイプ相性もあってか、ゾロアークと違ってハッサムは戦闘不能にはならなかった。

それでも大ダメージを受けたことに変わりはないが、ボールを向けたエリーゼに対してハッサムは首を横に振る。まだ大丈夫、ということらしい。

「……分かったわ。でもあまり無理はしないように。今日中にこの道を抜けてしまう予定だから、辛かったらボールに戻ること。分かったわね?」

再び立ち上がり、エリーゼはハッサムと共に山道を進んでいく。

 

 

 

ポケモンセンターに駆け込み、ハルはイーブイを預ける。

もう少し遅かったら危ないところだったらしいが、なんとか一命は取りとめた。

ロビーでしばらく待っていると、

「お待たせしました。まだ傷跡は完全には消えていませんけど、ここまで回復すれば普通に生活を送れますよ」

イーブイを抱え、ジョーイさんが出てきた。リオルとヒノヤコマも元気になったようだ。

「リオル、ヒノヤコマ! 二人とも大丈夫?」

ハルが心配そうに尋ねると、リオルはニコリと笑って頷き、ヒノヤコマも翼を広げて元気そうに鳴く。

そんな二匹の様子を見てハルは微笑み、

「よかった……イーブイ、君も無事で何よりだったよ。今度からは、悪い人に会わないように気をつけるんだぞ」

同じく元気になったイーブイの頭を撫で、外に帰そうとしたが、

「……?」

肝心のイーブイがハルの元を離れない。

「あら? そのイーブイ、君のポケモンじゃないの?」

「え? あ、はい。道中で怪我をしていたのを見つけたので、ここまで連れてきたんです」

ハルがそう返すと、ジョーイさんは、まあ、と驚いたような表情を浮かべる。

「すっかり君に懐いているようだったから、てっきり君のポケモンなのかと思ったわ」

「……はい? 懐いてる? このイーブイが、僕に?」

「そうよ。折角だから、君のポケモンにしてあげたら? そのイーブイもきっと喜ぶと思うわよ」

ハルがイーブイの方に向き直ると、イーブイもハルの顔を見上げて悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「僕はそれで構わないけど……イーブイ、僕と一緒に来る?」

座り込み、イーブイと目線を合わせて尋ねる。

ハルの言葉に、イーブイは笑顔で頷いた。

「……分かった。それじゃ、今日から君は僕の仲間だ」

そう言って微笑み、ハルは空のモンスターボールを取り出す。

イーブイの前に差し出すと、イーブイは自分からボールに触れ、ボールの中に入った。ボタンの点滅は、すぐに止まった。

「……よし。それじゃイーブイ、これからよろしくね」

その後、ジョーイさんに礼を言い、ハルは改めてカザカリ山道を進んでいく。



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第20話 中腹にて

「ふぅ……やっとここまで来たよ……」

カザカリ山道を進み、中間地点まで辿り着いたハルは、そこに建てられていたポケモンセンターへ迷わず足を踏み入れる。

既に日は傾きかけている。そこまで体力に自信はないので、ハルにとっては山道は堪えるものがある。

山の中ということもあってか、ロビーには客はハル一人しかいない。ソファに腰掛け、休憩していると、

「失礼しまぁす」

人が入ってきた。ハルと同じ、旅のトレーナーだろうか。

「あら、珍しく先客がいるみたいね。君も旅するトレーナーかしら?」

女性だ。鮮やかな金髪のボブカットで、毛先は水色。大きな荷物を背負い、青白いグラデーションのかかった服に、下は作業着のような格好。正直、あまり上下の服の組み合わせが合っていないように見える。歳は二十半ば、といったところだろうか。

「ええ。ハルといいます」

「ハル君、いい名前ね。私はアリス。君と同じ、しがないポケモントレーナーよ」

アリスと名乗ったその女性はその大きな荷物をドスンと床に下ろし、テーブルを挟んだハルの前のソファに座る。

「この山道、大変だよねー。サオヒメシティに用事があるんだけど、荷物も重いし辛いのなんの。私は空を飛べるポケモン持ってないから、大変よ」

「そ、そうなんですか」

はー、と息を吐き、アリスは無造作に足を組んで手で顔を仰ぐ。気さくだが割と大雑把な人物だ。

「……ねえハル君、暇?」

唐突にそんなことを聞かれた。

「え? ま、まぁ……今日はここに滞在する予定なので」

次に何を言われるかなんとなく分かっているが、ハルは正直に返す。

ポケモントレーナーなら、次にこう言ってくるだろう。

 

「じゃあさ、私とポケモンバトルしない?」

 

……やっぱり。

 

 

 

そんなわけで、ハルとアリスのカザカリ山道でのバトルが始まった。使用ポケモンは一体ずつ。

「それじゃ行くよ、ライボルト!」

アリスのポケモンは、黄色い鬣を持つオオカミのようなポケモン。

 

『information

 ライボルト 放電ポケモン

 電気を周囲に呼び寄せる力を持ち

 体毛に電気エネルギーを蓄える。

 鬣から雷雲を作ることができる。』

 

「電気タイプのポケモンか……なら」

ハルはリオルの入ったボールを手に取るが、

「……ん?」

ベルトに付けたボールの一つが、カタカタと揺れている。イーブイの入っているボールだ。

「ごめんなさいアリスさん、ちょっとだけ待ってもらえますか? イーブイ、どうしたの?」

アリスに待ってもらい、イーブイをボールから出す。

するとイーブイは、ライボルトと相対するかのように前に進み出る。まるで、自分がバトルしたいかのようだ。

「えっ? 君が戦いたいの? でも傷は大丈夫?」

ハルが尋ねるとイーブイは万全だと言わんばかりにその場を駆け回る。

とはいえさっき傷を治してもらったばかりなので、ハルとしてはやはり少々不安だ。

「戦わせてあげたら?」

そんな様子を見てか、アリスが声を掛ける。

「せっかく戦いたくてボールから出てきたんだから、バトルさせてあげましょ。ジム戦をするってわけじゃないんだから、気楽に。ね?」

「うーん……」

ハルは少し悩むが、

「……そうですね。それじゃイーブイ、頑張るよ」

イーブイの熱意を感じ、バトルさせることとした。

「それじゃ、バトル開始ね! ライボルト、まずは放電!」

先に動いたのはアリス。

ライボルトが鬣から電気を放ち、周囲に電撃を撒き散らす。

「電気タイプには……イーブイ、穴を掘る!」

対するイーブイはその場で素早く地面に穴を掘り、地中へと潜んでライボルトの放電を躱すと、直後に足元から飛び出す。

穴を掘るは地面タイプの技。ライボルトには効果抜群だ。

「いいぞイーブイ! 続けてスピードスター!」

さらにイーブイは尻尾を振って無数の星型弾を飛ばし、ライボルトへ追撃を掛ける。

「やるね……ライボルト、負けてられないよ! 目覚めるパワー!」

ライボルトは素早く起き上がると、周囲に薄い水色のエネルギーの球体を放ち、星形弾を相殺する。

「イーブイ、噛み付く!」

イーブイは素早くライボルトとの距離を詰め、ライボルトの鬣に噛み付く。

「っ! ライボルト、振り払って!」

ライボルトはしつこく首を振ってイーブイを引き剥がそうとするが、イーブイはなかなか離れない。

「だったら放電よ!」

振り払うのを諦め、ライボルトは鬣から電気を発し、周囲に放電する。

口を離して躱そうとしたイーブイだが、避けきれずに電撃を浴びてしまう。

「さあ今度はこっちの番! ライボルト、シグナルビーム!」

ようやくイーブイを引き剥がしたライボルトが、激しい光を放つ光線を発射する。

電撃を浴びて動けないイーブイに光線が直撃し、吹き飛ばす。

「イーブイ! 大丈夫!?」

吹き飛ばされて地面に落ちたイーブイだが、起き上がってハルの言葉に応える。

「さあ、まだまだ行くよ! ライボルト、目覚めるパワー!」

「イーブイ、穴を掘るで躱して!」

ライボルトが薄い水色の無数のエネルギーの球体を放ち、それに対してイーブイは再び地面に潜り、地中に隠れる。

「同じ手は通じないわよ! ライボルト、放電!」

ライボルトが鬣から電撃を生み出す。

放つ電撃を足元へ集中させ、地面を叩き割ってイーブイを地上へ引きずり出した。

「えっ……!?」

「今よ! ライボルト、シグナルビーム!」

強引に宙に打ち上げられたイーブイに対し、ライボルトが激しく光を放つ光線を発射する。

空中で身動きできず、イーブイは光線の直撃を受けてしまう。

「放電!」

その隙を逃さず、ライボルトは咆哮とともに鬣から電撃を放出、イーブイを巻き込んで周囲へと放電した。

「イーブイ!」

放電に巻き込まれたイーブイが体を痺れさせ、目を回して倒れてしまう。

イーブイは戦闘不能、よってこの勝負は、アリスの勝利だ。

 

 

 

「アリスさん、強いですね……」

バトルが終わった後、二人はポケモンセンターのロビーに戻って話し込んでいた。

自分から申し込んだバトルだからと、アリスは持っていた傷薬でイーブイを回復してくれた。

「うふふ、ありがとう。このライボルトね、つい昨日進化したのよ。特訓の成果が実ったわ。ね?」

アリスが足元に座るライボルトを撫でると、ライボルトは心地好さそうに小さく鳴く。

「ハル君のイーブイさ、まだ仲間にしてまもないでしょう? 私、そういうの分かるんだよね」

「ええ、そうなんです。この山道で出会ったんですよ」

ちなみにそのイーブイは今アリスの膝の上でブラッシングされている。

「やっぱり? 戦っててそんな感じがしたわ。強い弱いじゃなくてね、まだ君の戦い方、バトルスタイルっていうのかな、そういうのをよく分かってないような気がしたの」

だけど、とアリスは続け、

「その割には、なんだかとっても君に懐いているみたいよ? さっきのバトルも、まだ分からない中で一生懸命ハル君のために頑張っていたように見えたわ」

「……そうなの、イーブイ?」

イーブイの顔を見つめると、ぶぃっ! と笑顔とともに威勢のいい返事が返ってきた。

「さて、と。よいしょ……っ」

イーブイをハルに返し、重そうな荷物を再び担いで、アリスは立ち上がる。

「アリスさん、今からサオヒメシティまで行くんですか? もう夕方ですよ?」

「大丈夫よ。ライボルトが電気で道を照らしてくれるし、ヒザカリタウンで休憩してから行くわ。ハル君もヒザカリタウンまで行くんでしょ?」

ハルが頷くと、それなら、とアリスは続け

「近いうちにヒザカリタウンでバトル大会が開かれる予定だったはずよ。君も出てみたらどうかしら? 私はなるべく早くサオヒメシティに行かないといけないから参加できないけどね」

ヒザカリにはジムもあったはずだ。しばらくは留まることになりそうだ。

「それと」

ポケモンセンターを出ようとしたところで、アリスは振り返る。

「今日は一匹ずつのバトルだったけど、次に会う時にはもっとたくさんの君のポケモンを見たいわね。きっと、そのイーブイみたいに君と仲がいいんだと思うわ」

「……はい。次に会ったら、またバトルしましょう。今度は、僕が勝ちます!」

「その言葉、忘れないわよ? じゃあね」

そう告げて笑顔で手を振り、アリスはポケモンセンターを出て行った。

「イーブイ、初めてのバトルお疲れ様。いいバトルだったよ」

膝の上のイーブイを撫でると、イーブイはにんまりと笑みを浮かべた。

今日はここで休んで、明日はヒザカリタウンに出発だ。



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第21話 燃えろ! 炎のヒザカリジム!

カザカリ山道を下っていくうちに、ゴツゴツした歩きづらい道は次第に石や岩の数を減らしていく。

ポケモントレーナーの休息の目印、赤い建物の屋根が、木々の奥にちらりと見えた。

そのうち、山道は舗装された歩きやすい道へと変わっていく。

「……よし! やっと着いたぞ」

アルス・フォンを開いて、ハルは現在地を確認する。

画面には“ヒザカリタウン”、そう表示されていた。

 

 

 

ヒザカリタウン。

その名前の由来にもなった強い日差しが特徴的な町だが、山から小川が流れてくるので水が枯れることもなく、植物にとってはまさに天国のような場所。

その一方、人の住む場所として見ればまだまだ田舎町。そのため、町興しのためにジムを作ったり、バトル大会を開くために小規模ではあるがスタジアムを建設したりと、ポケモンバトルによって町に活気を与えようとしているらしい。

そんな町に辿り着いたハルだが、

「ジムに挑戦する体力は、残ってないかな……」

普通のバトルに比べて、やはりジムバトルは緊張感が違うし、その分体力も使う。端的にいえば、疲れる。

道中でですれ違うトレーナーとバトルをしながら慣れない山道を下ってきたこともあり、ジムに挑むには少々心許ない。

「しばらくポケモンの特訓と調整をして、ジムは明日以降に挑むことにしようかな」

そう呟いて、ハルはひとまずポケモンセンターの地下へ向かう。

 

 

 

翌日。

地図アプリを片手に、ハルはポケモンジムを訪れていた。

カザハナシティの道場のような見た目と趣は違えど、やはり町に合わせた和の雰囲気が見て取れるジムだ。どことなく屋敷のようにも見える。

「失礼しま……えぇ?」

扉を開いてジムに入ったハルだが、そこで素っ頓狂な声を上げる。

それもそのはず、ジムの外装と内装が違いすぎるのだ。

ジムの中は赤と金色の装飾で派手に彩られていた。バトルフィールドだけは普通の造りのようだが、あまりにも外から見た和の雰囲気とはかけ離れている。

さらになんだか部屋全体が蒸し暑い。部屋の隅や壁に沿って観葉植物が置かれているが、そのためだろうか。

そして、

「おはようございまぁっす! ジムの挑戦者ってことでいいのかな!?」

元気一杯の大声がハルを出迎える。

声の主はバトルフィールドの向こうにいる女性。ハルへと駆け寄ってくる。

オレンジ色の服の上から赤色の長袖のシャツの袖を腰のところで結んで掛けており、黒いショートパンツを履いている。炎のような真紅の髪はポニーテールにして結んでいる。

「私はサツキ! ここヒザカリタウンのジムリーダーを務めてるよ! よろしくね!」

 

『information

 ジムリーダー サツキ

 専門:炎タイプ

 肩書き:爆炎天使(ブレイズエンジェル)

 ジムリーダー歴:半年』

 

ジムリーダー――サツキは、そう叫ぶように名乗る。

「あ、こんにちは……僕はハルです……」

最初の挨拶からして、既にハルはサツキのテンションに圧倒されている。

「ハル君だね! 私に勝ちたいってんなら、そんな縮こまってちゃダメだぜ! 熱く燃える炎みたいに、もっと強気でいかなきゃなー!」

そんなハルの様子を見てサツキは爽やかな笑みを浮かべ、

「それじゃ早速始めるか! ハル、ジムバッジはいくつ?」

「えっと、二つです」

「おっけー! それじゃあ使用ポケモンはお互い三匹ずつだね! バトル中にポケモンを交代していいのはチャレンジャー、つまりハルだけだよ!」

普通なら審判がするはずのジムのルールを、サツキが先に説明してしまう。

ここまでで既にサツキの勢いに圧倒されてしまっていたハルだが、

「……はい。お願いします!」

やることは分かっている。ジム戦をして、勝てばいいのだ。

「おおっ! いい表情になってきたじゃん! それじゃ、バトルと行こうか!」

三つ目のジムバッジを賭けた、ハルのジム戦が始まる。

 

 

 

「それではこれより、ジムリーダー・サツキと、チャレンジャー・ハルのジム戦を行います。使用ポケモンはお互い――」

「あ、その説明さっきしちゃったから、省いていいよ。それより、早くジム戦を始めさせてよ!」

審判の男性の言葉を遮り、サツキは待ちきれないと言わんばかりにボールを取り出す。

「そうでしたか……それでは両者、ポケモンを出してください」

サツキに続いて、ハルもモンスターボールを構える。

「よっしゃ! 燃えろ、メラルバ!」

「最初は君だ、出てきて、ヒノヤコマ!」

ハルのヒノヤコマに対し、サツキの初手は炎のような形の五本のツノを持つ虫ポケモンだ。

 

『information

 メラルバ 松明ポケモン

 五本の角から炎を出して攻撃する。

 ある地域では太陽から生まれたと

 伝えられ信仰の対象になっている。』

 

炎と虫のタイプを持つポケモンのようだ。タイプ相性では、ヒノヤコマが有利となる。

「ハルも炎タイプか……メラルバ、炎対決、負けられないよ!」

「ヒノヤコマ、タイプ相性は有利だけど、向こうはジムリーダーだ。気をつけて戦うよ」

両者のポケモンが出揃い、いよいよバトル開始だ。

 

「それでは、ジムリーダー・サツキと、チャレンジャー・ハルのジムバトルを開始します!」

 

「行くよ! ヒノヤコマ、まずはニトロチャージ!」

勇ましい鳴き声と共に、ヒノヤコマが翼から火の粉を吹き出し、その体に炎を纏わせる。

「それじゃメラルバ、こっちもニトロチャージだ!」

対するメラルバもツノから吹き出した炎を全身に纏わせ、跳躍して突撃。

二体が炎の弾の如く、正面から激突する。

「ヒノヤコマ、疾風突き!」

競り合った末にお互いに一度距離を取ると、ヒノヤコマは嘴を突き出し、目にも留まらぬ速度で突っ込む。

「メラルバ、躱してシグナルビーム!」

対するメラルバはぴょんと跳躍してヒノヤコマの突撃を躱すと、その瞳から輝く光線を発射する。

「っ、ヒノヤコマ、アクロバット!」

光線がヒノヤコマの背中に直撃するも、効果は今一つ。

そのままヒノヤコマは空中を旋回し、素早く軽快な動きで距離を詰め、メラルバを突き飛ばす。

「メラルバ、ギガドレイン!」

メラルバの五つの角から光の触手が飛び出し、ヒノヤコマへと向かってくる。

「ヒノヤコマ、もう一度アクロバット!」

ヒノヤコマが再び動き出す。軽快な動きで光の触手を躱しながら、メラルバへ一気に接近していく。

しかし。

 

「今だメラルバ! ワイルドボルト!」

 

メラルバの周囲に火花が迸り、バチバチと弾けるような音が響く。

直後、その体が電撃を纏い、メラルバは突っ込んでくるヒノヤコマを真正面から迎え撃つ。

再び双方が激突するが、今度はすぐに均衡が破れる。

電撃を纏ったメラルバが、ヒノヤコマを逆に突き飛ばした。

「っ、電気技……! ヒノヤコマ、大丈夫!?」

飛行タイプを持つヒノヤコマには、電気技は効果抜群となる。

「炎タイプを使う以上、電気技は持たせて当然! 苦手な水タイプへの対策にもなるしなー!」

ふふふー! とサツキは得意げに笑う。

「流石はジムリーダー……タイプ相性で有利だからって、簡単には勝てないってことだね……」

イチイやヒサギもそうだったように、苦手タイプ対策は万全、ということだろう。やはりジムリーダーは一筋縄ではいかない。

「当然! さあメラルバ、ニトロチャージ!」

五本の角から炎を吹き出し、メラルバが炎に包まれ、火の弾のように飛び出す。

「ヒノヤコマ、躱して!」

電撃を食らったヒノヤコマだが、なんとか立て直して上昇する。

ただ完全に躱し切ることはできず、メラルバの攻撃がヒノヤコマを掠めた。

「ヒノヤコマ、ここから反撃だ! エアカッター!」

ヒノヤコマが激しく翼を羽ばたかせ、無数の風の刃を飛ばすが、

「メラルバ、躱してワイルドボルト!」

ニトロチャージでスピードが上がっているメラルバに躱され、メラルバは電気を身体中に纏って突っ込んでくる。

「ヒノヤコマ、ニトロチャージ!」

ヒノヤコマは炎を纏い、メラルバの電撃の突進を迎え撃つ。

お互いの力は互角、しかし、ニトロチャージの追加効果により、ヒノヤコマのスピードが上昇する。

「よし、ニトロチャージならワイルドボルトを防げる! ヒノヤコマ、疾風突き!」

速度の上がったヒノヤコマが、嘴を突き出して猛スピードで突撃。

目にも留まらぬ速度で、メラルバを突き飛ばす。

「やるじゃんやるじゃん! メラルバ、シグナルビーム!」

「ヒノヤコマ、アクロバット!」

メラルバが瞳から光線を乱射するが、ヒノヤコマは素早く飛び回る。

次々と撃ち出される光線を掻い潜り、メラルバとの距離を詰めていく。

「……今だっ! メラルバ、ワイルドボルト!」

だがヒノヤコマが眼前まで迫るかといったその瞬間、メラルバの全身が激しい電撃に覆われる。

向かってきたヒノヤコマを一気に仕留めるべく、前方へタックルを仕掛けるが、

「……そんな気がしたんだ! ヒノヤコマ、急上昇!」

スピードの上がっているヒノヤコマは間一髪、ギリギリで急上昇、メラルバの突進を躱しきった。

「エアカッター!」

勢い余って後方へすっ飛んでいくメラルバの体から電撃が消えたところへ、ヒノヤコマは翼を羽ばたかせて空気の刃を飛ばす。

「あ、やばっ……! メラルバ、シグナルビーム!」

宙に浮いていたメラルバは回避ができず、咄嗟に光線で迎え撃とうとするが間に合わない。

風の刃に切り裂かれて撃墜され、そのまま目を回して倒れてしまう。

「メラルバ戦闘不能、ヒノヤコマの勝ちです!」

まずは一勝。ハルが先手を取った。



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第22話 熱き暑き真っ向勝負

「うーむ、ダメだったかぁ。メラルバ、よく頑張った! あとは休んでて!」

ヒザカリジム戦。

ヒノヤコマに敗れたメラルバをボールに戻すと、サツキはハルの方に向き直り、

「なかなかやるねー、ハル。そのヒノヤコマなかなか強いから、次はこの子で行こうかな!」

すぐに次のボールを手に取り、二番手を繰り出す。

「燃えろ、ブーバー!」

サツキの次なるポケモンは、燃える炎の体を持つ人型のポケモンだ。

 

『information

 ブーバー 火吹きポケモン

 火山の火口から生まれたポケモン。

 炎を撒き散らして周りの環境を

 住みやすいように変えてしまう。』

 

「ブーバー……持ってるタイプは、炎だけか。ヒノヤコマ、まだ戦える?」

メラルバ戦で受けたダメージはあるものの、ヒノヤコマは翼を広げて勇ましく鳴く。

「へえ、なかなか根性ある子だね。それじゃバトル再開! ブーバー、火炎放射!」

ブーバーが息を大きく吸い込む。

特徴的な長い口を開き、吐息とともに灼熱の業火を吹き出す。

「ヒノヤコマ、躱して疾風突き!」

ヒノヤコマはふわりと浮き上がって炎を躱すと、翼を広げて猛スピードで飛び出す。

ニトロチャージの加速も合わさりヒノヤコマのスピードはかなりのもので、瞬く間にブーバーとの距離を詰め、嘴で突き飛ばす。

「続けてニトロチャージだ!」

そのスピードをさらに加速させるべく、ヒノヤコマは炎を纏って突撃するが、

「ブーバー、クリアスモッグ!」

ブーバーが口から白い煙を吹き出す。

煙はヒノヤコマにまとわりつき、ヒノヤコマを包む炎を消し去ってしまう。

「ヒノヤコマ、振り払って! アクロバット!」

翼を羽ばたかせてヒノヤコマは煙を振り払うと、今度は軽やかに飛び回りながらブーバーへと接近していく。

しかし。

「……あれ?」

明らかにヒノヤコマのスピードが落ちている。

正確には、戻っている、と言った方が正しいか。上がったはずの素早さが、元に戻っているのだ。

「ブーバー、炎のパンチ!」

地を蹴って飛び出したブーバーの右腕の炎が増幅する。

拳を構えたブーバーが、スピードの落ちたヒノヤコマの横から突撃し、ヒノヤコマを殴り飛ばした。

「続けて雷パンチ!」

今度はブーバーの右手を電撃が覆う。

ふらつくヒノヤコマ目掛けて、ブーバーが電撃を纏った拳を叩き込んだ。

「っ、ヒノヤコマ!」

効果抜群の一撃を叩きつけられたヒノヤコマは地面に叩きつけられ、そのまま戦闘不能になってしまった。

「ヒノヤコマ、ありがとう。戻って休んでてね」

ヒノヤコマの嘴を撫で、ボールへと戻す。

「サツキさん。さっきのクリアスモッグは、もしかして……」

「おっ、気づいたみたいだね! クリアスモッグは攻撃のついでに、相手の能力変化を元に戻す技! さらに必中技でもあるから、私のブーバーの前ではいくら能力を上げても意味なし! 能力変化なんか使わないで、ガチンコ勝負でぶつかってこいってことよ!」

だから、ヒノヤコマのスピードは元に戻ってしまったのだ。

サツキは相変わらず得意げに説明する。

「さあ、次はどんなポケモンで来る? もっと私を楽しませてよ!」

「望むところです! それじゃ出てきて、イーブイ!」

ハルが二番手に選ぶのはイーブイ。体格の大きいブーバーに対しても、臆すことなく一歩踏み出す。

戦闘経験はまだ少ないが、やる気は充分。穴を掘るで打点もある。

「なるほど、イーブイで来たか! それじゃあ、その力を見せてもらうよ! 火炎放射!」

「イーブイ、電光石火!」

炎を吹き出す前にイーブイの突撃を受け、口から吹き出た炎は明後日の方向に飛んでいく。

「ブーバー、雷パンチ!」

「イーブイ、穴を掘る!」

すぐさま立て直したブーバーが電撃を纏わせた拳を突き出すが、イーブイは地面に潜って拳を躱すと、ブーバーの足元から飛び出してブーバーを突き飛ばす。

「イーブイ、スピードスター!」

素早くブーバーから距離を取り、イーブイは無数の星形弾を放とうとするが、

「好き勝手はさせない! ブーバー、炎のパンチ!」

拳の炎を増幅させたブーバーがイーブイを逃さず、灼熱の拳を振り抜いて殴り飛ばす。

「火炎放射!」

「っ、躱して!」

立て続けにブーバーが灼熱の炎を勢いよく吹き出す。

起き上がったイーブイは何とか炎を回避するが、尻尾の先を炎が掠め、毛先が黒く焦げる。

「まだ終わってないぜ! ブーバー、雷パンチ!」

拳に電撃を纏ったブーバーがフィールドを駆け、イーブイとの距離を詰めてくる。

「それならイーブイ、穴を掘る!」

イーブイは地面を掘り、素早く床の下へと潜る。

雷の拳は空を切り、直後、ブーバーの足元が割れ、飛び出してきたイーブイがブーバーを突き上げる。

「イーブイ、スピードスター!」

「っ! ブーバー、連続で雷パンチ!」

イーブイが無数の星形弾を放ち、ブーバーは立ち上がると一旦距離を取る。

ブーバーを追尾してしつこく迫る星形弾を、電撃を纏った連続パンチで全て砕く。

「電光石火!」

しかしその星形弾の後ろから、イーブイが猛スピードで突っ込んでくる。

ブーバーの拳を纏う電撃が消えたところに、イーブイが突撃を仕掛けた。

しかし、

「ブーバー、火炎放射!」

イーブイの突進を受けたブーバーが、今度はしっかりと地に足をつけて踏み止まった。

返す刀でブーバーは灼熱の炎を口から吹き出し、イーブイを逆に炎に飲み込んで吹き飛ばす。

「まず……っ! イーブイ、大丈夫!?」

やはり主力の炎技の威力は侮れない。まだイーブイは何とか立ち上がるが、次はない。

そしてそれを分かっているサツキは、当然、

「もう一度火炎放射!」

確実に仕留めに来る。

「イーブイ、潜る!」

イーブイは床下に潜り、間一髪のところで炎を躱す。

そして地中を素早く移動、ブーバーの足元から飛び出し、ブーバーの顎に体当たりする。

「よし、これで……!」

だが、

「っ、ブーバー、耐え切って! 火炎放射でとどめだぁ!」

大きく仰け反りながらも、ブーバーは耐え切った。

目の前のイーブイを一点に見据え、大きく息を吸い込む。

「……これしかない、一か八かだ! イーブイ、ブーバーの口に噛み付く攻撃!」

ブーバーが炎を吹き出す、その直前。

イーブイが口を大きく開き、平べったい嘴のようなブーバーの口に噛み付き、牙を食い込ませ、口を封じた。

「な……っ!?」

こうなってしまっては、ブーバーは炎を吹き出すことができない。

放たれるはずだった炎はブーバーの口の中にどんどん蓄積され、遂に限界を超えて爆発を起こした。

しかし当然、イーブイも爆発に巻き込まれてしまう。

「ブーバー!?」

「イーブイ……!」

やがて爆煙が晴れると、まず、ブーバーは口から黒い煙を上げながら仰向けに倒れていた。

そしてそのすぐ横で、爆発に巻き込まれたイーブイも目を回して倒れていた。

「……イーブイ、ブーバー、両者共に戦闘不能です!」

お互いに戦闘不能。これで、二人とも残り一体となった。

「ブーバー、よく頑張った! 休んでて!」

「イーブイ、お疲れ様。ゆっくり休んでてね」

ハルとサツキが、それぞれのポケモンを労い、ボールへと戻す。

「ブーバーの炎エネルギーを口の中で爆発させるなんて! なかなか大胆なことをしてくるじゃん?」

「あの局面では、それしか思いつきませんでした。ブーバーの特徴的な口の形を見て、噛み付けば口を塞がせることができるかなって。でも引き分け覚悟だったので、イーブイには悪いことをしたかもしれません」

「そんなことないさ! 私にはイーブイも迷わずハルの指示に応えていたように見えたよ! それにしても、観察眼もなかなかだねえ」

それじゃあ、とサツキは最後のボールを手に取る。

それに合わせて、ハルもボールを取り出す。

「これで最後だ、行くぜっ! 燃えろ、カエンジシ!」

「さあ、最後は君だ。出てきて、リオル!」

ハルの最後のポケモンはもちろんリオル。

対して、サツキのポケモンは雌の獅子のようなポケモン。頭から背中にかけて束ねた髪のように長く伸びた炎の鬣を持つ。

 

『information

 カエンジシ 王者ポケモン

 何匹もの群れで暮らし鬣が一番

 大きなオスが群れのリーダーを務める。

 メスたちは協力して群れの子供を守る。』

 

「カエンジシ、タイプは炎とノーマル……ノーマルタイプなら……!」

タイプ相性的には、格闘タイプのリオルが有利に立ち回れる。

とはいえ相手はジムリーダー、それも最後のポケモン。充分に警戒して挑まなければならない。

「それじゃあ、最終戦を始めるぜ! どこからでもかかってきな!」

「ええ。全力で行きますよ!」

カエンジシは小さく唸り声を上げて、じっとリオルを見据える。

対するリオルも身体中の波導を滾らせ、戦闘態勢に入る。




元々サツキは初期設定ではポプラという名前だったのですが、剣盾にポプラさんが登場してしまったので急遽名前を変えるハメに……


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第23話 突破せよ! 炎の女王カエンジシ

「リオル、電光石火!」

いよいよヒザカリジム戦もお互いに最後の一匹。

最後の先手を取ったリオルが動き出す。

地を蹴って目にも留まらぬスピードで踏み出し、カエンジシとの距離を一気に詰め、そのままカエンジシへ突き当たる。

「カエンジシ、火炎放射!」

だがリオルの突撃を受けたカエンジシはしっかりとその場で踏みとどまり、即座に灼熱の炎を噴射する。

「っ……! リオル!」

咄嗟に防御を固めるリオルだが、炎に押されて逆にリオルが押し戻されてしまう。

「だったら、真空波だ!」

すぐさま立て直し、リオルは拳を振り抜いて真空波を飛ばす。

「先制技ならカエンジシ、回避!」

素早く駆け出し、カエンジシは真空波を躱すと、

「今度はこっちの番! カエンジシ、ワイルドボルト!」

その身体に電撃を纏わせたまま、地を駆ける。

「リオル、発勁! 受け止めて!」

両手を突き合わせて波導を纏わせ、リオルは両手でカエンジシを迎え撃つ。

電撃を纏ったカエンジシと互角に競り合い、その突進を何とか食い止めた。

「もう一度、発勁!」

ワイルドボルトは反動の大きい技で、即座に次の手に出ることができない。

青い波導を纏ったリオルの拳を避けることができず、カエンジシは殴り飛ばされる。

「やってくれるねぇ! カエンジシ、火炎放射!」

低く唸ったカエンジシが息を吸い、再び灼熱の業火を吹き出す。

「リオル、躱して真空波!」

走ってカエンジシの炎を躱しつつ、リオルは腕を振り抜いて真空波を放つ。

高速で飛ぶ真空波がカエンジシに直撃。電光石火と違って格闘技である真空波は効果抜群、カエンジシが少し後ずさりする。

「今だ、サイコパンチ!」

その隙を狙って、すかさずリオルが踏み込む。

拳に念力を纏わせ、カエンジシへと殴りかかるが、

「カエンジシ、悪の波動!」

カエンジシが咆哮とともに紫黒の光線を放つ。

光線を受けたリオルの右手からは、瞬く間に念力が引き剥がされていき、

「火炎放射!」

続けて灼熱の業火が撃ち出され、リオルは炎に飲まれて吹き飛ばされてしまう。

「はっはー! エスパータイプの技なら、悪タイプの技で打ち消してしまえばいいのだぜ! エスパー技は悪タイプには効かないからなー!」

「っ、なるほど……リオル、大丈夫?」

炎をまともに浴びたリオルだが、体の煤を払うとハルの言葉に応えて頷く。決してダメージは小さくないが、それでもまだ戦える、そして勝つ。カエンジシの炎にも負けないリオルの熱い思いが、ハルには伝わってきた。

「……よし! リオル、発勁だ!」

パチンと手を叩いて気合を入れ直し、右手に波導を纏わせ、リオルが駆け出す。

「カエンジシ、火炎放射!」

リオルを迎撃すべく、カエンジシが灼熱の業火を吹き出す。

鞭のように振るわれる炎を、リオルは飛び越え、搔い潜ってカエンジシの懐に飛び込み、カエンジシの頬へと右拳を叩き込んだ。

効果抜群の一撃をまともに受け、カエンジシがよろめく。

「いいぞリオル、続けてサイコパンチ!」

「間に合えーっ! 悪の波動!」

さらにリオルが拳に念力を乗せるが、カエンジシは体勢を崩しながらも黒い光線を放つ。完全に念力を剥がすことはできないが、それでもダメージは抑えられた。

「リオル、一旦下がって!」

「カエンジシ、立て直すわよ! ワイルドボルト!」

サイコパンチの入りが甘かったため、ハルはリオルを引き戻し、リオルは素早く後ろに飛んで距離を取る。

直後にカエンジシが身体に電撃を纏わせるが、リオルが既にそこにいないのを確認すると、首を大きく振って体勢を整え、突撃を仕掛けてくる。

「リオル、躱して真空波!」

カエンジシの電撃を帯びた突進を、リオルは跳躍して躱すと、腕を振り抜き、駆け抜けていくカエンジシへと真空の波を飛ばす。

「カエンジシ、そのまま右に! そこからUターン!」

リオルに背を向けているカエンジシには後ろは見えないが、サツキの指示により素早く右に曲がって真空の波を回避、さらにUターンして、着地しようとするリオルを再び狙う。

「リオル、発勁!」

空中に飛んだ以上、回避はできない。

右手に纏う波導を強め、リオルは突っ込んでくるカエンジシに合わせて右手を叩きつける。

しかし勢いがついている分、今度はカエンジシの方が強く、リオルは押し負け、突き飛ばされてしまう。

「火炎放射!」

「っ、リオル、躱して!」

カエンジシが灼熱の炎を放って追撃を仕掛け、リオルは横っ飛びして何とか炎の一撃を避け切った。

「危ない……リオル、電光石火!」

立ち上がったリオルが地を蹴り、目にも留まらぬスピードで飛び出し、カエンジシへと突撃する。

電光石火の一撃では、カエンジシを突き飛ばすことはできないので、

「続けて発勁!」

体勢の崩れたカエンジシへ、さらにリオルは波導の力を纏った右手を叩き込む。

しかし。

 

「カエンジシ、大文字!」

 

カエンジシの瞳が、長い鬣が、燃えるが如く赤く染まる。

刹那、カエンジシが巨大な炎の弾を放出、炎弾は“大”の字を描いて展開し、リオルへと襲い掛かる。

「っ……!?」

先ほどまでの火炎放射よりも、さらに高火力の炎。

最早この距離では回避は不可能。リオルは咄嗟に波導を纏わせた右手で防御の構えを取るが、それだけで食い止めることなどできず、リオルは炎に飲まれてしまう。

「くっ……リオル!」

発勁で多少は威力を削いだため、この攻撃はまだ耐えられるだろう。

だが次はない。この爆炎から逃れ、勝つ方法を探る。

「ハル! 悪いけど、勝負を決めるよ! カエンジシ、火炎放射!」

しかしサツキは手加減ひとつしない。

向こうもリオルがまだ倒れてはいないと踏んだようで、爆炎の中へと容赦なく炎を撃ち込む。

しかし、

(……! リオル……?)

今この瞬間。

ハルの頭の中に、リオルの声が響いたような気がした。

まだ勝負を諦めていない、勇ましい声が。

(……そうだ、僕たちはまだ負けてない! あの力を、解き放つんだ!)

「……僕たちは、負けません! リオル、発勁!」

もちろん、あの波導の力の原理など全く分かっていないが。

ヒノヤコマとイーブイの頑張りに応えたい、そしてなによりリオルと一緒に勝ちたい。

そんな思いを込め、リオルを信じ、ハルは叫んだ。

刹那。

 

リオルを囲む爆炎が、青き烈風と共に消し飛んだ。

 

「な……なんだっ!?」

驚きを隠せず、炎の中心に目をやるサツキ。

立ち上がったリオルの身体は波導に覆われ、その手には青い炎のような波導を纏っていた。

そして。

ハルには感覚で分かった。リオルが必ず、この力を発動させると。

「……なんだかよくわからないけど、ハル! 君とリオルの溢れんばかりの熱意、伝わってきた!」

だけど、とサツキは続け、

「バトルはここから! 君のその力で、私のカエンジシを倒してごらんよ!」

「ええ、望むところです! リオル、電光石火!」

波導を纏ったリオルが、地を蹴って飛び出す。

目にも留まらぬスピードで一気にカエンジシとの距離を詰め、カエンジシを突き飛ばした。

「やっぱり威力も上がってる……! カエンジシ、火炎放射!」

すぐさま体勢を立て直し、カエンジシは灼熱の炎を吹き出す。

「リオル、躱して発勁!」

大きく跳躍して炎を躱し、リオルは炎のような波導を纏った右手をカエンジシへと叩きつけた。

効果抜群の一撃を受け、カエンジシが吹き飛ばされる。

「サイコパンチ!」

さらにリオルは拳に念力を纏わせ、吹き飛ぶカエンジシを追って拳を振りかぶる。

「悪の波動!」

だがカエンジシもジムリーダの最後の一匹、やられっぱなしでは終わらない。

体から悪意に満ちた漆黒の波動を放出し、リオルの拳を纏う念力を打ち消し、弾き返す。

「今だ! カエンジシ、火炎放射!」

「っ、リオル、発勁!」

すかさずカエンジシが炎を噴射し、リオルは激しい波導を纏った右手を突き出し、炎を受け止める。

「ワイルドボルト!」

その直後、電撃を纏ったカエンジシが突撃を仕掛ける。

対応が遅れ、リオルは突撃を食らって吹き飛ばされる。

「あと一撃! カエンジシ、火炎放射!」

「っ! リオル、立て直して! 真空波!」

カエンジシが息を吸い込んだその時、リオルは宙を舞いながらも腕を振り抜いて波導を乗せた真空の波を飛ばす。

カエンジシの額に波が命中し、カエンジシの動きが止められる。

「こうなったら……! カエンジシ、行くぜ!」

サツキが叫び、カエンジシがそれに呼応して雄叫びを上げる。

「カエンジシ! 大文字!」

カエンジシの瞳が真紅に染まり、口から大の字を描いた巨大な炎弾が放出される。

ここまででダメージを受け続けていたにも関わらず、その炎は全く弱まってはいない。

「これはとても躱せない……勝負を決めに来たんだ! だったらリオル、こっちも行くよ!」

ハルの言葉にリオルは頷き、拳を握りしめて波導をさらに強める。

「リオル、発勁!」

激しく燃えているかの如き青い波導を右手に纏わせ、リオルは炎の中へと自ら飛び込んでいく。

灼熱の炎がその身を焼いていく。ダメージが小さいわけがないが、それを気にも留めずにリオルはひたすら突き進む。

そのまま、カエンジシの下顎に右手を叩きつけ、天高く吹き飛ばした。

「カエンジシっ!?」

サツキの叫びがフィールドに響く。

打ち上げられたカエンジシは重力に従ってそのまま落下し、床にドサリと落ちる。

そしてそれを確認したリオルも、膝をついて崩れ落ちてしまう。

それでもリオルは地に伏すことなく、ハルの方を振り返ると、小さくニヤリと笑みを浮かべた。

 

「カエンジシ、戦闘不能。リオルの勝利です! よって勝者、チャレンジャー・ハル!」

 

ハルの勝利が告げられるや否や、ハルはバトルフィールドのリオルへと駆け寄る。

「やったあああ! リオル! やったよ、三つ目のジムも制覇したんだ! お疲れ様、よく頑張ったね!」

今にも倒れそうなリオルを抱きかかえると、ボロボロになりながらも、リオルは得意げに吠えてみせた。

「カエンジシ、お疲れ様……ふぅ」

そしてサツキはといえばカエンジシを戻した直後、燃え尽きてしまったかのようにへたりとその場へ座り込んでしまい、

「はぁ……負けちゃった」

ピクリとも動かず、力なく呟いた。

サツキが動く気配がないので、ハルはサツキのところまで歩み寄る。

「あ、ごめんね……私、バトルで負けるといつもこうなっちゃうんだ。特にジム戦は熱くなりすぎて、疲れちゃうんだよね」

ハルが近づくと、その顔を見上げてサツキは力のない笑みを浮かべた。

「さあ……それじゃあ、熱い気持ちを、炎のように燃える熱意を、私に見せてくれたお礼に、これを……」

そう言って、サツキは審判の男性から小さな箱を受け取る。

中には、太陽を模したような形にアルファベットのCの文字を描いた、赤色とオレンジ色で作られたバッジが収められていた。

「私の熱いバトルに打ち勝ち、ヒザカリジムを制覇した証……コロナバッジを、君にあげよう」

最後の一言だけ。

燃え尽きたサツキの笑みに、少しだけバトル中の面影が見えた。

「はいっ、ありがとうございます!」

ハルのバッジケースに、三つ目のバッジが収められた。

コロナバッジは、熱い熱い戦いに勝利したハルの高揚感を表すように、赤く煌めいていた。

 

 

 

ポケモンセンターに戻り、ポケモンたちを回復させている間、ハルはロビーで考え事をしていた。

(今までリオルがあの能力を発動してきたのは、ジム戦の時だけだ)

大会の時やポケセンの地下で戦った時は、例の現象は起こらなかった。

(しかも今日やカザハナジムの時は、何だかリオルと感覚が一つになっているような感じだった。一体、あの力は何なんだろう……)

色々考えてみるが、残念ながらハルは人並みの知識程度しか持ち合わせていない。

そうこうしているうちに、

『ハルさん、お待たせしました! お預かりしたポケモンは、皆元気になりましたよ!』

ポケモンの回復が終わり、ハルを呼ぶアナウンスが響く。

「……うーん、ダメだ! 考えてても始まらない。旅を続けていれば、いずれ分かる時が来るさ」

とりあえず、しばらくはヒザカリタウンに滞在だ。

数日経てば、ヒザカリタウンバトル大会が開催される。



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第24話 バトル大会! inヒザカリタウン

ジム戦の数日後。

ハルは大会が行われるスタジアムの前までやって来ていた。

アルス・フォンで調べた情報によれば、ヒザカリタウンで行われる大会は、ジムバッジの所有数が四個以下のトレーナーが出場できる大会のようだ。

ハルのバッジは現在三個。つまり、カザハナシティでの大会と違って、ハルよりも格上のトレーナーも多いということ。

「……だけど逆に考えれば、ここでいい成績を残せば自信にも繋がる。僕だってバッジを三つ持ってるんだ、やってやるぞ」

参加登録は済ませておいた。自身を鼓舞し、気を引き締め、ハルはそのまま会場内へ足を踏み入れる。

 

 

 

『さあ、いよいよヒザカリタウンバトル大会が開幕いたします! 今大会の出場選手はバッジを四個まで集めたトレーナーたち。果たしてどんなバトルを見せてくれるのでしょうか!』

スタジアム内の放送席には一組の男女が座り、やたらとテンションの高い実況の男性が、マイクを持って叫ぶ。今大会のために派遣されたアナウンサーだろう。

しかし。

『なお、今大会は、解説としてヒザカリタウンのジムリーダー、サツキさんに来ていただきました! 皆さん、盛大な拍手を!』

女性の方は、もっとテンションが高かった。

 

『皆さぁぁぁん! こーんにーちはぁぁぁぁ! ジムリーダーのサツキです! 今日はよろしくねえぇぇぇぇ!』

 

湧き上がる歓声など一瞬で掻き消すかのように、サツキの元気一杯の大声がマイク越しに響き渡る。

マイクに向かってそんな大声を出せば、直後に来るのは耳をつんざくノイズ。

キィィィィィン! と嫌な音が会場に響き、皆が耳を覆った。

が、当のサツキは自分の声が観客の鼓膜と解説席のマイクを破壊しそうになったことに気づいていないらしく、

『あれぇ? 皆さっきまでの歓声はどうしたの? 今日は折角の大会なんだから、皆盛り上がっていくぜ!』

慌ててアナウンサーがサツキのマイクの音量を下げたため、今度は爆音が響かずにすんだ。

(サツキさん、マイクいらないんじゃないかなぁ……)

そう思ったのは、恐らくハルだけではないだろう。

『……それでは、気を取り直して! ヒザカリ大会の一回戦、第一試合を行います!』

予想だにしなかった解説席からのダイレクトアタックを食らってすっかり静まり返っていた会場だが、アナウンサーの声によって再び会場は湧き上がり、いよいよ、大会が始まる。

 

 

 

『さあ、それでは続いての試合に参りましょう! 一回戦の第三試合、対戦するのは、現在バッジ三つ、ハル選手! 最近手に入れたバッジは解説のサツキさんのコロナバッジとのことです!』

『おお、ハル君か! 昨日ジムでやったけど、強かったぜあの子!』

『そんなハル選手の相手は、同じくバッジ三つ、ダリ選手! 最近手に入れたバッジは、サオヒメシティのジムバッジのようです!』

『サオヒメのジムリーダーに勝ってるんだ! あそこの人は二重三重に戦術を組み合わせて戦ってくるから、そう簡単には勝てないはずだよ。私よりもずっとバトルが上手い人だし。だけどハル君もとっても強かったから、個人的には一回戦から注目の対戦カードって感じだねぇ!』

(そういえば、この間会ったアリスさん、サオヒメに向かうって言ってたな)

サオヒメシティと聞いて、ハルは山道で出会ったアリスのことをふと思い出す。

『サツキさんも注目の両者、これは名勝負の予感! それでは、両選手入場です!』

入場の合図を受け、二人がバトルフィールドを挟んで立つ。対戦相手のダリはハルよりも大柄な少年だ。

「相手になるのはお前だな。俺を楽しませてくれよ」

ダリが不敵に笑う。相手がかなりガタイが良く、目つきが悪いので思わずビビりかけたハルだが、

「……ええ。いい勝負にしましょう!」

これは公式のポケモンバトル、怯える必要などない。すぐに威勢を取り戻す。

「それでは、両者ポケモンを出してください」

審判に従って、二人は同時にボールを取り出す。

「出てきて、ヒノヤコマ!」

「行ってきな、ヤミカラス!」

ハルが選んだのはヒノヤコマ。対するダリのポケモンは、黒い帽子を被ったカラスのようなポケモン。

 

『information

 ヤミカラス 暗闇ポケモン

 真っ黒な姿や特徴的な鳴き声から

 不吉の証とされる。餌を求めて街に

 現れ捨てられたゴミを撒き散らす。』

 

悪・飛行タイプのヤミカラスが相手。互いに空を飛ぶポケモン同士の対戦となった。

『それでは、ヒザカリ大会一回戦、第三試合、スタートです!』

「行くよ! ヒノヤコマ、疾風突き!」

いきなりヒノヤコマが猛スピードで動き出す。

ヤミカラスの反応速度を上回るスピードで一気に距離を詰め、嘴で突き飛ばす。

「続けてニトロチャージ!」

ヒノヤコマの翼から火の粉が吹き出し、その体を炎が纏う。

ヤミカラスへとさらに追撃を掛けるが、

「ヤミカラス、守る!」

突如、ヤミカラスの周囲に守りの結界が展開される。

突っ込んでいったヒノヤコマだが、結界に阻まれ、逆に弾き返されてしまった。

「悪の波動!」

その隙を狙って、ヤミカラスは紫黒の光線を発射する。

『おおっと! ダリ選手のヤミカラス、ヒノヤコマを弾き返しました!』

『防御の常套手段だねえ! 上手く使えば一気に流れを引き寄せられる技。ダリ君から見ればチャンスの場面だね!』

悪の波動の直撃を受け、ヒノヤコマが吹き飛ばされる。

「ヤミカラス、ドリル嘴!」

嘴を伸ばし、ヤミカラスはドリルのように高速回転しながら突撃を仕掛けていく。

「ヒノヤコマ、来るよ! 上昇して回避!」

体勢を崩されながら、ヒノヤコマは咄嗟に翼を羽ばたかせて急上昇。すんでのところでヤミカラスの嘴の攻撃を回避した。

「よし、エアカッターだ!」

回転を解いたヤミカラスに、ヒノヤコマが上空から翼を羽ばたかせ、風の刃を落とす。

ヤミカラスは風の刃を躱しきれずに、その身を切り裂かれる。

「ヒノヤコマ、アクロバット!」

「ヤミカラス、立て直せ! 悪の波動!」

ヒノヤコマが素早くヤミカラスへと近づいていくのに対して、空中で体勢を整えたヤミカラスは黒い波動の光線を放つ。

ヒノヤコマの攻撃は悪の波動に阻まれ、ヤミカラスには届かない。

「ヤミカラス、ドリル嘴!」

「ヒノヤコマ、ニトロチャージ!」

両者共に一旦距離を取り、ヤミカラスは嘴を伸ばして高速回転し、ヒノヤコマは全身に炎を纏い、一直線に突っ込んでいく。

お互いが正面から激突、威力は互角だが、この激突はヒノヤコマにとって互角では終わらない。

「ヒノヤコマ、アクロバット!」

両者がぶつかり合いの末に一旦離れた次の瞬間、ヒノヤコマは素早くヤミカラスの背後に回り込む。

『ヒノヤコマのスピードが上がっています! これは!?』

『ニトロチャージの追加効果だね! 炎の力で自らを加速させる! 炎タイプの攻めの常套手段! これはちょっとずつハル君に流れが向いてるかな!』

翼をヒノヤコマに叩きつけられ、ヤミカラスが突き飛ばされる。

「ぐっ、ヤミカラス、悪の波動!」

体勢を崩され、ヤミカラスは周囲へと悪意に満ちた闇の波動を放つ。

だがスピードの上がったヒノヤコマは悪の波動を素早く躱し、

「ニトロチャージ!」

力強く鳴いてその身を炎に纏い、ヤミカラスへと突撃を仕掛ける。

「っ、ヤミカラス、守る!」

ヤミカラスの周囲に、守りの結界が張られる。

この結界が相手ではどんな攻撃も通用しないが、

「ヒノヤコマ、急上昇!」

結界に激突する直前、ヒノヤコマはほぼ直角に急上昇し、結界への直撃を避けた。

「エアカッター!」

結界が消えたところに、ヒノヤコマは風の刃を放つ。

「っ、ヤミカラス!」

その身を刃に切り裂かれ、ヤミカラスはドサリとフィールドに落ち、戦闘不能になった。

『決まったぁぁぁ! ハル選手のヒノヤコマ、スピードを生かして攻め込み、ダリ選手のヤミカラスとの空中戦を制しました!』

アナウンサーの高らかな叫び声が会場内に響き渡り、場内に歓声が沸く。

『ヒノヤコマの持ち味を生かしたいい試合だったね! ニトロチャージからの猛攻、私も大好きな戦い方だったよ!』

いかにも炎タイプ使いらしいサツキの言葉を聞きながら、ハルは腕に留まったヒノヤコマの頭を撫でてボールに戻し、対戦相手に一礼すると、フィールドを後にする。



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第25話 立ち向かえ! 強者・エリーゼ

現在、ハルはヒザカリタウンバトル大会・二回戦の真っ最中。

対戦相手の電池のような形の虫ポケモンを相手に、リオルで優位に立ち回っている。

 

『information

 デンヂムシ バッテリーポケモン

 体内に電気エネルギーを蓄積。

 天敵の鳥ポケモンに襲われても

 頑丈な殻と電気で身を守るのだ。』

 

「リオル、発勁!」

「デンヂムシ、スパーク!」

体勢を崩したデンヂムシへとリオルは波導を乗せた右手を構えて突撃、対するデンヂムシは咄嗟に電気を体に纏わせて迎え撃つ。

電撃に阻まれるも力押しで打ち破り、リオルの掌がデンヂムシを捉えた。

「リオル、電光石火!」

吹き飛ばされるデンヂムシをさらに追い、リオルが猛スピードで駆ける。

「くっ、デンヂムシ……」

「一気に決めるよ! サイコパンチ!」

デンヂムシに次の指示が出るよりも早く、デンヂムシに追いついたリオルが念力を纏わせた拳を振り下ろした。

「しまった……!」

拳を叩きつけられて地面に激突し、デンヂムシは目を回して倒れてしまった。

『決着がついたーッ! ハル選手、二回戦も終始有利に試合を進め、準決勝へと駒を進めました!』

『ハル君、強いねえ。ジム戦でもあのリオルにやられちゃったし、この勢いのまま決勝まで行けるかな?』

実況と解説の声を聞きながら、ハルはリオルを労い、ボールに戻すと、対戦相手に一礼してフィールドを後にする。

 

 

 

そして、問題の準決勝。

フィールドに向かおうとするハルは、とても緊張していた。

『さあ、二回戦の二試合目、この試合に勝って決勝に進むのはどちらか? まず一人目はハル選手! ここまでの二試合とも、スピードを生かしたバトルを展開し、見事勝利を収めています!』

しかし緊張といっても、フィールドの盛り上がりに、ではない。

対戦相手にだ。

『そして、そのハル選手と対戦するのは、現在バッジ四つ、エリーゼ選手! 一回戦、二回戦とも、あっという間に試合を決めてしまいました!』

『エリーゼちゃん、まだ戦ってないんだよねぇ。大会が終わったら、明日にでもジムに来てくれないかなぁ』

解説ではなくなっているサツキのコメントはさておき。

そう。ハルの相手は、カザカリ山道でハルを助けた、あのエリーゼなのだ。

魔神卿ダンタリオン相手に互角とまでは行かずとも、ある程度やりあえる実力の持ち主。間違いなく格上だ。

アルス・フォンで一、二回戦の様子を見ることができたのだが、両試合ともハッサム無しで余裕の勝利を収めていた。

(……どのみち、格上と当たることは覚悟してた。こうなりゃ当たって砕けろだ。やれるところまで、やってやる!)

入場の合図を受け、二人のトレーナーがフィールドに立つ。

「あら、久しぶりね。二回戦に上がって来たのね」

「ええ。あの時はありがとうございました」

カザカリ山道では急いでいてちゃんとしたお礼ができなかったので、ハルはこの場で改めてお礼を言う。

とはいえ、それとバトルは別だ。審判の準備も整い、いよいよバトルが始まる。

「それでは両者、ポケモンを出してください」

審判の声と共に、二人は同時にボールを取り出す。

本来なら、ここはリオルで行くべき場面。格上が相手となる以上、自分のエースをぶつけるのは当然だし、ハルもそれは分かっている。

しかし。

エリーゼと戦うに当たって、ハルはどうしても戦わせたいポケモンがいた。

「出てきて、イーブイ!」

「行ってきなさい、コモルー!」

ハルが選んだポケモンは、まさにカザカリ山道で助けられたイーブイ。元気になってバトルもできるようになったところを見せたかったのだ。

対するエリーゼのポケモンは、白い殻に全身を包んだポケモンだ。殻からわずかに四肢が突き出している。

 

『information

 コモルー 忍耐ポケモン

 エサも食べずに殻の中でひたすら

 進化の時を待ち続ける。全身を覆う

 殻は鉄のように硬いが動きは鈍い。』

 

見た目からは少し分かりづらいが、ドラゴンタイプのポケモンのようだ。

「あら? もしかして、そのイーブイは」

「はい、あの時のイーブイです。傷が治った後、仲間になってくれました」

イーブイもエリーゼのことを覚えているらしく、笑顔を見せた後、バトルの構えに入る。

『それでは、準決勝第一試合、スタートです!』

アナウンサーの声と共に歓声が起こり、バトルスタート。先に動いたのはエリーゼだ。

「コモルー、焼き尽くす!」

コモルーが殻の隙間から口を開き、勢いよく炎を吹き出す。

「イーブイ、穴を掘る!」

それを見てイーブイは素早く床下に潜る。

炎を躱しつつ、コモルーに近づき、足元から飛び出す。

しかし、

「コモルー、噛み砕く!」

突き上げられたコモルーはその場に踏みとどまり、イーブイに噛み付いてその動きを止める。

『エリーゼ選手のコモルー、攻撃してきたイーブイを逆に捕らえました!』

『コモルーの殻は硬いからねぇ。真正面からぶつかっていっても、イーブイじゃ打ち負けちゃうよ!』

「っ、イーブイ!」

「コモルー、投げ飛ばして龍の息吹!」

牙を食い込ませてダメージを与え、上空に投げ飛ばし、龍の力を込めた風の塊のような息を放ってさらに追撃を仕掛ける。

「くっ、イーブイ、スピードスター!」

咄嗟にイーブイは無数の星型弾を放つ。

体勢が整っていないため相殺はできず、龍の息吹を受けてしまうが、息吹の威力は弱めた。

「イーブイ、大丈夫?」

着地したイーブイはぶるぶると首を振って体勢を整え、ハルの言葉に頷いて構え直す。

「よし! イーブイ、電光石火!」

イーブイが地を蹴って飛び出す。

目にも留まらぬ速さで一気に距離を詰め、コモルーへ突撃する。

「コモルー、もう一度噛み砕く!」

「イーブイ、躱してスピードスター!」

横から突っ込んでいったイーブイに対し、コモルーはそれに動じず口を開く。

しかしハルはそれを予測して先に指示を出し、イーブイは素早く離れ、無数の星型弾をコモルーへと放つ。

コモルーの牙は空気を噛むだけに終わり、直後、コモルーの額へと星型弾が命中した。

「コモルー、焼き尽くす!」

首を振って体勢を立て直し、コモルーは炎を噴射する。

「イーブイ、躱して足に噛み付く!」

イーブイはすばしっこく動き回って炎を躱すと、コモルーの足元に近づき、口を開く。

しかし。

 

「コモルー、鉄壁!」

 

コモルーが足を殻の中へ引っ込め、硬い殻をさらに硬化させる。

イーブイが歯を突き立てるが、あまりに硬い殻には食い込むどころか傷一つ付けられず、逆に弾き返されてしまう。

「なっ!?」

「今よコモルー、龍の息吹!」

イーブイの動きが止まったところに、コモルーは龍の力を込めた息吹を放ち、イーブイを吹き飛ばした。

「イーブイ!」

吹き飛ばされたイーブイがフィールドに落ちる。まだ戦闘不能にはされていないが、それでも直撃を受けている。ダメージはかなり大きい。

『エリーゼ選手のコモルー、またもイーブイの攻撃を弾いた!』

『あのコモルー、攻撃力は並程度だけど、防御力がかなり高いよ。しかもそれだけじゃなくて、エリーゼちゃんは技の使い所がよく分かってる。イーブイの攻撃に合わせてイーブイを捕まえたり、逆に鉄壁で弾いたり、相手の動きを見た上でコモルーの長所を生かして最善手を的確に選んでる。それと比べるとハル君はさっきのスピードスターはよかったけど、単調な攻め方が目立ってるかな。トレーナとしてのレベルはやっぱりエリーゼちゃんの方が上に見えるなぁ。物理攻撃が主体のイーブイは鉄壁を持ってるコモルーとの相性も悪いし、ハル君にとっては厳しいバトルだね』

サツキの解説の通り、トレーナーとしてのレベルはやはりエリーゼの方が上。それはハルも自覚していることだ。

ここに来て、ハルはやはり苦戦を強いられる。

「さあ、休ませないわよ。コモルー、龍の息吹!」

「っ、イーブイ、躱してスピードスター!」

コモルーが龍の力を込めた息吹を放ち、イーブイは跳躍してそれを躱し、無数の星型弾を放つ。

しかし、

「無闇に空中に飛ぶのは危ないわよ。コモルー、焼き尽くす!」

宙に飛ぶイーブイを狙って、コモルーは星型弾に重ならない角度で炎を吹き出した。

コモルーならスピードスターを耐えると踏んで、確実に仕留めるための手段だろう。

「しまった……! イーブイ、もう一度スピードスター!」

だが間に合わない。

コモルーにスピードスターが命中するのとほぼ同じタイミングで、イーブイへと炎が迫る。

空中にいるイーブイには、炎を躱す術はない。

「イーブイ!」

灼熱の炎が、イーブイを飲み込む。

その直前。

 

イーブイの体が、青白い光を放つ。

 

眼前まで迫っていた炎が、薙ぎ払われた。

『おおっと!? この光は!?』

『進化の光だねえ! さあ、進化先は何かな!? このタイミングってことは……!』

アナウンサーと解説のサツキの声に合わせ、観客席にもどよめきが走る。

「イーブイ……!」

「ここで、進化ですって……?」

会場が盛り上がるのも当然だ。

イーブイといえば、実に八種類の進化先を持つポケモンなのだから。

そうこうしているうちにも、光に包まれたイーブイの姿は変化していく。

丸っこいシルエットは細くしなやかに、四肢はすらりと長く伸びていく。

ようやく光が収まった時、そこに立っていたのは――



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第26話 イーブイ、絆の進化

イーブイが青く輝く光に包まれ、その姿を変えていく。

やがて光が収まったとき、そこに立っていたのは、イーブイとは全く違うポケモンだった。

 

『information

 エーフィ 太陽ポケモン

 トレーナーを守るため太陽の力を得た

 イーブイの進化系。日光を力に変えて

 強力なサイコパワーを行使できる。』

 

細くしなやかな体躯に、二股の尻尾を持つ。

体毛は薄い紫色で、額にはサイコパワーを司る珠が真紅に輝く。

タイプはノーマルからエスパーへと変化。そのためか、覚えている技も大きく変化している。

『なんとなんとっ!? ハル選手のイーブイ、ここで、エーフィへと進化を遂げたぁぁぁ!』

『エーフィ! トレーナーにとっても懐いたイーブイだけが進化できる姿だね! ハル君の想いに、ハル君を深く信頼していたイーブイが応えたんだ! さあ熱い展開だ、面白くなってきたぜ!』

実況と解説に合わせ、会場に大歓声が轟き渡る。

「イーブイ……いや、エーフィ。進化してくれたんだね……!」

ハルの言葉を耳にして、エーフィは振り返り、微笑んで頷く。

「……よし! エーフィ、この勝負、絶対に勝とう! 進化した君の力と、僕たちの絆を見せてやろう!」

意気込むハルに呼応し、エーフィは再び対戦相手・コモルーとエリーゼの方へ向き直る。

「ま、まままま、まさか、この局面で進化するなんて……!」

対するエリーゼは、一瞬だけかなり慌てた様子を見せるが、

「……で、でも、ここまでのバトルで受けたダメージはそのまま残っているはず。一気に決めさせていただくわ!」

すぐに平静を取り戻し、コモルーへと指示を出す。

「行きなさい! コモルー、龍の息吹!」

「こっちも行くよ! エーフィ、スピードスター!」

コモルーが龍の力を帯びた息吹を放つが、対するエーフィは尻尾を振り抜いて先ほどまでよりも勢いの増した無数の星形弾を放ち息吹を打ち消し、さらに、

「サイコショット!」

額の珠にサイコパワーを集めて念力の弾を作り出し、コモルーへと放つ。

「エスパー技なら、噛み砕く!」

コモルーが口を開き、念力の弾を鋭い牙で喰らい、破壊する。

「今だよエーフィ! 横からスピードスター!」

しかしその隙に、エーフィはコモルーの右側へと回り込み、無数の星形弾を撃ち込む。

今度はコモルーへと直撃。鉄壁によって硬化した殻も、特殊技は軽減できない。

「っ……コモルー、焼き尽くす!」

「エーフィ、躱して! ジャンプだ!」

コモルーが吐息とともに激しい炎を噴射するのに対し、エーフィは大きく跳躍して炎を躱す。

「言ったはずよ、無闇に飛ぶのは危ないって! コモルー、龍の息吹!」

エーフィが飛んだところを狙って、コモルーは龍の力を帯びた息吹を放つ。

先程は膨大な進化のエネルギーによってコモルーの攻撃を薙ぎ払ったが、二度はない。空中にいるエーフィには、息吹を避ける手段はない。

しかし。

だからと言って、それはハルとエーフィの敗北を示すとは限らない。

 

「このチャンスを待ってたんだ! エーフィ、マジカルシャイン!」

 

エーフィの額の珠が眩い輝きを発し、コモルー目掛けて純白の光が放出される。

「なっ……! フェアリー技……!」

フェアリータイプの技は、ドラゴンタイプに対して圧倒的に有利を取れる技。純白の光が龍の息吹を打ち消し、コモルーを覆い尽くした。

「っ、コモルー……!」

光が消えた時、コモルーは体力を削り取られ、戦闘不能となって目を回していた。

『決まったぁぁぁぁ! ハル選手のイーブイ、いや、エーフィ! 相性の悪かったコモルーを相手に、土壇場でまさかの進化! そのまま大逆転勝利です!』

『うんうん、とってもいい試合だったね! 二人とも熱い戦いを見せてくれた! だけどハル君とエーフィの絆が、エリーゼちゃんとコモルーを僅かに上回ったんだね! いやー、こいつぁ決勝戦も楽しみだぁ!』

実況と解説のハイテンションな叫び声に呼応し、会場にも歓声が響き渡る。

「やっ……やったぁぁぁ! エーフィ、勝ったよ! よく頑張ったね!」

ハルがエーフィに呼びかけると、エーフィはにっこり笑って振り返る。

しかしハルに駆け寄ろうとしたところでふらついて転んでしまい、慌ててハルはエーフィを抱える。どうやら、本当にギリギリの勝負だったようだ。

「な、ななななんてこと……! まさか、負けてしまうなんて……! カザカリ山道でのこともあって、正直なところ、格下の相手だと思って油断してたわ。私に勝つなんて、やるじゃない。見事なバトルだったわね」

「エリーゼさんのおかげで、イーブイはエーフィに進化できたんです。そもそも、あそこでエリーゼさんに会わなかったら、僕は今頃イーブイ――エーフィと旅をしていなかったと思います。ありがとうございました」

「き、急にそんなこと言われると調子狂うわね……と、とにかく! 私に勝ったからには、優勝しなさいよ。分かったわね」

「はい! 決勝戦、絶対に勝ちます!」

その後ハルはもう一度エリーゼにお礼を言って、フィールドを後にした。

 

 

 

そして、決勝戦。

「ドテッコツ、叩きつける!」

「リオル、躱して発勁!」

 

『information

 ドテッコツ 筋骨ポケモン

 手にした鉄骨で自身を鍛えたり

 バトルの際には武器として使用する。

 鍛え上げた硬い筋肉の体を持つ。』

 

赤い鉄骨を持った格闘ポケモン、ドテッコツが振り下ろす鉄骨を躱し、リオルは青い波導を纏った右手をドテッコツに叩きつける。

「ぐっ、ドテッコツ、アームハンマー!」

体勢を崩すもその場に踏み止まり、ドテッコツは筋肉を鍛え上げた硬い腕をリオルへ振り下ろす。

「躱して電光石火!」

だがリオルは一旦後ろへと飛んでドテッコツの腕の一撃を躱すと、地を蹴って目にも留まらぬ猛スピードで飛び出し、ドテッコツの腹へと体当たりする。

「ドテッコツ、引き剥がせ! もう一度アームハンマー!」

「リオル、サイコパンチ!」

リオルを叩き落そうとドテッコツが腕を振り上げるが、リオルはそれよりも速く拳に念力を纏わせ、ドテッコツの鳩尾に拳を叩き込み、吹き飛ばした。

「発勁!」

吹き飛ばされたドテッコツを追って地を駆け、リオルが波導を纏った右手を突き出す。

「ぐっ……ドテッコツ、叩きつける!」

よろめきながらもドテッコツは鉄骨を振り上げる。

しかしドテッコツの攻撃は強力な分、重い鉄骨を振り回すので出が遅い。

鉄骨が振り下ろされるその前に、ドテッコツの懐へと飛び込んだリオルの右手が先にドテッコツへと叩き込まれた。

「ドテッコツ!」

ドテッコツの体が、フィールドにバタンと倒れる。

目を回して倒れ伏したその姿は、明らかに戦闘不能だった。

『決着ぅぅぅぅっ! 準決勝で格上を破った新星同士の決勝戦、激しい戦いを制したのは、ハル選手ッ! 力で勝るドテッコツ相手に、スピードを生かしての大勝利! まさに柔よく剛を制し、ハル選手、ヒザカリ大会優勝です!』

アナウンサーの声が轟く。

それに呼応し、会場の盛り上がりも最高潮に達する。

「勝った……やったぁぁぁ! リオル! 勝ったよ! 僕たちが優勝したんだ!」

リオルへと駆け寄ると、リオルも満面の笑みを浮かべてハルへと飛びついてきた。

『いやぁどの試合も見どころ満載のすっげえバトルだったね! 何だか私も無性にバトりたくなってきた! ってことで、まだヒザカリジムに来てないポケモントレーナーの皆! 私サツキはいつでも挑戦を受け付けてるぜーっ!』

もはや解説らしい解説をしていないが、サツキもそう言ってまとめる。

何はともあれ、ヒザカリタウンバトル大会はハルの優勝で幕を下ろし、ハルのイーブイも、エーフィへと進化した。

 

 

 

「まさか、優勝できちゃうなんて……」

地域のリポーターと思われる二人組からちょっとしたインタビューを受けた後、ハルはポケモンセンターに向かっていた。

ちなみに優勝商品は木の実詰め合わせセットなるものだ。多種多様な大量の木の実を貰った。

ポケモンセンターでポケモンたちを預け、ロビーで回復を待っていると、

「ここにいたのね。探したわよ」

後ろから声を掛けられた。振り返ると、そこにいたのは先程戦ったエリーゼだ。ハッサムを連れている。

「エリーゼさん! 大会お疲れ様でした」

ハルが言葉を返すと、エリーゼは小さく笑い、

「貴方、本当はなかなか強かったのね。私は自分より弱い人間には興味がないのだけれど、今回の大会で見直したわ」

そう言って、アルス・フォンを取り出す。

「貴方のフォンを貸しなさい。貴方を私のライバルと認めて、私の連絡先を教えてあげるわ」

「え……いいんですか!?」

ハルとしては、嬉しい申し出だった。今回は進化したこともあってどうにか勝てたが、本来のトレーナーとしてのハルの腕はエリーゼにはまだまだ及ばない。格上のトレーナーにライバルとして認められたのは、ハルにとっては何だか嬉しかった。

「ええ、勿論よ。次に会うときは私のエース、このハッサムと戦いましょう。今度は負けないわよ」

「……! はいっ!」

その後、お互いの連絡先を交換した後、エリーゼはハルに手を振り、ハッサムを連れてポケモンセンターを出て行った。

「……よし、僕ももっと頑張らなきゃ」

今日はヒザカリタウンに泊まって、明日は次なる街、サオヒメシティに出発だ。



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サオヒメシティ編――Evolution
第27話 砂中の襲撃者


朝早く、ハルはヒザカリタウンを出発していた。

自然豊かなヒザカリタウンからうって変わり、サオヒメシティまでの道は植物が少なく、ゴツゴツとした岩場が多いが、ちゃんと通れる道は用意されており、山道よりは歩きやすい。

そして、そんな道を進むハルは。

今まさに、地中からの襲撃を受けていた。

 

「うわっ!?」

 

足元から何者かに襲われ、ハルは咄嗟に飛びのいたものの尻餅をついてしまう。

襲撃者の正体は、ポケモンだった。

 

『information

 メグロコ 砂漠ワニポケモン

 体温を下げないように地中で生活。

 獲物や外敵を見つけると足元から

 襲い掛かり大顎で噛み付くのだ。』

 

砂の色をした、目元の黒い小柄なワニのようなポケモン。

どうやら、このメグロコが縄張りとしている地に踏み込んでしまったらしい。襲撃はハルに躱されたが、それでも唸り声をあげてハルを威嚇している。

「地面と悪タイプのポケモンか……この道以外を通ってサオヒメシティに進もうとするとかなり遠回りになるし、君には悪いけど、ここを通させてもらうよ。出てきて、ヒノヤコマ!」

縄張りに踏み込んでしまったのは自分なので倒すつもりはないが、一旦撃退すべく、ハルはヒノヤコマを繰り出す。

そして外敵が戦うつもりだと認識したようで、メグロコは牙を剥いて本格的に襲い掛かってきた。

「ヒノヤコマ、エアカッター!」

ヒノヤコマが翼を羽ばたかせて空気の刃を放つが、メグロコは頑丈な顎で刃を噛み砕いてしまう。

「それならニトロチャージだ!」

ヒノヤコマの翼から火の粉が吹き出し、その身に炎を纏う。

メグロコの噛みつきを躱し、炎の突撃を仕掛けるが、対するメグロコは素早く地中に潜って身を隠す。

「なかなか素早いな……ヒノヤコマ、上昇して様子を探ろう」

地中からの攻撃を警戒し、ヒノヤコマを上空へと移動させる。

しばらくするとメグロコが地中から現れる。攻撃が届かないと判断したようだが、

「今だよヒノヤコマ! 疾風突きだ!」

その瞬間を狙って、ヒノヤコマが高速で急降下し、一気にメグロコとの距離を詰める。

対応する隙すら与えず、嘴でメグロコを突き飛ばし、

「アクロバット!」

さらにヒノヤコマは身軽な動きでメグロコとの距離を詰め、翼を振りかぶる。

だが翼が振り下ろされる直前、メグロコが大顎を開いてヒノヤコマに噛み付いた。

「っ、ヒノヤコマ! エアカッターだ!」

ヒノヤコマが体を振ってもがきつつ、翼を羽ばたかせて風の刃を飛ばす。

しかしメグロコは刃を受けてもヒノヤコマにかじり付いたまま中々離れない。

「しぶとい……! それなら、ニトロチャージだ!」

ヒノヤコマの全身を炎が包む。

これには流石のメグロコも振り落とされてしまうが、ヒノヤコマから離れたメグロコは即座に渦巻く砂を発生させ、ヒノヤコマの炎を打ち消してしまった。

「今のは……砂地獄か」

地面技なのでヒノヤコマにダメージはないが、メグロコが体勢を立て直す隙を作るには充分。

このメグロコ、野生のポケモンにしてはかなりの腕前の持ち主だ。

「なかなか強いポケモンだな……これ、ゲットしたいかも。仲間になってくれれば心強いぞ……」

ハルの手持ちポケモンはまだ三匹。そろそろ新しい仲間を増やしたい頃だ。

このメグロコを捕まえることができれば、いい戦力になってくれるだろう。

「よし、ヒノヤコマ、もう一度疾風突き!」

ヒノヤコマが嘴を突き出し、目にも留まらぬスピードで突撃する。

やはりこのスピードには対応できないようで、メグロコは突き飛ばされてしまう。

「今だヒノヤコマ! ニトロチャージ!」

炎を纏い、さらに突撃を仕掛けるヒノヤコマ。

メグロコは地中に潜る余裕はなく、炎を纏っていては噛み付いての迎撃もできない。

しかし。

 

大きく吼えたメグロコの体が、突如青く光り輝く。

 

「えっ……!? これって……!」

やはりこのメグロコ、相当強いポケモンだったようだ。

間違いない。昨日見たものと全く同じこの光は、進化の光。

光に包まれたメグロコが、そのシルエットを大きく変えていく。

ようやく収まった時、先ほどまで四足歩行をしていたメグロコは二本足で立ち上がり、別のポケモンとなっていた。

 

『information

 ワルビル 砂漠ワニポケモン

 両目は熱を感知し暗闇でも周囲の

 様子を把握できる。大顎で外敵に

 噛み付き投げ飛ばして追い出す。』

 

先程までのメグロコと比べて体色は変わらないが、二本足で立ち上がっており、体つきがより頑強になっている。

「まさか相手が進化してくるなんて……ヒノヤコマ、まだ行ける?」

進化したワルビルを見てヒノヤコマは一旦ハルの元まで戻り、頷く。

「よし! ヒノヤコマ、ニトロチャージ!」

ヒノヤコマが力強く鳴き、その身を炎に包んで突撃する。

しかし、ワルビルは口を開き、ヒノヤコマの炎の突進をその大顎で受け止めた。

ヒノヤコマに牙を食い込ませ、そのまま首を振るい、投げ飛ばして地面に叩きつける。

「っ! ヒノヤコマの炎を気にもしないなんて……!」

進化する前と比べて、明らかに強い。先ほどまでは炎を纏っていたヒノヤコマに手出しができていなかったはずだ。

「途端に相性が悪いな……ヒノヤコマ、一旦戻っててくれ」

ヒノヤコマをボールへと戻し、ハルは別のボールを取り出す。

「頼んだよ、リオル!」

代わりにハルが繰り出したのはリオルだ。悪タイプを持つワルビルに対して、有利に戦える。

「リオル、電光石火!」

地を蹴って飛び出し、リオルが猛スピードで突撃する。

一瞬で懐へと潜り込み、ワルビルを突き飛ばす。

「発勁!」

さらに波導の力を纏った右手をワルビルに突き出すが、ワルビルは右腕を振るってリオルの右手を受け止め、さらに左腕でリオルを弾き飛ばした。

「これは……燕返し! それならリオル、真空波!」

すぐさまリオルは起き上がり、腕を振って真空の波を放つ。

ワルビルの額に直撃し、わずかに後ずさりする。

「もう一度発勁!」

右手の波導を強め、リオルはワルビルへと向かっていく。

それを見たワルビルは今度はすぐさま地中に潜り、姿を隠してしまうが、

「リオル、波導の力で場所を探るんだ」

リオルは生命体の波導を感じ取ることができる。例え相手が地中にいようとも、その場所を正確に捉える。

「リオル、出てきた瞬間に発勁!」

直後、リオルの足元から勢いよくワルビルが飛び出す。

しかしそれを予知していたリオルは身を捻ってワルビルの攻撃を躱すと、波導を纏った右手を叩きつけ、ワルビルを大きく吹き飛ばす。

「真空波!」

宙を舞うワルビルへ、さらにリオルは真空の波を放つ。

真空波の直撃を食らって、ワルビルは地面に撃墜される。

「よし……今だ!」

それでもまだゆっくりと起き上がろうとしているワルビルに対し、ハルはモンスターボールを投げつける。

ボールがワルビルの脳天に直撃し、ワルビルが間抜けな声を上げてすっ転んだ直後、モンスターボールが開き、ワルビルはその中に吸い込まれる。

ボールが地面に落ち、ボタンが赤く点滅し、激しく揺れる。

やがて、カチッと音がし、点滅とボールの揺れが止まった。

「……やった! ワルビル、ゲット!」

ハルの手持ちに、またもう一匹、新しい仲間が加わった。

「ワルビル、突然攻撃しちゃってごめんよ。大丈夫かい?」

ハルは捕まえたばかりのワルビルを出し、体力回復効果のあるオボンの実を差し出す。

まだ気が立っている様子のワルビルだったが、自分を打ち負かしたリオルもいるため、反抗はせずにハルからオボンの実を受け取る。

しかしそれを食べた瞬間、表情が一変した。

「……え? まだ欲しいの? まぁ昨日の優勝商品だからまだ沢山あるよ。待ってね……」

バッグを探り、ハルはいくつかオボンの実を取り出す。

ワルビルは瞬く間に木の実を食べてしまうと、機嫌良さそうに雄叫びを上げる。

「気に入ってくれたなら嬉しいよ。ワルビル、これからよろしくね」

ハルが手を差し出すと、ワルビルはご満悦な表情でハルの手を握り、続けてリオルとも握手を躱す。

旅の仲間にまた一匹頼もしいポケモンを迎え、ハルは改めて次の街、サオヒメシティを目指す。




前話の分です。
《サイコショット》
タイプ:エスパー
威力:80
特殊
サイコパワーを一点に集め、念力の弾を放出する。

※威力はあくまでも目安です。


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第28話 サオヒメの邪教徒

サオヒメシティ。

今までハルが訪れた街と比べると、非常に大きな街だ。

そもそも街の規模からして違う。多数の建物が立ち並び、デパートもあればバトルスタジアムもあり、マンションなど何軒もあって当たり前、挙げ句の果てには教会まであるらしい。もちろんポケモンジムもある。ただバトルスタジアムだけは改修工事中らしく、今は使えないようだ。

さらに街のはずれには昔から建てられているらしい古く大きな塔がそびえ立っており、観光の名所としても事欠かない。

「見たいところはたくさんあるけど……とりあえず、ポケモンセンターを目指そうかな」

街が大きいので、ポケモンセンターを探すところから始めないといけない。

アルス・フォンの地図アプリを開き、場所を確認する。

と、その時。

「あっ! ハルー! 久しぶり!」

聞き慣れた声が、ハルの耳に飛び込んでくる。

顔を上げると、街角から現れたサヤナが駆け寄ってきていた。

「サヤナ! 久しぶりだね、元気だった?」

「にひひー、すっごく元気だよ! ジムバッジも三つになったし……って」

サヤナは笑顔を浮かべたかと思えば、急に困ったような顔になる。

「そんな場合じゃないの。ハル、さっきからなんだか変な二人組が私をつけてくるんだよ。なんだか気味が悪くって……」

「……なんだって? 変な二人組?」

その時。

サヤナを追いかけてきたのか、曲がり角から見るからに異質な二人組が現れた。

 

「お待ちください」

「我々は救いの手を差し伸べようとしているのです」

 

黒い修道服を身に纏った、男女の二人組。

身長は同程度。女は赤、男は青の髪色。

「サヤナ、下がってて」

サヤナを庇うように、ハルは一歩進み出る。

「あなたたち、何者だ?」

「私の名はルニル。双子の妹でディントス教の司教です」

「私はグニル。双子の兄、同じくディントス教の司教です」

女はルニル、男はグニルと名乗る。どうやら兄妹関係のようだが、

「ディントス教……司教?」

なにやら聞き慣れない言葉が出てきた。この街の教会と関係しているのだろうか。

「ご存知ありませんか。教皇ディントス様が創始した、世界を救いへ導く神の命を受けて活動する者たちです」

「ディントス様にお仕えし、信仰すれば、必ずその者は救われる。信仰の証としてポケモンを一匹ディントス様に捧げ、ディントス様と『母なる君』を信仰する。それだけでよいのです」

表情の一つも変えず、ルニルとグニルはそう語る。

話が胡散臭くなってきた。サヤナが逃げてきたのも頷ける。

「やだよ! そんなことのために、大事なポケモンを手放すなんて!」

ハルの後ろに隠れたまま、サヤナは食ってかかる。

「だいたい、信仰ってなんなの? そんなことで本当に救われるんなら、今頃世界中のみんなが何かを信仰してるはずなんだよ! そんな怪しくて嘘くさい話、信じられないよ!」

サヤナの言い分ももっともだ。ハルもこういう類の話は基本的に信用できない。

しかし、

「……なんですって」

「我々へはともかく、ディントス様への侮辱は重罪です」

そういった言葉は、本物の信者にとってはご法度だ。

「我々にここまで言わせてもお気持ちを変えないなら、ディントス様を侮辱するというのなら」

「ディントス教司教として、容赦は致しません」

ルニルとグニルの二人が、怒りの形相を浮かべてボールを取り出す。

「神の道よ、ニダンギル!」

「神の命よ、ランプラー!」

ルニルが二本の剣と鞘のようなポケモン、グニルが炎の灯った黒いランプのようなポケモンを繰り出す。どちらもゴーストタイプのポケモンだ。

 

『information

 ニダンギル 刀剣ポケモン

 テレパシーで会話しながら複雑な

 連続攻撃を繰り出す。剣の達人でも

 全てを見切ることは不可能だ。』

 

『information

 ランプラー ランプポケモン

 死者の魂を求めて街の中に現れる。

 ランプのふりをして潜み死期の

 近い人間を探しあとをつけるのだ。』

 

「ハル、私も戦うよ!」

「ありがとう。二人でこいつらを追い返そう!」

ハルとサヤナも、同時にボールを取り出す。

「ゴーストタイプなら……ワルビル!」

「出番だよ、ワカシャモ!」

ハルは捕まえたばかりの初陣のワルビルを、サヤナはアチャモの進化系、ワカシャモを出す。

 

『information

 ワカシャモ 若鶏ポケモン

 破壊力抜群のキックと口から吹き出す

 灼熱の炎を武器に戦う。鋭い鳴き声で

 相手を威嚇しつつ集中力を高める。』

 

「先手は任せて! ワカシャモ、ニトロチャージ!」

「分かった! ならワルビル、こっちは穴を掘る!」

ワカシャモが炎を纏い、猛スピードで駆け出す。

一気に距離を詰め、ニダンギルを突き飛ばす。

「っ、速い……」

「ワカシャモ、続けて弾ける炎!」

怯んだルニルなど気にも留めず、ワカシャモはさらに火花を散らす炎の弾を発射し、ニダンギルへと追撃を仕掛ける。

「ランプラー、食い止めなさい。サイコキネシス」

グニルのランプラーも動き出す。強い念力を発生させ、ワカシャモを止めようとするが、

「させない! ワルビル!」

その足元からワルビルが飛び出し、ランプラーを殴り飛ばす。

さらにニダンギルも炎弾の直撃を受けてしまう。バトル開始早々、ハルたちが一気に流れを引き寄せる。

「くっ、なかなかの腕前のようですね。ニダンギル、切り裂く」

「勝負はここからですよ。ランプラー、シャドーボール」

ニダンギルが刀身を現してワカシャモに向かっていき、さらにその上からニダンギルを援護するように漆黒の影の弾が放出される。

「ワカシャモ、雷パンチ!」

ワカシャモが両手に電撃を纏い、真っ向からニダンギルを迎え撃つ。

ニダンギルの二本の刀身と、ワカシャモの両手が激突し、激しく競り合う。

「ワルビル、躱して噛み砕く!」

他方、ワルビルが影の弾を躱し、大顎を開いて動く。

狙い目はランプラーではなく、ニダンギル。

ワカシャモと競り合うニダンギルに横槍を入れ、大顎で噛み付き、牙を食い込ませる。

「ナイス、ハル! 後は任せて!」

「頼んだよサヤナ! ワルビル、投げ飛ばせ!」

大きく首を振り、ワルビルはニダンギルを上空へと投げ飛ばす。

「ワカシャモ、弾ける炎!」

打ち上げられたニダンギルに向けて、ワカシャモはすかさず弾ける炎弾を放つ。

しかし。

 

「ランプラー、吸収しなさい」

 

放たれる炎弾の前に、ランプラーが立ち塞がる。

ランプラーに当たった炎の弾は、飛び散る火花を含めて全てランプラーの中に吸収されてしまう。

「えっ?」

「なっ……」

驚くハルとサヤナを見て、グニルは僅かに笑う。

「ランプラーの特性、貰い火です。炎技を吸い取り、炎技の威力が上がる。炎弾と周りの火花を全て戴きましたので、今のランプラーの炎技は相当な威力。それでは、お見せしましょう」

グニルはそこで一拍置き、

「ランプラー、火炎放射」

ランプラーが灼熱の炎を吹き出すが、その威力がおかしい。大規模に膨れ上がった炎が、まずワカシャモを飲み込み、さらに少し後ろにいたワルビルへと迫る。

「ワカシャモ!?」

「っ……! ワルビル、躱して!」

咄嗟にワルビルは大きく跳躍し、炎を何とか躱す。

だが、

「ニダンギル、イビルスラッシュ」

密かにワルビルとの距離を詰めていたニダンギルが二連の斬撃を放ち、ワルビルを地面に叩き落とす。

「ぐっ……ワルビル、大丈夫?」

炎に呑まれたワカシャモ、斬撃を受けたワルビル、まだ共に戦闘不能ではないようだが、ダメージは大きい。

「我らは『母なる君』の偉大なる加護を受けています」

「貴方たちのような信仰を持たぬただのトレーナー如きに、負けるはずはないのです」

ルニルとグニルの口調が強まり、膨大な炎を灯すランプラーと刀身を構えたニダンギルがハルたちへと迫る。



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第29話 Mega Evolution

「貴方たちのような普通のトレーナーでは我々に勝てないのは当然なのです。なぜなら」

「我々にはご加護があるからです。教皇様が、『母なる君』が、我々を守ってくださっている」

修道服の二人組、ルニルとグニルが、いよいよ本気で攻撃を仕掛けてくる。

だが、その時。

 

「あら。それじゃあ、普通のトレーナーじゃなければいいのね?」

 

突如ハルとサヤナの後ろから響いた、女性の声。

次の瞬間、ニダンギルとランプラーの上空から落雷が如く電撃が落ち、二体を吹き飛ばした。

「……! まさか、この電撃は……」

「ええ……あの者が来てしまいましたね」

ルニルとグニルが忌々しそうに呟き、少し後ずさりする。

そして、乱入者は現れた。

「ハル君、久しぶりね!」

ハルたちの前に立つ、一人と一匹。

その正体は、

「アリスさん!」

カザカリ山道で出会った女性、アリスと、彼女の連れているライボルトだった。

山道では作業着のような格好だったアリスだが、今は青と白のグラデーションの掛かったスカートだ。

先ほどの電撃は、このライボルトが放ったもので間違い無いだろう。

「他の信者は私に出会うとすぐに逃げていくのに、あんたたち二人は懲りないわね。ディントス教はいつから通りかかったトレーナーを襲う邪教に成り下がったのかしら。最初からかもしれないけど」

「邪教……? なんですって……!?」

「何たる侮辱! 我らがディントス様を邪なる者と申しますか!」

「ええそうよ。文句があるなら、まずは私を倒してごらんなさい。ハル君、サヤナちゃん、あとは任せて」

瞬く間に憤怒の形相へと変わっていくルニルとグニル。対して、そんな二人を見てもアリスは相変わらず余裕を浮かべたままだ。

「いくらジムリーダーの貴女といえど、今回ばかりは許せません! ニダンギル、起きなさい!」

「ディントス様への侮辱、万死に値する! ランプラー、行け!」

怒りの雄叫びをあげる司教二人組。しかし、

「えっ……えっ!? ジムリーダー!?」

ハルは別のところに気を取られていた。アリスというこの女性、なんとジムリーダーだったらしい。

「そうだよ。もしかしてハル、知らなかったの?」

サヤナは知っているようだ。しかも、

「驚くのはまだ早いよ。アリスさんの凄いところは、ここからなんだから!」

アリスにはまだ何かあるらしい。とにかく、ハルとサヤナはアリスと司教二人の戦いを見守る。

「仕方ないわね。だったら私たちも、ちょっとだけ本気を出しちゃおうかしら」

アリスが不敵な笑みを浮かべ、ブレスレットを付けた右腕を天に掲げる。

刹那。

ブレスレットに填め込まれた宝石が、眩い光を放つ。

 

「我らの絆よ、閃光が如く煌めけ! ライボルト、メガシンカ!」

 

ライボルトの全身の体毛が逆立ち、首元に隠れていた宝石――メガストーンが露わになる。

アリスのブレスレットの宝石とライボルトの首元の宝石が呼応し、光が一つに繋がる。

七色に輝く光が、ライボルトの姿を変化させていく。

体毛が、鬣が、稲妻のように鋭く逆立つ。

同時に、その体には先程までと比べ物にならないほどの膨大な電気を纏っている。

「メガシンカ――メガライボルト!」

アリスが叫び、ライボルトが雷の如く天を貫く咆哮を放つ。

トレーナーとポケモンの強い絆の力がもたらす、限界を突破した進化。

進化を超えた超進化、メガシンカだ。

ハルも聞いたことはあったが、まさか、それをこの目で見られる日が来ようとは。

「……何の! ランプラー、火炎放射!」

「恐れることはない! ニダンギル、イビルスラッシュ!」

ランプラーが膨大な灼熱の炎を吹き出し、ニダンギルが剣を構えて突撃していく。

だが、

「ライボルト、パワーボルテージ!」

ライボルトの鬣が激しい電気を纏う。

鬣から溢れ出した電気が、電撃の衝撃波となって放出される。

ニダンギルの斬撃を容易く打ち破り、ランプラーの炎を貫き、二匹のゴーストポケモンを吹き飛ばした。

「な……っ! つ、強い……!」

「これが、メガシンカの力ということですか……」

「仕方がありませんね……グニル」

「分かっています、ルニル。一時退却しましょう」

ルニルとグニルは急いでそれぞれのポケモンを戻し、逃げるようにその場を去っていった。

「……ったく、逃げ足の速いこと。あの二人、そろそろ本気で手を打たないといけないわね」

はぁ、とアリスがそう呟くと、ライボルトが再び光に包まれ、元の姿に戻る。

「ライボルト、お疲れ様。休んでていいわよ。それとも、貴方も久しぶりにハル君とお話しする?」

頷いたライボルトを見て小さく笑い、アリスはハルとサヤナの方へ向き直る。

「……さてっと、ハル君には改めて自己紹介しないとね。私はサオヒメシティジムリーダーのアリス。隠してたわけじゃないんだけど、この地方で私のことを知らない人って結構珍しいから、一般トレーナーとして話してみたかったのよね。私、マデルだとちょっとした有名人だから」

「あぁ……そういうことですか」

ハルは最近マデルに引っ越してきたため、アリスとしても自然に接しやすかったのかもしれない。

「そして、サヤナちゃんはハル君のお友達だったのね。特訓の方は順調かしら?」

「うーん……特訓中だけど、まだアリスさんには及ばないかなぁ……」

珍しくサヤナが自信のない発言をする。

「そんなことないわよ。昨日のジム戦だって、私に勝つまであと一歩だったじゃない。順調に鍛えていけばもっと強くなれるわよ」

そんなサヤナの様子を見て、うふふ、とアリスは柔和な笑みを浮かべる。

「あの、アリスさん」

ふとそこでハルが口を開く。

「ん? どうしたの?」

「さっきの二人組って、一体何だったんですか? ディントス教って名乗ってましたけど……」

「ああ、あいつらね……」

途端に、アリスの表情が険しくなる。

「この街の過激派宗教団体よ。教祖は教皇ディントス、その名前をそのまま取ってディントス教。最近創始された宗教よ。元々この街には使われていない教会があってね、そこをディントスが買い取ったの。初めの方は慈善活動を行う穏便な教団だったんだけどね……」

苦い顔のままアリスは言葉を続け、

「最近『母なる君』とか呼ばれる信仰対象ができたみたいで、その頃から積極的に布教活動を始めたのよ。何でも信仰の証にポケモンをその『母なる君』なる者に捧げて救いを受けるんですって。明らかに胡散臭いんだけど、何故か少しずつ信者が増えてる。迷惑だって報告も多数受けてるから私が圧力をかけて布教を抑えてるんだけど、さっきの司教だけは懲りずに活動を続けてる。あの二人妙に強いしね、まぁ私には遠く及ばないけど」

はぁ、とアリスは息を吐き、

「……さて! それじゃあハル君、ジムで待ってるわね。特訓を積んでからでも、今すぐでも。私とこのライボルトがいつでも相手をするわ」

じゃあね、とアリスは手を振り、街中に去っていってしまう。

「……何かアリスさん、大変そうだね」

「これだけ大きな街だと、問題も多いのかなぁ」

とりあえず、再会したハルとサヤナは改めてポケモンセンターへと向かう。

 

 

 

ポケモンを休ませてあげたあと、ハルとサヤナは地下の訓練所に来ていた。

「ハル。久々に会ったんだし、特訓がてらバトルしない?」

「うん、いいよ。僕もジム戦に向けて調整をしたかったところだし」

サヤナのバトルの申し出を、ハルは快く承諾する。

「よし、決まり! じゃあ三対三のバトルね! 私でもアリスさんには勝てなかったから、私に勝てないと、サオヒメジムは攻略できないよ!」

「望むところだよ。ハツヒタウンでの最初のバトルのリベンジもしたいしね」

バトルフィールドに立ち、二人はボールを取り出す。




《イビルスラッシュ》
タイプ:悪
威力:90
物理
闇の力を込めた刃や剣で斬撃を浴びせる。急所に当たりやすい。

《パワーボルテージ》
タイプ:電気
威力:100
特殊
溢れ出す激しい電撃を衝撃波と共に周囲へ放つ。一定確率で相手の特防を下げ、麻痺状態にする。

※威力はあくまでも目安です。


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第30話 旅の成果! vsサヤナ

サオヒメシティ、ポケモンセンター地下。

バトルフィールドを挟んで向かい合うのは、ハルとサヤナだ。

「そうだ! せっかくだから、最初に貰ったポケモン以外で勝負しない?」

「えっと……僕はリオル、サヤナはワカシャモ以外のポケモンを使うってこと?」

「うん。せっかくカザハナシティで別れたんだから、ここまでの旅の成果を見せたいじゃない?」

「そうだね。なら、そうしようか」

お互いのポケモン数を確認したところ、二人とも四匹。

そこからリオルとワカシャモを抜いた、三対三の対戦だ。

改めて、二人はモンスターボールを手に取る。

「それじゃあ……出てきて、ヒノヤコマ!」

「よーっし、頼んだよ、ミニリュウ!」

ハルが初手に選んだのはヒノヤコマ。サヤナの手持ちにはコフキムシがいたため、その進化系が出てくるかもと予想しての選出だ。

しかし、ハルの予想は外れた。サヤナが繰り出したのは、青く細長い幼龍のようなポケモンだった。

 

『information

 ミニリュウ ドラゴンポケモン

 弱い体を守るため水底に身を潜め

 沈んできた植物を食べる。毎日脱皮を

 繰り返し少しずつ大きくなっていく。』

 

「川辺でたまたま出会った子なんだよ! かわいいから捕まえたんだけど、アリスさんが言うには珍しいポケモンなんだって!」

自慢げにサヤナは胸を張る。

「ヒノヤコマ……ヤヤコマの進化系ってことは、ハルのヤヤコマ、進化したんだね!」

「うん。カザハナシティジムで大活躍してくれたんだ」

ハルの言葉に呼応して、ヒノヤコマも勇ましく翼を広げる。

両者のポケモンは出揃った。バトルスタートだ。

「よし、それじゃ始めるよ! ミニリュウ、水の波動!」

まずはサヤナとミニリュウが動く。水の力を一点に集中させ、ヒノヤコマへと水弾を放つ。

「水タイプの技か……ヒノヤコマ、躱して疾風突き!」

ヒノヤコマは嘴を突き出し、猛スピードで突撃する。

効果抜群の水技を躱しつつ一気に距離を詰め、嘴でミニリュウを突き飛ばす。

「ミニリュウ、叩きつける!」

だがその直後、ミニリュウが丸めていた体を伸ばす。

華奢ではあるが2メートルもあるその体は飛び去ろうとするヒノヤコマを難なく射程範囲内に捉え、尻尾をヒノヤコマに叩きつけた。

「っ、ヒノヤコマ、立て直して! ニトロチャージ!」

対してヒノヤコマは素早く体勢を立て直し、炎を纏って突撃する。

「ミニリュウ、龍の息吹!」

ミニリュウが龍の力を帯びた息吹を吹き出して迎撃するが、ヒノヤコマはそれを巧みに躱しながらミニリュウに迫り、炎の突進を直撃させた。「よし、もう一度ニトロチャージだ!」

ドラゴンタイプに炎技の効きはあまりよくないが、スピードをさらに上げるため、再びヒノヤコマは旋回して突撃、もう一度ミニリュウに突進を食らわせる。

しかし。

 

「ミニリュウ、電磁波!」

 

ヒノヤコマの突撃を受けてもミニリュウは踏み止まり、微弱な電撃の波をヒノヤコマにぶつける。

「っ! ヒノヤコマ!」

ダメージはないようで、ヒノヤコマはハルの元へと戻ってくる。

だがその様子がおかしい。体が痺れているようで、スピードも落ちている。

「電磁波……麻痺状態か……」

電磁波は相手を麻痺させる技。麻痺状態になったポケモンは素早さが下がり、さらに時々痺れが強くなり、動けなくなってしまう。

「これでニトロチャージのスピードは怖くない! さあ反撃だよミニリュウ、水の波動!」

麻痺を受けたヒノヤコマに向けて、ミニリュウは水の弾を放出する。

「っ、ヒノヤコマ、躱して!」

痺れに耐えてヒノヤコマは上昇し、水の弾を回避する。

「疾風突き!」

嘴を突き出し、ヒノヤコマは猛スピードで飛び出す。

疾風突きは先制技なので麻痺の速度低下の影響を受けず、一瞬のうちにミニリュウとの距離を詰めて、嘴で突き飛ばす。

「甘いよ! 龍の息吹!」

突き飛ばされたミニリュウはすぐさま龍の力を帯びた息吹を放って反撃する。

素早く飛び去ろうとするヒノヤコマだが、スピードの低下によって避けきれず、息吹を受けて吹き飛ばされる。

「続けて水の波動!」

「くっ、エアカッター!」

さらにミニリュウは再び水の弾を放つが、ヒノヤコマは翼を羽ばたかせて風の刃を放ち、何とか水の波動を食い止めた。

「ミニリュウ、龍の息吹!」

「ヒノヤコマ、躱してアクロバット!」

ミニリュウが龍の力を帯びた息吹を放ち、ヒノヤコマはそれを躱して身軽に距離を詰めていく。

麻痺しているがそれでもニトロチャージの分はあるので極端に素早さが落ちているわけではなく、ヒノヤコマがミニリュウの眼前まで迫る。

「ミニリュウ、叩きつける!」

ヒノヤコマに突き飛ばされた直後、ミニリュウが体を伸ばし、尻尾をヒノヤコマに叩きつけて吹き飛ばす。

「龍の息吹!」

吹き飛ぶヒノヤコマに向けてミニリュウが龍の力を帯びた息吹を放出。ヒノヤコマは避けられずに、息吹の直撃を受けてしまう。

「ミニリュウ、その調子で叩きつける!」

撃墜されて地面に落ちるヒノヤコマに対し、動き出したミニリュウが尻尾を振り上げる。

「っ、まだだ! ヒノヤコマ、ニトロチャージ!」

尻尾が叩きつけられる直前、ヒノヤコマが自身を鼓舞するように鳴き、その身に炎を纏う。

間一髪のところでヒノヤコマは翼を広げて飛び出し、振り下ろされる尻尾を逃れ、その直後、ミニリュウの背後から炎の突進でミニリュウを突き飛ばす。

「疾風突き!」

「水の波動!」

吹き飛ばされるミニリュウを追ってヒノヤコマは高速で向かっていく。

ミニリュウが起き上がり、水の弾を放とうとするが、それよりも早くヒノヤコマの嘴がミニリュウを突き飛ばした。

「ミニリュウ!」

まだ進化していないからか耐久力はあまりないらしく、ミニリュウは戦闘不能となって倒れてしまった。

「うーん、やっぱりまだまだ耐久力が足りないなぁ。もっと鍛えてあげなきゃ。ミニリュウ、お疲れ様だよ」

ミニリュウをボールに戻して、サヤナは次のボールを取り出す。

「そのヒノヤコマ、なかなかやるねー。それじゃあ、次はこの子! 出番だよ、コドラ!」

サヤナの二番手は、鋼の鎧を持つ四足歩行のポケモン。

 

『information

 コドラ 鉄鎧ポケモン

 湧き水の近くに巣を作り鉄鉱石を

 掘り出して食べる。鉄を取りに来る

 人間と争いになることがある。』

 

鋼と岩タイプを持つポケモン、コドラ。防御に優れたポケモンだ。

「コドラは鋼タイプも持ってるから、炎技は通る。ヒノヤコマ、悪いけどもう少し頑張ってね」

ダメージは小さくないが、それでもやる気充分にヒノヤコマは鳴く。

「よし、ヒノヤコマ、ニトロチャージ!」

炎を纏い、ヒノヤコマが飛び出す。炎弾のように、一気にコドラへと向かっていく。

しかし、

「コドラ、守る!」

コドラを中心として、周囲に守護の結界が展開される。

ヒノヤコマが結界にぶつかるが、逆に弾き返されてしまい、

「ロックブラスト!」

ヒノヤコマの体勢が崩れた隙を逃さず、コドラが無数の岩を放つ。

「しまっ……ヒノヤコマ!」

岩の直撃を受け、ヒノヤコマが撃墜される。

岩タイプの技は、炎・飛行タイプのヒノヤコマにとって二重の効果抜群。さすがに耐えることはできず、地に落ちて戦闘不能となってしまう。

「ヒノヤコマ、よく頑張ったね。休んでて」

ヒノヤコマをボールに戻すと、ハルはすぐに次のボールを取り出す。

「鋼と岩のコドラが相手なら君しかいない。出てきて、ワルビル!」

ハルが繰り出すのはワルビル。コドラには地面タイプの技が非常に効くため、相性的には有利。

フィールドに立つと大きく吼え、コドラを威嚇する。

「やっぱりワルビルで来たね。だけど苦手な地面タイプなら対策してて当然だよ。どこからでもかかって来てよ!」

そんな天敵を見ても、サヤナの表情は余裕そのもの。コドラもワルビルに負けじと、唸り声をあげてワルビルを睨む。

「勿論。ワルビル、頼んだよ」

ハルの言葉にワルビルはニヤリと笑って頷き、戦闘態勢に入る。

「よし、行こう! ワルビル、シャドークロー!」

「こっちも行くよ! コドラ、アイアンヘッド!」

コドラが額を覆う鉄の鎧をさらに硬化させ、ワルビルへと突撃していく。

対して、ワルビルは右手に黒い影の爪を纏わせ、コドラを迎え撃つ。

コドラの頭突きとワルビルの影の爪がぶつかり合う。威力はほぼ互角で、激しく競り合って火花を散らす。

「コドラ、水の波動!」

だがその直後の動きはコドラが速かった。口を開き、水の弾を放出する。

「水技っ!? ワルビル、大丈夫?」

水弾の直撃を受けてワルビルは吹き飛ばされ、フィールドに倒れるが、すぐさま起き上がって体勢を立て直す。

効果抜群にしてはあまりダメージが大きくない。コドラの特攻はそこまで高くないようだ。

「コドラは見かけによらず、いろんなタイプの技を使えるの! この子は覚えてないけど、電気技や炎技も使えるんだよ」

サヤナが得意げな笑みを浮かべ、それに合わせてコドラも吼える。

「コドラ、もう一度アイアンヘッド!」

コドラは再び額の鎧を硬化させ、突進してくる。

「ワルビル、躱して噛み砕く!」

コドラの突進を横っ飛びで躱し、ワルビルは大顎を開いてコドラの側面から噛み付き、牙を突き立てる。

「コドラ、引き剥がして! ロックブラスト!」

噛み付かれたコドラが唸り声をあげ、無数の岩を飛ばす。

ワルビルの頭に岩が直撃し、大顎の拘束が緩む。

「今だよコドラ! 水の波動!」

「ワルビル、穴を掘る!」

ワルビルを狙って口から水弾を放出するコドラだが、ワルビルは後ろへ飛んでそのままフィールドに穴を掘り、床下へと身を隠す。

音もなく地中から近づき、コドラを吹き飛ばそうとするが、

「それなら……コドラ、守る!」

ワルビルが地下から飛び出すその直前、コドラが周囲に守りの結界を張る。

地中から襲いかかろうとしたワルビルだが、守りの結界を前にして逆に弾かれてしまう。

「いいよコドラ! そのままアイアンヘッド!」

結界に弾かれて体勢を崩すワルビルへ、コドラは額の鉄鎧を硬化させて突撃する。

「っ、ワルビル、シャドークロー!」

咄嗟にワルビルは右手に影の爪を纏い、右腕を突き出し、コドラの突進を食い止める。

「コドラ、水の波動!」

「同じ手は受けないよ。ワルビル、燕返し!」

競り合いながらコドラが水の弾を口から発射し、対してワルビルは刀身のように白く輝く左手を振るい、水弾を断ち切る。

「ロックブラスト!」

「躱してシャドークロー!」

コドラが無数の岩を発射するが、ワルビルは素早く跳躍してそれを躱し、コドラの上を飛び、背中を影の爪で切り裂く。

しかしいまいちダメージの手応えがない。コドラの背中は硬い鉄の鎧に覆われているため、ダメージが少ないのだ。

「あの鎧、やっぱり硬い……ワルビル、穴を掘る!」

ワルビルは再びフィールドに潜り、地中に身を隠す。

「効かないよ! コドラ、守る!」

しかしやはり穴を掘るの攻撃の遅さが災いし、ワルビルが地中から強襲を仕掛けるも、コドラの張った守りの結界に弾かれてしまう。

「水の波動!」

ワルビルが下がったところに、コドラは口から水弾を放出する。

「っ、ワルビル、燕返し!」

飛来する水弾を、ワルビルは刀身のように光る腕を振るって両断するが、

「ロックブラスト!」

直後、無数の岩がワルビルに降り注ぐ。

威力はそこまで高くない上に効果今一つで大したダメージではないが、少しずつ体力を削られるのは地味に痛い。

「ワルビル、反撃するよ! シャドークロー!」

「コドラ、迎え撃って! アイアンヘッド!」

ワルビルが右手に黒く鋭い影の爪を纏わせ、コドラは額の硬い鎧をさらに硬化させて、お互いの敵を見据えて一直線に突っ込む。

鉄の頭突きと影の爪が再び激突し、火花を散らす。



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第31話 決着! エース不在のライバルバトル

ワルビルのシャドークローと、コドラのアイアンヘッドがぶつかり合う。

「ワルビル、噛み砕く!」

「ならコドラ、ロックブラスト!」

競り合うさなかワルビルが大顎を開くが、それと同時にコドラも無数の岩を発射する。

ワルビルの体勢が崩れ、牙はコドラを捉えられず、

「アイアンヘッド!」

鋼鉄の鎧をさらに硬化させてコドラが頭突きを仕掛け、ワルビルを突き飛ばした。

「まだまだ行くよ! 続けて水の波動!」

さらにコドラは口から水弾を放射し、追撃を仕掛ける。

「っ、ワルビル、燕返し!」

飛来する水弾に対し、ワルビルは腕を振るって何とか水の弾を打ち消した。

(何とかして穴を掘るを当てれば、コドラは倒せるはずなんだ。それなら……)

体勢を立て直すとワルビルは低く唸り、コドラを睨む。

(何とかして、先に守るを使わせる。よし、やってみよう!)

「よし! ワルビル、噛み砕く!」

ハルの意図を察知したのか、ワルビルはニヤリと笑うと、地を蹴ってコドラへと向かっていく。

「コドラ、アイアンヘッド!」

コドラが額の鉄の鎧を硬化させ、ワルビルを迎撃すべく突撃する。

しかし、

「ワルビル、横からだ!」

激突するその前に、ワルビルは横っ飛びでコドラの突進を躱す。

大顎を開いて、がら空きになった側面へと牙を食い込ませた。

「コドラ、ロックブラスト!」

「そう来ると思ったよ! ワルビル、躱してシャドークロー!」

コドラが岩を放つその瞬間、それを予期していたワルビルは口を離して跳躍し、岩の破片を躱す。

さらに右手に影の爪を纏わせ、コドラへと爪を突き刺した。

「もう一度シャドークロー!」

「っ、コドラ、守る!」

ワルビルが右手を再び振り上げたのを見て、サヤナは咄嗟に守るの指示を出す。

「今だワルビル! 穴を掘る!」

しかしコドラが守りの結界を張った時、それと同タイミングでワルビルは地中へと身を隠した。

「あっ……やばっ……!」

途端にサヤナの表情に焦りが浮かぶ。

守るはあらゆる攻撃を防ぐ技だが、連続して使うことができない。さらに、穴を掘るは攻撃までに時間のかかる技。

つまり。

結界が切れた瞬間に、コドラの足元からワルビルが飛び出し、コドラを吹き飛ばした。

「コドラっ!」

鋼と岩タイプを持つコドラには、地面技は二重に効果抜群。

コドラは大きく打ち上げられ、重力に従ってそのまま落下し、フィールドに落ちて戦闘不能となった。

「コドラ、お疲れ様。よく頑張ったね! 休んでて」

サヤナはコドラを労い、ボールへと戻し、ハルの方へ向き直る。

「ハル、成長してるねー! 初めてバトルした時はまだまだ私の方が先輩みたいな感じだったけど、今はすっかり追いつかれちゃったかなー」

「へへっ、ありがとう。僕もポケモンたちと一緒に、日々強くなってるからね」

ハルが言葉を返すと、にんまりとサヤナは笑みを浮かべ

「だけど、まだ追い抜かれたつもりはないんだからね! それじゃ、最後のポケモンを出すよ!」

三つ目となる、最後のボールに手をかける。

「頼んだよ、ビビヨン!」

 

『information

 ビビヨン 鱗粉ポケモン

 野原を飛び回りながら色鮮やかな

 鱗粉を振りまく。住んでいる気候や

 風土によって翅の色や模様が違う。』

 

サヤナの最後のポケモンは、深い緑色の翅を持つ蝶のようなポケモンだ。

「虫タイプ……もしかして、コフキムシの進化系?」

「そうだよ! コフキムシからコフーライに進化して、最終的にビビヨンになるの」

サヤナのコフキムシも、ハルのヒノヤコマ同様、やはり進化していたようだ。既に最終進化を遂げているあたりは、さすが成長の早い虫ポケモンと言うべきか。

しかし相手が虫タイプのビビヨンとなると少し厳しい。ワルビルも残るエーフィも、虫タイプの技で弱点を突かれてしまう。

「それじゃあ、始めるよ! ビビヨン、シグナルビーム!」

複眼のようなビビヨンの眼から、カラフルな光線が撃ち出される。

「ワルビル、躱して燕返し!」

ワルビルは光線を掻い潜り、腕を構え、地を蹴って飛び出す。

だが、

「ビビヨン、エナジーボール!」

ワルビルの腕の一振り目を躱し、二振り目が来るよりも早く、ビビヨンは自然の力を集めた光の球を放つ。

至近距離で、ましてや空中にいるワルビルが躱せるはずもなく、ワルビルの額に光の弾が直撃した。

「っ……ワルビル!」

エナジーボールの直撃を受けたワルビルが砂煙とともに地面に叩き落される。

煙が晴れた時には、ワルビルは既に戦闘不能になっていた。

「なんてパワーだ……ワルビル、よく頑張った。ゆっくり休んで」

ワルビルを労い、ボールへと戻し、ハルはサヤナへ向き直る。

「そのビビヨン、かなり強いね……ミニリュウやコドラに比べても、技の威力が明らかに高いよ」

「そーでしょ? 私のビビヨンは見かけによらずバトルが好きで、攻撃力が自慢なんだよ」

自慢げにサヤナは胸を張り、

「さあ、三匹目だよ。ハルの最後のポケモンは?」

「最後は……頼んだよ。出てきて、エーフィ!」

ハルのポケモンは、もちろんエーフィだ。虫タイプの技には特に気をつけなければならないが、こちらからの攻撃も効果今ひとつにはならない。

「おおー! かわいい上に強そうなポケモン! ビビヨン、かわいい対決も負けられないよ!」

なんだかちょっとおかしな方向に盛り上がっているサヤナとビビヨンだが、やる気なのは間違いないようだ。

「それじゃ行くよ! ビビヨン、まずはシグナルビーム!」

バトル再開。ビビヨンが眼を激しく点滅させ、カラフルな光線を撃ち出す。

「エーフィ、躱してスピードスター!」

素早く軽やかに光線を躱すと、エーフィは尻尾を振り抜いて無数の星型の弾を飛ばす。

ビビヨンが避けようとするも、必中のスピードスターは軌道を変えて確実にビビヨンを狙い、深緑の翅へと命中する。

「むむっ、そういえば必中技だったね……ビビヨン、立て直して! エアスラッシュ!」

体勢を整え、ビビヨンは翅を羽ばたかせて空気の刃を飛ばす。

「それならエーフィ、シャドーボール!」

エーフィは額の赤い珠に漆黒の影の力を集め、黒い球体へと変えて発射。

シャドーボールが空気の刃を防ぎ、

「続けてサイコショットだ!」

ビビヨンとの距離を詰め、エーフィは額の珠からサイコパワーの念弾を放つ。

「ビビヨン、サイコキネシスで防いで!」

対するビビヨンは強い念力を操作し、念の波を放って念弾を打ち消した。

「シャドーボール!」

「躱して! シグナルビーム!」

再び漆黒の影の弾を放つエーフィだが、それをビビヨンはふわりと舞い上がって回避、さらにそれと同時に眼から激しい光を放つ光線を発射。素早い反撃がエーフィを捉える。

「っ! エーフィ、大丈夫?」

効果抜群の一撃。さすがに痛いが、それでもエーフィはすぐさま起き上がり、ハルの言葉に頷く。

「よし、エーフィ、ここから反撃だ! スピードスター!」

エーフィが二股の尻尾を振り、無数の星形弾を飛ばす。

「必中技だから……ビビヨン、サイコキネシス!」

無数の星形弾へとビビヨンは念力の波を放ち、星形の弾を全て防ぎ切るが、

「サイコショット!」

その隙にエーフィはビビヨンのすぐ近くまで接近しており、額の珠から念力の弾を放ってビビヨンを吹き飛ばす。

「やるじゃん……! ビビヨン、エナジーボール!」

「エーフィ、シャドーボール!」

ビビヨンが自然の力を集めた光の弾を放ち、エーフィは黒い影を集めた漆黒の弾を撃ち出す。

二者の放った念弾は正面から激突し、その間に二者はさらに動く。

「ビビヨン、エアスラッシュ!」

「エーフィ、スピードスター!」

ビビヨンが翅を羽ばたかせて空気の刃を飛ばし、エーフィが尻尾を振って無数の星形弾を飛ばす。

空気の刃がエーフィを切り裂き、直後に無数の星形弾が弧を描いて飛び、ビビヨンに直撃した。

「ビビヨン! 大丈夫?」

「エーフィ、まだ行ける?」

痛そうな表情を見せながらもビビヨンは翅を羽ばたかせて再び舞い上がり、エーフィは立ち上がると共に首を振って体勢を整える。

「よし、ビビヨン、ここからだよ! シグナルビーム!」

「エーフィ、僕たちも行くよ! シャドーボール!」

ビビヨンが眼から激しい光を放つ光線を発射し、エーフィは額の珠から黒い影の弾を撃ち出す。

光線と影の弾が激突し、競り合った末に消滅する。

「エーフィ、サイコショット!」

「ビビヨン、躱してエナジーボール!」

エーフィが再びビビヨンとの距離を詰め、額の珠に念力を溜め込む。

放たれた念力の弾に対し、ビビヨンはふわりとそれを躱し、自然の力を込めた光の弾を撃ち出す。

「エーフィ、スピードスター!」

エーフィは尻尾を振るって無数の星形弾を飛ばし、光の弾を相殺、そして、

「シャドーボール!」

額の珠から、再び黒い影の弾を放つ。

「ビビヨン、そのままシグナルビーム!」

ビビヨンも瞳から激しい光を放つ光線を発射する。

光線は影の弾のすぐ横を飛んでいき、影の弾がビビヨンを捉えるのと同時に、光線がエーフィへと直撃する。

「っ、エーフィ!」

結果だけ見れば、お互いに技は命中している。

だがビビヨンが受けたシャドーボールは等倍、対してエーフィに当たったシグナルビームは効果が抜群。つまり、エーフィの方がビビヨンよりも被ダメージが大きい。

「ここで決めるよ! ビビヨン、エアスラッシュ!」

とはいえビビヨンも決して受けたダメージは小さくない。それでも体勢を立て直し、翅を羽ばたかせて空気の刃を飛ばす。

「エーフィ、躱して!」

何とか立ち上がったエーフィは大きく跳躍し、寸でのところで空気の刃から身を躱す。

一瞬遅れて、先ほどまでエーフィが立っていた床を空気の刃が刻んだ。

「逃しちゃダメだよ! ビビヨン、シグナルビーム!」

空中へと飛んだエーフィへ、さらにビビヨンは激しい光を放つ光線を発射する。

しかし、

「今だエーフィ! マジカルシャイン!」

エーフィの額の珠が眩い輝きを放ち、純白の光が放出される。

シグナルビームを掻き消し、ビビヨンを真っ白な光の中に呑み込んだ。

「あっ……! しまっ……」

「一気に決める! サイコショット!」

吹き飛ばされるビビヨンに対し、エーフィは額の珠にサイコパワーを溜め込み、念力の弾を撃ち出す。

ビビヨンは体勢を大きく崩して回避不能、念力の弾が直撃し、その体がゆっくりと降下していく。

「っ、ビビヨン!」

床に落ちた時には、既にビビヨンは戦闘不能になっていた。

 

 

 

「むー、負けちゃったー。ハル、なかなか強くなってるね」

「ありがとう、でもサヤナも強かったよ。特に最後のビビヨン戦はヒヤッとした場面もあったし」

「にひひー、そうでしょ? 私もちゃんと成長してるんだって、分かってくれたなら嬉しいよ」

悔しそうに唸ったかと思えば、すぐににんまり笑うサヤナ。

バトルを終え、二人は頑張ったポケモンたちをポケモンセンターに預ける。

「それじゃあハル、私に勝ったご褒美に、ジム戦のアドバイスだよ」

私もまだ勝ってはないんだけどね、とサヤナは続け、

「ライボルトを連れてるから分かると思うけど、アリスさんは電気タイプの使い手。ハルのポケモンだとワルビルが有利だね。だけど、アリスさんはいろんな戦術を駆使して戦ってくるから、ただぶつかっていくだけじゃ勝てないよ」

ヒザカリタウンの大会でも、サツキが同じようなことを解説していたか。

「あと一番気をつけないといけないのは、やっぱりライボルトかな。アリスさんのポケモンで一番強い上に、もちろんメガシンカも遠慮なく使ってくるから、気をつけてね」

「うん、ありがとう。明日は頑張ってくるよ。勝利報告楽しみにしてて」

今日は休んで英気を養い、明日はいよいよサオヒメシティジムリーダー・アリスに挑戦だ。



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第32話 煌めく絆、サオヒメジム!

サヤナとのバトルから、一夜明け。

ハルは、朝からサオヒメシティジムを訪れていた。

濃い紫の塗装の建物を黄色や水色のネオンライトで派手に飾った、鮮やかなジムだ。

「失礼します!」

ドアを開き、ハルはジムの中へと足を踏み入れる。

サオヒメシティのバトルフィールドは今までとは違い、床が黒い金属で作られている。

さらに壁には建物の外装と同じようにネオンライトが張り巡らされ、バトルフィールドを明るく照らす。

そして、フィールドを挟んで向かい側に立つのは、

「おお、ハル君! 来てくれたんだね!」

鮮やかな金髪の毛先を水色に染め、青白いグラデーションのかかった服に真っ白なスカートの女性。

ジムリーダー、アリスだ。

「君がいつ来てくれるのかって、楽しみにしてたよ。本当はここで私がジムリーダーだってネタばらししたかったんだけどねー。ディントス教の司教に邪魔されなければ、それができてたんだけど」

とにかく、とアリスは続け、

「ここに来たってことは、バトルの準備はできている。そういうことだよね?」

「もちろんです。僕たちの力で、今度こそアリスさんに勝ってみせます」

「そうこなくちゃね。カザカリ山道で出会った時から、君がどれくらい成長しているのか、見せてもらうわよ」

真剣な眼差しのハルを見て、アリスもそんなチャレンジャーの実力に期待するかのように笑みを浮かべる。

いよいよ、四つ目のジムバッジを賭けたジムバトルが始まる。

 

 

 

「それでは、只今よりジムリーダー・アリスとチャレンジャー・ハルのジム戦を行います! 使用ポケモンはお互いに三匹ずつ、先に相手のポケモンを全て倒した方の勝利となります。戦闘不能以外でポケモンの交代を直接行えるのはチャレンジャーのみとなります」

ルールはヒザカリジムと同じ。

ただし前回と違うのは、ハルのポケモンの数だ。今までは使用ポケモン数が手持ちポケモンと同じだったのだが、今回は誰か一匹、お留守番のポケモンを選ぶ必要がある。

(うーん……順当に行くなら、今回はヒノヤコマはお休みかな)

アリスは電気タイプの使い手。飛行タイプを持つヒノヤコマは、できれば出したくはない。

「それでは、両者ポケモンを出してください!」

審判の女性がそう告げる前から、既にアリスはボールを手に取っていた。初手は決まっているようだ。

ハルも一番手のポケモンを決め、ボールを取り出す。

「よし! 出てきて、エーフィ!」

「まずはこの子ね。輝け、マルマイン!」

ハルが選んだのはエーフィ。

対するアリスのポケモンは、大きなモンスターボールをひっくり返して顔をつけたようなポケモンだ。

 

『information

 マルマイン ボールポケモン

 電気を溜め込むほど素早く動く

 ことができる。猛スピードで相手の

 周りを転がり近づいて爆発する。』

 

奇天烈な見てくれだが、れっきとした電気タイプのポケモンのようだ。

「お? そのエーフィ、もしかして?」

「はい。あの時のイーブイが進化したんです」

「そっかぁ、エーフィになったのね。エーフィはよく懐いたトレーナーの下でしか進化しない姿だから、君にぴったりの進化だね」

だけど、とアリスは続け、

「進化したエーフィのその力、君はちゃんと引き出せているかな? せっかくだから、私が見てあげよう」

「望むところです。強くなった僕たちの力を、見せてやりますよ!」

両者、気合い充分。準備は整った。

 

「それでは、ジムリーダー・アリスとチャレンジャー・ハルの試合を、開始します!」

 

「さあ! マルマイン、シグナルビーム!」

バトルが始まると同時、マルマインが激しい光を放ち、その額からカラフルな光線が発射される。

「エーフィ、スピードスター!」

対してエーフィは二股の尻尾を振るい、無数の星形弾を放って光線を防ぐ。

「それなら、マルマイン!撹乱しなさい!」

電気を帯びたマルマインが動き出す。

見た目からは想像もつかない圧倒的なスピードでマルマインはエーフィの周囲を駆け回り、

「十万ボルト!」

エーフィがマルマインの動きを捉えられなくなった一瞬の隙を見て急停止し、強烈な電撃を放つ。

「っ、後ろ! エーフィ、躱して!」

ハルの指示を受け咄嗟に跳躍し、エーフィは間一髪で電撃を回避すると、

「サイコショット!」

動きを止めたマルマインに対して念力の弾を放ち、その丸いボディを吹き飛ばす。

「続けて! シャドーボールだ!」

「させないわよ。躱して急接近なさい!」

立て続けにエーフィが漆黒の影の弾を放つが、マルマインは再び電気を帯びて高速で金属の床の上を駆ける。

「近寄らせませんよ! エーフィ、マジカルシャイン!」

エーフィの額の弾が白く輝き、周囲に向けて純白の光が放出される。

「マルマイン! 戻って!」

慌ててマルマインは方向転換し、光から逃れる。このマルマイン、かなりのスピードを誇っているようだ。

「私のマルマイン程じゃないけど、なかなか素早さのあるポケモンね。ならマルマイン、電磁波!」

エーフィがマジカルシャインを終えた瞬間を狙い、マルマインは微弱な電磁波を放つ。

しかし。

「えっ?」

エーフィに当たった電磁波はまるで鏡に映る光のように弾かれ、逆にマルマインが電磁波を受けた。

「っ……なるほど。そのエーフィ、隠れ特性のマジックミラーを持っているのね」

「そうですけど……隠れ特性? なんですか、それ?」

「あら、知らなかったの? ポケモンの中にはね、稀に通常の特性とは違う特性を持つ個体がいるのよ。エーフィの特性は普通の個体はシンクロというものだけど、隠れ特性としてマジックミラーを持っている子がたまにいるのよ」

「あ、そうだったんですか……」

ハルはエーフィの特性がマジックミラーであるということは把握していたのだが、それが珍しい特性だとは知らなかった。もしかすると、そのせいでゴエティアの下っ端に狙われていたのかもしれない。

とにかく、エーフィは電磁波を跳ね返した。マルマインは電気タイプなので麻痺状態にはならないが、補助技を跳ね返せるとなれば有利に立ち回ることができる。

しかし。

「なるほどねぇ。だったら、この手で行くわ」

アリスが、次の手に出る。その表情に、焦りはない。

 

「マルマイン、躱してボルトチェンジ!」

 

素早い動きでマルマインは念力の弾を躱し、電撃の輪をエーフィへと放つ。

電撃がエーフィに命中すると、その輪はブーメランのようにマルマインの元へと戻る。

そして、電撃の輪に囲まれたマルマインは、そのままアリスの持ったモンスターボールの中へと戻ってしまう。

「えっ……?」

予想外の展開に驚きを隠せないレオ。

ジムのルールとして、ジムリーダーのポケモンの交代は禁止であるはずだ。

しかし、

「言ったでしょ? ポケモンの“直接の”交代は挑戦者のみ。だけどボルトチェンジは使用後に控えのポケモンと入れ替わる技。ジムのレギュレーションは、技による交代は可能なのよ」

得意げな笑みを浮かべて、アリスは次のボールを手に取る。

「電気タイプ使いとしての戦術の一つってことで、大目に見てよね。それじゃ……輝け、エレブー!」

そして繰り出されるアリスの二番手は、黄色い体に黒い無数の稲妻模様を刻んだポケモン。

 

『information

 エレブー 電撃ポケモン

 無人の発電所などに現れる。大量

 発生すると電気を食べ尽くし街に

 大規模な停電を引き起こしてしまう。』

 

現れたエレブーは腕を振り上げ、雄叫びを上げるとともにツノや腕からバチバチと電気を放出する。かなり気性の荒そうなポケモンだ。

「それじゃ、仕切り直しよ! エレブー、雷パンチ!」

右腕を振り回して膨大な電撃を纏わせ、エレブーが殴り掛かってくる。

「エーフィ、躱してスピードスター!」

跳躍して電撃の拳を躱し、エーフィは上空から無数の星形弾を飛ばすが、

「もう一度雷パンチ!」

再びエレブーは雷の拳を振るい、腕の一振りで星形弾を打ち消してしまう。

「続けて冷凍パンチ!」

さらにエレブーは地面を蹴って大きく飛び、右拳に冷気を込めて空中のエーフィへ飛びかかる。

「エーフィ、シャドーボール!」

エーフィも額から黒い影の弾を飛ばし、エレブーを迎え撃つ。

影の弾がエレブーの拳を覆う冷気を打ち消すが、

「炎のパンチ!」

すかさず左拳に炎を灯し、エレブーは炎の拳を振り下ろして、エーフィを叩き落とした。

「っ、エーフィ!」

エーフィが黒い金属の床に叩きつけられ、嫌な音が響き渡る。

「エーフィ、大丈夫!?」

ハルが声を掛けると、エーフィは痛そうな表情を浮かべながらも立ち上がり、頷く。

「この間と比べて、耐久力も上がってるねえ。だけど私のエレブーは立て続けの攻撃を得意とするアタッカータイプ。殴り合いでの勝負ならならこっちに分があるわよ」

アリスの言葉に続くように、エレブーも両手を振り回しながら雄叫びを上げる。

「生憎、僕のエーフィは正面から殴り合えるだけじゃありません。勝負はここからですよ! エーフィ、サイコショット!」

立ち上がったエーフィが、額の珠にサイコパワーを溜め込み、念力の弾を発射する。

「エレブー、弾き飛ばして! 雷パンチ!」

対するエレブーは電撃を纏わせた腕をバットのように振るい、念力の弾をエーフィへと打ち返す。

「シャドーボール!」

しかし既にエーフィはそこにはおらず、エレブーの横まで回り込んでいる。

放たれた黒い影の弾がエレブーに直撃し、エレブーが押し飛ばされる。

「スピードスター!」

体勢を崩すエレブーへ、エーフィはさらに必中の無数の星形弾を飛ばす。

「エレブー、炎のパンチ!」

体勢が整わないまま強引にエレブーは炎を灯した拳を突き出し、飛来する星形の弾を纏めて打ち破る。

「今だエーフィ! マジカルシャイン!」

直後、エーフィが空中へ飛び上がり、額から純白の光を放つ。

真っ白な光がエレブーを覆い尽くし、吹き飛ばす。

「っ、やるじゃない! エレブー、ここからよ! 立て直して!」

吹き飛ばされて地面に落ちるが、エレブーは即座に起き上がると、怒りを込めて大きく叫ぶ。

「連続攻撃を受けても疲れも見せないか……エーフィ、気をつけて行くよ」

エーフィはハルの言葉に応えて頷き、怒りの形相でこちらを睨むエレブーをじっと見据える。




諸事情あって更新が大変遅れてしまい、申し訳ございません。
また今日から執筆再開していきますので、よろしくお願いいたします。


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第33話 アリスの電撃戦術

「エレブー、雷パンチ!」

右腕を振り回して電撃を溜め込み、エレブーは地を蹴って飛び出し、エーフィに殴りかかる。

「エーフィ、躱してスピードスター!」

対するエーフィは素早く後ろへと飛んで電撃の拳を躱すと、無数の星形弾を放って反撃する。

「エレブー、瓦割り!」

左手で手刀を振り下ろし、エレブーは星形弾を全て砕く。

だがこれでエレブーの技は全て分かった。全て手を使った技であるところからも、やはり力自慢のポケモンだと分かる。

「シャドーボール!」

「躱して炎のパンチ!」

額の珠から影の弾を放つエーフィに対し、エレブーは腕に炎を灯して飛び出す。

影の弾を飛び越え、一気にエーフィとの距離を詰め、炎の拳でエーフィをぶん殴った。

「よし、クリーンヒット! 続けていくわよ、雷パンチ!」

殴り飛ばされるエーフィに対し、すぐさまエレブーは腕に電撃を纏わせ、追撃を仕掛ける。

「くっ、エーフィ、サイコショット!」

エーフィの額の珠に、サイコパワーが溜め込まれる。

直後、エレブーの電撃の拳がエーフィに叩き込まれるが、その瞬間に念力の弾が放たれ、お互いに吹き飛ばされた。

「エレブー、負けちゃダメよ! 冷凍パンチ!」

床に手を付き、低く唸りながらエレブーは立ち上がると、拳に冷気を纏わせて突っ込んで来る。

「エーフィ、食い止めて! マジカルシャイン!」

エーフィの額の珠が眩い光を発し、純白の光が放出される。

突っ込んで来るエレブーを、真っ白な光の力で逆に押し返した。

「次よ! 雷パンチ!」

しかし光が消えた瞬間、電撃を纏ったエレブーが一気に突っ込んでくる。

対応する隙も与えず、電撃の拳で再びエーフィを殴り飛ばした。

「これで決めるわ! エレブー、炎のパンチ!」

雄叫びと共に拳に炎を纏わせ、エレブーは腕を振り回しながらエーフィへと突撃する。

「くっ……まだだ! エーフィ、マジカルシャイン!」

フィールドに倒れながらも、再びエーフィは純白の光を放ち、エレブーを食い止める。

真っ白な光によって炎のパンチは阻まれるが、

「それじゃさっきと同じよ! エレブー、雷パンチ!」

光が消えた瞬間、再びエレブーが電撃を纏った腕を突き出す。

渾身のパンチがエーフィを捉え、吹き飛ばす。

「っ、エーフィ!」

金属の床に激突し、エーフィはまだ立ち上がろうとするもそこで力尽き、倒れてしまう。

「エーフィ、戦闘不能。エレブーの勝利です」

中盤までは互角に戦っていたが、エレブーの馬力に押し切られてしまった。

「お疲れ様、エーフィ。ゆっくり休んでて」

エーフィを労ってボールに戻し、ハルは即座に次のボールを手に取る。二番手はもう決まっている。

「本当は成長して進化を遂げたイーブイの力を見せたかったんですけど……さすがはアリスさんですね」

「とは言ってもカザカリ山道で戦った時と比べて、随分と腕は上がってるわよ。エーフィも君のバトルスタイルに合わせた動きができていたし。だけど、終盤は私のエレブーの得意な間合いで戦っちゃってたかな」

さあ、とアリスは続け、

「次のポケモンは誰? ハル君とポケモンとの絆、もっと見せてよ」

「ええ、勿論です! 次は君だよ、出てきて、ワルビル!」

ハルの二番手はワルビル。ハルの手持ちの中でも、電気タイプに対して明確に有利を取れるポケモンだ。

「なるほど、ここでワルビルね。タイプ相性だけじゃなく、力自慢のエレブーにも対応できるいいチョイスね。だけど、私のエレブーもパワーじゃ負けないわよ」

このワルビルの存在は、ディントス教司教と戦った時にアリスに知られている。おそらく、対策も組まれているだろう。

「僕のワルビルなら、やってくれますよ。勝負はここからです」

ハルの言葉に呼応し、ワルビルは大顎を開いて大きく吼え、エレブーを威嚇する。

対するエレブーも腕を振り上げ、雄叫びを上げる。

「行きますよ! ワルビル、シャドークロー!」

ワルビルの構えた両手に、黒い影が集まる。

漆黒の鉤爪を携え、ワルビルは地を蹴って飛び出す。

「エレブー、炎のパンチ!」

対するエレブーも両腕を振り回して炎を纏わせ、ワルビルを迎え撃つ。

両者の拳が真っ向からぶつかり合う。威力は互角、どちらも一歩も譲らない。

「エレブー、一度離れなさい。冷凍パンチ!」

「それなら、穴を掘る!」

競り合った末に一度距離を取り、エレブーは拳に冷気を纏わせる。

対してワルビルは床を叩いて穴を開ける。

金属製なのは表面だけのようで、金属の床を砕いたワルビルは素早く地中へと潜り姿を隠す。

「さあ、どこから来るのかしら。エレブー、迎撃準備よ」

地中に潜ったワルビルに対し、エレブーはどこからでも来いと言わんばかりに右腕を振り回し、大きく吼える。

「今だ! ワルビル!」

「っ、後ろ! 瓦割り!」

黒い床を突き破って姿を現わすワルビルに向けて素早くエレブーは振り返り、右腕を振り下ろす。

僅かにワルビルの方が早かったが、それでもエレブーは力尽くでワルビルの襲撃を凌ぎ切る。

「エレブー、もう一撃よ!」

右腕でワルビルを食い止めつつ、エレブーが左腕を横薙ぎに振るい、食らいつくワルビルを叩き飛ばす。

「畳み掛けなさい! 冷凍パンチ!」

「来るよ! ワルビル、シャドークロー!」

体勢を崩すワルビルを狙い、エレブーが両腕に冷気を纏わせて襲い掛かるが、ワルビルも咄嗟に両腕に影の爪を纏わせて迎え撃つ。

両者が再び激突し、さらに、

「エレブー、瓦割り!」

「ワルビル、噛み砕く!」

即座に技を切り替えてエレブーが腕を振り下ろすが、ワルビルが大顎を開いてその腕に噛みつき、動きを止める。

「っ、さすがのパワーね。だけど私のエレブーはまだ左腕が使えるわよ! 冷凍パンチ!」

右腕を封じられながらも、エレブーは左拳を握り締め、冷気を纏わせる。

だが、

「僕のワルビルを、甘く見ないでくださいよ! ワルビル、そのまま持ち上げて、投げ飛ばすんだ!」

エレブーの腕に食らいつくワルビルが首を振るう。

顎の力だけでエレブーを宙に持ち上げ、エレブーの体勢を崩して冷凍パンチを不発させると、首を大きく振ってエレブーを思い切り投げ飛ばした。

「なっ……!?」

「今だワルビル! シャドークロー!」

床に叩きつけられたエレブーが起き上がろうとするが、それよりも早く、ワルビルの漆黒の影の爪がエレブーを切り裂いた。

エレブーの体がふらりと傾き、その場に倒れ伏す。

「エレブー戦闘不能。ワルビルの勝利です」

審判の女性が淡々と告げる。多少ダメージは受けたが、最低限の被弾でエレブーを突破できた。

「エレブー、よく頑張ったわね。休んでなさい」

エレブーをボールに戻すと、アリスは即決で次のボールを手に取る。

「もう一度あなたの出番よ。輝け、マルマイン!」

アリスが出したのは先鋒で姿を見せたマルマイン。

しかし、

「えっ?」

このチョイスに素っ頓狂な声をあげたのはハルだった。

「どうかした?」

「いや、だって、そのマルマイン……シグナルビームと電気技しか覚えてませんよね……?」

確かに、虫タイプの技であるシグナルビームはワルビルに効果抜群だ。

しかし、だとしてもそれ一本で戦うのはいくらジムリーダーとはいえ無理がある。

そう、ハルは考えていたのだが、

「そうね。でもせっかくだから、エースポケモンは最後に出したいじゃない?」

冗談めかしくアリスは笑うと、

「ま、こっちにも考えってものがあるのよ。すぐに分かるわ。それじゃ、バトル再開よ」

そう言われ、ハルとワルビルも改めて戦闘態勢に入る。

「それじゃマルマイン、まずはシグナルビーム!」

先に動き出したマルマインが、額からカラフルな光線を発射する。

「ワルビル、穴を掘る!」

対するワルビルは素早く穴を掘って身を隠す。

ビームを回避しつつ、地中からひっそりと忍び寄る。

「早速潜ったわね。エレブーは対応しきれなかったけど、私のマルマインなら……」

アリスがそこまで言ったところで、ワルビルがマルマインの背後から現れ、牙を剥いて襲い掛かる。

しかし、

「躱して! シグナルビーム!」

恐るべき瞬発力で一瞬のうちにマルマインはワルビルの襲撃を回避し、逆に光線をワルビルへと浴びせた。

「っ、ワルビル! やっぱり素早いな……」

ワルビルが体勢を立て直した時には、既にマルマインはワルビルと大きく距離を取っている。

「このフィールドは表面が金属で出来ているから、普通のフィールドに比べて地中からの攻撃に少しだけ時間が掛かる。私のマルマインの瞬発力なら、避けきれるわ」

「それなら、地上戦です。僕のワルビルの持ち味は穴を掘るだけじゃありませんよ! 燕返し!」

ワルビルが地を蹴って飛び出す。

一気にマルマインとの距離を詰め、腕を振り抜く。

「マルマイン、シグナルビーム!」

マルマインがカラフルな光線を放つが、ワルビルは右腕を振り抜いて光線を弾き飛ばし、間髪入れずに左腕を振り下ろしマルマインへと叩きつける。

燕返しは飛行タイプの技ゆえ、効果は今一つだが、

「いいぞ、続けてシャドークロー!」

一瞬怯んだマルマインへ、続けざまに影の爪が襲いかかり、斬撃を浴びせる。

「噛み砕く!」

さらに猛攻を仕掛けるべく、ワルビルが大顎を開いた、その瞬間。

 

「マルマイン、十万ボルト!」

 

マルマインが周囲へ強力な電撃を放出する。

しかしワルビルは地面タイプ。当然、電気技は効かない。

「……? よく分からないけど、ワルビル、そのまま攻撃だよ!」

謎のアリスの指示に一瞬動きの止まったハルとワルビルだが、すぐに動き出す。

だが。

突如、ワルビルの周囲から尖った黒い金属片が浮かび上がり、ワルビルへと突き刺さる。

「!?」

「チャンスよ、シグナルビーム!」

思わず動きを止めたワルビルの隙を見逃すはずもなく、カラフルな光線が撃ち込まれ、ワルビルは吹き飛ばされた。

「っ……! 今のは……?」

何が起こったのか分からず焦りを隠せないハルに対し、アリスは余裕の笑みを浮かべる。

「ハル君のワルビルはさっき、穴を掘るでフィールドの金属床を壊したよね」

フィールドの穴を指差しながらアリスは続ける。

「床に穴を開けた時に出来た金属片を、マルマインの電磁力で操ったのよ。私のマルマインは複雑な電気の操作が得意だから、軽い金属くらいなら武器にできるのよ」

ハルがマルマインの方を見ると、マルマインの周囲を無数の金属片がゆっくりと宙を漂いながら渦巻いている。

「あれを突破しないといけないってことか……ワルビル、やれそう?」

ワルビルに言葉を掛けるハルだが、返事は分かっている。

ハルのワルビルは、それくらいでたじろぐほど弱いポケモンではない。寧ろこの戦いを楽しむように、ニヤリと笑って頷く。

「いい度胸してるじゃない。それじゃバトル再開よ! マルマイン、十万ボルト!」

マルマインが電気を操作すると、周囲に浮かぶ金属片が一斉にワルビルへと襲い掛かってくる。

「ワルビル、シャドークローで迎え撃つんだ!」

影の爪を両腕に纏わせ、ワルビルも地を蹴って飛び出す。

飛来する金属片を左腕で跳ねのけ、一気に距離を詰めて右腕を振るい、マルマインを切り裂く。

(アリスさんのペースに飲まれちゃいけない。確かに金属片を操れるのは厄介だけど、逆にいえばその武器を使わなければワルビルには対応できないってことだ。ワルビルが有利なことには変わらない!)

「ワルビル、続けて噛み砕く!」

怯んだマルマインに向けてワルビルが大顎を開き、その牙を丸いボディへ食い込ませる。

「マルマイン、振り払いなさい! 十万ボルト!」

噛み付かれたマルマインが電子音の混ざったような雄叫びを上げ、周囲へ強い電気を放つ。

刹那、無数の金属片が飛来してワルビルへと突き刺さり、牙の拘束が緩む。

「マルマイン、お返しよ! シグナルビーム!」

間髪入れずにマルマインの体が激しく発光し、額からビームを放出。

ゼロ距離射撃を躱せず、ワルビルが吹き飛ばされる。

「もう一度よ!」

さらに続けてマルマインは激しい光を放つ光線を連射する。

「っ、ワルビル! 穴を掘る!」

体勢を崩しながらも、咄嗟にワルビルは床を突き破って地中へと身を隠す。

「また潜ったわね。さあ、私のマルマインのスピードを見切れるかしら? 言っておくけど、マルマインは体力じゃなくて電気で動くから、動き回ってもスタミナ切れはしないわよ」

アリスの言葉と同時に、マルマインが猛スピードでフィールド上を動き出す。

(……落ち着け。あのマルマインのスピードは確かに速いけど、逆にいえばそれだけだ。攻撃力もエレブーに比べれば控えめだし、あのスピードさえ見切れば、マルマインは倒せる!)

「ワルビル、焦らないで。相手の動きを見切って、一撃をお見舞いしてやるんだ」

気配を隠し、地中に潜んだまま。

動き回るマルマインの様子を、ワルビルはじっと探る。



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第34話 絆の閃光! 雷鳴のメガライボルト

地中に潜ったワルビル。

それに対して、マルマインは途切れることのない高速移動て翻弄する。

しかし、遂に。

マルマインの動きを完全に見切ったワルビルが地中から飛び出し、マルマインを突き飛ばした。

「……やった! いいぞ、ワルビル!」

「っ……! やるじゃないの! マルマイン、シグナルビーム!」

空中に打ち上げられたマルマインは、すぐさま激しく点滅する光線を放つが、

「ワルビル、躱して噛み砕く!」

光線を躱してワルビルは大きく跳躍し、大顎を開き、頑丈な無数の牙をマルマインに食い込ませる。

今度は拘束を振り解く隙すら与えず、そのまま首を大きく振り、マルマインを硬い金属の床へと投げ飛ばした。

「マルマイン……!」

丸いボディが災いして床を転がりフィールドを飛び出し、壁に激突したマルマインは、そのままひっくり返って動かなくなった。

「マルマイン戦闘不能。ワルビルの勝利です」

マルマインの戦闘不能が告げられる。ワルビルの活躍で、流れをハルの元へと引き戻した。

「お疲れ様、マルマイン。休んでなさい」

マルマインの元まで歩み寄り、ボールへと戻すと、アリスはハルの方へと向き直る。

「それにしても、よくマルマインの動きを見切ることができたわね」

「途中で気づいたんです。マルマインのスピードは驚異的だけど、電気で動いているせいかその速度は一定、加速してるわけじゃありません。それに加えて速すぎるせいで急な方向転換ができないのか、ずっと同じ軌道を描いてることに気づいたんです。地中で暮らしていて感覚の鋭いワルビルなら、捉えられると思ってました」

ハルの言葉に、アリスは感心したように頷く。

「なるほどねぇ。自分のポケモンの長所を把握し、ポケモンとの信頼関係があって初めて成せる技ね。やっぱり君は、ポケモンと仲がいいのね」

だけど、とアリスは続け、

「仲がいいだけじゃ、私に勝つことはできないよ。最後のポケモンがどの子か、ハル君はもう分かってるよね」

「……ええ。もちろんですよ」

間違いなく、最後のポケモンはあのポケモン。

今までの二体よりも確実に強いのだろうが、勝たなければジムを制覇することはできない。

「それじゃあ、行くよ!」

アリスが、最後のボールを取り出す。

 

「輝け、ライボルト!」

 

アリスの最後の一匹にしてエースポケモン、ライボルトが姿を現した。

鋭く逆立つ黄色い鬣、稲妻のように鋭い眼光。

そして体毛に隠れたネックレスの先には、メガストーンが煌めいている。

「やっぱりライボルトか……絶対に強敵だけど、勝たなきゃ先に進めない。ワルビル、頑張るよ!」

じっとこちらを見据えるライボルトに対し、ワルビルは大きく吼えて威嚇する。

「始めるわよ! ライボルト、火炎放射!」

「ワルビル、穴を掘る!」

ライボルトが灼熱の炎を吹き出し、対するワルビルは素早く穴を掘って地中に身を隠す。

地下から密かに距離を詰め、ライボルトの足元から勢いよく飛び出す。

しかし、

「ライボルト、躱して!」

床にヒビが入った時、ワルビルが飛び出すよりも早く、ライボルトは素早く飛んでワルビルの一撃を躱し、

「目覚めるパワー!」

間髪入れずに無数の水色のエネルギーの球体を撃ち出す。

ワルビルに命中すると球体は炸裂し、冷気を吹き出す。氷タイプの目覚めるパワーだ。

「火炎放射!」

さらにライボルトはもう一度灼熱の炎を吹き出した。

「っ、ワルビル――」

指示を出すよりも早く、ワルビルは灼熱の炎に飲み込まれた。

体を黒く焦がしたワルビルは、力なく床に崩れ落ち、そのまま戦闘不能となってしまう。

「ワルビル、よく頑張ってくれたね。あとは任せて、休んでて」

ワルビルを労い、ボールへと戻す。ここで敗れてしまったが、エレブーとマルマインを立て続けに倒してくれた。

「さあ、最後は君だよ。この勝負、勝とう! 出てきて、リオル!」

ハルの最後のポケモンは勿論リオル。右手から放つ青い波導も、いつもより勢いが強い。

「最後のポケモンはリオル、君のエースポケモンね。まだ進化していなくても私には分かるわ。今までの二匹も君のことをよく信頼していたけど、リオルと君との絆は今までの二匹よりもさらに強い」

「ありがとうございます。リオルは僕の初めてのポケモンですからね」

ハルの言葉を聞いて、アリスは小さく微笑み、

「それじゃ、最後のバトルを始めましょうか!」

「ええ、望むところです!」

両者、同時に動き出す。

「ライボルト、火炎放射!」

「リオル、発勁!」

ライボルトが灼熱の炎を吹き出し、それに対してリオルは右手に纏う波導を強める。

炎の如く揺らめく波導を纏った右手を振り抜き、炎を弾き飛ばすと、

「続けて電光石火!」

床を蹴り、リオルが猛スピードで飛び出す。

ライボルトとの距離を一気に詰め、反撃の隙を与えず、ライボルトを突き飛ばした。

「ライボルト、シグナルビーム!」

「リオル、真空波!」

ライボルトの鋭い瞳から激しく光を放つ光線が撃ち出されるが、リオルは素早く右手を振って真空の波を放ち、光線を防ぐ。

「目覚めるパワー!」

「躱して、発勁!」

ライボルトが吼え、無数の水色のエネルギー弾を放ち、対するリオルは右手に波導を纏って突撃。

球体を飛び越え、掻い潜りながら一気に距離を詰め、波導を纏った右手を叩きつけ、ライボルトを突き飛ばした。

「やるじゃないの……! 小さくても、スピードもパワーも一級品! これが君のエースね!」

エース同士がぶつかり合い、アリスが楽しげに笑みを浮かべ、発勁を食らったライボルトは低く唸って体勢を整える。

(っ……! 来る……!)

直感的に、ハルは感じ取った。

そして。

「……ライボルト。行くわよ!」

“それ”は来た。

アリスが右手を天に掲げる。右手首のブレスレットから、眩い光が放たれる。

それに呼応し、ライボルトの首元のメガストーンが閃光を放つ。

 

「――我らの絆よ、閃光が如く煌めけ! ライボルト、メガシンカ!」

 

アリスのキーストーンとライボルトのメガストーンの光が、一つに繋がる。

七色の光が、ライボルトの姿を変化させていく。

体毛が、鬣が、稲妻のように鋭く逆立つ。咆哮と共に、雷の獣が、電撃と光を解き放った。

「メガシンカ――メガライボルト!」

光を薙ぎ払ったライボルトが、雷の如く天を貫く咆哮を放つ。

アリスの切り札、ライボルトが、いよいよその真の力を解き放つ。

「ついに来たか……! リオル、気をつけて、だけど思いっきり全力で戦うよ! こっちも全力だ!」

そしてメガシンカしたライボルトを相手に、ハルとリオルは一歩も引かず立ち向かう。この強大な壁を、必ず超えてみせる。

「よしっ! リオル、サイコパンチ!」

手を叩いて両腕に念力を纏わせ、リオルが地を蹴って駆け出す。

しかし、

「ライボルト! パワーボルテージ!」

身体中を纏う電撃を、ライボルトが周囲へ放つ。

電撃を帯びた衝撃波が放出される。念力で強化した拳で立ち向かうリオルだが、強烈な電撃を前に念力が突き破られ、逆にリオルが弾き飛ばされてしまう。

「リオル! 大丈夫!?」

電撃を受けて吹き飛ばされたリオルだが、すぐさま起き上がると両手で自分の頬をパシンと叩き、気合いを入れ直し、ハルの言葉に頷く。

「いい根性してるじゃないの! だけど、休む暇はあげないわよ! ライボルト、火炎放射!」

ライボルトが大きく息を吸い込み、吐息とともに灼熱の業火を吹き出す。やはりメガシンカする前と比べて、明確に炎の勢いが増している。

「正面きっての戦闘は危なさそうだな……リオル、躱して真空波!」

大きく跳躍して炎を躱すと、リオルは素早く腕を振って高速の真空の波を飛ばし、

「電光石火!」

真空波をライボルトに命中させ、体勢を崩したところに、さらに猛スピードで突っ込んでいく。

「ライボルト、躱して目覚めるパワー!」

しかし、素早さも上がっているようで、ライボルトは瞬時にリオルの突撃を躱し、水色のエネルギー弾を無数に撃ち出す。

「リオル、発勁!」

球体も数が増えているが、しかし当たらなければ問題ない。幸い、リオルは波導の力により弾幕に対応するのが得意なポケモンだ。

無数のエネルギー弾を躱し、潜り抜け、リオルは波導を纏った右手を構えてライボルトとの距離を詰めていく。

波導を纏ったリオルの一撃が、ようやくライボルトを捉えた。



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第35話 波導覚醒

波導を纏ったリオルの右手が、メガライボルトへと叩きつけられる。

「ライボルト、お返しよ! シグナルビーム!」

殴り飛ばされたライボルトの瞳が鋭い眼光を放ち、直後、激しい光を放つビームが発射される。

「リオル、防いで! 発勁!」

波導を纏ったままの右腕をそのまま突き出し、シグナルビームを食い止める。

大きく押し戻されるが、それでもリオルは吹き飛ばされることなく地に足をつけて耐えきった。

だが、

「パワーボルテージ!」

間髪入れずにライボルトの追撃が来る。

咆哮と共に、鬣に溜めた電撃を衝撃波として一斉に放出する。

「っ! リオル、躱して!」

咄嗟の横っ飛びでリオルは何とか衝撃波を躱し、

「真空波だ!」

「それなら火炎放射!」

リオルが素早く腕を振り、高速の真空の波を飛ばす。

だが今度は真空波を受けてもライボルトは怯まなかった。

すぐさま灼熱の業火を吹き出し、リオルに炎を浴びせて吹き飛ばす。

「ライボルト、シグナルビーム!」

さらにライボルトは再び激しく点滅する光線を発射し、宙を舞うリオルを狙う。

「まず……っ! 電光石火!」

空中で目を見開き、壁を蹴って高速で飛び出し、間一髪で光線を回避。

「サイコパンチ!」

着地したリオルの両手が念力を纏う。

「ライボルト、パワーボルテージ!」

「来るよリオル! 躱して、上からだ!」

稲妻が如き鬣から、電撃を乗せた衝撃波が放出される。

ライボルトの前方を薙ぎ払うかのように放たれた衝撃波を、しかしリオルは跳躍して躱し、上空から念力の拳をライボルトの額へと叩き込んだ。

「ライボルト、目覚めるパワー!」

殴り飛ばされたライボルトはすぐさま起き上がり、周囲へと無数のエネルギー弾を放つ。

「リオル、真空波!」

対して、リオルは腕を振って真空の波を放つ。

全てを打ち消すことは出来ないが、自分の方へ向かってくる球体だけを消すことができればそれで充分。

「電光石火!」

地を蹴り、目にも留まらぬ猛スピードでライボルトへ突っ込む。

だが。

「ライボルト、一発耐えなさい!」

リオルの高速の突撃を、ライボルトはしっかりと地面に足をつけて耐え切った。

鋭い眼光が、リオルを睨む。

「パワーボルテージ!」

「……! リオル、発勁!」

リオルが慌てて右手に波導を纏わせ、突き出した、その瞬間。

ライボルトの身体から強烈な電撃の衝撃波が周囲一帯に放出され、リオルの波導の右手を打ち破り、リオルを吹き飛ばした。

発勁で多少威力を抑えたが、それでもライボルトの主力技、その威力はかなりのもの。

「くっ、リオル、まだ行ける?」

リオルはフィールドに手を付き、起き上がって自信を鼓舞するように叫ぶ。決してダメージは小さくないが、それでもまだやれる。

「メガライボルトの威嚇を全く受けつけないその闘志と攻撃力……さすがね。ライボルト、火炎放射!」

「リオル、躱してサイコパンチ!」

ライボルトが灼熱の業火を噴射し、対するリオルは右拳に念力を纏わせ、炎を躱してライボルトへ殴りかかる。

「ライボルト、ジャンプ! シグナルビーム!」

ライボルトは真上に跳躍し、リオルの念力の拳を回避、上空から激しい光を放つ光線を発射する。

「リオル、躱して発勁!」

光線を躱したリオルは床を蹴って跳躍し、上空のライボルトへと波導を纏わせた右手を突き出す。

しかし。

 

「今よライボルト! パワーボルテージ!」

 

空中でライボルトが大きく身を捻り、リオルの拳を回避。

刹那、鬣に纏わせた電撃を、衝撃波と共に一斉に解き放った。

この至近距離で、しかも空中で、衝撃波を躱す手段などなく、リオルは強烈な電撃を浴び、金属の床へと撃墜される。

「っ! リオル!」

床へ叩きつけられたリオルは、それでもまだ倒れてはいなかった。

起き上がろうと腕を震わせ、ライボルトから目は離さない。

「……やるわね、今のを受けてまだ耐えられるんだ」

アリスにしては意外だったらしく、少し感心した様子でリオルを見据える。

「それじゃ、完全に立ち上がるまで待ってあげる。ジムリーダーとして、君たちを試させてもらうわよ。ライボルト、攻撃の準備」

ライボルトの鋭い鬣が、電気を纏っていく。バチバチと弾けるような破裂音が響く。

「リオル……大丈夫? 無理は――」

そこまで言って、ハルは言葉を止める。

ようやく立ち上がったリオルが、ハルの方を振り向き、頷いたからだ。

その両手には、青い波導が揺らめく。リオルの戦意は、決して尽きていない。

「……そうだね。僕も諦めないよ。最後まで戦って、そして勝とう。アリスさんとライボルトに負けない僕たちの絆の力、見せてやるんだ!」

ハルの力強い言葉にリオルは小さく微笑み、ライボルトへと向き直り、吼える。

刹那。

 

リオルの全身を炎が如く波導が包み込み、その体が輝く光に包まれる。

 

「……! リオル、これは……!」

「……へえ。やっぱり君は、ポケモンとの仲がいいんだね」

リオルを包む光は、紛れもない進化の光。

小柄なリオルのシルエットが変化し、大柄な人型の獣人のような姿に変わっていく。

光が消えると、リオルは進化して別の姿になっていた。

リオルの面影を残しながら大きくなり、細身ながらもがっしりとした体つき。顔の後ろに四つの房が、胴体には薄橙の体毛が生え、腕や胸には鋼の棘を持つ。

 

『information

 ルカリオ 波導ポケモン

 あらゆる生命の持つ波導や心の内を

 感じ取る力を持つ。1km先の

 相手の居場所も正確に分かる。』

 

「リオル……いや、ルカリオ! 進化したんだね、おめでとう……って」

進化を遂げたルカリオがハルを右手で制する。

そうだ、喜ぶのは後だ。今は、バトルに集中しなければ。

何しろジム戦の最終局面。相手はアリスの切り札、メガライボルトなのだから。

「そうだね。進化した君の力、アリスさんに見せてやるんだ!」

そんなハルの思いを感じ取ったのか、ルカリオは微笑を浮かべ、小さく頷く。

対して、アリスも不敵に笑う。

「進化しただけじゃ、私には勝てないわ。私に勝ちたかったら、私とライボルトを上回る絆を見せてごらんよ」

「望むところです! ルカリオ! 勝負はここからだ!」

ハルに呼応し、ルカリオが天高く咆哮を放つ。

そして。

 

蒼き烈風と共に、ルカリオの体が膨大な波導に包まれる。

その両腕に、激しく揺らめく波導が宿る。

 

「……! これは……!?」

アリスの表情に浮かぶ驚愕。

そしてそれは、

「……すごい! ハル君、やっぱり君はすごいトレーナーだよ!」

次第に感激の笑みへと変わっていく。

「そのルカリオの膨大な波導の力、それは、君とルカリオの絆の力! ポケモンはトレーナーとの絆を得て、最大まで力を引き出せる。そのルカリオは、ハル君との絶対的な絆を得た上で、その力を使いこなせているのね……!」

心の底から楽しそうな表情を浮かべ、アリスは叫ぶ。

「ライボルト、すごいよ! この子、私たち以上かもしれない! この子たちになら、もしかしたら……!」

最高の笑顔で、アリスはハルの方に向き直る。

「君の輝きと私の輝き、どっちが強いか勝負! さあ! その絆の力を! 私たちに見せてよ!」

「絆の力……それが、この力の源なのか」

曖昧で、まだよく分かっていないが、ようやく一つ掴めた、リオルの時からの特別な力。

それは、ハルとルカリオの絆によって生み出される力だったのだ。

「ええ! 僕とルカリオは、絶対に負けません! ルカリオ、発勁!」

ルカリオの右手から、爆発するように青い波導が噴き出す。

地を蹴り、ルカリオは一気にライボルトとの距離を詰め、波導の右手を叩き込む。

「すごい、格段に威力が上がってる……! ライボルト、パワーボルテージ!」

すぐに体勢を立て直し、ライボルトは電気を溜め込み、衝撃波と共に電撃を放出するが、

「新技、見せますよ! ルカリオ、ボーンラッシュ!」

ルカリオの右手を纏う波導が形を変え、長い骨、いや、槍のような形状へと変化する。

地面タイプの技、ボーンラッシュなら、電気技を打ち消すことができる。波導の槍を構えてルカリオが突撃、電撃の衝撃波を打ち破り、さらにライボルトへと矛先を向ける。

「躱しなさい! シグナルビーム!」

立て続けに繰り出される槍の連続攻撃、しかしそれを全て見切り、躱し、ライボルトは瞳から激しく点滅する光線を放ち、ルカリオを押し戻す。

「火炎放射!」

「発勁で防いで!」

さらにライボルトが灼熱の業火を吹き出すが、ルカリオは波導を纏った右手を振り抜いて炎をなぎ払い、

「サイコパンチ!」

念力を纏った拳を構え、一気にライボルトとの距離を詰め、殴り飛ばす。

「ルカリオ! ここで決めるよ!」

「へーえ! ならライボルト、こっちもこれで終わらせましょう!」

両者が、最後の技を繰り出す。

ルカリオが体を纏う全ての波導を一点に集め、ライボルトは体の全ての電気エネルギーを溜め込んでいく。

 

「ルカリオ、波導弾!」

「ライボルト、パワーボルテージ!」

 

ルカリオの構えた両手から、全ての波導を凝縮した巨大な波導の念弾が撃ち出される。

ライボルトも体内のあらん限りの電撃を全て、衝撃波と共に解き放つ。

波導の念弾と電撃の衝撃波が、正面から激突。

轟音を立てて双方が競り合い、その末に。

遂に波導の念弾が、衝撃波を打ち破った。

最早遮るものがなくなった波導弾は、そのまま一直線に飛び、ライボルトを捉えた。

「……すっごい」

感極まったアリスが小さく呟いた、その直後。

ライボルトが倒れ、その体を七色の光が包み、元の姿へと戻す。

 

「ライボルト、戦闘不能。ルカリオの勝利です! よってこのバトルの勝者、チャレンジャー・ハル!」

 

「勝った……勝った! アリスさんとライボルトに、勝ったんだ!」

バトルに勝ち、波導の力を収めたルカリオへと、ハルが駆け寄る。

主人に笑顔で応えるルカリオだが、やはりギリギリの戦いだった様子。ハルへ歩み寄ろうとしてふらつき、それを見たハルが慌てて肩を貸す。

「僕たち、メガシンカポケモンに勝ったんだよ! よく頑張ったね! 進化もおめでとう!」

「……こんな熱いバトル、久々ね。ライボルト、負けちゃったけど、貴方も満足なんじゃない? ここまで熱いバトルができて」

アリスに毛並みを撫でられ、しかしライボルトは不満そうに小さく唸る。

「……そうね、貴方は負けず嫌いだものね。いつかまたあの子とバトルしなきゃね。次に戦う時は、勝ちましょう」

ライボルトを労ってボールへと戻し、アリスは立ち上がり、ハルとルカリオへ歩み寄る。

「お見事ね。私とライボルトの絆を、君とルカリオの絆の力が上回った。あの力を発揮できたのがその証よ」

「ありがとうございます。やっとこの力について、一つ知ることができました」

ハルと同時に、ルカリオもアリスに礼を言う。

「それじゃ、これを」

アリスは微笑み、小さな箱からバッジを取り出す。

Lの文字の周りを青い無数の火花が飛び散る、黄色の稲妻を模した模様のバッジだ。

「サオヒメジム制覇の証、ライトニングバッジ。大事にしてね?」

「はい、ありがとうございます!」

ハルのバッジケースに、閃光が如く煌めく四つ目のバッジが填め込まれた。

「……それと」

と、そこでアリスがさらに口を開く。

「このあと時間あるかしら? よかったら、この街の外れの塔に来てほしいのだけれど」

「……? いいですけど、何かあるんですか?」

ハルの疑問に対し。

アリスは、こう答えた。

 

「そこで君に継承したいの。私とライボルトを超える絆を持つ君とルカリオに、メガシンカの力をね」

 

『information

 ジムリーダー アリス

 専門:電気タイプ

 異名:煌めく絆の閃光(スパークスピリット)

 家系:継承者』



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第36話 絆の波導の真実

「メガシンカを、継承……?」

ジム戦後、突如アリスから告げられた、継承という言葉。

「そうよ。私のご先祖様はね、古くからメガシンカの使い手なの。メガシンカが広く伝わる街には、継承者って言われる人たちがいてね。その継承者たちは、元を辿れば皆同じご先祖様の子孫なのよ。例えば、ここから少し離れたカロス地方にも、継承者の家系であるジムリーダーの女の子がいるわ」

さらにアリスは続け、

「継承者の使命は、優秀なトレーナー――それもポケモンと強い絆で結ばれたトレーナーを見極め、メガシンカの力を与えること。今のジム戦で確信したわ。君とルカリオには、その資格がある」

「僕が……ですか……?」

呆然とした様子で、ハルはそう返す。

「そうよ。さっきも言ったけど、君のルカリオの通常を遥かに凌駕する波導の力は君との絆があってこその力。メガシンカにはね、トレーナーとポケモンの強い絆の力が必要なの。だから普通のトレーナーにはそう簡単には扱えない。だけど君たちくらいの力があれば、きっとメガシンカを使うことができるはず」

「……」

ハルにはまだアリスの言うことが信じられない。

普通のトレーナーでは扱うこともままならない、メガシンカの強大な力。果たしてそんなものを、トレーナー歴もまだ浅いこの自分が、本当に使えるのだろうか。

「とにかく、私と一緒に、街の外れの塔――マデルタワーに来て。そこで父さんが待ってるわ」

「……はい」

アリスに連れられ、ひとまずハルはその塔へと向かう。

 

 

 

街の外れの古き塔、マデルタワー。

外観は物寂しい塔だが、その内装は石造の構造をそのままにきちんと整備されている。

「ただいま、父さん。ハル君を連れてきたよ」

「お、お邪魔します……」

アリスに続いて、恐る恐る塔の中へと入る。

「おかえり。そしてハル君といったかな、よく来たね。話はアリスから聞いているよ」

そこには白衣を着た大柄の男性が待っていた。二人に気づき、振り返る。

「僕の名前はリデル。アリスの父親で、この塔の管理者なんだ。僕はここで、メガシンカについての研究を行っているんだよ」

初老のその男性はリデルと名乗り、柔和な笑みを浮かべてハルを迎える。

「さて、アリスの話によると、君とルカリオがジム戦で強い絆の力を見せたと聞いた。アリスは人とポケモンを見る目は一流だから間違いはないと思うけど、僕も興味がある。君ほどの若いトレーナーにメガシンカの力を継承するのは、滅多にないことだからね。一度、君のルカリオを見せておくれ」

「はい。ルカリオ、出ておいで」

リデルに促され、ハルはモンスターボールを手に取り、ルカリオを出す。

「ほう……なるほど」

出てきたルカリオを、リデルはじっと見つめ。

そして、こう言った。

 

「久しぶりだね。リオルの時と比べて、随分とたくましくなったじゃないか」

 

「えっ……リデルさん?」

「父さん、ハル君のルカリオのこと、知ってたの!?」

驚いたのはハルだけではなかった。アリスも知らなかった様子で、驚きを隠せないでいる。

「あぁ。この子は昔、僕がアルスエンタープライズで働いていた頃、そこで保護されていた子でね。自分の研究拠点をこっちに移してからも、時々アルスの方に顔を出してはリオルに会っていたんだよ」

知らなかったのは当然だが、それでもハルには衝撃的だった。まさか、こんなところにルカリオの知り合いがいたとは。

「折角だ。彼の過去を君に話そう。君はトレーナーとして、このルカリオについて知っておく必要がある」

そして、リデルは語り出す。

 

 

五年ほど前、僕はアルスエンタープライズで働いていたんだけどね。ある時、とある警察官が傷ついて倒れたリオルを抱えてきた。

話を聞くに、どうやら密猟者に狙われていたらしい。リオルというポケモンは珍しいからね、そういう輩からすれば、垂涎の的だったんだろう。

……っと、すまないね、ルカリオ。嫌なことを思い出させてしまって。だけど、昔の話にも耳を塞がずに向き合えるなんて、本当に成長したね。

話を戻そう。その警察官が言うには、密猟者に襲われていたそのリオルが突如、通常ではあり得ないほどの波導の力を放出し、密猟者は逆に大怪我を負い、その場で逮捕されたらしい。そしてリオルも波導の力が暴走し、力尽きて気を失ってしまったそうなんだ。

とにかく、リオルはアルスエンタープライズに預けられた。基本的に、そういったポケモンは警察ではなく、保護施設のある研究所に保護されるんだ。

だけど、そこからが大変だった。リオルというポケモンは波導によって他の生き物の感情を読み取ることができる――っと、これはハル君には釈迦に説法だったね。

だけど、そのリオルは波導が暴走してしまったことにより、波導の力が増幅してしまった。

そう、してしまったんだ。波導の異常な増幅によって、他者の感情に過剰に敏感になってしまったんだ。

望んでいなくても人の心の奥深くまで勝手に読み取るようになってしまい、ほんの少しでも悪意や暗い感情を感じ取ると、完全に心を閉ざしてしまう。しかもそれが本人の自覚していない感情であったとしてもだから、本当に大変だった。かくいう僕も心を開いてもらえるまで、一年以上の時間が掛かったからね。

 

 

リデルから語られる、ルカリオの過去。

アリスも知らないことばかりのようで、ハルと同じ様子で、父親の話をじっと聴き続ける。

 

 

そのうち、研究所内の人間の中には、少しずつリオルと打ち解けられた人も増えてきた。決して多くはなかったけどね。

その頃僕はこの塔に研究拠点を移したんだけど、それからも時間を作ってリオルの様子を見に行っていた。この話はさっきもしたね。

そして預けられて四年が経ち、僕たちはそろそろリオルを保護施設から外の世界に出してやる必要があると考えた。リオルのトレーナーになってくれる人を探し始めたんだ。

だけどリオルが心を開くトレーナーは全然現れなかった。

当然といえば当然なんだよ。リオルは何年もかけてようやく僕たちに心を許してくれただけであって、過剰な波導の力を制御できるようになったわけではないんだからね。

名の知れた熟練のトレーナーたちを何人も呼んだけど、誰一人としてリオルは首を縦に振らなかった。トレーナー本人ですら自覚していない心に潜む暗いものが見えてしまい、怯えてしまう。ましてや経験豊富なトレーナーたちだからね、そういうものがいくつもあったっておかしくない。

熟練のトレーナーは諦めて、初心者トレーナーや初めて旅に出る者たちにも協力してもらった。結果はやはり同じ。初心者として必ず滲み出てしまう不安感を、過剰に受け取ってしまうみたいだったんだ。

それが続いて一年、さすがにリオルにも負担が掛かっているような気がしてね。次のトレーナーがダメだったら、もう保護施設でずっと面倒を見ようと思っていたんだ。

そんな時、ミツイ博士から連絡が来たんだ。初心者用ポケモンの手配数を間違えてしまった、何とかならないかってね。

ミツイ博士もリオルが一応心を開けていた一人だったから、彼にリオルを預けた。

預けたとはいえ、結果は同じだろうと思っていたけどね。リオルはすぐに戻ってきて、それ以降は保護施設で暮らしていくことになる。そう思っていた。

……察しがついたみたいだね、ハル君。

その晩、ミツイ博士から連絡が来てね。なんと、その初心者トレーナーとリオルはすぐに打ち解けてしまったというんだ。

本当に、本当に驚いた。ミツイ博士も驚愕していたよ。そしてその子の名前を聞いた。

そのトレーナーとは。

ハル君、まさに、君のことなんだ。

 

 

リデルの話を聞き終わった後も、ハルはしばらく呆然としていた。

先に口を開いたのは、アリスだった。

「……なるほどね、納得がいったわ。あのルカリオの通常を遥かに凌駕する波導の力。あれは、過剰に増幅した波導の力を、ハル君との絆によって制御した力、ということなのね」

「僕はそれを見てはいないからなんとも言えないけど、恐らくね。同時に、ハル君と出会えたことで、過剰な波導の力を抑制することにも成功している。事実、バトル以外で勝手に波導が漏れ出したことはないみたいだしね」

やがて、ハルもゆっくりと言葉を紡ぐ。

「……だけど、どうして? 初めて旅立つことになって、僕は少なからず不安を抱えていました。リデルさんの話の通りなら、リオルがそれに気づかなかったはずは……」

「それに関しては、あくまでも僕の想像だけどね」

ハルの問いに、リデルはにこりと笑って答える。

「その不安を覆せるほどの“何か”を、君の中に感じたんじゃないかな。例えば、不安を持ちながらも、リオルを大事にしたい、リオルと一緒に成長していきたい、そんな強い気持ち。あるいは、今まで接してきた誰よりもポケモンのことを想う温かい心。もしかしたら、単にとても波長が合っていた、それだけかもしれない。波導を感情の波として見分けるリオルにとっては、波長が合うというのはこの上なく大事なことでもあるからね」

だけど、とリデルは続け、

「本当のことは明らかにしない方がいいかもしれないね。ハル君がそれを意識しすぎた結果、逆にルカリオと波長がずれてしまう可能性もある。君はそのまま、まっすぐ成長していけばいい」

リデルの言葉に、ルカリオも静かに頷く。

「……ルカリオ。君にそんな過去があったなんて、知らなかった。だけど、知ることができてよかったよ」

ルカリオに向き直り、ハルは素直に思いを告げる。

「正直、僕はまだトレーナーになって間もないし、難しいこともいっぱいで、全てを理解できたわけじゃない。ただ、一つだけ確実に言えることがあるんだ」

ルカリオの瞳を、じっと見つめる。

 

「ルカリオ。君に会えて、本当によかった。これからも一緒に頑張ろうね」

 

ハルの言葉に、ルカリオはフッと笑う。そして頷き、右手を差し出す。

ハルもすぐにその意図を理解し、ルカリオと改めて握手を交わす。

「……さて、もう言うまでもないだろうけどね。この子たちなら、メガシンカの力を扱えるだろう。アリス、キーストーンを」

「……いい話じゃないの。分かった、ちょっと待ってね……」

少しだけ涙ぐんでいた様子のアリスだが、部屋の隅から小さな白い箱を持ち出し、それを開く。

アリスのブレスレットに填められているものと同じ、丸い宝玉が入っていた。

近くで見てみると、不思議な輝きを放っていることがわかる。石の中に、遺伝子を思わせるような謎の模様が刻まれている。

「これが……キーストーン……」

「そう。そして、メガシンカに必要なものはもう一つあるわ」

アリスがリデルの方を振り向き、リデルが大きな箱を持ち出してきた。

箱の中から、もう一つの丸い宝玉を取り出す。

こちらの宝玉は橙色に輝く。その内部には、同じ様に赤と青の遺伝子模様が刻まれている。

「これが、ルカリオのメガシンカに必要なものだね。メガストーン、ルカリオナイト。キーストーンとは違い、メガストーンはポケモン毎に対応するものなんだ」

そう言いながら、リデルは大きな箱を開いてみせる。

中には様々な色を放つ、無数の宝玉が飾られていた。

「僕はメガストーンマニアでもあってね、使いもしないメガストーンをいくつも集めているんだ。メガシンカを継承するトレーナーが来た時のため、かつ、自分のコレクションとしてね」

「さあ、受け取って。そして、ここでメガシンカを試してみて。ちゃんとメガシンカ出来れば、その時はハル君、君にメガシンカを正式に継承するよ」

「……はい」

覚悟を決め、ゆっくりとハルはキーストーンに手を伸ばす。

だが、その時。

 

ズドォォォォン!! と。

轟音が響き、塔の外壁の一角が吹き飛ばされた。



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第37話 敬虔なる強奪者

前話で書き忘れましたが、アルスエンタープライズは第1話にも名前が登場しています。
アルスエンタープライズって何?って思った人は第1話をチェックだ!


轟音と共に、地響きが起こる。

塔の壁の一角が吹き飛ばされ、外壁に大穴が開けられた。

「っ……!」

「何事……!?」

よろめきながらも、開けられた大穴を見上げる三人。

そして。

「これはこれは、継承者親子よ。手荒な訪問、失礼するよ」

穴の空いた壁の淵に立つのは、黄金の祭服に身を包み、十字架を模した杖を持つ男。歳はリデルと同じくらいだろうか。

「あんた……!」

「ディントス教のご教皇様が、こんなところに何の用かな」

対して、アリスとリデルは素早くボールを手に取る。

「教皇……ってことは、まさか」

「いかにも。我が名はディントス、『母なる君』の元に、世界を平和に導く者。平和の礎のため、メガシンカの力を、キーストーンを戴きに参った」

ディントスと名乗ったその男が、パチンと指を鳴らす。

するとディントスの左右に見覚えのある男女が姿を現わす。ディントス教司教、ルニルとグニルだ。

「ハル君、下がってて。こいつらは私たちで追い返す! ライボルト、出てきなさい!」

「ここは僕たちに任せてくれ、ハル君。アリス、援護するよ。トゲデマル!」

アリスのボールからライボルトが、リデルのボールからは灰色の丸っこい体の背中に針を持つネズミポケモンが現れる。

 

『information

 トゲデマル 丸まりポケモン

 背中の針は体毛が変化したもの。

 雷の日になると体毛を逆立てて電気

 を吸い寄せ頬の電気袋に貯めておく。』

 

トゲデマルという、電気と鋼タイプを併せ持つポケモン。

「やはり、ただでは得られぬな。ならばこちらも! 神道を示せ、ギルガルド!」

対してディントスが繰り出すのは、剣の姿をしたポケモン。布状の両腕で大きな円盾を構えている。

 

『information

 ギルガルド 王剣ポケモン

 王の素質を持つ人間を見抜く力を

 持つ。強大な霊力で人やポケモンの

 心を操り思いのままに従わせる。』

 

「容赦しないわ! ライボルト、メガシンカするわよ!」

アリスのブレスレットのキーストーンの光に、ライボルトのメガストーンが反応する。

光が一つに繋がり、ライボルトの姿を変えていく。

「覚悟しなさい! ライボルト、パワーボルテージ!」

メガシンカを遂げたライボルトが、鬣に溜め込んだ電撃を衝撃波と共に放出する。

しかし。

「ギルガルド、キングシールド!」

ギルガルドの構えた盾から、霊力の結界が展開される。

電撃を乗せた衝撃波は、結界に触れると同時に消滅してしまう。

「こちらも行くぞ。聖なる剣!」

刹那、ギルガルドが盾を手に取り、体を現す。

一気にライボルトとの距離を詰め、刀身の体を振り下ろす。

「させんっ……! トゲデマル、アイアンヘッド!」

その瞬間、ギルガルドとライボルトの間へとトゲデマルが割り込んだ。

硬化させた体で、何とか聖なる剣を食い止める。

「ライボルト、火炎放射!」

「甘いな。ギルガルド、キングシールド!」

吐息と共にライボルトが灼熱の業火を吹き出すが、ギルガルドは素早く盾を構え直し、再び霊力の結界を張る。

ギルガルドには効果抜群となる炎技だが、やはり結果は同じ。結界に触れた瞬間に、炎は消滅してしまう。

「ならばトゲデマル、アイアンヘッド!」

ライボルトの炎の後ろから、トゲデマルが追撃を仕掛ける。

結界が解かれた瞬間、トゲデマルの頭突きがギルガルドの額に直撃、体勢を崩し、

「父さん、ナイスよ! ライボルト、パワーボルテージ!」

その隙を逃さず、ライボルトが電撃の衝撃波を放出、ギルガルドに強烈な電撃を浴びせて吹き飛ばす。

だが。

「やってくれるではないか。ギルガルド! ヘビーブレード!」

ギルガルドの瞳がギョロリと蠢き、盾から身を抜いて再び刀身を現す。

電撃をもろに浴びたとは思えない反撃速度でライボルトとの距離を一気に詰め、力任せに剣の体を振り下ろす。

「っ! ライボルト、躱しなさい!」

咄嗟にライボルトが飛び退いた直後。

先ほどまでライボルトが立っていた床を、ギルガルドの刀身が叩き割った。

「聖なる剣!」

刀身を光らせ、さらにギルガルドは返す刀で近くにいたトゲデマルを叩き飛ばす。

「ぐっ、トゲデマル……!」

「甘く見ないでもらいたいわね! ライボルト、火炎放射!」

トゲデマルが吹き飛ばされたが、そのすぐ近くでライボルトが大きく息を吸い込み、その口内に炎が揺らめく。

しかし。

 

「ニダンギル、イビルスラッシュです」

 

刹那、ルニルのニダンギルがライボルトの頭上から二刀の斬撃を繰り出す。

「なっ……!」

完全に不意をついた一撃で、ライボルトの動きが止められてしまう。

「今ですランプラー、サイコキネシス」

グニルのランプラーが念力を発生させる。その狙いは戦っているポケモンではなく、キーストーンが入った小箱。

「っ! トゲデマル、キーストーンを!」

咄嗟にトゲデマルが飛び出し、小箱を取り戻そうと動くが、

「下がっていたまえ。ギルガルド、聖なる剣!」

ギルガルドの刀の一撃により叩き落とされてしまい、キーストーンの入った小箱はディントスの手中に収まってしまう。

「これさえ手に入れば、こんなところに用はない。それでは、さらばだ」

そう言うが早いか、ディントスはギルガルドに飛び乗る。

ルニルとグニルもランプラーの念力で浮かび上がり、そのまま塔から飛び去っていった。

 

 

 

「ハル君、それに父さん、ごめんなさい。奴らを撃退するよりまず先に、キーストーンを隠すべきだった。冷静な判断が出来なかったわ……」

頭を下げるアリスの表情には、隠しきれない後悔と怒りが浮かんでいた。

「お前だけの責任ではないよ、アリス。僕としたことが、目の前の敵に気を取られすぎた。ハル君、せっかく来てくれたのにこんな騒動に巻き込んでしまって、すまなかったね」

アリスに比べるとリデルは幾分か落ち着いてはいるが、それでもその口調からは後悔の念が感じられた。

「しかしあのディントス教。何が狙いかは知らんが、いつの間にかあのような邪教に成り下がりよって」

そこで、ハルがふと口を開く。

「……あのディントスって人、何者なんですか?」

「何者、か」

リデルは苦い顔を浮かべ、少しの間押し黙るが、

「……僕の昔からの友人だよ。腐れ縁ってやつだね」

やがて、ゆっくりと語り出す。

「昔はあんなに落ちぶれてはいなかった。まっすぐに真剣に世の人々を救うために、使われていなかったこの街の教会を買い取り、ディントス教を設立した。祈りを捧げ、慈善活動を行っていたんだがね。少し前、突然『母なる君』などと言ったよく分からん存在に心を奪われ、狂信し、過激な宗教活動を行うようになったんだ。その件で僕と大喧嘩して、それ以降顔を合わせてもいなかったんだがね」

そこまで話し、はぁ、とリデルは深いため息を吐く。

「そうだったんですか……」

「だが、最近のディントス教信者の言動を聞くと、奴の行動原理は人々を救う、だけではないように思える。何か、秘密がある。裏の目的があって盛んに活動をしている。そして今のディントス教の奥には何か必ず、闇が潜んでいる。そんな風に僕には見えるんだ」

それが分かれば、ディントス教のその闇を暴く手がかりになるかもしれない。

「……とにかく、このまま黙ってはいられないわ。ディントスの本拠地に殴り込んで、キーストーンを取り返すしかない」

「それしかあるまいね。奴らが何を企んでいるのかは分からないが、キーストーンを悪用されるとなればこちらも何か手を打たねばなるまい」

「キーストーン奪還作戦よ。ジムトレーナーを総動員して、教会に攻め込む。力尽くでも取り返すわ」

「ううむ、もう少し策を考えた方が……と言いたいところだが、奴らが力押しを仕掛けてきた以上、こちらも力でぶつかるしかないだろうね。とはいえ、マデルタワーを空けてしまってメガストーンまで奪われてしまうと話にならないからね。僕はここに残ろう。代わりにアルスの研究員の中で腕の立つ者を何人か、応援に寄越してもらうよ」

父親にありがとうと頭を下げ、アリスはハルの方を振り返る。

「ハル君、必ずキーストーンを取り戻して、君にメガシンカを継承させる。それまで、少しだけ待って――」

「アリスさん、僕も行きます」

そしてアリスの言葉を遮り、ハルも進み出る。

「目の前でキーストーンが奪われたとなったら、僕も黙ってはいられません。僕のために用意してくれたものなんでしょう? だったら、僕にも手伝わせてください」

「……ハル君、本気なの? 奴ら、多分勝つためには手段を選ばないわよ」

「本気です。というか、我慢なりません。あいつらへの怒りを、ぶつけてやります」

アリスの目をまっすぐに見つめ、ハルはそう返す。

「いや、しかし――」

それでもまだ否定的なリデル。

だが、

「なるほど……よし。分かったわよ」

リデルが言い終える前に、アリスが、首を縦に振ってしまった。

「本当ですか……!」

「ええ。ハル君にも、力を貸してもらうわ」

ハルの瞳から強い意志を感じたのか、アリスは笑顔で頷く。

「おい、アリス! いいのかい、もしものことがあったら……」

「もしものことなんて起こらないわ。私はこの街の代表、ジムリーダーよ。ディントス教を壊滅させ、キーストーンを取り戻し、無事にハル君にメガシンカを継承してみせる。任せておいて」

まだ戸惑っていたリデルだが、やがて、やれやれと首を振る。

「お前は昔からいつもそうだった。一度スイッチが入ると、絶対に折れない。しかし……そうやっていつも結果を出してきたね。分かった。アリス、お前を信じて、任せよう」

父親の返事を聞き、アリスはにっこりと笑う。

「父さんならきっとそう言ってくれると思ってたわ。なんてったって、私はあなたの娘だもの。……よし! そうと決まれば早速、作戦会議よ! ジムに戻って、準備を整えましょう!」

「アリスも、ハル君も。くれぐれも気をつけるんだよ。アルスの方には、話を通しておくからね」

アリスに連れられ、ハルは再びサオヒメジムへと向かう。

ディントスの手から、メガシンカの証を取り戻すために。

 

 

 

ジムに戻ると、二人の人物が待っていた。

「アリスさん! ジム戦のリベンジに来ました……って、ハルも一緒だったんだね」

まず一人目はサヤナ。そして、

「よっ、ハル君。久しぶり」

黒いパーカーを羽織った、実力派の少年、スグリだ。

「あら、サヤナちゃんじゃない」

「スグリ君! 久しぶりだね、元気だった?」

どうやら、スグリもサオヒメシティに来ていたらしい。

ハルとアリスがタワーに行っている間に、サヤナと遭遇したようだ。

「ごめんね、サヤナちゃん。ジムなんだけど、しばらく開けないのよ」

「えっ? そうなんですか?」

頭を下げるアリスに、きょとんと首を傾げるサヤナ。

対して、

「……ジムリーダーはいるけど、ジムは開けない。ということは、何か問題が起こったってことっすよね」

スグリは的確に状況を把握していた。

「……ええ、そうなのよ。サヤナちゃんはもう知ってるわよね、ディントス教。あいつらを、壊滅させるの」

「かいめつ?」

再び、サヤナはきょとんとした顔になる。

「そうよ。奴らはついに一線を超えた。私とハル君の目の前で、キーストーンを奪っていたのよ。ジムリーダーとして、これ以上は看過できないわ。私たちの手で、ディントス教を制裁するの。だから、しばらくジムは――」

「だったら、私も手伝います」

アリスが全て言い終える前に。

サヤナは、そう返した。

「えっ?」

「私もポケモン取られかけてるし、他に被害を受けた人もたくさんいるんだよね。私は偶然ハルやアリスさんに助けられたけど、他に私みたいな怖い思いをする人がいてほしくない。ハルもそこにいるってことは、一緒に戦うんでしょ? だったら、ちょっと不安ではあるけど、私も協力するよ」

明るく、しかし真剣なサヤナの瞳。カザハナシティで別れた時のことを、ハルは思い出す。

「……助かるわ。ありがとう、何かあったら、私が守るから」

そして、

「あの。だったら、オレも行きましょうか?」

黙って聞いていたスグリが、唐突に口を開く。

「す、スグリ君まで……」

「実はオレもさっき、修道服の団体に狙われたんすよ。ま、オレ強いから、ソッコーで返り討ちにしてやりましたけど。面倒ごとは嫌いだけど、話聞く限り、あいつら悪いやつなんでしょ? それなら性格上、そういうの気に食わないんで、手伝いますよ」

そう言って、スグリはニヤリと笑う。

「……ありがとう、二人とも。予定メンバーに加えてあなたたち二人が加われば、最早負ける可能性はゼロにも等しいわ。それじゃ、作戦会議よ。さ、ジムに入って」

そして、アリスは三人をジムに連れ、さらにジムトレーナーを総動員させ、教会突撃の段取りを立てていく。

着々と、ディントス教壊滅の作戦会議は進んでいった。




《ヘビーブレード》
タイプ:鋼
威力:90
物理
重い剣の一撃を全力で振り下ろし叩き割る。相手の光の壁やリフレクター、オーロラベールを破壊できる。

※威力はあくまでも目安です。


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第38話 激突! ディントス教

三、四話くらい短めの回が続きます。ご了承くださいませ。


「これはこれはジムリーダー一行。大所帯で何の用かね」

 

「キーストーンを取り戻しに来たのよ。ついでにディントス教もぶっ潰すの」

 

ディントスが支配する教会の大聖堂に、二つの集団が対峙していた。

かたやジムリーダーのアリス率いるディントス教壊滅部隊。かたや教皇ディントスが牛耳るディントス教信者。

一触即発の雰囲気の中、先頭に立つそれぞれのリーダー、アリスとディントスが睨み合いを続けている。

「今ここでキーストーンを返して土下座するというのなら、それで許してあげるけど」

「ふっ、つまらぬ冗談よ。『母なる君』の加護がある限り、我々ディントス教の敗北などあり得ない。貴様らを叩き潰し、そのポケモンも『母なる君』への献上物にしてやろうか」

「交渉決裂ってわけね。それじゃあ、こっちも手段は選ばないわよ!」

モンスターボールを取り出し、アリスは大声で叫ぶ。

それに呼応し、ハルたちも一斉にそれぞれのボールを取り出した。

「あくまでやる気のようだな。『母なる君』は資格のある者しか救いを与えない。迷える子羊は導きたいところだが、生憎救いの手は貴様らには向けられないようだ。やむを得まい」

ディントスも静かにボールを取り出し、それに呼応する信者も戦闘態勢に入る。

そして。

 

「さあ、行きなさい!」

「我が信徒よ、裁きを下せ!」

 

両者の叫びが戦闘開始の合図となった。サオヒメのジムトレーナーとディントスの背後に控える信者たちが一斉に飛び出し、大聖堂が瞬く間に混戦の地となっていく。

「さあ、我々も始めようか!」

ディントスが叫ぶと、司教の二人組、ルニルとグニルが姿を現わす。

「スグリ君、サヤナちゃん! 司教をお願い! ハル君、私たちはディントスを倒すわよ!」

「はい!」

ハルも踏み出し、アリスの隣に並ぶ。

「さぁてお二人さん、精々楽しませてよ。サヤナちゃん、相方頼んだよ」

「任せて! 私だって、やれるんだから!」

司教の二人と相対するは、スグリとサヤナ。

「いいでしょう、相手をして差し上げます」

「ただしあなたたちが敗れた時、その手にポケモンが残ると思わないことですよ」

こちらもこちらで、戦闘が始まる。

 

 

 

「神の道よ、ニダンギル!」

「神の命よ、ランプラー!」

ルニルとグニルが繰り出すのは、やはりこの二匹。

「お願い、コドラ!」

「さ、出てこい、フローゼル!」

サヤナのポケモンはコドラ、そしてスグリのポケモンはブイゼルを一回り大きくしたようなポケモン。首を覆っていた浮き袋は背中にかけて広がっている。

 

『information

 フローゼル 海イタチポケモン

 昔から人と共存してきた。溺れた

 人を救助したり漁師の仕事を手伝っ

 たりする知能の高いポケモンだ。』

 

見た目通りブイゼルの進化形となるポケモンだ。タイプも変わらず、水の単タイプ。

「それでは、お覚悟を。ニダンギル、聖なる剣」

「ランプラー、火炎放射!」

ニダンギルが鞘から刀身の体を抜いて動き出し、それを援護するようにランプラーが炎を放つ。

「フローゼル、アクアジェット!」

フローゼルが体に水を纏わせ、地を蹴って飛び出す。

ランプラーの炎を躱しつつニダンギルに急接近、と見せかけてニダンギルが振り下ろす刃を潜り抜け、その後ろにいるランプラーを突き飛ばした。

「私たちも行くよ! コドラ、水の波動!」

「させません。ニダンギル、切り裂く」

体勢を崩したランプラーに対してコドラがさらに水弾を放って追撃を仕掛けるが、その弾はニダンギルの剣に一刀両断されてしまう。

「ちょうどいいや。オレが前衛で戦うから、サヤナちゃんはフローゼルの隙をカバーして。こいつら一体一体は大したことないけど、二対一だと隙をカバーしきれないからね」

「分かった! サポートすればいいんだね!」

サヤナの返事にスグリはニッと笑い、

「それじゃあ続けようか! フローゼル、噛み砕く!」

フローゼルが牙を剥き、ランプラーへと飛び出し、襲い掛かる。

「随分と甘く見られたものですね。ニダンギル、守りなさい。聖なる剣」

だがフローゼルとランプラーの間にニダンギルが素早く切り込み、輝く刀身でフローゼルの攻撃を食い止める。

「今ですランプラー、シャドーボール」

「そうはいかないよ! コドラ、ロックブラスト!」

長い両腕を動かし、ランプラーが黒い影の弾を放つが、それと同時にコドラも無数の岩を発射し、影の弾を打ち消した。

「っ、ニダンギル、イビルスラッシュ」

「サヤナちゃんナイス! フローゼル、冷凍パンチ!」

ニダンギルが斬撃を放とうとするが、フローゼルの動きの方が早い。

冷気を纏った拳が振り下ろされ、ニダンギルを床へと叩き落とす。

「ランプラー、サイコキネシスです」

「遅い遅い! 噛み砕く!」

さらにフローゼルはランプラーの頭部に牙を食い込ませ、首を大きく振ってランプラーを真上に投げ飛ばす。

「今だよコドラ! 水の波動!」

そのランプラーに対し、コドラがさらに水の弾を放出。

しかし、

「大人しくしていてもらいましょう。ニダンギル、聖なる剣」

それとほぼ同時に、コドラへと標的を変更したニダンギルが一気にコドラとの距離を詰める。

水弾はランプラーに直撃するが、その直後にニダンギルの黄金に輝く剣の一撃がコドラを捉えた。

「っ、コドラ!」

聖なる剣は格闘タイプの技。鋼と岩タイプを併せ持つコドラには二重の効果抜群で、ダメージは相当なものだ。

「コドラ、大丈夫!?」

それでも自慢の防御の高さが幸いし、まだ倒れてはいない。体勢を立て直し、サヤナの言葉に応えて頷く。

そしてその一方で、ランプラーもまだ浮上する。

「小癪な……! やってくれますね……」

「グニル、落ち着きなさい。戦況はまだ五分五分ですよ」

「……そうですね、ルニル。失礼しました、立て直しましょうか」

ルニルとグニルも仕切り直し、再びランプラーとニダンギルが戦闘の体勢を取る。

「へえ、まだ倒れないんだ」

「我々はディントス教のナンバー2、そう簡単に倒せると思わないことです」

「ふぅん。んじゃディントス教って大したことないんだね。司教を名乗るくらいだから、もう少し強いと思ってたんだけど」

「減らず口はそこまでです。ランプラー、シャドーボール」

「フローゼル、アクアジェット!」

ランプラーが両腕を構えるが、同時に水を纏ったフローゼルが襲い掛かってくる。

ランプラーは咄嗟に急上昇し、何とか突進を回避、再び影の弾を作り上げる。

「ニダンギル、コドラに手出しをさせないように。イビルスラッシュです」

「それなら、コドラ! 守る!」

二本の刀身を携え切りかかってくるニダンギルに対し、コドラは守りの結界を展開して迎え撃つ。

続けざまに斬撃が繰り出されるが、しかしコドラには届かない。

「ランプラー、シャドーボールです」

「遅い! フローゼル、リキッドブレード!」

そして。

フローゼルが右手の掌を広げると、水が噴き出し、水の剣が作り上げられる。

影の弾を発射する暇も与えず、水の剣を握ったフローゼルの青き一閃が、ランプラーを一刀の元に両断した。

「っ、ランプラー……!」

水の剣に切り裂かれたランプラーがゆっくりと下降し、目を回して地に落ちる。

だがその直後、

「っ、コドラ、水の波動!」

「ニダンギル、躱して聖なる剣です」

コドラの放つ水弾を身を捻って躱し、ニダンギルが二本の輝く剣をコドラへと振り下ろす。

「コドラっ!?」

二重の弱点となる格闘技を受け、コドラも戦闘不能となってしまった。これで一対一となる。

「うぅ……ごめんスグリ君、後は頼んだよ……」

「いやいや、じょーできだよサヤナちゃん。ニダンギルの体力を削ってくれたおかげで、楽に倒せる。オレに任せといて」

コドラをボールに戻したサヤナに対して、スグリはニヤッと笑って親指を立てる。

「……ルニル、後はお願いしますよ」

「ええ。引き続き、私の出番のようですね。任せておいてください」

グニルもランプラーを戻して引き下がり、代わりにルニルが進み出る。

「さあ、ここからはオレの得意なシングルバトルだ。ようやく本領発揮ってところだけど、秒で終わらせてやるよ」

「残念ですが、貴方に救いの手は届かない。我がニダンギルの聖なる剣か邪なる剣、どちらに裁かれたいか、今のうちに決めておきなさい」

挑発すら仕掛けられるほどに余裕を浮かべるスグリに対し、表情を一切変えないルニル。

ニダンギルとフローゼルも、お互いを見据えて睨み合う。




《リキッドブレード》
タイプ:水
威力:90
物理
水でできた剣、または水を纏った刃で相手を切り裂く。急所に当たりやすい。

※威力はあくまでも目安です。


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第39話 狂信主教ディントス

「それでは我々も始めようか! 神道を示せ、ギルガルド! シャンデラ!」

こちらはハルとアリスのバトル、相対するは教皇ディントス。

繰り出されたのはギルガルド、そしてもう一匹。紫の炎を妖しく揺らす、シャンデリアのようなポケモン。

 

『information

 シャンデラ いざないポケモン

 両腕の炎を揺らして人やポケモンを

 催眠にかけ意識を奪う。動けない

 相手の魂を頭の炎で吸い取ってしまう。』

 

ギルガルドとシャンデラ。どちらもゴーストタイプを持つポケモンで、司教二人組のポケモンの進化系だ。

「行くよ! 出てきて、ワルビル!」

「さあ出てきなさい! 輝け、ライボルト!」

ハルのポケモンは、悪タイプを持ちゴーストに有利なワルビル。アリスはエースのライボルトを繰り出し、

「容赦しないから! ライボルト、初っ端からエンジン全開よ! メガシンカ!」

ライボルトがアリスに呼応し吼えると同時、首元のメガストーンが輝き、アリスのキーストーンと光を繋ぐ。

ライボルトが光に包まれ、体毛が稲妻の如く鋭く逆立つ。

「メガシンカ――メガライボルト!」

電撃を纏ったライボルトが天を仰ぎ、大地を揺るがす咆哮を放つ。

「そう来なくてはな。では、行くぞ! シャンデラ、火炎放射!」

「ライボルト、躱して! パワーボルテージ!」

シャンデラがライボルトを狙って頭から妖しい紫炎を放つが、ライボルトは素早い動きでそれを躱し、纏った電撃を周囲へと解き放つ。

「ギルガルド、キングシールド!」

衝撃波に乗せた電撃が相手のポケモン二匹へ同時に迫り来るが、ギルガルドがシャンデラを守るように前に立ち、盾を構えて霊力の結界を展開する。

結界に触れたその瞬間に、電撃は消滅してしまう。

「ハル君、あのキングシールドに気をつけて」

相手から目線を離さず、アリスはハルへ言葉を掛ける。

「あの結界に直接触れると攻撃力を下げられてしまうの。私のライボルトは特殊技しか持っていないからいいけど、君のワルビルは物理技ばかり。幸い、守るとか見切りと同じように連発のできない技だから、気をつけて戦ってね」

「分かりました、ありがとうございます」

礼を言い、ハルはギルガルドへ向き直る。

「連発できないなら、今だ! ワルビル、噛み砕く!」

「援護するわよ! ライボルト、シグナルビーム!」

ワルビルが地を蹴って飛び出し、大顎を開き、ギルガルドへ牙を剥いて襲い掛かる。

さらにその背後からライボルトが激しい光を放つビームを発射、シャンデラを牽制しつつ追撃を狙う。

「シャンデラ、シャドーボールだ!」

対するシャンデラは漆黒の影の弾を放ち、シグナルビームを相殺。

だがワルビルの動きを止めるには至らず、その隙にワルビルは牙をギルガルドへと食い込ませる。

しかし。

「なっ……?」

手応えがない。

鉄製の板を容易く食い破るほどのパワーを持つワルビルの大顎を持ってして、ギルガルドの盾へと牙を食い込ませることができないのだ。

「残念ながら当てが外れたようだな。ギルガルドは耐久力の低いポケモンだが、盾を構えた子の姿、シールドフォルムであれば話は別。キングシールドを使わずとも、並大抵の攻撃は受け付けんよ」

さらに、とディントスは続け、

「それだけではないぞ。一度剣を引き抜けば、我がギルガルドの攻撃力は天下一品。その力、受けてみるがいい」

ぞわり、と。

ハルの背筋に、悪寒が走る。

「まずい……! ワルビル、離れて!」

ワルビルが牙を離し、ギルガルドから距離を取ろうとする。

だが、遅い。

 

「ギルガルド、聖なる剣!」

 

盾から刀身を引き抜き、ギルガルドは刀身のその身体に光を纏わせ、黄金の斬撃をワルビルへ叩き込んだ。

「っ! ワルビル!」

悪タイプのワルビルに、格闘技の聖なる剣は効果抜群。威嚇で攻撃を下げていなければ、致命傷の可能性すらあり得た。

「調子に乗らないでもらおうかしら! ライボルト、パワーボルテージ!」

ワルビルが吹っ飛ぶ傍ら、ライボルトはすぐさま電撃の衝撃波を放つが、

「遅い。キングシールド!」

ギルガルドは再び盾を構え、霊力の結界で身を守る。

相方を守りに行く余裕はなかったようで、シャンデラが電撃を浴びてしまうものの、ギルガルドにはやはり攻撃が届かない。

「さて、次はこちらの番だ! ギルガルド、ヘビーブレード! シャンデラ、エナジーボール!」

再びギルガルドが刀身を引き抜き、今度はライボルトへその剣先を向ける。

同時にシャンデラも体勢を立て直し、腕の先から淡く緑色に輝く光の弾を放つ。

「ワルビル、シャドークロー!」

「ライボルト、火炎放射!」

ワルビルは右手に黒い影を纏わせ、影の爪を振り抜いて光の弾を引き裂く。

ライボルトも灼熱の炎を吹き出し、ギルガルドの斬撃を防ぎ切った。

「ワルビル、ここの床、破れそう?」

ハルの言葉を聞いてワルビルは尻尾で軽く床を叩き、ニヤッと笑って頷く。

「何をするつもりかね? シャンデラ、火炎放射!」

「穴を開けるだけですよ! ワルビル、穴を掘る!」

シャンデラが頭を向けて紫炎を放つが、ワルビルは床を殴りつけ、ヒビを入れて穴を開け、地中へと身を隠す。

この聖堂は一階なので、下は土。床に潜っても、ワルビルの動きに差し支えはないし、アリスにも事前に多少穴を開けたって構わないとの許可も得ている。

「さて、どちらを狙ったのか……まあよい、察しはつく。ギルガルド、イビルスラッシュ!」

剣に闇の力を込め、ギルガルドは再びライボルトへ向かっていく。

「ライボルト、躱しなさい! 火炎放射!」

続けざまに何度も剣を振るって執拗に斬撃を放つギルガルドだが、ライボルトはそれを次々と掻い潜り、躱し、隙を見て素早く背後へ飛びのき、大きく息を吸う。

「今だ! ワルビル!」

そこへワルビルが地中から飛び出し、奇襲を仕掛ける。

狙いはシャンデラ。足元から飛び出し、牙を剥いて襲い掛かるが、

「やはりな! シャンデラ、シャドーボール! ギルガルド、キングシールド!」

密かに両腕へ影の力を溜め込んでいたシャンデラは即座に二発の影の念弾を撃ち込み、逆にワルビルを押し戻す。

そしてライボルトの口内に炎が揺らめくのを見るや、ギルガルドは即座に納刀、盾を構えて霊力の結界を張り、襲い来る業火を消滅させてしまう。

「察しはつく、そう言ったはずだ。接近して攻撃するとなれば、必ず貴様はギルガルドのキングシールドを警戒しなければならない。そんな状況でギルガルドをわざわざ狙うとも思えん。シャンデラを狙ってくることくらいは想定済みだよ」

「くっ……ワルビル、大丈夫?」

立て直したワルビルは、忌々しそうにシャンデラを睨んで低く唸る。

「さらにこのシャンデラ、実はギルガルドを上回る火力を備えている。ゴーストタイプ最強の防御を誇るギルガルドに、ゴーストタイプ最強の火力を持つシャンデラ。彼らを相手に、君たちのポケモンはどこまで戦えるかね」

不敵な笑みを浮かべ、さらにディントスは言葉を続ける。

 

「我らがディントス教を潰すために、わざわざ出向いてくれたのであろう? それならばこの二匹を突破する力くらいは備えて来ているのだろうね」

 

ディントスの言葉に呼応してギルガルドが刀身を引き抜き、シャンデラはクスクスと笑って腕の炎を揺らす。

「ギルガルド、ヘビーブレード! シャンデラ、火炎放射!」

ギルガルドが切っ先を向けて突撃し、それを援護する形でシャンデラが後方から灼熱の紫炎を放つ。

「私が食い止めるわ! ライボルト、パワーボルテージ!」

「分かりました! ならワルビル、穴を掘る!」

ワルビルが地中に潜り、その隙を隠すようにライボルトが鬣から電撃を放出させ、それを衝撃波と共に周囲へ解き放つ。

ギルガルドの剣の一撃は電撃によって止められるが、直後に襲い来るシャンデラの炎には流石に対応しきれない。衝撃波が打ち破られ、ライボルトが紫の炎を浴びる。

「チャンスだ。ギルガルド、畳み掛けよ!」

さらに追撃を仕掛けるべく、一度は攻撃を止められたギルガルドが再び動き出す。

「そうはさせない! ワルビル!」

そのギルガルドの真下から、床を突き破ってワルビルが飛び出す。キングシールドの可能性は考慮したが、ワルビルの攻撃が通れば最善。キングシールドを使われても、ライボルトに追撃が入らないのならば次善だ。

だが。

「ヘビーブレード!」

ワルビルが飛び出した、その瞬間。

ギルガルドはその場で回転し、拳を構えたワルビルへと遠心力の乗った重い鋼の剣の体を叩きつける。

硬い床をも抉る一撃が、ワルビルへと直撃した。

「しまった……ワルビル!」

その威力の高さは、まさに一目瞭然。

凄まじい勢いで、ワルビルが後方へと吹き飛ばされた。



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第40話 信仰の正体

「さて、まずは一匹。残るはジムリーダーの一人だが、この二匹で掛かれば私の勝利も時間の問題だ! シャンデラ、シャドーボール!」

ワルビルを吹き飛ばしたギルガルドは一旦後退し、代わりにシャンデラが両腕から黒い影の念弾を放つ。

「ジムリーダーを甘く見てもらっちゃ困るわよ! ライボルト、躱して火炎放射!」

素早い動きでライボルトは影の弾を躱すと、ギルガルドに向けて灼熱の業火を吹き出す。

「ギルガルド、キングシールド!」

しかし、やはり単調な攻撃はギルガルドには届かない。

納刀したギルガルドが盾を構えて霊力の結界を張り、炎を消滅させてしまう。

「っ、本当に面倒ね、そのキングシールドは……!」

やはり、二対一というこの状況はアリスにとってかなり厳しい。

個々の実力だけで言えばメガライボルトが一番高いが、ギルガルドとシャンデラはどちらも高い火力を売りとするポケモン。流石のメガライボルトでも、両者の攻撃を同時に打ち破るのは困難だ。

かといって片方を狙うと、もう片方の狙いの的となってしまう。そしてそもそもギルガルドはキングシールドを持っているため、一匹では有効打を与えることすら難しい。

「我がギルガルドとシャンデラの前では、ジムリーダーとてこんなものか。もう流石になす術もないのではないかね? 二対一となった時点で、この勝負は最早決まったようなもの。少々早いが、そろそろ決めてしまおうか」

ディントスの口元が吊り上がり、ギルガルドが剣を抜く。

「ギルガルド、聖なる剣! シャンデラ、火炎放射!」

刀身を黄金に輝かせ、ギルガルドが切っ先をライボルトに向け、突撃する。

同時に、シャンデラも頭部から紫の灼熱の炎を放出する。

しかし。

(……? なんだ、こいつらのこの余裕は……?)

そこで、ディントスは違和感を感じた。

向かいに立つアリスとハルに、表情の変化がない。焦りが全く見えないのだ。

焦りを隠している、そんな様子でもない。間違いなく追い詰められているはずなのに。

さらにもう一つ。

(……あのワルビルは、どこへ消えた?)

吹き飛ばしたワルビルの姿が、どこにも見えない。

そして。

ディントスがそれに気づいた時には、既に遅い。

 

「この瞬間を待ってたんだ! ワルビル、穴を掘る!」

 

今度こそ。

ギルガルドの真下からワルビルが勢いよく飛び出し、思い切り拳を叩きつけ、ギルガルドを殴り飛ばした。

「な……にぃ……!?」

驚愕を露わにするディントス。

この穴を掘るは、前もってアリスと共に考えていた作戦だ。

ワルビルが戦線を離れ、ディントスが意識をライボルトだけに向けた時に、密かにワルビルを地面に潜ませておく。戦況がディントスに傾き、ディントスが守りを捨てたその瞬間、地中から強襲を仕掛ける。まさに作戦通りだ。

「ディントス、あなたはさっき、自分で言っていましたよね。ギルガルドは元々耐久の低いポケモンだって! つまり今なら、攻撃が通る! ワルビル、噛み砕く!」

大顎を開き、ワルビルはギルガルドの刀身へと噛み付き、頑丈な牙を食い込ませる。

そのまま大きく首を振るってギルガルドを振り回し、思い切り床へと叩きつけた。

「なっ……ギルガルド!?」

防御力の低いブレードフォルムのギルガルドが、効果抜群の二連撃を耐えられるはずもない。

叩きつけられたギルガルドはバウンドしてさらに二度三度と床に激突する。盾は手から離れ、目を回して倒れ伏し、戦闘不能となってしまう。

「……我がギルガルドが、こうもあっさりと……! 貴様、よくも……!」

先ほどまで余裕を浮かべていたディントスの表情は、みるみるうちに怒りへと塗り替えられていく。

ハルの元へと戻ってきたワルビルだが、流石にダメージは大きいようで、少しふらつく。

「ハル君、よくやったわ! 大手柄よ。だけどワルビルも疲れてるだろうし、ボールに戻してあげて。こうなっちゃったらあとは私一人で充分だし、なにより万が一ハル君に二体倒されちゃうと私の立場がなくなっちゃうからね。私にもいいとこ持たせてよ」

「分かりました、それじゃ後はよろしくお願いします! ワルビル、よくやったね!」

ハルはワルビルを撫で、ボールへと戻す。

「随分と甘く見られたものだ! 確かにギルガルドはやられたが、しかし私のシャンデラはギルガルドを上回る火力を持っている! 見くびってもらっては困るのだよ!」

「あんたこそ、今の状況分かってるのかしら」

激昂するディントスに対し、冗談を交えられるほどに調子を取り戻したアリス。立場は完全に逆転した。

「何だと……!」

「ギルガルドが倒れたことで、あんたは盾を失った。ギルガルドと違って火力しかないシャンデラなら、ライボルトで楽に突破できるわよ。生憎だけど、私のライボルトも火力には自信があってね」

刹那。

両者が同時に技を繰り出す。

「冗談ではない! シャンデラ! 火炎放射!」

「貫く! ライボルト、パワーボルテージ!」

シャンデラが頭部から灼熱の紫炎を吹き出し、ライボルトが溜め込んだ電撃と共に衝撃波を解き放つ。

炎と電撃が激突するが、どちらが強いかなど競い合うまでもなかった。

電撃を乗せた衝撃波が紫の炎を打ち破り、そのままシャンデラを捉える。

「もう一度よ!」

電撃を浴びたシャンデラの前に、再び衝撃波が襲い掛かる。

躱すことも、迎え撃つことも、できるはずもない。直撃を受けたシャンデラが、吹き飛ばされた。

「シャンデラ……!」

ドサリ、とシャンデラが床へ落ちる。

戦闘不能となり、目を回して動かなくなった。

 

 

 

そして。

スグリと司教ルニルのバトルは、完全に一方的だった。

「ニダンギル、イビルスラッシュ……!」

「フローゼル、冷凍パンチ!」

立て続けにニダンギルが二対の剣を振り回すが、フローゼルは右手に冷気を纏わせつつ、斬撃を全て躱していく。

ニダンギルが遂にしびれを切らして両方の剣を振り下ろす、その瞬間。

「今だフローゼル! 後ろだ!」

瞬時にフローゼルはニダンギルの背後へと周り、ガラ空きになった柄へと冷凍パンチを叩き込んだ。

「くっ……」

「終わりだ! リキッドブレード!」

フローゼルが右手を開くと、掌から水が噴き出し、水の剣を作り上げる。

剣を握るが早いか、フローゼルの青き一閃がニダンギルを両断した。

「そんな……私のニダンギルが……!」

フローゼルに圧倒され、ルニルのニダンギルは瞬く間に戦闘不能にまで追いやられてしまった。

「そもそもあんたらさ、普段一人でバトルすることあるの? 多分だけどしないよね、タッグバトル専門だろ? そんなトレーナーがシングルバトル得意のオレと戦ったら、そりゃあ負けるっての。本当はあんたらみたいな奴のことトレーナーって呼びたくないんだけど」

司教のポケモン二匹を仕留め、主にすり寄るフローゼルの頭を撫でながら、スグリは敗北したルニルとグニルにそう言い放った。

いずれにせよ、トップの三人が敗北した時点で、ディントス教の敗北はほぼ決定的だった。

「さあ、キーストーンを返しなさい。あんたはもう逃げられないのよ。この状況を見れば、それくらい分かるでしょう」

ライボルトを引き連れたまま、アリスが詰め寄る。

負けた信者たちは取り押さえられ、頼りの司教二人組も敗北。挙句自分も負けてしまい、絶体絶命のディントスは、

「……そうはいかぬわ。貴様らには言っていなかったが、間も無く我らが主、『母なる君』が御出でになる! 我らは敗北したが、ディントス教そのものはまだ負けてはおらぬ! いくら貴様らが強くとも、『母なる君』に勝つことなどできぬわ! キーストーンを返して欲しければ、それまでに力尽くで奪ってみるんだな!」

ここまで来て、まだ抵抗する。往生際が悪いとはまさにこのことか。

しかし。

「へえ。それじゃ、遠慮なく」

スグリがモンスターボールを取り出すやいなや、ボールから黒い影が飛び出し、ディントスを突き倒した。

「ぬわっ!?」

その何者かは、間抜けな声を上げて尻餅をついたディントスの懐から何かを瞬時に掠め取り、スグリの元へ戻ってきた。

「ナイス、ニューラ。アリスさん、キーストーンってこれ?」

 

『information

 ニューラ 鉤爪ポケモン

 小柄だが知能が高く獰猛な性格。

 相手を油断させ不意をつくため

 鋭い鉤爪を指の中に隠しておく。』

 

鋭い爪を持つ細身の黒猫のようなポケモン、ニューラの爪の先には、光るキーストーンがあった。

「なっ……貴様……!」

「オレのニューラは手癖が悪くってね。そうは言っても、元はあんたが力尽くで奪ってみろって言ったんだし、文句ないよね? はいアリスさん、キーストーンは無事に取り返しましたよ」

「お手柄よ、スグリ君! よくやってくれたわ! さて――」

スグリからキーストーンを受け取り、アリスが一歩踏み出す。

「今度こそ終わりみたいね、ディントス。悪いけど、今の私はあんたを許すほどの広い心は持ち合わせていない。ここで縄に――」

アリスの言葉は、それ以上聞こえなかった。

 

アリスたちの頭上、大聖堂のステンドグラスが突如砕け散り、人間が姿を現したからだ。

 

「っ! なに!?」

「おお……『母なる君』よ……!」

アリスたちが驚く中、ディントスはすがるような声で頭上を見上げる。

現れたのは純白の修道服を纏った、銀髪碧眼の女性だった。十字架を模した杖を持ち、ゆっくりと天井から降りてくる。

サイコパワーで浮いているらしく、その背後に鳥のシルエットに派手な模様を付け足したような異質なポケモンを連れている。

 

『information

 シンボラー 鳥もどきポケモン

 古代都市の守り神だったポケモン。

 常に同じルートを巡回しながら

 侵入者をサイコパワーで迎撃していた。』

 

「何者なの! 名を名乗りなさい!」

アリスが鋭い言葉をぶつける。隣のライボルトも、鬣に電気を溜め込み、臨戦態勢に入る。

対して、

「我が名は、『母なる君』」

その女性は、ゆっくりと、滑らかな声で口を開いた。

「ディントスに進言し、ディントス教を創始させ、それを裏から支え、利用し、操っていた者。そしてもちろん、その真の名は『母なる君』などというものではない」

そこで『母なる君』は一拍置き、感情の読めない声で、続ける。

 

「我が名は、ヴィネー。ゴエティアの王に仕える七人の悪魔の一人、魔神卿・ヴィネーです」



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第41話 『母なる君』

「魔神卿……だって……?」

突如現れた純白の修道服の女性、『母なる君』こと、ヴィネー。

その言葉に真っ先に反応したのは、ハルだった。

つまり。

「ディントス教は、ゴエティアの下部組織だったってことなの……!?」

流石に驚愕を隠しきれないアリス一同。そしてそんなことは気にも留めず、ヴィネーは宙に浮いたまま、ディントスを見下ろす。

「……ふぅ。このキャラ付け疲れますし、ここからは普通に喋りますね。さて、ディントス。どうやらキーストーンを奪われてしまったようですね。貴方には期待していたのですけど、残念です」

突然口調が軽薄になったが、相変わらず何を考えているか分からない声で、ヴィネーはディントスにそう告げた。

「申し訳ございません、ヴィネー様! しかし、キーストーンはまだこやつらが握っております! 貴方様が直接手を下せば、まだ取り返せるはず!」

「残念ですけど、これだけの人数を同時に相手にして勝つだけの力は今の私にはありません。生憎、キーストーンを受け取り次第帰る予定でしたので、シンボラーともう一匹しかポケモンを連れてきていないのですよ。もしシンボラーがやられてしまうと、帰れなくなってしまいます」

ディントスの叫びに対しても、ヴィネーは淡白にそう返すのみ。

「しかし……どういたしましょう。キーストーンの回収に来たのですが、取り返されてしまったものは仕方がない。もしかして、私が来る直前でした? タイミングが悪かったですね。ディントス達を連れて帰ろうにも、私は今回単身で出向いていますから、全員を引き連れて帰るだけの力もありません。シンボラーの念力で持ち上げるのが最善でしょうが、私を含めて三人を運ぶのが限界です。つまり、私が助けられるのは二人ですね」

うぅむ、とヴィネーは少し悩む仕草を見せる。

だが、そこで、

「ごちゃごちゃ言ってんじゃないわよ。相手がゴエティアなら、ますます放って置けないわ! ライボルト、パワーボルテージ!」

アリスとライボルトが動いた。鬣に取り込んだ電気を衝撃波と共に、ヴィネーとシンボラーに向けて解き放つ。

しかし。

「あ、そういうのいらないので。シンボラー、サイコキネシスです」

ヴィネーの背後に浮かぶ異形のポケモン、シンボラーが強い念力を発し、サイコパワーの壁を展開する。

壁にぶつかった電撃の衝撃波はあっさりと反射され、逆にライボルトへと直撃した。

「くっ……!」

「今回は私からも手を出すつもりはないので、しばらく大人しくしててください。よし、決めました。シンボラー、もう一度サイコキネシスです」

連れて帰る者が決まったようで、シンボラーは再び念力を操作し、ヴィネーが選んだ二者に念力を掛ける。

 

「行きますよ、ルニル、グニル。キーストーンが手に入らないのなら、もうこの場所に用はありません」

 

司教の二人組、ルニルとグニルが、サイコパワーを受けて宙に浮かび上がった。

「えっ……?」

驚くアリスやハルたちだが、一番驚いていたのは他でもない、教皇ディントスだった。

「……!? 『母なる君』――いや、ヴィネー様! 私は!? この私はどうなるというのですか!?」

「ああ、ディントス。貴方はここまでよくやってくれました。ですが、言い忘れていたことがあります。この二人、実は貴方の部下ではなく、私の直属の部下なんですよ」

それに、とヴィネーは続け、

「こちらとしても貴方には力を貸したつもりなんですよ? 教祖という地位を与え、元々私の部下であるルニルとグニルを貸し与え、勢力拡大に当たってお告げの言葉という形で色々と入れ知恵もしましたよね? ですが貴方はその力の上に胡座をかいて好き勝手に振る舞い、その挙句に私の一番の目的であるキーストーンの確保に失敗した。救う要素がありません」

「確かに今回はしくじりましたが、しかし! もう一度チャンスを戴ければ! 今度こそ、今度こそキーストーンを見つけて参ります! 私こそが、ヴィネー様の一番の信仰者なのですから!」

「残念ですが」

取り乱すディントスに対し、ヴィネーは冷淡に結論を突き付ける。

「これは交渉や相談ではない。決定事項の報告です。というか、貴方も散々口にしていたではありませんか。『母なる君』は資格のある者にしか救いを与えない。貴方には資格が無かった。それだけのことです」

見下すように、冷酷に。

ヴィネーはそう告げて、不気味に笑う。

「しかし……! それでは私はこの後、どうすれば……!?」

「さあ? 貴方はもう私の配下ではありませんから、お好きなようにされては? 私に刃を向けようが大人しく捕まろうが、どちらでも構いませんが」

そう言われても、頼みの綱のギルガルドとシャンデラには既に戦う力は残っていない。

現実を突きつけられ、ようやく全てを諦めたのか、ディントスは小さくため息をついたかと思うと、その場に膝から崩れ落ちた。

「貴方がまだ適切な判断が出来る人間でよかったです。もし私に攻撃しようとしていたら、今頃貴方の首が飛んでいるところでしたよ。もちろん、物理的にね」

くすくすと笑うヴィネーの手元には、いつの間にかモンスターボールが握られていた。

「……待ちなさい! ゴエティアの魔神卿を、このまま逃がすわけがないでしょ!」

飛び去ろうとするヴィネー達三人へ、アリスが叫ぶが、

「おやおや、さっきので懲りたと思ったのですけど。別にジムリーダーの貴女を叩き潰して差し上げるくらいのことはやっても許されると思うんですけど、今日の私は戦う気分ではないんですよ。それに、貴女はともかく、後ろの男の子を傷つけるとパイモンちゃんに怒られてしまいますからね。というわけで、今回はここで撤収させていただきます。シンボラー、テレポート」

ヴィネーが指示を出し、シンボラーが念力を強める。

刹那。

ヴィネーとシンボラー、ルニルとグニルの姿が、どこかへと消え去った。

 

 

 

次の日。

ハルとアリス、サヤナとスグリは、再びジムに合流していた。

ヴィネーが撤収したその後、警察が到着し、ディントスや残された信者たちは一人残らず身柄を拘束された。

気力を抜かれてしまったようで、ディントスは抵抗一つせずに大人しく連行されていった。

「全てを分かってしまうと、ディントスも可哀想な男ね。好き勝手に利用されて、最後は見捨てられるなんて」

昨日警察に同行し、取り調べの様子も見ていたアリスが、どこかやるせなさそうに呟く。

「警察はディントスから話を聞き出して、ゴエティアの捜査に利用するみたい。なんだか憑き物が落ちたみたいに大人しく取り調べに応じていたわよ。まるで人が変わったみたいだったわ」

おそらく、今のその姿こそがディントスの本当の姿なのだろう。

その身に余る力をヴィネーから与えられ、力に溺れておかしくなっていたのかもしれない。

「ヴィネーに操られていたようなものだし、充分に反省の色が見られれば早めに釈放されるかもね。更生したら父さんとも仲直りして、今度こそ真面目に世のために活動してほしいな」

さて、とアリスは顔を上げ、

「とにかく、キーストーンも無事取り返した。今度こそ、ハル君にメガシンカを継承するわよ!」

すぐに笑顔を取り戻し、ハルの方を向く。

が、

「……えっ!? ハル? 継承って、どういうこと!?」

ハルが返事を返すより先にサヤナに横槍を入れられてしまう。

「え? あ、えっと……」

「あっ、そう言えば二人には言ってなかったわね。ハル君とルカリオの絆の力をより高めるために、ハル君にメガシンカの力を継承するのよ。サヤナちゃんにスグリ君も、よかったら見に来る?」

「行く! ハル、すごいじゃん! メガシンカを使えるようになるなんて!」

「是非、オレも見に行きます。にしても、ハル君がメガシンカを? 知らない間に追い抜かれちゃったかな?」

「いやいや、そんなことないよ。スグリ君にはまだまだ勝てないし……」

そんな会話をしながら、アリスに連れられ、ハルたちは再びリデルの待つメガシンカの塔、マデルタワーへと向かう。



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第42話 継承

「おかえり。警察の人たちから話は聞いたよ。今回の件に関しては、とりあえず解決だね」

マデルタワーにやってきた四人を、アリスの父、リデルが笑顔で出迎える。

ディントスのせいで、塔の外壁には穴が開きっぱなしだが。

「ただいま、父さん。見ての通り、キーストーンも無事に取り返したわよ!」

アリスは得意げな笑みを浮かべ、奪還したキーストーンを取り出す。

リデルはそれを見て小さく笑い、

「それで、ハル君の隣にいる二人は、お友達かな?」

視線をアリスの後ろにいる三人へと向け、声をかける。

「そうっすよ。スグリって言います。よろしくお願いします」

「私はサヤナです! ハルがメガシンカを使うって聞いたので、見学しに来ました!」

「そうかい。おっと、僕も自己紹介をしなくてはね。僕の名はリデル。アリスの父親でこの塔の管理人、そしてメガシンカについて調べている研究者さ」

「この子たちも、ディントス教の壊滅に一役買ってくれたの。いい子たちだし、見学くらいはいいでしょう?」

アリスに頼まれ、リデルは二人を見つめ、やがて、

「ああ、構わないよ。彼らがどんな子か、目を見れば分かるさ。是非、歓迎するよ」

快く見学を受け入れ、迎え入れる。

「さて、それじゃあハル君」

塔の中に入ると、アリスはキーストーンとメガストーンを取り出し、ハルの方へ向き直る。

「今度こそ、始めましょう。ハル君とルカリオに、メガシンカの継承を」

 

 

 

準備は整った。

「ハル君、キーストーンを」

「……はい」

アリスから差し出されたキーストーンに手を伸ばし、ハルはゆっくりとその輝石を手に収める。

「さて、ルカリオ。君には、こっちを」

リデルがルカリオに近づき、メガストーンの塡め込まれた腕輪をルカリオに取り付ける。

傍らでは、スグリとサヤナが固唾を飲んで見守っている。

「……さあ、これでよし。ハル君、ルカリオ。後は君たちの力を示すだけよ。君たちの絆の力を、私に見せて。それができれば、君たちはメガシンカの力を使えるようになる」

そう言って、アリスとリデルはハルたち二人から離れる。

「……ルカリオ。君は今、どんな感じなのかな。僕は何だか、とっても不思議な感じだよ。とっても不安なんだけど、それと同時に、すごい力を感じるんだ。不安なはずなのに、なぜだか失敗する気がしない。そんな不思議な気持ちなんだ」

ハルがルカリオに語りかける。ルカリオも小さく笑みを浮かべ、頷いた。

「うん。それじゃ、行くよ――」

覚悟は決まった。

キーストーンを握り締めた右手を、天高く掲げ。

ハルは、思い切り叫ぶ。

 

「僕と君の、絆の力に応えて! ルカリオ、メガシンカだ!」

 

刹那。

キーストーンを収めたハルの右手の中から爆発的な七色の光が噴き出した。

それに反応して、ルカリオの腕のメガストーンが眩い光を放つ。

ハルの右手から噴き出す光と、ルカリオの腕から放たれる光が互いに反応し、次々と一つに繋がっていく。

みるみるうちに七色の光はその規模を増し、ルカリオを包み込んだ。

例えるならば、光の卵。その中で、ルカリオの姿形が変化していく。

殻を破るが如く光を解き放ち、塔に響き渡る咆哮とともに、光の中から、姿を変えたルカリオが現れた。

より高まった波導の力はメガシンカエネルギーと混ざり合って体内を駆け巡り、その身に黒き模様を刻む。

頭部の房はより長く伸び、波導の集中する房の先や両手両足は真紅に染まり、鋼の棘が増え、体を覆う体毛も逆立ち、規模を増している。

響き渡った咆哮は、月に向けて天高く吼える大狼のようだった。

「……ルカリオ……メガシンカ、できたんだね!?」

ハルの口から、ようやく言葉が紡ぎ出される。

ルカリオもハルに応え、笑って頷いた。

「……うむ。間違いないね」

「これが、ルカリオのメガシンカなのね……」

確信したようにリデルは何度も頷き、アリスは驚きと喜びが入り混じったような表情を浮かべる。

「ハル君、すごい! 完璧よ! その姿こそがルカリオのメガシンカした姿、メガルカリオ!」

「やっぱりこの瞬間は、何度見ても気分がいいね。アリスが初めてメガシンカを成し遂げた時も、こんな気持ちだったなぁ」

まるで自分のことのようにアリスは喜び、リデルは蘇った記憶に思いを馳せる。

スグリとサヤナはあまりの驚きに、声も上がらずただただ呆然としていた。

「……ルカリオ! やった! 僕たち、メガシンカできるようになったんだよ! やったあああ!」

感極まってルカリオに抱きつきに行こうとするハルだが、鋼の棘に刺さりそうだったので慌ててルカリオに止められる。

「わわっ……そうだったね。じゃあ、これで!」

代わりに、二人で満面の笑みを浮かべ、ハイタッチを交わした。

「よし! 只今を持って、メガシンカの力をハル君に正式に継承します!」

にっこり笑ってアリスがそう宣言し、キーストーンを填めるブレスレットをハルへと渡す。

ハルがもう一度キーストーンを掲げると、光はルカリオを包み込み、ルカリオは元の姿へと戻る。

「……うぅ。なんだか、疲れが……」

ルカリオのメガシンカが解けた瞬間、ハルの体から力が抜け、ハルはその場へ座り込んでしまう。

「初めてメガシンカを使ったんだもの、仕方ないわよ。メガシンカはポケモンとトレーナーとの絆を一体化させることで使える力。つまり一種のシンクロ状態のようなものだから、トレーナーにもいくらかの負担がかかってしまうの。私はもう慣れちゃったから気にせず使えるけど、これに慣れないうちは一日に一回くらいにしておくといいわね」

「そういえば、アリスがメガシンカを使うようになって間もない頃、使いすぎで疲れ果てて倒れたこともあったねえ」

「あ、あれは舞い上がって調子に乗ってただけだから! そんなこと言うと、ハル君が怖がっちゃうでしょ!? ハル君、私みたいに一日に十回も使ったりしなければ、ぶっ倒れたりはしないからね!」

「じゅ、十回も使ったんですか……」

「若気の至りってやつよ。十年くらい前の話だから、ちょうどハル君と同じくらいの歳だったかしらね……」

父親からの横槍に赤面しながらも、それから、とアリスは続け、

「メガシンカは一バトルにつき一匹まで。例えば父さんみたいにたくさんのメガストーンを集めたとしても、一回のバトルでは一匹しかメガシンカさせられないからね。あと、メガシンカするとそのバトル中は例えボールに戻してもバトルが終わるまではメガシンカした姿のままで戦うことになるから、それも覚えておいてね」

「はい、ありがとうございます」

ようやく力が戻り、ハルはゆっくり立ち上がる。

「その感じだと、今日はサオヒメシティで休んでいったほうがいいわね。ジムがある街でここから一番近いのはカタカゲシティだけど、少し遠い道のりになるの。その間にハダレタウンって街があるから、そこを目指すといいわ。確か、近いうちに結構大きな規模のバトル大会が開催されるはず。ジム戦前の腕試しに、ちょうどいいんじゃないかしら」

アリスに進言され、ハルはアルス・フォンを取り出して地図アプリを開く。ハダレタウンはここからカタカゲシティへと続く道のちようど通り道だ。

「バトル大会か……ありがとうございます。メガシンカの力も、早速そこで使ってみたいと思います」

「えっ!? バトル大会!?」

そしてそのワードに反応したのが、ハル以外にあと二人。

「出る出る! 私も出たい! ね、ハル、ハダレタウンまでは私と一緒に行かない?」

「そんじゃ、オレも行こうかな。例えハル君がメガシンカを使えるようになっても、まだオレの方が上だってことを証明しなきゃいけないからね」

サヤナのテンションがみるみるうちに上がっていき、スグリもハルの顔を見てニヤリと笑う。

「あ、あはは……そうだね……」

とりあえず、次に行く街は決まった。

今日はサオヒメシティでゆっくり休み、明日はハダレタウンに向けて出発だ。

 

 

 

そして。

ハルがメガシンカの力を得たことを知ったのが、もう二人。

「……やっぱりねえ。ハル君、君はやっぱり、ぼくが見込んだ通りのトレーナーだよ」

円盤のような鋼のポケモンに座り、ディントスが開けた塔の穴を通じて、離れた場所から双眼鏡のような機械を構える少年と、異質な鳥もどきポケモンが発するサイコパワーでその背後に浮く女性。

「ヴィ姐、だから言ったのにー。あのディントスとかいうやつ、ああいうタイプは役に立たないって言ったじゃんか。結局、キーストーンを取り戻されちゃってるしさ」

「いいのですよ、パイモンちゃん。キーストーンこそ手に入りませんでしたが、“副産物”は充分手に入りました。それに、ディントスの失敗に備え、他にもプランはいくつも用意してありますしね」

「ふぅん、さすがはヴィ姐。ダンとかいうバカとは違うね」

「あらあら、パイモンちゃん。ダンちゃんは慎重派なのですよ。あの子の用心深さが活きる場面もあれば、パイモンちゃんの思い切りの良さが活きる場面もある。二人とも優秀な子なのですから、喧嘩ばかりしていてはだめですよ?」

「へーえ。ぼくにはあいつの優秀さは理解できないけどねぇ」

全く考えを改める様子もなく、少年はそう返す。

女性もそんな返事が来ることは分かっていたのか、あらあら、と笑うのみ。

「そういえばパイモンちゃん。以前、規律違反の下っ端二人を連れ戻してきてってお願いした気がするんですけど、あの件、どうなりました?」

「ん? ……あぁ、あいつらね。ぼくのバルジーナが美味しくいただいたよ。その様子だと忘れてたみたいだし、別によかったよね?」

「ええ。それならそれで問題ありません。ふと思い出しただけですし、処分する手間も省けましたし」

さて、と女性は続け、

「そろそろ行きましょうか。ディントスを失った以上、この街にはもう用はありません。私は次のプランに本腰を入れなければ」

「そーだね。ぼくもやりたいことは終わったし、帰るとしますか」

姿を隠すことすらせず、しかし、誰にも気づかれないまま。

二人の魔神卿もまた、サオヒメシティを去っていく。



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ハダレタウン編――大会
第43話 悠久の街ハダレタウン


メガシンカを継承後、ハルが休んでいる間に、サヤナとスグリもジム戦に勝利、ライトニングバッジを獲得。

サオヒメシティを出る前にアリスとリデルにもう一度挨拶し、そして、その二日後。

三人は、カタカゲシティへ向かうまでの中間に位置する街、ハダレタウンへと訪れていた。

このハダレタウンにはジムこそないものの、非常に規模の大きな街。

街の周辺には古代の遺跡やその跡が残る、古代文明と現代の適合した街。その街並みから、『悠久の街』とも呼ばれている。

そしてその街の中心部には、古風な外見を模った巨大なバトルスタジアムが鎮座する。

「ねえハル、次の大会って、かなりおっきな大会なんでしょ?」

「アリスさんによると、そうみたいだね。調べてみようか」

ポケモンセンターのロビーのソファに腰掛け、ハルはサヤナに返事をしながら、アルス・フォンを開き、大会のホームページにアクセスする。

どうやら、マデル地方のジムバッジの所持数によって参加できるレギュレーションが異なるようだ。

「えーっと、レギュレーションは三つ。バッジの数が一個から三個のビギナーランク、四個から六個のレギュラーランク、七個から八個のアドバンスランク。僕たちはレギュラーランクだから、相手はみんな同レベル、もしくは格上だね」

現在、ハルとサヤナはバッジ四つ、スグリはバッジ五つだ。

「参加者が多い場合は予選が行われる、だって。その後に本戦トーナメントがあるから、優勝するには……予選を勝ち抜いた後、四連勝しないといけないのか」

単純計算だとそういうことになる。三戦目が準決勝、四戦目が決勝だ。

「関係ないね。オレはバッジ五つ、並大抵の相手に負ける気はしないし、ハル君はメガシンカが使える。サヤナちゃんだって、魔神卿の直属の部下とほぼ対等にやり合えるだけの実力は持ってるじゃん。格上が相手なら、いい下克上のチャンスっしょ」

モンスターボールを手の中で弄びながら、スグリが笑う。

「そうだね。びびってても仕方ないし、今の僕たちの力がどこまで通用するのか試すいい機会だよ」

「よーっし! 私も燃えてきたよ! 大会は明後日だけど、早めに参加登録しちゃおう!」

大会に向けて気持ちを高めつつ、ハルたち三人は出場登録のため、大会の会場へと向かう。

 

 

 

登録後、三人は一旦そこで別れ、ハルはポケモンセンターの地下、交流場に来ていた。

ポケモンの調整も兼ねて、数試合ほどポケモンバトルをしようと考えたのだ。

そして勿論、ハルと同じような考えを持つトレーナーは他にもいる。

「ねえ君、よかったらバトルしない?」

交流場にいた一人の少年が、ハルに声を掛けてくる。

ハルも背が高い方ではないが、その少年はハルよりもさらに背が低かった。黄色の髪はくるくるに巻かれており、カラフルな模様の入った白いTシャツと黒のハーフパンツはどうにもサイズが大きすぎるように見える。

「君は? どこかで見たような……」

そしてこの少年、何となくだが見覚えがある。

どこで会ったのかは思い出せないが、

「そうだねぇ、僕は覚えてるよ。君、カザハナシティのバトル大会に参加してたよねぇ」

その少年は、ハルのことが分かるらしい。

「僕の名前はミオ。君と同じく、カザハナ大会に参加してたポケモントレーナーだよぅ」

抑揚のない、どこかぼーっとしたような口調で、その少年はミオと名乗る。

「カザハナ大会……ミオ……あっ!」

そこでハルも思い出した。

「そうだ! 確か一回戦で、サヤナと戦ってた……」

懐かしのカザハナシティバトル大会、そこでのサヤナの一回戦の対戦相手だった少年だ。使っていたポケモンはラルトスだったか。

「明後日、大会があるでしょお? 準備のために、少しバトルしたいんだぁ。よかったら、どう?」

突然の申し出だったが、ハルとしてもちょうどいい。元より、そのためにここに来ているのだから。

「いいよ。僕も大会に出るから、ちょうどいいかな」

「決まりだねぇ。それじゃあバトルはポケモン一匹ずつで。早速、始めようかぁ」

 

 

 

両者がバトルフィールドに立ち、準備は整った。

モンスターボールを取り出し、同時にポケモンを繰り出す。

「出てきて、エーフィ!」

「カビゴン、出番だよぅ」

ハルのポケモンはエーフィ、それに対してミオのポケモンは、まん丸に太った大きな怪獣のようなポケモン。

 

『information

 カビゴン 居眠りポケモン

 腐ったものやカビが生えたものでも

 消化できる。空腹を知らせる腹の音は

 ドラゴンポケモンの咆哮に匹敵する。』

 

ノーマルタイプのポケモン、カビゴン。バトルフィールドに降り立つと同時に、その重量でズシンと床が揺れる。

「これは……随分と大きなポケモンだな……」

少なくとも、ハルが今まで戦ってきた中では一番大柄なポケモンだ。

ルカリオを出すのが正解だったかと一瞬考えたが、さすがに大会参加者に対してエースを見せたくはない。

それに、ハルのエーフィだって充分強い。

「それじゃ、始めるよ! エーフィ、サイコショット!」

まず先手を取って動いたのはエーフィ。額の珠に念力を溜め込み、サイコパワーの念弾を発射する。

「カビゴン、のしかかり」

だが、対してカビゴンはその鈍重な見た目からは想像もつかない機敏な動きで大きく飛び上がり、サイコショットを躱し、さらにエーフィ目掛けて落ちてくる。

「まずっ……! エーフィ、後ろに躱して!」

咄嗟にエーフィは飛び退き、何とかカビゴンの襲撃を躱すが、床の揺れに思わず体勢を崩す。

少しでも遅れていたらあの腹の下敷きになっていただろう。一発でゲームエンドすらあり得た。

「危ない危ない……エーフィ、反撃だ! もう一度サイコショット!」

床の揺れでふらついたエーフィだが、ダメージはない。額の赤い珠から、再び念力の念弾を発射する。

ようやく立ち上がったカビゴンのその額にサイコパワーの弾が直撃し、

「エーフィ、続けてスピードスター!」

さらにエーフィは二股の尻尾を振って追撃、無数の星型弾がカビゴンへと降り注ぐ。

しかし、

「カビゴン、毒々だよぅ」

立て続けに攻撃を受けてもカビゴンは怯まず、口から猛毒の液体を吐き出す。

「カビゴンは特防が高いんだぁ。特殊技じゃ、弱点を突かないとそう簡単には倒せないよぅ」

にんまりと、しかしどこか得意げな笑みを浮かべるミオ。エーフィの攻撃にも構わず、毒液を浴びせる

しかし、

「なるほど……だけど、僕のエーフィには、補助技は効かないよ」

エーフィの体に触れた毒の液体はエーフィを蝕むことができず、跳ね返され、逆にカビゴンに毒液が浴びせかけられた。

「僕のエーフィの特性はマジックミラーなんだ。エーフィへと向けられた補助技は、全て跳ね返るよ! エーフィ、マジカルシャイン!」

耐久力の高いカビゴンなら、毒が入ったのはチャンス。エーフィの額の珠が白く輝き、純白の光線がカビゴンに向けて発射される。

が、

「なるほどねぇ。だけど……カビゴン、シャドーボール」

毒を食らったはずのカビゴンは、顔色ひとつ変えない。

けろっとした表情のまま、黒い影を一点に集めて影の念弾を放ち、マジカルシャインを打ち消してしまった。

「えっ……?」

「僕のカビゴンも、毒は効かないんだぁ。免疫っていう特性のおかげで、毒状態にならないんだよぅ」

一本取ったと思ったハルだったが、ミオがさらにその上をいく。

「さ、続けるよぅ。カビゴン、もう一度のしかかり」

再びカビゴンは大きく跳躍し、上空からエーフィを狙い、巨体で押し潰さんと飛び掛かってくる。

「エーフィ、後退して! サイコショットだ!」

やはりこの光景はかなりのインパクトだが、一度見てしまえば怖くはない。エーフィは素早く距離をとってカビゴンの襲撃を躱し、さらにジャンプして揺れを避け、床にうつ伏せになるカビゴンへとサイコパワーの弾を発射する。

カビゴンの後頭部へ念弾が直撃、さすがに痛みを感じたのか、カビゴンが呻き声をあげる。

「よし! 続けてマジカルシャイン!」

起き上がったカビゴンへと、エーフィは立て続けに攻撃を放つ。

額の珠が白く輝き、純白の光が放出される。

だが。

 

「カビゴン、地割れだぁ!」

 

眩い光によって、エーフィの視界も一時的に防がれる。

それを見逃さず、カビゴンは地に足をつけてマジカルシャインを耐えきり、エーフィの足元を見定め、拳を思い切り床へと叩きつける。

カビゴンが床へと放った一撃により、床が裂け、割れる。裂け目は一気にエーフィの足元まで広がり、エーフィはその割れた床へと落ちてしまう。

「なっ……」

ハルが声をあげる間もなかった。

刹那、叩き割られた大地の底から爆発が生じ、大量の土砂とともにエーフィが吹き飛ばされる。

「エーフィ……!?」

宙を舞い、エーフィは重力に従って地に落ちる。

その一撃で、目を回して倒れ、戦闘不能になってしまった。

「な、なんて威力なんだ……」

「もしかして、知らなかった? 地割れは一撃必殺技、相手に当たれば相手を一撃で戦闘不能にしてしまうんだよぅ。その代わり技範囲はかなり狭いから、例えば、エーフィが足を止めていた今みたいに絶対に当てられるタイミングで使わないと当てられないけどねぇ」

のんびりとしたままの様子のミオだが、その口調はどこか誇らしげだ。後ろのカビゴンも、自慢げに低く鳴き声をあげる。

「一撃必殺……そんな技があるなんてね。僕の知識不足だった……ごめんね、エーフィ。よく頑張ったね」

撫でられたエーフィは、気にするな、といった様子で首を振る。

エーフィを労い、ボールへと戻し、

「ミオ、強いね。バッジはいくつなの?」

「えーっと、この前取ったバッジで……五つかなぁ」

五つ。ということは、

「僕は四つだから……もしかしたら大会で当たるかもしれないんだね」

ハルが出場するのは、バッジ数が四つから六つのトレーナーが集まるレギュラーランク。

つまり、ミオとは大会でまた戦う可能性があるということ。

「そうなんだねぇ。それじゃ、当たっても負けないよぅ」

「僕だって、次こそは負けないさ。大会でまた戦おうよ」

「うん。スタジアムで会うの、楽しみにしてるよぅ」

ミオはにっこり笑い、右手を差し出す。

ハルもすぐにその意図を理解し、握手を交わした。

「じゃ、僕はそろそろ行こうかなぁ。じゃあねぇ」

カビゴンを戻すと、ミオは手を振り、先に交流場を出て行った。

(それにしてもあのカビゴン、かなり強かった。一撃必殺技はもちろんだけど、あの耐久力も厄介だな。もし当たったときのために、ちゃんと対策を考えておかないと)

新たなライバルの出現を受け、気を引き締めるハル。

ハダレ大会は、いよいよ明後日に開催される。



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第44話 開幕! ハダレタウン・バトル大会

大会当日。

大規模な大会ということで、会場やその周辺はかなりの賑わいを見せていた。

元より観光名所としても有名なこのハダレタウンでバトル大会となれば、これだけ人が集まるのも必然である。

「うわぁ! テレビ中継まで来てるよ!」

サヤナが指差した先にあるのは、テレビ局の中継車だ。『テレビ コトブキ』と書かれている。

「本当だ……コトブキって確か、シンオウ地方本部のテレビ局だよね」

「イザヨイシティにテレビコトブキの支部があるから、そこからだろうね。ま、テレビ放送されるのはアドバンスランクのバトルだろうけど」

スグリはどことなく残念そうだ。しかしテレビに出たかったというわけではないようで、

「オレとしてはああいうのが来てくれるとやりやすいんだよねー。変に緊張していつも通りの実力を出せなくなるやつっているからさ」

「あはは……そ、そうだね……」

苦笑いするハルはまさにその緊張するやつである。スグリもサヤナも緊張とは無縁そうだが、サヤナに関してはむしろ張り切りすぎて逆に空回りする可能性もありそうだ。

そんな時、

「あら、ハルじゃない。あなたも大会に?」

後ろから聞き覚えのある声を掛けられ、ハルは振り返る。

そこにいたのは、

「あっ、エリーゼさん!」

以前ヒザカリ大会で戦ったポケモントレーナー、エリーゼだった。戦力を隠す気もない余裕の表れか、それとも大会では使わない予定なのか、傍らには相変わらず護衛のように鋼のボディを持つ赤い虫ポケモン、ハッサムを連れている。

「ふふふ、お久しぶりね。せっかくの大きな大会だし、私も出場しようと思ってね。ハル、バッジの数は?」

「四つなので、レギュラーランクですね。エリーゼさんは?」

「あら、私は五つだから……同じランクね。もし戦うことになったら、今回は本気で相手してあげるから、覚悟しておきなさいよ?」

恐らくは、このハッサムが出てくるのだろう。

「あっ、はい……お、お手柔らかに……」

引きつった笑顔で、ハルはそう返す。

そんなハルの様子を見てエリーゼは微笑み、じゃあね、と手を振り、先に会場入りしていった。

「おいおい……マジかよ。あれでレギュラーランクって、やばくね?」

エリーゼか会場に向かっていった後、口を開いたのはスグリだ。

「やっぱり、スグリ君もそう思うよね……」

「ああ。見てすぐに分かった。あのハッサム、やばいぜ。ってかあの人多分ルーキーじゃなくね? 多分他の地方を回ってからこっちに来てるタイプの人だよ。あのハッサム相手だと、まともにやりあったら勝つのはかなり難しそうだね」

それでも、勝てないとは言わないあたり、いかにもスグリらしい。事実、発言とは裏腹にその表情は先ほどよりも楽しげだ。

「さ、オレたちも行こう。目標はでっかく、優勝だ」

「そうだね。もうすぐ開会式が始まるよ」

「よーし、私もなんだか燃えてきたよ! どんな人たちと戦えるのか、楽しみだね!」

サヤナの言う通りだ。どんなに強い相手でも、楽しんで戦えばいい。

ハルたち三人も会場入りし、いよいよ、ハダレタウンポケモンバトル大会が幕を開ける。

 

 

 

予想通りというべきか、かなりの参加者がいるようで、予選が行われることになった。

三人、または四人ずつの総当たり戦で、そこで一位になった者のみが本戦に進出できる。

全員が一勝一敗で並んだ場合は、勝ち試合の時間が一番短かった者が一位となる。

開会式も終わり、ハルは予選会場に移動。早速、一試合目が始まろうとしている。

ハルの最初の試合、相手は分厚いコートを着て丸眼鏡をかけた少年だ。

「これより、予選リーグ、ハル選手対クラン選手の試合を行います! 使用ポケモンはお互い一匹! それでは両者、ポケモンを出してください!」

審判の指示に従い、二人がボールを取り出す。

「頼んだよ、ヒノヤコマ!」

「出て来い、ニドリーノ!」

ハルが選んだのはヒノヤコマ、対戦相手クランのポケモンは体に針をいくつも持つ紫色のポケモン。額からは一際長い毒針が生えている。

 

『information

 ニドリーノ 毒針ポケモン

 気性の荒いポケモン。頭の毒針を

 武器として振り回しながら戦うが

 鋭い爪からも毒を分泌している。』

 

「相手は毒タイプのポケモンか……毒の状態異常に気をつけないとね。ヒノヤコマ、あのツノには注意して」

「接近戦に持ち込めばこっちが有利だな。だけどニドリーノ、向こうの素早さには気をつけろよ」

ポケモンを繰り出し、準備は整った。

 

「それでは、試合……開始!」

 

「飛ばすよ! ヒノヤコマ、エアカッター!」

スタートが告げられた直後、ヒノヤコマが先手を取る。

翼を激しく羽ばたかせ、無数の空気の刃を飛ばす。

「ニドリーノ、振り払え! 毒突きだ!」

対してニドリーノは毒を帯びたツノを振り回し、襲い来る空気の刃を片っ端から弾き飛ばしていく。

「今だヒノヤコマ、疾風突き!」

その直後、ヒノヤコマは嘴を突き出し、目にも留まらぬ速度で突っ込む。

炎の弾を全て薙ぎ払い、一息ついたニドリーノの一瞬の隙を狙い、鋭い嘴でニドリーノを突き飛ばす。

「くっ、やるな……! ニドリーノ、立て直していけ! 十万ボルト!」

すぐに起き上がると、ニドリーノは飛び去るヒノヤコマへ向けて高電圧の電撃を放つ。

「っ、電気技! ヒノヤコマ、躱して!」

咄嗟にヒノヤコマは飛行の軌道を変え、電撃から逃れつつ、ニドリーノの頭上を旋回。立て続けに放たれる電撃を躱しきり、

「ヒノヤコマ、ニトロチャージだ!」

旋回しながらその身に炎を纏わせ、再びニドリーノへ突撃を仕掛ける。

「ならこっちは……ニドリーノ! 毒突きだ!」

対するニドリーノは毒を帯びたツノをヒノヤコマへ向け、その場でどっしりと構えて迎え撃つ。

両者が激突、激しく競り合った末に、お互いに一度距離を取る。

しかし、

「ヒノヤコマ、疾風突きだ!」

次の瞬間、ヒノヤコマは猛スピードで一気にニドリーノとの距離を詰め、嘴でニドリーノを突き飛ばした。

「なっ……速い!?」

「ニトロチャージの追加効果だよ。この技は相手に当たると炎の力で素早さを上げることができる。さっきの真っ向勝負で、ヒノヤコマは普段より素早くなってるんだ!」

ハルの言葉に合わせて、ヒノヤコマもハルの頭上を羽ばたきながら勇ましく鳴く。

「ちっ……だったらニドリーノ、スマートホーン!」

低く唸ったニドリーノがツノを構え、ヒノヤコマへと狙いを定め、地を蹴って飛び出す。

「ヒノヤコマ、躱してエアカッター!」

ヒノヤコマは素早く反応し、ニドリーノの横に回り込もうとしたが、ニドリーノがヒノヤコマの動きに合わせて正確に軌道を変え、ヒノヤコマを角で突き飛ばした。

「っ! この技、もしかして……」

「そうとも、スマートホーンは必中技なんだ。いくら避けようとしても、この技は避けられないぞ」

つまり、どれだけニトロチャージで素早さを上げようとも、スマートホーンを躱すことはできない。

「さあもう一度行くぞ! ニドリーノ、スマートホーン!」

再びツノを構え、ニドリーノはヒノヤコマへと狙いを定めて飛び出す。

しかし、

「だったらヒノヤコマ、ニトロチャージ!」

それに対して、翼から炎を吹き出したヒノヤコマは炎を纏い弾丸のように突撃。

「なにっ!? ニドリーノ!」

両者が激突するが、素早さが上がったおかげで勢いをつけたヒノヤコマが打ち勝ち、ニドリーノを突き飛ばす。

「いいぞヒノヤコマ! 続けてアクロバットだ!」

一気にヒノヤコマは加速し、吹き飛ぶニドリーノへと瞬時に追いつき、翼を振り下ろし、ニドリーノを地面へと叩きつけた。

「くっ……まだだ! 十万ボルト!」

咄嗟にニドリーノがツノから電撃を打ち出すが、倒れたまま故狙いが定まらず、僅かにヒノヤコマの横に逸れてしまう。

「今だ! エアカッター!」

刹那、ヒノヤコマが激しく翼を羽ばたかせ、空気の刃を乱射する。

「ニドリーノ、躱すんだ!」

なんとか起き上がったニドリーノだが、時すでに遅し。

眼前に迫った空気の刃を躱す余裕はなく、エアカッターに切り裂かれる。

「ニドリーノ!?」

ニドリーノの足取りがふらつく。そのまま目を回して、地面に倒れ伏してしまった。

つまり、

 

「ニドリーノ、戦闘不能! ヒノヤコマの勝ちです! よって勝者、ハル選手!」

 

審判がハルの勝利を告げる。まずは一勝だ。

「よし! やったねヒノヤコマ、お疲れ様!」

ハルがヒノヤコマを呼ぶと、ヒノヤコマはご機嫌な鳴き声をあげ、ハルの腕にとまる。

ヒノヤコマの好物である甘い木の実、モモンの実を渡し、ハルは対戦相手に一礼し、フィールドを後にした。




キャラクター紹介ってあった方がいいですかね?
オリキャラばかりの小説なので、設定資料としての掲載を検討中です。


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第45話 本戦の顔ぶれ

「ワルビル、シャドークロー!」

ワルビルが腕に黒い影を纏わせ、影の爪を作り上げる。

腕を振り抜き、対戦相手のポケモン、眼のような形をした触覚を持つ虫ポケモンに斬撃をぶつける。

 

『information

 アメモース 目玉ポケモン

 四枚の小さな翅で上下前後左右へ

 自由に飛び回ることが出来る。

 触覚の目玉模様で敵を威嚇する。』

 

切り裂かれたアメモースはそのまま床に倒れ、戦闘不能となった。

予選は三人の総当たり戦で一位となった者のみが本戦に進むことができ、ハルはこれで二勝目。つまり、予選突破は確実となった。

スタジアムのロビーへと戻ると、先に予選を終えた選手たちも、続々と集まってきていた。

ハルは確実に突破したが、サヤナたちの結果が気になる。予選の結果はアルス・フォンに送信され、その後、ロビーの電光掲示板でも予選通過者が発表される。

やがて、予選が全て終了したのか、アルス・フォンから通知音が響く。

アプリを開くと、予選通過者の名前と顔写真がずらりと並ぶ。

「おっ、ハル君ここにいたんだ。予選も無事突破したみたいだね」

後ろから声を掛けられる。振り返ると、声の主はスグリだった。

「スグリ君! お互い予選突破できたね!」

「そーだね。ま、予選はらくしょーだったけど。ハル君かサヤナちゃんと決勝で戦わないといけないし、こんなところで苦戦なんてしてられないね」

そう返し、スグリは得意げに笑う。

アルス・フォンの画面には、他にも見慣れた顔が並んでいた。

サヤナ、エリーゼ、そしてミオ。ハルの知り合いは、全員予選を突破したようだ。

そして、ロビーに設置された大きな電光掲示板に、本戦のトーナメント表が映し出される。

今回の大会は一回戦が終わる毎の対戦相手のシャッフルがないため、二番目以降に戦う相手のことをある程度分析できるのだ。

ちなみに、レギュラーランクでも準決勝からはテレビ放送があるらしい。

「僕はトーナメントの左側か……」

「オレは右側だ。サヤナちゃんもこっちだから、並び的に……準決勝でサヤナちゃん、決勝でハル君かな」

ハルとスグリがトーナメントを眺める。ミオがハルと同じ左側におり、お互いが勝ち進めば三回戦、つまり準決勝でぶつかることになる。

さらに、エリーゼが、

「スグリ君。一回戦の相手、エリーゼさんだよ」

「ん? ……げっ、ハッサム連れてたあのトレーナーか。勝つのは難しそうとか言ってたらいきなり一回戦で当たるなんて、ついてないな」

しかし言葉とは裏腹に、スグリの顔つきはなんだか愉快そうだ。当たって砕ける、ではなく、本気で勝つ気でいるのだろう。

そして、もう一人。ずらりと並ぶ顔写真において、一際異彩を放つ者。

「なんだこの人……名前は……『ポケモントレーナー“R”』?」

顔写真と名前の時点で既に謎の不気味さを放つ者がいる。

漆黒のローブに身を包み、黒く丸い目と同じく黒い裂けた口が描かれた白い仮面という、奇天烈な姿。

「変な仮面つけてるけど、なんだろうね。運営が特別に雇ったヒール役か、あるいはエンターテイナーとかじゃない? ま、お手並み拝見ってとこかな。二回戦でサヤナちゃんと当たるみたいだぜ、こいつ」

ともあれ、一日目は予選だけで終了。

無事予選を突破し、明日はいよいよ本戦だ。

 

 

 

『さあ、間も無く始まります! ハダレタウンバトル大会、レギュラーカップ! 出場者のジムバッジ数は四つから六つ! 実況は私、テレビコトブキのアナウンサー、タロスが務めさせていただきます!』

本戦当日。

タロスと名乗った女性アナウンサーが、テンションを上げてマイクを握る。

『今大会は私がマイク一本で盛り上げていきますので、皆さんも盛り上がってまいりましょう! みんなー! ノってるかーい!』

そのコールはなんだかバトル大会とは少し違うような気もするが、観客席からはアナウンサーの声に合わせて大きな歓声が上がる。

『よーっし! それではいよいよ! ハダレタウン大会レギュラーランク、開幕でーっす!』

アナウンサーの叫びと、再び巻き起こる大声援が、大会の開始を告げる。

『レギュラーランクはジムバッジ数四つから六つのトレーナーたちが集う大会! 言うなれば夢に向かって今まさに突き進んでいる戦士たち! その中でトップに輝く戦士は一体誰なのか! それでは参りましょう、一回戦第一試合! ハル選手とリオン選手の入場ですっ!』

名を呼ばれて控室を立ち、選手入場。ハル、まさかの第一試合だ。

バトルフィールドを挟んで向こう側に立つのは、見知った顔だった。

「久しぶりだね、えーっと……ハル君。前回は負けちゃったけど、今回は私が勝たせてもらうよ!」

「そうは行きません。僕だって、前回よりも強くなっていますから!」

カザハナシティの大会、その一回戦で当たった金髪の少女、リオンが対戦相手だ。

「それでは、ポケモンを出してください」

審判に従い、両者がモンスターボールを取り出す。

「出てきて、ヒノヤコマ!」

「頼んだわよ、モルフォン!」

ハルのポケモン、ヒノヤコマに対し、リオンのポケモンは薄紫色の巨大な蛾のようなポケモン。

 

『information

 モルフォン 毒蛾ポケモン

 夜になると活動を始める。翅から

 振り撒かれる鱗粉は吸うと毒に侵さ

 れる上に幻覚作用を持つ危険な代物。』

 

かつてリオンが使っていたコンパンの進化系だ。タイプは変わらず、虫・毒タイプ。

『ハル選手はヒノヤコマ、リオン選手はモルフォンを繰り出した! タイプ相性ではハル選手が有利ですが、どんな戦いを見せてくれるのか!』

アナウンサーの言う通り、タイプ相性ならハルが有利だ。向こうはコンパンから進化しているが、こちらもヤヤコマからヒノヤコマへ進化している。

審判の合図で、いよいよバトルが幕を開ける。

「それでは、試合開始です!」

「行くよ! ヒノヤコマ、まずは疾風突き!」

試合開始の合図と共に、いきなりヒノヤコマが動き出す。

目にも留まらぬ速度でモルフォンの懐へ飛び込み、嘴で腹部を狙う。

しかし、

「来た! モルフォン、捕まえて!」

ヒノヤコマの嘴の一撃を受けた、その瞬間。

モルフォンが六本の脚を動かし、ヒノヤコマを捉えてしまう。

「なっ!?」

「毒々の牙!」

ヒノヤコマの動きを止め、モルフォンは牙を突き刺して毒を送り込み、そのまま投げ飛ばした。

「ヒノヤコマ! 大丈夫!?」

幸い毒の状態異常は受けなかったようで、ヒノヤコマはすぐさま翼を広げ、再び飛翔する。

「それなら、ヒノヤコマ、ニトロチャージ!」

勇ましく鳴くヒノヤコマの翼から火の粉が吹き出し、その身を炎が纏う。

「モルフォン、銀色の風!」

モルフォンは虫タイプ、さすがに炎を纏ったヒノヤコマを受け止めることはできないようで、モルフォンは大きな翅を羽ばたかせて銀色の鱗粉を乗せた風を放つ。

鱗粉の乗った風が、ヒノヤコマを纏う炎を吹き消してしまい、

「続けて毒々の牙!」

牙から毒液を滴らせたモルフォンが、ヒノヤコマへと飛びかかる。

「っ! ヒノヤコマ、エアカッター!」

炎を掻き消されたヒノヤコマは咄嗟に技を切り替え、翼を羽ばたかせて空気の刃を放つ。

牙を剥いて襲い掛かるモルフォンだったが、小さい口で全ての刃を食い破ることはできず、結果的にエアカッターを受けてしまう。

「ヒノヤコマ、もう一度ニトロチャージ!」

「くっ、やるね……モルフォン、サイコショット!」

ヒノヤコマが再び炎を纏い、突撃を仕掛ける。

体勢を立て直したモルフォンはサイコパワーを溜め込み、向かってくるヒノヤコマへ念力の弾を放つが、

「ヒノヤコマ、躱して!」

高速で突っ込むヒノヤコマは、急旋回して念力の弾を躱しそのまま突撃、今度こそモルフォンに激突し、突き飛ばした。

「よっし……! 続けてアクロバットだ!」

ニトロチャージによってエンジンが掛かり、素早さが上昇。

さらに加速しながら、ヒノヤコマは一気にモルフォンとの距離を詰めていく。

「モルフォン、銀色の風……!」

翅を羽ばたかせ、鱗粉を乗せた風を吹かせるモルフォンだが、

「っ、速い……間に合わない……!」

既にヒノヤコマはモルフォンの背後まで回り込んでいる。

そのまま翼を振り下ろして叩きつけ、モルフォンを床へと叩き落とす。

「くぅ……まだよ! モルフォン、サイコショット!」

地面に落ちたままだが、それでもモルフォンはヒノヤコマを見上げ、サイコパワーの念弾を放出する。

「一気に決めるよ! ヒノヤコマ、ニトロチャージ!」

ヒノヤコマの体が炎を纏う。

念弾を躱しつつそのまま急降下し、モルフォンに激突、爆発と共に床へとめり込ませた。

「モルフォン……!」

砂煙が晴れると、そこにはモルフォンが身体を焦がし、目を回して倒れていた。

「モルフォン戦闘不能、ヒノヤコマの勝利です! よって勝者、ハル選手!」

『決まったぁぁ! ハル選手のヒノヤコマ、タイプ相性で有利なモルフォンに対し、終始有利に立ち回り、スピードで圧倒! これでハル選手、二回戦進出でぇーっす!』

女性アナウンサーの声が響き渡り、会場に歓声が湧く。

「よし、一回戦突破……! ヒノヤコマ、お疲れ様。頑張ったね」

腕に留まったヒノヤコマの嘴を撫で、ボールへと戻すと、ハルはリオン相手に一礼し、バトルフィールドを後にする。



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第46話 注目の対戦カード

一回戦第四試合。

ミオのカビゴンが巨体に似合わぬ跳躍を見せ、相手のポケモンを押し潰し戦闘不能にしてしまい、難なく一回戦を突破。

そして続いての試合。

『それでは、続きまして第五試合目を行います! サヤナ選手とティオ選手の入場です!』

引き続き、ハルにとっては目の離せない試合。

両トレーナーがバトルフィールドに立つ。サヤナの相手は、緑色のジャケットを羽織った金髪の少年。

「よろしく! いいバトルにしようね!」

「こ、こちらこそ、お手柔らかに……」

ティオと呼ばれた少年だが、やけにおどおどしている様子。比較対象が緊張とは無縁のサヤナであるため、余計にそう見えるのかもしれないが。

ともあれ、審判に従い、同時にポケモンを繰り出す。

「頼んだよ、ハクリュー!」

「お願い、ノコッチ……!」

サヤナのポケモンは長い体躯の青白いドラゴンポケモン。首と尻尾の先には青い水晶を持ち、東部には短いがツノが生えている。

対するティオのポケモンは黄色の平べったく丸っこいポケモン。小さな羽とドリルのような尻尾を持つ。

 

『information

 ハクリュー ドラゴンポケモン

 宝玉には天候を自在に操る力が

 秘められている。綺麗な湖の底に

 棲むため目撃例は非常に少ない。』

 

『information

 ノコッチ 土蛇ポケモン

 洞窟の奥深くに生息する。地上へ

 出てくることもあるが人に見つかる

 と即座に地中へ逃げていってしまう。』

 

ミニリュウの進化系であるハクリューはドラゴンタイプ、ノコッチはノーマルタイプのポケモンだ。

「それでは、試合開始です!」

バトルスタートと同時に、まずはサヤナとハクリューが仕掛ける。

「行くよ! ハクリュー、龍の息吹!」

ハクリューの首元の水晶が輝く。吐息に龍の力を込め、青いオーラを纏った息吹を放つ。

そこまで素早いポケモンではないのか、息吹はノコッチへ着弾、青白い爆発が巻き起こる。

「続けて電撃波!」

ファーストヒットを奪い、さらにハクリューは首の水晶から波状の電撃を放出、攻撃を受けたノコッチに対して必中技で追撃を放つ。

しかし、

「ノ、ノコッチ、穴を掘る!」

ノコッチも動き出す。ドリルのような尻尾で床に穴を開け、後ろ向きのまま脱兎の如く逃げるかのように地中へ隠れてしまう。

いくら必中技でも、地中に逃げられてしまっては当てられない。

「どこから来るの……ハクリュー、気をつけてね」

周囲を警戒するサヤナとハクリュー。

一方のノコッチは物音一つ立てず、地中から密かに忍び寄る。

「い、今だ! ノコッチ!」

ティオがその名を呼ぶと同時に、ノコッチが勢いよく飛び出してくる。

現れたのはなんと、ハクリューの真正面。

「っ! ハクリュー、龍の――」

まさか真ん前から来るとは思っていなかったのか、サヤナの指示が僅かに遅れる。

対して。

 

「ノコッチ、蛇睨み……!」

 

ノコッチの丸い目が、赤色に妖しく輝く。

不気味な赤い瞳に凝視され、ハクリューの体が竦んでしまう。

ようやくノコッチの目の光が収まるが、

「ハクリュー……どうしたの? 大丈夫?」

ハクリューの様子がおかしい。体が硬直してしまって、思うように動けない様子だ。麻痺の状態異常を受けてしまっている。

「よ、よし……! ノコッチ、頭突き!」

動きの鈍ったハクリューの隙を逃さず、ノコッチが飛び出す。ハクリューへと飛び掛かり、大きな頭で殴りつける。

「ハクリュー! 大丈夫!?」

強烈な頭突きを受け、その衝撃に怯んでしまい、ハクリューの反撃が遅れる。

「こっちも反撃だよ。ハクリュー、龍の息吹!」

ハクリューが龍の力を込めて息吹を放つが、

「ノコッチ、穴を掘る……!」

既にノコッチは尻尾のドリルで再び地中に隠れてしまっている。

龍の息吹は地面に着弾するのみで、ノコッチにダメージは与えられず、

「……頭突き!」

今度はハクリューの斜め後ろから飛び出し、再び頭突きを食らわせる。

衝撃に再び怯んでしまい、またしてもハクリューは反撃の隙を逃してしまい、

「もう一度……!」

ノコッチが立て続けに頭突きを放ち、ハクリューを突き飛ばした。

『ノコッチの頭突きが立て続けに命中ーッ! ティオ選手のノコッチ、特性“天の恵み”と麻痺状態を生かして、一気に畳み掛けています!』

天の恵みは技の追加効果が出やすくなる特性。頭突きは強い衝撃を与えることで相手を怯ませる追加効果があるが、ノコッチは特性によってその発生回数を増やし、さらに麻痺の状態異常を組み合わせてハクリューの行動を封じているのだ。

「い、いい調子だよ、ノコッチ……もう一度、穴を掘る!」

ハクリューの反撃が来る前に、再びノコッチは地中に身を隠す。

「なるほど、天の恵み……このままじゃまずいね。ハクリュー、気をつけて。出てきた瞬間を狙うしかなさそうだよ。君なら狙える、大丈夫」

調子付いてきたノコッチとティオだが、対照的にサヤナは焦りを見せず、落ち着いている。

とはいえ、ハクリューは麻痺を受けている。ノコッチを見てから瞬時に反応するだけの速度は出せない。

「……今だ、頭突き!」

そう、ティオは思っていたのだが。

 

「真後ろ! ハクリュー、捕まえて!」

 

背後から飛び出すノコッチに対し、ハクリューは即座に振り向き、ノコッチの頭突きを回避、さらに長い体を生かしてノコッチに巻きつき、逆に動きを止め、締め上げる。

細身ではあるが全長4メートルもあるその体は、ノコッチの動きを封じるのには充分だった。

「えっ……そ、そんな! ハクリューは麻痺を受けているはずなのに……!」

「ふふふ、特性には特性をってね。私のハクリューの特性は、脱皮なんだよ!」

脱皮は、掛かっている状態異常を治す特性。本当に脱皮するわけではないが、蛇のようなポケモンによく見られる特性のため、そう名付けられている。

「さあ、今度こそ反撃だよ! ハクリュー、投げ飛ばして水の波動!」

体を振るってノコッチを投げ飛ばし、地面に叩きつけ、ハクリューは水晶に水の力を集めて水弾を発射する。

宙を舞うノコッチへと水の波動が直撃、水飛沫が舞い、

「龍の息吹!」

さらにハクリューは吐息に龍の力を込めてオーラを纏う息吹を発射。

青い爆発と共に、ノコッチは吹き飛ばされた。

「ノ、ノコッチ……!」

地面へ撃墜されたノコッチは、そのまま目を回して動かなくなった。

「ノコッチ戦闘不能! ハクリューの勝利です! よって勝者、サヤナ選手!」

『決まったぁーッ! 押されていたかに思われたサヤナ選手、ハクリューの特性を生かして鮮やかな逆転勝利! 二回戦進出を決めました!』

サヤナの勝利が告げられ、熱い逆転勝ちに会場から歓声が響く。

「やった、ハクリューお疲れ様! 麻痺は大丈夫だった? これ、一応食べておいて」

サヤナは戻ってきたハクリューを撫で、麻痺に効くクラボの実を渡す。

ハクリューが木の実を食べ終わると、サヤナはハクリューをボールへと戻し、対戦相手ティオに一礼し、フィールドを後にした。

 

 

 

六、七試合目も順調に終了し、そして、一回戦最後の試合。

この試合は、今大会注目の選手が初っ端からぶつかり合う好カード。

『さぁ! 一回戦最後の試合が、間も無く始まります! 第一回戦、最終試合! スグリ選手とエリーゼ選手の入場です!』

アナウンサーが名を告げると同時、会場が大きく湧き上がる。

それもそのはず、

『今大会注目の一戦! 両選手とも、別の大会で優勝経験を持つ実力派! この二人が当たる場としては、一回戦のこの場は、あまりにも早すぎやしないだろうか!?』

スグリもエリーゼも、他大会で優秀な成績を残す実力者。優勝候補同士が一回戦が激突するとなれば、観客にとっては注目の一戦になること間違いなしだ。

「いっやぁ、まさか一回戦から優勝候補に当たっちゃうとはね。ま、いずれどこかで当たるって考えたら、早めに勝っておくに越したことはないけどさ」

「あら、随分と余裕ね。でもその意見には私も同意。貴方に勝っておけば、ここから先は楽になりますわね」

お互いに余裕たっぷりの様子を見せ、モンスターボールを取り出す。

「出てこい、エレザード!」

「行ってきなさい、チルタリス!」

スグリのポケモンは、細身の体に襟巻を持つ二足歩行のトカゲのようなポケモン。

対するエリーゼのポケモンは、綿雲のような羽毛を持つ青い鳥ポケモン。

どちらも、ハルが初めて見るポケモンだ。

 

『information

 エレザード 発電ポケモン

 100mを5秒で走り抜く脚力を

 持つ。砂漠に生息するが湿地でも

 生きられるほど適応能力が高い。』

 

『information

 チルタリス ハミングポケモン

 ソプラノの歌声はとても美しく

 聴く者の眠気を誘う。穏やかな気質

 だが怒ると灼熱の火の弾を吹き出す。』

 

エレザードは電気・ノーマルタイプ、対するチルタリスは見た目に反してドラゴン・飛行タイプのようだ。

「やっぱりハッサムは出てこないか。ってか一つ聞きたかったんだけどさ。おねーさん、ルーキーじゃないよね?」

「ええ。私はカロス地方の生まれで、以前はカロス地方を旅していたわ。今は相棒のハッサム以外、マデルで捕まえたポケモンだけで旅をしているの。ハッサムはコーチ役だから、大会では使わないわよ」

ともあれ、お互いにポケモンが出揃った。

 

「それでは、試合……開始ッ!」

 

「行きますか! エレザード、まずは十万ボルト!」

いち早くエレザードが動き出す。顔の周りに襟巻を広げ、高電圧の強烈な電撃を放つ。

「チルタリス、火炎放射!」

対するチルタリスはその場から動かず、大きく息を吸い込み、灼熱の炎を吹き出す。

攻撃力は少しだけチルタリスの方が高いようで、少しずつ炎が電撃を押していくが、エレザードを捉えるには至らない。

「火力じゃ負けてるのね……だったら」

だがチルタリスの攻撃力は確認できた。スグリが次の手に出る。

「スピードで勝負だ! エレザード!」

体を屈めたエレザードの後ろ足の筋肉が、一瞬膨張する。

筋肉を電撃で刺激し、次の瞬間、エレザードは地を蹴って飛び出し、恐ろしいほどのスピードで一瞬のうちにチルタリスのすぐ横を駆け抜けていく。

「っ、速い……なんてスピード! チルタリス、気をつけて……!」

「今だエレザード、ドラゴンテール!」

素早さで撹乱し、チルタリスがエレザードの位置を見失ったその隙を突き、エレザードは龍の力を帯びた尻尾を勢いよくチルタリスへ叩きつける。

「っ、チルタリス、飛びなさい!」

しかしチルタリスもそう簡単には倒されない。エレザードの攻撃を受けても怯まず、綿雲のような翼を羽ばたかせ、飛翔する。

「チルタリス、ドラゴンクロー!」

脚に龍の波動を纏わせて輝く鋭い爪を作り上げ、チルタリスは上空から急降下、エレザード目掛けて光の爪を振るう。

「遅い遅い! エレザード、悪の波動!」

対するエレザードは地を蹴って横っ飛び、チルタリスの光の爪を躱しつつ、即座に波状の漆黒の光線を発射。

「それはどうかしら! チルタリス、火炎放射!」

だがそれを予測していたのか、チルタリスは素早くエレザードの位置を捉え、灼熱の炎を吹き出す。

激しい炎が闇の光線を打ち破り、その奥のエレザードを捉え、鮮やかな黄色の体を焼き焦がす。

「やべっ……エレザード、脱出!」

何とか炎から抜け出すエレザードだが、体には黒い煤が残っている。

「そう簡単に隙は作りませんことよ。私を倒すというのなら、もう少し本気を見せてちょうだいな」

「……へっ、言ってくれるじゃん。上等だぜ、受けて立つ! エレザード、炎のパンチ!」

再びエレザードが猛スピードで駆け出す。

一気にチルタリスの懐まで距離を詰めると、炎を灯した拳でチルタリスの顎へとアッパーカットを叩き込み、

「続けてドラゴンテール!」

さらに龍の力を纏った尻尾を鞭のように横薙ぎに振るうが、

「食い止めなさい! コットンガード!」

チルタリスの翼が大きな綿のように膨れ上がり、チルタリスを包み込んで身を守る。

尻尾の一振りで綿毛は振り払われてしまうが、チルタリス本体にダメージはほとんどなく、

「十万ボルト!」

「火炎放射!」

エレザードが電撃を放出するのと、チルタリスが口から炎を吹き出すのはほぼ同時だった。

電撃を食らったチルタリスが墜落するが、その一方エレザードも炎に呑まれて吹き飛ばされる。

「なかなか、やるじゃないの! チルタリス、まだ立てますわよね!」

「そっちこそね……エレザード、ここが正念場だぞ」

砂煙を翼で振り払ってチルタリスが首を上げ、対するエレザードもゆっくりと立ち上がる。

「チルタリス、飛びなさい! 火炎放射!」

翼を広げてチルタリスは飛翔し、大きく息を吸い込んで灼熱の炎を放ち、エレザードの周囲を炎で薙ぎ払う。

「躱せエレザード、十万ボルト!」

大きく後ろに飛んでエレザードは炎から逃れると同時、襟巻きを広げて空中のチルタリスへと高電圧の電撃を放つ。

「ドラゴンクローで防いで!」

空中のチルタリスは脚に龍の力を纏わせて巨大な光の爪を作り上げ、電撃を食い止める。

お互いの強力なエネルギーを持った一撃は、一歩も譲らず激突し、その末に爆発を起こした。



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第47話 ポケモントレーナー“R”

エレザードの電撃とチルタリスの龍爪が激突し、爆発が巻き起こる。

「チルタリス、火炎放射よ!」

直後、動いたのはチルタリスだった。

翼を羽ばたかせて爆煙を吹き飛ばし、大きく息を吸い込み、灼熱の炎を吹き出す。

が、

「よっし……今だ! エレザード、ドラゴンテール!」

爆煙の向こうには、既にエレザードの姿はない。

「っ!?」

慌ててエリーゼが周りを見渡す。

チルタリスの死角、斜め後ろからエレザードが大きく跳躍し、龍の力を込めてオーラを纏った尻尾を横薙ぎに振り抜き、チルタリスへと叩きつけた。

「チルタリス、捕まえなさい! 逃してはダメ!」

尻尾の一撃を受けたが、チルタリスの反応は早かった。

素早く首を伸ばし、嘴でエレザードの尻尾を捕まえ、その動きを止める。

「ドラゴンクロー!」

「遅いッ! 十万ボルト!」

エレザードの動きを止め、チルタリスが脚に輝く龍爪を纏わせる。

しかしその直後、エレザードが尻尾から直接電撃を放ち、ゼロ距離からチルタリスへ電撃を直撃させた。

チルタリスの体勢が崩れてエレザードは解放され、さらに光の龍爪もエレザードを捉えられず、

「決めろ! ドラゴンテール!」

残る力を振り絞り、エレザードは龍のオーラを纏って輝く尻尾をチルタリスの脳天目掛けて渾身の力で振り下ろし、その勢いのままチルタリスを地面に叩き落とした。

「チルタリスっ!?」

エリーゼの声に応え、チルタリスは翼を震わせ、起き上がろうともがく。

しかしそこで遂に体力が尽き、再び地面に倒れ伏してしまった。

「チルタリス、戦闘不能! エレザードの勝ちです! よって勝者、スグリ選手!」

『決まったぁぁぁぁっ! 一回戦から、超絶怒涛の大激闘! どちらが勝ってもおかしくない戦い、紙一重の差で相手を上回り、二回戦へ駒を進めるのは、スグリ選手ぅぅぅッ!』

女性アナウンサーがマイクを握り締めて叫び、会場からまるで決勝戦が終わったかのような大歓声が巻き起こる。

「ふーっ、どうにか勝った……だけどエレザードは全力出し切って完全に手の内晒したし、この大会ではもうお休みかな。エレザード、よくやったぜ」

「くっ、うぅ……いえ、仕方ありません。あと一歩、及びませんでしたわね。チルタリス、よく頑張ってくれましたわ。私もあなたも、もっと精進しましょう」

お互いに全力を尽くしたそれぞれのポケモンを労い、ボールへと戻す。

「わ、私に勝つなんて、相当な腕前ね。この私を打ち負かしたとなれば、優勝以外は認めませんわよ」

「ありがと、おねーさん。元から優勝するつもりで来てるから、任せといてよ」

「エリーゼ、でいいわよ。また戦いましょうね、スグリ。次こそは負けませんから」

「ん、わかった。こちらこそまたよろしくね、エリーゼさん」

スグリとエリーゼは握手を交わし、歓声の中、フィールドを去っていく。

『さあ、これにて一回戦全てが終了しました! どの試合も見どころ満載で、私、一瞬たりとも目が離せませんでした! 一回戦を勝ち進んだ選手たち、果たしてこの中から優勝を決めるのは一体誰なのか! それでは、また明日お会いしましょう! 実況は私、テレビコトブキのタロスがお送りいたしました!』

試合数が多いため、二日目は一回戦で終了。

そして三日目、今日で準決勝まで行われ、四日目に決勝戦が行われる。

 

 

 

「エーフィ、サイコショット!」

「っ、ガラガラ、骨棍棒で防御!」

 

『information

 ガラガラ 骨好きポケモン

 手にした骨を振り回し投げつける。

 空飛ぶポケモンを叩き落とすほどの

 コントロールとパワーが持ち味。』

 

ハルは二回戦、エーフィを出し、対戦相手の骸骨を被って棒状の骨を持ったポケモン、ガラガラを相手に、試合を有利に進めている。

エーフィの放った念力の弾に対し、ガラガラは手にした骨を振り下ろして念弾を打ち壊す。

「スピードスター!」

間髪入れず、エーフィはさらに無数の星形弾を撃ち出す。

ガラガラは再び骨を振り上げるも、それを振り下ろすまでの余裕はなく、星形弾を打ち付けられる。

「っ、ガラガラ、ロケット頭突きだ!」

立ち上がったガラガラは首を引っ込めて硬い頭を構え、勢いよくエーフィへと突っ込んでいく。

しかし、

「今だ! エーフィ、マジカルシャイン!」

エーフィの額の珠が輝き、周囲に純白の光を放出する。

突っ込んでくるガラガラを、逆に光の中に呑み込んだ。

「しまった、ガラガラ……!」

光がようやく収まった時には、ガラガラは戦闘不能となって倒れていた。

『二回戦第一試合、決着ぅぅ! ハル選手、二回戦も終始有利に試合を進めて見事な勝利! 準決勝へと駒を進めましたぁ!』

アナウンサーの声が会場に響く。ハルは二回戦を突破し、一番乗りで準決勝へと進む。

「よかった、勝てた……! エーフィ、お疲れ様だよ」

エーフィの頭を撫でてボールに戻し、ハルはバトルフィールドを去る。

「準決勝からは、ポケモン三体ずつで戦うのか。二回戦はこの後ミオ、サヤナ、スグリ君……どの試合も見ておかないと。特にサヤナの試合は、相手も気になるしね……」

サヤナの二回戦の相手は、不気味な仮面を被った、『ポケモントレーナー“R”』という謎の選手。

一回戦も確認していたのだが、真っ黒なローブに身を包み、対戦相手への挨拶すらせず、バトル中にもポケモンへの指示以外は一切口を開かなかった。

しかもその実力もかなりの腕前。一回戦は瞬く間に試合を終わらせてしまっていた。

「サヤナも不安だけど……人の心配ばっかりしてる場合じゃないな。次の試合、恐らくミオが上がってくるはずだ」

ハルは急いで観客席に戻り、ミオの試合観戦に向かう。

 

 

 

そして。

ハルの予想は、正しかった。

「カビゴン、のしかかり」

カビゴンが大きく跳躍し、重力に従いそのまま落下。

回避させる隙すら与えず、対戦相手のポケモンを押し潰し、戦闘不能とした。

『決着ぅ! ミオ選手、またもカビゴンと共に二回戦を突破! このミオ選手、予選からこの二回戦までずっと、カビゴン一匹のみで戦っております!』

アナウンサーの声をバックに、ミオは笑顔でカビゴンのお腹を撫で、ボールへと戻す。

そしてこの試合の結果により、ハルの次の試合、準決勝の相手はミオになることが確定した。

「あのカビゴン、相当のやり手ですわね。あの子とも、いずれ戦いたいもの」

試合を観戦するハルの横には、エリーゼが座っている。

「ミオ、やっぱり上がってきたか……準決勝で、リベンジを果たさなきゃ」

「あらハル、もしかして貴方、あの子と戦ったことがあるのかしら?」

「ええ。ポケモンセンターの交流所で、調整も兼ねて。その時は負けちゃいましたけどね……」

あの時もカビゴンを使っていたため、ミオの手持ちポケモンは今のところカビゴンしか見えていない。

「準決勝からは三対三よね。ハル、頑張りなさいよ」

「はい。今度は勝って、そのまま優勝してみせますよ」

エリーゼに激励され、ハルは気合を入れ直し、気を引き締める。

少し時間を挟んで、次はサヤナの試合だ。

 

 

 

『さあ、参りましょう! 二回戦第三試合目、“R”選手とサヤナ選手の対戦です!』

テンションの高いアナウンサーの声と会場の歓声を受け、二人の選手がフィールドに立つ。

サヤナの相手となるのは、白い不気味な仮面と黒いローブに身を包んだ正体不明の男、ポケモントレーナー“R”。

『サヤナ選手は優勝こそないものの、出場した大会では必ず好成績を残す実力派! 対する“R”選手はバッジの数以外経歴は一切不明! ミオ選手と同じく、ポケモンもここまで一匹しか使用しておりません! 準決勝に駒を進めるのは、一体どちらか!?』

「それでは、両者ポケモンを出してください」

審判の声を引き金に、両選手は同時にポケモンを繰り出す。

「頼んだよ! ワカシャモ!」

「バクオング」

サヤナのポケモンは。ワカシャモ。

“R”のポケモンは身体中に楽器のパイプのような穴を持つ、怪獣型ポケモンだ。

 

『information

 バクオング 騒音ポケモン

 大声の振動によって大地を揺らし

 衝撃波で敵を吹き飛ばす。

 遠吠えは10キロ先まで響き渡る。』

 

ノーマルタイプのポケモン、バクオング。予選からずっと使われているのがこのポケモンだ。

それを読んで、サヤナは格闘タイプのワカシャモを出したのだろう。

「それじゃ行くよ! ワカシャモ、ニトロチャージ!」

身体中に炎を纏い、ワカシャモは目にも留まらぬスピードで突っ込む。

一気にバクオングまで近づき、そのまま激突し、バクオングを突き飛ばした。

「ワカシャモ、弾ける炎!」

さらにワカシャモは口から火花を散らす炎を放つ。

「バクオング、地震」

対してバクオングが身体中の穴から空気を吸い込み、爆音のような大声を発する。

空気の振動だけで炎の弾を掻き消し、さらにフィールド全体までも大きく揺らし、その衝撃でワカシャモを吹き飛ばした。

「なっ、ワカシャモ!? 大丈夫!?」

吹き飛ばされたワカシャモだが地に手をつき、勢いよく起き上がり、勇ましく鳴く。

「よし、まだ行けるね! ワカシャモ、キャノンパンチ!」

ワカシャモが地を蹴って飛び出し、バクオングとの距離を詰めていく。

「バクオング、ハイパーボイス」

「ワカシャモ、躱して!」

バクオングが再び空気を吸い込み、大声と共に大音量の衝撃波を放つ。

だが今度はワカシャモは思い切り跳躍し、衝撃波を躱すと、上空からバクオングへと強烈な拳の一撃を叩き込んだ。

「一気に行くよワカシャモ! もう一度キャノンパンチ!」

さらにワカシャモは拳を握りしめ、一旦引っ込めた腕をもう一度思い切り突き出す。

それに対して、

「バクオング、噛み砕く」

ワカシャモが突き出した腕を、バクオングは大顎で強引に受け止め、

「ハイパーボイス」

間髪入れずに口から大音量の音波と共に衝撃波を放ち、ワカシャモを大きく吹き飛ばした。

「ぐうっ……」

「気合玉」

さらにバクオングは大きく口を開く。

口内の一点に力が集まり、気合の念弾がバクオングの口から放出された。

「来た……! ワカシャモ、受け止めて!」

回避が間に合わないと判断したのか、サヤナのその指示通り、どうにか立ち上がったワカシャモは両手を構え、正面から気合玉を受け止める。

ズザザザザザ! という音と共にワカシャモが大きく押し戻されるが、それでも地に足をつけて耐え切った。

そして。

「それを待ってたんだよ! ワカシャモ、オウム返し!」

刹那、ワカシャモの構えた両手にバクオングのものと同じ念弾が作り上げられる。

お返しとばかりに、ワカシャモは渾身の気合の念弾をバクオングへと投げつけた。

一直線に飛ぶ気合の念弾はバクオングの額へ直撃。格闘技の気合玉はノーマルタイプのバクオングへと効果抜群、その体勢を大きく崩した。

「今だよワカシャモ! キャノンパンチ!」

その隙を逃さずワカシャモは拳を構え、一気にバクオングへと向かっていく。

しかし。

 

「バクオング、地震」

 

怒りの形相を浮かべたバクオングが爆音の如き怒声を放つ。

爆音の衝撃波によってワカシャモの動きは止められ、さらにフィールド全体も大きく揺れ、地震に巻き込まれてワカシャモが吹き飛ばされる。

「ハイパーボイス」

バクオングがもう一度身体中の穴から空気を吸い込み、口から大音量の音波と共に衝撃波を放つ。

地震を受けたワカシャモを衝撃波に巻き込み、壁にまで飛ばして叩きつけた。

「あ……っ! ワカシャモ!?」

壁に叩きつけられたワカシャモはそのまま力なく床へと落ち、戦闘不能となった。

「ワカシャモ戦闘不能! バクオングの勝ちです! よって勝者、ポケモントレーナー“R”!」

『決まったぁぁ! “R”選手、タイプ相性を覆し、またもバクオングで勝利! 謎の選手が謎に包まれたまま、準決勝へと駒を進めていきます!』

アナウンサーの叫びが試合終了を告げる。善戦していたサヤナとワカシャモだが、残念ながら二回戦で敗北することとなった。

「……負けちゃったね。ワカシャモ、そんな顔しないで。よく頑張ったよ、お疲れ様」

サヤナは悔しそうに低い声で鳴くワカシャモを労い、その頭を撫で、ボールへと戻す。

“R”は何も語らずバクオングをボールへと戻すと、そのままフィールドを去っていった。

「サヤナ、負けちゃったか……」

「さっきの子もそうだけど、バクオング一匹でここまで上がってきてるだけある。あの“R”ってトレーナー、相当な腕前ね」

それにしても、とハルの隣でエストレは続け、

「あのスタイル、気にくわないわね。何の目的か知らないけど、わざわざ顔を隠してるあたりが特に。何かやましいことでもあるのかしら」

「運営が雇ったヒール役か何かですかね? 大会を盛り上げるために、みたいな……」

「それだとしたらこの配役は大失敗よ。不気味すぎて寧ろ盛り上がらないわ」

“R”の正体がそろそろ気になってくるが、それはひとまず置いておく。

次の試合は二回戦最後の試合。スグリが登場する。

 




《キャノンパンチ》
タイプ:格闘
威力:90
物理
砲弾が如く勢いよくパンチを繰り出す。

※普通の格闘タイプのパンチ技が思ったより少なかったので作りました。
※威力はあくまでも目安です。


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第48話 リベンジマッチ!ハダレ大会・準決勝

「オンバット、龍の息吹!」

二回戦、第四試合目。

スグリのポケモン、オンバットが、対戦相手の紫色の毒蛇のようなポケモンへ龍の力を帯びた息吹を放つ。

 

『information

 アーボック コブラポケモン

 腹に持つ顔の模様と不気味な

 吐息の音で獲物を威圧する。

 竦んだ獲物を長い体で捕らえる。』

 

「っ、アーボック、毒々の牙!」

息吹を受けたアーボックは体を起こすと、牙を剥いてオンバットへと食らいつく。

「遅い遅い、躱してアクロバット!」

オンバットを狙ってアーボックが次々と噛み付きを仕掛けるも、オンバットはそれを易々と躱し、軽快な動きでアーボックの背後に回り込み、体当たりを仕掛ける。

「今だアーボック! 締め付ける!」

体当たりを受けたアーボックの反撃は速かった。すぐさま長い胴体が動き、瞬く間にオンバットを囲む。

だが、

「遅いんだってば! 龍の息吹!」

アーボックの反撃は速かったはずだが、スグリとオンバットにとってはこれでも遅い。

オンバットはこちらを振り向いた瞬間のアーボックの顔面に龍の息吹を撃ち、アーボックの体勢を大きく崩す。

「これでとどめだ、オンバット、鋼の翼!」

顔に龍のオーラをぶつけられてよろめくアーボックの脳天へ、オンバットが鋼の如く硬化させた翼を振り下ろす。

アーボックは甲高い悲鳴を上げ、フィールドに倒れてそのまま戦闘不能となった。

『決まりましたぁ! スグリ選手、激闘を見せてくれた一回戦とは打って変わり、終始余裕の戦いを見せつけ、二回戦も突破! そして、これで準決勝へ進む選手が全て決定しました!』

やはりスグリは勝ち上がってきた。体格に大きな差があるポケモン相手でも、余裕の勝利だ。

『それでは、一時間の休憩を挟んだ後、準決勝進出の選手に一言インタビューさせていただき、それから準決勝を行います!』

「……え? インタビュー?」

思わず素っ頓狂な声を上げたのは観客席のハルだ。

「にひひー、ハル、インタビューだって! ちゃんと上手く喋らなきゃダメだよ!」

しかもハルの隣に戻ってきているサヤナがプレッシャーを掛けてくる。

「や、やめてよサヤナ……インタビューなんてされたこともないんだから……」

「どうせ意気込みを聞かれるくらいですわ。そんなに緊張することでもないわよ」

少しだけ薄ら笑いを浮かべながら、エリーゼが口を開く。

「優勝したい、って気持ちを、会場全体に伝えてきなさい。それでいいのよ」

「……うぅ、緊張するなぁ」

緊張を抱えたまま、ハルはサヤナとエリーゼに背中を押され、控え室へと向かう。

 

 

 

「さあ、間も無く準決勝が開始されます! ということで、その前に!」

今大会司会の女性アナウンサーは、実況席からマイクを持ってバトルフィールドに降りてきている。

「優勝まではもう少し! 見事準決勝まで勝ち上がってきた、四人の選手に! ここからの意気込みを聞いていきたいと思います!」

アナウンサーの言葉に続けて、観客席全体から歓声が飛ぶ。

「それでは……まずはハル選手から! 一言お願いします!」

アナウンサーからマイクを手渡される。

緊張は、吹っ切れた。

「残ってる人たちは、僕よりも強い人たちばかりです。だけど、ここまで来たからには、優勝目指して、全力で戦い抜きます!」

ハルの力強い言葉を受け、会場がどっと湧き上がる。

「はい! 準決勝、決勝に向けて、強い心意気を示してくれました! それでは!」

ハルからマイクを受け取り、次にマイクを渡されるのは、

「次はミオ選手!お願いします!」

相変わらずぼーっとした感じのミオが、マイクを受け取る。

「えーっとぉ、優勝したら、ポケモンのみんなと一緒に美味しいものを一杯食べに行きます」

いかにもミオのキャラらしいコメントに、会場からは笑いも混じった歓声が響く。

「さて、それでは次は、ポケモントレーナー“R”選手! お願いします!」

「……」

謎の男“R”がマイクを受け取ろうとしないどころか無反応なので、アナウンサーがマイクを白い画面の口元へと向けるが、

「……」

「えーっと、あの……“R”選手……何か一言……」

「……」

流れる沈黙。そして、

「……はいっ! “R”選手は、とっても無口な方でしたね!」

ついに痺れを切らしたアナウンサーは“R”へのインタビューを諦め、スグリへとマイクを渡す。場を盛り下げない咄嗟のアドリブ力はさすがプロのアナウンサーというべきか。

「さあ、それでは最後に、スグリ選手! お願いします!」

「ま、誰と当たってもやることは変わらないんですけどね。戦って勝つだけ。オレとオレのポケモンなら、それができる。見ててくださいよ、勝ってみせます!」

自信に満ちたスグリの言葉に、再び巻き起こる歓声。

「自信満々のコメント、ありがとうございます! さあ、それではいよいよ、準決勝を開始します! 最初の対戦カードは、ハル選手対ミオ選手! ここからは、三対三のバトルになります! 果たして、どんなバトルを見せてくれるのでしょうか!」

アナウンサーが実況席に戻り、いよいよ準決勝。ハルの相手は、以前敗れたミオ。リベンジマッチだ。

年の割に強力なポケモンを使うトレーナー。得ている情報はカビゴンのみ。しかし、そのカビゴンの情報はここまでのバトルを見てしっかり仕入れてある。

「さすがハル君、ここまで上がってくると思ってたよぅ」

「ミオもね。僕もどこかで当たるとは思ってた。この間のリベンジを果たさせてもらうよ」

「それができるなら、ねぇ」

ハルとミオは同時にボールを取り出す。

『それでは、準決勝第一試合、スタートです!』

「両者、ポケモンを出してください!」

審判の声に合わせて、モンスターボールからポケモンが現れる。

「まずは君だ。出てきて、ワルビル!」

「よぉし、頼んだよぅ、ペンドラー」

ハルが先発に選んだのはワルビル。対してミオの初手はカビゴンではなかった。

出てきたのは、鎌首をもたげた巨大なムカデのようなポケモンだ。

 

『information

 ペンドラー メガムカデポケモン

 巨体の割に素早い動きで獲物を

 狙う。首の爪で獲物の動きを封じ

 頭の角を突き刺してとどめを刺す。』

 

虫と毒タイプを併せ持つポケモンのようだ。ワルビルからは一応有効打として燕返しがあるが、

(向こうの虫技はワルビルに効果抜群になるな……気をつけなきゃ。それに……)

ワルビルも力自慢のポケモンではあるが、なんせ今回の相手は巨体だ。長い体は頑強で、カビゴンよりも大きい。

ペンドラーというポケモン自体好戦的な性格であり、バトルが始まれば力を生かして攻めてくるだろう。

そう、ハルは考えていたのだが。

「それでは、試合……開始ッ!」

ミオの初手は、違った。

 

「ペンドラー、毒菱だよぅ」

 

バトル開始直後、ペンドラーは毒を含んだ撒菱をワルビルの足元へと散らしたのだ。

「えっ……?」

「さ、ペンドラー、メガホーンだよぅ」

困惑するハルをよそに、ペンドラーは頭を下げてツノを構え、勢いよく突撃する。

「っ、ワルビル、躱して燕返しだ!」

ペンドラーのスピードはかなり速いが、軌道は直線。

ワルビルは素早く飛び退いてペンドラーのツノの一撃を躱し、刀身のように腕を振り抜き飛び掛かる。

「ペンドラー、メガホーンで防御」

向かってくるワルビルに対し、ペンドラーは角を横薙ぎに振り払い、ワルビルの攻撃を迎え撃つ。

本来は角で突き飛ばす技なのを防御に使ったためか、威力は思ったほど高くなく、追撃は来ない。

「さっきの技は……?」

図鑑を取り出し、ハルは毒菱を調べる。

「ええっと……交代したポケモンが浮いていなければ、そのポケモンを毒の状態異常にする、だって……?」

「そーだよぅ。不利な相手が出てきたからって交代すると、毒を浴びちゃうよぅ」

つまり、これでハルは安易にポケモンを交代することができなくなった。

もう一つ痛いことに、エーフィを出しづらくなった。補助技を反射するマジックミラーの特性を持つエーフィだが、既に撒かれてしまった毒菱を防ぐことはできない。

(幸い、飛んでいるヒノヤコマと鋼タイプのルカリオには毒菱は効かないけど……もしかして、出すポケモンを誘導する目的もあるのか……?)

この時点で、ハルの後続はほぼヒノヤコマとルカリオに絞られた。ミオがここまでの試合を見ていたなら、そこまで考えていても不思議ではない。

「さ、次だよぅ。ペンドラー、ベノムショック」

続けて、ペンドラーはツノの先から滴らせた毒液をワルビルへと放つ。

「ワルビル、弾け! シャドークロー!」

両腕に影の爪を纏い、両手を振り抜き、ワルビルは毒の液体を弾く。

やはりそこまでの威力はない。おそらくこのペンドラー、後続のポケモンに流れをつなぐサポートの役割を担っているのだろう。

「ちなみにベノムショックは毒状態のポケモンに威力が増す技だよぅ。この技自体も毒にすることがあるから、気をつけてねえ」

ミオは力の抜けた笑顔でそう語る。

「それじゃ、まだまだ行くよぅ。ペンドラー、メガホーン!」

思い切り角を突き出し、再びペンドラーは勢いよく突進を仕掛ける。

「ワルビル、穴を掘る!」

サポート担当だからとはいえメガホーンの直撃を受けるわけにはいかない。ワルビルは素早くフィールドに穴を掘る。

ペンドラーの突撃を床に潜って躱し、地中から忍び寄ると、その足元から飛び出し、ペンドラーを殴り飛ばした。

「やるねぇ。それじゃあ、次はこうかなぁ」

ペンドラーが起き上がったのを確認すると、ミオは次の手に出る。

 

「ペンドラー、バトンタッチ」

 

次の瞬間、ペンドラーはミオの構えたボールへと戻っていく。

「えっ?」

「それじゃあ頼んだよぅ、トゲチック」

戸惑うハルのことは気にせず、ミオは次のポケモンを繰り出す。

卵の形をした体に首と短い手足、そして天使のような小さな翼が生えたようなポケモンだ。

 

『information

 トゲチック 幸せポケモン

 純粋な心を持つ者の前にだけ

 姿を現すポケモン。幸運を運ん

 でくるという言い伝えがある。』

 

『ミオ選手、ここでバトンタッチによりポケモンを交代! 出て来たのは、トゲチックです!』

タイプはフェアリーと飛行。ワルビルにとっては、悪技を半減する上に地面技を無効化する厄介な相手である。

本来ならば、ハルも相手に合わせて別のポケモンに交代してもいい場面。

なのだが、

「……なるほど。そのための毒菱ってことか」

その交代を、撒き散らされた毒菱が躊躇わせる。

交代際に毒菱を踏むと、そのポケモンは毒を受けてしまう。

ここで飛行タイプを持ち毒菱の効果を受けないヒノヤコマを出すとしても、その後に出すワルビルは確実に毒を受ける。

さらに、毒を受けるとまずいことはもう一つある。

(確か、あのペンドラーのベノムショックは毒を受けたポケモンに対して威力が上がる。出来れば、ワルビルに毒は与えたくない)

敢えてミオがベノムショックの説明をしたのも、ここでハルの交代を躊躇わせるためだろう。有利な対面を作って、一体ずつ相手を倒していくつもりか。

「……ワルビル、相性の悪い相手だけど、ここは頑張って。君に毒を受けさせたくはないし、頼んだよ」

タイプ相性は不利だが、やむを得ない。ワルビルもハルの言葉を受け、任せろと言わんばかりに大きく吼える。

「……よし! ワルビル、シャドークロー!」

ワルビルが両手に影の爪を纏わせ、トゲチックへと飛びかかる。

しかし、

「トゲチック、躱してエアスラッシュ」

見た目に反して素早い動きでトゲチックはワルビルの爪を躱すと、小さい羽をぱたぱたと羽ばたかせて空気の刃を飛ばし、ワルビルを切り裂く。

「っ、速い……!」

「バトンタッチは、ただ交代するだけじゃない。交代前のポケモンの能力変化を引き継ぐんだよぅ」

ミオが再び説明を始める。

「能力変化……? だとしても、さっきのペンドラーは能力変化の技なんて……」

「うんうん、技は使ってないよぅ。だけど」

ハルの疑問に対し、ミオはどことなく得意げな表情で言葉を続ける。

「ペンドラーの特性、加速っていってねぇ。そんな動きは見せなかったけど、時間が経つにつれて素早さが上がっていくんだぁ。それを引き継いだから、今のトゲチックは素早さが上がってるんだよぅ」

「っ、なるほど。通りで……」

予想はしていたことだが、やはりミオの強さはカビゴンだけではなかった。

ハダレ大会準決勝、ミオ戦は、一筋縄ではいかなさそうだ。



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第49話 天然策士ミオ

「それじゃあ続けるよぅ。トゲチック、マジカルリーフ」

トゲチックが周囲に妖しい光を放つ葉を浮かべ、それをワルビルへと放つ。

この技、マジカルリーフには見覚えがある。必中技だ。

「ワルビル、シャドークローで防いで!」

飛来する葉を、ワルビルは影の爪を振り抜いて薙ぎ払い、

(トゲチックの上昇してる能力は素早さだけ。さっきのエアスラッシュを見るに、攻撃力はそんなに高くない。ワルビルの力で押し切る!)

「ワルビル、燕返し!」

両腕を構え、ワルビルは地を蹴って大きく飛び出す。

一気にトゲチックとの距離を詰め、刀を振るうように腕を振り下ろし、トゲチックを叩き落とす。

「噛み砕く!」

撃墜されたトゲチックを狙い、ワルビルは大顎を開いて急降下する。

頑丈な牙を剥いてトゲチックへと襲い掛かるが、

「トゲチック、マジカルシャイン」

地面に落ちたトゲチックの体が白く輝き出し、眩い光が放出される。

突っ込んできたワルビルを光が飲み込み、逆に後方へと吹き飛ばした。

「続けてエアスラッシュだよぅ」

「っ、もう一度噛み砕く!」

トゲチックは再び浮上し、羽を羽ばたかせて空気の刃を飛ばす。

対して起き上がったワルビルは再び大顎を開き、飛来する空気の刃を噛み砕いた。

「ワルビル、シャドークロー!」

刃を砕くと、ワルビルは両手に影の爪を纏わせ、大きく飛び出す。

「トゲチック、躱してマジカルリーフ」

影の爪を振るうワルビルだが、素早さの上がっているトゲチックには躱されてしまう。

さらにトゲチックは光を放つ葉を放ち、無数の葉はワルビルを追尾して襲い掛かる。

「だったら、穴を掘る!」

トゲチックは飛行タイプだが、それを分かった上でハルは指示を出し、ワルビルは素早く地面に潜る。標的を見失ったマジカルリーフは、明後日の方向へと飛んでいってしまう。

「トゲチック、気をつけて。何か仕掛けてくるよぅ」

トゲチックに穴を掘るが効かないのは分かりきったこと。ハルが何か狙っていることは、ミオにも分かる。

フィールドを見回すトゲチック。それに対し、ハルが動く。

「ワルビル、噛み砕く!」

ワルビルはトゲチックの真下から勢いよく跳躍し、そのまま大顎を開き、トゲチックへと牙を食い込ませた。

「地面に投げつけて、シャドークロー!」

ワルビルが大きく首を振る。トゲチックを投げ飛ばし、床へ叩き落とそうとするが、しかし、

「トゲチック、マジカルシャイン」

ワルビルに噛み付かれたまま、トゲチックは体から眩い純白の光を放つ。

食らいついたままのワルビルを容易く光で覆い尽くし、ワルビルを床へと叩きつけた。

「しまった……ワルビル!」

フェアリー技は、悪タイプのワルビルには効果抜群。

逆に地面に落とされたワルビルは、戦闘不能となって倒れてしまう。

『マジカルシャインが決まりましたッ! ミオ選手、スピードの上がったトゲチックを使って、タイプ相性で有利なワルビルを撃破! まずはミオ選手が先手を取りました!』

「ワルビル、お疲れ様。ゆっくり休んでて」

アナウンサーの声は気にせず、ハルはワルビルを労い、ボールに戻す。

「ミオ、さすがだね。今のところ、僕は君の戦術に押されっぱなしだよ」

「それはよかったよぅ。さぁハル君、ここからが勝負、だよねぇ? 僕の戦術、破って見せてよぅ」

「勿論さ。まだ、策はいくらでもあるよ」

ハルはそう返し、二番目のボールを取り出す。

「出てきて、ヒノヤコマ!」

ハルの二番手はヒノヤコマ。選出理由は、毒菱を警戒しただけではない。

「ヒノヤコマ、君のスピードなら、あのトゲチックとも互角以上に戦えるはずだ。頼んだよ」

トゲチックは飛んでいる上にスピードが上昇している。有利に戦いを進めるなら、ここは空中戦を仕掛けるしかない。

「なるほど、毒菱を受けない飛行タイプだねぇ。だけど、そう簡単には倒されないよぅ」

「そうでなくっちゃ。それじゃあヒノヤコマ、行くよ! まずは疾風突き!」

嘴を伸ばし、目にも留まらぬスピードでヒノヤコマは動き出す。

一気にトゲチックとの距離を詰め、嘴で突き飛ばす。

「さすがに先制技は速いねぇ……トゲチック、エアスラッシュ」

トゲチックは素早く体勢を立て直し、羽を羽ばたかせて空気の刃を飛ばす。

「ヒノヤコマ、躱してアクロバット!」

ヒノヤコマは旋回し、空気の刃を躱しつつトゲチックとの距離を詰める。

「トゲチック、神通力」

対してトゲチックは念力を操作しヒノヤコマを迎え撃つが、ヒノヤコマの不規則かつ素早い動きを捉えることができず、

「今だヒノヤコマ! ニトロチャージ!」

一瞬の隙を突き、ヒノヤコマが体に炎を纏い、まっすぐに突っ込んでいく。

「っ、トゲチック、躱して」

咄嗟に躱そうとするトゲチックだが完全に躱し切ることはできず、ヒノヤコマの纏う炎が足を掠める。

「アクロバット!」

旋回し、立て続けにヒノヤコマは再び軽快な動きで一気にトゲチックとの距離を詰める。

「トゲチック、マジカルシャイン」

トゲチックの体が輝き、純白の光が放出される。

果敢に挑みかかるヒノヤコマだが、光を突破することはできず、勢いを相殺されてしまう。

「神通力」

勢いが消えたところに、トゲチックは念力の波を放ち、ヒノヤコマの体勢を崩すと、

「続けてマジカルリーフ」

ヒノヤコマへ、妖しい光を放つ必中の無数の葉を放つ。

「ヒノヤコマ、ニトロチャージ!」

対するヒノヤコマは体に炎を纏わせ、周囲にまとわりつく葉を焼き尽くすと、

「疾風突きだ!」

嘴を突き出し、高速で飛び出し、トゲチックを突き飛ばす。

「もう一度ニトロチャージ!」

「っ、マジカルリーフだよぅ」

さらにヒノヤコマは炎を纏い、体勢を崩すトゲチックへ再び突撃する。

トゲチックは体勢を崩しながらも、妖しい光を放つ無数の葉を飛ばす。

その後の回避は間に合わず、トゲチックはヒノヤコマの炎の突撃をまともに受けて吹き飛ばされる。

しかし、ヒノヤコマを纏う炎がなくなった次の瞬間、マジカルリーフがヒノヤコマを切り裂く。

「マジカルリーフは草技、そんなに痛くない! ヒノヤコマ、アクロバット!」

一気にトゲチックとの距離を詰め、ヒノヤコマは勢いよく翼を振り下ろす。

「トゲチック、神通力」

ヒノヤコマに対してトゲチックは念力を放ち、振り下ろされる翼をどうにか食い止める。

「エアスラッシュ」

「疾風突き!」

さらにトゲチックは羽を羽ばたかせようとするが、その前にヒノヤコマが飛び出し、トゲチックを嘴で突き飛ばす。

「むぅ……トゲチック、マジカルシャイン」

トゲチックの体が白く輝き出す。

そのまま純白の光を周囲へと放とうとするが、

「決める! ヒノヤコマ、ニトロチャージ!」

それよりも早くヒノヤコマは炎を纏って全速力で飛び出し、トゲチックに激突し吹き飛ばす。

地面に叩き落とされたトゲチックは何とか起き上がり、再び飛び立とうとするもそこで力尽き、戦闘不能となって倒れてしまった。

「ダメだったかぁ。トゲチック、お疲れ様ねぇ」

トゲチックをボールへと戻し、すぐにミオは次のボールを取り出す。

「それじゃ、ペンドラー、もう一度頼んだよぅ」

ミオの繰り出すポケモンは再びペンドラー、技は全て確認できている。

攻撃技は二つしか持っていないが、

(ここでカビゴンにバトンタッチされるとカビゴンのスピードが上がる……何としてもペンドラーのうちに倒さないと)

問題はバトンタッチだ。トゲチックはなんとか倒したが、再びバトンタッチを許せば、今度は高速で動くカビゴンが現れてしまう。それだけは阻止しなければならない。

「行くよヒノヤコマ! ニトロチャージ!」

「じゃあペンドラー、こっちはメガホーンだよぅ」

炎を纏いながら、ヒノヤコマは全速力で突撃する。

対するペンドラーは角を突き出し、こちらも全力の突撃を仕掛ける。

両者が正面から激突、僅かに攻撃力の差はあれど、ほぼ互角の威力だ。

「ヒノヤコマ、アクロバット!」

一旦下がり、ヒノヤコマは再びペンドラーとの距離を一気に詰め、翼を振り下ろす。

「ペンドラー、ベノムショック」

翼を叩きつけられたペンドラーは、すぐさま特殊な毒液を浴びせる。

「メガホーンだよぅ」

毒液を受けて動きを止めたヒノヤコマに対し、ペンドラーは角を振り回し、ヒノヤコマを叩き飛ばした。

「ペンドラー、もう一度メガホーンだぁ」

「ヒノヤコマ、ニトロチャージ!」

ペンドラーが高い金切り声を上げながら、角を構えて全力の突撃を仕掛ける。

ヒノヤコマも力強い鳴き声と共に炎を纏い、ペンドラーを迎え撃つべく飛び出す。

ペンドラーとヒノヤコマ、お互いの突進が正面から激突。

競り合った末に、競り合う力は遂に爆発を起こし、互いのポケモンを巻き込み、吹き飛ばした。

「ぐっ……ヒノヤコマ……!」

「ペンドラー……?」

やがて爆煙が晴れると、ヒノヤコマとペンドラーは、共に地に伏して倒れていた。

「ヒノヤコマ、ペンドラー、両者戦闘不能です!」

これで、お互いに残り一匹。

「ヒノヤコマ、よくやったね。お疲れ様」

「ペンドラー、お疲れ。休んでてねぇ」

ハルとミオ、両者は互いにそれぞれのポケモンをボールへと戻し、そして、最後のボールを手に取る。



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第50話 決着、因縁の巨獣!

ヒノヤコマ、ペンドラー、共に戦闘不能。

これでハルとミオ、両者のポケモンは残り一匹となった。

(恐らく、いや間違いなく、ミオの最後のポケモンはカビゴン。いや、もしカビゴンじゃなかったとしても、僕の最後のポケモンは決まってる!)

双方ボールを手に取り、最後のポケモンを繰り出す。

「これで最後だ! 出てきて、ルカリオ!」

「それじゃ最後、カビゴン! 頼むよぅ」

ハルが選ぶは勿論、エースのルカリオ。鋼タイプを持っているため、毒菱も効かない。

そして対するミオは、やはりカビゴンで来た。

「ハル君、ルカリオ持ってたのかぁ。だけどタイプ相性が有利だからっていうだけじゃ、このカビゴンには勝てないよぅ」

「分かってるさ。だけど例え出てくるポケモンがカビゴンじゃなかろうと、僕はこのルカリオで戦う、そして勝つ。そう決めてたんだ」

「それじゃあ、僕と同じだねぇ。僕も、誰が相手でもカビゴンと一緒に勝つ。そのつもりだよぅ」

対峙する両者、準備は整った。

「さあ、始めよう。カビゴン、シャドーボール」

「望むところだ! ルカリオ、ボーンラッシュ!」

双方が動き出す。カビゴンが両手の掌に黒い影の弾を作り上げ、ルカリオは右手から吹き出した波導を槍の形に変えて手に取り、地を蹴って飛び出す。

飛来する黒き念弾を波導の槍で破壊し、ルカリオは一気にカビゴンとの距離を詰め、

「ルカリオ、発勁!」

手にした槍は青い炎が如き波導へと形を変えて右手を覆い、カビゴンの腹部へと波導を乗せた掌底を叩きつける。

だが、

「カビゴン、跳ね返してぇ」

腹部へ打撃を受けたカビゴンは怯まなかった。

大きく息を吸い、凹んだお腹を空気で膨らませ、まるでバンパーのようにルカリオを逆に弾き飛ばしてしまったのだ。

「なっ……!?」

「見ての通り、カビゴンのお腹は厚い脂肪でとっても柔らかいんだぁ。ノーダメージってわけにはいかないけど、パンチやキックなら衝撃を抑えて、逆に跳ね返すことだってできるんだよぅ」

自慢げにミオは語る。 戦術と言っていいのか分からないが、ポケモンの特徴を生かした見事な戦い方だ。

「それじゃカビゴン、のしかかり」

ミオの指示を受けたカビゴンが大きく跳躍、ルカリオの上を取り、その巨体で直接押し潰しにかかる。

「来たか……! ルカリオ、躱してサイコパンチ!」

何度見ても圧巻の光景だが、ルカリオは素早く飛び退いてカビゴンの襲撃を躱す。

床に落ちてうつ伏せになったカビゴンが起き上がったタイミングを逃さず、念力を込めた拳を今度は額へと叩き込んだ。

「よし、続けて攻める! 発勁だ!」

右手に纏わせた波導を増幅させ、ルカリオはさらに掌底を叩きつける。

効果抜群の一撃を受け、カビゴンが呻き声を上げてよろめく。

「ルカリオ、一旦下がって!」

優勢時でも深追いは危険、そうハルは判断し、ルカリオも素早く飛びのき、宙を舞って後ろへと下がる。

だが、

「カビゴン、地割れだよぅ」

ルカリオの着地点を正確に見定め、カビゴンがフィールドを思い切り踏み付ける。

一直線にフィールドにヒビが走り、床が割れ、大地の大顎が如き裂け目がルカリオの着地を待つ。

「まずっ……!? ルカリオ、ボーンラッシュ!」

ルカリオの右手を覆う波導が、槍の形へと変化する。

咄嗟にルカリオは掴んだ槍で地面を突き、地割れの裂け目から着地点をずらす。

「チャンスだよぅ、シャドーボール」

だがその着地点も見切り、カビゴンが掌を開いて黒い影の弾を放つ。

着地したその瞬間、二つの漆黒の弾が飛来し、ルカリオに着弾して吹き飛ばす。

「やっぱり手強いな……そうとなったら、こっちも本気だ! ルカリオ、準備はいい?」

ハルの言葉に、ルカリオは振り返り頷く。

新しく得た力を、いよいよ見せる時が来た。

 

「僕と君の、絆の力に応えて! ルカリオ、メガシンカだ!」

 

大きく叫び、ハルはブレスレットを付けた右腕を掲げる。

ブレスレットに填め込まれたキーストーンが輝き出すと同時に、ルカリオの腕輪のメガストーンもそれに呼応し、七色の輝きを放つ。

双方の光は次々と一つに繋がり、光がルカリオを包み込み、その姿を変えていく。

「メガシンカ――メガルカリオ!」

纏う光を吹き飛ばし、駆け巡る波導をその身に刻み、天を衝く咆哮と共に、ルカリオがメガシンカを遂げる。

『な、なんとなんとなんと!! ハル選手のルカリオ、ここに来てまさかのメガシンカ! ハル選手、ここまで隠していた切り札を、遂に出してきましたぁッ!!』

ルカリオのメガシンカを前に急激にテンションを上げていくアナウンサー、それに続くように会場も凄まじい歓声に包まれる。

「……うーん、想定もしてなかったなぁ。ハル君、メガシンカが使えたのかぁ。これはちょっと、きつくなってきたかもねぇ」

そう呟くミオだが、発言とは裏腹にその口調は寧ろ高揚しているようにも聞こえた。

当然だ。相手が強ければ強いほど燃え上がる、それこそがポケモントレーナーなのだから。

「カビゴン、こっちも全力で行くよぅ。シャドーボール!」

ミオの語気が強まり、カビゴンが両掌を開く。

両手から一発ずつ黒い影の念弾が発射され、さらにカビゴンは口を開いてエネルギーを溜め込み、口内からももう一発影の弾を放つ。

「ルカリオ、躱して! 発勁!」

ルカリオがカッと目を見開き、右手に燃える炎が如き青い波導を纏わせる。

襲い来るシャドーボールを飛び越え、掻い潜り、カビゴンとの距離を詰めていく。

波導を纏った右手が、カビゴンの腹部を捉える。吹き飛ばすとまではいかずとも、その巨体を引き下がらせた。

「かなり威力が上がっている……跳ね返すのは難しそうだねぇ。だったら、のしかかりだよぅ」

カビゴンは野太い咆哮で自身を鼓舞し、地を蹴って大きく跳躍する。

ルカリオの上を取り、重力に従い落下、そのまま押し潰さんと迫る。

「躱してサイコパンチ!」

「させないよぅ、シャドーボールだぁ」

素早く飛び退いてカビゴンの影から離れ、ルカリオが拳を握り締める。

だが落下中のカビゴンの両手から黒い影の念弾が放出され、ルカリオにさらなる追撃を仕掛けてくる。

「っ、仕方ない! ルカリオ、ボーンラッシュ! 防御だ!」

揺らめく波導を槍の形に変え、ルカリオは波導の手にした槍を振り回し、シャドーボールを防いだ。

「ルカリオ、発勁だ!」

手から離した槍は再び形を変え、揺らめく波導となってルカリオの右手を覆う。

起き上がったカビゴンに対し、再びカビゴンとの距離を一気に詰め、右手を突き出す。

「カビゴン、耐えてぇ! シャドーボール!」

掌底を叩きつけられたカビゴンは怯まなかった。

気合いでなんとかルカリオの一撃をその場踏み止まって耐え切り、すかさず口から影の念弾を放ち、ルカリオを吹き飛ばす。

「地割れだぁ!」

「当たるわけには……! ルカリオ、躱して!」

カビゴンが思い切り右足を踏み出し、大地を踏みしめると、フィールドに一直線に亀裂が走る。

起き上がったルカリオは間一髪、ジャンプして地割れを回避、そのままひとっ飛びで一気にカビゴンとの距離をゼロまで縮め、

「もう一度、発勁!」

波導を纏った右手が、今度はカビゴンの額へと直撃。低い呻き声が上がり、カビゴンの巨体がぐらりと揺らぐ。

「よっし、効いてる! ルカリオ、サイコパンチ!」

「させないよぅ、カビゴン、シャドーボール!」

握り締めたルカリオの拳に念力が宿るが、対するカビゴンは掌に作り上げた影の念弾をその手で掴む。

ルカリオの拳に対してカビゴンもシャドーボールを掴んだ手を突き出し、ルカリオに当たったその瞬間念弾は炸裂、逆にルカリオを吹き飛ばした。

「一気に行くよぅ! カビゴン、のしかかり!」

ルカリオが体勢を崩したその瞬間を、ミオが逃すはずはない。

大きく跳躍してルカリオの上を取り、一気に勝負を決めるべく、ルカリオを押し潰しにかかる。

回避は、間に合わない。

「ルカリオ、こっちも行くよ! 最大パワーで、波導弾だ!」

起き上がったルカリオは、両手を重ね、真上に掲げる。

波導を両掌の一点に集めて凝縮し、膨れ上がった波導の念弾を、大砲が如く真上に撃ち出した。

全体重をかけたカビゴンの渾身ののしかかりと、出せる全ての波導を込めたルカリオの念弾が激突。

刹那。

波導の念弾が炸裂し、爆発と共に、カビゴンを青い爆煙に飲み込んだ。

「カビゴン……! まだやれるよねぇ、そのまま、のしかかり!」

爆煙で姿が見えないが、カビゴンを信じ、ミオは叫ぶ。

そして。

ズシィィィィン!! と、会場に轟音が響き、フィールドが揺れる。

砂煙が晴れた時、そこには。

肩で息をしながらもなんとか立っているルカリオのすぐ目の前で、カビゴンがうつ伏せに倒れ伏していた。

 

「カビゴン、戦闘不能! ルカリオの勝利です! よって勝者、ハル選手!」

 

カビゴンが落下したのは、ルカリオのすぐ目の前。惜しくも、僅かに届かなかった。

波導弾の直撃を受け、体力の限界を迎えてそれでもなおルカリオを狙おうとするも、あと一歩が叶わなかったようだ。

『決まったぁぁぁ! これがメガシンカの力! ハル選手、メガシンカの力を存分に振るい、今大会で猛威を振るったカビゴンを見事打ち破り、決勝進出ぅぅぅッ! ミオ選手、惜しくもここで敗退となりましたが、熱い熱いバトルを見せてくれました!』

会場が大歓声に包まれる中、二人はお互いのポケモンを労う。

「やった……! ルカリオ、よくやったね! ……ごめんね、頑張りすぎて、僕もちょっと疲れちゃったよ」

ルカリオに駆け寄るハルだが、メガシンカの疲労により躓いて転びそうになる。

ルカリオが慌てて受け止め、ハルと顔を見合わせてにっこりと笑う。

「カビゴン、お疲れ様。また特訓し直しだねぇ。でもその前に、あとでおいしいご飯、たくさん食べようねぇ」

ミオに撫でられると、カビゴンは顔を上げる。

負けはしたが、それでもやり切った表情でミオの顔を見つめ、にんまりと笑った。

お互いにポケモンをボールへと戻し、両者が歩み寄る。

まさか、ハル君がメガシンカを使えるとは思ってなかったなぁ。今回は、完敗だねぇ」

「いやいや、ミオも強かったよ。タイプ相性で有利なルカリオでも、かなり追い詰められたし」

「ふふふ、ありがとうねぇ。だけど、今度バトルする時は僕が勝つよぅ。今度会ったら、またバトルしようねぇ」

「うん。望むところさ」

バトルを終え、再戦を約束して握手を交わすと、二人はフィールドを後にする。

休憩を挟み、この後はこちらも注目の一戦。謎のトレーナー“R”と、スグリの試合だ。



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第51話 仮面の奥の狂気

バトルフィールドを後にし、ロビーへと戻る途中、ハルはスグリとすれ違った。

「おっ、ハル君お疲れ様。決勝進出おめでとう」

「スグリ君! ありがとう、先に決勝で待ってるよ……だけど」

「あぁ、次の対戦相手でしょ? 心配しなくていいってば」

スグリの次の相手は、正体不明の人物。それでかつかなりの実力者。

それでも当のスグリは、余裕そうな表情を浮かべ、

「あいつ、予選からずっと同じバクオング使ってるだろ? おかげで、あのバクオングのバトルスタイルはだいたい分かった。対策は万全だよ」

心配するハルを見て、ニヤリと笑う。

「あいつが初手でバクオングを出してきたら、絶対にオレが先手を取れる。賭けてもいいよ。そこから先は未知数だけど、予選と一回戦で使ったエレザードはこの先使う予定ないから、相手はオレの情報をほとんど仕入れられていないはずだぜ」

「そこまで言い切るなんて、さすがスグリ君

だね。だけど、油断は禁物だよ」

「分かってるってば。オレ、こう見えて油断はしないから。ま、見ててよ。それじゃ、そろそろ行ってくる。決勝で会おう」

それだけ言って、スグリは手を振り、控え室へと走り去ってしまった。

 

 

 

『さあ、間も無く準決勝、第二試合が始まります!対戦カードは、スグリ選手vsポケモントレーナー“R”選手!』

アナウンサーの紹介と共に、二者が進み出、フィールドを挟んで向かい合う。

「いよいよだね……」

「スグリ君、頑張って……!」

ハルは現在、観客席に戻っている。隣にはサヤナも一緒だ。

『まずはイカした実力派、スグリ選手! 一回戦の名勝負に見事勝利し、その流れに乗ってそのまま快進撃を見せています! 準決勝でも、その実力を余すところなく見せてくれるのでしょうか!』

次に、とアナウンサーは続け、

『お前は一体誰なんだ! 年齢、出身、その正体は一切不明! とにかく何にも分からない! 全てが謎の謎だらけ! “R”選手! ただ一つ分かることは、その確かな実力のみ! 先ほどのミオ選手と同じくポケモンを一匹しか見せていませんが、遂に他のポケモンを見られるのでしょうか!』

ここまで、ポケモントレーナー“R”と名乗るこの謎の人物は、バクオング一匹で勝ち進んできている。

「さあ、始めようか。悪いけど、決勝戦でハル君と戦う約束してるんでね。サクッと倒して、その悪趣味な仮面を剥いでやるよ」

「……」

スグリが挑発するが、“R”は相変わらず一切の返答をしない。

「……なんだ、つれないなぁ。まぁいいけどさ」

「……」

スグリがボールを取り出すのを見て、“R”もボールを手に取った。

『それでは、準決勝第二試合、スタートです!』

「両者、ポケモンを出してください」

審判の声に従い、双方がポケモンを繰り出す。

「出て来い、ニューラ!」

「バクオング」

スグリの一番手はニューラ。サオヒメシティで一度だけ見たポケモンだ。

そして“R”のポケモンは、予選からずっと変わらず、バクオングだ。

 

「それでは……試合開始ッ!」

 

「やっぱりバクオングで来たか。それじゃ、先手はいただくよ! ニューラ、冷凍パンチ!」

ニューラが地を蹴り、走り出す。

その動きは高速かつ不規則。軌道を読ませずバクオングへ近づき、バクオングの額へと冷気を纏った拳を浴びせる。

「バクオング、気合玉」

目を細めて少し後退したバクオングだが、すぐさま反撃に出る。

掌を開いて気合の念弾を作り上げ、ニューラへと投げつけようとするが、

「遅い遅い! ニューラ、瓦割りだ!」

既にニューラはバクオングの背後へと回り込んでおり、後ろから鋭い爪を構えて腕を振り下ろし、手刀を叩き込んだ。

「地震」

「ニューラ、離れろ!」

バクオングが空気を吸い込んだのを見て、ニューラは咄嗟にバクオングから距離を取る。

直後にバクオングが空気を揺さぶり、大地を揺らす爆音を放つも、ニューラは大きく跳躍し、地震の衝撃波を回避した。

「気合玉」

「躱して、地獄突きだ!」

口を開いたバクオングが口内に気合の念弾を作り上げ、咆哮と共に発射する。

だがニューラは容易くそれを躱し、再び不規則な動きでバクオングに接近、バクオングの喉元を狙い、鋭い爪を思い切り突き刺した。

バクオングの表情に苦痛が生まれ、直後、バクオングが激しく咳き込む。

「っし、これを狙ってたんだ。地獄突きは追加効果でしばらくの間相手の音の技を封じる。ハイパーボイスは使えなくなるし、あんたのバクオングだと地震も使えないかもね。試してみたら?」

スグリの説明通り、地獄突きは本来は声を出す技を封じる効果を持つ。だがこのバクオングは大声によって地面を揺らしているため、地震も封じた可能性がある。

「悪いけど、対策はバッチリだよ。ニューラ、冷凍パンチ!」

先ほどまでの不規則な動きとは一転、今度はニューラは猛スピードで一直線にバクオングへ近づき、氷を纏った拳を繰り出す。

バクオングの額を氷の拳が殴り飛ばすが、しかし。

「バクオング、噛み砕く」

殴打を受けたバクオングがすぐさま動いた。大きく口を開き、ニューラが離れるよりも早く腕に噛み付き、ニューラを捕まえてしまう。

「っ……!」

「気合玉」

ニューラを捕らえたまま、バクオングは掌に気合の念弾を作り上げる。

機動力の高いニューラと言えど、動きを封じられてはどうしようもない。

さらに気合玉は格闘タイプの技。悪と氷タイプを併せ持つニューラには二重の効果抜群、耐久力には難のあるニューラが耐えられるはずもない。

ないのだが、しかし、

 

「ニューラ、身代わり!」

 

バクオングが気合玉をニューラへと叩き込んだ、その瞬間。

まるで風船か何かのようにニューラの体が膨れ上がったかと思うと、破裂してその姿を消してしまう。

刹那、

「瓦割りだ!」

バクオングの眼前に現れたニューラが、バクオングの額へと手刀を打ち据えた。

さすがに一撃ではバクオングは沈まないが、気合玉で確実に仕留めたと判断し油断したのか、バクオングの反応が遅れてしまう。

身代わり、これはその名の通り自身に対する攻撃を代わりに受けるデコイを作り出す技。

自身の体力を使ってデコイを作るため使える回数には限りがあるが、どんな攻撃でも受け流すことができるのだ。

「ニューラ、もう一度!」

よろめくバクオングに対し、ニューラはさらにもう一発腕をバクオングの脳天目掛けて振り下ろし、

「冷凍パンチ!」

反撃が来るよりも先に、冷気を纏った拳をバクオングの腹部へと突き刺した。

ニューラの拳が刺さった腹部から、バクオングが徐々に凍りついていく。

「噛み砕く」

「遅い! 地獄突き!」

半身を凍りつかせつつも何とかバクオングが大顎を開くが、そんな遅い動きでニューラを捉えられるはずもない。

バクオングの噛みつきは難なく回避され、直後、鋭利な鉤爪の一刺しがバクオングの喉笛を穿ち抜いた。

バクオングの体がぐらりと傾き、そのまま横倒しにフィールドに倒れる。

「……バ、バクオング、戦闘不能! ニューラの勝利です!」

ニューラの鋭い猛攻を受け続け、猛威を振るってきたバクオングはあまりにもあっさりと戦闘不能にされてしまった。

『な、なんということでしょう! スグリ選手、ここまで暴れてきたバクオングを多彩な戦略でいとも容易く撃破! こんな展開を想像していた人など、いるのでしょうかぁぁぁ!』

観客全体も驚愕のどよめきに包まれている。無理もないだろう。

「スグリ君、すごい……!」

「さすがはスグリ君だね……地獄突きで音技を封じたのも、瓦割りを誘導するためだったのか」

驚いているのは、勿論サヤナとハルも例外ではなく、

「あんなトレーナーに負けたんなら、悔いは無い……今の試合運び、お見事ですわ」

ハルの後ろに座るエリーゼもただただ感心するのみ。

会場の全員が愕然とする中、

「ここまでの試合は全部見てきてる。分析も完璧。言ったよね、対策はバッチリだってさ」

バトルフィールドに立つスグリのみが、不敵な笑みを浮かべていた。

だが、しかし。

「バクオング、戻れ」

一番驚いていてもおかしくない“R”の口調には、相変わらず一切の変化がない。

淡々とバクオングを戻し、次のボールを手に取る。

と、そこで。

「……そろそろ、もういいか」

唐突に。

“R”の仮面の奥から、声が響く。

ポケモンの指示以外で、ようやく“R”が口を開いたのだ。

「あん?」

怪訝な表情を浮かべるスグリを気にも留めず、

「ここまで何とか頑張ったんだがな。もうダメだ。そもそも、俺様が無言で戦うこと自体、ハナから無理があったんだ。もうダメだ、我慢の限界だ!」

仮面の奥から聞こえる声が勢いを増していく。

単調で冷淡だったその口調に、激情が宿っていく。

「ちょうど一匹やられたし、もういいだろ! そろそろ正体現すぜ! さぁカメラ! 俺様を中心に写せ!」

ただならぬ雰囲気に会場の目が“R”に釘付けになる中、真っ黒なローブから腕が飛び出し、顔を隠す仮面を掴んだ。

「お前は一体誰なんだ! 年齢、出身、その正体は一切不明! とにかく何にも分からない! 全てが謎の謎だらけ! その正体はぁ!」

どよめいていた会場が、“R”の叫びを受けて、静寂に包まれる。

仮面とローブを脱ぎ捨て、遂に、ポケモントレーナー“R”が、その正体を現した。

 

「俺様は破壊と破滅を呼ぶ者! ゴエティアの悪魔が一人、魔神卿ロノウェ! 災厄の呼び声、貴様らの脳に深く刻み込んでやるぜ!」

 

深い緑色の髪を立たせ、真っ赤な単眼が描かれた黒いバンダナを巻き、濃いビジュアル系メイクを纏った恐怖を煽る顔。

服もチェーンを付けたバンドマン風の真っ黒な服装で、背中には黒と赤を基調としたエレキギターを背負っている。

「こうなったら容赦はいらねーなぁ! 出番だ、野郎ども!」

背中のエレキギターを手に取り、搔き鳴らし、“R”――ロノウェと名乗った男が叫ぶ。

それと同時に、どこからか大勢の黒装束の人間が次々と現れ、瞬く間に観客席を包囲してしまう。

『……ちょ、ちょっと、何よ! わああっ!?』

女性アナウンサーの金切り声が響く。どうやら実況席にも黒づくめの群勢が入り込んでいるらしい。

突然の出来事に会場がざわめき出すが、

「うるっせえぞお前らぁ! よく聞け! この会場はゴエティアが制圧した! 電波は全てこっちで遮断してっから、助けも求められねえぜ! シケた顔したオーディエンス、お前らの手持ちのポケモン全てを! ゴエティアに差し出しな!」

“R”を名乗っていた時とは打って変わり、ロノウェはテンション爆上げで叫ぶ。

しかし。

「さあ、次のポケモンを出しなよ」

そんな会場の様子など気にも留めず、スグリはロノウェへと言葉を投げる。

「……あぁ?」

「ポケモンを差し出せってさぁ、そういうのはこの会場にいる全員より強いことを証明してからやることじゃないの? オレに勝って、ハル君に勝って、初めて成り立つ命令じゃないの、それ。それとももしかして、負けるのが怖くて会場の雰囲気を変えた、とか?」

魔神卿を相手にして、スグリは一歩も引かない。

そしてそんなスグリを見据えるロノウェは、やがて口を釣り上げて大きく笑う。

「ほーぉ? ちったぁ面白えこと言うじゃねぇか! よっしゃ、その話乗った! この話の続きをするのは、お前とハルをぶっ倒したその後だ! ヒャッハァ! テンション上がってきたぜぃ!」

ギュイイイイイイイン!!! とエレキギターを掻き鳴らし、ロノウェは雄叫びを上げる。

「だが後悔すんなよ? ゴエティア魔神卿に楯突いたことを! この俺様を挑発したんだ、どうなっても知らねえぞ?」

「御託はいいから、かかって来なよ。勝つのはオレさ」

スグリのその言葉を聞き、再びロノウェは引き裂くような笑みを浮かべると、ボールを取り出す。



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第52話 轟雷の狂者

「Go!Shout! ガマゲロゲ!」

ロノウェの雄叫びと共に繰り出されたポケモンは、身体にコブを持つ大きな蛙のようなポケモンだ。

 

『information

 ガマゲロゲ 振動ポケモン

 コブを振動させて空気を揺らし

 音波を放つ。拳のコブを振動

 させればパンチの威力も増大する。』

 

ガマゲロゲ、水と地面タイプを併せ持つポケモンだ。

「ニューラ、もう少し頑張ってもらうよ……冷凍パンチ!」

ニューラの手に冷気が宿り、鋭い氷を作り出す。

素早く、かつ不規則な動きでガマゲロゲとの距離を一気に詰め、ニューラは氷の拳をガマゲロゲへと突き刺す。

しかし、

「甘い甘い、甘っちょろい! ガマゲロゲ、そっくりそのまま冷凍パンチ!」

氷を刺されたガマゲロゲは引き下がらず、瞬時に反撃を放つ。

お返しとばかりに冷気を込めた拳を放ち、ニューラを殴り飛ばした。

「ハイパーボイスだァァ!」

ガマゲロゲの頭のコブが振動し、大気を揺るがす音波を放ち、体勢を崩したニューラを音波に巻き込みさらに吹き飛ばす。

「やべっ……ニューラ!」

バクオング戦でのダメージも受けていたニューラはさすがに耐え切れず、ここで戦闘不能となってしまう。

「まずは一匹ィ! 言っておくが、俺様のポケモンは俺様のテンションが高いほど力を出せる。バクオング戦で俺様の力を判断したなら、それはあまりにも浅はか! 軽率! 的外れってモンだぜぇ!?」

調子付くロノウェに対して、スグリは顔色一つ変えない。

「ニューラ、お疲れさん。戻りな」

ニューラを戻し、次のボールを手に取るが、

「さて、お前にちょっと聞きたいことがある」

バトルを再開させる前に、スグリはロノウェへと疑問をぶつける。

「ゴエティアは謎だらけだけど危険な闇の組織。しかも魔神卿ってことは、お前、その闇の最深部の存在だろ。そんな奴がなんでこの最前線、テレビ中継までされているバトル大会に出てきた? お前たちの存在が大々的に知られれば、活動しにくくなるんじゃないのか」

「あぁん? 逆だぜ、逆! 俺様の作戦はこうだ。テレビ中継を通して、ゴエティアの実力を知らしめる! そうすりゃゴエティアがどんだけヤバい組織か一目瞭然、見た奴らは思うだろ。ゴエティアはヤバい組織だ、あいつらに楯突いちゃいけないってな!」

「だったらもう一つ上のレギュレーションに出た方がいいはずだ。ここはバッジ数四つから六つ。そんなに強さは伝わらないだろ」

「おいおいそこを突くのはナンセンスってモンだぜ!? ハッと思いついた行き当たりばったりの作戦だったから、ジム周りが間に合ってねえんだ! 言わせんな!」

それに、とロノウェは続け、

「例えこのレギュレーションだろうとも、実力派の選手は目白押し! さらにこの会場を簡単に制圧してしまう力! これだけで十分俺たちのヤバさ、伝わるよなぁ!?」

静寂の会場に響き渡る大声でロノウェは叫び続ける。

「さあ、もういいだろ! さっさと次のポケモンを出せよ! こっちは早いとこお前を叩きのめしたくて仕方ねえんだ!」

「はいはい、分かったよ。だけどその作戦、致命的な欠陥があるぜ」

「あぁ!?」

明確な苛立ちを込めるロノウェに対し、スグリは超然としたまま告げる。

「その作戦、オレが勝てばどうなる? ゴエティアの魔神卿はトレーナー歴の浅いガキに負けた。ゴエティアなんて大したことない、そうなるんじゃないのか?」

その言葉を聞き、先程まで苛立っていたロノウェは急に吹き出す。

「ぷっ……はははは! 何を言いだすかと思えば! お前みたいな甘っちょろいガキに、俺様が負けるわけねえだろうが! それを証明してやるからよぉ! さあ、さっさと次のポケモンを出せ!」

「へっ、後悔すんなよ。出て来い、フローゼル!」

スグリが二番手のポケモンを出す。水タイプのフローゼルだ。

「さあ、ガマゲロゲ! ハイパーボイス!」

ガマゲロゲが頭のコブを振動させ、大音量の音波を放つ。

「フローゼル、躱してアクアジェット!」

フローゼルは体に水を纏い、飛び出して音波を躱すと、目にも留まらぬ速度で突撃する。

ガマゲロゲの腹部へと激突、しかし、

「甘いっつってんだろうがよォ!? ガマゲロゲ、瓦割り!」

ガマゲロゲは地に足を付けて踏み止まり、すぐさま手刀を振り下ろして反撃する。

「遅いっての。フローゼル、リキッドブレード!」

フローゼルが右掌を広げると、水が噴き出し、水の剣を作り上げる。

その刀を握り、手刀を躱し、フローゼルは横腹を狙って剣を振り抜き、ガマゲロゲを切り裂く。

「ガマゲロゲ、冷凍パンチだぁ! 叩き込め!」

唸り声を上げたガマゲロゲが両手に冷気を纏わせ、そのまま連続パンチを繰り出すが、

「フローゼル、躱してもう一発だ!」

フローゼルは最低限の動きでガマゲロゲの拳を躱し続ける。

隙が出来たところに、フローゼルは手にしたままの刀をもう一度振り抜き、再びガマゲロゲを切り裂いた。

「ちぃっ、ちょこまかと鬱陶しいなァ! それなら!」

ニヤリと笑い、ロノウェはエレキギターを掻き鳴らし、叫ぶ。

 

「エンジン全開! ガマゲロゲ、掻き乱せ! ハイパーボイス!」

 

ガマゲロゲが大きく身震いし、全身のコブを一斉に振動させる。

激しい大気の振動により、耳をつんざくノイズと共に強烈な音波が放射される。

「ぐぅ……っ!」

「今だぜガマゲロゲ! ハイドロポンプ!」

ノイズによって動きを止められたフローゼルへ、ガマゲロゲは大量の水を噴射し、フローゼルを吹き飛ばした。

「……チッ、フローゼル、まだ行けるか?」

スグリの言葉に応えてフローゼルは起き上がり、頷く。

「フローゼル、アクアジェット!」

体に水を纏い、フローゼルは再び突撃する。

今度はガマゲロゲの腕を正確に貫き、そのまま後方へと駆け抜けていく。

「ガマゲロゲ、撃ち落とせ! ハイドロポンプ!」

ガマゲロゲはすぐに振り向き、大量の水を噴射するが、高速で動き回るフローゼルを捉えられず、

「フローゼル、冷凍パンチ!」

旋回して戻って来たフローゼルが冷気を込めた拳を突き出し、ガマゲロゲの腹部を殴る。

「効かねえぜ! ガマゲロゲ、瓦割り!」

「遅い! フローゼル、噛み砕く!」

振り下ろされるガマゲロゲの手刀を躱し、フローゼルはガマゲロゲの腕へと食らい付き、すぐに離れる。

「リキッドブレード!」

さらにフローゼルは水の刀を作り上げてガマゲロゲを背後から切り裂き、すぐに飛び退いてスグリの元へと戻る。

「素早さだけは一流だな!? だがそんな戦法、いつまでも通用すると思うな!」

「だったら破ってみせなよ。フローゼル、アクアジェット!」

フローゼルが体に水を纏い、目にも留まらぬスピードで突撃を仕掛ける。

しかし、

「上等だオラァ! ガマゲロゲ、One more time! 掻き乱せ!」

ガマゲロゲが再び全身のコブを思い切り震わせ、全方位へと耳をつんざく破壊のノイズを放つ。

空気の振動によりフローゼルを覆う水を掻き消し、フローゼルの動きを完全に止め、

「ハイパァァァボイスゥゥゥゥッ!」

そのコブをさらに大きく振動させ、周りの空気ごとフローゼルを派手に吹き飛ばした。

「フローゼル……ッ!?」

フローゼルは床と平行に勢いよく吹き飛ばされ、壁に激突してそのまま戦闘不能となった。

「ちっ……フローゼル、よく頑張った」

壁にめり込むフローゼルをボールに戻し、スグリはロノウェへと向き直る。

「ヒャアッハッハッハッァ! 無駄だ、無駄だぜ、無駄なんだよォ! さあ、まだ続けるかぁ? 大会ルールは三対三だし、そこまでなら相手になってやっても構わねーぜぇ?」

狂ったようにエレキギターを搔き鳴らし、ロノウェが笑い叫ぶ。

「生憎、逃げるのは嫌いなんでね。こいつで二枚抜きしてやるよ。出て来い、ジュプトル!」

一歩も引かず、スグリがボールを取り出す。最後のポケモンはエースのジュプトルだ。

「ほぉ、草タイプか。だがそんなのは関係ねぇ! ガマゲロゲ一体でそいつも倒し、その後ハルもぶっ潰す! タイトルを獲ってる実力派のトレーナーでも、魔神卿には手も足も出ねえってことを、思い知らせてやるぜぇ!」

「そうはさせない。御託はいいから、かかってきなよ」

ロノウェは恐怖をばら撒く狂った笑みを、スグリは小さく不敵な笑みを浮かべ、互いの敵を見据える。

「行くぜぇ! ガマゲロゲ、ハイドロポンプ!」

ガマゲロゲが大きく息を吸い込み、大量の水を噴射する。

「ジュプトル、躱して接近だ」

水柱を躱しつつ、ジュプトルは少しずつガマゲロゲとの距離を詰めていく。

「そのジュプトルも大方スピードタイプだろう! だったらその動き、止めてやるぜ! 対抗できるか!?」

会場にエレキギターの音を響かせ、ロノウェが引き裂くような笑みを浮かべる。

「聞かせてやるぜ、破壊の叫び! ガマゲロゲ、ハイパ――」

 

「リーフブレード!」

 

一瞬だった。

ジュプトルの腕から生える葉が刃のように伸びたかと思うと、一気に急加速し、ガマゲロゲがノイズを放つよりも早く、かつ的確に、ガマゲロゲを切り裂いた。

「な……にィ!? っ……ガマゲロゲ!?」

ガマゲロゲの体がぐらりと傾く。

ジュプトルが構えを解いたその刹那、ガマゲロゲは仰向けに倒れ、戦闘不能となった。

「遅いんだよ、動きがね。ってか、さすがに水・地面タイプで草タイプに勝とうなんて、無理があるでしょ」

スグリがニヤリと笑う。

魔神卿を相手に、一歩も引くことなく。

「あんたの言葉、そのまま借りるよ。お次がフィナーレだ」

「ぐぅぅぅぅ……!」

対して。

怒りを隠そうとすらせず、憤怒の形相を浮かべ。

「ぐぅぅぅぅぅぅぅァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

我を忘れて暴走する獣のように、雄叫びを上げる。

「俺様をコケにしやがったな! ぜってえ許さねえ! 俺様の相棒で、地獄送りにしてやるぜオラァ!」

怒号と共に、ロノウェが最後のボールを取り出す。

しかし。

 

『ロノウェ、ストップ。撤退指示が出てるはずだよね』

 

突如。

会場のスピーカー越しに、マイクを通した女性の声が響く。



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第53話 もう一人の悪魔

短めの回です。


『ロノウェ、ストップ。撤退指示が出てるはずだよね』

スピーカーを通して、会場内に女性の声が響き渡る。

いきなりスピーカーからロノウェの仲間らしき女性の声が聞こえたことに会場は困惑するが、問題はそこではない。

会場の全員、その声に聞き覚えがあったのだ。

それもそのはず。

この声は、先程までずっと実況席に座り、この大会を進めていた女性アナウンサーの声色と同じ声なのだから。

名前は確か、タロスと名乗っていたか。

思考が追いつかないハルたちが実況席を見上げれば、いつのまにか実況席には黒装束の者たちはいなくなっており、その女性アナウンサーがマイクを片手にロノウェに話しかけていた。

『今回はここまで。気づいてるでしょ、パイモンから撤退の指示が出てるよ。すぐにゴエティア本部まで戻って来いって』

ざわつく会場は完全に無視。まるでロノウェしか見えていないかのように、その女性アナウンサーはマイク越しにロノウェに話し続ける。

しかし。

「なんだって……?」

ハルは気づいた。いや、ハルだけではない。おそらく、会場の全員がはっきりと耳にしているはずだ。

女性アナウンサーの、絶対に聞き逃すことができない一言を。

「『ゴエティア本部』だと!? それじゃああいつも、ゴエティアのメンバーなのかよ!?」

会場のどこかで怒鳴り声が上がる。

それに呼応し、観客席全体が混乱に呑まれていく。

『もぉ……うるさーい! ストップストップ! 今から自己紹介するから、ちょっと静かにしててもらえるかな!』

そんな会場の様子を見て呆れたように一息つき、女性アナウンサーは一喝してその場を支配する。

静まり返った会場に、マイク越しの声が響く。

 

『それじゃあ、今大会最後の大事件を! 私はゴエティアに使える悪魔が一人、魔神卿アスタロト! 名前だけでも覚えて帰ってね!』

 

刹那、実況席の窓ガラスが粉々に砕け散り、そこから始祖鳥のようなポケモンに乗った女性アナウンサー――アスタロトが飛び出す。

 

『information

 アーケオス 最古鳥ポケモン

 飛ぶよりも走る方が得意。

 空から獲物を探して襲い掛かり

 逃しても走り回って捕らえる。』

 

アーケオスは悠々と羽ばたきながら下降し、ロノウェの元へと降りてくる。

「逃げるつもりかよ。ジュプトル、リーフ――」

「邪魔しないで」

スグリがジュプトルに指示を出そうとするが、アスタロトの一言でそれよりも早くアーケオスが口から青いオーラを込めた息吹を放ち、ジュプトルを押し返す。

そしてアーケオスに乗ったアスタロトがロノウェへと手を差し出す。

「さ、ロノ、帰るよ」

「ぐぅぅぅぅ……! アス、俺ぁ暴れ足りねえぜ……! 帰る前に、あいつだけでも叩きのめさせろ! そうじゃねえと気が済まねぇ!」

「もー、ダメだってば。あんた、パイモンたちに内容も告げずに独断でこの作戦実行したんでしょ? これ以上暴れすぎると余計に怒られちゃうよ。私まで巻き込まれるの嫌なんだから、勘弁してよね。ほら、早く。掴まって」

「チッ……」

不満そうな表情を浮かべたロノウェは分かりやすく舌打ちするが、渋々エレキギターを背負ってアスタロトの手を取り、アーケオスに掴まる。

大人二人の体重を支えながらも、アーケオスは軽々と飛び立つ。

龍の息吹の砂煙が晴れた時には、既にアーケオスは会場の天井付近まで浮上していた。

悪鬼が如きロノウェの眼光が、スグリを睨む。

 

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 次に会うときは、必ずぶっ潰してやるからなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

会場全体に。

憤怒の形相を浮かべたロノウェの怒号が、天地を揺るがし轟き渡る。

「必ずだぁ! 覚えてろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

その直後。

魔神卿二人を連れたアーケオスは甲高く鳴き、天井をぶち破り、飛び去っていった。

 

 

 

その後。

程なくして警察が到着したが、ロノウェとアスタロトは飛び去ってしまい、会場の注目が魔神卿の二人に集まっていた間にロノウェの部下と思われるあの黒装束の者たちも姿を消してしまっていたため、ゴエティアの手掛かりはほとんど掴むことはできなかったようだ。

大会本部は警察の捜査を優先させることにしたため、ハダレタウン大会レギュラーランクは結局中止。ハル対スグリの決勝戦は、お流れとなってしまった。

ちなみに本物の女性アナウンサー、タロスは、倉庫室の奥に仕舞い込まれた段ボールの中から身包み剥がされて簀巻きにされた状態で警察に発見された。衰弱していたが、すぐに病院に搬送され、幸い命にも別状はないらしい。

「他のレギュレーションでは、ゴエティアの介入はなかったみたいだね」

ハルとサヤナ、エリーゼは会場のロビーへと戻り、アルス・フォンに映るニュースを眺めている。

「でもまさか、ゴエティアの人たちが二人も大会に紛れ込んでいたなんて……無事に出られたからよかったけど、考えてみるととっても怖い事態だったよね……」

「本当に。奴らの強さは私も思い知らされていますし、撤退してくれたのが幸いでしたわね」

ちなみにスグリだが、正体を現した魔神卿ロノウェと直接交戦したということで警察の事情聴取を受けており、この場にはいない。

「ハルとスグリ君の決勝戦、見たかったなぁ。絶対熱いバトルを見られると思ってたのにー」

「私も残念ですわ。私が認める二人のポケモントレーナーの試合を見られる、またとない機会でしたのに」

さて、とエリーゼはアルス・フォンを仕舞い、代わりにモンスターボールを手に取る。

「それじゃ、私はそろそろ次の街へ行くわね。スグリに挨拶できないのは残念だけど、ちょっと予定もあるから。スグリにはよろしく伝えておいてくれるかしら?」

「はい、また会いましょう! 次に会う時には、バトルもしましょう」

「私もバトルしようね! エリーゼさん、ばいばーい!」

二人の返事を聞いてエリーゼは微笑み、ボールからハッサムを繰り出す。

ハッサムも一礼すると、エリーゼは手を振り、先に会場を出て行った。

 

 

 

その後ハルとサヤナもポケモンセンターに戻り、しばらく待っていると、

「お待たせ。ふー、やっと終わったよ」

警察に話を聞かれていたスグリが、ようやく戻ってきた。

「スグリ君、お疲れ様。大変だったね」

「でもスグリ君、すごかったね。私が手も足も出なかったバクオングに圧勝するし、その後本気を出してきたガマゲロゲも笑いながら倒しちゃうし、さすがって感じだったよ」

ロノウェとアスタロトのインパクトがあまりにも強かったので忘れそうになるが、実際スグリの試合は見事だった。

しかし、

「あー……あれね。余裕に見えてた? 正直、あいつが本性現してからはかなり焦ってたよ」

当のスグリは苦笑いを浮かべる。

「えっ? そうなの?」

「うん。あれはヤバい……バクオングは予定通りだったけど、ガマゲロゲを倒せたのは、あいつが鈍足だったのとたまたまタイプ相性が有利だったってだけ。あいつのテンションが上がるとポケモンも強くなるって言ってたけど、あれ多分本当だよ。弱みを見せちゃいけないと思ったから、かなり虚勢張ってたし、実はかなり冷や汗かいてた。マジで撤退してくれてよかったよ」

普段は余裕たっぷりなスグリにすらここまで言わしめるのが、ゴエティアの魔神卿。もしも撤退指示とやらが出ていなかったと考えると、背筋が凍る。

「まぁ、何はともあれみんな無事でよかった。それじゃ気を取り直して……ハル君、始めようか」

「うん。地下の交流場だね」

「……えっ? えっ? 何か始まるの?」

何か示し合わせた様子のハルとスグリに、何も聞かされていないサヤナが尋ねると、

「実はね、スグリ君が警察に向かう前に約束してたんだ」

「そそ。ここまで進んだのにここで終わりなんて消化不良っしょ。だから」

スグリがそこで一拍置き、さらに続ける。

 

「今から始めるのさ。オレとハル君で、事実上の決勝戦をね」



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第54話 決勝戦たるエキシビション

ハダレタウンポケモンセンター地下の交流所。

そのバトルフィールドに、二人のポケモントレーナーが立つ。

「大会に沿って、使用ポケモンは三匹。ポケモンの交代は自由。それでいいよね」

「うん。それじゃ、始めようか。僕たちの決勝戦をね」

中止となったハダレ大会、決勝戦進出トレーナー。ハルとスグリだ。

傍では、サヤナがじっとそのバトルを見守る。

「出てきて、ワルビル!」

「さぁ出て来い、オンバット!」

両者同時にポケモンを繰り出す。ハルが選んだのはワルビル、対するスグリの初手はオンバットだ。

(オンバットか……飛行タイプだから地面技が効かないけど、穴を掘るは別の技に繋げやすいし、他の技は普通に通る。そんなに不利ってわけではなさそうかな)

無論、不利ではないからといって警戒しなくていいわけではない。

何しろスグリのポケモンなのだ。実際、二回戦では体格で大きく勝るアーボックをほぼ封殺している。

「それじゃあ行こうか! オンバット、まずは龍の息吹!」

先手を取って動いたのはオンバット。息を吸い込み、龍の力を込めた強烈な息吹を放つ。

「ワルビル、躱して! シャドークロー!」

繰り出される息吹を躱し、ワルビルは両腕に影を纏わせて黒い鉤爪を作り上げ、オンバットへと飛びかかる。

しかし、

「遅い遅い、鋼の翼!」

軽やかな動きでひらりと影の爪を躱し、オンバットは翼を硬化させ、ワルビルの額へと翼を叩きつける。

「っ、ワルビル、燕返し!」

翼の一撃を受けるが、威力はあまり重くはない。ワルビルはすぐに腕を振り抜いて反撃しようとするが、しかし既にオンバットはワルビルとの距離を取っている。

「ワルビル、もう一度だ!」

「必中技ね……やりあってみるか! 鋼の翼!」

オンバットとの距離を詰め、立て続けに腕を振るうワルビルに対し、オンバットも硬化させた翼でひたすら受け流し、捌いていく。

「今だワルビル! 噛み砕く!」

だが次の動きはワルビルの方が早かった。

腕を振り抜くと見せかけて大顎を開き、オンバットへと噛み付いてその動きを封じ、牙を食い込ませる。

「まだまだ。オンバット、嫌な音だ!」

ワルビルに噛み付かれたオンバットのスピーカーのような耳が振動、直後、その耳から強烈なノイズ音が放出される。

少し離れているハルやスグリですら思わず耳を塞いでしまうその音波を至近距離のワルビルが耐えられるはずもなく、ワルビルの牙の拘束が緩んでしまい、

「オンバット、アクロバットだ!」

耳を塞いだままスグリが指示を出し、オンバットはワルビルの大顎から脱出、お返しとばかりに翼を叩きつける。

「ふぅ……オレのオンバットは火力があんまり高くないから、相手に捕まっちゃうと面倒なことになるんだよね。オレの耳にもダメージ入るからあんまり使いたくないんだけど、そのためにこの技を覚えさせてるんだ。とは言ってもこのオンバットを拘束できる相手なんて滅多にいないんだけど……やっぱりさすがだね、ハル君」

翼を脳天に叩きつけられたワルビルは頭を振って体勢を立て直し、低く唸って鋭い眼光でオンバットを睨みつける。

「なるほどね……確かにかなり強烈な音だったよ。ワルビル、落ち着いて。冷静に戦おう」

ワルビルをなだめ、ハルは次の指示を出していく。

「よし、ワルビル、穴を掘る!」

ワルビルは素早く地面に穴を掘り、地中へと姿を隠す。

当然ながら飛行タイプのオンバットに地面技は効かない、つまり、

「地中から別の技で強襲を仕掛けてくるつもりかな。オンバット、気をつけて」

パタパタと飛ぶオンバットは、いつ飛び出してくるか分からないワルビルを警戒して周囲を見渡す。

「……今だ! シャドークロー!」

オンバットの目線を見定め、ワルビルはその死角から飛び出し、両手に纏った影の爪で切り掛かる。

だが。

 

「オンバット、躱して龍の息吹!」

 

ワルビルが飛び出してくるのが見えていなかったはずなのに、オンバットは正確にワルビルの影の爪を躱すと、すぐさま龍の力を帯びた息吹を放つ。

「っ!? ワルビル、防いで!」

外したシャドークローで咄嗟に防御の構えを取り、ワルビルは何とかオンバットの攻撃を防ぎ切った。

「忘れちゃってるかな? 超音波を自在に操れるオンバットは、人や他のポケモンには聞こえない精密な超音波を使って、隠れた相手の場所を探り当てられるんだ。サヤナちゃんのポケモンが盗まれた時、こいつが犯人を探してくれたでしょ?」

スグリの言葉でハルは思い出す。確かあれは、シュンインの林での出来事だったか。

「そんなわけで、こいつの前では隠れても無駄だよ。さあオンバット、鋼の翼!」

「ワルビル、燕返しで迎え撃って!」

翼を硬化させて飛び掛かってくるオンバットに対し、ワルビルは剣のように腕を振り抜き迎え撃つ。

腕を掻い潜り接近するオンバットだが、必中攻撃の燕返し、その連続打撃を躱すことはできず、ラリアットの如く振り抜いた腕を叩きつけられ吹き飛ばされてしまう。

「今だワルビル! 噛み砕く!」

「っ、やっぱダメか。オンバット、嫌な音!」

大顎を開き、ワルビルはオンバットを追って牙を剥く。

対して、吹き飛ばされながらもオンバットは耳から喧しいノイズ音を放つ。

強烈なノイズを前にワルビルの動きは止められてしまい、

「今だオンバット、アクロバット!」

一瞬にして進路を切り替え、オンバットはワルビルへと一気に迫り、翼を振り下ろす。

「っ、ワルビル、シャドークロー!」

立て直したワルビルは咄嗟に影の爪を振るいながら振り向き、どうにかオンバットの翼を防ぐ。

(っ、さすがスグリ君のポケモン、動きの切り替えが早い! まるで隙を見せてこないな……なんとか隙を作り出さないと)

スグリのポケモンは素早いだけでなく、技と技、動きと動きの切り替えが非常に早い。

僅かな隙を正確に見定めていかなければ、ろくにダメージも与えられずに押し切られてしまう。

(ん……待てよ? 確かさっき……)

そこでふとハルは先ほどのスグリの言葉を思い出す。

一つ策が浮かんだ。試してみる価値はありそうだ。

「よし、ワルビル! 必中技で攻めるよ! 燕返し!」

ワルビルが地を蹴って飛び出す。剣を振り抜くように腕を振り、オンバットを狙うが、

「だったら動きを止める! オンバット、龍の息吹!」

しかしオンバットは素早く浮上して龍の力を込めた息吹をワルビルのすぐ手前、床へと放った。

床に着弾した龍の息吹は爆風と砂煙を起こし、ワルビルの攻撃を防ぐと、

「もう一度だ!」

動きを止めたワルビルの一瞬の隙を突き、再び龍の息吹を放ってワルビルを逆に押し戻す。

「っ、ワルビル!」

「さあ休んでる暇はないよ。鋼の翼!」

さらにオンバットは翼を鋼の如く硬化させ、再びワルビルへと飛んでいく。

「迎え撃つ! ワルビル、燕返し!」

オンバットの鋼の翼に対し、ワルビルは両腕を一瞬で素早く振り下ろし、逆にオンバットを押し返す。

「まだまだ! オンバット、アクロバット!」

押し返されたオンバットはその勢いすら利用し、軽やかにワルビルの背後まで回り込む。

しかし。

「燕返し!」

両腕を床につけ、ワルビルが屈む。

オンバットが翼を振り下ろすよりも早く、尻尾を振り上げ、オンバットを打ち上げた。

「チャンスだ! ワルビル、噛み砕く!」

ようやく出来た隙をワルビルは逃さない。

大顎を開いて牙を剥き、オンバットへと襲いかかる。

「っ、やるじゃんか! オンバット、嫌な音!」

だが予期せぬ反撃を食らっても、スグリは動じない。

オンバットも大きく打ち上げられながらもすぐさま下を向いてワルビルを視界に捉え、スピーカーのような耳を震わせる。

 

「今だワルビル! 叫べ!」

 

オンバットがノイズを放つ動作を見たワルビルは、大きく口を開いたまま力いっぱいの咆哮を放つ。

何の技でもない、ただの咆哮。

しかし突然の轟音を受け、オンバットの放つ音波の波が崩れた。

「はぁ……?」

「今だワルビル! 噛み砕く!」

波を崩されて上手くノイズ音を出せなかったオンバットへ、今度こそワルビルは大顎を開いて襲い掛かる。

オンバットに頑丈な牙を食い込ませ、大きく首を振り、そのまま地面へと投げ捨てた。

「っ、オンバット……!」

耐久力が低いのか、オンバットは床に叩きつけられた衝撃も重なり、戦闘不能になってしまった。

「いやぁ、やられたなぁ。オンバット、戻れ。よくやった」

少し悔しげな表情を浮かべ、スグリは倒れたオンバットをボールに戻す。

「やるじゃん、ハル君。オレから先手を取るなんてさ。ところでさ、さっきの何?」

「あぁ、あれね。さっきスグリ君がオンバットは精密な超音波を使うって言ってたから、超音波を生み出す瞬間に横から音の波を崩したらどうなるんだろうって、ふと思いついたんだ。試してみようと思っただけで、こんなに上手くいくとは思わなかったけど……」

「えっマジ? あれたまたまだったの?」

「え? あ……うん……」

恥ずかしそうに笑うハルに対し、スグリは彼としては珍しくぽかーんとした顔になるが、

「ってかオレもオンバットにこんな弱点があったなんて知らなかったよ。おかげで特訓メニューが一つ増えちゃったな」

すぐにいつもの余裕たっぷりな笑みを取り戻し、次のボールを手に取る。

「そんじゃま、切り替えていきますか! 出番だ、フローゼル!」

スグリが二番手に選んだのはフローゼル。スグリの手持ちの中でも古参のメンバーで、ディントス教司教の二人組を一蹴するほどの高い実力を持つポケモンだ。先程ガマゲロゲと戦っていたが、その疲れは微塵も見せない。

(ここでフローゼルが来るか……タイプ相性は不利だけど、ワルビルも消耗してるし、ここで引かせるよりは少しでも削って次に繋げた方がいいかな)

難しいところではあるが、ハルの出した答えはワルビル続投だ。

「ワルビル、相性は不利だけど、もう少し頑張って。頼んだよ」

ハルの言葉を受けて、ワルビルも任せろと言わんばかりに拳を掲げ、吼える。

「それじゃあ行こうか。フローゼル、アクアジェット!」

フローゼルが動く。水をその身に纏ったかと思うと、目にも留まらぬ猛スピードで突撃を仕掛ける。

迎撃する隙すら与えず、一瞬のうちにワルビルを突き飛ばした。

「くっ、速い……! ワルビル、穴を掘る!」

吹き飛ばされたワルビルは着地と同時に穴を掘り、地中へと姿を隠す。

姿の見えない地中から、密かにフローゼルとの距離を詰めていく。

しかし、

「フローゼル、構えろ。出てきた瞬間に冷凍パンチだ」

フローゼルが握り締めた拳を、冷気が覆う。

直後、ワルビルがフローゼルの足元から飛び出すも、フローゼルは素早く飛び退いてワルビルの強襲を回避。

見事なカウンターのタイミングで冷気を込めた拳を叩きつけ、ワルビルを殴り飛ばした。

「な……っ!? ワルビル!」

吹き飛ばされて地面に倒れ、ワルビルは戦闘不能となってしまう。

「っ、なんてスピードなんだ……ワルビル、お疲れ様。休んでてね」

ワルビルを労い、ボールへと戻す。結局フローゼルには削りを入れられなかったが、先鋒のオンバットはしっかりと倒してくれた。

「どう、この素早さ。見るのと戦うのじゃ全然違うっしょ? スピードは武器だ。相手を撹乱するのにも、攻撃を当てるのにも、スピードは大事なんだよ」

不敵に笑い、さらにスグリは続ける。

「さあハル君、次は誰で来る?」

「それじゃ、次は君の出番だよ。出てきて、エーフィ!」

ハルが二番手に選んだのはエーフィ。フローゼル程ではないかもしれないが、エーフィも素早さには自信がある。

しかし。

(……そうだよね。フローゼルを出せば、絶対にそう来ると思ってたよ)

ハルはまだ気づいていない。

ここまで、ほぼスグリの思惑通りに試合が進んでいるということに。



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第55話 水の一閃、フローゼル!

ワルビルを倒され、ハルが二番手に選んだのはエーフィ。

対するスグリのポケモンは、同じく二番手のフローゼルだ。

「さあ、オレのフローゼルにどこまで着いてこられるかな! フローゼル、冷凍パンチ!」

握り締めた拳に冷気を纏わせ、フローゼルが二股の尻尾をスクリューのように回転させて勢いよく飛び出す。

一気にエーフィとの距離を詰め、冷気の拳で殴りかかるが、

「エーフィ、躱してシャドーボール!」

素早さならエーフィも負けていない。

フローゼルの拳を軽やかに躱し、即座に額の珠から黒い影の弾を放ち反撃する。

「フローゼル、躱してアクアジェット!」

しかしフローゼルも影の弾を跳躍して躱すと、水を纏い猛スピードで突っ込む。

弾丸のように飛び出すフローゼルの突撃は、回避の隙すら与えずエーフィを突き崩し、

「冷凍パンチ!」

さらに冷気を纏った拳を突き出し、今度こそエーフィを殴り飛ばす。

「っ、エーフィ! 大丈夫!?」

床に倒れたエーフィだが、即座に起き上がり、ハルの声に応えて頷く。

(くっ、あのアクアジェット、速すぎないか……?)

大会で見たスグリのメンバー五匹の中でも、このフローゼルとジュプトルのスピードは頭一つ抜けている。

特に厄介なのがアクアジェットだ。元々の素早さに先制攻撃の特性も加わり、初速から圧倒的なスピードを叩き出してくる。

「だったらこれだ! エーフィ、スピードスター!」

ハルの導き出した答えはやはり必中技。エーフィが尻尾を振り抜き、必中の無数の星形弾を放つ。

しかし、

「エーフィも必中技持ちかぁ。ま、でも……」

スグリがニヤリと笑い、フローゼルが掌を開く。

「フローゼル、リキッドブレード!」

開いたフローゼルの掌から水が噴き出し、水の剣を作り上げる。

剣を手に取り、フローゼルは横薙ぎに振るう一太刀で星形弾を両断、さらに剣を構えたままエーフィとの距離を詰めていく。

「なら、エーフィ、サイコショット!」

エーフィの額の珠が輝き、念力の弾が放出される。

フローゼルの突き出す剣と激突、競り合った末に爆発を起こし、爆風で水の剣を打ち消した。

「冷凍パンチ!」

爆煙の中を潜り抜け、冷気を纏わせた拳を構えたフローゼルがエーフィへと襲い掛かる。

「今だ! エーフィ、マジカルシャイン!」

飛び掛かるフローゼルをその視界に捉え、エーフィの額の珠が白く輝き出す。

刹那、その珠から眩い純白の光が放出され、突っ込んできたフローゼルを飲み込み、逆に吹き飛ばし、スグリの元へと押し戻してしまう。

「続けてスピードスターだ!」

尻尾を振り抜き、エーフィは即座に必中の星形弾で追撃を仕掛けるが、

「甘い甘い! フローゼル、リキッドブレード!」

立ち上がったフローゼルは既に水の剣を手にしている。

星形弾を両断しながら一気に突き進み、剣を横薙ぎに振るってエーフィを切り裂く。

「エーフィ、躱して!」

フローゼルが剣を立て続けに振るうが、対するエーフィは軽快なステップで次々とフローゼルの斬撃を躱していく。

「……フローゼル――」

「今だエーフィ! シャドーボール!」

スグリが何か言おうとしたが、ハルとエーフィの方が速かった。剣を振った直後のフローゼルの隙を狙い、エーフィは黒い影の弾を放出。

反応が遅れ、フローゼルがシャドーボールを受けて押し戻される。

「遅かったか……気をつけろフローゼル、剣撃が単調になってる。ハル君が相手なら一撃振ったら離脱でいいから、隙を見せるな」

頭を振って体勢を立て直し、フローゼルはスグリの指示を受けて頷き、再び構える。

「フローゼル、冷凍パンチ!」

「エーフィ、シャドーボール!」

拳に冷気を纏わせるフローゼルに対し、エーフィは再び漆黒の影の弾を放出する。

シャドーボールがフローゼルの拳とぶつかり、腕を覆う冷気を掻き消した。

「サイコショット!」

さらに続けて、エーフィはサイコパワーを一点に集め、念力の弾を放出。

しかし。

 

「今だフローゼル! 噛み砕く!」

 

待ってましたとばかりに、フローゼルが大口を開けて牙を剥く。

噛み砕くは悪タイプの技、念力の弾を容易く食い破り、その奥にいるエーフィへと噛み付き、牙を食い込ませる。

「っ、しまった……エーフィ、マジカルシャイン!」

もがくエーフィの額の珠が白く輝くが、

「フローゼル、アクアジェット!」

牙を離して水を纏い、フローゼルがエーフィを突き飛ばし、その反動で離脱。

直後に白い光が放出されるが、フローゼルは既にマジカルシャインの範囲外に逃れている。

「もう一度アクアジェット!」

フローゼルが再び水を纏ったかと思うと、次の瞬間にはエーフィの眼前に迫り、そのままエーフィを突き飛ばす。

「このまま押し切る! リキッドブレード!」

「そうはさせないよ! マジカルシャイン!」

エーフィの額の珠が白く輝き、フローゼルの広げた掌から水が噴出する。

フローゼルの水の刃が振るわれ、エーフィを一の字に切り裂く。

直後、額の珠から純白の光が放出され、フローゼルを覆い尽くし、光に飲み込んだ。

「エーフィ!?」

「フローゼル……!」

純白の光の前に飲み込まれてフローゼルは吹き飛ばされるが、それでもまだ低く唸り、肩で息をつきながら何とか立ち上がる。

そして。

一方のエーフィの体がぐらりと傾き、そのまま地面へと倒れる。

目を回し、戦闘不能となってしまった。

「エーフィ……お疲れ様。休んでてね」

エーフィの方が被弾が多かったため、この結果は当然だろう。エーフィを労い、ボールへと戻す。

ハルが最後のボールを手に取るが、そこで。

「さて、ハル君。この試合、実はここまでオレの想定通りなんだよね」

ハルをまっすぐに見据え、スグリがそう告げる。

「えっ……?」

「大会の試合を見てて気づいた。ハル君の手持ちってさ、水タイプに弱いじゃん。ワルビルとヒノヤコマは水技が効果抜群、エーフィとルカリオにも等倍で一貫する上に、水タイプに対して効果抜群になる技を誰も覚えてないよね」

実際、その通りだ。ハルの手持ちの四匹の中で、電気技もしくは草技を覚えたポケモンはいない。

「だからオレが立てた作戦はこうだ。今回の軸はフローゼル。初手はオンバットに任せてエンジンを掛け、ルカリオ以外の三匹に効果抜群を取れる水タイプのフローゼルで一気に駆け抜ける。最後の一匹はほぼ間違いなくルカリオだから、メガルカリオをフローゼルと最後のポケモンの二匹掛かりで仕留める。ここまで順調、作戦通りなんだよ」

たしかにスグリの言う通りだ。ここまで、ハルはスグリのポケモンのスピードを生かしたバトル展開を捉えきれていない。

だが。

「……やっぱり、スグリ君はすごいね。常に僕の先を進んでる、そんな気がする」

だからといって。

「だから僕は、スグリ君に勝ちたいんだ。新しい力を得た今なら、スグリ君にだって追いつける。いや、追いついてみせる」

それは、決して諦める理由にはならない。

理由は単純。バトルはまだ終わっていないからだ。ハルにはまだ、ポケモンが残っている。

「これで最後だ。出てきて、ルカリオ!」

ハルの手にしたボールから、最後のポケモン、エースのルカリオが現れる。

「最後はやっぱり、ルカリオだよね。フローゼル、気をつけろ。今までの相手とは一味違うぞ」

フローゼルもダメージは決して小さくないが、闘志は充分。

スグリに呼応して唸り、相手となるルカリオを見据える。

「行くよッ! ルカリオ、ボーンラッシュ!」

「来い! フローゼル、リキッドブレード!」

ルカリオが掌から波導を生み出し、フローゼルが掌から水を噴き出す。

波導の槍を手にしたルカリオと、水の剣を手にしたフローゼルが、正面切って衝突する。

お互いの獲物が激突し、その力はほぼ互角。

しかし、

「……!」

その直後、ダメージの蓄積によるものか、フローゼルが僅かにふらつく。

「ルカリオ、発勁!」

その隙をハルが見逃すはずもない。手にした槍は形を変えて右手を覆う波導となり、ルカリオが掌をフローゼルへと叩きつける。

腹部に掌底を叩き込まれたフローゼルが吹き飛ばされる。重力に従って床に落ち、そのまま目を回して戦闘不能となった。

「ここまでか……フローゼル、よく頑張った。休んでな」

フローゼルをボールに戻したスグリは、即座にボールを手に取った。

どうやら、既に最後のポケモンは決まっているらしい。

ボールを突き出し、スグリの最後のポケモンが現れる。

「さあ、最後はお前だ! 出て来い、ジュプトル!」

やはりと言うべきか、スグリの選んだポケモンはジュプトル。

決勝の締めに相応しい、エース同士の対決だ。

「やっぱり、最後はジュプトルだったか……だけど、相手にとって不足はない。ルカリオ、絶対勝つよ!」

「ジュプトル、ハル君のルカリオはメガシンカが使える。メガシンカポケモンを倒せば、オレたちの士気も上がるってもんだぜ。本気で行くぞ」

お互いのトレーナーの言葉に応え、お互いのエースポケモンがフィールドに立ち、対峙する。



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第56話 激闘の果て! 蒼と翠の交錯

ハルとルカリオ、スグリとジュプトル。

ライバル同士、そのエースポケモンが、バトルフィールドを挟んで対峙する。

「ルカリオ、発勁!」

「ジュプトル、燕返し!」

両者が同時に動いた。

ルカリオが右手に青い炎が如き波導を纏わせ、一気に距離を詰めていく。

ジュプトルも向かってくるルカリオを迎え撃つように、地を蹴って飛び出していく。

ルカリオが右手を突き出すが、ジュプトルは流れるようにその右手を躱すと、勢いそのままに腕を振り抜き、ルカリオを押し戻す。

「リーフブレード!」

さらにジュプトルは腕の葉を刃のように伸ばし、そのまま斬りかかってくる。

「っ、ルカリオ、波導弾!」

ルカリオは素早く立て直すと、右手を構えて掌から青い波導の念弾を放出する。

ジュプトルは腕の刃を振るって念弾を両断し、さらにもう一太刀でルカリオを狙うも、ルカリオはその間に大きくバックステップで距離を取り、反撃の体勢を構える。

「ルカリオ、サイコパンチ!」

「遅い遅い! ジュプトル、電光石火!」

ルカリオが拳に念力を纏わせる。

しかし動き出そうとしたその時には、既にジュプトルは目にも留まらぬ速度で距離を詰めており、ルカリオを突き飛ばす。

「くっ、さすがはスグリ君のエースポケモン……ルカリオ! 僕たちも行くよ!」

ハルの呼び声に、ルカリオは無言のまま頷く。

「っ! 来るか……!」

スグリの表情が、ほんの僅かに強張る。

右手を高く掲げ、ハルは思い切り叫ぶ。

 

「僕と君の、絆の力に応えて! ルカリオ、メガシンカだ!」

 

ハルの右腕のブレスレットに填め込まれたキーストーンが光を放ち、ルカリオのメガストーンと光を繋げる。

七色の光に包まれ、ルカリオの姿が変化していく。

波導の力とメガエネルギーが体内を駆け巡り、メガシンカを遂げたルカリオが天高く咆哮する。

「遂に来たか、メガルカリオ……! ジュプトル、メガシンカポケモンの強さはサオヒメジムでメガライボルトと戦ったお前なら理解してるよね。気をつけて戦うぞ」

他のものとは一線を画す能力、メガシンカ。その強力な力はハルだけでなく、アリスとのジム戦を経験しているスグリも分かっている。

「よしっ! ルカリオ、発勁!」

パシンッと手を叩き、青い波導をその右手に纏わせ、ルカリオが地を蹴って飛び出す。

「ジュプトル、躱してリーフブレード!」

突き出されるルカリオの右手を躱すと同時、ジュプトルの腕の葉が伸びる。

躱した勢いをそのままに腕の葉を振るうが、

「ルカリオ、右! ボーンラッシュで防いで!」

ルカリオの右手を纏う波導が形を変えて槍となる。

手にした槍を振り抜き、ジュプトルの振るう葉の刃を防いだ。

「波導弾!」

「もう一度リーフブレード!」

波導の槍が再び形を変え、今度は念弾となる。

放出された波導弾に対して再びジュプトルは伸ばした腕の葉を振るうが、メガシンカしたことで波導弾の威力が上がっている。

メガルカリオは特性“適応力”により、自分のタイプと同じタイプの技の威力を上げる力を持つのだ。

リーフブレードで応戦し、波導弾を防いだジュプトルだが、先程のように叩き斬ることができなかった。

「サイコパンチ!」

「躱して燕返し!」

念力を拳に纏わせるルカリオを、真っ向からジュプトルは迎え撃つ。

真っ直ぐに繰り出される強烈な拳の一撃を左腕を払って受け流し、剣を振るが如く振り抜いた右腕をルカリオへと叩きつける。

「発勁!」

だが燕返しを受けたルカリオの動きは止まらない。

その場に踏み止まって腕の一撃を耐え切り、爆発的に展開された波導を纏った掌底をジュプトルに叩きつけ、大きく吹き飛ばした。

「チッ、燕返し程度じゃ怯まないってか……! だったら……!」

スグリの表情から、いよいよ余裕がなくなっていく。

普段から挑発や冗談も交え、余裕たっぷりに戦うスグリが、ここまで必死に戦うのを見たのは初めてだった。

しかしそれでも、まだ秘策がある。

着地したジュプトルが、カッと目を見開く。

 

「ジュプトル! 草の誓いだ!」

 

ジュプトルが床に手を触れる。

その手が光を放ち、刹那、ルカリオの足元から風と共に無数の葉の竜巻が吹き上がった。

「なっ……!?」

スグリにしては極めて珍しい、単発の火力を重視した大技。

予想だにしない足元からの一撃に、なす術もなくルカリオは竜巻に巻き込まれ、宙に放り投げられる。

「リーフブレード!」

地を蹴り、ジュプトルが大きく跳躍する。

両腕の葉の刃を展開させつつルカリオへと一気に接近し、腕を振り抜き、二対の刃でルカリオを切り裂いた。

「ルカリオ! 大丈夫!?」

ルカリオが床へと撃墜される。効果今ひとつとはいえ、的確に急所を切り裂いた一撃だった。

「畳み掛けろ! ジュプトル、燕返し!」

さらにジュプトルは絶対に避けられない打撃を仕掛けてくる。

「っ! ルカリオ、ボーンラッシュ!」

立ち上がったルカリオの右手から波導が吹き出し、槍の形となる。

ジュプトルの四肢を使った流れるような連続攻撃を、槍を振り抜き、回し、なんとか凌ぎ切った。

「波導弾だ!」

燕返しが防がれるや否や、ジュプトルは即座にバックステップで距離を取る。

対してルカリオの掴んだ槍が形を変えて波導の念弾となり、ジュプトル目掛けて放出される。

「防ぐぞ! リーフブレード!」

波導弾もまた必中技。ジュプトルは腕の葉を伸ばし、波導弾を食い止める。

「ルカリオ、発勁!」

「ジュプトル、草の誓い!」

右手に波導を纏わせたルカリオが飛び出すのと同時、ジュプトルは床に手を着き、ルカリオの前進を遮る形で床から無数の葉を乗せた竜巻を柱のように放つ。

それでも足元から出てくると分かれば怖くはない。竜巻を躱しつつ、ルカリオは少しずつジュプトルとの距離を詰めていく。

「避けてくるなら……ジュプトル、躱してリーフブレード!」

振り下ろされるルカリオの右手を躱し、すぐさまジュプトルは腕の葉を刃のように伸ばし、ルカリオを斬りつける。

「サイコパンチ!」

だがそれに合わせ、ルカリオは念力を纏った左拳を裏拳のように放つ。

葉の刃と念力の拳が激突し、火花を起こして競り合うも、

「波導弾だ!」

一瞬の隙を突いたルカリオが青い波導の念弾を撃ち出し、攻撃直後のジュプトルを吹き飛ばした。

「ここで一気に決める! ルカリオ、発勁!」

ルカリオの翳した右手が、蒼炎が如き波導を展開する。

波導の力を携え、地を蹴ってフィールドを駆け抜ける。

「そっちがその気なら、こっちもだ! ジュプトル、草の誓い!」

対して。

ジュプトルの体が、鮮やかな翠のオーラに包まれる。

特性“新緑”。体力が少なくなった時に、草タイプの技の威力を上げる特性だ。

一点に集めた繁茂の力を、ジュプトルが大地へ送り込む。

次の瞬間、ルカリオの足元から遥かに規模を増した深碧の竜巻が吹き上がる。

風の柱に飲み込まれ、宙に放り出されるルカリオだが、

「ルカリオ! そのまま急降下だ!」

ハルは迷わなかった。パートナーを信じ、叫ぶ。ルカリオの猛撃は、まだ止められていない。

その瞳にライバルを見据え、落下の勢いさえ逆に利用し、蒼き流星が如く、ジュプトルを狙い急降下する。

「……っ!」

この瞬間。

ほんの一瞬、スグリは迷った。

確実に勝ちに行くなら、ここは回避の指示を出す場面。

しかし。

ここが正念場。そしてこのバトルは、ライバルとの雌雄を決する大舞台。

その最終局面において、相手が全力を振り絞り、渾身の一撃を仕掛けてきたのだ。

で、あれば。回避など、どうしてできようか。

こちらも、最大の一撃をぶつけるのみ。

「……ジュプトル! リーフブレード!」

そんな主の思いを感じ取ったのか、ジュプトルもニヤリと笑い、両腕の葉を伸ばす。

体内に漲る自然の力を溜め込み、翠の大刀が如く展開させ、その場でルカリオを迎え撃つ。

刹那。

 

蒼と翠が、激突した。

 

メガルカリオの波導の掌底と、ジュプトルの葉の大刀が、正面から鎬を削る。

一歩も譲らず競り合い、力は膨らみ、そして。

遂には、大爆発を起こす。

「ルカリオ!」

「ジュプトル!」

爆発と爆煙に巻き込まれ、二匹の姿は見えなくなる。

やがて少しずつ煙が晴れ、少しずつ視界が開けていく。

激闘を制したのは、どちらか。その答えは、すぐに明らかとなった。

「…………負けかぁ」

やり切った、しかしその中に悔しさを込めた声でそう呟いたのは、スグリだった。

片膝をつき、まだ何とか意識を保つルカリオの目の前で、ジュプトルは持てる力の全てを使い果たし、うつ伏せに倒れていた。

勝負の結果を見届け、バトルが終わったと分かると、ルカリオの体を光が包み、メガシンカが解ける。

そしてそれと同時に、ルカリオ、そしてハルも体から力が抜け、その場に座り込んでしまう。

「……………勝った……の……?」

集中が完全に切れ気が抜けてしまい、ぼーっとしたまま、まだ状況をはっきりと掴めていないハルだったが、

「ハルー! すっごーい! スグリ君に勝っちゃうなんて!」

駆け寄ってきたサヤナの言葉で、ようやく意識を戻す。

「勝った……? そうだ、勝った。勝ったんだ……! すごいよ、ルカリオ! 僕たち、スグリ君に勝ったんだよ……!」

何とか立ち上がるも、駆け寄る気力が残っていないので、ハルはふらつきながらもルカリオの元へと歩み寄る。

ルカリオに至ってはもはや立ち上がる力すら残っていないようだったが、それでもハルの方を振り返り、嬉しそうに小さく吠える。

「……ジュプトル、お疲れ。いつの間にかハル君に追い抜かれちゃったな。最後はオレのミスだ、ごめんな」

スグリがそう言ってジュプトルの頭を撫でると、ジュプトルは目を開き、悔しそうに唸るが、スグリのその言葉を否定するようにゆっくりと首を横に振る。

「悔しいよな。オレも一緒だ。でもまた、すぐに追い抜き返そうぜ」

ジュプトルをボールに戻して立ち上がると、スグリは座り込んだままのハルへと歩み寄る。

「……いやぁ、見事に負けちゃったよ。正直言って、負けるとは思ってなかった。ってか、オレに勝ってそんな嬉しい?」

「そりゃあそうだよ。僕にとってスグリ君はいつも先を行く存在だったし、スグリ君の強さはよく知ってる。そんな強いトレーナーに、やっと勝てたんだもの」

「ま、それもそうか。オレ強いし……負けちゃったけど」

スグリも負けた手前どこかいつもの調子が出ないようだが、

「だけど、次は勝つよ。正直、ハル君に負けたのは悔しい。めちゃくちゃ悔しい。だからこそ、これをバネにして、オレたちはこの先もっと強くなる。ハル君、その時にはまたバトルしようよ。今日のリベンジを果たすからね」

「うん。僕だって今日の結果だけに満足はしないよ。スグリ君が強くなるなら、僕だってもっと強くなる。こっちからもお願いするよ、またバトルしようね」

再戦を誓う、ハルとスグリ――

「……ってちょっと! 今回私だけ仲間はずれにされちゃったんだから、私とも約束だよ! 私ともまたバトルするの!」

「も、もちろんだよ。サヤナも、またバトルしようね」

――とサヤナ。

ともあれ、ハルは一日に二回もメガシンカを使い完全にクタクタなので、今日ハダレタウンを出るサヤナとスグリと再会を約束し、今日はポケモンセンターにもう一泊することにした。

明日になったら、次のジムリーダーが待つ街へと出発だ。



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第57話 不穏去ってまた不穏

あくる日の早朝。

ポケモンセンターの宿舎で目覚めたハルは、まだ昨日のバトルの余韻に浸っていた。

「本当に、スグリ君に勝ったんだなぁ……」

何しろ、スグリと初めて戦った時からずっと背中を追いかけていた。

ライバルとはいえ、常に自分の一歩先を行く存在。いつか追いつきたいと願い、ひたすらに特訓を続けてきた、そんな存在。

そのスグリ相手に、遂に自分は勝ったのだ。しかも事実上とはいえ、大会の決勝戦という大舞台で。

ここまで歩んできた道は間違っていなかった。自分は強くなっている。確実に成長している。その証のようにも感じられた。

「ここから先も、もっと強くなって行かなきゃな。よし、今日も頑張るぞ」

そう呟き、ハルはベッドから起き上がり、身支度を開始する。

 

 

 

朝食を終え、ハルはポケモンセンターのロビーへと戻り、ソファに座ってアルス・フォンを片手に次の目的地を確認していた。

「確か、ここから一番近いのはカタカゲシティだったっけ」

ここハダレタウンは、サオヒメシティとカタカゲシティを繋ぐ中継地点。

ジムもあるということなので、ハルは地図アプリを開き、カタカゲシティを目的地に設定する。

すると。

「ハル君、おはよぉ。昨日はお疲れ様だよぅ」

背後から声を掛けられ振り返ると、そこに立っていたのはミオだった。

「おはよう、ミオ! ミオも今日出発なんだね」

「うん。それにしても昨日は大変だったねぇ。ハル君の決勝戦、見たかったなぁ」

ゴエティアの事件が起こったせいで会場にいた観客たちは早々にハダレタウンから去ってしまっており、しかもスグリと戦ったのはちょうど昼過ぎでポケモンセンターは空いていたため、二人の試合を見ていたのはサヤナだけだった。

「ところで、ミオはこの後どこに行くの?」

「んー、特には決めてないよぉ。通ったことのない道を通って、気の向くままにって感じかなぁ。ハル君はぁ?」

どうやらミオはかなり自由気ままな旅をしているようだ。彼らしいといえばらしいが。

「僕はカタカゲシティに行くんだ。五つ目のジムに挑戦する予定だよ」

街の名前を出すと、ミオの表情がぱあっと明るくなる。

「おぉ、カタカゲシティ! 僕の生まれたところだねぇ。商店街とか市場がある賑わいの街だから、きっと楽しいと思うよぅ」

「あ、そうなんだね! 商店街か、立ち寄ってみようかな」

話しているうちに準備も済み、ハルは立ち上がる。

二人でポケモンセンターを出て、ミオと別れようかというところで。

「ハル君にミオ君! 久しぶりじゃない!」

聞き覚えのある声に呼び止められた。

見上げるとそこに立っていたのは、サオヒメジムリーダー、アリスだった。

「あれ、アリスさん?」

「お久しぶりですぅ。ジム戦以来ですねぇ」

ミオも知り合いらしい。口ぶりからして、ジムに挑戦したことがあるのだろう。

「昨日は大変だったみたいね。ゴエティアが乱入したって、ニュースでも報道されて大騒ぎになってたわよ。二人ともレギュラーランクよね? 無事で何よりだわ」

「ええ……一時はどうなることかと思いましたよ」

「たしか、ロノウェとアスタロト、でしたかねぇ」

アスタロトは手出しはしてこなかったが、それでもアーケオスの龍の息吹はなかなか強烈だった。

「ディントス教の件といい、最近ゴエティアの事件も増えてるわね……そうだ、ディントス教といえば」

そうアリスは続け、

「この間、ハル君も一緒にディントス教壊滅に協力してくれたでしょ? あの後、教会を捜索して奪われたポケモンを取り返したのよ。一部はヴィネーに持っていかれてしまっていたけど、それでも半数は残ってた。だけどおかしなことにね、そのうちの何匹かが何をしても目を覚まさないのよ」

「……はい? 目を覚まさない?」

ハルが聞き返すと、アリスは苦い顔で頷く。

「そうなの。原因は不明、眠っているというより昏睡状態に近いのかしら。カゴやラムの実を与えても効果なし、生きたまま動かなくなってるような感じ。そっちが手詰まりだから、先にこっちに来たんだけど……」

「アリスさん。そういえばぁ、なんでこんなところに?」

「あっ、そうだったわ。二人とも、ちょっとこっちに来てくれる? あんまり大声では話せない話があるの」

脱線していた話を戻し、アリスは二人を物陰へと連れて行く。

「実はね……」

二人の耳元に口を寄せ、アリスは囁く。

 

「ディントスが教えてくれたのよ。ハダレタウンに、ゴエティアの活動拠点があるって」

 

「えっ……!?」

危うく大声で叫びそうになるハルだったが、何とか声を抑える。

「それ……本当なんですかぁ?」

「間違いないわ。下調べは済んでるし、場所も把握してる。ハダレタウンに来たのは、そこを潰すため。応援としてジムトレーナーとイチイを呼んでるわ……イチイって分かるかしら?」

「ええ。シュンインジムのジムリーダーですよね」

イチイはハルが一番最初にジムバッジを手に入れたシュンインシティのジムリーダー、草タイプの使い手だ。

「魔神卿が一人なら、ジムリーダー二人掛かりで戦えばさすがに負けない。そんなわけだから、二人とも、早めにこの街を――」

「あの、アリスさん」

アリスの言葉を遮り、ハルが口を開く。

 

「その作戦、僕にも参加させてくれませんか」

 

「えっ……?」

思わず、アリスは聞き返す。

自身を見つめるハルの目は、本気だ。その瞳の中に、怒りに似た感情をアリスは僅かに感じ取った。

「スグリ君との決勝戦をゴエティアに邪魔されて、このままじゃ黙っていられなくて。どうしてもとはいいませんが、よければ協力させてください」

「……本気みたいね。分かった。ハル君くらいの実力があるなら、協力してもらっても大丈夫そうね。その代わり、私の指示には従ってもらうわよ」

「はい。ありがとうございます」

そして。

「……あの、僕も行きましょうかぁ?」

ハルに続き、ミオも進み出る。

「えっ? ミオ?」

「僕も、ゴエティアみたいな悪い人たちを放ってはおけないですよぅ。ハル君と互角に戦えるくらいには強いですしぃ」

だがハルと違い、ミオはゴエティアとほぼ関わったことがない。

ゴエティアを許せない気持ちはハルも同じなのでミオの思いも分かるのだが、わざわざ危険に巻き込むのも避けたい。

しかし、

(アリスさんの性格的に……オッケー出しそうだなぁ……)

そんなハルの予感は、

「……そうね。ハル君とやり合った仲だし、準決勝進出者なら力になってくれそうね」

ものの見事に的中してしまった。

「それじゃ、話を戻すわよ。ゴエティアの拠点なんだけど……ハダレタウンは昔の遺跡が残っているけど、多くは立ち入りは禁止されているでしょ? その中の一つを改造して、隠れた研究施設として使用しているらしいの。場所もディントスから聞いてるわ」

確かに、この街の遺跡は観光スポットとなっているが、中に入ることは許されていない。管理者の目さえ欺いてしまえば、拠点とするには絶好の場所だろう。

「さっき言ったとおり、魔神卿は基本一人。仮に二人いても、ジムトレーナーや父さんが準備してくれてるから安心して。あと言うまでもないと思うけど、バラけるのは危険よ。よっぽどのことがない限り固まって行動するからね」

あらゆる場合を想定して、しっかりと対策はしているらしい。

とはいえ、ゴエティアの拠点に直接殴り込みに行くのだ。魔神卿からの手厚い歓迎を受けてもおかしくはない。

「二人とも、ポケモンの調子は万全ね」

「はい。昨日休ませたので、バッチリです」

「僕も大丈夫ですよぅ。存分に戦えますねぇ」

「よし。それじゃあ、イチイが到着次第出発よ」

 

 

 

「お待たせいたしました。あら、ハル君! お久しぶりですわね」

数分後、イチイが到着。

ミオは初対面なので軽く挨拶を交わし、ハルとも少し話をした後、アリスがイチイへ二人が作戦に加わることを説明。

イチイは少し心配がっていたが、アリスが必ず守ると約束してどうにか納得。

アリスに連れられ、ハルとミオ、イチイは、ゴエティアの拠点がある場所、ハダレタウン外れの旧遺跡群地帯へと向かう。

「ここだわ」

遺跡の前で、アリスが立ち止まる。

三人が辿り着いたのは、巨大な遺跡に隠れた地下へと続く遺跡への入り口だ。

確かにここなら、なかなか外からも気づかれないだろう。

「ポケモンセンターで父さんとジムトレーナーが待機してる。バラけるのは危険、四人で固まって行動するわよ。いいわね」

「了解です」

「はぁい」

「分かりましたわよ」

三人の返事を聞いて、アリスは頷き、

「よし。それじゃあ、突入よ」

アリスとハル、ミオ、そしてイチイ。

ゴエティアの拠点を制圧すべく、突発の精鋭部隊が結成された。



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第58話 潜入! ゴエティア研究所

時間は少し遡る。

アリスがハダレタウンへ到着する、その少し前の出来事。

 

「どーしたんだ、迎えに来たのか? 昼にはそっちに戻るっつったろ」

薄暗い部屋の中に、男の声が響く。

「いやぁ、ちょっと伝えなきゃいけないことがあってね。メッセージ送ってもよかったんだけど、せっかくだから顔出そうかなって」

男に返答する声は、少年にも少女にも聞こえる若い声。

「ほー。つーかちょうどいい、お前に聞きたいことがあったんだ。あのヴィネーんとこの教皇気取り、結局捕まったんだってか?」

「そうなんだよ、事前にぼくが忠告しておいたのにね。まぁヴィ姐はまだいくつもプランを用意してるらしいし、副産物もたんまり手に入れたみたいだし、別に落胆もしてなかったけど」

「ヴィネーに関してなら心配ねえよ。あいつぁなかなかの切れ者だ。教皇気取りの失敗なんて想定内だろ」

少年の言葉に男はぶっきらぼうにそう返すが、そんな男の態度は気に留めず、少年は続ける。

「てか、ちょうどいいや。その伝えなきゃいけないことなんだけど、まさにその教皇に関係する話なんだよ」

「あぁ?」

「ヴィ姐の話によると、あの教皇にここの拠点の存在を知られちゃったかもしれないって。ヴィ姐に見捨てられた以上ここのことを隠しておく義理もないだろうし、万が一のこともあるだろうから、早めに撤退しておいた方がいいかもね」

「……くそ、マジかよ。前の拠点が気に入らないからって作り直してようやくこの間完成した研究所だろ、ここ。ついてねぇな……つーか、なんでヴィネーはあの教皇を処分してねえんだ」

「そのことに関してはぼくも聞いたんだけどねえ、タイミングを逃したんだって。教皇からキーストーンを受け取ったら処分する予定だったって。まぁヴィ姐が着いた時には既にとっ捕まってたみたいだから、仕方ないね」

まるで他人事かのように少年はくすくすと笑う。

男の方は苛立ちを隠そうともせず、

「つーことは、 サオヒメのジムリーダーにはまず知られるな。下手すりゃお前のお気に入りとかいうガキにも知られてるかもってことか。チッ、面倒くせえな。外敵をぶっ殺して解決ってわけにいかねえのは最高に面倒くせえよ」

「おぉこっわ。さすが、ゴエティアの直接戦闘専門なだけのことはあるねぇ」

ケラケラと笑う少年を男は睨み、

「悪りぃが加減はできねえぞ。お前の考えはよく分かるが、最優先は王の目的よりも組織の維持だ。もし奴らが攻めてきて、組織の危機を感じれば、その時はお前のお気に入りだろうと容赦なくぶっ殺す。いいな」

刹那。

一瞬にして、その場の空気が張り詰める。

「……そういう言い方は気に食わないね。魔神卿の代わりはちょっと待てば用意できるってことは分かった上で言ってるんだよね、それ」

「どのみち組織がなくなれば王の目的は達成できねえ。それよりは危険な芽を潰し、何年かかってもゆっくりと王の目的を達成させるのが合理的ってもんじゃねえのか。つーか何だその口の利き方は? お前なんかが俺を殺そうってか?」

「王はそれを待ってくれるほど気の長いお方じゃないでしょ。目覚めた時には準備万端にしておかないと。てか、そこまで言うなら本当に殺ってやろうか? たとえ戦闘専門だからって、ぼくに勝てるとでも?」

「魔神卿の代わりはいくらでもいるんだよなぁ? 俺とお前、シケた内輪喧嘩で二人退場だ! なんとも面白え話じゃ――」

 

「やめなされ」

 

部屋の奥、暗闇から声が響く。

二メートルを超えるほどの大男が、闇の中から姿を現した。

「二人ともゴエティアの貴重な戦力なのですぞ。あなた方二人のうち片方でも失うのはゴエティアにとっては大きな損失になる、私はそう思いますがな」

落ち着いた物腰で、その大男は一触即発の二人の間に割って入る。

大きな手で二人を制し、

「私に任せていただきましょう。二人は先に撤退、証拠隠滅の準備を。もしその間に侵入者が現れれば、私が打って出る。私なら組織の危機を最低限に抑え、かつ御主のお気に入りがやって来た場合でも傷つけずに問題を解決できる。それで、よろしいですかな」

「……っ、分かった。ごめんよ、ついカッとなっちゃって」

「そこまで言うんならお前に任せる。……俺も血が上っちまったし、お互い様だ」

大男に仲裁されて頭を冷やし、二人は撤退の準備を始める。

そこで。

「あぁ、そうだ。喧嘩のお詫びに、最近雇った部下を護衛につけておくね。それと」

少年がニヤリと笑い、男を呼び止める。

「なんだ」

「撤収用のポケモンとして、メタングも貸してあげるよ。空飛べるポケモン持ってなかったでしょ」

そう言って、少年は男にモンスターボールを投げ渡す。

「ありがとさん……と言いてえところだが、お得意の悪戯じゃねえだろうな」

「さっき怒られた手前そんなことするわけないじゃん。護衛と合わせて、喧嘩したお詫びってことで」

「ほう。そんじゃ、ありがたく使わせてもらうぜ」

「いいっていいって。そんじゃ、ぼくは先に帰るよ。ばいばーい」

少年がボールを取り出し、その中からは骨で着飾った鷲のようなポケモンが現れる。

少年はそのポケモンに飛び乗ると、先に拠点を出て行った。

「それじゃあ、頼んだぜ。俺は先に証拠隠滅と撤退の準備をしておく」

「ええ。ここは私に任せておきなされ」

大男に言葉をかけ、残った男もまた、暗闇の奥へと消えていく。

 

 

 

そして、時間は現在。

「それじゃ、行くわよ」

アリスが一歩踏み込もうとしたところで、

「アリスさん、お待ちになって」

イチイがそれを呼び止める。

「どうしたの?」

「私、少し考えたのですけれど……四人いるなら、一人ここで見張りをつけるのはどうでしょう。仮に増援が呼ばれることになった場合のことを考えると、ここで足止めできる人がいた方がよさそうだと思いまして」

「……そうね。ゴエティアの増援が来ることを考えるなら、入り口で足止めしている間に父さんたちを呼ぶ方が安全ね」

イチイの提案にアリスは頷き、

「そうしましょう。イチイ、お願いできるかしら」

「もちろんですわ。ハル君やミオ君はアリスさんといた方が安全でしょうし、ここは私にお任せくださいな」

「何かあったら、すぐ私と父さんたちに知らせてね。頼むわよ」

「お任せくださいな。三人も、お気をつけて」

イチイが一歩下がり、

「それじゃあ。改めて、突入よ」

アリスとハル、ミオの三人が、ゴエティアのアジトへと潜入する。

入り口は薄暗いが、少し進むとすぐに明るい広間に辿り着く。

通路は一つ。進むべき道はそこだけだ。

常に周囲を警戒しながら、三人は通路を進んでいく。

だが、

「侵入者だ!」

「怪しいやつめ!」

通路を塞ぐような、挟み撃ちの形で、無数の黒装束の集団が姿を現す。

「早速来たわね。怪しいのはどっちって話よ。ハル君、ミオ君。後ろをやって。前は私一人で片付ける」

そう言って、アリスはライボルトを繰り出す。

「了解です!」

「任せてください」

ハルとミオもそれぞれエーフィ、トゲチックを繰り出し、現れた集団を相手取る。

それを見た黒装束の者たちもボールを取り出し、それぞれのポケモンを繰り出すが、

「ライボルト、パワーボルテージ!」

「エーフィ、マジカルシャイン!」

「トゲチック、エアスラッシュ」

ライボルトが電撃の衝撃波を解き放ち、ルカリオが波導の槍を振り回し、カビゴンがいくつもの影の弾を撃ち出す。

有象無象のポケモンたちは瞬く間に薙ぎ払われた。中にはポケモンすら出す暇もなく吹き飛ばされた者もいた。

「造作もない。下っ端なんてこんなもんよ。さっさと魔神卿クラスを出してちょうだい」

倒れた黒装束の山を乗り越え、アリスたちはさらに奥へと進んでいく。

 

 

 

「……おかしい」

通路を進んでいる中、ふとアリスが呟く。

「えっ?」

「気づかない? ここまでの道のり、完全に一本道よ。まるで誘われているみたい」

アリスに言われて、ハルは通路を見渡す。

よく見ると、通路の壁には固く閉ざされた扉がいくつか見られる。確かにそう言われれば、不必要な扉は全て閉ざし、侵入者を誘導する作りに見えなくもない。

「それに、最初の襲撃以降、人が全く見当たらないわ。ここまで人の気配を感じないと、逆に不気味ね」

「とは言っても、進むしかないですよねぇ……」

「……そうね。二人も警戒を怠らないでね」

閉ざされている扉をどうこうしても仕方がないため、とにかく進むしかない。

やがて、三人は少し開けた大広間へと辿り着く。

続く道は一つしかない。下っ端構成員が襲ってくる様子もないので、先に進もうとした、その時。

「待って」

不意にアリスが立ち止まり、二人を制する。

「どうしたんですか?」

「……誰か来る。向こうからよ」

そう告げるアリスの目は、じっと部屋の向こう、通路の奥に広がる暗闇を見据えている。

その時、ハルとミオにも聞こえてきた。

通路の向こうから、人の足元が聞こえる。何者かがこちらへと近づいてくる。

緊張の一瞬。三人が様子を伺う中、足音の主が暗闇からゆっくりと姿を現わす。

 

「よくぞ参られた。せっかくのお客様です、総力を持って歓迎致しましょうぞ」

 

現れたのは、一人の男。だが、

「……!」

「なんだ、こいつ……」

まずハルたちが圧倒されたのは、何よりその男の容姿。

端的に言えば、ものすごく大きい。二メートルを超えるほどの大男だ。

そしてその巨体に違わず、筋骨隆々とした体つき。青い羽毛で着飾った派手な服を着ているが、服の上からでもその頑強さが見て取れる。

またその顔つきもも随分と特徴的だ。丸い目が大きく、青い髪の毛はオールバックにしており、口はあまり大きくない、例えるならばフクロウのような顔をしている。

「誰。名を名乗りなさい」

「そう慌てなさるな。客に対しては自分から名乗るくらいの礼儀は持ち合わせているつもりですぞ」

凄むアリスの言葉を軽くいなし、その大男は口を開く。かなり野太く低い声だ。

「御察しの通りでしょうが、私は王に使えるゴエティアの悪魔が一人、魔神卿アモン。ゴエティアでは後方支援として、研究や実験、及び情報処理やメカニックを担当させていただいておりますぞ」

その男――アモンは丁寧に名を名乗る。そんな気はしていたが、やはりこの男は魔神卿のようだ。

しかし、それにしても。

「……その見た目で、研究員とはね」

「てっきりガチガチの戦闘員が来たかと……」

「この人が薬品とか機械をいじってるの、想像できないねぇ」

三人の思考は完全に一致していた。

「ほほほ、よく言われます。ですが私はこう見えてもゴエティアの研究者長にして、参謀を努めさせていただいておりますぞ。パイモンには時々頭が固いと言われますがな」

三人の思わず漏らした言葉に、アモンは冗談めかして笑う。

「さて――ここで私が三人まとめて相手取ってもよろしいのですが。しかし生憎、我らがゴエティアにはもう一人、あなた方との戦闘を望む者がおります。ああ、魔神卿の一員ではないので、ご安心を。さあ、おいでなさい」

アモンがそう呼ぶと、扉の奥からもう一つ、人影が現れる。

人影の正体は少年だった。黒い髪は肩くらいまで伸ばしており、男にしては長め。身長もそこそこ高く、白いシャツの上から真っ黒な丈の長いコートを羽織っている。

不機嫌そうな表情を浮かべており、その目つきも悪く鋭い。

「さて、自己紹介を」

アモンに促され、その少年は口を開く。

「俺の名はパラレル。強さだけを求めて生きる、何者にも交わらぬ者……とはいえ今は訳あって、魔神卿パイモンに雇われた部下という立ち位置だがな」

ぶっきらぼうに少年は自身の名を名乗り、

「……お前、ハルだな」

いきなりハルを睨み、そう呟く。

「え? あ、そうだけど……」

突然指名され、目つきの悪い目で睨まれ、少し後ずさりするハル。

「そうか。それなら話が早い」

パラレルはさらにそう呟き、突然、ハルを指差した。

 

「ハル! お前に、一対一のバトルを申し込む!」



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第59話 交わらぬ者

「えっ……?」

ハルに対して突如告げられた、パラレルと名乗る少年からのバトル。

「お前、パイモンが注目するほどのトレーナーだそうじゃないか。そんなお前の実力、見せてもらう。そしてお前に勝ち、俺はもっと強くなる。さあ、一対一のバトルだ。逃がしはしないぞ」

まっすぐにハルを見据え、パラレルはモンスターボールを取り出し、ハルへと突きつける。

「……分かった、相手になるよ。勝負だ」

今までパラレルの剣幕に怯んでいたハルだが、ハルも覚悟を決め、モンスターボールを手に取る。

「ミオ、アリスさん、そっちの大男の相手をお願いします。こいつは僕をご指名みたいですから」

「私たちなら心配ご無用よ、任せておいて。ミオ君、一緒に戦いましょう」

「ええ。僕たち二人で、この大男を倒しましょお」

アリスとミオもボールを手に取り、魔神卿アモンと対峙する。

「ほっほう、この私に挑むとは勇敢なこと。いいでしょう、元より私もそのつもり。しばらくの間、相手取って差し上げましょう」

アモンもボールを取り出し、アリスとミオの二人組を迎え撃つ。

 

 

 

「一対一なら君だ。出てきて、ルカリオ!」

「我が力を示せ、ガバイト!」

 

ハルのポケモン、ルカリオに対し、パラレルのポケモンは、サメのようなヒレを持つ青い小型の恐竜のようなポケモン。

 

『information

 ガバイト 洞穴ポケモン

 宝石の原石を巣穴に集める習性を

 持つ。宝石を狙う外敵に対しては

 鋭い爪や牙で容赦なく切り裂く。』

 

見た目通りドラゴンタイプを持つ他、地面タイプも併せ持っている。

(ドラゴンと地面タイプか……ルカリオは地面技が弱点だから、気をつけて戦わないと)

そこまで大柄なポケモンではないが、竜の血を引く立派なドラゴンポケモン。警戒するに越したことはない。

パラレルはルカリオをじっと眺め、

「なるほど。そいつが、メガシンカを使うルカリオか」

「……! そうか、ロノウェが大会の会場にいたから、僕がメガシンカを使えることはお前たちも知っているんだな」

「その通り。さあ、メガシンカを使え。全力で俺と戦ってもらうぞ」

いきなりメガシンカを要求するパラレル。だが、ハルとて出し惜しみするつもりはない。

「こっちだってそのつもりさ。ルカリオ、いきなりだけど、頼むよ!」

ハルの呼びかけにルカリオは頷き、腕輪をつけた右腕を構える。

「ルカリオ、メガシンカ!」

ハルのキーストーンとルカリオのメガストーンから放たれる光の束が一つに繋がり、ルカリオを包む。

光の中で、ルカリオは姿を変え、メガシンカを遂げる。

「ほう、これがメガルカリオ……ガバイト、メガシンカポケモンをも薙ぎ倒し、さらなる強さを得るんだ。始めるぞ」

そしてメガシンカを遂げたルカリオを見ても全く表情を変えず、パラレルはガバイトへと指示を出す。

「ガバイト! まずはドラゴンクロー!」

咆哮と共にガバイトが駆け出す。

鋭い爪に龍の力を込め、ガバイトは地を蹴って飛び出し、蒼く輝く爪を振るう。

「ルカリオ、サイコパンチ!」

対するルカリオは拳に念力を纏わせ、ガバイトへ拳を突き出す。

ガバイトの龍爪と激突し、火花を起こして激しく競り合う。

「っ、ガバイト、離れろ!」

力技では勝てないと見たのか、ガバイトは大きく後退し、素早く後ろへ飛び退くと、

「穴を掘る!」

建物内のはずだが、鋭い爪で床をたやすく叩き割り、ガバイトは地中へ潜る。ここが最下層なのか、潜行に影響はないようだ。

だがハルが今まで見てきたものとは違う。ガバイトは床下へと完全に姿を隠したわけではなく、背ビレを出したまま、海原を泳ぐサメのように一直線にルカリオへと突っ込んでくるのだ。

「見えてるなら、ルカリオ、波導弾だ!」

背ビレだけを出して迫り来るガバイトに対し、ルカリオは右手を突き出し、掌から青い波導の念弾を放出する。

必中の波導の念弾は吸い込まれるように背ビレへと直撃する。

が、しかし、

「無駄だ」

パラレルが告げると同時、ガバイトの背ビレはまるで剣かのように波導弾を両断してしまった。

「なっ……!?」

直後、ガバイトが地中から飛び出し襲撃、ルカリオを突き飛ばす。

「俺のガバイトの背ビレは頑丈で、さらに鋭い。遠距離から防ごうとしたところで無駄だぞ」

パラレルの言葉に続き、ガバイトも両腕を振り上げて甲高く吼える。

「なるほど……ルカリオ、立て直して。ここから反撃だよ! 発勁だ!」

体勢を整え、右手に燃える炎が如き青い波導を纏わせ、ルカリオが地を蹴って飛び出す。

「ガバイト、ドラゴンクロー!」

対するガバイトも鋭い爪に龍の力を纏わせ、ルカリオを迎え撃つ。

正面きっての激突ではさすがにルカリオに分があるようで、徐々にルカリオの波導の掌底がガバイトを押していく。

(強いけど、手応えは充分ある。魔神卿レベルほど強くはない。気を抜かなければ、勝てる相手のはず!)

「ルカリオ、一気に押し切って!」

「っ、ガバイト! 引き下がれ!」

波導を纏った右手をさらに押し出そうとするルカリオだが、不利だと悟ったガバイトは瞬時に飛びのき、体勢を立て直す。

「サイコパンチ!」

「押し返せ。炎の牙!」

拳に念力を込め、さらに殴りかかっていくルカリオに対し、ガバイトの牙が炎を灯す。

突き出されるルカリオの右ストレートを回避するが早いか、その右腕に噛み付いた。

牙を食い込ませた瞬間、炎が膨れ上がって爆発を起こし、爆煙と共にルカリオを吹き飛ばした。

「っ、ルカリオ! 大丈夫!?」

吹き飛ばされたルカリオはすぐさま立ち上がり、再び構えを取るが、

「……あれ?」

同じく爆発で吹き飛んだはずのガバイトが、どこにもいない。

「地中か! それならルカリオ、奴の位置を探るんだ!」

ルカリオは波導の力でガバイトの出す波導を探り、姿を消したガバイトを探す。

しかし、

「遅いな。ガバイト、行け!」

その瞬間には既にガバイトがルカリオの足元から飛び出してくる。強襲を仕掛け、ルカリオを宙へと打ち上げた。

「っ、やっぱり……!」

「反応が遅すぎる。ポケモンは強いが、トレーナーはまだまだだな。ポケモンの高い実力を扱いきれていない」

そうパラレルは吐き捨て、

「ガバイト、炎の牙!」

再び牙に炎を灯したガバイトが、ルカリオを追って跳躍する。

「くそっ……好き勝手させない! ルカリオ、ボーンラッシュ!」

宙を舞うルカリオが咄嗟に波導の形を変え、手にした槍を突き出す。

ガバイトの牙はルカリオを捉えられず、やむなく波導の槍へと噛み付く。爆発を起こすが、爆炎も爆風もルカリオには届かず、

「僕だって戦えるんだ! ルカリオ、発勁!」

黒煙の中へとルカリオは切り込み、波導を纏った右手を振り下ろすが、既にそこにはガバイトはいない。

「隠れたか……ルカリオ、今度こそ!」

ルカリオは目を閉じ、波導を感知して再びガバイトの位置を探る。

「遅いと言っている! ガバイト、行け!」

次の瞬間、ルカリオの背後からガバイトが飛び出す。

鋭い爪の切っ先を、ルカリオへ突き立てる。

しかし。

「……来た! ルカリオ、発勁!」

ルカリオが目を見開き、背後へ波導を纏った右手を思い切り突き出す。

襲撃を仕掛けたガバイトの腹部に右手を叩き込み、逆に吹き飛ばした。

「なにっ!? ガバイト、一旦戻ってこい。立て直すぞ」

起き上がったガバイトは素早く地中に潜り、パラレルの元へと戻る。

「今のタイミングなら穴を掘るを使ってくる気がしてたよ。だからすぐにルカリオにガバイトの位置を探らせたんだ。さっきはやられたけど、同じ手は効かないよ」

「ほう、少しはやれるようだな。だが」

表情を変えることなく、パラレルはハルに対して言い放つ。

「先ほどの発言を撤回するまでには至らないな。メガルカリオのその潜在能力を、お前は引き出しきれていない。つまり、お前は俺には勝てない。お前にはこのガバイトを倒すことはできない。もし倒せたとしても、ルカリオも倒れているだろうよ。相討ちが限界だろうな」

「なんだって……? そんなの、やってみなきゃ分からないだろ」

「俺には分かるのさ。結果はすぐに明らかになる。さあ、続けるぞ」

お互いの敵をその瞳に映し、バトルが再開される。

「絶対に勝ってやる! ルカリオ、ボーンラッシュ!」

「ガバイト、ドラゴンクロー!」

ルカリオの右手を纏う波導が槍へと形を変える。

竜の力を込めた輝く爪を振るうガバイトの斬撃を回避し、波導の槍を操る。

「アイアンヘッドだ!」

対するガバイトは頭の皮膚を鋼の如く硬化させる。

回避を捨て、連続で繰り出される槍の攻撃を硬い頭で耐え抜き、

「炎の牙!」

連続攻撃が止まるや否やすぐさま飛び出し、炎を灯した牙を剥く。

ルカリオに牙が突き刺さると同時、炎が爆発し、ガバイトもろともルカリオを吹き飛ばす。

「攻撃の手を緩めるな! 穴を掘る!」

さらにガバイトは地中に潜り、背ビレだけを出しながら一直線にルカリオへ向かっていく。

「ルカリオ、発勁!」

地中から飛び出し襲撃するガバイトに対し、ルカリオは青い波導を纏った右手を振り下ろす。

二者の攻撃は一歩も譲らず、お互いに競り合うが、

「今だ! 波導弾!」

その直後、ルカリオの右手を覆う波導が念弾として放出され、ガバイトを吹き飛ばした。

「ルカリオ! もう一度発勁!」

吹き飛ぶガバイトを追い、ルカリオは再び右手に波導を纏わせ、勢いよく突っ込んでいく。

「穴を掘る!」

対するガバイトは着地と同時に穴を掘って地中に潜り、身を隠す。

発勁は命中せず、その直後、ルカリオの背後からガバイトが飛び出し、そのまま襲い掛かる。

「ルカリオ、躱してサイコパンチ!」

ガバイトの襲撃を何とか躱すと、ルカリオは拳に念力を込め、ガバイトへと殴りかかるが、

「炎の牙!」

牙に炎を灯したガバイトは念力を纏ったルカリオの拳に噛み付く。

爆発が生じ、ルカリオは吹き飛ばされるが、念力の拳を浴びているガバイトもノーダメージとはいかない。

それでもまだ両者共に立ち上がり、戦闘の構えは崩さない。

「そろそろ決めるぞ。ガバイト、ドラゴンクロー!」

ガバイトが吼え、両手の爪に龍の力を纏う。

青く輝く龍爪を構え、ルカリオへ真っ直ぐに突撃する。

「そっちがその気なら、こっちだって! ルカリオ、発勁だ!」

ルカリオも右手に爆発的な波導を纏わせ、ガバイトを迎え撃つべく突っ込んでいく。

ガバイトの龍爪と、ルカリオの波導の右手が正面から激突した。

「……覚悟! 炎の牙!」

一歩も引かず競り合う中、ガバイトが牙に炎を纏わせ、ルカリオの腹部へと噛み付いた。

それによって爪に掛かる力が僅かに弱まり、均衡が崩れ、ルカリオの右手がガバイトへと炸裂。

しかし次の瞬間、牙に灯る炎が爆発し、ルカリオとガバイトは同時に吹き飛ばされた。

「っ、ルカリオ!」

「……ここまでのようだな」

叫ぶハルとは対照的に、パラレルは結果が分かっているかのように呟く。

吹き飛ばされて床に倒れるルカリオの体が光に包まれ、メガシンカ前の元の姿に戻る。つまり、戦闘不能を意味する。

一方で、ガバイトの方も目を回してうつ伏せに倒れ伏し、戦闘不能となっていた。

つまりこの勝負は、引き分けだ。



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第60話 参謀の歓迎

「それでは、我々も始めるとしましょうか」

こちらは、アリスとミオ。

相手となるのは、フクロウのような顔をした巨漢、魔神卿アモンだ。

しかし、

「そうですな……ポケモンは一匹で充分。この一匹で、あなた方二人を相手取って差し上げましょう」

アモンが手にしたモンスターボールは一つ。たった一匹で二人と戦うつもりのようだ。

「あら、随分と舐められたものね。あんまり甘く見てると、痛い目見せるわよ」

「誤解があるようですが、舐めてかかっているわけではありませんぞ。元より私の好みは多勢に無勢な戦闘で、どちらかといえば集団戦は不得手でしてな。少数で大軍勢をねじ伏せる戦いこそ、私の得意分野なのです」

「……なにが研究者よ。立派な戦闘要因じゃない」

「ほほほ。参謀を任されている研究者とは言いましたが、戦闘が苦手とは一言も言っておりませんぞ?」

冗談めかして笑うアモンに対し、アリスは軽く溜息をつき、

「とにかく、そっちがその気ならこっちは遠慮なく二人で戦わせてもらうわよ。ミオ君、準備はいいわね」

「はいぃ。いつでも行けますよぅ」

アリスとミオ、それに対峙するアモンの三人が、ポケモンを繰り出す。

「輝け、ライボルト!」

「頼んだよぅ、キルリア」

アリスのポケモンはライボルト、ミオのポケモンはかつて使用していたラルトスの進化系、エスパータイプのキルリア。

そして、

「一仕事頼みますぞ、ローブシン!」

アモンのポケモンは、巨大な鉄柱を両手に持った、筋肉隆々の老人のようなポケモン。

 

『information

 ローブシン 筋骨ポケモン

 コンクリートの柱は杖代わりだが

 バトルでは武器として使用する。

 遠心力を利用して柱を振り回す。』

 

見た目通りというか、格闘タイプのポケモンのようだ。

しかしこのローブシン、通常のサイズより一回り大きい。二メートル並のサイズを誇っている。

「なるほどなるほど、ライボルトに加えて、ローブシンに有利を取れるエスパータイプのキルリア。いいでしょう、どこからでも掛かってきなさい」

「それじゃ、遠慮なく行かせてもらうわよ! ライボルト、火炎放射!」

手始めに挨拶がわりの灼熱の炎を吹き出し、先制攻撃を仕掛ける。

「ローブシン、柱で防御を」

しかしローブシンが両手を突き出し、柱を盾のように構える。

コンクリート柱を突破できず、炎は防がれてしまう。

「僕も行くよぅ。キルリア、マジカルリーフ」

そこにキルリアが怪しい光を放つ無数の葉を飛ばすが、

「弾き飛ばせ」

今度は柱を軽々と振り回し、ローブシンは光る葉の刃を容易く弾き飛ばしてしまう。

「その程度では我がローブシンには傷一つ付けられませんぞ。もっと本気でガンガン来なされ。まずはそのライボルトをメガシンカさせてはどうですかな?」

「言ってくれるじゃない。それならお望み通り、メガシンカで相手をしてあげるわ」

アモンの誘いに敢えて乗り、アリスはブレスレットを掲げる。

「行くわよ! ライボルト、メガシンカ!」

アリスのキーストーンの光に、ライボルトのメガストーンが反応する。

七色の光に包まれ、雷鳴と共にライボルトがメガシンカを遂げる。

「覚悟なさい! ライボルト、パワーボルテージ!」

天を貫く咆哮共に、ライボルトが全身に溜めた電撃を衝撃波と共に解き放つ。

「ローブシン、アームハンマー!」

コンクリート柱を掴んだまま、ローブシンが筋肉隆々の鉄腕をまっすぐに振り下ろす。

強烈な電撃の衝撃波に徐々に押されながらも、一歩も引かずに競り合いを続けるが、

「チャンスだよキルリア、サイコショック」

その隙を逃さず、キルリアがサイコパワーを無数の棘の形に実体化させて乱射する。

念力の棘がローブシンに突き刺さり、その体勢を崩したところに電撃の衝撃波が襲い掛かり、ローブシンは吹き飛ばされた。

「なるほどなるほど、飛躍的に火力が上昇しましたな。さすがはメガシンカの力です」

起き上がったローブシンは顔をしかめ、効果抜群の攻撃を放ったキルリアの方を振り向くが、

「ローブシン」

アモンのなだめるような言葉を聞くと、すぐさま体勢を立て直す。

「焦るでない、ローブシン。二匹を同時に相手取ろうとしては行けませんぞ。エスパーとフェアリータイプを持つキルリアは厄介ですが、実力はライボルトの方が上。キルリアの攻撃は気を配るのみに留め、ライボルトだけを狙うのです」

アモンの言葉にローブシンは頷き、ライボルトの方へと向き直る。

「悪人の割に、信頼関係はよく築けているのね」

「ほほほ、お分かりいただけますかな? こう見えても自分のポケモンには愛着を持って育てておりますぞ。ポケモンの力を最大まで引き出すためには、強い信頼関係は不可欠ですからな。それに、ポケモンに良いも悪いもない。善悪に左右されるのはポケモンではなく人間でございます」

「ふぅん、まともな思考はできるみたいね。だったらなぜ、ゴエティアみたいな反社会組織で活動しているのかしら」

「我ら魔神卿は、ゴエティアの王に仕えることがその定めだからですよ。下部構成員については知ったことではありませんが、我ら魔神卿は魔神卿であるというだけでゴエティアとして活動することになるのです。詳しいことは話すつもりもありませんがな。さて、バトルを続けましょうか」

アモンはそこで話を区切ってしまい、今度はローブシンから攻撃を仕掛けてくる。

「ローブシン、ストーンエッジ!」

ローブシンが柱を床に叩きつけると、ライボルトを狙って次々と巨大な剣にも似た岩柱が突き出てくる。キルリアには目もくれず、完全にライボルトだけを狙った攻撃だ。

「ライボルト、躱して! 火炎放射!」

左へと横っ飛びし、ライボルトは岩柱の軌道から逃れると、吐息と共に灼熱の炎を吹き出して反撃。

「ならばローブシン、アームハンマー!」

対するローブシンは柱を掴んだ鉄腕を振り下ろし、襲い来る業火を吹き飛ばしてしまう。

「サイコショックだよぅ」

攻撃後の隙を見て、再びキルリアが実体化させたサイコパワーの棘を放つが、

「横から来ますぞ。跳躍して回避し、冷凍パンチを!」

ローブシンが地を蹴る。

見た目に反する大ジャンプを見せ、ローブシンは無数の棘を躱し、急降下の勢いをつけて冷気を纏わせた拳をライボルトへと突き出す。

「食い止めなさい! 火炎放射!」

天を仰ぎ、再びライボルトは口から灼熱の炎を吐く。

拳の冷気は炎に巻かれて消えてしまうが、ローブシン自身の急降下の勢いまでは止められず、結果ライボルトは拳の一撃を浴びて殴り飛ばされてしまう。

「追撃せよ。ストーンエッジ!」

「させないよぅ。マジカルシャイン」

ローブシンが柱を振り上げると同時、キルリアが純白の光を放出する。

「ならばローブシン、目標変更! 防御ですぞ!」

ローブシンが柱を地面に叩きつけると、ローブシンを囲む形で無数の巨大な岩の剣が出現する。

無数の岩に守られ、純白の光はローブシンには届かない。

「岩ごと砕け! ライボルト、パワーボルテージ!」

ライボルトが電撃を帯びた衝撃波を解き放ち、岩の剣を粉砕する。

しかし、

「残念、そこにはおりませんな。ローブシン、アームハンマー!」

岩柱の奥に、既にローブシンの姿はない。

アリスが咄嗟に上を見上げれば、ローブシンが上空から柱を携えてライボルトへと襲い掛かってくる。

「しまっ――」

「マジカルリーフ!」

ローブシンが渾身の力を込めてコンクリートの柱を振り下ろす、その直前。キルリアの放った怪しい光を放つ無数の葉がローブシンの腕に命中、攻撃の軌道が僅かに逸れる。

コンクリートの柱はライボルトのすぐ横の床に叩きつけられ、

「チャンスよ! パワーボルテージ!」

再びライボルトが鬣から溜め込んだ電撃を放出し、ローブシンに衝撃波を浴びせ、吹き飛ばした。

「危ないところだったわ……ミオ君、ありがとう。助かったわよ」

「これくらいなら、お安い御用、ですよぅ」

アリスが礼を言うとミオはにんまりと笑い、すぐに二人はアモンの方へと向き直る。

「ほっほう、なかなか優れた腕前のようで。ローブシン、焦ることはありませんぞ。数的不利をとる以上、多少の被弾は想定内。少しずつ追い詰めていけばよいのです」

吹き飛ばされたローブシンは再び立ち上がり、首を振って体勢を整え、ライボルトを睨む。

(動きは遅いし、攻撃も大振り。それなのに、なかなか隙を見せないわね……魔神卿、イチイから話は聞いていたけど、厄介な相手ね)

ミオと二人で戦っているためまだ戦いやすいが、もし一人で戦っていたらかなり攻めあぐねていただろう。トレーナーであるアモンとの連携も上手く取れている。

「来ないのであればこちらから向かいましょうか。ローブシン、ストーンエッジ!」

ローブシンが柱を軽く振り回し、床へと叩きつけると、再び立て続けに岩の剣が柱の如く突き出てライボルトを狙う。

「ふん、少し様子を伺ってただけよ! ライボルト、パワーボルテージ!」

「援護しますよぅ。キルリア、サイコショック」

ライボルトも鬣から電撃を乗せた衝撃波を解き放って応戦し、キルリアが実体化させたサイコパワーの棘で援護射撃を放つ。

双方の攻撃が正面からぶつかり合い、激しく火花を散らす。




キバ系の技の表記は“牙”で統一させていただきます……ご了承くださいませ……


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第61話 獄炎の七人目

「ルカリオ、よく頑張ったね。お疲れ様」

「ガバイト、戻って休め」

バトルを終えたハルとパラレルは、両者のポケモンをボールへと戻し、パラレルがハルの方へと向き直る。

「なるほど、後半から実力を発揮してきたか。そのルカリオも思っていたよりは強いようだな」

だが、とパラレルは続け

「バトル中にも言った通りだ。お前はまだルカリオの力を引き出せていない。言うなればルカリオの力に頼りきっている。その状態では、俺たちゴエティアに打ち勝つことは到底不可能だろうな」

「……」

ハルは言い返すことができなかった。パラレルの言葉には、ただの煽り文句として聞き流すことのできない妙な重みを感じるのだ。

「まぁ、次に相見える時を楽しみにするとしよう」

それだけ告げ、パラレルは追撃を仕掛けてくることもなく引き下がる。

 

 

 

ピピッ、と。

アモンの煌びやかな服に仕込まれた発信機が、小さく音を鳴らす。

「おや」

それを聞いたアモンが、横でハルと戦っているパラレルの試合を横目で確認する。

ちょうど、ルカリオとガバイトが相討ちでバトルを終えたところのようだ。

「そろそろ頃合いですかな。思いの外早かったですが」

そう呟き、アモンはモンスターボールを取り出す。

「お二人さま。せっかくのバトルの最中ですが、こちらの準備が整ったようですので、ここで打ち切らせていただきますぞ。ローブシン、戻りなされ」

アリスとミオにそれだけ言ってアモンはローブシンをボールに戻し、唐突にバトルを打ち切ってしまう。

「何を言っているのかしら。あんたたち二人とも、ここで私に捕まってもらうのよ。勝手にバトルを中止して逃げるなんて、そんなことができると本気で思っているのかしら」

「ええ、できますとも」

アリスに対し、あまりにもあっさりとアモンは言い返す。

「はぁ?」

「なぜなら、ここにはもう一人、魔神卿がおりますからな」

そうアモンが告げた、次の瞬間。

 

「ジヘッド! ドラゴンダイブ!」

 

ここにいる誰のものでもない男の声が響き、その刹那、すぐ横の壁が爆発と共に吹き飛ばされ、爆煙の中から黒いポケモンが襲い掛かった。

そのポケモンはまずライボルトに襲い掛かり、激突して壁へと叩きつけると、

「ラスターカノン!」

すぐさま二本の銀色のレーザーを放ち、キルリアを吹き飛ばす。

そして襲撃者が姿を見せる。その黒いポケモンは、二つの頭を持っていた。

 

『information

 ジヘッド 乱暴ポケモン

 二つの頭は仲が悪く常に餌を

 巡って争っている。最終的に争い

 に負けた方が進化時に脳を失う。』

 

「誰!」

その場にいる者の注目を集める中、壊れた壁から男が現れる。

燃える灼熱の炎が如き真っ赤な短髪と瞳。その眼光は猛獣、もしくは悪魔のように鋭く、両耳にリングのピアスをつけている。

服も黒みがかった赤色のスーツ系の服装で、とにかく赤色に身を包んだ男だ。

その男はアリスたち三人には目もくれず、

「こっちの仕事は終わったぞ、あとは撤収するだけだ」

アモンにそう告げる。

「お疲れ様でした。全て破壊できましたかな」

「お前にもらったリストに書いてあったやつは全部ぶっ壊した。破壊漏れがあったらお前の責任だからな。出てこいメタング」

「心配ご無用ですぞ。それでは帰りましょうか。出てきなさい、トロピウス」

赤い男はメタングを、アモンは首元に果物を生やした飛龍のようなポケモンを出す。

 

『information

 トロピウス フルーツポケモン

 首元の果物は甘くて美味しく南国

 では子供たちのおやつとなる。大きな

 葉を翼のように羽ばたかせ空を飛ぶ。』

 

赤い男のメタングは恐らくパイモンの連れていた個体だろう。アモンの口ぶりからしても、この男は魔神卿で間違いない。

そしてアモンのトロピウスだが、こちらもこちらで通常種よりも大柄だ。三メートルはあるだろうか。

「待ちなさい! 逃すわけ――」

「黙ってろ。俺様が喋る」

アリスの言葉を遮り、赤い男が口を開く。

「俺様はベリアル、魔神卿の一人だ。今回はアモンがいる手前、全員見逃してやるが、次はないと思えよ」

やはりこの男も魔神卿。

パイモン、ダンタリオン、ヴィネー、ロノウェ、アスタロト、アモン、そしてベリアル。ハルはこれで、魔神卿全員と遭遇したことになる。

「俺様はゴエティアの中でも直接戦闘専門、まどろっこしいことは嫌いでな。組織の邪魔になるようなやつは全員ぶっ殺して解決するような悪党だ。無様な死体になりたくなけりゃ、今後ゴエティアに楯突くような真似はやめておくんだな。それじゃ撤収だ。メタング、破壊光線!」

ベリアルは一方的に喋り続け、メタングが上を向いて極太のレーザーをぶっ放す。

天井に穴を開け、ベリアルはメタングに飛び乗り、アモンとパラレルはトロピウスの背中に乗る。

ハルたちが呆気にとられている間に、ゴエティアの三人は穴を開けた天井からそのまま飛び去っていってしまった。

 

 

 

しばらくして警察が到着し、拠点を最奥までくまなく捜査したが、成果はほとんど得られなかったそうだ。

というのも、ゴエティアに関する資料や研究の痕跡は全て木っ端微塵に破壊されてしまっていたのだ。

先ほどのアモンとベリアルのやり取りから察するに、アモンとパラレルが戦っている間、裏でベリアルが壊して回っていたのだろう。

その後、拠点から出たハルたちはイチイと合流し、ポケモンセンターへと戻ってきていた。

「ごめんね、ハル君、ミオ君。面倒な事件に巻き込んでしまって」

「いえ、参加させてほしいとお願いしたのは僕たちの方ですから」

「これからも何か力になれることがあれば、お手伝いしますよぅ」

成果は何もなかったが、ひとまずゴエティアの拠点は無力化することができた。

ちなみに、外で待機していたイチイだが、飛び去っていくベリアルたちをはっきり見ていたらしい。

「ゴエティアの者たちが脱出して来たのは見えたのですが……すみません、逃してしまいました。思いの外スピードが速く、私のポケモンでは追いつけず……」

「いいのよ。あいつらを一人で追いかける方がよっぽど危険だわ。イチイも、せっかく来てくれたのに何もさせられなくてごめんね」

さて、とアリスは続け、

「ハル君はこれからカタカゲシティよね。ミオ君はこれまで通りの自由旅かしら? 二人とも、応援してるわ。ここから先も頑張ってね」

「カタカゲシティですか……あそこのジムリーダーは少し癖のある方ですが、ハル君ならきっと大丈夫。頑張ってくださいな」

「はい。ありがとうございます!」

「また会いましょお。イチイさんのジムにも、またチャレンジに行きますねぇ」

別れを告げ、ジムリーダーの二人は自分たちの街へと帰っていった。

そして、

「それじゃハル君も、ここでお別れだねぇ。次に会うときは、またバトルしようねぇ」

「うん。次にやるときも、負けないからね」

ミオも、次の街へと旅立っていく。

それを見届け、ハルも歩き出す。次なる目的地は、カタカゲシティだ。

 

 

 

「そーいや」

マデル地方某所、上空。

メタングの背に座り、ベリアルがアモンの方を振り向く。

「結局聞いてなかったんだが、お前、何のために俺をあそこに呼んだんだ。俺しか呼ばれてなかったのも気になるし、説明しろよ」

「あぁ、そうでしたな」

思い出したかのようにアモンはそう返すと、

「とはいえ、あなただけを呼んだことには大した理由はないのですがな。パイモンには報告済、ロノとアスは先の大会乱入の後始末に追われていますし、ヴィネーはオフで連絡が取れず。ダンはまた何か計画しているようでそちらに注力していましたので、時間の空いていたあなたを呼んだ、そんなところでしょうかな」

「そーかい。んで? いい加減に本題に入れ。俺を呼んだ目的は何だったんだ」

苛立ちを隠そうともしないベリアルに対し、アモンは特に口調を変えることなく、

「ほほほ、そう焦りなさるな。では、話していきましょうか。実は、面白いものを手に入れまして」

懐から、小さなメモリを取り出す。

「これなんですがな。この中には、ゴエティアの戦力を飛躍的に増大させる可能性を込めたデータが入っているのです。ベリアル、あなた、アゾット王国はご存知ですかな?」

「アゾット……? 知らねえな、どこの国だ」

「カロス地方の近くに位置する王国ですぞ。神秘科学技術の発達した、科学力に優れた国ですな」

「んで? それがどうしたんだよ」

疑問を浮かべるベリアルに、さらにアモンは続ける。

「このメモリの中には、アゾット王国でかつて使われたある“禁術”のデータが記録されているのです。厳重なロックと暗号化が掛けられていましたが、既に解読の突破口は掴んでおりますぞ」

「禁術だぁ? そんなに大それたもんなのかよ」

「完全に解読してみなければ分かりませんが、ゴエティアの戦力を底上げする大きな可能性を秘めている、それだけの価値がある。少なくとも私はそう思いますな。このデータの正体は……」

アモンはそこで一拍置き、

 

「“アゾット・レポート”。キーストーンなしでメガシンカを人工的に発生させる、アゾット王国の禁忌とされた技術、“メガウェーブ”についての記録です」

 

「なに? 人工メガシンカだと!?」

気怠げだったベリアルの表情が、一瞬にして驚愕へと変化する。

「間違いありません。これを解読し、再現すれば、人工的にいくらでもメガシンカポケモンを量産できる。研究してみる価値はありそうではないですかな?」

「ハッ、そいつぁ面白えな。キーストーンやメガストーンを集める必要さえなくなるってことか。そりゃあいい、解析を心待ちにしてるぜ」

「ええ。既に解読の突破口は開けております故、楽しみに待っていてくだされ」

不敵な笑みを浮かべ、魔神卿たちは空を飛び去っていく。



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カタカゲシティ編――試練
第62話 赤煉瓦の港街


ミオと別れた後、ハルもハダレタウンから出発した。

次の目的地、カタカゲシティまではそこそこの距離があるが、その間の道にポケモンセンターが用意されているらしく、野宿になることはない。

道のりも長いとはいえ舗装された平坦な道なので、かつての山道に比べれば随分と歩きやすい。

すれ違うトレーナーたちと時々ストリートバトルも楽しみながら、ハルは道をまっすぐに進んでいく。

 

 

 

カタカゲシティ。

赤い煉瓦でできた建物や倉庫が立ち並ぶ、どことなくレトロな雰囲気の街並みだ。

また港町でもあり、街中には商店街があり、毎日人々で賑わっている。事前に調べた通り、ポケモンジムも存在している。

無数の赤煉瓦の倉庫は全て財団によって管理されているらしく、ここのジムリーダーはその財団の代表も務めているらしい。

また、街の郊外には非常に大きなテントの骨組みが立てられている。

「なんだろ、あれ……」

アルス・フォンを取り出し、インターネットにアクセスすると、どうやら近々このカタカゲシティでハーメルン・サーカスというサーカス団による公演が開催されるらしい。開催まではまだ二週間近くあるそうだが。

とりあえずハルはポケモンセンターに向かおうと足を進めようとしたところで、

「お兄はん、ちょいとよろしいか?」

背後から、そんな声が聞こえた。

近くにハルの他にお兄はんらしき人はいなかったため、ハルは自分のことだろうと思い、振り向く。

立っていたのは、ぶかぶかの青いピエロのような衣装に身を包んだ男だ。やや長めの青色の髪の毛先には軽くカールが掛かっており、衣服の首元と手袋にはフリルが付けられ、目の下や頬には紫色で雫や星の模様がペイントされている。

「僕ですか?」

「せやせや、お兄はんや。お兄はん、旅のトレーナーやろ?」

ハルが返事を返すと、ピエロのような格好をしたその男性は訛った喋り方でさらに質問を続けてくる。

「はい、そうですけど」

「そりゃあよかった。っと、自己紹介がまだでしたわ。私はハーメルン・サーカスの団員、ヘンゼル」

その男性はヘンゼルと名乗る。見た目からそうだろうと思ってはいたが、やはりサーカス団の一員のようだ。

「サーカス団の団員さんが、僕に何の用ですか?」

「いやいや、そんな大層な用事やあらへん。なに、旅のトレーナーはんに、このチケットを差し上げたろう思いましてなぁ」

そう言って、ヘンゼルと名乗った男は一枚のカラフルなチケットをハルへと差し出す。

「これは……?」

「二週間後に開催される、私らハーメルン・サーカスの公演、そのチケットや。ホンマは有料やねんけど、特・別・大・サービスで、先着十名様に無料で招待したろうっちゅーわけやな」

怪訝な表情のハルに対し、ヘンゼルは大袈裟に両腕を広げて笑みを浮かべる。

「え……いいんですか?」

「ええんよええんよ。元々私らは他の地方から進出してきたサーカス団、マデル地方ではまだまだ無名。ぎょうさんの人に私らのサーカス見てもらうためなら、これっくらいお安い御用や」

せやけど、とヘンゼルは続け、

「その代わり、一つ頼まれてくれへん? お兄はんの友人、知り合い、親戚の皆はん……まあ誰にでもええんやけどね、私らのサーカス開催を広めたってほしいんや。さっき言うた通り、私らはここじゃ無名。今回の公演はこっちじゃ最初の公演なんや、絶対成功させたい」

「……分かりました。友達はそんなに多くないですけど、声を掛けてみますね」

「おおきに。ほなそーゆーことで、頼むわー」

チケットを受け取るハルに対し、ヘンゼルは柔和な笑みを浮かべ、去っていく。

「サーカスか。まぁ他に予定が入らなかったら、行ってみることにしようかな……」

チケットをバッグの中に仕舞うと、ハルは改めてポケモンセンターを目指す。

 

 

 

ポケモンセンターに着き、少し休憩。

その間にカタカゲシティのパンフレットを読んだり、旅のトレーナーたちと軽く小話をして情報を得た後(少しだけサーカスの話もしておいた)、ハルはカタカゲジムを目指す。

今まで戦ってきた四人は全員とも比較的若いジムリーダーだったが、ここのジムリーダーはベテランのトレーナーでもあるそうだ。専門とするのは地面タイプのポケモン。

「次で五人目、今度はベテランのジムリーダーか。強い相手には間違いないよね……だけど今の僕にはメガシンカがあるんだ。絶対に勝つぞ」

アルス・フォンに表示される地図を頼りに進み、ハルはジムと思われる場所に辿り着く。

街並みに合わせて赤レンガで造られているが、他の家や倉庫と比べてより大きな建物だ。

入り口の扉の上にはジムのマークがあるし、ここで間違いないだろう。

そして、着いたと同時に、

「あっ、ハルじゃん。来てたの?」

「あれ、サヤナもここに?」

丁度、ジムからサヤナが出てきた。ハダレタウンで一旦別れたのだが、どうも行き先は同じだったようだ。

「ここから出てきたってことは、サヤナもジムに挑戦してたってことだよね」

「そうだよー! にひひー、めでたく五個目のジムバッジ、ゲットだよ!」

そう言ってサヤナは満面の笑みと共にバッジケースを取り出す。填め込まれている五つのバッジのうち、三つはハルも持っているバッジだった。

「ハルもここに来たってことは今から挑戦だよね。ここのジムリーダーさんちょっと怖いし、すっごい強かったよ。まぁ私でも勝てたんだから、ハルもきっと勝てると思うけどね。じゃあ私、ポケモンセンターで待ってるから! 結果報告楽しみにしてるね!」

サヤナは手を振り、先に戻っていった。

怖い人と言われて少し緊張するが、やることは公式のジム戦、ポケモンバトル。気持ちを切り替え、ハルは扉をくぐる。

「失礼します」

ジムの内部は広いが、造りは至って普通のジムだ。

中央に広がるバトルフィールドは、ゴツゴツとした岩場のフィールド。ところどころに岩山が作られている。

そして、

「何だ、また挑戦者か。今日は客が多いな」

フィールドを挟んで向こう側に立つのは、かなり背の高い男性だ。

歳は三十代後半から四十代前半といったところか。引き締まった体つきで、髪は黒い短髪。白いシャツの上から丈の長い橙色のコートを羽織っている。表情はどことなくしかめっ面で無愛想だ。

「さっきまでジム戦をしてたんだ。ポケモンを回復させる。ちょっと待ってろ」

その男はそれだけ告げると、ハルの返事を待たずに一旦奥の部屋へと引っ込んでしまう。

しばらくして回復を終えたのか、再び奥の部屋から男が現れる。

「待たせた、ジムの挑戦だな。俺の名はワダン。お前は」

「あ、ハルです……」

威圧的なワダンの雰囲気に少し押されている気がするが、とにかくハルは自己紹介する。

しかしハルの名を聞くと、ワダンは首を傾げ、

「ハル……? それにその腕輪。なるほど、サオヒメのアリスがメガシンカを継承した話は聞いていたが、お前がそのトレーナーか」

どうやら、ワダンはハルがメガシンカを使用することを知っているようだ。

「メガシンカの力は強大かつ単純だ。ポケモンとの間に絆があれば扱える。だがそれを正しく理解、使用しなければ、本当の力は発揮できん。お前にそれが理解できているか、このジム戦で俺が見極めてやろう」

さて、とワダンは言葉を続け、

「それでは始めようか。トウナ! 引き続き審判を頼む」

ワダンが呼ぶと、作業服のような服装をした女性が奥の部屋から出てくる。

「かしこまりました。それでは只今よりジムリーダー・ワダンと、チャレンジャー・ハルのジム戦を行います……えっと、ハルさん。ジムバッジ数は?」

「四つです」

そういえばまだジムバッジの話はしていなかった。トウナと呼ばれた女性の審判は少し顔を赤らめ、

「……失礼いたしました。では使用ポケモンはお互い三匹、先に相手のポケモンを全て倒した方の勝利です。戦闘不能以外でのポケモンの交換を行うことができるのはチャレンジャーのみとなります」

ルールは単純、今までと同じだ。先に三匹倒せば勝ち。

「さあ、始めるぞ。準備はいいな」

「はい、よろしくお願いします」

五個目のバッジを賭けた、ハルのジム戦が始まる。

 

『information

 ジムリーダー ワダン

 専門:地面タイプ

 異名:大地支配者(グランドマスター)

 兼業:カタカゲ財団代表』




サーカス団の名前サイト名と被っちゃってますが大丈夫なんですかね……
問題があれば後々別の名前に変更します。


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第63話 カタカゲジム、大地の猛攻!

「最初は……出てきて、エーフィ!」

「出番だ、サナギラス!」

カタカゲジム戦が始まった。ハルの一番手はエーフィ。

対するワダンのポケモンは、岩のような硬い殻で全身を覆った蛹のようなポケモンだ。

 

『information

 サナギラス 弾丸ポケモン

 体内では進化のためのエネルギーが

 膨らみ続けている。オーバーヒート

 しないよう定期的にガスを噴射する。』

 

(岩と地面タイプのポケモンか……ヒノヤコマを出さなくて正解だったな)

地面技を無効化できるからと安易にヒノヤコマを選んでいれば、炎技も飛行技も効果今ひとつな上に岩技で二重の効果抜群を受けることになっていたかもしれない。

ともあれ両者、準備は整った。

 

「それでは、試合開始です!」

 

審判トウナの掛け声とともに、いよいよバトルが始まる。

「それじゃ行きますよ! エーフィ、まずはサイコショット!」

先に動いたのはハルの方。エーフィが額の赤い珠に念力を溜め込み、サイコパワーの念弾を放出する。

対して、

「サナギラス、砂嵐!」

サナギラスが下半身を床に突き立て、ドリルの如く超高速で回転を始める。

回転によってサナギラスを中心に風の渦が出現し、念力の弾を風の壁で防いだところで、さらにサナギラスは体から大量の砂を放出。

その結果。

フィールド全体に、砂嵐が吹き荒れる。

「くっ……これは、何だ……?」

急いでハルは図鑑を取り出し、調べる。

「砂嵐の天候……地面と岩、鋼タイプ以外のポケモンの体力が少しずつ奪われる、だって……?」

いきなり厄介なことになった。ワダンは地面タイプ使いなので、フィールドの状態はワダンに味方することになる。

しかも、

「それだけじゃない。砂嵐下においては、岩タイプのポケモンの特防が上昇する」

「なっ……?」

エーフィの技は全て特殊技。目の前のサナギラスは岩タイプを持ち合わせているため、与えられるダメージはさらに減ってしまう。

つまり、長期戦になればなるほどハルにとっては不利になるということだ。

(厄介な天候だな……今回のジム戦もヒノヤコマはお留守番かな。エーフィには辛い戦いになるかもしれないけど、その後はワルビルとルカリオで戦えば砂嵐の影響はあまり受けないはずだ)

「よし、エーフィ! シャドーボール!」

砂嵐の中、エーフィは額に黒い影の力を集めて漆黒の影の弾を放出する。

「サナギラス、跳べ! アイアンヘッド!」

対するサナギラスはその場で大きく跳躍しシャドーボールを回避、さらに体からガスを噴出させて弾丸の如くエーフィ目掛けて飛び出す。

硬い頭を突き出して突撃するサナギラスのスピードはハルが思っていたよりも速く、エーフィは躱しきれずに突き飛ばされた。

「っ、速い……! それならエーフィ、スピードスターだ!」

立ち上がったエーフィは尻尾を振り抜き、無数の星形弾を放って反撃。

「もう一度アイアンヘッドだ」

しかしサナギラスは再び体を硬化させ、ガスを噴出して飛び出す。

「今度は躱す! サイコショット!」

予想外のスピードだったが、一度見てしまえば対応できる。

サナギラスの突撃を今度は跳躍してしっかりと躱し、勢い余ってすっ飛んでいくサナギラスの背後からサイコパワーの念弾を発射する。

その背中に念力の弾が直撃するが、砂嵐によってダメージが軽減されてしまい、即座にサナギラスは起き上がる。

「続けてシャドーボールだ!」

「ならばサナギラス、悪の波動!」

さらにエーフィが影の弾を放つが、サナギラスは素早く振り返りつつ紫黒の光線を放射する。

エーフィの放った影の弾を悪の波動が掻き消し、さらにその奥のエーフィを捉えた。

「くっ……エーフィ! 大丈夫!?」

シャドーボールで威力を軽減できていたため、致命傷には至っていないが、

「休んでいる暇はないぞ。ストーンエッジ!」

サナギラスが下半身を床に突き刺し、体を振動させる。

刹那、大地が揺れると共に鋭い岩の柱が床から次々と飛び出し、エーフィに迫り来る。

「来るよエーフィ! 躱してサイコショット!」

エーフィがバトルフィールドを駆け抜ける。立て続けに突き出てくる岩の柱の軌道から何とか逃れ、額の珠に念力を溜め込む。

「そうはさせん。サナギラス、悪の波動!」

それを見たサナギラスも床から体を引っこ抜く。

エーフィの放つサイコパワーの念弾を、悪の力を込めた紫黒の光線で打ち破り、さらにエーフィ本体をも狙う。

「それならエーフィ、マジカルシャインだ!」

だがエーフィはさらに純白の光を放出し、悪の波動を押し切ってサナギラスを光に飲み込み、吹き飛ばした。

「サナギラス、ストーンエッジ!」

吹き飛ぶサナギラスだが反撃は速い。着地と共に地面に下半身を埋め込み、剣が如き岩の柱を光の中心へと突き出す。

しかし、

「そこにはいませんよ! エーフィ、シャドーボール!」

既にエーフィはサナギラスの横へと回り込んでいる。

額の珠から黒い影の弾を放出し、サナギラスを吹き飛ばした。

「ほう……サナギラス、アイアンヘッド!」

だがサナギラスはガスを噴射して強引に移動エネルギーを相殺してしまい、逆にエーフィの元へと猛スピードで突っ込んでくる。

「っ! エーフィ、躱して!」

「逃すな! 悪の波動!」

跳躍してエーフィはサナギラスの突撃を躱すが、サナギラスは即座に振り向き、紫黒の光線でさらに追撃を仕掛ける。

空中では自在に身動きが取れず、エーフィは効果抜群の悪の波動の直撃を受けてしまう。

「サナギラス! ストーンエッジ!」

サナギラスが体を埋め込み、大地を揺らす。

宙を舞うエーフィに狙いを定め、その真下から岩柱の剣を突き出す。

「やばい……っ! サイコショット!」

重力に従って落下していたエーフィは咄嗟に真下へと念力の弾を放つ。

迫り上がる岩柱の動きを一瞬ではあるが食い止め、その隙に間一髪のところで柱の切っ先から逃れた。

「まだ終わっていないぞ! アイアンヘッド!」

ストーンエッジを外したと知るや即座にサナギラスはガス噴射でエーフィとの距離を一気に詰めてくる。

「っ、まだ来るか……! 躱して!」

迎撃は間に合わない、ハルはそう判断し、エーフィも何とか身を捻ってサナギラスの突進を避ける。

サナギラスの棘がエーフィを掠めるが、直撃は回避した。

「悪の波動!」

「マジカルシャイン!」

振り返ったサナギラスが紫黒の光線を撃ち出し、対するエーフィは額の珠から純白の光を放出させる。

眩い光は悪の波動を打ち消しつつ、さらにサナギラスを覆う。

しかし。

「気張れ! サナギラス、ストーンエッジ!」

被弾覚悟。

サナギラスが目を見開き、硬い体を勢いよく地面に叩きつける。

その直後、サナギラスは純白の光に飲み込まれてしまう。

しかし。

刹那、エーフィの足元から巨大な岩の剣が飛び出し、エーフィを貫いた。

「エーフィ!?」

突き上げられたエーフィは宙を舞い、重力に従って落下する。

地に落ちたエーフィは、そのまま目を回して倒れ伏してしまう。

「エーフィ、戦闘不能。サナギラスの勝利です」

対するサナギラスもマジカルシャインの直撃を受けているのだが、砂嵐の恩恵か、まだ倒れることなく立っていた。

「ダメだったか……エーフィ、お疲れ様。休んでて」

ハルはエーフィをボールへ戻すと、次のボールを手に取る。

「それじゃあ次は、頼んだよ、ワルビル!」

ハルの二番手は、砂嵐のダメージを受けない地面タイプのワルビル。サナギラスに対してのタイプ相性も悪くない。

「なるほど、砂嵐が効かない地面タイプで来たか」

「ええ、これで砂嵐は怖くない。先手は取られましたが、ここから逆転してみせます!」

威勢のいいハルの返事に対してワダンは何も言葉を返さず、ハルとワルビルを見据える。

「それじゃあ行きますよ! ワルビル、シャドークロー!」

ワルビルが吼え、自身を鼓舞し、両腕に黒い影の鉤爪を纏わせる。

「サナギラス、迎え撃て。悪の波動!」

黒爪を携え駆け出すワルビルに対し、サナギラスは目を見開いて紫黒の光線を発射する。

ゴースト技であるシャドークローは悪技には打ち勝てないが、

「ワルビル、飛び越えて!」

ワルビルは前方へ勢いよく跳躍、悪の波動を飛び越えつつ、一気にサナギラスとの距離を詰める。

そのまま腕を振り抜き、黒い鉤爪でサナギラスを切り裂く。

「逃すな。もう一度、悪の波動!」

「ならワルビル、穴を掘る!」

斬撃を受けたサナギラスが再び紫黒の光線を放つも、ワルビルはすかさず地中に隠れ、身を潜める。

「なるほど……サナギラス、炙り出せ。ストーンエッジ!」

サナギラスが下半身を地面に突き立て、軋むような鳴き声をあげる。

大地を揺らし、地中から岩の柱を呼び起こして床下のワルビルを狙うが、

「ワルビル! 今だ!」

半身を地面に突き立てている今のサナギラスは回避ができない。

サナギラスの真下の地面がひび割れたかと思うと、地中から現れたワルビルがサナギラスを殴り飛ばす。

「……!」

ぶん殴られたサナギラスが放物線を描いて宙を舞い、地面に叩きつけられる。

まだ起き上がろうと体を震わすが、そこで力尽き、目を回して倒れてしまった。

「サナギラス、戦闘不能。ワルビルの勝ちです」

サナギラスを撃破し、ワルビルが吼える。取られた一手を即座に取り戻した。

「サナギラス、戻れ」

そしてワダンはサナギラスをボールへと戻すと、少し間を置き、軽く息をついて次のボールを手に取る。

「出番だ、バクーダ!」

そのワダンの二番手は、長い橙の体毛を持ち火山の火口のようなコブを背負っている獣型のポケモンだ。

 

『information

 バクーダ 噴火ポケモン

 普段は温厚だが怒ると背中のコブ

 から炎を撒き散らし暴れる。コブが

 震え出したら大噴火する合図だ。』

 

地面と炎タイプを併せ持つポケモンのようだが、

「え……?」

「どうした。何か気になるのか」

不思議そうな顔をするハルへ、ワダンが声を掛ける。

「ええと、ワルビルには、炎タイプを持つバクーダは相性が悪いんじゃないかと思って……」

「フン、そんなことか。俺のようなジムリーダーは専門タイプを突き詰めた者たち。いろいろ考えた上で、バクーダで戦うのがいいと判断したまでのことだ」

「な、なるほど……」

実際、ワダンの言う通りではある。

タイプ相性だけではバトルの行方は分からない、それがポケモンバトルなのだから。

「さあ、バトルを続けるぞ」

ワダンの言葉に呼応し、バクーダが地面を踏みならし、低く唸る。



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第64話 規格外なる大地の壁

「続けるぞ。バクーダ、火炎放射!」

ワダンの二番手、バクーダが大きく息を吸い込み、灼熱の炎を放つ。

「ワルビル、躱して! 噛み砕く!」

強烈な勢いの炎が迫り来るが、軌道は一直線。

炎を潜り抜け、ワルビルは大顎を開き牙を剥く。

バクーダの脇を駆け抜け、横から胴体へと頑丈な牙を食い込ませる。

が、しかし。

「バクーダ、ダイヤブラスト!」

ワルビルの牙を受けても、バクーダは動じなかった。

次の瞬間、バクーダを中心として周囲に青白い光が迸り、ダイヤのように煌めく爆発が発生。至近距離にいたワルビルは爆風を受けて吹き飛ばされてしまう。

「なっ……!? ワルビル、大丈夫!?」

飛ばされたワルビルはすぐに起き上がると、唸り声をあげてバクーダを睨みつける。

しかし、ハルが驚いたのはバクーダの技の威力ではない。

「っ……噛み砕くが、効いていない……?」

そう。

力自慢のワルビルの牙を受けても、バクーダは大したダメージを受けた様子がないのだ。

「さすがに全くのノーダメージではないがな。しかし俺のバクーダはスタミナには自信がある。タイプ一致の技といえど、その程度ではびくともせんぞ」

さて、とワダンは続け、

「どう攻略する? 見せてもらおうか。バクーダ、目覚めるパワー!」

バクーダが吼えると、周囲に無数のエネルギーの球体が浮かび上がる。

球体の色はアリスのライボルトのものと同じ水色、つまり氷タイプ。

「ワルビル、燕返し!」

ワルビルも再び地を蹴って駆け出す。

次々と飛来するエネルギー急を掻い潜り、躱しきれないものは腕を振るって弾き飛ばし、バクーダへと接近。

腕を振り下ろし、バクーダの脳天へと叩きつける。

「バクーダ、火炎放射!」

しかし、いや、やはりというべきか、バクーダは顔色ひとつ変えず、すぐに炎を吹き出して反撃する。

炎を浴び、ワルビルが吹き飛ばされてしまう。致命傷までには至っていないが、かなりの高威力だ。

「もう一度だ」

再び大きく息を吸い込み、バクーダがもう一度灼熱の炎を吐き出す。

「ワルビル、躱してシャドークロー! バクーダを撹乱するんだ!」

地を蹴って駆け出し、ワルビルは炎を躱すと、両腕に黒い影を纏わせる。

周囲を駆け抜けつつ、両腕に黒い鉤爪を纏わせ、死角から爪を振るってバクーダを切り裂く。

「ダイヤブラスト!」

「来るよ! 穴を掘る!」

その直後、バクーダの周囲に青白い光が迸る。

それを見たワルビルは素早く地中に潜り、次の瞬間、バクーダの周囲に爆発が生じ、先程までワルビルがいたところに爆風が吹き荒れる。

「よし……何とか躱したぞ」

一息つき、次の攻撃のチャンスを伺うハルだが、

「無駄だ。大地の力!」

バクーダが咆哮を上げると、フィールドが揺れ始め、床から光と共に膨大な大地のエネルギーが溢れ出す。

眩い光が見境なく周囲を吹き飛ばす。当然、地中に潜んでいるワルビルもただでは済まなかった。

沸き上がる大地のエネルギーの奔流に飲まれ、ワルビルは地中から引きずり出されてしまい、

「なっ……」

「逃すなよ。火炎放射!」

天高く吹き飛ばされたワルビルに対し、バクーダは灼熱の炎を放って追撃する。

今度は口からではなく、背中の火口から、まるで噴火したかのように炎を噴き出した。

「ワルビルっ!」

豪華に飲み込まれてさらに吹き飛ばされ、ワルビルは天井に激突、そのまま落下し地面にぶつかって倒れてしまう。

「ワルビル、戦闘不能。バクーダの勝利です」

サナギラスを倒したものの、早くもワルビルは戦闘不能になってしまった。

「そんな……くっ、ワルビル、お疲れ様」

悔しさを隠せないまま、ハルはワルビルをボールへ戻す。

これでハルのポケモンは残り一体。しかもワダンのバクーダにはさしたるダメージを与えられないまま最後の一体を迎えることになってしまった。

(くっ……いや、大丈夫。僕にはメガシンカの力がある。絶対ここから逆転して、勝ってみせる!)

「最後は頼んだよ、ルカリオ!」

ハルの最後のポケモンはルカリオ。タイプ相性的には不利だがそれはヒノヤコマでも同じだし、何よりこの状況ではエースのルカリオをぶつける以外他にない。出し惜しみなどしている場合ではない。

「ルカリオ、最初から行くよ! メガシンカだ!」

ハルのキーストーンの光に、ルカリオのメガストーンが反応する。

七色の光に包まれ、波導の力とメガシンカのエネルギーが体内を駆け巡り、ルカリオがメガシンカを遂げる。

「なるほど、それがアリスから継承したメガシンカか」

咆哮と共にメガシンカを遂げるルカリオを見てもなお、ワダンとバクーダは表情を変えない。

(あのバクーダは反撃が早いから、迂闊に近づくと危険だ。波導弾を主体に、隙を見て強力な打撃を叩き込むしかない……!)

と、ここでようやく、サナギラスの放った砂嵐が収まる。

「さあ、どこからでも来い」

「それじゃ行きます! ルカリオ、波導弾だ!」

ルカリオが両手を構えると、掌から波導が噴出し、青い波導の念弾が放出される。

「バクーダ、火炎放射!」

対するバクーダは吐息と共に炎を吹き出し、波導弾を防ぎ切る。メガルカリオの波導弾を受け止められるあたり、やはりかなりの火力の持ち主だ。

「大地の力だ!」

バクーダが咆哮すると地面が揺れ始め、ルカリオの周囲から溢れる大地のエネルギーを放出させる。

「今だ、突っ込め! ボーンラッシュ!」

足元が揺れると同時に、ルカリオは前方へと飛び出していく。

右手を覆う波導を槍の形に変え、大地エネルギーが迫るよりも早くフィールドを駆け抜け、バクーダへと流れるような槍の連撃を放つ。

メガルカリオの高い攻撃力から繰り出される効果抜群の一撃。僅かにだが、初めてバクーダの巨体が揺れた。

「怯むなバクーダ! ダイヤブラスト!」

それでもバクーダの反撃は早かった。

青白く煌めく光で周囲を爆破し、輝く爆発と共にルカリオを吹き飛ばした。

「火炎放射!」

「っ、波導弾だ!」

さらにバクーダが灼熱の炎を吹き出し追撃を仕掛ける。

対するルカリオは青い波導の念弾を放出し、何とか炎を防ぎ切った。

だが一息はつけない。なぜなら、

「大地の力!」

「やっぱり……! 発勁!」

ワルビルの時と同じように、すぐさま追撃が来るからだ。

再びルカリオの足元を狙って大地エネルギーの奔流が襲い掛かるが、それよりも早くルカリオは右手に膨大な量の波導を纏わせ、再びバクーダへと突っ込んでいく。

「バクーダ、ダイヤブラスト!」

バクーダの周囲の空気が青白く煌めき、輝く爆発と共に爆風が巻き起こる。

爆風に食い止められ、ルカリオの掌底はバクーダには届かず、

土砂の壁が消えた直後、水色のエネルギー球体が一斉に放たれ、ルカリオを押し戻す。

(くっ、全然動かない割になんて隙がないんだ……!)

その重量のためか、バクーダは出てきた場所から一、二歩ほどしか動いていない。

しかもこれはルカリオのバトルスタイルと相性が悪いのだ。相手の攻撃を受けた上で即座に反撃するバクーダの戦術は、積極的に攻撃を叩き込むルカリオにとっては不利な相手となる。

「バクーダ、火炎放射! 降らせろ!」

バクーダが火を吹き出すが、口ではなく背中の火口から。

上空に打ち上げられた炎の玉は花火のように炸裂し、重力に負け炎の雨のように一斉に降り注ぐ。

「そう来るなら……ボーンラッシュ!」

波導を槍の形に変え、ルカリオは車輪の如く槍を振り回す。

回転する波導の槍が、降り注ぐ炎の雨を全て弾き飛ばし、防ぎ切ったが、

「大地の力!」

上からの次は下から。炎の雨が降り止んだ次の瞬間、大地が揺れる。

「真下に発勁だ!」

槍を揺らめく波導に変えて腕に纏わせ、ルカリオは右手を地面に叩きつけ、光と共に溢れ出す大地エネルギーを抑え、食い止める。

「火炎放射!」

「躱して波導弾!」

そして今度こそ直接狙って吹き出される灼熱の業火を躱し、掌から大砲が如く波導の念弾を発射、波導弾を一直線にバクーダの脳天に叩き込んだ。

これには流石のバクーダも余裕で耐え切るわけにはいかなかったようだ。うめき声を上げ、後ずさりする。

(よし……! 今のはダメージが入ったみたいだ、ここから巻き返すぞ!)

バクーダの反応からして、ここに来てようやく強烈な一撃を与えられたようだ。

「ルカリオ、ボーンラッシュ!」

波導の槍を携え、ルカリオは再びバクーダへと向かっていく。

「バクーダ、目覚めるパワー!」

対するバクーダは水色の無数のエネルギー球体を周囲に浮かべ、一斉に発射する。

大量のエネルギー球が迫り来るが、ルカリオは槍を振るい、球体を次々と弾き飛ばしていく。

しかし、

「火炎放射!」

エネルギー球を全て弾き飛ばし、ルカリオに出来たほんの一瞬の隙。

まさにそれを狙い、バクーダが灼熱の炎を吹き出す。

前進の勢いを止められず、ルカリオは回避が遅れ、業火に飲み込まれてしまう。

「なっ!?」

鋼タイプを持つルカリオに効果は抜群。何とか持ちこたえたが、大ダメージは免れない。

「くっ……ルカリオ、立て直して! 波導弾!」

起き上がったルカリオは両手を突き出し、掌から波導を噴き出して青い波導の念弾を作り上げるが、

「バクーダ、大地の力!」

波導弾が放たれたと同時、ルカリオの足元から大地エネルギーが溢れ出し、ルカリオを上空へと打ち上げてしまう。

だがこのタイミングでルカリオを狙えば、バクーダも波導弾の被弾は避けられない。

しかし、

「火炎放射!」

波導弾の直撃など気にも留めず、バクーダは吹き飛ぶルカリオに向けて、背中の火口から噴火のように炎を放出した。

宙を舞うルカリオに炎を躱すことなど出来ず、再び灼熱の業火を全身に浴びる。

「ルカリオ……」

炎を浴びたルカリオが、力なく地面に落ちる。

次の瞬間、七色の光がルカリオを包み、メガシンカ前の元の姿へと戻す。

このジム戦のルールは、三対三。

つまり。

「ルカリオ戦闘不能、バクーダの勝利です。よって勝者、ジムリーダー・ワダンとなります」

ワダンの三匹目を見ることすらできず、ハルの敗北となった。

 

 

 

敵わなかった。

思えば、終始ワダンに完全にペースを握られていた。

「フン……アリスがメガシンカを継承したトレーナーって聞いたもんで、いざ戦ってみればこの程度か。興醒めだな」

「え……?」

「俺からお前に言うことは一つだけだ。お前は、弱い。あのアリスの目が節穴なのかと疑うほどにな。ここは敗者がいつまでも居座っているところじゃないぞ」

負けたハルに、ワダンの言葉が深々と突き刺さる。

倒れたルカリオを目の前にしては、何も言い返すことなど出来なかった。

「……ありがとう、ございました」

ルカリオをボールに戻し、ハルはがっくりとうなだれ、とぼとぼとジムを出て行った。

今までも、ポケモンバトルで負けることは少なくなかった。

しかし。

ハルが本当の敗北というものを思い知らされたのは、この日この時が初めてだった。

 

 

 

「お疲れ様でした、ワダンさん」

ハルがジムを出て行った後、審判を務めていたトウナが歩み寄ってくる。

「ああ、ご苦労だったな。バクーダ、お前もだ。休んでいろ」

特に表情を変えることもなく、ワダンはトウナに一声かけ、バクーダをボールへと戻す。

「……ワダンさん、相変わらず挑戦者に厳しいですね。でも今日は、特に。バクーダを二番手に選んだ時点でバッジを渡す気は無いんだなとは分かりましたが……何か思うところでもあったのですか」

「厳しい、か。そうだな」

トウナの言葉を受け、ワダンはゆっくりと語り始める。

「分かりやすく挫折させた。あの手のトレーナーは危ういんだ。放っておくと、気付かぬうちにポケモントレーナーとして誤った道へ進んでいく可能性がある。そうなる前に、己の間違いを気付かせる必要がある」

「危うい……ですか? あの子が?」

「そうだ。まだ未熟なうちに、強大な力を得たトレーナーはな。それに気づかないようなら、お前もまだまだだな。ジムリーダーを継がせる日はまだ遠そうだ」

「うぅ……が、頑張ります……」

そんなトウナの様子を見て一息つき、それ以上何も言わず、ワダンは奥の部屋へと戻っていってしまう。

(さて、ハルと言ったか。お前は果たして、自らの過ちに気付けるのかな)

心の内で、そう呟きながら。




《ダイヤブラスト》
タイプ:岩
威力:90
特殊
自身の周囲に爆発を起こし、ダイヤのように青白く煌めく爆炎と爆風で相手を吹き飛ばす。一定の確率で相手の特防を下げる。

※威力はあくまでも目安です。


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第65話 銷魂

「ハル! おかえりー……って、どうしたの!?」

ポケモンセンターのロビーに戻ると、先に待っていたサヤナが出迎えてくれた。

しかし、ハルの暗く沈んだ表情はさすがに予想外だったようで、驚きを隠せずにいる。

「ああ、サヤナ……ありがとう。ワダンさんってすっごく強いんだね。負けちゃったよ……」

まったく正気のない顔と声で、ハルはそう返し、崩れるようにソファに腰掛ける。

よっぽどひどい負け方をしたのだろうか、サヤナはそう考えるが、いまいちその場面を想像することができない。

なんせサヤナの盗まれたポケモンを取り返してくれたり、メガシンカの力を得たりと、サヤナにとってハルはポケモントレーナーとして常に自分より一歩先を進んでいると思っていたのだ。そのハルが、ここまで落ち込むような負け方をするだろうか。

たしかにサヤナからしてもワダンは強かった。自分でも勝ったからハルなら勝てる、とは言ったが、ハルとて負けてしまう可能性もなくはない。

しかし、だからといってここまで落ち込むだろうか。サヤナの知っている限り、ハルは負けて悔しがることはあっても、ひどく落ち込むことはなかったはずだ。

そして、

「はぁ……」

ハルもハルで、どうしようもないくらいに消沈していた。

バトルの後、最後にワダンから突きつけられた言葉が、ずっとハルの脳内でぐるぐると渦巻いている。

“お前は、弱い”。思えばその通りかもしれない。ゴエティアの魔神卿と交戦した際には手も足も出なかったどころか、その部下であるパラレルにすら勝ててはいない。ディントスにだって、アリスの助けがなければ勝てていたかも分からないのだ。

メガシンカを得てスグリに勝ち、喜んでいた少し前の自分が、大変に滑稽に思えた。

「……ねえ、ハル?」

そんな様子を見かねてか、サヤナがハルの前に屈み込み、顔を覗き込む。

「ハルがなんでそんなに落ち込んでるのか、私には分からないけど、いつまでも凹んでたって、何も始まらないよ」

すっかり元気をなくしたハルの目を見据えて、サヤナはにっこりと微笑む。

「でも、何をしたらいいのか……」

「何があったのかはともかく、負けちゃったってことは、相手の方が強かったってことだよね。だったら、やることは一つしかないよ」

ハルの手を取って、サヤナは立ち上がる。

「そう、特訓するしかないよね! にひひー、ハルは忘れてるかもしれないけど、私はハルより一日先にポケモンを貰った先輩なのだ! 先輩トレーナーとして、私がハルの特訓に付き合ってあげるよ!」

 

 

 

ポケモンを回復させた後、ハルは半ば無理やりサヤナに連れられ、バトルフィールドが用意されているいつものポケモンセンター地下の交流場へと移動する。

「とりあえずハルも乗り気じゃないだろうけど、最初は一対一からね! それじゃ、いっくよー! ワカシャモ!」

サヤナが繰り出したのはワカシャモ。

「……出てきて、ルカリオ!」

バトルということで、空元気でも気合を入れなければ始まらない。

無理やりに大きな声をあげ、ハルはルカリオを出す。

「それじゃルカリオ、行くよ――」

と、ハルがそこまで言って、右腕を掲げようとしたところで。

 

――お前は、弱い。あのアリスの目が節穴なのかと疑うほどにな――

 

ワダンの言葉が、呪縛のようにハルの頭の中を渦巻き、締め付ける。

「――いや、だめだ」

上げようとした腕を、キーストーンを下げる。

「ルカリオ、このままで戦うよ」

ルカリオは波導によって相手の心を読み取ることができるポケモン。

ハルの心の内を知った上でか、それともただ指示に答えただけか。ルカリオはハルの言葉に逆らうような様子は一切見せず、ただ静かに頷いた。

「それじゃ、始めるよ! ワカシャモ、火炎放射!」

先に動いたのはワカシャモ。手始めに大きく息を吸い込み、灼熱の業火を吹き出す。

「ルカリオ、波導弾!」

対するルカリオは右手を突き出し、掌から波導を生み出し、青い波導の念弾を放つ。

互いの技の威力はほぼ互角で、競り合った末に消滅する。

「それじゃ、接近戦だ! ワカシャモ、ニトロチャージ!」

ワカシャモが甲高く鳴き声を上げると、その体が炎を纏う。

炎に身を包んだまま、ワカシャモは高速の炎弾の如く勢いよく飛び出し、一瞬のうちに距離を詰め、ルカリオを突き飛ばした。

「続けて! キャノンパンチ!」

「それなら……こっちはサイコパンチだ!」

ミサイル砲のように勢いをつけ、ワカシャモはさらに殴り掛かってくる。

対してルカリオも拳を握りしめ、念力を纏わせて、ワカシャモを迎え撃つべく念力の拳を突き出す。

双方の剛拳が激突するも、念力を纏っていた分ルカリオの方が強い。次第にルカリオが優勢になり、ワカシャモを押し返した。

「ルカリオ、ボーンラッシュ!」

波導の形を槍の形状に変え、槍を携えたルカリオが駆け出す。

「ワカシャモ、来るよ! 下がって火炎放射!」

バックステップで距離を取り、ワカシャモが息を吸い込み、吐息と共に灼熱の炎を吹き出す。

掻い潜りながら接近しようとするルカリオだが、鞭のようにしつこく振るわれる炎の迎撃を躱し切ることができず、炎を浴びてしまう。

「チャンスだよ! キャノンパンチ!」

炎を受けてルカリオが動きを止めたところへ、拳を振りかざしたワカシャモが飛び出し、襲い掛かる。

「っ、ルカリオ、躱して波導弾!」

ミサイルのような拳の一撃を何とか躱し、ルカリオは両掌を構え、波導を生み出して青い波導の念弾を放つ。

ワカシャモの拳は地面に叩きつけられ、狙いを外したところに必中の波導の念弾がワカシャモを捉え、吹き飛ばす。

「ルカリオ、発勁!」

右手に揺らめく波導を纏わせ、ルカリオが地を蹴って飛び、一気にワカシャモとの距離を詰めていく。

しかし。

 

「ワカシャモ、オウム返し!」

 

ルカリオがワカシャモの懐まで飛び込んだ次の瞬間、ワカシャモが波導の念弾を掌に作り上げ、それを直接掌底打ちの要領でルカリオへ叩きつける。

自らが扱う波導の力と同等の力を叩き込まれ、フィールドとほぼ平行に、ルカリオが派手に吹き飛んで行った。

「オウム返しは最後に使った相手の技をそっくりそのまま使う技だよ! 波導弾は格闘タイプの技、ルカリオには効果抜群だよね」

ポケモントレーナー“R”――ロノウェのバクオング戦でも見せた技だ。あの時は、バクオングに効果抜群となる気合玉を返していた。

「やるね……ルカリオ、まだここからだよ。頑張って」

波導弾を受けても、まだ戦闘不能にはなっていない。

ルカリオは立ち上がると、再び構え直す。

しかし、

「……ねえ、ハル。何をそんなに焦っているの?」

唐突に、サヤナの声色が変わった。

「ん……どうしたの、サヤナ? 僕は別に、何も……」

「嘘だ。ハル、絶対焦ってるって。前と比べて、戦い方がなんだか違うもん」

「…………」

今度こそハルは何も言い返すことができなかった。

ワダンのバクーダに手も足も出ずに散っていった先程の光景が、鮮烈に蘇る。

「ハル、明らかに無理してる……ううん、ハルだけじゃない。ルカリオもだよね。そりゃ、私が無理やり特訓に誘ったからってこともあると思うけど、それだけじゃないよね」

さらにサヤナは言葉を続ける。

「今までのハルはさ、ポケモンのことを何よりも一番に考えて、ポケモンと一緒に戦う、そんな感じのトレーナーだった。けど、今はなんだか違う。っていうか、ハダレタウンの大会の時から、ちょっとおかしかった気がするんだよね。私、頭よくないから、正しい表現の言葉が浮かばないんだけど……ポケモンよりも自分が一番だって、そんな風になってる気がするんだよ」

「そんなことは……」

そんなことはない。ハルはそう言い返そうとした。

だが、できなかった。サヤナの言葉には、今の自分の言葉に比べて遥かに重みがある。

「ねえ、ハル」

そんなハルに、サヤナがさらに詰め寄る。

 

「ハル。ワダンさんに、何を言われたの?」



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第66話 正しい力

「ハル。ワダンさんに、何を言われたの?」

弱ったハルの心に、悪意のないサヤナの言葉が刺さる。

「……はぁ」

気付いた時には、ハルはその場に崩れ落ちていた。

ルカリオがそれに気づき、慌てて駆け寄ってくる。

「ハル……! ちょっと、大丈夫!?」

「うん……サヤナ、すごいね。ワダンさんに何か言われたなんて、一言も言ってないのに。たしかに、サヤナの言う通りだよ」

力なく、ハルは笑う。

「全部話すよ。ジムであったこと」

 

 

 

その後、バトルは中断。

ハルはジムリーダー・ワダンとのジム戦で起こったこと、それら全てをサヤナへと話した。

「……なるほどね」

ハルの言葉を黙って聴き終えると、サヤナは少しだけ安堵の表情を浮かべる。

「よかった。それなら、私でもなんとかしてあげられるかもしれない」

そう言うと、サヤナは座り込んでハルと目線を合わせ、言葉を続ける。

「ハルがジムに挑む前にね、私、ジムから出てきたでしょ?」

たしかにそうだった。赤いレンガのジムからサヤナが出てきて、バッジを見せてくれたのを思い出す。

「でもね。実はあの挑戦、一回目じゃなかったの。二日前、大会が終わった日の夕方、すぐにワダンさんに挑んで、負けちゃったの。そのあと昨日も負けて、やっと今日勝ったんだよ。三日間、毎日挑み続けたんだ」

「えっ……?」

それを聞いてハルは驚く。ハルにとっては、ジム戦で負けた時は勝てる見込みが見えるまで特訓してから再挑戦するものだと思っていたからだ。

「おかしいと思うよね。というか私も、本当なら特訓してから挑むつもりだったよ」

だけど、とサヤナは続け、

「私ね、最初に負けた日、バトルの後にワダンさんに言われたの。お前が負けたのは根性が足りないからだって。ポケモンとの気持ちがズレてるって。たしかに、ワダンさんに圧倒されて、気持ちで負けてたの。だめだ、勝てないって、そう思っちゃった。ワカシャモたちは頑張って立ち向かって、勝とうとしてくれていたのにね」

いつになく真剣な眼差しで、サヤナは語り続ける。

「だから根性見せてやろうと思って、毎日挑戦し続けることにしたんだ。昨日はまた負けちゃったけど、明日も来るって約束して、今日やっと勝ったんだよ。その後バッジを貰った時に、ワダンさんに言われたの。『この二日でお前が得た力は所詮付け焼き刃、だがこの二日でお前とお前のポケモンが見せた根性は本物だった。それを認めて、ジムバッジをくれてやる』ってね」

だから、とサヤナは続け、

 

「あの人はとっても厳しいし怖いけど、本当はチャレンジャーのことを大事に考えてくれてる。意味もなく、弱いなんて言わないと思うんだ」

 

ハッと気付いて、ハルは顔を上げる。

先程までのサヤナとのバトルを思い出す。ワダンとのジム戦を思い出す。パラレルとのバトルを、スグリとのバトルを、大会でのバトルを思い出す。

メガシンカを得て、自分でも気付かぬうちに思い上がってはいなかったか。

こんな力を使えるようになった自分は凄いんだ、そう思い込んで、調子に乗ってはいなかったか。

ジム戦に負けた後、ワダンは妙に“お前は”と強調していた。

実際ワダンの言う通りだったのだ。たしかにハルは弱い。気が弱く内気で、友人や仲間のポケモンたちの手を借りなければ何もできないようなただの少年にすぎないのだ。

それを忘れ、自分は強いと思い上がっているハルに対して、ワダンは、ハルが忘れてしまっていた大事なことを思い出させようとしてくれたのかもしれない。

思えばワダンは言っていたではないか。ポケモンとの絆を正しく理解しなければ、本当のメガシンカの力は発揮できないと。ハルはルカリオとの絆を、メガシンカの力を、正しく理解できていなかったのだろう。そして、ワダンはそのことを教えてくれたのだ。

そして、もう一つ。

リデルの言葉が、ハルの脳内に蘇る。

 

――ハル君がそれを意識しすぎた結果、逆にルカリオと波長がずれてしまう可能性もある。君はそのまま、まっすぐ成長していけばいい――

 

ハルのルカリオは、膨大な波導の力をその身に秘める体質を後天的に得ている。そして、その力はトレーナーであるハルと波長が合うことによって制御されている。

で、あれば。

ハルとルカリオの思いがずれた結果、ルカリオが暴走してしまう可能性もあったのだ。

先程、サヤナはルカリオも焦っていると言った。ルカリオ自身も、そのことを危惧していたのだろう。

それでも、トレーナーであるハルと共に進むべく、ハルのずれた波長と自身の波長を無理に合わせようとしていたのかもしれない。

「ハル、元気出してよ」

そんなハルに、サヤナが微笑む。

「私は分からないけど、もしかしたらハルは本当に弱いのかもしれない。だけど、ハルとルカリオは最高の名コンビだと私は思ってるよ。さっきのバトルだって、ハルが自信を無くしてもルカリオはハルの力になろうと全力で戦ってた、そんな風に私には見えたよ」

サヤナの言葉に続けて、ルカリオも小さく鳴き、ハルの瞳をまっすぐに見つめる。

「……ごめんね、ルカリオ」

ルカリオの顔を見上げて、ハルは囁く。

「メガシンカを使えるようになって、僕は勘違いしていたんだ。メガシンカを使える僕は凄いんだ、とっても強くなったんだ、って。けど、本当はそうじゃなかった」

ようやく、全てに気付いた。

強いのは、ハルでもルカリオでもなかった。

「僕たちが強くなれたのは、ルカリオ、君がいたからだったんだ。いいや、君だけじゃない。ヒノヤコマにエーフィ、ワルビルたち。サヤナ、スグリ君、アリスさんにリデルさん、エリーゼさん、ミオ……挙げていったらキリがないけど、僕の周りのみんなのおかげで、僕は成長していけるんだ。そんな大事なことを忘れていたなんてね」

ハルの言葉を聞いているうちに、サヤナは気付いた。

ハルの瞳に、いつもの明るい光が戻ってきた。

「ルカリオ。やっと思い出したよ。もう大丈夫、絶対に忘れない。だから、これからも僕と一緒に旅して、遊んで、戦ってほしい」

ルカリオの目を見つめ返し、ハルはそう告げた。

それを聞いたルカリオも小さく微笑んで頷き、手を差し出す。

この手を取って立ち上がれ。そして共に来い。ここから先、共に強くなろう。ルカリオの心の内の言葉が聞こえたように、ハルには感じられた。

だからハルは、迷わずルカリオの手を取った。一時は失った自信を、気力を、再び取り戻し、ルカリオの手を借り、立ち上がった。

「やったー! やっといつものハルに戻ったよ!」

「サヤナも、ありがとう。多分サヤナがいなかったら、当分落ち込んだままだったよ。それに、一番大事なことにずっと気付けないままだったかも」

「にひひー、友達として、先輩として当然のことをしただけだよー! ハルが元気ないと私も楽しくないしね!」

さて、とサヤナは続け、

「ハルは元気になったけど、それでもワダンさんが強いのは変わらない。だったら特訓をしなくちゃね。バトルの続きをしよう! リベンジ達成できるように、引き続き、私が特訓に付き合ってあげるよ!」

「うん、ありがとう。僕もルカリオも、他の仲間たちだって、次こそ勝ちたい。サヤナの力を借りるよ」

それを聞き、サヤナは満面の笑みを浮かべる。

「任せといてー! それじゃあワカシャモ、さっきのバトルの続きだよ!」

「ルカリオ、もう大丈夫。まだ本調子とはいかないかもしれないけど、だいぶよくなったよ。こっちも全力で行こう!」

そして。

バトルフィールドに、再びハルとルカリオ、サヤナとワカシャモが立つ。



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第67話 リベンジ・オブ・カタカゲジム

「お願いします!」

 

「またお前か。今回は一週間前よりもマシなバトルができるんだろうな」

 

ワダンに敗北してから、一週間。あれからハルはサヤナに協力してもらい、特訓に励んできた。

そして今。

ハルは赤い煉瓦のポケモンジム、カタカゲジムを再び訪れ、岩場のバトルフィールドを挟んで、ワダンと対峙していた。

「もちろんです。ワダンさん、先週はありがとうございました。今度こそ、僕たちはあなたに勝ってみせます」

「フン、口だけならなんとでも言える。一週間の成果はバトルの中で見せてみろ」

ハルとワダン、双方がモンスターボールを手に取る。

「それでは只今よりジムリーダー・ワダンと、チャレンジャー・ハルのジム戦を行います。使用ポケモンはお互い三匹――」

「いや、四匹だ」

トウナのルール説明を、ワダンが遮る。

「えっ、四匹ですか? しかし、ジムのレギュレーションでは……」

「こいつは一週間特訓をしてきたんだ、こっちが前回と同じではジムバッジを渡す資格があるかどうか正確に判断できん。だから少しレベルを上げる。お前もそれで構わないな、ハル?」

ハルとしても予想していなかった展開だ。しかし、

「ええ、もちろんですよ」

だからどうした。

自信をつけて再び帰ってきたチャレンジャーは、その程度では動じない。

寧ろ、手持ちの全員を活躍させられるチャンスだ。

「そう来なくてはな。ではバトルは四対四、その他のルールは前回と同じだ。始めるぞ」

両者が、同時にポケモンを繰り出す。

「出番だ、サナギラス!」

「出てきて、ルカリオ!」

ワダンの一番手は、前回と同じサナギラス。

対するハルは、初手からエースのルカリオを選んだ。

「二人とも準備は整いましたね。それでは、試合開始です!」

審判トウナの声を引き金に、ハルにとっては二度目となるカタカゲジム戦が始まった。

「ルカリオ! 早速行くよ!」

ハルの言葉に呼応し、ルカリオが威勢良く吼える。

それを見て笑みを浮かべ、キーストーンのあるブレスレットを付けた右手を天高く掲げ。

ハルは、勢いよく叫ぶ。

 

「僕と君の、絆の力に応えて! ルカリオ、メガシンカだ!」

 

ハルのキーストーンから、ルカリオのメガストーンから、七色の光が飛び出す。

二つの光はそれぞれ繋がって一つとなり、ルカリオを包み込み、その姿を変えていく。

波導の力とメガシンカのエネルギーがルカリオの体内を駆け巡り、その体に漆黒のラインを刻んで、ルカリオはメガシンカを遂げる。

天を貫く咆哮とともに眩い光が弾け飛び、メガルカリオが姿を現す。

「……サナギラス、砂嵐!」

そんなルカリオを見て、手始めにワダンはサナギラスへと砂嵐の指示を出す。

サナギラスは高速回転して風を起こし、その風に大量の砂を乗せ、フィールド全体に砂嵐を吹かせる。

対して、

「ルカリオ、発勁!」

ルカリオが地を蹴り、一直線に飛び出す。

次の瞬間にはサナギラスとの距離を詰めており、青い波導を纏った右手を思い切り叩きつけ、サナギラスを吹き飛ばす。

「波導弾だ!」

さらにルカリオは両掌を構え、波導の念弾を放出する。

標的を狙って高速で、かつ正確に飛ぶ波導の念弾が、サナギラスに直撃した。

念弾が炸裂して再び吹き飛ばされ、宙を舞ったサナギラスはフィールドの岩に激突。

そのまま地面に落ちたサナギラスは、あっさりと目を回して動かなくなった。

つまり、

「なっ……えっと、サ、サナギラス戦闘不能。ルカリオの勝利です……!」

開始早々、ジムリーダーの初手のポケモンが戦闘不能になってしまったのだ。

トウナが驚きを浮かべたままサナギラスの戦闘不能を告げるが、

「……! 俺のサナギラスを、こうもあっさりと……」

何より一番驚いていたのはワダンだ。前回のバトルでは全く表情を変化させなかったワダンだが、さすがに驚愕を隠しきれない様子だ。

それもそのはず。効果抜群の攻撃とはいえ、先発のポケモンが砂嵐しかできずにたった二発でいきなりやられてしまうとは想像していなかったのだろう。

「……まあ仕方ない、こんなこともあるさ。サナギラス、戻れ」

倒れたサナギラスをボールに戻し、ワダンは次のボールを手に取る。

「ルカリオ、君の出番はまた最後にやって来る。それまで、しばらく休んでてね」

そして、ハルもルカリオをボールへと戻し、交代させる。

「どうですか、ワダンさん! 挨拶がわりに、この間とは違うってところ、見せたつもりですよ」

「なるほど……どうやら口先だけではないようだな。少なくとも前回よりは楽しめそうだ。まず、そこに関しては認めてやろう」

ハルの言葉を認めた上で、だが、とワダンは続け、

「だからといって、俺に勝てるかどうかは別だ。いくら特訓を重ねてきたとはいえ、その力が俺に通用しなければ、ジムバッジは手に入らないぞ」

「分かっていますよ。この一週間の特訓の成果、見せてやります。絶対に勝ちます!」

一週間前とは比べ物にならない、自信に満ちた笑顔でハルはそう返し、二番手のポケモンを繰り出す。

「出てきて、ワルビル!」

ハルがここで選んだのは、砂嵐下でも安定して動けるワルビルだ。

対して。

ワダンの表情は、既に平静を取り戻している。

「サナギラスがあっさり退場したのは、場合によってはメリットとも取れる。サナギラスが早めに退場したことにより、この砂嵐は後続のポケモンのバトルにおいて、より長く持続するということになるからな」

つまり、とワダンは続け、

「策はまだいくらでもある。それを見せてやろう」

そう告げ、こちらも二匹目のポケモンを繰り出した。

「出番だ、サンドパン!」

ワダンの二番手は、背中にびっしりと硬い棘を生え揃わせた砂色のネズミのようなポケモン。両手の鋭い爪が目を惹く。

 

『information

 サンドパン ネズミポケモン

 棘だらけの背中を丸めてぶつかり

 外敵を攻撃する。交戦した相手に

 無数の深い刺し傷の痕を残す。』

 

前回は出してこなかったポケモンだ。地面タイプのポケモンのようだ。

「地面タイプなら、相性の有利不利はない。ワルビル、強気に行くよ! シャドークロー!」

ワルビルが両手に影の力を集めて黒い鉤爪を作り上げ、サンドパンへと向かっていく。

対して、

「サンドパン、ポイズンクロー!」

サンドパンが爪を構えると同時、高速で飛び出した。

気付けば既にワルビルの目の前まで迫っており、ワルビルが影の爪を振るよりも早く、毒を帯びたサンドパンの爪がワルビルを切り裂いた。

「っ、速い……! ワルビル、気をつけて。相手の動きをよく見るんだ」

ワルビルはすぐに体勢を立て直し、周囲を見渡すが、既にサンドパンは素早く離脱してワダンの元へと戻っている。

「サンドパン、ドリルライナー!」

「ワルビル、躱して燕返し!」

サンドパンが両手を突き出し、ドリルのように回転を始めたかと思うと、突然そのまま飛び出してくる。

咄嗟にサンドパンの突撃を躱すと、ワルビルは腕を構えてサンドパンを追う。

しかし、

「サンドパン、ミサイル針!」

突如、サンドパンが体を丸めて棘だらけのボールのような姿になる。

硬い棘でワルビルの攻撃を弾き返し、直後、背中から無数の棘を一斉に発射する。

棘は次々とワルビルに突き刺さり、ワルビルは呻き声を上げ、膝をついてしまう。

「サンドパン、瓦割り!」

丸めた体を勢いよく元に戻し、サンドパンは体勢を崩すワルビルへと飛び掛かり、腕を振り上げて上空から迫る。

「まず……っ! ワルビル、穴を掘る!」

咄嗟にワルビルは地中へ潜り、身を潜める。

サンドパンの手刀は床に打ち付けられ、ワルビルには届かず、一拍置いてワルビルがサンドパンの足元から飛び出して強襲を仕掛ける。

「いいぞワルビル! 続けて噛み砕く!」

サンドパンを殴り飛ばし、ワルビルはさらに大顎を開いて牙を剥く。

しかし、

「サンドパン、ポイズンクロー!」

立ち上がったサンドパンは再び高速で動き出す。

大顎を開くワルビルのすぐ横を目にも留まらぬ速さで駆け抜け、すれ違いざまに毒を帯びた鉤爪でワルビルを切り裂いた。

(くっ……あのサンドパン、さすがに速すぎないか? 見た目はそんなに速そうなポケモンでもないのに、スピードだけで見ればスグリ君のジュプトル以上だ。もしかして、何か秘密があるのか……?)

思考を巡らせる。不可解な現象には、必ず理由がある。

能力や技の他に、ポケモンの強さに直結するもう一つの要素は何か。

(もしかして……特性か!)

急いでハルは図鑑を取り出し、サンドパンを調べると、

「特性“砂かき”……?」

「ほう、気付いたか」

ハルがサンドパンのスピードの答えに辿り着いたのを確認し、ワダンが口を開く。

「俺のサンドパンの特性は砂かき。天候が砂嵐の状態である時、素早さが約二倍に上昇する」

「なっ……二倍!?」

素早さが高いというのは、単純かつ強力。これはスグリと何度も戦ったハルがよく知っている。

しかも、通常の二倍だ。元が大して速くないポケモンであろうと、倍になれば大抵のポケモンを抜き去るスピードになるだろう。

「言ったはずだぞ。策はまだいくらでもある、とな」

超然と立つワダンの姿には、先鋒をいきなり失った焦りなど全く感じられなかった。

(やっぱりワダンさんは強い……! サナギラスを倒したくらいじゃ油断はできないと思っていたけど、予想以上だな……!)

厳しい戦いを強いられそうだが、それでも、今度こそハルは勝つ。

目の前の強敵相手に、冷静に対抗策を探る。

「サンドパン、ドリルライナー!」

「ワルビル、受け止めて! シャドークロー!」

サンドパンが両手を突き出して高速回転を始めたかと思うと、次の瞬間にはワルビルの懐へと飛び込んでくる。

ワルビルは黒い影の鉤爪を両手に纏わせ、何とかサンドパンの攻撃を食い止めるが、反撃しようとするとサンドパンは即座に離脱してしまう。

(ワルビルの威嚇の特性のおかげで、攻撃力は負けてない。あのスピードさえ何とかできればいいんだけど……)

砂嵐が切れるまで逃げ回るという方法もあるにはあるが、圧倒的な素早さを誇るサンドパンから逃げ回るというのは現実的ではない。

となれば、

「何とかサンドパンの動きを見切るしかないか……! ワルビル、頼んだよ!」

ハルの呼びかけに応え、ワルビルは両手を振り上げて吼える。

「続けるぞ! サンドパン、ミサイル針!」

「ワルビル、穴を掘る!」

サンドパンが背中から無数の棘を放出するが、対するワルビルは素早く地中に潜って無数の鋼の棘を躱し、地中から密かにサンドパンとの距離を詰めていく。

しかし、

「それはもう見たぞ。躱してポイズンクロー!」

足元がわずかに揺れたその瞬間、サンドパンは横っ飛びでその場から離れる。

ワルビルの奇襲は外れ、直後にサンドパンが毒を帯びた爪で逆にワルビルを切り裂く。

「ワルビル! 大丈夫!?」

鋭い爪の斬撃を受けても、ワルビルはまだ起き上がる。

しかし、

「ワルビル……?」

ワルビルの調子がおかしい。立ってはいるのだが、その足が少し震えている。

ハルのワルビルは相手がどれだけ強くとも恐れ慄くような性格ではない。つまり、何か異変が起きている。

そして、その異変はすぐに分かった。

「これは……毒の状態異常か……」

何度も毒を帯びた爪の攻撃を受けたことによって、ワルビルは毒を食らってしまったのだ。

「サンドパン、好機を逃すな! 瓦割りだ!」

毒で動きが鈍ったその隙をワダンが見逃すはずもなく、サンドパンがワルビルへと飛び掛かる。

ワルビルの脳天を狙い、手刀を振り下ろす。

「ワルビル、受け止めて! 噛み砕く!」

上空を見上げ、ワルビルは大顎を開く。

間一髪、サンドパンの手刀が叩き込まれるよりも早く、ワルビルは鋭い牙でガッチリとサンドパンを捕らえた。

「いいぞ! そのまま投げ飛ばせ!」

ワルビルの最大の武器である、頑丈な顎。

ようやくその顎による一撃を決めたワルビルは、そのまま首を大きく振ってサンドパンを思い切り投げ飛ばし、フィールドに置かれた岩へと叩きつけた。

「一気に行くよ! ワルビル、シャドークロー!」

ようやく生まれたチャンス。右腕に黒い影を纏わせ、ワルビルは岩へ叩きつけられたサンドパンへ襲い掛かる。

しかし、

「まだ終わらんぞ。サンドパン、ポイズンクロー!」

起き上がったサンドパンもただではやられない。回避は間に合わないと見るや、腕を伸ばし、毒を帯びた爪を突き出す。

刹那。

双方の爪の一撃が、相手を突き刺した。




《ポイズンクロー》
タイプ:毒
威力:70
物理
毒を帯びた爪で切り裂く。急所に当たりやすく、一定の確率で相手を毒状態にする。クロスポイズンの相互互換。

※威力はあくまでも目安です。


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第68話 躍動、砂塵の猛者たち

ワルビルの黒い影の爪と、サンドパンの毒の爪が、双方を突き刺す。

しかし、ワルビルの爪が捉えていたのは、硬い棘に守られたサンドパンの背。対してサンドパンは、的確にワルビルの腹部を捉えていた。

刺し違えた結果、一歩及ばず、ワルビルがその場に崩れ落ちた。

「ワルビル、戦闘不能! サンドパンの勝利です」

ハルがワルビルに駆け寄ると、目を覚ましたワルビルは悔しそうに唸る。

「ワルビル、大丈夫。充分頑張ってくれたね、君の頑張りは無駄にはしない。あとは任せて、休んでて」

ワルビルの頭を撫で、ボールへと戻すと、ハルは次のボールを取り出す。

(エーフィとヒノヤコマならどっちも素早さに自信があるけど……いや、ヒノヤコマの出番はまだだな)

空を飛びながら戦うヒノヤコマはできれば砂嵐が収まってから出したい。飛びながら戦うため、風の影響を強く受けてしまうのだ。

「よし……ここはエーフィ、君の出番だ!」

結果、ハルの選んだポケモンはエーフィ。ワルビルよりも素早さが高いので、ある程度ならサンドパンについていけるだろう。あくまでも、ある程度なら、だが。

「なるほど。俺のサンドパンのスピードにどこまで対応できるか、見せてもらうぞ」

「望むところです。僕のエーフィなら、やってくれますよ!」

「そうだといいのだがな。では行くぞ! サンドパン、ポイズンクロー!」

「エーフィ、横にジャンプ! からのスピードスター!」

ワダンが指示を出した瞬間に、ハルも回避を指示する。

それでもギリギリのタイミングだったが、エーフィは猛スピードで襲い来るサンドパンの毒爪を回避。

勢い余って後方へすっ飛んでいくサンドパンに対し、尻尾を振り抜いて無数の星形弾を放つ。

(……! もしかして……!)

ここでハルは気付く。ここまでのサンドパンの動きを思い出す。

サンドパンの動きの癖を、遂に見つけた。

「サンドパン、ミサイル針!」

背中から無数の棘を発射し、サンドパンは星形弾を全弾撃破、さらに、

「ドリルライナー!」

腕を突き出して高速回転しながら一直線に突撃を仕掛け、今度はエーフィを突き飛ばす。

「続けろ! 瓦割りだ!」

エーフィに激突した反動で跳躍し、サンドパンは再び上空から突撃、一気に距離を詰める。

だが。

「今だエーフィ! マジカルシャイン!」

エーフィの額の珠が白く輝いたかと思うと、その周囲へと純白の光が放出される。

止まることも躱すこともできず、サンドパンは純白の光に飲み込まれてしまう。

「サイコショットだ!」

光に飲まれて吹き飛ばされるサンドパンへ、エーフィはさらにサイコパワーの念弾を発射。

起き上がった瞬間のサンドパンの腹部へ、念力の弾が直撃した。

再びサンドパンは吹き飛ばされて壁に激突。スピードの代償か、耐久力、特に特防は低いようで、床に倒れてそのまま動かなくなった。

「サンドパン、戦闘不能! エーフィの勝ちです」

勝利宣言を受けてもエーフィは騒いだりはせず、その代わりにクールに微笑を浮かべる。

「サンドパン、戻れ」

サンドパンをボールに戻し、ワダンはハルへと向き直る。

「どうやら、俺のサンドパンの動きの癖に気付いたみたいだな」

「ええ。あのサンドパン、速すぎるせいで途中で曲がれないんじゃないですか?」

最初にエーフィがサンドパンの攻撃を躱した時に気付いたのだ。

回避はギリギリ、軌道を変えれば爪がエーフィに届く距離だったが、サンドパンは一直線に後方へと飛んでいった。

思い返せば、ワルビルと戦っていた時も、常にサンドパンは一直線に突っ込んできていた。速すぎるために隙が無いと思っていたが、落ち着いてよく見れば意外なほど分かりやすい弱点があったのだ。

「やるじゃないか。だが、次のポケモンはそう簡単にはいかないぞ」

そう告げ、ワダンが三つ目のボールを手に取る。

「出番だ、フライゴン!」

ボールから現れたのは、昆虫の面影を残した美しい細身のドラゴンポケモン。両眼が赤い膜で覆われている。

 

『information

 フライゴン 精霊ポケモン

 美しい歌のような羽音を立てて

 羽ばたき砂を巻き上げて身を隠す。

 砂漠の精霊とも呼ばれている。』

 

虫タイプにも見えるが、持つタイプはドラゴンと地面。

「ドラゴンタイプか……しかも最終進化系……」

ドラゴンタイプは聖なる生き物とも言われる。その最終進化系ともなれば、それ相応の実力を持つポケモンであることは間違いない。

「だけど、相手にとって不足なしだ。エーフィ、頑張るよ!」

ドラゴンに有利なフェアリー技のマジカルシャインがあるため、不利な戦いを強いられることはないだろう。

エーフィはフライゴンから目線を離さず、しかししっかりとハルの言葉に頷く。

と、そこで砂嵐が勢いを失くし、次第に吹き止んでいく。

「さあワダンさん、これで砂嵐にはもう頼れませんよ」

「フン、俺の手持ちは全員が砂嵐に全面的に頼るわけではない。天候を変えられた時のことも想定しているから、砂嵐がなくなろうが戦況は変わらん。それを教えてやろう」

「それじゃ、教えてもらいましょう! エーフィ、サイコショット!」

エーフィの額の珠に念動力が溜め込まれ、サイコパワーの念弾が放出される。

フライゴンへと飛んでいくが、肝心のフライゴンは回避する様子すら見せない。

しかし。

 

「フライゴン、見せてやれ」

 

ワダンの指示を受けたフライゴンが、巨大な翅を大きく羽ばたかせる。

砂嵐が収まってフィールドに落ちた大量の砂が、美しい歌声のような音と共に再び宙に舞い上がる。

羽ばたきによって風を自在に操り、砂を風に乗せ、大量の砂がフライゴンを覆い隠してしまう。

そして念力の弾は砂の壁に阻まれ、フライゴンへ届かなかった。

「なっ……!?」

予想外すぎる動きにハルは驚きを隠せなかった。

高い特殊攻撃力が持ち味のエーフィのサイコショットが、簡単に食い止められてしまった。

「このフライゴンは砂嵐がなくなった時のためのポケモンだ。砂嵐が収まった後だろうが、こいつは地面に落ちた砂を存分に生かして戦うことができる。言ったはずだぞ、策はまだいくらでもある、とな」

砂嵐が収まったら収まったで砂に頼らない戦法を仕掛けてくるのだと思っていたが、これはハルにとって完全に予想外だった。まさか、吹き終わった砂嵐を再利用するとは。

羽ばたきを調節して砂嵐の壁から姿を再び現したフライゴンは、特に声を上げることもなく、赤い膜の奥からエーフィをじっと見据えるのみ。

「……もう少し試してみる必要があるな。エーフィ、スピードスター!」

エーフィは二股の尻尾を振り抜き、今度は無数の星形弾を発射するが、

「フライゴン、もう一度だ」

再びフライゴンは強く羽ばたいて風を巻き起こし、砂嵐の壁に身を隠してしまう。

必中の星形弾ですら、砂の壁を超えて進むことはできず、風に巻き込まれて打ち消されてしまう。

「これもだめか……それなら……」

次の策を考えるハル。

しかし。

それを待ってくれるほど、ワダンもフライゴンも甘くはない。

 

「フライゴン、ドラゴンビート!」

 

砂嵐の壁が収まった時、既にフライゴンはそこにはいなかった。

「っ!? どこだ!?」

刹那、歌声のような羽音が響く。真上だ。

先ほどまでの美麗な佇まいから一転、フライゴンは高速で空中を旋回しながら翅を羽ばたかせ、美しい歌声のような音波と共に衝撃波を放つ。

フライゴンを一瞬とはいえ見失ったことで対応が遅れ、エーフィは音波をまともに受けて吹き飛ばされてしまう。

「っ……速いのか、こいつ! エーフィ、シャドーボール!」

「フライゴン、躱して大地の力!」

起き上がったエーフィが額の珠から黒い影の弾を放出するが、フライゴンはそれをひらりと躱し、長い尻尾で地面に触れる。

刹那、フィールドが揺れ、エーフィの足元とその周囲から光と共に大地のエネルギーが溢れ出し、力の奔流がエーフィを巻き込んで吹き飛ばし、大きく打ち上げた。

「虫のさざめき!」

さらにフライゴンは開いた巨大な翅を細かく振動させて空気を揺らし、ノイズと共に衝撃波を放つ。

「だったらマジカルシャインだ!」

エーフィの額の珠が白く輝き、そこから純白の光が周囲へと放出される。

光は衝撃波を打ち破り、さらにフライゴンを巻き込んで吹き飛ばした。ドラゴンタイプのフライゴンには、効果抜群だ。

だが、

「ドラゴンビート!」

効果抜群の一撃を受けてもフライゴンはすぐに立て直し、翅を羽ばたかせて美しい歌声のような羽音と共に音波を放つ。

空中でマジカルシャインを放ったエーフィはまだ着地していないため回避ができず、音波の直撃を受けて地面に叩き落とされてしまう。

「エーフィ! 大丈夫!?」

それでもエーフィは起き上がって頷き、上空のフライゴンを睨む。

さすがはドラゴンタイプの最終進化系だ。砂嵐の壁を作り上げる特殊能力だけでなく、効果抜群の攻撃を受けてもすぐさま反撃に出られる耐久力も持ち合わせている。

おまけにフライゴンの技は特殊攻撃技ばかり。遠距離から華麗かつ苛烈な連続攻撃を仕掛けてくるため、隙を見つけてもそう簡単には攻め込むことができないのだ。

「休んでいる暇はないぞ。大地の力!」

フライゴンが尻尾で軽く床を撫でると、エーフィの周りの床が揺れ始める。

「っ、エーフィ、躱してシャドーボール!」

大地エネルギーが放出される前にエーフィは前進し、大地の力を躱しつつ、額の珠から黒い影の弾を放出する。

しかしフライゴンは即座に砂を巻き上げ、再び砂嵐の中へと身を隠してしまう。

「……そうだ、真上はどうなってる? エーフィ! 上からサイコショットだ!」

ハルが閃き、エーフィもそれを感じ取ったのか、エーフィは大きな岩の上に飛び乗り、そこからさらに跳躍してフライゴンの上を取る。

「……チッ、フライゴン! 上だ!」

フライゴンの姿を、エーフィはその目にはっきり捉える。例えるならば台風の目、風の塊の中心には風は届かない。

上からの襲撃に気付いたフライゴンが慌てて上空を見上げた瞬間、サイコパワーの念弾がその顔面へと直撃した。

「よし、いいぞエーフィ! 続けてスピードスター!」

フライゴンが体勢を崩し、風のバランスが乱れて砂の壁が崩れる。

エーフィはさらに尻尾を振って無数の星形弾を飛ばし追撃を仕掛ける。

「フライゴン、ドラゴンビート!」

しかしフライゴンの反撃も早い。翅を羽ばたかせて美しい歌声のような羽音と共に音波を放ち、星形弾を全弾破壊する。

「サイコショット!」

「虫のさざめき!」

額の珠にサイコパワーを溜め込み、念力の弾を放つエーフィに対し、フライゴンは巨大な翅を振動させて衝撃波を飛ばす。

念弾と衝撃波がぶつかり合うも、エスパー技は虫技には不利。衝撃波に押し切られて念力は打ち破られ、エーフィも衝撃波を浴びて押し戻されてしまう。

「フライゴン、ドラゴンビート!」

さらにフライゴンが翅を大きく羽ばたかせるが、

「タイプ相性なら、こっちだって! マジカルシャイン!」

エーフィも同時に純白の光を放つ。

音波を一方的に打ち消し、純白の光にフライゴンを飲み込んだ。

再び、効果抜群の一撃がフライゴンを捉える。

「よし! エーフィ、シャドーボール!」

さらにエーフィの額の珠が漆黒に染まる。黒い影の弾を作り出し、フライゴンへと発射する。

しかし、

「フライゴン、ギガドレイン!」

遂にフライゴンが動く。

ここまで遠距離から流れるように滑らかに攻撃を繰り返していたフライゴンが、初めてエーフィの方へと突っ込んできた。

影の弾を躱し、風のように一気にエーフィとの距離を詰め、淡く光る尻尾を伸ばし、瞬く間にエーフィを雁字搦めに縛り上げる。

「っ、エーフィ!?」

淡い光がエーフィへ侵食し、その体力を吸収していく。

離れようともがくエーフィだが、フライゴンの尻尾の拘束は相当硬く、抜け出せる様子はない。

「ドラゴンビート!」

尻尾を振ってエーフィを空中に放り投げ、フライゴンは巨大な翅を羽ばたかせて歌姫の歌の如き美しい音波を放つ。

音波に巻き込まれてエーフィは吹き飛ばされ、岩場に激突して地面に落ち、そのまま倒れてしまう。




《ドラゴンビート》
タイプ:ドラゴン
威力:110
特殊 音技
龍の勇ましい咆哮もしくは羽ばたきと共に強烈な音波を放つ。威力は高いが、龍の声で相手を刺激することにより低確率で相手の攻撃力を上げてしまう。

※威力はあくまでも目安です。
※前話の後書きに《ポイズンクロー》を追加しました。


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第69話 打ち破れ、砂嵐の歌姫!

「エーフィ、戦闘不能! フライゴンの勝利です」

フライゴンの放ったドラゴンビートにより、エーフィは戦闘不能となってしまう。

「エーフィ……お疲れ様。よく頑張ったね」

ハルが倒れたエーフィを抱きかかえると、エーフィは瞳を開き、ハルの目をまっすぐに見つめる。

「分かってる、大丈夫。後は任せておいて。休んでてね」

エーフィをボールへと戻すと、ハルは次のボールを取り出す。

「砂嵐はもう吹いてない、相手は飛行できるポケモン。ここは君しかいない、出てきて、ヒノヤコマ!」

ハルが繰り出すのはヒノヤコマ。空を飛ぶフライゴンに互角に立ち回れるだけでなく、実はタイプ相性も悪くはない。

こちらの炎技は半減されてしまうが、フライゴンの技も大地の力は無効、ギガドレインと虫のさざめきは非常に効きが悪い。ドラゴンビートしか打点がないのだ。とはいえそのドラゴンビートが強烈なので、決して油断はできないのだが。

あとは、

「ヒノヤコマ、相手は羽ばたきで砂を巻き上げて砂の壁を作ってくる。巻き込まれないように気をつけてね」

上空からの攻撃が通るとはいえ、フライゴンの最大の武器である砂嵐の壁。これだけは気をつけなければならない。

ヒノヤコマはハルの方へ振り返り頷くと、気合を入れて甲高く鳴く。

「なるほど、空を飛べるヒノヤコマを持っていたのか。しかし、俺のフライゴンにどこまで対応できるかな」

「僕のヒノヤコマなら、必ずやってくれますよ。よし、ヒノヤコマ、まずはニトロチャージ!」

ヒノヤコマが力強く鳴くと、その身が炎に包まれる。

そのままヒノヤコマは炎の弾丸のように勢いよく飛び出す。

「フライゴン、防御だ」

フライゴンは再び大きく羽ばたき、風に砂を乗せて周囲に砂の壁を作り上げる。

「ヒノヤコマ、急上昇!」

しかし砂の壁にぶつかる直前、ヒノヤコマはほぼ直角に急上昇。

そのままフライゴンの真上から炎を纏ったまま急降下し、フライゴンを突き飛ばす。

「もう一度ニトロチャージだ!」

「それならば、ドラゴンビート!」

ニトロチャージを直撃させ、スピードが上昇。再びヒノヤコマは炎を纏ったままフライゴンへと向かっていく。

対するフライゴンは既に体勢を立て直しており、巨大な翅を力強く羽ばたかせ、美しい歌声のような音波を放つ。

音波がヒノヤコマを捉え、その身を纏う炎は一瞬のうちに引き剥がされてしまう。

「虫のさざめき!」

「疾風突き!」

さらにフライゴンが翅を振動させるが、ヒノヤコマは嘴を突き出すと、翼を折りたたんで高速で突撃する。

衝撃波が放たれるよりも早く、ヒノヤコマがフライゴンの腹部へと突っ込み、再びフライゴンを突き飛ばした。

「よし、いいぞ! ヒノヤコマ、アクロバット!」

さらにヒノヤコマは軽快かつ不規則な動きで、一気にフライゴンへと突っ込んでいく。

懐へと飛び込み、翼を振るってフライゴンへと叩きつける。

しかし。

「安易に近づき過ぎだ。ギガドレイン!」

翼を打ち据える直前、フライゴンの長い尻尾が淡い光を帯び、触手のように瞬く間にヒノヤコマへとまとわりつく。

そのままヒノヤコマを締め上げ、体力を吸い始める。

「しまった……! ヒノヤコマ!」

ギガドレインは草タイプの技なので、ダメージ自体はあまりない。

だが問題は完全に拘束されてしまったことだ。フライゴンの尻尾は強靭で、さらに少しずつではあるが体力を蝕まれているので、簡単には抜け出せない。

「フライゴン、ドラゴンビート!」

フライゴンが巨大な翅を羽ばたかせると、砂が巻き上がると共に美しい歌声のような音波がヒノヤコマを襲う。

さらに、羽ばたきによって風が砂を乗せて巻き上がり、フライゴンの周囲に砂風の壁が発生する。

「投げ捨てろ」

締め上げられて体力を吸い取られ、ぐったりしたままのヒノヤコマを、フライゴンは尻尾を振り払って砂の風の中へと放り捨てる。

砂の風に投げ込まれ、ヒノヤコマは風に巻き込まれて大きく吹き飛ばされてしまう。

「ヒノヤコマ!?」

砂風を浴びて吹き飛ばされ、ヒノヤコマが岩場に激突する。

まだ起き上がろうとしているが、大ダメージに変わりはない。

「こんなものか……フライゴン、ドラゴンビート!」

フライゴンが巨大な翅を羽ばたかせ、歌声の如く美しい音波と共に衝撃波を飛ばす。

美しくかつ勇ましい歌姫の歌声が、ヒノヤコマへ迫る。

その刹那。

 

紅蓮の光が、ヒノヤコマから迸る。

轟音と共に、その体が炎に包まれた。

 

「えっ……!?」

「なにっ……?」

ハルだけでなく、ワダンも驚きの表情を見せる。

炎に包まれ、その中でヒノヤコマを覆う紅蓮の光は青く激しい光に変化し、その姿を変えていく。

体は一回り大きくなり、空を駆ける翼はさらに大きく、頑丈にその形を変えていく。

姿を変えたヒノヤコマが、翼を大きく広げる。

気高く力強い啼き声と共に、炎の中から紅蓮の鳥ポケモンが飛翔する。

 

『information

 ファイアロー 烈火ポケモン

 羽の隙間から火の粉を吹き出し

 赤い残光と共に空を駆け抜ける。

 飛行速度は実に時速500キロ。』

 

「ヒノヤコマ、いや、ファイアロー……! すごい、進化したんだ!」

図鑑で確認すれば、新しい強力な技を覚えていた。

「よし……! ファイアロー! 進化した君の力を、ワダンさんに見せてやろう!」

感激するハルに呼応してハルの頭上を飛び回っていたファイアローだが、その一言ですぐさま戦闘モードに戻り、ハルの言葉に頷いて再び鋭い啼き声を上げる。

「ここで進化するとはな……だが、俺のフライゴンの砂嵐の壁を打ち破ることができるかな」

「ええ、打ち破ってみせます! ファイアロー、ニトロチャージ!」

ファイアローが一声上げるとその身が紅蓮の炎に包まれ、弾丸の如く飛び出していく。

「そう来なくてはな! フライゴン、防御だ!」

対するフライゴンは翅を羽ばたかせ、砂を巻き上げる。

だが、砂嵐の壁が作り上げられるよりも早く、ファイアローはフライゴンの懐まで一気に潜り込み、フライゴンを突き飛ばしていた。

「すごい……速い!」

「なにっ……!? ならばフライゴン、ドラゴンビート!」

突き飛ばされたフライゴンは巨大な翅を羽ばたかせ、美しい羽音と共に音波を放射する。

対して、ファイアローが大きく翼を広げる。

「新しい技、使いたいんだね! 分かったよ、正面突破だ! ファイアロー、ブレイブバード!」

ファイアローの体が、青い炎の如き激しいオーラに包まれる。

翼を広げて猛スピードで飛翔、正面から音波をぶち抜いて突き進み、ファイアローの捨て身の一撃がフライゴンを貫いた。

甲高い悲鳴と共にフライゴンが吹き飛ばされる。

勢いよく地面に叩き落とされ、床に激突してそのまま動かなくなった。

「フライゴン、戦闘不能! ファイアローの勝利です」

難敵フライゴンを撃墜し、ファイアローは翼を大きく広げて鋭い咆哮を上げる。

「よっし! いいぞ、ファイアロー!」

これで、ワダンのポケモンは遂に残り一匹となった。

「フライゴン、戻れ」

倒れたフライゴンをボールへと戻し、ワダンは最後のボールを取り出す。

見覚えのあるボールだった。繰り出されるより前に、ハルにはワダンの最後の一手になにが出てくるか分かった。

「っ、そのボールは……!」

「その顔は、分かっている顔だな。その通り、俺の最後のポケモンは、こいつだ」

ハルの予想通り。

ワダンの手にしたボールから、因縁の相手が姿を現す。

 

「出番だ、バクーダ!」

 

ワダンの最後のポケモンは、前回のジム戦でハルを敗北へと追いやった、あのバクーダだ。

「来たか、バクーダ……! やっぱりこいつが一番強かったのか」

一週間前、ワルビルとルカリオを瞬く間に戦闘不能に追い込んだ強敵。

しかし、今のハルは一週間前とは違う。

今度こそこのバクーダを倒し、ワダンに勝利して、ジムバッジを手に入れてみせる。

「ファイアロー、行くよ! ブレイブバード!」

ブレイブバードが啼き声を上げると、再びその体を激しい青のオーラが覆う。

そのままミサイルのように、ファイアローは超高速でバクーダへと突っ込んでいく。

「バクーダ、火炎放射!」

対するバクーダは背中の火口から上空に灼熱の業火を打ち上げる。

その後、バクーダはファイアローの突貫をまともに受け、痛みを表情に表す。

だが、攻撃を終えたファイアローへ、上空から炎の雨が襲い来る。

「ファイアロー、アクロバットだ! 全弾回避!」

空中を舞い踊るように飛び回り、ファイアローは炎の雨を次々と躱していく。

躱しながらバクーダとの距離を詰め、翼を思い切り振り下ろす。

だが。

「バクーダ、ダイヤブラスト!」

その直後、バクーダの周囲の空気が突如爆発を起こし、青白く煌めく爆風が迸る。

「しまった……ファイアロー!」

ダイヤブラストは岩タイプの技。炎と飛行タイプを併せ持つファイアローには二重に効果抜群であり、さすがに耐え切ることはできなかった。

「ファイアロー、戦闘不能! バクーダの勝利です」

地に落ちて目を回し、ここで戦闘不能となってしまう。

「ファイアロー、よく頑張ってくれたね。フライゴンを突破できたのは君のおかげだよ」

ハルは倒れたファイアローを労い、その嘴を撫でる。

「大丈夫。後は僕とルカリオに任せておいて」

ファイアローを戻すと、ハルは最後の一つとなったボールを手に取る。

これで最後だ。成長した力を、今こそ見せる時。

「さあ、君の出番だ! 出てきて、ルカリオ!」

ハルの最後のポケモンは、勿論エースのルカリオ。最初にメガシンカを遂げてそのまま、メガルカリオの姿だ。

「ルカリオ、今こそリベンジを果たす時だよ。一緒に、このバクーダを倒そう」

ハルの言葉に、ルカリオは静かに頷き、両手から青い波導を生み出す。気合は十分だ。

「さあ、一週間で本当にお前が正しい方向に変わったのであれば、このバクーダにその成果を叩き込んでみろ。一週間前の実力に加えてただの付け焼き刃程度では、到底このバクーダを倒すには至らんぞ」

「望むところです! ルカリオ、行くぞ!」

ハルの力強い返事に合わせ、ルカリオも右腕をバクーダに向けて突き出す。

「波導弾!」

ルカリオの掌から、青い波導が噴き出す。

その波導を凝縮させて念弾を作り上げ、バクーダへ向けて一直線に放出する。

「バクーダ、火炎放射!」

バクーダは大きく息を吸い込み、灼熱の炎を噴き出す。

波導の念弾と灼熱の炎が激突。だが次第に波導の念弾が炎を押して突き進み、遂には炎を貫き、バクーダの額へと直撃した。

「……なるほど。特訓の成果は本物、ということか」

それを見てワダンは呟く。そしてほんの少し、ほんの少しだけ、僅かな笑みを浮かべる。

「その実力があるならば、俺とこいつも手加減無しで大丈夫だろう」

なにやら意味ありげな様子で語るワダン。

「一週間前に言ったな。メガシンカとは強大かつ単純な力。ポケモンとの間に絆があれば扱えると。だがその真の力は、それを正しく理解していなければ発揮されない」

「……まさか」

瞬間的に。

この後何が起こるかが、ハルには分かってしまう。

「そのまさかだ。メガシンカの力、扱えるのはお前とお前のポケモンだけじゃあない。それを見せてやろう」

そう言って、ワダンは外れていたコートの一番上のボタンを締める。

いや、違う。

ボタンの代わりに付けられているそれは、紛れもなくキーストーンだった。

 

「貴様の目の前にそびえ立つ、高い壁となろう! バクーダ、メガシンカ!」



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第70話 超えろ高き壁! 鳴動のメガバクーダ

ワダンの叫びに呼応し、コートのボタンの代わりに付けられていたキーストーンが光を放つ。

同時に、体毛に隠されていたバクーダの前脚のメガストーンがキーストーンの光に反応する。

双方から発した七色の光が繋がり、一つの大きな光の束となってバクーダを包み込む。

光の中で、バクーダはその姿を変えていく。背中の二つのコブは一体化し、活火山のような形へと変わる。

体を守る体毛はさらに長さを増し、足元まで覆ってしまう。

額に漆黒の模様を刻み、バクーダがメガシンカを遂げる。

大地を揺るがす咆哮と共に、背中の火山が噴火し、辺りに爆炎を撒き散らした。

「これが……メガバクーダ……!」

バクーダの進化した姿、メガバクーダ。背中の火口からは、灼熱のマグマが溢れ出している。

「ただでさえ強かったあのバクーダが、メガシンカ……だけど、ここまで来たんだ。ルカリオ、絶対に! 一緒に勝つよ!」

ハルの声を聞き、ルカリオは、任せろ、と言わんばかりに頷く。

「ルカリオ、波導弾!」

「バクーダ、火炎放射!」

両手を構えたルカリオの掌を纏う波導が形を変え、力を凝縮した青い念弾となる。

バクーダを狙って再び一直線に波導弾が飛ぶが、対してバクーダも再び灼熱の炎を吹き出す。

だがその威力が尋常ではない。メガシンカ前と比べて格段にパワーアップした荒れ狂う炎は、競り合った末に波導弾を打ち破り、ルカリオに襲いかかった。

「っ!」

咄嗟にルカリオは波導を纏う両手を突き出す。

炎を浴びることになるが、地に足をつけたまましっかりと耐えきった。

「先程は適応力の特性を持つメガルカリオに押し負けたが、メガシンカすればこちらも火力は上昇する。加えてメガバクーダの特性は力尽く。技の追加効果がなくなるが、代わりに威力が上昇する。これで立場は逆転だ」

波導弾を打ち破ったバクーダは、足を踏みならして自身を鼓舞し、吼える。

(ルカリオの火力でも負けているのか……だったら、正面きっての勝負は危ないな)

これも敗北から学んだことだ。メガシンカしたとはいえ、当然ながら自分より強いポケモンはいる。

まして相手もメガシンカポケモン。なんの策もなく正面から打ち砕こうとしても、こちらが逆に砕かれてしまう。

ならば、どうするか。

「一つ伝えておこう。メガバクーダは、本来ならばバッジ四つの挑戦者には使わないポケモンだ。だが今のお前たちが本当に正しいメガシンカの力を身につけたならば、こいつを打ち破ることもできるはずだ。特訓の成果を、こいつとの戦いで証明してみせろ!」

「言われるまでもありませんよ。僕たちの力を、ワダンさんにお見せします!」

策はまだある。相手が格上だろうが、そんなものは知ったことではない。

誰が相手であれやることは一つ。戦って、勝つだけだ。

ハルの言葉に呼応し、ルカリオも威勢よく咆哮を上げる。

「ルカリオ、ボーンラッシュ!」

ルカリオが波導の力を放出し、周囲に無数の波導の球体が出現。

特訓で身につけた新たな技だ。ルカリオの周囲に浮かぶ波導球は一斉に小さい槍の形へと変わり、ルカリオが腕を振り下ろすと同時に発射され、四方八方からバクーダを狙う。

「弾幕か……バクーダ、弾き飛ばせ。ダイヤブラスト!」

バクーダの周囲に青白い光が迸り、次の瞬間、煌めく爆発を起こす。

無数の槍は爆風によってまとめて弾き飛ばされてしまうが、

「今だ、ルカリオ!」

爆煙の向こう側から、突如波導の槍を携えたルカリオが現れ、バクーダは額に槍の一撃を叩きつけられる。

放った槍とタイミングをずらし、ルカリオ自身も槍を手にしてバクーダに向かっていったのだ。

「バクーダ、火炎放射!」

だがワダンのバクーダの持ち味は被弾直後の反撃の速さ。すぐさま炎を吹き出し、反撃する。

「やっぱり……ルカリオ、ジャンプだ!」

それを見越していたハルもすぐに指示を出し、ルカリオは槍を地面に突き立て、棒高跳びのように大きく跳躍し、バクーダの放つ炎を躱す。

「ルカリオ、波導弾!」

「バクーダ、逃すな! 上だ!」

宙を舞いながらルカリオが波導の念弾を放出すると同時に、バクーダも背中の火口から炎を撃ち出す。

ルカリオの放った波導弾は炎の弾を貫通しバクーダを捉えるが、その直後、炎が弾け飛び、無数の火の粉がルカリオへと降り注ぐ。

「ルカリオ、立て直して! もう一度波導弾!」

「ならばバクーダ、こちらももう一度火炎放射だ!」

着地して立ち上がったルカリオが波導の念弾を放出し、少し遅れてバクーダも炎を吹き出す。

再び双方の技が激突、しかし今度は波導の念弾が炎に押し切られ、ルカリオが炎を浴びてしまう。

「っ! 炎の質が違うみたいだな……!」

前回の戦いでは気が付かなかったが、背中からの炎と口からの炎は少し質が違うようだ。

背中の炎は少し弱いが、その代わりに弾けやすい。口からの炎は勢いが強い。どちらにしても、回避するのが得策だ。

「大地の力!」

「それなら、真下に発勁!」

バクーダがフィールドを揺らし、大地の力を呼び起こすが、対するルカリオは波導を纏った右手を地面に叩きつけ、強引に大地エネルギーを相殺し、打ち消した。

「バクーダ、目覚めるパワー!」

さらにバクーダは周りに水色のエネルギー球体をいくつも浮かべ、一斉に放つ。

「ルカリオ、躱してサイコパンチ!」

エネルギー球をいくつも飛び越え、掻い潜り、ルカリオは拳に念力を纏わせる。

バクーダの眼前へと飛び込み、念力の拳を叩き込むが、

「ダイヤブラスト!」

その直後、バクーダの周囲に青白い光が迸る。

次の瞬間には空気が爆発、煌めく爆風に巻き込まれ、ルカリオは吹き飛ばされた。

(くっ……分かってたことだけど、なんて打たれ強さだ。このままじゃ、先にルカリオが力負けする……)

「考える暇はやらんぞ。大地の力!」

思考を巡らそうとするハルだが、ワダンがそれを許さない。

バクーダがフィールドを揺らし、大地のエネルギーを呼び起こす。

「っ、躱して!」

飛び退いて大地エネルギーの奔流を回避するルカリオだが、躱したそばから再び大地が揺れる。

「……そうだ! ルカリオ、動き回るんだ!」

ハルの指示を受けて、ルカリオはフィールドを駆け回る。

バクーダもしつこく大地の力でルカリオを攻撃するが、俊敏に動き回るルカリオをなかなか捉えられない。

そして、

「……!」

ワダンが気付いた時には、既にフィールドは砂埃に覆われてしまっていた。

ハルもワダンも、相手どころか自分のポケモンすら見えない。当然、バクーダもルカリオを見失ってしまう。

 

「今だルカリオ! 発勁!」

 

そんな中、ルカリオだけは違った。

波導の力で相手の場所を正確に感知することができるルカリオにとって、砂煙など何の障害にもならない。

右手に波導を纏わせてバクーダへと一気に接近し、その脳天めがけて波導で強化された掌底を思い切り叩きつけた。

予期せぬ強烈な打撃を受け、バクーダが遂によろめく。

「ボーンラッシュ!」

さらにルカリオの右手を纏う波導が形を変える。

波導の槍を掴み取り、ルカリオはさらに連続攻撃を叩き込む。

「ぬぅ……バクーダ、吹き飛ばせ! ダイヤブラスト!」

ようやくバクーダが動き出す。

周囲を爆破し、煌めく爆風で砂煙を吹き飛ばすが、既にルカリオは離脱し、ハルの元へと戻っている。

「ようやく、打点を与えられましたよ。さすがに今の連続攻撃は堪えたみたいですね」

得意げな笑みを浮かべるハル。

圧倒的なタフネスを誇るバクーダだが、ここに来てようやく疲労を感じ始めたようだ。

「フン、ここからが正念場よ! バクーダ、気合いを入れろ! 勝負はここからだ!」

それでも、その戦意は衰えない。むしろ逆だ。

ワダンの声に応えてバクーダが咆哮し、背中の火口からマグマを噴出させる。

「火炎放射!」

「躱して波導弾だ!」

バクーダがめいいっぱい息を吸い込み、灼熱の業火を吹き出す。

その炎を跳躍して躱し、ルカリオは右掌を突き出し、青い波導の念弾を放つ。

「逃すな! もう一度火炎放射だ!」

上空のルカリオへと、バクーダの背中の火口から炎が噴射される。

しかし今度は先ほどとは違う。背中からの炎だが、その勢いは噴火でもしているかのように強い。

波導の念弾は炎に打ち破られ、さらにルカリオも炎を浴びて吹き飛ばされる。

「さらに大地の力!」

ルカリオの着地点を見定め、バクーダが大地を揺らし、その一点を狙って大地エネルギーを放出する。

「ルカリオ、軌道を変えて! ボーンラッシュ!」

対して、宙を舞うルカリオは波導の槍を掴み、それを地面へ叩きつける。

その反動によって着地点をずらし、大地の力を回避、さらに、

「発勁だ!」

ルカリオの右手が、波導の力に覆われる。

バクーダが迎撃を仕掛けるよりも早く、ルカリオの渾身の右手の一撃がバクーダへと叩き込まれた。

「ダイヤブラスト!」

だがバクーダもただでは引き下がらない。

歯を食いしばり、大地を踏みしめて根性で耐え抜き、周囲の空気を一斉に爆発させてルカリオを吹き飛ばす。

「どれだけ熱く激しい戦いも、いずれは終わりがやって来る。そろそろ体力も限界だろう。次の攻撃で、このバトルを終わらせてやろう!」

拳を握り締め、ワダンが叫ぶ。

それに対して、ハルも自信に満ちた笑みと共に言葉を返す。

「いいですよ。でも」

そこでハルは一拍置き、

 

「終わるのは僕とルカリオじゃない。ワダンさんと、バクーダです!」

 

刹那。

ルカリオを覆う青い波動が、爆発的に展開された。

全身が激しく燃え盛る炎が如き青い波導に包まれ、両腕を覆う波導もさらに勢いを増す。

アリスに教えられた、ハルとルカリオの絆の力が最高潮に達した時に発生する絆の力。その力は、メガシンカを得た今でも健在だった。

いや、違う。

一週間前のままのハルでは、この力を発現させることなどできなかっただろう。

ルカリオとの絆を取り戻したハルだからこそ、再びこの力を使うことができたのだ。

「……バクーダ、火炎放射!」

「ルカリオ、波導弾!」

体内の炎の力を一点に集めて凝縮し、バクーダは紅蓮の爆炎を放出する。

対するルカリオも体を纏う波導の力を全て掌に溜め込み、巨大な波導の念弾を撃ち出した。

双方の全力の一撃が、正面から激突した。

青い波導と赤い炎が轟音と火花を散らし、激しく競り合う。

そして。

その末に遂に均衡が崩れ、波導の念弾が紅蓮の爆炎を打ち破った。

遮るものがなくなった波導弾は、そのまままっすぐに突き進み、バクーダに直撃、蒼き爆発を起こした。

「バクーダ……!」

爆発に巻き込まれ、バクーダの巨体がぐらりと傾き、そのまま地面へと崩れ落ちた。

バクーダの体を七色の光が覆い、元の姿へと戻す。

つまり。

 

「バクーダ、戦闘不能。ルカリオの勝利です! よって勝者、チャレンジャー・ハル!」

 

「……よっしゃああああ! ルカリオ、やったー! ワダンさんに、勝ったんだ!」

宿敵を打ち破ったルカリオへ、ハルは駆け出す。

メガシンカが解けて元の姿へ戻ったルカリオも振り向き、駆け寄るハルと笑顔でハイタッチを交わした。

「やったよ! バクーダを倒したんだ! 頑張ったね!」

ハルは歓喜のあまり気付かなかったが、ルカリオは気付いた。

今までメガシンカを使った時と違い、ハルとルカリオ、二人とも叫んで騒げるくらいの元気が残っている。これも、成長の証ということか。

「どうしたことだ……たった一週間だというのに、ここまで伸びるとはな。バクーダ、戻れ。ご苦労だったな」

ワダンが屈み込むと、目を覚ましたバクーダは少しだけ悔しそうな表情を見せるが、すぐに小さく微笑む。

バクーダをボールへ戻し、ワダンはハルへと歩み寄る。

「ハル。どうやらこの一週間で、お前が忘れていたもの、思い出したようだな」

「はい、ワダンさんのおかげです。ありがとうございました」

ワダンの言葉に、ハルは笑顔で礼を言う。

「フン、俺は何もしていない。俺がやったことといえば、お前を打ち負かしたことだけだ。その言葉は俺じゃなく、お前のポケモンと友人にかけてやるんだな」

相変わらず無愛想でぶっきらぼうだが、その言葉には一週間前にはなかった温かみが感じられた。

「さて、悔しいが負けは負けだな。お前の実力を認め、こいつをやらなければな」

そう言ってワダンは懐から小さな箱を取り出し、それを開く。砂の舞う竜巻のような形をし、真ん中にアルファベットのGの文字を刻んだ、白と茶色を基調したバッジだ。

「カタカゲジム制覇の証、ガイアバッジだ。受け取れ」

「はい、ありがとうございます!」

かくして、ハルはワダンへのリベンジを果たし、ハルのバッジケースには五つ目のバッジが填め込まれた。

このガイアバッジは、ハルとルカリオにとって、正しい力を得たことを表す特別な記憶となるのだった。



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第71話 休息のひと時

ジムを出た後、ハルは頑張ってくれたポケモンたちの回復とサヤナへの勝利報告のため、ポケモンセンターに戻ろうとしていた。

と、そこで、

「無いものは無いの! まったく、いい加減にしてくれないもんかね!」

苛立つような男性の高い声が聞こえた。どうやら何か揉め事が起こっているらしい。

気になったハルが声の元へ向かってみると、どうやら、サーカスのテントの前で一組の親子とサーカス団の者と思われる男性がトラブルを起こしているようだった。

「この子もとても楽しみにしていたんです。立ったままで見ることになっても構いませんから、どうかチケットを用意していただけませんか……?」

「だから! そういうのはトラブルの元になるから困るの! 一組を許すと、他の人たちも許さないといけなくなるでしょう! 私たちも忙しいのでね! もう帰っていただけませんか!」

「……分かりました。ユータ、仕方ないわね。帰りましょう」

燕尾服とシルクハットを身に纏った長髪パーマのその男に怒鳴られて押し切られてしまい、結局その母親と息子はしょんぼりした様子でその場から去っていった。

「……だいたい! チケットがもう完売してしまっていたことは君が一番把握していたはず! どうして受け付けたりしたのかね、グレーテル君!」

それでもまだ機嫌が治らないのか、その男は横に控えていた女性団員にまで八つ当たりを始める。みっともない。

「申し訳ございません。しかし……」

「言い訳無用! このメルヘルはハーメルン・サーカスの団長であるぞ!? ったく……もういい! さっさと作業に戻りなさい! まだ仕事は山ほど残っているのだよ!」

「……失礼します」

グレーテルと呼ばれた女性団員はそれ以上言い返すことはせず、そそくさとテントの中へ走り去っていった。

まだぶつぶつ言っていたメルヘル団長もやがてテントの中へ戻り、それを確認したハルは先ほどの親子の元へと駆け寄る。

「あの……すいません」

「あら、何かしら?」

「よかったら、これ。貰ってください」

振り返った母親にハルはそう言って、一週間前にピエロのヘンゼルから貰ったサーカスのチケットを差し出す。

チケットに書かれている説明によれば、十歳未満の子どもは親同伴でチケット一枚で入れるとのこと。つまりハルの一枚を渡せば、この親子は二人でサーカスを見に行けるのだ。

「あら……いいの? せっかく買ったものでしょ?」

「あ、いいえ。これは貰い物なんです。だから、僕よりも行きたがっている人がいるんならその人に使ってもらった方がいいかなって……」

「まぁ、ありがとうね。ユータ、よかったね! ほら、お兄ちゃんにお礼を言いなさい」

「うん! お兄ちゃん、ありがとう!」

男の子は途端に笑顔になり、元気な声でハルに礼を言った。

「本当にありがとうね。君のような優しい子にも会えて……わざわざカタカゲシティまでチケットを買いに来た甲斐があったわ」

母親も笑顔でもう一度ハルに礼を告げると、息子の手を引いて、その場を去っていった。

少し寄り道したが、ハルもポケモンセンターへと戻る。

 

 

 

「ええっ!? ハル、サーカスのチケットあげちゃったの!?」

そしてその話をサヤナにしたところ、たいそう大袈裟に驚かれた。

どうやら、ハルからサーカスの話を聞き、サヤナもチケットを買っていたらしい。ハルは聞かされていなかったのだが。

「うん。僕は買ったわけじゃなかったからね……その親子がとってもサーカスを楽しみにしていたみたいだったから、見過ごせなくて。ごめんね、サヤナも買ってたって知らなかったからさ」

「うーん、そんなことがあったんじゃ仕方ないけど……ハルと見にいけないなんて残念だなぁ……一人かぁ……」

すっかりしょげてしまうサヤナ。なんだか一週間前と立場が逆な気がするが、

「あら。それなら、私が一緒に行ってあげてもよろしくてよ」

二人が座るソファの後ろから、聞き覚えのある声。

振り返ると、

「あっ、エリーゼさん!」

ちょうどポケモンセンターにエリーゼがやって来ていた。相変わらず傍らにはハッサムを連れており、ハッサムは二人を見て礼儀正しく会釈する。

「もしかして、エリーゼさんもサーカスに行くの!?」

つい今までしょんぼりしていたサヤナの目が途端に輝き出す。分かりやすい。

「ええ。ハーメルン・サーカスはマデルではあまり知られていないようだけれど、有名なサーカス団なのよ」

サヤナの様子を見て微笑み、エリーゼはサーカスのチケットを取り出す。

「“ハーメルンの笛吹き男”って童話は知ってるかしら? 細かいところは割愛するけど、笛吹きの男が笛を吹きながら通りを歩いて行くと、街の子供達が男の後に着いて行った。そのままどこかに行ってしまい、それ以降子供達は二度と帰ってこなかったというおとぎ話があるの」

さらにエリーゼは話を続け、

「ハーメルン・サーカスは、まさにその童話から名前をつけられた。一度サーカス公演を見た人が、次からどこで公演をやってもまた見に来てくれるようなサーカス団を目指す、って意味を込めて。そして実際、根強いファンはどんなに遠いところでの開催でもサーカスを見に来るみたいですわよ」

エリーゼの言葉を聞く限り、どうやらかなり由緒正しきサーカス団のようだ。

しかし、それにしては先ほどのメルヘル団長の態度はどこか引っかかるものがある。

「そうなんですか。でも、さっきの団長さんの態度が、結構酷かったんですよね……」

「そういえば確か団長が代替わりしていたはず。先代の団長はグリムさんという方なのだけれど、数ヶ月前に病気で亡くなったという話を聞きましたわよ」

エリーゼの言う通りならば、グリム団長亡き後、あのメルヘルが団長を引き継いでいることになる。見るからに短気で自分勝手そうな男だったが、団を上手く纏められているのだろうか。

と、その時。

「ハルはいるか」

またも聞き覚えのある声に呼ばれる。しかも今度の声は先ほど聞いたばかりの声だ。

「えっ、ワダンさん? ここにいますけど、どうしたんですか?」

声の主はまさかのジムリーダー・ワダン。何かジムに忘れ物でもしただろうかと考えるハルだが、

「トウナが先ほどテントの近くでお前を見かけたらしくてな。サーカスのチケットを別の人に渡すのを見たと言っていた」

「はい、そうですけど……」

「つまり、サーカス当日、お前は今のところ予定がないということだな」

「ええ、そういうことになりますね」

突然のワダンの登場に少し驚きながらもハルは返事を返すと、

「元々その日はジムトレーナーの特訓の日だったんだが、サーカスのせいでジムトレーナーがそっちに流れてしまってな。特訓の相手がいないんだ」

「えーっと……つまり?」

「話は簡単だ。お前、予定はないんだろう? ちょうどいい、俺の特訓に付き合え」

半ば命令してるようにも聞こえる口調のワダンだが、

「ワダンさんと特訓ですか? いいんですか!? むしろ、是非僕からもお願いしたいですよ!」

ハルとしても嬉しい話だ。ジムリーダーに直々に鍛えてもらえる機会など、そうそうあるものではない。

「よし、決まりだな。一応俺の連絡先も教えておこう」

そう言ってワダンはアルス・フォンを取り出してハルと連絡先を交換し、それが終わるとすぐにポケモンセンターを出て行ってしまう。

「にひひー、よかったねハル。私たちがいなくてもひとりぼっちじゃなくなったよ」

「そうだね。サーカスがどんなだったか、話を聞くの楽しみにしてるよ」

どのみち元々はサーカスに行くつもりではあったため、カタカゲシティにしばらく滞在するという予定に変更はない。

「ところでハルとサヤナは、サーカスの日まで何か予定はありますの?」

「ううん、特に何も考えてないよ」

「僕も今のところは、まだ何も……」

エリーゼの問いに二人がそう返すと、

「だったら、明日以降は街の中を見て回りませんこと? カタカゲシティといえば歴史ある赤レンガの倉庫、街の歴史を語る博物館、マデル地方で一番大規模な商店街に、港の魚市場。観光名所がたくさんありますのよ」

「わあ、すごい! じゃあハル、明日からは三人で色々街を観光ね!」

「うん。僕も特にやることは考えてなかったし、それがいいね」

その時。

『ハルさん。お預かりしたポケモンは、皆元気になりましたよ』

ハルの名前が呼び出される。どうやら、ポケモンの回復が終わったらしい。

ジム戦を終えた仲間たちを受け取る。今日はゆっくり休んで明日からは観光、さらにジムリーダーのワダンとの特訓も控えることになった。

 

 

 

夜。

ハルはポケモンセンターの宿舎を借り、今はベッドに腰掛けている。

「みんな、今日はジム戦お疲れ様。みんなのおかげで、ワダンさんに勝つことができたよ」

ハルの隣にはルカリオが座っており、膝の上にはエーフィ。正面にはハルと向かい合ってワルビルとファイアローが座る。こうしてポケモンたち全員と触れ合うのも、なんだか久しぶりな気がする。

「あと、ファイアロー! めでたく最終進化だね。フライゴンに決めたブレイブバード、かっこよかったよ」

ジム戦で進化を遂げたファイアローは翼を広げ、嬉しそうに鳴く。ヤヤコマの頃と比べて、随分とたくましくなった。

そんなファイアローを見て微笑むハルと他のポケモンたちだが、一匹だけ少し悔しそうに唸る者が。

「あぁっ、ワルビル、気にしないでよ。あのサンドパンのスピードには僕も対応できてなかったから、君が悪いわけじゃない。君のバトルのおかげで、エーフィがサンドパンを倒すきっかけを作ってくれたんだから」

ワダン戦で、ワルビルだけ勝ち星がつかなかったのだ。ワルビルはバトルが好きで負けず嫌いだし、ファイアローに進化を先越されたこともあるかもしれない。

ハルに賛同してエーフィも頷き、ワルビルを宥める。実際、ワルビルのバトルで相手の癖を掴んだおかげで、エーフィはサンドパンに勝つことができたのだ。

「次のジム戦でまた頑張ろうね。僕も君の力を引き出せるようにもっと頑張るからね」

そう言ってワルビルの好物であるオボンの実を渡す。五個もあったのだがワルビルは一口で飲み込み、少しだけ上機嫌な声を上げる。

他のポケモンたちにもそれぞれ好きな味の木の実を渡す。エーフィの好みは甘い味、ファイアローとルカリオは辛めの味が好みなのだ。ただルカリオと違い、ファイアローはマトマの実レベルの辛いものでも涼しい顔で食べてしまう。

「ルカリオも、ありがとう。君のおかげで、僕はここまで来れた。まだ旅は続くし、この先の道のりも大変だろうけど、また一緒に頑張ろうね」

隣のルカリオもにこりと笑い、ハルと軽く拳を突き合わせる。

「よし、今日はもう遅いし、そろそろ寝ようか。また明日からも、頑張っていくよ」

四匹をボールに戻し、ベッドに横たわる。

照明を消した数秒後には、ハルの意識は眠りの中に落ちてしまった。



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第72話 エリーゼの相棒

「行ってきなさい、ハッサム!」

「出てきて、ルカリオ!」

 

今日は、サーカスの日の前日。

ハルがカタカゲジムを突破してから、ハルとサヤナ、エリーゼの三人はカタカゲシティを観光して回っていた。

カタカゲ博物館ではサヤナがはしゃぎすぎて職員の人にやんわりと注意されたり、商店街ではこれまたサヤナが迷子になりかけたり、港の市場では引き上げられた大量のヨワシとバスラオを見てエリーゼが震え上がっている横でちゃっかりサヤナがウデッポウという青いエビのようなポケモンをゲットしたりしていた。ハルは終始サヤナに振り回されていた。

しかしサーカスまでは一週間もあり、さすがに見るものはなくなってくる。

明日にはサヤナとエリーゼはサーカス、ハルはワダンとの特訓が控えているということで、今日は外出はしない代わりに、三人で交代でポケモンバトルでもしようかということになった。

そして、今はハル対エリーゼ。

「それにしてもハル、まさか私のハッサムと戦ってみたいなんて。手加減はいたしませんわよ、全力で掛かってきなさいな」

「もちろんです。エリーゼさんのハッサムと一度戦いたいと思ってたんです!」

しかし、ポケモンセンター地下の交流場とはいえ、周りには他のトレーナーもいる。

ハルがメガシンカを使えることはあまり知られたくはないので、今回はメガシンカは無しだ。

「それじゃあ、行くわよ! ハッサム、バレットパンチ!」

ハッサムが翅を羽ばたかせ、地を蹴って飛び出した。

初速から一気にトップスピードを叩き出し、一瞬でルカリオとの距離をゼロまで詰める。

ルカリオに体当たりをかまして体勢を崩し、直後、ハッサムが繰り出すマシンガンの如き連続パンチがルカリオを襲う。

「シザークロス・“斬”!」

さらにハッサムの鋏が赤い刃のオーラを纏う。

本来シザークロスは二本の鋏や刃で相手を切り裂く技だが、このハッサムは二本分のエネルギーを右手の一本に集中させたのだ。

連続打撃の締めに赤い刃を振り抜き、ルカリオを切り裂き、吹き飛ばした。

「っ、なんて攻撃の速さ……! ルカリオ、大丈夫!?」

幸い、どちらの攻撃も効果は今ひとつ。ルカリオは起き上がると両手で頬を叩き、気合を入れ直して頷く。

「さあ、ハル。体が震えてるんじゃなくて? カロスで《紅の弾丸(クリムゾンバレッジ)》と呼ばれた私とハッサムの力は、まだまだこんなものじゃないわよ!」

「へへっ、武者震いですよ。どこまで通用するか、楽しみなんです! ルカリオ、今度はこっちの番だ! ボーンラッシュ!」

ルカリオが両手を突き合わせると、その手に纏った揺らめく波導が槍の形を作り上げる。

波導の槍を携え、ルカリオが駆け出す。

「シザークロス・“断”!」

ハッサムが突き出した鋏が再び赤いオーラを放つが、そのオーラは刃ではなく、今度は大きな鋏の形を取る。

「っ……!?」

巨大な鋏を構えたハッサムが、正面からルカリオの槍の一撃を挟んで受け止める。

そのまま鋏を閉じ、波導の槍を両断してしまった。

「“斬”!」

鋏を纏うオーラが形を変え、一本の赤き刃となる。

しかし、

「ルカリオ、波導弾!」

ルカリオの持つ槍は、波導が形を変えたもの。手を離れようと、ルカリオなら自由自在に操ることができる。

折られた槍は形を変えて二つの波導の念弾となり、ハッサムの左右から飛来する。

刃でルカリオを迎撃するよりも早く、双弾がハッサムを捉えた。

「続けて発勁だ!」

予期せぬ攻撃に体勢を崩したハッサムへ、ルカリオが波導を纏った右手を突き出す。

ハッサムの腹部へ掌底を叩きつけ、その身を吹き飛ばした。

「へーえ、やりますわね。ハッサム、負けてられないわよ!」

立ち上がったハッサムは無言で頷き、ふたたび鋏を構える。

「ハッサム、燕返し!」

「ルカリオ、ボーンラッシュ!」

ハッサムが翅を震わせて飛び出し、対するルカリオは波導の槍を作り上げる。

槍を構えて迎え撃つルカリオに対し、一気に距離を詰めたハッサムはルカリオの眼前で僅かに跳躍、翅を羽ばたかせて滞空。

さらに四肢をまるで四本の剣かのように振るい、滞空し回転しながら流れるように四本の斬撃を立て続けに放ってくる。

波導の槍を振るい、ハッサムの連続攻撃を捌き続けるルカリオだが、相手の手数は四本でこちらの得物は一本。

さすがに捌ききれず、ハッサムの鋏に殴り飛ばされてしまう。

「バレットパンチ!」

翅を激しく振動させたハッサムが滞空したまま飛び出していく。

自分で殴り飛ばしたルカリオへ一瞬のうちに追いつき、弾幕が如き連続パンチを放つ。

「ルカリオ、波導弾!」

恐ろしいスピードの連続パンチが降り注ぐが、威力自体はさほど高くない。

バレットパンチを耐え切り、ルカリオは右手をハッサムへと突き立てて波導を凝縮した念弾を発射、ゼロ距離から波導を炸裂させた。

「よっし、なんとか引き剥がした! ルカリオ、発勁だよ!」

ルカリオが右手に波導を纏い、再び駆け出す。

吹き飛ばされてまだ体勢の整わないハッサムへ右手を振るい、掌底を叩きつける。

対して、

「……! ハッサム、そろそろ本気を見せますわよ!」

発勁をまともに受け、それでもまだハッサムは起き上がる。

首を振って体勢を整え、ハッサムはエリーゼの言葉に頷き、大きく跳躍する。

 

「ハッサム、剣の舞!」

 

滞空したハッサムが体内に力を溜め込む。

それを解き放つと当時、ハッサムの背後に二本の剣の形をした青い光が浮かび上がる。

一瞬だけ剣の形をとった青い光は、すぐに形を変え、オーラとなってハッサムを纏い始めた。

「っ……! やばい……!」

剣の舞は、自身の攻撃力を飛躍的に上昇させる技だ。

単純かつ強力、それ故に隙が大きい技でもあるのだが、ハッサムはルカリオの攻撃を躱した直後、さらに手の届きにくい上空で使うことにより、ルカリオの追撃をある程度カバーした。

「さあ、覚悟はいいかしら? ハッサム、燕返し!」

身体中を纏っていた青いオーラを四肢に集中させ、ハッサムが急降下する。

「ルカリオ、来るよ! 波導弾だ!」

上空のハッサムを見上げ、ルカリオが両手を構え、波導の念弾を撃ち出すが、

「弾いてしまいなさい!」

鋏の一振りで波導弾を弾き飛ばし、ハッサムはルカリオに急接近、青く輝く四肢を広げて高速回転し、まるで四本の刃でルカリオを切り裂くような連撃を放ち、締めに鋏で殴って吹き飛ばす。

「ハッサム、後ろ! 来てるわよ!」

波導弾は必中技なので、一度弾いても弧を描いて戻ってくる。

しかし、再度飛来する波導の念弾をハッサムは鋏で受け止め、今度こそ砕いてしまう。

「シザークロス!」

両腕に青い刃のオーラを構えたハッサムが突撃する。

「迎え撃ってもやられるか……! ルカリオ、躱して!」

剣の舞を積まれている以上、迎撃は得策ではない。

咄嗟にルカリオは大きく横っ飛びし、ハッサムの斬撃を躱すが、

「逃がさないわよ! “射”!」

ハッサムの瞳が、ルカリオを捉える。

距離を取ったルカリオに両腕を向け、ハッサムの鋏を纏う青い刃のオーラが、刃の形をしたエネルギー弾となって発射された。

「なっ……まさか!?」

遠距離攻撃にまで使えるとはさすがに想定外だった。

完全に不意を突かれたルカリオに、光の刃が突き刺さる。

「今よハッサム! バレットパンチ、からの――」

その隙を逃さず、ハッサムは一瞬でルカリオとの距離を詰める。

青い光を纏った弾幕の如き連続パンチがルカリオに降り注ぎ、

「――シザークロス・“斬”!」

ハッサムの右鋏から、巨大な青い刃のオーラが飛び出す。

とどめの一撃、ハッサムは右腕を思い切り振り下ろし、青き光の大刀をルカリオへと叩きつけた。

「ルカリオっ!?」

吹き飛ばされて地面に叩きつけられ、そのままルカリオは目を回して倒れてしまった。

「ルカリオ、戦闘不能ー! ハッサムの勝ちだよ!」

審判をやっていたサヤナが、ハッサムの勝利を告げる。

「……よし、こんなところですわね。ハッサム、上出来ですわ。ボールで休む?」

エリーゼがボールを取り出すが、ハッサムは首を横に振る。まだ大丈夫ということらしい。

「ルカリオ、お疲れ様。さすがにエリーゼさんのエースは強かったね……だけど、いい経験になったね」

目を覚ましたルカリオは少しだけ悔しそうな表情を浮かべるが、それも束の間、すぐに笑みを浮かべ、頷く。

「いつかあのハッサムを超えられるくらい、僕たちも強くならなきゃね。戻って、休んでてね」

ルカリオをボールに戻し、立ち上がると、エリーゼが近づいてきていた。

「さすが、エリーゼさんのエースポケモンですね。いい経験になりました、ありがとうございました」

「……ど、どういたしまして。ヒザカリ大会では負けましたけれど、何回も負けてあげるほど優しくはなくてよ?」

ハルの言葉にエリーゼは少し顔を赤らめるが、すぐにいつもの調子を取り戻す。

「そういえばエリーゼさん、カロス地方を旅してたんですか?」

「そうよ。カロス地方で始めてポケモントレーナーになって、バッジを八個集めて、ポケモンリーグにも参加したわ。ベスト8まで進んだかしら」

「ええっ!? もしかして初出場でベスト8!?」

サヤナが驚きの声を張り上げる。

「そうよ。ルーキー唯一の本戦進出だったから、少しは話題になったかしら。ハッサムと私の髪が赤いから、《紅の弾丸(クリムゾンバレッジ)》なんて呼び名も付けられたし」

得意げにエリーゼは笑うと、

「このハッサムは私の最初のポケモンなの。ハダレタウンの大会でスグリには話したけれど、マデルではこっちで捕まえた五匹で旅をしていますのよ。ハッサムは五匹のコーチ役で、ジム戦や大会では使わないようにしていますの」

たしかに、小規模の大会でこの実力のポケモンを使えば、なんの苦もなく優勝してしまうだろう。

「けれど、ルカリオもなかなかの腕前でしたわよ? 本当は剣の舞を使わずに勝つつもりでしたけれど、ハルのルカリオ、メガシンカがなくても充分戦えるようですわね。特にあの断たれたボーンラッシュを即座に波動弾に変える動き、あれはお見事でしたわ」

「ありがとうございます。あれ実は、サヤナとの特訓で身につけたんですよ」

今までは、体から離れた波導をルカリオは上手く扱えなかった。

ワダンに勝つためのサヤナとの特訓で、体からある程度離して波導を扱うことができるようになったのだ。そのうちの一つとして、ジム戦でも複数の波導の槍を放つボーンラッシュを成功させている。

「さて、今日はこんなところかしら。ハル、明日はワダンさんとの特訓があるのでしょう? 遅れてはダメよ」

「ええ、頑張ってきます。エリーゼさんとサヤナは、サーカス楽しんできてくださいね。土産話楽しみにしてますよ」

「もちろん! にひひー、写真撮影オッケーだったらいっぱい撮ってきてあげるよー! ハルも頑張ってね、どんな特訓だったか後で聞かせてね!」

正直、二人がサーカスに行くとなるとハルも少しばかり寂しいが、後悔はしていない。

それに、ジムリーダーとの特訓などそうそうできるものではないのだ。ある意味では、サーカスよりもレアなイベントかもしれない。

(滅多とないジムリーダーとの特訓だ。あのワダンさんの特訓だけあってなかなかハードなものだろうけど、せっかくの機会だ。頑張るぞ!)

期待に胸を弾ませながら、ハルはポケモンセンターの宿舎へと戻る。

 

 

 

そして、ポケモンセンターの宿舎のまた別の一室。

「あぁぁぁ、よかったぁ……」

だらりと無造作にベッドへ横たわる少女、エリーゼ。普段の様子をよく知っている者がこの光景を見れば、愕然とするだろう。

「ハルも随分と強くなってるわねぇ……多分剣の舞を使わなくても勝ってるとは思ったけど、焦っちゃったわ……ねえハッサム、私が焦ってたのハルたちに伝わってないわよね……?」

本当に不安そうな表情を浮かべ、エリーゼは傍のハッサムに尋ねる。

やれやれといった様子で、ハッサムがエリーゼの言葉に頷く。

ポケモンバトルにおいて、トレーナーとポケモンの一体感は非常に重要になる。トレーナーとの気持ちにズレがあると、ポケモンもその全力を発揮できない。

しかしエリーゼのハッサムは違う。主であるエリーゼの焦りが見えても、常に冷静にいつも通りの力を発揮できるようになった。

明確な強みだが、これは実力の証・特訓の賜物というだけではなく、普段はクールに振舞っているが実は恥ずかしがり屋で照れ屋なエリーゼの性格にハッサムが慣れてしまったからでもあるのだが。

早い話が、エリーゼが焦るのなんていつも通りのことなのだ。

「ならいいんだけど……とりあえず、クールなお姉さんのイメージは崩れてなさそうだし。ていうか、人に感謝されるのって照れるわね……」

カロスを旅していた時とは違い、エリーゼはもうルーキーではない。

つまり、ハルやサヤナのような後輩トレーナーから尊敬の眼差しを向けられることに慣れていないのだ。

「まぁ、とりあえずちゃんと先輩トレーナーとしての実力を見せられてよかったわ。明日はサヤナと一緒にサーカスだし、ちゃんと見ててあげないとね。あの子すぐはしゃぎ出すから……」

ふぅ、とエリーゼは一息つき、

「それじゃ、そろそろ寝ましょうか」

頷くハッサムをボールに戻し、エリーゼは部屋の照明を落とす。

一日は終わり、そしてまた次の日がやって来る。



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第73話 新しいバトルスタイル

「それじゃ、頑張ってねー!」

「しっかり鍛えられてきなさいね」

「うん。それじゃ、二人も楽しんできて」

翌日。

サヤナとエリーゼと別れ、ハルはワダンに指定された街の端の洞穴とやって来た。

「よし、来たな。それでは少し早いが、始めようか」

「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

予定時刻より早く着いたのだが、既にワダンは洞穴の前で待っていた。

ワダンに連れられ、ハルは洞穴の中へと入っていく。

洞穴の壁には一定間隔でランタンのような照明が付けられているが、古いもののようで、切れかかっているものや既に消えてしまっているものもある。

少なくとも、天然の洞穴ではなさそうだ。

「ワダンさん、ここは……?」

「旧マデルトンネル、その跡地だ」

ハルの言葉にワダンは答え、

「この街には人工のトンネルがあってな。マデルトンネルと言って、カタカゲシティとノワキタウン、イザヨイシティを繋ぐトンネルだ。ここはその前身、カタカゲとヒザカリを繋ぐ予定だったトンネルだ」

「跡地……予定だった……? ってことは、繋いでないんですか?」

「ああ。開通作業の途中で、天然の洞窟と繋がってしまってな。工事を続けるかどうかで揉めたが、最終的には野生ポケモンの生態系を守るために俺が中止させた。繋げてしまえという声もあったがな。まぁつまり、ここはトンネルとしては使われていない、跡地というわけだ」

で、とワダンは続け、

「もう少し進むと開けた空間がある。そこを俺たちカタカゲジムのメンバーは訓練所として使っているのだ。今はそこに向かっている」

そこから少し進むと、ワダンの言った通り開けた場所に辿り着いた。

この広間だけは照明も明るく、特訓にも支障はなさそうだ。

「さあ、それでは始めるか」

「よろしくお願いします!」

ワダンの言葉に続いて、ハルが頭を下げる。

「さて、ではお前が来るに当たって、どんな特訓にしようかと考えていたのだが」

モンスターボールを取り出し、ワダンが口を開く。

「一般トレーナーと一対一で特訓を行うなど、俺としても滅多にあることではないからな。特別にメニューを組ませてもらった。地面タイプのエキスパートとして、お前に足りない知識、身につけておくといい技術を叩き込んでやろう」

ワダンはそこで一拍置き、

「まず。お前がこの特訓で使うポケモンは、ワルビルだけだ」

「えっ? ワルビル一匹ですか?」

「そうだ。さっきも言ったが、俺は地面タイプのエキスパートだ。マデル地方の中で、地面タイプについては誰よりも詳しい自信がある。そんな俺と特訓をするのだから、ワルビルを重点的に鍛えるのが合理的だとは思わないか?」

「……なるほど。たしかに、そう言われればそうですね」

ちょうどワルビルも先のジム戦で活躍できずに悔しがっていたところだ。ジムリーダーに直々に鍛えてもらえれば、いい経験になるだろう。

「それじゃワルビル、出てきて」

モンスターボールを取り出し、中からはワルビルが現れる。

「ワルビル。今日一日、君がワダンさんと一緒に特訓することになったんだ。地面タイプ使いのワダンさんとの特訓だから、きっと強くなれるよ。頑張ろうね」

ハルの言葉を聞いてワルビルはワダンの方を向き、敬礼のポーズを取る。

「ほう、やる気は充分のようだな。では、出てこい、サンドパン、サナギラス!」

ワダンの手にした二つのボールから出てくるのは、サンドパンとサナギラス。

なのだが、

「あれ? そのサンドパン、ジム戦のとは別個体ですか?」

サナギラスは同じ個体だが、このサンドパンはジムで見た個体より、少しだけだが大きい気がする。爪にはスポンジのようなパッドを取り付けられている。

「そうだ。ジム戦で使ったあのサンドパンの兄に当たるポケモンで、ジムバッジを七個以上持っているトレーナーに対して使う個体だ。こいつは砂かきの特性が発動して高速で動けるようになっても、軌道を変えて動くことができる」

「その爪につけているスポンジのようなものは?」

「これから行う特訓のためのものだ。こいつの爪は鋭いから、ワルビルに余計なダメージを与えないようにな」

さて、とワダンは続け、

「ジム戦をしていて、気づいたことがある。お前の手持ちポケモンは全員、自分から積極的に攻撃を仕掛けにいく戦法のようだな」

「……ええ、そうですね」

「ルカリオ、ファイアロー、エーフィの三匹は素早さが自慢のポケモンだから、そのままの戦法を極めていけば順当に強くなれるだろう。だが、ワルビルは別だ。決して遅いポケモンではないが、ワルビルというポケモンは進化してもそこまで素早くはならない」

「えっ、そうなんですか?」

「ああ。ワルビルは進化すると、ワルビアルというポケモンになる。攻撃力がさらに強化されるが、どちらかといえば中速のポケモンだ」

その代わりに、とワダンは続け、

「細身のワルビルと比べて頑強な体つきとなり、耐久力も大きく上昇する。お前のワルビルの特性は威嚇だから、物理攻撃を仕掛けてくる相手に対して強く出ていけるようになる。つまり、今のうちに新たな戦法を身につけておいた方がいい」

「新たな戦法……ですか」

正直なところ、ハルはそこまで戦法を深く考えたことはなかった。

相手の攻撃を躱したり捌いたりしながら、機動力で積極的に攻める。最も基本的となるその戦い方がたまたま手持ちのメンバーに合っていたので、今までそれで戦い続けてきただけだ。

「そうだ。スピードを武器に戦うポケモンは、自分より機動力の高い相手が極端に苦手だ。例えば、先日のジム戦。お前は俺のサンドパンがまっすぐにしか移動できないという弱点を突いたが、もし高速で自由自在に動けたとしたら? サンドパンより遅いポケモンしか連れていないお前は勝てていたか? ポケモンリーグまで行けば、それくらいの相手はわんさか出て来るぞ」

ハルは考える。

勝てなかった、とまでは言い切れないが、恐らくかなり苦しい戦いになっていただろう。ルカリオの波動弾を主体に攻めることになっただろうし、そこでルカリオが消耗していた場合、バクーダに負けていた可能性も決して小さくはない。

「そういう時に、耐えて戦う戦法が使えるポケモンがいると話は違ってくる。例えるならば俺のバクーダだな。相手の攻撃を耐え切り、即座に相手より重い一撃を放つ、受けのバトルスタイル。頑丈なポケモンは一発もらう覚悟でいれば、相手に大ダメージを与えることができる。ワルビルならそれができる、というか、俺はお前のワルビルならその方が戦いやすいと思っている。お前たちが望むのであれば、今日一日という短い時間ではあるが、新たなバトルスタイルをお前たちに叩き込んでやろう。どうする?」

ワダンに訊かれ、ハルはワルビルと顔を見合わせる。

ワルビルはニヤッと笑って、頷いた。

「はい! ぜひ、お願いします!」

ハルに続いてワルビルも威勢良く吼えると、それを見てワダンは小さく口元を緩め、

「よし、いいだろう。こういうのは実践練習が一番だ、早速始めるとしよう。サナギラス、砂嵐!」

サナギラスがその場で高速回転して風を起こし、砂を風に乗せて広間全体に砂嵐を巻き起こす。

「これからサンドパンが高速でこの周りを動き回りつつ、不定期にワルビルへ攻撃を仕掛ける。最初は回避でもいいが、慣れてきたら攻撃を受け止める、もしくは受け流すのだ。やってみるぞ。サンドパン、まずは1.5倍速だ!」

サンドパンが地を蹴り、駆け出す。

1.5倍速とはいえジム戦のサンドパンと同等の速度で動いて来るので、目で追うのは困難だ。しかもこのサンドパンは直線に動くだけではなく時折急カーブも交えるため、なおさらだ。

そうこうしているうちに、サンドパンが高速で襲い掛かり、防護パッドをはめた爪でワルビルを突き飛ばす。

「っ、ワルビル!」

ワルビルが体勢を立て直した頃には、サンドパンは既に再び周囲を駆け回っている。

鋭い爪には防護パッドをはめているため刺されたり切り裂かれることはないが、それでも受ける衝撃は大きい。

ワルビルがサンドパンを見失ったところへ、再びサンドパンが爪を突き立てる。

「目で追おうとするなよ。目で追ってしまうと見失った瞬間のリカバリーが効かない。ハル、ワルビルは砂の中で暮らすポケモンだろう。周囲を探る力は鍛えられているはずだ」

「なるほど……そうか。ワルビル! 地中にいる時の感覚で、周りの様子を探るんだ。だいたいでいいから、攻撃の来る方向をある程度予測して!」

ハルの言葉を聞き、必死にサンドパンを探していたワルビルは動きを止めてその場で周囲を警戒する。

風を切る音、砂嵐の乱れなど、僅かな要素からサンドパンの動きを追う。

「サンドパン、行け!」

直後、斜め後ろからサンドパンが襲い掛かる。

やはり攻撃を受けてしまうワルビルだが、今度は少し遅かったもののサンドパンの襲撃に気づき、回避しようとしていた。

「そうだ! その感覚だ。そして気づいただろう? 俺は先ほど最初は回避でもいいと言ったが、自分より相当速いポケモンが相手では回避は間に合わない。腹部のような弱点を避け、腕や肩などで相手を受け流すか受け止める。まずは受け流してダメージを軽減するところからやってみろ」

「はい! ワルビル、もう一度だよ。今度は受け流すことを意識してみて」

高速で周囲を駆け回るサンドパンに対し、再びワルビルはその場でサンドパンの場所を探る。

「行け!」

左からサンドパンが爪を構えて襲い掛かる。

ワルビルは咄嗟に腕を振るって爪を弾こうとしたが、先にサンドパンの刺突がワルビルを捉えた。

「っ、やっぱり速いな……!」

飛び抜けたサンドパンのスピードに歯噛みするハルとワルビル。

しかし、

「いや、なかなかいい調子だぞ」

対照的に、ワダンの表情は明るい。

「えっ?」

「気付かないか? 動きには追いつけていないとはいえ、ワルビルはこの短時間でサンドパンの襲撃位置をかなり正確に見定められるようになっている。ワルビル、お前なかなか筋がいいじゃないか」

ワルビル自身も自覚できていなかったようで、きょとんとした表情を浮かべる。

「攻撃に間に合っていないことを気にしているのなら、その心配は不要だ。今までとは違うバトルスタイルを覚えようとしているのだから、最初から上手くいかないのは当然だ。一朝一夕で身につくものでもない。だから今日はまずコツを掴め。最低限の必要なものを今日のうちに身につけて、あとは実戦の中で学んでいけ」

さて、とワダンは続け、

「それでは、もう一度行くぞ。サンドパン!」

「はい! ワルビル、構えて!」

洞穴の中、ハルとワルビルの特訓はまだまだ続く。



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第74話 開幕! ハーメルン・サーカス!

サヤナとエリーゼがテントの前に着いた頃には、既に行列ができていた。

「うわぁ、まだ受付時間前なのに……」

「そういう私たちだって受付時間前に来ているのよ。考えることはみんな同じ。それだけ人気のあるサーカス団ってことですわ」

チケットを取り出し、サヤナとエリーゼも列に並ぶ。

次第に列は伸びていき、気づけば行列は二人の遥か後ろまで伸びていた。

やがて受付が始まったのか、列がゆっくりと動き出す。

「サヤナ、ちょっといいかしら。大事なことを言い忘れてたわ」

「ん? なぁに?」

振り向くサヤナに、エリーゼはチケットを見せる。

「受付が終わって、テントの中に入ると、そこからはこの列は意味をなさなくなるの」

「どういうこと?」

「テントの中に入った瞬間から、戦争が始まりますわよ。席取りの戦争が。チケットを見て、席の指定がないでしょう?」

「えっ? うわっ、本当だ」

チケットを見直す。たしかに席の指定はされていなかった。

マナーの悪い客がいると席を巡って乱闘が起きそうな気もするが、そこは名門サーカス団。心配は無用だ。

「取り締まりがしっかりしているから、希望の席に座れないからって暴れる人は即座に取り押さえられて追い出されてしまうの。つまり私たちも乗り遅れるわけには行きませんわ。急いで最前席を確保しますわよ」

「分かった。一番前まで直行すればいいんだね」

二人が話している間にも、列はどんどん進んでいく。

「ご来場、ありがとうございます! 楽しんでいってくださいね!」

女性団員のチケットのもぎりを終えパンフレットを受け取れば、いよいよテントの中、戦場だ。

周りの客の歩くスピードが、劇的に上昇する。

「さあ、行くわよ!」

「うん!」

エリーゼとサヤナも乗り遅れまいと足を速め、人混みの中を突き進む。

「会場はここですわね! サヤナ!」

「エリーゼさん! もう一番前の席はほとんど埋まってる!」

「くっ……ならば、なるべくステージ正面を確保! 急いで!」

「あっ! あそこ、空いてる!」

席取り戦争の中を駆け抜け、サヤナとエリーゼは狙いを定めた席へと突き進んでいく。

「やった! ここなら、充分いい位置で見れるんじゃないかな!」

「本当は一番前がよかったんですけれどね……とはいえ、この位置なら上々ですわ」

二人が勝ち取ったのは見事、ステージの正面に向かう席。

列も最前列からそんなに遠くはなく、公演を存分に楽しめる位置だ。

周りの席もみるみるうちに埋まっていく。客の顔も老若男女さまざまだ。

「へー、ポケモンと団員さんが一緒に芸をするんだね」

「そうよ。ハーメルン・サーカスの団員やポケモンたちは、そんじょそこらのサーカス団とは一味違う。人とポケモンが一体となって、見事なショーを見せてくれますの」

貰ったパンフレットを読みながらサヤナとエリーゼが話していると、唐突に会場の照明が消えた。

「わわっ!?」

「さあ、いよいよですわね」

騒めいていた会場が次第に静かになっていく。

静寂に包まれた、まさにその瞬間を見届けるように、スポットライトの光が一斉にステージに向けられる。

次の瞬間。

ステージを中心として風が吹き荒れ、七色の煙が吹き上がり、ステージ中央に虹色の竜巻が巻き起こる。

そして。

 

「Ladies and gentlemen, boys and girls! ようこそ、ハーメルン・サーカスへ!」

 

七色の竜巻が一瞬にして薙ぎ払われると、その真ん中には燕尾服にシルクハットの男が杖を携えて立っていた。

黒い長髪をたなびかせ、会場へ向けて一礼する。

「本日は私たちハーメルン・サーカスの公演にご来場いただき、誠にありがとうございます! 私は団長のメルヘル! 華麗かつ雄大なる我らが笛の導き、とくとご覧あれ! それでは、Are you ready?」

「「「Yeaaaaaaaaaaah!!」」」

団長メルヘルの掛け声に合わせて、観客の歓声が轟く。

それを見て満面の笑みを浮かべ、メルヘルが杖を大きく掲げる。

「それではご覧いただきましょう! まずは天翔ける三色の曲芸! 最初は刺激的ですが、すぐに楽しくなってきますよ!」

メルヘルの声を合図に、スポットライトの駆け巡る空中に浮かぶ足場を、色鮮やかな衣装に身を包んだ団員たちが自由自在に飛び回る。

空中ブランコをさらにド派手にしたようなパフォーマンスに、驚きの混じった声援が飛ぶが、

「皆様、驚くのはまだ早い! ここからが見所ですよ! Stage on! ポリゴンZ!」

メルヘルの掲げたモンスターボールから、首の外れた赤と青の鳥の人形のような奇天烈なポケモンが飛び出す。

そのポケモンが何かを唱えると宙に浮かぶ足場が消えてしまい、代わりに無数の赤・青・黄のリングが浮上する。

しかし団員たちは消えた足場など気にもしない、どころかより美しくかつ滑らかにそのリングの中を潜り抜けていく。

「すごーい! あれどうやってるのかなー!?」

「足場を消したのはあのポリゴンZのテクスチャーですわね。宙に浮かぶリングはトライアタックの応用……開幕からいきなりお見事ですわ」

そしてフィニッシュ、曲芸師たちは一斉に着地し、それと同時に宙に浮かぶリングが炸裂、三色の光の粒が降り注ぐ。

観客席は、拍手喝采に包まれた。

「皆様、ありがとうございます! ありがとうございます! それでは、お次は……」

深々と頭を下げ、メルヘルは一拍起き、

「ハーメルン・サーカスきってのあの人気者が登場です! 彼に舞台を盛り上げてもらいましょう! 出番ですよ、ヘンゼル君!」

メルヘルがその名を呼ぶと、先ほどとはうって変わった軽快かつどこか間の抜けた曲が流れ始める。

そしてステージの奥側に構えていた扉が開き、その中から奇抜な姿の人間が現れる。

青い髪の毛先をカールさせ、ぶかぶかの青い衣装に身を包んだピエロだ。衣装には白いトランプのスートが所々に散りばめられ、目の下には紫色で星や雫の模様がペイントされている。

ヘンゼルと呼ばれたピエロは大きくカラフルなボールに乗りつつ、銀色のナイフを華麗にジャグリングしながら愉快な音楽と共にやってきた。

そして中央でナイフを天高く投げ、自身も玉の上でジャンプして一回転し、綺麗に着地、一礼する。

再び拍手が巻き起こるが、その直後、投げたナイフが落ちてきて次々とピエロの乗る玉に突き刺さり、パァン! と甲高い音を立てて玉が破裂、ピエロは素っ頓狂な声を上げて床に落ちてしまう。

今度は会場全体が笑い声に包まれた。

「痛ててて……やってしもうたわ。せっかく団長はんが盛り上げてくれとったんに、えろうすんまへんなぁ。せや、そしたら仕切り直して、こんなんはどないやろか?」

お尻をさすりながら起き上がった青いピエロは、どこからか黄色いバルーンを取り出して息を吹き込み、手慣れた様子で形を変え、ピカチュウの形をしたバルーンアートを三つ作り上げる。

「ほな、欲しい人! 先着順やで!」

ピエロが呼びかけると、会場の子供達が続々と手を挙げる。

「おっ! そことそこ、それからそこ! 早かった! そしたら、ほいっと!」

適当に狙いを見定めてピエロは観客席にピカチュウのバルーンを放り投げ、少年少女たちがそれを受け取ったのを確認すると、今度は赤・青・緑のバルーンを取り出す。

またも手馴れた動作でピエロは瞬く間にバルーンの形を組み替え、それぞれキモリ・アチャモ・ミズゴロウのバルーンアートを作ると、

「よっ! ほいっ、そりゃ!」

再び、その三つのバルーンを観客席に向けて適当に放り投げる。

すると、キモリとアチャモは無事に受け取られたが、青年客が受け取ったミズゴロウのバルーンがパァン! と音を立てて破裂。中から水が飛び出し、その青年はずぶ濡れになってしまった。

「あらら? 言うとらんかった? そのミズゴロウのバルーンだけ、水風船なんですわ。あれ、言い忘れとったかな? こりゃ失敬、はっはっは」

陽気にピエロは笑うと、再びステージへ向き直る。

「さてさて、私の余興は一旦ここまで。また後ですげーの持ってくるさかい、期待しとってや! ほな、次は私のかわええ妹、グレーテルの曲芸を見たってな!」

ピエロがそう叫び、ステージから飛び降りる。

続いて現れたのは、青い綺麗な蝶の羽を模したようなゴシックな衣装を身に纏った赤い髪の女性団員、グレーテル。その後ろには五匹のオスのカエンジシを引き連れている。

「おいでなさい、オーロット!」

女性がモンスターボールを取り出し、樹木に幽霊が乗り移ったような姿のポケモン、オーロットを繰り出す。

そして次の瞬間、女性を取り囲んだカエンジシたちが一斉に女性とオーロットへ飛びかかる。

「オーロット、鬼火よ!」

観客から悲鳴が響くが、それを気にせず、オーロットは青い炎を生み出し、頭上に無数の炎の輪を作り上げる。

するとカエンジシたちは炎の輪に吸い込まれるように跳躍し、輪を潜り抜けていく。

流れるようなカエンジシたちの演舞を前に、観客の悲鳴は歓声に移り変わっていく。

「さあオーロット、もう一度鬼火! カエンジシたち、火炎放射よ!」

オーロットが火の輪を宙に浮かばせて操り、五匹のカエンジシは火の輪目掛けて炎を放つ。

カエンジシたちの放った灼熱の業火は火の輪を潜り、さらにオーロットが火の輪を操り、見事な炎のオブジェを作り上げた。

「わー! すごーい!」

サヤナも大はしゃぎ、エリーゼは早くも既に感動で言葉を失っているのか言葉を発していない。

観客の歓声に応えて女性は一礼し、

「さあ、まだまだ行くわよ! 続いては――」

 

 

 

「……よし! それだ!」

サンドパンの強襲に対し、遂にワルビルは何とか腕を振り抜き、爪の一撃を弾くことに成功した。

「おおっ! すごいワルビル! サンドパンの攻撃を止めた!」

偶然かもしれないが、それでも成長の証だ。

サンドパンが全速力ではないとはいえ、ワルビルはこの短時間で、みるみるうちにサンドパンの攻撃に対応できるようになってきている。このバトルスタイルの方がワルビルに合っているというワダンの見立ては、どうやら間違ってはいなさそうだ。

「今のはいい反応速度だったぞ。今の感覚を忘れるなよ」

二人でワルビルを褒め、ワダンは腕につけた時計を確認する。

「だが、そろそろいい時間だな。休憩にするか。ハル、その手荷物を見る限り、昼飯を持ってきていないだろう」

「あ、はい……」

途中で休憩があるだろうし、その間に何か買おうとしていたため、ハルは特に何も持ってきていなかったのだが、

「ならばちょうどいい。弁当を一つ、お前にやろう」

「えっ、いいんですか?」

「嫁が二人分弁当を作ってきてくれたからな。ついでにお前のポケモンの分も用意してある。遠慮はいらん」

「はい、ありがとうございます!」

ワダンから弁当を受け取り、ハルはワダンの横に座って、二人は昼食を取る。

口に入れると、手作りの温かさが口の中に染み渡る。

「……おいしい! ワダンさんの奥さん、料理お上手ですね!」

「まあな、自慢の嫁だ」

二人の手持ちのポケモンたちも、美味しそうにご飯を食べている。

「ゆっくり食べればいい。食べ終わって少し休んだら、また始めるぞ」



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第75話 演目:再誕の儀式

「――さあ皆様。お次に披露いたしますのは、お手元のパンフレットにも載せていない、今回の公演限定の秘密のショーでございます」

大盛り上がりの舞台の最中。

メルヘル団長がステージに上がり、そう告げると、ステージを照らす明るいライトが妖しく薄暗い紫色へと変化する。

「さて、我々ハーメルン・サーカスを昔から応援してくださっている心優しきファンの方々はご存知でしょう。グリムという人の名を。この私、メルヘルは当サーカス二代目の団長。初代団長、グリムさんは、それはそれは偉大なお方でした。ハーメルン・サーカスを作り上げ、ここまで大きなサーカス団に発展させたのは、偏にグリム団長のお力があってこそ、そう言い切っても過言ではありません」

マイクを持ち、まるで演説でもするかのように、メルヘルは語る。

会場がにわかにざわつき始める。この後に一体何が起こるのか、誰にも想像がつかない。

そんな観客席を見据えて、メルヘルは怪しげな雰囲気の混ざった笑みを浮かべて、次の言葉を放つ。

 

「これより、初代団長――グリムの、再誕の儀式を行いましょう!」

 

観客席がどよめく。

「ヘンゼル君! 例のものを!」

それもそのはず。初代団長であるグリムは、既にこの世を去ってしまった故人であるはずなのだ。ハーメルン・サーカスのファンならば、誰もが知っていることだ。

もちろん、サヤナとエリーゼも例外ではない。

「どういうこと……? グリムさんって、確かもう死んじゃってる人なんだよね……?」

「ええ。何かしらのトリックでそれっぽく見せるだけなんでしょうけど……それにしてもこの空気感、なんだか嫌な予感がするのよね……」

名状し難い何か不気味な雰囲気に会場全体が包まれていく中、青いピエロが紫の宝石の結晶のようなものをステージ上へと持ってくる。

「皆様、この大きな結晶が見えますでしょうか。グリム団長は自らの死の間際、この結晶の中へと自らの魂を封印したのです。自分がいなくなってもサーカス団は無事にやっていけるのか、不安を抱えていらっしゃった。死ぬに死に切れなかったのでしょう。ですが」

そこでグリムは一拍起き、

「本日の公演には、それはそれは多くのお客様が来てくださった。この素晴らしい光景を、グリムさんにも是非見ていただきたいのです。グリムさんがこの場に留まれる時間はそう長くはないでしょうが、それでも! 大盛況のサーカスを見ていただくため、この場で、グリム団長を再誕させていただくのです!」

ざわついていた会場が、次第に静寂の波に飲まれていく。

「この結晶からグリム団長を再誕させるためには、猛々しい炎の力が必要となります。我らの熱い想いを炎へと変え、この結晶へと注ぐのです! それでは、グレーテル君!」

メルヘルの呼び声を受けて、今度は無数のカエンジシを引き連れた女性団員が現れる。

女性の指示を受けて、カエンジシたちはその結晶へと一斉に炎を吹き出す。

強烈な炎を何重にも浴びて、次第に結晶の形が歪む。

その末に。

遂に炎に耐え切れず、結晶が砕け散った。

ガラスを砕いたような音が響き渡る。固唾を飲んで見守る観客たち。

そして。

 

「――誰か、儂の名を呼んだか……?」

 

炎が消えると、そこには先ほどまではいなかった老人が立っていた。

そこまで背は高くないが、お洒落に着飾っており、その顔には柔和な笑みが浮かんでいる。

次の瞬間。

会場から、爆発音が如き大歓声が沸いた。

「えっ? えっ!?」

初めてサーカスを見るサヤナには何が何だか分からない様子だが、

「……そんな、まさか」

その隣では、恐る恐るエリーゼが口を開く。

「ど、どういうこと?」

「……信じられないけれど。ステージに立っているあの老人こそ、グリム団長なのよ」

「うそっ……えっ、本当に?」

「ええ……どういう原理でこのショーが成り立っているのか、全く分からないけれど……だけど、あそこまで滑らかな動きが出来る作り物なんて見たことない。立体映像でもなさそうだし、声もそっくりだし、誰かの変装とも……」

原理は全く不明だが、故人であるはずの人間が本当に現れてしまった。

言いようのない疑惑はあれど、古くからのファンともなれば感激しないわけがない。

「……おや、メルヘル。久しぶりじゃのう。この光景を見るに、今はサーカスショーの真っ最中かの?」

そんな観客席の様子はよそに、グリムはきょとんとした様子で尋ねる。

「はい、グリムさん! あなたがいなくなった後でも、これだけ多くの人たちが、サーカスを見に来てくださったのです!」

メルヘルが答えると、グリムはにこりと笑い、

「ほう、それはよいことじゃ。では、元団長として、私も一つ、サーカスに参加させてもらおうかのう」

グリムの言葉に、大盛り上がりの会場はさらに湧き上がる。

そして、そんな会場の様子を見てグリムは微笑みながら、二つのボールを取り出す。

その瞬間。エリーゼがサヤナの腕を掴んだ。

グリム団長の言葉が、響く。

 

「この僕が見せるのは、永遠なる幻影と奈落のショー! 出でよ――」

 

 

 

「さて、そろそろ再開するか」

「はい! ワルビル、いける?」

食事休憩を終え、再び立ち上がるワダンとハル。

ワルビルも短く声を上げて頷き、ハルに続いて立つ。

と、そこへ唐突にアルス・フォンの着信音が響く。音を鳴らしているのはハルの端末のようだ。

「出ていいぞ」

「すいません、ありがとうございます。誰からだろう……ん、サヤナ?」

こんなトンネルの中でも電波が届くことに少し感心しつつ、ハルは画面を操作して通話を繋げる。

「もしもし、サヤナ? どうしたの? サーカスは――」

何気なくそう尋ねるハルだが、

『ハル! 大変なの! ワダンさんと一緒に、すぐに戻ってきて!』

ハルの言葉は遮られた。

明らかにサヤナの様子がおかしい。少なくとも、サーカスが終わったという報告ではなさそうだ。

「えっ!? どうしたの、何かあった?」

『緊急事態なの! いや緊急事態なんてレベルじゃないの! とにかく、今すぐに戻ってきて! あのサーカス団は――』

サヤナがそこまで言ったところで、通話の向こうから爆発のような音が聞こえた。

「ちょっ……サヤナ!?」

『っ、ごめんハル、時間がない! とにかくお願い!』

それだけ告げられ、通話は切れてしまう。

何が何だか分からず焦るハルだが、

「落ち着け、ちゃんと聞こえていたぞ。どうやら、街で何かが起こっているようだな」

その様子を見ていたワダンの冷静な言葉で、何とか落ち着きを取り戻す。

「すぐに戻ってきてほしいって言ってました。サーカスが何かって、伝えようとしてたように聞こえましたけど……」

ハルの言葉を聞いてワダンもアルス・フォンを取り出し、画面を操作するが、やがて首を横に振る。

「そのようだな。俺も今サーカスを見に行ったジムトレーナーに連絡しようとしたが、全く繋がる様子がない。さてはあのサーカス団、何かしでかしたな」

と、なれば。

「ハル、特訓は中止だ。今すぐにカタカゲシティに戻るぞ」

「了解です! 急ぎましょう、あまり時間がなさそうです」

それぞれのポケモンをボールへ戻し、ハルとワダンは薄暗いトンネルを走り出す。

 

 

 

何が起こったかが分からなかった。

エリーゼに突然腕を掴まれて引っ張られ、とにかく走り、テントの外に飛び出した次の瞬間、そのテントが膨張して風船のように膨らみ、中にいる人間を閉じ込めてしまう。

さらに地響きと共にテントの下から荷車が現れ、テントを乗せてゆっくりと街から出ようとしている。

「えっ……な、何!? 何なのこれ!?」

「……こいつらはサーカス団なんかじゃない。ハーメルン・サーカスを騙った、人攫いの集団! サヤナ、ハルに連絡を! 急いで! 私はこいつらを止める!」

「人攫い!? わ、分かった!」

慌ててサヤナはアルス・フォンを取り出し、ハルへと通話を掛ける。

『もしもし、サヤナ? どうしたの?』

幸い、ハルはすぐに通話に出てくれた。

まだ喋っている途中のハルに構わず、サヤナは叫ぶ。

「ハル! 大変なの! ワダンさんと一緒に、すぐに戻ってきて!」

『えっ!? どうしたの、何かあった?』

サヤナの異変に気付いたようで、ハルの口調が変わる。

「緊急事態なの! いや緊急事態なんてレベルじゃないの! とにかく、今すぐに戻ってきて! あのサーカス団は」

人攫いの集団なの、と続けようとしたサヤナ。

しかし、突如爆発音が響き、サヤナとエリーゼからテントを遮るように二人の人影が現れる。

「くっ……サヤナ! こっちに!」

「う、うん! っ、ごめんハル、時間がない! とにかくお願い!」

最低限のことは伝えられた。通話を切り、サヤナは急いでエリーゼの隣へ走る。

現れたのは一組の男女だった。青いピエロ姿の男と、蝶を模したようなゴシックな衣装の赤髪の女。名前は、ヘンゼルとグレーテルだったか。

敵意がだだ漏れ、明らかに戦う気だ。テントから逃れたサヤナとエリーゼの足止め、もしくは口封じのために出てきたのだろう。

「さてさて……お姉はん、よう気付きよったなぁ。私らがただのサーカス団やあらへんことに」

青いピエロ、ヘンゼルが柔和な、それでいてどこか不気味な笑みを浮かべる。

「というか、どうしてメインターゲットがサーカスに来ていないのよ。兄さん、もしかしてチケットを渡す相手を間違えたんじゃないでしょうね」

ヘンゼルとは対照的に苛立ちを募らせた様子で、女性団員グレーテルはヘンゼルへと言葉をぶつける。

「まさか。私がそないなミスするアホなわけあらへんがな。ちゃーんと上から指示された通りの相手に渡したで」

「そうよね……あっ! まさかあのクソ団長、あの時!」

「こーら。口が悪なっとるで、グレーテル」

何か心当たりを思い出したのか急にキレ始めたグレーテルを、ヘンゼルが諌める。

「はぁ……何事も予定通りにはいかないわね。クソが、面倒くさいったらありゃしない」

「ま、そう言うなや。こうなったもんは仕方あらへん。さて、すんまへんけど」

そこまで言って、兄妹はエリーゼとサヤナに向き直る。

「何でお姉はんが私らの正体に気付いたんかは分からへん。せやけど、流石に私らとしても目撃者のお姉はんらを見逃すわけにはいかへんのや。分かるな?」

「だからしばらく、もしくは永遠に。大人しくしててもらうから」

怪しい笑みを浮かべるヘンゼルと、不機嫌そうなグレーテルが、ボールを取り出す。

「お断りですわ。さっさとあなたたちを倒して、テントに閉じ込められた人たちを助けなければなりませんので」

「そうだよ! そこを通してもらうんだからね!」

観客を閉じ込めたテントがゆっくりと去っていく中、ハーメルン・サーカスの二人組と、エリーゼ&サヤナのコンビが対峙する。



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第76話 演目:愉快な兄妹

「ほなパンプジン、いこか」

「ブチ引き裂け、オーロット!」

ヘンゼルが繰り出すのは、カボチャに似た胴体から細い体を生やしたようなポケモン。長い腕のような髪が生えている。

グレーテルのポケモンはサーカスでも使用していた樹木のようなポケモン。

 

『information

 パンプジン カボチャポケモン

 何種類かのサイズが存在することが

 確認されている。細かい差異はあるが

 現在は四種類に分類されている。』

 

『information

 オーロット 老木ポケモン

 根を通じて森の木々を操り森の

 ポケモンや植物の成長を促す。森を

 荒らす者に対しては容赦しない。』

 

パンプジンとオーロット、どちらも草・ゴーストタイプのポケモンだ。

「草タイプなら……ワカシャモ、頼んだよ!」

「悪人相手なら容赦はしませんわ。ハッサム!」

サヤナとエリーゼ、両者共にエースポケモンのワカシャモとハッサムを出す。

「ハッサム! バレットパンチ!」

真っ先にハッサムが動く。

翅を羽ばたかせて僅かに滞空、直後猛スピードで一瞬のうちにパンプジンとの距離を詰め、弾幕が如き連続パンチを放つ。

「ワカシャモ、オーロットに火炎放射! 牽制して!」

それを援護する形で、ワカシャモも灼熱の炎を放つ。

「来るわよ、迎え撃ちなさい! シャドークロー!」

ハッサムを止めようとしていたオーロットだが、慌てて両腕に影を纏わせ、ワカシャモの炎を真正面から受け止める。

「シザークロス!」

怒涛の拳で体勢を崩したところへ、ハッサムは赤いオーラを纏った両腕を振るい、パンプジンを切り裂く。

だが。

「させへん。パンプジン、ギガドレイン」

するり、とパンプジンの腕のような髪が伸び、ハッサムの両腕を掴む。

ハッサムの攻撃が食い止められてしまい、さらにパンプジンの髪が淡く発光、ハッサムへと光を侵食させ、少しずつ体力を吸い取っていく。

「それなら吹き飛ばしなさい! “射”!」

体力を吸われるといえど、草技はハッサムにほとんどど効かない。ハッサムの鋏を纏う刃のオーラが放出され、パンプジンを吹き飛ばす。

しかし、

「ふふふ、それじゃあかんのよね」

吹き飛ばされたパンプジンは即座に起き上がり、何食わぬ顔でヘンゼルの元へと戻ってくる。

「私のパンプジンは特大サイズやさかい、物理攻撃は効かへんなぁ」

図鑑説明にもある通り、パンプジンというポケモンは四種類のサイズがあり、それぞれ優れた能力が異なる。

その中でもヘンゼルの持つ個体は特大サイズ。四種類の中で動きは一番鈍いものの、耐久に、特に物理耐久に最も優れたサイズだ。

「さ、グレーテル、見せたり」

「任せなさい! オーロット、ハッサムへ鬼火よ!」

オーロットが前進し、両手を掲げて火の玉を作り出す。

次の瞬間、火の玉がリング状に変化、リングを掴んだオーロットが炎のチャクラムをハッサムへと投げつける。

「っ!? ハッサム、躱しなさい!」

弧を描いて左右から迫り来る炎のチャクラムに対し、ハッサムは一発目を屈み、二発目を跳躍して躱すが、

「まだ終わっとらんで? 火炎放射!」

刹那、パンプジンの胴体の口から炎が吹き出し、ハッサムへと襲い掛かる。

「炎技っ!?」

「ワカシャモ! 炎を受け止めて!」

炎がハッサムを飲み込む直前、ワカシャモがその間に割り込み、火炎放射を食い止めた。

しかし、

「隙だらけ! オーロット、岩雪崩!」

根っこのような足を地面に食い込ませ、オーロットが無数の岩を浮かび上がらせる。

効果今ひとつとはいえ炎を受けて動きを止めたワカシャモは、次々と岩の殴打を浴びてしまう。

「ワカシャモ! 大丈夫!?」

「好き勝手させませんわ! ハッサム、剣の舞!」

体勢を立て直すワカシャモの傍ら、ハッサムが力を体内に溜め込む。

ハッサムの周囲に一瞬だけ青い剣の形をした光が浮かび上がると、その光はオーラとなってハッサムの身を纏う。

「ハッサム! シザークロス・“斬”!」

「ワカシャモ、ハッサムを援護して! ニトロチャージ!」

ハッサムの右手が青い巨大な剣を模した光を纏う。

剣を携えてハッサムが飛び出し、それを援護する形でワカシャモも炎を纏って駆け出す。

「っ、やば……!」

「焦ることあらへん、防御は私に任せりゃええ。パンプジン、ギガドレイン」

「そうね……! オーロット、あんたも! シャドークロー!」

ハッサムの気迫にグレーテルが思わず怯むが、ヘンゼルは至って冷静。

パンプジンが淡く光る髪を、オーロットが黒い影を纏った腕を構え、ハッサムとワカシャモを迎え撃つ。

だが、

「うおおっ……!」

攻撃力が倍増したハッサムの一撃は凄まじい。

パンプジンがハッサムの鋏を掴むも、勢いを殺すことができずにそのまま押され、近くの木へと思い切り叩きつけられた。

「兄さん! ……チッ、ナメてんじゃないわよクソガキ! オーロット、投げ飛ばせ!」

対して、グレーテルのオーロットがすかさず反撃に出る。

シャドークローで炎を打ち消して逆にワカシャモを捕らえ、両腕で投げ飛ばして地面に叩きつけ、

「ハッサムを狙って! ニードルルート!」

すぐさま六本の根のような足を地面に差し込むと、ハッサムの足元から鋭い六本の木の根が飛び出し、ハッサムを突き刺す。

「ハッサム、構わないで! そのまま燕返し!」

見たところ草タイプの技、効果は今一つ。ハッサムは僅かに動きを止めるが、即座に剣を振るうように両腕を振り抜く。

しかし、

「上出来やでグレーテル。パンプジン、鬼火」

その僅かな隙をヘンゼルは見逃さなかった。パンプジンの胴体の口から、青い火の玉が放出される。

「あっ……まずっ……!」

直後に、パンプジンはハッサムの鋏に叩き飛ばされる。

しかし至近距離で放たれた火の玉を躱すことができず、ハッサムが鬼火を受けてしまう。

「しまった……ハッサム、一旦戻ってきなさい!」

鬼火を受けた、つまりハッサムは火傷の状態異常を受けてしまった。

「よーっしゃ! どうよ、鬼火を使えるのはオーロットだけじゃないのよ!」

「よしよし、これで剣の舞を使った分は帳消しやね。もう一回積ませる隙は与えへんからな」

火傷を負ったポケモンは、少しずつダメージを受けていき、さらに攻撃力が半減してしまう。

「エリーゼさん、大丈夫!?」

「心配しないで、サヤナ。攻撃力が元に戻っただけよ。私のハッサムはこの程度でやられたりしないわ」

それより、とエリーゼは続け、

「サヤナも気をつけなさい。こいつら戦闘慣れしてる、思っていたよりやるみたいだわ。油断せず落ち着いて戦うのよ」

そう告げ、二人は兄妹へと向き直る。

「さあ、続けるわよ! オーロット、ニードルルート!」

オーロットが足を地面に突き刺すと、ハッサムとワカシャモの足元からそれぞれ三本ずつの鋭い根が飛び出す。

「ワカシャモ、躱して!」

「ハッサム、燕返し!」

大きく跳躍してワカシャモは根を躱し、ハッサムはその場で回転して瞬時に根を切り刻み、

「火炎放射!」

「シザークロス・“射”!」

空中からワカシャモが灼熱の炎を、地上からハッサムが鋏の形をした青いエネルギー弾を発射する。

「私が防ぐ! オーロット、岩雪崩!」

オーロットがパンプジンの前に立つ。六本の足を地面に食い込ませて無数の岩を浮かび上げ、前方に岩の壁を作って攻撃を防ぐ。

ワカシャモの炎はなんとか防ぎ切ったが、さすがにその後のハッサムの攻撃には耐えられず、岩の壁が崩れ去り、

「ニトロチャージ!」

すぐ近くまで接近していたワカシャモが炎を纏った突撃を仕掛け、オーロットを突き飛ばした。

エリーゼもそれに続き、追撃の指示を、

「ハッサム、こちらも行きましょう! シザー――えっ?」

出そうとしたところで、不意にエリーゼの言葉が止まる。

なぜなら。

狙いを定めようとした、オーロットの後ろにいたはずのパンプジンがどこにもいないからだ。

 

「パンプジン、ゴーストダイブ」

 

刹那。

ヘンゼルが笑みを浮かべたと同時、ハッサムの背後、虚空から突如パンプジンが現れ、黒い影を纏った腕のような髪でハッサムを襲う。

「っ!? ハッサム!?」

完全に不意をついた、攻撃の予兆すら見えない奇襲。さすがのハッサムでも対応できずに殴り飛ばされてしまう。

「油断しよったな? ゴーストダイブは異次元に姿を隠し、少し間を置いてから攻撃する技。攻撃担当のはずやったオーロットが何の考えもなしに防御に出るわけあらへんがな。ま、私もさっき防御は任せろ言うたさかい、勘違いしとったんやろけど……防御しかできへんってわけやないで?」

柔和に見えるヘンゼルの笑みの中に、明確な悪意が混じったのをサヤナとエリーゼは感じ取った。

「あんたら、ぼちぼち強えし、特にハッサム相手じゃパンプジンもオーロットも実力は劣っとるけど、連携でいえば私らの方が上手みたいやな。ダブルバトルやったら、勝機は充分あると見たで」

「ふんっ、当然じゃない? こっちは兄妹なんだから。どんだけ一緒にいたと思ってんのよ」

ヘンゼルは相変わらず余裕たっぷりに笑い、グレーテルも無愛想にそう続ける。

「っ……エリーゼさん」

「大丈夫。サヤナ、焦っちゃダメ。聞いてたでしょ? 相手もハッサムの方が格上なのは認めてる。冷静に、落ち着いて戦うのよ」

「……分かった。私たちなら、勝てるよね! こっちだって、連携を見せてやろうよ!」

一瞬だけ不安げな表情を浮かべたサヤナだが、すぐさま持ち前のポジティブを取り戻す。

「ええ。幸い向こうの技も全部見えた。一度は奇襲を食らったけど、二度は通用しませんわよ! ハッサム、シザークロス・“斬”!」

凄まじい気迫と共に、ハッサムが地を蹴って飛び出す。

両腕を纏うはずのオーラを右鋏に集中させ、巨大な光の刃を携え、一気にパンプジンとの距離を詰める。

「あくまでも私を狙うみたいやねぇ。パンプジン、ギガドレ――」

パンプジンが淡く緑色に光る髪を構え、真正面からハッサムを迎え撃つ。

しかし、

「外れ! サヤナ!」

「おっけー! ワカシャモ、火炎放射!」

ぶつかり合う直前、ハッサムは大きく跳躍。

その代わりに、灼熱の業火がパンプジンへと襲い掛かる。

「っ!? パンプジン、火炎放射!」

慌ててパンプジンが胴体から炎を放つが、威力の差は歴然。

ワカシャモの放つ炎の前にあっさりと打ち破られ、パンプジンは炎に焼かれていく。

「クソガキが、調子に乗ってんじゃないわよ! オーロット――」

「貴方の相手は私ですわ! ハッサム、燕返し!」

オーロットがワカシャモを止めようとするも、その前にハッサムが立ち塞がる。

刀のように四肢を振り抜き、オーロットに連続の斬撃を与え、

「ぐっ……!?」

「さあ、サヤナ! 出番よ!」

「任せて! 火炎放射!」

ワカシャモが再び大きく息を吸い込んで灼熱の炎を放ち、オーロットを炎に飲み込んだ。

「オーロット……!」

渾身の一撃。

紅蓮の業火に焼き尽くされ、オーロットは戦闘不能になってしまっていた。

だが。

「甘く見んなや? ゴーストダイブ」

刹那、炎のどさくさに紛れて虚空へと消えていたパンプジンがワカシャモの頭上から出現。

黒い影を纏った二本の髪でワカシャモを力任せに殴り飛ばし、近くの木へと叩きつけた。

「しまった……ワカシャモ!」

ダメージが溜まっていたこともあり、ワカシャモも戦闘不能になってしまう。

「チッ……オーロット、戻ってなさい」

「ワカシャモ、お疲れ様。よく頑張ったね」

両陣営共に一人ずつやられ、ここからはシングルバトル。

実力的には、ハッサムの方が上。

しかし、

「お姉はんのハッサムの体力、どんなもんや?」

妹がやられても全く焦る様子を見せず、ヘンゼルは不敵な笑みを浮かべる。

「何を言いだすかと思えば。まだまだ余裕ですわよ。二人の連携は確かに厄介でしたけど、貴方一人ごときなら大した敵ではないわ」

「ほぉ、それはそれは。せやけど、そりゃホンマの話か?」

「どういう意味よ」

エリーゼが返すと、ヘンゼルはハッサムを指差し、

「お姉はんのハッサムは火傷してるねんで? 私がここから小賢しく時間を掛けながら粘るだけで、そっちが勝手に倒れてくれるんや。さっきも言うたけど、私のパンプジンは防御に優れとる。おまけにゴーストダイブで時間も稼げるんや」

つまり。

「私は適当に時間を引き延ばす、それだけで勝てるいうことなんやけど」

「っ……」

エリーゼの表情が僅かに強張る。実際ヘンゼルの言うことは間違っていないのだ。

一対一になった以上、剣の舞を使う隙は与えてくれないだろう。パンプジンの防御力と時間稼ぎを上回る火力で、一気に倒してしまわなければならない。

「さ、どっちが勝つにしてももうちょいでバトルは終わりや。せっかくのクライマックス、楽しもうやないか」

妹を倒されてもなお柔和な、しかし悪魔の如きヘンゼルの笑み。

その奥に潜む狂気が、少しずつエリーゼを浸食していく。



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第77話 演目:団長の余興

ヘンゼルの策略に、エリーゼが少しずつ飲まれていく。

「……いいえ、やるしかありませんわ! 貴方の策より速く、貴方を倒す! ハッサム、シザークロス!」

「ほぉ、そんならやってみたらええ……やれるもんならな。パンプジン、ギガドレイン」

ハッサムが両腕に青いオーラを纏わせ、対するパンプジンは二本の髪に淡い光を纏わせる。

次の瞬間。

 

「バクーダ! 大地の力!」

 

突如、揺れと共にパンプジンの足元から膨大な大地エネルギーが溢れ出す。

大地エネルギーの奔流に巻き込まれ、パンプジンが吹き飛ばされた。

「なっ……誰や!」

「バクーダ……ということは!」

声のした方を二組が振り向く。兄妹は焦燥、サヤナとエリーゼは期待と共に。

そこにいたのは、

「エリーゼさん! サヤナ! 大丈夫!?」

「すまない、遅くなった。後は俺に任せてもらおうか」

全力で走ってきたのだろう、肩で息を吐きながらも二人に声をかけるハルと、表情からは疲れを全く感じさせないワダン。

特訓に出ていた男二人が、ようやく戻ってきたのだ。

「なるほど……大方何が起こったか分かったぞ。奴らはサーカス団に成りすました誘拐犯。ハル、先にサーカスのテントを追え。森の中に逃げているはずだが、お前のルカリオなら追跡できるだろう。こいつらは俺が片付ける」

「誘拐犯……! わ、分かりました。それじゃ、ここはお願いします!」

ハルを先に行かせ、ワダンはバクーダを従え、ヘンゼルと対峙する。

「に、兄さん……こいつ、やばいよ! ジムリーダーだ!」

「なるほど、ジムリーダーのお出ましか……そうは言うても、やるしかあらへんな。私のパンプジンの力、見せたる! ゴーストダイブ!」

刹那、パンプジンの姿が一瞬にして消える。

バクーダが周囲を見回し警戒するも、パンプジンは一瞬の隙を突いてバクーダの死角から現れ、両髪でバクーダを力任せにぶん殴る。

だが。

「メガシンカするまでもないな。バクーダ、ダイヤブラスト!」

少し顔をしかめるが、バクーダの反応はそれだけ。

直後、その周囲にダイヤの如く青白く煌めく爆発が生じ、パンプジンは爆風に飲まれて吹き飛ばされ、

「なんやと……!?」

「仕留めろ! 火炎放射!」

間髪入れずに灼熱の炎が襲い掛かる。

躱す余裕も与えずパンプジンを炎が飲み込み、その体を焦がしていく。

炎が過ぎた後には、力尽きて戦闘不能となったパンプジンが倒れているのみ。

「っ……兄さんのパンプジンが、こんなあっさり……」

「ぐっ、なんてパワーや……しゃあない、こうなった以上私らの出番はここまでや。あとは上に任せるしかあらへんな」

これだけ分かりやすく力の差を見せつけられては、兄妹に最早打つ手はない。

「撤退や。グレーテル、行くで」

「そうするしかなさそうね……あんたたち、覚えてなさいよ!」

追い詰められたヘンゼルとグレーテルは、少しずつ後退りする。

「逃すとでも思っているのか?」

バクーダを従えたワダンが詰め寄るが、咄嗟にヘンゼルは黒い球を取り出し、地面へと叩きつける。

炸裂した球体から黒い煙が出現し、一瞬のうちに兄妹の姿を覆い隠してしまった。

「煙幕か! バクーダ、吹き飛ばせ! ダイヤブラスト!」

バクーダが煌めく爆風を起こして炎を消し飛ばすが、その時には既に兄妹の姿は影も形もなかった。

「はぁ……ワダンさん、ありがとう……助かった……」

「お二人が戻ってきていなかったら、危ないところでしたわ……ありがとうございました」

ワダンの援護を受けてどうにかヘンゼルとグレーテルを退け、ようやくサヤナとエリーゼは一息つく。

しかし、

「安心するのはまだ早い。奴らはあくまでもサーカス団員、まだ事件は解決していないぞ」

ワダンはアルス・フォンを取り出し、どこかへ通話を掛ける。

たしかにワダンの言う通りだ。足止め役の二人は倒したものの、その間にテントを積んだ荷車はすっかり森の奥へと姿を消してしまった。

「よし……とりあえず警察には連絡した。俺たちもハルの後を追うぞ」

「うん!」

「ええ、急ぎましょう」

ワダンたち三人もまた、森の中へと足を踏み入れる。

 

 

 

そして。

「ふぅ……危なかったわね」

「ありゃ私らが勝てる相手やあらへん……もうちょい時間稼ぎしときたかったけどな」

三人が森の中へと姿を消したのを確認し、近くの建物の陰で息を潜めていた兄妹もまた、一息つく。

「オーロットがまだ戦えればなんとかなったかしら……あのクソ共、調子に乗りやがって……」

「こーら、口が悪いで。それにオーロットが残ってても多分同じや。二匹仲良く炎の餌、いただきますごちそーさんってオチやろな」

「チッ……仕方ないわね。んで? このあとはどうするの?」

「んー、上の手伝いか、もしくは……」

そうヘンゼルが呟いた途端、グレーテルは露骨に嫌悪感丸出しになる。

「えぇー? 嫌よぉ、あんなクソ団長の手伝いなんて」

「ちゃうちゃう、そっちの上やない。あっちの“上”や。メルヘルはんの手伝いなんてする必要あらへんよ。どうせ失敗しよるさかいな」

「ふん、元からあんなのに期待なんてしてないわよ。私たちの上司はあくまであっちなんだから」

「そうやで。ほな、そろそろここから離れるか」

そう言って、ヘンゼルは小さな端末を取り出す。

「ええ。兄さん、報告だけ忘れないようにね」

「はいはーい、分かっとるよ」

兄妹がゆっくりと立ち上がる。

周囲に人の目が無いのを確認し、街の外れへと消えていった。

 

 

 

「さてさて、この辺まで来ればとりあえずは安心かね……」

深い森の中、操縦席に座った燕尾服の男は、独り言を呟く。

「人っ子一人いないような獣道を進んできたはずだからね、そう簡単には追ってこれないはず。トリックで足跡も隠しているし、ヘンゼルとグレーテルにも戦わせているし。あいつら普段言うこと聞かないけど、実力は高いからね」

声の主は、荷車を進めるメルヘル団長。

荷車のスピードは決して速くはないが、森の中という場所は早々追っ手が付いてこられるほど平坦な道ではない。

おまけに、何かの力が働いているようで、踏み潰された草木は荷車が通り過ぎた後にひとりでに元の姿に戻っていく。これでは荷車の通った跡を辿ることもできない。

「さ、後はこのぐっすり眠った間抜けなお客さんたちを届けて、たっぷり報酬をもらって、団長の仕事はおしまいね」

一人でくすくすと笑いながら、荷車を進めていく団長。

しかし、

 

「そこまでだよ!」

 

突如。

荷車の後ろから、少年の声が響く。

次の瞬間、青く輝く光の念弾が荷車に直撃し、テントが大きく揺れる。

「!? な、何事かね!?」

突然の衝撃に、慌ててメルヘルは荷車を止めて飛び降りる。

そこに立っていたのは、波導ポケモンのルカリオと、橙色の髪の少年。

「な、ななな、なぜここに!? 追っ手はヘンゼルとグレーテルが足止めしているはず……それに、この薄暗い森の中で、どうやってここまで辿り着いたのかね……!」

「そんなの簡単だよ。ルカリオはあらゆる生き物の波導を感知できるし、その範囲は1キロを越える。そのテントの中には大勢の人がいるんだから、波導を使えば簡単に見つけられるよ。それと」

慌てふためく団長に対し、さらにハルは言葉を続け、

「そのヘンゼルとグレーテルって人、足止めしてた二人組のサーカス団員のことかな。彼らだったらワダンさんにやられてるはずだよ。もう足止めは出来ないと思うけど」

メルヘルの額に冷や汗が浮かぶ。ハルの言葉は、メルヘルが追い込まれているということを示すには充分だった。

「ぐっ、ぐぬぬぬ……あり得ん……あり得んが……!」

がたがたと震えだす団長。しかし、何か決心がついたのか、バッと顔を上げる。

「かくなる上は仕方ないね! このメルヘルはハーメルン・サーカスの団長! 偉いんだよ! この偉い団長を怒らせたらどうなるか……大人を怒らせてはいけないということを、身をもって教えてやるしかないようだね!」

遂に吹っ切れたようで、メルヘルは懐からモンスターボールを取り出し、ハルに向けて突き出す。どうやらやる気のようだ。

「やってしまえ、ポリゴンZ!」

メルヘルのボールから現れたのは、サーカスでも顔を見せていた赤と青の奇天烈なポケモン。

 

『information

 ポリゴンZ バーチャルポケモン

 追加したプログラムによって機能

 に異常が発生。バグやウイルスを

 ばら撒きながら電脳世界を駆け巡る。』

 

「やっぱりそう来るか……話し合いには応じないとは思ってたけどね」

ハルの言葉に続いて、ルカリオが一歩踏み出し、波導を纏った腕を構える。

「よし、ルカリオ、頼んだよ。ノーマルタイプだから、君なら相性もいいはずだ。メガシンカ無しで一気に決めるよ」

メガシンカはまだ見せる必要はない。ルカリオも同じ考えのようで、頷いてポリゴンZへ向き直る。

「甘く見てもらっちゃ困るね! ポリゴンZ、トライアタック!」

ポリゴンZがガクガクと体を震わせ、赤、青、黄の三色の光線を放つ。

「ルカリオ、躱してサイコパンチ!」

ルカリオの右手を念力が包む。

そのままルカリオは地を蹴って飛び出し、周囲の木々も足場に使って光線を掻い潜りながらポリゴンZに近づき、念力を纏った拳を叩き込み、吹き飛ばす。

「うぐぐ、ポリゴンZ、反撃! 冷凍ビーム!」

ポリゴンZの首が一回転し、凍える冷気の光線が撃ち出される。

「ルカリオ、もう一度発勁!」

再びルカリオは右手に波導を纏わせ、その右手を勢いよく突き出し、冷凍ビームを打ち破ると、

「ボーンラッシュ!」

さらにその波導を長い骨の形に変え、骨のロッドを振るってポリゴンZを殴り飛ばす。

「ポリゴンZ! トライアタック!」

「させない! ルカリオ、波導弾!」

ポリゴンZが周囲に三色の玉を浮かべるが、そこから光線が放たれるよりも早く、ルカリオが右掌を突き出す。

青い波導の念弾が正確にポリゴンZを撃ち抜き、その歪な体を吹き飛ばし、木の幹へと叩きつけた。

強烈な衝撃を立て続けに受け、ポケモンZが地面に落ちる。目を回し、早くも戦闘不能となって倒れてしまった。

「なっ……! ポ、ポリゴンZが……!」

慌てた様子で、メルヘルがポリゴンZをボールへと戻す。

その一方。

「えっ?」

ハルも驚いていた。というか、拍子抜けだ。

確かに格闘技はポリゴンZに効果抜群だが、こんなに早く倒してしまうとは思っていなかったからだ。

そんな予想はしていなかったが、ハルは、思ったことを素直にメルヘルへと尋ねる。

「もしかして……貴方、あんまり強くない……?」

「なっ……!? そ、そんなわけないね! 団長はハーメルン・サーカスの団長! 偉いんだよ!?」

その途端に、メルヘルの顔が真っ赤に染まる。

「いや、でも偉いのと強さって別なんじゃ……」

「う、うるさーい! とにかく、ポリゴンZを倒したくらいで団長に勝ったと思わないことだね! 団長にはもう一体、ポケモンがいるんだからね!」

どうやら図星だったようだ。どのレベルで弱いのか決めつけるつもりはないが、恐らくヘンゼルやグレーテルよりも実力は下なのだろう。

ともかく、わめきながらもメルヘルは次のボールを取り出す。

「ガキのくせにさっきから生意気なのね! もう容赦はしない、このメルヘル団長を本気で怒らせたこと、後悔させてやる! やってしまえ、カラマネロ!」

グリムの二番手のポケモンは、大きなイカを上下逆さまにしたような、これまた奇天烈なポケモンだ。

 

『information

 カラマネロ 逆転ポケモン

 非常に強力な催眠術を使用する。

 知能も高く催眠術を使って人間を

 自由に使役する個体も存在する。』

 

悪とエスパータイプを併せ持つ珍しいポケモンだ。イカのような姿をしているが、水タイプは持っていない。

「さっきのポリゴンZは曲芸専門、所詮前座に過ぎないのだね! 団長の切り札は何を隠そうこのカラマネロ! 一体倒したくらいで、調子に乗ってもらっちゃ困るね!」

メルヘルの張り上げた声に続き、カラマネロは触手のような腕をうねらせ、不気味な鳴き声で笑う。

「ルカリオ。相手が何であれ、油断しないで行くよ」

ルカリオもハルの言葉に頷き、波導を纏った両手を構える。



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第78話 演目:天邪鬼な曲芸

「さあ、目の前の生意気なお子様にお前の力を見せてやれ! カラマネロ、サイコカッター!」

先に動いたのはメルヘル。

カラマネロが念力を纏わせた腕を振りぬき、サイコパワーの刃を放つ。

「ルカリオ、躱して接近!」

対するルカリオも地を蹴って飛び出す。

前傾姿勢で念力の刃を潜り抜けつつ、一気にカラマネロとの距離を詰め、

「ボーンラッシュ!」

ルカリオの右手を纏う波導が形を変えて槍の形状を取る。

波導の槍を手にし、連続の刺突を叩き込み、カラマネロを押し戻す。

「ぐぅ、だったらこれはどうかね! カラマネロ、馬鹿力!」

唸り声を上げたカラマネロが触腕を振り上げると、その腕が凄まじいオーラを纏う。

「っ! ルカリオ、下がって!」

咄嗟にルカリオがその場から飛び退いた直後、カラマネロの右腕、力任せの一撃が振り下ろされる。

「逃すなカラマネロ! 木を吹き飛ばせ!」

ルカリオを逃したカラマネロはすかさず左腕を振るい、近くの木にラリアットをかます。

刹那、木の幹がいともたやすく吹き飛び、ルカリオへと襲い掛かってくる。

「来るよルカリオ! 躱して!」

ルカリオは大きく跳躍して近くの木の枝に飛び移り、吹き飛ばされた木を回避する。

「たしか、馬鹿力は使う度に攻撃力と防御力が少しずつ下がっていくはず。ルカリオ、攻めるよ! 発勁!」

枝を足場に勢いよく飛び出し、右手に波動を纏わせたルカリオが飛び掛かる。

波導を纏った掌底を突き出し、カラマネロへと叩きつけた。

しかし。

 

「今だカラマネロ! 馬鹿力!」

 

発勁の直撃を受けたカラマネロは怯まなかった。

寧ろ先ほどよりも規模を増した凄まじいオーラがカラマネロの両腕を纏い、ルカリオはカラマネロの剛腕を叩きつけられて逆に吹き飛ばされてしまう。

「なっ……!? ルカリオ!?」

吹き飛ばされたルカリオが木の幹へと激突する。

致命傷には至っておらず、起き上がるが、予想外の効果抜群の攻撃を受けたダメージは大きい。

しかし、ハルが驚いたのはそこではない。

(一発目と比べて、馬鹿力の威力が上昇してる? 馬鹿力は使えば使うほどパワーダウンしていく技のはずなのに……もしかして、特性?)

バトルにおいて通常ではあり得ない事態が発生した場合、ポケモンの何らかの特性が働いてる可能性が高い。

しかし、ハルにはカラマネロの特性が分からない。ジム戦ならば図鑑で調べることも不可能ではないが、今回のような敵の前ではのんびりと図鑑を取り出して調べている余裕はない。

ここに来て、ようやくメルヘルが試合の流れを握る。

「ニャハハハ! 調子付いてきたね、カラマネロ! 続けてサイコカッター!」

サイコパワーを纏わせた腕を振り抜き、カラマネロが念力の刃を放つ。

「試してみないと分からないか……ルカリオ、迎え撃つよ! サイコパンチ!」

ルカリオも拳に念力を纏わせ、飛来する刃を迎え撃つ。

だがこのサイコカッターも一発目と比べて威力が明らかに高い。吹き飛ばされはしなかったものの、競り合った末にルカリオが押し負け、後ろへ押し戻される。

(馬鹿力だけじゃない……ってことは、攻撃力が上がっている?)

困惑の中、それでも思考を巡らせるハル。

対して、メルヘルはそんなハルの様子を見て下品な笑みを浮かべる。

「おやおやぁ? カラマネロの特性を知らないようだね?」

先ほどまでの弱腰っぷりはどこへやら、途端に余裕たっぷりでメルヘルが口を開く。

「ふっふっふ。私のカラマネロの特性は、ずばり“天邪鬼”! この特性を持つポケモンにかかった能力変化は、全て逆転する。つまり、私のカラマネロは馬鹿力を使うほど、攻撃力も防御力も上がっていくというわけね!」

まるで勝ちを確信したかのように、メルヘルは高らかに笑う。

確かに厄介な特性だ。馬鹿力による能力アップだけでなく、使い方によっては補助技主体で攻めてくるポケモンを起点にできてしまう。

しかし。

(やっぱりこの人、弱いというか、バトルは専門外なんだろうな。なんでこっちの知らない情報をペラペラ喋っちゃうんだろ)

調子に乗ってメルヘルが全て種明かししてくれたおかげで、馬鹿力のトリックが分かってしまった。

あとは、相手の戦法の隙を突くだけだ。

「さあ、この調子でやってしまえ! カラマネロ、馬鹿力!」

そんなことには気付かず、メルヘルは高らかに叫ぶ。

カラマネロも調子付いてきたのか、見境なく腕を振り回し、周囲の木々をなぎ倒しながらルカリオに迫り来る。

「こうなるとパワーじゃ勝てないな……ルカリオ、避け続けつつ、何とか隙を見つけるよ!」

攻撃力は上昇しているが、肝心の攻撃自体は単調。ルカリオはすばしこく周囲を飛び回り、振り回されるカラマネロの両腕を飛び越え、掻い潜り、次々と躱していく。

ルカリオを捉えられなかったカラマネロの腕は、周囲の木々をひたすらなぎ倒していく。

「……そうだ! 倒れた木の陰に隠れるんだ!」

ハルの指示を受け、ルカリオが飛び出す。

カラマネロの傍を駆け抜け、死角に潜り込み、木の陰へと姿を隠す。

「ニャハハ、無駄無駄! どこに逃げても無駄ね! カラマネロ、手っ取り早く全部吹き飛ばしてしまえ!」

余裕たっぷりにメルヘルは指示を出し、カラマネロは腕を振り回しながら、倒れた木々を片っ端から吹き飛ばしていく。

(……今だ!)

ルカリオが隠れている木の陰から、カラマネロが背を向けた瞬間。

ハルの意図を察し、勢いよくルカリオが飛び出す。

「ルカリオ、波導弾だ!」

現れたのはカラマネロの背後。右手に構えた青い波導の念弾を、一直線に放出する。

「なっ、しまった! カラマネロ、後ろだ!」

慌ててカラマネロは後ろを振り向くが、波導弾の対応には間に合わず、波導弾の直撃を受けて大きく体勢を崩す。

「馬鹿力で防御力が上がってるけど、波導弾は特殊技だ。特殊技のダメージは普段と変わらないよね」

ルカリオがメルヘルに見せた技が全て物理技だったので、完全な物理アタッカーだと思ったのだろう。

しかし、ハルのルカリオには波導弾がある。

「くっ……おのれ……!」

先程からころころと変わるメルヘルの表情。次に表情を染めるのは、怒りだ。

「しかししかし! 特殊技一つじゃどうにもできないはずだね! 我がカラマネロが相変わらず有利であることに変わりはない! 叩き潰せカラマネロ! 壊してしまえ! 馬鹿力!」

メルヘルの怒号に呼応し、カラマネロも触腕に怒りを込めて、力任せに両腕を振り回す。

「ルカリオ、波導弾!」

ルカリオの右手から波導の念弾が出現し、ルカリオはそれを掴む。

カラマネロの怒涛の触手攻撃を潜り抜け、手にした波導の念弾を直接、カラマネロの腹部に叩きつけた。

「ぬぅっ、カラマネロ、サイコ――」

「波導弾!」

体勢を崩したカラマネロは腕に念力を纏わせるも、その腕を振り抜くより早く、ルカリオが再び波導の念弾を放った。

波導の念弾は正確にカラマネロを捉えて飛び、カラマネロの顔面に直撃。念弾が炸裂し、カラマネロが地面に倒れる。

「カ、カラマネロ!?」

「とどめの、波導弾だ!」

倒れた木々に埋もれるカラマネロへ、ルカリオはもう一度、波導を一点に集めた青い波導の念弾を放つ。

吸い込まれるようにカラマネロへと飛ぶ念弾は、周囲の倒れた木々ごと、カラマネロを吹き飛ばした。

「なっ……!」

仰向けに倒れたカラマネロの上から、自分が倒した木々が次々となだれ落ち、カラマネロは木々の下敷きにされて戦闘不能となった。

やむなくメルヘルはカラマネロをボールへと戻すが、

「よし、よくやったね、ルカリオ。さて、メルヘルさんだっけ。あなたの悪事もここまでだ。観念してもらうよ」

全ての戦力を失ったグリムの前に、ハルとルカリオが詰め寄る。

「ひっ、ひいぃっ!」

いよいよ追い詰められたメルヘル。

最早打つ手をなくした彼ができることは、助けを求めることだけだった。

「たっ、助けてー! もう誰でもいいから、団長を助けておくれーっ!」

メルヘルの声が、森の中に響き渡る。

そして、

 

「メルヘル。見苦しい、もう下がっておれ」

 

テントの中から、一人の男性が現れた。

背は低く、黒いステッキを持ち、お洒落に着飾った老人だ。

「……ははぁっ! 申し訳ございません、あとはお任せしますぅ!」

老人に促され、メルヘルは猛スピードで森の奥へと走り去っていった。

「さて、私の部下が迷惑をかけたのう」

サーカス内ではグリム団長と呼ばれていたその老人は、ハルの方を振り向き、その細い目でハルを見据える。

ハルは身動きできなかった。非常に恐ろしい出来事が起こっている。

ハルには、見覚えがあるのだ。

ただし。

老人の顔ではなく、その手に持った黒いステッキに。

「その杖……まさか、サーカス団の黒幕は」

「ほう、察しがついたようじゃの」

言葉を何とか紡ぎ出すハルに対し、老人は静かに笑みを浮かべる。そこには、明らかな邪悪が宿っていた。

「この姿はハーメルン・サーカス初代団長、グリムの姿を装ったもの。グリム本人は既に故人じゃからな。そして、この儂の正体は――」

 

 

 

「そう言えばエリーゼさん、どうして奴らがただのサーカス団じゃないって分かったの?」

森の中を進む途中、ふとサヤナがずっと気になっていたことを尋ねる。

「そうね、その話をしないといけないわね。ワダンさんも聞いていただけますか。あのサーカス団に関する話なのですけれど」

その言葉にワダンも足を止めて振り返り、エリーゼが話し出す。

「実は私、奴らの正体が分かったかもしれないのです」

「ええっ!?」

驚きの声をあげたのはサヤナだ。

「私たちがテントから脱出する直前、グリム団長の姿が現れたでしょう。あのタイミングで気づいたのよ」

「ほう……というと」

サヤナとは対照的にワダンは冷静なまま、エリーゼに尋ねる。

「あの老人の話し方に、何か違和感を感じた。特に意味もなく、一人称がコロコロ変わっていたんです」

さらに、とエリーゼは続け、

「グリム団長は既に故人、となれば何かトリックがあるはず。そこで私、気づいてしまったんです。“一人称がコロコロ変わる”、“変装の名人”に心当たりがあるって」

それは、エリーゼがその人物に会ったことがあるだけでなく、一度戦っているからだ。

そして、その人物に会ったことのないサヤナとワダンには、その正体が分からないのも当然だった。

しかし、ここで今。

彼女たちも、真相へと辿り着く。

「グリムを名乗るあの人物。その正体は――」

 

 

 

「――この俺様、魔神卿・ダンタリオンだ。久しぶりですね、ハル」

 

「――ゴエティア魔神卿の一人、ダンタリオン。間違いありませんわ」

 

 

 

老人の顔がみるみるうちに剥がれ、赤いトランプ模様が描かれている真っ白なメイクを施した青年の顔へと変わっていく。

さらに着飾った服を脱ぎ捨てると、その下に着ていたのは真っ白な燕尾服。どういうトリックか分からないが、低かった老人の身長も元に戻っている。

「ダンタリオン……サーカス団の黒幕は、お前だったのか」

「その通りだ。メルヘルを唆し、ヘンゼルとグレーテルを指揮し、ハーメルン・サーカスを裏で操っていたのは、他でもないこの私ですよ」

相変わらず、やたらと変化するこの独特な口調は聞き慣れない。

「本当は公演に貴方を招待し、テントの観客ごと貴様を眠らせてキーストーンとメガストーンを戴き、ついでに観客のポケモンたちも奪う。そういうプランのはずでした」

だが、とダンタリオンは続け、

「あのメルヘルのバカがやらかしやがった。用意した分のチケットが売り切れたからって親子たった一組の追加入場も許可せず、その結果、よりにもよってお前がチケットをその親子に譲ってしまったのじゃ。メルヘルが余計なことをしなければ、計画は上手くいっていたはずなのに」

「あの時か……いや、ちょっと待てよ。ってことは、僕がカタカゲシティに来た時から既に僕のことを狙っていたっていうのか……!?」

「ええそうですよ、そうですとも。パイモンのお気に入りとなれば、間違いなく厄介な存在。前にそう言ったはずだぜ。貴様のキーストーンを奪うことで、パイモンの野郎に文句を言わせずにお前をパワーダウンさせて危険な芽を摘み取ることができる。そう思ったんですがねぇ……!」

口調に苛立ちを込め、天を仰ぐダンタリオン。

しかし。

さて、と一言呟き、不意にハルの方に向き直る。

「そうは言っても、ここでただ黙って引き下がるのも気に食わねえ。最低限やりたいことをやれたとはいえ、目的も達成しきれずにただやられっぱなしなんて、魔神卿の恥さらしですからね」

ぞわり、と。

ハルの背筋に、悪寒が走る。

 

「追っ手はまだ来ないみたいだし、バトルの時間くらいはあるだろ。貴様を直接手にかけることは禁止されておるが、せめて痛い目の一つくらいは見せて差し上げましょう」

 

今度こそ。

たかが一介の団長如きとは比べ物にならないほどの巨悪の化身が、ハルへと襲い掛かる。



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第79話 演目:再臨の百面相

最悪の戦闘が始まった。

ハルが対峙するは、白き悪魔、魔神卿ダンタリオン。

「毒牙を刻め、モルフォン!」

そしてそのボールから現れるのは、大きな紫の翅を持つ毒蛾ポケモン、モルフォン。

だが、

「あれ……? そのモルフォンは……!?」

何となくだが、ハルにはそのモルフォンに見覚えがあった。

記憶を探る。このモルフォンの使い手は、ダンタリオンではない。確か、大会で何度か対戦した少女、リオンが使っていた個体だ。

「ほう、覚えていますか。イカした記憶力だぜ」

「お前……まさか、リオンさんからポケモンを奪ったのか!?」

激昂するハルだが、しかし、

「はい? 違いますよ。適当なトレーナーのポケモンを奪って自分のものにする? そんな手間のかかる上にローリターンなことしねえよ。最初から自分で育てた方がずっと強く、扱いやすくなるしな」

あまりにもあっさりと。

ダンタリオンは、ハルの言葉を一蹴した。

「な……だったら、何で」

「簡単なことですよ」

ハルの問いに対し、ダンタリオンは不気味に笑って言葉を続ける。

 

「リオンというあの少女の正体は俺だった。それだけのことじゃよ」

 

「は……?」

思わず、ハルは聞き返す。理解が追いついていない。

「儂が変装の達人だということを忘れたか? 変装した時の自分の名付けには拘りがありましてね。必ず自分の名前を形成する『ダンタリオン』の六文字から取った名を名乗ることにしているんじゃ。もっと言うと、リオンだけじゃあない。ヒザカリ大会でお前と戦った男、ダリ。あれも私だなぁ」

説明されてもハルには信じられないが、しかし理解はできる。

というか、そうでもしないとダンタリオンがこのモルフォンを持っていることへの説明がつかない。

「つまり、お前はずっと僕たちの情報収集をしていたのか……?」

想像するだけで恐ろしい話だ。

例えば、ポケモンセンターなどで軽く話を交わした相手が。

例えば、旅の途中何気なくすれ違った相手が。

もしかしたら、ゴエティアの魔神卿だったかもしれないというのだから。

「ま、そんなところです。つってもまぁ、この話をしてしまった以上、これからはお前たちに易々と接触することはできなくなってしまったがな。で、どうするんだい? 儂のモルフォンを相手に」

不気味な笑みを浮かべるダンタリオンの隣で、モルフォンがその無機質な瞳をギョロリと動かし、ハルに焦点を合わせる。

「どうするも何も……こうなったらもうやるしかない。頼むよ、ファイアロー!」

覚悟を決め、ハルが出したのはファイアロー。虫タイプが相手なら適任だ。

「一応言っておくけど、大会での実力を俺様の力だとは思わないことじゃな。あの時はだいぶ力を弱めていましたから。それでは……モルフォン、ヘドロ爆弾!」

先に動き出したモルフォンが、短い脚で毒液の塊を抱える。

その塊からマシンガンのように毒液の弾が発射され、立て続けにファイアローを狙う。

「ファイアロー、躱しつつニトロチャージ!」

ここは森の中だが、先程のメルヘルとの戦闘で周囲の木々が根こそぎ倒されてしまったので、ファイアローの飛行に支障はない。

飛び回って毒液を躱しながらその身に炎を纏い、モルフォンの抱えた毒の塊が無くなった瞬間を見計らって突撃、モルフォンを突き飛ばした。

「続けてアクロバットだ!」

さらにファイアローは体勢を崩すモルフォンとの距離を一気に詰め、飛びかかって翼を叩きつける。

しかしその直前、

「モルフォン、虫のさざめきです」

大きく開いたモルフォンの翅が振動したかと思うと、甲高いノイズと共に大気を揺るがす衝撃波が放出された。

耳をつんざく甲高いノイズによってファイアローは動きを止められてしまい、衝撃波を諸に浴びてしまい、

「っ……!」

「サイコショット!」

さらにモルフォンが続けて放ったサイコパワーの念弾を回避できず、直撃を受けてしまう。

「ファイアロー! 大丈夫!?」

予想外のダメージを負ったが、この程度ではまだファイアローは倒れない。一旦ハルの元へと戻り、勇ましく啼いて体勢を立て直す

「くっ……効果今ひとつなのに、なんて威力だ……」

「そりゃあな。こいつの特性は、色眼鏡ですからね。効果今ひとつの攻撃であろうと、それを一つ分だけ打ち消して攻撃ができる。単なるタイプ相性では、こいつを止めることはできんのう」

ダンタリオンが最初に言っていた通り、大会の時と比べてもこのモルフォンは明らかに強い。

「ちなみに、このモルフォンは儂の手持ちの中では最弱。この子にすら勝てないようでは、ゴエティアに楯突くなんて無謀もいいところだぜ」

このパワーで最弱。やはり魔神卿はつくづく恐ろしい。

しかし、

(それでも勝てない相手じゃないかもしれない。その証拠に、ファイアローの攻撃だってちゃんとダメージが通ってる。相手の隙を突き、でも深追いはしない。これを徹底していけば……!)

少なくとも、以前カザカリ山道で戦った時よりは余程手応えを感じる。かつてのゾロアークのような、規格外の存在ではない。

「負けてたまるか! ファイアロー、ニトロチャージ!」

ファイアローがその身に炎を纏い、先程よりも速い速度で飛び出していく。

一度ニトロチャージを当てたため、スピードが上がっているのだ。

「モルフォン、サイコショット」

だがモルフォンもその速度に対応し、サイコパワーを集めて念弾を発射する。

ファイアローに正面から念弾をぶつけ、体を纏う炎を引き剥がすと、

「ヘドロ爆弾です!」

短い脚で毒液の塊を抱え、無数の毒液の弾幕を放つ。

「躱してもいいけど……ここは突っ込む! 鋼の翼!」

飛翔するファイアローが大きく翼を広げ、その翼が硬質化する。

毒技は鋼タイプに無効化される、つまり鋼の翼を打ち破ることができない。ファイアローは弾幕の中に果敢に飛び込み、翼で毒液を蹴散らしながらまっすぐにモルフォンへと迫る。

「正面突破とは……ですがモルフォン、サイコショット!」

そのファイアローに対し、モルフォンも真っ向からサイコパワーの念弾を放って迎撃を仕掛ける。

しかし、

「それはどうかな! アクロバット!」

激突の直前、ファイアローは急旋回して念力の弾を避けつつ、モルフォンの背後へと回り込む。

間髪入れずに翼を振るい、モルフォンへと叩きつける。

「なるほどなるほど……しかし鱗粉にご用心、痺れ粉!」

だが翼を叩きつけられた衝撃で、モルフォンの大きな翅から薄い色の鱗粉がばら撒かれる。

風に乗って飛ぶ鱗粉がファイアローにまとわりつき、それを吸い込んだファイアローの動きが鈍ってしまう。

「痺れ粉、ってことは麻痺を受けたか……ファイアロー、大丈夫?」

せっかくニトロチャージで上げた素早さを落とされてしまったが、ダメージはない。体に迸る痺れに少し顔をしかめるも、ファイアローはハルの言葉に頷く。

「少しでもスピードを取り戻したい……ニトロチャージ!」

「ふふ、当たりませんね。モルフォン、ヘドロ爆弾!」

炎を纏って突撃を仕掛けるファイアローだが、やはり麻痺の影響で動きが鈍っている。

モルフォンには難なく躱されてしまい、逆にファイアローへと毒液弾の弾幕が襲い掛かる。

「このスピードじゃ避けるのは無理だな……鋼の翼!」

回避を諦め、ファイアローは翼を鋼の如く硬化させ、毒弾から身を守る。

「動きを止めたな? 虫のさざめき!」

ファイアローの動きが止まったのを見るや、モルフォンはすぐさま大きな翅を広げる。

翅を振動させて周囲の空気を揺るがし、甲高いノイズと共に衝撃波を放射する。

「そう来るなら……」

対して。

ハルが拳を握りしめ、ファイアローの鋭い瞳がモルフォンを捉える。

「……今だ! ファイアロー、ブレイブバード!」

ファイアローの体が、激しく燃え盛るオーラを纏う。

そのままファイアローは翼を広げて飛翔、全力の突貫を仕掛ける。

ワダンのフライゴンのドラゴンビートさえ貫く力を持ってすれば、虫技など障害にはならない。ノイズの壁を強引に打ち破り、守りを捨てたファイアローの渾身の一撃がモルフォンを貫き、大きく吹き飛ばす。

「一気に決めるよ! ニトロチャージ!」

反動ダメージを根性で耐え抜き、さらにファイアローは翼から火の粉を吹き出し、モルフォンを追う。

炎を纏ったファイアローがモルフォンに激突、そのまま太い木の幹へとモルフォンを激突させた。

「おっと……?」

ダンタリオンがそちらを振り向けば、戦闘不能となったモルフォンが力なく地面へと落ちていくところだった。

「おやおや、やられちまったのか? モルフォン、休んでなされ」

悔しげというよりは、モルフォンがやられたのが不思議な様子のダンタリオンだが、とにかく戦闘不能となったモルフォンをボールへと戻す。

(よし……確かに強かったけど、こっちの力が通用してる。パイモンのスピアーに比べればずっとマシだ。この調子で戦うことができれば……!)

とはいえ、油断は禁物だ。ダンタリオンの言った通りならば、モルフォンは彼の手持ちの中では最弱なのだ。

相手は魔神卿、この先何を仕掛けてくるか分かったものではないのだから。

「なるほどな。カザカリ山道で戦った時と比べれば、成長しているみたいですね」

モルフォンの入ったボールをしまうと、ダンタリオンはすぐさま次のボールを取り出した。

「本当はあいつを使いたいんだが、今は連れてないから……仕方ない、この子にしようかしら。ちょっとつまらなくなるかもしれんがな」

真っ白な化粧の奥で不敵な笑みを浮かべるダンタリオンが、次なるポケモンを繰り出す。

「奈落に落とせ、ゲンガー!」

 

『information

 ゲンガー シャドーポケモン

 獲物の影に潜り込んで魂を狙う。

 強い寒気に襲われたら魂を狙われ

 ている証拠だが逃れる術はない。』

 

現れたのは、紫色のポケモン。

以前姿を見せたゴーストの進化系のようだが、揺らめくガス状の体を持っていたゴーストとは違いはっきりとした容姿を保っている。

「あのゴーストが進化したのか……だけど、ゲンガーと断定するには早いな」

そう、ダンタリオンは厄介なポケモンを所持している。ゾロアークだ。

ゾロアークとゲンガーの相性は非常に噛み合っている。ゾロアークに打ちたい格闘技やフェアリー技はゲンガーに効きが悪く、ゲンガーに打ちたいエスパー技やゴースト技はゾロアークに通らない。おまけに覚える技も、シャドーボールやヘドロ爆弾、気合玉など、同じ技が多い。

「ファイアロー。君の技なら、相手がどっちだとしてもいいダメージを与えられる。ごめんよ、麻痺して辛いだろうけど、もう少し頑張ってくれるかい……?」

身を案じるハルに、ファイアローは元よりそのつもりだ、と言わんばかりに一声上げて頷く。

「……よし! ファイアロー、鋼の翼だ!」

翼を硬化させ、ファイアローが飛び出す。

本物のゲンガーならば持っているであろう毒技を牽制しながら、距離を詰めて翼を振るう。

「ゲンガー、シャドーボールです」

対するゲンガーの両掌に影の力が集まり、漆黒の球体が出現する。

放たれる二つの影の弾は、一つは速く、一つは遅い。

高速で射出される一発目を躱すが、

「な……っ!?」

弾速の遅い二発目が、徐々に大きくなっていく。

膨れ上がったシャドーボールを躱しきれず、ファイアローに黒い影が炸裂し、吹き飛ばされてしまう。

「私のゲンガーは器用ですから、この程度造作もないわい。あぁ、ちなみにゾロアークもシャドーボールを覚えるポケモンだぜ」

「どっちだろうと、僕のファイアローなら関係ない! ファイアロー、ブレイブバードだ!」

翼を広げたファイアローの体が、激しく燃え盛るオーラを纏う。

輝く光を身に纏い、ファイアローは低空飛行で渾身の突撃を放つ。

しかし、

「打ち破ってやるよ。ゲンガー、ヘドロウェーブ!」

ゲンガーを中心として、その周囲に夥しい量の毒液が溢れ出す。

捨て身でまっすぐに突っ込んでいったファイアローの一撃をもってしても、この毒液を貫くことはできなかった。紫毒の波に飲まれ、押し流されてしまう。



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第80話 演目:奈落よりの使者

ゲンガーの仕掛けたヘドロウェーブに、なす術なくファイアローは飲み込まれてしまう。

「ファイアロー……!」

倒れた木々を溶かし腐らせ、毒液が流れ去っていく。

後には、木々の残骸と戦闘不能になったファイアローが残されているのみ。

「ファイアロー、よく頑張ったね。ゆっくり休んでて」

急いでファイアローをボールへと戻す。全身に毒を浴びているので心配だが、まずは目の前のダンタリオンをどうにかしなければならない。

(毒タイプのポケモンでないと、あれだけの量の毒を操るなんてできないはず。あのゲンガーは恐らく本物だ。それにしても、なんて攻撃力なんだ……ファイアローのブレイブバードを正面から打ち破るなんて)

先ほどのモルフォンと比べても、その火力の差は歴然だ。ゾロアークではなく、このゲンガーがエースの可能性もある。

「だけど、やるしかないんだ。ゴーストポケモンが相手なら、君だ! ワルビル、頼んだよ!」

ハルが二番手に選んだのはワルビル。ゴーストと毒タイプのゲンガーを相手にするには最適なタイプ相性だ。

特訓の成果を生かしたいところではあるのだが、このゲンガーは火力が高すぎる上に特殊技が主力なのでワルビルの威嚇の特性も意味をなさない。一発耐えて反撃、が通用する相手ではないだろう。

「ワルビル、相性は有利だけど、あのゲンガーはかなりの火力があるよ。気をつけて」

ハルの言葉に頷き、ワルビルは大顎を開いて牙を剥き、ゲンガーを威嚇する。

「悪タイプで来たか。それじゃ、見せてやろうかな。ゲンガー、気合玉だ!」

ゲンガーが動く。

体内の気を一点に集めて巨大な光の弾を作り出し、ワルビル目掛けて投げつける。

「格闘技か! ワルビル、穴を掘る!」

ワルビルに有利な格闘技を隠しもしないのは、余裕の表れか。

とにかくワルビルは素早く地面に潜り、気合玉を躱しつつ地中に潜む。

「ゲンガー、もう一度気合玉です。出てきた瞬間を狙え」

ゲンガーの右掌から、再び光の弾が出現する。

それを構えたまま、ゲンガーは周囲を見渡してワルビルの気配を探る。

「今だワルビル! 燕返し!」

「後ろですか。ゲンガー!」

ワルビルが背後から飛び出し、刀のように腕を振り下ろすと同時、ゲンガーも振り向きざまに手にした気合玉を突き出す。

燕返しは飛行タイプの技、格闘技の気合玉には強いはずなのだが、競り合った末に打ち破られ、吹き飛ばされたのはワルビルだった。

「押し流せ。ゲンガー、ヘドロウェーブ!」

「っ、ワルビル! 躱して噛み砕く!」

裂けた口を大きく開いて笑い、ゲンガーが溢れ出す毒液の波を周囲へ放出する。

対してワルビルは大きく跳躍して毒液を回避、そのまま上空からゲンガーへと牙を剥いて飛び掛かる。

自慢の大顎でゲンガーに噛み付き、牙を食い込ませ、首を大きく振ってゲンガーを投げ飛ばす。

「ワルビル、一旦戻って! 深追いは危険だ」

さらに追撃を仕掛けようとするワルビルを、ハルは一旦引かせる。

「おやおや、いい判断力じゃの。そのまま突っ込んできたら気合玉でぶっ飛ばしてやろうと思ってたんだがよ」

ダンタリオンの言葉に続き、ゲンガーもふわりと浮き上がってその場に戻ってくる。

「まぁでも今のはそれなりに効きましたよ。反撃しないといけないな。ゲンガー、シャドーボール!」

両腕を突き出し、ゲンガーは両掌から二つの漆黒の影の弾を放つ。今度は二つとも弾速の速い弾だ。

「ワルビル、躱してシャドークロー!」

シャドーボールを何とか躱し、ワルビルも両腕に黒い影の爪を纏わせ、ゲンガーへ飛び掛かる。

だが。

「蹴散らせ。ヘドロウェーブ」

口を吊り上げて笑うゲンガーの周囲へ、夥しい毒液の波が放出される。

ワルビルのシャドークローなど障害にもせず、毒の波が容易くワルビルを飲み込む。

「しまった……」

「終わらせます。気合玉!」

押し流されて横たわり、それでもなお起き上がろうとするワルビルに対し、ゲンガーは容赦なくとどめの一撃を放つ。

ワルビルの額へと巨大な光の弾が直撃、光の炸裂と共にワルビルは吹き飛ばされて木の幹に激突、地面に落ちてそのまま戦闘不能になってしまった。

「くっ……強い……! ワルビル、よく頑張ったね。休んでて」

ワルビルをボールに戻し、即座にハルはボールを持ち替える。

(ここはルカリオしかない。エーフィじゃシャドーボールで致命傷を受けてしまう。格闘技は効かないけど、サイコパンチとボーンラッシュならどっちも効果抜群のダメージを与えられる)

ルカリオも気合玉を効果抜群で受けてしまうのだが、やはりここはもうルカリオしかいない。

「カラマネロとの連戦で苦しいだろうけど、ここは君しかいない。頼むよ、ルカリオ!」

手にしたボールからルカリオが飛び出す。カラマネロ戦でのダメージはまだ残っているが、その疲れは微塵も見せず、凛として立ちゲンガーと対峙する。

「ルカリオ、今回の相手は強敵だ。全力で掛かるよ!」

ハルの言葉に、ルカリオは頷いて応える。こちらも準備はできている。

「僕と君の、絆の力に応えて! ルカリオ、メガシンカだ!」

ハルの持つキーストーンと、ルカリオのメガストーンが反応する。

七色の光に包まれ、咆哮と共にルカリオはメガシンカを遂げる。

「ククク。メガシンカの力、見せてもらうかのう。ゲンガー、気合玉!」

「望むところだ! ルカリオ、波導弾!」

ゲンガーが気合を溜め込んだ光の弾を放ち、ルカリオは右掌から青い波導の念弾を撃ち出す。

二者の放つ念弾は真っ向から激突し、競り合った末に爆発を起こす。

威力は互角。適応力の特性が発動したメガルカリオならば、ゲンガーの火力にも渡り合える。

「続けてボーンラッシュ!」

爆煙の中を突っ切り、ルカリオは煙の向こうのゲンガーへと特攻する。

波導のオーラを槍の形へと変え、矛先をゲンガーへと突き立てる。

「シャドーボールです」

咄嗟にゲンガーが黒い影の弾を放つが、煙の中から突然現れたルカリオを前にして僅かに対応が遅れる。

一発しか影の弾を放つことができず、放ったシャドーボールは槍の一振りで弾き飛ばされ、直後、槍の連撃がゲンガーへと襲い掛かる。

「よし! ルカリオ、一旦下がって!」

相手が格上である以上、深追いはしない。

ゲンガーの体勢が整うより前にルカリオは素早く距離を取り、反撃から逃れる。

しかし。

「なるほど、なるほど。流石はメガシンカの力。俺様のゲンガーと互角に立ち回るとは、恐れ入りますよ。これなら私も、本気を出してみてもよさそうだな」

そのルカリオの実力を見た上でなお、ダンタリオンとゲンガーは不敵な笑みを浮かべる。

「本気……?」

本気。

その言葉に嫌な予感を感じ、ハルは聞き返す。

「ええ。まあ、口で説明するより実際に見せた方がいいじゃろう」

そう言うと、ダンタリオンは手馴れた様子で黒い杖をくるくると回す。

やがてその杖を握り、先端をハルへと突き付ける。

「なっ……!? それは……!?」

それを見たハルが、驚愕の表情を浮かべる。

黒い杖のその先にあったもの。それは。

 

「奈落の底、深淵の果てへご案内……ゲンガー、メガシンカだ」

 

杖の先に填め込まれていたのは、キーストーンだった。

同時にゲンガーが舌を出す。その舌先には、ピアスのようにメガストーンが付けられていた。

ダンタリオンのキーストーンから七色の光が飛び出し、ゲンガーのメガストーンの光と繋がる。

七色の光に包まれ、ゲンガーがその姿を変えていく。

背中や腕、そして尻尾は一気に刺々しくなり、真紅の瞳からは怪しい光を放っている。下半身は見えない。

そして。

禍々しい姿となったゲンガーの額が不気味に蠢いたかと思うと、爛々と輝く黄色い第三の眼が現れた。

昏き闇の力をその身に纏い、ゲンガーがメガシンカを遂げる。

「これが……ゲンガーのメガシンカなのか……!?」

今までハルが見てきたポケモンの中でも、その異質さは群を抜いている。

異形とさえ呼べるその姿からは、ただならぬ闇の力を放っている。

「さあ、勝負はここからじゃな。もっとも、もはや勝負にならないかもしれねえが」

ゲンガーの三つの眼がハルとルカリオを見据える。その瞳に捉えられるだけで、身が竦んでしまいそうだ。

「……やってみなきゃ分からない。ここまで来たら、やるしかない! ルカリオ!」

まとわりつく恐怖と狂気を振り払うべく、ハルは叫ぶ。

ルカリオも天高く咆哮し、自らを鼓舞する。

「その威勢、どこまで続くかね? シャドーボール!」

「どんなに強いポケモンが相手でも、僕たちは折れない! ルカリオ、躱してボーンラッシュ! 撃ち出して!」

ゲンガーの額の眼が輝き、漆黒の影の念弾が発射される。

影の弾は次第に巨大化していくが、ルカリオは地面を蹴って大きく跳躍、影の弾を回避し、周囲に無数の波導のオーラを浮かべる。

浮かび上がった波導球は次々と槍の形に変化し、ゲンガーを狙って撃ち出される。

「纏めて蹴散らしてやろう。ヘドロウェーブ」

対するゲンガーの周囲から毒液が溢れ出す。

流れ出る毒の波が、無数の槍を全て押し流してしまうが、

「ルカリオ! 突っ込め!」

刹那、毒液の波を正面突破し、ルカリオが波導の槍を携えてゲンガーの眼前に飛び出す。

鋼タイプのルカリオに毒技は効かない。毒液の波をものともせず、波導の槍の矛先をゲンガーに打ち込んだ。

「ならばこいつを食らいな! シャドーボール、連射です!」

素早く飛び退いたルカリオを捉えた第三の眼が妖しく光ったかと思うと、黒い影の弾が発射される。

先程までと比べて少し小さいが連射が効くようで、立て続けにいくつもの影の弾が襲い掛かってくる。

「この量、迎撃は無理か……! 躱して接近! サイコパンチだ!」

握り締めた拳に念力を纏わせ、ルカリオは地を蹴って飛び出し、飛来する影の弾を次々と躱しつつ、ゲンガーへと距離を詰めていく。

しかし際限なく放出される影の弾がルカリオの逃げ場を次第に狭め、最後にはルカリオは体勢を崩され、直撃を受けて押し戻されてしまう。

「今です。気合玉」

ゲンガーがニヤリと笑ったかと思うと、その姿を忽然と消してしまう。

次の瞬間、ゲンガーは突如ルカリオの背後から現れ、両手で構えた光の念弾をルカリオへと振り下ろす。

「まずっ……ルカリオ、発勁!」

咄嗟に波導を纏った右手で背後に裏拳を繰り出し、ルカリオは何とか気合玉を防いだ。

「サイコパンチ!」

さらにルカリオは念力を纏った右手を突き出すが、

「ゲンガー、戻って来なさい」

ふたたびゲンガーは何もない空間に潜るようにその場から姿を消してルカリオの拳を躱し、ダンタリオンの元へと戻る。

「ルカリオ、ボーンラッシュ!」

ルカリオが構えた手から波導が噴き出し、槍を作り上げる。

波導の槍を携え、ルカリオは一気にゲンガーへと向かっていくが、

「ゲンガー、躱しなさい」

地面を滑るように駆け抜け、ゲンガーはルカリオの骨の一撃を躱すと、虚空へと身を隠す。

そして。

 

「見せてやれ。ゲンガー、ファントムゲート!」

 

刹那。

ルカリオの周囲の空気が蠢いたかと思うと、突如空間に穴が空き、青白い光の槍が飛び出した。

「!?」

不意の一撃に吹き飛ばされるルカリオ。

そしてさらに、吹き飛んだ先の空間が歪み、再び何もないところから光の槍が飛び出す。

それが四、五回続き、

「シャドーボール!」

虚空から突然メガゲンガーが現れ、至近距離で影の弾を放ち、ルカリオを地面に撃墜した。

「ルカリオ! っ、今の技はなんだ……?」

「ククク、知らないだろうな。なんせ俺様がこのゲンガーと共に作り出した技ですから」

叩き落とされるルカリオを一瞥し、ダンタリオンは不気味に笑う。

「ファントムゲート。相手のポケモンが最後に使った技を、異空間から放つ技。メガゲンガーはメガシンカによって異空間へアクセスできるようになります。先程から異空間に潜り不可視の攻撃を仕掛けておったが、これを応用した結果生み出したのが、このファントムゲートというわけじゃ」

そして、とダンタリオンは続け、

「これで終わりだな。気合玉!」

立ち上がろうとするルカリオへ、ゲンガーが身体中の気を一点に溜め込み、気合の念弾を放つ。

「っ、ルカリオ!」

ルカリオはようやく起き上がるが、既に気合玉はルカリオの眼前まで迫っていた。

気合の念弾が、ルカリオへと直撃する。

その、直前。

 

「シザークロス! “射”!」

 

突如。

上空から鋏の形をしたオーラが飛来し、ゲンガーの放った気合の念弾を打ち消した。




《ファントムゲート》
タイプ:ゴースト
威力:−
変化
異次元の入り口を開き、相手が最後に使った技と同じ技を異次元空間から出現させる。


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第81話 演目:大団円の閉幕式

上空から鋏の形のオーラが飛来し、ゲンガーの放った気合玉を打ち消した。

そして。

「よし! ようやく追いつきましたわ!」

「ハル! 遅くなってごめん!」

森の中から現れたのは、エリーゼとサヤナ。上空からはハッサムが降下し、そして、

「ハル、ここまでよく頑張ったな。後は俺に任せろ」

ワダンも二人に続いて現れる。

「おやおや、これはまた大勢でお越し下さったようで。というか、またしてもお前かよ、儂の邪魔をしたのは」

やれやれといった調子で、ダンタリオンは軽く頭を掻く。

「さて、攫った観客を返してもらおうか」

ハルを下がらせ、代わりにワダンが一歩進み出て、ダンタリオンと対峙する。

「そうカッカすんなよ。観客はそこのテントの中でぐっすり眠ってる。私のゾロアークとゲンガーで幻術を仕掛けたから、当分は眠ったままかもしれませんが」

ですが、とダンタリオンは続け、

「ただでは返しませんがね? この俺様の邪魔をしたんだ、鬱憤晴らしの一つはさせて貰わんとな」

その言葉に呼応し、メガゲンガーが不気味な笑い声を上げる。

「フン、いいだろう。元よりこちらも逃がすつもりはないからな。貴様を打ち破り、牢の中へとぶち込んでやるとしよう」

ワダンが、ボールを取り出す。

「出番だ! バクーダ!」

現れたのはバクーダだが、ジム戦で使っていた個体より少し大きい。恐らく別個体、本当の意味でのエースポケモンだろう。

「バクーダ、目の前の敵を蹴散らすぞ。メガシンカだ!」

コートのボタン代わりのワダンのキーストーンと、体毛に隠されたバクーダのメガストーンが共鳴し、光を放つ。

背中に聳える火山を揺るがし、メガシンカを遂げたバクーダがメガゲンガーと対峙する。

「ゲンガー、シャドーボール!」

「バクーダ、火炎放射!」

刹那、両者共に動く。

バクーダが息を吸い込み、吐息と共に灼熱の業火を吹き出すと同時、ゲンガーが第三の眼を妖しく光らせ、漆黒の影の弾を連射する。

荒れ狂う炎と無数の影の弾が衝突。威力は互角、一歩も譲らずに競り合いを続ける。

しかし、

「っ……!」

徐々に均衡が破れ始める。バクーダが押されている。

理由は簡単。口から炎を吐き出し続けなければならないバクーダは、いずれどこかで呼吸の限界が訪れる。一度息を吸い直すためには、炎を止めなければならない。

しかしゲンガーは違う。第三の眼に力を集めて撃つと同時に次の弾を作り出し、際限なく発射される影の弾が次第にバクーダの放つ炎を押し返していく。

その末に遂に、シャドーボールがバクーダを捉えた。無数の影の弾を全身に受け、バクーダが唸る。

「気合玉だ!」

体勢を崩すバクーダを狙い、さらにゲンガーは両腕を掲げて巨大な光の念弾を作り出す。

気合玉が炸裂と同時に爆発を起こし、爆炎がバクーダを包み込む。

「ハハハ! 口ほどにもありませんねぇ! その程度で私を蹴散らすだと? 随分と笑わせてくれるじゃねえか!」

黒い煙に覆われるバクーダを見て、ダンタリオンが嘲る。

しかし。

「ダイヤブラスト!」

刹那、バクーダを覆う黒煙が吹き飛ばされる。

それと同時、バクーダの周囲が煌めいたかと思うと、青白く輝く爆発が発生。

煌めく爆風が襲いかかり、ゲンガーを吹き飛ばした。

「ほう、どうやら少しは――」

「大地の力!」

ダンタリオンの言葉など聞かず、さらにワダンは指示を続ける。

よろめくゲンガーの足元が揺れ、大地エネルギーが溢れ出す。

大地のエネルギーの奔流に飲み込まれ、ゲンガーはダンタリオンの元まで押し流される。効果抜群の一撃。まだやられてはいないものの、大きいダメージを受けたようだ。

「チッ……おやおや、思いの外やるようで。少々計算が狂ってしまいましたな」

苛立ちを見せつつも、すぐに平静を取り戻すダンタリオンだが、

「フン、分かりやすい奴だ。取り繕っているのが見え見えだぞ」

対するワダンは全く動じず、寧ろ小さい笑みすら浮かべる。

「はぁ? なんですって?」

「マデルジムリーダーの中でもベテランのこの俺に、貴様程度の三下がよくもまぁ簡単に勝てると思ったものだな。そのゲンガーは確かに火力だけは飛び抜けているが、俺のバクーダより僅かに高い程度だ。加えて体力、スタミナはこちらの方が上。その程度で口ほどにもないだと? 随分と笑わせてくれるじゃないか」

ワダンの意趣返しに、いよいよダンタリオンが額に青筋を立てる。

「黙って聞いてりゃ好き勝手言ってくれるじゃありませんか。俺様相手にそこまで言うのであれば、地獄へ引きずりこまれる覚悟はできてんだろうなぁ」

「ちっとも黙っていなかったじゃないか。生憎だがこれ以上お前との茶番に付き合っている時間はないのでな。早々に終わらせようか! バクーダ、大地の――」

ワダンの指示は、そこで途切れた。

 

ズドォン! と。

頭上の木の上から突如何者かが飛来し、黒いオーラを纏ってバクーダの脳天に激突したからだ。

 

「なにっ!?」

突然現れた襲撃者に対応できず、頭を揺さぶられたバクーダがよろめく。

「ゲンガー、シャドーボール!」

その隙にゲンガーがさらに黒い影の弾を連射。

立て続けに影の弾が直撃し、バクーダが呻き声を上げる。

そして黒い襲撃者はダンタリオンの傍に立ち、ニヤリと笑って嘲るように吠える。

「ククク。伏兵は忍ばせておくに限ります。よくやったぞ、ゾロアーク」

襲撃者の正体は、黒い化け狐ポケモン、ゾロアークだった。

「荷車が草木を押し潰したはずなのに、その痕跡が見当たらないのは不思議だと思わなかったか? ゾロアークを森の中に潜ませ、森に入ってきた人間に幻を見せていたのさ。本当はテントの位置ごと隠すこともできたのですが、それでは張り合いがないと思ったものでね」

ダンタリオンはさらに続け、

「さて、それではそろそろ撤収しますか。このままバトルを続けてもいいんだが、モルフォンがやられている以上、流石にこの人数を一人で相手取るのは骨が折れるからの」

「っ、逃がさんぞ」

ワダンが詰め寄るが、既にダンタリオンは逃げ道を開いていた。

「そんじゃ、ゾロアークは戻るか。ゲンガー、頼むぞ」

ゾロアークがボールへと戻り、ゲンガーはダンタリオンの前に立って第三の眼を輝かせる。

そして最後に、もう一度ダンタリオンは不気味に笑う。

 

「本日はハーメルン・サーカスにお越しいただき、誠にありがとうございました。またのご来場、心よりお待ち申し上げております」

 

刹那。

ゲンガーが異次元空間の入り口を開き、ゲンガーとダンタリオンはその中へと消え去った。

 

 

 

その後、すぐにテントは解体され、中で眠らされていた観客たちは全員救出された。

すぐに目を覚ました者もいれば、ダンタリオンの言った通り幻術にやられたのか目を覚まさない者もいたが、とりあえず誰も命に別状はないようだった。一応、全員病院で検査を受けるようだが。

ハルとサヤナ、エリーゼの三人もカタカゲに戻り、代表で警察の事情聴取を受けていたワダンも一旦帰ってきた。

警察からの話を聞いたワダンによると、どうやらサーカス団自体は本当のハーメルン・サーカスで、メルヘルがグリムから団長の座を受け継いだのも事実だったようだ。

しかし、団員たちは皆カタカゲシティに着いてからの記憶が失われており、ヘンゼルとグレーテルの存在も誰も記憶していなかったという。ワダン曰く、カラマネロで記憶操作をしたかゾロアークで幻を見せ続けていたのだろう、とのことだ。

「ハル、今回のことでは迷惑を掛けたな、すまなかった。協力、感謝しているぞ。サヤナとエリーゼ、お前たちにも謝らなければな」

一通り説明が終わった後、ワダンはハルたち三人へ頭を下げた。

「いえいえ、僕は大丈夫ですよ。寧ろ助けてくれてありがとうございました」

「ハルと同じく、礼を告げるのは私の方ですよ。あそこでワダンさんが来てくれなかったら危なかったかも」

「頭をあげてくださいな、ワダンさん。事件が無事解決して、何よりですわ」

ダンタリオンたちを捕まえられなかったことは心残りだが、ひとまず事件は解決といえるだろう。

「さてハル、すまないが俺はまたこれから警察の捜査を手伝わなければならん。特訓の続きはできそうにないが、なんとなくコツは掴めただろう。お前のファイアローのスピードなら、サンドパンの代理もこなせるはずだ。あとは実践あるのみ、だな」

「はい、ありがとうございます。新しいバトルスタイル、必ずものにしてみせます!」

ハルが笑顔で返事を返すと、ワダンは小さく笑みを浮かべ、

「じゃあな。次に会ったときにでも、ワルビルの特訓の成果を見せてもらおうか」

それだけ告げ、ジムへと走り去って行った。

「ふぅ……今日は大変でしたわね。サーカス鑑賞のはずが、ゴエティアの騒動に巻き込まれるなんて」

「ほんとだよー。一時はどうなることかと思った……ハルも危なかったね。魔神卿と戦うことになるなんてね」

「まさかダンタリオンが絡んでるとは思わなかったよ。ワダンさんがいなかったら、本当にやばかった」

モルフォンこそ倒せたが、ゲンガーにはまるで歯が立たなかった。ハルも成長しているとはいえ、まだ魔神卿には及ばないということか。

「そういえば、二人はこの後どうするんですの?」

アルス・フォンを取り出し、エリーゼが尋ねる。

「僕は今日はカタカゲに泊まって、明日からはマデルトンネル経由でイザヨイシティを目指そうと思ってます」

「あっ、じゃあハルと次に会うのはイザヨイシティだね。私は少し大回りして、別の街を回ってイザヨイに行くつもりだよ」

特訓の休憩中に聞いた話によると、イザヨイシティはマデル地方における科学技術の最先端を突き詰めた近未来都市であり、マデル地方一番の大都市であるそうだ。

「そうなのですわね。私もイザヨイには行くつもりなのですけれど……少し別の予定があるから、私も二人とはここで一旦お別れになりますわね」

明日からはまた一人旅。少し寂しい気もするが、それもまた旅の思い出となる。

ひとまず、三人ともポケモンセンターへ戻る。

今日はゆっくり休んで、明日からはまたそれぞれの道へ出発だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

森の中を、ただひたすらに駆け抜ける。

やがて、メルヘル団長は森を抜け、舗装されていない薄暗い道路へと出た。

「はぁ……し、死ぬかと思った……」

肩で息を吐き、汗を拭う。絶体絶命のピンチにまで追い込まれたが、どうにか逃げ切ることができたようだ。

「おーおー、大丈夫かいな。団長の威厳のかけらもあらへんで」

そこで待機していたのは、青いピエロのヘンゼル。この場所は、任務を終えた彼らの待機場所だった。

「元からそんなのないでしょ。雑魚のくせに、往生際の悪さだけは一流ね。捕まってしまえばよかったのに」

ヘンゼルの隣には、蝶を模したゴシックな衣装のグレーテルもいる。

「お、お前たち! どうして団長を助けなかったのかね! おかげでひどい目にあったんだよ! 分からないのかね!?」

部下を見つけた途端、メルヘルは怒鳴りだすが、

「……ムカつく。ねえ兄さん、もうこいつ殺しちゃっていい?」

そんな団長の様子を見て、ついに見かねたグレーテルが低い声で呟く。

「な……き、君は誰に何を言っているのか分かっているのかね!? 私は団長であるぞ!? 君たちの上司であるのだぞ!?」

「はぁ? あんたは名ばかりの肩書きを背負った、ただの役立たずでしょうが」

実力の差は分かっているようで、グレーテルの剣幕にメルヘルは一転してビビり出すが、

「まぁ、待ちぃなグレーテル。気持ちは分かるけど、団長さんの処遇は私らが決めることちゃうよ。気持ちは分かるけどな」

相変わらず柔和な表情のヘンゼルに肩を叩かれ、不承不承と言った様子でグレーテルは引き下がる。

「なぜ二回言ったのかね? 君も私のことを馬鹿にしている……?」

先程からコロコロと表情を変えるメルヘルだが、ヘンゼルはそれを無視し、

「そろそろ、あのお方も到着する頃や。そんじゃ、後はお任せしまっせー」

そう言ってグレーテルの手を取り、一歩引き下がる。

すると、

「気付いていたか。とりあえず、今回の任務は終了した。引き上げますよ」

地面が歪み、異空間の入り口が開き、そこからダンタリオンとメガゲンガーが姿を現わす。

直後、ゲンガーの体を七色の光が包み、元の姿へと戻す。

「お疲れさんです。どないなもんでした? 成果の方は」

「うむ……最低限、といったところじゃの。キーストーンは残念ながら手に入りませんでした。他の魔神卿へ渡して貸しを作るのもいいかと思ったのたが、ま、やむを得まい」

ヘンゼルの言葉にそう返すと、ダンタリオンはメルヘルの方を向く。

「さて、メルヘル。お前とは少し話すことがある」

「は、はいぃ!」

ダンタリオンに呼ばれ、メルヘルは打って変わって姿勢良く振り返る。

「さて……まずはこう言っておきますか。お疲れ様でした。任務終了だ」

「え……あ、はい! ありがとうございますぅ!」

手のひらを返すように態度が変わるメルヘル。本当に分かりやすい。

「お前が散々しくじってくれたおかげでだいぶ計画を変更せざるを得なくなったが、それでも最低限やることはやった。とりあえず、お前の失態は全て水に流しましょう」

「た、大変もったいないお言葉……! ありがとうございますぅ!」

「まぁそれはいいや。ところでメルヘル。もう少し前に出てくれますか?」

「……?」

不思議な問いかけに怪訝な表情を浮かべながらも、メルヘルは一歩前に進み出る。

「うん。それでいい」

にっこりと笑ったダンタリオンに釣られて思わず笑みを浮かべるメルヘルだが、そこで気づく。

ダンタリオンの背後に立つ兄妹の、自分に対する哀れみの顔に。

何故だ。

何故こいつらは、こんな顔をしている?

「――そんでさ。ここからは話の続きなんだがよ」

メルヘルの思考がまとまらないまま、にっこり笑ったままのダンタリオンは言葉を続ける。

「俺様はもうハーメルン・サーカスに関しては完全に手を引く。だからメルヘル、君との繋がりもここで切れてしまうんですよ。そうなると、困った問題が起こる」

「……! そ、そうですよ! 私はこのあとどうすればよいのです!? 今さらサーカス団に戻るなんて、できっこありませんよ!」

「落ち着きなされ。ちゃんと考えてある。というか、やることはもう決まっています」

喚くメルヘルを制し、ダンタリオンは続ける。

「お前との繋がりが切れるってことは、お前はもうゴエティアの人間じゃなくなるってことだな。困った問題が起こるよな? ゴエティアではない人間なのに、ゴエティアの内情を知りすぎた人間がいることになりますよね。それはまずい。本当にまずい」

「ええ……そうですね……?」

「そうだよな? ならばこの問題を解決するには、その“知りすぎた人間”を排除しなくちゃいけないんだ」

「……へ?」

まさか。

メルヘルの背筋に、寒気が走る。

最悪の事態が脳裏に浮かぶが、もう遅い。

「メルヘル」

思考を遮り、白い悪魔が名前を呼ぶ。

 

「――任務終了だ。お疲れ様」

 

風切音、衝撃。

メルヘルの意識は、そこで途絶えた。



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第82話 トンネルのひと騒動

次の朝。

「それじゃ、元気でね」

「うん。お互いにね!」

「次はイザヨイシティで会いましょう」

朝食を食べ終わったあと、ハルとサヤナ、エリーゼはひと時の別れを告げる。

エリーゼはカタカゲに残り、サヤナとハルは別の道へと進む。

ハルは次の目的地、イザヨイシティへ向けて、マデルトンネルへと足を踏み入れた。

ワダンが特訓前に言っていた通り、こちらのトンネルは既に完成され、きちんと舗装されているトンネルだ。照明もとても明るいというほどではないが、切れているものはなく、きちんと整備されているのがわかる。

あまり明るくしていないのは、住み着いている野生のポケモンへの配慮らしい。

「イザヨイシティ……近未来都市って聞いてるけど、どんな街なんだろう? 楽しみだね、エーフィ」

薄暗いので、ハルは隣にエーフィを連れている。額の珠で前方を照らしながら、エーフィはハルの方を向いて微笑む。

何しろ、サオヒメシティよりもさらに規模の大きいマデル地方一の大都市だ。

ハルが今が情報を検索しているこのアルス・フォンを製作した会社、アルスエンタープライズの本社もイザヨイシティにある。もちろんポケモンジムもある。

さらに、フォンの情報によると、少し先の出来事ではあるがこの街で大規模なポケモンバトル大会が開かれるらしい。

その規模、まさにポケモンリーグマデル大会の次に大きな大会。優勝の商品は賞金やトレーナーグッズセット、それから何と、ポケモンリーグ予選のシード権だ。

「ポケモンリーグのシード権……! これは絶対出ないと。それにこの大会でいい成績を残した選手はポケモンリーグでも戦うことになるかもしれないし、情報収集にもなるしね」

まだハルのバッジの数は五つだが、先を見据えておくに越したことはない。

とりあえず、イザヨイシティに着いたら街を散策し、ジム戦は次の日以降だ。ワルビルを始め、ポケモンたちの特訓や調整も欠かすわけにはいかない。

頭の中で予定を立てながら、ハルは薄暗いトンネルの中を進んでいく。

しばらく進むと、

「ん? エーフィ、どうしたの?」

エーフィが足を止め、尻尾で前方を指す。その先は、分かれ道だった。

しかしどっちに進めばいいかは迷わなかった。左側の道を塞ぐように立て看板が置いてある。

「えーっと……『この先ノワキタウン。関係者以外の立ち入りを禁ず』か……」

看板には、そう書かれていた。

ポケモンセンターで他のトレーナーたちから聞いた話によると、ノワキタウンは住民こそいるものの、かつて粗大ゴミの捨て場として使われていた無法の町で、今はいわゆる自治区のような扱いであるのことだ。

一応ジムリーダーもいるようだが、それも今は治安維持を目的とした形式的なものとなっているらしい。

マデル地方にはジムが八箇所しかないわけではないので、わざわざそんな無法地帯へと赴く物好きはいないし、ハルもそんな物好きではない。

「ってことは、右側に行けばいいんだね」

そう呟き、看板の立っていない道に進んで行こうとしたところで、

 

「邪魔だ! どけ!」

 

三人ほどの黒装束の男たちが通路から飛び出してきた。

ハルは突き飛ばされ、尻餅をついてしまう。

「痛たた……なんだ?」

お尻をさすりながらハルは立ち上がる。

よく見れば、その黒装束たちはゴエティアの下っ端だ。

「……あっ、お前たち、ゴエティアだな! ここで何をしてる!」

「げっ……お前、俺たちのこと知ってるのかよ」

身構えるハルだが、男たちからは戦意を感じない。

「悪いが、俺たちは今お前のようなお子様に構っている暇はないんだ。俺たちがついうっかり縄張りをちょいと荒らしちまったせいで、ここを住処にしてるポケモンが暴れ出しちまったもんでな。逃げるところなのさ」

「そういうこと。この先に進みたいなら、暴れてるポケモンを鎮めるか、引き返して日を改めるしかねえぜ」

それだけ告げると、男たちは看板の立てられた通路の奥へと逃げて行ってしまった。

「何だったんだろう?」

追いかけたい気持ちもあるが、さすがにたった一人で無法者の町の中へ飛び込んでいくのは気が引ける。

それに、ポケモンが暴れているという話も放っておけない。

どちらと戦うか選べと言われれば、野生ポケモンと戦う方がずっとマシだ。

「エーフィ、この先凶暴なポケモンに出くわすかもしれない。気をつけて進むよ」

少し考えた結果、ハルは黒装束たちのことは一旦忘れ、目的地へと足を進めることにした。

 

 

 

道が険しくなってきた。

照明は設置されているのだが、ところどころ切れてしまっているらしく点灯しておらず、道もごつごつした石が目立つようになってきた。

薄暗い通路の中を、ハルとエーフィは黙々と進んでいく。

その時だった。

 

ズガァン! と。

トンネルの壁が破壊され、何者かが姿を現わす。

 

「な、何だ!?」

後ずさりし、身構えるハル。

襲撃者の正体はポケモンだった。恐らく野生のポケモンだろう。

赤い爪を持つ、緑色の小型の怪獣のような風貌のポケモン。口からは長い牙が突き出している。

 

『information

 オノンド 顎オノポケモン

 牙は大岩をも砕く破壊力を持つが

 一度折れると生え変わらない。

 戦いが終わると牙を丹念に磨く。』

 

オノンドというドラゴンタイプのポケモンのようだが、かなり興奮している様子。牙を剥いて吼え、ハルを威嚇している。

「もしかして……さっきあいつらが言ってたのって、このオノンドのことか」

間違いないだろう。このトンネルを住処としていたところ、下っ端たちに縄張りを荒らされて気が立っているのだ。

「引き返してもいいけど……いや、次に通る人が危ない目に遭うかもしれない。戦って気を鎮めさせるしかなさそうだね」

ハルの言葉に反応して、エーフィが進み出る。

「頼んだよ、エーフィ。でもやりすぎないようにね。落ち着かせる、もしくは撤退させることが目的だからね」

エーフィは振り返り、頷くと、すぐに一歩踏み出してオノンドと対峙する。

そして相対するオノンドは、ハルが撤退しないばかりか戦う姿勢を見せたことにより、いよいよ本格的に襲い掛かってくる。

咆哮と共にその腕に凄まじいオーラを纏わせて光の巨大な爪を作り出し、エーフィへと飛び掛かってきた。

「この技は……ドラゴンクローか! エーフィ、躱して!」

エーフィは素早く跳びのき、光の龍爪を躱すと、

「サイコショットだ!」

額の珠に溜め込んだ念力を集め、サイコパワーの念弾として発射する。

しかし突如、オノンドの長い牙が炎を灯す。

炎を纏った牙を振り抜き、オノンドは力任せにサイコショットを破壊してしまった。

「エーフィの得意技を一撃で打ち破るのか……なかなかのパワーだな……!」

この辺り一帯を縄張りとしているだけのことはあり、実力は高そうだ。パワーだけならハルのワルビルといい勝負かもしれない。

そうこうしているうちに、オノンドは再び突っ込んできた。

「動き自体は単調だな……エーフィ、躱してスピードスター!」

トレーナーの指示もない野生のポケモンなので、動きは単純。

襲いかかるオノンドの炎の牙をエーフィは身軽に躱し、尻尾を振るって無数の星型弾を飛ばす。

回避しようとするオノンドだが、必中の星型弾は軌道を変えて、確実に標的を捉える。

「よし、続けてシャドーボールだ!」

エーフィの額の珠が黒く染まり、漆黒の影が集まる。

対するオノンドもスピードスター程度では大きなダメージは受けておらず、腕に巨大な爪のオーラを纏わせ、再び突っ込んでくる。

エーフィがシャドーボールを放つが、即座にオノンドは光の龍爪を振り抜いて影の弾を破壊、さらに今度は牙を構えて突撃し、エーフィに鋭い牙の斬撃を浴びせ、さらに体当たりをかまして突き飛ばした。

「っ! エーフィ、大丈夫!?」

予想以上にダメージが大きい。それでもエーフィは立ち上がり、ハルの声に応えて頷く。

図鑑を取り出し、ハルは今のオノンドの技を確認すると、

「えっと……なるほど、シザークロスか。通りでダメージが大きいわけだ」

虫技のシザークロスは、エスパータイプに効果抜群となってしまう。

そしてオノンドもシザークロスがよく効くことに気づいたようで、再び牙を構えて突進する。

「そう何度もは当たらないよ! エーフィ、躱してサイコショット!」

今度は跳躍してオノンドの牙を確実に躱し、勢い余って後方に飛んでいくオノンドの背中へ念力の弾を放つ。

飛び上がったエーフィの方を振り返ったオノンドの顔面に、サイコパワーの念弾が直撃した。

「よし! いいぞ、エーフィ!」

着地してオノンドを静かに見据えるエーフィとは対照的に、オノンドは怒りを露わに咆哮する。

(……だめだな、全然落ち着いてくれそうにない。このオノンド、かなり好戦的なんだな)

いくら攻撃を当ててもオノンドは逃げる気配など微塵も見せず、寧ろ攻撃を受けるたびにより怒りを強めているように見える。

(しょうがない。こうなったら、捕まえて大人しくさせるしかないな)

目標変更。このオノンドをゲットする方針に切り替える。

落ち着いてもらうためなのはもちろんだが、ハルの手持ちはまだ四匹しかいない。そろそろ新しい仲間がほしい頃だ。

このオノンドを仲間にして心を通わせることができれば、心強い味方になってくれるだろう。

「エーフィ、引き続き頼むよ! スピードスター!」

尻尾を振り抜き、エーフィはて無数の星形弾を飛ばす。

この技は躱せないと理解したようで、オノンドは手刀を振るうように牙を叩きつけ、星形弾を破壊する。

「なるほど、もう一つの技は瓦割りか……エーフィ、一旦離れてサイコショット!」

エーフィはその場からジャンプしてオノンドから距離を取り、サイコパワーの念弾を放つ。

突撃を仕掛けようとしたオノンドに念弾が直撃し、オノンドは体勢を崩す。

「よし……! 今だ!」

オノンドが転んだところに、ハルはモンスターボールを取り出し、それを投げつける。

モンスターボールがオノンドの額に当たると、ボールが開き、オノンドを吸い込む。

ボタンが赤く点滅し、激しく揺れる。

しかし、

「……っ! まだだめか!」

一旦ボールに入ったものの、オノンドはモンスターボールを突き破り、中から出てきてしまう。

荒々しく吼えると、オノンドは再び巨大な光の龍爪を構えて突っ込んでくる。

「エーフィ、スピードスター!」

対するエーフィは無数の星形弾を放つが、オノンドは爪を突き出して強引に突っ込み、星形弾を打ち破り、その奥にいるエーフィに斬撃を与えて吹き飛ばす。

オノンドの攻撃はそこで終わらず、さらに牙で切りかかって来る。

「っ、エーフィ、シャドーボール!」

咄嗟にエーフィは倒れたままくらい影の弾を放つが、影の弾はオノンドの牙に押し負け、威力は弱めたものの、エーフィは再び切り裂かれてしまう。

「くっ、エーフィ!」

吹き飛ばされるエーフィに対し、オノンドは爪に龍の力を纏わせ、飛び出してくる。

ようやく立ち上がったエーフィ。普通ならば回避できる余裕はないが、

「……今だエーフィ! マジカルシャイン!」

エーフィの額の珠が白く輝き、周囲に純白の光が放出される。

フェアリータイプの技は、ドラゴン技を無効化する。オノンドの腕の龍の力を容易く打ち消し、さらにオノンドを光に飲み込み、吹き飛ばした。

「今度こそ! いけっ!」

ハルはもう一度モンスターボールを取り出し、オノンドへと投げる。

仰向けに倒れるオノンドに当たると、再びオノンドをボールの中へと吸い込んだ。

地面に落ちたモンスターボールはボタンを点滅させながら何度か揺れ、やがて動きを止める。

「……よし! オノンド、ゲットだ! エーフィ、お疲れ様!」

予想以上に強敵だったオノンドとの戦いで消耗したエーフィへ、ハルはエーフィの好物である甘いモモンの実と、体力回復効果のあるオボンの実を渡す。

その後、捕まえたオノンドをボールから出す。

まだ興奮が収まらない様子のオノンドだったが、自分を打ち負かしたエーフィがハルの傍で睨みをきかせているからか、ハルに対して攻撃は仕掛けてこない。

「オノンド。君は黒い服の人たちに縄張りを荒らされて怒ってたんだよね。あの黒い服の人たちは、僕の敵でもあるんだ。同じ目的を持つ者同士、力を貸してほしい。僕と一緒に来てくれないかな」

ハルがまっすぐにオノンドの目を見てそう言うと、オノンドは少し時間を挟んだ後、やれやれと言った感じで頷いた。

ハルはにっこり笑うと、木の実ケースの中からいくつか木の実を取り出す。

オノンドは少し戸惑っているようだったが、そのうち、ハルの差し出したものの中から、ロゼルの実にかぶりつき、上機嫌そうに喉を鳴らす。どうやら見た目に反して、甘い味が好みらしい。

新しい仲間としてオノンドを手持ちに迎え入れ、ハルは今度こそイザヨイシティを目指す。

 

 

 

「あれ……?」

トンネルの出口を抜けたハルは、そこで愕然とすることになった。

最先端の科学技術で作られたような施設や設備は一つも見当たらず、寧ろハルを出迎えたのは古い家のような建物の数々。

さらに、管理が行き届いていないのか、そこら中に粗大ゴミが投げ捨てられている。

どう考えても、ここが科学技術の最先端、イザヨイシティとは思えない。

不審に思い、ハルはターミナルを取り出して地図を確認する。

すると。

「嘘……でしょ……!?」

どこで道を間違えたのか。

ハルがやって来てしまったこの場所は、ノワキタウンだった。



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ノワキタウン編――友情
第83話 無法な町


気づかないうちに、どこかで道を間違えてしまったのだろう。

イザヨイシティを目指していたはずのハルが辿り着いたこの場所は、無法地帯とも呼ばれるゴミ捨て場の街、ノワキタウンだった。

「まずいね……早めに引き返そう。一旦カタカゲシティに戻るか」

あまりこういったところに滞在したくはない。

独り言を呟き、ハルがトンネルに戻ろうとしたところで、

 

「いただきっ!」

 

物陰から何者かが飛び出し、ハルを突き飛ばした。

突然何かにぶつかられ、ハルは転んでしまう。

「やったぜ! イケてる機械、ゲットだ!」

ハルを突き飛ばしたのは少年だった。

見た目はハルと同年齢か少し年下、髪はもじゃもじゃの緑色で、黒と緑を基調とした動きやすそうな服を着ている。

ハルもどちらかといえば小柄な方だが、その少年はそんなハルよりもさらに少しだけ背が低い。

そして、

「あっ……! それは……!」

その少年が拾い上げたものは、ハルのアルス・フォンとポケモン図鑑だった。

「どうせこの町を荒らしにでも探しに来た不届き者だろうけど、そうはさせないぜ。ここにあるのは全部俺たちのモンだ! そんじゃ、こいつは貰ってくぜ!」

言うが早いか、少年は図鑑とフォンを奪い、走り去っていく。

「ちょっと、待って! それを返してよ!」

慌ててハルは立ち上がり、少年の後を追う。

しかしこの少年、かなり足が速く、全然追いつけないどころか距離を離されていく。このような手口に慣れているのだろう。

「こうなったら……ファイアロー! あの子から物を取り返して!」

急いでハルはモンスターボールを取り出す。

現れたファイアローは全速力で飛び出すと、瞬く間に少年へと追いついた。

「くそっ、させるかよ! こうなりゃやってやる……出てこい、リザード!」

ファイアローがすぐ後ろに迫っていることに気づき、少年もボールを取り出した。

そのまま立ち止まって振り返り、手にしたボールからは尻尾の先に炎を灯した頑強なトカゲのようなポケモンが飛び出してくる。

「リザード、あいつを追い払え! 雷パンチだ!」

リザードと呼ばれたそのポケモンは一声上げると拳に電撃を纏わせ、ファイアローへと殴り掛かってくる。

「やる気か……! ファイアロー、躱してアクロバット!」

リザードが繰り出す拳の連撃を、ファイアローは軽快に躱していく。

疲れてリザードが一瞬動きを止めたところに、翼を叩きつけて突き飛ばす。

「スピードを上げるよ! ニトロチャージだ!」

さらにファイアローは翼から火の粉を吹き出して全身に炎を纏い、体勢を崩すリザードへ突撃。

炎の突進がリザードへ命中するが、

「その程度なら! リザード、雷パンチだ!」

ニトロチャージを受けたリザードは怯まなかった。

地に足をつけて耐え切り、即座に電撃を帯びた拳で見事なカウンターを決め、逆にファイアローを殴り飛ばす。

「火炎放射!」

リザードが大きく息を吸い込む。

吹き飛ぶファイアローへ吐息とともに灼熱の炎を吹き出し、さらなる追撃を仕掛ける。

「ファイアロー、避けて! アクロバットだ!」

風を掴んで空中でなんとかバランスを立て直し、ファイアローは急上昇からの急旋回でリザードの放つ炎を回避、さらに再びリザードへと飛び出していく。

「かかってこいよ! リザード、ドラゴンクロー!」

「それならファイアロー、鋼の翼だ!」

オーラを纏った光の龍爪を構えるリザードに対し、ファイアローは硬質化させた翼を叩きつける。

龍爪と鋼の翼が激突、火花を散らしながら互いに一歩も引かず競り合う。

「押し返せ! 火炎放射!」

「押し切る! ブレイブバード!」

競り合ったままリザードが炎を吹き出し、ファイアローを押し戻そうとする。

だがファイアローの体が凄まじい量のオーラに纏われると、均衡は一気に崩れる。

放った炎、さらに龍爪のオーラも打ち破られ、ファイアロー渾身の突撃を受けて、リザードは大きく吹き飛ばされた。

「リザード! くそっ……まだやれるよな! 勝負はまだここからだぜ!」

少年の叱咤激励を受け、リザードは立ち上がると大きく吼え、鬼の形相でファイアローを睨む。

「ねえ、君はどうして僕の図鑑を奪ったのさ」

「うるさい、よそ者に話すことは何もねえよ! いいからさっさとここから出て行け! 出て行かないなら力尽くで追い出す! リザード、ドラゴンテール!」

地を蹴ってリザードが駆け出す。

尻尾に龍の力を纏わせ、跳躍して一気にファイアローに接近、炎の灯った尻尾を横薙ぎに振るう。

「ファイアロー、アクロバット! 回避!」

一発目の尻尾の攻撃を躱し、立て続けに繰り出される炎の尻尾を軽快に回避、さらに、

「ニトロチャージだ!」

飛翔して素早く離脱、リザードの上を取ると同時に炎を纏い、頭上から急降下して襲い掛かる。

「っ!? リザード、上だ! ドラゴンクロー!」

咄嗟にリザードが頭上を見上げるが、すでにファイアローは眼前に迫っている。

ドラゴンクローでの迎撃も間に合わず、リザードは炎の突進に突き飛ばされ、

「これで決めるよ! ファイアロー、ブレイブバード!」

ファイアローが翼から火の粉を吹き出し、その身が燃え盛る炎が如き凄まじいオーラに包まれる。

そのまま翼を広げて低空飛行、守りを捨ててジェット機が如くリザードとの距離を一気に詰め、渾身の一撃を込めてリザードを吹き飛ばした。

「なっ……! リザード!?」

後方へ吹き飛んでいったリザードの方を、少年が慌てて振り返る。

地面に叩きつけられてさらに二度、三度とバウンドし、そのまま戦闘不能となって動かなくなってしまった。

「くそっ……」

リザードをボールに戻す少年に対し、

「さあ、これで決着は付いたよね。僕のポケモン図鑑とアルス・フォンを返して」

ハルも一旦ファイアローをボールへと戻し、緑髪の少年に詰め寄る。

だが、

「くそっ……! お前! よくも、俺のリザードを!」

リザードを倒されて逆上したその少年は怒りの形相を浮かべ、今度はハルに直接殴り掛かってきた。

「えっ……ちょ、うわっ!」

ハルはお世辞にも腕っ節に自信があるとはいえない。何とか少年の拳を避けるも、バランスを崩して尻餅をついてしまう。

「リザードの仇! 覚悟しろッ!」

転んだハルに対して、少年は容赦なく拳を振りかぶる。

 

「ラルド! そこまでにしておけ!」

 

その刹那。

少年の背後から男性の声が響き渡り、少年は慌てて振り上げた拳を下ろして振り返る。

少年の後ろから、数人を引き連れたリーダー格と思われる男が歩いてきた。

白いラインの入った黒服を着た、極道のような風貌の男で、髪の色は銀。首には白い翼を模したようなネックレスを掛けている。

「ク、クリュウさん……! だけどこいつ、侵入者なんですよ!」

「分かっている。だから俺が出てきたんだ。町の面倒ごとは俺の仕事だ。ラルド、お前はとりあえず下がっていろ」

どうやらこの緑髪の少年はラルド、黒スーツに銀髪の男はクリュウというらしい。

指示されてラルドは後ろへと下り、代わりにクリュウがハルの前に進み出てくる。

「なるほど、お前が侵入者か。まだガキじゃねえか……名前は」

「……ハルです」

「ハル、だな。なぜこの町に来た」

座り込んだままのハルを見下ろし、クリュウは淡々と質問を続ける。

「……」

「なぜこの町に来た、と聞いている。安心しな、正直に答えれば特に暴力は振るわねえよ。少なくとも、今のところはな」

口調こそ穏やかだが、その奥には何かただならぬ気配を感じる。

今は何もされないだろうが、返答を誤れば何をされるか分かったものではない。

「……本当はイザヨイシティに行くつもりでした。トンネルの中で、道を間違えたんです」

「間違えただと? そんなわけあるかよ。トンネルの分かれ道に看板が立ててあったはずだ。看板を越えてその奥に進まなけりゃ、ここには辿り着かないはずだ。分かれ道からは一本道だし、間違えるはずはねえ」

「本当なんです。僕は嘘なんかついてません。疑うなら、トンネルを調べてみてください」

「あぁ?」

クリュウは鋭い目つきでハルを睨む。

恐怖に駆られながらも、目を逸らしてはいけない、そう思い、ハルはまっすぐにクリュウの目を見据えた。

「ほーお。その目つき……お前、いい度胸してやがるな」

忌々しそうに呟き、クリュウは言葉を続ける。

「……だが、嘘をついている目には見えねえな。分かった、ひとまず今は攻撃を加えるのはよそう」

そう言って、クリュウはようやくハルから目線を外し、後ろに控えていたラルドの方を振り向く。

ひとまず、と言っているあたり、まだ解放してもらえるわけではないようだ。

「おい、ラルド。お前、こいつからなんか盗ったろ」

「はい。イケてる機械持ってたんで、何かに使うか高く売るかできるかなって……」

ラルドはハルから奪った図鑑とアルス・フォンを取り出す。

「ポケモン図鑑に、アルス・フォン……なるほど。ということは、旅のポケモントレーナーか。それなら」

それを確認し、クリュウは再びハルの方に向き直ると、

「おい。ハルっつったな。とりあえず立て。ラルドが奪ったこの機械は返してやるよ」

「えっ? 本当ですか?」

随分あっさりと承諾されてしまった。予想外の展開に拍子抜けしてしまうハルだが、

「ただし」

と、そうクリュウは続ける。

「俺の中では、お前の評価はまだ目的不明の侵入者だ。当然、無条件に解放するわけにはいかねえな」

「なら、何をすればいいんですか」

ハルの返答に対して、クリュウは不敵な笑みを浮かべ、

「この町でもやり手のトレーナーと、一対一のポケモンバトルをしてもらう。その結果次第で、ラルドが奪ったものを返し、お前を解放してやるよ」



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第84話 奪還戦

「ポケモンバトル……ですか」

クリュウから告げられた、解放してもらうための条件。

それは、ノワキタウンの中でも実力派のトレーナーとポケモンバトルをする、というものだった。

「そうだ。そのバトルの結果次第で、お前の処遇は決まる。どうする? やるか?」

クリュウが問う。

対して、

「ええ。やります」

ハルも即答した。もとより拒否権などないし、やることは単純。

ポケモンバトルをして勝てばいい。それだけの話だ。

「決まりだな。じゃあその前に、俺について来い。お前にはまずやってもらわなければならないことがある」

「……わかりました」

踵を返すクリュウに続いて、ハルもその後を追って歩き出す。

 

 

 

連れてこられたのは、ポケモンセンターだった。

「えっ?」

「言ったろ、やってもらうことがあるってな。ポケモンの回復だよ」

「……やることって、それだけですか?」

「当たり前だ。今からお前が戦う相手は傷ついたポケモンで勝てるような奴じゃねえからな。背景にどんな理由があろうと、ポケモンバトルはフェアであるべきだ」

戸惑うハルを尻目に、クリュウはポケモンセンターへ入っていく。

しかし二人を出迎えたのはジョーイさんではなかった。

「おっ、クリュウ! やほー……ってあれ、その隣の子だれぇ? あっもしかして、また捨てられっ子拾ってきた的な?」

待っていたのは派手な金髪の女性。化粧が濃く、ピンクのナース服は着崩しており、黄色い瞳には強い悪戯心が宿っている。

「ご苦労、イロー。生憎だがこいつはそうじゃない、これからゼンタとのバトルが控えてるんだ。こいつのポケモンを回復してやってくれ」

「あぁ、そっち系ね。おっけー、任せといて。君、名前は?」

会話から察するに、この女性はイローという名前らしい。

「ハルです」

「おっけー、ハルだね。あーしはイロー、この町のポケモンセンターの管理人だよ。怪しいお姉さんに見えるかもしれないけど、こー見えてもちゃんと医師免許は持ってるから、安心するがよいぞ☆」

キャハッ、と大層自慢げにイローは笑う。ギャルっぽいというか、何だかやけに距離が近い。

「ま、そういうわけだ。怪しむ気持ちは分かるが、腕は確かだから安心しろ。それとイロー、俺はまた後でこいつを迎えに来るから、よろしく頼んだぞ」

「はい……わかりました」

「あいよー」

クリュウに促され、ハルはモンスターボールをイローへと預ける。

しばらく待機していると、

「おまたせー、みんな元気になったよん」

奥の部屋から、モンスターボールを持ったイローが出てきた。

「ありがとうございます」

イローからボールを受け取ると、ハルは試しにファイアローを出す。

「ファイアロー、体の方は大丈夫?」

ハルに尋ねられ、ファイアローはご機嫌そうに翼を上げて頷く。傷も完全に治っているし、どうやら医師免許の話やポケモンセンターの管理人だというのは嘘ではなさそうだ。

「あっ、ハル、今あーしのこと疑ってたでしょ? せっかくポケモンたちを元気にしてあげたのに、ひどーい」

「えっ? あ、いや……」

「なーんてね☆ 冗談よ。気持ちはわかるし」

悪戯っぽくケラケラとイローは笑うと、

「あんたがなんでここに来たのかは知んないし、あーしには人を見る目はないからあんたが善人なのか悪人なのかも分かんないけどさ。何にもやましい事がないんなら、多分クリュウはあんたのことを逃がしてくれると思うよ。ちょっと怖いけど、ああ見えて悪い人じゃないから」

「……はい、ありがとうございます」

「あっ、こんな馴れ馴れしく話をしてたことはクリュウには内緒ね。あーしが怒られちゃうから」

ハルにはよくわからなくなってきた。ラルドが急に襲い掛かってきたかと思えば、イローはやけに友好的だし、クリュウに至っては全く考えが読めない。この町の人たちは何を考え、どんな暮らしをしているのだろう。

「イロー、そろそろ終わったか」

そんなことを考えていると、再びクリュウがポケモンセンターに戻ってきた。

「おかえりー、バッチリよん」

「よし。ハル、来い」

クリュウに呼ばれ、ハルは立ち上がる。

覚悟は決まった。クリュウの後に続き、ハルはもう一度イローに礼を告げ、ポケモンセンターを後にする。

 

 

 

ハルが連れてこられたのは、町中の広場だった。

しかし、広場といっても、他の街にあるような人々が集まってわいわいできるようなところではない。とりあえずここなら人が何人も集まれるだろうという程度の広場だ。

そして周りには見物人がぞろぞろと集まってきている。皆ノワキタウンの住民なのだろうか。

「ゼンタ、行ってきな」

クリュウが名前を呼ぶと、すぐ近くにいた赤い髪の大柄な男が反応して顔を上げる。

以前ハダレタウンで見た見た魔神卿アモンには劣るが、それでもかなりの筋肉質で、背も二メートルくらいはある。

「このゼンタはノワキタウンの中で俺が最も信頼を置けるトレーナーだ。いいバトルを期待してるぜ」

クリュウの紹介を受けて、ゼンタと呼ばれた大男はハルの向かい側に進み出て、ハルと対峙する。

「手加減は無しだ。いざ、尋常に勝負」

「……ええ、望むところです。よろしくお願いします」

ハルとゼンタが同時にボールを手に取る。

「アン、審判をやれ。公平にな」

続いてクリュウに指名されたのは、メガネをかけたおかっぱの青髪の少女。

「はい……それではこれより、ゼンタさんと、ええと……ハルさん、でしたっけ? のポケモンバトルを行います。使用ポケモンは一匹ずつです」

「では俺からポケモンを出そう。いざ、ムクホーク!」

ゼンタが繰り出すのは、赤いトサカを持つ鷹のような鳥ポケモン。

 

『information

 ムクホーク 猛禽ポケモン

 賢いが獰猛で好戦的な性格。体の

 大きな相手にも臆せず挑みかかり

 自身が傷つくことも厭わず戦う。』

 

見た目通り、飛行タイプのポケモンのようだ。

「出てきて、ルカリオ!」

対するハルは、エースのルカリオで立ち向かう。

「それでは、バトルスタートです!」

アンと呼ばれた審判の少女の声を引き金に、いよいよバトルが始まる。

「先手はいただく。ムクホーク、飛べ!」

バトルが始まると同時、ムクホークが翼を広げ、一気に急上昇する。

「ムクホーク、フェザーラッシュ!」

かなりの高度まで飛び上がったムクホークが翼を羽ばたかせると、無数の尖った羽根が矢のように次々と降り注いでくる。

「ルカリオ、弾いて! ボーンラッシュだ!」

ルカリオの手を纏う波導が形を変え、青白い槍となる。

波導の槍を手にしたルカリオはそれを振り回し、無数の羽根の弾幕を弾き飛ばしていく。

「ならば、ブレイブバード!」

甲高く嘶いたムクホークの体が、燃え盛る炎の如きオーラに包まれる。

そのままムクホークは翼を折りたたみ急降下、彗星が如くルカリオへと襲い掛かる。

「ルカリオ、下がって!」

上空を見上げたルカリオは即座にその場から飛びのくが、

「逃すな!」

地面に激突する直前でムクホークは翼を広げ、瞬時に軌道を修正してルカリオを追う。

二度目の回避は間に合わず、ムクホークの渾身の一撃がルカリオを貫き、吹き飛ばした。

「ルカリオ! 大丈夫!?」

強烈な一撃を受けたが、立ち上がったルカリオはハルの言葉に応えて頷く。これくらいでやられはしない。

「さあ、続けるぞ! 鋼の翼!」

旋回するムクホークが翼を硬質化させ、再びルカリオへと向かってくる。

「ルカリオ、迎え撃つよ! 発勁!」

ルカリオの右手を覆う波導が大きく展開される。

鋼の翼を叩きつけるムクホークに対し、波導を纏った掌底を突き出し、ルカリオはムクホークと互角に競り合う。

「今だよルカリオ! 波導弾!」

ルカリオの右手を覆っていた波導が瞬時に形を変え、青い光の念弾となる。

ゼロ距離の波導弾で均衡を打ち破り、ムクホークを押し戻す。

「続けてサイコパンチ!」

「そうはさせん! ムクホーク、フェザーラッシュ!」

拳に念力を纏わせ、さらに殴り掛かろうとするルカリオだが、ムクホークも反撃が早い。

翼を羽ばたかせて無数の尖った羽根を射出し、ルカリオへ羽根を突き刺してその動きを止め、

「熱風だ!」

翼を激しく羽ばたかせ、灼熱の風を巻き起こす。

ルカリオを押し戻し、鋼の体をじりじりと焼いていく。特攻があまり高くないのかそこまで威力は高くないが、それでも効果抜群なので痛い。

「なかなか強い……こうなったら、ルカリオ! やるよ!」

ハルがルカリオの名を呼ぶと、ルカリオは振り返り頷く。指示を受けずとも、ハルの言いたいことは伝わっている。

右腕を掲げ、ハルは叫ぶ。

「僕と君の、絆の力に応えて! メガシンカだ!」

ハルの腕輪のキーストーンとルカリオの腕輪のメガシンカが反応し、光を放つ。

七色の光に包まれ、ルカリオの容姿が変わっていく。

黒い波紋をその身に刻み、天を貫く咆哮とともに、ルカリオはメガシンカを遂げる。

「ええっ……!?」

「ほぉ……!」

ルカリオのメガシンカした姿に、審判のアン、クリュウやラルドを始めとした見物人たちから感嘆の声が上がる。

そして、

「なっ……貴様、メガシンカの使い手だと!?」

何より一番驚愕していたのは、ハルの対戦相手、ゼンタだ。

「ええ。ゼンタさん、勝負はここからです! ルカリオ、発勁!」

ルカリオの右手から青い波導が吹き出す。

そのままルカリオは地を蹴って飛び出し、一気にムクホークに接近、爆発的な波導を乗せて右手を突き出す。

「っ! ムクホーク、フェザーラッシュ!」

ルカリオのメガシンカに圧倒されていたムクホークが慌てて翼を広げるが、羽根を撃ち出すよりも早くルカリオの波導の掌底を叩きつけられてしまう。

「波導弾だ!」

吹き飛ぶムクホークに向け、ルカリオはさらに青い波導の光弾を放出する。

「壊せ! ブレイブバード!」

燃え盛る炎の如き凄まじいオーラを身に纏い、ムクホークが飛び出す。

「来るよルカリオ! 躱して!」

猛スピードで迫り来るムクホークの渾身の突撃を、ルカリオは大きく跳躍し、間一髪で回避。

「フェザーラッシュ!」

しかしブレイブバードを外したムクホークは翼を開いてすぐさま飛翔、ルカリオの上から矢のように無数の尖った羽根を撃ち出す。

「ルカリオ、ジャンプだ! ボーンラッシュ!」

ルカリオが右手を開くと、波導が姿を変えて槍の形をとる。

後ろに跳んで無数の羽根を躱すと、ルカリオは槍を地面に突き立ててジャンプ、棒高跳びのように一気に跳躍して上空のムクホークに迫り、

「サイコパンチ!」

上昇の勢いも利用し、念力を纏った拳を突き出す。

「ムクホーク、迎え撃て! 鋼の翼!」

対するムクホークも硬質化させた翼を振り下ろし、ルカリオの拳を迎撃する。

再び両者の攻撃が激突するが、

「熱風!」

その次の動きはムクホークの方が早かった。

灼熱の風を吹き付け、ルカリオを吹き飛ばして地面へと叩き落としてしまう。

「今だムクホーク! ブレイブバード!」

「そうはさせない! 発勁!」

狙った獲物を仕留めるかのようにムクホークが翼を折りたたんで凄まじいオーラと共に急降下、地面に落ちたルカリオは素早く起き上がると、青い炎の如き波導を纏った右手を突き出す。

両者がまたも正面から激突。火花を散らし、お互いに一歩も引かない。

だが、

「ルカリオ! 吹っ飛ばせ!」

渾身の力を込め、ルカリオは右手を力一杯振り上げる。

規模をさらに増していく波導の力の前に均衡が崩れ、ルカリオの力に遂に押し負け、ムクホークは青い波導の波に飲まれて吹き飛ばされる。

「なにっ……!?」

大きく吹き飛んだムクホークを狙って、ルカリオは両手を構え、掌から青い波導の念弾を放出した。

波導の念弾は正確にムクホークを捉え、波導の力が炸裂し、青い爆風と共にムクホークを地面へ撃墜した。

「くっ……!」

砂煙が晴れると、既にムクホークは戦闘不能になっていた。

「……! む、ムクホーク、戦闘不能です!」

驚きを隠せない様子で、審判の少女アンはムクホークの敗北を告げる。

このバトルは、ハルの勝利だ。




原作タグに《ポケットモンスター》が付いているので、タイトルからポケットモンスターを外しました。

《フェザーラッシュ》
タイプ:飛行
威力:25(連続攻撃)
物理
鋭く尖った羽根を無数に飛ばし、相手に突き刺す。

※威力はあくまでも目安です。


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第85話 日陰の町で生きる者たち

ノワキタウン、中央広場。

激闘の末、勝利したのはハルとルカリオだった。

「やるではないか……まさか私の相棒であるムクホークが撃破されるとはな。ムクホーク、よく頑張った。戻って休め」

無念の表情を浮かべつつ、それでもゼンタはハルを賞賛した。

「さて……バトルは私の負けだったが、クリュウ。どうだった? 今のバトルは」

「ハッ、お前なら答えは分かってんだろ。聞くまでもねえはずだぜ」

ムクホークを戻すと、ゼンタはクリュウの後ろへと引き下がり、代わりに再びクリュウが進み出てきた。

「お前、強えんだな。メガシンカを使ったのも驚きだがよ、まさかうちのゼンタのムクホークに勝つとは思ってなかったぜ」

「さあ、約束です。僕のポケモン図鑑とアルス・フォン、返してもらえますよね」

「勿論だ。だがそう焦るなよ。返す前に、俺の話を聞いてってくれねえか」

「……分かりました」

頷くハルに対して、よし、とクリュウは言葉を続ける。

「今のバトル、俺が見ていたのは、お前の強さじゃない……見ていたというか、重要視していたのは、だな。俺が見ていたのは、お前とルカリオの戦い方だ」

「戦い方……?」

「そうだ。お前が悪人かそうでないかを確かめるには、それが一番手っ取り早い。人間は他人を傷つけ、嘘をつく生き物だ。善人のフリをして人を陥れ、排除しようとする極悪人だって珍しくない」

だが、とクリュウは続け、

「例えトレーナーがどれだけ嘘に満ちた人間だったとしても、ポケモンは嘘をつかない。悪人が育てたポケモンは、バトルの時にも悪人が育てたような動きになる。お前には分からないかもしれんが、俺みたいなやつには分かるんだ」

そんで、と、クリュウはハルの隣に立つルカリオに目線を移す。

「お前のルカリオだが、バトルが始まってすぐに分かった。どう見ても悪人が育てたポケモンじゃねえ。お前を信頼して動き、お前からの信頼に応える。ポケモンとトレーナーとの深い絆があって初めて成せる技だ。あんなバトルを見せられちゃあ、お前が悪人だとは到底思えねえ。今だから言うが、もしお前がゼンタに負けていても、図鑑とアルス・フォンはお前に返すつもりだった。お前を解放する条件は“バトルの結果次第”だったからな。勝ち負けなんて関係ねえんだ」

そこまで言うと、クリュウは後ろを振り返る。

「ラルド」

「は、はい!」

「その機械を、ハルに返してやれ」

「はい……分かりました」

緑の髪の少年、ラルドが、図鑑とフォンを持って駆け寄ってくる。

「……悪かったな。これは返すよ」

バツが悪そうな顔をしながらも、ラルドはハルへ素直に頭を下げた。

奪った二つの機械を、ハルへと渡す。

「ううん。返してくれて、ありがとう」

ハルは笑顔で図鑑とターミナルを受け取り、元の場所に仕舞った。

「ラルドはお前を悪意ある侵入者だと勘違いしたんだ。許してやってくれとは言わねえが、理解してやってくれ。ここはそういうところなんだ。この町にとって無害な奴なら見逃すが、そうじゃないなら容赦はできねえ。ここは、俺とゼンタが作った町。表社会から不当に弾き出された奴らの安全な居場所なんだよ」

そう語るクリュウの口調は、とても無法者とは思えない深みを帯びていた。

いや、寧ろ。

排他的にならざるを得ないこの町の住民のことを、外の人間たちが勝手に無法者と呼んでいるだけではないのだろうか。

「例えば、ラルドやアンは親に捨てられたみなしごだった。ゼンタが保護してこの町に連れてきたんだ。お前がさっき会ったイローもかつて医学の専門学校で酷いいじめに遭い、俺と出会った頃は心身ともに衰弱しきっていた。その他にも、この町の住民は暗い過去を抱えたやつらばっかりだ。言い訳に聞こえるかもしれねえが、ここはそういうワケありのやつらが平和に過ごすことのできる安全な町なんだ。もちろん、外の街にいる数少ない理解者は、仕事口を紹介してくれたりもする。それでも外からの訪問に対しては過敏になるし、そいつに少しでも悪意があれば容赦なく攻撃する。それで俺が無法者と呼ばれるだけで済むんなら、別に構わねえ」

そこまで話すとクリュウは、ふぅ、と息を吐き、薬を取り出して丁寧にルカリオの傷を回復させる。

「あ……ありがとうございます」

「さ、もう行きな。ここはお前みたいな光の世界の住人には不釣り合いな場所だ。今度は道を間違えるんじゃねえぞ」

「はい。気をつけます、ありがとうございました」

しかし、今だにハルはどこで道を間違えたのかが分からない。

思い返せば、トンネルの中にいたゴエティアの下っ端も気掛かりだ。無法者の町と聞いていたのでてっきりノワキタウンに拠点があるのだろうと思っていたのだが、そうではないとなると下っ端たちはあんなところで一体何をしていたのだろうか?

「……あの、クリュウさん」

どうしても気になって、ハルは再び振り返る。

「なんだ? まだ何か用か?」

「ゴエティアって組織のことを、ご存知ですか?」

「あぁ? 百年前の大組織の名を騙った犯罪集団だろ? 散々ニュースでやってるやつじゃねえか。この間は確かハダレタウンの大会にメンバーが潜んでたっつったか。それがどうした? まさか俺たちをあんなのの仲間だと疑ってるんじゃねえだろうな?」

「あ、いえ、そういうわけではなく……」

クリュウの剣幕に慌ててハルは首を振る。

「ここに来る前、トンネルの中でゴエティアの下っ端を見たんです。こっちの町に続く道から出てきたので、その時はノワキタウンはゴエティアの拠点だと思っていたんですけど、そうじゃないみたいだったので……」

「なに?」

クリュウの顔色が曇る。

しばしの間、何か考え込んでいる様子だったが、

「おい。ハル、一旦カタカゲシティに戻った方がいいかもしれねえぞ」

やがて再び顔を上げ、ハルにそう告げる。

「ノワキにゴエティアが来た形跡はない。もし奴らが一歩でも足を踏みいれようもんなら逃すはずはねえからな。となると、イザヨイで奴らが暗躍している可能性がある。奴らが動けば必ずニュースになるはずだし、何か動きがあるまで大人しくしていた方がいいかもしれねえ。とりあえず、カタカゲに戻んな」

「……分かりました」

あくまでも憶測なのだが、考え出すと不安になってくる。

ひとまずクリュウの言う通りカタカゲシティに戻ってエリーゼと合流しようか、もしくはサヤナが進んだ道へ出直そうか、などと考え、ハルは振り返ってトンネルへと足を運ぼうとする。

その瞬間。

 

ズドォン!! と。

ハルの行く手をふさぐ形で、炎の弾が地面へと直撃した。

 

「うわっ!?」

「何だ!?」

ハルは揺れに足を崩して尻餅をつき、クリュウたちは慌てて上空を見上げる。

すると、

「あーあー、タイミングが最悪だな、お前。まさか俺たちと目的地が被るとはなぁ」

「貴方はキーストーンを持っている。残念ながら逃すわけにはいかないのですよ」

一組の男女が、それぞれのポケモンに掴まり、空からゆっくりと降りてくる。

純白の修道服を着た女に、赤黒いスーツ風の服を身に纏った男。

「お前たち……!」

どちらもハルが見たことのある者だ。魔神卿ヴィネーに、魔神卿ベリアル。

ヴィネーはシンボラーの念力を受け、ベリアルは三つの頭を持つ黒いドラゴンポケモンの足に掴まっている。

 

『information

 サザンドラ 凶暴ポケモン

 動くもの全てに反応し襲い掛かる。

 雑食性なので獲物が何であろうと

 三つの頭で喰らい尽くしてしまう。』

 

以前ベリアルが連れていたジヘッドの進化系のようだ。

「……何だお前ら。何者だ、ここへ何しに来た」

騒然とするノワキタウンの住民たちを制し、クリュウが先頭に進み出る。

「なるほど、なるほど。貴方がこの町のリーダーのようですね。私はヴィネー、私たちはゴエティアの王に仕える悪魔、魔神卿。ほらベリアルちゃん、貴方も自己紹介なさい?」

「は? 別にどうでもいいだろ。つか俺様をちゃん付けで呼ぶなって前から言ってるだろうが」

魔神卿の二人が地面に着地。敵地にもかかわらず冗談を交えてくすくすと笑うヴィネーに対し、ベリアルはうんざりした様子でそっぽを向く。

「お前たち、この町に何しに来たんだ!」

そんな魔神卿二人に対峙するのは、この二人と面識のあるハル。

「あ? あぁ、今回は完全に俺たち二人の私用だよ」

ハルの言葉に答えたのはベリアルだ。

「この町からキーストーンの反応を見つけたんだが、生憎ヴィネーと同タイミングでな。さてどっちが戴こうかと思ったんだが……せっかくだから二人で競争。負けた方は一本奢るのさ」

「競争……? お前たち、そんな遊び感覚で、人のキーストーンを奪いに来たっていうのか!」

「ハッ、そりゃ当たり前だろ。だって――」

激昂するハルに対し、悪びれる様子もなくベリアルは続ける。

「――俺たちは、悪党だからな」

その言葉と同時に、どこからともなく無数の黒装束の人間たちが現れ、ノワキタウンの住民を取り囲む。

「チッ、噂をすればってところか……ハル、お前はこの町の行く末とは関係ねえ存在だ。上手く隙を見つけて、さっさと逃げろ」

ハルにそれだけ告げると、ハルの返事を待たずにクリュウは振り返る。

「ゼンタ、お前はエースのムクホークをやられてる。イローに連絡して二人で指揮を執り、全員で周りのザコどもを蹴散らせ」

「了解した……だがクリュウ、お前は」

「決まってんだろ」

ゼンタの言葉を遮り、クリュウは続ける。

「こいつらは、俺一人で片付ける」

刹那。

周囲の空気が張り詰める。クリュウの突き刺すような鋭い殺気を、周囲の人間が感じ取った。

そして、

「クリュウさん。僕も戦います」

殺気に触発され、取り出したハルも進み出る。

「この間から、こいつらの悪事には苛立ってるんです。目の前に現れた敵、放っちゃおけません」

「好きにしろ。だが俺にはお前を庇いながら戦う余裕も義理もねえ。何かあっても自己責任だぞ。いいな」

「もちろんです」

恐怖など、怒りでとうに掻き消された。

ボールを手に取り、ハルもクリュウに並び、魔神卿の二人と対峙する。

「ほーお? こいつぁ面白くなってきた。ヴィネー、やるぞ」

「ええ。我らに仇なす愚か者を打ち倒し、キーストーンを手に入れる。楽しい障害物競争の始まりですね」

そしてクリュウの凄まじい殺気を直に受けても、魔神卿の二人は顔色ひとつ変えない。

「競争というからには、ダブルバトルってわけにはいきませんね?」

「確かにな。んじゃお前、好きな方選べよ」

「あら、いいのですか? それじゃ、私はこっちの黒い人を」

「なら、俺はガキの方だな」

対戦カードは決まった。

クリュウの相手は『母なる君』こと魔神卿ヴィネー、ハルの相手は直接戦闘専門の魔神卿ベリアル。



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第86話 暴虐の紅き悪魔

対戦カードが決まると同時に、ノワキタウンに怒号が響く。

ハルたちの周りで、ノワキの住民と黒づくめの者たちの戦いが一斉に幕を開けたのだ。

そして、ハルの相手は、

「俺たちも始めるか……おい、そんな身構えんなよ」

魔神卿の中でも直接戦闘を専門とする男。紅の悪魔、魔神卿ベリアルだ。

「……」

「たしかに俺様は戦闘専門だが、今回は私用だ。それにお前に危害を加えると面倒ないざこざに巻き込まれるからな、お前をぶっ殺してまでキーストーンを奪おうとは思わねえよ。今のところはな」

無言で対峙するハルに対し、ベリアルは手の中でモンスターボールを弄びながら不敵に笑う。

「そんじゃ、まずは……暴火を、ヘルガー!」

ベリアルが繰り出したのは、漆黒の体に悪魔のようなツノと尻尾を持つ猟犬のようなポケモン。

 

『information

 ヘルガー ダークポケモン

 夕暮れ時に目覚め不気味な咆哮を

 上げる。それを聞いたポケモンは

 慌てて自分の巣に逃げ帰るという。』

 

胸には髑髏にも似た装飾が付いており、ダンタリオンのメガゲンガー程ではないがかなり禍々しい。

メガゲンガーが不気味なら、ヘルガーは邪悪といったところか。

「悪と炎タイプか……なら」

タイプ相性的にはワルビルが有利。

そう考え、ワルビルのボールを手に取ったハルだが、

「……ちょ、えっ!?」

突如、ハルのベルトにセットしたボールが開き、勝手にオノンドが出てきてしまう。

「オノンド? どうしたの?」

現れたオノンドはベリアルを睨み、唸り声を上げる。

(あっ、もしかして……)

なんとなくだがハルは感付いた。

そもそも、オノンドが洞窟で暴れていた理由は、ゴエティアの下っ端に縄張りを荒らされたからだ。

ハルがベリアルと対峙し、ボールの中から自分の縄張りを荒らした敵の匂いを感じ取ったのだろう。

「……分かった。オノンド、一緒に戦おう!」

ハルがそう言うと、オノンドは大きく雄叫びを上げる。

「なんだか知らねえが、これ以上は待ってられねえ。こっちから行かせてもらうぜ。ヘルガー、火炎放射!」

ヘルガーが息を吸い、吐息と共に灼熱の業火を吹き出す。他のポケモンの火炎放射と比べて、炎が赤黒い。

「オノンド、躱してドラゴンクローだ!」

炎の勢いは強烈だが、軌道は直線。素早く炎を躱すと、オノンドは腕に青く輝く光の龍爪を纏わせ、ヘルガーへと飛びかかっていく。

「ヘルガー、こっちも回避だ。躱しな」

立て続けに勢いよく龍の爪を振るうオノンドだが、ヘルガーは身軽に次々と躱していき、

「悪の波動!」

一瞬の隙を見計らい、不意に波状の黒い光線を放ち、オノンドを黒い波動の渦に巻き込んで吹き飛ばす。

「そんな単調な連続攻撃当たんねえよ。続けろ! ヘドロ爆弾!」

オノンドへ向けて、ヘルガーはさらに無数の毒液弾の弾幕を放つ。

「オノンド、防御だ! ドラゴンクロー!」

両腕に光の龍爪を纏わせ、腕を交差させてオノンドはヘドロ爆弾を迎え撃つ。

毒液弾が次々と降り注ぎ、龍爪が引き剥がされていくも、オノンドは地に足をつけてしっかりと耐え切り、

「シザークロス!」

即座に地を蹴って突進、ヘルガーとの距離を詰めていく。

「ヘルガー、押し返してやれよ。火炎放射!」

ヘルガーが再び赤黒い炎を吹き出すが、オノンドは跳躍してその炎を躱すと、一気にヘルガーまで接近、二本の牙で瞬時に二度ヘルガーを切り裂いた。

「オノンド、続けて瓦割り!」

体勢を崩すヘルガーに対し、オノンドは叩き割るかのように牙を叩きつける。

だが、

「させねえっつの。炎の牙!」

大きく首を振ってオノンドの牙を躱し、ヘルガーが炎を灯した牙でオノンドに噛み付く。

ヘルガーの牙が突き刺さった途端、爆発が生じ、オノンドが吹き飛ばされた。

「なっ!? オノンド!?」

唸り声を上げながら、オノンドが起き上がる。効果は今ひとつなので大ダメージではないものの、体の一部が黒く焦げてしまっている。

「フフ、どうだい? こいつの炎の牙の威力は。そんじょそこらのポケモンの炎の牙とは一味違うだろう? 効果今ひとつだからって、何度も受けられる威力じゃねえぜ」

ベリアルが薄ら笑いを浮かべ、ヘルガーは対照的に低く唸ってオノンドを睨みつける。

「オノンド、大丈夫……?」

ハルが呼びかけるとオノンドは体の煤を払い、心配するな、と言わんばかりに吼え、ヘルガーを逆に睨み返す。

オノンドと一緒に戦うのは初めてだが、なんとなくオノンドの好みの戦法が分かってきた。

ワルビルと同じくスピードよりもパワー重視の戦い方が得意だが、恐らくワルビルと違って穴を掘るのような搦め手は不得手。ワルビルよりもさらに純粋な攻撃が得意なタイプだろう。

しかし相手のヘルガーはオノンドの火力以上の持ち主だ。真っ向からぶつかるだけでは打ち負けてしまう。

「オノンド、あの牙に気をつけて戦うよ。ドラゴンクロー!」

ハルの言葉を受けてオノンドは吼え、両腕に光の龍爪を構える。

「どっからでもかかって来いよ。ヘルガー、悪の波動!」

勢いよく飛び出すオノンドに対し、ヘルガーが波状の紫黒の光線を放つ。

しかしオノンドは悪の波動を飛び越えつつ一気にヘルガーまで接近、両腕を振るい、龍爪でヘルガーを切り裂いた。

「威力はそこそこか。ヘルガー、離れろ! 火炎放射!」

さらにオノンドが腕を振り上げるが、ヘルガーは素早いバックステップでオノンドから距離を取ると、すぐさま赤黒い灼熱の炎を吐き出す。

「オノンド、躱してシザークロス!」

二本の長い牙を構えてオノンドが駆け出す。

執拗にオノンドを狙ってくる炎を潜り抜け、ヘルガーに切りかかるが、

「当たるかよ。炎の牙!」

今度は難なく回避されてしまい、その直後、炎を灯したヘルガーの牙がオノンドを捉える。

刺さった牙は爆発を起こしてオノンドを吹き飛ばし、さらに、

「悪の波動!」

ヘルガーが波状の黒い光線でさらに追撃を仕掛ける。

体勢を崩すオノンドはさらに黒い波動の波に巻き込まれ、ハルの元まで押し戻されてしまう。

「つ、強い……! オノンド、大丈夫?」

それでもまだオノンドはなんとか起き上がり、苛立ちを込めて低く唸る。

「ほーお、まだ立ち上がるのか……いいねぇ、潰し甲斐があるってもんだ! さあ、かかって来いよ! まだまだそんなもんじゃねえんだろう?」

「くそっ……上等だよ! オノンド、瓦割り!」

立ち上がったオノンドは、勢いよくヘルガーへと突っ込んでいく。

一気にヘルガーとの距離を詰め、飛びかかって硬い牙をヘルガーへと叩きつける。

しかし。

「そう来ると思ったぜ。ヘルガー、火炎放射!」

ヘルガーが赤黒い灼熱の業火を吹き出し、突っ込んできたオノンドを逆に炎の中に飲み込んだ。

炎の勢いに押し負け、オノンドは逆に吹き飛ばされてしまう。

ドサリと地面に落ち、体を黒く焦がしたオノンドはそのまま戦闘不能となってしまった。

「くっ……オノンド、よく頑張ったね。ゆっくり休んでて」

ハルはオノンドの体の煤を払い、ボールへと戻す。残念ながら、オノンドのゴエティアへのリベンジは叶わなかった。

「おい。お前のオノンドがどうして負けたか分かるか?」

そんなハルとオノンドの様子を見て、ベリアルが嗤う。

「お前のオノンドの技は全て接触技だ。俺のヘルガーみたいな特殊技主体の相手には正面切って突っ掛かって来ねえとまともに攻撃すら出来ねえってこった。つまり、俺様はお前を挑発して攻撃させて、あとは待ってるだけで勝てるんだよ」

ハルに対して自ら種明かしをするのは、ベリアルの余裕の表れだろう。メルヘルとは違う、ネタばらしをしたところで負けるわけがないという自信あってのものだ。

しかし、ハルとしてもこのまま負けるわけにはいかない。

「……だったら、次は君の番だ。ワルビル、出てきて!」

ハルが二番手に選んだのは、最初に出すはずだったワルビル。地面タイプなので相性はいいが、

「また血の気の多そうなやつが来たが……おいおい、俺の話聞いてたのか? そいつも接触技主体のポケモンだろ」

「それは、どうかな。やってみなきゃ分かんないよ」

そうハルは返すが、実際のところワルビルも接近戦を得意とするタイプであることは間違いない。

しかしオノンドと違い、ワルビルはある程度の搦め手も交えて戦うことができる。少なくとも、同じミスは繰り返さない。

「ま、俺からすりゃ別にいいんだがよ。それじゃ行くぜ。ヘルガー、火炎放射!」

再びヘルガーが先手で動き出す。大きく息を吸い、吐息と共に赤黒い灼熱の炎を吹き出す。

「ワルビル、穴を掘る!」

対するワルビルは素早く地面に穴を掘り、地中に身を潜める。

オノンドとは違い、ワルビルには確実に相手との距離を詰める技があるのだ。

「ケッ、面倒な手を……だがまぁ、想定の範囲内だ。ヘルガー、爆破しろ! 炎の牙!」

悪態をつきながらも、ベリアルの指示は早かった。

ヘルガーが頭を下げ、炎を灯した牙を地面へと突き刺す。

次の瞬間、牙が刺さった地面が爆発し、ヘルガーを中心として周囲を纏めて吹き飛ばした。

しかし、

「……あ?」

ベリアルが怪訝な表情を浮かべる。

周囲の地面を纏めて吹き飛ばしたはずが、ワルビルがどこにもいないからだ。

そして。

「今だワルビル! 行けっ!」

直後、ヘルガーの真下、足元からワルビルが強襲し、ヘルガーを殴り飛ばした。

「よし、思った通りだ! ワルビル、チャンスだよ! 噛み砕く!」

全方位を爆破し吹き飛ばしたヘルガーの炎の牙だが、実は死角が存在する。

その位置は、ヘルガーの真下。周囲を吹き飛ばすとはいえ、自分の足場まで吹き飛ばしてしまっては自身がダメージを受けてしまう。

だからそれを逆手に取り、ワルビルは素早くヘルガーの真下まで移動したのだ。

そして体勢を崩すヘルガーを狙い、ワルビルが自慢の大顎を開いて襲い掛かる。

顎の力だけでヘルガーを持ち上げて頑丈な牙を食い込ませ、締めに思い切り首を振るってヘルガーを投げ飛ばし、地面に叩きつけた。

「おいおい、楽しませてくれるじゃねえか! ヘルガー、悪の波動!」

だがそれでもヘルガーは倒れず、薄ら笑いを浮かべるベリアルとは反対に怒りの形相を浮かべ、波状の黒い光線を撃ち出してワルビルを押し戻す。

「今度こそ近づけさせねえぜ。ヘルガー、火炎放射!」

「来るよ! ワルビル、躱して!」

ヘルガーが放つ赤黒い業火を、ワルビルは身を捻って躱していく。

だが際限なく繰り出される炎についに動きを捕捉され、ワルビルが炎を浴びて吹き飛ばされる。

「逃がさねえ! ヘルガー、炎の牙だ!」

牙を紅蓮に滾らせ、血走った目を見開き。

獲物を仕留める獣のように、ヘルガーが体勢を崩すワルビルへと飛び掛かる。

「っ……そうだ! ワルビル、シャドークロー! ヘルガーの口を掴むんだ!」

一瞬の判断。

ワルビルが右手に黒い影を纏わせ、影の爪でヘルガーの口を掴み、その口を塞いだ。

ヒザカリタウンでのジム戦で、当時のイーブイがブーバーに対して使った戦法だ。

ヘルガーの牙を纏う炎の力は、口を塞がれたことによって力の行き場を無くしてしまう。

その結果。

「なにっ……!?」

口内で爆発が生じ、ヘルガーが大きく吹き飛ばされた。

「今だワルビル! 噛み砕く!」

吹き飛んだヘルガーを追い、ワルビルは大顎を開いてヘルガーへと襲い掛かる。

ヘルガーに頑丈な牙を食い込ませ、そのまま大きく首を振ってワルビルを投げ飛ばし、ヘルガーを地面へと叩きつけた。

「っ、ヘルガー? やられたのか?」

ベリアルの言葉に、ヘルガーは答えなかった。

地面へ叩き落とされたヘルガーは、目を回し、戦闘不能となって倒れていたからだ。

「……マジか。俺様のヘルガーを倒すたぁ、なかなかやるじゃねーか。ヘルガー、休んでろよ」

ハルを賞賛し、ヘルガーをボールへ戻したベリアルは、いくつかのボールを取り出し、それらを眺める。

「さてっと、次は誰で行くかねぇ。押し潰しちまってもいいが、それは任務の時にいつでも出来るし……たまには戦闘を楽しむか」

やがて二番手が決まったらしく、不敵な笑みを浮かべ、ベリアルは手の中のボールの一つを手に取る。

「撃砕を、ドリュウズ!」

現れたのはモグラのようなポケモン。その頭部と両腕は、鋼の鎧で武装されている。

 

『information

 ドリュウズ 地底ポケモン

 地中100メートルに迷路のような

 巣穴を作る。使わなくなった巣穴は

 洞穴として他のポケモンが住み着く。』

 

鋼と地面タイプのポケモン、ドリュウズ。

先程のヘルガーよりも小柄なポケモンであり、背丈もハルやワルビルより低い。

しかし、

(あの鋼のツノに爪。体格は小さいけど、かなりの手練れだな)

かなり使い込んでいるのであろう、傷だらけだが切れ味のよさそうな爪。見ただけで、その実力の高さが分かってしまう。そもそも、魔神卿の中でも戦闘専門を名乗る男のポケモンが弱いわけがない。

「ワルビル。あいつ、小さいけどかなりの強敵だよ。気をつけて」

ハルの言葉を受けてワルビルは頷き、ドリュウズを睨む。

対するドリュウズはといえば特に声を上げることもなく、じっとワルビルを見据えている。

「さて、今度は先手はやらねえぞ。こっちから向かわせてもらう。アイアンヘッド!」

ベリアルの指示で、ドリュウズが動き出す。武装した鋼のツノを突き出し、地を蹴って飛び出す。

「来るよワルビル! 穴を掘る!」

猛スピードで距離を詰めてくるドリュウズに対し、ワルビルは素早く穴を掘って地中に潜り、身を隠す。

だが。

「っはは! 笑わせんなよ、それで隠れたつもりか? ドリルライナー!」

鋼のツノを構えたまま、ドリュウズは両腕をツノと合わせて高速回転、ドリルのように地中へと突っ込んでいく。

大地を穿ち、掘り進み、地中に潜んでいたワルビルに激突。回転に巻き込み、そのまま地上へと押し出した。

「なっ!?」

「俺様のドリュウズに地中から攻撃なんざ、百年早えんだよ。さて、シザークロスだ!」

口の端を吊り上げてベリアルが笑い、ドリュウズは両腕を広げて跳躍。

両腕をXの字に振り抜き、体勢を崩すワルビルを斬り払った。

「ワルビル……っ!」

ドリュウズが構えを解いて振り返った、次の瞬間。

ドサリ、と。

ワルビルの体が、力なく地面に崩れ落ちた。



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第87話 救済の白き悪魔

「さて、私たちも始めましょうか」

ノワキタウンの主クリュウの相手は、純白の悪魔、魔神卿ヴィネーだ。

「それでは。撃滅の時です、シンボラー」

ヴィネーがそう告げると、背後に控えていた異形の鳥もどきポケモン、シンボラーが進み出る。

「アブソル、片付けろ」

対するメイゲツが繰り出したのは、額に黒い鎌を持つ白毛の獣ポケモン、悪タイプのアブソル。

「ふむふむ、エスパータイプのシンボラーに対して悪タイプのアブソル。まずはセオリー通りにといったところでしょうか」

ヴィネーの笑みは一見すると柔和だが、しかしその目には隠しきれない悪意を孕んでいる。

「黙ってろ。先手なんかやらねえぞ、一発目で吹き飛ばす。アブソル、イビルスラッシュ!」

クリュウの指示を受け、アブソルが動き出す。

地を蹴って駆け出し、額の黒い鎌をシンボラーへと振りかざす。

「対策は完備しています。シンボラー、シルフウィンド」

対するシンボラーが細い翼を羽ばたかせ、白く煌めく光を乗せた突風を放つ。

一直線に攻めるアブソルだったが、風の勢いに押され、押し戻されてしまう。

「ふふふ。シンボラー、もう一度です」

一度目の風でアブソルを押し切り、さらにシンボラーはもう一度突風を吹かせる。

「フン、フェアリー技か……ならばアブソル、十万ボルトだ!」

風の流れを察知し、アブソルは煌めく風を素早く回避、さらにすかさず高電圧の強烈な電撃を放って反撃を仕掛ける。

「おや。シンボラー、大丈夫ですか?」

素早い反撃がシンボラーに直撃するが、魔神卿のポケモンはその程度では倒れない。シンボラーは体勢を整え、機械のような無機質な鳴き声を上げる。

「よしよし、偉いですよ。ではシンボラー、お次はシグナルビームを」

シンボラーの胴体の目らしき模様が点滅し、激しい光を放つ光線が発射される。

「フェアリー技に虫技か。悪タイプへの敵意が高いようだが……アブソル、躱せ! イビルスラッシュ!」

光線を身軽に躱し、アブソルは地を蹴って駆け出す。

一気にシンボラーとの距離を詰め、額の鎌を振るって今度こそシンボラーを切り裂いた。

「シンボラー、シルフウィンド」

だが効果抜群の一撃を受けたというのに、シンボラーの反撃は非常に早い。

翼を羽ばたかせて煌めく風を吹き付け、アブソルを風に巻き込み、クリュウの元まで押し返してしまう。

「次はこうです。シンボラー、冷凍ビーム!」

続けてシンボラーは不気味な単眼から白い冷気の光線を放射する。

「アブソル、火炎放射!」

対するアブソルはシンボラーの放つ冷気の光線を跳躍して回避、さらに上空から灼熱の炎を吹き出す。

「シンボラー、上です。サイコキネシス」

上空を見上げたシンボラーが念力を操作し、サイコパワーを放出する。

作り上げた念力の壁で炎を挟み込み、強引に炎を掻き消してしまい、さらに、

「っ、アブソル?」

着地したアブソルの体勢が、急に大きく崩れた。

慌ててクリュウがその足元を見ると、先程の冷凍ビームによりアブソルの足元の一帯が氷漬けになっていた。

「ふふふ、気づいていませんでしたね? シンボラー、シグナルビームです」

待ってましたとばかりにシンボラーが激しい光を放つビームを発射。

凍った地面の上では踏ん張ることも躱すこともできず、アブソルは光線の直撃を受けて吹き飛ばされてしまう。

「さらに、冷凍ビーム」

「チッ、アブソル、溶かせ! 火炎放射!」

宙を舞うアブソルを狙い、シンボラーはさらに冷気を凝縮した光線を放って追撃を仕掛ける。

対して、アブソルが瞳を見開く。

その瞳に一瞬だけ赤い光を宿し、咆哮とともに灼熱の業火を放ち、冷気を打ち消す。

「シンボラー、食い止めなさい。サイコキネシス」

冷凍ビームを溶かされ、咄嗟にシンボラーは強い念力を操作し、サイコパワーの壁を使って炎を食い止める。

「裂け。アブソル、イビルスラッシュ!」

シンボラーが炎と競り合う中、その自ら放った炎の中にアブソルは突っ込む。

悪タイプのアブソルにはサイコキネシスは効かない。炎を潜り抜け、念力の壁を突破し、額の黒い鎌を振り下ろす。

「おっと……シンボラー、離れなさい」

「逃すかよ! 冷凍ビーム!」

慌てて後ろへ下がるシンボラーだが、斬撃を外したアブソルはすかさず冷気の光線を発射。

横薙ぎに振るった氷のレーザーが、まるで切り裂くようにシンボラーを捉え、その身に一直線に氷の傷痕を残す。

「なかなかやるようで……扱いやすい三タイプの大技に加えて、主力の悪タイプの技。一筋縄ではいかないようですね」

「あまり俺を甘く見てくれるなよ、悪党かぶれの三下が。悪党っていうのはな、カタギの人間には手を出さねえんだよ」

そう吐き捨て、クリュウは冷たい瞳でヴィネーを睨むが、

「はい? 何が言いたいのです?」

それに対して嘲るような笑みを浮かべ、ヴィネーはそう返す。

「悪党はカタギには手を出さない、と? それはつまり、まさかとは思いますが……貴方、自分たちのことをカタギの人間だと言い張るつもりですか?」

「っ……お前……」

「このノワキタウンについては私も調べてきています。自分たちだけのコミュニティを形成し、何らかの理由で余所者を拒絶、時には乱暴な手を使って排除する。まさか、そんな人間たちがカタギの人間であると、そう主張するつもりではありませんよね? 善人かぶれの三下さん?」

怒りに歯噛みするクリュウを見てなお、ヴィネーは蔑むようにせせら嗤う。

「……容赦しねえぞ」

「どうぞご自由に?」

憤怒と嘲笑。

双方の感情に押され、互いのポケモンが再び動き出す。

「アブソル、十万ボルト!」

「シンボラー、シルフウィンド」

大きく叫んだアブソルの額の鎌から、高電圧の強力な電撃が放たれる。

対するシンボラーはふわりと舞い上がって電撃を躱すと、翼を羽ばたかせて白く煌めく突風を起こす。

「打ち破れ! 火炎放射!」

クリュウの怒りに呼応し、その瞳を燃える憤怒の赤に染め、アブソルが荒れ狂う爆炎を吹き出す。

灼熱の爆炎が白い突風を吹き飛ばし、シンボラーを炎に呑み込む。

「刈り取れ! イビルスラッシュ!」

すぐさまアブソルが地を蹴って飛び出す。

体を焼き焦がし苦しむシンボラーの脇を一瞬で駆け抜け、すれ違いざまに額の黒鎌を振り抜く。

死神の鎌が命を刈り取るが如く、シンボラーがその場に崩れ落ちた。

「おや、シンボラー?」

ヴィネーが首を傾げる。シンボラーが戦闘不能であることは、誰の目にも明らかだった。

「おやおや、やられてしまいましたか。シンボラー、お疲れ様でした。休んでいなさい」

特に焦る様子も見せず、ヴィネーはシンボラーをボールへと戻す。

「まさか先手を取られてしまうとは。所詮ゴミ捨て場の住民、シンボラー一匹でも充分だろうと思っていましたが、少しはやるみたいですね。他のポケモンも連れてきてよかったです」

「は? 舐めんなよ。俺様はこのノワキタウンのリーダーだ。カタギの人間には手ぇ出さねえが、俺たちから何か奪おうってんなら容赦しねえ。出て行ってもらうぜ、この場所から、もしくは、この世からな」

凄むクリュウだが、

「……ふふっ」

そこで、確かに聞いた。

ヴィネーの笑い声を。笑いを堪えきれず、思わず吹き出してしまったような、そんな声を。

「……残念ですが」

嘲るような半笑いで、ヴィネーは続ける。

「その程度では足りないんですよ。たかが無法地帯のリーダー如きではね……到底我々ゴエティアには届かない」

不気味な笑い声と共に、ヴィネーは第二のモンスターボールを取り出す。

「それを今から教えて差し上げますよ。断罪の時です、キリキザン」

ヴィネーの二番手となるポケモンが姿を現す。

赤い鋼の鎧に身を包み、無数の刃物を体に纏ったポケモンだ。

「キリキザンか、攻撃の高い厄介なポケモンだが……鋼タイプなら好都合だ。焼き尽くす! アブソル、火炎放射!」

キリキザンを睨むその瞳を赤く染め、アブソルが灼熱の業火を放つ。

瞬く間に炎はキリキザンに纏わりつき、その鋼の体をじりじりと焼き焦がしていく。

だが。

 

「キリキザン、メタルバーストです」

 

刹那。

炎の中からアブソルへ向け、銀色の光が放出される。

回避する間も無く、無数の銀色の光弾がアブソルへと降り注ぎ、貫いていく。

「アブソル!? っ、メタルバーストだと……!」

「おや、ご存知でしたか。では説明は不要ということで」

メタルバーストは物理・特殊を問わず、受けた技のダメージを鋼エネルギーに変え、より大きなダメージを相手に与える、カウンター技の一種。

鋼タイプを持つキリキザンには炎技は効果抜群、つまり、アブソルはそれをさらに上回る大ダメージを受け、そのまま戦闘不能にまで追い込まれてしまった。

「……チッ、アブソル、戻りな」

アブソルをボールに戻すと、すぐさまクリュウは次のボールを手に取る。

「こういう奴が相手なら、お前の出番だ。ドラピオン!」

クリュウの二番手は巨大な紫色の蠍のようなポケモンだ。手や尻尾の先には、頑丈な爪が生えている。

「ほうほう、次はドラピオンですか。頑強な体で防御力に優れるポケモンですが、毒技が効かない分こちらにも余裕がありますね」

それに、とヴィネーは続け、

「私のキリキザンにはメタルバーストもある。これを打ち破らない限り、貴方に勝ち目は――」

「うるせえ、こいつを喰らいやがれ! ドラピオン、ミサイル針!」

ヴィネーの言葉を遮り、クリュウの指示を受けたドラピオンが両腕を構える。

鋏が白く輝き、無数の白い棘を模したエネルギー弾がミサイルのように一斉に飛び出す。

「ではキリキザン、メタルバースト」

次々と白い棘がキリキザンを突き刺すが、痛がる様子もなくキリキザンは反撃の銀の光弾を放ち、ドラピオンを貫く。

しかし、

「おや……?」

ヴィネーが首を傾げる。メタルバーストを浴びたはずのドラピオンもまた、まるで表情を変えないからだ。

「残念だったな、こいつには効かない。ミサイル針は無数の棘の弾を打ち込む技だが、一発一発の威力は低いからな。お前がいくら反射しようと、跳ね返せるダメージは針の一発分だけ。痛くも痒くもねえんだよ」

「なるほどなるほど……そんなところだろうとは思っていましたが。しかしそうなれば、こちらも攻撃パターンを入れ替えるだけ。大した脅威ではありませんね」

クリュウと彼の二番手、ドラピオンに対し、ヴィネーは相も変わらず不敵な笑みを浮かべ、

「それでは、こちらから動きましょうか。ヘビーブレード!」

ここまで待ち一辺倒だったキリキザンが、自ら動き出す。

「ドラピオン、受け止めろ! ポイズンクロー!」

腕に備えた刃を思い切り振り下ろすキリキザンに対し、ドラピオンは頑丈な両腕の爪でキリキザンの襲撃をガッチリと受け止める。

「投げ飛ばせ、ミサイル針だ!」

鍔迫り合いのさなか、ドラピオンが腕を大きく振るい、力尽くでキリキザンを投げ飛ばす。

体勢を崩すキリキザンに向け、無数の針が襲い掛かるが、

「弾いてしまいなさい。ヘビーブレード!」

立ち上がったキリキザンが右腕を力一杯振り抜く。

刹那、キリキザンの前方に鋼の衝撃波が生じ、飛来するミサイル針を薙ぎ払ってしまう。

残った僅かな針は刺さってしまうが、

「この程度なら痛くもありません。キリキザン、辻斬りです」

「ドラピオン、こっちも辻斬りだ!」

キリキザンが飛び出し、ドラピオンはどっしりと構えてそれを迎え撃ち、互いの刃が激突。

再び、両者が火花を散らして激しくせめぎ合う。




《シルフウィンド》
タイプ:フェアリー
威力:80
特殊
白く煌めく光を乗せた突風を吹かせる。一定の確率で相手に光が纏わりつき、回避率を下げる。

※威力はあくまでも目安です。


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第88話 唐突なる決着

鋼の爪に切り裂かれたワルビルが、地面に崩れ落ちる。

目を回し、戦闘不能となって倒れていた。

「ワルビル、お疲れ様。よく頑張ってくれたね」

ワルビルを戻すと、すぐさまハルは次のボールを手に取る。

「ドリュウズに有利に戦えるのは君しかいない。ファイアロー、お願い!」

ハルが選んだポケモンはファイアロー。ドリュウズの見えた技のうち、地面技は効かず、虫技と鋼技も通りが悪く、こちらは炎技で効果抜群を取れる。とはいえ相手は魔神卿、タイプ相性如きで優位に戦える相手では決してないということを忘れてはならない。

「おぉん、ファイアローか……チッ、有効打がねえな」

ハルがファイアローを出したのを見て、ベリアルは露骨に嫌そうな顔をするが、

「ま、うだうだ言っててもしょうがねえか。ドリュウズ、このままやるぞ。毒突きだ!」

どうやら交代させる気はないようで、ファイアローを見据えたドリュウズが襲い掛かってくる。

鋼の爪に毒を纏わせ、ファイアローを貫かんと右腕を突き出す。

「ファイアロー、躱して! ニトロチャージ!」

対してファイアローは軽やかな身のこなしでドリュウズの破壊の爪を躱すと、力強い啼き声と共に翼から火の粉を吹き出し、炎を纏う。

「迎え撃てよ、アイアンヘッド!」

ただでさえ硬い鋼のツノをさらに硬化させ、ドリュウズはファイアローを迎え撃つが、

「さらに躱して!」

激突の直前、ファイアローは羽ばたいて僅かに浮上。

ドリュウズの頭突きを躱しつつ、背後から炎を纏って体当たりし、さらに追加効果で素早さを上げる。

「逃すかよ! ドリュウズ、シザークロス!」

しかし効果抜群の一撃を受けたというのに、ドリュウズは全く怯まない。

ベリアルの指示に即座に反応、地を蹴って跳躍し、両爪を振り抜いてファイアローを切り裂く。

「っ! 立て直して!」

シザークロスは虫技、ファイアローにはあまり効かない。

降下こそすれど撃墜されることなく空中にとどまり、ファイアローは空中制動を立て直そうと翼を羽ばたかせる。

だが。

「毒突き!」

毒を帯びた鋼の剛爪を振りかぶり、ドリュウズが急降下する。

大地を穿つほどの一撃と共に、今度こそファイアローは大きく吹き飛ばされた。

「ファイアロー! ……くそっ、攻撃力が高すぎる……!」

何をどうしたらここまでの攻撃力に育て上げられるのだろうか。

戦闘不能にはなっていないようだが、ファイアローの様子を見るに、明らかに半分以上は体力を持っていかれている。

「あぁ? 耐えるのかよ。クソ、やっぱり効果抜群を狙うか、鋼か地面技を使うかしねえと、思ったよりの威力は出ねえな……」

一方のベリアルはこの一撃でもまだ満足できないようで、頭を掻きながら悪態を吐く。

「……まぁいいか。どうせ次の一撃をぶつけりゃそいつも戦闘不能。圧倒的な攻撃力の下に相手を粉砕する、それが俺様のドリュウズだ。さて、どこまで戦えるかなぁ?」

鋼の爪を鋭く光らせ、ドリュウズはファイアローを見据えて両腕を構える。

ベリアルが追撃の指示を出さなかったのは、一撃で倒せるものだと思っていたからか。それとも、今は勝利よりも戦闘に重きを置いているからか。

「続けるぜ。ドリュウズ、アイアンヘッド!」

硬く鋭い鋼のツノをさらに硬化させ、ドリュウズは地を蹴って飛び出し、ファイアローへと突撃を仕掛ける。

「パワーじゃ勝てない……だったら、スピードで勝負だ! ファイアロー、躱して!」

翼を羽ばたかせ、火花を散らしながらファイアローは急上昇、ドリュウズの頭突きを躱すと、

「ニトロチャージ!」

その身に炎を纏い、炎の勢いを受けてさらに加速しながらドリュウズへと迫る。

「弾き飛ばせ。毒突き!」

背後から飛来するファイアローに対し、ドリュウズが鋼の爪に毒を纏わせる。

しかしベリアルの予想以上にファイアローのスピードは速く、破砕の毒手を突き出す前にドリュウズは炎の突撃をまともに食らって突き飛ばされてしまう。

「ファイアロー、一旦戻るよ!」

さらにスピードが上昇するが、深追いはしない。相手が相手ゆえ、予想外の反撃を警戒するに越したことはない。

「来ねえのか? ならドリュウズ、地面に潜れ!」

角と両腕を構えてドリルのように高速回転し、ドリュウズは地面へと突っ込み、地中へ身を潜める。

「だったらファイアロー、上昇して」

ファイアローは翼を広げ、大きく飛翔する。

ドリュウズの攻撃が届かない空中から、様子を探る。

だが。

 

「ドリュウズ、ドリルライナー!」

 

地下から突如轟音が響く。

刹那、ファイアローの真下の地面に亀裂が走り、大地が裂け、無数の岩片が弾け飛ぶ。

「っ!」

身構えるハルだが、既に遅い。

飛び散った瓦礫の破片はファイアローにも突き刺さり、その動きが僅かに止まっていたことに、ハルは気が付かなかった。

そして。

「毒突きだ!」

魔神卿との戦闘において、その一瞬は致命的だった。

地中から猛スピードで飛び出してきたドリュウズが一気に跳躍し、毒の剛爪がファイアローを穿ち抜いた。

「なっ……ファイアロー!?」

なす術もなくファイアローが撃墜される。

地面に墜落し、そのまま動かなくなってしまった。

「ファイアロー……よく頑張ったね。ゆっくり休んでて」

戦いの形にはなっているが、やはりまだ及ばない。やはり魔神卿の壁はまだ高い。

(でも、諦めるわけにはいかない。僕にはまだ、一緒に戦ってくれるポケモンがいる!)

闘志を決して忘れることなく、ハルは次のボールを手に取る。

しかし。

「あー。残念だが、バトルはここまでみたいだな」

対するベリアルが、ドリュウズをボールに戻したのだ。

「えっ?」

拍子抜けて素っ頓狂な声を上げるハルに対し、ベリアルはヴィネーとクリュウが戦っていたはずの方向を顎で指す。

 

「決着がついたみたいだぜ。ちっ、先を越されちまった」

 

 

 

 

 

キリキザンの刃とドラピオンの爪が火花を散らし、激しく競り合う。

「ヘビーブレードです」

だがその次の動きはキリキザンの方が早かった。

ドラピオンと拮抗する右腕の力を一切緩めないまま、キリキザンは左腕の刃を横薙ぎに振り抜き、ドラピオンの巨体を叩き飛ばす。

「続けなさい。キリキザン、ストーンエッジ」

さらにキリキザンが一歩踏み出し、力強く大地を踏みつけると、大地からドラピオンに向けて次々と鋭く尖った岩が出現する。

「チッ、叩き割れ! ポイズンクロー!」

毒を纏った強靭な爪を振り下ろし、ドラピオンはせり立つ岩の柱を次々と砕いていくが、

「辻斬りです」

キリキザンの攻撃の手は緩まない。両腕の刃を構え、すぐさま追撃を仕掛けてくる。

「ドラピオン、躱して炎の牙だ!」

今度は正面から相対しない。長い首を屈めて双刃を躱すと同時、口を開いて牙に炎を灯し、キリキザンの胴体へ齧り付く。

鋼の体を焦がされて怯んだところへ、ドラピオンの尻尾が鞭のように叩きつけられ、キリキザンはヴィネーの下まで押し戻される。

「炎技をお持ちですか……ちょっと気をつけて戦わなければなりませんね」

効果抜群の一撃を受けるキリキザンだが、この程度では倒れない。

「休ませるな! ミサイル針だ!」

「防いでみせましょう。ストーンエッジ」

ドラピオンが両腕から針の弾幕を撃ち出すが、対するキリキザンは大地を踏みつけ、目の前に岩の柱を出現させる。

そびえ立つ岩の柱によってミサイル針は行く手を阻まれてしまい、その後ろにいるキリキザンには届かない。

「辻斬りです」

たんっ、と音が響く。

音源は上。咄嗟にクリュウが見上げると、岩の柱の上まで一気に跳躍したキリキザンが上空から腕の刃を構えて襲い掛かってくる。

「ドラピオン、受け止めろ」

ドラピオンが両腕を振り上げ、その場でどっしりと構えてキリキザンを迎え撃つ。

両腕の頑丈な爪でなんとか襲撃を受け止め、さらに尻尾でキリキザンを掴み、

「投げ飛ばしてミサイル針!」

追撃が来る前にキリキザンを放り投げ、すぐさま無数の針を放って追撃。

さすがに宙を舞いながら躱すことはできず、キリキザンは針の弾幕を浴びてしまう。

「手を緩めるな! もう一度だ!」

地面に落ちたキリキザンへ、さらにドラピオンは無数の針を放射するが、

「ストーンエッジ」

起き上がったキリキザンは膝立ちのまま地面を殴りつけ、再び目の前に岩の柱を立てる。

無数の針が岩に突き刺さるも、やはり柱を砕くことはできず、

「ヘビーブレードです」

直後、一刀の元に岩の柱を砕き、キリキザンが地を蹴って一気にドラピオンとの距離を詰め、渾身の力で右腕を振り下ろす。

切り裂くというより叩き割るような重い刃の一撃が、ドラピオンの脳天に直撃した。

「ッ、ドラピオン! やれるか!?」

さすがは防御力の高いドラピオンだ。キリキザンの重い一撃に呻き、数歩よろめいて後退するものの、それでもなんとか体勢を整えて立て直し、クリュウの言葉に頷く。

「おやおや、沈みませんか。並のポケモンなら今ので戦闘不能、もしくは致命傷に至るはずなんですが」

「俺様のドラピオンを甘く見てくれるなよ。こいつは物理方面にはとにかく硬い。その程度でこいつを倒そうなんざ、笑わせてくれるぜ」

「そうですか。そうであればなおさら、キリキザンでそのドラピオンを倒してしまいたくなるものですね」

瞳に邪気を浮かべ、ヴィネーは不気味に笑うと、

「というわけで、今度こそ仕留めさせていただきましょう。キリキザン、ストーンエッジ」

キリキザンが大地を踏みつけ、ドラピオンへ向けて次々と尖った岩の柱を出現させる。

「ドラピオン、撃ち砕け! ポイズンクローだ!」

ドラピオンが爪を打ち鳴らして吼える。

毒を纏った両腕を振り回し、ドラピオンは襲い来る岩の柱を力任せに粉砕していく。

だが、

「今ですキリキザン、ヘビーブレード」

両腕を地面に叩きつけ、最後の岩を砕いたその瞬間、キリキザンが駆け出す。

腕での防御は、間に合わない。

「くそッ……ドラピオン、防御! 尻尾だ!」

一刀両断の鋼の腕が振り下ろされるその直前、咄嗟にドラピオンは尻尾を伸ばして頭を守る。

ゴキリ、と嫌な音が響き、ドラピオンの尻尾がだらりと垂れ下がる。

ダメージは大きいが、それでも弱点となる頭部への直撃は回避し、

「炎の牙!」

牙に炎を灯して大口を開き、間髪入れずにキリキザンへ炎の牙を食い込ませる。

その刹那だった。

ヴィネーの口の端が、吊り上がる。

 

「これを待っていたんです。キリキザン、メタルバースト!」

 

炎の牙を受けたキリキザンの体が銀色に輝き、直後、その体から無数の銀色の光弾が発射される。

「まずった……ドラピオン!」

無数の光弾がドラピオンを貫き、吹き飛ばす。

地に落ちたドラピオンは、そのまま目を回して動かなくなってしまった。

ただ、

「さて、これで一丁あがりで――おや?」

炎の牙をギリギリ耐え切ったはずのキリキザンもまた、よろめいて地面に倒れ伏してしまった。

キリキザンの体には大きな火傷の跡があった。ドラピオンが最後に使った炎の牙の追加効果によって火傷の状態異常を受け、そのダメージで力尽きたようだ。

「相討ち上等だ。ドラピオン、戻りな」

「不運でしたね……キリキザン、お疲れ様でした。休んでいなさい」

互いにポケモンを戻したところで、

「さて……どうやら、流れはこっちにあるみたいだな」

次のボールを手に取り、クリュウが周囲を見回す。

その言葉にヴィネーは返答しなかった。表情を変えず、真顔のままじっとクリュウを見据える。

返答しないのは、ヴィネーも現状がどうなっているか分かっているからだ。

つまり、

「このまま一対一で戦い続ければ俺はお前に勝てるかどうかまだ分からねえが、俺の仲間たちはお前の部下を先に片付けちまった。俺たち全員でかかりゃ、さすがのお前でも勝てっこねえだろ」

ヴィネーが連れてきたゴエティアの構成員は、既にゼンタの指揮の元で戦うノワキタウンの住民によって倒されてしまっていた。

ノワキタウンは外部からの侵入を嫌う町。侵入者を撃退できるように、住民たちはクリュウやゼンタたちによって常日頃から鍛えられている。

そしてクリュウとヴィネーとの戦いは五分五分。そこにノワキの住民が加われば、戦況がクリュウ側に傾くのは誰から見ても明らかだ。

「善人ならここでお前らを見逃すんだろうが、さっきお前が言った通り、俺はそんな善人じゃねえ。ここでくたばってもらうぜ。分かってんだろうな、俺らの縄張りを荒らしたんだ、その代償は大きいぞ」

怒気を含んだ言葉と共に、ヴィネーに少しずつ詰め寄るクリュウ。

だが。

「貴方たち、何か勘違いしていませんか?」

ヴィネーの表情は変化しない。

怯えるどころか、焦る様子すら見せず、ヴィネーはただ淡々と話を続ける。

「は? 勘違いだと?」

「ええ。今の貴方の言い分を聞く限り、どうやら大きな勘違いをなさっているようで」

先ほど言った通り、ヴィネーには今の現状が分かっている。

だからヴィネーは落ち着いていられる。

戦況がこの直後、ヴィネー側に大きく傾くことを知っているから。

 

「追い込まれているのは私ではなく、貴方達なのですけれど」

 

「あ?」

怪訝な表情を浮かべるクリュウを尻目に、クスッとヴィネーは笑う。

「出番ですよ。ルニル、グニル。善人かぶれの悪党たちに、現実を見せてあげなさい」

ヴィネーが新たなる襲撃者の名を告げた、その刹那。

最初に現れた構成員の数を上回る夥しい数の黒装束の群れが、ノワキの住民を取り囲む。

「……!」

クリュウが目を見開き、慌てて周りを見渡す。

「さて、それでは……形成逆転ということで」

黒い修道服の男女を隣に侍らせ、白い悪魔が柔和な、かつ邪悪な笑みを浮かべた。



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第89話 守るべき宝

夥しい数の黒装束の者たちが、ノワキタウンに現れる。

その中心に立つのは魔神卿ヴィネー、そしてその左右に控えるように一組の黒い修道服の男女が立つ。女は赤髪、男は青髪で、顔立ちはどちらも中性的だ。

「決着がついたみたいだぜ。ちっ、先を越されちまった」

ドリュウズの爪の一撃を受けて戦闘不能になったファイアローを戻し、ハルが次のポケモンを出そうとしたところで、ちょうどそれは起こった。

魔神卿ベリアルが顎で指した方を、ハルも振り向く。

ヴィネーの両隣に立つ男女には見覚えがあった。かつてディントス教の司教を務めていた二人組。女の方がルニル、男の方がグニルという名前だったはずだ。

「……さて」

戦局を覆したヴィネーが、口を開く。

「貴方と同じく、私も善人ではありません。邪魔するものはどんな手段を使っても排除します。例え、それがどんな卑劣な手段だったとしても」

ヴィネーが小さく、しかし明確に勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

「まだ決着はついていませんし、貴方には今のところ危害は加えない。ですが貴方のお仲間はかなり疲弊している様子ですね。対して私の部下は万全の状態……分かるでしょう?」

ヴィネーはさらに言葉を続け、

「お仲間が痛めつけられるのも見たくはないでしょう。今のうちにキーストーンを渡していただければ、私と部下たちはこれで撤収いたしますよ?」

「チッ……」

忌々しそうにクリュウは舌打ちする。

新たに現れたこの黒装束の者たちがどれほどの腕前なのか、クリュウには分からない。

ノワキの住民はクリュウやゼンタが直々に鍛えている。新たに現れた黒装束の実力が先ほどと変わらないようであれば、まだ負けてしまうことはないだろう。

だが、果たしてこの第二波で終わりと言い切れるか。

最悪の状況を考える。新たに現れた集団を倒しても、次が来ないという確証はない。

今回は相手の気まぐれで選択肢を与えられているが、次は有無を言わさず襲い掛かってくる可能性もある。

相手の残存戦力がはっきりしてない以上、無謀な戦いを仕掛けるのは賢い判断ではない。少なくとも、クリュウにはその選択肢を選ぶことはできなかった。

そして。

「……仲間は売れねえ。分かった。俺の負けだ」

悔しさと苛立ちを込めた声で、クリュウはそう呟いた。

「っ、クリュウさん!」

「ラルド、黙ってろ。この町のリーダーは俺だ。町の存続に関わる危機が降りかかり、話し合いで解決できない時は、俺が全責任を取り、判断を下す。そういう決まりのはずだ」

背後から声を掛けたラルドを黙らせ、クリュウは懐からキーストーンを取り出す。

ヴィネーは分かっていたのだ。訳ありのノワキタウンの住民たちは強い絆で結ばれている。そんな者たちを傷つける選択肢を、このクリュウという男は決して選ぶことはできない、と。

「仲間の安全が条件だ。部下を下げろ。お前たちが有利なのは変わらないだろう」

「賢い判断をしていただき、助かります。ではルニル、グニル。下がりなさい」

二人の部下や黒装束の構成員たちが数歩引いたのを確認すると、クリュウは小さく舌打ちし、キーストーンを無造作に地面へと投げ捨てる。

「キーストーン、確かに戴きました。それでは」

足元に転がるキーストーンを拾い上げ、ヴィネーはにっこり笑うと、

「ルニル、グニル。撤収しなさい。ベリアルちゃんも帰りますよ。あ、賭けは私の勝ちということで。ピジョット、出てきなさい」

シンボラーが戦闘不能なため、ヴィネーは代わりに鮮やかな色の羽を持つ大きな鳥ポケモンを出し、その背に飛び乗る。

 

『information

 ピジョット 鳥ポケモン

 美しい光沢の翼を持ち飛行能力が

 非常に高い。水面を飛行し水中の

 魚ポケモンを捕まえることもできる。』

 

「だからちゃん付けはやめろって言ってんだろ……サザンドラ、出てこい」

溜息をつき、ベリアルもサザンドラを繰り出して背中に乗り込む。

「それでは、さようなら」

「あばよ」

いつのまにか、あれだけいた黒装束たちは姿を消している。

ノワキタウンを一瞥し、二人の魔神卿もまた、空高く飛び去っていった。

 

 

 

「クリュウさん!」

「大丈夫でしたか!?」

ゴエティアが姿を消したあと、当然ながらクリュウはノワキの住民にもみくちゃにされる。

「……だー! 落ち着け! 一旦離れろ!」

大きく叫んで、クリュウは周囲の人間たちを引き剥がす。

「さて……すまねえな、ハル。本来は無関係なお前を、俺たちの戦いに巻き込んじまってよ」

クリュウはまず、ハルに頭を下げた。

「いえ、僕が勝手に戦っただけですから。皆さんも無事でよかったです。でも、クリュウさんのキーストーンが……」

「そうですよ! あいつら、大事なキーストーンを持って行きやがって!」

「なんなんですか、あの人たち……急に現れて酷すぎますよ……!」

「そうだそうだ!」

「絶対許せねえ!」

ハルの言葉は、ノワキタウンの住民たちに遮られた。

「うるさーい! 落ち着けって言っただろうが!」

再びクリュウの一喝。ノワキタウンは静まり返る。

「ハル、お前も気にすんな。あんなもん一つ持ってかれたって構いやしねえよ、なんせ」

クリュウはそこで一拍置き、

 

「俺はもう一個キーストーン持ってるからな」

 

そう言いながらクリュウは首にかけたネックレスを指で叩く。

すると翼の形のネックレスが左右に開き、中から美しく輝く石が現れる。

その光は、紛れもなくキーストーンだった。

「……えっ?」

「はぁ!?」

「クリュウさん……どういうこと!?」

驚いていたのはハルだけではなかった。どうやらノワキの住民たちも知らなかったらしい。

周りを見る限り、二人だけ知っていたような様子を見せる人物がいる。それを知っていたのはやれやれと首を振るゼンタと、くすくすと笑うイローだけだったようだ。

「それにな」

驚愕に包まれるノワキの住民たちを気にせず、クリュウは続ける。

「俺にとっちゃ、正直キーストーンなんてなくたって構わねえ。俺にとって一番大事な宝はこのノワキタウン、そしてそこに住む仲間たちだ。こいつらが無事なら、それで何よりなのさ」

クリュウはそう言って、ニヤリと笑う。

「さて、ハル、お前も疲れただろう。今日は一日この町で休んでけよ。こんな荒れた町だが、ポケモンセンターの宿舎はちゃんと残ってる。観光するとこは何もねえが、ま、ゆっくりしていきな」

「はい、ありがとうございます!」

キーストーンこそ奪われてしまったものの、他に被害は何もなく、ノワキタウンでの戦いはとりあえず一件落着だ。

 

 

 

「そういやハル、お前は旅のトレーナーだったよな?」

ポケモンセンターへ向かう途中、クリュウが尋ねてきた。

「はい。各地の街を巡って、ジムリーダーと戦ってます」

「なるほど。なら、いいことを教えてやるよ」

ハルの返答を聞いて、クリュウはニヤリと笑うと、

「実はな。この町にもジムリーダーがいる。最早形式的なものになっちまってるが、一応まだポケモンリーグ本部公認のジムだ。勝てばバッジが貰えるし、ちゃんとポケモンリーグ出場のためにも使えるぜ」

ハルもその話自体は聞いていたのだが、あまり信じてはいなかった。だが、ここの住人であるクリュウがそう言っているということは、本当に公認のジムリーダーが存在するのだろう。

「話には聞いたことありましたけど、本当にいるんですね」

「ああ。つーか」

クリュウはそこで一拍置き、

「ノワキタウンのジムリーダーは、俺なんだがな」

 

『information

 ジムリーダー クリュウ

 専門:悪タイプ

 肩書き:無法を統べる者(アウトローヘッド)

 前職:警察官』

 

「あっ、そうだったんですか!?」

最初は驚くハルだったが、しかし言われてみれば納得だ。

この町に住む人物の中でジムリーダーを務めていそうなのは誰かと聞かれれば、高いカリスマ性を持ち、無法と呼ばれるこの町を取り仕切るクリュウをおいて他にいない。

「おうとも。明日にでも……と言いたいとこだが、ポケモンのコンディションも整えたいだろ。どうせ使うやつもいねえし、ポケモンセンターの宿舎はしばらく貸してやる。休むなり調整なりして、調子が整ったら挑戦しに来るといい」

まさか、ここでジム戦ができるとは思ってもいなかった。

予定とは違うが、断る理由などあるはずもない。

「僕からも、是非お願いします。でも、ポケモンジムってどこなんですか?」

「形式的な存在になっちまってるから、ジムの建物はない。万全に整えたら、ゼンタと戦ったあの広場に来な」

「はい、ありがとうございます!」

話は決まった。

しばらくノワキタウンに留まり、休息をとり次第、次はクリュウとのジム戦だ。

 

 

 

 

 

 

「それにしても、今回はベリアルちゃんにしては大人しかったですね」

ピジョットに乗ったヴィネーが、隣を飛ぶベリアルの方を振り向く。

「あぁ?」

「いえいえ。ベリアルちゃんのことですから、あのまま残って暴れてあの男の子のキーストーンを強奪しちゃってもおかしくないと思ったものですから?」

ニヤニヤと笑うヴィネーに対し、はぁ、とベリアルは大きく溜息をつき、

「お前なぁ……俺だって別に好きで暴れてるわけじゃねえっつの。そりゃまぁ指令を受けりゃそれ相応に暴れるし、誰かに邪魔されて機嫌が悪くなりゃつい殺っちまうことだってあるけどよ。今回は俺とお前の私用だろ? 任務を受けた訳じゃねえんなら暴れる理由もねえよ。あとちゃん付けすんな」

それに、とベリアルは続け、

「キーストーンが手に入らずとも、アモンが“アゾット・レポート”を再現できりゃ、人工メガシンカができるって話だろ。だったらキーストーンは必須じゃねえ。保険として持ってはおきたいが、暴れて奪うほどのものじゃねえよ。あのアモンが解析に失敗するとは思えねえしな」

「なるほど。たしかにアモンちゃんの腕前は一流ですけど……」

ヴィネーはわざとらしく首を傾げ、

「でも私、あのアゾットなんちゃらのメガウェーブに関してはいまいち信用が置けないんですよねぇ」

「あ?」

「だぁって。ベリアルちゃん、人工でメガシンカを量産なんて、そんな都合のいい話があると思いますか? 何らかの副作用が潜んでる気がするんですけど。例えば本来のメガシンカ通りの力は出せないとか、ポケモンかトレーナーのどちらか、もしくは双方に本来のメガシンカ以上の多大な負担が掛かるとか」

「……そういやアモンもそんなこと言ってたな。もしかすると、通常通りのメガシンカとはいかないかもしれないだとか。とりあえずは解析と再現を優先するって話だったけどな」

アモンは“アゾット・レポート”の再現に意気込んでいたものの、思ったより時間が掛かっている。

今回ベリアルとヴィネーかキーストーンを探していたのも、メガウェーブの計画が上手くいかなかった場合の保険のためだ。

「ま、そんなことより。今回の勝負は私の勝ちということで、ベリアルちゃんには一つ言っておくことがあります」

「なんだよ」

ベリアルがそう返すと、ヴィネーはにんまりと笑みを浮かべ、

「負けた方は勝った方に一本奢る、でしたよね? 私、お酒はカロスの本場のワイン以外お酒と認めていませんので」

「……チッ、高級志向が。分かった分かった、近いうちに取ってくるからしばらく待ってろ」

「楽しみにしてます。うふふ」

悪戯っぽく笑うヴィネーに、やれやれといった様子でベリアルは首を振る。

白い悪魔はご機嫌な様子で、赤い悪魔はなんだか疲れた様子で、ノワキの空を飛び去っていく。




アゾット王国やメガウェーブについては、『劇場版ポケットモンスター ボルケニオンと機巧のマギアナ』を元ネタとしています。
名作だから皆、見よう!


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第90話 悪の花形、ノワキジム!

魔神卿二人組のノワキタウン襲撃事件、その次の日。

 

「ファイアロー、上空から旋回して、ニトロチャージ! ワルビルはファイアローに合わせて、燕返し!」

 

ポケモンセンターの地下交流場(当然ハルの貸切状態。誰も使っていなかったようで少し埃を被っている)で、ハルはポケモンたちの特訓をしていた。

ファイアローが空中を飛び回ってワルビルを撹乱し、炎を纏って飛びかかる。

対するワルビルは素早くファイアローの気配を察知し、剣を振り抜くが如く腕を振るい、ファイアローの一撃を受け止めた。

「よし! いいぞ、ワルビル!」

ワダンから教わった、ワルビルの受けのバトルスタイル。

ハルの手持ちの中でダントツのスピードを誇るファイアローに対しての反応も安定してきたが、ハルにはまだ気がかりなことがある。

(動きはかなり良くなってきたと思うんだけど……問題は実戦で活かせないとダメってことなんだよね)

ワルビルが実戦で活かせていない、というわけではない。

ワダンとの特訓の後に戦った相手といえばダンタリオンやベリアル。魔神卿たちのポケモンは攻撃力が高すぎて、今のワルビルでは“一発受けて戦う”が通用する相手ではなかった。

(ゲンガーやヘルガーとのバトルでは活かせてあげられなかったからな……今回のジム戦こそは活躍させてあげたいな)

そろそろ、実際のバトルで特訓の成果を上げさせてやりたい。

そんな時、

「おっはー。朝から頑張ってるね、ハル」

声を掛けられる。一階からイローが降りてきていた。

「イローさん、おはようございます!」

「やほ。クリュウとのジム戦に向けて、訓練中かな? 調子はどーよ?」

「はい、いい感じですよ。後は僕が皆の力を引き出してあげることができれば、きっと勝てるはずです」

ハルが自信満々にそう返すと、イローはにんまりと笑い、

「おー? それは楽しみ。何しろ町中で噂になってるかんね、クリュウがジム戦をやるって。ジム戦の時は見物客だらけになると思うけど、緊張しちゃダメよん?」

「え……そうなんですか」

どちらかと言えば緊張に弱い方のハルは途端に不安感に襲われる。まぁジム戦が始まれば、そんな不安などすぐに掻き消えてしまうだろうが。

そんな様子のハルを見てイローは悪戯っぽく笑い、

「そんじゃ、急に弱気な顔になっちゃったハルに、あーしが一つだけお役立ち情報を教えてあげよう。クリュウは悪タイプのエキスパート。作戦を考える時に、参考にするがよいぞ☆」

悪タイプが相手となれば、ルカリオが有利に戦える。

「なるほど……ありがとうございます」

「どいたま。それじゃ、頑張んなよ。ジム戦の日にはあーしも応援に行ったげるからね。どっちの応援をするかはまだ決めてないケド」

再び冗談めかして笑い、イローは手を振ってポケモンセンターの一階へ戻っていった。

「悪タイプが相手か……よし。皆、出てきて!」

ワルビルとファイアローを呼び、残りの三匹をボールから出す。

「皆、作戦会議だよ。クリュウさんは悪タイプの使い手らしい。だからまず……五対五でもない限り、エーフィは今回はお休みかな。ごめんね」

予想はできていたのか、特に否定的な声を上げることもなくエーフィは頷く。

一応悪タイプに有利なマジカルシャインを覚えてはいるものの、主力のエスパー技が効かない以上、無理に選出する理由はない。

「となると、残りはルカリオ、ファイアロー、ワルビル、オノンドだ。五個目のバッジを賭けたカタカゲジム戦が四対四だったから、今回も恐らく四対四以上。それを想定するなら、このメンバーでそのままジム戦に挑む形になる」

明確に有利なのは格闘タイプを持つルカリオ。あとはシザークロスを使えるオノンドも一応有効打がある。

そこで。

ハルの頭に、一つの作戦が思い浮かぶ。

「皆、ちょっといいかな。対クリュウさんに当たって、面白い考えが思い浮かんだんだ。いつもとちょっと違う戦い方になるんだけど……」

ハルの言葉を聞いて、ポケモンたちが向き直る。

ファイアローは首を傾げ、ワルビルとオノンドはハルの顔を覗き込む。ルカリオとエーフィは波導や念力でハルの考えを読み取ったようだ。

「えっとね、まず今回は……」

 

 

 

そして。

次の日、ハルは約束したジム戦の場所、ノワキタウンの中央広場に立っていた。

そして向かいには、

「おはようございます。クリュウさん、町の皆さん」

「おうよ。この間は世話になったな。調子はどうだ? 万全にしてきただろうな」

「ええ、もちろんです」

広場を挟んで、ハルとクリュウが向かい合って立つ。

この町でジム戦が行われること自体、やはり随分と久しぶりのことなのだろう。ラルドやゼンタを始め、町の住民たちもこぞって見物に来ている。

「そうでなくっちゃな。一応俺もジムリーダーなんでな、ジム戦として厳しく戦わせてもらうぜ」

「はい。全力でぶつかって、ジムバッジを手に入れてみせます!」

ハルの力強い返事を聞いてクリュウはフッと笑うと、

「アン、審判を頼むぞ」

クリュウに呼ばれ、先日のゼンタ戦でも審判を務めていた青髪のメガネ少女、アンが進み出る。

「はい……それでは、只今よりジムリーダー ・クリュウさんと、チャレンジャー・ハルさんのジム戦を行います。えっと、使用ポケモンは四匹。どちらかのポケモンが全て戦闘不能になった時点で試合終了です。試合途中でのポケモンの交代は、チャレンジャーだけです」

アンの細々とした声に合わせ、クリュウとハルは同時にモンスターボールを手に取る。

「そんじゃ、まずは俺からポケモンを出すか。出てきな、ゴロンダ!」

クリュウが初手に繰り出すは、葉っぱを咥えたガタイのいいパンダのようなポケモン。場に立つとニヤリと笑って腕を組み、ハルを見下ろす。

 

『information

 ゴロンダ 強面ポケモン

 突進でダンプカーを吹き飛ばし拳で

 岩を破壊する力自慢。気性が荒く

 喧嘩っ早いが仲間への情は厚い。』

 

悪と格闘タイプを併せ持つポケモンのようだ。強面だが、その立ち振る舞いにはどこか愛嬌も感じる。

対して、ハルも初手は決まっている。迷うことなく、手にしたボールを投げる。

ハルの先発のポケモンは、

「よし……出てきて、ルカリオ!」

初手からいきなり、エースのルカリオだ。

「……ほぉ。随分と思い切ったチョイスじゃないか」

さすがにクリュウもこの展開は予想外だったようだが、しかしその程度で余裕を崩しはしない。

今回のハルの作戦はこうだ。タイプ相性の有利なルカリオを先発に出し、一気に流れを掴む。

四体抜きができるとはさすがに思っていないが、出来るだけ相手のポケモンを倒し、残ったポケモンを残り三匹で捌き切る。無論、万が一ルカリオが予定より早く倒されてしまった場合の策も考えてはいるが。

ハルはここまでのジム戦でずっと、最後の一匹をリオル、ひいてはルカリオに頼ってきた。五回に渡るジム戦の中で、ハルも分かってきたことがある。

今まで最終的にジム戦を制してきたのは、ハルとルカリオの特別な絆の力だ。しかしこの力、少なくとも今のハルには狙って発動することはできない。

そしてこの力が発動するのは、必ずジム戦の終盤。ハルとルカリオが最後の力を振り絞り試合を決める、その瞬間に、この力は覚醒する。

逆に言えば、まだエンジンがかかり切っていない序盤においては、この力は発動できない。というのが、絆の力に対する現時点でのハルの結論だ。

ハルがルカリオを初手に選んだのは、特別な絆の力に頼らずともジム戦に勝ちたい、という理由もある。

(先発からいきなりエースポケモンとはな。何を考えているかはまだ分からねえが……いいだろう。お前の戦い方、じっくり見定めさせてもらうぜ)

(いきなりジムリーダー相手に新しい戦い方を試すのは無謀かもしれないけど……いや、ジムリーダーに通用しなきゃ、新しい戦い方なんて言えない。自分と自分のポケモンを信じて、戦おう!)

ともあれ、両者のポケモンが出揃った。

 

「それでは、ジムリーダー ・クリュウさんと、チャレンジャー・ハルさんの試合を、開始します!」

 

「さあ、ルカリオ! 行くよ!」

バトル開始が告げられると同時。

ブレスレットを付けた右手を掲げ、ハルは叫ぶ。

「僕と君の、絆の力に応えて! ルカリオ、メガシンカだ!」

ハルのキーストーンと、ルカリオのメガストーンが、同時に七色の光を放つ。

二人の光が繋がり、ルカリオを包み込み、その姿を変えていく。

波動の力とメガシンカエネルギーをその身に巡らせ、天を貫く咆哮と共に、ルカリオはメガシンカを遂げる。

「いきなり使ってきやがるか。それじゃこっちも手加減なしでぶつかんねえとな! やるぜゴロンダ!」

クリュウに呼応し、ゴロンダもニヤリと笑みを浮かべて拳を打ち鳴らす。

「行きます! ルカリオ、発勁!」

「こっちも行くぞ! ゴロンダ、アームハンマー!」

地を蹴ってルカリオが駆け出し、対するゴロンダはその場でどっしり構えて拳を振りかぶる。

波導を纏ったルカリオの右手と、ゴロンダの鉄拳が正面から激突。

結果は、

「ッ、さすがにメガシンカはつえーな……!」

体勢を崩しこそしなかったものの、ゴロンダが押される。

とはいえメガシンカポケモンの攻撃を地に足をつけて耐え切れるあたり、さすがはジムリーダーのポケモンだ。

「続けてボーンラッシュ!」

次の動きはルカリオの方が早い。

ルカリオの右手を纏う波導が形を変えて槍の姿を取り、ゴロンダへ立て続けに槍の連続攻撃を浴びせる。

だが、

「ぶっ飛ばせ! ゴロンダ、DDラリアット!」

やはりゴロンダは怯まず、黒いオーラを腕に纏わせてその場で回転を始める。

連続攻撃を終えたその隙を突き、遠心力を乗せた剛腕をルカリオへ叩きつけ、ハルの元まで吹き飛ばした。

「ルカリオ、大丈夫?」

ハルが尋ねると、すぐさまルカリオは起き上がって頷く。DDラリアットは悪タイプの技なので、あまり大きなダメージはないようだが、

(あのゴロンダ、もちろんパワーもあるけど、それ以上に受けが強いみたいだな。中途半端な攻撃だと、手痛い反撃を貰うかも。一気に攻め切らないと)

メガルカリオの攻撃に対して顔色を変えないばかりか、ボーンラッシュ程度なら即座に反撃を放ってくる。搦め手の通用する相手ではなさそうだ。

「だったら……ルカリオ、発勁だ!」

立ち上がったルカリオの右手を、青い波導が覆う。

そのままルカリオは駆け出し、再びゴロンダの懐へと飛び込む。

「っ! ゴロンダ――」

慌ててクリュウが指示を出そうとするが今度は間に合わず、波導の掌底を叩きつけられ、ゴロンダは吹き飛ばされた。

「よっし! ルカリオ、続けて波導弾!」

「ちょっとの素早さのダウンが、ここまで響くか……! ゴロンダ、雷パンチだ!」

先程ゴロンダが使ったアームハンマーは強力な技だが、自身の素早さが少し落ちてしまう欠点もある。

それでもすぐさま立て直し、電撃を纏った拳でルカリオの放つ波導の念弾を打ち消す。

「気合い入れ直すぜ! ゴロンダ、バレットパンチ!」

両腕を振り上げて雄叫びをあげ、ゴロンダは自身を鼓舞する。

そして次の瞬間、目にも留まらぬスピードで一気にルカリオの目の前へと飛び出してきた。

「っ!?」

ハルが驚いている間に、ゴロンダの鋼の連続パンチがルカリオを襲う。

「アームハンマー!」

ルカリオの体勢を崩し、ゴロンダは大きく振りかぶった拳を鉄槌が如く振り下ろす。

「やばっ……! ルカリオ、防御だ!発勁!」

咄嗟に波導を纏った右腕を構えて迎え撃つルカリオだが、より勢いのあるゴロンダの鉄拳には敵わず、拳を叩きつけられ吹き飛ばされてしまう。

「ルカリオ! 大丈夫!?」

波導の力でどうにかダメージを抑えることはできたようで、ルカリオはすぐに起き上がり、頷く。

「なるほど……アームハンマーのスピードダウン効果を、先制技のバレットパンチで一時的に相殺できるんですね」

「その通り。バレットパンチを挟む一手間が必要になるが、この技自体が隙の少ない優秀な技だからな。アームハンマーもガンガン振っていけるぜ」

となると、素早さダウンの隙を突くのが少し難しくなってくる。

やはり、高火力の大技で一気に決めるのが得策だろう。

「さあ続けるぜ! ゴロンダ、バレットパンチ!」

「来るよ! ルカリオ、ボーンラッシュ!」

再び距離を詰めてくるゴロンダに対し、ルカリオは波導の槍を構えて迎え撃つ。

マシンガンのように乱射されるゴロンダの連続パンチを、槍の乱舞で全て捌き切る。

「DDラリアット!」

最後の右拳を捌かれたゴロンダは、しかしすぐさま次の攻撃に転じる。

両腕に黒いオーラを纏わせ、体を捻って裏拳の如く左腕をルカリオに叩きつけ、さらにもうひと回転、右腕でルカリオを殴り飛ばす。

「アームハンマー!」

ルカリオを引き離したのを確認し、ゴロンダはその場で思い切り拳を振り下ろす。

その場では絶対にルカリオには届かないが、狙い目は違う。

地面を殴りつけて大地を揺るがし衝撃波を発生させ、吹き飛ぶルカリオへと追撃をかける。

「っ、ルカリオ、ボーンラッシュ! まだ降りちゃダメだ!」

体勢を崩しながらも、ルカリオの手から青白い槍が出現する。

手にした槍を地面に突き立て、棒高跳びの如く跳躍し、何とか衝撃波を逃れた。

そして、ここでハルは攻略法を掴む。

(分かったぞ。あのゴロンダ、遠方への相手に対する攻撃方法が少ない。距離を取って準備を整えてからでも、攻撃が間に合うはずだ)

技が全て見えた。ゴロンダの遠距離攻撃はアームハンマーの衝撃波のみ。そのアームハンマーの追加効果で素早さも落ちていくため、遠距離への相手には衝撃波で牽制するか、バレットパンチの一手間を挟まなければならない。

「だったら、こうだ! ルカリオ、ゴロンダの動きを止めて! ボーンラッシュだ!」

着地したルカリオは再び大きく跳躍し、ゴロンダの上を取る。

周囲に複数の波導球を出現させ、小型の槍へと形を変える。

ルカリオが腕を振り下ろすと小さい槍が一斉に発射されるが、狙いはゴロンダではない。

その足元。ゴロンダを囲うように波導の槍は地面に次々と突き刺さり、その場に縫いとめてしまう。

「ほぉ、ゴロンダの動きを封じて、確実に仕留めようって魂胆か。いいぜ、かかって来な。俺様のゴロンダと正面からぶつかって、勝てるならの話だがな!」

「ハナからそのつもりです! ルカリオ、飛び込め! 発勁だ!」

波導の力を右手に纏わせ、上空からルカリオが飛び掛かる。

「ゴロンダ、迎え撃て! アームハンマー!」

腕を振り回して力を込め、ルカリオの掌底を返り討つべく、ゴロンダが腕を思い切り振り抜く。

両者が激突、力は互角。しかし、

「ルカリオ! ボーンラッシュの槍を、拳へ!」

ゴロンダを囲うように地面に刺さった槍が揺らめく波導へ形を戻し、ルカリオの右手へと集まっていく。

ボーンラッシュの槍はルカリオの波導で作られたもの。手から離れても、自由自在に操ることができる。

「なにッ!?」

クリュウが驚いたときには、すでに遅い。波導の力を増大させたルカリオの右手が、ゴロンダの拳を押し切った。

「今だ! 波導弾!」

右手を纏う波導が、念弾へと形を変える。

体勢を崩すゴロンダへと吸い込まれるように念弾が直撃し、青い光の炸裂とともに、ゴロンダを吹き飛ばした。




長らく更新を停止しており、誠に申し訳ございません。
本日よりまた更新を進めて参りますので、またよろしくお願いします。
活動停止の理由(言い訳)は活動報告に投稿しております。とにかく失踪は致しませんので、また気が向いたときにでも読んでやってください。


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第91話 快進撃と波乱の影

波導弾に吹き飛ばされ、ゴロンダが地に落ちる。

それでも何とか起きあがろうと手を地面に突き立てるが叶わず、体力が限界を超えて力尽き、倒れ伏してしまう。

「ゴロンダ、戦闘不能、です。ルカリオの勝ちです」

審判の少女アンが、噛み締めるようにルカリオの一勝を告げる。まずはハルが先手を取った。

「こんなにあっさりやられちまうとは……いや、しょうがねえ。ゴロンダ、戻りな」

クリュウはゴロンダをボールに戻すと、即座に次のボールを手に取る。

「ハル。お前のルカリオ、なかなかやるな。波導の扱いも上手いじゃないか。これでも俺様、全く油断はしてなかったんだぜ?」

「ありがとうございます。一番頼れるエースポケモンですからね」

ハルの返事にクリュウは小さく笑うと、

「だがこれ以上暴れさせるわけにはいかねえな。次はこいつだ! 出てきな、ノクタス!」

二番手のポケモンを繰り出す。サボテンのように全身に棘を纏ったポケモンだが、姿形や傘帽子に似た形の頭のせいか案山子のようにも見える。

 

『information

 ノクタス カカシ草ポケモン

 昼間は突っ立ったまま眠っている。

 夜になると動き出し砂漠の気候に

 疲れ果てた獲物を探しに動き出す。』

 

見た目通りに草・悪タイプのポケモンのようだ。ルカリオはタイプ相性的に相変わらず有利だが、

「さっきの戦いを見た上で出てきたってことは、きっと何か策があるってことだ。ルカリオ、気をつけて戦うよ」

タイプ相性が不利な上でわざわざ選出してくるのだから、必ずこちらに対して何か有効な策を持っている、そう考えるのが自然だ。

元よりジム戦で油断などしないが、それでもハルは口に出す。ルカリオも頷き、クリュウとノクタスの方へと向き直る。

「では……バトル再開です」

アンの号令でバトル再開。今度は、クリュウ側が先に動き出す。

「行くぞ! ノクタス、ミサイル針!」

ノクタスが腕を広げると、全身の棘が白く輝きだし、無数の白い棘が一斉にルカリオ目掛けて飛び出す。

「っ!? ルカリオ、防いで! ボーンラッシュ!」

思わず目を見開くハル。それもそのはず、とんでもない数だ。

元々無数の棘を持つノクタスだが、何しろその棘という棘から一斉にミサイル針が飛んでくる。とても回避など出来ない。

ルカリオもそれは分かっているようで、右の掌から素早く青白い波導の槍を出現させる。

槍をまるで杖のように、曲芸の如く舞わし、ノクタスの放つミサイル針を全て弾き飛ばした。

「数が多い分、一発一発の威力は低めだな。ルカリオ、次はこっちの番だよ! 発勁!」

ミサイル針を撃ち終えたノクタスに対し、ルカリオが地を蹴って飛び出す。

手にした槍を揺らめく波導に戻して右手に纏わせ、一気に距離を詰め、波導の掌底をノクタスへと叩きつける。

だが。

 

「ノクタス、ニードルガード!」

 

棘だらけの腕をクロスさせ、ノクタスが防御の体勢を取る。

ルカリオの右手が触れた瞬間、ノクタスの腕から無数の鋭く長い棘が伸び、突っ込んできたルカリオを逆に突き刺し、弾いてしまう。

「なっ!?」

「今だぜ! ニードルアーム!」

予期せぬ反撃を受けて体勢の崩れたルカリオに対し、ノクタスは棘を伸ばしたままの腕を振り抜き、ルカリオを殴り飛ばした。

「っ、こいつも受けのポケモンか……! ルカリオ、大丈夫?」

ニードルアームは草技なので、ルカリオには効果今一つ。こういう時、鋼タイプの耐性は役に立つ。

「悪の波動!」

だが休んでいる暇はない。ルカリオを遠ざけたノクタスが腕を突き出し、手の先から紫黒の光線を発射する。

「ルカリオ、打ち消して! 波導弾だ!」

立ち上がったルカリオも掌から波導の念弾を放射、さらに、

「もう一度試してみるか……ルカリオ、発勁!」

両者の一撃が激突し、爆煙を起こすその中にルカリオは飛び込む。

波導の力で正確にノクタスの場所を見定め、波導を纏った右手を突き出す。

しかし、

「何度やっても同じだぜ。ニードルガード!」

再びノクタスは腕をクロスさせ、棘だらけのガードを展開。

ルカリオを突き刺して逆にダメージを与え、弾き返してしまう。

だがハルにもその結果は分かっている。ただ同じように弾かれにいったわけではない。今のやり取りで、情報を得た。

「やっぱりそうだ、ノクタス側にダメージが通った様子がない。もしかしてこの技、守るとかキングシールドみたいな防御技?」

「正解だ。このニードルガードは相手の攻撃を必ず防御し、直接攻撃を仕掛けてきた相手には棘を突き刺してダメージを与える。さらにキングシールドとは違って、補助技も無効化できるんだぜ」

となると、やはりこのノクタスも受けに強いポケモン。ゴロンダといい、クリュウは防御寄りのバトルスタイルを得意としているのかもしれない。

さらに、もう一つ分かったことがある。

(技が全部見えた。ニードルガードは厄介だけど、このノクタスにはルカリオへの打点がない。逆に言えば、それが分かっているのにクリュウさんはわざわざノクタスを選出したってことになる)

ノクタスの覚えている技のうち、攻撃技はミサイル針、ニードルアーム、悪の波動。全てルカリオには効果今ひとつ。

ならば、なぜノクタスを選出したのか。

(ニードルガードに相当の信頼があることは間違いなさそうだ。逆に言えば、それさえ破ればこのノクタスは脅威じゃない!)

「それなら……ルカリオ! 波導弾だ!」

ならば非接触技で攻める。

ルカリオの開いた右手に青い波導が集まり、念弾となって放出される。

「砕け! ノクタス、ミサイル針!」

ノクタスが全身の棘からミサイル針を発射し、その針を一点に集める。

集まった針はドリルのように螺旋状に展開され、波導の念弾を破壊し、

「悪の波動!」

さらに両腕の先から二対の紫黒の光線を発射、ルカリオを狙う。

「突っ込め! ボーンラッシュだ!」

波導の槍を手に取り、ルカリオが地を駆ける。

槍を突き出して悪の波動を突っ切り、そのままノクタスとの距離を一気に詰め、

「波導弾!」

「ニードルガード!」

手にした槍を念弾に変えて放つと同時、ノクタスも腕を構えて棘だらけの盾を展開する。

波導弾がノクタスに直撃するが、盾に守られるノクタスにダメージはない。

「今だ! ルカリオ、発勁!」

ノクタスが盾の構えを解いたその刹那、右手に青く揺らめく波導を纏わせたルカリオが掌底を突き出す。

「そう来ると思ってたぜ。ニードルアーム!」

対するノクタスも棘を伸ばした腕をそのまま振り抜き、真正面からルカリオを迎え撃つ。

火力はルカリオの方が上、しかしノクタスの腕から伸びた棘が衝撃を吸収したのか、ノクタスの体勢は崩れず、

「悪の波動!」

間髪入れずに放った紫黒の光線がルカリオを捉え、ハルの元まで押し戻す。

「っ、なかなか厄介だな……!」

「来ないならこっちから行くぜ! ノクタス、ミサイル針!」

ノクタスの全身の棘が白く輝きミサイル針を発射、今度は無数の弾幕となってルカリオへ降り注ぐ。

「突撃! ボーンラッシュだ!」

針の雨を潜り抜け、ルカリオが駆ける。

揺らめく波導を槍の形に変え、一気にノクタスとの距離を詰め、波導の槍を突き出す。

「なら、ニードルガード!」

ノクタスが腕を交差させ、棘だらけの盾を展開する。

波導の槍は棘の盾に弾かれてしまうが、ルカリオ本体には棘は届いていない。

「波導弾!」

「ニードルアーム!」

両者の指示が出たのはほぼ同時だった。

ルカリオが手にした槍を波導の念弾へ変えて放出し、ノクタスは棘を伸ばした腕を振り抜く。

棘だらけのラリアットで波導弾は破壊されてしまうが、しかし、

「このタイミングなら、どうだ! ルカリオ、発勁!」

勢いよくノクタスが腕を振り回したその直後、右手に青く揺らめく波導を纏ったルカリオがさらに追撃を放つ。

脇腹に掌底が叩き込まれると同時に、青い波導が炸裂。怒涛の連撃をついに捌き切れず、ノクタスが吹き飛ばされた。

その上この一撃は効果抜群。ジムリーダーのポケモンとはいえど、そう素早く立て直すことはできない。

「ルカリオ、もう一度発勁!」

「っ! ノクタス、悪の波動だ!」

ルカリオの右手が再び波導に覆われ、咄嗟にノクタスが腕の先から紫黒の光線を放つ。

「ルカリオ、躱しちゃだめ! 正面突破!」

ハルの指示に頷き、ルカリオは右腕を突き出し、悪の波動の中へ飛び込んでいく。

勿論これは考えがあっての指示だ。ここで回避してしまうと、僅かな隙とはいえノクタスに防御を許す時間を与えてしまう。

しかし回避を挟まずノクタスの攻撃を打ち破ってしまえば、ニードルガードは間に合わない。

結果。

ノクタスが立ち上がるより早く、ルカリオの右手がノクタスへと届いた。

波導を纏った右手を叩きつけ、それと同時に、

「波導弾ッ!」

ルカリオの右手を覆う波導が、青く輝く光の弾となって発射される。

ゼロ距離から放たれた波導の念弾、当然躱すことなど出来はしない。

「ノクタス……!」

どうやら守りはニードルガード頼りなのか、元々の耐久力はそこまで高くはないようだ。

派手に吹き飛ばされたノクタスは地面に叩きつけられ、そのまま目を回して動かなくなってしまった。

「……! ノクタス、戦闘不能です。ルカリオの勝利です……!」

アンがルカリオの勝利を告げると同時、周りのギャラリーがどよめく。

何しろ、ジムリーダーであり街のエースでもあるクリュウが二体抜きされてしまったのだ。ノワキの住民たちが驚くのも、無理はない。

「よしっ! いいぞ、ルカリオ!」

小さくガッツポーズを決めるハルに呼応し、ルカリオもハルに目線を向けて頷く。

そんな中で、一人だけは落ち着いたままだった。

「やるじゃねえか。ノクタス、戻りな」

ノクタスをボールに戻すクリュウの表情は変化しない。

冷静に、しかし口元に小さく笑みを浮かべたまま、次のボールを手に取る。

そんなクリュウを見て、ハルはすぐに気を引き締める。まだジム戦は終わってはいないのだ。

「さて、ルカリオ一体にゴロンダとノクタスがやられちまったわけだが……おかげでだいたい分かったぜ、お前の戦い方」

ハルの瞳を見据えるクリュウのその表情には、余裕すら感じられる。

「基本的には攻撃重視。たまに搦め手や防御を混ぜることもあるが、どう耐えるかよりどう打ち崩すかを重視する攻撃的なバトルスタイル。違うか?」

「それは、どうでしょうね」

ハルがそう返すと、クリュウはニヤッと笑う。

「ま、教えたくはねえよな。だが間違いないと思うぜ。ゴロンダとノクタスの敗北は決して無駄にはなっていない。そしてそんなバトルスタイルの相手には、こいつが適任だな」

そう言ってクリュウはボールを構える。

手にした三番目のボールから、次なるポケモンが現れる。

「出てきな、ドラピオン!」

 

『information

 ドラピオン 化けサソリポケモン

 自慢のパワーを武器に戦うが手強い

 相手と戦うときは猛毒も使用する。

 首が180度回転するので死角がない。』

 

紫の頑丈な甲殻に身を包んだ巨大なサソリのような、毒と悪タイプのポケモン、ドラピオン。

場に立つと、自身を鼓舞するように鋏を打ち鳴らして野太い声で吠える。

(毒と悪タイプってことは……弱点は地面タイプだけか。というか、またしても随分硬そうなポケモンで来たな)

クリュウの手持ちの傾向から見て、このドラピオンも受けの強いポケモンだろう。体を覆う鎧のような紫の甲殻が、そのパワーと防御力を物語っている。

「だけどこっちが押してるってことは変わらない。ルカリオ、この調子で行けるところまで行くよ」

ルカリオの闘志も充分。ハルの言葉に力強く頷き、両手に波導を纏わせて戦闘体勢に入る。

「そんじゃ、バトル再開とするか」

クリュウがそう告げ、ドラピオンも両腕を振り上げて雄叫びを上げる。

 

 

 

この時点で。

ハルはまだ、クリュウという男の恐ろしさに気が付いてはいなかった。



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第92話 波乱の魔蠍

「そんじゃ、バトル再開とするか」

六つ目のバッジを賭けたノワキジム戦。現在ハルのルカリオがクリュウのゴロンダとノクタスを立て続けに倒し、大きくリード。

そしてクリュウが今まさに、三体目となるドラピオンを繰り出した。

「こっちから行かせてもらうぜ。ドラピオン、まずはミサイル針!」

ドラピオンが両腕を前方へ突き出すと、爪が白く輝き、複数の白い針が一斉に放出される。

「またミサイル針か……だけどさっきのノクタスより数は少ないな。ならルカリオ、駆け抜けるよ! ボーンラッシュ!」

右手を纏う波導を槍の形に変え、波導の槍を手にしてルカリオが駆け出す。

槍を自在に振り回し、ミサイル針を捌きつつドラピオンへ迫ろうとするが、

「っ!?」

飛来する針を弾いたルカリオが僅かに体勢を崩す。

「なんだ……!? ルカリオ、防御優先! とにかく針を弾いて!」

咄嗟にドラピオンへの突撃をやめ、ルカリオは防御に集中。波導の槍を自在に舞わし、ミサイル針を弾き飛ばした。

(なるほど……針の一発一発が重いのか……!)

針を弾くルカリオの挙動で分かった。先程のノクタスのそれと比べて、このドラピオンの放つミサイル針は弾数が少ない代わりに一発一発の威力が高い。

だから初撃でルカリオは体勢を崩した。地に足をつけて構えれば流石に対応できるが、走りながら弾き飛ばせるほど軽い一撃ではないということか。

「さあ、どうするよ? ドラピオン、もう一度ミサイル針!」

腕を突き出したドラピオンが、再び爪から無数のミサイル針を発射する。

「だったら、一撃で吹き飛ばす! ルカリオ、波導弾!」

両手を構えて、ルカリオが掌に青い波導の念弾を作り出す。

大砲が如く波導弾を放出し、まとまって襲い来るミサイル針を一撃粉砕、さらに、

「発勁だ!」

即座に地を蹴って飛び出し、一気にドラピオンとの距離を詰める。

ルカリオの右掌がドラピオンへと叩きつけられ、同時に波導が炸裂。強い衝撃を受け、ドラピオンの首がぐらりと揺れる。

しかし。

「逃がすな! ドラピオン、捕らえろ!」

体勢を崩しながらも、ドラピオンの反撃は早かった。

刹那、ドラピオンの尻尾が獲物を捕らえる蛇の如く素早く伸び、尻尾の先の鋏でルカリオを挟み、捕らえてしまう。

「なっ!? ルカリオ、抜け出して!」

波導を巡らせて力を込めるルカリオだが、ドラピオンの鋏は非常に強力だった。そう簡単に脱出はさせてくれない。

「逃れられる前に仕留めさせてもらうぜ。ドラピオン、炎の牙!」

直後、牙に炎を灯したドラピオンの首が180度回転し、捕らえた獲物をその瞳に捉える。

尻尾を振るって放り投げられたルカリオを炎の大顎が襲う。牙が食い込むと同時に爆発が生じ、ルカリオは吹き飛ばされた。

「逃がすな! 辻斬りだ!」

「食い止めて! 発勁!」

鋭い爪を打ち鳴らし、ドラピオンが力任せに両腕を振り下ろす。

何とか起き上がったルカリオだが、回避は間に合わない。こちらも波導を纏った両腕を突き出し、真正面から迎え撃つ。

切り裂くと言うよりも叩き斬るような一撃が襲い掛かるが、それでもルカリオはドラピオンの両腕を受け止めた。

そのまま波導の力を強め、両腕を押し返す。

だが。

「終わりだ。辻斬り!」

その刹那だった。

ドラピオンの尻尾が伸びたかと思うと、横薙ぎに一閃を振り抜く。

鋭い斬撃がルカリオを切り裂き、ついにルカリオは膝から崩れ落ち、地に伏してしまう。

ルカリオのメガシンカが解け、元の姿へと戻る。すなわち、

「ルカリオ、戦闘不能、です。ドラピオンの勝利です」

アンがドラピオンの勝利を告げる。ゴロンダとノクタスを立て続けに倒したルカリオだが、ここで戦闘不能となってしまった。

「ルカリオ、よく頑張ったね。あとは任せて」

悔しそうに唸るルカリオを労い、ボールへと戻す。倒れたとはいえ、ジムリーダー相手に二体抜きを決めるという鬼神の如き活躍を見せてくれた。

しかし、

(技の威力がかなり高いし、何よりメガシンカした僕のルカリオの動きを封じることができるなんて。このドラピオン、相当なパワータイプだな。気をつけて戦わないと)

ルカリオですら抜け出すのに時間を要する、ドラピオンの強靭な鋏。これを両腕と尻尾の三本も有するのが相当厄介だ。一度捕まってしまえば、大ダメージは免れないだろう。

「よーっし、上出来だドラピオン。ようやくルカリオを倒したぜ。さてハル、これでお前のエースはやられたが、次は誰で来る?」

クリュウとドラピオンを見据え、ハルは考える。

タイプ相性を考えるならここはワルビルだ。しかし、ハルとしてはワルビルはまだ出したくない。

理由は、効果抜群の技が“穴を掘る”の一つしかないからだ。地中からの奇襲を仕掛けても、体勢を崩せなければ逆に鋏に捕らえられてしまう。

増して相手は待つ戦い、受けのバトルのエキスパート。タイプ相性は良くても、戦い方の相性が悪すぎる。

と、なれば。

「鋏に捕まらないように戦えるのは……君だ。出てきて、ファイアロー!」

ハルが二番手に選んだのはファイアロー。スピードならばメガルカリオよりも速く、ドラピオンの隙を突いて戦うにはファイアローが最適だという判断だ。

無論、相手のドラピオンが“受け”に関しては滅法強いということを忘れてはいけないのだが。

「ファイアロー、相手はかなりのパワーだから気をつけて。特にあのハサミには注意してね」

ハルの言葉にファイアローは頷き、翼を広げて甲高く啼き、ドラピオンを睨む。

「ファイアローか……ラルドと戦ってた時のあいつだな。ドラピオン、相手のスピードに惑わされるなよ」

対するドラピオンもクリュウに呼応して両腕を振り上げ、雄叫びをあげる。

「それでは……バトル再開です」

再びバトルが始まる。先に動いたのはハルだ。

「ファイアロー、ニトロチャージ!」

ファイアローが翼から火の粉を吹き出し、その身に炎を纏う。

流星が如く赤い残光を残し、目にも留まらぬスピードで一瞬のうちにドラピオンを突き飛ばした。

「っ、速え……! 立て直せ、ドラピオン!」

ドラピオンが顔を上げるが、既にファイアローはそこにはいない。

「続けてアクロバット!」

慌てて周囲を見回すドラピオンなど構わず、ファイアローはその周囲を高速で飛び回り、隙あらば翼を叩きつけ、爪で切り裂き、高速の連続攻撃を浴びせる。

「ドラピオン、焦るな! 辻斬りだ!」

「ファイアロー、離れて!」

クリュウの指示を受けてドラピオンは平静を取り戻し、腕を構えるが、それを見たファイアローは素早くドラピオンとの距離を取る。

「よし。ファイアロー、その調子だよ。深追いはしないで、隙を見て攻めていこう」

圧倒的なスピードを誇るファイアローだが、だからといってこのドラピオン相手に有利だとは言えない。

何しろ捕まったらおしまいなのだ。相手はメガルカリオですら動きを封じられてしまうほどの力自慢。ファイアローのスピードを見切られてしまえば、そこで終わりだ。

「ドラピオン、ミサイル針!」

「ファイアロー、躱して! アクロバット!」

腕を突き出して爪の先から無数の棘を放つドラピオンに対し、ファイアローは翼を羽ばたかせて果敢に弾幕の中へと飛び込む。

撹乱飛行で飛来する棘を躱し、潜り抜け、再びドラピオンに迫ると、

「鋼の翼!」

ドラピオンの眼前で急上昇し、翼を鋼のように硬化させ、すれ違いざまに硬い翼でドラピオンを切り裂く。

「……後ろだ! 捕らえろ!」

だがファイアローの攻撃後の僅かな隙すら見逃さず、ドラピオンの尻尾が伸びる。

「させないっ! ニトロチャージ!」

ファイアローの体が燃え盛る炎に包まれる。

炎に遮られて鋏の動きが遅れ、間一髪でファイアローはドラピオンの尻尾の範囲から逃れた。

「逃すな! ミサイル針だ!」

だがドラピオンが尻尾の爪の先からさらに無数の棘を放つ。

離脱するファイアローに次々と棘が突き刺さるが、それでもファイアローは何とかドラピオンと距離を取り、ハルの元まで戻ってくる。

(隙あらば拘束を狙ってくるな……長期戦になればなるほど、こっちが不利になるな)

このドラピオンの戦法は、まさしくワダンから教わった受けのバトルスタイルの理想の形。

相手の攻撃を耐えながらひたすらチャンスを待ち、隙を狙って大ダメージを与え、一気に流れを引き込む。ハルのワルビルの目指す戦術の形の中の一つだ。

(それならこっちのやることも決まってくる。相手の体勢を崩したところに、一気に大技を叩き込む。よし!)

「ファイアロー、アクロバット!」

方針は決まった。

ファイアローが翼を羽ばたかせ、一気にドラピオンに近づく。

ドラピオンの周囲を飛び回りながら、爪や翼で連続攻撃を浴びせ、

「今だ、ブレイブバード!」

撹乱したところでドラピオンの頭上へと急上昇、燃え盛る炎が如き凄まじいオーラをその身に纏い、翼を折り畳んで急降下、全力の突貫を仕掛ける。

対して。

「来るぞ。準備はいいな」

クリュウの指示を受け、ドラピオンが上空を見上げ、両腕を構える。

 

「ドラピオン、クロスポイズン!」

 

ドラピオンの爪が毒々しい紫色に染まる。

猛毒を爪に纏わせ、ドラピオンは両腕を交差させ、力一杯振り下ろす。

刹那。

Xの字の形をした猛毒の衝撃波が、斬撃となってファイアローを迎え撃つ。

捨て身のファイアローと、猛毒の衝撃波が激突。

結果は一瞬。クロスポイズンを打ち破り、さらにその奥のドラピオンへと突撃するファイアローだが、

「よし、充分だ! ドラピオン、捕らえろ!」

待ってましたとばかりにドラピオンが両腕を伸ばす。

オーラを纏うファイアローに対し、頑丈な爪で真正面からその突撃を受け止め、そして、

「なっ……!」

ハルが思わず驚愕の声を漏らす。

ファイアロー最強の大技をこのドラピオンは受け止め、逆に捕らえてしまったのだ。

「どうやら、俺様のドラピオンを少し甘く見ていたみたいだな」

勝ち誇った表情で、クリュウが口を開く。

「確かに今のブレイブバードはかなりの高威力だった。だがその勢いを削いでしまえば、受け止めるのは容易い。ここぞという時のために、クロスポイズンを隠しておいて正解だったぜ」

ドラピオンも無傷ではない。しかしこの状況では、どちらが有利かなど火を見るよりも明らかだった。

「ドラピオン、叩き伏せろ! クロスポイズン!」

両腕を振り上げ、ファイアローを地面に叩きつけると、即座にドラピオンは腕を振り抜いて猛毒の衝撃波を放つ。

「っ、ファイアロー――」

「辻斬りだ!」

宙を舞うファイアローが体勢を立て直すよりも早く、ドラピオンの一閃がファイアローを捉えた。

狙い澄ました一撃を浴び、ファイアローが墜落し、そのまま動かなくなってしまう。

「ファイアロー、戦闘不能です。ドラピオンの勝利です」

これで二対二。

あまりにもあっさりとファイアローを倒され、戦況を五部にまで戻されてしまった。

それどころか、クリュウがまだエースを温存していることを考えれば、むしろクリュウに流れが傾いている。

「ファイアロー、よく頑張った。君のバトル、決して無駄にはしないよ」

ファイアローの嘴を撫で、ボールへと戻す。

一見すればかなり早くにやられてしまったように見えるが、その試合内容は決して無駄ではない。攻撃は通っていたし、受け止められたとはいえ最高火力のブレイブバードが真正面からヒットしたのだ。鉄壁を誇るドラピオンとて、ダメージは小さくない。

次の策を考えながら、ハルがボールを手に取ったところで、

「さて、ハル。ここまでのバトル、お前はどう見る?」

クリュウが言葉を投げかける。

「そうですね……ルカリオで二体抜きしたものの、ドラピオンに抜き返され、だけどドラピオンも無傷ではない。試合の流れなども考えると、ほぼ互角といったところでしょうか」

「なるほどな。ま、半分は正解か」

ハルの返答を聞き頷いた上で、だが、とクリュウは言葉を続け、

「ルカリオで二体抜きした、と言ったな。ここが違う。ルカリオに二体抜き“させた”んだ。お前というトレーナーのバトルの癖を見極めるためにな」

「えっ……二体抜き、させた?」

思わず、ハルは聞き返す。

「そうだ。初手をゴロンダに任せることは決めていたが、お前のエースであるルカリオが出てきた時点でバトルの流れを決定した。ゴロンダとノクタスの二体掛かりで、ルカリオ、ひいてはトレーナーであるお前のバトルスタイルを見極め、それに応じて三体目から巻き返す。お前みたいなスピードを生かした攻め重視のトレーナー相手には、ドラピオンが適任だ。実際、ドラピオンを出してからのバトルは、全て俺の読み通りに進んでいる」

恐るべき、クリュウの試合運び。

二体目にノクタスを選出したのも、ニードルガードに相当の信頼があるから、などではない。

受けの強いポケモンで戦うことで、ハルの戦術を見極めるための時間稼ぎをしていたのだ。

「……凄いですね、クリュウさん。お見事です。だけど、ここで終わりじゃない。バトルはまだまだここからです」

「そう来なくちゃな。俺様の試合運び、打ち破って見せろよ」

「望むところです! 出てきて、オノンド!」

ハルが三体目に選んだのはオノンド。

ファイアローの敗北で学んだ。スピードを生かした戦法は、このドラピオンには通用しない。

であれば、ルカリオを除けばハルの手持ちで一番のパワーを誇るオノンドの攻撃力で突破する以外に道はない。

「さあオノンド、存分に戦うよ。あの頑丈な鋏にだけは気をつけてね」

ハルの言葉に頷き、オノンドは咆哮して自身を鼓舞し、ドラピオンを睨みつける。

「次はオノンドか。俺様のドラピオン相手にどこまで通用するか、見せてくれよ」

ドラピオンもクリュウに呼応し、爪を打ち鳴らして雄叫びをあげる。



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第93話 最後の黒刃

「オノンド、ドラゴンクロー!」

「ドラピオン、辻斬り!」

双方が同時に動いた。

輝く光の竜爪を両腕に纏い突撃するオノンドに対し、ドラピオンも爪を構えてその場でオノンドを迎え撃つ。

両者の斬撃が正面から激突、一歩も引かずに激しく競り合う。

「捕らえろ!」

鍔迫り合いの最中、突如ドラピオンが一歩後退し、上半身を屈めて尻尾を伸ばす。

「オノンド、弾いて!」

対するオノンドもそう簡単には捕まらない。纏った竜爪を振り抜き、尻尾を横に弾き返すと、

「背中に回って、シザークロスだ!」

ドラピオンが首を屈めたのを利用し、一気に背中まで駆け抜ける。

二本の牙を振るって斬撃を放つと、すぐにドラピオンの上から離脱しようとするが、

「そうはいかねえよ! ドラピオン!」

ぐりんっと首を180度回転させてオノンドを視界に捉え、ドラピオンの両腕が襲い掛かる。

「っ、オノンド、ドラゴンクロー!」

オノンドも両腕に光の竜爪を纏わせ、ドラピオンの爪と組み合い、一歩も譲らず競り合う。

しかし、

「背中がガラ空きだぜ。ドラピオン、捕まえろ!」

待ってましたとばかりにドラピオンの尻尾が伸び、今度こそオノンドを拘束してしまう。

「オノンド! くっ、これもだめか……!」

パワーだけなら互角だが、オノンドの腕は二本、ドラピオンは腕と尻尾で三本。手数の差はそう簡単には覆せない。

「こいつもパワータイプだから、長時間の拘束は無理だな……ドラピオン、投げ飛ばしてミサイル針だ!」

尻尾を振り回してオノンドをブン投げ、即座に両腕の爪から無数の棘を発射する。

地面に叩きつけられたオノンドは起き上がるが回避は間に合わず、降り注ぐ棘をまともに浴びてしまう。

「っ、オノンド、大丈夫!?」

思わずハルは呼びかける。グオオォ! と、オノンドの力強い雄叫びが返ってきた。

受けたダメージは決して小さくないが、それでもその瞳に怒りと闘志を浮かべ、立ち上がってドラピオンを睨む。

「よし……勝負はここからだよね! オノンド、ドラゴンクロー!」

「ほぉ、イカした根性じゃねえか。ドラピオン、辻斬り!」

両腕に輝く竜爪を纏わせ、オノンドが地を蹴って飛び出す。

ドラゴンクローを突き出すオノンドに対し、ドラピオンも両腕を伸ばし、どっしりと構えて迎え撃つ。

その瞬間。

(……! そうだ、これなら!)

ハルは思いついた。このドラピオンを打ち倒す可能性となる一手。

通用するかはわからないが、やるしかない。オノンドまで倒されてしまえば、もう後がない。

「やってやる……! オノンド、瓦割り!」

競り合う最中、一歩引いてオノンドは跳躍し、ドラピオンの頭上から手刀を構える。

「させねえよ。ドラピオン、捕まえろ!」

空中に跳んだ以上、オノンドは回避ができない。ドラピオンの右腕が伸び、鋏が開く。

やるなら、ここだ。

「今だオノンド! 腕の隙間へ、炎の牙!」

オノンドの牙に炎が灯る。

ドラピオンの腕を覆う甲殻の、その隙間へ、炎を纏った牙を突き刺した。

刹那。

悲鳴を上げて、苦悶の表情を浮かべ、ドラピオンが後退する。

「なにっ……!? ドラピオン、落ち着け!」

ハルの予想通りだった。頑丈な甲殻で体を覆っているということは、甲殻の内側は弱点である可能性が高い。

ドラピオンというポケモンは全身が殻に包まれているため内側を狙うのは難しいが、腕を伸ばした瞬間なら、殻と殻の隙間に一撃を入れられる。

右腕を突き刺されたドラピオンだが、さらに炎の牙による追加効果が発動。右腕全体が炎に包まれてしまう。

「くそっ、火傷の状態異常か……!」

「今だオノンド! ドラゴンクロー!」

雄叫び共に巨大な光の竜爪を両腕に纏わせ、オノンドが跳躍する。

苦しみ悶えるドラピオンの顔面に、竜の爪痕を刻み込んだ。

「ドラピオン……!」

断末魔をあげてドラピオンはその場に倒れ伏し、そのまま動かなくなった。

「ドラピオン、戦闘不能です。オノンドの勝利です」

アンがオノンドの勝利を告げると、ノワキの住民たちがどよめく。ジム戦用のポケモンとはいえ、やはりこのドラピオンはクリュウの手持ちの中でも強かったということだろう。

「よっしゃあ! オノンド、よく頑張った! これであと残り一体だよ!」

ハルの喜びの声に応え、強敵を下したオノンドが勢いよく咆哮を上げる。

「突破されちまったか。ドラピオン、よく頑張った。戻りな」

クリュウはドラピオンを労い、ボールへと戻す。これで、クリュウのポケモンは最後の一体を残すのみだ。

「まさか、俺が先に最後のポケモンを見せることになるとはな。予想外だったぜ」

そう言いながら、クリュウはボールを取り出し、目を閉じる。

その口元に、笑みが浮かぶ。

「長らくジム戦をしていなかったからな。忘れかけていたんだが……思い出してきた。ジムリーダーとして一番楽しいのは、この瞬間だってな」

心から戦いを楽しむような、そんな笑みを浮かべ、クリュウは再び瞼を開いた。

「お前のおかげで思い出したよ、ハル。ジムに挑む挑戦者たちが、難敵に立ち向かい、ポケモンたちと力を合わせ、考えに考え、ようやく俺様のポケモンを打ち倒す、その瞬間。戦いの中で挑戦者の成長を目の当たりにするその瞬間が、俺は楽しくて楽しくてたまらない。この感触、本当に久しぶりだ」

「僕も、そうかもしれません。ポケモンたちと一緒に強敵と戦い、考え、全力の末に勝った時、その瞬間は、本当に楽しいです」

ハルの言葉を受け、クリュウは満足そうに頷き、顔を上げる。

いよいよ、クリュウの最後の一体の登場だ。

「さあ、こいつで最後だ。出てきな、アブソル!」

 

『information

 アブソル 災いポケモン

 災害の予兆を感知すると山奥から

 現れ人に危機を知らせる。昔は災害

 を司るポケモンだと誤解されていた。』

 

クリュウのエースポケモン、アブソルが姿を現す。悪タイプのみを持つポケモンだ。

美しい純白の体毛を持つ四足獣型の姿。顔の右側に偏って生える湾曲した漆黒のツノは鎌のようにも見える。

そして、クリュウが出してきたポケモンの中では一番小柄、体高もオノンドと同程度。今までの三体とは違い、受けを得意とするようには見えない。

「予想してたのとは違うタイプのポケモンが来たな……オノンド、気をつけて。さっきまでとは全く違った戦い方になるかもしれない」

オノンドはハルの言葉に頷き、アブソルに向かって吼える。

対するアブソルは一言も発することなく、静かにオノンドを見据えている。

「それじゃ、行きますよ! オノンド、シザークロス!」

オノンドが先に動き出す。雄叫びを上げ、牙を構えると、地を蹴って飛び出していく。

だが。

「アブソル、不意打ち!」

次の瞬間、オノンドはアブソルに真正面から突き飛ばされていた。

「えっ……!?」

一瞬のうちにアブソルはオノンドとの距離を詰め、僅かな隙を狙い、オノンドを弾き飛ばしたのだ。

「アブソル、火炎放射!」

「っ、オノンド、受け止めて! ドラゴンクロー!」

体勢の崩れたオノンドへ、アブソルが灼熱の炎を吹き出す。

咄嗟にオノンドは両腕に輝く竜爪を纏わせて防御の構えを取る。

激しい炎が襲い掛かるが、何とかオノンドはドラゴンクローで耐え切り、

「反撃だよ、炎の牙!」

今度は牙に炎を灯し、再びアブソルへと切りかかる。

「躱しな」

だがアブソルには牙が当たらない。

立て続けに牙を振るうオノンドだが、対するアブソルは表情一つ変えず、必要最低限の動きで確実に炎の牙を躱し続ける。

「不意打ちだ!」

オノンドの動きが単調になってきたところへ、アブソルがすかさず前脚を突き出す。

反応が間に合わず、オノンドは殴り飛ばされてしまい、

「今だアブソル、冷凍ビーム!」

間髪入れずにアブソルは凍える冷気の光線を発射する。

横薙ぎに振り抜いた氷のレーザーが切り裂くようにオノンドを捉え、その身に一直線に氷の痕を残す。

「しまった……! オノンドっ!」

氷タイプの技は、ドラゴンタイプには効果抜群となる。

半身を凍りつかせ、オノンドはそのまま動けなくなってしまった。

「……オノンド、戦闘不能です。アブソルの勝利です」

アンのジャッジが下る。これで、ハルも残り一体。

「オノンド、大丈夫? よく頑張ったね」

オノンドを抱え、体を覆う氷から引き剥がすと、オノンドは目を開け、悔しそうに唸る。

それでも、難敵ドラピオンを倒すという大戦果を上げてくれたのだ。

「いい活躍だったよ。ゆっくり休んでてね」

オノンドを戻し、ハルは最後のボールを手に取る。

今までのジム戦とは違い、絶対的なエースであるルカリオはもう使えない。

だが、そんなことは関係ない。まだ戦ってくれるポケモンがいる。それだけで充分だ。

「さあ、君で最後だ、頑張るよ! 出てきて、ワルビル!」

ハルが最後の一体に選んだのはワルビル。場に立つと、アブソルにガンを飛ばして大きく吼える。

「最後はワルビル……ほぉ、悪タイプ同士の戦いってわけだな。だが俺様は悪タイプのエキスパートだ、どこまで戦えるかな?」

「どこまで、ですか。そりゃ勿論、勝ってバッジを手に入れるところまでですよ。ワルビルなら、やってくれます!」

ハルの威勢のいい返事と、それに呼応するワルビルの雄叫びを聞き、クリュウはニッと笑う。

「そうこなくっちゃな。それじゃ、始めようぜ。最高のバトルをな。アン!」

「はい。では、ノワキジム戦最終戦を始めます」

審判の少女アンが、最後の試合の開始を告げる。

 

「ワルビル対アブソル……開始です」

 

「ワルビル、燕返し!」

ハルが先手を取り、ワルビルが動き出す。

腕を構えてアブソルへと向かっていくが、

「アブソル、不意打ちだ!」

次の瞬間、アブソルは一気にワルビルの懐まで飛び込み、前脚でワルビルを突き飛ばしていた。

「っ! さっきからこのスピード……もしかしてこの技、先制攻撃技?」

「その通りだ。不意打ちは悪タイプの先制攻撃技、しかも威力も高い。その代わり、相手が攻撃しようとした瞬間にしか成功しないがな。扱いが難しい分、強力な技だぜ」

悪タイプが得意とする、ハイリスクハイリターンな技、不意打ち。ハルのワルビルやオノンドのように攻撃技しか持っていないポケモンにとっては、かなり厄介な技となる。

「なるほど……それにしても、不意打ちのスピードといい、オノンドの時のバトルといい、そのアブソルはここまでの三体とは全く違うバトルスタイルみたいですね」

「ご名答。ドラピオンたちは受けの戦いに特化しているが、こいつだけは違う。相手の僅かな隙も逃さず、スピードと攻撃力で相手を圧倒する。それがこのアブソルの戦い方だ」

ゴロンダやノクタス、ドラピオンとは真逆の、スピードを生かした攻めのバトルスタイル。

だが、

(それなら、勝算があるぞ。スピードタイプが相手なら、鍛えてきたワルビルにとって有利に戦えるかもしれない)

このアブソルが相手ならば、ワルビルの受けの戦いを存分に発揮できる。

今こそ、特訓の成果を生かす時だ。

「それじゃ、続けるぜ。アブソル、火炎放射!」

「ワルビル、迎え撃って! シャドークロー!」

アブソルが灼熱の炎を吹き出し、対するワルビルは両腕に影を集め、黒い爪を纏う。

影の鉤爪を突き出し、真正面から炎を食い止める。

「イビルスラッシュ!」

その炎の背後から、アブソルが猛スピードで襲い来る。

闇の力を込めた頭部の鎌を振りかぶり、斬撃を放つ。

「来るよ! ワルビル、燕返し!」

咄嗟にワルビルは腕を振り抜き、間一髪でアブソルの鎌を受け流す。

しかし、

「終わっちゃいねえぞ。もう一度だ!」

すかさず背後に回ったアブソルが、即座に二発目の斬撃を放つ。

「ワルビル、後ろ!」

裏拳のように振り向きざまに腕を振るうワルビルだが、僅かに反応が遅れ、斬撃を浴びてしまう。

「だったら、穴を掘る!」

イビルスラッシュは悪技ゆえ、効果いまひとつでダメージは抑えられる。

着地すると同時にワルビルは地面に潜り、地中に身を潜める。

「なるほど、穴を掘るを覚えているか……アブソル、用心しろ。全方位に気を配れよ」

一聞すると無茶な指示だが、災害を予知する力のあるツノを持つアブソルなら、その力を応用して周囲一帯を警戒できる。

「今だ、ワルビル!」

少し間を置いて、アブソルの左後ろからワルビルが飛び出す。

「させねえ! アブソル、不意打ち!」

その瞬間、アブソルは振り向くと同時に距離を詰め、鎌を振るってワルビルを切り裂く。

しかし、

「来たッ! ワルビル、受け止めて! シャドークロー!」

地中のワルビルを探るアブソルの様子を見て、素早い迎撃が来ることはハルも想定していた。

アブソルの攻撃に怯まず、ワルビルは両腕に影の爪を纏わせ、突っ込んできたアブソルを掴み、その動きを止める。

「なにっ!?」

「今だ! 噛み砕く!」

ワダンに教えてもらった通りだ。頑丈なポケモンは一発もらう覚悟でいれば、相手に大ダメージを与えることができる。

ワルビルが大顎を開く。アブソルに頑丈な牙を食い込ませ、顎の力だけで振り回すと、そのまま投げ飛ばしてアブソルを地面に叩きつけた。

「よっし! いいぞ、ワルビル!」

ニヤリと笑って雄叫びをあげるワルビルだが、すぐにアブソルの方へと向き直る。

「なかなかやるじゃねえか。こりゃ、本気を出す必要がありそうだな。楽しくなってきやがった!」

アブソルが立ち上がる。高揚するクリュウとは対照的に、相変わらずその表情は変化しないまま、じっとワルビルを見据えている。

「ハル。このバトル、俺様ちっとばかし本気で行かせてもらうぜ。大人げねえと思われるかもしれねえが、全力の戦いを楽しみたい気分なんだよ」

「大人気ないなんて言いませんよ。最終戦、お互い全力で戦いましょう。望むところですよ!」

「それでこそだ。そんじゃ……!」

ハルの力強い返事を受けて、クリュウは頷き、首にかけた翼の形のネックレスを指で叩く。

何が来るかは分かっていた。そこに何があるか、ハルは知っている。

クリュウはキーストーンを持っている。であれば、クリュウの言う“本気”が何を意味するのかは想像に難くない。

それを証明するように。

アブソルの首元の体毛が風を受けたようにたなびき、その首元に隠されたメガストーンが露わになる。

「来るか……!」

クリュウのキーストーンと、アブソルのメガストーンが反応し、光を放つ。

 

「見せてやるぜ……熱く固い俺たちの絆、そしてノワキの絆をな! アブソル、メガシンカだ!」



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第94話 悪vs悪の最終戦! 災禍のメガアブソル

クリュウのキーストーンと、アブソルのメガストーンが光を放ち、七つの光が繋がる。

眩い光がアブソルを包み、その姿を変えていく。

漆黒の鎌や尻尾が悪魔の翼のように形状を変え、さらにメガシンカエネルギーを受けて純白の体毛が伸びてゆく。

刹那、体毛が翼のように逆立つ。頭部の鎌とは対照的に、その形はさながら天使の翼のようだ。

体毛を羽ばたかせて煌めく光を吹き飛ばし、アブソルがメガシンカを遂げる。

純白の翼からは凄まじいオーラが迸り、見るもの全てを威圧しているかのようだ。

「これが……メガアブソル……!」

アブソルのメガシンカした姿、メガアブソル。迸るオーラが、あらゆる穢れを遮断するかのようにアブソルを覆う。

「さあ……こいつの真の実力、とくと味わいな! アブソル、イビルスラッシュ!」

アブソルが地を蹴り、風のように駆ける。

瞬く間にワルビルの眼前まで迫ると、闇の力を込めて悪魔の翼のような黒刃を振り下ろす。

「来るよっ、ワルビル! 噛み砕く!」

咄嗟にワルビルも大顎を開き、自慢の咬合力で対抗する。

だが、

「くっ……!」

やはりと言うべきか、メガシンカしたことで攻撃力が大きく上昇している。

必死に喰らい付くワルビルだが、次第に押されていく。最後にはアブソルが首を振ってワルビルを地面に叩きつけ、牙を引き剥がしてしまう。

「まだまだ! ワルビル、穴を掘る!」

地面に伏したのを逆に利用し、ワルビルはそのままの体勢で即座に地中に潜ると、

「燕返し!」

地中からアブソルとの距離を詰め、素早く地中から飛び出し、刀を振り抜くように左腕を振るう。

「不意打ち!」

だが、やはりアブソルはワルビルの穴を掘るの軌道を読んでいる。

一瞬の隙をついて懐に潜り込み、同時に前脚を突き出してワルビルの腕を弾く。

「まだ終わってませんよ! シャドークロー!」

燕返しを弾かれ、それでもワルビルは右腕に黒い影を纏わせる。

効果今ひとつではあるが、漆黒の鉤爪がアブソルを切り裂き、

「もう一度燕返し!」

立て続けに腕を刀の如く振り抜き、アブソルを叩き飛ばす。

やはりワルビルの特性、威嚇が効いている。今の場面もそう。アブソルの攻撃力が下がっているおかげで、スムーズに追撃を仕掛けることができているのだ。

「ワルビル、深追いは危ないよ。一旦整えよう」

追撃の構えを取るワルビルだったが、ハルは攻撃の指示は出さず、ワルビルもそれに従いハルの元へと下がる。

「おや、畳み掛けるチャンスだったんじゃないのか?」

「引っ掛かりませんよ。追撃するなら大きく体勢を崩さないと、不意打ちから流れを持っていかれかねませんからね」

厄介なのはやはり不意打ちだ。タイミング次第ではこちらの出端を挫かれるだけでなく、一気にペースを握られる可能性もある。

それに加えてメガアブソルの圧倒的な攻撃性能。スピードとパワーを兼ね備え、主力の悪タイプの技に加えて氷と炎という使い勝手のよい遠距離攻撃を併せ持つ。

「来ないならこっちから行くぜ。アブソル、火炎放射!」

瞳を紅蓮に染め、アブソルが燃え盛る灼熱の炎を放つ。

「ワルビル、躱して燕返し!」

受けの戦法と言えど、即座に反撃のできない特殊技を受けるのは得策ではない。

迫り来る炎を掻い潜り、ワルビルは腕を構えてアブソルとの距離を詰めていく。

「弾き飛ばせ! イビルスラッシュ!」

燕返しは回避のできない必中技、アブソルは真っ向からワルビルを迎え撃つ。

立て続けに振るうワルビルの腕を、アブソルは闇の力を込めた刃で易々と弾き返していく。

「切り裂け!」

「させない! 噛み砕く!」

ワルビルの動きが僅かに鈍ったところへ、アブソルは垂直に黒刃を振り下ろす。

対して、ワルビルは再び大顎を開く。

刃に噛み付き、さらに両手で刃をがっぷりと抑え込み、全力でアブソルの刃を受け止める。

ここまでやってようやくではあるが、メガアブソルのイビルスラッシュを食い止めた。

「燕返しだ!」

アブソルをその場に縫い止めたワルビルは、拘束を解くと同時に太い尻尾を横薙ぎに振るう。

尻尾の一撃がクリーンヒットし、アブソルを叩き飛ばす。ようやく、手応えのある一撃が入った。

「仕掛けるなら今だ! ワルビル、シャドークロー!」

大きく体勢を崩せば、不意打ちも間に合わない。

待ってましたとばかりに、ワルビルはニヤリと笑い、両腕に漆黒の影の爪を纏わせて切り込んでいく。

「アブソル、立て直せ! 冷凍ビームだ!」

アブソルも起き上がると同時に凍える冷気の光線を発射。

ワルビルを牽制し、その隙に体勢を立て直すと、

「イビルスラッシュ!」

影の爪を構えるワルビルに対し、返り討たんと飛び掛かる。

「ワルビル、来るよ! 気をつけて!」

身構えるワルビルだが、アブソルは速い。ワルビルの眼前に迫り、鎌を振りかぶると見せかけ瞬時に背後へと回る。

気配を察知し腕を背後に突き出すワルビルだが、アブソルはそこからさらにワルビルの右横へ移動、間髪入れずに闇の力を込めた鎌を振り下ろし、斬撃と共にワルビルを吹き飛ばした。

「っ……! この一瞬で、二回もフェイントを掛けた……!?」

「これが俺様のアブソルの機動力だぜ。さあ、畳み掛けろ! 冷凍ビーム!」

地面に落ちたワルビルへ、アブソルが立て続けに冷気の光線を放つ。

「まずいっ、ワルビル! 躱して!」

地に伏したワルビルは四肢を使い跳躍、何とか冷凍ビームの回避には成功するが、

「上だ! 火炎放射!」

跳んだ直後、さらに放射された灼熱の炎までは回避できず、ワルビルは炎に焼かれて再び地に落ちてしまう。

「イビルスラッシュ!」

「空中がダメなら……地下だ! ワルビル、穴を掘る!」

ワルビルが素早く穴を掘り、地中へと身を隠す。

一気に接近したアブソルが鎌を振るうが、間一髪のところで潜伏に成功、アブソルの刃は空を切り、

「今だ、ワルビル!」

潜ったその場所から即座にワルビルが飛び出し、攻撃直後のアブソルを殴り飛ばす。

「っ!」

「逃がさない! ワルビル、噛み砕く!」

宙に打ち上げられたアブソルを狙い、ワルビルは大顎を開く。

頑丈な牙を食い込ませて動きを封じ、首を振るい、アブソルを地面へと叩きつけた。

「ワルビル、一気に行くよ! 燕返し!」

起きあがろうとするアブソルを一気に仕留めるべく、ワルビルが飛び掛かる。

しかし、

「冷凍ビーム!」

腕を叩きつけられたアブソルは怯まなかった。真紅の瞳がギョロリと動き、ワルビルを捉える。

刹那。

凍てつく冷気の光線が、ワルビルを捉えた。

「そんな……ッ! ワルビル!」

腹部に冷凍光線の直撃を受け、ワルビルの半身、腹から下が凍りついていく。

ワルビルを覆う氷は床まで広がり、ワルビルは完全に地面に縫いとめられてしまった。

必死にもがくワルビルだが、氷が割れる様子はない。

そもそも、氷技はワルビルにとって効果抜群なのだ。こうしている今も、纏わりつく冷気がワルビルの体力を蝕んでいる。

「その状態で放っておくのも酷だろう。次の一撃で終わりにする。まだ終わりたくないってんなら、お前たちの根性と意地、見せてみやがれ! アブソル、イビルスラッシュ!」

クリュウが叫び、アブソルが地を駆ける。

身動きの出来ないワルビルに対し、容赦無く闇の黒刃を振り下ろす。

「ワルビルっ!!」

ハルの叫び声に対し、ワルビルは、分かっている、と言わんばかりに猛り吼える。

動けなかろうが、まだバトルは終わっていない。最後の力を振り絞り、最大の武器である大顎を開き、アブソルの刃へ噛み付いた。

それでも、やはり氷に力を奪われ続けている今のワルビルのパワーでは、メガアブソルには敵わない。

大顎と両腕で刃を押し留めようと踏ん張るが、徐々にアブソルのオーラに押し潰されていく。

だが。

「ワルビル……っ!」

まだ、終われない。負けられない。

主人の声は届いた。こんなところで、諦めている場合ではない。

ジムリーダーのエースポケモンの相手に、ハルは自分を選んだのだ。今こそその期待に応え、特訓の成果を見せる時。

打ち倒すべき相手の姿をその瞳に映し、ワルビルがカッと目を見開いた。

 

刹那。

ワルビルの体が、青く眩い光を放つ。

 

「こっ……これは……!」

ワルビルを覆う、膨大な生命エネルギーを込めて輝く光。

そして、ハルだけではなく、

「馬鹿な……」

クリュウも、この光を知っている。

そう。

「この局面で、進化するだと!?」

輝く青い光が、ワルビルに力を与えていく。

エネルギーの奔流に耐え切れず、ワルビルを覆っていた氷が音を立てて砕け散った。

光を放つシルエットが形を変えていく。身長がぐんぐん伸び、やや細身であった体つきが太く頑強に変化していく。

成長を遂げてより大きくなった大顎が、ゆっくりと開く。

咆哮と共に光が弾け飛び、ワルビルが最終進化したその姿を現した。

 

『information

 ワルビアル 威嚇ポケモン

 双眼鏡のように遠くを拡大して

 見ることができる目で獲物を探す。

 大顎は分厚い鉄板を食い破る破壊力。』

 

進化前の砂色から一転、体は紅に染まり、黒いラインがその身を刻む。

「ワルビル……! 遂に、ワルビアルに進化したんだね!」

ワダンにワルビルの進化系の存在を教えられてから、待ちに待った進化。

ハルの歓喜の声を聞き、ワルビアルは振り向いてニヤリと笑い、一声上げるが、すぐにアブソルの方へと向き直る。

「……ハッ、まさかのまさかだぜ。想定すらしてなかったよ」

呆然としていたクリュウが、ようやく口を開く。

驚いているのはハルやクリュウだけではない。見物人のノワキの住民たちも、ワルビルの進化にざわついていた。

「おいおい、最高に熱くなってきたじゃねえか。ハル、お前はどこまで俺様を楽しませりゃ気が済むんだ? こんなに熱く楽しいポケモンバトル、そうそう巡り会えるもんじゃねえってのによ」

クリュウの口元には、自然と笑みが浮かんでいた。

だが、と言葉を続ける。

「どれだけ楽しい戦いとて、いずれは終わりがやってくる。進化したとはいえ、お前のワルビアルの体力は残り少ないはずだ。この勝負、勝たせてもらうぜ」

クリュウが拳を握り締め、アブソルが翼の如き体毛を大きく広げる。

ほとんど表情の変わらないアブソルだが、その瞳に映る闘争心はより強く燃え上がっている。

「前半は同意ですが、後半はそうは行きません。勝つのは僕と、ワルビアルですよ!」

威勢のいいハルの返事と共に、ワルビアルは両腕を振り上げて雄叫びをあげる。

図鑑を取り出しワルビアルの技を確認すると、何と四つの技のうち、三つも新しい技へと変わっている。いずれも威力の高い攻撃技だ。

「ここが正念場だな! 行くぞ! アブソル、冷凍ビーム!」

「望むところです! ワルビアル、ストーンエッジ!」

双方が同時に動いた。

ここまでほとんど声を発さなかったアブソルが、甲高い叫び声と共に凍てつく冷気の光線を発射する。

対するワルビアルが太い尻尾で地面を叩くと、大地を突き破って次々と尖った岩の柱が出現。

冷気の光線は無数の岩の柱に阻まれ、ワルビアルには届かない。

「なら、イビルスラッシュ!」

アブソルが地を蹴って駆け出す。

ワルビアルが呼び起こした岩の柱を逆に利用し、姿を隠しながら不規則に距離を詰める。

「ワルビアル、気をつけて。砂中の感覚で、アブソルの位置を探るんだ」

全神経を集中させ、ワルビアルは周囲を警戒する。

風を切る音、静かな足音、僅かな要素から最大限の情報を得るべく、ワルビアルはアブソルの動きを感覚で追う。

そして、

「……!」

刹那、ワルビアルが目を見開く。

岩の柱の上に立ち、上空から襲い来るアブソルの姿を、瞳に捉えた。

「ワルビアル! ドラゴンクロー!」

ワルビアルの両腕が光を纏い、輝く竜爪を作り上げる。輝く竜爪のオーラを携え、アブソルを迎え撃つ。

両者が激突、しかし落下の勢いを乗せた分アブソルの方が上回る。

競り合った末、闇の力を込めた漆黒の刃が竜爪を両断する。

だが。

「今だ! 噛み砕く!」

黒き一太刀を受けたワルビアルは怯まなかった。

大顎を開き、攻撃直後のアブソルを捕らえ、固い牙を食い込ませ、締め上げる。

「なっ――」

「ワルビアル! 次で決めるよ!」

ハルの言葉にワルビアルは頷き、大きく首を振り回す。

アブソルを投げ飛ばし、地面に叩きつけ、

「地震だ!」

渾身の力を込めて、ワルビアルが右脚で地面を踏み付ける。

ワルビアルを中心に大地が揺れ、衝撃波が発生。

強烈な衝撃波にその身に受け、アブソルが吹き飛ばされた。

「っ、アブソル!?」

アブソルが宙を舞い、再び地面に叩きつけられる。

一拍置いて、アブソルの体を七色の光が包む。

その光が弾け飛ぶと、アブソルは元の姿へと戻り、目を回して倒れていた。

すなわち、

 

「……あ、アブソル、戦闘不能。ワルビアルの勝利です。よって勝者、チャレンジャー、ハル……!」

 

「よっ……しゃあああああ! ワルビアル! 僕たち、勝ったよ! 勝ったんだ!」

ハルの歓喜の叫びにより、少し遅れてワルビアルも自身がジム戦を制したことに気づき、天高く雄叫びをあげる。

「カッコよかったよ! よく頑張ったね……って、うわあ!?」

ハルが急に素っ頓狂な声を上げたのは、喜び勇むワルビアルに両手で抱え上げられてしまったからだ。

「負けたな……アブソル、お前が熱くなるなんて、珍しいこともあるもんだ」

クリュウは倒れるアブソルの側にしゃがみ込む。声を掛けると、アブソルはバトル時には全く変化させなかった表情を崩し、ようやく小さく笑みを浮かべた。

「戻りな。ゆっくり休め」

アブソルをボールに戻すと、クリュウはようやくワルビアルから下ろしてもらえたハルへと歩み寄る。

「やるじゃねえか、ハル。ジム戦は久々だったが、俺もアブソルたちも決して腕が鈍ってたわけじゃねえ。見事なバトルだったぜ」

「ありがとうございます、でもクリュウさんも本当に強かったです。僕もワルビアルも、ギリギリでした」

周囲からは、ノワキの住民たちがハルへの賞賛を囃し立てる。

ハルの言葉を聞き、クリュウはニヤリと笑う。

「そりゃ嬉しいねぇ。さて、形式上のものとはいえここも立派な公式のポケモンジムであり、お前はジム戦に勝利した。と、いうことはだ。ゼンタ、あれを」

クリュウが振り向くと、人混みの中からゼンタが小箱を持ってくる。

箱を受け取り、クリュウはその中からジムバッジを取り出す。黒い片翼の形の真ん中に、白いDの文字が刻まれたバッジだ。

「こいつはノワキジム制覇の証、デーモンバッジ。このバッジを持ってるやつは滅多にいねえから、自慢できるぜ? バッジケースに大事に飾っときな」

「はい、ありがとうございます!」

冗談めかして笑うクリュウから、デーモンバッジを受け取る。

このバッジは、ハルにとってただのジム制覇の証だけではなく、ノワキの住民たちとの友情の証ともなった。

と、そこで。

「あの、ハル。クリュウさん。お願いがあります」

人混みから出てきて、二人に声を掛ける者がいた。

「あん? どうしたんだ、ラルド」

声の主は緑髪の少年、ラルド。ハルがノワキタウンに踏み込んだ際、図鑑とアルス・フォンを強奪したあの少年だ。

ラルドはハルとクリュウ二人を見て、深々と頭を下げた。

 

「お願いします。ハルともう一度、ポケモンバトルをさせてください。この間みたいな勘違いのバトルではなく、今度はポケモントレーナー同士として!」



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第95話 憧れと決意

「バトルって……僕と?」

クリュウとのジム戦を終え、デーモンバッジを受け取ったハルは、かつて図鑑とアルス・フォンを奪った少年ラルドから、ポケモンバトルの申し出を受けた。

「おい、急にどうしたんだ、ラルド?」

「えっと……お二人のバトルを見ていて、なんだかポケモントレーナーとして触発されたというか、同じところに立ちたくなったというか……なんて言ったらいいのか分からないんですけど、トレーナー同士として、もう一度正式なバトルがしたいんです」

たどたどしい様子のラルドだが、ハルとクリュウのバトルを見て、憧れのようなものを抱いたのだろう。

熱いバトルを間近で見れば、ポケモントレーナーとして高揚しないはずはない。

「……分かったよ。その申し出、受けて立つよ」

だからハルは、笑顔で応えた。

「本当か!?」

「うん。だけど、少し待っててね。ポケモンたちを元気にしてあげないといけないから」

「そりゃ勿論だ! ありがとう、恩に着るぜ!」

満面の笑みを浮かべるラルドを見て、やれやれといった様子でクリュウは首を振る。しかし、その表情は明るい。

「全く、仕方ねえやつだなお前は。っし、イロー! すぐにハルのポケモンたちを回復してやんな! 折角の機会だ、二人のバトル、俺たちで見届けてやろうじゃねえか!」

ノワキの住民たちもジムバトルに感化されていたのだろう。クリュウの言葉に続き、歓声が上がる。

「あいあい。そんじゃハル、一回ポケモンセンターまで戻ろっか。ラルド、ちょっと待っててなー?」

イローに連れられ、ハルは一度ポケモンセンターへ戻る。

 

 

 

そして。

「これより、ハルさん対ラルド君のポケモンバトルを始めます。使用ポケモンはお互い一体ずつです」

アンの審判の元、中央広場にハルとラルドが立つ。

「ハル、ありがとな。お前ともう一度戦えるなんて嬉しいよ」

「どういたしまして。だけど、手加減はしないよ」

「もちろんだ。俺も全力で行かせてもらうぜ」

口上も終わり、両者同時にボールを取り出す。

「出てきて、ルカリオ!」

「さあ出てこい、リザード!」

ハルのポケモンはルカリオ、対するラルドのポケモンは以前も戦ったリザード。

(この間のリザードだよね……前回は勝ってるけど、炎技の威力はなかなか強烈だった。ルカリオには効果抜群だし、気をつけないと)

一度勝利した相手だからとはいえ、ポケモンバトルにおいて油断は禁物だ。無論、油断などするはずもないが。

「やっぱりルカリオで来てくれたな。俺とリザードの力、ぶつけてやるぜ!」

そしてハルとルカリオが格上であることは、ラルドも分かっている。

ともあれ、お互いに準備は整った。

「では、ルカリオ対リザードの一本勝負を始めます。相手を戦闘不能にした側の勝利です。バトル、開始です!」

アンの開始の合図を引き金に、両者動き出す。

「リザード、火炎放射!」

「ルカリオ、波導弾!」

リザードが大きく息を吸い、吐息とともに灼熱の炎を吐き出す。

対するルカリオは両掌を構え、青い波導を一点に集めて波導のエネルギー弾を放出する。

双方の攻撃が正面から激突。攻撃力はルカリオの方が高いようで、念弾が炎を少しずつ押していくが、最終的には炎に阻まれてしまいリザードには届かない。

「続けてボーンラッシュだ!」

波導弾が防がれたと見るや、即座にルカリオは掌から噴き出す波導を槍の形へと変え、波導の槍を携え地を駆ける。

鋭い連続突きがリザードを捉え、その体勢を崩し、

「今だ、波導弾!」

手にした槍は瞬時に波導の光弾へと形を変え、リザードに命中すると同時に炸裂し、吹き飛ばした。

「やっぱり強えな……リザード、立て直すぞ! 火炎放射!」

立ち上がって低く唸ると、リザードは再び灼熱の炎を吹き出す。

「ルカリオ、こっちも行くよ! サイコパンチ!」

拳に念力を纏わせたルカリオが駆ける。

炎を掻い潜って距離を詰め、跳躍してリザードへと飛び掛かり、念力で強化した拳を突き出す。

「だったらリザード、雷パンチ!」

リザードが握り締めた拳から、バチバチと破裂音が響く。

電撃と念力、両者の拳が激突し、互いが弾き飛ばされる。

「今だっ、ドラゴンテール!」

その次の動きはリザードの方が早かった。

炎を灯した尻尾を思い切り振り払い、ルカリオに強靭な尻尾の一撃を叩き込んで吹き飛ばし、

「火炎放射!」

大きく息を吸い、吐息と共に放つ灼熱の炎でルカリオを狙う。

「っ! ルカリオ、守って! 発勁!」

回避は間に合わないと判断し、ルカリオは両掌に波導を纏わせ、両手を突き出して炎を迎え撃つ。

鋼の体を炎がじりじりと焼き焦がしていく。何とかルカリオは波導の力でダメージを軽減し、まだまだやれると言わんばかりに吼える。

「なかなかやるね、ラルド! ルカリオ、僕たちも出し惜しみしてる場合じゃなさそうだね。本気で行くよ!」

ハルの言葉に、もちろんだと言わんばかりにルカリオは頷く。

ルカリオの右手に付けた腕輪、そこに填められたメガストーンが、陽の光を反射して輝く。

(来るのか……!)

ラルドの頬を冷や汗が伝う。その反面、表情には自然と笑みが溢れていた。

ハルがメガシンカを使うとなれば。

ラルドは今、憧れのクリュウと同じ舞台で戦えているということになるのだ。

(そんなの……高揚しないわけがねえよな!)

 

「僕と君の、絆の力に応えて! ルカリオ、メガシンカだ!」

 

ハルのキーストーンとルカリオのメガストーンが反応し、光を放つ。

七色の光は繋がって大きな光の束となり、ルカリオを包み込んでその姿形を変えていく。

天を衝く咆哮と共に光が弾け飛び、メガシンカエネルギーと波導の力をその身に刻み、ルカリオがメガシンカを遂げる。

「高鳴ってきたぜ……! リザード、俺たちも全力ぶつけようぜ! 火炎放射!」

メガシンカしたルカリオの圧倒的なオーラを前にしても、ラルドとリザードは怯まない。

寧ろ瞳により強まる闘志を滾らせ、大きく息を吸い、リザードが灼熱の炎を吹き出す。

「ルカリオ、波導弾!」

対するルカリオは両腕を構え、掌から波導を一点に集めた青い光弾を放つ。

双方の攻撃が再び激突、しかしメガルカリオの特性“適応力”により、格闘技の威力が増している。

紅蓮の炎を突き破って波導の念弾が突き進み、その奥にいるリザードを捉え、吹き飛ばした。

「ボーンラッシュ!」

波導の槍を携え、ルカリオが駆ける。

猛スピードでリザードとの距離を一気に詰め、青い槍の鋒を突き立てる。

「来るぞッ! ドラゴンクロー!」

目にも留まらぬ速度で立て続けに刺突を放つルカリオに対し、リザードは咄嗟に両腕へ光の竜爪を作り上げ、波動の槍の猛攻を何とか防ぎ切った。

「雷パンチ!」

「発勁!」

リザードの拳が電撃を、ルカリオの掌が波導を纏う。

互いの突き出した一撃が衝突。

刹那、ルカリオの掌から波導の力が炸裂し、リザードの雷の拳を打ち破り、吹き飛ばした。

「くっ、やっぱ強え……! これが、ハルとルカリオの力なんだな……!」

力の差は明確に感じる。目の前の相手は、自分より明らかに強い。

それでもなお。

ラルドとリザードは揺るがない。

「ルカリオ、サイコパンチ!」

ルカリオが拳を握り締め、波導と共に念力を纏わせる。

「躱せリザード! 躱して、ドラゴンテールだ!」

地を蹴って飛び出し、一気に迫り来るルカリオの繰り出す拳を、リザードは大きく身を捻って回避する。

そのまま遠心力で勢いを乗せた尻尾を振り抜き、ルカリオの腹へと打ち据える。

「火炎放射!」

「ボーンラッシュ!」

さらにリザードが灼熱の炎を吐き出し、対するルカリオは腕を覆う波導を槍の形へと変える。

曲芸が如く槍を舞わし、リザードの放つ業火を食い止め、

「波導弾!」

その槍をさらに波導の光弾へと変化させ、掌から撃ち出す。

「リザード、守れ! ドラゴンクロー!」

回避不可能の波導弾に対し、リザードは両腕に光の竜爪を作り上げ、防御の体勢を取る。

ズザザザザッ!! と地面を擦る音が響く。

波導弾の直撃を受け、ラルドの元まで押し戻されたが、それでもリザードは地に足をつけて耐え切った。

「まだだよ! 発勁!」

だがルカリオの攻撃はまだ終わっていない。跳躍して一気にリザードの目の前まで距離を詰め、波導を纏った手をリザードへと叩きつける。

次の瞬間、ルカリオの掌から波導が炸裂し、リザードは今度こそ吹き飛ばされた。

「っ! リザード!?」

吹き飛ばされ、リザードが地面を転がる。

まだ戦闘不能になってはいないようだが、立て続けの被弾でダメージはかなり大きいはずだ。

それでも、リザードは立ち上がる。

絶対に折れない、ラルドの闘志に呼応し。

刹那。

リザードの尻尾の炎が、大きく、激しく膨れ上がる。

「っ! これは……!」

「来たぜ、猛火だ!」

猛火。

体力が残り少なくなった時、炎技の威力を強化するという、リザードの持つ特性だ。

体内に漲る炎エネルギーが規模を増し、リザードの吐息に炎が混じる。

「リザード、まだバトルは終わっちゃいない。ハルに、ノワキの皆に、俺たちの力を見せつけてやるんだ!」

ラルドの叫びに、リザードが目を見開く。

炎竜の咆哮が、天を衝く。

刹那。

 

リザードの体が、青白く眩い光に包まれる。

 

「なっ……!?」

「おい……これ……!」

ハルもラルドも、息を呑んでいた。

間違いない。この光は、先ほどのハルとクリュウの戦いでワルビルが見せたものと同じ。

つまりは、進化の光。

光に包まれるリザードが、そのシルエットを変化させていく。

体つきが次第に大きく、頑強になっていくが、最も大きい変化はその後。

背中から一際輝く一対の光が飛び出したかと思うと、大きな翼の形を作り上げたのだ。

咆哮と共に光が弾け飛び、リザードの進化した新しい姿が現れる。

 

『information

 リザードン 火炎ポケモン

 口から放つ炎は強力だが弱い者に

 向けることはない。青白い炎を放つ

 個体は戦いを重ねた歴戦の個体だ。』

 

「リザードン……!? 進化した……だって!?」

リザードの進化に一番驚いていたのは、他でもないラルド自身だった。

信じられないと言った様子で目を擦り、もう一度、進化を遂げた己の相棒の姿をその瞳に映す。

「マジかよ……! すっげえカッコいいじゃねえか、おい! リザードン、お前最高だよ! 俺たち今、最高に輝いてるぜ!?」

ラルドの喜び勇む様子を見て、リザードンも天高く咆哮し、炎を吹く。

「っと……すまねえ、ハル。バトルの最中だってのに、舞い上がっちまったな」

「ううん。ラルドとリザードンの気持ち、よく分かるよ。自分のポケモンが進化した瞬間って、最高にワクワクするもんね」

そんなラルドに対してハルはにっこりと笑い、ルカリオも頷く。

「ありがとうよ。さあ、バトルを続けなきゃな! リザードン、進化したお前の力を、ハルに見せつけてやろうぜ!」

ラルドの言葉に応え、リザードンが尻尾の炎を熱く激しく燃え上がらせる。

「ルカリオ、気をつけてね。相手は進化して乗りに乗ってる。流れは今向こうにあるはず、押し流されないようにね」

忘れてはいけない。今、リザードンは猛火の特性が発動している。

得意とする炎技の威力は、リザードの頃のものとは比べ物にならないだろう。

「行くぜッ! リザードン、火炎放射!」

リザードンが大きく息を吸い込み、灼熱の炎を放つ。

先程のリザードの火炎放射の三倍はあろうかという凄まじい規模と勢いの炎が、ルカリオへと襲い掛かる。

「ルカリオ、波導弾!」

その灼熱の業火を前に逃げも隠れもせず、ルカリオは構えた両手を突き出し、波導を一点に集めて念弾を撃ち出す。

しかし、

「……!」

競り合った末に、波導の光弾が炎に飲み込まれてしまう。

波導弾で炎の勢いを削ぐことはできていたようで、火炎放射はルカリオに届く前に消えてしまうが、それでもメガルカリオの波導弾をこのリザードンは打ち破ったのだ。

「どうやら遠距離戦は危なそうだね……それならルカリオ、発勁!」

ルカリオが地を蹴ったかと思うと、一気にリザードンとの距離を詰める。

「っ! 迎え撃てリザードン、雷パンチだ!」

波導を纏わせた右手を突き出すルカリオに対し、リザードンも迸る電撃を込めた拳を振るう。

今度は双方が真っ向から激突、だがこれはルカリオに分がある。

リザードンの特性“猛火”は強力だが、強化されるのは炎技のみ。

波導を纏ったルカリオの掌底がリザードンの雷の拳を押し返し、突き飛ばした。

「もう一度だ!」

「っ、守れ! ドラゴンクロー!」

右手を覆う波導をそのままに、ルカリオは駆ける。

対してリザードンは体制を崩しながらも両腕に輝く竜爪を作り上げ、防御の構えを取る。

重い一撃がリザードンを襲う。それでもリザードンは地に足をつけたまま、ルカリオの攻撃を耐え切った。

そして。

「ラルド」

「ハル!」

両者は、同時に宣言する。

 

「「次の一撃で、決めてやる!!」」

 

「ルカリオ、波導弾!」

「リザードン、火炎放射!」

ルカリオの体内を駆け巡る波導の力が、掌の一点に集約される。

砲塔が如く両腕を突き出し、構えた両掌から青く輝く波導の念弾を放出する。

対するリザードンも目を見開き、熱く燃え盛る灼熱の業火を力一杯吐き出す。

ほぼゼロ距離から繰り出された互いの全力の一撃は、一歩も譲らずにせめぎ合い、力を膨らませたその末に、二匹を大爆発に飲み込んだ。

「ルカリオっ!」

「リザードン……!」

最後に立っているのはどちらか。

爆煙が次第に晴れていく。メガシンカ後の姿を保ったまま、相手をしっかりと見据えるルカリオと、尻尾の炎を燃え上がらせ、構えを崩さないリザードン。

刹那。

リザードンの体がぐらりと傾き、静かに地に倒れ伏した。

「……決まりですね。リザードン、戦闘不能。ルカリオの勝利です」

アンがゆっくりと腕を振り上げ、バトル結果を示す。

それと同時に、ルカリオの体を七色の光が包み、元の姿へと戻した。

「よーっし! ルカリオ、お疲れ様! いいバトルだったね」

ハルが駆け寄るとルカリオは勿論だと言わんばかりに微笑み、喜ぶハルと拳を突き合わせる。

「リザードン、大丈夫か? よく頑張ったな、いいバトルだったぜ」

ラルドもリザードンの元へ駆け寄る。地面に伏したまま、リザードンは目を開き、悔しそうに唸る。

「悔しいけど、やっぱハルは強えよな。だけどリザードン、お前もカッコよかったぞ。もっと強くなって、今度は勝とうぜ」

それぞれのポケモンを労い、ボールに戻し、ハルとラルドは互いに歩み寄る。

「いいバトルだったなー!」

「リザードンもルカリオも、カッコよかったぞ!」

周囲からはノワキの住民の拍手と歓声が飛び交い、ハルとラルドの二人を讃えていた。

「ありがとうな、ハル。俺とのバトルを受け入れてくれて。ノワキのために戦ってくれたお前と、あの勘違いした戦いのままでお別れなのが我慢ならなくてさ」

「こちらこそ、いいバトルだったよ。あの件についてなら全く気にしてないから、安心して。またバトルしようね、ラルド」

「ああ。それともう一つ。ハルとのバトルのおかげで決心がついた」

「ん? 決心?」

ハルが首を傾げると、ラルドは小さく頷き、バトルを見物していたクリュウの元へ駆け寄る。

「お? どうした、ラルド。バトルが終わり我に返って、急に恥ずかしくなったか?」

「っ……やめてくださいよ! そんなこと言われると本当に恥ずかしくなるじゃないですか!」

顔を真っ赤にするラルドに対して、クリュウは悪戯っぽく笑い、

「冗談だよ。で、どうしたんだ?」

「えっと……あの、お願いがあるんです」

頬を赤らめたままそう告げたラルドの目は、クリュウから見ていつになく真剣なものに見えた。

「なんだ? 言ってみろ」

「ハルとクリュウさんのジム戦、あんなに熱いバトルは初めて見ました。あんまり上手く言い表せないけど、本当にすごいっていうか、かっこいいっていうか……俺も、あれくらいすごいバトルがしたかったんです。今のバトルはとてもいいバトルだったけど、俺的にはまだまだあのジム戦には届いていない。だから」

ラルドはそこで一呼吸置き、

 

「俺も、旅に出たい。マデル地方を回って、ハルみたいに、いやハルを超えられるくらいに強くなりたい。このノワキタウンを出て、旅に出させてください」

 

真剣な眼差しで、はっきりとそう言った。

「……………………」

しばらく呆然としていたクリュウだったが、やがて静かに息を吐く。

「フッ……マジか。まさかラルド、お前の口からそんな言葉が出てくるとは予想だにしてなかったよ。いつのまにか、成長したじゃねえか」

微かに笑いながら、クリュウは言葉を続ける。

「お前が自分の強い意志でそう願うなら、俺にはその夢を邪魔する権利はねえ。分かった。ラルド、この町を出て、この広いマデルの地を見てこい」

「……! クリュウさん……ありがとうございます!」

満面の笑みを浮かべるラルドを見て満足そうにクリュウは頷き、

「それなら」

首にかけたネックレスを指で叩き、開いた翼の形のネックレスの中からキーストーンを取り出し、ラルドへと差し出した。

「えっ……!?」

「この町を代表して、俺からの餞別だ。受け取りな」

「いや、でもこれはクリュウさんのメガシンカに……」

「言っただろ。俺にとっては、メガシンカよりも仲間の方が大切なんだ。その仲間が旅立とうってんだから、俺たちは全力で応援するぜ。このキーストーンは、離れていても仲間だというその証だ。受け取りな」

それでもラルドは少し迷っていたが、

「……ありがとうございます。これを使えるトレーナーになれるように、頑張ります」

やがて一歩進み出て、クリュウからキーストーンを受け取った。

「ま、それでも俺がメガシンカを使えなくなるのを気にするってんなら、お前に旅の中で新しいキーストーンを見つけてきてもらおうかな」

冗談めかしてクリュウは笑うと、

「とりあえず、旅の始まりはハルと一緒にイザヨイシティだな。そのキーストーンを持ってマキノに俺の名前を出せば、ポケモン図鑑やらアルス・フォンやら、トレーナーとして必要なもんは貰えるはずだ。そこから先は、お前次第ってところだな」

そこまで話すと、さて、とクリュウはノワキの住民の方へ振り向く。

「そんじゃお前ら! ラルドの旅立ちを記念して、今日は盛大に祝ってやらねえとな! 送別会ってやつだ!」

クリュウが叫ぶと、ノワキの住民たちが町を揺るがすほどの大歓声を上げる。

特殊な町だとはいえ、ノワキタウンの住民はまるで全員が家族であるかのようだ。ノワキの人々は本当に結びつきが強いのだろう。お祭り騒ぎな町の様子を見てハルがそんなふうに考えていたところで、

「おい、ハル」

「えっ? あ、はい」

急にクリュウに呼ばれ、ハルは慌てて返事を返す。

「ラルドはお前に憧れて旅に出たいって言ってるんだ。送別会、当然お前も参加するよなぁ?」

「ぼ、僕なんかでよければ、是非……」

「何を縮こまってんだ。お前はこの町のために共闘してくれた上、ラルドたちに勇気を与えてくれた。お前はとっくに、この町の奴らから認められてるんだぜ」

そんなこんなで。

ノワキタウンの少年、ラルドが旅立つことになり、その日の夜はノワキタウンの住人全員で派手にパーティーが行われた。

 

 

 

そして次の日の朝。

「いよいよだな、ラルド」

「はい、クリュウさん」

町の玄関であるマデルトンネル入り口の前にハルとラルドが立ち、クリュウを先頭としたノワキの住民たちが大勢で見送りに来た。

「ま、派手に送別会をやったとはいえ、ここはいつでもお前のホームだ。辛いことや困ったことがあったら、いつでも連絡寄越せよ。あと、たまには顔見せに帰って来るんだぞ」

「そうとも。離れていても、我々はノワキの絆で結ばれた仲間だということに変わりはない」

「大変なことも多いと思うけど、頑張ってね。応援してるよ、ラルド君」

クリュウに続いてゼンタやアンもラルドを激励し、他の者たちも応援の言葉を掛ける。

「んじゃ、あーしからは……これをあげよっかな」

最後に進み出てきたイローの手には、赤い星の形をしたペンダントが乗せられていた。星形の真ん中には穴が開けられている。

「これは……?」

「あーしが丹精込めて作ったお守りよん。真ん中に穴空いてるっしょ? ちょうどキーストーンが填まるくらいの大きさにしといたから。メガシンカが使えるようになったら、それを使うがよいぞ」

にっこりとイローは笑い、ラルドにペンダントを差し出す。

「イローさん……ありがとうございます! それに、他のみんなも! 俺、次に帰ってくるときには、今よりずっと成長した姿を見せるんで! 楽しみに待っててくださいね!」

ラルドの目尻には、僅かに涙が溢れていた。

「おいおい、旅に出る前から泣き出してどうすんだ? これから送り出すってのに、そんなんじゃ送り出す側も不安になっちまうぜ?」

そんな様子のラルドを見てクリュウは微笑むと、次にハルの方を向き、頭を下げた。

「そんで、ハル。お前にはここで色々と迷惑をかけたな。済まなかった」

「いえいえ、気にしてませんから。むしろ色々あったお陰で、皆さんと仲良くなれましたし」

「そう言ってくれるなら、嬉しいぜ。お前も何か困ったことがあったら俺たちを頼ってくれてもいいんだぞ。お前ならいつでも大歓迎だ」

「はい。クリュウさんも、ジム戦ありがとうございました!」

ハルがそう言うと、クリュウは満足そうに頷き、

「さて、昨日も言ったが、とりあえずまずは二人でイザヨイシティに行きな。あそこはマデル地方の最先端を行く大都市だし、ジムリーダーもノワキタウンという文化に対して理解のあるやつだ。そこで情報を色々得て、そこからはそれぞれの好きなように進むといい」

そこでクリュウは少し、ほんの少しだけ俯き、しかしすぐに顔を上げる。

「それじゃ、暫くさよならだ。さあ、行ってきな!」

「はい! 皆さんも、お元気で!」

クリュウたちに見送られ、ハルとラルドは次なる街、イザヨイシティに向けて歩き出す……

……その、直前。

ノワキの群衆の後ろの方から、声が響く。

「クリュウさん! ラルド君! ちょっと待ってください!」

人混みをかき分け、アルス・フォンを手にしたノワキの住民であろう背の高い男性が進み出てくる。

「あぁ? なんだなんだ、このいい雰囲気の時によ」

「す、すいません。ですが、今ネットニュースが流れてきまして……これを見てください」

そう言いながら、男はフォンの画面をクリュウに見せる。

そして、こう言った。

 

「イザヨイシティが、ゴエティアと名乗る組織に占拠されてしまったそうなんです……!」




いえ……決して投稿が遅れた理由がモンス◯ーハンターライズに熱中していたからだなどと……そのようなことがあろうはずがございません
ささ、本編へお戻りを……


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イザヨイシティ編――実力
第96話 囚われたイザヨイシティ


「なに……? イザヨイシティが、占拠されただと?」

ハルとラルドがイザヨイシティに向けて出発しようとした、まさにその時の出来事であった。

怪訝な表情を浮かべて、クリュウはその情報を知らせた男からフォンを受け取る。

「えっ、嘘でしょ……!?」

「イザヨイシティが、乗っ取られたってことか!?」

ハルは自分のアルス・フォンを取り出し、ラルドは慌ててクリュウの持つ画面を覗き込む。

テレビアプリに接続すると、ニュースはこう告げていた。

『臨時ニュースをお伝えします。つい先程、ゴエティアと名乗る組織に、イザヨイシティが占拠された模様です。現在、イザヨイシティの管理システムは全て遮断され、連絡が取れない状態となっており――』

どうやらガセネタではないようだ。TVニュースにされるまで大ごとになっているとなると、どうやらゴエティアは本当にイザヨイシティを乗っ取ってしまったらしい。

そこへ、唐突にクリュウのアルス・フォンからけたたましいアラームが響く。

「これは……救援申請か」

アラームを止めたクリュウは、顔をしかめて小さく舌打ちする。

「クリュウさん、今のは?」

「イザヨイシティからの救援申請だ」

ハルが尋ねると、クリュウは曇ったままの表情でそう返す。

「イザヨイのジムリーダー――マキノってやつなんだが、数少ないノワキタウンの理解者の一人でな。マキノとかカタカゲのワダンは、この町の大人たちに働き口を用意してくれたり、子供達のために寄付をしてくれてる。その代わりに、向こうの街にもしものことがあった場合に、俺たちが手を貸す約束になってるんだ。まぁ滅多なことじゃ呼ばれないはずなんだが……その救援申請が、たった今鳴ったってところだな」

なんてったって、とクリュウは言葉を続け、

「イザヨイシティはマデル地方で一番の大都市にして、科学技術の最先端を走るハイテク都市。セキュリティシステムも充実しているはずだ。どんな手段を使ったのかは知らねえが、さっきのニュースも言ってた通り、イザヨイシティは管理システムごとやられちまってるみたいだな」

そこまで言うと、ふぅ、とクリュウは息を吐き、

「ゼンタ、力自慢の若い衆を数人連れて来い」

後ろを振り向き、ゼンタに指示を出す。

ゼンタは頷き、街の方へと走っていった。

「どうするんですか」

ハルの代わりに尋ねたのは、ラルドだ。

「イザヨイに侵入する。少人数であっちの様子を探りつつ、隙があれば下っ端構成員を攫ってきてこっちで情報を吐かせる。この町にイザヨイへの抜け道がいくつかあるのは知ってるだろ。そこを使って、俺とゼンタ、あと若い衆何人かで忍び込む。動くのは情報を得た後だ。ハルとラルドはひとまずノワキで待ってろ」

クリュウがここまで説明したところで、

「クリュウ、待たせた。このくらいでいいか」

ゼンタがガタイのいい男を四人連れてきた。

「そうだな。俺たち含めて六人いりゃ充分か。残りのやつらはこの町で待機してろ。イロー、もしものことがあったら、その時は指揮を頼む」

「あいよ。任せといて」

イローが頷き、笑顔でウィンクしたのを確認し、

「よし、それじゃちょっくら言ってくるぜ」

ノワキの猛者たちを引き連れ、クリュウが行動を開始する。

 

 

 

待つこと一時間ほど。

「あっ、クリュウさん!」

広場で待機していた住民たちのうち、真っ先に気づいたアンが叫ぶ。

「いやはや、すっげえことになってるぜ」

アンの目線の先には、意気揚々と歩いてくるクリュウたち六人。

その六人に、簀巻きにされて身動きできなくなった三人の黒装束が担がれていた。

「イザヨイのシステムが完全に止まってる。電光掲示板も動く歩道も、何一つ機能しちゃいねえ。救援申請が来るのも納得の惨状だったぜ」

しかし、最初の作戦は上手くいったらしい。

担いできた黒装束の男たちを無造作に地面に投げ捨てる。果たしてこいつらから、どれくらいの情報を聞き出せるか。

「イロー、女子供たちをちょっくらポケモンセンターに避難させときな。今からちょっと刺激が強いことをするからよ」

「あいあい。あんまり派手にやっちゃダメよん?」

「ハッ、それは保証できねえな。さ、女子供たち、イローに着いてってポケモンセンターに戻んな。俺たちゃここでちょっと仕事があるからよ」

 

 

 

さらに数十分後。

「終わったぜ」

ハルやラルドたちが待機するポケモンセンターへ、クリュウたちが戻ってきた。

「おかえりー。なんかいい情報吐かせた?」

「ああ、収穫は充分だ。まず……」

六人を出迎えたイローたちに笑顔で応え、クリュウは説明を始める。

「イザヨイシティを占拠した理由だが、明確な理由はまだ不明。下っ端構成員には目的は伝えられず、ただ魔神卿とかいうやつらからの実行指示に従っていただけのようだな。ただ、推察することはできる」

なぜなら、と続け、

「現在イザヨイシティにいる魔神卿は三人だそうだ。そのうち一人は街中の見張り、残る二人はある建物の中に入っていったらしい。その建物とはずばり、アルスエンタープライズ本社」

アルスエンタープライズ。

カントー地方のシルフカンパニーやホウエン地方のデボンコーポレーションといった他地方の有名企業に肩を並べる、マデル地方きっての大企業。ハルたちが持つアルス・フォンを開発したのもここだ。

「なるほど……狙いはアルスエンタープライズの何らかの技術ってわけだな」

ハルの隣にいるラルドが呟く。

「おそらくな。そこでだ」

ラルドの言葉に頷いたクリュウは、ハルの方を向き、

「ハル。お前は多分、少なくとも俺たちよりはゴエティアに詳しいだろイザヨイシティに動員されている魔神卿の名前だが、パイモン、ロノウェ、アスタロトというそうだ。こいつらのこと、分かるか」

「三人とも分かりますよ。その三人、この目で見てます」

実際は三人どころではなく、魔神卿七人を全員知っているのだが。

今は魔神卿の人数は関係ないので、ハルはそこには触れず、

「アスタロトの実力は分かりませんが、ロノウェとパイモンはかなりの実力者です。特にパイモンに関しては、シュンインシティのジムリーダー、イチイさんをも軽くあしらえる難敵です。ただ……」

「ただ?」

「パイモンと何度か遭遇してるんですけど……理由は分からないんですが、パイモンは“ハルくんはぼくのお気に入りだから”とか何とかで、今のところ僕に対しては攻撃を仕掛けてきません。だからクリュウさん、僕もイザヨイシティに連れていってもらえませんか。パイモンがいるなら都合がいい。アルスエンタープライズには、僕が乗り込みます」

ハルの申し出に、クリュウは少し考え込む。

「お前の言いたいことは分かった。だが簡単には首を縦には振れねえな。この救援申請はノワキタウンに向けてきたものだ。お前はそれに巻き込まれる覚悟はあるのか?」

「勿論です。実はノワキに来る前から、ゴエティアにやられたい放題なんですよ。そろそろ、あいつらに一矢報いたいんです。力を貸してもらえませんか、クリュウさん」

ハルの眼差しに、クリュウは小さく息を吐いた。

「やれやれ……困ったことがあったら頼れって、さっき言ったばっかだったしな。一対一とはいえゼンタを倒したお前なら、戦力にはなるだろう。ハル、お前の言葉を信じて、パイモンはお前に任せよう」

「……! ありがとうございます!」

パイモンが相手なら好都合だ。

攻撃してこないのを逆手に取って、こちらから出向いてやる。

「だがもう一人、アスタロトってやつもいるんだろ。お前一人じゃ心配だし……そうだな、ラルド、ゼンタ。お前たち二人はハルと一緒にアルスエンタープライズに行け。元々これはノワキタウンで解決すべき案件だ。ハルに余計な負担をかけるな」

「了解です」

「いいだろう」

ラルドとゼンタが答える。クリュウは次に、

「他の戦える者たちは俺と来い。街中で派手に暴れ散らして、見張りのロノウェってやつを引きつける。その間にゼンタたち三人がアルスエンタープライズに突入、パイモン及びアスタロトと交戦、そして、その隙に」

クリュウが目を向けた先は、

「最後はイロー、お前の出番だ。ゴエティアの連中が俺たちから目を離せなくなったところで、マキノを助け出せ。そうすれば、後はあいつが勝手に何とかするはずだ」

「ん、りょーかい。突入のタイミングは?」

「俺が通知を送るから、最初はノワキで待機してろ。一回目のワンコールでイザヨイに潜入、二回目のワンコールを合図に、イザヨイジムへと向かい、マキノを救出。頼むぜ」

「あいあい。任せとき」

準備は整った。

その後、クリュウは出撃メンバーと待機メンバーを分け、イザヨイシティ救出作戦がいよいよ始まる。

「たまには慈善活動も悪くねえな。それじゃ、行こうぜ。クソ野郎共の魔の手からイザヨイシティを解放して、奴らに吠え面かかせてやろうじゃねえか」

クリュウを先頭に、ハルたちは抜け道を通り、ゴエティアの待つイザヨイシティへと向かう。

どうやらノワキとイザヨイは目と鼻の先だったようで、三十分もしないうちに通路の先へとたどり着いた。

「ここはイザヨイシティの外れ、誰も使っていない大きな廃屋だ。いくらゴエティアでも、まさかここが別の街に繋がってるとは考えもしなかったようだな」

抜け道から出ると、そこはゼンタの説明通り、おんぼろでガラクタだらけの倉庫内だった。

廃屋の隙間からひっそりと外の様子を窺う。近未来的な建築物がいくつか並んでおり、街中の道路は噂に聞いた通り水平式エスカレーターのように動く歩道となっているが、現在は動いていない。

近くに黒装束の人間は見えない。ゼンタが言っていたように、街の外れだからだろうか。

「よし、俺たちは先に出るぜ。囮になって見張りの連中を引き付けておくから、その隙にアルスエンタープライズに忍び込め。気をつけろよ」

「分かりました」

「クリュウさんも、お気を付けて」

ゼンタが静かに頷き、ハルとラルドも小声でそう返す。

クリュウはニヤリと笑うと、ハルたち三人を倉庫に残し、引き連れた十数人と共に密かなイザヨイシティ奪還作戦を開始する。

 

 

 

 

 

背中にエレキギターを背負い、奇抜なメイクに単眼の描かれたバンダナという恐怖を煽る風貌の男、魔神卿ロノウェは、いかにも気の抜けた表情で何をするわけでもなくイザヨイシティの街中を歩き回っていた。

同僚のアスタロトから『あんたバトルは強いのに頭が良くないからなぁ』などと煽られ、頭使わなくてもできる仕事として街中の見張りを任されているのだが、

「……暇だ」

ぼそりと呟く。

やることがない。見張りと言えば聞こえはいいが、やることはパイモンかアスタロトからの連絡が来るまで街中を適当に巡回することだけ。

「……そもそも、こんな状況で外部からの侵入なんてあり得るのかね。中の状況がわからないんじゃ、警察部隊もうかつに入ってこれねえだろ」

ぶつぶつと独り言を呟くロノウェだが、実際その通りではある。

現在、イザヨイシティは全ての機能が停止状態にあり、外部との連絡は全て遮断された状態だ。それに加え、ゴエティアは外から見れば正体不明の謎の組織。外の人間からすれば、慎重にならざるを得ないはずだ。

塔のような大きな建物の前でロノウェは大欠伸をし、見張りは下っ端に任せて昼寝でもしようかと考えた、その時。

 

ドォォン!!! と。

イザヨイシティの一角に、爆音が響き渡る。

 

「!?」

今まさに一眠りしようとしていたロノウェの眠気が、吹き飛んだ。

慌てて音がした方を向けば、何やら黒煙が上がっている。

「何だ何だ……?」

明らかに異常事態。爆発となれば、何者かがイザヨイシティへ侵入、もしくは戦闘が始まっている可能性が高い。

急いでロノウェが駆けつけると、既に下っ端構成員たちも何人か集まってきていた。

そして。

爆心地には、銀髪の極道風の男を中心に、十数名の人間が立っている。

「お前ら……侵入者だな?」

ロノウェの口元が片方へ釣り上がる。

下っ端を押しのけ、愚かな侵入者たちの前へ進み出る。

「お前は」

「俺様か? 俺様はゴエティア魔神卿が一人……破壊と破滅の申し子、魔神卿ロノウェ。お前らの名に興味はねえ。哀れな侵入者共へ、阿鼻叫喚のパンクロックを聞かせてやるぜ」

背中に担いだギターを掴み、ロノウェは引き裂くような笑みを浮かべるが、

「なるほど、お前がロノウェか。ならばちょうどいい」

それを見ても、目の前の銀髪の男は顔色ひとつ変えない。

「アン、手を貸してくれ。俺とお前の二人で、こいつを相手取る。残りのメンバーは取り巻きの黒装束を片付けろ」

「了解です、クリュウさん」

クリュウと呼ばれた銀髪の男は的確に指示を出し、周りのメンバーも指示通りに動き出す。

ロノウェの前には、クリュウと呼ばれたその男と、眼鏡をかけたおかっぱ青髪のアンと呼ばれた少女が対峙する。

「ほぉ、二対一を望むか。上等だ、面白くなってきやがった。なかなか美味え仕事じゃねえか! せいぜい俺様を楽しませてくれよなぁ!?」

ギュイイイイイン!!! とギターを掻き鳴らし、ロノウェは雄叫びを上げ、モンスターボールを取り出す。

「GO! Shout! バクオング!」

ボールの中からは、騒音ポケモンのバクオングが姿を現わす。

「アン、気をつけろよ。無理に攻めようとするな、作戦通りにだ」

「ええ、分かっています」

クリュウとアンも、同時にボールを取り出す。



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第97話 突入、アルスエンタープライズ

クリュウが起こした爆音は、廃屋で待機するハルたち三人のところへも届いた。

「始まったな。我々も行くぞ」

「ええ」

「はい!」

ゴエティアの見張りの連中がクリュウたちの乱入に気を取られた隙を狙い、ハルとラルド、ゼンタの三人は走り出し、白い大きな建物――アルスエンタープライズ本社へ一気に駆け抜ける。

一階のロビーには人影は見当たらない。従業員の姿はないだろうとは思っていたが、黒装束の姿もない。

……と、思ったのも束の間。

階段やエレベーターから、無数の黒装束の人間が三人の行手を塞ぐべく飛び出してくる。

「やはり、そう簡単には通してはくれんか」

「所詮は下っ端です。さっさと蹴散らしましょう」

三人もすかさずモンスターボールを取り出し、ムクホーク、リザードン、エーフィが現れる。

「ムクホーク、フェザーラッシュ!」

「リザードン、火炎放射!」

「エーフィ、マジカルシャイン!」

広範囲攻撃を得意とする三人のポケモンたちが、一斉に攻撃を放つ。

ムクホークの撃ち出す矢のような無数の羽根、リザードンの薙ぎ払うように放つ灼熱の炎、エーフィの放つ純白の光が、下っ端の繰り出したポケモンたちを片っ端から吹き飛ばしていく。

「さあ、どうだ!」

「びびったなら道を開けろ。今のはほんの挨拶だぜ」

ハルが叫び、ラルドが凄むと、下っ端たちのほとんどは慌てて逃げ出していった。

だが。

異質な雰囲気を放つ、残った黒装束が三人。

「……ハル、ラルド、気をつけろ。あの三人、普通の下っ端と違うぞ。何かただならぬ気配を感じる」

ゼンタが二人に警戒を促す。

ハルとラルドが身構える中、三人の黒い男たちはモンスターボールを取り出す。

「行け、スピアー」

繰り出したポケモンは、三人ともスピアー。

見た感じは明らかに普通のスピアーであり特におかしな様子はないし、パイモンのスピアーと比べるとレベルも明らかに劣っているように見える

だが。

 

「スピアー、メガシンカせよ」

 

黒装束の男たちが腕を構えると、手首に着けているベルトに填められた血のように赤黒い宝石が光を放つ。

直後。

三匹のスピアーたちが軋むような呻き声を上げつつ、妖しく輝く赤黒い光に包まれていく。

渦巻く不気味な光の中で、スピアーたちのシルエットが変化していく。

鋭い毒針を持ちつつもどこか丸みを帯びた印象のあるスピアーの姿が、より鋭角的かつどこか機械的な姿へと変わる。

両腕と腹部の毒針が槍のように発達、さらに後足にも巨大な毒針へと変化し、翅が六枚へ増える。

鋭い羽音と耳をつんざく絶叫を響かせ、赤黒い妖光と共に、三匹のスピアーがメガシンカを遂げた。

「なっ……メガシンカ!?」

「だけどあいつら、メガストーンは……?」

流石に驚きを隠せないハルたち三人。

三匹のスピアーたちはメガストーンを持っている様子はなかった。にも関わらず、メガシンカしている。

そして何より不可解なのは、黒装束の下っ端たちの腕に付けられた、明らかにキーストーンとは異なる血のように赤い宝石。

「スピアー、毒突きだ」

困惑するハルたちをよそに、中央のスピアーが突如奇襲を仕掛けてくる。

腹部の毒針を突き出し、弾丸のように飛び出すスピアーに対し、

「ッ! ムクホーク、鋼の翼!」

ゼンタが反応し、ムクホークが咄嗟に硬質化させた翼を構えてどうにかスピアーの毒針を受け止める。

「っ……ハルのルカリオほどではないな。ならば」

三匹のメガスピアーを見据え、ゼンタはもう一つのボールを取り出す。

「いざ、ドードリオ!」

現れたのは翼を持たず、脚力の発達した鳥ポケモン。三つの長い首と頭を持つ珍妙な姿をしている。

 

『information

 ドードリオ 三つ子鳥ポケモン

 頭だけでなく心臓や肺も三つに

 分かれている。そのため長い距離を

 走り続けても息切れしないのだ。』

 

「ハル、ラルド。お前たちは先に行け」

ムクホークとドードリオを携え、三匹のメガスピアーと対峙し、ゼンタは二人へと促す。

「いや、でも……」

「大丈夫だハル、私なら問題ない」

ハルが躊躇うが、ゼンタはそれを遮って言葉を続ける。

「ムクホークとの衝突で分かった。あのメガスピアー、一体一体の実力はお前のメガルカリオより遥か格下だ。この程度の使い手であれば、私一人で充分だ。ラルド、ハルを連れて」

「分かりました。ハル、行くぞ」

ラルドは迷わなかった。

ハルの腕を掴み、ゼンタの脇を駆け抜けていく。

「逃がすな。スピアー、ドリル――」

「ドードリオ、トライアタック!」

スピアーのうちの一匹がハルとラルドを狙うが、ドードリオが三色の光線を放ち、スピアーを牽制する。

「どこを見ている。貴様らの相手は、この私だぞ」

ハルとラルドを無事に進ませ、メガスピアーを引き連れた下っ端黒装束と対峙し、ゼンタは淡々と尋ねる。

「さて、バトルを始める前に、そのメガシンカの理屈を教えてもらおうか。貴様らの外道で異質なメガシンカ、放っておくことはできん」

「……気になるか。ならば冥土の土産に、教えてやる」

中央に立つ下っ端が腕を構え、手首のベルトに填められた赤黒い宝石を見せる。

「“プロトタイプ・メガウェーブ”。とある国で開発・悪用され、禁忌とされて封印されていた、メガシンカを強制的に発現させる、メガウェーブと呼ばれた科学技術。アモン様が解読し、開発した試作品を我々に与えてくださったのだ」

そんなものが存在することが驚きだし、強制メガシンカの理論もゼンタには全く分からないが、とりあえずそのような物騒なものをゴエティアが保有していること、それだけは理解できた。

「試作品だし、ちょうどいい。お前とお前のポケモンを実験台にして、使用感を試させてもらおう」

「好きにすればいい。ただし、やれるものならな」

その言葉を合図に、ゼンタの鳥ポケモンと黒装束のメガスピアーたちが動き出す。

 

 

 

「エーフィ、マジカルシャイン!」

ハルのエーフィが額の珠を白く輝かせて純白の光を放出し、立ちはだかる下っ端たちを纏めて吹き飛ばす。

「いい調子だよ、エーフィ。このまま行こう」

小柄なエーフィは狭い通路でも問題なく動けるため、ハルはエーフィをボールに戻さず、そのままラルドと共に建物の中を進んでいく。

一階で下っ端の集団を軒並み蹴散らしたためか、二階より上には黒装束の数は少ない。

「ゼンタさん、大丈夫かな」

ハルとしては一階で残ってくれたゼンタのことが気掛かりだが、

「あの人なら問題ねえよ。あんな相手にやられるほど、ゼンタさんは弱くねえ」

同じノワキタウンで暮らしてきた仲間だからだろう、ラルドははっきりとそう言い切った。

「ゼンタさんはクリュウさんの相棒、ノワキタウンで二番目に強い実力者だ。昔は一流の飛行タイプ使いとしてクリュウさんとジムリーダーの座を競ってたって話も聞いたことがある。三体のメガシンカポケモンって言っても、一匹一匹はお前のメガルカリオより遥か格下なんだろ? だったらゼンタさんは絶対に負けない。あの人を信じて、上に進むぞ」

「……そうだね。僕たちは僕たちのやるべきことをしなきゃね」

先に進ませてくれたゼンタのためにも、立ち止まるわけにはいかない。

上階を目指す二人だが、しかし気になることはある。

「それにしても、イザヨイシティを占拠するなんて、何が狙いなんだろうな」

「うーん……ここに魔神卿が二人いるって話だし、アルスエンタープライズの何かを狙ってることは間違いなさそうだけど……」

ハルも何度かゴエティアと戦ってきたし、魔神卿の全員と遭遇しているが、そもそもゴエティアというのがどんな組織なのか、詳しいことは全く分かっていない。

分かっていることは、魔神卿たちの口ぶりからするに『王』と呼ばれる何者かが組織の中心であること。そして、ハルは何故か魔神卿の中心的人物であるパイモンに気に入られているということ。そのくらいしかない。

「狙っているとしたら、マデル地方トップの科学技術のうちの何かだろうね」

「もしくはアルスエンタープライズそのものかもな。社長を脅して企業全体をゴエティアの傘下に置く、とか考えててもおかしくないぜ」

とはいえ、考えていても仕方ない。

残っている下っ端構成員を蹴散らし、ハルとラルドはとにかく上を目指して突き進む。

その途中で、

「うわっ!?」

曲がり角を曲がったところで、ハルは白衣を着た研究員の男性とぶつかりそうになった。

「び、びっくりした……君たちは? ゴエティアの仲間じゃ無いよね……?」

「はい。安心してください、僕たちは味方です」

「こいつがハル、俺はラルドだ」

そう名乗ると、二人がゴエティアのメンバーではなくてホッとして力が抜けたのか、研究員は床へと座り込んでしまう。

「よかった……奥の部屋の方にみんなで逃げ込んでいたんだが、物音がしなくなったので僕が様子を見にね……しかし、どうして君たちみたいな子供だけで? 怖くは、ないのかい」

「ゴエティアには俺たちのホームを荒らされた上、リーダーの大事にしてたものも奪われた。ムカついてんだよ。一発やり返さないと気が済まねえんだ」

研究員の男性の質問に答えたのは、ラルドだ。

「ちゃんと策はありますから、安心していてください。まだこの建物にはゴエティアがいます。今は安全なところに隠れていてください」

ラルドの言葉にハルは付け足し、男性を避難させる。

「……そうだ、君たちにこれを渡しておこう」

奥の部屋に戻る前に、男性はハルとラルドへカードを手渡す。

「これはアルス社内のカードキーだ。社長室やこの先の一部フロアには、このカードがないと入れないんだ。このくらいしか君たちをサポートできなくて申し訳ないが、どうか気をつけて」

「ありがとうございます、助かります。それじゃもうしばらく、じっとしていてくださいね」

「さあハル、行くぞ。さっさとこの会社、そしてこの街を解放する」

カードキーを受け取り、ハルとラルドはさらに上階を目指して進んでいく。

 

 

 

そして。

「お? ノワキタウンの奴ら、とうとう入り込んできたか」

最上階には、監視カメラに繋がるモニターを眺める男が一人。

王冠を被った、腰まで届く長い黒髪の少年、魔神卿パイモンはソファーの上に行儀悪く胡座をかいて座り込み、不敵な笑みを浮かべる。

「しっかし、よりにもよってハル君もいるのかぁ。ノワキの連中だけならまとめて叩き潰しておしまいなんだけどなぁ……ま、しょうがないね」

独り言を呟き、パイモンは袖から小型の通信機を取り出す。

「おーい、アスたん? 聞こえる?」

それに向けてパイモンが呼びかけると、

『何かしら、パイモン』

通信機の向こうから、女性の声が聞こえた。

「おっ、通じた通じた。アスたん、今何やってんの?」

『この建物内を物色してる。今いるところね、すっごいわよ。生態保護・研究室とかいう部屋なんだけど、レアなポケモンがたっくさん。根こそぎ貰ってっちゃっていいかしらん?』

「えっ、ほんとに? そりゃいいね、纏めて持っていこうよ……っと、それはいいんだけど」

向こうの話に乗りかかったパイモンだが、脱線した会話を戻し、話を続ける。

「アルスの中にさ、侵入者が入って来てるんだよね。下っ端は蹴散らされてるし、試作メガウェーブ部隊も一階で交戦中、こっちの仕事もなかなか終わりそうになくてさー。悪いんだけど、足止めをお願いしてもいいかなぁ? 護衛もつけるからさ」

『足止め? なに、もしかしてあんたのお気に入りのあの子も来てんの?』

「そうなんだよ。ぼくとしても、さすがに想定外だった」

通信機の向こうの女性は、はぁ、と息を吐き、

『しょうがないわね……適当に時間を稼いでおくわ。上手く行けば追い返すけど、期待しないでよ? あんまりバトルには自信がないし。私が魔神卿七人の中でもダントツで弱いこと、忘れてないよね?』

「分かってるよ。時間を引き延ばしてくれれば大丈夫。いやぁ、アスたんは話が通じるのが早くて助かるねぇ。それじゃ、頼むよ」

『はいはーい。その代わり、そっちもさっさと終わらせてよね? あと護衛は九階によろしく』

「了解、任せといてよ。そんじゃ」

要件は告げ終えたのか、パイモンは通話を切って振り返る。

押し殺したような呻き声が響く。この部屋にいる人間は、パイモンだけではなかった。

不気味な笑みを浮かべて、パイモンは机の向かい側にいる人間に声を掛ける。

「それじゃ社長さん、話の続きをしようか。こっちの要件は一つ。この会社の――」



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第98話 交わらぬ者、再び

アルスエンタープライズでは、日用品やトレーナーグッズの開発、科学技術の研究など様々な分野に取り組んでいるが、近年特に力を入れて取り組んでいる研究がある。

それは希少なポケモンの保護及び、生態の研究。

傷ついたポケモンや個体数の少ないポケモン、人間の土地開発などによって住処を追われたり、密猟者やポケモンハンターに狙われたりして数が減少しているポケモンを保護しつつ、その生態を調べ、そのポケモンにとってより住みやすい環境を元々の自然を侵さない範囲で自然界に作り、その上で保護したポケモンを野生に戻すという、先進的な取り組みだ。

人の手が掛かっていない希少な野生のポケモンに積極的に人の匂いをつけることに反対の声もあるが、現状、この研究はポケモンの保護という観点においては良い評価の声が多く、良好な成果を上げ続けている。

その研究を行なっているのは、アルスエンタープライズ本社九階。

ここはフロア一帯が『生態保護・研究室』と名付けられており、水辺、草原、乾燥地など、様々な環境の部屋に分けられて研究が行われている。

それらの部屋は中央のコントロール室から全て観察、及び管理することができるようになっている。

だが、今。

「へー、ちゃんとモンスターボールで管理してるのね。助かるわぁ」

この研究室、及び保護されているポケモンたちは、今まさにゴエティアの手中に収められんとしていた。

「お、お前……目的は、何だ……!」

「んー? それは私の目的か、組織の目的か、どっちの話?」

紫の長い髪を後ろで結び、紫のバラの模様が描かれた緑色のワンピースを着ていた女。その女たった一人に、研究員たちは叩きのめされ、生態保護室のガラスも全て叩き割られてしまった。

「私の目的なら教えてあげるけど。とは言ってもこれは単なる暇潰しよ? お願いされてた私の任務はひとまず終わったから、建物の中をうろついてたらさ、レアなポケモンがいっぱいいるじゃない? だからこの私、アスタロト様が、こいつらぜーんぶ戴きにきてやったのよん?」

魔神卿アスタロト。

たった一人で研究員たちを一蹴した彼女は、床に這いつくばる男たちに向け舌を出して嘲るように笑うと、ポケモンの入ったボールを無造作に手に取っていく。

「わぁ! こっちは生きた化石、カブトだ! こっちは……ピッピじゃん! マデルにも野生の個体がいたんだ!? あと、それからそれから……」

まるで大量のおもちゃを一度に与えられた子どものように、アスタロトははしゃぐ。

「売り捌いて儲けてもいいし、王様のために使ってもいいし……使い道に迷うわぁ、うふふ。まっとりあえず、これぜーんぶ貰っちゃうね。下っ端、大きい袋持ってきてー」

黒装束が持ってきた大きな袋へ、アスタロトはボールに入ったポケモンたちを纏めて放り込む。全て回収すると、黒装束の下っ端構成員はさっさと部屋を出て行った。

「クソっ……大事なポケモンたちを、よくも……」

「はいはい。大事なポケモンたちはこっちで大事に使ってあげるから。売っちゃうかもしれないけど」

床に転がる研究員たちを嘲笑い、アスタロトは一つだけ下っ端に運ばせなかったボールをうっとり眺める。

「このポケモン、綺麗だったわぁ……この子だけは売り渡すのもったいないし……よし、決めた」

ボールを掲げたアスタロトは目を輝かせ、

「この子は私のポケモンにしちゃおっと! 他のポケモンみんな組織に献上するわけだし、一匹くらい貰ったって構わないわよね!」

悪党に似つかわしくない無邪気な笑みを浮かべた、その時。

 

「そのポケモンを、放せ!」

 

この場にいる誰のものでもない少年の声が響き、刹那、黒い影の弾が飛来し、アスタロトが持っていたボールを弾き飛ばした。

「うぐっ!? 痛った……!」

突然の衝撃に手首を捻ったのか、アスタロトは右手を押さえ、慌てて黒い弾が飛んできた方向を振り向く。

「ゴエティア、そこまでだよ。今すぐここから立ち去るんだ」

シャドーボールを放ったエーフィを従えたハルと、さらにラルドが立ちはだかる。

「ぐぬぬぬっ……せっかくいいところだったのにぃ。仕方ないわ、あんたたちの相手をしてやるのが先みたいね! パラレル! 来なさい!」

先ほどまで愉悦に浸っていたアスタロトの表情に、みるみるうちに苛立ちが浮かんでいく。

そしてアスタロトの叫びに応じ、その後ろからもう一つの人影が姿を現す。丈の長い真っ黒なコートを身に纏った黒髪の少年。

パイモンの雇った部下、パラレルだ。

「パラレル、協力しなさい。二人でこいつらを――ちょっと、聞いてるの!?」

喚くアスタロトを完全に無視し、パラレルはハルを見据えてモンスターボールを取り出した。

「久しぶりだな、ハル。この場でもう一度、俺と戦え。メガシンカポケモンを使って、一対一で俺とバトルしろ」

何の目的で自分に固執しているのかは分からないが、パラレルの目的は今回もハルとのバトルのようだ。

「っ……ラルド、僕はこいつの相手をしないといけないみたいだ。悪いんだけど、魔神卿の相手を頼めるかな。できるだけ早く終わらせて、加勢するからさ」

「へっ、誰の心配してんだよ。俺はクリュウさんに鍛えられてるノワキの住民だぜ? 任せとけよ」

不安そうな表情は微塵も見せず、寧ろ小さく笑みすら浮かべ、ラルドは頷いた。

「ありがとう、助かるよ。……よし、待たせたね、パラレル。バトルを始めようか」

勝負を仕掛けてきたパラレルの方に向き直り、ハルもボールを手に取る。

「何なのよッ、感じ悪いわねこいつ……まぁいいわ。で? 私の相手はあんたってことでいいのかしら、お子ちゃま?」

「ああ。ハルの邪魔はさせねえ。俺が相手になってやるよ」

アスタロトとラルドも同時にボールを取り出す。対戦カードは決まった。

 

 

 

「我が力を示せ、ガブリアス!」

パラレルが繰り出したのは、ハダレタウンで戦ったガバイトの進化系。

腕と背中にサメのヒレのような翼を持つ、青い体躯のドラゴンポケモン。

 

『information

 ガブリアス マッハポケモン

 腕を折り畳み翼を広げてジェット機

 並の速度で空を飛ぶ。尖った鱗が

 空気抵抗を減らしてくれるのだ。』

 

「ガブリアス……ドラゴンタイプの最終進化系か」

以前戦った時はガバイトだったが、その時点でかなりの実力を持つ強敵だった。今回は、さらにその進化系が相手。

「エーフィ、ごめんよ。相手はメガルカリオをご所望みたいだ。一回戻って、休んでてね」

ハルの言葉にエーフィは嫌な顔一つせず頷き、自らボールへと触れ、その中へ戻る。

「前回は引き分けだったけど……今の僕たちなら勝てる! 出てきて、ルカリオ!」

エーフィと交代し、ルカリオが現れる。

すると、ルカリオはまるでこの場所が見知った場所であるかのように、軽く周囲を見渡す。

そして。

突如雄叫びを上げると共に両手の波導を増幅させ、目の前のパラレルを睨みつけた。

「ルカリオ!? ど、どうしたの……!」

いつもの冷静な様子と違うルカリオに驚くハルだが、そこで思い出す。

ルカリオがまだ進化前だった頃、ハルと出会う前、彼はどこで育ったか。

そう、アルスエンタープライズだ。

ルカリオの境遇を考えるなら、この生態保護・研究室がリオルとして育った場所なのかもしれない。

「なるほど……ルカリオ、大丈夫だよ。落ち着いて、いつも通り全力で戦おう。僕がついてるから、安心して」

感情が昂っていたルカリオは、ハルの言葉を聞くと少し落ち着いた様子を見せ、小さく吠えて返事を返す。

それでも、両腕を纏う青く揺らめく波導はいつもよりも増幅している。

「理由はよく分からんが、戦意は充分なようだな。さあ、メガシンカを使え。全力で俺と勝負しろ。強いメガシンカポケモンと戦えば、俺はもっと強くなれる」

「言われなくても、そのつもりさ。ルカリオ、準備はいい?」

ハルが右腕を掲げ、ルカリオが頷く。お互いのキーストーンとメガストーンが輝く。

「僕と君の、絆の力に応えて! ルカリオ、メガシンカだ!」

ハルのキーストーンとルカリオのキーストーンの光が繋がり、七色の光がルカリオを包む。

波導の力とメガシンカエネルギーがルカリオの体内を駆け巡り、咆哮と共にルカリオはメガシンカを遂げる。

「準備は整ったな。では始めるぞ! ガブリアス、ドラゴンクロー!」

バトル開始と同時にガブリアスが走り出す。

元々鋭い爪をさらに輝くオーラを纏わせて強化し、ルカリオへと襲い掛かる。

「ルカリオ、受け止めて! 発勁!」

ルカリオも両掌から波導を噴出させ、ガブリアスを真っ向から迎え撃つ。

両者が正面から激突、互角に競り合うが、

「っ、さすがはドラゴンポケモンだ……! メガシンカしたルカリオを相手に、互角に渡り合えるなんて……!」

ハルとルカリオも間違いなく成長しているのだが、それはパラレルのガブリアスも同様。

ガバイトの時と比べて、攻撃力もスピードも大きく上昇している。

「ルカリオ、ボーンラッシュ!」

せめぎ合った末、二匹は一度距離を取り、体勢を立て直す。

「ルカリオ、ボーンラッシュ!」

ルカリオの右手を纏う波導が形を変え、槍を作り出す。

「対処せよ。大文字!」

その場から飛び退いてルカリオとの距離を取りつつ、ガブリアスが大の字型に展開する炎弾を発射する。

波導の槍が正面から炎弾を貫くが、既にガブリアスはそこにはおらず、

「ドラゴンクロー!」

青白く輝く光の龍爪を両腕に纏わせて駆け出し、ルカリオへ巨爪を振りかざす。

「っ! ルカリオ、受け止めて! 発勁!」

ルカリオの携える槍が一瞬のうちに揺らめく波導へと形を変え、両手を覆う。

振り下ろされるガブリアスの龍爪を、波導の力を纏った掌で何とか受け止め、

「波導弾!」

構えた掌から波導を集めた光弾を発射し、ガブリアスを逆に押し返した。

(メガルカリオの火力を持ってしても押し切れないパワーと、侮れないスピード……だけど特殊技の威力は控えめだ。遠距離攻撃も絡めて、落ち着いて立ち回れば充分勝機はある)

ガブリアスと違い、ルカリオは特殊技でも充分戦えるだけの力がある。

「ルカリオ、もう一度波導弾だ!」

ルカリオの両手を纏う波導が増幅し、青い波導の念弾を作り出すと、二発の波導弾をガブリアスへと放つ。

「断て。ドラゴンクロー!」

対するガブリアスも両腕にオーラを纏わせ、光り輝く巨爪を作り上げる。

光の竜爪を振り下ろして波導弾を両断し、さらにその奥のルカリオを狙おうと構えるが、

「ボーンラッシュ!」

既にルカリオはガブリアスの眼前に迫っている。

波導弾を囮に一気にガブリアスに近づき、携えた青白い槍で立て続けに刺突を浴びせる。

「ガブリアス、振り払え! アイアンヘッド!」

だがガブリアスは怯まない。

地に足をつけてその場で耐え切り、間髪入れずに硬化させた頭突きを放ち、ルカリオを押し返した。

「攻め立てろ! ドラゴンクロー!」

ルカリオの体勢を崩し、即座にガブリアスは攻撃に転じる。

地を駆け、両腕に青い光の竜爪を纏わせ、猛スピードでルカリオへ斬りかかる。

「ルカリオ、ボーンラッシュ! 防いで!」

形を変えた波導の槍をルカリオが構え、ガブリアスの竜爪を受け止める。

競り合った末、ガブリアスの爪が打ち勝ち、波導の槍を両断してしまうが、

「想定通りだ! 波導弾!」

断たれた波導の槍は揺めき、即座に光弾へと形を変え、左右からガブリアスに襲い掛かる。

「なにっ!?」

「今だ! 発勁!」

ルカリオが右手に波導を纏わせ、死角からの不意打ちを受けて動きを止めたガブリアスの腹部へ掌底の一撃を思い切り叩き込む。

それと同時に波導を炸裂させて、ガブリアスを吹き飛ばした。

「っ、ガブリアス! 立て直せ!」

波導の力をもろに浴びたガブリアスだが、床を力強く踏み締めて立ち上がり、まだまだやれると言わんばかりに吼える。

「うむ……やはり地面技を事実上使えないのは少々痛手か……?」

パラレルがぼやく。

ガブリアスは攻撃力が非常に高いポケモンだが、地面タイプの物理技といえば“地震”や“穴を掘る”。

どちらも強力な技であり、後者に関しては進化前のガバイトが得意としていた技であった。

しかし、今回のバトルはアルスエンタープライズの九階。穴を掘るを使えば床下に落ちてしまうし、地震なんぞ使った際には建物が崩壊してしまってもおかしくない。

「だが……地面技を使えなかったせいで負けたと言っては、言い訳にも聞こえるな」

「……なんだか考え込んでるみたいだけど、こないならこっちから行くよ。ルカリオ、サイコパンチ!」

ぶつぶつと呟くパラレルを待たずにハルは指示を出し、ルカリオが動く。

波導を纏う握りしめた拳を念力でさらに強化し、ガブリアスとの距離を詰めていく。

だが。

「それならば……使うか」

そう呟き、顔を上げる。

その目をカッと見開き、パラレルは告げる。

 

「ガブリアス、地震だ!」

 

ガブリアスが天井まで大きく跳躍し、ルカリオの拳を回避。

さらに上空からルカリオに向けて急降下、全体重を乗せた蹴りを放つ。

「なっ……!? ルカリオ、何とか受け止めて! 発勁!」

回避は絶対に出来ない。

躱してしまえば、アルスエンタープライズが瓦礫の山と化すかもしれないのだ。

両手の波導を増幅させ、ルカリオは両腕を突き出し、真っ向からガブリアスを迎え撃つ。

しかし。

「覚えておけ。地震という技には、こういう使い方もある」

ガブリアスとルカリオが正面から激突する。

結果は、明白。

「大地を揺るがし、衝撃波を発生させるほどの力を体の一点に集め、そのエネルギーを乗せた打撃を叩き込む。その威力、通常の地震攻撃の比ではないぞ!」

ルカリオの波導の掌底が、撃ち破られる。

一点に集約された巨大なエネルギーを乗せたガブリアスの強蹴がルカリオを派手にぶっ飛ばし、そのまま壁へと叩きつけた。



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第99話 薔薇と欺瞞の悪魔

「さっさと終わらせる。さあ頼んだぜ、リザードン!」

「それ、こっちのセリフなんですけど。欺け、クチート!」

ラルドが繰り出すのはエース、リザードン。

対するアスタロトのポケモンは、かなり小柄のポケモンだった。愛嬌のある黄色い小人のような姿をしているが、頭部からポニーテールのように生えているものはその身体と同等のサイズの鋼の巨大な口だ。

 

『information

 クチート 欺きポケモン

 鋼のツノが変化した大顎を持つ。

 大顎で捕らえた獲物をほどよい大きさ

 に噛み砕いて本来の口で食事をする。』

 

鋼とフェアリータイプを併せ持つポケモンのようだ。

ボールから現れるや否や、大顎を開いて不気味な咆哮を上げ、ラルドとリザードンを威嚇する。

「特性は威嚇か……いきなり攻撃を下げられちまったけど、タイプ相性は有利だ。リザードン、焼き尽くすぞ」

ラルドの言葉に応えてリザードンも負けじと雄叫びをあげ、クチートを見下ろし睨みつける。

「行くぞ! リザードン、火炎放射!」

先に動いたのはラルド。

リザードンが大きく息を吸い込み、灼熱の炎を吹き出す。

「クチート、躱しなさい!」

ぴょんと身軽に跳躍し、クチートはリザードンの放つ炎を回避すると、

「ストーンエッジ!」

着地すると同時に大顎を床に叩きつけ、床から尖った岩の柱を出現させる。

「岩技、やべえけど……リザードン! 躱して雷パンチ!」

リザードンにとっては当たれば致命傷の岩技だが、柱の出現する軌道そのものは単純。

翼を羽ばたかせてリザードンは突き進む。突き出す岩を次々と躱しつつ距離を詰めていき、電撃を纏った拳を振り抜き、クチートを殴り飛ばす。

「ふぅん、やるじゃない」

それを見て、アスタロトは不敵な笑みを浮かべる。

「ちょっとばかりパワーで負けてるかしらん? まぁ、クチートってポケモンはそこまで能力値の高いポケモンじゃないからねー。んー、どうしようかしら?」

「……」

何か嫌な予感がする。

歳の割に戦闘経験の多いラルドだからこそ、感じる。アスタロトというこの女が放つ、不気味な気配。

「しょうがない。開始早々だけど、やっちゃいますか。クチート、準備できてる?」

アスタロトの言葉を聞いてクチートは振り返り、ニヤリと笑って頷く。

それを見てアスタロトは満足そうに頷き、髪を結った花のシュシュを解いた。

「……?」

怪訝な表情を浮かべるラルドをよそに、アスタロトは花のシュシュを手に取る。

薔薇の花の形をした赤いシュシュ。そして、その真ん中に、

「っ……! この気配、まさか」

ラルドは気づいた。確信した。

赤い薔薇の中で煌めく、“それ”は。

キーストーンだ。

 

「欺き、突き立てろ、欺瞞の双牙! クチート、メガシンカ!」

 

クチートが大顎を開く。

その奥歯に、隠すようにメガストーン、クチートナイトが結びつけられていた。

アスタロトの持つキーストーンの光に、クチートのメガストーンが反応し、光を生み出す。

双方の光が繋がり、クチートは七色の光に包まれ、その姿を変えていく。

体が一回り大きくなるが、何よりも目を惹くのは巨大な大顎。

光の中で、大顎が分裂し、二つに分かれていく。

「メガシンカ――メガクチート!」

光が弾け飛び、メガシンカを遂げたクチートが姿を現す。

下半身と手首にかけて薄い桃色が入り、巫女装束のような袴を思わせる姿へと変化する。

一番の特徴だった大顎はさらに巨大化した上にツインテールのように二つに増加し、それぞれが意思を持つかのように不気味な咆哮を轟かせる。

「ちっ……メガシンカが使えるのかよ、お前」

「んっふふ、残念だったわねえ。クチートは確かにあまりパワーのあるポケモンではないけれど、メガシンカしてしまえば話は別よ? あんたのポケモンなんて、一捻りなんだから」

悪戯っぽい、しかし悪意を含んだ笑みを浮かべ、アスタロトが指示を出す。

「それじゃ続けるわよ! クチート、ワンダーボム!」

クチートの二つの大顎の中に、ピンク色の霧を固めたような弾が作り上げられる。

大顎を振るい、クチートが二つのピンクの霧弾を投げつける。

「っ! リザードン、回避!」

翼を広げて飛翔し、リザードンは一発目を回避する。

だが二つ目が躱し切れず弾が直撃、爆炎と同時に鮮やかなピンク色の煙が噴き出し、リザードンを吹き飛ばす。

「リザードンっ! 今のは……フェアリー技か!」

「さあさあ今よ! アイアンヘッド!」

空中で体勢を崩すリザードンに対し、クチートは地を蹴って跳躍、一気に距離を詰める。

首を思い切り振り、遠心力を乗せた大顎を鈍器として叩きつけ、リザードンを勢いよく床へと叩き落とした。

「リザードン、立て直すぞ! 気合い入れ直せ! 勝負はここからだぜ!」

幸い、フェアリー技も鋼技もリザードンに対しては効果今ひとつ。

起き上がったリザードンは火を吹いて吼え、自身を鼓舞する。

(それにしても……メガシンカしたとは言え、攻撃力の上昇幅がやけに高いな。パワーだけならクリュウさんのメガアブソルにも劣ってねえ。ただここまで攻撃力に振り切ってるなら、スピードは上がってないはずだ。落ち着いて戦え、俺!)

「っし、反撃だ! リザードン、鋼の翼!」

リザードンが広げた翼を硬化させるが、

「遅い! クチート、不意打ち!」

飛び立とうとした瞬間、クチートがリザードンの懐まで飛び込み、頭突きをかましてリザードンを突き飛ばす。

「さあ、墜落させなさい! クチート、ストーンエッジ!」

クチートが両顎を床に叩きつけ、尖った岩の柱を呼び起こす。

メガシンカ前と比べ、実に二倍近い量の岩の槍が次々と突き出てくる。

「リザードン、飛べ! 火炎放射だ!」

それでもリザードン持ち前の飛行能力で岩の柱の間を掻い潜って突き進み、クチートへ向けて炎を放出。

予想通り素早さはほとんど変化していないようで、クチートは回避できずに灼熱の炎を浴びてしまう。

「やってくれるじゃないの! クチート、ワンダーボム!」

体に残る煤を気にもせず、クチートが大顎を振るって二発のピンクの煙弾を投げつける。

「弾いてやるよ! リザードン、鋼の翼!」

翼を硬化させ、リザードンが羽ばたく。

ラルドはワンダーボムを弾き返すつもりだったが、リザードンの翼にぶつかった瞬間に煙弾は爆発し、ピンクの爆煙がリザードンを覆って視界を塞いでしまう。

「ウフフ、無駄無駄! ワンダーボムは着弾すれば即座に炸裂するわ。弾き飛ばそうとしたって無意味よ! クチート、アイアンヘッド!」

煙に包まれたリザードンを狙い、クチートは地面を蹴って跳躍し、首を振って両顎を振り回す。

「リザードン、来るぞ! 煙を振り払え!」

翼を羽ばたかせて煙を吹き飛ばすリザードンだが、目の前には既に突撃を仕掛けるクチートの大顎が迫る。

「上等! リザードン、雷パンチ!」

リザードンが握り締めた拳に、電撃が迸る。

振り下ろされるクチートの大顎に対し、拳を突き出して真っ向から競り合う。

しかしメガクチートの圧倒的な攻撃力の前には打ち勝つことができず、リザードンが少しずつ押されていき、遂には押し負けて叩き落とされてしまう。

「あっはは! メガシンカしたクチートに攻撃力で敵うわけないでしょ! なんせこの子の特性は“力持ち”なんだから!」

「は……? 力持ち、だと!?」

特性“力持ち”。

その効果は、自身の攻撃力を二倍に増加するという極めて単純なもの。

しかし、それ故に強力。メガシンカした途端クチートの攻撃力が跳ね上がったのも頷ける。

「クチートはメガシンカによって耐久力が上昇し、特性で攻撃力も爆上がり。あと足りない部分は、私の頭脳で補う! さあクチート、ぶっ飛ばしちゃいなさい! ワンダーボム!」

開いた両顎にピンク色の霧の弾を作り上げ、クチートが頭を振って二つの霧弾を投げつける。

「今度は躱すぜ。リザードン、飛べ!」

翼を開いてリザードンは飛翔し、霧の弾を二発躱して、

「鋼の翼だ!」

上空から一気に急降下し、硬化させた翼をクチートへと叩きつける。

「今だぜ! 火炎放射!」

さらにリザードンが大きく息を吸い込むが、

「そうはいかないわよ? クチート、不意打ち!」

その瞬間、再びクチートがリザードンとの距離をゼロまで詰める。

だが、

「来るぞ、堪えろ! そのまま焼き尽くしてやれ!」

クチートの頭突きを受けたリザードンは怯まなかった。

不意打ちの一撃を根性で耐え切り、リザードンはクチートに向けて今度こそ灼熱の業火を吹き出した。

「やばっ!? クチート、躱して!」

顔色を変えるアスタロトが慌てて指示を出すが、クチートの速度では当然間に合わない。

肉を切らせて骨を断つ、リザードンの必殺の一撃がクチートに直撃し、その鋼の体を焼き焦がす。

「吹き飛ばせ! 鋼の翼!」

炎に覆われるクチートを、リザードンは硬化させた翼でぶん殴り、吹き飛ばす。

「もう一発、食らっとけ! 火炎放射!」

一気に勝負を決めるべく、リザードンは再び息を吸い込む。

だが。

 

「魔神卿を甘く見んじゃないわよ! クチート、ストーンエッジ!」

 

業火に焼かれて吹き飛ばされても、クチートはまだ動く。

顎を地面に叩きつけ、リザードンの足元から鋭く尖った岩の柱を出現させる。

「あ……まず――」

ラルドが反応する間もなかった。

足下から突き出た岩の柱の刃先がリザードンを突き上げ、そのまま天井へと勢いよく叩きつけた。

「リザードンっ!?」

炎と飛行タイプを持つリザードンには、岩タイプの技は致命傷となる。

岩の柱が引っ込むと、リザードンは重力に従って力無く地に落ちる。

最大の弱点である岩技の直撃を受けてしまい、あえなく戦闘不能となってしまっていた。




《ワンダーボム》
タイプ:フェアリー
威力:80
物理
鮮やかなピンク色の霧を固めた爆弾を投げつける。一定確率で霧をまとわりつかせて相手の回避率を下げる。

※威力はあくまでも目安です。


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第100話 託されしもの

「ルカリオ……!」

大地を揺るがすほどの力を込めた渾身の蹴りを受け、ルカリオが吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。

それでもまだ起き上がるが、受けたダメージは明らかに大きい。もう一発受ければ、さすがに耐えられないだろう。かと言って、地震を起こすほどの一撃を避けることもできない。

「ほう、耐えたか。ならば!」

そしてパラレルが一切の容赦をするはずもなく、ガブリアスは再び跳躍する。

「俺に勝ちたければ、この一撃を乗り越えてみせろ! ガブリアス、地震だ!」

雄叫びを上げ、ガブリアスが再びの急降下攻撃を仕掛ける。

しかし、

「まだだ……」

ルカリオの体内でさらに激しく湧き上がる波導の力が、ハルと共鳴する。

ルカリオの波導の力か、メガシンカによるシンクロの力か。

ハルにも、ルカリオの感情が伝わってきた。

「ルカリオ、まだ終わらないよね! 君の力、僕が解き放つ!」

ハルの言葉が、思いが、ルカリオに届き、ルカリオの瞳が青く輝く。

刹那。

 

ルカリオの掌から、青く輝く光の竜が飛び出した。

 

光の竜の顎に捕らえられ、床に叩き落とされると同時に青い光が炸裂、爆発に巻き込まれてガブリアスが吹き飛ばされた。

「なにっ……!? 竜の波導だと!?」

パラレルもこの展開はさすがに想定外だったようで、驚きを隠せないでいる。

「ルカリオ! 一気に決めるよ!」

新技の習得を喜ぶのは後だ。今は目の前の敵を倒す。

「波導弾!」

ルカリオの構えた両手から、青く輝く波導の念弾が放出される。

起き上がったばかりのガブリアスを狙って正確に飛び、波導の力を炸裂させた。

「ガブリアス!」

立て続けの二連撃を耐え切ることができず、吹き飛ばされたガブリアスは地に伏したまま目を回してしまった。

「ここまでか……あのタイミングでの新技習得とは、やはり絆の力は侮れないな。ガブリアス、戻れ。休んでいろ」

ガブリアスをボールに戻したパラレルは、それ以上戦おうとする様子は見せず、一歩引いてハルへと告げる。

「そう警戒するな。今回は俺の負けだ」

「……」

それでもまだ気を抜かないハルに対し、パラレルはさらに言葉を続ける。

「元より指示された任務は時間稼ぎだからな。俺はここで引き下がる。お前は魔神卿と戦っているお前の仲間の手助けでもするがいい」

それだけ告げ、パラレルは踵を返して上階へと去っていってしまう。

 

 

 

「さて、まだやるかしらん? 私のクチートはまだ充分戦えるけど、あんたの手持ちにリザードンより強いポケモンはいるのかなぁ?」

クチートを侍らせ、アスタロトが嘲るような笑みを浮かべる。

「敵に背を向けるわけないだろ。まだ戦うに決まってる」

対するラルドは冷静にそう返す。

「ふぅーん? ま、止めはしないけど――」

「ただし」

アスタロトの言葉を遮り、ラルドは続ける。

 

「俺じゃないけどな」

 

刹那。

「ルカリオ! ボーンラッシュ!」

クチートが横からの奇襲を受け、波導の槍の連続攻撃を叩き込まれて吹き飛ばされた。

「え?」

「発勁だ!」

素っ頓狂な声を上げるアスタロトには目もくれず、ハルは指示を続け、ルカリオは波導を纏った右掌をクチートへと叩きつけた。

リザードンの炎を浴びて体力の削られていたクチートは予想だにしない不意打ちを受けて倒れ、メガシンカも解けて戦闘不能になってしまう。

「すまねえ、ハル。ありがとな」

「気にしないで。無事でよかったよ」

バトルは終わったと判断し、ようやくルカリオもメガシンカを解く。

「なっ……はあぁぁぁ!? ちょっと、何してくれてんのあんた!?」

「仲間を助けるなんて、当然のことだよね。ルカリオ、よくやったよ」

ルカリオを労うが、肝心のルカリオはまだボールには戻ろうとしない。

まだ油断はできない。メガシンカポケモンを倒されたとは言え、アスタロトがここで引き下がるかどうか。

まだ戦うようであれば、ハルもルカリオも、再びのメガシンカも厭わないつもりだが。

「チッ……馬鹿にしてくれるじゃない。どうやら私を甘く見てるみたいね。だったら――」

いかにも忌々しそうに舌打ちし、低い声でボールを取り出したアスタロトだが、そこで我に返ったように目の前のハルと自分の手にしたボールを交互に見つめる。

そして、

「……おっと、いけないいけない。あのポケモン欲しかったけど、仕方ないわねえ。今回は諦めてあげる。そんじゃ、撤収しようかしら。出てきなさい、アーケオス」

すぐに普段の猫撫で声に戻り、手にしたボールからハダレタウンでも姿を見せていたアーケオスを繰り出す。

「おい、逃さねえぞ」

ラルドが一歩踏み出すが、

「あら、いいの? 私とパラレルの目的はあくまで時間稼ぎよ? 私たちを捕まえようと躍起になってる間に、上にいるパイモンが本命の目的を達成しちゃうかもしれないわよ。上に進んで街を守った方がいいんじゃないかしらん?」

アーケオスに掴まり、アスタロトは意地悪く笑う。

「っ、どうするよ、ハル」

「……ここでこいつらを見逃したくない気持ちは分かる。けど、上にはまだ魔神卿がいるし、この街を解放するのが先決だ。悔しいけど、先に進もう」

迷った末に、ハルは先に進むことを決める。

その間に、既にアーケオスに掴まったアスタロトは姿を消していた。窓から飛び去っていったのだろう。

「さあ、進むよ」

「あいつら、次に会ったら絶対取っ捕まえてやる」

アスタロトとパラレルを撃退、ハルはルカリオをボールに戻し、ラルドと共にさらに上階へ進もうとしたところで、

「君たち、ちょっと待ってくれないか」

不意に呼び止められた。

二人が振り向くと、声の主は数人の研究者のうちの一人だった。

アスタロトに抵抗し、蹴散らされたのだろう。白衣は汚れ、顔や腕もところどころ傷ついている。

「大丈夫ですか……?」

「ああ、何とかな……我々はな。保護していたポケモンたちはほとんど奪われてしまった。このような不祥事があったとなれば、研究も中止になるだろう。生態保護を謳っておきながら、あの女相手に歯が立たなかった……不甲斐ない」

座り込んだまま、研究者の一人は肩を落とす。

「すみません、僕たちがもう少し早く来ていれば」

「いやいや……助けに来てくれた君たちに、文句は言えない。それより、私たちからお願いがあるんだ」

そう言って、その男は一つだけ残ったボール――アスタロトが自分のものにしようとしていたボールから、ポケモンを出す。

背中に甲殻を纏った青い首長竜のようなポケモン。ヒレのような四肢を見る限り、水辺に生息するポケモンだろうか。

 

『information

 ラプラス 乗り物ポケモン

 人間や小さなポケモンを背中に

 乗せて海を進むのが好き。かつては

 絶滅危惧種とされていたポケモン。』

 

水と氷タイプを持つ、ラプラスというポケモンのようだ。

「この子は群れからはぐれ、弱っていたところを保護されたんだ。人懐こいが賢くてな、悪い人間には決して心を開かない。この研究は中止になるだろうし、そうでなかったとしてもこのような事件が起こってしまった以上、我々にはこの子を守る資格はない」

だから、と男は続け、

「このラプラスを、君たちに託したい。ずっとここにいるより、君たちと一緒に行った方がラプラスにとっても嬉しいことのはずだ。私たちの代わりにこの子を守り、広い世界を見せてあげてほしい」

そう言って、ボールを差し出す。

「俺には無理だ。ハル、お前が受け取れ」

ラルドは即答した。一歩引き下がり、そう言った。

「え、いいの……? でも……」

「俺は無法の町と呼ばれるノワキタウンで育ってきた。もちろん自分のことを悪人だとは思ってないが、だからといって自信を持って自分が善人ですとは言えない。少なくともハル、お前に比べたらな」

「そんなこと、関係ないよ。育った環境なんて――」

「それに」

ハルの言葉を遮り、ラルドはさらに続ける。

「ラプラスを守るって意味でなら、尚更だ。俺はあの女に負け、お前は二人倒した。お前の方が適任だって、もう証明されてんだ。そいつを守るには俺じゃ力不足さ」

「……分かった。じゃあ、僕が受け取るよ。ありがとう」

白衣の男からボールを受け取り、ハルはラプラスの前に立つ。

「ラプラス。僕と一緒に、来てくれるかい?」

ラプラスは少し戸惑っているようだったが、ハルの瞳をしばらく見つめると、やがてにっこりと笑い、頷く。

「……うん、分かったよ。それじゃ、これから君は僕の仲間だ。よろしくね、ラプラス」

ハルの言葉に応え、ラプラスは首を伸ばしてハルの持つボールへと触れる。

その巨体がボールへと吸い込まれる。一瞬だけ赤い光が点滅するが、すぐに止まった。

「ありがとう。ラプラスをよろしく頼むよ。それと、君たちにはこれも」

そう言って白衣の男が差し出したのは、ポケモンの傷薬だ。

「これくらいしか君たちの力になれるものがなくて、本当に申し訳ないが……頼れるのは君たちだけだ。イザヨイシティを守ってほしい。頼んだよ」

「充分です、ありがとうございます。必ずこの街を解放しますから、もう少しだけ待っててください」

「さあハル、行くぞ。あまり時間はなさそうだ」

「うん」

研究者たちに礼を言い、二人はルカリオとリザードンたちの手当てをすると、さらに上階へと進んでいく。

 

 

 

 

 

「ムクホーク、フェザーラッシュ! ドードリオ、ドリルライナー!」

ムクホークが羽ばたいて無数の尖った羽を射出し、羽根の弾幕の後ろからはドードリオがドリルの如く回転しながら突撃を仕掛け、スピアーを纏めて吹き飛ばす。

三匹のメガスピアーを前にしてなお、ゼンタは二匹の鳥ポケモンで互角以上に戦いを進めていた。

ただ、

「スピアー、毒突き!」

奇妙な点が一つ。

どれだけ攻撃を加えても、スピアーたちは倒れない。

二匹の連携攻撃を受けてふらついていたスピアーだが、黒装束の男たちが身につけている赤黒い宝石が輝くと、すぐさま攻撃に転じてくる。

「ドードリオ、前に出ろ! 守る!」

ムクホークが下がり、ドードリオが進み出て、守りの結界を展開する。

三匹のスピアーが一斉に毒針を突き立てるが、ドードリオを守る結界を破壊することはできず、

「トライアタック!」

三つの首からそれぞれ赤、青、黄の光線を放ち、スピアーを押し戻した。

「おのれ……だが我らのスピアー軍団は不滅だ! スピアー、起き上がれ! 目の前の敵を駆逐せよ!」

黒装束の男が吠え、赤黒い宝石が妖しく輝く。

だが、その刹那。

ピシッ! と音を立て、宝石にヒビが入る。

「……は?」

入ったヒビはみるみるうちに大きくなっていき。

その末に、黒装束の男たちの持つ宝石は粉々に砕け散った。

それと同時に、スピアーたちを光が包み、元に戻す。

元の姿に戻ったスピアーたちは、まるで糸を切られた操り人形のように次々と床に落ち、動かなくなった。

「な……何が……」

想定外の事態に狼狽える下っ端黒装束たち。ゼンタにも何が起こったか分からないが、とにかく決着はついたようだ。

「とりあえず、大人しくしていてもらおうか。ムクホーク、フェザーラッシュ!」

ムクホークが翼を羽ばたかせて無数の尖った羽を飛ばす。

無数の羽が突き刺さり、男たちは声を上げる間もなく気絶し、動かなくなった。

「さて……思ったよりも時間をかけてしまったか。ムクホーク、ドードリオ、よくやった。休んでいるといい」

ムクホークとドードリオをボールに戻し、ゼンタは粉々に砕けた赤黒い宝石に目をやる。

(先程のスピアーの戦い方……まるで体力の限界を超えて強制的に戦闘をさせているかのような挙動だった。宝石が砕けた途端にスピアーが動かなくなったのも合点がいく。原理は分からないが……集めておくか。イザヨイの研究者に解析を頼めば、何かわかるかもしれんしな)

砕けた宝石を回収し、ゼンタは気絶した黒装束からボールを奪い、倒れたスピアーたちを保護すると、一階を後にする。



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第101話 待ち受けるは邪冠の悪魔

「社長さぁん、これでもダメ? そちらにとってもかなりいい条件のつもりなんだけどなぁ」

アルスエンタープライズ本社13階、社長室。

そこで社長と話しているのは、行儀悪くテーブルの上に腰掛け、不気味な笑みを浮かべた、少女にも見える少年、魔神卿パイモン。

時代を間違えたような派手な王冠と赤い貴族のような衣装に身を包み、悪意に満ちた瞳で社長を見据える。

「……どんな条件を出されても返答は同じだ。顧客を危険に巻き込むような、そんな取引はできない!」

そして。

その向かいには、震えながらも語気を強めて言い返す初老の男性。

「そう言われてもさぁ、こっちもはいそうですかと引き下がるわけにはいかないんだよね。今の街の状況、分かってるんでしょ? ぼくがこれ以上荒っぽい手段に出る前に承諾してほしいんだけどなぁ」

そしてそんな社長の言葉を受けても、パイモンはせせら笑うのみ。

「しっかし、強情だねえ。だいぶお金は積んだつもりでいるんだけどなぁ。それともあれかな? 名だたる大企業の社長、これだけの大金でもまだ安く見えるってことかな?」

「金の問題ではない! 顧客の信頼を裏切るような真似はできないと、そう言っているんだ!」

声を荒げる社長を見て、パイモンは小さく舌打ちする。

「……そうかぁ。さすがに、こっちもそろそろ荒っぽい手段に頼りたくなってきちゃったんだけど」

ダン! とテーブルを叩き、パイモンが袖からモンスターボールを取り出す。

その時。

 

「そこまでだよ!」

 

カードキーによって部屋の扉を開き、ハルとラルドが社長室へと突入する。

「パイモン、やっぱりお前だったか。社長を離して、この街も解放するんだ」

ハルが踏み出し、テーブルに座るパイモンへと言い放つ。

「ちぇっ、もう到着かぁ。思ったよりも早かったなぁ」

ボールを掴んだまま、不機嫌そうにパイモンはハルの方を向く。

「久しぶりだね、ハル君。そっちの子は初めましてだね。ところで、ここに来たってことはパラレルもアスたんも負けちゃったってことだよね? アスたん倒したの、どっち?」

「最終的には僕だよ。僕が倒せるくらいまで削ってくれたのはラルドだけど」

「へえ、二人ともやるじゃん。アスたんって実はああ見えて頭いいんだよ。ぼくと話しててもちゃんと話も合うしね。七人の魔神卿の中ではアスたんが一番弱いんだけど、それでも誇っていいと思うよ?」

本気出してたかは知らないけどね、とパイモンは続ける。

「アスたん、専門技術学べばアモちゃん――分かるかな、アモンの代わりに参謀くらいなれると思うのになぁ。アモちゃんも賢いけど、たまに考え方が古臭いんだよねぇ。アモちゃんみたいなのは後ろで支援するよりバトルの方が向いてるよ、多分」

「お前、パイモンっつったな。イザヨイシティを乗っ取って、何が狙いだ」

話がずれてきたパイモンの言葉は無視し、ラルドが口を開く。

しかし、

「ん? あぁ、その件? そっちに関してはアスたんとロノが勝手にやったことだし、ぼくに聞かれても困るなぁ。そもそもさ」

パイモンの返事は、ハルとラルドが全く予想だにしていない返答だった。

「イザヨイシティなんて、別にどうでもいいんだよね。ぼくの目的は、あくまでアルスエンタープライズと契約を結ぶことなんだからさ」

「は……?」

「どういうこと……?」

疑問を隠せないラルドとハルに対し、パイモンはさらに続ける。

 

「“アルス・フォンに関する全ての権限をゴエティアに売り渡してね”。ぼくの要求はそれだけなんだけど」

 

そう、言ってのけた。

「そ、それじゃ、なんでイザヨイシティの乗っ取りなんか……」

「あぁ、それ? さっきも言ったよね、アスたんとロノが勝手にやったって。アスたんに『交渉の間邪魔が入らないようにしといて』って頼んだ結果、なんかアモちゃんに協力してもらって街ごと制圧する流れになっちゃってたんだよね。アモちゃんがゴエティアの拠点からイザヨイの基幹『マキノシステム』にハッキングしてアクセス権乗っ取って、セキュリティを含めた一切の機能を停止させて、その間にアスたんがロノを引き連れて丸ごと制圧しちゃった。ぶっちゃけそこまでやれとは頼んでないんだけど、邪魔が入らないならいいかなって。まあ結局は君たちに邪魔されてるんだけどね」

自分たちのやっていることがあたかも当然のことであるかのようにぺらぺらと喋るパイモンだが、やはりゴエティアのやることは常軌を逸している。

そして、

「馬鹿な……『マキノシステム』を、ハッキングした!?」

パイモンのその言葉に反応したのは、アルスの社長だった。

「『マキノシステム』はこの街のジムリーダーにして天才科学者、マキノさんが作り上げた、彼女にしか扱えないイザヨイシティの基幹システム。それを乗っ取るなど、できるはずが……」

「だーかーらーさぁ」

面倒くさそうにパイモンが頭を掻く。

「そっちの常識で物事を考えてもらっちゃ困るんだよね。普通の人間じゃ出来ないことが出来るのが、ゴエティアなんだよ」

そこまで話すと、さて、とパイモンはハルの方に向き直り、

「ハル君。君はイザヨイシティを解放するためにここに来たんだよね? つまり、ぼくを倒しに来たわけだ」

「そうだよ」

「ふぅん。だったら」

薄ら笑いを浮かべ、パイモンは掴んだボールをハルへと向ける。

「ぼくを相手に今の君がどこまでやれるか、試してあげるよ。シュンインの林で会った時と比べて君がどのくらい成長しているのか、ぼくとしても気になるしね。あんまり時間は掛けたくないから、ぼくに勝てる見込みはないと判断した時点で終わらせるけど。どう? 君が勝ったら、もちろんこの街は解放するよ」

「分かった。元より、そのつもりでここに来たんだ。ラルド、ここは僕に任せて」

「おう」

ラルドが引き下がり、ハルはモンスターボールを取り出し、パイモンと対峙する。

「さあ、勝負だ! パイモン!」

「ふふふ、そう来なくっちゃ。それじゃ、始めよっか」

不敵な笑みを浮かべ、パイモンが手にしたボールを突き出す。

「やっちゃえ、スターミー!」

現れたのは、青い星形のボディを二つ連結させたようなポケモン。中心部にある赤いコアのようなものが淡く発光している。

 

『information

 スターミー 謎ノポケモン

 コアから電波を発信しているが

 何のための電波なのか不明。食性や

 繁殖方法なども解明されていない。』

 

異質な見た目のポケモンだが、とりあえず水とエスパータイプを併せ持つポケモンのようだ。

「スターミー、まずは邪魔なものをどけちゃおう。サイコキネシスだよ」

スターミーは場に出るとコアから念力を発生させ、部屋のテーブルや社長の座るソファーなどを社長ごと全て部屋の隅へと無造作に移動させる。

「スピアー、社長が何かしないように見張ってて。変な真似したら即座に刺していいからね」

さらにパイモンはスピアーを出し、社長の背後で毒針を構えさせる。

「さ、ハル君もポケモンを出しなよ」

「水・エスパータイプなら……出てきて、オノンド!」

対して、ハルが繰り出すのはオノンド。牙を構え、低く唸って戦闘態勢に入る。

「それじゃ、始めよう。スターミー、まずは十万ボルト!」

バトル開始と同時、スターミーがその場で回転を始める。

中央のコアに電気がチャージされ、そこから高電圧の強烈な電撃が発射される。

「オノンド、躱して! ドラゴンクロー!」

オノンドが両腕に輝く光の竜爪を纏う。

電撃を避けつつ突撃し、巨大な爪でスターミーへと切りかかるが、

「スターミー、弾いちゃおっか。高速スピン!」

対するスターミーは躱そうとすらしなかった。

その場で超高速で回転し、振り下ろされるオノンドの竜爪を逆に弾いてしまい、

「もっかい十万ボルト、いっとこ」

回転をやめないまま、スターミーがコアから再び電撃を発射。

攻撃を弾かれて体勢を崩していたオノンドは回避が間に合わず、電撃を浴びてしまう。

「オノンド、大丈夫? 一旦立て直すよ」

電気技はドラゴンタイプには効果今ひとつ、オノンドはすぐに起き上がり、雄叫びを上げる。

しかし、

(効果今ひとつにしてはダメージが大きいな……タイプ一致でない電気技でこれなら、水技やエスパー技はそれ以上ってことか)

このスターミー、見た目に反して火力のあるポケモンのようだ。今ひとつの技でも、そう何回も受けるのは危険だ。

「さあ、どう来るのかな? 来ないならこっちから行くよ。スターミー、サイコキネシス!」

コアを妖しく光らせ、スターミーが発生させた念力を飛ばして衝撃波を起こす。

「オノンド、シザークロス!」

鋭い牙を振り抜き、オノンドは念力の波を食い破り、

「もう一度だ!」

そのまま牙を構え、スターミーへと向かっていく。

「また弾いちゃえ。高速スピン!」

対するスターミーも再び超高速の回転でオノンドを迎え撃つが、

「回転してるなら、狙い目は真ん中だ! オノンド!」

カザハナジムのカポエラー戦での経験が活きる。どれだけ回転しようと、中央部はカバーできない。

一気に距離を詰め、オノンドが牙を振り抜き、スターミーのコアを切り裂いた。

「おっと……スターミー、大丈夫かな?」

どうやらコアが急所らしい。スターミーは電子音のような声を上げ、体を震わせて立ち上がる。

「さてさて、もう回転戦法は使えないかな。スターミー、ギアを上げるよー」

ニヤッとパイモンは笑い、

「ハイドロポンプ!」

スターミーが腕に水を集める。

投げつけるような挙動とともに、腕の先端から高圧の水流を噴射する。

「オノンド、避けて!」

咄嗟に飛び退き、間一髪でオノンドは水流を躱す。

(っ……水技の中でも威力の高いハイドロポンプとはいえ、なんてパワーなんだ……!)

まるで、水のレーザー光線のようだった。

今までハルが戦ってきたポケモンの水技と比べても、今のハイドロポンプの威力は飛び抜けていた。

「それでも負けられない! オノンド、ドラゴンクロー!」

オノンドが両腕に青く輝く竜爪を纏わせ、再びスターミーへと突撃を仕掛ける。

「スターミー、躱して十万ボルト!」

対してスターミーは回転しながら滑るような動きでオノンドの竜爪を回避しつつ、背後へと回り込みながらコアに電気を溜め込み、強烈な電撃を放つ。

「オノンド、後ろ! ドラゴンクロー!」

赤いコアから電撃が放出されると同時に、オノンドは光の竜爪を纏った爪を突き出す。

電撃を突き破ろうとするも、競り合った末の相殺が限界だった。

「スターミー、手を緩めないよ! もう一発!」

スターミーのコアが黄色く輝き、溜め込んだ黄金の光を放出するように再び電撃が発射される。

「躱して! シザークロス!」

確かに強力な電撃だが、先程のハイドロポンプに比べれば勢いも威力も弱い。

一直線に発射された電撃をジャンプで躱し、そのまま空中から一気にスターミーとの距離を詰め、鋭い双牙で二度切り裂く。

だが。

「捕まえちゃおうか。スターミー、サイコキネシス!」

攻撃を受けたスターミーは動きを止めず、コアから強力なサイコパワーを発生させる。

至近距離にいたオノンドはサイコパワーをまともに浴び、念力に拘束されて完全に動きを封じられてしまった。

「っ、しまった……! オノンド――」

「もらいぃ! スターミー、ぶん投げちゃえ!」

ハルが指示を出そうとするが間に合わず、スターミーがコアを妖しく輝かせて念力を操作し、オノンドを投げ飛ばして床へと勢いよく叩きつける。

さらにそれでもまだオノンドの拘束は解けていないようで、

「これで決めちゃおうか。ハイドロポンプ!」

念力によって床に縫いとめられたオノンドへ、スターミーが腕から高圧のジェット水流を噴射する。

オノンドを水柱に飲み込んでそのまま吹き飛ばし、物凄い勢いで壁へと叩きつけた。

「オノンド!?」

壁に激突し、床に落ちたオノンドはびしょ濡れになって目を回し、戦闘不能となっていた。



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第102話 最強の魔神卿の実力

スターミーのハイドロポンプが直撃し、早々にオノンドは戦闘不能となってしまった。

「オノンド、ごめんよ……お疲れ様。戻って休んでてね」

オノンドを労い、ボールに戻し、ハルはスターミーの方へと目を向ける。

(オノンドに対して水技は効果今ひとつなのに、あの威力を出せるなんて……ベリアルのヘルガーの炎でさえ、こんなに強くは……)

以前戦ってきた魔神卿と比べても、パイモンは強い。戦闘専門を名乗るベリアルと比べても、だ。

となれば、次に出すポケモンは決まってしまう。出し惜しみできる相手ではない。

「こうなったら、もう君しかいない。出てきて、ルカリオ!」

ハルが選んだのはルカリオ。先程までのスターミーの火力を見る限り、まともに相対出来そうなのは最早ルカリオしかいない。

傷薬で回復したとはいえパラレル戦での疲れが少しは残っているはずだが、そんな様子は微塵も見せず、両手から波導を生み出して静かにスターミーを見据える。

そして、それはパイモンにも分かっている。

「だよね、そう来ると思ってたよ。ちょうどいいや、ぼくも見てみたいと思ってたんだよね。ハル君が使うメガシンカの、その力をさ」

「言われなくても、そのつもりだよ。ルカリオ、準備はいい?」

ハルの言葉にルカリオは頷き、メガストーンの填まる腕輪をつけた右腕を掲げる。

「よっし! 僕と君の、絆の力に応えて! ルカリオ、メガシンカだ!」

ハルのキーストーンと、ルカリオのメガストーンが反応し、光が両者を繋ぐ。

七色の光を纏い、メガシンカエネルギーと波導が体内を駆け巡り、ルカリオはメガシンカを遂げる。

「行くよッ! ルカリオ、ボーンラッシュ!」

ルカリオの右手を覆う波導が形を変えて槍となり、得物を携えてルカリオが地を駆ける。

スターミーとの距離を一気に詰め、槍の切先を放つ。

「スターミー、下がって! ハイドロポンプ!」

回転して後ろへ素早く下がり、ボーンラッシュの射程から逃れつつ、スターミーは腕から高圧の水流を噴射する。

「ルカリオ、ジャンプ! 上からだ!」

激しい水流を大きく跳躍して回避し、ルカリオは上空から再び槍を構えて一気に急降下、今度は刺突の連打がスターミーを捉えた。

「っと、スターミー、十万ボルト! 動き回ってみようか!」

立て直したスターミーは高速回転しながらルカリオの周囲を駆け回る。

コアに電気を溜め込み、動き回りながらルカリオへと高電圧の電撃を撃ち出す。

「ルカリオ、防いで! もう一度ボーンラッシュだ!」

手にした槍を振り回し、ルカリオは周囲から襲い来る電撃を受け止め、弾き飛ばす。

波導の力を集中させてスターミーの回転の動きを見極め、

「波導弾!」

槍を瞬時に波導の念弾に変え、放出する。

電撃と念弾が競り合うが、さすがに適応力の特性を乗せたルカリオの格闘技は強い。

電撃を打ち破りながら突き進み、必中の波導弾がスターミーを捉えた。

「やるじゃん。スターミー、サイコキネシス!」

無機質な電子音のような鳴き声をあげ、スターミーはコアを点滅させて強いサイコパワーを発生させ、念力の衝撃波を起こす。

「ルカリオ、回避! 念力の軌道を探って!」

サイコパワーは目に見えないが、ルカリオは波導の力で衝撃波を感知し、跳躍してサイコキネシスを躱す。

「逃がさないよ。スターミー、ハイドロポンプ!」

「来た……! ルカリオ、発勁!」

宙に飛び上がったルカリオに向けてスターミーが高圧のジェット水流を噴射し、対するルカリオは右手に波導を集中させて強化した右掌を水流へと叩き込む。

再び両者が競り合うが、今度はルカリオの力を持ってしても打ち破ることはできず、お互いの技は相殺される。

「十万ボルト!」

スターミーがコアに電気を溜め込み、回転しながら高電圧の電撃を放つ。

「ルカリオ、受け止めて! ボーンラッシュ!」

ルカリオの右手を覆う波導が、再び槍の形へと変化する。

手にした槍を曲芸が如く舞わし、地を駆け、電撃を逸らしながら突き進み、

「今だ! 竜の波導!」

槍は形を変え、光り輝く竜となって突き進む。

光の竜がスターミーに噛みついたと同時に炸裂、青い爆発を起こす。

「決める! ボーンラッシュ!」

爆炎に吹き飛ばされるスターミーを追い、ルカリオが槍を構える。

起きあがろうとするスターミーのコアを狙い、波導の槍を突き刺した。

スターミーは甲高い電子音のような悲鳴をあげ、ぐったりと倒れて動かなくなった。

「あら? やられちゃったかぁ、まぁいいや。スターミー、戻って」

スターミーを戻すパイモンの表情に一切の焦りはない。寧ろ、この戦いを楽しむかのように薄ら笑いを浮かべてさえいる。

「流石だねえ。ジムリーダーからメガシンカを継承されただけのことはあるね」

それじゃ、とパイモンは懐から次のボールを取り出す。

「こいつ使うか。やっちゃえ、メタグロス!」

現れたのは、青い巨大な鋼のボディに四本の頑丈な鉄の脚を持つポケモン。顔にはX字のフレームが装着されている。

 

『information

 メタグロス 鉄脚ポケモン

 四つの脳はスーパーコンピュータを

 上回る知能指数を叩き出す。相手の

 動きを先読みして戦うことができる。』

 

見た目からも分かるが、以前からパイモンが使っていたメタングの最終進化系だ。

かなりの重量なのか、一歩足を踏み出す度に硬い爪が床に食い込む。

「さあ、次はこいつが相手だ。掛かっておいでよ」

パイモンが手招きしてハルを挑発し、メタグロスは身動きせずにルカリオを見据える。

「かなり強そうなポケモン……だけど、ここまで来たらやるしかない! 行くよルカリオ! 波導弾!」

まずはルカリオが動く。右手を突き出し、その掌から波導の力を集めた光弾を発射する。

「メタグロス、サイコマシンガン!」

メタグロスの顔面のX字のフレームが輝き、念力を発生させる。

生み出された念力は実体化して無数の小さな念弾となり、マシンガンのようにサイコパワーの念弾が一斉に撃ち出される。

ルカリオの放った波導弾は蜂の巣にされて一瞬で破壊され、残った念力の弾はルカリオへと襲い掛かる。

「来るよ! ルカリオ、躱して!」

素早い動きでルカリオは残った念力の弾を次々と躱していくが、

「甘いね。メタグロス、ラスターカノン!」

メタグロスがX字のフレームに力を集め、鋼のレーザーを放つ。

避け方を予測していたのか、素早いルカリオを的確に捉え、レーザー光線がルカリオを呑み込み、吹き飛ばした。

「メタグロスってポケモンはね、四つの脳を使った圧倒的な知能によって相手の動きを分析できる。ルカリオも波導で相手の動きを読むのが得意なポケモンだろうけど、ぼくのメタグロスの計算能力はそれ以上だよ」

得意げにパイモンが語り、メタグロスはただ冷徹にルカリオを見据える。

ルカリオの動きを機能として分析し、次の動きを見定める。

「さあ、続けよう。メタグロス、雷パンチ!」

四本の足を折りたたみ、メタグロスが念力で宙に浮かび上がる。

そのまま前脚に電撃を纏わせ、浮いたまま突撃を仕掛けてくる。

「電気技なら……ルカリオ、ボーンラッシュだ!」

ルカリオの波導が形を変え、槍となる。

突っ込んでくるメタグロスに対し、波導の槍で迎え撃つが、

「読み通りだよ。冷凍パンチ!」

激突の直前、メタグロスが回転する。

冷気を纏っていた後脚を伸ばし、二本の鉄脚で槍を弾き飛ばし、ルカリオを蹴り飛ばした。

「ラスターカノン!」

折り畳んだ足を伸ばして床に立ち、メタグロスはフレームから鋼のレーザーを発射する。

「ルカリオ、食い止めて! 発勁!」

立ち上がったルカリオが、増幅させた波導を纏った掌を突き出す。

鋼のレーザーと波導の掌底が激突、ルカリオは少し押されるが、地に足をつけてしっかりとメタグロスの光線を受け止めた。

「よく止めたね。でもこれはどうかな? サイコマシンガン!」

レーザーを止められたメタグロスは続けてフレームから念力を発して実体化させた無数の念力の弾を放つ。

「だったら、ボーンラッシュ!」

波導の槍を手にしたルカリオが、槍を振り回して無数の念弾を迎え撃つ。

だが念弾の一つ一つの威力が高い。ルカリオの持つ波導の槍に次第にヒビが入り、遂には打ち破られて残りの念弾をまともに浴びてしまう。

「ルカリオ! くっ、強い……!」

メガシンカしたルカリオの攻撃力すら上回る火力。それに加えて硬い鋼のボディは防御力も高く、おまけに四つの脳を持ち知能指数も圧倒的。先発のスターミーと比べても明らかに強い。恐らく、パイモンのエースポケモンなのだろう。

「さあさあ、ハル君の力はまだまだそんなもんじゃないでしょ? メタグロス、冷凍パンチ!」

再び四肢を折り畳んで浮上し、メタグロスが前脚に冷気を纏わせて突進する。

「ルカリオ、ギリギリまで引きつけて」

両手の波導を強めて、ルカリオは目を閉じ、波導の力に集中する。

メタグロスが一気に眼前に迫る。浮遊したまま前脚を振り上げ、ルカリオへ冷気の打撃を放つ。

「今だルカリオ! 発勁!」

刹那、波導の力でメタグロスの位置を確認していたルカリオがカッと目を見開く。

だが、

「ハズレ。メタグロス、雷パンチ!」

振り上げた腕をそのままにメタグロスはルカリオのすぐ真横を通り抜ける。

冷凍パンチはフェイント、ルカリオの背後から電撃を纏った鉄脚を突き出す。

「想定内! ルカリオ、避けて!」

しかし、ルカリオは発勁を撃っていなかった。

メタグロスがフェイントを仕掛けてくることを予測し、ルカリオは身を捻ってメタグロスの突き出した雷パンチを回避する。

そのままメタグロスの背に向けて、波導を纏った掌底を叩きつけた。

「今だ! ボーンラッシュ!」

体勢を崩して浮遊念力が乱れ、床に落ちたメタグロスへ、ルカリオは立て続けに波導の槍での刺突を放つ。

鋼タイプのメタグロスには、地面技のボーンラッシュは効果抜群。ようやく手応えのある一撃を叩き込んだ。

「へーえ、まぁそれくらいはやってくれないとね。メタグロス、サイコマシンガン!」

だがメタグロスもその程度では倒れはしない。

槍の連打を放ったルカリオは素早くメタグロスとの距離を取ったが、メタグロスはそれも予想していたのか、ルカリオの飛び退いた方向へ正確に無数の念力の弾を撃ち出す。

咄嗟に躱そうとしたルカリオだが全弾は回避できず、何発かはルカリオを撃ち抜いてダメージを与える。

「よしよし、その調子だよ。メタグロス、ラスターカノン!」

念力の銃弾を撃ち込まれて体勢を崩すルカリオへ、メタグロスはさらに鋼のレーザー光線を放つ。

「まずっ……ルカリオ、躱して!」

体勢の整わないままでも何とかルカリオは飛び退き、間一髪のところでレーザーを避けるが、

「はい読み通り。雷パンチ!」

四肢を折り畳んだメタグロスが飛び出す。

ルカリオの飛び退いた先へ、電撃を纏った渾身の一撃を放ち、ルカリオを蹴り飛ばした。

「くっ……」

あまりに強い。強すぎる。ルカリオの攻撃がまるで通用しない。

いや、攻撃どころではない。そもそも、ハルとルカリオの戦法自体がまともに通じていない。

それでも、

「諦めるわけにはいかないんだ。パイモン、僕はお前に勝って、イザヨイシティを取り戻すんだ! !」

ハルの叫びに呼応して立ち上がったルカリオが、咆哮と共に膨大な波導をその身に纏う。

「……なるほどねぇ。それがハル君の最後の切り札ってわけか」

パイモンの表情に変化はない。

ハルとルカリオの特別な絆の力による、波導の覚醒。

燃え盛るが如き激しい波導を纏ったルカリオを目前にしてもなお、パイモンは冷や汗一つ浮かべない。

「ルカリオ! 発勁だ!」

右腕全体を覆うほどの、青き炎の如き波導を纏い、ルカリオは地を蹴って一気に駆け抜ける。

「最後は正面突破か。潔いね、そういうのは嫌いじゃないよ」

深く息を吐き、パイモンはさらに言葉を続ける。

「まぁでも、残念だけど……まだぼくには届かなさそうだね。メタグロス、サイコマシンガン!」

メタグロスが顔面のX字のフレームから発生させた念力を実体化させ、無数のサイコパワーの念弾を作り上げる。

実体化した念弾はマシンガンのように一斉に射出され、ルカリオを迎え撃つ。

サイコパワーの銃弾がルカリオを纏う波導を貫き、削ぎ落とし、容赦なくルカリオを撃ち抜いた。

蜂の巣にされたルカリオが、前のめりに床へと倒れ伏す。

「ルカリオ……!」

体を纏う残り僅かな波導が霧散し、その体が七色の光に包まれ、メガシンカ前の元の姿へと戻る。

つまり。

それは、ルカリオの戦闘不能を意味していた。

「……ルカリオ、お疲れ様。よく頑張ったね、休んでて」

ルカリオを労い、ボールに戻したところで、「ま、こんなところかな」

テーブルから立ち上がったパイモンはメタグロスの背中に腰掛け、ハルを見下ろす。

「シュンインの林で対峙したときと比べたら、見違えるほどに強くなってると思うよ、ハル君。だけど、ぼくにはまだまだ及ばないってところだね」

「何言ってんだ、お前? ハルにはまだポケモンが――」

ラルドが口を挟むが、パイモンはそれを遮り、言葉を続ける。

「ハル君も気付いてるんでしょ? 君の手持ちのポケモンが何であれ、今の君じゃ、ぼくには勝てないって」

そう告げられ、ハルはパイモンを見上げる。

これは事実だ。

絆の力を発動させたルカリオですら歯が立たないのであれば、今のハルではパイモンには敵わない。

「ごめん、ラルド。こいつの言う通りだ。今の僕じゃ、多分こいつには勝てない」

ラルドに目線を向け、ハルは静かにそう言った。

ラルドの息を呑む音が聞こえたが、言い返しては来なかった。

「でも頑張った方だと思うよ? スターミーを倒して、メタグロスにも傷を負わせた。とりあえず及第点には達してるってところかな」

そんな様子を見てパイモンはわざとらしく拍手すると、さて、と言葉を続け、

「ま、安心しなって。別に君たちを手にかけるつもりはない。ハル君の頑張りを讃えて、ぼくらはそろそろイザヨイシティから出て行こうかな」

「え……?」

「は?」

思わず、ハルとラルドは聞き返していた。

だが当のパイモンは、顔一杯に意地の悪い笑みを浮かべ、

「計画変更、社長をぼくらのアジトに連れて行くことにするよ。ここでぐだくだやってても仕方ないし、取引の続きはそっちでやる。魔神卿総出でどんな手段を使ってもアルス・フォンの権限を貰うから。あぁハル君、ラルド君、このことは口外しないでね? もしゴエティアとアルスが取引したって情報が外に漏れたら、社長の命は無いと思ってね」

「……っ!」

歯噛みするハルだが、どうすることもできなかった。圧倒的な力で叩きのめされている以上、できることはない。それは、ラルドも同じ事。

「はー、疲れた。ここにはもう用はないし、スピアー、社長さんを少しの間眠らせて。あぁ社長さん、心配しないでね。ちょっとチクっとするだけだから」

パイモンの指示を受け、スピアーが毒針を構える。

その時。

 

「そこまでだ」

 

ハルたちの背後から男の声が響く。

不意に聞こえたその声の正体は、

「ゼンタさん!」

一階で一度別れたゼンタが、三匹のメガスピアーを撃破し、最上階まで登ってきた。

「待たせたな。少々手間取ったが、問題はない。それより」

ゼンタは、パイモンと今まさに毒針を刺そうとしてるスピアーに目を向け、言い放つ。

「お前も魔神卿の一人か。ここまで好き勝手してきたようだが、そろそろ大人しくしてもらおうか」

「はぁ?」

対するパイモンは露骨に不機嫌そうな顔になり、

「まーた新手かよ、めんどくさいなぁ。何? お前もぼくと戦う気? そんなにボコられたいのかよ」

忌々しそうに呟きながらモンスターボールを取り出す。

しかし、

「何を勘違いしているんだ? 私は貴様と戦うつもりなどないぞ」

超然としたまま、ゼンタも言い返す。

「えっ?」

「……?」

パイモンだけではなく、ハルとラルドも怪訝な表情を浮かべるが、

「ハル、ラルド。忘れたか。私たちの目的はこいつと戦うことであり、こいつを倒すことではない」

ゼンタが、そう告げた瞬間。

 

ビーーーーーーー!!! と。

唐突に、建物全体に警報のような耳障りな音が鳴り響く。




《サイコマシンガン》
タイプ:エスパー
威力:25(連続攻撃)
物理
無数のサイコパワーの小型弾を作り上げ、マシンガンのように一斉射出する。

※威力はあくまでも目安です。


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第103話 イザヨイシティ、再生

突如、アルスエンタープライズの建物内に警報のような音が鳴り響く。

「っ!?」

パイモンが驚いたような様子を見せたということは、どうやらゴエティアの仕業ではないようだ。

「間に合ったか」

少し安心したように呟いたのはゼンタ、そして、

「これは……イザヨイシティのセキュリティ警報だ」

もう一人冷静なままでいたのは、スピアーに毒針を打ち込まれる直前だった社長だ。

「は? セキュリティ!? そんなバカな、だってここのシステムは全部アモちゃんが――」

先程までの余裕を失い、途端に慌てた様子になるパイモン。

その時。

 

『よくもやってくれたわネ、ゴエティアの魔神卿サン』

 

部屋のスピーカーから、機械を通したような女性の声が響く。

「その声は……マキノさん! ご無事ですか!」

『ご迷惑をお掛けしたわネ、社長サン。たった今、この街の管理システム「マキノシステム」が復旧したわヨ』

社長とのやり取りを聞く限り、恐らくこの声の主こそがイザヨイシティジムリーダー 、マキノなのだろう。

「なっ……バカな、あり得ない! ちょっと待ってよ――もしもし! アモちゃん!?」

慌ててパイモンが小型の通信機を取り出す。

「ねえアモちゃん、どういうこと!? アクセス権限取り返されちゃってるんだけど!?」

『かたじけない……完璧に掌握していたはずなのですが、たった今向こうが復旧したようで権限を奪い返され……くっ、だめです、取り返せませんな! 早く撤収された方がよろしいかと!』

「嘘だろ……? アモちゃんのハッキングを、どうやって……!?」

『パイモン、って言ったかしら? 面白い焦りようネ。カメラのシステムも取り返したから、そっちの状況、筒抜けヨ』

スピーカーの向こうでこちらの様子が見えているらしく、マキノがせせら笑うような声が聞こえる。

『こっちにも協力者が来てくれてネ、システムとドッキングしていたせいで動けなくなっていた私を救出してくれたのヨ。助かったワ、彼女が来てくれて。パイモンサン、貴方もう少し有能な見張りを用意した方がよかったんじゃないかしラ?』

「うっさい! くそっ、だから見張りにはベリちゃんを使いたかったのに……協力者? 一体誰が! ノワキの奴らか!?」

喚くパイモンに対し、スピーカーから協力者の声が響く。

『おまたー。イロー様、参上☆三人とも、無事かなー?』

聞こえてきた声の主はイロー。そこでハルも今回の作戦を思い出す。

ゴエティアの連中がハルやノワキの住民たちから目を離せなくなったところで、イローがマキノを救出する。作戦決行の前に、クリュウはそう言っていたはずだ。

「イローさん! 間に合ったんですね!」

『モチのロンよ。さ、今はそいつらを捕まえるのが先よ』

『そうネ。さて、パイモンサン。この街全体に電磁バリアを仕掛けたワ。貴方の仲間もまだこの街からは出ていないようだし、全員纏めて捕まるのも時間の問題ネ。ところでよそ見してる場合? 社長サン、逃げちゃったワヨ?』

「っ!?」

咄嗟にパイモンが振り向くが、既に社長はハルとラルドによって救出され、ゼンタの背後へ逃げてしまっていた。

「くそっ……こうなったら……いや、ここを超えても、まだ外にはノワキの連中とイザヨイの連中が残ってるし……」

焦り呟くパイモンだが、どうやら何とかして逃走するしかないと踏んだらしく、

「メタグロスは傷ついてるから全速力は出せないし……バルジーナ、出てきて! スピアー、メタグロス、戻って!」

スピアーとダメージを負っているメタグロスをボールに戻し、代わりに骨で着飾ったハゲワシのようなポケモンを繰り出す。

 

『information

 バルジーナ 骨鷲ポケモン

 大空を旋回しながら地上を観察し

 弱ったポケモンを捕まえて連れ去る。

 捕食した獲物の骨で巣を作る。』

 

バルジーナに飛び乗るが早いか、パイモンは叫ぶ。

「バルジーナ、窓を突き破って逃げるんだ! 早く!」

主のただならぬ様子に焦りを感じたのか、バルジーナも慌てて飛び立つと、強引に窓ガラスをぶち抜き、飛び去っていった。

「逃げたか……!」

『心配ご無用ヨ。この街のセキュリティロボットが起動している。電磁バリアで足止めを食らってる間に、ロボットが全員まとめてとっ捕まえてしまうワ』

 

 

 

「おい、どこへ行きやがった! 逃げんじゃねえ、出て来いよ!」

怒鳴り散らす声の主は魔神卿ロノウェ。

彼はクリュウたちノワキの住民と交戦していたはずだが、突然鳴り響いた警報に気を取られた隙に、クリュウを中心とした部隊は忽然と姿を消してしまった。

「くそっ、どこだ! ビビってんじゃねえぞザコ共!」

罵声を上げながら街の中を歩き回るロノウェだが、そこで異変を感じる。

「っ! ……?」

一瞬、体に軽い痺れを感じた。ドアノブに手を掛けた時に静電気が走るような、そんな感覚が全身を駆け巡る。

「何だ?」

何気なくロノウェが空を見上げる。

そこには。

 

街全体を囲むように、ドーム状に電磁バリアが張られていた。

 

「……は?」

何が起こっているか分からず、呆然とするロノウェ。

そこへ、

「ロノ! 早く逃げるわよ!」

アーケオスに掴まったアスタロトが、ロノウェの元へ降りてくる。

「逃げる……? どういう事だ?」

「あれ見て分かんないの!? 街のセキュリティが復活したの! 今パイモンがアモちゃんに電磁バリアの解除をお願いしてる! ここから逃げないと私たちは捕まっちゃうの! 分かったら掴まって! 急いで!」

「何だと!?」

ロノウェもようやく事態を把握したようで、差し出されたアスタロトの手を掴む。

二人をぶら下げたアーケオスは激しく翼を羽ばたかせて飛び立ち、バルジーナに乗るパイモン及びガブリアスに乗るパラレルと合流する。

「おい、あれ! やべえぞ!」

ふと背後を振り返ったロノウェが叫ぶ。

アスタロトとパイモンが何事かと後ろを見れば、夥しい数のセキュリティロボットが浮上していた。

「っ……! アモちゃん! バリアの解除はまだ!?」

『もう少しですぞ! しかしマキノシステムの干渉が強い……恐らく解除できるのは一瞬、それを逃したらもう打つ手はない! 確実に脱出するのですぞ!』

「分かってる! 早く!!」

パイモンが通信機に向かって怒鳴る。

背後からは、無数のセキュリティロボットが四人を捕らえんと迫り来る。

『3……2……1……今です!』

「いけえーっ!」

アモンのカウントダウンの直後、電磁バリアが一瞬消滅する。

その隙を突き、ゴエティア四人を乗せたポケモンたちは全力で飛翔。

すぐに電磁バリアは復活したが、パイモンたち四人は間一髪、バリアの外へと逃げ出していた。

『どうにか、逃げ切れたようですな。では、また後ほど』

「はぁ……死ぬかと思った。アモちゃん、助かったよ……ありがとう」

緊張の糸が切れた様にパイモンは大きく息を吐き、通信を切る。

「ロノ、後で説教ね。ロノが街の中ちゃんと見張っててくれたら、こんなことにはならなかったんだから」

「っ……すまねえ」

いつもハイテンションのロノウェも、今回ばかりは俯き謝罪するしかなかった。

そしてアスタロトもアスタロトで、

「それにしても、あのガキ共……マジで覚えておきなさいよ」

いつもの口調はどこへやら、苛立ちを浮かべながら呟く。

結果的には大敗としか言いようがないが、それでも何とか危機を脱し、ゴエティアの四人は逃げるように飛び去っていった。

 

 

 

その後警報は止み、電磁バリアも消える。

魔神卿三人とパラレルは逃げてしまったが、街に取り残された下っ端構成員は全員セキュリティロボットに捕縛された。

後で知ったことだが、アスタロトが奪ったアルスエンタープライズのポケモンを預かっていた下っ端も捕まってしまったので、ポケモンたちは無事研究所へと戻ることができるそうだ。

ハルとラルド、ゼンタの三人はシステム復旧によって再稼働した動く歩道に乗り、ポケモンセンター前でイローと合流した。

「いやっほー! みんな無事でよかったよー!」

ハルたちの姿を見つけ、イローが大きく手を振る。

「ご苦労だったな、イロー。お前も無事で何よりだ」

「イローさんのおかげで、助かりました」

「本当に。一時はどうなることかと……」

そんな三人の様子を見て、イローはケラケラと笑い、

「じゃあ三人とも、一旦ポケモンセンターにポケモンたち預けてきたら? 三人分のポケモン回復には時間がかかるだろうし、その間にジムまで行こ。マキノさんがみんなにお礼を言いたいそうよ」

「そうですね、分かりました」

「私は後で大丈夫だ。ムクホークもドードリオもまだ元気が残ってる。ノワキに戻ったらお前にお願いするよ」

ハルとラルドはゴエティアと戦ってくれたポケモンたちをポケモンセンターに預けると、再び動く歩道へ乗ってイザヨイジムへと向かう。

「そーだ、ハル。マキノさんって、けっこー変わってる人だから。最初会った時はびっくりすると思うけど、いい人だから安心してねね」

「えっ、そうなんですか?」

ハルが聞き返すと、イローだけでなくゼンタやラルドも頷いている。

「うむ……変わってるというか、常軌を逸しているというか……」

「まぁとにかく、会ってみりゃ分かるぜ」

そうこうしているうちに、イザヨイジムの前まで着いた。透明なガラスで覆われた研究施設の様な建物だ。

「さ、行こっか」

イローを先頭に、四人は建物の中へ入っていく。

「マキノさーん。三人を連れてきたよん」

入れば、そこは異質な部屋だった。

ジムバトルの部屋のようだが、壁も床も、天井までもが真っ白。時々ネオンが走るように薄い水色の不思議な模様が壁に移り、バトルフィールドの縁が淡い緑色の光でうっすらと照らされている。

そして、

「アラ、いらっしゃい。イローサン、ありがとうネ」

部屋の奥の自動扉が開き、女性が現れた。

容姿端麗で髪は灰色の長いストレートヘアー、黒い服の上から白い白衣を着た、いかにも研究者、といったような風貌の女性。

しかし、

「えっ……!?」

そんなことがどうでもよくなるくらい、彼女の見た目には特徴があった。

「アラ、やっぱり気になるかしら? 初対面の人はみんなそんな反応ネ。私にとっては今はこれが正常体だから、気にしないでネ」

服を着ているといってももちろん手や足首あたりは露出しているのだが、ハルが驚いたのはマキノの右半身だ。

彼女の右半身は明らかに人体のそれではなかった。右手はまるで黒い装甲を纏ったサイボーグのようだし、袖口から覗く右腕もそう。一言で言うなら、機械だ。顔は普通だが、首から下の右半身が機械化している。おまけに時折、語尾にノイズのような音も混ざる。

「実験の過程で今はこうなっているだけヨ。体に異常はないから、安心してネ」

「えぇ……どういう実験なんですか……?」

「機械を体に取り込んで半永久的な寿命を得るって実験ヨ。まだ未完成だけど」

「は、はぁ……?」

よく見てみれば右目もおかしい。白目にあたる部分は黒く、瞳は緑色と、明らかに機械に侵食されている。

本人が大丈夫と言っているので問題ないのだろうが、やはり違和感がある。ラルドたちはもう見慣れているのだろうか。

「面と向かっての自己紹介はまだだったわネ。私はマキノ。この街のジムリーダーにして、ハイテク都市イザヨイシティのメインシステム『マキノシステム』の管理人ヨ」

 

『information

 ジムリーダー マキノ

 専門:鋼タイプ

 異名:機械仕掛けの女帝(エンプレスエクスマキナ)

 趣味:研究・実験』

 

「ハルといいます。よろしくお願いします」

ハルも簡単に自己紹介する。

「さっきはどうもありがとうネ。皆さんのおかげで、この街を守ることができたワ。あっ、そういえば」

ふと何かを思い出したようにマキノは話を続け、

「さっきゴエティアを捕まえようとして、セキュリティロボットを出動させたでショ? その際にロボットの警戒レベルを最大まで上げてしまったのヨ。そのせいで、関係のない人が何人か捕まっちゃってネ」

「関係ない人……あっ」

「まさか……」

ハルやラルドたちが思い浮かべている人物は同じだった。

「せっかくだから、ここで解放するワ」

マキナが白衣のポケットからリモコンのような機械を取り出し、ボタンを押す。

すると奥の部屋からセキュリティロボットが現れ、拘束していた人たちを床へ雑に下ろしていく。

「あぁ、やっぱり……」

「クリュウさん、大丈夫ですか?」

「みんなで何やってんの? ウケるんだけど」

想像通り、関係のない人とはノワキの住民たちのことだった。

「痛え、くそ……笑ってんじゃねえよ。こいつら、突然ぞろぞろと現れて俺たちを捕まえて連れて行きやがったんだ。俺たちは街を守る側だってのによ」

「ごめんなさいネー。何しろ奴らを捕まえるためにセキュリティレベル最大、イザヨイシティの住民以外は全て捕獲するように指示していたものでネ」

舌を出して悪戯っぽく笑うマキノを見て、クリュウはやれやれと首を振る。

「謝罪の意思が微塵も感じられねえんだが? ……まぁいいか、全員無事だったことだしな」

ようやく解放され、クリュウやアンたちノワキの住民が立ち上がる。

「マキノ、一ついいか」

そこでゼンタが進み出て、マキノに何かを手渡す。

「これを調べてほしい。ゴエティアの連中がポケモンをメガシンカさせるのに使っていた怪しい宝石の残骸だ。キーストーンとは明らかに異なるようだったし、暇な時にでも調べてみてくれないか」

「ん、了解。分かったわヨ」

砕けた赤い宝石を受け取ると、マキノは改めて皆の方を向き、手を叩く。

「さて、今日は皆さん疲れているでしょ。私はまだ復旧作業が残ってるからジムも開けないし、皆さん今日はゆっくり休むといいワ。明日には、ジムを再開するわネ」

そう言って、マキノは微笑む。

魔神卿たちは逃がしてしまったが、イザヨイシティ占領事件は、とりあえずこれにて一件落着だ。



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第104話 パーティ完成、六匹集合!

「それじゃ、ハル、ラルド。達者でな」

「はい。お世話になりました、ありがとうございました」

「皆さんお元気で! 次に会う時は、成長した俺の姿を見せてやりますよ」

ジムを出た後、ハルとラルドはノワキに戻るクリュウたちに挨拶する。

「おう。楽しみにしてるぜ」

「無理はするなよ。たまにはノワキに帰ってきてもいいんだぞ」

「大変なこともいっぱいだろうけど、頑張ってね……!」

「応援してるぞー? ふぁいとー!」

クリュウに続き、ゼンタやアン、イローたちも二人に別れを告げ、クリュウ一行はノワキタウンへと帰っていった。

「それにしてもマキノさん、本当に変わった人だったよ」

「だろ? 俺らはもう見慣れちまったけど、初めて会った時は驚いたもんだ。ちなみにあの人、若く見えただろうけど実年齢は四十歳超え、マデルのジムリーダーの中でもかなりのベテラントレーナーなんだぜ」

「ええっ!? そうなの!?」

「ああ。科学技術を駆使して若々しい見た目を保ってるんだってよ」

動く歩道に乗ってポケモンセンターに向かいながら、二人はマキノについて話している。

「ところでさ、気になってたんだけど……マキノさんがシステムとドッキングしていたのを、イローさんが救出したって言ってたよね。あれ、どういうこと?」

「あぁ、あれか」

ハルの疑問に対し、ラルドは軽い調子で答える。

「さっき見た通り、あの人は体の半分が機械化してるだろ? それを利用して、イザヨイの管理システム『マキノシステム』と自身を接続させることで、システムの機能をマキノさん自身の頭脳でさらに増強することができるんだ。わざわざそんなことしなくてもシステム自体は稼働するみたいだが、メンテナンスの時とか、街でイベントを開催する時にはシステムをフル稼働させるためにドッキングするんだと。今回はメンテナンス中にマキノさんの機械化した体ごとゴエティアのクラッキングを受けて、自分の意思で接続を解除できなくなってたんだろうな」

「へ、へえ……」

ハルが微妙な反応なのは、驚いていないからではない。

話がとんでもなさ過ぎて、理解が追いついていないのだ。

「元から天才って言われてたのに、さらに機械化によって今ではとんでもない知能指数だって話だぜ。あの人はマデルじゃ有名人だよ。失敗したことがない科学者だってな」

「失敗したことが、ない?」

「正確には、失敗を失敗と考えてない、ってことだけどな。普通の研究者が失敗だと判断するような実験結果を、あの人は成功への一歩だと考える。どんな悲惨な失敗でも、それは成功への道筋。体の半分が機械化されてしまったって、それはマキノさんにとっては成功のための通過点に過ぎないんだぜ」

「そ、そうなんだ……」

話しがぶっ飛びすぎてよく分からないが、とりあえずマキノという人がとんでもなく凄い人だと言うことは分かった。

「ま、俺が凄いと思うのはあの人の思考回路だけどな。俺からしたら肉体の半分が機械になったらなんて考えたくもないけど、マキノさんはその成果を得て喜び、それをどう生かせるか考える。その結果産み出されたのが、人間と機械を繋いでフル稼働する『マキノシステム』だってんだから、あの人の思考回路は凄いよ」

「うーん、なるほどねぇ」

そこだけはハルにも同意できた。

「とはいえ、周りからの評価は両極端らしいけどな。天才科学者だって褒める人もいれば、マッドサイエンティストだって非難する人もいるらしい」

そんなことを話しているうちに、二人はポケモンセンターへと戻ってきた。

「ハルさん、ラルドさん、お待ちしておりました。お預かりしたポケモンはみんな元気になりましたよ」

ジョーイさんからポケモンたちを受け取る。

「ありがとうございます。オノンド、ルカリオ、お疲れ様。今日は大変だったね」

「リザードン、よく頑張ったな。ゆっくり休めよ」

ゴエティアと戦ったポケモンたちを改めて労い、ボールへと戻す。

ラルドは大きく伸びをし、

「はー……俺はちょっと寝るわ。今日はなんだか疲れちまった」

「そうだね。僕はちょっとやりたいことあるから、地下の交流場にいるよ」

ポケモンセンターの宿舎へ向かうラルドを見送り、ハルは地下一階、バトルフィールドのある交流場へと向かう。

先程までゴエティアに占拠されていたため、人はいない。ハルの貸切状態だ。

「さてっと。みんな、出てきて!」

モンスターボールを手に取り、ハルは一斉に手持ちのポケモンたちを出す。

ルカリオ、ファイアロー、エーフィ、ワルビアル、オノンド。それに加えて、今日からはもう一匹。

「皆、嬉しいお知らせだよ。ようやく、僕の仲間が六匹になったんだ。これからよろしくね、ラプラス!」

ポケモントレーナーは、同時に六匹までポケモンを所持できる。

故に、ポケモンを六匹揃えることはポケモントレーナーとしての一つの到達点になる。

ラプラスが加入したことで、ようやくハルもそこに達するに至った。

五匹も多種多様な反応でラプラスを迎える。ファイアローが翼を羽ばたかせて舞い踊り、ワルビアルとオノンドは手を叩いて愉快に囃し立てる。

エーフィもクールに微笑み、最後にハルの手持ち代表としてルカリオが進み出て、広げた右手を差し出す。

ラプラスも器用にヒレを伸ばし、にっこり笑ってルカリオと握手を交わした。この調子なら、一人と六匹で上手くやっていけそうだ。

すると、ラプラスは目を閉じ、歌を歌い始める。

透き通った歌声が、氷のように美しく、しかしどこか温かい旋律を奏でる。

やがてラプラスが歌い終えた時、思わずハルは拍手を送っていた。

「……すごいね。うっとりするほど、綺麗な歌だったよ」

感心する様子のハルたちを見て、ラプラスは得意げに笑う。

ラプラスが他のメンバーたちとも打ち解けてきたところで、次は作戦会議だ。

「さて、次のジム戦はここイザヨイシティ、相手はマキノさんだね」

アルス・フォンで調べたところ、マキノは鋼タイプのエキスパートであるようだ。

「まず、いつ挑むかなんだけど……ルカリオ、オノンド、体は大丈夫? パイモンとの戦いは厳しかったし、君たちが万全になるまで待ちたいんだけど」

パイモンと戦った二匹を気遣うハルだが、その心配は全く無用だった。

オノンドはすぐに戦わせろと言わんばかりに腕を振り上げて吼え、ルカリオもハルの目を見つめて自信満々に頷く。

「ふふっ、みんな頼もしいね。それじゃ、明日にでもジム戦に行こうか!」

ハルがそう返すと、オノンドが真っ先に雄叫びを上げる。

「ところでラプラス、君はバトルをしたことはある?」

ハルが尋ねると、ラプラスは威勢よく頷く。

群れからはぐれていたところを保護された、とのことだったので、ラプラスがバトルを見たり実際に戦ったりすることはできるのかとハルは心配していたが、どうやらこちらの心配もいらないようだ。

「よし、それじゃラプラス、ちょっと技を使ってみようか。ルカリオ、技の練習相手になってくれる?」

とりあえずはラプラスの技を確認。バトルをするわけではないが、ラプラスとルカリオにバトルフィールドに立ってもらう。

図鑑でラプラスの技を確認すると、一つだけ見たことのない技を覚えていた。

「……? ラプラス、“泡沫のアリア”って技、使ってみてくれる?」

ラプラスは頷くと、大きく息を吸う。

美しい歌声と共に無数の水のバルーンを放出し、バルーンは床やルカリオにぶつかると破裂して水を噴き出す。

ルカリオは波導を纏った右手で攻撃を防ぐことができたが、バルーンはかなり広範囲に放たれたため、回避するとなると難しいだろう。

「なかなか面白い水技だな……あとは冷凍ビーム、フリーズドライ、それに渦潮か……特性はシェルアーマーなんだね」

覚えている技は水と氷だけだが、癖もなく扱いやすい技が揃っている。

フリーズドライは氷タイプの技だが、水タイプに効果抜群で攻撃できるという特殊な効果を持つ。ハルの手持ちは水タイプの相手が苦手という弱点があったが、ラプラスの加入により多少は水タイプ対策もできそうだ。

「よし、それじゃあもう少し、ルカリオと訓練してみようか!」

ハルの掛け声に、ラプラスは綺麗な鳴き声と共に笑顔で返事を返した。

 

 

 

 

 

マデル地方某所、上空。

魔神卿パイモンの持つ通信機に、着信が入る。

「はーいもしもし。ん、アモちゃん? どったの?」

『申し訳ない、伝え忘れたことがありましてな。先程はあのような緊急事態だったもので、すっかり失念しておりましたぞ』

「別にぼくが帰ってからでもいいのに。どうせもうすぐ着くんだし」

そうパイモンは返すが、話自体には興味があるので、

「で、何の話? わざわざ連絡寄越してくるってことは、それなりに大事な話なんでしょ?」

『ええ。悪い知らせと、よい知らせがありますが』

「え、何そのノリ。んー、じゃあとりあえず悪い知らせからで」

『承知しました。それでは……」

アモンは一拍置き、

『下っ端に装備させた「プロトタイプ・メガウェーブ」についてなのですがな。イザヨイをクラッキングする傍ら、三匹のメガスピアーを測定していたのですが……』

そこでアモンはため息をつき、続ける。

『結論から申し上げますと、実用に値せず。そう言わざるを得ませんな』

「……んー、まぁアモちゃんの口調から、そんな気はしてたけど。そう簡単にメガシンカは使えないか。何がダメだったの?」

『理由は二つ。まず、本来のメガシンカと比べてポケモンの発揮される力があまりにも低すぎること。三匹のメガスピアーが発揮できていた力は、通常の力の五割にも満たないものでしたな』

「それさぁ、あいつらとスピアーの間に何の繋がりもないからじゃないの? メガシンカはポケモンとトレーナーの絆が力の源。アモちゃんに貸し与えられただけのポケモンじゃ、絆もクソもないでしょ」

『それがですな……』

自分でも信じられないといった口調で、アモンは言葉を続け、

『比較対象が“メガシンカを使えるようになって間もないポケモン”なのです。未熟なメガシンカポケモンと比べて五割未満の力、と考えていただければ、この惨状が分かるかと』

「は? よわ……」

思わずパイモンは呟いていた。無理もない。

「未熟なメガシンカポケモンと比べて五割未満? それ、ちょっと強いポケモンってだけじゃん」

『勿論、プロトタイプだから、という可能性はありますがな。しかしその可能性を考慮してもなお実用価値を見出せないのが、もう一つの理由にあります』

アモンが語る、もう一つの理由。それは、

『二つ目。ポケモンに対して、通常のメガシンカとは比べものにならないほどの過剰な負荷が掛かる点。しかもこれ、ポケモンに対してのみです。メガシンカを使用するトレーナーには一切の負荷が掛からず、ポケモンにのみ重く苦しい負担を掛ける、ろくでもない兵器ですぞ』

「うわ、マジか……たしかにそんな代物ならぼくらには必要ないね。でもさ、ろくでもないなんてぼくたちが言えたことじゃなくない?」

ゴエティア魔神卿は全員が曲者、揃いも揃って人格の破綻した悪党揃い。

それは魔神卿たち本人も自覚していることだが、その一方で彼らは自身のポケモンを信頼し、彼らなりに愛着を持って接している。ダンタリオンのゲンガーやアスタロトのクチートがメガシンカを使いこなせているのも、その証拠だ。

『先のスピアーは過剰な力を受けてバトルが終わると同時に完全に動けなくなっていましたが、もし動く力が残っていればトレーナーに対して反逆を仕掛けても何ら不思議ではない。そこまで言えるほどの負荷が掛かっていました。このメガウェーブの本来の開発者は、ポケモンを単なる道具程度としか考えていなかったのでしょうな』

そこまで話すと、アモンは一息つく。

「まぁしょうがないよ。正直、メガウェーブに関しては何か裏があるんだろうなとは思ってたし。そんじゃ、次はいい知らせを聞かせてもらおうかな」

『承知しました。それではこちらも、結論から申し上げますと』

パイモンに促され、アモンは語り出す。

 

『キーストーン、ひいてはメガストーンそのものを作り上げることができるかもしれません』

 

「はぁ!?」

あまりにも衝撃的な内容に、思わずパイモンは叫んでしまった。

突然大声を上げたパイモンに驚き、背後のロノウェやアスタロトたちが視線を向ける。

「キーストーンを作れる!? メガウェーブなんてどーでもよくなるくらいやばい話じゃん! え、どういうこと!?」

『落ち着きなされ。今から説明させていただきますぞ』

荒ぶるパイモンを落ち着かせ、アモンは話を続ける。

『時にパイモン。貴方はフェルム地方と呼ばれる場所をご存知ですかな?』

「フェルム? いや、知らない。どこ?」

疑問符を浮かべるパイモンだが、後ろから反応があった。

「フェルム地方……聞いたことがあるぞ」

そう返してきたのは、アーケオスに掴まるロノウェだ。

「たしか、ポケモンバトルがかなり盛んな地方だったはずだ。各街に大きなアリーナが建てられて、常日頃からバトル大会が開催されてると聞いたことがある」

『その通りですぞ。フェルム地方は、地方独自のポケモンバトルに力を入れている地方でしてな。「共鳴石」と呼ばれる石が人とポケモンを繋ぐ街で、この共鳴石を用いてバトルを行うのですが』

「石を使うって、なんかメガシンカみたいだね」

『いいところに気付きましたな。みたい、というより、メガシンカそのものなのです。簡単に説明しますと、フェルムのトレーナーは巨大な共鳴石を削り、小さな共鳴石を組み込んだアイテムを使い、ポケモンに一時的に力を与えることができるのです。現地ではそれを「共鳴バースト」と呼んでいるそうですが……それはともかく、共鳴バーストしたポケモンは一時的に強大な力を得られるのです。そして、メガシンカを使えるポケモンが共鳴バーストの力を得ると、メガシンカするのですよ』

「えっ……? それって、まさか」

『そう。キーストーンやメガストーンは、この共鳴石を使って作ることができる可能性が高い。つまり、この仮定が正しければ、私たちの科学力をもってすればキーストーンやメガストーンを作り上げることも出来るかもしれない。メガウェーブなど使う必要もなく、ポケモンの力を最大限引き出す正しいメガシンカが使えることになりますな』

「マジか……アモちゃん、大手柄じゃん! 今すぐ共鳴石を取りに行こうよ!」

先程までのお通夜ムードはどこへやら、パイモンの顔に歓喜の笑顔が浮かぶ。

『貴方たちが帰り次第出発する予定でしたが、ただし、全員でというわけにはいきませんな。共鳴石は元は人間とポケモンの絆を確かめる儀式に使われていたものらしく、天然の共鳴石の眠る地は神聖な場所として禁足地とされているようです。忍び込むにしても、二人か三人が限度でしょうな』

「んー、それなら……」

パイモンは少し考え込み、後ろを振り向く。

「アスたん、仕事続きで悪いんだけど、アモちゃんとの同行を頼まれてくれるかな。こういう工作活動は多分アスたんが一番向いてると思うんだ。アジトに帰り次第、アモちゃんが説明してくれると思うからさ」

「分かったわよ。要はアモンについて行けばいいんでしょ」

二つ返事でアスタロトは了承する。

「俺は――」

「ロノは帰ったら説教だから。忘れてないよね?」

「……忘れてないです」

イザヨイでの大戦犯を黙らせ、パイモンは再び通信機を取り出し、

「それじゃ、そっちに着いたらアスたんを同行させるよ。詳しくはまた説明してあげてね。それじゃ、もうちょっとで着くから」

『ええ。お待ちしておりますぞ』

約一名落ち込んだままの者がいるが、イザヨイでの大敗からはどうにか立ち直り、ゴエティアの四人は空を飛び去っていく。




フェルム地方はゲーム『ポッ拳』の舞台です。
名作だからみんな、買おう!


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第105話 イザヨイジム、鋼のタクティクス!

ルカリオとの特訓の結果、ラプラスのバトルはハルの想定以上のものだった。

長い間アルスで保護下にあったため、まだバトルに慣れていない感は否めないが、それでも戦闘センスは高そうだ。

「よし、ラプラス、お疲れ様」

背伸びしてラプラスの頭を撫で、

「そういえば、まだ君の好みの味を知らなかったね」

バッグの中の木の実保管ケースからいくつかの木の実を取り出し、ラプラスへと差し出す。

ハルの手の上にある五、六種類の木の実のうち、ラプラスは迷いなくソクノの実を咥え、飲み込んだ。スイーツにも使える甘酸っぱい味が特徴的な、水タイプや飛行タイプがよく好む木の実だ。

「ルカリオもありがとうね。せっかくだから、みんなにもあげなきゃね」

ルカリオや他のポケモンたちにも、それぞれの好みの味の木の実をいくつか渡す。

「さて、それじゃ後はちょっと調整して、ゆっくり休もうか。とりあえず、部屋に戻ろう」

ポケモンたちをボールに戻したところで、

「ふぁーあ……よく寝たぜ。よう、ハル」

一階のロビーから、ラルドが降りてきた。

「おはよう、ラルド。今から特訓?」

「あぁ。明日は初めてのジム戦にいく予定だからな。マキノさんは顔見知りだからまだやりやすいが、それでも緊張するし、訓練がてら緊張をほぐしにな」

魔神卿アスタロトに食い下がる実力を持つラルドだが、当然ジム戦は初めてとなる。

初めてシュンインジムに挑んだ時のあの緊張感は、ハルにとっても未だに忘れられない。

「それじゃラルド、明日は一緒にジムに行く? 僕が先にマキノさんと戦うからさ、それを見てからバトルすれば少しは緊張も解れるんじゃない?」

そうハルは提案するが、

「……いや、大丈夫だ」

少し考えた後、ラルドは首を横に振った。

「気持ちは嬉しいけど……初めてのジム戦、その緊張感、実際にこの身で味わってみたいんだ。ハルのジム戦の結果を聞いてから、俺一人で行くことにするぜ」

「分かったよ。たしかに、その方がいいかもしれないね」

「おう。ハルも頑張れよ」

その後、ハルはポケモンセンターの宿舎へと戻る。

ゆっくり休んで、明日はジム戦だ。

 

 

 

翌日。

「たしか、ここだったよね」

昨日もきたガラス張りの建物、イザヨイジムに、ハルは足を踏み入れる。

「失礼します」

出迎えるのは、真っ白い異質な部屋。そして、

「よく来たわネ、ハルサン。昨日はありがとう」

バトルフィールドの向こう側に立つのは、機械の右半身を持つ白衣の女性、ジムリーダーのマキノ。

「昨日からずっと、君たちと戦うのを楽しみにしていたワ。どんなバトルを見せてくれるのか、期待してるわヨ」

「ええ、僕もジム戦を楽しみにしてたんです。ジムバトル、よろしくお願いします!」

ハルの自信に満ちた力強い返事に、マキノはにっこりと微笑む。

左手でマキノがパチンッと指を鳴らすと、突然、右の壁にプロジェクターを映したように画面が浮かび上がる。旗を持った棒人間のような映像だ。

『それではこれより、ジムリーダー ・マキノと、チャレンジャー・ハルのジム戦を行います』

「ジムの審判を務めるAIヨ。私が発明したノ」

突然壁から声が聞こえてびっくりした様子のハルに、マキノが説明を入れる。

『使用ポケモンは両者四体。どちらかのポケモンが全て戦闘不能になった時点で、試合終了となります。なお、ポケモンの交代は、チャレンジャーのみ認められます』

AIが流暢に言葉を話す。ルールも特に変わらない、いつものジム戦だ。

『それでは、両者ポケモンを出してください』

その言葉を引き金に、両者がモンスターボールを取り出す。

「出てきて、ファイアロー!」

「おいで、クレッフィ」

ハルが先発に選んだのはファイアロー。

対するマキノの初手は、アルス・フォンなどに取り付けるストラップのような姿をした奇妙なポケモン。細長い両腕を繋ぎ、その腕にいくつもの鍵をぶら下げている。

 

『information

 クレッフィ 鍵束ポケモン

 鍵を集める習性を持つ。穏やかな

 性格だが悪戯好きな個体は民家に

 忍び込み鍵を盗んでいってしまう。』

 

ぶら下げている鍵とさほど大きさの変わらない、かなり小柄なポケモンだ。タイプは鋼・フェアリー。

(見たことないポケモンだな……見た目も特徴的だし、何してくるか分からないけど……まずはファイアローのスピードで攻める。作戦通りにだ)

ともあれ、両者のポケモンが出揃った。

審判のAIが、旗を持った右手を掲げる。

 

『それでは、試合開始です!』

 

「行きます! ファイアロー、ニトロチャージ!」

バトル開始と同時、ファイアローが炎を纏う。

しかし、

「クレッフィ、電磁波」

ファイアローが飛び出すよりも早く、先にクレッフィが動く。

頭の突起の先から微弱な電気を発し、ファイアローへとぶつけた。

「っ、速い!」

今まさに突撃を仕掛けようとしていたファイアローは電気を躱せず、電磁波を浴びて麻痺の状態異常を受けてしまった。

「麻痺か……仕方ない、スピードを上げてカバーだ! ファイアロー、もう一度ニトロチャージ!」

再びファイアローが炎を纏う。

今度はクレッフィからの妨害を受けることなく、突撃を仕掛ける。

「クレッフィ、リフレクター」

対して、クレッフィが周囲に輝く光の壁を展開する。

直後クレッフィはファイアローの炎の突撃を受けて吹き飛ばされるが、輝く壁がダメージを軽減した。

「変化技を先制で使う……これ、たしか……」

そのようなポケモンと直接戦ったことはないが、覚えがある。以前本で読んだか、大会で見たか。

ハルは記憶を辿り、思い出す。

「……特性、悪戯心!」

悪戯心。

変化技を先制で使うことができるという、単純だが厄介な特性だ。

スピードが自慢のファイアローであっても、この特性が相手では先制されてしまう。

(だけど攻撃してこないなら考えがある。相手が準備を整えてるうちに、一気に決める!)

「ファイアロー、もう一度ニトロチャージ!」

再びファイアローが炎を身に纏い、飛び出す。

「クレッフィ、光の壁」

クレッフィは今度は先程とは色の違う、煌めく光の壁を展開する。

しかし壁を展開してからの回避は間に合わず、再びファイアローの炎の突進を受けて突き飛ばされる。

「一気に行くよ! 鋼の翼!」

吹っ飛んで地に落ちたクレッフィを狙い、ファイアローが翼を硬化させ、急降下して襲い掛かる。

「クレッフィ、雨乞い」

床に落ちたまま、クレッフィが何かを唱える。

次の瞬間、ファイアローが思い切り鋼の翼を振り抜き、クレッフィを翼で殴り飛ばした。

クレッフィは二度三度と床をバウンドし、転がって床に倒れ、そして、

『クレッフィ、戦闘不能。ファイアローの勝利です』

なんと、早くも戦闘不能となってしまった。

「お疲れ様、クレッフィ。ゆっくり休んでてネ」

しかしマキノは焦る様子も驚いた様子も見せず、落ち着いたままでクレッフィを労い、ボールへと戻した。

「えっ?」

寧ろ、驚いているのはハルの方だ。

拍子抜けだった。麻痺こそ受けているものの、ファイアローはダメージを一切受けることなく、あまりにもあっさりと先手を取ってしまった。

「どうかした、ハルサン? 何を困った顔をしているノ?」

「え、いや……クレッフィが思ってたよりずっと早く倒れてしまったので……」

「あぁ、そういうことネ。私のクレッフィは耐久力が低いのヨ」

特に表情も変えることもなくマキノは続けるが、

「それに、やってほしいことはやってくれたし、問題ないワ。今の短時間で、クレッフィはちゃんと仕事をこなした」

(やってほしいこと……仕事?)

そう言われれば、クレッフィは倒れる瞬間に何かを唱えていた。

「すぐに分かるワ。それじゃ、次は……」

クレッフィの入ったボールを仕舞い、マキノが次なるボールを取り出す。

「おいで、ジバコイル」

 

『information

 ジバコイル 磁場ポケモン

 結合していた三匹のコイルが進化

 によって連結。その見た目から

 UFOと見間違える人が後を絶たない。』

 

コイルというポケモンが三匹連結したポケモンのようだが、中央のコイルは巨大化し、頭からはアンテナのような突起が生えている。U字の磁石のようなユニットが左右のコイルにそれぞれ一つずつ、背に一つ、合計三つ備わっており、たしかにUFOに見えなくもない。

鋼・電気タイプを併せ持つポケモンのようだが、

「……?」

ハルの鼻先に、水滴が落ちてくる。

ふと天井を見上げれば、いつの間にか鈍色の雲が天井を覆っていた。

暗い雲から、ぽつりぽつりと雨が降ってくる。

「クレッフィが最後に使った技、雨乞いヨ。しばらくの間、天候を雨天に変える技。雨が降っている間は、炎タイプの技の威力が減少し、逆に水タイプの技の威力が強化されるワ」

日本晴れを使うイチイ、砂嵐を使うワダン。

天候を変えてくるジムリーダーとは、ハルも何回か戦ったことがある。今回は、雨だ。

「雨が降り続けるとなると……ファイアロー、ちょっときついよね……」

炎タイプのファイアローには、雨天は辛いだろう。

ハルとしても交代させたいところだが、

(だけど、誰と交代する?)

最も有利に戦えそうなのはワルビアルだが、地面タイプなのでこれまた雨は苦手。雨を活かせるのはラプラスだが、さすがに電気タイプ相手に水タイプは出せない。エーフィ、オノンドも相性がいいとは言えないし、エースのルカリオは出来ればまだ出したくはない。

悩むハルの様子に気付いたのか、ファイアローはハルの方へと振り向き、強気に甲高い啼き声を上げる。

「任せろ、ってこと? だけど、雨は大丈夫?」

心配するハルに対し、ファイアローは勢いよく啼いて翼から火の粉を噴き出す。

「……分かった。任せるよ。だけど、無理はしないでね」

ハルの言葉にファイアローは頷き、ジバコイルへと向き直ると、甲高い声で威嚇する。

「準備は整ったようネ。それじゃ、続けるわヨ」

「はい! 行きますよ!」

二体のポケモンが再び動き出す。

「ファイアロー、ニトロチャージ!」

ファイアローが翼から火の粉を吹き出し、炎を纏い空を駆ける。

雨により炎が少し削がれてしまうが、それでも威力は上々。

「ジバコイル、そのままヨ」

対するジバコイルは動かなかった。磁石のような三つのユニットを回転させて力を溜めつつ、ファイアローの攻撃を受け切る。

「連続で攻める! ファイアロー、アクロバット!」

立て続けのニトロチャージで麻痺した分の素早さは取り戻した。

さらにファイアローは旋回し、一気にジバコイルとの距離を詰める。

目にも留まらぬ速度でジバコイルの周囲を飛び回り、翼や爪で連続攻撃を叩き込む。

だが。

 

「ジバコイル、雷」

 

ファイアローの攻撃を気にせず、ジバコイルがユニットをフル回転させ、上空の雨雲へと電気を放つ。

刹那。

雷鳴が轟き、電撃の槍のような稲妻がファイアローへと降ってきた。

「なっ……!?」

雷撃にその身を貫かれ、ファイアローが床へと撃墜される。

「もう一度、雷ヨ」

さらにジバコイルがもう一度ユニットを回転させると、立て続けに落雷が起こる。

「ファイアロー……っ!」

再びファイアローへ稲妻が直撃し、ファイアローは飛び立つこともできず、その場に倒れ伏してしまった。

『ファイアロー、戦闘不能。ジバコイルの勝利です』

AIの無機質な声が勝敗を告げる。

「なっ……そんな、バカな……!」

クレッフィ戦でファイアローは全くダメージを受けていなかった。それが効果抜群とはいえ、たった二発の攻撃で戦闘不能にされてしまうとは、予想だにしていなかった。

「どうかしラ? まずは挨拶代わりにってネ。私のジバコイルの特性は“アナライズ”。相手より後に攻撃することで、技の威力が上がるのヨ。それに加えて、雷は雨が降っている時に使うと必中技になる。君のファイアローのスピードは目を見張るものがあったけど、どんなに素早いポケモンでも必中技は回避できないわよネ」

得意げに語るマキノの緑色の瞳が、小さくピカピカと点滅する。

「なるほど……そういうことだったんですね」

雨を降らせたのはファイアローの炎技の威力を下げるためだと思っていたが、それだけではないということだ。

「ごめんね、ファイアロー。交代させなかったのは僕の判断ミスだ。ゆっくり休んでて」

ハルがファイアローを抱えて嘴を撫でると、目を覚ましたファイアローは、気にするな、とでも言うかのように首を横に振る。

ファイアローをボールに戻し、ハルは二番手を思案する。

(さっきのクレッフィとはうって変わって、このジバコイルはかなりの高火力ポケモンだ。特にあの雷の威力は、効果今ひとつにしたところでかなりのダメージを受けてしまいそうだし……ファイアローでの反省を活かせないけど、ここはワルビアルで行くしかないかな)

やむを得ない。雨を受けて不利になっても、必中の雷を無効にできる方がメリットが大きい。

「出てきて、ワルビアル!」

ハルが掲げたボールから出てきたワルビアルは、降り注ぐ雨に気付き少し顔をしかめるが、

「ごめんねワルビアル、雨はちょっとつらいよね。だけど、あのジバコイルと最も有利に戦えるのは君なんだ。頑張ってくれるかい?」

それでもハルの言葉に応え、ワルビアルは任せろと言わんばかりに両腕を振り上げて雄叫びをあげる。

「なるほど……地面タイプのポケモンがいるのネ。その選択、果たしてどうなるかしら?」

対するマキノは余裕の微笑を浮かべ、宙に浮かぶジバコイルは赤い目をピカピカと点滅させてワルビアルをじっと見据える。



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第106話 雨中の戦略

「行きますよ! ワルビアル、ストーンエッジ!」

咆哮を上げてワルビアルが尻尾で床を叩き鳴らし、ジバコイルへ向けて無数の尖った岩の柱を出現させる。

「ジバコイル、砕きなさい。ラスターカノン」

ジバコイルの三つのユニットが白く輝き、そこから鋼のレーザーが発射される。

乱射されるレーザー光線が岩の柱を片っ端から破壊し、さらにワルビアルをも光線に巻き込んで吹き飛ばす。

「それなら、ドラゴンクロー!」

ワルビアルのバトルスタイルは受け一辺倒ではない。自分より遅い相手なら、積極的に攻撃を仕掛けにいける。

勇ましく雄叫びをあげ、ワルビアルが両腕に光り輝く竜の巨爪のオーラを纏わせ、ジバコイルへと飛び掛かっていく。

「止めるだけなら……ジバコイル、雷」

ジバコイルがユニットを回転させると、上空の雨雲から雷撃の槍が落ちる。

電気技ゆえワルビアルにダメージはないが、ワルビアルの光の竜爪は一撃で掻き消されてしまう。

「噛み砕く!」

ドラゴンクローを打ち消されても、ワルビアルの動きはそこで止まらない。

即座に大口を開いて襲い掛かり、ジバコイルの鋼のボディに頑丈な牙を突き立てる。

しかし、

「っ、やっぱり硬いか……!」

ワルビアルが牙を突き立てた瞬間、その場所が光り輝き、牙を遮断するかのように威力を弱めている。

クレッフィの使った、リフレクター及び光の壁。リフレクターは物理、光の壁は特殊攻撃の威力を軽減する技だが、これらの技は交代した後続のポケモンにも継続して影響を及ぼす。

つまり、今のジバコイルは単純計算で耐久力が二倍ということになる。

「ジバコイル、振り払いなさい。ラスターカノン」

ジバコイルがユニットを回転させ、鋼のレーザー光線を放つ。

大顎で食らいつくワルビアルだが、レーザーを浴びて引き剥がされ、床にたたき落とされてしまう。

「っ、ワルビアル、大丈夫!?」

撃墜されたワルビアルだが、即座に起き上がると上空のジバコイルを睨みつけ、唸る。

「……なるほど。初手のクレッフィはただ単に耐久力が低いわけじゃなかったんですね」

「あら、気付いた?」

「ええ。後続のポケモンにできるだけ早く雨と壁を持続させるために、わざと耐久力を鍛えていない。そうでしょう?」

「ウフフ、正解。だけど気付くのが少し遅かったわネ。既に壁は展開された。この場は既に、ジバコイルの有利なフィールドになっているわヨ」

得意げに語るマキノの機械の瞳が、パチパチと点滅する。

(有利展開を作らせてしまったものはもう仕方ない。ここから先、どう切り返すかを考えよう)

技の威力が軽減されるということは、実質的に等倍が効果今ひとつになるということ。

ワルビアルの技の中で、ジバコイルに効果抜群を取れるのは、

(やっぱり、地震を当てるしかないか……だけどあのジバコイル、浮いてるんだよね……)

ジバコイルは飛行タイプではないし、浮遊の特性を持つわけでもないので、地面技は普通に当たる。むしろ電気・鋼タイプなので二重の効果抜群、軽減されようが大ダメージを与えられる。

しかし、地震は地面を揺らして衝撃波を起こす技。当てるためには、浮いているジバコイルを床に叩き落とす必要がある。

「しょうがない……その方向で行こう! ワルビアル、ストーンエッジ!」

方針は決まった。

再びワルビアルが吼え、床を叩き鳴らすと、床から無数の尖った岩の柱が出現して一斉にジバコイルを狙う。

「効かないワ。ジバコイル、ラスターカノン」

「来るよ! ワルビアル、隠れて!」

ジバコイルがユニットから無数の鋼のレーザーを乱射。

ジバコイルを立て続けに狙う岩の槍だが、本体には届かず、無数の鋼の光線を前に次々と砕け散っていく。

しかし。

「……いない?」

そこで気付く。

ワルビアルの姿が見えない。

(ハルサンは、隠れて、と指示を出していた。岩の柱の影に隠れたのでないとなれば、考えられるのは……床下?)

マキノがそれに気付いた、その瞬間。

「ワルビアル、噛み砕く!」

床を突き破ってワルビアルが飛び出し、再びジバコイルに硬い牙を突き立てる。

リフレクターによって威力は軽減されるが、

「拘束できれば問題ない! ワルビアル! ジバコイルを地面に落として!」

空中で大きく首を振り、ワルビアルは捕らえたジバコイルを床に向かって投げつける。

「なるほど……ジバコイル、トライアタック」

ジバコイルのユニットが回転し、頭部のアンテナが輝く。

だが技を放つより前に地面に叩きつけられ、即座に反撃ができず、

「今だワルビアル! 地震!」

ワルビアルが急降下、床を踏みつけて大地を揺らす、

「撃ちなさイ、トライアタック」

その直前に床に落ちたままのジバコイルのユニットから赤、青、黄のカラフルな光線が発射される。

ワルビアルの急降下はギリギリのところで届かず、光線を受けて動きを止められてしまい、その隙にジバコイルは体を震わせて再び浮上してしまう。

「くっ、ダメか! チャンスだったんだけどな……」

光線に吹き飛ばされたワルビアルは起き上がると、悔しそうに唸る。

「ワルビアルのような攻撃力の高い地面タイプが相手なら、地震の技を持っていることは当然想定しているワ。今のも悪くなかったけれど、私の想定内の動きだったわネ」

やはり厄介なのはリフレクターだ。ダメージが少なくなれば、結果的にジバコイルの反撃も早まる。

ハルは天井を見上げるが、雲が晴れる気配はない。雨も未だ勢いを衰えることなく降り続けている。

「もう一度引きずり落とす! ワルビアル、ドラゴンクロー!」

「食い止めなさい。ラスターカノン」

ワルビアルが両腕に青い竜爪のオーラを纏わせ、対するジバコイルはユニットを回転させる。

巨爪を携え地を蹴るワルビアルに対し、ジバコイルが三つのユニットから鋼のレーザー光線を発射。

「ワルビアル! 避けられる分だけ避けつつ、ジバコイルに近づくんだ!」

巨体のワルビアルでは、乱射されるレーザー全てを避け切ることはできない。

だから躱し、時には竜爪で凌ぎ、ジバコイルとの距離を詰めていく。

「そうはさせないワ。トライアタック」

ラスターカノンでは捌き切れないと見るや、すぐさまジバコイルは再びユニットを回転させ、三色の光線を放ちワルビアルを迎え撃つ。

「ここだ、打ち破る! ワルビアル、もう一度ドラゴンクロー!」

ラスターカノンを防いで削られた竜爪のオーラを再展開し、ワルビアルは爪を突き出して突き進む。

三色の光線を真っ向から打ち破り、一気にジバコイルに接近する。

「っ……ジバコイル――」

「遅いです! ワルビアル、そのまま捕まえて!」

今の攻防でジバコイルはトライアタックを先に仕掛けたため、アナライズの特性による火力補強が乗らなかった。

その隙を突き、ワルビアルは一気にトライアタックを打ち破り、竜爪でジバコイルを掴む。

「今だ! 地面に叩き落として、地震!」

ジバコイルを床に放り投げて床に叩き落とし、即座にワルビアルは床を思い切り踏み鳴らす。

大地が揺れて衝撃波が地を這い、今度こそジバコイルを捉え、吹き飛ばした。

「畳みかけるよ! ワルビアル、噛み砕く!」

リフレクターで威力を抑えたのでまだ戦闘不能になっていないが、それでも大ダメージを受けたことには間違いない。

宙を舞うジバコイルに狙いを定め、ワルビアルは地を蹴って飛び出す。

そのまま大顎を開き、ジバコイルに頑丈な牙を突き立てる。

だが。

 

「ジバコイル、目覚めるパワー」

 

ワルビアルが眼前まで迫ったその刹那、ジバコイルのユニットが回転し、深い青色のエネルギーの球体が浮かび上がる。

エネルギー弾は次々とワルビアルに着弾、しかも炸裂と同時に水を噴射し、逆にワルビアルを床へと叩き落とした。

「なっ……この目覚めるパワー、水タイプか!」

「その通り。ではジバコイル、ラスターカノン」

床へと撃墜されたワルビアルに対し、ジバコイルがユニットを回転させて鋼のレーザーを放つ。

乱射するのではなく、正確にワルビアルを狙った一撃。光線を浴びて吹き飛ばされ、ワルビアルは倒れて動かなくなってしまった。

『ワルビアル、戦闘不能。ジバコイルの勝利です』

AIが勝敗を告げる。クレッフィの補助があったとはいえ、ジバコイル一匹に二体抜きされてしまった。

「ワルビアル、苦手な雨の中よく頑張ってくれたね。君の頑張り、無駄にはしないよ」

ワルビアルをボールに戻し、ハルは浮遊するジバコイルを見上げる。

雨天時は水タイプの技の威力が増加する。相手が水タイプを持っておらず、なおかつ雨の恩恵を受ける技“雷”を使うジバコイルであったため、ハルは雨天において最も基本となるその効果を完全に失念していた。

「水技を隠しておいて正解だったワ。一度見せてしまうと、必ず警戒されてしまうものネ。だけど、あの地震攻撃はなかなか効いたわヨ。次の噛み砕くを受けていたらやられていたかも」

「……まさか水技を覚えているとは想像もしませんでした。一本取られましたね」

だからといって、まだ負けたわけではない。

次のポケモンで何としてもジバコイルを倒し、流れを取り戻す。

「こうなったら、次は君だ。頼んだよ、オノンド!」

ハルの三番手はオノンド。格闘技に炎技と、鋼タイプの弱点を付ける技を持っている。

「ドラゴンタイプのポケモンネ。だけど、効果今ひとつでも私のジバコイルの雷は痛いわヨ」

「分かってますよ。こっちにも策はありますので。それに、そのジバコイルをそろそろ倒さないとこっちもまずいですしね」

「なるほど。それじゃ、見せてもらおうかしラ」

オノンド対ジバコイルのバトルが開始。オノンドが爪を打ち鳴らすが、

「オノンド、待って。僕が指示を出すまで、相手の動きを待つんだ」

ハルは攻撃の指示は出さない。

好戦的なオノンドはその指示に少し不服そうに唸るが、それでもハルに応えて爪と牙を構えたままジバコイルの動きを待つ。

対するマキノも明確な指示を出さず、お互いに相手が動くのを伺う形となる。

ただ時間が過ぎているだけのように見えるが、そうではない。

「うーん……行くしかないわネ。ジバコイル、雷」

天井を見上げて顔をしかめ、遂にマキノが動く。

ジバコイルがユニットを回転させると、雷鳴が轟き、オノンドの上空から雷撃の槍が落ちてくる。

「来た……オノンド! 一発耐えて、瓦割りだ!」

雷がオノンドを撃ち抜くが、ジバコイルが先に技を使ったことによりアナライズが乗らない。

雷を耐えると即座にオノンドは跳躍、ジバコイルへと飛び掛かり、お返しとばかりに硬い牙を振り下ろしてジバコイルへ叩きつけた。

刹那、ジバコイルを守る光の壁が、粉々に砕け散る。

「っ……瓦割り……!」

マキノが呟く。その表情が変化する。

「今のは……いや、考えるのは後だ! オノンド、もう一度瓦割り!」

床に落ちたジバコイルを狙い、オノンドは急降下し、手刀を振るうかのように牙を振り抜く。

ジバコイルの軋むような無機質な悲鳴が響く。赤い単眼が光を無くし、そのままぐったりと動かなくなってしまった。

『ジバコイル、戦闘不能。オノンドの勝利です』

雷を一発受けはしたものの、それでも最低限の被弾でジバコイルを突破。状況を何とか五部に戻したと言えるだろう。

「二匹倒せば上出来ヨ。ジバコイル、お疲れ様。休んでてネ」

マキノがジバコイルを労い、ボールへと戻す。

ジバコイルを打ち破るためにハルが考えた作戦は、相手の動きを待つこと。

ジバコイルは元々高い火力をアナライズの特性でさらに上乗せしているが、アナライズは相手より後に動かなければ発動しない。

だから、ハルはオノンドを待機させた。マキノが痺れを切らして先に動き出した場合は、技の威力は上がらない。お互いに睨み合いが続けた場合は、やがて雨が止む。どっちに転んでも、ハルにとって有利な展開になると考えたのだ。

「そういえば、瓦割りの効果を知らないみたいネ」

先程のハルの反応を見ていたマキノが、ハルへと言葉を掛ける。

「瓦割りには、リフレクターや光の壁を破壊できる効果を持つのヨ。覚えておくといいワ」

「あっ、そうだったんですか」

先程は偶然だったが、光の壁とリフレクターが砕けたのは瓦割りの効果だったようだ。

と、そこで弱まっていた雨が止み、雲が晴れていく。

「雨もここまでネ。それじゃ、次は……」

少し悩む様子を見せるマキノだが、やがて次のボールを手に取る。

「おいで、ギギギアル」

マキノの次なるポケモンは、複数の歯車が組み合わさったような奇妙な姿のポケモン。小さな二つの歯車の背後に大きめの歯車、その下部に赤いコア付きの歯車、そして棘の生えた大きいリングで体が構成されている。

 

『information

 ギギギアル 歯車ポケモン

 赤いコアがエネルギータンクの役割

 を持つ。チャージしたエネルギーを

 電撃や光線に変換して攻撃する。』

 

機械の体と『機械仕掛けの女帝(エンプレスエクスマキナ)』の異名を持つマキノにはぴったりなポケモンだろう。タイプは鋼のみ。

「鋼タイプだけなら、オノンドで充分戦える。オノンド、引き続きお願いね」

ハルの言葉に、任せろと言わんばかりにオノンドは吼え、爪を打ち鳴らす。

「さてさて、バトルも折り返し。どうやって突破しようかしらネ」

対するマキノは余裕の微笑を浮かべ、ギギギアルは歯車を回転させながらオノンドと対峙する。



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第107話 機構の策略

「雨も無くなったし、勝負はここからだ! オノンド、炎の牙!」

まずはオノンドが動く。長く鋭い牙に炎を灯し、地を蹴って飛び出す。

「ギギギアル、ギアソーサー」

対するギギギアルは体を構成する歯車のうち小さい二つを分離させ、オノンドへと放つ。

突撃するオノンドの左右から歯車が飛来、二つの歯車がオノンドを挟み込んでその動きを封じ、さらに高速回転して締め上げる。

「っ! オノンド、振り払って!」

その場で暴れ、オノンドが二つの歯車を引き剥がす。

弾かれた二つの歯車は、何事もなかったかのように元あった場所へ戻り、再び回転を始める。

「だったら、これならどうだ! オノンド、ドラゴンクロー!」

歯車に動きを止められたオノンドだが、すぐさま両腕に青く輝く光の竜爪を纏わせ、再びギギギアルへと襲い掛かる。

「ギギギアル、電磁砲」

対するギギギアルが身体中の歯車を一斉に高速回転させる。

急速なエネルギーチャージによって赤いコアが黄色く輝きだし、集まったエネルギーを核として巨大な電撃の弾が作り出され、オノンドを迎撃すべく発射される。

「オノンド、ジャンプ! 上からだ!」

電磁砲が発射された瞬間、オノンドは大きく跳躍して電撃の砲弾を飛び越える。

そのまま上空から腕を振りかぶり、竜爪を振り下ろしてギギギアルを切り裂く。

「逃がさないわヨ。ギアソーサー」

体勢を崩しながらも、ギギギアルが歯車を二つ分離させ、オノンドへ飛ばす。

二つの歯車が攻撃直後のオノンドを挟んで宙に持ち上げ、ハルの元まで投げ飛ばした。

「っ! オノンド、大丈夫!?」

地面に叩きつけられたオノンドだが、すぐさま起き上がり、雄叫びをあげる。

(なかなかトリッキーで戦いづらいな。あの歯車、独立して動けるとなると、結構厄介だな)

ギギギアルが体勢を崩していても、歯車は正確にオノンドを狙って飛んできた。本体とは独立して動けるだけでなく、おそらくオノンドの動きやスピードまで計算されて確実に当たるように投げられている。

となると、歯車を投げてから当たるまでの間に対処しなければならない。

ハルが思考を巡らせるが、

「あら、来ないならこっちから仕掛けるわヨ」

それを待ってくれるほどジムリーダーは甘くない。マキノが次の手に出てくる。

「ではギギギアル、ギアチェンジ」

ギギギアルの体を構成する全ての歯車が、ガコン! と音を立てて停止する。

ただしそれも一瞬。直後、先ほどよりもやや早い速度で再び回転を始めた。

回転速度の変化によりエネルギーがチャージされ、ギギギアルのパワーを向上させる。

「見た感じ、積み技かな……えっと」

ハルが図鑑を取り出して技を調べる。

「ギアチェンジ……攻撃力に加えて、素早さまで上がるのか。これ以上積ませるわけにはいかないね」

回転速度を早めた影響か、ギギギアルの赤いコアがうっすらと輝き出す。能力上昇が見て取れる。

「オノンド、炎の牙!」

再びオノンドが駆け出す。

斧のような二本の牙に炎を纏わせ、突撃を仕掛ける。

「ギギギアル、食い止めなさい。ギアソーサー」

対するギギギアルは二つの小型の歯車を飛ばし、オノンドを迎撃。

「左右から来るよ! オノンド、弾いて!」

歯車が飛来する瞬間、オノンドはその場で勢いよく一回転する。

遠心力を乗せた炎の牙で歯車を弾き飛ばし、

「今だ! そのまま仕掛けて!」

身を守るものがなくなったギギギアルに対し、灼熱の炎を灯した牙を振るって斬撃をぶつける。

「やるわネ。だけど……」

マキノがそう呟いた、次の瞬間。

先程弾かれた歯車が再び飛来し、オノンドを挟み込んで拘束、さらに高速回転して締め上げ、ハルの元へと投げ返した。

「ギアソーサーは二回まで連続攻撃できる技。一発目を弾いたからって、油断しちゃだめヨ」

「っ、なるほど……オノンド、まだやれる?」

ハルがオノンドに目をやると、オノンドは起き上がり、唸り声をあげる。

まだまだ戦えるようだが、体力が消耗しているのは間違いない。ギギギアルは攻撃力が上昇しているため、撃ち合いになると不利だ。

(とはいえ、悠長に様子を伺ってるとギアチェンジを積まれかねない。もう一回積まれると本格的にまずいし、ここは思い切って攻めるしかない!)

「オノンド、攻めるよ! ドラゴンクロー!」

「受け止めるわヨ。ギギギアル、ギアソーサー」

オノンドが両腕に青く輝く竜爪を纏わせ、対するギギギアルは歯車を構える。

だが今度の歯車は左右から挟み込むのではなく、ギギギアルを守るように正面から飛来し、オノンドの竜爪を真っ向から食い止めに来た。

競り合った末に歯車に打ち勝つオノンドだが、

「電磁砲」

その奥では既にギギギアルが次の行動に出ている。

溜め込んだエネルギーを電気に変換し、コアに電気を集めて巨大な電撃の弾を作り上げ、大砲が如く発射する。

「っ、躱せないか……! オノンド、何とか勢いを削いで!」

回避は間に合わないと判断し、オノンドがドラゴンクローを突き出す。

巨大な電撃の砲弾がオノンドを襲う。

ハルの元まで押し戻されるが、それでも地に足をつけてしっかりと耐え切った。

しかし、

「電磁砲を受けたわネ? ギギギアル、ギガインパクト」

コアのエネルギーを全開放、凄まじいオーラをその身に纏い、歯車を全力で回転させながらギギギアルが突撃を仕掛ける。

「っ! これは……オノンド、躱して!」

ハルはオノンドに回避の指示を出すが、

「……えっ?」

オノンドは動かなかった。いや、動けなかった。

動こうと体を震わせてはいるのだが、どうやら体が痺れているようで、上手く動けない様子だ。

「オノンド――」

ハルの言葉は間に合わなかった。

膨大なオーラを纏ったギギギアルがオノンドに激突し、壁まで派手に吹き飛ばした。

壁にヒビを入れるほどの勢いで吹き飛ばされたオノンドは、力無く地に落ち、動かなくなってしまう。

『オノンド、戦闘不能。ギギギアルの勝利です』

これで、ハルのポケモンは残り一匹となった。

「オノンド、よく頑張ったね。ゆっくり休んでて」

近くまで駆け寄り、ハルはオノンドの頭を撫で、ボールへと戻す。

「……気付くのが遅かった。今のオノンド、麻痺を受けていましたよね。電磁砲の追加効果ですか」

「その通りヨ。電磁砲は、命中すれば相手を確実に麻痺の状態異常にする技」

だから、オノンドはギガインパクトを避けられなかった。

麻痺状態になり、体が痺れて動けなかったのだ。

「さあ、これでハルサンのポケモンは残り一匹。だけど、バトルはここから、よネ?」

「ええ、もちろんです。最後に勝つのは、僕たちです!」

まだ負けてはいない。ポケモンバトルは、最後まで結果が分からないものだ。

自信満々に叫んで、ハルは最後のボールを手に取る。

「出てきて、ルカリオ!」

ハルの最後のポケモンはエースのルカリオ。ジム戦で大トリを務めるのはカタカゲジム以来だ。

バトル場に立ったルカリオは両手から波導を放ち、じっとギギギアルを見据える。

「なるほど、最後はルカリオ……鋼タイプには有利な格闘タイプね。だけど、私の自慢の鋼ポケモン相手に、どこまで通用するかしラ?」

「どこまで、ですか。そりゃもちろん、勝ってジムバッジを手に入れるところまでです!」

準備は整った。両者が同時に動く。

「ギギギアル、電磁砲」

「ルカリオ、ボーンラッシュ!」

ギギギアルが再びエネルギーを核とした電撃の砲弾を撃ち出し、ルカリオは右手を纏う波動を槍の形に変え、得物を手にして地を駆ける。

双方が激突するが、結果は一瞬。

槍の一突きで電撃の砲弾を破壊し、さらにルカリオはその奥のギギギアルに切っ先を向ける。

「止めなさイ。ギアソーサー」

しかしギギギアルの迎撃も早い。ルカリオの左右から、二つの歯車が飛来する。

「っ! ルカリオ、防いで!」

手にした波導の槍を二本に分離させ、ルカリオは二刀流の構えで歯車を防ぎ切るが、同時に槍も霧散してしまう。

(このギギギアル、さっきから矢継ぎ早に攻撃を仕掛けてくる。ギアチェンジの素早さアップが活きてるな……)

素早さが上がるというのは、単にスピードが速くなるだけではない。技の後隙の減少や、技と技との切り替え速度の上昇といった効果もある。

(攻撃を当てるために、どうにか動きを止めないと……ん? ギギギアルの、動き?)

そこで、一つ考えが思い浮かんだ。

ルカリオなら、この方法でギギギアルを突破できるかもしれない。

「よし……試してみるか! ルカリオ、発勁!」

地を蹴って駆け出すルカリオの右掌から、青い波導が噴き出す。

「ギギギアル、電磁砲」

「ルカリオ、躱して! ジャンプ!」

歯車を回転させたギギギアルが巨大な電撃の砲弾を放って迎撃を仕掛けるが、ルカリオは波導の力で大ジャンプし、砲弾を躱しつつギギギアルの上を取る。

「逃がさないわヨ。ギアソーサー」

ギギギアルが歯車を構えた、その瞬間。

「今だルカリオ、ボーンラッシュ! 回転を止めるんだ!」

噴き出す波導を槍の形に変え、ルカリオが手にした槍を思い切りぶん投げた。

投擲された槍は、二つの噛み合った歯車のその隙間に挟まり、ギギギアルの回転を阻害する。

「……なるほど。ギギギアルのパワーは回転によって生み出される。だから棒のようなもので回転を止められれば、ギギギアルは力を生み出せない。そう考えたのネ」

だけど、とマキノは続け、

「その程度じゃ、私のギギギアルは止まらないワ。ギギギアル、へし折りなさい。ギアチェンジ」

ガコン! とギギギアルの回転が一瞬止まり、直後、さらに速度を早めて回転を始める。

歯車の圧力に耐え切れず、回転を阻害する槍は次第にヒビが入り、やがて二つにへし折られてしまう。

だが、

「狙い通りです! ルカリオ、波導弾!」

真っ二つにされた波導の槍は瞬時に光弾へと形を変え、ギギギアルへと襲い掛かる。

いくら能力の上がったギギギアルとはいえ、至近距離からの二発の波動弾を対処する術はなく、波導の炸裂を浴びて体勢を崩す。

「なッ……!?」

「今だよ! 発勁!」

その隙を逃すはずもなく、ルカリオが一気にギギギアルとの距離を詰める。

右手を叩きつけると同時に掌から波導を放出させ、ギギギアルを吹き飛ばし、

「波導弾!」

さらに両手を構えて波導の念弾を放出。

必中の波導弾はギギギアルを狙って正確に飛び、バランスを崩すギギギアルへと直撃、青い爆発を起こした。

「くっ、ギギギアル……」

爆煙が晴れると、回転を止めたギギギアルが床に落ちて動かなくなっていた。

『ギギギアル、戦闘不能。ルカリオの勝利です』

これでマキノも残り一匹。ルカリオもほとんどダメージを受けていないため、ほぼ互角の勝負だ。

「なるほど、体から離れていても波導を操れるのネ。そこまでは考えていなかったワ」

「ええ。だから、どっちに転んでもよかったんです。ギギギアルが槍を折れなかったらそのまま一気に畳み掛けられるはずだし、折られてもそれを波導弾に変えて追撃ができる。咄嗟に思いついた戦法だけど、上手く決まりました」

ハルの言葉を聞いて、マキノは感心したように頷く。

そして、

「それじゃ……」

ハルとルカリオを見据え、最後のボールを手に取った。

「おいで、ハガネール」

マキノの最後のポケモンが現れる。

複数の鉱石を連結させたような体を持つ、巨大な蛇のような姿のポケモン。特徴的な大顎を持ち、胴体の所々には突起が生えている。

 

『information

 ハガネール 鉄蛇ポケモン

 深い深い地中に生息する。熱と圧力に

 耐えるために体は凡ゆる金属よりも

 硬く敵の攻撃を全く寄せ付けない。』

 

鋼と地面タイプを持つポケモンだが、何より特徴的なのはその大きさ。

巨大な蛇のようだと言ったが、物凄く大きい。

十メートルはあろうかという巨大なポケモンが、野太い声で大気を揺るがす咆哮を上げ、ルカリオを見下ろす。

「っ、なんて大きさだ……! こんなポケモン、今まで見たこともないよ……」

今まで見た大きいポケモンといえばワダンのメガバクーダくらいだが、このハガネールはそのメガバクーダを歯牙にもかけない。あまりにも大きい。

だが、負けるわけにはいかない。

拳を握り締めるハルに呼応し、ルカリオも両手から波導を放出し、ハガネールを見上げる。

審判を務めるAIが、旗を持った手を振り下ろす。

 

『それでは、最終試合、ルカリオ対ハガネール、開始です』

 

「行くよ! ルカリオ、ボーンラッシュ!」

ルカリオの両手を覆う波導が形を変え、輝く槍となる。

波導の槍を手に取り、ルカリオは一気にハガネールに接近し、波導の槍を叩きつける。

だが。

「なっ!?」

ガキィン! と音が響き、槍が逆に弾かれた。ハガネールは何もしていないというのに、だ。

どうやらその見た目と図鑑説明に違わず、その鋼の胴体はとてつもなく硬いようだ。

「だったら……ルカリオ! 本気で行くよ!」

手にした槍を揺らめく波導に戻し、ルカリオは頷き、ハルと共に右腕を構える。

「僕と君の、絆の力に応えて! ルカリオ、メガシンカだ!」

ハルのキーストーンの光にルカリオのメガストーンが反応し、光を放つ。

七色の光に包まれ、ルカリオはその姿を変化させていく。

黒い模様を体に刻み、咆哮と共に光を薙ぎ払い、ルカリオはメガシンカを遂げる。

「やっぱりメガシンカ使いネ。ルカリオが出てきたときから、メガシンカのエネルギーを感知していたわヨ」

メガシンカを遂げたルカリオの姿を見ても、マキノは顔色ひとつ変えない。

そして。

「ならば、こちらも問題ないわよネ」

何やら意味深な口調でそう呟き、マキノは機械化した右腕を上げ、掌を広げる。

「……?」

首を傾げるハルだが、その意図はすぐに分かった。

マキノの機械の掌の中に、何かが格納されていたのだ。掌が開き、隠されていたものが姿を現す。

「……それって! と、いうことは……!」

それは、ハルのブレスレットに填め込まれた宝石と全く同じもの。

すなわち、キーストーン。

 

「シンクロ率、100%――Mega evolution、起動。ハガネール、メガシンカ」

 

 

ハガネールの顎の下に、小さな機械が取り付けられていた。

そこに填め込まれていたメガストーンがマキノのキーストーンと反応し、光を放つ。

両者の放つ光が繋がり、ハガネールを包み込む。

光の中でハガネールの姿が変化するが、元々圧倒的な巨体を持つ故、そのシルエットはあまり変わっていない。特徴的な大顎が、さらに巨大になった程度。

明確な変化が起こったのは、光を吹き飛ばしてメガシンカした姿を現した直後。体を構成する鉱石の一部がさらに硬質化し、鋼の皮膚が剥がれ落ち強固な結晶体へと変化する。

そして剥がれ落ちた金属片は地面に落ちることなく、ハガネールの首回りを浮遊回転し始めたのだ。

「これが、メガハガネールか……!」

元々が大きすぎるため気づかなかったが、よく見てみるとメガシンカ前よりもう少しだけ大きくなっているように見える。

「さあ、ハルサン。貴方のメガシンカと私のメガシンカ、どっちが強いか、勝負ヨ」

「望むところです。だけど、勝つのは僕ですよ!」

双方のエースとなるメガシンカポケモンが、真っ白なバトルフィールドに相対する。



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第108話 鋼鉄の最終計略! 金剛のメガハガネール

「ルカリオ、発勁!」

メガシンカを遂げたマキノのハガネールに対峙し、ルカリオが右腕を振るう。

その右手から燃える炎のような青い波導を放出し、ルカリオは地を蹴って駆け出し、ハガネールの胴体へ波導を炸裂させる。

しかし、

「ハガネール、アイアンテール」

結晶体の体へと波導を撃ち込まれたハガネールは痛みを感じる様子すら見せずにルカリオを弾き返し、巨大な尻尾を動かす。

攻撃を弾かれて逆に体勢を崩したルカリオへ、結晶体の尻尾を振り下ろし、ルカリオを吹き飛ばした。

「くっ……! ルカリオ!」

幸いにも鋼技は効果今ひとつ、ルカリオはすぐに立ち上がる。

だが今の一撃で、ハガネールがただ硬いだけではないということが分かった。攻撃力も決して侮れない。

「防御はピカイチみたいだけど、これならどうだ! ルカリオ、波導弾!」

両手を覆う波導を青い光弾へと変え、ルカリオが波導弾を放つ。

必中の光弾はハガネールに向けて正確に飛び、そのまま直撃した。

波導の炸裂を顔面で受けてしまい、ハガネールは小さく呻く。

(発勁よりは通りがいい……顔に当たったからっていうのもあるだろうけど、少なくとも防御と比べると特防は低いみたいだな)

メガハガネール突破の糸口をひとつ掴んだハルだが、あくまでもそれは糸口。

己の切り札の弱点は、マキノ自身も理解しているはずだ。

「ハガネール、反撃ヨ。地震攻撃」

ハガネールが咆哮し、大きな尻尾で床を乱打する。

大地が揺れ、地鳴りと共に衝撃波が周囲一帯へ放出される。

「ルカリオ、ジャンプ! そのまま竜の波導だよ!」

地を這う衝撃波を跳躍して回避し、ルカリオは両腕の波導を放出する。

発射された波導のは青い竜の姿と形を変え、ハガネールに襲い掛かるが、

「ラスターカノン」

突如、ハガネールの周囲を漂う金属片が一斉に輝き、無数の鋼のレーザー光線を放射する。

竜の波導がハガネールを捉えるが、ルカリオも回避が間に合わず、無数の光線を浴びて床に落とされてしまう。

「ハガネール、ストーンエッジ」

立て直したハガネールが床に尻尾を叩きつけると、地中から無数の尖った岩の柱がルカリオを狙って突き出てくる。

「ルカリオ、躱して発勁! 顎を狙うんだ!」

右手に波導を纏わせ、ルカリオが駆け出す。

襲い来る岩の柱を躱し、くぐり抜け、足場に利用して跳躍し、岩の柱を乗り越えてハガネールの眼前へと迫り、右腕を振り上げアッパーカットを叩き込む。

ハガネールが仰け反り後退する。物理技でも顔に対しては多少は通るようだが、

「ラスターカノン」

ハガネールの周囲の金属片が輝き、一斉に鋼エネルギーの光線が放射される。

空中にいたルカリオには躱すことができず、光線をまともに浴びて吹き飛ばされてしまう。

「っ、やっぱり硬い……! 動きは遅いけど、ここまで硬いと遅くても問題ないのか……?」

このハガネールは動作自体は極めて遅い。同時に攻撃を繰り出しても、ルカリオの攻撃が普通に先に当たる。

しかしそれを補って余りあるハガネールの強みは、やはりその圧倒的な防御性能。

胴体への攻撃は効果抜群の一撃ですらほぼ通用せず、顔に攻撃を当てれば通りはするもののすぐさま反撃を繰り出してくる。

さらに厄介なのが、遠距離への攻撃手段を持っていること。これにより遠くからの一方的な攻撃も通用せず、結果的に隙がほとんど少なくなっている。

「ハガネール、地震」

再びハガネールが大地を打ち鳴らし、フィールドを大きく揺らす。

「ルカリオ、躱して波導弾!」

ルカリオは跳躍して地震の衝撃波を回避すると、両手に波導を纏わせて青い波導の念弾を放つ。

「ハガネール、ストーンエッジ」

ハガネールが尻尾で床を叩き、守りの壁を作るように岩の柱を地中から突き出す。

複数の柱が波導弾の行手を阻んで食い止め、残った岩の柱はルカリオを狙って次々と突き出てくる。

「ルカリオ、砕くよ! ボーンラッシュ!」

波導の槍を手に取り、ルカリオが槍を構える。

青い槍を回し、突き出し、ルカリオは岩の柱を打ち砕く。

「なら、ラスターカノン」

だが休む間もなく、ハガネールがさらに周囲の金属片を輝かせる。

「迎え撃つよ! 竜の波導!」

手にした槍は姿を変え、竜の頭を形作る。

ルカリオが青い光の竜を飛ばすと同時、ハガネールも金属片から鋼エネルギーの光線を発射。

双方の攻撃が正面から激突、競り合った末、爆発を起こす。

「今だ! ルカリオ、波導弾!」

爆煙に視界を阻まれようが、波導の力を持つルカリオには関係ない。掌から発射された波導弾が爆煙の中を突っ切り、確実にハガネールを捉える。

だが。

「ハガネール、地震」

咆哮によって煙が吹き飛ばされ、そこに現れた光景は、全体重を乗せた巨体でルカリオを押し潰そうと迫るハガネールの姿だった。

「まず……っ!? ルカリオ、躱して!」

咄嗟に飛び退き、ルカリオは間一髪のところでハガネールの全身のボディプレスを回避する。

しかしハガネールが床に激突し、大きな揺れと共に衝撃波が放たれる。

さすがにこれを躱す余裕はなく、ルカリオは衝撃波を受けて吹き飛ばされてしまう。

「ぐっ……ルカリオ、大丈夫!?」

効果抜群の一撃を受けたが、それでもルカリオは立ち上がる。決してダメージは小さくないものの、まだ充分戦える。

「よし、ルカリオ! ボーンラッシュ!」

波導の槍を手に取り、地を蹴ってルカリオが飛び出す。

一気にハガネールへ近づき、起きあがろうとするハガネールの頭上へ飛び乗り、槍の刺突の連撃を浴びせる。

「ハガネール、起きなさい。ラスターカノン」

攻撃後即座に距離を取ったルカリオに対し、ハガネールはゆっくりと鎌首をもたげ、周囲を浮遊する金属片から無数のレーザー光線を放つ。

「ルカリオ、波導弾!」

ルカリオの持つ槍が青い念弾へ形を変え、掌から放出される。

鋼のレーザー光線と激突し、再び爆発を起こし、

「ハガネール、地震」

咆哮で爆煙は吹き飛ばされ、尻尾を床に叩きつけてハガネールが地揺れと共に衝撃波を放つ。

「地震で来るなら……ルカリオ!」

地を駆けるルカリオが跳躍する。

次のハルの指示が分かっているかのように、右手に燃えるような青い波導を纏わせる。

「発勁!」

ハガネールの懐まで潜り込み、波導を纏わせた右腕を振り上げ、ハガネールの下顎を殴り飛ばした。

だが。

「ハガネール、ストーンエッジ」

呻き声をあげて仰け反りながらも、赤い瞳がルカリオを捉える。

次の瞬間、ルカリオを囲むように地中から無数の岩が出現。

「捕らえなさい」

マキノがそう告げた直後、岩が伸び、ルカリオを岩の柱で囲い込む。

さらに複数の柱が重なり合って組み合わさり、脱出不可能な岩の牢獄を作り上げてしまう。

「っ、しまった……! ルカリオ、抜け出して! 発勁だ!」

岩の中から、ルカリオが波導を纏わせた掌を叩きつける。

バキリ、と砕けるような音が響いたので手応えはあるようだが、無数に重なり合った岩の柱の牢獄はそう簡単には壊れない。

「ハガネール、アイアンテール」

しかしルカリオに比べ圧倒的な重量を持つハガネールなら、質量に任せて岩の牢獄を破壊することも容易い。

ハガネールがゆっくりと結晶体の尻尾を持ち上げ、狙いを定める。

狙うは岩の下のルカリオ。周りの岩ごと、標的を叩き潰すつもりか。

「っ、ルカリオ――!」

ハルが叫んだ、次の瞬間。

ハガネールの尻尾が振り下ろされ、岩の牢獄が容易く粉砕される。

だが。

 

「まだ、終わってません! ルカリオ、発勁!」

 

刹那。

崩れた岩の牢獄の中から、青い光が迸る。

無数の岩の柱を破壊し、その下のルカリオを押し潰そうとしていたハガネールの尻尾が、止まった。

「ん……?」

予想外かつ計算外の事態に、マキノが怪訝な表情を浮かべる。

砂煙が晴れ、慌ててマキノが状況を確認すると、

「なっ……まさか、ハガネールの尻尾を、持ち上げているノ!?」

さすがのマキノも驚きを隠せなかった。

ルカリオの両腕が巨大に膨れ上がった青い波導を纏わせ、ハガネールの尻尾を食い止めているのだ。

「ルカリオ! そのまま、押し返して!」

ルカリオが目を見開き、瞳から青い光を放つ。

刹那、ルカリオの掌からジェット噴射のように青い波導が放出され、ハガネールの尻尾を持ち上げ、押し返した。

バランスを崩し、ハガネールの巨体がぐらりと揺れる。

「今だルカリオ! ボーンラッシュ!」

ルカリオの両腕を纏っていた膨大な波導が、体を覆うように展開された。

跳躍し、両腕に青く輝く波導の槍を携え、二刀流の怒涛の連続攻撃がハガネールを襲う。

「っ、何なのこの力……何より、この波導の量は……ッ」

マキノの機械の瞳が点滅し、身体中に波導を纏うルカリオを捉える。

「なっ……メガシンカによるシンクロ率、150%ですっテ……!? 私とハガネールでさえ、そこまでのシンクロ率に達したことはないというのに……!」

表情に驚愕を浮かべたままのマキノは、それでも自分に言い聞かせるように言葉を続ける。

「ルカリオはピンチになると波導の力を増幅されるポケモン……その波導の力は尋常ではないけれど、裏を返せばそのルカリオの体力も残り少ないということ。これはジムバトル、ジムリーダーとして私がやるべきことは最後まで勝利を求めて戦うこと! ハガネール、貴方も全力を見せるのヨ!」

ハガネールもまだ起き上がり、マキノの言葉に応えて咆哮を上げる。大気を揺るがし、周囲の金属片を激しく回転させ、自身を鼓舞する。

「ハガネール、ラスターカノン!」

ハガネールの周囲の金属片が、一斉に輝き出す。

そこから撃ち出される無数の鋼のレーザーはルカリオを狙うのではなく、一点に収束していく。

一点に集められた鋼の光線は次第に規模を増し、やがて極太の巨大なレーザー砲として発射される。

「ルカリオ! 波導弾!」

ルカリオの体を覆う波導が、全て掌の一点に集約される。

腕を開くほどの巨大な波導の光弾を作り上げ、掌を砲口として青い波導の砲弾を撃ち出す。

巨大な波導の念弾と、強大な鋼エネルギーの砲撃が正面から激突。

激しい音を立てて両者が競り合い、その末に、遂に波導の念弾が鋼の砲撃を撃ち破る。

遮るものがなくなった波導の念弾はまっすぐハガネールへと突き進み、着弾して青い爆発を起こし、ハガネールを波導の渦に飲み込んだ。

「ハガネール……!」

ハガネールの巨体が揺れて傾き、地響きを立てて床に倒れ込む。

動かなくなったハガネールの体が七色の光に覆われ、その姿をメガシンカ前の元の姿に戻す。

すなわち。

 

『ハガネール、戦闘不能。ルカリオの勝利です。よって勝者、チャレンジャー・ハル!』

 

「よっし……やったあああああ! ルカリオ、勝ったよ! 勝ったんだ!」

思わず走り出したハルに向かって、ルカリオも駆け寄る。

お互いに最高の笑顔を浮かべ、ハイタッチを交わす。

「……負けてしまったわネ。ハガネール、お疲れ様。立派な戦いぶりだったわヨ」

しゃがんでハガネールの頭を撫で、マキノはハガネールをボールへと戻す。

「それにしても、あのルカリオの波導の力、そしてあの規格外なシンクロ率。やれやれ、また研究したい項目が増えてしまったわネ。困ったものだワ」

発言とは裏腹に愉快そうな笑みを浮かべ、マキノはハルへと歩み寄る。

「ハルサン、お見事ネ。貴方とポケモンたちの圧倒的な絆の力、この身にひしひしと感じたワ」

「ありがとうございます。マキナさんのハガネールも、とっても強かったですよ」

ハルの返事にマキノは微笑み、パチンッと指を鳴らす。

するとバトルで穴や亀裂だらけになった床や壁が、みるみるうちに勝手に修復されていく。

「うわぁ……!」

「このバトルフィールドを構成している物質も、私が作り出したのヨ。ひとりでに傷を治してしまう優れものなの。応用が難しくてまだこの部屋でしか運用できていない試作品なんだけド」

まぁそんなことより、とマキノは続け、白衣の懐から小さな箱を取り出す。

箱の中には、小さなバッジが入っていた。灰色の歯車の形をしており、中央に白くGの文字が刻まれた、シンプルな作りのバッジだ。

「これはイザヨイジム制覇の証、ガウスバッジ。さあ、受け取って」

「はい、ありがとうございます!」

ハルのバッジケースに填め込まれたジムバッジは、これで七つ目。

ポケモンリーグ出場まで、いよいよあと一つだ。



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第109話 次なる戦いの場に向けて

イザヨイジム制覇の証、ガウスバッジを手に入れ、ジムを出たハルは移動床に乗ってポケモンセンターへと向かう。

ポケモンセンターではラルドが待っている。勝利報告をして、この後ジムに向かうラルドにバトンを渡すのだ。

「ラルド! 勝ったよ!」

ポケモンセンターに戻り、ラルドに凱旋を告げる。

ハルの言葉が聞こえ、ロビーのソファに座っていたラルドが振り返り、立ち上がる。

「さすがだぜ、ハル。なら、次は俺の番ってわけだな」

「頑張ってね。ラルドとリザードンたちなら、きっと勝てるよ」

ハルがそう返すと、ラルドはまだ少し緊張した様子を見せながらも頷き、手を振ってポケモンセンターを出て行った。

「さて、まずはルカリオたちを元気にしてあげないと」

ジム戦を頑張ってくれたルカリオたち四匹の入ったモンスターボールを、ジョーイさんへと手渡す。

「はい。それでは、お預かりいたしますね」

ジョーイさんはにっこり微笑んでハルのボールを受け取ると、奥の部屋へと向かっていった。

 

 

 

待つこと一時間弱。

『ハルさん、お待たせしました! お預かりしたポケモンたちは、みんな元気になりましたよ!』

ポケモンたちの治療、回復が終わり、ハルを呼ぶアナウンスが響く。

「ありがとうございました」

「はい。またいつでもご利用くださいね」

ジョーイさんからモンスターボールを受け取り、戻ろうとしたその時。

「ハル! 戻ったぜ」

イザヨイジム戦を終えたラルドが、ポケモンセンターへと帰ってきた。

「ラルド、おかえり! ジム戦はどうだった?」

尋ねるハルだが、ラルドの表情を見れば勝敗は一目で分かった。

結果はもちろん、

「勝ったぜ。これで俺も、ポケモントレーナーとして第一歩を踏み出したってわけだな」

手にしたバッジケースを開き、得意げに笑うラルド。その中には、歯車を模したガウスバッジが煌めいていた。

ちなみにラルドの持つバッジケースは灰色で、白色や黒色の歯車模様がいくつも描かれたイザヨイジム製のもの。シュンインジムでイチイから聞いた通り、マデル地方では最初に突破したジムでジムバッジと一緒にバッジケースを貰うのだ。

「おお、やったね! ラルドならきっと勝てると思ってたよ」

「ありがとな。正直最初は緊張してたんだが、いざバトルが始まったら緊張なんてどこかに吹っ飛んじまった。ジム戦つっても、やることは一つ。いつも通りポケモンと一緒に全力で戦うだけだもんな」

ラルドはいかにも簡単そうにそう言ったが、一瞬で緊張を吹き飛ばすなどそう簡単にできることではない。

このメンタルの強さはやはりクリュウやゼンタに鍛えられてきた賜物だろう。

「つーか、ハル、聞いてくれよ」

先程まで笑みを浮かべていたラルドは、急に頬を膨らませる。

「マキノさん、俺がクリュウさんに鍛えられてること知ってるからって、開口一番『貴方は強いから、バッジ五個の挑戦者と戦うレベルで戦うわネ』だぜ? こっちはバッジ持ってないどころかジム戦すら初めてなのによ……」

「あはは……マキノさんらしいね……」

ジムリーダーは挑戦者のレベルに合わせて戦っているのでマキノの判断は正しいのだが、初めてのジム戦でいきなりそんなことを告げられるラルドの気持ちも分からなくはない。

「ま、まぁ、勝ったんだからいいじゃない。逆に言うなら、ジムバッジを五個持っているトレーナーと同じくらいには強いってことだよ」

「まあな……にしても、疲れちまったよ。ハル、昼飯にでもいかねーか?」

「そうだね、ちょうどお昼時だね。ポケモンセンターの食堂にする?」

「ああ、いいぜ」

ジム戦での熱い戦いを終えた二人は、腹拵えに向かう。

 

 

 

ポケモンセンターの食堂は、バイキング形式になっている。

四人用のテーブル席とカウンターしかないが、別に満席というわけでもないので、二人はテーブル席に腰掛けている。

「ラルドの皿、野菜ばっかりじゃない?」

「ん? あぁ、俺あんまり肉とか食べねえんだ。食べたくないほど嫌いってわけじゃないし、出されれば普通に食べるけど、自分で選んでいいって言われると野菜ばっかになるな」

ラルドの皿に盛られているのは野菜炒めやサラダばかり。一応野菜炒めにお肉は入っているが、ほぼ野菜。

健康的なのはいいことではあるが、なんだかラルドのイメージと違う。

「知ってるか? 野菜は体にいいんだぞ?」

「うん……それはその通りなんだけどね」

ドヤ顔で野菜炒めを頬張るラルドにそう返しながら、ハルも自分の料理を口に運ぶ。

そんな時、

「あれ? ハル君じゃね?」

唐突に、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

振り返ると、

「あっ、スグリ君!」

そこに立っていたのは、ハダレタウン以来の再会となるスグリだった。

「久しぶりだね! 元気にしてた?」

「もちろん。飯食って、これからイザヨイジム戦に挑むところだったんだ。ハル君、もう行った?」

「うん。今朝挑んで、無事七個目のジムバッジを手に入れたところだよ」

ハルは微笑み、バッジケースを開く。旅の成果を示す、七個のバッジが輝く。

「わお、ハル君もうバッジ七個なのか……また追い抜かれちゃってるな。ま、今から勝ってくるから、すぐに追いつくけどね」

そう言って、スグリもバッジケースを開く。煌めく六個のバッジの中には、いくつかハルの知らないバッジもある。

ところで、とスグリはハルの隣――ラルドに視線を移し、

「隣の男の子は? ハル君の友達?」

「うん、ラルドって言うんだ。最近旅に出たばっかりなんだけどね、ラルドも今日初めてのジムバッジをイザヨイで手に入れたんだよ」

「マジ? ラルド君だっけ、すごいじゃん」

ハルの言葉に、スグリは感心したように目を開く。

「お、おう、ありがとな。ということは、お前もポケモントレーナーなんだな」

少し照れ臭そうに笑みを浮かべ、ラルドもスグリのバッジを眺める。

「そそ。ハル君とは友達でありライバルって感じ。メガシンカを得たハル君にこの間負けちゃったから、リベンジするべく鍛えてるのさ」

「そうは言っても、スグリ君にはそのバトルでようやく勝ったんだけどね……それまではずっと負け続けて、ようやく勝ったって感じだし」

「……とりあえず、どっちも強いってことだな。俺も二人に並べるように頑張らなきゃな」

ハルとスグリのやり取りを見て、ラルドの士気も高まる。

「さてっと。そんじゃ、オレはそろそろジムに挑戦して来ようかな。ハル君の話を聞いたら、俄然やる気が湧いて来たよ。サクッと勝って、ハル君に追いついてくるよ」

そう言ってスグリは手を振り、ポケモンセンターを走り去っていった。

「ハル。あいつ、そんな強いのか?」

「スグリ君は強いよ。正直、かなり強い。前回は僕が勝ったけど、次に戦ったら普通に負ける可能性も大いにあるくらいにはね」

「おいおい、マジかよ……上には上がいるもんだな」

椅子にもたれかかったまま、ラルドは天を仰ぐが、

「……だけど、それを聞いたら俺もますますやる気が出てきたぜ。マデルにはまだまだ俺の知らない強者がたくさんいる。そんなやつらと戦って勝てるように、頑張らないとな」

その後、二人は食事を終え、ラルドはジョーイさんから元気になったポケモンを受け取る。

「ハルは暫くイザヨイに残るのか?」

「うん。せっかくマデル一番の大都市に来たわけだから、いろいろ観光もしたいし。それに、もうすぐバトル大会も開かれるからね。ポケモンリーグ出場を目指す者として、出場しないわけにはいかないよ」

「なるほどな。その大会って、いつだっけか」

「えっと、ちょっと待ってね」

ハルはアルス・フォンを取り出し、ポケモンリーグのホームページを開く。

「ちょうど一週間後だね。街の真ん中のイザヨイスタジアムで開催されるみたいだよ」

「うーん……だったら、俺はちょっと別の街へ向かうかな」

そう返し、ラルドはモンスターボールを取り出す。

「一週間あれば、ジムバッジをもう一つくらいは獲れるだろ。バッジを少しでも集めて、大会までには戻ってくるよ」

「そうだね、分かった。それじゃ、また一週間後、大会でね」

「おうよ。バッジを増やして強くなった俺を楽しみにしててくれよな。スグリにも、よろしく伝えといてくれよな」

ラルドはリザードンを出すと、背中に飛び乗り、笑顔で手を振って飛び去っていった。

 

 

 

再び、待つこと一時間弱。

「ただいま、ハル君」

ポケモンセンターのロビーのソファに腰掛け、アルス・フォンを弄っていると、ジム戦を終えたスグリが帰ってきた。

「スグリ君、おかえり。ジムはどうだった?」

ハルが立ち上がり尋ねると、スグリは余裕の笑みを浮かべ、バッジケースを開く。

七個目の位置に、煌めくガウスバッジが填め込まれていた。

「ま、オレの実力があればよゆーだったね。メガハガネール相手にちょっと攻めあぐねたけど、最後はスピードで押し切ったよ」

そーいや、とスグリは言葉を続け、

「さっき一緒にいた男の子、えーっと、ラルド君は?」

「あぁ、次のジムに向かうからって、行っちゃった。スグリ君にもよろしくってさ」

「そっかぁ。もっと色々話聞きたかったんだけど、残念だなぁ。まあでも、大会の日には戻ってくるんでしょ?」

「うん、そう言ってたよ」

「んじゃ、その日にたくさん話すとしますか」

んー、と伸びをし、スグリは再びハルの方に向き直る。

「ハル君、この後時間は?」

「あるよ。今日はもう特に予定はなかったから」

ハルの返事を聞くと、スグリは再びニヤッと笑う。

そして、続ける。

 

「それじゃさ。オレのポケモンを回復させたら、久々にポケモンバトル、しない?」



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第110話 速攻主義者のリベンジマッチ

イザヨイシティポケモンセンター、地下の交流場。

そのバトルフィールド内に対峙するのは、ハル、そしてスグリ。

「ハル君とバトルするのも、これで四回目か」

「そうだね。シュンインシティとカザハナ大会では僕が負けて、ハダレタウンでようやく僕が勝った。今回も勝って、二勝二敗の五分に追いついてみせるよ」

「追いつく……それはオレの台詞さ。前回はハル君に負けて追い抜かれたけど、今回はそうはいかない。今度はオレが追い抜く番だよ」

バトルは三対三に決まった。両者、同時にボールを手に取る。

「それじゃ、始めるよ! 頼んだよ、オノンド!」

「よっしゃ。出て来い、コジョフー!」

ハルの一番手は、苦手タイプが少なく、かつスグリとのバトルでは初選出となるオノンド。

対するスグリのポケモンは、小型の獣人のようなポケモン。フィールドに立つと、拳法家のような構えを取る。

 

『information

 コジョフー 武術ポケモン

 流れるような華麗な連続攻撃を

 得意とする。圧倒的な手数によって

 パワーの低さをカバーしながら戦う。』

 

構えを取っている姿から予想した通り、格闘タイプのポケモンのようだ。

「先手は貰うよ。コジョフー、燕返し!」

バトルが始まると同時、コジョフーは地を蹴って飛び出したかと思うと、次の瞬間にはハルの視界から消える。

「っ!」

たんっ、と音が響く。

慌てて音源の方を振り向くと、壁を蹴ったコジョフーが爪を構え、既にオノンドの距離を一気に詰めていた。

「横に跳んだのか! オノンド、ドラゴンクロー!」

コジョフーの爪に切り裂かれるが、鱗に軽い傷がついた程度。一撃はそこまで重くない。

素早くオノンドは両腕に青く輝くオーラを纏わせ、反撃の竜爪を振るうが、

「遅い遅い! 燕返し!」

爪が振り下ろされるよりも早くコジョフーはオノンドの背後へと回り込み、再び鋭い爪を振り抜く。

さらにそのまま右手を地につけ、片手で逆立ちしたかと思うとそのまま回転、オノンドに蹴りを叩き込む。

「サイコパンチ!」

そしてコジョフーの攻撃はまだ終わらない。拳に念力を纏わせてそのまま突き出し、オノンドを殴り飛ばした。

「速い……っ! オノンド、立て直すよ! 落ち着いて行こう!」

いきなり連続攻撃を浴びたが、当然この程度ではオノンドはやられない。

即座に起き上がると、ハルの声に応えて雄叫びをあげる。

「さあ、反撃だ! 炎の牙!」

斧のような鋭い牙に炎を灯し、オノンドが突撃する。

「コジョフー、躱して燕返し!」

爪を構え、コジョフーもオノンドを迎え撃つように走り出す。

しかし正面から激突はしない。衝突の寸前、コジョフーはふわりと跳躍してオノンドの炎の牙を回避し、背後を取ってすかさず爪の連撃を振るう。

「ドラゴンクロー!」

だがオノンドも負けてはいない。両手に光の竜爪を纏うと、その場で回転し薙ぎ払うように周囲を切り裂く。

双方の斬撃がぶつかるが、パワーならオノンドの方が上。竜爪が燕返しを打ち破り、コジョフーを突き飛ばす。

「今だ! オノンド、瓦割り!」

さらにオノンドは宙を舞うコジョフーを追い、上空から手刀を振り下ろす。

「来るぞ! 躱してサイコパンチ!」

床に落ちる寸前、コジョフーは受け身をとって素早く起き上がる。

体を捻ってオノンドの攻撃を回避し、念力を込めた拳を振り抜き、叩きつける。

「これくらいなら……! オノンド、シザークロス!」

念力の拳を受けたオノンドだが、体勢を崩すことなく地に足をつけて耐え切る。

長い二本の牙を構えて、再びオノンドはコジョフーへと切りかかっていく。

「当たらないさ! コジョフー、燕返し!」

立て続けに牙を振るうオノンドだが、コジョフーには当たらない。

斬撃を躱すばかりか、回避しながら隙を突いて鋭い爪で反撃する余裕まで見せる。

「突き飛ばせ、サイコパンチ!」

「……今だ! シザークロス!」

着地すると同時に念力を纏わせ強化した拳を放つコジョフーに対し、全く同じタイミングでオノンドも牙を振るう。

正面衝突すればオノンドに分があるのは先程見た通り。オノンドの牙が均衡を破り、コジョフーを切り裂いた。

「っと、やるじゃんハル君。オレのコジョフーの動きに、もう対応できるなんてさ」

「ギリギリだけどね……だけど気付いたよ。そのコジョフー、燕返しに比べてサイコパンチは少しだけ前隙が大きいよね。燕返しも手数は圧倒的だけど一発一発の火力は控え目だから、僕のオノンドなら頑丈な鱗を盾に反撃に出られるよ」

「そこまで気付かれてるかぁ。いやぁ、さすがはハル君だ」

苦笑いを浮かべるスグリだが、油断はできない。コジョフーの残り二つの技はまだ見えていない。

「だけど、オレとしても負けられないんでね。前回のリベンジ、果たさせてもらうよッ!」

そう力強く言い放つスグリに呼応し、コジョフーも再び動き出す。

「コジョフー、サイコパンチ!」

念力を両拳に纏わせ、コジョフーが地を蹴って飛び出す。

「来るよオノンド! 躱してドラゴンクロー!」

流れるように連続して放たれるコジョフーの念力の拳をなんとか回避すると、オノンドは両腕に光の竜爪を纏わせる。

対して。

「今だ! ドレインパンチ!」

コジョフーの右拳が淡い緑色の光を放つ。

襲い来る輝く竜爪を潜り抜け、光る拳がオノンドの腹部へと突き刺さった。

「っ! オノンド!?」

拳を撃ち込まれたオノンドだが、吹き飛ばされなかった。

その代わり、体から力が抜けてしまったかのようにその場で膝をついてしまう。

そして対照的に、コジョフーの体の傷が少し癒えている。

「これは……体力が吸い取られた?」

「そーゆーこと。ギガドレインとか吸血と同じ、ドレインってやつだね」

ドレインは、相手に与えたダメージの半分を吸い取って回復するという厄介な性質の技だ。

スグリが挙げた通り、ドレインの性質を持つ技はいくつかあり、ドレインパンチもその中の一つ。

「オレのコジョフーは耐久力が低いのが弱点でね。しぶとく戦うためには、相手の体力を戴いて補う必要があるんだ。さ、続けて燕返し!」

爪を伸ばし、コジョフーが体勢を崩したオノンドに飛び掛かる。

オノンドの周囲を舞い踊るように飛び回り、鋭い爪の華麗な連続攻撃を浴びせる。

「くっ、オノンド、振り払って! ドラゴンクロー!」

片膝をつきながらもオノンドは両腕に光の竜爪を纏わせ、周囲一帯を切り払うが、

「遅い遅い、躱してサイコパンチ!」

やはりと言うべきか、オノンドの斬撃はコジョフーに届かず、一歩下がったコジョフーは拳に念力を纏わせると、即座に地を蹴って飛び出す。

「オノンド、そこで迎え撃つよ! シザークロス!」

オノンドもようやく立ち上がり、長い斧のような両牙を構え、その場でコジョフーを迎え撃つ。

コジョフーの拳に合わせてオノンドも牙を振るう。一振り目は躱されるが、立て続けに放った二発目の牙がコジョフーの拳とぶつかり合う。

そのまま力任せに牙を振り抜き、コジョフーの体勢を崩すと、

「瓦割り!」

手刀を勢いよく振り下ろし、今度こそコジョフーに明確な打撃を叩き込んだ。

「よっしゃ! オノンド、一気に行くよ! ドラゴンクロー!」

オノンドが雄叫びをあげ、両腕に青く輝く竜爪を纏わせる。

竜の力を帯びた巨爪を構え、ようやく隙を見せたコジョフーに対して一気に振り下ろす。

だが。

 

「コジョフー! 飛び膝蹴り!」

 

コジョフーが地を蹴り、オノンドに正面から突っ込む。

激突の寸前、コジョフーは思い切り首を横に振ってオノンドの爪を躱すと、その体勢のまま体を捻って渾身の膝蹴りを放つ。

オノンドの頬へと膝を食い込ませ、そのまま脚を振るって凄まじい勢いでオノンドを床へと叩き落とした。

「なっ……!?」

「決める! サイコパンチ!」

拳に念力を纏わせ、コジョフーが急降下する。

床に叩きつけられ呻くオノンドへ、回避する隙も与えず念力で強化された拳を叩き込んだ。

「オノンド!?」

砂煙が晴れると、既にオノンドは目を回して戦闘不能となっていた。

「つ、強いね……オノンド、お疲れ様。ゆっくり休んでてね」

オノンドの頭を撫でてボールへと戻し、ハルはスグリとコジョフーの方へ向き直る。

「さすがはスグリ君のポケモンだね。隙が少ないしスピードも速い……火力で押していくしかないと思ったけど、あの跳び膝蹴りは想定してなかったよ」

「まあねー。ハダレタウンでハル君と戦った後に、一部のメンバーに新しい戦法を組み込んでみたんだ。今まではただスピードで攻めるだけだったけど、その中に一個だけ、単発の威力を重視した大技を持たせる。あの時点では、ジュプトルの草の誓いで試してはいたんだけどね」

その結果が、ギリギリまで隠していた今の飛び膝蹴りの威力。スグリのバトルスタイルもまた、進化しているということだ。

「さ、バトルを続けようよ。ハル君の次のポケモンは?」

「そうだね。コジョフーが相手なら、君だ! 出てきて、エーフィ!」

ハルが二番手に選んだのはエーフィ。格闘タイプのコジョフーに対しては有利に戦える。

「んー、やっぱりエーフィで来たか。コジョフーからは有効打があんまりないけど……ここで引いてもあんまり意味はないね。コジョフー、もう少し頑張れるかい?」

スグリの言葉にコジョフーは頷き、戦闘の構えを取り直す。

「エーフィ、先手こそ取られたけど、バトルはまだまだここから。立て直していくよ」

エーフィも一歩踏み出し、コジョフーを見据える。準備は万全だ。

「よし、行こうか! コジョフー、燕返し!」

再びコジョフーが先手で動き出す。

鋭い爪を伸ばし、コジョフーが地を蹴って勢いよく駆け出す。

「必中技にはこっちも必中技だ! エーフィ、スピードスター!」

対するエーフィは後ろに飛び退きつつ、尻尾を振るって無数の星形弾を飛ばす。

極めて隙の少ないコジョフーの燕返しだが、必中の星形弾に行手を阻まれ、その爪はエーフィに届かない。

「エーフィ、シャドーボール!」

エーフィの額の珠が影を集めて黒く輝き、影の力を集めた黒い弾を放つ。

「遅い遅い、躱してサイコパンチ!」

影の弾を飛び越え、一気にエーフィとの距離を詰め、コジョフーが念力を纏った拳を突き出すが、

「それはどうかな! マジカルシャイン!」

黒く輝いていたエーフィの額の珠は一瞬にして白い輝きを放ち、直後、周囲へと純白の光が放出される。

「ヤバっ……コジョフー、離れろ!」

スグリが慌てて指示を出すが間に合わず、コジョフーは白い光に飲み込まれ、吹き飛ばされる。

「今だ、サイコショット!」

宙を舞うコジョフーに対し、エーフィは額の珠から念力の弾を撃ち出す。

念弾がコジョフーに直撃。撃墜され、コジョフーは戦闘不能になってしまう。

「うーん、ここまでか。まだ耐久力はあんまり鍛えてあげられてないし、仕方ないな。コジョフー、よくやったぞ」

コジョフーをボールに戻したスグリは、どうやら二番手が決まっている様子。即座に次のボールを手に取る。

「エーフィで来るなら、予定通りだ。出て来い、ニューラ!」

スグリの二番手はハルも見たことがあるポケモン、エスパータイプに有利な悪タイプのニューラだ。フィールドに立つと余裕たっぷりに腕を組み、エーフィを一瞥してケラケラと笑う。

「次はニューラか……だけど、まだ進化してないんだね。スグリ君のニューラの実力から考えたら、進化しててもおかしくないのに」

「そーなんだよねー。かなり鍛えてるはずだから、何か進化の条件があるんだろうね。持ってる進化の石は全部試したんだけど、進化する気配は一向に無くてさ。まぁ今のままでも充分強いから、気長に進化方法を探してるよ」

実際、スグリの言う通りだ。このニューラは強い。

直接バトルをしたことはないものの、テンションを抑えていたとはいえ魔神卿ロノウェのバクオングを圧倒したのをハルは目の当たりにしている。

「それじゃ、再開と行こっか」

軽くスグリがそう告げ、ニューラは組んでいた腕を伸ばし、不敵に笑って鉤爪を構える。



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第111話 忍び迫る冷酷の鉤爪

「それじゃ、行こっか。ニューラ、冷凍パンチ!」

鉤爪の周囲を冷気が渦巻き、鋭い爪に氷の力を纏わせ、ニューラが駆け出す。

「エーフィ、迎え撃つよ! スピードスター!」

対するエーフィは二股の尻尾を振り抜き、無数の星形弾を飛ばす。

必中の星形弾はニューラを目掛けて正確に飛び、進路を塞ぎつつ迫る。

しかし、

「ニューラ、その拳、床へ差し込め!」

スピードスターに襲われる直前、ニューラは冷気を纏った右拳を床へ突き刺す。

刹那、ニューラの前方へ壁のように氷の柱が出現。無数の星形弾は氷の柱群に阻まれてしまう。

「だったら、シャドーボール!」

即座にエーフィは額の珠から黒い影の弾を作り上げる。

氷の柱をシャドーボールで破壊し、さらにその向こう側のニューラへもう一発を放つが、

「遅い遅い! ニューラ、地獄突き!」

既にニューラはそこにはいない。

刹那、風を切る音が響いたかと思うと、上空からニューラが鋭い鉤爪を突き出し、落下の勢いも乗せて襲いかかってくる。

「っ!」

咄嗟にエーフィはニューラの急降下攻撃を回避するが、

「逃すな! もう一発だ!」

その次の一撃にまでは対応しきれず、ニューラの鋭利な一突きを喉元に受けてしまった。

「しまった……エーフィ!?」

効果抜群の大きなダメージを受けたが、まだやられてはいない。

立ち上がったエーフィだが、しかし、咳き込んで苦しそうな様子を見せる。

「エーフィ……大丈夫?」

苦悶の表情を浮かべながらも頷くエーフィだが、声が掠れている。

代わりにハルの言葉に答えるのはスグリだ。

「地獄突きを受けるとしばらくの間、音を使う技が出せなくなるよ。ハル君のエーフィは音の技は覚えていないから関係ないだろうけど、音、つまりは声を封じるために喉にダメージを与えるから、一時的に喉が潰れちゃってるんだよ。しばらく経てば治るから、安心して」

スグリの説明を聞いて、ハルはハダレタウンでの大会のことを思い出す。

あの時も、スグリはニューラの地獄突きでロノウェのバクオングの大声を使った戦法の対策をしていた。

声の出せないエーフィだが、ハルの目を見据え、まだやれると言わんばかりに頷く。

「……ありがとう。エーフィ、ちょっと辛いだろうけど、頑張るよ! スピードスター!」

バトル再開。エーフィは尻尾を振り抜き、再び無数の星形弾を飛ばす。

「必中技はちょっと苦手なんだけど……ニューラ、もう一度冷凍パンチ!」

冷気を纏った鉤爪を床に突き刺し、先程と同じように氷の柱を発生させる。

無数の星形弾は氷の柱に阻まれ、

「メタルクロー!」

今度は鉤爪で即座に氷を砕き、再び駆け出す。

「来るよエーフィ、シャドーボール!」

エーフィが額の珠を黒く染め、影の弾を作り上げる。

立て続けに黒い影の弾を放つが、ニューラは不規則な動きで容易く影の弾を躱しつつエーフィへ接近、鋼のように硬化させた鉤爪を振るう。

「今だ、地獄突き!」

メタルクローでエーフィの体勢を崩し、さらにニューラはエーフィの喉笛を狙い鉤爪を構える。

「させないッ! マジカルシャイン!」

だが今度はエーフィの方が早い。額の珠を白く輝かせ、周囲一帯に眩く煌めく純白の光を放出する。

腕を突き出したニューラを逆に押し返し、光に飲み込み、吹き飛ばした。

「っ、やるじゃん。やっぱりマジカルシャインが厄介かな?」

だがニューラもこの程度ではまだ倒されない。立ち上がると、不機嫌そうに低く唸る。

「そうは言っても、やることは変わんないね。さあ、反撃だ! ニューラ、メタルクロー!」

両腕の爪を硬化させ、ニューラが地を蹴って飛び出す。

予測不能の不規則な動きから一転、今度は一直線に駆け抜け、一気にエーフィとの距離を詰めて鉤爪を振るう。

「っ、速い……! エーフィ、躱して!」

スピードスターは間に合わない。咄嗟にエーフィはその場から飛び退き、ニューラの斬撃を間一髪のところで回避し、

「シャドーボール!」

額の珠に黒い影の力を集め、反撃に転じる。

だが、

「そこだ! 氷の礫!」

エーフィに躱され、空を切ったニューラの鉤爪に冷気が集まったかと思うと、そこから無数の氷の礫が飛び出す。

シャドーボールを放出するよりも早く、無数の氷弾がエーフィを捉える。体勢を崩されて影の弾は霧散してしまい、

「ニューラ、メタルクロー!」

鋼の如く硬化させた鉤爪を構えて切り込み、今度こそエーフィを切り裂く。

「逃がさないよ! エーフィ、スピードスター!」

鋭い鉤爪の一撃だが、先程の地獄突きに比べれば威力はずっと低い。エーフィも即座に尻尾を振り抜き、すかさず無数の星形弾を放つ。

思っていたよりも反撃が早かったようで、ニューラは咄嗟に回避しようとしてしまうが、スピードスターは必中技。正確に追尾し、避けた先のニューラへ無数の星形弾が直撃する。

「シャドーボール!」

「くっ、ニューラ! 戻って来るんだ!」

さらにエーフィが額から黒い影の弾を放つが、起き上がったニューラはその場から飛び退いて何とか回避、一旦スグリの元まで退いて体勢を立て直す。

「ふー、危ない危ない……気をつけろ、ニューラ。タイプ相性では有利でも、相手はハル君なんだ。油断するなよ」

スグリの指示を受けて頷き、ニューラはエーフィを睨みつけると、再び鉤爪を構える。

「っし、ニューラ! メタルクロー!」

「エーフィ、来るよ。迎え撃って」

再びニューラが駆け出す。エーフィの元まで一気に高速接近し、鋼のように硬化させた鉤爪を振り抜く。

その瞬間を狙い、

「……今っ! エーフィ、躱してシャドーボール!」

額の珠に黒い影を集め、ニューラの攻撃をギリギリまで引きつけ。

鉤爪が振われた刹那、エーフィは僅かに退いて斬撃を回避。そのまま、漆黒の影の弾を放つ。

だが、

「オレの方が速い! 氷の礫!」

空を切ったニューラの鉤爪はそこで止まらない。

冷気を纏ったかと思うと、次の瞬間には無数の氷の礫を弾丸のように射出し、エーフィに氷の礫を浴びせる。

「っ……!」

「冷凍パンチ!」

鉤爪に冷気を纏わせたまま、ニューラは一気にエーフィの懐へ飛び込み、冷気を帯びた爪を突き刺す。

冷凍パンチを受けたエーフィは殴り飛ばされなかった。その代わりに、強い冷気がエーフィの体を凍りつかせていく。

「エーフィ! くっ、これは……」

冷凍パンチの追加効果、氷の状態異常だ。幸い全身を氷漬けにされたわけではないが、この状態ではニューラの攻撃を回避することもままならない。

そして、

「もらった! 地獄突き!」

そんな隙を逃すほど、スグリは甘くはない。

待ってましたとばかりに不敵な笑みを浮かべたニューラが、右腕を構えて鉤爪を思い切り突き出す。

鉤爪による鋭利な地獄突きが、エーフィの喉元を捉えた。

それと同時に。

「それなら! マジカルシャイン!」

回避できないのであれば、もはや迎え撃つしか道はない。

氷の鉤爪が喉笛を捉えた、その刹那、エーフィの額の珠から白く煌めく純白の光が放出される。

いくらスピードが自慢のニューラでも、攻撃直後かつゼロ距離での反撃を回避することなどできるはずもなく、ニューラは光の中心に飲み込まれ、派手に吹き飛ばされた。

「ニューラ……!」

宙を舞って床に激突、二度三度とバウンドし、ようやく床に倒れたニューラはそのまま動かなくなった。

しかし、

「っ! エーフィ!」

光が収まると同時に、エーフィも力尽き、その場に倒れ伏した。すなわち、両者共に戦闘不能だ。

「よく頑張ったね、エーフィ。いい活躍だったよ。休んでてね」

「上出来だ、よくやったぞニューラ。後は任せて、休んでな」

お互い、戦い抜いたポケモンをボールへ戻す。

ハルからすれば、最後までルカリオを温存できたのは大きい。エーフィは苦手な悪タイプ相手に相打ちまで持ち込んだのだ、大健闘だったと言っていいだろう。

「うーん、マジカルシャインみたいな広範囲攻撃への対策がまだ課題だなぁ。それでもオレのニューラ、進化せずとも強かったでしょ?」

「そうだね。超至近距離のマジカルシャインを決められたからなんとか引き分けにできたけど、あれがなかったら危なかった。スピードも攻撃力も高いし、何より動きに無駄が少ないよね、スグリ君のポケモンは」

ニューラだけではない、初手のコジョフーもそう。

スグリのポケモンはスピードを持ち味とするポケモンたち。しかも全員が全員、ただ素早いだけではなく攻撃前後の隙が極めて少ない。そして隙が少なくなれば、その分の僅かな時間を追撃や回避に当てられ、結果的にさらに攻撃速度が上がっていく。

スグリのポケモンバトルのセンスは本当に天才的だ。しかし、だからといってハルも負けるわけにはいかない。

「さて、お互いに最後の一体だね」

「ああ。出すポケモンはもう決まってる」

これが最後の一匹。お互いにボールを取り出し、両者のエースを繰り出す。

「さあ頑張るよ! ルカリオ!」

ハルの最後のポケモンはルカリオ。やはりエースのルカリオでなければ、スグリには勝てない。

対して。

「勝とうぜ! ジュカイン!」

スグリのポケモンは、ジュプトルよりもさらに大きくなった緑色のトカゲのようなポケモン。

 

『information

 ジュカイン 密林ポケモン

 木々の枝から枝へ身軽に飛び移り

 相手を惑わし鋭い葉で敵を仕留める。

 密林での戦いは無敵の強さを誇る。』

 

スグリのエースであるジュプトル、その最終進化系だ。

華奢な体つきだったジュプトルよりも少しがっしりしているが、細身でスタイリッシュなのは相変わらず。背中には四つの種のようなものが生えており、尻尾の葉の数が大きく増えている。

「ジュカイン……スグリ君のジュプトル、進化してたんだね」

「そ、六個目のバッジを賭けたジム戦でね。どう? この首元のスカーフ、似合うでしょ?」

ジュカインの首元には、赤のスカーフが巻いてある。持ち物というわけではないが、赤と緑がおしゃれにマッチしている。

再び対峙する両エース、ハダレタウン以来の対決。その時はメガルカリオが勝ったが、ギリギリの勝利だった。まして今回はジュプトルの進化系、ジュカインが相手だ。油断などするはずもない。

「大丈夫だよルカリオ。今の僕たちなら、きっと勝てる。僕たちの絆の力、スグリ君にぶつけてやろう!」

前回はメガシンカの力を得て思い上がっていたハルだが、今回は違う。

正しい絆の力、正しいメガシンカの力を理解し、もう一度スグリに勝つ。

「僕と君の、絆の力に応えて! ルカリオ、メガシンカ!」

ハルのキーストーンの輝きにルカリオのメガストーンが反応し、光を放つ。

両者の光が繋がり、ルカリオを七色の光に包み、その姿を変えていく。

黒き紋様を体に刻み、咆哮と共にルカリオはメガシンカを遂げる。

「来たか……メガルカリオ。だったら」

思わず。

スグリの脳裏に、前回の敗北が僅かにチラつく。

「こっちも行くぞ、ジュカイン。お前の新たなる力、お披露目の時だぜ」

しかし、今回は違う。冷や汗を浮かべつつも、バトルを楽しむ笑みを浮かべ、スグリは左手突き出す。

その左手の親指には、煌めく宝石を填め込んだ指輪がついていた。

そして。

「……! スグリ君、その指輪は」

「気づいたね。そうとも、オレは手に入れたのさ。ジュカインをメガシンカさせるために……こいつを!」

指輪の中で煌めくその宝石は。

紛れもなく、キーストーンだった。

 

「オレたちの熱い絆ってヤツを、見せてやる! ジュカイン、メガシンカだ!」



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第112話 翠の絆

ジュカインが首元に巻く、赤いスカーフ。

その留め具に填められていたメガストーン、ジュカインナイトが、スグリのキーストーンと反応し、光を放つ。

両者の光が繋がり、七色の光がジュカインを包み、その姿を変えていく。

光の卵の殻を破るが如く、七色の光を解き放ち、メガシンカを遂げたジュカインが姿を現す。

頭や腕の葉がより鋭利な形状に変化し、胸から背中にかけてX字状に広がる草のアーマーを纏う。

背中に付いた種も増えており、尻尾に近づくにつれ赤く染まっていく。そして何よりの特徴は、大型化し針葉樹のように尖ったその尻尾だ。

「どう? カッコいいでしょ。オレ、メガジュカインのこの姿、すっげー気に入っちゃってさ。もちろんそれに見合った実力を持ってる自信もあるし、オレの相棒にぴったりだよね」

スグリの言葉が聞こえ、ジュカインは嬉しそうにニヤッと笑う。

「さあ、これでハル君に追いついた。後は追い抜くだけ。この勝負、絶対に勝たせてもらうよ」

「そうはいかないよ。僕だって、あの時とは違う。正しい絆の力を教わった。ルカリオと一緒に、必ず勝つよ」

両者のメガシンカポケモンが、戦闘体勢に入る。

準備は整った。

「ルカリオ、発勁!」

「ジュカイン、リーフブレード!」

二人が初撃の指示を出したのは、ほぼ同時だった。

ルカリオの両掌から揺らめく炎が如き青い波導が吹き出し、対するジュカインの両腕の葉が鋭い刃のように伸びる。

双方が駆け出し、正面切って激突。波導の打撃と葉刃の斬撃の激しい連続攻撃が真っ向から炸裂する。

「ジュカイン、竜の波動!」

激しい攻防が続く中、僅かな隙を突いてジュカインがルカリオの攻撃を捌き、跳躍する。

ルカリオの波導拳が空を切り、直後、輝く蒼竜の波動が襲い掛かる。

「ルカリオ! こっちも竜の波導!」

輝く竜の波動の直撃を受けるが、すぐさまルカリオは起き上がり、同じく掌から青く輝く竜の形を取った波導を放つ。

「躱せジュカイン! 一気に接近だ!」

輝く蒼竜を身をかがめて回避し、そのままジュカインは地を蹴り、一気に飛び出す。

腕の葉を伸ばしつつ、一瞬のうちにルカリオとの距離を詰め切り、

「シザークロス!」

弱点を見定め、両腕を振り抜き、鋭利な二振りがルカリオを切り裂いた。

「っ、急所を狙われた……! ルカリオ、大丈夫!?」

幸い、虫技のシザークロスなら効果は今ひとつ。しっかりと地に足をつけて立ち、ルカリオはハルの声に頷き、気合を入れ直すべく雄叫びをあげる。

「さあ、休ませないよ! ジュカイン、竜の波動!」

「だったら! ルカリオ、ボーンラッシュ!」

ジュカインが咆哮と共に輝く光の竜のオーラを放ち、対するルカリオは手を纏う波導を槍の形に変えて携え、ジュカインへ向かって駆け出す。

光の竜の牙を躱し、爪を捌いて鱗を潜り抜け、ルカリオは波導の槍を構え、ジュカインへとその刃先を叩きつける。

「ここは受け止める! ジュカイン、リーフブレード!」

自然の力を帯びて淡く光る両腕の葉を伸ばし、ジュカインはルカリオの波導の槍を迎え撃つ。

双方の得物が激突、火花を散らして激しく競り合う。

「今だジュカイン! シザークロス!」

「そうはさせない! ルカリオ、波導弾!」

鍔迫り合いの末、ジュカインが波導の槍をいなして即座にルカリオへの背後へと回り込む。

だがルカリオの反応も早い。背後に回ったジュカインに対し、槍を掴んだままの右腕を裏拳のように背後へ振り抜くと同時、槍を一瞬で波導の光弾へと変えて掌から発射する。

今まさに振り下ろそうとしていたジュカインの刃に波導弾が命中、炸裂してジュカインの体勢が崩れ、

「発勁!」

間髪入れずにルカリオが波導を纏った掌底を叩きつけ、ジュカインを吹き飛ばした。

「ルカリオ、追撃! 竜の波導!」

「ジュカイン、こっちもだ! そのまま撃て!」

ルカリオが両手を突き出し、宙を舞うジュカインが空中でルカリオを瞳に捉え、両者が同時に青く輝く光の竜のオーラを放出する。

二頭の蒼竜が正面から激突。大爆発と共に竜の咆哮のような爆音が響き、爆煙がバトルフィールドを覆う。

「ルカリオ、君ならジュカインの位置が分かる! 発勁で切り込むんだ!」

パシンッ、と手を叩いてルカリオは両手に波導を纏わせ、ルカリオが爆煙の中へと飛び込んでいく。

ジュカインの発する波導を感知し、煙の中でも正確に相手の場所を見定め、ルカリオは一気にジュカインの懐へ飛び込み、波導を纏った右手を叩きつける。

「っ! ジュカイン、シザークロス!」

振り下ろされる右手を叩きつけられ、地面に叩き落とされ、それでもなおジュカインの動きは止まらない。

砂煙の中から即座に両腕の葉を伸ばして飛び出し、一瞬のうちに狙いを定めて両腕を振り抜き、双刃がルカリオを切り裂き、さらに、

「吹っ飛ばして追撃だ! リーフブレード!」

長い尻尾を振り抜いてルカリオを殴り飛ばし、床に叩き落とすと、淡く光る腕の葉刃を伸ばしてさらにルカリオを狙い襲い掛かる。

「来るよルカリオ、受け止めて! ボーンラッシュ!」

立ち上がると同時にルカリオの掌から波導が噴出、形を変えて青白い槍を作り上げる。

右手に握った波導の槍を剣のように振るい、一瞬の隙もなく立て続けに繰り出されるジュカインの刃による連続攻撃を、ルカリオはなんとか凌ぎ、いなし、捌いていく。

「竜の波動!」

「竜の波導だ!」

次の手、ハルとスグリの二人とも考えていたことは同じだった。

連続攻撃のさなか、不意をついてジュカインが青く輝く竜の波動を放ち、それとほぼ同時にルカリオも左掌から光の蒼竜を形作った波導を放出する。

ほとんどゼロ距離に近いほどのこの近距離で両者の放つ輝竜が激突。牙や爪の軋むような音が響き、最後には咆哮のような爆音と共に青い大爆発を起こした。

爆炎と爆風に巻き込まれ、ジュカインとルカリオ、両者とも派手に吹き飛ばされた。

「まだだッ! ルカリオ!」

「この程度……! ジュカイン!」

壁まで飛ばされたルカリオだが、即座に壁を蹴って再び飛び出し、両腕に青い波導を纏わせる。

対するジュカインは床に落ちたがこちらもすぐさま起き上がり、腕の刃を構えて跳躍、ルカリオを迎え撃つ。

両者激突と同時に、凄まじい連続攻撃を放つ。

互いの連続攻撃による怒涛の応酬、この攻防を制するのは

「発勁!」

「リーフブレード!」

ルカリオが渾身の力を込めて波導の掌底を突き出すが、その瞬間にジュカインは姿を消し、ルカリオの背後へと回り込んだ。

反応させる間も与えず、ジュカインの葉刃がルカリオを切り裂く。最後に打ち勝ったのはジュカインだった。

「一気に決めるぜ、シザークロス!」

ルカリオを床へと落とし、ジュカインは両腕の刃を構えて急降下、再び刃を振るう。

「っ! ルカリオ、ボーンラッシュ!」

間一髪。

波導を槍の形に変え、体勢を崩しながらも、ルカリオは波導の槍をまっすぐに突き出し、ギリギリのところでジュカインの刃を食い止める。

「そんな体勢じゃ、オレのジュカインには打ち勝てないよ。ジュカイン、波導の槍を断ち、さらにルカリオも断ち切れ!」

ジュカインが唸り声と共に刃へ力を込める。

軋むような音を立て、波導の槍にヒビが入る。ヒビはどんどん大きくなっていき、その末に、音を立てて真っ二つにへし折られた。

しかし、

「……それを待ってた! ルカリオ、波導弾!」

切断された波導の槍は消えない。即座に形を変えて、二つの波導の念弾となり、ジュカインへと襲い掛かる。

「なにっ……!?」

予想外の反撃に、スグリの反応が遅れる。

左右から飛来する必中の波導弾が直撃、炸裂して青い爆発を起こし、ジュカインを吹き飛ばした。

「今だ! ルカリオ、発勁!」

決定的な一打を与え、さらにルカリオは地を蹴って飛び出す。

宙を舞うジュカインを追い、両手に青く揺らめく波導を纏わせ、駆ける。

体勢を崩しつつも床に着地したジュカインだが、僅かにふらつく。回避は間に合わない。

ならば。

ここで勝負に出る。

 

「ジュカイン! リーフストーム!」

 

掌に波導を纏わせ突撃するルカリオに対し、立ち上がったジュカインは、背を向けた。

「っ!?」

だが決して臆したわけではない。背を向けたまま振り向いてルカリオをその瞳に捉え、尻尾を構える。メガシンカにより巨大化したジュカインの尻尾を中心としてその周囲に空気が渦を巻く。

刹那。

ジュカインの尻尾の付け根の赤い種が炸裂、渦巻く空気に乗る無数の尖った葉と共に、大きな尻尾が切り離されてドリルミサイルのように撃ち出されたのだ。

「なっ……これは……!?」

超高速で回転しながら、無数の尖った葉を纏わせたジュカインの尻尾がルカリオへと直撃する。

ルカリオの両手を纏う波導を容易く吹き飛ばし、さらにルカリオを捉え、突き飛ばし、無数の葉と回転するドリルミサイルの如き尻尾がルカリオの全身を切り裂いていく。

そしてルカリオを壁へ叩きつけると同時に、大爆発を起こした。

「今度こそ決めろ! リーフブレード!」

そしてジュカインの尻尾はすぐさま再生し、ジュカインはルカリオとの距離を一気に詰め、淡く光る腕の鋭い葉の刃を振り抜く。

反撃する間も、波導覚醒の間も与えられなかった。翠の双刃に切り裂かれ、ルカリオはその場に崩れ落ちる。

七色の光が倒れたルカリオを包み込み、元の姿へと戻す。

つまり。

「……ここまでだね。お疲れ様、ルカリオ。よく頑張ったよ」

ルカリオは戦闘不能。よってこのバトルは、スグリの勝利となった。

 

 

 

「よっしゃ……勝った……! ジュカイン、追い抜いた! よくやったぞ……ッ!」

感極まった様子で、スグリは天を仰ぐ。

元の姿に戻ったジュカインもスグリの元へ歩み寄り、目を合わせて笑みを浮かべる。

「ルカリオ、いいバトルだったよ。だけど、やっぱり悔しいよね」

ハルが屈み込んでルカリオの顔を覗くと、ルカリオは目を開き、小さく唸ってハルの言葉に頷く。

「また一つ目標が増えたね。次に戦う時は、勝とう。それまで、また一緒に鍛え直そう」

ルカリオを労い、ボールに戻し、ハルも立ち上がった。

「さすがはスグリ君だね。悔しいけど、今回は完敗だよ」

やはりスグリは強かった。それも、ハルの想像以上。ハダレタウンで最後に戦った時より、ずっと強くなっていた。

「いやぁ……まぁね。正直、オレも前回ハル君に負けたのが本当に悔しくてさ。あの後から、ジュカインたちと必死で鍛え直し、特訓を重ねた。だから、ハル君のおかげでオレたちはもっと強くなれたし、メガシンカの力も手に入れることができたんだ。やっぱりハル君は、オレにとって一番のライバルかもしれない」

そう言って、笑って、スグリは笑う。

ハルもにっこりと頷き、その上で。

「だけど、次は負けないよ。今のバトル、得るものはたくさんあった。この一週間で少しでも鍛えて、イザヨイ大会でスグリ君にリベンジするからね」

だが。

「……あー、ごめん」

返ってきたスグリの返事は、ハルの予想だにしないものだったを

 

「オレ、その大会出場しないんだ」

 

「……えっ!?」

すなわち、不参加。

規模の大きさで言えばポケモンリーグに次ぐと言われるイザヨイ大会に、スグリは出場しないというのだ。

「理由を、聞いてもいいかな」

「ああ。オレさ、そろそろマークされたくないんだ。いずれ戦う他のトレーナーたちに、目をつけられたくないのさ」

「どういうこと……?」

「手の内を知られたくないってことさ。イザヨイ大会はポケモンリーグに次ぐ大舞台、だとしたらここで好成績を残せばポケモンリーグ本番では必ずマークされる。要注意トレーナーとして警戒される。まぁ別に警戒されたところで負けるつもりはないけど……それでもできるなら手の内は隠しておきたいんだ。それに」

さらにスグリは続け、

「優勝賞品のシード権だけど、オレはそこまで必要なものとは思えなくてね。ハル君、マデル地方のポケモンリーグの試合形式は知ってる? 毎年二百、いや、年によっては三百を超える参加者がいるんだけど、本戦のトーナメントに進めるのは予選を勝ち抜いた十二人、そこに四天王を加えた合計十六人。たった十六人しか本戦には出られないんだ。しかも予選も全てトーナメントだから、一敗でもしたらそこで敗退。つまり、予選で苦戦するレベルじゃ絶対に本戦には上がれない。もう分かったよね、シード権なんて必要ないんだ。予選を一戦分パスしたところで、結局負けたら終わりなんだから。それならシード権を得るより、情報を隠して少しでも勝ちを狙った方がいい。オレはそう思ってる」

スグリの話は、あくまでそれを成し遂げられる実力があることを前提とした話。

しかし、ハルには納得が出来てしまう。スグリならそれが出来るかもしれない、そう思ってしまう。

「まぁ長ったらしく話したけど、要は天秤にかけたのさ。予選のシード権と、自分の戦力の情報、どっちが大事かってね。そして戦力の情報の方が大事だと判断した。そんなとこだよ」

話し終えると、スグリは得意げに笑う。

「……そっか。だけど、僕は大会に出るよ。今の話を聞いてちょっと気持ちが揺らいだけど、僕は僕の決めた道を進む。それでさ、一つ、約束をしない?」

スグリの話を聞くうちに、ハルにも目標が見えてきた。

「ん? 約束って、どんな?」

「スグリ君がイザヨイ大会に出ないなら、次に戦うことになるのはポケモンリーグってことになるよね」

「うん、そうだね」

「だったらさ」

ハルはそこで一拍置き、続ける。

 

「ポケモンリーグの本戦、決勝戦。そこで、決着をつけよう」

 

ハルが見えてきた目標、すなわち、ポケモンリーグで優勝すること。

まだ雲の上の目標だが、必ず、その境地に達してみせる。

「……なるほど。いいね、それ。分かったよ、次に戦うのは、ポケモンリーグの決勝戦だ」

「うん、約束だよ。それまでに、もっともっと強くなってるからね」

そう言って、ハルは右手を差し出す。

スグリもすぐにその意図を理解して、握手を交わす。

今、ここに。

二人の少年の間で、再戦の誓いが交わされた。

「……さて、硬っ苦しい雰囲気はここまでにしようよ。ハル君、大会まではまだ一週間もあるしさ。今日は休んで、明日からしばらく、この街を観光しない?」

「わぁ、いいね! 科学技術の最先端の街、いろいろ見て回ろうよ!」

「よっしゃ、決まりだ! それじゃ、また明日!」

スグリはそう言うと、手を振り、先に交流場を出て行った。

「ポケモンリーグ優勝か……そのためには、さらに強くならないとね」

ハルも一言呟き、激戦を終えたポケモンたちを、再びジョーイさんへ預ける。



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第113話 イザヨイに集う強者たち

マデル地方最大の街、ハイテク都市イザヨイシティは、観光地であると同時に研究施設の拠点でもある。

古代ポケモン博物館や海の科学博物館などはその最たる例であり、観光と研究を兼ね備えた施設の代表格。その他にも様々な研究施設が立ち並び、動く歩道に乗って移動していれば時折清掃ロボや警備ロボとすれ違う。

観光施設の多くは自動化され、AIやロボットによって運営されており、飲食店も自動化されているものが多い。

そしてこれらの自動サービスはあのマキノがたった一人で管理しているというのだから驚きだ。圧倒的な知能指数を持つ彼女だからこそ為せることなのだろう。

ハルとスグリはその様々な観光地を数日かけて見て回り、今日は大会の前日。

「よっしゃ、あっという間に十連勝じゃん!? ハル君、ナイスサポート!」

「見てよスグリ君、十連勝までの最速記録更新だってさ! やったね!」

ハルとスグリは、バトルタワーと呼ばれる施設でバトルをしていた。

一流のブリーダーが育てたポケモンを、例によってマキノお手製のAIが使用し、それを相手に戦い続ける腕試しの施設。二人はタッグバトルコースを選んで挑戦している。

ハルは大会の調整も兼ねたバトルだったのだが、気がつけばあっという間に十連勝。しかも最速記録を更新していた。

『挑戦者ハル、スグリ。お見事です。このまま挑戦を続けますか?』

「ハル君、どうする? オレはどっちでもいいよ」

「うーん……明日は大会もあるし、ここまでにしておこうかな」

『かしこまりました。それでは挑戦を中断いたします。新記録達成のお二人に報酬がございますので、ロビーにてお受け取りください』

アナウンス通りに二人はロビーに戻り、受付窓口で報酬を受け取る。

新記録樹立とあってなかなか豪華だった。まず賞金があるし、見慣れないアイテムがいくつか封入されている。

「なんだこりゃ? カプセル状の薬みたいな道具が入ってるぜ」

「えーっと、“特性カプセル”だって。二種類の特性を持つポケモンに使うと、もう片方の特性に変わるアイテムみたいだよ。アルスエンタープライズが他地方の企業と協力して作ったんだって」

同封されている説明書を見つけ、ハルがそれを読み上げる。

「たまに見つかる隠れ特性持ちのポケモンには効果がないみたいだよ。例えば僕のエーフィの特性は隠れ特性のマジックミラーだから、そういうポケモンには使えないってことだね」

「なるほどねぇ、なかなか面白いアイテムじゃん。でも使い所はよく考えなきゃな」

ちなみにバトルタワーでは、一戦毎にポケモンの回復が行われる。とはいえ疲労が完全に癒えるわけではないため、ポケモンセンターでのケアは必要だ。

「さてと、そろそろいい時間だね。ポケセンに戻って休んで、その後夕飯でも食べようか」

「そうだね。明日に備えて、早めに寝なきゃだし」

バトルタワーを後にし、二人はポケモンセンターへ向かう。

そろそろ夕方だ。街の電光掲示板からは、夕方のニュースが流れている。

『続いてのニュースです。カロス地方ミアレシティのミアレワインショップにて、何種類かのワインが強奪される襲撃事件が発生しました。ミアレシティでは今日未明、何者かの襲撃によって爆発が……』

聞こえてきたのはなんとも物騒なニュースだった。マデル地方内での事件ではないようだが。

『……後の捜査で、何種類かのワインが盗まれていたとのことです。この事件で、ワインショップを警備していた警備員のうち一人が意識不明の重傷、数名がけがをしました。警察は強盗事件とみて捜査を進めていますが、犯人については……』

「カロスで爆破事件かぁ……なんかどの地方も物騒だなぁ」

ニュースを見ていたスグリが呟く。マデル地方も、ついこの間イザヨイシティがゴエティアに占拠されていた。

カロス地方とマデル地方は比較的近く、しかもそれなりに規模の大きな事件のようなので、こちらでも報道されているのだろう。

『では、CMの後は、いよいよ明日開催されるポケモンバトルイザヨイリーグについての……』

流れてくるニュースを適当に聞いている間に、動く歩道でポケモンセンターに到着。二人はポケモンセンターの扉をくぐる。

 

 

 

ポケモンセンターの食堂は相変わらず四人用のテーブルとカウンターしかないので、今回もハルはスグリと一緒に四人用のテーブルを使っている。

「スグリ君、たくさん食べるね……」

「そーかな? 寧ろハル君少なすぎない? いっぱい食べないと、明日力出ないよ?」

何と言っても目を惹くのは、スグリの皿一杯のフライドポテト。山盛りに積まれている。

「あ、あはは……僕、昔から少食気味だからね……あんまりたくさん食べるとお腹壊しちゃうよ」

フライドポテトを摘むスグリを見て苦笑いしながら、ハルも自分の料理を口に運ぶ。

その時、

「ハル! あっ、それにスグリ君も!」

後ろから自分の名前を呼ぶのは、よく聞き覚えのある声。

振り返ると、

「その声は……やっぱり、サヤナか! カタカゲシティ以来だね、元気にしてた?」

立っていたのは、大量の料理を運ぶサヤナだ。

「うん! さっきイザヨイジムのマキノさんに勝ってきたところだよ! 体が機械になってて、びっくりしちゃったよ。スグリ君も、久しぶりだね!」

相変わらずテンションの高いサヤナが、ハルの隣に座る。

「やあ、サヤナちゃん。ハダレタウンの大会以来かな? 久しぶりじゃん」

頬張っていたポテトを飲み込み、スグリが顔を上げ、笑顔で手を振る。

「大会のために私もイザヨイシティに来たんだ。二人も明日の大会出るんでしょ? 明日に備えて、私のポケモンたちのコンディションも万全に仕上げてきたからね! にひひー、目指すはもちろん、優勝だよ!」

意気込むサヤナ、そしてそれとは対照的に、

「いや、オレは今回はパス。ちょっと理由があってね、今回は観客席でみんなの試合を見ながら応援してるよ」

「そっかぁ、スグリ君出ないのかぁ。ちょっと寂しいけど、でも逆に考えれば私の優勝の可能性が少し増えるかも? これはチャンスかもしれないね!」

少ししょんぼりするがすぐに笑顔を見せ、サヤナは目の前の料理を次々と頬張っていく。

(サヤナもたくさん食べるなぁ……)

サヤナの食べっぷりに思わず目をやってしまうハルだが、今回は相手が女の子なので触れないことにしておく。

「ハルは明日の大会出るの?」

「うん。ちょうどいい腕試しにもなるからね。やるからには、僕も優勝目指して頑張るよ」

「やったー! というか、久々にハルともバトルしたいね! もし大会で当たったら、私が勝っちゃうからね!」

ハルがそう答えると、サヤナはいかにも嬉しそうににんまりと笑う。

「あっ、そう言えばさ。今回の大会はかなり大規模な大会だって話はハルも知ってるよね」

「うん、そう聞いてるよ。優勝者にはポケモンリーグ予選のシード権が与えられるほどだし」

「そうそう! それでね、なんと! スペシャルゲストとして、チャンピオンが来るっていう噂があるんだよ!」

「マジ? ダフナさんが来るのか。テレビとかで見たことはあるけど、実物を見るのは初めてだな」

サヤナの言葉に、スグリも反応を示す。

「ダフナさん?」

ハルがきょとんとしていると、

「そっか、ハルは引っ越してきたから知らないよね。ダフナさんはマデル地方のチャンピオン! なんでも、百年前に救世主と呼ばれた七人の英雄のうちの一人の子孫なんだって。もうかなりの歳だけどその実力は他の地方のチャンピオンも認めるほどの、とっても強いお爺ちゃんなんだよ!」

「そそ。もうかれこれ三十年以上はチャンピオンの座を守り抜いてるんだ。その下の四天王は何回も代替わりしてるのに、ダフナさんは未だ健在。マデル地方の全トレーナーの憧れなのさ」

「なるほど……そんなに凄い人が、明日の大会に来るのか……」

残念ながらチャンピオンのバトルを見ることができるわけではないようだが、それでもこの目でチャンピオンを見れるとなると楽しみだ。

その後、食事を終えて三人は解散し、ハルが借りている部屋に戻ったところで、

「ん? 誰からだろう……もしかして」

アルス・フォンが着信音を鳴らす。

通話の相手は、

『ハル、俺だ。ラルドだ』

イザヨイジム戦後、他の街へ向かったラルドだった。

「やっぱりラルドか! もうイザヨイにいるの?」

『いや、ちょうど今カタカゲシティだ。本当はこのくらいの時間には着いてるはずだったんだけど、ちょっと予定がずれちゃってな。ま、カタカゲからイザヨイまでの道はリザードンも知ってるし、ここからはリザードンに乗って飛んで帰れる。今日中には着くぜ』

「そっか、よかった。大会は明日なのにこっちに戻ってきた様子がないから、連絡くれて安心したよ」

どうやら、明日にはラルドとも会えそうだ。

『っし、そんじゃそろそろ向かうかな。明日の会場で会おうぜ』

「うん。楽しみにしてるよ」

じゃあね、と告げ、通話は切れる。

ラルドが戻ってくるのは確定、明日になればミオやエリーゼなど、ライバルたちともまた会えるかもしれない。

ゆっくり休んで、明日はいよいよイザヨイ大会だ。

 

 

 

そして翌日。

ハルとサヤナは、アルス・フォンで参加登録を済ませ、朝早くから会場を訪れていた。

街の中央に聳える、巨大なバトルスタジアム。ここが今回の大会の舞台だ。

もちろん予選も行われるが、予選は中央のスタジアムを囲む周囲のバトルフィールドで行われる。そのため、本戦に進むことができなければスタジアムに立つことは許されないのだ。

「開会式まではもう少し時間があるね。ちょっと会場内を見て回ってみようか」

「うん! ……あっ、パパからメッセージだ。『大会頑張れ。仕事でそっちには行けないけど、テレビから応援してるぞ』だって。頑張んなきゃねっ」

久しく会っていないが、サヤナの父親はハルにリオルをくれたミツイ博士だ。リデルとも関わりがあるようなので、彼づてでルカリオについての話も聞いているかもしれない。

すると、その時。

「あら? ハル君にサヤナちゃんじゃない?」

曲がり角から現れた女性が、二人を見て声を掛ける。

声の主は、

「あっ!」

「アリスさん!?」

レオタードのようにも見える、ぴっちりした青い服に、青白いグラデーションの掛かった短いスカート。右手首に付けたブレスレットには、キーストーンが填め込まれている。

サオヒメシティジムリーダーにしてメガシンカの継承者、アリスだ。

「久しぶりね。ここにいるってことは、二人とも大会に出場するのよね?」

軽く手を振り、アリスはにっこりと笑う。

「はい。こんな大きな大会、滅多にありませんから。優勝目指して頑張ります」

「アリスさんは大会を観に来たの? それとも、大会の解説?」

サヤナが尋ねるが、アリスは首を横に振る。

そして、

 

「違うわよ。私も参加者。今回は一トレーナーとして、イザヨイ大会に参加するのよ」

 

そう、返した。

「……えっ? 大会に出るんですか!?」

予想だにしていなかった返答に、ハルは思わず聞き返してしまう。

「そうよ。ジムリーダーとは言っても、ポケモントレーナーの一人であることに変わりはないわ。それに私は今の立場に満足してない。継承者の家系に生まれた名のあるメガシンカ使いの一族として、いずれは四天王、チャンピオンの座だって狙う。その足掛かりに、まずはイザヨイ大会に出場することにしたの」

「そうだったんだ……まさかアリスさんが参加するなんて、思ってもみなかったよ」

サヤナの言う通り、ハルもまさか現役のジムリーダーが参戦するとは思いもしなかった。

が、驚きはそこで終わらない。アリスはさらに続ける。

「びっくりしてるところ悪いけど、私だけじゃないわよ」

「えっ?」

アリスの言葉に二人が再び反応した、それと同時に。

「すみません、アリスさん。お待たせいたしました」

アリスに遅れて、もう一人の女性が姿を現す。

「おかえり、イチイ。あっちの用事は済んだの?」

「ええ。店長さんから仕事のことで、確認の電話があっただけですので……って、あら? ハル君に、サヤナさん? お久しぶりですわね」

赤い木の実のような髪留めを差し、桜の柄の桃色のワンピースを着た女性。シュンインシティジムリーダー、イチイだ。ハルとサヤナを見て、柔和な微笑みを浮かべる。

「イチイさん! ……ってことは、もしかして」

「イチイさんも大会に出場するってこと!?」

二人の言葉に、イチイは照れくさそうに少し頬を赤らめ、

「ジムリーダーの私が大会に出場することには少々抵抗もありまして、本当は出るつもりはなかったのですけれど……アリスさんに何度もお誘いを受けましてね。先輩ジムリーダーであるアリスさんが出るのなら、私も出場させていただいても構わないと思いまして、今回アリスさんと一緒に参加することにいたしましたの」

「そういうことよ。今回は私もイチイも、ジムリーダーではなく一人のポケモントレーナーとして優勝を目指すから」

「もし大会で当たることがあればその時は、お互い手加減なし、ですわよ」

そう告げると、二人のジムリーダーは手を振り、その場を去っていった。

「……サヤナ。どうやら今回の大会、かなり厳しい戦いになりそうだね」

「うん。いつも以上に気を引き締めていかないと、あっという間にやられちゃいそう。だけど、本気のアリスさんたちと戦えるチャンスでもあるんだよね」

「そうだね。俄然燃えてきた。今までの大会の中で、一番楽しみだよ」

当然だ。

相手が強ければ強いほど、こちらも燃え上がる。それが、ポケモントレーナーというものなのだから。

まもなく開会式、そしてそれが終われば、いよいよイザヨイ大会の開幕だ。



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第114話 開会宣言! イザヨイシティ・バトル大会!

イザヨイ大会では、今までの大会とは違い、正式な開会式が行われる。

審判長による開会の挨拶、ハダレ大会アドバンスランクの優勝者による選手宣誓などが行われるが、正直なところなんだか退屈だったので、ハルは半ば聞き流すように開会の言葉を聞いていた。

しかし、

「それでは最後に、チャンピオンのダフナ氏から、挨拶をいただきます」

その言葉と共に、ハルの退屈が一瞬のうちに吹き飛ばされた。

会場がざわつく中、一人の男性がゆっくりと壇上に上がる。

白髪のオールバックの男性だ。老齢だがその立ち振る舞いは堂々としており、強烈な覇気を感じる。魔術師のような深緑色のローブに身を包んでいる。

 

「ほほほ、初めましての者がほとんどじゃの。儂はマデル地方チャンピオン、ダフナという者じゃ」

 

年老いていながらも威厳のある姿だが、その口振りや笑顔はどことなく気軽と言うか、好々爺とでも言ったような印象を受ける。

「この大会で生まれる手に汗握るバトル、熱いドラマ。この大会だからこそ生まれる、感動の瞬間。儂は早くそれを見たくてウズウズしとる。楽しみじゃのう……おっと、バトルが待ちきれないのは、儂よりも君たちの方じゃな。これは失敬。それでは、早速君たちの戦いを見せてもらおう。参加者の諸君、力の限り戦い抜き、熱いバトルでこのマデルを大いに盛り上げておくれ」

そこでダフナは一拍置き、

 

「それでは……ポケモンバトル・イザヨイ大会! ここに開幕じゃ!」

 

そう告げると同時、会場全体から大歓声が湧き上がった。

『それでは、あと三十分後に予選第一試合を行います。第一試合の選手は、速やかに予選会場へ移動してください』

あまりに続く響めきに、アナウンスの声が掻き消されるほどだ。

「それじゃハル! 私、第四会場の予選一試合目だから、行ってくるね!」

「うん。サヤナの実力なら、予選突破は確実だよ。頑張って!」

ハルの返事に満面の笑みを浮かべて手を振り、サヤナは予選会場へと走り去っていった。

一方、ハルは初戦までしばらく時間がある。かと言って特にやることもないので、早めに自分の予選会場近くにスタンバイしておこうと移動を始めるが、その途中。

「あっ! ミオじゃないか!」

見知った顔を見つけ、駆け寄って声を掛ける。

「あぁー、ハルくーん。久しぶりだねぇ」

いつも通りのほんわかとした様子で、ハルを見つけたミオはにへらーと笑う。

「また会えて嬉しいよ。ミオも大会に参加してたんだね」

「もちろんだよぅ。あー、そういえばさっき、えーっと、あの赤い髪の……そうだ、エリーゼさんも見たよぅ。あの人も来てるみたいだねぇ」

予想通りというか、どうやらエリーゼも参戦しているようだ。

ハルの知っている者だけで、サヤナ、ミオ、ラルド、エリーゼ、さらにアリスとイチイのジムリーダーコンビと強豪が勢揃い。スグリがいなかろうがここまで来れば関係ない、今回の大会はハルが想像していた通り、もしくはそれ以上に熾烈な戦いとなりそうだ。

「ハルくん、予選の会場はどこぉ?」

ミオに聞かれ、ハルはアルス・フォンの大会アプリを開いて画面を見せる。

「僕は第三会場だね。ミオは?」

「ハルくんとは別々だねぇ。僕は第六会場なんだぁ」

ということは、サヤナともミオとも予選で潰し合うことはないようだ。

「それじゃ、まずは予選突破だね。本戦で会おう」

「うん。ハルくんも頑張ってねぇ」

ミオと一旦別れ、ハルは予選の第三会場へと向かう。

 

 

 

イザヨイ大会がここまでの大規模な大会になる理由。その一つは、大会参加者の制限がないこと。

これまでに参加した大会には参加資格としてジムバッジの数を参照していたり、またはジムバッジの数に応じてリーグが分けられたりしていたが、今回はそれがない。

参加する条件は“ポケモントレーナーであること”のみ。そのため極めて敷居が低く、例えばつい最近ポケモントレーナーになったばかりの者でも挑戦できる。例えば、ラルドのように。

そしてその逆も然り。上限がないため、どれほどベテランのトレーナーでも参加できる。アリスやイチイのように、ジムリーダーの出場ですら許されるのだ。

ただしさすがに四天王クラスになるとそもそもこの大会に参加するメリットがない。この大会に優勝するとポケモンリーグ大会での予選一回戦分のシード権が貰えるが、そもそも四天王はポケモンリーグの予選に参加せず、本戦からの出場となるからだ。

ちなみに参加者が多いという性質上、予選の試合数も多い。

同じ予選会場内には約二十人おり、その中から無作為に選ばれた対戦相手とのバトルを五戦行い、勝利数や試合時間から判定して順位付けがなされ、一つの予選会場から上位四名が本戦へと進める。

予選会場は一から八まであるため、本戦に出られるのは32名。本戦はトーナメント形式なので、優勝するにはそこからさらに五連勝しなければならない。

そしてここは予選第三会場。いよいよ、ハルの予選の一試合目が始まる。

「それではこれより、ハル選手とマコ選手のポケモンバトルを始めます。使用ポケモンは一体。両者、ポケモンを選んでください」

バトルフィールドの向かい側に立つのは、茶髪のおさげ髪の少女。分厚い赤のコートを羽織っている。

二人がボールを手に取ったのを確認し、

「それでは、ポケモンを出してください」

審判の合図を受け、両者同時にポケモンを繰り出す。

「出てきて、ファイアロー!」

「ココロモリ、お願い!」

ハルが一試合目に選んだのはファイアロー。

対戦相手マコのポケモンは、青いコウモリのようなポケモン。首元のふさふさの体毛と、ハートの形をした巨大な鼻が特徴的だ。

 

『information

 ココロモリ 求愛ポケモン

 鼻から様々な周波数の音波を出す。

 獲物を探したり異性へ求愛したり

 岩石を破壊したりなど用途も様々だ。』

 

ココロモリ、飛行とエスパータイプを併せ持つポケモンのようだ。

「それでは……バトルスタートです!」

審判が旗を振り下ろし、両者が動き出す。

「ファイアロー、ニトロチャージ!」

バトル開始と同時、ファイアローが翼を広げると、羽毛の隙間から一斉に火の粉が噴き出す。

火の粉を纏い、火の玉のようにファイアローが突撃を仕掛けるが、

「ココロモリ、サイケ光線!」

対するココロモリも反応が早い。大きな鼻を震わせ、鼻の穴から念力の光線を発射する。

ニトロチャージを仕掛けるファイアローを真っ向から光線が襲う。周囲の炎が念力のダメージを抑えてくれるが、その炎は掻き消されてしまう。

「今だよココロモリ、瞑想!」

ファイアローの動きを止めたココロモリは目を瞑り、その場で精神を研ぎ澄ませていく。

「積み技か! ファイアロー、止めるよ! 鋼の翼!」

翼を硬化させ、ファイアローが飛び立つ。

特殊能力を上げていくココロモリへ鈍く輝く鋼の翼を叩きつける。ココロモリを吹き飛ばすが、しかし瞑想による能力上昇は間に合ってしまった。

「なら、続けてアクロバット!」

さらにファイアローは吹き飛ぶココロモリを追って飛び出し、その周囲を飛び回りつつ翼や爪の連続攻撃を浴びせる。

「っ、ココロモリ、逃げて!」

対するココロモリも黙ってやられているわけではない。ファイアローの連撃の僅かな隙を見つけて飛び立ち、脱出に成功する。

「よくもやってくれたね! 反撃だよココロモリ、サイケ光線!」

マコの元まで飛び退いたココロモリが、再びハート型の鼻を震わせる。

「ニトロチャージは防がれたけど、これならどうだ! ファイアロー、ブレイブバード!」

甲高い咆哮を上げ、ファイアローが燃え盛る青い炎の如き凄まじいオーラを纏う。

翼を折りたたみ、ジェット機が如く飛び立つ。

だが。

「撃てーっ!」

マコの突き出した拳と共に撃ち出されたココロモリの念動光線は、先程の一発目の比ではなかった。

轟音と共に先程の二倍はあろうかという威力の念力光線が発射され、最大火力のブレイブバードが逆に押し返された。

「なっ……!?」

「今だよココロモリ! もう一度瞑想!」

体勢を崩すファイアローには目もくれず、ココロモリは再び目を閉じて精神を研ぎ澄ます。

「さあさあ、ここからが本番! ココロモリ、シグナルビーム!」

カッと目を見開き、ココロモリは鼻を振動させて激しく点滅するレーザー光線を放つ。

「虫技ならファイアロー、ニトロチャージ!」

炎を纏い迎え撃つファイアローだが、その虫技のシグナルビームですら一発目のサイケ光線の威力を遥かに上回っている。

光線がファイアローに着弾すると同時にカラフルな爆発を巻き起こし、炎など容易く貫通してファイアローを吹き飛ばした。

「なっ……ファイアロー!?」

幸い虫技はファイアローにはかなり通りが悪いので、直撃を受けてもファイアローはまだやられていない。しかし、

(っ、なんだこの攻撃力……? たしかに瞑想で特攻が上がってるけど、上がり幅が大きすぎないか……?)

明らかに火力がおかしい。瞑想一回分の火力上昇にしては、威力が高すぎる。

「もういっちょ! ココロモリ、瞑想!」

そしてファイアローを吹き飛ばしたココロモリは三度目を閉じ、精神を極限まで研ぎ澄ませる。

「よーっし、それじゃ準備も整ったし、ネタばらししちゃうよ! 私のココロモリの特性は“単純”! この特性を持つポケモンに能力変化が起こる時、通常の二倍の効果を得るんだ。つまり、私のココロモリは一回の瞑想で特攻と特防を二段階上昇させていたんだよね!」

「能力変化が二倍……なるほど、そういうことか」

異常な火力上昇の仕掛けは分かったが、今更分かったところでもう能力上昇は止められない。

なぜなら、マコのココロモリは既に三回瞑想を積んでいるからだ。単純の特性による補正がかかったことにより、ココロモリの特攻と特防は限界まで上昇している。

「さあ、受けてみなさい! ココロモリ、サイケ光線!」

待ってましたとばかりに、ココロモリが鼻を振動させる。

次の瞬間、爆音と音にハート型の鼻の穴から通常の何倍にも膨れ上がった極太の念力光線が発射される。

だが、その直前。

「……来るッ! ファイアロー、上昇!」

間一髪。

思い切り羽ばたいて真上に急上昇し、ファイアローはココロモリの必殺の念力光線を躱す。

「続けて鋼の翼!」

さらに広げた翼を鋼のように硬化させ、滑空するようにファイアローが飛び出す。

「ココロモリ、上から来るよ! シグナルビーム!」

ファイアローを見上げたココロモリが鼻を振動させるが、

「ファイアロー、旋回! 後ろからだ!」

ココロモリが激しく点滅するレーザー光線を放った瞬間、ファイアローは急旋回して素早く光線を回避、そのまま背後に回って硬質化させた翼をココロモリに叩きつけた。

「やるじゃない……だけど、どこまで逃げられるかしら! ココロモリ、シャドーボール!」

空中で体勢を整え、ココロモリが鼻の穴を大きく開く。

その真ん中に黒い影が集まり、巨大な漆黒の弾を発射するが、

「ファイアロー、下降して、下から突っ込め! ニトロチャージ!」

空中から地面スレスレまで急降下し、ファイアローは巨大なシャドーボールを回避、さらに炎を纏って再び急上昇、真下から炎の突撃でココロモリを突き飛ばす。

「くっ……ココロモリ、ぶっ飛ばしちゃいなさい! サイケ光線!」

体勢を崩しながらもファイアローの位置を捉え、ココロモリが振り向く。

サイコパワーを溜め込み、ハート型の鼻を振動させるが、

「もう一度ニトロチャージ!」

今度はココロモリが光線を放つよりも先にファイアローが炎を纏って飛翔、炎を纏った翼を叩きつけてココロモリを叩き落とす。

「ぐぅッ……! どうして!? なんでさっきから攻撃が当たらないのよ!」

思わずマコが叫ぶが、まさにその通り。

瞑想と単純のコンボによってバトルを有利に進めていたマコとココロモリだったが、急に全く攻撃が当たらなくなったのだ。

対して、

「答えは簡単さ。僕が、そのココロモリの攻撃を見切ったからだよ」

ハルは落ち着きを取り戻し、その表情には安堵すら浮かべている。

「見切った……? どういうことよ!」

「そのまんまの意味だよ。君のココロモリの攻撃タイミングが見えるようになったってことさ」

「だから! それがどういう意味だって聞いてるのよ!」

焦りを隠せないマコに対し、余裕を取り戻したハル。

最早この時点で、流れがどっちにあるかなど一目瞭然だ。

「気付いていないかもしれないけど、君のココロモリは攻撃する時、その特徴的な鼻が必ず振動するんだ。だから僕は、それを見てからファイアローに攻撃を躱して反撃に出る最適な指示を出せばいいよね」

「えっ……そんな……!」

マコが気づいた時には、もう遅い。

既にハルとファイアローは、このココロモリの突破口を開いている。

「うぅ……! ココロモリ、サイケ光線!」

ココロモリが鼻に力を溜め込むが、やはり光線を放つ直前に鼻が振動してしまう。

「ファイアロー、上空からブレイブバードだ!」

翼を羽ばたかせて飛翔、ファイアローは上空で青い炎の如きオーラをその身に纏う。

轟音と共に発射される極太の念力光線は、しかしファイアローには当たらない。

刹那。

翼を折りたたんで超スピード、ファイアローの渾身の突撃がココロモリを捉え、貫いた。

「あぁ……ココロモリ……!」

ココロモリが派手に吹き飛ばされ、床を転がり、その末にフェンスに激突する。

そのまま目を回して倒れ、動かなくなった。

「ココロモリ戦闘不能! ファイアローの勝利です! 勝者、ハル選手!」

審判がココロモリの戦闘不能を告げる。ハルの勝ちだ。

「ファイアロー、お疲れ様! よく頑張ったね」

ハルはファイアローの嘴を撫で、ボールへと戻す。最初の試合に勝ち星をつけた。



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第115話 まずは敵を知るべし

「ワルビアル、ドラゴンクロー!」

「クリムガン、こっちもドラゴンクローだ!」

ハルのワルビアルと、相手の炎のように赤い顔に青い胴体を持つドラゴンポケモンが、同時に両腕に青く輝く光の爪を纏わせる。

 

『information

 クリムガン 洞穴ポケモン

 洞窟に生息し日光浴のため時折外に

 出てくる。翼は日光で体を温める

 役割を持つが飛ぶことはできない。』

 

両者の竜爪が真っ向から激突、お互い一歩も引かずに取っ組み合うが、

「ワルビアル! そのまま、地震だ!」

がっぷりと組み合いクリムガンを睨みつけたまま、ワルビアルが太い尻尾で思い切り地面を打ち据える。

大地が大きく揺れ、クリムガンが体勢を崩す。

「今だ! 投げ飛ばして、ストーンエッジ!」

その隙を逃さず、ワルビアルは竜爪で掴んだクリムガンを投げ飛ばし、さらに咆哮と共に地面から尖った岩の柱を出現させる。

クリムガンが地面に叩きつけられた瞬間、真下から突き出る岩の柱がクリムガンを捉え、宙へと派手に突き飛ばした。

「クリムガン……!」

打ち上げられたクリムガンは重力に従ってそのまま落下し、目を回して倒れてしまう。

「クリムガン戦闘不能! ワルビアルの勝利です! 勝者、ハル選手!」

審判がハルの勝利を告げる。たった今、ハルは予選最後の試合に勝ち星を付けた。

「よーし! ワルビアル、よく頑張ったね!」

ハルに呼応して喜び勇むワルビアルを背伸びして撫で、ボールへと戻す。

これでハルの予選は終了。ただし第三会場の他の人の予選は続いているので、結果はまだ分からない。

予選結果は四勝一敗と、全勝はできなかった。不安と期待を抱きながらも、ハルは一旦控え室へと戻る。予選の試合が全て終了した時点で、アルス・フォンに結果の通知が来る。

そして、

「……! よし、載ってる!」

大会アプリ内にて表示された予選通過者の一覧の中に、ハルの名前が載っていた。一覧の並び順は参加登録の番号のようで、このリストではどのトレーナーが特に強かったかまでは分からない。

よく見てみると、第三会場の予選で五戦全勝したトレーナーは一人もいなかった。やはり今回の大会、相当にレベルが高い。

「ハル! お互い予選突破だぜ、やったな!」

その時不意に声を掛けられた。声の主は、いつの間にか隣にいたラルドだ。

「おぉ! ってことは、ラルドも予選通過したんだね!」

「へへっ、当たり前だろ。今日は俺もポケモンたちも絶好調だ。まぁ全勝はできなかったんだけどな……初戦でカタコトの派手な金髪のリンダって女の人に負けたけど、その後は四連勝できたぜ」

初めての大会に高揚しているのか、五試合こなしてきたのにラルドはまだ元気が有り余っている様子だ。

「それから、見たか? 予選通過者のリストの中に、ジムリーダーの名前があったぞ。しかも、二人も。まさかジムリーダーが参戦するなんて、想像もしてなかったぜ」

「アリスさんとイチイさんだよね。昨日会ったから参加してるのは知ってたけど……まぁ、当然上がって来るよね」

さらにリストに目を通していくと、サヤナ、ミオ、エリーゼの名前が載っていた。ラルドも通過したので、どうやらハルの友人たちは皆予選を突破したようだ。

「そういや、ラルドが負けたって言ってたリンダって人、いないね」

「マジ? ……うわ、本当にいないな。結構強かったんだがな、あのパンプジン……」

ポケモンバトルは、何が起こるか最後まで分からない。強い、と目されていたトレーナーが脱落してしまうことも、この世界においては何ら不思議ではないのだ。

「さてと。今日はこれで終わりなんだっけか?」

「そうだね。本戦は明日からだよ」

そう言ってハルがアルス・フォンの時刻に目をやると、そろそろ夕方だ。

予選は朝から行われていたので、かなり長い間続いていたことになる。

ちなみに、本戦トーナメント一回戦の組み合わせ発表も明日。誰と戦うことになるかは、この時点ではまだ分からない。

「おっ。ハル、大会アプリの更新が来てる。画面に映ってる、本戦出場のトレーナーの名前を押してみろよ。面白いものが見られるぞ」

ラルドに言われて、ハルはとりあえず自分の名前をタップしてみる。

するとフォンの画面が切り替わり、映像が流れ始める。ワルビアルとクリムガンが雄叫びを上げている。

「これって……さっきの予選の試合?」

「みたいだな。どうやら、タップしたトレーナーの予選の勝ち試合を一戦だけ見ることができるらしいな」

「なるほどね……試合はまだでも、既に本戦は始まっているってことか」

「そういうことだぜ。試合を有利に進めるために、情報収集は欠かせないよな」

そこまで言うと、さて、とラルドは立ち上がり、

「今日はもう試合がないなら、俺はもう少しポケモンの調整をしておこうかな。ついでにクリュウさんたちにも本戦に進んだって連絡しないといけないからな。ハル、明日からの本戦も頑張ろうぜ。もし当たることになったら俺が勝つからな」

「前半は同意だけど、後半はそうはいかないよ。勝利は譲らないさ」

ハルの返事を聞いてラルドはニヤリと笑うと、手を振り控え室を出て行った。

 

 

 

ポケモンセンターの食堂のテーブル席に、ハルとサヤナ、そしてバトルタワーから帰ってきたスグリがそれぞれの料理を並べて座る。

曰く、暇つぶしにバトルタワーに挑戦していたら50連勝していたらしい。

「ハル君もサヤナちゃんもお疲れ。二人が戦ってる間に、今回の大会の注目選手を調べといたよ」

予選を終えた二人を労い、スグリがアルス・フォンの情報を転送する。

「まずは、この間オレたちも出場したハダレ大会の好成績者だね。ハダレ大会ビギナーランク準優勝者のコロン、そして優勝者のメイコ。どっちも予選突破してるよ」

かつてのハダレ大会は、ジムバッジの個数によってレギュレーションが分けられていた。

「次にレギュラーランク……はオレとハル君、ミオ君だから飛ばして、強豪ぞろいのアドバンスランク。あの時のベスト4が今回も全員本戦進出してるよ」

ハルとサヤナがフォンの画面を覗き込む。

「まずは同率三位のガイ、ラティナ。この二人はオレたちと同じ、今年からポケモントレーナーになったルーキー。だけどトレーナー歴はオレたちより数ヶ月上だね」

次に、とスグリは続け、

「準優勝者、炎タイプ使いのキマリ。イッシュ地方出身のトレーナーで、トレーナー歴は二年目。他の地方出身でマデルを旅してるって意味では、エリーゼさんと一緒だね。前回のイッシュ地方ポケモンリーグにも参加してて、ルーキーでいきなり予選突破するも本戦では一回戦で敗退。通称“炎舞のキマリ”って言われてるんだって」

たしかカロスリーグに出場してきたエリーゼも“紅の弾丸”の異名を持っていたはずだ。ポケモンリーグに出場すると二つ名が貰えるのだろうか。

「そして、一番やばいのがこいつ。アドバンスランク堂々の優勝者、バキ。生まれ育ちはマデルだけど、あのガラル地方のジムチャレンジを経験してる。ガラルのジムを全部踏破するも、セミファイナルトーナメント決勝で敗退。一から鍛え直すべく、マデルに帰ってきた猛者だよ」

「あ、この人選手宣誓の時の人だね」

アドバンスランク優勝者ということで、開会式の選手宣誓に選ばれていたのはこの男だ。

「そういえばパパから聞いたことあったかも。たしかガラル地方のジム戦って、マデルのジム戦とは全然違うんだっけ」

サヤナが画面から目を離し、口を挟む。

「オレも詳しくは知らないけど、そうみたいだね。ジムの順番が決まってるとか、決められた期間内に八個のジムを突破しないといけないとか、そもそも参加するのに推薦状が必要だとか。いずれにしてもかなり厳しい戦いだって話だよ」

「なるほど……その厳しい戦いを経験したトレーナーが、対戦相手になるかもってことか。楽しみだね」

ハルも顔を上げ、頷く。

そんな二人の様子を見て、スグリはさらに続ける。

「逆に、全く情報がないトレーナーも二人いるね。今まで大会に参加せず、今大会でいきなり本戦に来たトレーナー……まぁ片方はラルド君なんだけど、もう一人いるよ」

再びスグリが画面を転送する。

「この街、イザヨイシティ出身のライタ。大会に出場するのは今回が初めてらしいけど、ジムバッジは七個。過去の情報が全くないから、ラルド君と並んでダークホースになり得るね」

バッジ七個ということは、ハルやサヤナと同格。加えて情報がないとなると、特に気をつけなければならない。

「ま、何と言っても今回の大本命はアリス&イチイのジムリーダーコンビだけどね。今回のジムリーダー参戦に関しては、ネットでもかなり話題になってるよ」

そう言ってスグリがSNSを開く。なんとネットニュースにまで上がっていた。

「わ、ほんとだ。しょーじき、私もアリスさんたちが来てるなんて考えもしなかったもんね」

サヤナが呟き、ハルもその画面を覗く。

「……なんだか、批判的なコメントが多いみたいだね」

「不思議なことにねー。出来レースだとか誰が勝つかワクワク感がなくなるとか……ま、オレからすりゃ批判する意味が分かんないけど。多分、批判してる人の中にポケモントレーナーいないよ」

「そうだよね。僕たちからすれば、本気のジムリーダーと戦えるかもしれないなんてまたとない機会なんだし。胸を借りるつもりで行かなきゃ損だよね」

「ちぇっ、ジムリーダーが参加すること知ってたらなぁ……そしたらオレも手の内とかかなぐり捨てて参加したのになぁ」

ポケモントレーナーの性である。自分より強い者と戦い、どこまで通じるかを知りたい。トレーナーでなければ、この感覚は伝わらないだろう。

「にひひー、スグリ君の分まで、私とハルが頑張るからね!」

「スグリ君、情報ありがとう。明日からの本戦で役立ててみせるよ」

「ああ。オレは観客席から、みんなのバトルを観察させてもらうぜ」

意気込む二人に対して、スグリはフッと笑う。

いよいよ明日は、大会本戦だ。

 

 

 

そして翌朝。

朝食を食べて準備を整え、ハルはポケモンセンターを出て会場に向かおうとしていた。

「おっはよー! ハル、調子はどう?」

ポケセンの外に出たハルを出迎えたのは、サヤナともう一人。

「お久しぶりね。ハル、元気にしてたかしら?」

赤いストレートヘアーの先輩トレーナー、エリーゼ。珍しく傍にハッサムがいない。

「エリーゼさん、お久しぶりです! カタカゲシティ以来ですね! サヤナも、おはよう!」

ぱあっと明るくなったハルの顔を見て、エリーゼはにっこりと笑う。

「一週間前、イザヨイシティがゴエティアに占拠されてるって聞いたけど、無事解放されたみたいで良かったわね。こうして大会も問題なく開催されたわけですし」

ハルやラルド、ノワキの住民たちがイザヨイ解放のために戦ったことは報道されていない。ハルもラルドも騒がれ持て囃されるのはあまり好きではないこと、何よりノワキの住民たちの平穏のため、マキノに隠してもらうようお願いしたのだ。

「大会でハルと当たるとしたら、ヒザカリ大会振りかしら? あの時は負けてしまったけど、今回はそうはいかないわ。ハルが相手なら、私のハッサムでお相手いたしますわよ」

「望むところです。僕もエリーゼさんのハッサムには一度負けてますし、リベンジを果たしてみせますよ」

エリーゼの名前が昨晩の作戦会議で挙がらなかったのは、ハダレ大会で一回戦からよりにもよってスグリと激突したためだ。彼女も充分、強豪に数えられる一人である。必ず勝ち上がってくるだろう。

「さあ、それじゃ会場に向かおう! にひひー、もうすぐ大会本戦、始まるよ!」

「そうね。そろそろ向かうとしましょうか」

ハルとサヤナ、エリーゼの三人は動く歩道に乗り、街の真ん中の巨大なスタジアムへと向かう。



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第116話 一回戦・痺れ煌めく第一試合

ハルたちが会場に到着し、他の選手たちも続々とスタジアムのロビーへと集まってくる。

『選手の皆さま、お待たせいたしました。只今より、本戦トーナメント第一回戦の組み合わせを発表いたします』

アナウンスが流れるとともに、ロビーの電光掲示板に対戦カードが映し出された。

同時にアルス・フォンの大会アプリでも、同じく一回戦の組み合わせが見れるようになった。

「来たっ! さあ、私の相手は誰かな!?」

サヤナが真っ先に反応し、他の者たちも掲示板を眺めたり、あるいはフォンを開いたりと、対戦相手を確認していく。

「僕の相手は……あっ、この人たしか……」

ハルの一回戦の相手は、昨日スグリから名前を聞いた一人、ライタだ。ラルドと同じく、大会初出場で本戦に上がってきた、情報のないトレーナー。

「サヤナ、対戦相手どんな人だった?」

「うーん……知らない人。予選の動画を見ておこうかな。エリーゼさんは?」

「私もご存じない方ですわね。まぁ、誰が来ても全力でお相手するだけですけれど」

試合順はハルが六試合目、サヤナが四試合目でエリーゼは十試合目だ。ちなみにどうやら今回の大会は一回戦ごとに対戦相手のシャッフルがあるらしく、トーナメント表もないので二回戦以降の相手はまだ分からない。

「私たちの試合はまだ先だし、しばらくは観客席にいていいんじゃないかな?」

「そうね。出番が来るまでは、他の参加者の戦い方を見せてもらうとしましょう」

対戦相手も判明。まもなく、本戦の開幕だ。

 

 

 

『さあ、遂に開催いたしました、ポケモンバトル大会イザヨイリーグ! ある意味でポケモンリーグ大会の前夜祭ともいえるこの大会、優勝するのは一体誰なのか? まもなく、一回戦第一試合が始まろうとしているところであります! 実況は私、テレビコトブキのアマネがお送りしております!』

会場は既に熱気に包まれている。テレビ局から派遣された女性アナウンサーが、テンション高くマイクを握り、叫ぶ。

『なお、今大会は特別に、本日限りではありますが! マデル地方四天王のあるお一人を、解説としてお招きしております!』

アナウンサーの言葉に会場からは期待の声が上がる。開会式でチャンピオンに会えるだけでなく、四天王をもこの目で見られるのだ。当然だろう。

『それでは、ご紹介しましょう! マデル地方四天王が一角、水タイプのエキスパート! 「荒波の貴公子(タイダルスーパースター)」こと、カリスさんです!』

アナウンサーの紹介に続き、隣の男性がマイクを手に取る。

『こんにちは! 四天王のカリスです! 本戦出場者のみんな、激しく暴れる荒波のような、熱いバトルを期待してるよ! そして観戦者のみんな、大会の盛り上がりは君たちに掛かっている! 今日はみんなで応援して、叫んで、盛り上がろう!』

まるで童話や乙女ゲームに出てくる王子様を模したような白い舞台衣装のような服装の、青髪のイカした美青年だった。

カリスと名乗ったその男が呼びかけると、会場からは歓声に混じって次々と黄色い声援が飛ぶ。

「えーうそー!? まさかカリスさんが来てるだなんて! すごーい!」

横にいるサヤナも立ち上がり飛び跳ねている。会場の盛り上がりだけでいえばチャンピオンの挨拶の時以上だ。

「えっ? サヤナ、あの人ってそんなに凄い人なの?」

隣のサヤナに尋ねるが、テンション爆上げのサヤナにはハルの言葉などまるで聞こえていない様子。

「あら、サヤナったら……しょうがないわね。あの人はマデル地方の四天王の一人、水タイプ使いのカリス。四天王になったのは最近で、ホウエン地方出身のポケモントレーナーよ」

サヤナの代わりに答えたのは、後ろの席に座っているエリーゼ。

「だけど四天王でしょ? この盛り上がり方、チャンピオンより人気みたいですよ」

「それはね、彼にはたくさんの女性ファンがいるからよ」

ハルの疑問にエリーゼは再び答え、

「今やマデル地方のみならず各地でも名をあげる、時代を駆けるトップアイドルグループ『ブルースター』。元はこのマデル地方で生まれたアイドルグループなのだけれど、カリスさんはそのリーダーなのよ」

 

『information

 四天王 カリス

 専門:水タイプ

 異名:荒波の貴公子(タイダルスーパースター)

 最新リリース曲:「弾けろ☆Hydro cannon!!」』

 

「あぁ、なるほど……」

「まぁ、私はアイドルにはあまり興味がないのですけれどね」

それを聞けばさすがに納得だ。

マデル地方四天王、それに加えてトップクラスの人気を誇るアイドルとなれば、それは騒がれるわけだ。

『さあ、カリスさんに挨拶をしてもらったところで、準備が整ったようです! 只今より、イザヨイ大会本戦、一回戦が始まります! 第一試合、両選手の入場です!』

再びマイクを手に取ったアマネが、声高に叫ぶ。

『まずは現在ジムバッジ六つ、コロン選手! 前回のハダレタウン大会ビギナーランクの準優勝者、期待の新星トレーナーだ! ハダレ大会決勝での無念の惜敗をバネに、さらに強くなって大会の場に帰ってきたぞ!』

現れたのは、黄色いもこもこしたジャケットに丸眼鏡の茶髪の少年。

『そのコロン選手の対戦相手となるのは、今回の優勝候補の筆頭格! マデルの人なら誰もが知ってるメガシンカ使い、サオヒメジムリーダーアリス! ジムリーダーの立場に留まらず、さらに高みを目指すため、この大会にやってきた!』

『ジムリーダーが参戦とは、珍しい展開だよね。アリスちゃんとはエキシビジョンで何回か戦ったことがあるけど、本気の彼女は四天王である僕を追い詰めるほどの実力者だ。本気のジムリーダーを相手に、コロン君がどう戦うか、ってところかな』

さすがにこういう場には慣れているようで、アリスは笑顔で手を振り、歓声に応える。

「これより、一回戦第一試合、アリス選手対コロン選手のポケモンバトルを始めます。使用ポケモンは二匹、ポケモンの入れ替えは自由。先に相手のポケモンを二匹倒した方の勝利となります。それでは、ポケモンを出してください」

審判がルールを告げ、アリスとコロンがモンスターボールを手に取る。

「まさか一回戦からジムリーダーと当たるなんて思っていませんでした……だけど、電気タイプの対策はできてる。ここは、勝たせてもらいます……!」

「あら、それは楽しみね。それじゃ、私も君のその自信に応えて、全力で相手をさせていただくわ」

口上を挟み、お互いに準備は整った。両者、同時にボールを掲げる。

「ビブラーバ、出て来い!」

「輝け、エレキブル!」

 

『information

 ビブラーバ 振動ポケモン

 翅を振動させることにより超音波を

 出して獲物や外敵を気絶させてしまう。

 四枚の翅が成長しきれば進化は近い。』

 

『information

 エレキブル 雷電ポケモン

 戦いになると発電した電気を無尽蔵に

 放ち続ける。接近してきた相手には

 尻尾を巻き付かせ直接電撃を浴びせる。』

 

コロンのポケモンは、四枚の薄い翅で宙に浮かぶ細身のポケモン。虫のような姿だが龍の血を持つ歴としたドラゴンポケモンであり、進化するとフライゴンになる。

次にアリスの繰り出した、黄色の身体中に黒い縞模様を刻み、長い二本の尻尾を持つ大柄なポケモン。ジム戦で使用していたエレブーの進化系となるポケモンだ。

 

「それでは、試合開始ッ!」

 

「ビブラーバ、大地の力!」

審判の掛け声を引き金に、先に動いたのはコロンとビブラーバ。

金切声を上げると地面が揺れ始め、床が割れて大地のエネルギーが光と共に溢れ出し、エレキブルへと襲い掛かる。

「エレキブル、構わず進んで! 炎のパンチ!」

対するエレキブルは握り締めた拳に炎を灯すと、いきなり正面突破を仕掛ける。

大地エネルギーの中へと飛び込んだエレキブルは、なんと波を掻き分けるようにそのまま正面から大地エネルギーの奔流を突っ切り、強引に大地の力を突破してしまった。

「えっ……ビ、ビブラーバ! 避けて!」

慌てて翅を羽ばたかせ、ビブラーバが飛び立つが、

「逃すなエレキブル! 瓦割りよ!」

全力で地を蹴り、エレキブルは一気に跳躍。そのまま思い切り腕を振り下ろし、手刀を放ってビブラーバを床へと叩き落とした。

「ぐっ、まずい……だけど! ビブラーバ、虫のさざめき!」

地面に倒れながらも、ビブラーバが翅を振動させ、強烈なノイズと共に衝撃波を放出。

まだ空中のエレキブルはノイズを受けて体勢を崩し、うまく着地できず床に落ちてしまう。

「よし、上手くいった! ビブラーバ、竜の波動!」

飛び立ったビブラーバが息を吸い込み、青色のブレスを放つ。

放たれたブレスは竜の形となり、光の牙をエレキブルに突き立て、青い爆発を起こす。

だが。

「エレキブル、炎のパンチ!」

青い煙の中からエレキブルが飛び出す。

竜の波動を浴びたとは思えない反撃速度で、拳に炎を灯した纏わせたエレキブルが拳を突き出す。

「速い……けど、ビブラーバ! 躱して虫のさざめき!」

その場にふわりと浮き上がり、間一髪のところで炎の拳を回避すると、四枚の翅を構えるが、

「そうはいかないわ! 捕まえなさい!」

エレキブルの尻尾が伸びる。

長い二本の尻尾が瞬時にビブラーバを絡め取り、動きを完全に封じてしまう。

「決めなさい! 冷凍パンチ!」

尻尾を振り下ろしてビブラーバを床に叩きつけ、間髪入れずにエレキブルは冷気を纏った拳をビブラーバへと叩き込んだ。

「ビブラーバ……!」

地面とドラゴンを併せ持つビブラーバには氷技は致命的。耐えられるはずもなく、体を凍りつかせて動かなくなってしまった。

「ビブラーバ戦闘不能! エレキブルの勝利!」

『冷凍パンチが決まったぁ! アリス選手のエレキブル、ビブラーバの攻撃を全く気にも留めず、拳でねじ伏せる! まずはアリス選手が先手を取りました!』

バトルが始まって速攻、アリスはコロンの一匹目を下してしまった。

難なくビブラーバを倒したエレキブルは両腕で胸を打ち鳴らし、雄叫びをあげる。

「くっ……ビブラーバ、戻って」

コロンはビブラーバを戻し、即座に次のボールを手に取る。

(これがジムリーダー……タイプ相性でどうこうできる相手じゃない。ここはエースを出すしかない!)

「出てきて、サワムラー!」

コロンの二番手は、バネのような脚を持つ格闘ポケモンだ。

 

『information

 サワムラー キックポケモン

 足が自在に伸び縮みする。相手の間合い

 の外から足を伸ばしてキックを繰り出し

 一方的に相手を蹴っ飛ばしてしまう。』

 

「あら、よく鍛えられてるポケモンね。どんな戦いを見せてくれるのかしら?」

「バトルはここからです……僕のエースの力、ぶつけてやります!」

バトル再開。再び、コロンが先手で動き出す。

「サワムラー、メガトンキック!」

サワムラーがその場で脚を構える。

次の瞬間、脚が二倍くらいまで一気に伸び、強烈な蹴りがエレキブルを捉える。

「やるじゃない! エレキブル、雷パンチを床へ!」

立て直したエレキブルが、電撃を纏わせた両拳を床へと叩きつける。

刹那、一対の電撃の衝撃波が地を這い、サワムラーへと襲い掛かる。

「遠距離戦もある程度こなせるわけですか……サワムラー、跳躍して! メガトンキック!」

大ジャンプして衝撃波を躱し、サワムラーは上空から再び脚を伸ばしたキックを放つ。

「エレキブル、受け止めなさい! 冷凍パンチ!」

両腕に冷気を纏わせ、エレキブルはその場で構える。

冷気を込めた両手で、サワムラーの伸ばした脚を真っ正面から受け止めた。

「甘いっ! サワムラー、ブレイズキック!」

捕まえられたサワムラーの脚が炎を纏う。

冷気を溶かし、さらに黄色い体毛を焦がしてエレキブルを蹴り飛ばした。

「今だ! インファイト!」

好機を逃さず、サワムラーが一気にエレキブルの懐へ飛び込む。

「エレキブル、来るわよ! 雷パンチ!」

怒涛の連続攻撃を放つサワムラーに対し、エレキブルは両腕に電気を纏わせ、腕を交差させて防御の体勢で迎え撃つ。

立て続けに繰り出されるサワムラーの連続蹴りをエレキブルは正面から受け、そして締めとなる渾身のキックすら、勢いに押されるも吹き飛ばされることなく耐え切った。

「くっ、決めきれないか……」

「……今よ! エレキブル、捕まえなさい!」

インファイトを放ってサワムラーが一息ついた、その瞬間。

エレキブルの二本の尻尾が瞬時に伸び、瞬く間にサワムラーを縛り上げ、完全に拘束してしまう。

「あっ……しまっ――」

「エレキブル! そのまま電撃をお見舞いしてやりなさい!」

間髪入れずに、エレキブルの尻尾から高電圧の強力な電撃が放出される。

尻尾に雁字搦めにされたサワムラーはとうぜんただでは済まない。体の芯まで痺れさせられ、ぐったりと床に倒れてしまう。

「雷パンチ!」

それでもまだ倒れておらず、体を震わせて起き上がろうとするサワムラーに対し、エレキブルは拳に電撃を纏わせ地を蹴って飛び出す。

エレキブルの全力ストレートの雷拳がサワムラーの脳天を容赦なく捉え、壁までぶっ飛ばした。

「サワムラー!?」

壁に激突したサワムラーは重力に従って床に落ち、そのまま動かなくなった。

「サワムラー戦闘不能! エレキブルの勝利! よって勝者、アリス選手!」

『第一試合、決着ぅ! アリス選手、エレキブルのパワーを生かし、単体でコロン選手のポケモン二体を撃破! 圧倒的な実力を見せつけ、二回戦進出です!』

『さすがはジムリーダーのポケモン、見事なパワーだ。相手の攻撃を気にも留めないバトルスタイルも、力自慢のエレキブルと見事にマッチしている。素晴らしいね』

解説のカイリも彼女を賞賛する。

ジム戦でもアリスは強かったが、今のバトルを見た限り、ジムでのバトルは彼女の本気の片鱗も見せていない。これが、ジムリーダーの真の実力。

互いに一礼すると、アリスは盛り上がる観客席に手を振り、バトルフィールドを去っていく。



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第117話 一回戦・ダークホース現る第六試合

その後第四試合、サヤナが手堅く一回戦を突破。

第五試合も終わり、続いては第六試合。すなわち、

『さあ、それでは参りましょう! まずはジムバッジ七つ、ハル選手! ゴエティアの乱入で一時期話題となりました、あのハダレ大会レギュラーカップの決勝進出者です! 噂によると、継承者アリスさんに認められたメガシンカ使いだとか! 今大会でもメガシンカを見せてくれるのでしょうか!』

ハルの出番だ。さすがに緊張を隠せないが、それも戦いの場に立てば緊張などあっという間に掻き消される。

『対するは、同じくジムバッジ七つ、ライタ選手! 今までの大会には不参加だったようで、イザヨイ大会で初参戦! 予選を危なげなく突破し、本戦に駒を進めたダークホースだ!』

対戦相手のライタは、緑色のニット帽を被った、怪獣のような緑のポケモンが描かれた黒い服の少年だ。

『予選の試合を見る限りでは、実力的にはほぼ互角といったところかな? どっちが勝つか最後まで分からない、手に汗握る熱いバトルを期待したいね』

『カリスさんの言葉で期待が高まります! 両者、どんな試合を見せてくれるのでしょうか!?』

実況と解説のコメントに呼応し、会場も沸き立つ。

とはいえハルがやることは変わらない。全力で戦って勝つ。

「それでは、ポケモンを出してください」

審判に従い、二人が同時にモンスターボールを手に取る。

「出てきて、ラプラス!」

「頼む、カブトプス!」

ハルが初手に選んだのはラプラス。バトルの経験はあるが、ジムや大会のような公式戦は初めてだ。

対するライタのポケモンは、カブトガニのような形状の頭部に刺々しい細身の体を持つポケモン。両手には鋭い鎌を持つ。

 

『information

 カブトプス 甲羅ポケモン

 水中では鎌を折り畳み獲物を切り裂く時

 に鎌を展開する。陸上への進出のため

 エラや足が変化し地上でも活動できる。』

 

太古の世界に生息し、化石から蘇った古代ポケモンだ。

『おっ、二人とも水タイプのポケモンか。水タイプ使いの僕としては嬉しい展開だね。タイプ相性だけを見ればライタくんの方が少しだけ有利だけど、さて、どうなるかな』

カリスの言う通りカブトプスは岩タイプを持つため、得意の岩技をラプラスに効果抜群でぶつけられる。

しかし岩タイプがあるということは、ラプラスの水技が半減されない。ハルが完全に不利とは言えない状況だ。

ともあれ、準備は整った。

 

「それでは、試合……開始ッ!」

 

「カブトプス、アクアジェット!」

バトル開始と同時、いち早くカブトプスが水を纏って飛び出す。

「速いっ……ラプラス、冷凍ビーム!」

冷気を溜め込むラプラスだが、冷凍光線を放つよりも先に水を纏ったカブトプスが衝突する。

水技なのでダメージは少ないが体勢を崩されてしまい、冷気の光線は狙いが外れ、カブトプスには当たらない。

さらに、

「ふむ。お前のラプラスの特性は、“貯水”ではないな」

アクアジェットの反応を見て、ライタが呟く。

「っ、なるほど……それを確かめたかったんだね」

ラプラスは二つの特性を持つポケモンだ。一つは急所への攻撃を防ぐ“シェルアーマー”、そしてもう一つが、水技を無効化して自身の体力を回復する“貯水”だ。

だからライタは先制技のアクアジェットを利用し、真っ先にラプラスの特性を確認したのだ。水タイプのカブトプスにとって、相手に水技が通るかどうかは重要だ。

「その通り。これで水技も気兼ねなく撃てるさ。さあカブトプス、続けてストーンエッジ!」

続けてカブトプスはその場で両腕の鎌を床に突き刺す。

すると大地が揺れ、地面から無数の尖った岩の柱が出現し、ラプラスへ迫り来る。

「ラプラス、渦潮で防いで!」

対してラプラスは天を仰いで美しい歌声と共に周囲に渦巻く大波を巻き起こす。

激しい大波が岩の柱を食い止め、さらにカブトプスへと波が迫る。

しかし、

「カブトプス、波に乗ってラプラスに近づけ!」

カブトプスはなんと自ら渦潮の中に飛び込み、渦潮の中を泳ぎつつ一気にラプラスへと接近、さらに、

「リキッドブレード!」

水を纏わせた両鎌を纏わせ、ラプラスを斬りつける。

「ラプラス、凍える風!」

だがラプラスも負けてはいない。リキッドブレードをその場で耐え、吐息と共に放つ凍える冷気をカブトプスへ浴びせる。

『凍える風が決まった! 効果は今ひとつですが、スピードで攻めていたカブトプスにはやや苦しいか!?』

『凍える風は文字通り、冷気で相手を凍えさせて素早さを下げる技だね。それでもカブトプスの方がまだ素早そうだけど、バトルの展開にどう影響するかな?』

氷の吐息を直に浴び、カブトプスが押し戻される。水を纏っていた鎌が凍りついてしまっている。

「この程度ならば……カブトプス、氷を砕け! ストーンエッジ!」

凍った鎌を床に叩きつけ、カブトプスは強引に氷を砕くと、再び鎌を床に突き刺して無数の岩の柱を突き出させる。

「ラプラス、冷凍ビーム! 岩の柱を避けるんだ!」

対するラプラスは自身の周囲の床へと冷気の光線を放つ。

海上を泳ぎ進むように凍りついた床の上を滑り移動し、岩の柱をなんとか回避するが、

「逃すな! カブトプス、辻斬り!」

カブトプスが地を蹴って飛び出す。

素早さが落ちているとはいえそれでも素早くフィールドを駆け、すれ違いざまに鋭い鎌でラプラスを切り裂く。

「カブトプス、もう一度だ!」

ラプラスの背後を取ったカブトプスが、再び鎌を構えて地を蹴る。

「ラプラス、食い止めるよ! 泡沫のアリア!」

対してラプラスは後ろを振り向き、息を吸う。

フィールドに美しい歌声を響かせ、それと同時に周囲へと無数の水のバルーンを放出する。

カブトプスは両腕の鎌でバルーンを迎え撃つが、さすがに二本の腕で無数の水のバルーンを捌き切ることはできず、やがて破裂したバルーンから噴き出す水を受けて吹き飛ばされてしまう。

「ちっ……カブトプス、一旦戻って来い。立て直すぞ」

カブトプスもまだやられはしない。体勢を立て直すと跳躍し、ライタの元まで引き下がる。

(さすがにイザヨイ大会本戦、一回戦から強敵だな……カブトプスの動きにも隙が少ないし、トレーナーも分析力に自信があるみたいだ。気をつけて戦わないと)

ラプラスも体勢を整え、一旦仕切り直し。

「よし……ラプラス、冷凍ビーム!」

「迎え撃て! カブトプス、辻斬り!」

ラプラスがツノの先から凍える冷気の光線を放ち、対するカブトプスは両鎌を構えて飛び出す。

冷凍光線がカブトプスに命中するが、それでもカブトプスの動きは止まらない。右腕の鎌で冷凍ビームを防ぎつつラプラスへ接近し、左の鎌を振り抜きラプラスを切り裂く。

「だったらラプラス、渦潮!」

切り裂かれて呻くラプラスだが、それでもすぐに反撃に出る。歌声と共に、周囲へと渦巻く大波を巻き起こす。

「その技はカブトプスには効かないぞ。もう一度波に乗れ!」

至近距離で渦潮に飲み込まれたかに見えたが、カブトプスはやはり波に乗って渦潮の中を泳ぎ、ほぼノーダメージで渦から脱出してしまう。

『カブトプス、再び見事な遊泳で渦潮から脱出! 激しい渦と波をものともしません!』

『カブトプスは見た目に反して泳ぐのが得意なポケモンだ。だけどあのパワーの渦潮の中を泳ぎ回ることができるとは、よく鍛えられているね』

渦潮から抜け出したカブトプスは、再び鎌を携え突撃する。

「好き勝手させないよ! ラプラス、凍える風!」

大きく息を吸い込み、ラプラスは吐息と共に凍える冷気を放出してカブトプスを迎え撃つ。

「甘いぜ。カブトプス、ストーンエッジ!」

急停止したカブトプスが鎌を床に突き刺す。

鋭く尖った岩の柱が地中より出現、凍える息吹を遮断しつつ、さらにラプラスの足元から岩の柱を突き出してラプラスを傷つけ、

「さらに辻斬り!」

床から鎌を引き抜くと地を蹴って一気に接近、すれ違いざまに両腕の鎌を振り抜く。

「くっ……ラプラス、大丈夫!?」

体が大きいため被弾は多いが、それでもラプラスは首を上げ、ハルの声に応えて頷く。

ハルの手持ち六匹の中で、ラプラスは最も耐久力に優れている。ワルビアルが特訓してきた受けのバトルスタイルを自然に使いこなせる程度には丈夫なポケモンだ。

ただしそのワルビアルに比べるとスピードは遅く、攻撃力も控えめ。ワルビアルのような力押しが得意なわけではないため、的確に技を当てていかないとジリ貧になってしまう。

尤も、これはラプラスの課題というよりはハルの課題だ。多彩な攻撃手段を持つラプラスの技をどれだけ有効に活かせるかは、トレーナーであるハルの腕にかかっている。

「そろそろこっちの番だよ。ラプラス、冷凍ビーム! 薙ぎ払って!」

ラプラスがツノから冷気を放出し、前方を薙ぎ払うように凍える冷気の光線を放つ。

「アクアジェットで躱せ!」

対するカブトプスは水を纏って飛び出す。

冷気の光線を掻い潜りつつ猛スピードでラプラスへ接近し、

「リキッドブレード!」

体を覆っていた水を両手の鎌に集中させ、鎌を振りかぶる。

「ラプラス、凍える風!」

「させるか! カブトプス、跳べ!」

ラプラスが冷気を放つが、その直前にカブトプスは跳躍、凍える冷気を躱して今度こそ鎌を振り下ろす。

「そうはいかないよ! 躱して、泡沫のアリア!」

だがその直後、ラプラスが床上を滑るようにカブトプスの鎌を回避する。

「っ!?」

驚くライタがラプラスの足元を見ると、いつの間にか床が凍っている。

先程の薙ぎ払い冷凍ビームと、直前の凍える風により、ハルはラプラスが攻撃を回避できるように床を凍りつかせておいたのだ。

狙いを外したカブトプスの鎌が床に突き刺さる。氷は砕けるが、肝心のラプラスを捉えることができず、さらに鎌が床に刺さったせいで即座に回避することができない。

鎌を引き抜いたカブトプスへ無数の水のバルーンが襲い掛かる。着弾したバルーンは次々と破裂して水を噴き出し、カブトプスを吹き飛ばした。

「今だ、冷凍ビーム!」

さらにラプラスはツノから冷気の光線を放ち、追撃を仕掛ける。

「チッ、カブトプス、防御だ! リキッドブレード!」

水を纏った両手の鎌を交差させ、カブトプスは防御の姿勢を取って冷気の光線を迎え撃つ。

鎌が凍り付いてしまうが、それでもカブトプスは冷気の光線を正面から受け止め、吹き飛ばされずに踏み止まった。

「カブトプス、反撃だ! ストーンエッジ!」

冷凍ビームを耐え抜いたカブトプスは両手の鎌を地面に突き刺し、鎌を覆った氷を砕くと同時に、尖った岩の柱を地面から出現させる。

「ラプラス、泡沫のアリア! ストーンエッジを防ぐんだ!」

ラプラスが美しい歌声と共に無数の水のバルーンを放つ。

バルーンから噴き出す水流で、立て続けに襲い来る岩の柱を全て防ぎ切る。

「リキッドブレード!」

ストーンエッジが防がれたのを見るや、カブトプスは鎌に水を纏わせ、すぐさま追撃に出る。

「来た……! ごめんラプラス、ここは一発耐えて!」

回避は間に合わないと判断、ラプラスは真っ向からカブトプスの斬撃を迎え撃つ。

振り下ろされる二本の水の鎌は、幸い効果は今ひとつ。ラプラスはその場でしっかりと耐え切り、

「冷凍ビーム!」

お返しとばかりに一声あげると、ツノの先から凍える冷気の光線を放つ。

「カブトプス、もう一度、そのまま防御!」

水を纏った鎌を再び構え、カブトプスは至近距離から冷凍ビームを受け切る。

再び鎌は凍りついてしまうが、カブトプスはしっかりと耐えた。

しかし、

「今だ! ラプラス、渦潮!」

その次の動きはラプラスの方が早い。

美しい歌声と共に周囲に波を巻き起こし、渦巻く大波がカブトプスを飲み込む。

「効かないと言ったはずだ。カブトプス、波に乗れ!」

この距離では渦潮を避けられないが、カブトプスなら渦潮の中でも泳いで脱出ができる。

だが。

「……なにっ? カブトプス、どうした!?」

先程までと比べてカブトプスの様子がおかしい。渦巻く大波の中を上手く泳ぐことができず、次第に波に飲まれていく。

『おーっと!? どうしたことだカブトプス!? さっきまで見事な遊泳を見せたカブトプスが、波に溺れていきます!』

『なるほど。ハル選手はこの瞬間を狙っていたんだね』

カリスがすかさず解説を挟む。ハルが狙っていたこととは、

『いくら泳ぎが上手いカブトプスでも、体の一部を凍りつかせてしまえば普段通りには泳げない。ハル選手はカブトプスが冷凍ビームをリキッドブレードで防御したのを見て、それを逆手に取った。上手な戦い方じゃないか』

ハルが注目したのは二点。一つは、激しい攻防の中でカブトプスが氷技をリキッドブレードで防いだ時、鎌が氷漬けになっていたこと。そしてもう一つは、カブトプスはリキッドブレードでラプラスの氷技を余裕で受け切ることができるということ。

だからリキッドブレード敢えてラプラスに耐えさせ、直後に冷凍ビームを放った。そうすれば、ライタは間違いなく防御を指示すると考えたのだ。

大波にに飲み込まれたカブトプスが渦の中で激しく掻き回される。

「ラプラス、泡沫のアリア!」

波から解放されたカブトプスだが渦に巻き込まれて目を回しているようで、足取りがおぼつかない。

そんなカブトプスが無数の水のバルーンを回避できるはずもなく、次々とバルーンの直撃を受け、破裂した水を浴びて吹き飛ばされる。

「っ、カブトプス――」

「冷凍ビーム!」

床に落ちたカブトプスへ、ラプラスはとどめの凍える冷凍光線を放つ。

まだ起き上がるとするカブトプスへ冷凍ビームが直撃。半身を凍りつかせ、カブトプスは今度こそ動かなくなった。

「カブトプス戦闘不能! ラプラスの勝利!」

『決まったーッ! ハル選手とラプラス、機転を利かせた渦潮で見事カブトプスを撃破! ハル選手、先手を取りました!』

アナウンサーの実況と共に、会場から歓声が湧く。

「カブトプス、戻れ。よく頑張った、後は休んでいろ」

カブトプスをボールへ戻すと、ライタはハルの方へ向き直る。

「やるじゃないか。まさか、あれほど効かないと豪語した渦潮にやられるとはな」

「ふふっ、ありがとう。カブトプスがリキッドブレードでラプラスの冷凍ビームを受け止めて、鎌が氷漬けになってたのを見て、もしかしたらって思ったんだ」

ハルの言葉を聞き、ライタは感心するように頷く。

「やるじゃないか。だが、次はそうはいかないぞ」

再び険しい表情になったライタが、次なるボールを手に取る。

「頼む、エンニュート!」



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第118話 一回戦・毒炎蝕む第六試合

ライタが二番手に繰り出したのは、黒く細い二足歩行のトカゲのようなポケモンだ。胸部や尻尾にピンク色のラインが走っている。

 

『information

 エンニュート 毒トカゲポケモン

 生み出す毒ガスは他の生物にとっては

 危険な猛毒。しかしオスのヤトウモリ

 にとっては魅力的なフェロモンとなる。』

 

炎と毒タイプを持つポケモンのようだが、ハルの見たことのないポケモンだ。

体格的にはスグリの持つエレザードに似ている。身軽そうな見た目からしても、素早いポケモンのように思える。

試合前にライタの予選の動画も確認したが、動画に出ていたポケモンは出して来ないようだ。

「ごめんねラプラス、疲れてるだろうけど、もう少し頑張って。相手が炎タイプなら、水技は効果抜群だよ」

カブトプス戦での被弾が多く、さらに対戦経験もまだ少ないため疲労している様子のラプラスだが、それでも頷き、一声あげて自身を鼓舞する。

「準備はいいようだな。それじゃ行くぞ! エンニュート、火炎放射!」

バトル再開、先手を取ったのはライタ。

エンニュートの体のピンクの毒腺が炎を帯びたかと思うと、口から灼熱の炎を吐き出す。

「ラプラス、泡沫のアリア!」

ラプラスも火炎放射に対して、歌声と共に無数の水のバルーンを放ち迎え撃つ。

バルーンは破裂して水を噴き出し、瞬く間に焔を打ち消していくが、

「エンニュート、ベノムショック!」

既にエンニュートはそこにはいない。

いつの間にかラプラスの横へ回り込んでおり、口から毒々しい色の液体を光線のように放出する。

「っ、やっぱりスピード系か! ラプラス、渦潮!」

体格から予想した通り、このエンニュートはかなり素早い。

ラプラスが波を呼び起こし、周囲に渦巻く大波を発生させるが、

「エンニュート、退け!」

エンニュートは素早く飛び退いてラプラスから距離を取り、大波を躱す。

「ラプラス、冷凍ビーム!」

渦潮を回避されたラプラスはすぐさまツノに冷気を集め、凍える冷気の光線を撃ち出す。

「エンニュート、躱して近づけ!」

だがエンニュートは素早い。冷気の光線を飛び越え、潜り抜け、一気にラプラスへ接近すると、

「気合玉だ!」

漲る力を一点に集めて、渾身の力を光弾に変えて放出。

至近距離からの気合の光弾はさすがに回避することができず、ラプラスは気合玉の直撃を受けてしまう。

「しまった……ラプラスっ……!」

効果抜群となる格闘技を叩きつけられ、カブトプス戦でのダメージも溜まっていたラプラスはここで力尽きて倒れてしまう。

「ラプラス戦闘不能! エンニュートの勝利です!」

『エンニュート、速いッ! フットワークでラプラスを翻弄し、渾身の気合玉を炸裂させた! さあライタ選手、追いつきました! この互角の戦いの行方はどうなるのでしょうか!』

それでも、ラプラスの初めての公式戦にしては大健闘だった。四天王カリスに“よく鍛えられている”と言わしめた、一番手のカブトプスを倒したのだから。

「ラプラス、いい戦いっぷりだったよ。あとは任せて、休んでてね」

ラプラスの頭を撫でてボールへ戻し、ハルは次のボールを手に取る。

「素早い炎・毒タイプなら、ここは君の出番だ。出てきて、ワルビアル!」

ハルの二番手はワルビアル。炎と毒タイプを併せ持つエンニュートには、地面技がよく通る。

尤も、あの素早いエンニュートに地震攻撃を当てることができれば、という話だが。地震は非常に強力な地面技だが、身軽なポケモンには当てるのが意外と難しい。宙に浮かび上がられたり跳躍されたりするとそれだけで避けられてしまう。

「地面タイプか。あまり相手にしたくはないが……予選動画に映っていたポケモンだな。となれば、やってやれないことはない。エンニュート、勝つぞ」

(そうか、ワルビアルの試合を見られているのか……)

ハルの公開されている予選の試合は、ワルビアルの勝利した試合。それをチェックされているのであれば、相手は多少なりとも対策を練ってくるだろう。

「ワルビアル、タイプ相性では有利だけど、相手はなかなかの強敵だ。それにどうやら技や戦法も知られてる。油断しないで、堅実に戦っていこう。僕たちならきっと勝てるよ」

エンニュートとワルビアルは互いのトレーナーの言葉に応えて頷き、それぞれの相手を見据える。

「それじゃバトル再開だ。俺から行くぞ! エンニュート、火炎放射!」

再びライタが先手を取る。エンニュートがトカゲのように屈んで四つん這いになり、口から灼熱の炎を吐き出す。

「ワルビアル、ストーンエッジで防いで!」

対するワルビアルは地面を踏みつけ、地中から尖った岩の柱を突き出す。

立て続けに出現する岩の柱が炎を阻み、さらにエンニュート本体をも狙うが、

「エンニュート、躱してベノムショック!」

四つん這いの姿勢からエンニュートは思い切り横っ飛びで岩の柱の軌道から離れる。

そして着地すると即座に二本の足で地を蹴って飛び出しワルビアルに接近、鮮やかな紫色の毒液を放つ。

「くっ、ワルビアル、こっちも仕掛けるよ! ドラゴンクロー!」

ミオとの戦いで覚えている。ベノムショックは毒状態の相手に対して威力が二倍になる技だが、元の威力は控えめ。

追加効果の毒状態も発動しなかった。ワルビアルは両腕に青く輝く竜爪のオーラを纏わせ、素早く反撃に出る。

「もう一度躱して、さらに竜の波動!」

エンニュートは素早く飛び退き、ワルビアルから距離を取る。

振り抜いた竜爪は空を切り、直後、エンニュートが青く輝く光線を放つ。

光線は竜の顔のように形を変え、青い牙を剥いて襲い掛かる。

「ワルビアル、そのまま受け止めて!」

ワルビアルの竜爪もまだ生きている。光の竜爪で正面から竜の波動を受け止め、相殺して打ち消した。

「まだ終わっていないぞ! 火炎放射!」

竜の波動を防がれたエンニュートだが今度は灼熱の炎を吐き出し、立て続けに攻撃を仕掛ける。

「ワルビアル、まだ来るよ! ストーンエッジ!」

ワルビアルが床を踏みつけ、地中から尖った岩の柱を出現させる。

眼前に岩の柱を突き出して炎を防ぎ、さらに続けて岩を呼び出し、エンニュートを狙う。

「エンニュート、躱して近づけ!」

だがエンニュートは岩の柱の隙間を縫って駆け巡り、巧みにストーンエッジを躱しながら確実にワルビアルとの距離を詰めてくる。

「ベノムショック!」

岩の柱の合間から姿を現し、エンニュートが毒液を浴びせ掛ける。

ほぼゼロ距離に近い位置からの攻撃に対応できず、ワルビアルは毒液を正面から浴びてしまう。

「続けて火炎放射!」

「そうはさせない! 噛み砕く!」

チャンスだとばかりにエンニュートは息を吸い、灼熱の炎を吐き出す。

だがそれよりも早く、ワルビアルの大顎がエンニュートに食らいつき、頑丈な牙がその動きを封じる。

「っ!?」

ライタが予想外の反撃に驚く。ライタとしては、ベノムショックで体勢を崩したところに大技の火炎放射を撃ち込みたかったのだろう。

しかしワルビアルは怯まなかった。威力の上がっていないベノムショック程度では、ワルビアルは崩されない。

「僕のワルビアルの打たれ強さを甘くみてもらっちゃ困るよ! 床に叩きつけて、ドラゴンクローだ!」

牙を食い込ませて締め上げ、ワルビアルは首を振ってエンニュートを床に叩きつける。

さらに光の竜爪を纏わせた拳を突き出し、エンニュートを殴り飛ばした。

「ぐっ、やるな! だが俺のエンニュートはまだやられちゃいないぞ! 竜の波動!」

宙を舞い不安定な体勢のまま、エンニュートの瞳はワルビアルを捉える。

紫の眼を青く煌めかせ、エンニュートが青く輝く竜の波動を放出する。

「受け止めて! ドラゴンクロー!」

咆哮と共にワルビアルの両腕が青く輝く竜爪を纏う。

光の竜の大顎を巨爪で受け止め、振り払い、

「ストーンエッジ!」

床を踏みつけ、尖った岩の柱を立て続けに呼び出すが、

「そのストーンエッジはもう見切った! エンニュート、躱してベノムショック!」

エンニュートは岩の柱すら足場として利用し、飛び回りながらストーンエッジを全ていなして、上空から毒液を放出する。

「見切られたならそれでいい! ワルビアル、跳んで! ドラゴンクロー!」

ここまでエンニュートを迎え撃ち続けていたワルビアルが、遂に自ら動く。

地を蹴って飛び出し、輝く竜爪を突き出して毒液を蹴散らし、さらにその奥のエンニュートを切り裂く。

「っ、火炎放射!」

竜爪に切り裂かれ、それでもエンニュートの反撃は止まらない。

口から吐き出した灼熱の炎がワルビアルを襲い、赤い体を黒く焦がしていく。

「畳み掛けるぞエンニュート! 龍の波動!」

ようやく着地したエンニュートが再び口を開き、輝く青い光線を発射する。

光線は牙を生やして竜の顔となり、ワルビアルへと牙を剥く。

「っ、ワルビアル、防いで! ストーンエッジ!」

身体を焦がされてよろめくワルビアルだが、それでも炎を振り払うと自身を鼓舞して吼え、地面を思い切り踏みつける。

地面から出現した無数の岩の柱は全て砕かれてしまうが、それでも何とか竜の波動は防いだ。防いだが、

「ベノムショック!」

まだ追撃は終わっていない。疲れているはずだろうに全くスピードを衰えさせず、エンニュートが真っ正面から毒液を浴びせ掛ける。

「くっ……! ワルビアル、噛み砕く!」

毒液を振り払い、ワルビアルが大顎で食らいつこうとするが、既にエンニュートはそこにはいない。

「っ!?」

「火炎放射!」

慌ててハルが周りを見回す。

次の瞬間、上空が明るく輝いたかと思うと、飛び上がっていたエンニュートの灼熱の業火が襲いかかってきた。

「しまっ……ワルビアル!」

咄嗟にハルが叫ぶが、遅い。灼熱の炎がワルビアルを包み、火だるまに変えてしまう。

ワルビアルが呻き、炎を振り払おうとするが、揺らめく炎はまるでエンニュートの毒霧のようにワルビアルにまとわりつき、脱出を許さない。

「勝負あったな! エンニュート、これで仕留めろ! 気合玉!」

上空のエンニュートが手を叩き、両手に気合の念弾を作り上げる。

そのまま重力に従って落下し、気合玉を掴んだ掌を直接ワルビアルへと叩きつける。

 

「……今だワルビアル! 今度こそ、噛み砕く!」

 

その、直前。

力を振り絞ったワルビアルが上空を見上げて大顎を開く。

今まさに気合玉を叩き込もうとしたエンニュートへ噛み付き、硬い牙を食い込ませた。

「なにっ!? え、エンニュート!?」

ライタが驚愕を浮かべたその時には、エンニュートは既にワルビアルの強靭な大顎に捕らえられてしまっていた。

『おーーっと! これはお見事ッ! ワルビアル、起死回生の反撃が決まった! 素早いエンニュートの動きを封じたあッ!』

動きを止められたことにより、エンニュートが掌に掴んだ気合玉も霧散し、消えてしまう。

「……危なかった。正直、ヒヤッとしたよ。だけど、最後の最後で助かった。ワルビアルは接近戦が得意なポケモンだよ。確実に仕留めるために近づいたんだろうけど、そのおかげでチャンスができたんだ」

これが最後のチャンス。だがハルもワルビアルも、それを逃すほど甘くはない。

「ワルビアル! 叩きつけて、地震だ!」

首を振るってエンニュートを地面に叩きつけ、ワルビアルは渾身の力を込めて大地を踏みつける。

フィールド全体が激しく揺れ、同時に衝撃波が地を這い、地に伏したエンニュートを吹き飛ばした。

「エンニュート……っ!」

攻撃と素早さに優れる反面、エンニュートは耐久力は低い。さらに炎と毒タイプを併せ持つため、地面技には非常に弱い。

そんなエンニュートが、力自慢のワルビアルの地面技をまともに受ければどうなるか。結果は明白だった。

なす術もなくエンニュートは吹き飛ばされ、そのまま地に落ちて目を回し、動かなくなった。

 

「エンニュート戦闘不能! ワルビアルの勝利! よって勝者、ハル選手!」

 

『決着が付いたーっ! ハル選手のワルビアル、起死回生の大逆転! ライタ選手のエンニュートの猛攻に打ち勝ち、ハル選手が二回戦へと駒を進めました!』

『どっちに転んでもおかしくない、見応えのある試合だった。休まず徹底的に攻撃を続けるライタ君の試合運びも上手だったが、その中で僅かなチャンスを見逃さなかったハル君の判断、見事だった。グレイト! 素晴らしいね』

会場が歓声に包まれ、カリスも解説席から両者を称える。

「ワルビアル、よく頑張ったね! カッコよかったよ!」

ハルが駆け寄り、好物のオボンの実を差し出す。疲れ果てた様子のワルビアルは、それでも勝ち誇った笑顔を見せると、オボンの実を一口で飲み込んだ。

「エンニュート、ナイスファイトだった。また一緒に鍛え直そう」

一方、ライタもエンニュートを労い、ボールへと戻す。

「完敗だ。最後の噛み砕くは見事な一撃だった。悔いはない……とは言いたくないが、いいバトルだった」

「こちらこそ。僕だって、一瞬負けを覚悟した、最後までどうなるか分からなかったよ。ありがとうね」

ハルの言葉に、ライタはフッと笑う。

「だが覚えておけ。次に戦う時は、俺が勝つからな」

それだけ告げると、ライタは軽く手を振り、フィールドを去る。

その背中を見送ると、ハルもワルビアルをボールに戻し、フィールドを後にした。

まずは、一回戦突破だ。



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