ゼルダの伝説 蒼炎の勇導石 (ちょっと通ります)
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プロローグ 赤い月から蒼き涙が零れ落ちる
第1話 伝説の始まり


 厄災ガノン討伐から一年後、世界の果てにある灼熱と荒涼の風が吹き荒ぶゲルド砂漠。

そこに浮かぶ陸の孤島、ゲルドの街。

今、この島の片隅に住まう家族の下に1つの命が産声を上げた。

 

夫婦と姉達に祝福され産まれたその子はリンクと名付けられた。

ゲルド族では非常に珍しい名前である、どちらかというとハイリア人のヴォーイ(男)みたいな名前である。

 

 何故このような名前になったかというとそれは一年前に遡る。

夫が命にかかわる重い病気にかかり倒れたのだ。

妻であるメルエナが病気を治すために駆けずり回っていたのだが、薬を作る為にモルドラジークの肝が必要であった。

 

モルドラジークは広大な砂漠の主を言われるほど巨大な体躯を持ち、巨体に似合わぬ速さで獲物どころかすべてを飲み込む砂上の怪物である。

強靭なゲルドの戦士とはいえ一人でこの怪物を倒せるとなると御付きのビューラくらいのものだ。

 

この生き物の肝を手に入れるのは命懸けと言える。

それだけに非常に貴重で世界最大の交易の場として知られるゲルドの街でもまず市場に出回らない。

凶暴な魔物達でさえ、モルドラジークには挑まないのだ。

並みの戦士では無謀と言える。

 

 それに加えてタイミングが悪かった。

かつてゲルドの守護神であるはずのヴァ=ナボリスが突如としてゲルド砂漠に現れ、調べに行った族長を察知すると落雷と砂嵐を操り彼女に襲いかかったのだ。

 

この騒動でナボリスを確かめに行っていた族長のルージュが負傷し、ビューラは彼女に付き添わねばならなかった。

当然の事だ、族長であるルージュには跡継ぎがいない。

彼女の身に万が一があれば、それはゲルド王家の終焉と言えるからだ。

 

 更に更にとてつもなく間が悪いことに随一の手練れであるビューラが街の警備から外れている間に、ゲルド族の神器『雷鳴の兜』が盗まれてしまった。

 

神器が盗まれた、ただそれだけで済むのならばまだ良かった。

何が問題かというとその神器が持つ効力である。

 

『雷鳴の兜』は雷を打ち消してくれる性質を持っている。

これがないという事は暴れ狂うナボリスの電撃を打ち消せず、止めに行くこともできない。

消炭にされに行くようなものだ。

 

つまり、最悪のタイミングで絶対に必要なものがピンポイントで盗まれてしまったという事だ。

ルージュは目の前が真っ暗になる思いだった。

自身の力不足が招いた結果と己を許しはしなかった。

 

 この件でルージュを責めるのは酷であろう、守り神である筈のナボリスからの不意打ちだ。

 

雷のような一瞬で来る攻撃をよけるというのはまず不可能といっていい。

そもそもが彼女自身、先代族長である母が崩御されたばかりで急遽就任した身だ。

その為、本来ならば務める筈のない10にも満たない齢なのだ。

族長としての最初の試練にはあまりにも重すぎると言っていい。

 

 ゲルドの街は大混乱に陥った。

すぐにでも荷物をまとめ砂漠から離れようとする者。

石造りの家の窓に石や木で補強し、立てこもろうとする者。

どうしていいかわからず、理由なく街の中を慌ただしく駆けずり回る者。

 

 元々厄災ガノンによってほとんど崩壊した世界だ、余裕などない。

ナボリスは荒れ狂いながらゲルドの街へと進路を取る。

盗んだ者達も相当の手練れのようで、神器を取り戻せる目処が全くといっていい程立たなかった。

 

神器を取り戻せないままナボリスの襲撃が起きてしまえば一族の存亡にかかわる。

ナボリスの雷撃によって蹂躙され多くの民の血が流れるだろう。

 

よしんば被害から逃れたとしても待ち受けるは魔物の跋扈する広大にして過酷なゲルド砂漠。

死を運ぶ風によって容赦なく命を刈り取ってゆく。

満足な準備が出来なければ、途中で力尽きるのが関の山なのだ。

 

何とかしてはあげたいが、とてもではないがメルエナの夫の為にモルドラジークを倒しに行ける余裕はなかった。

 

 

 そんな時である、ゲルドの街にハイリア人の若き女性が現れた。

ゲルドは熱砂の街である為か、素顔を隠していたが、相当な美人であることがわかった。

 

時間が過ぎていく間も夫がどんどん衰弱してゆく。

それなのに何もできないメルエナは途方に暮れていた。

 

そんな彼女を見てどうしたのかと女性は相談に乗ってくれる。

藁にも縋る思いで彼女に事情を話した、夫を助けたいのに自分には何もできない。

 

何日も街を駆けずり回り、あらゆる場所に頭を下げて探してみてもモルドラジークの肝は手に入らず、人手を借りられる訳でも無い。

 

ゲルドの街だってこの状況だ、夫1人の為に兵達を割ける訳では無い。

 

ただ静かに耳を傾け一通り聞いた後、女性はすぐに過酷な砂漠へと走っていった。

広大なゲルド砂漠に女性が単身で乗り込むのは非常に危険だ。

砂漠の民である、自分達ゲルド族ですら整備された道以外は進まないのだ。

そう言う意味で、もはや無謀な行動と言える。

 

 時間にして半日だろうか、再び女性は戻ってきた。

その手には砂で汚れない様に丁寧に包まれた布がある。

包みを開き、その人はメルエナに渡した。

メルエナの手が震える、それは紛れもなく治療のために必要なモルドラジークの肝だった。

 

良かった―これで夫は助かる…。

メルエナの双眸から雫が零れ落ちる。

目の前の女性はあったばかりの自分の為に命懸けであの怪物に立ち向かってくれたのだ。

せめて名前をと聞くと女性は少し照れながら応える。

 

 リンク

 

100年前、当時の族長とともに戦った英傑の青年の名前だ。

まさかの女装とふと思ったがそんなことは些末なことだ。

メルエナにとってその女性は女神に見えた。

 

メルエナは約束する、もし次に子が産まれたら「リンク」と名を付けることにすると。

あなたのように優しく、勇気のある子に育って欲しいと願いを込めて―

 

――

 

 この子の父が、姉達が喜んでいる。

燃えるような赤い髪をした愛しい我が子の誕生を

力強い泣き声は丈夫な証、立派な赤ん坊だ。

 

それとは対照的に産婆の表情はあまり優れたものではなかった。

母子ともに健康上の問題はない、母であるメルエナとも仲が悪い訳ではない。

むしろ仲は良いぐらいだ。

 

 では何が問題だったか、それはゲルド族の男の子であったということだ。

はるか昔よりゲルド族は女の種族である。

男が産まれることはかつては百年に一度で、ここ数万年程は、誰一人として生まれなかったらしい。

まずありえないと言ってもいいぐらいだ。

 

かつてなら男のゲルド族は王となる掟が存在していたが、長きに渡る年月の間にゲルドを守る存在へと変わっていったらしい。

 

これはゲルド族にとって吉兆となるか凶兆となるかどちらに転ぶかはわからない、願わくばこの家族に平穏をと願う産婆の姿があった。

 

この日、赤く染まった月から涙が流れ落ちた。

 




この度はゼルダの伝説 蒼炎の勇導石を読んで頂きありがとうございます。

ミニチャレンジ「モルドラジークの肝」から構想を得た作品です。
クリア後の選択肢でリンクと名乗ると、メルエナが赤ん坊にリンクと名付けようとすることからこの子が主人公の作品があってもいいと思った次第です。

これからも、末永く見守っていただけると幸いです。


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第1章 家族の絆~守りたいモノ 
第2話 元気いっぱいゲルドヴォーイ


そして7年後―

 

「フェイパ姉ちゃーん!スルバ姉ちゃーん!今日の訓練疲れたー!」

 

 腕白な子供に成長した赤ん坊はそう言って姉達の所へ駆け寄って来る。

持って産まれた好奇心と行動力で周りを振り回したりするのが彼の日常だ。

 

「おおっ、リンク!ちゃんと見てたぞー!年上のヴァーイ(女)相手によく勝ったなー!ティクルからイチゴ貰ったから食べよーぜ!」

 

それを太陽の様な笑顔で迎える姉、フェイパは彼を抱き上げて頭を撫でる。

後ろで纏めたリンクと同じ赤髪がチャームポイントだ。

 

「それ、あんたが食べたいだけでしょ…。ほらリンク、手当してあげるからじっとしてて」

 

もう1人の優し気な姉、スルバがフェイパの言葉に呆れつつも慣れた手つきで抱えられたリンクに手当を施してゆく。

日差しの強いゲルド砂漠においてなお白い素肌が魅力的である。

 

姉のフェイパが時に盛りたて、もう一人の姉のスルバが嗜める。

そんな関係だった。

 

「リンクちゃんもいるのね、今日はいいイチゴがいーっぱいあるから沢山食べてね!」

 

彼女達の友人で、一緒に応援していた少女ティクルが彼にフルーツを持ってくる。

 

ティクルはフルーツを作ることが好きな女の子だ。

その腕前は砂漠の中でイチゴを作れるという事からわかる様に大したものだ。

 

 何でも畑を作っている時にゴミが流れてきてしまい、うっかり流してしまった人がお詫びとして渡してくれたイチゴをいたく気に入ったらしい。

砂漠にあるゲルドの街で果物は水分を取ることが出来る為重宝されている。

 

 ちなみにリンクちゃんというのは彼が女装をして暮らしているためだ。

ゲルドに男は生まれない、そういう種族であるが故に普通のお店ではまず男性用の服など存在しないし両親が彼がヴォーイ(男)であると伏せているからだ。

 

「かぁー!うめえ!やっぱティクルの作るイチゴはうめーな!訓練の後はこれに限るねぇ!」

 

我先にイチゴを手にして豪快にかじりつくフェイパ。

新鮮なフルーツを堪能し頬が緩む。

 

「あー!フェイパ姉ちゃんずるい!ボクの分まで全部食べちゃう!」

 

あっという間に無くなっていくイチゴを前にリンクが悲鳴を上げる。

せっかくの御馳走だ、全部食べられては堪らない。

 

「フフッ、まだまだあるから焦らなくてもいいのよ?それにしても強いねー、リンクちゃんは。近い歳で勝てる子はいないんでしょ?」

 

心配しなくても大丈夫とティクルが宥め、彼を誉める。

大人にも勝てる強さを持つリンクだ、同年代で相手を探す方が難しい。

 

「うーん、でもルージュ様にはまだ勝ててないし。ビューラ師範には全く歯が立たないよ?」

 

まだまだ先は長いよ?と言わんばかりに次の目標を定めるリンク。

どうやらここで満足するつもりはないらしい。

 

「そこで族長様とゲルド最強しか出てこない時点で十分異常よ…」

 

スルバが少々呆れながらもう十分すぎるぐらい強いと訂正する。

 

 族長であるルージュは自分がしっかりしなければならないと考え、就任してからの5年間でしっかりと鍛えた。

ゲルドの過酷な環境では長である自分も相応に強くあるべき、それを周りも望んでいることを自覚しているからだ。

 

彼女は族長としての風格をしっかりと身に着けた。

その優雅で流れるような剣と盾捌きはかつての英傑ウルボザを彷彿とさせる。

 

ビューラは未だにゲルドで最強の名を欲しいままにしている、その鋭い槍捌きは健在だ。

生真面目な彼女だからこそ鍛錬は怠らない、しかしあまりにも強すぎて他のゲルドの戦士が自分を超えてくれないことを嘆いている。

 

「ここにおったか、ティクル」

 

そうやって噂をしていると族長であるルージュが御付きのビューラを引き連れやってきた。

どうやらティクルに用があるらしい。

 

「ルージュ様!ビューラ様も!サヴァサーヴァ!(こんばんは)本日はどうされましたか?」

 

2人に対し礼儀正しく、それでいて元気に返事をし用件を尋ねるティクル。

どうやら彼女にも内容はわからないらしい。

 

「何、特別大した用というほどではない。わらわのパトリシアちゃんの為にイチゴを分けては貰えぬかとお願いをしようと思っただけじゃ」

 

これに対して、ルージュはプライベートである為そこまでかしこまった要件では無い事を告げる。

 

パトリシアちゃん それはルージュのペット、砂漠を泳ぐスナザラシの名前だ。

細かいようだが「ちゃん」までが名前である、だから周り者からはパトリシアちゃん様と呼ばれる。

 

 先代の族長であるルージュの母からの最初で最後のプレゼントでもある。

だからこそルージュはパトリシアちゃんを溺愛しており、その入れ込みようは凄まじい。

頭には特注の品であるリボンを飾りつけ、ルージュのスカートには彼女を模した特注の物となっている。

 

このスナザラシは特別で大きな音に弱いスナザラシなのに音にも強く、さらにお告げをすることが出来るのだ。

砂漠を泳ぐことも得意で、1万年を越える程深い歴史と人気を誇るスナザラシの中でも最高の錬度を誇っている。

 

「そうでしたか、今年のイチゴは豊作で沢山とれたのでどうぞ持って行ってください!」

 

ルージュの要件を聞き取り、彼女は一時奥へと駆けてゆく。

しばらくすると、ティクルは畑の方から両手にあふれんばかりのイチゴを持ってきてルージュに手渡した。

 

「すまぬな、ティクルのイチゴは美味しいから宮殿のみんなでいただくとしようかの。これだけの量を頂いたのだ、ルピー(貨幣)も十分渡そう」

 

そういうとビューラがティクルに袋を渡した。

袋の大きさからしてかなりのルピーが入っていると思われる。

砂漠において寒冷地へブラ地方の名産は貴重なのだ。

 

「リンク、今日の訓練は見事だったぞ。また一段と腕を上げたな。大人の兵士にも勝てるとは…7歳の子供に後れを取る兵士はみっちり鍛えねばならぬな」

 

 ビューラはリンクの戦いに称賛を贈る。

その反面で、負けた兵士には特訓を課すつもりのようだ。

基本的に兵士達は街の警護や宮殿を守っている。

子供に負ける様では不安に思うのも無理はない。

 

「うん!ビューラ様や族長様にもいつか勝てるようになりたいんだ!」

 

リンクとしては彼女達は目標であり、憧れでもあるのだ。

真っ直ぐ見つめる瞳にはやる気によって輝いている。

 

「フフッ、まだまだ負けてやるわけにはいかんの。少なくとも力だけを大切にしている様ではな」

 

それに対しルージュはリンクにはまだ足りない所がある分、負けはしないと落ち着いた口調で言ってのけた。

 

「えー!?族長様どういうこと?」

 

足りない所があるから勝てない。

それに納得できないリンクは答えが気になるし、どうすれば克服できるのかをルージュに尋ねる。

 

「それを考えることも大切じゃ。教えられたものよりも見つけたものの方が見失わずに済むからの」

 

しかし、ルージュは答えてはくれなかった。

見失わずに済むという事からリンクを思っての事でもあるのだろう。

 

「そうそう、大切なものを見つけるためにこの後はしっかりお勉強よー。フェイパも一緒にね」

 

ここでスルバが遊びはここまでと言わんばかりに2人に勉強の催促をする。

どちらかというと、じっとしていられない2人には堪ったものでは無い。

 

「ゲッ!なんでアタイまで…。勉強なんかより踊りあかそーぜ!」

 

「そーだ!そーだ!」

 

当然嫌いなものを進められて前向きな反応などある筈もなく、フェイパもリンクも抗議の声を上げる。

彼女は踊る事が好きで、まだ遊び足り無いようだ。

 

「ダーメ!あんた達いっつも抜け出すから母様カンカンよ!御飯抜きでも知らないわよ」

 

そんな返事をスルバは母であるメルエナを話題に引きずり出し、是非もなく勉強させるつもりのようだ。

 

日が落ちており、辺りは暗い。

こんな時間まで遊んでいたのだ。

ここでさぼろうものなら最悪、御飯抜きにされることすらありうる。

 

「さてと、そろそろ失礼するかの。ティクルよ、感謝するぞ。サヴォーク!(さようなら)」

 

「族長様!ビューラ様!サヴォーク!ティクル、今日はありがとな!サヴォーク!」

 

「またね、族長様、ビューラ様。それにフェイパ達もサヴォーク」

 

ルージュの言葉を皮切りに各々が帰るべき家に向かう。

ティクルは母親が営むフルーツ屋に、ルージュ達は宮殿に、リンク達はメルエナの待つ家に。

 

 ゲルドの宮殿

 

 

 宮殿からは悲鳴が聞こえる、とは言ってもお仕置きとかではなく訓練が行われているだけであるが。

いくら破格の強さを持つとはいえ、小さな子供に負ける長の警護兵など真面目なルージュが見逃すはずがなく直々に鍛えることにしているのだ。

 

「…」

 

宮殿のはずれでルージュはパトリシアちゃんにイチゴを渡す。

これはパトリシアちゃんにとって特別な食べ物で重要なお告げを聴くことが出来る特別なものだ。

 

「キュン!キューン!」

 

勿論スナザラシである彼女に人間の言葉は喋れない。しかし、通訳できるゲルド族も存在する。

勿論長年ずっと一緒だったルージュもその一人だ。

 

「…やはりあのヴォーイの行く末はわからぬか。あの厄災の再来にならなければよいのだが…。あやつを狙うものがいるという噂も聞く、いっそう一族を守らねばならぬな」

 

ルージュは期待と不安、そして責任感の混ざった表情でお告げに耳を傾ける。

基本的に女性しか産まれないゲルド族において彼は異質と言えるからだ。

 

 ゲルド族には御伽話が存在する、遠い過去の時代の男のゲルド王の話だ。

かつてはゲルド族にも極稀に男が誕生していた。

それでも100年に一度産まれるかという頻度ではあったが、ここしばらくは存在を確認できていないようだ。

 

ゲルドの王は強かった、それと同じくらい強烈な野心を秘めていた。

当時のハイラルの中へ入り込み敵地のど真ん中で国王を襲撃し、世界の宝トライフォースを強奪。

数年で世界を魔界へと変貌させてしまったのだ。

 

その後は勇者と賢者達によって封印されはしたが幾度となく復活しついには厄災と言われるようになってしまった。

 

ハイラルの歴史は厄災との争いとすら言われるほどに多くの血が流れた。

 

ゲルドにとってその王が厄災になったことを他の民族が忘れても、その名前すら風化しても決して許されることではない。

 

災厄を再び世にはなつことだけは絶対に阻止しなければならない。

 



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第3話 転機

 翌朝

 

「姉ちゃん…サヴォッタ(おはよう)…」

 

「ああリンク…サヴォッタ…お互い災難だったな…」

 

 リンクとフェイパが机に突っ伏し弱音を吐く。

2人の様子から昨夜何があったのか容易に想像できる。

 

「ホントに災難なのはアタシなんだけど…」

 

2人みたいに姿勢を崩していないが、疲労困憊といった様子のスルバ。

どうやら納得いかないご様子。

 

3人ともあの後大変だった。

リンクとフェイパが勉強などやることそっちのけで遊んでいた為、母様の雷が落ちたのだ。

何とか御飯抜きは免れたものの残っていた勉強をきっちりとこなすよう厳命されたのだ。

 

流石に7歳のリンクは長いこと勉強をするわけではないが、フェイパはスルバと共にみっちりと勉強をする羽目に…ちゃんと勉強を済ませていたスルバにとっては完全にとばっちりである。

 

「サヴォッタ!あんた達、顔洗って来な!早くしないとヒンヤリ煮込み果実なくなっちまうよ!」

 

メルエナの指示によって一斉に動き出す。

この家では食事は早い者勝ちなので急がないと自分の取り分が無くなってしまう。

 

リンクも幼いながらも中々の健啖家でよく食べる。

フェイパも活動的なためか食事には積極的だし、おとなしいスルバだってヒンヤリメロンを使った煮込み果実は大好きなのでここは譲らない。

 

「さてと、あんた達に言っておくよ。アタシは今日から旦那と外へ行かなくちゃならない。二人でリンクの面倒を見ていておくれ」

 

メルエナが夫と共に仕事に出かける予定を3人に伝える。

その為、家を空ける間は他の大人が面倒を見るケースが多い。

 

ゲルドの街では色々なものがそろっている。

しかしそれは外から色々な資源や物資を運んでいるからだ。砂漠の真ん中にあるこの街で小麦や鉱石が簡単に採れるわけがない。

 

「はい!母様!お気をつけて!」

 

任されたフェイパとスルバが元気に応える。

両親に心配をかける訳にはいかない、弟の面倒はきっちり見るという責任が透けて見える。

 

「母様、また色々なお話を聞かせてね」

 

リンクもそれが何となくわかるから帰ってきた時まで我慢をする。

そして、様々な場所を見て来た彼女らに話をせがむのだ。

 

「サークサークみんな。あんた達もしっかりとするんだよ。1月ほどで帰ってくると思うからそれまでの辛抱だ。食べ物は宿屋のアローマさんに頼んであるから大丈夫だよ」

 

留守の間の子供達は旧友のアローマに頼んである、彼女がいるならばきっと大丈夫だ。

そう言って、メルエナは夫とともに旅に出た。

我が子と一時的とはいえ離れるのは寂しかったが、ゲルドでは成人するまでは外に出てはいけないという決まりがあるし、何よりも魔物がまだまだ存在するので危険がかなり大きい。

 

とてもではないが外へ連れ出すことは許せることではない。

 

「さてと、今日は演奏会に向けて久しぶりに演奏をしよっか?」

 

 普段ならフェイパかリンクが我先にと色々と決めるのだがこの日は珍しくスルバが提案をしてきた。

心なしか彼女の機嫌がいい。

 

 スルバは楽器の演奏が趣味で時々遊びに来るリト族の女の子たちと演奏会に参加している。

リト族の子たちは主に歌うことが多いので、楽器の演奏はゲルドの子が担当している。

 

本当ならリト族にも演奏の名人がいるのだが、残念ながらそれはリト族の男であった為、参加できないのだ。

ちなみに彼はリト族の女の子の父親で最初にそのことを知ったとき盛大に凹んだらしい。

膝をつき、両手羽?を地面につけながらうなだれる彼をなだめるのは大変だったとか。

 

「ええー…演奏も嫌いじゃねーけど。スルバのは本気すぎてなぁー…曲に合わせて踊ってていいか?ヴァーイらしいのはアタイには合わねーぜ」

 

(嘘だ)

 

(嘘ね)

 

それに対し、フェイパはあまり乗り気では無いようだ。

スルバの演奏にちょっとついていけないのだ、だからこそスルバの演奏を聴きながら踊りたいようだ。

 

確かに彼女は演奏よりも踊るのが好きだ。性格的なものなのか情熱的に動くのが好きらしい。

しかし、リンクは嘘だとも思った。

ああいう性格をしているがその実乙女であったりする。

 

 宝石店 Star Memoriesのルビーの見事な頭飾りを興味のないふりしてチラチラ見ているのも目撃されている。

その時の彼女の瞳は輝いていたし、頬も朱に染まっていた。

 

更には防具屋のゲルドの衣服もリンク達に見つからないようこっそりと試着をし、くるりと回って太陽のような満面の笑みを振り撒いていたりもする。

…本当に隠す気があるのだろうか。

 

「ふーん、それじゃあ今度のリト族との演奏会はあたしたちの演奏をバックコーラスにしてあんたのソロ演舞で決定かしらね」

 

それをスルバは演奏会を引き合いに出してフェイパの脱線を戻す。

毎度毎度、問題児2人を引き留めているのですっかりと板についてしまった。

 

「そ、それはちょっと勘弁願いたいな…。お手柔らかに頼むぜ」

 

「フェイパ姉ちゃん、ボクも頑張るから姉ちゃんも頑張ろ?」

 

これには流石のフェイパも参ったのか、ほどほどにしてくれと頼みながら演奏の準備にかかる。

 

リンクにも励まされるとあっては折れざるを得ない。

 

「みんなが楽しむ演奏だから、本気といえども厳しくはしないわ。後でマックスドリアン剥いてあげるからちょっとだけ頑張りましょう?」

 

どうやらその辺りの気遣いは元よりするつもりだったらしく、頑張ったご褒美にマックスドリアンを御馳走するつもりのようだ。

何だかんだ2人に甘い所もある。

 

「ふぅー、リンクにまで言われちゃしょーがねーな。スルバ、マックスドリアン忘れんなよ」

 

姉達2人はリンクに優しかった、そしてリンクも姉達が大好きだった。

遠くからはるばる来てくれる来てくれるリト族たちの為にも恥ずかしいところは見せれないと練習にも熱がこもる。

 

 意図してかはわからないが両親が外へ離れている寂しさを紛らわす意図もあったのかもしれない。

いくら強くともリンクは7歳、一切寂しさを感じないかと言えば嘘になる。

姉達も弟の手前平気にふるまってはいるが不安がない訳ではない。

 

いくら以前よりはましになったとはいえ、街の外は魔物が蔓延っており危険だらけでもある。

その分報酬も大きいというメリットもある。しかし、そんな場所に長い間送り出すというのは心地良いものではない。

 

ティクル達のような友達や時折面倒を見てくれる、族長やアローマのような大人達に支えて貰っているから大丈夫なのだ。

 

長い時間が経ち、日が暮れる。

リンク達は練習も切り上げてアローマの運営する宿屋に帰って行った。

 

 

 宿屋 Hotel Oasis

 

「あらー、スルバちゃん、フェイパちゃん、リンクちゃん。ヴァーサーク(いらっしゃい)」

 

 Hotel Oasisの入り口で出迎える彼女はオルイル、宿屋の客引きをするのが仕事だ。

ゲルドの街では外からの観光客も多い。ヴァーイのみではあるが。

余談ではあるがゴロンの場合、性別はよくわかっていないが入れるらしい。

 

「オルイルさん、本日からフェイパ達と一緒に宿屋でお世話になります」

 

大人との対話は主にスルバが行っている。

丁寧な応対が一番上手いからというのが理由だ。

 

「うんうん、アローマさんからお話は聞いてるよ。まずはアローマさんに挨拶しておいで」

 

「「「オルイルさんサークサーク」」」

 

「リンクちゃんもしっかり挨拶できるようになったのね、感心感心。あなたの噂は聞いてるわ。後でゆっくり聞かせてね?」

 

うん!とリンクが答え、3人は奥へと進んでいく。

今夜は賑やかになりそうだ。

 

その先で迎えてくれたやや恰幅のいいゲルドのヴァーイが店主であるアローマだ。

 

「3人ともヴァーサーク。今日から一か月よろしくね、寂しいかもしれないけれど気をしっかり保つんだよ」

 

そう言うが早いか、慣れた手つきで宿屋の奥から暖かい料理を運んでくる。

アローマの所は宿屋である為、食事に関しても一般家庭で作るものよりも技量が高い。

 

今日の晩御飯はピリ辛キノコリゾットとマックス貝のチャウダーである。

 

 リゾットの濃厚なバターとミルクのうまみの中から主張するわずかな辛味は寒さの厳しい砂漠の夜にはありがたい。

チャウダーのこの辺りでは、あまり堪能できない海の幸特有の出汁と栄養を含んだスープはアローマの料理の腕もあり確かな味の中に新鮮さを保証してくれる。

 

食材屋のエスピさんのハイラル米とタバンタ小麦と岩塩。

キノコ屋のアージュさんのポカポカダケ。

そして彼女達の父母が入荷してくる、フレッシュミルクやヤギのバターやマックスサザエ

 

誰一人かけても作ることのできない一品なのだ

 

「美味しい!おばちゃんお代わり!」

 

あっという間に料理を平らげ、お代わりを要求するリンク。

普段が大人顔負けの訓練を行っている為、たくさん食べないと身体が持たないのだ。

 

「あ!ズリィぞ!アタイが先だ!」

 

負けじとフェイパも完食する。

大きな声では言えないがメルエナの料理よりも美味しいので食が進むのだ。

彼女の名誉の為に言うのなら、宿屋というその道で食べているプロが相手ではそもそも比べるのが間違いと言える。

 

「アンタ達ちょっとは遠慮しなさい!!すみません本当に美味しいです」

 

いくら母が頼んだとは言っても食べさせてもらっている身なのだ、少しは遠慮をしろと2人を嗜めるスルバ。

 

「これから大きくなるあんた達が遠慮なんてするんじゃないよ!たんとお食べ。オルイルだって遠慮なく食べてるだろ?」

 

だが、アローマはそんなに気にしていないようだ。

それよりも成長期の子供達が、ちゃんと食べられない事などあってはならないと考えているようにも思える。

 

「すみません、店長。アタイまで頂いちゃって。アタイもこんな風にお料理できるようにならないとなぁー」

 

 ゲルドの街ではヴォーイは産まれない。

その為基本的には街の外へ出てヴォーイハントするのがゲルド族の風習だ。

理想のヴォーイを射止めるための女子力を磨くことを彼女らは忘れない。

何といっても族長の宮殿内で女子力を磨く為の講習が毎日行われているぐらいだ。

 

普段のゲルド族の子供は身内を除き異性と触れ合う機会が無い。

その為付き合い方がわからず、ヴォーイを落とす(物理)をしようとするものまでいるぐらいだ。

 

「はぁー、美味しかった。聞いたわよリンクちゃん。もうほとんどの大人の兵士にも勝っちゃうんだってね。ゲルドの街始まって以来の天才戦士だってさ!」

 

店の前で話した通り、オルイルがリンクの戦いについての話を振る。

 

「うん!後はルージュ様とビューラ様に勝てるようになりたいんだけど…ルージュ様の盾捌きに上手くいなされちゃうし。ビューラ様は攻撃しようにも隙が無い上に攻撃が激しすぎて手も足も出ないんだ」

 

殆どの相手には勝てるが、ルージュとビューラにはそれぞれしっかりと対策をされてしまい今のままでは勝てそうもない事がわかる。

 

「ルージュ様は族長という立場上強く無ければならないし、ビューラ様は長い間ずっと御付きとしてゲルドで頂点の強さを保ち続けているからね。別格にならざるを得ないのさ」

 

立場や経験、積み重ねによって強くなった旨をリンクに話すアローマ。

アローマは武道は齧ってはいないが、それでも幼いリンクでは見えてこない視点を提示する事は出来る。

 

「それでもさー、リンクの強さも大したもんだろ。いくら何でも7歳でこの強さは中々いねーだろ」

 

フェイパが何気なく言うように彼の強さは年の割に抜けている。

元より運動神経はいい部類ではあるが、この成長速度は異常だ。

 

「だから噂になってるんでしょ。ま、リンクの活躍は聞いていて嬉しいけれどね。いくらゲルドの街とは言っても静かにしないとだめだから今日は早めに寝ましょう。アローマさんのお客さんに迷惑はかけられないわ」

 

 ゲルドの街は賑やかで不夜城とも言われる。

とはいえ宿屋のこの場所で寝る事すらできないのであれば本末転倒だ。

特に観光客を相手にし、砂漠の真ん中にある為しっかりと体を休める必要のある者が多いのだ。

砂漠を歩き慣れていない者が疲労を残したまま渡り切れるほど甘くはない。

 

騒がしいリンクやフェイパでも流石にアローマの宿屋で外から来る客がいる時に、騒ぎ立てるような真似はしない。

そんなことをすれば普段お世話になっているアローマさんの顔に泥を塗るようなものだし、母様の雷が直撃するのは目に見えている。

その威力は凄まじく、かつての族長にあやかり「ウルボザの怒り」とフェイパやリンクはひそかに呼んでいる程だ。

 

「サークサーク、気を使ってくれて。今日はもうサヴォール(お休み)」

 

「「「サークサーク!サヴォール!」」」

 

夜は更け、朝が来る。

しばらくの間アローマの宿でお世話になりながら。各々が演奏会の練習や訓練、一部が嫌々ながら勉強に明け暮れていた。

そしてある日の事―

 

「くぁー!疲れたなぁ!やっぱ勉強なんて嫌いだぜ。ま、今日ぐらいは頑張るかぁー!」

 

 珍しくあのフェイパが勉強にやる気を出している。

今日は彼女達の両親が旅先から帰ってくる予定なのだ。

いくら慣れているとはいえこればかりは待ち遠しいものだ。

こんな日ぐらい頑張っている姿を見せたいのだ。

 

「今日は絶好調ね!いい音が響いてるわ」

 

普段落ち着いてるスルバでも高揚を抑えられない。

両親が帰って来るのが待ち遠しい様だ。

 

「姉ちゃん達、僕の訓練も終わったよ!そろそろ料理の準備をしよう!」

 

帰ってくる2人を歓迎しようとフェイパとリンクの3人で料理を作り労う準備もばっちりだ。

味付けはアローマにみて貰っているので問題ない。

3人はまだかまだかと両親の帰りを待っていた。

 

――

 

 すっかりと日が暮れ、一気に冷え込んできた。

おかしい、いつもならとっくに二人揃って帰ってきてる時間だ。

この日の為に用意した料理もすっかりと冷え切ってしまった。

 

時間が過ぎるにつれ、それ以上に姉達の様子がおかしくなってゆく。

客商売である為、相手の気持ちに聡い大人のアローマやオルイルのみならず、まだ小さいリンクにもそれだけはわかった。

 

きっと予定が伸びたんだよ、帰ってきたら3人とも起こしてあげるから明日にしなとアローマに促されHotel Oasisへと戻る3人。

結局、その日のうちにメルエナ達が戻ることは無かった―

 

帰ってくるはずのメルエナ達が戻ってこない。

どこから聞きつけたか、族長のルージュが何人かの兵士を集めて捜索を行ってくれた。

彼女曰く必要な物資が届かないのはゲルド族にとっても看過は出来ぬし、何より仲間の為に動かずして何が族長だとのことだ。

 

何日にも渡って広大なゲルド砂漠を越え、ハイラルの捜索が行われた。

外から帰って来たゲルド族にもメルエナ達を見ていないか聞いてみた。

 

多くの仲間による捜査の結果、彼女達の荷物を入れたバッグだけが見つかった。

馬と呼ぶには大きすぎる蹄の痕、巨大な剣で引きちぎられたカバンに赤黒く変色した大きなシミを残して…

 

ルージュの口から街の中で待つしかできない3人に「メルエナ夫妻は天に登り神になった」と告げられた。

ゲルドでこの言葉の持つ意味、それは――。

 



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第4話 リンクの決意

 姉2人がへたり込み、泣いている。

フェイパの太陽のような笑顔は見る影もない、スルバの清水のような優しい瞳が光を失い濁ってしまっている。

 

(どうしちゃったの?なんで母様達は帰ってこないの?違う、嫌だ、姉ちゃん達のこんなに悲しくて辛そうな表情なんて誰も望んでいない。)

 

リンクにはどうすればいいかわからなかった、何とかして姉達の笑顔を取り戻したかった。

大人であるアローマやオルイルですらどう慰めればいいのかわからない。

リンクにそれを求める事など不可能といえる。

 

幼い彼にははっきりと状況を把握することはできなかった、とはいえこんなことはあっていいはずが無いという感覚はある。

 

 アローマとオルイルが宿の中へ姉達を優しく寄り添いながらつれてゆき、ルージュが捜索に協力してくれた仲間達に礼を述べ、捜査の打ち切りとより安全なルートの作成、旅の警護の強化を命令した。

 

 

 夜も更け、泣き疲れて眠ってしまった2人をベッドへと運ぶアローマとオルイル。

その表情は暗い、特に旧知の仲であるアローマにとってショックは大きいだろう。

 

友を失った悲しみは大きい、だがそれすらもこの子達のものとは比較にはならない。

ある程度人生経験を積んで慣れているという精神的な差も勿論ある、まだこの子達は子供だ。

この子達がこれから先どうやって生活していけばよいのか。

そう言った物質的な問題すら突きつけられるだろう。

 

姉達やアローマ、オルイルの表情を眺め続けていたリンク。

沈黙を貫いたまま彼は、宮殿へと足を運んだ。

 

 宮殿

 

「おや、リンクよ。今回の事は残念だったな…大した力になれず無念だ」

 

 リンクは玉座に座るルージュの下へ足を運んだ。

ルージュも今回の事件を心から悲しんでいる様だ。

 

「…ルージュ様。以前言っていた事を覚えていますか?」

 

あれだけ元気いっぱいだった童が、口調を整え一つ一つの言葉を確認する様に述べてゆく。

あれ程の事があったのだから無理もないが…。

 

「何もこんな時に来なくとも良いのにのう。―「少なくとも力だけを大切にしている様ではな」であろう?」

 

 勿論、覚えている。

ゲルドのヴォーイであるリンクは運命に翻弄されるのかも知れない。

いや、すでにされていると言ってもいいだろう

それでも、大切なものを見失って欲しくない。

ゲルド族の長として、仲間の幸福を思うのは当然の事だ。

 

「あれから考えてみました。それでもよくはわかりませんでした、でも―

姉達のあの姿を見て僕は少しだけわかった気がしました。それが正しいかを確かめたいのです」

 

そう言ってリンクは訓練場を指し示し、歩いてゆく。

その足取りと背中はこれが子供のものだろうか、歴戦の勇者のそれにしか見えない。

幼さしか残らない背丈に不釣り合いな筈の剣と盾が不思議な程しっくりと来ている。

 

「…なるほど、おぬしらしいと言えばおぬしらしい。…では見極めさせてもらうぞ。そなたの答えを」

 

ルージュも訓練場へ赴き愛用の剣と盾を持ちだし、そして構える。

静まり返った訓練場で2人が向かい合い、一礼をする。

 

「―では、参ります」

 

 先に動いたのはリンクだった。

その小柄な背から繰り出される攻撃は慣れないうちは見極めづらく、それでいて素早い。

息もつかせぬ連続攻撃がリンクの武器だった。

 

「どうした?そなたの答えはこの程度か?」

 

ルージュはこれを剣で受け止め、盾で流し、身体のこなしで躱してゆく。

小さいリンクの力では大人のルージュが力で負ける訳がない。

加えて訓練を積んできた年季が違う。

それでもルージュは違和感を覚えた。

 

(…攻撃に力と勢いが感じられないものがある。この幼さで連続攻撃に牽制とフェイントを混ぜられるのか?)

 

確かに訓練の中で牽制やフェイントを目的にしたものも存在する。

しかし、自分がこのくらいの時にできていたか、ここまでの領域に達していたかといえば否であった。

 

「今度はこちらがゆくぞ!」

 

今までの防戦から一転ルージュは反撃に出た。

 

剣による鋭い斬撃、盾による直接攻撃、防いできた盾を流してできた隙に蹴撃を放つ。

それを今度はリンクが剣で流し、盾で止め、蹴りをバク転で躱す。

 

ルージュの一連の攻撃も一流の技であったがそれを見切ってゆく。

 

 御付きのビューラは納得はしないだろうが、ルージュはもう立派なゲルドの戦士でもある。

余程の手練れが相手でない限りビューラがいなくとも自分の身を守ることぐらいたやすくできるほどに成長している。

 

(確かに攻撃の種類も増え、防御も上達しておる。だがそれはそなたの答えではないのだろう?)

 

緊迫し、拮抗した攻防だったが遂に戦況が動く。

ルージュが今までのリンクとは違うパターンにも慣れて来たのだ。

 

いくら攻撃のバリエーションが増えたとはいえまだまだ持っている攻撃手段はルージュの方が多い。

防御についても言うまでもないだろう。

加えて7歳のリンクと18近いルージュでは体力が違いすぎる。

 

次第にリンクは押され始める、少ないタイミングでしか攻撃が出来ずその攻撃もゲルド特有の丸みを帯びた盾で受け流されてしまう。

その少ないタイミングすらもルージュに支配された単調なものになっていた。

 

 しかし、それこそがリンクが狙いだった、単調なタイミングというのは相手にとってもそして自分にとっても見極めやすい。

遂に反撃のチャンスがやって来る、それはルージュが盾で完璧といっていい流し方をした時だ。

 

(!?なんじゃこれは!)

 

気づいたのは盾と剣がぶつかった時からだった。

確かに盾で防ぎながら流した。そこに剣の手ごたえが無かったのだ。

まるでこちらが防いでくるのを予想しているかのように。

 

(なんとなくかもしれない、背負ってるものもまだまだかもしれない。それでもせめて周りの人ぐらい大切にしたい!悲しい顔なんて見たくはない!)

 

盾の側面から覗くリンクの姿は戦いにおいて晒してはいけない背中が見える。

剣を軌道上に持っていこうとするが、遠心力を加えたその速さはルージュのそれを越えていた!

 

盾とぶつかった時の勢いを利用し、高速な逆回転で回り込んだ剣を突きつける―!!

 

リンクの剣が族長のルージュの臍の手前で止まった。

 

相手の反動を利用し回転しながら斬り付ける。

これが後に彼にとっても代名詞となる技 「回転斬り」の初めてである。

 

「フフッ、―参った。見せてもらったぞ、そなたの答え。族長に恥じない様訓練を積んだつもりじゃが、まさかこんなにも早くに追い抜かされるとはのう」

 

こんなに小さい童に負けたというのに不思議な程心は晴れやかだった。

彼の決意、そして答えを見届けることが出来たからだろう。

 

「…ルージュ様の助言があったからです。それに族長として色々とやらねばならない事のあるルージュ様のホンの一部に追いついただけにすぎません」

 

本当にあのリンクなのかと言いたくなるような言葉で彼は謙遜する。

兵士達と訓練をする内に目上の人への言葉遣いも覚えていたのかも知れない。

 

「謙遜なんぞしよって。まだ童なのじゃから無理に背伸びをするな。…と族長の立場からは言うが実際わらわも族長になったばかりの頃はそういう心境もあった」

 

ルージュ自身、背伸びをしていた時期があったので彼へその時の気持ちを少し零す。

 

「ルージュ様でもですか!?」

 

信じられないといった様子で返事をするリンク。

表情からも驚きが見て取れる。

 

「その通りだ、わらわは幼い頃に族長に就任した。民の生活に直結する役職でもある。皆はまだ幼い自分を気遣ってくれたがそれで済まないこともある。それが辛い事もあった。―これは秘密だぞ?他の者もいないから打ち明けたのじゃ」

 

そう言って、宮殿から外を眺めるルージュの瞳は少し寂しげだった。

奇縁とでもいうべきだろうか、彼女がこの話をした相手は2人だけである。

 

 1人は今この話を聞いている、リンクだ。

そしてもう1人の相手、それは彼と同じ名前を持つハイリアのヴォーイ。

神器 雷鳴の兜を取り戻しルージュとともにナボリスを止め、かつてメルエナを救ってくれたゲルドの街の英雄―

 

「わらわにはこの街を守る責務がある。明日また宮殿へ来るのじゃ。正式な形で伝えねばならぬことがあるのでな」

 

正式な形―それが示すものが何であるかはわからなかったが、状況が状況だ。

大切な事だという事はわかる。

 

「本日は色々と無理を聞いて頂きありがとうございます。それではサヴォール」

 

そう言って、一礼をしてから姉達の場所へ帰るリンク。

 

「…行ったか。色々と常識はずれな童じゃな。ビューラには悪いがまた訓練に付き合ってもらわねばな」

 

心持ちは晴れやかでも負けは負け。

そしてこれが実戦であった場合…自身は討たれ、ゲルド王家は崩壊する。

自分の代でゲルド族が滅亡など許されるはずが無い。

 

「かしこまりました。ルージュ様」

 

いつの間にか背後に控えていたビューラがルージュの指示に従い、スケジュールを調整する。

これも御付きの仕事の1つだ。

 

「ビューラ、情けない姿を見せてしまったな。族長失格と言えるな」

 

ルージュの振る舞いや結果は相談役としてなら問題なかっただろう。

しかし、族長としては振る舞いはともかくとして結果は悪いと言える。

 

「いえ、ルージュ様はもう立派な族長です。立ち振る舞いもその強さも。それは先代の族長様も見てきた私が断言します」

 

ビューラは先代であるルージュの母にも仕えていた。

だからこそルージュがもう1人前の族長である事も実感できるし理解もしている。

 

「生真面目かつ実直なそなたからそこまで言ってもらえるのもありがたいことじゃな。あの技はそなたが教えたのか?」

 

ルージュが気になったのは先程のリンクの技。

あのような動きは初めて見るし、事実ものすごい速さと威力を兼ね揃えていた。

そもそも比べるのが間違いではあるが、力不足なリンクが遠心力や相手の力を利用し補うのはある意味で理に適っている。

 

「いえ…あれは私が教えたものではありません。戦いにおいて相手に背を向ける動きはあり得ません。危険はあっても見返りなどないからです」

 

 しかし、あれはビューラが教えたものでは無いという。

彼女が言うように戦いの場において態々背を見せるのは危険が多すぎる。

兵士への指導も行っているビューラが教える動きではないのも納得がいく。

 

「となると自分で編み出したという訳か…見事というべきかそれとも…。さてと、明日からの仕事も訓練も沢山ある。準備をしてから眠るとするかの」

 

子供の発想は時にとんでもない事を編み出す。

そこまでならばたまにある事であると言い切れるが、実際にゲルドの街でもビューラに次ぐ自分が防げない領域となるとそうは無いだろう。

 

「お休みなさいませ、ルージュ様」

 



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第5話 街の外へ

 翌日

 

 アローマ達とリンク達が朝食を摂っている。

フェイパとスルバは昨日は迷惑をかけた、もう大丈夫と言ってはいたが、誰の目から見てもそうは見えなかった。

 

2人の食事は全く進んでいなかった事からも明らかにショックは抜けていない。

フェイパの顔に笑顔はなかったし、スルバもどこか気が抜けており上の空であった。

何より夜にリンクが帰ってきた時、寝ている2人の涙が頬を伝っていたのがとても辛かった。

 

「…アローマさん、僕ルージュ様に宮殿へ来るよう呼ばれてるんです。その間、フェイパ姉ちゃんとスルバ姉ちゃんをお願いします」

 

本来なら自分が傍にいてあげたいが、ルージュを待たせるわけにもいかない。

正式な形と言っていた為、沢山の人が今も準備を進めているはずだ。

 

「わかっているよ。2人の事はアタシ達に任せておきな。状況が状況だ、辛くなったらいつでも来るんだよ」

 

ドンと胸を叩いてアローマはそれに応える。

勿論オルイルも頷き、2人を支えようと色々と尽力してくれる。

今一度礼をするとリンクは宮殿へと駆けて行った。

 

 宮殿

 

宮殿では何かの式でもあるのか左右に兵士達が並び、そして優美な垂れ幕が掛かっていた。

 

「来たかリンクよ。待っておったぞ」

 

玉座にてルージュがリンクを出迎える。

おかしい、こういったものは何かの就任式や伝統行事の時に行われるもの。

そう言ったものなら、普段からこの場所で訓練しているリンクにだって自然と伝わるだろう。

 

「ルージュ様、これはいった…いえ、これから何か行われるのでしょうか?いつもと様子が異なりますが…」

 

昨夜の話していたのがこれの事なのだろう。

その内容が自分に関係するのまでは理解出来るがそこからはわからない。

まずは探りを入れてみる事にした。

 

「その前におぬしに聞いておきたい。おぬし達はこれからどうしてゆくつもりじゃ?おぬしも姉達もまだ童じゃ」

 

 そうなのだ、リンク達はまだ子供。

しかしいつまでもアローマ達の所で世話になる訳にもいかないし、3人とも生活していけるだけの収入の当てがある訳でもない。

 

「それは…ボ…私にはできる事は武術ぐらいです。成人するまでは訓練場の指導見習いとして働こうかと思っております」

 

そう言われて初めてリンクはしばし考える。

確かに今の段階では食いつないで行ける手段がない。

そして自分が出来そうなことを考えると、武術ぐらいのものだ。

その指導を手伝うぐらいしか彼には思い浮かばなかった。

 

「なるほど、確かに成人するまでにできる事といったらそれぐらいかのう…。じゃがそれは杞憂かもしれんぞ?」

 

「とおっしゃりますと?」

 

リンクの答えが無難なものであると納得した上で、杞憂であるかも知れないというルージュ。

そして彼の返事を待たずしてルージュが右手を上げ、兵士達に旗を揚げさせる。

 

「族長として命令する!ゲルド族のリンクを正式に兵士として採用し、並びにゲルド族として成人の権利を保障する!」

 

リンクは耳を疑った、確かにゲルドの兵士として正式に採用されれば下手な大人より安定した収入は望める。しかしいくら何でもこんなに幼い自分を成人として扱うというのはいかがなものか。

 

「リンク、先日の捜査時にも言ったが安全なルートの作成と旅の警護が急務である。街の外には魔物も多い、腕の立つ護衛の者が必要だからな」

 

 族長としての立場で言ってくれているが実際はリンク達に対する配慮でもあるのだろう。

並外れた強さ以外はまだまだ子供の域を出ないし、流石にリンクを働かせる所は普通は存在しない。

彼女なりの落としどころと言える。

 

「腕が立つとはいえ、わらわもビューラも旅の護衛として着いて行く訳にはいかん。しかし、命の危険もある仕事じゃ。中途半端な実力の者では困るのでな。ちゃんとルピーも出す、どうか引き受けてはくれんか?」

 

腕だけで言えば、ルージュやビューラも適任であろう。

しかし、ルージュはこの街の責任者、ビューラもそんな彼女の御付きである。

気軽に街を空けていい立場ではないのだ。

 

「…少しだけ時間を頂けないでしょうか?姉達にとっても大切なお話なので」

 

彼にしては珍しく、即答するのを避けた。

あれ程の事があった昨日の今日では残されてしまう姉達の事がよぎったからだ。

 

「わかっておる、しかしなるべく早めに返事をもらえると助かる…「「リンク!!」」」

 

ルージュが決断を下すのならば早めに頼むと言っている最中、リンクを呼ぶ声が響く。

その声に思わず振り向くリンク、そこには心残りでもあった姉達がいた。

 

「さっきの話は聞かせてもらったぜ!私達の事は遠慮するな!リンクに心配されるほどアタイ達は弱くない!」

 

「族長様、急に入り込んできて申し訳ありません。リンク、貴方の事は私達が母様に頼まれたわ。色々と心配かけてしまったけれど、もう大丈夫。貴方の思った通りに行動しなさい」

 

声の主はリンクの姉であるフェイパとスルバだった。

急いでかけて来たのだろう、2人とも息が上がっている。

リンクの事を頼まれた2人が彼の枷になってしまう事が許せなかった。

 

 彼女達の様に状況をしっかりと把握出来なかったが故に、メルエナ達を失った実感のなかったリンク。

だがそれでも母達が帰って来ない衝撃は大きかった。

それはもう自分達のような思いをしてしまう人は出したくないと考えるほどに。

 

彼の決断は…決まった。

 

「フェイパ姉ちゃん…スルバ姉ちゃん…わかった!族長様!ボク…いえ、私はそのお仕事をお受けします!」

 

こうしてリンクは若くしてゲルドの兵士となった。

ゲルドの風習には未成年のゲルドのヴァーイはヴォーイと交流を持ってはならぬという風習がある。

リンクはヴァーイとして振る舞っている以上、この風習によって外へ出ることは事実上禁止されている。

 

本当はヴォーイであると言えば、この風習によって外へ出る事を禁止されることは無いだろうが、ゲルドのヴォーイというだけで色々な所で混乱が起こるだろう。

 

 しかし、例外もある。

例えば未成年でも特定の要件を満たせば成人としての権利を持つという方法だ。

兵士として軍人となった場合や族長という職業柄異性と会う機会を避けられない者などがそれに当たる。

事実としてルージュがナボリスを見に外へ行った時も彼女はまだ10にも満たない童であった。

 

 砂漠にあるゲルドには様々な場所からの物資が必要不可欠だ。

外からの物資の輸入には行商人や地方に住んでいる者からの購入に頼ったりする必要がある。

メルエナ達の事は懸念されていた道中の危険を再確認させるには十分すぎる案件だった。

ただでさえ過酷な砂漠の中にある街だ。

外から出稼ぎに帰ってくるゲルド族、活気ある街に観光に来る客、街に必要な物を定期的に運んでくれる街の住民、その全てにとって看過は出来ない。

 

そこでルージュはゲルドの兵士を警護でつけ、加えて街への安全な道の作成に力を入れるようだ。

 

「決まりじゃな、しかし気を付ける事じゃ。訓練と実践は違う、しかも相手は人だけではなく魔物や野生生物もおる、心得よ。ビューラ、リンクに最初の仕事を教えてやれ」

 

ルージュは訓練と外での実践との違いを指摘し、彼に忠告をする。

街の外は危険も多い、ましてや広大且つ過酷なゲルド砂漠へと出るのだ。

慎重すぎるぐらいで丁度いい。

 

「かしこまりました。リンク、こちらに来い」

 

リンクはビューラに言われ奥へと着いて行く。

これから、護衛の仕事とその為の訓練が始まるのだ。

 

「今回の仕事を説明する、宝石を扱うラメラをゲルドキャニオンにある馬宿まで護衛しろ」

 

ゲルド族のラメラは主にオルディン地方でとれる鉱石を仕入れる仕事をしている。

Star Memories の宝飾品には宝石は必須と言える。

確かな加工技術と秘められた宝石に宿る力を引き出す店主のアイシャは有名人であり、彼女の作る装飾品はゲルド族にとって大切な収入源でもある。

 

「大丈夫なんですか?こんなに小さいヴァーイが護衛だなんて…」

 

ラメラの心配ももっともだ、まだまだ幼いリンクは護衛というには頼りないように見える。

傍から見ればラメラの方が護衛にしか見えない。

危険の多い道中で足を引っ張られてはたまったものではない。

 

「大丈夫です。リンクは見た目は小さくても、その強さは並みの兵士では相手になりません」

 

そこでビューラが強さのお墨付きを与える、長年ゲルドの街を守って来た彼女の信用はとても高い。

 

ラメラは基本的にゲルドの街にたまに戻る程度ではあるのでリンクについては詳しくはない。

だからこそ、ビューラの言葉が無ければ納得はしないであろう。

 

「ビューラ様がそうおっしゃるのならば、わかりました。よろしくねリンクちゃん」

 

仮にも命を預ける相手だ、優しい笑みで手を差し出すラメラ。

それを笑顔でリンクは握り返した。

 

「出発は3日後の朝だ。今日は帰ってもいいが明日からは特訓が待っているからな、覚悟をしておけ」

 

ビューラが護衛の日時を伝える。

それまでの間、外へ出る為の特訓の予定を伝えリンクがラメラを守れる様に鍛えなければならない。

 

「サークサーク、ビューラさん。ラメラさん、よろしくお願いします」

 

「ふふっ、不思議な感じね。それじゃあサヴォーク」

 

そう言って街の方へ歩いていくラメラ。

おそらく持ち込んだ宝石を売りに宝石店へ行くのだろう。

 

リンクも姉達とともにアローマの宿屋に帰ることにした。

 



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第6話 2人の誓い

 宿屋 Hotel Oasis

 

「お帰り、3人とも。元気になってくれて嬉しいよ」

 

 Hotel Oasisの入り口でアローマ達が出迎える。

3人の表情を見て察したのだろう、どうにか立ち直ってくれたと安堵の笑みを浮かべる。

 

「アローマさんやオルイルさんのおかげですよ!リンクが頑張ってるのにアタイ達がいつまでも落ち込んでる訳にはいかねえからな!」

 

フェイパが持ち前の元気な笑顔で応える。

爽やかな笑顔からは白い歯が覗いている。

 

「色々とご迷惑をおかけしました。もう大丈夫です、ありがとうございました」

 

スルバが感謝の笑みを浮かべ、礼儀正しくお辞儀をする。

その澄んだ瞳が悲しみや苦しみを乗り越えたことを雄弁に語りかける。

 

「やっぱりみんな元気があったほうがいいよ、子供は元気が一番ってね。ところで宮殿にはどんな用事で行ったんだい?」

 

オルイルがうんうんと頷いた後、どんな用件で宮殿に向かったのかを尋ねる。

ゲルド族の長からの直々の要望だ、重要な内容である事は間違いないであろう。

 

「はい、色々と衝撃的でまだ混乱していますが―

 

リンクは1つずつ自分にも言い聞かせるように内容を伝える。

 

 これからゲルドの兵士として生きていくつもりであること、今回の事で旅先への警護を任されること。

内容を聞いてアローマもオルイルも嬉しさと心配さが2対8程で混ざった複雑な表情をした。

 

「それは凄いことだねえ、こんなに小さくてももう一人前なのかい。でも…あんまり無理をするんじゃないよ。あんた達にもしもの事があったらメルエナにも申し訳ないからね」

 

アローマはリンクの話した内容に驚き、心が痛んだ。

 

 こんな小さな子に無理はして欲しくない、それが旧友であるメルエナの娘となれば尚更だ。

彼女の決断はとても勇気のいる立派なものだとは思うが、それでも好ましくは思えない。

けれどもこの子達が生きていける様な妙案もそう簡単には思いつかなかった。

 

「状況が状況だから焦るなとも言えないけれどさ、甘えるところは素直に甘えてもいいんだよ?そんないきなり大人になんかなれる訳ないんだからさ。ほら護衛まで行かなくてもリンクちゃんならさ、兵士の教官見習いとかでも悪くはないんじゃない?」

 

オルイルもアローマとは違う内容であるが、彼女達に気を遣っているのがわかる。

自立を強制されたとは言え、すぐに大人並みに色々と出来るようになる訳がないのだ。

 

「サークサーク、心配も怖さもありますが、楽しみでもあります。外の世界はどんなものなのか見てみたいのも本音です」

 

それに対し、楽しむという言葉で答えるリンク。

アローマ達を心配させたくないという思いが透けて見える。

外とは言っても目の前に広がるのはハイラルでも屈指の過酷さを誇るゲルド砂漠。

儚く命を散らすその姿のどこに楽しみがあるというのか。

それを見逃すアローマではない。

 

「ふぅ…、責任感から来るんだろうけれどその言葉遣いはやめておくれ。仕事の時以外もそんな風にしていると気疲れしちまうよ」

 

昨日の今日でこれだけ口調が変われば気が付かないほうがおかしい。

それだけではない、リンクの仕草や振る舞いにだって明らかな違いがある。

 

大人である兵士達と話をする機会が多かった分、同じ年頃の子と比べると不自然な程堂に入っている。

人によってはちょっと気味が悪いと感じるかも知れない。

 

「そうだぞリンク、昨日の今日で別人みたいな話し方しちゃってさぁ。その話し方も悪くはねーけど、やっぱアタイ達の後ろについて回ったりしてた時の話し方の方がアタイは好きだぜ!」

 

「リンク、貴方は私とフェイパにとって自慢のかわいい家族よ。貴方は本当に優しいから私達の為に気を張ってくれていたのね。でもそこまで背負い込まなくてもいいのよ?」

 

アローマが気が付くのだ。

家族としてずっと一緒にいたフェイパとスルバが気が付かない筈がない。

 

そうなのだリンクは腕白ではあるが、実は責任感が強い。

特に姉達の事で必死にならざるを得なかった事が拍車をかけているようだ。

本人は気づいていなかったが言葉もどことなく堅いものになっていた。

 

「フェイパ姉ちゃん…、スルバ姉ちゃん…、アローマさんも…。うん!みんな大好きだよ!サークサーク!!」

 

ようやくいつもの言葉遣いに戻り、4人の表情が緩む。

良かった。

あんな事があったとはいえ、リンクがこんな己を縛った言葉や姿しか出せないなんて想像もしたくはない。

 

「うんうん、それでこそリンクちゃんだよ!お腹すいたろう?今日はアタイが作ったんだ!ピリ辛チキンカレーだよ!アローマさんに教えて貰いながら作ったから味の方もバッチリさ!」

 

 そう言ってオルイルが料理を運んでくる。

女子力を高める為、料理にだって手を抜く事は無い。

この辺りではあまり目にしない異国の料理である事はすぐにわかった。

 

今回の料理はポカポカの実を隠し味にしたチキンカレーだ。

香り豊かなゴロンの香辛料に下味の刷り込まれた鶏肉の肉汁がハイラル米と見事に調和し口の中で広がってくる。

肉の臭みを抑え、独特の味わいが食材の旨味を更に引き出している。

 

「うめえ!うめえ!ご飯がめっちゃ進むぜ!お代わり!」

 

フェイパには好みの味付けだったようだ。

どんどんかき込み、その味を堪能する。

あっという間に皿の中身が無くなってしまった。

 

「美味しいけどちょっと辛いや…。ヒリヒリする…」

 

子供のリンクには刺激が強すぎたようだ。

辛さは人によって好まれる範囲が違うので調節は難しい。

 

スルバは辛いのは苦手な方ではあるがリンクよりは平気らしい。

黙々と食べる彼女の額には汗がにじんでいる、それでも食べるペースが速いのはオルイルが作ったカレーが美味しいことを証明している。

 

「うん、オルイルも少しは上達したようだ。リンクちゃんがいるときは辛さを抑制する飲み物も用意するともっとよくなるかも知れないね」

 

最後にアローマがオルイルの料理の感想と改善点を言い、更なる高みを提示する。

 

「あー、確かにそうですね。ちょっと小さい子供には刺激が強かったかー」

 

言われてみればその通りだなとオルイルもその助言を手帳に書き込んでゆく。

料理はおいしく食べられる方がいい。

貴重な香辛料を使っているのだ、そう気軽に何度も挑戦できるわけではないのだ。

一回一回の機会は大切にしたい。

 

「珍しく香辛料が手に入ったから使って料理したかったんだろう?ゴロンシティは物好きか鉱石を求める人しか行かないからねぇ」

 

ゴロンシティはゲルドの街とは反対の位置に存在する。

距離もあれば環境も特殊な為、香辛料もそう簡単には手に入らないのだ。

訪れるだけでも専門の用具を準備しなければならない。

 

「こんな風味の料理もできるんだな。アタイこれ気に入ったよ!身体も温まってきた!」

 

香辛料の効能と暖かいご飯による影響で体が温まる。

熱々の料理を食べた時とはまた違った感覚だ。

 

「もうちょっと大きくなったら美味しく食べられるのかなぁ…?ふぁ~、なんだが眠くなってきちゃった」

 

食事も食べ終わり、お腹がいっぱいになったリンクは大きなあくびをして目をこすっている。

かなりの睡魔が来ているのだろう、時折頭が揺れ動く。

 

「あら眠そうねリンク。すみませんアローマさん、今日はこのあたりでお暇させていただきます。オルイルさんも夕食美味しかったです、御馳走様でした」

 

そう言いながらリンクを背負うスルバ。

彼女自身も大人と比べればかなり小さいが、それでもゲルド族特有の恵まれた筋力は持っている。

片手で数えられる齢のリンクぐらいなら問題ないのだ。

 

「もういいのかい?しばらくはゆっくりしていってもいいんだよ?」

 

泊っていってもいいと伝えるアローマ。

まだ両親を失って一日しか経っていないのだ、今日ぐらい休んでも誰も文句は言わないだろう。

それに対し、姉達は首を横に振り答える。

 

「お気持ちは大変うれしいです。でもずっとアローマさんにもオルイルさんにも甘えていたらそれこそ母様に怒られてしまいますから」

 

 2人の好意はありがたいが、それに頼りきりになってしまう事を母様はきっと許さないだろう。

メルエナは優しくも厳しい人なのだ。

それにリンクがこれだけ頑張ろうとしているのだ、自分達だけという訳にもいかない。

 

「ふぅ…わざわざメルエナを出す必要もないだろうに。わかったよ、でも本当に困ったことがあったらちゃんとここへ来るんだよ、それじゃサヴォール(お休み)」

 

これから先、彼女達が生活していけば困難にも遭遇するだろう。

もしもの時は支えになると彼女達に伝え、見送る。

 

「「サヴォール」」

 

リンクを背負って家に帰っていくスルバ達。

背中ではリンクが寝息を立てて眠っている。

彼自身にとっても大きな選択をしたのだ、ここ数日は大変だったのもある。

 

「なぁ、スルバ」

 

帰り道、フェイパがスルバに尋ねた。

いつもとは違い真剣な顔を覗かせる。

 

「どうしたの?フェイパ」

 

言いたい事は大凡見当がついている。

その上でスルバも返事をした。

 

「リンクのやつこんな小さい体でアタイ達を守ろうと必死だったんだよな」

 

そう言ってリンクを見つめるフェイパ。その瞳はどことなく寂しいような悲しいような色も混じっている。

静かに寝息をたてているその姿は幼さが前面に出ており、どう見たって子供だ。

 

「…ホントにね。私達が泣き疲れてしまった時でもこの子は泣かなかった。その上、母様と父様を失ってすぐに兵士になるだなんて…。とても大きなものを背負わせてしまったわ。とっても強くて優しくて私には勿体無いぐらい素敵な弟よ」

 

本当に強い子だ。

護衛の仕事の必要性は私達にもリンクにも刻み込まれている、精神的にだって相当厳しいものだったろう。

あれだけの事があっても泣きごと1つ言わずに厳しい選択をした。

誰が何と言おうと世界一かっこいいアタシの自慢の弟だ。

 

「それを言うなら、アタイ達だろ?ホントに良くできた弟だよ。スルバ、せめてリンクがちゃんと帰って来る家ぐらいはアタイ達で守らないか?だってさ―」

 

フェイパ自身も覚悟を決めたのだろう。

リンクに、弟だけに背負わせるわけにはいかない。

 

「フェイパ、私達だって姉妹よ。あなたが言わなくてもそれぐらいわかるわ。一人じゃ母様達の代わりは出来ないけれど。フェイパと一緒ならやってみせる」

 

フェイパの言葉に被せる様にスルバが答える。

私だってわかっている、だからこそみんなで力を合わせるのだ。

私達の弟に応えられるよう。

 

「サークサーク、スルバ。アタイ達はいつでも一緒だよな」

 

 夜が更けてゆく、明日からリンクは宮殿で護衛のための訓練だ。

起こさないよう静かにそれでも素早く彼女達は家に帰って行った。

 



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第2章 ワイルドな世界
第7話 ゲルドキャニオンを目指して


リンクが兵士になってから3日が過ぎた。

いよいよ今日から街の外へ護衛として行く事になる。

 

 この3日の間リンクはみっちりとしごかれた。

なにせ街の外は魔物や野生生物もいる。人間相手では予想もできない行動や攻撃もしてくるのだ。

そういった相手への対策を学び、訓練場と違う外の砂漠での模擬戦を行ったりしている。

後は礼儀や言葉遣いの勉強もしっかりと行われた。

身内が相手なら大目に見られるだろうが、そこは護衛。

相手に対し、礼を失するのはよろしくない。

この講習がリンクにとって一番つらいものだった。

 

街の外は昼には一層暑く、夜には一際寒かった。

そして、ゲルドの街の整備された道以外では砂に足を取られて思うように動けないのがリンクにとって衝撃だった。

彼の持ち味である素早さを活かした戦いが行いにくいのである。

 

 また、魔物という存在は徒党を組んで襲うことも多い、一人で複数の人数と戦う戦闘も組み込まれた。

これが中々に過酷なのだ。

相手が持っている模擬用の武器は色々なものがあり、その上死角からの攻撃も飛んでくる。

ビューラは複数の相手と戦う方法だけでなく、撤退することの大切さも教えた。

というのも護衛の仕事が本懐であり、魔物討伐の為に依頼人を危険に晒してはいけないからだ。

 

「いよいよおぬしの初仕事であるな。これは餞別だ、受け取れ」

 

とルージュが伝え、控えていたビューラが袋を渡してきた、中からは銀色に輝く宝石にして貨幣のルピーとゲルドのナイフ、ゲルドの盾などが入っていた。

これから先、リンクが護衛中に使う事になる物一式だ。

 

「サークサーク、ルージュ様。気を引き締めて頑張ります」

 

様々な渦巻く感情を何とか抑えながら受け取るリンク。

ここから先はルージュ様やビューラ様はいない。

何かあっても自分で何とかするしかないのだ。

 

「鍋や薪、水といったものは用意してある。これらは備品だから帰ってくるたびにその都度補充はしていくが…流石に外までは補充に行けん。あまり無駄遣いはするなよ」

 

ビューラは厳しいながらもリンクの事を案じていた。

当然だ、基本的に野宿をすることになる場合、薪や水は生命線になる。

もしそれらを切らしてしまえばそれは死に直結するからだ。

 

「ゲルドキャニオンへはカラカラバザールを経由するといいだろう。オアシスのある市場でそなたには衝撃的かも知れぬ。そこで旅で必要な食糧や水などは補充をするとよい。わらわからは以上じゃ、幸運を祈る」

 

心配なのはルージュとて同じ事。

だからこそゲルドキャニオンの馬宿への比較的簡単な道筋と、補給場所を伝えてくれる。

 

「はい、そうさせて頂きます。サヴォーク」

 

そう言って一礼をし、宮殿を後にするリンク。

彼が歩いて行った先、ゲルドの街の入り口ではすでにラメラが準備を終えていた。

 

「それじゃあ、今日からゲルドキャニオンまでよろしくねリンクちゃん」

 

ラメラは笑顔でリンクに挨拶をする。

比較的短い道のりとは言え、何日かはかかるだろう。

ある程度は打ち解けていた方がいい。

 

「こちらこそよろしくお願いします。ラメラさん」

 

 リンクも爽やかに挨拶を返した後、砂漠をラメラとともに歩いてゆく。

何とも新鮮な心地だ、今までは基本的にフェイパかスルバと一緒に歩いたりしてきた。

家族以外の大人とそれも外を歩くというのは初めての経験だった。

その途中の事である。

 

「ねえ、リンクちゃん。おそらく外へ出るのは初めてでしょ?緊張している?」

 

ラメラが話しかけて来た。

彼女はリンクが初めて外へ出る事をそれとなく推測していたのだ。

 

「はい、少しだけ。あれ?私初めてだなんて言いましたっけ?」

 

リンクはラメラにそう問われたときに何気なしに答えたが、その後でちょっと軽率だとも思った。

危険の多い仕事で新人をあてがわれても気分のいいものではないからだ。

 

「リンクちゃん顔には表れにくいけど、目線が色々と動いているからね。初めての景観をしっかり焼き付けてるって思ったの。最も、こんなに小さなヴァーイがゲルドの街の外へ出てる時点でね」

 

そう言ってウインクしながら話すラメラ。

けっこう人を手玉に取るのが上手いようだ。

 

「なるほど…そう言われると成程と思います。それで今日は北東へと延びる道をまっすぐ進んでいきますか?」

 

それでもリンクの仕事は彼女の護衛。

話もそこそこに切り上げ、2人がとるべき進路を提案する。

 

「そうね…目的地のゲルドキャニオンまでは殆ど一本道だし、出来たら素早く移動したいわ。カラカラバザールでも物資は補給できるけれど、あまりルピーを使いたくないし砂漠の真ん中で野宿は危険すぎる」

 

 通常、ゲルドキャニオンへはカラカラバザールを経由するルートで移動する。

カラカラバザールへは歩いて行ったら一日はかかるだろう。

しかし、いくら砂漠の民ゲルド族といえど野生生物や魔物のいる砂漠で野宿をするのは危険極まりない。

日が昇れば灼熱の風が吹き、日が沈めば荒涼の風が吹く為、簡単な装備では体力を奪われかねない。

これに砂嵐や魔物の襲撃が加わった場合はもう想像もしたくもない。

 

「かしこまりました、それでは私が辺りを警戒するので日が暮れないうちにカラカラバザールを目指しましょう」

 

今日の予定は決まった。

日が沈むまでの間に、砂漠の市場カラカラバザールまで移動する。

 

「わかったわ、それじゃお願いね」

 

以上の事からラメラ達は、出来る限り素早い移動で進路を北東へ取る。

カラカラバザールまでの道は最低限舗装されているので方角を見失ったりはしない。

 

 

 カラカラバザール

 

 体調が万全の状態で急いだ為、日が暮れる少し前にオアシスを中心に展開する市場、カラカラバザールへとたどり着いた。

ゲルドの街を女性の街と例えるのならカラカラバザールは男性の市場だ。

というのもゲルドの街は掟によって男性が入ることを禁じられている。

 

 しかし、ゲルド族と商売をしたい者は女性だけではない。

そこで街までの途中にあるこのオアシスに、商売をしたい男性が集まるという訳だ。

勿論直接交渉しないといけない案件もあるので、成人したゲルドのヴァーイも何人か待機している。

 

「着いたわ、ここがカラカラバザールよ」

 

ラメラが少々疲れた声でリンクに紹介する。

慣れているとは言っても、砂漠を素早く移動するというのは中々に過酷だ。

 

この市場の特徴として砂嵐への対策として箱になっている荷物を積み上げ、布で簡易式のテント型の屋台にしている。

 

「わぁ…、これがオアシスの市場、カラカラバザールなんですね…」

 

リンクが感嘆の声を上げる。

彼にとって初めての市場でありゲルドの街以外の集落だ。

 

ゲルド族やハイリア人を始めとした様々な種族の交流の場がカラカラバザールなのだ。

活気としては不夜城とすら言われ、しっかりとした街になっているゲルドの街には劣る。

 

だがそれは、世界最大の交易の街と比べての事だ。

ここで扱われる品の数も種類もかなり多い上に、何といっても男性でも入場できる。

多くの種族にとってこれほど活気のある大きな市場は無くてはならないものなのだ。

 

「さて、リンクちゃん。ちょっとこっちに来てもらえるかい?」

 

ラメラは周りに見えない場所へ手招きをした。

何かまずいことでもあったのだろうか、首をかしげながらもリンクは着いて行った。

 

「族長からの許可が出ているとはいえ、他の種族からは不審に思われるからね。ちょっと申し訳ないけれど少し変装してもらうよ」

 

 そうなのだ、リンクはゲルド族。

掟によって外でゲルド族の子供を見かけることなど普通はあり得ない。

いくら外で見かけることが極稀にあるとは言っても、魔物が多い道中それも砂漠を渡って来た彼は目立ちすぎる。

それを何とかしたいのだろう、彼女の手には化粧道具が大量に握られている。

 

「言いたいことはわかります、…あまり好ましくはないんですけどね…」

 

ラメラの持っている道具でメイクを施されるリンク、悲しいかな女装されるのにはすっかり慣れている。

 

(こうしていると姉ちゃん達に変装させられる時を思い出すなぁ。)

 

主に服装はメルエナが選び、スルバが彼を髪を整え、小物のようなアクセサリーをこっそりとフェイパに頼むのが習慣になっていた。

もう母が選ぶことは無いのだなと思うと少し悲しい気持ちになるリンクであった。

 

「へぇ、なかなか似合うじゃない。今のリンクちゃん、どこから見てもハイリア人みたいだわ。ああ、そのクリームはあげるよ。アタイにはちょっと合わないみたいだし」

 

ラメラによって少しだけ肌を白くするようにクリームを塗られ、髪形を変えられたリンク。

こういう時、国を挙げて女子力を磨くゲルド族の力は凄いものだ。

あっという間にゲルド族とわからない程、肌の白い少女がそこにいた。

 

「さてと、まずは宿屋に行ってみようリンクちゃん。荷物を持ったまま市場を見て回るのは大変だからね。いつもお世話になっているから大丈夫だよ」

 

そう言って2人は宿屋へと足を運んで行った。

 

1日では終わらない護衛の仕事となればそれなりに荷物は嵩張るし、砂漠となると水分の持ち込みも重要になる。

重い荷物を持ちながら広い交易場を見て回る事は出来るだけ避けたい。

 

「カチュ―さん、サヴァサーヴァ。今日一日泊まっても大丈夫かい?」

 

ラメラが機嫌よく年老いた店主に挨拶をする。

彼女の名はカチュ―というようだ。

 

「あらラメラじゃないか、サヴァサーヴァ。今日は子供と一緒かい?しかも普段来るよりも早いじゃないか?」

 

カチュ―も挨拶を返し、そして驚く。

顔なじみが見たこともない女の子、それも5歳ぐらいの娘をカラカラバザールに連れて来たのだから。

彼女には娘はいなかった筈だが…。

 

「できるだけ野宿するのは避けたかったからね。紹介します、今回護衛を担当してくれるリンクちゃんです」

 

カチュ―の驚きを予測していたのだろう。

何食わぬ顔で平然と説明してのけるラメラ。

こういう豪胆さも商人には必要なのかも知れない。

 

「よろしくお願いします、カチュ―さん」

 

彼女の説明を待ってから挨拶をするリンク。

なるほど、確かにここカラカラバザールの警備兵と似ている仕草だ。

あながち間違いでもないのだろうと思う事にしたカチュ―。

 

「こんなに小さいヴァーイが護衛なのかい?ちょっと心配だけど腕は立つのかい?」

 

しかし、仕草は似ているとはいえ護衛が出来るかとはならないだろう。

この辺りの魔物は強いものが多いし、過酷な環境だ。

少々失礼かもしれないが、命にかかわる仕事だ。

心配げにカチュ―は尋ねた。

 

「意外なほどに強いみたいですよ。とは言っても今のところはまだ危険な相手は出ていないんですけれど」

 

それに対して、強いらしいがまだそんな場面に出くわしていないとラメラは答えた。

 

「まあ魔物とかに逢わないに越したことは無いけれどね…。わかったよ、とりあえず泊まる分には問題はないから荷物を置いていきな」

 

カチュ―に促され、宿屋に荷物を置いておく二人。

ラメラが出発は明日だから今日一日は見て回っておいでとリンクに気を使ってくれた。

 

市場は日が暮れていても辺りには篝火が灯され、店が開いている。

それだけ活気のある場所なのだと伝わって来る。

 

(帰りは一人だからここで姉ちゃん達にお土産買えるといいなぁ…へぇ、黄色いフルーツもあるんだ。)

 

中でもリンクの興味を引いたのはフルーツ屋だった。

フルーツ屋自体はゲルドの街にもある、ベローアの出しているお店だ。

イチゴをくれる姉達の友、ティクルの母親でもある。

 

(ティクル姉ちゃんにも美味しいイチゴをいっぱい御馳走になったし、出来たら買って行きたいなぁ…)

 

気になったのはその品揃えだ。

カラカラバザールはゲルドの街と同じく砂漠の中にある、しかも急げば一日とかからない。

にもかかわらず品揃えが全く違うのだ、共通しているフルーツはヒンヤリメロンぐらいでヤシの実もツルギバナナも街中では見当たらない。

 

すぐ近くなのにこんなに違うのか、外の世界は広かった。

そう思うリンクだった。

 

「いらっしゃい…かな?その衣装似合っているよ。来たばっかりで喉も乾いただろう?ゆっくり見て行って気に入ったら買っておくれよ」

 

交易場では様々な人が訪れる。

故に特徴的なゲルド語では商いは難しい。

共通言語で話すことが肝要なのだ。

 

「サークサーク、まだこの市場の事は知らないので、もう少し見てからにしようと思います」

 

リンクは店主である女性がゲルド族である事がわかる。

だからこそ普段慣れているゲルド語を交えて色々と見て回ってから決めたい旨を伝えた。

 

「お嬢ちゃんゲルド語上手だね。まだまだ開いているお店は多いから観光ついでに見てみるといいよ。ゲルドの街へ行くのならそこのフルーツ屋も覗いておくれ、妹が開いているお店なんだよ」

 

店主の言葉にリンクは思案する。

ゲルドの街で、フルーツ屋を営んでいるとなればベローアのお店だ。

となると彼女はティクルの伯母という事になる。

 

店主に言った通り市場を見て回るリンク。

カラカラバザールは広かった。

そして集まっている人達、特に男性の多さに驚いた。

 

 身近な男性は父だけだというゲルド族は多い、それだけにこのカラカラバザールで衝撃を受けるゲルドは多い。

 

ゲルド族以外の種族はこの砂漠の寒暖差に参っている様だった。

最も暑さだけなら活火山で暮らしているゴロン族の右に出るものはいないし、寒さなら雪山の近くに住み、大空を飛び回るリト族もかなり強いのだが。

 

リンクの驚きはまだまだ続く、よろずやでは何と魔物の尻尾まで売っていた。

彼らにとって魔物の存在は身近なのだ、使い方はいまいちわからなかったが店主のメキャップが言うには虫と一緒に煮込むと薬ができるらしい。正直あまり飲みたくはない。

 

(色々と欲しい物もあるけれど、帰って来れる間には食べ物はダメになっちゃうなぁ…ここは我慢するしかないか。)

 

結局今回は特に買い物をするわけでもなく宿屋に帰ってきたリンク。

宿屋ではすでにラメラが眠っていた。

眠れるときに眠っておく、疲れをとることを優先しているのだ。

 

(僕も寝よう、明日も早いんだから。)

 

初めて家族以外と眠るリンクにとって何とも不思議な感覚だった、コッコの羽毛を使った布団は暖かくて文句なしに心地よい物だったが。

 



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第8話 初陣

翌朝

 

「サヴォッタ、リンクちゃん。早めに起きてくれて助かったよ」

 

 ラメラが目を擦り寝ぼけ気味のリンクへ挨拶をする。

 

「サヴォッタ、ラメラさん…まだちょっと眠いです…」

 

市場の探索よりも出発に備えてすぐに眠ったからだろう、寝坊助なリンクにしてはかなり早い時間に目が覚めた。

その事にひとまず胸をなでおろすリンク。

護衛である自分の寝坊の為に、スケジュールを変更しなければならない…とあっては恥もいいところだからだ。

 

「すぐに出発するけれど、まずはこれを渡しておくね。昨日市場で借りて来たの」

 

 そう言ってリンクに兵士の槍を渡すラメラ。

元々はかなり長い槍だったのだろうか、少しだけ短く加工されており、軽量化だけでなく背丈の小さいリンクにもピッタリのサイズになっているようだ。

道中は危険だらけであり、武器を貸し出しているところも多い。

 

特にこのサイズだと大人では短すぎてとても使えたものでは無い為、在庫整理の意味合いもあるのだろう。

 

「サークサーク、やはり武器は色々とあったほうがいいですよね。助かります」

 

そう言ってリンクは背中に槍を背負う。

魔物達の中には徒党を組む者もいれば、それこそ体力が無尽蔵なのかと思うぐらいに常識はずれなものも存在する。

 

最悪の場合、両立する場合だってありうる。

そんな魔物と相手をしている時には武器が途中で壊れてしまったり、そもそもの武器と敵との相性が悪い場合もある。

 

「水は汲んでおくのよ、ここまでの様に穏やかに行く事は殆どあり得ないわ」

 

そう言われて、水を汲んでいくリンク。

道中は重くなるだろうが生命線でもあるので我慢する。

 

「カチュ―さんに頼んで煮込み果実を作って貰ったわ。砂漠へ出る前に食べましょう」

 

熱砂への対策にヒンヤリメロンを使ったヒンヤリ煮込み果実を食す二人。

見晴らしの良い砂漠で途中で日陰で休める可能性は低い。

 

(これスルバ姉ちゃん好きなんだよなぁ…。姉ちゃん達元気にしているかなぁ)

 

リンクは街に残してきた姉達が心配になった。

自分の心配をした方がいいと思われるだろうが、始めからそんな簡単に割り切れる訳がない。

 

「どうしたの?リンクちゃん何だか思いつめたような表情よ?」

 

ラメラが心配そうに顔を覗き込む。

大人を誤魔化せるほど彼はまだ器用では無い。

 

「大丈夫です、あまり遅くなると危ないのでそろそろ出発しましょう」

 

姉達の事を考えてる時にラメラに心配をかけてしまった。

護衛に支障をきたせては問題だ。

何でもないように振る舞うが、それでラメラが納得するわけでもない。

 

「注意力が散漫だとお互いに危険なんだけれど…しょうがないわ。道中の歩いている時に相談に乗るわよ」

 

そんな訳で長いゲルド砂漠の道中を歩いていく間、姉達の事を話すリンク。

流石にちょっと知り合ったばかりのラメラに母達の事までは言えなかったが。

話の内容を聞いて少し渋い顔をするラメラがいた。

 

「リンクちゃんはお姉ちゃん達が大切なのね…、でもきっと大丈夫よ。話を聞いている限り周りの友達や大人が気をかけてくれているわ。貴方達はもう少しでもいいから大人に甘えたっていいのよ?」

 

端的に話した内容ではあるがラメラは耳を傾ける。

時には相槌を打ち、時には悲しい表情を浮かべ彼女なりの意見を述べる。

特にリンクが7歳という点に驚いていた。

 

 望むにしろ望まないにしろ、自立を強制されたリンク達。

成長という意味では効果はあっただろう。

しかし、子供の。それも2桁行くかどうかの少女や、7歳のリンクがあらゆる面でいきなり大人になれる訳ではないのだ。

 

「サークサーク、そう言って頂けると少しだけ肩の荷が下りた気がします。理想を言うなら私がしっかりと姉達を支えられるといいのですが、まだまだこれからみたいですッ―!」

 

リンクがもう少しだけ助けて貰おうかと話していた時である。

何かが動いたような気がした。

辺りに意識を張り巡らせ、敵がいないかを確認する。

 

「そういう事、帰ったらそれを話して―ってえ!?」

 

話している途中、リンクはラメラのいる方向に向かって駆け出した。

同時に砂漠の一部が跳びあがり襲いかかる。

それに対し、ラメラの背後に立ち彼女との間に盾を滑り込ませる。

 

ガキン!

 

金属同士がぶつかり合う鈍くて不快な音と衝撃が辺りを支配した。

体重の乗せられたその一撃にリンクは耐えきれず後ろに転がった後、受け身を取って対峙する。

 

リンクの眼前に現れた相手、それは緑の鱗を持ち、直立2足歩行をしながら剣と盾を構えた爬虫類型の魔物、リザルフォスだった。

 

リザルフォスは特徴として、自身の肌を周りに溶け込む保護色に変えることが出来る。

砂一色に染まるゲルド砂漠ではその効果は極めて高い。

砂嵐で体が埋まっていようものなら見つけ出すのはまず不可能だ。

 

「リ、リザルフォスだ!リンクちゃん早く逃げて!」

 

ラメラが思わず叫ぶ、仕事とはいえこんなに小さなヴァーイに命の危険を晒すような真似をして欲しくはない。

 

世界中を歩き回っているラメラがリザルフォスを知らないはずが無い。

一般人にとってはメジャーな子鬼の姿をした魔物、ボコブリンですら脅威なのだ。

その数段上をいく強さのリザルフォスはまともに相手をするだけでも危険といえる。

 

(だめだ、ラメラさんを逃がしたいけれど、リザルフォスは身軽な魔物だと聞いている。逃げ切れる可能性は低いし逃げてる途中で他の魔物と挟み撃ちになったら本当に取り返しがつかない!)

 

砂漠という初めて出た場所で安全な場所を把握できるわけがない、重い荷物を持っている彼女が砂地を素早く移動できるとも思えない。

戦闘を回避するという方針を立てても、それを可能にする妙案が浮かばなかったのだ。

故にリンクはリザルフォスを撃退する事にした。

 

「…」

 

「…」

 

少しの間にらみ合う両者、リザルフォスはその俊敏さで付かず離れずの距離での攻撃を得意としている。

リンクもその身長の小ささゆえに殆ど密着しないと攻撃が届かない。

お互い有利な間合いを測っているのだ。

 

 

(!こんな攻撃で来るのか!)

 

始めに動いたのはリザルフォスだった。

お互いに武器が届かないぐらい離れた距離からの攻撃。

爬虫類系の魔物であるからかその口から自身の5倍はあるかというぐらいの長さの舌を伸ばして攻撃したのだ。

多少ではあったが不意を突かれたリンク。紙一重で躱すと隙の見えた胴体に向かって接近し剣を突き出す。

最短距離を進む剣が敵を穿つかと思われた

が―

 

(何だって!?このタイミングで躱すのか!?)

 

リンクの表情が驚愕に染まる。

リザルフォスが後ろに向かって跳躍し距離を取った。

言葉にするとそれだけかもしれない。

 

だがここは砂漠なのだ、当然足場は砂に覆われており思うように動かせない。

しかしながら、そんなものは関係ないと言わんばかりにリザルフォスはあっさりと躱して見せた。

 

ハッキリ言って人間には不可能な挙動といえる。

リザルフォスはその身軽な動きが武器の一つである、自分の何倍もの高さまで跳躍することもできる強靭な足腰が不安定な足場でも機動力を保証しているのだ。

 

「うわっ!」

 

躱された隙を伸ばした舌で狙われ打撲を増やすリンク。

舌とは言うがものすごい速さで延ばされるので、殆ど砲弾がぶつかったようなものだ。

 

(くっ、負けるか!)

 

「!?」

 

それでもリンクは伸ばされた舌を脇と腕を使って絡めとった。

伸びきっている舌をナイフで切り落とす。

 

リザルフォスがその痛みで声にならない悲鳴を上げながら飛び上がっている隙に、リンクは素早く接近。

無防備になっている胴体に対して遠くからでも攻撃できる槍で突きを繰り返した。

その鱗で覆われた身体から鮮血を飛び散らしながら吹き飛び消滅する。

リンクの勝ちだった。

 

「ふぅ…つ、疲れたぁ…」

 

戦いは終わり砂場に尻もちをついて呼吸を整えるリンク。

訓練とは違った命のやり取り、神経をとがらせる状況というのはそれだけで疲労も大きい。

体中は痣だらけで辛勝としか言えない様子であった。

 

「リンクちゃん!大丈夫かい!?」

 

ラメラは慌ててリンクに駆け寄った。目の前の小さな子が魔物を前にして果敢に戦い、そして打ち身だらけになりながらも倒したのだ。

患部をできるだけ動かないように布で固定し応急処置だけは済ませないといけない。

 

放っておけば傷が悪化したり、感染症だって引き起こすこともある。

それにまだまだ魔物と戦うことだってあり得るからだ。

 

「ラメラさん、サークサーク。助かります…」

 

ラメラに手当をしてもらい安堵の表情を浮かべるリンク。

応急手当の訓練も受けてはいるが、自分自身の手当ては難しいし、怪我の数や大きさによっては更に困難になるだろう。

 

「いくら護衛だからといっても無茶をし過ぎだよ!正直、こんな小さなヴァーイが護衛なんて無理だと思ってたけれどアタイが見くびっていたようだ。ごめんよ」

 

ラメラとて旅を繰り返している者、それもゲルドの街からかなり遠いゴロンシティまで足を運ぶ猛者だ。

魔物や野生生物の恐ろしさは良く知っているし、護衛となればより大変である。

 

「いえ、正直そう思われても仕方がないと思います。何はともあれラメラさんに怪我が無くて良かったです」

 

リンクも当然とばかりに言いのける。

もし、自分が同じぐらいの子に護衛を任されると言われたら不安にもなっただろう。

ラメラの考えも無理もない。

 

(族長様が言ったとおりだった…まだまだ経験が足りないな。)

 

それでも彼自身、リザルフォスを相手取った初陣の内容には納得できなかった。

場所や環境次第でこれほど戦いにくい相手になるとは思ってもみなかった。

 

ラメラを守るという護衛の初仕事は微妙な結果だったと言える。こんな状態では次に襲われたらひとたまりもない。

 

「ラメラさん、早めに砂漠を抜けましょう。今のこの状態で奇襲を受けたり野宿する事になったら大変なことになります…」

 

前もってビューラに叩き込まれたのだが、出来る限り砂漠は素早く抜けるべきだとラメラに伝えた。

昼は暑くて夜は寒い、砂嵐で視界が悪くなることも起こりうるし先程の様に保護色で擬態した魔物も存在している。

とてもではないが長居できるような場所ではないのだ。

 

「リンクちゃんの言う通りだ、急いで砂漠を抜けるからちゃんとついてくるんだよ」

 

先程までよりもさらにスペースを上げて進む二人、子供である彼にはそのペースは辛かったがそれでも何とかついていくことが出来た。

リザルフォスにやられた傷が歩くたびに痛む。

 

(手当てをした状態でもこんなに痛いのか…自分で手当て位できるようにならないとな)

 



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第9話 ゲルドキャニオンの邂逅

 ゲルド砂漠入り口

 

「よし、何とか砂漠を抜けることが出来たね…今日の所はここで野宿にしようか」

 

 日も暮れてからもずっと歩き続け夜も明けようかという時間、ついに岩の渓谷が見えてきた。

目標としていた場所まで来れたのだろう、疲れと安堵の混じった声色でラメラが呟く。

 

とうとうゲルド砂漠の入り口―いやリンク達にとっては出口といったほうが正しいだろう。

ここまでこれば寒暖差の激しさも、砂で足を取られることも、視界を砂嵐に奪われることもない。

ゲルドキャニオンの馬宿まではあと少しだろう。

 

「初めて夜通し歩きました…、焚き火を用意するのでゆっくりと休んでください…」

 

リンクにとっては初めての砂漠以外の場所ではあるが、リザルフォスを相手取ったり夜通し歩いた事でその景観を堪能する余裕は無さそうだ。

 

ルージュ達から支給されている火打石と木の束を使って焚き火をするリンク。

何もないところではこういう物資が必要になって来る。

 

「サークサーク、でもリンクちゃんもゆっくりと休むのよ?ここまで来たらとりあえずは大丈夫だから疲れを癒さないとね」

 

荷物を地におろし、腰を下ろすラメラ。

経験上、ここからゲルドキャニオンまでは比較的安全な道だ。

ゲルド砂漠での消耗と、緊張を解す意味でもしっかりと休息をとるべきだろう。

 

「サークサーク。それにしてもこの場所は結構寒いんですね。日が昇っても汗が出てこないです」

 

リンクも荷物を脇に置き、焚火に当たる。

支障が出るほどではないが、少し寒そうだ。

 

「ここが寒いというよりもゲルドの砂漠が昼間は暑いのよ。逆にリンクちゃんからするとここの夜は暑く感じる筈よ?」

 

 リンク達ゲルド族は砂漠で長い間暮らしている、その為外の気候は昼は寒くて夜は暑く感じてしまうのだ。

初めて外へヴォーイハントの旅に出かけるゲルド族もこれには皆驚く。

異なる気候の場所に滞在するというのはそれだけでも大変なのだ。

 

(ビューラ様が寝るときの毛布は必要ないと言っていたのはこういう事だったのか…僕は知らない事だらけなんだな)

 

今は休むことを最優先して体力の回復と傷の回復を図るリンク達。

傷はリンクだけだったがそれでも体の負荷は看過できない。

幼い体には過酷だったのだろう、リンクはすぐに沈み込むような深い眠りに落ちて行った。

 

――

 

「リンクちゃん、よく眠れたかな?これだけ早いペースでこれたのはリンクちゃんのおかげだから少しくらいはゆっくりしてもいいのよ?」

 

日が昇る頃に眠ったはずなのだがすでに日が沈もうとしている。

随分と寝てしまったようだ。

仕事がら仕方がないが体内時計が狂わないか心配になる。

 

「大丈夫です、これ以上寝てしまうと生活周期が狂ってしまいそうで…」

 

疲労が抜けきらず痛みの引かない患部を庇い、鈍い頭を振りながらリンクは答える。

あまりにも不規則な生活をしていると身体にもいい訳がない。

 

「なるほど、確かにそれはまずいわね。順調にいけばゲルドキャニオンの馬宿はあと一日といったところよ。もう少しだけ移動しましょうか」

 

ラメラの一言で後片付けをした後、再び移動を始めるリンク達。

しばらく歩いて行った時の事である。

 

「ん?ラメラさん。あそこに何かいますよ?」

 

 すでにゲルドキャニオンに差し掛かっている頃、リンクは黒い何かを岩陰に見つけた。

魔物かもしれないので剣を抜きつつ警戒する様に近づいていく2人。

距離が縮まり次第にその姿が明らかになってゆく。

 

「…これは…馬だね…こんな場所に珍しい。それもゲルド馬じゃないか」

 

ラメラが小さく驚きの声を上げる。

 

 リンクが見つけたそれは倒れこんだ赤い鬣を持つ小さな馬だった。

やせ細り、呼吸も弱いゲルド馬。

それはかつてゲルド族が愛用していたと言われる黒い馬である。

 

しかしながら、ゲルド族は現在砂漠にすんでいる為利用するものは殆どいない。

目の前にいるこの馬は非常に小さいのでおそらく子供なのだろう。

 

「これが、ゲルド馬ですか…初めて見ました。それに何だか弱っているみたいですね…」

 

初めて見るリンクですら気が付く程その仔馬は弱っていた。

逃げなかったのではない、逃げられる元気すらなかったのだ。

 

「…多分、身体が弱くて親に捨てられちまったんだよ…かわいそうに…。何とかしてやりたいけれどこの子にできそうなことは何もないわ…」

 

悲しげに言葉が零れるラメラ。

 

「そんな…」

 

それを聞いてリンクは何とかしてあげたいと思った。

無論それはラメラも同じではあったが手持ちのものでは何もできそうにない。

 

「ラメラさん、僕は何とかしてあげたいです。何が必要なのか教えて頂けませんか?」

 

思わずリンクはラメラにこう尋ねてしまった。

このままではこの馬は死んでしまうだろう。

残される辛さがどれ程大きいのか、母様達を失った姉達の姿が焼き付いて離れない。

 

「気持ちはわかるけれど、正直厳しいよ。ガッツニンジンは貴重だし、そもそもこの辺りでは自生していない。それに今ここで助けたとして後はどうするの?この子一人で生きていくことはまず不可能よ」

 

ラメラはリンクの望む必要なものを答え、それでいてその方法を否定した。

この辺りでガッツニンジンは自生していない以上、遠くまで取りに行くというのか。

リンクは護衛の仕事で来ている、ラメラを送らないといけないしそもそも遠くまで行って帰ってくるまでこの馬は持たないだろう。

 

もし、都合よく手に入れることが出来たとしてもその後をどうするつもりなのか?

リンクが連れていく?砂漠の真ん中にあるゲルドの街へ連れてはいけない。

一頭で生きて行けと?もともと体が弱くて捨てられる仔馬がこんな食べるものもないような岩だらけの場所で生き残れるだろうか?

 

「…それで何もしないで諦めるよりもやってみたいんです。ラメラさんの護衛に支障が出ない範囲でいいのでお願いします」

 

そう言って、リンクはラメラに頭を下げた。

 

「ふぅー、わかったよ。ゲルドキャニオンの馬宿へ行く道までなら寄り道がてら探してみるとしよう。元々この辺りでは自生なんてしてないからあまりあてにしないほうがいいわ」

 

ラメラとしてはあまり利がない内容であったが、それでも条件付きで受け入れてくれた。

 

彼女の生い立ちについてあまり話そうとしない点、できる事なら見捨てたくないという心意気。

そして、護衛というにはあまりに幼すぎる容姿。

恐らくこの子にはもう親が…ラメラとしても気持ちを汲み取ってあげたくなった。

 

「サークサーク、ラメラさん。私の我が儘に付き合ってくれて」

 

 色々と捜索しながら馬宿まで進んでいく二人。

それでも案の定というべきかやはり見つからない。

元々が植生の豊かな場所に稀に生えるものだ。砂漠に近い場所に生えているはずが無い。

こんなの雪山でヤシの実を探すようなものだ。

あがいてみても無理なものは無理かと思うその時の事だ。

 

「ん?あそこに人がいます。ラメラさん」

 

ラメラ達は馬宿方面に進んでいる途中で行商人を見つけた。

自分達と同じ方向に進んでいるので、おそらく自分達と同じくカラカラバザールを経由して馬宿を目指す者なのだろう。

 

「はーい、そこのハイリア人のヴァーイ。サヴァサーヴァ」

 

ラメラの陽気な挨拶に少し焼けた肌と顎髭をたくわえた行商人は振り返り、挨拶を返す。

 

「ああこんばんは、こんなところで人と会うとは珍しいな」

 

 彼の名前はブグリといい、普段はこの場所から遥か東の方にある双子馬宿の方で商いをしているらしい。

今回は交易場であるカラカラバザールを覗いた後、各地の馬宿へ物資の納入をするつもりのようだ。

 

「へえー、カラカラバザールは色々な商人がいるから中々お目にかかれない品物もあっただろう?」

 

互いに行商人、気質が合うのか話も弾むようだ。

 

「そうだな、砂漠へは中々来れないから色んなものを見て回れたよ。そちらのお嬢ちゃんはどうしてこんなところに?」

 

ブグリはリンクに視線を移す。

砂漠を抜けたとはいえ、ゲルドキャニオンも景観地ではない。

どちらかと言えば過酷な環境だ、そんな場所に夜分遅くに女の子を連れていれば不思議に思う。

 

「ああ、彼女はちょっと仕事の関係で連れて歩いているんです。それでこの子ガッツニンジンを探しているんですけれどお持ちでしょうか?」

 

ラメラは仕事の関係とだけ簡潔に説明し、探し物をしているとブグリに伝える。

確かにこの辺りにはガッツニンジンは自生していない、ならば各地を歩いて回っている同業者に聞いてみるのがいいとラメラは結論付けたのだ。

 

「ガッツニンジンか?無くはないが…これから行くゲルドキャニオン馬宿に納入しなくちゃならないからなぁ…。安定して取れるものでもないし、そう多くは売れないぞ?」

 

そう言って、カバンの中から二股に別れたオレンジ色の根菜 ガッツニンジンを出すブグリ。

色々なものを見て回ってきたラメラから見ても間違いなくそれは本物だった。

 

「ブグリさん、私は捨てられた馬を助けたいんです。一本だけでもいいので売っては頂けないでしょうか?」

 

ラメラがそれは本物であると頷いたのを見てリンクは事情を伝える。

そう多くは売れないという事は一切の余裕がない訳では無いとも取れるからだ。

 

「お嬢ちゃんみたいな子供が手軽に手を出せる品物じゃないぞ。どうしてもというのなら…100ルピーだな。こっちも生活が懸かっているんでな、悪く思うなよ」

 

100ルピー、今リンクが持っている銀色の貨幣と同じ値段だ。

しかしこれはリンクにとって全財産でもある。

 

 ラメラと同じく彼は行商人だ。生計を立てる為の品物を譲ることはできない。

ただで譲れるような品物で商いなどできないからだ。

そして馬の元気の源でもある為、至る所に存在する馬宿からの需要が高い。

馬は貴重な移動手段であり、より多くの物資を運べる運搬役でもあるからだ。

 

幼い子供に提示する金額ではないかもしれない、それでもこれ以上安くすることはできない一線でもある。

 

宿なら5泊はできる料金であるが別に彼が値段を釣り上げている訳ではないのだ。

本来この品物の一本当たりの相場は120ルピー程はする。

譲れるのなら譲りたいが、自分にも生活がある。とはいえこんな幼い少女の切実な願いは何とかしてあげたい。

迷った末のブグリなりの落としどころだった。

 

「リンクちゃん…やっぱり無理だよ…。自分のルピーをどう使うかは勝手だけれど手持ちの全財産じゃないか。かわいそうだけれど特に接点のない仔馬相手にすべての財産を手放す必要なんてないよ」

 

ラメラはリンクを引き留めようとした。

別に目の前の行商人が悪い訳ではない。本物を確かめることが出来た上に弱みに付け込むこともなく、さらに適正価格よりも安く身を切っている以上かなり良心的な部類だ。

 

彼女が心配しているのはリンクが購入した後の事である、購入した後のリンクは無一文だ。

先程自分達が通ってきた最短ルートでも2日はかかるだろう。宿泊だってできない。

魔物がいる砂漠を抜ける厳しい道のりを殆どの準備ができないのだ。

 

「わかりました。100ルピーですね?払います!」

 

リンクは迷わなかった。

砂漠の厳しさは思い知った、経験不足も承知している。

これは蛮勇だろうとも思っている、それでも助けられる相手を見捨てるような選択をしたくはなかった。

 

「ホ、ホントに買うつもりか!?売る側としては止められないが全財産なんだろ!?」

 

ブグリも驚く、自分達が今いる場所はゲルドキャニオンだ。

彼女がどこで暮らしているかはわからないが服装から馬宿の子ではないとわかる。

そもそも定期的に納入している自分が知らない筈がない。

 

最低でも自分の住んでいる集落まで無一文で帰るというのか。

 

「構いません。100ルピー、確かにお渡ししました」

 

そう言いながら、袋の中から銀色の貨幣を取り出しブグリに渡すリンク。

 

「…もう、決めちゃったのなら仕方ないね、今日はもう遅い。この辺りで夜を明かすつもりだったから早いところあの仔馬の所に行ってあげなさい。リンクちゃん」

 

呆れたようにリンクを促すラメラ。

慣れた手つきで野宿の準備を進めてゆく。

 

「ラメラさん、サークサーク。少しの間失礼します」

 

そう言ってリンクは駆けていった。

 

――

 

 ゲルドキャニオンの入り口の岩陰に仔馬はいた。

初めて見た時よりもさらに呼吸が弱くなり、ぐったりとしたその表情には汗がにじんでいる。

 

「もう大丈夫だからね。ほら君の為にガッツニンジン持ってきたよ。さあ食べてごらん」

 

そういいながら仔馬の前にガッツニンジンを差し出すリンク。

しかしゲルド馬は口を開くが食べようとしない、どうやら既に自力で食べることが出来ない程弱っているようだ。

 

(もう食べられないのか!?僕にできる事は何もないのか!?)

 

彼は出来ることは無いかと袋の中からありったけの道具を出した。

薪、火打ち石、水、ゲルドのナイフと盾といった道具が地面に転がる。その中から迷わずナイフ、水、薪、火打ち石を選び出した。

 

リンクはガッツニンジンをゲルドのナイフを使って細かく刻み込んだ。

さらに持っていた水を鍋に加えて加熱することでできる限り柔らかくしてゆく。

ただ刻んだだけ、水で薄めただけのものに火を通す。それが彼の最初の料理だった。

 

「細かく柔らかくしてみたよ、さあお食べ。僕は君を見捨てたくないんだ!」

 

倒れた姿勢のままであったが馬は少しずつそれを飲み込んでいった。

慌てずにゆっくりと与えていくリンク。

 

極限まで衰弱している時はおかゆのような薄めたものが良いのだと母であるメルエナに聞いていたのが良かった。

 

ビューラ達の支給した道具があったからこうして仔馬への世話ができた。

ありがたいことだ、こうして助けるための行動をとれる。夜が更けても彼はひたすら馬の世話をしていった。

 



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第10話 名付け親

 翌朝―

 

 いつの間にか眠ってしまっていたリンクの頬に何かが触れた。

それは少しだけ暖かくて、それでいて優しい感触だった。

 

(あ、あれ?いつの間にか眠っていた?この感じは…)

 

頭の重さを何とか振り払って目を開けるリンク。

その目先には立てるようになったあの仔馬がいた。

 

「助かったんだね!良かった、良かったよ!!」

 

思わず仔馬を抱き寄せるリンク、仔馬も嬉しそうに彼の抱擁を受け入れていた。

しばらくたちラメラの下へ仔馬と共に歩いていくリンク。

 

「リンクちゃん、それにその仔馬も助かったのね。良かった」

 

胸をなでおろすラメラ、リンクにとって大きな決断でもあったのがわかっていたからだ。

これで仔馬が助からなかった時の事を考えると目も当てられない。

 

「心配かけました、色々とわがままを言ってしまいすみません。もう大丈夫です、行きましょうラメラさん」

 

ラメラの言葉に晴れやかな笑顔で返事をするリンク。

心からの喜びが顔に溢れている。

 

「おいおい、俺だって忘れて貰っちゃ困るぜ、お嬢ちゃん」

 

そんな2人のやり取りに忘れないでくれよと入るブグリ。

 

「すみませんでした、ブグリさん。ガッツニンジンありがとうございます」

 

勿論忘れていないと頭を下げるリンク。

もし彼がガッツニンジンを持っていなかったらこの仔馬を助ける事は出来なかっただろう。

 

「その仔馬を見るにガッツニンジンがちゃんと効いたみたいだな。馬は大切なパートナーでもある、大切にするんだぞ。それじゃ、ゲルドキャニオンの馬宿に向けて出発だ」

 

こうして馬宿に向けて歩いていく3人。

その間仔馬はすっかりリンクに懐いたのか、片時も彼の傍から離れなかった。

 

 

 ゲルドキャニオンの馬宿

 

 夕方に差し掛かるぐらいまで歩いただろうか、彼らは目的地であるゲルドキャニオンの馬宿に着いた。

 

馬宿は簡単に言うと馬を預けることのできる宿屋のようなものだ。

丸い筒状に羊毛のフェルトで覆い、空いている頭上部分を天幕を吊るすことで組み立てる移動式の大きいテントだ。

 

この馬宿は両脇を岩山で挟まれた狭い道の途中にある。

この辺りは非常に乾燥しており、植物はあまり育たないからだろう。辺りを見渡しても殆どが岩である。

 

「ふぅー、やっと着いたなぁ。それじゃ俺は頼まれていた品を納入しに行ってくるぜ。またな」

 

道中は同じであったが彼とは目的が違う。

ここでお別れだ。

 

「ブグリさん、ありがとうございました」

 

「また機会があったらよろしくね」

 

リンクとラメラがそれぞれ挨拶を済ませ、解散となる。

 

そういうと共にブグリは駆け足で馬宿へと走って行った。

短い間ではあったが進む道中は楽しいものだった。

 

「中々気のいいヴォーイだったね、こういう縁もあるから旅はやめられないのさ」

 

「ラメラさんって色んなところを旅されているんですよね?」

 

「ええ、アタイは北東にあるデスマウンテンから鉱石を仕入れてくる事が多いんだけれど土地、気候や自然。そこに住んでいる人と触れたりするのはいいもんだよ」

 

ラメラは行商人としてはベテランといっていい人間だ。

ゲルドの街からみてデスマウンテンは主要な場所としては一番遠い。

しかも活火山の中で集落を作り生活している亜人種のゴロン族相手に交渉をしている。

 

 いくら暑さに強いゲルド族とはいえそれはあくまで人間の範疇での話だ。

人体すら自然に発火する程の灼熱が相手では全くお話にならない。

これでもかと対策をしなければ立ち寄ることすらかなわないのだ。

 

「ラメラさんって凄いんですね…。私の護衛は必要なかったんじゃ…」

 

リンクの言い分にも一理ある、普段からゴロンシティまで一人でも行ける人が最寄りの馬宿まで行けないとは考えにくいからだ。

 

「そんなことは無いよ、リンクちゃん。確かにデスマウンテンの熱さは砂漠と比べても相手にならないぐらいに熱いわ。それでもゲルドの砂漠だって熱さと寒さがあって砂に足を取られるもの。この場所を通り抜けるだけでもかなり大変なのよ?」

 

そう言ってラメラはリンクを励ました。

実際にゲルドの砂漠の環境もとても過酷なもので、この場所を安全に抜けられるというのはラメラにとっても意味の大きいものなのだ。

 

「ラメラさん、サークサーク。そう言って頂けると助かります」

 

「君はまだまだこれからよ。それとせっかく馬宿に来たんだもの、色々と見て回ってきたらどうかな?バザール程の広さはないけれどそれでも新しい発見も多いわよ」

 

「それもそうですね、少しだけ見て回ります」

 

この場所もリンクにとっては刺激的な環境であった。

何しろ初めての砂漠以外の集落だ、住んでいる人の服装一つとっても初めて見る装飾に使っている素材。着こなしも全然違うのだ。

 

馬宿のテントでもそうだ、ゲルドの街の建物は岩でできているのに対し、こちらは木材で組んだ骨組みに羊のフェルトで覆っている。

 

ゲルドの砂漠では放牧なんて不可能だし、その素材を使ったテントは重量も大きさも全然違う。

旅の途中で泊まる携帯用のテントならいざ知らず、本格的に住むためのもので移動を考えてあるのは何とも不思議なものに見えた。

 

(これが馬宿…、壁のところ見たこともない素材を使っているなぁ…軟らかい。あっ、頂上の所、馬をかたどった木像がついているや!ふっしぎー!)

 

辺りは岩場がほとんどでところどころに草が見える程度ではあったがそれでも砂漠と比べればうんと多い、自生していたポカポカの実をリンクは集めておいた。

そんな草を食料としているのだろう、馬宿にはロバや馬が飼われていた。

 

(あっ、馬がいる!もしかしたらここなら馬を預かってもらえるかも?)

 

リンクはまだ幼い、馬宿がどんな役割を持っている建物であるかも正確に把握はしていない。

ダメもとで仔馬を預けることはできないのか聞いてみることにした。

 

「いらっしゃいませ!馬宿にようこそ!馬の登録、連れ出し、なんでもお伺いします。さあ御用は何でしょうか?」

 

馬宿で受付をしているのはピアフェという男性だ。

馬宿ならではの服装なのだろう、デールといって木綿を使った気密性に優れた構造になっており馬に乗りやすい形状をしている。

帽子はマルガェといい彼らは天に対する信仰があり、天と人を結ぶ頭を神聖な所だと考えているそうだ。

 

「すみません、初めてなんですがこの仔馬を預ける事ってできるのでしょうか?」

 

恐る恐る聞いてみるリンク。

この場所が馬を預かってくれる場所なのかわからないし、預けられる場合はどうすればいいのかもわからないからだ。

 

「初めてでございますか、それでは当馬宿のシステムについて説明させていただきます。馬宿は世界各地の街道沿いにあり、登録している馬をお好きな場所から連れ出すことが出来ます。また、預かっている馬のお世話もさせて頂いております」

 

ピアフェは丁寧に説明する。

馬宿は世界中に展開しており、預けた馬を連れだすことが出来る。

預けている間も馬のお世話もしてくれるようだ、リンクが探している条件にしっかりと当て嵌まるだろう。

 

「なるほど、それでは馬を家で飼えなくても大丈夫という訳ですね?」

 

「その通りでございます。登録できるのは一人5頭までで、一頭につき登録料が20ルピー必要となります」

 

リンクはここならこの仔馬を頼むことが出来るそう思った。しかし、その為にはルピーが20ほど必要だったのだ。

皮肉なことに仔馬を助ける為にすべての財産を出してしまったリンクには絶対に払えない金額であった。

 

「わかりました、もう少し見て回ってからでもいいですか?」

 

「かしこまりました、ですが当馬宿も預かれる数は限られております。なるべくお早めにお願いします」

 

そう言ってピアフェは頭を下げた。

本当にその通りだ、馬宿とは言ってもいくらでもあずかれる訳ではない。

馬宿から少し離れたところでリンクは仔馬に言った。

 

「ごめんな、僕にはお前と一緒にいることが出来ないみたいなんだ。短い間だったけれど本当に楽しかった。生きていくって本当に大変なんだな」

 

リンクの言いたいことが伝わったのか、仔馬はリンクの下に寄り添って顔を舐め続けた。

馬の言葉はわからない、それでも離れたくないという意志を伝えているように感じた。

そんな時である。

 

「リンクちゃん、ちょっと馬宿へ行って火打ち石や松明といった物資を補給お願いできないかしら。これでリンクちゃんのお仕事は最後だから」

 

 依頼主であるラメラがこれから先へ進むための物資の補給を頼んできた。

これを断ることはできないのでリンクはいったん仔馬から離れて馬宿の所から必要な物資を調達する。

 

馬宿では松明は火打ち石といった旅に必要となる物資は無償で借りることが出来る。

ここから先はラメラ一人の為求められる量は多くはない。

すぐに必要な量を確保しラメラへと受け渡す。

 

「ありがとうリンクちゃん。これはお礼よ」

 

そう言ってラメラは袋をリンクへと渡す。

その中身は赤く輝く貨幣20ルピーであった。

何の冗談だろう、物資の補給をしたとはいえホンの5分にも満たない程の仕事だ。

 

「えっ、ラメラさん。これは一体…?」

 

「言ったでしょ?リンクちゃん。自分のルピーをどう使うかは勝手だって」

 

そう言ってラメラはウインクをしてみせた。

 

(ああ、この人には頭が上がらないんだろうな。)

 

「ラメラさん!サークサーク!」

 

仕事の間中々見せなかったとびきりの笑顔をラメラに向けた。

 

「うんうん、アナタの初仕事。見事だったわ。その仔馬を馬宿へと連れて行ってあげなさい」

 

どういう問題が起きるのかラメラは予測を立てていたのであろう。

だからこそリンクに必要なルピーを過不足なく正確に渡せたのだ。

 

「はい!それでは失礼します!」

 

そう言ってリンクは仔馬を引き連れて馬宿へと駆けていった。

 

「いらっしゃいませ!先程の方ですね?その仔馬の登録をしますか?」

 

先程の店主であるピアフェが笑顔で対応する。

 

「はい、お願います」

 

「かしこまりました、登録料は20ルピーになります」

 

「はい、20ルピーです」

 

迷いなくルピーを差し出すリンク。

その表情は晴れやかであった。

 

「ありがとうございます。登録された馬ですが、名前はどうされますか?」

 

「名前…」

 

「はい、彼は牡馬なので雄々しい名前を付けてあげて下さいね」

 

そうだリンクはこの馬をどう呼べばいいか考えないといけない。

リンクはこれまで君としか呼んでいなかったし、どういう名前がいいのか少し考え始めた。

 

(どういう名前がいいのだろう?エポナ…いやこれは雌馬の名前だ。中々思いつかないな…)

 

彼は自分と同じくゲルドを冠する者だ、やはりそれにちなんだ名前が互いにとっていいように思えた。

ゲルド馬特有の黒い肌、吸い込まれそうな程黒い瞳。そして自分と同じく燃え盛るような赤い鬣。

 

「…ドラグ…ドラグマイヤ…」

 

それは特に意識したわけでもなくフッと出た言葉。

何故だか妙にしっくりときた。彼も気に入ったのか肌を摺り寄せてくる。

 

「決めました、彼の名はドラグマイヤ。愛称はドラグでお願いします」

 

「かしこましました、それではドラグマイヤで登録いたします。連れて行くことが出来ない間は私共がお世話いたします」

 

「助かります、私は砂漠に行かないといけないのでドラグを預かってもらえませんか?」

 

「はい、ドラグマイヤは責任をもってお預かりいたします」

 

リンクはドラグにまた来るからそれまで馬宿でおとなしくしているんだぞと言い、抱きしめた。

ドラグもリンクの気持ちが伝わったのか、しばらく顔を舐めた後に頷いてピアフェに着いて行った。

 

「ラメラさん!サークサーク!」

 

リンクはラメラに向かって走っていきお礼を言った。

 

「その様子だと上手くいった様ね、良かった良かった」

 

「おかげさまでラメラさんのおかげです!」

 

「ふふっ、どういたしまして。さてと、アタイもそろそろ行かせてもらうわ。帰りも砂漠を渡る以上万全を喫すようにしないとだめよ?」

 

そういいながら、出発する準備を進めているラメラ。

彼女の行商の旅はここでは終わらない。

 

「色々とお世話になりました!お元気で!」

 

「リンクちゃんもね、それじゃあサヴォーク(さようなら)」

 

 

 ラメラを見送った後、リンクは少しだけ馬宿にいることにした。

薪の束や火打ち石といった物資はリンクにとっても補給する必要があったし、食糧も心許ない。

その間に馬宿を見て回るといった感じだろう。

 

「おや、お客様。先程の方と御一緒では無かったのですか?」

 

先程の店主、ピアフェが声をかけて来た。

ラメラと話している所も見ているのだろう。

 

「あ、はい。私はこれからゲルドの街に帰る予定ですので」

 

リンクは自分はゲルドの街に帰るつもりである事を伝える。

 

「そうでしたか、そう言えばもうすぐ演奏会もありましたね。お客様もご覧になってはいかがでしょうか?」

 

どうやら彼はゲルドキャニオンの馬宿の店主だけあって、ゲルドの街にもそれなりに精通しているようだ。

最もリンクとしても参加するつもりであるので鑑賞は出来そうにはないが。

 

「あ、でもちょうどその日は予定が入っていて見る事は出来そうにないんです」

 

せっかく提案していただいたのに申し訳なさそうに答えるリンク。

 

「そうでしたか…、代わりと言っては何ですがこれはどうでしょう?」

 

そういって彼が気を利かせて渡してくれたもの。

それはリンクが見たこともない曲の楽譜であった。

 

「こちらの曲も見事なものですよ、リト族の吟遊詩人の方が作って下さったのです。私達は書き写したものがあるのでお気になさらずとも大丈夫ですよ」

 

これは思わぬ収穫だ、姉のスルバも大いに喜ぶだろう。

曲の持ち主であるリト族の人にも了承は頂いているという事でありがたく頂くことにした。

 

帰る時の為に、馬宿で火打石や木の束を補給したリンク。

残るは食糧の問題だが中々当てが見つからない。

 

 砂漠ほど食べるものに困る訳ではないにしろ、食べ物が多い環境とは言えないのだ。

馬宿の老人ピルエにこの辺りで食べるものは自生していないかと聞いてみたところ、崖の上に生えるキノコがあると教えて貰った。

崖をよく見ると確かに紫色のゴーゴーダケというキノコが確認できる。

本当に高いところのものは難しいが比較的手が届く範囲のものだけ摘み取ることにした。

 

(まさか崖を登る技術が大事になるとは思わなかったなぁ…)

 

料理に使うと移動力が上がる効能があるらしい。取れる場所さえ何とかなれば、とてもありがたい食材だと思うリンクだった。

 

 しばらく休息をとった後、リンクはゲルドキャニオンの馬宿を出ることにした。

行きと違い道もわかっているので順調に進んでいく。

ゲルド砂漠の手前まで来たところで日も落ちてしまったので野宿をすることにした。

 

(今日もいろんなことがあったなぁ…明日は砂漠に入る。早いとこ寝てしまって体力を回復しないと)

 

色々とあったからであろうか、実は一人で眠ることは初めてなのだがそんなことに意識を向ける余裕もなく眠りに落ちていった。



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第11話 露見

 翌朝

 

 帰るためにもいよいよ砂漠を乗り切らないといけない。

昨日入手しておいたゴーゴーダケを使ったゴーゴー串焼きキノコは淡泊ながらもどこか落ち着く風味がありあっという間に平らげてしまった。

 

(なかなか美味しいキノコだなぁ。移動力も補えるし取れる場所だけが悔やまれるよ)

 

ゲルドの街への中継点でもあるカラカラバザールへと再び戻るリンク。

串焼きキノコの効果もあり快調に足が動く。

しかし、この料理には耐暑効果はないので体力の消耗までは避けられない。

ヒンヤリ煮込み果実が恋しくなってくる。

 

(あっつい…いくら早くつけるとは言っても、砂漠ではヒンヤリメロンを使った料理の方がいいかな…)

 

今ある食材は多少残っているゴーゴーダケとポカポカの実ぐらいである。

こんなに暑いところでポカポカの実なんて食べようものならあっという間に脱水症状で倒れてしまうだろう。

ゲルドキャニオンの馬宿は乾燥地帯なのか水も少なかった。

 

(食料などの資源は適材適所があるか…。仕方ない、体力的にきついけれど一気にカラカラバザールまで進んじゃおう。のんびりしてたら干からびちゃうよ…)

 

覚悟を決めたリンクは砂漠を駆け抜ける事にした。

理想を言えばヒンヤリメロンなどを使った料理と水を飲みながら進みたかったが、ヒンヤリメロンは持ってはいないし水も少ない。

なるべく砂漠にいる時間を減らす方針にしたのだ。

 

――

 

 カラカラバザール

 

(な、何とかついた…み、水が欲しい…)

 

 急ごうと決めたこととゴーゴーダケの串焼きによる移動力の上昇があったので行の時よりも2、3時間ほど早くオアシスへとたどり着いた。

今のリンクにとっては交易場ではなく豊富な水のある場所という事がとても大事だった。

 

(ああ、水がこんなに美味しいなんて思わなかった…。できる限りしっかりと水は持っておかないとな…。できる事ならルピーもある程度は持っておいた方が良さそうだ。)

 

オアシスの近くで体を休めることにしたリンク。

休めるとは言ってもゲルドの街までの帰る準備はしておく必要がある為、水を汲んでおくなどやることはある。

現在もルピーは全くないので宿泊は出来ない。

長い間走り抜けたので疲労だけでなくお腹も空いている。

 

「そういえば崖の上にキノコが生えてたみたいに、木の上にも何かあるかもしれないな。ちょっと登ってみよう」

 

お店で買うこともできない、略奪などもっての他だ。

リンクはこのあたりで食べられるものを探すために木の上に登ってみた。

 

(あっ、こんなところに実がなっている!いくつか頂いて行こう)

 

それはゲルドに街には売られてないが、この市場で売られているヤシの実であった。

こうやってなっているのか、だからカラカラバザールでも売っているのか。

ティクル姉ちゃんが喜ぶかな?いくつかはお土産にしようなど、色々とリンクは思案する。

 

調理したてのヤシの実の煮込み果実はココナッツオイルの濃厚な甘味が効いており滲みわたる気分だ。

空腹と疲れ切った体にとってそれは替え難い癒しそのものであった。

 

身体を癒している間にも時間は過ぎてゆく。辺りはすっかりと暗くなり、砂漠は荒涼とした表情を浮かべる。

リンクは料理をするときに使っていた焚火に当たり、体調が整うのを待った。

そして、真夜中になろうという時間帯に街へ向かって駆け出した。

 

(砂漠にはちょうどいいといえる気温はない。冷やすものが無くてポカポカの実がある以上、行動をするのなら夜にするべきだ。)

 

寒さ対策の物資だけがあるのならば、夜の砂漠の間に砂漠を抜けるべきだろう。

時間が経ち日が昇るにしても街へある程度進んでいれば熱砂のなか進む距離は少なくなる。

出発する前に調理したピリ辛炒めポカポカを食べておいた。

 

(ポカポカの実…ちょっと辛いから苦手だったけれど、こうして効果を実感するとありがたいなぁ。)

 

凍えるような寒さの中では温まる食べ物は本当に重要だ、厳しい環境では命にかかわる。

苦手だった辛さがちょっと好きになったリンクだった。

 

(砂漠に来てから走ってばかりだなぁ…もう足が痛いよ…)

いくら休憩をしたからといっても一日もたたずに走ったりすれば当然足への負担も大きい。

身体も成長しきっていない分、歩幅が小ささが拍車をかける。

 

――

 

 ゲルドの街

 

「おい、お前…ってリンクじゃないか!夜の間砂漠を突っ切ってきたのか!?」

 

街の門番をしているドロップが駆け込んでくるリンクを見るなり驚きの声を上げる。

始めは強引に侵入しようとする不届きものかと思っていたが、それにしては足取りは重く時折ふらついているように見えた。

 

リンクは夜の間、砂漠を走り続けゲルドの街へとたどり着いたのだ。

夜は明けかけており空は白んでいる。

 

「ドロップさん、ムリエータさん。サヴァサーヴァ…いやもうサヴォッタですかね?」

 

たどり着いた安心から微笑むリンクだったがその額からは汗が吹き出しているし今も膝が笑っている。

砂だらけで服もいたる所が汚れている。

 

「まったく無茶をする…。アタイが話を通しておいてやるからアローマさんの所でゆっくり休んでくるといい。ドロップ、少しの間ここをお願いしてもいいか?」

 

「任せておきな、早いとこビューラ様に報告しておくれ」

 

門番の2人が各々の役割を決め、リンクに休むように促す。

広大な砂漠を走って帰るとか無謀にも程がある。

足場は砂で覆われ思うように走れず、夜も昼も危険は気温だ。

魔物だって強靭なものが多く存在する。

 

「サークサーク、ムリエータさん。お願いしてもいいですか?」

 

「当たり前だ、報告が必要とはいえ過酷な砂漠を渡ってきた仲間に気を使わないゲルドなどおらん」

 

 彼女らはゲルドの街への正門入り口の警備をしている兵士だ。

ゲルドの掟に従い男性を街へ近づけない事と不審者を追い払うのが仕事である。

 

 Hotel Oasis

 

「ヴァーサーク…リンクちゃん!ボロボロじゃない!」

 

「オルイルさん…サヴォッタ。ちょっと砂漠を走って帰って来まして…」

 

 店の前で客引きをしていたオルイルはリンクが言い切る前に彼を背負いアローマのいる店内へと駆けていった。

色々と言いたいことはあったリンクだったが度重なる疲労と睡眠不足、そして安心感に加え負傷による負荷によって意識を手放した。

 

「オルイルどうしたのってリンクちゃん!こんな早朝ってことは…オルイル!早くベッドに寝かせておくれ!」

 

 オルイルはただの宿屋の主人ではない。

エステの達人なのだ。美容だけでなくリラクセーション、つまり疲労を取ることに関しても右に出るものはいない

彼女のフィンガーテクは美容だけでなく体力や持久力を一時的に引き上げる効果もある。

実用性も兼ねたこのエステはゲルドの街でも有名な場所となっている。

 

「筋肉が極度に疲労している…夜の間ずっと砂漠を走ってきたようだね。それだけじゃない、顔の痣…魔物相手に立ち向かいもしたみたいだ」

 

幸い時間が早かった為、アローマは疲労回復に努めることが出来た。

これが昼頃だととてもではないが客を放り出して付きっきりという訳にもいかない。

ゲルドの街において観光客にも住人にもとても人気があり、付きっきりでエステを受けられることはほぼあり得ない。

だがこれが非常にまずかった。

 

(これで背中は大丈夫、太ももの疲労もきっちり落とせた。でも、この子は…)

 

美容だけでなく疲労に対しても造詣の深いアローマは疲れ切っているリンクを癒した。

 

問題なのはその過程で身体の色々な部分を触らざるを得なかったという点。

 

(何てことだい…メルエナ…。リンクちゃんはヴォーイだったのかい…。)

 

アローマだってゲルド族だ。

100年に一度しか産まれないゲルド族のヴォーイの存在など伽話の中でしか聞いたことが無い。

そのいずれもが平穏とは無縁といっていい、激動すら生易しい程の時を過ごしていた。

リンクもすでに普通とはかけ離れた暮らしを始めている。

 

(性別をずっと隠し続け、両親も失った…。砂漠での護衛なんて大人でも命懸けの事をやっている…)

 

片手で持ち上がりそうな程小さなリンクがすでにこれほどの事を行っている。

もし、伽話で語られるような存在だというのなら…

 

(お願いだよメルエナ…。リンクを、姉達を守ってやっておくれ…)

 

――

 

 すっかりと日が暮れた頃リンクは目を覚ました。

あれ程砂漠を走り続け、暑さにも寒さにも削られ続けた体力だったというのにカラカラバザールから帰る時よりも体が軽く感じる。

ゲルド一押しのスポットは伊達ではないのだ。

 

「あ、アローマさん、サークサーク。何だか寝てしまったみたいで…」

 

街へ着いた時と比べれば軽くはなったとはいえ、それでも未だ身体は重い。

少しぼんやりとしながらもお礼を言うリンク。

 

「オルイルから聞いたよ、砂漠を走って帰るだなんて…こんな無茶はもうしないでおくれ」

 

頼むからこんな真似はしないで欲しい。

そう言い聞かせるように忠告するアローマの言葉が宙を舞う。

「アハハ…ゲルドの街がちょっと恋しくなっちゃって。次からは気を付けます」

 

リンクはそう言うが、それは無いだろう。

いくら恋しくなるからと言って、一晩中ゲルド砂漠を走る物好きはまず存在しない。

 

「フェイパとスルバにはさっき帰ってきたってことにしておきな。帰ってきてすぐに倒れたなんて聞いたらあの子達、泣いちまうよ」

 

呆れる様にリンクに言い聞かせるアローマ。

さっきの言い分では砂漠を走り続けていた事もばれるだろう。

娘2人が泣くのまではっきりと予想できる。

 

「何から何までごめんなさい。これからビューラ様の所へ今回の報告しなくちゃいけないけど、それが終わったら姉ちゃん達に逢いたいなぁ」

 

リンクとしては一刻も早く姉達の下へ帰りたいが、それはしっかりと帰ってきたことを報告してからだ。

いくら気を遣って先に報告してくれたとは言え、ここで報告を済まさないのはドロップさんとムリエータさんに申し訳が立たない。

 

「そうだね、早いところビューラ様の所へ行ってきな」

 

「サークサーク、それじゃあ失礼します」

 

そう言って駆けていくリンク。

できるだけ早く姉達の待つ家に帰りたいのだろう。

アローマは幼い彼を目の届く限り見守っていた。

 



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第12話 リンク、家に帰る

 宮殿

 

「来たかリンク。門番から軽い説明だけは受けている。だが護衛の詳細までは聞けておらん。できるだけ詳しく話せ」

 

 まずビューラは今回の護衛がどのようなものであったかの説明を求めた。

護衛を付けるのはゲルドの街始まって以来初めての事だ。

当然必要なものや気を付けることは行商とは違ってくる。

 

「はい、ビューラ様。まず今回の旅ではリザルフォスとの戦闘になりました。彼らは砂漠の砂に擬態しており不意を突かれたりしない様気を付けないといけません」

 

砂漠ではよく見かける魔物でありがちな言葉ではあったがビューラは真剣に耳を傾けている。

リンクは砂漠が初めてという事もあり、魔物に挟まれる前に討伐を選択したと続けた。

 

「―今回気になったのは相手が魔物であるという点です。相手が人であるのならば自分たちと同じように砂で足を取られると考えやすいのですが、彼らを自分達と同じ物差しで測ってはいけない。不安定な足場でも自由に跳び回るなど人間には不可能です」

 

「確かにその通りだ、ルージュ様からの忠告がちゃんと伝わっていたようで安心している。だが攻撃受ける前に気づけるとなお良かったな。これがもっと強い敵が相手だとその一撃が命取りになる」

 

やはりビューラは厳しい、それでもちゃんと心配もしてくれていた事も伝わってきた。

 

魔物の種族や上位種によっては一撃でも今のリンクにとっては致命傷になりうる。

そうでなくとも油断した、足場が悪かった、後ろから狙われた、その全てが死に直結する要素になりかねないものだ。

 

「今回気になったのは、食糧の問題でしょうか。馬宿へ送り届けた後、帰って来る時です。ゲルドキャニオンの気候は乾燥しており、あまり食糧や水が豊富にある訳ではありません。カラカラバザールかこの街で事前に大量に保持しておくか、馬宿からすぐに引き返すという選択になってしまうでしょう」

 

さてどうしたものか、ビューラは考える。

日にちをかけて砂漠を超える以上、水分や食料は外せない。

だが大量に持ち歩くのならば当然荷物は重くなるし、移動は遅くなる。

 

かといって資源が少ないのならば馬宿から文字通りとんぼ返りになってしまう。

とんぼ返りと簡単に言うが、砂漠へと引き返すのだ。消耗した体力であの場所へ戻るのは危険すぎる。

 

「とりあえず負傷と疲労を考えると、今すぐ護衛をさせる訳にもいかない。明日は休息日にするからきっちり疲労を落としておけ。…姉達とも会っておけよ」

 

仕事である護衛の話を済ませた後で、姉達と仲良くやるよう気を回すビューラ。

それとなく見せる彼女なりの思いやりである。

 

「サークサーク、それでは失礼します」

 

そう言ってリンクは走って行った。一刻も早く家族の待つ家に行きたいのだろう。

 

「…行ったか。魔物がリザルフォスだけだったのは幸運だったが…。良くこなせたものだ」

 

ゲルド砂漠には沢山の魔物がいる。モルドラジークを筆頭にリザルフォスの上位種やエレキースといった魔物が集団で襲いかかって来る事もあるのだ。

 

 だが自分があの歳で砂漠を渡りリザルフォスを撃退できたかというと難しい。

そもそもリザルフォスだって決して弱い相手ではないのだ。

訓練を積んだ兵士だって時間稼ぎをするならともかく倒すとなると厳しい存在である。

 

(困るな…他の者も護衛に出せるとよいのだが、他人を守りながら砂漠を渡り切れる強者はそうおらん。だからと言って私やルージュ様が出向くわけにもいかん。それ以外だと沢山の兵士が必要になってしまう。)

 

ゲルドの街だって完全に安全と言えるわけではない。

石壁を挟んだ先には砂漠が広がり、敵が襲いかかって来た事だって一度や二度ではない。

街を支える行商の為に街が、住んでいる民や行商人達が無防備になっては意味がない。

 

(仕方ない、兵士達にはより一層強くなってもらわねばならんな。)

 

この日の訓練は地獄だったと隊長チークと部下達は語っている。

 

 リンクの家

 

「リンク!帰って来たんだな!お帰り!」

 

「お帰りリンク、護衛のお仕事お疲れ様。今日はあなたの好きな料理にしてみるわ」

 

「フェイパ姉ちゃん!スルバ姉ちゃん!ただいま!」

 

久しぶりの我が家だ。正確には数日前にはいたのだが、彼にとってはやっと帰って来たと感じた。

これほど家から離れたのは初めてだから仕方がない。

 

真っ先にフェイパが駆け寄って抱きしめ、スルバがリンクの頭を撫でる。

まだまだ甘えたい年頃なのだ。

 

「塀の向こうはどうなってた!?せっかくだからいろいろと教えてくれよ!」

 

「こらフェイパ!リンクは疲れてるんだから後にしなさい!」

 

「わ、悪かったよ…。リンク、ごめんな」

 

「もう…、今から作るから待ってて」

 

いつものやり取り、フェイパが盛り立ててスルバが嗜める。

それがとても暖かくじんわりと心に入って来る。

 

「大丈夫だよ、フェイパ姉ちゃん。サークサーク、スルバ姉ちゃん」

 

 今日の料理はチキンピラフとホットミルクだった。

鶏肉のダシがハイラル米に溶け込んで一粒一粒美味しく頂ける。

添えられている卵に隠し味のヤギのバターがありがたい。

食べ慣れて来たころにホットミルクで温まりつつ味覚を変えられるのもポイントだ。

 

「美味しいよ、スルバ姉ちゃん!お代わり!」

 

「あ!アタイが先だぞリンク!お代わり!」

 

迷うことなくお代わりをするリンクとフェイパ。

リンクにとってはこうやって落ち着きながらしっかりと食べるのは旅の前以来だった。

 

環境や身体能力に関係する作り方ならばもっと簡易的なものの方がいいのだろう。

決められた材料に絞るのが良いのだろう。

 

 だがそれは短期的にみたらの話であるし、栄養だって偏ってしまう。

何といってもまだまだ子供の彼らは成長していかなければならないのだ。

 

「ごちそうさま!美味しかった!」

 

「うんうん、お粗末さまでした。リンク、疲れてるだろうし今日はもう寝る?」

 

「大丈夫だよ、これスルバ姉ちゃんにお土産!」

 

そう言ってリンクは馬宿で貰った楽譜を渡す。

 

「えっ、リンク。これどうしたの!?これプロが書いた本物の楽譜よ!?」

 

スルバが楽譜を読みながら驚きの声を上げる。

プロ直筆の楽譜となれば大変貴重なものであるので無理もない。

 

「おいスルバ、それ本当なのか?めっちゃ貴重なもんじゃねーか」

 

流石に気軽に手に入る代物ではないとわかっているのでフェイパも興味津々だ。

 

「私がこんな勘違いするわけないでしょ。明らかに専用の用紙に細かい技術的な注意書きが施してある…。間違いなく一流の音楽家のものよ」

 

そういうスルバの目線は机に広げた楽譜にくぎ付けでうっとりとしている。

早くも指先は曲の練習をするように動かしているようだ。

 

「なんだかゲルドの街へ帰るっていったら、馬宿の店主にリト族の人が書いたこれをあげるって言われて。こっちでも控えてあるから心配いらないよって」

 

「ナンちゃん達のお父さんだ…。世界各地を飛び回っている吟遊詩人の…」

 

ナン達というのは今年スルバ達と共に演奏会をするリト族の女の子達だ。

リト族は男性は弓を扱う戦士として、女性は音楽を愛する歌い手として暮らすものが多い。

ゲルドの街はヴォーイ禁止の為、彼女達の父も入ることが出来ない。

 

なお、その父は娘達にあまり懐かれていない。

世界各地を飛び回っている分、娘達の世話は妻に頼まざるを得なかったからである。

 

この演奏会はそんな娘達に対し自分のできる名誉挽回のチャンスだと意気込んでいたのだが、入れないと聞き膝から崩れ落ちたことを記しておく。

 

「リンク!アタイには何かないか!?スルバだけこんないいもんあげるとか、ずりーぞ!」

 

思いがけずにいいものが手に入ったスルバ。

こうなるともう1人の姉であるフェイパだって欲しくなるものだ。

 

「とは言っても、そんなに詳しい訳じゃないから…。あ、このクリームとかどうかな?美白に見せることが出来てサラサラなんだよ!」

 

そう言ってリンク自身もカラカラバザールで使っていたクリームをフェイパに渡す。

 

「あ!これ、カカリコ村限定の美白クリームじゃん!ゲルド族でもハイリア人みたいな白い肌が楽しめるんでスゲー人気なんだぜ!」

 

興奮気味にここまで言い切ってフェイパは慌てて取り繕おうとする。

 

「ま、まあ恋愛教室に通ってる先輩から言われたんだけどな。ちょっとはこういうのにも興味を示せって…」

 

本人は隠せているつもりでもスルバにもリンクにもバレバレである。

ついでに言うとティクルにだってバレている。

 

「フェイパ姉ちゃん。もしかしていらなかった…?」

 

しょんぼりと肩を下ろすリンクに焦るフェイパ。

 

「い、いやいやいやめっちゃ嬉しいけどホントにいいのか!?ここいらでは手に入らない激レアなものだぞ!?」

 

「うん、僕としてはやっぱり姉ちゃん達が使うほうがいいと思うし」

 

「そういう事ならありがたく使わせてもらうぜ。サークサーク」

 

白い歯が見えるほどの笑顔を見せるフェイパ。

もっと素直に喜べばいいのにと思うリンクとスルバだった。

 

「そういえばリンク。何だかあなたも使ったみたいな感じで言ってたけれどどうしたの?」

 

奇妙に思ったのかリンクに尋ねるスルバ。

外へ出向くとき着飾ったりはするが、どちらかというとそれは自分達が着せ替えるからだ。

自分から進んで着こなしたりはしない。

 

「あー、カラカラバザールに行った時にね。ゲルド族の子供が外にいたら不審に思われるって」

 

「「あー…」」

 

想像できてしまった、掟によって基本的に外にはいないゲルド族の子供が街中にいたらそれは不審に思われる。

苦肉の策だったのだろうが、女装させて外に出すのは何とも忍びない。

おまけに事実上の化粧までさせている、リンクが何かに目覚めてしまわないか心配する姉達であった。

 

 

「うーん、何だか眠くなってきちゃった…」

 

安心したからか、満足のいく食事が出来たからか眠気が襲ってきたのだろう。

瞼が下がって来たリンク。

 

「きっと色々と疲れが出たのよ、ゆっくり休んだ方がいいわ」

 

「土産話なら別に今日じゃなくてもできるしな。今日ぐらいよく眠ろうぜ」

 

過酷な旅に出ていたのだ、休んだ方がいいとスルバは促し、フェイパが追従する。

 

「姉ちゃん達、今日はもう寝させてもらうね?サヴォール」

 

「「サヴォール」」

 

いつもより早めにリンク。

元々眠るのが大好きなうえに、今回の護衛は規則正しく睡眠をとることが出来なかったので生活リズムを戻す意味もある。

 

「…寝ちゃったね」

 

「そうだな」

 

リンクが寝たことを確認した後、2人は声を落として話を続ける。

 

「ルージュ様やビューラ様。アローマさんやオルイルさんが助けてくれているおかげで何とかなっているけれど。やっぱり不安だわ。護衛の仕事は危険だもの」

 

リンクを見つめるスルバの表情は浮かないものだ。

それでも必要なものでもあるともわかっている。

思うようにはいかないものだ。

 

「…だな。リンクのやつ気を使って言わなかったけれど、顔の痣や砂や泥で汚れた服を見れば嫌でもわかる」

 

フェイパだって気が付かなった訳では無い、リンクが相当に無理をしていることぐらいお見通しだ。

 

 護衛の仕事はとても危険である。だからこそ子供であるリンクにとっても破格の報酬が与えられている。

実際に大人達が助けてくれているのもわかる。

だがそれでも危険な仕事であることは変わりない。

現にこうして傷ついて帰って来られては思うところだってある。

 

「私達が止めたってきっとリンクは止まらないわ。いろんな理由はあるかもしれないけれど」

 

「アタイ達を守るため…だよな」

 

リンクの事がよくわかるだけに彼が止まるつもりも無い事もよくわかる。

故に辛いものだ。

 

「それが一番の理由だと思うわ」

 

「スルバ、あんまり思い詰めるなよ。アタイにとってはスルバだって大事な家族だ。明日は思いっきり楽しむぞ」

 

フェイパはいつもと違った表情でスルバを励ます。

彼女なりにスルバを気遣っているのだ。

スルバだって大切な家族なのだから。

 

「サークサーク、フェイパ。あなたも本当に優しいわ。明日はティクルと一緒にお話でもしようかしら」

 

わかっているからスルバも礼を言う。

少しでも気持ちを楽にするためティクルも交えてリンクの話を聞くつもりのようだ。

 

「お、それいいな。アイツの作るイチゴは本当にうめえからな」

 

冗談半分、本気半分といったところだろう。

今は気持ちのリフレッシュが重要だ。

 

「ふふっ、ティクルを何だと思っているのよ。そのまま食べても美味しいけれど料理とかも作ってみましょう」

 

スルバが微笑む、手料理も振る舞うつもりのようだ。

楽しく美味しい1日になりそうだ。

 

「いいねぇ、それじゃ早く寝ようぜ。明日は色々やってみたいし、寝坊なんてしたらそれこそリンクに笑われるぞ」

 

「それもそうね、サヴォール」

 

「サヴォール」

 

疲れはある、不安もある。それでも暖かいと言い切れる家族の触れ合いが確かにあった。



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第13話 外の世界はどんな風?

アンケート投票ありがとうございます。

集計の結果、作者の好きにしようと思います。

という事で年齢は4歳から7歳に変更しようと思います。
これ以上あげてしまうとプロット全部書き直しをしないといけないので…


 宮殿

 

「まさかここに来ることになるとはのう」

 

 ルージュは宮殿にあるゲルド族の資料室にいた。

その中でも禁書と呼ばれる欄に視線をむける。

宮殿は代々ゲルド族の長が住んでいる場所だ。街中では手に入らない貴重な資料やゲルド族にとって好ましくない事が記されている書物だって存在する。

 

「ゲルドのヴォーイに関する資料は…これか」

 

 ゲルド族に男が産まれなくなってかなりの時が立つ。

それに加えてゲルド族の最後の男はハイラル全土を時代を超えて恐怖に陥れる厄災をもたらしてしまった王であったらしい。

より詳しい情報を集めるために禁書の棚から調べ上げているのだ。

 

「ゲルドのヴォーイは代々王になる掟があり、王である以上記録は確実につけられておるか…」

 

資料の中には様々な男のゲルド王がいた。

100年に1人しか生まれないと言われたヴォーイだ、記されている年代はとても離れている。

どれもこれもが王として記されるであろう代わり映えしない内容であったが、最後の王だけは一線を画していた。

 

「ん?もう最後の王なのか?まだ半分も読んでおらんというのに…」

 

先程、様々な男のゲルド王の記録と書いたがある意味で合っており、間違ってもいた。

彼の前では他の王など前座に等しかったのだ。

 

「な、なんじゃと…。盗賊王、ガノンドロフ…」

 

その名前だけで先を調べる必要すらなかった。

このハイラルに住んでいてガノンの名前を知らないものは絶対にいない。

それこそ生まれて来たばかりの赤ん坊とかぐらいだ。

 

伽話で語られる厄災ガノンの元となった人物だ。

出身がゲルド族らしい程度の信憑性ですら常に負い目になってしまう領域の存在。

舌に絡めとられるような不快感がルージュを包む。

 

「…これは後日読むとしよう。ここで読むには長すぎる」

 

5分もしないうちにルージュは読むのをやめた。

あまりにも衝撃的過ぎて、族長としての仕事とあの日以来、行っている訓練で疲れ切った状態で読むことに耐えられなかったのだ。

 

 

 翌日 リンクの家

 

「フェイパ姉ちゃん、スルバ姉ちゃん。サヴォッタ!」

 

元気いっぱいといった様子で挨拶をするリンク。

今日は訓練もない、久々にみんなで休日を満喫できるのだ。

 

「お、リンク!サヴォッタ!」

 

「リンク、サヴォッタ。朝食できているから食べちゃいなさい」

 

フェイパとスルバが挨拶を返し、各々が食卓に着く。

 

朝食は恒例のヒンヤリ煮込み果実だ。

手軽且つ暑さへの効果が期待できる料理だからだ。

また、ゲルドの砂漠でも取れる果実でもある為これを朝食に食べる家庭も多い。

 

「御馳走様、今日はどうするの?」

 

「そうだなー、午前中はティクルの所へ行くつもりだ。午後からは演奏会の練習だな。せっかくいい楽譜も手に入ったしな」

 

スルバの疑問に予想外に反応したのはフェイパだ。

彼女が演奏会の練習を提案する事は非常に珍しい。

 

「フェイパ姉ちゃん?大丈夫?熱でもある?」

 

余りの異常事態にリンクが心配する。

 

「リンク、アタイを何だと思ってるんだー?」

 

ちょっと悪い顔をしながら頭をぐりぐりと押さえつけるフェイパ。

 

「わー!フェイパ姉ちゃんゴメンなさーい!」

 

口ではそう言っていても振り解こうとはしない。

何だかんだこのやり取りを堪能しているリンクであった。

 

「はいはい、そこまでよ。ティクルの所に行くのなら色々と準備ぐらいしなさい」

 

スルバに言われてだらだらと準備をする二人、流石に休日まできっちりと動きたくはない。

 

――

 

「リンクちゃん!帰って来たのね!フェイパもスルバもサヴォッタ」

 

ティクルはいつも集まる場所で3人を迎え入れてくれた。

リンクが街の外へ出かけていたことは彼女も知っている。

 

「ティクル姉ちゃん。いつも美味しいイチゴをサークサーク!これお土産!」

 

そう言ってリンクはヤシの実を渡す。

あまり貴重ではないかもしれないが、あんまり高価なものを渡しても相手も困ってしまうだろう。

 

「あら、ヤシの実ね。懐かしいなぁー」

 

ヤシの実を受け取ったティクルの反応はリンクにとって不思議なものであった。

 

「えっ?ティクル姉ちゃん知っているの?」

 

気になったのでそれとなく尋ねてみるリンク。

 

「そうね、ちょっと前まではこのゲルドの街でもヤシの実があったのよ?」

 

「あー、そういえばいつからか無くなってたなー。なんでだ?」

 

少し前まではゲルドの街にもヤシの実が実っていたと教えてくれるティクル。

これには疑問に思ったフェイパが続きを促す。

 

「あれは意図的に花を摘んで実が出来なくしているの、観光客に落ちてきたら問題だもの」

 

ティクルがその質問に答える、どうやら意図的に出来ない様に工夫をしているらしい。

 

 以前はヤシの実がなっていたらしいが、ここはハイラル最大の交易場。

ナボリスの危険性もなくなった今、それまで以上に人の出入りが増えている。

 

人が密集する場所で数メートルの高さから堅いヤシの実が落ちて来ようものなら事故になりかねない。

だからこそ安全性を確保するために実をつけない様ヤシの花を摘んでいるのだ。

 

「それでも何年も見てないし、食べてないわ。リンクちゃん、サークサーク。せっかくだからこれあげるね」

 

そう言ってティクルが渡したものは黄色く何枚もの花びらからなるヤシの花だった。

 

「おいティクル、なんでそんなのあるんだよ?」

 

「うちが何を売っているか知っているでしょ?ただむやみやたらに花を摘んでしまえばいい訳じゃないのよ?それにね、リンクちゃん。花言葉って知ってる?」

 

ティクル母親であるベローアはフルーツを売って生計を立てている。

その為、フルーツに関する知識もおのずと蓄積されるのだ。

 

「え?何それ?花がしゃべるの!?」

 

どうやらリンクには花言葉がどんなものなのかわからなかったらしい。

喋ると思ったようだ。

 

「そういう訳じゃないけれど、花に込められた意味合いみたいなものかな?」

 

そう言って、ティクルはリンクの赤髪に黄色い花を添える。

燃え上がる大地に咲いた穏やかな太陽のようであり、1輪のオアシスにも見える。

 

「この花に込められた意味はいくつもあるけれど代表的なものは《家族愛》よ。あなたたちはいつでも仲が良くてちょっと妬いちゃうわ」

 

ティクルには姉妹がいない。

口には出さなかったけれど、姉妹で遊ぶリンク達が羨ましかったのだろう。

 

「《家族愛》か…なんかカッコいい!ティクル姉ちゃん、サークサーク」

 

リンクもこの言葉を気に入ったのか、花飾りを身に付けてくるりと回ってみせた。

姉達が気合を入れてリンクを色々と仕立ててゆくから不思議な程様になっている。

 

「ふふっ、そういえば街の外はどんな感じだった?大人から聞くことはあるけれどリンクちゃんの感想が聞きたいな」

 

ティクルとしても街の外の事をリンクに聞いてみたいのだろう。

先程までの話を切り上げて改めて彼女に尋ねる。

 

「そうだぞリンク。アタイ達だってまだ聞いてないんだから色々と教えてくれよ」

 

本当は昨日の段階で知りたかった内容だ。

フェイパも興味津々である。

 

「うーん、色々あったけど、まずはカラカラバザールの話かなぁ?ここはヴォーイを中心とした活気ある市場だったよ。一日で行ける距離だったけれど並んでいる商品は全然違ったんだ!」

 

 リンクの話す内容に食いつく3人。

みんなまだ外を知らない為、こういう情報は耳で聞くしか方法がない。

特にゲルドの街では見かけることのないヴォーイなどどんな姿をしているか、どういう人なのかはせいぜい父親から想像する事しかできないぶん意識もする。

 

「はぁー、そんだけ近いのに品物は違うのか。例えばどんな違いがあるんだ?」

 

「そうだねー、まずフルーツ屋だけれどこっちでも見かけないフルーツが売っていたよ。ヤシの実だけでなくツルギバナナっていう果物も売っていたんだ。一部の人に大人気らしいよ?料理に使うと力がみなぎるんだって」

 

「エメリおばさんのお店だ!ヤシの実だけでなくツルギバナナも売っているのね!この辺りだとどこに行けば生えているのかな?」

 

やっぱりあの時、紹介してくれていたのはベローアさんのお店だったんだ。

ティクル姉ちゃんの話で確信が持てたリンクであった。

 

「ティクル、知り合いなの?」

 

「母様の姉様よ。ごくまれにゲルドの街にも帰って来るの。色々な話をしてくれる優しいヴァーイよ」

 

スルバの質問に答える笑顔でティクル。

伯母であるエメリとは仲がいいらしい、街の外の事を聞いているようだ。

 

「そういえば、ティクル姉ちゃんの所のお店もよろしくって言っていたなぁ。後はゲルド語が上手とも言ってくれたよ」

 

「うん?それおかしくね?いくら何でもゲルド族がゲルド語がうまいなんて普通言わねえだろ」

 

リンクのゲルド語が上手とはおかしな話だ。

いくら子供とは言えゲルド族に言う内容ではないだろう。

 

「あー、僕化粧して貰ってたから…。街の外でゲルド族の子供がいたら怪しまれるって…」

 

「「「あー…確かに…」」」

 

事情が事情だけになんとなく察してしまった3人。

特に姉達2人はリンクが男であることを知っているだけに何とも複雑な表情をしている。

 

姉達の趣味と彼の実利が備わっているとはいえ女子力が上がってゆくリンクに思うところはある。

 

「そ、そうだ!他にはどんなものが売っていたんだ?」

 

これ以上は変な空気になる。

そう思ったフェイパが他に売っていたものを聞き、話を切り替える。

 

「そうだねー、よろず屋さんは基本的に焼いた肉や魚を売っていたんだけれど。それ以外にも魔物の尻尾まで売っていたよ」

 

「「「ま、魔物!?」」」

 

「うん、あれはリザルフォスの尻尾だったかな?そのままでは食べられないけれど虫と一緒に煮込むと薬ができるんだってさ」

 

「「「えぇー…」」」

 

 まだまだ年頃の少女である3人とも顔を引きつらせている。

いくら効能があっても虫や魔物の薬なんて流石に使いたくはない。

リンクから聞くすべての話が知りたい情報とは限らないのだ。

 

「あ、宿屋ではコッコっていう鳥の羽毛を使ったベッドがあったよ。とっても暖かくて軽かった!」

 

思い出したかのようにポンと手を叩き話題を増やすリンク。

このゲルド砂漠ではコッコを飼育できないだけに貴重な情報だ。

 

「コッコというと卵を産む鳥ね。チキンピラフで使ったあれよ。羽毛をそうやって使うんだ…」

 

料理にも詳しくなって来たスルバがその内容に食いつく、鳥の羽は料理に使えない為どうするかは気になっていたようだ。

 

 

「やっぱ羽って暖かいんだな。そういえばリト族では生え変わった羽毛を使って防寒具を作るってナン達が言ってたっけ?」

 

誰とでもフレンドリーになれるフェイパがリト族の子供達からそんな話を聞いた事があると答える。

勉強は嫌いかも知れないがこういう知識を知っている時もあるのだ。

 

「へぇ~、防寒具にもできるのかぁー」

 

リンクにはナン達との面識はない。

正確には会った事はあるのかもしれないが、そう何度も会えるわけではない。

加えて数年前となるとリンクの物心がつく前という可能性も相当に高いのだ。

 

「それでその後はどうしたの?」

 

「そうだねー、その後はカラカラバザールを出てゲルドキャニオンの馬宿へ向かったんだ。砂漠の途中でリザルフォスが擬態しながら奇襲をかけて来たのは焦ったなぁ」

 

「ええっ!それ大丈夫だったの!?大人の兵士でもかなり危ないって聞くけど!?」

 

「もちろん!…って言いたかったんだけど結構危なかったなぁ。さっきも言ったけど擬態してたから近くにいることもわかりにくいし、砂漠の砂で足を取られるからね。リザルフォスはそんなのお構いなしに移動してくるんだ。そういう意味では人と魔物は違うって言えるのかも?」

 

そうやって魔物との戦いを説明していくリンク。

初めての魔物相手だったため色々と熱が入った説明だ。

だがリンクが熱く語っているのと対照的に姉二人の表情は青ざめて沈んでいく。

 

「リンクちゃん、ティクルお姉ちゃんと約束して欲しいわ。もっと自分も大切にして欲しいの」

 

ここでティクルがリンクの話にそっと入り込んだ。

さりげなくバランスを取ったり気配りのできるヴァーイの鏡と言えるだろう。

 

「護衛についてはよくわからないけれど危険な仕事だと思うし、フェイパもスルバも口には出さないかもしれないけれどその辺りは心配している。大事な人が傷つくというのはとっても辛いことなの、リンクちゃんが全部背負う必要はどこにもないのよ?」

 

自分達の大切な弟があわや命を落とすかもしれない話などとても聞けたものではない。

ましてやフェイパもスルバもちょっと前に両親を亡くしている、その辺りを察してかティクルはリンクに諭すように優しく説明した。

 

「ティクル姉ちゃん…うん。もっと自分も大事にしてみる。お姉ちゃん達を心配させたくないから」

 



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第14話 イチゴクレープは甘く重たい

閲覧数1000達成ありがとうございます。
これからもお付き合いいただければ幸いです


 リンクも耳を傾けてくれたようだ。

ティクルも胸を撫で下ろし、一息つく。

理由が姉達によっているのが彼らしい。

 

「ティクル、サークサーク。気を遣わせちゃったわね。―さてと、せっかくだからデザートでも食べてリフレッシュしましょう!イチゴを借りてもいいかしら?」

 

スルバが言いたかった事を代わりに言ってくれたティクルに感謝を示し、デザートを作るつもりの様だ。

態々イチゴを使うという事は、ゲルドの街では食べられないお菓子である可能性が非常に高い。

期待が持てそうだ。

 

「もちろんよ、どんなお菓子ができるか楽しみね!」

 

「その為に色々と持ってきたのか。フレッシュミルクやきび砂糖、トリのタマゴって事は…最近練習してたあれを作る気なんだな」

 

フェイパが言うように練習をしていたのか流れるような手つきで調理をしてゆくスルバ。

このデザートは使う食材が多く中々に難しい。

 

フレッシュミルクでほぐしたタバンタ小麦にタマゴを加え、きび砂糖で味を調える。

ダマなく解したそれを薄く焼いてゆき並行してクリームを作ってゆく。

最後にメインであるイチゴを生地に乗せクリームで彩るとイチゴクレープの完成だ。

 

「凄い、スルバ!いつの間にこんなお菓子を作れるようになったの!?」

 

ティクルが予想したデザートという方向性は的中していた、だが予想以上に美味しそうな甘味が出来た為たいそう驚いている。

 

「スルバ姉ちゃん、とっても美味しそうだよ!こんなお菓子初めて見た!」

 

「本当に最近よ、リンクになんでも支えて貰う訳にはいかないしね」

 

2人のやり取りからリンクが外へ出ている間に練習したのだろう。

普段から一緒にいる彼に気付かれないとなるとそれぐらいしか考えられない。

 

「まったく、練習に付き合わされたアタイの気持ちにもなっておくれよ…。おかげでちょっとお腹周りが―」

 

「あっ」

 

「?どうしたの?フェイパ姉ちゃん?」

 

フェイパがらしくない遠い目をしたところから多感なティクルも察してしまった。

ゲルド族伝統の露出の多い衣装がこの時ばかりは恨めしい。

これに関しては流石にリンクに察しろというのは無理ではあるが。

 

「ま、まあ。味の方は保証するわ。私からのお礼よ、ティクル。みんなで美味しく食べましょう」

 

自覚はあったのかスルバもそれとなく話の内容をすり替える。

クリームやフルーツは鮮度が命、早めに食べるほうがいい。

 

「「「「それじゃ、いっただっきまーす!」」」」

 

みんなこぞってデザートを食べる。

しっとりとしつつモチモチとした食感の生地に甘酸っぱいイチゴの風味が口に広がる。

その上酸味だけの主張にならない、甘みの強いクリームに癒されること間違いない口へと運ぶ手が止まらない。

 

「これ美味しい!お店に出しても文句ないレベルよ!?」

 

初めて食べるティクルがクレープに舌鼓を打つ。

いつの時代もどんな種族でも甘いお菓子が好きな女性は多い。

ましてやここは女性のみ(リンクを除く)が暮らしているゲルドの街だ。

人気が出ても不思議ではない。

 

「イチゴってこんなデザートも作れるんだね!いっぱい食べれそうだよ!」

 

「畜生…。ホントうめえ…食べるのが止まらねえ…。きっちり動いて消費もしないと…」

 

リンクが沢山食べられそうなことに満足し、フェイパは後の事を考えると悲しくなりながらも食べるのをやめない。

気が付けばあっという間に無くなっていくクレープ、甘いものは別腹とは言うように普段食べることのできない貴重なデザート各々のお腹の中に納まっていった。

 

「ふふっ、お口に合ったみたいで嬉しいわ。ティクル、これベローアさんの分も作ってあるからね?」

 

「サークサーク、母様の分まで作ってくれてるなんて嬉しいわ」

 

スルバはクレープの出来に満足し、お世話になっているベローアにお土産を用意していた。

ありがたく頂くティクル、先程の味からしてこれはいいお土産になりそうだ。

 

「…さて、リンクの話の続きを聞こーぜ。まだ行きの途中じゃねーか」

 

「そうだね、それじゃあカラカラバザールから一日かけて砂漠を抜けたんだ。その先にはゲルドキャニオンっていうおっきな岩で囲まれた谷があったんだよ!」

 

フェイパに促され説明を続けるリンク。

カラカラバザールの先にある渓谷、ゲルドキャニオンの話をする様だ。

 

「た、谷!?でっかい岩って…このゲルドの街の岩以上かよ!?」

 

ゲルドの街の床や建物は岩でできている。その頂上には水の通り道が整備されており街全体を潤す構造となっている。

 

「うん、初めは信じられなかったけれど。あの大きさだと街全部が入っちゃいそうだったよ!砂漠の外は初めての経験だったんだけど砂漠と比べると昼は寒いし夜は暑かった。あんまり気温が変わらないってホントだったんだね!」

 

「外の気候は砂漠慣れしていると厳しそうね…外では眠ると汗かいちゃうそう」

 

ゲルド族は眠る時に毛布などを使わないものもいる。

ティクルもそのうちの一人だ。

それぐらい寒さにも強い民族だが、その分慣れない夜の暑さには参るのだろう。

 

「その谷の中で一晩明かした後、初めて見たんだ!赤い鬣を持った黒い馬を!」

 

「「「馬!?」」」

 

 今現在馬に乗るゲルド族は聞いた事がない、砂漠では移動に使えないし育てていける環境でもないからだ。

更に加えて言うのなら砂場での高速移動はスナザラシがいる為需要が少ないのだ。

 

「リンクちゃん!馬ってどんな生き物なの!?私知らないわ」

 

ティクルが興奮気味にリンクの話に食いつく。

 

「えーっとね、四本足で歩く背中に乗れそうな生き物だったよ?まだ子供だったらしいから乗らなかったけれど。ゲルド馬って言われる貴重な馬だったらしいよ?」

 

リンクは自分なりに一生懸命説明した。

ただし、その仔馬の為に全財産をはたいた事は伏せておいた。

砂漠へと帰る時に無理をしてたことがばれると思ったからだ。

 

「そういえばお伽話では馬が出てくる作品もあったわね…。ゲルド族もかつては馬に乗っていたのかしら?」

 

3人の中では比較的物知りなスルバがかつてのゲルド族に思いを馳せる。

 

「うーん、お姉ちゃん達程はおとぎ話に詳しい訳じゃないからなぁ…。でもいつかは一緒に走ってみたいなぁ!」

 

「違えねぇ!アタイだって乗ってみたいぜ!」

 

乗せてもらうのはアタイが一番だ!

いやアタシよ!

私だって乗りたい!など誰が最初に乗せてもらうかわいわいと言いあっている。

リンクに乗せてもらう事は確定の様だ。

 

「その時は一緒に乗ろうね!どこまで言ったっけ?あっ、そうそう馬と一緒にゲルドキャニオンの馬宿まで行ったんだ!とっても大きいテントの中で暮らしているんだ。そこに住んでいる人達、職員といったほうがいいのかな?見たこともない帽子や服を着こなしていたんだ!」

 

馬宿の人々について説明していくリンク。

自分達とは異なる文化を持つ人の話だ。3人とも興味津々に聞いている。

特に御洒落なんて興味ないとバレバレの嘘をついているフェイパの反応はものすごい。

 

「だよなリンク!デールの包みこまれるような暖かさもいいし、マルガェのおしゃれなデザインもいいもんだ!あ、!帽子にはビーズを忘れるなよ!?どっちかといえば晴れ着仕様の方が好きだ!」

 

「フェイパ姉ちゃん。僕より詳しいね」

 

何故実際に見てきたリンクよりも、見たことがないフェイパの方が詳しいのだ。

色々と突っ込みどころしかない彼女の反応であった。

 

「あ、いや。そ、そうだ!ちょっと書物で勉強した時に載ってたんだよ!アタイとしては悪くはないかなって程度だけどさ!?」

 

「ま、そういうことにしといてあげる」

 

そう言いながらスルバはニコニコと笑っている。

ティクルも微笑んでいる。

慌てて隠そうとしているがあれで隠せているつもりなのだろうか。

 

「な、なんだよ。スルバどころかティクルまで。ア、アタイは御洒落になんて興味ないんだからな!?」

 

「それで馬宿では名前が示すように馬を預けることが出来る施設だったんだ。仔馬も僕に懐いてくれてたし、また会いたかったから登録してきちゃった」

 

「え!?あの仔馬リンクちゃんの馬になったの!?私が街の外に出られる頃になったら乗せて欲しいわ!」

 

さらっと自分の馬として登録したことを告げるリンク。

いつか馬に乗せてもらうという目処が立った訳である。

 

「私達も乗せて欲しいわね。せっかくあんな素敵な曲を貰ったんだから」

 

ここでスルバが馬宿で貰って来たという曲について話を持ってくる。

正確には楽譜であるが、もうバッチリと読み込んだらしい。

 

「え?スルバ姉ちゃん、まだあの曲弾いてないでしょ?なんでわかるの?」

 

「楽譜と注釈がこれでもかと書いてあれば特徴ぐらいは掴めるわ。これ程完成度の高い曲をならきっとリンクだって気にいる筈よ」

 

「まったく、音楽の事になるとさらっととんでもねえこと言いやがる…」

 

当然でしょと言わんばかりのスルバに、手で額を抑え呆れる仕草をするフェイパ。

 

「あはは、ねえこの後は演奏会に向けて練習するんでしょ?私も参加してもいいかな?その曲聞いてみたいの」

 

「もちろんよ歓迎するわ。それじゃあ早速行きましょうか」

 

ティクルの提案に乗り、演奏会の練習として馬宿で手に入れた新曲を聞いてみる事にした4人。

一刻も早く弾いてみたい、聞いてみたいとウズウズしているスルバ。

 

落ち着いている様に見えて、音楽の事となるとすぐに動くのが彼女なのである。

ティクルの手を取って練習場へと連れて行ってしまった。

 

「相変わらずだなぁ、スルバ姉ちゃん」

 

「仕方ねぇよ、演奏会までそう時間もないからな。元々音楽に強いリト族が、ナン達の親父さんの指導でさらに上達していると思う。好きな分野で悪目立ちなんてそりゃ嫌に決まってるさ」

 

 

フェイパの言い分にも納得したリンク。

ここで油を売っている訳にもいかないので、彼らも練習場へと足を運ぶ。

 

「二人とも遅いわよ、さてとさっそくみんなで演奏してみましょう。まずはみんなにこれを渡しておくわ」

 

そう言ってスルバが渡してきたのは先程の曲が書かれていた楽譜である。

どうやら昨日の段階でみんなで練習するために準備しておいたらしい。

 

「おいスルバ。なんでこの楽譜が人数分もあるんだよ。昨日リンクに貰った曲、前から持ってたのか?」

 

フェイパの疑問も最もだ、これだけの量があるのなら以前から持っていたと考えるのが自然であろう。

だがスルバの性格を考えると、その場合は今よりも前に提案していそうなものである。

 

「そんな訳ないでしょ、他の民族のプロが書いた曲なんてそうそう手に入らないわよ。まぎれもなくリンクのお土産よ」

 

「いつ書いたのスルバ姉ちゃん…。渡したの昨日の夜だよ?」

 

これには流石のリンクも訳が分からないといった様子だ。

 

「秘密。それじゃ自分達が奏でる部分を練習してみましょう」

 

 各々が自分の楽器を持ち、練習を始める。

リンクがオカリナを吹き、スルバが竪琴を弾く。

フェイパは指揮者のつもりか棒を振る。ティクルは鳩笛だ。

始めはそれぞれが上手く演奏できなかったり、タイミングがずれたりしていたが少しずつ曲になっていった。

 

 日が沈みかけるころにはみんな自分達の曲にしていった。

ふしぎな曲だ、リンクを除けば馬の姿を見たこともない人ばかりだというのに、彼女達の頭の中には草原の香りとそこを駆ける馬が見えてくる。

 

「―なんかスゲエな…見たこともないのにはっきりした景色が浮かんでくるなんてよ」

 

「…それだけナンのお父さんが凄いって事よ。きちんと情景が想像できるような曲を作れる、本当に素晴らしいわ」

 

フェイパが感嘆の声をあげ、スルバは作曲者の技量に魅了されている。

 

「馬宿にいた時の様子がはっきり見える…。とっても落ち着く曲だね」

 

居心地のいいリラックスできる曲だ。

彼が作ったその曲名は「エポナの歌」と記されていた。

 

――

 

「ふう、今日もいい練習ができたわ。演奏会には何とか間に合いそうね」

 

一通り曲を練習し、そして新曲を堪能したリンク達。

真剣に臨んだからであろう、彼女らの顔には心地よい汗が浮かんでいた。

特に音楽が好きなスルバは満足げな表情をしている。

 

「あー疲れた、これだけ打ち込めば多分大丈夫だろ」

 

フェイパが言った大丈夫とは演奏会の事なのか、それとも他の意味を含んでいるのか。

それは彼女の名誉の為に伏せておくべきだろう。

 

「久しぶりに姉ちゃん達の曲が聴けて良かったよ!僕も上手くできるかなぁ?」

 

「大丈夫よ、リンクちゃんだってまだ小さいのにちゃんと演奏できてたわ」

 

リンクは久しぶりにみんなで遊ぶことが出来て楽しそうだ。

彼も姉達と同じように曲を弾けるようになれるか訊ね、ティクルがそれに答えている。

 

「それじゃあ、今日の所はここまでにしましょう。ティクル、サヴォーク!」

 

「ティクル(姉ちゃん)、サヴォーク!」

 

「今日は楽しかったし美味しかったわ、それじゃあサヴォーク!」

 

それぞれが帰路に着く、最もティクル以外は同じ場所なのだが。

みんな疲れていたのだろう。

特にリンクは明日の訓練の為、帰り次第すぐに眠りについた。

 



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第15話 砂漠の移動にはスナザラシを

 宮殿

 

「大魔王ガノンドロフ。肥沃な大地、豊かな自然と心地よい風を持つハイラルを我が物にしようとした魔盗賊の王。聖域への扉が開かれた隙を狙い力のトライフォースを奪取。僅か数年でハイラルのありとあらゆる場所を支配下に置いたとされている」

 

 今日もルージュは禁書の欄に足を運び続きを閲覧する。

書かれている内容のあまりの異常さは彼女にとってあり得ないと思えた。

ハイラルという土地はただ広大なだけではない。

暑い寒いでは済まない程に環境の違いがある。

そして、その場所に住んでいる種族が生存する事に適していた…。

 

言葉で書くとそれだけかもしれない、だが実際には立っているだけで自然発火するような活火山であったり吐息も凍るような氷に覆われた洞窟であったりする。

とてもではないが長居など出来る訳もない、攻め込むなど以ての外だ。

 

その場に住まう者達だって油断ならない、空に舞い攻撃の届かない高度から一方的に攻撃できるリト族。

攻撃どころか自由に移動したり呼吸すらままならない水中で戦いを有利に進めるゾーラ族など様々だ。

 

(わらわが軽く想像するだけでも戦闘にすらならない状況。それをすべて相手取り数年で支配などできるのか…?)

 

次々と読み進めていくルージュ。読み込んでいく度、血の気が引いていくのがわかる。

ゲルド族を引き連れて攻めた記録はない。

兵を率いるのであれば兵站の必要性から書面に記録されるはずである。

その痕跡すら確認できないのだ。

 

そもそも彼が反乱を起こしたのは当時の覇権を握っていたハイラルの城の真ん中だ。

多くの兵を連れてくることはできないし、引き連れたところで環境が特殊過ぎてどうしようもない。

 

この書物から得たルージュの推測。

それは、恐ろしいことに王は一人で全ての場所、種族を支配していたという事。

圧倒的な個人というレベルの話ではない。

一人でその他すべてを抑え続けることが出来た。

そう言ってもいいものだ。

 

 しかもこれだけで終わる野心ではなかった。

ガノンドロフはさらなる力を付ける為、他のトライフォースを狙い続けた。

一度はハイラルの姫を出し抜き、生け捕りにしたと書かれている。

最後には封印されたと書かれているが、どうやって封印されたのかは書かれてない。

諸説が錯綜し、どうなったのかわからなかったらしい。

 

(どういう事だ…?信憑性の高い王家の書物で重要な結末だけ欠けておる…。落丁などは無い。調べるほどに謎が深まるとはな)

 

 翌日

 

「そこまで!ビューラ様の勝ちです!」

 

「ハァ…ハァ…」

 

 リンク達は護衛の仕事に向けて訓練を積んでいた。

これも、砂漠の砂に対応する為に街の外で行われている。

 

護衛をする前なら、砂漠に不慣れだったリンクが負けることもあったが今ではルージュとビューラ以外で勝てる者はいない。

経験が活きているのもあるがそれ以上に意識が変わっている。

広大な外の世界で倒れるという事は死に直結する。

大怪我を負えば治療だって満足にできない。

訓練への集中力が違う。自分を、相手を把握しようとする姿勢が集中力が抜きんでている。

 

「…まだです!ビューラ様、ルージュ様。もう一度お相手願います!」

 

未だにビューラには勝てていないし、ルージュにも負け越している。

以前と比べればいくらか戦えるようにもなっているが、それでも未だに差はある。

 

 以前の戦いから回転斬りを身に着けたリンクだったが、あの敗北からルージュも学んだ。

盾の反動を使った回転斬り。

たとえ神速で切り込んで来ようとも、出てくる場所が決まっている為、最初から軌道の先に剣を置いておけばよいのだから。

 

「…その意欲は評価するがそこまでだ!そんなに消耗した状態でルージュ様や私の相手になると思うのか?」

 

悩ましいことに、ルージュたちとそれ以外の差が広がりすぎた。

彼女たち以外では一対一で疲れ切ったリンクにも敵わない。

 

「しかし!」

 

「護衛の仕事は戦闘だけではない。お前が身につけなければならない事はまだまだある!水分を補給した後、スナザラシに乗る訓練だ!」

 

「はい!」

 

リンクはスナザラシに乗ったことが無い、外である砂漠を移動する時に動くものだからだ。

外を移動したのは護衛の仕事の時であったし、それ以前ではそもそも外を移動する時が無かったからだ。

 

「スナザラシはフラジィが営んでいるレンタザラシ屋で借りてこい。話はつけてあるから心配はいらん」

 

 スナザラシは野生の生き物であるが貸し出しも行っている。

スナザラシは臆病で捕まえるのが難しい上にその挙動は癖がある。

いきなりうまく扱える生き物ではないのだ。だからこそ捕まえる必要が無く、癖を少なくした借りだしようのスナザラシで練習をするのだ。

 

 レンタザラシ屋

 

「おや、リンクちゃん。ヴァーサーク(いらっしゃい)。ルージュ様から話は聞いてるよ。なんたって広大な砂漠を渡るならスナザラシは必須ザラシ!」

 

リンクはレンタザラシ屋に足を運んだ、ここはゲルドの街の中に存在する為、リンクにも迷わず到着できる。

 

 このフラジィという女性、ゲルド族特有の外の流行を取り入れようとして、どこから仕入れたかは知らないが語尾にザラシを付ける癖があるのだ。

 

積極的に情報を集める性質がこのような珍言動を生んでしまったようだ。

 

「フラジィさんヴァーサーク。スナザラシを借りれますか?」

 

「勿論だよ、最初なら癖の少ないこのスナザラシがいいザラシよ」

 

「(何度聞いても不思議な言葉だなぁ…?)フラジィさん、サークサーク」

 

無事スナザラシを借りてくることが出来たリンク。

実はゲルドの街にはスナザラシを借りることのできるレンタザラシ屋は2か所ある。

南東側のフラジィの店とその娘コームが営む北西の店だ。

 

娘のコームはそろそろヴォーイハントに行く必要のある年齢であるが、レンタザラシの仕事もある為中々街の外へ出れないでいると聞いている。

家業と伝統の板挟み…何とも歯がゆいものだ。

 

「無事スナザラシを借りてこれたようだな。練習内容を説明する。ゲルドの街の周りを3周しろ、ただ回るだけでは意味がないからな、相手より早く周回してみせろ」

 

ビューラが簡潔に訓練の内容を伝える。

スナザラシを用いての移動はかなり難しい。スナザラシと自分をロープでつなぎ足を盾に乗せて滑る必要があるからだ。

 

上級者は腰にロープを繋ぐが、まだ不慣れなリンクは手に握る。

スナザラシはその速さ故に急には止まれない。

転倒して砂漠を引きずり回されてしまうのを防ぐためだ。

 

盾という本来乗っかる為のものではない防具でバランスをとるのはとても難しい、なにせ盾によって材質も違えば形状も違う。

 

その上砂漠の砂という不安定な足場に、スナザラシという別の生き物によって引っ張ってもらう必要がある。

高速で移動できるスナザラシの力は普段では体験できない引力をもつだろう。

 

「はい、ビューラ様!それで相手は…」

 

「わらわが相手だ」

 

相手を探していたリンクがその声に振り向く。

その向こうには族長であるルージュがいた。

 

「ルージュ様!?パトリシアちゃん様をお持ちなのは存じておりますが…」

 

「そう堅くなるでない、わらわとてパトリシアちゃんと動き回りたい時だってある。だがこれは訓練でもある、決して手を抜きはせん」

 

そう言って、スタート位置に着くルージュ、慌ててリンクもスタート位置に移動する。

 

「良いかリンク。初めは動きに慣れよう…などと思うでないぞ。そんな覚悟でわらわに勝つことなど絶対に不可能じゃ。全力を出すことが大切である」

 

(…どういうことだろう?スナザラシに乗ったことのない僕が勝てるとでも思うのだろうか?)

 

助言の意味を理解できず、首を傾げるリンク。

初めてのスナザラシに緊張も高まってゆく。

 

「準備は出来ましたか?ルージュ様、そしてリンクよ。―それでは…始め!」

 

ビューラの号令で両者共スナザラシを動かす。ルージュは慣れたもので最初から一気に全速力で飛ばしていった。

砂海を力強く泳いでゆくパトリシアちゃんとルージュの動きにスナザラシに詳しい者なら、思わず見とれてしまうだろう。

 

「うわっとっと!?」

 

 先程両者共と書いたが、厳密にいうのならリンクの方はバランスをとることが出来ず転倒してしまった。

スナザラシはそれなりにスピードが出る為勢いが止まらず転がってゆく。

服も顔も砂だらけだ、口の中にも砂利が入り込む。

 

「しっかりしろリンク!スナザラシを乗りこなすのはゲルド兵士にとって必要不可欠だぞ!」

 

「は、はい!」

 

砂を吐き出し、ロープを握り再出発の準備に取り掛かるリンク。

 

(予想以上に扱いが難しいな…相当バランス感覚が必要だよ…)

 

元々スナザラシの扱いは上級者向けの技術である。

盾に乗って滑り降りる盾サーフィンの応用だからだ。

 

リンクが苦戦している間にルージュは角を曲がっていきもう見えなくなってしまった。

曲がる時も減速しないで曲がり切っている、凄い技量だ。

 

その後も何度も何度も転倒していくリンク、最初から応用技術など上手くいくはずが無い。

その間にもルージュは彼を周回遅れにしてゆく。

 

(ルージュ様凄い…どうしてあんなに早く移動ができるんだろう?)

 

スナザラシによる移動は盾サーフィンの上級者向けであるが、初心者向けでもある。

まるで謎かけのようだがこれにはいくつか理由がある。

 

まずは盾サーフィンを行える立地だ。

盾サーフィンは本来、滑り降りる為の高さと斜面が必要なのだ。

 

これが中々難しい、斜面は緩すぎては滑ることはできない。かといって急過ぎればただの飛び降りだ。

高さも必要だがこれを満たす主な場所はへブラ山やラネール山といった極寒の山頂であったり、いるだけで自然発火してしまう程の灼熱、デスマウンテンぐらいである。

 

そもそも滑りに行くまでが命懸けなのである、わざわざそんな場所まで行って練習する強者もいるが…初めての人には絶対にお勧めできない。

 

加えていずれの場所も荒々しい程に起伏に富んだ岩の山であるという事もある。

これを刺激的な滑走の醍醐味と前向きに捉えることもできるが、雪に隠れている岩や氷にも臨機応変に対応しないといけないとも受け取れる。

 

「立ち上がれリンク!ここは砂地な分、傷は浅い!いくらでも失敗できる!」

 

そして何度でも失敗ができるという点だ。先程述べた高地では失敗は出来ない。

 

山々は元々人通りの少ない過酷な場所だ、転倒しようものなら堅い岩場に叩き付けられ死にかねない。

運よく生き延びたとしても、助けてくれる者もいないのだ。

そのまま過酷な環境で凍死、発火、衰弱だってあり得る。

 

その点で言えば、砂漠は足場が砂で岩程の衝撃はない。

加えて言うのならゲルドの街という人がたくさんいる場所で練習ができるのだ。

ある程度の事なら治療だってできる。

 

通常の盾サーフィンより難しい内容だが、練習で数をこなせる。

思い切った練習もできる。

万が一への対応策も他の場所と比べれば断然多い。

 

(そうか!ここは砂場、失敗しているけれど思ったほど傷は深くない!思い切ってもいいんだ!)

 

リンクもビューラの意図を知り、スナザラシを全力で飛ばす事にした。

 

「あ…、あ…れ!?振り…落とさ…れない!?凄い…や!」

 

 全速力を出してみたリンクは先程までとは打って変わり、転倒せずに一気に進んでいく。

砂塵をまき散らし、風を置き去りにし、スナザラシが砂海を駆け抜けてゆく。

 

その慣れない速さ故に、顔に受ける風圧も大きく。思うように話すことが出来ていないようだ。

これがルージュが言っていた意図だった。

 

(全力をだすことが大切とはこういう事だったんだ…)

 

 実はスナザラシは高速で動くのは得意でも低速で動くのは苦手なのだ。

バランスをとるためにはある程度の速さが必要で、それを下回ると動きが左右にぶれてしまう。

当然初心者のリンクにそんな状態で制御などできる筈もなくあえなく転倒していたという訳だ。

 

「いいぞリンク!その調子だ!」

 

(まっすぐは何とか出来た。後は曲がり角をしっかりと移動できるかだけだ。)

 

スピードを上げた状態で角を曲がるリンク。いくら早い方が安定するとはいえスピードがあれば遠心力で大きく膨らむし、支えているリンクにも負荷がかかる。

 

「その遠心力に耐えてみせろ!少しずつでもいい!持っている物を伸ばしていくんだ!」

 

(凄い遠心力だ!ちょっと気を抜いたら飛ばされちゃう!)

 

リンクの弱点…というよりもその幼すぎる年齢が問題であった。

いくら武術で天才的な才能があろうと、7歳で訓練している大人並みの力がある訳がない。

決定的なのはスナザラシとリンクを支える体重だって軽すぎる。

スナザラシの制御は相当に厳しい条件だ。

 

非力な彼には少しの油断も許されない、そのギリギリの状態が少しずつ集中力を高めていく。

それはほんの2,3秒だっただろう、少なくとも見ている者にはわからないだろう。

 

しかし、リンクにとっては10秒以上に時間に思えた。

弾き絞られる腕、無限に思えるほど空気を要求してくる呼吸。外へ流されそうになる遠心力。その負荷がどこまでも彼を責め立てる。

 

(…何とか…曲がりきれた!)

 

そこにかかる力を語るが如く張りつめたロープは軋み、小柄なリンクを支える。

しかし、傍から見ている分には曲がり角1つ乗り切っただけだ。

ゲルドの街は四角形の形をしている。

3周するにはあと11回曲がる必要がある。

 

連続で曲がる為の負荷に耐えられないリンクは何度も手を離してしまい砂に埋もれる。

それでも諦めることもなくすぐにスナザラシに向かって行き、練習に打ち込めるリンクの挑戦はやはり目を見張るものがある。

 

その姿勢に感銘を受けたのか、少し離れたところではハイリア人と思われる男性がリンクに声援を送っている。

 

――

 



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第16話 失われた武術を求めて

 何とか3周終わらせることが出来たリンク。全身砂だらけで軽い切り傷と擦り傷が見られる。

 

「3周乗り切ったことは評価しよう。よく頑張ったなリンク。スナザラシを使った移動はカーブさえ安定すれば問題ないだろう」

 

ビューラとしても競争とは言ったが、ルージュに勝てるとは思っていない。

ルージュはスナザラシに乗り慣れているし、彼女専用であるパトリシアちゃんは特別なスナザラシ。

 

その錬度はスナザラシの中でも最高で、技量や体格もルージュには及ばない。

特に体格については特例で外に出ているリンクには成長を待つしかない。

 

「途中から気が付いた様だな、見違えるようにバランスとるのが上手くなったぞ」

 

ルージュがリンクに近づきリンクのスナザラシ捌きを評価する。

 

「やはりルージュ様の言葉は助言だったんですね?」

 

「気づくかどうかはおぬし次第だがな。この手のものは自分で気づくことが大事なのはわかるか?」

 

確かにルージュの助言はわかりにくかった。

しかし魔物の時とは違いできる限り安全に配慮した失敗の許される内容であった。

 

「わかっています、いつでも教えられる訳でも無い事も、時には自分で掴み取るしかないという事も」

 

「うむ、おぬしには過酷な経験をさせているだろうな。わらわもゲルド族の長、出来る限り手を貸すつもりだがそれも限界がある」

 

族長として多くのゲルド族を見つめて来たルージュだ。

全ての仲間にいつでもどこでも手を差し伸べることは不可能である事も知っている。

 

「そうですか…わかりました。ところでルージュ様、少しお聞きしたい事があるのですがよろしいでしょうか?」

 

「うむ、内容にもよるが聞いてみよう」

 

「サークサーク、ルージュ様。スナザラシに乗れる人はどれくらいいるのですか?」

 

予想外の質問、そして範囲が曖昧である。

顎に手を添え、少し考え込むような仕草をして答える。

 

「そうじゃな…ゲルド族の兵士はほぼ全員乗れるし、大人のゲルド族でも何人かは乗れるといったところかのう?他の種族だと盾サーフィンを嗜むものならできるじゃろう」

 

「突然どうしたリンクよ。話の内容が見えてこないぞ」

 

ビューラもリンクの考えの真意を尋ねる。

彼がいたずらにこのような言葉を投げかける者ではないと知っているからだ。

 

「ビューラ様、護衛の仕事をしたとき私は初めて砂漠の厳しさを思い知りました。母様も父様もずっと過酷な旅をして守ってくれていたんだなと」

 

当然だ、街の中では暑さも寒さもある程度は対策されている。

砂に足を取られることもなければ、視界を奪われることもない。

魔物のような危険な生物もいないのだから。

 

「ゲルドの街は世界最大の交易場です。しかし、ここまで足を運ぶにはあまりにも環境が厳しい。私が提案したいのはカラカラバザールにレンタザラシ屋を置けないかという事です」

 

「…なるほど、整備しないといけない事や利益、人員を考慮せねばならぬからすぐに返答は出来んが…検討する価値はありそうだ。ビューラ!」

 

「かしこまりましたルージュ様。すぐに宮殿のものを集めて検討に当たらせたいと思います」

 

リンクが言った内容はおそらく、安全にゲルドの街へと移動できるようにできないかという事だろう。

だが族長としてのルージュには別の視点も見えてくる。

それはより迅速な交易、行商方法と護衛に回せる人員の拡張だ。

 

スナザラシに乗っているのならばその速さで大抵の魔物からは逃げ切ることが出来る。

最もスナザラシ自体は臆病な生き物なので正面に突っ込むような真似は出来ないが。

 

従来の護衛は砂漠での移動に問題がある為、ある程度迎撃の必要がある。故にリンクぐらいしか適役がいなかった。

 

ゲルドの兵士には砂漠の脚となるスナザラシの運転はできて当然だ。

兵士でなくとも大人なら移動できる者もそれなりに存在する。

 

(童の発想とは案外馬鹿にできんものよのう。)

 

交易の為の物資の輸入、輸出には物資の移動ルートの確保が肝要である。

それも少量ではなく大量に持ち運びが出来なければならない。

 

だからといって一瞬にして設置できるわけではない。

資材の確保や予算、人員など様々なことを打合せする必要がある。

 

「さて訓練を続けるつもりじゃったが、族長としてやらねばならぬことが出来た。今日の所はこれで仕舞いじゃ」

 

どうやら先程の内容を実現できるかどうかの採算を取らせ、検討をするつもりの様だ。

ルージュは無駄のない所作で片づけを終え宮殿へと足を向ける。

 

「サークサーク、ルージュ様、ビューラ様」

 

「よく頑張ったリンク。身体の成長がついてこれていないから仕方がないが、それでもある程度操縦できたのは見事だ。それでは失礼するぞ」

 

ルージュに続き、ビューラも宮殿へと移動を始める。

護衛対象から離れる訳にはいかない。

 

「また手合わせ願おう、リンクよ」

 

 

 裏路地

 

(ふぅ…、本当ならもっと訓練が続くはずだっただけにちょっと物足りないなぁ…。それとどうすればビューラ様にも勝てる様になるのかな?)

 

 リンクは宮殿から路地裏に抜けていった。

普段と違う帰り道であったが訓練場から直接帰る時には通ることもある為比較的人通りはある。

他の兵士達は弓の鍛錬に励んでいたが、リンクは大人の兵士用の弓を引き絞ることが出来ないので早めに上がることになったのだ。

 

「おや?そこにいるのはリンクじゃないか」

 

「ヴァ―バ(おばあさん)、あなたは?」

 

路地裏の簡易テントから老婆が声をかけて来た。

 

リンクの名はゲルドの住人にはそれなりに知れ渡っている。

幼いながらに並みの兵士よりもさらに強く、事情があるとはいえ外へ出ることが許されているのだから噂ぐらいにはなるだろう。

 

「これは失礼したね。私はリムーバ。かつてゲルドの兵士だったものさ」

 

兵士は肉体を使う仕事である為ずっとできるものではない。

リムーバの様に引退して次の世代に任せる者もいるのだ。

 

「こちらこそ失礼しました。私にとっては先輩にあたるんですね」

 

現役ではないと言えリンクにとっては大先輩だ、すぐに頭を下げるリンク。

 

「ああそんなに気を張らなくてもいいよ。これは私からのお願いだ、仕事の後まで上下関係を気にしてたら疲れちまうからね」

 

階級の上下がある兵士達からすると意外なほどに物腰柔らかな人だ。

リンクはそう感じた。

 

「そうですか、それでは…僕に用事ー?」

 

姉達以外では殆ど使わなくなった砕けた口調で用を尋ねるリンク。

「ホッホッホッ、そうじゃな…。私の道楽に付き合っては貰えんかの?見たところかなり物足りないとようだ。これからするであろう、自主的な訓練に一枚かませては貰えんかと思うての」

 

「すごい!なんでわかったの!?」

 

リムーバはリンクの心境を見通し、訓練に付き合わせてもらえないかと提案してきた。

これにはリンクも驚きの声を上げる。

 

「これでも数十年、宮殿でゲルドの兵士として仲間を見て来たんだよ?一番見続けてきた仲間達なら手に取るようにわかるさ」

 

種という都合のいいものでは無く、ずっと兵士達といたからわかる職業観の様なものだと言ってのけるリムーバ。

 

「そういうものなのかな?あんまり実感がわかないや。僕は大丈夫だけど訓練を見せればいいの?」

 

兵士として過ごしてきたのならわかるが訓練とは代わり映えのしない鍛錬の積み重ねでもある。

ただ見ているだけでは面白いものでは無いだろう。

 

「確かにその通りでもあるが、それだけではおぬしにとってあまり面白くはないだろう。よって新たにテーマを加えようじゃないか。内容は失われた武術の復活じゃ」

 

失われた武術…その響きに兵士としてのリンクが興味を持った。

ただ闇雲に鍛錬を続けるよりも明確な目標があったほうがやりがいもできる。

 

「そんな凄いものがあるの!?やりたいやりたい!」

 

「ホッホッホッ、元気があるのう。しかしこれはとても難しい。私ですら身に着けることが出来なかった。流れるような攻撃と身のこなし、優れた反射神経とあらゆるバランス感覚が必要らしい…」

 

少々眉唾な言い回しになるリムーバ。

復活というぐらいだ、元々わかっているのならわざわざそんな言い回しはしないであろう。

一朝一夕で身に付くものではなさそうだ。

 

「リムーバさん、サークサーク。手探りだと時間もかかるのかな?」

 

「うむ、じゃがどうしても見てみたい。この老いぼれに残された時間は少ないのだから…」

 

寂しそうにつぶやくリムーバ。

 

リムーバはかなりの高齢だ、そして彼女が言う武術の存在は初めて聞いた。

下手をすればこのまま時代の流れに飲み込まれ完全に消滅してしまうだろう。

 

「そんな悲しいことは言わないで、リムーバさん。2人でやってみよう!」

 

リンクにとって彼女の存在はありがたかった。

ビューラやルージュも大切な師であるが、彼女達には部族にとって重要な仕事もある。

常に相手になってもらう訳にはいかないのだ。

 

「ふむ、それでは始めるとするかの。まずは剣を構えてみるんだね」

 

随分と基本的な事を言うんだなとリンクは不思議に思った。

慣れたもので難なく構えるリンク。それ構えをリムーバは真剣に見つめ、腕や足に触れながら確認していく。

 

こんな感じで構えや基本の振りを調べてゆく事で時間が過ぎていった。

 

「手さぐりである以上、慎重にいかねばならん。リンクよ利き腕はどちらじゃ?」

 

「えっと、さっき構えた方です」

 

「では右利きじゃな?ここで練習するときは左で練習してみよう。右並みの感覚にできるかはリンク次第。早めに鍛え上げるほうが結果的に近道じゃ」

 

気を付けるべきはその感覚、利き腕と同じくらい逆の腕も使いこなせなければ話にならない。

今はその下地作りだ、リンクという鉄を熱いうちに打てる。

 

それはリムーバにとっても内心にある興奮を抑えられなかった。

半世紀近くにも及ぶ自分が積み重ねてきた経験に、7歳にして並み居る兵士を倒すことのできるリンクの天賦の才。

その行き着く先がどれ程のものか、興味を持つなというのは無理であろう。

 

「うん、今日の所はこれぐらいにしようかね。できるだけしっかり食べてしっかり寝るんだよ。次の日に疲れを残さないことも大事な仕事だ」

 

「サークサーク、リムーバさん。それじゃあ、失礼します」

 

鍛錬への真剣さや明日の訓練への配慮などからこの人は武術に真摯な人でもあるとリンクにも伝わる。

指導してもらったという事で自然と敬語になってしまった。

 

「なんだい、結局最後には目上への言葉になってるじゃないか。まあいいさ。サヴォーク」

 

満足いく訓練だったのだろう、リンクの脚は元気よく家に向かって駆けて行った。

 



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第17話 踊り子の導き

 宮殿

 

「…なるほどな、まずはフラジィの所で話を付ける必要があるな。いくら多くの民の為になるとは言っても彼女達にとっても大事な選択になる。しっかりと利点と欠点を把握し伝える必要もあるじゃろう」

 

 ルージュは先程まで有識者たちを集め、カラカラバザールへのレンタザラシ屋の設置を検討させていた。

技量のある人物の確保、スナザラシの育成施設の設置。他民族でも利用できるようなシステムの構築。

人員を回したことによる他の部署への影響。

大雑把に挙げるだけでもまだまだ沢山あるのだ、

 

「承知しました、ルージュ様。本日の業務はこれで全てです。そろそろお休みになられてはいがかでしょうか?」

 

ビューラが本日の業務がすべて完了したことを伝え、その上で休むことを提案する。

 

ルージュは族長としての仕事に加え、訓練も並みの兵士以上に厳しく行っている。

その後で更に調べ物をしているのだから疲労が溜まり始めているのだ。

現に体の線がぶれ、僅かにふらついている。

 

負担を隠しながら仕事をこなせるのは大したものだが、長年付き従ってきたビューラがその程度の事を見抜けない訳がない。

 

「サークサーク、ビューラ。それでは少しだけ休むとしようかの」

 

無論、ビューラがそれだけの眼力がある事を彼女も知っている。

まだ若い族長ではあるが、それなりに経験は豊富で幼い頃からずっと支えて貰った。

ルージュが最も信頼している部下だ。

2人の間にも確かな信頼が存在していた。

 

(…やはり休まれぬか。せめて負担にならぬ様できる限り仕事を軽くする必要があるな)

 

故にビューラにもわかってしまう。彼女は止まらないという事を。

幼い頃にあった、族長としての初めての仕事がルージュを駆り立ててしまっていることも。

 

自分の準備不足、力不足でナボリスの時のような事が起きてしまうのは絶対にあってはいけない。

なまじ責任感が強い為に無理をしすぎるきらいがあるのだ。

 

(すまぬな、ビューラ。最悪の場合、あの時を遥かに超える様な…それこそ厄災の再来まである。わらわはあのヴォーイを信じたい。しかし、万が一の時には民を守る責もあるのじゃ)

 

ふらつきそうな体に鞭を打ちルージュは歩む。

街の為に、民の為に、そして仲間の為に。

 

 

翌日

 

「フェイパ姉ちゃん、スルバ姉ちゃん。サヴォッタ!」

 

「リンク、サヴォッタ!今日は早く起きれたな!」

 

「サヴォッタ。訓練のおかげかしら?寝坊しなくなってきたわね。今日の訓練は午後からだったかしら?お弁当も作っておいたから」

 

「サークサーク、スルバ姉ちゃん。それじゃ、いっただきまーす!」

 

いつもの様に元気一杯といった様子で食卓へ向かうリンク。

今日は珍しく午後からの訓練なのだ。

つまり午前中はフリーである。それぞれやりたいことを食事をしながら決めている。

 

「やっぱりみんなで演奏会の練習でしょ。本番まであと3日よ?」

 

スルバは堅実だ、自分のやりたい事なのは勿論だが他の2人の事も考えて提案している。

ただ、最近はその練習に偏っている気がする。

 

「うーん、僕としては訓練をしていたいかなぁ?最近は色々と改善点が見えてきて面白いんだ!」

 

リンクは新たな武術の為に練習を重ねたいようだ。

宮殿内の訓練中に別の訓練を勝手にやれない分出来るだけ打ち込みたい。

 

「待て待て待て、今回ぐらい踊りの練習をしよーぜ。流石に同じ事ばかりだと気が滅入っちまうよ。な?頼むよ?」

 

フェイパの趣味である踊りの練習はしばらく出来ていない。

気分転換にどうかと頼む彼女がいた。

 

「なーに?お願いなんてアンタらしくもない。何かあるの?」

 

しばらく踊りは打ち込んでいなかったとはいえ、この反応はフェイパには珍しい。

何か理由があるのとスルバは尋ねた。

 

「えっとな?スルバ、アイシャさん知ってるよな?」

 

頭の後ろをさすりながらちょっと照れくさそうに答えるフェイパ。

かすかに頬が緩んでいる。

 

「あの宝飾店のオーナーじゃない。それがどうかしたの?」

 

アイシャは宝飾店 Star Memoriesのオーナーだ。

その類稀な加工技術によって街の外からも注文が来るほどの人物だ。

また、アローマの店である Hotel Oasisの常連客でもある。

 

「そのな、来年に行われる舞踏会にさ。誘われたんだよ」

 

彼女は踊ることが大好きで、それでいてとても映える。

太陽を思わせるまぶしい笑顔にしなやかな身のこなし、細部への妥協のなさと動と静の表現が非常に上手いのだ。

 

「アタイの踊りにインスピレーションを受けたって、それで装飾品を作るから踊ってみないかってさ」

 

フェイパは御洒落や装飾品が大好きだ。

世界屈指の職人であるアイシャに作って貰えるなんて夢のような話だろう。

 

アイシャの店の強みは大きく分けて2つある。

1つは宝石に秘められている力を引き出せるという事。

そしてもう1つが購入者に合わせた宝飾、即ちオーダーメイドであるという事だ。

 

彼女は顔見知り相手にしか商売をしない。

より正確にいうと、彼女は相手の姿にも合わせながら作っている。

姿だけではない、その人の個性や性格。立ち振る舞いを見極めながら完成度を高めていくのだ。

 

「全国的に有名なアイシャさんの装飾なんて、それこそ一生かかってもつける機会なんてないかもしれない。このチャンスを逃したくないんだよ」

 

彼女の言葉は正直だ、だからこそ情熱的でスルバの演奏会と同じように強い意気込みを感じる。

 

「フェイパ姉ちゃん…、そうだね!たまには踊ってみようよ!僕、姉ちゃんの踊り大好き!」

 

ここはリンクが彼女の意見に賛同した。

元々彼も体を動かすのが好きなのと、彼女が本当に好きな事をしている時の表情が見たかったのだ。

 

「確かにおんなじ練習ばっかりじゃ、集中力も落ちてしまうわね。今日は踊りの練習にしましょう」

 

最近は演奏会の練習頻度も多かったので気分転換にはなるとスルバも意思を汲む。

 

「リンク…スルバ…サークサーク!アタイのエネルギッシュで情熱的な舞いを完成させるんだ!」

 

自分の為に踊りの練習に当ててくれる事が嬉しかったのだろう。

満面の笑みで感謝するフェイパ、ストレートに喜びを出せるヴァーイはそれだけで魅力的なものだ。

 

 ゲルド族は強靭さとしなやかさを併せ持った筋力が特徴である。

伝統的なゲルド族の舞いはそれを活かしたものである。

体の一部を固定し、それ以外の部分を動かす事で表現する事が多い。

 

 例えば、上半身を動かさずに下半身や腕を回したり、回転することがあげられる。

反対に下半身をぶれさせずに上半身をそらしたりしながら曲に合わせて表現する。

 

やってみるとわかるのだがこれが中々難しい。

意識しなければ軸というものはぶれてしまうし、慣れていない動きというのは相応に負担も大きい。

 

「いいかリンク、情熱的な踊りを表現するにはただ激しく動けばいい訳じゃないんだ。力強さというのはな、柔らかい動きを混ぜて伝えたいことを目立たせることが大事なんだ」

 

そう言って彼女は手本を見せる。

よりよく見せる為の動きはまだまだリンクには難しいかも知れないが、楽しめる様にはなって欲しい。

 

通りがかるものの視線を集め、活力を与える舞いは仲間の間でもちょっとした人気なのだ。

フェイパの踊りの特徴は華麗な力強さと情熱だと多くの人は考える。

 

それは中らずと雖も遠からずだろう、それ以外の踊り方も熟知しており曲調や相手に合わせる事だってできる。

好みや特徴が活きてくるのは本来の彼女の技量があってこそ。

スルバの音楽と同じように真剣に取り組み、積み重ねてきた修練が支えているのだ。

 

「凄いよフェイパ姉ちゃん!上手くは言えないけどカッコイイ!」

 

「うまく言えないってどういうことだよリンクー?」

 

頬をグニグニと引っ張るフェイパ、柔らかく伸縮している。

 

(流石にちょっと早かったかな?それでも楽しそうだ、やってみて良かった。)

 

「また一段と上達したのね、フェイパ。はっきりとした目標が出来て方向性が見えた事、丁寧さからくる踊りの下地がついに花開いたって所かしら?」

 

「流石だなスルバ、アタイの踊りからその視点が見えるのは。違う分野でも正確に把握できるのはスゲーと思うわ」

 

ある程度は違いが判るのだろう、スルバは成長とその切っ掛けを考えてくれる。

 

「アンタだからよ。単純というか本当にわかりやすいもの」

 

「なんだとー!?っとせっかくの練習だ、今回は動と静、アップとダウンを意識して練習をしよう」

 

皆が空けてくれた貴重な時間だ、のんびりとはしていられない。

意識を切り替えて舞踊に打ち込むフェイパ達。

 

スルバがリズムや曲調からのアレンジや修正を考えながらアドバイスをし、フェイパが実演してみせる。

リンクは姉の動きをまねしたり簡単な動きの練習をしている。

 

「うーん、せっかくだしちょっとだけ変わったやつをリンクに見せてやるか」

 

「え?そんなのがあるの?」

 

「ああ、これならリンクも興味がわくと思ってな。いいかリンク、これを使ってだなー…」

 

そう言いながら、ゴソゴソと彼女は袋の中から道具を選び出す。

 

「ええっ、これはまずいよフェイパ姉ちゃん」

 

「大丈夫だって、ちゃんと模擬用だからさー…」

 

―― 

 

「凄い…こんなのもあるんだね…」

 

リンクの驚いた声が街の空へと消えてゆく。

それは見るのも初めてで、それで身近でもあった分衝撃も大きかったのだ。

 

「ある程度、馴染みがあるからより一層ってやつさ。…っとそろそろ時間じゃね?」

 

練習に熱を入れていたからか、あっという間に時間が過ぎてしまった。

急いで宮殿に向かわなければ行けない。

 

「あっ!ホントだ!それじゃ僕もう行くね!」

 

「怪我には気を付けてね。それじゃ行ってらっしゃい」

 

 

 宮殿

 

「うむ、それでは決まりじゃな。よろしく頼むぞ、フラジィそしてコームよ」

 

 先日話をしていたレンタザラシ屋のカラカラバザール支部の設立をフラジィ達話したところ、二つ返事でオッケーが出た。

 

というのも娘であるコームはそろそろヴォーイハントに出なければならなかったが、家業であるレンタザラシをゲルドの街で行っていては出会いなどゼロである。

ゲルドの街では難しくてもその手前にあるカラカラバザールなら家業とボーイハントの両立が望める。

 

無論それだけでは個人だけを優遇する事になりかねない、ゲルド族の責任者という立場から予算を使うには公益的な要素が必要になって来る。

そこで昨日まとめられたシステム、スナザラシ複数で荷物を運ばせる案だ。

 

これはいたって単純でカラカラバザールからゲルドの街へ、行商人が持ち帰った大量の物資を使って高速で運び込むのである。

スナザラシが臆病でありながら過酷な砂漠で生き延びているのは、魔物達でも素早く砂丘を泳ぐ彼らを捉えることが難しいからだ。

 

「サークサーク、ルージュ様。何から何まで手伝って頂いて」

 

「よい、その代わりスナザラシの世話がこれまで以上に多くなるであろう。責任も負担も大きくなるが何とかお願いしたい」

 

ルージュの懸念通り、一度に多くのスナザラシを輸送に使うとなればその世話も、動かし方もより困難なものになるだろう。

 

レンタザラシ屋として機能する様に仕上げなければならない。

 

「スナザラシを同時に動かす練習法と指導方法もまとめておきます。兵士さん達にもお渡しするつもりです」

 

「助かる、いくらスナザラシに慣れてるとは言っても流石に本職で代々続いている人達には敵わん。新たな試みで手探り状態かもしれんが頼みたい」

 

フラジィの頼もしい返事に、僅かに表情を緩ませるビューラ。

フラジィにはわからないかもしれないが、ルージュにはわかっている。

 

「お任せください!スナザラシの新たな可能性が見つかりそうで楽しみなんですよ!」

 

「およそ2ヶ月を目処に施設を作り上げる。その時に完成したカラカラバザール支店を共に下見しよう。ビューラ、レンタザラシ屋における資源と人材の割り振りの書類もできておる。不備が無いか確認をお願いしたい」

 

「はいルージュ様。…大丈夫です、問題はありません」

 

「これでわらわからの話は終わる。質問はあるか?」

 

「大丈夫です、ルージュ様。よろしくお願いいたします」

 

「うむ、それでは失礼するぞ」

 

そう言ってルージュは玉座から離れ、訓練場へと足を向ける。

それに付き従うビューラに午後からの予定を確認する事も忘れない。

 

「では訓練の後はレンタザラシ屋の開設の為、兵士の一部には出向の要請とそれに伴う業務の変更じゃな。訓練が終わり次第すぐにとりかかろう」

 

「承知しました、ルージュ様。本日の訓練はリンクとの模擬戦、その後に私との訓練が入っております」

 

今日は模擬戦を行うようだ、それもリンク、ビューラとの連戦なのだから激しいものになるだろう。

 

「中々苛烈な訓練になりそうじゃな。だがそれでいい」

 

そんなやり取りをしているうちに訓練場に着いたルージュ達。

中ではすでにリンクを含む兵士全員が待機していた。

 

「ルージュ様!ビューラ様!お待ちしておりました!兵士一同、模擬戦の準備ができております!」

 

最前列で兵士達をまとめている兵が報告する。

褐色の肌が自慢のゲルド族にしては珍しい、白い素肌を持つ彼女は隊長のチークだ。

彼女を筆頭に列に並んだ兵士達が各々の武器を携えて直立する。

 

「ではこれより模擬戦の訓練を始める!前もって伝えた相手と戦え。模擬とは言っても戦いでもある。努々気を抜くな!」

 

「はい!」

 

気合の籠った返事が宮殿に響く。

兵士達は各自、決められた相手と向かい合う。

リンクの相手は何度も剣を交えたルージュである。

 

「おぬしとの手合わせは何度やっても楽しいぞ、やはりある程度実力が近くなくてはな」

 

「はいルージュ様!今回は勝たせてもらいますよ!」

 

リンクやルージュの実力はビューラを除けば他の者では相手にならない。

どうしても戦う相手が絞られてしまうのだ。

それでも実力が近い相手との真剣勝負は気持ちが昂るものだ。

 

「全員そろったな、チーク。お前は私が相手をする。全力でぶつかってこい!」

 

「は、はい!胸を借りるつもりで御相手致します!」

 

 

――それでは、始め!

 



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第3章 シーカーの涙、ゲルドの怒り
第18話 事件発生


 ビューラの合図と共に訓練場のあらゆる場所で模擬戦が始まる。

 

 リンク達もこれで何度目だろう、互いに相手を知り尽くした多彩な攻撃手段をぶつけ合う。

対策なしなどあり得ない。

 

だからこそ相手の意図をかいくぐる心理戦。

相手の強みを打ち消す防御や回避術。

以前の戦いで通じなかった攻勢からの改善による他方向からの斬撃。

その全てが眼前にいる相手を超える為準備してきたものだ。

 

(―何かがおかしい?なんだろうこの感覚…)

 

始めに違和感を覚えたのはリンクだった。

調子が悪い訳ではない、むしろかなり良好だ。

 

2人の戦いはルージュの方がかなり勝ち越している。

華麗な舞いでウルボザを連想させる鮮やかな剣技と往なすことに長けた盾捌きで、少しずつリンクから主導権を奪うことが出来たからだ。

 

(リンク、おぬしこの短期間で何をした!?)

 

 しかし今回の模擬戦では全くの逆であった。

盾で防げると思った剣が突如軌道を変えたり、隙が出来たと思って剣を突き出してみれば、化かされたかのように空を切り次第に追い詰められてゆく。

 

(もしかしてルージュ様、調子が悪い?)

 

 勿論リンクには成長があった。

調子が良かったというのもある、しかしそれ以上に決定的なほどルージュの動きにキレがなかった。

予想を外されたときの立て直しが遅かった。

 

(こうも簡単に主導権を取られるとは思わなかった…そろそろ来るか?おぬしの得意技が)

 

ルージュの読み通りリンクは盾の反動を利用し、回転斬りの構えを取る。

これを防げば今度はこっちが反撃する番だ。

大技というのは威力があるがその分だけ隙を生じたり、体力を使うものが多い。

 

(この技、威力や速さは文句ないんだけど読まれやすいんだよね。だけど―)

 

 来る、ルージュは構える。

左側は盾があるし、右側には剣を構えている。どちらであれ防げないはずが無い。

これを何とかすれば反撃の狼煙をあげられる!

 

…彼女は見落とした、弾いた剣の軌道が横ではなく楕円を描いている事を。

眼前のリンクが類稀な運動能力で前転をしている事を。

そして彼の剣が自身の頭上に来ている事も―!

 

(スナザラシやリムーバさんからバランス感覚、身体の使い方を学んできた時閃いたんだ!この技術なら横からだけじゃなくて縦からだって回転斬りを持っていけるんじゃないかって!)

 

 縦回転斬り―従来の回転切りでは神速の速さで横回転し斬り付けていた。

だがこれではあらかじめルージュの様に盾や剣を使って両脇を固められたらそれだけで止まってしまう。

来ることさえわかっていたら、ただ隙の大きい回転技に成り下がってしまう。

そこで防御方法を掻い潜るべく編み出し、身に着けた新技であった。

 

「くっ…参った…」

 

自身の眼前で剣が止まる、もしこれが実戦だったら確実に自分は死んでいた。

―悔しい。今回の訓練、何一ついいところが無かった。

得意な筈の主導権を取る事さえできず、ものの見事に振り回されてばかり。

 

 先程の攻撃だって思い返してみれば、予兆はあった。

盾で防ごうとすれば突然軌道を変えられた時、あの時に回転斬りの変化を予想できたはずだ。

だができなかった、思いつかなかった。

ここまで情けない負け方は初めてだ・・・力が抜けていく様―

 

「ルージュ様!?」

 

音がした。

周りの者が声を張り上げ、武器を打ち付けるそれよりはるかに小さい。

そんな中でも不思議な程通り、はっきりと聞こえた。

 

 何事かと振り向き、気付いた者達は凍り付いた。

信じられない事態に目の前のリンクすら動きを止めてしまった。

 

「ルージュ様!」

 

 そんな中、唯一迅速に対応したのは、長年ルージュを支えてきたビューラだった。

元々兵士の訓練において倒れる者が出るのは珍しくない。

こういう時どのような処置をすればよいのかも経験上しっかりと把握しているのだ。

 

だがそれが族長となれば話は変わって来る。

 

「チーク!この後の訓練はお前に託す!後は頼んだぞ!」

 

「は、はい!ルージュ様をお願いします!」

 

ビューラは素早く担架を準備しルージュを部屋へと運んでいく。

 

(…極度の疲労と睡眠不足。それに加えてあの完敗のショックがとどめになったか…。)

 

 ビューラは心配していた。

ここの所ルージュが精力的に職務も鍛錬もをこなした上で更に長時間に渡る調べ物もしていたからである。

それは常に傍で支えているビューラから見ても明らかなオーバーワークだった。

本来ならばビューラが止めるべき状況であったし、この訓練の後は何が何でも休息をとって貰うつもりだった。

 

その為に午後からのスケジュールは自身が代わりにできるものに調整をしておいたのだ。

しかしそれは無情なまでに遅かった。

 

(私があの時に何が何でも止めるべきだった…)

 

彼女達の欠点、それは互いに責任感が強すぎて限界を超えてでも職務に殉じてしまう事だった。

しかし、その事で倒れてしまっていては本末転倒である。

その性格が今なおビューラを苛んでいた。

 

(できる事ならルージュ様の御側にいたい、だがその為に統治者としての職務に穴を空けてしまえばルージュ様は自身を許さない。私は当初から予定していた打ち合わせをしなければ。)

 

しかし、その性格は今置かれている状況としなければならない事、そしてルージュの望みを叶える解決策も提示してくれた。

 

「カットル!ルージュ様の介抱を頼む!マトリーはもしもの時すぐに私に伝えに来て欲しい!私は大広間でルージュ様の代わりをする!」

 

族長の寝室の警護係であるカットルとマトリーに指示を与える。

 

「ハイ!直ちにルージュ様の介抱の準備に取り掛かります!」

 

「承知しました、ビューラ様!ここは我々にお任せください!」

 

カットルがルージュの寝室に薬や水を準備しルージュをベッドに寝かせ、マトリーが非常事態の連絡役を受け入れる。

 

「サークサーク!それでは頼んだぞ!」

 

――

 

 夜

 

 リンクの家

 

「族長様が倒れた!?大丈夫なのかよ!?」

 

 フェイパがあまりの事に声を荒げる。

ゲルド族の先代族長であるルージュの母も若くして崩御されている。

その時の街の様子を知っているだけに、ルージュ様には跡取りがいないという面もある為、過敏になっているのだ。

 

「うん…、僕と模擬戦をした後に突然倒れちゃって…」

 

どうなってしまうのか、俯きながらリンクはそう零す。

訓練中に倒れたというのが非常にまずい、その相手がリンクなのだ。

疑われるのは確実と言っていい。

 

「大丈夫よ、リンク。ルージュ様は強い御方だもの、それに模擬戦とは言ってもちゃんと直前で止めたんでしょ?」

 

 スルバが優しく抱きしめながらそう話す。

リンクの話を聞いて行くと攻撃を当てたりはしていないようだ、リンクのせいではないと私達は信じられる。

 

「それはそうなんだけど、やっぱり僕不安で…」

 

「あんまり自分を追いつめちゃ駄目だぞリンク。なーに、族長様はとっても強いからな、すぐに元気になるさ!」

 

 あえて明るくリンクに、自分に言い聞かせるフェイパ。

大丈夫だ、族長様は強い。

 

 もし万が一ルージュの身に何かあった場合、リンクだってただでは済まない。

あの事件から1週間しか経っていないのだ。

弟まで失う事になったらスルバもきっと耐えられない…

 

「サークサーク…スルバ姉ちゃん、フェイパ姉ちゃん…」

 

こうして会話をしている3人の元へ来客が現れた。

 

「サヴァサーヴァ、夜分にすみません」

 

 訪れたのは族長の寝室にて警護の係をしているマトリーだった。

急いできたのだろう、だいぶ息が上がっている。

それでも淀みなく話すことが出来るぐらいには体力がある、警護役だけあり優秀な兵士だ。

 

「遅くまでお疲れ様です。こんな時間にどうされましたか?」

 

スルバが努めて冷静に対応する。

お願い、無事であって―リンクを連れて行かないで

 

「ビューラ様からの伝言です。頼みたい事があるので大至急族長様の寝室に来るようにとの事です」

 

長の警護役だけあって、丁寧に説明するマトリー。

スルバの願いもむなしく、ビューラからの呼び出しのようだ。

 

「兵士さん!リンクは悪い事なんてしてないです!だから―」

 

 フェイパはマトリーに縋った。

ルージュが倒れたのはリンクのせいだと糾弾されかねない。

 

 大切な弟をを連れていかれては、天に登り、神となった父様と母様に顔向けできない。

両親がいなくなって間もないのだ、立ち直ったとは言っても全く平気という訳では無い。

リンクにもしもの事があったらスルバだって、きっと立ち直れない。

 

「大丈夫ですよ、リンクが何かした訳じゃないのはわかってます。だから頼みたい事とビューラ様はおっしゃったのです」

 

「あ、すみません。アタイ早合点してしまって…」

 

「構いませんよ、状況が状況なのでそう思う気持ちもわかります。それでリンク、私からもお願いします。宮殿へ来てください」

 

 フェイパが心配するような内容ではないと優しく答えるマトリー。

その上でリンクへ宮殿へ来てほしいと再度お願いする。

どうやらリンクのせいではないが、問題が起きたらしい。

 

「…わかりました。ごめんねスルバ姉ちゃん、フェイパ姉ちゃん。またしばらく出かけるかもしれない」

 

態々リンクに頼むこと、考えたくはないが外へ出る事になるだろう。

 

「―外でも食べられるような手軽なものを準備しておくわ。もし出かけるとしてもちゃんと取りに来なさい」

 

「スルバ、アタイも手伝うよ。スルバ程は上手くできねーけどそれでも1人よりは色々作れるはずだ」

 

2人とも自分達に出来る事はリンクの準備を整えることだと行動に移す。

せめて旅先で助けになれるようにと願いを込めて―

 

「―サークサーク」

 

そう言ってリンクはマトリーと共に宮殿へと駆けだしていった。

 



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第19話 影の道は影

 

 宮殿 族長の寝室

 

「来たかリンク。マトリーもご苦労だった」

 

 マトリーはビューラに一礼し隅に移動する。

部屋の隅には他に見覚えのないゲルド族の女性が立っていた。

 

「…ビューラ様、ルージュ様は?」

 

 リンクとしても倒れたルージュが心配だった。

その上で夜分であるにもかかわらず自分を呼び戻す意図が読めなかった。

 

「ここで話すより見て貰った方が早いだろう。ルージュ様、失礼いたします」

 

「…これは!?」

 

 ゲルド族はその伝統的な衣装から肌の露出部分が多い。

族長であるルージュもそれに漏れない。

褐色の肌に瞳を模した赤い模様が現れ、点滅を繰り返している。

 

「それについては私が説明しましょう」

 

 そう言って、ゲルド族の女性がリンクの方へ歩いてきた。

 

「…あなたは?」

 

 ゲルドの街で暮らしているリンクでも、彼女の顔を見たことは無かった。

だからこそ警戒する。

 

「申し遅れたね、私はイグレッタ。ゲルド秘密クラブのオーナーさ」

 

 聞いた事がある。ゲルドの街の端にある会員制のお店だ。

少々、いやかなり怪しいから近づくなとメルエナに言われたことがある。

 

「心配するなリンク。彼女を呼んだのは私だ」

 

「ビューラ様!?」

 

 ビューラがイグレッタを呼んだという。

接点が見つからず疑問が増えるばかりだ。

 

「話を戻そう、ルージュ様に模様が現れているだろう?病気や怪我だったら良かったけれどこれは呪いの類だね」

 

「…ルージュ様がお倒れになられたのは、人為的なものだったという事だ」

 

厳格なビューラの顔がいつも以上に険しく、手は堅く握られ震えている。

 

 あの前兆は疲労では無かった、精神的なものでも無かった。

確かにそういう負担になる要素はあったかもしれない。

 

それでもルージュの強さをもっと信じていれば、あの時もっと多角的にルージュ様の安否を確認していれば。

それでも見落としてしまった事実は変わらない。

 

「アタイはね、人には言えないような事だってしたし、見ても来た。だからこそわかる事がある。この外法はイーガ団によるものだね」

 

 イーガ団 かつてハイラル王家につかえていたシーカー族の一派である。

その優れた能力を恐れられ、追放された恨みから王家への復讐を誓い厄災ガノンの手先になった者達だ。

 

「リンク、お前に頼みたいのはイグレッタを連れて至急カカリコ村へ行って欲しい。呪いの種類はわかったが治療方法まではわからなかった。イーガ団と同じシーカー族ならば治療方法がわかる可能性が高い」

 

 前回と同じく護衛の任務の様だ。

しかし、前回と比べると距離も責任の重さも段違いと言えるだろう。

 

「アタイも旅には慣れてるけれど、明確な悪意が見える以上準備は万端にしたい。こんなシーカー族が関わっているのがまるわかりな呪術とか罠にしか見えないね」

 

「わかりました。すぐに準備してカカリコ村へ発ちましょう」

 

 そう話が決まるとビューラはいつものように物資を支給する。

前回と比べると遥かに遠い距離という事もありその量は前回の3倍はある。

特に貨幣であるルピーは金色に輝く300ルピーと大金だ。

 

「今回の護衛はルージュ様の安否に関わる。あらゆる事に手を抜くことは出来ん。急な依頼ですまんが頼む」

 

 ビューラが頭を下げる。

本当なら自分が直接カカリコ村へ出向きたい。

しかしその為に街の政務を投げ出すことは許されないし「雷鳴の兜」を盗まれた時の様に奇襲されたらひとたまりもない。

自分のやるべき事はルージュ様の代わりに政務を行い、刺客が現れないか監視をする事なのだから。

 

 職業柄マトリーも声には出さないが、あまりの事に目を見開き驚いているようだ。

今回の件に関して相当責任を感じているのだろう。

 

「そんなに思いつめないでください。ビューラ様は私の憧れの一人です。族長様を支える仕事をしながら、武術においてもずっとゲルド族の頂点に立つ凄さはみんな知っています。ゲルド族の為に働いている貴方は本当にかっこいいです!」

 

 リンクはそう言い残し、武器を取りに行く為、家に戻ってゆく。

姉達、ルージュ、ビューラ達みんなの為に。

 

 

 リンクの家

 

「やっぱり行っちゃうのね、リンク」

 

 帰ってきたリンクにスルバが寂しそうに語りかける。

手には出かける間ずっと作っていたのだろう、旅先で食べられるものがまとめてある。

 

「ごめんね、スルバ姉ちゃん、フェイパ姉ちゃん。理由は話せないけれど、どうしても行かないといけないんだ」

 

 申し訳なさそうにリンクは謝る。

恐らくは一緒に演奏会にも参加できないだろう、あれだけみんなで練習したのに…そう思うとやるせない。

 

「内容までアタイらに教えられないとなるとホントに大事な内容なんだな。…簡単な食べ物とかしか準備できなかったけど渡しておくぜ」

 

 リンクの話す内容からどれ程重要な話をされたか理解するフェイパ。

そう言って、姉2人はリンクに荷物を渡す。

心なしか渡そうとする腕が震えていた。

 

「…サークサーク。それじゃあ、行って来るよ」

 

微笑みを返し彼は己に誓う、必ず無事に帰る。

大切な家族の為に

 

 

 ゲルドの街 門前

 

「もういいのかい?」

 

門の前ではすでにイグレッタが準備を終えてリンクを待っていた。

彼女も色々と準備をしたのだろう、背中に背負っているカバンがこれでもかと膨らんでいる。

 

「イグレッタさん、もう大丈夫です。お待たせしました」

 

「さて、今回の内容は緊急性が高いからね。遠慮なく行かせてもらうよ。2頭借りてきたから、あんたもそれに乗りな」

 

そう言って彼女は砂地を指さす。

そこにはレンタザラシ屋のスナザラシが待機していた。

 

「時間が惜しい。こいつに乗ってゲルドキャニオンまで突っ切るよ。それとこいつを持ってきな。荒涼とした場所では持っていて損はないよ」

 

そう言って彼女が渡してきたのは、木でできた杖だった。

先端に炎が灯っておりうっすらと光っている。

 

「スナザラシを準備してくれたんですね、サークサーク。温かい…この杖は?」

 

剣や槍といった武器は訓練でも握ったことがあるが、このようなものは初めてだ。

奇妙なものを確認する様に向きを変え、慎重に触ってゆく。

 

「そいつはファイアロッドっていう火の呪文を封じ込めたものさ。暗いところや寒いところへ行くときに重宝するよ。その分武器として使うのにはあまり向いてないけれどね」

 

そう言いながらスナザラシに乗る準備を進めていくイグレッタ。

何度か乗ったことがあるのだろう、一つ一つの動作が道に入っていた。

 

「武器にもいろいろあると聞いてはいましたが、こういう用途の物もあるのですね」

 

そういうリンクもスナザラシの準備をする。

曲がる時は不安だが真っ直ぐだけなら何とかなるだろう。

 

「ホントはもっと落ち着いて話せると良かったがね。行くよ!」

 

そう言うが早いかスナザラシを全力で動かすイグレッタ、それに追いつくよう必死に急き立てるリンク。

レンタザラシ屋のスナザラシだけあり砂を蹴散らしものすごい力で引っ張られる。

 

身体に受ける風圧に顔を顰めるも、後れを取る訳にはいかないリンクは必死に手綱を握りしめた。

幸いにして進む方向が決まっており、見晴らしの良い砂漠であった為に訓練時のような急激な曲がりが無いのがリンクにとってありがたかった。

 

――

 

 半日ほど経ち辺りが明るくなった頃、2人はゲルドキャニオンに着いた。

流石はスナザラシ、リンクが一人で砂漠を渡った時の半分ほどの時間で渡り切ってしまった。

最も必要とされる技能が高い為、便利な相棒ではあるが誰もが使えるわけではない。

 

「ゲルドキャニオンへ着いたな。いいペースで来れている。休むのはゲルドキャニオンの馬宿まで行ってからにするぞ」

 

 だがあくまで曲がることが少なかっただけで無かった訳ではない。加えて長時間強く手綱を握っていたのだ。手は痺れて重く、綱の跡がはっきりと残っている。

 

「はい!(何とか来れたけど、やっぱりスナザラシは不安だなぁ。思ったより消耗が激しいや。)」

 

「馬宿までは足で移動するしかない、これを飲んでおきな。あんまり美味しい物じゃないけどね」

 

 そう言って青い液体が入った瓶を渡す。はっきり言って色からしてかなり怪しい。

彼女はそんな怪しい液体を躊躇いもなく飲み干してゆく。

 

「イグレッタさん、これは?」

 

流石にどんなものかわからないの薬は怖いものだ。

効能を聞き出そうとするリンク。

 

「そいつはゴーゴー薬さ、身体能力を上げる薬でね。主に移動力が上がる効果があるんだ」

 

 確かに薬としてこういうものも存在しているのは想像できる。

リンクは以前、カラカラバザールで薬には虫や魔物を使っていると聞いたことがあるので若干顔が引きつってしまった。

それでも意を決して一気に飲み干す。

 

「ほう!いい飲みっぷりだ。中々度胸のある子だね。嫌いじゃないよ」

 

「うえっ、にっがい…。ど、どうも…」

 

 どうやらイグレッタは豪快に飲み干したリンクの事を気に入ったようだ。

こんなものを渡されて一気に飲める人はそうそういない。

 

リンクはというと強烈な苦みに顔を顰めながら、頭を下げていた。

 

「休むにしても時間との勝負な以上、効果的に回復したい。ルージュ様の為にも頑張っておくれ」

 

「勿論です。…イグレッタさんはどうしてルージュ様の為に動いているのですか?」

 

薬の効果で素早く移動している間、気になったのかリンクはイグレッタに尋ねた。

いくらビューラの頼みとはいえ、イグレッタは曰く付きの人物でもある。

族長に近いところに黒い人物がいるだけで悪影響を及ぼすのは目に見えている。

 

「…あの方はアンタが思っている以上に立派な族長なのさ。アタイみたいなろくでなしだって全員とは言わないけど、好きでこんな事やってる訳じゃない。どうしようもなくなって道を踏み外しちまった奴だっている」

 

 そう自嘲気味に話す彼女の横顔はどことなく愁いを帯びていた。

リンクが幼いという事もあり今までで始めてみた表情だった。

 

「ドジ踏んで捕まっちまった時、ルージュ様はアタイの置かれた環境を調べたみたいでね。仲間が苦しまない様、尽力する事が族長の責務だと言って罪を償っている合間に保証制度や事業の見直しといった改善案を持って来て激論を積み重ねたのさ。辛い所も暗い所も見て来たお主だからこそゲルドの街に必要なことを知ってるだろうって」

 

リンクには街の難しいことはわからなかったが、この人はルージュに対し悪い感情を持っている訳では無いことが分かった。

 

「馬鹿な話だよね、悪人の話なんて聞いたところで街がいい方向に動くわけがないのにさ。それでもあの方はしっかりと耳を傾け、反映させてくれた。相手が正直に話しているかもわからなければ族長など務まらぬと言い切ってね」

 

ゲルドの街は世界最大の交易場であり、出入りする人もかなり多い。

女性のみしか入る事が許されず、最果ての場所である過酷なゲルド砂漠を越えなければならないのにだ。

 

それだけ住んだり、商いをする事に力を注いできたという事だ。

並大抵の事ではないだろう。

 

「だからアタイはルージュ様の為に動くのさ、迷惑がかからない様要請されたときだけね。ま、悪人らしく金が入るからとでも思っといておくれ」

 

あっけらかんと言い放つが彼女をルージュの傍で見た事は一度もない。

相手が大切だからこそ離れている、そう言う選択もあるんだとリンクは実感した。

 

「…イグレッタさん」

 

「何だい?リンク?」

 

「絶対に助けましょう。ルージュ様を」

 

リンクにとってもルージュは大恩ある族長だ、彼女がいなかったら自分達がどうやって生きて行けたのか想像すらできない。

 

「ハッ!当然だね!ルージュ様以外の族長様なんてこっちから願い下げだ!」

 

そう交流を深めながら進んでいく2人。

馬宿まであと少しという所まで来た時だ。

 

「―イグレッタさん」

 

リンクがイグレッタを制止する様に手で遮る。

護衛の仕事とその為の訓練で身に付けた習慣だ。

 

「わかってるよ、ファイアロッドを用意しな。そいつは振れば火の球を出せる。こっちは馬宿まで行けりゃあいい」

 



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第20話 タイムイズマネー

閲覧ありがとうございます。

御蔭様で20話に到達しました、これからもお付き合いのほどよろしくお願いします。

試験的に章を分けてみました、読みやすくなれば幸いです。



 それはゲルドキャニオンの岩陰から次々と姿を現す。

前から、横から、後ろから。

取り囲むように辺りを動き始めた。

 

 カラカラコヨーテ

 

 ゲルド地方に生息する肉食の野生生物だ。

魔物ではないが、それでも危険な生き物である。

過酷なゲルド砂漠でさえ生き延びることのできる生命力、獲物の命まで奪いとれる獰猛な牙。包囲網を構築できる知能と死角を突く集団の連携。

決して魔物ではないからと油断していい相手ではないのだ。

 

「まずは包囲網を崩すよ、アタイは右寄りに進んでいく。アンタは後ろからの攻撃を盾で捌いておくれ。その後はそのロッドの出番だよ」

 

 元々荒事には慣れているのだろう。

囲まれている時でもやるべき事をしっかり認識できている。

 

「わかりました。背中は任せて下さい」

 

「若いのに頼もしいね!5秒後に始めるよ…2…1…」

 

時間と共に彼女は駆けだす。それを待っていたかのようにコヨーテ達も逃がさない様進行方向に集まり、背後からは俊敏な動きで襲いかかる。

 

「させないよ!」

 

 コヨーテは素早い、薬を飲んで移動力を上げている2人にも肉薄する勢いだ。イグレッタの背中を捉えた牙による攻撃はリンクが盾で捌き、弾き飛ばした。

コヨーテの身軽な身体が宙を舞う。

 

「今だ!左側に杖を振ってくれ!」

 

 言うが早いかリンクは数は少ないがコヨーテのいる方向にファイアロッドを振り回す。

合わせるかのようにイグレッタも右側にファイアロッドを振り回し左側へ方向転換する。

 

「道が出来たよ!今のうちに突っ切るんだ!」

 

左右を火の球がバウンドし、炎上する。

カラカラコヨーテは2人を追いかけようとするが、炎が行く手を阻み脚を止める。

 

その間に全力で駆け抜けるリンク達であった。

 

――

 

「ふぅー、何とか逃げ切れましたね。あれを撃退するとなるとかなり骨が折れそうです」

 

リンクにとって初めての野生生物との戦闘であり、逃走だった。

持っていたロッドの効果と、イグレッタが荒事にも慣れていた為手際よくあしらえたと言っていい。

 

しかし、これが慣れていない人を護衛しながら打ち倒すとなると相当に骨が折れそうな相手だなとも思った。

 

「目的はカカリコ村まで行く事で、あいつらを倒す事じゃないからね。…それにしても中々やるじゃないか。即席の連携にしちゃ上出来だ」

 

リンクが強いという事は、あのビューラが指名した事から窺える。

相手の意図を読み、連携が取れるという点も助かるというものだ。

 

「サークサーク、ビューラ様に集団を相手にする方法を指導されましたから」

 

「そんなもんかねえ、まあいい。馬宿が見えて来たからあそこで休憩を取るよ」

 

辺りが暗くなる頃にはリンク達はゲルドキャニオンの馬宿まで進むことが出来た。

慣れという面もあるだろうが、それ以上にスナザラシや薬による移動力の底上げが頼もしい。

 

「ここまで来れば安心だ。お腹も空いただろうしご飯にしよう」

 

 そう言って、各々が準備していた食べ物を広げる。

イグレッタの出した料理…いや謎の物体は異臭を放っており、食欲が失くなりそうな色をしていた。

額から冷や汗が流れ落ちる。

 

(イグレッタさん…料理、下手だったんだ…)

 

自分は嫌いな食べ物も少ないし、大抵のものは美味しく頂けるがそれでも目の前にあるそれはできる事なら口にしたくはないと思うリンクだった。

 

(僕も姉ちゃん達の料理を食べよう。食べておかないといざというときに動けない。)

 

 その横で包みを広げたリンク。食欲を刺激する豊かな風味のおにぎりが顔をのぞかせる。

キノコおにぎり、夜遅くに砂漠を渡ることを案じたのだろう。

ポカポカダケの混ぜ込みご飯で作ってあるようだ、形の整ったものと少しだけ歪なものがある。

 

「お、何だかうまそうじゃないか!アンタこれ買ってきたのかい?」

 

 リンクの包みを覗き込んだイグレッタ。

互いに用意していた食事は違う、食べるもの1つで話の種にもなるという事だ。

 

「いえ、これは姉達が作ってくれた料理です。おんなじ料理でも個性が出ていて不思議ですよね」

 

「姉達がいるのか!せっかくだしちょっとずつ料理を交換しないかい?」

 

これはマズイ…いくら何でも黒ずんだ炭みたいなものと石みたいな料理は食べきれる自信はない…。

 

「気を使って大量に作ってくれたみたいです。私はいいのでイグレッタさんどうぞ」

 

そう言って、イグレッタの前に差し出すリンク。

姉達がいっぱい作ってくれて良かった。

 

「いいのかい?サークサーク、それじゃいただきます!」

 

そう言って、イグレッタはおにぎりにかぶりつく。

おにぎりを持っている手が止まった。

 

(…美味しい。掛け値なしに美味しい。これの後にアレを食べるのか…?)

 

 文句なく美味しかった、だからこそ己の料理の下手さをこれでもかと突きつけられてしまった。

自覚はあった、旅をしている時はどうしてもまともな食事はできないものだと言い聞かせて来た。

だがそれも今、無情な程に粉々に打ち砕かれてしまった。

 

「あ、あの…口に合いませんでしたか?」

 

「い、いや美味しいぞ。旅先でこんなうまいものを食べられると思わなかったからな!ちょっと驚いているんだ!」

 

思い出したかのようにおにぎりを口に運ぶイグレッタ。

次々と口に運んでいるその表情は何とも言えない悲しみを纏っていた。

 

始めは不思議に思っていたリンクだったが、彼女が自分の料理に手を付けてない所を見てしまい心の中で謝罪をした。

 

(この後にあの料理を食べるのは厳しいよね…イグレッタさん、ごめんなさい…)

 

 包みを開けて食べているうち、リンクは別のものが入っているのに気が付いた。

何だろうと開いてみると、そこにはフェイパに渡した美白クリームとヤシの花を使った髪飾りが入っていた。

無事に帰って来なさいと書かれた手紙を添えて。

 

「イグレッタさん、ゲルド族の女の子がいると色々と面倒です。ちょっとだけ変装するので待っていてもらえますか?」

 

「ん?ああそういう事にしとくのかい。そういうのは得意だからアタイがやってやるよ。貸してみな」

 

 そう言って慣れた手つきでリンクにメイクを施していくイグレッタ。

ラメラも上手であったが、元の顔から変えるという面では彼女の方が上手であった。

髪飾りが赤土に咲いた向日葵のように輝いている。

 

「これでよしっと、とりあえずゲルド族には見えないよ。それにしてもアンタ似合うねえ…」

 

「それ、喜んでいいのか悲しんでいいのか反応に困るんですけど」

 

 とりあえずな感じの似合うという表現に複雑な反応をするリンク。

理解は出来ても許容は難しいものだ。

 

「褒めているんだよ、ここまで素材がいいと御洒落のしがいがあるよ」

 

「そう…ですか」

 

 納得できていないリンクをどこ吹く風で置いて行き、馬宿で宿泊の手続きをするイグレッタ。どうやらここで泊まるつもりらしい。

 

「あれ?野宿するんじゃないんですか?ここら辺なら安全ですよ?」

 

「いいかいリンク。今回の求められているのは速さと正確さだ。野宿では先程までの負荷を回復するのは難しいし、疲れも取れない。時間を買っていると考えるんだ。そういう訳で、2名夕方まで宿泊でお願いします」

 

 イグレッタが言うように、野宿は宿泊施設に泊まるのとは訳が違う。

あくまで睡眠を取るための措置ぐらいに考えた方がいいだろう。

 

 彼女の方針では野宿を減らし、宿泊で疲労を取ってゆくつもりの様だ。

馬宿のオーナー、ピアフェに宿泊する旨を伝える。

 

「かしこまりました。ごゆっくりお休みください」

 

 ピアフェが40ルピー支払いリンクにも馬宿のテントに入るよう促す。

2人ともかなり無理矢理進んで来た為、疲れたのだろう。

沈み込むように眠りについた。

 

――

 

「サヴァサーヴァ、やっと疲れも取れたよ」

 

「あ~、イグレッタさん…サヴァサーヴァ…」

 

 昼頃から宿泊する事で疲れを癒した2人。

辺りは日が暮れようとしている。

 

大人のイグレッタとは対照的にリンクはかなり眠そうだ。

休憩としては長くても、睡眠時間としてはかなり少ないから仕方ないが。

 

「さて、これからの移動について説明をするわ。とは言っても実物を見たほうが早いかもしれないわね」

 

そう言って、受付にいるピアフェに何やら話をつけている。

しばらくすると彼は奥から何やら連れ出してきた。

それは茶色の毛並みを持つ4足歩行の生き物、馬であった。

 

「馬ですか!乗って移動ができるらしいですね」

 

 リンクが少しだけ興奮気味に話しかける、リンクも馬を持っているとはいえ乗りこなせるような体躯では無い。

いつかは馬に乗ってみたいと思っていたがこれほど早く訪れるとは。

 

「おや?案外驚かないね?ゲルド族で馬に乗るのはかなり珍しいはずなのに」

 

 イグレッタは移動手段の要として、馬を使うつもりだったようだ。

とっておきのつもりであったので予想以上に反応がうすいリンクに首をかしげるのだった。

 

「ああ、ついこの間、ここらで野生の馬を見たことがあるってだけです」

 

 疑問の答えになる様、とりあえずこの近くであった事を話すリンク。

このゲルドキャニオンの近くで見かける事はあり得ないという訳では無い。

 

「へえ、この辺りに馬がいるだなんて珍しい事もあるんだねえ。カカリコ村へはこいつを使う。アンタは小さいから後ろに乗せることが出来るしね」

 

 彼女は馬に跨りリンクに乗るように促す。

リンクが後ろから乗ろうとした時―

 

「止まれ!馬は後ろから乗ると蹴られるよ!」

 

 とっさの判断で思わず口調が厳しくなるイグレッタ。

馬は真後ろから近づくと蹴り上げられることがある為とても危険なのだ。

 

「す、すみません。乗り方がわからなくて」

 

 忠告の内容が自分を心配しての事だとわかり、謝るリンク。

こんな事で怪我をしていては先が思いやられる。

 

「まあ初めてだから仕方ないか、蹴り脚はとても強いから気を付けて。馬だけじゃない、大きい生き物なら大体乗れるわ。乗り方とかは詳しい人に聞いた方がいいけどね」

 

 リンクが見たことある野生生物は、馬宿にいる馬や驢馬、来る途中で襲ってきたカラカラコヨーテぐらいだろう。

だが、あの大きさでは大人ではまず乗れないだろう。

他にも乗れる生き物がいるのかも知れない。

 

「そういうものなんですね…。それでは失礼します」

 

 そう言って横から騎乗しようとするリンク。

しかし身長が追い付いていない為、成体の馬に乗るのは難しかった。

何度か挑戦する事で、覚束ないながらも乗ることが出来た。

 

ちょっと面白かったのかイグレッタは笑っている。

 

「よし、乗ったね。ここからはアタイがカカリコ村まで移動する。振り落とされない様、しっかりつかまってるんだよ!」

 

 手綱を握りイグレッタが合図を出す、それを合図に嘶きと共に馬は駆け出す。

 

 ゲルドキャニオンは両脇が岩で遮られている為、この場所は風の通り道だ。

リンクは後ろに乗っている分平気だが、イグレッタは一身にそれを受け、切り裂いてゆく。

強靭な足腰が生み出す迅速な動きはスナザラシにも匹敵しながらも地面を蹴りつける衝撃をリンクに与える。

 

 少しの間、彼は目を瞑り研ぎ澄ました感覚で風を振動を馬の温もりを堪能する。

瞼の裏に光景が浮かぶ、新緑を携えた広大な草原だ。

馬に跨り疾駆する。より速く、より力強く。

いつかドラグと一緒に走り抜けたいものだ。

 

「リンク!」

 

イグレッタに声をかけられハッと意識を戻すリンク。

 

「あ、すみませんちょっと考え事をしていまして。こう、いつか自分も馬に乗ってみたいなぁって」

 

「…へえ。」

 

 リンクの返答にイグレッタは不敵な笑みを浮かべる。

あまり好ましい表現ではないが、想像以上にしっくりくるし、もしそう言われたとしても彼女は笑って受け入れるだろう。

 

(ゲルド族で馬に乗る者は少ない、この子はこんなにも小さい頃からスナザラシを曲がりなりにも乗りこなす。…楽しみだね。表に出してはいなくとも好奇心と行動力を持っている。)

 

「カカリコ村までは遠い、馬を使っても2日程かかるだろう。途中で馬宿で休みもするけれど基本的には移動を続けるよ」

 

「基本的には…ですか?」

 

 イグレッタの話す内容にリンクには引っかかった。

基本的という言葉には例外として移動を止める場合を含むからだ。

 

「ああそうさ。ここから先にも街道を利用する人間もいる。でも街道だからといって全てが安全とは言えない。魔物に襲われている人にだって出くわす時もあるのさ。そういう時はアンタの出番だよ」

 

 ルージュ様との約束だからねと小声で言ったのをリンクは聞き逃さなかった。

 

「なるほど、それは納得です」

 

「いい返事だ。―さて、前を見な。簡単には通してくれないみたいだ」

 

 そう言われ視線を先に向ける。そこには骸をかたどった岩の空洞に木で組まれた櫓が複数作られている。

その至る所に赤みがかった肌の醜悪な大きい鼻を持った子鬼の魔物、ボコブリンがいた。

 

「ここまでしっかりとした拠点を作れるんですね…。侮れない」

 

 リンクは魔物による奇襲は受けたことがあるが、今回のような集団かつ拠点まで構築する存在は初めて出会った。

 

「―今回は時間を優先する。突っ切るよ!」

 



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第21話 鬼達の脅威

 言うが早いかイグレッタは馬の腹を蹴り、急き立てる。

更なる速さで駆け抜けるつもりだ。

 

 櫓にいたボコブリンが気づいたのだろう。角笛を吹き、仲間に合図を送る。

 

それに気が付いたボコブリン達が櫓から弓を引き絞り照準を合わせて来た。

洞窟からは棍棒を携えたボコブリンがこちらへ向かって飛び出して来る。

 

イグレッタは巧みに綱を引き、放たれた矢を潜り抜けていく。

見事なものだ、飛んで来る矢の軌道を見て躱せるよう誘導してゆく様は見事なものだ。

 

そんな時、このままでは逃げられると踏んだのかボコブリンが通させまいと進路に立ち塞がって来た!

 

「どうします!?立ち止まったら狙い撃ちですよ!?」

 

 まずい状況だ、この場所は魔物の領域であり狩場でもある。

数で負けている上に、彼らは弓による遠距離攻撃が可能だ。

ボコブリン達の狙いは案外正確で外れることを期待するのは難しそうだ。

 

「それはね、こうするのさ!」

 

 そう言って、イグレッタは再び腹を蹴り馬の速度を上げ、ボコブリンを跳ね飛ばした。

襲歩と呼ばれ地面を蹴りつけ疾走する動きだ。

イグレッタ達に加えて馬の重量まである状態だ、哀れボコブリンはその速さも重なり遥か彼方へ吹き飛び転がっていった。

 

そのあまりの威力に足止めのボコブリン達がひるみ、その隙に抜けようとした時である。

 

  グラッ

 

 リンクの耳がかすかな音を拾い取った。

それはとても小さかったが明らかに位置がおかしく、それでいて異質であった。

とっさに上を向くと崖の上から岩が顔を覗かせ、リンク達に向かって落ちて来た!

 

「イグレッタさん!崖から岩が落ちて来ます!」

 

「何!?」

 

この展開は予想外だったのだろう、慌てて上を確認し落下場所を予測する。

 

 急いで手綱を握り当たらない様、進路を変更し、馬を制御する。

ゲルドキャニオンの高さから岩がぶつかればひとたまりもない。

イグレッタから遅れること数秒、足止めのボコブリン達も気が付いたのだろう。

上を向き避けようと散開する。

 

ドズゥゥウウウン!!!

 

 巨大な岩がボコブリン達を巻き込み砕け散る。

これにはたまらず、逃げ延びたボコブリン達が逃げ帰ってゆく。

その隙を逃さずリンク達はゲルドキャニオンを駆け抜けていった。

 

――

 

「…」

 

「何とか、抜けられましたね…。簡易的な砦に加えて連携もできるのもそうですが、あんな手まで使ってくるなんて思いませんでした」

 

 リンクは初めて魔物の連携や設備の建築を見てより一層警戒を強めていた。

そして、決定的なのがあれ程の高度から落石だ。

タイミングや位置を考えると偶然とはいえず、極めて高い殺意と言えるだろう。

 

「…違うな」

 

「えっ!?」

 

 しかし、イグレッタは別の危険を捉えていた。

 

「ああは見えても、あいつらは仲間意識が強い。仲間を巻き込みかねない落石などあり得ない。それも自分達の居住場所の近くなんて不自然だ」

 

「…それってつまり…」

 

リンクの脳裏に不安がよぎる、ボコブリン達のものでは無いとなると―

 

「別勢力の何者かがアタイ達を狙ったと考えるべきだろうね。おそらくルージュ様に呪いをかけたやつらだろう」

 

 冷静に淡々と話すその言葉じりに苛立ちが滲む。

呪いの事を考えると同じ人族が殺しにかかっているのだろう。

 

「信じられません、こんなことまでしてくるなんて…」

 

 わかりたくもないといった様子で顔をそむけるリンク、彼にとってかなりショッキングな光景であった。

あれ程の大きさの岩が落ちてくるのだ、直撃したらまず助からないだろう。

それをわかった上で実行されて納得など行く訳がない。

 

 こうして彼女達は心中の不安を抱えたままゲルドキャニオンを駆け抜けていったのだった。

ゲルドキャニオンを抜けた先には黄泉の川と呼ばれる幅の広がった川に着き、そこに浮かぶ島々に橋が架かったデグドの吊り橋にたどり着いた。

 

「凄い凄い!水がいっぱい流れている!生えてる植物も見たことないよ!」

 

 見たこともない青々とした植物に、先程までの乾いた大地が嘘のような潤沢な水源。

砂や土に覆われた荒野や砂漠とは一線を画すような陸の孤島たちが彼らを出迎えた。

 

「ああ、この水が流れている場所は川っていうのさ。ここまで来ると気候が違うからな。植物も違うから色が緑色だろ?」

 

 ゲルドの街の様な人工的に調整されたものでは無い、自然に流れる水というのは不思議なものだ。

滑り落ちてゆく水はどこまで進んでゆくのだろう。

 

「はい、見るもの聞くものどれもこれも新鮮ですよ!」

 

峠を越した先に、平和な風が吹き抜けていく。

厳しいゲルド砂漠や逃げ道の少ないゲルドキャニオンと比べれば、リンクの考えは強ち間違ってはいない。

 

だがしかし、彼女は少しの間沈黙をする。

 

「…リンク、覚えておきな。ここから先は比較的整備された安全な道だ。だからこそより一層危険なのさ。矛盾するような言い草だけど肝に銘じな」

 

 いまいちピンと来なかったのだろう、リンクは首を傾げた後に頷いた。

…既に日が落ち、デグドの吊り橋の一番大きな島にたどり着いた時である。

植物が生い茂り、立派な樹木だってある。そんな島の真ん中に巨大な影が見えた。

 

「イグレッタさん、何か真ん中に見えます。あれは?」

 

リンクが遥か先を指さす。

それに気が付いたイグレッタが説明をする。

 

「ああ、あれはヒノックスという魔物だよ。巨体に違わぬ怪力の持ち主だけど普段は寝ているし、こちらから危害を加えなければ問題はないよ」

 

 ヒノックス…一つ目の巨体を持つ鬼の魔物。

巨体に違わぬタフネスと剛腕が驚異の怪物である。

強さも折り紙付きで、王家騎士になる為の最終試験として採用されていたほどだ。

 

「へぇ…?っ」

 

しばしの間、リンクは思案した。

…先程のボコブリン戦での落石、暗くて把握しにくい環境で巨体のヒノックス。

導かれる彼なりの答え、それは―

 

「…イグレッタさん。私の予想通りなら、安心はできないかと」

 

 そう言っている内にも馬の速足で近づいてゆく。

次第にはっきりしてくる黒い影は動きを確認できるまでになった。

 

 そこでイグレッタも気が付いた。

ヒノックスは元々眠っていることが多く、いびきによる動きが確認できる。

しかし、明らかにいびきとその呼吸から発生するものでは無かった。

馬の移動による振動とは別の地響きが鳴り響いている。

 

「何だって…?すでに起きている…だと!?」

 

あり得ない、ヒノックスは刺激したり近場を走ったりでもしない限り起き上がることは無い。

それがどうだ、近づきもしない内からその1つ目を見開き凝視するではないか。

本来は、馬による移動で起きたとしても襲ってくる間に通り抜ける算段だったのだ。

 

 ヒノックスは敵と見做したのだろう、こちらに対し、巨腕を振り上げる。

こちらとしてはたまたま通りかかっただけなのだが、そんな道理は通用しない。

冷汗が流れる、ヒノックスは動きこそ緩慢で躱すことが難しい訳では無い。

 

 だがその巨体から繰り出される怪力は非常に厄介だ。

万が一当たってしまった場合の影響力が大きすぎるのだ。

 

「ハアッ!」

 

 イグレッタは急き立てる。

馬は本来臆病な生き物だ、なるべく脅威となるヒノックスの傍にいる時間を減らし、ストレスに晒さない様にしなければならない。

あまりにも長く精神に負荷をかけていると、制動不能に陥る事だってありうるのだ。

 

 速度を上げたおかげで、ヒノックスの拳による一撃は空を切り、地面にぶつかる。

地面に出来上がったクレーターがその脅威を雄弁に物語っており、事態の深刻さを正確に伝えてくる。

 

(だが今の一撃を躱せたのは大きい!アイツの動きじゃ馬には追いつけない!)

 

 そのままデグドの吊り橋からの脱出を図る。

だがヒノックスの怪力は時としてとんでもない手段で追撃を可能とする。

 

バキバキバキ

 

「えっ!?」

 

振り返るリンクが目を凝らす。今起きている出来事が信じられないのだ。

いつの間にかヒノックスが武器を持っている、かなり大きいものだ。

こんなものがあれば気が付かない筈が無い。

 

(嘘…だろ…)

 

 どうやって武器を調達したか、その手がかりは先程の千切れる様な物音。

島に存在していた樹木、切り株の如き上部の存在しない根。

そう、力任せに千切り取った樹木で即席の槍にしたのだ。

 

(頼む!間に合ってくれ!)

 

 リンクがファイアロッドを、ヒノックスが樹木を振り上げる。

この場面リンクに求められるのは精度と早さ、ヒノックスに求められるのは同じく精度と膨大な重量を届かせる筋力だ。

命がかかった極限状態が、神経を研ぎ澄まし睨み合っているかの様な錯覚をリンクに齎す。

 

 リンクが先にロッドを振り抜く。

鈍重なヒノックス相手では当然の様に早さにおいて彼に軍配が上がった。

 

ここから先だ、単に魔物より少し早ければいい訳では無い。

最初に動けたといっても攻撃が届く前に相手が正確に狙うことが出来ていたら本末転倒だ。

飛んでいく火の球が狙いから外れていたらしっかり狙いをつけてぶつけられるだろう。

 

(こっちは馬の制御と疾駆だけで精一杯だ、頼む…!)

 

 彼女の耳にヒノックスの悲鳴が届いた。

ヒノックスはその巨体に違わぬタフネスを持っている。

そんな怪物を相手取るには頼りない火の球であったが、ただ一点。目玉に対してだけは効力を発揮する。

 

 あまりの熱に両手で目を覆い、携えていた木の幹を落とし尻もちをつく。

こうしている間にも馬は進み、吊り橋を渡り切ったのだった。

 

――

 



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第22話 悪意に満ちたワナ

「何とか抜けられたな、生きた心地がしなかったよ。リンク、サークサーク」

 

「イグレッタさんも、お疲れ様です。見事な馬の扱いでしたよ」

 

 度重なる脅威を乗り越え一時の安楽を享受する2人。

集中力は維持できたとしても負荷までは誤魔化しがきかないのだ。

何日にもかかる移動にはこういう時間も時に必要となる。

 

「ここから先は見通しのいい街道が続く、馬の速さと体力を考えるとハイラル宿場跡ぐらいまでは進みたい。そこの馬宿で馬を休ませないとね」

 

 イグレッタやリンクは精神的な消耗の方が大きいぐらいで済んでいるが、馬の方はそうはいかない。

リンク達を運んで長時間走っていれば疲れはたまるし、ストレスだって生命の危険を感じる様な魔物の攻撃に晒されては尚更であろう。

 

「ハイラル宿場跡…ですか?何だか施設として機能していない様に聞こえるのですが」

 

 リンクの疑問も最もだ、宿場跡なんて言われればすでに宿の機能を有していないと考えるのが自然だろう。

 

「ああ、確かに最近まで廃墟同然だったさ。でも厄災が封印されて姫様が戻って来たからね。復興の一環で簡易的に馬宿を設置したんだよ。復興と交通網は切っても切れない関係にあるからね」

 

 厄災が封印されてから7年経つ、その間にゼルダ姫を象徴とした復興活動が行われていた。

だからこそ人材や資材、時間は絶対に必要となる。

運び込む為には大切な施設と言える。

 

「さてこんな話ばかりじゃ気が滅入っちまうねぇ。せっかくカカリコ村へ行くんだ。カカリコ村でやってみたい事とかあるのかい?今回は無理だけどまた機会を改めて行ってみるのも悪くはないよ」

 

 イグレッタは話を切り替えた。

リンクをリラックスさせる意図もあるし、自身のストレスをコントロールする為でもある。

せっかく異国へ行くのだ、

 

「そうですね…、私はあまりカカリコ村に詳しくはないですが先程使った美白クリーム、あれはいいものだと思います」

 

「ああ、確かにカカリコ村産だったね。中々いいチョイスじゃないか。美白だけじゃなく香りも上品なのがポイント高いよ。うちでも大量に仕入れたいぐらいさ」

 

 リンクのチョイスが気に入ったのだろう、うんうんと彼女は頷く。

ゲルドのヴァーイだけあってこの辺りのリサーチには手を抜かない。

 

「アタイはねえ、美味しい料理を食べたいな。異国へ足を運べば当然自分達とは食べるものも違ってくる。見たこともない料理を堪能したいのさ。後は自分でも作れそうなものを調べたいって所」

 

目を輝かせながらイグレッタは語る。

 

 食文化の違いは当然存在するだろう。

いくらゲルドの街が最大の交易場とは言っても日持ちしない食品などは好んで持ち運んでくるのは難しいし、そもそも作り方は調べでもしないとわからない。

 

「…イグレッタさん、先程の料理どうやって作ったんですか?」

 

 何故それだけの興味がありながら根本的に間違ったものが出来てしまうのか。

リンク自身、あれは流石に食べたいとは思えなかった。

リンクの周りにはスルバやアローマを始めとして料理が上手な人が多い。

苦手なものだって工夫してくれるので少なくなっている、にもかかわらずあれは本能的に食べたいとすら思えなかった。

 

「あれは薪が入ってるんだよ。釜土で作ったんだけどさ、使い方に薪をくべるって書いてあったから鍋に入れてみたんだよ。何回やってもうまくいかなくてね」

 

どうやら書物を通して作っているようで彼女は意外と勉強熱心なようだ。

致命的な読み違いが惨状を引き起こしているだけで。

 

「イグレッタさん、これは姉から聞いたのですが。くべるは確かに入れるという意味ですけど鍋じゃなくて下の空洞に入れるってことですよ…?」

 

 話して良かった、食べなくて良かった。

明らかに食べるためのものじゃないものを入れている…。

リンクは確信した。

 

「何…だと…?」

 

「他に何か入れたりしたんですか?」

 

「石焼という料理も聞いた事があってね、夜光石を焼いたりもしたかね」

 

「あ、もういいです。簡単なものでいいので、知り合いに教えて貰いながら練習するほうがいいと思います」

 

 何という事だ、なぜこれで生きてこれたのか。

どれもこれもゲルド族が食べられるものじゃない。

後者に至ってはゴロン族かと突っ込みが入るレベルのものだ。

 

ちなみに彼女の読んでいた料理本の作者はミモザというらしい。

 

「なんてこったい…。どうやら食べられるものから吟味したほうがいい気がしてきたよ…」

 

イグレッタはしょぼくれる、こんな子供にすら料理でダメだしされているのだ。

凹まないほうがおかしい。

 

「そ、そうです!カカリコ村には他にどんなものがあるんですか!?」

 

落ち込む彼女に気を利かせ話題を切り替えるリンク。

意図を察する事の出来ない彼女ではない。

 

「そうだね~、呉服屋なんかで服を見るのもいいかもね。素朴な感じのものが多くてゲルド族とは反対の奥ゆかしさを強みにしているみたいだよ」

 

そうだ、ゲルド族の衣装は金属による装飾や露出の多さが特徴的でとにかく目を引く。

だからこそシーカー族の衣装は、使いこなせさえすればゲルドのファッションで頂点に立てる可能性があるともいえる。

というのも目を引くというのは極論、他と違うという事だからだ。

 

本来目立つはずの白色も同じ色だけ集まればただのキャンパスだ。

逆に地味ははずの灰色が一点だけキャンパスに塗られたらどうだろう。

 

「なるほど…次の機会があれば姉へのお土産に購入してみたいですね」

 

「アンタが言ってもいい部分だけでいいから、姉についても聞かせてくれないかい?随分仲がいいみたいだしね」

 

今度はイグレッタがリンクへ質問をする、自分の事はあまり話はしないが姉の話を交える事が多い。

かなり大切な家族なのだろうことが窺えるというものだ。

 

「!ハイ!姉は二人いましてね。今日食べたおにぎりなんですが綺麗に握れているのが料理と音楽が趣味の姉でして、今度の演奏会に向けて張り切っているんですよ!そして―」

 

彼女の何気ない言葉にリンクが目を輝かせ反応した。

出るわ出るわ、リンクにとって優しくて、かっこよくて、綺麗な自慢の姉達だ。

 

長時間に渡る移動中とは言え、話でもしないと気が滅入ってしまう。

そう思って訊ねてみた所とんだ藪蛇だと彼女は思った。

 

「―で、もう一人の姉なんですがこちらは舞踊とファッションが大好きなんですよ!本人はアタイに御洒落なんて―とか言ってますけど、興味津々なのがバレバレでそのギャップがいいんですよね!」

 

「な、なるほどね。若いのに中々やるじゃないか…。そういえば遥か昔に音楽に精通している者がいたと聞いたね。思わぬ掘り出し物もあるかもよ」

 

イグレッタもこれは堪らない、どうにか話をずらそうと試みる。

その切り口として、音楽が好きな姉からかつてカカリコ村に有名な音楽家がいたと持ち出してみる。

 

「え!?ホントですか!?サークサーク!」

 

嬉しそうに返事を返すリンク。

これは思わぬ収穫だ、探してみたい物が明確に出来たのだから。

 

「さて…今日の所はここまでだね。ハイラル宿場跡に着いたよ」

 

長話をしながら移動している内に、ハイラル宿場跡にある臨時馬宿にたどり着いた。

夜に差し掛かる時間から移動を始めていたというのに、いつの間にか太陽が頂上まで上り詰めていた。

 

 2人はここで馬と自身を休ませる。

お腹も減っていたので馬宿で肉シチューを注文した。

ここではこういうサービスも行っているらしい。

場所によって様々な特色が出てくるものだ。

 

職員が外にある鍋を使って調理している時だ。

 

「イグレッタさん、あの鍋を見て下さい。鍋じゃなくてその下にだけ薪を使っているでしょ。あれがくべるという意味です。流石に薪を料理に混ぜてたら体壊しちゃいますよ」

 

リンクが調理をしている所を説明する、流石に石や薪を食べて身体にいい訳がない。

 

「あ、ああ…そう…だな…」

 

彼は善意から言っている、為にもなる。だけどそれが今はとても辛いと感じるイグレッタだった。

更に言うと料理が出来るまでの間、ずっと2人に眺められる職員はとても作りづらそうだった。

 

「「それじゃ、いっただっきまーす!」」

 

2人は肉入りシチューをかき込む。

長旅で使い切ったエネルギーを補充する様に無言で口に運ぶ。

―美味しい。空腹は最大のスパイスだという。

出発前のおにぎりがら何も食べてない2人はその効き目をしかと噛み締めた。

加えて高速で移動し風を受けていたのだ、知らず知らずのうちに冷え切った身体に温かいスープは嬉しいものだ。

 

しっかりと煮込まれた肉は口の中でとろけ、隠し味に入れられたヤギのバターの芳醇な香りが一層引き立てる。

添えられた小麦パンが重厚な味のシチューの箸休めとなり舌を休ませてくれるのだ。

千切ったパンで食器に残った僅かなシチューまで残さずきっちりと味わうことが出来る。

食べる人にも、後片付けをする人にも嬉しい心遣いが行き届いている。

 

「ふぅ…御馳走様っと。美味かったね、掛け値なしに」

 

「ええ、いつか自分も馬で駆けた後、作っておいた料理を堪能できるようになりたいです」

 

「いいねえ、その時はアタイもご同伴に預かりたいよ」

 

「そこは先に料理ができるようになる、でしょう?」

 

「そりゃ違いないねえ」

 

2人の笑い声が空に響いていった。

 

――

 

 馬宿で身体をしっかり休めると、すぐに出発の準備にかかった。

もう少しゆっくりしたかったが状況が状況なので仕方がない。

実は常に走り続けるのならば馬よりも人の方が向いている。

短距離でならばもちろん馬の方が速いのだが、二足歩行の方が長時間走るのには適しているからだ。

 

 今は時間という制約がある為、馬を使って休憩を適度に挟んで進んでいる。

ある程度疲労が取れたのだろう、馬宿へ着く直前より心なしか快適に進んでいる気がした。

そんな時である。

 

「リンク、デグドの吊り橋で言った事覚えてるか?」

 

イグレッタが真剣な眼差しで改めて尋ねて来た。

 

「あっはい、未だにピンと来ないですがそれでも警戒はしているつもりです」

 

リンクにはその真意がわかりはしなかったが、重要な事なのだとは感じられたらしい。

 

「それでいい、ああいうのは体験しないとわからないからね。今からアタイがいいというまでしっかり掴まってじっとしてな」

 

 何故そんな事を言うのだろう。せめて気になった事でも教えてくれればいいのにとリンクは思った。

街道を進むうち分かれ道が見えて来た。

その分岐点に何かがいる、旅人のようだ。

何やら脚を抑えてうずくまっている、抑えている部分を見てみると魔物にでも襲われたのか靴の大部分が赤く滲み足元には血だまりが綺麗に円を描いている。

 

「…」

 

にもかかわらずイグレッタは馬を急き立て駆け抜けてゆく。

 

「どうしちゃったんですか!?怪我している人を見過ごすなんて!?」

 

リンクの言い分も最もだ、比較的安全とは言え絶対ではない。

魔物だって出てくるし、野生生物だって襲ってくる。

怪我をしている状態で放置されていたらそれだけで命の危険すらある。

ましてや怪我をした状態で馬宿まで移動できるわけがない。

 

「リンク」

 

彼女は今までにない険しい顔つきでリンクに返事をした。

 

「理由は2つだ、1つはルージュ様を助けることが第一優先だ。優先順位を見誤るな。2つ目、こっちが本命だ。忠告しておいて良かった。

 

あれは怪我なんてしていない、我々を狙うための罠だ」

 

「…えっ?」

 

 この状況、冷静になってみるとおかしいのだ。

魔物にしろ野生生物にしろ動けなくなるほどの攻撃をしたまま野放しにすることなどあり得ない。

それだけではない、血溜まりが出来てはいたが、それ以外の場所には一切血の跡が残っていなかった。

加えて綺麗すぎる円形の溜まり、これは動いている時では起こりえない。

 

つまり棒立ちで一切移動せず足だけに攻撃を受けて、相手は素通りしたという事になる。

 

「リンク、危険なのは人間も一緒なのさ。良くも悪くもいい人ばかりに囲まれたんだね。だからこそ目を養え。相手が悪意を持った人間かどうか見極める為にもな」

 

重い言葉だった、確かに姉達を始めとして人に恵まれた自覚はあった。

無意識のうちにいい人ばかりだと思っていたのだろう。

黒い部分も見続けてきた彼女だからこそ言えるものだった。

 

裏付けるかのように、先程蹲っていた男は何事もなかったかのように立ち上がり、感情を消した顔つきでこちらを凝視しており、手には鎌のように湾曲した刃物が握られている。

 

気をつけねばなるまい、もし自分1人だったら不意打ちを受けていたはずだ。

ただの素通りでもリンクにとって貴重な経験であった。

旅人が襲ってこないのは、馬で駆けていた為追いかけても届かないからであろう。

 

――

 



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第23話 族長のインパ

書き溜めが半分過ぎました。
無くなり次第、更新のペースが落ちますが、ご容赦ください。


 カカリコ村

 

 山に挟まれた道を通り、橋を横切り森を抜け2人はようやくカカリコ村へたどり着いた

カカリコ村は周りを山に覆われ、森を抜けた先に存在する。

まさに秘境といってもいい場所である。

小鳥のさえずりが響き、和やかで温暖な気候が緊張をほぐす、ゆったりとした時が流れるようだ。

 

世界最大の交易場であり活気溢れるゲルドの街とは違う生活をしていることを実感するリンクであった。

 

「やっと着いたね、アタイは馬を置いて置ける場所を聞いてくるよ」

 

ようやく一息つける、イグレッタの呟きが囀りの間に混ざりこむ。

それはどちらかというと馬を労わる意味合いが強いのかも知れない。

 

「はい、私はどうすればいいでしょう?」

 

リンクが馬の所にいる意味合いは薄い、その間できる事は無いかと尋ねる。

 

「うーん…、内容が内容だからね。この村の責任者へ繋いでもらえないか聞いておいておくれ」

 

しばしの思案の後、彼女はこの村の長に話が出来ないか

リンクは頷いて、他の建物より二回りほど大きい建物へ足を運んだ。

 

 対外的な言葉使いはビューラに叩き込まれている、護衛対象に礼を失するのはゲルド兵としての沽券にかかわるからだ。

実を言うとこの訓練が彼にとって一番大変であったらしい。

 

「「む?なに奴!?ここは長であるインパ様の御屋敷!何者だ!?」」

 

 おそらく代表者の警護役なのであろう、リンクはルージュに付き従うビューラを見てきているのでこの対応にはある程度慣れている。

勿論それだけでは幼い彼には厳しいので、言うべき事をまとめた書類を読み上げる様に伝えられている。

 

「はい、私はゲルド族の長、ルージュ様の代理として来ました。リンクという者です。重大かつ緊急な内容なのでこの場で申し上げることが出来ませんが、取り計らっては頂けないでしょうか?」

 

 そう言いながら、ビューラから預かった備品の1つとして。代理である証明書を渡した。

始めは知らない顔であり、さらに子供という事もあった為、長の警護役という立場上むやみに人を通せない為すぐにどうぞとはならなかった。

 

しかし、ルージュの側近であるビューラ直々の証明書となればその信用は格段に跳ね上がる。

 

「…確かに、正式なゲルド族の使者のようですな。先程は無礼な態度を取ってしまい申し訳ありませんでした。緊急とも言われましたし私がインパ様に尋ねてまいります。ドゥラン、この場は頼む」

 

 警護役の1人がもう1人にそう伝え屋敷の奥へと足を向ける。

白髭をたくわえたドゥランと呼ばれた方が引き続き警護をする様だ。

 

「ああ、こちらは任せておけ」

 

「あ、後でもう1人の人も来るので面会は2人でお願いできますか?」

 

 後でイグレッタがやって来る旨を伝える。

呪いを解除するための手掛かりを求めて来たのだ、リンクだけでは心許無い。

 

「勿論です、そもそも証明書には2人の物でしたからね。ボガード、インパ様にそう伝えてくれ」

 

「それでは行って来る」

 

 そう言ってボガードと呼ばれた老人は屋敷の奥へ進んでいった。

しばらく待っている間にイグレッタとも合流し、その少し後になってボガードから中へ入る許可が下りたと連絡が届いた。

 

 屋敷の中はやはり一般的な家と比べてかなり広い。

元々、カカリコ村は狭い盆地に作られた村なので普通の家はかなり小さく作られているから、より一層顕著になっている。

 

奥には複数の座布団の上に正座する老婆と隅に正座している若い女性がいた。

正面に座っているのがこの村の長なのであろう。

 

「おお、遥か彼方の砂漠の国ゲルドからよくぞおいでになった。我は族長のインパじゃ、こちらは孫娘のパーヤという。パーヤ、挨拶をせんか」

 

「は、初めまして。孫娘のパーヤと申します。よ、よろしくお願いします」

 

貫禄と威厳を感じる老練な族長のインパ、そしてどことなく緊張しているのか人見知りの激しいのがひしひしと伝わって来るパーヤ。

 

「それでどのような要件じゃ?緊急とも聞いておるが…」

 

「それについては私が説明いたします。まずはこれに見覚えが無いでしょうか?」

 

 そう言って、イグレッタは紙を広げる。

そこにはルージュに現れた瞳の模様が赤色で書かれていた。

インパの目が見開き、食いつくように前のめりになる。

 

「これは我々の長ルージュ様が倒れた際、現れた呪いを模したものです。シーカー族の紋章に非常に似ています。どうにかして治せないかと思いこちらまで足を運んだわけです」

 

「…なるほどな。確かに緊急かつ内密な話じゃな。絵だけでは正確には把握できんがかなり高度な呪いじゃろう。よってどのような法則で組み立ててあるかの解剖から始めた方が良かろう」

 

インパは見ただけでわかる程とても強力な呪いであると判断していた。

 

 意外に思うかもしれないが、呪いというものは複雑に編み込んだ法則にしたがって機能する。

形や色、使われている素材や時間といった条件が混じり合って初めて機能するのだ。

 

「まず、我が被っている編み笠を良く見て欲しい。描かれた模様にそっくりじゃろう」

 

 インパが言うように間違い探しかと錯覚してしまうぐらいにあまりにも酷似している。

あえて違いを指摘するのなら、中央から伸びた線が上では無く下に伸びていることぐらいか。

 

「これはな元々シーカー族の紋章である。じゃが我らの紋章にも変遷がある。かつては瞳から伸びた線は無かった。何故だかわかるか?」

 

そうやって淡々と述べるインパの表情は複雑で間違っても晴れやかなものでは無かった。

 

「…かつて忠誠を誓ったハイリア人に優れた技術を危惧され、追放されたから」

 

 その一言にリンクは言葉に出来ない衝撃を受けた。

信じがたい事だった、よりにもよって忠義を尽くした相手からの裏切りだったのだから。

傍に控えているパーヤも視線を外し、俯いている。

 

「その通りじゃ。厄災という巨悪を前にし、手を取り合い力を合わせ見事封印した我らに残った結果がそれであった。この一件以来、シーカー族は2つに割れた。1つは我らの様に技術を捨て、静かに暮らす者達。もう1つがハイラルの仕打ちを恨み、復讐をする為厄災の手先になった者達じゃ」

 

(話がそれているぞ…!)

 

 イグレッタは内心イライラしていた。

彼女の目的は敬愛するルージュを助ける事に尽きる。

呪いの性質上、どういう経緯で作られたものかを知る必要はあるがそれを差し引いても必要以上に説明している。

 

 どうやらインパには豊富な知識があるようだが、その分話が長くなるきらいがあるようだ。

普段なら笑って流せるのだが、ルージュの命が懸かっている以上これは見過ごせない。

更に所々に参考になる話が散りばめられている為、なお質が悪い。

簡略化した結果わからなくなりましたでは済まないからだ。

 

「2人ともこれを見て欲しい」

 

 そう言ってインパが渡してきたものは木彫りの人形だった。

目の部分には水を一筋垂らしたような跡が付いている。

 

「これはな、この地に伝わる郷土人形のこけしというものじゃ。片方の目からは涙が流れておるじゃろう?だからこれは泣きこけしというものでな。この涙には悲しみと厄除けの意味が込められているのじゃ」

 

ここまで来て、イグレッタの反応も変わった。

彼女が求めていた呪いの解呪に関する重要な手掛かりであったからだ。

 

「我らはかつての悲劇による自戒を込めて一族の紋章にこのような線を入れたのじゃ。孫娘のパーヤの模様もそれと同じでの。彼らの紋章はこれを逆さまにしておるな、ここに込められた性質は怒りと厄寄せと考えるべきじゃろう」

 

 呪いに精通しているイグレッタや自分の種族の話であるパーヤは必死になって聞いた話を書き写している。

リンクは聞いてはいるが、流石に呪いに関する知識は門外漢であるし、そこまで素早く記録できるほど文字に慣れていない。

 

「考えられる解呪の道筋は厄寄せされてくる厄を別の何かに移すか、厄除けを加えることで引き付ける力と拮抗する様にする事が挙げられるじゃろう。時間との勝負な部分はあるが、両方の手段を用意できるのならば尚良いな」

 

 大まかにではあるが解呪の手立てに見通しがついた。

詳しく精査してみる必要はあるだろうが、インパがその問題に触れていない所から2つの方法を使ったとしても問題は無さそうだ。

 

インパの話を聞いている時に、扉が叩かれる。

 

「インパ様、ドゥランでございます。お客人の為に、緑茶を用意いたしました。入ってもよろしいでしょうか?」

 

 リンク達にとっては長時間の移動もあったのでこの心配りはありがたかった。

インパもずっと話していたので喉が渇いたのだろう。

ドゥランの入室を許可をする。

 

「ここカカリコ村原産の茶葉で作ったお茶でございます。優しい香りと味わいをお楽しみください。リンク様もお楽しみ頂ける様、少し冷ましてあります」

 

 リンクは我先にと陶器でできた容器、湯呑みを手に取り茶を啜る。

成程、確かに自分のような子供でも飲みやすい温度に調整されている。

彼らは薄い味が好みであるのか、もうちょっと味わいが欲しいかなと思った。

 

「ドゥラン」

 

「はっ」

 

「今日はもう遅い、お客人達を泊めてあげなさい」

 

「かしこまりました」

 

「我がこの絵からわかるのはここまでじゃ、明日までには厄除けのまじないを準備しておく、そなた達は厄を別の物に移す手段について調べる方が良かろう」

 

「サークサーク!インパ様!感謝いたします!」

 

 リンク達にとってインパから手に入るものは想像以上であった。

解呪についての方向性と手段がわかれば御の字だと思っていたのだが、それに加えて解呪手段の1つを明日までには準備できるというのだ。

無論、万が一の事があってはいけないので他の手段も調べる必要があるが収穫は大きいといえる。

 

インパの勧めもあり、2人はドゥランの家に宿泊する事にした。

家の前では娘と思われる子供2人がお辞儀をし、出迎える。

 

「さあさあ、遠路はるばるお疲れでしょう。我が家だと思ってゆっくりとお休みください。ココナ、プリコ挨拶なさい」

 

「はい、父様。ココナと申します。よろしくお願いします」

 

「同じく妹のプリコと申します!よろしくお願いします!」

 

姉のココナは姉達よりも若干年上といった感じか、落ち着いた所作が板についている。

妹のプリコは姉達と同じぐらいだろうか、若干元気が有り余っている感じがフェイパにも似ている印象を受けた。

 

「インパ様からの依頼だ。ココナ、プリコ、お客様に料理を作って御持て成しをしてあげなさい」

 

「「はい!父様!」」

 

2人は外にある調理場へ移動し、夕餉の準備を行う。

 

 四半刻程の時が流れると、料理が出来たのだろう仲良く並べてゆく。

どれもこれも美味しそうなだけでなく、盛り付けまでしっかりとしている。

普段から料理を嗜んでいるのだろう。

自分よりも遥かに高い女子力を見せつけられイグレッタは内心打ちのめされる。

 

熱々のご飯にゴーゴー野菜のクリームスープ、カチコチ肉詰めカボチャ、甘露煮魚が今日の夕餉である。

 

「凄い!とっても美味しそうです!これがカカリコ村の郷土料理なんですね!」

 

「はい、こちらのニンジンとカボチャはカカリコ村の特産品なんですよ。お口に合うとよろしいのですが」

 

リンクの質問にココナがそれぞれスープとカボチャを示しながら説明する。

どれもこれも見たことのない料理だ、今から楽しみである。

 

「アタイもリンクも好き嫌いは無いから問題ないさ。何から何までありがとう…かな?異国の言葉じゃ伝わりにくいからね」

 

「姉様の料理は絶品なんですよ!そう言えばお姉さん達の言葉でありがとうってどういう言葉を使うんですか?」

 

「ああ、アタイ達の言葉だとサークサークだね。ここからずっと西に進んでいくと砂漠がある。そこから来たんだよ」

 

見たこともない異国からのイグレッタ達に妹のプリコは興味津々だった。

御首には出さないがリンクもカカリコ村の人達に興味津々である。

 

 リンク達は箸に手を付ける、最初は中々使いこなせなかったがそんなことは些細な事と言わんばかりの見事な夕餉であった。

 

 甘露煮魚はハイラルバスで作った煮付けで川魚特有の骨の多さを蜂蜜を加えてじっくりと調理する事で骨まで美味しく頂くことが出来る。

甘辛い味付けにご飯が進み、ゴーゴー野菜のクリームスープの柔らかな味わいが長旅で疲れた体をじんわりと癒してくれる。

長旅で不足しがちな野菜がたっぷりと入っており、自分達に対する心配りがとても嬉しかった。

肉詰めカボチャのケモノ肉とカボチャ特有の甘みがしっかりと調和し不思議と温もりを与えてくれるのだ。

 

アローマや馬宿の様な店で出される技量の集大成とはまた違った極致、スルバが作るような家庭的な食事がここにあった。

 



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第24話 罪と罰

 

「ふぅ…ご馳走様でした!とても美味しかったです!」

 

「こりゃ参ったねえ、若いのにこれだけ上手に料理が出来るだなんて」

 

 そう言って、食事の後に茶を飲み干すイグレッタ。

舌を休める穏やかな味わいに茶葉の豊かな香りが何とも心地良い。

 

「ありがとうございます。お楽しみ頂けたようで何よりです」

 

「姉様!プリコにも料理を教えて下さい」

 

「ココナ、せっかくの機会だ。プリコに料理を教えてあげなさい」

 

「はい、父様。行きましょうココナ」

 

 ドゥランの指示により姉妹は再び席を外す。

扉が閉まったことを確認したイグレッタが尋ねる。

 

「―さて、本題と行こうか。あの2人に聞かれちゃマズイ話なんだろ?」

 

「―その通りです。そして貴方達に渡したい物があります」

 

 先程までの笑顔が消え、真剣な面持ちで尋ねるイグレッタ。

対してドゥランは神妙な面持ちで答える。

彼にはカカリコ村へ来た理由は話していない筈だが…

 

「だろうね、茶を入れてきたフリをしてずっと聞いてたんだから」

 

 おそらく最初に気が付いたのはインパとパーヤであろう。

自分達が普段から飲んでいる物が、いつもと違えば違和感を覚えるものだ。

ましてや緑茶の類でぬるい温度という最も香りを引き出せる状態なら尚更である。

 

 彼女は半信半疑であったが、インパがドゥランの家に泊まる様言いつけた時に違和感を覚えた。

果たして来客用の御宿「合歓(ねむ)」が存在する村でいきなり民家に泊める事を言うだろうか。

 

 そして、先程出された茶によって確信した。

この男は茶を入れるという行為を利用し、ずっと我々の会話を聞いていたのだと。

その為、茶葉を蒸らす時間が少なく薄くなってしまったのだ。

 

「御二方に渡したい物というのはこちらになります」

 

 そう言って、彼は床下をめくり上げ、隠していた箱を取り出した。

中には顔の部分に布を纏った藁人形が入っていた。

なんと布には呪いと同じ模様が描かれているではないか。

 

「それは…!?」

 

「いつか役に立つかと思い、彼らの扱っている呪いを代わりに受け止める人形を用意しておいたのです」

 

 何という事であろうか、リンク達がここへ来る目的の品をこの老人は既に手に入れ終えていたというのだ。

 

「この人形は傍に置いておくだけで、厄を代わりに受けてくれます。より効果的に使いたいのであれば、この紙に書かれている曲に合わせて舞を踊ってください」

 

そう言って、ドゥランはリンク達にそれらを手渡す。

 

「…何故それを持っているか聞いてもいいかい?」

 

 イグレッタは警戒した、確かに求めていたものではある。しかし、最初からできている状態で用意されているなんて都合がよすぎる。

 

 元々これはシーカー族の中でもイーガ団に分かれた者達の物だ。

そうなると考えられるのは―

 

「―長い話になります。そして私の罪と言っていい内容です。それでも構いませんか?」

 

「話せ、流石にイーガ団の関係者に隠し事されるのは看過できないね」

 

 インパによって厄除けの当てがあり、代わりに厄を受けて止める人形も手に入れた。

必要なものに関しては問題ない。

 

 問題は目の前の男だ、イーガ団の仲間であるのならこの人形はほぼ罠だろう。

だが罠でないのならこれほどありがたい品はない。

確かめねばならない、後ろめたいではすまない内容だ。ドゥランは重い口を開く。

 

「…既にお気付きかも知れませんが、あの子達には母がいません。私は元々、イーガ団に所属している構成員でした。そんな私が組織を抜ける際、追手によって妻は…」

 

そこから先は言えなかった。

父として、夫として決して許されない結果を導いてしまったのだから。

 

「―辛かったでしょうね、苦しかったでしょうね。今ここで吐き出して下さい」

 

 リンクにだって辛いことはわかる。

あの日以来、父も母も帰って来なかった。

あの時の姉達の悲しみも苦しみも二度と見たくないと思えるほど、彼の脳裏に焼き付いて離れないのだから。

 

「ありがとう、手前味噌な話ではありますが、娘達は本当にできた子です。我儘ひとつ言わず、父様と私を慕ってくれている。あの齢で母の代わりとしてあれ程の技量を身に着け支えてくれるのですから…。私のせいで母を失っているというのに…!」

 

 自分の過ちで娘達から母を奪ってしまった。

にもかかわらず、自分について来てくれる2人に対する罪悪感が、彼の心にずっと影を落としていたのだろう。

姉妹のどちらかだけでも彼を責めていたら、少しは救われたのだろうか?

 

「…ドゥランさん、アンタがあの子達を思っている様に、あの子達もドゥランさんを大事に思ってるさ。本当に尊敬してなきゃついてくるなんてありえない。たとえ娘であったとしてもな」

 

「そうでしょうか…、私にはわかりません」

 

「気にするなとは言えない、だけど過ちを犯さない人間だっていない。アンタがやらなきゃならない事がある筈だよ」

 

「そう…ですね…。やるべきことをやらないと…」

 

ドゥランが人形についての話を終え、罪を告白したその時。

 

「父様!」

 

 姉であるココナが勢いよく扉を開けた。

落ち着いている彼女にしては珍しく息が弾み、只事では無い事が窺える。

 

「ココナ、どうした?プリコと一緒ではないのか?」

 

「プリコが…プリコが!どこにもいないんです!」

 

「な、何だと!?」

 

ココナはプリコの身に何かあったのではないかと考えているのだろう。

その表情は蒼白で涙を浮かべドゥランに縋りつく。

 

「プリコは父様にリンゴバターを作りたいと言って、リンゴを取りに行きました!厨房からは目と鼻の先でしたので直ぐに帰って来る筈なのですが、一向に帰ってきませんでした…村の人に聞いても誰も見ていないらしいのです…!どうしましょう、プリコに何かあったら私…私…!」

 

「この辺りでは見ていないのですね!?」

 

 リンクは食らいつくように話を聞く。

この涙は嘘じゃない、これだけは断言できる。

あの日、強烈すぎるほどに焼き付いたものだから。

 

「え、ええ…。今はパーヤ様が中心となって村一同で探しています。未だに帰って来ない事を考えるとまだ見つかっていないのでしょう…」

 

 ココナの不安げな言葉から思案する、村の中で誰一人見ていないとなると村の外の可能性が高い。

外となれば危険性は跳ね上がる。

 

「2人で外へ出てからそこまで時間は経っていない。遠くても村の周辺といったところな筈だ」

 

「…ココナさん、ドゥランさんとここで待っていて下さい。私は村の周辺を当たってみます」

 

「待ちな、アンタ一人じゃ不安だね。アタイも行くさ」

 

 そう言ってリンクだけでなく、彼女も準備をする。

万が一がある事は許さない、2人は駆け出すように扉から出て行った。

 

 

 カカリコ村周辺 森林

 

「さて、村の人達の動きを見るにまだまだ見つかってはいないみたいだね。考えたくはないが、犯人に目星はついているんだろう?」

 

 イグレッタの言うように、村の方からは松明と思われる明かりが慌ただしく動いている。

その方向はまばらで遠目に見ても焦りが手に取るようにわかる。

 

「ええ、ここまでの一連の流れから想像するに―」

 

「「犯人はイーガ団」」

 

 このカカリコ村へ来ることになったルージュへの呪い。

来るまでの間不自然な程に多かった、妨害の数々。

 

ここまで揃っていて解らないほうがおかしい。

だが、あの家でそれは言えなかった。

 

 ドゥランはイーガ団にいたことを悔いているし、大きすぎるほどの代償を払っている。

しかし、同時にドゥランが組織を抜けている事の証左でもある。

繋がっているのならプリコを連れ去る理由はないし、そもそも家の中で襲撃すればそれで済む話だ。

 

「いいかいリンク。今までの襲撃を考えるに奇襲に力を入れているようだ。プリコを見かけてもすぐに追いかけず、アタイに知らせな。アタイが見つけても知らせるから頼んだよ」

 

 そう言いながら、イグレッタは合図として口笛を吹く。

成程、これで遠くの相手に知らせるつもりなのだろう。

 

「それじゃここで別れよう。気を付けるんだよ!」

 



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第25話 イーガ団の脅威

 そういうが早いかイグレッタは森の中へ進んでいった。

リンクも彼女とは別の方向を探す。

木々が生い茂り、視界をそして行く手を阻まれ探すのは困難であった。

そんな時である。

 

「ん?あれは…」

 

 ふとリンクは違和感を覚えた。よく目を凝らしてみると、奇妙な姿をしたものが浮かんでいる。

 最初は虫かと思った。確かにここは森の中だ、昆虫と言われる生き物もトカゲの様な爬虫類だっている。

しかし、彼が見つけたものはそのどちらでも無かった。

 

 それはどちらかというと生物というよりも精霊といった方がしっくり来る。

2対の羽を持ち、淡い桃色の光を放つ幻の存在―妖精であった。

 

(どうか、みんな無事でありますように…)

 

 気休めではあるが、祈りを済ませた直後口笛が鳴り響いた。

見つけたんだ!リンクは駆ける。

 

 自分がもたつけば、それだけイグレッタが危険に晒されるという事でもあるのだから。

起伏もあり、獣道がほとんどの森の中は急いでも中々前に進めない。

気持ちだけが前に進む。

 

「ち、畜生…!流石に一人じゃ上手くいかないか…!」

 

 何とかして前に進んでいくと開けた場所に出た。

中央にそびえ立つ木の根元でプリコが気を失っており、その近くでイグレッタが忍び衣装に身を包んだ相手と戦っている。

 

 仮面に覆われたその表情にはシーカー族の模様を逆さまにした瞳が描かれていた。

自前の盾とナイフで立ち向かっているが、本職ではないからか兵士達程洗練されていない。

相手は手練れなのだろう、身体は裂傷だらけでかなり押されている。

 

(くっ、間に合ってくれ!)

 

「!」

 

 イーガ団末端員が飛びのく、先程までいた所には槍が飛んでいく。

大した瞬発力だ、だが目的は果たせた。

イグレッタから距離を取らせること、言い換えるなら時間稼ぎだ。

 

「イグレッタさん!ここは私に任せて!」

 

甲高い笑い声が辺りに響き忍び装束の団員がこちらを向く。

 

飛退いたかと思えば、煙幕を出し姿をくらませる。

 

「き、消えた!?」

 

 隠れたのではない、こんな短時間で隠れるのならすぐ近くに潜んでいるはずだ。

この辺りは森の中にしては死角が少なく、視界がいい。

近くで隠れる場所などないのだ。

 

「上だ!」

 

イグレッタの叫びに反応し上を振り向くと、空中で静止したイーガ団末端員が弓を引き絞っていた。

 

「くっ!」

 

 とっさに横に飛び射線から外れる、矢を躱した先でイーガ団末端員が肉薄してくる。

奇襲とワープによる主導権の確保、迅速な弓と刃の使い分けがイーガ団末端員の強みであった。

 

 だが、それだけでやられるリンクではない。

丸みを帯びたゲルドの盾で受け流し、息継ぎをさせない程ナイフを振り下ろす。

縦に、横に、時には突きで。

 

 それでも団員も食らいついて刃で受け止める辺り見事なものだ。

しかし、それは団員にとって非常にマズイものでもあった。

 

バキン!

 

 鈍い音がした、それはイーガ団末端員の持っていた刃が砕け散った為発生したものだった。

彼が持つ首狩りの刀には特徴的な性質がある。

 

 団員の戦闘は基本的に奇襲と離脱という点に絞られている。

その為、攻撃に使うには優れた殺傷能力を持っているが、腰を落ち着けて戦う訳では無く耐久力は重視されていないのだ。

 

(チャンス!)

 

 リンクはすかさず刀の柄で団員に当て身をし、意識を刈り取る。

できる事なら情報が欲しいし、放っておいて後から襲撃されたらたまったものでは無い。

 

(とりあえず、情報を聞き出したいし、逃げられない様縛っておくか…)

 

そう思い、ロープを取り出そうとした時―

 

「うわっ!?」

 

「リンク!?」

 

 突如右腕に激痛が走り、ナイフを落としてしまう。

腕には2本の矢が刺さっており、鮮血が流れ落ちる。

射られた方向を振り向くとイーガ団末端員が弓を引いていた。

 

(もう1人いたのか!)

 

 慌ててあたらない様移動するが、狙いが正確で躱しきれなかった。

脇腹から焼ける様な痛みを感じる。

 

 イーガ団末端員は姿を現すまで、その存在を確認できないタイプがほとんどだ。

故に奇襲を受けるまで複数いることを確認する事はかなり難しい。

 

 好機と見たか、イーガ団末端員が馬をも超えるかと思われる速さで斬りかかって来る。

首元への横薙ぎをしゃがみ込んで躱し、素早く斬り返して来た一撃を盾で防ぐ。

 

 しかし、団員もそれで終わらない。

直ぐに後ろへ飛び退き弓を構える、射る瞬間、咄嗟に横に飛びこんで紙一重で躱すことに成功した。

無理な体勢での跳躍で傷が開き、その激痛に顔を顰める。

 

 何とか凌いでいるが激しく動けば動くほど、リンクは不利になってゆく。

決定的に辛いのが、武器を利き手で持てないという事だ。

思うように反撃できず、守勢に回り続けるというのはかなり危険なのだ。それが一太刀で致命的なダメージを与えてくる敵なら尚更だ。

 

「こんな時に身体が動かないなんて…!」

 

 イグレッタも助太刀に入りたいが、先程の戦闘でとても戦いに参加できる状態ではない。

 

(プリコさんやイグレッタさんを守るには…やってみせる!)

 

 リンクに残った反撃の手立て、それは一体何なのか。

盤面をひっくり返すには相応のリスクが必要になって来る。

 

 

(行ける!)

 

 末端員は確信していた。

我らが悲願を果たす為、障害になる2人を始末したい。

1人は解呪の為に遣わされた女性でこちらは非戦闘員だろう。

 

 我らとてハイラル王家の手から生き延びて来た自負がある。

訓練もされていない相手なら問題はない。

 

 もう1人の少女は初め戦闘員ではないと踏んでいたが、予想以上なんて言葉では収まらない強さを秘めていた。

見た目からして齢10にも満たないだろう、より成長した時が恐ろしい。

 

 だからこそ、敵の成長の芽は摘んでおきたい、今は時すら味方につけている。

 

 蹲った彼女に末端員が斬りかかった瞬間、今まで以上の圧力に襲われた。

思わず体勢を崩してしまった末端員は咄嗟にその凶刃を振るうが、その手首を右手が行く手を阻んだ。

負傷した子供の力だ、大した妨害にはならない。

だが全く以て意味のない物とは言い切れないものでもあった。

 

 ほんの僅かにリンクへの攻撃が遅れる。

彼の攻撃が届く直前、肩に鋭い痛みが走り反射的に武器を落としてしまった。

 

 リンクが拾い上げたナイフで切り裂いたのだ。

末端員が苦悶の声をあげる、何故だ武器を持つ事など出来なかった筈だ。

 

(リンク…?何をしたんだ?)

 

 確かに利き手は使えそうになかった、それにもかかわらずどうやって反撃を可能にしたというのか?

しばらく思案し、凝視してみてようやく気が付く。

 

(あれは…左手?逆手でも攻撃できるのか?器用だね…でもそれ以上に―)

 

 大した覚悟だ、敵の体勢を崩したのは盾を押し付け、手放したからだ。

負傷した状態で敵を前にし、守りを捨てるのは相当な覚悟がいるであろう。

まして、守らねばならない仲間がいるのならば余計に…いや、その為に危険を顧みず体を張ることが出来るのだから。

 

 負傷した上に武器を失った末端員は、もう1人の末端員を背負い煙とともに消えていった。

 

「ふぅ…何とか追い払えた…」

 

 ようやく終わったと安堵の表情を浮かべ槍や団員が捨て置いた物を回収した後、ため息と共に地面に腰を下ろした後、仰向けに倒れ込む。

危ない所だった。

もう少し盾を手放すのが遅かったら、斬り倒されたのは自分だったかもしれない。

 

「おーい!」

 

 村の方から声がした、振り返ってみるとドゥランと共に警備をしているボガードであった。

 

「御二人ともご無事ですか!?危険な目に合わせてしまい申し訳ありません!」

 

2人の負傷した姿を確認し謝罪するボガード。

 

 万が一の事を考えていたのだろう。素早く印籠から薬を取り出し患部に塗っていく。

少しだけ傷に滲みるが放置するよりよほどいい。

塗り終わった後には傷口が開かぬよう包帯で少し固定する。

 

 矢のような刺し傷は見た目よりも深い事も多い分、油断は出来ない。

リンクはまだ良かったが、イグレッタの方は全身包帯まみれになってしまった。

 

「なんだかミイラみたいになっちまったねえ…。ボガードさん、アタイはもう大丈夫だからプリコちゃんを家族のもとに連れて行っておくれ」

 

 自分よりもプリコ達の家族を安心させて欲しいと提案するイグレッタ。

この威勢なら問題はないだろう。

 

「かしこまりました、プリコちゃんを助けて頂きありがとうございます」

 

 ボガードは正座をし頭を下げ、感謝を述べる。

彼とドゥランは護衛仲間であり、ライバルでもあった。

 

 ドゥランの娘であるプリコやココナは彼にとっても旧知の仲だ。

 何故アイツにこんなにいい娘が出来たのか、勿体無いと愚痴る程かわいがっている。

この村には若い子が少ないのもあるだろう。

 

「よせやい、あの娘を守り切ったのは紛れもなくリンクなんだからさ」

 

「照れ隠しなんてしなくてもいいじゃないですか。最初に見つけたのはイグレッタさんだし、私が来るまでずっと相手にしてくれていたんですから」

 

 イグレッタもリンクも謙遜する。

この2人、案外いい相性なのかも知れない。

 

「本当にありがとうございます。この御礼は必ず致します。家で心配している奴がいるのでこれで失礼します」

 

 プリコを背負って駆け足で村へ帰って行った。

何だかんだドゥランが心配なのだろう。

それに続くようにリンク達もカカリコ村へ帰って行った。

 

――

 

ドゥランの家の前で族長の娘、パーヤとドゥラン、ココナが出迎えてくれた。

 

「リンク様!イグレッタ様!娘のプリコを助けて頂きありがとうございます!」

 

 ドゥランとココナが正座をし、頭を下げる。

特にココナは安堵の笑みと喜びの涙を浮かべている。

 

 彼は先に来ていたボガードから事の次第を聞いている。

ドゥランは元イーガ団だ、プリコに命の危険が迫っていたと確信している。

だからこそ、その状況から救ってくれた2人には感謝してもしきれない。

改めて感謝の気持ちを伝えていた。

 

「リンク様、イグレッタ様。村の仲間を助けて頂きありがとうございます。御婆様に代わり、御礼申し上げます」

 

 それに続くように村の代表としてパーヤも頭を下げる。

作法が厳しかったのだろう、礼儀正しく丁寧なお辞儀が良く似合っている。

あのインパが礼節に手を抜く訳が無い。

 

「細やかではありますが、御持て成しの準備が出来ております。是非ご参加下さい」

 

 そう言って、パーヤが緩やかな丘になっている場所に手を向ける。

篝火で薄っすらと照らされた先には、梅の花が見事に咲いており、この辺りに生息するシズカホタルが静かに踊っている。なんとも穏やかで幻想的な空間だった。

 

2つの明かりに照らされた場所は、手料理や飲み物が準備されており、主賓の登場を今か今かと待ちわびている。

 

「いいねえ、いいねえ!せっかく来たんだから参加しようかね。リンクも参加しなよ」

 

 イグレッタもリンクの参加を促す。

彼女が手に入れたい品々は1つは手に入ったし、もう1つはインパの完成を待たないといけない。

結局のところ待つしかないのだ。

 

「それもそうですね!楽しみましょう!」

 



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第26話 リンクは約束を違えない

 元々賑わい事がゲルド族は大好きだ。

リンクもそれに違わずかなり乗り気である。

 

「ところで…せっかくの宴会だ。酒はあるかい?」

 

夜の宴会に酒はつきものだ、勿論大人という言葉が前に付くが。

 

「お酒ですか?お体に障るかと思い、外しておりますが…」

 

 リンクは明らかに子供であるし、イグレッタは負傷が多い。

どちらにも好ましいとは言えないし、主賓が酒を飲まないのに周りだけ飲むというのも如何なものか。

 

 そう判断し準備したことを伝えるパーヤ。

身体の事を考えるのなら何一つ間違っていない。

 

「せっかくなんだ、出しておくれよ。ここまで来て酒も飲めないなんて堪ったもんじゃない」

 

 滅多に来ることのない異国の地。

必要な事が揃う以上、出発までに英気を養わなければならない。

いや、率直に言うと酒を楽しみたいのだろう、イグレッタは頼み込む。

 

「承知致しました。直ちに用意いたします」

 

 馳走に預かるリンク達。

夜も更けて来る頃には、イグレッタは酒も楽しんでいる。

 

 ゲルドの活気ある宴会も魅力的だが、静謐な酒というのも新鮮で風情がある。

淡い蛍の光に照らされる御猪口、そこに満たされた酒に浮かぶ梅の花弁。

 

 夕餉の後であったので比較的軽いもので作られているようだ。

御宿である合歓(ねむ)の女将が作ってくれたという料理は、お酒にも合う料理に仕上がっている。

 

 未成年故に、お酒を嗜んでいないココナには少し敷居の高い造りとなっており、趣旨が違うものも多い。

 

「リンク様、せっかくですしお茶でもいかがですか?」

 

 カカリコ村において比較的年齢が近いココナが話しかけてきた。

この村は限界集落で、若者と言える者はプリコとココナの姉妹とインパの孫娘パーヤぐらいなものである。

プリコの方は今回の事件もあり、家で安静にしている。

 

「ありがとうございます。こういう場には慣れていなくて」

 

「私でもこういう場には慣れていませんから、全然おかしくないですよ」

 

 そう言いながらココナはリンクを見つめる。

小さな体だ、幼さが前面に出ているといっていい。

 

 妹を助けてくれたその少女は、全身傷だらけで至る所に包帯が巻き付けられていた。

命の危険すら顧みず、誰かの為に動けるその優しさと行動に敬意を抱く。

 

「カカリコ村はいいところですね、静かで気分が落ち着きます」

 

 シズカホタルによる淡く、自然な灯りに照らされた幻想的な宴会というのも悪くないものだ。

それを噛みしめるリンク。

 

「そう言って頂けるとありがたいです。リンク様はお若いのにしっかりしていますね、プリコにも見習わせたいぐらいです」

 

「いえいえ、これは外へ行く時のものですよ。普段は姉達を呆れさせてるくらいですから」

 

 ココナが言うようにリンクの言動は年頃の物と比べると明らかに大人びている。

物心つく頃には宮殿の訓練場で大人と話す機会の方が多かったし、あの一件以降、護衛の為ビューラから直々に言葉遣いを伝授されたという事が大きい。

あれは戦闘訓練以上にきつかった。

 

「お姉様がいらっしゃるのですか。どんな方か聞かせて頂いても?」

 

 この少女が素の自分を出せる姉に興味が沸いたココナ。

思わず尋ねてみる。

 

「勿論です、姉の1人は御洒落と踊りをこよなく愛しています。もう1人の姉は料理と音楽が得意でして、本当なら今日行われていた筈の演奏会で2人の活躍を見てみたかったです」

 

 姉達の努力の集大成を見る事すら叶わない。

残念だというのが伝わって来る。

 

「…そうでしたか。きっと演奏会も上手くいっていますよ。実を言うとですね、今私達が暮らしている家なんですけど、以前は宮廷詩人が暮らしていたらしいんです」

 

 ココナにはリンク達の事情は分からない。

だけど遠路はるばるカカリコ村へ来なければならない程、重要な内容であることは推測できる。

彼女が楽しみにしていた演奏会に立ち会えないのであれば、せめてこの場ぐらいは楽しんで貰いたい。

 

「それ本当ですか!?うわぁ、姉ちゃんに伝えたい話が出来たなあ!」

 

 思わず口調が崩れるリンク、今回は探す事は出来ないと思っていた。

しかし、宮廷詩人が実際に暮らしていたらしい場所を見つけ且つ宿泊しているというのだ。

これは土産話としては十分だと考えるリンクであった。

 

「ふふっ、それが着飾らない時のリンク様なんですね。そちらも中々素敵ですよ?」

 

 やっと素顔のリンクが見えた気がする、そう思ったココナが微笑みを浮かべる。

背格好から本当は妹のプリコよりも年下なのだろうことが窺える、せめてこの場くらいは羽を伸ばして欲しい。

 

「あっ、これは失礼しました。しかしココナさんは凄いですね。大人みたいに色々できる上に、見たこともない美味しいお料理を作れるのですから」

 

「そんなことはありませんよ、この辺りでは有り触れた郷土料理なのですから。よろしければ作り方を書き残しておきましょうか?」

 

 その内容に是非ともお願いをするリンク。

環境の違いであろう、スルバの作る料理と毛色は違う。

だからこそ自分の家でもあの味を再現できるのならば断わる道理などない。

 

「楽しんで頂けているでしょうか?」

 

 この宴会の代表ともいえるパーヤがリンク達の所にやって来た。

今回の宴会はリンク達をねぎらう為の物であり、リンクが楽しめないのであれば本末転倒と言える。

彼が浮かない様足を運んだのだろう。

 

「パーヤ様!はい、美味しい料理も頂いておりますし、ココナさんが色々とお話してくれるので楽しいです」

 

 その明るい返答に胸を撫で下ろすパーヤ。

この分ならば自分の心配は杞憂になりそうだと。

 

「それは良かったです。このパーヤにできる事があれば是非申しつけ下さい。それと、色々と手伝ってくれてありがとうココナ。あなたの御蔭で本当に助かっていますよ」

 

 パーヤは内心、不安だった。

この村には若い人が少なく、リンクの様な子供には楽しめる様なところは少ない。

 

ましてや宴会など大人の為にあるような行事といってもよい、大人のイグレッタはともかくリンクの為に出来る事はあるだろうかと。

 

「パーヤ様、このココナ。パーヤ様の役に立てて何よりですよ。リンク様もとても話しやすくて、こちらも楽しませて頂いております」

 

 その返答を聞き僅かに頬が緩む、2人とも社交辞令でなく楽しんでくれている。

自身の繊細すぎる感性がそのことを雄弁に語ってくれる。

本心からそう伝えてくれている事が嬉しいのだ。

 

「御婆様からの伝言です。プリコを助けてくれた事、長として感謝する。また機会があれば是非遊びに来てほしい。歓迎するぞ。頼まれたものは朝には用意できるからとのことです。それと直接礼を言えなくてすまないとも聞いております」

 

 生真面目な返答だ。

どこの種族でも長は真面目でなければならないのだろうか、自分には無理だなとリンクは思った。

 

「あの、パーヤ様。リンク様は明日にはもう出られてしまうのでしょうか…?」

 

 僅かに震えるような声でココナは訊ねた。

あまりにも急すぎる、彼女らに対して殆ど何もできていない。

 

「すみません、ココナさん。大恩ある人の命が懸かっているんです。次は遊びに来ますから」

 

 申し訳ない、それでいてそれを変更する気もない。

そんな意志を感じる返事であった。

プリコよりも年下なのに自分よりも余程大人ではないか。

 

「気にしないでください、ココナさんに十分すぎる程お世話になりましたから」

 

 それはこちらの方だ、一宿一飯と妹の命。

釣り合うはずが無い。

 

「ココナ」

 

彼女の気持ちを察したのだろう。諭すように語り掛ける。

 

「リンク様達に十分な恩返しが出来ていないと感じるあなたの気持ちもわかります。ですがその為に相手を引き留めてもいけません。出会いがあれば別れも来るもの。それが永遠になるか、一時になるか、それは貴方達次第ですよ」

 

「パーヤ様…」

 

「大丈夫ですよ、リンク様はあの英傑様と同じ名を持つ者。約束を違えたりなどしない人です」

 

「はい。リンク様、また遊びに来てくださいね!」

 

 パーヤが諭してくれたおかげで、ココナの表情に笑顔が戻った。

フェイパの笑顔とはまた違った微笑みが良く似合っている。

 

「勿論です、やはり俯いているよりも笑顔の方が素敵ですよ」

 

 リンクとしては、元気になってくれて良かったという事を伝えたかったのだが、彼女の顔はリンゴの様に赤く染まっている。

 

「あっ…し、失礼致します!」

 

そう言ってココナは家の方へ駆けて行ってしまった。

 

「悪いこと言っちゃったかな…?」

 

「そんな事はありませんよ、面と向かって言われ慣れていないだけです」

 

 リンクは失言だったかと考えた時、パーヤがフォローする。

手慣れたものだ、まるで自分がそうであったかの様に妙な程しっくり来る。

 

「パーヤ様、英傑様とは?」

 

 英傑という言葉にリンクは興味を持った。

自分と同じ名前を持った者、それは彼にとって特別な意味合いを持つ事を母であるメルエナから聞いていたから。

 

「はい、英傑様は100年程前に厄災と戦う使命を果たした者達です。ゴロンの猛者ダルケル様 リトの戦士リーバル様 ゾーラの姫ミファー様 ゲルドの族長ウルボザ様 ハイラルの姫ゼルダ様 そして「退魔の剣を持つ剣士」リンク様」

 

 パーヤの口から語られる内容にリンクは興味津々だった。

彼が知っているのは精々ウルボザについて位であるし、他の民族から聴く事が出来る機会は貴重であった。

 

「パーヤ様、もう少しお聞きしたい所があるのですが宜しいでしょうか?」

 

「はい、このパーヤにわかる事であれば何なりとお申し付けください」

 

「サークサーク、それでは英傑である筈のリンク様の事をパーヤ様は知っているのですか?まるで100年も前の人に会った事があるみたいで」

 

 その通りだ、長寿で知られているゾーラ族はともかくとして他の種族では生きている方が不思議な程時が過ぎている。

 

「英傑のゼルダ様とリンク様は今も生きています。今復興の象徴となっている姫様がゼルダ様で、姫様に付き従う近衛騎士がリンク様なのです」

 

「あの、冗談ですよね?ゼルダ様は若く美しい姫君だと伺っておりますが…」

 

リンクのいう事も最もだ、100年以上生きている相手を若いと表現できる者がいるだろうか。

英傑のゼルダもリンクもハイリア人、それだけの年月が過ぎて若い見た目などあり得ない。

 

「そう思うのも無理はないでしょう。2人はとある事情で100年もの間、老いる事無く封印されていたのです。詳しい話は御婆様が知っています。御婆様も英傑様達と共に厄災に立ち向かった猛者ですから」

 

 意外な事実だ、理由はどうであれ英傑と呼ばれる者が殆ど当時のまま生きているというのだ。

更にリンクの興味は尽きない、族長のインパは英傑と共に厄災を相手に立ち向かったというのだ、知っている所ではない。

 

「英傑のリーダーであるリンク様は7年前、このカカリコ村にいらっしゃりました。あの時の英傑様は城で厄災を抑え込んでいるゼルダ様とこのハイラルを救う為、世界各地を駆けずり回っておられました」

 

 大人しい彼女にしては珍しく非常に雄弁に語っている。

この感覚はフェイパが御洒落について話すときやスルバが音楽に関して語る時に似ている。

先程のココナの様に頬が僅かに赤くなっているのは気のせいだろうか。

 

「英傑様は忙しい中でも私達の力になってくれました。返せる礼すら待てぬほど己の使命に真摯であったのにです。パーヤはそれが嬉しくもあり、歯がゆかった…」

 

 その表情には様々な色が混ざり、滲み、広がっていた。

彼は自分達の為に沢山の事をしてくれたが、自分には彼の為に出来ることなど殆ど無かった―

 

「その事を察していたのでしょう。厄災が去りハイラルに再び平和が訪れたら、今度こそは村へ遊びに来ると仰られました。しばらく経ち、厄災が封印されたその日の内にゼルダ様と共に来てくれたのです」

 

 ここまで話されようやく合点がいった。

パーヤは英傑様と似たようなやり取りの末にきちんと再会できたのだ。

それは彼女が礼を返せる機会を得ていたという事。

だからこそココナにも、リンクにも、その可能性を見出すことが出来ていたのだ。

 

「そういう事だったんですね、英傑リンク様…。ふふっ、奇縁っていうのはこういうものなのかも知れませんねっ…ふわぁ~」

 

 パーヤの話を聞き終わった辺りでリンクは大きなあくびをした。

無理もない、長旅の疲れやインパの長話、加えて連戦の傷に幼い身体には厳しい睡眠不足。

限界が来ない方がおかしい。

 

「リンク様、お疲れのようですしそろそろお開きに致しましょう。このパーヤ、リンク様とお話しできて楽しかったですよ」

 

「すみません、明日の用意もあるのでこれくらいで失礼します」

 

 そう一礼しながら言った後、目を擦りながらココナの家へ向かうリンク。

先程までの所作はどこへやら、パーヤにはその背中がようやく年相応に映って見えた。

 



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第27話 街の演奏会

UA2000達成しました!
閲覧ありがとうございます!


 ドゥランの家

 

 宿泊先であるドゥランの所へ行くと既に布団が敷かれていた。

おそらくココナが準備してくれたのだろう。

本当にありがたいことだ。

 辺りを見渡してみるとプリコが微かに寝息を立てて眠っている。

その表情は穏やかで胸をなでおろす。

怖い思いをしたものは、それを引きずることがあるのだ。

 

 願わくばそう言った症状とは無縁であって欲しいと願うリンクであった。

 

(もう限界だ、眠くて仕方ないよ…。ココナさんはまだ起きているみたいだ、凄いなぁ。…姉ちゃん達、上手くいったかなぁ―)

 

 ココナはまだやるべき事があるのだろう。

夜も更けて来たというのに、未だ床に就いていない。

次第に瞼がおり、意識が落ちてゆく中で彼は姉達の演奏会の成功を案じていた。

 

 

 ゲルドの街 同日 昼頃

 

「いよいよだな…。ちょっと緊張してきたぜ」

 

「何言ってんの、年に1度の演奏会なのよ?完璧な演奏をしてやるわ!」

 

「大丈夫よ、みんな一生懸命練習したんだから」

 

 ついにリト族との演奏会当日になった。

リンクがこの場にいないのは残念でならないが…

そればかりはどうしようもない。

 

 この演奏会は、リト族との交流の意味合いも大きく、重要なイベントである。

リトの村は山を挟んでいるとはいえ、直線距離ならばゲルドの街への距離は最も近い。

 

加えて彼らは空を飛ぶことに長けた種族だ、その移動力は他の種族の追随を許さない。

つまり最も交流しやすい種族と言える。

 

「フェイパちゃん、スルバちゃん、ティクルちゃんも久しぶりだね!」

 

 どうやらリト族のメンバーも着いたようだ。

リト族側の演奏会をまとめている、長女ナンがフレンドリーに話しかける。

彼女達は5人姉妹で、それぞれ長女のナン、次女のコッツ、三女のゲンコ、四女のグリグリ、五女のキールとなっている。

 

それぞれが非常によく似ているが、フェイパ達も何回か交流する事である程度見分けることが出来る様になった。

ちなみに羽の色が、それぞれ赤、黄、緑、青、紫となっている。

 

「おっ、ナン達もよく来たな!今日はお祭りだ、ゲルドの街を楽しんでおくれよ!」

 

「ありがとう、せっかく来たんだし、思いっきり堪能するんだから」

 

 末っ子のキールはここぞとばかりに祭りを、ゲルドの街を堪能するつもりの様だ。

案外ちゃっかりしているのかも知れない。

 

「ここまで5人で飛んできたの?いくら上空は危険が少ないといっても、大丈夫だった?」

 

「もしもの事があったらいけないから、パパが引率してくれたのよ。街には入れないから外でお留守番してるわ」

 

「それは、お気の毒ね…」

 

 四女のグリグリが悪いことしちゃったなぁと悲しそうに答え、ティクルがそれに同意する。

 

 彼女らの父は有名な吟遊詩人である、その為この演奏会にも大きく貢献しているのだが、街の掟によって入ることが許されない。

 

リンクの様に女装すればその限りではないのだろうが…流石に娘たちの目の前でそれは差し控えたいだろう。

 

「そういえば、リンクちゃんはどこ?私達の事覚えてるかな!?」

 

「言われてみたら確かに見ないね、まだお昼ご飯食べてるのかな?」

 

 三女のゲンコがリンクを探している。

元々恥ずかしがりやであまり顔を見せる事のしなかった彼女だからこそ、今度こそはと人見知りを克服したいようだ。

 

 次女のコッツはまだご飯を食べているんじゃないのと付け加える。

彼女は魚料理が好きでこちらへと旅立つ前にも堪能してきたらしい。

 

「リンクちゃんはね、ビューラ様に頼まれ事をされていてね、今回は参加できないの」

 

 ゲルド族で外にいるリンクに関する話をすれば、メルエナ達の事まで話さなくてはならない。

そこでティクルが端的に内容を話すことで、話題を切り上げる。

 

「そう…、残念だわ。リンクちゃんにもよろしく伝えて貰える?フェイパ、スルバ」

 

「勿論だぜ、サークサーク」

 

「そうね、遠路はるばる来たからお腹空いたでしょ?何か食べていく?」

 

「うーん、それもいいけど…。パパが可哀想だし出店で買ってくるよ。流石に待たせておいて食べてくるのはねー」

 

 申し訳なさそうに、残念そうにコッツが答える。

彼女達の父は今も街の外で待っている、父を置いてみんなで食べに行くのは流石にあんまりだ。

 

 元より娘達の晴れ姿を何より楽しみにしており、更に自らがプロという事もあって、熱心に指導をしていたのだ。

それだけに入れないと知って盛大に凹んでいた。

 

「それもね、肉屋なら焼きケモノ肉が売っているわ。近くにも屋台が並んでいるから。見てみるといいかも」

 

 意外に思うかもしれないがナン達はれっきとした肉食だ。

猛禽類である彼女達は魚や肉といった食事が大好きなのだ。

 

 特に母であるハミラの作るマックスサーモンムニエルは絶品だという。

 

 交流会も兼ねた演奏会はゲルド族にとっても大きなイベントだ。

元々活気のある街に更に多くの人が来るため、大規模なお祭りとなっている。

 

「行こうよ姉ちゃん!お腹空いてきた!」

 

「ちょっとちょっと、引っ張っちゃダメだって…。ごめんね、お先に失礼するわ」

 

「楽しんできてね。そして、演奏会絶対成功させましょう」

 

「それじゃ、またね」

 

 そう言って、ナン達は屋台の方に駆けて行った。

楽しみにしていたのだろう、心なしか若干高いテンションで各々が気になった出店に向かっていく。 

 

「行っちまったなー、迷子にならなきゃいいけど…」

 

「流石にそれはないと思うわ、何回か来ているし。私達も祭りを楽しみましょう」

 

「練習もしたいのだけど…、楽しめなきゃ勿体無いわ。行きましょう」

 

 こうして3人で祭りを楽しむ、今日は特別だ。

 

 思いっきり遊んで、出店の品に舌鼓を打つ。

的当てで景品を狙い、お洒落なアクセサリーに目を奪われる。

リンクがいないのは残念だが、だからこそ彼の分まで楽しまねばならない。

 

「いやー、なかなか難しいもんだな。あとちょっとだったのに…」

 

「的当ては本物の弓を使うからね、訓練してる兵士でもないと難しいわ」

 

 祭りの定番である、的当ては矢はともかく弓の方は本物を使っている。

その分かなりの勢いで飛んでいく。

 

流石に景品に穴が開いては不味いので円形の的に番号が振ってあり、該当する番号に当てたら貰えるシステムになっているのだ。

 

「リンクもまだ使いこなせないからね、大人用に調整された弓を引き絞るのはちょっと厳しいけど」

 

 ゲルドの弓には特徴がある。

それは長距離射撃に重点を置いているという点だ。

 

 基本的に矢が共有な為、弓に個性が出る。

遠くまで飛ばす為に、弦の張りが非常に強く、相当の力が無いと引き絞れないのだ。

 

「ま、楽しかったからいっか。おっ、あっちでハチミツアメが売ってるぜ!」

 

「美味しそうね、せっかくだから買ってみようか?」

 

 それぞれが思い思いに出店を、祭りを満喫する。

この祭りは今しか堪能できない。

 

「甘くておいしいね、手軽に食べられるのがありがたいわ」

 

「うーん、確かに美味いけど。スルバのお菓子の方が美味くね?イチゴクレープとか出店だしたら人気でそうだぞ?ちょっと話つけておくかー」

 

「何、勝手に話を進めてるのよ!演奏会に出られないなんてもっての外だわ!」

 

「じょ、冗談だって…。ホント今日のテンション凄いな」

 

「そろそろ演奏会の準備をしないとね、会場へ戻るわよ!」

 

 そう言って会場へと移動する3人。

そこには既にナン達5人が準備して待っていた。

 

「あらスルバ達ももう来たのね。祭りは楽しめた?」

 

「ええ、色々と見て回れて本当に良かったわ。ナン達は楽しめたの?お父さんのご飯とかも大丈夫だった?」

 

「勿論よ。リトの村にはこんなに賑やかな場所は無いから、いつ来ても飽きないわ。父の分の料理も渡したから大丈夫よ」

 

「ホントはもっと遊んでいたかったなー。でも演奏をわざわざ聴きに来てくれる人もいるのだから誠意をもって演奏に打ち込みなさいって」

 

 ナンがちゃんと食事を渡して来たと伝え、末っ子のキールがもっと祭りを堪能していたかったとちょっと漏らす。

 

 彼女らの父は物腰柔らかく誠実であるのと同時に、音楽に信念を込める人でもある。

それが分かっているから、5人ともちゃんと準備できるように集まったのだ。

態々聴きに来る人の中には彼女達の父も入っているのだろう。

 

「まあまあ、演奏会が終わった後、思いっきり楽しんできなさいって言ってたじゃん」

 

「飴の御蔭で、今日の喉の調子はばっちりだよ!絶対成功させようね!」

 

 心なしか長女のナンに安堵の表情が浮かぶ。

元々歌の練習のし過ぎで、喉に負担をかけすぎてしまう事があった為、喉のケアが出来たことがいい意味で誤算だったのだ。

 

 それぞれの種族の文化を大切にするため、ゲルド族が楽器で演奏しリト族が歌うのが恒例になっている。

つまり今回はスルバ達が楽器を演奏し、ナン達がそれに合わせて歌うのだ。

 

「あのハチミツアメ美味しかったね!喉に優しくて気に入った!」

 

「そうそう、アタイら演奏会が終わったらスルバのイチゴクレープ食べようと思うんだけど一緒にどうだ?」

 

「何それ美味しそう!食べたい!食べたい!」

 

彼女達も年頃の女の子だ、美味しそうなデザートとなれば断る理由はない。

 

「えっ、初めて聞いたけど…」

 

「おう!今思いついたからな!」

 

 スルバの困惑顔にフェイパが二カッっとした笑顔で答える。

そんなノリで言われても直ぐに出せるものでは無いのだが…。

 

「まったく…こういう事もあろうかと準備しておいたけどね…」

 

「えぇ…スルバ準備良すぎない…?」

 

「ご相伴に預かってもよろしいのですか?」

 

 そんな突発的な発想にすらきっちりと準備をしておくスルバにティクルは驚き、ナンは本当にいいのかと尋ねて来る。

 

「勿論よ、せっかく作るのに私達だけで楽しむのは申し訳ないわ」

 

「ありがとう、さてとそろそろ着替えましょう」

 

「ええ、もうあまり時間はないわ」

 

 そう言ってみんなに着替えの準備を促す。

これはスルバ達とナン達の晴れ舞台だ。

 

 正式な行事として演奏会で見られる以上、御洒落にもそうとう気を遣われる。

宝石店 Star Memories より煌びやかな装飾が施されてるのだ。

 

 流石に高価な品なので貸し出しという形にはなるが、それでも滅多にお目にかかれない流麗な代物だ。

 

「凄いわ、すっごい御洒落!演奏会に参加してよかった」

 

「でしょう?この衣装はゲルドの族の有名な人が共同で作成しているのよ。…フェイパ、気に入ったのはわかったから夢の中から帰って来なさい」

 

「ふぇ!?ち、違う!アタイはこれから始まる舞踊に向けてー」

 

「えー!?演奏会じゃないのー!?」

 

「落ち着きなさい、周りまで混乱させちゃ駄目よ?」

 

「す、すまん。ちょっとばかり舞い上がっちまった」

 

「私だって胸の高鳴りを抑えられないわ、最高の演奏を届けましょう」

 

――

 

(そろそろ始まるか…)

 

代表代理としての挨拶の為、ビューラは宮殿から会場へと足を運ぶ。

 

 会場の前には人だかりができている。

毎年恒例の行事である演奏会はそのクオリティの高さもあり、交流会の目玉なのだ。

 

 特に今年は、リトの5姉妹が出場する事もあり素晴らしい出来であると専ら評判だ。

地元であるゲルド族だけでなく、交流相手であるリト族、果てにはハイリア人にゾーラ族とゴロン族まで観賞に来ている。

 

 沢山の人が集まり、活気のある街が更に勢いづく。

これが交流会の良いところだ。

 

 ビューラはルージュが倒れた今、代役として族長の仕事を引き継いでいる。

元々先代族長が早逝した時、幼いルージュの分も仕事をしていた事もありそれほど難しいものでは無い。

それでも、呪いで倒れたという状況に内心穏やかでいられる筈が無かった。

 

(リンク達は解呪の手がかりを掴めただろうか…?私はそれを信じて己の役目をこなさねばな)

 

 そう彼女が考えている間に、スルバ達が入って来る。

中心にいるフェイパが指揮者で、両脇にいるスルバが竪琴、ティクルが鳩笛を持ち入場する。

空いた中央にはナン達5姉妹が勢ぞろいだ。

 

役者は揃った、後は自分が代理として挨拶をすれば本日の大体の仕事は終わりだ。

積み重ねた修練の成果、見せて貰おう。

 

彼女達の演奏が今始まる―

 



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第28話 演奏会と吟遊詩人

今回、とあるキャラの会話の前に名前?がついてますが、これはブレスオブザワイルドのある仕様を再現したものです。

ご了承下さい


 どうやら演奏会が始まるようだ。

割れんばかりの拍手が巻き起こる。

 

 今日は娘達の晴れ舞台だ、私自身もこの日の為に指導をしてきたし共に演奏もした。

村の掟により中に入れないのは残念だが…せめてこの耳で彼女達の努力を聞き取りたい。

巻き起こっていた音が静まり返った、いよいよだ。

 

―いい音色だ、音に艶がある。

娘達は勿論、ゲルドの子も見事な腕を惜しげもなく披露している。

 

 ゲルドの街に合うようにアレンジされた我が故郷の曲、和な曲調もいいが躍動感あふれるこれもいい。

娘達もしっかりと助言を物にしている。父として嬉しく思う。

距離と環境的な問題もあって、中々合わせるのが難しい中でしっかりと演奏できている。

 

 …曲が終わった

拍手喝采、この一言で成否はわかるだろう

思い返せばあっという間の時間だった。

毎回聞きに来ているが、今年の出来は例年と比べて遥かに良かったと断言できる。

長年世界を歩き回り、音の道に生きてきた私だからこそ確信が持てるのだ。

 

 …僅かなどよめきの声が聞こえる。

耳を澄ませていると、観客の歓声が上がった。

どうやらもう一曲演奏するつもりらしい。

これは楽しみだ。

 

 

これは ナボリスを繰りし者が まだ英傑と呼ばれる前の物語

その名はウルボザ… ゲルドの長 街訪れし姫に威厳を示し…

 

 

―なぜこの曲が?

この曲は市場には出回らない曲だ。

何故なら私が完成させた歌だからだ。

 

 教えていた娘達が歌うといった個人的なものなら納得できる。

しかし、これは演奏会。

まして演奏しているのは、ゲルドの子達だ。

即興でできるほど簡単な代物では決してない。

 

 目を瞑り、より意識を集中させる。

演奏の中心は…竪琴を使っている子だ。

見事なものだ、この歌に込められた意図を正確に把握し皆を引っ張っている。

しかし竪琴か…巡り合わせとはこういうものの事を言うのかも知れない。

 

――

 

 歓声と共に盛大な拍手が贈られる。

紛れもない、大成功だ。

 

「…良っし!」

 

フェイパがガッツポーズをし。

 

「―ふぅ…」

 

ティクルが胸を撫で下ろす。

 

「「「「「みんな、応援アリガトー!」」」」」

 

ナン達5姉妹が観客に対し手を振って感謝を述べる。

 

「…―」

 

そして、スルバは未だ冷めぬ興奮に身を委ねていた。

フェイパに促されて我に返った彼女は、改めて観客に満面の笑みで手を振るのだった。

 

 

旅人「いやー、見事な演奏だったな。おっ、あっちで揚げバナナ売ってるのか!買いに行かないと!」

 

 しかし交流会にも悪い面もある、その一例がこれだ。

人が沢山出入する為、チェックが甘くなる。

その隙を狙う者が入り込む場合があるのだ。

 

 

「いやー、楽しかったー!」

 

「ええ、私達も楽しかったし、大成功と言って問題ないわ」

 

「?どうしたの?スルバ」

 

「え?ええ…」

 

 この演奏会が始まる前から一番気合の入っていたスルバの様子が少しおかしい。

もっと盛大に喜ぶと思っていただけにこの反応は予想外だ。

 

(どうしよう…心臓の音がずっと聞こえる…)

 

意識は切り替えることが出来ても、身体の方はそんなにすぐには落ち着くものでは無いという事だ。

 

「…せいっ!」

 

 フェイパが彼女の髪をわしゃわしゃと撫でた。

スルバの整った青髪が乱れてゆく。

 

「フェ、フェイパ…?」

 

「いいんだよ、これぐらい。身体の興奮に心が付いてこないのさ。ちょっと待てば、しっかり元に戻るぜ」

 

 フェイパの奇行に何をしているのかとティクルは怪訝な顔を向ける。

 

「~!!やめなさい!」

 

バチン!といい音が響き、頬に紅葉を作る。

 

「ってー!何もそこまでしなくてもいいだろー!?」

 

「ヴァーイの髪は命だってアンタわかってるの!?」

 

「ケンカだケンカだー!」

 

「あ、あの…、それぐらいにした方が…」

 

 さっきまでの反応は何だったのか、すっかり元気になったスルバ。

いささか元気が有り余ってるようにも感じるが。

 

「サークサーク、おかげで演奏会も大成功だったわ。約束通り打ち上げも兼ねて、イチゴクレープを作りたいのだけどみんなどう?」

 

「「「「ヤッター!!!!」」」」

 

「ありがとうございます。それにしても、良くあの曲を演奏できましたね。演奏前に言われたときは本当に驚きました」

 

 ナンも言うようにアドリブできなせるような代物ではない。

アンコール用に話をされた時は相当驚いただろう。

 

「お土産で楽譜を貰ったのよ。リト族のプロと聞いていたからナン達のお父さんの曲だと思ってね」

 

 確かに土産で手に入れた楽譜だが、それを持ってきたのはリンクであるという部分は伏せて置いた。

ゲルド族の子供が外へ出るという意味がどれ程の事を表すかを恐れた為である。

 

 突っ込まれれば、両親を亡くした事やリンクが危険な仕事をしている事まで話さなければならないだろう。

 

「それじゃ、さっそく作るから楽しみにしててね」

 

 言うが早いか家の方へと足を向けるスルバ。

待ってましたと言わんばかりに着いて行く、フェイパとコッツ達。

それを見守る、ティクルとナンであった。

 

 

「…よし、出来たわ!ちょっと作りすぎちゃったけど、味の方は問題ないはずよ」

 

 人数分よりもさらに多くのイチゴクレープが出来ていた。

作る為の材料をスルバが準備していたのも凄いが、さり気にティクルもクレープを供給できる量のイチゴを用意している。

 

 リトの子達は初めて見るお菓子に興味津々ですぐにでも食べたそうにしている。

 

「どうぞ召し上がれ、お口に合うといいんだけど…」

 

 待ってましたと言わんばかりに食いつく姉妹達。

負けるものかと豪快にかぶりつくフェイパ。

 

「「「「「美味しーい!!!!!」」」」」

 

 良かった、ちゃんと口に合ったみたいだ。

 

「凄い凄い!これが手作りだなんて信じられないよ!」

 

「本当に美味しい…。ねえ、スルバ。ちょっとお願いがあるのだけれどいいかしら?」

 

「内容にもよるけれど、いいわよ」

 

「これもう1つお願いしてもいいかしら?」

 

「えー!?お姉ちゃんずるーい!私もー!」

 

「早合点されても困るわ。父に渡したいのよ。練習中、ずっとお世話になったしせめてお礼をしたいからね」

 

「勿論よ、お父さんがいなかったら演奏会の成功は無かったわ。私からも1つ、お願いしてもいいかしら?」

 

「勿論よ、どんな事?」

 

「それはね―

 

 

 ゲルドの街 外

 

「パパ!聞いてくれた?私達にもちゃんとできたよ!」

 

 ナンを筆頭に5人が父であるカッシーワの元へ駆けてゆく。

先程とは違い口調を崩しているナン、まとめ役という事で街の中では気を張っていたのだろう。

 

 待ってましたと言わんばかりに満面の笑みを携えて娘達を迎えるカッシーワだった。

物腰柔らかな男性で、コンサーティーナーを使うプロの吟遊詩人だ。

 

「ええ、ちゃんと聞いていましたよ。上手くなりましたね。貴方達なら立派なリトの歌姫になれるでしょう」

 

 リトの歌姫

リト族の女性の憧れであり目標である。

素朴な村の中で、リト族の戦士と共に並び称される誉れ高きものだ。

 

「「「「ヤッター!あのパパが認めてくれたー!!!!」」」」

 

 優しい父親であるが、音楽に関しては非常に厳しい。

本人にはプロとしても自覚があり、そしてそれ以上の責任のようなものがあるからだ。

 

「勿論これからも真剣に練習はしましょう。それでナン。手に持っているそれは…?」

 

「ええこれは、私達と共に演奏してくれた。ゲルドでの友達が作ったデザートです。イチゴクレープというらしいですよ?パパの分も頼みました」

 

 これは嬉しい差し入れだ、流石に街の外である砂漠で待っているというのは好きな音楽鑑賞でも厳しい部分も勿論存在する。

焼き鳥になってしまいそうだ。

 

「そうですか、直接会ってお礼を言えないのが残念です。ナン、お礼を言っていたとお伝え願えますか?」

 

「勿論です、早く食べないとみんなが食べちゃいますよ?」

 

「それもそうですね。それでは頂きます」

 

 そう一声かけてから、口に運ぶ。

…美味しい、長距離移動からの砂漠での待機。

その疲れた体に染み渡るひんやりとしたクリームとイチゴの甘味と酸味。

口に運ぶ度に癒されていく様だ。

 

 これ程の味を娘達と同じくらいで表現できるとは恐れ入る。

リトの村は離れすぎている上に、砂塵によって持ち運びができないのが残念だ。

家で待つ妻へのお土産にしたかったのだが。

 

「御馳走様でした。大変美味しかったですよ。そのことも伝えては貰えないでしょうか?」

 

「お伝えしますね、それとその彼女から言伝を預かっております」

 

「言伝ですか?どのような事でしょう?」

 

 言伝ですか…、顔も知らない私にとは不思議なものです。

 

「あなたの楽譜を見て感動しました。私を弟子にしてください。ゲルドのしきたりによって顔を合わせる事すら叶いませんが、せめて文通だけでもお願いできませんかと」

 

 驚いた、私に弟子入りしようとする者がいようとは…

それも娘とそう変わらない子供がである。

 

「私からもお願いします、彼女の竪琴は見事な腕でした。きっとパパが指導すれば更に上達してゆくでしょう」

 

「…なるほど、わかりました。私は未熟者ではありますが、その子を弟子に致しましょう。彼女にこれを渡してください」

 

「「「「ええ~!!!!パパ、いいの~!!???」」」」

 

「構いませんよ。弟子を取る以上、私も生半可な覚悟ではいけませんから。ナン、お願いできますか?」

 

――

「ナン達みんな、お帰りなさい。気に入ってもらえたかしら?」

 

「あ、あの…これは一体…?」

 

 ナン達を迎えたスルバの前には人だかりができていた。

何故かフェイパもティクルも大忙しだ。

 

 何があったのか聞いてみたところ、イチゴクレープを美味しそうに食べ歩きしている姿を目撃されたことで祭りの屋台と勘違いされてしまったらしい。

 

なまじ味が良い事と、イチゴが貴重な事もあって、競合相手がおらず人が集まってしまったようだ。

恐るべし、ヴァーイの街

 

「お、お前ら頼む!出来上がったイチゴクレープをお客様に運んでくれ!」

 

「私からもお願い!これ以上は捌ききれないわー!」

 

 フェイパやティクルも悲鳴を上げる。

一応外へ出ている間に、着替え終わっているとはいえフェイパ達は演奏会の主役であった。

そんな彼女達が売り子や作り手になっている為、話題性も抜群だ。

 

 

「な、何とか終わったわ…まさかこんな事になるなんて思わないもの…」

 

 最初からずっと作ったり、運んだりしていたゲルドの子達は疲労困憊といったところだ。

ナン達もまさか演奏会だけでなく、こんな事をすることになるとは思ってもみなかったが。

 

ある意味で貴重な思い出になったかもしれない。

 

「お疲れ様、イチゴクレープ、大変美味しかったですってパパが言ってたわ。ありがとう」

 

「そう言ってもらえると嬉しいわ。…それでもう1つのお願いの方はどうだった…?」

 

 彼女にしては珍しく、恐る恐る尋ねる。

スルバにとって弟子にしてほしいという内容はかなり勇気のいる話だ。

何せ娘達を通してとは言え、顔を見たことすらないのだから。

 

「スルバ、父から渡されたものがあるわ」

 

 そう言って彼女は手に持っていた布に包まれたものを取り出す。

それは金色輝き、蒼き宝石をはめ込まれた立派な竪琴であった。

 

「ナン、これは…?」

 

 返事をしながら受け取ったスルバの手が震える。

それもそのはず、渡された竪琴は素人はおろか玄人ですらまず持つ事の出来ない。

装飾にも妥協のない、それこそ王家に献上されるような傑作品だったのだから。

 

「父からの伝言よ。あの曲を独学で身に着けたあなたの努力を認めます。まだまだ未熟者ではありますが、私で良ければ師になりましょう。その竪琴は私の師匠だった人が使っていた竪琴です。どうか大切に使ってあげて下さい…だって。おめでとう、スルバ」

 

 その言葉にスルバは地面にへたり込み、涙が止まらなかった。

 

 嬉しかった。

顔すら見せる事すら出来ぬ、自分のような不誠実な子供を相手に彼は誠意をもって師になってくれるというのだ。

 

 それもかつての師が使っていたという傑作まで贈りながら。

師との思い出は決して軽いものでは無いだろう、ナン達の話を通して彼の生き様はしっかりと伺っている。

 

「本当に良かったの…?これはカッシーワさんにとって大事な代物。ナン達だって思うところはないの?」

 

 彼女は思う、娘達が受け継がなくて良かったのか。

 

「いいのよ、確かに全く欲しくはないかと言えば嘘になる。でもそれは父にとって大切な代物。誰よりも音楽に情熱的で、真剣なあなたが持つ方がいいはずよ。それに」

 

「「「「スルバ達の演奏で歌うほうが好きだから!!!!」」」」

 

「そういう事よ、私達では竪琴を埋もれさせちゃう。やっぱり楽器は演奏しないとね」

 

 この演奏会を通して彼女達は父であるカッシーワと少しずつ打ち解けていった。

今まで殆ど家に帰って来なかった彼だけにあまり娘達と上手くはいっていなかったが、ようやく一息つけたのか家に帰ってからはちゃんと娘達と向き合えたのだ。

 

ナン達も最初は父を避けていたが、次第に彼の誠実な人格に触れ会えなかった時間を取り戻していったのだ。

 

「良かったな、スルバ。また練習…しようぜ。その楽器に相応しくなれるぐらいにさ」

 

「そうね、練習相手にぐらいはなってみせるわ。…良かったね」

 

「みんな…サークサーク…。きっと、いえ絶対に立派な演奏家になってみせるから」

 

 

――

 

 

 




12月になりました。

寒さと忙しさで体調を崩さない様、お気をつけください。


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第29話 街へ帰ろう

 翌朝、カカリコ村

 

「うーん、良く寝た!あれ?体が軽い!」

 

 昨日あれだけ動いたというのに、リンクには不思議な程に疲労や怪我の影響が少なかった。

ボガード達の手当てが、薬が良かったからなのだろうか。

これなら問題なくゲルドの街へ戻ることが出来そうだ。

 

(そうだ、イグレッタさんと合流しないと)

 

寝床にはイグレッタはいなかった。

 まさかと思うが、宴会場で寝ているのだろうか?

傷だらけの身体で酒を飲み、その上で外で眠るのは勘弁願いたい。

こんな事をしていては動かねばならぬ時に支障が出かねないのだから。

 

「リンク様、おはようございます。」

 

 起きてきたリンクに挨拶をする、ココナ。

早いものだ、自分よりも後に寝たというのにすでに起きているとは。

 

「サヴォッタ、ココナさん。早いですね」

 

「慣れてしまえばそれほどでもないですよ。お身体の方は大丈夫でしょうか?」

 

「おかげさまでもうすっかり大丈夫ですよ。それにしても凄いですね、かなり疲労が溜まっていたし、傷だって浅くなかった筈なんですが…薬が良かったのでしょうか?」

 

 リンクの返答にココナは考える。

確かに薬を塗ったり、包帯を巻いたりはしていた。

それにしても回復が早すぎる。

 

「リンク様、恐らく薬の力ではないと思われます。いくらなんでも昨日の今日で傷が塞がる筈がありません。信じがたい話かもしれませんが、この村の端には妖精様の住まれる泉があります。妖精様が傷を癒した、そうとしか考えられません」

 

「見たことない生き物がいるなぁと思ったら、あれは妖精だったんですね!」

 

「すみません、私は見たことが無いので正確にお答えする事は出来ません」

 

「あっ、リンク様おはようございます!私を助けて頂きありがとうございました!」

 

リンク達が話している内に、妹のプリコが現れお礼を述べる。

 

「プリコさん、大丈夫ですか?」

 

 リンクとしてもプリコの事は心配であった。

傷などの外傷は勿論の事、殺人すら厭わない集団に連れ去られたのだ。

心理的なショックだって十分に考えられる。

 

「御蔭様ですっかり元気になりました!リンク様ってとっても強いんですね!」

 

 そんな気配を微塵も感じさせないプリコ、良かったこれならば大事には至らないだろう。

 

「御無事みたいで安心しました。私はこれからインパ様の所へ向かうつもりです。一宿一飯、サークサーク」

 

「え!?もう行っちゃうんですか!?残念ですけど、また遊びに来てくださいね!」

 

「ええ、今度は遊びに来ますね」

 

「リンク様、これをどうぞ」

 

 そう言って、ココナは小包を手渡す。

中にはおにぎりといった携帯食料と何枚もの書きもの、そしてカカリコ村の女性が付けている簪が入っていた。

 

「ココナさん、これは?」

 

「リンク様が帰る旅の途中でも食べられるものと、カカリコ村の郷土料理のレシピです。何とか形になるように書き上げました」

 

 リンクは驚きの顔を見せる。

おそらく彼女が夜の間これを書き上げていたのだろう。

子供のリンクでもわかるように丁寧に推敲されている。

これだけの量を書こうと思うとかなり大変だったはずだ。

 

「その簪はお守りです、道中は危険も多いと聞きます。どうかご無事で」

 

「サークサーク、とてもうれしいお守りです。…似合いますかね?」

 

 早速取り付けるリンク、ヤシの花飾りと合わさり傍から見れば女の子にしか見えないだろう。

それを正直に伝えれば彼は複雑な気持ちにはなるだろうが。

 

「ええ、とても似合っています。また…逢いに来てくれますか?」

 

「勿論です、次こそはゆっくりしていきたいと思います」

 

リンクは姉妹にそう返し、家を後にする。

 

 

「イグレッタさん…あのままここで寝てたのか…」

 

 もしやと思い、宴会場跡を覗くリンク。

案の定、仰向けになって豪快ないびきをかきながら眠っているイグレッタがいた。

その姿は女子力のかけらもない、人によっては呆れるだろう。

 

「…ん…?あーリンクか…サヴォッタ…」

 

 そう言いながら、額に手を当て顔を振る。

寝ぼけた頭を動かしたいのか、二日酔いが響いているのか、それとも両方なのかはわからない。

 

「もう朝ですよ、解呪手段が出来ているかも知れません。インパ様の所へ参りましょう」

 

「その通りだな…よしっ!早速行くぞ!」

 

 リンクの言葉が効いたのか、頬を叩いて気合を入れる。

先程までの寝ぼけた表情はどこへやら、すぐにでもインパの元へと行くつもりの様だ。

 

 

 インパの屋敷

 

「待っておったぞ、2人とも。例の品は出来ておる。持っていくといい」

 

 屋敷の中では既に準備を終えたインパとパーヤがいた。

夜なべをして作っていたのだろう。

その目力が更に増しており、気の小さい子が見たら泣き出してしまいそうだ。

インパの言葉と共にパーヤが解呪に必要な道具を持ってくる。

 

「使い方を説明する。呪われた者を中心にして、この赤い粉で陣を描く。形は我々シーカー族の模様を作る。その上でこの腕輪を被術者が身に着けた状態でこれに書かれた内容を歌うのじゃ」

 

 インパの説明を真剣に聞く3人。

リンク達は勿論の事、パーヤも真剣に聞いている。

いつの日か族長を継ぐ時の為に、失伝させてはならない。

そんな意志が見え隠れしていた。

 

「だが心せよ、我が知っている物から改良されたような形跡がある。万全を期することじゃ」

 

 イーガ団がシーカー族から離れて長い。

その間に把握しきれない分野も出てくるのも仕方のない事だ。

慎重すぎて何もしないのは問題だが、出来る手は打つべきだろう。

 

「勿論です、色々とお世話になりました。サークサーク」

 

 イグレッタに続くようにリンクもお礼を言い、街へ帰る為の準備する。

パーヤもリンク達の手伝いをする事で順調に準備が整ってゆく。

 

「これで、お別れなのですね」

 

「ええ、短い間でしたがとてもお世話になりました」

 

「こっちとしても欲しかったものが手に入ったし、美味い飯と酒が飲めたんだ。とてもありがたかったよ」

 

「またお越しください、村一同貴方達をお待ちしております」

 

「ええ、この村ともお別れですね、のどかな雰囲気や花の香りが結構好きだったのですが」

 

 リンクも残念そうだ、もう少し余裕のある時であったのならもっと楽しめたのに。

砂漠にあるゲルドの街には、花は貴重だしそれが鮮やかに彩りまで持っているとなれば尚更だ。

 

「持っていきますか?」

 

「「え?」」

 

それ故に、パーヤの返事は意外であった。

 

「少々お待ち下さい」

 

 パーヤは2階にある自室に向かい、すぐに帰って来る。

彼女が持ってきたのは小瓶に入った液体であった。

 

「これは、カカリコ村に咲いている花から抽出した香水です。これを少量付ければ花の香りを楽しむことが出来ます。乾燥しているゲルドの街ではより引き立つのではないかと」

 

 そう言って、断ってから手本のようにリンク達につけるパーヤ。

ほのかに甘い花の香りが広がってゆく。

 

「凄い…素敵ですね。近くで咲き誇っているみたいです」

 

「…なあパーヤさん。次に来る機会があったら、この品を輸入したいんだけどいいかな?」

 

 リンクはその柔らかな香りに感嘆の声をあげ、イグレッタはそれに加え確かな利益を見積もる。

 

 カカリコ村はその立地からゲルド族が足を踏み入れる事は滅多にない。

これは輸入する費用や負担も大きいが、競合相手の少ないともいえる。

 

 加えて香水はパーヤが言うように乾燥帯でこそさらに引き立つ。

需要の面でも、ゲルド族にとって美に対する執念と使い捨てという側面もある為、かなり高いとみてもいいだろう。

 

「輸入…ですか?原料が貴重なのでそれ程は多くは準備できないかと」

 

 最も需要はあっても供給力はそれほどある訳では無かったが。

 

「それでも構わないよ、細かいことは次の機会にしよう。世話になったよ」

 

「お世話になりました」

 

「お元気で」

 

 パーヤに見送られ村を後にするリンク達

名残惜しくはあるが、求めたものも手に入りその足取りは軽かった。

 

 

 3日後 ゲルドの街

 

 イーガ団を撃退したからだろうか、特に問題もなくゲルドの街まで帰って来ることが出来た。

リンクが護衛の仕事に慣れて来たという事もあるのかも知れない。

 

 途中、ココナがくれたおにぎりの包みを開く。

カカリコ村原産の山菜を使ったおにぎりは、しっかりと味付けされたハイラル米と新鮮な山菜の深みのある苦みがあり口元へ運ぶ手が止まらなかった。

 

 砂漠最寄りのゲルドキャニオンの馬宿では、店主に手数料を払うことで話を付けた。

その内容は砂漠手前まで馬で移動し、残してきた馬連れ帰って貰うというものだ。

 

 これによって、馬宿から砂漠までの移動を馬で行える為時間を短縮することが出来るのだ。

薬によって移動力を上げることもできるが、流石に人の身では馬の脚には敵わない。

 

 砂漠では2人を待っていたのであろう、宮殿の隊長であるチークと兵士バレッタがスナザラシを引き連れた状態で待っていた。

 

 危険で過酷な砂漠でずっと待機していたのだろう、頭が下がるばかりだ。

こうして行きよりもスムーズに街まで戻ってきたという訳だ。

 

「報告いたします、ビューラ様!リンク達が帰ってきました!解呪に必要なものを準備できたとのことです!」

 

 真っ先にビューラが待つ執務室へ報告するチーク。

待ち侘びたと書いてあるかのような表情で迎えるビューラがそこにいた。

 

「イグレッタ、リンク。よく見つけてくれた。早速で悪いが、ルージュ様の御部屋へ行くぞ」

 



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第30話 涙の雨と怒りの雷

 族長の寝室

 

 ルージュの寝室に着いた一行。

室内では、ベッドの上で彼女がうなされている、まだ意識が戻らないようだ。

心なしか刻まれた紋章が濃くなっている気がする。

 

「イグレッタ、リンク、解呪の準備に入ってくれ。必要なものはあるか?」

 

「必要なものは全て揃ってます、ただ楽器を弾ける者と踊りが得意な者がいるとより成功率が上がるとも聞いております」

 

 ビューラは考える。道具ならすぐにでも用意できるが、得意な者といわれても基準が曖昧で選ぶのが難しい。

 

 そう考えている内に、街の方から美しい音色が聞こえて来た。

ゲルドの宮殿は砂漠の中にある石造りの建物だ。

 

 暑い場所でもあるので、風通しの良い造りとなっている。

その為、外からの音色が届いたのだ。

ちなみに寝室を出ればすぐに街を一望できる造りとなっている。

 

「あれは…姉ちゃん達だ!」

 

 リンクが外を眺めていると、スルバの演奏に合わせて、フェイパが踊っている。

2人ともとても活き活きとしている。

 

「…仕方がない。2人をここへ、探しに行く時間が惜しい」

 

 ルージュを助けるためにも、時間にはあまり余裕はない。

本来ならば子供にこんな事をさせたくはないが、贅沢を言える状況ではないのだ。

 

 

「リンク!帰って来たんだな!」

 

「なんだかよくわからないまま連れて来られたのだけど…何か御用でしょうか?」

 

 フェイパはともかくとしてスルバは警戒した。

演奏していたらいきなり宮殿に連れて来られたのだ、どんな状況なのか知る必要がある。

 

「端的に説明する。リンクが持ってきた紙に書かれている曲に合わせて踊ってくれ、振り付けも書いてある」

 

 ビューラは彼女達がするべき事のみを伝えた。

下手に事の次第を詳しく話して、悪意ある者に目を付けられる訳にはいかないからだ。

 

「…何だかよくわからねえけどこれを踊ればいいんだな?」

 

「…わざわざ指定するという事はそれなりの理由がありそうね…フェイパ、踊りの方は任せたわ」

 

 流石にこの反応をされればフェイパも感づく、スルバも同様だろう。

頷いた後、2人は紙を読み込んでゆく。

 

 その間にリンク達が着々と部屋にまじないの準備を整えていった。

仕方の無い事とはいえ、族長の寝室に塗料を使って絵柄を書いてゆくのにはビューラは顔を顰めたが。

人形を傍に置き、最後にルージュに腕輪をはめることで仕掛けは全て終えることが出来た。

 

「…良し、これで準備は整った。演奏と舞踊の方は大丈夫かい?」

 

「アタイは大丈夫だ、スルバは行けるか?」

 

「…何とかね、完璧に仕上げる猶予はなさそうだし」

 

(彼女達の協力無しでもお助けできるのなら、それに越したことは無い。だがもしもの事があってはならない以上、手を抜くことはあってはならない。アタイの見立てではルージュ様の命に係るものだしな)

 

「―頼んだよ、始めておくれ」

 

 その言葉にスルバが頷き、前奏を始める。

それに合わせフェイパが舞い、イグレッタは歌を歌う。

 

わが歌が いざなう 数千の雨粒は

私のナミダ

大地に とどろく カミナリは

私の怒りなり

 

 儀式、まさにそう呼ぶのに相応しい、不穏な空気が辺りを支配した。

外は雨雲がどこから来たのか覆い始め、大量の雨を降らせ雷光と共に辺りに衝撃をもたらす。

砂漠の街にはまずありえない光景だ。

 

 そしてそれ以上に不気味な事に、まだ昼だというのに部屋は暗く、全身を虫がへばり付く様な気味の悪い感触だ。

 

「―う…あ…ア…!」

 

 実際に呪いを受けているルージュは一際影響が強いように見える。

その額には脂汗が滲み、身体の痙攣が止まらない。

 

 部屋に描かれた陣は赤黒く点滅を繰り返し、周りには円を描くように見たこともない文字が青い炎と共に浮かび上がる。

 

 それと共に段々と空気中からルージュに流れていく黒い靄が現れて来た、陣に阻まれ次第に流れる量が少なくなっているのがわかる。

 

 それを防ぐかのように儀式をしている3人に纏わりつく。

少し、歌声が掠れ演奏も踊りも精細を欠いたものになった気がする。

 

(なんだこれ…?体が重くて肌がひりつく…)

 

(音が沈んでゆく…、音を響かせたくないという事かしら?)

 

 更に傍に置かれた人形に異変が起きた。

少なくなった靄を集め、赤みを帯びた点滅を繰り返しどんどん膨らんでゆくのである。

反対にルージュに刻まれた模様は、栄養を奪われるように縮んでは元に戻る挙動を繰り返す。

 

 その様は生き物の鼓動のようであった。

 

(ルージュ様…)

 

 ビューラはここにいる誰よりもルージュとの付き合いが長く、そして深い。

にもかかわらず、この場で彼女の為に出来ることが何もないのが辛かった。

 

 幼くして母を亡くしているルージュにとってビューラは育ての母といってもいい。

ビューラにとってもルージュはただ尽くすべき族長というだけでなく、娘の様に案じる相手といえる。

 

(…何だか、悲しくなるなぁ…)

 

 帰って来てリンクはイーガ団の呪いを見た時、今の重苦しい空気にこんな感情を抱いた。

彼はカカリコ村で彼らの動機を知った。

 

 共に戦い、信じた者に唯一裏切られ、追放されたシーカー族。

この辛さはわからなくはない、怒るのもわかる。

 

 だからといって全くの無関係なゲルドにまで危害を加える程全てを憎しみ、恨むようになってしまった事が悲しかった。

 

 段々と模様は小さくなり、黒く弱くなってゆく。

それに反比例するが如くルージュは更に苦しみだす。

 

「グ…ガァア!!ギャ…ァアア…!」

 

呼吸は浅く、それでいて早い。負担の大きさを表すかのように脈が怒張する。

 最後の断末魔といわんばかりに、解呪する3人とルージュは炎の中に放り込まれたかのような苦しみと痛みに晒される。

 

 それでも更に続けてゆくと、ルージュから模様が外れ耐えきれなくなったか人形が砕け散り、外れ転がった腕輪が金属特有の高い音を部屋に響かせる。

 

 やっと終わった…、ルージュの顔は汗ばんでいても先程と比べ緊張が解けたものになっていた。

 

「…終わったか。体力は使い果たしているだろうからもう少しは安静にしないとな」

 

「ルージュ様は御無事なのか…?」

 

「…おそらく問題ないでしょう。ただ、複雑に絡み合った呪いと感じました。本来ならどちらか1つだけで済むはずだったのですが、両方の手段を使わなければ助ける事は不可能でした。強さも勿論ですが、かなりリスクの高い手段を使っているのでしょう」

 

「リスク…?」

 

「人を呪わば穴二つという言葉もございます。これ程悪意に満ち溢れた呪いであれば、解除された時必ず相手に反っていきます。強さも相当ですから…恐らくしばらく動けないかと…」

 

 それ以上は伏せなければならない。

動けないどころではない筈だ、最悪の場合は―

 

 相手がどうなるかは実際に見る訳では無いが、それでも大凡見当がつく。

こんな事を小さなヴァーイ達に背負わせるわけにはいかない、それが彼女なりの気配りだった。

 

「うぅ…ここは…?」

 

「「ルージュ様!!!」」

 

ルージュが倒れ、意識を失っていたのは呪いによるものだ。

その根源が断たれたためか、ルージュが意識を取り戻す。

 

「そうか、わらわは倒れたか…。すまぬなビューラ、イグレッタ。随分と苦労を掛けた様じゃ。リンク、あれはそなたが悪い訳では無い。わらわが体調管理を怠っただけの事」

 

 彼女の手を握るビューラとイグレッタの手が震える。

良かった、族長を助ける事が出来たのだ。

 

 先程までの状況を見るに極めて殺意の高い呪いであったのは間違いない。

手を尽くせなければ、遅かれ早かれ命まで奪いとっていただろう。

 

「フェイパにもスルバにも心配かけたな、勿論カットルやマトリーにも感謝している。サークサーク」

 

 ベッドから足を地に着ける、当然視線は床に向けられる。

そこには陣が描かれ辺りを覆う荒天は物々しさを雄弁に語る。

 

「感謝のしるしに宴会でも…といいたいところだが、それを準備するのがそなた達では却って負担になってしまうな…。後日、みなに褒美を授けよう。欲しいものを決めておいてくれ。ビューラ、わらわの代役ご苦労であった。すぐにとりかかろう」

 

「ルージュ様!お倒れになられたのです!本日は絶対安静です!」

 

 皆が何を言っていると咎めるような視線で、特にビューラがルージュに言い切る。

こうなってしまっては彼女は決して譲らないし、周りも状況だけに確実に止めに入るだろう。

 

「むぅ…仕方あるまい。明日から政務に復帰するとしよう。改めて言おう、サークサーク。そしてサヴォーク(さようなら)」

 

 ルージュの言葉にそれぞれが元の場所へ帰ってゆく。

心なしか彼女達の表情は少し晴れたものになっていた。

 

 

 同時刻 某所

 

「ふむ…失敗したのね」

 

 怯える部下からの報告に顔を顰める。

まさか団員を退けるとは思ってもみなかった。

 

「まあいい、あれは優先順位はそれほど高くはないし。威力偵察と考えれば最低限の役目はできたようね。下がっていいわ」

 

 そう言って、部下を下がらせる。

部屋にいるのは自分だけだ。

次の一手を思案している時、その者の身体が赤黒い闇に包まれる。

 

「っぐぁ!…ぬううう!」

 

 呪い返し、ルージュにかけた呪いが打ち払われたことにより体を蝕む。

その者の身体にも紋章が現れる。

だがここからが先程と違った。

 

「グゥォォオオオ!!ガァァアアア!!!」

 

 獣の如き凄まじい咆哮が響いたかと思うと、紋章が外から潰されるように急速に萎んでゆく。

解呪という丁寧なものでは無く力で踏み越え、打ち砕くような感じだ。

 

「…驚いたわ。あれ程強力な呪いすら解いたのね。あの方が目を付けるだけのことはあるわ」

 

――

 




節目の一つである
30話に到達しました、いつもご愛読くださりありがとうございます。

今回のルージュの呪い
解除法として嵐の歌をアレンジしてみました。
ムジュラの仮面では実際に呪いを解除出来ます。

カカリコ村から嵐の歌とイーガ団分裂の際、彫り込まれた涙の雨。
かつてのゲルドの族長ウルボザから怒りの雷を組み込ませていただきました。

これからもよろしくお願いします。


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第4章 ゲルド族最強を目指して
第31話 焦りの強さ


 1年後 ゲルドの街 宮殿

 

「そこまで!リンクの勝ちだ!」

 

「本当に強くなったのう。見事なものじゃ」

 

「サークサーク!」

 

 カカリコ村までの遠征を乗り越えてから1年が過ぎた。

特にリンクにとっては更なる躍進を遂げるに十分な歳月であった。

 

 まず、身体の成長により基本的な能力が伸びた。

身体能力に関しては7歳と8歳では雲泥の差がある。

 

 カカリコ村でのイーガ団員との死闘は、更なる上の領域へと彼を押し上げた。

訓練も大切だが、実戦は更に腕を磨くまたとない機会であり、緊張感が違う。

それが命すらかかる状況ならなおの事である。

 

 かつては押されていたルージュにも勝ち星が増えていき、勝ち越せるようになってきた。

次の目標はビューラを倒す事である、それは武道に置いてゲルド族の頂点に立つことも意味する。

持つ意味も相応に大きいものだろう。

 

現に、勝てはしないものの幾らか肉薄できるようにはなって来た。

強ち無謀な目標ではない。

 

「ビューラ様!次の相手をお願いしてもよろしいでしょうか!?」

 

 だがしかしリンクの内心は穏やかでは無く、それが何故なのかもわからなかった。

 

「…済まないがこれから打ち合わせが入っている。相手をすることが出来ん」

 

「…わかりました!次の機会にお願いします!」

 

 そう言って訓練に戻るリンク。

今度は一人で複数人を相手にする様だ。

魔物達との戦闘においては1対1になることの方が珍しい、そしてその危険性も段違いだ。

故にこの戦闘の必要性を彼は理解していた。

 

(―私も覚悟を決めねばなるまい)

 

 

 宮殿側 路地裏

 

「ハァハァ…、リムーバさん、サヴァサーヴァ!今日も特訓お願いします!」

 

 訓練が終わると直ぐにリムーバの所へ駆け込み、更なる修練を積む。

それがリンクの習慣になっていた。

強くなりたいから、そして大切な人達を守りたいから。

 

「おやリンクじゃないか、サヴァサーヴァ。まずは一休みしな。そんな状態では怪我するだけだよ」

 

 返事は聞いていないと言わんばかりに、リムーバは日よけのある隣に座るように促す。

若干不満の表情を浮かべたが、体力が回復していない状態ではまともに訓練が出来ない事も知っている為、その指示に従う。

 

(荒れておるのう…。強くなりたいのはわかる、それもすぐに、だな…)

 

 亀の甲より年の劫というべきか、彼女にはリンクが未だわかっていない精神状態をある程度把握していた。

 

(理由は恐らく衰えじゃろう)

 

 彼女はかつてゲルド族の兵士だった。

年齢故の引退をしているだけに兵士達の事なら今でも大抵わかるのだ。

 

 リンクは確かに成長している、しかしビューラはどうだろう。

如何に才能が有り鍛錬を積んだとしても、加齢による衰えまでは誤魔化せない。

 

 ビューラは先代の族長の頃から御付きの重責と街の政務の一端を担っている。

それでもゲルド族最強であること自体、相当に過酷であったはずだ。

兵士達はそれがどれ程凄い事かを知っているからこそ、絶大な信頼と尊敬を集めている。

 

(できる事なら、すぐにでも強くしてあげたい。しかし、そんな都合のよいものなど無い。あったならとっくに教えている)

 

 恐らく無自覚の内にビューラの衰えを察知しているのだろう。

なまじ実力と才がある故にそこだけを見抜くことが出来た。

 

(その一方で己の本心を理解できておらぬ。どうしたものかのう…)

 

 恐らく自分が何もせずともリンクは数年のうちにビューラを超える。

だがそれでは意味が無い。

その間にビューラのピークは完全に過ぎてしまうだろう。

彼女が弱くなったから勝てた、それが事実のものになってしまうからだ。

 

 衰退した最強に勝っても意味がない。誰もが認める強いビューラに勝ちたいのだ。

だから焦る、それに気が付いていない。

その機会が永遠に失われてしまう事を本能で漠然としか理解していないのだ。

 

「今日の訓練は瞑想じゃ」

 

 彼女は決断した。

本当の意味でゲルドの失われた武術を突き止めると。

 

「リムーバさん!?しかし―」

 

「リンク、残念じゃがすぐに強くなる方法など私は知らぬよ。じゃが私の追い求める武術の中に新たな発見があるかもしれん」

 

食い下がるリンクに、被せる様にリムーバは答えた。

 

「できる限り危険が及ばない様、慎重に教えてきたつもりじゃ。お主が望むのならば、これからは過酷な方法も視野に入れて探してみよう。それに加えておぬし自身が気づかないといけない事もある。己を見つめよ」

 

「はい!」

 

 リムーバの正直な答えにリンクは納得した。

彼女の下で修業してわかったが、その指導は的確だ。

長年兵士として戦ってきたからか、どうすればより効果的に鍛えることが出来るかわかるのだ。

 

 加えてこちらの心境を正確に見抜いて来る。

下手な誤魔化しは通用しないし、今の不安定な状態では碌な事にならないのも理解していた。

 

(―不思議だ。今までも瞑想はした事があるのに、違和感しか覚えない…)

 

 同じ内容でも視点や捉え方によって実感は変わって来る。

言葉ではわかったつもりでも、それを改めて知ることになったリンクであった。

 

 

 リンクの家

 

「ただいまー!今日も疲れたー!」

 

 家に帰ると途端に砕けた口調に戻るリンク。

基本的には護衛の依頼相手であったり、訓練をしてくれるビューラやリムーバの様な師と話すことが多い分、本来の姿を出せる貴重な時間でもあるのだ。

 

「お帰り、リンク。まずは体を洗っておいで」

 

「お帰りリンク!アタイが洗ってやろうか!?遠慮するなって」

 

「えー、それって姉ちゃんが洗いたいだけじゃないの?」

 

「うむ、そうとも言う。という訳で洗ってくるわ。スルバ、飯の方は頼む」

 

 返事は聞いてないと言わんばかりにリンクの手を引っ張り奥へ行く。

それからしばらく経ち、2人が帰って来る。

その間にスルバが慣れた手つきで食卓に料理を並べていった。

 

「あー、お腹空いたー!あっ、これカチコチ肉詰めカボチャだ!久々に食べてみたかったんだ!」

 

 スルバはリンクが持ち帰ったレシピを再現をする事に力を入れている。

彼女自身どちらかというと家庭料理の方が作るのが得意なようだ。

各々が好みの味になるようにあーでもないこーでもないと会話に花を咲かせている。

 

 身体を動かした後のリンクには、汗で流れた塩分を補給する意味もあり岩塩を少しだけ隠し味で忍ばせてある。

中に詰められたケモノ肉の味を引き立てると同時にカボチャ特有の甘みを思う存分堪能できた。

ハイラル米を食べるペースもどんどん上がってゆく。

時折、ポカポカダケで作ったキノコの串焼きを豪快に頬張っている。

 

「ふぅー、御馳走様でした!美味しかった」

 

「お粗末様でした、カカリコ村の料理もいいものね。この落ち着く味は私も好きよ?」

 

「アタイも珍しい味付けで結構楽しんでいるぜ。しっかしレパートリー増えたなー」

 

「フェイパも料理してみたら?なかなか楽しいわよ?」

 

「うーん、スルバの料理と比べるとどうもマズイんだよなぁー…。そろそろ舞踏会の準備をしなくちゃいけないしさ」

 

 料理上手なスルバと比較してしまう為、美味しく感じないのだろう。

あまり乗り気では無い様だ。

 

「まったく…、呆れた。そう言えばリンク、最近嫌な事でもあった?」

 

「え?突然何?スルバ姉ちゃん」

 

「あ、スルバも思ったか!上手くは言えないけど焦り?みたいなの感じるぞ?」

 

 姉達にそこまで言われると流石にリンクも考えざるを得ない。

彼自身もこの不安定な気持ちを何とかしたいと思い、迷いながらも口を開く。

 

「…何だかよくわかんないけど、すぐに強くなりたいんだ…。強くなりたいと思ったことは今迄もあったけど、上手くいかない時ここまで不快に思う事が無かったのに…」

 

 そう弱音を吐く彼の姿は、泣きそうな子供のようだった。

音楽や舞踊に打ち込む彼女達だって上手くいかなくてイライラしたり、不安定になる時はある。

だからその気持ちはわかるし、何とかしてあげたいとも思う。

 

「そうね…、強くなる方法に関してはわからないけれど、すぐにって所にヒントがありそうだわ。そこから考えてみましょう」

 

「うーん、アタイがすぐ上手くなりたいって思う時は発表する時とかだな。待ってくれない状況だとどうしても不安になりやすいんだよ」

 

 流石だ、隠しているつもりでも姉2人にはお見通しだったらしい。

それでいて彼女達の言葉はストンと心に落ちる。

確かに、焦ってはいたし不安でもあった。

後はそれが何なのかだ、先程の言葉から時間に関係がありそうな気がする。

 

「スルバ姉ちゃん、フェイパ姉ちゃん。サークサーク。何だか少しだけ不安が晴れて来たよ。もう寝るね?ちょっと気持ちを落ち着けたいんだ、サヴォール」

 

 色々と張り詰めていたのだろう。

気持ちを落ち着け整理するため、早めに就寝する。

 

「ええ、サヴォール。リンク」

 

「サヴォール、リンク」

 

「…寝ちゃった。さてこっちもやる事やらないとね。あの曲を完成させないと」

 

「マジでやるのかよ?いくらまだ時間あると言っても演奏会の為に新曲作るのか?カッシーワさんの力も借りずに?」

 

「だからこそよ、去年リンクは参加できなかった。せめて私にできる事をしてあげなきゃ」

 

「わかったよ、アタイにも手伝えることがあったら言ってくれ。リンクもだけどスルバだって心配なんだからな」

 

「サークサーク、あなたもね。舞踊の練習とか手伝えることがあったら遠慮しないでね。それじゃあ、サヴォール」

 

「サヴォール」

 

 

 宮殿

 

「ルージュ様、夜分にすみません。チーク、呼び出して済まなかったな」

 

「よい。武に生き、ずっと支えてくれた他ならぬそなたの頼みじゃ。大体の事はわかっておるよ」

 

「そんな恐れ多いです、ビューラ様。それで本日はどのようなご要件でしょうか?」

 

「大きく分けて2つある、1つは私の修行に付き合って欲しい。もう1つは―

 

 

「―なるほどな、改めて言われてみると感慨深いものよのう…。チーク、お主は出来るのか?」

 

「…すぐに返答は出来かねます。ルージュ様達と比べれば大したことではないかもしれませんが、それでも即決できるほど小さい内容でもありません。周りが納得するのかという面も含めて慎重にいかなければならないからです」

 

「ビューラよ、本当に良いのか?リンクの事を気にかけておるのはわかっておるぞ」

 

「だからこそです。近いうちに私の実力は誤魔化せない程に衰えてゆくでしょう。いえ、ルージュ様もご存じの様にもう衰えがかなり来ています。私との戦いで勝負になっているのは私はもう全力を出せないから…そんな印象しか与えられない様では戦士として失格です」

 

ビューラの握る槍に力が入る。

思い返せばあっという間であった、だがそれだけ充実した時間とも言い変えられる。

 

「兵士達にそんな歪な成長をさせてはならない、心に蟠りを残すことなど言語道断です。私は近いうちにリンクと御前試合を行うつもりです、自分の全てをこの一戦に懸けたいのです」

 

「…それでしたら時間が惜しいです。早速訓練に入りましょう!胸を借りるつもりで御相手致します!」

 

「サークサーク。本気で来るのだ、これは私だけでなくお前への特訓でもある!」

 

 夜の宮殿に音が響く、激しい特訓が兵士をより強くするのだ。

強すぎた御付きはいずれ残される者の為に、その背中に憧れた隊長はビューラの意志を継ぐために―

 



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第32話 スナザラシラリー

 翌日

 

「フェイパ姉ちゃん、スルバ姉ちゃんサヴォッタ!」

 

「サヴォッタ、リンク。ヒンヤリ煮込み果実出来ているわ。昼間は暑いからしっかり冷やておくのよ」

 

「お、リンク!スルバ!サヴォッタ!ヒンヤリ煮込み果実、美味しそうだ。色々と凝った料理もいいけれど、朝はやっぱこれだよな!」

 

 ゲルドの街の朝はこれからどんどん熱くなる。

だからこそ手軽且つ、耐暑効果が期待できる食べ慣れた味というのはしっかり根付いている。

 

「今日は舞踏会の練習をするから、遅くなるよ。もう本番まであんまり時間もないからな」

 

「あらそうなの?曲があったほうがいいかしら?」

 

「いいのか?結構長くなるぞ?そりゃ曲の長さを把握したり動きにメリハリをつけるには助かるけどさ」

 

「勿論よ、アタシだって演奏会では結構無理を言ったしね。これくらいは手伝うわ」

 

「姉ちゃん達いいなー、今度は僕も混ぜてね!」

 

「おうよ!次の機会に思いっきり踊ろうぜ!」

 

「うん!僕も行かなきゃ!今日はスナザラシに乗るんだ!」

 

「気を付けてね、水分はしっかりと取るのよ」

 

 

 ゲルドの街 外

 

「来たなリンク。今日はスナザラシを使った訓練だ。まずはいつも通り3周ほど回ってもらう」

 

「はい!早速取り掛かります!」

 

 リンクの成長に伴い、それなりにスナザラシを扱えるようになっていた。

課題はリンク自身の重量と腕力が不足であった為、ある程度改善されたのである。

 

 本来はスナザラシを扱うときは手で握るのではなく腰にロープを繋げるが、これだとバランスを崩した時スナザラシに引き摺られてしまう。

扱いに慣れるまでは万が一に備え、手で握ったほうが良いのだ。

 

 1年前と比べて見違えるほど扱いが上手い。

あらかじめ指定されたルートならば多少の疲労こそあれど問題なくこなすことが出来た。

 

「終わりました、ビューラ様!次はどうしますか?」

 

「準備運動は終わったな、では次はスナザラシラリー会場へ向かう。入り組んだ道筋に作られた7つのアーチを潜り抜け、流動的に変化する状況でもしっかりと動かして見せるのだ!」

 

 次に行われたのはスナザラシを実践的に使いこなす訓練だ。

ただ指定された道をまっすぐ移動するだけがスナザラシにできる事ではない。

手軽且つ素早く、慣れれば小回りだって効く砂漠の脚なのだ。

 

「来たようだね、ビューラ様から話は聞いてるよ」

 

 彼女はスナザラシラリーの受付兼、先代チャンピオンの師匠に当たるジャボンヌだ。

現在は先代チャンピオンのパフューが再びチャンピオンに返り咲く為、指導に精を出している。

 

「一つアドバイスだ、スナザラシラリーはゆっくりしてたら上手くいかない。早さを競う競技だからね。だから予め自分で決めたルートを作った上で壊すのさ」

 

 作った上で壊す…?どういう事だろう。まるで意味が解らないリンクだった。

 

「私が言った事と照らし合わせろ。時間が惜しい、さっそく始めるぞ」

 

 スナザラシラリーの会場はあくまで公共の場であり、訓練場ではない。

長い時間、独占的に訓練に貸し出すわけにもいかないのだ。

 

 ジャボンヌがヴァーサークと声を響かせるとゲルド族のヴァーイがコースを見学に訪れる。

今でも根強い人気を誇るスポーツだ。

 

 スナザラシラリーの歴史は古い。

1万年以上前から代々受け継がれる伝統と格式ある競技なのだ。

族長であるルージュもかなりの腕前であったりする。

 

 ジャボンヌの開始の合図が砂漠の空へと響き渡る

 

「ゲルドの伝統競技 スナザラシラリーに 命知らずの挑戦者が現れた!

不敗を誇る チャンピオンの記録… 果たして超えることが出来るのかっ!?

砂漠の獣… スナザラシの準備は整った!

全てのアーチをくぐり 1時間15分以内に ゴールできるのかっ!?

それじゃあ… カウントを始めるよーっ!!」

 

GO!

 

始まりの合図と共に、リンクとスナザラシは駆けだす。

砂塵をまき散らし、あらかじめ決めておいたルートを快調に進んでゆく。

1つ、2つ…特に苦労した様子もなく、アーチを潜り抜ける。

だが―

 

(次のアーチは…狭い!あんな場所にあるのか!)

 

 4つのアーチを潜り抜けた後、5つ目を確認して愕然とするリンク。

何故ならそこには無数に広がる岩盤が道を遮り、残された道で通れる場所は片手で数えるぐらいしか見いだせなかったからだ。

 

 これがスナザラシラリーの怖さの1つである。

あらかじめ道筋を立てていたとしても、入り口からでは確認ができない程遠い場所で突然難易度が上がるのだ。

対策とは言っても慣れるまで何度もコースを走るか、落ち着いて進むべき道を照らし合わせ、迅速に決断する他はない。

 

 何とか潜り抜けることが出来たがそれでもかなり遠回りになってしまった。

続いて6つ目のアーチ更なる展開が彼を待ち受けた。

 

「うわっ!危ない!」

 

 思わず口にしてしまう程の出来事だった、コース上に岩が落ち進路をふさいだのだ。

咄嗟に速度を落とすよう指示を出すリンク。

 

普段ではまず行わない動作故、バランスが取れず振り落とされそうになってしまった。

ここまで来るともはや新記録どころではない。

完走する事で精一杯だった。

 

(…知ってた。うん、知ってたよ…)

 

 最後のアーチにも当然仕掛けが施してあり、なんとリザルフォスの集落の真ん中に聳え立っていた。

魔物の住処に設置してあるとか控えめに言っても頭がおかしいのではないのだろうか。

一体どうやって作ったのだろう、彼らに見つからない様ひっそりと地道に建てたのか。

リザルフォス達が手伝ってくれたとでも?想像すると何ともシュールだ。

 

 魔物だらけで危険がいっぱいのゲルド砂漠において、ある意味実戦的でもあるのだが。

 

 櫓から角笛で仲間に知らせる見張り役のリザルフォス。

その合図に反応し、飛び出し襲いかかって来る敵を躱しながら進んでいくリンクだった。

砂地ですらスナザラシに肉薄する速さには改めて危険を思い知らされたが。

 

――

 

何とかゴール出来た。

記録は1時間40分

チャンピオンの記録には遠く及ばない。

初出場ならば完走できたことを喜ぶべきかもしれないが。

 

「1時間40分…。初めてで完走できたなら立派なものだよ。まだまだ粗削りなのはしょうがないさ」

 

ジャボンヌもタイムはともかく完走できた事を評価している、慣れない初参加ならば記録よりもこの点が重要と考えているのだろう。

 

「…中々いい走りだった。また来ることを期待する」

 

 寡黙な性格なのかパフューはようやく口を開いた。

口数は少なくわかりにくいが相手を気遣う性格をしているらしい。

 

「…今では私も挑戦者だ。ともに腕を磨ける存在は歓迎する」

 

「サークサーク。次は5秒縮めることを目標にします!」

 

 好きな返事だ、パフューは思った。

社交辞令な返事なんか1ルピーの価値すらない。

次も挑戦する、それも既に越えるべき目標を己に立てている。

 

「いいねえ、いいねえ!こういう姿勢は大事にしな!」

 

「…待っている」

 

 ジャボンヌはスナザラシラリーへの挑戦を続けてくれることを歓迎し、パフューはともに腕を磨く仲間が出来たことをニヒルな笑みで迎えている。

その返事を聞いた後、リンクはビューラの元へ足を運んだ。

 

「少しずつではあるが、スナザラシも実用的に走らせるようになって来たな。自分の思うとおりに状況が変化する事などあり得ない。だからこそ臨機応変に対応できる能力も求められるのだ」

 

 ビューラが言った事、ジャボンヌが言った事。

その重要性がはっきりと自覚できた。

 

 ただでさえスピードが出るスナザラシだ。

判断の少しの遅れが大惨事につながる事だってあるだろう。

砂地とは言え所々に岩が存在し、魔物が蔓延っているのだから。

 

「怪我する前に気が付けて良かったです。次の訓練はどうしましょうか?」

 

「その前にお前に伝えておかなければならない事がある」

 

 訓練内容を告げるより前に伝えたいことがあるという。

珍しい。彼女は誰よりも訓練に対し、真剣にそれでいて誠実に取り組むゲルドの戦士だというのに。

 

「来週、私とリンクで御前試合を行う。私の全てをこの試合に捧げるつもりだ、お前も全力で当たれ。半端な状態で私は倒せん」

 

 御前試合―

 

 ゲルドの族長、ルージュの前で正式な試合をすることを意味する。

この試合の特徴は、どちらかが参ったというか続行不能になるまで続けられるという点だ。

 

 流石に族長の御前で殺傷や長を狙う謀反者に早変わりしては問題な為、武器は模擬の物を使う。

それでも何度も攻撃を当てる性質上、普段の訓練よりも負荷がとても大きい。

 

「これより先の訓練は自由に当てて良い。私からは以上だ」

 

「…承りました。訓練を行うのでこれで失礼します」

 

一礼をし、スナザラシで真っ直ぐゲルドの街に帰って行った。

 



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第33話 姉の逆鱗

 ゲルドの街 路地裏

 

「おや、今日は早いね。訓練の時間じゃないのかい?」

 

 リムーバはのんびりとした口調で話しかけるが、目が笑っていない。

訓練を抜け出すなど兵士としてもっての外だと考えているからだ。

 

「…リムーバさん。来週、ビューラ様と御前試合をすることになりました。それまでの間自由にして良いと了承も得ています」

 

「…なるほど、時間が惜しいな。仕方がない、では行こうかねえ…―修練場へ」

 

 一瞬であったが、彼女の視線が鷹の様に鋭く光った様に見えた。

修練場 初めて聞く。

このゲルドの街にそんな場所があったとは…

 

「こっちだよ、武器ならそこにいくらでもあるからその都度補充していくんだね」

 

 彼女に連れられて裏路地のさらに奥へ進むと、地下へと続く階段が現れた。

降りてゆくと薄暗く、開けた空間が広がっている。

 

 中央のせりあがった場所には人が立てる程度の円が描かれており、隅の方にはゲルドの武器がこれでもかという程積み置かれている。

 

「最後にもう一度だけ聞く、非常に危険な特訓だよ。確実に怪我をする…それでもやるかい?できる事ならこれはやめて欲しいのだけどね」

 

 

「勿論です、お願いします!」

 

「そうか…では説明する。…そこの中心に立て」

 

そう促されてリンクは円の中心に立つ。

 

「簡単だ、飛んでくる木をすべて剣で跳ね返せ。それだけだよ」

 

 そういうと同時に、一斉に丸太が飛んでくる。

上から、下から、右から、左から…それだけだが…

 

(数が多すぎる!)

 

 リンクはその剣捌きでいくつも弾き飛ばす。

元々リンクの剣速はかなり早い―が、それでもあらゆるところから何重にもなって飛んでくる丸太は捌ききれない。

 

 あらゆる所からリンクに襲いかかった。

一回当たるともうそこから次々と丸太が彼を打ちのめす。

腹に、背に、足に、顔に打撲が増え、至る所から血が流れる。

 

(私もこの修練を潜り抜けられなかった…やはりそんな簡単に身に付くものでは無いか)

 

 無謀なのは承知の上だ、恐らくはこの試練に対する回答を身に付けた上で挑むものな筈だ。

失われてしまった武術になってしまった以上、求められるハードルは相応に上がっている。

 

(本当にこれでいいのだろうか?いくら本人が望んだとは言ってもリスクが大きすぎる)

 

何はともあれ今日はこれ以上この修練を続けるのは無理だ。

丸太を止めて、リンクを運ぶ。

 

「リンク…本当に続けるか?今ならまだ引き返せる…。これは文字通り命懸けの修練だ。下手をしなくても大怪我をするのは目に見えておる」

 

 リンクは強い、力も意志も。

しかしながら童だ。

仮に自分で決めていたとしても、他にも選択肢があると伝えねばならない。

それが大人としての責任だ。

 

「決まっています。私は退きません」

 

ためらいもなく、リンクは答える。

 

「ビューラ様と御前試合を約束しました。ビューラ様の事です、それこそ一切の妥協なくこれに臨むでしょう」

 

 それについてはリムーバもそう思う、ビューラが戦の場において妥協などするはずが無い。

戦士としての面構えで彼は続ける。

 

「加えてこの不安定な精神です。正確には捉えきれませんでしたが、恐らくこの機会を逃せばずっと不安に苛まれる…そんな気がするんです」

 

 そちらについてもその通りだろう。

リンクの不安はビューラの衰えから来るものだ。

いくら強くなろうとも過去に戻って戦う事が出来る訳では無いのだ。

 

「全てを捧げると仰りました…。私はこれまでも、恐らくこれからも沢山の人にお世話になるでしょう。それでも武術における初めての師は間違いなくビューラ様です。ならば私も全てをもってあたりたいのです」

 

 師匠が師匠なら、弟子も弟子だ。

こういうところはそっくりに映る。だがそれが心地よくも思えた。

 

(ビューラ、お互いに大した弟子を持ったな…。私は嬉しく思うよ…)

 

「わかったよ、でも今日の修練はこれで終わりだ。また明日、体力が回復次第取りかかろう」

 

 彼女の言う通りだ、スナザラシラリーの疲労に傷だらけの身体。

こんな状態で且つ手探りで古武術の復活など出来ると思うのか。

更なる力を得ることが出来るだろうか。

ならば少しでも身体を休ませ、せめて体調くらいは整えさせるべきだろう。

 

 私にできる事…弟子の強すぎる意気込みに応えるためにも、自分は冷静であらねばならない。

熱くなり過ぎず、しかし抑えすぎてもいけない。

この線引きが大切なのだ。

 

「せめて家族の方には話を通さねばなるまい。これは大人として最低限のけじめだ。リンク、それでもいいかい?」

 

リムーバの言葉に頷くリンク。

いくら特訓だからといっていきなり怪我だらけで帰って来られては納得する訳が無い。

 

 

 リンクの家

 

「おっ、リンクお帰り…ってどうしたんだ!?傷だらけじゃねえか!?」

 

 出迎えるフェイパが血相を変えてリンクに駆け寄る。

顔にも腹にも足にも痣があり、至る所に手当の跡があっては当然の反応だろう。

 

「どうしたのフェイパ?大声をあげて…リンク!」

 

 フェイパの声に反応し近づいてきたスルバも駆けてくる。

朝送り出した弟が傷だらけになって帰って来たのだ。

反応が無い方が可笑しい。

 

「すまないね、お嬢ちゃん達。私はリムーバ。何があったか説明させてはくれないかい?」

 

「…まずはリンクを安静に。その後にお願いできますか?」

 

「勿論だ、応急手当はしっかりしたけど安静にしておいた方がいいからね」

 

 こういう時には冷静に対応できるスルバが話を聞き、フェイパはリンクをベッドに寝かしつける。

しばらくしてフェイパが戻って来た頃、リムーバがリンクに何があったか説明を始めた。

 

「まず、来週にリンクとビューラが御前試合をするそうだ。これはリンク自身がビューラから聞いたからまず間違いないだろう」

 

 御前試合―それが事実としたら紛れもなく名誉な事である。

加えておぼろげではあるが、何があったか理解もできた。

その特訓で怪我だらけになってなったという事だろう。

 

「この試合に全力を注ぎたいんだろうね。わざわざ私の所まで来て、特訓を付けて欲しいと言いに来たのさ…」

 

「それじゃ、アンタが無茶な訓練をさせてリンクを怪我させたのか!!?」

 

 我慢できなかった。

母様も父様も失った彼女にとってスルバとリンクは大切な家族だ。

絶対に失いたくない、あんな思いはもうたくさんだ。

背負わせたくもない、スルバにもリンクにも。

 

「…否定はしないさ。確かにあの修練は非常に過酷なものであったし、無謀なものでもあった」

 

「―!なら!!!」

 

「フェイパ」

 

 スルバが止める、これは駄目だ。

私ですら腸が煮えくり返る内容だ。

私以上に激情的なフェイパが抑えきれる訳がない。

 

「―リンクは通常の訓練以外に練習もしていました。その相手があなたですね?」

 

 だからこそ私は理性的にならねばならない。

今言った事は事実だろうが、それは一部であろう。

腑に落ちない所がある。

 

「ああその通りだよ。私にも伝えられる、できる事があると思ってね」

 

 リンクがゲルドの兵士達以外にも教えを受けている事は知っていた。

宮殿以外で1年も訓練を続けていれば身内がわからない筈が無いからだ。

 

でもそれが怪しい人かどうかは私ではわからない。

だからこそそれとなく、信頼できる隊長のチークさんに尋ねたことがあった。

 

「リムーバさん?ああ、その人なら大丈夫だよ。元々ゲルドの兵士だった人でね、私もお世話になった人さ。その知識と指導は私が保証するよ」

 

 チークさんは隊長として多くの兵を束ねている。

それだけに兵士達の事についてはかなり詳しい、そんな人が一目置く人だ。

リムーバさんの人となりはわからないけれど、ずっと見て来た彼女が断言するのなら、悪い人ではないのだろう。

 

「ここの所、リンクの様子は少しおかしかったです。何というか焦っている…そんな気がしました。それと関係があるんですよね?」

 

「焦り…その通りだよ。リンクは焦っていた、でもその原因はビューラだ。だからこそリンクには思うようにコントロールできないのさ」

 

 焦っているのはわかっていた、でもそこまで見通せはしなかった。

それはリンク自身にコントロールできる根幹では無かったという事。

 

「ビューラは戦士としては既にかなりの高齢だ。どうしたって衰えは避けられない…それを察知してしまったんだろうね。いつかビューラを超える時が来たとしても、それは彼女が衰えたからと結論付けてしまうし、リンクの心は晴れないだろう。そんな解消できない心残りに焦っている」

 

 

 彼女の言葉に熱がこもる、自分の事のように。

 

「だからこそ、すぐにでも強くなりたいのだろうね。制止を振り切って…危険を承知で激し過ぎるほどの修練に望みを懸けたのだから。相手が弱くなったからではなく、自分が強くなったからと信じられるように」

 

「…あなたの言いたいことは分かりました。リンクと真剣に話し合いをする必要がありそうです。それでもリンクが続けるというのなら、お願いがあります。これでもかというぐらい安全に注意して、修練出来る様にして下さい」

 

「スルバ!?」

 

 スルバからの思いがけない一言にフェイパは悲鳴のような声で返す。

 

「リンクの意志を信じましょう。あの子はやると決めたら絶対に折れないし曲げないわ」

 

「…~!!!アタイは絶対に認めないからな!リンクが傷つくことなんて許せるもんか!」

 

 そう言ってフェイパは奥へ引っ込んでしまった。

本当は分かっている。

傷ついて欲しくもないし、心に影を落として欲しくもない。

 

フェイパにだって心残りになって欲しくないから修練を続けて欲しいという考えが。

スルバにだってリンクが傷ついて欲しくないから修練を辞めて欲しいという考えが。

 

「すみません、フェイパが失礼をしました。ほとぼりが冷めた頃に話をしてみます」

 

「いや、こちらこそ軽率だった。すまなかったね」

 

そう言って頭を下げ、お詫びの品としてマックスドリアンを3つ渡す。

受け取ったスルバの表情は何とも複雑なものだった。

 

「…1つよろしいでしょうか?何故リンクにそんな無茶な修練の存在を明かしたのですか?」

 

 スルバの言う通りだ、そもそも存在を知らなければ彼はここまでの怪我をすることは無かったのだから。

それに対し、リムーバは神妙な面持ちで答える。

 

「理由は2つだ、1つは私の特訓すらリンクは納得できない程に荒れていたのさ。もう1つそれは私自身の体験さ。私もかつては兵士でね、今回の事みたいなことがあったのさ…あの時の事を今でも引きずっている…」

 

 弱弱しい…、そう思わせるぐらいにリムーバの表情は暗かった。

もしリンクが同じ道を歩んでしまったら―それ以上は考えたくもなかったのだろう。

 

「私自身はともかく相手に蟠りを残したことだけは許せなかった…。彼女は全力で応えてくれたのに全てを捧げることが出来なかったのさ…失礼にも程がある」

 

そう言って、彼女は外を眺める。

夜空には星が瞬かず、雲に覆われている。

 

「ビューラは強い、先代の族長の頃から、若すぎるぐらいの時からずっと御付きとしてゲルド戦士の頂点に君臨している。その傍らで、兵士達の指導と訓練、若すぎたルージュ様の為に、政務までこなしている」

 

加えて要衝である宮殿の警備までこなしている。

この条件で倒れずにいられるのが不思議なくらいだ。

 

「それがどれ程困難で、凄い事なのかゲルドの兵士で知らない者は1人もいない…。それはリンクも例外ではないのさ、彼女を師と仰ぎ尊敬している。その彼女との御前試合だ。絶対に妥協は許したくない…あの子の中でそれだけの価値があるという事なんだろうね」

 

「―リムーバさん、リンクはまだ子供です。年を考えれば…いえもしかしたら私よりもよほど大人かも知れません。それでも子供なんです、あれだけの傷やリムーバさんが仰るような心の影なんて背負うべきではないんです」

 

「その通りだね、だからこそ私たち大人が代われるところぐらいは背負おうじゃないか。もう1人のお姉さんにも悪いことをしたね、すまなかったと伝えてはくれないかい?」

 

そう言って頭を下げ、長いこと失礼したねと去っていった。

 

スルバが一息ついた後、リンクのいる寝室に様子を見に行く。

そこでは寝息を立てるリンクを撫でるフェイパの姿があった。

 

「…寝ちゃった?」

 

「…スルバか、さっきはすまなかったな。これだけはどうしても耐えれなかったよ…」

 

 ずっとリンクの傍にいたからか、ある程度落ち着きを取り戻したのだろう。

激しい気性とは別の優しい顔を浮かべている。

 

「いいのよ、こういうことはアタシに任せておきなさい。―ずっとリンクの傍にいてあげるあなたも間違っているとは思わないわ。リムーバさんもすまなかったと言っていた」

 

「なあスルバ、どっちが正しいんだろうな…。間違った事を言ってるとは思えない。それでもこれが正しいとも思えないんだ…」

 

「それは私も同じよ、どちらか選ぶという事はどちらかを選ばない事だもの。絶対といえるような選択肢はないわ」

 

 そう言って、お気に入りの竪琴を静かに奏でる。

気持ちの落ち着く綺麗な音色だ。

彼女はどんなに忙しくても必ず演奏する事を怠らない。

カッシーワから譲り受けた、それに恥じない演奏家になるという明確な目標を見つけたからだ。

 

「明日、リンクに聞いてみましょう。私達がどれだけ考えて動いたって、そこにリンクの意志が一切ないのは問題だわ」

 

「…そうだな、どっちを選ぶにせよ。私達にできる事はそれぞれの選択の善し悪しをしっかりと伝えるぐらいか。サークサーク、スルバ。そしてサヴォール」

 

「それぐらいかしらね。それじゃあ、サヴォール」

 

 

――

 



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第34話 修練の道は続く

 翌日

 

「スルバ姉ちゃん、フェイパ姉ちゃん。サヴォッタ!」

 

「リンク、サヴォッタ」

 

「やっと起きたか寝坊助め!サヴォッタ!」

 

 翌日の昼頃になってようやくリンクは目を覚ました。

今までの疲れが溜まっていたのだろう、加えてダメージが大きかった証でもある。

それを示すように所々を庇うような奇妙な動作が入る。

 

「今日も暑くなるわ。ヒンヤリメロンとマックスドリアンを剥いておいたからしっかりと身体を冷やすのよ」

 

「わーい!いっただっきまーす!」

 

「…ああ、頂きます」

 

 朝の定番でもあるヒンヤリメロンに加え、マックスドリアンもある。

少々遅い時間ではあるが、朝食としては御馳走といえるだろう。

フェイパとは対照的にリンクは豪快にかぶりつく。

 

 

「ふぅ、御馳走様でした」

 

「御馳走様」

 

「お粗末様でした。…リンク、今日は話に付き合ってもらうわよ、あんなことがあった以上キチンと話し合う必要があるのはわかってるわよね?」

 

「うん、しょうがないよね。心配かけてごめんなさい」

 

「ある程度の事はリムーバさんに聞いている。それでもちゃんと教えてくれ。大事なことだ、お互いに理解をしていないと平行線になりかねない」

 

 彼女は努めて冷静に、自分にも言い聞かせる様リンクに語り掛ける。

リンクもちゃんと伝えるべき内容だとわかっているので、1つずつ丁寧に説明する。

こういう時、兵士として正確に伝えることをしっかり教えられているリンクは同じくらいの子供よりも得意だ。

 

「―なるほど、大体わかったわ。リンク、貴方はどうしたいの?危険を承知で修練を続ける?強くなる当てとしては悪くはないんでしょ?できる限り安全対策を施すのならアタシは反対しないわ」

 

「―怪我をしてからでは遅い。危険すぎる修練以外にも強くなる方法ぐらいあるだろ。修練よりよほど安全だろうしな。なにより傷だらけで帰って来るなんて辛すぎる。アタイは反対だ」

 

 どちらにもいい所と悪い所がある。

あえてそれを提示した上で、リンクに問う。

どちらを選ぶにしてもしっかりと知った上で選んで欲しいのだ。

 

「…―」

 

 迷っている、2つとも間違っているようには思えない。

自分の中で選択肢は決まっているつもりだった。

恐らく姉達は自分がどちらの選択をするのか知っていたのだろう、それでも熟考して決めて欲しかったという事か。

見えていなかった可能性や危険性によって後悔して欲しくないから。

 

「―決めたよ、姉ちゃん。僕は修練を続けたい」

 

静まった部屋に彼の声が響いた。

 

「危険な修練なのは体験してわかっている。強くなりたいというのも否定はしないよ。それ以上にフェイパ姉ちゃんもスルバ姉ちゃんも僕の事を心配しているのも」

 

 言葉をゆっくりと噛みしめ、しっかりと伝える為に一つ一つ選んでいるのだろう。

見極めてみせる、姉2人はそう覚悟した。

 

「全部僕の正直な気持ちだよ、ビューラ様は僕の初めての師匠だ。護衛の仕事に就けたのは間違いなくビューラ様の御蔭だよ」

 

 その通りではある、あの時にはどうやって生きていけばいいのか見当もつかなかった。

大恩のある相手であることは間違いない。

 

「そのビューラ様が言ったんだ、私の全てを捧げるつもりだと…。あの人がどれだけ長い間戦士としていたかは想像もつかない。少なくともいい加減な覚悟で挑むのは失礼だと思う」

 

 わかっている、それでもあんなに怪我をされるような内容を受け入れたくはない。

痣や出血だらけな弟など耐えられない。

 

「それにね、修練はあくまで修練なんだ。危険とは言っても命まで奪われるようなものじゃない。護衛の仕事の時には命を落としてもおかしくない状況にだってあると思う。上手くは言えないけれど…ルージュ様の時みたいなとんでもない事が起きるんじゃないかって予感がするんだ…」

 

 ルージュの呪いの件は明らかに人為的な悪意だった。

後で詳しく聞いた話ではリンク達に刺客まで向けられていたらしい。

 

 背筋が凍る話だ、魔物どころか同じ人間にまで殺意を向けられるとは…。

岩を落とされ、矢で射られ、首を切り落としにかかるなんて…

 

 ゲルドの男はその特異性からお伽話でも盛んに取り上げられるものだ。

その殆どは過酷という言葉すら優し過ぎるほどの受難に満ちた内容であった。

流石にあのような道は歩んで欲しく無い。

 

 しかしその一方で今のリンクでも十分波乱の中で生きていると言える。

7歳で両親を亡くし、危険に満ちたゲルドの砂漠で命懸けの護衛をしている。

加えてカカリコ村での件だ、リンクの予感から想像できる内容が恐ろしい。

 

「そうか…、それがお前の選ぶ道なんだな…。納得はできない、だけど理解はするよ」

 

「ごめんね、フェイパ姉ちゃん。寝ている間、ずっと見守ってくれたんでしょ?」

 

 姉の事だ、自分がこれだけ満身創痍になって帰って来たら間違いなく激昂する。

彼女は自分が傷つけられる事より、スルバとリンクが傷つけられる方がよほど堪えるのだ。

 

これからもこのような訓練を続けると言ったら絶対に納得はしないだろう。

 

「そうよ、フェイパはずっとリンクの傍にいたわ。献身的なヴァーイって感じにね」

 

「ス、スルバ!?ななな何を言ってやがる!?」

 

「ま、フェイパを揶揄うのはこれくらいにして…。アタシが言った前提条件、ちゃんと守るのならこれ以上言うことは無いわ」

 

 前提条件―できる限りの安全対策を施すという事だ。

限度はあるだろうが、修練をしていく者にとっては厳しさと同じぐらい重要な要素でもある。

 

「いきなさい、リンク。あなたが決めた道よ。あなただから進める道なのだから」

 

「スルバ姉ちゃん…ハイ!行ってきます!」

 

 そう言って、リンクは街に駆けていく。

よくもまあ、怪我だらけの身体で走れるものだ。

 

「行ったな」

 

「ええ、もう大丈夫でしょう」

 

「まったく冷や冷やさせやがるぜ。アイツの姉なんてアタイらにしか無理だな」

 

「あら、アタシは2人を指していったのだけど?舞踏会、もうすぐじゃない」

 

「…何のことかわからないな。何はともあれこれで舞踊に専念できそうだ」

 

「付き合ってあげるわ。韻を踏んで動く事だって大切なんでしょ?」

 

「助かるわ。それじゃあ頼めるか?」

 

「勿論よ」

 

 彼女達も街へ出る、恐らくリンクとは違う道を歩むのだろう。

それでもこの家から、この街から分かれているのは間違いない。

私達の帰る場所はここなのだから。

 

(…どうやらまだまだ油断できないわね)

 

 

 ゲルドの街 路地裏

 

「リムーバさん!修練をしてもいいそうです!引き続きお願いします!!」

 

「…うーん、ああリンクか。サヴォッタ…」

 

 リンクが彼女の元へ向かった時、何とも眠そうに出迎えた。

不夜城であるゲルドの街の大人としては珍しくもないが、彼女が寝ぼけているのは初めて見る。

何かをしていたのだろうかと訝しむリンクであった。

 

「あ、あの…大丈夫でしょうか…?とても眠そうなのですが」

 

「気にする必要はないよ、私はあの子達との約束を果たしただけだからね…」

 

「約束…ですか?」

 

 着いてきなと促された先には、修練場の荒行を模した簡易の設備が整っていた。

無論、丸太の数は少なく小さいものではあったが、それでも非常に高い完成度で作られている。

 

「まだまだ数は少ないけれど、似た感覚で使える筈さ。当面はこれを使って練習だね」

 

 あの後、リンクの為に修練用の設備を作ったのだろう。

それこそ夜通しだった筈だ、非常にありがたい。

数が少ないという事は要求内容が下がるという事でもある、前回ほど無茶なものでは無いだろう。

 

 特筆すべきは全ての丸太に綿の様な緩衝材が付けられている点だ。

万が一リンクにぶつかったとしても元の物よりは遥かに怪我のリスクは少なくなる。

 

 包帯や薬といった備品もしっかりと用意してある。

できる限り安全に修練を積むための責任をしっかりと果たしてくれたのだ。

 

「リンク。危険な修練も視野に入れるとは言ったが、安全に越した事は無い。鍛錬の質をなるべく維持したまま出来るならその方がいいからね。準備が出来次第始めよう…いい姉達を持ったな」

 

「はいっ!」

 

 手早く準備を終え、早速修練に挑むリンク。

数は少ないとはいえ、それは元となる修練場にある物と比べてである。

通常の訓練に使われる丸太の数とは比較にならないし向かってくる方向も様々だ。

 

 何度か丸太で打ち据えられたが、緩衝材の御蔭で負担は小さい。

その分だけ、すぐに次の修練に臨めるのは大きなメリットだ。

 

 少しずつではあるが、対応できる丸太が増えてゆく。

地道ではあるが確実に成長を続けていくリンクであった。

 

時が経ち、辺りが一面暗くなりだした頃

 

「うん、今日はこれぐらいにしておこう。明日までには少し丸太を増やしていくよ」

 

 今日の訓練はここまでとリムーバが宣言する。

同時に次の課題に向け、難易度の向上を図るつもりの様だ。

包帯などは巻かれてはいるが昨日までと比べればかなり負傷は少ない。

これならば通常の訓練でも起こりうる範囲だろう。

 

「リンクよ、私はこの修練から答えを見出すことはできなかった…。今は安全に行っておるが、その先に見出せそうか?」

 

 続けるかを問う、というよりは迷いを含んだ様に彼女はこぼす。

仕方のないとこではある。

 

 失われた古武術を長年追い求め、ついぞ叶わなかったのだ。

更には修練場の物と酷似はするものの違いのある物で修練を積んでいるのだ。

効果が出るかはわからない以上、これで迷わない方がおかしい。

 

「今の段階ではまだ答えられません、しかし手応えは感じております。リムーバさんが望んだ武術かはわからないです。それでもやって良かったと確信しております」

 

 やる気を焚き付けるのが上手い子だ…。

よもやこの歳になってから教えられるとは…老いては子に従えという奴かねえ。

そう思うリムーバであった。

 

「サークサーク。まさかそう言われるとはねえ。気をつけて帰るんだよ」

 

「それでは失礼します。サヴォール」

 



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第35話 フェイパの慟哭

 リンクの家

 

「ただいまー!」

 

「お帰り、リンク。今日は…大丈夫そうね。その顔だといい事あったのかしら?」

 

「うん!あの後だけどね、リムーバさんが危険が無いようにって専用の設備を夜通しで作ってくれたんだ!」

 

 良かった、ちゃんと私との約束を守ってくれたんだ…。

リンクの選択を尊重するとは言っても、心配は拭えないのだから。

 

「夜通しで整えるなんて凄いわね、ちゃんと使わないと駄目よ?せっかくの設備が泣いちゃうわ」

 

「勿論だよスルバ姉ちゃん。あれ?フェイパ姉ちゃんは?」

 

 普段ならば真っ先にリンクに話しかけるフェイパがいない。

それこそスルバ以上にコミュニケーションを取ろうと出迎えてくれるのに…

 

「―ああフェイパならまだ練習しているわ。もうすぐ舞踏会が始まるからね、完璧にしておきたいのよ」

 

「え!?まだ練習してるの!?」

 

「何だかんだ、好きな事には妥協しない所がそっくりよね。そろそろご飯にしたいから呼んできてもらえるかしら?」

 

 演奏会の練習をした場所にいるからとスルバに促され、広場へと向かうリンク。

 

「ハァ…ハァ…ま、まだだ…!もう一回!」

 

 そこには肩で息をし、汗で湯気が立つ程舞踊に打ち込む彼女の姿があった。

脚の痙攣は止まらず、時折せき込む。

明らかなオーバーワークだ。

 

「フェイパ姉ちゃん!」

 

「お、リンクか。帰って来たんだな…、お帰り」

 

 にこやかに笑って迎える彼女だが、膝は笑っているしふらついている。

それでも先程始めようとしていた、踊りを始めようとする。

 

「お帰りじゃないよ!こんな時間まで練習していたの!?体壊しちゃうよ!」

 

 リンクが止める様に割って近づく。

フェイパの接触して怪我させない様踊りを止める癖を知っているのだ。

 

「心配すんなって…、つい熱が入っちまってな。そろそろ切り上げるつもりだったから―」

 

 そうとう自身を追い込んでいたのだろう、バランスを崩し倒れそうになる。

 

「姉ちゃんのバカッ!」

 

 言うより早くフェイパに抱き着くリンク。

滅多に見せない彼の怒った表情が見える。

 

「僕に無茶するなっていう姉ちゃんがどうしてこんな無理してるのさ!おかしいじゃん!」

 

「…アタイにだってな、意地があるんだよ。リンクが稼いで、スルバが家事をする…。じゃあ、アタイは何なんだ…?踊ることぐらいしかできないのにさ…」

 

 意地、否これはコンプレックスだろう。

 

 スルバは料理や掃除といった家事が得意だ。

カッシーワという師の下、演奏家にして作曲家としての道を歩み始めている。

リンクに至っては今更言うまでもないだろう。

 

「今度の舞踏会はチャンスなんだ。ここで認められればアタイも踊り子になれるかも知れない。だからこそ妥協はしたくないんだ」

 

「だったら!こんな無茶しないでよ!こんなに消耗した状態でしっかりとした練習になる訳ないでしょ!」

 

 そう言って、フェイパを引っ張るリンク。

思いのほか強い力にバランスを崩すフェイパがいた。

 

 先程の踊りも疲労困憊といった様子が簡単に窺え、とても魅せられるような代物では無かった。

 

「姉ちゃんより小さい僕が引っ張るだけで崩れるんだよ!?妥協しないなら余計に休まないと駄目だ!」

 

「どうすれば良かったんだよアタイは…。スルバもリンクも支えてくれている。アタイはお前があんな無茶している時ですら何一つできやしない…」

 

 ずっと一緒だった、お互いに助け合うことが出来ると思ってた。

だが今はどうだ、どれだけ助けたくとも自分だけ蚊帳の外。

 

 どれだけ頑張っても探しても、家の内の事でも、外の事でもどこにも助けられる場所が無かった。

父様と母様に顔向けなんてできやしない。

 

「たまたま巡り合わせが良かっただけだ!フェイパ姉ちゃんの踊りだって負けないぐらい立派なものだって知ってるもん!」

 

 確かにリンクが外の治安悪化によってゲルドの兵士として特例で採用されたのも、スルバがナン達の父であるカッシーワの弟子になった事も、周りの状況から来る側面があるのは事実だろう。

 

 だからと言ってリンクの剣技やスルバの演奏に並べるほど踊りが出来るかと聞かれると、はっきりと言い返せない自分がいた。

 

「実はね、言うのはちょっと恥ずかしいけどフェイパ姉ちゃんがいたから頑張れている所もあるんだ。勿論スルバ姉ちゃんもね。兵士としての訓練は辛い時だってあるし、早起きしなきゃいけないのも大変さ。でもね、あの日決めたんだ。姉ちゃん達が悲しい思いをして欲しくない。」

 

 あの日、父様も母様も帰って来なかった。

私達ですら傷つき疲れ果てていた中でリンクは覚悟を決めた。

 

「僕の事を重荷に感じる必要なんてないんだよ。僕だって姉ちゃん達が待っているってわかっているから頑張れるんだ。それにね、フェイパ姉ちゃんに身体洗って貰ったり、頭撫でて貰うのだって好きなんだよ?」

 

 まったくこいつは…、本当に不思議で、強くて、最高のヴォーイだ。

アタイよりもよっぽど無茶して乗り越えても、自分の事なんて二の次で気を遣いやがる。

 

「…リンク」

 

「なに?フェイパ姉ちゃん」

 

「少しだけ甘えさせてくれ…、一度だけでいいからさ―」

 

 そう言ってリンクを抱きしめる。

 

 辛かった、でも言えなかった。

ただ自分が勝手に追い込んで苦しんでるだけ。

スルバもリンクも何一つ悪くないのに、そんな風に考えてしまう自分に嫌気がさす。

踊りにも支障が出てきて余計に惨めになる。

 

「―うん、いっつも僕が甘えてるからね。お安い御用だよ」

 

「サークサーク」

 

温かい…こうするのはいつぶりだろう…。

こいつの背中こんなに大きかったんだな…。

 

 父様も母様もいなくなって、周りの人から助けて貰って今は何とかなっている。

張りつめていた、折れない様必死だった。

言葉に出さないのは意地かもしれない、それでも今は弟の気遣いがとても嬉しかった―

 

 

 フェイパ姉ちゃんが震えてる、声を押し殺して。

それは初めて見る表情で、抑え込んでいたものの大きさをそして長さを教えてくれる。

 

 この1年間ずっと耐えて来たんだろう、苦しんで来たんだろう。

でもそれを言い出せずにいる程、姉ちゃんは優しくて、けれども苛まれてきたんだね。

もっと早く気付いてあげれば良かった…ごめんね

僕も余裕が無くて見失っていたのが、それで怪我だらけになっちゃったのが、決定的に追い詰める事になったのか…。

 

本当に、我儘ばかりで…せめて姉ちゃん達だけでも安心させられる様にならないとな。

 

「…リンク、もう大丈夫だ。心配かけてすまなかった」

 

 それなりに長い時間、抱き合っていた2人。

帰らないと、スルバも待っているのだから。

 

「フェイパ姉ちゃん、またこうやって…今度は僕が甘えてもいい?」

 

「いいぜ、そん時は思いっきり来いよ!飯にするぞ、スルバを待たせてるからな」

 

「うん!」

 

 スルバと2人で親の代わりをしなければと思ってた。

多分それは間違ってはいないんだろうけど、その前にアタイ達は姉弟なんだよな。

そこも忘れちゃいけなかったんだ。

 

 

 リンクの家

 

「お帰り、2人とも遅いわよ。ご飯冷めちゃうじゃない」

 

「す、すまねえスルバ。アタイがリンクを引き留めてただけなんだ。リンクは悪くねえ」

 

「なんだかいい匂いがするよ、これはピラフかな?」

 

「正解、せっかく奮発して上質なトリ肉を使ったんだから。美味しく食べないと駄目よ」

 

 上チキンピラフはこのゲルド地方の郷土料理だ。

植生が乏しく、過酷なゲルド地方で暮らす野生生物は上質な筋肉を持っている。

 

 その分だけ味や肉質もかなりのものとなっているのだ。

ただし獲物を狩る事が出来るのならの話だが。

半端な者が狩りに行けばたちまち彼らや魔物達の餌になってしまうだろう。

 

「手を洗って来なさい、温めておいたから美味しく頂けるはずよ」

 

 言うが早いか我先にと、準備をしに行く2人。

昨日とは打って変わって和気藹々とした雰囲気にようやく胸を撫で下ろす。

 

(フェイパももう大丈夫そうね…。心配させるんだから…)

 

 考えている間に帰って来る2人。

直ぐに頂きますと声が聞こえて来た。

 

「チキンピラフうめえ!馴染みの味は落ち着くなぁ」

 

「スルバ姉ちゃんお代わりお願い!」

 

「あ!ずりいぞ!アタイが先だ!」

 

「まだまだあるから、張り合わない!行儀悪いわよ!」

 

 よっぽどお腹が空いていたのだろう、どんどんかき込んでいく2人。

付け合わせに添えて置いた塩焼き山菜も見る見るうちになくなっていく。

 

 ヴォーイのリンクはともかくとして、フェイパは大丈夫なのだろうか。

確かダイエットしないとと嘆いていたのに。

 

 

「ふぅー、御馳走さんっと」

 

「御馳走様でした!」

 

「お粗末様でしたと。凄い食欲ね、それだけ練習に打ち込んでいるのかしら?」

 

「うん!まだまだ先は見えてこないけれど、裏を返せば伸びしろの大きさともとれるからね!どうなっていくか楽しみなんだ!」

 

「アタイの場合もうすぐ本番だからな、態々言うよりは見て貰った方が早いだろ」

 

「えー!?僕だってすぐなのに秘密なんてずっこい!」

 

「あれはね、本番を楽しみにしていろって意味よ。照れくさいのね」

 

「何を言ってやがる!?なんでそうなるんだよ!?」

 

「なるほど!姉ちゃんの晴れ姿、楽しみにしてるからね!あ!もうこんな時間、早く寝なくちゃ!」

 

「リンク」

 

「どうしたの?フェイパ姉ちゃん」

 

「サヴォール。あと、サークサーク」

 

「うん!サヴォール!」

 

「サヴォール」

 

 寝室へと向かうリンク。

明日も早い、修練の為にも体を休めなければ。

 

「フェイパ、もう大丈夫?」

 

「ああ、心配かけたな。もう大丈夫だ」

 

「気にする必要はないわ、私達は家族よ。あなたに助けられている事も沢山あるのよ」

 

「そうなのかなって思ってたさ。実際に家を支えてるのは2人だからな」

 

「あら、そんな一部だけで私達を判断して欲しくはないわね。そんな事は他の人にだって言わせないわ。それにね、アタシの場合だってカッシーワさんの度量が広かっただけだもの。顔も見せない相手を弟子にするなんて普通ならあり得ないわ」

 

「まったくお前らには敵わねえな。降参だ降参」

 

「正直に言うとね。アタシだって不安はあるし、どうしたらいいかわからなくなる時もあるの。でもね、私の場合アローマさん達大人に相談できる機会が多かった。カッシーワさんに手紙で相談したことも一度や二度じゃない」

 

 殆ど家事を一手に引き受けていた彼女もいきなりメルエナの様に出来た訳では無い。

料理だって洗濯だって思うようにできなくて、母の代わりなど無理だと思う時だってあった。

 

 しかしスルバの場合、買い出しなどのタイミングで大人と話をすることがあった。

ゲルド族は同族での結束が強い、厳しい砂漠の環境ではそうでもしなければ生き残ることが出来なかったからだ。

 

 スルバ達の家族の事はメルエナ夫妻の捜索でも知られている。

だからこそ出来る範囲で手を貸したり、悩みを聞く者が多かったのだ。

 

 カッシーワにしても、誠実な性格と娘達の友達という事もあり真摯に応えてくれたのが幸いであった。

 

「カッシーワさんね、『音楽の道を選ぶのならば苦難に立ち向かう強さも必要ですが、仲間と助け合うことが重要なのです』って教えてくれたのよ。その分だけ、リンクやフェイパよりも助けて貰えてたから平気だったのよ?」

 

「家事なんかの負担ばかりかけていたと思ってたけど、それが救いにもなってたんだな。助け合いや視点の違いって重要なんだな。思い知ったよ」

 

「それもそうね、私達も寝ましょう。サヴォール」

 

「だな、サヴォール。それとスルバ、サークサーク」

 

「ふふっ、今夜はよく眠れそうね」

 

「ああ、久しぶりに安らいで眠れそうだ」

 

フェイパの心の空に星が瞬いた気がした。

 

――

 



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第36話 古武術の復活

 3日後

 

「ハァ!デリャアァア!!」

 

(正面の次は左後ろ、それを弾いたら背中側の上段から来る!)

 

 数多の丸太を跳ね飛ばす、随分と手慣れて来たものだ。

様々な方向から飛んでくるにもかかわらず、僅かでも観察できればいつ、どこに襲いかかって来るかわかるようになってきた。

 

 空間把握能力や瞬時に優先順位を決断力がハッキリと身に着いた実感がある。

 

「うむ、見事だ。そろそろ本番と同じ数にしてみようかね。ちょっと待ってな」

 

 そう言って、吊るす数をさらに増やす。

順番に向かって来る時でも相当な数だが、すべて見えている吊るした状態だとその異常な量がはっきりと浮かび上がる。

 

(凄い数になっちゃったなぁ…。ここまで来るとちょっと自信ないよ…)

 

「一応は全部綿を詰めて置いたけど、それでもぶつかれば多少は痛みもあるだろう。厳しい時は直ぐに円の中から抜け出すんだよ」

 

 リンクが頷くのを確認してから、彼女は丸太を元の位置へと戻す。

中心へ戻ったリンクに向かって準備完了の合図を送る。

リンクもそれに手を振って応え、再び修練を開始する。

 

(数が多い、多すぎる!軌道もバラバラで回転斬りでも捌ききれない!)

 

 何本かは跳ね返したがそれでもすり抜けてきた丸太に打ち据えられる。

一度ぶつかれば後はもう袋叩きだ。

手遅れになる前に、リムーバがリンクを抱きかかえて輪の中心から抜け出した。

 

「やはり難しいか…。始めた頃と比べると随分と良くはなってるんだけどねえ」

 

 やはり無理なのか、リムーバは悩む。そもそも先程の動きだって決して悪いものでは無かった。

 

 リンクの持ち味である手数の多さや剣を振る速さは、既に信じがたい領域にある。

それこそ並みの兵士では相手にならないだろう。

 

 古武術を扱った先人たちが達人であったかもしれないとはいえ、これを遥かに超える事などありうるのだろうか。

 

(…ん?これって…)

 

 リンクが何かを見つけた。

何ということは無い、丸太を括りつけていたロープだ。

恐らくリンクの回転斬りの速さに耐えられなかったのだろう。

 

(おかしくないか?あの日、リムーバさんは全ての丸太を打ち返せと言った。新しいロープでも切れてしまう速さであの修練場のロープが耐えられるとも思えない…)

 

 言い変えると現状数が多くて捌けないのに、剣の速度が速すぎるという事。

これはどういうことなのだ、遅ければ限られた時間でできる事など限られるというのに―

 

「あ!」

 

 そうだ、まだできる方法が1つあった。

実に単調な答えではあるが、試してみる価値は大いにある。

 

「どうしたんだい?何かが見えてきたのかい!?」

 

 まさか見つけたのか。

自身がどれだけかかっても見つける事の出来なかった古武術の答えを。

自然と言葉にも熱が入る。

 

「リムーバさん、もう一度お願いします。私の答えが正しければきっとできます!」

 

「わ、わかった!」

 

 リムーバが修練の準備を進める。

千切れたロープもしっかりとした新品に取り換えていく。

一斉に襲いかかる丸太をリンクは先程よりやや緩慢に弾き出してゆく。

 

 どういうことだ、先程の速さですら迎撃に間に合わないというのに更に遅くするだと?

リムーバの疑問通り、背後からの丸太に追いつけない。

リンクはまだこちらを向いたままだ。

 

(つまり速さを抑えながら、手数を増やす。修練場にあった不自然な程の武器の数。導き出せる答えは―!!)

 

 突如背後の丸太が弾け飛ぶ。

あり得ない、リンクはこちらを向いたままだし剣だってまだ前に残っている。

一体何をやったのだ、答えが目の前にあるというのにまだ見えない。

 

 リンクの姿勢が変わりゆっくりと正体を現す。

死角になっていた左手、そこにもゲルドのナイフが握られていた。

 

 これが…失われた古武術の正体―

古代ゲルドの武術は2刀流派だったのか…

 

 その正しさを証明するかのように、右で左で次々と弾き出すリンク。

それは長い時間をかけて積み上げて来た、利き腕以外の鍛錬の成果。

やっと見つけた…私の追い求めた答え―

 

「やったあ!リムーバさん、上手くいきましたよ!」

 

 リンクが彼女の下へはしゃぎながら駆ける。

興奮しているのだろう、若干敬語が崩れている。

 

「どうしたの?リムーバさん」

 

「いや、何でもない。目にゴミでも入ったのさ…」

 

年甲斐もなく感動してしまったな、生きている間に拝めて良かった。

でもこの子にはまだ先がある。

ならば師としてやるべき事を示さねば。

 

「良く乗り越えたね、見事なものだ。だけどリンクが越えたいのはここじゃない筈だ。身に付けた技術を確かなものにする為、両方の剣を使った訓練を続けよう。両方を使った実戦は今までとは勝手が違うだろうからね」

 

 そうだ、今自分が越えたいのはビューラ様だ。

ここを間違えちゃいけない。

いくら新たな戦い方を見つけたといっても、付け焼刃なんかで敵う相手じゃないんだ。

 

「その通りですね、すぐ戦う相手を探してきます」

 

「その手間はいらないね、アタシが相手をしようじゃないか。現役じゃないからそんなに長い間戦う事は出来ないけど枯れ木も山の賑わいってやつさね」

 

「ええっ!?大丈夫なんですか?」

 

 彼だって心配もするだろう。

いくら兵士として長年の経験があるとはいえ、引退してからが長すぎる。

御前試合に臨むリンクの相手となれば現役の兵士ですらかなり限られるのだから尚更だ。

 

「だから言っただろう?長い間戦えないとね。ビューラには当日まで秘密にしたいだろう?」

 

 ゲルド2刀流は出来る限り伏せて置くべきだろう。

御前試合の前に気付かれでもしたら、情報の優位性が忽ち消えてしまう。

手の内がわかっている俄仕込みの武術でどうにかできる相手ではないのだ。

 

 試合の前から戦いは既に始まっているのだから。

 

「わかりました!よろしくお願いします!」

 

 返事より先に準備を終えるリムーバ。

その手にはゲルドの槍が握られている。

考えるまでもなく槍の名手であるビューラとの戦いを意識しての物であろう。

頭が下がるばかりだ。

 

「来るがいいリンク。痩せても枯れてもアタシだって元はゲルドの兵士さ」

 

「…では参ります!」

 

しゃがみ込み、全力で接近を試みるリンク。

それに対し、リムーバはゲルドの槍を細かく突き出してきた。

 

「うわっと!」

 

「リンク、その武術は攻撃の手数なら比類なきものだろう。だけど槍使いが相手の時は接近するのがさらに困難になるよ」

 

 その通りだ、普段使っているリンクの武器はゲルドのナイフとゲルドの盾を使ったものだ。

子供の身長に加え、槍と剣では武器そのものの長さが違う。

このリーチの差はかなり大きい、そもそも相手の攻撃範囲に入る必要が無く攻撃できるのだから。

 

 盾が使えない分だけ槍を捌くのは難しくなるのは間違いないだろう。

 

「ゲルドのナイフの様に刃が厚いものなら防御にも使えるだろうが…。それにしたって盾程じゃない。ナイフに盾の役割まで求めれば無理が生じるのも当然だ。あくまで緊急の物と思うんだね」

 

「私はリムーバさんの槍を潜り抜け攻撃できるか。リムーバさんは私が近づかない様自分の間合いで戦わせるか。駆け引きという事ですね」

 

「アイデアによってはそれ以外の部分も出てくるが、基本はそれでいいだろうね。互いに強みと弱みぐらいは理解しながら戦うものさ。相手の対策を如何にして潜り抜けるかが肝だ」

 

 そう言ってリムーバは再び大振りにならない様、突き出してくる。

想像性のある攻撃ではないが、堅実且つ取られたくない選択だ。

 

 対してリンクは細かい動きで躱しつつ軌道を見極める。

幸い複雑な攻撃では無かった為、攻撃パターンは簡単に掴めた。

利き腕側のナイフで大きく槍を流しきる。

 

 本来の形なら自分の攻撃手段でもあるナイフも相手から離れてしまい有効な選択とは言い切れないだろう。

 

しかし、今の彼には空いている方にもナイフがある。

好機到来とばかりに一気に距離を詰めるリンク。

 

「来ると思ってたさ!」

 

 胴に衝撃が走る、予想もしていなかった反撃に堪らずリンクは地面に転がる。

蹴撃―大きく弾いて出来た隙を突かれたのだ。

隙を作りだしたと思っていたらそれはリムーバの仕掛けた罠だったのだ。

 

「間合いに入れたからと言って油断するんじゃないよ!相手に誘導されている時もある!」

 

(さすがの年季だな…2刀流も見ていたとは言ってもこれだけ上手く対応できるなんて)

 

 それは自分の事をしっかりと見てくれたからこそ出来る対応。

ありがたいことだ、まだまだこの武術には改善の余地が沢山ある。

 

「まだまだこれからです!」

 

「その意気だ、だけど焦るんじゃないよ。2刀流は今までの武術とは一味違う。しっかりと使いこなすには実践に加え一つ一つの動きを確認が必須さ。さっきの動きは明らかにおかしな所があったからねえ」

 

 実戦に加え確認に明け暮れる2人。

リムーバが明らかな無茶や体力の温存を考慮したのかも知れない。

 

「リムーバさん」

 

「何だいリンク?聞きたい事があるのかな?」

 

「この古武術ってなんていう名前なんですか?」

 

「うーん、名前も残っていなかったからねえ。これを復活させたのはリンクだ、名前を付けてみたらどうだい?」

 

「私がですか?うーん、《リンクとリムーバさんの見つけた古武術》でどうですかね?」

 

「…」

 

 絶句、微妙な間が辺りを支配した。

まだ若いという事もあり語彙が少ないのが災いしたと思いたいリムーバだった。

どうやら感性も他のゲルド族とはちょっと違うみたいだ。

 

「…それは流石にやめよう。それだと名前じゃなくて武術を見つけた人の紹介じゃないか」

 

「えー、それならリムーバさんが決めて下さいよ。もっとカッコイイ名前がだという事ないです」

 

「そうだねえ…」

 

 今ではもう使われなくなった武術とは言え、れっきとしたゲルドの武術だ。

2刀流であるという事も外したくはない。

 

「―《ゲルディアナ・ドゥイ・シミター》って言うのはどうだい?」

 

「あ!ちょっとカッコイイ!どんな意味なんですか?」

 

「これはね、ゲルドの2つの剣という意味さ。ゲルドの先人達への敬意とゲルド特有の剣にあやかってみたんだよ」

 

「なるほど!確かにその方が相応しいかもしれないですね!そうしましょう」

 

「気に入ったようで何よりだよ。今日はこれまでにしよう、そろそろ帰らないとお姉さん達が心配するからね」

 

「サークサーク、いい訓練でした!それでは失礼します!」

 

 



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第37話 ゲルド古武術の奥義

 リンクの家

 

「お帰りリンク。今日もお疲れ様」

 

「ただいまスルバ姉ちゃん!いい匂い、お腹空いたなぁ!」

 

食欲をくすぐるいい匂いと暖かな空気。

我が家に帰って来た、そんな気持ちになれる。

 

「もうすぐご飯もできるからフェイパ呼んできてくれる?」

 

「え?フェイパ姉ちゃんまだ練習してるの!?」

 

「違うわよ、さっき帰ってきてね。いっぱい汗掻いていたから先に風呂に入って来なさいって言っといたのよ」

 

「ああ成程!良かったー、フェイパ姉ちゃんまた無茶しているかと思った」

 

 リンクの心配事にあなたの方がもっと無茶してるわよと心の中で突っ込むスルバ。

流石に砂漠を走って渡り、殺人を厭わない者と斬り合うよりは無茶はしていないだろう。

 

「それじゃ、フェイパ姉ちゃんのところ行ってくるね!」

 

「近くで声かけるだけでいいからね。ヴァーイの入浴に割り込んではいけないわ」

 

 聞いているのだろうか、あっという間にフェイパの下へ走っていく。

流石にヴァーイの入浴中に突撃はしないと思いたい。

 

「フェイパ姉ちゃーん!ただいまー!」

 

「お、おいリンク止まれ!絶対に入って来るなよ!?」

 

 帰ってきたリンクが近づいて来るのをフェイパは慌てて制止する。

いくら幼い弟と言えど、年頃のヴァーイが素肌を晒すのは憚られるものだ。

 

「えー、姉ちゃん僕を洗う時入ってるじゃん」

 

 …普段女装させている分、言い返しにくい。

ちゃんとした価値観を教えないとな、外でヴァーイと入浴なんてなろうものなら笑い話にもならない。

 

「いい訳あるかー!そ、それより言伝あるんじゃないか!?」

 

「あ、そうだった。「そろそろご飯だから早めにね」だってさ」

 

「もうそんな時間か、わかったわかったもう出るから先にスルバの所で待ってろ」

 

「早く来てね!僕もうお腹ペコペコだよ!」

 

 そう言ってスルバの下へ走って戻るリンク。

 

 呆れた体力だ、修練を遅くまでこなした後でもあれだけの元気があるとは…一体あの身体のどこから力が沸いてくるのだろう。

食べる量はスルバやフェイパよりも多いからその辺りも関係あるのかも知れない。

 

 

「待たせたな、スルバ、リンク」

 

「それじゃ食べましょうか。今日の献立は海の幸カレーとアップルパイよ」

 

「お!カレー好きなんだよな!ちょっとアレンジも入ってるみたいだし楽しみだ」

 

「早く食べよう!いっただきまーす!」

 

「「頂きます」」

 

 海の幸カレーのちょっぴり辛目な味付けが食欲をそそり、海鮮特有の深い味わいを口一杯に広げてくれる。

これはマックスサザエだろうか?歯ごたえと独特の苦みが香辛料を引き立てているようだ。

 

次第に食べづらくなって来た辛い料理には口直しのフレッシュミルクが舌を休ませる。

 

 食後のデザートには僅かな酸味と甘みが織りなすハーモニー、アップルパイが待っている。

丁寧に焼かれた生地はサークサークでリンゴとの相性がいい。

生地に練り込まれたきび砂糖がいい味を出している。

 

「御馳走様でした!」

 

「御馳走様」

 

「お粗末様でした」

 

 あっという間に皿の中身が無くなる。

リンクの前には大きな山が連なっていたのだが、恐ろしい食欲だ。

 

「やっぱカレーはいいな!定期的に食べたくなるよ!」

 

「今度香辛料が手に入った時作ってあげるわよ。ここからじゃゴロンシティは遠いからね、中々手に入る物じゃないわ」

 

「ちぇー、ティクルに作れないか聞いてみるか」

 

「流石にティクル姉ちゃんでもデスマウンテンで採れるような香辛料は難しいと思うよ…?」

 

 ゴロンの香辛料はゴロンシティでしか入手できない。

恐らくはその辺りに植生している植物なのだろうが、ゴロンシティは活火山デスマウンテンにある。

文字通り燃える熱さの為、生態系は特殊だ。

砂漠も昼間は暑いが夜は寒いし、流石に自然発火する程は暑くはない。

極端な植物を育てるのは非常に困難であろう。

 

「そういう事ね、ところでフェイパ。舞踏会はいつ行われるの?」

 

「3日後だな、昼頃に宮殿で行われるんだ」

 

「えー!?僕の試合と同じ日じゃん!僕また見れないの!?」

 

 リンクとしてもそれは避けたい、去年の演奏会の時だって参加するどころか見る事すら叶わなかったのだから。

あの時は演奏会だけでなく、祭りだってお預けだったのだから。

屋台だって見て回れなかった、姉達の友達とも会えなかったのは少しばかり心残りだ。

 

 後から聞いた話では非常にいい出来だったと聞いているし、その演奏で姉のスルバが立派な竪琴を譲り受けたと聞いては残念に思う気持ちも大きい。

 

「大丈夫さ、舞踏会の後に御前試合を行うって聞いたからな。問題なく見れるはずだぜ?」

 

 フェイパ自身も気になり、事前に聞いていたようだ。

時間が重なっていない事に胸を撫でおろすリンクがいた。

 

 

「あらあら、それじゃ当日は2人の応援になりそうね。1人で見るのは寂しいわ」

 

「いやティクルでも誘えよ。リンクと見る時間だってあるかも知れないしさ」

 

「そうしましょうか、そろそろ寝ましょう。明日も練習するんでしょ?」

 

「だな、スルバ、リンク。サヴォール!」

 

「「サヴォール!」」

 

 翌日

 

「スルバ!リンク!サヴォッタ!」

 

「フェイパもサヴォッタ」

 

「サヴォッタ、フェイパ姉ちゃん!」

 

「今日もいい天気ね。2人とも本番も近いし仕上げに入る予定なんでしょ?ティクルを誘った後、フェイパの手伝いをしようと思うけどいいかしら?」

 

「いいのか?こっちとしてはむしろ頼みたいと思ってたから助かる」

 

「いいなー、僕も手伝いに来て欲しい!」

 

「勿論、手伝いたいのだけど。私に出来る事を考えるとリンクの方はちょっと無理かなぁ…ごめんね?」

 

「うーん、残念だけど仕方ないね。引き続きリムーバさんにお願いする事にするよ」

 

「それがいいと思うわ、今日も元気にいってらっしゃい!」

 

 そう言ってリンク達を送り出す。

どことなく母であるメルエナの面影が見えたのは気のせいか。

 

 

 ゲルドの街 路地裏

 

「よく来たね、さっそく始めようじゃないか。時間は限られてるからね」

 

「よろしくお願いします!」

 

 そうしていつも通り実戦形式の訓練を通して錬度を高めてゆく。

しかし―

 

「うーん…」

 

 確かに少しずつ使いこなせるようにはなって来た。

しかし僅かではあるがどこか物足りない感覚が残る。

 

「リムーバさん、上手くは言えませんがこの武術まだ足りない部分があるのではないでしょうか?」

 

「ふむ、確かに全くないとは断言できないね。しかし当てと言ったら―」

 

 修練場のそれに視線を向ける。

元々添えられていた修練用の物だ。

緩衝材のない非常に危険の高いものとなっている。

 

「今の私なら問題なく出来るかと思います。勿論油断するつもりはありませんが…挑戦してみたいのです」

 

「大丈夫なのかい?そりゃ確かに全部打ち返せるとは思うがねえ…」

 

あまり乗り気ではないのだろう。

ほぼ同じ内容で安全なものがあるのに態々怪我の要素を上げる必要はないからだ。

 

「大丈夫です、きっと上手くいきます」

 

そう言ってリンクは中心に歩んでいく。

 

「やれやれ、本当に危ないと思ったら直ぐに摘み出すからね。心配しているお姉さん達に申し訳が立たない」

 

「勿論です、よろしくお願いします!」

 

 リンクの合図と共に丸太が次々と襲いかかる。

1つ2つ…順調に跳ね返すその姿は確かな成長を感じさせる。

勿論ゲルド2刀流を身に付けたからという側面もあるだろう。

 

だが―

フィン

 

 全て弾き出した時、音が鳴り、床が点滅した。

何事かと思って警戒を強めるリンクとリムーバ。

 

まだ終わっていなかったのだ。

先程の丸太に加え、棘付き鉄球、ゲルドのナイフ…あらゆる障害物がリンクを取り囲むよう同時且つ大量に押し寄せて来た。

 

(やっぱりあれだけじゃなかったんだ!)

 

 リムーバが止めに入ろうと試みるが…

いくら何でも多すぎる上に、彼女の向かえる全ての進路をふさぎ切っている。

しかもあらゆる方向からとあってはどうしようもない。

もはやリンクを取り囲む壁といっていい密度であった。

 

(怖さはもちろんある、でもこれは修練だ、絶対に出来ないものを用意なんてしない筈。最速で全てを吹き飛ばす2刀流―)

 

 リンクは構え沈むように力を溜める。

極限状態から来る研ぎ澄ました集中力が僅かな時をリンクに実感させない。

 

「ハァァアアアア!!!」

 

 竜巻 彼女にはそう見えた。

ありとあらゆる障害物がリンクを中心とした渦に巻き込まれ弾き飛ばされる。

丸太達が吹き飛んだ後には跳びあがり、着地するリンクの姿が見えた。

ゲルド古武術奥義 双刀回転斬り

それは奇しくも彼のもっとも得意とする回転斬りの派生形であった。

 

「凄い…これが古武術の可能性なのかい…?」

 

 非常識な速さの剣捌き、左右の剣両方を完璧に使いこなす基礎の高さ、そしてゲルド族特有のしなやかな身のこなしから生まれる暴風は荒々しく、過ぎ去った後の静寂に包まれた柔らかな着地とのコントラストは美しさすら覚えるものであった。

 

(今の感覚は…一体?)

 

それと同時に古武術はリンクに思わぬ副産物を与えたようだ。

今まで少しずつ研ぎ澄まして来た感性が実戦の中で使えそうな程に。

 

「―リムーバさん!見ましたか!?これが私の答えです!」

 

「ああ、年甲斐もなく感動してしまったよ。見事なものさ、私の求めたもの以上の技を見せてくれたよ。サークサーク…!」

 

 今の技は修練場の最後の仕掛けから見い出したものだ。

それは即ち古武術における最後の奥の手といっていいものでもある。

 

「もう私から教えられることは何もないよ。後はビューラとの決戦に向けて調整するだけさ」

 

「リムーバさん、お世話になりました」

 

そう言ってお辞儀をするリンク。

 

 思えば早かったものだ、訓練だけでは物足りなかったあの日。

この路地裏で彼女に出会った。

始めはどんな人か不安に思っていたが、自分の欲求不満を正確に言い当てた事や宮殿で数十年兵士としてゲルドの街の安全に貢献していた事を聞き打ち解けたものだ。

 

 リムーバさんは道楽と言ってはいたが、それは嘘だろう。

彼女の伝える知識は本物だったし、自分の細かいところまで気にかけてくれていた。

 

 それだけの情熱があるのにもかかわらず、リムーバさん自身では無く自分に教えたのはもう打ち込むことが出来ないからだと思う。

 

「…明日の御前試合。頑張りなよ、アンタは全力を尽くした。それはアタシが保証する」

 

「それでは失礼します」

 



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第38話 三日月の舞踏会

 同日 ゲルドの街

 

「そういう訳だから、一緒に応援に行きましょう?」

 

「ええ、他ならぬフェイパとリンクちゃんの晴れ舞台だもの。喜んで参加させてもらうわ」

 

「サークサーク、それともう1つ頼んでいた例の件だけどどうかしら?」

 

「うーん、詳しい事まではわからないけれどいいと思うわよ。でもいいの?私よりもカッシーワさんの方が詳しいわよ?」

 

「いいのよ、今度の演奏会のサプライズにしたいから。それにね、1曲ぐらい作曲してみたいの。私の初めての曲…リンクに演奏会で使って欲しいから」

 

 恐らく彼女なりの思いやりでもあるのだろう。

去年参加できなかった分、この演奏会楽しんで貰いたいのだ。

 

「それじゃあ、演奏会の練習が始まるまでの間に完成させないとね。早めに作っておかないとリンクちゃん困っちゃうわ」

 

「あっ」

 

「ハァ…なんで音楽の事になると周りが見えなくなるのよ…。ある程度は完成しているし早めに作り上げなさいよね」

 

「そうね、やっぱりあなたに話しておいて良かったわ。うちの家系はみんな凝り性で偶に周りが見えなくなっちゃうから…」

 

「とりあえずは2日後の舞踏会と御前試合ね。大丈夫、きっと上手くいくわ」

 

「うん、アタシもそう信じてる。大丈夫よ、あれだけ練習してきたんだから。っとそろそろ時間ね、フェイパの練習に付き合うからこれで失礼するわ」

 

「あなたも無茶しちゃ駄目だからね、今日の所は作曲は諦めなさい。体力が持たないわよ」

 

「うっ…ぜ、善処するわ…」

 

 明らかに気落ちをする様にちょっとくらいいいかと思ったティクルだが、それでも心を鬼にしてそれを抑える。

そうでもしないと絶対に無茶をしてしまうと長年の付き合いでわかってしまうからだ。

 

――

 

 2日後

 

「リンク、スルバ、サヴォッタ!」

 

「サヴォッタ、フェイパ姉ちゃん」

 

「2人とも今日は早いわね、早い所ヒンヤリ煮込み果実食べちゃって」

 

「何だよスルバ、今日は特別な日だぞ?」

 

「だからこそよ、あんまり変えすぎて体調を崩しても知らないわよ」

 

「うーん、そう言うなら仕方ないか…。あ、スルバ姉ちゃん。お代わり!」

 

「アタイも」

 

「まったく食欲だけはいつも通りなんだから!これで最後にしときなさい、特にフェイパ!」

 

「おいなんでアタイだけそんな風に言われなきゃいけないんだ!?」

 

「アンタの舞踏会すぐじゃない!それとも何?ふっくらしたお腹をみんなに見てもらうつもり?」

 

 ゲルドの衣装はお腹が出ている服装が多い。

腹部はゲルド族に置いて一種のステータスの様なものである。

ゲルドの戦士はその見事に割れた腹筋を誇りに思っているし、そうではないヴァーイはスリムなそれこそヴォーイに好まれるような状態を保つことが重要視されるのだ。

 

「ゲッ、それは嫌だ…。リンク、アタイのコレ、食べるか…?」

 

 太ったお腹を晒しながら踊る事はフェイパにとってどころか全てのヴァーイにとって許されない愚行である。

それこそ辱めと言っていい公開処刑だ。

 

「いいの!?サークサーク!」

 

 そんな姉の気持ちなど露知らず、感謝の気持ちを伝えあっという間に口に運んでゆくリンク。

 

「リンクだって食べ過ぎて動けなくなっても知らないわよ。ルージュ様の御前でそんな無様な真似は許さないんだから」

 

 ただの訓練での失態ならばそこまでは言わないだろう。

御前試合である以上、何よりリンクも恐らくビューラもこの日に向けて鍛錬を積んで来た筈。

それを全て台無しにすることだけは、代表者であるルージュの顔を潰す為、避けなければならない。

 

「大丈夫だよ、これぐらいで支障が出てきたらビューラ様に勝てる訳がないもん」

 

 どうやらリンクは本気で勝つ気でいるらしい、並みの兵士ではもはや恐れ多くて戦う事や話しかける事すら出来ないというのに。

 

「ハァ…、それで最後にしなさいよ。フェイパはもうそろそろ時間じゃない?」

 

「ゲッもうそんな時間か。それじゃあ行ってくるわ、スルバ、リンク御馳走様!」

 

「あ、僕も行く!スルバ姉ちゃん、御馳走様!」

 

荷物をまとめて宮殿へを足を運ぶフェイパとそれを追うリンク。

 

「はいはい、お粗末様でした。後でティクルと一緒に行くからね。2人とも気を付けて」

 

 数時間後 宮殿前

 

「ごめん、スルバ待たせちゃった?」

 

 宮殿の入り口で2人は落ち合う。

ただ、今回は失敗だったかもしれない。

舞踏会や御前試合はこの宮殿で行われる為、人が集中するのだ。

御蔭で近くまで来てから、見つけるまで時間がかかってしまった。

 

「そんなことないわ、今来たところよ。2人とも大丈夫かしら…」

 

「少し深呼吸したほうがいいわよ、応援するアナタが緊張してたら駄目じゃない」

 

「一理あるわね…スゥー…ハァー…。うん、さっきよりいい感じ!サークサーク」

 

「心配なのはわかるけど大丈夫よ。なんて言ったって貴方達は私の自慢の友達だからね。きっと上手くいくわ」

 

「それなら今夜は御馳走かしらね。何を作ろうかしら…」

 

「その時は御一緒したいわ、スルバの料理はとても美味しいから」

 

 自分と変わらない齢なのにきっちりと料理のできるスルバは凄い。

「そろそろ料理のいくつかは覚えなさい」と母様から厳命されているティクルとしては友人達のお祝いのついでに自分でも作れそうな料理を教えて貰いたいのだ。

 

 ゲルドの恋愛教室行にされては堪ったものでは無い。

教師であるプシャンの助言は的確であるとは聞く。

が「ミコン」である事も有名なのだ、確か彼女は今年で43になる。

漠然とした不安感もあるのだ。

 

 

 同時刻 宮殿

 

「ふぅー…、流石にアタイも緊張してきたぜ…。―大丈夫、スルバがいる、リンクがいる。ティクルだって応援に来てくれるんだ。1人じゃない」

 

「お邪魔してもいいかしら?」

 

 1人舞踏会の準備をしているフェイパ。

その彼女の前にヴァーイが入って来る。

ゲルド族特有のやや堀が深い女性は、服をお洒落に着こなしている、特筆すべきは身に付けているスカートだ。

ゲルドの街でこれを着こなすものは非常に少ない。

その上で来賓として招かれることも想定した上品な装飾品を見事に散りばめている。

 

「ア、アイシャさん!?」

 

 宝飾店 Star Memoriesを営んでいるアイシャと名乗っている女性だ。

アイシャの作る宝飾は全てオーダーメイドで世界中で人気の逸品でこの街の目玉の一つでもある。

 

 彼女の凄い所は見せるだけではなく、機能性や耐久性を確保したうえで、宝石に秘められた力を引き出すことが出来る所だ。

戦場に身に付けていく事すら想定して作るのだから恐れ入る。

 

「気楽にしてもらっていいわ、本番前の微調整をしておきたくってね。ちょっとだけ踊って貰える?」

 

 そう言って彼女に踊る様促す。

何といってもオーダーメイドだ、相手を知らずして作る事などあり得ないしこれから舞踏会というお披露目が待っている。

 

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 軽くではあるが舞ってみせるフェイパ。

それを真剣な目で見つめた後、1人思案を始めるアイシャ。

 

「…なるほどね、今の段階ではこれが精一杯だけどちょっとだけコーディネートさせて貰ってもいいかしら?」

 

「いいんですか!?お願いします!」

 

 ゲルドのヴァーイすべての憧れと言っていいアイシャの装飾だ、断る道理はない。

少し大きめの腕輪に三日月のイヤリング、所々に散りばめられたルビーの赤が情熱的なフェイパには良く映える。

 

「凄い…こんなに素敵なアクセサリー初めてです…!」

 

 快活なフェイパに僅かに照れの朱が混じる。

それもまた彼女の魅力だ。

 

「そう言って貰えて嬉しいわ、でもこれは即席の物。もっと貴方に合っている装飾が思い浮かぶ様、舞踏会でも楽しみにしているから思いっきり踊って来なさい」

 

「はい!サークサーク!」

 

 そう言って舞台に向かう、もう時間だ。

スルバやリンク、ティクル達が待っている。

 

 

「来た!フェイパ姉ちゃんだ!」

 

 リンクはフェイパとは別の控室から覗き込むように姉を見る。

彼にはこの後試合があるのだ。

だからこそスルバ達の観客席と一緒には観戦できない。

共に応援をしたかったがそれは仕方ない。

 

「うわぁー!フェイパ姉ちゃんすっごい綺麗!嬉しそう!」

 

 うんうんと頷くリンク、あれがアイシャさんの技術なのだろう。

リンクには御洒落はあまりわからないが、姉の喜ぶ姿を見れるのならば大歓迎だ。

 スルバだったらどうなるのだろう、御洒落に関してはフェイパのほうが好きの様だが嫌いではないのは知っている。

 

「そうだなー、スルバ姉ちゃんなら清廉なイメージで御淑やかな感じが似合いそう!あの竪琴が絵になる感じだと喜びそう!」

 宮殿 観客席

 

「あっ、来た来た。へぇ、フェイパ綺麗じゃない。あーあ、アタシもアイシャさんの装飾着けてみたいなー」

 

「ええホントね…、ちょっと妬けるわ。竪琴に相応しい装飾で涼しげな服装なら言う事ないわね」

 

「ふふっ、確かに似合いそうね。―そろそろ始まるわよ」



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第39話 ジュエルよりも輝いて

 

「皆、よく来てくれた。これより舞踏会を始める。ゲルド伝統の文化を存分に楽しんで欲しい」

 

 ルージュが手短に話し、開始の合図を送る。

舞踏会へ参加する者達は皆、いつもとは違う気合の入った服装をしている。

 

 この日の為に服飾店や宝石店が軒を連ねる通りで準備をしてきたのだろう。

特にサジェの Fashion Passion で新調したと思われる服が多く見えた。

 

それだけでは面白くないと思ったのか、骨を模した怪しく光る服装やどこから手に入れたのか男性用の服装を改造した変わり種を選ぶ者もいる。

何故かはわからないがエプロンをアクセントとして身に付ける者もいた。

 

 ゲルド族の女性はこういった行事を進んで楽しむ者が多い。

始まる前からでも各々が観客席に手を振ったり、ウインクしたりなど色々なアピールをしている。

 

 フェイパもステージの上に立つが、やはり子供という事もあり背の低さから少しだけ埋もれてしまっている。

それでも、目聡い観客は彼女の衣装や装飾の見事な事に感嘆の声を上げている。

 

(みんなに支えて貰えたからここまで来れた。色々と迷惑もかけちまったけど見てくれるよなアタイのすべて)

 

 曲が流れる

2人で組んで踊る者もいれば、曲調に合わせて音を鳴らす者もいる。

歌いながら道具を使い更に踊る者までいる。

しかし、リンク達の主役は当然彼女だ。

 

(凄い…綺麗だ…)

 

 フェイパが回る。

右に左に動く度、散りばめられた宝石や腕輪が輝いて観客を魅了してゆく。

 

 スカートの裾がふんわりとそれでいて均等に上がる。

それは彼女の軸が安定しているという証拠。

更に一定の速さで回転できているという事でもある。

 

「―まさかずっと見て来たアタシが目を奪われるなんてね。見事だわ」

 

「フェイパこんな踊りもできるようになったんだ…あんなふうに踊れたら楽しいだろうなぁ」

 

(色々と悩んだし、迷っても来た。笑えるよな、明るくて元気を与えるようなアタイが実はそんな風になってたなんてな。…でもそれもアタイなんだ。それを受け止めなくちゃいけない。だからこそ明るさや元気のありがたみもわかったよ)

 

(変わったわね、あの子)

 

 宝飾職人の彼女に踊りの才があるかはわからない。

それでも同じぐらいの年の子よりは遥かに上手だったし真剣に打ち込んでいた。

 

 その彼女の姿からイメージを膨らまし、作り上げたのが先程の装飾だ。

私自身いい加減に作ったつもりはないし、登場だけで観客を惹きつけていた為似合ってはいるだろう。

 

(考え方というか視点が変わったのかしら?あの年頃のヴァーイは本当に成長が早いわ)

 

 その一方でどこか物足りなさも感じていた、大切な何かが欠けているような…そんな感じが。

 

 今は何が足りていなかったかはっきりとわかる。

見極めきれていなかったのだ、あの子の心を。

 

 恐らく本質はあまり変わらないだろう。それでも今の踊りはしっかりと見ている相手の事も自分の事も考えている。

 

(あの子の境遇は知っている、悲しみも苦悩も筆舌に尽くしがたいものでしょう。それすらも乗り越えたのね。見て欲しい相手はわかっている。いい家族を持ったわね)

 

 まだまだ精進しなきゃね、そう己に言い聞かせるアイシャがいた。

曲調が変わり、穏やかなテンポから激しいものになった。

 

(だからこそ、アタイは元気で明るくありたい。アタイだけじゃない、スルバやリンク、ティクル達が悲しく沈んで欲しくないからだ。それこそ分け与えられるぐらいに!)

 

 先程とは打って変わって鋭い動きで魅了する。

脚を組み替え、空いた利き脚と手を使い拍子をとる。

この速い曲にダイナミックな動きで魅せつける。

 

 更にその間も回転を正確にこなし前で後ろで、手で足で表現を加えてゆく。

持てる全てを自分に相手に捧げているのだ。

 

(父様も母様もいなくなってからもずっと支えてくれたみんなに伝わって欲しい!大好きだみんな、サークサーク!)

 

舞踏会の主役は、決まった―

――

 

 曲が終わるとともに割れる様な拍手が起こる。

楽しい事やいいと思ったものには素直に褒め称えるのが彼女達の文化だ。

 

やり切った

 フェイパはそう思った。

今できる事は踊りを通して伝えたつもりだ。

初めての試みで少々不安ではあるが…それでも後悔はない。

精一杯観客席のみんなに手を振り、会場を後にする。

 

「ふぅ…、終わったぁ…」

 

 控室へ戻った、フェイパ。

力を出し切り疲れ果てた彼女はそのまま座り込む。

少しだけヴァーイとしてははしたないかもしれないが、許して欲しいと思う彼女だった。

 

「フェイパちゃん、今大丈夫かしら?」

 

「アイシャさん!?しょ、少々お待ちください!」

 

 何という事だ、アイシャさんの前でこんなみっともない恰好など出来る訳がない。

慌てて整えて彼女を迎える。

 

「お待たせしました!申し訳ありません!」

 

「そんなに気を遣わなくてもいいわ、疲れているのはわかっているしね。…早速で悪いけれど本題に入ってもよろしいかしら?」

 

 フェイパに緊張が走る。

いくら全力を出し悔いはないとは言っても、それとは別で内容によっては影響が小さくないからだ。

 

「貴方の事は気に入ったわ。その装飾は貴方の物よアタシからのご褒美って事ね」

 

「あ、あの!装飾品も大変うれしいのですが、働かせてください!スルバやリンクばかりに負担をかけたくないんです!」

 

 彼女は宝飾の全てを手に取りアイシャに差し出しながら頭を下げる。

大凡想像は着く、小さいながらも家事をこなす子と危険の満ちた砂漠の護衛をこなす子。

 

 子供が生きていく為とは言え相当な無茶をしていることだろう。

彼女自身できる事を探していたからこその言葉だろう、だが生憎これぐらいの齢のヴァーイを雇う場所など無いのが実情だ。

 

 彼女が宝飾や服が好きで大切にしている事も知っている。

定期的に店の前で宝飾を憧れの目で眺めているからだ。

あれだけキラキラした目で覗き込まれてはわからないほうがおかしい。

今だって外して渡そうとしている手が震えている。

 

「―話はまだ終わっていないわ。それをしまいなさい」

 

 駄目なのか、スルバやリンクみたいにはいかないか。

震える手で宝飾をしまう。

 

「実はね、ある企画を考えているの。それはね、生涯つけてられる様なアクセサリーの作成及び、微調整のサービス」

 

 はっと顔を上げるフェイパ。

合点が言ったのだろう、中々勘のいい子だ。

 

「貴方をその企画のモデルのヴァーイにしようと思うの。勿論報酬も払うわ、モデルとして思いっきり好きな踊りもこなしてみせなさい」

 

 本当にありがたい話だ。

先程の話は恐らく今考えてくれたのだろう、他ならぬ自分達の為に。

 

 世界中で人気のアイシャさんが態々こんな販路を拡張しなくてもいいはずなのに…

自分の好きな事をしながら、幼い自分の為に支援をしてくれる…。

 

「勿論仕事でもあるから、しっかりと身だしなみや踊りには気を遣って欲しいわ。約束できる?」

 

「はい!サークサーク!」

 

 彼女の顔に大輪の花が咲く。

何といっても笑顔の映える子だ。

 

「うんうん、貴方にはそっちの方が似合っているわ。アタシのアクセサリー、ちゃんと着こなしてね」

 

 今すぐはアローマさんやアイシャさん達に返せるものは無いかも知れない。

それでもいつかこの恩を返せるよう頑張らねばと心に決めるフェイパがいた。

 

――

 

(フェイパ姉ちゃん凄かったなぁ…。さぁ、今度は僕の番だ)

 

 いよいよ次はリンクとビューラによる御前試合だ。

あらかじめ武器は支給されたものを使う。

 

 いくら何でも観客もルージュも催し物でそんな殺気立ったことなど望んでいないからだ。

リンクはゲルドのナイフと盾を選び、ビューラは恐らくではあるが槍で来るのだろう。

 

(僕が本当の意味でビューラ様を超えるには…、この方法しか思いつかなかった。ある意味で一番無謀かも知れないな。それじゃあ、行こうか)

 

 訓練場へと会場を移る。

先程と比べれば流石に観客は少ない。

立て続けなのもあるし、武道まで興味を持つヴァーイばかりではないからだ。

 

「ティクル。早くしないといい場所無くなっちゃうわよ」

 

「急かさないでよ、さっきよりも観客だって少ないんだから問題ないわ」

 

 ティクルの手を引っ張り、会場を指し示すスルバ。

蒼い瞳を輝かせながらリンクの晴れ舞台を見る為に席を確保しようとするその姿は年相応のヴァーイに見える。

 

「何言ってるの。せっかくのリンクの晴れ舞台なのよ?それに後から来るフェイパも分まで確保しなくちゃいけないわ」

 

「さっきだってちゃんと取れたし、まだ誰も来ていないじゃない。宮殿の関係者しかいないわよ?」

 

 いくら人が少なくなったとはいえ2人が並んで座る場所の確保よりは3人が並んで座れる場所の確保は確実に困難になる。

それでも会場の空き具合を見ても考えを変えないこの姉は妹馬鹿ではないのかと呆れるティクルだった。

 

 

「ワリィ、待たせたな!間に合ったか!?」

 

 フェイパが息を弾ませながらスルバ達に合流する。

急いで着替えて来たのであろう。

先程とは違う服装で息を弾ませながら駆けて来た。

 

「大丈夫よ、まだ始まっていないわ」

 

「お疲れ様、フェイパ。とってもかっこよかったわよ」

 

「サークサーク、ティクル。やっぱアイシャさんスゲーわ。…さてそろそろ時間か」

 

 彼女のセリフで3人とも会場の方へと目を向ける。

玉座にルージュが座り、リンクとビューラが入場する。

予想通りリンクはナイフと盾、ビューラは槍の様だ。

 

 観客は先程よりは人数は少ないが、それとは別に兵士達が見ている為そこまで少ないとは思えない。

 

「来たなリンク。見せてもらうぞ、お前の集大成」

 

 威圧感すら漂う、威風堂々としたビューラの佇まい。

気合十分といったところか、この日の為に彼女も万全を期して来たのが一目でわかる。

 

「ビューラ様、私も色々悩んだり迷ったりもしましたが何とかここまで来れました。全力をもって御相手致します」

 

 これに対し、リンクも苦悩や怪我こそあったもののこの日に向けて最後まで調整を重ねて来た。

 

 2人は向かい合い、一礼をする。

ここから先は言葉は無粋、技と技、力と力持てる全てをで語り合うまでだ。

 

「2人とも準備は大丈夫の様じゃな。せっかくの御前試合。互いに正々堂々悔いの残らない試合をするように。チーク、試合開始の合図を頼む」

 

「はい、それでは―始め!」

 



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第40話 決戦!御前試合

 試合開始の合図と共にリンクが距離を詰める。

槍相手にナイフでは不利だ。

それに対し、ビューラは落ち着いて槍を突き出す。

 

 単純な突きかも知れない、だが恐ろしい程の速さで息もつかせぬ連続攻撃だった。

その速さたるや棘の壁にすら見えるほどだ。

基礎を徹底的に突き詰め、昇華し、制圧する。

それがビューラの持ち味であった。

 

 リンクはすかさず盾をナイフを使って防ごうとするが、あまりの衝撃に後ろへと吹き飛ばされ、バク転で咄嗟に受け身を取る。

だが盾やナイフを使ってでも防げたという事は大きい。

 

 今まで辛うじて受け切れたのは盾の扱いに長けたルージュだけだ。

それを止めた彼の成長の証でもある。

 

 しかし、ビューラの攻撃も以前よりも速さも重さも増している。

互いにこの日の為に準備をしてきたのだろう。

小手調べではあったが、その戦いの凄さに会場は沸き立つ、ノリの良いゲルド族は激しい戦いも大いに好む。

 

 今度はリンクの反撃だ、槍の壁が迫るのを見極めナイフで弾ききり一気に距離を詰める。

ビューラが繰り出す蹴撃を盾で受け止め、いつの間にか回していた槍の柄を使った突きを待ち構えた肘で迎え撃ち、受け止める。

ビューラはすかさず薙ぎ払いを試みたリンクの手首を甲で止め、両者は仕切り直すため後方へと飛び下がる。

 

 2人の次元の違う攻防に兵士達からは歓声が上がる。

今ハッキリと目で追えている兵士は隊長のチークぐらいだ。

 

(…何だ、これは…)

 

 しかしルージュは違った。

彼女の眉間にしわが寄る。

 

 確かに以前の2人と比べれば明らかに強くはなっている。

だが内容はどうだ。

お粗末そのものではないか。

リンクは盾の防御や回避行動があまりにも早すぎて、攻撃の機会を逃し、反撃の隙を晒している。

 

 ビューラにはこの期間何度もチークと共に修行をした。

速さや強さ、そして重さはある程度上がってはいるが…、それだけだ。

衰えた能力を埋め切れるほど強くなってはいない。

 

―これは何なのだ。

リンクは目の前の相手と戦っていない、ビューラは少し前の自分と大差がないではないか。

 

(ふざけるな…!)

 

 ビューラは激怒した。

全力を尽くすと言いながら目の前にいる相手とすら戦えていないリンクを、そしてあれだけ修行を積んだのに以前の自分と変わらない、不甲斐無い己を。

 

 時間が経つにつれ、リンクが押され始める。

悪い言い方をするのならよそ見をしながら戦うリンク、衰えたとはいえ多少でも埋めて来たビューラ。

 

 一撃、また一撃とリンクに攻撃が当たる。

御前試合の武器は模擬の物が使われる為、1度や2度の攻撃では試合は終わらない。

直ぐに体勢を整え、ビューラの先を見据える彼の闘志は衰えはしない。

 

「負けるな、リンク!お前の選んだ先をアタイ達に見せてくれ!」

 

「頑張ってリンク!あなたの頑張りは誰よりもあたし達が知ってるわ!」

 

「リンクちゃん、勝負はこれからよ!」

 

 リンクにある数少ないアドバンテージ

それはリーチ差ゆえに距離を詰められることは無いという点だ

間合いを動かすタイミングを自分で決められるという事

 

 小細工はいらない、通用すると思えない

だからこそ彼は最短距離で吶喊する

 

(まだだ!もっと早く、もっと鋭くだ!)

 

 ビューラは他人に厳しいが、自分にはもっと厳しい。

相手がどうであれ、自分の出来がこの様では己を決して許しはしない。

リンクの戦いがおかしい理由を推測できる以上尚更である。

 

「ウゥォォオァアアアア!!!」

 

 渾身の力で、あらん限りの気合を込めて放った突きは、全てにおいて完璧だった。

それこそ衰える前の自分と比べても最高の一撃だった。

 

(来た!あの時の感覚を思い出せ!ギリギリじゃないと実感出来なかったあの領域を!)

 

(!そう…だったのか…!)

 

 それをリンクは飛び込みながら完璧なタイミングで体を捻り、紙一重で躱して見せた。

同時に盾を捨て、信じられない速さで肉薄する。

 

―空いていた筈の腕にナイフを持って

 

 極限まで高まった集中力が齎す時が止まったかのような刹那の中、左右のナイフで息もつかせぬ連続攻撃を打ち込む。

 

 ビューラも負けるものかと今までと比べても更に早く、強く槍で迎え撃つ。

だが、攻撃を繰り出した後の隙を晒し相手が両手に武器を持っているとなれば限度がある。

槍は一つしかないのだ、防ぎきれなくなった攻撃が彼女を襲い体を浮かす。

 

 最後の一連撃は僅かに浮いた身体に向かい、食い破る様巻き上げる。

技を出し切り、舞い降りる様は打って変わって静謐に満ちており美しさすら感じた。

 

 …とんでもない思い違いをしていた。

彼は私を見ていなかったのではない。

 

 今までで一番強い状態の私を見据え戦っていたのだ。

私ならばその領域まで仕上げてくるとわかった上で。

それはある意味で、私以上に私を真剣に受け止めていたという事。

 

 加えて一連の攻撃、2刀流のあの攻撃は初めて見る形だ。

この短期間にしっかりと磨き上げたのだろう、最早付け焼刃なんて切り捨てられない完成度。

それこそ並大抵ではない修練だったはずだ。

そしてこの武術を伝授した相手は恐らく隅で応援している―

 

(リムーバさん…あなたの追い求めた古武術。御見事でしたよ…)

 

 ビューラの身体が会場に倒れ込む。

それは、ゲルド族の頂点が変わった瞬間だった―

 

 ウワァアアアア!!!!!

 

 割れんばかりの歓声が上がる。

新たな頂点はまだ幼きゲルドのヴァーイ、それも今まで見たこともない2刀流に力強く且つ華麗な技まで使いこなして見せたのだ。

この反応も頷ける。

 

「うむ!見せて貰ったぞ、そなた達の集大成。最後の攻防、思わず見とれてしまった!」

 

 長であるルージュもこの攻防には惜しみない賛辞を贈り

 

「やった!やった!リンクが勝った!」

 

 フェイパは自分の事の様に両手を力いっぱい上に伸ばし

 

「凄いわ…。とんでもないところまで来ちゃったわね…リンク」

 

 スルバがリンクの努力の実りに嬉し涙を流し

 

「最後の大技、カッコ良かったね。巻き上げている時の力強さと終った後の静寂が綺麗だった」

 

 ティクルがその美技に目を奪われた

 

 勝敗は決まった。

リンクと起き上がったビューラが互いに一礼をする。

 

「見事だリンク。まさかこんなにも早く倒されるとは思わなかったぞ」

 

「秘密にしていた要素が大きかったと思います。知っていたのならばビューラ様ならきっと」

 

「秘密を含めての全てだ、もっと胸を張るがいい。全力を傾けてくれたこと、感謝する…さて、私も皆に伝えなければな」

 

 そう言ってビューラはルージュに視線を送り、ルージュも無言で頷く。

 

「皆聞いてくれ、この御前試合を最後に私は戦士として引退する!ルージュ様の政務の補佐に専念するつもりだ。兵士の指導、育成などの業務は隊長であるチークに任せる!」

 

 宮殿内にどよめきが起こる。

確かに彼女が行っている業務は非常に多い。

衰えもあり、いつまでもは続けていけないだろう。

 

 しかしながら、それを差し引いても彼女は非常に強い。

今勝利をもぎ取った、リンクを除けば宮殿内で勝てる者など皆無だ。

 

「無論このことはルージュ様にも通してある、チークにもだ。私は頂上に長く立ちすぎた。しかしそれではゲルドの街の為にはならん。兵士達の成長の妨げになるなど以ての外だ」

 

 何という事だ、ビューラ様は最初から引退するつもりで戦いに臨んでいたのか。

だからこそ全力を望んだのだろう、そして自身も全てをかけて調整してきたのだろう。

 

「リンク、最後の試合。お前と戦えて良かった。自分の選択に悔いはない」

 

「ビューラ様!サークサーク!」

 

 差し出された手を握るリンク。

厚い皮に豆だらけの手の平だ。

誰よりも真摯で、強くて、カッコイイ手だとリンクは思った。

 

――

 

「…以上が、私が軍事において行っていた業務だ。チークよ、後の事は頼んだぞ」

 

 業務ごとに整理整頓された膨大な書類の山を前にチークは改めて実感する。

凄い人だ、本当にそう思う。

 その業務の量を片手間でこなしながら、御付きの仕事に政務の一端も担う。

宮殿内の警備や神器「雷鳴の兜」の守護だってしているのだ。

ビューラ様の存在の大きさを実感する。

 

 中でも兵士として、戦士として求められる技術やその修練、己が積み上げ纏めて来た戦術考察の量は尋常ではない。

 

「はいビューラ様、実際に行う事で課題や改善点も見えてくるでしょう。お任せください」

 

「それでいい、チーク。最初から完璧にこなす必要はない。時には部隊長や部下に助けてもらうことも大切だ」

 

 ビューラも最初からすべて完全に熟せる内容では無い事をわかっている。

長年守り続けて来た最強の座、兵士達を纏める風格はそう安いものでは無い。

 

「…もうビューラ様に稽古をつけて貰う事もないと思うと寂しくなりますね」

 

 チークにとってもビューラは特別といっていい憧れの師匠だ。

リンクと比べても更に長い間背中を追いかけて来た、姉弟子なのだから。

 

「チーク、最後に言おうと思っていたことがある」

 

「ビューラ様?それは一体―

 

「御前試合に向けた手合わせで実感した。お前も強くなったな。ちゃんと成長しているぞ」

 

 ゲルドの街で強いと名の上がる者は、大体ビューラ、リンク、ルージュの3人だ。

確かに上記の人達と比べればチークの強さは劣るだろう。

それでも彼女が鍛錬に手を抜いたことは一度だってないし、兵達の指揮だって悪くはない。

 

「ビューラ様…サークサーク…!」

 

 チークは決してトップを狙えるような戦士の才能は無いだろう。

だが兵士として、指揮官として必要な要素を磨いてきた。

ビューラは彼女の成長もちゃんと見ており、これから先ゲルドの街を守っていく重責を担うにのはチークであると考えていた。

 

 老兵は去るのみ、持てる全てを伝え残して

いずれ超えてくれることに望みを託しながら

 



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第5章 果てにある村
第41話 最果てと打ち上げ


 同時刻 リンクの家

 

「それでは、フェイパの舞踏会とリンクの御前試合の成功を祝して―乾杯!」

 

 新鮮な果物を絞ったジュースで祝杯を挙げる4人。

ティクルの母であるベローアが沢山作ってくれたのだ。

爽やかな甘さにたっぷりの果肉がとても美味しい。

 

 特に疲労と達成感で一杯の2人には格別な味わいであろう。

 

 今回は珍しく音頭を取るのは、スルバだ。

普段こういうことはフェイパが率先して行うのだが、主役にやらせるわけにはいかない。

 

「おめでとう、フェイパ。リンクちゃん。とーてもカッコ良かったわよ」

 

「な、何だか面と向かって言われるのも照れくさいな…。サークサーク」

 

 自分が褒めたりする事にはなれているが、いざ言われるとなると、どう返せばいいかわからないフェイパ。

 

「やりぃー!御馳走が一杯だ!スルバ姉ちゃん、ティクル姉ちゃん。サークサーク!」

 

 ビューラとの激戦と朝食が物足りなかったこともあり空腹だったリンクは豪快に頬張ってゆく。

 

「リンク、そんなに急いで食べなくても逃げたりしないわ。喉に詰まらせちゃうからよく噛んで食べなさい」

 

「ねえねえフェイパ。せっかくなんだし舞踏会の衣装、着て見せてよ」

 

「ええ!?確かに汗は流したけれど…。ち、ちょっと恥ずかしいな」

 

「いいじゃない、衣装は着てこそ意味があるもの。着てあげないのは可哀想よ?」

 

「そ、そこまで言うのならしょうがないなー。ちょっと待ってろ」

 

 照れの表情を張り付け、奥へいったん引っ込むフェイパ。

しばらくすると、衣装に着替えて戻って来た。

ばっちりと宝飾まで着飾っている辺り、結構乗り気の様だ。

ちょっと恥ずかしいのか頬が赤く染まっている。

 

「うわぁ~!やっぱり間近で見ると凄いや!かっこいいのにカワイイ!」

 

「改めてみても本当に美しいわね。…ねえフェイパ、後で私も着て見ていい?」

 

「あ、ずるいスルバ!私だってこんな素敵な衣装とアクセサリーなら着てみたいわ」

 

 2人とも尋ねる形で聞いているが、返事は聞いていない。

どうあっても着るつもりの様だ、恐るべしゲルド族

 

「お、おう…。頼むから壊したりだけはするなよ。アイシャさんからの大切な贈り物なんだから」

 

 スルバやティクルも思う存分に衣装を堪能する。

特に宝飾品の類はまずつける機会など無い事から2人とも興味津々だ。

 

「いいないいなー、私も大きくなったらアイシャさんに作って貰いたい!このアクセサリーの模様とか素敵だわ!」

 

「スルバ姉ちゃん、せっかくだからその衣装で演奏してみてよ」

 

「おっ、いいじゃねーか。何だかんだ絵になると思うぜ!」

 

「主賓からのリクエストならしょうがないわね、せっかくだし半分だけできた新曲を聞かせてあげるわ」

 

そう言って奥から竪琴を持ってくるスルバ、その時である。

 

「あっ」

 

 スルバが躓いた。

それだけの事であるが、手には竪琴。

身に付けているのは借り物の服に高価な宝飾。

新品であるという点も見逃せない。

 

「っ!」

 

 咄嗟に体を捻り正面の宝飾と竪琴を庇うようにそらす。

だがそれは転倒を防ぐ動きでは無く、転倒した時の被害を減らすためのものだ。

数秒後の予想を裏切る事は無い。

 

ドタン!と音がした。

 

「リ、リンク…?」

 

「ね、姉ちゃん、怪我はない…?…できたら早く起き上がって欲しい…」

 

 尻もちをつく形で倒れ込んだスルバ、しかし思いの外ダメージは少なかった。

 

いつの間にかリンクがスルバの転倒先に滑り込んでいたようだ。

類稀な身体能力の無駄遣いである。

 

「あっ、ごめんリンク!」

 

「お、おい!2人とも怪我はないか!?」

 

「スルバ!リンクちゃん!大丈夫!?」

 

「う、うん…ちょっと重いけど平気」

 

「あっ!?馬鹿!」

 

 空気が 凍った。

重い―言うまでもなくヴァーイに対する禁句である。

 

「リ・ン・ク?」

 

 笑顔が、怖い

その怖さは魔物のとはまた違った恐ろしさを孕んでいる。

逃げ出したい気持ちでいっぱいだが、年の割にやや大きめの尻に乗られている状況でどうやって逃げろというのか。

 

「ご、ごめんなさい…」

 

「まぁ…その、料理が上手いってことの証だと思うぜ?」

 

「咄嗟に庇ってくれたリンクちゃんの行動で水に流しましょう?ね、スルバ?」

 

 何とかティクルがとりなしてくれた御蔭か大惨事にならなくて済んだ。

フェイパの言葉は火に油な気がしないでもない。

 

「もう…、ここで怒ったらせっかくの祝杯が台無しじゃない…。今回だけよ。リンク、ヴァーイに重いなんて絶対に言っちゃ駄目」

 

「そ、その…ごめんなさい」

 

「ささ、それぐらいにして演奏を頼むよ。半分って事は今作曲中のあれだろ?」

 

「リンク。この曲は今年の演奏会の為に、アナタの為に作っている曲よ。完成はもう少し先だけど、しっかりと聞いて欲しいの」

 

 コクンと彼は頷く。

 

 今年の演奏会はスルバの誕生日に行われる。

去年参加できなかったリンクへの姉からのプレゼントだ。

 

 音色が広がってゆく、不思議と耳を傾け時を忘れてしまう曲だ。

雄大ながらも身近にある、これで未完成なのだから完成した時はどんな曲になるのか興味は尽きない。

 

衣装を着たスルバの姿は幼いながらも神秘的な魅力を醸し出していた。

 

「姉ちゃん凄いや。これで半分なんだよね!?」

 

「サークサーク、その通りよ。前回はリンク参加できなかったからね。早めに作っておきたかったけど初めての作曲は中々難しくて」

 

「他の人が作曲している所を見たことが無いからわかんねえけど十分凄いと思うぞ?もっと胸張れよ、いい曲だったぜ」

 

「ねえねえ、他の曲もお願いできるかしら。せっかくだし今日ぐらいは楽しみましょうよ」

 

「それもそうね!今日はオールナイトよ!」

 

「「「そこまでは言ってない」」」

 

 ハハハと笑い声が響く。

活気に満ち溢れるゲルドの街ではよくある光景でもあり、幸せな一時であった。

 

――

 

 数か月後 ゲルドの宮殿

 

「チークさん、サヴォッタ。本日はどのような仕事でしょうか?」

 

 リンクは宮殿に呼び出されていた。

訓練ではないので恐らくは護衛の仕事なのだろう。

 

「サヴォッタ、リンク。今回の仕事はカカリコ村を経由して、ハテノ村へ行ってもらいたい。カカリコ村の長から指名でな、頼めるか?」

 

 しかし、今回伝えられた仕事は護衛では無く先方から来てほしいという依頼であった。

珍しい事もあるものだ。

 

「わかりました。しかしカカリコ村は以前行きましたが、ハテノ村…ですか?」

 

 ビューラの行っていた業務をチークが代わりに行っている。

その一環で、リンクにも仕事が回って来たという事だろう。

もうビューラから任せられることもないと思うと少しだけ寂しいリンクであった。

 

 昨年のルージュの件もあり、カカリコ村との親交が深まっている。

代表であるインパからの呼び出しという事だろう。

それからカカリコ村はわかるのだが、ハテノ村につながる理由はわからない。

 

「詳細はカカリコ村で話すそうだ。ハテノ村はカカリコ村よりもさらに遠い。備品は多めに支給しておく、道中にはしっかりと気を付けろ」

 

 地味に彼にとっては初めての一人旅でもある。

ハテノ村はカカリコ村を経由する事もあり、カカリコ村で行き方を聞く事だってできるだろう。

 

「わかりました、すぐに出発でしょうか?」

 

「ああ、出来るだけ早めに出発して欲しい。勿論、準備をしっかり整えた上でだがな」

 

「はい、それでは失礼します」

 

 

 ゲルドの街 リンクの家

 

「お、リンク今回はどこへ行くんだ?」

 

「うーんとね、今回はカカリコ村を経由してハテノ村へ行って欲しいんだって」

 

「ハテノ村…?えーとどんな村だっけ?」

 

 フェイパが首を傾げる、ゲルドの街が西の果てならハテノ村は東の果てだ。

遥か彼方の異国となれば、知らなくても不思議ではないだろう。

 

「酪農が盛んなのどかな村よ。ウオトリ―村も近いから魚介類もそれなりに手に入るみたいね」

 

 もう1人の姉がどんなところなのか補足を加える、真面目に勉強してきたからかこういう知識においてフェイパよりも詳しい。

 

「スルバ姉ちゃん、その…」

 

「わかっているわ。おにぎりやパンを用意しておくから気を付けていくのよ。フェイパはその間にヒンヤリ煮込み果実を出してあげて」

 

「おうよ。リンク、ホントに危ない時はしっかり逃げるんだぞ。命あっての物種だ」

 

「わかった、気を付けるね」

 

 そう言いながら手慣れた動きで準備を整えていくリンク。

見た目の幼さとの差がものすごい。

 

「…よし、準備できた!フェイパ姉ちゃん、スルバ姉ちゃん、行ってくるね。僕がいない間、姉ちゃん達も気を付けて!」

 

「食べるときはおにぎりの方から食べるのよ。どちらかというとパンの方が長持ちするからね」

 

「あの香水をくれた人にお礼を言っていたと伝えてくれ。あれは本当にいいものだ」

 

「私の方も料理のレシピ教えてくれた人にお願いね?」

 

「うん!」

 

 落ち着いた足取りでレンタザラシ屋に向かうリンク。

最近ではだいぶスナザラシにも慣れて来た。

過酷且つ広大な砂漠は手早く抜けるに限る。

 

(これから先何が起こるかわからない、出来るだけスナザラシを乗りこなさないとな)

 

 スナザラシとつなぐロープを腰に巻き付ける。

乗り慣れたゲルド族の乗り方だ。

 

 この乗り方は転倒した時に引き摺られるという欠点があるが、両手が自由になるという利点もある。

まだリンクはうまく扱えないが弓を使う猛者もいる様だ。

 

(うわあっ!?やっぱり手で支えるのとは違うなぁ!重心移動が難しい!)

 

 手で誘導するのとは勝手が違う為何度も転倒するリンク。

まだまだゲルドの街に近い場所の為、魔物の影は見当たらない。

 

練習するのなら今の内だ。

そんな時である。

 

「お嬢さん!サ…サササ、サヴォッタ!」

 

 誰かが声をかけて来た。

メガネをかけたやや小太りのヴォーイでこの砂漠を走って近づいて来る。

この危険だらけの砂漠で転倒している子供だ、心配したのかも知れない。

 

「サヴォッタ、ええと…あなたは?」

 

「あ、ごめんね。僕はボテンサ!43歳 独身 趣味はジョギング!周りからは良くも悪くもがんばり屋さんだねって言われてるんだ!それよりも大丈夫かい?怪我はない?」

 

 そう言って彼は手を差し伸べる。

…思い出した、この辺りでスナザラシの練習をしていた時に声援を送ってくれた人だ。

 

「あ、心配ありがとうございます。これぐらい大したことありませんよ」

 

「それならいいけど…、何かあったら僕に言ってね!力になってみせるから!あ、喉が渇かない?ビリビリフルーツで作った煮込み果実あるよ?」

 

 そう言って彼が出した煮込み果実。

彼は変わった人かもしれないけれど悪い人ではなさそうだ。

切り方は不揃いだが香りにも色にもおかしい所は無い。

 

「あ、美味しいです!」

 

 切り方から見るに、料理の腕はスルバ程ではなさそうだ。

それでもビリビリフルーツの甘さをうまく引き出していると言える。

 

「口に合ったみたいで良かった!なんて言ったって鮮度が違うよ!」

 

「サークサーク。そう言えばボテンサさんどうやって砂漠の中を走っているんです?」

 

 リンクの言う通り、砂漠では砂に足を取られる。

そんな事などお構いなしに彼は砂漠で走り込んでいるらしい。

 

「あ、気が付いちゃった?これはね、以前履いていたサンドブーツを模して作ってみたんだ!以前みたいにより速く走れたりはしないけれど、砂地でのジョギングぐらいなら問題なく出来るんだ!」

 

 そう言って靴を指さしてとんでもない事を言ってのける。

砂漠の民ゲルド族ですらゲルド砂漠を走る事は困難だ。

 

 慣れていないハイリア人が走れるものではない。

以前のリンクもゲルド砂漠を必死の思いで駆け抜け、その過酷さから気を失っているのだ。

 

 しかも靴となればスナザラシに乗れない人でも問題ない、乗れる人にだって不都合にはならない。

 

「凄いです!砂漠でも走れる靴なんてゲルドの街でも実用化されてないんですよ!?どうやって作ったんですか?」

 

「ど、どうやってと言われても…。こう、頑張ってとしか言いようがないよ。人に説明したことが無かったから難しいな…」

 

 残念だ、思う存分スナザラシで駆け抜けるのもいいけれど。

自分の脚で駆けだすのも悪くないからだ。

 

「あっ、ごめんなさい。私、そろそろ行かないと!御馳走様でした!」

 

「あっ、急ぎだったのかな?ごめんね。気を付けてね?」

 

「はい、それではサヴォーク!」

 

「ええと…さようならだっけ?サササ サヴォーク!」

 

 そう言って目いっぱい手を振るボテンサ。

リンクも笑顔を返しスナザラシに出発の合図を送る。

何とかコツをつかみ手で指示するのと変わらないぐらいには上手く指示ができるようになった。

 

――

 



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第42話 忍び寄る厄

 ゲルドキャニオンの馬宿

 

 ゲルド砂漠をスナザラシで半日、ゲルドキャニオンを数刻移動してお馴染みのゲルドキャニオンの馬宿辺りに着いた。

 

 何故辺りなのかというと、馬宿は名が表す通り馬の為の牧草が必要となる。

辺りの植物が無くなってしまう為、定期的に移動する必要があるのだ。

最も、あまりに場所が変わると利用者がわからなくなるため殆ど決まっている場所をローテーションするのだが。

 

「ゲルドキャニオンの馬宿へようこそ!本日はどのような御用件でしょうか?」

 

 店主であるピアフェが要件を尋ねて来る。

 

 決まっている、これから先の事も考えるのであればイグレッタさんの様に移動できるようにならないと。

 

「はい、こちらで預かってもらっているドラグを引き取りに来ました」

 

「かしこまりました。今一度確認をお願いします。愛称ドラグ、こちらの馬で宜しいでしょうか?」

 

「はい、間違いありません。よろしくお願いします」

 

 ドラグと出会って約1年。

人の1年と比べると馬の1年は大きい。

それこそ子供のリンクならその上に跨る事も出来る程に成長している。

 

「ドラグ!元気にしていたかい!?大きくなったなぁー!」

 

 彼は護衛の仕事について馬宿に滞在する合間にドラグと触れ合う事を欠かさない。

ドラグもリンクを見つけると彼の下に寄り添い顔を舐める。

すっかり仲良くなったようだ。

 

「あはは、くすぐったいよ?今日一日はここでゆっくりするから、そんなにがっつくなって。ちょっと食事をするから待ってろよ」

 

 スルバが持たせてくれたおにぎりに齧り付くリンク。

中身の具は肉の様だ、口の中にうま味の詰まった脂が広がる。

ボリュームがしっかりあり、隠し味の岩塩が保存の面でもありがたい。

材料的にはケモノ肉丼を携帯型にしたものともいえる。

 

「ふぅ…御馳走っと。それじゃドラグ、ちょっと乗ってもいいか?」

 

 そう言うとドラグは彼の隣に移動し、頬を擦り付ける。

大丈夫なようだ。

 

「よっと…、跨るのも大変だ。僕ももっと大きくならないと」

 

 跳び乗る、というよりはゆっくりとよじ登る感じだ。

いずれスムーズに乗れるようにはなりたいが、もう少しかかりそうだ。

 

 リンクも馬を乗りこなせるわけではないのでこの馬宿で練習していくつもりのようだ。

流石に襲歩までは試せないが、歩くぐらいならば問題はない。

 

(…まさか、スナザラシの練習がこんなところで役に立つとはなぁ)

 

 手綱を握り、ドラグを誘導していくリンク。

スナザラシの、それも練習用の扱い方の方が役に立つとは思ってもみなかった。

それでもリンクの身体が上下に揺れ振り落とされそうになる部分といった違う箇所も勿論あるだろう。

 

 ドラグと一緒にいるのはゲルドの街とは違った楽しみがある。

それは訓練の成果が実を結んだ時にも似ているし、気の合う仲間と思う存分遊びつくす感じなのかもしれない。

 

 失敗して落馬しても楽しいものだ。

この辺りは訓練とは決定的に違うし、実戦の様な焼けつくような重圧もない。

 

 彼らは眠る時間になるまで互いに合わせる練習をしていった。

 

 翌日

 

「ドラグ、サヴォッタ!今日から長旅だけどよろしくな!」

 

 どうやらリンクはドラグと共にカカリコ村へ移動するようだ。

馬を乗りこなすイグレッタでも何日もかかるのだ。

 

 馬を使わず、それも子供の脚で移動となるとどれだけ時間がかかるかわからない。

時間だけではない、道中には魔物や野生生物。

手持ちの食糧といった問題だって存在する。

危険な時間は出来るだけ減らすべきだろう。

 

 今の段階では襲歩までは使えないが、それでもリンクの移動と比べればかなり速い。

基本的には街道に沿って移動するので悪路が少ないのも大きい。

 

「そうだ、これ食べるかい?ちょっとだけ持ってきたんだ!」

 

 ゴソゴソと袋の中からイチゴを取り出すリンク。

準備をしている時に持ってきたのだ、嵩張らない事と直ぐに食べることが出来るので旅をしている時には非常に助かる。

 

 鼻を近づけ匂いを確認した後、恐る恐る口に運ぶドラグ。

味を確かめたら先程の様子とは打って変わってがっつくように食べてゆく。

どうやら気に入ったようで良かった。

あっという間に手に持っていたイチゴが消えてしまう。

 

「アハハ、気に言ったみたいで良かったよ!お前も案外食いしん坊なんだなー!さて、そろそろ行かないと」

 

 ドラグに跨り、ゲルドキャニオンを駆け抜けてゆく。

大地を力強く踏み込み、小石を蹴り飛ばしながら走るその姿は虚弱だった頃のものでは無かった。

 

――

 

 4日後 カカリコ村

 

 何とか大きな問題もなくカカリコ村へたどり着く事の出来たリンク達。

それでもイグレッタとともに来た時と比べるとそれなりに時間がかかっているので、まだまだ改善の余地はありそうだ。

 

 ドラグを待たせ、リンクは屋敷へと足を向ける。

 

「服装良し、簪良し。せっかくもらった髪留めだし、着けないのは失礼だよね」

 

 これからカカリコ村へ行くのだ、贈り物を大切にしているのを伝えたい。

 

「「これはリンク様!ゲルドの街から来て頂きありがとうございます。奥へどうぞ、族長がお待ちです」

 

 屋敷の手前でドゥランとボガードが快く出迎える。

リンクがプリコを守った事もあり、かなり友好的な印象を持っているのだろう。

 

「サークサーク、それでは失礼いたします」

 

 中に入ると変わらず荘厳な内装が出迎える。

遅れて、正面に目を向けたリンクは驚きの表情を見せた。

 

 この屋敷で上座に座るのは族長の筈だ。

そこには厳格な老婆のインパでは無く、若さと神秘的な美しさを併せ持つ孫娘、パーヤの姿があった。

 

「こんにちはリンク様。本日は遠路遥々このカカリコ村まで来て頂きありがとうございます」

 

 正座したまま頭を下げるパーヤ。

リンクには人見知りな部分が少しだけ薄れている気がした。

 

「あ、そんなに大したことじゃないですよ。それでインパ様は?族長様から伝えたいことがあると伺っているのですが…」

 

「ふふっ、問題ありませんよ。説明が遅れました、御婆様より正式に族長の役職を引き継がせて頂いたパーヤです」

 

 インパの姿が見えなかったため辺りを見渡していたリンクだったが、改めてパーヤに説明されて理解した。

…失言だ。族長を目の前にして族長はどこですかと尋ねてしまうとは…

 

「す、すみません。悪い事を言っちゃいまして」

 

 余りの事に口調がちょっと戻っている。

彼女は微笑みながら気にしていないと語り掛ける。

 

「…さて、話が逸れました。本日リンク様をお呼びしたのは昨年の件です」

 

 カカリコ村へイーガ団が入り込み、プリコを攫った事件の事だ。

新たな族長就任だけなら、リンクである必要性は薄い。

いや、子供であるリンクではまずいだろう。

 

「イーガ団の者は厄災に忠誠を誓っているのは御存じだと思いますが、同時に現実的に組織された集団でもあります。厄災ガノンが封印されて間もない時期から活動的になる事などあり得なかったそうです」

 

「…それってつまり…」

 

 イーガ団は崇める対象こそ理解の範疇を超えているが、その運営は割と現実的である。

去年の様なタイミングで積極的な行動を見せる事が不自然に映るほどに。

 

 不穏な空気が立ち込める。認めたくない、信じたくない。

パーヤが言おうとする予測は最悪なものであるとひしひしとリンクに伝わった。

 

 

「信じたくはありませんが、厄災の復活が近いのかも知れません。一時期おとなしくなっていた魔物の被害も、ここ最近急激に増えています」

 

 パーヤが話している事の恐ろしさがわかる。

厄災が封印されて8年しか経っていない、いくらなんでも早すぎる。

 

 英傑リンク様やゼルダ様達の命懸けの封印は、散っていった兵士達の魂は何だったというのか。

 

「ゲルドの族長、ルージュ様が彼らに呪われた事件。厄災封印の一端になったとはいえ、当てつけだけで実行するような代物ではありません。時期も適してはいないでしょう」

 

 ゲルド族の長を呪い殺そうとするなど、ゲルド族全体に対する宣戦布告といっていい。

活動の規模を縮小するであろう、タイミングでこのような事はあり得ない。

 

 そもそも神器「雷鳴の兜」奪還の折に、総長であるコーガを失っているのだ。

イーガ団が弱体化する要因こそ思い浮かぶが、活発になる要素などどこにもない。

 

「良くはわかりませんが、その辺りも理由の一因という事ですか…」

 

「はい。御婆様の見解では、あの時の呪いにはシーカー族のものでは無い細工が施されていたそうです。彼らの組織に何者かが手を貸している可能性があります」

 

 あのインパをして態々リンクを呼び寄せようとするほどだ。

信憑性はそれなりにあるという事なのだろう。

 

 だが同時にこういった話でなぜ自分が呼ばれたのか、それが解らないリンクであった。

もっと話の分かる大人だって呼び寄せることが出来たはずである。

 

「…今ここは人払いしてあります、秘密にしている話もできるでしょう。リンク様は…殿方なのですね?」

 



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第43話 異国の友達

アンケートご協力ありがとうございました。
書き溜めは50話まで出来ております。

そして終わった後は、定期的に投稿をしたいと思います。
間隔としては5の倍数の日にちに投稿をしようと考えております。
これからも頑張りますので何卒よろしくお願いします。



「えっ!?どうして…」

 

 重い口調で静かに語りかけるパーヤ、その内容は彼にとって触れて欲しくないものであった。

 

 手に取るように慌てるのが解るリンクの反応。

普段ヴォーイとばれない様に女装までしていたのに顔を合わせるのも数回の彼女に見破られるとは…。

 

「御婆様の御側で跡目を継ぐため、色々と学んできました。ゲルド族の子供がここ、カカリコ村まで来るとなると只ならぬ事情があるのは自ずとわかります。我々シーカー族は元々隠密に長けた一族です。各地から情報を集め、対策を練る事で厄災に贖ってきたのですから」

 

 おっとりとしたパーヤの口から出る話とは思えない暗い内容であったが、それがシーカー族の長を継ぐという事なのだろう。

 

「話が逸れましたね、100年ほど前の厄災の封印には多くの犠牲が出ました。しかし、御婆様の話では当時の厄災は自我を失った不完全な姿だったそうです」

 

「…もし完全な姿であったのなら…?」

 

 厄災の爪痕は今でも世界中に残っている。

それはここまでくる間にもリンクも沢山その目で見て来た。

あれでも復興が進んでいるのだ、その恐ろしさは想像を絶する。

 

「ガノンは強さもさることながら知性も凄まじいものだったと伺っております。理性を失ってなお我々を出し抜いてみせました。間違いなく100年前を遥かに超えた被害をハイラル全土に齎すでしょう」

 

 あのパーヤが言い切るほどだ、どれだけ前向きに見積もっても未曽有の大災厄になる。

 

「厄災ガノンは、かつてゲルド族の王でした、それも男性であったそうなのです。委細まではわかりませんでしたが、完全復活を目論むイーガ団はリンク様を狙っている可能性が高いのです」

 

 ここまで来て、リンクを呼んだ理由が判明した。

厄災の復活が近く、その為に彼が狙われるであろう事が、可能性とは言っているが遥か彼方のゲルド砂漠から呼び寄せるぐらいだ。

 

 まず間違いなく彼らは、リンクを厄災の為に利用するつもりの様だ。

 

「気を付けて下さい、イーガ団は全盛を誇っていたハイラル王家ですら打ち倒せなかった精鋭集団です。殺戮すら厭わない非情さも持っています」

 

「わかりました。心配してくださりサークサークです」

 

 気をつけねば、厄災が直接絡んでくるとなれば万が一は絶対に許されない。

復活を許してしまえば沢山の人が犠牲になる。

 

 眼を閉じたリンクの瞼の裏に、ティクルやルージュといった街の人々、カカリコ村の皆、家族である姉達が浮かんでくる。

大切な人達、絶対に失ってなるものか。

 

「もう1つリンク様にお願いがあります。ハテノ村に向かっては頂けないでしょうか?」

 

 先程までの緊張を僅かに緩ませ、話を変えるパーヤ。

深刻な話ではなさそうだ、最も厄災に匹敵するような内容など普通は存在しないが。

 

「ハテノ村へ向かって欲しいとは聞いています。内容まではわかりませんが」

 

「実はですね、この書状をプルア様に届けて欲しいのです」

 

 そう言って彼女はそれを差し出す。

族長となる為の教養も積んできたのだろう、達筆すぎてリンクには読めない。

 

「プルア様は御婆様の姉上です。是非ともお会いしたいと幾度となく書状が届きまして…」

 

 あのインパの姉だ、余程の高齢だと考えられる。

自分から会いにゆくのは難しいのだろう。

 

「わかりました。しかし、ハテノ村へは行った事がありません。どのあたりにあるのか教えて頂けませんか?」

 

「大丈夫ですよ、ハテノ村はここへ来るまでの間に通って来たカカリコ橋を戻ります。そこから分かれ道を東の方へ移動していけば後は殆ど一本道になっています。距離は馬で2~3日程かかりますからこのカカリコ村でゆっくりと休んでいくと良いでしょう」

 

 そう言いながら、パーヤはカカリコ村からハテノ村への道筋を描いた地図を手渡す。

マメな心配りがとてもありがたい。

 

「ハテノ村の一番高い所に立てられた家にプルア様は住まわれております。プルア様は優秀な研究者で家を研究所にしているので直ぐにわかるでしょう。その、あれは…一度見たら忘れられないと思うので間違えはしないかと…」

 

 何故か妙に歯切れの悪いパーヤ、そんなに不思議な光景が広がっているのだろうか?

 

「わかりました、明日の朝にハテノ村へ向かおうと思います。パーヤ様、去年の話ですが香水サークサークです。姉からそう伝えて欲しいと頼まれまして…。改めて族長就任おめでとうございます」

 

「気に入ってもらえたようで何よりです。この村には特産品と呼べるような代物は少なくて…。ありがとうございます、この村でゆっくりと骨をお休め下さい」

 

 改めて一礼をして屋敷を後にするリンク。

門を潜り抜けた辺りで、門番の一人であるドゥランが語り掛ける。

 

「リンク様、本日の宿はお決まりでしょうか?」

 

「ドゥランさん。まだ決めていませんね。これから探そうかと考えています」

 

「それでしたら是非、我が家へ来てください。ココナもプリコも来てくれるのを楽しみにしているんですよ」

 

「いいんですか?…あ、ドラグ、いや馬のご飯も何とかしないと」

 

「リンク様はパーヤ様のお客人です。ゴーゴーニンジンを用意してあります」

 

「サークサーク、助かります。他には心配はありません、お邪魔してもいいですか?」

 

「勿論です、それではこちらへどうぞ」

 

 ドゥランの家

 

「「父様、リンク様。お帰りなさいませ」」

 

 娘達が礼をし2人を迎える。

御宿の様な作法が板についている。

 

「ココナさん、プリコさん今日一日お世話になります」

 

「そんな一日と言わずにもっといて下さいよ!お気になさらずに!」

 

「プリコ、リンク様にも事情があります。こちらの我儘だけで引き留めてはいけませんよ」

 

「姉様だって、本当はリンク様が来るのをずっと待ち望んでいたではありませんか。簪を付けてくれるだろうか、重くないかと―」

 

「プリコ!」

 

 聞かれたくなかったのかココナが声を荒げ、プリコの言葉を遮る。

 

「あ、あの…今日一日ドゥランさん一家の厚意に甘えさせて頂くので、その辺りで…」

 

「ココナ、プリコ。そこまでにしておきなさい。お客様の顔を立てる事も大切ですよ」

 

「…お見苦しい所をお見せしました。申し訳ございません」

 

「リンク様、ごめんなさい」

 

 2人は謝罪した後、夕餉の準備を始める。

 

 本日の献立は山菜、しのび草を使った混ぜご飯にシノビタニシの壺焼き。マッスクバスの包み焼き。そして前回食べる事の叶わなかったリンゴバタ―であった。

 

相変わらずの腕前だ、スルバもカカリコ村の郷土料理を作れるようになって来たが、作り慣れた彼女達にはちょっと敵わないだろう。

 

 山菜を使った混ぜご飯は独特の風味と苦みを併せ持っており箸が進む。

シノビタニシの貝類特有の旨味は濃厚なミルクのようで味わい深く弾力のある歯応えは食べ飽きない。

 

 マックスバスの包み焼きの大きな身を余すところ無く堪能する。

何か香草を挟んで包み焼きにしたのだろうか、余計な臭みがなく軽くまぶされた岩塩がより美味しさを引き出している。

 

食後の甘味はリンゴバタ―だ。

加熱されより甘みを増したリンゴに濃厚なバターが染み渡る。

ヤギのバター独特の脂肪が素材を存分に活かしている。

 

――

 

「ふぅ…美味しかった。御馳走様でした」

 

 我ながらよく食べたものだ。

やはりカカリコ村までの道中で消耗していたのだろう。

こういう時にはついつい食べ過ぎてしまう。

 

「お粗末様でした。夕餉を楽しんで頂けたようで何よりです」

 

 ココナも作った甲斐があったようで安堵の笑みを浮かべている。

プリコはというとリンゴバタ―を食べる辺りからリンクに視線を寄せていた。

誰が作ったのかは言うまでもない。

 

「リンク様!そのリンゴバタ―、プリコがココナ姉様に教えて貰って作ったのです!どうでしたか!?」

 

「リンゴバタ―も美味しかったです。サークサーク」

 

「えへへ、サークサーク!これだけは覚えました!」

 

 我慢できなくなったのか、プリコが自分の作った甘味の感想を訊いてきた。

ゲルドの言葉で感謝を伝えると、去年の事を覚えていたのかお礼をゲルド語で返す。

悪い気はしないものだ。

 

「それでリンク様。いつ頃発たれるのですか?」

 

 ドゥランがそれとなく聞いて来る。

リンクの旅発つ予定に合わせて見送ったりするつもりなのだろう。

 

「はい明日の朝にでも出かけるつもりです。あまりご迷惑はかけられませんしハテノ村でプルア様がお待ちのようですから」

 

「そんな迷惑だなんて、リンク様とお話しするのはこちらも楽しんでいますよ?」

 

 意外にもそう返事を返したのは姉のココナの方であった。

プリコもココナも相槌を打ちつつ、時に笑い時に驚いたりしている。

強ち間違ってはいないのだろう。

 

「プルア様がお待ちですか。何かと奇抜な方と伺っております。度肝を抜かれるやもしれませんな」

 

「そうなんですか!うわぁ、どんな人なんでしょう?」

 

 ドゥランも聞いた事がある程度ではあるが、プルアの人物像を教えてくれた。

なお、実際に人となりを知っているインパは決して姉の性格を語ろうとはしない事を記しておく。

 

「明日も早いのでしたら、就寝の準備を整えて来ますね。失礼いたします」

 

 そう言って、床の間へ向かうココナ。

本当にありがたい、その気配りが嬉しいリンクであった。

 

 警護の交代の時間と言ってドゥランがインパ達の屋敷へと向かって言った頃、プリコが尋ねて来た。

 

「ねえ、リンク様。姉様のことどう思いますか?」

 

「急ですね、プリコさん…。そうだなー、真面目で優しいヴァーイ…かな?」

 

「ヴァーイ!それってどんな意味なんですか?プリコ気になります」

 

「えーっと、女性って意味…かな?ゲルド族にはまず間違いなくあてはまるし」

 

「あっ、しまった…ゴホン すみません、話が逸れました。あんなに嬉しそうなココナ姉様久しぶりに見ました。姉様からの贈り物、ちゃんと着けれくれていたのですね」

 

 そう言って彼女は簪を見つめる。

彼女は知っている、姉が朝早く起きてこっそりと村を抜け出す事を。

母様の御墓の前で泣いていた事を。

 

「…姉様は真面目な人です。父様の言いつけやプリコの我儘に文句ひとつ言った事がありません。時には言い出したい事だってある筈なのに」

 

 ドゥランも言っていた事だ。

幼くして母を亡くしている以上、どうしたって無理が生じるのは姉達を見てきているからわかる。

 

「カカリコ村の皆は優しいです。それでも姉様はその厚意に甘える事が苦手で、それを上手く汲んでくださるのはパーヤ様だけです」

 

 プリコが言いたいことが何となく見えてきた気がするリンク。

前まではパーヤが上手く支えてくれたが、今の彼女は族長。

彼女がやらないといけない事は山の様にあるのだろう、以前の様にココナの為に時間を割けるものでは無い。

 

「そんな姉様がリンク様と御一緒の時は本当に楽しそうに笑ってくれるんです。プリコが攫われた時も助けて下さったリンク様だからこそ信頼し、年が近いからこそ自然体でいられるのでしょう…。お願いです、また顔を見せに来てくれませんか?」

 

「勿論です、プリコさんも優しいんですね」

 

(ドゥランさん…お姉さん思いのいい妹じゃないですか。ココナさんもプリコさんも素敵な娘達ですよ)

 

「ありがとうございます。でも姉様の大切な人に靡くプリコではありません」

 

「リンク様、寝る準備が出来ました。プリコ、リンク様に失礼はありませんでしたか?」

 

 プリコとの約束を交わし終わった頃、ココナが帰って来た。

自分がいない間、何をしていたのか気になったのだろう。

 

「いいえ、プリコさんが気を利かせてくれたので色々と楽しむことが出来ました。サークサーク」

 

「それならばいいのですが…、リンク様は明日早いのですよね?そろそろお休みになられては如何でしょうか?」

 

「それもそうですね、お言葉に甘えさせて頂きます。ココナさん、プリコさん、サヴォール」

 

「お休みってことでしょうか!?それではサボール?です!」

 

「サ、サヴォール?」

 

「また明日、よろしくお願いします」

 

 明日にはカカリコ村を出なくてはいけない。

少しでも体力を回復する必要のあるリンクは深い微睡に落ちていった。

 

――

 



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第44話 厄災の爪痕は未だ深く

 翌日

 

「ふわぁ~、ドゥランさん、ココナさん…サヴォッタ」

 

「おはようございますリンク様。昨夜はよく眠れましたか?」

 

 それなりに早く起きる事も出来るようになって来たリンクであったが、2人ともそれ以上に早起きしていた。

もう1人に関しては名誉の為伏せて置く。

 

 朝食はゴーゴークリームスープと卵焼き、ハイラル米にヨロイカボチャの煮付けが用意されていた。

旅先ではケモノ肉などの油物が多い為調整してくれたのだろう。

 

 クリームスープの柔らかな味わいの中にゴーゴーニンジンの甘さが広がっている。

卵焼きは鶏卵の濃厚な美味さが濃縮されている、ココナの腕もだがコッコの卵を育てている人の情熱が感じ取れるようだ。

 

 ハイラル米を口に運ぶペースも上がるというものだ。

ヨロイカボチャ特有の堅さをガンバリバチの蜂蜜が柔らかくし、芳醇な香りで食欲をそそるのだ。

 

「ふぅ…、ご馳走様でした。とても美味しかったです。ココナさんは料理上手ですね」

 

「お粗末様でした。そう言って頂けて幸いです」

 

「ココナさんのレシピ、僕の家でも好評なんですよ。姉が大層喜んでいました」

 

 そう話すと彼女の表情が一段と明るくなる。

父であるドゥランでもそうそう見かけない喜びに満ちた表情だ。

 

「ありがとうございます。書いてみたはいいものの、内心ではドキドキが止まりませんでした」

 

「しかし…これだけ色々とお世話になって何も渡せないのはちょっと嫌ですね…。ちょっと待ってください」

 

 そう言って、リンクは自分の身に付けている服から装飾を外しココナに手渡す。

金属でできた、三日月のブローチだ。

素朴なカカリコ村の品とはまた違った趣がある。

 

「…綺麗…。あ、あのリンク様。本当によろしいんですか?」

 

 気持ちは嬉しいのだが、本当に貰っていいのかとおずおずと尋ねるココナ。

どことなく甘え慣れていないのが伝わって来てどちらが年上なのかわからなくなりそうだ。

 

「これは僕の我儘です。何度も泊めて貰い、食事までご馳走になるというのは、外で旅をする者にとってどれだけありがたい事なのか…身に染みるものでした。ですから受け取って下さい。何もしない状態で帰ったらそれこそ姉達に怒られちゃいますから」

 

「―嬉しいですリンク様。さ、サークサーク…」

 

 消え入りそうな声でゲルドの言葉で御礼を言うココナ。

頭を下げており、その表情はよく見えない。

 

「リンク様、そろそろ出発のお時間です。プリコ、そろそろ起きなさい。お客様を見送るのはせめてもの責務ですよ」

 

 その言葉に、勢いよく起き上がるプリコ。

どうやら朝早く起きるのは苦手の様だが、寝起きはいい方らしい。

 

その間にも出発の準備を整えてゆくリンク。

ココナも旅先でお腹も空くだろうと食べ物を準備しリンクに渡す。

 

外ではドラグが準備を整えて待っている。

昨日の時点でパーヤが手を回してくれたのだろう。

 

「もう行ってしまうのですね。また遊びに来てください。ココナ姉様やプリコとの約束です!」

 

「またいろいろ話したりしましょう。今度は一緒に馬にも乗ってみませんか?」

 

「いいんですか!?リンク様と一緒に乗れるのですね!良かったですね、姉様!」

 

「プ、プリコまで…もう。リンク様、私も一緒に乗ってみたいです。またの機会によろしくお願いいたします」

 

「ドゥランさん、ココナさん、プリコさん、お世話になりました」

 

 見送るドゥラン一家と別れの挨拶を交わした後、来た道を戻ってゆくリンク。

パーヤと話した通り、ハテノ村に行くにはカカリコ橋を渡り、東へと進まなければならない。

ここからまた、旅の続きだ。

気を引き締めていかねばと気合を入れるリンクであった。

 

――

 

 リンク達はカカリコ橋を渡り、東へと進んでゆく。

その先には苔や水草の生えた湿地帯、タモ沼が広がっていた。

ドラグも何度も泥濘に足を取られそうになりとても走りにくそうだ。

 

「大丈夫かな、ドラグ?知らない土地だ。ゆっくり行こう」

 

この土地にはハテノ村への侵攻を阻んだハテノ砦が聳え立っている。

ハテール地方の魔物達の攻撃を一手に引き受けた場所だ。

水の過剰な湿原でさえ、消しきれぬ戦火の跡がその過酷さを映し出す。

 

(でっかい砦だなぁ…。それでいてボロボロだ。燃えた痕跡や、砕き壊された箇所がこんな遠くからでも沢山ある…。パーヤ様が言っていた厄災、これ以上の被害なんて想像もしたくないよ)

 

 とりあえず一息つけようと打ち捨てられた小屋で休息をとる事にしたリンク。

これだけ足場の悪い土地だ、ドラグにも休息が必要だろう。

虚弱では無くなったとはいえ、頑健というにはほど遠い。

 

小屋の内部…いや壁も崩れ、天井も殆ど残っておらず人が住んでいた形跡を探す方が難しい有様であった。

 

(うわぁ…これじゃあ外で野宿と変わらないなぁ…。ん?何かあるぞ?)

 

リンクが見つけたもの、それは長い間小屋に取り残された古びた書物だった。

至る所が風化しており、文字が掠れている。

 

「うーん、表紙だけしか読めないなぁ…。ラ…ダ…の…宝?これ宝の地図!いや本だ!」

 

これは思わぬ収穫だ、宝があるのかどうかもわからないがこういうものには探すことにロマンがある。

そう言う楽しみ方もあったっていいはずである。

 

「うわぁ!本物なのかなぁ!?どんなお宝が眠っているんだろう!?」

 

知らない事や予想もしない事が起きるのが旅の常。

不安もあれば楽しみもあるだろう。

 

「いつか見つけてみたいなぁ!うわっとと悪い悪いドラグ。今はゆっくり休もうか」

 

昂る気持ちを抑え、休むように促すドラグ。

リンクだって慣れない土地を旅するのは流石に堪えるのだ、自覚は無いかも知れないが疲労は溜まっているとみていいだろう。

 

 崩れかけている小屋だったがそれでも何もないよりはましだ。

ココナが作ってくれた山菜のおにぎりとリンゴを食べながら体を休める。

勿論ドラグにもリンゴを忘れない。

馬でも食べられる携帯食料というのは旅においてありがたいものだ。

 

 食事も終え、体調を整えてから動き出すリンク達。

 

他には何かないかと見渡してみると、幾多の脚を持っている残骸が至る所に放置されているのが見えた。

水を汲む容器にも似た頭頂部に冷たさすら感じさせる不気味な眼、食器をひっくり返したような円状の下半身。

そんな特徴的なものが大量に打ち捨てられているのだ。

 

 中でも目を引いたのは、砦から少し離れた繁みの外れ。

何故かそこにだけ不自然な程に残骸が残っており、激しい戦闘があったと予想される。

しかしだ、その場所は妙に狭いのだ。

軍の様な集団とぶつかったのならこのような極端な密集はあり得ない。

そもそも守りの要である砦から態々出てきて、不利な場所で事を構えようなんてもっての外だろう。

 

「ドラグ、ちょっとだけ寄り道いいかな?あの場所を覗いてみたいんだ」

 

 ドラグを誘導し、残骸の山へと近づくリンク。

近くで見るとなお無機質でぞっとする残骸達、その近くは大地が砕け焼け焦げたように黒ずんでいる。

目の前の物体がやったのだろう。

調べてみると、部品の様なものがいくつか水たまりに浮かんでいた。

 

(何だろう、コレ…?わっ、軽い。金属とも違う感じだしどうやって作ったのかな…?)

 

 インパやパーヤの話から考えるに100年は過ぎている。

 

 雨曝しにもかかわらず、しっかりとした形状のまま摩耗すらないその様は、ある意味で技術者の憧れともいえよう。

手近にあるものを鞄の中に押し込んでゆくリンク。

それなりに量があったが軽い為それ程持ち運びには困らない。

 

「さて、寄り道はこれぐらいにしよう。ハテノ村まで行かないと」

 

 足場の問題から慎重に進んでゆくリンク達。

ハテノ砦を潜り抜けた辺りですっかりと日が暮れてしまった。

 

 この辺りには馬宿が無いので野宿になるだろう。

しかしである、リンクはまだこの場所について詳しくは知らない。

見知らぬ土地で魔物などを考えると野宿は賢明ではないのだ。

そんな時である。

 

「あっ、こんなところに小屋がある!今日はあの場所に泊まろう!」

 

 渡りに船とはこの事だ、丸太を組んで作り上げた小屋があったのである。

この辺りを旅する人達も野宿はしたくなかったのだろう、考える事は案外似ているのかも知れない。

良く見てみると、窓から明かりが漏れている。

誰かが利用しているようだ。

 

「誰かいるみたいだ。お願いして泊めて貰おう」

 

 ドラグを近くに待機させ、ドアをノックする。

しばらくするとメガネを付けた老人が出迎える。

 

「おや、こんな夜更けに1人かい?お嬢ちゃん」

 

 老人は突然の来訪、それも幾ばくも無い齢であろう少女に驚いているようだ。

 

「とにかく小屋に上がりなさい、今からでは集落までは帰れそうもない。ここで泊まってゆくといい。私の名はカリーユという考古学者だ」

 

 夜更けに小屋に訪れる理由など殆どない。

ましてやここら一帯に集落などの夜を明かせる場所は無いのだ。

大凡の理由を察した彼はリンクを迎え入れた。

 

「サークサーク。カリーユさん。私はリンクといいます。一晩お世話になります」

 

 良かった、これで野宿だけは避けられる。

ほっと胸を撫で下ろすリンクだった。

 

「カリーユさんではなくて できれば その… カリーユ先生と呼んでくれ。この小屋はみんなのものだ、遠慮はいらないよ。外は物騒だからね、ベッドがあるからゆっくりと眠るといい」

 

 そう言って、彼は空いているベッドの方を指さす。

1つしかないが大丈夫なのだろうか。

 

「ありがとうございます、助かりました。でもいいんですか?カリーユ先生の寝る場所は…」

 

「先生…カリーユさんではなくてカリーユ先生と… 心配はいらないよ、私はここで調べ物をしているとそのまま寝てしまうからね。ベッドを使わないんだよ」

 

 リンクの心配を笑って返すカリーユ。

どうやら先生と呼ばれたことが相当嬉しかったらしい。

快くベッドを使うと良いと提案してくれた。

 

 これが学者という人種なのだろうか。

寝食を忘れ研究に没頭する事が多いのだろう。

 

「いいですよね、古代のお宝とか」

 

「ほう、お嬢ちゃんにも男のロマンが解るんだね。先人達が残した謎、財宝、技術いずれも素晴らしいものだ」

 

「少しだけですけどね」

 

 ついさっき興味が沸いたのだ、その道の人の情熱と比べれば小さな熱かも知れない。

そんな感じで当たり障りのない返答にとどめるリンク。

 

「それでいいんだよ。最初は誰でもそんなものさ。私は呪われた石像について調べているんだ」

 

 それをしっかりと受け入れてくれるカリーユであった。

初心の大切さを身に染みているのだろう。

 

「呪われた石像ですか?」

 

「ああ、ここから北東に位置する場所に墓地があってね。そこにはこんな言い伝えがあるんだ。(呪われし石像 闇の光が宿るとき その眼を貫け さすれば封印されし試練は 解き放たれる)。私の入念な調査の結果、古文書がこの場所を指している事が判明したんだ」

 

「封印された試練ですか!?面白そう!ワクワクします!」

 

「だろう?私はこれを解明するために朝は墓地に向かい。夜はこうして研究しているのさ。だけどそこからが全然進展が無くてね。手詰まり状態なんだよ」

 

「そうなんですか…。そう言えばここに来るまでの途中に小屋がありましてね。そこに宝の書かれた本が置いてあったんですよ。何か手掛かりになるかも知れません」

 

「それは本当かい!?日が昇ったら見に行ってみるよ。いやあ思わぬところに手掛かりは転がっているもんだなぁ!っといけないいけない、つい熱が籠ってしまってね。夜も遅いし、ゆっくりと休むといいよ」

 

「あ、はい。それでは失礼します」

 

 カリーユの厚意に甘え、就寝する事にしたリンク。

疲れはある筈だが、少し興奮していたのか寝付きの悪い夜となった。

 

――

 



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第45話 ガンバリバッタはもう1つの厄災

 翌朝

 

「うーん、良く寝たなぁー」

 

 いつもよりやや遅めの起床になってしまった。

ロマンにのめり込むのも結構だが、生活に支障が出ては問題だなぁと思うリンクであった。

既にカリーユの姿は無い、恐らく小屋へ調査に向かったのだろう。

その熱意と体力には感服するばかりだ。

 

「サヴォッタ、ドラグ!今日も一日お願いな!」

 

出発前にリンゴを食べさせ、ハテノ砦から先に進むリンク。

ここから先は整備された道で足を取られたりすることも無く快調に進んでいった。

 

――

 

 すっかりと辺りは暗くなり、これ以上は移動が不可能かと思われた時にわずかだが明かりが見えた。

それを目指し、歩を進めてゆくと次第に強く、明るくなってゆく。

くっきりと窓から漏れる明かりだと確認できる頃には、パーヤから伝えられたハテノ村であるという事が解った。

 

「だ… 誰だっ!? こんな時間に 怪しすぎるぞ!」

 

「あ、夜分にすみません。私はリンクというものです。カカリコ村の長、パーヤ様からこちらのプルア様に会いに行って欲しいと言われまして」

 

「ん?もしかしてハイリア人か?ハイリア人に悪いやつはそういねえ、疑ってすまなかった。そうなのか…あの人の所とは可哀想に…。俺はタデというんだ。もう遅いし朝に向かった方がいいだろうな。だいたいのモンなら よろず屋でそろうだろうし 宿屋なら奥にあるからよ」

 

 ハイリア人と認識し謝罪するタデ。

実際に変装していてハイリア人ではないリンクは申し訳ない気持ちになった。

 

 そう考えている内に、宿屋を指さすタデ。

宿名は「トンプー亭」というらしい。

それ以上に気になる言葉が出てきたが、そちらに関しては口を固く閉ざしてしまいより不安を煽る。

 

「お気遣いいただきありがとうございます。トンプー亭に宿泊したいと思います」

 

「それがいいお嬢ちゃん。夜分は物騒だからな、馬に乗っているとはいえあまり出歩かないほうがいいぞ」

 

――

 

 宿屋トンプー亭

 

 彼に紹介された宿へと足を運ぶリンク。

夜でも燭台に明かりがともっている為、探すのには苦労はしなかった。

 そんなことよりも燭台の炎が青く燃え盛っていた事が彼を驚かせる。

 

 自分の知らない世界の広さを改めて実感するリンクであった。

 

「ハテノ村の宿 トンプー亭へようこそ。本日はどのような御用件でしょうか?」

 

 看板娘である、ツキミが笑顔で応接する。

素朴ながらも美人の部類に入るだろう容姿、見た目の年齢はオルイルぐらいであろうか。

 

 実は彼女はガンバリバッタの事件以降、男性恐怖症になっている。

器量良しな彼女は言い寄られる事が多く、それをあしらう為にガンバリバッタに囲まれて暮らすのが夢と言ってしまったのだ。

勿論、ツキミにそんな趣味は無い、大抵の女性は虫は嫌いであろう。

 

 恋は盲目とはよく言った物で、マンサクという男がプレゼントとして100匹にも上るそれを渡したのだ。

まさに地獄絵図、トラウマにもなるだろう。

悲鳴を上げてバッタの入った箱を投げ捨ててしまったツキミ。

更なる厄災の始まりだ。

 

 ただ嫌なだけならまだ良かった。

よりにもよってハテノ村でバッタである。

 

 ハテノ村は米作りも盛んなのだ。

田んぼにバッタの軍勢―考えうる最悪の組み合わせと言っていい。

比較的虫に耐性のある者でもこの村でバッタは忌み嫌われると捉えて構わないだろう。

稲という稲を徹底的に食い散らかしてしまうからだ。

 

 戦いは数、それは人と虫の間でも成り立つ。

個々の強さは村人の方が強いかも知れない。

だがバッタの圧倒的な数にはあまりにも無力だろう。

増える、増える、増える。

あれ程小さな昆虫を一匹残らず殲滅しきれるだろうか?それも稲を守りながらだ。

稲まで全滅させてしまっては元も子もない。

ハイラル米を喰らい尽くすまでバッタの侵攻は終わらない。

 

 自分達の生命線である食料に甚大な被害が出てしまった。

流石にこれ程問題が大きくなってしまっては笑って許せる範囲を優に超えている。

言い寄る男性をあしらう為の言葉がとんでもない災いを運んできた。

 

 この一件以降、ツキミはバッタと男性が怖くなってしまったのだ。

その為、女装していたのはリンクにとっても彼女にとっても幸運だったかもしれない。

 

「朝までの宿泊をお願いします」

 

「ありがとうございます。ふつうのベッドなら20ルピー、ふかふかのベッドなら40ルピーになります」

 

「ふつうのベッドでお願いします」

 

 ふかふかのベッドは以前カラカラバザールで利用した。

ならばここは普通のベッドも利用して違いを堪能してみるのもありだろう。

それに貨幣は旅の命綱にもなりうる。

特に必要とされない時は出費を抑えるのも大切だと学んだリンクであった。

 

 翌朝

 

「おはようございます。昨夜は良くお眠りになられましたか?」

 

 ツキミの挨拶で目を覚ますリンク。

疲れもしっかりとれて準備万端だ。

 

「おはようございます、今日はいい天気ですね」

 

 日が昇り明るくなったからよくわかる。

どことなく落ち着く穏やかな感じはカカリコ村によく似ている。

違いがあるとすれば、大規模な田んぼや酪農がおこなわれている所か。

 

 大厄災の後、各種族が生き残る事に必死であった。

そんな中でもこの村は厄災の被害が少なく、食いつないでいくだけの余力があったのだ。

故に、幾らかは彼らに食料を渡せるだけの設備を作り上げたのではないかと考えられる。

そうでなくとも、生命線である食料を軽んじる事はあり得ないだろう。

 

「お世話になりました、またの機会によろしくお願いします」

 

「ありがとうございます。またのお越しを」

 

 トンプー亭を後にしたリンク。

目指すはハテノ村の奥に存在するという、ハテノ古代研究所である。

 

 ハテノ村は少し傾斜のある場所に作られており、奥という事は上を目指していけば良い。

ドラグに跨り頂上を目指し進んでいく。

 

 少しずつ目的地に近づき、研究所の姿が露わになる。

 

(…うわぁ…。凄い場所だ…)

 

 研究所と書いたがその姿は異質であった。

先程ハテノ村は農業が盛んな事は触れたと思う。

この研究所は農業を行うのに必要なサイロを無理やり改造し、釜土を作り、望遠鏡を置いたりやりたい放題。

極めつけは雨漏りなど知った事ではないと言わんばかりに、岩のような何かが天井を突き壊すように貫かれている点だ。

その姿は頭に突貫のつく研究所といったものだろう。

 

 入り口の前に付いたリンク。

鬼が出るか蛇が出るか、思いっきり深呼吸した後、勢いよく扉を開いた。

 ハテノ古代研究所

 

 扉の先では、シーカー族特有の白い髪の少女と老人が書物を読んでいた。

難しそうな専門的な事が書かれている書類に専門書。

間違いなく古代遺物を研究する場所なのだろう。

書類や書物が床に散乱している所と丁寧に整頓されている場所がある。

2人の性格の違いというべきだろう。

 

 リンクは散乱している所に立っている少女に話しかけた。

大体姉達と同じくらいの年頃だろうか、プリコ辺りとも近いように思える。

 

「失礼します。私はカカリコ村の長、パーヤ様から頼まれてこちらへ足を運んだリンクです。あなたがハテノ古代研究所の所長、プルア様でしょうか」

 

 インパの姉に当たるプルアと考えて話をするリンク。

どちらもあまり該当しそうにはないが、余程の変人である事はなんとなくわかる。

それこそ自分の変装程度で満足する相手ではあるまい…そうあたりを付けて話してみたのだ。

 

「チェッキ―!凄い凄い!良く分かったね!アタシがハテノ古代研究所の所長プルアでーす!どう?驚いた?驚いた?チェキチェキ♪」

 

 跳びあがり両頬を指で付くプルア。

これが…あのインパ様の姉…。

妹とは似ても似つかない性格だ。

どうしてもこんなに違うのだろう。

 

「えーと、女性と聞いていたのでなんとなくです…」

 

「堅い堅ーい!あなたはまだまだ若いんだからもっとリラックス、リラックス♪」

 

「チェ、チェッキ―!」

 

 思いっきり叫んでみるリンク。

振り返ってみれば護衛の仕事に着いてからこんな風にはしゃぐことなんて殆どなかった。

偶には悪くはないだろう。

 

「ふむふむ、こちらのリンクは中々ノリが良い…メモメモ。よろしくね、リンク2号!」

 

「2、2号?」

 

「そ!アタシの知ってる。リンクは貴方で2人目!だからわかる様に違う名前にしないと!おんなじだとわかんないでしょ?」

 

 リンクと言えば目の前の彼女だけではない。

厄災ガノンを倒し、ゼルダ様を救った英傑のリーダー。

退魔の剣を持つ剣士、リンクもいるのだ。

 

 だが普通は2号と言われれば誰だってあまりいい顔はしないだろう。

 

「所長、流石にそれはあまりにも礼を失するものですよ…」

 

 しかし、それはどうかと思ったのか助手が助け船を出す。

人に製造品のようなあだ名をつけられるのはあまりに不憫だ。

 

「むぅー、シモンのケチ。ま、いいや。リンク君、君は100年前の厄災についてどれだけ知ってる?」

 

「それほど詳しい訳では…、リンク様とゼルダ様が諸事情により、100年後に打ち倒したとしか」

 

「そっかそっか、簡単に説明するね。アタシ達はゼルダ様達と共に厄災ガノンを封印する為色々と動いていたの。アタシの場合は古代兵器達を使いこなせる様調整する事が役目」

 

 古代兵器、色々と話には出てきたが詳しくは知らない。

どんなことがあったのか興味津々のリンクであった。

 

「古代兵器は大きく分けて2つに分けられるの。1つは英傑達の乗りこなす大型兵器、神獣。アナタ達ゲルド族で言うところの神獣ヴァ・ナボリスがそれに当たる。もう1つは小型兵器の軍団、通称ガーディアン。ここまでくる間にあった砦のあたりにその残骸がいっぱいあったと思うの、アレのことヨ」

 

「あ、もしかしてコレとかで出来てるんですかね?」

 

 そうゴソゴソとポーチの中から拾ってきた部品を出す。

 

「おー!それそれ、それは古代のネジ。古代技術で作られた貴重なシロモノなの!おっといけないいけない、話が逸れてる…私達は厄災復活に備え準備を整えて来たワ。英傑達が使いこなせる様神獣を調整し、ハイラルを守りガノンを数で制圧するガーディアンを大量に配置して…。万全を期したと思ってた、少なくともあの日までは…」

 

 そう言って意外にも俯くプルア。

思い出したくもない、予想外の事があったという事か。

 

「あの日の事は1日たりとも忘れたことは無い。神獣が、ガーディアンが私達を襲い始めたの。厄災にガノンに奪われるなんて―」

 

 プルアの小さな手が拳を固く握り、震えている。

自分達の努力も希望も最悪の形で裏切られる結末であった。

民を国を仲間達の命すら散らしてしまったのだから。

 

「あの古代遺物達の調整はね。ハイラルの王女、ゼルダ姫も精力的に協力していたワ。私でもとても辛かったけれど、恐らく、それ比ではない程苦しめる結果になってしまった―」

 

 よりにもよって厄災の大殺戮の片棒を担ぐ形になってしまったのだ。

その罪の意識は想像を絶するはずだ、それを姫様にも背負わせてしまった事を相当悔いている。

 

「ハイラルの姫には代々特別な役目があった。それは封印の力によってガノンを押さえつけるというもの。でも姫様はそれに目覚めることが出来なかった。先代の姫である母親が早逝してしまい、身に付ける為の方法が解らなくなってしまったからね」

 

 ハイラル王家にとって最大の不幸は、封印の力が失伝してしまった事。

先代のゼルダ姫からだけでなく、宝物庫にしまわれていた封印の力の身に付け方を記した書物が失われてしまったのだから。

 



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第46話 シーカーストーン、ゲットだぜ!

 これは話が長くなりそうだ、そう察したのか助手のシモンがフレッシュミルクを温めて持って来てくれた。

立ち話もなんでしょうと2人に椅子に座る様に促す。

細かい気配り、恐らくこの整頓された狭い場所が彼の作業場が彼の持ち場なのだろう。

散乱している方は…今更言うまでもあるまい。

 

「ほいほーい、アリガトね、シモン。さてと…その為ゼルダ姫は散々陰口を言われていたワ。責を果たせぬ無才の姫とか言ってね。沢山の人の命が懸かっているだけに誰もかれもが黙っている訳にもいかなかったって言うのもあるのだけれど。ゼルダ姫は優しかった、それでいてまじめ過ぎた。雪山であるラネールの泉などでずぶ濡れになりながら祈りを捧げ倒れる事もあったワ。それでも力に目覚める事は叶わず、それならばせめてと古代遺物の研究にだって私達研究員にも負けないぐらい精力的に取り組んでくれたのヨ。私だって元は王立研究所の職員の端くれ、それがどれだけ大変な事なのかはわかる」

 

 その意見にはリンクも頷き、同意する。

 

 当時のハイラルは今とは比べ物にならない程、栄華を極め発展していたという。

研究の内容や資料の量だってこの研究所とは比べ物にならないだろう。

それを専門家並み、それも王立の物となればいかにゼルダ姫が精力的であったかがよくわかる。

 

「ゼルダ姫はあの大災厄で色々なものを失い過ぎた。ともに戦う英傑達は神獣の中でガノンが放った刺客に討たれた。特に母親の様に慕っていたゲルドの族長、ウルボザの死は相当堪えた筈。民を守る兵士達は民もろとも自身の調整したガーディアン達に焼き払われ、父である王様も失いハイラル王国は崩壊した」

 

 辛かっただろう。

陰口や暴言に耐えどれだけ努力しても封印の力には目覚めることが出来ず、せめてできる事は始めた古代遺物の研究は国を崩壊させ、民を、仲間を、親を殺してしまった。

 

「それでも僅かながらに救いもあった。英傑のリーダーであるリンクは辛うじて命を取り留め、ゼルダ姫が封印の力に目覚め、厄災ガノンを100年もの間封じ込めたワ。その間アタシはリンクを回生の祠へと運び治療を施したの。そして100年経ち治療を終えたリンクとゼルダ姫が厄災ガノンを倒したってワケ」

 

 大凡の事はわかった。

100年ほど前の事をこれほど正確に知っている者は片手で数えるほどだろう。

それこそ厄災討伐において重要な役目を担った者ぐらいの筈だ。

 

「そんなことがあったのですね…そうだ、こちらパーヤ様から預かっていた書状です」

 

思い出したように取り出し渡すリンク。

 

「おー!サンキュサンキュ♪フムフム…なるほどなるほど…よし!キミにコレをあげよう」

 

「プルア様、これは?」

 

そう言って彼女が手渡したのは長方形の板―シーカーストーンであった。

 

「ええっ!?それあげちゃうんですか!?」

 

助手であるシモンと呼ばれた男性が驚きの声を上げる。

これは古代シーカー族の技術を出来る範囲で落とし込んだプルア特性の代物である。

 

「もっちろん♪元々試作品だったしネ。道具は使う為にあるのヨ」

 

「そんな簡単にあげる物の為に、私は始まりの大地まで渡ったんですか…」

 

「むぅ~、いいでしょシモン!独自で作り上げたシーカーストーンにアイテムがちゃんと入った時点で役目は終えたヨ!」

 

ぷりぷりとプルアが足を踏み変えながら答え。

シモンが遠い目をしている。

 

 彼の言い分も当然だ、何日もかけて危険の多い外を移動し、始まりの大地でアイテムを引き出す研究をしたのだ。

崖を登り、魔物に追われ、雪山で遭難しかけまさに命懸けの長旅であった。

それをあんなあっさりあげるなんて言われたら辛いものがあるだろう。

 

「い、いいんですか?何だかシモンさんに申し訳ないんですが…」

 

「気にしない、気にしない♪チェキチェキ♪」

 

「お気になさらないでください、所長は言い出したら聞かないですから―」

 

 どこか諦めたような目をしているシモンに内心で謝りながら受け取るリンク。

プルアからシーカーストーンの使い方の説明を受ける。

 

「とりあえず、シーカーストーンの中身について説明するネ♪まずはマグネキャッチ。これは金属製の物を思い通りに操作できる代物なの。それこそ重くて動かせないような扉や、手の届かない場所まで動かす事だって可能ヨ。とはいえ村全部を持ち上げたり、ここからリトの村まで飛ばしたりとかまでは出来ないから気を付けるのヨ」

 

 プルアから説明を受け、シモンがあらかじめ纏めておいてくれたメモを渡す。

ありがたいことだ、使い方もわからない道具をぶっつけで使うのは危険も多いからだ。

 

「続いて、アイスメーカー。これは水のある場所で使うことが出来るの。氷でできたキューブを出せるから、川や海なんかを渡る時にも便利かもね。そうそう、このキューブは手足で登ることが出来るからあらかじめ避難用とかにもできるからネ。…ただし!古代エネルギーで作られた氷だから同じ古代エネルギーには弱いの、そこだけは気を付けてネ♪」

 

 次から次へと出てくる説明、厄災の話だけで精一杯だ。

シモンさんから解説のメモを頂けて良かった。

そう思いながら、リンクは改めてメモを読み返すことを決心する。

 

「リモコンバクダンは丸形の物と、四角型の物があるの。丸いものは転がす時に便利だし、四角の物は反対に転がしたくない時に重宝すると思う。実は意外と軽いから、風に乗せると浮かんじゃうからネ」

 

 言うまでもないけどこれはバクダン。

取り扱いにはご注意をと付け加えるプルア。

 

「最後にビタロック、これは対象を数秒の間止めることが出来るの。それだけじゃないワ、何と止まっている間に衝撃を与えてゆくと解除された時に一気に力が上乗せされる。それこそ重すぎて動かせない岩なんかだってドーン!って飛んでっちゃうんだから!」

 

 エヘンと胸を張るプルア。

その態度も納得の脅威の技術力だ。

こんな小さな板にこれだけの機能が搭載されているなんてと感動するリンクであった。

 

「さてと…本題に入るね。リンク君、君にはこれから先過酷な試練が訪れると思う。望む、望まぬに関係なくネ!インパから話は聞いているヨ、仲間を助けてくれたんだって。だからこれはそのお礼、身を守ったり襲いかかって来る敵を打ち破る切っ掛けにだってなるかも知れない」

 

 突拍子も無い事を言ったり、奇抜な動きが目を引くが、本題やその前の機能の説明に入った時の彼女はまともだった。

性能は勿論の事、肌身離さずに持ち運べることや使用回数の制限もないと考えると必要不可欠なものになるだろう。

 

「最悪のケースとして、厄災ガノンが復活して対抗できる者は片手で数えるぐらいしかいない。でも天才剣士クン1人じゃハイラル全てをカバーする事は不可能ヨ!そこで君が彼の手が届かない所をサポートして欲しいの、勿論地方に住んでいる戦士達と協力することが前提になるけどね」

 

 厄災ガノンを退けた英傑のリーダーと言えど、彼はハイリア人だ。

同時に複数の場所に現れて魔物を倒すことはできないし、ガノンと対峙しながら他まで手が回るとも思えない。

 

「プルア様、どうして私なのでしょうか?見てのとおりまだまだ子供、とても英傑様と肩を並べられるとは思えないのですが…」

 

「ねえ、リンク君?どうしてカカリコ村であの子は襲われたの?」

 

「えっ、それは…言えません」

 

リンクは言葉を濁す。

 

 もし真相を知られてしまえば、彼らは村からも追い出されることになるだろう。

それはリンクも望むことではないし、村の外を彷徨う事にでもなればあの時の刺客達の格好の的になってしまうだろう。

それだけは絶対に認めたくない。

 

「うんうん、君は優しいね。君が伏せた内容は知っているからあえて言うけど、それならあのタイミングだったのは何故?武術に優れる君が態々訪れるタイミングは果たして適切なのかな?」

 

「それは…」

 

「あの事件はついでの様な物、メインとなる要素を引き出すための手段の様なものだったと考えるのが自然ネ」

 

「ついでって何ですか!命ってそんな軽い物なんですか!?」

 

そのあまりないいように声を荒げるリンク。

流石にこれは看過できない。

 

「君の言う事はわかるよ、命はそんな軽いモノじゃない。アタシにだってあの時の大虐殺が今でも瞼の裏から離れないもの。だからこそ彼らの求めたソレはとんでもなく重要って裏付けともとれるの」

 

 リンクの言った内容をまっすぐ受け入れるプルア。

彼女とてあの大厄災を生き延びた強者、犠牲になった人を何人も見て来たのだろう。

そのストレートな受け取り方に気を抜かれたようなリンクがいた。

 

「普段のカカリコ村との決定的な違いは君、ホントにひどいこと考えるよね。君の力を知る為、狙う為に周りの命すら脅かすなんて…だからこそ君はとっても強くならなきゃいけない。自分を守る為に、そして周りも守る為に」

 

 じっと見つめながら話をするプルア。

彼女なりに考えてこの板を託したようだ。

 



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第47話 リンクの家 魂と共に

「さて、真面目な話はこれで終わり!さっき分かったけどリンク2号だとちょっと長くて言いにくいなぁ~。とは言え同じままではわかりにくい…ウーム、どうやって呼ぼうかな?」

 

 ジャンプした後、人差し指で頬を指す仕草をするプルア。

変わった後の内容は打って変わって緊張感のない物だった。

リンク2号だって自分で決めたのに…自由な人だと思うリンクだった。

 

「う~ん、アタシの名前から一文字欲しいかなぁ~。リンクア?なんか違う…プリンク?お腹すきそう…リンクル…うんこれが無難かな?」

 

 リンクル…あだ名としては悪くない。

 

「すみません、リンクさん。所長本当に振り回すお人でして」

 

 見た目と言動から、もはやシモンはプルアの保護者にしか見えない。

ただし実際の年齢はシモンよりもさらに高齢で立場も上だというのだから手に負えない。

 

「シモンさん、ハテノ村でミルクを奢りますよ…。お疲れ様です」

 

「えー!?あたしにもチョーダイ!」

 

 あまりの不憫さにシモンを気遣う為に一杯奢ろうと提案するリンク。

この様子では相当苦労しているだろう。

お気持ちだけ受け取っておきますと答える彼はどことなく手慣れた風格が漂い、哀愁が漂う。

ちょっとかわいそうになって来たリンクであった。

 

「さてリンクル。君にいいものを見せてあげよう。あちらをご覧ください」

 

 そう言ってプルアが手で注目するように促す。

そちらにはサイロの天井を貫通する様に差し込まれた岩と台座が安置してある。

 

「あれはね、勇導石と言ってシーカーストーンの力を引き出したり、反対にシーカーストーンに反応して様々な機能を発揮する代物なの。この研究所の入り口に青い炎の灯った竈があったでしょ?あれが動力の古代エネルギー。まずはシーカーストーンをかざしてみて?」

 

 そう言われて、その板をかざすリンク。

すると板の方から無機質な声が響き、天井の岩にシーカー族の模様が青く灯る。

 

―シーカーストーンに地図情報の不足を確認

収集された地理データを登録します

 

 鍾乳石を思わせる先端に青白い文字が流れ込み集まる。

それが雫のような形でシーカーストーンへと零れ落ちた。

 

「これで良し…と。リンクル君、君のシーカーストーンに地図情報と現在位置が登録されたヨ。これで迷子の心配はダイジョーブ!…砂嵐とかだと無理だけど」

 

 …本当に便利な代物だ。

今後はこれ無しでの旅が出来るのだろうか?

ちょっと便利すぎて不安にもなるリンクであった。

 

「あ、そうそう。リンクル君、ちょっと頼まれてくれないカナ?」

 

「何でしょうか?プルア様」

 

「帰り道にね、この手紙をハテノ村の片隅にある家に届けて欲しいの。私のこの姿は子供達の格好の的になって何かと不便で…」

 

 そう言って、真面目な方の顔で手渡して来る。

こちらは重要な内容らしい。

確かにプルアの格好は奇抜で目を引く、特に背中にある奇妙な鞄から縦笛が伸びているのが気になって仕方ない。

 

「あのそれでしたら私が届けますよ?」

 

「ダ~メ。シモンは散乱した書類の整理ヨ。厄災が復活する前に少しでも準備を整えないと。あー、留守だったら机の上にでも置いといて。家を空ける事も多いから」

 

「すみません、リンクさん。プルア様が届けて欲しいといった家の場所をシーカーストーンに登録します。どうか送り届けては貰えませんか?」

 

 本当に、シモンは怒ってもいいと思う。

プルアの人使いの荒さは相当だ。

そう思うリンクであった。

 

「わかりました、それではそろそろ失礼しますね」

 

「じゃあねー!チェッキ―!」

 

 指で両頬を指す例のポーズで見送るプルア。

何というか色々とパワフルで振り回す人かなと思ったリンクであった。

 

――

 

(うーん、どうやらこっちの方に進んでいけば良さそうだ。便利便利…痛てっ)

 

 ハテノ古代研究所を出て、ドラグに跨り慣れない手つきでシーカーストーンの地図を調べるリンク。

画面を注視するあまり、リンゴの木の枝にぶつかった。

どのあたりにいるのか知ることが出来るのは便利だ、しかし周りには注意する事も大切なのだと思い知るリンクであった。

 

 それからは立ち止まってから確認をし、目的の家へと辿り着く。

橋を渡り、村の片隅にひっそりと佇んでいる家がプルアの指定した場所の様だ。

 

(何だろう?ハテノ村も和でどちらかというと静かな場所だったけど、この家は特に静かだ。ちょっと寂しく感じる…)

 

 意を決して扉を開けるリンク。

 

「ごめんくださーい!ハテノ古代研究所のプルアさんから手紙を預かってまーす!」

 

 家主に聞こえる様大きめの声で来客を知らせるリンク。

しかし、家の中からは返事が無い。

どうやら留守の様だ。

 

 プルアに言われたように、家に上がるリンク。

内部は簡素乍らしっかりとした造りになっている。

綺麗に整頓された…というより寂しい雰囲気を漂わせる。

どことなく生活感のない印象を受けた。

棚の中身は空っぽで食器はあれど、若干埃が積もっている。

殆ど使われていないようだ。

 

「えーっと、机はっと…ここだな、真ん中においておけば流石にわかるだろう」

 

 頼まれ事を終えたリンク。

改めて家の中を見渡す、一言でいうのならば異質である。

特に気になったのが壁の額だ。

 

 そこには様々な武器が掛けられており、家というよりは武器庫の方がしっくりくるだろう。

兵士として、武器に慣れ親しんだリンクにはわかる。

掛けられている武器の全てが上質なもので、今の自分の持っている物とは比較にならない業物であるという事が。

 

(凄い武器ばかりだ…。集めるのが好きなのかな?ん?これは…ルージュ様のナイフと盾!?)

 

 始めはコレクターの類なのかと考えたリンク。

しかし、ゲルド族特有の湾曲したナイフと円形の盾を見てその考えを改める。

そこにはルージュの剣と盾が飾られていたからだ。

ゲルド族の長が代々愛用してきた由緒正しい代物で宝飾品としても特級物だ。

 

 それこそゲルドの王だけが身に付ける事の許される武器だ、集められる様な物では断じてない。

よくよく見ると、ルージュの物よりも少しだけ大きいか?

使い手に合わせて微調整されている特製なのだろう。

 

 近くにある他の物も特製品だと直ぐにわかる。

見るからに力強い大型の強弓、どうやって振り回すのかわからない程巨大な石造りの剣、流れる様な美しい装飾の洗練された槍。

どれもこれもまずお目にかかる事の出来ない傑作だ。

全ての武器にはめ込まれた宝石が光り輝いている。

 

(…もしかして、この家って…リンク様の―)

 

 ルージュと同じ武器を持っている家主。

それは恐らく英傑様とプルア達とゆかりのある人物だろう。

先程まで話していた厄災の話を思い出す。

 

(そう…だよね…。仲間達の形見だもん…。ぞんざいになんて扱えるわけないよ…)

 

 共に厄災と戦い、散っていった仲間達。

それこそ勝手に踏み込んでいい領域ではないだろう。

本人達にしかわからない、わかってはいけない気持ちがあるのだろう。

 

「いつか…会ってみたいです。英傑様のリーダーにして、僕の名の由来になった恩人なんですから」

 

 出る時に一礼をしてから去るリンク。

一言では言い表せない感情に満ち溢れる訪れであった。

 

――

 

 同時刻 ゲルドの街

 

「よっし、スルバにも手伝ってもらったしこれなら大丈夫!だよな?」

 

 フェイパが珍しく手紙を書いている、あまり筆まめな方ではない彼女だが今回は問題はないだろう。

 

「アンタが考えを纏めたいからって頼んできた時は何事かと思ったけど、どういう風の吹き回し?」

 

「アタイだってアイシャさんにお礼がしたいんだよ。この考えが上手くいけばアタイ達のアレだってスッゲエ事になるのは伝わっただろ?」

 

 どうやら宝飾職人であるアイシャの力になりたいようだ。

添削したスルバもまったくもってわからないものでは無いと感じたのか僅かに頷く。

 

「それじゃ行ってくるわ。元々モデル仕事のおまけだ。駄目元、渡してみるさ」

 

 宝飾店 Star Memories

 

「おや、フェイパちゃん。サヴァーク」

 

「マッカラさん!サヴァーク!」

 

 宝飾店では店長であるアイシャでは無くマッカラが出迎える。

アイシャには今日来ると打ち合わせをしていた筈だが。

 

「あの、マッカラさん。アイシャさんは?」

 

「店長ね、今さっき寝ちゃったのよ」

 

「え!?今ですか!?昼なんですけど」

 

「宝飾用の宝石をカットしたのよ。とっても神経の使うから眠ったを言うよりは気を失ったって言う方がしっくり来るかしら」

 

「気を失ったってそれって大丈夫なんですか!?」

 

「いつもの事だし大丈夫よ。宝石をカットするって事は砕く事、貴重なものである以上いい加減な仕事は出来ないわ」

 

 アイシャは宝石を見事にカッティングする為に何日も徹夜して調査をする。

この世に二つとないオーダーメイドだ、半端な事は許されない。

 

「貴方の話は聞いているわ、報酬はこっちで調整しておいた宝飾はこちらよ」

 

 アイシャはマッカラに報酬のルピーと調整済みの物を渡しておいたようだ。

自身が話し合いに参加できない事も予想していたのだろう。

 

「サークサーク。それでその…起きてからでいいのでコレ渡してもらえますか?」

 

「何?これは、手紙…かしら?」

 

「えーっと、アタイ。助けてくれたアイシャさんにお礼がしたくて…自分で考えてみたんです。手紙は苦手だからスルバにも手伝って貰ったんですけどね。宝石を扱うアイシャさんならきっとできると思って」

 

「へぇー、アタシも見てもいいかしら?宝石関係ならちょっと興味あるもの」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

 フェイパの了承を得てから書いてある内容を読み込む。

マッカラとて宝石関係の仕事に就いているのだ、どんなことを考えたのか気になったのだろう。

興味を引いたのか食いつくように読み込んでいく。

 

「…これは…凄い発想ね。でも出来そうな改良でもある。店長起こそうかしら?絶対食いつくはずよ」

 

「疲れているのなら、そっとしてあげて下さい…」

 

「ふふっ、冗談よ。ねえフェイパちゃん。宝石にはね、魂が宿るの、心と言い変える事も出来るわ。私達ゲルド族にとって魂は特別なもの。1つは作った人の魂、2つは使っている人の魂、3つ目はかつて使っていた人の魂。離れていてもずっと心は一緒なの」

 

 そう言えば聞いた事がある、かつてゲルド族の人達は砂漠の果てに魂の神殿を作り女神を崇めていたと。

 

「―ロマンチックで素敵…ですね」

 

 うっとりと雰囲気に酔うフェイパ。

 

 自分もいつか、恋をして素敵なヴォーイに出会うのだ。

リンクみたいに強くて、スルバみたいに優しい人がいいな。

でもそれ以上に2人の事も大切にしてくれたら嬉しい。

 

「私もそんな素敵なヴォーイに出逢いたいわ。きっと店長も同じな筈―おっといけないいけない」

 

 …今聞いてはいけない事を聞いてしまった気がする。

気のせいだ、きっとそう。

アイシャさんは45近い筈、エステプランに通う理由って…

 

「さて、これはちゃんと伝えておくわ。フェイパちゃんも着替えてみなさい。次会うときは踊りやすさや見栄えなんかも纏めて報告してくれる?」

 

「あ、ハイ。更衣室借ります」

 

 更衣室で着替えるフェイパ。

 

 ゲルドの街では数少ないスカートに散りばめられた宝石が輝く。

そのスカートも複雑に構成されており、明らかに踊る事を意識して織り込まれている。

 

「やっぱりアイシャさんの物が一番ですね!着こなすだけならほかの店の物も素敵だけど…踊る事も想定された衣装はそうそう見つからなくて」

 

 そう言ってくるりとその場で回ってみせる。

見せる事と動きやすい事の両立したスカートというのは本当に貴重だ。

 

「流石に店の中で踊る事は出来ないからね、スルバちゃんにもよろしくね?」

 

「はい!それではサヴォーク!」

 

 持ち前の明るさを振り撒き駆け足で帰ってゆくフェイパ。

スルバの演奏で踊る彼女はより一層、笑顔も宝石の様に魅力的に映るだろう。

 

――

 



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第48話 取り扱いにはご注意ください

UA5000達成しました!
見てくださり、ありがとうございます!

仕事が忙しくなるのと、書き溜めが無くなるので更新ペースは落ちますが、これからもよろしくお願いします。


 ハテノ砦

 

 リンクは明け方ハテノ砦へと辿り着いた。

このまま突き抜けてもいいかもしれないが、この辺りは湿地帯だ。

ドラグを休ませた方がいいだろう。

 

 先日、カリーユに泊めて貰った小屋で休むことにした。

どうやら既にカリーユは実地調査に出かけてしまったようだ。

朝一番に出かけていったのだろう。

 

「うーん、もう出かけているのか…早いなぁ。あれ?本が開きっぱなしだ」

 

本の中身を覗いてみるとどうやら調査状況を記したもののようだった。

 

(えーっと、崩れた小屋にあった古文書には私の探しているものとは無縁の物だったようだ。だが、助手である君の誠意に応えるのが先生というものだ。こちらの古文書は君が探してみるといい、このロマンは君のものだ)

 

 大魔王を象りし 悪霊の甲冑は フィローネの樹海に隠す

 

 1つは フロリア湖より 北に連なる3つ目の滝の底に

 1つは フロリア川 小さな滝に挟まれし橋に

 1つは 樹海リベラ 砕かれ石の鳥

 

 これを旅の途中で探してみるのも悪くないだろう。

とりあえず拙い乍らもこれを書き写すリンク。

 

 その後、長い間話を聞いてた分疲れていたようだ、睡魔によってベッドへと吸い込まれていった。

 

 空が黄昏に染まるころ、リンクは目を覚ました。

睡眠もしっかりとれた分疲労も幾らか落とせたようで身体も軽い。

 

 そろそろ行かないと、ドラグも空腹な筈だ。

と思って小屋から出て覗いてみたら近くに生えていた草を食べていた。

順調に逞しくなっていっている様で何よりである。

 

「ドラグ、お腹空かせたままでゴメンな、後でリンゴを一緒に食べよう」

 

 ドラグに跨りゲルドの街を目指すリンク。

街まではまだまだ先が長い。

 

 先日、日記を見つけた小屋で一息つくことにしたリンク。

恐らくカリーユが保管したのだろう、残念ながら日記は残っていなかったが雨曝しで打ち捨てられているよりはいいのかも知れない。

 

 リンゴを食べさせゆっくりと休んでいる時、シモン特製のシーカーストーン説明書を読んでゆく。

子供の自分でも読みやすい字体で書かれているのがありがたい。

 

 ちょうどこの辺りには魔物がいないので、少し試してみてもいいかも知れない。

実戦の中で良く知りもしない代物を試すのは危険すぎる。

 

(えーっと、この辺りには金属は無いから…それ以外でアイスメーカーから順に試そうか)

 

 この辺りは湿地帯で水が潤沢だ。

アイスメーカーの使用条件を満たす場所は多い。

シーカーストーンを水辺へと向けてみると氷の柱が伸びあがった。

 

「あっ」

 

 予想よりも大きかった為、近くにあったガーディアンの残骸をひっくり返してしまう。

なるほど、ひっくり返したり押しのけたりする事も出来るのか…。

元々残骸があった場所がきらりと光る。

 

 恐る恐る近づいてみると、全体的に黒い球体が転がっている。

どうやらガーディアンの素材の様だ。

思わぬ収穫と言える、手に取って眺める。

やはりこれも見た事も無い素材で出来ているようだ。

 

 プルアに頼まれていた事でもあるので、片っ端からひっくり返す。

至る所に氷柱が伸びてゆく―なんてことは無く、4つ目を作る時に初めの柱が砕け散る。

どうやら最大3つまでしか作れないらしい。

 

 また、氷柱に再びかざしてみる事で砕ける事が分かった。

何か役に立つかもしれない。

 

「ようし、今度はリモコンバクダンだ。確か丸いものと四角のものがあるんだっけ?」

 

 まずは四角型の物を取り出して見せる。

思いの外軽くて、子供なリンクでも簡単に持ち上がる。

とりあえず巻き込まれない様に思いっきり投げ飛ばし、距離を取ってから起動する。

 

 轟音とともに炸裂するバクダン、大きさや重さの割に威力は中々強力で巻き込まれた樹木は根元から薙ぎ倒されている。

 

続いて丸形のリモコンバクダンを試してみる。

先程と同じ手法で起爆する。

 

「あっ」

 

 投げた先はこちらに向かって降る坂だった。

斜面に沿ってこちらへ転がって来た、巻き込まれてしまうリンク。

 

 幸か不幸か、ギリギリの射程だったので大事には至らなかった。

が、何もない所で自爆なんていくら何でも情けなさ過ぎる。

 

「ゲホゲホ…、丸いほうは場所を選ぶなぁ…気を付けないと」

 

 今の爆風の影響でか、ポーチからイチゴが飛び出し、ドラグの方へ転がってゆく。

近づいた時に食べるつもりの様だ。

 

(そう言えばビタロック使ってなかったなぁ)

 

 どんなものか試すタイミングにはうってつけだ。

リンゴに照準を合わせ、起動する。

 

「やった、やった!上手くいったよ!凄いなぁこれ。…マズイ…」

 

 ドラグがこちらを睨み付ける。

彼からしてみれば目の前で御預けを喰らったようなものだ。

腹に据えかねたのか、リンクに向かって突撃してくる。

 

「わっ-!ゴメンよドラグ―!」

 

 一通り追いかけ回された後、どうにかイチゴを大量に献上する事で許されたリンク。

ああ、街に帰る時の楽しみだったのに…。

 

――

 

 双子馬宿

 

 シーカーストーンの機能を色々と試していた為、あっという間に日が暮れてしまった。

仕方がないので最寄りの馬宿である、双子馬宿で宿泊する事にする。

 

「いらっしゃいませ、本日はどのような御用件なのでしょうか」

 

 オーナーの弟で当馬宿のシステムを教えてくれるフッサレン。

勿論宿泊の旨を伝える、疲労は出来るだけ落とすべきだ。

 

 それが何が起こるかわからない旅の途中なら尚更と言えるだろう。

まだ就寝には早い時間だ、それまでの間、色々な人から話を聞く事にしたリンク。

 

「お客様、どうされましたか?」

 

 当馬宿のオーナーである、タッサレンが声をかける。

 

「あ、いえ。せっかくですので色々とお話を聞いてみたいと思いまして」

 

「左様でございますか!この辺りでは馬を早く連れて来る事を競う行事が密かに流行っております!」

 

 流石馬宿、やはり馬と密接な事が多い様だ。しかし密かにってそこまで人気が無いって事なんじゃ…。

 

「馬と言ったら、そろそろソエ婆さんが来るはずなんだが遅いなぁ…」

 

「ソエ婆さんですか?」

 

 初めて聞く名前だ。婆さんと言えるような人は、この辺りでは見かけなかったが。

 

「ああ、私共の聖地に最も近い馬宿のお目付け役なんです。せっかくですので聖地についてお話ししましょうか」

 

 何だか奇妙な方向から話が膨らんだのだからわからないものだ。

それにしても聖地という響きは中々に興味をそそられる。

リンクは話の続きをお願いした。

 

「御存知かもしれませんが、馬宿はやはり馬あっての物です。聖地というのは馬の神様が眠られる湖を指しています」

 

「馬の神様!興味を惹かれますね!」

 

「でしょう?その神様なんですが、馬と人間が共にいられる事を望まれている様でして、不慮の事故などで失ってしまったパートナーを生き返らせることが出来るそうなのです」

 

 私も見たことは無いんですけどね、と付け加えるタッサレン。

馬の神様、できる事なら見てみたいものだ。

 

「ただし、馬の神様ですから馬に対し非道な行いをしていると恐ろしい災いを齎すとも言い伝えられております。万が一縋る時はその事もお忘れなきよう…それにしても遅いなぁ」

 

「あの…よろしければ見て来ましょうか?」

 

「いけません、お客様!お嬢さんの様な子供を危険になんて晒せませんよ!」

 

「冗談ですよ、それにしても心配ですね…」

 

 そう話している時に1人のハイリア人が息を切らせながら駆けこんで来た。

やっとの思いで辿り着いたのだろう、服の至る所は泥で汚れ、満身創痍といった様子だ。

 

「どうしたんだブリンカ!ソエ婆さんは一緒じゃないのか!?」

 

「ハァ…ハァ…タッサレンさん…。ソエ婆さんと…一緒に馬車に乗っていたんですが…魔物に襲われまして…。タモ沼に惹きつけておくからすぐに応援を呼んでくれと…」

 

「なんてことだ…わかった!馬宿にいる旅人に応援を募ってみる!…おい、さっきの嬢ちゃんどこ行った!?」

 

 さっきまでいた筈の子供がいない。

…まさか助けに向かったのか!?

冗談では無い、責任ある大人として、あんな子供を危険に晒すなど以ての外だ。

 

「ブリンカ!体力的にきついなか悪いが応援を募るのを手伝ってくれ!一刻も早く人員を揃えて助けに向かうぞ!」

 

 頼むから間に合ってくれ、そう祈らざるを得ないタッサレンだった。

 

 タモ沼

 

 力強く生い茂る水草に、沈み込む汚泥をドラグと共に踏み進む。

恐らくソエ婆さんは馬車を操り、着かず離れずの距離を維持しているはずだ。

一刻も早く助けに向かわなければ。

 

 何はともあれ見つけなければ話にならない。

見晴らしの良いやや盛り上がった丘に立ち索敵を行う。

 

「!?どうしたドラグ!?」

 

 辺りを見渡している時、ドラグが嘶きと共に駆け始めた。

その進む方向を見渡すと馬車が見え、馬に乗った者達に追撃されている。

 

「偉いぞドラグ!行くよ!」

 

 

 油断した。双子馬宿までの道のり、多少の危険は覚悟していたし馬の脚ならば大抵の魔物からだって逃げ切れる自負があった。

―よもや魔物達も馬を操り、連携を取って来ようとは…

 

(ブリンカは辿り着いただろうか?アタシもそろそろ年貢の納め時かねえ…)

 

 馬の脚が止まって来た。

馬車として荷物や車を引っ張るのと、ただ騎乗するのでは馬にかかる負荷が違いすぎる。

体力の限界が来ても仕方のない事だ。

その仕方のない事で命の危険が訪れては笑えないが。

 

 そう考えていると力強い嘶きが湿地に轟く。

何事かと振り返ると1人の少女が漆黒の馬に跨りこちらに向かってくるではないか。

 



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第49話 刈り取る瞳

「お嬢ちゃん、来るんじゃない!その若さで命を粗末にするな!」

 

 思わず逃げる様叫び声を上げる。

これは本音だ、助かるのならそれに越した事は無いし助かりたい。

だが、未来を生きるべき幾ばくも無い少女の命を散らしてまではそう思いたくはない。

 

 どんどん距離は縮まってゆく、子鬼共も少女に向かって弓を引き絞っている。

それよりも先に少女が板を翳した。

メキメキと音を立てて、氷柱がせり上がり、馬車に追いすがる魔物達の行く手を遮った。

 

 馬が慌てて急停止するとともに、慣性に従い黒い子鬼が放り出される。

少女はすれ違いざまに、馬から飛び降りナイフを両手に子鬼に猛撃を加えた。

…どうやら見かけによらず腕に覚えがあるらしい。

流石に流鏑馬までは身に付けてはいないようだが…

 

 少女を敵と認識したのかもう一体の子鬼が槍を片手に馬上から襲いかかる。

そうはさせるか、足を引っ張るだけなど真っ平御免。

馬の側面に馬車で突っ込む。

質量ならばこちらが上、だが馬には悪い事をした、すまない。

馬共々吹き飛び地面に転がった子鬼、少女はそれを逃さず一気に距離を詰める。

が―

 

 …このタモ沼の一帯は厄災において激戦を繰り広げた場所だ。

魔物が、兵士が、そして

ガーディアンが

 

(動くのか!?)

 

 目の前でいきなり起動したガーディアン。

戦場において敵が増える事は珍しい事ではない、しかしそれがガーディアンともなれば戦況に与える影響は決して小さくもないだろう。

 

 その無機質な眼が怪しく光り、照準を合わせて来る。

この辺りは見晴らしの良い湿地帯、咄嗟に左腕に意識を向けてしまう。

 

(盾を出していない!)

 

 ゲルド古武術は2刀流、攻撃では無類の強さを発揮するが防御では流石に後れを取る。

そもそも存在すらしていなかったガーディアンのレーザーなど想定されていない。

 

 発光が強くなったと思った瞬間、爆音と共にボコブリン諸共、己の身体が宙を舞う。

咄嗟に後ろへと距離を取った為、直撃はしなかったが尋常じゃない激痛が全身を襲った。

肉が焼ける不快な臭いが立ち込め、水の豊富な湿地帯ですら火の手が上がる。

 

(さ、避けきれない!)

 

 無慈悲な程、淡々と次の攻撃に移るガーディアン。

盾を取り出す頃には既に準備を終えていた。

やられる―

 

「ドラグ!」

 

 目の前で放たれたガーディアンのレーザーを、戻って来たドラグがその身をもって庇った。

耳は悲鳴のような嘶きを刻み付ける様、頭に送り付ける。

プルア様の話だとガーディアンは元々厄災ガノンへの対策として設計された兵器らしい。

小型のものとは言え、直撃した場合致命傷は免れない。

 

 次の照準を淡々と合わせて来るガーディアン。

だがタイミングは掴めた。

この技はルージュ様の得意技、そしてドラグが与えてくれたまたとない機会。

絶対に、決める

 

 発光に合わせて構えた盾を力の限り振るう、3度目の強力乍らも単調なレーザーを完璧に捕らえた。

盾と眼を繋いだかのようにレーザーが反ってゆく。

こちらを覗く機械の眼を正確に打ち抜き眩い光が機体から溢れだし、爆発と共に消え去った。

 

「そんな…ドラグ…!…ドラグ…!」

 

 動かない足の代わりに、手を使って這いつくばりながらドラグへと近づいてみせる。

全身が痛い、至る所に火傷や擦り傷が出来ているようだ。

 

 ガーディアンのレーザーが直撃したのだ、自分の傷も深かったがそれすら比較にならない程、ドラグの傷は深かった。

 

 脚は折れ曲がり、顔の前に投げ出されている。

その脚すらも骨が露出し、肉が飛び出てしまっているのが確認するまでも無く見て取れる。

夥しい流血が湿地帯の水を赤黒く染めてゆく。

呼吸も素人のリンクですらわかるほど弱くなってゆくのがわかった。

 

―手遅れだ

 

 リンクも腕も足も尋常ではない大怪我だ。

一刻も早く治療しなければ後遺症だってあり得る。

だが、ドラグの傷はもう絶対に助からない。

 

「…」

 

 ドラグが自身の脚、それも怪我した箇所に口を突っ込み、千切りとった。

その肉をリンクの怪我の酷い腕に脚に優しく押さえてゆく。

 

「…ドラグ…ドラグ…マイ…ヤ…」

 

 かつて、ビューラ様から聞いた事がある。

―馬の肉は、怪我に対する効果的な張り薬になると

 

 彼は少しでもリンクを助ける為、残り少ない命を更に削り切って託したのだ。

今まで預かっていた命を返すかのように

 

 言いたい事がまだまだあったのだが、リンクにも限界が訪れ、目の前が真っ暗に沈んでいった。

 

――

 

 双子馬宿

 

「…う…うーん…ここは…?」

 

 リンクは目を覚ました。

馬宿特有の天井のあるベッドのようだ。

 

「お客様!大丈夫ですか!?危険な事に巻き込んでしまい申し訳ありません!こちらは双子馬宿でございます!」

 

 店主であるタッサレンが、血相を変えてリンクに対し答える。

馬宿側の問題に巻き込まれて、これだけの大怪我を負ったのだ、この反応も当然と言える。

 

 黒色のボコブリンはボコブリンの上位種だ。

その凶暴性や知性、強さは数段上がっている。

更にはあのガーディアンだ。いくら劣化によって足が無くなっているとはいえ、立ち向かおうと思うのならば命を捨てる覚悟が必要な程危険な機械生物。

 

 正規の軍人ですら単独で挑む事は戸惑うだろう、間違ってもこんな小さな少女が立ち向かっていい相手ではない。

 

「あぐっ、ド…ドラグは…?ドラグはどこですか?無事なのですか!?」

 

 痛む身体を起こしながら、ドラグの安否を確認する。

この痛みは現実だ、けれどもあの時の事を認めたくはなかった。

悪い夢だと思いたかった。

 

「…残念ながら…。本当に申し訳、ありませんでした…」

 

「そんな…こんな…こんなのって…」

 

 重い口調で答えるタッサレン。

ここで取り繕ったところで、遅かれ早かれ発覚してしまう事だ、根本的な解決にはならない。

自分達だって馬宿で働き、触れ合ってきたのだ。

相棒を失う辛さも痛いぐらいに伝わって来る。

 

 純粋な善意であれ程の危険な相手に立ち向かった彼女達、そんな人達に齎された結果がこれだなんてあまりにも救われないではないか。

 

「ちょっといいかい?」

 

 タッサレンの後ろから、あの時の襲撃から何とか助かったソエが現れた。

 

「お嬢ちゃんの御蔭で助かったよ…ありがとう。そしてすまなかった…。お嬢ちゃん、私と共に来ては貰えないだろうか?」

 

 あまりにも突飛な内容に目を白黒させるリンク。

だが、何の意味も無くこのような話を持ち掛けるはずも無いので続きを待つ。

 

「私の暮らしている馬宿は、アラフラ平原にある高原の馬宿と言ってね…。馬の神様の住まわれる湖に最も近い場所なのさ。確証の無い曖昧なものですまないけれど、もしかしたら…」

 

「ドラグが…帰って来る…?」

 

「絶対とは言い切れない、だけど可能性はあると思う。今回の事は完全にこちら側の落ち度だ。食事や移動は全部こちらで負担するから賭けてはみないかい?」

 

 そう言えば、ここの馬宿にたどり着いた時にもそのような話を聞いた。

まったくのデマという訳でも無いのかも知れない、ならばとるべき選択は1つ。

 

「わかりました。よろしくお願いします」

 

「ありがとう、恩を返せる機会を与えてくれて…。お嬢ちゃんは馬車の中でゆっくりと休んでいればいいからね。タッサレン、早速で申し訳ないけれど馬車に荷物を積んでおくれ。彼女の傷がある程度回復した頃、出発したい」

 

 ソエからの頼み、そして仲間を助けてくれた少女の頼みだ。

馬宿にいる職員総出で馬車の準備に取り掛かり、あっという間に出発できるよう整えた。

 

「馬宿までは馬車を使う、揺れる分痛みを伴うかも知れない。今はゆっくりと休むことが肝要だよ」

 

 その通りだ、ここから別の馬宿に移動するとしてもかなりの距離があるだろう。

乗っているだけでも、相当揺れる事は容易に想像できる。

 

 それで怪我が悪化する事は好ましいものでは無い。

ドラグの行為を無駄にしない為にも…、逸る気持ちを何とか抑えながら休むことに専念するリンクであった。

 

――

 



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第50話 馬の神マーロン

 10日後 マーロン湖

 

 リンクの回復を待ち、馬車を発進させて数日が経った。

レーザーによる負傷と火傷、吹き飛ばされた後、地面に叩き付けられた傷は浅くはない。

 

 本来ならばもっとゆっくりと休んで傷の治療に専念すべきなのだが、リンクが逸る気持ちを抑えられなかった為移動する際に痛まない程度で直ぐに発つ事となった。

御蔭で、未だ張り薬をしたまま、包帯をしている。

 

「長い道のりだったろう?ここが馬の神様の住まう湖、マーロン湖だよ」

 

 ソエがこの場所が、馬の聖地である事をリンクに伝える。

他の職員も馬の神が祀られる湖に興味津々だ。

なるほど、湖の中心にこじんまりとした盆地が広がっており、何とも言えない雰囲気が漂っている。

 

 神様が住んでいるというのも強ち間違いではないのかも知れない。

リンクが中心の花が開かれたような場所に足を踏み入れた時である。

 

「!?」

 

 突如として、水が紫に染まり泡立つ。

その不自然な現象に思わず剣を抜き構えるリンク。

 

「どうしたんだい、お嬢ちゃん!?剣なんか抜いて!?」

 

 ソエがリンクの行動に驚きを隠せない様子だ。

彼女だけではない、他の職員も武器を抜いたリンクに困惑している。

 

 どうにも目の前の現象が、目に映っていないようだ。

そんな事などお構いなしに泡立った中心から巨大な存在が顔を覗かせた。

 

 顔の部分には馬を象った奇妙な面をつけ、その意匠は不気味の一言に尽きる。

リンクにとって近いイメージはルージュの時の様な呪いの類だろう。

胴に当たる部分もつぎはぎだらけの布を繋ぎ合わせた、幾何学的模様の代物だ。

なにより、そのものには手首から先が無い。

手だけが宙に浮いた悍ましい何かにすら思えた。

 

「わが名は マーロン この世界に住む 馬たちの神である」

 

 …どうやら本当に馬の神であるらしい。

マーロン湖という名も彼からきているのだろう。

 

「もし おぬしが大事にしていた馬を 不注意にも 死なせてしまったなら その死んだ馬を復活させてあげるとしよう… ただし… 面白がって 馬を殺めていた時には… 容赦せんからなぁ! …冗談である」

 

 …意外と茶目っ気のある神様なのかも知れない。

だが、馬を大切にしているのは本当の様な気もする。

 

「どれどれ… ヌヌ~馬を死なせてしまっているではないか!この場で亡き者にしてやろうか!? 冗談である… それで馬をよみがえらせたいのか?」

 

「お願いします!ドラグを助けて下さい!」

 

「ほぉー、それでは復活を…ん?」

 

 馬の神マーロンが、リンクの包帯を見つける。

そう、馬の肉を張り薬にした傷口を塞いでいる物だ。

 

「貴様!自分の傷を治すために馬を殺めたというのか!」

 

 マーロンの激昂と共に突如として、リンクの身体が地に縫い付けられる。

凄い力でびくともしない。

彼からしてみれば、リンクは自分の都合で馬を殺した極悪人だ。

許す筈が無いだろう。

 

 あまりの出来事にソエを筆頭に馬宿の職員はどうすればいいのかわからなかった。

彼女達からすれば何もない所で、いきなり押さえつけられる様に倒れたのだから無理もない。

 

「違う!!」

 

 リンクはマーロンを睨み付ける様な鋭い視線で力強く答えた。

 

「何?」

 

「確かに、ドラグが死んだのは僕の不注意だ!それは否定しない!でもこの治療はドラグが自分の命を削ってでも助けてくれた証なんだ!ドラグの名誉の為にも、さっきの言葉は取り消せ!」

 

 自分のせいでドラグが死んでしまったのは確かだ。

だが、先程の内容ではドラグの献身が何の意味も持たないものになってしまう気がして、流石に我慢ならなかった。

あまりにも彼が救われないではないか。

 

「ふむ…、今一度調べてみるとしよう…。―なるほど、確かにおぬしのいう事で間違っていないようだ…。すまなかった、謝罪しよう。おぬしが悪い訳では無いとこの馬が一番よく知っておる あいわかった! この馬を生き返らせるとしよう」

 

 そう言ってマーロンは両手を振り回し、パカパカという奇妙な音と共に乾いた声を上げる。

光が目の前に集まっていくと漆黒の馬が現れた。

 

「ドラグ!ホントに帰って来たんだね!会いたかった!会いたかったよ!」

 

 直ぐに立ち上がってドラグの下へ駆けよるリンク。

顔を舐められて喜んでいるその姿は珍しく年相応に見えた。

良く見てみると、見た事も無い手綱と鞍が付けられている。

 

「その馬を通してそなたがどんな人間であるかよくわかった。かつて、ゲルド砂漠を一晩走って突っ切る事になるのを承知で命を救ったようだな。ならば馬の神として礼を尽くすのが礼儀というものだ。それがあれば口笛を吹く事でどこにいても馬を送り届けてやることが出来る」

 

 さらりととんでもない事を言ってのける、馬を生き返らせたりすることといい、やはり神と崇められるだけのことはあるのだろう。

 

「勿論、その馬が生きていればの話ではある。まず無いだろうが、不測の事態によって送り届けられない時は…別の方法を用意してある。今度は死なさない様に 大切にするのだ! 馬は大切なパートナー その事を忘れないように ではさらばだ」

 

 そう言ったかと思うと、突然糸が切れたかのようにぷっつりと湖に落ちていった。

奇抜な装飾と言動はあるが、なかなか優しい神様なのかも知れない。

 

「良かったじゃないか!ちゃんと生き返る所を見ることが出来るなんて、思わなかったよ!」

 

 ソエがそうリンクに声をかけた。

ソエ達馬宿の職員はマーロンの姿を見る事が叶わなかったが。

その奇跡といっていい、現象は目撃している。

 

「しかし…なんとも立派な手綱と鞍ですな。このような品は馬宿でも見たことがありません」

 

 タッサレンが感嘆の声を上げる。

通常のものとは素材も装飾も全く違う、馬宿で見た時には無かったことを考えるに神が与えた代物なのかも知れない。

 

 そう仮定すると、目の前の鞍と手綱は紛れもない神器である。

お目にかかれるだけでも貴重な体験と言えた。

 

「ソエさん、タッサレンさん、馬宿の皆さん。ありがとうございました!こうしてドラグと再会できたのはみんなの御蔭です!」

 

「いやいや、元々こちらが巻き込んでしまった形だからね。すまなかったよ、旅の途中だったのだろう?中断させてしまって悪かった。私は高原の馬宿にいるからいつでも遊びに来るといい。とりあえず、今日の所は馬宿でゆっくりしようじゃないか」

 

 馬車と馬で帰っていくリンク達、行きの時と比べ歌を歌ったり、雑談をしたりなど随分明るい雰囲気であった。

 

 翌日 高原の馬宿

 

「それでは、お世話になりました。皆さんもお元気で!」

 

 ドラグに跨り、リンクが別れの挨拶をする。

昨日の夜は馬宿で打ち上げをしていた、残念ながら馬の神の姿はついぞお目にかかる事は叶わなかった。

 

 見たというリンクが、似顔絵を書いてはみたものの何とも言えない微妙な完成度だったため上手く伝わりはしなかったのである。

この間までこの馬宿にいた画家であるカンギスの如き腕前で、謎が深まるばかりであった。

 

 それでも馬が生き返る瞬間を己の眼で見ることが出来、馬宿でもじっくりと馬と見た事も無い鞍や手綱を調べる機会があったのは職員明利に尽きるというものだ。

悪意が無いとはいえ、くまなく調べられるドラグは迷惑そうではあったが

 

 ゲルドの街まで帰る事を説明すると、小麦パンをプレゼントされた。

至れり尽くせりである。

へブラ地方ではハイラル米よりもタバンタ小麦の方が手に入りやすい。

慣れ親しんだ味とは有り難いものだ、故郷を離れて改めてそう思う。

 

「それじゃあ、行こうか」

 

 掛け声と共にドラグが走り出す。

心なしか一層力強い走りになった気がしたリンクであった。

 

――

 

 同時刻 ゲルドの街

 

「…よっし!出来たわ!私の初めての曲!」

 

 スルバがやっと終わったと背筋を伸ばす。

随分と長い間、机に向かい執筆をしていたようだ。

 

「お!ついに完成したのか!おめでとう、スルバ!」

 

 わがことの様に喜んでいるフェイパ。

彼女が長い間、時間をかけて頑張っている事は誰よりも知っている。

 

「サークーサーク、フェイパ。色々と迷惑かけたわね」

 

 作曲も佳境に入った頃には、寝食を忘れかねない勢いで進めていた。

見かねたフェイパが拙いながらも食事を作ったりいい加減休めとストップをかけていたのだ。

 

「なーに、簡単な料理ぐらいならアタイにだってできるさ。…味までは保証できないけどな!」

 

「フフッ、それ自慢になんかならないわよ。それにね、作ってみてわかったけどちょっと夢が出来ちゃった」

 

「夢か?どんなやつなんだ?」

 

「それはね、いつか大人になった時、カッシーワさんと一緒に演奏したいって夢。ちょっと順番が逆になっちゃったけれど、やっぱり私にとっての師匠はカッシーワさんよ。ちゃんと向かい合って、認めて貰いたいじゃない」

 

「いい夢だな…、素敵じゃないか。なあなあ、せっかくだし今度の演奏会でさ。終った後でいいから壁越しで演奏してみないか?ほら、街の外まで音なら響くじゃないか。多分今年もカッシーワさん来るんだろ?」

 

「ふふっ、それもいいかもね…。リンク達の晴れ舞台を壊さない様こっそりと、だけど」

 

 今年は2人は演奏会には参加しない。

あの演奏会は子供の為の発表会でもあるのだ。

子供ではない、さりとて大人とも言い切れない2人は残念ながら参加条件を満たしていない。

 

「いいじゃないか、発表会の前にこっそりと…な」

 

「それを言うなら ミンナニハナイショダヨ でしょ?」

 

 2人してこういった話をするときだけは年相応に見えた。

しかしこの思いつきが運命の歯車を大きく狂い動かすことになるとは、この時誰にも想像できなかった。

 

――

 



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第51話 東の村から西の街へ

 5日後 ゲルドの街 宮殿

 

「チーク様、ただいま帰りました!」

 

 ドラグに跨り、街道を駆け抜けて来たリンク。

思わぬアクシデントがあったとはいえ、アラフラ平原にあるマーロン湖まで寄り道をしてしまったのだ。

 

 リンクにとっては遅くなったでは済まされない遅刻だろう。

 

「ああ、少しばかり遅くはあったが…。まあ、子供の脚では仕方も無いだろう。報告を頼む」

 

 思いの外チークは厳しくは無かった。

どうやら歩いて、ハテノ村まで行ったと考えているようだ。

リンクが馬を使った事など知らなかったからだ。

 

「あ、はい。…ルージュ様にお伝え願えますか?」

 

「…どうやら相当重要な話の様だな。周りに聞かれない様、小声で話せ」

 

 リンクはパーヤが厄災の復活が近いと言っていた事を伝える。

予想以上に規模の大きい話に、思わず取り乱しそうになったチークであったが、彼女とてビューラに後を託された者。

すぐに落ち着きを取り戻し、今後の事を思案する。

 

「なるほど、確かに私の手には余る案件だ。ルージュ様にはすぐに伝える。…訓練や戦略を見直す必要があるかも知れんな。こちらは私に任せておけ、家族にだって会いたいだろう」

 

「はい!サークーサーク!」

 

 待ってましたと言わんばかりに、元気一杯な足取りで駆けてゆくリンク。

久方ぶりの我が家だ、家族だ。

あの位の子供にとって20日も会えないというのは相当に堪えるだろう。

せめてこちらにいる間位、一緒にいさせてやりたいものだ。

 

 

 

 ゲルドの街

 

「フェイパ姉ちゃん!スルバ姉ちゃん!ただいまー!」

 

 やっと帰って来た、久々の我が家だ!

街の外では素の自分を出すことが出来ない為、中々に窮屈だったこともあったけど思いっきり羽を伸ばせる。

 

「お帰りリンク!今回は長かったなー!」

 

「お疲れ様、リンク。お風呂にする?ご飯にする?」

 

「うーんとね、ご飯がいいな!やっぱり色々と見て回るとお腹が減っちゃうよ!」

 

 仕方ないなぁと言わんばかりの表情で、料理を作りに向かうスルバ。

その間、リンクの話し相手をするのがフェイパの日課でもあった。

 

「今度行ったハテノ村はどんな場所だった?アタイに教えてくれよ」

 

 大抵はどんな場所であったのか尋ねる事が多い、ただしスルバがいない時に聞いても教える事をリンクはしない。

 

「うーん、スルバ姉ちゃんがいない時に話すのはなぁ…。とりあえずこんなもの貰ったんだ!」

 

 そう言ってプルアから貰ったシーカーストーンを見せるリンク。

これも今回の旅の収穫と言えるだろう。

 

「ん?何だこの板?何かできるのか?」

 

「えーっとね、これはシーカーストーンって言って古代のシーカー族が作り上げた技術を詰め込んだ代物らしいんだ。あ、適当にいじっちゃ駄目だよ。結構危ない機能もついてるから」

 

 そんなものなのか、そうフェイパが板を持ち上げ眺めている。

リンクが態々言うぐらいだ、使い方を間違えるととんでもない事になるんだろう。

それ以上は下手にいじらずにリンクに返す。

 

「まあ、その辺りも含めて後でゆっくり教えておくれよ。そろそろスルバが料理を持ってくるぞ、しっかり食べて疲れを癒してくれ」

 

 そう言ったのとほぼ同じタイミングでスルバが料理を運んでくる。

今回は上ケモノ肉のミートパイにハートミルクスープ、ゴーゴーハスの実とゴーゴーニンジンの焼き山菜だ。

口直しにハチミツアメも添えられている。

 

「凄い凄い!何だかいつにも増して気合入ってる!」

 

「ここの所、フェイパにばかり料理させていたからね。2人を労ってって事かしら」

 

「え?何かあったの?フェイパ姉ちゃんがずっと料理していたなんて…」

 

 リンクが言うように、余程の事が無い限りはスルバが料理を担当する事が多かった。

特段出払ったり、一時的なものでも無いとなるとリンクの疑問も自然と言えるだろう。

 

「実はね…、ついに出来たの。私の初めての曲!ちょっと熱が籠っちゃって料理まで手が回らなかったのよ」

 

「まったく…、好きなものに打ち込むのはいいけどよ。寝食を忘れるのはどうかと思うぜ?倒れてからじゃ遅いんだからよ」

 

「ホントだよ!スルバ姉ちゃんが倒れるなんて僕嫌だからね!」

 

「わ、悪かったわよ…。さ、冷めないうちに召し上がれ。せっかく作ったんだから美味しいうちに食べて欲しいわ」

 

 スルバが早めに食べる事を勧める、話を逸らしたいのかご飯が冷めてしまうからか。

恐らくは両方だろう。

 

「しっかし…、どこでこんな料理覚えて来るんだ?初めて見るんだが」

 

 そう言って見つめる先には、ハートミルクスープが。

使われている材料の多さからかなり手の込んだ代物である事は明らかだ。

 

「買い物している時にちょっとね。街の外へ出かける齢までにはこれを作れるようになった方がいいってアローマさんがね」

 

「おい、ちょっと待て!それってヴォーイの心を射止める為の料理じゃねーか!アタイにも教えろ!絶対にものにしてやる!」

 

 ハートミルクスープには特別な意味合いがある。

2人で一緒に食べると仲が良くなるというジンクスだ。

言い変えるのならば恋人と愛情を深めるための手料理。

ゲルドのヴァーイが手を抜く事などまずありえないと言っていい。

 

「もー!早く食べようよー!その辺りの話は後でもできるでしょー?」

 

「っと、悪い悪い。それじゃ、いっただきまーす!」

 

「「頂きます」」

 

 熱々のミートパイに口に運んでゆくリンク。

予想以上に熱かったのか、慌ててフレッシュミルクを口に流し込み、次からはフーフーと冷ましてから慎重に食べてゆく。

タバンタ小麦を練られた生地に上質なケモノ肉の旨味が染み渡り。

挽肉からも肉汁が溢れだす。

 

 ゴーゴーハスの実とゴーゴーニンジンの山菜炒めは、ハスの実の独特な食感とニンジンの特有の甘さで野菜が苦手な人でも親しみやすい味付けとなっている。

 

 そして、ハートミルクスープだ。

ビリビリフルーツやヒンヤリメロンをフレッシュミルクで煮詰めたスープに多めに入れられたマックスラディッシュの辛味が互いを阻害することなくハーモニーを奏でる。

 

 ビリビリフルーツもヒンヤリメロンもゲルド砂漠の特産品だ。

案外、ゲルドの街で編み出された執念の料理なのかも知れない。

 

 

「凄い美味しいよスルバ姉ちゃん!かなり難しい料理なんじゃない?」

 

「そうね…、アローマさんに教えて貰えなかったらちょっと無理だったかもしれないわね。パッと見ではどんな材料がどれだけ入れられているのかわからないもの」

 

「スルバでも厳しいとなるとアタイにもできるかな…。ちょっと不安になって来た…」

 

 フェイパもちょっと自信がなさそうだ。

料理に関してはスルバには遠く及ばない為、現時点では相当に難易度が高いと言える。

 

「大丈夫よ、街へ出られるようになるまでにはちゃんとできる様に付き合ってあげるから。レシピは残してあるから問題は無いわ」

 

「ホントか!?サークサーク!」

 

 ゲルド族として成人と認められる年齢にはまだ時間がある。

要はそれまでに作れるようになればいい訳だ。

 

「リンク、ミートパイは熱いから火傷には気を付けてね。急がなくてもご飯は逃げたりはしないわ」

 

「サークサーク、スルバ姉ちゃん。…そっかぁ、あと数年したら姉ちゃん達街の外へ行っちゃうのか…」

 

 

 姉ちゃん達の街の外へとは意中のヴォーイを探す旅の事だ。

恐らく自分の旅とは比較にならない程長いものになるだろう。

寂しくないと言えば嘘になる、でも姉ちゃん達だってずっと頑張って来たことを知っている。

母様達の分まで絶対に幸せになって欲しい。

それに僕がいない間もずっと耐えて来たんだ。

僕も頑張らないとな。

 

「―大丈夫よ、リンク」

 

 スルバの輝きを増した青い瞳が覗き込んだ。

姉の前では誤魔化しなんて通用しない、そんな気すらしてくる。

 

「何もずっと外にいなければいけない訳じゃないわ。偶には帰って来るつもりだし、多分私以上に優しいフェイパならきっと何度も様子を見に来るはずよ」

 

「ハァ!?い、いいいきなり何を言い出すんだ!?そ、そりゃリンクが寂しがるなんてあっちゃいけないからな。ちゃんと見に来るつもりだけどよ」

 

 きっと2人して理由を付けて帰って来るつもりなのだろう。

その時には長旅の疲れを癒してあげたいなぁ、護衛の仕事と重ならなければいいけど。

せっかく帰って来たのに誰もいないんじゃちょっとがっかりだもんね。

 

「絶対だよ!良い事があっても、悪い事があっても帰って来てね!ここが僕たちの家なんだから!」

 

「おっ、言うじゃねーか。リンクもだからな!約束だぞ!」

 

「ふふっ、言われなくてもわかってるわよ。約束」

 

「うん!それと御馳走様でした!美味しかった」

 

 やっぱり旅の先での料理も新鮮で美味しいものだけど、スルバ姉ちゃんの料理が一番落ち着くや。

その次はココナさんかな?

そもそも食べられればいいっていう平原での食事と比べること自体間違いなんだけど。

 

「あら?もう食べちゃったの?また食べるの早くなったのね?」

 

「あれか?外の世界では直ぐにでも食べないといけない決まりでもあるのか」

 

「そういう訳じゃないけど…、どうしたって食事の時とかは油断しちゃうし危険も多いからね。姉ちゃん達は馬宿や人のいる所で食事しないと駄目だよ!遠くから魔物や野生生物が襲ってくることだってあるんだから」

 

「なるほどなー…そうだ、リンク今回の旅はどうだったんだ?スルバが来るまで内緒だったんだしもういいだろ?」

 

「フェイパー?アタシが料理をしている間、そんなことしていたのかしら」

 

「あっ、やっべ、ワリィワリィ。それはそれとして…リンク変わったもの持ってたぞ」

 

「露骨に話を逸らして来たわね…。まあいいわ。それで変わったものってなんなのかしら?」

 

「えっとね、フェイパ姉ちゃんには説明したけど、この板はシーカーストーンっていう古代のシーカー族の技術を集めたものらしいんだ。これ1つで色んなことが出来て便利なんだよ!ここをこうするとね…ほら、地図にだってなるんだ!今僕はここにいるってすぐにわかるのはすごく便利だよ!」

 

 プルアからの説明やシモンの説明書などによって、すっかりと使いこなせるようになったリンク。

そこにたどり着くまでに、タモ沼のあたりで盛大にやらかしたのは内緒だ。

 

「へえー、お伽話でしか聞いた事が無かったけど本当にすごい技術を持ってたんだなー。なあなあ、他にはどんなものがあるんだ?」

 

「えっとね、これがマグネキャッチって言って、金属なら重たいものでも簡単に持ち上げたり退かしたりできるんだ。それからこっちはアイスメーカ―…これは水場で使うもので氷の柱がすぐにでも出せるんだよ!」

 

「氷が作れるなんて凄いじゃない!大人にでもならないと使わせてもらえないもの」

 

 スルバの言うように、熱砂の砂漠では氷は非常に貴重だ。

その為、氷が使われるのは専ら病気の時とか、大人がカクテルに使う時ぐらいである。

 

「でしょ?3つまで作れるんだ!後はリモコンバクダンね、これがあるから出来たらあまり触らないで欲しいかな…使い方を間違えると本当に危ないから…。そして最後にビタロック!これ凄いんだよ!物の動きを少しの間止めることが出来る上に、その間に力を一気に溜める事だって可能なんだよ!」

 

 リンクの紹介に興奮気味のフェイパとは対称的に複雑な顔を見せるスルバ。

とても便利な機能が沢山あるのはわかった。

 

 しかしである、どれもこれもが子供が持つには過ぎたオモチャだ。

どんな意図があってリンクにこれを渡したのか…考え過ぎだろうか。



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第52話 シーカー族の光と影

UA5500到達、ありがとうございます!
これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

何とか間に合いました、今年最後の投稿です。
よいお年を


「…とまあ、こんな感じかな?長い事話してたら、喉が疲れちゃった。」

 

「ハチミツアメ舐めるといいわ。でも本当に危ない機能もついているみたいだから気を付けるのよ」

 

 スルバの提案によってハチミツアメを口に運ぶリンク。

喉を包み込むような柔らかな甘みが好みの味だ。

水も飲むことで一息ついて喉の調子を整える。

 

「勿論!どんな機能がついているのかわからないものを、むやみに使ったりはしないから大丈夫だよ!後はね…スルバ姉ちゃんの言うようにハテノ村は農業や酪農が凄かった!すっごい大きさの田んぼが何段にも作られていて、ヤギなんかもいっぱい飼われていたよ!」

 

 興奮気味に身振り手振り、精一杯見て来た村の様子を伝える。

手の広がりがその規模の大きさを連想させる。

 

「流石は厄災後、ハイラルの穀物といった食糧事情を担っただけあるわね。多分だけど、その田園は気候がいつもと違っていてもある程度米が採れるようにする為の工夫だと思うわ」

 

「なるほどぉ!そう言われてみるとそうなのかも知れないね!こうやって話もするのも面白いなぁ。それでね、それでね!ハテノ村の一番奥にあるハテノ古代研究所に言ってきたんだ。あれは…すっごいや。それ以外に言い表せないかな?行く機会があったら見てみるといいよ!」

 

「何だよそれ、もったい付けた訳じゃないのはわかるけど、全然伝わらないぞ?」

 

「うーん、それ以外の言葉で言うなら…強引?それぐらいしか言いようがないかなぁ…」

 

「間違っても建物に使う言葉ではないわね…。まあいいわ、訪れた時のお楽しみという事にしておきましょう。リンク、貴方がここを離れている間にね、アタシも作っていた曲が完成したの。次の演奏会、せっかくだからアンコールされた時に奏でてみない?」

 

「ホント!?スルバ姉ちゃん!?すっごく嬉しいけどいいの!?」

 

「勿論よ、去年の事もあるしね。初めて作ったこの曲、お披露目の機会としてこれ以上の場所は無いわ」

 

「一応言っとくけどアタイも手伝ったんだからな。勿論ティクルもだ」

 

「やったぁ!サークサーク!」

 

「となれば決まりね。この後は特訓にしましょう」

 

「おいスルバ、流石に今日はリンクも疲れ切ってるはずだ。それにこんな夜遅くにリンクに練習させるのはどうかと思うぜ」

 

「僕も今日は勘弁してほしいかな…。お腹いっぱいになったからか眠くなっちゃった」

 

「あ、ごめんなさい2人とも。そうね、また明日にしましょう。それじゃあ、リンク。サヴォール」

 

「フェイパ姉ちゃん、スルバ姉ちゃん。サヴォール」

 

「サヴォール、リンク」

 

 言うが早いかベッドで横になったかと思えば、すぐに瞼がおり微かな寝息が聞こえてくる。

リンクが久しぶりに我が家で眠りについた後、最早日課になりつつある姉達の会話が始まる。

 

「…あっという間に寝ちゃったね」

 

 この日はスルバが寝静まったリンクの赤髪を撫でる。

いつもフェイパが撫でているのがちょっと羨ましかったのかもしれない。

 

「そりゃそうだろ。いくら人並み外れた身体能力を持っているとは言っても、まだあいつは8歳だぞ。何十日も外で旅をして来れば疲れだって溜まるさ」

 

 フェイパの言う通りだ、ならばせめて家にいる時ぐらいゆっくりと休んで欲しい。

そう思ってか、慣れた手つきで竪琴を取り出し子守歌を奏でるスルバ。

夜でも明るく、活気のあるゲルドの街の一角に安らぎと心地良さを齎す。

 

 アローマの宿屋 Hotel Oasis で演奏してもいいかもしれない。

過酷な砂漠を渡って来るのだ、リラックスして疲れを落として貰いたいものである。

 

「そう言えばフェイパ。アナタに手紙が届いていたけど。誰からのだったの?」

 

「ああ、アイシャさんからの返事だったよ。中々面白い視点だったから試してみたい、ちょっと預けてはくれないかって」

 

「良かったじゃない。アイシャさんの助けになりたかったんでしょ?」

 

「おいおい、まだ上手くいくとは決まった訳じゃないぞ?リンクにも言ってたじゃないか。使い方を間違えると本当に危ないってさ」

 

「それはそうだけど…なんとなくいい結果になるような気がするのよ。なっていったってあなたの直感だからね」

 

 どちらかと言えば理性を重視するスルバが直感で答えている。

珍しい事もあるものだ。

 

「スルバが直感とか言うなんて明日は雨か?」

 

 あまりに予想外だったのか、フェイパが額に手を当てて熱が無いか確認してくる。

気に入らなかったのかスルバがちょっと視線を強めると直ぐに目線を逸らせるフェイパだった。

 

「ちょっとどういう意味よ?目をそらさないで正直に答えなさい。今なら御飯抜きで許してあげるから」

 

「それ、全然許していないぞ…?それはさておき、アタイ達もそろそろ練習しておかないとな。ちょうど新曲を書き終えたタイミングだしさ」

 

 練習は曲の演奏だけではない、彼女達にもやるべき事は山積みだ。

 

 

「それもそうね。そろそろ私達も寝ましょう。サヴォール」

 

「だな、夜更かしはお肌の天敵ってな。サヴォール」

 

 

 ゲルドの街 宮殿

 

「―以上が、本日の報告になります。ルージュ様」

 

「―ご苦労であった、チーク。下がって良い」

 

「失礼します」

 

 チークが一礼をした後下がる。

リンクの帰還とカカリコ村、ハテノ村から彼に知らされた内容は非常に重要ではあったが好ましいものでは無い。

隣で聞いていたビューラも眉間に皺が寄っている。

早急に対策を講じる必要があるだろう。

 

「…テドゥーラやサジェに伝えておく必要があるな」

 

「かしこまりました。カチュ―達のカラカラバザールへの通知はいかがいたしましょう」

 

 それとなく意図を察し、ビューラが提案をしてくる。

成程、必要なものを集めるという意味では正しい判断だ。

 

「そちらへは伏せて置いた方が良いかも知れんな。魔物ならともかくあちらは逆手に取ってくる可能性が高い」

 

 だが今回は見送るべきであろう、どうするか尋ねた段階でビューラとしてもあまり有効な手とは考えてはいない事が透けて見える。

 

 彼らの特性を考えると、下手に範囲を広げようものなら破壊工作の格好の的になろう。

それが実現できるだけの技量を持っているし、非情さも持ち合わせている。

 

「かしこまりました、品の確認は私が行いましょう」

 

「助かる、この分野においてお主ほど信用のおける者はおらんからな。それと今年は例年よりも街の警護を増やした方が良いだろう。この街は活気があるがそれだけに人の出入りが激しいのだから」

 

 態々呼び寄せまでしたのだ、確信とまではいかないにしても裏付けされるような情報が手に入ったと考えるべきだ。

重要なのはその先だ、敵の狙いを考えるに雷鳴の兜、自身の首、ヴォーイであるリンク辺りか。

 

 どれも一筋縄ではいかない、否いかせてなるものか。

それこそこのゲルドの街の警備を根底から覆さない限り、彼らをもってしても容易い事ではない。

後は住民にも警戒してもらわねばなるまい、兵士以上に接触が容易で溶け込むのが容易なのだから。

 

街の長として選択をしなければならない時が近いのかも知れない。

 

「明日にでもチークも交えて議論を重ねる必要があるな。あまり考えたくはないが、内容によってはバレッタにも参加してもらう必要があるかも知れん」

 

 バレッタは数年前、雷鳴の兜を奪還する為にイーガ団アジトに潜入するも捕まっていた。

だがそれは裏を返せば、立地や内部の構造に精通しているともとれる。

 

 実力的には問題が無いのだが、どことなく抜けている所がありここ一番で使うのは少々憚られる所があるが作戦を立てるには重宝するだろう。

 

 戦力としてはリンクは外したくはない。

だが業を背負うべきは我々大人であるべきだ、それに彼は最後の関門を超えてはいない。

たとえ彼にそれを超える覚悟があろうとも、そんな過酷な道を歩んで欲しくはない。

 

「…今日の所はここまでだ。頼んだぞビューラ」

 

「かしこまりました。お休みなさいませ、ルージュ様」

 

 族長の寝室前まで護衛に着いた後、一礼をして下がるビューラ。

 

 寝室でスナザラシのぬいぐるみを抱きかかえベッドの上で天を見上げる。

族長の責務から解放され、素を出せる数少ない瞬間だ。

モフモフとした柔らかな抱き心地がなんともたまらない。

 

 スナザラシは良い…、パトリシアちゃんに乗って思う存分ゲルド砂漠を駆け抜けたいものだ。

縦横無尽にスナザラシと共に砂海を泳ぎ、弓の扱いもしっかりとこなせる様にならなければ。

スナザラシラリーに参加するのも悪くないだろう。

 

 明日は久しぶりにパトリシアちゃんに顔を見せようか。

政務もあるから2分も時間が取れれば御の字だろう。

お告げの確認も出来たらしておきたいものだ。

 

(母様…どうかリンクを…民達をお守りください…)

 

――

 



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第6章 逃れられぬ厄災の輪廻
第53話 狂い始める時の歯車


新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

評価やお気に入り登録ありがとうございます!
UAも一気に6000を超えました!
こうして評価していただけるとやはり嬉しいものですね!


 ゲルドの街 演奏会前日

 

「その調子よリンク。ゆったりと、それでいて大きなイメージを持つ事がこの曲には大切だわ」

 

「仕事の合間に練習して良くここまで完成度を高めたなー。集中力が違うのか?」

 

 いよいよ明日は演奏会だ。

去年は参加できなかったのだ。

今度という今度は思う存分、街の祭りを満喫してみせる。

 

 スルバ姉ちゃんの気合の入りようは僕よりもさらに凄い、姉ちゃん達は参加する訳じゃないけど時間を割いて指導してくれるのはありがたい。

…もう少しだけ優しい指導にして欲しいけど。

 

「あれだけ練習したからね、もうバッチリだよ!オカリナ。すっごい綺麗な音色が出るから吹いていて楽しいしね!―そう言えば、最近姉ちゃん達僕がいない間どうしてるの?」

 

 このオカリナは、ルージュ様が倒れたあの事件の褒美として頂いたものだ。

紫がかった青いオカリナはシンプルながらもどこか気品を感じさせる。

 

 姉ちゃん達も何か貰っていたみたいだけど、内緒にされている。

2人とも不思議としっくりきたとしか教えてくれなかったしなぁ…。

 

「うーん、秘密にしておきたいけど―リンクにだけ秘密なのも気が引けるわね…。簡単に言うとね、街の外へ出る準備をしているのよ。アナタが教えてくれたように街の外は危険も多いわ。加えてヴォーイハントの旅に出るとなれば女子力とかを磨いておく必要があるからね、ヴァーイには沢山の準備が必要なのよ」

 

 悲しいけれど、女装している分並みのヴォーイよりは女子力は高い気はする。

少なくともそこいらのヴォーイに負ける様な事はないだろう。

それでもこれ以上はわかりたいとも思わない。

 

「うーん、女子力とかはよくわからないなぁ…。姉ちゃん達も忙しいんだったら僕に付き合う必要はないからね」

 

「なーに気を遣ってんだリンク?去年参加できなかった分、埋め合わせぐらいさせておくれよ。今回の主役は間違いなくお前なんだからさ」

 

「そうかもしれないけど…、わかった姉ちゃん達に甘えるね。代わりになるかはわからないけれど、剣術とかなら教えられるよ。外へ行くなら色んな武器を使えた方がいいしね」

 

 御前試合の後から、より声をかけられる頻度は上がったのは確かだ。

それだけ最強の持つ意味が強いという事なのだろう。

 

「サークサーク、それじゃ演奏会が終わった頃にお願いしようかしら」

 

「だな、今は目の前の演奏会に集中しようぜ」

 

「うん!」

 

 この演奏会には特にスルバ姉ちゃんにとって大切な思い入れのあるイベントだ。

できる限りの事はやっておきたい。

時間が止まったかのような感覚を何度も繰り返しているような練習の最中であっても時間は過ぎてゆくもの。

 

 いつの間にか辺りも真っ暗になって来た。

かなり熱を入れて練習に打ち込んでいたみたいだ。

身体も頭もクタクタだ、想像以上に体力を消耗するらしい。

今日もぐっすりと眠れるだろう。

 

 

 ゲルドの街 路地裏

 

旅人「―さて、総長からの指令では明日までにすべてを整えよ…か」

 

 この一年、この街に様々な姿で自分が仲間が入れ替わり立ち代わり侵入してきた。

どうやらゲルドの街の方も我々を警戒してるようだ、御蔭で破壊工作による攪乱や資源の調達を妨害する事は叶わない。

 

 ならば足が付かない様、数を揃え街に溶け込むまでだ。

不審な動きは変装以外してこなかった分問題は無いだろう。

 

 だが大人しくしているのもこれまでだ、総長がおっしゃるには明日は久方ぶりの魔が満ちる日になるらしい。

我らが厄災復活の為、炙り出しをしなくてはならない。

 

(将を射んとする者はまず馬を射よ…か。気は進まぬが仕方あるまい)

 

 先代総長コーガ様が不在になった後、引き継いだ総長は確かに強く優秀だ。

だがその能力の使う方向や人の動かし方には疑問が残る、イーガ団全体を考えた行動とはとても思えない。

 

 今回の指令などまさにそれだ、夜中とは言え演奏会当日にここまで極端な手段を取ってしまえば世界中の民族を敵に回しかねない。

この瞬間のゲルドの街は沢山の種族が観光に来ている、そんな状態で叩く事がどれ程の意味を持つかわからない筈がないのだが…。

 

 そう言う意味ではコーガ様は強さという意味であまり優れてはいなかったが、愛嬌があったし、ちゃらんぽらんな所こそあれそこまで問題になる様な事はしていなかった。

 

 頭を振って任務に集中する、雑念は思いもよらぬ災いを呼び込むのだから。

影は眼前の少女に狙いを定め、音も無く動き出す。

 

 

 翌日 ゲルドの街

 

 ついに演奏会当日だ。

今回は演奏会にも、祭りにだって参加できる。

チークさんが気を回してくれて今日一日は非番だ。

後でお土産を沢山持っていこう。

 

「リンク君?見ない間に大ちくなったね」

 

「モモさん!お久しぶりです」

 

「おっ、久しぶりだなモモ!元気だったか?」

 

 彼女はリトの村に住んでいる姉達の友のモモさん、その独特の雰囲気と所々で「ち」を付ける愛嬌ある口癖からか隠れファンが多い。

今回の引率は彼女の父であるハーツさんなのかなぁ…?

 

「父ちんじゃなくてね、カッシーワちんに引率して貰ったの」

 

「ああ成程…って僕口に出しましたっけ!?」

 

「気になるって顔に書いちあったから」

 

「相変わらずね、リンクを見てそれが出来るのなんて私達ぐらいだと思ってたのに」

 

 ―相変わらずつかみどころのない不思議な人だなぁ…。

というか姉ちゃん達、僕の顔を見ただけでわかるの!?

隠し事は出来そうにないなぁ…。

 

 そう言えばそうだった、ハーツさんは撃たれた時の傷で遠くまで飛ぶのは厳しいんだったっけ。

砂漠の砂嵐の中周りの警戒をしながら飛ぶのは大変だろうしなぁ。

 

「今日は待ちに待った演奏会、みんなたのちみにしてるから気合入れようね」

 

 今回のリト族側の歌のリーダーはモモさんらしい。

姉ちゃん達とあまり年も変わらないだろうから、順当と言えば順当ではある。

所々不思議な言動が目立つ人ではあるのだけど。

 

「さぁさぁ、せっかくの祭りでもあるんだ!思う存分ゲルドの街を堪能していってくれ!」

 

 フェイパ姉ちゃんが言うように、このイベントは交流会としての意味合いが強い。

活気があり、社交的なゲルド族の民が招待して他民族を持て成さないなどあり得ない。

 

「それもそうだね、フェイパ。それじゃあ、本番開始一時間前になるまでは自由時間にするから、それまではたのちんでおいで」

 

 モモの号令が早いか我先にと出店へと散ってゆくリト族のみんな。

普段は素朴な村に住んでいるとスルバ姉ちゃんが教えてくれた、初めて見る街の興奮は僕もしっかりと味わってきたからよくわかる。

 

「よっし、それじゃアタイ達も回ろうぜ!」

 

「それもそうね、色々とお店があるから、気になった所を回りましょ?」

 

 本当に久しぶりに屋台や出店を見て回った気がする。

商い用のものとしてなら見て回って来たけれど、こういうお祭りの物はまた一味違って見えるものだ。

 

「おっ、射的があるじゃねーか!今日こそはリベンジしてやろうぜ!」

 

「ちょっとフェイパ、ゲルドの的当ては本当に難しいわよ」

 

「うーん、パパの弓使ってもいいかなぁ…?」

 

「「それは駄目(よ)だ」」

 

 ハーツさんは家業で弓の職人をしている。

伝統的な工法で大人の身の丈ほどもある強弓だって作ることが出来るのだそうだ。

そんなものを的当てに持ち込んで使う事は流石にやめておいた方がいいだろう、そもそもちゃんと引けるかどうかも怪しい。

 

「それじゃあ、誰が一番近くに当てられるか競争しようぜ」

 

「あ、それくらいならいいかもね。大人の兵士じゃあるまいし、的中させるのは現実的ではないわ」

 

「あちし、やりたい!」

 

 そんなこんなで的当てをする事になった。

ゲルドの弓特有の硬い弦は弾き絞るだけでも一苦労だ。

 

「ムムム…硬い…」

 

「そう言えばリト族で弓を引くのはヴォーイだけの文化だったか…」

 

「初めてでゲルドの弓は厳しいわよ…取り回しが難しい事で有名だもの」

 

 モモさんは引き絞る事すら叶わず、射ることが出来なかったみたいだ。

リト族のヴァーイは弓を引く機会は無いらしいからなぁ…。

一番近くに当てたのは僕で次にフェイパ姉ちゃん、スルバ姉ちゃんといった順番だった。

それでも僅かにズレて外してしまったのは反省しなければならない。

実戦ではそれが命取りになる。

 

「はぁ~、何だかんだ近くに飛ばせるだけすげえな!」

 

「引き絞れるようになったのは最近だからね、当てる事はまだまだ出来そうにないよ」

 

「引けないんじゃ、練習の仕様がないものね。まだまだ練習を積んでいかないといけないわ」

 

「まだまだ時間はある、おいちいものが食べたいでち」

 

「いいなそれ!そう言えばティクルどうした?」

 

「ティクルなら、ちょっと体調崩したから行けそうにないってベローアさんが言っていたわよ」

 

 そっかぁ、せっかくみんなで楽しめると思っていたのに残念だ。

心配だけど、ティクル姉ちゃんなら自分よりも演奏会を優先して欲しいっていうだろうなぁ。

ちゃんとお土産を用意しておこう。

 

 屋台でお菓子を買って、みんな思い思いに堪能する。

勿論、外で待っているカッシーワさんの昼食やお菓子などもバッチリだ。

リト族の子達はこれから歌う為のガンバリバチのハチミツアメも忘れない。

 

 

「ごめんなさいモモ、リンク。私達、先に失礼するわ。思ったよりも人が多いから場所も先にとっておかないといけないし」

 

「そればっかりは仕方ないでち、演奏会楽しみにしてね」

 

「フェイパ姉ちゃん、スルバ姉ちゃん。最高の演奏で最高の一日にしてみせるからね!」

 

「期待してるぜ、リンク!それじゃ、お先にサヴォーク(さようなら)!」

 

「リンク、アナタならきっと大丈夫よ。あなたの為に作ったサプライズ、楽しみにしているわ。サヴォーク」

 

 2人とも僕たちに手を振って別れる。

きっとみんなにとって素晴らしい一日になる、そう信じて



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第54話 双炎のロッド

総合評価200、UA7000達成、お気に入りが100を超えました!
ありがとうございます!

よろしければ、これからもお付き合いのほどよろしくお願いします!


「なあ、気になることがあったんだろ?正直に教えてくれよ」

 

 フェイパが言うように2人がカッシーワの所へ行くにしても、演奏会へ行くにしても少々時間がある。

せっかくのリンク達との時間を削ってまで別れる理由がどこにあるというのか。

 

「決まってるでしょ?ティクルのお見舞いよ」

 

「そりゃ、ティクルの事は心配だけどよ…。その為にリンク達から離れたと聞いたらアイツいい顔はしないだろうぜ」

 

「勿論そんなことは承知の上よ。―祭りの屋台の中にベローアさんの出店が無かった。この書き入れ時に参加を見送るとなると余程の事と考えるべきだわ」

 

 この演奏会は沢山の種族が観光に訪れる一大イベントだ。

ただでさえ活気に満ち溢れているゲルドの街において、この好機を逃す商人がいるものか。

それどころではないとなると余程ティクルの調子が悪いと見える。

 

「確かに去年の今頃はルージュ様の事もあったしな。わかった、一緒に行こうぜ」

 

「サークサーク、作り置きしておいたゴーゴーニンジンのリゾットを持っていきましょう」

 

「お、いいなそれ。あれならそんなに負担にはならないだろ」

 

 手早く温めなおした後、ティクルの家に持って行った2人。

容態はどうなんだろう、あまり重く無ければよいのだが。

 

「ごめんください、ベローアさん。ティクルのお見舞いに来ました」

 

 フェイパの掛け声が家の中に響く。

…返事は帰って来ない。

 

「ベローアさん、薬を買いに行ったのかしら。ティクルは…」

 

 ゲルド族の家は岩をくりぬいたような、簡素なものだ。

それ故に、シンプルな構造が多く、眠っている者がいればすぐにわかる。

 

「いない?」

 

 ベローアがいないのはそれほど不思議には思えないが、ティクルに至っては流石におかしい。

 

「…スルバ。あれ家から持って来よう。使わないに越した事は無いが、念のためだ」

 

「そうね、杞憂ならいいのだけれど」

 

 

――

 

 ゲルドの街 路地裏

 

「ふぅー、流石にこの時期はお客さんが多くなるね。早めに戻って、オルイルと交代しないと」

 

 Hotel Oasisの店主である、アローマが食事を摂っていた。

客の前で食事を行う訳にはいかないし、かといって一日中飲まず食わずではハードな一日をこなしきれないだろう。

 

「御馳走さまっと。あれはベローア?」

 

 ふと目を向けた先には、ベローアがいた。

珍しい…というよりあり得ない。

一番の稼ぎ時に、こんなところで見かけるだろうか。

 

「ベローア、どうしたんだい?こんなところでさ」

 

 職業柄沢山の人を見て来たアローマだ。

ベローアの様子に気が付かない筈がない。

今の彼女は…八方塞がりで途方に暮れていたメルエナのそれとあまりにも酷似していた。

 

「アローマかい…。何でもないさ。気を遣ってくれてサークサーク…」

 

 あえて違うところがあるとするなら、恐怖が混じっている様にアローマには思えた。

僅かにではあるが震えているのがわかる。

 

「アタシだって接客業を営んでいる身だよ?とてもそうは見えないね。…アタシで手に負えないのならそれこそ兵士さんに―」

 

「そ、それだけはやめておくれ!大丈夫だから!何も問題ないから!」

 

 アローマの会話に被せる様にベローアは大丈夫と言い張る。

まるで自分に言い聞かせている様にすら見えて来る程の必死に語る。

 

「―そうかい、アタシの勘違いだったみたいだ。もし、何かあったら言っておくれ。力になれるかも知れないからさ」

 

「サークサーク…。それじゃこれで失礼するよ」

 

 問題が無いとは程遠い表情のまま、ベローアは帰っていった。

それなりに時間が経っており、オルイルと交代する時間はもう間近だ。

アローマも急いでHotel Oasisへと帰っていった。

 

「アローマさん、お疲れ様です。そろそろ交代ですか?」

 

「ああ、オルイルお疲れ様、ちょっと休憩前にこの資料を宮殿に届けてくれないかい?納品する食料の見積もりさ。その代わり1時間余分に休憩取ってきな」

 

「お安い御用です、すぐにお届けしますね!」

 

 この一番忙しい時期における休息がよほど嬉しかったのか、駆け足気味に移動するオルイル。

それは言い変えるとアローマにとっては長い長い仕事の始まりでもあった。

 

 

「まさかこんなにも早く使うかもしれないなんてね」

 

 そう言うスルバの手には冷気を放つ杖が握られている。

氷の力を封じ込めたフリーズロッドだ。

 

「まだ使うと決まった訳じゃないだろ?それに試作品とは言え、アイシャさんのお墨付きだぜ?」

 

 そう言う彼女の手には熱気を放つメテオロッドが握られている。

ルージュを助けた際の褒美として2人が選んだものだ。

 

 リンクと違って武器の扱いには慣れていない彼女達、今から剣や槍の術を学んだとしてもゲルド族の頂点に立ったリンク並みの強さには届かないだろう。

そのリンクですら怪我だらけで帰って来るのだ、剣や槍では外へ出るには心許ない。

かといってゲルドの弓は非常に扱いが難しいのも事実だ。

 

「まあこれなら遠くからの攻撃もできるし、近づいて攻撃したり精密な扱いも必要ないから旅のお供にはいいかもね」

 

「だろ?それに何というか…妙にしっくり来たんだよ。多分、お前もそうだったんじゃないか?」

 

「それは否定しないわ。でも名前まで書く必要あった?」

 

「いいだろー?他の人だって持っているかも知れない。でもこれはアタイ達の特別な物なんだからさ。間違えても嫌だしな」

 

「まさか魔物が使う武器を、人が使いやすいように改造してくれなんて閃くとは思わなかったわよ…」

 

「だってよ、これってアタイ達がゴロン族の料理を食べてるようなものだろ?改良しないと絶対無理があるって」

 

 スルバが半分呆れたようにため息を漏らす。

フェイパがアイシャに頼んだ事、それは2人が持つこのロッドの改良であった。

元々メテオロッドもフリーズロッドも上位のヴィズローブ達が持つ魔力の込められた武器だ。

 

 彼らがこの杖を使った場合、魔物を呼び出したり、天候を変えたりすることが出来る。

要するに人が使う場合、その性能を活かしきることが出来ないのだ。

元々は魔物が使う武器だ、人が十全に使いこなせる保証はない。

 

 そこでアイシャの宝飾技術の出番という訳である。

彼女は宝石に秘められた力を存分に引き出すことが出来るのだ。

 

 例えばルビーは炎の力を強め、雪山であるへブラ山の様な凍える冷気から身を守ってくれる。

サファイアは氷の力を強め、ゲルド砂漠の様な干からびそうな熱気から身を守ってくれる。

 

 そのような加護を人の身に付けるアクセサリーに込めるかの如く武器にも応用できないかと考えたのである。

フェイパのロッドには赤く燃え盛る宝石が、スルバのロッドには青く凍てつく宝石が埋め込まれている。

 

「勘違いならいいけれど、ティクルを探してみましょう」

 

「よし、そうなると裏路地から探してみるか?」

 

「ええ、イチゴ畑もそこにあるしその辺りにいる確率が高いわ」

 

 2人は頷き路地裏へと駆けてゆく。

頼むから何事も無く勘違いであってくれと願いながら。

 

――

 

(どうしてこんな事に…)

 

 ベローアは目の前が真っ暗になる思いだった。

娘であるティクルが昨日から帰って来ない。

心配になり探しに行こうとするタイミングで脅迫状が送られ、不安は絶望に変わる。

 

 娘を返して欲しければ、1日大人しくしていろ

後日要求を送るまで兵士には伝えるな、守られなかった場合娘の命の保証は出来ない

 

 娘のティクルが身に付けていたアクセサリーを添えられており、いたずらの類では無い事が示されている。

 

 紛れもない犯行予告だった、演奏会の出店どころではない。

相手も要求もわからない現時点で彼女にできる事など何もなかった。

現時点でティクルの誘拐を知っているのは彼女の他に、姉であるエメリだけだ。

 

 エメリは演奏会に合わせて、妹と姪の顔を見に来たのだがベローアの焦燥しきったその姿に何があったのか尋ねた。

限界だった彼女は事の委細を伝え、縋りついた。

 

 とは言えエメリにできる事は、妹を励ますことぐらいである。

相手の要求がわかるまではできる事も殆ど無い。

昨日から過度の緊張に置かれている妹に料理を作る為に外している間、アローマに話かけられたという訳だ。

 

旅人「すみません、少しよろしいでしょうか?」

 

 彼女に声がかかる。

姿からしてハイリア人の旅人だろうか。

…こんな人通りの少ない場所で珍しい。

 

「―ああすまないね。ちょっとボーッとしていたよ。どうしたんだい?」

 

旅人「いいえ、大した用ではないのですが。―これを渡すように頼まれておりまして」

 

「!見ても構わないかい!?」

 

 ええどうぞというが早いか渡された紙に書かれた内容を読み込んでいくベローア。

元々悪くなっていた顔色からさらに血の気が引いてゆく。

 

(厄災の再来を告げるゲルド族の男を差し出せ!?要求が聞き入れられない場合、今夜このゲルドの街を攻め入る!?)

 

 訳が分からない。

ただでさえ娘の一大事で気が動転してしまいそうなのに、厄災の再来?ゲルド族の男?果てには今夜この街を攻め入る?

あまりにも衝撃的な内容の連続に、一般人であるベローアに耐えられる訳も無かった。

 

旅人「読んで頂けましたか?それともう1つ要件がありまして―」

 

 まだ他に何かあるのだろうか、それならこの紙に書いておけばいいものだろうに。

 

旅人「兵士達に索敵の動きがありました。―お命頂戴する!」

 

 いつの間にか手に持っていた刃で斬りかかろうとして来たその時、炎と氷の球が旅人へと飛んでゆく。

それに気が付いたか、後方へと信じられない程の跳躍で躱す旅人。

炎の球と氷の球は目標を捉える事も無く、明後日の方向へと飛び跳ねていった。

 

「大丈夫ですか、ベローアさん!?」

 

「今のうちに早く逃げて下さい!」

 

 フェイパとスルバの声に我に返ったベローア。

咄嗟に逃げようとした時である。

 

「それは困りますね。破られた以上、しっかりと見せしめにはなってもらいませんと」

 

どこからともなく声が響き、宮殿へと続く道を塞ぐように忍び装束を身にまとった大柄な者が道を塞ぐ。

 

 ゆったりとしたそれでいて隙の無い構えで袋小路に追い詰めるは―片刃の長刀を手にする屈強な戦闘員、イーガ団の幹部であった。

 




旅人だけ会話の前に名前がついていますが

これは原作であるブレスオブザワイルドの変装イーガ団を表しております。
この作品ではモブであるキャラクターにも名前がついていますが、変装しているイーガ団には旅人と表記される為、より原作に近い形になるよう表現してみました。


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第55話 時の運命 さいごはアンコール

お気に入り120達成ありがとうございます!
これからもお付き合いのほどよろしくお願いします!


 同時刻 ゲルドの街 外壁

 

「ええと…待ち合わせしていたのはこの辺りでしたか。間違っていなければ良いのですが」

 

 モモ達の引率及び、初めてできた弟子たっての願いを叶えるためカッシーワは外壁の近くで待機していた。

あらかじめ決めておいた時間にお互い楽器を鳴らすことでセッションをするつもりである。

厚い城壁に阻まれようと、音を通じて交流できるのはいいものだ。

 

「おや、カッシーワさんではありませんか」

 

 ゲルドの街の入り口ならばともかく、少し離れた裏路地に近いだろうと思われる場所で声をかけられた事に多少驚きつつも振り返り答える。

 

「ああ、ドゥーランさんでしたか。ご無沙汰しております」

 

「いえいえ、そんなお構いなく。以前カカリコ村へいらっしゃったとき以来ですな」

 

 カッシーワは世界中の古い伝承を研究する為に訪れたことがあったのだ。

彼の師匠はシーカー族であった為、一族の本山ともいえるカカリコ村へ足を運ばないという選択肢はあり得ないと言っていい。

 

「その節はお世話になりました。それにしてもドゥーランさんはどうしてこちらに?」

 

「ええ娘達に演奏会を見に行きたいとせがまれましてな。娘達には色々と苦労をかけましたから」

 

「娘達ですか…私も似たようなものです。1人、世界各地を飛び回って家族を蔑ろにしていたのですから」

 

 彼らには家族への負い目という共通点がある。

カッシーワには本人達に許されているとは言え、神獣の暴走した時でも村へ帰ることが出来ず5人娘を妻に任せざるを得なかった事。

 

 ドゥーランにはイーガ団を抜ける際、妻を失い。

娘達に寂しい思いと生活の負担を強いてしまっている事である。

 

「やめましょうこの話は、お互いに悲しくなります。それでカッシーワさんはどうしてこちらに?演奏会ならば門の前が楽しめる筈ですが」

 

「実は私の弟子が演奏会前に一緒に演奏したいそうなのです。顔を合わせての指導は出来ませんが、それでも熱意のある教え子というのは嬉しいものですね」

 

「そうでしたか、よろしければご一緒してもよろしいですか?」

 

「勿論ですよ、そろそろ時間になる筈なのですが―」

 

 そう壁の方を振り返った時である。

城壁の奥から火の球と冷気の塊が飛び出し砂漠の空に弧を描く。

何年もの間、ハイラル中を飛び回ったカッシーワにはそれが何なのかすぐに思い浮かんだ。

 

 ウィズローブのファイア系のロッドとアイス系のロッドによる攻撃である。

しかし、問題なのはそれが持つ意味だ。

剣や槍と同じようにロッドに込められた魔力は殺傷力を十分過ぎるほどに備えている。

それが街の外まで飛び出すという事がすでに大問題と言っていい。

 

(スルバさんの手紙によると、演奏会や住んでいる人の邪魔になっては悪いから人通りの少ない場所を選んでいた。細かい事にも気を使える優しい人らしい―つまり人気のない場所にいるのは…)

 

 それは確信めいたものでは無い。

憶測と言ってしまえばそれまでだろう、しかし頭の中で思い描いている状況が警鐘を鳴らして止まない。

 

(街の中で攻撃だと!?この街へ来るのは初めてだが世界最大の交易場でこんな事が許されているはずが無い、まさか奴らが!?)

 

 ゲルドの街は、自身がかつて所属していた集団のアジトに最も近い集落だ。

そこまで思案した所で先程までの話が頭をよぎる。

抜ける時に自身が失った半身と言っても良い存在、奪い取ったのは―

 

 辿り着く道筋は違っていても2人の結論は背筋の凍るもので、非常に似通っていた。

 

「カッシーワさん!あなたは上空から街の襲撃場所を教えて下さい!私はゲルド族の門番に街の中で暴れている者がいると伝えて来ます!」

 

 かつての組織やカカリコ村で門番をしていた経験から、こういう時自身が何をするべきなのか直ぐに把握し指示が出せた。

 

「は、はい!急いでお願いします!」

 

 カッシーワが慌てて飛翔し上空から確認をする為辺りを見渡す。

彼らの動きは悪くは無かったが、条件の方はすこぶるよろしくない。

 

 1つ目はこの場所が砂漠であり、吹き荒れる砂塵によって視界がすこぶる悪かったという事。

2つ目にこの場所が交易場として最も大きく、それに比例するかの如く相当に街の広さも広大であったという事。

3つ目はロッドによって跳んでいく球は壁や床でバウンドする為、どの辺りから攻撃をしたのかが予測が経ちにくかった事。

そして4つ目が彼らが男性であり、街へ入る事が許されなかったという事と、それによって街の中の土地感が全くと言っていい程無かった事だった。

 

――

 

 ゲルドの街 演奏会会場

 

「リンク様!今度は約束通り遊びに来ましたよ!」

 

「プリコさん、ココナさんも!来てくれたんですね!サークサーク!」

 

「リンク君。こちらの方はどちらさまでち?」

 

「モモさんにも紹介しますね。こちらはカカリコ村のココナさんとプリコさんです。以前お世話になったことがあってその時にまた会えるか約束していたんです」

 

「なるほど、リンク君も隅に置けないでちね。ココナさん、プリコさん、よろしくでち」

 

 モモの一礼に対し2人も深々と頭を下げる。

 

「父様が送ってくれたんです。その姿…演奏会に参加なされるのですね。とっても良く似合っていますよ」

 

「サークサーク、改めてそう言われると照れくさいものですね。ココナさんもせっかくのゲルドの街です。みんな来てくれるなんて最高の一日です。思う存分楽しんでいってくださいね!」

 

 今日はいい日だ、彼はつくづくそう思う。

演奏会の主役として参加できるだけでなく、旅の先で出会った友人たちが異国まで遊びに来てくれた。

皆で祭りを堪能すれば楽しみもまた格別だ。

 

「―さて、そろそろ時間ですね。ココナさん、プリコさん。僕達の演奏、楽しんでいってくださいね」

 

「2人とも早めに応援席へ向かった方がいいでち。毎年すごい人気だからいい場所はすぐに埋まっちゃう」

 

「そうなんですね、ココナ姉様!早くいきましょう!」

 

「ちょっとプリコ手を引っ張らないで…リンク様。モモ様。頑張ってくださいね。応援しています」

 

 プリコに引っ張られる形でココナは観客席の方へと駆けていった。

それとほぼ同時かというぐらいにリト族の子達も帰って来る。

準備にかからなければ。

 

「…ていっ」

 

「うわぁ!?モモさん何するんですか!?」

 

「リンク君、固い。ちみの真面目な所は美点の1つだけど、演奏会の成功に意識が逸れてる。リンク君自身も楽しむことが大事」

 

 モモは相手の心理を察し、ふとした時にするっと入って来るような事を話す。

リンク自身も言われてから楽しむ事の大切さを自覚する。

 

「すみませんモモさん。ちょっといいところ見せたくなっちゃって」

 

「君と家族や友達が見たいのは良い所よりも、君の笑顔でち。そこを間違えちゃ駄目」

 

 そう言われてかリンクは両頬をペチンと軽くたたいて切り替える。

一呼吸おいてからフェイパを彷彿とさせるまぶしい笑顔で準備に取り掛かった。

 

 

 いよいよ演奏会が始まる時間だ。

金属特有の光沢に彩られた衣装を身にまとい、リンクはステージに上がる。

その後ろを取り囲むようにリト族の子供達がリトの民族衣装に身を包み並んでゆく。

 

 観客席は凄い人だ!

去年の演奏会が素晴らしかった事とリンクがゲルド族で頂点に立った為、話題性があったからかもしれない。

 

(うわー!すっごいひとだ!姉ちゃん達は…どこだろう?数が多すぎてわからないなぁ。ココナさん達はあの辺りか、だいぶ後ろの方になっちゃったみたいだ。もうちょっと早めに教えてあげるべきだったなぁ…)

 

 リンクがそう考えている内にも時間は過ぎてゆき、この演奏会の責任者であるルージュが壇上に立つ。

 

「遠路遥々ゲルドの街へよく来てくれた。勿論こちらで暮らしている者達の尽力にも感謝しかない。種族の垣根を超えた交流の場でもある演奏会を思う存分楽しんでいって欲しい」

 

 待ってましたと言わんばかりに歓声が上がる。

湧き上がる熱気、人々の高揚を床の振動を通して雄弁に伝えて来る。

こういう時、大半を占めるゲルド族の陽気な気質はありがたい。

 

(みててね、フェイパ姉ちゃん、スルバ姉ちゃん。聞こえるかはわからないけれどティクル姉ちゃんにも届くといいなぁ…。―本気で楽しむ)

 

 曲が流れる、ゲルド族特有の明るく活気のある人気の曲だ。

待ってました、これが聴きたかったんだと歓声がより一層大きくなる。

リンクのオカリナとリトの子達の歌声で活気のある演奏は難しいイメージがあるがそんなものは全く関係ないと言わんばかりに音色にも声にも張りがある。

 

 リト族に伝わる竜の島という曲も明るい曲調で更にボルテージを上げてゆく。

リンクの仕上がりも順調の様で次々と演奏をこなしていった。

 

「アンコール!アンコール!アンコール!」

 

 観客席から拍手と共にもう一曲とリクエストがかかる。

どうやら去年のもう一曲が非常に好評だったらしく、最後にどんな曲があるのかと期待がかかる。

 

 それにこたえる様、リンクは静かにオカリナを構える。

自分の為に新曲を作ってくれた姉からの贈り物を奏でる。

 

 先程までとは違い穏やかで厳かな曲であった。

それは雄大であるのに身近なもの不思議と時間を忘れるようなじんわりと染み渡る曲に皆聞き入っている。

反応は真逆ではあったが、それでもいい曲であるのは誰もが釘付けになった観客席の様子から明らかと言えるだろう。

 

―曲が終わった、それと共に皆からの盛大な拍手が沸き起こる。

ステージの主役はいいものだ、リンク達は一列に並び改めて一礼する。

無事終わった―リンクにとって愛しい姉からの特別な贈り物、嬉しくないはずが無い。

 

(やった!スルバ姉ちゃんの初めての曲。すっごい、ホントのプロみたいだ!かっこいいなぁ!サークサーク!)

 

 演奏会の成功による充実感、高揚感を胸に抱きながら締めくくる。

ステージから降りた後、リンクは姉達を探す。

しかし、人のごった返す街中で2人の姿を見つける事は難しかった。

 

「うーん、見つからないなぁ…ん?この匂いは…」

 

 リンクはこの匂いを知っている。

ココナ達の暮らしているカカリコ村の特産品である香水だ。

梅の花の香りはフェイパが好んでつけるこの街では非常に珍しい一品。

その香りにつられるようにリンクは歩みを進めてゆく。

 

(…なんで裏路地の方に進んでいるんだろう…?何かあったのかな…?)

 

 リンクの進む先、姉の物と思われる香りは進むたびに非常に強くなってゆく。

むしろこれ程強いものだったか疑問を感じるほどだ。

 

(人だかり?香水に混じるこの匂い―まさか…まさか!!!)

 

 頭に警鐘が鳴り響き、人だかりへと全力で走り抜く。

勘違いであって欲しい、間違っていてくれ!!そう己に言い聞かせながら輪の中に割って入る。

その先に待ち受けていたのは…

 

(嘘だ…、嘘だ、嘘だ!なんで!?どうして――!!!)

 

 血の海に沈んだリンク最後の家族、姉2人の姿であった―



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第56話 姉達の大きさ

UA8000達成ありがとうございます!
バーも伸びて赤色に変わりました、本当にありがとうございます!


「リンク…、フェイパが…スルバが…」

 

 リンクに縋りつきながら嗚咽を漏らし泣き続けるベローア。

その背中を姉であるエメリが慰める様に気休めとわかっていながらも優しくさすっている。

 

 助けられてしまった、娘の親友2人の命と引き換えに…ティクルに何と言えばいい

メルエナにだって合わせる顔が無い、それ以上に―呆然と佇んでいるリンクにどう詫びればいいのだ。

 

 彼女は本当に一人になってしまった、リンクを支え、守る身内はもう誰一人いない。

見せしめとして賊に命を奪われるという本当に救われない形で。

 

(フェイパ姉ちゃん、スルバ姉ちゃん―…)

 

 リンクが2人の亡骸に寄り添い膝を折る。

巨大な血だまりは身に付けていた衣装を赤黒く染めてゆき、その分だけずっしりと重くのしかかる。

 

(傷を負った訳じゃないのに立てない…こんなに力が入らないものだっけ…?)

 

 兵士として、時には魔物達相手に命のやり取りをしているリンクには気が狂ってしまいそうになるほどわかってしまう。

斬られた経験から裏打ちされた、命を落とすほどの出血を伴う斬撃がどれ程の痛みと苦しみを与えるのかが―

 

 リンクは心も強かった、母様達がいなくなったその日の内にルージュの下へ向かい未熟ながらも自分なりの覚悟と意志を見出した。

翌日には死と隣り合わせの砂漠の護衛を受け入れ乗り越えていった。

当時7歳の子供がこれ程強靭な精神を身に付けている事は見事というほかはない。

 

 ―彼が乗り越えたのは姉達を守りたかったからだ。

乗り越えたいとかそう言う心持ちなどどこにも持ち合わせていなかった幼い童の原動力が2人の姉であったことは疑いようもない。

だからこそ、その根本から崩れてしまった時、人はどうすればいいのかわからなくなる。

 

 彼は心が強かった。

それこそ、この惨劇を目の当たりにして気が狂わない程に、意識を奪われない程に…彼の強靭な心は彼自身を決して守りはしなかった。

すべて残酷な現実として凝視させ、正面から受け耐える事を強いたのだ。

 

 砂漠に咲いた特大の花の様なフェイパの顔が砂埃でくすんでおり、健康的でゲルド族特有の褐色の肌には否でも目に付くほどの大きな切り傷が残っている。

 

 流れる様なスルバの青髪は砂と血で見るも無残に乱れ、美しかった瞳が淀み濁ったまま虚空へと向けられたまま動かない。

 

―あの時、1年前両親がいなくなった時の姉達と決定的に違う。

 

 フェイパはくすんでしまったまま笑顔の輝きを取り戻すことは無い、切り傷の目立つ最期など戦士ではないヴァーイに対しあまりに無情ではないか。

 

 スルバだって主張はしないヴァーイではあったが身だしなみには気を遣っていた。ゲルド族には珍しい白い肌は鮮やかな青を一層引き立て竪琴を奏でる姿は女神の様であった。

そんな彼女を血と砂で彩りなど全く以て相応しいものでは無い、いつも周りに気を遣い優しく見つめてくれたその瞳がリンクを見てくれる事はもうあり得ない。

 

 2人は悲しみも苦しみも乗り越えて時に寄り添い、時に励ましてくれた。

もう、その機会すら決して訪れないのだから…

 

「―アタシのせいだ」

 

 その言葉にうつろな瞳で視線を動かすリンク。

視線の先でアローマが己の罪を悔いるかの如く告白する。

 

「ベローアの様子があまりにもおかしいと思ったから、兵士さん達に探りを入れて貰うようお願いしたんだ。多分、何者かに脅されていると思って…それがこんな結果を呼び寄せるなんて―」

 

 アローマにとってリンク達は旧友であるメルエナの残した忘れ形見だ。

子のいない彼女にとって彼女達は娘のような存在と言っていい。

 

 娘達の命を奪う切っ掛けになった自身の行動が許せないし、それ以上に残されたリンクの心を考えるだけで胸が張り裂けそうだった。

 

 違うとリンクは叫びたかった。

だがその一言が出なかった、夢でも見ているかと思う程に彼の身体は固まって何一つままならないのだ。

 

(パーヤ様やプルア様の忠告、なんて甘かったんだ…何が守ってだ、何が最強だ。演奏会にうつつを抜かして、本当に危ない時には何もできなくて、愚の骨頂じゃないか…!)

 

 イーガ団と同じシーカー族として危険性を訴えていた2人の言葉が彼の中で駆け巡る。

彼らは命を奪う事すら厭わない非情さを持っている、君はもっと強くならなきゃいけない自身を守る為、そして周りの人を守る為に。

 

「リンク、大変な時なのはわかっているが時間を頂けないだろうか?」

 

 ここで話の流れを変えたのはゲルドの街の族長であるルージュであった。

無論彼女とて辛いのだ、リンクを見つめる双眸には悲しみと責務が混ざり合う。

 

「…ルージュ様、このタイミングでも私に用があるという事はかなり逼迫した状況なのですね…?」

 

「ああ、アローマに無理を言って部屋の一室を借りさせてもらった。内密な話をせねばならぬ」

 

「アローマさん、ベローアさん、姉ちゃん達をよろしくお願いします」

 

「わかった、アタシ達に任せて行っておくれ」

 

「サークサーク、それでは失礼します」

 

 2人に対し頭を下げ、覚束ない足取りのまま用意された部屋へと向かったリンク。

痛々しい程に焦燥しきった姿は見るに堪えなかった。

 

 裏路地に沈痛な間が広がる、アローマとベローア、エメリではこの重い空気をどうする事も出来ないだろう。

 

「―失礼ですが、こちらにスルバさんがいらっしゃるでしょうか?」

 

 そんな空気を破る者がいた、それはアイシャによって道案内されたリトの吟遊詩人、カッシーワであった。

 

 数十分前 ゲルドの街 正門前

 

「―そうだったか、ドロップ。辛い役目を頼んでしまったな」

 

 門番仲間のドロップの報告をムリエータは渋い面持ちで受け止める。

この内容だけはいつになっても慣れてもいい気はしないものだ。

 

「どうなったのでしょうか!?私とて荒事には慣れています!私にも教えてくれませんか!?今あの場所には娘達がいます!他人事ではありません!」

 

 ドゥランが2人にどんな状況であったのか尋ねる。

その表情は鬼気迫るものだ。

理由などわかり切っている、恐らく潜り込んでいるであろう刺客が荒事を起こしたのだろう。

あの場所には娘達がいる、娘の恩人とその姉達がいると聞く。

穢れきった自分の命なんかとは比較にならない大切な宝物達だ、最悪の結末だけはあってはならない。

 

「…詳細は申し上げる事は出来ませんが、少なくともあなたの娘さん達は御無事です。私達としてもこれ以上お話しできる立場ではないとご理解ください」

 

「…あなた方の立場は理解しているつもりです。それならば担当の責任者を呼んで頂くか、私を街の中へと連れて行っては下さりませんか?」

 

 当然、普通はこんな要件が通るはずが無い。

だが大抵の事には例外が存在する。

無茶を通す為、ドゥランも覚悟を決める。

 

「―私は元々イーガ団の抜け忍のドゥランです。この騒動は奴らの物だと想定しております」

 

 彼女達の表情からドゥランは自身の憶測が正しい事を確信する。

この好機しかない、一気に畳みかける。

 

「私が提示できる交渉材料、それはアジト内部の詳細な地図と、街の警備で潜り込んだ奴らの鎮圧です。彼らの変装は私だからこそ見破ることが出来ます」

 

「―ドロップ、ルージュ様に報告を。万が一があっては許されない。ルージュ様が御認めになるのなら今回だけ通る事を許可しよう」

 

 ゲルド族もイーガ団のアジトの場所や構造はある程度は把握している。

それでも過酷なカルサー谷の気候と屈強なイーガ団員の前では詳細までは把握できていない。

それに加え、潜り込んだ団員を見極めるのは非常に困難だ。

同族のシーカー族ですら容易くとはいかないだろう、素早く確実に見分けることができるのはイーガ団関係者くらいだ。

 

彼の提案は非常に魅力的である、演奏会における殺人事件は明らかな非常事態だ喉から手が出る程の戦力となるだろう。

彼が本当にイーガ団から抜けているのならだ。

確認も取れずに招き入れるには状況が悪すぎる。

 

「ドゥランさん、スルバさん達は御無事でしょうか!?」

 

 カッシーワが正門の前に着地し尋ねる。

彼も焦っているのだろう、なにせ事件の起こった場所は弟子であるスルバが指定してきた人気のない裏路地だ。

 

「…貴方、スルバちゃんの御師匠さんね」

 

 門の奥、街の中から声がした。

向けられた視線の先には宝飾店の店主であるアイシャがいた。

 

「ええ、その通りですが…貴方は?」

 

「私はこの街で宝飾店の店主をしているアイシャよ。…残念だけどスルバちゃん達は…」

 

「そんな…」

 

 何という事だ、私は弟子の顔も知らない、声だって聴く事すら叶わない。

―弟子の最初で最後の望みすら叶えていない。

こんな不誠実な師がいるだろうか。

 

「お願いです。私も街の中へ連れて行って下さい!監視付きでも構いません!弟子の顔も知らないまま永遠の別れだなんてスルバさんが浮かばれない」

 

「…申し訳ないが、そればかりは許可できない。基本的にゲルドの街はヴォーイの出入りを認めていない」

 

「―ああ成程、カッシーワさん、ちょっとそこまでお願いできますか?」

 

 そう言ってアイシャは腕を絡める。

凄い力だ、ちょっとやそっとじゃ振り解けそうもない。

 

「それでは少々失礼します」

 

 

「あの、そろそろ離していただけるとありがたいのですが…」

 

「ねえ、カッシーワさん。あの街に入りたい?」

 

「勿論です、せめて私の教え子の顔を一目見たいのです。たった一年、それも文を通してしか私達の師弟関係は成り立っていなかった。それでもその気持ちに偽りはありません」

 

「その為には、大抵の事は出来ると?」

 

「ええ、その言葉に偽りはありません」

 

「わかったわ、その言葉が聴きたかった。私が力を貸しましょう。ゲルドの街にヴォーイが入る事を許される抜け穴教えてあげる」

 



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第57話 魂の弔い、決戦間近

活動報告に書いた通り、スランプになっております。

明らかに不自然だなというところは色々と修正してみました。

ここら辺がおかしいなどがありましたらご協力をよろしくお願いします。

楽しんで頂けたら幸いです。


「あの、正門の所から離れているのですが大丈夫なのでしょうか?」

 

 カッシーワの言うように2人は入口の方からどんどん離れてゆく。

人の気配すらほとんどない、本当にこんな方向に抜け穴などあるのだろうか。

 

「ねぇ、カッシーワさん。あの子達には両親がいない事は知っているかしら?」

 

「それは…存じております。スルバさんからの手紙に記されておりましたから」

 

「私達ゲルド族は、外から様々な品を仕入れ商いをする事が多いの。あの子達の親であるメルエナもその一人。父親と共に旅に出たまま2人は帰って来なかった…見送った彼女達の辛さは計り知れ物があったでしょう」

 

「それは…お気の毒でした…」

 

 長年世界中を渡り歩いたカッシーワにとって外の過酷さは身に染みるほどに重いものだ。

それだけにここでこの話をする彼女の意図を推測する。

 

(―ここでこの話をすることの意味…私が求めるもの…成程)

 

「つまりゲルドの街には男性を見送ることが出来る場所があるという事ですね?」

 

「御名答、流石は高名な吟遊詩人ね。いくらゲルド族といえども父親と一切会う事が許されないなんてことはあり得ないわ。そんな不誠実な事、ルージュ様がお許しになるはずが無いしそんな一族相手と結婚しようなんて物好きはそうそういないでしょう」

 

「入る事の許される一部の区画がこちらにあるという事ですか…。しかし大丈夫なのでしょうか?話を聞いている限り、男性なら誰でもという訳では無く伴侶のみに与えられた特権のようですが」

 

 カッシーワの推測は正しい。

見送ったり出来る入り口というものは男性でも入る事の出来るという都合のいいものでは無く、あくまで夫だけに許されたものと言える。

 

「だからずっとこうして腕を組んでいるんですよ。身分を証明したりしないといけない程ゲルド族は野暮じゃないわ。ヴォーイでは裏路地までしか入る事は出来ませんけどね」

 

 アイシャの言い分を纏めると裏路地までなら夫の様に振る舞えば何とか入ることが出来そうだ。

その為に腕を組んで自分の夫となる存在とアピールしているらしい。

 

「…さてと、見えて来たわ。あちらの入り口が旦那だけが入ることが出来る抜け穴よ」

 

 アイシャが指で示す方向をよく見てみると岩の陰にこっそり隠れる様に入り口が広がっていた。

成程、整備された道からずっと離れた上に、隠れている入り口となればそう簡単には見つからないだろう。

こちらの入り口にも門番がいる様で気軽に侵入を許す場所でもなさそうだ。

 

「ありがとうございます。色々と御迷惑をおかけしました」

 

「気にしないでください…。あなたにとってスルバちゃんが弟子であるように、アタシにとってもフェイパちゃんは大事な教え子でもあったんですから…」

 

 ポタリポタリと零れては砂に溶け込んでゆく。

 

 アイシャにとってあの子の真摯且つ情熱的、何よりも献身的な魅力は眩しいものだった。

付き合いの短いと言うカッシーワ達の物と比べてもなお少なく、それでいて師弟の様な明確なものではない。

 

 それでもあの子は自分でも役に立てることを懸命に探し、提示してくれた。

素人の浅知恵と言ってしまえばそれまでかも知れない、だが考えを纏めた資料は疑りようもない程に入念に調べられたもので、可能性に満ち溢れたものでもある。

何よりも私の腕ならばできると信じた上で送ってくれたのだ。

 

 期待に応えるべく精魂を込めて作り上げた試作品の2つのロッド、それがあの現場に転がっていた。

その事実が何があったのかを雄弁に語りかけて来る。

―私があんなものを作ったばかりに…

 

 力及ばずに顧客の要望に応えることが出来なかった事だって勿論ある。

だが作ってしまった事を後悔する様な事だけは無かった。

 

 それを気遣ってかカッシーワがハンカチを差し出す。

逞しい体躯とは裏腹に実に誠実で優しい紳士だ。

 

「サークサーク。そろそろ行かないとね。アナタを連れて行く事があたしに出来るせめてもの償いなのだから…」

 

 

「…という訳で、アイシャさんに連れてきてもらったのです」

 

 カッシーワはアイシャに腕を組まれたままの姿で答える。

…そろそろ離してくれても良いのではないだろうか。

夫婦の様な振る舞いはここまで来れば必要ない筈だが…

 

「サヴァサーバ、カッシーワさん、この子達の為にこんな無茶をしていただきサークサークです。―こちらの青い髪の少女が貴方と文通をしていた、スルバちゃんです」

 

 そう言って、アローマがカッシーワに語り掛ける。

これが2人にとって最初で最後の邂逅―

お互いに手を握り合い、動かなくなった2人に黙とうを捧げた後、カッシーワは自身の持つコンサーティーナーを取り出す。

 

アイシャもこの時ばかりは絡めた腕をほどいた。

 

「―スルバさん、フェイパさん。初めまして、私がカッシーワです。こんな形で会う事になるとは思いませんでしたし、共に演奏する約束は果たせなくなってしまいましたね…。今年の演奏会、ほんの僅かにだけしか聞こえませんでしたが、あれは貴方達が助け合って作った曲なのでしょう…よく、頑張りましたね。せめて私から一曲捧げさせてください」

 

 それは彼女達だけの演奏会、それは本来響くはずの音色の半分だけが虚空に溶ける。

悲しみに暮れていた皆が黙祷を捧げる。

 

 共に演奏するのにはまず使わないような重く悲しみに満ちた鎮魂歌。

ゲルドの街にも伝わる正式な悼む為の曲、異なる種族の文化にも造詣の深いカッシーワだからこそできる手向けであった。

 

「…アローマ、ちょっとだけベローアを頼めるかい?」

 

――

 

 Hotel Oasis

 

「リンク、こんな時に本当に申し訳ないが力を貸して欲しい」

 

 リンクの向かった一室ではルージュ、ビューラを始めとした歴戦の戦士たちが集まっていた。

 

「ルージュ様、ビューラ様やチーク隊長まで…一体何が始まるんです?」

 

「―イーガ団が攻めて来る」

 

「―えっ…」

 

「簡潔に説明すると我らの神器「雷鳴の兜」を手にする為に襲撃をするつもりらしい…」

 

 随分と思い切った行動に出たものだ。

いくら神器とは言えこんな祭典の最中に襲撃して奪う算段であるのなら、それは多すぎる敵を作る事になるだろう。

只でさえ厄災ガノンを失い、後ろ盾のない彼らがそのような凶行を実行しようものなら滅ぼしてくださいと言っているようなものだ。

 

 ルージュは彼らの要望の全てをリンクに伝えはしなかった。

彼らは過去に一度「雷鳴の兜」を盗むことに成功している。

神器だけならここまで事を大きくする必要は無かった筈だ。

 

 恐らく本命はリンク自身の身柄であるとルージュは推測している。

しかしだからと言ってそこまで彼が背負い込む必要などどこにもない。

 

(…母様から僕の出生は聞かされている。神器だけの為に態々負担を大きくする必要なんてない)

 

 だが彼は自身の出生についてメルエナから聞かされていた。

ゲルド族の中でハイリア人のヴォーイの様な名前を付けられれば気になるだろう。

 

 街の危機に神器の喪失、助けられるものもいない中で彼女に手を差し伸べてくれた英傑の名を持つ女神の様な少女―これ程の話を忘れられるだろうか。

 

(―伏せて置いても気が付いてしまうか…今だけはおぬし自身の為に辿り着いて欲しくなかったのだが…)

 

「リンク、状況が許してくれないと思うかも知れないが、私とてお前の上官だ。私が代わりを努めるから、辛いのなら姉達の傍にいて欲しい。お願いします、ルージュ様。リンクがあの子達の所へ戻る事をお許しください」

 

 まだ子供のリンクにこのようなタイミングで戦場に送るのは流石に我慢ならなかったのだろう。

これ程精神的に追い込まれている者に兵士や住民の命を預ける訳にもいかないというのもある。

チークがリンクに姉達の所へ行く事を提案する。

 

「ルージュ様、少し失礼するよ」

 

 そんな折、この部屋の中に割って入る者がいた。

ベローアの姉であるエメリである。

 

「エメリか…重要な話なのだが後にしてもらえないだろうか?」

 

 今は非常事態だ。

あまり時間を取る訳にもいかないのだが、飄々とした彼女はお構いなく話を続ける。

 

「詳しくはわからないけれど、奴らへの対応だろう?いいものがある」

 

 そう言って、彼女が差し出したのは黄色く熟成された芳醇な果物、大量のツルギバナナであった。

ベローアの姉である、エメリもカラカラバザールで果物屋を営んでいる。

そして、イーガ団の何よりの好物がツルギバナナなのだ。

彼らはそれを見ると心を奪われ、持ち場から離れてしまう程である。

この果物の持つ魔性には決して贖えない。

 

「多分、気付かない内にアタシの店にも変装して買いに来てたんだろうね。でもそれも御仕舞。妹を泣かせ、姪を連れ去った奴らに売るバナナなんてない。姪の友達を手に掛けた、絶対許さない」

 

 エメリの店にはツルギバナナが売られている、世界で唯一といっていい。

彼らからしたらアジトから最も近い店の1つであり、品、立地ともに最高と言えるのは疑いようもない。

確実に常連になっていただろう。

 

「あいつらにティクル姉ちゃんが捕まっている…?行かせてください、もう私はこんな思いをする人を出したくない」

 

 エメリの言葉にリンクが反応した。

自分から姉達を奪い取るだけでは飽き足らず、ティクルにまで危険に晒す外道ども。

握るナイフからはミシミシと音が聞こえる。

 

「―わかったそれについては考えてある。リンク、ゲルド砂漠へ出てルージュ様をお守りしては貰えないか?」

 

 チークの発案内容が予想外だったのか目を白黒させるリンク。

時間が惜しい為かチークはそのまま大まかな方針を説明してゆく。

 

「ゲルドの街で防衛も考えたが…いかんせん状況が悪すぎる。ゲルドの街にもそれなりにイーガ団の者が紛れ込んでいるとみていいだろう。演奏会当日という事もあり統制のとれた防衛を築くのは困難だ」

 

「しかし…それでは街の防衛が疎かになってしまいませんか?」

 

「うむ、確かに防衛力という意味では街の中を固めるよりは劣るだろう。今回の作戦の肝は相手に攻勢に映らせない事だ。戦い方には自分達の強みを活かすものもあれば相手の強みを打ち消すものもある。今回の場合は後者が該当するだろう、神器を身に付けたルージュ様とスナザラシで攪乱をして欲しいのだ。具体的には―」

 

 チークの話を纏めると、ゲルドの街を攻め込んだとしても目的の代物は手に入らないと思わせる事だ。

神器などの略奪を目的とするという事は、裏を返せば物が無ければ攻め入る理由が無いという事でもある。

 

 「雷鳴の兜」を身に付けたルージュがパトリシアちゃんに乗り、彼らを引き付けるらしい。

ルージュの腕をもってしても一人ではいずれ数で囲まれ逃げ切れなくなるだろう。

そこでスナザラシを動かすことが出来、腕もたつリンクに白羽の矢が立ったという訳だ。

 

(…この作戦のポイントはリンクと雷鳴の兜が分かれて逃げているという事、できる事ならリンクを危険に晒したくはない。だが街の民達を危険に晒すわけにもいかぬ)

 

「わかりました、ルージュ様に置いて行かれない様気を付けます。その間、街の中はどうするんですか?いくらなんでも無防備という訳では無いでしょう」

 

「それは私が責任をもって何とか致します」

 

 そう言われた先にはシーカー族の門番、ドゥランがいた。

 

「ドゥランさん!?どうしてここに!?それにその格好は一体!?」

 

 リンクの驚きも当然だろう。

ここはアローマの宿屋の一室、当然この場所に男性が入る事は許されていない。

シーカー族の男性の衣装の代わりにゲルド族のものを身にまとっている彼はあまりにも浮いて見えた。

 

「…リンク様、この度の事はまことに残念でした…。私が無理を言ってルージュ様に入れて頂いたのです。私とて元はイーガ団出身、変装していようとも私ならわかります。もう奴らに怯えている訳にはいきません」

 

 彼の目には決意が見える。

目の前の少女はかつて自身のいた組織から命を懸けて娘を守ってくれた。

その恩人が姉達を失い危険に晒されている。

ここでリンクの為に立ち上がれなければ、それこそ娘達の傍にいる資格すらない。

 

「今回は街の民達と観光客の安全の為、特別に許可を出した。余計な問題になっては困るから女装してもらったのだ。私と共に街に残っている兵士と共に街に紛れているイーガ団を無力化する役目を担って欲しい」

 

 ビューラが彼の役目を説明する。

この危機に彼の持つイーガ団としての経験と知識は絶対的に必要なのだ。

 

「かしこまりました。このドゥランにお任せください」

 

「リンク、そろそろ時間だ。わらわと共に出撃するぞ」

 

「―はい!」

 

――

 



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第58話 決戦!ゲルド砂漠!

 ゲルドの街 門前

 

「リンク、そなたに渡しておくものがある」

 

 そう言ってルージュはゲルドの弓と大量の爆弾矢を手渡した。

弓自体はいい、広大なゲルド砂漠でイーガ団と戦うとなれば遠くまで届く攻撃手段は必要だろう。

 

「ルージュ様、弓はともかくこれは?」

 

「いくらそなたと言えスナザラシの操縦と慣れない弓の両立は難しい。そもそも引き絞ること自体最近になってからだからな。そこでこの矢の出番という訳だ」

 

 恐らく、万が一に備えて事前に準備をしておいたのだろう。

ゲルドの街の中でも爆弾矢は仕入れることが出来るが、高価な事もあり、この数はそう簡単に集められるものでは無い。

文字通り、着弾点で周りを巻き込んで吹き飛ばす代物だ。

 

「気を付ける点は相手を掻きまわす事、無理をしない事だ。細かい指示はわらわが出す。いいか、決して無理をするな」

 

 最後の言葉には決して反論を許さない力が込められていた。

ルージュとてこれ以上は我慢ならない。

彼女は「雷鳴の兜」を着用し祈りの言葉を叫ぶ

 

「我が名は ルージュ! 正統なるゲルド王家の末裔なり 我が一族を邪なるものから守る為 今こそ神器の力にすがる時が来た ゲルドの始祖達よ! 雷をもって 我が声に応えたまえ…!!」

 

 大地の揺れと共にルージュを中心とした、半球状の結界が張り巡らされる。

この結界の中ではあらゆる雷による攻撃を無力化することが出来るのだ。

 

「―ゲルド砂漠の脅威は、奴らだけでは無い。あらゆる所を進む以上、雷を使う魔物にも遭遇するだろう。―では行くぞ!!」

 

「はい!」

 

「オッ!オッ!オッ!」

 

 スナザラシもリンクにも気合が入る。

 

「ウルボザ様…どうかリンクとティクルをお守りください…」

 

 行くぞ!とルージュの掛け声と共に2人と2匹は砂漠を駆け抜ける。

赤く染まった砂漠の夜空に星が瞬いた。

 

――

 

 ゲルド砂漠

 

 程なくして視界の先にイーガ団の軍勢が見え始める、彼らにとってこの接敵は想定外だったのだろう。

何せ姿を現したのが狙うべき標的、リンクと雷鳴の兜を被ったゲルド族の長だけなのだから。

 

 爆音と共に砂が飛び散り、イーガ団の団員が吹き飛んだ。

2人による爆弾矢による爆撃である。

大柄な幹部が指揮を執り、団員たちが態勢を整える。

驚くべき事に彼らの中に魔物が混じっているではないか、どうやらただの襲撃とは一味違うらしい。

 

 団員の中にはリンクに斬りかかろうとする者もいた。

 

「散開しろ!」

 

 簡潔にそれでいて、力強くルージュも指揮を執る。

指示に従いリンクとルージュが二手に分かれた。

団員の首狩りの刃が空を切る。

 

 いかんせん立地が悪すぎた。

イーガ団の踏み込みの速さはもはや人智を超えていると言っていい。

何せ馬や太古の技術を結集し作り上げられたというバイクよりも素早く駆け抜けることが出来るのだから。

 

 だが全く以て手が付けられないという訳では無い。

その速さ故に切り返しのような柔軟性に富んだ動きを行う事は出来ないし、ルージュ達が操るスナザラシの機動力は大したのもだ。

それ以上にここは砂漠なのだ、かつてリンクがてこずった様に彼らだって足を取られる。

少なくとも平地での速さは望めないだろう。

 

「よし!今だ!」

 

 彼らの攻撃の合間を縫うように2人の爆弾矢が敵を吹き飛ばし、距離を取る。

それでも敵の数は多い。

今度は後ろから、野生のスナザラシを操る団員と進行方向に陣取ったリザルフォスの上位種、シビレリザルフォスの連携だ。

 

「ギャァオオ!!」

 

 シビレリザルフォスが雄たけびと共に角を振り上げる。

彼らはため込んだ電気を放電する事で、範囲攻撃を行う事が可能なのだ。

 

「こっちへ来い!」

 

 だが残念な事にこちらには雷鳴の兜を身にまとったルージュがいる。

リンクの進行方向へと進路を切り替えたルージュが割って入り、電撃を無力化する事に成功した。

そして、後ろからの襲撃にリンクは―

 

 リンクの腰のあたりから四角い塊が零れ落ちた。

青白く光るそれが団員の傍に来たところで炸裂する。

シーカーストーンによるリモコンバクダンだ。

さりげなく慣性の影響が少ない四角型を用いる事で自爆に気を遣っている辺り彼らしい。

 

「離れるぞ!」

 

 その掛け声と共に西に東に2手に別れ合流し、攪乱してゆくリンク達。

右に左に、速く遅く、時に離れ、合流する。

スナザラシの錬度もあり、緩急付けた縦横無尽な動きがイーガ団と魔物達を翻弄していった。

 

「ルージュ様!」

 

 今度はリンクが電気を纏った蝙蝠、エレキースの群れを撃退する。

岩盤の近くまで来たところで爆弾矢の誘爆で巻き込んだのだ。

纏めて吹き飛ぶエレキース達と、巻き込まれながらも態勢を整える幹部。

流石に戦闘専門だけあってかなり鍛え上げられている。

 

「好機到来!」

 

 ルージュの掛け声と共に、リンクがリモコンバクダンを幹部のいる前方に転がし起爆をする。

…不思議な事に幹部の目の前で起爆され、ダメージが無い。

目測を誤ったか、そう判断した幹部が風切りの刀で反撃を試みる。

その鋭い斬撃から繰り出される鎌鼬を直ぐに進路を変えて躱してゆくリンク。

―どういうことだ?まるで初めから攻撃するつもりが無いようにすら思える。

 

 幹部の疑問は激烈な衝撃を持って答えられた。

爆弾矢でもリモコンバクダンでもない。

今身体を襲うこの激痛はそんな生優しいものなんかではないのだから。

 

 その破壊的な威力の正体はこのゲルド砂漠においてあまりにも大きい体躯、そしてそれに見合うだけの重量を併せ持つ怪物、モルドラ―ジークであった。

 

 彼らは物音に敏感でそれこそ爆弾のような大音量に反応し、一目散に飛び込んで来る。

幹部の前で起爆したのはそのためだ。

 いくら鍛え上げているとは言っても、人体を遥かに超えた巨体に高速でぶつかられては一溜りも無い。

こうして、リンクとルージュの2人は砂漠の敵を蹴散らしていった。

 

 

 同時刻 ゲルドの街

 

(冗談じゃない…)

 

 旅人…いや、それに扮したイーガ団員が内心毒を吐く。

当初の予定ではゲルドの街を襲撃し、その混乱に乗じて雷鳴の兜と厄災の申し子を手に入れる算段だったのだ。

どれ程防衛に優れていようと、外からの攻勢に沢山の民間人の避難や内部からも襲撃が混じれば守り切るのは困難だ。

ゲルド族の兵士とて一溜りもないだろう。

 

…今、こちらにはそのどちらも存在しない。

そもそも外部からの攻勢があってこそ、内部からの切り崩しが活きてくるのだ。

よしんば攻め落としたとして、目当ての物が無いのでは本末転倒だ。

嵌った奇策というものは対処がしにくいもの、どうやらこちらの考えに対する模範解答の様で中に入った仲間達も混乱している。

 

 一部の気の逸った団員が襲撃を試みたものの、討って出た2人は戻る素振りを見せない。

どうやら相手の攻撃を防ぐというより攻撃を出させないつもりらしい。

 

(仕方がない、ここで待機しても無駄だ。仲間を連れて砂漠へ出るか―)

 

 そう考えてた矢先、ゲルドの兵士達に仲間が取り押さえられる。

1人、2人次々とだ。

 

(そんな馬鹿な、いくら何でも早すぎる!彼らの変装はそう簡単に見破られるような代物じゃない、一体どうして…)

 

 これは何かある筈だと、目を凝らして見渡すと1人が中心となって指示を出し、次々と仲間達を言い当ててゆく。

恐るべき精度の高さだ、それこそ事前に誰が変装していたか知っているか、イーガ団に余程精通している者しか不可能…。

 

(―ん?あの姿…そうか、そういう事か)

 

 彼ら団員と同じように彼も変装していた。

その知識と技術は紛れもなくイーガ団の物で、彼ならば団員の変装など容易く見抜くだろう。

だが、それはこちらも同じ事。

同じ変装術だから見抜けるのならば、我々が彼を見破る事だって訳はない。

 

(ドゥラン、裏切り者が更に楯突くとどうなるか…その罪は重いぞ)

 

 裏切りに関して清算をしたとはいえ、仲間を取り押さえる一端になるというのなら容赦はしない。

彼単独でゲルドの街まで来ることは考えにくいだろう、そう思い、辺りを見渡す。

 

(やはりな…貴様のその大罪、思い知らせてやる!)

 

「!ココナ!プリコ!」

 

 団員が首狩りの刃を振り上げ彼の娘達を奇襲する。

その素早い移動で、兵士達を振り切った―。

 

「ガァアアアア!」

 

 だがそれよりもなお早く、槍による一撃が団員を貫いた。

これには堪らず団員は吹き飛び意識を落とす。

 

「ルージュ様の街でこれ以上の狼藉は断じて許さん」

 

 ルージュの留守を預かる、ビューラがそこにいた。

引退したとはいえ、彼女の強さは健在だ。

リンク以外の兵士などまるで相手にならない。

その速く鋭い一撃は何故引退したのか不思議に思う程の冴え渡り。

 

「父様…?その格好は一体…?」

 

 いきなりの襲撃にも戸惑うココナだが、何よりも父が女装をしてゲルドの街に入り込んでいる事のショックも大きかった。

 

「ココナ、私は―危ないっ!」

 

 ドゥランが己と本当に向き合う覚悟を決め、娘達に事情を話そうとした時、次の伏兵がプリコに弓を引く。

 

「グアッ!?」

 

 今度はナイフが2つ飛んでゆき団員の攻撃を未然に防ぐ。

 

「油断しちゃいけないね、まずはお嬢ちゃん達を安全な所へ避難させな」

 

 今度はリンクのもう1人の師、リムーバだった。

リンクが復活させたゲルド2刀流、その技術を応用させた投擲術で無力化してみせる。

一体いつ、どの場所から投げたのはわからない程、長年の鍛錬と実戦で洗練された一つの機能美だ。

 

「あ、ありがとうございます!ココナ!プリコ!事が終わったらすべて話します!それまで安全な場所へ避難してください!」

 

 ドゥランが御礼を述べた後、娘二人を兵士達にお願いし避難してもらう。

本来ならば自分が安全を確保したいものだが、そうなればゲルドの街に潜り込んだ団員どもを見極められない。

 

「これ以上、我々の街で好き勝手などさせると思うな」

 

「ビューラの言う通りさ。ゲルド族の強さ、思い知らせてやる」

 

 ゲルドの街を任された戦士達、留守を託されたビューラ、住民の意地を見せたリムーバ、イーガ団と決別の覚悟を決めたドゥラン。

各々が役目を果たし、ゲルドの街を防衛した瞬間であった。

 

――

 




ルージュとの共同戦のアレンジです。

イーガ団や魔物の連合軍を共闘で撃退するイベント見たいなーと考えて作成しました。
ルージュの操るスナザラシ、パトリシアちゃんは音に弱いというスナザラシの弱点を克服しているので案外実機に落とし込めそうな展開だったりします。

高機動からの射撃を爆弾矢の範囲攻撃で難易度を抑え、モルドラジークをステージギミックに出来たら中々面白そうだと思います。


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第59話 王か守護者か

遅くなりました、体中の湿疹で書く余裕がありませんでした。

総合評価250
お気に入り130達成ありがとうございます、これからもよろしくお願いします


 数時間後 ゲルド砂漠

 

(…そろそろ限界か、上手くやれているとはいえ多勢に無勢では遅かれ早かれ限界も来るのは仕方がない)

 

 リンク達は頑張っているが、次第に戦況は悪化してゆく。

 

 まず挙げられるのはリンク達やスナザラシの疲労だろう。

スナザラシの移動はかなり速い、右に左に咄嗟の切り返し。

敵からの攻撃がある以上、自分のペースで体力を温存する事が望めない。

それだけでなく、リンク達を引っ張って魔物だらけの砂海を泳いでゆくのだ、臆病な彼らにはこのストレスは相当に大きい。

 

「ルージュ様!矢が来ています!」

 

(やはり対策を講じて来たか。単純だが取られたくなかった方法だ)

 

「上空からの狙撃を徹底しろ!当たらなくともプレッシャーをかけ続けるのだ!」

 

 リンクの声によってパトリシアちゃんに指示を出し紙一重で躱す。

彼らとて黙ってやられている訳では無い。

幹部の指揮による、団員お得意の上空からの弓による攻撃だ。

 

 要するに爆風に巻き込まれるのなら、巻き込む物が無い空中から狙えばいいのだ。

スナザラシによる高速且つ独特な移動からの射撃は相当に難しいものである。

ルージュはともかく、矢を扱うようになって日が浅いリンクには荷が重すぎると言っていい。

 

「リンク、スナザラシが狙われてるぞ!」

 

その上彼らは二連弓による偏差射撃に重点を置いている。

名前の通り2連続で矢を放つ事の出来るこの弓は、それだけ避ける事が難しい。

スナザラシにも当たらない様に細心の注意を払うのなら尚更だ。

 

「リンク!そろそろ限界だ、アジトへゆくぞ!」

 

「はい!ルージュ様!」

 

(だが何はともあれ、時間は稼げた空も赤い。民の安全確保ぐらいは出来ただろうか?…―まて、赤い?)

 

 ルージュは1つだけ失念していた。

いや、厳密には言うのならこれを見落とすなというのは酷であろう。

なにせ10年近く一度としてお目にかからなくなっているのだから。

 

 赤黒く広がる空の元凶…、それは夜の太陽。

鮮血を被ったかの如く染まり切った満月であった。

 

 ブラッディムーン

 

 誰が呼んだかそれは魔物達にとって祝福の時間。

厄災ガノンの魔力が最も満ちている時間のようで、封印されてからは一度として訪れなかったルージュの思考の死角。

 

 恐るべき事に瞬く間に世界各地の魔物が一斉に復活する。

それこそ先程倒したばかりの魔物達までもが退路を断つ様に現れた。

 

「ルージュ様!」

 

「無理をするな、この程度躱せぬはずが無い!お主は周りに気を付けろ!」

 

 唐突に魔物達に囲まれるルージュ、慌ててリンクが助太刀に向かうがいかんせん離れすぎている。

逆にリンクが周りの注意を怠る事の無い様檄を飛ばす。

ルージュとパトリシアちゃんの連携は見事なもので狭い範囲でも巧みに操り、魔物達とイーガ団を躱してゆく。

 

「囲みを継続しろ!狭めて間を抜けられる愚だけは犯すな。空中から角度をつけて誤射には気を付けろ!」

 

 イーガ団にとってはまたとない好機でありそれを逃さない様、じっくりと追いつめてゆく。

 

(じり貧になっているな、それにこの地響きは…モルドラジークか。紙一重にはなるが凌げれば包囲網を抜けられるかもしれん)

 

 冷静に、更なる障害の来訪を予測し対策出来る。

それはルージュの経験を積み上げて来たことの証左でもあるし、一流の戦士でもある。

―イレギュラーな状況は、時として経験が仇になる事もある。

 

「くっ!?」

 

「ルージュ様!?」

 

 紙一重躱す事の出来ると思われた巨体はルージュの身体を宙へ吹き飛ばす。

それは、モルドラジークでありモルドラジークでは無い存在。

彼らを砂漠の貴族と例えるのならそれを束ねる王、更なる年月によって鋼の如き表皮と更なる巨体へと成長したキングラジークであった。

 

「雷鳴の兜が飛んでいったぞ!確保に向かうんだ!」

 

 モルドラジークであるのならばルージュは躱すことが出来ていたのだ、100年単位でしか確認されない不運な事故。

不幸中の幸いというべきか雷鳴の兜はリンクの方向へと飛んでゆき確保できたのだが、その落下地点にリンクは顔を青ざめる。

 

(冗談だろ…?なんで脱げたタイミングで、そこにシビレリザルフォスが放電するつもりなんだ!?)

 

 雷鳴の兜の加護を失ったルージュにはそれをよける事も防ぐ事も出来ない。

リンクにしても兜を抑える事が精一杯で弓すら構えていない。

爆弾矢ではルージュごと吹き飛ばしてしまう。

極限状態が研ぎ澄ました集中力が導き出す答えが悉く消えてゆく。

手元に残るのは雷鳴の兜が一つ。

 

「―我が名はリンク!ゲルドの一族に名を連ねる者なり!ゲルドの始祖達よ、我らが一族の導き手を守る為、今一度力を与え給え!」

 

 リンクの叫びに呼応する様に、ドーム状のバリアが彼女を守りシビレリザルフォスを押しのけた。

ルージュのそれと比べてもなお強い兜の力、それはゲルドのヴォーイに流れる王の資質なのか、それとも時が流れるに従い変わっていったゲルド族を守る存在だからか。

 

(まだだ!魔物達は退けることが出来たけど、あいつ等が離れていない!)

 

 団員の殆どはリンクへと意識を映しているがそれでも全員では無い。

 

「兜はこっちだ、欲しければ取りに来い!」

 

 そう言って、一目散に単身アジトのあるカルサ―谷へとスナザラシと共に駆けだす。

目的は自分と兜だ、ならばどちらも持っている限りルージュが彼らに狙われる理由は無い。

 

「リンク!」

 

「逃げられない様、退路を塞げ!アジトの仲間と挟み撃ちだ!」

 

 ルージュの絞り出すような叫びを背に受け、振り返ることなく離れてゆくリンク。

イーガ団の戦士たちは彼の目論み通り、ルージュには目もくれず取り押さえる為に追いかけてゆく。

彼女だけを置いて、戦場は移っていった。

 

(こんな時に動けないとは…、頼むリンクよ、ティクルよ無事であってくれ…!)

 

 モルドラ―ジークよりも更に巨体で重量のあるキングラジークに跳ね飛ばされたルージュはもう動けない。

一刻も早い治療が必要であるが、残酷な事にこの砂漠で出会える者など魔物ぐらいだ。

シビレリザルフォスに黒リザルフォス、エレキースなどに忽ち囲まれる。

 

(…いよいよわらわも神になる時か…。すまぬなビューラ、皆、リンク、…母様)

 

 ヒュン

 

「ギャァアア!!!」

 

 観念し、目を閉じた彼女に届いたのは近くを何かが通り抜けた感覚と、爆音と共に響く魔物達の叫び声。

恐る恐る閉じていた目を開いた先では3体の魔物達が一瞬にして吹き飛び消滅していた。

ルージュの瞳に映る存在は一体―

 

――

 

 カルサ―谷 イーガ団アジト前

 

 ゲルド砂漠の北へと伸びる、砂の零れ落ちるカルサ―谷、ここから先は砂漠ではないのでスナザラシを避難させ、リンクは駆けあがる。

 

 ここはイーガ団が本拠地を構える谷。

全盛のハイラル王国ですら攻め落とす事の出来なかった、難攻不落の自然の要塞。

それでも進むしかない、後ろからは団員達が彼を追いかけて来る。

 

 細くなった坂道を登り切り、少し開けた場所に出た時だ。

前方からも団員達が現れ弓を構える。

完全に挟まれた、更に敵の戦力を削るためか崖の上から岩まで落として来た。

 

(前からも防衛用の団員が来たという事はアジトまでそんなに遠くない筈、ここで止められる訳にはいかない!)

 

 それでも次から次へと投げ落とされる岩の前に次第に戦力を削られてゆく。

ただ一つ誤算だったのは…岩が落とされ戦力を削られたのは団員達の方であった事だ。

 

「リンク!こいつらの足止めは私達に任せておけ!」

 

「チーク隊長!サークサーク!」

 

 

 1時間前 カルサ―谷

 

(仲間が殆ど出払ってしまったな、杞憂だとは思うが万が一を言う事もある。今いる人数で精一杯守りは固めなければ)

 

 カルサ―谷の防衛を任されている団員が己を役割を内心で反芻する。

新総長が仰る厄災の申し子は何としても手に入れなければならない。

もし今回を逃してしまえば、厄災の再来は何万年先になるのかわかったものでは無い。

 

「お前達、再度確認するぞ。あの子供だけの時は足止めだけだ。他の奴らには遠慮なく落としてやれ」

 

「はい!」

 

 古典的ではあるが、岩を落とすにもタイミングと位置が重要になる。

誰彼構わずではないのなら尚更だ、文明が一度滅んだ影響もあり人力で落としているのである。

 

「そろそろ来るかもしれん、気を引き締めて―

 

「ギャッ!」

 

「グァアア!!」

 

「どうした!?何があった!?」

 

 突然、待機していた団員達が負傷する。

蹲る者もいれば、痛みに耐えかねて谷底へと滑り落ちてゆくものもいた。

状況を確認するよりも先に、矢の大波を浴びせられる。

 

(あれは…ゲルド兵共か!あんなに遠くから…これでは気付けない筈だ)

 

 彼女達の取った戦法、それは超遠距離からの集団射撃であった。

ゲルドの弓は射程の長さと命中精度が特徴である。

動いている相手ならともかく固まっている相手への奇襲ぐらいは訳が無いのだ。

 

「ルージュ様達が通る前に崖の上だけでも殲滅しろ!ありったけの矢を放て!」

 

(クソ…これではどうにもならん。)

 

 一応イーガ団の弓も射程は長いが、そこまで遠くから狙う事などまずない。

変装や術によるワープを軸にして戦う為、態々使う必要が無かったためだ。

そもそも時間をかけて配置された部隊による一斉射撃では気が付いたところでもう遅かった。

彼らの敗因、それは内部に精通しているドゥランがゲルド側についていたという事であった。

 

 

 

 仲間からの援護だと思われた落石が実は敵のものだった、予期せぬアクシデントに浮足立つイーガ団。

まさかの自分達のホームグラウンドでの出来事だ、こうなるのも仕方がない。

 

(チャンスだ!)

 

 防衛網を崩れた隙間を小柄なリンクがすり抜けてゆく。

そうはさせまいと追撃を試みる団員を再びチーク達が岩で吹き飛ばす。

速さと強さを兼ねそろえたリンクの進撃は止まらない。

 

「チーク隊長!部隊の何名かをゲルド砂漠へ!ルージュ様の手当てをお願いします!」

 

「何だと!?バレッタ!ボブル!部隊を引き連れてゲルド砂漠へ向かえ!ルージュ様をお守りしろ!」

 

 ルージュには跡取りがいない、彼女にもしもの事があればゲルド王家の終焉を意味する。

外に出ていた団員はあらかた片付いた事もあり、自分達の敬愛する族長の危機に慌ててゲルド砂漠へと向かって行った。

 

 アジトの中へ入り込むリンク、ティクルを捕らえ奥で待ち構えるのはいったい何者なのか。

 



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第60話 人か獣か

 ついに60話、UA9000達成しました!ありがとうございます。



 いよいよアジトの内部へと侵入する事に成功したリンク。

岩をくりぬいて作られた洞窟であるのに綺麗に区分けされている。

長い間この地で暮らして来たのだろう。

入ってすぐ目に付く祭壇には彼らがよく使う弓2連弓が安置されていた。

 

 こんな不自然な置き方をされては十中八九罠であろう。

そう結論付けたリンクは、そんなものには目もくれず周りを見渡す。

いくつもの垂れ幕が掛けられたうちの中でただ一つだけ、空けられており奥へとつながっている。

 

(どういうことだ?これも罠の可能性が高いけど不自然な面が多すぎる…)

 

とりあえず薪と火打石などで即席の松明をつけ、まわりの垂れ幕を1つずつ燃やしてゆく。

…途中蝙蝠の魔物キースに襲われたぐらいで罠らしきものが見当たらない。

それどころか、他の場所は行き止まりになっており、最初から開いていた場所が正規の道筋である事を証明してしまった。

 

(…悩んでいても仕方がないか。ティクル姉ちゃんの事もある、先へ進もう)

 

 拍子抜けするほど警備が手薄なアジトである。

辺りを照らす燭台や、侵入者を発見する為と思われる櫓にすら見張りがいない。

その櫓にはネズミ返しが付いており、万が一の襲撃にすら備えのある拵えである為より一層不気味だ。

 

 奥へ奥へと進んでゆくと、松明を片手に入り口を警備している大男がいる。

ゲルド砂漠で指揮をしていた者と恰好が同じである為、彼も幹部なのであろう。

他には警備のものがいない為、その先にこそ彼らのトップ及びティクルがいると考えるのが自然だ。

 

(あそこまでしっかり張り付かれたら通り抜ける事は難しいな。何か使えそうなものはっと―)

 

 

(どうしてこんな事に)

 

 誰もいないこの部屋で幹部はため息をついた。

新総長は、ここ数年の間に急速に力をつけて来た。

その力は確かに目を見張るものがある、それは認めよう。

ただあのような術は見たことも聞いた事も無いし、厄災復活に手を貸すという者に与えられたという話を正直に信用してよいものか。

そこについて話を聞くと彼女は妄信していると言っていい反応を見せるのだから、不安で仕方がない。

 

(守りの要であるアジト内をこんなに手薄にするとは何を考えているのだ。ゲルド族交流の場で殺人に誘拐までして、大義名分まで与えるとはイーガ団を潰す気か)

 

 あまりの内容に作戦の撤回を申し上げたが、却下されこのような場所に待機させられている。

我々は外道だ、だがしかし仲間だけは決して見捨てない。

その結束があったからこそ、覇権を握っていたハイラル王国からも生き残って来れたのだ。

それなのに今の総長は団員にすら無関心だ。

こんな歪な組織では遅かれ早かれ瓦解してしまうだろう。

 

 ドサッ

 

 彼の目の前に何かが落ちた。

敵が来たかと警戒を強め風切り刀を握りしめるが、視線の先にあるソレには贖えない。

 

「ウホッ」

 

 先程までの意識はどこへやら子供のようにはしゃぎながら一目散に駆け寄ってゆく。

心なしか嬉しそうで楽しそうだ。

如何に鍛錬を積もうと、人智を超えた身体能力を誇ろうとイーガ団の団員である限り無力化されてしまう。

むしろここまで鍛え上げる為の過酷な訓練を積んできたからこそ、常に安らぎの一時に支給されるコレの魔力は格別といってもいいだろう。

 

(これは素晴らしいバナナだ。色、艶、大きさ最高だ。そう言えば去年屋台で食べたイチゴクレープは実に美味しかった。是非とも今度はツルギバナナを入れたクレープを食べたい。どれだけ工夫を重ねても何故だかバナナが跡も形も残らないからな…)

 

 そう考えている内に、脳天に強烈な衝撃が加わる。

リンクが背後から不意を突いたのだ。

峰打ちであるとは言え、完全に意識を外していた為この一撃には堪らず意識を手放す。

 

(しまった…、わかっていてもこればかりは対応できぬか…。だが甘い子供だ、それでは総長を倒す事など出来ぬ)

 

 他の者にとどめを刺されない為、煙の様に消える幹部。

また辺りにはリンクしかいなくなった。

 

 

 イーガ団アジト 総長の部屋

 

 これまでの、不気味で薄暗い部屋とは一線を画す様な明るく豪勢な椅子のある部屋に着いた。

ルージュの宮殿を見ているリンクはここが彼らのトップの部屋である事がすぐにわかる。

だがここには誰もいない。

パッと見では少々散らかっていて、砂が入り込んでいる事が気になるだろうか?

後はカカリコ村やハテノ村の古代研究所でも見かけたカエルの像ぐらいのものである。

イーガ団特有の布を顔に被せた拵えにはなっているが、それはカルサ―谷でも見かけたもので特別おかしなものでも無い。

 

(どういうことだ?ここまで来て誰もいないだなんて…?おとり?それにしても態々幹部を配置しておくだろうか?)

 

 机の上に飾られている2連弓にも罠の可能性も考えてロープで手繰り寄せてみたが、何も起こらない。

罠ですらなかった。

 

 更に見渡してみると部屋の一面が人が通れるほどに開かれているではないか。

右側も左側も開かれている上、垂直に伸びる壁の模様が一致する事から、その場所が隠し扉である事が窺える。

隠してすらいないとなると、もうこれは誘い込まれていると考えるしかないだろう。

 

「…準備は出来ている。どんな困難が待ち受けていようと進むしかない」

 

 覚悟を決め、兜の緒をしめて先へと進むリンク。

総長とティクルは目と鼻の先だ。

 

 

 数分前 隠し部屋

 

「フフッ、いよいよね。ガノン様の御復活はもうすぐよ」

 

 この瞬間を待ちわびたと言わんばかりにティクルの目の前にいる女性は光悦とした表情を浮かべる。

 

「ガノンってあの厄災ガノンの事!?私をどうするつもりなの…?」

 

 精一杯強がって見るものの彼女の声は震えている。

両腕は逃げられないよう縛られているし、そもそも丸腰の少女が渡り切れるほどゲルド砂漠は甘くはない。

 

「ああ、ごめんなさいねえ。正直に言えばあなたには用は無いのよ。強いて言えば…餌?かしらね?厄災の申し子をおびき寄せる為のね」

 

 餌というあんまりな表現で謝罪しつつも興味なさげに答える総長。

 

「まあいいわ、ガノン様の秘密について教えてあげる。元々はね、彼はゲルド族の男だったのよ。」

 

「ゲルド族にヴォーイなんて産まれる訳ないでしょう!?」

 

「あら、随分な反応ね、可哀想に…。基本的にはね、今回の事だってちゃんと調べて実行したのよ?まあ…あの子、女装して誤魔化しているから無理もないけどね」

 

 …今この人は何と言った?

基本的には?調べて?―あの子?

まさか、本当にゲルド族のヴォーイがいるというの?

滑稽を通り越して憐みすら伝える様に目の前のヴァーイは答える。

 

「話を戻しましょう、10年ほど前ガノン様は敗れたわ。それは紛れもない事実。でもね、あの御方は理性も無い不完全な状態での復活だったの。そこであの御方は考えた、ガノン様の肉体はすでに崩壊している。相応しい肉体と共に復活を成功させれば完全な状態を望めるし、だれにも止められないんじゃないかって」

 

 大変だったのよと事も無さげに冗談の様に話して来る。

もう目の前の女性が自分と同じ人間と思えなくなって来た。

 

「本当ならもっと早く取り押さえたかったのだけど、まだまだ彼は弱かったの。ガノン様の依代になるにはね。でももう時間の問題、あの子が真の力を引き出せればこれ以上ない素体でしょうね。嬉しいおまけもあったことだしね」

 

 そう話している間に、目の前の入り口から人が現れる。

ゲルド族特有の褐色肌に雷鳴の兜を被った子供だ。

この隠し部屋の広さと目の前にある大穴を挟んでいる為誰なのか判別できない。

それに加えて兜のサイズが大きすぎてどんな顔をしているのかわからないのだ。

 

「ようこそ、イーガ団のアジトへ」

 

「…―」

 

 目の前の子供は答えない、代わりにゲルドのナイフと盾を構える。

軋む音からして素人のティクルにも力が入りすぎている様に感じられた。

 

「あら?だんまり?お姉さん悲しいわ。まあいいわ、私がイーガ団新総長、フウマよ。初めまして依代さん?早速だけどごめんなさいねえ、あなたの真の力何としてでも引きずり出してもらうわよ」

 

 言うが早いか、フウマは印と共におどろおどろしい瘴気を纏い姿を変える。

団員や幹部のそれと比べてもどす黒く、あまりにも異質で禍々しさすら感じられた。

 

 その上半身は大柄なゲルド族よりもなお大きく、鍛え抜かれたという言葉が生温い程の強靭な筋肉の鎧を纏っている。

そんな屈強且つ重厚な身体を支える下半身は、ドラグの様な4つ脚でそれと比べても3~4周りは大きく、逞しさのある姿。

 

 荒々しい拵えの剣と盾を隙も無く構え、背中にはこれまた立派な弓まで持ち合わせる事から今までの相手とは一味も二味も違う存在である事が推測される。

何よりもそんな分析など必要ない程に強烈な威圧感の漂う半身半獣の化け物。

 

  獣人 ライネル

 

 数多くいる魔物の中でも最強と名高い種族。

様々な武器を使い分け、知能や生命力も相当に高いなど別次元と言ってよい強さを誇っている。

その実力は凄まじく、ゾーラ族などの小国では軍隊を持ってしても一体にすら対応できるものでは無い正真正銘の怪物なのだ。

かつての英傑達ですら単身では厳しいと言えばその恐ろしさがわかるだろう。

 

「この姿になると闘争心や高揚が抑えられなくてね。死んじゃわない様気を付けて」

 

 リンクとフウマ彼らの戦いの火ぶたが今切って落とされる―!




 幹部が内心で呟いた様にイチゴクレープはゲーム内で作れますが、バナナを入れてもバナナ要素は完全に消えてしまい何故かプレーンクレープになってしまいます。

 ついに本作初めてのボス戦です!
次回以降もお楽しみいただけたら幸いです!


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第61話 厄災が求める力

遅くなりました、申し訳ありません

体調不良により、碌に掛ける状態ではありませんでした。
身体中の湿疹が治らない…


「ガァアアアア!!!」

 

 リンクが構え、フーマが猛獣のような雄たけびを上げる。

その声量はすさまじく、辺りの空気が震えているのが見て取れるほどだ。

ライネルへと変貌を遂げたフウマには人間としての常識は通用しない。

 

(やばい!)

 

 中央の穴を挟んでの対峙であったが、迷わずバク転を実行するリンク。

次の瞬間には彼の立っていた場所から豪炎が立ち上った。

 

「へぇ、よく躱したわね。それならこれはどうかしら?」

 

 言うが早いか今度は背負った弓を構え、一点照準を定める。

あっという間に引き絞ると共に矢が放たれる。

 

(速い!うわぁ!?こっちにも来るのか!?)

 

 正確に狙われた矢からリンクは横に飛び、射線から外れる。

だが着地しようとした場所には既に矢が迫っていた。

 

 ライネルの弓には特筆すべき特徴がある。

それは一度に3方向に矢を飛ばせるという事だ。

先程、一点照準を定めると書いた。

つまるところ残りの2本は彼に狙いを定めていた訳では無いのだ、躱すであろう地点に牽制も同時に熟し得る。

 

(つ、冷たい!?)

 

 咄嗟にゲルドの盾で矢を防ぐ、盾を通して引き絞られた力に驚愕する。

そして伝わる冷気にも。

人族の大人と比べてもなお強い力を持つライネル、子供であるリンクとの差は歴然と言えるだろう。

 

「あら?とっさの判断にしては良かったけれど、それだけかしら?電気の矢だったら貴方死んでいたわよ?」

 

 盾で防いだ一点を中心として辺り一帯に白い冷気が広がる。

ほんの数秒、視界が白に染まる。

視界が晴れる頃には眼前にライネルが剣を振りかぶっていた。

 

(ここだ!)

 

 リンクは持ち前の集中力で紙一重で躱し、更にそれを高めてゆく。

そして持ち替えた兵士の槍であらゆる箇所を刺してゆく。

 

(今の動き…もしかして…)

 

 戦闘に関しては門外漢なティクルでさえも気が付いてしまう。

忘れるはずが無い、ゲルドの街で行われたビューラ様との御前試合。

その時に見せた動きとあまりにも似ているのだから。

彼女と同じ動きを出来る同世代など存在しない、導き出される答えは一つのみ。

 

「よく躱したわね。流石はゲルド族の男、そこらの兵士とは訳が違うわ」

 

 相当な回数が当たったはずだが、そんな物などお構い無し、かすり傷程度にしか堪えていない。

 

 通常、身体が大きいほうが生命力に溢れ頑強な生物と言える。

ライネルは通常の魔物よりも大柄だがそれでもより大きい魔物は存在する。ヒノックスやモルドラジークなどがそうだ。

しかし、彼らと比べても更に強靭でタフネスなのがライネルでもあるのだ。

その強靭な肉体は敵を引き裂く力や馬の下半身によって速さまでも両立してしまう。

魔物最強の種族は伊達ではない。

 

 直ぐに後ろへと距離を取り、再び弓を構える。

今度は上空へと矢を放ち牽制に入るフウマ。

そのまま大きく息を吸い、その口から巨大な火球を飛ばして来る。

 

(うわああ!!)

 

 慌ててリンクは斜め前へと跳び、紙一重で避ける。

その場その場ではあるが、何とか凌げてはいるのだ。

先程まで立っていた場所は氷の矢が雨の様に注ぎ、火球が壁に炸裂する地獄絵図。

そのまま留まっていたら疑いようなく死んでいただろう。

 

「よそ見とは余裕ね」

 

 走り抜け乍ら剣を振り下ろして来る。

呆れるほどの手数の多さだ、その一つ一つの強さと殺意が高いのだから殊更質が悪い。

咄嗟に盾で受け止めたリンク。

 

(何て衝撃だ!こんなの当たったら耐えられないぞ!?―でも!)

 

 矢から伝えられるものとは比べ物にならない、衝撃の重さ。

金属でできた盾が薄い板の如く砕け散り、小柄な身体が吹きとび壁にぶつかる。

その衝撃にリンクは喀血する。

 

「決まったと思ったけど…、思いの外しぶといわね。―うぐっ!」

 

 予想外の反撃にフーマは思わず、体勢を崩す。

彼女の胴体と眉間に矢が刺さっていた。

吹き飛ばされる一瞬、上空から一瞬のスキをついて2連弓で反撃したのだ。

弓に関してはあまり精度の高くはないリンクであったが、通常の弓よりも直線且つ文字通り2連続で飛んでゆく矢の一発が急所である頭に刺さっている。

 

(このチャンスを逃すものか!)

 

 フウマが追撃の為に更に距離を詰めていた為、リンクも痛む身体に鞭を打ち、馬となった下半身へと騎乗する。

 

 その場所はライネルの数少ない死角であり、しがみ付きながらゲルドのナイフを何度も刺してゆく。

 

「グゥ!?ウガァアアアアア!!!」

 

 だがフウマもそのまま黙ってやられはしない。

強靭な脚力と上半身を撓らせ遥か彼方へと吹き飛ばす。

 

(もう一度良く狙って…!?)

 

 リンクがもう一度狙いをつけようと凝視した。

持ち前の集中力でスローに見えるフーマはその荒々しい剣を両手で地面に振り下ろしていた。

桁外れの腕力で叩き付けた衝撃と共に、無防備な空中へ爆炎が立ち上る。

 

「ッグ…!ゲホッ…ゲホッ…」

 

 リンクが咄嗟に声を押し殺しても傷の深さは誰の目にも明らかだ。

被害はそれだけでは無い、木で作られている2連弓は先程の炎で見るも無残に消炭となってしまった。

もう使えそうにない。

 

(…!ナイフが…!)

 

 更に何度も背中を刺していたゲルドのナイフも堅牢な筋肉の鎧に至る所にひびが入っており今にも折れてしまいそうだ。

他に使えそうな武器は―もう殆ど残っていない。

 

「ふぅ…この身体でもこれだけ手こずらせるなんて…。あの方から力を授けて貰わなければこっちが危なかった。でもそれももう御終いね」

 

(あの方…?やっぱり背後に誰かいるのか!)

 

 彼女自身、まさかライネルに変貌してまで子供に苦戦するなど夢にも思わなかった。

重傷を負わせたとは言え、決定的だったのが生命力故の武器の限界なのだから本人としても不服なのだろう。

だがその一方で彼に兵として欠けている所も見つけた。

 

「本当に不思議な子。でも残念だけどまだ足りないわ、貴方…人を斬り殺した事無いわね?」

 

 フーマの指摘通りリンクはゲルド族の頂点でありながら、兵士に待ち構える最後の関門、殺人だけは行った事が無かった。

どれだけ綺麗事を並べたところで剣術は殺戮術だ。

仲間を守る為に剣を振るうとしても、その相手が魔物とは限らない。

事実、イーガ団と事を構えているゲルド族の兵士達でも何人もの命を刈り取った者もいるだろう。

 

「さてと、ちょっと悲しいけれど時間もあまりないわ。何としてでも力を引きずり出してもらうわよ」

 

 喋る内容とは裏腹に、醜悪に口元をゆがめる。

リンクを甚振るつもりなのだろう素早く距離をとって弓を構え、矢を放つ。

前から上から彼を塗りつぶすように夥しい数の矢が降り注ぐ。

盾が砕けたリンクは前に、横に、後ろに跳び、矢と矢の合間を見極め紙一重で躱してゆく。

 

(―まずい、集中力が切れて来た)

 

 殆ど面となっている程の手数を見極めるには相当な集中力が要求される。

飛んでくる矢は素早く、一発でも当たれば致命傷ならば尚更だ。

フーマはというと最早狐でも狩るかといった面持で、移動すらせず弓を引き、まるで雑談でもするかの様語りかける。

 

「私達イーガ団は、壊滅の危機にあったわ。象徴たるガノン様は封印され、指導者であるコーガ様もお亡くなりになったのだから。この1年、本当に忙しかったのよ。半壊した組織を束ねる為に成り上がり、再建する事。赤い月の夜に貴方をここに連れてくる為の手回し」

 

「…」

 

 語り掛けても生き延びるのに必死なリンクは答えない、暖簾に腕押しのような状況にフーマはあまり面白くはない様だ。

 

「むぅ…。反応がうすくて面白くないわね。これはどうかしら?この力、強すぎて最初は上手く扱えなかったのよ。ついつい抑えがきかなくて暴走してしまった時もあったわ。だからこそ、試し斬りをして慣らしていったの。あの時の相手はゲルド族の夫婦だったかしらね」

 

 兜の下にある表情が驚愕に染まる。

1年前、ゲルド族の夫婦それが指し示す答えなどただ一つしかない。

更なるショックがリンクを襲う。

 

「手回しの際も姉妹を巻き込んじゃったけど…可哀想にね。貴方さえ産まれなければ平穏な生活を享受できたのに。流石は厄災の申し子」

 

(父様と母様がいなくなったのも、フェイパ姉ちゃんもスルバ姉ちゃんもいなくなったのは僕のせい…?)

 

 彼らが巻き込まれた理由が自分にあると言われ、体の震えが止まらないリンク。

僕が…姉ちゃん達から夢も、可能性も、幸せも、母様達も奪い取った…?

焼き付いた姉達の涙と事切れた姿が何度も駆け巡り、彼の心を粉々に念入りに打ち砕いてゆく。

 

「そんなの詭弁よ!さっきから好き放題言ってるけど、自分でしたことを棚に上げて!悪いのは貴方達じゃない!」

 

 あまりにも自分勝手な言い分にティクルが声を荒げる。

今、この人は何と言った?

ちょっとした手違いで巻き込んだ?

もし目の前の子供があの子だとしたら、姉妹ってまさか―

 

 

 フーマが言い終わる前に額が撃ち抜かれる。

食い込むほど強く握られたゲルドの弓、罅だらけのナイフを除けば最後の手段。

予想外の威力にフウマがうめき声をあげ体勢を崩す。

 

 引き絞った力が強すぎた為か、ゲルド砂漠での酷使が祟ってか、恐らく両方であろう。

弦が切れてしまいもう使えそうにない。

 

「…もう一息といったところね、貴方が越えていない最後の関門。私がお手本を見せてあげる」

 

「…!逃げて!私はいいから!」

 

 後ろにいるティクルに視線を移し、剣を振りあげ彼女へと駆けてゆく。

また失うのか?

 

「―ウゥォオオァアアアアアアアアア!!!!!」

 

 腹の奥底から響き、沸き出る様な野生の息吹。

弓を構える為、納刀していたゲルドのナイフを腰に溜め身体を大きく沈みこませる。

 

「ようやくその気になったわね。貴方の力をみせなさい」

 

 元々挑発だったのだろう。

すぐさま向きを変え、リンクを迎え撃つ。

 

「…え?」

 

 驚愕のあまりフーマは言葉を失う。

間の前に捉えていた獲物が消えたのだ。

 

 彼女とてイーガ団の一員である、それ故に速さには相当に慣れている。

馬よりも素早い動きでさえ使いこなせるし、目で捉える事だって当然の様に出来るぐらいには鍛錬を積んで来た。

その自分が見失ったのだ、あり得ない。

 

(どこに行った!?は…?)

 

 気が付いた時、リンクは中央の巨大な穴を一直線に跳び抜けていた。

ライネルとなった自分でさえできそうもない離れ業。

それでも何とか姿を捉え、その重厚な厚みを持つ剣を振り下ろす。

 

(僕はフェイパ姉ちゃんもスルバ姉ちゃんも誰一人家族を守れなかった…厄災の申し子というのも本当かも知れない…。だけどティクル姉ちゃんまで奪われて堪るか!力が欲しい。今ここで、守る為に必要な絶対的な力が!)

 

 着地と共に踏み込んだリンクはさらに加速しフウマが振るった剣は空を切った。

 

「ァアアアアア――!!!!!」

 

 ナイフを握る彼の甲から黄金に輝く三角形が現れ、ライネルと化した彼女の体躯を両断した。

 



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第62話 髪飾りの散った後

遂にUA10000達成です!

本当にありがとうございます!
お気に入りも140達成、総合評価260と本当に嬉しいです!

今回は本当に難産でした


 切断された上半身が崩れ落ち、地響きと共に砂塵を舞い上げる。

先程の得体のしれない力は何だったのか。

明らかに人智を超越したものであり、握っていたナイフは耐えきれなかったのか粉々に砕け散っていた。

そしてそれは身体の方も同じであり、全身がバラバラになってしまうのではないかと思える程の激痛が走る。

 

 新総長が討たれ、広間には勝者が一人立ち尽くす空虚な平穏が訪れる。

先程引き出された信じがたい力について考える意識すら湧いてこない。

痛む身体を引きずりながら彼女の下へ向かい、拘束を外す。

 

(-終わった…何もかもが…)

 

 リンクは自身が引き出した力とは信じられず、己を手を見つめる。

手の平は歳不相応ではあるが豆や傷だらけのいつも通り、しかし裏側の甲にはいつの間にか正三角形を3つ象った痣が出来ていた。

 

(これは…一体…―もうどうでもいいか…)

 

 奇妙な現象であった為、不思議に思ったリンクであったが、すぐに興味を無くしてしまった。

眼を閉じた瞼の裏側ではティクルの母であるベローアの悲しむ姿、伯母であるエメリの怒り顔、民の為に危険を顧みず戦ってくれたルージュ様達、手をつないだまま離れない姉達の最期の姿が浮かんでは消えてゆく。

沢山の仲間がいた。

でも皆が皆幸せには見えなかった、プルアの言う過酷な試練…それが自分にならばいい。

けれども周りを巻き込む形だけは許せなかった、耐えれなかった。

しかも彼女の目の前で殺人を行ったのだ。

どんな状況であろうとも、どんな理由があろうとも、その事実は覆らない。

 

(ティクル姉ちゃんに怖い思いをさせてしまった…ごめんね…)

 

 何とかティクルだけは守ることが出来た、だからと言ってそれで彼の心が晴れる訳がない。

彼が最も守りたかった2人はもう帰って来ないのだから。

 

――

 

 リンクちゃんが助けてくれた…魔物になったとはいえ元人間を斬り殺して

雷鳴の兜で顔を隠していてもわからない筈が無い

リンクちゃんが無言のままこちらへ近寄る

多分、私に負い目を感じて欲しくないのだろう

誰よりも悲しい筈なのに今はその心遣いがすごく辛い

大丈夫だよサークサークと私は無事を伝える

これは誰に向けたものなの

リンクちゃんに それとも私に

ヤシの花で作った髪飾りが零れ落ちる

この花言葉はいっぱいある

「勝利」「平和」「守護」

どれもぴったりと当てはまる

だけどあの日の言葉だけが欠け落ちている

4人で笑いあった楽しかった日々 ついこの間であった筈の

《家族愛》の言葉だけが―

 

リンクちゃんが背を向け帰ろうとする…

どこに帰るというの

年相応に小さく見えた背中がさらに小さく、それ以上に寂しくみえた

駄目だ、今ここでリンクちゃんを帰したら…いくらリンクちゃんでも…リンクちゃんだからこそ本当に取り返しがつかなくなる

父様も母様も、フェイパもスルバも奪い取られて、どこまで追い詰められなきゃならないの

ヴォーイとして産まれた…それだけでどうしてこんな不条理が罷り通るの

思わず抱きしめた背中は冷え切っていて傷だらけだった

荒涼としたゲルド砂漠を渡り、あの化け物と戦ったのだ

私にだってわかる、あれはリンクちゃんがたった一人で立ち向かうような存在じゃない

それが彼にとってどれだけ過酷でそれすらも軽く思えるほど傷だらけの心

僅かに震える幼い体躯があらゆる感情を押さえつけている様にさえ感じる

この期に及んでも自分の正体を悟られない様耐えてしまえる心の強さ

それがもう見ていられなくて涙が零れる

雷鳴の兜が隠してくれるから大丈夫 ヤシの髪飾りが代わりに泣いてくれるから平気

耐える事を強いる力なんてあまりにも救いが無いよ

 

 パチン

 

(!)

 

「キャッ!?」

 

 反射的にティクルを突き離した直後、乾いた空に音が響く。

それと同時に魔方陣が地面に浮き上がり、リンクを宙へと吊り上げた。

 

(しまった!背後の存在を失念していた…!)

 

 気付いた時にはすでに遅く、肉体的にも精神的にも限界だったこともありリンクは身動きが取れない。

 

「リンクちゃん!どうしたの!?何が起こっているの!?」

 

 それに応えるかの様に広場に病的な程に白い肌に朱に染まったマントを身に纏った存在が姿を現す。

顔の片側を白い髪で隠し菱形模様を腕に脚に象った不思議な出で立ちだ。

 

「初めまして、厄災の申し子。―おや?見知らぬお嬢さんもご一緒みたいだね。…まあ、どうでもいいんだよ。キミなんぞは」

 

 彼はティクルになど目もくれず、リンクに対し言葉を続ける。

 

「…ああ。自己紹介がまだだったね失礼した。ワタシはこの世界における現魔族長…ギラヒム。気さくにギラヒム様と呼んでくれて構わないよ」

 

 自身の周りを菱形の外壁で守り、鼻歌と共に奇妙な舞いを踊り出す。

 

「ずっとこの瞬間を待っていたんだよ。魔力が最も満ちる赤い月とゲルド族の男が同時に存在し、それでいて神の力を引き出した者なんて条件…これを逃したらいつあるかわからないからね」

 

 光悦とした表情で宙に浮かぶリンクを見つめ長い舌で頬を舐める。

舐められるリンクもそれを見ているティクルもドン引きしているがお構いなしに語りを続ける。

 

 

「ああ、失礼した。さて…いよいよこのワタシの手によって魔族の悲願が始まる。忌まわしき封印から解放されるこの瞬間をどれ程待ち望んだことか!」

 

 ギラヒムが手を上げると共に広場に広がる巨大な穴から赤黒く染まった膨大な塊―ガノンの怨念が立ち上り、リンクの身体に怨念が次々と入り込んでゆく。

 

「リンクちゃん!」

 

(身体が熱い!苦しい!これはルージュ様の時のものか!でもあの時とは比べ物にならない…!)

 

 リンクを飲み込む、厄災の呪い。

それは1年前にルージュの呪いと酷似こそしているものの今度は怨念その物。

圧倒的な悪意の前にリンクは意識を失った。

 

「この儀式が終わる時、魔王様が御復活なさる時、この世界は魔族のものとなる!」

 

 厄災ガノンは元々は男のゲルド族、リンクという極上の肉体に共鳴したためだろう。

まとわりつく怨念は質、量共に失いきった力を取り戻し、凌駕しようとでもするのかものすごい勢いで膨れ上がり失っていた魔力を補充してゆく。

 

 その時、抑えようにも抑えらぬ歓喜をあげる彼に向かって青く白い光の衝撃が飛んでゆき。

菱形の外壁を砕き壊した。

 

「誰だい?ワタシの一番気持ちいい時間に水を差すのは…?」

 

 口調はともかくとして余程気に障ったのか、怜悧な視線を向けるギラヒムの前に現れたのは、蒼き衣を纏いし金髪の剣士。

その右腕にはスラリと伸びた細身の剣を構えている。

英傑のリーダーにして退魔の剣に選ばれた”英傑リンク”であった。

 

 

 

  数刻前 ゲルド砂漠

 

 ルージュへと魔物達が襲い掛かったその瞬間、爆風と共に一斉に吹き飛んだ。

囲んでいた数多の敵が一瞬にして次々と吹き飛んでゆく。

 

「リンク、ルージュは無事ですか!?」

 

「リンク、それにゼルダ姫!どうしてここに!?」

 

 スナザラシとともに現れるはリトの英傑リーバルの大弓を携えた英傑リンクとハイラルの姫君ゼルダ。

どういうことだ?今2人で中央ハイラルの復興に邁進しているはず、世界の果てのゲルド砂漠まで来るとはいったい…

 

「――」

 

「なに?手紙が置いてあった?なんじゃそれは…?答えになっておらんぞ?」

 

「インパとプルアが彼に頼んだのです。厄災復活の為にあの少年を狙う者がいる。その魔の手から守って欲しいと」

 

「シーカー族の重鎮たちか。何はともあれ助かった、サークサーク。彼はイーガ団のアジトに囚われているティクルと助けに向かった。どうか手を貸して欲しい」

 

 本来ならば自分も助太刀に向かいたい。

しかし今の身体では、一人で本拠地まで進む事すら難しい。

足手まといになっては元も子もない、今できる最善は英傑リンクに頼む事だろう。

 

 そうやってルージュが頼んでいる時、カルサ―谷の方からゲルド族の一団が現れる。

チーク隊長の指示のもと、ルージュの護衛を任された者達だ。

 

「ルージュ様!御無事ですか!?」

 

「バレッタ、ポブル、心配するな。っつ!」

 

「ルージュ様は御怪我をされている!応急手当の後、一刻も早くゲルドの街までお連れするぞ!」

 

 ルージュ本人としては、自身の安全よりもリンク達を優先して欲しいのだが、立場がそれを許さない。

兵士達も同じで、ルージュにもしもの事があるのだけは決して許されないのだ。

鋼のような皮膚を持つキングラジークの巨体との激突したのだ、毅然とした振る舞いをしているが腕はあらぬ方向に曲がっているし、擦り傷や切り傷が至る所に出来ている。

直ぐにでも街で治療を受けるべきだ。

 

「リンク、行きましょう!私も後で追いつきます!」

 

「――」

 

「―相も変わらずそなたは頼もしいな。すまぬが頼んだぞ」

 

――

 

 

「その剣…、その出で立ち…いい加減にしろ!あれからどれだけの時間が経ったと思っているんだ!儀式素人にはわからんかもしれんが、こういうのには時間が必要なんだ!よりにもよってこんなタイミングでお前らが来るんじゃない!」

 

 ギラヒムは我慢できないのか苛立ちをあらわにしながら吐き捨てる。

 

 英傑リンクはあっという間に距離を詰め、ギラヒムに斬りかかる。

それをギラヒムも咄嗟に剣を出し、受け止める。

その速さ、衝撃は凄まじく、砂埃と共に轟音が鳴り響いた。

武術の嗜みのないティクルから見てもリンクの切込みとは比較にならない。

 

「グググッ…!これ以上の儀式の中断は取り返しがつかなくなる…!猛烈に!強烈に!激烈に気分が悪い!!次に会った時は全治100年では済まさないからね。覚悟しておきなよ!」

 

 言うが早いか、ギラヒムが後ろへと飛び退いた後指を鳴らす。

それを合図に紫色の瘴気がリンクから離れ、ギラヒムの下へと集まり彼を包み込む。

次の瞬間には瘴気もギラヒムもあとかたも無く消え去ってしまった。

 



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第63話 8人の英雄像

「リンクちゃん!」

 

「――!」

 

 ギラヒムの脅威が去った後、2人がリンクの安否の確認に駆け寄ってゆく。

苦悶に満ちた彼の幼い顔には、物凄い量の汗がにじんでおり身体にはルージュの時の様に不自然な模様が浮き出ている。

異なっているのは幾何学的な模様が点滅している事、体全体それこそ手に平に至るまでに広がっている点だ。

 

 ティクルが確認の為に額に手を乗せ、凍り付く。

熱い、熱すぎるのだ、反射的に手を離してしまう程に。

先程抱きしめた時には極寒の砂漠を越え冷え切っていた事を他ならぬ彼女が知っている。

こんな短時間でこの変化はあり得ない。

 

「無事ですか!?」

 

「リンク!遅くなった!」

 

 ここでようやくゼルダとチーク隊長率いる仲間達が広間へと集まる。

不意を突いたにもかかわらず、思いの外カルサ―谷での抵抗が激しかったのだ。

 

「これは…お前達!応急手当の後、急いでリンクを運び込むぞ!大急ぎで担架を作るんだ!」

 

 チークの号令でゲルドの街へと運び込む準備を始める兵士達。

その間に、ゼルダが英傑リンクとティクルから事の次第を聴き取り、彼の様子を確認してゆく。

 

(―インパ達からの報告とも照らし合わせるとおそらくこの場で何とかするのは不可能…枯れ果てた私の封印の力ではとても対抗できない)

 

「ゲルドの街で調べる必要があります!どんなに些細な手掛かりでも絶対に見逃しません!」

 

――

 

ゲルドの街

 

 朝日が昇る頃、スナザラシの担架に乗せ街まで帰って来たゼルダ一行。

大急ぎで運び込まれ、対症療法で彼を治療しながら呪いへの対策を模索する。

 

「もっと水を持ってこい!沸騰する程の高熱だ!直ぐにでも身体を冷やさないと危険だ!」

 

「シーカー族の呪いとは完全に別物だ…!こんな強力なものが存在するとは!私の手にはとても負えない…!」

 

「父様!リンク様を助けて下さい!何か…何かできる事は無いのですか!?」

 

 ルージュの時に、解呪の力になれたドゥランですら手の施しようが無くお手上げ状態であった。

 

 運び込まれたリンクの容体を一目見てアローマ達は絶句する。

誰の目から見ても明らかな病気とは異なる明確な悪意、医師の診断によると何故生きていられるのかわからないという程の高熱。

最愛の姉達を喪ったままルージュと共にイーガ団をゲルド砂漠で迎え撃ち、ライネルとの激戦による満身創痍な怪我といい、リンクが如何に過酷な状況にあったか悲しくなる程であった。

 

 先に街の中へと進んでいったゼルダに追いつく為、英傑リンクも街の中で調べ物をする為、女装して潜り込もうそうした時である。

 

「ちょ、ちょっと待って!久しぶりだね」

 

 そう引き留めたのはサンドブーツとスノーブーツを譲り渡した男性、ボテンサであった。

直ぐにでもこっちへ向かいたかったのだろう。

靴も履かずにテントから飛び出した彼は、熱砂の砂漠を素足のまま駆けつけ肩で息をしている。

 

「さっき運ばれた子!君の知り合いなの!?」

 

 コクリと頷く英傑リンク、ボテンサは2人と交友があるのだ。

10年ほど前ではあったが彼に8人目の英雄について尋ねた時以来である。

 

「――」

 

「あの子を助けたい…か。…―わかった!お願いがあるんだ、8人の英雄の試練について調べて欲しい!僕も調べたいんだけど中には入れないから…!」

 

「――」

 

「ありがとう!先に行って待ってるね!」

 

 そう言って頭を下げるボテンサ。

直ぐに北東の方向へと走ってゆく、7人の英雄像のある方角だ。

 

 

「リンク、追いつきましたか!え?8人の英雄について調べて欲しいって?」

 

「そう言う事なら考古学の研究をしているロテインの所で調べるといいだろう。裏通りにある石造りの家だ。あやつの家には書物が多いからすぐにわかるだろう。しかし…あの英雄像は7人だった筈だが…何?本当は8人目がいるじゃと?いつの間にか失伝してしまったのか…」

 

 街の中でゼルダとルージュに頼む英傑リンク。

古代のゲルド族の風習については考古学者でもあるゼルダやゲルド族の長であるルージュの方が明るいだろう。

それでもルージュですら8人目の英雄像の存在を知らなかったようだが。

すぐにロテインの処へと向かう3人。

 

「サヴォッタ!ってルージュ様!?どうしてこちらまで!?」

 

 突然の来訪に目を丸くするロテイン。

彼女からしたらいきなり族長にハイラルの姫、変装しているとは言え世界の英雄リンクと勢ぞろいである。

これで驚くなというのも酷であろう。

 

「ロテインよいきなりの訪問ですまんな。しかし今は時間が惜しい。8人の英雄について調べるのを手伝って欲しい。7人の英雄像には8人目もいたようなのだ」

 

「8人目もいたんですか!?是非やらせてください!よーし、これがわかれば考古学のスターよ!」

 

 割とお調子者のロテインは専門に調べていた英雄像について、新たな事実に興奮気味の様だ。

直ぐに大量の書物を棚から取り出す。

彼女自身あまり有名な考古学者ではないが、曲がりなりにも長年研究してきただけあって資料の数も質もなかなかのものだ。

 

「ええと、これとこれと…それからこれも。取り合えずこの辺りから調べていきましょう。8人目もいたという事は相当に古い年代の事だと思われます。時間が惜しいとの事なので絞り込んで当たりましょう!」

 

 ロテインが言うが早いか、すぐに調べ始めるゼルダ。

この手の分野において彼女は本当に強い。

慣れた手つきで書かれている内容を記し、纏めてゆく。

学問の専門的な分野である為、英傑リンクよりもルージュ達の方が手際が良い。

 

 12時間後

 

「―見つけました!ここを見て下さい!」

 

 ゼルダが指をさした場所には英雄達の試練について書かれていた。

どうやら台座に寝かされた者に試練を与え、見事乗り越えたゲルド族へ守りの力を与えるらしい。

かつて古代の呪いから解き放った事もあったという。

 

「どうやら当たりの様だな。それでどうやって試練を発動させるのじゃ?」

 

「もしかしたらこちらの情報が関係あるのかもしれないです」

 

「どれ…、対象の者を中心に安置した上で、8つに分けた言葉を宣言すればよいのか。それならばこちらの資料が役に立つだろうな」

 

 ルージュが探し当てたのは英雄達が一つの大きな力を分割して統治していたという内容だ。

心・技・耐・知・飛・動・柔・影の8つに分けていたと書かれている。

 

「以前私が調べた内容では、影がありませんでした。だから空いていた残りの場所に勇を司る英雄像があったのではないでしょうか?」

 

「恐らくはそうなのでしょう。とにかく今は時間がありません。急いで英雄像へと向かいましょう!」

 

「うむ!しかし英雄像までは距離がある。あれ程の高熱ではあやつの体力が持たないだろう。この通りにはフロストのBarで氷を貰ってくるぞ」

 

――

 

 ゲルド砂漠 西 英雄像跡

 

 すっかりと日が沈み、冷気が支配する荒れ果てた表情が露わになる。

先に向かっていたボテンサが震えながら待っていた。

まさか本当にゲルドの街から走って移動するとは…

スナザラシで氷とリンクを運んだ一行は英雄像の資料に書かれていた通り、中央の台座に彼を安置する。

 

 日が沈んで荒涼とした気候だったが、すでに氷も解けてなくなってしまっている。

彼の身体は限界だ。

慌てて来た為、英傑リンクは未だに女装したままの姿である。

 

「その様子…どうやら見つかったんだね!どういう内容か教えて欲しい!」

 

「――」

 

 英傑のリンクが最後の8体目が勇を司る英雄像であり、不自然に空いた空洞の部分に本来は祀られていたのではないかという事を伝える。

 

「ありがとう!これで何とか儀式を行える!危ないからちょっと離れていて!」

 

「――」

 

「え?どうしてそんなに親身で詳しいのかって…?」

 

 英傑リンクの指摘の通り、彼はゲルドの歴史に詳しすぎる。

そもそもハイリア人で男性であるボテンサが現地に住んでいる考古学者ですら忘れ去っている程の知識を持っていること自体普通はあり得ない。

 

 英傑リンクがかつて頼まれた8人目の英雄像も英雄の剣もボテンサからの情報だ。

それらはカルサ―谷の更に北にあるゲルド高地の秘境にひっそりと存在していた。

不自然と言っていい程に精通している。

 

「―それはね、僕もずっとこの地を見守っていたからなんだ。後は…初恋の人にちょっといいところ見せたかったって事かな…?…心・技・耐・知・飛・動・柔・影8つの力を司るゲルドの女神達よ!末裔であるリンクが邪なる者によって災いを齎された。彼を呪いから解き放つため試練へと導き給え!」

 

 ボテンサの雰囲気が変わった。

彼の良くも悪くも頑張り屋で下心丸出しの対応から一転、厳かながらもどこか神秘的な佇まいに変わっている。

 

 フィン

 

 彼の言葉に応えるかのように、音が鳴り大地が揺れる。

しばらくすると地響きと共に最後の一体の英雄像が剣を手にしながら姿を現してゆく。

あまりの出来事に英傑リンクは目を見開き声を上げた。

本来はゲルド高地の秘境に存在するはずの像がこのわずかな時間に突如として現れたのだ、あまりの出来事にゼルダやルージュも驚き、動揺している。

 

 ゲルドの族の末裔よ

これより呪いを打ち消す為、汝に試練を与える

決して容易いものでは無い

努々油断することなかれ

 

 スッ スッ スッ

 

 英雄像達が剣を伸ばしリンクの頭上に八角形の輪を描く。

中心の空洞から覗く夜空に月が輝き、それと共に彼の身体は青い光の粒子となって上空へと溶けていった。

 



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第64話 課される試練は己の影

 

(ここは…)

 

 リンクは重い頭を無理やり振り払い、足元から伸びる影から視線を外し辺りを見渡す。

どうやらゲルド砂漠の存在するらしい女神像の安置された場所の様だ。

頭上では燦々と輝く太陽が昇っている。

頭の中に声が響く

 

 ゲルドの末裔よ

ここは己の心の内を反映した世界

其方には呪いを打ち払う為の試練を与える

立ち塞がる敵を倒せ

 

(心の中って…あっ、武器がある。服にも穴が開いていない)

 

 リンクはその背中にゲルドの盾とゲルドのナイフを身に付けていた。

あの時ライネル相手に使い果たしたこの武器達も傷1つ無い。

残念ながら弓矢などの投擲武器は無かったが…どうやら反映した世界というのも強ち間違いではないらしい。

 

(立ち塞がる敵を倒せと言っていたな、まずは見つけないと)

 

 とりあえず今できる事はやらなければ、そう考えたリンクはこのゲルド砂漠を捜し歩く。

 

 

(えぇー…、敵ってどこにいるのさ…)

 

 仮想のゲルド砂漠をどれほど彷徨ったのだろうか。

見えない壁に阻まれこの女神像の敷地から出る事は叶わず、試練の相手となる敵を探すが影も形も見当たらない。

砂に足を取られ、灼熱の太陽が肌を焦がし体力を根こそぎ奪ってゆく。

それに耐えかねて、足を止め膝に手を付き気休めの休息をとる。

 

(あっつい…なんで架空の世界でこんなにきついのさ…こんなところまで砂漠を再現しなくてもいいのに―いや)

 

 足元を見た時に気が付いた。

ここへたどり着いた時に確認できた己の影が無いのだ。

この場所では影が出ないのかと思ったが、それならば始めに確認した時の影が説明できない。

 

(そんな馬鹿な、確かに最初の時にはあった!女神像達にはちゃんと影ができている!僕の影はどこ!?)

 

 疲労も忘れ、必死になって影を探すリンク。

振り返った先でそれが目に留まった。

それは影だった。

それは地面に縫い付けられたものでは無く立ち上がる様に伸びている。

薄っすらと透き通る黒い影には厚みがあり、色が違うだけで目の前に自分がいる様だった。

 

 ダークリンク

 

己の姿を映し出した影の存在。

黒い姿に赤い瞳をもつ分身、リンクが気が付くのと同時にナイフを抜き盾を構えた。

リンクも同じく構えを取る。

呪いを乗り越える為の試練、それは己の分身に打ち勝つ事であった。

 

 リンクが距離を詰め、ダークリンクはそれを静観する。

 

(来ない…のか?)

 

縦斬りには縦斬り、横斬りには横斬りで受け止めて来る。

鏡で移したかの如く、寸分の狂いも無く肉薄してくる不気味な太刀筋。

その小さな体躯からは想像も出来ない程の力と鋭さがあった。

 

「「フン!ハァ!セイッ!」」

 

(凄い力だ!速さも尋常じゃない!でもそれ以上に―)

 

 模倣するまでの早さ、質が凄い!

どちらの攻撃も始まったばかりの初見であった。

それも見てすぐに返せることは即ち、敵の攻撃の方が速い事を示している。

ぶつかった後も力を込めてみたが、同じぐらいの強さで返されてビクともしない。

 

「これはどうだ!」

 

「ハァア!」

 

 得意技である回転斬りですらダークリンクは返して来る。

類稀な身体能力が求められる、前転を伴った縦回転斬りもだ。

 

 更に激しく、攻撃する頻度を上げても平然と返して来る。

だがそれは相手もこちらに攻撃を加えられないという事でもないだろうか。

これでは決着がつかない、そう思っていたのだが―

 

「ハァ、ハァ…こいつは…!」

 

 こちらとは違いダークリンクは体力が落ちなかった。

熱砂の砂漠で暑さのよってスタミナは奪われ、戦闘の疲労も少しづつ蓄積していった。

つまるところ、時間がすぎると勝つことが出来なくなるという訳だ。

 

(時間は掛けられない…それなら最短で届くこれしかない!)

 

 リンクは相手に直ぐに届く上に防ぎにくい突きで攻撃する事にした。

しかし、それは悪手となってしまった。

 

「なんだと!?」

 

 なんとダークリンクはバク宙でナイフの上に乗っかっていた。

運動神経には自信のあるリンクでも真似できない、しようとすら思わなかった神業。

大道芸とすら思わせる芸術性に、太刀筋を防ぎつつ敵の隙を作り出す機能美を兼ね揃えた攻防一体の絶技。

 

 無防備になったリンクをダークリンクが斬りつける。

胴を払われ、血が噴き出す。

 

 事態はさらに悪化していく、リンクが負傷して好機と見たかダークリンクの攻撃がより速く、激しくなって来たのだ。

万全の状態ですら追いつけないその攻撃の速さに腕に、足に傷がどんどん増えていく。

 

「うぐっ」

 

 押され切り患部を庇いながら、吹き飛ばされるリンク。

女神像にぶつかり砂地に沈み込む。

 

(何かないのか!彼を打ち破れるそんな閃きが!あいつはかなり速い、身軽だ!剣の上に乗っかるなんてあり得ないぞ!)

 

 正面から斬り抜いてみせるも、ダークリンクの剣筋はそれ以上に早く、再び砂漠に沈むリンク。

普通に攻撃しているだけではとてもではないが攻略の道筋すら見いだせない。

 

(…あいつが軽いのは影だからか?―いや、あれがある!一回しか使えないかもしれないがその価値がある筈だ!)

 

 リンクは盾をしまい、両手で剣を構える。

それに呼応する様に、ダークリンクも両手で構えリンクの出方を伺っているようだ。

 

「「ウォオオオ!!!」」

 

 全力を振り絞った何のへったくれも無い突撃、だが今度の攻撃で軍配が上がったのはリンクの方だった。

ダークリンクは力に押され女神像に叩き付けられる。

 

「!」

 

「今だ!」

 

 叩き付けられた、ダークリンクに追い打ちをかけるリンク。

苦悶の声を上げダークリンクは負傷個所を抑えていた、効いている。

リンクが押し込めたのは、突撃によるぶつかり合いだったからだ。

 

 リンクとダークリンクは殆どの能力が同じである。

疲労による体力の低下や、日差しによる負荷の分僅かにダークリンクに分がある程度だ。

しかし、唯一身体の重さだけはリンクの方が圧倒的に重い。

そうでなければ、鍛えているとは言っても咄嗟に片手で突き出した剣に乗られ、支えられる訳など無いだろう。

 

「…」

 

 だがこれで終わるダークリンクでは無い。

 

(どこへ行った!?)

 

消えたか様に思われた彼はリンクの背後から奇襲をかけて来たのだ。

見失った段階で迷わず前へと飛び込んだリンク。

 

(これまでが小手調べ、ここからが本番という訳か!)

 

 紙一重で躱すことが出来たが、これまでよりも更に早くバリエーションを増やして来た攻撃にワープが混ざり込み冷汗が流れ落ちる。

 

「セイッ!ハァッ!」

 

 これまでの様子見から一転、怒涛のラッシュに軸を置いたダークリンク。

目の錯覚かと思っていたが、いつの間にか彼の姿はより黒く、より濃くなっていた。

こちらも負けじと乱激戦を持ち込んではみたものの、今度は一方的に打ち負ける。

手数でも力でも全く相手にならない見てからでも反撃が間に合ってしまうようだった。

 

(尋常じゃない力と速さだ!完全に僕の強さを越えている!それにあの眼―、こちらの攻撃をすべて見切っているのか…?)

 

 ダークリンクのナイフ一つをこちらはナイフと盾の両方を使って漸く凌げるかという激しさだ。

先程使った突撃術も、簡単に横へ回り込まれ遠心力を存分に乗せた回転斬りでカウンターを狙ってくる。

突撃する為に背負っていた盾で受け止めたが、あまりの衝撃でそれを遥か彼方へと飛ばされてしまった。

 

(こいつは間違いなく強い!だけど…なんであれを使わないんだ…?)

 

 リンクが覚えた違和感、目の前の強敵が見せるあらゆる行動は己の上であるにもかかわらず、未だ見せていないものがあった。

どういう訳か攻撃が緩む瞬間があるのだ。

 

 そこに攻略の手掛かりが隠されているのかもしれない。

やる価値はある、後は自身の動きとほんの一握りの勇気。

速くても遅くても駄目なのだ、これは相手を掻い潜らねばならないのだから。

 

(―来た!)

 

「!?」

 

 ダークリンクの赤い瞳の中から消えた。

そんな事があってたまるか、リンクは人間だ。

不自然に消えてなくなる事などあり得ない。

 

 そんな彼の背中を裂き上げる激痛が走る。

限界を超えた己の肉体が崩れ落ちていく中、その瞳はリンクが螺旋状に巻き上げる様に斬りつけたのだと理解した。

 

 ダークリンクが黒い粒子へと姿を変え宙へと飛び散った。

リンクが見つけた答え、それはダークリンクの盾であった。

攻撃も防御も回避も隙が無く出来てしまうダークリンク。

しかしだ、それらの要素全てを支えていたのは卓越した剣技と常識はずれの身体能力であり、盾では無かった。

あれは、こちらが試練を乗り越えるための隙だったのだ。

盾の先を覗く事はダークリンクでも不可能、その死角へと転がり込むことで消えたかのように錯覚させ勢いそのままに背中を斬りつけたのである。

 

 背面斬り

 

 転がり込むように相手の死角の背後へと滑り込み、勢いのまま切り上げる技。

斬り合う程の近い間合いでは盾の影から背の影へと動く消える様な凶悪な代物へと変貌する。

 

  よくぞ試練を乗り越えた

  ゲルドの女神達により邪なる呪いは打ち払われよう

  我々はいつでもそなたを見守ろう

  元の世界へと帰るが良い

 

 水色の光となり消えていく瞬間、リンクは見た。

飛び散った黒い粒子が再び集まり、屈強な大男へと姿を象り彼を見つめていた事を―

 



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第65話 初恋の味はビリビリフルーツ

書きながら色々と模索中…
大まかなプロットはあっても間を埋めれない、誰か文章力を…


 ゲルド砂漠 8人の女神像前

 

 粒子となったリンクが砂を踏みしめる。

彼の身体にはもう痣はない、完全に呪いは振り払われたようだ。

 

(さっきの…男は…一体…)

 

「無事ですか!?」

 

「リンク!もう大丈夫か!?」

 

 彼の下へとゼルダ達が駆け寄る。

ルージュはともかく他の2人はリンクにとっては初対面である為、僅かに戸惑いが見て取れる。

 

「ルージュ様、もう大丈夫です。ええと、こちらの方達は…?」

 

「申し遅れました。私の名はゼルダ。そしてこちらに控えているのは騎士のリンクです。貴方を助けるため、ボテンサと共にこちらへと運ばせて頂きました」

 

 イーガ団のアジトでギラヒムと名乗るものと遭遇した後、目が覚めたらいきなりハイラルの姫と世界を救った英傑リンクが目の前に現れるだなんて誰が想像できるだろうか。

 

「し、失礼しました!とんだ無礼を…!」

 

「いえ、このような事態にあわれては仕方の無い事です。何はともあれ快方へと向かわれたみたいで良かった」

 

「ゼルダ姫、騎士リンク、ボテンサよ。ゲルドの長として改めて礼を―

 

 ゲルドの族長としてルージュが改めて感謝の意を示そうとし、言葉を失った。

只事では無い雰囲気を感じ取り、英傑リンクとゼルダも振り返る。

ボテンサが、いないのだ。

風の凪いだ見晴らしのいい砂漠で消えるなどあり得ない。

ましてや今の彼は素足だ、ゲルドの砂漠に慣れないハイリア人がそんな咄嗟に隠れる事など出来る訳がない。

 

 何かの間違いかと一斉に捜す3人。

しかし、彼の足跡1つ出てこない。

何か手掛かりはないか探し続けている時である。

 

  カツン

 

 英傑リンクのサンドブーツが何かに当たった。

何にぶつかったのかと拾ってみる。

それは一輪の花を咲かせたビリビリフルーツの実であった。

 

――

 

 同時刻 ゲルドの街

 

「夜分遅くにすまないね。ビューラ」

 

「いえ、こちらこそ遅くなってしまいすみません、リムーバさん」

 

 2人はゲルドの街の裏路地に存在する酒場、Bar Pure Lov まで来ていた。

先程までビューラはイーガ団達と戦った事後処理を行っていたのだが、リムーバが時間が空いたらここへ来てほしいと頼み込んだのだ。

勿論、やるべき事を全て終わらせるまで待つとビューラには伝えてある。

 

「フロスト、ビューラにも頼むよ」

 

 酒場のマスターでその刻まれた皺からは人生経験を蓄積した者が持つ貫禄と落ち着いた物腰を併せ持つ彼女がフロストだ。

フロストに一杯作る様に頼む。

 

「あの、お酒の類は少し困ります」

 

「心配しなさんな。このカクテルには酒の類は一切入っていないからね」

 

 リムーバは元は兵士だ、ビューラが己の剣を磨き上げる為酒を一切飲まなかった事にも配慮したのかもしれない。

 

「あいよ、Pure Lovだ。リムーバの言う通りさ、一切入ってないから心配しなくてもいいよ」

 

「サークサーク、それじゃビューラ。杯を持っておくれ。御代は先に払ってあるから」

 

 かつての先輩からの奢りという事で一礼をした後グラスを持つ。

 

 初めて聞く名前のカクテルだ。

世界的に有名なこの酒場の看板メニューは、ヴァーイ・ミーツ・ヴォーイだ。

そもそも彼女が頼んだカクテルは、メニューにも載っていない。

裏メニューという事だろうか。

 

「アタシはね、失われた武術を探す為あらゆる分野に手掛かりを求めたもんさ。このカクテルもその1つだ」

 

「まったく、よくもまあこんな古いカクテル探し当てたもんだよ。先祖代々伝わって来た隠しメニューだってのに」

 

「…どうやって突き止めたんですか?」

 

「ミンナニハナイショダヨってやつさ。ちょっとぐらいは祈ってみたくなってね、サボテンの精霊ってやつにね」

 

 グラスを傾けると、ビリビリフルーツの実が氷とぶつかりカランと音を立てる。

 

「サボテンの精霊…ですか?」

 

「ああ、このゲルド砂漠ではね、サボテンの精霊が見守ってくれているのさ。心を奪われるような恋に落ちた時、全ての力を使って導いてくれるんだよ…」

 

 さじすめサボテンの初恋って事さね、お酒じゃないけど飲まずにはいられないと漏らすリムーバの横顔から覗く瞳には哀愁が漂う。

 

 

「今回ばかりはアタシ一人だけじゃ困るんでね。どうしてももう1人相手が欲しかったのさ。捧杯のね」

 

 ああ…、だから私を呼んだのか。

ゲルドの兵士ならば敵と戦う事も覚悟しているし、その職務上命を散らすこともあるだろう。

だが、此度犠牲になったのは巻き込まれただけの子供が2人。

それも街の中で起きた凶行だ。

 

「―あのボーヤの生い立ちは知っている。あの齢で親を亡くし、兵士として歩み始め、降りかかる災禍によって最後に残った姉達すら失ってしまった。それでもあの子には魔の影が常に付きまとっている」

 

「ええ、剣の才はある。精神的にも齢以上に成熟している。だがそれすらも遥かに凌駕する試練の数々は如何ともし難いものです」

 

 誰よりも彼の剣を見て来たビューラだからこそ、その強さが彼に親を失い、そこから姉達の死すら耐える事を強いてしまう事が哀れでならなかった。

それでもなお彼には安息の日々が訪れる気配すらない。

 

「あの子は人智を越えた宿命を背負っているようだ。どうあがいてもあたし達ではそれを止められない…痩せても枯れても兵士だったあたしが祈る事に縋りたくなるなんてね。さあ、ビューラ。2人の冥福とあの子の未来に―」

 

「献杯」

 

 ◆ ゲルド砂漠 8人の女神像

 

「リンク、何か見つけたのですか!?」

 

 ゼルダは英傑リンクが何か見つけたかと声をかける。

咄嗟の事だったのでリンクと言ってしまったがここにはもう1人のリンクがいる為紛らわしい事この上ない。

 

「――」

 

 彼はそこに落ちていた何かを拾い、首を傾げる。

何か気になる事でもあったのだろうか。

 

「これは…ビリビリフルーツ?サボテンも無いのにこんな所に?」

 

 このゲルド砂漠にここにいる誰よりも詳しいルージュがその違和感の内容を看破する。

有り触れている様でも、その不思議な状態に彼女は気が付いた。

 

 鮮やかに花咲かせたビリビリフルーツ、それも砂に塗れてもいなかった。

一体どういう事だろうか、遠くから転がって来たというには砂が少ない。

直ぐにしおれてしまう花がこの過酷なゲルド砂漠において瑞々しく咲き誇っている。

近くで実を落とさないとこんな形はあり得ない。

 

「――」

 

 再び無言となる英傑リンク。

言葉には出さないが、その表情には感謝や困惑、謝罪などといった様々な感情が混じり合っている。

 

 導き出せる事実はどれ程信じがたいものであっただろうか。

英傑のリンクが拾った辺りには何一つ痕跡すらなかったのだ。

 

「―ボテンサ、さん…」

 

 リンクがポツリと答えた。

何かを察したのか英傑リンクは無言のまま彼にそのビリビリフルーツを渡した。

 

  ―口に合ったみたいで良かった!なんて言ったって鮮度が違うよ!

 

 ああ、だからあの日のビリビリ煮込み果実はあんなにも美味しかったのか。

ティクル姉ちゃんのお店で買ってきた、新鮮なそれと比べても更に鮮度が良かったのはそういう事だったのか。

 

「――」

 

 英傑のリンク様が気をかけて下さる。

何でも僕は呪いが掛けられていたそうだ、それもルージュ様の時を超える様な禍々しいものだったらしい。

彼がこの場所の存在を教えてくれ、そして試練を乗り越える事で呪いを解くことが出来たそうだ。

足りない女神像をここへ呼び出したのは紛れもなく彼であり、ずっとこの地を見守っていたと…姿を消した…いや消えてしまった。もう会う事も出来ない、そう感じた。

 

 …サークサーク

 

「姫様―!」

 

 この場にハイリア人の兵士と思われるヴォーイが駆け寄って来た。

ゼルダ姫の従者か何かだろうか。

 

「ここまで来るとは何かあったのですか?」

 

「姫様!英傑様!城下町復興予定地が魔物達に襲撃されました!至急お戻りください!今のところは何とか持ちこたえておりますが、いつまで持つかわかりません!」

 

 突然起きた魔物達による襲撃の報せ、中央ハイラルはカカリコ村へ向かう時に横切ったが見晴らしの良い穏やかな平原であった。

魔物達の暮らす集落もあるにはあるが、集団による襲撃が出来るほど洗練はされていない。

起きる事は考えにくいのだが…彼らの服についている傷跡を見るに本当の様だ。

 

「―!何という事!」

 

「すぐに行くのだ、ゼルダ姫よ!こちらの事はわらわが何とかする!己の役目を見失うな!」

 

「はい!感謝します!ゲルドの長ルージュ!」

 

 ゼルダの言葉を皮切りに英傑リンクがスナザラシを呼び寄せ準備に取り掛かる。

直ぐにでも出発するようだ。

 

「それでは私達はここで失礼します!あまり力添えが出来ず申し訳ありません」

 

「謙遜などするな、本当に助かったぞ。ゼルダ、そして騎士リンクよ。サークサーク」

 

 ゼルダ姫と英傑リンク様はスナザラシに乗って風の様に去っていった。

意外にもゼルダ様もスナザラシを乗りこなしていた。

逞しい一面もあるのかもしれない。

 

「…行きましょう。ゲルドの街へ」

 

「ああ、ビューラ達もまっているからな」

 

「ルージュ様」

 

「どうした?」

 

「サークサーク」

 

 ◆ ゲルドの街

 

「「ルージュ様!お帰りなさいませ!」」

 

「ドロップ、ムリエータ。心配させたな、もう大丈夫だ。良く持ちこたえてくれたな」

 

「ドロップさん、ムリエータさん心配かけました。サークサーク」

 

「リンク、気にするな。これぐらいどうってことないって!こう見えてもアンタの先輩だよ!」

 

「ドロップの言う通りだ、これぐらいで根を上げるほど柔な鍛え方はしていないさ。疲れただろう、ゆっくりと休め」

 

 門をくぐるルージュ達、肉体的にも精神的にも疲れ果てた彼女達の足取りは、砂漠を渡り抜いた背中を見続けて来た門番達にから見ても重たいものだった。

 

― 裏路地

 

 リンクはルージュと別れ、裏路地に来ていた。

身体の節々は痛み、疲労で上体はふらついておりまるで枯れ木の様、戦士としての姿は見る影もない。

肉体は休息を訴えるが、とてもそんな気にはなれなかった。

 

(姉ちゃん…)

 

 訪れる理由などただ一つ。

姉達の死を悼み、喪に服すため。

街の人が弔ってくれたのか、この場所に姉達が眠る墓を作ってくれたようだ。

立てかけられている2人のロッド、はめられた宝石が月に照らされる。

 

「大事な時に傍にいれなくてごめん!守るって誓ったのにごめん!結局、僕は口先だけだった!もうどうすればいいかわかんないよ!」

 

 駄目だ、これは駄目だ…折れてしまう、崩れてしまう。

己の中から何もかも、消えてしまう。

頬から…零れ落ちてしまう。



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第66話 導くは双りの杖

UA12000ありがとうございます!

旅立ちまでにこれだけかかるとかどういうことなの…?
書きたい内容に腕が付いてこないジレンマ


 ◆

 

 泣いた、覚えている限りで初めて泣いた。

悲しくてたまらない、苦しくてたまらない。

失う事がこんなに辛いなんて…

自分の力が、剣がどうしようもなく空しい…。

 

 でも姉ちゃん達はもっと痛かったんだよね 苦しかったんだよね

厄災の申し子として狙われた一連の騒動

なんで姉ちゃん達が巻き込まれなきゃいけないんだ なんで僕はヴォーイとして産まれて来たんだ

2人から父様と母様を奪い取る為に… それだけじゃなく夢も未来も奪い取ってゆく為に…

 

 眦から零れた大粒の珠がロッドにはめ込まれた宝石に落ち、月明かりをより一層引き立てる。

最期に2人が握っていたという燃えるような赤きロッド、凍てつく様な青きロッド。

名前まで彫ってあるこれは2人の宝物でもあるのだろう。

賑やかなゲルドの街の一角は静寂に包まれ少年を照らすだけ。

 

「あ…」

 

 メテオロッドとフリーズロッドがぼんやりと辺りを照らした

小さな小さな灯り

傍にいる彼だけにしかわからないもの

ふしぎな感覚だ

暖かいのに涼しくて、包まれるような感覚

 

 おそるおそる抱き留めようと手を伸ばす、その頼りない動きには僅かに幼さが残っていた

 

 一度伸ばした手がいったん止まる、姉達の幸せを壊した自分には手を伸ばすその資格などないそんな気がしたからだ

赤と青の輝きが増したかと思われた時、止まった彼の手を引き寄せた

 

 ふしぎな感覚だ、光に触れていると引き裂かれそうな苦しみが溶け出していく様だ

身体が軽くなっていく、傷が塞がり疲労が抜けてゆく。

 

(フェイパ姉ちゃん…スルバ姉ちゃん…こんな僕を支えてくれるの…?大事な時にいてあげられなくてゴメンね…それと…サークサーク…)

 

 メテオロッド、フリーズロッドを手に入れた

姉達が遺した古来よりゲルド族に伝わる杖、何か秘められた力があるかもしれない

宝石以外に青い石で飾り付けられたそれには2人の名前が刻まれている

 

 

 行かなければ、最期の後でさえ姉達は案じてくれていた。

アジトであったあの男、彼がおとなしくしているとは考えられない。

探さねば、もう誰一人としてこんな思いはさせたくない。

 

2つのロッドを手に持った時、シーカーストーンが青く点滅し、反応を示した。

 

 

(どうしたんだろう…。こんなこと初めてだ。この場所は…カッシーワさん達の村か?この場所に何かあるって事…?)

 

 アイコンが示すはリトの村、一体この場所に何があるというのだろうか。

家に戻り準備を整えなければ…

 

 ◆ ゲルドの街 裏門

 

 夜が明ける少し前、旅立つ準備を終えたリンクはひっそりと街を後にすることにした。

その背には二つのロッドと竪琴を携えている。

姉達の心、そして生きた証。

 

「やはり行くのか」

 

 こんな時間の裏路地で声をかけられた。

驚いたリンクは声の方向へ顔を向ける。

 

「―ルージュ様、それにイグレッタさんも」

 

「まったくあんな事があった次の日にはもう出ていくなんてね。もうちょっとばかり自分を労わりなよ…っていっても聞きやしないかあんたは」

 

「本当に良いのか?別れの挨拶ぐらいしていった方が良いと思うぞ?そなたを案じるものはお主自身が思っている以上に多いだろう」

 

「いいのです、ルージュ様。―俺にはあの人達といる資格はない。家族を守る誓いすら果たせず、存在そのものが守るべき民を命の危機に晒し、散らしてしまった時点で以ての外です。ルージュ様、イグレッタさんも見送りしていただきサークサークです」

 

「そう急ぐなって、ただの見送りの為に忙しいルージュ様が来るわけないだろう?」

 

 ルージュ達に背を向け旅立とうとするリンクの肩をイグレッタが掴み、引き留める。

 

「剣も折れ、盾も矢もつきたまま旅をするつもりか。止めはしないが、いたずらに命を散らす様な愚を犯すな。託された命の重さはそんなに軽いものでは無いぞ」

 

 そう言ってルージュが渡すのは、ゲルドの弓の他、月光のナイフと太陽の盾であった。

これはゲルド戦士の隊長格に与えられる特別な拵えの物である。

ゲルドのナイフよりも強力で丈夫であり、ゲルドの盾よりも兼固だ。

 

「アタイからはこれさ、しっかりやんなよ」

 

 そう言ってイグレッタから渡されたのはゲルド族特有の露出の多い服装に金属のアクセサリーを散りばめた熱砂の服一式だ。

非常に高価な代物ではある、がそれ以外はリンクが普段身に付けている服装とそうは変わらないだろう。

強いて挙げるのならば、多少丈夫な造りで暑さに強いと言ったところか。

 

「イグレッタさん…これって…」

 

「言っただろ?《そういう事にしておくのか》って」

 

 この衣装の特徴…それはゲルド族の服装の中で男性用に作られた衣装だという事だ。

いくらそう言った拵えの服装があるとは言っても、ゲルドの子供用でもあるこの衣装は間違いなく特注である。

それはつまり彼がヴォーイであるという事がわかっていたという事、隠しているリンクの意思を尊重してきたという事でもあるのだ。

 

「お主がゲルド族のヴォーイである事を知っている者もいる…。それを隠すのはとても辛い事であっただろう、それぐらいは無理をしなくてもよい」

 

 どちらにせよ、こんなに小さいゲルド族が一人で出ているだけで訳ありなのは明らかだしな。とルージュは付け加えた。

 

「おぬしの事だ、厄災の脅威に自ら突っ込んでゆくつもりなのだろう。修羅の道に誰も巻き込みたくないのはわかる。しかし心得よ、おぬしは帰るつもりはなくとも街の皆はいつでもお主を迎え入れるぞ。スナザラシを用意してある―達者でな」

 

「…―サークサーク」

 

 リンクは2人に頭を下げた後、振り返る事も無く熱砂へと消えていった。

 

――

 

 翌朝ゲルドの街の一角で人が騒ぐ、帰って来た筈のリンクがいないのだ。

中でもあの子の面倒を見て来たアローマとイーガ団の魔の手から助けてもらったティクルの取り乱すさまは凄まじいものがあった。

 

「アローマさん!見つかりましたか!?」

 

「いいや、まったくもって足取りも掴めないよ!早い所見つけないと身体も心も心配だよ!」

 

 ゲルド砂漠でのイーガ団達との長時間の戦闘に加え、あのライネルと事を構える。

それがどれだけ無謀な事か。

どう考えても10にも満たない子供が立ち向かっていい相手では無い。

それに加えてルージュ様の時以上の呪いをその身に受けたと言うではないか。

 

 

「2人とも聞いてくれ」

 

「チーク様!リンクはいったいどこへ!?」

 

「―あの子は旅に出た、家族全ての命を奪い、ティクルも危機に晒した自分にはあの人達の傍にいるその資格すらない…だそうだ」

 

「っ!そんなのって……!」

 

「―っ!」

 

 

 なんだそれは、何が資格だ。

そんな物の為に出て行く事なんて誰一人望んでいない。

リンクちゃんには落ち度なんてないではないか、どこに負い目を感じる必要があるというのだ。

許せない、イーガ団とその背後にいる奪い取ってゆく存在が。

 

 今一番辛いのは間違いなくリンクちゃんだ。

傍にいる事も、支える事も癒す事すら叶わぬというのか。

―認めない、終わらせて堪るものか。

 

 信じられないと言った面持のアローマさんを残して、居ても立っても居られない私はリンクの家に駆けて行った。

 

 フェイパやスルバと遊ぶ為、この家には良く足を運んだものだ。

主達を失った家は閑散としており、寂しげで儚い空気が立ち込めている。

整頓された使い込まれた食器や、舞踊の為の華麗な衣装に底のすり減ったダンスシューズ、作曲の為に用意された楽器の数々に整頓して並べられた大量に書きこまれた楽譜の棚。

親友達の思い出が、彼女達の爪痕が、所狭しと並べられ思わず涙が溢れそうになる。

 

 もう、あの二人にあう事は出来ないのだ、そう思うと胸が張り裂けそうだ。

それでも堪えられるのは自分よりも何十倍も辛い筈なのに、あの日自分の安否を気遣うあまり歯を食いしばって耐え忍んだリンクちゃんがいたからだ。

なんて強い子なんだろう、尊き優しさなのだろう。

―でもそのどちらも残酷な程、彼を一切合切守ってはくれなかった。

 

 そしてこの家を訪れた時に覚えた違和感の正体がわかった…きれいに掃除されたこの家にはないのだ、あの子の存在が。

あの子が遊んでいた遊具や鍛錬の為に用意されていた武具の数々が

服一着すら無い、まるで自分を消し去るかの様に―

 

 どうして…?

なんでリンクちゃんの物だけ存在しないの?

資格が無いってそういう事…リンクちゃんはまだ8歳よ

自分がいなければフェイパもスルバも幸せだったとでもいうの

そこまで駆り立てられなきゃいけないの…?

 

 必死になってあの子の痕跡を探し回る。

辛うじて一つだけ、スルバの机の上に置かれていた青色のオカリナだけが見つかった。

リンクちゃんがルージュ様を助けた折、贈られた代物。

こればかりは処分するのが憚られたのだろう。

そんなところでばっかり気を回さないでよ、もっと自分を大事にしてよ、こんな別れなんて信じたくないよ

 

 それならばと私は取るべき道を決める、私は母様とエメリおばさんの下へゆく。

 

「母様、エメリおばさん、お願いがあります」

 

 私だってゲルドのヴァーイ、鞘にぐらいはなってみせる

 



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第7章 厄災の雷龍を祓え
第67話 山と食材と骨達と


お待たせしました、漸くリンク君の旅が始まります。
先は長いですが、完結させたいものです…!


 ◆

 

「これからしばらく一緒だ。よろしくな、ドラグ」

 

 ゲルドキャニオンの馬宿で馬を引き連れリトの村を目指すリンク。

1日かけてデグドの吊り橋を乗り越え、街道沿いを北上していき平原外れの馬宿まで辿りついた。

この辺りは虫害がひどいのか、伐採された樹木の殆どには大きな穴が開いており、必要な薪を確保するためにより多くの木を切り倒している。

これは相当な重労働だといえるだろう。

 

 いきなりではあるがリンクは大きな問題に直面していた。

食糧の確保である。

 

 これからは1人で生きていかなければならない。

ゲルドの街にも帰るつもりもない以上、ルピーにも限りが出てくるだろう。

できる事なら何日かは食べられる様に保存しておく事が理想的だ。

常に食料を確保できる保証などどこにもないのだから。

特に植生に乏しいゲルド砂漠を生き抜いてきた彼にとってこの点は非常に敏感だ。

 

「料理鍋はあるけど…食材はそうもいかないしなあ…。馬宿でリンゴとかなら無料で提供されるけど、それだけじゃちょっと持たないだろうし…」

 

 馬宿では薪の束や火打ち石といった旅に必要な物資を無償で支給してくれる。

無論それにも限りがあるので、旅を続けるのにはまるで足りない。

 

「そこの少年、食糧が無いッスか?ああ、自己紹介がまだでしたね。俺、トロットというッス」

 

 そう悩んでいる時に、馬宿の従業員が声をかけて来た。

独特の言葉遣いをした細身で長身の男性だ。

木コリの斧を手に持っている彼が木を切り倒していたのだろう。

汗がにじんでおり息も上がっている。

体格的にも相当きつそうだ。

 

「ええ、まあそんなところです…」

 

「そういう事ならハイラル丘陵の手前にあるサトリ山に登ってみるといいッスよ。あの場所は植生の宝庫ッス。取りつくすのは御法度だけど、食う分を集めるには問題ないッスよ」

 

「サトリ山…ですか?」

 

「そうっス、あの山には主がいると噂がありましてね。その影響からか、普通では自生しない植物も大量にあるらしいッスよ。焼いたりしていけば当分は食いつないでいけるはず…」

 

 男のゲルド族という事もあり、余計な騒動を起こしたくないリンクはカカリコ村の美白クリームで誤魔化している。

男の子用のゲルド族衣装を身に付ける風変わりな子供とみられているようだ。

 

 リンクがヴォーイである事と、厄災ガノンと結び付けられては堪ったものでは無い。

内心胸を撫で下ろすのだった。

それに彼が齎した情報は非常にありがたいものだ、旅には食事は必要不可欠。

魔物の跋扈するこの世界でのんびりと観光とはいかないのだ。

 

「そうそう、そのサトリ山あたりでたまーに動物や昆虫が大量発生するらしいんスよ。ヌシってどんな味がするんスかね?」

 

 以外にも彼は肉食系男子の様だ。

 

「何から何までサー…あ、いや、ありがとうございます」

 

「ありゃっしたー!」

 

 威勢よく答えた後はああ…生の極上ケモノ肉が喰いて―ス。

とぼやきながら仕事場へと戻っていった。

 

「えーっと、地図によると…街道沿いにあるテスタ橋を渡って北西か…途中はちょっとドラグには登れそうにないか…仕方ないなぁ。麓のあたりで待っててもらうか」

 

 シーカーストーンに搭載されているマップ機能を使って計画を立てるリンク。

地図の見方はビューラ達にしっかりと叩き込まれて本当に良かった。

ドラグは馬宿に預ける事も考えたが、結構な距離が離れている。

往復と採取を考えると3日はかかるだろう、その間の食糧の事も考えるとそれでは意味がない。

 

「…よし!ここで一晩明かしてからサトリ山に向かうとするか!」

 

 料理鍋の前で一晩明かすリンク。

これまでの護衛の仕事ですっかりと堂にはいってしまった。

月光のナイフを抱きながら眠りにつく。

 

 ◆ サトリ山

 

 しっかりと休息をとったリンク達はテスタ橋を渡り、サトリ山の麓へと辿り着いた。

起伏の激しい岩肌に所々木々が覗いている。

これは馬では登れそうにない。

 

「間近で見ると起伏も激しいし、岩だらけだ…ドラグ、ちょっと待っててな」

 

 ドラグを麓に待機させてサトリ山へと向かう。

幸いこの辺りでは魔物もいないし、なだらかな草原が広がっているので問題は薄いだろう。

 

 とりあえずシーカーストーンに解散地点をマーキングして、木の生えている場所を目指して足を踏み入れた。

 

「何だこれ…。ちょっと怖いな…」

 

 今だ外の世界をあまり知らない彼ですらわかるその生態系の異常さ。

ハイラルダケに、ガッツダケ、ポカポカダケ、ビリビリダケ、ヒンヤリダケ、ガンバリダケ、マックストリュフ…あらゆるキノコが狭い盆地に所狭しと顔を覗かせている。

 

(こんなに生えているの初めて見た…見た事無いキノコもいっぱいある…)

 

 ポカポカダケやヒンヤリダケはそれぞれ暖かい気候と涼しい気候の場所で採れるとものだ。

同じ場所に生えてくることなど考えられるものでは無い。

後の事と考えて一部だけ摘み取ってゆくリンク。

次に向かった広場ではハーブなどの薬草がといった具合に次々と食材が手に入る。

一体どうなっているんだこの山は、殆どが雑草すら生えていない岩場でありながら草が生い茂る所にはこれでもかという程に食材が広がっている。

 

「…これだけ焼いておけば当分は大丈夫な筈…リトの村は寒いって聞いてるしポカポカハーブとポカポカダケを組み合わせておこう」

 

 おかしい所はまだある、いないのだここには。

これだけ食糧が豊富であるのにもかかわらず魔物達が。

魔物達だって生きていく為にものを食べる、肉食のモリブリンはともかくとして雑食のボコブリンすら影も形も見えないというのはどういうことか。

 

「あっちの方は何があるかな…?ちょっと楽しくなって来た」

 

 怖さが半分、好奇心が半分といった心境で探索していくリンク。

崖をよじ登った先はリンゴ畑であった。

リンゴ、リンゴ、リンゴ―農業の盛んなハテノ村ですらお目にかかれない数える事すら馬鹿らしくなる量だ。

 

「落ちている物だけで十分だ。焼きリンゴにしようかな?煮込み料理はあんまり日持ちしないだろうし―ってしまった。いつの間にか真っ暗になってる」

 

 サトリ山の群生地同士はそれなりに離れている。

時間がかかってしまったようだ。

シーカーストーンで解散した所を確認するが山の反対側、すぐに戻れそうは無い。

 

 ちょっと迂回しながら帰る途中に事は起きた。

 

 ◆

 

「…こんな所に何かある…骨?」

 

 おかしい、ここは来る際に通ったはず…なのにその時には見つからなかった骨が転がっていた。

警戒しながら近づくとバラバラになっていたそれはひとりでに組みあがり、次々と眼前に立ち塞がる。

生きているはずのない骨だけになりながら生命の理を捻じ曲げ武器を振るう―ボコブリンの群れだった。

 

「っ!」

 

 ある者は剣を振るい、ある者は弓を引く。

剣を紙一重で躱し矢を太陽の盾で受け止めて一番近いものへと月光のナイフを振るう。

骨だけだからかたった一撃でバラバラに砕け散ってしまう、あまりの手応えの無さに内心首を傾げるも奥にいる弓を構えたボコブリンの骨に狙いを定めた。

 

 次の矢を準備していたがそれよりも俺の方が早い、袈裟斬りでこちらも砕き落とした。

背後に回っていた槍持ちの一撃を振り向きざまに掠り乍らも突きでバラバラにする。

数は多いがそれだけだ、ライネルと比べると何という事は無い。

 

(…なんだ?この音は?)

 

 一掃した後、一息をつこうとした時僅かにだが音が聞こえてくる。

こちらへと高速で向かってくるのかそれはどんどん大きくなっていた。

 

 岩山を乗り越え、現れたソレに思わず思考が止まった。

 

(…あれは…馬…か?魔物達が馬に乗れるのは知ってたけど骨になっても乗れるのか!?)

 

 そのボコブリンはこの起伏の激しい岩山で馬に乗って現れた、先程まで襲いかかってきたボコブリンが骨だったのでそれ程驚愕するものでは無いだろう。

 

 驚いたのは馬すらも骨であった事だった。

骨しかないのに、あるいは骨だからなのか足場の悪いこの山を軽快に駆け寄って来るさまには自身の眼がおかしくなったかと錯覚するようだった。

 

「ぐわっ!?」

 

 そして、戦いの場でそのような動揺は命取りだった。

倒した筈のボコブリンに錆びた剣で背を切り裂かれる。

しばらく野ざらしにされていたからだろう、しっかりと研磨されたものでは無いそれは鈍だった。

もしこれが良質な業物だったら俺の命は尽きていたかも知れない。

 

 数にものを言わせた不死身の軍勢、砕いては治るを繰り返す。

その上で連携を取って来るのだから始末に負えない。

腕を斬られ、額を削られる。

代償は大きかったが、それでも得るものはあった。

 

(どうやらこいつらは頭が弱点みたいだ。戦いの最中態々頭を取りに行くなんてここが弱点と言ってるようなものだからな!―でも)

 

 別の頭でもいいのか…それだけは地味に厄介だ、とにかく近くにあった頭蓋を手に取り頭に乗せる様は何とも言い難い。

何はともあれ数を減らす事が大切。

思い切って剣を持っている一体に狙いを定めて頭蓋骨を粉砕する。

頭を失ってなお身体は彷徨っているのがちょっと不気味だが敵は他にもいるのだ、構っている余裕はない。

 

 木でできた槍を集中して躱し一気に距離を詰め、ナイフで下半身を吹き飛ばす。

生身のボコブリンならいざ知らず、骨だけならば子供の身体でも十分だ。

直ぐに槍を掴んで一直線に突き飛ばす。

振り返りざまに反対で弓を引いていたボコブリンに投げつけ、倒した事を確認するとナイフで頭蓋をたたき割る。

 

「ガァアア!」

 

 最後に残った騎乗したボコブリンが槍を振り回す。

遠心力と馬の推力が乗せられた一撃を太陽の盾で防ぎ反撃を目論む。

 

 ギャリン! ズズッ…

 

(骨になっても馬は馬か、速さも重さも段違いだ!)

 

 だが彼らの一撃は予想以上に強いもので体勢を崩してしまい、反撃できる頃にはもう届かない程に引き離されていた。

足場は狭く悪い、馬の速さからは逃げ切れない。

そもそも強引に逃げては滑落するのがおちだ。

―少々強引だが、今回はドカンと派手にいこう。

 

 距離を話したボコブリン達は反転し再び突撃してくる、今度は正面から突きで崖から落とすつもりの様だ。

瞬く間に距離が縮み攻撃に移ろうとした時である。

 

 ガシャン!という音と共に青い球が現れ、放物線を描き騎兵の足元へと落ちてゆく。

既に命は尽きているはずの彼らには走馬灯の如くそれが落ちる様がゆっくりと映りこんでいた。

地面に落ちたと同時に凄まじい風圧が彼らの虚弱な体躯を吹き飛ばす。

 

 シーカーストーンに搭載されたリモコンバクダンを使ったのだ。

骨になった彼らにとってこれは堪らない、あっという間に離散してしまい地面を転がるのみ。

そんな隙をリンクが逃す筈も無く落としていた槍で頭蓋を突き落とした。

全ての頭部が破壊され、彷徨う屍は煙と消え去る。

 

「ケホッケホッ…土埃が凄い…。あー疲れた、サトリ山は収穫も凄いけど思いの外過酷な場所なんだなぁ。―ん?あれは…?」

 

 戦闘も終わり、腰を落ち着け一息ついた時、異変に気が付いた。

山頂が、淡く光っているのだ昼間来たときや馬宿から眺めた時にはこんなことは一度としてなかった。

 

「―行ってみよう、何かがあるのかもしれない」

 

 サトリ山の山頂で何が待ち受けているのか、それは登ったものにしかわからない。

 



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第68話 ヌシと出会うは桜の下

UA13000達成ありがとうございます!

コメントもいただけモチベーション的にも助かっております、これからもよろしくお願いします。


 今いる場所が切り立った崖の上という事もあり、思い切って山頂を目指すことにした。

入山する時に確認したけれどあちら側ならばここ程傾斜はきつくはない。

…なんて言い訳してみたけれど、本当の所は好奇心が勝っただけだったりする。

 

「…あれは?」

 

 登っていく最中見かけたのは生き物たちの群れだった。

二本の角を持つセグロヤギ達が僅かに盆地に集まり、黄金色に輝く甲虫が大樹にこれでもかとびっしりとへばり付いた。

手に届く範囲で大量にいたため甲虫をちょっと捕まえてみた。

角がちょっとカッコイイ…

他にもゲルドの街でも見かける茶色の肌を持つゴーゴートカゲが大樹の傍に集まる。

 

(-どうなってるの?この甲虫の名前は知らないけれど、これはいったい…)

 

 ゴーゴートカゲはゲルドの街でも見かけるから何を食べているか大体想像つく。

虫を食べているのだ、あのゲルド砂漠においてもそれで生き延びているのだからまず間違いないだろう。

…にもかかわらず、目の前にある大量の餌にすらそっちのけで、あの青白く輝く山頂にくぎ付けなのだ。

セグロヤギもそれは同じでまるで長であるルージュの登場を待つゲルド族の様だ。

 

 そんな彼らの傍にはこれまた青白く輝く二つの顔を持つ小さな獣。

確かゲルドの街でも人気のある雑誌「ウワサのミツバちゃん」シリーズにあの生き物について載っていた気がする。

赤い眼が特徴のルミ―とか言った生き物の筈だ。

 

 この雑誌の凄い所は実際に自分の足で様々な場所へと赴いてネタを集めている所だ。

何でも厄災を封印する前から駆けずり回っていたらしい。

この広大な世界を歩いて回り、魔物相手にも臆する事の無い逞しさには恐れ入る。姉達もよく読んでいた。

 

 ゲルド族は皆、伴侶となるヴォーイを探し求めてあの砂漠から旅立つ。

それまでに外の世界を知る事の出来るこういった情報が載っている代物は一定の価値があるのだ。

何でも弓でいるとルピーを落とす珍しい生き物らしい。

ちなみにこの雑誌の編集者であるミツバは弓の扱いが上手くない為、雑誌の最後に乗せるオススメ度はそれほど高くはなかったらしい。

 

―そう思案している内に、こちらに気が付いたのかはたまた誘導する役目を終えたからか、走っていくと光となって消えてしまった。

 

(へぇ…初めて見たけどふっしぎな生き物だなぁ…。輝く物が好きなのかな?なんでまたルピーだけを…?うーんわからない…。そう言えば光っている時はって聞いたな、時間が限られているのかも…?そろそろ行かないと)

 

 ルピーだけでなく宝石や今も光っている鉱床にだって興味をしめすのかな?と考えもしたが、そちらには見向きもしない。

そもそもトカゲたちですら餌をそっちのけの異常事態だ、今回のケースはどちらかというと例外と捉えるべきなのかも知れない。

 

 坂を上り崖に手をかけて進んでゆく、もうかなり高いところまで来たはずだ。

少しだけ肌寒くなってくる。

道中ルミ―と呼ばれる生き物とそれに連れられる動物の数々を何度も見た。

やはり今夜何かがあるらしい。

 

 寒さはゲルド砂漠で慣れているから平気だが、心なしか息が弾む。

思いの外体力を消耗しているのだろうか。

最後の崖をよじ登った時、そんな事すら忘れるほどの衝撃を目の当たりにした。

 

(ふうっ…ようやく登り切った…。っ!?)

 

 思わず自分の口をふさいだ。

野生の生き物は大抵物音に敏感だ、声なんてもっての外である。

いつの間にか空も目の前もうっすらと青白く発光し、その視線の先にはルミ―達が大きな水場で水浴びをしていたからだ。

 

 存在するかすら怪しく噂になる様な生き物たちの大集合、まるで自分が異世界に迷い込んだかと錯覚する様な神々しさすら感じるほどの神秘性。

山の頂にそびえる樹木は、狂い咲いたかの如く桃色の花弁を舞い落すさまは正に心を奪われる様で、この奇妙な色に染まりあがった空間に彩を与えてくれる。

 

(すっごい…こんな光景、初めて見た…。みんなに…いや、もうその資格はないな…)

 

 思い出すはかつてのゲルドの街、姉達と笑いその友と見知ってきた話を思いっきり話していたあの幸せだった瞬間。

甘えるなと首を振り、意識を切り替える。

しかし、切り替えてた時には、眼を外した訳でも無いのにいつの間にか中心にそれは立っていた。

ルミ―達と同じく青白く光る体躯に二つの顔を持つ、それでいてその大きさが彼等よりも遥かに大きい。

金色に輝く立派な角が左右に生えた不思議な生き物。

彼等がリスほどの大きさとすれば、成長した馬と比べて一回り大きさはある。

これが噂されていたサトリ山のヌシなのかも知れない。

 

「あ…」

 

 思わず声が漏れた、気配を消していたにもかかわらずこちらへと顔を覗かせ消えたと思った時には目の前に現れた。

それと同時に水浴びをしていた彼らも一斉に顔をこちらに向ける。

赤く輝く瞳が射貫いて来る…いきなりこれをやられるとかなり不気味だ。

気付けなかったこれが敵だったら命は無かっただろう。

それ程にするりと間合いに空気に溶け込んで来た、いや彼に空気が常に合わせていたそんな感じだ。

 

 しかし何故だか、害意は無い。

そんな気もした。

何というか…旧友に出会ったそんな感覚だろうか?モモちゃん達にあった時をもっと遠い時間離れ離れにした感じ。

 

 思案している内に近づいてきた、恐る恐る手で首元を撫でてみる。

悪い気はしないのか、襲いかかったり逃げたりはしないようだ。

2つ付いている頭が背にあるそれぞれのロッドへと口づけをする。

 

 その瞬間、メテオロッドとフリーズロッドが僅かに輝きを増した気がした。

背中に意識を向けている間にいつの間にか朝日が昇り、青白い空間は影も形も無くなり彼らも消えていた。

目の前にはなだらかな傾斜の先で待ち続けているドラグの姿。

 

「―何だったんだろう?おーい!ドラグ!ずいぶんと待たせちゃったな!今からそっちに行くから待っててくれ!」

 

 比較的なだらかな所を滑るようにして下っていき、その漆黒の体躯の燃え上がるような赤い鬣を撫でる。

 

 草だけでは足りなかったのか、早々にゴーゴーニンジンを平らげてしまった。

思いの外逞しくなったものだ。

 

「あー!せっかく取って来たのにもう食べちゃったの!?もう、しょうがないなぁ…」

 

 それでもこの山で採れた大量の食糧を考えれば決して悪い話では無い。

早い所リトの村方面の馬宿で腰を落ち着け簡単にでも調理しておきたいところだ。

ドラグに跨ると、大量の食材が重かったのかちょっと恨めしそうな視線を向けられる。

 

「そう睨むなって。これが俺達の生命線なんだよ?ちょっと重いのは我慢してくれ」

 

 しぶしぶといった面持で街道を疾駆するドラグ。

ニンジンを食べた手前とりあえずは納得してくれたようだ。

 

 ◆

 

 半日ほどかけて丘陵を越えてゆく、この辺りは天候の変化が激しく雨だけでは無く雷もそれなりに落ちる湿地帯も広がっている。

 

(うわぁ…ちょっと空模様が怪しいなぁ…。雨だけならまだしも雷だとちょっとまずいなぁ…たしか金属だけは絶対に付けるな!雷を呼び寄せるぞ!ってチーク隊長が言ってたっけ?)

 

 ハイラルでは雷の時には決して金属を付けてはならない、これは旅をする者にとって絶対の鉄則である。

何故なら、確実に誘導されて落ちてくるからだ。

馬に乗ろうが、鞘にしまっておこうがそんな事は関係ない。

幸いにしてポーチの中にしまっておけば問題は無いが咄嗟にしまえない状況では命取りになる。

 

「ドラグ、ちょっとだけ止まってくれ。武器をしまいたいから」

 

 そう一声入れてから着地し、急いで太陽の盾と月光のナイフをしまっていく。

武器に関してはメテオロッドとフリーズロッドがあるからまだましだが、盾については心許ない。

そうこうしている内に雨が本格的に振り出し、ゴロゴロと空が唸り声をあげだした。

 

「うわぁ!はやく馬宿まで行かないと!ドラグ、ちょっと急いでくれないか!?」

 

 とりあえず雷への対策は出来たが、雨もそれはそれで恐ろしいものだ。

長時間晒されれば、身体の体温が奪われるし風邪だって引きかねないだろう。

こんな事なら頭の装備も淑女の物に変えておけば良かった…そう自然に考えられるほどに抵抗なく着替えられる事に内心沈むリンクであった。

 

 襲歩によって一気に駆け抜けてゆき、何とか馬宿へと辿り着いた。

リトの村へと伸びるタバンタ地方と西ハイラルを繋げるタバンタ大橋馬宿だ。

 

「ふぅ…酷い目にあった…。しばらくはここで休んでいかないと…」

 

 馬宿へと辿り着いたあともやるべき事は沢山ある。

まずは服を乾かさないといけないし、その後はこの山積みになっている食料を調理して保存しなければならない。

 

 姉のスルバの受け売りだが、この辺りの特徴はそれぞれ異なる気候が続いている事らしい。

ここまでは雷雨の盛んな湿地帯、橋を渡ってすぐの所では打って変わって風の強い乾燥帯、そしてリトの村のあるタバンタ地方は涼しい事で有名らしい。

橋の掛けられた谷間が何故これ程までに乾燥しているのかは理由がわかっていないらしく一部の学者の間では注目の的なんだとか。

 

 色々と食材を選別しながら効果的に組み合わせなければならない。

別の性質の食材と一緒に入れてしまうと効果が無くなってしまうからだ。

できる事なら火打石を使ってこれらの準備をしていきたいところだが、流石に木造の馬宿テントの中で火は使えない。

良くて摘み出されるか最悪馬宿のテント全部燃えて犠牲者が出かねない。

 

 大人しく傷の手当てをし乍ら雨が止むのを待つリンクであった。

 

「オゥ!そこのアナタ!ちょっとよろしいですカー!?」

 

 突然声をかけられた。

どこか片言な言葉遣いで自分の様に異国の言葉を無理に使っているような感覚をリンクも覚える。

幼い身なりで一人旅では流石に目立つので声をかけられるのもそう珍しい事では無いのだ。

 

「えーっと、俺ですか?」

 

 声をかけて来たのは、大きなリュックを背負ったハイリア人と思われる男性だった。

どことなく手に入れた甲虫に似た作りをしている。

行商人だろうか…?

 

「イエス!貴方のその懐にいるそのガンバリカブト!よろしければ譲ってはいけないでしょうカ!」

 

 そういいながら懐にしまっていたガンバリカブト?と呼ばれる甲虫がいるであろう場所を指さす。

確かにこの辺りにはしまっておいたがよくもまあわかったものだと感心する。

 

「勿論タダでとは言いまセ―ン、私の持っている頑張り薬と交換はして頂けませんカ?」

 

 確かにこのままでは食材にはならないし、薬も作れるらしいがまだまだ作り慣れてはいない。

交換してもいいかもしれない。

 

「わかりました。それではこちらのガンバリカブト?をどうぞ」

 

「サンキュー!長い旅路は食べ物だけでは無く薬も用意しておく事をオススメしますヨ!」

 

 確かに長い間旅をするのなら傷にも効くであろう薬を用意しておくことも大切だろう、いずれ自分でも作れるように練習しておく必要がある、そう決意するリンクであった。

 




旅をする様をかくのも中々に難しいですね…
こちらも色々と試してみる必要がありそうです。


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第69話 薬を作る時は後の事も考えましょう

地味に難産でした、色々と冒険してる開けた感じと一人では改善しにくいリンクちゃんのメンタルとの両立が難しい…


 時間とともに雲は去り、日が覗いてきた頃リンクは料理鍋を用意して調理にかかる。

調味料も無ければ料理上手という訳でも無い為、大量にある食材を保存食やこれから向かうへブラ地方に向けて防寒用の料理に変える目的の簡素なものだ。

 

 サトリ山で大量の材料は手に入れたのでこれをもとに作るだけだ。

 

「えーっと、寒い所らしいからポカポカの実をいっぱい入れておけばいいかな…?」

 

「オゥ!お客サ―ン!その使い方はオススメ出来ないよ!」

 

 手に一杯持ったポカポカの実をいざ鍋に投げ入れようとした時に先程の男に声をかけられる。

 

「えっとどういうことです…?」

 

「あっ!名乗ってなかった、テリーデース!どうもこうもへブラ地方の山はトテモ寒いヨ!だからポカポカの実だけじゃ耐えきれないって事デース!」

 

「えっ!?そうなんですか!?」

 

 ゲルド砂漠でも夜はとても寒くはなる。

特に西ゲルドは寒暖差が激しい上に凶悪な魔物も多い為、相当なもの好き以外はまずいかない。

殆どの者はゲルドの街までで観光や商いを目的に訪れるぐらいだろう。

 

「リトの村までなら問題は無いけれど、へブラ山にも登るのなら間違いなく凍えちゃうヨ!」

 

 2人のやり取りを聞いて馬宿の店員も近寄って来る。

いくら旅は自己責任の部分も大きいとはいえ、向かう先がどんな場所であるかを伝える事が仕事の一環でもあるからだ。

 

「へブラ地方に行くのかい?その人の言う通りポカポカの実だけじゃまず足りないねぇ。寒さ対策ならポカポカダケ辺りがお薦めだよ。一個だけでも混ぜてみると効き目が変わって来るから」

 

 他にも効果的な材料をあれこれと教えてくれたりもする。

リンクとしてもゲルド砂漠の走り抜いて倒れた苦い経験もあり、環境の過酷さというのは嫌という程味わっている。

命綱なのだからしっかりと把握しておかないといけないだろう。

 

 とりあえずは言われたようにポカポカダケを一つ混ぜて調理してゆく。

ポカポカハーブも加えて飽きが来ない様に工夫も忘れない。

ガッツダケやマックストリュフは1つだけで調理するのがいいらしい。

効果がとても高く、数多くしておく方がいいのだそうだ。

…あくまで旅における過酷な環境で生き抜くためのものだ、こればかりはそこまで美味しさを追求できない。

リトの村へ着いたらカカリコ村の時みたいに美味しい料理を堪能したい。

そう思うリンクであった。

 

「薬もいいけれどあれは作るのが難しいからねぇ…。そもそも寒さや暑さといった気候への対策だけなら料理の方が効き目が高いんだよ」

 

 あれは力や速さを向上させるために使うものさ。

と付け加えるのはバンテージと呼ばれる壮年の女性である馬宿の職員だ。

 

「薬とは言っても効果の高さと効いている時間を両立させたいのなら食材と虫と素材を組み合わせないといけないからどっちかに絞った方がいいだろうね」

 

 えっ?食材まで入れちゃうの…?

魔物素材と虫までは知ってはいたが食べ物まで入れ込むというのには驚きを隠せないリンクであった。

 

「簡単な薬ならテリー作り方見せてあげるヨ!ちょっと鍋借りるネ!」

 

「あ、あの…紫色のそれは何ですか?」

 

 切り取られたというのに今だに力強く不気味に脈打つソレは何なのか…大体想像はつくし薬の作り方を聞き知っているが思わずそう口にしてしまった。

 

「コレはボコブリンの肝デース!肝はいい薬を作るには殆ど必須ヨ!」

 

 そう言って馬宿の鍋を使って実演してみせる。

ゴーゴートカゲにボコブリンの肝をぶつ切りにして一緒に鍋で煮込む、魔物の肝を使ったためか不快な臭いをまき散らしながら醸造された薬特有のドロリと粘ついた青い液体を瓶に掬って詰め込んでゆく。

移動力を増強するゴーゴー薬の完成だ。

 

「ちょっとお客さん!他のお客様の迷惑になりますからちゃんと後始末もお願いしますよ!」

 

「ゴメンナサーイ!ちゃんと洗うから勘弁して欲しいデース!…アッ!水が無い!」

 

 確かにみんなが使う鍋でこんなものを作られちゃたまったものでは無い。

魔物素材は酸味や苦みが強すぎてその後作る料理が全部台無しになってしまう。

 

(ゴーゴー薬は飲んだことあるけれど、あの味が料理に混じるのはさすがに勘弁かな…)

 

 健啖家でもあるリンクならそれでも食べられるが、そんな彼でも背に腹は代えられぬ状況以外で態々作ったりはしない。

馬宿利用者でも同じ事だ、誰が薬味の料理を作りたいだろうか。

幸いこの辺りは湿地帯でもあり水が豊富なので汲みに行けばすぐに問題は解決するだろう。

―その間は利用が出来そうもないが

 

 

「―なんで俺が…」

 

 なぜかリンクが汲みに行く事になってしまった。

選ばれた理由が馬を持っていて直ぐに水を確保できるという至極まっとうな理由なのだから始末に負えない。

ここの馬宿はへブラ地方と中央ハイラルを繋ぐ重要な拠点であり、利用者も多い。

復興の真っ只中という事もあり殊更人の出入りが増えているので料理鍋が使えないのは割と深刻な問題だったりするのだ。

 

(ふぅ…この辺りでいいか…)

 

 さっさと水を汲んで帰ろうとするところドラグが鼻を擦り付けて来た。

…食事の催促だろうか。

 

「お、おい。どうしたんだドラグ、一体…」

 

 その後で彼は開けた台地の方を顔を動かしてみせた。

何かがあるというのだろうか。

 

「あっちを見てみろって?しょうがないなぁ、わかったわかった。―うっわぁ…、この辺りってこうなってたんだ…」

 

 当初、この辺りを訪れた時には急いでいたのと突然の雷雨によって視界を制限され見渡す余裕などは存在しなかった。

一息ついて見渡せるようになると眼前に広がるは広大にして湿潤な大地にそびえる傘を開いた巨大なキノコのようなものが見受けられるではないか。

 

 岩なのか木なのかわからないが自然にあのような形になるとは不思議なものだ。

上に登ってお昼寝でも出来たら気持ちが良さそう…、正直家が建てられそうな程に大きく広がっている物もある。

カッシーワさん達みたいに空が飛べたら簡単に登れるのになぁ、あの形では登るのも大変だ。

そう考えるリンクであった。

 

(そっかぁ、沈んでいた心を察知して気を遣ってくれたのか。まだまだだな、サークサーク)

 

 如何に素晴らしい景色でも見る者が興味を示さなければ、本当の意味で美しい景色として残りえない。

ドラグなりに元気をなくしてしまったリンクを気遣っていた。

そんな気がした。

 

「…これでよしっと。正直来るのは面倒だったけどこういった景色を眺められたことは良かったかも。ありがとなドラグ、焼きリンゴ作ってあげる」

 

 ドラグ、帰りも頼むなと一声かけると甲高い嘶きで応える。

案外お調子者なのか…?再びリンクは馬宿へと戻っていく。

帰り道も小雨に降られる、どうやらこの辺りは天候が崩れやすいみたいだ。

雲の量からして直ぐに止むだろう。

すると途端に岩や草の陰から緑色の羽を持つ蝶や黄土色のカエルなどが姿を現し水浴びをしているではないか。

 

「へぇ!雨になると出てくる生き物もいるんだなぁ!雨には雨の楽しみ方があるって事なのかな?ドラグ、風邪ひかない様に急いで帰るよ!」

 

 

「アリガトウゴザイマース!これで鍋の清掃ができるヨ!」

 

「それじゃお願いしますね。その間リンゴを焼いていますんで」

 

 調理する為に使われている火が残っている為保存がきくようにリンゴを次々と炙っていく。

サトリ山で拾ってきたリンゴの数はかなり多い。

豪快にまとめて火にかけているのだがそれでも時間がかかりそうだ。

リトの村へたどり着くまではこれで凌ぐしかない。

 

「ふぅ…」

 

「お客さんありがとうね、御蔭で助かったよ。本来なら君の仕事じゃないのに、その若さで大したもんだ」

 

「いえ、直ぐの事だったのでお気になさらず」

 

 無心でリンゴを焼き終わったリンクに従業員のバンテージが声をかける。

彼女にも子供がおり、今でこそ成人しているがそれはもう当時はやんちゃだったものだ。

馬宿の傍で駆けずり回って至る所でいたずら三昧、自分達身内相手なら笑って許されることもあるがお客様が相手の時ではそうもいかない。

 

 そんな経験もしているだけに彼の所作はものすごく違和感を覚える。

無理に大人になろうとしている―否、ならざるを得なかった少年。

そんな感じだ。

 

「そうそう、リトの村へ行きたいんだって?今はちょっと気を付けた方がいいかも知れないねぇ」

 

「何かあったんですか?」

 

「ついこの間ここで休んでいった人から聞いたんだけど、雷がとても激しくなる時があるらしいのさ。奇妙な事もあるもんだねぇ…」

 

 あの辺りは雷が少ないのにさとつぶやくバンテージ。

へブラ地方は寒冷で標高の高い所では常に雪が残るほどだが、落雷は少ない。

落雷が多いのは北東の果てにあるアッカレ地方と今いる西ハイラル辺りである。

 

「ビリビリダケもビリビリハーブもあるみたいだね、それを纏めて焼いておくといいかも知れないよ。普段ならこんな事は言わないんだけど、どうにも状況がおかしい。念のために準備はしておくべきだろう。金属を仕舞っているからと言って絶対に安全とは言い切れないだろうからね」

 

「ありがとうございます。せっかくですし調理していきますね」

 

「そうしていくといいよ。終わったらゆっくり休んでいくといいさ。さてそろそろ日も暮れるし馬たちに餌をやらないとねぇ」

 

 礼を述べと後に、耐電用に調理を進めてゆくリンク。

キノコを食べやすい大きさに切り込んでいき、香草で包み込むことでより食欲をそそるビリビリ包み焼きキノコの完成だ。

豊かな香りが辺りに広がる、出来立てが一番おいしいだけに直ぐにでも齧り付きたいがグッと堪える。

これは電気の脅威を和らげるための代物、ここぞという時の為にとっておきたい。

 

 理想を言うのならばあらゆる電撃を無効化できる神器「雷鳴の兜」を用意できるのが最善であるが、あれはゲルド族にとっての国宝。

街を出る前に返還している。

あれは国の一大事に…それこそルージュの所にあるべき代物だ。

 

「ふぅ…そろそろ寝るか…。明日は雨に降られなければいいけれど…」

 

 なんだかんだ言っても一日中サトリ山を捜索し、ずぶ濡れになりながら馬宿まで駆けて来たのだ。

疲労もあれば傷も痛む、明日か明後日にはリトの村へと辿り着きたい。

シーカーストーンに搭載されている天気予報によると早朝は晴れのようだ。

 

 ドラグに焼きリンゴを食べさせた後、リンクは焚火の前に腰を下ろし足を延ばす。

先程の礼と貸して頂けた毛布を纏い、手元から肩にかけて月光のナイフを携えて。

甘く香ばしい焼きリンゴを一つ齧り身体を休める彼の姿があった。

 



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第70話 リトの村には暗雲が立ち込める

祝 70話達成です!
中々のボリュームになった気がします。

UA14000達成と総合評価290越えありがとうございます!
これからもお付き合いのほどが出来れば幸いです。


 ◆ 翌朝

 

「サヴォッタ!今日も頼むぞドラグ!」

 

 馬宿からタバンタ大橋を渡っていくリンク達、この橋はハイラル大橋に次ぐ規模の物でククジャ谷を挟んで西ハイラル地方とタバンタ地方とのつながりを担ってきた。

厄災が再び封印されるまではこの規模の大きさでも修復の目処が立っておらず、足場の至る所が抜け落ちてしまっており危険極まりないものだった。

 

 あれから約十年、魔物達の脅威も去り人々は復興へ向けた活動を再開する。

その為には交流の要たる橋の修繕は必要不可欠だ。

現在では欠けていた部分には木の板で補強が施されており、今では橋の上で馬車どうしですれ違うことだって出来るのである。

 

「しっかし…すっごい深さだな…。ここで落ちたら間違いなく死んじゃうな…。ドラグ、慎重に渡ろう」

 

 ドラグもあまりの谷の深さに怖気づいたのか無言でコクリと頷く。

左右にも落ちない様にロープが張り巡らされているが完全とは言い難い。

このククジャ谷はただ深いだけでは無い、なぜかこの辺りだけ妙に乾燥した環境で風も強い。

谷の割れ目に沿って風車も至る所に作られている。

 

(この風車は粉を挽く為の物かな?この谷で水を排出するなんてありえないだろうし…)

 

 姉のスルバはこういった事にも深い造形を持っていた。

詩を作るにはその風景が思い浮かぶような深い知識が必要、師であるカッシーワからの金言である。

 

 その為至る所で旅に出た際に色々と疑問に思った事をその都度解説してくれたものだ。

そして解説に裏打ちされた今回の彼の推測は概ね正しい、この辺りではタバンタ小麦がよく取れる為小麦粉にする為に風車が使われているのだ。

モチモチとしたパンを美味しく焼くにはこの工程が必要不可欠、何より米と違い旅先で炊く必要が無いため携帯食料として重宝されてきたことが大きく相応の需要があった。

長旅の時は堅めに焼いて岩塩をまぶすといった一工夫がされていたとか。

 

 慎重に進んで橋を渡り終えた先には、これまた道の両脇を岩の壁で覆われた場所に出る。

そう言った意味ではゲルドキャニオンへと入る道筋に似ているだろう。

 

「よく見るとあちらこちらに焼けた跡が残ってる。この辺りを監視していたガーディアンがいたのかな?岩場からは観測用の塔も伸びてる」

 

 今一度言うがこの辺りはタバンタ地方と西ハイラルを繋ぐ急所である。

その為護衛の為に飛行型のガーディアンが配置されていた。

頑強さと破壊力を兼ね揃え攻撃が難しい飛行型となると如何にこの地点が要所であるのか伝わるだろう。

 

 しかしそれは寝返ってしまえば、交易を大きく制限する要因にもなりうる。

厄災ガノンがほぼ全てのガーディアンを乗っ取ることで皮肉にも実例を持って体験する事になってしまった。

 

「―目を奪われすぎたな、急ごう。全て終わった後に改めて観に来ればいい」

 

 ドラグを急き立て狭い谷間を一気に駆け抜ける。

目指すはリトの馬宿、リトの村へは馬を連れて行く事は難しいため最寄りの馬宿へ預ける者が多いのだ。

あそこまで辿りつけばドラグを休ませる事も出来る。

 

 

 岩場を抜けた先では涼しさを通り越してやや寒冷とした風が出迎えた。

吐息が白く曇り僅かに手が悴む。ゲルドの砂漠で慣れているリンクでなければ少々厳しかっただろう。

…奇妙だ、へブラの山まで登るならいざ知らず、麓では涼しくはあれど行動に支障が出るほどのものでは無いと聴いている。

よく見ると所々白い粉が積もっているではないか。

あれが雪というものなのだろう。

 

(…?今さっきメテオロッドの光が強くなったような気がする。気のせいかな?)

 

 目的地に近づいたからだろうか、理由はわからないがほんのり暖かく感じる。ちょっとぐらいの寒さなら平気かもしれない。

 

 目的の地である馬宿及びリトの村へと視線を向けると暗雲が立ち込め時折白く点滅する。

遠くから見ると落雷ってあんな風に見えるのか…ってそうじゃない!なんであの辺りで落雷が起きているんだ!?

馬宿で言ってたけど落雷は少ない筈なのに。これじゃあ盾やナイフは仕舞っておいた方が良さそうだな…

 

 岩だらけの黄土色から緑が多くなってきた辺りでとうとう豪雨に見舞われる。

早いとこ腰を落ち着ける場所に移動しないと、そう考えてシーカーストーンを見てみたら信じられない情報が目に入った。

 

「何だこれ!?天気がずっと雷雨だって!?こんな事あり得るのか!?」

 

 落雷で有名なアッカレや西ハイラルですら何時間も雷が鳴り響く事はほぼ稀だ、何より一日中落とし続けられるだけの電気などそうそう作れるものでは無い。

脳裏によぎるはイーガ団を蔭から操っていたあの男、まさか彼が何かを仕組んだのか。

 

「おーい!そんなところで何をしている!?」

 

 ふと空から大声で呼びかけられた。

上を向いて声の先をたどってみると鳶色の体毛に覆われたリト族の男性だった。

この辺りを巡回していたのかもしれない。

彼等は少数民族で商いなどを除けばそうそう持ち場からは離れない、かなりリトの村に近づいたのだろう。

 

「初めまして、俺はリンクといいます。リトの村のカッシーワさんに用がありまして、旅をしています」

 

「こりゃどうも。俺はギザンっていうんだ。カッシーワにかい?世界を旅してきたアイツは顔が広いからちょっとわからないな…。…って今はそれどころじゃない!リトの馬宿まで案内するから着いてきて!」

 

 言うが早いか強引に話を纏めるギザン。

だがこの状況ではそのほうが有り難い、雷雨に晒されながらのんびりと雑談など誰が望むだろうか。

 

 

 ギザンの誘導によってスムーズに進んでいくリンク達、慣れ親しんだ土地とは言え流石は空の支配者リト族というべきか馬に乗っているリンクを簡単に先導していった。

あの移動力は少しばかり羨ましいものだ。

 

 ◆ リトの馬宿

 

「ふぅ…なんとか日が落ちる前に着けたか…、かなり急いだからな。店主に行って拭く物を貸してもらうといい。思いの外身体は冷えてるから」

 

「はい、サー…ありがとうございます。タバンタからは中々距離がありますね。思いの外消耗してました」

 

 ドラグの体力や自身の体温の事もあり、直ぐに馬宿の方へ案内してくれたのはありがたい。

雨と寒さが重なると思いの外身体が動かしにくくなる。

一時的な冷えならともかくどうにも今回は様子が違うらしい。

 

「長い間急いだらそりゃそうだよ。今は雷雨でずぶ濡れだしね。」

 

「お客様、この大変な気候の中よくぞ御無事で!布を用意しましたのでこれで乾かしてください」

 

「いいんですか!?ありがとうございます!」

 

「悪いね、ギャロさん。それじゃあ僕は上肉のシチューを頂けるかな?コレ御代ね」

 

「すみません、俺のドラグを預かってもらえますか?急いできたから疲れていると思うので」

 

 頼むよりも先にここの馬宿の店主であるギャロが手を回してくれる。

2人そろって服や身体の水を拭き取る。

馬宿の中という事もあり心なしか暖かくなった気がする…ただどちらかというとそれだけ身体は冷え切っていたという事なのかも知れない。

 

「おっ、来た来た。ここのシチューはポカポカの実を使ってるから寒い時にはお薦めだよ。他にはだね…カレーライスも人気があるんだ。ハイラル米はともかくゴロンの香辛料が中々手に入らないから期間限定になっちゃうけど大抵の人は美味しく食べられるよ」

 

「へブラ山の麓で寒い地域だからですね?シチューは中央ハイラルでも食べました。カレーライスはちょっと辛いですが俺も好きです」

 

「へえ、君若いのに中々いろんな所に行ってるんだね!っといけないいけない話が逸れちゃったな。今この辺りは大変な事になってるんだ」

 

「あの雷雨の事でしょうか。一体何があったんですか?」

 

「ああ、最近になってずっと雷が落ちているんだ。ただでさえ雷は危険なのに今は金属を付けてない時ですら人を狙って落ちてくるからね。それだけじゃない、落雷に合わせて魔物達が襲撃してくる有様さ。とてもじゃないけれど観光なんてできないからね、当分はリトの村へ来ることを控えて貰うように村長から指示されているんだよ。馬宿は落雷にだって耐えられる様に作られているからね」

 

 合点がいった、ギザンは落雷に耐えうる施設に案内してくれたのだ。

シーカーストーンから得られる天候の固定という異常は普通は知り得ない。

落雷がやまない以上晴れるまでやり過ごすという通常のなら問題の少ない対策も危険極まりないものになってしまう。

 

 一体何が起きているのか、シーカーストーンの反応は未だにリトの村を指し示し天気図は相変わらず落雷を通知する。

これは偶発的なものではなさそうだ。

…リトの村で情報を集める必要があるだろう。

 

「ここまで来てしまい馬も疲弊しています、直ぐに非難するのは難しいです。リトの村は目と鼻の先ですしどうしてもカッシーワさんの所へ挨拶をしたいのですがお願いできませんか?」

 

「こっちとしては馬宿で休んだらすぐにでも帰って欲しいんだけど…まあ挨拶ぐらいならいいか」

 

 どの道直ぐには離れる事も難しいだろうしそう言い残すと食事を始めるギザン、ほろほろと柔らかくなった骨付きの肉を頬張る姿がとても美味しそう…作り置きしておいた焼きリンゴや木の実を炙った代物ではどうにも口が寂しくなってしまう。

 

 

「ふぅ…御馳走様。それでどうする?君さえ良ければ直ぐにでもリトの村へ案内できるよ。ここからは目と鼻の先だから迷うことはあり得ないし疲れているなら休めばいい。個人的には前者の方をお薦めするね、馬宿内じゃ火が起こせないから風邪ひいちゃうし」

 

「いいんですか?そういう事ならお願いします」

 

「オッケー、じゃ乗ってくれ」

 

「えっ、乗ってって…飛んでいくんですか?」

 

「そりゃそうだよ。この土砂降りの中、態々時間かかる移動なんてこっちから御免だね」

 

「凄い…一度空を飛んでみたかったんです…!お願いします」

 

 振り落とされない様しっかりと捕まるんだよと言われ恐る恐る背中に乗るリンク。

ドラグやスナザラシとはまた違った感触だ。

 

 ギザンがバランスを安定させるため助走を長めにとる。

グングンと勢いをつけて最後に力強く地面を踏み上がる。

跳躍の後は両腕の翼で力の限り羽ばたいてゆく。

 

「すごい速さだ!それに地面が遠い!風が冷たい!これが飛ぶという事なのか…!」

 

 恐らく人として産まれたものの大半が体験した事の無い大空への飛翔。

これで快晴だったのならいう事無かっただろう、自分でも自由に飛んでみたい!それほどの衝撃をリンクに齎しリトの村へと進んでゆく。

 

 リトの馬宿からすぐの所に存在する巨大な湖。

その上に聳え立つは岩の柱、螺旋の如く木で組み上げられた通気性の高い集落がリトの村だ。

彼が言った通り本当に目と鼻の先だった。

これならすぐにでも案内する訳だ。

 

「もうすぐリトの村だよ!着陸するからしっかりと捕まって!」

 

「はい!」

 

 リトの村で彼に待ち受ける試練はこれから始まってゆく。

 



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第71話 冷たい雷雨と暖かい食事

お待たせしました

UA16000達成、お気に入り160達成ありがとうございます!
ゼルダ無双が発表されましたね!新たな情報が発表されたりしてワクワクしております!


 ◆ リトの村

 

 リリトト湖に浮かぶ断崖絶壁の小さな足場、簡易的な天然の要塞にリンク達は辿り着いた。

高速で飛行でき、更には障害すらものともしないという事がこれ程快適だとは思ってもみなかった。

 

「ふぅー、これだけ濡れてると流石に凍えるなぁ…。こっちに着いて来て、服を乾かさないと」

 

 ギザンに勧められるまま木組みの階段を登ってゆく。

足場はところどころ雨で湿っていた。

どこからでも飛んで帰って来れるほど開放的な造りになっている分、横殴りの豪雨を凌ぐにはあまり適していないのだ。

そもそもこのへブラ地方、へブラ山の麓では雪はともかくとしてあまり雨が降らない為想定などされていない。

 

「ギザンさん、サ…ありがとうございます」

 

「気にしなくていいよ、遅かれ早かれ僕もリトの村へ帰るつもりだったからそのついでさ。空の旅はどうだったかな?」

 

「最っ高でした!邪魔の無い快適な空間を縦横無尽に飛び回れるなんて羨ましいです。俺もいつか自由自在に飛んでみたいなぁ!」

 

「だろう?それにしても君凄いね、ハイリア人がこの天候で飛んだら凍えると思っていたけど何ともないなんて。ああ、そういえばしばらくゆっくりしたらカッシーワの所へ挨拶に行くんだっけ?それならここを登っていけば誰かには会うと思うよ。何しろ7人家族の大所帯だからね」

 

 焚火に当たり服を乾かす2人、大雨による絶え間ない水音に時折パチパチと木の燃える音が混じり一室に響く。

時が経ち、服が渇いた頃。

 

「おや?客人ですかな?」

 

 後ろから声をかけられた、振り返った先にはギザンよりも3回りほど体格の大きい老齢のリト族だった。

インパは厳格で威厳のある風貌だったが、彼は物腰の柔らかさと滲み出る人柄の良さが伝わって来る。

 

「村長!どうしてここに?」

 

「この悪天候、万が一にも帰ってきていない者がいないか確認していただけですよ。ギザンも無事でよかった。それでそちらの方は」

 

「初めまして、カッシーワさんやその娘さん達の知り合いのリンクと申します。今リトの村が大変な事になっていると伺いました。よろしければお聞かせ願えないでしょうか?」

 

「ホッホゥ、若いのにしっかりしていますね。私はこのリトの村の村長をしているカ―ンという者です。ふむぅ…しかしここで話すようなものではない…。申し訳ありませんが私の家に来ては頂けませんか?」

 

 カーンに案内されるままこのリトの村で一番高い所に作られた彼の家へと歩いてゆく。

彼が大きなロッキングチェアに座り、揺られながら一息ついた後、ゆっくりと口を開いた。

 

「ふぅ…ここまで歩くだけで疲れるとは歳でしょうか…。さて、このリトの村は未曽有の雷雨に見舞われております。いずれは晴れるでしょう、そんな希望的観測を最初はしていたのですが一向に収まる気配がありません。それどころか日に日に勢いを増す一方です。それに加え、落雷があろうことか木造の物にすら落ちてくる有様。ただでさえ突き抜けるように高く聳える岩場に作られたリトの村です。いつ落ちてきてもおかしくありません。もしそうなった場合、少数民族である我々にとって致命的な被害が出るでしょう」

 

「なるほどそうでしたか。―少々失礼します…。確かに雷雨がずっと続くようですね」

 

 リンクが改めてシーカーストーンで天気を確認すると雷雨ばかりを指し示す。

 

「なんと、もしやそれはシーカーストーンでは…!?いえ、本物のシーカーストーンは英傑様の末裔様がお持ちの筈…失礼しました。最近では落雷と共に魔物達の襲撃が頻発するようになり、怪物を見たという者もございます。今のこの村は大変危険な状態です。どうかお引き取り下さい、親交あるゲルド族の子供にもしもの事があっては申し訳が立ちません」

 

「どうして、俺がゲルド族だとわかったんですか?」

 

「一部化粧が落ちて褐色の肌が見えております。この長い雨で落ちてしまったのでしょう。ギザンに頼んでおきますのでゆっくりと休んだ後、ゲルドの街へお帰り下され」

 

 ゲルド族とリト族は演奏会などを通じて交友がある、ましてや彼女は子供だ。

ルージュの与り知らぬところで危険に晒す訳にはいかない。

そう判断したカーンはリンクにゲルドの街へ帰る様に促す。

 

「ゲルドの長、ルージュから許可は頂いております。何があっても自己責任で構いません!どうか手伝わせてください!俺にはもう、帰る場所なんてないんです!」

 

「なんと、ルージュ殿が許可を…?それに帰る場所が無い…いえ、失礼しました。辛い事を言わせてしまい申し訳ありません。そこまでして手伝ってくれる事、感謝いたします。怪物についてはナズリーから聞くと良いでしょう。長旅の疲れもあるでしょう、それに彼はすぐに寝てしまうので明日、尋ねてみる事をお薦めします」

 

「サークサークです」

 

 一礼をした後カーンの家から去るリンク。

何とか手伝う約束を取り付ける事に成功しほっと胸を撫で下ろした。

 

「さて…カッシーワさんの所へ行かないとな」

 

 リトの村に起こっている事態に首を突っ込む為にギザンに建前としてカッシーワの名前を出したのは事実だ。

しかし、カッシーワに対し挨拶以外に用が無いかといわれれば否であった。

むしろリンクにとってとても大事な用事だった。

 

「あれ…?リンクちゃん!?どうしてここに?」

 

「ナンさん、お久しぶりです。ご無沙汰しております。カッシーワさんに会いたいのですが…」

 

 カッシーワの家を探す為階段を下っていると、長女のナンと出会った。

元々リトの村は一本の階段が全ての家につながっている。

住人とすれ違う事はよくあるのだ。

 

「パパ―ゴホン、父に会いたいの?それは出来るけど…」

 

「お願いしてもよろしいでしょうか、夜分に申し訳ないですが」

 

「―わかったわ。こっちへいらっしゃい」

 

 ◆ リトの村 カッシーワの家

 

「おや、リンクさんではありませんか。遥々リトの村へようこそいらっしゃりました。ゆっくりして行ってくださいね」

 

 リト族の家は木組みの開放的な構造に屋根を乗せた造りになっている。

屋根には風車が回り風向きと強さを伝え天井付近ではハンモックが吊るされるシンプルなものだ。

それ故に目当ての人物であるカッシーワには簡単に出逢えた。

 

「カッシーワさん、実はお願いがありまして―」

 

「…わかりました。ですがこれから夕食でしてね、その後にでもよろしいでしょうか?」

 

「勿論です、無理を言ってすみません」

 

「気にしなくてもいいですよ、せっかくなので食事もご一緒にどうですか?妻も娘達もきっと喜びます」

 

「いいんですか?サークサークです」

 

「では食事の後、リーバル広場で待っています」

 

 リーバル広場、それは100年程前のリトの英傑リーバルから名付けられた主要な施設まで飛んでいけるよう作られた木造の足場である。

かつては屋根が取り付けられていなかったが今では屋根もついており、雨も気にせず集まれる憩いの場としても人気がある。

 

「あら、アナタがリンクちゃんね。話は主人や娘達から聞いています。妻のハミラです」

 

「カッシーワさんやモモさん達にはお世話になっておりますリンクです。よろしくお願いします」

 

「ハミラさん、リンクさんも一緒に食事をしたいのですがよろしいですか?」

 

「勿論です、今日は腕によりをかけて調理しないと!モモ、悪いけど娘達を呼んできてもらえるかしら?」

 

 そんな形でトントン拍子で食事の準備を進めていくハミラ。

大家族故か彼女の料理の手際が物凄い、次から次へと料理が出来てゆく。

美味しいものを作るという意味ではスルバやココナも料理上手であったがここまで早くは作れなかった。

 

「リンクちゃん久しぶり!今日はいっぱい食べて行ってね!」

 

「やった!マックスサーモンムニエルだ!」

 

「この天候の中来るのは大変だったでしょ?よく食べて良く休んでいってね!」

 

 次女のコッツが久しぶりの再会の挨拶を交わし、三女のゲンコが好物であるサーモンのムニエルを喜ぶ。

末っ子のキールがリトの村で休むことを勧める。

姉妹仲も良好で賑やかな団欒があっという間に形成されていった。

 

――

 

 目の前には大量の料理が並んでいる。

今日の献立はマックスサーモンのムニエルとピリ辛目玉焼きライス、ガンバリハチミツアメ、ホットミルクだ。

 

「皆準備が出来ましたね。それでは…」

 

「「「「「「「「頂きます!」」」」」」」」

 

「これは…!」

 

 美味しい、へブラ地方の寒さにも負けない様に栄養を蓄えたマックスサーモンの濃厚な味わいをまぶされたタバンタの小麦粉がギュッと閉じ込める。

それだけじゃない、ヤギのバターの旨味を引き寄せてマックスサーモンとの融和を成し得ている。

パリパリとした食感の皮は丁寧に鱗を落とした上で絶妙な火加減で焼き上げられたのだろう。

ハミラの繊細な気配りがありがたい。

トロトロの半熟卵を乗せたライスも併せて口に運ぶのが止められない。

新鮮な卵がハイラル米にもムニエルにも新たな楽しみ方を与えてくれる。

僅かにピリリとするコレは隠し味にポカポカの実を少し入れているのだろうか、ほんのりと暖かくなった気がする。

 

「いい食べっぷりね、まだまだあるしリンクちゃんは育ち盛りなんだからもっと食べていきなさい」

 

 少々辛くなってきた時は、ハチミツアメで舌を休める。

ゲルドの街の屋台で気に入ったみたいな話を姉達から聞いたから、そこから取り入れたのかもしれない。

優しい甘みがムニエルの塩味やポカポカの実の辛味をいったん落ち着かせる役割を担っているようだ。

 

 きっとこれは歌姫を目指すナンさん達の喉をケアする目的もあるんだろうな。

最後にホットミルクをゆっくりと頂き ほぅっと一息をついた。

暖かくなったからだろう、白く染まった吐息が空へと消える。

 

「御馳走様でした。美味しかったです」

 

「お粗末様でした、気に言って頂けたようで何よりです」

 

「すっごい食べっぷり!見てるこっちがお腹いっぱいになりそうだったわ!」

 

「御馳走でした。ハミラさん、私とリンクさんは少々席をはずします。その間、娘達の事を頼みましたよ」

 

「わかりました、積もる話もあるでしょう。ごゆっくり―」

 

 

 ◆ リトの村 リーバル広場

 

「お待たせしました、あいにくの天候ですが今だけはこの方が都合がよいのでしょう」

 

「すみません、村が大変な事になっているというのに態々時間を割いて頂いて。聴かれたくないのは事実ですがそんな事を言わないでください」

 

「そうですね、少々不躾でした。貴方は強いだけでなくとても優しい人でもあるのですね。それに私はリトの戦士ではありません。この事態にできる事など殆どありませんから気にしないでください。それでどのような要件でしょうか」

 

「貴方に返したい物があります」

 

 そう言って丁寧に包装された開けてゆく。

中身を確認するカッシーワはやはりといったような面持ちでリンクの言葉を待った。

 

「カッシーワさん、俺がこの村へ来た理由の半分はこの為です。これは貴方が持つべきものだ」

 

「リンクさん、コレは―」

 

 それは黄金で輝いていた、優美な装飾に立派な宝玉の埋め込まれた芸術品としても価値の高い代物。

かつて師匠が使っていたという彼にとっても思い入れのある一品。

それがカッシーワがスルバに託した竪琴であった。

 




原作で子供のキャラは難しいですね、10年近くたつとおんなじ性格や容姿をしている訳ではありませんから


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第72話 竪琴が紡ぐ旋律

お待たせしました。
総合評価300達成ありがとうございます!


元々ブレワイの続き話に無双要素も盛り込みたいと考えており投稿してから早一年、まさかの公式の2作品を合わせたようなコンセプトになって驚きが隠せません。

まだまだ先は長いですが完結させたい


「なぜ…というのは無粋でしょうね。あれ程の事があったのですから」

 

「この竪琴は姉が譲り受けたものです。でも、俺は姉達を死なせてしまった…。これからの旅は過酷なものになるでしょう。それこそ音楽の練習が出来ない程に…姉にとっても、演奏家のカッシーワさんにとっても大切な思い出の詰まった宝物を埋もれさせる。そんな不義理な事は出来ません。どうかお納めください」

 

「確かに、一人独学での練習では限界があるでしょう。旅の傍らならば尚更です。幸い、娘達にも音楽の才能があります。音楽家として貴方の願いを受け入れない理由はありません」

 

 ですが、と一息おいて柔和な顔でリンクに話を続ける。

 

「私は吟遊詩人です。音楽家であると同時に世界各地を飛び回る旅人でもある…。その楽器の力を引き出せるのは娘達の方かも知れません。しかし、必要とするのはリンクさんだと信じています。一人旅は厳しく過酷なもの、身も心も擦り切れる様な絶望に晒されることも、一人寂しく眠れない夜もあるでしょう。そういう時にこそ支えとなる楽器は必要なのです」

 

「カッシーワさん…」

 

「今すぐにとは言いません、貴方の長い旅が終わるまで持っていてください。再びあった時に必要の無い物だったと言えるのなら、その時はちゃんと受け取りましょう。…5人娘の父親として本音を言いますと貴方にはこの場所でしばらく暮らして欲しい、それほど今の貴方は見るに堪えない」

 

「見るに堪えない、ですか?」

 

「ええ、ナン達も心配していましたよリンクさんの代わり様には。貴方の決意や覚悟は尊くも素晴らしいものです。ただそれが必ずしもいい結果を招くとは限りません。今の貴方に必要なのは心の静養ですそれは疑いようもありません」

 

「心配をかけてしまいすみません」

 

「気にする必要はありませんよ。妻の料理はどうでした?英気を養うには食事も大切です。見慣れないものも多いとは思いますが…」

 

「美味しかったです、さりげない心配りのされた料理ばかりで何より本当に家族を大切にされているんだなと感じました」

 

「それは何よりです。旅先では様々な料理を堪能する機会もありましたが、やはり食事が口に合わない時は思いの外堪えるものです。それと旅を続けている時にわかった事もあります。それは皆で食べるとより美味しく、温かい気持ちになれるという事です」

 

 カッシーワは大人だ、それもこれから先リンクが続けていくであろう旅人としての経験も豊富でその知識がある。

だからこそリンクが自然と耳を傾けたくなる内容も選び出すことが出来る。

 

(ああ、だから先程の料理は美味しかったのか…。ハミラさんの腕も確かなんだろうけど、それと共に言葉では表しにくい不思議な感覚もあった。じんわりと染みるようなアレはそういうものだったんだ…)

 

「…お恥ずかしい事に妻には色々と苦労をかけました。女性一人で娘達を育てるのは大変だったのは想像に難くありません。大人の私ですら出来ない事や欠点も多いのです、まだ若い貴方が何もかも全てやり通す必要などどこにもないのですよ」

 

「…あの事件は俺の秘められた力を狙っての出来事でした。おそらく今回の事件の大元にも関わっているのでしょう。今もなお被害を増やし続けているのならそんな贅沢は許されません」

 

「あくまで貫くというのですか…。ならばせめて旅人の先輩としてこの歌を贈ります。これはかつて王宮の遣いの者と証明するために使われた由緒あるもの。そしてあなたにも安らかな眠りを保証してくれるでしょう」

 

 そう言って彼が演奏するのはゆったりとした、上品な音色が心地いい歌。

リト族の女性顔負けの美声で歌い上げながら洗練された演奏をこなすその姿はスルバの憧れた稀代の音楽家そのもの。

かつて栄華を極めていたハイラル王家の歴史と格式のある一曲。

《ゼルダの子守歌》と呼ばれる今では知る者も少ない忘れ去られた名曲だった。

 

「―いい曲ですね、なんだかとても安らげる、そんな気がします」

 

 張りつめていた緊張が解れたのか、僅かに瞼が下りるリンク。

僅かでもいい、一瞬でもいい、せめてこの一時だけでも彼にも安寧を

そう願ったカッシーワの祈りであった。

 

「ここまでの長旅で疲れたのでしょう。この雷雨の中長時間移動すれば仕方の無い事です。今晩は私の家で泊まって下さい。明日にはやらねばならぬ事があるのでしょう?」

 

「すみません、お言葉に甘えてばかりで。そうさせて頂きます」

 

 再びカッシーワの家へと向かう2人。

家の中では無数のハンモックが吊るされており、その数もこの一連の話をしている間に一つ増えている。

どうやら最初からリンクを泊めるつもりだったようだ。

年頃の娘がいる中で不用心と思うかも知れないが、リンクもまだ8歳。

そもそもがリト族の家は一つの部屋として使われているので宿屋に泊まるでもない限りはどこでも同じように眠っていただろう。

 

「お帰り、リンクちゃん!ねえねえどんな場所に行ってきたの!?世界中の話を聞いてみたいなぁ!」

 

「ちょっとキール!リンクちゃんにはゆっくり休んで貰おうってさっき決めたじゃない!」

 

「ちぇー、グリグリも言うようになったなぁー。ごめんねリンクちゃん。また時間がある時にいーっぱい教えてね!」

 

「まったく…ごめんなさいね。遠路遥々疲れたでしょう。夜も遅いですしもう寝ましょう」

 

「お気遣いいただきサークサークです。それではサヴォール」

 

 ナンの一言を皮切りにハンモックに飛び乗り、各々が眠りにつく。

リンクのハンモックは他と比べかなり低い位置に吊られていた。

ゆらゆらと揺れる独特リズムは疲れている事もあり彼を瞬く間に眠りの世界へと誘って行った。

 

「―眠りましたか?」

 

「ハミラさん。ええ…ただ残念ながらとどまる事は出来ないみたいです」

 

「貴方の言葉で表すのなら大切な使命があると言ったところですか…。どうしてこんな小さな子が背負わないといけないのでしょうか」

 

「ここまで行くと最早宿命、呪いといった類の方が正しいのかもしれませんね。だからこそ背負える範囲だけでも私達も支えていきましょう」

 

 カッシーワとハミラ夫妻は子供の寝顔を確認するのが趣味の1つだったりする。

特にカッシーワは何年もの間、古の勇者の復活に備えあらゆる所を旅をし研究していた分の時間を取り戻す勢いだ。

娘達にも妻にも寂しい思いをさせただろう。

 

 特に彼がゲルドの街でアイシャに言い寄られてからはハミラは気が気でない様だ。

一流の音楽家であり紳士で物腰柔らかな彼はやはりモテる、特にアイシャは未だミコンである為懸ける執念が凄まじい。それこそ彼が既婚者である事に気付かない程に。

カッシーワとしてもちゃっかりとヴォーイを狙ってくるゲルド族の逞しさとアイシャの猛禽類にも似た視線には危機感を抱いていた。

 

「…ちゃん…」

 

 元々寝付きが良い方であったリンクは、サヴォールと言うなり直ぐに眠ってしまった。

食事もだが、初めてのハンモックでも安眠が出来るのは長旅に向いていたのかもしれない。

 

(―安全なリトの村で眠る時ですら、武器を手放せませんか…。戦士としての性なのか、あの日のトラウマなのか。これでは娘達が心配するのも当然です)

 

 メテオロッドとフリーズロッドを抱きかかえたまま眠る姿、この一時だけが彼の子供としていられる時間なのだろう。

それは彼女自身、安らぎの一時として享受出来る状態ではないというのに。

彼女は自分が姉達を殺してしまったと悔やみ続けている。

いや、そもそも産まれてすら来ない方が良かったとすら考えているフシがある。

 

「貴方…何とかなりませんか?家族をすべて失って直ぐに故郷を離れ、戦いに身を投じるなんて選んだ道とは言ってもこれではあまりにも哀れでなりません」

 

 ハミラの嘆願に何かできないか思案をするカッシーワ。

しかしながら彼にできる事は先程済ませている為、今できる事はあまり多くは無い。

 

(竪琴を携える彼女はどことなく師匠を思い起こします…。あの方についてずっと師事してきましたが、最期の時までずっと己を責め罪を悔いていました。未熟だった私からみても彼の一生は執念と贖罪に捧げていたのは明らかで、どうする事も出来なかった…。リンクさんには背負って欲しくない、誰にとってもあの十字架は重すぎる)

 

 種族も性別も違うというのに何故そう思うのだろう、そんな疑問はあれど今は少しでも安らかな眠りを…そう考えリト族伝統である羽毛の布団をかける事を提案する。

ゲルド族特有の装飾が施された胸当てはその通気性ゆえにとても冷えるからだ。

今のリトの村は長期的な雨の為非常に寒い、寒さに強いゲルド族とはいえ露出している肌が多い服装での移動は更に体温を奪い取ってゆく。

 

 リト族の寒さへの強さは全身に生える羽毛だろう、これは成長するにしたがって生え替わるためそれを集めたて作られた布団にも保温機能が備わっており、とても温かく安眠を保証してくれる。

 

「さて、私達ももう寝ましょう。明日の準備もしないといけません」

 

「ええ、お休みなさい。貴方…」

 

 豪雨と雷の音が響く中、夜は更けてゆく。

リンク達と厄災との戦いの時も刻一刻と近づいていた。

 

 ◆ 翌朝

 

「うーん、良く寝た。あ、カッシーワさん、サヴォッタ!」

 

「おはようございます、疲れは取れましたか?今はこの村でできる限り英気を養って下さい」

 

「何から何まですみません。サークサーク」

 

 空模様とは対称的にリンクの睡眠は良質のものだった。

いつの間にか柔らかい羽毛の布団が掛けられており、旅の途中、焚火の前で夜を明かした時とは疲労の抜け方が全然違う。

 

「あれ?朝も早いねリンクちゃん」

 

「コッツさん、サヴォッタ!」

 

「え?ああ、おはようって意味だったっけ?寝坊助だって聞いてたんだけどハンモックだと寝れなかったかな?」

 

「いいえ、とても気持ちよく眠れましたよ。寝坊は何とか克服したんです。訓練に遅刻は許されませんから!」

 

「そ、そうなの…」

 

 理由としては妥当なのかも知れないが、改めて齢一桁の子供が放っていいセリフでは無い。

本人は真面目な部類ではあるがどこか抜けているというかずれている。

ヴォーイが入る事を禁じている事からもわかる様にある意味で閉じられた街の中でも更に独特な環境で過ごした来た弊害でもあった。

 

「コッツ起きたの?朝食の準備があるから手伝ってちょうだい」

 

「ウゲッ…、もっとゆっくり寝ていた方が良かった…」

 

「ナンはもう手伝っているわよ。それかキール達をさっさと起こして頂戴、寝坊でお客様を待たせるなんてもっての外よ」

 

 ハミラがそう言うとのんびりとした歩調で寝床へと移動してゆく。

妹達を起こしに行く事を選択したようだ。

全員集まる頃には朝食が並んでいる、起きたばかりという事もあり手軽な料理ではあったがそれでもこの人数分を用意するとなるとその手間は中々のものだろう。

モチモチとした食感の小麦パンにケモノ肉のシチュー、フレッシュミルクを堪能する。

 

「ふぅ…御馳走様でした。そう言えば今日はナズリーの所へ行くんでしたね。階段を登って直ぐの所ですから迷う事は無いでしょう」

 

「はい、色々とお世話になりました!サークサーク!」

 

 一礼をして直ぐに階段を駆け上がるリンク。

彼が辿り着く先には一体何が待っているというのだろうか。

 




カッシーワの師匠ってどんな人だったんでしょうね。

表には出ていませんがなにげにキーパーソンなキャラだと考えて作ってます。


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第73話 龍と飛行訓練場

お久しぶりです

ブレワイの世界観をしっかりと入れていきたいですが、テンポを良くした方がいいのだろうか塩梅が難しいです

プロット段階でボリュームを多くし過ぎたかな


「なぁ、けちくさい事言わんともっと詳しく教えてーな。世界中駆けずり回ったウチでも初めて聴く内容なんや」

 

「だから本当にちょっとしか見てないんだって、確かにちょっと黄色っぽかったけどアンタの言うような龍じゃなかったし、上空で撃ち落とされたんだよ?運よく雪の深い所に落ちていなかったら間違いなく死んでたんだから」

 

 カッシーワさんに紹介されたナズリーの家に向かってみるとハイリア人のヴァーイがリト族のヴォーイに話しかけていた、どうやら先客らしい。

彼女の言葉遣いは初めて聞くゲルド語みたいなものだろうか?

 

「ん?ああいらっしゃい。キミが村長の言ってたリンクちゃんだね?2人とも要件は一緒だし、纏めてでもいいよね?この通り治療中なんだ」

 

 ナズリーさんの腕には布が巻き付けられていた。

彼らリト族にとって腕は大空を自由に飛び交う翼であり、弓を引く武器でもあり、カッシーワさんに至っては音も奏でる。

リト族にとってほぼ全てといっていい程重要なものだ。

 

 落下地点に雪が積もっていなければ大変な事になっていたとのことだけど砂漠の砂みたいなものなのかな?

以前、立ち寄ったハテノ村からはラネール山という霊峰が聳え立っていて、所々白く化粧をしているみたいだったっけ。アレの事なのかな?

かつてゼルダ様が祈りの修行をしたという神聖な場所なんだって。

母様から聞いた話では、ゲルド地方にも街から北へまっすぐ進むとゲルド高地がありそこも雪が降り積もっているらしい。

 

「構いません、よろしくお願いします!」

 

「しゃーないな、お嬢ちゃん。ウチはミツバっちゅうんや。ウワサのミツバちゃんって記事見た事無い?」

 

「あっ、それ見た事ある!不思議な情報がいっぱい載ってるっていうあれでしょ?」

 

「こんな小さな子まで見てくれるなんて嬉しいなーっと話が逸れたな、ナズリーさんもう一度説明を頼むわ」

 

「ああ、とは言っても狐につままれたような感覚なんだけど。あの悪天候が続くようになってから村長の指示で調査をしていてね。どうやらへブラ山の奥の方から吹き荒いでいるみたいなんだ。天候を荒らしている何かがいる…そう思って飛んで近づいて行ったんだけどね。でっかい雄たけびが聞こえたと思ったら―」

 

 彼の話を落雷の轟音が遮る。心無しか昨日よりも若干激しさを増している気がした。

近くに落ちたのだろう光ったと思ったら直ぐに音が鳴り響き、少しだけど足場が揺れた。

いつになったら収まるのだろうか、シーカーストーンの天気予想では雷を表す記号ばかりが並んでいる。

 

「こんな感じでね、雷が落ちて来たのさ。おかしいよね、知っての通りハイラルの雷は金属に落ちてくるのに。薄れゆく意識の中おぼろげながら見えたんだ、3つの角を持つ紫色の粘液を纏った龍の姿が」

 

「龍の姿を見たっちゅう噂はわずかだけど確かに存在する。不思議な事に見たって人の殆どは小さな子供やったけどな。問題なのはその姿や、角が3つもあったり、紫色に染まっているなんて話は聞いた事も無い。新種の幻の龍!?これはスクープ間違いなしや!」

 

 でも、本当に困っている人達がいる話で記事にすんのはなー。とミツバさんは零す。

どうやら彼女の作る記事の内容には合致しないものだったらしい。

そう言えば姉ちゃんが見ていた記事にはそんな物騒なものは何もなかったな。

もしかしたら人の不幸を飯のタネにはしないという拘りがあるのかもしれない。

 

「そう言えば先程の話で気になったんですけど、ちょっと黄色っぽかったんですよね?もしかしてその上を何かが覆っていたりとか?」

 

「ん?言われてみると確かにそんな感じだったのかも…?ごめんね、ハッキリと意識が残ってたわけじゃないから細かいところまではわからないんだ。今は有事に備えてテバが飛行訓練場に息子を連れて特訓を重ねているよ」

 

「テバさん?えーっと、確かモモさんの父の友人…でしたっけ?」

 

「そうそう!テバはモモちゃんの父ハーツと仲が良くてね!彼の持ってる弓はハーツが作ってるんだ。飛行訓練場は僕らの英雄リーバル様の功績を称えて作られたみんなの練習場でね、ここから北西の方角に道なりに進んでいけば日が沈む前にはたどり着けるはずだよ―っとこんな所かな」

 

「ありがとうございます!それでは失礼します!」

 

 一通り情報は集まった!飛行訓練場でテバさん達と合流しよう!

リトの馬宿でドラグを引き連れて言った方が早いかな?

 

「ちょい待ち!!」

 

「えっと、ミツバさん何の用でしょうか?」

 

「冗談は顔だけにしときーな。アンタその格好、この天候で向かうんか?北西といったら極寒で有名なへブラ山やで?」

 

 そう指摘されて改めて己の服装を観察する。

薄手のズボンに金属製の鉢がね、上半身に至っては覆っているのは胸当てぐらいでその殆どで素肌が露出している。

なるほど、濡れ鼠になったままこの衣装で雪山登山となれば自殺行為でしかないだろう。

 

「仕方ないな、子供用の服装なんて殆ど持ってないしちょっと古いけどこれで我慢してくれ。へブラ山に向かうのにその上着は流石にないよ」

 

 リトの羽毛服を手に入れた

タバンタやへブラを訪れる人や自分達の為にリト族の生え替わりの羽を使って作られた服

羽毛を幾層にも重ねており保温に優れる

 

「暖かい…いいんですか?こんなにいいもの頂いてしまって」

 

「別に構わないさ、それは子供だった頃のものだし今となっちゃあ流石に着れないからね。テバ達によろしく」

 

「はい、ありがとうございます!それでは失礼します!」

 

 ◆ 飛行訓練場道中

 

 リトの馬宿でドラグを引き取った後、リリトト湖を時計回りに迂回して道なりに進みリノス峠に辿り着くと辺り一面に銀の世界が広がっていた。

鞍を通して伝わる不思議な踏み心地はゲルド砂漠の砂と似ているけれどどこか違っていて、絶え間なく空から降りつもる光景は妖精の贈り物のようだった。

 

(ナズリーさんから服を借りれたのは本当に助かった…。寒さには慣れてるつもりだったけどこれはきついや)

 

 メテオロッドが激しく燃え盛るのとは対称的にフリーズロッドは静かに輝くだけ。

でも今はそれがありがたい。

寒さに強いゲルド族とは言え、ずぶ濡れになったままの雪山は流石に堪えるもの。

段々と背骨まで冷えていく感覚にこれは不味いと思い、ポカポカハーブやポカポカダケを使ったピリ辛山菜焼きをドラグに跨ったまま口に運ぶ。

あまり行儀のよい行為ではないが、雪の上に腰を下ろして身体を冷やしては本末転倒だ。

命の危険には代えられない。

 

「ふぅ~、ちょっと暖かくなった気がする。―ドラグも食べるか?」

 

 口元に山菜焼きを持っていくが、辛いもの特有の刺激的な匂いに顔を背けてしまう。

ポカポカの実はその特有の辛さ故に野生生物から殆ど食されず、子孫を残すことが出来たと考えるものもいるとかいないとか。

 

「そっかこれはちょっと辛いもんな。待ってろ、焚火の準備をするからさ」

 

 へブラ山の寒冷な気候によって雨は深々と降る雪へと変わった為、メテオロッドを使って薪に着火し暖まる。

パチパチと音を鳴らしながら冷え切った身体を、濡れた服を暖め乾かしてゆくのだ。

じっと眺めていると不思議なもので心が落ち着く。

 

 ここには雪以外何もない。

それ以外の物を強いて挙げたとしても精々転がる石ころや樹木ぐらいの、静寂な大地だ。

果てまで続きそうな孤独を癒すは遥かな昔よりずっと支えて来た火への安堵であろうか。

ずっとこのまま佇んでいたい気はする、―でもそんな我儘は許されない。もう間に合わないのは沢山だ。

服が乾くのを確認し、後始末をして再び歩みを進める。

 

 ―

 

 僅かに雪の少ない場所を進んでゆくと木組みの小屋が顔を覗かせた。

態々極寒の切り立った崖に作られただけありその環境は異質の一言に尽きる。

右を向けばそり立つような氷壁が一面広がっており、左を向けば大きな大きな窪みが大口を開けている。

その口からは絶えず持ち上げる様な強い風が巻き起こり、軽い物なら簡単に吹き飛ばしてしまいそうだ。

 

 パリン! パリン!

 

 リト族の戦士が舞い上がる風に乗り、的を1つ、宙返りをするついでにまた1つと撃ち抜いてゆく。

華麗だ、リト族の中でも戦士として空を舞うその姿に、思わずため息が零れる。

なるほど、飛行訓練場と言われる理由はここから来ていたのか。

リト族の戦士として必要な空中での動きを磨き上げる設備としてこれ以上の物はないだろう。

 

「あれ?こんな所にお客さん?こんにちは!」

 

 どうやらこちらに気が付いたらしい、こちらへと飛んで近づいて来る。

足場のない所からでもすぐに移動できるのはちょっと羨ましい。

馬に乗ったままというのも失礼なので降りて挨拶をする。

 

「こんにちは!俺はリンクといいます、テバさんはいらっしゃりますか?」

 

「うんうん、元気よく挨拶が出来るのはいいことだ!俺はチューリ、よろしくな!父さんなら小屋の中さ」

 

 チューリさん…確かモモさんの幼馴染だったな。

彼にも若いリト族特有の頬の赤さが残ってる。

生憎ヴォーイだったからゲルドの街には遊びにこれなかったけれど、その人となりはモモさんやナンさん達5人姉妹を通して聞いている。

村一番の戦士であるテバさんのような弓使いになりたくて修練を積んでいるのだとか。

 

「よし、いいぞチューリ!今の動き方を忘れるな!―む?客か。外は冷えるだろう、小屋の中へ上がってくれ」

 

 白い体毛に身を包んだ精悍な顔つきのリト族、彼がテバなのだろう。

リトの村で見かけた他の者とは風格が違う。

ビューラ様を彷彿とさせる存在感は長年の修練の賜物であろうか。

 

 ――

 

「…成程な、村長に頼まれたか」

 

 全くお人よしにも困ったものだ とテバは愚痴を零す。

以前にもこんな事があったが息子よりもかなり小さい子供ではないか、遊びではないのだ。年齢に不釣り合いな程修羅場は潜っているようだがそれでも村長には頑として断って欲しかった。

 

「リンクといったか、あの男と同じ名前とは妙な縁でもあるのかも知れんな。―ただ、手伝うとは言っても当てはあるのか?俺達には唸る様な雄たけびが聞こえただけで手掛かりも皆無だ」

 

「リトの村で情報を集めたところ龍が怪しいそうです。それも他の地方では子供が見つける事が多いのだとか…これは私の我儘でしかありませんが危険な場所にリトの子供達を巻き込みたくはない。お願いします」

 

「そうか。ならばお前の実力を見せてくれ。仲間達を危険に晒したくないのは有り難いがリト族の子達と違ってお前は飛べない。どうしたって俺達が背負う必要が出てくる。それだけの価値を示してみろ。弓ぐらい使いこなせないと話にならん」

 

 剣の腕ならば街一番の自信があるが弓に関しては他の者達にはとても敵わなかった。

ゲルドの弓は遠くまで飛ばせるよう弦が強く張られており、子供の力では満足に引けなかったからだ。

だからといってそれはここで許される訳では無い。

彼にとって新たな修練の始まりであった。

 




こっちの世界観だとチューリ君はリーバルぐらいの年齢をイメージしてます。
人間でいうところの高校生ぐらい?
大人に近い体格になっていますが、大人とまでは言えないぐらい。


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第74話 ゲルドのお告げとリトの弓

お待たせしました!

試行錯誤の多い展開ですが楽しんでいただけたら幸いです。


 同時刻 ゲルドの街 宮殿

 

「ビューラ、これでわらわの仕事は全て終わりだろうか」

 

「はいルージュ様 残りのものは私でも行えます」

 

 リンクが飛行訓練場でテバ達の試練に挑戦している頃、ルージュは宮殿で交流会、そして襲撃の件の後始末、他にも街の政策といった業務に追われていた。

それどころか本来ならば時間的猶予のある物まで片づけている。

 

「すまぬな。しばらくは街を空ける事になる。いつ帰れるかもわからん。だが現実として静観を決め込むわけにもいくまい。あの声が何だったのか確かめる必要がある」

 

「リンク達の件も加味すると幻聴―と切り捨てるには些か状況が不穏です、それにチークからの報告によると予言通りゲルドキャニオンの奥にて台座が出現したとの事。単なる偶然にしては出来過ぎているでしょう。―ルージュ様、やはり私も着いてゆき」

 

 ビューラを手で制し、ルージュはゆっくりと語り掛ける。

彼女の心配もわかるが各々の責務はまっとうしなければならない。

 

「ビューラ、気持ちはわかるがそれではこの街が回らなくなってしまう。イーガ団の襲撃から立ち直るにはまだまだ時間を要するし、そなたを頼りにする民も多いのじゃ。ゲルドの街にはお前がいるからこそわらわは向かうことが出来るという事を忘れないで欲しい」

 

「失礼致しました。街の事は私達にお任せください。パドルからパトリシアちゃん様の準備も出来ていると報告を受けております。どうかお気を付けて」

 

 天に登り神となった母に祈りを捧げた後、ビューラに見送られ彼女達は広大なゲルド砂漠へと繰り出す。

整備されたカラカラバザールを経由するのではなくより過酷で凶悪な魔物達の住処でもあるゲルド砂漠の東へと。

台座に何があるのかはわからないが現時点で厄災と戦い抜く力が足りない。

そうも感じ取れる。

自身には英傑リンクや祖先であるウルボザの様な突出した剣才は無い。

イーガ団襲撃の時などもう1人のリンクにすら助けられている有様だ。

 

 そんなウルボザ達ですら大厄災で一度は破れているのだ。足りないと思うことはあれど厄災ガノン相手に万全な備えなど不可能かもしれない。

 

(薄々感じてはおったがやはり実際に言葉にされると重みが違う。厄災の復活が近いだと?せめてあと2,3年猶予があれば…)

 

 当時のウルボザとは決定的に違う所としてルージュには跡継ぎがいない事が挙げられるだろう。

いくら年頃のゲルド族とは言っても街の責任者がヴォーイハントの為に何年も旅に出ていては確実に支障が出る。

ゲルド族にはヴォーイは基本的に生まれないため必然的に見合いのような形になるが身分の合う相手を探すだけでも一苦労なのだ。

堅物とまで評されるビューラが半端なヴォーイなど一蹴してしまうだろう。

 

ウルボザはヴァ・ナボリスの中でその命を落としたが王家の血は辛うじて残った。

だが同じく英傑であったリーバルは若くして選ばれた事もあり、その子孫は途絶えてしまっている。

 

 このゲルドの街は現存している中で最大の街だ、統治するには最も困難な場所でもある。

血統だけで治められる訳では無いがやはり確実に得られる正当性というものは代えの効かない要素でもあるのだ。

 

(だが朗報もある。アッカレ地方から来たヴォーイがゲルドキャニオンで懸命に働いてくれているとの事。わらわ一人だけで出来る事は本当に小さい事かもしれん。だが力を合わせれば厄災にだって負けたりはせぬ。一度は退けたのだ それが出来ぬとは決して思えぬ)

 

「あの砂塵は―モルドラジークか こんな近くにも生息しているとはのう。ゲルドの街へは一歩も踏み入れさせん。何より厄災に対する強さを求める者がこれしきの魔物に怯え逃げるものか。いくぞパトリシアちゃん!砂漠を統べる者はどちらなのか教えてやろうではないか!」

 

 若き族長ルージュ そして相棒のパトリシアちゃんは己の役目を果たすべく砂の海を進んでゆく。

 

 ◆ 飛行訓練場

 

「駄目だ駄目だ、照準が甘ければ次の動きまでも遅すぎる。陸の上からですらそんな様じゃとても連れていけやしない。距離があるとはいっても隣の的を壊すようじゃ論外だ」

 

「はい!」

 

 リンクは順調にテバの課題をこなし―てはいなかった。

足場から届く的を狙う段階でダメ出しを食らってしまう。

伝統的に弓を主として扱うリト族、その中でも頭一つ抜けて実力のあるテバの要求には届いていなかったのである。

 

「―どうやら今のお前にはその弓は合っていないようだ。こっちのものを使ってみるといい」

 

 ツバメの弓を手に入れた リト族で一般的に使われている弓 空中での射撃に適した工夫が弦にされており 普通の弓より 少し早く引き絞ることが出来る

 

「サークサーク。うわっ、軽い!これならちゃんと引き絞れそうだ!」

 

 今まで使っていたゲルドの弓とは違い木製のそれはその重さも弦も比較にならない程軽かった。子供の頃から引ける機会があるからこそ伝統として紡がれる下地が出来上がるのだ。

 

 始めこそ勝手の違いに苦戦したが目に見えて精度が上がってゆき、放った矢が300を超えた辺りでようやく狙った的に当てることが出来るようになった。

 

「引く事に意識を持ってかれてたのかい?それじゃあ的を狙う方がおざなりになって当然だよ」

 

 チューリが信じがたい状況に目を覆う、自分に合っていない弓しか持っていないなんてリトの戦士では考えられない。

それで戦場に出る事など魔物にとって《シラホシガモがハイラル草を背負って来る》様なものだ。

 

「もう少し段階を踏んで小さい子でも扱える様にした方がいいと思うがな…彼女達なりの考え方もあるんだろう。ゲルド族の戦士として訓練を始めるには早すぎるしな」

 

 ゲルドの街はあらゆる品が揃うがそれは交易が盛んであらゆる場所を旅したゲルド族が取り寄せているからだ、砂漠では矢を作る為の資源は満足に取れるものではない。

無駄打ちをしない様に大人になってからしっかりと訓練を積んでいくのだ。

ゲルド砂漠の魔物は強靭な肉体を持っていて強い弓で倒す事を念頭に作られているという理由もある。

 

「テバさん、俺にリト族の弓の扱い方を教えて下さい!」

 

 時が経てばリンクでもゲルドの弓を扱うことが出来るようになるだろう。

だがそれでは今のこの状況には間に合わないし、空中での扱い方には確実に合致しない。

そもそもがゲルド族が空を飛ぶことなど想定されていないのだ。

 

「お前にリトの弓を教えろだと? …―無理だ」

 

「父さん!ゴメンなリンク、悪気があって言ってる訳じゃない。リトの弓は相手の頭上から撃ち下ろす事で射程や威力を伸ばしているんだ。空を自由に飛べることを前提にしているからせっかく覚えても君じゃ実用出来ないよ」

 

 リトの弓はその性質上かなり弦が軽く子供ですら素早く射ることが出来る。

しかしその反面、飛ばされる矢の威力は控えめでもあるのだ。

 

「実用出来なくてもいいんです!今必要なのはリトの村を守る為に空中での弓の扱い、通常の弓の扱いよりは確実に役立つはずです!」

 

「そうか。いいだろう。その熱意が本物かどうか俺に見せてみろ」

 

 それを聞き届けたテバとチューリはつきっきりで指導を始める。

特にチューリは弟弟子が出来た事がよほど嬉しかったのかあれこれと今まで苦戦していた経験も交えて心なしか楽しげだ。背中に乗せて打ってもらうというのも早々経験できるものでも無い。

それに比例してか、黄昏時には最低限空中でも近い的なら正確に当てられるぐらいにはなってきた。

 

「いいよリンク、凄い成長じゃないか!俺もうかうかしてられないな!」

 

「サー…ありがとうございます、チューリさん。ところであそこに飾ってある弓は?2人の物と比べても明らかに大きさが違いますが…」

 

 リンクが指さす方向にはツバメの弓やハヤブサの弓とは一線を画す大柄な青い弓が飾られていた。

心なしか英傑リンクの着ていた服と同じ色に見えるスカーフが巻き付けられている。

ハテノ村の家の中で見たものとそっくりだ。

 

「アレかい?カッコイイだろ!ハーツさんに頼んでリーバル様のオオワシの弓を再現して貰ったんだ。取り回しが凄く難しくて弦も尋常じゃないぐらい固い…けどそれに見合う絶大な威力の矢が3本も放てる。俺もいつかアレを使いこなせるようになりたいんだ!」

 

 チューリが興奮気味に答える。テバは無言を貫いているが心なしか嬉しそうだ。

 

 リト族の伝統的な工法で作られた稀代の名弓、リト族の強みである機動力を削ぎ落としかねない程の大きさと重さだがリーバルはこれを自在に操り、空中では無敵といっていい強さを誇っていたという。

他のリト族とは一線を画す飛行能力と固い弦を素早く引ける筋力、3つの的を同時に狙える異次元の精密さ100年経っても変わらず彼はリト族の英雄なのだ。

 

 残念ながら今のリト族でこれを扱える者は皆無である、それだけ求められる能力が高い。

 

「今日の所はここまでだ、いつでも出撃できるようゆっくり休め」

 

――

 

「……」

 

 動物も魔物達ですら寝静まる深い夜リンクはただ一人弓を携え立っていた。

眼前には上昇気流が絶えず吹き荒び、夜光石から抽出された塗料によってぼんやりと青白く光る的。その灯りに負けじと背のロッドも輝いている。

 

(リトの弓も少しずつ慣れて来たけどまだまだだ。今回の話は戦力として受け入れられてのモノじゃない。子供達を巻き込みたくないというお情けで許されてるだけだ)

 

 現実としてただ弓が扱えるというだけならハッキリ言ってリンクである必要はない。

背中に乗せて撃ってもらうだけなら弓に慣れているテバ親子に任せるか、龍を見つける役目として飛ぶ事の出来るリト族の子供を連れてきた方がよほど頼りになるだろう。

 

 リトの村の危機に対する備えとして万全かと問われれば間違いなく否である。

そんな妥協が彼には許せなかった。交流会を迎えたあの日、再三の忠告を受けていたのにもかかわらず警戒を怠り死なせてしまった愚かで救いようのないかつての自分。

 

(ただリト族にできる事をマスターするだけじゃ全然足りない。彼等でも真似できないような絶対的な強みが欲しい)

 

 彼の強みといえば シーカーストーン、剣術、そしてあの集中力。

 

「ううっ、寒っ!全く敵わんわ、ウチを置いて一人で行くなんてなぁ。しかも馬まで使えるとか聞いとらんっちゅーに…」

 

 置いてかれたミツバは1人愚痴る、ただでさえ悪天候だというのにあれ程の距離を雪に足を取られながら走らされれば文句の1つも言いたくなる。

姉のイチヨウの様に寒いのが苦手という訳ではないがへブラ山の寒さが平気なハイリア人など存在しない。

こんな所で野宿なんてしたら間違いなく仏になってしまうだろう。

 

「おっあれが噂の飛行訓練場ってやつやな。え?なんであのお嬢ちゃんこんな夜更けに佇んどるん?」

 

 ようやく見えて来た建物に安堵するミツバ。同時に視界に入って来るリンクに首を傾げる 次の瞬間その答えが判明する。

 

「は!?ウソやろ!?」

 

 命綱もテバ達の助けも無く崖下へと飛び降りたのだ。

それは最早自殺と変わらない狂気的な暴挙。

咄嗟に手を伸ばし駆け出すが、ミツバが走ったところで間に合うはずもない。

 

(まだ遅い、もっとだ もっと速くないと力の弱い俺じゃ補えない!)

 

 上から狙えないのならば落下速度を利用したスピードのまま射貫けばいい。

着地など知った事か。

肌がひりつく様な極限状態でこそ己の集中力が研ぎ澄まされる。

見開かれた眼は止まったかのように標的を映し出し瞬く間に撃ち抜いた。

 

 5つの的を撃ち砕いた後、盛大な水しぶきを上げリンクの姿が消える。

 

「今の音は何だ!?敵襲か!?」

 

 あまりの音にテバ達も弓を片手に飛び上がり警戒する。

 

「父さん!今の音は訓練場の下みたいです!」

 

「プハァ―! いよっし、大成功だ!今の感覚を忘れない様もう一回!」

 

 リンクはほぼ同時に5つの的を射抜いた事で自分の成長を実感し歓喜を上げる。

先程の技を確実にものにする為、続ける気満々だ。

だが空が飛べるリト族を前提に設計されている為か崖下から登る梯子がついていない、しまったなぁと考えていると服を引っ張られる。

チューリが引っ張り上げてくれたようでテバ達の待つ小屋の中へ送り届けられるのであった。

 

「こ・の・アホンダラー!!!」

 

「うわぁミツバさん!どうしてここに!?」

 

「じゃかあしぃわ!どこの世界に命綱も無しに崖から飛び降りるアホがおんねん!心臓止まるかと思ったわ!アンタはリト族ちゃうんやぞ!」

 

 《ウルボザの怒り》を思わせる雷を盛大に落とされた後、ほらこっち着て服を乾かし!とミツバに焚火へと寄せられるリンク。思いの外身体も冷えていたのだろう、自然とくしゃみが出てしまう。

 

「激しい特訓をこなすやつだと思っていたが更に特訓を重ねていたとはな。あの壊れた的はお前がやったんだろう?何かしら思うところがあったんだろう…が、これっきりにしてくれ。助っ人に特訓で死なれちゃ笑い話にもならん」

 

「リンク!頼むからせめて父さんか俺が起きてる時にしてくれ!せめて兄弟子らしい事をさせてくれよ!」

 

「うっ…ごめんなさい…」

 

「話は変わるがミツバと言ったか、アンタはどうしてここに来た?」

 

「ウチは《ウワサのミツバちゃん》のネタ集めの為にこの飛行訓練場へ赴いたっちゅう訳や。別に冷やかしに来た訳やないで?この通り食材も持ってきたしな。腹が減っては戦は出来ん」

 

「これはビリビリダケか、この辺りでは珍しいキノコだな。有り難く頂こう」

 

 電気を使う龍が相手ならこのキノコが信頼できる。

ゾーラ族には薬だと効果が薄かったらしいが ちゅん天堂でも寒さ対策にポカポカダケが取り扱われている様にリト族でもキノコ料理なら効果を発揮できる。

 

「串焼きキノコを作りながら聞いて欲しい。紫って聞いて思い出した事があるんや。かつて厄災の手に落ちた中央ハイラルには至る所が粘膜状に覆われていてな。もう10年位前の事やからすっかり忘れてたわ」

 

「何か対策はあるんですか?」

 

「ある、全部とは断言できんけれど近くにけったいな目玉があってな。それを消滅させれば粘膜も消える」

 

 ミツバの情報を中心として対策を講じてゆくリンク達。

すると突然彼らの耳に山全体に鳴り響く様な唸り声が聞こえた。

 

「遂に来たか!北西の方に雷雲が見える、あの辺りに奴がいるかもしれん!」

 

 咄嗟にシーカーストーンの望遠機能で何かいないか確認する…―見えた!

どす黒い怨念の塊のような粘液を纏った三本の角を持つ龍がリトの村の方へと向かって来てる!

しかも魔物達の群れまで随伴しているではないか。

 

「テバさん、チューリさん、見つけました!リトの村に向かって来ています!魔物達もいるみたいです」

 

「何だって!?―駄目だ、魔物は見えても龍は俺には見えない…」

 

 シーカーストーンを覗く2人、だがどちらにも見えなかったようで悔しさを滲ませる。

 

「リンク、お前はチューリの背に乗って龍を止めてくれ。魔物達は俺が引き受ける。いくぞ!リトの村には指一本触れさせん!」

 




今回は色々と盛り込んだ分ちょっと長めになりました。
文字数的にはどっちがいいのかな?

少し気になります。

ルージュ様にも強くなって貰わないと…。


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第75話 空の支配者

お待たせしました!
ニンテンドーダイレクト、記念に投稿です。

お気に入り180越え、UA20000越えありがとうございます!


 飛行訓練場で各々が準備を整える。

弓や爆弾矢などはあらかじめ用意ができていたが、効果時間の限られている料理や薬に関してはそうもいかない。

ミツバが材料を片っ端から鍋に投入し、他は龍が使うという電撃への対策として素早く口へと運んでいる最中の事である。

 

「ングッ…チューリさん、それは?」

 

 チューリの胸元でぼんやりと青白く輝いている首飾りが目に留まる。

武器や防具の類では無いそれは不思議と目を引いたからだ。

 

「ああコレかい?夜光石で飾り付けたお守り。モモからのプレゼントでね、気休めかもしれないけれど身に付けておきたかったんだ」

 

「なるほど。…チューリさん、大切にして下さいね。絶対に生きて帰りましょう」

 

「ああ、言われるまでも無い。決して失くさないよ」

 

 チューリの背中に乗り、訓練場を飛び立つ。

ギザンが乗せてくれた時の様な客人を乗せるそれとは比べ物にならない、非常事態に出撃するリトの戦士の凄まじい推力に振り落とされない様必死でしがみ付くリンクであった。

 

 

 テバ side

 

 リトの村を守る為の戦いに臨もうかという時、奇妙な客人が現れた。

ゲルド族の民族衣装に身を包んだチューリよりも幼い子供、彼女はリンクと名乗った。

 

 つくづくこの名前とリーバル様が遺してくれた訓練場には相当な縁があるらしい。

確かハーツやカッシーワの娘達が偶に話していたような気がする。

ゲルド族の彼女が何故ここに…そう聞くのも野暮だろう。あんなことがあったのだから。

 

 聴く気は無かったがリトの村は非常に開放的な造りをしている分密談には向かない。

カッシーワとハミラの話から大凡見当はつく。

正直に言えば村の子供達と穏やかに過ごしていて欲しかった。

 

 俺もチューリもリトの戦士だ、息子が戦士になることに難色を示している妻には悪いが彼の手を顔つきを見ているとその必要性を改めて確信できる。

幼子とは思えない修羅場を潜り抜けて来たのだろう、命のやり取りをした者だけが辿り着ける境地に既に足を踏み入れている。

 

 何気ない日常は薄氷の上に乗ってるだけの脆く儚い物、妻や友を護る事の出来るこの仕事を後悔した事は無い。

 

 だがコレは大人の領分だ、ここまで幼い者では肉体的にも出来る事は限られるしこの世界は徹底的に非情なだけにその時が来るまでは鍛錬に留めてくれる方がありがたい。

だだそれでもなお選んだのならばその覚悟と誇りに敬意を持って接するべきだろう。

短い間ながらも付きっきりで指導したつもりだ。

その成長の速さや時が止まっているかのような集中力に加え、崖から飛び降りてまで特訓する執念には驚かされたが。

 

 チューリもそれが分かっているから内心はともかく彼女を戦士として尊重しているフシがある。

教える内容も数ある中でもかなり安全に気を遣ったものを選び抜いていた。

 

―そろそろ時間だ、俺も出撃しよう。

今、何かが光った気がしたが気のせいか?

 

 ◆ へブラ山上空

 

 ハイラルでも有数の標高を持つへブラ山、その山頂でさえもまるで届かない遥か上空に俺達は辿り着いた。

降りしきる雨はここでは数多の氷の粒となりそれに負けじと激しい落雷が鳴りやまない。

この場に身を置くだけでリトの村がどれほどの脅威にさらされるのか否でも感じ取れる。

 

 眼前には数えるのも億劫な程のボコブリン達。

大柄な魔物であるモリブリンや宙を歩く魔法を操るウィズローブまでいる。

そして自分にしか見えていないらしい黒い汚泥を身に纏ったような三本の角の生えた雷龍が向かって来る。

 

 とんでもない大きさだ、巨体で知られるヒノックスやモルドラジークが子供に見える。

リトの村を丸呑みできそうなぐらいかな?

カカリコ村へと続く道中に双子山という南北に分かれた山があったけれど、一説によると龍によって削り別れたって噂もあるらしい。

テバさん達も見えないながらも大凡この辺りにいるのであろうと辺りを付けられる程あからさまに魔物達の軍勢に穴が開いていた。

こんな化け物に襲撃されたら大抵の集落は瞬く間に壊滅するだろう。

 

「フン…ご丁寧に木組みの足場を作って御出ましか。空を舐めてるとしか思えん。―チューリ!リンク!周囲の魔物は俺に任せておけ。そっちは頼んだぞ!」

 

 テバさんは不服そうに言い捨てる。

どうやら魔物の方は蛸型の魔物、オクタというらしいそれを膨らませる事で無理矢理に登ってきており不安定なまま迎え撃つつもりの様だ。

こうして無理矢理来ている時点でそう考えるのもどうかと思うけど、翼も持たない彼らのそれは勇気を通り越して蛮勇そのもの、邪魔の入らない大空には相応の危険を伴うというのに。

 

 ジジッと導火線が燃える音を伴いながら弦を引く、狙いに気が付いたボコブリン達は弓を構えるがすでに攻撃準備を終えていたテバさんの矢の方が早い。

密集地点に放たれた矢は着弾とともに炸裂し足場を砕き、周りの魔物諸共吹きとばす。

 

 爆風で視界を覆っている間に肉薄し、猛禽類特有の鋭い鉤爪ですれ違いざまにオクタを攻撃する。凄い速さだ!あんなスピードで狙われたら躱しようがない。

1、2体でも倒してしまえばバランスの取れなくなった木組みは魔物達を宙へと放り出すのみ、空を飛ぶ事の出来ないボコブリン達にはどうする事も出来ずに死ぬだけだ。

 

「ギャッ!?アアァアア!!」

 

「よし、次だ―うおっ!?」

 

 次のオクタロックに狙いをつけ弓を構えるテバ、一連の攻撃で彼の脅威を肌で感じ取ったのかモリブリンは恐るべき方法で反撃に出る。

なんと、同じ足場に乗っていたボコブリンを鷲掴みにしこちらへと投擲したのだ。

ボコブリンも予想してなかったのだろう、手足をばたつかせ絶叫と共に飛んで来る。

 

これには流石のテバさんも面喰い照準合わせを取りやめ宙返りをして躱してみせた。

 

「次からはもっとまともな準備をするんだな」

 

 彼ら魔物にとって不幸だったのは対峙するテバさんはリト族きっての飛行の名手、こんないい加減な反撃が通用する相手では無い。

哀れボコブリンは放物線を描いたまま地上の星と消えていった。

 

 ハッキリ言えばこの抵抗手段は下策だとは思う。

投げ飛ばしたモリブリンだってこんな攻め方何度も使えない。

ボコブリンからすれば成否にかかわらず命を捨てる方法でもあるからだろう、モリブリンと同じ足場から逃げ出そうと他の足場に飛び移りそのうちの何体かは届かずに墜落する始末だ。

 

 上へ、右へ時には急降下と大空を縦横無尽に飛び交いハヤブサの弓で次々と足場を落としてゆく。

矢で撃たれそうなときは、他の足場を射線に入れて同士討ちを狙いつつ盾として使い、改めて狙いを付けたオクタという的を撃ち抜く。

これが空の支配者リト族の戦い方か…。

 

「俺達も行こう、背中から指示を出してくれ!」

 

「はい!まずは…あの青い魔物の辺りに飛んでください!あの辺りなら目玉が狙えます!」

 

 シーカーストーンの望遠機能を使い大まかな位置取りを指示する。

球体状の物体がいくつか見渡せるが、後方に見える尻尾の部分以外は閉じてしまっている。

チューリさんにはこの姿は見えない為、最寄りの青い魔物の箇所に移動してもらえるようお願いする。

遮蔽物の無い上空では目印になるのはどうしても魔物達になってしまうのがもどかしい。

 

「あれはフリーズウィズローブだな。あいつはまともに戦うと面倒だ。顔面を狙うか、火が使えそうな武器はあるかい?」

 

「メテオロッドならどうでしょうか!?」

 

「準備が良いなリンク!そいつならバッチリだ。しっかり掴まってろよ!」

 

 雷龍のものと思われる電撃を躱しながら接近すると、フリーズウィズローブはキヒヒヒと気味の悪い笑みを浮かべたかと思うと姿を消す。

 

「消えた!?」

 

「落ち着けリンク、あいつ等は消えたように見えても移動する際、足元の光は誤魔化せないんだ。ロッドを構えてじっくりと狙って!」

 

「成程!確かにあいつ等と違って足元の光が消えてない!…そこだっ!」

 

 足元の光が止まり攻撃に転じる瞬間を手にしたメテオロッドで振りかざす

フリーズウィズローブもほぼ同時に自身の持つフリーズロッドでリンク達に襲いかかるが―

 

「ギャッ!?」

 

「!?」

 

 なんとリンクのメテオロッドが放つ火球が氷球を打ち消しそのままフリーズウィズローブへと直撃したのだ。

氷のウィズローブは火に弱い為あっという間に霧となり消滅する。

 

「凄いじゃないかリンク!一体どんなカラクリなんだい?」

 

「えっ、あっいや…」

 

 そんな筈はない。確かに氷には火が有効ではあるが逆もまた然り、互いに打ち消し合う結果になると踏んでいただけに返答に困る。

 

「まだです、このまま龍の目玉を狙いましょう!」

 

「おっとそうだったな。今のうちに矢を準備してくれ」

 

 吹き荒れる暴風に降り注ぐ雹と雷弾を潜り抜け尻尾に生えた目玉を射貫いてみせる。

ツバメの弓では少々威力が足りないのか効いてはいるが撃破するまでには至らない、それなら何発も立て続けに浴びせるまでだ。

弓の特訓をしておいて良かったと胸を撫で下ろす。

 

 10本を越えた辺りで声にならない絶叫と共に紫色の粘液が一部剥がれ消滅する。どうやらミツバの集めた情報が正しかったようだ。しかしそれだけで終わるほど敵も脆弱では無い。

 

「!?チューリさん命中しましたが一段と龍の飛翔が速くなりました!どうやら全部壊さないといけないみたいです!」

 

「そう簡単にはいかせてくれないか、わかった。次の場所まで案内してくれ!」

 

 次に狙うのは今開かれた胴についてる目玉だが雷龍の反撃も激しさを増している。

ボコブリン達の矢の妨害もありチューリさんも思ったように近づけないようだ。

更に

 

「チッ、面倒な事をしてくれるな…!」

 

龍の前にウィズローブ達が立ちはだかり、その杖を回したかと思うと螺旋状に氷の球を降り注いできた。

 

「リンク、ちょっとだけ無茶をする。力の限り思いっきり握ってくれ!」

 

「は、はい!」

 

 チューリさんの言葉に従い思いっきりしがみ付く。

どんな考えがあるのかはわからないが一直線にスピードを上げて突っ込むつもりの様だ。

そんな間にも氷との距離は縮まりぶつかるかと思うその瞬間、世界が反転した。

チューリさんがトップスピードで螺旋に合わせた機動を持ってその隙間を掻い潜ったのだ。

 

「今だ!跳んでくれリンク!後の事は任せろ!」

 

 チューリさんに言われるまま跳躍し、ウィズローブたちの頭上を越える。

その身を宙に放り出す事で集中力を更に尖らせ数瞬の内に無数の矢を浴びせかけた。

先程同様に目玉が消滅し、雷龍を覆う粘膜の殆どが消滅する。

 

 重力に従い落下していく俺を拾いにかかるチューリさん、だが…

 

 グゥオオオオオオ!!!

凄まじい雄たけびと共に辺り一面に雷を落としてゆく。

その激しさは先程までとは比較にならない。

そして何よりその速さが桁違いだ、正に光の如く一瞬で地面まで辿りつく。

 

「う、嘘だろおい!冗談だと言ってくれ!」

 

 チューリさんが青褪めた表情でそう呟く。

 

 雷のうち1つがへブラ山の雪を崩し、雪崩を引き起こしたのだ。

進行方向は南西、リトの村も馬宿も全部まとめて飲み込んでしまう!

木々をなぎ倒し岩も飲み込むその威力、速さ、規模あんなのに巻き込まれたら絶対に助からない!

たった3人でどうやって止めればいいんだ…

 

 そんな思考を巡らせている時、更なる不運に見舞われる事になった。

 

「うわあああ!!!」

 

 そのうちの1つがチューリさんに直撃したのだ。

雷に備えて金属の武器は全て外してあるとはいえ、それで確実に当たらないかといえばそんな保証はない。

 

「チューリさん!!!」

 

「!?リンク!チューリィィイ!!!」

 

 テバさんが血相を変えて一直線に向かって来る。

これ程の高さから撃ち落とされれば死は免れない、それはリト族でも同じだ。

魔物達の相手をしていたのが災いした。出来るだけ狙いが分散する様に遠く離れてしまったのだ。

 

 物凄い速さで飛んで来るが、いかんせん距離がありすぎる。

いくらテバさんでもこのままではとても間に合わないだろう―ならば、やるべき事は一つだけ。

 

 ガシッ

 

「リンク、何を!?」

 

「ウォオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 チューリさんの脚を掴み力の限りテバさんに向けて放り投げる。

彼等には大事な家族がいるんだ、帰りを持っている人達がいるんだ。

ここで死なせてなるものか!

 

「チューリ!」

 

(良かった…何とか、届いたみたいだ…)

 

 翼を持たない者は落下するだけ。

そんな空の掟に従い死の影が顔を覗かせる。

 

 まだやらねばならない事があるというのに、俺はここまでなのか

魔物達から雪崩からリトの皆を護りたい。

テバさん達の眼になって暴れる雷龍を止めたいのに。

観念し、目を閉じる。

地面に叩き付けられるだろうその衝撃が―訪れなかった。

 



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第76話 護りたいもの

お待たせしました

新機能を盛り込むことは世界観を壊さないか等、色々と迷いながらも何とか形にしてみました

お気に入り190達成ありがとうございます
これからもよろしければお楽しみください


 その瞬間、テバは見た。

リンクの傍で夜光石の如く青白い炎を纏ったゲルドのヴァーイを。

いつも息子が身に付けている御守りだからよく覚えている。

親友のハーツに奥さんや俺の娘を泣かせる真似だけはするんじゃないと念を押されたが、あれは無事に帰ってこいという激励の言葉でもあったように思える。

 

 夜光石、またの名を死者の魂の灯―考え過ぎだろうか。

そう思考を巡らせていると既に姿は無く視線の先にいた筈のリンクが眩い光に包まれる。

これは一体…。

 

 

 どこからか声が聞こえる。

小さいながらも心に響く不思議な声音

もうアタイ(私)には決して聞こえるはずが無いのに

 

 …きて…

 

 まただ、お前にも聞こえたかスルバ

 

 ええ、確かに私達を呼ぶ声が聞こえたわ 懐かしい とても安心する声の響き

 

 起きて

 

 母様 どうしてここに いや薄々わかってた でも間違っていて欲しかった

 

 リンクを助けるんだ

天に近いこの場所なら―今の2人ならきっと出来る

 

 私達は、あの子に何一つ残すことなく置いて来てしまったから

お願い…フェイパ…スルバ… 私達のリンクまで死んでしまうわよ

 

 母様 わかったよ やってみせる

 

 私だって逢いたい気持ちに嘘はないけれど

こんな再会じゃ 死んでも死にきれない…きっと貴女(お前)もそうよね(だよな)

 

いつも一緒にいたもんな(からね)

生まれた時からずっと一緒

私達は双りで1つだから―

 

 

 ◇

 

「う、ううん…あ、あれ?これは…?」

 

 地面に叩き付けられる衝撃に備え目を瞑っていた。だがその衝撃がいつまでたっても来ない。

恐る恐る目を開けると今だ空の上、ゲルドの街でヤシの木に引っかかって宙づりになった時に似ている。

周りには何もない高所で木が生えているはずが無いのに…?

ゆっくりと首を回した視線の先には―

 

「…姉ちゃん…」

 

 メテオロッドが燃え盛り彼の小さな体躯を引き上げ、支えていた。

フリーズロッドも青く燃え盛り次第に力を弱めていくメテオロッドを支えるように輝きを増してゆく。

フェイパ姉ちゃんが スルバ姉ちゃんが 助けてくれた

サークサーク これでリトの皆を護るために戦える

 

 

 メテオロッド、フリーズロッドに蒼炎が灯った

姉達が遺した魔法の杖 魔力を使う事で一定の間、滑空したり自由自在に飛ぶことが出来る。しばらく休ませることで再び使用が可能。

 

 ゲルド族特有のしなやかな身のこなしで反転しフリーズロッドへと乗り換える。

のんびりしている時間は無い、今やるべきはあの龍を止める事だ。

 

「テバさん!早くチューリさんを安全な所へ!この龍は俺に任せて!」

 

 ボコブリンやウィズローブ達が立ち塞がり一斉に狙って来るが前に、下に時に反転したりして躱してゆく。

不思議な程に思った通りに杖が動くのだ。逆に杖の限界も何故だか伝わって来る。

力が弱まった頃に再びメテオロッドへと持ち替えフリーズロッドを休ませる。

 

二刀流を修めていて本当に良かった、加えてハイラルを横断する時、ドラグやスナザラシで培ったバランス感覚がここぞとばかりに力を振るう。

 

 ただ慣性による移動こそあれどこの入れ替える瞬間だけはどうしても無防備になってしまう。

その隙を彼らは逃さない、リンクこそが我らの障害と認識し彼へと狙いを定める。

 

 ドン!ドドン!

 

 だが彼らの攻撃は不発に終わった、いち早く復帰したチューリとテバが息の合った連携で魔物達よりも先に爆弾矢で足場諸共吹きとばす。

気休めとは言えビリビリダケやビリビリハーブをふんだんに使った食事が効果を示したらしい。

 

「リンク、こいつらは父さんと俺に任せろ!俺だってリトの戦士の端くれだ!これしきのかすり傷位どうってことない!」

 

「―チューリさん!わかりました、頼みます!」

 

「いいかチューリ、絶対に無理はするな。こいつら相手なら俺一人でも遅れは取らん」

 

 テバさん達が作ってくれたこの好機 逃しはしない。

メテオロッドを握りこむと呼応する様に速度を上げ、魔物達の壁を駆け抜けた。

侵攻する雷龍はすでにへブラ山を下り切っている。もうあまり時間が無い!

 

 リトの馬宿は目と鼻の先、あんな大きさの化け物がぶつかれば天蓋丸ごと吹き飛んでしまうだろう。

何よりこいつは殆どの人には目撃する事すら出来ない、避難をしている可能性は限りなく低い筈…。

 

(だけど高度を下げてくれた分、ここからでも射線が通る!)

 

 ツバメの弓で中央の角へ矢の雨を降り注ぐ。

スローになった世界をゆっくりと飛んでいく矢が7を超えた辺りで罅が入り、割れたかと思われたが根元から紫の粘液が纏わりついたかと思うと元の姿に戻ってしまった。

 

 あの角は硬いだけじゃなく再生まで早いのか!?

俺は一体どうすれば…考えろ、ピンチの時こそ冷静に。

 

 先程の角は根元の部分、角に繋がっている部分から再生した。

だとするとあれは3つ同時に破壊しなければいけないのか…?

やってみる価値はある。ただツバメの弓じゃ1つ1つは壊せても間に合いそうにない

 

―もしもに備えて持ってきたアレを使うべきか

 

 雷龍の頭上に位置取ったあと、2つのロッドで急下降を始めるリンク。

少しでも威力を高めたい 自由落下では不十分、爆弾矢も準備した。

後はタイミング、少しでも早くても遅くても駄目なのだ。狙うは刹那

勢いそのままに空で反転し、背負った大弓を構える。

 

 彼の構えた弓を、それに巻きつけた青のスカーフにチューリが目を見開く。

 

「あれは、オオワシの弓!飛行訓練場から持って来てたのか!」

 

 この弓の弦の固さは凄まじく、大人の戦士であるテバですら使いこなせない。

通常ならこんなものを子供のリンクが使いこなせるはずが無いのも事実だ。

 

 ガシッ、ガシッ ギギギ

 

 あえて小柄な体躯を利用する事で足りない力を補う

木組みのフレームを両脚で固定し、その身が一直線になる様引き絞る。

両手だけでは全く足りない、両脚、背筋といった全ての筋肉を使って文字通り全力で弓を引く。

 

 集中力を極限にまで高めた空間には爆弾矢特有の導火線が燃える音が等間隔に響き渡る。

5回目、6回目―まだだ、この弓の射線が全ての角と重なる瞬間を違えるな

 

 大人しく待ち構えてくれる相手では無い、こちらに向かってゆっくりと雷弾も飛んで来る。

雑念など振り払え、今やるべき事は雷龍の鎮圧その為の角の破壊

雷弾が眼前を塞ぎ切ったその瞬間―

 

「ここだァ!いっけえぇえええええ!!!」

 

 同時に放たれる3発の矢、ツバメの弓から放たれるそれとは別格に速く鋭い閃光が一直線に伸び炸裂する。

無論こちらもタダでは済まない雷弾の一撃は全身を駆け巡り、骨まで焼き焦がすような激痛を齎した。

 

 グゥウォオオオオオオ!!!!!

 

 爆風が晴れた視界の先では紫に染まった角が全て砕ける。

苦悶の断末魔をあげその巨体をくねらせ暴れたかと思うと黒く染まった外殻が剥がれ落ち本来の姿へと色が変わった

その瞬間、風の向きが変わり、リンクの小さな体躯を吹き上げる。

 

 しかしながらこれで終わりにはならない

 

「クソッ、魔物の方は何とかなったが雪崩が止まらん!」

 

「このままだとあと3分程で馬宿を直撃するぞ!」

 

 テバとチューリが軌道を変えようと爆弾矢を打ち込む。

だがへブラ山が何年、何十年と溜めこんだ豪雪の前では塵芥に等しく止めるにはまるで足りない。

 

 雪崩に気が付いた馬宿の職員が避難を指示しているが、相手は馬を遥かに超える速さで全てを飲み込んでゆく雪の塊だ。

視認できる距離になって漸く気付くようではとても間に合いそうにない。

 

 同時刻 リトの村

 

「カーン村長!雷雲に加えてへブラ山より大規模な雪崩が向かって来るとの報告が!至急避難の命令を!」

 

「心配はありません。落雷に関してはテバ達が何とかしてみせます。加えてこのリトの村は湖の上、雪崩がここまで届く可能性は低いでしょう。そして何よりこの間、我々の守り神の準備が整ったようですから」

 

「守り神?それってまさか―」

 

 甲高い鳴き声がリリトト湖中央に響いた。

何事かとナズリーは声のする方向へと顔を向ける。

リトの村の中央に聳え立つ巨岩、その頂上に止まるそれは遥か彼方の雪崩へと赤い閃光が照準を定める

 

 次の瞬間には轟音が鳴り響き 極大の光条が迫り来る怒涛の雪壁を吹き飛ばした。

その威力たるや凄まじく余波ですら一面を雪の粉覆い尽くし、タバンタ、へブラの両地方に地響きを齎しながら災いを払う風の加護。

 

 この僕がいる限り リトの村には指一本触れさせはしないよ

 

「御護り頂き感謝致します。リーバル様」

 

 へブラの雪崩が霧のように馬宿を覆い隠した。

静寂の一時の後、視界が晴れる頃には細氷、またの名をダイヤモンドダストと呼ばれる宝石の輝きが空を舞う。

そしてその遥か彼方のへブラ山の頂に七色の祝福が顔を覗かせているのであった。

 

「やった…止まった…!」

 

「凄いぞリンク、君の御蔭でリトの村も馬宿の人達も助かった!」

 

「やるな、ここまでやれるとは流石に思っていなかった。感謝する」

 

 戦いが終わり戦士達に安息の一時が訪れる、テバ達は地上に降り立ち馬宿で羽を休めていた。

テバはともかくリンク、チューリは傷が深く手当をされている。特にチューリは思ったよりも翼への電撃傷が深かったようでリンクとテバの2人がかりで巻き付けていた。

馬宿の職員達が彼らをねぎらう為、ポカポカの実を入れ込んだシチューを御馳走してくれるらしい。

濡れ鼠のまま極寒のへブラ山の空で戦ったのだ、予想以上に冷え切った身体には非常にありがたい。

 

 傷を癒し、疲れを取るためゆっくりしているとどこからともなく声が聞こえてくる

 

 勇気ある若者よ…私は女神の遣いフロドラ あなたの御蔭で厄災の怨念を振り払うことが出来ました

しかし、このハイラルにはまだ強い怨念達が蠢いています

何か困ったことがあれば私の下を訪れなさい

勇気の泉にて其方を待ちましょう

 

(今のは…一体…?)

 

「あなた!チューリ!」

 

「お前が戻ってきたって事はやったんだな、見た所大した怪我も無いし流石だぜ。やっぱりお前は村一番の戦士だよ」

 

 リーバル広場からリト族の女性と黒い毛並みが特徴的なリト族、そしてモモが真っ直ぐに飛来する。

恐らく女性はテバの妻、そしてチューリの母親なのだろう。

 

「サキ、この悪天候の元凶を止めることが出来たぞ。これでリトの村も大丈夫だろう。ハーツ、お前の弓の御蔭だ流石の使い心地だったぜ。」

 

「事の次第は村長から聴きました。空が晴れたという事はもう心配はいらないのですね」

 

「まったく、もう少し気の利いた事でも言ってやれよ。奥さんお前達の事ずっと心配してたんだぜ。無事を祈ってただ待っているのだって中々キツイんだからな」

 

 家族ぐるみでの中だからこそ憎まれ口を叩きながらも和気藹々と話せる。

ハーツ自身も掛け値なしの称賛に満更でもなさそうだ。

 

「モモ、まだまだ半人前かもしれないけど俺にもちゃんと戦えたよ!俺だってリトの皆を護れたんだ!」

 

「…チューリちん…」

 

 モモは絞り出すように声を出し、彼を抱きしめる。

心なしか震えているようだ。

 

「モ、モモ…?」

 

「―怖かった。ひょっとしたらチューリちんがもう帰って来ないんじゃないかって。待っているのも好きじゃないけれど、置いて行かれるのはもっと嫌。その腕の怪我、あの日のお父さんと一緒。あの日も今日も何かが違っていたらあたち独りぼっちになっていた」

 

 モモの家族はハーツしかいない、そのハーツはかつてメドーの暴走を止めようとし撃墜されている。

その際、テバが助けに入っていなければほぼ間違いなく命を落としていただろう。

当時、片手で数えられるほどの幼い娘を一人遺して。

 

「馬鹿だな、俺がモモを置いて行くわけないじゃないか。約束する、絶対帰って来るって」

 

 良かった…、本当に…

俺にも護る事が出来たんだな

 

「父親としちゃ複雑な気分だぜ…、モモもチューリもいつの間にか立派に成長してたんだな。ところでその子は?」

 

「ああ、今回一緒に戦ったリンクだ。こんななりだが中々出来る、まさかあんな方法でリーバル様の弓を使ってみせるとは思ってもみなかったぜ」

 

「アレを使えたのか!?長年リト族でも扱える戦士がいなかったぐらい引きが強い大弓なんだが良く使えたな…」

 

「ハーツさん、オオワシの弓を調整して欲しいんだ。あの扱い方なら鍛錬次第で扱いこなせるかもしれない!傷が治り次第、飛行訓練場で練習しないと。―でもしばらくは村で静養かな」

 

「ホントか!?遂にリーバル様の弓を使いこなせるリトの戦士が誕生するのか?!いいぜ、俺も本腰入れて調整してやるよ。詳しい方法は後で聞かせな、用途に合わせて構造も変えないといけないからな。だがまずはよ、後ろで馬宿の皆様が用意してくれている御馳走で祝勝会を開こうぜ」

 

 リトの村と馬宿を守り抜いた英雄達を労う憩いの一時。

やり切った高揚感を胸に秘め、痛む身体を労わりながら並べられた御馳走に舌鼓を打つリンクだった。

 




メテオロッド、フリーズロッドの覚醒

性能的にはホバーブーツとパラセールを併せたものをゲルド族に合わせた形です。
より滑らかにより素早く動かせる反面、効果時間がパラセールより限られているという特徴があります。

その為乗り換えるなどして使用したロッドの回復を待つ様に使い分けるのが重要です。


リーバルトルネードの様な急上昇、急降下も可能ですが、反面杖の魔力消費が激しいです。


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第8章 逞しき炎
第77話 雪球は谷を越えた


新年明けましておめでとうございます。

今年一年よろしくお願いします。

随分と遅くなってしまいました。
申し訳ありません。

データが吹き飛び2作合わせて700ページほど消えてしまい心が折れてました。


「それで、これからどうするつもりだ?また旅に戻るのか?」

 

 テバさんの語り掛けに端末を起動して指し示す。

 

「ええ、この辺りに行ってみようかと思います」

 

「ここは……ハイラル大森林か。かつて退魔の剣と呼ばれる聖なる剣が眠っていた場所だな。今はお前と同じ名を持つ騎士が持っている」

 

「えっ知ってるんですか?」

 

「なんだ、知り合いなのか?奇妙な縁もあったもんだな」

 

「以前助けてもらいまして。風みたいに去って行っちゃいましたけど」

 

「相変わらず飛び回ってるようだな。話を戻そう。ハイラル大森林については昔から村長がよく話してくれたんだ。リーバル様と共に戦った英傑のリーダー。その男が携えた退魔の剣を姫様が大厄災の傷を癒す為に森の奥深くに眠らせたとな。ーまさか100年もたって若々しい姿のまま俺達の前に現れたなんて予想も出来なかったが。チューリやモモも知ってるんじゃないか?」

 

「はい、俺も耳にしています。カーン村長はあの日の事を忘れない様に語り継ぎ若者を導く事が自身に残された使命だと常日頃から仰っていたので」

 

「まぁ、兎に角だ。あの場所はただの森じゃない。長い間魔物からその剣を護り抜いたんだ。何があってもおかしくはないだろう。行くのならしっかりと準備する事だな」

 

「タバンタの馬宿を経由してから道なりに迂回すれば良いよ。ただ、途中からは道が舗装されてないから少々進みづらいかも知れないね。そうそう、馬宿と言えば大森林辺りにもあるから立ち寄って現地の情報を集めた方がより確実だと思うよ」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

 

「それを言うならサークサークだろ?俺たちの仲だ、自分達の文化、生き様は胸を張って誇りな」

 

「はい!サークサーク!」

 

お礼を言って旅立とうとするのをハーツさんが引き留めた。

 

「おいおい、傷も疲労も抜けてないうちから旅に戻る気か?代金は出すから今日ぐらいは泊まっていけ。それとコイツは俺からの餞別だ」

 

 ハヤブサの弓を手に入れた

リト族の名工が作り上げた洗練された弓 空の戦いに秀でたリトの戦士が使っている

一般的な弓より素早く引き絞る事が出来る

 

「それは俺がリトの伝統の工法で作った弓だ。オオワシの弓程の威力は出ないが、その分引き絞る負担はツバメの弓に近い。普段持ち歩くならそっちの方が使いやすいだろう」

 

「ハーツはリト族きっての弓職人だ、元々は戦士を目指していただけあって使い手側の立場も踏まえて作ってくれる。身内贔屓もあるだろうが俺の知る限り弓を作る事に関しちゃコイツ以上の男はいねえ。武器に関して何か気になる事があれは頼ってみるといい」

 

「わかりました!その時はお願い致しますね!」

 

――

 

 馬宿を守って下さったお客様から代金なんて取れません

ゆっくりと休んで下さいと店主に言われ、リトの馬宿で疲労を落とし来た道とは違う方向からへブラ山を迂回する様にタバンタ地方を周る事にした。

 

 左にへブラ山が聳え、右にククジャ谷の深い闇が顔を覗かせる断崖絶壁の狭い足場を駆け抜ける。

馬宿までの道のりは石造りになっていて所々風化していた。

舗装されてはいるが整備されている訳ではない分、より一層時の流れを感じさせる。

 

 厄災の脅威が去って久しいがこの道は殆ど手付かずだ。

復興の為、至る所で交易路を舗装し直したり建物を作り直したりもするがやはり効率の面や拠点の重要性、限られた資材などの関係上の理由でどうしても後回しになってしまう。

そもそもタバンタやヘブラから中央ハイラルへ出る道ならタバンタ大橋を渡ればそれでいい。

態々遠回りの極寒かつ魔物が多い道を選ぶ必要性は低いからだ。

 

 

 未だ魔物達は跋扈しているし僅かに残る平地には、かつて村として栄えただろう煤けた骨組みが打ち捨てられていた。

廃墟として佇んでいる大厄災の爪痕が今もなお生々しく残っている。

 

 破壊された痕跡が顔を覗かせると流石に心が滅入ってしまう。

それだけ未だ厄災の傷は深いのだろう。

 

 

 冷気を操る雹吐きリザルフォスにゼリー状の魔物、アイスチュチュが我が物顔で集落跡を支配している。

だが戦うならいざ知らず素通りするだけなら足元にさえ気を付ければ脅威としてはそれほどではない。

 

 この地で最も厄介なのは凍結させる冷気の蝙蝠、アイスキースだろう。

その身軽な飛行能力が脅威なのは勿論、近付くだけで凍て付かせるような冷気はそれだけで驚異的だ。

 

 他はともかく既に道を塞ぐ蝙蝠だけは押し通るのは不可能。そう判断したリンクがドラグから跳び上がり、ハヤブサの弓を引き絞る。

 

 引いてみて驚く、弦が軽く手に馴染むのだ。リンクに合わせて調整してくれたようで使い易さはオオワシの弓とは雲泥の差だ。

テバが言うようにハーツの職人としての腕は確かなものであると実感するのであった。

 

 集中する事で緩慢になった時の中、照準を定め眼玉を射抜く。

甲高い悲鳴と共にアイスキースは吹き飛び、消滅した。

飛行訓練場での特訓は間違っていなかったようだ。

 

「……あれ?」

 

 へブラの雪山にポツンと佇む塔に近づいた頃、思わずリンクは目を凝らす。

煙が見えるのだ。

 

初めは馬宿が近づいてきたのか、そう考えたが方角が違う。何事かと近づいてみると小屋が見えて来た。

 

 驚くべき事にこの地に住み込んでいるらしい。

 

「おおっ、こんなところまでよく来たな。ささっ身体が冷えたろう。暖炉で暖まり」

 

 小屋の中で出迎えてくれたのは、もじゃりとした球状の髪をした老人だった。

 

「いいんですか?サークサーク」

 

「何を言ってるべ、こったら寒い日に子供1人にしておいたら凍死しちまうよ。すぐにホットミルク入れたげるからゆっくり休むがいいだよ」

 

「ポンドさん、お客さんゴロ?」

 

 奥から見たことのない、ゲルド族と同じ褐色の肌を持つ岩の様な体躯どころか背中に至っては完全に岩になってる……人?がいた。

話だけで聞いた事のあるゴロン族と言うのだろう。

 

 確かオルディン地方のデスマウンテンを拠点としていて岩を食べて生活をしているらしい。

 

「グレーダさん。そんなとこだ」

 

「あれ、こんな小さいゲルド族なんて珍しいゴロね。なんでだったか思い出せないけどーま、いっか。それよりもゲルド族なら社長の娘さん知ってるゴロ?」

 

「社長ってもしかしてウィッダちゃんの事ですか?」

 

 ちょうど自身と同じくらいの年頃のゲルド族のヴァーイで社交的で輪の中心になっていたっけ。

街では訓練が殆どだったからあまり交流出来ていなかったのが残念だ。

 

「そうそう、僕もエノキダ社長には随分とお世話になっているゴロ。世界を股にかける様なでっかい事をやれるのもあの人のおかげだからね。もしよければ街でのウィッダちゃんの事色々と教えて欲しいかな。いい土産話が出来そうゴロ」

 

 ポンドさんから頂いたホットミルクを飲みつつヴィッダちゃんの話をする。

いつかパーパの様にハイラル復興のお手伝いが出来るように石を使った建築を勉強中なノダ!って打ち込んでいたっけ。

 

 

「―なるほどね、あっちでも元気にやっているみたいだね。エノキダ社長もパウダさんも心配していたけど良かった良かった」

 

「いやぁしかしお前さん、運がないね!先日の雪崩で道が塞がっちまったんだよ」

 

「えっ!?そうなんですか‼︎どうしましょう……」

 

 出来れば足止めは避けたい。

他の地方にも魔の手が忍び寄る可能性だってあるのだから。

 

「うーん、急いでるだか?ここから東にはマリッタの馬宿があるんだが、ククジャ谷が大きな口を開けてるからなぁ……よし、まだ試作段階だがアレでいくべ!」

 

 着いてくるべと案内された先には、大人がすっぽり入りそうな雪球と雪で作られた坂道が伸びていた。

 

「こ、これは……」

 

「オラが開発中の雪玉ボウル。それを更に発展させたロングコートだべ!グレーダさんにこさえてもらった発射台に乗ってる特大雪球の中に入って角度と距離を調整すればきっとククジャ谷を越えられる……筈」

 

「筈って……」

 

「雪玉単体ならともかくまだだあれも乗せた事ないから仕方ないべ」

 

「しっかしここで待ってても1週間は足止めになっちまうぞ?中央ハイラル側も橋が落ちちまったらしいし……」

 

「わかりました!せっかくなので挑戦してみますね!」

 

「よし来た!心の準備が出来たらグレーダさんに声をかけるべ!力をいっぺえ溜めねえとあの谷は越えられねえからな‼」

 

 雪玉の中に入ってビタロックを起動する。

万が一飛距離が足りないなんてことになれば谷底へ真っ逆さまだ。

 

「な、なんだあ?黄色染まったぞ!?」

 

「今のうちに衝撃を!」

 

「おう、任せるゴロ!フォォォ、ゴロンアターック‼︎」

 

 鉄のハンマーで目一杯力を貯められた雪玉には物凄いエネルギーが貯められる。

振り落とされない様にしっかりと捕まる手に力を籠める。

 

ピン ピン ピン ピン

ピンピンピンピンピンピンピンピン

ピピピピピピピピ‼︎

 

ウワァー‼︎‼︎

 

「あっりゃあ……ちょっと勢いがつきすぎたかなぁ……」

 

グフッ

近年発見されたハリツキトカゲのように馬宿の壁に張り付いてしまった。

何事かと慌てて出てきた従業員のヴァーイが悲鳴を上げている。

 

「キャアア‼︎お客様、大丈夫ですか⁉︎」

 

「な、何とか……」

 

 目を回しながらなんとか答える。

その様はとても大丈夫には見えないだろう。

謎の音と共に文字通り飛来した珍客の様子に受け答えをする従業員は若干というかかなり引いているのが丸わかりだ。

 

 誰が雪球の中に入ってククジャ谷を跳び越えるなど考えるだろうか。

 

 置いてきてしまったドラグを口笛で呼び寄せると更にぎょっとする。

光から馬が現れる仕組みはわからないけれど古代のクラは凄いなぁ……

 

関わり合いになりたくないのか、大慌てで椅子を用意するとそそくさと業務へ戻ってしまった。

 

???

 

エメリおばさん!とっくにこの馬宿を抜けたって!

 

ちょ、ちょっと待っておくれよ。いくらなんでも早すぎる。

ホントに子どもの足なのかい⁉︎

 

リンクちゃん馬を使ってるからのんびりしてたら追いつけないよ!

 

ティクル、方針を変えよう。

旅に慣れてないアンタや年老いたアタシがあの子に追いつくのは無理だよ。

 

それで諦めるしか無いの⁉︎

 

だから中央ハイラルで待ち構えるんだ。そっちの方が余程可能性があるよ。




色々と悩みながらなんとかリハビリを兼ねての投稿です。

楽しんでいただけたら幸いに思います。


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