タイガ・ザ・ライブ!〜虹の向こう側〜 (ブルー人)
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プロローグ:新たな兆し

ついにやってしまいました()
過去にメビライブを読んでくれた方に加え、もちろん初見の方にも楽しんで頂けるよう頑張ります。


「ハァ……ッ!ハァ……ッ!!」

 

無数の小惑星が重なり合い形成された浮遊大陸の上を、1人の大柄な戦士が2人の仲間を引きずりながら移動している。まるで何かから逃げるように。

 

 

 

「ぐっ……ぅう……!!」

 

もはや上がった息を整えることすらままならなかった。

 

青と赤————それぞれ色鮮やかな体色を持った仲間達の容体を時折気にしながら、戦士はひたすら足を動かす。

 

「やめろタイタス……このままじゃ……追いつかれる……!」

 

「そうだぜ旦那……せめて……あんただけでも……」

 

「馬鹿を言うな!見捨てたりなんてするものか……絶対に!!」

 

額に蒼い星を備え、黒と赤の入り混じった強靭な肉体——————タイタスと呼ばれた戦士は、満身創痍となった2人に向けて力強くそう言い放った。

 

彼らが今いるのは……“怪獣墓場”と呼ばれる宇宙の吹き溜まり。これまで葬られてきた幾千もの怪獣や宇宙人達の魂が集う場所だった。

 

「……っ」

 

突き出していた岩肌に足を取られ、転倒しそうになるのを堪える。

 

2人を抱えながら移動しているタイタスの体力も限界が近かった。

 

 

 

(俺の……せいだ……)

 

 

 

タイタスに抱えられていた内の1人、赤と銀の体色を持った戦士————タイガは朦朧とする意識のなかで罪の意識に囚われていた。

 

3人がこうしてボロボロの身体を引きずることになった発端は……彼の発言によるものだったのだ。

 

 

(俺が……2人を巻き込んで————!)

 

 

「……!クソッ……!!」

 

 

タイタスが苦悶の声を漏らした直後、高熱と共に背後に訪れる凄まじい衝撃波。

 

「ぐあぁぁあ……っ!」

 

「ぐおっ……!!」

 

吹き飛ばされた3人は散り散りになり、それぞれ硬い岩の壁に叩きつけられる。

 

迸る閃光と爆音により感覚が鈍り、何が起こったのか理解するのに20秒ほどを要した。

 

「…………っ」

 

ぼやけた視界を凝らし、降り立った影を捉える。

 

頭部の角に腕の鋭利なカッター、漆黒の身体を包むプロテクター…………そしてその中心にあるのは自分達のそれと酷似している“カラータイマー”。

 

全身から闇の波動を放出しながら歩み寄ってくる巨人に、タイガは底知れぬ恐怖を覚えていた。

 

 

「ウルトラの……一族……」

 

 

うわ言のようにそう口にしながら近づいてくる奴に対して咄嗟に身構える。

 

何者なのかはわからない。しかしこの怪獣墓場にやってきて遭遇するや否や自分達に牙を剥いてきたことを考えると、明確な敵意を持っているのは明らかだった。

 

「フーマ……タイタス……お前達は逃げろ……!」

 

「タイガ……!?」

 

青い身体の戦士————フーマと、そのそばに倒れていたタイタスに向けてそう投げかけると、タイガは余力を振り絞り地面を蹴った。

 

 

「だぁぁぁあああっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

————『ウルトラマンタロウの息子』

 

 

 

標的に向かって殴りかかった直後、走馬灯のように脳裏に浮かんだ言葉が拳に込めた力を強める。

 

……証明したかったんだ。自分は“タロウの息子”ではなく、“ウルトラマンタイガ”だってことを。

 

そのために……こうして——————()()()()()()()()()()が現れるという噂がある怪獣墓場に足を運び、そいつを倒して自らの力を証明しようとしたというのに。

 

かつて“兄弟子”が葬った奴を倒して、皆に自分の存在を知らしめようとしたというのに……!

 

「うあああああああああああああ!!!!」

 

右手に装着された手甲にありったけのエネルギーを注ぎ込みながら突進する。

 

暗黒の巨人へと肉薄し、引き絞った拳を解放しようとしたその時、

 

「がっ……あ……!?」

 

横方向から放たれた禍々しい稲妻が、タイガの身体を貫いた。

 

 

 

「……あ……っ……!!」

 

「タイガ!!」

 

完全な意識外からの攻撃に受け身を取る間もなくタイガは地表に倒れ伏してしまった。

 

目の前に佇んでいる闇の巨人とは別に————もう一つの“闇”がこちらに接近してくるのがわかる。

 

 

 

 

 

 

 

「クハッ……ハハハハハ…………!!」

 

 

 

不気味な高笑いを響かせながら…………ソレはなすすべなく横倒れになっていたタイガ達を見下すように、傍らにそびえ立っていた岩の高台へと着地した。

 

素顔を隠す仮面と全身を覆う拘束具の下に見え隠れする姿は————まるで自分達と同じ。

 

邪悪な印象を与えてくるその()()()()()()は、強烈なダメージに身を縮ませているタイガに目を落とし……囁くような声音で言った。

 

 

「可哀想に…………どれだけ努力をしても“タロウ”の名が追ってくる。……まさに呪いだね」

 

「————!!」

 

 

こちらに視線を向けたまま仮面の戦士は片腕を横へ突き出し、その指先から発射された稲妻がタイタスの肉体を捉える。

 

「タイタス!!」

 

「旦那!!」

 

「ぐあ……!ぁぁああああああ!!」

 

瞬く間に光の粒子となって消滅していくタイタスを目の当たりにし、猛烈な怒りが奥底から雪崩のように押し寄せる。

 

「おま……ぇぇえええ……ッ!!何しやがる!!」

 

「ほらもう1発」

 

「っ……!?」

 

タイガの頬を掠め、放たれた稲妻は背後にいたフーマに直撃。

 

「ぐぁあああああ!!」

 

「フーマッ!!」

 

タイタス同様に霧散するフーマ。

 

1人残されたタイガは呆然と虚空を見つめながら…………ふつふつと沸き立っている怒りの感情を敵へと突きつけた。

 

「お前ら……一体何者だ……!!」

 

漆黒の巨人と、その隣へ並び立った仮面の戦士に向けて叫ぶ。

 

奴は後ろに持って行った手を組みながら、憎悪に満ちた眼差しで自分を睨むタイガをほくそ笑んだ。

 

 

 

「そうだねぇ……今から覚えてもらうのも悪くない。————“トレギア”、それが私の名前だ」

 

「トレ……ギ————?」

 

刹那、稲妻の光に視界が埋め尽くされる。

 

「ガァ……ッ!!」

 

焼け付くような痛みと遠のいていく意識の最中(さなか)…………タイガは奴の口から語られた名を胸に刻み、渦巻いていた憎しみを確かなものとした。

 

 

◉◉◉

 

 

病室の窓から見える街並みの景色は、自分をどこか……別世界にいるような気分にさせる。

 

みんなのいる世界から切り離された寂しい空間。自分はそこで、みんなの暮らす世界をただ眺めることしかできない。

 

「……けほっ……けほっ!けほっ!……ゲハッ!!」

 

刺されるような鋭い痛みが肺に走り、同時にこぼれる咳。

 

口元を手で押さえながら吐き出した呼気には…………鮮やかな赤色が混ざっていた。

 

「…………」

 

手のひらを染める自分の血を見つめ、残された時間はどれほどかと思いを馳せる。

 

終わりが見えることが、こんなにも虚しい気持ちになるなんて…………知らなかった。

 

 

 

 

「こんにちは」

 

扉が開かれると同時にかけられた呼び声に反応し、少年はベッドに背を預けながら首だけを動かして振り返る。

 

「や」

 

にこやかな顔を浮かべながら病室にやってきた少女に短い挨拶を送った後、血の付いた手のひらを隠しながら少年も笑みを作った。

 

「体調はどう?」

 

「いい感じ。歩夢の方は何か変わったことあった?」

 

ベッドのそばにあった椅子に腰を下ろし、幼馴染の少女————上原歩夢(うえはらあゆむ)にそう尋ねる。

 

小さい頃から家族ぐるみの付き合いがある彼女は、自分が入院してからもこうしてよくお見舞いにやってきてくれたりする。

 

「特にはないかな。……やっぱり、ハルくんのいない学校は少し寂しいけど……楽しく過ごせてる」

 

「そっか」

 

いつものように柔らかな笑顔を見せる歩夢から目を逸らし、少年————追風春馬(おいかぜはるま)は苦しそうに奥歯を噛み締めた。

 

 

ちょうど1年ほど前になるか。身体の様々な能力、免疫機能が低下する病にかかってから、自分はずっとこの病室の中で過ごしている。……原因は不明で、治療の方法もわからないらしい。

 

以前医師から余命わずかであると宣告されたことは、まだ彼女には伝えていない。言い出せる気がしない。自分はもう終わりだと認めるのが怖かったんだ。

 

 

 

「ねえ歩夢、今度一緒にどこかへ出かけない?」

 

「え?……大丈夫なの?」

 

唐突にそう提案してきた春馬に対し、点になった瞳を向ける歩夢。

 

通常この病室の外に出ることは許されていないが…………余命が告げられてからは多少の自由は認可されることになった。

 

 

最後に一度くらいは……以前のような、普通の暮らしがしたかった。

 

 

「うん、平気。どうかな?久しぶりにショッピングでも……」

 

「も、もちろんだよ!いつにする?」

 

「来週の日曜はどうかな」

 

「うん、いいよ!楽しみだなあ……!」

 

一層表情を明るくさせた彼女に微笑む。

 

こんな何気ないやりとりもやがてできなくなることを考えると…………今にも泣きたくなるような気持ちになった。

 

 

◉◉◉

 

 

「祈りなさい」

 

蝋燭から発せられるぼんやりとした光だけが漂う薄暗い一室。

 

規則性のない老若男女が無数に集まったその部屋で行われているのは————“祈り”のための儀式だった。

 

「我々は祈りを捧げることで救われるのです」

 

分厚い書物を片手にそこへ記されていたことを読み上げているのは…………11、2歳ほどの幼い銀髪の少女だった。

 

大勢の()()達の前に立ち、凍ったような表情と深い闇を孕んだ片目を顔半分を覆う前髪から覗かせ、淡々とした調子で口を動かしていく。

 

「我々の持つ負の念……マイナスエネルギーを“指輪”に移すことで、我々を取り巻く不幸は全て跡形もなく消え去る」

 

少女が跪いていた信者達に手をかざすと、その指にはまっていた“指輪”が怪しげな光を生んだ。

 

「……我々は救われる」

 

振り返り、少女もまた膝を折り目の前に佇む1人の男に跪く。

 

白と黒————縦半分に色分けされた奇妙な衣服を着込んだ、形容し難い気味の悪さを発している男だった。

 

 

 

 

 

 

「“ウルトラ教”——————その指導者、“ミライ”の名の下に」

 

 




いきなり"ウルトラ教"という今作オリジナルの単語が登場しましたね。ラストで「ん!?」となった方も多いでしょう。

さてさて、ここからどう展開していくのか……。


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第1章 俺達は一つ
第1話 虹色の出逢い


さて1話です。
一部スクスタのストーリーを基にしつつ、オリジナル展開をメインに話が進行していく予定です。


流れに身を任せ……辿り着いた地を見渡しては喉を鳴らす。

 

背の高い建物が数多く並んでいる灰色の街。美しい光に満ち溢れた自分の故郷とはかけ離れた雰囲気に戸惑いつつも、若き戦士は言い伝えられていた光景と重ね合わせては胸を弾ませていた。

 

 

『ここが…………地球…………』

 

 

光の粒子となって空を彷徨いながら戦士は思う。

 

かつて“兄弟子”が降り立った星————地域は違うが、彼が触れ合い心を共にした種族が暮らす惑星だ。

 

『俺……だって……!』

 

人々の行き交う地表へと向けて加速する。

 

野心と期待を胸に秘め、若きウルトラ戦士は微かに感じた()を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな茶番に……意味があるとは……思えない」

 

 

数分前まで多くの信者達が集まっていた一室に、途切れ途切れに発せられた少女の声が通る。

 

蝋燭の仄かな光に照らされている部屋の奥に佇んでいるのは————穏やかながらも何かを宿した得体の知れない表情の男だ。

 

「おや、ごっこ遊びは嫌いかい?」

 

「……無駄口は……いらない…………会話のリズムを……狂わせないで……」

 

「おっと……これは失礼。気に障ったかな」

 

茶化すように返してきた男に対して冷気を感じるほど凍りついた瞳を向けた後、少女は横で結んだ銀髪を揺らしながら彼へと歩み寄った。

 

小さな指に収まっていた“指輪”を自ら取り外し、男に手のひらへぽとりと落とす。

 

「うん、上出来だ」

 

男は渡された指輪をまじまじと観察した後、不気味に口角を吊り上げてそう言った。

 

「………………」

 

「そう不満げな顔をしないでおくれ。君にはくだらない茶番に見えるのかもしれないが、効率よくゴールを目指すのに必要な手段なんだよ」

 

「あなたは……この状況を……楽しみたいだけ…………でしょう」

 

「ふふ……それもある」

 

男は暗闇の中から踏み出し、蝋燭の明かりが床を濡らす部屋の中央へと移動する。

 

「だがこの教団が我々の計画に大いに貢献しているのは確かだ。人間達からマイナスエネルギーを調達し、尚且つ身を潜めるにはこれ以上のものはない。……そうだろう?」

 

「……理解は……してる。けれど……どうにもあなたは……個人的な思惑が……目立つように……感じる」

 

光のない瞳で男を捉え、少女は静かに口にした。

 

「くれぐれも……余計な行動は……慎んで。何かすれば…………すぐに……わかるから」

 

 

そう言い残した直後、少女の気配は霧のように消えた。

 

 

「今のは脅しのつもりかな?……怖いなぁ、まったく」

 

手にしていた指輪に視線を落とし、男は再び不気味な笑みを浮かべる。

 

凶悪な獣のレリーフが彫られたそれには…………信者達から吸い上げた大量のマイナスエネルギーが溢れんばかりに充填されていた。

 

 

 

「さあ…………いよいよ開幕だ」

 

 

“ウルトラ教”最高指導者である男————ミライは誰もいない部屋の中心で、弄んでいた指輪に()()()()()()()

 

 

◉◉◉

 

 

「おお〜!やっぱ久しぶりに来るとワクワクするなぁ!!」

 

人々が賑わう電気街————秋葉原に繰り出すや否や、久しく感じた騒がしい空気に当てられて春馬は進む足並みを早める。

 

「おおっと……!」

 

「ああっ大丈夫!?」

 

テンションを上げるあまり躓きそうになった彼を咄嗟に駆け出した歩夢が支え、なんとか転倒せずに済んだ。

 

「ありがと」

 

「もう……普段寝たきりなんだから、急にはしゃぐと危ないよ?」

 

「ごめんごめん……」

 

歩夢から軽いお叱りを受けた後、気を取り直して輝かせた瞳を正面へ向ける春馬。

 

入院する以前はよく歩夢と一緒にこの街に出かけたものだが…………最近は病のせいでアキバどころか外出自体を控えていたので、ここへ来るのも実に1年ぶりだ。騒ぎたくなるのも無理はなかった。

 

 

 

「あっ!あれは……!」

 

「ハルくん?」

 

視界の端にチラついた店に意識が移る。

 

少し寂れた空気が漂う中古ショップへと走り出した春馬を追いながら、歩夢は彼が商品かごから手に取った人形のようなものに怪訝な眼差しを向けた。

 

「ほら、見てよこれ」

 

そう言って彼が見せてきたのは————左腕の装飾品が特徴的な、赤と銀で彩られた()()()の人形。

 

「あ、それ……もしかしてウルトラマン?」

 

「そうみたいだね」

 

所々に塗装等の劣化が見られるソフトビニール人形。それはかつてこの地球を救ってくれた戦士の姿を模したものだった。

 

 

 

今からちょうど5年前、地球は怪獣や侵略者の脅威に曝されていた。

 

しかし人々の笑顔が奪われそうになった時…………遥か遠く、“光の国”と呼ばれる星から、この地球を守るためにやってきた戦士がいたのだ。

 

————それが“ウルトラマン”。命をかけてこの星を守り抜いてくれた者達の名前。

 

確かこの人形は当時どこかの企業が子供向けに勝手に製造した商品だったと記憶している。

 

 

 

「ハルくん……小学生の頃、『将来はウルトラマンみたいになる』ってよく言ってたよね」

 

「今でも思ってるよ。あの人は俺の憧れなんだ」

 

そう口にして、しみじみと懐かしむように春馬は(まなこ)を細めた。

 

 

……暗雲が空を覆い尽くし、あの絶望が渦巻いていた瞬間を思い出す。闇そのものを体現したかのような、絶対的かつ圧倒的な力を有した暗黒の巨人に立ち向かう光の戦士達の姿を鮮明に覚えている。

 

記憶と共に掘り起こされる当時の高揚感に、春馬は熱くなっていく胸元に手を寄せた。

 

「誰かのために頑張れて……また別の誰かにも尊敬されるような、そんな人間に俺はなりたいから」

 

「ふふっ……それも聞いたことある」

 

「あれ、そうだっけ?歩夢は記憶力いいからなあ」

 

そう言ってソフビに視線を戻すと、春馬はどこかもの悲しげな顔で唇を噛む。

 

ウルトラマンのようになりたいという願いも、大人になる前に潰えてしまうんだと思うと……胸が張り裂けそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我々は忘れてはならない!ウルトラマンという神が……この地球に救いの手を差し伸べてくださったことを!!」

 

 

1時間ほどぶらぶらと街を歩いていた時のことだ。

 

歩道の隅で数人の男女が並び、街行く人々に勧誘のチラシを配りながら何やら演説をしている様子が目に入った。

 

「なんだろうあれ」

 

「ウルトラ教の人達じゃないかな」

 

 

「そちらの御二方!」

 

空気に紛れるかのように素通りを目論む春馬達だったが、1人の男性が目の前に踏み出し、半ば強引に引き留められたことで仕方なく立ち止まった。

 

極力歩夢に話を振られないよう一歩前に出ながら、春馬は小さく「はい」とだけ返す。

 

「我々、ウルトラマン様のご加護を授かりし教団の者でございまして。あなた方のような活力に満ち溢れた若者を率先して歓迎させて頂いているのですが——————」

 

「大丈夫です」

 

「それは残念!ではせめてこちらだけでも」

 

そう引き下がりながらも2人分の勧誘チラシを手渡してくる男性。

 

春馬はそれを受け取ると、歩夢の手を引いて逃げるように足を進めその場から離れた。

 

 

 

「びっくりしたね……」

 

「うん、ここまでガツガツこられたのは初めてだよ」

 

貰ったチラシに目を落とし、春馬は眉をひそめる。

 

“ウルトラ教”————それは5年前、ウルトラマンが侵略者の黒幕を打ち倒した直後に発足されたと聞く宗教団体。地球を救ってくれたウルトラマンを神と称し、それを崇めることを主な活動としている集団だ。

 

 

……春馬はこの教団がどうにも好きになれなかった。

 

ウルトラマンがこの地球を救ってくれたことは紛れもない事実だが、彼らはきっと神様として扱われるなんて不本意に違いない。

 

それに…………ウルトラ教は「何かあってもウルトラマンがいるから大丈夫」だという他人任せな精神を持っている人間達の集まりだ。そんなのはあまりにも悲しすぎる。

 

この先に5年前のような脅威が待っていたとして……それには地球人だって立ち向かわなくてはいけないはずなのに。

 

 

怪獣が現れなくなってから平和な世界が続いているのは良いことだ。……けれど、みんな何か……大切なことを忘れてしまっている気がするのだ。

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

不意に耳に滑り込んできた歌声に惹かれ、春馬は顔を上げる。

 

ふと周囲を見渡してみれば……そこには大勢の人間が立ち止まり、揃って正面に見える街頭ビジョンを見つめていた。

 

「————!」

 

その映像が視界に飛び込んできた刹那、雷に打たれたかのような衝撃が全身を駆け巡る。

 

映っていたのは……華やかな衣装に身を包み、歌と踊りを披露する9人の少女達の姿だった。

 

 

 

この場に留まりモニターに映し出されている“ライブ”を観賞していた者達から自然と歓声が生まれる。

 

異世界に連れてこられたような、現実離れした一体感。

 

この瞬間、モニター前のこの場所だけは————明らかに別の世界が広がっていた。

 

 

 

内側にあった熱い感情が否が応でも叩き起こされるような感覚。

 

画面の中にいる彼女達のことは初めて見るはずなのに、どこか親近感が湧き出てくる。懐かしさにも似た感情だ。

 

 

 

 

「あれって…………スクールアイドルの人達だよね」

 

同じく足を止め、春馬の視線を辿った歩夢が映し出されているものを見て呟く。

 

彼女の口にした単語に反応するように目を見開いた春馬は、奥底からぞくぞくと湧いてくる奇妙な感情に身を震わせながら言った。

 

「スクールアイドル……!あれが!!」

 

「ハルくん?」

 

「すごい……!すごいや!!」

 

自分でもなぜそんな言葉が出てきたのか不思議でならなかった。

 

だが理解できなくとも身体が————心が叫んでいる。スクールアイドルという存在に触れろと自らに命じているのだ。

 

 

スクールアイドル————言葉が想像させる通り、学校を主体として活動するアイドルグループの総称。

 

若者を中心に爆発的な人気を博しているこれは、今の時代知らない者はいないと言えるほど世の中に浸透している文化だ。

 

 

「スクールアイドルのライブをちゃんと見たのは初めてだけど…………こんなに感動をくれる存在だなんて知らなかったよ!——ね、歩夢!」

 

「え?う、うん!そうだね!……確かにすごい圧倒されちゃった」

 

やけに胸を弾ませている春馬に戸惑いつつも、歩夢もまたモニター内で繰り広げられていたパフォーマンスに息を呑んだ。

 

……興奮が収まらない。もっと近くで…………星のようにキラキラと輝く少女達を見てみたい。

 

「ねえ歩夢!ウチの学校に————」

 

息を荒げながら歩夢に対して問いかけようとしたその時、春馬の胸に裂かれるような鋭い痛みが走った。

 

「——ゲホッ!ゲホッ!ゲホッ!!」

 

「は、ハルくん!?」

 

「がっ……!ガハッ!——ゲハッ!!」

 

咄嗟に口元を押さえていた指の隙間から鮮血の雫が舞い、地面を微かに染める。

 

「え……!?」

 

あまりにも突然の出来事に呆気にとられる歩夢。

 

「……!」

 

春馬は一気に青ざめた顔を浮かべると、慌てた様子で取り出したポケットティッシュを使って口元と手のひらに付着した血をこすり取った。

 

「ハルくん……?それ、血……!?」

 

「いや……その…………」

 

変な騒ぎを起こさないよう人混みから抜けつつ、春馬は必死に思考を巡らせて言い訳を探った。

 

……まずい。歩夢はもう春馬の命が長くないことはおろか、頻繁に吐血してしまうことすら知らない。これまで病が進行していることを彼自身が隠していたからだ。

 

「ちょっとハルくん……!」

 

「大丈夫……!大丈夫だから!」

 

「大丈夫なわけないよ!一体どうしたの……?もう外出できるくらい回復したんじゃ……!」

 

背後に感じた視線に冷や汗が伝う。

 

————どうする?このままやり過ごせるとは思えない。歩夢は勘が良い。無理やり話題を逸らしてもいずれ気づかれる。

 

 

 

(どうする……!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その直後に起きたことは……果たして自分にとって救いだったのか。

 

 

 

「あ————?」

 

 

 

街頭ビジョン付近に覆い被さるようにして生まれた巨大な影に、その場にいた誰もが動揺した。

 

「なに……?」

 

春馬を追いかけていた歩夢も急に暗くなった視界に狼狽え、恐る恐る周囲を確認する。

 

どこからか聞こえてくる生物の吐息のような()()

 

異様な気配を肌で感じ取り————人々はふと空を見上げた。

 

 

 

 

「…………………………は?」

 

 

直後、目の前に広がっていた光景に言葉を失う。あるはずのない物がそこには存在していたのだ。

 

 

黒い皮膚に赤い外殻。長い尾の先には槍のような突起があり、全身に刃を備えた——————“獣”。

 

怪獣と表現する他ない巨大生物が…………突如として秋葉原の街中に姿を現した。

 

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーーッ!!!!」

 

 

鳴き声を上げながら振るわれる巨大な尾。

 

近くに建っていたビルの一部が崩壊し、モニター前に集結していた人々に瓦礫の雨が降り注ぐ。

 

 

「きゃあっ!?」

 

「————ッ!!」

 

 

状況も飲み込めきれないまま春馬は駆け出す。

 

歩夢目掛けて落下してくる巨大なビルの破片。下敷きになれば確実に死に至ると確信できるそれは無慈悲に彼女のもとへ迫っていく。

 

 

「ああああああああああッ!!!!」

 

 

決死の思いで彼女を庇うようにして覆い被さる。

 

 

ここで終わるのか。何もかも消えてしまうのか。せっかく素晴らしいと思えるものに出会えたのに。

 

……いや、どのみち短い命なんだ。友達を助けられるのなら…………喜んで命を差し出そう。

 

 

 

徐々に近づいてくる死の気配を背中で感じながら————春馬は走馬灯のごとく様々な思考をぐるぐると巡らせた。

 




記念すべき最初の怪獣はタイガ本編でも1話を飾ったアイツ。

ウルトラ教の面々の正体など序盤から多くの謎が飛び交いましたね。
次回はやっとタイガが本格参戦かな……?


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第2話 俺はお前でお前は俺

とりあえず初戦闘回。
なんとかメビライブの時よりも話のボリュームを増やしたい……!


『————頼みがあるんだ』

 

 

 

ノイズにまみれた風景が再生される。

 

月明かりに照らされた夜に起きた出来事。自分が覚えている最も古い記憶、幼い頃の体験だ。

 

 

誰かが倒れている。どうしていいのかもわからず、自分はひたすらその人の手を握り続けていた。

 

最後に託された言葉は決して忘れない。忘れてはならない。

 

なぜならそれは————————

 

 

 

 

 

『——として…………生きてくれ……!』

 

 

 

 

 

 

自分がこの場所に居られる、たった一つの理由だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————ルくん!ハルくん!!」

 

「はっ……!?」

 

飛びかけていた意識が少女の声によって引き戻される。目覚めた先に見えたのは気を失う前と同じ風景だった。

 

ズキズキと痛む頭部に手を添えながら、春馬は幼馴染の安否を確認しようとする。

 

「歩夢……大丈夫だった?」

 

「私のことはいいよ!ハルくんは平気なの……!?思いっきり瓦礫に当たったように見えたけど……」

 

「え?」

 

歩夢にそう言われて思わず自分の身体に目を落とす。

 

十中八九破片の下敷きになるものだと思っていたのだが…………どうやら自分の命にも、歩夢の命にも別状はないらしい。代わりに粉砕され、石ころほどのサイズにまで小さくなった瓦礫が周囲に転がっていた。

 

……自分達に当たる直前、何らかの力が働いて砕けたようにも見える。

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!!!」

 

 

 

 

「……!とにかく逃げよう!」

 

「う、うん!」

 

春馬は遠くの方で破壊活動を続行している怪獣の姿を視認すると、すぐさま歩夢の手を引いてその場から駆け出した。

 

 

「はあっ……!ハァ……ッ!!」

 

 

様々なものが焼け付く匂いが漂う街中を2人は走る。

 

あまりにも信じ難い…………受け入れたくない現実が背後から迫ってくる。

 

 

(どうして……怪獣が……!?)

 

 

5年前————ウルトラマン達が全ての元凶を倒してから今まで、例外を除けば一度たりとも怪獣は現れなかった。平和な刻が流れていたはずだ。

 

『————い』

 

みんな安心してたはずなんだ。これ以上悲劇は起こることはないって、そう信じていたはずなんだ————!

 

『————おい!』

 

それなのに……どうして…………!!

 

 

 

 

 

 

 

『おいっ!!』

 

 

 

頭の中に響いた声を聞いて反射的に足を止めた。

 

「…………今度はなんだ……!?」

 

混乱する思考回路を無理やり動かし、春馬は咄嗟にその主を探す。

 

 

 

 

 

 

 

何もかもがわからない悪夢のような状況のなかで————世界が真っ白に染め上げられた。

 

 

◉◉◉

 

 

「……?————!!」

 

瞬きの後、広がっていた景色に目を疑った。

 

白のペンキで塗り潰されたかのような異空間。

 

『ヒヤヒヤさせるぜ、まったく』

 

どこか現実味のない不思議な浮遊感に襲われながら、春馬は前方から歩み寄ってくる人影に対して細めた眼を向ける。

 

青年のような若々しい声音を発するその人物は————人間でないことは明らかだった。

 

赤と銀の肌を持ち、胸部には明るい青色をしたプロテクター……そしてその中心には宝石の如き輝きを秘めたランプが備えられている。

 

そして何より特徴的だったのは……頭部横から生えた2本の大きな角。

 

「ウルトラ……マン……?」

 

春馬は現れた彼を一目見て、反射的に浮かんだ言葉をこぼした。

 

『俺達のことを知ってるとは話が早いな。……ま、この星じゃ当然の知識か。——俺の名前はタイガ、ウルトラマンタイガだ』

 

「えっ……えええええ!?!?ほ、本物!?本当にウルトラマンなの!?」

 

『うおっ!?』

 

一気に距離を詰めてきた春馬に驚愕し、“タイガ”と名乗ったウルトラマンは思わず上体を反らす。

 

「すごいや!今俺……ウルトラマンと話してる!!」

 

『ちょっ……おまっ……』

 

「まさか死ぬ前にもう一度会えるなんて!……ん、あれ?でも5年前に見た人と色々違うような……」

 

『落ち着け!!』

 

「うひゃあ!?」

 

いつの間にか握られていた手を振り払い、タイガは呆れた様子でため息をつくと窺うように春馬に視線を戻した。

 

『驚く気持ちもわかるが、あいにく今はそんな余裕はないんだよ』

 

「……!そうだ、俺————!」

 

我に返った春馬が咄嗟に辺りを見渡す。

 

「ていうかここはどこなの……!?ついさっきまでアキバにいたはずなんだけど……」

 

『お前の頭の中だよ。一緒にいた女の子のことなら心配するな、意識を取り戻しても……向こうではほんの数秒しか経っていないだろうさ』

 

「はあ……」

 

信じられない出来事の連続にロクな言葉が出てこない。

 

『今はあの怪獣……ヘルベロスをなんとかしなきゃだ』

 

「……!そうだよ怪獣!あれは一体なんなの……!?どうしていきなり現れたんだ!?」

 

『だから落ち着けって。それは俺にもわからない……が、はっきりしていることが一つだけある』

 

タイガはまっすぐに春馬を捉えたまま……彼に思い知らせるように強く言い放った。

 

 

 

『あいつを倒さないと…………何十、いや……何百人もの犠牲者が出てしまうってことだ』

 

「………………」

 

伝えられた言葉の重みが肩にのしかかり、春馬はぐっと息を飲み込む。

 

……そうだ、浮かれてる場合じゃない。あの怪獣を野放しにしておけば被害はさらに拡大する。多くの人々にその災厄が降りかかることになるんだ。

 

 

「…………俺に何か、できることがあるんだな?」

 

『ああ、そのために俺は……他人のために命を張れるお前を選んだ。……追風春馬』

 

この時点で春馬はとある確信を抱いていた。

 

……さっきの————自分と歩夢を潰さんと飛来してきた瓦礫を防いでくれたのはタイガだったんだ。

 

幼馴染のために自らの命を顧みずに駆け出した春馬の意思を…………彼は見逃さなかった。

 

そしてその命の恩人が……こうして自分に協力を要請している。聞き入れる以外に道はなかった。

 

『今の俺は実体化できるだけの力がない。……春馬の身体を貸してくれ。俺とお前が一つになれば…………俺はこの地球で、“ウルトラマン”として戦うことができる』

 

そう承諾を求めてくるタイガに対し、春馬は燃えるような眼差しで大きく首を縦に振った。

 

「わかった、やるよ。それで歩夢や……街にいる人達を救えるなら……!」

 

『よし……!決まりだな!!』

 

タイガは手甲の装着されている右手を春馬の方へと向けた後、徐々に自分の肉体を粒子化させ彼の身体へと入り込んでいった。

 

 

(……あたたかい)

 

 

どこか安心するような感覚がじんわりと広がっていく。

 

若き光の戦士————タイガをその身に宿した春馬は、立ち向かうべき脅威が待つ現実の世界へと助走をつけて飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………よし!」

 

「ハルくん……?」

 

意識を取り戻すと同時に自分の頬を軽く叩く。

 

そして目の前に佇んでいた歩夢の肩に手を置くと……春馬は一切の迷いがない声色で伝えた。

 

「歩夢は先に避難してて」

 

「え?」

 

「俺、ちょっと行ってくる!」

 

「ちょっとって……!ハルくん!?」

 

彼女の横を通り過ぎ、春馬は逃げ惑う人々の流れに逆らい全力で怪獣のいる方向を目指した。

 

……身体が嘘みたいに軽い。ちょっと前まで寝たきりだった肉体とは思えない。タイガと一体化したことで健康体に変化したのだろうか。

 

今ならなんでもできそうな気がする。慢心でも油断でもない、心の底から溢れてくる自信が春馬にそう思わせた。

 

 

 

「……っ!」

 

ブレーキをかけ、数十メートル先にそびえ立つ怪獣————ヘルベロスの眼光を見上げる。

 

右手に意識を集中させた途端、眩い輝きと共にタイガの身につけていたものと同様の手甲が出現した。

 

「これは……」

 

『“タイガスパーク”だ。その手で腰のキーホルダーを掴め!そうすれば俺————“光の勇者”、タイガになれる!』

 

「わっ!いつの間に……!」

 

気づかないうちに春馬の腰元にはホルダーが備えられており、そこにはタイガの顔が刻まれたアクセサリーが銀色に煌めいていた。

 

「光の……勇者……」

 

《カモン!》

 

感覚に身を委ね、手甲下部にあるレバーを操作した後そのアクセサリーを掲げる。

 

もう後戻りはできない。自分達で……あの怪獣を倒す!

 

 

『さあやるぞ春馬。俺はお前で、お前は俺だ!』

 

「うん!行こう……タイガ!」

 

左手の中に収めていたそれを右手で強く握り直す。

 

刹那、タイガスパーク中心部のクリスタルに赤い光が収束した。

 

 

 

 

『叫べ春馬!バディゴー!!』

 

「バディィイイイ………………!」

 

力を溜めるようにして大きく全身を捻る。

 

彼に言われた通りの言葉を思い浮かべながら————春馬は天に向かって高く右腕を突き上げた。

 

 

 

「ゴー!!」

 

 

 

 

 

 

 

《ウルトラマンタイガ!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

騒然としていた秋葉原の街が静寂に包まれる。立て続けに起こった幻想じみた出来事に皆理解が追いついていないのだ。

 

炎に覆われた市街地に響く怪獣の鳴き声。それをかき消すように————空気を切るような音が人々の耳朶に触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————シュア!」

 

 

掛け声と共に地上へ降り立ったのは…………有に50メートルはあるだろう赤と銀の巨人。

 

着地と同時に広がった風圧が辺りを焼け野原にしていた炎を消失させ、その光景を眺めていた人々の間を突き抜けていく。

 

再び姿を現した怪獣を見た時————人間達は心の奥底である期待を膨らませていたんだ。

 

そしてその期待は…………この瞬間、現実のものになった。

 

 

 

「…………ウルトラマン」

 

 

 

誰かがこぼした言葉が波紋のように広がり、やがてそれは街全体に轟くような歓声へと変わる。

 

「ウルトラマン……!ウルトラマンだ!」

 

「やっぱりまた来てくれた!」

 

怪獣と対峙する巨人の姿を見て、逃げ惑っていた人々はそう歓喜した。

 

————5年前の再現。彼らが目撃しているこの状況はまさにそれだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おお……!おおおおお〜〜〜〜〜!!!!)

 

 

光の巨人と化した自分の姿を見下ろし、春馬は思わず言葉にならない感嘆の声を上げた。

 

(すっごいや!何もかもが小さい!アキバが一望できる!!)

 

『春馬』

 

(人もすごく小さい……!ミニチュアの世界に紛れ込んだみたいだ!!)

 

『春馬!』

 

(あ、ごめんごめん……なに?)

 

変身する前と同じく頭の中に響いてくるタイガの声に返答する。この状態でもテレパシーのような力が働いているみたいだ。

 

『今は怪獣に集中しろ。ほら、奴はすぐ目の前だぞ!』

 

(え?——うわぁ!?)

 

顔を上げた直後に槍のような尾先が飛んでくるのを視認。

 

回避しようと反射的に上体を反らした春馬————もといタイガの身体はそのままの勢いでバク転を見せた。

 

(あっはは……!すごい!ウルトラマンの身体ってこんなに動けるんだ!)

 

『次くるぞ!』

 

(大丈夫!)

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!」

 

再度振り上げられた尻尾の軌道を読みつつ跳躍し、空中で幾度かの回転を加えた後右足に力を集中させたまま急降下。そのまま強烈なキックをお見舞いした。

 

悲鳴を上げながら転倒するヘルベロス。

 

(……なんだか変な感じだ)

 

どうすればいいのか————戦い方が直感でわかる。これもタイガと一体化した影響か。

 

……動ける。怪獣と戦える。

 

街の人達を……守れる…………っ!!

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーー!!!!」

 

立ち上がったヘルベロスが咆哮する。直後、奴の背中に生えていた刃が複数射出され、ミサイルの如くこちらに迫ってきた。

 

『“スワローバレット”!』

 

(わっ!?)

 

タイガの意識が肉体を操作し、小さく十字に組まれた腕から光弾を放つと、上空から降り注いできた刃の雨を残らず相殺してしまった。

 

(ビームも撃てるんだ!?)

 

『当たり前だろ、俺をなんだと思ってるんだ。……けど、本領はまだまだこんなもんじゃないぜ!!』

 

大地を強く蹴り、駆け出す。

 

タイガの考えている動きと、自分の動きが重なる。文字通りの一心同体だ。

 

(はああああああっ!!)

 

ヘルベロスの顔面を殴りつけ、胴を蹴り上げる。

 

ひるんだ奴はたまらず鋭い爪を用いてカウンター攻撃を仕掛けてくるが、それも後退して回避。すかさず横へと回りこみ、長い首を抱えるとその巨体を地面へと叩きつけた。

 

(よっし……!)

 

『……!下がれ春馬!!』

 

(え?)

 

マウントポジションを取ろうとタイガの肉体を走らせる春馬だったが、そう制されたことで咄嗟にブレーキをかけた。

 

(わっ!?)

 

直後、ヘルベロスの角から紅の電撃が迸り、タイガの眼前を通過。

 

間近に感じた稲妻の熱に狼狽しつつ、春馬は冷静に距離をとる。

 

(危ない危ない……)

 

『慣れてないうちは攻めすぎるのは悪手だな。こいつは全身が武器…………落ち着いて、手の内を探りながら確実に弱らせるぞ!』

 

(わかった!)

 

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!!!」

 

刃物のような牙が羅列する口から火球を生成したヘルベロスがそれを一直線に解き放ってくる。

 

「シュアッ!!」

 

右手で手刀を作り、飛来してきた熱の塊を両断。

 

続いて先ほどと同じように撃ち出された電撃を足に力を込めて正面から受け止めた。

 

『(うぉぉおおおおおおおおおお!!!!————ハアッ!!)』

 

交差させていた両腕で電撃を弾く。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーー!!」

 

獰猛な気迫を撒き散らしながら突進してくるヘルベロスを見据える。

 

『一気に決めるぞ春馬!』

 

(うん!)

 

伝導するタイガの意思に身を任せ、春馬はタイガスパークを装備した右手を天へと向けた。

 

『(はあああああ…………!!)』

 

次に両手を上で重ね、脇を締めつつ腰元までそれを下げる。

 

『(“ストリウム————!)』

 

虹色のエネルギーが身体へと充填されると————タイガは両腕をT字に組み、集中していたそれを爆発的に解放させた。

 

 

『(ブラスターーーーー”!!!!)』

 

 

蓄積されていた力が光線として一気に流れ出し、ヘルベロスの肉体を焼き払っていく。

 

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!!!」

 

断末魔を轟かせながら爆発四散するヘルベロス。

 

凄まじい閃光と爆音を真正面で捉えながら…………春馬は内心安堵感でいっぱいになった胸を撫で下ろした。

 

 

(や……やった……!)

 

『……ん?』

 

 

ちょうどヘルベロスが爆発した辺りから飛び出してくる小さな光。

 

(これは……?)

 

タイガがおもむろにそれを手繰り寄せると、彼の内部にいた春馬の手の上で指輪として実体化した。

 

『いや……俺にもわからない。なんだこれ……?』

 

たった今倒した怪獣の姿を模したそれからは…………タイガと同じウルトラマンの力を感じながらも、どこか得体の知れない気配も宿している。

 

『とりあえず持っておこう。なにか役に立つかもしれないしな』

 

(オッケー!……それじゃあ————)

 

 

 

 

 

 

「シュアッ!!」

 

 

両手を挙げたタイガの身体が飛翔し、瞬く間に地上から豆粒ほどの大きさに見えるほどの距離まで遠ざかっていく。

 

 

地球に現れた新たな光の戦士の勇姿を見届けた民衆は、溢れんばかりの歓声を彼へと送り届けるのであった。

 

 

◉◉◉

 

 

「……………………」

 

 

教会らしき建物の傍らに立ち、虚ろな瞳で空を見上げている少女が1人。

 

 

 

 

「フォルテ」

 

背後からの声に反応し————“フォルテ”と呼ばれた銀髪の少女は、蝋人形のように固定された表情のまま振り向く。

 

「彼らが気になるかい?」

 

「……気になるも何も…………彼らは……計画に必要な存在…………でしょう」

 

「そうだとも。……だが君のその眼差し。いつもは暗闇に覆われているはずの君の瞳に……今一瞬だけ、別の感情が混ざったように見えてね」

 

「無駄口は……いらないと…………言ったはず……」

 

「果たして無駄口と言えるかな?君の今後を左右する大切な要素だというのに」

 

「………………」

 

凍ったような顔つきだったフォルテの眉がほんの少し、不快そうに動く。

 

彼女は歩み寄ってきた男の横を通ると、そのまま何も言わずに教会の中へと去ってしまった。

 

 

 

「……やれやれ、私も嫌われたものだ」

 

どこか道化師のような剽軽な雰囲気を漂わせている男————ウルトラ教の指導者であるミライは、自分を避けるようにして離れた少女を見て不敵に笑った。

 

 

 

「運命の日は近い……。この星でかつて生み出された“光”が“闇”へと変わるその日…………この宇宙の真の(ことわり)が証明されるだろう。————“究極の闇”が誕生する、その瞬間に」

 

 

 

ミライの足元に揺らめく影。

 

その姿は…………彼自身のそれとは大きくかけ離れた異形のものとなっていた。

 

 




それらしい切り出しから物語スタートです!
ミライ……一体何者なんだ……()

そしてもはや恒例と化してるオリキャラのビジュアル公開です。
第1弾はプロローグから登場していたフォルテちゃん。


【挿絵表示】


彼女はいわゆる"四天王"ポジのキャラクターです。ということは他にも……?

タイガとのクロス作品ということで、そう話数のかからない内にタイタスやフーマも出したいところですが……いったいいつになるのやら(焦)


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第3話 運命の邂逅

スクスタで虹のURはいつになるんでしょうかね……。

今回は主人公周りの環境説明回です。


「ふわ……ぁ……」

 

ふかふかのベッドから上体を起こし、全身を伸ばしながら少女は猫のような欠伸を見せる。

 

本棚の隅や枕元に置かれたぬいぐるみがファンシーな印象を与える、どこか可愛らしさを主張しているようにも感じる部屋で目を覚ました彼女は…………軽く手櫛で髪を整えた後、ぼやけた眼で卓上ミラーを手に取った。

 

「うん、今日もかすみんはかわいい!」

 

この世の常識を語っているかのような自然な口調で、少女————中須(なかす)かすみはそんなことを言い放った。

 

朝起きた瞬間から就寝中に至るまで、四六時中かわいらしい生き物、それが自分。

 

自分を取り巻く全てがかわいくなければいけない。そう意識するのはアイドルにとってとても重要なことだ。

 

 

 

……………………だからこそ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふんっ……!ふんっ……!ふんっ……!』

 

 

 

だからこそ……コレの存在が許せない。

 

かすみはベッドのそばにあったテーブルの隅に目を移すと、現在進行形で()()()()()()()()()()()小人に冷ややかな視線を注いだ。

 

「……………………ちょっと」

 

『うん?……おや、おはようかすみ!今日も絶好の筋トレ日和だ!』

 

「それやめてって言いましたよね?」

 

『それとはなんだ?』

 

「筋トレに決まってるでしょ!ていうか……もしかして昨日の夜からずっと続けてるんですか?」

 

『当然!ちょうど予定していたメニューを終えるところだったがな!』

 

赤と黒の身体に…………胸と額に輝くスターマーク。

 

数日前かすみに取り憑いた宇宙人————“ウルトラマンタイタス”と名乗った筋肉質の彼は、今もこうして彼女の中に居候している。

 

最初は当然状況が理解できなかった。ウルトラマンといえばかつて地球を救った英雄…………そんな一族がどうして自分のもとにやってきたのか。

 

タイタス曰く「強い光に惹かれて地上へ降り立った」とのことだが……。

 

「…………」

 

目を凝らし、改めてトレーニングに励むタイタスをじっと見つめる。

 

『ふっ……!どうしたんだ……かすみ……っ!君も……共に鍛えたくなったか……!?ふっ……!』

 

自らの肉体を支えている両腕を何度も折り曲げながら爽やかにそう問いかけてくる彼を見て、かすみはワナワナと肩を震わせる。

 

 

「かわいくないっ!!」

 

 

かすみの悲痛な叫びは部屋の外まで響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(トライスクワッド?)

 

食卓に腰掛け、口の中に広がる食パンとイチゴジャムの甘さをもぐもぐと味わいながら…………春馬は自分の中にいる存在へとテレパシーを通してそう尋ねた。

 

『ああ、俺が所属してるチームの名前だ。他にも2人のメンバーがいる』

 

(それはさっき言ってた宇宙警備隊とは違うの?)

 

『まあな。わかりやすく言えば……小隊ってところか』

 

(なるほど)

 

ごくりと口に含んでいた朝食を喉に通しつつ、春馬はタイガから説明を受けた内容を頭の中でおさらいした。

 

 

自分の身体に憑依した宇宙人——————ウルトラマンタイガはM78星雲光の国に本部を置いている宇宙警備隊の一員で、とある任務中に遭った何者かによる襲撃が原因で肉体を保てなくなったらしい。

 

(それで途方に暮れて地球を彷徨っていたところ……俺を見つけて融合したと)

 

『まあ……そんなところだ』

 

(宇宙警備隊かぁ……もう響きからしてカッコイイね!ねえねえ、君ってやっぱりすごく優秀だったりするの?なんかエリートっぽい雰囲気がバリバリ伝わってくるし!)

 

『ああ……うん……まあな!』

 

(ん、どうかしたの?)

 

『い、いや別に』

 

一瞬何かを誤魔化すような様子を見せたタイガだったが、春馬は別段気にすることなくせり上がってくる高揚感に胸を弾ませていた。

 

(でもそっかぁ……!ははっ……!)

 

『やけに嬉しそうだな……?』

 

(いやあ……ほんとに俺、ウルトラマンになって怪獣と戦ったんだなって)

 

遅れてやってくる実感にニヤニヤが止まらない。

 

自分達は昨日…………秋葉原に現れた怪獣、ヘルベロスと確かに交戦し……そして勝利をもぎ取ったんだ。

 

ずっと憧れていた存在に……まさかこんな形でなれるなんて。本当に夢みたいな気分だ。

 

『ともかくだ、また地球に怪獣が現れた以上……放ってはおけない。原因を突き止めるまで俺はここにいることにした』

 

(そのトライスクワッド?の人達も地球に来てるの?)

 

『それは……わからない。あいつらのことだ、生きてはいるだろうが…………』

 

(じゃあその人達を探すことも今後の方針に入れておこうか)

 

『ああ、そうだな』

 

 

 

 

 

「あらあら、どうしたのにやにやしちゃって。退院早々良いことでもあったの?」

 

不意に向かい側の席に腰を下ろした女性に視線が移る。

 

その目つきから物腰に至るまで何もかもが柔らかい、溢れんばかりの包容力を解き放っている彼女は——————

 

「ううん、なんでもないよ母さん」

 

春馬の母親————追風(おいかぜ)小春(こはる)()()()()()()()()()()彼にとって唯一の家族と言える人間だった。

 

「身体の方は本当に大丈夫なの?」

 

「大丈夫だって。病院の先生だって言ってたじゃん、『信じられないくらいの健康体だ』って」

 

「そうだけど…………」

 

不安げな表情で様子を窺うようにこちらを見つめてくる母親に、春馬は屈託のない笑顔で応える。

 

自分でも本当に驚いたのだが……タイガが憑依してからというもの、これまで身体を蝕んでいた症状は綺麗さっぱり解消。春馬はむしろ通常の人間よりも健康であるくらいの肉体を手に入れてしまったのだ。あの目を丸くさせる医者の姿は今でも忘れられない。

 

 

……タイガには感謝してもしきれないな。

 

「なにか気になることがあったらすぐに言うのよ?」

 

「心配しすぎだよ。……あっ!もうこんな時間!?ごちそうさまでした行ってきます!」

 

「行ってらっしゃい」

 

壁に掛けられていた時計を見るや否や勢いよく席を立ち、脇目も振らずに玄関へと駆け出した春馬の背中に優しい声音がかかる。

 

 

『ん?春馬、今の黒いのはなんだ?』

 

(うん?)

 

リビング出て行く直前、部屋の隅に設置されていた黒くて横に長い箱らしきものにタイガの意識が向けられる。

 

春馬は数秒考え、彼の疑問が何を指しているのかを理解すると「ああ」と手のひらを打って返答した。

 

(ピアノのことかな)

 

『ピアノ?』

 

(楽器だよ。昔はよく父さんに教えてもらいながら弾いてたんだ)

 

靴を履きながら微かに記憶を掘り起こす。

 

春馬の父親は業界内では名の知れたピアニストで、春馬自身も彼の影響で幼い頃から音楽と共に育ってきた。

 

……そういえば入院して以降は全く鍵盤に触れていない。

 

『へえ、音楽か…………。でもなんとなくイメージできるな。そんな雰囲気してるし、お前』

 

(……父さんみたいに尖った才能はなかったけどね)

 

いつの間にか沈んでしまっていた心に気がつき、春馬はハッと顔を上げると左右に頭を振り回した。

 

 

「さ、学校学校」

 

咄嗟に隠したのであろう感情がタイガにも伝わってくる。

 

波のような期待が押し潰されそうなほどのプレッシャーとなって迫ってくるこの感覚には…………タイガにも覚えがあった。

 

『…………そうか、お前も』

 

「え?何か言った?」

 

『なんでもない』

 

「……?そう」

 

若干の違和感を覚えつつも扉を開けて外へ飛び出す。

 

 

 

 

「「あ」」

 

直後、ほぼ同じタイミングで()()()から出てきた少女と目が合った。

 

「……おはよう、ハルくん」

 

「おはよう歩夢」

 

逸らしたくなった視線を必死に前に固定したまま挨拶を交わす。

 

昨日の怪獣騒ぎの後、彼女から急にいなくなったことを問い質された春馬だったが…………当然詳しいことは話せるはずもなく、かといって器用な嘘が思いつくわけでもなく。結局はぐらかし続けて今に至っている。

 

……だってしょうがないじゃないか。嘘をつくのが下手なんだもの。

 

「あ……ここ」

 

「え?」

 

「ジャムついてる、横」

 

「えっほんとに……!?」

 

不意に口元を指しながらそう教えてくれた歩夢に戸惑いつつ、春馬は咄嗟に手のひらで示された箇所を拭おうとする。

 

「ああ待って、ハンカチ持ってるから。拭いてあげる」

 

「いや汚れちゃ悪いし……」

 

「ううん。遠慮しなくていいよ、幼馴染なんだから」

 

いつものように柔らかな笑みを浮かべながら歩み寄ってくる彼女に思わず面食らってしまった。

 

まるで何事もなかったかのように…………歩夢は普段通りの幼馴染として()()()()()()()()()

 

「あ、ありがと」

 

口元を拭ってくれた彼女につい上ずった声をかけてしまう。

 

「どういたしまして。……じゃあ行こっか。急がないと遅刻しちゃう」

 

「うん」

 

昨日のように自らの疑問をぶつけてくることはなく、彼女はそれ以上は何も言わないまま背中を向けた。

 

……彼女は優しい。春馬の隠していることが、彼にとって他人に公言したくないことだと察したのだろう。

 

何か隠し事をしているのは当然バレている。だが歩夢はそれを“聞かない”ことを選んでくれたんだ。

 

 

(……ごめんね、歩夢)

 

 

声に出せない謝罪の言葉を心の中でこぼし、春馬は彼女の隣まで駆け足で向かった。

 

 

◉◉◉

 

 

「——ていうか、あのニュースって本当なの?」

 

「マジマジ!おれ生で見ちゃったもん!マジやばかった!」

 

 

 

午後の最後の授業終了を告げるチャイムが鳴り、帰り支度をしている最中に聞こえてきた雑談に耳を傾ける。

 

クラスどころか学校中が昨日の秋葉原に現れた怪獣とウルトラマンの話題で持ちきりのようで…………当事者としてはあまり落ち着かない。

 

『モテモテだな』

 

(半分は君でしょ……)

 

冗談交じりのタイガの発言に突っ込みつつ、春馬はこの後に待っている予定のためにカバンへ荷物を詰める手を早めた。

 

 

「あれ、なんか急いでる?」

 

「歩夢」

 

「なにか用事でもあるの?」

 

ちょうどカバンを背負って教室から出ようとしたところでやってきた幼馴染が首を傾けてくる。

 

春馬は抑えきれないワクワクを表現するように笑うと、早めの口調で饒舌に言った。

 

「用事ってわけじゃないけど、昨日見たライブのことでちょっとね。ニジガクにもスクールアイドル部がないかどうか、探してみようかなって思ってさ」

 

「ふふっ……やっぱり。絶対なにか始めると思ってた」

 

「そんなにわかりやすいかな……?」

 

「幼馴染だもん、なんとなくね。でも、私はあんまりそっち方面は詳しくなくて……。ごめんね」

 

「歩夢が謝ることじゃないよ!俺も自分で自分にびっくりしてるんだ!いてもたってもいられないっていうか……」

 

上手く言葉にできないこの熱い感情には、きっと意味があるに違いない。

 

時間が経つにつれて激しさを増していくこの情熱…………まるで昨日、タイガになった時と同じような強い想い。それは春馬を突き動かすには十分すぎるものだった。

 

「この学園にスクールアイドル部があるかどうかはわからないけど、探すだけ探してみるよ」

 

「こんなに大きな学園だもの。あるかもしれないね」

 

「うん!」

 

「私も一緒に行こうか?」

 

「ううん、1人で探してみるよ。明日歩夢にも報告する。もしダメだったら慰めてねー!」

 

「はーい。見つかるといいね。じゃあまた明日ね!」

 

歩夢の温かい笑顔を背に、春馬はその場から駆け出しては教室を飛び出した。

 

 

 

 

 

「う〜ん……なかなか見つからないなぁ」

 

校内を探索し始めてから30分ほどが経過したが……なかなかお目当ての部室は見つからない。

 

もう部室棟2階の端までやってきてしまった。この辺りで見つからなければこの学園にスクールアイドル部はないと考えていいかもしれない。

 

『スクールアイドルか…………そういや前に、兄弟子から色々と聞いたことがあったっけ』

 

(え、タイガ……スクールアイドルを知ってるの?)

 

『詳しくは知らないけど、俺の兄弟子が以前地球で経験したことについていくつか話をしてくれたことがあってな』

 

(へえ……!……ていうか、兄弟子さんとかいるんだね)

 

『まあな。向こうではよく稽古を付けてもらってたんだ』

 

(……んん)

 

何気なく会話を交わしていたその時にふと疑問が浮かび、春馬は難しい顔を作っては腕を組む。

 

スクールアイドルを知っている……ということは、タイガの兄弟子は長い期間地球に滞在し、その地の文化に触れる機会があったということだろうか。

 

……と、なればもしかしてその兄弟子とは……かつて侵略者達の親玉を倒したという、あの————

 

 

 

 

「……あ!ああっ!」

 

不意に視界をよぎった文字を二度見した後、傍らにあった扉の前へと早足で寄る。

 

"スクールアイドル同好会"————そこにある看板には、春馬の望んでいた単語が確かに刻まれていた。

 

「あったこれだ!……って、同好会……?部じゃないんだ……」

 

『どう違うんだ?』

 

「んー……いや、似たようなものか!」

 

衝動のままにドアノブに手をかけ、深く息を吸って呼吸を整える。

 

 

アキバで見た、あの素晴らしい光景…………。あの輝きを表現できるような人達がこの先にいるのかと思うと、胸の高鳴りが止まらなかった。

 

「……よし!」

 

気を引き締め、ドアノブを握っていた手に力を込める。

 

溢れんばかりの希望を胸に……いざ行かん!

 

「あ、あの!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だーかーらー!スクールアイドルに過度な筋トレは必要ないんですって!いややりませんって!さっきから何度も言ってるでしょう!!……あっ!また"かすかす"って言いましたね!もう怒りました!二度とコッペパン作ってあげませんから!!」

 

 

 

固まったまま不可解な光景を凝視する。

 

何もないはずの虚空に向かって何か怒っている様子の少女を眺めながら……春馬は一瞬どこかへ飛んでいきそうになっていた本来の目的を手繰り寄せ、口を開いた。

 

「こ、こんにちは……」

 

「……え!?」

 

一拍遅れてこちらの存在に気づいた少女が振り向く。

 

妙な緊張が漂うなか、春馬は崩れかけた笑顔を取り繕うと表情を引きつらせた。

 




なんとかすみんと共にタイタスが登場。
この出会いがもたらすものとは……?

タイガと一体化したことで健康体になった春馬ですが、実は彼の病は物語において結構重要なポイントだったりします。(詳しいことはもう少し先で明かされると思いますが)


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第4話 同盟を取り戻せ

ポケモンが楽しくて執筆が手に付かない作者です。
今回はスクスタ序盤のストーリーに準じた内容になっております。


「こ、こほん。……なんでしょうか?関係者以外立ち入り禁止ですよ」

 

 

場の空気を切り替えるようにわざとらしい咳払いをした少女がこちらに向き直り、泳ぎ気味の視線を向けてくる。

 

短く切り揃えられた髪に、月が重なっているようなデザインの髪留め。小柄で女の子然とした可愛らしい印象の少女だ。

 

『なんだ……?今1人で喋ってなかったか……?』

 

(きっと電話中だったんだよ)

 

頭に響いたタイガの声に向けてすかさず自らの解釈を添える。

 

そうでなければ危ない人ということになる。初対面の人間にそんなレッテルは極力貼りたくはない。

 

強引に納得した後、春馬は気を取り直して当初の目的を果たそうと口を開いた。

 

「えっと……俺、2年の追風という者です。部活を探してまして……ここって————」

 

「……ワンダーフォーゲル部をですかぁ?」

 

「へ?」

 

一転して怪訝な眼差しへと変わった少女に思わず戸惑いの声が飛び出す。

 

「部室を明け渡せって話ならしつこいですよぉ!スクールアイドル同好会が取り潰されるのは月末です!まだここは……私達の部室なんですよ!」

 

「えっ?えっ?あの……?」

 

「それなのに奪いにくるなんて……かすみん、悲しくて……涙がでちゃいますぅ…………!うえ〜ん……」

 

「えっ!?ご、ごめんなさい……!?……ていうか何か勘違いしてます!俺はスクールアイドル部を探してたんです!」

 

困惑する春馬を置いていきながらどこか演技じみた涙声を漏らしていた彼女は、春馬が早口に言った弁明を耳にした途端にけろりと表情を変えた。

 

「……あれ?もしかして……ワンダーフォーゲル部の人じゃ……なかったり、します?」

 

「違います」

 

「……………………」

 

再度こちらを凝視した後、明るい調子で少女は言う。

 

「なんだぁ!かすみん早とちりしちゃいましたぁ〜!てへっ!」

 

「てへって……」

 

「えっと、スクールアイドル同好会にご用ですか?入部希望ですか!?大歓迎ですよ〜!!……あれ?でもあなた男の人ですよね……」

 

……なんだかさっきから話のペースが持って行かれっぱなしだ。

 

春馬は引きつっていた顔に笑みを戻し、もう一度順序立てての説明を試みた。

 

「入部希望ではないんですけど……この学園にもあるのかなって、気になって探してただけなんです」

 

「ええ?入部希望じゃないんですかあ?なーんだ……。じゃあなんで探してたんですか?」

 

「あ、それには深いワケが…………いえ、別に深くはないですけど…………」

 

不満げな視線で露骨にチクチクと突いてくる彼女に焦燥感を覚えつつも、春馬は負けじと一歩前へ踏み出した。

 

 

「もしうちの学園にも、スクールアイドルがいるのなら…………応援したいって思ったんです」

 

ここに来る前に何度も確かめた自分の気持ちを表明する。

 

これまで感じたことのない衝撃————秋葉原で見た、あの凄まじいほどの一体感。

 

今度はそれを……一番近くで応援したいという願い。あの時感じた“トキメキ”を、もっと体験したい。

 

 

 

 

 

 

————『スクールアイドル同好会が取り潰されるのは月末です!』

 

 

 

先ほどの少女の言葉が不意によぎる。

 

想定外の不安に戸惑いながらも、春馬はすぐさま彼女に対してその詳細を尋ねた。

 

「……それより、さっきの“取り潰される”っていうのは……?」

 

「…………」

 

「まさかこの……スクールアイドル同好会のことなんですか……!?」

 

少女は春馬の質問を聞き、数秒黙り込んだ後…………沈んだ顔で小さく頷いた。

 

「……そうです。鬼の生徒会長から直々に言われたんです」

 

「そんな、どうして……!」

 

「『部員もいなくなって、スクールアイドルとしての活動実績がないなら解散だ』って……」

 

「ええ……っ!?せっかく見つけたのに!な、なんとかならないんですか!?」

 

思いも寄らない事態だった。

 

スクールアイドルは今の学生達に大人気の文化。おまけにこの虹ヶ咲学園は自由で豊富な専攻が売りで、もしスクールアイドル部があるのならさぞかし大勢の部員がいるのだろうと踏んでいたのだが……。

 

待っていたのは、真逆の事実だった。

 

「私だってなんとかしたいです!人数が少なくたって、スクールアイドルはソロでだってできるし……かすみん、スクールアイドルにずっとずっとなりたかったんです!こんな形で同好会がなくなっちゃうなんて、いやですよぉ……うえ〜ん!」

 

「な、泣かないで……」

 

「子供のときからずっと憧れてて、やっと高校生になってスクールアイドルになれるって思ったのに……こんなのってないです!」

 

そう吐露する彼女の言葉からは……先のような芝居がかった雰囲気は感じられなかった。

 

まっすぐな想いが伝わってくる。このまま終わらせていいはずがない…………真剣な心が。

 

「かすみんにはスクールアイドルだけなのに……。かわいい衣装でたくさん歌って踊って……いろんな人にかわいいねって見てもらいたかったのにー!」

 

 

 

 

 

(……やっぱり…………俺の想いは間違いじゃなかった)

 

『春馬?』

 

ぐっと拳を握り締めた春馬が顔を上げる。

 

 

「なら、生徒会長に頼みに行きましょう」

 

 

次の瞬間には、そんな提案が口から出ていた。

 

「……え————?」

 

「スクールアイドルはソロでもできるんですよね?だったらそれで、活動実績を作ることができれば……同好会をなくす理由も無くなるはずです。俺も一緒に行くので、会長に直接頼みましょう!」

 

迷いなんて微塵もなかった。

 

彼女の想いは途切れさせていいものじゃない。この強い願いをつなげと…………そう魂が叫んでいる。

 

この光を、輝かせろと。

 

 

「…………」

 

沈黙がその場に充満する。

 

驚いたような、きょとんとした目で春馬を見つめていた少女は…………やがて細い声で呟いた。

 

「……かすみんのマネージャーになるってことですか……?」

 

「へ?」

 

またも予想外の返答にたじろいでしまう。

 

「マネージャーかどうかはわからないけど…………俺、スクールアイドルの人達に力をもらったから応援したいなって思って…………」

 

「マネージャーですよね、それ!えっ……どうしよう、かすみんマネージャーができちゃいました!」

 

話を聞いて…………

 

徐々に虫の鳴き声に等しい声量になっていく春馬を意に介さず、少女は気迫を帯びた目を浮かべて踏み出してきた。

 

「でも、あなたもスクールアイドル同好会が無くなるのは嫌なんですよね?そこはかすみんと同じですよね?」

 

「……はい」

 

「じゃあ、スクールアイドル同好会解散阻止作戦を手伝ってください!かすみん……どうしてもスクールアイドルでいたいんです!」

 

より一層輝きを強めた瞳が間近に迫る。

 

驚きこそしたが、春馬にはこれっぽっちも拒否感は湧かなかった。

 

「……もちろんです!俺もこの同好会が無くなるなんて嫌だ。……俺は、スクールアイドルの皆さんのことを応援したいから!」

 

「えへへ、決まりですね!」

 

ひらりとスカートを翻しながら春馬との距離を作り、晴れやかな笑顔で少女は言った。

 

「じゃあ一緒に頑張りましょー!……あっ、そういえば自己紹介がまだでしたね!私は1年の中須かすみです!」

 

「ああ、言われてみればそのリボン……1年生の色か」

 

少女————かすみの胸元にあった黄色のリボンに気がつき、目の前にいる彼女が後輩であることを理解する。

 

「改めまして、追風春馬です。かすみちゃん、これからよろしくね!」

 

「はい!よろしくお願いします!スクールアイドル同好会と、スクールアイドルかすみんのこと、手伝ってください!」

 

「うん!俺にできることならなんでも!」

 

互いに差し出された手が握手として交わされる。

 

 

 

 

『…………なんか面倒なことになってないか?』

 

(大丈夫、きっとなんとかなるよ)

 

『そこまでこだわる事とは思えないけどな……』

 

一連のやりとりを影で見ていたのだろう、タイガは心底不安げな調子でそうこぼした。

 

『後で後悔しないようにな』

 

(するもんか。今の気持ちが本物だってことは、俺の心が証明してる!きっとタイガも好きになると思うよ、スクールアイドル!)

 

『どうだか』

 

そう言い残したタイガに笑いかけながら春馬は口元を引き締め、より強く決意を固めるのだった。

 

 

◉◉◉

 

 

「はい、こっちですよ生徒会室」

 

「あ、うん」

 

「いきなりスゴイ勢いで正反対の方向に走り出したからびっくりしましたよ」

 

「ごめんね……なんか、焦って空回っちゃったみたい」

 

張り切り過ぎるのも良くない。これから生徒会長と話すんだし…………いったん落ち着かないと。

 

「あー……空回っちゃうことってありますよね。そういうのわかります……」

 

「……?かすみちゃん?」

 

「な、なんでもないでーす!——さ、着きましたよ先輩。ノックですよノック。直談判するんですよね?生徒会長と」

 

春馬がかすみの意味ありげな表情に首を傾けた直後、何かを誤魔化すように慌てふためいた彼女がそばにあった扉へと歩み寄る。

 

「う……緊張する……。じゃあ……いくよ!」

 

落ち着かない感情を押し留めるようにごくりと喉を鳴らした後、春馬は意を決して手の甲で扉の表面を軽く打ち鳴らした。

 

 

 

 

「どうぞ」

 

無機質な返答が向こう側から届く。

 

「「………………」」

 

互いの気持ちを確かめるように顔を見合わせる春馬とかすみ。

 

大きな深呼吸を2回ほど繰り返し、春馬は扉を開けて力強い一歩を踏み出した。

 

 

「失礼します!今日は会長にお願いしたいことがあって————!」

 

緊張のせいか最初に名乗るのを忘れてしまい、冷や汗が額ににじむ。

 

だが次の瞬間に飛んできた一言が、春馬の焦りを払拭した。

 

「……あなたは確か1年——いや、2年生の…………」

 

奥に設置された席に座していたのは————左右で三つ編みに束ねた黒い長髪と、眼鏡が清楚な雰囲気を漂わせているつり目の少女。

 

「え?…………俺のこと、ご存知なんですか?」

 

「この生徒会長、学校にいる全員の顔と名前を記憶してるんですよ」

 

驚愕している様子の春馬にかすみがひっそりとそう教えてくれる。

 

「……すっごいや」

 

「あなたに関しては知らない方が不思議だと思いますけど、追風春馬さん。……特例休学により進級が認められたと窺っています。お身体はもう大丈夫なんですか?」

 

「そこまで知ってるんですね……。おかげさまでピンピンしてます」

 

「え?どういうことです先輩?」

 

「ちょっと事情があってね」

 

かすみの問いかけをはぐらかしつつ、改めてこの学校の自由すぎる校風と校長先生に感謝。普通の高校なら今頃自分は留年していることだろう。

 

「はじめまして。私は生徒会長の中川菜々(なかがわなな)です。……それで、本日はどういったご用件で?」

 

何かを探るように眼を細めながら、生徒会長————菜々は春馬にそう尋ねた。

 

「はい!……スクールアイドル同好会の解散を、取りやめにしていただきたいんです!」

 

「スクールアイドル……?あの同好会にあなたのような部員はいませんでしたが?」

 

春馬が単刀直入に切り出した本題に対し、菜々はより一層疑念に満ちた視線で返してくる。

 

『おい、なんか怖いぞこいつ……』

 

(なんの……!睨まれたくらいで……!)

 

突き刺さるような眼差しに狼狽しながらも、春馬は負けじと続けていく。

 

「当然俺はスクールアイドルを目指しているわけではありませんが……。でもそれとは別に、俺個人として同好会を解散させるのをやめてほしいんです!」

 

「…………」

 

瞼を閉じ、一息の間を置いた後、

 

 

「それはできかねます」

 

 

ため息混じりに菜々は言った。

 

「……どっ……どうしてですか?確かに部員は少ないかもしれないけど……スクールアイドルを目指して、頑張っている生徒がいるんです!」

 

「我が校の生徒はあなた達だけではありません。虹ヶ咲学園は生徒の自主性を重んじ、あらゆる部活動を奨励しています」

 

「なら————!」

 

「ですから、本校においてもスクールアイドルの活動を盛り上げるべく同好会を立ち上げ、スクールアイドル活動を希望する生徒は他校からの編入も受け入れました」

 

「……え?」

 

突然舞い込んできた情報に困惑してしまう。

 

彼女の口ぶりから察するに…………過去には確かに、この学園でスクールアイドル活動が盛んに行われていたということだろうか。

 

……だったらどうして、今はこんな状況に陥っている?

 

「そ、そんなことまで……してたんですか」

 

ふと隣に佇んでいたかすみに視線を送るが、彼女はどこか気まずそうに春馬から顔を逸らしてしまった。

 

「ええ、本校としてはスクールアイドル活動を奨励したつもりです。そういう背景もあり、同好会の活動は最初の内は順調に進んでいたようですね」

 

「……そうですよ!実際、()()()先輩はスクールアイドルとして活動だってしてたじゃないですか!」

 

「……?せつ……な……?」

 

知らない人物の名前————かすみと同じ、スクールアイドル同好会の一員として活動をしていた者だろうか。

 

「ええ……。実績を作った生徒も……いましたね」

 

その名前を耳にした途端、菜々はバツが悪そうに目を伏せると曇りきった声音を漏らした。

 

「……話を聞く限りだと、問題はなさそうに思えるんですが……。どうして今はこんなことに?」

 

「それは、そのぉ……。今はちょっとみんなお休みしてるだけで、また戻ってくるはずなんです」

 

たどたどしい口調でそうこぼしたかすみの言葉を聞き、尚更霧がかってくる話の全容に春馬は首を傾げる。

 

「その“せつ菜”っていう人は今どこに?実績を出すくらいだったなら……きっとスクールアイドルのことが大好きな人なんですよね?」

 

「………………」

 

こちらに背を向け、奥にある窓の向こう側を眺めたまま菜々は沈黙する。

 

「その人にまた中心になってもらえば、きっと……!」

 

「ええっとぉ……先輩、ちょっとその話は〜…………」

 

「今からお願いしに行こうかすみちゃん!“せつ菜”って人に!」

 

「せんぱい!」

 

再び張り切りだした春馬を制止するようにかすみが涙声を上げる。

 

その真意を彼が理解するよりも前に、窓際に立っていた菜々が冷たく言い放った。

 

 

 

 

「あなたの言う、せつ菜という生徒が…………同好会に亀裂を入れたんですよ」

 

「………………え!?」

 

自分が的外れな提案をしていたことに遅れて気がつく。が、事の経緯に関しては依然として謎に包まれたままだった。

 

「どういう……?」

 

菜々の口にした話の説明をかすみに要求しようと視線で促す。

 

隣にいた彼女は、その小さな肩を揺らしながら…………ポロポロと、静かに涙を流していた。

 

「……違います!亀裂なんて入ってないです!誰も怒ったりなんかしてなかったですもん!わかったようなこと……言わないでください!」

 

「かすみちゃん……?」

 

「さっきも言った通り、今はちょっとみんなお休みしてるだけなんです!みんな戻ってきます……!」

 

「それはいつですか、中須さん?虹ヶ咲学園にはたくさんの部活……同好会があります。部室の空き待ちをしているところもあるんです。……人もいない、活動もしていない同好会ではなく、きちんと活動をしているところに部室をあてがうのは間違っていますか?」

 

「うう……間違ってないですけどぉ……でも私達、まだ……」

 

口をつぐんでしまうかすみの代わりに、なんとかこの空気を打開する方法はないかと考える。

 

「でも……同好会の人達は、まだ退部したわけじゃないんですよね?」

 

「そうです!」

 

助け舟を得たかすみの表情がまた明るくなり、それに乗じようと春馬は再度交渉の余地を探した。

 

「退部してないなら……!」

 

「それは詭弁では?」

 

「う…………そうなっちゃいますよね……。……じゃあ、ちゃんと人数もいて、活動もしていれば……存続を認めてくれるんですか?」

 

「……それは勿論です」

 

 

————ここだ、とどこからともなく声が聞こえたような気がした。

 

 

 

「————だったら!部室の使用期限までに……同好会に足りる人数を集めます!それならいいですよね!?」

 

もうそれ以外の道は残されていなかった。多少強引でも……この生徒会長を納得させるには、やはり正攻法で突っ走るしかない。

 

「…………あなた」

 

「だから——!どうか同好会を潰さないでください!お願いします!!」

 

必死に、深く頭を下げながらそう懇願する。

 

「せんぱぁい……!」

 

「どうしてあなたが…………そこまで……?」

 

曲げていた腰を正し、春馬はまっすぐに菜々の瞳を捉える。

 

正直自分でもここまで本気になれるものだとは思わなかった。…………けれど、ここで引けば絶対に後悔するという予感だけは、確かにこの身体を突き動かしている気がした。

 

 

 

 

「…………わかりました。ただし、ひとつ条件を出させてください。10人。10人の部員を集めてきたら、同好会の存続を認めましょう」

 

それが、交渉の末に生徒会長から引き出せた戦果だった。

 

「えー!?なんで10人なんですか!?同好会は5人いれば成立じゃないですかぁ!」

 

「確かに。でも、今現実に5人が1人になってしまっているのです。また同じ人数では二の舞になるのではないですか?」

 

「この際10人でも20人でも構いません!……やります。絶対に……!同好会を復活させてみせます!」

 

「いや、20人はさすがに啖呵切りすぎですって!」

 

「あ……そうかも……」

 

だが菜々の言い分も一理ある。この状況から同好会を立ち直すには…………軽く10人集めるくらいの情熱がなければ達成することは叶わないだろう。

 

ただのわがままなんかじゃない。それを証明してみせるんだ。

 

「……やってみよう、かすみちゃん。君はスクールアイドルだ、これまでも……そしてこれからも!その未来を守るために俺は頑張るよ!だから君も一緒に頑張ろう!!」

 

「せっ……せんぱぃい〜……!!」

 

溢れそうになった涙を払い、春馬に応えるようにかすみは大きく頷いた。

 

「——わかりました、10人集めましょう!やってやりますよ〜!」

 

 

 

和気藹々とした2人のやりとりを見て、菜々は顔を俯かせる。

 

それはまるで別世界からこちらを眺めているかのような…………哀しい表情だった。

 

 




進行上今回はタイタスの台詞がありませんでした()
次回からまたオリジナル展開に移る予定です。

うーん……早くあの2人を出したい……。


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第5話 闇色の暗躍


スクスタのストーリーがまた気になるところで終わってしまった……。


それは世界から断絶された異次元空間だった。

 

永遠に続いていると錯覚するほどの荒野に満ちているのは、闇そのものを実体化させたような黒霧。

 

 

無限に広がる暗黒の別世界のなかで————1人の少女は静かな靴音を鳴らした。

 

 

 

「全員…………揃っている……みたい……ね」

 

前髪で片方の瞳を覆った少女————フォルテは視界の奥に佇んでいた3人の人影を目視すると、瞳孔すら確認できない暗闇にまみれた瞳を瞬かせた。

 

 

その場にいる全員が…………例外なく、雪の結晶で編んだかのような銀髪。

 

血縁じみたものを思わせる彼女達だったが、その言動は全くと言っていいほどに統一性のないものだった。

 

 

 

「ワハハハハ!おっそいなぁフォルテ!ビリっけつだ!え?アタシ?1番乗りに決まってんじゃん!!」

 

鼻高にそう語り始めたのは喪服のようなワンピースに身を包んだポニーテールの少女。

 

「うるさい少し黙れピノン。お前の声はいちいち頭に響く」

 

口元をマフラーで隠し、身体の大半をポンチョに似たロングコートで覆っている少年。

 

ピノンと呼ばれた少女は少年に対して威圧を乗せた眼差しを飛ばすと、唇を尖らせながら言い放つ。

 

「なんだってぇ?声ちっさくて聞こえないんだけどぉ!!」

 

「頭だけじゃなく耳まで不良品なのか?これ以上生き恥を晒したくなければ今すぐ“パパ”に頼んで口を無くしてもらえ。ついでに三流の頭も取り除くといい。物を言わなければお前にも少しは存在する価値が見出せるかもしれない」

 

「はぁ!?ヘルマあんた……!()()()()()のアタシに向かってそんな口きいていいと思ってんの!?」

 

 

 

「……報告……」

 

若干の距離を置いた場所でぽつりと立っていたフォルテがたまらなく不快だと言わんばかりに眉をひそめ、小さくこぼす。

 

そんな彼女など意に介さず、少年と少女は外見通りの子供じみた言い争いを展開していた。

 

「だいたいアタシより背低いくせにイキってんじゃねぇわよ!!」

 

「ナリで優劣が決まると思うような短絡的な思考を持ってる奴に払う敬意はない。たとえそれが“姉さん”だとしてもな」

 

「……?さっきからわけわかんないこと口走りやがって!アタシが理解できるように話せ!!」

 

「驚いたな、ついに自分が馬鹿だと白状したか」

 

「殺す!!」

 

「お前なんか3秒で()()()だ」

 

 

 

 

「…………報告を」

 

「フォルテうっさい!!」

 

冷たい表情に戻ったフォルテが再び口を開こうとしたその時、ヘルマという少年に掴みかかろうとしていたピノンが彼女へと顔を向け、ひとつに束ねた髪を振り乱しながら喚き散らした。

 

ピノンはズカズカと耳障りな足音を響かせながらフォルテへと近づき側頭に下がっていたサイドテールを乱暴に鷲掴みにすると、その死体のような顔を睨みつける。

 

「末っ子のあんたが偉そうに仕切ろうとしないでよね!!パパから地球での仕事を任されたのがあんたなんて……アタシはまだ認めてないんだからな!!」

 

「……………………」

 

フォルテは何も言わず、ただ眼前にある姉の顔面に絶対零度の眼差しを注ぎ続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ピノン」

 

 

 

 

 

 

 

 

張り詰めた空気が場を満たすなか——————発せられた低い声音が、そこにいた()()()()()達の背筋に悪寒を走らせた。

 

「手、離しな」

 

先ほどまで隅っこで沈黙を貫いていた黒いシャツの男。

 

刃物のように鋭い双眸を浮かべた……限りなく青年に近い少年だ。

 

「ふ……フィーネ兄ちゃん……」

 

「離しなよ」

 

「う、うん…………ごめんなさい……」

 

放つ雰囲気ですら刺々しく感じるその少年に怯えるような様子を見せながら、ピノンはじりじりとフォルテから後退した。

 

「それでいい。オレ達が争っても何もいいことはない」

 

「……どうも」

 

「礼には及ばない、オレは“長男”だからな。兄弟をまとめるのは当然のことだろう。……あの方もそれを望んでいる」

 

小さく口を動かすフォルテに対して、“兄弟”達の長————フィーネは淡々とした調子でそう返した。

 

「何も気にすることはないフォルテ。あの方がお前に仕事を任せたのは……お前が最も適任だと判断されたからだろう」

 

「……ピノンの言動について言っているのなら……的外れ。私は……気に病んでなんか……いない。私が……与えられた役割を……こなすことに……彼女がどういう感情を……抱こうが…………私はなにも気にしない」

 

「フォルテこの……っ!“お姉ちゃん”って呼べっていつも言ってんじゃん!!」

 

離れたところでそう叫んだピノンに目もくれず、フォルテは乱れた髪を軽く整えた後で落ち着いた声を発する。

 

「ヘルマの……言う通り……あなたの声は……少し……鬱陶しい。それに……姉と呼ばれたいのなら……それらしい振る舞いを…………心掛ける……ことね」

 

「ハハハ、だってさぁ」

 

「こんのぉ……ッ!!」

 

「よせヘルマ。……始めてくれ、フォルテ」

 

今にも泣きそうな表情で小刻みに身を震わせるピノンの横を通り過ぎ、フォルテは全員から見て中心になる位置で立ち止まると…………正気のない言葉を紡いだ。

 

 

「————先日現れた……ウルトラマンの名前は……“タイガ”。ウルトラマンタロウの……息子とされている……戦士……」

 

「ふん……親はさておき、息子となれば半人前にもなっていないガキじゃないのか?」

 

「そうだそうだ、アタシの敵じゃない」

 

「ヘルベロスは葬ったのだろう?飼い犬程度の力はあるということだ」

 

口々に勝手な言葉を発したヘルマとピノンを鎮めるように、フィーネは至って冷静な態度でそう飛ばした。

 

「きっと一体化した人間の力も加わっていることが影響している。……フォルテ、()()()()はどうだ?」

 

「タイガと同化しているのは…………“追風春馬”。以前までは……余命わずかの……脆弱な生命体……だったはず……」

 

「……?それは妙だな…………」

 

細々と語るフォルテの報告を耳にし、フィーネは怪訝な表情を浮かべながら顎に触れた。

 

「いや、というよりそもそも……タイガとかいうウルトラマンが派遣されているということ自体がおかしい。警備隊の奴らもそこまで愚かではないだろう」

 

「同感だね。タロウ本人ならいざ知らず…………ヘルベロスと対等の実力しか持ち合わせていない奴を送り込んでも、ロクな戦績を挙げないまま死ぬことくらいわかっているはずだ」

 

「アタシが殺してこようか?」

 

疑問を抱く3人に対し、フォルテは相変わらず蝋人形のような顔で口だけを動かした。

 

「……それと、もうひとつ」

 

「ん?」

 

「彼の他にも……地球に潜伏している者が」

 

「タイガの仲間のことだろ?なんとかスクワッドとかいう。あの2人なら今頃————」

 

「違う」

 

そうばっさりと切り捨てられたヘルマが不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。

 

「……なんだって?」

 

「そいつもウルトラマンなのか?」

 

「ええ……正確には……複数形で呼称すべき……だけれど。おそらくは……以前ミライが話していた……"狩人"達」

 

「……面倒だな」

 

「あ?なによ"カリュード"って」

 

「馬鹿は黙ってろよ」

 

「はぁ!?バカって言った方がバカなんだぞヘルマァ!!」

 

「ばーか」

 

「んぎぎぎぎぃ〜……!!もう我慢できない!!」

 

黒い空間に甲高い声を響かせたピノンはフォルテのそばまで駆け寄ると、彼女に自らの手のひらを勢いよく差し出した。

 

「ん!」

 

「……?」

 

「"指輪"渡せって言ってんの!怪獣の指輪!アタシがウルトラ野郎をぶっ殺してやるわ!!」

 

「それは……許可できない。そのような指令は……出ていない」

 

「あーもー!ユーズーのきかない奴ねほんとに!!」

 

「まあいいじゃないか」

 

不意に横から入ってきたのは……面白がるような笑みを含んだ表情でこちらを眺めているフィーネ。

 

「お前と一緒にいるミライって男は……いずれまた怪獣を暴れさせるつもりだったんだろう?」

 

「……そうだとは……思う……けれど」

 

「なら何も問題はない、長男のオレが許可する。貸してやれフォルテ」

 

「…………」

 

フォルテはどこか煮え切らない顔のままポケットをまさぐり、収納されていた内のひとつを手に取ると……ゆっくりとピノンの手へそれを移した。

 

「えへへっ……ありがと兄ちゃん!」

 

「気をつけて行っておいで」

 

黒霧の壁を突き破り、異空間の外へと飛び出していくピノンを見送ったフォルテは、疑念だらけの眼差しをフィーネへ突き付けた。

 

「どういう……つもり……」

 

「なに、たまには鬱憤を晴らさせた方がいいと判断しただけだ。心配しなくとも、父さんにはオレから話しておく」

 

「……好きに……すれば……いい……」

 

もう対応するのも面倒くさいと言わんばかりにフォルテがため息を吐き出す。

 

 

なんの意味も感じられない、"兄弟ごっこ"。

 

自分達の父は強くなるために"絆"を学べと言っていたが……その真意は今でも理解できていなかった。

 

「………………」

 

胸に手を当て、フォルテは1人の少年へと想いを馳せる。

 

タイガと運命を共にした彼————追風春馬の存在を認知してから、決して収まることのない胸騒ぎが続いていた。

 

 

◉◉◉

 

 

「はぁ〜…………」

 

「おっきいため息だね」

 

生徒会長との交渉を経て————場所はスクールアイドル同好会部室。

 

机の向かい側で重苦しい空気を吐き出したかすみに、春馬は不思議そうな顔で返す。

 

「だって、今まで5人で活動していた同好会に10人集めろって言われても……。勢いでやるなんて言っちゃいましたけど、困りました……。はぁぁ……」

 

 

 

 

『おい春馬……。春馬!』

 

(うん?)

 

『本当にやるつもりなのか……?この空気からして……全然希望が見えてこないんだが』

 

項垂れるかすみを指しながら不安げにこぼすタイガ。

 

……確かに勢いに任せてしまったところはある。けどもう決めたことなんだ。引き返すことなんてできない。

 

(何かする前にできないって決めつけるのはよくないよ)

 

『まったく……。だいたいお前には、俺と一緒に怪獣と戦うっていう大事な使命があるんだからな。そこんとこ忘れるなよ?』

 

(忘れてないって。それに今は怪獣が出てきてるわけじゃないんだ。今の俺はウルトラマンじゃない……そう、プライベートってやつ?)

 

『はあ……』

 

……なんだなんだ、みんなしてため息ついて。そう気を落としてばかりだから思考が悪い方向に寄ってしまうんだ。

 

 

 

 

「はぁ……ほんと困りましたねぇ……。でも1番困るのは……こんなふうにため息をつくかすみんも可愛いんですよね……」

 

「……?それって困ることなの?」

 

「……へ?」

 

予想もしていなかった言葉に思わず間の抜けた声を上げるかすみ。

 

春馬は両腕を広げ、活力で満たされた瞳をキラキラ輝かせながらハキハキと語り出した。

 

「かすみちゃんが可愛くて困る人なんていないよ!君はスクールアイドルなんだもの、もっともーっと自分の魅力をアピールした方がいい!」

 

「えっ……うぇ……!?」

 

「今も十分可愛いと思うけど、かすみちゃんがステージに立って歌う時は……今より10倍は可愛すぎるくらいがちょうどいいと思う!」

 

「えっと……あの……っ!」

 

「だから自信を持って、これからも胸を張って可愛くなりなよ!」

 

「ちょっ……ストーップ!」

 

「え?」

 

身を乗り出して制止してきたかすみに戸惑いつつ、春馬はリンゴのように紅潮した彼女の顔を見て首を傾けた。

 

「どうしたの……?急に大声出して……」

 

「はぁ……はぁ……先輩、変わってますね」

 

「えっ?そ、そうかな…………」

 

なぜだか息を荒げている後輩に困惑する。

 

間違ったことは言っていないはずなのに……どうして彼女はこんなにも狼狽えているのだろう。

 

「で、でも……そうですか……私って、そんなに可愛いですか……?」

 

乱れきった息を整えた後、かすみは若干引きつった表情で恐る恐る春馬にそう尋ねた。

 

「うん!すっごく可愛い!」

 

「はう……っ!!」

 

一切他意のない澄み切った笑顔を向けられ、かすみは自分の頬を押さえてはにやにやと口元を緩ませた。

 

「ほ……ほんとに可愛いですか……?」

 

「可愛いよ!」

 

「ど、どれくらい可愛いですか!?」

 

「うーん…………雲を突き抜けて空の向こう側まで届くくらい!!」

 

「えへっ……えへへ……っ…………そ、そんなにですかぁ……?」

 

「うん!」

 

 

 

 

『俺は一体……なにを見せられているんだ』

 

春馬の脳裏に潜みながら春馬達のやりとりを聞いていたタイガは、しばらく似たような会話を繰り返す2人に頭を抱えた。

 

これがツッコミ不在の恐怖というものか。

 

『…………』

 

小さな霊体を構成し、春馬の肩に腰掛けながらタイガはじっとかすみの姿を凝視する。

 

『それにしてもこの女子高生…………出会い頭から妙な気配を感じるんだよな』

 

春馬に聞こえない程度の声量で彼はふと呟いた。

 

正確には本人からではなく、彼女の()()にある何かだ。もちろん単に腹黒という意味ではない。

 

どちらかといえば……あまり警戒する必要のない、親近感のようなものを覚える。

 

『……まさか……』

 

 

 

 

 

 

「————って!それより同好会ですよ!」

 

「あっ……!そ、そうだね!今は部員を集めるための作戦会議!」

 

すっかり緩みきった空気を漂わせていた2人が遅れて大事なことに気がつく。

 

春馬は軽く咳払いをして気持ちを切り替えると、改めてかすみと目配せして引き締まった表情を作った。

 

「それじゃあ、まずどうして同好会が今みたいな状況になったのか教えてくれないかな?俺、まだその辺よく理解してなくて……」

 

「わかりました!なんでもかすみんに聞いてくださいね!」

 

気を取り直して部員集めの話し合いを始めようとするかすみ。

 

 

「————?」

 

 

だが彼女が口を開こうとしたその直前、春馬の頭に稲妻のような直感が駆け巡った。

 

 

 

 

 

 

——————◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!!!

 

 

 

 

 

「うわわぁ!?」

 

「なんだ……!?」

 

腹の奥底から突き上げるような振動と共に響き渡ったのは、()()()雄叫び。

 

『春馬!』

 

「これって……っ!」

 

「あっ……先輩!?」

 

突然の出来事に驚いたのも束の間、春馬はタイガと共に瞬時に察知した危機に突き動かされるようにその場から駆け出すと、勢いよく教室から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!うわっ!やっぱり怪獣……!!」

 

校舎から出た春馬の視界に飛び込んできたのは、数十メートル先の街中に突如として姿を現した巨大生物。

 

頭は小さく、身体は大きい。ゴツゴツとした体表と髑髏のような顔が特徴の、奴の名は——————

 

『レッドキングだ!いやでも……どうしてだ……!?なんでこんなところに、急に……!?』

 

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!」

 

 

 

巨大な拳で辺り構わず建物を粉砕するレッドキングを一瞥し、タイガは戸惑いの声を上げる。

 

以前秋葉原に現れたヘルベロスという怪獣と同じだ。

 

奴らは何もないところから突然現れて…………ただ街と人を蹂躙するためだけに動いていた。

 

 

 

「なんだよあれぇ……!!」

 

「怪獣!?」

 

「みんな逃げて!!」

 

 

 

 

「と……とにかくなんとかしなくちゃ!」

 

学園に残っていた生徒達がパニックになりながら逃げ惑うなか、春馬は深呼吸をしつつ人気のない場所を探した。

 

 

 

「よし、ここなら……!」

 

校舎裏に移動し、周りに誰もいないことを確認しつつ目を瞑って意識を集中。

 

「行こうタイガ!」

 

『ああっ!』

 

春馬が右腕を胸元まで掲げると同時に手甲——タイガスパークが出現し、腰元にはホルダーとアクセサリーが生成される。

 

……大丈夫だ、初めて変身した時は上手くいったんだ。今回だって勝てるはずだ。

 

「……ッ!!」

 

《カモン!》

 

タイガスパークのレバーを下げ、左手で相棒の顔が刻まれたキーホルダーを掴み取る。

 

「————光の勇者、タイガ!」

 

それをタイガスパークが装着された右手へ持ち替えた後、強く握り締めながら高らかに叫んだ。

 

 

「バディィィイイ……!————ゴーッ!!」

 

 

《ウルトラマンタイガ!!》

 

 

 

 

 

 

天に向かって右手を突き上げた直後、春馬の肉体が赤い輝きに包まれる。

 

自分の中にいる存在と同化していくのを肌で感じながら…………春馬はまだ慣れきっていないその感覚に冷や汗を伝わせていた。

 




なんでも肯定してくれる春馬くん。
2体目は定番なところから出そうかな……と思い、レッドキングを採用。
そして敵側の会話に出てきた"狩人"とは……!?

次回辺りにタイタスが仲間に加わるかと思われます。


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第6話 賢者にお任せ

ううむ、以前より執筆の時間がとれない……(主にポケモンのせい)



「————シュアッ!!」

 

空中で幾度かの回転を加え、勢いを相乗させた蹴りを急降下しながら繰り出す。

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!!!」

 

飛来したタイガが放った一撃はレッドキングの頭部へと直撃し、バランスを崩した奴はバタリと街道に倒れ伏した。

 

(なんか……見るからにパワー系!って感じ……?)

 

着地しレッドキングから距離をとりつつ、そのずっしりとした図体を見て春馬が身構える。

 

『ああ。こいつの怪力に苦しめられたウルトラマンは何人もいる』

 

(うぅ……こわいなあ。じゃあ正面からやり合うのは避けた方がいいかな?)

 

『…………』

 

(タイガ?)

 

急に黙り込んでしまったタイガへと意識を向ける。だが一心同体となっているはずの彼の思惑がはっきりとは掴めなかった。

 

妙な胸騒ぎが春馬の中でじわじわと広がっていく。

 

『こいつを倒せば……少しは…………』

 

虫が鳴くような声でぽつり発せられた言葉。

 

(え?)

 

『……!来る!迎え撃つぞ!!』

 

(え!?う、うん!)

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーー!!!!」

 

タイガの意思を汲み取れないまま、戦いの幕は切って落とされた。

 

立ち上がり、特急列車の如き猛突進で接近してきたレッドキングに対して————タイガ達は腰を低くして構える。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーッ!!」

 

(……っ……!)

 

振り下ろされる巨腕の動きを慎重に見定め、対抗するようにして両腕を交差。それを受け止めようとする。

 

『うっ……!?』

 

(くぉ……ッ!!)

 

が……しかし、その威力は想定していた衝撃を軽く飛び越えていくものだった。

 

腕から伝わった痺れが一瞬で全身へと拡散され、思わず地に膝をついてしまう。

 

『これは……!』

 

(なんて力……!!————ぐぁ……っ!!)

 

悲鳴を上げ、がら空きになっていた肉体のど真ん中にレッドキングの放った蹴りが叩き込まれる。

 

なすすべなく転倒するタイガの身体。

 

『クッソォ……!』

 

勢いを利用して立ち上がり、小さく組んだ腕から複数の光弾————“スワローバレット”を発射して牽制を図る。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!」

 

しかし咄嗟に撃ち出したその攻撃は、突進するレッドキングに対して足止めにすらならなかった。

 

直撃し、大量の火花を散らしながらも構わず肉薄してくるどくろ怪獣。

 

(うわわわわ……!!)

 

『なんで止まらない……!?』

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!」

 

全身を捻り、奴は自らの尾をタイガに向けて大きく振り上げた。

 

『(ぐぅ……ッ!?)』

 

首元に飛んできた打撃を受け止めようと両腕を横へ突き出すが、絶大な威力は即急の盾を貫通して巨人の身体を容易く吹き飛ばしてしまった。

 

(うああ……!!)

 

建物を巻き込みながら大地へと叩きつけられる。

 

……ダメだ。力じゃ全く敵わない。こっちの攻撃は全部防がれてしまう。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーッ!!」

 

朦朧とする意識を強引に整え、レッドキングへと視線を戻す。

 

奴はそばにあったビルを両手で挟み込むと思い切り踏ん張り、簡単にそれを地面から引っこ抜いた。

 

(うえっ!?)

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ッ!!」

 

振りかぶり、持ち上げたビルをタイガに向けて勢いよく投擲する。

 

『(ぐああああっ!!)』

 

突然のことに反応しきれなかった2人は、強烈な勢いを乗せて飛来してくるその一撃をもろに受けてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワッハハハハハハ!!楽勝楽勝!!」

 

遠く離れた建物の屋上で仁王立ちをした少女が1人、視界に映る怪獣と巨人の戦いを眺めながら騒がしい歓声を上げた。

 

「なぁにあいつ、動きガッタガタじゃん!あんなのに負けたなんて話にならないね、フォルテの呼び出した怪獣は!ウシシシ!」

 

後ろでひとつに束ねた銀髪を激しく揺らしながら、少女はレッドキングの怪力に苦戦を強いられている巨人を見ては心底嬉しそうに笑う。

 

「こりゃあアタシが出るまでもないね……」

 

少女は自分の左腕に装着されている白と青で彩られた手甲に目を落とすと、外見からは想像もつかない邪悪に満ちた眼差しを注いだ。

 

 

「さあやっちゃえレッドキング!ウルトラマンをぶっ殺しちゃえ!!」

 

 

◉◉◉

 

 

「ぎょえええええええ!?何なんですかあれぇ!?」

 

自分が毎日通っている学校……その付近に現れた怪獣と巨人の熾烈な戦闘を見て、少女————中須かすみは大きく目を見開いて驚愕した。

 

わけがわからない。慌てて部室から飛び出した春馬を追って外にやってきた時には既にこのような光景が広がっていた。

 

「か、かかかかか怪獣!?この前アキバに出たばっかだっていうのにぃ!」

 

次々と校舎から逃げ出していく生徒達に続いて自分も避難しようとその場から駆け出す。

 

その直後、

 

『待つんだかすみ!』

 

……と、頭の中に木霊した低い大人の声音に、かすみは急いでいた自らの両足を反射的に止めた。

 

「なんですかこんな時に!?」

 

『決まっているだろう。仲間が戦っているのだ……このまま見捨てることなどできない!』

 

「仲間……って、もしかして今戦ってるのが前に言ってた……?」

 

『その通り。ウルトラマンタイガだ。……やはり彼は我々の近くにいたんだ!』

 

自分の中にいる存在————筋肉質な肉体を持った宇宙人、ウルトラマンタイタスが早口気味にそう語る。

 

彼は以前秋葉原に怪獣が現れたあの日から、仲間が自分達のすぐそばにいることを肌で…………いや、筋肉で感じ取っていたようだった。

 

『私のウルトラマッスルの感知に狂いはなかった!』

 

「お仲間が見つかってよかったですね!でも今はそれどころじゃないんで!!」

 

『ああっ逃げてはダメだ!我々も加勢に向かうぞ!』

 

「はぁ!?」

 

改めて踵を返そうとするかすみに対して、タイタスはさも当然のことのように口走る。

 

「加勢って…………?」

 

『最初に話した通り、今の私は1人で実体化することができない。だから君の身体を貸して欲しいんだ』

 

「もう貸してますけど……」

 

『そうじゃない。タイガのように巨大化を果たすということだ』

 

「つまるところ……?」

 

『君が私の姿となって戦うんだ』

 

「嫌ぁぁぁぁあああああ!?!?」

 

背後で大規模な激闘が繰り広げられているなか、かすみの悲鳴が辺り一面に反響する。

 

「ぜっっっったいに嫌!!なんで私がそんな筋肉ダルマにならなくちゃいけないんですかぁ!!そもそも怪獣と戦うとか無理ですし!!」

 

『怖がる必要はない、私も出来る限りのサポートはしよう。いたいけな少女を戦場へ駆り出すのは不本意だが……やむを得ん!』

 

「勝手に話を進めないでください!」

 

『私は君で、君は私だ!』

 

「嫌って言ってるでしょ!!!!」

 

『あっ……!待てかすみ!どうか止まってくれ!!』

 

タイタスの言葉を無視しながらタイガ達とは真逆の方向へ全力疾走を始めるかすみ。

 

『このままでは彼らが危ない!』

 

「そんなこと言われても無理なものは無理です!!かすみんにはできません!!」

 

『ぬぅ……仕方ない。ならばせめて、私を彼らのもとへ運んではくれないか?』

 

「え?」

 

ふと手のひらに感じた温もりに視線を移す。

 

淡い黄色の光と共にいつの間にか握られていたのは…………タイタスの顔が刻まれた銀色のキーホルダー。

 

『お願いだかすみ、地球の危機なんだ』

 

「う……うぅ〜……!!」

 

手元のそれと遠方の巨人達を何度も見比べた後、かすみは諦めるように深く肩を落とした。

 

「————もうっ!わかりましたよ!届けるだけですからね!?……どのみち地球が滅んじゃったらスクールアイドルもできませんし!!」

 

『恩に着る!』

 

意を決したかすみは気を引き締めるように自分の頬を叩いた後、怪獣の発する鳴き声に怯えながらも強く大地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(はぁ……!はぁ……っ!!)

 

時間が過ぎるごとに少しずつダメージが蓄積されていくのがわかる。

 

さっきから守りに徹しているはずなのに…………体力は削られるばかりで、相手の攻撃は留まることを知らずに激しさを増す一方だ。

 

(このままじゃ……!)

 

『……春馬、あれを使え』

 

(あれ?)

 

不意に提案してきたタイガに首を傾ける。

 

『ヘルベロスを倒した時に手に入れた指輪だ。まだ力を試していなかった』

 

(そういえば…………)

 

春馬が左手に意識を向けた直後、光と共にそれは現れた。

 

先日倒した怪獣————ヘルベロスから生まれた奇妙なアイテム。

 

何故だかウルトラマンの力を宿しているらしいその指輪は、タイガスパークを通して力を利用できるようだった。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!」

 

『……!春馬!!』

 

(うん!)

 

 

《カモン!》

 

タイガスパークのレバーを操作し、左手中指にはめられた指輪へと右の手のひらをかざす。

 

《ヘルベロスリング!エンゲージ!!》

 

直後、タイガスパークのクリスタルにエネルギーが収束。同時にタイガの両腕に赤黒い稲妻が迸った。

 

 

 

『————ぜあっ!!』

 

禍々しい怪獣の力が充填された両腕を勢いよく振るい、赤黒い斬撃を放つ。

 

風を切り、高速で回転しながらレッドキングへと迫った光の刃は、これまでかすり傷一つ付けられなかった奴の身体へいとも簡単に裂傷を刻み込んだ。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーッ!!」

 

思いもよらぬ一撃を受けたレッドキングが怯み、体勢を崩す。

 

(……!すごい!)

 

『よし……っ!このまま畳み掛けるぞ!!』

 

(うん——!…………ん……)

 

『春馬?』

 

 

…………パキ、と何かが割れる音が……頭の奥で聞こえた気がした。

 

『どうかしたのか?』

 

(わから……ない……なんだか目眩いが……)

 

視界にモヤがかかったように、急に意識が遠のく。

 

頭が痛い。吐き気もする。…………怪獣の指輪を使ったせいだろうか。

 

 

 

『春馬ッ!!』

 

(え————?)

 

我に返ったのと同時に腹部に炸裂する打撃。

 

(かっ……!!)

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!」

 

いつの間にか目の前まで接近していたレッドキングは、先ほどのお返しと言わんばかりに凄まじい威力を備えた拳を叩きつけてきたのだ。

 

『ぐあっ……!!』

 

幾度目かの転倒。

 

ぐらぐらと定まらない思考を無理やり整理し、春馬は慌てて眼前に立つ標的を睨み返した。

 

(く……ぅ……)

 

ひどい頭痛がする。タイガの身体が思うように動かせない。

 

何かしらの異常が起きているのは間違いなかった。

 

(どうする……!?またさっきの攻撃を————でも平気なのか……!?)

 

徐々に接近してくる髑髏の怪獣。

 

焦りで鈍くなった思考回路を必死に巡らせ、春馬は迫る死の気配からなんとか逃れようとする。

 

…………前回と全く状況が違う。このままでは本当に————!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウルトラマンさぁぁああああああああああんっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

『(…………っ!?)』

 

 

下の方から届いてきたのは……喉が張り裂けんばかりに発せられた少女の叫び。

 

反射的に足元へ視線を落とすと、見覚えのある顔が視界の中心に収まった。

 

(かっ……かすみちゃん!?どうしてそんなところに————!?)

 

肩を上下させながらこちらに向けて必死に何かを伝えようとしているような表情の後輩の姿が、そこにあった。

 

『おい春馬!よそ見をするな!!』

 

(いや、だって……!)

 

前方から近づいてくるレッドキングと傍らのかすみを交互に見比べながら、春馬はおろおろと戸惑ってしまう。

 

「これを……!受け取って————くださああああああああああいっ!!!!」

 

野球選手さながらのフォームで何かを振りかぶった彼女は、そのまま勢いよく腕を下ろすと————

 

 

(これは……!?)

 

 

眩い輝きに包まれた……()()()()()()らしき物が、宙を舞った。

 

『……!?まさか!?』

 

全力投球された光は一直線にタイガの胸元————その中心にあるランプ、"カラータイマー"へと吸い込まれていく。

 

(一体なにが……!)

 

新たに自分の内側に入ってくる何者かの気配に驚愕しつつ、春馬は眼前を照らす眩い光に目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

『遅れてしまってすまない!』

 

————その男は、超筋肉(ウルトラマッスル)だった。

 

 

 

(……誰!?)

 

鍛え上げられた強靭な筋肉に覆われた肢体。赤と黒の体色に額と胸の特徴的なスターマーク。

 

一目で地球人ではないとわかる外見の人物と視線を交わした後、春馬は理解の追いつかない状況にただただ頭を悩ませていた。

 

『お、お前……!タイタス!?タイタスなのか!?』

 

『ああ、随分と久しく感じるな!』

 

(え?知り合い?)

 

現れてすぐ親しげにタイガと会話する彼に怪訝な眼差しを向ける。しかし2人の関係性を理解するのに多くの時間はかからなかった。

 

(あっ……もしかして……君が前にタイガが言ってた、仲間の————!)

 

『その通りだ少年!私の名は……力の賢者、"タイタス"だ!』

 

(おお〜!賢者様!)

 

自慢げにいくつかのポージングを決めながら大きく頷くタイタスに瞳を輝かせる春馬。

 

(あれ?でもどうしてかすみちゃんが……?)

 

『細かい話は後だ。今は目の前の敵を討とう!……構わないか、タイガ?』

 

『あ、ああ……!頼んだ!』

 

(ようし……!じゃあ行くよ!)

 

佇んでいたタイタスの身体は瞬く間に縮小し、やがて手のひらに収まるほどのキーホルダーへと変化。

 

ふわふわと漂っていたそれを掴み取り、春馬は流れるようにタイガスパークのレバーへと触れた。

 

《カモン!》

 

 

 

(力の賢者、タイタス!)

 

 

光に満ちた空間の中心で強く叫び、掲げていたキーホルダーを右手へと移す。

 

黄色の輝きがクリスタルへと集中。

 

(バディィイイイイ…………!)

 

エネルギーが充填されると同時に全身を捻り、春馬は天に向かってタイガスパークを突き出した。

 

 

 

(————ゴーッ!!)

 

 

 

《ウルトラマンタイタス!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーもう……!どうして私がこんなぁ……!ていうか春馬先輩はどこに行ったんですかぁ〜!!」

 

役目を終えてすぐに巨人達から離れていたかすみが必死に四肢を振りながら涙声でそう愚痴を漏らす。

 

「……?」

 

背後から放出された光が視界を照らし、かすみはふと立ち止まっては視線の先にそびえ立つウルトラマンを見上げた。

 

先ほどまでそこに存在したはずの二本角の巨人はいなくなっており、代わりに数分前まで自分と一体化していた筋肉ダルマが佇んでいる。

 

「……変わった……」

 

ぽかんとした表情で立ち尽くすかすみ。

 

このわずかな時間の中で生まれた抱えきれないほどの情報量が、彼女の思考を大幅に鈍くさせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『————ふんっ!』

 

両腕を上に曲げ、上腕二頭筋を強調。

 

『————はっ!』

 

続いて腰元へ手を持って行き、背中を広げる。

 

『————ふぅんっ!!』

 

最後に手を組んで身体を捻りつつ、胸や腕……そして脚。全身の至る所の厚みをアピール。

 

 

 

(……どうしてポーズとったの?)

 

街のど真ん中で突如として開始されたボディビル大会に、春馬は若干恥ずかしそうに頬を染めながら苦笑した。

 

『これを行うことにより一時的に私の肉体は強化されるのだ』

 

(なにそれ……!?)

 

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーッ!!!!」

 

完全に蚊帳の外状態だったレッドキングが思い出したように咆哮を轟かせ、地響きのような足音を立てながら巨人————タイタスへと接近しようとする。

 

『さあ、戦うぞ!賢者の拳で全てを砕け!』

 

(……!うん!)

 

意識をタイタスと重ね、前方からやってくる敵を視認。

 

向こうが繰り出してきた打撃を捉え、対抗するようにこちらも正面から拳を放った。

 

『(うおおおおおおおおおっ!!)』

 

怪獣と巨人の拳が衝突した直後、薄い衝撃波が周囲に拡散。

 

刹那、レッドキングは押し負けるように身体ごと後方へと仰け反った。

 

(跳ね返した!?すごいや……!)

 

『まだまだ……!この程度は朝飯前というもの!』

 

すかさずレッドキングへ駆け寄ったタイタスは、その岩のような胴体を抱え込むと——————

 

『ぉぉぉおおおおおおオオオオオオ!!!!』

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーー!!!!」

 

驚異的な腕力で奴を持ち上げ、そのままバックドロップを決めた。

 

(さっきまで歯が立たなかったのに……)

 

タイガが表に出ている時とは比べ物にならないほどのパワーが発揮できる。

 

小回りは利かないが…………今のように純粋な力比べとなれば無敵かもしれない。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!」

 

再度迫ってきたレッドキングの打撃を悉く全身で受け止め、加えてカウンターを叩き込んでいく。

 

(すごい……!すごいねタイガ!君の仲間って最高!)

 

『相変わらずとんでもない力だな……』

 

『ふふんっ!お褒めに与り光栄————!!』

 

遠心力を伴い猛スピードで飛んでくるレッドキングの尾をがっしりと両腕で掴み取りガード。

 

腰回りと足へ力を送り、そのままハンマー投げの要領で回転。

 

『これが私の……!ウルトラぁぁぁああ……!!————マッスル!!』

 

烈風が巻き起きるほどの勢いを溜め込んだ後、奴の巨体を思い切り空中へ放り投げた。

 

「◼︎◼︎ーーーー!!」

 

断末魔を上げながら大地へと転倒するどくろ怪獣。

 

大量の土煙が舞うなかよろよろと鈍い動きで立ち上がった標的に向けて、またもタイタスは主張の激しいポージングをとった。

 

『さあ少年、トドメだ!共に叫ぼう!』

 

(オッケー!)

 

タイタスと思考が重なるのがわかる。

 

彼が示す通りに両腕を曲げて上腕二頭筋に力を込めた後、前の方で手を重ねて緑色のエネルギー弾を生成。

 

『(“プラニウム————!)』

 

眼前に生み出された光弾に向けて拳を引き絞り————壊れるかと思うほどの力で肩を振るった。

 

 

 

『(バスターーーーーーーッ!!!!”)』

 

 

 

拳骨を打ち付け、重い音と共に射出されたエネルギーの塊がレッドキングへと殺到する。

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!!!」

 

 

直後、吸い込まれるかのようにして岩肌の如き腹部へと直撃。

 

レッドキングは掠れた鳴き声を遺し、広範囲に衝撃と騒音を撒き散らしながら爆発四散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……今回はちょっと危なかったね」

 

『……そうだな』

 

人の姿へと戻った途端に蓄積されていた疲労とダメージが波のように押し寄せてくる。

 

春馬は膝に手をつきながら上がった息を整えると、新たに加わった頼もしい仲間に改めて意識を向けた。

 

「えっと、タイタス……だっけ?本当にすごいパワーだった!これからも一緒に戦ってくれるんでしょ?」

 

『当然だ!この星の平和のために……私もこの筋肉(ちから)を尽くそう!』

 

「くぅ〜!なんかもう負ける気がしない!——俺、追風春馬って言います!よろしくね、力の賢者!」

 

『ああ、こちらこそだ!』

 

自分の両肩に腰掛けている小さな霊体へ交互に笑顔を向ける。

 

彼らと一緒なら……きっとこの先にどんな困難が待ち受けていたとしても、絶対に切り抜けられる。そんな気がしてならなかった。

 

「……そういえば……なんか忘れてるような————」

 

『おや、そんなところにいたのかい』

 

「え?」

 

不意にタイタスが声をかけた方向を見やる。

 

……別の人間の気配だ。

 

春馬は建物の陰に潜みながらこちらの様子を窺っていた人物へと向き直り————その顔を見て言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は……は……は、ははははは春馬……先輩……?い、いいいい今タイタスさんが春馬先輩に……って、え……?もしかして先輩がウル……ウル……ウル——!?」

 

 

 

 

「…………どうしようタイガ」

 

『……俺に聞くなよ』

 

 

 

 

青い顔を浮かべて身を震わせている後輩を見て、春馬は困ったように頬を掻く。

 

……こうなっては仕方ない、腹を括ろう。そう思いながら次に発せられるであろう叫びを、春馬は身構えながら待った。

 

 

 

 

 

 

 

「春馬先輩が……ウルトラマンさんだったんですかぁ——————!?!?」

 

 




タイタスが仲間に加わり無事レッドキング撃破!……と胸をなで下ろすのも束の間、なんと中須後輩に正体がバレてしまいました。

今回は最初の方で少し顔を出したピノンのビジュアルを公開します。


【挿絵表示】


画力の問題で上手く表現できていませんが初登場時の描写と同様に喪服っぽいワンピースを着用しています。

さて、次回からまたラブライブサイドの話に戻る予定ですが、その後のエピソードはオリジナルをメインに展開していけたらなと考えております。

フーマの前にあの2人を登場させたい……。


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第7話 揺れ動く日常

タイガもクライマックスですね……。
ウーラーのグロテスクなデザインがかなり好みなので今作でもどこかで登場させたい。

……それはさておき、

虹ヶ咲アニメ化決定おめでとうございます!!!!!!!!!!!



怪獣と巨人の熾烈な戦いが終結した後の街は、人々の様々な感情が複雑に絡み合っている。

 

突然の出来事に呆気にとられる者。

 

恐れから泣き叫ぶ者。

 

自分達を救った巨人に感謝を示し、褒め称える者。

 

 

向けられる方向は違えど、戦闘を目撃した誰もが落ち着きを失った感情を抱いていた。

 

 

…………例外を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………案の定ね」

 

街を一望できるほどの高所から下へ視線を注いでいた少女が1人、紺で染まったコートに口元まで顔を埋めながら呆れた声を発した。

 

「——でも怪獣がこうも立て続けに現れるのはおかしいわ。……誰かが裏で手を引いてるのは間違いなさそう」

 

その場にはいないはずの誰かに向けての言葉。

 

携帯電話らしき物は所持していないはずだが、少女は途切れることなく自然な様子で独り言を呟いている。

 

「……ええ、そうね。もしそうなら……尚更あいつらを連れ戻さないと」

 

頭に乗せていたキャスケットを深く被り直し————ひゅ、とその場に吹き抜けた風と共に少女は高層ビルから身を投げる。

 

 

とても人間とは思えない身体能力を発揮しながら……暗い蒼はビルからビルへ、転々とした軌跡を描いた。

 

 

◉◉◉

 

 

「ぷははははは!すっごい偶然だね!!」

 

 

まだ騒がしい雰囲気が残っていた戦場を後にし、春馬とかすみは肩を並べながら帰路についていた。

 

「まさかタイタスがかすみちゃんに憑依してたなんて……全然気づかなかったよ」

 

小さく透き通った霊体の姿で自分の両肩に腰掛けているウルトラマン2人に向けて、春馬は笑いを含んだ声をかける。

 

秋葉原でのこと————ヘルベロスが現れたあの時、自分に何が起こったのかは全てかすみに打ち明けた。

 

……当然「信じられない」といった顔をされたが、事実なのだからしょうがない。

 

『実はなんとなく気配は感じてたんだよな』

 

「ええ?俺は全然……。やっぱりウルトラマン同士だから?」

 

『春馬の纏う空気にはどこかタイガと通ずるものがあったからな。私も薄々はそうではないかと思っていた』

 

「不思議だなぁ……。ね、かすみちゃん————」

 

ふと横を歩いていた後輩に顔を向ける。

 

彼女はひどく疲れたような表情を浮かべており、春馬の呼びかけには上の空といった様子だった。

 

「どうしたのかすみちゃん?具合でも悪い?」

 

「あ、いえ……なんか……あまりにも信じられないことが連続して……ちょっと理解が追いつかなくて……」

 

「そっか……そうだよね。いきなり怪獣が出てきたんだし、かすみちゃんびっくりしたよね……」

 

「いやそれもありますけど……」

 

何かを諦めるかのように肩を落としながら、ため息交じりに彼女は言った。

 

『だがそれにしてもだ。果たして偶然という言葉で片付けていいものだろうか……?』

 

賢者らしく思慮深い面持ちでそう呟くタイタス。

 

確かに……これまで離れ離れになっていた2人のウルトラマンが、同じ街の同じ場所でこうして再会できたことは奇跡に等しい。そう考えてみるとモヤモヤと疑問が浮かんでくる。

 

「でもよかったね、2人共また出会えて」

 

だが春馬はあっけらかんとした調子でそう口にすると、眩しいほどの笑顔をタイガとタイタスへ交互に見せた。

 

「危ない目に遭ったっていうのによく笑ってられますね!?」

 

「危ない目?」

 

「怪獣にやられそうになってたじゃないですか!」

 

緊張感や危機感といったものを微塵も見せないでいる春馬に対して戸惑いながらかすみが言い放つ。

 

「まあまあ、いいじゃない。最後には勝てたんだし」

 

「いやよくないですよね!?だいたい先輩には戦う理由なんてないじゃないですか!」

 

「戦う理由……」

 

「同好会の件もそうですけど……どうして春馬先輩は、他人のためにそこまで必死になれるんですか……?」

 

立ち止まり、怪訝な瞳でこちらを見つめるかすみ。

 

 

 

 

 

 

 

『——————————』

 

 

 

 

 

沈黙の時間がしばらく続く。

 

春馬は耽るように一点へと注いでいた視線をかすみへ戻すと、欠片ほどの迷いも感じられないほどに澄み切った表情で言った。

 

「俺がそうしたいと思ったからだよ」

 

どこか煮え切らない答えに眼を細めて微妙な顔を浮かべつつ、かすみは小さく息を吐いた。

 

「やっぱり先輩って変わってますよね……」

 

「ええ?————まあともかく、このことは2人だけの秘密にしておいてくれないかな?俺がタイガに変身してるってバレちゃったら、色々面倒なことになりそうだし……」

 

「え?」

 

春馬が何気なく伝えた言葉の一部に反応し、かすみは微かに口角を上げる。

 

「そ、そうですね!わかってますよ……!秘密……ですよね、2()()()()の……」

 

「うん!ありがとうかすみちゃん!」

 

「ど、どういたしまして………………えへ」

 

『どうかしたのかかすみ。なぜそんなに気味悪く笑うんだ?』

 

「なっ……なんでもないですよ!筋肉バカは黙っててください!」

 

『ぬぅ……!?以前から思っていたが、時々私に対して当たりがキツくないか!?』

 

「あはは、仲良しなんだね2人共」

 

「ちがいますーっ!タイタスさんが勝手に私の身体に住み着いて、これまで仕方なく色々とお世話してあげてただけですから!!」

 

『つまり仲良しではないのか?』

 

「ちがいますってば!!」

 

 

「……そういえば」

 

騒がしいやりとりを聞いて微笑みつつ、春馬はふと頭の隅にあったことを思い起こすと天を仰いだ。

 

「まだ同好会のことについて詳しく聞いてなかったよね」

 

「あ……そうでした」

 

先輩の一言で我に返ったように冷静になるかすみ。

 

ちょうど彼女からスクールアイドル同好会がなぜ窮地に立たされることになってしまったのかを尋ねようとした際にレッドキングが現れ、今に至るまで詳細を聞けないままでいたのだ。

 

生徒会長から廃部を言い渡されるような状況に陥ってしまった理由…………まずはその全容を知らなければ。

 

 

「最初からお話ししますとー……スクールアイドル同好会は5人で活動を開始したんです。さっき話に出た優木(ゆうき)せつ菜さんと、あと他の学校から転校してきた人達……」

 

記憶を辿り、かすみは指を折りながら在籍していた人物の名前を口にしていく。

 

近江彼方(このえかなた)さん、桜坂(おうさか)しずくさん、エマ・ヴェルデさん」

 

「海外から来た人もいたんだね……」

 

虹ヶ咲学園には国際交流学科なるものが存在しているので何ら不思議ではないが、外国の方でスクールアイドルとして活動している人がいたのは驚きだ。

 

「そして、同好会期待の新人にして……最高に可愛いと言われた中須かすみ!」

 

「うんうん」

 

『会って間もないというのにかすみの対応に慣れているな』

 

かすみの自惚れ発言を頷きながら静かに聞き流す春馬にタイタスが感心するようにぽつりとこぼす。

 

「彼方先輩としず子……エマ先輩は、別の学校から虹ヶ咲学園に転校してきたんです。スクールアイドル同好会に入るために」

 

「そこまで情熱のある人達が……どうして今はこんなことに?」

 

「う〜ん……なんででしょうね。確かにみなさん、かすみんに負けないくらいやる気があったと思うんですけど……なんか途中からギクシャクしちゃった……みたいな?」

 

「ギクシャク…………喧嘩しちゃったの?」

 

「あ、そういうんではないんですよねぇ。仲は良かったと思いますよ。イヤな人とかもいませんでしたし」

 

春馬の問いに間髪入れずにそう返答するかすみ。生徒会室で彼女が言ったことは間違いというわけではないみたいだった。

 

けどそうなると会長の言葉が気になってくる。

 

「でも……さっき中川さんが『せつ菜さんが亀裂を〜』みたいに言ってたよね?」

 

投げかけられた問いにかすみは数秒考え込むような素振りを見せるが、すぐに顔を上げて春馬へと視線を戻した。

 

「せつ菜先輩は〜……確かにちょーっと苦手は苦手だったんですけど、嫌いとかじゃなかったですし、せつ菜先輩が何かしたってこともないんですよ」

 

「ふむ……?」

 

「いろいろアドバイスとかしてくれましたしね?……あ、でもたまにちょっと違うな〜って思ったことはあったかなぁ」

 

「アドバイスが間違ってたとか?」

 

「んー、間違ってる……っていうか、かすみんがやりたいこととは違うなって感じです」

 

はっきりと断言できていない様子からして、やはりそう単純な話でもないようだ。

 

「でも、せつ菜先輩はすごい人なんですよ!リーダーって感じで、かすみんもこの人について行けばーって思ってましたし。……ただ、かすみん達ってみんなタイプが違ったのかなあって……今は思います。——部活動研究発表会ってあったじゃないですか?」

 

「あー……俺見れてないや。その頃まだ入院してたから……」

 

「そういえば言ってましたね……。……実はその発表会、スクールアイドル同好会は出れなかったんですよ」

 

俯き加減になりながら静かにそう口にしたかすみに、春馬は「え?」と短い声を上げては緩んでいた口元を引き締めた。

 

「私達ももちろん、グループでライブを開こうとしたんです。初めてのステージだったから、みんなすごく楽しみにしてて……。でも、やりたいことがバラバラすぎて、うまくまとまらなかったんです」

 

「まとまらなかった……?」

 

「はい。……台詞を入れてみたいっていう人がいれば、ステージに動物を出したいとか、ミュージカル風にしたいとか言う人もいて……。それで、かすみん達って一緒の方向には行けないんだなって気付いちゃったんです。だからお互い遠慮するようになっちゃって……」

 

「…………」

 

なるほど、と心の中で頷く。大体の話はこれで見えてきた。

 

同好会が廃部の危機に陥った原因は…………方向性の違いによる自然消滅。様々な情熱が入り混じった結果起きてしまった悲劇。

 

「……せつ菜さんは、その時どうしてたの?」

 

「……一番遠慮してた気がします。元気もなかったですし……。————情熱があればなんでもできるわけじゃないってわかったのはいい勉強になりましたよ。…………ほんと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『————音楽は好きか?』

 

 

朧げな映像が瞳の奥で再生される。

 

隣の黒い椅子に腰を下ろした男性が優しく語りかけてくる……記憶だ。

 

 

『今の気持ちを忘れちゃいけないよ。好きだと感じたその時の情熱が全ての始まりだ。……きっとこの先、何百回心が折れそうになった時もお前を照らしてくれる…………“光”だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それでも、情熱がなければ何も始まらない」

 

「え?」

 

春馬はいつの間にか若干の険しさを含んでいた表情を解くと、再びかすみの顔を正面に捉えながら強く言った。

 

「好きだって気持ちはそう簡単に無くならないはずだよ。……まずはその近江さんや桜坂さん、エマさん達に戻ってくる意思がないか確認して、その後に新しいメンバーを集める方法を……一緒に考えよう」

 

「……!さ、さっきは会長の前で大きなこと言っちゃいましたけど、戻ってきてくれますかね……?」

 

「きっと大丈夫さ!スクールアイドルに対する想いが消えない限り、みんなかすみちゃんの気持ちに応えてくれるはず!」

 

かすみを安心させるように淀みのない笑顔を彼女へと向ける春馬だったが、直後に何かを思いついたように口元へ手を添える。

 

 

「……その前に実績を積んでおいた方がいいかな」

 

「実績?」

 

ふと春馬がこぼした言葉を首を傾けながらおうむ返しするかすみ。

 

頭の中で考え事の整理がついた後、春馬は一層活気に満ちた瞳を向けてきた。

 

「今度の同好会は一味違うぞ!——っていうことをアピールする必要があるかもってこと」

 

「と、いうと?」

 

「頑張っていける人に協力してもらうのさ!」

 

「はあ……」

 

自分の言わんとしていることがイマイチ理解できていない様子の後輩に、春馬は身振り手振りを加えながらにこやかに言った。

 

このまま以前のメンバー達に説得を試みても、また空中分解してしまうのではないかという恐れが邪魔をして戻ってきてはくれない可能性もある。

 

だから…………せめてもう1人くらいは助っ人が欲しかった。

 

「積もる話になるだろうし、かすみちゃんさえよければこの後ウチに来ない?」

 

「へ?」

 

突然の誘いに言葉を失うかすみ。

 

しばらく静寂がその場を満たした後、やがて春馬の意図を理解した彼女は慌てふためいた様子で口を開いた。

 

「そっ……!そそそそそそれって……!春馬先輩のお家に……い、いいいい行くってことですよね……!?」

 

「うん。……あ、でももう遅いし……やっぱり明日改めて学校で話そうか」

 

「だ、大丈夫です!!全然大丈夫ですからっ!!是非お邪魔させてください!!」

 

「そ、そう……?」

 

急に息を乱しながら身を乗り出してきたかすみに圧倒されてしまう。

 

……とりあえず了承してくれてよかった。()()()()()()()()()()部員がいるのといないのとでは説得力が全然違う。

 

「……ん?その“頑張っていける人”ともこれから話すんですよね?」

 

「そうだよ」

 

「春馬先輩のお家でですよね?」

 

「うん」

 

「…………ちなみにその方とは……どういったご関係で?」

 

そう言って懐疑的な眼差しを注いでくるかすみ。

 

春馬はなぜだか渋い表情になった彼女に疑問を抱きつつも、これから会いに行く親友との関係をそのまま打ち明けた。

 

 

 

 

 

 

「俺の、幼馴染」

 

 




ここから少しスクスタと違う展開へと舵を切って行きます。

冒頭の少女は一体何者なんだ……()


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第8話 来客日和

いやあ聖なる夜ですねえ。
アークの意思のままにクリぼっちきめてます()


「ずるい……!ずるい……!!ずるいずるいずるいずるいずるいッ……ズルイ!!!!」

 

 

ほとんど蹴散らすように漆黒の空間へと足を踏み入れたのは————黒いワンピースに身を包んだ少女。

 

今にも泣き叫びそうな雰囲気を帯びている彼女は、不機嫌ですと言わんばかりに表情を歪めながら“兄弟”達のもとへ早歩きする。

 

 

「……なんで……!」

 

 

兄と弟、そして妹が立ち並んでいた傍らで足を止めた後……ここに来るまでに堪えていた目尻のダムが決壊した。

 

「なんで……別のウルトラマンが出てくるの!?バカみたいに力強いし!レッドキングが力負けする奴がいるなんて……アタシ知らなかったのにぃ……!急に出てくるなんて卑怯だぁ!!……うぇ〜ん!!」

 

「勝手に飛び出した上に無様に敗北するとはな。もはやお前に生きてる価値はないと思うんだが、どう思う?なあ?」

 

「ヘルマうっさい!!」

 

「お前の声には負ける」

 

「うわぁぁあああああん!!フィーネにいちゃあ〜ん!!」

 

涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔面のまま、少女——ピノンはその場を駆け出すと近くに佇んでいた少年の懐へ飛び込んだ。

 

「いいだろう、好きなだけこの胸で涙を拭うといい。オレが慰めてやる。なぜならオレは“長男”だからな」

 

「うぐっ……ひっぐ……」

 

 

「…………」

 

これまでに何度か見かけたことのある光景を目にし、少し離れた場所に立っていたフォルテは冷ややかな視線を兄弟達へと注いだ。

 

何の意味も見出せない…………そのはずなのに、

 

なぜ彼らのやりとりは…………こうも自分の胸に棘のような感覚を残していくのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや————取り込み中だったかな?」

 

不意に背後から発せられた声音に対し、4人の兄弟達は一気にまとう空気を変える。

 

黒霧の中から現れたのは…………白と黒に色分けされた、どこか道化師じみた印象を与えてくる奇妙な男だった。

 

「…………ミライか。オレ達の家に一体何の用だ?」

 

腰に抱きついて離れないピノンの頭に手を置きつつ、フィーネは自分達の前に立った男に冷たい表情を向ける。

 

男————ミライは後ろの方で手を組むと、捉え辛い足運びで空間の中心へと移動した。

 

「素っ気ないねえ……。それくらいはわかるだろう?……私に断りもなくレッドキングの指輪を使ったようじゃないか」

 

「まずかったか?」

 

「いいや?なんの問題にもならないさ。マイナスエネルギーならまた集めればいいだけの話だからな」

 

ステップを踏むようにしてフィーネへと肉薄したミライは、張り付いたような笑顔を浮かべながら彼に囁く。

 

「だが怪獣を呼び出す前に一言くらいは欲しかったなぁ……。予想外の出来事には敏感でね、少々癪に障るんだ」

 

「それはすまなかったな。このオレが長男として謝ろう」

 

「いいとも。次から気をつけてくれれば…………ね」

 

フィーネの肩に軽く触れた後、ミライは踵を返して蝋人形の如く佇んでいたフォルテを見やる。

 

そしてヘルマ、ピノン……フィーネへと視線を一周させた後、より面白がるように口角を吊り上げた。

 

 

「本当に興味深いよ…………君達の“絆”は。————くははっ……!」

 

そう言い残し、背後に出現した魔法陣のようなゲートへと溶けていくミライ。

 

「…………」

 

形容し難い不快感を植え付けて去っていった彼の面影を拭いながら、フォルテもまた真っ黒な世界を後にした。

 

 

◉◉◉

 

 

共同住宅内にある階段を上りきった先に並んでいた幾つかの扉。

 

 

「ここだよ」

 

春馬はそのひとつの前で立ち止まり自宅の玄関を指し示すと、きょろきょろと辺りを探るように見渡していたかすみに声をかけた。

 

「ここが……春馬先輩のお家……」

 

「うん」

 

少し緊張している様子の彼女に頷きつつ、インターホンに指を重ねる。

 

隣に位置している玄関の戸を何気なく一瞥した後、春馬は指先を押し込んで中にいるであろう家族にコールを送った。

 

その直後、パタパタと慌てるような調子のスリッパの音が向こう側から近づいてくるのがわかった。

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさい——————まぁ!」

 

カチャリと扉を開けつつ飛び出してきた女性は、春馬の隣で縮こまるように立っていたかすみを見るなり、口元を覆って驚くような仕草を見せる。

 

「可愛らしいお客さん!お友達?」

 

「ただいま母さん。こちら学校の後輩の————」

 

「な、中須かすみと言います!初めまして!春馬先輩のお母さん!」

 

ガチガチに固まった背筋をぎこちなく曲げてお辞儀する彼女を見て、春馬の母————小春は柔らかな微笑みを浮かべた。

 

「初めまして、春馬の母です」

 

「ちょっと話したいことがあってウチに来てもらったんだけど、いいかな?」

 

「もちろんよ!ささ、外は冷えるわ。入って入って」

 

「お、お邪魔します!」

 

玄関をくぐって中に入ると少しだけ落ち着いたのか、かすみは春馬の後ろにぴったりと付きながら次々に視界に入ってくる内装を焼き付けるように見ていた。

 

『ふむ……なんだか、彼女を見ていると落ち着くな』

 

『あ、わかるぜそれ。なんかこう……いるだけで癒される感じっていうかさ』

 

(え?……母さんのこと?)

 

にこにこと笑顔を絶やさないまま台所に向かっていた小春の背中を見て、タイガとタイタスが不意に呟いた。

 

(そうかな……?…………そうかも?)

 

家に帰ると心が休まるのは春馬にとって当然のことであるが、その焦点を母親に向けたことは今までなかった。

 

母さんがいるから安心できる…………。もしかしたらそういうことなのかもしれない。

 

 

 

 

奥に進んだ先にある扉を開け、自室へとかすみを通す。

 

「じゃあちょっとだけ待っててね。呼んでくるから」

 

「はい!」

 

彼女にはテーブル前に設置されていた座椅子に座ってもらい、春馬は振り返る。

 

部屋を出てリビングを通り、先ほど脱いだ靴を再び履いては隣に住んでいる“助っ人候補”のもとへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————病室から出た彼は、とてもよく笑うようになった。

 

 

ベッドに横たわっていた頃では決して見られなかった……心の底から湧き出るような、自然な笑顔。その笑顔と一緒にまた過ごしていられるなんて……少し前までは想像もできなかった。

 

彼の身体を蝕んでいた病気も、吹き飛ぶように完治したらしい。

 

…………今までみたいに、お世話される必要もなくなった。いや、そもそもこれまでが普通じゃなかったんだ。

 

 

彼にとって自分は………………ただの幼馴染なんだから。

 

 

 

 

「…………?はーい!」

 

唐突に鳴り響いたインターホンの音色に反応し、上原歩夢は慌てて玄関へと向かう。

 

…………ドア越しに伝わってくる、暖かい気配。

 

歩夢は顔を確認するまでもなく、訪ねてきた人物が誰なのかすぐに理解した。

 

 

 

「やっほー歩夢」

 

「ハルくん……!どうかしたの?」

 

「ちょっと話したいことがあって」

 

面と面が向かい合った直後、前触れもなく上がる心拍数に戸惑いながら幼馴染に問いかける。

 

まだ帰ってきたばかりなのか、制服姿のまま自分のもとにやってきた彼はどことなく疲れているようにも感じた。

 

「……!そういえば、大丈夫だった!?」

 

「え?」

 

「怪獣だよ!今度は学校の近くに出たってテレビでやってたから、私……気が気でなくて…………」

 

「あ、ああー…………うん。ウルトラマンが助けてくれたからね」

 

不安げに聞いてきた歩夢に対し、春馬は軽く受け流そうとする。

 

……かすみと違って彼女はタイガに関する事情は何も知らない。当然タイタスのことも。

 

「————それよりさ、今からウチに来れる?」

 

「今から?」

 

「うん。歩夢に話したいことがあってね」

 

先ほどと同じ内容の言葉を伝えて話題を切り替えようとすると、歩夢は何かを窺うような視線を注いできた。

 

「……うん、いいよ。何の話?」

 

「長くなりそうだし、とりあえず来なよ。実はもう1人俺の部屋で待たせててね。その子も一緒に相談したいことなんだ」

 

「もう1人……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちら、スクールアイドル同好会の中須かすみちゃん」

 

「ど、どうも……。この人が先輩の幼馴染さんですか……?」

 

歩夢を連れて部屋に戻ってくると、かすみはどこか探るような瞳を浮かべて待っていた。

 

「うん、上原歩夢。昔からどんなに苦しい時でも頑張れちゃう子でね。歩夢がいてくれたら……みんなも一緒に頑張れるんじゃないかと思って」

 

「………………」

 

小さく俯いた後、顔を上げつつかすみはぽつりとこぼす。

 

「……かすみんだって……頑張れますけど……」

 

「うん、わかってるよ!でも……きっと俺だけじゃどうにもならないことがあると思うんだ。だからもう1人くらい、信頼できる仲間がいた方がいいかなって」

 

「先輩がそう言うならぁ……いいですけどぉ……」

 

もごもごとした口調でそう承諾したかすみに微笑み、春馬は再度幼馴染の方へと顔を向き直した。

 

「やっぱり私達の学校にも……スクールアイドルの人がいたんだね」

 

「うん!……ただ、ちょっとだけ大変なことになっててさ」

 

「大変なこと……?」

 

「……それがね」

 

首を傾けながらそう尋ねてくる歩夢とテーブルを挟んで改めて向かい合い、意を決したように春馬は口を開く。

 

…………スクールアイドル同好会の現在の状況と、生徒会長から下された条件。春馬は自分の聞いたことを余すことなく歩夢に伝えた後、単調直入に本題へと移った。

 

 

 

 

 

 

「————ええっ!?わ、私が……スクールアイドル同好会に!?」

 

「お願い歩夢!頼れるのは君だけなんだ!」

 

両の掌を強く合わせながら、幼馴染に深く頭を下げてそう懇願した。

 

以前まで同好会に在籍していた人達を説得できるだけの“変化”。それを示すための協力者として歩夢はこれ以上ないくらいに適任だった。

 

親しく長い付き合いだからこそわかるんだ。彼女ならきっと、このドン底な状況を打破する活路を開いてくれるって!…………たぶん。きっと。

 

「…………ダメ……かな?」

 

恐る恐る苦笑した顔を上げる春馬。

 

歩夢は春馬と……その横に腰を下ろしていたかすみをそれぞれ視界に捉えると、ふっと綻ぶような笑顔を2人に見せた。

 

 

「……やっぱりハルくんはすごいね。すごい行動力だよ」

 

「えっ?……そ、そうかな……」

 

「スクールアイドル部を探しに行って、そこが潰されそうって聞いたらすぐに部員集めに走って……。それに、会ったばかりの後輩ちゃんにこんなに頼りにされてるなんてすごいよ!」

 

「え、えへへ……」

 

戸惑っていた表情が一転して明るいものになったのを見て、春馬も安心するように笑う。

 

「後輩ちゃんって……かすみんのことですよね?実はそうなんですぅ!もう先輩とはちょー仲良しなんですよぉ!」

 

「かすみちゃん?」

 

隙を見つけたと言わんばかりによくわからない張り合いをしようとするかすみに怪訝な眼差しを向ける。

 

超仲良し————いや、確かに仲はいいのだろうけども……。

 

「ふふっそうなんだ。……ねえ、幼稚園のときのこと、覚えてる?」

 

かすみに軽く微笑み返した後、前触れもなく歩夢はそんな問いかけを投げてきた。

 

「うん?」

 

「あ、覚えてないって顔してる。もう……私にとっては大切な思い出なのにな」

 

春馬は腕を組み、深く考えるようにして唸るが…………不思議なことに思い当たる記憶は全くといっていいほど出てこなかった。

 

実は幼稚園のとき……いや、もっと後。小学校での出来事ですらはっきりと覚えている思い出は少ないのだ。

 

別段記憶力が悪いというわけでもないはずなのだが、どうにも自分は昔の記憶を掘り起こすということに関しては苦手らしい。

 

 

「……私がお遊戯会に出るのを恥ずかしがって嫌がってた時、ハルくんが言ってくれたんだよ。『ステージの上でお遊戯会を頑張れば、お客さんが皆、笑顔になってくれる!』って」

 

「う〜ん…………あったような……気が……しないでもない……」

 

「あったよ。『頑張る私のこと、応援するから!』って、私の両手をぎゅって掴んで、すごい笑顔で言ってくれたじゃない」

 

「歩夢は記憶力がいいからなぁ……」

 

前にも同じようなセリフを口にしたことがあった気がする。

 

『お前は子供の頃から全然変わってないみたいだな』

 

(ちょっとタイガ、どういう意味さそれ?)

 

『なんでもねえよ。……くははっ』

 

からかうように話の腰を折ってきたタイガに唇を尖らせる。褒めているわけじゃないのは確かだろう。

 

 

「……私、ハルくんがいたから色んなこと頑張ってこられたんだ。————だからね、あなたと一緒に、スクールアイドル頑張りたい」

 

「……!本当!?」

 

「いいんですかぁ!?」

 

突然得られた了承に驚愕し、春馬とかすみは思わず同時に席を立ってしまった。

 

「きゃっ!?」

 

「ありがとう歩夢!君がいてくれるなら百人力……いや、千人力だよ!」

 

「う、うん……!」

 

きゅ、と歩夢の手をしっかりと両手で包み込み、上下に振りながら喜びを表現する春馬。

 

徐々に赤みを帯びていく彼女を見て若干ムッとした顔つきになったかすみにも構わず笑顔を振りまいた後、舞い上がった気分のまま春馬は続けた。

 

「かすみちゃんと歩夢……これで部員は2人!ようし……!この調子でメンバー集めて、必ず同好会を復活させよう!」

 

「うん!これからよろしくね!後輩ちゃん——えっと……かすみさん……だっけ?」

 

「歩夢先輩は先輩なんですから、かすみんって呼んでくれていいですよ!」

 

「でも部活ではかすみさんの方が先輩だし……」

 

「も〜!もっとフレンドリーにしてくれていいんですよっ!だってこれから同好会の仲間になるんですし〜!」

 

「フレンドリー…………あだ名とか?」

 

「あ、いいねそれ!」

 

何気なく歩夢が呟いた言葉に手のひらを打ち付けて目を輝かせる春馬。

 

「えーっと……中須かすみだから…………あっ!“かすかす”!“かすかす”っていうのはどうだろう!」

 

「ぎゃー!?なんで昔のあだ名知ってるんですかー!?かすかすはダメですー!禁止禁止!!」

 

「ええ?かわいいと思うけどなぁ……かすかす……」

 

「うぐっ……。たとえ春馬先輩でもダメなものはダメです!」

 

 

「……うふふ」

 

賑やかな雰囲気で満たされた空間。その中心でお互いに向かい合いながら3人は思い切り笑った。

 

 

何か大きなことが始まる。…………そんな予感がしてならなかった。

 

 

◉◉◉

 

 

「——今日もお疲れ様でした、司教様、フォルテ様」

 

「ああ、気をつけてお帰りなさい」

 

「光の巨人の加護があらんことを」

 

 

祈りの時間が過ぎ、部屋からぞろぞろと退出していく信者達を穏やかな笑みで送り出しているのは————“ウルトラ教”の指導者、ミライ。

 

その傍らで置物のように無機質な気配をまといながら立っていた銀髪の少女は、相変わらず生気の宿っていない瞳のまま、無言でその場を去ろうとする。

 

「普段から彼らと接している時のように振る舞ったらどうだい?」

 

「……………………」

 

「また無視かい?答えたくない理由でもあるのかな」

 

背後からかかった軽口に対しての返答はしないまま、フォルテは手にしていた分厚い書物をそばにあったテーブルへと無造作に置いた。

 

「待ちたまえよフォルテ、少し話をしようじゃないか。……おや?ほんの少し眉間に力が入っているね。あらあら……何かに怒っているのかな?その理由を教えてくれはしないだろうか?」

 

「……邪魔……」

 

「おやおやおや……!」

 

強引に横を通り過ぎようとしたフォルテに対して両手を上げてオーバーなリアクションをとるミライ。

 

「もっと兄弟達のように生き生きしたらどうだい。せっかくこの世に生まれ落ちたのだから」

 

その一言を耳にした直後、フォルテの足は時間が止まったかのように静止した。

 

 

「…………逆に…………聞かせて」

 

「なんだい?」

 

「なぜ……あなた達は……そんなに…………楽しそうなのか」

 

——“あなた達”という言葉が、自分や彼女の兄弟達…………フォルテ自身以外の周囲の人物全てを括って発せられたものだと、ミライは瞬時に察知する。

 

「そりゃあ……楽しいからに決まっているだろう」

 

「……なにが」

 

「自分を取り巻く環境がだよ」

 

白黒の服の裾を翻しながらミライは淡々と答えていく。

 

「意外かもしれないが、私も以前は今のような余裕はなかった。だが君達と出会ってからは……溢れんばかりの情熱が胸の中から湧き出し始めたんだ。——私が目標としている“証明”に、また一歩近付けたんだよ」

 

「……意味が……わからない」

 

「まあ私のことはさておき、だ。君も何か楽しいと思えることを探したほうがいい。兄弟達のように。……君がどんなものに心を突き動かされるのか、私もすごく興味がある」

 

「そんなもの……私には……いらない……」

 

再び歩みを始め、幻影のようにゆらりとした足取りで部屋から出て行くフォルテ。

 

 

「私は“人形”……。父に生み出された…………ウルトラマンを倒すための……傀儡……。それ以上の要素は……必要ない……」

 

彼女は懐から取り出した()()()()()()をじっと見つめた後、語りかけるように独り言をこぼした。

 

 

「あなたの“風”も……貸してもらう……」

 

何かの顔を模したようなレリーフが施された銀色のアクセサリー。

 

フォルテはどこからともなく出現させた指輪と、手にしていたキーホルダーを触れ合わせる。

 

「……私の使命を……果たすために……」

 

直後、キーホルダーから流れ出した凄まじいほどのエネルギーが指輪へと収束していく。

 

 

闇色の光を帯びた指輪を握りしめながら、フォルテは凍りついていた表情に若干の揺らぎを露見させていた。

 

 




最後にフォルテが手にしていたキーホルダーはまさか……!?
さて、今回は以前も少しだけ登場した春馬ママこと小春さんのビジュアルを載せておきます。


【挿絵表示】


この親にしてこの子あり、といった具合のおっとり加減。凄まじいママ力を内包しています(?)

次に登場させる怪獣は「風」に関連したものにする予定です。

そしてあと数話で春馬やタイガ達に新たな試練が……!?
では次回もお楽しみ。


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第9話 劇的な出会い?

今回からしずくちゃん回になります。



(…………あれ?)

 

瞼を開いた先に広がっていたのは————何もかもが漂白されてしまったかのような、真っ白な景色。

 

何もない空間の中で1人呆然と立ち尽くしていた春馬は、ひたすら続いている純白の世界にしばらくの間目をぱちくりさせていた。

 

 

「どこだ、ここ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『久しぶりだね』

 

「——え?」

 

前方から飛んできた呼びかけに反応し、周囲を見渡していた視線を咄嗟に前へと引き戻す。

 

先ほどまで誰もいなかったはずの場所に…………とある人物の姿が見えた。

 

「えっ……ええ……っ!?」

 

その人物の顔を視認した瞬間、強烈な衝撃と共に春馬の表情に驚愕が差し込まれる。

 

 

————そこに立っていたのは、春馬自身(自分)だった。

 

 

「お、おおおお俺……!?そっくりさん!?どういうこと!?」

 

『………………』

 

あたふたと困惑する様子を見せる春馬に対し、同じ顔を持った少年は穏やかに笑う。

 

ほんの少しだけ哀しげに、そして寂しげに笑顔を浮かべた彼は…………慌てていた春馬に対して諭すように言った。

 

『落ち着いて。大丈夫、悪い夢だとでも思えばいいよ。目覚めればいつもの朝が来る』

 

「…………君は一体……?——あ、もしかしてタイガ?それともタイタス?俺を驚かそうとしてるんでしょ!」

 

状況を理解できないでいる春馬に対して、少年はまたも儚げな笑みを見せる。

 

彼は申し訳なさそうに俯いた後、消えそうな声音で語りかけてきた。

 

『一方的にごめんね。あの時もそうだったよね。僕の頼みを、君は十分果たしてくれた。……だからもういいんだ。もう……僕を繋ぎ止めなくても、いいんだよ』

 

「……?なにを……言っているの……?」

 

少年の口にする言葉の意味は、そのほとんどが理解できないものだったけれど…………なぜか、今にも泣きたくなるような気持ちになる。そんな感情が宿っているように聞こえた。

 

「お、俺には……君が言っていることがわからない。でも君が悲しんでることはわかるよ!……話だけでも、詳しく聞かせてくれないかな?君のことを理解したいんだ」

 

『……ううん。わからないのなら……よかった。それでいい。それが正解なんだよ』

 

「……!ちょっと待ってよ!」

 

踵を返してその場を去ろうとする少年のもとへ向かおうとする————が、奇妙なことに春馬の両足は凍結されたかのようにビクともしない。

 

『このまま僕を完全に忘れて欲しい。……それが僕の望みだよ』

 

「……っ!」

 

眩い光が視界を遮る。

 

激しい輝きを背にし、少年は小さく口元を動かした。

 

 

————歩夢によろしく、と。春馬には微かにそう聞こえた気がした。

 

 

◉◉◉

 

 

『では次のニュースです。先日お台場に出現した新たな怪獣と、2人のウルトラマン————』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お台場に怪獣!?」

 

まだ眠気の残った眼をこすりながら朝食をとっていた春馬の耳に、台所から発せられた母の上ずった声が入ってくる。

 

「……って、ついこの前のことじゃない。しかも学校の近く!」

 

「もしかして母さん、気づいてなかった?あの日の内からたくさんニュースやってたのに」

 

「うーん……そういえば最近はきちんとテレビを見る時間も取れてなかったわ。なんだか騒がしい音が聞こえるなあとは思ってたけど……また怪獣が出てたなんて。——それより!春馬は大丈夫だったの?その日も学校にいたみたいじゃない!」

 

「大丈夫だったからこうして家にいるじゃない」

 

「そうだけど……お母さん心配だわ。春馬に歩夢ちゃん、この間ウチに来た……あのキュートな子、かすみちゃんだったかしら?みんなが通ってる場所なんだもの」

 

「平気だって。ウルトラマンだっているんだから」

 

「そうねえ……結局はあの人達に任せるしかないのよね。やるせないわぁ……」

 

深いため息をつく母の背中を一瞥した後、春馬は自分の内側にいる者に意識を向けた。

 

(それにしても不思議だよね。こんな短期間で怪獣が連続で出てくることなんてあり得るの?しかも何もないところから突然だなんて)

 

『裏で何か企んでる奴がいるに決まってる。そいつを探し出して、ぶっ倒すのが俺達のやるべきことだ!』

 

『ああ。そのためにもできるだけ早く…………トライスクワッド最後の1人、フーマを見つけて合流しなくてはな』

 

(“フーマ”……!それが君達の仲間の名前か!——ねえねえ、やっぱりその人も二つ名とかあったりするの?)

 

『二つ名……あー……なんだっけ?』

 

キラキラと瞳を輝かせる春馬の肩に腰掛けていた小さな二本角の霊体が首を傾ける。

 

『風の…………』

 

(風の?)

 

『馬車、だったか……?』

 

(馬車……?)

 

『汽車ではなかったか?』

 

(風の汽車?)

 

『ああー……そんな感じだった気がするな。……たぶん』

 

(へえ……?)

 

定まらないイメージが何度も形を変えて春馬の頭に思い浮かんでくる。

 

“光の勇者”、“力の賢者”ときて最後に“風の汽車”…………あまり統一感がない気もするが、それはそれでカッコイイかもしれない。

 

(それで、どんな感じの人なの?)

 

『どんな感じって言われてもなあ……。あ、身体は青いな』

 

『ああ、青いな』

 

(青か、なるほど……!いかにも風属性!って感じだね!クールでかっこいい!)

 

『いや、クールではないな』

 

『ああ、クールではないな』

 

(あ、そうなの……?)

 

 

 

 

 

 

「————わっ!もうこんな時間!?」

 

ふと視界の端に見えた時計に思わず短い悲鳴を上げる。

 

今日は休日————授業はないが、春馬はこれから演劇部の練習を見学させてもらうために虹ヶ咲学園へ向かうつもりだったのだ。

 

「まずい……!ごちそうさまでした行ってきます!」

 

「はーい、行ってらっしゃい」

 

席を立ち母の声を背中で受け止めつつ、春馬はバタバタと慌てた様子で玄関へと駆け出した。

 

ウルトラマンフーマがどんな人物なのかは後々のお楽しみということにしておき、今は自分のやるべきことをこなそう。

 

 

(そういえば…………今朝見た夢、なんだか不思議な感じだったなあ)

 

 

深く記憶に刻み込まれた自分と同じ姿の少年。

 

その面影を思い出しながら…………春馬は手早く靴を履き、心地いい風が吹き抜ける外へと飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——遅い!です!!」

 

「ごめんなさい……」

 

歩夢と共に待ち合わせ場所である校門前にやってきた春馬に、不機嫌を表すように頬を膨らませた後輩が言い放った。

 

「なかなか出てこなかったからおかしいなとは思ってたけど……やっぱり起こしに行った方がよかったかな?」

 

「ううん、気にしないで。ああ……よりによって今日みたいな日に寝覚めが悪くなるなんて……」

 

今朝は普段よりも眠気を引きずっていた気がする。……というか今もちょっと眠い。

 

おかしな夢を見てしまったからか、それとも先日の戦いでたまった疲労のせいか……。おそらくはその両方だろうが。

 

「……え?もしかして歩夢先輩、春馬先輩の家に毎日お迎えに行ってたりします?」

 

「毎日……ではないかな。……たまに……?」

 

「んー……俺達って大体一緒に登校してるからなあ。あ、でも稀にどっちかが今日みたいに寝坊しちゃうことがあって、間に合わなさそうな時はお互い起こしに向かったりはするよね」

 

言い訳をさせてもらうと、今日はいつも起床している時間と違ったこともあってか見積もりが甘かった。……いや、本当に申し訳ない。

 

「へえー……ふーん……そうなんですね。起こしに行くことも……あるんですね」

 

「へ?」

 

渋い表情のかすみがどこか遠くを見ているかのような瞳を浮かべる。

 

「ま、まあ!別にいいですけど!?かすみんだって、春馬先輩と2人だけの秘密が————」

 

「わー!ちょーっと待ったぁ!!」

 

「むぐっ!?」

 

突然爆弾発言を投下しかけたかすみの口元を、凄まじい反応速度を発揮した春馬が手のひらで覆う。

 

首を傾けつつ怪訝な顔つきになった歩夢を見て安心するのも束の間、春馬は血の気の引いた様子でかすみへと向き直った。

 

「だ、ダメだよかすみちゃん……!タイガやタイタスのことは内緒だって言ったでしょ……!?」

 

「あぅ……!そうでした、つい……!ごめんなさい先輩……!!」

 

自分に背中を向けながらヒソヒソと怪しげなやりとりを行う春馬とかすみを見て、歩夢は困惑の混ざった笑顔をにじませる。

 

「2人とも、どうかしたの?」

 

「「なんでもないよ/です!!」」

 

そう言って見事なまでにシンクロした動きを見せる春馬とかすみ。

 

……うぅ、今後もこういった場面を切り抜けなければならないかと考えると、先が思いやられる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————じゃあ、桜坂さんはスクールアイドルだけを目指してたわけじゃないってこと?」

 

演劇部の練習が行われているという講堂へ向う途中。春馬と歩夢は、かすみの口からスクールアイドル同好会のメンバーとして活動していた者の1人、桜坂しずくという生徒についての話を聞いていた。

 

…………今日こうして演劇部を訪ねに行くのには、もちろん当初の目的と関係がある。

 

春馬達は彼女————しずくのもとへ向かい、同好会へ戻ってもらえないかと説得するつもりだったのだ。

 

「……はい。しず子は最初から演劇を目指している人でした。スクールアイドル活動も、ゆくゆくはお芝居に活かしたいって言ってましたし」

 

「女優さんの卵ってところかあ……」

 

「すごい人なんだね……」

 

感心するように息をつく春馬と歩夢。

 

話を聞く限りだと物事に対してひたむきになれる子のようだが…………。とりあえずそれと今回の問題とは別に考えよう。

 

同好会が危機に陥ってしまったのは方向性の違いによる分裂。仮に彼女が今、スクールアイドルのことを忘れて演劇に熱を注いでいるような状況なら…………そう簡単に事は進まないだろう。

 

「……高校生活はスクールアイドルにかけるって、言ってたんですけどねぇ……。……ぐすっ……」

 

「ああっ……泣かないでかすみちゃん……」

 

「別に泣いてなんか……!」

 

話しているうちにかつての記憶が掘り起こされたのか。歩夢は目に涙を溜めたかすみに慌ててハンカチを差し出そうとする。

 

一度は同じ志を持った人間が、自分のもとを離れてしまったショックで傷付いた心。そう簡単に癒えるものではない。

 

 

(……先輩の俺が、もっとしっかりしなくちゃ!)

 

同好会は必ず復活させてみせる。————させなきゃダメなんだ。

 

 

◉◉◉

 

 

「じゃあ、一度通してやってみよう!」

 

講堂に到着し中に入ってみると、演劇部の稽古は既に始まっている様子だった。

 

舞台に登壇し、熱の入った演技を披露している者と……それを客席から熱心に観察している者。おそらくは全員が演劇部の生徒達だ。

 

「ちょうど始まったところみたいだね」

 

「うぅ、話しかけるタイミングが……」

 

「せっかくだし見ていこうよ。ちょっと興味あるし」

 

「そうだね」

 

こうして間近で演劇を観賞するのは初めてである春馬は、隠しきれないワクワクを表情に出しながらそばに設置されていた座席へと移動。

 

春馬、歩夢、かすみ、と3人が並んで舞台を見つめる。

 

しばらくの間は壇上に立つ登場人物達の台詞だけが静かな講堂内に響き渡った。

 

劇の内容は…………おそらくオリジナルの脚本。それも光の巨人——ウルトラマンを題材にしたと思われるものだった。

 

 

突如として現れた地球を狙う侵略者。光の巨人は人間達と一緒に過ごすなかで互いに絆を深め合い————やがて倒すことは不可能かと思われていた巨悪を、仲間と共に打ち砕く。王道なストーリーが展開された。

 

「あ、しず子出てきましたよ」

 

劇もクライマックスを迎えようとしたところで、不意にかすみが声を潜めながらステージの端を指差した。

 

 

視界に少女を捉えた直後、思わず息を呑む。

 

メインヒロインの役を背負ってその姿を見せたのは…………清楚という言葉が制服を着て歩いているかのようだった。

 

腰まで伸びているブラウンの髪と、アクセントのように差し込まれた赤いリボンが特徴的な彼女が————桜坂しずく。以前かすみと共に同好会で活動していた、“女優アイドル”。

 

「——————」

 

春馬は瞳孔の開いた眼で彼女の姿を食い入るように見る。

 

しずくの発する声や身振りから、指先の小さな動きに至るまで…………まるで目が離せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——よし!じゃあ一旦休憩入りまーす!」

 

客席の照明が灯り、薄暗かった講堂内に一気に光が満ちる。

 

「あ、終わったみたいですね……って、うわぁ!?」

 

「……ぐすっ……桜坂しずくさんてすごいね。ラストのシーン……私、思わず泣いちゃったよ……」

 

目元からぽつりぽつりと雫を伝わせる歩夢を見てかすみが大きく仰け反りながら驚愕する。

 

「あ、歩夢先輩って涙脆いんですね……」

 

「普段はそんなことないはずなんだけどな……。あ、ありがとね」

 

ここへ来る前のお返しのつもりなのか、かすみは咄嗟にハンカチを取り出しては歩夢へと手渡した。

 

……なんだかんだ最後まで楽しんで観賞してしまったが、本来の目的は別にある。

 

「春馬先輩————ぃい!?」

 

席を立ち、春馬に声をかけたその直後、かすみは再び目を剥きながら驚くように半歩後退する。

 

「うっ……くぅ……!良かった……本当に……ぐぅぅうう……!!」

 

滝のように大粒の涙を流しながら、うわ言のような言葉を並べる春馬の姿がそこにあった。

 

「号泣してる!!」

 

「感受性豊かだからね、ハルくん……」

 

「だってさ……!あんなの見せられたら……俺……おれ……!ゲホッ!ゲホァッ!!」

 

「い、一旦落ち着きましょう?」

 

「ぐぅ……これが桜坂しずくさんかぁ……!」

 

赤みを帯びた瞼をしっかりと開き、力強く春馬は立ち上がる。

 

「へ?」

 

そしてその場を駆け出し————目にも留まらぬ速さでステージの方へと移動し始めた。

 

「先輩!?」

 

 

 

 

「うおっ!?」

 

「なんだ!?」

 

 

 

常人には再現不可能なしなやかな動きで生徒達の間をすり抜け、春馬は壇上へと飛び上がる。

 

「俺……感動しました!!」

 

「え——?」

 

中心に佇んでいたリボンの少女に駆け寄り、その両手を取ると————講堂全体に伝わるほどの声量で言い放った。

 

 

 

 

 

「是非俺に……君を一番近くで応援させてくださいっ!!!!」

 

 

 

刹那的な瞬間で空気が凍りつく。

 

「えっ……?えっ……?」

 

「…………!あ」

 

あまりに突然の出来事に戸惑いを隠せない様子のしずくを眼前にし、春馬はハッと我に返ると……彼女の手を包み込んでいた自分の両手を慌てて解き、引きつった笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

「せんぱぁぁぁあああああああああい!?!?」

 

 

何事かとざわめき始めた講堂に、貫くようなかすみの悲鳴が反響した。

 

 




春馬ァ!またお前か春馬ァ!
とりあえず桜坂さん顔見せ完了。次回以降もオリジナル展開濃いめになっていく予定です。

例の2人が未だ本格登場には至れないのが辛い……。


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第10話 女優アイドルの回帰

あけましておめでとうございます!
今年もたくさんのアイデアに恵まれますように……。


「お騒がせしてすみませんでした…………」

 

「い、いえ……」

 

春馬は演劇部の生徒達に必死で弁明を図った後、困ったような笑顔を見せる少女————桜坂しずくを皆の前まで呼び出しては頭を下げて先ほどの非礼を詫びた。

 

舞台の上に立っていない時でも尚その気品は失われておらず、漂わせているお淑やかな雰囲気が一層彼女の存在感を引き立たせている。

 

「スクールアイドル同好会の件……ですよね。初めまして、桜坂しずくです。……かすみさんは久しぶりっていうか……ごめんなさい、ですね……」

 

俯き加減で佇んでいたかすみに視線を移し、しずくは申し訳なさそうに沈んだ声を発した。

 

「……しず子、どうして同好会に来なくなっちゃったの?」

 

「かすみちゃん、急にそんな……!」

 

なんの前置きもしないまま本題を尋ねようとするかすみに思わず歩夢がおろおろと狼狽する。

 

しかし問いかけられた本人はどこか暗い表情のままかすみ達を見据え、冷静な調子で返答した。

 

「いえ、大丈夫です。本当は……ちゃんとお話ししておかなきゃいけなかったことですから」

 

深呼吸をし、意を決したように顔を上げたしずくは通りの良い声で言葉を紡ぎ始める。

 

「ええと……私は昔からお芝居が大好きでした。でもそれと同じくらい、スクールアイドルという存在にも憧れがあったんです。だからスクールアイドル活動ができる間はそれに集中したくて、この学校に編入して来たんです。……この虹ヶ咲学園であれば、3年間それだけに本気で打ち込めると思って」

 

「それならどうして……。かすみちゃんからは少しだけ話を聞いてるけど、やっぱり……やりたいことが違うのが嫌だった?」

 

春馬の質問に対してすぐに首を横に振ると、当時の記憶を思い出すように目を瞑りながら彼女は口を開いた。

 

「そんなことはないんですよ。みんなのやりたいことが違うこと、私はおもしろいなって思ったんです。私も、スクールアイドル活動をゆくゆくは演技に活かせたらなあって思ってましたし、皆さんの目指すもの……表現の仕方を見るのは楽しくて、刺激的でした」

 

意外にもポジティブな意見が並べられ、それならどうして——と余計に疑問が深まっていく。

 

「なかでもやっぱり……せつ菜さんはすごかったです。彼女について行けば、みんなが望むスクールアイドル像に近づけるって思いました」

 

「……でも、やっぱり違和感はあった?」

 

「せつ菜さんが導いてくださる方向は確かに正しかったです。……けど、私はこっちの方向に行きたいですっていう提案を、うまくできなかったんです。それが未熟だな、悔しいなって思ってしまって……。せつ菜さんに感じ取ってもらえるだけの表現力を磨きたくて……ここで修行させてもらってました」

 

「ん?」

 

不意に風向きが変わったのを感じ、春馬は眉を上げる。

 

彼女の言わんとしていることを要約すれば…………つまりだ、

 

「えっと……じゃあ、しずく————ちゃんは、スクールアイドル活動のために演劇部で客演をしてたってこと?」

 

「はい、その通りです」

 

「そっ……それならそうと言ってよ〜!かすみんすごい心配したんだよ!?」

 

「すみません、余裕が無くて…………」

 

「な、なあんだ……」

 

思いもよらぬ展開を目の当たりにし、一気に肩が軽くなる。

 

春馬はほっと胸を撫で下ろした後、安心しきった笑顔を浮かべてしずくへと向き直った。

 

「やっぱりスクールアイドルへの情熱は消えてなかったんだね!よかったぁ……!」

 

「スクールアイドル活動をしたくて編入してきたんですもん。そう簡単には無くならないですよ?」

 

少し拍子抜けした部分もあったが…………ともかく結果オーライだ。

 

彼女は同好会を去ったわけじゃなかった。むしろスクールアイドルを続けるために……この演劇部で力を蓄えてたんだ!

 

「だったら戻ってきてよ!今、同好会の危機なの!」

 

「危機……!?」

 

「ああ、やっぱり廃部の件は把握してなかったんだね…………」

 

「は、廃部!?どういうことですか!?」

 

やはり何も知らずに同好会を離れていたようで、春馬とかすみの口から飛び出した不穏な単語にしずくは目を見開いて驚愕した。

 

「実は生徒会長に、このままだと解散って言われちゃって……」

 

「やだ……私が勝手をしていたからですね……。本当にごめんなさい!」

 

「戻ってきてもらえるかな?」

 

「戻らせていただけるのなら————!」

 

身を乗り出しながらそう言いかけるが、しずくはすぐに思い止まるように口を閉じてしまう。

 

またも申し訳なさそうに下を向きつつ、細々とした調子で彼女は続けた。

 

「あ、でも…………実は本番が近い舞台がありまして。本格的に戻るのはそれが終わった後になるかと思うのですが…………それでもよろしいでしょうか?」

 

「舞台……。もしかして、さっき練習してたやつかな?」

 

「はい。是非ウチの演劇部に披露して欲しいとのことでして、依頼を承っているんです」

 

「へえ……。そんなこともあるんだね」

 

「ちなみに……それって、いつやる予定なの?」

 

窺うように目を細めながら尋ねてきたかすみに対し、しずくは苦笑いしながら答える。

 

「ちょうど一週間後……だったかと」

 

「えーっ!?じゃあそれまで待たなきゃいけないの!?」

 

「仕方ないよかすみちゃん。もう決まっちゃったことみたいだし……」

 

「そうだよ。それに会長から出されたタイムリミットまでもう少し期間はあるし、その舞台が終わってからでも間に合うんじゃないかな」

 

「うー……そうですけどぉ……」

 

歩夢と春馬に揃ってなだめられたかすみが不満げに唇を尖らせる。

 

「ごめんなさいかすみさん、重ね重ねご迷惑を…………」

 

「……まあ、でも、一週間経てば戻ってきてくれるんだよね?」

 

「約束するよ」

 

「それなら……うん……いいよ。帰ってきてくれるなら……それで……」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

「よかったね、かすみちゃん」

 

「よ、よかったですけど、かすみん……まだちょっと怒ってますけどね!?……でもでもっ……しず子とは同じ学年だし、いないと寂しいし……」

 

素直になりきれずもごもごと口を動かしているかすみに思わず微笑む。

 

ひとまず一件落着、といったところだろうか。ちょっとした条件付きではあるものの、想定していたよりもすんなりと話を進めることができてよかった。

 

これでアイドルは3人。残りの7人も……必ず見つけ出してみせる!

 

 

◉◉◉

 

 

5日ほど経った放課後。

 

春馬はしずくに会いに行ったあの日と同じように講堂へ向かうと、舞台の上で変わらず異彩を放っている彼女の姿を見つめては感動の涙を流していた。

 

「うっ……く……やっぱりすごいや……しずくちゃん……」

 

『おいおい、ここのところ同じ演劇見てばっかりじゃないか』

 

『同好会の方はいいのか?』

 

不意に響いてくるタイガとタイタスの声音。

 

春馬はステージから目を離さないまま、周囲に誰もいないのをいいことに声に出しながら返答する。

 

「うん、俺はしずくちゃんが戻ってくるまで彼女のそばにいようかと思って」

 

『熱心だよなあ、お前も』

 

目元を拭い、客席から改めて壇上に立っているしずくの姿を視界に捉える。

 

これからスクールアイドル活動を支える者として……彼女のことを、もっと深く理解しておきたい。

 

『歩夢とかすみはどうしたんだ?』

 

「歩夢が同好会に入ってくれそうな人に心当たりがあるって言うから、2人とも勧誘に向かってるよ。——ああっ!見てよこのシーン!何度見ても泣いちゃう……!!」

 

ステージを指しながら嗚咽を漏らし始めた春馬を見て、霊体となったタイガは呆れるように肩をすくめた。

 

『相変わらずのガチ泣きだな……。そんなに良いものか、これ?』

 

『私はなかなか好みだぞ。光の巨人と地球人の絆が……強大な闇を打ち破る!シンプルながら胸に響くストーリーだ』

 

『絆ねえ……。ていうかこれ、この星で5年前に起きた兄弟子の戦いを元にした話だろ?それなら散々本人の口から聞かされてるしな……』

 

「え?……そういえば、タイガの兄弟子さんってさ————」

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ休憩入りまーす!」

 

何気なくタイガに質問を飛ばそうとしようとしたところで、演劇部の部長らしき人物がそう叫ぶ。

 

「————しずくちゃん!」

 

春馬は跳ねるようにして席を立つと、階段を駆け下りながら舞台に立っている後輩に向けて大きく手を振った。

 

「今日の演技もすっごく良かったよ!」

 

「ありがとうございます。何度も観てくださったみたいで…………嬉しいです」

 

超特急な勢いで駆け寄ってきた春馬ににこやかな笑顔を向けるしずく。

 

他の演劇部員達も思い思いの時間を過ごしているなか、春馬としずくは客席に並んで腰掛けながらゆったりと会話を交わし始めた。

 

「春馬先輩は、お芝居がお好きなんですか?」

 

「ううん、今まであまり興味を示したことはなかったんだ。……でもこの数日間でしずくちゃん達の舞台を見てたら、なんだか好きになりそう!」

 

「それはよかったです!今回はこれまで演じたことのない内容の脚本でしたから……実はちょっぴり不安だったんです」

 

ふと引っかかるような感覚を覚え、反射的に質問を投げかける。

 

「そういえば……劇の中に出てきた“光の巨人”って、ウルトラマンのことだよね?」

 

「はい、そうだと思います」

 

頷いたしずくから視線を外し、春馬は片手で口元を覆いながら考え込むような素振りを見せた。

 

(……ねえタイガ、君の知ってる5年前に起きた出来事と……劇の内容は同じだった?)

 

『んー……、ウルトラマンと融合した人間が少女1人だけっていうことを除けば、ほぼほぼ合致してたと思うぜ』

 

タイガの返答を耳にし、春馬は一層深まっていく疑問に小さく唸り声を漏らした。

 

……よく考えてみれば、だ。そのオリジナル脚本を手掛けた人物はどうして5年前の戦いの全容を知っている?

 

タイガのお墨付きが貰えるほどのシナリオを完成させることができるとすれば…………それはもう、間近であの戦いを見ていたような人間にしか不可能なはずだ。

 

「——ねえしずくちゃん、今回の舞台は依頼されたもの……って言ってたよね。脚本も依頼元から送られてきたの?」

 

「確か……そうだったと思います。なんでも司教の方が直々に執筆されたものらしくて、信者の方々からも多くの期待が寄せられているんですよ」

 

「……司教?信者?」

 

「ああ、すみません。先輩はまだ知らなかったですよね。——今回の舞台は、“ウルトラ教”の方から依頼されたものなんですよ」

 

「え、そうなの?」

 

思いもよらぬ単語が彼女の口から飛び出し、春馬は思わず数秒間口が開きっぱなしになる。

 

ウルトラ教————かつて地球を救ってくれたウルトラマンを神として崇めている教団。

 

……いや、別段悪い噂があるとか、そういった印象が世間一般に広まっているというわけではないのだが、どうにも彼らの名前を耳にしただけで身構えてしまう自分がいる。

 

だが教団の人が考えた脚本というのであれば……光の巨人をヒロイックに描いているあの内容も納得だ。なぜあそこまで事細かに再現できているのかは不明だが。

 

『ウルトラ教とはなんだ?』

 

春馬としずくのやりとりを聞いていたタイタスが首を傾ける。

 

(ウルトラマンのことを地球を救ってくれる神様だって信じてる人達の集まり……かな?)

 

『……なるほど』

 

『この星に怪獣に対抗するための防衛システムがないのは不思議だったが…………そんなものが存在してたとはな。ま、地球人にはどうにもならないスケールの話だし、気持ちはわからなくもないけどな』

 

(む……。それは違うよタイガ!いつかは地球人だって、自分達だけの力で怪獣と戦える日が————!)

 

 

 

 

 

「あの……先輩?どうかしましたか?」

 

「えっ!?……あっ……と、ごめん、ちょっと考え事してた」

 

横からかかった戸惑うような声を聞いて我に返り、春馬は慌ててしずくの方へと向き直る。彼女から見れば突然黙り込んでしまったように見えたのだろう。

 

タイガとタイタスの声は本人達が意識した人間にしか聞こえない。……今後はその辺りにも気を使わないと。

 

 

「……本番は明後日だっけ。俺も見に行って大丈夫なのかな?」

 

「はい、一般の方も無料で観賞できるみたいですよ。……そうだ、確か余っているチラシが何枚か……」

 

近くの客席に積まれていた宣伝用のビラを一枚取ってくると、しずくは柔らかい笑顔を浮かべながらそれを手渡してくる。

 

「行う場所はここではなく教会なので、注意してくださいね」

 

「うん、気をつけるよ」

 

 

 

 

「——練習再開しまーす!」

 

背後から発せられた呼びかけに慌てつつ、「それでは」とだけ言い残して彼女は再びステージの方へと戻って行く。

 

 

「…………」

 

しずくから受け取ったチラシを見つめ、春馬は先ほどからせり上がってくる不安感を誤魔化すように口元を結んだ。

 

 




タイガは今のところ「絆」という単語にまだピンときていない様子。彼が今後どういった成長を見せるのかにも注目です。

そして次回は早くもウルトラ教の人間と接触することに。
春馬達を待ち構えているのは果たして……?


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第11話 役者が集うとき

執筆時間を確保するために時止め能力が欲しいですわ……。


今日はいつもと違う雰囲気が教会内に充満していた。信者達もどこか浮かれているようで、落ち着きが見られない。

 

ふと視線を横にずらし、掲示板に貼り付けられていたチラシに意識を向ける。

 

なるほど。どうやら本日は以前から計画されていた演劇が行われる日らしい。先ほどから講堂の方に何かの衣装やら小道具やらが運び出されているのはその関係だろう。

 

……興味は湧かない。自分が果たすべき役目以外はあらゆることが些事だ。

 

 

 

「フォルテ様」

 

背後に気配を感じた直後にかけられた呼びかけに対して振り向く。

 

そこに立っていたのは30代半ばほどの、男性の信者だった。……記憶が正しければ最近入信した人間だった気がする。

 

「おはようございます。朝早くからご苦労様です」

 

「おはようございます。今日は晴れてよかったですね」

 

「ええ、本当に……。舞台を観賞するにしても雨音が聞こえてはそれだけで味気なく感じてしまう」

 

「そうですね」

 

適当な相槌を打ち、数秒間の静寂を感じ取った後に踵を返してその場を去ろうとする。

 

「ではまた後ほど」

 

「ああっ、お待ちくだされ」

 

「まだなにか?」

 

男性の手元に目を落としてみれば、フォルテが抱えられるほどのサイズの紙袋が吊り下がっていた。

 

「これをあなたに」

 

おもむろに差し出されたそれを受け取り、フォルテはその暗い瞳で袋の中にたたまれていたものを捉えた。

 

そこにぎっしりと詰め込まれていたのは…………子供用、それも女児が身につけるような洋服。

 

「ちょうどあなたと同じくらいの歳で死んだ娘の……愛用品です。どうか、受け取ってください」

 

膝をつきながら縋るような態度で語りかけてくる男性。

 

フォルテは瞬いた後、緩んだ口元を作っては擬似的な笑顔を彼に向けた。

 

「きっと良き父親だったのでしょうね。……あなたとご息女に、光の巨人の加護があらんことを」

 

「……!あ、ありがとう……ございます……っ!」

 

涙を流して同じ言葉を呟き続ける男性に背を向け、フォルテは紙袋を手にしたままその場を後にした。

 

 

 

 

 

「ずいぶん慈悲深いじゃないか」

 

廊下を歩いている最中、曲がり角から現れた人影から軽薄な声が聞こえてくる。

 

直後に感じた不快感に眉をひそめつつ、フォルテは無言で通り過ぎようと移動する足を速めた。

 

「あらら……。まあいつものことか」

 

少女の姿を目線で追いながら、後ろで手を組んだ男は不敵な笑みを見せる。

 

 

「果たして君はどこまで使命に忠実でいられるのか…………私に見せておくれよ」

 

 

男の呟きに対する返答は、最後までなかった。

 

 

◉◉◉

 

 

「お……おお〜……」

 

「思ってたより、すごく……」

 

「おっ……きいね」

 

晴天の下、そびえ立つのは西洋の建造物を現代風にアレンジしたかのような“教会”。いや、その見上げるような高さを考えれば大聖堂と表現した方が適切かもしれない。

 

ウルトラ教の所有する、広大な土地に建てられた施設————そこで行われる予定の虹ヶ咲学園演劇部の舞台。

 

その公演を観賞するために足を運んでいた春馬、かすみ、歩夢の3人は、建物の想像以上の雄大さにしばらく外門の前で立ち尽くしていた。

 

「ウルトラ教って……こんなに大きい団体だったんだね。知らなかったぁ……」

 

「な、なんだか入りづらいですね」

 

「2人とも、ここにいたら通行の邪魔になっちゃうかも」

 

「おっとっと……」

 

歩夢の言葉を聞いて春馬とかすみは反射的に道の端へと捌ける。

 

突っ立っている春馬達に怪訝な眼差しを向けながら敷地内へ足を踏み入れていく者達…………恐らくはそのほとんどがウルトラ教の人間だろう。大半は30〜60代の大人だが、時折学生らしき若者も確認できる。

 

……もっとライトで、小さな組織だと思っていたのに。

 

自分がこれまで抱いていた印象と全然違う。まるで大昔から存在していたかのような……あるはずのない歴史を体感させるだけの迫力がその場に満ちていた。

 

「ここにいてもしょうがないし、行こっか」

 

「そうだね。この差し入れも舞台が始まる前に演劇部の人達に渡さなくちゃならないし」

 

軽くつまめるお菓子が幾つか入った紙袋を掲げた後、春馬は緊張した足取りで前へと進んだ。

 

 

(…………なんだか、変な感じだな)

 

どうにも落ち着かないというか…………常に監視されてるような視線を感じる。

 

歩夢とかすみは平然としているので、気のせいだとは思うのだが…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かすみさんに……先輩方!観に来てくださったんですね!」

 

「こんにちはしずくちゃん」

 

施設の人間に道を尋ねながら楽屋を目指した春馬達を出迎えたのは————学校にいる時と同じように、制服を身にまとった桜坂しずくだった。

 

「あれ?しず子まだ衣装じゃないの?」

 

「うん。演劇の中でも女子高校生の役だから、私はこのままでいいかなって話になったの」

 

「え〜……どんなの着てやるんだろって楽しみにしてたのに……」

 

ぼそりと小声を漏らしたかすみに思わず微笑む。

 

「あはは、綺麗な衣装を着たしずくちゃんも見たかったよね」

 

「——はっ!?いえ、今のはそういう意味じゃなくて……!べ、別に、演劇も楽しみにしてたわけじゃないのですし!!ていうかかすみん、まだちょっぴり怒ってますし!!」

 

「かすみちゃんたら、早くしずくちゃんに戻ってきて欲しくて仕方ないんだよね」

 

「歩夢先輩までー!?違いますってばぁ!!そういうこと本人の前で言わないでください!!」

 

「うふふ。ありがとうございます、かすみさん」

 

「だーかーらー!!」

 

楽しげな笑いが静まった後、春馬は手にしていた紙袋をしずくへと差し出す。

 

「これ、差し入れ。演劇部のみんなで食べてね」

 

「わあっ!すみません気を使っていただいて……!ありがたく頂きますね!」

 

「じゃあ、舞台楽しみにしてるね」

 

「はいっ!頑張ります!」

 

そう言って互いに手を振りながら、扉が完全に閉じるまで笑顔を向け合った。

 

 

「えっと、開演まで…………まだ少し時間ありますね」

 

「結構人いるみたいだし、今のうちに席取っておいた方がいいんじゃないかな?」

 

「そうだね——」

 

2人に頷きかけた直後、ぶるりと身震いした春馬は申し訳なさそうに笑いながら口にする。

 

「その前にちょっとトイレに行ってくるね。すぐ戻るから先に座っててよ」

 

「え?うん、わかった」

 

歩夢とかすみに一言残した春馬は少し慌てた様子でその場から駆け出すと、どこまでも続いているような灰色の廊下の奥を目指した。

 

 

 

 

(それにしても広いな……迷いそうだ)

 

2分ほど廊下を歩いていた時、何気なく施設の内装に意識が向いた。

 

建てられてからそう年月は経っていないはずだが、どことなく古風な空気を漂わせているこの施設は標識の類が一切ない。初めて訪れた人間にとっては迷路そのものだ。

 

ここへ来た際に受付窓口を見かけたので、とりあえずそこでトイレの場所を——————

 

「……ん、あれ?…………ねえタイガ、タイタス、さっき通った道ってこっちだっけ?」

 

『え?さあ……?』

 

『反対側ではなかったか?』

 

「いや、そっちは行き止まりだったような……。あれ?もしかして俺…………」

 

『…………既に迷ってるな』

 

「……ウソでしょ」

 

『なんかお前って……しっかりしてるようで案外抜けてるところあるよな』

 

無駄に広い廊下のど真ん中で1人寂しく立ち止まる。

 

前を見ても後ろを振り返っても景色は変わらない。本当に迷宮にでも入り込んでしまったかのようだ。

 

「ど、どうしよう…………そろそろ我慢するのも辛くなってきたんだけどな……」

 

もしかするとこのまま演劇も見れず、トイレにも行けず…………粗相をして情けない姿を晒すことになってしまうのだろうか?

 

いや、それだけは絶対に阻止しなくては。こう見えて自分にも男としてのプライドというものが————

 

 

 

「——あ!ねえ、君!」

 

50メートルほど奥にある曲がり角から現れた少女の姿を目にし、春馬は一転して明るい表情へと変わった。

 

向こうも呼び声に気がついたのか、少女はこちらに身体を向き直しては駆け寄ってくる自分をじっと見つめながら佇んでいる。

 

 

「ちょっと聞きたいことが……あっ……て」

 

……女の子を目の前にしたその瞬間、なぜだか声が出なかった。

 

顔の半分を覆う銀髪から、底の見えない深海のように真っ暗な瞳を覗かせている11、2歳ほどの少女。

 

視線を合わせているとそれだけで吸い込まれそうで————思わず竦んでしまうような気持ちになる。そんな雰囲気を纏っている子だった。

 

 

「どうかしましたか?」

 

「……!あ、えっ……と、あの…………」

 

ハッと我に返った春馬は戸惑うように視線を泳がせた後、呼吸を整えつつ再度口を開いた。

 

「……信者の子かな?実は道に迷っちゃって……。おトイレの場所知ってたら教えて欲しいんだけど……」

 

春馬の問いかけに、少女はすぐには答えなかった。

 

どこを眺めているのかもはっきりしない眼差しを春馬に向けつつ、よく出来た人形と見紛うほどに変化のない表情のまま黙り込んでいる。

 

「……あの————」

 

「お手洗いならこの奥を左に曲がった先の突き当たりです」

 

「へ?」

 

突然発せられた細い答えに間の抜けた声が漏れる。

 

「不安ならそこまで案内しましょうか?」

 

「い、いえ!大丈夫!……ありがとう!」

 

「どういたしまして」

 

言葉を交わしたことで安心したのか、妙な緊張感はすぐに消え去った。

 

早足で少女の横を通り過ぎる。

 

 

『…………タイタス、感じたか?』

 

『ああ』

 

「え?なんのこと?」

 

目的地へ急いでいる最中、春馬は頭の中に木霊したタイガ達の声にそう聞き返した。

 

『今の子供……地球人とは違う気配を感じた』

 

「それって…………もしかして宇宙人!?」

 

『何も珍しくはないぞ。あまり知られてはいないが……この星には何年も前から住みついている宇宙人だって多く存在する』

 

『良い意味でも悪い意味でも地球は人気だからな。……ま、俺達ウルトラマンがいる間は心配する必要なんかない』

 

「そう……だったんだ」

 

でも確かに……宇宙人と考えれば先ほどの奇妙な感覚にも頷ける。と同時に、女の子に怖がるような態度を見せてしまっことが悔やまれた。

 

未知との遭遇とはなかなかに難しい。自分が知らないというだけで反射的に警戒してしまうのだから。

 

もしもう一度会うことがあれば……今度はちゃんと話してみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『————ああ、クソッ!気づくところだろ今のは!!』

 

やかましい騒音が脳裏に張り付いてくる。

 

銀髪を束ねて作られたサイドテールを揺らし、少女は騒がしい声に構わず黙々と足を進めては施設の中庭を目指していた。

 

『……なあ嬢ちゃん、一体いつになったら俺を解放してくれんのかな〜……?それぐらいは教えてくれてもいいんじゃねえ?』

 

「…………おとなしく……してて。余計なことを……話すのは…………大嫌い」

 

『ああそうかい!じゃあ解放してくれるまで喋り倒してやるよ!!オーケー!?』

 

「チッ」

 

一向に収まる気配のない騒音に対して不快感を表すように舌打ちをしつつ、少女————フォルテは左腕に自らの意識を集中させた。

 

直後、禍々しい稲妻と共に白と青に染められた手甲が出現する。

 

『……あ!?また怪獣を暴れさせるつもりか!?やめろっ!!』

 

「あなたは……指を咥えて……見ていればいい……。できることは……何も……ない」

 

フォルテの右手中指にオーラが収束し、それはやがて獣の姿を模した指輪の形へと変化した。

 

 

 

《グエバッサーリング!エンゲージ!!》

 

彼女が指輪と手甲を重ね合わせた瞬間、強烈な衝撃波と稲妻が辺りに拡散。

 

フォルテの手元から解放されたエネルギーは空中に集まり、徐々に膨張する勢いを強めていった。

 

 

「誰にも……邪魔は……させない」

 

 

◉◉◉

 

 

「春馬先輩……さすがに遅くないですか?」

 

「うん……。迷っちゃってるのかな?」

 

あと5分もすれば演劇が始まってしまう時刻だというのに、春馬は手洗いに行ったきり一向に戻ってくる気配がなかった。

 

「まあ、そのうち戻ってくるんじゃないかな?」

 

「今探しに行っても入れ違いになるかもしれませんしね」

 

隣同士の座席に座りながら、歩夢とかすみはここにはいない少年に対してやれやれと肩をすくめた。

 

 

 

————その時、

 

 

 

「……?地震?」

 

「え?————うわぁ!?」

 

微かな揺れを感じた直後、それは地表一帯を容易に薙ぎ払うような振動へと変わった。

 

「いてて……」

 

「かすみちゃん大丈夫……!?」

 

「はい……なんとか……」

 

バランスを崩して椅子ごと倒れてきた後輩を受け止めつつ、歩夢は不穏な空気に息を呑んだ。

 

施設全体が軋むほどの突風。凄まじい騒音が講堂内に響き、その場に座していた人間達は一瞬でパニックの渦を巻き起こしていく。

 

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!!!」

 

突如として発生した暴風。

 

その正体が判明するのに…………そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————おわぁ!?なになになに!?」

 

ちょうど用を足して手洗い場から出てきた春馬を襲った地鳴りのような施設の揺れ。

 

続けて畳み掛けるように聞こえてきた鳥の鳴き声らしき咆哮に、驚愕と困惑が入り交じった顔で春馬は叫んだ。

 

「また怪獣!?そんなぁ!これから舞台が始まるっていうのに!——いやいや、そうじゃなくて!どうしてよりによってここに出てくるの!?」

 

『なんて突風だ……!このままでは建物ごと吹き飛ばされかねん!』

 

『さっさと片付けるぞ!!』

 

「うん!」

 

タイガに後押しされる形で踵を返した春馬は、背後にあった男子トイレへ再度入ると改めて周囲を見渡して他に誰もいないのを確認した。

 

 

「————っ!」

 

《カモン!》

 

右手を掲げ、タイガスパークを生成。レバーを下げる。

 

同時に腰に現れたホルダーからタイタスのキーホルダーを掴み取り、手甲が装着された右手へと素早く持ち替えた。

 

「君の筋肉……また貸してもらうよ!タイタス!!」

 

『ああ!』

 

 

《ウルトラマンタイタス!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眩い輝きと共に地上へ降り立った筋骨隆々の巨人。対するのは巨大な翼を持ち、全身が紅白の羽毛で覆われた猛禽類を思わせる怪獣だった。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーー!!」

 

暴風を起こしていた巨翼を止め、怪獣————グエバッサーは出現した巨人に対して威嚇の鳴き声を轟かせる。

 

 

 

 

 

 

 

「————————」

 

対峙する2体を……数キロ離れた遠方から見つめている人物が1人。

 

幕が切って落とされた巨人達の戦いに観察するような眼差しを向ける()()

 

しきりにつま先を地面に打ち付けている彼女は、今起きているこの状況に対して苛立ちを覚えているようにも見えた。

 

 

 




ナチュラルにオリジナルアイテムを投下していくスタイル。
そこそこ急いだペースで話を進めてるつもりですが、まだ例の人達は本格登場には至れず()
風の覇者っぽい人も少しだけ出てきましたが、彼の加入はもう少し後になります。

割と本気で時間停止能力が欲しい!!!!!


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第12話 信じる者は救われる

もうすぐ忌々しい期間に入るので更新頻度落ちるかもです……。


————『(最後まで諦めず、不可能を可能にする。それが————ウルトラマンだッッ!!)』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深い、深い、死んでいたような眠りから目が覚めた。

 

現実に戻っても尚強く心に刻み込まれているのは————異なる種族である少年と青年の重なった声。

 

自分が何者かもはっきりしない霞んだ意識のなか、彼らから受けた影響だけは根強く、はっきりと覚えている。

 

 

——“絆”。……そうだ、重んずるべきは“絆”だ。

 

生命同士の強い繋がり…………。それが限界を遥かに凌駕した力を生み出す。それは決して忘れてはならない。

 

 

絆を学び……我が物とした時——————今度こそ自分は、唯一無二の存在となる。

 

次こそは————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お目覚めでしたか、父さん」

 

 

足元で聞こえた声に反応し、重い首を縦に振る。

 

奴は————そうだ、“息子”だ。自らが生み出した兄弟達を束ねる者。愛すべき存在。

 

「長男として報告に参りました。……フォルテは実によくやっている。出来のいい妹を持てて幸せですよ、オレは」

 

嬉しそうに語り始めた少年を見下ろす。尋ねたいことはひとつだけだ。

 

 

「……お前達兄弟は…………仲良くやっているのか……?」

 

絞り出すような声を聞き、少年は「もちろん」と手を打った。

 

「父さんの言いつけ通り、皆楽しく過ごせていますよ。オレ達兄弟の“絆”は、あのウルトラ兄弟をも凌駕していることでしょう」

 

「…………では始末したのか?」

 

「……はい?」

 

 

 

 

 

 

「ウルトラの名を冠する者を全て…………葬ったのかと……聞いているのだ」

 

その一声だけで充満している空気が凶器のように尖る。それほどの気迫だった。

 

少年は一瞬気圧されるように表情を強張らせたが、すぐに冷静さを取り戻すと落ち着いた調子で答えてみせる。

 

「——いえ、そこまでは。もうしばしの猶予を。……あなたの望みは、オレ達が必ず成就させる」

 

その言葉を最後に少年の姿が霧散し、()()は虚無だけが存在する異空間に1人残される。

 

 

…………目覚めてから胸の中で残滓している、何かが欠けているかのような虚しい感覚。その正体を突き止めるためにも————戦わなければなるまい。

 

 

魂に強く刻みつけられている光の戦士…………その同族と。

 

 

◉◉◉

 

 

(なに……こいつ!?でっかい鳥!?)

 

『ふむ……グエバッサーか。少々厄介な相手だな』

 

鋭い爪を大地に突き立てている巨大な鳥獣へ握り締めた拳を構える。

 

先ほど教会を襲った突風…………あれはこいつの翼で引き起こされたものだったんだ。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーッ!!」

 

グエバッサーが二対の翼を大きく扇いだ直後、無数の羽根がミサイルさながらの速度で飛来する。

 

(うわっ……!?)

 

タイタスの身体に着弾すると同時にそれは起爆。

 

完全に虚を突かれた春馬は思わず両手を持ち上げて正面の視界を覆ってしまった。

 

『……!来るぞッ!』

 

(え……!?)

 

再び前へ意識を向けたその時には、既にグエバッサーのくちばしが眼前まで迫っていた。

 

(ぐぅ!)

 

肉薄してきた奴の動きを注意深く捉えながら全力で回避に徹する。

 

速くて細かい攻撃……。繰り出される刺突を避けるのに精一杯で、反撃に移る余裕が作れない……!

 

『春馬、遠慮はいらない!私の身体なら大丈夫。恐れずに攻めるんだ!!』

 

(……!わかっ……たッ!!)

 

放たれた口ばしを紙一重で躱し、グエバッサーの両翼に飛びかかろうと一歩踏み出す。

 

しかし、

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーー!!」

 

(あれっ!?)

 

奴は春馬達が到達する寸前で空高く飛翔。同時に強烈な風が発生し、タイタスの肉体を後退させた。

 

『ああもう、じれったいな!俺に代われタイタス!』

 

(確かにその方が……。こう素早く動かれちゃタイタスの得意分野に持っていけないや!)

 

『ぬぅ……!了解した!』

 

カラータイマーを中心として全身が光に包まれる。

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーッ!!」

 

「————シュアッ!!」

 

グエバッサーが上空から再び羽根を飛ばしてきたタイミングを狙い、現れたタイガも宙へと飛び上がった。

 

『——春馬!怪獣の指輪だ!』

 

(え……!?)

 

『最大火力で奴を仕留めるんだよ!』

 

『火力が欲しいのなら、これを使うといい』

 

タイタスがそう語りかけてくると、タイガの内部にいる春馬の手のひらに髑髏のような怪物の姿が彫られた指輪が現れた。

 

(これって……もしかしてこの前倒した……!?)

 

『ああ、レッドキングだ。……いつの間にか持っていたものだが、それは戦いに応用できるものなのか?』

 

『ああっ!……さあ春馬、早く!!』

 

(う、うん……)

 

左手中指にそれをはめ込みつつ、春馬は一瞬脳裏によぎった不安を飲み込む。

 

……大丈夫、多少具合が悪くなるだけだ。それで怪獣を倒して、街の人々を守れるのなら…………使わない手はない!!

 

(————ッ!!)

 

《レッドキングリング!エンゲージ!!》

 

 

『うおおおおおおおっ!!』

 

宙に漂っていたグエバッサーのもとへ勢いよく直進しながらタイガは拳を引き絞る。

 

彼の構えた右腕に禍々しいオーラが収束し、爆発的に筋力が増強されていくのがわかった。

 

(っ……う……!)

 

——パキ、と頭の中で何かがひび割れる。

 

とてつもない不快感と激痛に耐えながらも、春馬は前方に捉えた標的を強く睨みつけた。

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!!!」

 

『……!なに……!?』

 

(うわぁ!?)

 

タイガが接近しようとしたその直後、彼の道を阻むようにして巨大な竜巻が引き起こされた。

 

そのままの勢いで発生した渦の中へと飛び込んでしまったタイガは、なすすべなく流れに身を任せることを余儀なくされてしまう。

 

『あの巨体で飛翔するだけじゃなく、こんな技まで……!』

 

(うっ……ぐ……!)

 

『春馬……?』

 

(だい……じょうぶ……!もう一発いこう!今度は遠距離からだ!!)

 

『ああ!!』

 

先ほど使用した指輪の影響が未だこびり付いているなか、春馬は余力を振り絞って左手を構える。

 

《ヘルベロスリング!エンゲージ!!》

 

(うああああああああ……!!——はあっ!!)

 

強引に風の流れから脱出し、春馬は再度タイガとの意識のリンクを図った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「押されちゃってるみたい……」

 

「このままでは……!」

 

「うぅ……!頑張ってくださいせんぱ——じゃなかった、ウルトラマンさん!!」

 

教会上空で繰り広げられている激しい空中戦を見上げ、歩夢、しずく、かすみの3人は曇った表情を並べていた。

 

同じように怪獣と巨人の戦いを見守っているのは————演劇の出演者に加え、何人かの一般客とウルトラ教の信者達。

 

今まさに始まろうとしていた演劇を中断し、中庭へと出てきた彼らは前触れもなく展開された大規模な争いに揃って息を呑んでいた。

 

「ああ、ウルトラマン様……どうか我々に救済を……!」

 

「我らの信仰心を糧に、どうか忌々しい厄災の獣を葬ってください!」

 

 

 

「————皆さん、こちらへ!!」

 

「……!司教様!」

 

不意に背後から聞こえてきた男性の一声に皆の意識が向く。

 

白と黒、縦に色分けされた風変わりな衣服を着用しており、どこか神秘的な雰囲気をまとっている人物。

 

「地下へ参りましょう!祈りの場ならば安全にやり過ごせるはずです!!」

 

「は、はい!!」

 

必死に声を張りながら中庭に集まっていた者達を避難場所へ誘導しようとする男性。

 

「私達も行きましょう……!」

 

「う、うん!」

 

次々に移動を開始する人々に混ざりながら、歩夢達も再び教会の中へと戻っていく。

 

…………そんな少女達の姿に、舐め回すような視線を注いでいる者が1人。

 

皆が施設内に入ったのを確認した後、司教と呼ばれていた男性はおもむろに空を見上げると不気味な笑みをにじませていた。

 

 

◉◉◉

 

 

「これだから……」

 

劣勢を強いられているウルトラマン。

 

ビルの屋上でその様子を眺めていた少女は、呆れたように肩をすくめると地を叩くつま先のリズムを一層早めた。

 

『————どうする?』

 

「まだよ。下手に逃げられると面倒だし、あいつらが取り憑いてる人間を特定するまでは動かない」

 

どこからともなく聞こえてきた声に落ち着いた調子で返答する。

 

少女は視界に重なっていた暗い色の前髪を軽く払うと、細めた眼でぎこちない戦闘を行っている巨人の姿を捉えた。

 

 

「わたし達から逃げられると思わないことね………………タイガ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ぐあっ————!!)

 

大地に叩きつけられ、突き上げるような痛みが背中に走る。

 

……戦闘が開始されてから、春馬達はグエバッサーに対して一度もまともな攻撃を当てられていない。

 

『くっ……そ……!』

 

未だ空に留まり猛威を振るっている猛禽怪獣に、タイガは鋭利な視線を突きつける。

 

胸の中心で輝いていたカラータイマーの色は青から赤へと変わっており、春馬達に与えられた時間は残りわずかであることを否応無しに自覚させられた。

 

『奴のスピードは私とタイガの両方を凌駕している。我々では……相性が悪すぎる……!こんな時フーマがいれば——!』

 

『今いない奴に頼っても仕方ないだろ!!』

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!!!」

 

 

(ぐぅ……っ!)

 

上空から飛来してくる羽根を側転で回避しつつ反撃の隙を窺う。

 

竜巻の盾で接近はできない。残されているのは遠距離攻撃だが…………先ほど撃った指輪の攻撃は容易く躱された。あれはそう連発できる技じゃない。

 

これまでの怪獣とは明らかに何かが違う。何か別の力を与えられて————強化されているのか。

 

(諦めて……たまるか……っ!)

 

タイガの脚力を借り、春馬は上にいるグエバッサーを目標にしつつ勢いよく地面を蹴り上げ跳躍。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーー!!」

 

空中で全身を捻りながら奴の放射する羽根爆弾を回避し、体勢を立て直して一気に直進。

 

『……!上手い!』

 

(ようし……!)

 

なんとか攻撃の網を掻い潜って距離を縮めた春馬達だったが、グエバッサーはまたも両翼を引いて強風を起こそうとする姿勢へと変わった。

 

(このっ……!)

 

——ダメだ、間に合わない。また竜巻に飲まれて振り出しに戻される。

 

決定的に速さが足りないんだ。奴にタイミングよく一撃を入れられるだけのスピードと精度が、今の自分達にはない。

 

だけど諦めたりなんかしない。

 

 

 

 

 

 

————『春馬の身体を貸してくれ』

 

 

 

 

 

…………嬉しかったんだ。あの日…………タイガが自分のもとに現れて、一緒に戦おうと言ってくれたあの瞬間、世界が変わったんだ。

 

何もかも見ているだけだった自分に舞い降りた奇跡————ウルトラマンとして戦うことは、自分にとっての救いだった。

 

行き止まりだった人生に希望の光が差し込んだあの時のことは、きっとこの先忘れることはないのだろう。

 

絶対に負けられない。ここで引いたら光の戦士になった意味がない。

 

 

……自分を信じろ。仲間を信じろ。決して————諦めるな!!

 

 

 

(うああああああああああッ!!!!)

 

速度を落とすことなくグエバッサーへの接近を試みる。それでも一歩届かない。

 

無情にも奴の翼が振り下ろされ————————

 

 

 

 

 

 

 

 

(え————!?)

 

顔の真横を凄まじい熱が通り過ぎ、春馬は数秒遅れて驚愕の感情を顔に出す。

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!!!」

 

唐突に後方から放たれたそれは————群青の光線だった。

 

蒼い雷をまとった光の奔流はそのままグエバッサーの胸部を焼き、動きを鈍らせたのだ。

 

(——チャンス!!)

 

振り返る暇もなく必死の思いでその懐へと飛び込む。

 

強引にグエバッサーの身体を下へと向け、タイガはのしかかるような体勢のまま右腕を突き出すと————装着されているタイガスパークに全エネルギーを集中させた。

 

『(“ストリウムブラスター”ッッ!!)』

 

ゼロ距離で解放された最大火力が奴の肉体を押し出し、地面に衝突すると同時に大規模な地盤沈下が起きる。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!」

 

(っ……!)

 

『うおおおおおオオオオオオ!!!!』

 

雄叫びと共に光線の出力はさらに引き上げられ、ついにグエバッサーの肉体は崩壊を始め————やがて爆発と衝撃波を散布しながら奴は消滅した。

 

 

 

 

(はっ……はっ……ハァ……ッ!)

 

脱力するように膝立ちの形で爆心地へと降り立つ。

 

焦げ臭い煙が大量に立ち込めるなか、春馬はふと先ほどの蒼い光線のことを思い出し、背後へと意識を向けた。

 

誰の気配も感じない。グエバッサーの動きを止めてくれた光線————あれはおそらく、かなり遠距離から放たれた狙撃だったんだ。

 

…………助けてくれた?……誰が?

 

『……!春馬、これ……』

 

(また指輪……?)

 

いつの間にか手の中に収まっていた存在に気がつき、膝立ちの状態のままそれを確認する。

 

たった今倒した怪獣————グエバッサーの姿を模した指輪が、手のひらに転がっているのが見えた。

 

(ぐ……う……)

 

『ご苦労だったな、2人とも』

 

タイタスの声が聞こえてすぐに視界が霞む。

 

胸のカラータイマーの点滅が早まり、徐々にタイガの肉体が維持できなくなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——あれっ!?春馬先輩!?」

 

「ハルくん!?どこに行ってたの——って、どうしたのその傷!?」

 

「怪獣の起こした風に巻き込まれちゃって…………ついてないや、あはは…………」

 

「た、大変です!すぐに手当をしないと……!」

 

教会に戻ると、ちょうど中に避難していたであろう人々がぞろぞろと出てきて————その中に歩夢とかすみ、しずくの姿もあった。

 

ほとんど倒れるようにして歩夢に抱えられた後、意識を保とうと精一杯の呼吸を行う。

 

他にも怪我をした人間が何人かいるようで、教会の中は来た時では考えられないほどに騒然としていた。

 

「先ほど救急車をお呼びしました。それまではどうか安静に」

 

「ありがとうございます、司教さん」

 

「……?し、きょう……?」

 

しずくと誰かのやりとりを耳にし、春馬ははっきりしない視界を凝らした。

 

ぼんやりとした景色のなかに辛うじて認識できるのは……自分を抱える幼馴染と、そばに付き添ってくれている後輩2人。

 

そして————縦に色が分かれた奇妙な衣服を身にまとった、張り付いたような笑顔を浮かべている男。

 

「ああ、可哀想に……。あなたに光の巨人の加護があらんことを……」

 

男はそう言って意識を朦朧とさせている春馬の手に優しく触れると、祈るように瞼を閉じた。

 

 

 

(……だめだ、なんだか眠くなってきた)

 

騒がしい空気を肌で感じながら、真似るようにしてゆっくりと目を閉じる。

 

次に目覚めた時にちゃんと生きてるといいな————なんて、くだらないことを考えながら、春馬は深い眠りへと身を委ねていった。

 




蒼い光線!?一体誰が……()
かなりギリギリでしたがグエバッサー撃破。ルーブ本編でも結構手強かった印象があります。

次回からは同好会メンバーを一気に揃えつつ……例の人達も交えて今回のようなオリジナル展開をどんどん書ければと思っています。


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第13話 部員集めは順調です


インフルから復活を遂げた作者です。


(………………ん)

 

瞼の向こう側が明るくなったのを感じ、春馬はゆっくりと目を開ける。

 

そこに広がっていた光景は病室でも自室でもない、何もかもが漂白されてしまったかのような真っ白な世界だった。

 

「この前と同じ…………」

 

以前も同じような景色を見たことがある。まだ記憶に新しい不思議な夢の世界。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『や』

 

ハッと顔を上げ、音もなく目の前に現れた少年と視線を合わせる。

 

自分と全く同じ顔を持った少年————何もかもが以前見た夢の内容と合致している。

 

「君はあの時の……」

 

『また会っちゃったね————って、挨拶なんてどうでもいいか。僕はね、怒ってるんだよ』

 

「へ?」

 

まだ戸惑いが残っている様子の春馬に歩み寄りながら、少年は少しムッとした顔つきで口にした。

 

『あの指輪は使っちゃダメだ。君が君でなくなってしまう』

 

「指輪って…………あの、怪獣の指輪のこと?」

 

『そうだよ。……僕にはわかる。あれは誰かが意図的に仕込んだトラップだ』

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!…………そもそも君は誰なの?どうしてそんなことがわかるの?それに……なんで、俺と同じ顔なの?」

 

春馬はあまりに先走った言動を見せる少年を慌てて制止すると、頭の中を整理しながら順序に基づいた説明を求めた。

 

『…………ごめん。君の疑問はもっともだ。……けど、そのどれにも僕は答えられない。答えたら君は思い出してしまうかもしれないから』

 

しかしこちらの問いかけには一つも答えることのないまま、彼はまたも沈んだ表情で言う。

 

『意味はわからないと思うけど、一応伝えておくよ。……僕はもう決して戻れない状態にあるんだ。君の力でもどうしようもない。もちろん君と一体化しているウルトラマン達にも、だ』

 

「……!?タイガ達のことを知ってるの!?」

 

『同じ場所に居るんだから、そりゃあね。まあ……見つからないように隠れてるから、向こうは僕のことを知らないだろうけど』

 

にこ、と柔らかい笑みを見せた後…………少年の身体は、霧がかるようにして薄くなっていく。

 

「……!また……お別れなの?」

 

『そんな悲しい顔をしちゃダメだ。僕はここにいちゃいけない人間。……本当は、もっと前に消えなくちゃいけなかった存在だ』

 

以前会った時と同じ————哀れむような笑顔。

 

 

『最後にもう一度言うよ。怪獣の指輪は使っちゃダメだ。…………そして、今度こそ僕を完全に忘れてくれ』

 

その言葉を最後に少年の姿が完全に消え失せる。

 

……彼の口にした言葉の全てが、春馬にとって最後まで理解し難いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、傍らの窓から差し込んだ朝日が布団を濡らしているのが見えた。

 

「…………夢、なのかなぁ…………」

 

寝ぼけたような声が自室に反響する。

 

春馬はまだ疲労の残る重い上体を起こすと猫のような大欠伸をし、新しい1日を始めるためにベッドから飛び降りた。

 

 

◉◉◉

 

 

本日最後の授業の終わりを告げるベルが鳴り、教師の一礼とほぼ同時に生徒達が一斉に帰り支度を始める。

 

「さて————いっ……!?」

 

鞄を取ろうと机の横に手を伸ばしたその時、背中と肩から始まり伝導するように上半身に痛みが走り、春馬は目尻にうっすらと涙をにじませた。

 

先日教会で繰り広げた戦闘は……今までのそれより負ったダメージが桁違いだったようで、タイガとタイタスによって発揮されている治癒能力を以てしても未だ完治には至っていなかった。

 

……結局演劇部の公演も中止になり、怪獣は倒せたがどこかスッキリしない結果に終わってしまった。

 

(まあ、しずくちゃんは変わらず戻ってきてくれるみたいだし…………もういいか、この件は)

 

過ぎたことはあまり気にしないようにしよう。マイナス思考ばかりだと先の生活が回らなくなる。

 

春馬は何気なく包帯の巻かれた腕を頬に伸ばして貼られていた湿布越しに優しく触れると、そのヒリヒリとした痛みを紛らわせるために奥歯を噛み締めた。

 

「ケガ、痛そうだね……。大丈夫?」

 

「歩夢」

 

一足早くに支度を終わった歩夢が不安げな表情でこちらに歩み寄ってくる。

 

「問題なく学校に来れるくらいの傷だし、そんなに心配することないよ」

 

「そう……?……あの病気が治ってからまだ日も浅いんだし、体調が悪くなるようなことがあったら、遠慮せずに言ってね」

 

「了解しました。何かあったら頼らせてもらうよ」

 

そう微笑みながら改めて鞄を手に取り背負う。

 

歩夢に対して変に意地を張るのは逆効果だ。いざという時は頼る、ときちんと意思表示しておかないと、いつまで経っても彼女の中で不安が解消されない。

 

…………それよりも、だ。

 

「——それじゃ、部室に行こうよ!新しく同好会に入ってくれる人が見つかったんだよね?」

 

待ちきれない、といった顔で詰め寄ってきた春馬に驚きつつ、歩夢は「うん」と笑顔で首を縦に振った。

 

しずくが正式に同好会に加わるまでの間も彼女とかすみは新しい部員を探していたのだが…………なんと、頷いてくれた生徒が2人もいるらしい。

 

今日はこれからその人達と顔合わせする予定だったのだ。

 

1人は1年生…………もう1人は2年生で、その人は同学年の間では結構な有名人とは聞いたが……、少し前まで入院していた春馬は当然どんな人物かも思い当たらない。故にワクワクと気持ちが高ぶってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、噂をすれば」

 

部室の扉を開けて見えたのはテーブルを囲むかすみ、しずくと————今までは同好会にいなかったはずの2人。

 

「こんにちは歩夢さん、春馬先輩」

 

「ちょうど先輩達の話をしてたところなんですよ〜」

 

「「え?」」

 

駆け寄ってきた後輩2人から目線をずらし、春馬は奥にある椅子に腰掛けていた2人の女子生徒を視界に入れる。

 

その内ブロンドの髪色を持つ、人懐っこい印象を受ける少女を視認した時…………春馬は何か納得するように「ああ!」と掌を合わせた。

 

「宮下さん!宮下愛(みやしたあい)さんか!なるほど!確かによく目立ってる人だ!」

 

「お、愛さんのことを既にご存知とは」

 

屈託のない笑顔を浮かべながら席を立った少女————愛は興奮するように瞳を輝かせている春馬に近寄ると、軽く手を振って会釈した。

 

言われてみれば、といった感じだ。学校に復帰して間もない春馬の記憶にも強く残っている生徒。

 

彼女は常に明るい振る舞いで、周囲にいる人を楽しい気分にさせてくれる。まさにスクールアイドルに適任な人だった。

 

「驚いたなぁ……宮下さんが入ってくれるなんて」

 

「聞いたよ、同好会が潰されそうなんだって?愛さん、そういう挑戦からは逃げられないタチでさ。“逃走”じゃなくて……“闘争心”が湧いてくるっていうか?」

 

「——ぷふっ!あっははははは!!前から面白い人だとは思ってたけど、これは……!ぷはっ!あはははははは!!」

 

「えへへへ、愛さんのダジャレをわかってくれて嬉しいよ!」

 

前触れもなく放たれたオヤジギャグを聞いて完全にツボに入ってしまった春馬に、かすみの冷たい眼差しが向けられる。

 

「えっ……かすみん、今のむしろちょっと引きましたけど……」

 

「しっ……かすみちゃん。ハルくん、昔から笑いのレベルが赤ちゃんなの。そういうところがかわいいの……」

 

抱えていたお腹を離し、春馬は気を取り直すと片手を差し出して愛に握手を求めた。

 

「これからよろしく、宮下さん」

 

「もっと気軽に“愛”とか、“愛さん”でいいよ。こっちも好きに呼ばせてもらうし。えーっと……確か春馬、だっけ?——じゃあ“愛”だけに……“愛称”は、ハルハルに決定!」

 

「ブハッ!あはっ……!あっはははははははは!!お腹痛い……!!」

 

『うーん……。やっぱ春馬ってなんかズレてるよな?』

 

『そこがまた彼の魅力…………なのかもしれない』

 

愛の手を握りながらまたも抱腹絶倒する春馬を見て、彼の()()にいた宇宙人達も引き気味の反応を示した。

 

「それで君は————?」

 

息を整えつつ、端っこの席でこぢんまりと腰を下ろしていた女の子に意識を移したその時、春馬に電撃が走る。

 

「え、えっと……私、天王寺璃奈(てんのうじりな)っていいます。1年生です」

 

顔を隠すように掲げられているのは————可愛らしく単純化された表情が描かれたスケッチブック。

 

「お、おおぉぉおお……!?」

 

「え……!?」

 

凄まじい衝撃を受け反射的に彼女へ駆け寄った春馬は、思わず至近距離での観察をおっ始めてしまった。

 

「なにこれ!?もしかして色んな表情があるのかな!?すごい!面白いね!」

 

「え?あ、ありがとう……?」

 

「仮面を被ったスクールアイドルか……。うん!ありだね!ねえねえ、それもっとよく見せてくれないかな——!?」

 

「は、ハルくん!ちょっと落ち着いて!」

 

「あ……!?つい……!」

 

歩夢の呼びかけで璃奈が驚くように後退していることに気がつき、慌てて彼女から離れる。

 

……ああ、また悪い癖が出てしまった。興奮するといつも距離感が狂ってしまう。

 

「ご、ごめんね……」

 

「ううん。……あまりにもかすみちゃんが言ってた通りの人で、ちょっとびっくりした」

 

「へ?」

 

思わぬ返しに背後にいたかすみの方を振り返る。

 

「べ、べつに変なことは教えてませんからね!?初対面の女の子の手を躊躇いなく握っちゃうくらいフレンドリーな人だよって伝えただけです!」

 

「ええっ!?ハルハルってば、意外と大胆なマネするんだね〜……!」

 

「い、いやいやいや!ちが……くはないけど!誤解だよそれは!!」

 

「あの時は本当に驚きました……!」

 

「しずくちゃんまで!!」

 

完全に間違いというわけでもなく思い切り否定することができないので、四面楚歌の状態に陥ってしまう春馬。

 

日頃の行いのせいとでも言うべきか……。このままいけないイメージが定着してしまうことだけはなんとか避けたいところだ。

 

「ま、初対面で驚くのもしょうがないか。りなりーが感情を表現するのが苦手だって言うからさ、アタシがこの“璃奈ちゃんボード”を提案して、一緒に作ったんだもんねー!」

 

「なるほど……。これなら一発で気持ちが伝わるもんね。——うん、個性的でいいと思う!」

 

表現の仕方はアイドルの数だけ存在する。愛と共同制作したというこの“璃奈ちゃんボード”も……彼女にとってコミュニケーション方法のひとつなのだろう。

 

宮下愛に天王寺璃奈————どちらもスクールアイドルとして魅力的な可能性を秘めた人達だ。

 

「歩夢にかすみちゃん、しずくちゃんに愛さん、璃奈ちゃん…………これで5人!思ってたより順調に集まってきてる!」

 

「ここまで来ちゃったら、会長から出された条件まであと少しって感じがするね」

 

「安心するのはまだ早いですよ!このまま勢いに乗って、以前メンバーだった彼方先輩のところに行きましょう!」

 

「おおっ!やる気だねかすみちゃん!」

 

部員集めが軌道に乗ってきたことが随分と嬉しい様子で、かすみはこれまで以上に活力に満ちた笑顔を見せている。

 

「では、私がいるところを知っているので案内しますね」

 

「む……かすみんだって彼方先輩のいそうなところ、心当たりあるんですけどもっ!」

 

「ふふっ、多分正解ですよかすみさん。保健室か中庭……ですよね。さっき見てきたんですけど、今日は保健室みたいです」

 

かすみとしずくのやりとりを聞いた春馬が、怪訝な視線を彼女達に送りながら首を傾ける。

 

「どうして中庭か保健室なの?」

 

「それはですね……。たぶん、実際に会ってみるのが手っ取り早いかと」

 

「そう……?——じゃあ、とりあえず行こうか」

 

「あーっ!ごめん!」

 

「え?」

 

不意に背後から発せられた声に反応して振り返ると、そこには両手を合わせて頭を下げる愛の姿が。

 

「アタシとりなりー、これから一緒に買い物しに行く予定だったんだ。悪いけど一旦解散……ってことにしてくれない?」

 

「オッケー、それじゃあまた明日」

 

「りょうかーい!またねみんな!」

 

「お、お先に……失礼します」

 

まだ少し雰囲気に馴染めていない様子の璃奈の手を引きながら、愛は賑やかしい空気を振り撒き部室を退出していく。

 

最終的に残ったのは以前から行動を共にしていた春馬と歩夢、かすみ……そしてこの間新たに加わったしずくの4人。

 

「ようし、じゃあ改めて……近江彼方さんを説得しに行こう!」

 

「「「おー!!」」」

 

春馬の掛け声に合わせて3人が揃って片手を突き上げる。

 

みんなの士気がぐんと上がっているのがわかる。

 

生徒会長をぎゃふんと言わせる日も————そう遠くはないはずだ。

 

 

◉◉◉

 

 

「………………」

 

カツン、カツン——とコンクリートの壁に向けてしきりにつま先を打ち付けるような音が部屋に響く。

 

決して表情は動いていない……が、明らかに不機嫌である、といったマイナス感情はその行動から見て取れた。

 

 

 

「悔しそうだね」

 

影から這い出るようなステップを踏んだ男が少女————フォルテへと歩み寄る。

 

フォルテは傍らに立つその男の方は見ずに、依然として静かに壁を蹴りつけながら独り言のように口にした。

 

「……邪魔が……入った」

 

「ああ、わかるとも。邪魔が入った…………だから彼らを仕留め損なっただけでなく、グエバッサーリングまでも向こうに渡ってしまったのは自分のせいではない。そう言いたいんだね?」

 

「………………」

 

無駄に癪に障る物言いをしてくる男に眉をひそめ、フォルテは壁に擦り付けていた靴底を離すと消えそうな声で続けた。

 

「あの光線を……撃った奴は……以前あなたが言っていた……2人組……でしょう」

 

「そのようだね。いやはや……見事な精度だった。さすがは、かつて宇宙で悪名を馳せた“狩人”達……といったところか」

 

男————ミライはフォルテと背中合わせになるように立ち位置を変えると、天井を見上げながら息を吐き出すように言う。

 

「けどねフォルテ、そこまで気にする必要はないんだ。指輪に関してはむしろ……彼らにプレゼントしているつもりだったからねぇ」

 

「……どういう……こと。あなた……敵に……塩を送っていたと……いうの……?」

 

「ふふふ……捉え方によってはそうなるのかも」

 

これまで決して表情に大きな変化を見せなかったフォルテだが、この瞬間、彼女ははっきりと怒りの感情が露見するほどに歪んだ顔を見せた。

 

「余計な行動は……慎んでと……警告した……はず」

 

「おおっと、そんなに睨むことないだろう。黙っていたことは謝るが————実を言うとね、これは君のお父上も把握していることなんだ」

 

ミライの返答に再びフォルテの表情が凍りつく。

 

「…………嘘————」

 

「嘘じゃないさ、何なら尋ねてみるといい」

 

「…………私や……フィーネ達にも……伝えていない計画が……あるということ……?」

 

「兄弟全員が知らなかったかはわからない。もしかしたら君だけが教えられていないのかもしれないね?」

 

どこか挑発するような調子でミライが言い放つ。

 

「………………」

 

フォルテは困惑するように言葉を失った後、普段より覚束ない足取りでその場を後にしようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……余計な詮索は……必要ない。ウルトラマンを……倒すことだけ……考えればいい……」

 

壁伝いに歩きながら、自分に言い聞かせるように自然とそう口に出してしまっていた。

 

……次の仕事道具である指輪を懐から取り出す。

 

人間のマイナスエネルギーを宿すことで怪獣を実体化できるアイテム。

 

多くの平行世界を渡り歩いてきた経験があるミライが、怪獣に関する知識を駆使して製作した特注品だ。

 

「次こそは……必ず」

 

自分に唯一与えられた役目を果たさなければ。

 

それだけを胸に抱き——————今日もまた、退屈な日常(茶番)を始めるんだ。

 

 

 





なんか回を増すごとにフォルテのイライラ度が増してる気がするぞ……。まあ全部司教が悪いんすけど()
このまま部員を揃えてから次の展開に移りたいと思います。


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第14話 集え最高学年


虹ヶ咲のファンブック、315です……。


「うう……ん、だれぇ?」

 

かつてスクールアイドル同好会のメンバーだったという近江彼方————彼女を説得するために、保健室へとやってきた一行だったが……。

 

「しずくです、彼方さん」

 

「しずくちゃん〜?……おお、久しぶり〜……。元気してる?」

 

「はい、おかげさまで元気です。——じゃなくて、今日は彼方さんに、スクールアイドル同好会に戻って頂きたくて参りました!」

 

並べられていた内ひとつのベッドからのっそりと起き上がった少女を見て、春馬は笑顔を保ちつつも戸惑うように首を傾ける。

 

ゆるいカールのかかった茶髪————寝癖のようにも見えるそれを腰に届きそうなほどまで伸ばしている垂れ目の先輩。たった今目覚めたばかりであったことも相まって、ひどく眠たげな様子だった。

 

(この人が彼方さん……)

 

 

 

「彼方先輩、同好会が潰されちゃいそうなんです!お願いです!戻ってきてください!」

 

「潰される!?それは……彼方ちゃん切ないな。阻止しないと。……でも彼方ちゃん、今戻るのは難しいなあ〜……。戻りたい気持ちはあるんだけども…………」

 

 

 

(……あれ?)

 

かすみの呼びかけに反応した彼方を見て春馬の眉がピクリと動く。

 

しずくの時と同じ違和感だ。…………反応から考えて、もしかしたら彼女も何か別の事情があって同好会から離れているのかもしれない。

 

「——あの、先輩!」

 

咄嗟に一歩踏み出した春馬はベッドのそばまで歩み寄ると、未だぼんやりとした眼でこちらを見上げる彼方に切り出した。

 

「俺、2年の追風という者で……あっちは同じく2年の上原歩夢です」

 

「おおう……?」

 

「先ほどかすみちゃんが言っていたように、今スクールアイドル同好会がピンチで……。それを阻止するために、ここにいるみんなで部員集めをしていたんです。既に新しく入ってくれた人達もいるんですけど…………あなたが以前所属していたと聞いたので、是非戻って頂きたいと思って……!」

 

焦るあまり徐々に語気を強めながらそう口にした春馬に節々で頷きつつも、彼方はどこか困ったような顔を浮かべる。

 

「彼方ちゃんのいない間に、そんなことに……」

 

「……戻ってきてくれますかね……?」

 

「……でも彼方ちゃん、今ホント余裕ないんだよ〜……。スクールアイドルは好きだけど……今は無理。とってもピンチで……忙しい〜……」

 

「そう……なんですか……」

 

「ピンチって、何があったんですか?私達で力になれることなら、なんでも言ってください……!」

 

肩を落とす春馬のフォローに入るように、しずくは負けじと前に出ながら彼方に向けてそう聞き返した。

 

目を瞑り……数秒の沈黙の後、意を決したように彼方の口が再び開かれる。

 

 

「成績が……下がってしまったんだな、コレが…………」

 

 

「え?」

 

「成績……?ですか?」

 

思いもよらぬ返答に揃って表情に驚愕の色を差し込む春馬としずく。

 

彼方は微妙に沈んだ表情を見せた後、先ほどよりも縮小した声量でこぼした。

 

「彼方ちゃん中間やばくってさ〜……期末ふんばらないとやばい。それでお勉強頑張ってるんだけど……それでも数学はピンチがすぎる。わけわかんない……」

 

「勉強……」

 

「——ああっ!それなら……先ほど春馬先輩が話していた新しい部員の人達が理数科目を選択しているので、その2人に教えてもらうのはどうでしょう?」

 

「……えっ?そんなにおいしい話が?」

 

なんとか繋ぎ止めようとしずくが出した話題に食いついた彼方を見て、春馬は無意識に小さなガッツポーズを作った。

 

「いいね、それ!2人に教えてもらえば……スクールアイドル活動と両立ができますよきっと!」

 

「おお〜!ないすあいでぃあ〜……!それなら……戻ろっかな」

 

「やったぁ!」

 

「ありがとうございます!」

 

喜びのあまり両手でのハイタッチを交わす春馬としずく。

 

当初はダメかと思ったが、事前に入部してくれていた愛や璃奈のおかげでなんとか功を奏すことができた。

 

 

「さっそくだけど、今その2人は部室にいるのかなあ?」

 

 

——はしゃいでいたのも束の間、彼方からの不意な問いかけに春馬達は言葉を失う。

 

できることなら彼女が心変わりしないうちに部室へ引き入れたいところだが…………愛と璃奈はついさっき買い物の用事があると出て行ったばかりだ。

 

「えっと……その……」

 

「たぶんいると思いますぅ」

 

「え」

 

彼方の問いに返答したのは春馬でもしずくでもなく……その背後に立っていたかすみだった。

 

「じゃあ早速いこ〜!彼方ちゃん久々におめめがぱっちりしてきたよ〜!」

 

「えっ?あの……」

 

「しー……!」

 

「わぷっ……!」

 

重い動きでベッドから降りて保健室の扉の方へゆっくり移動し始めた彼方を引きとめようとした直後、小さな手のひらが春馬の口を覆った。

 

「むぐ……っ!かすみちゃん、嘘はよくないよ……!」

 

「春馬先輩だって、彼方先輩が心変わりしないうちに拉致って——じゃなくて!囲って——でもなくて!とにかく部室に連れて行きたいって思いましたよね……!?」

 

「それはそうだけど……!」

 

「ん〜?どうしたの?行かないの〜?」

 

声を殺しながら何やら論争を繰り広げていた2人に彼方が首を傾げる。

 

「行きます行きます!ほら皆さんも!」

 

「う、うん……」

 

かすみに手を引かれながら春馬も彼女達の後ろに付いていく。

 

騙してしまったようであまり乗り気にはなれないが……とりあえずは部室へ戻るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………って、部室にいないじゃーん!かすみちゃんめ、嘘ついたな〜!」

 

「あーん!だってぇ〜!!」

 

——誰もいない部室に入った直後、嵌められたことに気がついた彼方はすぐさまかすみの頬を餅のように引き伸ばそうとした。

 

「す、すみません彼方さん!実はさっき話した2人はお買い物に行ってて……!」

 

「む〜……」

 

「ごめんなひゃい〜!」

 

面白いくらいに伸ばされたほっぺたをもごもごと動かしながら涙目でかすみが訴える。

 

ガヤガヤと騒がしい空気が充満してきた、その時——————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは、賑やかだね〜!……あれ?いつの間にか人が増えてるね!」

 

「え?」

 

唐突に部屋の中に入ってきたのは————何やら包みを抱えた、お下げ髪と鼻周りの薄いそばかすが特徴的な少女。

 

制服を着込んでいてもわかるグラマラスな体型と…………それとは裏腹な幼い子供のように無垢な印象を覚える顔つき。

 

「エマ先輩!?」

 

「……え!?」

 

かすみがその女生徒に対して発した呼びかけに、春馬は目を剥いて驚愕した。

 

しずくや彼方の他に、かすみから話を聞いていたメンバーの内の1人……。

 

「エマさん、もしかして……私達が動いているのを見て戻ってきてくださったんですか!?」

 

「え?“戻る”?……うん、さっきスイスから戻ったんだよ〜。——はいこれお土産。たくさんあるから人数増えても大丈夫だよ。なかよく食べてね」

 

「は、はあ……?」

 

何やら会話が噛み合っていない雰囲気を察知し、春馬はかすみの耳元に顔を寄せるとひっそりと尋ねた。

 

「かすみちゃんかすみちゃん、この人がエマさん?」

 

「え、ええ……はい……」

 

彼女自身状況を理解できていないようで、どこか煮え切らない返事を口にする。

 

身につけている緑色のリボンから察するに3年生の女生徒————エマは初対面である春馬と視線を交わすと暖かい笑顔を見せてくれた。

 

「はじめまして、わたしはエマ・ヴェルデ。これからよろしくね」

 

「お、追風春馬……です……」

 

「……あら?あなた——!」

 

「え?……へっ!?」

 

春馬の全身を捉えた途端、エマは血相を変えて彼のもとまで駆け寄るとおもむろにその顔を両手で優しく包み込んだ。

 

「たくさん怪我してる……!大丈夫なの?痛くない?」

 

「は、はい……!まだ少し痛みはありますが、そこまで大袈裟なものでは——!」

 

「そっか……。お大事にね?辛かったら遠慮なく言ってね?」

 

は……はい!

 

突然の接近に思わずドギマギしてしまう。

 

最初に会った時のしずくや、先の璃奈も同じような心境だったのだろうか。……うん、反省。

 

「あ、あの……エマさんは、自発的にここに戻ってきてくれたんですか?」

 

湿布の貼られた頬からエマの手が離れたのを確認した後、春馬は恐る恐る彼女にそう投げかけた。

 

「え?だってここ、スクールアイドル同好会の部室でしょ?普通に来るけど……?」

 

「……?」

 

不思議そうな顔でそう答えたエマを見てますます疑問が深まる。

 

「あ、あのあのっ!エマ先輩ここしばらく来なかったですよね!?同好会と距離置いてましたよね!?」

 

「ん?わたし、スイスに一時帰国してただけなんだけど……。手紙、置いていったよ?」

 

「えっ?」

 

……しかし、それもすぐに晴れることとなった。

 

「あれ……あれもしかして、エマ先輩の置き手紙だったんですか……!?」

 

「えっと……どういうこと?かすみちゃん?」

 

突然慌てた様子を見せたかすみに歩夢が尋ねる。

 

……薄々思ってはいたが、これはたぶん——————

 

「……これ、エマ先輩の手紙だったんだ。ライバルからの怪文書かと……」

 

テーブルの隅に追いやられていた紙を手に取り、かすみはそこに記されていた文章に目を通すと徐々に肩を震わせた。

 

「…………かすみちゃん」

 

「あーん!ごめんなさーい……!かすみんの早とちりでした〜!」

 

自らそう白状した彼女に安心と呆気の混ざった溜息をつく春馬。

 

どうやら同好会を離れたと思われていたエマは…………母国に帰っていただけだったらしい。

 

「エマさんは戻ってきてくれたし、全然いいよ。結果オーライだよ」

 

「なんだかデジャブ…………」

 

かすみを励まそうとするしずくを眺めながら春馬は引きつった笑顔を浮かべた。

 

 

(彼方さんはちょっと強引だったけど…………何はともあれ、これで7人!)

 

目標の10人まで一気に近づいた。歩夢を引き入れてから随分とスムーズに事が運んでくれる!

 

『各々の擦れ違いが同好会の危機を招いていた、といったところだな』

 

『拍子抜けというか何というか……』

 

(まあまあいいじゃない!終わり良ければすべて良しだよ!)

 

タイガ達の言葉に不安の消えた笑顔で返しつつ、春馬は改めて皆の方に身体を向けた。

 

 

「うん……!すごくいい流れが出来てる気がする!このまま勢いに乗って、かすみちゃんの言ってた最後の1人……“優木せつ菜”さんのところに行こう!!」

 

「は、ハルくん……!?その人、どこにいるかわかってるの……!?」

 

「——あ、そっか」

 

高揚に身を委ねて部室を飛び出そうとした春馬に歩夢のストップがかかる。

 

……そういえば彼女についてはまだまだ知らないことだらけだった。

 

 

「それで……どんな人だったんですか?」

 

落ち着いた雰囲気が部室の中に戻った後、歩夢は一息ついて元々所属していた部員達へと聞いた。

 

「んー……どんな人、かあ。一言で言うのは難しく、語るには……」

 

「語るには?」

 

「……彼方ちゃんが眠りに誘われる」

 

少し間を置いた後でそう返してきた彼方に苦笑する。終始眠そうにしている人がそうは言っても参考にはし難い。

 

眠たくなるほど長い説明を要する人物……。

 

「彼方ちゃんが眠くならない程度にお話するね」

 

「以前少しお話したことと被りますが……せつ菜さんは、この同好会を引っ張って行く存在だったんです」

 

「可愛い顔してダンプカーみたいな」

 

エマの切り出しから始まり、しずく、かすみ——と口々に並べられていく“せつ菜”という人間の人物像。

 

可愛らしい顔ではあるが……その実ダンプカーのように力強い、ということなのだろうか。

 

「一番やる気があったし……もともと個人でスクールアイドル活動もしてたから、結構有名人だったんだ」

 

「個人……?ソロってことですか?」

 

「そうです。私も聞いたことはありました。『そんな有名人が!?』って、同好会に入った時は驚きましたよ〜」

 

スクールアイドルでソロ活動とは珍しい……気がする。

 

自分自身まだまだこの界隈に精通しているわけではないが、スクールアイドルといったら一つの学校に一つのグループで活動を行うのがスタンダードな印象があった。

 

アイドル通のかすみに有名人と言われるくらいなのだから…………相当な実力者だったに違いない。

 

「……話を聞く限りだと、すっごく目立ってそうな人だけど……。学校の中じゃ全然噂を聞かないよね?」

 

「そうなんですよね」

 

「虹ヶ咲にいるのは確かなんだけど、同好会以外では一度も見たことがないの」

 

「それはなんとも……不思議ですね」

 

どうやら元いたメンバーであるしずく達ですらせつ菜の居場所はわからないらしい。妙な話だ。

 

正体を隠しながら活動をしていた——というのはさすがに変に考えすぎか。

 

「昔はスクールアイドルのライブに行けば、必ず会えたんですけど……最近はそれにも出ていないみたいなんですよね」

 

「もしかして……スクールアイドルを辞めちゃったのかな……」

 

「……それはない。せつ菜ちゃんは心の底からスクールアイドルが好きだったから、やめるってことは考えられないよ」

 

ふと歩夢がこぼした一言に彼方が首を横に振りながらそう言った。

 

「大好きって気持ちを、世界中に広めたいっていう熱意に燃えてた。……だから、隠れてるとしか思えない……」

 

「…………」

 

これまでの話を聞くと……何か胸に引っかかるような感覚が消えてくれない。

 

優木せつ菜————生徒会長は彼女こそが同好会に亀裂を入れた張本人だと言っていた。……そこに繋がるのだろうか。

 

「せつ菜さんは本当にすごかったですからね。歌もダンスも……スタイルだって良かったし」

 

「——ぬぬっ!?」

 

何気ないしずくの言葉に反応し、終始眠たげな顔をしていた彼方がほんの少しだけ活力に満ちた表情へと変化した。

 

「彼方さん?」

 

「スタイルといえば!同好会に入れたい子が1人いたのを思い出した……!せつ菜ちゃんを探す前に、勧誘しよう〜!」

 

「ほんとですか!?」

 

願っても無い事態に春馬が思わず声を弾ませる。

 

「それ、どんな方なんでしょう!?」

 

「なんでも……毒藻?らしい……」

 

「どくも……」

 

「読者モデルのことだね」

 

彼方の説明を聞いて困惑した顔でおうむ返しをする春馬の横から、彼女の言わんとしていることをすぐに理解したエマが口添えした。

 

「モデルさん……!すごいや!スクールアイドルとしても人気が出そう!」

 

「連絡してみる〜」

 

すかさずスマートフォンを取り出した彼方がその人物と思しき相手とメールのやりとりを開始。

 

彼女の知り合いとなれば……3年生だろうか。モデルとして場数を踏んでいるのなら、人前に出るアイドルとしても十分やっていけるはずだ。加わってくれればとても心強い。

 

 

◉◉◉

 

 

「ふーん……スクールアイドル、ね」

 

彼方に連絡を取ってもらい、早速待ち合わせ場所へと向かった同好会一向。そこで待っていたのは私服姿の女性だった。

 

上は黒のタンクトップに肩や鎖骨がはっきりと見えるくらいのトップスを重ね、大胆に肌が露出したショートパンツを下に履いている。

 

何より印象的だったのは————胸元に三つ並んだ黒子。

 

 

「どうですか?彼女達と一緒に!絶対楽しいですよ、スクールアイドル!」

 

「そうね……。今までいろんなお誘いをもらったけど、スクールアイドルは初めてね。でも……私にできるかしら?」

 

「もちろんですよ!果林さんすごくスタイルいいですし!どんな衣装だって着こなせちゃいそうです!」

 

春馬はコンタクトをとった彼女————朝香果林(あさかかりん)に対して熱の入った説得を行っていた。

 

……時折かすみが悔しそうに歯を食いしばっているのが気になる。

 

「そうね……興味はあるけど……」

 

「入ってくれるんですか!?」

 

「でも、いいの?私、フリフリの衣装とかは似合わないわよ?体のラインが出るような衣装とか……露出の高い衣装なら自信あるけどね」

 

「ろ、ろしゅつ……ですか」

 

春馬の横で話を聞いていた歩夢が少し頬を染めて眉を下げた。彼女は自分から積極的に肌を見せるようなアピールは経験がないのだろう。

 

「そう。例えば……隣の子がチラチラ見ている胸元のほくろが目立つような……ね?」

 

「みっ、見てないです!」

 

「かすみさん……自白です……」

 

「だって、すごく綺麗だなって思って……うう……」

 

「ふふっ、褒めてくれてありがとう」

 

かすみは自分にはないものを持っている果林が気になってしょうがない様子だった。

 

彼女は彼女で得難い才能を備えているので、そこまで対抗心を燃やす必要もないと思うのだが……。

 

「……同好会に入ってもいいけど、ひとつ条件があるの」

 

「条件?」

 

「ええ。——私は、私の目指すスクールアイドルになりたいの。……それでもいい?同好会には入るけど、グループ活動はあまり得意じゃないっていうか……」

 

そう返答した果林の言葉を聞いて、春馬は目を見開いたまま硬直。

 

 

 

 

 

『————でも、やりたいことがバラバラすぎて、うまくまとまらなかったんです』

 

 

 

以前かすみが話していたことが脳内で繰り返し再生される。

 

やがて目から鱗とでも言うような驚愕に満ちた表情に変化した春馬は、手のひらを打ちながら浮かんできたアイデアを声に出した。

 

「それだ……!それですよ果林さん!」

 

きょとん、と首を傾けている歩夢達にも説明するように、春馬は今にも足踏みをして走り出しそうなテンションで続ける。

 

「みんなは、グループ活動ってところにこだわらないやり方をしようよ!」

 

「「「「——え?」」」」

 

「ほら、かすみちゃんも言ってたじゃない。スクールアイドルは、ソロでもできるんだよね?」

 

「は、はい」

 

「しずくちゃんは、みんなやりたいことが違うのはおもしろいって言ってたでしょ?」

 

「ええ……」

 

「だったらその通りにすればいいんだよ!無理にグループで動く必要はない。みんなの個性を存分に発揮できるような活動————みんなで助け合って、みんなで違う理想を追い求める!……そういう形のスクールアイドルがいても、いいんじゃないかな!」

 

つい鼻息を荒げて熱弁してしまった……が、間違ったことは口にしていないと胸を張って言える。

 

かつての同好会メンバーが方向性の違いで活動が停滞してしまったというのなら…………一方通行に縛られない、新しい道をそれぞれで進めばいい。

 

きっとそれが、この……“虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会”にとってぴったりなスタイルなんだ。

 

「めっちゃいいこと言う〜……!彼方ちゃんもそれに賛成〜」

 

「……グループとしてじゃなくてもいいってこと?」

 

「やってみて、ダメならそれでもいいと思うんです。それぞれの好きな部分を伸ばすってやり方を探すんですよ!」

 

エマにそう言い残しつつ、春馬は改めて果林の方を振り返ると輝かせた瞳を向けて口にした。

 

「見ている人に今までにない刺激をあげられる……!そんなスクールアイドルを目指しましょう、果林さん!」

 

一瞬また手を握ろうとしてしまったが、すぐに肩へ力を入れて自らの腕を引き止める。……危ない危ない。

 

「今までにない刺激……」

 

果林は少しだけ考え込むような素振りを見せた後、にこやかに口元を緩めて答えてくれた。

 

「……ふふっ、面白そうね。そういうことなら入部させてもらおうかしら」

 

「……!や……や————ったぁー!!ありがとうございます!!」

 

「へっ!?」

 

「………………あれ!?」

 

いつの間にか温もりを包んでいた自分の両手に目を落とす。

 

気付いたその時にはもう…………果林の手はしっかりと春馬の手のひらに覆われていた。

 

「あっ……と……!?あの……っ!ごめんなさい!ごめんなさい!!」

 

「え、ええ……」

 

慌てて彼女の両手を解放するも、背後から突き刺さる怪訝な眼差しが収まることはなかった。

 

「後ろから様子を見てて、またやりそうだなあ……とは思っていましたが……」

 

「春馬先輩〜!?」

 

「うぅ……!わざとじゃないんだってば!——ねえ!歩夢からも何とか言ってよ!」

 

「……知らないっ」

 

「そんなぁ!?」

 

幼馴染が立て続けに恥ずかしい行為に走ったのが気に障ったのか、歩夢は頬を膨らませながらそっぽを向いてしまう。

 

 

 

『ハァァアアアア……こいつは本当に……。前から鈍臭いところのあるヤツだとは思ってたが……本当にこの先俺らと肩を並べてやっていけるのか?』

 

『なにを言うタイガ。彼を選んだのは君だろう?』

 

『そうだけどさ……』

 

『いつまでもくよくよと悩んでいる時間はないぞ。……一刻も早くフーマを見つけ、この星で起きている異変の全貌を暴かなければ!』

 

賑やかな雰囲気を放つ少年少女達の陰で光の戦士達がひっそりと会話を繋げる。

 

徐々に迫ってくる悪寒を————彼らは肌で感じ取っていたのだ。

 

 

『……なんか少し前から妙な気配を感じるし……。誰かに監視とかされてないだろうな……?』

 

ぽつりと呟かれたタイガの声は風の音に溶けていく。

 

 

その場にはいない、遥か遠くから覗かれているかのような視線。

 

……よく似ている気配を、自分は知っているはずなのに。

 

『…………ごほん!』

 

自分の意識を誤魔化すように咳払いをする。

 

タイガは今もどこかから注がれている視線から逃げるように……その小さな霊体で春馬の身体の中へと飛び込んでいった。

 

 




うん、なんか春馬のキャラが完全に定着してきましたね()
ほぼほぼキャラが揃ってきたということで、次回から一気にオリジナルパートが増えていくと思います。

メビライブの続編という扱いなので、いずれはサンシャインな要素も入ってくるかと……。


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第15話 本当の始まり

アニメ版あなたちゃんのビジュアルきたああああああああ!!!!!
完全に好みストライク三振ゲームセットでした。


夕日に照らされたオレンジ色の廊下を歩く少女が1人。

 

 

(かすみさん達……順当にやっていけているでしょうか……)

 

長い黒髪を三つ編みでふたつに束ね、腕には生徒会のメンバーであることを示す赤い腕章が留めてある。

 

メガネの下に見える瞳は暗く、その視線は意識だけが全く別の場所にあるかのように一点を見つめていた。

 

 

 

 

 

「あなたが“優木せつ菜”?」

 

「えっ?」

 

不意に前方から聞こえた呼びかけに顔を上げる。

 

少女————中川菜々は音もなく目の前に姿を現した人物を捉えると、その異様な雰囲気を感じ取り反射的にたじろいだ。

 

顔立ちはとても整っているようにも見えるが……深く被ったキャスケット帽がその表情の全貌を隠している。季節からは考えにくい紺のコートに身を包んだ女の子だった。

 

……制服は着ていないようだが、虹ヶ咲の生徒なのだろうか?

 

「生徒会に何か御用でしょうか?そろそろ最終下校時刻になるので、できれば日を改めて————」

 

「あの子達、上手いこと部員を集めているみたい」

 

「……え?」

 

ゆっくりとこちらとの距離を縮めながら、コートの少女は菜々に向けて静かに言い放つ。

 

「あとはあなたが加われば万事解決……。早く素直になった方がいいわよ」

 

「えっと……一体なんの話を……?」

 

手を伸ばせば届く位置までやってきた少女の鋭い目が菜々を射抜く。

 

「あなたは……誰、なんですか……?」

 

得体の知れない者を眼前に、菜々は彼女に対して無意識にそんな問いを投げていた。

 

 

 

「……同好会は、決して無くさないようにね」

 

「え?」

 

刹那、少女の姿が視界から消失。

 

咄嗟に振り返って辺りを見渡すも、彼女の姿は気配ごと綺麗にその場から無くなっていた。

 

 

「同好会……」

 

最後に少女が残した言葉が頭の中で何度も反響する。

 

燻っていた炎が大きく燃え上がる音が————その瞬間、確かに聞こえた。

 

 

◉◉◉

 

 

「あと一息ってところまでは来たんだけどな……」

 

3年生のメンバーが加わった後日の放課後。

 

同好会の部室に集まった皆でテーブルを囲んでいる最中、春馬はため息交じりの声を漏らしていた。

 

「見つからないね……優木せつ菜さん……」

 

「愛さんの情報網を以てしてもぜんっぜん成果無しだよ〜……」

 

すっかり全身の力が抜けてしまっているメンバー達を見て苦笑する。

 

かつてこのスクールアイドル同好会に所属していたという人物…………その最後の1人、“優木せつ菜”。

 

捜索に全力を尽くしているつもりではあったが、どれだけ時間をかけても彼女の影すら見つけることはできなかった。

 

「まさか何年生かもわからないなんて……」

 

「もともとソロ活動で有名だったってことは……1年生ではないはずだよね?」

 

「この学校も結構なマンモス校だから、ある程度のあたりをつけないとキリがない気がするけど……」

 

「そもそも、目撃情報自体が皆無……」

 

このように意見はいろいろと出てくるのだが、どれも決定打にはならないまま時間だけが過ぎていく。

 

現在集まったメンバーは歩夢、かすみ、しずく、愛、璃奈、彼方、エマ、果林————の8人。下された条件まであと2人。

 

本来同好会は5人いれば活動が可能ではあるが…………会長との約束は守らなければならない。交渉するのは本当に最後の手段だ。

 

(難航しそうだなぁ……)

 

『別にそのせつ菜って人間にこだわる必要もないんじゃないか?適当に数合わせすればいいだろ』

 

(必要かどうかとか、そんなんじゃないんだタイガ。俺…………ううん、みんな……ただ彼女に戻ってきて欲しいだけなんだよ)

 

『……そういうものなのか?』

 

(うん。……そうに決まってる)

 

1人で知名度を高められるくらい、スクールアイドルに対して情熱を抱いていた。……そんな人間が、少し意見が食い違っただけで仲間に背を向けるはずがない。そんなことは絶対にありえないんだ。

 

だって…………、だって————大好きだって気持ちは簡単には無くならない。無くなったら、大好きだった頃の心まで消えてしまうじゃないか。

 

(……ダメだ、それは)

 

その人がそこに居たんだってことだけは…………その事実だけは、消してはならない。無くなっちゃいけない。

 

 

 

『————』

 

 

 

そうじゃないと————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほ、本当に……っ……。本当に、集まってる……!……こんなに…………っ!」

 

 

勢いよく部室の扉が開かれ、ほとんど飛び込むように誰かが入室してくる。

 

春馬達は反射的にその人物の方を見やり、それが何者であるかを認識すると同時に揃って驚愕の表情を浮かべた。

 

「信じていました……!きっと……同好会を復活させてくれると!!」

 

「————か、会長っ!?」

 

肩を上下させながら興奮気味に言葉を並べる三つ編みの黒髪少女。

 

それは紛れもなく中川菜々。この虹ヶ咲学園の生徒会長だった。

 

「会長……?どうしたんですか、そんなに慌てて…………」

 

「あ!……またやっちゃった……!今……私、生徒会長モードだった……!」

 

呆気にとられる皆を見て、菜々は恥ずかしそうに頬を染めながら何やら理解し難いことを口にする。

 

春馬は数秒考え込んだ後、恐る恐る降って湧いたような仮説を彼女に投げかけた。

 

「生徒会長モードって……。も、もしかして…………会長が、“優木せつ菜”さん……!?」

 

「……はい。私が————せつ菜です」

 

 

そう返答した菜々がかけていたメガネを外し、束ねていた髪を解く。

 

すると堅苦しいイメージのあった容姿から一変。凛々しさが強く押し出された長髪の少女が現れたのだ。

 

「これで信じてもらえたでしょうか?」

 

「えっ……えっ!?」

 

 

————ええええええええええ!?!?!?

 

 

部室内に全員の叫びが轟く。

 

今目の前にいる彼女が…………優木せつ菜その人だったんだ。

 

「ほ、本当に……せつ菜ちゃんだ……」

 

「生徒会長がせつ菜先輩だったなんて……!」

 

「全然気づかなかった自分のことがショックです……」

 

もともとメンバーだった面々があまりの衝撃に戸惑っているなか、春馬は必死に思考を整理しながら菜々————いや、せつ菜に尋ねた。

 

「生徒会長が……って、ちょっと待って。君がせつ菜さんなら……どうして俺達にあんな条件を出したの……!?」

 

部員を10人集めれば復活————だなんて、回りくどすぎる。そもそもなぜ彼女は今まで正体を隠していたのか。

 

せつ菜は少し俯き加減になりながらも、申し訳なさそうな顔でぽつりと語り始めた。

 

「その件については……すみません。全て私の身勝手な要求でした。……こうなった原因を作ったのは私でしたから…………いずれ同じことが起きてしまうのではないかと。とても怖かったんです」

 

「そんな……!せつ菜さんのせいだなんて思ってるメンバーはいませんよ!」

 

「……いいえ。私のスクールアイドルが大好きだって気持ちが、皆さんにとって圧力になっていることは確かでした。……どんどん仲がぎこちなくなってしまうのが……つらかった」

 

しずくの言葉を聞いて改めて自責の念に駆られるせつ菜。

 

……同好会が今のような状況に陥った原因を作ったのは自分だと、そう考えているのだろう。

 

生徒会長として最初に春馬達と対面した際の言い草も、責任感の強い彼女だからであると納得がいった。

 

「——だから、10人集めてしまうくらい情熱を持った人がいてくれれば、今度こそ上手くいくんじゃないかって思ったんです。……調子のいい考えですよね」

 

「……!そんなことないです会長————じゃなかった、せつ菜さん!……同じことは繰り返させません。俺達、同好会の新しいやり方を考えたんですから!!」

 

「新しい、やり方…………」

 

春馬に続くように頷いた皆を見てうっすらと笑みを浮かべたせつ菜だったが、我に返るようにまた表情を曇らせてしまう。

 

「……でも、まだちょっと自信ないです。私、またスクールアイドルへの気持ちを暴走させちゃうかも……」

 

「いいえ、大丈夫です。……そのために俺がいるんですから!」

 

「え?」

 

拳で自らの胸を叩き、春馬は宣言するように強く言い放つ。

 

「ここにいるみんなの想いは……全部俺が受け止めてみせます!受け止めて……全力でサポートします!スクールアイドルが大好きな仲間のために!!」

 

「……!——はい!ありがとうございます!」

 

やっと吹っ切れたような笑顔を見せたせつ菜に、他のみんなもつられて笑う。

 

「改めて……私もスクールアイドル同好会に入部させてください!」

 

「お帰りなさい、せつ菜ちゃん!」

 

「うぅ……せつ菜せんぱーい!!」

 

これまで溜め込んでいた感情を爆発させるように、かすみを先頭にかつてのメンバー達が彼女のもとへ駆け寄っていく。

 

微笑ましいその様子を眺めながら、春馬はそばにいた歩夢に向けて何気ない一言を口にした。

 

「これで9人……。あと1人だね」

 

「9人?……やだ、もう」

 

「ん?」

 

「10人目ならもういるよ」

 

歩夢が言ったことを聞いてきょとん、と首を傾ける春馬。

 

念のためここにる人数を数えてみたが…………やはり集まっているのは自分を除いて9人だ。

 

言葉の意味を理解するのに苦労している春馬に、歩夢はやれやれと肩をすくめながら追加のヒントを添える。

 

「私の隣にいる人」

 

「んー……。……ん?……んっ!?」

 

数秒遅れて彼女が誰のことを指しているのか気がつく。

 

2人のやりとりをせつ菜も聞いていたようで、やがて部室内に静寂が訪れると同時に彼女は言った。

 

「私は部員を10人集めることを条件にしましたが…………スクールアイドルを10人集めろとは言っていませんよ」

 

「それって、もしかして…………俺が10人目ってこと!?」

 

予想外の事態に目を丸くする春馬を囲むようにして皆が彼のもとに歩み寄る。

 

「春馬先輩に拒否権はありませんよ〜!ここまで一緒にやってきたんですから、ちゃんと責任とってくださいね!」

 

「いいじゃんいいじゃん!ハルハルがそばにいるなら心強いよ!」

 

「彼方ちゃんも賛成〜」

 

もはや背後に道はないと言わんばかりに詰め寄ってくる皆を前にし、春馬は胸の奥底からこみ上げてくる熱い感情に思わず泣きそうになりながらも胸を張った。

 

「くぅ……!すっっっっごく嬉しい!!——わかったよ!俺、全力でみんなのことを応援する!!」

 

「スクールアイドル同好会、再始動ですね!」

 

「それともう一つ。……あなたに部長をお願いしたいんです、春馬さん」

 

「ようし!任せて————って、えええっ!?!?」

 

さらりと会話に織り込まれた提案にまたも驚愕する。

 

……いや、同好会に加わるまではまだ納得できる。なぜに部長まで……!?

 

「そんな、部長だなんて……!君の方が適任なんじゃ……」

 

「いいえ。……これだけのメンバーを集めてくれたあなたが中心にいれば、今度こそ大丈夫な気がするんです」

 

「かすみんも賛成です〜!先輩があの日、協力してくれたのが始まりですしね!」

 

そうは言っても……なかなか思い切れない。

 

少し自分には荷が重い気もするのだが……。

 

(どうしようタイガ……)

 

『だから俺に聞くなよ。…………よくわからないけど、別にいいんじゃないか?お前ならやれるよ、きっと』

 

『そうだな。君の人柄なら、かすみ達を正しい方向へと引っ張っていけるはずだ』

 

タイガとタイタスの話を聞いて、春馬はふと瞼を閉じた。

 

……正直、自分に務まる自信は湧いてこない。けど…………みんなが自分を選んでくれた。

 

だったら————進む以外の道は、ないのではないか?

 

 

 

 

 

「…………わかった!やるよ、部長!どんなことがあっても……俺はみんなの味方だから!……約束する!」

 

「決まりですね!」

 

「ようし……!円陣組もうよ、円陣!!」

 

「ふふっ……気合い入ってるね、ハルくん」

 

興奮気味に切り出してきた春馬に続いて、歩夢達も円を描いて並び立つ。

 

その中心でそれぞれの手を重ね————部長の一言と共に少女達は高らかに掛け声を上げた。

 

「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会、再始動だよ!みんな、これからも一緒に頑張ろう!!」

 

 

————おー!!

 

 

◉◉◉

 

 

「聞いたよぉフォルテ、また負けたんだって?あのウルトラマン達に」

 

飛んできた雑音を受け流しながら歩みを進める。

 

「選出する怪獣は悪くなかったはずだ。加えて奴らの仲間の力を利用して…………その上で敗北したな?それほどの力が敵にあったとは思えんが」

 

コートとマフラーで身体の大半を覆い隠した少年、ヘルマが怪訝そうに呟く。

 

……説明するだけ無駄だ。それに次の手はもう考えてある。

 

 

「————大丈夫か、フォルテ?」

 

俯き加減で歩み寄ってきた妹に対し、黒いシャツに身を包んだ少年はほぼ無感情に等しい表情のままそう尋ねた。

 

フォルテは顔を上げ、いつものように冷気をまとったような声をこぼす。

 

「……問題は……何もない。報告を、始め————」

 

「あー!なにさこれ!?」

 

不意に横から駆け寄ってきた黒いワンピースの少女——ピノンはフォルテの手に下がっていた紙袋に気がつくや否や、目にも留まらぬスピードでそれを奪い取った。

 

豪快に持ち手を開き、中に詰まっていた大量の女児服を見てピノンは目を輝かせる。

 

「わあっ!なにこれきゃんわいいー!!フォルテ、これ地球で手に入れたの!?」

 

「………………まあ」

 

「あんたにしてはいい趣味してるじゃん!」

 

「……そう思うなら……貰ってくれて……構わない」

 

「ほんと!?やったわやったわ!見なさいヘルマほら!かわいいでしょ!?」

 

「だせえ」

 

「あぁ!?」

 

背後で行われている騒がしいやりとりに苛立つようにフォルテは眉間にしわを寄せる。

 

一連の流れを傍観していた長男————フィーネは興味深そうに頷くと、次女であるフォルテに向かって何気なく問いかけた。

 

「地球での生活にはもう慣れたか?」

 

「……質問の意図が……わからない」

 

「妹のことが心配なんだよ、長男としてはな」

 

「相変わらず……無駄の多い……人」

 

「そう言うな。……まあ、その様子じゃ変わりないみたいだな。何か興味を引くようなものはなかったのか?」

 

フォルテは薄い笑みを見せる兄に流し目を送った後、淡々とした口調で彼の問いに答えた。

 

「……何も。あの星は……無駄なものばかり……溢れている……。心底……そう思った」

 

「それはお前が狭い世界しか見ていないだけだよ、フォルテ」

 

「……どういう……こと」

 

「どうせ向こうでも教会とやらに籠もりきりなのだろう?一度外に出てみるといい。お前の気に入るものもきっと見つかるはずだ」

 

「それは……使命において……必要な……こと……?」

 

「生きる上で必要なことさ、妹よ」

 

フィーネは膝を折り曲げると、フォルテと目線を合わせながら囁くように続けた。

 

「長男の言葉だ、よく聞け。オレはお前に楽しみながら生きて欲しいんだ。ヘルマやピノンのようにな」

 

「……そもそも……楽しむという……感情そのものが……理解できない」

 

「いずれわかる。お前が真に理解したいと思えるようなものに出会った時にな」

 

そう言って自分の頭部をひと撫でした兄を、フォルテは怪訝な瞳で見上げた。

 

……まるでミライのようなことを口にする。彼らにとって…………いや、もしかすると自分以外にとってはそれが普通なのだろうか。

 

 

 

————否、惑わされるな。そんなものは全てどうでもいい。

 

おかしいのはフィーネ達だ。本来自分達は父から与えられた使命を遂行するだけの存在。

 

父の求めるものはウルトラ一族の根絶。そのために“絆”の力が必要だと教えられたが…………自分にはそんなもの、必要ない。

 

最終的な目標はあくまでウルトラマンを滅することだ。それ以外……退屈な茶番も、ミライの妄言も————全てが些事に過ぎない。

 

ウルトラマンを殺せば全てが片付く。

 

 

 

 

 

 

 

「それが私達——————“()()()()()()”の全て」

 

 

 




ここで闇兄弟達の正体が判明。そう、彼らは"ダークキラーブラザーズ"です。
となるとその"父"は……。

色々とわかったところでまだ公開していなかった残り2人のビジュアルを投下します。
まずはヘルマ。


【挿絵表示】


次にフィーネです。


【挿絵表示】



さて、ここからスクスタとは大きくかけ離れた展開へと進んでいきます。
そろそろ謎の少女()さんの本格登場も近い……。

次回更新は普段より少し遅れ気味になると思うのであしからず。


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第16話 狼煙の夜

更新遅れますと言いましたが案外1週間で書き終えることができました()


『彼らは無事、目的を達成できたようだな』

 

「そうみたいね」

 

撫でるような夜風が吹いている雑居ビルの屋上。

 

貯水槽の上に腰掛けながらぷらぷらと足を揺らしているのは…………深い蒼色に染められたコートの少女。

 

建物に灯された明かり達が星空のように広がっている東京の街を見下ろしながら、彼女は脳内に響いてくる男性の声と会話を交わす。

 

『しかし……君があのような世話を焼くとは思わなかった』

 

「じれったくて見てられなかっただけよ。大したことも言ってないし。……それにあの子達、もしかするとこの先“欠片”を発現するかもしれないしね」

 

『それだけか?……彼女達が“スクールアイドル”だったから、口を出したくなったのではないのか?』

 

「そんなこと————」

 

咄嗟に言い返そうとして、少女はきゅ、と口を結んだ。

 

「——ある……かもしれない。…………やっぱり余計なことをしちゃったかも」

 

『無理もないさ。かく言う俺も、この星に来てから懐かしさに心が揺らいでいる』

 

意識を街並へと戻し、少女は腰を下ろしていた貯水槽から飛び降りると屋上を囲んでいた柵へと歩み寄り————吐息のように呟いた。

 

「あいつらと一緒に守り抜いた星だもの。…………今回も黒幕がいるのなら、そいつの好きにはさせないわ」

 

『……同感だよ』

 

踵を返し、少女は闇夜の中へと溶けていく。

 

その瞳には……確かな決意の炎が宿っていた。

 

 

◉◉◉

 

 

「いやあ……無事に同好会を立て直せて本当によかった。歩夢もありがとね、協力してくれて」

 

「そんな、お礼を言われるようなことはしてないよ」

 

追風家のリビング。

 

テーブルを挟んで向かい合っているのは春馬と歩夢、幼馴染の2人だ。

 

せつ菜が加わり、春馬自身も正式な部員となったことで10人となったスクールアイドル同好会は…………やっとスタートラインに立つことができたと言ってもいいだろう。

 

「それに……最初に行動を起こしたのはハルくんでしょ?」

 

「ううん。かすみちゃんが部室を守ってくれてなかったら、こうはなってなかっただろうし……。それに、みんながスクールアイドルに対して正直になってくれたから、良い方向に進んだんだと思う」

 

歩夢の言葉に首を振った後、初めて部室を訪ねた時のことを思い返しながら春馬は言う。

 

結局のところ、当初自分達が不安に思っていたような事実はなかった。

 

もともと部員だった人達も…………みんなスクールアイドルが大好きなままで、しずくやせつ菜も真剣な考えを持っていたからこそ起きてしまったすれ違いだった。

 

春馬はただ皆が戻るきっかけ、トリガーを引いただけだ。仮に彼女達が諦めてしまっていたら、こう上手く事は運ばなかっただろう。

 

「俺、本当に嬉しいんだ。同じ気持ちを持った人達があんなにいて…………そのみんなと一生懸命になれるような何かに出会えるなんて、病院にいた時じゃ考えもしなかった」

 

「私もハルくんと一緒に打ち込めるものが出来て嬉しい。やっぱりまだ少し不安なところもあるけど……これから頑張っていくよ!」

 

「うん、その意気だよ歩夢!俺も全力で支えるから!」

 

 

「あら、なんだか楽しそうね。なんの話かしら?」

 

何気ないやりとりが交わされた直後、すぐそばの台所で夕飯の支度をしていた春馬の母——小春がそわそわとした様子で語りかけてくる。

 

子供のように胸を弾ませている母の方を向き、春馬は自分達を取り巻いている状況を簡潔に説明した。

 

「実はね、歩夢と一緒にスクールアイドルの同好会に入ったんだ」

 

「まぁ、スクールアイドル!いいわね!2人とも可愛らしい衣装が似合いそうだし!!」

 

「俺はステージに立たないけどね」

 

「あらそうなの?」

 

手のひらを合わせてにこやかに笑った母の言動をすかさず訂正する。

 

反応からして本気で春馬がアイドルとして踊るのを想像していたらしい。こて、と首を傾げる小春を見て歩夢が少しだけ苦笑した。

 

「歩夢ちゃんは踊ったり歌ったりもするんでしょう?」

 

「はい。私に務まるかはわからないですけど……」

 

「そんなことないわよ!歩夢ちゃん、とっても可愛らしいもの!!」

 

「そうだよ歩夢!君は可愛い!きっとたくさんの人に応援してもらえるようなアイドルになれるよ!!」

 

「えっ?えっ?あの、その…………!…………あ、ありがとう……ございます……?」

 

親子揃ってとてつもない勢いで身を乗り出してきた春馬と小春に圧倒され、歩夢は思わず赤くなってしまった頬を押さえるようにして触れる。

 

「歩夢ちゃんがアイドル……この目で見てみたいわ。ああ、想像しただけで泣いちゃいそう……。ライブの時は教えてね、おばさんすっ飛んで行くから!!」

 

「はい、是非……!」

 

「あはは、俺もすっごい楽しみになってきた。……ああ、みんなのライブ、早く見てみたいなぁ……」

 

幸福感でいっぱいになった胸を撫で、春馬は綻ぶように笑った。

 

————秋葉原で見た、忘れられない光景。9人の少女達が透き通るような歌声と共に舞い踊っている姿が思い起こされる。

 

自分達虹ヶ咲学園のスクールアイドル同好会はグループではないが…………あの時の衝撃に負けないくらいの感動を、歩夢達がきっと見せてくれる。そんな気がするんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お夕飯、ごちそうさまでした。とっても美味しかったです」

 

「ありがとう、また遊びに来てちょうだいね。歩夢ちゃんならいつでも大歓迎だから!——あ、そうだわ!今度は一緒にお料理しましょうよ!きっと楽しいわ!」

 

「いいんですか!?おばさんが良ければ是非!」

 

「あっ!いいねそれ!俺にも手伝わせてよ!」

 

「ふふっ、楽しみだね。——それじゃあ、また明日」

 

「うん、おやすみ歩夢」

 

玄関の戸が閉まり歩夢の姿が見えなくなった直後、小春はうっとりとした表情でため息をつく。

 

「あぁ……本当にいい子だわぁ、歩夢ちゃん……。春馬のこと貰ってくれないかしら……」

 

「やめなよそういう冗談」

 

「だってぇ……」

 

歩夢が人として魅力的なのは確かだが、その好意を独り占めしようと考えるのは傲慢というものだ。

 

彼女はあくまで幼馴染として自分と親密な関係でいてくれているのであって、そこに恋愛的な感情を勝手に見出すのは間違いだ。故に一方的に思い込みを押し付けるのもいけない。

 

歩夢の心は、歩夢だけのものなんだから。

 

「さて、と」

 

「あら、どこか行くの?」

 

不意に屈んで傍らにあった靴を手繰り寄せた春馬に小春が首を傾ける。

 

「ちょっとそこら辺を散歩しようかと思って」

 

「それなら歩夢ちゃんも誘えばよかったのに」

 

「いいよ、ただでさえ同好会の件に付き合ってもらったんだ。今日のところは休んでもらわなくちゃ。——すぐに戻るよ」

 

…………と、半分本音半分建前の物言いを残し、春馬は「行ってらっしゃい」と自分を見送る母に背を向けて外へと飛び出した。

 

 

 

『……ふぅ、やっと3人だけになったな』

 

「ごめんね、こんな時くらいしかきちんと話せなくて……」

 

『仕方ない。小春さんや歩夢に我々のことを打ち明けるわけにもいかんだろう』

 

聞こえてきた声に相槌を打ちながら団地の階段を駆け下りていく。

 

タイガとタイタスとは定期的に今後の方針についての話し合いをするようにしていた。

 

彼らのテレパシーを使って頭の中だけで話すこともできるのだが……未だその感覚に慣れきっていない春馬はそれが長時間続くと少し疲れてしまうため、できる限りこうして人気のない時間帯や場所を探しては口に出しながらの会話を試みているのだ。

 

「……やっぱり、侵略者の仕業なのかな」

 

特にアテもなく街道を歩きながら、春馬はタイガ達に沈んだ声でそう尋ねた。

 

『俺達のいる場所を狙ったみたいに怪獣が現れたんだ、もう確定とみて間違いない』

 

『問題は敵の正体が依然として見えてこないことだな』

 

2人の返答を聞いて腕を組みながら唸る。

 

春馬は自分の中にある僅かな記憶を辿り、5年前に起きた事件についての整理を始めた。

 

 

かつてこの地球を襲った侵略者は————自らを“暗黒の支配者”と名乗る漆黒の宇宙人だった。

 

奴がこの東京の地に降り立った時、どうして自分はその場にいたのかはよく覚えていない。だがその理不尽なまでの強大さと存在感は決して忘れることはできなかった。

 

しかし複数の巨人達を赤子同然に相手取っていたその宇宙人も…………最終的には突如として姿を現した黄金色の巨人によって打ち倒された。

 

……その頃からだったか、自分がウルトラマンに対して憧れを抱くようになったのは。

 

 

侵略者達の黒幕は確かにウルトラマンによって倒されたはずだ。……が、今になって再びこの星は怪獣の危機に脅かされている。

 

かつてのそれとは別の悪意が……近づいているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今夜は月が綺麗だ」

 

中庭に立ち夜空に浮かぶ薄い輝きを見上げながら、ミライは隣に佇んでいた少女に向けてそう語りかけた。

 

「そうは思わないかい?」

 

「…………始める前に……教えて……」

 

彼の問いかけを聞き流しながら口を開く。

 

銀髪の少女——フォルテは自分の右手中指に収まっていた指輪に視線を落とすと、疑うような眼をミライに注いだ。

 

「この指輪の怪獣は……この宇宙には……存在しないはず。どうやって……再現を……」

 

「おや、知らないのかい?怪獣墓場はあらゆる次元の魂が集う場所……。別宇宙の怪獣が調達できても何ら不思議ではない」

 

「…………そもそも……どうして……こんなものを……生み出す技術を……持っているの……」

 

「ものづくりは得意なんだ」

 

「そういうことを……聞いているんじゃ……ない」

 

からかうような態度を見せるミライに奥歯を噛み締めつつ、フォルテは目線で彼へと疑問を訴えかける。

 

ミライは少しだけ何かを迷うように考え込んだ後、空に浮かぶ月を見つめながら何気ない口調で返答した。

 

「そうだねぇ……。少々ややこしい話にはなるが、実はこの技術は他人から着想を得て————いや、ほとんど盗作したようなものなんだ」

 

「……?」

 

「私が平行宇宙を自由に移動できることは知っているだろう?」

 

話の全容が見えていない様子のフォルテに囁くような声音が降る。

 

「私は見てしまったんだ。こことは異なる次元の物語……その結末を」

 

「異なる……物語……?」

 

「そう。……いやはや、情けない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

実に嘆かわしいと息を吐き出した後、ミライは気を取り直して軽い口調へと引き戻る。

 

「目の前の玩具を楽しむのは良しとして……あまり回りくどすぎるのも考えものだ。……しかし()()()は違う。私は、私自身の野望を決して忘れはしない。常に心に留め、その“証明”のために力を尽くしている。……なぜなら、この宇宙にはそれを実現できるだけの材料が既に揃っているのだから……!」

 

狂気的な瞳を爛々と輝かせるミライのその姿からは、普段以上の悪寒を感じずにはいられなかった。

 

フォルテは不気味がるように彼から距離をとった後、凍りついた表情のまま聞かされた話をまとめるように呟いた。

 

「つまり…………あなたは……異なる平行宇宙に……存在する……()()()()から……この技術を……盗んだというわけ……」

 

「まあね」

 

他愛のない世間話にでもするような相槌を打つミライに対し、フォルテはその信じ難い事実に苦悩するように目を細めた。

 

「そんなことより、だ」

 

「……わかってる」

 

急かすような眼差しを送ってくる彼から視線を逸らしつつ、フォルテは自らの左腕に白と青の手甲を出現させる。

 

彼女が右手で作った拳に左手を重ねた直後————美しいほどに静かだった夜の街に、残酷な叫びが木霊した。

 

 

◉◉◉

 

 

「う〜ん……夜風が気持ちいい」

 

ちょうど通りがかったコンビニでホットのお茶を購入した後、店の前で立ち止まってはそれを呷った。

 

『……そういえば、前から聞こうと思っていたのだが』

 

「うん?」

 

春馬が口元からペットボトルを離した直後、改まるような態度でタイタスが言う。

 

『不躾な質問かもしれないが……春馬、君は昔から小春さんと2人だけで暮らしていたのか?』

 

どこか濁すように尋ねてきた彼の真意は、すぐに読み取れた。

 

タイタスが聞きたいのはつまり……「君の父親はどこにいるんだ」ということだろう。

 

春馬は手にしていたペットボトルに蓋をしつつ、何気ない調子を装って静かに答えた。

 

「うん。父さんは俺がまだ小さかった頃、事故に遭って死んじゃったんだ」

 

『そうだったのか。……すまない』

 

「ううん、気にしてない」

 

飲みかけのお茶を上着のポケットに押し込みながら、春馬は帰路を目指して歩き出す。

 

 

————父が命を落としたのは、車に轢かれそうになっていた子供を助けようとしたことが原因だった。

 

実は当時のことはあまり覚えていない。が、その時感じた心ははっきりと記憶している。

 

父を失ったことは悲しかったが、春馬はそれ以上に自らを顧みずに小さな命を救った彼に対して尊敬の念を抱いていた。

 

……自分もそんな行動が咄嗟に取れるような人間に。その頃からそんな考え方を持つようになっていたが、ウルトラマンの姿を間近に目撃してからは一層拍車がかかった気がする。

 

自己犠牲の精神。それこそが人々から愛され、尊く思われる条件だと————そう信じてこれまで生きてきた。今でもそれは変わらない。

 

自分よりも他人を優先する心が…………ウルトラマンに近づける道のはずなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!!!」

 

 

前触れもなく雷のような鳴き声が街中に降り注ぐ。

 

「……!?」

 

春馬は反射的に家とは逆方向の道へと向かい全力疾走すると、上空に災害の如く一瞬で姿を現した怪物に目を剥いた。

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーー!!」

 

背中に備えた4枚の巨翼を雄々しく展開し、両腕は鎌のような三日月状の刃になっている。

 

赤い双眸で東京の街を見下ろしているそれは————カマキリを思わせる一体の怪獣だった。

 

 

 

「また怪獣……!」

 

『なんだあれ……!?知らないぞあんな奴!!』

 

必死に四肢を動かしながら街道を駆ける。

 

春馬とタイガが狼狽するなか、タイタスは至って落ち着いた様子で口を開いた。

 

『……以前資料で見かけたことがある。“骨翼超獣バジリス”だな』

 

『なんだそれ……?聞いたこともないぞ』

 

『いや……本来この宇宙には存在しないはずの種だ。それがなぜ……?』

 

「とにかくなんとかしなくちゃ!!」

 

人気のない曲がり角で立ち止まり、素早く右手を胸元まで掲げてタイガスパークを出現させる。

 

(……ようし……!)

 

《カモン!》

 

深呼吸で心を落ち着かせた後、春馬は手甲のレバーを下げ腰にあるホルダーからタイガの顔が刻まれたキーホルダーを取ると————力強くそれを握りしめた。

 

 

 

「バディィィイイ……!————ゴーッ!!」

 

 

 

赤い光と共に春馬の肉体がその場から消失する。

 

 

 

  「————」

 

 

決して見られてはいけない光景を、すぐそばで眺めていた人物がいたことに気づかないまま…………春馬達は再び、星を救うための戦いへと身を投じた。

 

 

 




今回は少しだけ春馬の内面を見せました。
話の中で時折彼の記憶が曖昧かのような描写があるのも一応理由はあります……が、その辺りは最大のネタバレになってしまうので……。
この先の展開に関して一つだけ言えるとすれば、追風家は全員狂人ってことですかね(意味不)

そして次の対戦相手はバジリス……。ということはもちろん他の奴らも……。


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第17話 護る心と闘う心


今回から物語は転換期を迎えます。


(とおおおおおおおお……!!————りゃあっ!!)

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーー!!」

 

 

紅の輝きと共に空中に現れた二本角の巨人が宙を漂っていた怪獣の背中へとしがみつく。

 

飛行のバランスを崩した怪獣————バジリスは不規則な動きで数秒間市街地の上空を移動し続けた後、徐々にその高度を落としていった。

 

(おおっ……とぉ……!!)

 

墜落する直前に奴の背中を蹴り飛ばし、宙返りで体勢を立て直しながらしっかりと足で着地を行う。

 

広範囲に土煙を発生させながら地に降り立った敵を正面に見据え、ウルトラマンタイガは夜の東京のど真ん中で腰を低く落とし両手を構えた。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーッ!!」

 

(うっ……!?)

 

『回避!』

 

タイガと意識を重ね、春馬はバジリスの口から放たれた光弾を上体を捻って避ける。

 

流れるような動きでその場から走り出し、奴との距離を一気に縮めた。

 

『ふっ……!』

 

振り下ろされる鎌状の腕を受け止め、すかさず蹴りを叩き込む。

 

続いてひるんだ隙に横へと回りこみ、素早い手刀をお見舞い。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーー!!」

 

(あぶっ……!)

 

振り返り際に迫った刃を後退して回避。同時に息を整え、次の出方を探った。

 

『いい動きじゃないか春馬!前より数段反応が早いぞ!』

 

(う、うん……!自分でも驚いてる……!)

 

教会でグエバッサーと戦ったあの時よりも、明らかにタイガとの思考のリンクが鋭くなっている。

 

より彼が近くにいるような…………いや、元々自分は彼と一つの存在だったと錯覚してしまうような、不思議な感覚。

 

まだウルトラマンとして戦い始めてから日は浅いが、徐々に戦い慣れしてきているのだろうか?

 

(これならきっと勝てるよ!)

 

『……!おいっ!!』

 

(え?)

 

正面に意識を戻した直後、4枚の翼を展開したバジリスが特攻を仕掛けてくるのが見えた。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーッ!!」

 

(ぐあぁああっ……!!)

 

両腕の刃を交差させながら突っ込んできた奴を受け止めようとする。が、虚を突かれたせいで踏ん張りが利かずに派手に転倒してしまう。

 

『油断するな春馬!!』

 

(ご、ごめん……っ!)

 

咄嗟に起き上がり周囲を見渡すも、鳴き声と風を切る音だけが聞こえるばかりで奴の姿は見当たらない。

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーー!!」

 

 

『……っ!上だッ!!』

 

(え————!?)

 

タイガの声に反応し、顔を上げる。

 

真上から垂直に飛来してきたバジリスが一瞬で迫り、咄嗟の行動ですかさず必殺技の体勢をとった。

 

『(“ストリウムブラ————!!)』

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーッ!!」

 

しかしタイガが光線を放つ前にバジリスは光弾を連続射出。

 

『ぐあっ!!』

 

(わぁ……!!)

 

着弾と同時に爆風と衝撃がタイガの身体を襲い、紙のように軽々と吹き飛ばされてしまった。

 

『落ち着くんだ2人とも。奴も相当の素早さを持っている……。冷静に対処せねば前回の二の舞だぞ!』

 

『くっそォ……!————まずは動きを止める!!』

 

半ばタイタスの言葉を無視しながら、タイガは腕を十字に組むと光弾——“スワローバレット”を乱れ撃ちした。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーー!!」

 

バジリスは自らを狙って放たれた射撃を相殺しようと光弾を乱舞させるが、その全てを消し去ることは叶わなかった。

 

弾幕をすり抜けて到達したスワローバレットが奴の4枚羽に直撃し、再び飛行バランスを失った巨体が地面へと一直線に落下していく。

 

大地を蹴り、タイガはすぐさまその真下へと向かった。

 

『よしっ……!一気に仕留める!春馬、指輪だ!怪獣の指輪を使え!!』

 

(え……っ!?)

 

標的の動きが止まった最大のチャンスを目の前にしながら、春馬の思考はタイガの一言によって一瞬停止してしまった。

 

 

 

 

 

————『あの指輪は使っちゃダメだ』

 

 

険しい表情をした少年の顔が脳裏によぎる。

 

同時に前回の戦いで指輪を使用した際の不快感が呼び起こされ、春馬はタイガの体内で全身から冷や汗を吹き出しながら立ち尽くしてしまった。

 

『春馬……!?』

 

(あ————)

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!」

 

上空から墜落してきたバジリスが構えていた刃を振るい、タイガの胴に斬撃を刻み込む。

 

『(うぁあぁぁああ……っ!!)』

 

血飛沫の如き光の粒子が街に降り注ぐ。

 

胸に届いた鮮烈な痛みに歯を食いしばりながら、春馬はものの数秒で勢いを取り戻してしまった空の敵を睨みつけた。

 

『何をやってるんだ春馬!せっかくのチャンスを…………!!』

 

(ごめん……。でも……!)

 

夢の中で少年に言われたことが脳内で幾度も繰り返される。

 

使い続ければ自分に危険が及ぶ。……彼がそう口にしていた通り、確かにあの頭が割れるような痛みは回数を増すごとに強くなっているのがわかるんだ。

 

バジリスにはグエバッサーのように竜巻を起こす力はない。攻撃を中途で妨害される可能性は少ない。だから怪獣の指輪を使用すれば、一撃で————より確実に奴を葬り去ることができるだろう。

 

……だがストリウムブラスターでも倒すことは不可能じゃない。無理に指輪を使う必要はないんだ。

 

助っ人でもいる状況でなくては以前のように至近距離で撃つのは難しい。……慎重に、正確に急所を見定めて——————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うぇぇええぇえん……

 

 

 

じっくりと上空のバジリスの動きを読もうと視線を凝らしたその時、先ほどまでは聞こえなかった声の存在に気がついた。

 

自分達のすぐそば。足元で蹲り、泣きじゃくっている幼い子供がいる。

 

「おかぁさああぁああん……!!どこなのぉおおぉお……!!」

 

突然目の前で起きた怪獣と巨人との戦い。

 

圧倒的な存在に打ちのめされ、どうしたらいいのかもわからないまま誰かの助けを求めている。

 

 

その姿をはっきりと捉えた直後、

 

 

 

 

(——————ッ!!!!)

 

春馬の心は、殴られたかのような衝撃に突き動かされた。

 

 

《グエバッサーリング!エンゲージ!!》

 

(だぁぁあああああ!!!!)

 

旋風を背に、タイガの肉体が空高く打ち上げられる。

 

(何を考えていたんだ俺は……!!悠長に敵を観察してる暇なんてあるもんか……!!)

 

戦闘が長引けば長引くほど犠牲は増える。命も建物も無限じゃない。

 

自分の身体なんかどうなったって構わない。戦えない……逃げることしかできない人々がここには大勢いるんだ。

 

使うと具合が悪くなる?危険かもしれない?————その程度の代償で誰かが救えるのなら、それに越したことはない!!

 

 

(元々俺は病室で終わっていたはずの命なんだ……。タイガ達に貰った、ウルトラマンとしての使命を果たすためなら————!)

 

バジリスよりも高い位置まで飛翔し、下に見えた奴の背中に狙いを定める。

 

頭蓋に亀裂が入るような痛みを振り切り、春馬は続けて怪獣の指輪にタイガスパークを重ねた。

 

 

(————死ぬことだって怖くないッ!!)

 

《ヘルベロスリング!》

 

《レッドキングリング!》

 

 

《エンゲージ!!》

 

 

(フゥ……ッ————!!)

 

巨大に膨れ上がった筋力を全力でスイングし、以前使用した時とは比べ物にならない威力となった赤黒い刃が解放される。

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッッ!!!!」

 

 

鼓膜を揺さぶるような騒音を撒き散らしながら飛んだ斬撃はバジリスの翼、頭部、胴体をそれぞれ貫き、一瞬で奴を破滅へと追いやった。

 

 

◉◉◉

 

 

「ふふ……やはり指輪の力に頼らざるを得ないか」

 

数キロ先で起きた爆発を見届けた後、口角を吊り上げたミライは背後で両手を組み直す。

 

「……やっぱり……彼らに……力を与えたのは……間違いとしか……思えないのだけれど……」

 

「そうでもないさ。成果は着々と現れている……。計画は至って順調だよ。——それに」

 

バジリスが倒され、不機嫌そうに唇を噛んでいたフォルテをなだめるように語りかける。

 

遠方に見えた巨人と————その傍らに広がる黒煙を視界に収めつつ、ミライはおもむろに片手を掲げると指を鳴らし軽快な音を周囲に拡散させた。

 

「——今回のおもちゃには、ちょっとした仕掛けがあってね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……!タイガ!春馬!』

 

(……え……?)

 

『なんだ……?』

 

朦朧とする意識を整え、春馬とタイガは同時にタイタスが示した方向を見やる。

 

バジリスが爆発した場所————充満していた爆煙は未だ晴れることなくその場に留まっており、春馬達に妙な寒気を植え付けた。

 

『……!?なんだ!?』

 

いち早く異変を察知したタイガが狼狽し、再度構えを取ろうとする。

 

漂い続けていた黒煙は徐々に収束し…………先ほどとは全く異なる生物の姿を形取っていったのだ。

 

 

(なに……これ…………?)

 

 

 

 

 

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーッ!!!!」

 

頭部は低い位置にあり、四足歩行の足には海洋生物を思わせる水かきが備わっている。

 

薄汚れた白い体表からは背びれのような形状の緑毛が生え揃っており——————口は腹部までバッサリと裂けていた。

 

『“巨大顎海獣スキューラ”……!?バジリスが変化したのか……!?』

 

『どういうことだよ……!さっきの怪獣とは別物なのか!?』

 

(う……っ!?)

 

出現すると同時に突っ込んできたスキューラの大顎がタイガの右腕を捉える。

 

(ぐっ……!ぁぁあああああ!!!!)

 

骨が粉砕されるかのような痛み。

 

……さっきまで相手にしていたバジリスとは似ても似つかない戦法。奴が変異したのではなく、奴が倒された直後に別の場所から呼び寄せられたかのような様子だった。

 

『くっ……!春馬、私に変わるんだ!!』

 

(っ……まか……せた!!)

 

 

《ウルトラマンタイタス!!》

 

 

『——ふぅんッ!!』

 

黄色の輝きが放出され、タイガの肉体がタイタスのものへと入れ替わる。

 

力尽くでスキューラの口をこじ開け、挟み込まれていた自分の右腕を強引に引きずり出した。

 

(う……ぐぅぅう……!)

 

『大丈夫か!?』

 

(まだやれるよ……!!)

 

タイタスの身体からフィードバックされた痛覚が春馬の右腕を蝕んでいく。

 

……顎の力が強烈すぎる。同化している巨人がいくら筋肉自慢とはいえ、人間である春馬には限度がある。今の攻撃はもう喰らえない……!

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーッ!!」

 

(水鉄砲……!?)

 

スキューラの口内から発射された高圧水流が一直線にタイタスの腹部へと伸びる。

 

『効かんっ!!』

 

彼は両腕をクロスさせてそれを防ぐと、ひるまず足を踏み出しては反撃を図った。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーー!!」

 

再び突進してきたスキューラの真横へと移動し、奴の身体をがっしりと抱え込む。が、想像以上の推進力を発揮され、完全に止めることはできなかった。

 

『ぬぅ……!』

 

なんとか足を地面に突き立てながら踏ん張りを利かせ、わずかに出来た隙を見計らって奴の側面に重い打撃を叩き込んでいく。

 

しかし体皮が分厚いのか、普段のそれよりも手応えが感じられない。

 

『っ……しまった……!』

 

スキューラは闘牛さながらに全身を荒ぶらせ、タイタスの拘束を解きつつその体勢を後方へ大きく崩す。

 

(…………ッ……ぁ……!!)

 

ガラ空きになった胴体に食らいつかれ、直後に上がる声にならない叫び。

 

『ぐぉぉお……!!』

 

(こんっ……のぉぉぉおおオオオオオオオオ!!!!)

 

《レッドキングリング!エンゲージ!!》

 

指輪の力でブーストされた余力を振り絞り、血反吐を吐きながらタイタスの剛腕にエネルギーを捧げる。

 

(やあっ!!)

 

続いてスキューラの口から脱出しつつ、その頭部を横方向から思い切り殴りつけた。

 

急いで奴から距離を取り、気休め程度に呼吸を整える。

 

(あ……ぐ……ぅう……!)

 

『まずいぞタイタス……!このままじゃ春馬の身体が保たない!!』

 

『わかっている!』

 

落ち着いて拳を握り直して構えをとるタイタスだが、内心焦燥感に駆られているのがはっきりと見て取れた。

 

 

(力が……入らない……)

 

先ほど指輪の力を全開で使ったのがまずかった。完全に体力を絞りきってしまった。

 

だがここで倒れるわけにはいかない。自分が倒れれば一体化しているタイタス達まで戦えなくなってしまう。

 

……大丈夫だ、落ち着け。今の敵は先ほどのようなスピードはない。

 

怪獣の指輪は使わずに…………タイタスのパワーだけで押し切れるはずだ。

 

(……残りのエネルギーを……全部、最後の一撃に注ごう……!!)

 

『ああ、苦し紛れだがそれしかないようだな……!』

 

曲げた両腕に力を込め、前の方で交差させる。

 

緑色の光がタイガスパークから放出され、瞬く間に巨大な光弾へと変化していく。

 

『(“プラニウムバスター”ッッ!!!!)』

 

形成された光のエネルギー弾に全力の右ストレートを放ち、それは轟音と共にスキューラの顔面へと吸い込まれ————奴を抉った。

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!!!」

 

悲痛な断末魔を響かせながらスキューラの肉片と爆炎が辺りに飛散する。

 

(はぁ……っ……はぁ……っ!!)

 

奴を仕留めたことを確認した後、力尽きるようにタイタスの身体は光の粒子となって霧散した。

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……うぅ……!!」

 

変身が解除された途端に先ほどまで感じていた以上の痛みが全身に走り、春馬は思わず表情を歪ませながらその場に倒れてしまう。

 

戦闘で倒壊した建物の瓦礫がいくつも転がっている道路を這い回りながら、彼は意識を失わないよう必死に身体を強張らせた。

 

『春馬!……おい!大丈夫か春馬!?』

 

「なん、とか…………生きてはいるみたい…………」

 

『喋らなくていい!……誰か人を呼ばなくては……!!』

 

いつものように小型の霊体を作って周囲に視線を巡らせるタイタスだったが、ここは戦闘が行われていた中心地。今すぐ治療ができるような設備も、助けを呼べるような人の気配も見当たらなかった。

 

『我々のエネルギーを全て治癒に回すぞ!!』

 

『わかった!待ってろ春馬……!今俺達が治してやるから……!』

 

「う……ん————!?」

 

2人にぼんやりとした返事をした後、春馬は不意に瞳孔を開いては目の前に広がっている光景に驚愕する。

 

『ん?どうした————』

 

数秒遅れて彼と同じ方向に意識を向けたタイガは…………その絶望的な景色に言葉を失った。

 

 

スキューラが爆発したことで発生した黒煙————それがバジリスの時と同じように一箇所に集中し、少しずつ別の形へと変貌していくのが見える。

 

『おい……嘘だろ……?』

 

 

暗い体色に散りばめられた黄金。

 

背中にはバジリスのものと同様の翼が2枚あり、赤い腹部にはスキューラの口を思わせる牙がいくつも生え揃っている。

 

そして3つ並んだ赤い煌めきが………………地に倒れ伏す春馬を不気味に見下ろしていた。

 

 

『“キングオブモンス”だと……!?』

 

「また……別の……怪獣……!?」

 

『くそ……くそ、クソ!!一体いつまで続くっていうんだ!!』

 

 

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッッ!!!!」

 

「うわぁぁああ……っ!!」

 

キングオブモンスが口内から放った熱線が付近にあったビルを焼き、その無数の破片が流星群となって春馬のもとへ降りかかる。

 

…………もう変身する力は残っていない。走って逃げることすら満足に叶わない状況だ。

 

————死ぬ。死んでしまう。そう思わせるには十分すぎる絶望が春馬の脳裏によぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、

 

 

「…………えっ?」

 

 

想定外の事態は、同じように想定外に起こった出来事によって防がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『————なん……だ?』

 

 

春馬を潰さんと降り注いだいくつもの瓦礫は、光の速さに等しい速度で振り抜かれた()()によって粉々に砕け散ったのだ。

 

何か巨大なものが降り立ったことを知らせるように大地が揺れ、春馬達を覆うような影が差す。

 

「——————」

 

春馬は振り返り、自分達を守ってくれた存在を視認すると………………反射的にその外観の印象を声に出していた。

 

 

 

 

「青い…………ウルトラマン…………?」

 

 

胸に輝いているランプを囲むようにして並んでいる銀色の勲章。

 

右腕のブレスから伸びる光の剣は、見る者に騎士然とした雰囲気を覚えさせる。

 

 

タイガやタイタスとも違う…………。

 

突如として姿を現した群青の巨人は、呆気にとられている春馬を一瞥すると——————

 

 

『——デヤッ!!』

 

前方にそびえ立っていた怪獣のもとへと、力強い一歩を踏み出した。

 




ということでウルトラマンヒカリさんの登場だぁ!!!!
メビライブを読んだことのない方に向けて少し説明を加えておくと、今作時空のヒカリはメビライブオリジナル宇宙人である"ノイド星人"の少女と一体化しています。

タイガ達との詳しい関係性も次回明かされることになるのでお楽しみに。



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第18話 蒼雷の勇者

タイトルの通り、あの2人が本格登場。
気合入れて挿絵も付けときました。


「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!」

 

迫り来る剛腕を最小限の動きでいなし、右腕から伸ばしたブレードで何度も斬りつけていく。

 

吐き出された熱線はアクロバティックな跳躍で回避。飛んできた尾の衝撃も軽々と後方へ逃がしてしまう。

 

 

「………………」

 

————その巨人の戦いは、目を見張るほど美しかった。

 

蒼い身体が驚くほどの速度としなやかさを以て街中を駆け巡り、敵を翻弄しながら確実なダメージを与えていく。

 

自分達のそれとは明らかに一線を画している。無駄な動きが一切見つからない。

 

『なんで……』

 

巨人の姿を見上げて何やら困惑している様子のタイガを尻目に、春馬は目の前で展開されている舞のような戦いを食い入るように見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なによこれ……?まるでハリボテじゃない)

 

『感じられる生気が弱すぎるな。……戦うためだけに造られた、急拵えの人形といったところか』

 

(どうりで動きが……単調なわけね!)

 

群青の巨人は発射された熱線を側宙で避けつつ光の剣を振るい、飛翔する斬撃をキングオブモンスへと解き放った。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!!!」

 

牙の並んだ腹部に光刃が突き刺さり、甲高い悲鳴が夜の街に鐘のように響き渡る。

 

静止した隙を逃さずにその場を駆け出した巨人が加速。電光石火のスピードへと達すると同時にすれ違い際にキングオブモンスの肉体を一閃した。

 

「——————」

 

先ほどまで猛威を振るっていた怪物の身体が横一線に両断され、上半身が崩れ落ちると共に断面から禍々しい漆黒のオーラが溢れ出る。

 

やがてその肉体も夜風に溶けていき、煙が立ち込め災害の爪痕を思わせる街並みだけが残った。

 

 

 

 

 

「すっ……ごいや……」

 

戦闘が終了するまで1分も経っていただろうか。

 

自分達では考えられないほど迅速に事を終わらせた蒼い巨人に見開いた瞳を向けながら、春馬は感嘆のため息をついた。

 

「すごい……本当に……!!ねえタイガ、もしかしてあの人が“フーマ”なの!?やっぱり君の仲間って最高だよ!!」

 

『——違う……!』

 

「え?」

 

思わぬ返答に言葉に詰まる。

 

ふと前に視線を戻すと巨人の姿はどこにも見当たらず————代わりにちょうど人間1人が収まる大きさの青い光が数十メートル先に降りてくるのが見えた。

 

「でも青かったよ……?」

 

『……春馬、逃げるぞ。今すぐに』

 

「へ?」

 

『早くしろッ!!』

 

「えっ?えっ?……えっ……!?」

 

タイガの言葉に背中を押されるようにして反射的に立ち上がり、その場を去ろうとする。

 

痛む身体を叩き起こして疾駆しながら、春馬は恐る恐る背後に目を戻した。

 

 

青い光が霧散すると同時に現れたのは、深い蒼色のコートとキャスケット帽を身に付けた小柄な人影。

 

俯いていた顔が上がり、逃げ出そうとしていたこちらと視線が交わされた瞬間——————

 

「……女の……子……?」

 

外見からは想像もつかないような速度で、その少女は自分達の追跡を開始した。

 

 

「ええっ!?なになに!?どういうことなのさ!?知り合い!?敵なの!?」

 

『いや……敵ではないけど……その……』

 

「じゃあどうして逃げる必要が!?」

 

『いいから!!今は黙って走り続けろ!!』

 

「なんだか怖いよ!!」

 

背後から迫ってくる冷たい気配に怯えつつも、春馬は激痛が走る身体を引きずって街道を駆ける。

 

『彼女()は確か……』

 

タイタスは全力疾走する春馬の肩に霊体で腰を下ろし、後方から距離を縮めてくる少女の顔を見て小さく呟いた。

 

「はっ……!はっ……!」

 

タイガ達の力で強化された身体でも流石に疲労とダメージが限界に達している。

 

果たしてこのまま振り切ることが可能だろうか————!?

 

「……!?あれっ!?」

 

不意に後方を確認してみると…………自分達を追ってきていたはずの少女の姿は忽然と消えていた。

 

胸を撫で下ろしながら足を止めつつ、春馬は肩を激しく上下させながら深呼吸をして——————

 

『バカっ!止まるな!!』

 

「…………ッ!?」

 

ゾッと背筋を駆け巡った悪寒に突き動かされ、わずかに感じた空気の揺れを頼りに春馬は上方向へと意識を向ける。

 

傍らに建っていたビルの屋上からこちらに向かって一直線に飛び降りて来る影を捉え、ほとんど無意識に両手を構えた。

 

「このっ……!」

 

「————」

 

瞬く間に眼前まで接近してきた少女に向けて威嚇するように開いた手を突き出す。が、彼女は春馬の挙動を読んでいたかのように身を翻すと静かに着地。一瞬でその懐へと肉薄した。

 

「うぐっ……!?」

 

理解が追いつかないまま視界がぐるりと回転し、背中が地面に叩きつけられる。

 

いつの間にかマウントポジションを取っていた少女はどこからともなく取り出した黄金色の短剣の切っ先を春馬の首に突き付けると、

 

「おとなしくして」

 

ぞくりとするような冷たい声音で、そう囁いた。

 

「………………」

 

遠目からはよく見えなかった端正な顔つきが目の前にある。

 

深海のように深い、身に付けているコートや帽子に近い色の髪の毛。

 

暗い影の中に浮かんでいる双眸はどこか艶やかな淡い輝きを放っている。

 

「驚かせてごめんなさい。……でも安心して、用があるのはあなたの中にいる奴だけなの」

 

唖然としている春馬に抵抗する意思がないことを確認した後、少女はため息をつきながら立ち上がり…………被っていたキャスケットを自ら取り払って、その表情を露わにした。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「こんばんはタイガ。久しぶり…………でもないわね」

 

『タイタスも、とりあえずは無事で何よりだ』

 

自分を通して2人に語りかける少女と……その場にいないはずの男性の気配。

 

『……ステラに……ウルトラマンヒカリ…………!!』

 

『やはり君達だったか』

 

春馬は数秒遅れて自らが蚊帳の外にいることを察すると、尻もちをついたまま震える声で少女へと尋ねた。

 

「あなたは……一体……?」

 

彼女は考え込むように黙った後、戸惑いを隠せないでいる様子の春馬に向けて一言だけ返答した。

 

「————タイガの姉貴分、かしら」

 

『ちっがうだろ!!!!』

 

春馬の頭上で小さい霊体のまま激昂するタイガ。

 

『勝手に自分の立ち位置を確立させようとするな!!そもそもお前は俺より遥かに歳下だろ!!』

 

「精神年齢で言えばわたしの方が上だわ」

 

親しいのか仲が悪いのかイマイチわからないやりとりを行うタイガ達をぽかん、とした表情で交互に見やる。

 

「タイガ……この人達、誰なの……?」

 

春馬はいつまで経っても理解できないこの状況をなんとか飲み込もうと、頭に立っていた光の小人にひっそりとそう尋ねた。

 

 

『…………こいつは“ステラ”。ノイド星っていう、この地球とよく似た環境を持った惑星の住人で……。同化してるのは、俺やタイタスと同じウルトラマンの“ヒカリ”。————5年前の戦いで、闇の皇帝を倒した英雄の1人だ』

 

「……!5年前の……!?」

 

見開いていた眼を一層広げ、その表情に驚愕の色を差し込みながら、春馬は改めて目の前に立っている少女————ステラの深い瞳を見上げた。

 

「そういえば……あの時の戦い、さっきみたいな青いウルトラマンもいたような……。——す、すごいや!そんな人達が駆けつけてくれるなんて!!」

 

「……!?な、なに……!?」

 

「あっ……す、すみません……!」

 

意識しないまま彼女の手を握ってしまっていたことに気がつき、春馬は慌てて腕を引っ込める。

 

「俺は————」

 

「……追風春馬、でしょ」

 

「え?どうして……」

 

「知ってるわよ。ずっとあなた達のことを見てたんだから」

 

ぐいぐいと詰め寄ってくる春馬を避けるようにして後退しながら、ステラは肩をすくめてため息交じりに言った。

 

「でもさっきも言った通り、用があるのはタイガだけ。…………さあ、光の国に帰るわよ」

 

『……っ』

 

「……えっ!?」

 

前触れもなく発せられた言葉に幾度目かの衝撃が走る。

 

「突然飛び出して行方不明になったかと思えば、今度は地球に現れたって聞いて大騒ぎ。……タロウはもうカンカンよ。今すぐ帰還しなさい。わたしも一緒に謝ってあげるから」

 

『だあああああもう!!またウルトラマンでもないくせに年長ヅラして!!そういう振る舞いが気に入らないんだよお前は!!』

 

「え、ええっと……ど、どういうこと!?何一つ話が入ってこないんだけど……!?タイガは任務で怪我をしたから、俺の身体が必要で……それで——!」

 

「……なに、もしかして本当のこと話してないの?」

 

『う…………』

 

何が何だかわからない、といった様子で視線を泳がせている春馬を見て、ステラは深海のような瞳を細める。

 

「あなた、何か勘違いをしているようね。そもそもタイガ(こいつ)は正式な警備隊員ですらないわ」

 

「えっ?……えっ!?えええええええええっ!?!?」

 

立て続けに発覚する新事実に雷に打たれたような感覚が全身を駆け巡る。

 

春馬は頭上にいるタイガに意識を向け、声を震わせながら口にした。

 

「そ…………そうだったの……?」

 

『………………すまない』

 

「タイガはまだ警備隊()()()。任務……ましてや戦闘行為が許されるような立場にはいないの。……ていうかタイタス、あなたなら知ってたでしょ?」

 

『緊急時につき、特に言及はしなかった』

 

「……そういえばもう1人は?O-50(オーフィフティー)の」

 

『未だ行方不明だ』

 

呆れたように頭を掻きながら、ステラは「まあいいわ」と口をへの字に曲げる。

 

「とりあえず一緒に来なさい。……タイタスも、怪獣墓場で何があったのか向こうで聞かせてもらうわ」

 

『断る!……大体俺達がいなくなったら、この星が危ないだろ!』

 

「心配しなくてもすぐに戻るつもりよ。地球防衛の任務は、わたしとヒカリが引き継ぐ。——ほら、早くその子の身体から出てきなさい」

 

『うぅ……!こーとーわーるぅー!!!!』

 

 

「ち、ちょっと待ってください!!」

 

タイガの霊体に手を伸ばそうとするステラから咄嗟に後ずさり、春馬は息を整えながらゆっくりと立ち上がった。

 

「……なにか?」

 

「事情はなんとなくわかりました……。けど、タイガ達を連れて行くのはやめて欲しいです……!!」

 

数分前の戦闘で負った傷がズキズキと痛むのを堪え、ほんの少しだけ身構えながら言い放つ。

 

「わたしは別にお願いしてるわけじゃないのだけれど」

 

「わかってます。……でも俺、このままタイガ達と一緒に戦いたいんです!!」

 

『……春馬……』

 

ステラの冷たい眼差しに逃げ出しそうになりながらも、春馬は強い意志の宿った瞳を向けてそのまま応戦を続けた。

 

 

————タイガの上司さん?いや、姉貴分?

 

まだ事を完全に理解しきれていないが、突然現れて突然彼を連れて行くと言われても……そう簡単に首を縦に振るわけにはいかない。

 

タイガ達と奮闘してきたこの期間は…………大変だったけど、それ以上に自分にとってかけがえのない時間だったんだ。

 

それをこのまま終わらせるなんて…………絶対に嫌だ。

 

 

「地球は俺達が守ってみせます!だから……タイガ達を連れて行かないでください!ええっと…………ステラ(ねえ)さん!!」

 

『やめろその呼び方!!』

 

「……………………」

 

ステラは何も言わないまま、じっとこちらを見つめた状態で佇んでいる。

 

空気が張り詰めていくのがわかる。

 

彼女の出方を窺うように再度口を開こうとしたその時、

 

「……!」

 

その場にいたはずの矮躯が、地を蹴る音と共に消えるのを見た。

 

「……っ……!!」

 

背後に感じた寒気から運に身を任せて全力で身体を屈折させる。うなじ付近を狙って放たれたであろう手刀が風を切る光景を微かに捉えた。

 

春馬は勢いに身体を委ねて手をコンクリートに付けると、思い切り両足を振り上げロンダート。牽制を図る。

 

「うぇ……!?」

 

しかし宙に上がった脚は軽々と回避されただけじゃなく逆に掴み取られ、強引に背中に向けて膝を曲げられては身動きのとれない状態にされてしまった。

 

「イダダダダダダ!?!?」

 

「簡単に聞こえるよう、もう一度言ってあげる」

 

くの字を通り越して一の字となった春馬の背中に腰を下ろし、ステラは冷ややかな視線を彼に注ぐ。

 

「あなた達にこの星は任せられないって言ってるのよ」

 

「……!」

 

じっとりとした汗が額を伝って地面に落ちる。

 

有無を言わせぬ威圧感。ステラが見せた鋭利な目つきは、それ自体に殺傷能力があるのかと思わせるほどに強烈なプレッシャーを放っていた。

 

「……戦い方からして、多少タイガ達とシンクロ出来ているのには驚いたけれど」

 

「ブハッ……!」

 

ステラが立ち上がると同時に乗せられていた体重が消え去り、圧迫されていた呼吸器官に一気に空気が流れ込んでくる。

 

「まるで見ていられなかった。……毎度人形如きに苦戦していたわよね。あんなんじゃ命がいくつあっても足りない」

 

「ぐ……」

 

膝を折り、横たわる春馬と目線を合わせながら彼女は突き放すような言動を続けた。

 

「わたし達にとっては……この星は第2の故郷。死に物狂いで守りたいと思ってる。戦う度に死にかけているような奴らにその命運を託すなんてできないのよ」

 

 

「……今、は……何も言い返すことは……できません………っ!けど——!」

 

軋む骨と筋肉を無理やり稼働させ、春馬は少しずつ上体を起こしながらステラに力強い瞳で返す。

 

彼女の言ったことは全て正しい。悲しいほどに。

 

……けど、だからって止まれないんだ、自分達は。

 

「——けどっ……!俺達だって……守りたいんです……!この地球を!みんなを!!侵略者から守りたいんです!!……5年前、あなた達がそうしてくれたように……っ!!」

 

『ステラ』

 

満身創痍の春馬を見兼ねたように、落ち着いた男性の声音が辺りに通る。

 

『彼の身体はとうに限界に達している。また後日、出直すとしよう』

 

「…………そうね」

 

姿の見えない存在に諭され、ステラは不本意そうに眉根を揉みながら立ち上がるとその場を去ろうと踵を返した。

 

 

「今の言葉、本当にあなた達の総意なのか…………はっきりさせた方がいいわよ」

 

「え……?」

 

『………………』

 

最後に不可解な言葉を残し、彼女は妖精のように軽やかな跳躍で夜空へと飛び込み————瞬く間にその姿をくらませた。

 

 

 

「…………う」

 

疲労感と痛みのブロックが春馬の背に果てしなく積まれている。

 

ステラが口にしたことの意味を探るよりも、まず今は先にやらなくてはならないことがある。

 

怪獣が出現して…………その時春馬が家にいないことを歩夢に知られれば、また彼女に余計な心配をかけてしまうかもしれない。

 

何よりも先に……まずは、帰らなければ。

 

「ふ……っ……ぅ……!」

 

これまで経験したことのないほどの脱力感を振り切り、立ち上がる。

 

「…………ぜったい……守るんだ……」

 

ついさっきまでここにいた少女の冷たい表情を思い出しながら————春馬は傷だらけの想いを胸に、覚束ない足取りで街道を歩き帰路を目指した。

 

 




「メビライブ」よりノイド星人ステラ、ウルトラマンヒカリが登場メビ〜!
……はい、ついに出てきちゃいました。ステラは以前と結構ビジュアル変化してますね。
そして今作でのタイガは未だ見習いであることが判明。

次から次へと春馬達に波乱が降り注ぎますね。
ここからどう物語が展開していくのか…………。


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第19話 位置について

最近は今後投稿することになるであろう個人回のシナリオに悩んでます。


「————う」

 

瞼を開けたはずなのに何も見えない。

 

全身の浮遊感はいつも戦いの後に見る夢と同じで…………だけど周囲の景色はそれとは正反対に真っ黒だった。

 

自分の身体だけがぽつりと存在する異質な空間。

 

「“彼”は……いないのかな……?」

 

ホラー映画の登場人物にでもなったかのような心持ちで慎重に足を踏み出すと、春馬は自分と同じ顔を持った少年の面影を視線で探した。

 

 

 

 

「……!」

 

3分ほど歩き続けていたその時、遠くの方で誰かが膝を抱えて蹲っている姿が見えた。

 

それが誰なのかすぐにはわからなかったが、この空間に存在する人間といえば自分と…………自分と同じ顔を持ったあの少年くらいだろうと思い、迷わず駆け出してはその人影へと近寄った。

 

「ねえ、君……!どうしたの……?元気ないみたいだけど…………具合、悪いの?」

 

四方が黒に塗り上げられた真っ暗な世界————そこに誰かがいる、という認識しか持てないなかで、春馬は自分の膝に顔を埋めていた人物にそう呼びかける。

 

「…………………………

 

しかし当の本人はこちらの呼びかけに対して大きな反応を示すことはなく、ただ言葉とも受け取れない呻き声を漏らしているばかりだった。

 

「ねえ、何かあったの?……どうして今日はこんなに暗いところにいるの?大丈夫?」

 

「…………ぅぅ、ぅ

 

何か異常が起きていることは明らかだった。

 

……が、この状況を理解しきれていない春馬は詳しいことを話そうとしないその人物の背中をさすりながら、おろおろと不安そうに取り乱すことしかできなかった。

 

「俺にできることがあれば言ってよ……!辛そうにしてる君を見てるだけなんて……嫌だ……!」

 

「…………ぅぅ……ぅ……!ぅぅ……!」

 

「ねえ、君————!」

 

彼の肩を揺らして半ば強引にその表情を窺おうとした、その時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う」

 

 

血の海を連想させるほどに赤く染まった双眸が、春馬の視界に飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう」

 

 

「ひっ…………!?」

 

その顔がはっきりと捉えられた瞬間、“これ”はあの少年ではないと気づくことができた。

 

腕や脚はあるがその外見は()()()姿()()()()()()()。異星人を連想させるような無機質な顔面。

 

「な……に……っ!?君は……いったい誰なの!?」

 

這うようにして黒い人型の存在から逃げようとするも、思うように身体が動いてくれない。

 

見れば見るほど吸い込まれてしまうような赤い瞳。視線を合わせただけで魂が持っていかれそうだ。

 

 

「う……!うわあああああああっ!!!!」

 

 

自分に覆い被さろうとする“それ”を真正面に捉えた瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——————ッ!!!!」

 

 

春馬の意識は、柔らかいベッドの上で2度目の覚醒を迎えた。

 

背中が汗でじっとりと湿っている。どうやらひどくうなされていたようだ。

 

上体だけを起こして周囲を確認すると、そこはいつも過ごしている自室。

 

「…………」

 

ふと自分の身体に視線を落とす。特に普段と変わった様子はない。

 

あの日。ステラという少女と青いウルトラマンと出会った夜から数日が経過した今、負っていた傷は完治。

 

母や幼馴染には心配をかけてしまったが、またいつものような日常に戻ることができた。

 

…………けど、

 

「……なんか、ちょっとヤバいのかも」

 

朝の日差しにも溶けてしまいそうなほど小さな声でこぼす。

 

先ほど目撃した夢の景色。どう考えてもあれは()()()()()()()()

 

怪獣の指輪を乱用した影響なのだろうか……。何かまずい状態に陥ってしまっている予感はするが、その詳細は予想もつかない。

 

 

『む、おはよう春馬』

 

『なんかうなされてたみたいだけど、大丈夫か?』

 

不意に傍らのテーブルに腰を下ろしていた2人の小さな友達が何気なく語りかけてくる。

 

…………今は何もわからない。だから、目の前のことを一生懸命に取り組むしかない。

 

 

「——おはようタイガ、タイタス。うん、平気だよ」

 

春馬は変わらない笑顔でそう返すと、大きく身体を伸ばしながら弾むようにベッドから降りた。

 

 

◉◉◉

 

 

(…………じゃあ、あの人が言ってたことは全部本当なんだね)

 

『……ああ』

 

黒板に記されていく文字をノートに書き写しながら、春馬は自分の中にいる宇宙人へと意識を向ける。

 

タイガの心が落ち着いてきたのを見計らってあの夜ステラから聞いた話の真偽を確認したのだが、どうやらあの時彼女が口にしたことに間違いはなかったらしい。

 

『俺は正式な宇宙警備隊員じゃない。肉体を失う原因になったのも…………任務じゃなくて、俺が勝手に光の国を抜け出して、タイタス達と一緒に力試しに向かった先で起きた出来事だった』

 

(“タロウ”っていうのは……)

 

『……俺の父親だ』

 

これまで春馬に黙っていたという罪悪感に襲われているのか、タイガは沈んだ調子で語った。

 

『父さんはいくつもの功績を挙げた優秀な隊員でな。……息子の俺も、ずっと期待の目を向けられて育ってきたし、俺もそれに応えようと頑張って訓練に励んでた。……けどいくら修行を積んでも、父さんが俺を認めてくれることはなかった』

 

(もしかして、それで————)

 

『——けどきっかけはそれじゃない』

 

重苦しい声と共に彼の辛そうな想いがダイレクトに伝わってくる。

 

『春馬、お前も知ってるだろ……5年前の戦いを』

 

(そりゃあ、まあ…………)

 

『あの時、ヒカリと共に戦ったもう1人の英雄が————“メビウス”。俺の兄弟子だった』

 

(…………メビウス)

 

タイガが発した名前を復唱しながら、春馬は点と点が繋がる感覚を覚えていた。

 

以前から聞こうと思っていたことが予想外の形で判明したんだ。

 

タイガが地球の話を聞かされたという彼の兄弟子————“メビウス”こそ、5年前に自分がこの目で見たウルトラマンの1人。

 

『訓練生時代からメビウスのことを見ていて…………正直、あの人に大した才能はないと思ってた。……けど、あの人の努力は報われた。“ウルトラマンタロウの息子”なんて言われて、自分にはすごい才能があるんだって胡座をかいてた俺よりも……ずっと先を進んでたんだ』

 

(そんな……君だってすごい戦士じゃないか)

 

『はは……ありがとな。……でもそうは思えない』

 

自虐的に笑ったタイガの声を聞いて、春馬は神妙な面持ちになる。

 

……彼が胸に秘めていた想い。それはとても人間臭いもので…………それでいて、春馬(自分)が悩みを聞いただけじゃどうにもならないものだった。

 

『それで……日に日に劣等感が募っていくなか、俺はある噂を聞きつけたんだ』

 

(噂?)

 

『ああ、この星の時間の流れで考えて……ほんの数ヶ月前の事だったよ。……さすがに怪獣墓場のことは知らないよな?』

 

(怪獣墓場……そういえばステラ姐さんが何か言ってたような……)

 

『あらゆる宇宙に存在する怪獣達の魂が流れ着く場所だ』

 

終始黙って話を聞いていたタイタスが不意にそう口を開いた。

 

怪獣墓場————とは、その名の通り倒された怪獣の魂が集う墓標のような所らしい。

 

……だが、それとこれまでの話にどんな関係が……?

 

『噂っていうのはな……その怪獣墓場で、5年前に倒された“闇の皇帝”の亡霊が現れるっていうものだった』

 

(……!)

 

闇の皇帝…………そう聞いただけで幼い頃に感じた恐怖が蘇ってくるようだった。

 

『その時はまだ光の国の上層部も把握してない情報だったみたいで、功績を挙げるチャンスだと思った俺は、トライスクワッド————タイタスとフーマを連れてそこへ向かった。……それで……』

 

(……それで?)

 

『……それで、俺達は見てしまったんだ。…………凄まじい闇のオーラをまとった、圧倒的な存在を』

 

 

 

 

 

「————はい、じゃあ今日はここまでね」

 

「あ……!しまった……!」

 

授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響くのと同時に教壇に立っていた教師が一声。

 

すっかり聞き入ってしまい、春馬はふと手元に見えた真っ白なノートに気がつくと慌てて板書を写そうとペンを走らせた。

 

『……続きはまた今度にするか』

 

「ご、ごめん……!——ああっ!消されちゃう!」

 

いつにない速さで文字を走り書きするのも空しく、テキパキとした手つきで黒板に書かれていた文字の数々を消していく日直に、春馬は泣きそうな瞳を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?ノート?」

 

「うん……さっきのやつ、写すの間に合わなかった部分があって……。後でちょっと見せてくれないかな?」

 

部室へ向かう途中の廊下。

 

春馬は隣を歩いていた歩夢に対して申し訳なさそうに笑いかけた。

 

「うん、いいけど……珍しいね。居眠りでもしちゃってた?」

 

「ま、まあ……そんなところかな」

 

「…………そっか」

 

誤魔化すような態度を見せた春馬を見て、歩夢はほんの少しだけ口元を結んだ。

 

……自分が何か隠し事をしているということは、彼女にはとっくのとうに勘付かれているだろう。

 

けどやっぱりタイガ達のことを話すわけにはいかない。

 

歩夢だけじゃない。これから一緒に活動していく同好会のみんなにも彼らのことはバレちゃいけないし、既にそのことを知っているかすみに関しても巻き込むような事態を起こしてはいけない。

 

ステラ達の登場でややこしい状況になってしまったが、やることは以前と変わらない。

 

やれるだけのことを……全力で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんなお疲れ様〜」

 

「あっ!歩夢さん!春馬さん!お疲れ様です!」

 

何気なく部室の扉を開いた直後、何やら賑やかな雰囲気を突っ切りながら駆け寄ってきた生徒会長————もとい優木せつ菜が目の前に現れる。

 

「わっ!君……せつ菜さん!?」

 

「はい!そういえば、この格好でお会いするのは初めてでしたね」

 

「わぁ……!とっても可愛い!それ、スクールアイドルの衣装?」

 

「ありがとうございます!衣装でもあり、アイドルとしての私の普段着でもあり、といったところです!」

 

驚いた様子を見せる春馬と歩夢に満足げな笑顔を浮かべるせつ菜。

 

彼女の今の姿は純白のブラウスにジャケット。赤と緑のフリルスカートに、左右で色の違うニーソックス。

 

メガネは外し髪も下ろしているので、制服を着用している時とはまるで異なった印象を覚える。正統派のアイドル然とした姿だ。

 

「あっ!先輩!春馬せんぱぁーい!!」

 

「かすみちゃん」

 

奥の方から慌てながら早足で近づいてくる後輩。

 

かすみは春馬に歩夢達から背を向けるよう示すと、彼の耳元でひっそりと尋ねた。

 

「この前、一度にたくさんの怪獣が出てきたみたいですけど…………大丈夫だったんですか?」

 

「え?あ、ああ……うん、なんとかね」

 

一瞬返答に困るも、すぐに無難な答えを選んで口にする。

 

「そうですか……。はぁ……かすみん、あの夜は心配で眠れませんでしたよ……」

 

「あはは……ごめんね。でも君が気にする必要はないよ」

 

 

「なんのお話ですか?」

 

「あっ!い、いえ!なにも!!」

 

いつの間にか間近に迫っていたせつ菜の顔に仰け反りながらかすみが反射的に弁明する。

 

……今、彼女の言葉を聞いて焦燥感がふつふつと湧き上がってきた。

 

誰にだって心配はかけたくない。……心配されてしまう原因は、自分達の不甲斐なさにある。

 

どんな怪獣と戦っても、余裕を持って打ち倒せるような————あの夜見た、蒼いウルトラマン達に匹敵する強さが必要だ。

 

 

「さて……皆さん集まったことですし…………」

 

「……ん?」

 

せつ菜が背後に向き直り視線を飛ばした先に見えた人集りに怪訝な眼差しを注ぐ。

 

しずくや璃奈、エマに果林、彼方、愛————他の部員達が、何かを囲むようにして部屋の隅に集まっている。

 

「あ、先輩方、こんにちは」

 

「同好会が復活して、すぐに新入部員が来るなんて……彼方ちゃん、びっくりして少しだけおめめが冴えてきたよ〜……」

 

「え——?」

 

彼方の言ったことの意味を完全に飲み込む前に、春馬は言葉を失っていた。

 

「ふふふ、実はですね……果林さん達の紹介で、なんと!是非ウチに入りたいと言ってくれる方がいたんです!」

 

「紹介といっても…………()()は今日この学園に編入してきたばかりだから、私達も知り合ったばかりなのだけれど」

 

1人を囲んでいた全員がこちらを向いたことで、その人物————虹ヶ咲の制服に身を包んだ女子生徒の姿が露わになる。

 

春馬は……いや、春馬達は、彼女の顔を見て驚愕せざるを得なかった。

 

 

「……こちら、3年生の————七星(ななほし)ステラさん」

 

 

みんなから“新入部員”と紹介された少女と視線が重なる。

 

黒に近い深蒼の髪色と瞳。

 

「————よろしく、部長さん」

 

小柄な身体からは想像もつかない鋭利なプレッシャーを春馬だけに送り、彼女————ステラは静かに笑うと、悪戯に片目を瞑った。

 

 




まあこうなりますよね()
微妙な関係で始まる新しいスクールアイドル同好会。そして春馬達を待つ運命とは……。

ここでステラのビジュアル制服ver.を投下。


【挿絵表示】


メビライブの時は主人公達と同学年として生徒に紛れていた彼女ですが、今回はなんと3年生。パイセンです。これで春馬も違和感なく「姐さん」と呼べますね……。

そろそろフーマを加入させたいところですが……まだ少しかかりそう(泣)


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第20話 あのステージを目指せ!

さあてここから日常パートも完全オリジナルということで……。
いやあ、不安しかない()


「み……みんなは先に活動始めてて!!」

 

「えっ?春馬さん!?」

 

「急にどうしたの?」

 

「ちょっと話し合い!」

 

すました顔で佇んでいたステラの手を引っ張り、慌てた様子で部室を出て行く春馬の背中を歩夢達が目で追う。

 

バタン!と強めに扉が閉じられ、部屋に残った皆は互いに視線を交わしながら怪訝そうに首を傾けた。

 

「お知り合いだったんでしょうか?」

 

「さあ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいの?部活、始めるところだったんでしょう?」

 

「あなたが現れなければすぐにでも始めるところでしたけども……!!」

 

あまりに唐突な出来事に上がってしまった息を整えながら、春馬は当然のことのように制服を着用し緑色のリボンを結んでいる異星人の少女に早口で言った。

 

『ステラ、お前……どうしてここにいるんだよ……!?』

 

「わたし、今日からこの学校の生徒になったの」

 

『なんのために!』

 

「監視のために決まってるでしょ。光の国への報告は済ませてあるし…………返事が来るまでの間、あなた達を戦わせないように一番近いところで見張ることにしたの」

 

「手続きとかは……?」

 

「教師の人間に催眠術をかけて適当に」

 

「じゃあその制服は……?」

 

「ヒカリが作ってくれたわ」

 

『上手いもんだろう』

 

凄まじいやりたい放題っぷりに言葉が出てこない。

 

近いうちにまたやってくるだろうとは予想していたが……まさかここまで強引な手段を取ってくるとは。

 

「——まあ、余計な行動を見せない限りは大人しくしてるつもりだから、そう警戒しなくてもいいわよ」

 

「む……怪獣からみんなを守ることが余計だって言うんですか?」

 

「あなた達の場合はね」

 

「…………!!」

 

『おお……春馬が見たことのない表情を』

 

何か言い返したいがこれといった言葉が浮かばずに空気だけが春馬の頬をパンパンに膨らませていく。

 

顔を紅潮させながら何も口にできないまま身を震わせる彼を見て、ステラは勝ち誇った表情を浮かべた。

 

「ステラ姐さん……あなたが何と言おうと、怪獣が現れれば俺達はまた戦いますからね!」

 

「……その呼び方、通すつもり?」

 

「タイガの姉貴分と聞きましたから!!」

 

『だから違うって!!あーもうっ!!』

 

鼻息を荒げて怒りを露わにした春馬が部室の方へ向き直り、大股で扉に歩み寄る。

 

「とりあえず今は部活です!仮にも同好会の一員になったのなら……姐さんもきちんと話し合いに参加してくださいね!」

 

「話し合い?何の?」

 

「今後の活動内容についてです!」

 

きょとんとした顔を見せたステラを尻目に、春馬は気を取り直して部室の中へと戻ろうとする。

 

実はこの数日間で、このスクールアイドル同好会の目標となるものは既に見定めていた。……が、そこに辿り着くには相応の準備と努力が必要だ。

 

全国のスクールアイドル達の夢が集まるステージ。その名はもちろん——————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“ラブライブ!”が始まります!!」

 

 

華やかな衣装に身を包んだせつ菜が皆の前に立ち、部屋の隅々まで空気の振動が伝わるような声を張り上げる。

 

「皆さん!“ラブライブ!”が始まりますよ!!」

 

「2回言った」

 

「せつ菜先輩から溢れ出るこの活力……。同好会が復活したって感じがしますねぇ……」

 

「ラブライブって……確か、日本一のスクールアイドルを決める大会のことだったよね?」

 

「その通りです、歩夢さん!」

 

「詳しくは俺から説明するね」

 

せつ菜の後ろで端からホワイトボードを移動させていた春馬が振り返り、スマートフォンで何かを確認しながら口を開く。

 

「まあ、みんなこの同好会に参加した時点で薄々はわかってたと思うけど……。みんなにはこれから、“ラブライブ!”に挑戦してもらうよ!」

 

“ラブライブ!”————それは全国に存在するスクールアイドル達が頂点を目指してパフォーマンスを競い合う祭典。スクールアイドルであるならば誰もが憧れる夢のステージだ。

 

10年以上の歴史を持つこの大会はその人気も強烈なもので、当然だが優勝を狙うとなれば道は困難を極めるだろう。

 

「あの、質問」

 

「はい璃奈ちゃん」

 

「ラブライブって、グループで参加するのがほとんどってイメージだけど……そのへんはどうするの?」

 

「あー、確かに。アタシ達ってこれからソロでやっていくんだよね?その大会も1人ずつエントリーってことになるのかな?」

 

相変わらず自作のボードで顔を覆ったまま尋ねる璃奈を見て愛も頷きながら質問に便乗する。

 

春馬はそんな2人の問いを聞いて「いい質問だね」とでも言うかのようにニヤリと笑みを浮かべた。

 

「せつ菜さんやかすみちゃん辺りならもう知ってるとは思うけど……実は!」

 

春馬は傍らにあったペンを手に取ると、豪快な手つきでホワイトボードにインクを走らせ————でかでかと短文を記した。

 

 

「……はいっ!ということで今回から————」

 

「なんと今回のラブライブから、“ソロ部門”が開かれることになったんですよ!!」

 

「…………せつ菜さんが今言った通り、新しくソロ部門というものが出来るみたいなんだ!」

 

言わんとしていた台詞を取られて少々残念そうに肩を落とした春馬に皆が苦笑する。

 

切り替えるように咳払いをした後、再びスマホの画面に目を通しながら改めて説明を再開した。

 

「俺なりに色々と調べてみたんだけどね、実はソロで活動してるアイドルも年々増えてきてるみたいなんだ。これまでのシステムじゃ(ふるい)に掛けるのも一苦労なほどにね」

 

「なるほど…………グループとして参加する方々と差別化を図るためでしょうか?」

 

「たぶんね」

 

しずくに相槌を打ちつつ、春馬は画面にある要項を注意深く確認する。

 

これまでのラブライブの流れとして…………それぞれの地区で開催される予備予選、予選を勝ち抜いたグループが本選へと進めるという形をとっていた。

 

しかしアイドル人口が増大し続けている今の時代、その数はもはや“一つの学校に一つのグループ”なんてレベルではなくなっている。中にはソロで活動しながらグループにも加わっているという者もいるくらいだ。

 

そういったケースを考慮した末に、運営はソロ部門を設立するという結論に至ったのだろう。

 

「募集要項を見る限り、最終的に決定が下されるのは具体的な参加者数が定まってからだと思うけど…………俺の予想では、このソロ部門においても予備予選が必要になるくらいには人が集まると思う」

 

春馬の言葉を聞いて、すぐ近くに座っていたかすみが緊張のあまり息を呑むのがわかった。

 

「……それだけじゃなくて、今ここにいる全員がライバル同士になるってことですよね」

 

「お、なぁにかすかす?早くも対抗心メラメラって感じ?」

 

「“かすかす”って言わないでくださいっ!!」

 

「えー?“かすかす”って良くない?」

 

「あっ!愛さんもそう思う!?可愛いよね“かすかす”!」

 

「ハルハル気ぃ合う〜!かすかすイェーイ!」

 

「イェーイ!」

 

いつの間に距離が縮まったのか、はたまた単に相性がいいだけなのか。

 

ノリに身を任せてハイタッチを交わす春馬と愛を見てかすみはうるうると瞳を揺らした。

 

「わぁああんしず子ぉ!春馬先輩と愛先輩がいじめる〜!!」

 

「よしよし」

 

 

「騒がしい子達ね…………」

 

一番端の席で頬杖をつきながら春馬達のやりとりを眺めていたステラがぽつりとこぼす。

 

隣に座っていた果林の耳には届いていたのか、彼女は口元を緩ませながら冗談めかして問いかけた。

 

「あら、なんだか余裕そうね。自信あるの?」

 

「自信も何も、そもそもわたしはアイドルなんてやるつもりはないし————」

 

「ええっ!?そうだったの!?」

 

欠伸交じりに返答したステラの言葉に、向かい側に腰を下ろしていたエマが反応。

 

彼女から伝播するようにステラへと視線が集まりだし、その場にいた全員がぽかんと口を開けて驚愕した。

 

「じゃあステラちゃん、ラブライブには出ないの?」

 

「そ、そうだけど……」

 

「う〜ん……彼方ちゃん的にはもったいないと思うけどなぁ……」

 

「そうですよステラさん!そのルックスでスクールアイドルにならないなんて惜しすぎます!!」

 

「私もそう思う。璃奈ちゃんボード『じー』」

 

「いや……わたしは別に……そういうのは…………」

 

先ほどまで常に上に立っているような完璧超人の印象しかなかったステラが戸惑う様子を見て、少しだけ春馬のいたずら心が刺激される。

 

「みんなの言う通りですよステラ姐さん!一緒にやりましょう!スクールアイドル!!」

 

「……“姐さん”……?」

 

「——あっ!?いや、今のは……なんというか……あだ名だよ!あだ名!!」

 

ついこぼしてしまった失言を歩夢に拾われ、慌てて適当な言い訳を添えた。

 

……からかったのが裏目に出てしまった。慣れないことはするもんじゃない。

 

 

「——わたしのことはどうでもいいわよ。……それより、曲とか衣装はどうするつもりなの?」

 

「え?」

 

ステラから突然投げかけられた質問に一瞬思考が停止する。

 

一拍置いた後、背もたれに体重を乗せて腕を組んだ彼女がもう一度尋ねてきた。

 

「だから、ライブに使う曲と衣装の製作はどうするのって聞いてるの。ラブライブに出場するにはどっちも未発表且つオリジナルのものじゃなくちゃいけないでしょ」

 

「そういえば……そんなことも書いてた気がする。やけに詳しいですね?」

 

「……いいでしょ、そんなことは。で、どうするの?」

 

腕を組み、春馬は何やら深く考え込むような素振りを見せる。

 

以前までの同好会は作曲や衣装製作を誰が担当していたのだろう。これまで得られた情報から考えて作曲はせつ菜の可能性が高いが……。

 

いや、だとしても今の同好会はその時と体制も人数もまるで違う。自分とステラを除いた9人分の衣装と曲が必要で…………そのどれもが異なる方向性を保ってなくてはいけないのだから。

 

予備予選、予選、本選のそれぞれで使用するもの————つまり最低でも3種類を大会までに間に合うよう9人分だ。衣装はともかく、曲に関しては作り慣れてる人間でなければ全員の出場を実現させることは不可能。

 

作曲…………作曲——————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    『頑張れ』

 

 

できるだろうか

 

 

    『なにも問題ない』

 

 

 

 

    『なぜなら君は』

 

 

 

 

    『追風春馬だから』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「曲は俺が作るよ。みんなの分、全部」

 

頭の中で誰かの掛け合いが聞こえた気がした直後、いつの間にかそんなことを口走っていた。

 

「衣装はみんなで協力して、間に合うよう調整しよう」

 

淡々と話を進めようとする春馬に呆然とした表情がいくつも向けられる。

 

「は、はい……それはいいのですが……。春馬さん、作曲の心得があったんですか……!?」

 

「うん。昔ピアノを習ってたことがあって、ついでに曲作りのノウハウも教わったんだ」

 

「す、すごいです……!——あ!はいはい!じゃあ、1番最初はかすみんの曲を作ってくださーい!!」

 

「あっ!かすかす抜け駆けずるい!」

 

「かすかすじゃないですってば!!」

 

驚きはしたものの、徐々に春馬のスキルが皆に認識されていく——————そのなかで、

 

「………………………………」

 

歩夢だけが、信じられないものを目撃したかのように……震わせた眼光を彼に注いでいた。

 

 

◉◉◉

 

 

「祈りなさい」

 

薄暗い空間の中に灯された1本の蝋燭。

 

ぼんやりとした光を虚ろな瞳に反射させた銀髪の少女、フォルテは分厚い書物を片手に数十人の信者達へと語りかける。

 

「再び起きた怪獣による災厄……それを鎮めるのは救済の神である光の巨人。そして巨人を強くするのは……我々の信仰心そのもの」

 

背後に佇む司教の気配を不快に感じつつも、フォルテは普段通りの冷気を帯びた声音を紡いでいく。

 

「——————」

 

言語をプログラムされた機械のように、いつも口にしているものと寸分違わない言葉を発する。

 

聞いている人間達はよく飽きもせずに真剣な顔つきでこの場に留まれるものだ。極めて度し難い。なんて愚かなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ次の段階に移るべきだな」

 

退屈な時間が終わり、2人だけになった祈りの間に道化師の声が反響する。

 

フォルテは顔色ひとつ変えないまま司教————ミライへと向き直ると、その薄い唇を微かに動かした。

 

「……なにを……するつもり……なの……」

 

「フォルテ、君は“光の欠片”と呼ばれるものをご存知かな?」

 

唐突に投げかけられた質問に困惑するように黙り込むフォルテだったが、すぐに頭に()()()()()()()()()()記録を読み取る。

 

瞑っていた眼を開け、目の前に記されている文章を読み上げるかのように機械的な口調で彼女は言った。

 

「“光の欠片”とは…………地球人が宿している独自のエネルギー体。かつてこの星を闇で覆い尽くそうとした暗黒宇宙大皇帝を、逆に破滅へと追いやった()()——“究極の光”を発生させるための鍵」

 

「その通り。他の星には存在しない、ウルトラマンとシンクロすることで莫大なエネルギーを発生させる、正真正銘地球人だけが持つ特異性だ」

 

背後で手を組みながら部屋の中をぐるぐると歩き始めるミライ。

 

「全部で十ある欠片全てが揃った時…………我々はこの宇宙の理を崩すほどの力を目の当たりにできるだろう」

 

「…………欠片を集めることが……次にやるべきこと……だとでも……?」

 

軽快にステップを踏むミライの背中に冷ややかな眼差しを注ぎながらフォルテは続ける。

 

「なんの必要性も……感じられない。光の欠片は……ごく稀にしか……発現が確認できないと……聞いている。……そんな面倒なものを……利用しなくとも……ウルトラマンは……始末できる」

 

「心配する必要はない」

 

「…………っ……」

 

一瞬意識を欠いた瞬間に眼前まで迫ってきたミライを気味悪がるように半歩後退するフォルテ。

 

「一から十まである欠片の内…………“十の光”と呼ばれるものは他の欠片達を束ねる力が備わっている。“十の光”が発現した時点で、それ以外の欠片も連鎖的に生み出され、集束する特性があるのさ」

 

「……だから……そもそもの……十番目の欠片が……発現しないことには……机上の空論でしか……ない」

 

「それも問題ではない。……なぜなら——————」

 

落ち着きのなかった足取りを止め、ミライは自らの胸元に手を当てる。

 

直後、

 

 

「————“十の光”は、既に生まれ落ちているのだから」

 

彼の()()から、“漆黒の光”としか表現しようのないドス黒い輝きが放出された。

 

この世のものとは思えないほどに醜く、歪んだ存在感を放っている黒い光に思わずフォルテの表情が崩れる。

 

 

吐き気を催すほどの汚染された部屋の中で————ミライはいつまでも笑顔を保っていた。

 

 

 




ここにきてミライの正体が何だかわからなくなってきましたね……。
「メビライブ 」ではオリジナル設定としてエンペラ星人を倒すための重要な役割を果たした"光の欠片"ですが、今作でも変わらず物語に絡んできます。

できるだけ出し惜しみはせずに布石はばら撒いているつもりです。
ではまた次回。


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第21話 上手くできているか

頭の中で大まかな構成の整理ができたので章分けを追加しました。
1章ではタイガ達ウルトラマンと春馬の結束が深まっていく過程を描いていく予定です。


「————じゃあ各自である程度歌詞のアイデアがまとまったら、俺のところに持ってきてね。次からは基礎的なステップや、発声レッスンも行うということで」

 

「はい、今日のところは解散ですね」

 

「お疲れ様でした〜!」

 

 

春馬が締めの言葉を口にした直後、皆が一斉に肩の力を抜き始める。

 

同好会が復活してから初めての本格的な活動にみんな少なからず緊張感を持っていたようだったが、今日の話し合いでお互いの距離がかなり縮まった気がする。

 

しかし決して気を抜いてはいけない。これからも自分は部長として……そして部員を支えるマネージャーとして、誰よりも同好会のみんなを気にかけなければならないのだから。

 

まずは目標である“ラブライブ!”を…………必ず完遂してみせる。

 

「……ねえ、ハルくん」

 

「うん?」

 

先ほどの話し合いの中でホワイトボードに書かれた諸々の記述を消していたその時、どこか気遣うような表情でやってきた歩夢と視線を交わす。

 

「どうかした?」

 

「さっきハルくん、作曲は自分がやるって言ってたけど……」

 

「うん」

 

迷うことなく返答した自分を見て、歩夢の瞳が少しだけ驚くように開かれた気がした。

 

「その……大丈夫なの?」

 

「……?大丈夫って……何が?」

 

「だ、だって……!————ハルくん、ピアノ……もう辞めちゃったんじゃ……」

 

空気に溶けていくような語尾が耳に滑り込んでくる。それと同時に、自分の思考回路が驚異的な速度で稼働するのを感じた。

 

春馬は浮かべていた笑顔を一切崩すことなく、至って自然な調子を保ったままさらりと彼女に返した。

 

「別に辞めたわけじゃないよ」

 

「え……?」

 

「なんというか……何故だかね、ここ数年間は曲を弾こうって気にはどうにもなれなかったんだ。自分でもおかしなことだとは思ってたけど……」

 

……そう、自分は確かに小学校6年生のいつからか、演奏するという行為を避けるようになってしまった。その様子をすぐそばで見ていた歩夢には辞めてしまったと思われても仕方なかったかもしれない。

 

ピアノに対しての情熱が無くなったわけではなかった。……けれど辛うじて鍵盤に触れ、押し込むことはできても、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

理由は春馬自身にもわからない。

 

演奏しようとすると、別の誰かに思い切り腕を掴まれて引き止められるような————そんな感覚に襲われてしまう。

 

「でもね、『同好会のみんなのためなら』って考えると、不思議とまた弾ける気がしたんだ」

 

「……………………」

 

「だから心配いらないよ。——歩夢も歌詞が出来たら早めに見せてね。俺、君にぴったりのすっごい曲作っちゃうから!」

 

肩腕を力強く曲げて「任せて」とでも言わんばかりのポーズを見せてくる春馬に呆然とした後、歩夢は煮え切らない顔で首を縦に振った。

 

「歩夢先輩!春馬せんぱぁい!途中まで一緒に帰りましょう〜!」

 

「あ……うん!」

 

「ちょっと待ってて————」

 

 

「私達も戻りましょうか」

 

「うん。ステラちゃんも一緒に行こうよ」

 

帰り支度を終えて歩夢と共にかすみのもとへ向かおうとしたその時、後ろの方から聞こえた会話に反応して振り返る。

 

同じように鞄を背負って椅子から立ち上がったステラに駆け寄ったのは————果林とエマ。寮で暮らしているという2人だ。

 

密かに疑問に思っていたステラの住居事情が一瞬で解決した。……なるほど、おそらく彼女はこれから寮生に紛れて生活するつもりなんだ。

 

「ごめんなさい、わたしこれから少し用事があって…………」

 

「え、そうなの?何か手伝えることはないかな?」

 

「ありがとうエマ、でも大丈夫よ。果林も先に帰ってて」

 

端から聞いていれば何の変哲もない会話だが……ステラの正体を知っている身としては、彼女の言う「用事」とやらが何を指しているのか気になって仕方がない。

 

……まあ彼女のことだ、聞いたところで教えてはくれないだろう。

 

「ハルくん?」

 

「え?あ、ああ……うん。行こうか」

 

もやもやとした感情を残しつつ部室を後にしようとした直後、

 

 

「————ああ春馬、ちょっと」

 

「へ?」

 

思い掛けずステラの口から自分を引き止める言葉が発せられ、思わず上ずった声が漏れた。

 

 

 

 

「2人きりで、話したいことがあるのだけれど」

 

 

◉◉◉

 

 

「…………ステラ先輩のこと、どう思います?」

 

「え?」

 

学校の玄関を出て、すぐにかすみがそう尋ねてきた。

 

校門を目指して歩いているのは、野暮用を済ませておくと言って生徒会室に向かったせつ菜と寮生であるエマ、果林……そして部室に残った春馬とステラを除いた6人だ。

 

突然の質問に隣を歩いていた歩夢は思わず固まってしまい、代わりに同じように歩幅を合わせていたしずくが何気なく返す。

 

「どう思うって?」

 

「その…………なんか、やけに春馬先輩と仲良さげじゃない?」

 

「春馬先輩は誰とでも親しそうに話すけど……」

 

「いやいやいや!しず子だって聞いてたでしょ!?なんなの“姐さん”て!!単なるあだ名って感じじゃなかったよあれ!!」

 

「まあ、言いたいことはわかるよ……」

 

微妙に笑みを含みながら眉を下げるしずく。

 

確かに春馬は誰と絡むときも会話を弾ませてくる。が、ステラに関してはどうもその質が自分達と違うように感じるのだ。

 

……妙な信頼感がある、というか。

 

「歩夢先輩もそう思いましたよね!?」

 

「え、ええと…………ちょっぴり『あれ?』って思ったけど、でもしずくちゃんの言う通り、ハルくんは誰とでも仲良く話すし……」

 

「そうは言ってもですねぇ……!——彼方先輩!ステラ先輩って本当に今日編入してきたばかりなんですか!?」

 

「そうだよ〜。クラスの子達とは、あまり話そうとしないみたいだけど……」

 

「そんな人がどうして春馬先輩にだけ……。ぐぬぬぬ、気になる……!!」

 

今にもハンカチを噛みだしそうなかすみを見た歩夢達が苦笑する。

 

列の隅っこで璃奈と歩いていた愛は興味深そうに目を光らせると、ブツブツと何かを呟いているかすみに言い放った。

 

「かすみんってハルハルのこと好きなの?」

 

「はいそうですけ————」

 

そう口にした彼女の周囲の空気が、刹那的な速度で凍りついていくのがわかった。

 

「——どぉお!?今のは間違いです!!間違いです!!」

 

「ええー?じゃあ嫌い?」

 

「い、いえ!好きなのは間違いじゃないですけど、それは恋愛的なアレというよりも先輩として尊敬しているだけというか————あ、愛先輩!卑怯ですよそういうの!!」

 

「あはは、ごめんごめん!かすみんったらコロコロ表情変わるもんだから可愛くてつい」

 

からかうような表情から一転してあっけらかんと笑った愛にかすみの尖った視線が刺さる。

 

「でも実際気になるよね、あの2人。なんとなくだけど……アタシ達の知らない何かしらの関係を築いてそうな気はする!」

 

「何かしらの関係……。“ねえさん”って言ってたし、実は生き別れの姉弟とか?」

 

「いやあ、流石にそれはないでしょりなりー。顔も性格もぜんっぜん似てないし!」

 

「うーん……わからない。歩夢さんはどう思う?幼馴染って聞いたけど…………」

 

「わ、私?」

 

不意に話を振られ、狼狽しつつも歩夢は俯きながら思考を深く巡らせた。

 

……自分も当然違和感は覚えている。

 

ここ最近の春馬は何か隠し事をしているようだったし、それを誤魔化すような苦し紛れの言動を見せることも多くなった。

 

極め付けは今日の出来事————2人のやりとりを聞いていて、ステラと彼には間違いなく先輩後輩とは別の関係性があると確信せざるを得なかった。

 

春馬から異変を感じたのはいつからだっただろうか。疑問に思い始めてそう日は経っていないはず。

 

……そうだ、最初は確か…………秋葉原の——————

 

 

 

「——あー!スマホ部室に忘れてきちゃいました!!」

 

記憶の棚を探っていたその時、真横から発せられた声に思わず意識が持って行かれる。

 

手にしていた鞄の中を漁りながら慌てふためいたかすみは、弾かれるように身を翻すと校舎のある方向へ全力疾走し出した。

 

「皆さんは先に帰っててくださーい!!」

 

小柄な身体がどんどん遠ざかっていく。

 

歩夢達は互いに顔を見合わせて綻ぶように苦笑すると、前へ向き直りゆっくりと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“ウルトラ教”について知っていること…………ですか?」

 

「ええ、なんでもいいわ。情報を持ってるなら全部教えてちょうだい」

 

 

自分達以外は誰もいない部室に声が微かに反響する。

 

テーブルを挟んでステラと向かい合っていた春馬は顎に指先を添えると、視線を天井に移しながら考え込むように唸った。

 

「……と言われても、俺は信者じゃないし詳しいことは何も……。情報ならネットで調べた方がたくさん出てくると思いますよ?」

 

「じゃあお願い」

 

「へ?」

 

人差し指で手のひらをスワイプするようなジェスチャーを見せてくるステラに一瞬困惑するも、すぐにその意味を理解する。どうやら彼女は携帯機器の類までは用意していなかったらしい。

 

春馬は制服のポケットから自分のスマホを取り出すと、彼女の代わりにウルトラ教についての検索を行った。

 

「えーっと……発足されたのは5年前——姐さん達が侵略者の親玉を倒してからすぐですね」

 

「……わたしはその場にいなかったわ」

 

「……え?でもタイガは……あなた達を英雄だって……」

 

『ああ、気にしないでくれ。変なところに細かい子でね』

 

「……?はあ————って、ええええっ!?」

 

いつの間にかテーブルに佇んでいた青い小人に目を剥く。

 

「ちっさい……!」

 

『ああ、そういえばこのサイズでの対面は初めてだったな』

 

「な、なるほど……。タイガ達みたいに小さい姿でも出てこれるんですね……」

 

落ち着いた様子でステラのそばに立つ霊体に輝いた眼差しを注ぐ春馬。

 

……ううむ、タイガやタイタスもそうだが、こうして見てみると何とも愛らしい。まるでマスコットだ。

 

「ヒカリ、脱線させないで。……それで、他には?」

 

「あ、はいはい」

 

気を取り直してスマホの画面に目を落とし、情報サイトに記されていた文章を読み上げる。

 

——“ウルトラ教”とはその名の通りウルトラマンという存在を敬い、日々平和への願いを込めて彼らへ祈りを捧げることを目的とした団体。

 

先の見えないこの世に寄り添ってくれる光の巨人。彼らを崇めることは人々の不安を解消させることに繋がり、人は皆ウルトラマンを“実在する神”として扱うべきだという理念を持つ……。

 

 

「……要約すると、『ウルトラマンは神様だから、人間はみんな彼らを信仰すべき』ってところですかね。ここまでは俺もなんとなく把握してた内容です」

 

「……バッカみたい」

 

春馬の口にしたことを耳にするなりステラは眉をひそめ、吐き捨てるように言う。

 

ショックだったのだろうか。ふと傍らにいたヒカリに目をやると、口元に右の手のひらを当てながら静かに『まさか』とこぼしたのが聞こえた。

 

『——なるほど、どういった宗教なのかは大体理解できた。だがしかし……俺達の働きが、このような思想を生み出してしまうとはな』

 

悲しそうにそう語るヒカリを見て、なぜだか自分まで情けない気持ちになってしまう。

 

やはり彼らは————ウルトラマンは神として奉られるなんてことは望んでいない。

 

光の巨人と人間は……対等な存在でなければいけないんだ。

 

「…………どうしてウルトラ教のことを……?どこで知ったんですか?」

 

押しつぶされるような空気が充満するなか、小さな声音でステラに尋ねる。

 

「……深い意味はないわ。前に偶然道端でおかしな演説をしてる人間を見かけたから、気になって聞いてみただけ」

 

細めた眼で一点を見つめつつ、冬の吐息のようなため息をつくステラ。

 

ウルトラマンは神なんかじゃない————それは自分よりも、目の前にいる彼女の方がよく知っているだろう。

 

5年前……もしかするとそれよりずっと前から、ヒカリと共に歩んできた女の子。

 

 

数日前の夜に目撃した戦いを思い出す。

 

キングオブモンスを両断した、あの無駄のない動きは…………決して最初から備わっていたものではない。気が遠くなるほどの研鑽を繰り返して到達した、神という全能の存在とはかけ離れた人間臭い努力の賜物だ。

 

「……あなたはどうなの?」

 

「え?」

 

「ウルトラマンは神様だって……そう思ってる?」

 

「……!そんなことないです!絶対に!!」

 

ステラから聞こえた思いがけない一言に、春馬は思わず自分の語気が強まってしまうのを感じた。

 

無意識に席を立った春馬は、眼前にある冷たい顔に向けて捲し立てるように言い放つ。

 

「ウルトラマンだって宇宙人の中の一種でしかない!地球人だってそうだ!……確かに……今のままじゃ、怪獣が現れても地球の人々は手出しできない。だけど————!」

 

数秒して自分の目に涙がにじんでいることに気づく。

 

 

『————————』

 

 

どうしてかはわからない。怒りや悲しみ、胸の中にある様々な感情がぐちゃぐちゃに混ざったかのような……言い表せない気持ちが渦巻いていた。

 

「————だけど……変わらなきゃいけない。誰かが命を懸けて守った世界に残ったものが、無責任な心だけなんて……悲しすぎるから」

 

頬を伝いそうになった涙を拭いながら、春馬はステラの深海のような瞳と視線を交差させた。

 

 

『……ありがとう、春馬』

 

「そう言ってくれる人がいるだけで、わたし達は救われるわ」

 

「あ……えっと……はい。すみません、急に大きな声を出して……」

 

我に返り、遅れてこみ上げてきた羞恥に頬を染めながら縮こまるように椅子へと腰を下ろす。

 

恐る恐る上目遣いでステラの顔を見ると…………自然に溢れたような、微かな笑みがそこにあった。

 

 

『……しっかし……こう話を聞いてると、どんどん胡散臭く感じてくるな』

 

「タイガ」

 

すぐ近くにステラがいるからか、赤く透き通った霊体は警戒するように春馬の首から顔だけを覗かせて言った。

 

『案外今回の黒幕もその教団に潜んでたりしてな!』

 

「そういうこと言うのはよくないよ。別に彼らの人柄が悪いわけじゃないんだから。鳥の怪獣と戦った時だって、あの人が介抱してくれたじゃない。えーっと……確か司教の……。……そういえば名前聞いてないや」

 

『司教になるほどの人物なら、調べれば出てくるのではないか?』

 

「あ、そうか」

 

タイガに続いて頭上に現れたタイタスに言われるままスマートフォンを操作し、公式サイトにアクセスする。

 

「あったあった、この人だ」

 

ページを開いてすぐに目的の情報が視界に飛び込んできた。

 

貼り付けられているのは穏やかな笑みを浮かべている男性の写真。特徴的な白黒の衣服も、間違いなく以前出会った時と合致している。

 

春馬は写真の下に記されていた文字に目を落とすと、記憶に刻み込むように声に出して言った。

 

「えーっと——————“ミライ”さんか」

 

 

 

「…………ッ!?」

 

異様な雰囲気を感じ取り、咄嗟にステラの方へ向き直る。

 

「ステラ姐さん?」

 

白かった顔は一瞬で血の気が無くなり真っ青に、全身からは滝のような汗が吹き出ている。明らかに動揺している様子だった。

 

『……ステラ、これは……』

 

「い……いいえ……そんなはずない。……違う。絶対違う……!」

 

「2人とも……どうしたんですか?」

 

ヒカリまでも狼狽えている光景を見て只事ではないことを察する。

 

ステラは睨むような目を春馬に向けると、低く震えた声で彼に言った。

 

「……ちょっとスマホ貸して」

 

「な、なにか気になることが……?」

 

「いいから!!————きゃあっ!?」

 

「ちょっ……!?」

 

よほど冷静さを欠いていたのか、テーブルを飛び越えようとしたステラは盛大に躓いて横転。

 

反射的に駆け出した春馬は彼女を抱えようとするが踏ん張りが間に合わず——————

 

「ぐおあっ!?」

 

真正面から受け止める形で下敷きになってしまった。

 

「いっつ……!」

 

「だ……大丈夫でしたか……?」

 

「ええ……」

 

突然のことでパニックになった頭を冷やす。

 

……とりあえず体勢を戻さなくては。端から見れば3年生の先輩が下級生を押し倒している図にしか見え————

 

 

 

 

 

「……………………」

 

逆さまになった視界の奥に見えたのは…………部室の出入り口前に立ち尽くす少女の姿。

 

身体を密着させている男女を目撃してしまったその女子生徒————かすみは唖然とした表情のままワナワナと肩を震わせた後、喉が張り裂けんばかりの絶叫を轟かせた。

 

 

 

 

 

 

 

「何事ですかあああああああああああああああ!?!?!?」

 

 

 




最近おふざけが足りていなかったので早くもこのドタバタ感が懐かしい。
"ミライ"という名前にステラ達が反応したのは……まあ当然ですよね。

さて、次回以降もまだ物語は加速します。
あと少しでボンテージ仮面的な人と風の覇者的な人が出せるかもです。


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第22話 真実の教え


公開まで長い長いと思っていましたが、気がつけばタイガ劇場版も来週に迫りましたね。
トレギアとの決着はつくんでしょうか……?


「わ、私達の部長ともあろう人が、部室で一体……な、ななななな何をしてたんですかぁ!?」

 

「今のは違うんだってかすみちゃん!ステラ姐さんが転びそうになったのを受け止めただけで……!!」

 

突如乱入してきた後輩に対して必死な弁明を図ろうとする春馬。

 

よりによって最悪のタイミングで戻ってきたかすみは何やら良からぬ想像をしているようで、顔面を真っ赤にしながらガタガタと身を震わせている。

 

「最初から怪しいなって思ってたんです!わ、私……わかってるんですからね!」

 

「え?」

 

「は、春馬先輩とステラ先輩……こ、ここここ恋人同士なんでしょう!?」

 

「はっ……!?ええッ!?」

 

「誤魔化そうとしても無駄です!!かすみんにはお見通しなんですからぁっ!!」

 

「いやいやいやいや……!!」

 

潤んだ瞳をこちらに向け、なぜか今にも号泣してしまいそうなくらい掠れた声で言い放ったかすみに千切れんばかりに首を横に振る。

 

春馬は青い顔で振り返り、視線を注いで後ろに立っていたステラに助けを求めるが…………彼女は心底面倒くさそうな表情を浮かべると「任せた」と小さく口を動かした。

 

「か、かすみちゃん……ちょっと落ち着いて……!」

 

「だいたいひどいですよ……っ!付き合ってる人がいるなら……あんな……っ!」

 

「いやだからちが————!」

 

「あんな……気安く他の女の子の手を握ったりしないでくださいよ!!」

 

「——そ、それに関しては……ごめんなさい……。……って、そうじゃなくて————!!」

 

「どうせ知り合った女の子にはみんな……私と最初に会った時みたく『可愛いね』って言ってるんでしょっ!!」

 

いや、そんなことは……

 

「うわぁぁああん!!私は先輩に遊ばれたってことなんですねぇえええ……!!!!」

 

あの……かすみちゃん……話を聞いて……お願いだから……

 

 

 

『見てる分には面白いな』

 

『これが痴情のもつれというやつか』

 

かすみが声を荒げながら言葉を発していくごとに頭を下げて縮んでいく春馬を興味深そうに観察するタイガとタイタス。

 

少年の情けない背中とかすみが口にしたこれまでの彼の振る舞いに若干引き気味な様子を見せながらも、このままでは埒が明かないと踏んだステラはため息をつきながら一歩前へ出た。

 

「落ち着きなさい、えっと…………かすみ。彼の言う通り、わたしが転んで覆い被さっただけだから」

 

「信じません!!」

 

「……どうすれば信じてくれるの?」

 

涙で赤みを帯びた目元をこすりながら、かすみは上ずった声で言う。

 

「ぐすっ…………じゃあ、部室で何を話してたのか教えてください」

 

彼女の返答を聞いて口をつぐんでしまうステラ。わざわざ2人だけの空間で会話を試みたのは、同好会の人間に自分達のウルトラな関係性を知られたくなかったからなのだが…………。

 

 

「……姐さん、実は……」

 

しかし————ステラもまた春馬とかすみの関係は把握していない。

 

春馬はゆっくりと立ち上がると2人の少女へ交互に目配せし…………ステラとかすみ、それぞれがまだ知らない秘密を洗いざらい打ち明けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えええええっ!?ステラ先輩もウルトラマンさんだったんですか!?!?」

 

必死に言い聞かせること30分。

 

かすみはすっかりいつもの調子を取り戻すと目を丸くして2度目の叫びを上げた。

 

『……まさか既に君達の正体を知っている人間がいるとは』

 

『春馬達と出会うまでの間に私が世話になっていたのだ。彼らに落ち度はない』

 

「あ、タイタスさん……。なんだか随分久しぶりな気がしますね」

 

『君と離れてからはずっと春馬の身体にいたからな』

 

テーブルの上で落ち着いた会話を展開しているヒカリとタイタスを凝視しながら、かすみは少しずつ状況を飲み込もうとする。

 

ステラは頭痛を誤魔化すかのようにシワの寄った眉間に手を添えると、苦笑いを浮かべていた春馬に尖った目を向けた。

 

「……他にあなた達のことを知ってる子は?」

 

「い、いません。かすみちゃんだけです……」

 

「できればこうなる前に事を終わらせたかったのだけれど……」

 

これまでの口振りからしてステラ達が担っているのは任務の中でも極秘中の極秘。現地の人間にウルトラマンに関しての情報が漏洩することは当然避けたかったはずだ。

 

……思えば彼女達には心労をかけすぎている。本当に申し訳ない。

 

「ま、いいわ。あなた口は堅い方?」

 

「春馬先輩からも言われてるので、気をつけてはいますけど……」

 

「そう。そのままでお願い」

 

「は、はい——」

 

ステラはかすみから視線を外し、おもむろに腰を曲げると床に落ちていた春馬のスマートフォンを手に取る。

 

そしてスリープモードになっている黒い画面を10秒ほど見つめた後、食いしばるように口元に力を込め、

 

「…………自分の目で確かめた方が早いわね」

 

春馬の胸元めがけてそれを放り投げた。

 

「おっ……と」

 

正確な軌道を描いて飛んできたスマホは春馬が咄嗟に突き出した手のひらに落下。

 

フィギュアスケート選手を思わせる流麗なターンで背を向け、ステラはそのまま無言で部室を後にしようとする。

 

「どこに行くんですか?」

 

「今日のところはもう用は無いわ。手間を取らせて悪かったわね」

 

「え?は、はい。それは構わないですけ————」

 

直後、部室の扉は勢いよく開き、同時に起きた室内ではあり得ないほどの突風と共に彼女の姿は消えた。

 

 

 

「はっや……」

 

「うぅ……私、あの人苦手です……。怖いですよぉ……」

 

尻もちをつきながら呆然としている春馬に縋るようにかすみが語りかけてくる。

 

……明らかにステラ……いや、ヒカリも含めて態度が急変した。出会い頭と比べれば遥かに穏やかなやりとりが続いていたはずなのに。

 

春馬がウルトラ教の司教について調べ始めた辺りから突然、メッキのように彼女から余裕が剥がれ落ちて……。

 

怒りと悲しみに、困惑……そして戸惑い。彼女の中に激しい感情の渦が発生しているのがわかった。

 

「……なにか、嫌な予感がする」

 

『私もだ。……彼女達は恐らく、ウルトラ教に探りを入れに行くつもりだろう』

 

「でもどうして……?」

 

そう同意を示したタイタスの言葉に謎が深まっていく。

 

ステラとヒカリにとって放っておけない事柄が……ウルトラ教に存在するということなのだろうか?

 

もしかすると……怪獣騒ぎを起こしている黒幕に関する何かを感じ取ったのかもしれない。

 

そうだとしたら——————

 

「ねえ……タイガ」

 

『ああ、たぶん考えてることは同じだぜ』

 

「かすみちゃん、君はまっすぐ家に帰って。いいね?」

 

「へ?」

 

唐突な物言いにかすみから抜けた声が飛び出す。

 

春馬は走行前のアスリートのように全身の関節と筋肉をほぐし始めると、腰を低くして下半身に力を溜めた。

 

 

想定しているような秘密が本当に隠されているのかはわからない。だがウルトラ教にステラ達を動かすような要素が存在するのは確実だ。

 

ウルトラマンとして。光を授かった者として………………黙っているわけにはいかない。

 

 

「あ、あのぉ……春馬先輩?ウルトラ教って……も、もしかしてあの教会に行——」

 

「————ッッ!!!!」

 

「きゃいっ!?!?」

 

 

爆発的な力で床を蹴り上げ、かすみの悲鳴を置き去りにしながら部室を出て廊下を全力で駆け抜ける。ごめんなさい。

 

「うわっ!?」

 

「なに今の……!?」

 

人と人の間を流水のように潜り抜けて行く。

 

幸い放課後ということもあって歩いている生徒は少なく、タイガ達の能力をフルに発揮しながらの移動でもなんとか衝突を回避しながら移動することができた。

 

 

「ふっ……!」

 

瞬く間に玄関を飛び出し、ステラ達が向かったであろうウルトラ教の教会を目指して四肢を振る。

 

未だ胸に残滓している妙なざわめきに冷や汗を流しつつも、春馬はより強力な正義の衝動に駆られて街道を突き進んだ。

 

 

◉◉◉

 

 

「————お客様がいらっしゃる」

 

教会の地下に存在する空間。

 

信者達から“祈りの間”と呼ばれる場所。その中心で1人静かに佇んでいたミライは、何かを察知するように瞑っていた眼を開かせた。

 

「…………凄まじい敵意が……この教会に……近づいている」

 

明かりのない空間の端から足音を立てずに現れたフォルテは、徐々に迫りつつある刃物のように鋭い気配に対して警戒心を漂わせる。

 

サイドテールに束ねた銀髪を暗闇の中で揺らし、彼女は置物のように直立していたミライに継ぎ接ぎの言葉をかけた。

 

「これは……あの狩人達……。もう……私達の存在を……探り当てたと……いうの……」

 

「いやあ、少し違うかもね。彼女達が用があるのは私だけのようだ」

 

「……?」

 

怪訝な瞳で自分を見上げたフォルテに微笑みながら、ミライは愉快な声を祈りの間に響かせる。

 

「ふふ、ふふふふ……そうだよなぁ……。気になるよなぁ、()()()は……」

 

ミライの目元を覆うように、漆黒のオーラが一瞬揺らめく。

 

……何を考えているかわからないのはいつものことだが、今の彼からは普段と比較しても強烈な負のオーラが土砂崩れのように押し寄せてくる。

 

 

「ミライ……あなたは一体…………何者なの……」

 

これまで蓄積されてきた疑念を全て乗せて彼に尋ねた。

 

怪獣の指輪を作り出し、自分達兄弟や父に協力する謎の存在。それ以外のことはまだ何も知らない。

 

光の欠片————それも“十の光”を宿している点も不可解だ。

 

通常欠片は地球人にしか発現しないことを考慮すれば「ミライは地球人である」という答えに辿り着くのだが…………そう結論づけるのは浅はかすぎる。それだけでは指輪を生み出し、怪獣を実体化させる技術や力まで備えている理由の説明がつかない。

 

「何を企んで…………父に近付いているの……?」

 

「ここで話してしまってはつまらないだろう。……ひとつ言えるとすれば————私の野望は君達よりも壮大なもの」

 

「あまり調子に…………乗らない方がいい」

 

フォルテの小さな指先が動く。

 

刹那、すぐそばのテーブルに置かれていたアンティーク調の燭台が浮かび上がり、ミライの顔面めがけて突貫を始めた。

 

しかしすんでのところで彼が首を傾けて回避。小さな槍となったそれはガシャリと音を立てて壁に激突する。

 

「軽口はもう……たくさん。おとなしく返答する……以外の行為は……認めない」

 

「お転婆だなぁ…………」

 

周囲が凍りつく緊迫感。

 

互いに冷めた眼差しを送り合うなか、

 

 

 

 

「調子に乗っているのは……君の方だろう?」

 

ミライの姿が、闇に溶けた。

 

「…………っ!?」

 

直後に空気の揺れを感じ、フォルテは咄嗟に両腕を左横へと移動させて自分の身体を守ろうとする。

 

ミライの放った蹴りによる薙ぎ払いは彼女の守りを容易く貫通し、その衝撃で小さな肉体を軽々と壁際に吹き飛ばしてしまった。

 

「く……ぅ————!」

 

「おや失礼。少々力みすぎたようだ」

 

圧迫されるようなダメージが肺にまで到達し、乾いた空気が口から漏れる。

 

ぼやけた視界を凝らし、フォルテは歩み寄ってくるミライを見上げては暗い瞳で彼を睨みつけた。

 

「いつにも増して反抗的じゃないか」

 

「……っ」

 

「まったく、子供を躾けるのは親の役目だろうに……」

 

「うあっ……」

 

フォルテの胸ぐらを乱暴に掴み上げ、ミライは冷え切った視線で彼女を射抜く。

 

彼女が抵抗しようとすればするほど彼の腕力は軋む音を立てながらメキメキと上がり、一層少女の顔を苦痛に歪ませた。

 

「生命らしい良い顔だな。笑うことはできるかい?悲しむことは?……もっと色んな顔を見せておくれよ」

 

「はな……せッ……!!」

 

「おお?」

 

細い足がミライの胴体に炸裂し、隙が出来たと同時にフォルテが彼の手から脱出。

 

乱れた襟元を直しながら、フォルテは表情に憎悪の色を増やしていく。

 

「本当にからかい甲斐があるなぁ、君は」

 

「これは……裏切り行為とみて……いいの」

 

「そう怒るなよ。一発受けてやったんだ、お互い様だろう?……まあ、それでも怒りが収まらないと言うのであれば…………もう少しだけ話してやってもいい」

 

息を荒げているフォルテをなだめるようにミライは語りだす。

 

予想外の事態などとは微塵も思っていないような顔で。今か今かと待ち構えていたかのような調子で彼は言った。

 

「——私が望むのは“証明”。“光”も“闇”も、“正義”も“悪”も…………等しく同じ価値しかないというこの世の真実を確立させ、理を正す。それを達成するには…………ウルトラマン達が邪魔なのさ」

 

「……理を……正す……?……神にでも……なるつもりなの……」

 

「神、ねえ……。全てを創造しておきながら、矛盾に満ちたこの世界を野放しにしているような輩……そんな者が本当に存在するのなら————きっとそいつは私より賢くはない」

 

ミライが幻影のように捉え辛い足取りで祈りの間から退室していく。

 

 

「この世には真空、底知れぬ恐怖しか存在しないことを………………生きとし生けるものは知るべきだ」

 

 

男の笑い声が何度も反響して耳に届いてくる。

 

……彼の企みは未だ霧に包まれたままだが、これだけは言える。

 

 

 

「……ミライ……あなたは…………野放しにしては……いけない」

 

明かりのない一室に、フォルテの声だけが色を帯びていた。

 

 




幼い女の子にも容赦がないミライ。
最後の台詞からして彼の正体は確定したようなものですね。(序盤から既にバレバレでしたが)

そして教会へと向かった春馬達を待っているものとは……。
次回からの数話でさらに物語が動きます。


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第23話 仮面の悪意


タイトルから何となくわかると思いますが奴が正体表します。


    『————ステラ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

忘れられない少年の顔が脳裏に浮かんでくる。長い間話してもいないはずなのに、辛い時はいつも鬱陶しく心を支えてくれる奴の顔が。

 

復讐に囚われていた自分を引っ張り上げてくれた人。

 

最初に出会った頃はとても険悪な関係だったけれど、同じ敵を追っていくうちに彼は自分の中でかけがえのない存在に変わっていったのだ。

 

 

誰よりも、とは言わない。だが彼に対してある程度の理解はあるつもりだ。

 

……だから、今胸の中にある引っかかりが間違いであると断言できる。一緒に戦った自分だからこそはっきり違うと言える。

 

 

(もしそうじゃないのなら…………目が覚めるまでぶん殴ってやるから)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ここのようだな』

 

見上げるほどの高さと見渡すほどの敷地。

 

常人には目視できない速度で移動していたステラはいかにもな建造物、ウルトラ教の教会を真正面に見据えた位置でブレーキをかけると緊張感からごくりと喉を鳴らした。

 

(勢いに身を任せて来ちゃったけど…………)

 

『別に殴り込みしに行くわけじゃないんだ。動揺する気持ちはわかるが……落ち着いて行動するように』

 

(わかってる。……確かめるだけ。確かめるだけよ)

 

ここに足を運んだのは任務とは一切関係がない。余計な騒ぎを起こすわけにはいかないのだが……妙な胸騒ぎがするのも事実。

 

5年前、この地球を訪れた際にはなかったウルトラ教という組織。ここからは単なる胡散臭さとは違う、言い表せない怪しさを感じる。

 

ただの人間だけで構成された新興宗教であるならば干渉する必要はない。が、宇宙人による犯罪が絡んでいる場合は話は別。宇宙警備隊員として相応の手段を以て対応しなければ。

 

……そして何より“司教”とやらの正体も、はっきりさせる。

 

 

 

 

 

「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょう?」

 

受付窓口に行くと、物腰が柔らかく年若い女性が対応してくれた。

 

彼女の気配は典型的な地球人と同じだ。……窓口の奥に見える他の従業員らしき人物達も同様。

 

「ミライという人間に会いたいのだけれど」

 

「司教様ですか……?」

 

開口一番にステラが発した言葉にきょとん、とした顔で首を傾ける女性。当然の反応だろう。

 

どこか怪しむようにステラをじろりと観察した後、取り繕うような笑顔で彼女は言う。

 

「ええと……会員の方でしょうか?」

 

「いいえ」

 

単刀直入に事を運ぼうとしたのがいけなかっただろうか。女性の纏う雰囲気が段々とこちらを警戒するものに変わるのを察知した。

 

(やっぱりそう簡単には会えないか……)

 

『相変わらず交渉が苦手なようだな、君は』

 

(うるさい。いいでしょ別に。……経緯はどうあれ、同意が得られれば問題ないわ)

 

 

 

 

「……司教様のお知り合いの方でしょうか?」

 

恐る恐るそう尋ねてきた女性と視線を重ねる。

 

できるだけ無駄な時間はかけないのが自分の主義だ。

 

「——それを確かめに来たのよ」

 

ステラがそう口にした直後、彼女を見つめていた女性の瞳が虚ろなものに変わる。

 

ヒカリの力を借りることで使うことができる催眠術。虹ヶ咲学園に潜入した際にも使用したものだ。

 

「案内してくれる?」

 

「……はい……こちらへどうぞ……」

 

立ち上がり、受付窓口から出てきた女性の背中を追いながらステラは周囲に視線を巡らせる。

 

神殿のような石造りの建物。これほどの規模の施設を製作するには莫大な費用が必要なはず。……信者の数も相当なものなのだろうか。

 

「…………嫌な感じ」

 

背筋を走った悪寒に舌打ちしつつ、ステラはどこまでも続いているかのような廊下を進みながら制服のポケットに手を忍ばせ、いつでも短剣——ナイトブレードが抜けるよう意識を尖らせた。

 

 

◉◉◉

 

 

「やっぱすごいよねぇ……この建物」

 

しずく達演劇部の舞台を観に来た際にも訪れた教会を前にし、春馬は感嘆の声を漏らす。

 

現代風ではあるが重みのある歴史を感じさせる外観。一目見ればまず忘れることのできないデザインだ。

 

 

「……着いたはいいけど、ステラ姐さん達の姿が見えないね?」

 

『とっくに中に入ってるんだろ』

 

「まるで追いつけなかったからなあ……」

 

敷地内に足を踏み入れて辺りを探してみるが、やはり弾丸のような速度で移動していたあの小さな戦士はどこにもいない。

 

「とりあえず受付に行ってみようか」

 

『待つんだ春馬。できるだけ信者達と遭遇するようなことは避けた方がいい』

 

『そうだな。もし予想してた通り、ここが敵の拠点なら…………』

 

「あ、そっか……」

 

今回自分達は完全な部外者としてここにいるんだ。以前のように堂々と施設の中は歩けない。

 

それに、まだ決まったわけではないが…………この場所にはステラとヒカリがすっ飛んで行くような何かが隠されている。

 

「……と言っても、まずは姐さん達を見つけないと。俺達だけじゃ何を探ればいいのかもわからないんだし」

 

『いや、あいつらに頼る必要はないだろ!前からウルトラ教は怪しいと思ってたんだ。俺達だけでもなんとかできるってとこを見せてやろうぜ!』

 

「そんな無茶苦茶な……」

 

受付窓口にいた従業員達の目を盗み、春馬は音を立てないよう奥の廊下へと進む。

 

無数に枝分かれするように幾つも存在する曲がり角。あてもなく歩けば数分で迷子になりそうな構造だ。

 

……実際、以前ここでトイレに行こうとした時には見事に迷ってしまった。

 

 

 

(なんだか不安になってくる……)

 

移動しながらふと思う。

 

施設の中を進めば進むほど、どこか別世界に迷い込んだかのような疎外感が襲ってくるのだ。

 

先ほどから人の気配を探りながら歩いているが、それらしきものはまるで引っかからない。

 

受付を通り過ぎたばかりだというのに、ここには自分以外の人間は存在しないのではないかと錯覚してしまう。

 

 

「……うわ、もう日が傾き始めてる」

 

不意に横に見えた中庭にオレンジがかった光が差していることに気がついた春馬が呟く。

 

……今日も帰りは遅くなってしまうだろう。

 

 

「また母さんに余計な心配かけちゃうかも————っと?」

 

 

眼前にある曲がり角を横切ろうとしたその時、胸元に何かが当たる感触。

 

咄嗟に視線を落とすと…………自分よりも遥かに小さい、小学生くらいの人間の頭頂部が見える。

 

「わっ……!ごめんなさい!ちゃんと前見てなくて……!!」

 

「…………いえ」

 

ぶつかってしまった相手が半歩後退し、春馬の胸に衝突していた表情が露わになる。

 

——銀髪をサイドテールにまとめ、前髪で顔の半分を隠している女の子。

 

 

「……あれ?君は……」

 

その人物に見覚えがあることを思い出した春馬は足を止め、少女の暗い瞳を覗き込むようにして腰を曲げると明るい声で彼女に語りかけた。

 

「……ああっ!トイレの場所教えてくれた子!!」

 

冷たい表情で何も言わないまま、じっとこちらを見つめている少女。

 

その塗りつぶされたように真っ黒な瞳は…………対面する春馬の顔も反射することなく、ただ虚無だけを映し出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらです」

 

「ありがとう。戻ってちょうだい」

 

催眠術で操った従業員が離れて行き、その姿が背後の曲がり角で消えたのを確認してから、ステラは前方へ視線を戻した。

 

案内された場所はちょうど施設の中心に位置している部屋。

 

「………………」

 

ステラは深く息を吸って自らの心を落ち着かせた後、木で造られた扉を手の甲でコツコツと叩いた。

 

 

 

 

「どうぞ」

 

 

 

 

ノックに応対して穏やかな声が戸の向こう側から聞こえてくる。

 

ステラは今一度頭の中で1人の少年の顔を思い浮かべ、ざわついている胸内を強引に引き締めるために口元を結びながら部屋の中へ足を踏み入れた。

 

 

「——————」

 

 

ステンドグラスの窓から差し込む色とりどりの光。

 

少々手狭な広さの一室————その奥に設置された机に座し、虹色の輝きを背負った男性の姿が視界に飛び込んでくる。

 

仏のように静かな笑みを顔に貼り付けたまま読んでいた書物から顔を上げると、男は部屋に入ってきたステラとおもむろに目を合わせた。

 

「…………」

 

顔を確認し、その気配を感じ取った瞬間にステラは確信する。目の前にいるこの男は地球人ではないと。

 

そして同時に、自分とヒカリが恐れていたような事態には陥っていないという事実に胸を撫で下ろした。

 

『……()とは別人のようだな』

 

(そうみたいね)

 

清潔感のある黒髪と線が細く整った顔立ちは一瞬女性と見紛うほどの可憐さを演出しているが、その振る舞いからは底の知れない気味の悪さを感じる。

 

(……似てるけど、“あいつ”じゃない)

 

——もう用は済んだ。が、この司教とやらが宇宙人であることがわかった以上、放っておくわけにはいかない。

 

とりあえずは素性を聞き出して、地球に滞在している理由と戸籍の確認を……。

 

 

 

 

「安心したかい?」

 

「……え?」

 

ステラが口を開くよりも先に男が言葉を発した。

 

椅子から立ち上がり足音を立てないまま亡霊のような軽やかさで前に出ると、あっという間に距離を詰めてくる。

 

「なにも言わなくていい……私にはわかる。君の心には微かに戸惑いがあるな?」

 

「……なにを言って……」

 

『ステラ、奴から離れろ』

 

ヒカリの声が遠のく。

 

男は背後にある扉まで追い込むようにしてステラに肉薄すると、氷のように冷たい手で彼女の顎元に触れた。

 

『ステラ、聞こえているか?』

 

 

「私の名を聞いた時はさぞかし困惑したことだろう。……一体なにを確かめようとした?名前が重なるくらい珍しいことでもないだろうに」

 

「………………」

 

「君は少なからず恐怖を抱いていたわけだ。『自分が嫌悪する集団の長が、かつての友人である』という可能性を一瞬でも思い描いた」

 

 

 

『ステラ!!』

 

「……っ!」

 

相棒が声を張り上げたのと同時に我に返り、ステラは反射的に男の手を払い除ける。

 

ただならぬ空気が部屋に満ちているのを察知し、すぐさま男から距離を取ると懐から取り出したナイトブレードの切っ先を突きつけた。

 

「その場から一歩でも動けば斬るわ」

 

「おいおい、気が早いなまったく」

 

戯けた調子で両手を挙げる男にステラの刃物の如き眼光が突き刺さる。

 

こうして対峙しているだけでこちらの情緒が狂わされてしまいそうだ。

 

「……あなた、地球人じゃないわよね。ここで一体なにをしているの?」

 

「————ノイド星唯一の生き残り、ステラ」

 

「……!?」

 

こちらの問いには返答しないまま、男は囁くような声音を紡いでいく。

 

「かつてはボガール族への復讐のため、ハンターナイトツルギと共に暴虐の限りを尽くした狂戦士。ここまでは私好みだが…………その後地球へ降り立った際、人間達との触れ合いのなかで仲間意識を育んでいったと。……非常に惜しいな。憎しみに囚われたままでいれば良かったものを……」

 

「なんですって……?」

 

『耳を貸すなステラ。俺と君を動揺させようとしている』

 

知るはずのない経歴を喋り出した男に言い表せない怒りが湧き上がってくる。

 

……どうやら自分達と会話を交わす気は毛頭ないらしい。

 

ステラは短剣を握る手に力を込めると、奴の全身に視線を這わせてその隙を探った。

 

 

「だが、めでたしめでたし……とはいっていないみたいだね?君の心にはまた別の歪みが生まれたようだ。……5年前、あの戦いで『自分は何の役にも立てなかった』というある種の劣等感のようなものが————」

 

「————ッ!!」

 

男が言い終わる前に地面を蹴り飛ばし、疾風の速度でナイトブレードを振るう。

 

しかし奴は紙一重でその斬撃を回避し…………ゆらりとした捉え辛い動きでこちらの背後に回り込んできた。

 

「……!!」

 

反射的に男の顔面めがけて脚を振り上げる。

 

が、その一撃も容易く避けられたかと思えば、またも目視し難い軌道で放たれたカウンターの打撃が脇腹に叩き込まれた。

 

「げぁ……っ!」

 

意識外からの攻撃を直撃で受けてしまい、扉の方まで吹き飛ばされる。

 

『ステラ!!』

 

「……っ……平、気……」

 

……油断した。この男は只者ではない。明らかに戦い慣れした動き……。正面から向かうのは悪手だ。

 

『どういうことだ……?奴は俺達のことを知っている……?』

 

「さあね。……少なくともわたし達に敵意があることは確か」

 

体勢を立て直し、得体の知れない雰囲気を漂わせている男を睨む。

 

……理由はわからないがこいつは…………この男は、かなり以前から自分達のことを知っている。

 

 

「図星を突かれてびっくり、といったところかな?」

 

「……喋らないでくれる?……あなたの仕草とか口調とか、気持ち悪い知り合いを思い出して不快なのよ」

 

——落ち着け。奴が何者であれ、やることは一つ。

 

宇宙警備隊員として、相応の“取り締まり”を行う。今はそれだけを考えろ。

 

怒りで我を忘れることなく、与えられた役割をこなすんだ。

 

 

 

「ふふふ…………何かに迷い悩むその表情……。——美しいじゃないか」

 

「……!?」

 

奴が自らの胸元に手を添えた刹那、視界が真っ黒に塗り潰される。

 

漆黒の光。そう表現する他ない禍々しい輝きが男の胸に宿っているのを見た。

 

「……これは……っ!?」

 

ステンドグラスを通して部屋を濡らしていた虹色の光も容易く飲み込み、それは全てを侵食する勢いで膨れ上がっていく。

 

『……!まさか……!?』

 

「なん……で……!どうして————!?」

 

目の前の景色を黒一色に染め上げていく穢れを視認し、ステラとヒカリは狼狽の声を漏らす。

 

…………男の発した光は、自分達の記憶の中に強く刻み込まれていたものと酷似していたからだ。

 

 

「どうしてあなたが……"十の光"を持ってるの……ッ!?」

 

「ハハッ……!」

 

男が嗤う。

 

白と黒に分かれた衣服の裾を翻し、奴はどこからともなく折り畳まれたような形状の"何か"を取り出すと————それを()()()()()()()()()、自らの顔を覆うようにあてがった。

 

 

 

「————さあ、開演の時間だ」

 

 




次回、仮面おじさんvsヒカリ……!?
春馬はフォルテと再び邂逅しますが……まだ敵であることには気付いていない様子。

次回か次々回で風の覇者的な人が参戦できるかな?


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第24話 光と闇の讃歌


劇場版タイガの公開延期を聞いて闇に堕ちそうな作者です。


「ぜぇ……っ……ぜぇ……っ!!春馬せんぱい〜……!!」

 

 

赤く燃えている夕暮れ時の空の下。

 

立て続けに客人が訪れるウルトラ教の教会に————また一つ、ぽつりと別の人影が現れる。

 

「かすみん……まだ……聞きたいことが……あるんですけどォ……!!」

 

蒸気機関のように息を荒げ激しく肩を上下させながら、かすみは覚束ない足取りで教会へと通じている道を歩いていた。

 

 

猛スピードで部室を飛び出していった先輩のことを思い返す。

 

自分だけが知っている春馬達の秘密……。彼らがウルトラマンで、地球を脅かす侵略者と戦っているという事実。

 

そんな人達が血相を変えて向かったこの教会には…………きっと重要な何かが隠されているに違いない。

 

「かすみんにだってぇ……!先輩を……支えられるんですからぁ……っ!!」

 

突然同好会に姿を現した宇宙人の先輩————ステラ。

 

どうやら彼女はウルトラマンとしての活動においても春馬より遥かにベテランらしく、春馬も春馬で彼女に対して特別な感情を抱いている様子だった。

 

こんなにも頼りになる後輩がいるというのに!!!!

 

 

「春馬先輩の隣は……譲りませんからぁ〜!!」

 

 

◉◉◉

 

 

「——————」

 

銀髪の少女と視線を交わした途端、そのブラックホールのような瞳につい意識を奪われてしまう。

 

以前出くわした時もそうだった。

 

少女からは人間らしい熱や気配が驚くほど感じられない。女の子の形をした“別の何か”といった印象を覚える。

 

……けれどタイガやタイタスの話によれば彼女は宇宙人のようで、そのような違和感の正体も朧げながら納得がついていた。

 

 

「……あ、そうだ。ねえ君、この辺でちょーっと目つきが悪くて……でもとっても綺麗な、制服姿のお姉さん見なかったかな?」

 

にこやかに笑いかけ、膝を折り眼前に立っている少女と目線を合わせながら春馬はそう尋ねる。

 

無断で敷地内に入ってきてしまっている状況なので、信者の人間と遭遇することは避けるようにとのことだったが…………子供が相手ならば大事にはならないだろう。

 

「…………」

 

「……?」

 

しかし少女はこちらが投げかけた質問には何の反応も見せず、ただひたすらに虚空を見つめ続けているままだ。

 

春馬は困ったように笑みを崩した後、さらに腰を低くしては安心させるような穏やかな声音で少女に語りかけた。

 

「前に会ったの……覚えてるかな?俺が困ってるところを、君が助けてくれた」

 

とても精巧に作られた人形かと思うほど、少女の顔は微かな揺れすら起こさない。

 

……前に会った時は、親切にトイレの場所を教えてくれたのだが……。今日はあまり誰かと話したくない気分なのだろうか?それともまた距離感を間違えてしまったか?

 

「あはは……急に話しかけちゃってごめんね。……それじゃ」

 

もしも自分がこうして会話を試みていることが、彼女にとって迷惑なことだとしたら申し訳ない。

 

春馬は立ち上がり、少女の背後にある曲がり角へ行こうと恐る恐る足を踏み出した。

 

…………その時、

 

 

「……追風……春馬」

 

 

自分の真横を通り過ぎようとした春馬の手を掴み取り、か細い声で少女がそう口にする。

 

「へ?」

 

思いがけない呼びかけに間の抜けた声が出てきてしまう。

 

突然の出来事に固まってしまった春馬の方へ向き直り、少女は踵を浮かせると思い切り手を伸ばして戸惑いの表情を浮かべている彼の頬に触れた。

 

「えっ……と……?」

 

ひやりとした体温が伝わってくる。

 

血の通っていないような、冷たくて小さな手のひら。

 

少女は困惑する春馬を見つめたまましばらく静止し、やがて壊れかけのラジオを思わせるような継ぎ接ぎの言葉で彼に語り始めた。

 

「……とても……透き通った……瞳……」

 

「……え?」

 

「生きる希望に……満ち溢れた…………命の鼓動を……感じる」

 

全身の感覚が消え去るような錯覚。

 

そんな全てを飲み込んでしまいそうな少女の真っ黒な瞳を見て、春馬は不思議と————

 

 

「……うん。……やっぱり…………わからない……ね」

 

 

————ほっとするような気持ちになった。

 

 

 

『……!春馬ッ!!』

 

「————ッ!?」

 

何が起きたか理解する前に身体が横へ大きく動く。

 

次の瞬間、こちらの胸部を狙って突き出されたナイフの刃が空を切る光景が、視界の端にチラついた。

 

「なっ……!?」

 

勢い余って尻もちをついてしまい、数秒遅れて背筋が凍りつく。

 

タイガが強引に身体を操作してくれなければ今頃心臓に深々と刺突を受けていたところだっただろう。

 

「………………」

 

小ぶりの刃物を片手に握りながら、少女は仕留め損なった獲物に再度暗い眼差しを注いだ。

 

 

『なんだこの子供……!?』

 

「なっ……!何するんだいきなり!!危ないじゃないか!!」

 

唐突に自らの命を奪い去ろうとした少女に春馬が声を荒げる。

 

しかし少女は怒りを露わにした彼に狼狽える様子もなく、追い打ちをかけるわけでもなく、ただ無言のまま自分を叱りつける彼の顔を静かに眺めているだけだった。

 

まるで冷静に、頭の中で次の行動を考えているかのように。

 

「……ほ、ほら、早く手に持ってる物を捨てて。危ないから————」

 

飲み込めない状況を前にして、咄嗟に春馬は少女に対してナイフを捨てるよう要求しようとする。

 

……が、その時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!?なんっ……!?」

 

突き上げるような大地の揺れが、突如として教会全体に起こり始めた。

 

「……向こうも……始めるみたい……」

 

建物が倒壊するような騒音が聞こえる。

 

突然発生した強烈な地震に戸惑う様子もなく、少女は至って落ち着いた態度でそばに見える中庭まで歩くと、

 

「私も……やるべきことを……済ませる……」

 

何もなかったはずの左の手元から、春馬のタイガスパークと同じ形状の“白い手甲”を出現させた。

 

「君は……一体……!?」

 

『まさか……!!——身体を借りるぞ春馬っ!!』

 

「え————!?」

 

ただならぬ気配を察知し、先ほどと同様に春馬の思考と連動しない命令が全身に伝わる。

 

タイガの意思によって突き動かされた春馬の肉体は中庭に立っている少女のもとへ駆け出すと、今まさに彼女が取り出そうとしている()()に向けて必死に手を伸ばした。

 

『こいつだ……っ!この子供が、怪獣を出現させていたんだ!!』

 

「なっ……!?」

 

「————」

 

指輪を奪い取ろうと迫った春馬の顔面に少女が再びナイフを振るう。

 

タイガは寸前で春馬の首を傾けてその斬撃を回避すると目にも留まらぬ速さで懐へ入り込み、少女が指輪を握り締めている方の手を掴み取ろうと突撃を仕掛けた。

 

「…………動きは……まあまあ……」

 

しかし少女は軽やかに身を翻すと距離を詰めてきた春馬を容易く受け流してしまう。

 

『甘い!』

 

……が、しかし、その動きもタイガ達の想定内。

 

「…………!」

 

瞬時に春馬の肉体の主導権をタイタスに切り替えると素早く地面を蹴り上げて砂埃を巻き上げ、少女の視界を遮る。

 

直後にすかさず彼女へと肉薄し、再度指輪の奪取を図った。

 

「……っ……」

 

だがそれもギリギリのところで避けられ、追撃を警戒した少女に一気に距離を取られてしまう。

 

————その瞬間、彼女の衣服から銀色の光を放つ何かがこぼれ落ちたような気がした。

 

『くそっ……!』

 

「また怪獣が呼ばれちゃう……!!」

 

中庭を囲む壁の上に降り立ち、少女は春馬達を見下ろす。

 

狼狽する彼らを横目に、彼女は手にしていた怪獣の指輪を左腕の手甲へとかざした。

 

 

《バルタン星人リング!エンゲージ!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくして、東京上空。

 

倒壊する教会から脱出するためにウルトラマンの姿へと変身を遂げたステラとヒカリは、目の前に浮遊している未知の存在に今までにないほどの警戒心をむき出しにしていた。

 

 

「これはこれは……元宇宙科学技術局長官にして地球の危機を救った英雄の片割れ…………ウルトラマンヒカリではないですか」

 

 

聞いているだけで鳥肌が立つような囁きが耳朶に触れる。

 

ヒカリとよく似た青い肌に————胸と肩を拘束具のようなプロテクターで覆い、両腕両足には黒いベルトが巻かれている。

 

仮面にも見える顔面にはつり上がった赤い瞳が浮かび上がっており、その凶悪な外見はステラ達にさながら悪魔を連想させた。

 

(まさか……あなた……!)

 

『…………()()()()()()()()()だと……?』

 

信じられないものを目の当たりにし、ヒカリは絞り出すような疑念の声を漏らした。

 

胸部のプロテクターから僅かに露出しているのは、明らかに多くの光の巨人の特徴であるランプの輝き。

 

漂わせている邪悪な雰囲気からは考えたくもないことだが…………眼前にいるこの宇宙人は、紛れもなく自分達と同じ“ウルトラマン”であると判断する他なかった。

 

「こうして話すのは初めて……だったかな?……私の名はトレギア————ウルトラマントレギア」

 

『……“トレギア”……?』

 

胸の奥に引っかかりを覚え、ヒカリは告げられた名前を復唱した。

 

……どこかで聞いたことのある名だった。それも随分と昔に。

 

(…………それで?光の国の住人がどうしてこんなところにいるのか、聞かせてくれる?)

 

ヒカリの体内に同化しているステラが棘のある物言いでトレギアに尋ねる。

 

奴は背後で腕を組むと、聞く限りでは紳士的な態度で返答してきた。

 

「なに、実はとある研究の一環でね…………少々地球人達には協力をしてもらっていたんだ」

 

(協力……?ふざけるのも大概にしなさいよ。あなたはあの教会で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「おや……気付いていたのか?」

 

…………教会に渦巻いていたまとわりつくような冷たい空気。あれは恐らく、あの場所に出入りしている人間から滲み出たマイナスエネルギーが残留したもの。そう考えれば以前戦った怪獣から感じた妙な気配にも合点がいく。

 

こいつは……トレギアは……人間から吸い取ったマイナスエネルギーを材料にして、怪獣を模した戦闘人形を量産していたんだ。

 

間違いない。奴こそが新たに起きた怪獣騒ぎの黒幕。

 

『“ウルトラ教”という集団も……怪獣を生み出すために作った言わば工場のようなものというわけか』

 

「ふふふ……察しがいいな。さすがは宇宙に名を馳せたコンビ————おっと、広まっていたのは悪名の方だったかな?」

 

いちいち神経を逆撫でしてくるトレギアの言動に、ステラは静かな怒りを燃やす。

 

「『光の巨人を教祖とした教団』……いい舞台設定だろう?一度ウルトラマンに命を救われた人間どもを利用する際に、これ以上に効率的な手段はなかった」

 

若々しくも闇を帯びた声音で奴は言う。

 

「だが地球人にとっても悪い話ではないと思わないかい?……マイナスエネルギーとは生命の悩みや不安、負の感情そのものだ。それを取り除き、希望を抱かせるという点では……彼らにとっても救いになっている。つまりはWin-Winの関係ということさ」

 

(その気色悪い抗弁を今すぐやめろ)

 

ステラが歯を軋ませると同時に、ヒカリの右腕に装着されていた“ナイトブレス”から黄金色の直剣が伸びた。

 

(この星はあなたの実験場じゃない。私利私欲のために誰かの心を悪用するなんて……どんなに大層な目的があろうとも許されることじゃないのよ)

 

ぐつぐつと激情が煮えたぎるのを感じる。

 

……負の感情だって自分を形作る大切な心の一部だ。それを弄び、利用するなんて……到底見過ごせるものじゃない。

 

人の弱みに付け入る、卑劣な悪意。

 

(……“ミライ”という名前も、どうせわたし達をおびき寄せるために名乗っていたんでしょう)

 

「否定はしないが…………それだけじゃない。これから作り上げる新しい世界の創造主となるのに…………その名が相応しいと思ったのさ」

 

(そんな……わけのわからないことのために————)

 

抑えていた感情が一気に溢れる。

 

記憶の中心でいつも無邪気に笑っている少年の顔。

 

 

(————()()()を騙ったのかッッ!!!!)

 

右腕から伸ばした刃を構えながら、ウルトラマンヒカリは衝撃波が拡散するほどの速度でトレギアへと突貫。

 

 

 

「ふふっ……。おいで…………お嬢さん」

 

激昂するステラを面白がるように鼻で笑いをこぼすと…………奴は両手を広げ、自ら招くような調子で言った。

 

(……ッ!!)

 

縦横無尽に空を飛翔しながら、光の剣————ナイトビームブレードを幾度も振り下ろす。

 

しなやかな動きと共に放たれた正確な斬撃は余すことなくトレギアへと収束していくが、奴はその全てを緩急の激しい不規則な動作を以て回避してみせた。

 

一見めちゃくちゃに身体を動かすことで偶然攻撃を避けているようにも感じるが、奴はこちらの細かな挙動を瞬時に分析することで剣の軌道を予測しているのだとすぐにわかった。

 

(まるで実体のない……亡霊と戦ってるみたい)

 

やはり相当場数を踏んでいる様子だ。そう容易くダメージを与えさせてはくれないだろう。

 

…………だが、

 

『俺達も……数々の戦いを乗り越えてここにいるんだ!!』

 

ヒカリとの同調を極限まで高めながら、ステラはトレギアの見せる一挙一動に目を凝らす。

 

奴はあくまでこちらの動きを分析することで導き出した“予測”に沿って行動しているだけだ。裏をかくこと自体はそう難しいことじゃない。

 

「…………!」

 

トレギアの胴体めがけて振り下ろした光の刃を()()()()()、見えない剣で切り裂くような挙動を奴に見せつける。

 

(ふっ……!!)

 

直後に素早くブレードを再展開。返す刃で胸のプロテクター部分に深い斬撃を刻み込んだ。

 

 

「はははっ…………やるじゃないか。さすがは“狩人”……アークボガールを葬っただけのことはある」

 

攻撃を受けた胸部に触れながら、余裕を保ったまま邪悪な巨人が語りかけてくる。

 

…………かつての討伐任務のことまで知っているとは。

 

奴の口振りから考えて、地球での出来事以外にも自分達に関する情報は網羅されていると思った方がいいだろう。

 

(降参するなら今のうちよ。戦いが長引けば……イライラして命まで奪いかねないから)

 

「おやおや……レディがそのような言葉遣いをしてはいけませんよ」

 

(————まずは減らない口が付いてる頭を落とそうかしら。ヒカリ、()()()()()()はあるわよね?)

 

『一つだけ余分に持ってきている』

 

(じゃあ問題ないわね。……この腐れ変態仮面野郎、ズタズタに引き裂いてやるから)

 

「まったく、品がないお嬢さんだ……」

 

あくまで穏やかな口調を崩そうとしないトレギア。

 

自分にナイトビームブレードの先端を突きつけるヒカリを舐めるように眺めた後、奴はため息交じりに口にした。

 

 

「……ああ、本当に惜しいよヒカリ。その少女と出会う事さえなければ…………今でも“ツルギ”のままでいたなら…………君は()()()()()()()辿()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『何を言っているのかさっぱりだな。……悪いが俺もステラと同様、貴様と会話をする気はない』

 

「なぜそんな小娘にこだわる?ボガールに食われていたかもしれない有象無象を。君はとっくに……彼女がいなくとも実体化できるじゃないか」

 

『貴様には理解できないことだろうな。俺とステラを結ぶ…………この絆は』

 

「………………絆、ね。それが君達をそこまで昇華させた力の源というわけだ」

 

赤い眼光がヒカリを射抜く。

 

「だが私はもっと強いものを知っている。……当ててみるかい?」

 

刹那、トレギアの全身から……おびただしい程のドス黒い“光”が放出し始めた。

 

(……っ……“十の光”……!!)

 

『気をつけろステラ!!』

 

ビリビリと空気を通して伝わってくる禍々しい波動を肌で感じ取り、ヒカリは反射的に防御の姿勢をとろうとする。

 

トレギアが大きく両腕を広げると魔法陣のような赤い紋様が宙に浮かび上がり、同時に奴の手に凄まじいエネルギーが集中した。

 

 

 

 

 

 

「それはね——————孤独な者の“叫び”さ」

 

 

 

 

 

『(……………………ッ!?)』

 

 

奴が腕を突き出した直後、青黒い稲妻を纏った破壊光線が爆発的な勢いと共に解放。

 

前方に浮遊していたヒカリのもとへ一直線に伸び————瞬く間にその蒼い身体を飲み込んでしまった。

 




まさかの怪獣リングならぬ星人リングが登場。(商品としてのバルタン星人リングは食玩で発売されてましたね)
そして今作が始動して以来最もトレギアがトレギアしてる……。奴は今後も実力的には結構な強キャラとして描いていくつもりです。

さーて…………次回はようやくあの人が出せるかな……?


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第25話 覇者は遅れてやってくる


思ってたより戦闘回が長引いてますね……。
これも全てトレギアって奴の仕業なんだ。


『————ッ!』

 

 

頭の天辺からつま先に至るまでの感覚を研ぎ澄ませ、全ての意識を回避に費やす。

 

仮面の悪魔が放つ破壊光線の力は想像を遥かに超えていた。恐らく奴自身が宿している“十の光”によって威力が桁違いに底上げされているのだろう。

 

(……う……っ……!)

 

『大丈夫か?』

 

(……余裕よ……!!)

 

ステラとヒカリは軋む身体を叩き起こしながら、悪魔————トレギアが繰り出す禍々しい稲妻の軌道を必死に捉えた。

 

先ほど直撃を受けてしまったことで大半の体力を削られてしまった。

 

このまま避け続けるだけではダメだ。耐久戦になれば先に潰れるのはこっち————!

 

「おやおやどうした……!?一方的過ぎては味気がないだろう!!」

 

(————!!)

 

ドス黒い光を身体にまといながら高速で飛翔を続けるトレギアを正面に見据える。

 

奴が再び光線を放つための予備動作に入ったのを逃さず、ヒカリもまた右腕に備わっているアイテム————“ナイトブレス”を天高く掲げて必殺技を撃つためのエネルギーを集束させた。

 

 

「ハァアアアア…………ッ!!」

 

『……っ……』

 

トレギアの両腕から撃ち出された青黒い稲妻と十字に組まれたヒカリの手から伸びた蒼い光線が2人の間で衝突し、せめぎ合いを起こす。

 

素の力は互角に等しい。が、“十の光”でブーストされているトレギアの攻撃は計り知れない。

 

徐々に侵食されていく蒼い光を視認したヒカリは即座に周囲に視線を走らせ逃げ道を定めると、奴の放った稲妻が自分達のもとへ到達する前にその場から離脱した。

 

 

「ふぅ…………さすがに粘るな」

 

(……精々余裕ぶってなさい)

 

『この程度の窮地……俺達はいくつもくぐり抜けてきた』

 

亡霊のような雰囲気を滲ませている巨人を睨む。

 

悔しいが……今の自分達の実力では奴に一歩届かない。だが決め手が作れないわけではない。

 

格上が相手なら、それはそれでやりようは幾らでもある。これまでだってそうしてきた。

 

単純な戦闘能力では……黒い鎧を着た()()や、闇の皇帝の方がずっと強かった。

 

 

諦めず敵を捕捉し続けろ。その先に必ず、活路は現れる。

 

「おっと……向こうも始めるようだね」

 

(……?)

 

不意にトレギアが視線を向けた先を見やる。

 

(なっ…………!?)

 

『……まずいな』

 

直後、ステラとヒカリは揃って驚愕の声を漏らした。

 

自分達が浮遊している位置の真下。ウルトラ教の教会がある場所に降り立つ————二本角の巨人の姿が、そこにあったのだ。

 

(あのバカどうして……!)

 

『……!避けろ!!』

 

ヒカリの呼びかけで意識を前に戻し、直後に迫った稲妻をギリギリのところで回避。

 

「よそ見はしないでもらいたいな。悲しくなるだろう?」

 

絶えることのない闇のオーラを放出しているトレギアが弾むような声で言う。

 

……抜かった。奴の本当の目的は、自分達をここに留めてタイガ達のもとへ向かうのを妨害すること。

 

いつまでも手心を加えるような戦い方をして、時間を稼ぐつもりだ。

 

 

(本当に……手間のかかる奴……なんだから……っ!!)

 

ここに来る際あまりにも冷静さを失いすぎていた。タイガ達が自分達の後を追ってくる可能性は十分考えられたのに…………結果的に敵の思惑通りに事が運んでしまっている。

 

この場で一番しっかりしなくちゃいけないのは、自分達なのに……。

 

『落ち着けステラ』

 

(……落ち着いてるわよ)

 

再びナイトブレスから剣を形成し、トレギアへと構える。

 

時間稼ぎに付き合うつもりはない。速攻で奴を打ち倒して、すぐにタイガ達のところへ向かう。

 

彼らに戦わせてはいけない。

 

 

(わたし達がここにいる以上……あなた達が傷つく必要なんて、ないんだから……っ!)

 

 

◉◉◉

 

 

————わけがわからなかった。

 

戸惑いに支配された心を抱えたまま春馬はタイガの姿へと変身し、銀髪の少女が()()()()()異形の存在と対峙する。

 

 

「フォ——◼︎◼︎フォ◼︎◼︎——◼︎◼︎フォ」

 

 

セミを人の形に引き伸ばしたような外見と、両腕に備わっている巨大なハサミ。加えて発している鳴き声は不気味に笑いを漏らしているようにも聞こえる。

 

これまで相対してきた怪獣とは明らかに違う。むしろ自分達と同じような…………知的生命体に極めて近い印象を覚える。

 

『宇宙忍者……バルタン星人』

 

(宇宙……忍者?ていうか“星人”って……!もしかして宇宙人なの!?)

 

『……いや。確かに多少雰囲気は異なるが……本質は今までの怪獣達とそう変わらない。私達を始末するために生み出された人形だろう』

 

まるでそうプログラムされているかのようにひたすら笑い声を大気に響かせているバルタン星人を観察した後、タイタスは落ち着いた調子でそう結論付けた。

 

……人形だって?今目の前にいるこれが?

 

今までもそうだったが……とてつもない、寒気を感じるほどの精巧さ。生物らしい気配は薄いはずなのに……一目見ただけでは血の通っている生命体と何ら見分けがつかない。

 

 

——いや、それよりもだ。このバルタン星人を召喚した少女はいったい何者なんだ。

 

自分達の持つタイガスパークとよく似たアイテムで奴を呼び出していたように見えた。本当に彼女がこれまでの怪獣騒ぎを手引きしていた黒幕だったというのか?

 

(……ああっ、ダメだ!全然整理がつかない!!)

 

『深く考えるのは後にしろ春馬!まずは出てきたモンを片付けるぞ!』

 

(わ、わかった!)

 

タイガと呼応し合い、彼の身体が駆け出すと同時に春馬自身の意識も前方に佇んでいる標的へと向けられる。

 

今自分はウルトラマンタイガとして大地に立っているんだ。ならばやるべきことは一つ。

 

相手が怪獣だろうが、宇宙人だろうが——————この街を、星を、脅かす奴らは許さない。

 

 

(やああああっ!!)

 

タイガの肉体を操作して思い切り拳を引き絞る。

 

ぎょろりとした昆虫のような瞳のある顔面へ、迷うことなく渾身の右ストレートを撃ち放った。

 

(————あれっ!?)

 

が、直撃するというところでバルタン星人の姿は()()()()()()、行き場を失ったタイガの手は空気を殴りつける。

 

瞬時に異変を感じ取ったタイガは即座に体勢を立て直して周囲への警戒を強めると、

 

『くそっ……!いきなりかよ!』

 

()()()()()()()()()()()()()()()()、心底面倒そうに悪態を吐いた。

 

分身能力————バルタン星人達が“宇宙忍者”などという別名で呼ばれている所以のひとつだ。本物の彼らを相手にした際も必ずと言っていいほど対策が必須な力。

 

(こ、こんな能力が……!?囲まれちゃうよ!!)

 

『わかってる!……あいつらの弱点はスペシウム————ウルトラマンの光線に含まれている元素。つまりは奴にとって、俺達は天敵のはず!』

 

次々と分身体を生成するバルタン星人へ十字に組んだ腕を向け、“スワローバレット”を掃射。

 

「フォ◼︎◼︎フォ◼︎◼︎◼︎◼︎フォ」

 

無数の光弾が奴の道を塞ぎ、青く透き通った残像が足を止めた瞬間を狙って再び大地を蹴る。

 

『(はあっ!!)』

 

巨大なハサミによる攻撃を避けながら肉薄し、青白い身体に飛びかかるとマウントポジションから打撃を浴びせていった。

 

前に戦った時よりもさらに磨きがかかった動き。タイガと、彼と一体化している春馬自身も当初と比べて格段に戦闘センスと判断力が付いてきている。

 

「◼︎◼︎フォ◼︎◼︎——フォ」

 

しかし敵もやられたままではない。

 

バルタン星人は自らの両腕にあるハサミを大きく開くと、その中から噴水のように勢いよく光線を発射してきた。

 

『ぐおっ……!!』

 

白色の光は覆い被さっていたタイガの腹部に着弾し、彼の身体を容易く後方へ吹き飛ばしてしまう。

 

(つ……ぅ——!)

 

巨体が倒れ込むと共に道路に生まれるクレーター。

 

タイガが受けた激痛が同化している春馬にも伝わってくる。

 

……恐ろしいほどの破壊力。やはり今回も、何か“別の力”で強化されているようだ。

 

『この前みたいに連戦を強いられたら面倒だ。無駄にエネルギーは消費できない……!』

 

(怪獣の指輪を使おう!短期決戦は基本にしなくちゃ!)

 

タイガの()()に存在する空間に立つ春馬が左手の拳を突き出した直後、彼の中指に黒い霧を帯びた指輪が出現。

 

(ふ————っ!!)

 

使用後に押し寄せてくるであろう苦痛に備えるように息を止めた後、春馬は右手にあるタイガスパークと指輪を重ね——————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    『やめろッッ!!!!』

 

 

 

 

(が……っ……ぁ……!?)

 

《グエバッサーリング!エンゲージ!!》

 

彼が指輪の力を発動してすぐ、タイガの身体は糸の切れた人形の如く地面に崩れ落ちた。

 

『なん……だ……!?』

 

全身が麻痺したかのようにあらゆる感覚が薄くなっていく。

 

『……っ……待てタイガ、春馬の様子がおかしい!』

 

『春馬……!?おい、どうかしたのか!?』

 

 

(あ……うぅ……!!)

 

頭の中が粉砕されていく。ぐちゃぐちゃにかき回されてるみたいだ。

 

これまでの何十倍にも勝る——今にも発狂してしまいそうな程の激痛が迸り、春馬は唸るような悲鳴を上げていた。

 

『……まさか、怪獣の指輪の影響ではないだろうな?』

 

『はあっ……!?』

 

(……っ)

 

不意に指摘したタイタスと、頭を押さえながら苦しみに表情を歪ませている春馬にタイガの意識が交互に向けられる。

 

『おいタイタス……どういうことだよ?』

 

『いや、確証があるわけではないが……今春馬が指輪を使用した瞬間、彼の脳波に妙な変化が起こったように……』

 

『妙な変化って……!だって、今まではそんなこと————!』

 

そう返しかけてふと思う。本当に今までは平気だったと言えるのかと。

 

悪い予感がじわじわとせり上がってくる。

 

タイガは息を呑むと、一体化している少年に向けて震える声音で問いかけた。

 

『……春馬。その指輪を使う時、何か異変を感じるか?』

 

(……それ、は……っ……)

 

掠れた声を漏らしながら返答するのに戸惑っている様子の春馬を見て、とうとう恐れていた予想が的中してしまったと理解する。

 

『お前……!なんでそんな大事なことを黙ってたんだよ!!』

 

(だっ……て……!言ったら……君はもう指輪を使おうとしないだろう……!?)

 

『はぁ……!?当たり前だろ!!』

 

(それじゃあ……ダメなんだよ……!!)

 

『なにを言って————!!』

 

 

 

「フォ」

 

 

『……ッ!!』

 

いつの間にか眼前まで距離を詰めてきていたバルタン星人の瞳が視界に入り、慌てて防御の姿勢へ移ろうとする。

 

『(がっ……!!)』

 

しかしあと一歩のところでタイミングが遅れてしまった。

 

ハサミの中から解放された光の塊がタイガの肉体を花火のように打ち上げ、背後にあった高層ビルを巻き込みながら確実にダメージを刻み込む。

 

(ぐっ……ぅ……!!)

 

春馬は必死に怪獣の力を使おうと身体に力を込めるが、以前のように強力な技が出ることはなかった。

 

指輪による必殺技が使えない。この事実は春馬にとって存在意義にも関わる深刻な問題であった。

 

 

(なんで……どうして……!?なんで技が出せないんだ……!?)

 

いつものようにタイガスパークを通して指輪に秘められた力を引き出したはずなのに。技が発動するどころか、なんとかしようと全身に力を入れれば入れるほど身体中に激痛と痺れが広がっていく。

 

タイガ達の足を引っ張ってしまっている。ウルトラマンとして戦わなくてはいけないのに。

 

 

光を授かった者として……みんなのために——————!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あわわわわわわわ…………っ!!!!」

 

次々に引き起こされる大地の揺れと建物が倒壊する騒音に驚き、思わず尻もちをついてしまう。

 

たった今ウルトラ教の教会に到着した少女——かすみは数十メートル先の街中で戦闘を繰り広げている宇宙人達を見上げ、既視感を覚えながらも青ざめた顔でその様子を見守っていた。

 

「やっぱり春馬先輩の後を追うのはやめた方がよかったかな……?」

 

視線を移した先に見えた中庭へ向かい、遠方に見える巨人の武運を祈るように両手を組む。苦戦を強いられているタイガが攻撃を受ける度に背筋がひやりとした。

 

先輩のお役に立てれば、と駆けつけてきたものの…………戦闘が始まってしまえば自分にできることは何もない。なんとも歯痒い。

 

「——ああっ!先輩達がやられちゃう……!!」

 

宇宙人の猛攻に膝をついてしまったタイガを見て、かすみは一層落ち着きを失った様子でその場を右往左往する。

 

このままでは本当に彼らの身が危ない。遠くから眺めているだけの彼女にもそれだけは理解できた。

 

 

 

 

『——おい、嬢ちゃん!』

 

「……へ?」

 

その時、どこからともなく軽い口調の声が聞こえてきた。

 

おろおろと忙しなく動かしていた足を止め、かすみは辺りを見渡してその主を探そうとする。

 

『嬢ちゃん、俺の声が聞こえるか!?』

 

「えっ?えっ?かすみんのことですか……?」

 

『かす……?……とにかく下を見ろ!近くにアクセサリーが落ちてないか!?』

 

「アクセサリー……?」

 

ふと草木が茂っている地面に目を落とすと、確かに数歩移動した先に何やら銀色の輝きが確認できた。

 

恐る恐るその場所へ向かい、草を掻き分けて落ちていた物体を拾い上げる。

 

「……!こ、これって……!!」

 

掴み取ったのは、異星人の顔が彫り込まれた“キーホルダー”だった。

 

『ヘヘっ……ついてるぜ!あの子供、()()落としたことに気づかないまま何処かに行っちまいやがった!』

 

「ま、ままままさか……!あなたもウルトラマンさんですかぁ!?」

 

『お?知ってるのか!?なんて幸運な日だ!話が早くて助かるぜ!——ちょっくら借りるぞ!!』

 

「ふぇ……!?」

 

手にしていたキーホルダーが青みがかった光を放つ。

 

直後、かすみは深い谷底へ落ちていくような感覚に陥り————次に意識を取り戻した時には、肉体の自由が利かなくなっていた。

 

 

「……おおっし!身体を持てるなんて久方ぶりだ!」

 

(えっ……!?勝手に喋って————あれ!?声が出ない!!)

 

「ああ悪いな。今は俺が()()()()()()()

 

(ど、どどどどどういうことぉ!?)

 

「さて、あいつらはっと……」

 

慌てふためくかすみを横目に、彼女の肉体の主導権を掌握した何者かは手を丸めて双眼鏡の形を作ると、遠くの方で激しくぶつかり合っている巨人達へ目線を合わせた。

 

「待ってろよォ……!これまでの鬱憤を晴らしまくってやるぜ!」

 

(うわぁ!?)

 

かすみの矮躯が驚異的な跳躍力を発揮し、外壁を飛び越えそのままの勢いを維持したまま風のような速度で街を駆け出す。

 

地球人では考えられない身体能力。それはさながら————ウルトラマン(超人)を思わせるものだった。

 

 

◉◉◉

 

 

「フォ◼︎◼︎フォフォ◼︎◼︎◼︎◼︎」

 

 

(ぐ…………)

 

防御と回避に集中することでなんとかある程度の感覚が戻ってくるまで耐えることができた。

 

……だが反撃に移れるほど素早い動きはできない。

 

(……タイガ、タイタス……ごめん)

 

『今はそんなこと……!言ってる場合じゃないだろッ!!』

 

バルタン星人の繰り出す破壊光線を必死に避けながら、タイガは春馬に叱咤する。

 

(でも俺のせいで……)

 

『謝らなくちゃいけないのは……俺の方だ……!』

 

(え……?)

 

苦しそうな声でそう言ったタイガに、思わずきょとんとした表情を浮かべる。

 

彼は数秒間黙り込んだ後、決心したように語気を強めて語り出した。

 

『……“怪獣の力を使えば早く戦いを終わらせることができるかもしれない”。そう思わせてしまったのは全部俺の責任だ。俺が力不足で……頼りないから』

 

(ちがっ……!そんなつもりじゃ——!!)

 

『それに春馬…………俺はお前の意思を蔑ろにしてしまっていた』

 

(俺の……意思?)

 

『ああ』

 

同化している春馬に言葉を投げかけながら、タイガは思う。自分は今まで……無意識に彼のことを変身するための媒介としか思っていなかったのではないかと。

 

自分でも地球を守り抜ける…………兄弟子や父のような力があると証明するための、体のいい道具として。

 

『お前だって……1人の人間なのに。俺はそれがわかっていなかった』

 

(……!そんなの…………そんなの、俺だって同じだ!!)

 

細々と悔恨の念を呟くタイガに、反論するように春馬も叫ぶ。

 

(ウルトラマンになれたんだって、無邪気にはしゃいで……自分の理想を叶えるための手段としてしか、君を見ていなかった……!!)

 

互いの奥底に隠れていた、本当の気持ちが流れ出ていく。もっと前に伝えなくてはいけなかった言葉が。

 

(でも……そうじゃないんだよね。君は確かにウルトラマンだけど…………“タイガ”でもあるんだから!!)

 

『……っ……そうだ、そうだよ……!!』

 

 

「フォ◼︎◼︎」

 

振り下ろされたハサミを両腕で受け止め、足腰に全体重をかけて踏ん張りながらタイガは言う。

 

『俺は“タイガ”で……お前は“春馬”……!そこだけは絶対に……忘れちゃいけないことだった……ッ!!』

 

軋む身体を捻り、がら空きになっていたバルタン星人の腹部に重い打撃を叩き込む。

 

(うん……!俺達は一緒に……地球を守るって決めた!……相棒(バディ)だから!)

 

……ふと、以前ステラから言われたことがよぎった。

 

「総意をはっきりさせた方がいい」と口にした彼女には、春馬達の“見えない不安定さ”が全てわかっていたのかもしれない。

 

でも今なら断言できる。自分達の進む場所は一つであると。

 

 

『俺達はみんなで……戦い続ける!』

 

(それが……俺達の挑戦!!)

 

突き出していた拳を引き、即座にバルタン星人に蹴りをねじ込みながら反動を利用して距離をとった。

 

……まだやれる。この星は————自分達の手で守り抜くんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————盛り上がっているところ申し訳ねえが」

 

(え?)

 

『うおっ!?』

 

耳元で聞こえた囁きに驚き、タイガの巨体がびくりと跳ねる。

 

肩に誰かが乗っている感覚。

 

春馬はタイガの視界を通して見えた人物を視認し、その信じられない光景に大きく目を見開いた。

 

(か、かすみちゃん!?どうしてそんなところに!?)

 

「ん?あー……兄ちゃんがあいつらと一体化してる地球人か」

 

声のトーンはかすみ本人のものだが……口調は普段の彼女とはまるで違う。

 

別の誰かが彼女に乗り移っているような…………そんな雰囲気を漂わせていた。

 

「……っと、ここにいちゃ嬢ちゃんが危ねえな」

 

そう言ってかすみはタイガの肩から飛び降りると、傍らにあったビルの屋上にスマートな着地をしてみせた。

 

「さて————こいつを受け取れ兄ちゃん!!」

 

(えっ……!?)

 

直後、思い切り振りかぶった彼女はタイガの胸元めがけて銀色に輝く“何か”を放り投げる。

 

(これは……)

 

カラータイマーから体内に侵入してきたそれは春馬の手の中に降り立ち、やがて眩い光を放ちながら()()()()()()()()

 

 

『————ようお前ら!久しぶりだな!』

 

『なあ……っ!?お前……フーマか!?』

 

『今まで一体どこにいたのだ……!?』

 

(ええっ!?この人が!?)

 

手中にある銀色のアクセサリー————タイガやタイタスのものとよく似たキーホルダーに視線を落とし、春馬は幾度目かの驚愕の声を上げる。

 

フーマ…………タイガとタイタスの仲間。トライスクワッド最後の1人……!

 

『細かいことは後にして、俺に代わってくれよ!こちとら早く暴れたくてうずうずしてたんだ!————兄ちゃん、やり方はわかるな?』

 

(え?は、はい!)

 

 

《カモン!》

 

ほとんど流される形でタイガスパークのレバーを下げ、左手に握っていたキーホルダーを掲げる。

 

『よっしゃ行くぜ兄ちゃん!俺は風の覇者……“フーマ”だ!!』

 

(……あれ?“覇者”?)

 

『あ?どうかしたか?』

 

(う、ううん!なんでも!)

 

引っかかった疑問を飲み込み、気を取り直して春馬は高らかに声を張る。

 

(ようし……!いきなり過ぎてよくわからないけど……!——風の覇者、フーマ!)

 

手甲を装着した右手へキーホルダーを握り直し、天を突くように腕を上げた。

 

(バディィィイイ……!!——ゴーッ!!)

 

 

 

 

 

 

《ウルトラマンフーマ!!》

 

 

 

 

 

 

 

バルタン星人の光線によって焼かれ、火の粉が舞っていた街に一陣の風が吹き抜ける。

 

タイガやタイタスと変わらない巨体。しかしその青い戦士は————彼らよりもずっと、軽やかに見えた。

 

『セイヤッチ……!』

 

細身でありながら決して弱々しくはない。

 

周囲の景色と紛れるような静かな佇まいは見る者に忍者を連想させた。

 

『ふっ……バルタン星人か。忍術対決と洒落込むかい?』

 

青い巨人の手に光で構成された手裏剣が現れる。

 

目の前に立っていた敵……バルタン星人が攻撃の動作を見せるよりも速く、

 

 

『——さあ、ぶっ飛ばすぜ……!!』

 

ウルトラマンフーマは、疾風の如きスピードでその背後へと回り込んだ。

 

 




キーホルダー配達係と化したかすかす。ということで満を辞してフーマの登場です!!
もう少し早く出せればよかったんですけどね……。

ラブライブパートも進めたいところですが、もう少しだけ戦闘回が続きます()


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第26話 よろしくお願いします


普段よりかなり文字数が増えてしまいましたが、なんとか今回で戦闘回を区切ることができました()


『フッ……!セイッ!ヤアアアアッ!!』

 

その体長からは考えられないほどの速度を以て東京の街を疾駆。

 

まさに風そのものとしか例えようのない身軽さと多様な技を駆使しながら、青き戦士————フーマは翻弄されるバルタン星人を嘲笑うように絶え間なく鋭い攻撃を浴びせ続けた。

 

(うわわわわわわわ…………っ!?)

 

一体化している春馬も混乱しそうになるほどのスピード。タイガやタイタスとはタイプがまるで違う。荒馬に乗っているかのようだ。

 

『おっと、平気か?速度落とそうか?』

 

(ぜんっ……ぜん大丈夫!もっと上げてもいいよ!必ず付いて行くから!!)

 

『そうこなくっちゃ!気に入ったぜ兄ちゃん!』

 

生成した光の手裏剣を途切れることなくバルタン星人へ投擲しながら、フーマはさらに移動速度を上昇させていく。

 

「フォ◼︎◼︎——フォフォ◼︎◼︎」

 

奴も応戦しようとハサミから光線を射出してくるが、フーマの前ではそれも無意味。

 

残像すらも撃ち落せないまま体力は徐々に削られていき、このままでは敗北すると判断したのかやがて奴は攻撃手段を変えようとしてきた。

 

「フォ」

 

『……!おっと……!?』

 

突然遠距離からの攻撃を止めたバルタン星人はハサミを掲げ、青白い分身体を20体ほど形成。フーマを囲むようにして宙へと浮かび上がる。

 

(また分身……!)

 

『安心しろ、これくらいは想定内だ。……兄ちゃん、名前は?』

 

(えっ?追風春馬です……)

 

前触れもなく名を尋ねてきたことに戸惑いつつも、春馬は咄嗟に返答する。

 

『オーケー春馬。覚えた』

 

フーマはその場で何度か小さく跳躍した後、腰を低く構えると——————

 

『——ついて来いよォ!』

 

(うわっ————!?)

 

同化している春馬でさえも認識しきれない速度の飛翔を開始した。

 

 

「「「「「「フォ◼︎◼︎」」」」」」

 

円を描いて増殖していたバルタン星人のハサミが一斉に中心へと向けられ、網を作るかのような軌道で光線を発射。

 

フーマの残像をすり抜けて道路に着弾した直後、コンクリートに巨大な氷柱がせり上がる。

 

(なんだ……あれ……!?)

 

『凍結光線か。あいつ……まずは俺達の足を止める気だな。戦い方を変えてきやがった』

 

そう冷静に分析しながらフーマは正確な動きで光線を回避し、両手に作り出した光の手裏剣を使ってバルタン星人の分身を一体ずつ切り裂いていく。

 

『だが…………当たらなければ意味ねえぜ!!』

 

嵐すらも生ぬるく思えるような暴風が街の上空に巻き起こる。

 

幾つもの残像が宙を乱舞し、精密且つ捉えきれない動作で風車状の刃が撃ち放たれた。

 

「フォ」

 

「フォ」

 

「◼︎◼︎」

 

「フォ◼︎」

 

「◼︎」

 

ノイズがかった短い断末魔を漏らしながら次々と消滅していく分身体。

 

残すところあと2体。そのうち片方が奴の本体だ。

 

『さぁて……景気付けにデカイのいっとくかぁ!』

 

無数の残像を置き去りにしていたフーマが空中で停止し、正面に見える2体のバルタン星人に向けて大きく両腕を回転させた後タイガスパークを装着した右手を引き絞る。

 

『決めるぞ春馬!お前も叫べ!』

 

(わかった!)

 

手甲に集中したエネルギーが手裏剣の形状を成し、力を込めると共に巨大化。

 

高速回転しながら莫大に膨れ上がった光の刃を振り上げ、前方にいるバルタン星人達めがけて全力解放した。

 

 

『(“極星光波手裏剣(きょくせいこうはしゅりけん)”ッッ!!!!)』

 

フーマと春馬の精神が重なる。

 

外と内、完全にシンクロした動きによって放たれた巨大な手裏剣は一直線に標的の胴体を両断。分身体を消滅させる。

 

「フォ◼︎————」

 

回転する刃は勢いを失わないまま背後にいた本体の肉体も深く抉り、無機質な鳴き声と同時に衝撃波が拡散。バルタン星人は跡形もなく消え去った。

 

 

 

『ふぅ……。すっきりした』

 

異形の存在が無くなった東京の街に青い巨人が肩を回しながらゆっくりと降り立つ。

 

(…………)

 

春馬はフーマの中でぽかんとした表情を浮かべると、何かに感激するように全身を細かく震わせていた。

 

(す……す……す…………!)

 

『ん?どうかしたか春馬————』

 

(すっごいや!!!!)

 

『うおおっ!?』

 

突然頭の中で響いた大声にフーマは思わず身を仰け反らせる。

 

(すっごく速かったね!!風みたいにビュンッって飛んで、手裏剣をシュッて!!あっという間に勝負がついちゃった!!)

 

『え?……へへっ……まあ、これぐらいは朝飯前よ。その気になれば2秒で終わらせるぜ?』

 

(本当に!?あははっ!最高の仲間ばかりだ!!ねえタイガ?)

 

『おい、あんまり褒めるなよ春馬。すぐ調子に乗るからなこいつ』

 

『はぁ?オメーに言われたかねえっつの』

 

『なにぃ?』

 

『お?なんだやるか?』

 

『落ち着け2人共。せっかく全員揃ったんだ…………まずはその喜びを分かち合おうじゃないか』

 

照れ隠しのつもりなのか、出会ってすぐに啀み合いを見せるタイガとフーマを微笑ましそうに春馬は眺める。

 

それにしても何となく予想はしていたが……2人をまとめようとする辺りタイタスが1番の年長者らしい。

 

3人が揃うことで織り成される絶妙なバランス。これがトライスクワッド————これから共に戦っていく仲間達。

 

(あっ、そういえばかすみちゃんは……)

 

ふと横に視線をずらすと、付近のビルの屋上で目を回しながら倒れてしまっている後輩の姿が視界に入る。

 

『ちょいと驚かせすぎちまったか……』

 

(あはは……。ここまで君を届けてくれたかすみちゃんにもお礼を言わなくちゃだね)

 

彼女がフーマに身体を貸してくれなければ今頃自分達はどうなっていたことやら。

 

……よくよく考えてみれば、これまでの戦いだって偶然相性が良かった相手に運良く勝ち星を上げられただけだ。ステラが言った通り命の危機に瀕したことだってある。

 

トライスクワッドが集結して戦術の幅が広がったからといって安心してはいけない。

 

もっと強く、どんな怪獣や宇宙人が現れても必ず勝てるくらいの力をつけなくてはならないのだから。

 

 

『……そういや俺達、何か忘れてないか?』

 

(え?)

 

不意にタイガが口にした言葉に首を傾ける。

 

忘れていること……。……そういえば、自分達はどうしてウルトラ教に向かって——————

 

(…………ああっ!!そうだ、ステラ姐さん——————!!)

 

 

 

 

 

 

(避けてッ!!)

 

上空から降ってきた少女の叫びが耳に入り、フーマは反射的に地面を蹴って後方へと退避。

 

その直後、彼が立っていた場所に凄まじい闇のオーラを内包した青黒い稲妻が炸裂した。

 

(……っ!?)

 

『なんっ……だぁ……!?』

 

丸焦げになった道路を見てひやりとしつつも、フーマは空を見上げて何が起こったのか突き止めようとする。

 

空中で何度も交わり火花を散らすふたつの影。

 

(あれは…………?)

 

春馬達が目を凝らしてその光景を眺めていると、やがて片方の影から伸びた光線のようなものがもう一方に直撃し、落下。

 

徐々に近づいてくる影の正体が……タイガ達のような巨人であると気づいた時、

 

(……!危ない……!)

 

春馬は無意識にフーマの肉体を操作して飛び上がると、勢いよく落ちてきた()()()()に向けて大きく腕を広げ、その巨体をしっかりと受け止めた。

 

(ぐぅ……っ!!)

 

『すまない、助かった』

 

(ヒカリに……姐さん!?一体なにが起きて……)

 

抱えていた身体をゆっくりと地に下ろした後、ボロボロのヒカリ達に慌ててそう尋ねる。

 

(……下がってなさい)

 

(えっ……?)

 

(いいから!!————うぐっ……!!)

 

(うわっ!?)

 

春馬達のやりとりを遮るように上空から発射された稲妻が眼前に迫り、咄嗟にヒカリがバリアを展開してそれを防いだ。

 

背後にいたフーマにも衝撃が届くほどの威力。先ほど退けたバルタン星人の光線の比ではない。

 

 

 

 

 

「——おやおやおや……。誰かと思えば……面白そうなメンツが揃っているじゃないか」

 

甘い、囁くような声音が絡み付いてくる。

 

緩やかに下降してくる様は神や天使を連想させたが、()()()()の外見はそのような神秘的なものとは程遠い。

 

仮面の隙間から赤い眼光を覗かせ、戸惑いに満ちた眼差しを向けているフーマ達を品定めするような目で捉えたのは————異様な気配を纏った悪魔だった。

 

「また会えたな、愉快な3人組。トライスクワッド……だったかな?」

 

『……!』

 

『まさか……』

 

『お前、は…………ッ!!』

 

(みんな……?)

 

地上に足をつけた悪魔を一目見た途端にタイガとタイタス、フーマの心が動揺するのを感じ、春馬も思わず身構える。

 

そこにいるだけで空気が震える。奴からはそんな狂気がじわじわと流れ出ていた。

 

(……知ってる人?)

 

『知っているも何も……』

 

『こいつが……俺達が実体を失う原因を作り出した1人だ』

 

(えっ……!?)

 

タイガの言葉を聞いて言葉を失う。

 

まだ未熟な部分があるとはいえ…………この3人が同時にやられたというのか?

 

『ぐ……っ……』

 

唖然としている春馬達を横目に、ヒカリは疲労とダメージで震える足腰に力を込めながら悪魔を睨みつける。

 

しかし、つい先ほどまで激戦を繰り広げていたのだろう。すぐに膝をつきかけてしまう様子からして余力もあと僅かなようだった。

 

()()からの贈り物はもう倒してしまったようだね。なかなか見所があるな」

 

(……!)

 

『やっぱり……お前が黒幕かよ……!』

 

悪魔の口にしたことを理解した瞬間、狼狽えるように春馬の顔が青くなる。

 

ヘルベロス、レッドキング、グエバッサー、バジリス、スキューラ、キングオブモンス、そしてバルタン星人。

 

これまでこの街に出現した怪獣を操っていた者達……。教会で出会った銀髪の少女と、この悪魔がその正体だったんだ。

 

(こいつはウルトラ教の司教……。あの教会で人間から吸い取ったマイナスエネルギーを利用して、怪獣達を作っていたのよ)

 

(司教……って、じゃあ……この人が“ミライ”……!?)

 

(……その名前で呼ぶのはよしなさい。こいつの名前は“トレギア”。ヒカリやタイガ達と同じ……ウルトラマン)

 

(なっ……!!)

 

ステラから発せられた信じ難い事実に春馬は目を剥く。

 

目の前にいるこの男が…………5年前に地球の危機を救った戦士や、相棒と同じ————ウルトラマンだって?

 

「ふふふ……そんなに驚くことではないだろう、少年。君は“ウルトラマン”という存在に少々偏った幻想を持っているようだ」

 

(……!?)

 

今の状況をすぐに飲み込むことができなかった。

 

自分が記憶している“ウルトラマン”は……地球人に寄り添って、共に歩んでくれて……尊敬できる人達。自分もそうなりたいと思える存在だったはずなのに。

 

 

(どうして……怪獣を呼び寄せたんだ?あなたもウルトラマンだっていうなら……なんで街を壊して、人々を苦しめるような真似をしたんだ……?)

 

心の揺らぎから吹き出してきた額の汗を拭いながら、春馬は震える声で悪魔——トレギアへと尋ねる。

 

まだ彼の目的を聞いたわけじゃない。もしかしたら何かやむをえない事情があって怪獣を暴れさせていただけかもしれない。

 

きっとそうに違いない。

 

 

「面白いから」

 

(————え?)

 

「君達と遊ぶのが、面白いから。だから怪獣を暴れさせた」

 

奴はさも当たり前のことを述べるように、些事であると言わんばかりに。

 

春馬の「そうであってくれ」というささやかな望みを……小枝を折るかのように容易く返答してみせた。

 

(は……えっ……?だって……だって、あなたは…………)

 

「ハハッ……これは重症だ。地球人にとって都合のいいことばかりするのがウルトラマンだとでも?」

 

(ち、ちが……!そうじゃ……なくて……!!)

 

「実に歪んでいる……。典型的な地球人の発想だ」

 

(……お、俺は……。俺は……!!)

 

 

 

『(————ッ!!)』

 

刹那、爆発するような勢いと共に光が一閃。

 

「……危ないな急に。不意打ちが君達の流儀なのか?」

 

目にも留まらぬ速さで繰り出された光の剣による斬撃を、トレギアは肘と膝で挟み込むことでしっかりと防いでいた。

 

(さっきから聞いていて気持ちの悪いことばかり……!反吐が出るわ!!)

 

「クハハ……!」

 

振り下ろされるブレードの軌道を先読みするような動きで回避する悪魔。

 

 

『大丈夫だ春馬。……君の憧れが間違っているなんて、私達が言わせない』

 

(え……?)

 

ヒカリとトレギアが近接戦を展開している後ろで呆然と立ち尽くしていたその時、優しげなタイタスの声が聞こえてきた。

 

『そうだ春馬、お前はそのままでいい。確かにウルトラマンにも色んな奴がいるけど…………悪事を働いていい理由なんて、あるわけがないんだからな』

 

(……!)

 

……そうだ。そうじゃないか。自分は何か勘違いをしていた。

 

自分が彼らに憧れたのは、「ウルトラマンだから」じゃない。彼らの在り方が素晴らしいものだと思ったからだ。

 

何も難しいことはない。

 

ちょっぴりプライドが高くて上昇志向の強い“タイガ”。どんな時も落ち着いていて頼りになる“タイタス”。剽軽な態度で空気を和らげてくれる“フーマ”……。

 

同じウルトラマンでも、彼らはそれぞれ自分だけの個性を持っている。それと同じように……“トレギア”も個人として捉えるべきだった。

 

重要なのは……一重にその人が「何をしているのか」ということ。

 

(……みんなを助けて、他の誰かにも尊敬されるようなことを。それが……俺の成りたい“俺”!——タイガ!!)

 

『ああっ!』

 

《カモン!》

 

《ウルトラマンタイガ!!》

 

フーマの身体が眩い光に包まれ、瞬く間にその姿がタイガへと変化。その場から駆け出してトレギアのもとへ向かう。

 

『(はあっ!!)』

 

「おっと……?」

 

ヒカリと挟み撃ちをするようにトレギアの背後に回り、拳による打撃を次々と奴へ突き出していく。

 

「ふははははっ……面白い……!いいだろう、纏めてかかってくるといい!!」

 

(バカッ……!下がりなさい!!あなた達の敵う相手じゃない!!)

 

『……!ステラ!』

 

「っ……!しまっ————!」

 

意識を欠いた一瞬の隙を掻い潜って放たれたトレギアの蹴りが腹部に炸裂し、ヒカリは堪らず後方へ吹き飛ばされてしまう。

 

(ぐっ……ぅ……!!ヒカリ、大丈夫……?)

 

『ああ……』

 

(……っ……!)

 

すぐに立ち上がろうとするが、上手く足の筋肉に力が入らない。

 

ナイトブレスから伸びるブレードを杖代わりになんとか上体を起こすが、ヒカリの肉体を維持するのに残されたエネルギーが絞りかす程度しかないことは火を見るより明らかだった。

 

(く……そ……ッ!!)

 

『…………』

 

自分の内側で奥歯を軋ませながら戦闘に戻ろうとするステラを見て、ヒカリは黙り込む。

 

『ステラ。……一度、考え直してみてはどうだろうか』

 

やがて彼は意を決したように、宥めるような調子で彼女にそう伝えた。

 

(……え……?)

 

『タイガや春馬のことだ。……君も本当は分かっているのだろう?遊び半分で戦っているのではない……彼らの気持ちは本物だと』

 

(それは…………もちろん、わかってるけど……)

 

自分の中で渦巻いている迷いの念を握り潰すように、ステラは胸元に爪を立てる。

 

……わかっている。わかってはいるんだ。けれどやっぱり……この戦いは彼らにとって重荷であることも事実なんだ。

 

(くだん)の黒幕————トレギアは普通じゃない。5年前のそれに匹敵するほどの脅威が迫っていると、実際に地球へ戻ってきて確かに感じた。

 

このまま戦えばタイガ達は必ず命を落とす。任務を託すということは彼らを見殺しにすることと同義なんだ。

 

(あいつらに……任せるなんて……)

 

『任せるのではない。……彼らと共に戦うという道もあると言いたいんだ』

 

(……タイガ達と一緒に、地球を守れって?)

 

『そうだ。……あの時のように、仲間と共にだ』

 

ヒカリの言葉を飲み込む度に涙が出そうになるのを堪えた。

 

先刻トレギアが言ったように…………5年前、闇の皇帝が地球に襲来した時、自分はほとんど役に立つことができなかった。

 

あの時ヒカリ達がとどめを刺した時も…………自分は彼らから離れて、ただ遠くから見守っていただけ。

 

これまで心の奥底でずっと考えていた。こんな自分が、未来ある戦士達と肩を並べて戦っていいものなのかと。

 

(………………)

 

 

 

————今の自分を見た時、()はなんと言うだろうか。

 

うじうじ悩むなんてお前らしくない、と諭すだろうか。……そうなればきっと「うるさい」とキツイ言葉で返してしまうだろうな。

 

もしかしたら何も言わないまま、自分で答えを見つけるまでそばにいてくれるかもしれない。……うん、どちらもあり得る。

 

じゃあ、結局自分が最後に辿り着く結論は?

 

 

 

   『————』

 

笑顔で何かを口にする少年の横顔。

 

……ああ、やっぱりそうなるのだな、と苦笑する。

 

(……そうだったわね)

 

『ステラ?』

 

不意に笑みをこぼしたステラに、ヒカリが怪訝そうに呼びかける。

 

(どれだけ自分が情けなくても……失わないために戦う。そう決めたから、わたしは…………こうして生きていられたのよね)

 

そう言って飛び出しかけていた弱音を空気と共にぐっと飲み込み、ステラは残された力を()()()集中させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(くっ……!攻撃が……なかなか通らない……!)

 

『クソ……っ!鬱陶しい動きばかりしやがって……!!』

 

繰り出した攻撃が悉く受け流されていき、春馬とタイガの中で次第に焦燥感が満ちていく。

 

「ふははは……っ!どうした、こんなものか?父親の足元にも及ばないな……!」

 

『うるせえ!!』

 

遠心力に身を委ねながら放った裏拳がトレギアの手のひらに吸い込まれる。

 

奴の格闘術はかなりのものだ。加えて時折胸から漏れ出ている“黒い光”による身体能力の増強……。わかってはいたが一筋縄ではいかない。

 

けど諦めない。攻撃は止めるな。必ず活路が開かれると信じて————!!

 

 

 

 

 

 

————「春馬ッ!!」

 

 

(……!?)

 

すぐ近くから飛んできた声に驚き、咄嗟に横へ視線を向ける。

 

そばにあるビルの最上階。そこに立っていたのは……ヒカリへの変身を解除し、少女の姿に戻ったステラだった。

 

(姐さん……!?)

 

『あいつ何やって————!』

 

 

「これを……受け取っ……てッ!!!!」

 

呆気にとられる春馬とタイガに構わず、ステラはナイトブレスを装着した右腕を勢いよく振り下ろす。

 

直後、彼女の手から飛び出した蒼い光が宙を舞うのを見た。

 

『……!これは……!』

 

(まさか……)

 

カラータイマーを通して春馬のもとに届いた光が変化する。

 

徐々に固形へと変わる輝きに、春馬達はこれまで手に入れてきた怪獣の指輪とは違う気配を感じ取った。

 

 

「よそ見をするとは随分余裕じゃないか!!」

 

『っ……!!』

 

突貫してきたトレギアの手刀をすんでのところで回避し、そのまま奴と一定の距離を保つ。

 

(タイガ!)

 

『ああっ!』

 

「はははっ……!“ストリウムブラスター”か……!?お前達の放つ光線など……私には通用しない……!!」

 

必殺技を撃つための予備動作に移行したタイガ達を見て嘲笑しながら腕を広げるトレギア。真正面から受け止めてみせて、力の差を思い知らせるつもりなのだろう。

 

……だが、

 

 

《カモン!》

 

(ふっ……!)

 

素早く右腕にあるタイガスパークのレバーを操作し、待機状態になったところで今度は左腕を構える。

 

すると春馬の左手首には先ほどステラから受け取った蒼い光が具現化し————1個のブレスレットとして顕現した。

 

《ヒカリレット!コネクトオン!!》

 

続けて右手と左手を重ねた直後、ブレスレットから放出されたエネルギーがタイガスパークのクリスタルへと充填。瞬く間にタイガの肉体へと送り込まれていく。

 

『(はぁぁああああああ…………っ!!)』

 

上部で両手を交差し、脇を締める。構えはいつもと何ら変わらない。……が、蓄積されていくエネルギー量は明らかに普段のそれとは桁違いに増大していた。

 

 

 

『(“ナイト————ブラスターーーーーー”ッッ!!!!)』

 

 

「………………ッ!?」

 

T字に組まれた腕から蒼い稲妻を帯びた光の奔流が放たれ、トレギアを飲み込もうと迫る。

 

ただならぬ予感を覚えたのか、奴はすぐさま腰を低くして防御の姿勢をとった。

 

「ォォォォォオオオオオオオオ…………!!!!」

 

津波のように押し寄せてきたエネルギーと衝突。

 

「クハッ……!?……ハハハ……ッ!!アハハハハハハハハ!!!!」

 

狼狽と歓喜が入り混じった叫びを轟かせながら、トレギアは爆発の煙と衝撃波に紛れ————背後に生成した魔法陣のようなゲートへと退散していった。

 

 

 

(…………)

 

焦げ臭さと静寂だけが残滓する。

 

奴がいなくなったことを確認した後、春馬はふと自分の身体に目を落とした。

 

アクセサリーの力を使ったというのに……指輪の時のような異常が起きない。

 

『……ステラ、ヒカリ』

 

ビルの屋上に佇んでいるステラの方を見やる。

 

 

「…………また学校でね」

 

照れ臭そうに俯いた少女が踵を返して背を向ける。

 

彼女はタイガ達を一瞥して小さく呟いた後、軽やかに跳躍して建物を伝いながらその場を去っていった。

 

 

◉◉◉

 

 

「むにゃむにゃ……春馬せんぱいはぁ……かすみんが支えますよぉ……」

 

 

未だ気を失っているかすみを背負い、すっかり薄暗くなってしまった街道を歩く。

 

肝心のトレギアは仕留め損なったというのに…………春馬達の心は、今までになかった達成感で満たされていた。

 

「色々あったけど、無事に3人揃えてよかったね」

 

『ああ、サンキューな春馬。お前が2人を飼い馴らしてくれてたおかげだぜ』

 

『はあっ!?そんな言い方はないだろフーマ!!』

 

『ふむ……私はともかく、確かにタイガは以前と比べてどことなく丸くなったように思えるな』

 

『タイタスまでなに言い出すんだよ!!』

 

「あっはは、賑やかになったね」

 

騒がしく飛び交う宇宙人達の会話を端から聞いていて思わず口角が上がってしまう。

 

気の置けない友達が増えることは嬉しい。それが志を共にする仲間となれば尚更だ。

 

「何はともあれ…………これからよろしくね、タイガ、タイタス、フーマ」

 

『ああ!』

 

『うむ』

 

『おうよ!————そうだ、久しぶりにアレやらないか?』

 

『おっ!いいな!』

 

唐突に何かの提案を投げかけたフーマに、霊体のタイガが興奮した様子で春馬の肩から身を乗り出そうとする。

 

「え、なになに?なにやるの?教えて!」

 

『私達トライスクワッドの“誓い”さ』

 

「誓い……?」

 

タイタスが返してきた答えに春馬は首を傾ける。

 

小さな霊体の3人はぼんやりとした返答にピンときていない様子の彼の頭頂部に移動すると、それぞれの手を重ねながら口上を述べた。

 

『生まれた星は違っていても!』

 

『共に進む場所は一つ!』

 

『我ら————!』

 

タイガ達の声が頭の中で反響する。

 

再び巡り会うことができた喜びを交わすように、彼らは張り裂けんばかりの声量で言い放った。

 

 

 

『『『——トライスクワッド!!!!』』』

 

 




ついにステラ達とも和解……?
トレギアとの因縁も深まったところでトライスクワッドが集結!物語は新たなスタートを切ります。
何気にブレスレット初登場でしたね……。

次回からまたラブライブに焦点を当てていく予定です。


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第27話 知られざるもの


まだアニメの内容も不明な状況ですが、なんとか手探りで虹ちゃんの物語を紡いでいきたいと思います。


光の粒子だけで構成された世界に立ち、そのあまりの眩しさに思わず瞼を閉じかける。

 

遠く、と言うだけでは表現しきれないほどの距離————何万光年も離れた場所にいる人物と交信するための空間だ。

 

「…………」

 

強烈な明るさに慣れてきた目を凝らし、ステラは隣に佇んでいた蒼い巨人と共にゆっくりと歩き出す。

 

数十メートルほど先に見えているのは大きな2本角を備えた真っ赤な戦士。身体と同じ色のマントを羽織っているその姿は、まだ微かに若々しさを残しつつも重厚な威厳を感じさせる。

 

「ヒカリに……ステラくん。まずは今回の任務、ご苦労だった」

 

「ええ」

 

『君もな、タロウ。内心穏やかではなかったろうに』

 

「む……まあ、恐らくはご想像の通りだよ。私の息子が迷惑をかけてすまなかった」

 

「いいえ。わたし達も久しぶりに地球に来れて楽しかったわ」

 

出会ってすぐに頭を下げてきた巨人に、ステラとヒカリは微笑みながら答える。

 

ウルトラマンタロウ————ヒカリと同じ宇宙警備隊の一員。

 

大隊長であるウルトラマンケン、通称“ウルトラの父”の実子にして数々の偉業を成し遂げてきた優秀な戦士。

 

そして……タイガの父親でもある。

 

「それでタイガとその仲間達……トライスクワッドのことなのだが————」

 

『ああ、そのことについて話があるんだ』

 

言わんとしていたことを止め、タロウはヒカリに首を傾げる。

 

元々こうして交信を図ったのは、以前送ったウルトラサイン……タイガを発見したという報告に対する続いての指示を仰ぐためだった。……が、今は少々状況が、というよりもステラ達の考えが変わった。

 

「再び地球に怪獣が現れ始めたことは……報告でも伝えたわよね?」

 

「ああ。その件についても引き続き君達に頼もうと思っていたのだが……」

 

「それ、タイガ達も一緒に……ってことにはならないかしら?」

 

ステラの提案を聞いて固まったように黙り込むタロウ。

 

……自分達がどれだけ危険な賭けをしようとしているかはわかっている。けど、それでも……彼らと共に戦うことはきっと意味があるのだと信じたい。

 

タロウがタイガの身を案じて彼の捜索命令を出したことも勿論理解している。その上での願いだった。

 

「…………」

 

タロウが深く息を吐き、ステラ達に背を向ける。

 

まだ若く未熟だが、無限の可能性を秘めた自分の息子を危険な戦いへ送り出そうというのだ。躊躇う気持ちはよくわかる。

 

……やはりダメかと息を呑んだその時、

 

「予感はしていた」

 

「……え?」

 

タロウから発せられたのは、却下の言葉ではなかった。

 

「……今思えば、来るべき時が来たのかもしれないな」

 

「え、えっと……許可してくれるの?」

 

「私の独断では指令を出せない。ひとまず大隊長にこのことを話してみよう。……返事が来るまでの間は、あの3人の世話を任されてくれないか?」

 

「…………」

 

『了解した。全力を尽くそう』

 

予想していたものと真逆の答えを聞き呆然とするステラの代わりにヒカリがそう返す。

 

しばしの間沈黙が流れ、互いに語るべきことが無くなったと判断したタロウは「では」とだけ言い残すと、マントを翻しながら光の彼方へ消えていこうとした。

 

『……ああ、それと』

 

「ん?」

 

その直後、何かを思い出したように顔を上げたヒカリが彼を引き止める。

 

『“トレギア”というウルトラマンについて知っていることはないか?』

 

「…………なに?」

 

投げかけられた質問に対して、タロウは奇妙な反応を見せた。

 

隠しきれない不安と疑問。明らかに動揺している様子が見て取れる。

 

『数刻前にそう名乗る者と交戦した。……恐らく、今回の怪獣騒ぎの首謀者だ』

 

「見たところブルー族みたいだったけど……。過去の記録に情報はないかしら?」

 

「……………………」

 

すぐに答えが返ってくることはなかった。

 

ステラとヒカリから視線を逸らし、マントから覗かせている手は力強く握られ、震えている。

 

その姿は何かに迷っているようにも見えた。

 

「タロウ?」

 

「……ああ、いや……了解した。こっちでも調査してみよう。何かわかったら君達にも知らせる」

 

『頼んだ』

 

改めて背中を向けた二本角の巨人が遠ざかっていくと同時に、少しずつ身体が上に引っ張られていくような感覚。

 

タロウが最後に見せた悲哀に満ちた佇まいに疑念を抱きながら、ステラは一層明るくなっていく視界に目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………はぁ」

 

生身の身体で目を覚ますと、一番最初に視界に入ったのは天井。

 

倒れ込んでいたベッドから上体を起こす。今ステラがいるのは虹ヶ咲学園の生徒寮————今回の任務における、彼女とヒカリの拠点だ。

 

「意外だわ。タイガがいなくなった時に一番怒ってたのはタロウなのに」

 

『彼も彼で責任を感じているのかもしれないな。無茶をさせてしまうまでタイガを追い込んでしまった、と』

 

「上官として当然の振る舞いをしただけなのに。……だいたい、タイガは忍耐が足りないのよ。それでいて危なっかしいし」

 

『ははは……まあ、あの2人も複雑な関係だからな』

 

父親と教官……両方の面でタイガと接しなくてはいけないという状況に、タロウは戸惑いを感じているのかもしれない。普段きりりとしている彼を考えると、とても微笑ましく思えるが。

 

ともかく……まだ正式に許可が下りたわけじゃないが、自分達はタイガを預けられたわけだ。となればやることは一つ。

 

「近いうちに扱いてあげないとね」

 

『懐かしいな。……()()と重なるか?』

 

「いいえ、似ても似つかないでしょ。どちらかというと真逆な性格だしね、2人とも」

 

肩に乗っていたヒカリの霊体をそばにあったテーブルへ移した後、ステラは部屋の隅に設置されていたクローゼットへと歩み寄り、おもむろに身につけていた制服のリボンを解く。

 

部屋着に着替え始めた相棒の方は決して見ないよう反対側を見つめながら、ヒカリは静かに彼女へ語りかけた。

 

「トレギアに対する警戒も怠らないようにしなければな。何をする気なのか見当もつかない」

 

「単に地球侵略……って感じでもなさそうだったものね」

 

自分達に突如として正体を明かしたウルトラ教の司教————“トレギア”と名乗ったウルトラマンの目的は未だ謎に包まれている。人々のマイナスエネルギーを利用して怪獣を生み出し……それを使って一体何を企んでいるのだろうか。

 

考えれば考えるほど、奴の鬱陶しい笑い声が頭にこびりついて離れない。

 

「はぁ」

 

着替えが終わってすぐにベッドへと戻り背中からダイブする。

 

さっきからため息ばかりだ。わからないことが多すぎて、不安な気持ちで胸が張り裂けそうだった。

 

 

(……また……あいつに……会いたい……な)

 

ウトウトと意識が遠のいていく。

 

吐き出したくなった弱音をぐっと飲み込んで、ステラはゆったりとした眠気に身を委ねた。

 

 

◉◉◉

 

 

「これからみんなのインタビュー動画を撮影するよ!!」

 

基礎的なレッスンを終えてのミーティング。

 

部室に同好会メンバーが全員揃っているのを確認した後、ビデオカメラを構えた春馬が突然腰掛けていた席を立ってそう宣言する。

 

「インタビュー……ですか?」

 

「うん!」

 

「もしかして……セクシーなイメージビデオとか?」

 

「ちがいます!」

 

首を傾けるしずくや果林の問いかけに返答しながら、春馬はすらすらとホワイトボードにペンを走らせた。

 

「ズバリ!“メンバー紹介PV”です!!」

 

「……!な、なるほど!」

 

彼がどこか興奮した様子で書いた内容を読み上げると、同じく瞳を輝かせたせつ菜が駆け寄ってきてはぐいぐいと迫る。

 

「ラブライブに参加するにしても、私達はまだまだ知名度が足りない……。それを補おうというわけですね!」

 

「その通りだよせつ菜さん!」

 

「確かに……あらかじめかすみん達を知ってる人達がいた方が、本番の時に票を集めやすいかもしれませんね」

 

……と、だいたいはたった今せつ菜やかすみが口にした通りだ。

 

ラブライブを勝ち抜くために必要なアドバンテージ……知名度というものが、今の同好会には圧倒的に不足している。

 

せつ菜に関しては過去にソロで活動していて、そこそこ人気も出ていたということからある程度の固定ファンがいるのだろうが……当然他のメンバーは違う。これからスクールアイドルになろうという者もいるのだから、そういった面でも一から築き上げていく必要があるのだ。

 

平たくいえば宣伝の一環である。

 

「で、早速簡単に撮っちゃおうと思ってるんだ」

 

「いいねえ、面白そうじゃん!」

 

「うん、いいアイデアだと思う」

 

「はいはいはーい!!最初はかすみんがやりたいでーす!!」

 

「じゃあこっちに来てくれるかな」

 

乗り気になってくれた皆に安心しつつ、元気よく挙手したかすみを隅に設置されているソファに座らせる。

 

他のメンバーも興味深そうに見守るなか、かすみは咳払いの後満開の笑顔で口を開いた。

 

「こーんにっちはー!みんなのアイドルかすみんだよー!!」

 

「プハッ」

 

「えええっ!?ちょっと!なんで笑うんですかぁ!?」

 

「ご、ごめん……あまりにもかすみちゃんらしくて、つい……あははっ……!」

 

デジカメを手にしたままケタケタと腹部を押さえる春馬。

 

完全にツボに入ってしまっている様子の彼にかすみは頬を膨らませて抗議の意を示した。

 

「でも印象に残りやすそうで良かったと思うよ」

 

「あ、歩夢先輩〜!ですよねですよね!実はこんなこともあろうかと、日頃から自己PR的なことは考えてたんですよ!」

 

「さすがですねかすみさん……!私も負けてられません!——春馬さん!かすみさんの次は私のをお願いします!!」

 

「じゃあその次アタシ!りなりーもやるでしょ?」

 

「う、うん。がんばる」

 

各々にやる気が伝播していくなか、ふとテーブルの方に目をやるとじっと春馬達を眺めながら無言を貫いている少女が1人。

 

「ねえねえ、ステラちゃんはやらないの?」

 

頬杖をついて黙り込んでいたステラの存在に気がつき、エマは皆の輪から抜け出すと彼女に歩み寄ってそう声をかけた。

 

「やらないのって……わたしがPVに出ても意味ないじゃない」

 

「うーんと……その、本当にスクールアイドルにはならないのかなって」

 

「ならない。あくまでマネージャーとしてここにいるんだから」

 

「興味がないの……?じゃあ、どうしてこの同好会に入ったの?」

 

そう問いかけられて返答を躊躇ってしまう。

 

……いや、実のところ興味がないわけではないのだが。それを言ってしまうと後には引けない気がしてならないのだ。

 

何のために地球にやってきて、この同好会に紛れているのか。本来の目的を忘れてはいけない。

 

「…………とにかく、わたしはアイドルにはならない。——春馬」

 

「え?あ、はい?」

 

「もう一台カメラない?分担して撮影したほうが効率的でしょ」

 

「ああ、そうですね。えーっと……レコーディング室にまだあった気がします」

 

「そう。ありがとう」

 

少々苦しい誤魔化しをエマに返しつつ、ステラは逃げるように部室から出て行ってしまう。

 

そんな彼女の背中を、エマは残念そうに肩を落としながら目で追っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————こんな感じでどうかな?」

 

『おお〜……!!』

 

向けられたノートパソコンの画面を一目見て、皆が一斉に感嘆の声を漏らす。

 

撮影を開始して2時間後。収録された9人分のインタビュー映像は、璃奈の編集によって見事なPVとして転生を果たしていた。

 

「すごいよ璃奈ちゃん!こんな特技があったなんて!」

 

「さすが情報処理学科って感じね……」

 

「ハードもソフトも、両方いける。璃奈ちゃんボード『えっへん』」

 

「あとはこれをアップするだけですね!」

 

「ああっ!それはちょっと待って!」

 

はやる気持ちを抑えきれない様子のせつ菜に春馬がストップをかける。

 

「この映像、みんなのライブPVが出来た時に一緒に上げようかと思ってるんだ」

 

「ああ、確かに……。最初に自己紹介だけの映像を見せられても、効果は薄そうですね」

 

「ということは……ライブ映像も撮影しなくちゃですね」

 

「……はっ。ライブといえば……」

 

ソファでこっくりこっくりと船を漕いでいた彼方が突然カッと瞼を開け、早足で移動すると部室の端にあった自分の鞄を漁り出した。

 

「彼方ちゃん……実は詞っぽいの、一曲分くらい書き溜めたんだ」

 

「ええっ!?もうですか!?」

 

「はいこれ。このノートに色々書いてるから、作曲の参考にしてね」

 

相変わらずおっとりとした動きで春馬に作詞用ノートを手渡す彼方。

 

そんな彼女に、他のメンバー達は隠しきれない驚愕の眼差しを注いでいた。

 

「いつもスローなあの彼方先輩が……一番に作詞を……!?」

 

「なんか……うとうとしながら書いてたら……いつの間にか出来ちゃってて」

 

「おお……!彼方さんらしい歌詞がたくさんだ!」

 

軽くページをめくり確認すると、眠りの最中に記された寝言のような単語の数々が目に飛び込んでくる。眺めているだけで曲のインスピレーションが湧いてくるようだった。

 

「むぅ……!かすみんだってもう少しで完成させられますけど!!」

 

「なんだか対抗心が湧いてきたわ。ねえ春馬くん、今日の予定はもう終わりかしら?」

 

「そうですね、みんなの紹介PVも無事に録り終えたので」

 

春馬は彼方のノートから煌めかせた目を離さないまま、早々に自分の鞄を抱えながら尋ねてきた果林にそう返答した。

 

「じゃあ私はお先に寮へ帰らせてもらおうかしら」

 

「あっ!果林ちゃん、もしかして作詞進めるの?わたしもご一緒していいかな!」

 

「ええ、いいわよ」

 

「彼方ちゃんも帰らせてもらおうかな……。今日の数学、すぐに復習しないと……」

 

「また明日ね、みんな!」

 

ぞろぞろと退出していく3年生達。

 

春馬がふと周りを見渡してみると……そこにはいつになく表情を引き締めたかすみ達の姿があった。

 

「ぐぬぬぬ……。わ、私も帰ります!さようなら!」

 

「じゃあ私も……。皆さん、また明日」

 

「私も生徒会での用事を済ませながら構想を練りますっ!!」

 

「アタシはどっかで買い食いしながら考えるかなー。お()()を食べながら()()を考える…………なんつって!」

 

「あ、私も行く。途中まで出来てる歌詞、愛さんに見てもらいたい」

 

先輩達に続くようにどんどん部室から飛び出していくメンバー達。

 

やがて残ったのは春馬と歩夢、そしてステラだけになり、すっかり静かな空気がその場を満たしていた。

 

「私達も帰ろうか」

 

「そうだね」

 

歩夢と同じタイミングで席を立ち、春馬も自分の鞄を背負う。

 

「……そうだ。ねえハルくん、後で私の歌詞————」

 

「あ、ちょっと待ってちょうだい」

 

しかし自分達も帰宅しようと出口の方へ一歩踏み出した2人を、ステラが呼び止めた。

 

反射的に彼女へと振り返った春馬が不思議そうに首を傾ける。

 

「どうかしましたか?」

 

「少し2人で話したいことがあるの」

 

そう耳にした途端、春馬の目の色が変わる。

 

2人で話したいこと…………十中八九、ウルトラマンである自分達だけで共有したいことだろう。

 

「……ごめんなさい歩夢、ちょっとだけ春馬を貸してくれる?」

 

「え?えっと……」

 

数えれば秒単位にも満たない僅かな間。

 

……だが、歩夢の言葉の切れ間には、確かな迷いが感じられた。

 

「……はい。……じゃあ私、玄関で待ってるね」

 

「うん、ごめんね。できるだけ急ぐよ」

 

どこか悲しげな色を帯びた表情で背を向けた歩夢がひっそりと部室を出て行く。

 

……いつかと同じ、ステラと2人きりの部室。やはり彼女といると少なからず緊張してしまう自分がいる。

 

 

「急に悪いわね。今後もこういうことが増えてくると思うから、そこのところよろしく」

 

「歩夢への言い訳を考えるの大変そうだなぁ……」

 

しんとした雰囲気が漂うなか、再び椅子に座り直す春馬とステラ。

 

 

「あらかじめ知っておいてもらった方がいいかと思って。……タイガやタイタスなら聞いたことはあるかもしれないけど」

 

「え?」

 

普段より一層真剣な顔つきになったステラがまっすぐに春馬を捉える。

 

彼女はトラウマを語るような険しい表情で、それでいて思い出話を話すような穏やかな口調で言った。

 

 

 

「————“光の欠片”についての話よ」

 

 

 




さて、次回はメビライブを読んでいない方向けの説明回といったところですかね。既読の方は復習する感覚で目を通して頂ければ。

それにしても相変わらず歩夢ちゃんの扱いがひどいぞ……なんとかしなければ……。


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第28話 あのとき彼らは


ちょっとだけ短めです。
あの人達の名前が出てきます。


日の光のように暖かな輝きが身体に染み渡る感覚を覚えている。

 

崩壊寸前だった肉体が再構築されていく。まさに神の為す偉業を思わせる力。

 

 

全てを覆い尽くすはずの闇を打ち払う絶対的な光。

 

太陽の化身————ソレは、そう表現するのが相応しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「光の……欠片?」

 

ステラと2人きりになった部室に春馬のおうむ返しが反響する。

 

『なんだそりゃ?』

 

『俺は知ってるぞ。()()()()()()からな』

 

『私も噂くらいは耳にしたことがある』

 

いつの間にか春馬の手元に小人サイズの異星人が3人並んでいるのを見て、ステラはその内1人に対してふと眼を細める。

 

「あなたO-50の……そういえばトレギアと戦った時もいたわよね。今までどこにいたわけ?」

 

『情けないことに捕まっちまっててな。怪獣強化のためにずっとこき使われてたんだよ』

 

『ああ……。少し前から敵にあった違和感はそのせいか』

 

『ったく、あの銀髪の子供……冷めた顔しておっかねえ奴だったぜ。今度会ったらギャフンと言わせてやる』

 

フーマが言うには、彼はあの怪獣を使役していた少女にアクセサリーの状態でずっと所有されており、彼女が怪獣や宇宙人を召喚する際にブースト剤として利用されていたらしい。

 

こうして再開できたのは偶然にも幸運が重なったからだとか。

 

「3人仲良く殺されかけたっていうのに、また同じ場所に集まるだなんて運のいい奴らね」

 

『へへっ……まあな』

 

『今のは皮肉だと思うぞ』

 

『わかってて敢えて乗ってるんだっつーの』

 

「まあいいわ」と肩をすくめた後、ステラは頬杖をついていた手を引き戻しながら春馬に視線を流した。

 

 

「話を戻すわ。……光の欠片っていうのは簡単に言うとね、光の国に伝わる都市伝説みたいなものの一部だったの」

 

「……?どうして過去形なんですか?」

 

「実際にそれを実現してみせた子達がいるからよ。……ちょうど5年ほど前にね」

 

「あ!」

 

ステラの話を聞き始めてすぐに彼女の言わんとしていることが理解できた。

 

5年前、自分が東京で目撃した黄金色の巨人————きっとそれが話に出てくる“光の欠片”と大きく関わっているのだろう。

 

「光の欠片は地球人なら誰もが発現する可能性を持ってる特殊なエネルギー体。ウルトラマンと共鳴することで計り知れない力を生み出すことができるのに加えて、全ての欠片が揃えば“究極の光”と呼ばれる現象を引き起こすこともできる」

 

ステラは口を動かしながら懐から1枚のメモ用紙を取り出すと、春馬に渡すようにそれをテーブルの中心へ添えた。

 

「欠片の種類は全部で十」

 

「…………」

 

彼女の声を横目に、春馬は受け取った紙に記されていた文章を頭の中で読み上げていく。

 

 

一の光。憧れを捨て新たなる空へと飛び立つ、太陽の輝き。

 

二の光。友情を育み友と共に数多の壁を打ち破る、友情の輝き。

 

三の光。仲間の想いを糧とし前へと進む、絆の輝き。

 

四の光。他者を思いやりその背中を押す、信託の輝き。

 

五の光。縛るものに囚われず決意の道を往く、勇気の輝き。

 

六の光。自らの気持ちを偽らず原点を忘れない、天使の輝き。

 

七の光。あらゆることに耳を傾け最善の判断を下す、聖典の輝き。

 

八の光。諦めることを知らず何度でも挑み続ける、挑戦の輝き。

 

九の光。人一倍の包容力で敵をも静める、愛情の輝き。

 

十の光。九つの心を通わせ闇を消し去る、英雄の輝き。

 

 

「はあ……これだけだと何が何だかって感じです」

 

「でしょうね。わたし()もそうだったし」

 

手にしていたメモをステラに返しながら、春馬は怪訝そうに苦笑いをこぼした。

 

「まあ、要はここに書かれてる内容に当てはまるような人物像の地球人が、欠片を発現させる可能性が高いって考えればいいのよ」

 

「なるほど……」

 

「5年前は究極の光を生み出せたから敵の親玉を倒せた。……だから、今回もそれが鍵になってくると思う」

 

「こんな重要な情報……俺達に話して大丈夫なんですか?」

 

不安を帯びた表情でそう語るステラとは逆に、春馬はどこか嬉しそうな顔で身を乗り出す。

 

ステラは視線を逸らしつつ、無邪気な笑みを浮かべている彼に消えそうな声で言った。

 

「わたしとヒカリが付いているのを条件に、一時的にタイガ達が残ることも許されたわ」

 

『本当か!?』

 

「やったねみんな!——ありがとうございます!!」

 

「ちょっ……いちいち手を握らなくていいからっ」

 

「ああっ、すみません……つい……」

 

無意識に出ていた腕を引っ込めながら椅子に座り直す。……このおかしな癖、一体いつ付いたものなのかも一向に思い出せない。

 

「それで……」

 

軽く咳払いをして空気を張り直した後、改めてメモ用紙に目を落としながらステラは再び口を開いた。

 

「これをあなた達に話した理由だけど————もしかしたらスクールアイドル同好会のメンバー達が、この先光の欠片を宿すかもしれないからよ」

 

「…………え?」

 

彼女の言葉に思考が止まる。

 

確かに話の中では「地球人なら誰もが光の欠片を発現する可能性がある」とあったが、身近な人達がそれに当て嵌まるという予感はこれっぽっちも無かった。

 

『……春馬の幼馴染や、かすみ達が欠片を?』

 

『そうだ』

 

タイタスがぽつりとこぼした疑問に、どこからともなく現れたヒカリの霊体が答える。

 

『それはなぜだ?』

 

『いや、明確な根拠があるわけではないんだ。……強いて言えば、ウルトラマンとスクールアイドル達が集結しているこの環境が、かつてのそれと酷似しているからといったところか』

 

「な、なぁんだ……。まだ決まったわけじゃないんですね」

 

ヒカリの説明を聞いてホッと胸を撫で下ろす春馬。

 

光の欠片が鍵になる————即ちそれは、欠片を宿した人間達が戦いに巻き込まれてしまうことを意味する。身勝手な考え方かもしれないが、できれば親しい人には関わって欲しくはない。

 

「……そうとも限らないのよね」

 

……しかし安心するのも束の間。沈黙を破ったステラの言葉が春馬の耳朶に触れた。

 

「へ?」

 

「基本的に発現した欠片はウルトラマンにしか見つけられないって話だけど……わたしの知り合いに1人、欠片の存在に敏感な奴がいてね。以前そいつにこの同好会の話をしたら……『発現するとみて間違いないだろう』って」

 

「え、えぇ……!?」

 

次々に押し寄せてくる情報の数々に混乱しそうになりながらも、春馬は必死に頭の中で整理を図る。

 

地球を救う鍵になる光の欠片。

 

全てで十ある欠片を、歩夢やかすみ達が宿しているかもしれない。

 

…………改めて考えてみても現実味がなさすぎる。

 

「実を言うと……わたしもそうなるんじゃないかって思ってる」

 

「そんな……!どうしてそう言えるんですか!?」

 

「さっきヒカリも言ってた通り、今この状況が5年前……究極の光を生み出した子達のものと余りにも合致してるからよ」

 

「その人達は一体誰なんですか!?」

 

 

 

 

 

 

Aqours(アクア)

 

一拍の沈黙を置いた後、独り言のような覚束ない声音が耳に滑り込んでくる。

 

「……あくあ?」

 

「5年前、ラブライブで優勝を勝ち取った9人のスクールアイドルグループ。……彼女達と、そのマネージャー————“未来”っていう奴が、光の欠片の発現者だった」

 

ステラがそう語った直後、春馬はすぐさまスマートフォンを取り出しては彼女が口にした「アクア」というグループ名を慌てた様子で検索にかける。

 

「……!この……人達……!」

 

ヒットした項目の中にあった画像を一目見て、春馬は言葉を失った。

 

9人の少女達が身を寄せ合って笑顔を浮かべている写真。おそらくは当時のラブライブが開催された時に撮影されたもの。

 

そこに写っていたのは————以前秋葉原の街頭ビジョンで春馬が目撃し、彼に強烈な衝撃を与えた者達だった。

 

 

◉◉◉

 

 

「————なるほど」

 

周囲に闇が蠢く不気味な空間に佇んでいた少年が、ふらりと現れた客人に向けて呟く。

 

白と黒で色分けされた独特な衣服と張り付いたような笑みを見せる男。

 

その場にいた少年の兄弟達も、彼には警戒心を露わにしている様子だった。

 

「“ウルトラマントレギア”…………まさかお前が、あの“光の国”の住人だったとはな。これは予想できなかった」

 

「それはそうだろうさ。普通はそんな考えには至らない」

 

興味深そうに笑った少年、フィーネに対して男————トレギアもまた笑顔で返す。

 

「ウルトラマンってことはこいつも殺したほうがいいんじゃないの?ねえフィーネ兄ちゃん、殺す?……殺そうよ!!」

 

「待てピノン、父さんがこの事を把握していないわけがない。オレ達が聞かされていなかったことは少々気になるが……」

 

「……お前は知ってたのか?フォルテ」

 

少し離れた岩場に腰掛けていた少年、ヘルマが傍らで黙り込んでいた妹にそう尋ねる。

 

「……なにも。彼が……正体を現すまで……全く……」

 

「ふふ……君達のお父様は不要なトラブルが起こることを危惧して敢えて話さなかったのだろうさ」

 

手元に出現させた仮面を自らの顔に重ねた瞬間、立ち所に男の姿が変わる。

 

 

「——だが私は嬉しい。君達とは一度、こうして自分を曝け出しながらの話がしたかった」

 

禍々しくもある赤い瞳を兄弟達へ向けるトレギア。

 

「その割にはまだまだ隠していることがありそうだが?」

 

「おいおい……勘弁しておくれよフィーネくん。私にも立場というものがあるんだ。おいそれと明かせないことだってある」

 

「ハハッ……食えないな、お前」

 

仮面を被った悪魔を見て一瞬にして笑顔を崩すと、フィーネはそばにいた弟と妹を連れてその場を去ろうと奴に背を向けた。

 

 

 

「君も不満かい?」

 

1人残された末っ子————フォルテのもとへと歩み寄り、トレギアは囁くような声を彼女にかける。

 

フォルテは奴から目線を外したまま、普段よりも冷たい調子で口にした。

 

「……あなたが……“十の光”を……持っている理由が……わかった気がする」

 

「へえ……?聞かせてはくれないか?」

 

まとわりつくような視線を注いでくるトレギアから距離を取りつつ、彼女はか細い声を繋いでいく。

 

「光の欠片は……ウルトラマンと……共鳴する……エネルギー……。本来は人間にしか……発現できない……ものでも……奪い取ることが……できれば……」

 

「いい観点じゃないか。……けど惜しいな。過去の記録によると、光の欠片が発現者の肉体から分断できた事例は無い」

 

「……そんなのは……過去になかった例を……考えれば……いいだけの話」

 

「ほう」

 

仮面の隙間から覗いた双眸がギラつく。

 

 

5年前、究極の光が誕生した当時にも……光の欠片を奪おうと躍起になっていた侵略者は存在した。が、結局その人物が欠片を我が物にすることは最後までなかった。

 

その者は宿主の肉体を乗っ取ることで一時的なコントロールを可能にはしていたが、いずれの事例も別の何かに邪魔され失敗している。もしも妨害さえ無ければ、発現者の身体ごと欠片を制御することは可能だったかもしれないが。

 

……しかし、それもあくまで()()()()略奪した場合の話だ。欠片そのものを切り離せたわけじゃない。

 

 

なら、目の前にいるこの悪魔はどうやってそれを可能にした?

 

————辿り着いた結論は、とてもシンプルなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……トレギア……あなた…………“十の光”の宿主を…………殺したのね」

 

静寂が訪れる。

 

悪魔は何かを考えるように顎元に手を添えた後、思い出したかのように唐突な笑い声をこぼした。

 

「——さてね。()()()()()()()()()()()()()()()として、果たしてそれは命を奪ったことになるのか……そこが重要だと思うね、私は」

 

 

トレギアはそれ以上のことは語ろうとしなかった。

 

いつもは達者な口を閉じ、形成した魔法陣の中へと歩いていく。

 

 

普段の奴とは異なった雰囲気を微かに捉え、フォルテは去っていく背中に眉をひそめた。

 

 




メビライブ読破済みの方は春馬への解説パートはスラスラ読めたかと思われますが、引きのフォルテとトレギアのやりとりに関しては頭の中が「?」で一杯になったことでしょう。

ガッツリAqoursの名前が出ましたが、先に伝えておくと今後メンバーが本格的に登場する予定はありません。が、彼女達に連なる要素が大きく関わってきます。

次々と沸いてくる謎の数々……。
タイガ・ザ ・ライブは、まだ助走をつけ始めたばかりです。


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第29話 あなたの背中

タイガ超全集に収録されているトレギア小説を読んで無事死にかけてる作者です。

新しいウルトラマンの情報もきましたね。
クロニクルのゼロがマントを装着してたのを見て何かあるとは思ってましたが、まさか弟子とは……。


    『わたしも5年前、ヒカリと一緒に戦う裏でAqoursのマネージャーとして活動してた』

 

 

 

 

 

部室でステラから語られたことを思い返し、春馬は深く考え込んでは低く唸った。

 

光の欠片————地球人だけが備えている強力なエネルギー。

 

“十の光”によって全ての欠片を一つに集束させることができれば、それはより大きな力……“究極の光”として顕現させることができる。地球人類にとっての切り札と言ってもいい存在。

 

かつてのラブライブで優勝したグループ——Aqoursは9人のメンバーだけじゃなく、マネージャーも欠片を発現させていた。

 

そのマネージャーの少年“未来”こそ……タイガの兄弟子、ウルトラマンメビウスと共に侵略者達と戦った人物。稀にしか発現することのない光の欠片が一箇所に集まることになったのも、彼の持つ“十の光”の影響らしい。

 

そして理由はわからないが、あのトレギアもそれを持っている。

 

 

…………雪崩のように流れてきた情報量に頭が痛くなってきた。

 

ステラは自分にこれらの話を聞かせて何をさせたかったのだろう。歩夢達が欠片を宿すかもしれないとも言っていたことを考えると……単に気をつけろと警告したかったのか?

 

 

 

 

「難しい顔してる」

 

「へっ?」

 

耳元で聞こえた声に反応し、春馬は弾かれるように瞑っていた瞼を開けた。

 

場所は自分の部屋。目の前のテーブルにはびっしりと歌詞が綴られたノートがあり、真横には不安げに眉を下げた歩夢がぺたん、と腰を下ろしている。

 

「どこか直した方がいいかな……?」

 

「えっ……と……」

 

「私が書いた歌詞。どこか変なところがあったら言ってって……」

 

「あっ!ああ!そ、そうだったよね!」

 

「……ちゃんと話聞いてなかったでしょ」

 

「う……ごめん歩夢……。ちょっと考え事しちゃってて……」

 

「もうっ!」

 

「ほ、ほんとにごめん!今すぐ確認するから!!」

 

そっぽを向いて珍しくストレートに不機嫌さを伝えてくる歩夢を見て、春馬は鞭を打たれたように眼前のノートに視線を固定させた。

 

……ついステラから聞いた話について思考を巡らせてしまったが、今は歩夢に頼まれて彼女の考えた歌詞の添削をしているところだった。

 

(ダメだ……集中できない)

 

目を凝らして歩夢の持参したノートを読み込もうとするが、どうしても「光の欠片」や「十の光」といったワードがよぎってしまう。とてもじゃないが作業ができるような状態ではない。

 

ここ最近はきちんと話す機会もあまりなかったから、今くらいは協力したいのに。……うう、歩夢の視線が痛い。

 

「……疲れてる……よね?」

 

「え?」

 

思考回路を横断する雑念と悪戦苦闘していたその時、

 

「ごめんね。ハルくんは作曲だってやらなきゃいけないのに。……やっぱり、また今度お願いするよ」

 

怒っていた横顔から一変。申し訳なさそうに笑った歩夢がテーブルのノートを回収しながらそんなことを口にした。

 

突然のことで数秒フリーズした後、春馬は素っ頓狂な声で言う。

 

「あっ、え?いや、俺なら全然……!」

 

「ううん、今日はもう休んで。過労で倒れちゃったりしたら大変なんだから!」

 

「ちょ……歩夢————!?」

 

「おやすみなさい」

 

そそくさと部屋を出て行く歩夢に手を伸ばすも、すぐに扉が閉じられその姿が見えなくなる。

 

追いかけようと足腰に力を込めるが、何故だか立ち上がる気力は身体の半分辺りで詰まってしまっている。

 

(……もう、はぐらかすのも限界かもしれない)

 

吸い寄せられるように床へ尻もちをつき、春馬は罪悪感を緩和するように眉根を揉んだ。

 

以前から歩夢は春馬の変化を感じ取っていたようだが……ステラが同好会に加わってからはその疑念も凄まじい速度で膨れ上がってきているようだった。

 

彼女にはできるだけ気苦労を重ねて欲しくない。けれどウルトラマンであることを隠し続ければ余計な心配をかけることは避けられない。

 

それに“光の欠片”のことだって…………。

 

 

『見るからに悩んでるな』

 

1分ほどテーブルに突っ伏していたその時、顔の横から飛んでくるタイガの声。

 

春馬は腕の中から目だけを覗かせ、自分の部屋にいるようにリラックスした様子で座しているトライスクワッドの3人をそれぞれ一瞥した。

 

「タイガはさ、兄弟子さんから一緒に戦った人達のことは何か聞いてないの?」

 

『聞かされたさ。耳にタコができるかと思うほどな。一体化してた地球人の名前は今日初めて知ったけど』

 

「……その人は……“未来”さんは……どんな気持ちで戦っていたんだろう」

 

『そんなのは……知る由もないだろ。本人にしかわからない』

 

「だよね……」

 

ため息交じりにこぼした春馬が再び腕の中に顔を埋める。

 

自分が今置かれている状況は、かつて未来という少年が経験したものと同じ。そこに違いがあるとすれば、彼は最後まで()()()()()という点。

 

仲間のスクールアイドル達を支えながら、輝く少女達の心を見届けながら、彼は与えられた役目を全うしたんだ。

 

自分もそうなれるだろうか。……5年前、地球を救った英雄達のように。

 

 

『ノイド星人の嬢ちゃんから聞かされた話に関しては正直よくわかんねえし、気の利いたことは言えねえけどよ……そんなに気になるんなら、実際に行ってみたらどうだ?』

 

大きく足を旋回させ、アクロバティックな動きを見せながら立ち上がったフーマが不意にそう語りかけてくる。

 

「実際に……って?」

 

『その英雄様が過ごしてた土地にだよ。そうすりゃ少しは見えてくることもあるかもしれない』

 

「確かにこうして悩んでても解決しないとは思ってるけど……Aqoursがいた場所はちょっと遠いし、同好会のみんなを放って呑気にぶらつくわけにはいかないよ」

 

『いや、得られるものによっては……かすみ達のためにもなるかもしれないぞ。——ふっ……!』

 

フーマに続き、タイタスが倒立状態での腕立て伏せを始めながら声を発した。

 

「え?」

 

『そのAqoursというグループは……君や歩夢をスクールアイドルへの道へと誘った者達なのだろう。彼女達を理解しようとするのは……即ち、己の原点を見つめ直すのと同義。心に留めておいて損はない』

 

「俺の……原点……」

 

逆さまになったタイタスと視線を交わしながらそう呟く。

 

Aqoursというグループにいた少年少女達には————春馬にとってウルトラマンとしての羨望と、スクールアイドルとしての憧れ。その両方が詰まっている。

 

……スタート地点もはっきりしないままで、目指すべきものに辿り着けるわけがない。

 

タイタスの言う通り、Aqoursを取り巻いていたあらゆる事象を……頭に入れておくべきなのかもしれない。

 

自分にとっても、歩夢達にとっても、それはきっと想像以上の力になってくれるはずだ。

 

 

「…………わかった」

 

僅かな沈黙の後力強く立ち上がり、春馬はポケットから取り出したスマートフォンに路線が記された地図を表示。()()()()()()学校の位置を調べる。

 

5年前……ちょうどAqoursがラブライブで優勝したのと同時期に廃校となってしまった————彼女達が青春を過ごした学舎。それが存在した土地。

 

決して遠くはない過去、眩い輝きが過ぎ去ったであろう場所。

 

 

「行ってみよう——————内浦へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

ベッドに横たわり、1人になった空間のなかで歩夢は重い息を吐き出した。

 

壁を挟んだ向こう側にいるであろう幼馴染に思いを馳せる。

 

同好会に入ってから、これまでよりも彼の存在を近くに感じる反面……心は常に余所余所しい感情が隠れているような気がしてならない。

 

 

一番不思議なのは、かすみとステラに対してだけは常にオープンな態度で接しているように見える点だ。

 

春馬自身は気づいていないかもしれないが、自分を含めた他の同好会メンバーに対しては何かを警戒するような素振りを見せることも時折ある。

 

知られてはならない秘密を隠すように、常日頃から何かに気を配るような……そんな態度だ。

 

————どうしてかすみとステラ(あの2人)なのか。秘密があるとして、なぜそれは幼馴染の自分には打ち明けてはくれないのか。それがずっと気になっていた。

 

 

「……何か……悪いことしちゃったのかな……」

 

眠ってしまおうと目を閉じるが、未だ胸に残り続けるモヤモヤが意識を鮮明にさせる。

 

……自分が気づかないうちに、春馬に嫌われるような行動を取ってしまったのか。

 

もしかしたら入院している間……毎日のようにお見舞いに行っていたのは迷惑だっただろうか。

 

それとも何か別の——————

 

「……ううん」

 

————いや、きっと違う。春馬は滅多なことがない限り他人を嫌うことはあり得ないということを自分は知っている。

 

春馬は優しい。度が過ぎるほどに。いつだって彼は自分の想いを受け入れてくれた。

 

……原因は別にある。自分の知らない、別の理由が。

 

 

 

「——よしっ!」

 

突然湧いてきた衝動に突き動かされ、歩夢は勢いよくベッドから飛び降りる。

 

いつまでもこうして考えているだけなのは嫌だ。春馬に悩みがあるのなら……力になりたい。

 

彼の秘密を聞き出すためにも————

 

 

「今度のお休み……ハルくんを誘って、どこかに遊びに行こう!」

 

少しばかり飛躍した考えであることも、若干の私欲が働いていることも自覚している。

 

けれどすぐに行動を起こさなければ後悔する。歩夢の中には、そんな予感が渦巻いていた。

 

 

◉◉◉

 

 

『ステラ、ステラ』

 

「……んぇ?」

 

時刻は深夜3時を回った頃。

 

相棒の声で目を覚ましたステラはベッドから上体を起こすと、いつの間にか自分の右腕にナイトブレスが出現していることに気がついた。

 

『通信が届いている』

 

「通信……?タロウからかしら……」

 

よだれの跡を拭いつつ、まだ眠気の取れない重い瞼を持ち上げてブレスから放出された光のモニターに目を凝らす。

 

直後、そこに映し出された男の顔を一目見て…………ステラは心底不快そうに表情を歪めた。

 

 

『————やっほうステラちゃん!お久しぶりぃ〜!……って、なんか不機嫌?』

 

「しね」

 

『ああっ!待った待った!まだ切らないで!!』

 

外見からはこれといった特徴の感じられない黒髪の男。

 

見てるだけで殴りたくなるようなその笑顔は、ステラのよく知る人物のものだった。

 

「今何時だと思ってるわけ?くだらない用件だったらタダじゃおかないわよ」

 

『ええ、ひどいよステラちゃん……ボクだって君達のために毎日危ない橋を渡ってるっていうのに……。それに今はそっちとは別の宇宙にいるんだ。さすがに細かな時間帯までは把握できないよ』

 

「……はぁ?あなたこんな大変な時に……どこにいるのよ?」

 

わざとらしく肩を落とす男に一層苛立ちを覚えつつ、ステラは気分を切り替えるように後頭部を掻きながら言う。

 

画面の向こう側にいる男は何かを警戒しているかのように周囲を確認しながら、ひっそりとした声で続けた。

 

『地球だよ。今言った通り別次元のだけど』

 

「何のために?」

 

『詳しいことは言えないけど……まあ、“彼”のために頑張らなくちゃいけないことが出来てね』

 

『おい、いたぞ!!』

 

『捕まえろ!!』

 

『あ、やば』

 

モニターを通して伝わってくる騒がしい雰囲気に苦い表情を浮かべる。

 

「……どういう状況なわけ?」

 

『いやあ、ちょっとやらかしちゃって』

 

「あなた今1()()()()()()?あまり迷惑事を増やすと命がいくつあっても足りないわよ」

 

『ハハハハハ!心配ご無用!光の国にだってバレずに侵入してみせた男だぜボクは!!』

 

全力疾走しながらも通信を続行している男からは一切焦りが感じられない。

 

彼が隠密行動が得意なことはステラも知っている。本人の言う通り心配する必要はないだろう。

 

『手短に済ますよ!——この仕事を終えたらそっちに戻って“彼”に会う予定なんだけど、ステラちゃんも一緒にどうだい!?』

 

男がそう口にした途端、ステラは波が引いたかのような無表情へと変わった。

 

押し留めていた想いが爆発しそうなくらいに膨れ上がっていくのがわかる。

 

 

長い間顔を合わせていない少年の顔が浮かんでくる。

 

会いたい。とても会いたい。会ってたくさん話がしたい。

 

……けれど、そうしてしまえば必死に築き上げてきた“自分”が壊れてしまいそうで、

 

「遠慮しておくわ」

 

頷くことはできなかった。

 

 

『……そうか。残念だ』

 

「話はそれだけ?」

 

『ああ!お休み中に悪かったね!ではまた!』

 

その言葉を最後に通信が途切れ、同時に宙に映し出されていたモニターも消失する。

 

 

「…………」

 

ステラは再び魂が抜けたようにベッドへ背中を預けると、瞑った目にさらに蓋をするように顔へ腕を乗せた。

 

『……よかったのか?』

 

「ええ」

 

ヒカリの問いに短く返答した後、小さなため息を吐く。

 

……これでいい。今は大事な任務だってあるんだ。

 

逃げているわけじゃない。気持ちの整理がついたら…………ちゃんと、()()()()()()()七星ステラでいられるはず。

 

だから、それまでは——————

 

 

「……頼りになる、姉貴分でいないと」

 

意識が眠りに落ちていく。

 

現実と夢の境界が不明瞭になっていくなかで…………1人の少年の顔だけが、鮮明だった。

 

 




一部の読者さんから支持を得ている例の男が少しだけ登場です。彼が一体何をしていたのか、詳しい話は第2章で。
そして舞台はまさかの内浦へ。
春馬と歩夢、2人の関係はどこへ向かうのか……。

次回からのエピソードは前編後編の二部構成でお送りする予定です。


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第30話 輝きはいつもそこに:前編

内浦編前編です。



「——はあっ!?運んでいた武器が全部押収されただとぉ!?」

 

「はっ、はい……。輸送を担当していた構成員達も、全員逮捕されたと……」

 

 

モニターと通信機器の発する光だけが浮かぶ薄暗い一室。

 

そこで取り乱した様子で会話をしているのは——片や獅子の鬣を思わせる金髪の男。片や触角を生やした異形。

 

本来地球には存在しないはずの、どこか不気味な雰囲気を漂わせている2人。その両者が宇宙人であることは考えるまでもなく明白だった。

 

「くっそ……最近増えすぎじゃないか?商品が出回らねえんじゃ商売もクソもねえよ」

 

「……やはりあの噂は本当なのでしょうか?」

 

「ううっ……よせよせ。考えたくもねえよ」

 

恐る恐る呟いた異形————“マーキンド星人”に対し、金髪の宇宙人“マグマ星人”が落ち込んだトーンで返す。

 

 

彼らが所属している…………“ヴィラン・ギルド”と呼ばれる組織は、地球を拠点とする非合法な商売を目的とした集まり。

 

ある時は武器の不正入手。ある時は株価操作。またある時は怪獣兵器のオークションや不正転売…………と、利益を上げるためには手段を問わない犯罪集団だ。

 

彼らのような輩が地球に巣くうようになってしまった背景には、5年前に起きた暗黒宇宙大皇帝による侵攻が大きく関わっている。

 

「面倒なことになりそうですねえ……」

 

地球は元々宇宙人の存在自体あまり世間的には広まっておらず、それを取り締まるような組織や企業も設立されていなかったため、悪事を働く異星の者が金を稼ぐ場としてはこれ以上ない環境が揃っていた。

 

……が、この星を狙っていたのは自分達だけではなかった。

 

絶対的な力を持つ“闇の皇帝”と競争相手になろうという者は当然おらず、“ヴィラン・ギルド”も手を出すことは不可能な状況が続いていたのだ。…………5年前の戦いで、皇帝がウルトラマン達に敗れ去るまでは。

 

「エンペラ星人がいなくなって、やっと我々の市場が確立できると思っていたのですが……」

 

「……まあ、地球人もバカじゃねえってことだ」

 

大きく肩を落としたマーキンド星人とマグマ星人が互いに顔を見合わせ、体内の空気を全て吐き出すような溜息を漏らす。

 

「ついに現れてしまいましたか…………宇宙人絡みの事件を取り締まる警備組織が」

 

「だから言うなって……。余計に気分が悪くなるじゃねえか」

 

……そう。やっと手に入れた絶好の環境は、他でもない地球人の手によって危機に曝されていたのだ。

 

おそらくは秘密裏に活動を行っているのか。未だ実体すら掴めないでいるが、業界内では確かに存在すると噂されている「対宇宙人専門の防衛チーム」。それが近年ヴィラン・ギルドの妨害をし始めているのである。

 

「拠点を置いてるのは東京だったか?」

 

「これまでの奴らの動きからするとそう考えられますが……いかんせん情報操作等で巧妙に姿を隠していまして……」

 

「打つ手無し、か……」

 

政府が管理する組織か、はたまた民間企業か。

 

徹底的に探りを入れて対策を練りたいところだが…………下手に嗅ぎ回ると逆探知されてヴィラン・ギルドそのものが根っこから叩かれてしまう可能性もある。

 

「なぜか私達の把握してない怪獣が暴れるわ新しいウルトラマン共も現れるわで……嫌になりますねえ、ほんと」

 

「……む」

 

マーキンド星人の発した言葉を耳にした途端、マグマ星人がピタリと立ち止まる。

 

「どうしました?」

 

「そういやウルトラマンといえば…………一つ興味深い話があってな」

 

「興味深い話ですか……。儲け話なら大歓迎ですよ?」

 

しん、と一瞬だけ静まり返る2人。

 

冗談めかしく返したマーキンド星人を見て、マグマ星人はニヤリと口角を上げた。

 

 

「ああ————場合によっては金になるかもしれない」

 

 

◉◉◉

 

 

『おお……!こんなに地面と近いのに、すごいスピードで景色が流れてくぜ!』

 

『空を飛ぶのとはまた違った感覚だな』

 

『何はしゃいでんだお前ら……。子供かっつの』

 

 

「ふふ」

 

ガタゴトと揺れる車両の一席に腰を下ろし、春馬は窓の外に広がる光景に釘付けになっているタイガ達を見て思わず笑みをこぼす。

 

「どうかした?」

 

「え?あ、ああ!ふと良いメロディが浮かんで……」

 

「ほんと?どんなのか聞いてもいい?」

 

「ここで歌うのは恥ずかしいよ……」

 

隣の席に座っていた歩夢にそう誤魔化しつつ、春馬は改めて外の景色に視線を移すと普段とは違った雰囲気にどこか胸を弾ませていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今更だけど……どうして急に沼津に来ようと思ったの?」

 

沼津駅でバスに乗り換え目的地へ移動していた際、ふと歩夢がそう尋ねてきた。

 

内浦へ行くことを計画していた春馬のもとに彼女から「今度の休日に2人で出かけないか」という誘いが届いたのが数日前。

 

事情が事情なため当初は同好会のメンバーを連れて行くつもりはなかったが、歩夢にもAqoursのことを知ってもらった方がいいと判断。予定を変えて彼女と一緒に向かうこととなった。

 

本当は5年前に内浦にいたというステラにも同行してもらいたかったが、彼女にこの話を持ちかけてもいい返事はもらえなかった。

 

……まあ自分達が東京を離れている間に怪獣が現れた際、残って対処する人員は必要ではあるが。

 

「歩夢はさ、Aqoursって知ってる?スクールアイドルの」

 

「あくあ……うーん……。昔どこかで聞いたことがあるような……?」

 

「この人達のことだよ」

 

予想通り朧げな答えが返ってきたのを聞いて、春馬はちょうど自分のスマホに表示させていた写真を歩夢へと見せた。

 

「……あっ、あの時の」

 

直後に彼女は驚いた様子で目を見張り、9人の少女達が写っている画面を凝視する。

 

ちょうど秋葉原で春馬と共に目撃したライブ映像内と同じ衣装に身を包んだAqours。ラブライブ優勝が決まった直後に撮影されたものなのか、何人かの瞳には流れ星のような嬉し涙が煌めいていた。

 

「5年前のラブライブで優勝した人達なんだって」

 

「へえ……!そんなに凄い人達だったんだね……」

 

「うん。……俺、Aqoursのライブがきっかけで同好会に入ることになったからさ、この人達のことをもっと知りたくて……それで内浦に行こうと思ったんだ」

 

「……そっか、じゃあ私も来て正解だった。まだまだスクールアイドルについて疎いし……たくさん勉強しなくちゃと思ってたから」

 

そう言って暖かな笑みを見せる歩夢に微笑み返した後、春馬は下を向きつつどこか神妙な面持ちになる。

 

5年前——時期を考えればラブライブ決勝が行われた直後、“未来”と共に究極の光を生み出したのは彼女達だ。もしかすると先ほどの写真が撮られた時点でAqoursの9人は自分達のマネージャーがウルトラマンであることは知っていたのかもしれない。

 

Aqoursの人達は彼の……ウルトラマンとしての宿命を受け入れたのだろう。そして一緒に戦い抜くと決めた。

 

もし……もしも自分が同じように、同好会のみんなにタイガ達のことを知られてしまったら…………彼女達は、どう受け止めてくれるのだろう。

 

きっと多くのメンバーは応援してくれる。かすみのように。

 

 

……けど、()()()

 

 

「うん?」

 

春馬がじっと歩夢の横顔を見つめていると、それに気づいた彼女の口元が綻ぶように緩む。

 

何か言葉をかけようと口を開くが、何も出てこない。

 

同好会の中で一番付き合いが長いはずなのに…………この時だけは、何故だか歩夢の反応を想像することができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海がすぐ近くにあるんだ…………」

 

「すっごぉい……!素敵なところだね!」

 

バス停に降りて、最初に飛び込んできた海色の光景に驚嘆の声を漏らす。

 

頬を撫でる風は潮の香りがして……東京とは違い人通りの少ない道も相まってノスタルジーな印象を覚える。

 

「こんなに綺麗な場所があったなんて……。まだ来たばっかりだけど、なんだか得した気分になるね」

 

「そうだね。……この景色を、Aqoursの人達も見てたんだ」

 

背後にある坂道へ振り返り、期待に胸を膨らませながら春馬達は歩き出した。

 

耳朶を触れるカモメの鳴き声を聞きながら、坂を上りきった先にあるであろう学び舎に思いを馳せる。

 

これから向かおうとしている場所————9()()()()()()()()A()q()o()u()r()s()がいた学校はもう無い。どうやら別の高校と統廃合になってしまったらしい。

 

3年生のメンバーが卒業し、廃校になってからもスクールアイドルとして動いていた者はいたようだが、その時には活動も穏やかなものになっていたようで……大きな大会やイベントの記録で名前を見ることはなかった。

 

なんとなく想像することはできる。きっと彼女達は……無くなる運命にあった自分達の学校の名前を小さな歴史に刻み込むために、ラブライブ優勝を目指したんだ。

 

()()()()()()という事実を残すために、Aqoursは——————

 

 

 

「………………」

 

平坦になった地面に踏み入れ、数十メートル先に見えた建物を一目見て春馬は思わず立ち止まった。

 

「……ハルくん?」

 

怪訝な眼差しを注いでくる歩夢に構わず、彼は小さく口を開けたまま呆然としている。

 

…………その場所は、()()()()()()()()()()

 

ラブライブに優勝しただけじゃなく、地球の危機を救ったという英雄達が過ごしていた場所だというのに、そこからは何も特別な空気が感じられない。変哲もない“田舎の学校”。

 

バスを降りた時に感じた潮の匂いだけが、自分達の元いた東京と違う土地にいるのだなと感じさせる。

 

 

「…………っ」

 

「えっ……!?ち、ちょっとハルくん!?」

 

気がついた時には、その場から駆け出していた。

 

 

「か、勝手に敷地内に入るのはさすがに……!——ちょっと待ってよ〜!!」

 

「はあっ……はぁ……っ!!」

 

背後から聞こえる歩夢の声など聞こえていないかのように、春馬はひたすら校舎を目指して走る。

 

強風が巻き起こるほどの速度で校門をくぐり抜け、ミサイルのような勢いと共に一直線に玄関へと飛び込んだ。

 

『おい春馬……急にどうしたんだ?』

 

春馬が1人になったのを見計らってタイガ達が霊体となって姿を見せる。

 

彼は依然として早足で廊下を歩き進めながら、うわ言のように呟いた。

 

「……何か感じる?」

 

『え?』

 

「タイガ達は何か感じない?こう……ウルトラマンの直感みたいなので」

 

『はあ……俺は特になにも』

 

『最初に提案した俺が言うのも何だが……同じく』

 

『私もだ』

 

3人の言葉を耳にし、春馬は「そう」と小さく肩を落とす。

 

正直に言うと…………どこか拍子抜けしている自分がいた。

 

かつての英雄が……“未来”達が過ごした場所。そこに行けば特別な何かが感じられるかもしれない、と。だがそれは間違いだった。

 

不確かな希望を抱いてやってきた春馬を微笑ましく一蹴しつつも、窓から差し込む太陽の日差しが彼を歓迎している。

 

「何もないけどよく来てくれたね」と、親戚のお婆さんが優しく迎え入れてくれているような……暖かい雰囲気がそこに充満していた。

 

 

 

「………………」

 

体育館らしき場所に踏み込むと、太陽の光は一層強く感じられた。

 

視界を遮る光のカーテンが春馬を導くように揺らぎ、自然と彼の足を空間の中央へと誘う。

 

「あれは……」

 

ふと視界の端に見えた部屋へ視線を流す。

 

空き家のように寂れた一室。

 

なぜかその部屋が気になってしまい、吸い寄せられるように戸の前まで足を運んだ————その時、

 

 

 

「いい所でしょ」

 

「へ?——わあっ!?」

 

音もなく背後に姿を現した少女の存在に気付き、春馬は漫画のように派手な転倒を見せた。

 

「大丈夫?」

 

「いっつ……!き、君……いつからそこに……!?」

 

「今来たの」

 

尻もちをついた春馬を面白がるように笑った後、少女は手を差し伸べて彼が起きるのを助けてくれた。

 

あまり特徴的ではない肩ほどまで伸びた髪に、ほんの少しだけ季節外れな半袖のセーラー服を身にまとい柔らかな笑みを浮かべている小柄な女の子。

 

立ち上がり、改めて彼女と視線を合わせた時————春馬は、直感的に「この学校の関係者だ」と思った。

 

 

◉◉◉

 

 

「着いたぞ、ここだ」

 

「これはまた……随分と辺ぴな場所ですねえ」

 

海辺にあるバス停付近に降り立った2人の宇宙人————マーキンド星人とマグマ星人は、地球人の姿へと化けつつ茂みの中へと身を潜めた。

 

直後にマグマ星人がレーダーのような電子機器を取り出し、何やら探知を開始する。

 

「この辺一帯は、かつての英雄様……ウルトラマン達が潜伏していた土地。なかでもこの坂を上った先にある建物には……“究極の光”に似た反応が検出されたって話だ」

 

「なんと……!究極の光といえば、あの……!?」

 

「ああ、かの暗黒宇宙大皇帝……“エンペラ星人”を倒したっていう強力なエネルギー」

 

注意深くレーダーを確認しながら、2人は移動を始める。

 

今日この地————内浦にやってきたのは他でもない……風の噂で流れてきた情報の真偽を確認し、商売に利用できそうな物であれば手に入れるためである。

 

闇の皇帝を打ち倒した“究極の光”……それと同質の力を得ることができるとなれば、喉から手が出るほど欲しがる輩は大勢出てくるはずだ。

 

「しかし……そう上手いこといきますかね?」

 

「安心しろ。万が一邪魔が入ったとしても…………」

 

不敵に笑ったマグマ星人が、腰に添えたカプセルらしきものをひと撫でする。

 

それは心臓のように脈打っており…………まるで、今にも暴れ出したいと主張しているようにも見えた。

 

 

「俺達には————“ディノゾール”がある」

 

 

 




今回はトレギアが関与しない代わりにヴィラン・ギルドのお二方に登場してもらいました。
春馬達が出会った少女は一体何者なのか……!?

もしかすると構成の問題で中編が追加される可能性がありますが、予定通りいけば次回、ついにタイガが……。


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第31話 輝きはいつもそこに:後編


なんとか中編を追加せずにまとめることができました……。


「ウラコさんは……よくここに来るの?」

 

「いつもいるよ」

 

薄い笑みを浮かべたまま軽やかなステップで廊下を移動する少女に置いて行かれないよう、春馬も彼女の後ろを早足気味で付いていく。

 

自らを“ウラコ”と名乗ったセーラー服の彼女は…………突然現れたかと思えば、春馬に対して校内を案内してくれると申し出てくれた。

 

「ええっと……君はこの学校の生徒だったの?」

 

「ふふふ、どうだと思う?」

 

階段を駆け上がり踊り場で立ち止まった彼女は振り返ると、妖精が囁くような透き通った声で言った。

 

可愛らしく微笑み尋ねてきたウラコに戸惑いつつも、春馬は一段一段に足を乗せながら答える。

 

「制服を着ているから……OG?……違う?」

 

「内緒」

 

「ええっ?」

 

からかうように笑いながらウラコは跳ねるように階段を上り進めていく。

 

掴みどころのない雰囲気は……本当に妖精か何かと話しているかのような感覚だった。

 

 

「………………」

 

彼女の背中を追いながら校内を歩いていると、気になるものが時折視界に入ってきた。

 

部屋の中や、廊下…………至る所にある落書きの跡。チョークで描いたものだろうか。窓から見えた中庭の壁にも、虹の模様や「ありがとう」といったメッセージがペンキで塗られていた気がする。

 

……たぶん、かつての生徒達が残したものなのだろう。

 

「気になる?」

 

「え?」

 

ぼうっと描かれていたそれらを眺めていると、いつの間にかすぐ近くまで迫っていたウラコが顔を覗き込んでくる。

 

彼女は教室の床に描かれたイラストを見つめながら、どこか誇らしげな顔で言った。

 

「素敵でしょ」

 

「素敵……………………うん、素敵だ」

 

数秒考え込んだ後、確信するように春馬は頷く。

 

理由はわからない。けれど…………強く心に訴えかけてくるものを感じる。

 

かつて青春を過ごした者達の想い。それが形となって現れているようだった。

 

 

「——Aqoursのことが知りたくて来たの?」

 

「……えっ!?どうしてそれを……」

 

唐突に心を読むような問いかけをしてきたウラコに驚きつつ、春馬は肯定の意を示しながら聞き返した。

 

「ここに来る人達は、みんなそうだったから」

 

緩めた口元はそのままに、彼女は懐かしむようにしみじみとした声を漏らす。

 

やがて春馬の方に向き直ったウラコは、真っ直ぐに彼の瞳を視線で射抜きながら言った。

 

「実際に来てみて…………どう思った?」

 

彼女が口にした言葉を聞いて、春馬は深く思考を巡らせる。

 

……それでもやはり、数分前に感じたもの以外の感想は浮かんでこなかった。

 

「普通だな……って」

 

「ふふふ、そうだよ。特別なことなんか何もないもん」

 

春馬の返答に満足するように笑った後、ウラコはその場から駆け出してはくるくるとスカートを翻して舞ってみせる。

 

「でもね、あの子達は————ううん、ここの生徒達はすごいんだ。彼女達自身はみんな普通だったのに…………普通じゃないことをやってのけちゃった」

 

「それって……ラブライブで優勝したこと?」

 

「部分的に見ればそうだね」

 

いまいちピンとこない答えを返してきたウラコに首を傾けつつ、さらに続けようとする彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「生徒の数が足りなくて廃校だなんて……今時よくある話でしょ?……けどね、彼女達は足掻いた。足掻いて足掻いて……足掻きまくった!」

 

ステップを踏んでいた足を止め、振り向きながら彼女がよく通る声を張る。

 

「それだけでも凄いことなのに、みんなそれで満足しなかったんだ。びっくりするくらいジタバタして————この学校の名前を永遠なものにしちゃった!……あの時は私も、すっごく嬉しかった!!」

 

「………………」

 

心底楽しそうに話す彼女を見て、春馬も自然と笑顔になっていた。

 

ゆっくりと足を進めるウラコの後ろに付き、また歩き始める。

 

「ウラコさんは……この学校が大好きなんだね」

 

「うん、好き。……みんな大好きだよ」

 

幼い子供のように無邪気な笑みを見せるウラコ。

 

屈託のないお日様のような雰囲気を持った彼女は————まるで自分達を暖かく迎え入れてくれた、この土地を体現したような人だなと、そう思った。

 

 

 

 

「あなたは……他の子とはちょっと違うみたい」

 

「……え?」

 

屋上までやってきた直後、前触れもなくウラコが言った。

 

「どういう意味?」

 

「うーん……。あなた自身にわからないなら、私にもわからないかも」

 

「ええ……?」

 

よく理解できないことを発するウラコに困惑しながらも、ダンスのような足運びで屋上を舞う彼女を目で追う。

 

 

「Aqoursのことが知りたいんだよね?————どうすればいいのか、もうわかってるんじゃないかな」

 

滑らかな動きで地面を巡りながら彼女が口にする。

 

春馬は俯いて胸に手を当てた後…………ここを訪れた当初から渦巻いていた感情をぐっと飲み込み、顔を上げた。

 

 

————Aqoursは…………彼女達は、特別なんかじゃなかった。それはきっと……マネージャーだった“未来”も同じ。けれどみんなが一生懸命だったんだ。

 

目の前のことを必死でやり遂げて、そびえ立つ壁も全部乗り越えて…………そうやって、自分達が普通として受け入れてきたものを守ろうと足掻いた。

 

変わったことは何一つしていない。彼らはどこまでも普通だったんだ。…………ただ少し、その情熱が際立っていただけ。

 

(……俺達は、このままでいいんだ)

 

握りしめた手を胸元まで掲げる。

 

自分やタイガ達のやることは変わらない。……今のまま頑張ればいいんだ。かつて“未来”という少年がそうだったように。

 

瞬間瞬間、目の前にあることを一つずつ。そうして積み上げてきたことは…………きっと最後にはかけがえのない思い出として、自分達の中に残り続ける。

 

……自分達らしく、前に進めばそれでいいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうハルくんてば……どこに行ったのかな……」

 

恐る恐る玄関をくぐり、幼馴染の気配を探りながら歩夢は廊下を歩き進めた。

 

目的地である学校が見えた途端に、彼はとても追いつけないような速度で走り出して…………あっという間に姿を見失ってしまったのだ。

 

病院のベッドに臥せっていた時では到底考えられない脚力と体力。

 

退院できたのだから、健康になったのだからいいじゃないか。今までそう思っていたのだが…………やはり不思議なことに変わりはない。

 

(……()()()()()

 

無意識に結ばれていく真実の像。

 

そんなわけがない。そう結論付けようとしても思い当たる節がありすぎる。

 

…………もしかすると、彼は——————

 

 

 

 

「こっちの方じゃないか?」

 

「いやいや、もっと上に……」

 

 

「…………!」

 

不意に耳に入った何者かの声。

 

「ハルくん!?」

 

歩夢は反射的にその場から駆け出し、声が聞こえた曲がり角の先を確認しようと身を乗り出した。

 

「「……………………」」

 

「…………………………」

 

信じ難い存在と視線が重なる。

 

頭に触角を生やした異形と、黒ずくめの身体に金髪の男。探知機のような機械を手にしている彼らは突然飛び出してきた歩夢を一目見るなり、

 

「「うおあああああああああああっ!?!?」」

 

「きゃあーーーーーーーー!?」

 

揃って建物中に響くような叫び声を轟かせた。

 

 

◉◉◉

 

 

「……!今の声……歩夢……!?」

 

不意に聞こえてきた悲鳴に反応し、脇目も振らずに春馬は駆け出す。

 

「…………」

 

慌てた様子で屋上から去っていく彼の背中を、ウラコは笑顔を崩さないままじっと観察するような目で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どどどどどどどうします!?まさか私達を追ってきた例の防衛チームの人間じゃ……!?」

 

「待て待て待て……!落ち着け!一般人の可能性もあんだろ……!」

 

冷静さを失いあたふたしている2人から距離を取り、歩夢は恐る恐る呟いた。

 

「う、宇宙……人……?」

 

 

「歩夢ーーーーーーっ!!」

 

直後、上の方から自分を呼ぶ声が反響し、咄嗟に付近にあった階段を見やる。

 

騒がしい足音を散らしながら駆け下りてきたのは————先ほどはぐれてしまった幼馴染だった。

 

「ハルくん!」

 

「歩夢!どうかし————って、うええええ!?!?」

 

駆けつけてきてすぐに歩夢のそばに立っていた宇宙人達が視界に入り驚愕の声を上げる春馬。

 

『マーキンド星人にマグマ星人だって……!?明らかに怪しい組み合わせだぞ!!』

 

「わ、悪い宇宙人なの……!?」

 

『え?あー…………とりあえず確保で』

 

「ええっ!?」

 

『ほら行け!』

 

捲し立てるタイガの言葉を聞いて一層焦りが募る。

 

ひとまず歩夢を庇うようにして宇宙人達の前に立ちはだかり、必死に険しい表情を作って威嚇した。

 

「チィ……!面倒な!」

 

「おおっと……!」

 

するとマグマ星人は手にしていたレーダーをマーキンド星人へと押し付けた後、対抗するように腰に下げていたカプセル状の入れ物を春馬達の前に突き出した。

 

「おい地球人!余計な動きは見せるんじゃねえぞ……?この“怪獣爆弾”をぶっ放されたくなければな!!」

 

変形させ、拳銃のような形状となったカプセルの先端を春馬達に突きつけながらマグマ星人が叫ぶ。どうやらタイガの早計すぎる判断は正しかったらしい。

 

『怪獣爆弾……確か近頃活発になってきている“ヴィラン・ギルド”とかいう組織がばら撒いているという話を聞いたことがある』

 

『ああ……発射と同時に圧縮された怪獣が飛び出てくるぞ』

 

『へっ!やっぱりロクな奴らじゃなさそうだな!』

 

緊迫した空気が漂い始め、互いに動けない状況になる。

 

(どうすれば……っ)

 

「……ハルくん……」

 

後ろに身を隠しながら不安げな声を漏らす歩夢。

 

とにかく彼女だけは安全な場所へ移さないといけない。この場にいたんじゃ変身することも憚れる。

 

息が詰まるような1秒が続き、銃口を振り払って退避するタイミングを窺っていたその時————

 

「——んんっ!?レーダーが最上階を指してもの凄い反応を!!」

 

「なにぃ!?」

 

思いもよらぬ隙を、宇宙人達は見せた。

 

『春馬!!』

 

「うん……!!」

 

マーキンド星人とマグマ星人の視線が奴らの手にしていたレーダーへと移った一瞬を突き、踏み込む。

 

「速っ!?——くそっ!!」

 

裏拳を放ち素早く怪獣爆弾を窓から外へ弾き飛ばした春馬を見てマグマ星人は右腕にサーベルを出現させ、咄嗟にそれを振るって彼の左肩を裂いた。

 

「ぐっ……う——!」

 

「ハルくん!!」

 

「大丈夫……!」

 

動きが止まっている間に2人の宇宙人は窓を飛び越え、地面に転がっていた怪獣爆弾を再び拾い上げて構える。

 

「ちくしょうめ……!!今回は引くぞッ!!」

 

「ひ、ひえ〜!!」

 

 

「……!待てっ……!!」

 

奴らを追跡しようと春馬が身を乗り出した直後、閃光と共に花火が打ち上がるような音が炸裂。

 

「ハハハッ……!潰されちまいなァ!!」

 

「……!?」

 

発射された弾丸(カプセル)は校庭の真上でピタリと静止し、徐々にその外見を巨獣のような形へと変化させていく。

 

「あばよっ!」

 

春馬達が狼狽えている隙を狙い、マーキンド星人とマグマ星人は瞬時にその場から逃げ出してしまった。

 

 

「「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッッ!!!!」」

 

ビリビリと空気を伝って届く怪獣の絶叫。

 

「……!まずい……!!」

 

「こ、これって……怪獣……!?」

 

急いで外へ飛び出した春馬と歩夢のすぐ近くに巨大な影が着陸し————刹那、目視できないほどの速度で放たれた()()が2人の間を断つ。

 

「きゃあっ!!」

 

「うわっ……!?」

 

大地が両断され、その衝撃によって吹き飛ばされる歩夢。

 

「っ……あゆ……むッ!!」

 

血の気の引いた身体を起こしてすぐさま倒れ伏している彼女のもとへ駆け寄るが、既に気を失ってしまっている状態だった。

 

「頭とか打ってないよね、これ……!?」

 

『見た感じ大きな外傷はなさそうだな。ひとまず安全な場所へ運ぼう』

 

「うん!」

 

タイタスの言葉を聞き、反射的に歩夢の身体を抱えて校舎の屋上まで跳躍。

 

彼女をゆっくりと下ろした後、春馬は背後に迫る怪獣へと鋭い眼差しを向けた。

 

 

「この子は私が見てるよ」

 

不意に背後から飛んできた声に肩を震わせる。

 

咄嗟に振り返ってみると……そこにいたのは、あの妖精のような少女。

 

「ウラコさん……」

 

「ここで暴れられるのは困るから、もうちょっと遠く…………海の方で戦ってくれるかな」

 

「……?」

 

歩夢の横で膝を折り、彼女を見守るような視線を注ぎながらウラコは言う。

 

異様な気配を感じ取ったタイガは、静かにしゃがみ込んでいるウラコに対して探るような眼を向けた。

 

『……まさか…………俺達が見えてるのか……?』

 

「えっ!?どういうこと————!?」

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーッ!!!!」

 

聞き返そうとしたその時、轟音と共に拡散する怪物の咆哮。

 

振り向いた先に見えたのは————暗い青色の体表に、長い首によって大きな胴と繋がっている頭部を二つ備えた怪獣。

 

『宇宙斬鉄怪獣“ディノゾール”…………その変異種、“ディノゾールリバース”か』

 

「なんか怖ぁ……!」

 

『……!来るッ!!』

 

多くの疑問が頭の中を横断するなか、強引に目の前にいる危機にだけ意識を集中させる。

 

どうしてウラコにウルトラマンであることがバレたのかはわからないが…………今は戦わなければ。

 

 

《カモン!》

 

「バディゴー!!」

 

《ウルトラマンタイガ!!》

 

屋上から飛び降りると同時にタイガスパークを起動。瞬時にタイガの肉体へと変身を遂げ、

 

『(はあっ!!)』

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!」

 

ディノゾールリバースの巨体に突貫。奴を持ち上げたまま飛翔して水平線を目指す。

 

「◼︎◼︎ーー!!」

 

(うぐっ……!?)

 

海岸に到着した直後、目にも留まらぬ速さで繰り出された()()()刃がタイガ達を刻み、雨のような火花を散らした。

 

バランスを崩した巨人と怪獣が海面へと叩きつけられ、高層ビルの如き水柱が打ち上がる。

 

(さっきから一体……何なんだ……!?)

 

『奴の舌だ!』

 

『この速度……目で捉えるのは不可能だぞ!』

 

(それならフーマのスピードで————うわぁ!?)

 

春馬がタイガスパークを操作するよりも前にディノゾールの放った舌による斬撃がタイガの身体を掠める。

 

攻撃の間合いが広すぎる。回避に注意を削がれてしまってフーマへバトンタッチができない……!

 

「「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーッ!!」」

 

『ぐぉ……っ!!』

 

双頭から同時に伸びた刃が退路を消しながらタイガの肉体を切り刻む。

 

このまま喰らい続ければすぐにエネルギー切れを起こしてしまう。体勢を立て直しつつ次を警戒————!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ハル……くん……?」

 

遠くの方で何度も巻き上がる海水。

 

ぼやけた視界の奥に見えた巨人と怪獣の戦闘に、歩夢はこれまでには無かった胸のざわつきを感じていた。

 

「おはよう」

 

ふと横に顔をずらしてみると、そこには涼しい表情で自分を見下ろすセーラー服の女の子。

 

目覚めた自分を介抱するように背中へ手を回しながら、彼女は空気の中に溶けてしまいそうな幻想的な声色で言った。

 

「頑張ってるね、彼」

 

「……え?」

 

「もう気付いてるんでしょ?ウルトラマンの正体」

 

怪獣と命のやり取りを行っている光の巨人を見つめながら、少女は歩夢に語りかけてくる。

 

…………目の前にいるこの女の子が何者かはわからない。けど、彼女には何もかも見透かされている気がして、

 

「…………どうすれば……いいのかな」

 

ほとんど独り言のように歩夢は呟いた。

 

————巨人が怪獣と戦う姿を見て、そして今少女に問いかけられて…………確信してしまった。

 

ウルトラマンに変身しているのは春馬だ。秋葉原に怪獣が出現したあの時から…………彼はずっと戦い続けてきたんだ。

 

「あなたにできることは、とても限られてると思う」

 

隣に腰を下ろしつつ、少女は膝を抱えながら小さくこぼす。

 

「だからその限られていることを一所懸命にするんだよ」

 

「限られていること……?」

 

「あなたは彼の()()?……彼のために何ができると思う?」

 

歩夢の心の奥で燻っている感情を呼び起こそうとするように、少女の瞳は真っ直ぐに彼女を捉えていた。

 

 

「私は……」

 

自分は春馬の幼馴染で、同好会の仲間で………………それだけだ。

 

今思えば彼の病が治ったのもウルトラマンになった影響なのだろう。そこにどんな想いがあったのかは知らない。でも自分の身体が健康になるから、という理由ではないはずだ。

 

彼はきっと自分にできることを精一杯やろうとしてる。

 

だったら…………だったら、自分も——————

 

「いつまでも……支えられるだけじゃダメだよね」

 

これまでのことを思い返しながら、歩夢は立ち上がる。

 

これからも春馬に寄り添いたい。

 

病室で過ごすことしかできなかったあの時……自分はただ見守ることしかできなかった。()()()()()()()()()()()()()()

 

だから、今度は…………“支える人”になりたい。

 

 

「————え?」

 

刹那、歩夢の胸が眩く輝き始めた。

 

暖かい……どこか安心するような光。

 

「ふふ」

 

太陽の如き熱を放ち始めた彼女を一瞥し、少女は薄く笑う。

 

「……そっか、あなた————あの子と同じなんだね」

 

「えっ?えっ……?」

 

「いいよ。私も()()を……信じることにする」

 

「きゃっ……!?」

 

少女の身体もまた凄まじい輝きを放出させた後————歩夢の胸元へ人差し指を向ける。

 

直後、歩夢の輝きと共鳴するように少女の光は集束し……黄金色の剣へと変化を遂げた。

 

 

「どうかあなた達にも…………素敵な物語が紡がれますように」

 

 

そう少女がこぼした次の瞬間、剣は海岸目掛けて一直線に()()された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……!?なんだ————!?)

 

『うおおッ!?』

 

物凄い速度で迫ってきた黄金のエネルギーがタイガのカラータイマーへと吸い込まれ、一体化していた春馬の目の前まで降りてくる。

 

光で構成された……黄金色の剣。それは春馬が腰に身につけていたホルダーへと宿り————新たな“力”として顕現した。

 

(新しい……キーホルダー……?)

 

『これは……俺の、光の力と共鳴している……!?』

 

いつも使用しているタイガのキーホルダーよりもふた回りほど大きくなり、クリスタルも三つに増えている。

 

そして何より…………これまでのそれとは比較にならないほどのパワーを感じる。

 

(……タイガ)

 

『ああ、試してみる価値はありそうだな』

 

(ようし……!よくわからないけど————!)

 

《カモン!》

 

ホルダーに下がっていたそれを手に取り、春馬はタイガスパークのレバーを操作。

 

(新しい力で……あの怪獣を倒そう!)

 

 

《アース!》

 

《シャイン!》

 

キーホルダー上部にある二つのクリスタルにそれぞれタイガスパークをかざし、力を解放。

 

……なんだかほっとする。

 

まだ入院していた頃、歩夢がお見舞いに来てくれた時に感じた…………暖かな気持ち。それが形となって現れているかのようだった。

 

 

(————輝きの力を……手に!!)

 

手甲が装着された右手で握り締めた直後、キーホルダーが翼を広げるように展開。

 

瞬間、溢れ返るような黄金色のエネルギーが春馬達を包み込んだ。

 

 

 

《ウルトラマンタイガ!フォトンアース!!》

 

 

 

 

「「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッッ!!!!」」

 

ディノゾールリバースが放った二重の斬撃がタイガへと殺到する。

 

しかし彼は防御の姿勢は取らず、ただ目の前の怪獣を一撃で粉砕できるだけのエネルギーを蓄積し続けている。

 

 

『(はぁぁぁああああ…………っ!!)』

 

 

光が晴れ、巨人の全貌が再び露わになる。

 

全身にまとった黄金色の鎧と角。今までのタイガとは違う————“輝きの戦士”がそこに立っていた。

 

 

『(“オーラム——ストリゥゥゥウウウウウウウウウウム”ッッ!!!!)』

 

ディノゾールリバースが繰り出した刃を鎧で受け止めながら、タイガは周囲に作り出した金色のオーロラのエネルギーを光線として撃ち出す。

 

「「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!」」

 

ディノゾールの持つ強靭な外骨格を焼きながらもその威力は徐々に増大し、やがて光線が海のような水色を帯びた時、

 

『(いけぇえええええ……ッ!!)』

 

「「◼︎◼︎————!!」」

 

奴の身体を貫き、その肉体が木っ端微塵に砕けるほどの爆発を引き起こした。

 

 

 

 

(はあっ……はあっ……!)

 

肩で息をしながら春馬は学校のあった方向へ振り向く。

 

今はもう廃校になってしまった校舎。

 

……そこに生き物のような感情はないはずなのに、不思議と春馬には……笑っているように見えた。

 

 

◉◉◉

 

 

(きっとこの金色の力は……あの学校がくれたんだと思うんだ)

 

『は?』

 

帰りの電車の席。

 

夕焼けの光が窓から差し込むなか、春馬は頭の中でタイガ達に向けて言った。

 

『学校がっ……て、どういう意味だ?』

 

(そのままの意味。あの学校が俺達を助けてくれたってこと)

 

『建物に意思が宿っていると……君はそう言いたいのか?』

 

(うん)

 

タイタスの言葉に相槌を打ちながら、春馬は数時間前の出来事を思い出す。

 

あの光————フォトンアースに触れた時、歩夢の心と同時に“別の誰か”の想いが流れ込んできた気がした。それは誰もいない校舎の中を歩いた時に感じた……あの暖かな空気とよく似ていた。

 

(もしかしたら……あの場所を守ろうとしたのかもね。俺達と一緒に)

 

『いやいやいや、そんなおとぎ話みたいなことがあるか?』

 

『ふむ……なかなか面白い推理だな。だとしたら一体どのような作用が働いて……ブツブツ……』

 

『なーに真面目に考えてんだ旦那は……』

 

3人の会話を横目に、春馬は窓から見える景色に視線を移す。

 

…………戦いの後、屋上にいたのは歩夢だけだった。

 

今考えてみても不可解な点がいくつか思い浮かぶ。……“ウラコ”と名乗ったあの少女は、一体何者だったのだろう?

 

……もしかすると、彼女自身が——————

 

 

 

 

「また難しい顔してる」

 

「え?」

 

隣から聞こえてきた声に、春馬は反射的に首を回した。

 

微笑みを浮かべた幼馴染の顔が視界に入る。

 

歩夢は東京を出発した時よりも、遥かに明るい笑顔で語りかけてきた。

 

「大変なことに巻き込まれちゃったけど…………何か得るものはあった?」

 

「うん、たくさんあったよ!何だかすごくスッキリしてる!」

 

「そっか。よかった」

 

ふっ、と真剣な顔つきになった歩夢がじっとこちらを見つめてくる。

 

「これからも、無理はしないようにね。……私はずっとあなたを見てる。いつでもハルくんの味方だから」

 

「へっ?……えーっと……どうしたの改まって?」

 

「ふふっ、なんでもない」

 

「ええー!?気になるよ〜!!」

 

からかうように笑った歩夢は明らかに何かを隠しているようだったけど…………結局彼女は、そのことについて最後まで話そうとはしなかった。

 

 

 

 

衣服に残っていたものか、微かに鼻をくすぐる潮風の匂い。

 

それはまるで、夏の始まりが近づいていることを…………春馬達に知らせているようだった。

 

 

 




初登場で本編における特殊必殺技を発動するフォトンアースくん。
一方歩夢は春馬の正体に気付きましたが、敢えてそれを伝えないことを選んだようで……。
ていうかそろそろライブシーンを書かなきゃですね。

次回からの展開はまだ構想中ですが、近いうちに各メンバーに焦点を当てた個人回を投稿できればと考えております。


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第32話 新しい予感

虹ちゃんの最新情報を見た直後で少しテンションがおかしくなってます。


『む、おはよう春馬。今日もいい天気だぞ!』

 

「おはよう」

 

『いつもより早起きじゃないか?』

 

「うん、なんだか今日は調子がいいみたい」

 

時刻を確認すると……普段よりも2時間ほど早く起床してしまったことに気づく。

 

きびきびとした動きでベッドから降りつつ、肩に乗っているトライスクワッドの面々に返事をしながらリビングを目指そうとする。

 

 

内浦の一件————いやもう少し前、トレギアと戦った時以降なぜだか目覚めも良いし疲労も溜まりにくいのだ。

 

……その変化の原因として考えられる可能性としては、“怪獣の指輪”を使わなくなったことが挙げられる。

 

トレギアを退けた際にはヒカリの力が込められたブレスレットを。先日内浦でディノゾールリバースを倒した際は新たに得た“フォトンアース”の力を使って勝つことができた。

 

そのどちらとも副作用らしき症状が確認できていない以上、前までの体調不良やおかしな夢の原因は指輪にあるということは確定と言ってもいいだろう。

 

 

(……あの子とは、もう会えないのかな)

 

以前夢の中で出会った少年のことを思い出す。

 

自分と同じ顔で、とても悲しそうな表情を浮かべていた男の子。……「指輪を使ってはいけない」と言っていたが、彼にはきっと全てわかっていたのだと思う。

 

……自分を助けるために、彼は…………。

 

「……このこと、やっぱりステラ姐さんやヒカリにも相談した方がいいのかな…………」

 

がちゃり、と自室の扉を開けながら独り言をこぼす春馬。

 

直後、目の前に誰かの気配を感じて顔を上げると——————

 

 

 

「わたし達がどうかした?」

 

 

 

深海のように蒼い瞳が、すぐそこにあった。

 

「……?————ッ!?ステッ…………!?えっ!?」

 

まだ寝惚けているのかと自分の目を強めにこする春馬だったが、いくら眼前にある像を凝視し直しても見覚えのある少女の姿が視界に映る。

 

いつも母が着用しているクマさん柄のピンクエプロンを身につけ…………肩ほどまであった髪は後ろで一つに束ねている。普段よりも家庭的な装いをした七星ステラがそこに立っていたのだ。

 

「な、な、な、な…………なっ……!?」

 

ふと奥に見えた景色に大きく瞳が開かれる。

 

テーブルに着席し、ニコニコと無邪気な笑顔でこちらに手を振っている母の姿。

 

数メートル先に見えた母と目の前にいるステラへ交互に戸惑いの視線を送る春馬に、ステラは凛とした声で語りかけた。

 

「朝ごはん」

 

「は……?」

 

「出来てるわよ」

 

そう言って踵を返す彼女をぽかん、とした顔で眺める。

 

あまりにも不自然な光景だというのに…………何故か馴染んでいるようにも見える自分がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ……海外からの留学生!じゃあステラちゃんは寮で暮らしているのね?わざわざ来てもらっちゃって、申し訳ないわぁ……」

 

「いえ、彼には色々とお世話になっていますから。お礼に手料理をご馳走したいと常々思ってたんです」

 

既に仲睦まじく会話を交わしている2人に渋い眼差しを注ぎながら玉子焼きを口へ運ぶ。美味しい。

 

タイガ達のことで何か用があるのか……どうやら同好会の知り合いという立場を利用して家まで訪ねてきたようだった。こんな早朝にやってきたことを微塵も不審に思わない母が心配になってくる。

 

「少しお手洗い借りますね」

 

「は〜い、玄関のすぐ側にあるのがそうよ〜!」

 

不意にステラが席を外した直後、すっかり興奮しきった母の顔が春馬へと向けられた。

 

「ね!ね!ねえ!いつの間にあんな綺麗な子とお友達になったの!?」

 

「同じ同好会に入ってるだけだよ……」

 

「彼氏さんとかいるのかしら……!?」

 

「ちょ……そういう話はやめてって言ってるでしょ」

 

「ああっ、でも歩夢ちゃんやかすみちゃんも良い子だし……うう、苦しい選択ねぇ……」

 

「聞いてないし……」

 

いつも通りといえばそうなのだが暴走気味の母の言葉を聞き流しながら味噌汁に口を付ける。これも美味しい。

 

見たところステラが作ったのは先ほど食べた卵焼きとこの味噌汁の二つ。どちらも朝食としては定番なメニューである。宇宙人である彼女が地球の食べ物に精通しているとは驚きだ。

 

(姐さんに料理なんて特技があるなんて、なんだか意外だよ)

 

『ははは、違う違う。騙されるなよ春馬』

 

(え?)

 

頭の中で響いたタイガの声に応じる。

 

『あいつにそんな器用な真似ができるかよ。大方ヒカリにお前達の口に合う味を分析してもらって、その通りの工程を踏んでるだけってところだろうな』

 

(レシピを見ながらってことか……。でも慣れてない状態でこれほど美味しいものが作れるなんて、それだけでも凄いよ!)

 

小さな感動を噛み締めつつも、春馬は浮かんでくる疑問に首を傾ける。

 

(でも……どうしてわざわざ俺の家まで来たんだろう?話なら部活が終わった後でもできるのに)

 

『ああそれは……まあ多分だが、あいつなりに距離を縮めようとしてるんじゃないか?』

 

(え?ステラ姐さんが?俺と?)

 

『正確には俺()、だろうけどな』

 

(そっかぁ……!ふふ!)

 

タイガの話を聞いて自然と笑みがこぼれる。

 

出会った当初こそ互いに良好な印象は抱けなかったものの、この短期間で彼女達との関係は想像以上にいい方向へ舵を切ってこられた。

 

もしタイガの言う通りステラが自分達と仲良くしたいと考えているのなら、思わずハグしてしまいそうなくらい嬉しい。とても嬉しい。

 

これからも彼女達とはいい関係が築ければいいな、と……願わずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食が済んでもまだかなり時間に余裕があったので、ステラとは自室でゆっくりと話すことにした。

 

「それで、今日はどうしたんですか?」

 

精巧に造られた氷像のような居住まいで正座している彼女とテーブルを挟んで向かい合い、春馬は緩めた口元で尋ねた。

 

「…………」

 

「姐さん?」

 

少しずつ漂ってきた冷たい空気に表情が崩れる。

 

ステラはどこか高圧的な視線を春馬に突きつけると、叱るような調子で静かに口を開いた。

 

「これと同じものをあなた達も持ってるでしょ?」

 

「……あっ」

 

彼女がテーブルの上に転がした物を見て短い声が漏れる。

 

目の前に出されたのは怪獣のモチーフが加えられた“指輪”。以前まで春馬やタイガ達が戦闘に用いていたものと同質のアイテムだった。

 

『これは……キングオブモンスの指輪か?』

 

『あの時倒した奴の身体から回収したんだ』

 

相変わらずどこからともなく現れたヒカリの霊体が頷き、タイタスに肯定の意を示す。

 

春馬はどこか逃げ腰な態度でステラに上目遣いを注ぐと、恐る恐る彼女に聞き返した。

 

「ええっと……これが何か?」

 

「ちゃんと質問に答えて」

 

「う………………」

 

蛇に睨まれた蛙、という言葉が頭によぎった。

 

「はい……持ってます」

 

「見せて」

 

「………………」

 

ステラに言われるがままに、春馬は戦闘時と同じように左手に意識を集中させる。

 

手のひらの上で次々と像を結んでいく幾つかの指輪。これまで倒してきた怪獣達の残留物。

 

「今までどれくらいの頻度で使ってたの?」

 

「ほぼ毎回です。……やっぱり何かまずかったですかね?」

 

ステラの眉が微かに揺れる。

 

春馬の差し出した指輪を手に取って何やら観察を始めた彼女に代わり、ヒカリが前に出てきて説明をし始めた。

 

『よく聞いて欲しい。……解析してわかったことなのだが、これらには全て……使用した当人に干渉する“闇の力”が込められているんだ』

 

『なんだって……!?』

 

「闇の……力……?」

 

その単語を耳にして一番に浮かんだのは…………あの仮面を着けた悪魔の姿だった。

 

冷や汗を見せた春馬とは逆に、ヒカリは至って落ち着いた口調で続けていく。

 

『恐らくトレギアはこの指輪を用いて怪獣を出現させていた。そこまではわかる。……だが、このアイテムが君達の“タイガスパーク”と連動する仕組みになっていることが妙に気になってね』

 

滑り込んできた話の内容が、過去に記憶した出来事と結びつく。

 

夢の中で出会った少年が口にしていた警告…………その本当の意味が、なんとなく理解できた気がした。

 

「実は……この指輪を使った後、必ずひどい頭痛が走るんです。怪獣を確実に倒すために、俺達はずっと使い続けてきたんですが……」

 

「罠よ。間違いなくね」

 

「罠……ですか」

 

テーブルに並べられていた指輪を全て回収しつつ、ステラは鋭利な目で春馬を見た。

 

「身体の調子はどうなの?」

 

「今は大丈夫です。元気です」

 

「そう。……トレギアの目的すら掴めてないのが現状よ。今後は不確定要素には十分注意して戦いに臨みなさい」

 

「はい……すみませんでした……」

 

「タイガ達にも言ってるのよ。今春馬の身体には4人分の命が詰まってるんだから、無闇な行動は控えるように」

 

『わ、わかってるよ』

 

ステラからお叱りの言葉を聞いた直後、春馬はふと浮かんできた疑問に小さく唸る。…………自分に宿っている命は、()()()4()()()()()()、と。

 

夢の中で出会った少年————彼はきっと自分の中で生きているんだ。そして重要な何かを隠している。

 

何か一つ理解できても、すぐに別の謎がやってくる。

 

この連鎖を終わらせるには、やはり…………あの少年に直接尋ねるしかないのだろう。

 

 

(次に彼と会えるのは…………いつになるんだろうな)

 

 

◉◉◉

 

 

「ワンツー!スリーフォー!ワンツー!スリーフォー!」

 

場所は虹ヶ咲学園の中にあるダンススタジオ。

 

大きな鏡の前で一列に並んだスクールアイドル同好会のメンバー達が、マネージャーが手を打つ音に合わせてそれぞれステップを踏む。

 

「————うん!休憩が済んだら個人レッスンに移ろう!」

 

「疲れたぁ〜……!!」

 

春馬の一声と同時に練習着姿の部員達がガラガラと床に崩れていく。

 

「お疲れ様」

 

「ありがとうステラさん」

 

「うぅ……!最後のステップ間違えたぁ!」

 

「私も少し遅れてたかも……」

 

ステラから受け取ったミネラルウォーターで水分補給をする歩夢達を眺めながら、春馬は満足げな笑みを浮かべた。

 

 

数日前、ラブライブに飛び込むよりも先に個々のスキルアップを図った方がいいとの話が出てきたことから、もうすぐ開催されるとあるスクールアイドルのイベントに同好会のメンバーも参加することになった。

 

イベントでは映像を記録することも可能と聞いたので、その際に録画したライブの様子と共に以前作った紹介PVを動画サイトやホームページに上げる予定だ。

 

楽曲制作、衣装制作共に経過は順調。あとは各々の技術を磨いていくのみという状況である。

 

「全員がソロって聞いた時は驚いたけど……みんな互いに協力し合ってていい雰囲気ね」

 

「はい、俺もそう思います」

 

隣に立っていたステラに対してにこやかに返す。

 

まだ結成されて日が浅いが……この同好会は、本当に素敵な集まりだと思う。

 

たとえグループじゃなくても同じ志を持つ人間同士が繋がって、響き合って成長していく。自分も混ざって練習したいと思ってしまうほど和気藹々とした空間だ。

 

以前秋葉原で感じた、あのトキメキ————それと同じものが春馬の胸をぽかぽかと照らしていた。

 

「……それにしても」

 

不意にステラが真剣な眼差しを見せながら呟く。

 

その視線の先にいるのは…………他のメンバーと穏やかに談笑している歩夢だ。

 

「あなた達…………内浦に行ったって言ってたわよね。向こうで何があったの?」

 

「へ?」

 

唐突な質問を受けて一瞬全身を硬直させてしまう。そういえばステラにはまだあちらで起きた出来事について話していなかった。

 

『それが宇宙人の襲撃を受けてな。ヴィラン・ギルド……とか言ったか?』

 

『すげえ力が手に入ったんだぜ!次に俺が怪獣と戦う時を楽しみにしてな!』

 

意気揚々と話すタイガ達を横目に、彼女は何かを探るような目で歩夢を捉え続けている。

 

「あなた達のことはどうでもいいわよ。それよりあの子————歩夢、たぶん“光の欠片”を宿してるわよ」

 

「えっ!?」

 

突然の情報に春馬が大きく瞳を見開く。

 

驚いている様子の彼の横で、ステラの肩に姿を現したヒカリが淡々とした調子で述べた。

 

『あれは恐らく“一の光”だな。……ヴィラン・ギルドの襲撃を受けたと言ったな、フーマ?迫る危機に反応して歩夢(彼女)の肉体が防衛反応を起こしたと推測できる』

 

「やっぱり予想してた通りになったわね。……これからは一層彼女達に注意を向けておかないと」

 

「………………」

 

複雑な心境だった。

 

光の欠片……とやらを発現した者が現れたのはトレギアへの対抗手段が増えたという点では良いことなのだろう。だがその人物が歩夢となれば……やはり心配の方が勝ってしまう。

 

ステラも言った通り、欠片の力を狙って彼女が危ない目に遭うことだって考えられるんだ。素直に喜べはしない。

 

 

自分らしくやれるだろうか。……やるしかないのだろうな。

 

背負うものがより重くなってもやることは変わらない。

 

自分の……“追風春馬”に与えられた役割を——————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ククッ」

 

床や壁に石が敷き詰められた暗い空間に男の濁った笑声が反響する。

 

 

面白くて仕方がなかった。

 

自分と敵対する存在がこれから衝突するであろう絶望。それを前にした彼がどのような反応をするのか……想像するだけで笑い転げてしまいそうだ。

 

 

 

    『随分と……上機嫌だな』

 

「おや……君から語りかけてくるとは珍しい」

 

遥か彼方から届いたテレパスに向けて肉声で返す。

 

男——トレギアは真っ暗な部屋の中心で直立すると、道化のようだった表情をいつになく神妙なものへと変化させた。

 

    『計画の方は……どうなっている?』

 

「問題なく進んでいるよ。このままいけば……1年も経たずに全ての“欠片”が揃うだろう」

 

    『我が娘は……フォルテの様子は…………どうだ?』

 

「変わりない————と言いたいところだが、最近は少しだけ多感になってきたようだ。ふふ……()()()()でも女の子らしい一面はあるみたいだね」

 

    『使命の障害になる要素は…………』

 

「今のところは心配ない。……大事なビジネスパートナーのご息女なんだ。引き続き責任を持って監視させてもらうよ」

 

    『……そうか……』

 

その言葉を最後に、“闇の巨人”からの通信は途切れた。

 

 

「ふふふふ……まったく大変そうだね、親というものは」

 

ここにはいない少女の姿を思い浮かべる。“ダークキラー”としての与えられた役割をこなすだけの人形の存在を。

 

彼女は以前から自分や兄弟達から「楽しむことを知れ」と唆されてきた。……まあ、後者の場合は善意からだろうが。

 

自分にとってはただの暇つぶしでしかなかった戯言だ。ましてや彼女が本気にするなどとは夢にも思わなかった。

 

……ほんの、数日前までは。

 

「——プハッ……!ハハハ……!!あっははははははハハハハハ!!!!」

 

大きく仰け反りながら天井へ高らかな笑いを上げる。

 

傍らにあるテーブルへ視線を移すと————そこに積まれてるのは大量のスクールアイドル雑誌。

 

闇の巨人が生み出した少女……フォルテが時間を忘れて読み漁っていたものだった。

 

 

 

「興味を持つものが同じだなんて…………仲が良いなぁ、()()は」

 




通い妻と化しそうなステラ。光の欠片が発現した歩夢。そしてスクールアイドルに興味を持つフォルテ。
様々な思惑が錯綜するなか、物語はどういった方向へ向かうのか……。

予定通り進めば次回で初ライブかな?


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第33話 ときめく者たち


ちょいと構成の問題でライブは次回に持ち越しとなりました……。


通常、自分は与えられた使命以外に興味を示すことはない。なぜならそうする必要がないからだ。

 

父から授けられた力と役割を以て、闇に仇なす光の巨人を滅ぼす。それが“フォルテ”という個体に与えられた唯一の生き方。

 

過程の中で茶番に付き合うことはあっても、自ら進んで何かに熱中するなんてことはない。

 

……だから…………だから、これは本来————

 

 

「そこで何をしているのですか」

 

 

————起こり得るはずのない出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、フォルテ様!」

 

「や〜ん!今日も可愛いです〜!」

 

教会の廊下で(たむろ)していた女子高生の信者達に呼びかけると、彼女達はペットとでも触れ合うかのような猫撫で声を発しながら駆け寄ってきた。

 

「祈りの時間が迫っています。早急に地下へ向かってください」

 

「わかってるわかってる!」

 

「はぁ……ちっちゃくてやわらかい……マジ癒される……。あたし今日からフォルテ教に入信する……」

 

「……早く……祈りの間へ」

 

半ば強引に抱き寄せては乳房を押し付けてくる少女に眉をひそめる。彼女達との会話は時間を無駄にするだけなので心の底から嫌悪している。

 

「フォルテ様にフリフリの衣装着せたい〜!」

 

「ねー!さっき見たスクールアイドルみたいなのとか超似合いそう〜!」

 

「わけのわからないことを言っていないで地下へ急いでください」

 

「え〜?フォルテ様スクールアイドルは興味ない感じ?今時珍しいですね〜」

 

「食わず嫌いは良くないですって!ほらほら見てみ!」

 

「……?」

 

一方の少女がフォルテを抱き留め、もう一方の少女が彼女へスマホの画面を見せつける。

 

…………そこに映っていたのは、“光”だった。

 

 

「————」

 

小さな画面の中で音楽と共に華麗に舞っている少女達の姿を見て、フォルテの思考が凍りつく。

 

「やっぱり可愛いなあ、このグループ……!」

 

「背のちっちゃい子達で構成されてるんだよね!」

 

フォルテにとってこの地球上で出会う殆どのものが初めての体験である。そういった文化や娯楽の類はこれまでにも幾つか遭遇してきた。

 

……だが、“これ”は明らかに異彩を放っていた。

 

感情よりもずっと奥、本能そのものを呼び起こされるような感覚。

 

闇から誕生した自分が光に惹かれることはあり得ないはず。だからこそフォルテはかつてないほどの混乱を覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

薄暗く静まり返った部屋の中で雑誌を握りしめ、その内容をじっくりと読み進めていく。

 

数え切れないほどの笑顔。キラキラした衣装。教会に籠もっている日常では絶対に縁のないそれは、フォルテの冷たい瞳に確かな熱を灯していた。

 

「…………スクール……アイドル」

 

ぽつりと呟いた言葉が頭に浸透していくようだった。

 

正体不明の感情がせり上がってくる。自分に何かを訴えかけている。

 

父の命令以外でこれほど自身に影響を与えようとするものは……初めてだ。

 

「…………」

 

おもむろに雑誌へ目を通していたその時、とある特集記事が視界に飛び込んできた。

 

スクールアイドルのイベント。特設会場で開催される小規模な大会。

 

くだらない。制覇したところで大した偉業にもなりはしない。極めて地球人らしい無益な催しだ。

 

…………それなのに、どうして自分はこんなにも()()()()()()()

 

 

「……私は……フォルテ……。ウルトラマンを葬り……宇宙を闇に……染める者……」

 

自らに言い聞かせるようにこぼした言葉が暗闇に溶ける。

 

その後ろ姿を物陰から覗いている者がいることにも気づかないまま、彼女は一心不乱に雑誌の山を築き上げていた。

 

 

◉◉◉

 

 

「昨日は緊張でなかなか眠れなかった……」

 

「私はいつもより沢山すやぴしたから、おめめぱっちりだよ〜」

 

「そういえば心なしか表情がシャキッとしてるわね」

 

 

「ふわ……ぁ……」

 

バスの中で思い思いに時間を過ごしている皆の声を背後に感じながら、春馬は大きな口を開けて欠伸した。

 

これから向かうのはスクールアイドルのソロイベント会場。虹ヶ咲学園が誇るスクールアイドル同好会初陣の場である。

 

……全員、やれることはやった。たとえ目覚ましい結果は出せなくとも、それぞれが1人のスクールアイドルとしてステージに立てるようになったという事実が何より嬉しい。

 

「ハルくん、昨日はあんまり眠れなかった?」

 

眠たげに船を漕いでいる春馬を見て、隣の席に腰を下ろした歩夢が彼の顔を覗き込む。

 

「実はちょっと……今回のイベントに出場するアイドル達のことを調べてて……気付いたらかなり遅い時間に……」

 

「そっか。……会場まで結構時間あるし、移動中にしっかり睡眠とった方がいいよ」

 

「そうさせてもらう……」

 

「うん。私の肩にも遠慮なく寄りかかっていいから、ゆっくり休んでね」

 

 

 

 

 

「ぐぬぬぬぬぬぬ…………!」

 

斜め左方向の席にいる春馬と歩夢に後ろから恨めしそうな眼差しを送る者が1人。

 

隣でプルプルと身を震わせているかすみを横目に、ステラは自分の髪を弄くりながら言った。

 

「悪かったわね、春馬じゃなくて」

 

「え゛っ!?なんのことですか!?」

 

「あははっ」

 

非常にわかりやすい反応を見せたかすみに思わず笑みがこぼれてしまう。

 

当初春馬やタイガ達の監視のために潜り込んだ環境で過ごすなかで、彼女は同好会の中でも一際スクールアイドルに対する想いが強いことがわかった。聞けば廃部寸前だった同好会をたった1人で守っていた時期もあったらしい。

 

まあ努力をおかしな方向に向けたり、空回りすることも多いのだが……彼女はきっと、根っこがいい子なのだと思う。

 

「あなたのそういう素直なところ、好きよ」

 

「な……なんですか急に?」

 

「なに赤くなってるの」

 

「あっ、赤くなんてなってませんけど!?」

 

紅潮した頬を押さえながらそう抗議してくる後輩。

 

正直なのは春馬も同じだが、からかい甲斐があるのは圧倒的にかすみの方である。

 

「ふふふ……ごめんなさい、少し調子に乗りすぎたわね」

 

「まったく……」

 

拗ねた表情になったかすみの横顔を眺めていると、ステラの脳裏に懐かしい記憶が浮かんできた。

 

こうして他愛ない会話を交わしているだけで幸福な気持ちになる。……もう一度、地球の人間社会で過ごす機会がくるとは思っていなかったから。

 

 

「……きっと春馬にとって、あなたの存在はとても大きいと思う」

 

「へ?」

 

唐突に切り出したステラにかすみが間の抜けた声を漏らす。

 

ステラは視線を前へと戻しながら、しみじみとした調子で語り始めた。

 

「ウルトラマンは基本的に地球にいる間は正体を隠さなくちゃならないから、必然的に孤独な戦いを強いられる。……だからあなたみたいに“知ってくれている人”がいるだけでも、結構心が楽になったりするのよ」

 

……なにもできなくても、役に立ててるってことですか?

 

俯きながら聞き取り辛い声量でそう呟いたかすみを見て、ステラは何かを確信するように眼を細める。

 

……彼女はずっと気にしていたんだ。春馬達が戦う姿をただ見ていることしかできないのを。

 

自分にも似たような覚えがあるからわかる。見守るだけという立場は言葉では表現しきれないほど苦しいものだ。

 

——けれどそんな人間達も知らなければならない。戦う者はみんな、そういった健気で真摯な想いが後ろにあるからこそ立ち上がれるのだと。

 

「春馬のこと、ずっと見てたんでしょ?ならあいつが同好会で活動している間、どれだけ楽しそうにしてたかもわかるわよね?……それに応えるためにも、あなたはあなたの役目——スクールアイドルを全力でやり通すのよ」

 

「そ、そんなの……もちろんですよ!」

 

ぐっと顔を上げたかすみがステラへ詰め寄り、力強い表情で言い放つ。

 

「普段頑張ってくれてる春馬先輩のためにも、私は今日のライブでも全力を尽くします!誰も寄せ付けないくらい……すごいパフォーマンスをしてみせるんですから!」

 

「わたしのためには歌ってくれないの?悲しいわ……」

 

「……えっ!?あ、いえ、今のは別にそういう意味じゃ————!」

 

「冗談よ」

 

「な゛っ!!……も、もうステラ先輩なんて知りませんから!!」

 

そう言ってそっぽを向くかすみにまたしても吹き出しそうになった。程々にと思ってはいるものの、気がつくとつい彼女をからかってしまう自分がいる。

 

……守りきらなければならない。この日常…………彼女達の笑顔を奪われないためにも。

 

 

(わたし達は必ず…………トレギアを倒す)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——————」

 

抱えきれないほどの不安と戸惑いを胸に、人形(フォルテ)は東京のビル群を鎌鼬のように駆け抜ける。

 

これまで特別な用がある際にしか教会から出ることはなかった彼女が、今は焦燥に似た感情を顔に出しながら全力疾走している。知る者にとっては一目見ただけで異常事態だとわかる光景だった。

 

 

    『祝おうじゃないか————愛娘の誕生を』

 

最も古い記憶。それはこの世に生まれ落ちた時に聞こえた父の声だ。

 

ウルトラダークキラー————それはあらゆる宇宙、あらゆる星で命を落としてきた怪獣や宇宙人達の怨念の集合体であり、光の巨人の手によって葬られてきた者達の魂が寄り集まり、「ウルトラマンを滅ぼす」という一つの意思を持って再び生を受けた存在。暗黒の亡霊だ。

 

自らの肉体から“キラープラズマ”と呼ばれる暗黒物質を切り離し、分身体を生成することができる彼は…………何よりも先に自分の“家族”となる4人の超人を作り出した。

 

“フィーネ”

 

“ピノン”

 

“ヘルマ”

 

そして“フォルテ”。

 

それぞれが単独でウルトラ戦士達と互角に渡り合えるほどの戦闘能力を備えた“兄弟”達は彼——いや、()()の復讐を果たす手伝いをするために生み出されたのだろう。……少なくとも()()は合っているはずだ。

 

違和感を覚えたのは…………自分達を作り出した後の振る舞い。怨念の集合体であるはずの父が“憎しみ”以外の感情を露わにしたことだった。

 

負のエネルギーを糧としている彼にとって本来あり得ない————“愛情”と表現するのが妥当な行動を幾度か見せてきたのだ。

 

 

今にも殺し合いの喧嘩を始めそうな(ピノン)(ヘルマ)を宥めつつ、傍らからその様子を眺めていた長男(フィーネ)に2人の扱いを学ばせている光景を目撃し、あまりの衝撃にたじろいだこともあった。

 

もしかしたら人間の親子のような関係を…………彼は望んでいるのかもしれない。

 

 

「——私は……なにを……考えて」

 

路地裏に降り立ち、ザワザワと落ち着かない頭に触れる。

 

父が“愛情”を持つなんてこと……十中八九あるわけがない。そう思うのは自分がそうであって欲しいと考えているから————

 

「……?」

 

早まっていく動悸に額が汗ばんでくる。自分は今なにを考えた?

 

これまで保っていた心の均衡が崩れていく感覚。

 

わからない。怖い。一体自分はどうなってしまうんだ。

 

 

 

——————“おやおや”

 

 

 

「……ッッ!!」

 

不意に届いた幻聴の主に向けて拳を振り抜く。直後、その小さな手が周囲の空気を歪ませながらコンクリート壁に突き刺さった。

 

「ふぅ……っ……ふぅ……っ……!!」

 

身体が熱い。確実に何かしらの“変化”が自分の中で起ころうとしている。

 

……よせ、やめろ。本来の目的以外は全て頭から捨てろ。自分が生まれてきた意味を思い出せ。

 

自分は…………“フォルテ”は…………ウルトラマンを滅ぼすために生まれ——————

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ」

 

どれくらいの時間を歩いたのだろう。不意に顔を上げた先に見えた景色に頭が真っ白になった。

 

キラキラ輝いているのは数え切れないほどのバルーン。綺麗に飾られた出店が無数に立ち並んでいる道。その最奥に設置されたステージの上には——————

 

 

『さぁフリーステージの盛り上がりは早くも最高潮です!ですがまだイベントは始まってすらいませぇん!皆さん今日は最後まではっちゃけていきましょうーーーー!!!!』

 

 

画面の中で見た、眩い光景が広がっていた。

 

 

◉◉◉

 

 

「わぁ……!」

 

「すごい人ですね……!少し緊張します……」

 

イベントが行われる特設会場に到着した同好会の面々を迎え入れたのは、想像を超える盛況ぶりだった。

 

バスから降りてすぐに見えた人集りに皆の表情が若干強張る。

 

虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会はこれからデビューする身。彼女達の反応も無理はない。

 

「ここにいる人達、みんなライブを見に来たんだよね……」

 

「…………」

 

「ハルくん?」

 

会場の入り口でじっと立ち尽くしている幼馴染に歩夢が歩み寄る。

 

「すっごいや!!」

 

やがて揺れ動いていた春馬の瞳は彼女へと向けられ、興奮しきった様子で彼は口を開いた。

 

「スクールアイドルが好きだって人がこんなにたくさん……!俺、感動しちゃった!!」

 

「ふふっ、ブレないね」

 

「今の時点でそんななら……ライブが始まったら号泣して飛び跳ねちゃうんじゃない?」

 

「春馬先輩ならありえますね……」

 

相変わらず高ぶったテンションの春馬を見て皆の肩から少しずつ力が抜かれていく……と同時にそれぞれの決意も固まる。

 

今日から自分達は……本当の意味でのスクールアイドルになるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、俺は向こうに行ってるね。姐さん、みんなのことお願いします」

 

「了解」

 

「うん。また後でね」

 

「ステージ上で輝くかすみんの姿を目に焼き付けてくださいね〜!」

 

 

みんなを控え室まで送った後、着替え等のサポートはステラに任せて一足先に外へ飛び出す。

 

ソロイベントではあるが、プログラムは各学校ごとのアイドルで纏められているようで……虹ヶ咲(ウチ)の出番はちょうど中盤辺り。

 

それほど重要な位置にはいないが、歩夢達のやることは他の出場者と変わらない。

 

ライブが終わった後に行われる投票で……より多く観客達の支持を勝ち取った者から順位付けされていく。

 

 

『スクールアイドル……か』

 

「お、タイガも興味出てきた?」

 

『いや、別にそういうわけじゃないが……。ただ兄弟子が話してたことを思い出して、ちょっと気になっただけだ』

 

『星間種族を超えた文化か……。かすみや春馬がこんなにも入れ込むんだ、きっと素晴らしいものなのだろう』

 

『ま、とりあえず拝見させてもらうとしようぜ』

 

「君達も絶対気に入ると思うよ!」

 

自分の中にいる宇宙人と会話を交わしながら、春馬は人混みを潜りステージがよく見える立ち位置を探った。

 

続いて身につけていたショルダーバッグから数日前に調達したペンライトを3本ほど取り出す。動きやすい服装に加えてタオルや水筒もバッチリ持ってきたので、騒ぐ準備は万端だ。

 

「さあっ!いつでも————」

 

 

 

顔を上げようとしたその時、なぜだか視界の端にチラついた銀色に意識が向いた。

 

「………………え」

 

思わずそんな声がこぼれる。

 

熱狂に包まれているライブ会場とは逆に、しんとした佇まいでステージに冷たい眼差しを注いでいる少女が1人。

 

向こうもこちらの視線に気づいたのか、からくり人形のように機械的な動きで首を回してきた。

 

 

「……追風…………春馬」

 

 

顔の半分が銀髪で隠れている、不思議な雰囲気の女の子。

 

それは以前ウルトラ教の教会で出会った————怪獣騒ぎの元凶、その人だった。

 

 




おや?フォルテの様子が……。
ウルトラダークキラーのキャラは原作とはかなり違ったものになる予定です。

さて、次回は再会した春馬とフォルテが揃ってライブ鑑賞……?


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第34話 世界が変わるとき


せっかくのファーストライブ回ですが諸事情により詳しい描写は書かれてません()


————初めて彼を知ったときから不思議に思っていた。

 

追風春馬。3人のウルトラマンと一体化した地球人の少年。

 

自分に与えられた使命は「ウルトラマンの抹殺」。であるならば当然彼も敵として扱うべきである……はずなのに、どうしてこんなにも自分は()()()()()()()()()()()

 

殺意は向けられてもそれはあくまで義務的な感情だ。設定された使命(プログラム)だ。心の底から彼を憎むまでには本気になれない。

 

彼とはもっと別の繋がりがある気がしてならないのだ。

 

いずれそれが何なのか確かめなくてはならない日が来るとは思っていたが——————

 

 

 

「……追風…………春馬」

 

 

 

————まさか、こんなにも早く訪れるとは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君は…………」

 

人混みの中でぽつんと佇んでいるその女の子を認識したとき、大きな驚きはなかった。

 

彼女が余りにもその場に馴染んでいたから。何気ない日常を切り取ったかのように……どこにでもいる普通の少女としてそこに立っていたから。

 

『春馬、こいつ……!あの時の子供だ!!』

 

『まずいぞ……こんなところで襲われれば、周囲の人間にも被害が……!』

 

『怪獣を呼び出される前に動きを封じねえと!』

 

突然のことに慌てふためくトライスクワッドの面々とは裏腹に春馬はひどく落ち着いている。

 

自分達の命を狙い、トレギアと共にこの星を混乱に陥れようとしている者だというのに…………敵意が湧いてこない。それどころか親近感のようなものまで覚える。

 

 

「……こんにちは」

 

『はっ……?春馬!?』

 

頭の中で響くタイガの声を聞き流しながら春馬は少女の側まで歩み寄る。

 

膝を曲げて目線を合わせた後、吸い込まれそうな黒い瞳を正面に捉えながら言った。

 

「あれ?今日はちゃんとお話してくれるんだね」

 

「……………………」

 

「俺の名前、どこで知ったの?……君の名前も教えてくれないかな?」

 

何も言わないままこちらを見つめてくる少女に相変わらず若干の不気味さを感じつつも、春馬は柔らかな笑顔を崩そうとはしなかった。

 

「俺、君のことが知りたいんだ。……どうしてこの会場にいるのか。どうしてこの前は突然ナイフで刺そうとしたのか。どうしていつも怪獣を呼び出したりするのか。たとえ悪いことをしちゃったとしても、その理由が全部わかれば……もしかしたら俺達は仲良くなれるかもしれない!」

 

「………………」

 

少女の表情は変わらない。ただ何かを見定めようとするように、じっと春馬へ虚空からの視線を注ぎ続けている。

 

感情を読み取ることは叶わない。けれど以前よりも遥かに接しやすい空気を彼女から感じた。

 

「————怪獣を……呼び出さなくても」

 

「うん?」

 

「今この場で……周りにいる人間達を……殺し尽くすことくらいは……造作もない」

 

小さく口を動かしてそう呟く少女。

 

『……!こいつ……っ!』

 

「待ってタイガ」

 

自分達を脅すように語りかけてきた彼女から視線を離さないまま、春馬はあくまで穏やかな調子で返す。

 

「君にはそれほどの力があるんだね。……でも、そうするつもりはないんでしょ?」

 

「……何を……言っているの」

 

「タイガ達と一緒にいるうちに悪い心には敏感になっちゃったからさ。君にそんな気は無いってことくらい、こうして話してみればわかるよ」

 

「………………」

 

一瞬、少女の眉が動揺するように震えるのを見た。

 

単に春馬の言動に対する戸惑いか、もしくは自分の胸の内を見透かされたことによる驚きか、それともその両方か。

 

何にせよ彼女が初めて見せてくれた表情の変化を前にし、春馬は嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「スクールアイドル、好きなの?俺もなんだ!実は今日のイベント、俺の友達も参加して————」

 

「わからない」

 

春馬の言葉を遮るようにして少女がこぼす。

 

彼女は真っ暗な瞳の先を横へ逸らすと、細々と不安げな声で続けた。

 

「何も……わからない。あなたの……考えていることも……私自身の……心でさえ……。こんなことは……今まで……一度も……」

 

これまで感じることのなかった、何かに対する興味や関心。初めて体感する気持ちを整理できない。

 

混乱にまみれた思考を総動員してもこの“衝動”の答えは見つからないままだ。

 

「これからわかっていけばいいと思うよ」

 

「……?」

 

「君がそれを望むなら、だけどね」

 

「……私には……やるべきことが……」

 

「やるべきこと……。それが君のやりたいことなの?」

 

プツリ、と何かが止まった。

 

自分のやりたいこと————そんなもの考えたこともなかった。

 

父から与えられた使命は“やりたいこと”なのか。やらなきゃならないことなのは確かだが、そこに自分の意思はあるのか?

 

目の前にいる少年の笑顔を直視できない。……頭が痛くなりそうだ。

 

 

『さあて皆さん!お待たせしましたー!!』

 

 

「——あっ!もうすぐ始まるよ!」

 

「……!?なにを…………?」

 

唐突に手を引かれて上ずった声が漏れてしまう。

 

「せっかく会場にいるんだ!細かいことは後にして、今はライブを楽しもうよ!!」

 

春馬は自らの手に握られていたペンライトを1本少女へ渡すと、興奮しきった顔で彼女へ早口に言葉を浴びせた。

 

「…………」

 

自分の小さな手に収まっている棒状の輝きに目を落とす。

 

スイッチを押すとたちまち色変わりするそれは、少女の暗い瞳を鮮やかな光で照らしていた。

 

 

◉◉◉

 

 

「フォルテが地球の文化に興味を……?——そうか……そうか……!ハハハハッ!!」

 

「嬉しそうだね」

 

泥のような濁った闇が渦巻く異空間。

 

報告を耳にした途端に上を向いて笑った少年に対し、トレギアは微笑みを保ったまま尋ねる。

 

「当然だろう……オレは長男だからな。妹の成長が嬉しくてたまらないんだ……なぜなら長男だからな……ッ!」

 

全身を震わせながら歓喜を表現する少年——フィーネを見てトレギアの口元が一層緩む。

 

「君達はウルトラマンと地球を滅ぼすために生まれてきたのだろう?地球の文化を嗜むことに抵抗はないのかい?」

 

「何を言っている、それとこれとは全くの別物だろう。それに、役目と願望を一緒くたにしている輩はロクな奴がいないと相場が決まってる」

 

「ふふ……誕生して間もない人形から出る言葉とは思えないな」

 

「皮肉のつもりか?」

 

「おっ……と、失礼」

 

咳払いで空気の入れ替えを図りつつ、トレギアは続けてフィーネに問いかける。

 

「では君にも“願望”はあると?」

 

「あるとも。そして既に成就している。なぜならオレは————」

 

「“長男だから”?」

 

「その通りだ」

 

銀色の髪から覗く鋭い眼差しが人間に擬態しているトレギアを捉える。

 

フィーネの「夢中になれる何か」とは弟、妹達の良き兄でありたいというもの。そしてそれは彼にとって現在進行形で叶っている願いだった。

 

「答えるばかりなのは気に食わないな。お前のことも聞こうじゃないか、“仮面の悪魔”」

 

「ふふ、私の願望かい?フォルテには以前話したことがあったが——————」

 

「いいや、そっちじゃない」

 

時間が止まったかのような静寂が場を満たす。

 

笑顔を崩さないまま硬直したトレギアに向けて、フィーネもまた不敵な微笑みを浮かべながら言った。

 

「オレが聞きたいのはお前の中にある醜い()()のことだ」

 

 

「——ああ、コレね」

 

直後、漆黒の輝きが辺りに撒き散らされた。

 

自らの胸に手を当て内にあるモノを()()させてみせたトレギアは、愛おしそうにフィーネに見せつけようとする。

 

「とても象徴的だろう。この世の真理を確立させてくれる鍵さ。……しかし意外だな、君が“光の欠片”に興味を持つなんて」

 

「違うよペテン師。お前は余計なことを口走るな。質問にだけ答えろ」

 

張り詰めた空気の中を進み、フィーネは手を伸ばせば届くほどの距離まで悪魔へ接近する。

 

「そいつは一体どこで拾った?一握りの地球人にしか発現しない代物だ。偶然手にしたとは考え難い。…………オレ達に隠してることを全て吐き出せ」

 

「そう一度に幾つも聞かれては困ってしまうな」

 

「答えないのなら今この場で焼き払う。まずは足、次に腕、胴体————頭を最後にすれば絶命するまで口は聞けるだろうからな」

 

一見無防備に見えるフィーネだがその実、トレギアを前にして一瞬の隙も晒す気は無いようだった。

 

「……ふむ」

 

顎に手を添え、ゆっくりと歩き始めながら悪魔が口を開く。

 

「まず訂正しておきたい部分があるな。君は今『偶然手にしたとは考え難い』と言ったが……とんでもない、これは紛れもなく意図せず手に入れた————とある者の遺品だよ」

 

「なに……?」

 

「いや、あの場合“偶然”よりも“運命”という言葉が相応しいな」

 

すらすらと原稿を読み上げるように語るトレギアにフィーネの視線が突き刺さる。

 

この男は最初から何もかも曝け出すつもりはない。……が、断片的な情報くらいは読み取れる。

 

奴のペースを崩すことは今の状況では無理だ。ならば何も言うまい。

 

「……そうか。君はこの光を恐れているんだね?発展途上の弟や妹達と違って……君はコレに対する嫌悪感が一際強いようだ」

 

「………………」

 

「図星と捉えていいのかな」

 

フィーネの目つきがそれ自体に殺傷能力があるように感じられるほど尖ったものになる。

 

「…………その破片が地球人にとっての希望なら、オレ達にとっての絶望に他ならない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そう口にしたフィーネの瞳に憎悪の感情が満たされていく。

 

……自分の知らない記憶。かつて父が————正確にはその一部が目の当たりにした現象に対する負の感情だ。

 

 

「ふふふ……心配せずとも私は君達を裏切ったりはしないよ。私が光の国の滅亡を望んでいることは嘘偽りのない真実さ」

 

トレギアの背後に巨大な魔法陣が展開され、次の瞬間奴はステップを踏むように軽やかな後退を見せた。

 

「最終的な目標に差異はあれど……今は共に戦う同盟関係。私はこれからも君達とは仲良くしていきたいな」

 

「…………」

 

忽然と姿を消したトレギアの面影を睨みながら、フィーネはここにはいない妹へと思いを馳せる。

 

「変化が起きたことは喜ばしいが、オレはお前が心配だ。……お前の心は純粋すぎるから」

 

踵を返し、フィーネもまた黒い霧の中へと身を溶かしていった。

 

 

「————悪魔に唆されるなよ、フォルテ」

 

 

◉◉◉

 

 

——————眩しい。

 

 

 

    『みんなのプリンセス、かすみんだよ!!』

 

 

    『人生下り坂、上り坂……でもやっぱり〜?』

 

 

    『愛友のみんな〜!愛してるよ〜!!』

 

 

 

——————眩しい。

 

 

 

    『みんなに質問です!今日一番セクシーで情熱的なパフォーマンスをするのは〜?』

 

 

    『Zzz…………』

 

 

    『エマージェンシー?お疲れの方はいませんか〜?』

 

 

 

——————眩しい。

 

 

 

    『こ、こんにちは……。恥ずかしくて何言っていいのかわからない……』

 

 

    『あれ!?皆さん!邪悪なものに取り憑かれていますよ!?』

 

 

 

 

 

目まぐるしく変化する演出に視線が固定される。

 

ステージを中心として広がっている光————その内の一つとして自分も立っている。

 

冷たい石で出来た部屋の中では決して感じることのなかった暖かさ。凄まじい一体感。

 

 

次第にペンライトを握る力が強くなる。

 

知らない。()()()()は知らない。自分の心が、暴走しようとしているのがわかってしまう。

 

…………なんだというのだ。一体自分の中で————何が起こっているというんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……!くぅ〜……!最高だね!!」

 

激しく肩で息をしながら、春馬は極限まで高ぶった感情を全て乗せてそう言い放つ。

 

ニジガクスクールアイドル同好会まで出番が回ってきたと思った矢先、あっという間に8人分のソロライブが終わってしまった。残るは歩夢だけだ。

 

出来ることなら永遠に眺めていたいくらいのパフォーマンスだった。……特に最初のコール&レスポンスを各々で考えてきたのは大成功。あれだけで会場の雰囲気がガラッと変わる。

 

みんな本当に初めてとは思えないくらい活き活きしてて、観客側も十二分に盛り上がっていたと思う。

 

『ほう……なかなか良かったじゃないか。ファーストライブとしては文句なしだな』

 

「同意同意!!あ〜ときめくなぁ!!」

 

『春馬お前……なんかテンションおかし——ってうおッ!?なんで泣いてんだ!?』

 

「え?あ、ほんとだ……全然気づかなかった……」

 

いつの間にか頬を伝っていた雫を拭い去る。

 

だが不思議には思わない。みんなの頑張りがようやく形として表現することができたんだ。これが泣かずにいられるか。

 

 

『……これが…………メビウスの見た景色なのか』

 

「……?タイガ?」

 

ふと頭の中に響いた声の主の名前を呼ぶ。

 

霊体となって春馬の肩に腰を下ろしていた二本角の彼は、前方に見えるステージに広がる景色を目に焼き付けるように前屈みの体勢になっている。

 

その様子から彼の弾んだ気持ちがひしひしと伝わり————自然と春馬の口角も上がっていた。

 

「ねえ、どうだった?」

 

続いて視線の奥に立ち尽くしていた銀髪の少女へとそう呼びかける。

 

彼女は小さな両手で先ほど春馬から渡されたペンライトを握りしめながら、豆粒が一つ入る程度だけぽかんと口を開けていた。

 

「……?どうかしたの?」

 

「……!……あっ……………………」

 

「うん?」

 

震える声音を漏らす少女に歩み寄り、数分前と同じように膝を折って目線を合わせる。

 

そうして視界に飛び込んできた彼女の顔は戸惑いと困惑にまみれたものだった。

 

「……ぁ…………」

 

必死に何かを絞りだそうとしているようだが、どれだけ待ってもそれが言葉として出てくることはなかった。

 

「もしかして具合悪い?会場の熱にあてられちゃったのかな……」

 

「…………」

 

真っ青な顔を見て気遣うように尋ねてきた春馬に対して、少女は無言で首を横へ振る。

 

「え?……じゃあ、ライブ楽しくなかった?」

 

「………………」

 

またしても喋ることなく否定の意を示してくる少女。

 

「…………あ、と………………」

 

やがて答えを見つけたのか、不意に俯いていた顔を上げた彼女は微かに唇を動かすと、

 

 

 

「…………まぶしかった

 

消えそうな声量で、そう言った。

 

「“まぶしかった”……?」

 

「————フォルテ」

 

「へ?」

 

手にしていたペンライトを春馬の胸元へ突きつけつつ、少女はか細い声を紡ぐ。

 

「私の…………名前」

 

「あっ————!」

 

最後に一言だけ残した少女が春馬に背を向け、逃げるようにして人混みの中へと消えていく。

 

 

 

 

「……フォルテ……」

 

ペンライトの持ち手に残滓している弱々しい温もり。

 

春馬は再び立ち上がってステージへと目を向けると、ちょうど現れた幼馴染と視線を重ねた。

 

ピンクを基調とした花のような衣装に身を包んだ……長い付き合いの女の子。

 

 

ライブという場であるからか、不思議と春馬は————彼女と今ここで初めて巡り会ったかのような、真新しい感情を覚えていた。

 

 




とりあえず今作におけるダークキラーがどういった存在なのかは大体わかってきましたね。
一方でフォルテに起こる変化と、ラストで綴られた妙なモノローグ。少しずつではありますが、確実に謎は解かれていっています。

次回から本筋とは少し外れて各メンバーに焦点を当てた回を書いていこうかなと考えております。


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第35話 憧れの戦士:前編


個人回一発目としてしず子回を書こうと思ったのですが、進めてるうちにゲストメインの話と化してしまう事態に……。

少し長めになってしまいましたが、お付き合い頂ければ幸いです。


鉄と鉄がぶつかり合う音が聞こえる。

 

奏でられる剣戟の音色は心地よく鼓膜を揺らし、戦いの最中にさらなる高揚感を吹き込んでくる。

 

 

目を閉じた時……思い出すのはいつも1人の男の後ろ姿だ。

 

無限にも感じられる時間と共に築き上げた研鑽と、その果てに味わった敗北の味。決して忘れることのできない悔しさと、超えるべき好敵手に出会えた歓喜が複雑に絡み合うあの感情はもう味わうことは叶わない。

 

自分の胸にはぽっかりと穴が空いていて、永久に心が満たされることはないのだ。

 

 

……もう一度————“彼”のような者が現れない限りは。

 

 

◉◉◉

 

 

『セイヤァァアアアアッッ!!』

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーー!!」

 

風と一体となり、夕焼けに染まる東京の空を疾駆する青い巨人。

 

相対するは蛇腹のような体表に、ハサミが備わった伸縮自在の両腕が特徴的な————“岩石怪獣サドラ”だ。

 

(いつも通り急に現れたけど……なんだか動きが鈍いね?)

 

『ああ、トレギアが用意した怪獣じゃなさそうだ。ヴィラン・ギルドの養殖ものか?』

 

普段のそれより手応えのない敵を見て春馬とフーマが冷静な調子でそう語る。

 

トレギアが関わっている怪獣ならもっと手強い調整が施されているだろうし…………何よりサドラ(こいつ)()()()()()()()。いつも奴らが呼び出す無機質なモノではこのような活気は感じられない。

 

『怪獣兵器のデモンストレーションでもするつもりだったのだろう』

 

(む……そんなことのために怪獣を出現させるなんて)

 

『トレギアは言うまでもないが……ヴィラン・ギルドの連中も大概厄介な奴らだな』

 

(早いとこ決着付けちゃおう!——フーマ!!)

 

『はいはいっと!』

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!!!」

 

一直線に飛んでくるハサミによる攻撃を難なく回避し、瞬く間にフーマが標的へと肉薄。

 

……怪獣兵器として犯罪組織に利用されているのなら、このサドラもある意味では被害者と言える。が、当然このまま野放しにすることはできない。

 

(……ごめんなさい!!)

 

ならばせめて、と心の中で冥福を祈りつつ春馬はフーマとの同調を強めて技の発動を図る。

 

生成された光の刃が高速回転。そのまま腕を振り抜き、サドラの胴体へ必殺の一撃を叩き込んだ。

 

『(“極星光波手裏剣”ッッ!!!!)』

 

ゼロ距離から放たれた巨大な斬撃がサドラの腹部を抉り、紙を裂くように奴の身体が両断される。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎…………!!!!」

 

完全にその命が絶たれたことを表すように巻き起こる爆発。

 

生命の熱を背中で感じながら、フーマは息をついて静かな残心を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

「向こうで怪獣出たっぽいよ」

 

「またか?勘弁してくれよ……」

 

前方から歩いてきた2人組の横を通り過ぎようとした時、そんな会話が聞こえてきた。

 

そう遠くない場所で大規模な戦闘が繰り広げられたというのに、彼らは自分達には関係ない事かのように避難もせず外を出歩いている。

 

 

この街————東京は突然の非常事態に少しずつ慣れ始めているようだった。

 

ちょうど5年前、沼津を中心として立て続けに侵略者や怪獣が現れたように…………今の東京はいわゆる“怪獣頻出期”に突入しているのだと世間一般ではよく言われている。

 

近頃起こっている一連の怪獣騒ぎが人為的なものであると知っている春馬達はともかく、ニュースや新聞の情報しか取得することができない一般人にとっては終わりが見えず不安極まりない状況だろうが……先ほどの2人組のようにあまり危機感を持っていない人間も存在する。

 

……それもやはり「ウルトラマンがいるから」なのだろうか。

 

これからも出現するであろう怪獣や宇宙人、そしてその黒幕であるトレギアと戦わなくてはいけないことは当然理解している。しかし全てが終わった後、光の巨人に頼りきりなこの社会は変わるだろうか?

 

以前からずっと考えている。“地球人として”できることは自分にないだろうかと。

 

 

(……黒幕といえば……)

 

 

『あの子供のこと考えてるだろ』

 

戦いによる疲労が残る身体を引きずりながら夕焼けに濡れる街道を歩いていたその時、タイガが横から語りかけてきた。

 

「…………うん」

 

『フォルテ……とか言ったっけ?なにを考えてるのかわからない奴だったな』

 

『彼女がどうかしたのか?』

 

「いや、その……観客席にいた時のあの子の横顔を思い出して」

 

数日前の記憶————“フォルテ”と名乗った少女のことを脳裏に映す。

 

ステージ上で舞うアイドル達を見つめる彼女の瞳は、どこにでもいる普通の女の子と変わりないもので……。本当にあの子がトレギアと共謀して怪獣を使役していたのかという疑問が浮かんできたのだ。

 

……いや、自分は確かに彼女が指輪を用いてバルタン星人(侵略兵器)を呼び出すところを目撃している。が、それでも妙な違和感を覚えずにはいられなかった。

 

 

「…………あれ?」

 

夕暮れに染まる視界の端に見えた人影に意識が向く。

 

並び建つ建造物によって陽の光が届かない、街灯の明かりだけが道を照らしている寂れた通り。

 

そしてそんな異世界の入り口を思わせる不思議な道路を歩いている後ろ姿は——————

 

「——しずくちゃん!」

 

それが誰なのか確信を得ると同時に駆け出す。

 

向こうもこちらの呼びかけに気づいたようで、少し驚いた顔を浮かべつつも小さく手を振ってくれた。

 

「春馬先輩。奇遇ですね、こんなところで」

 

「ちょっと寄り道してから帰ろうかと思って……この辺をぶらついてたんだ」

 

腰まで届くほどに伸ばしたロングヘアーに、それをお嬢様結びで束ねている赤いリボンが特徴的な少女。

 

清楚な雰囲気を漂わせている彼女は……同好会の後輩でもある桜坂しずくだ。

 

……確か彼女は実家のある鎌倉からわざわざ学校へ通っていたはず。普段ならとっくに電車に乗って帰路についている時間帯だが……。

 

「ほんと奇遇……というか、しずくちゃんは門限とか大丈夫なの?帰るのに結構時間かかるんでしょ?」

 

「ええ。今夜は両親が遅くなるようでして……夕ご飯も自分で済ますよう言われてるんです」

 

「ああ、それで外食に?」

 

「はい!実はすぐ近くに美味しい担々麺が食べられるお店があるんです!」

 

やけに嬉しそうに答えるしずくに首を傾げつつ、春馬はふと周囲の景色に視線を走らせる。

 

僅かに胸をざわつかせる違和感。その正体はこの通りだろう。周りの建物をよく見てみると全てシャッターが下ろされており、人も自分達以外はいない。

 

何度か通ったことのある区域だが…………こんな場所、今まで見かけたことがあっただろうか。

 

しずくの口振りからして、彼女は何度か訪れたことがあるようだが————

 

「あ」

 

あれこれと考えていたその時、春馬の腹部からぐう、低い音が漏れた。

 

……そういえば戦闘直後でとても空腹だ。

 

「ふふふ。……あっ、もしよろしければ先輩も一緒にどうですか?」

 

「え?俺も?」

 

「はい!とっても美味しいんですよ、“星融軒(ほしとおけん)”の担々麺!」

 

そう笑顔でしずくが口にしたのは店の名前だろうか。彼女はどうやらこの通りに詳しいらしい。

 

……思えば桜坂しずくという少女について自分が知っていることは限られている。これからも同好会の一員として関わっていくことを考えると、一緒に食事をして親睦を深めることも必要なのかもしれない。

 

より彼女を知ることができれば今後彼女の曲を作る際にも役立つことがきっとある。

 

それに何より…………今はお腹がとても空いている。

 

「しずくちゃんが良ければ……ご一緒させてもらおうかな」

 

春馬は数秒考え込んだ後、小さく頷きながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで……しずくちゃんはここら辺によく来るの?俺は何度か通ったことあるけど……こんなシャッター通りがあるなんて、今まで全然気づかなかったよ」

 

しずくの案内に従って街道を歩いている最中、何気なく疑問に思っていたことを打ち明ける。

 

「ああ……やっぱりそう思いますよね……」

 

「え?」

 

すると彼女は意味ありげに顔を逸らし、視線だけをこっそりとこちらへ向けては何かを窺うような素振りを見せた。

 

僅かに流れてくるその感情は警戒にも似ており……まるで春馬を試しているようにも感じられる。

 

「春馬先輩は……宇宙人についてはどうお考えでしょうか?」

 

「……宇宙人?」

 

一瞬どきり、と息が詰まるのを感じた。

 

思わず自分の中に潜んでいる3人のウルトラマン達へ意識を向けかけるも、すぐに正体がバレたわけではないことを認識して返答しようと言葉を考える。

 

“宇宙人”というと……そのままの意味だろうか。いや、密かに地球へ移住して暮らしている者もいるという事実は朧げながら世間に浸透しているはずなので、しずくがそれを知っていたとしても何ら不思議ではないが。

 

けど……どうして急にそんなことを?

 

「うーん……どう考えてるかと言われても、簡単には答えられないよ。普段生活してて道端でよく見かけるわけでもないし」

 

「それもそうですね。……すみません、急におかしなことを……」

 

「ううん。……でも色んな人がいるんだろうなってことだけはわかるよ」

 

閉じかけていた口を開き、「え?」ときょとんとした表情に変わったしずくへ春馬は続ける。

 

「例えばほら、スクールアイドル同好会一つ取ってみてもそうじゃない。みんな同じ地球人だけど、それぞれ個性がある。何かの枠に全員を収めるなんてできっこない」

 

宇宙人も地球人も何も変わらない。“良い人”がいて“悪い人”がいて“どちらでもない人”がいて…………その一欠片として自分達が存在している。

 

鑑みるべきは“種”ではなく“個”だ。誰かを評価するのなら、まずその人自身を見つめる必要がある。

 

「——だからこそ、簡単には答えられないかな」

 

一切の淀みがない瞳でそう口にした春馬を見て、しずくは少しだけほっとするように肩の力を抜く。

 

「先輩らしいですね」

 

「ははは、そうかな。……そうかも」

 

突然の質問に今のような言葉がすぐ飛び出たのも、きっとタイガ達との日々の関わりが関係している。

 

光の国に住まう人々の中には善人と言い切れない者もいる。……あのトレギアのように。

 

宇宙はとても広くて、何かを判断する時につい“考える過程”を省いてしまいそうになるが…………数え切れない種族がいて、その中にも様々な個性を持った者達がいるという一点に関しては、忘れてはならないことだと思う。

 

 

「あ、見えてきました」

 

不意にしずくが指した方向を見やる。

 

シャッターが下ろされた建物が並んでいる中————ひとつだけ明かりが灯された場所があった。

 

入り口に大きく「星融軒」と記されたのれんが掛かっており、何かの店であることは伝わってくる。

 

 

 

 

「こんばんは店長さん」

 

しずくの背後に付きながら恐る恐る戸をくぐった先に広がっていたのは、なんてことのない光景だった。

 

厨房を囲むようにしてある木組みのカウンター席と、壁に貼り付いている古めかしいポスターや流れているラジオの音が昔ながらの雰囲気を演出している。

 

自分達以外にお客さんはいないようだった。

 

「お、こんばんはしずくちゃん。また来てくれたんだね」

 

しずくから「店長さん」と呼ばれた男性が厨房から顔を覗かせ、彼女に穏やかな笑顔を見せる。

 

やけに親しい様子だ。もしや彼女は常連客なのだろうか?

 

「……ん?」

 

男性はなぜだか後ろに立っていた春馬を見た途端に怪訝な表情へと変わり、どこか探るような眼差しを彼に注いできた。

 

「初めて見る顔だな」

 

「お、追風春馬と言います!しずくちゃんとは学校の——」

 

「ハッハッハ!彼氏さんかい?」

 

「へ?」

 

「ち、違いますよ!——ほら、座りましょう先輩」

 

慌てた様子で椅子を引いたしずくに続くように春馬も隣の席へと腰を下ろす。

 

「なるほど先輩さんね。……前と同じのでいいかい?」

 

「はい!春馬先輩はどうしますか?」

 

「えっ?えーっと……じゃあ俺も同じやつで」

 

「了解!」

 

メニューを見ることなく咄嗟に注文を済ました後、春馬は落ち着きなく周囲を見渡しながらひっそりとしずくに尋ねた。

 

「しずくちゃん、よくここに来るの?」

 

「はい。最近はあまり足を運んでいませんでしたが…………同好会に戻る前までは、結構通わせていただいていました」

 

「へえ……。どうしてまたこんな気付きにくい場所で?」

 

2人分のお冷をコップに注ぎながら何気なく聞いてきた春馬に軽く会釈しつつ、しずくはおもむろに口を開く。

 

「先輩もご存知の通り、私は以前まで演劇部の方で活動していたのですが…………まだまだ未熟な身ですから、演技に関して思い悩むことも少なくありませんでした」

 

冷たい水で喉を潤しつつ、彼女は流石のよく通る声音で語りを続ける。

 

「————以前ウルトラ教の教会で発表する予定だった舞台のヒロインを演じると決まった時のことです。オリジナル脚本とのことだったので、当然演じるキャラクターを掴むのも容易にとはいきません。何を参考にしたらいいのか、何を意識して練習に臨めばいいのか。……その時の私は、四六時中そのことについて考え込んでいたんです」

 

演劇に関しては人一倍想いが強い彼女のことだ、一切の誇張のない表現なのだろう。

 

「そして数日に渡って悩んでいたある時、ちょうど今日のように両親の帰りが遅くなる日があったんです。私は学校帰りに、少し寄り道しながら役について考えてみようと思い立ちました」

 

「それで偶然……このお店に辿り着いた?」

 

「はい」

 

綻ぶような笑みと共にしずくが返答する。

 

「初めてここに来たとき……なかなか良いアイデアが浮かばず肩を落としていた私を、店長さんが励ましてくれたんです。それ以降も色々と相談に乗ってくださって————」

 

「大したことはしてないさ」

 

添えられた言葉と同時に目の前に差し出された器に視線が移る。

 

白いどんぶりの中に満たされた真紅のスープに浮かんでいるのは平打ち麺。その周囲には寄り添うように海苔、卵、かいわれ大根などの具材が乗せられている。

 

「俺ぁただ彼女に胸の内を聞いただけだ。『何かあったのか?』って聞いてみりゃあ勝手にべらべらと()()()()吐き出して、結局1人で納得しちまってたよ。助言の類は全くしてない。しずくちゃんが俺に感謝することなんざ微塵もないさ」

 

「いいえ!誰かに話を聞いてもらうだけでもすごく頭が冴えますから!——それに、ここの担々麺にもハマっちゃいましたし!」

 

「そうかい。ならお喋りはそのへんにしてさっさとおあがりよ!」

 

「はい!いただきましょう先輩!」

 

「うんっ!——うわぁ……美味しそう!いただきます!!」

 

合わせた手を流れるような動きで解いて傍らにあった割り箸を取り、真っ赤なスープから麺を引き上げる。

 

からっぽのお腹が刺激される調味料の香り。

 

春馬は息で気休め程度に麺を冷ました後、ゆっくりとそれを口の中へ運——————

 

「————う゛っ!?けっ……けほっ!けほっ!からぃ……っ!?」

 

不意を突くように流れ込んでくる溶岩のような辛味に思わず咳き込んでしまう。

 

「おっと、大丈夫か?」

 

「春馬先輩、もしかして辛いのは苦手ですか?」

 

「えっ……!?そういうわけじゃないけど……っていうか、これ、苦手とかそういう次元のものじゃ————!」

 

真横で平然とした表情のままスープに口をつけているしずくを見て目を剥きつつ、春馬は急いで付近にあったお冷を口内へ放り込んだ。

 

喉が焼けるようだ。普段から辛味の効いた食べ物を好んで摂取しているわけではないが……これは一口で異常だとわかる。

 

「なんだったら別なもん出そうか?」

 

「い、いえっ!食べます……!もったいないですから!!」

 

「ハハハ!いいぜ、行けるとこまで行ってみな!」

 

「本当に大丈夫ですか……?」

 

苦笑する後輩に親指を立てた後、春馬は改めて強敵と対峙する。

 

これは……これまで戦ってきたどの怪獣よりも手強い相手かもしれない……!!

 

 

◉◉◉

 

 

「「ごちそうさまでしたっ!!」」

 

「おう、お粗末さま!」

 

数十分後。春馬としずくの前には空になった器が置かれていた。

 

「最初はヒヤヒヤしたが……兄ちゃん、しずくちゃんに引けを取らない食いっぷりじゃないか」

 

「はい!慣れてしまえばきちんと味わう余裕も出来ました!」

 

「どうでしたか?ここの担々麺」

 

「すごく美味しかった!またいつか食べに来たい!」

 

「ふふふ、それは良かったです。——ちょっとお手洗いをお借りしますね」

 

「はいよ」

 

満足げに笑ったしずくが席を立ち、奥の方にある扉へと歩いていく。

 

 

 

「————で、兄ちゃん。あんた()()()()()()()?」

 

残された春馬が膨れた腹部をさすっていたその時、厨房で背を向けたまま男性がそんな問いかけをした。

 

まるでしずくがこの場を離れるのを見計らっていたように、彼は先ほどとは少し変わった声色を発したのだ。

 

「………………えー…………っと」

 

不思議と焦りや緊張はなかった。たぶん自分自身、薄々は勘付いていたからかもしれない。

 

————()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

返答する内容に迷う。彼はどこまで気付いているのか。……一体化しているタイガ達のことは見えているのか?

 

「俺は————」

 

「ああ、やっぱ答えなくてもいい。いきなり悪いな。そのナリから察するに複雑な事情があるんだろ」

 

「…………あなたは、宇宙人なんですか?」

 

「まあな」

 

相変わらずこちらは向かないまま、器用に調理器具を整理しつつ男性は続ける。

 

「職業柄おかしな奴が来ると気になっちまってな。ついつい要らん話をしたくなる」

 

「職業柄……?」

 

「ああ。何となくわかっちゃいるとは思うが、ここは本来()()()()()()()()()

 

瞬間、数分前から渦巻いていた違和感が解消されていく気がした。

 

理屈は不明だがわかりづらい立地にあったのも、今まで春馬がその存在に気付かなかったのも————()()()()()()()()()()()調()()()()()()()()()()()()()()

 

一見のみに影響を与える認識阻害のようなものが、外の通り一帯に張り巡らされているのだろう。……気がつかないわけだ。

 

「ここは“真に求める”者にしか見つけられないようになってる。……地球に馴染めていない異星の奴らの憩いの場所として作ったんだが、まさか……地球人の娘が迷い込んでくるとは思わなんだ」

 

「憩いの場所……ですか」

 

「おう。例外を除けば、この星の住人にとっちゃ“宇宙人”となりゃ悪い想像の方がデカくなっちまうようだし。息を潜めて生きるしかない奴らのためにな」

 

「……そんなこと」

 

「悪い。そう考えられるケースも多いって話だ」

 

ゆっくりとこちらを振り向き、男性は頭部に巻いていたタオルを解く。

 

思いの外長髪であったことに驚きながらも、続いて洗い物の作業に取り掛かった彼に春馬は微笑んだ。

 

「優しい……んですね」

 

「優しい……優しい、か。どうなんだろうな。別に俺ぁ誰かにお節介かけようとは思っちゃいないんだがね。来る者は拒まんが」

 

「優しいですよ。しずくちゃんだって、あなたには励ましてもらったって————」

 

「だからアレは助言でもなんでもねえよ。答えを見つけられたのも、立ち直ったのもあの娘自身の心の強さ故だからな」

 

……なんともまあ、頑固なお方だ。

 

 

「……それにしてもまあ、女優さん……だったか?羨ましいこったぜ。目指すべき目標……憧れが定まってるってのは」

 

「へ?」

 

「————いや、今のは無しだ。忘れてくれ」

 

自然と首が傾く。

 

 

ほとんどうわ言のように呟かれたその言葉は……全てを聞き取ることはできなかったけれど、

 

それでも…………最後に漏れ出したそれだけは、彼の心の底から湧いた感情が秘められている気がした。

 

 




さて、サブタイトルが意味する戦士とは一体誰のことなのか。
一部の方は店の名前だけで誰が登場するのかわかってしまうかもしれません。
既に気付いてしまったそこの貴方……そうです。今回の敵は少しばかり変化球にしてみました。

ではまた後編で。


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第36話 憧れの戦士:後編


さて後編です。
完全にゲストメインの回になってしまいました()


「——本当に美味しかったです」

 

「またいつか寄らせていただきますね」

 

「おう。気をつけて帰んな」

 

互いにそう告げ、店の戸を閉めると同時に春馬としずくは帰路を目指した。

 

 

(……さて)

 

隣を歩く後輩に横目を流しながら春馬は考える。一体どこまで尋ねてよいものか。

 

あの店————“星融軒”の店長が自ら明かしたことと、あそこへ向かう前にしずくから尋ねられた話を擦り合わせると自然と辿り着いてしまう。

 

店長は敢えてしずくが席を外している時に秘密を打ち明けていたが…………恐らくは彼自身も既に勘付いている。

 

 

「…………ねえしずくちゃん、もしかして……君は()()()()()()()()()?」

 

足を止めないまま、なんてことのない世間話でも切り出すように春馬はそんな質問をこぼした。

 

それを受けた本人は迷うようにもごもごと口元を動かした後、やがて無言で首を縦に振った。

 

「春馬先輩、意外と鋭いんですね。普段はぽやっとしてるのに」

 

「どう……なんだろう。でもしずくちゃんとか店長さんの様子を見てると、そうなのかなって思っちゃって」

 

しずくの口から回答を貰ったので間違いない。彼女は初めから星融軒の店長が宇宙人だと気付いていた。

 

店へ入る前、春馬に宇宙人についてどう思っているかと尋ねたのも……きっと向かう先が「宇宙人のための店」であることを知っていたからだ。

 

「……うん、なるほどだ」

 

「あまり驚かないんですね?」

 

「驚いてはいるよ。……けど、そうであることが何だか当たり前のような気がして……衝撃的、とまでは思わないかな」

 

胸の中にあるこの気持ちを明確に表すことはできないけれど…………たぶん、自分は嬉しいのだと思う。

 

異星の者だという事実が露見しても尚関わろうとする気持ちが消えない2人。春馬にとって理想の関係性がそこにあったからだ。

 

この宇宙には色々な考えを持つ人がいて……当然、悪事を働く者だっているけれど……誰かを思いやり、繋がろうとする人達だって多く存在する。

 

————自分達は、そんな世界を守るために戦っているんだ。

 

 

「……今度はかすみさんや璃奈さん、同好会の皆さんとも一緒に来たいですね」

 

「お。それじゃあこの前のライブの打ち上げも兼ねて、近いうちにみんなで行こうか!」

 

「それいいですね!今から楽しみです!」

 

 

薄暗くなってきた街道に2人の笑い声が響く。

 

『……………………』

 

一方、春馬の中でモヤモヤとした感情を解消できずにいた者が1人。

 

楽しそうに胸を弾ませている春馬に水を差さないよう、フーマ()は独りで残滓する違和感について深く思考していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『敗北しただと……?お前が?』

 

『ああ、だがこのままでは終わらん。俺はより強くなる。…………奴らが言っていた、“守るべきもの”を見つけてな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————ハァ」

 

客がいなくなり、換気扇が作動する音だけが反響する店内で男は深くため息をついた。

 

平静を装ってはいるが全身から吹き出す汗はじっとりと肌を濡らしており、胸の脈動は明らかに早まっている。

 

まるで何か…………強烈な衝動を必死に抑え込んでいるかのように、男は余裕のない表情で身体を強張らせる。

 

これはまずい。この情動はまずい。どうにかして殺し切らなくては。

 

……そう考えた直後、

 

 

「————無理はよくないな」

 

へばり付くような悪魔の囁きが、背後から聞こえてきた。

 

「またあんたか?」

 

「そう警戒しないでくれよ。今日は客として足を運んだんだ。……彼らに出したものと同じのを頼む」

 

厨房から見える優男の姿をした悪魔に突き刺すような眼差しを注ぐ。

 

白と黒。縦に色分けされた衣服に身を包み、不気味な微笑みを顔面に貼り付けている道化。

 

以前から自分を勢力に引き込もうと企んでいた“ろくでなし”。道に外れた手段で地球侵略を目論んでいる外道共の仲間。

 

「……ふん」

 

「気に食わない奴でも平等に商品を提供する……か。いいね。その姿勢は嫌いじゃないぞ」

 

「わかってんなら黙っとけよ。次に誘いの言葉を口にしたらあんたの首は飛ぶ」

 

「わかった、わかったよ。けど世間話くらいは許してくれないか?」

 

「独りで言ってろ」

 

気怠げに肩を回した後、背中に伝わってくる鬱陶しい視線に舌打ちしつつ男は調理を開始する。

 

 

「————先ほどのアレは……実に流麗な戦いだったな」

 

神経を直に撫でられるような悪寒。

 

耳朶に触れた悪魔の声を打ち消そうとするように、男は反射的に厨房にあった包丁を引き抜き奴へと投擲した。

 

奴の真横を通り過ぎた刃が入り口の戸へ深々と刺さり高音を発する。

 

「おいおい……だから今のはただの世間話————」

 

「出て行け」

 

有無を言わせぬ気迫を以て、そう悪魔に退散するよう言い放つ。

 

これ以上奴をこの場に留めておく意味も理由もない。もはやこの悪魔は客でもなんでもない。

 

「気に障ったのなら謝るよ。私はただ……君に戦士としての誇りを思い出させてあげたいだけさ」

 

「余計なお世話だって言ってんだよ。畜生は地獄で釜に頭でも突っ込んでろ」

 

「おお、怖い怖い」

 

両手を挙げ、おどけた様子で笑いながら悪魔は席を立つ。

 

しんとした空気の中に弾むのは店を出て行こうとする奴の足音。

 

厨房に佇み、警戒心を剥き出しにしながらその様子を見張っていた男に対して、

 

 

「————あの少年こそ、君が長年探し求めていた存在だよ」

 

悪魔は、追い打ちをかけるようにそう言い残した。

 

「————ッ!!」

 

瞬きの間に奴はその姿を消し、開いたままの入り口から吹き込んだ冷たい夜風だけが男の肌に触れる。

 

…………同時に、男の頭に懐かしい景色が投影されていく。

 

 

 

 

鉄と鉄がぶつかり合い火花を散らす音。血生臭さで満たされた戦場で馳け廻る快感が鮮烈に蘇る。

 

身にまとった甲冑すらも熱を帯びるほどの激しい決闘の末に味わった苦みが今も自分を縛り付けているのだ。

 

(………………あんな子供が…………?)

 

2時間ほど前、外で目撃した光景を思い出す。

 

街で猛威を振るう怪獣に立ち向かっていたのは————青い“光の巨人”。かつて自分が刃を交え、そして敗れた好敵手を打ち負かしたという者と同じ種族の存在。

 

(……あれが()()を……我が好敵手を倒した…………ウルトラマンなどという戦士だと……?)

 

厨房から見えた少年の顔。

 

物腰の柔らかい、虫も殺せないような弱々しい男が…………自分よりも強い?

 

 

強さを求め、戦うためだけに生きてきたこの身を抉る残酷な事実。

 

……受け入れられない。そんなこと、受け入れられるわけがない。

 

強烈な不快感が、自分の奥底から溶岩のように噴き上がってくるのがわかった。

 

 

◉◉◉

 

 

後日。虹ヶ咲学園。

 

 

「えぇー!?なにそれ!ずるいずるいずるい〜〜!!私も春馬先輩とご飯行きたかったぁ〜!!」

 

「そんなこと言われても、本当に偶然だったし……」

 

放課後の教室に少女の声が響き渡る。

 

しずくは心底残念そうに肩を落としているかすみに対して苦笑を浮かべつつ、宥めるような調子で言った。

 

「今度は同好会のみんなで行こうって話になったから……ね?」

 

「うぅ……そういうのじゃなくて……。重要なのは二人きりでってことなんだけど…………」

 

「……?」

 

歯切れ悪く語るかすみに首を傾ける。彼女とは普段からよく会話を交わすが、春馬のことになると途端に考えていることが読みづらくなるのは未だに謎である。

 

 

追風春馬————今まで彼と一対一で話すことはなかったが、先日の一件でその人柄がより理解できた気がする。同好会復活のきっかけを生み出せたのも納得だ。

 

彼なら自分も背中を預けられる。信じることができる。そう強く思える出来事だった。

 

 

 

 

「——————え?」

 

不意に聞こえた声に顔を上げる。

 

「かすみさん?」

 

そこに見えたのは驚いた様子でギョッと窓の方を見つめている友人の姿。

 

震える指先で視線を向けている方を示す彼女を怪訝に思いつつも、しずくもまた背後を振り返って教室の窓を視界に収めた。

 

 

「……なに……あれ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ……あれ……!?」

 

時を同じくして2年生教室。

 

春馬は窓の向こう——東京の街中に佇んでいる()()()()()の姿を捉え、その信じ難い光景に息を呑んでいた。

 

周りにいた生徒達もまた同様に戸惑いの声を上げ、徐々にそのざわつきは校舎全体へと広がっていく。

 

「……っ……」

 

慌てて教室を飛び出しては人目につきにくい階段へと移動する。

 

「さっきのあれ……宇宙人……!?」

 

先ほど外に見えた人型の異形を脳裏に浮かべ、春馬は自分の中にいるタイガ達へ縋るように見解を求めた。

 

『またトレギア達が呼び出した怪獣か……!?』

 

『それにしては様子がおかしかったぞ。……ただ立っているだけで、破壊活動を行おうとはしなかった』

 

どうやら彼らにも判断のつかない事態で、その考えも憶測の域を出ずにいるようだ。

 

…………全身を黄色の鎧で覆った、武人のような宇宙人。その目的は今のところ不明だが、街に現れた以上は放っておくつもりはない。

 

「……行かなくちゃ!」

 

『春馬』

 

タイガスパークを出現させレバーを引こうとした直後、

 

『今回も俺に任せてくれないか?』

 

神妙な様子で、フーマが低い声をこぼした。

 

「……フーマ?」

 

『頼む』

 

突然の申し出に思わず手を止める春馬だったが、ただならぬ雰囲気を感じ取りすぐさま手に取りかけたタイガのキーホルダーをフーマのものへと変える。

 

「——わかった!」

 

《カモン!》

 

頷きつつ、応えるように力強くキーホルダーを握り締める。

 

「バディ……!ゴーッ!!」

 

 

 

 

《ウルトラマンフーマ!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青い光で満たされていた視界が晴れていく。

 

学校から一変。巨人として東京の街へと降り立った春馬達は前方に見える鎧武者へ警戒心を向けつつゆっくりと歩み寄った。

 

(………………聞こえますか?)

 

すぐそばまで近寄ってわかったのは————その宇宙人が得物を持っていること。

 

手にしている薙刀の所々は劣化が進んでおり、持ち主がどのような生を歩んできたのかを連想させる。

 

さながら日本の侍を思わせる風貌。眺めているだけで圧倒されそうな気配がフーマの肉体を軋ませる。

 

 

そして……やがて互いに攻撃が届くほどの距離まで接近したその時、

 

 

「————なるほど」

 

荘厳な声音が、空気を震わせた。

 

「奇妙な奴だとは思っていたが……“混ざりもの”だったとはな。……だが何の憚りにもならぬ。俺————いや、()の決意が揺らぐことはない」

 

(——!その声……!!)

 

鋭い視線を突きつけてきた武者に驚愕する。彼の発した声に聞き覚えがあったからだ。

 

(“星融軒”の店長さんですよね……!?一体どうしたんですか……?)

 

『まあ落ち着けよ春馬。……どうやらこの爺さん、まったり会話するつもりなんざねえみたいだぜ?』

 

(フーマ……?)

 

 

「然り」

 

薙刀を握っていた手に力を込め、武者は内に秘めていた感情を露わにする。

 

「儂は誇り高き“ザムシャー”の戦士。名乗りを上げるのなら、そう……“怪力無双の荒芸師”、ナギナザムシャーである」

 

(ナギナ……ザムシャー……?)

 

「ウルトラマン————光の戦士よ。今この場を借りて、貴様らに尋常なる決闘を申し込む」

 

(……!?)

 

張り倒されるかと錯覚するような威圧感と共に男————ナギナザムシャーはそう口にした。

 

唐突な物言いに困惑する他ない春馬とは逆に、フーマはどこまでも落ち着いた態度で腰を低く構える。

 

『——は。そんなことだろうと思ったぜ。あの店で初めて見た時から、こうなることはわかってた』

 

(ち、ちょっと待ってよフーマ……!どうして俺達がこの人と戦わなきゃならないのさ!?……店長さん!なんでこんな————!!)

 

「————ッ!!」

 

刹那、暴風の如き一撃が地を駆けた。

 

深々と突き刺された薙刀による斬撃が大地を裂き、すんでのところで被害を免れた人々の悲鳴が辺り一面に轟く。

 

(なっ……!!)

 

「安心しろ。死人が出ぬようには心がけた。……だが次はそうはいかん」

 

ナギナザムシャーの目が動き、横方向に見える虹ヶ咲学園を捉える。

 

「あの学舎を狙えば……少しは本気になるか?」

 

(……!そんな……っ!!)

 

望まぬ決断を迫られ、春馬はフーマの体内で青い顔のまま表情を引きつらせた。

 

 

わからない。どうしてこんなことになってしまったのか、何もわからない。

 

まだ戦うわけにはいかない。だって自分は()()()()()()。彼のことは何も知らないじゃないか。

 

理由もわからないまま刃を向けることなんてできない。……したくない、のに。目の前に立つ彼は学校にいる自分の大切な人達を手にかけようとしている。

 

(…………ぐ、ぅ……)

 

「…………歯痒いな」

 

もつれ合う思考に身動きが取れなくなっている春馬を見て、黄色の武者は哀しそうな笑みを見せた。

 

「あの時お前が言ったことをそのまま返そう、少年。……お前は優しいのだな。だが許せ。優しさだけではどうにもならない感情も…………この世界には有り触れているのだ」

 

(どうにもならないって……!あなたは今まで何のために地球にいたんです!?どうしてあのお店を作ったんですか!?——今度他の友達も一緒にあそこへ行こうって、しずくちゃんと話してたんです。だから————!)

 

「語るべきことはもうない。……この星が()()にとって、命を賭すほどのものであったか…………この儂が見定めよう」

 

向こうに迷いはない。このままでは本当に……彼は学校へ刃を向けるだろう。

 

考える時間は与えられなかった。自分ではこの男の行動を変えることはできない。……そう察すると同時に、春馬はやらなくてはならない事を理解した。

 

なぜだ、と心の中で何度も叫ぶ。

 

この星に住む宇宙人を想って拠り所を作り、地球人とも歩み寄ろうとしていた彼がどうして…………命を奪おうとしているんだ。

 

「……時間切れだ」

 

ナギナザムシャーが大きく振りかぶり、構えていた薙刀を一閃。発生した風圧が空気の刃となって虹ヶ咲学園へと殺到する。

 

 

(————ッ!!)

 

ごちゃごちゃになった頭の中はそのままに…………春馬は瞬時にフーマの肉体を突き動かし、旋風の如き回し蹴りを以てそれを相殺した。

 

 

時間が凍りつく。

 

無限にも感じられる数秒間————春馬は奥歯を噛み締め、()と定めた武人を強く睨みつけた。

 

『……さあて、どうする?』

 

(無力化する!!)

 

『難易度高そうだなァ!!』

 

地面を蹴り、突風となって標的へと突貫。

 

肉薄すると同時にあらゆる方向から次々と手刀を放ち、ナギナザムシャーの動きを止めようとする。

 

彼の武器である薙刀の反撃を受けないよう、間合いを詰めながらの攻撃だ。

 

……しかし————

 

「軽いッ!!」

 

『っ……!?』

 

嵐のような速度で放たれた打撃は通る様子がないかと思えば、次の瞬間には砲弾の如き勢いで拳が迫ってきた。

 

距離を詰めての攻撃など、飽きるほど見てきた戦法だろう。当然その対策も完璧というわけだ。

 

(うぅ……!)

 

紙一重で拳を回避し、背後に回りつつ首元を狙う。

 

スピードはこちらの方が数段速い。だがそれでも————

 

「ふんッ!!」

 

——ナギナザムシャーに確実な一撃を与えることは不可能だった。

 

フーマの動きを予測していたのか、背中を向けたまま後方へ突き出された薙刀の刃が青い肉体を掠めていく。

 

『くぉ……!!』

 

血の代わりに宙を舞う光の粒子。

 

間髪入れずに振るわれる追撃をいち早く察知し、全力で回避行動をとる。

 

(全然……隙がない……!!)

 

凄まじいほどの対応力。組んで間もない自分達とはまるで比較にならない。

 

……だが負けるわけにはいかない。誰も悲しませはしない。

 

どうにかして彼の戦闘力を削ぎ落とし、説得を————!!

 

 

「『無力化する』と言ったな……!?随分と余裕ではないか!!」

 

(…………!!)

 

ナギナザムシャーが静止する。確実に何かするつもりだ。

 

直撃を受けるのはまずい。タイミングを見計らって、避け————!!

 

 

 

 

「極星斬」

 

 

 

 

 

 

 

 

飛びかけていた意識が鮮明になった時、フーマの胴体には裂傷が深々と刻み込まれ————その身体は吸い寄せられるように地面に伏していた。

 

斬られたことすら認識が遅れた。

 

フーマの反応速度を以てしても回避不可能な一撃。

 

それはナギナザムシャーの得物————あらゆる物を貫き、小惑星すらも両断するという薙刀“星融(ほしとおし)”による渾身の一振りだった。

 

「…………」

 

標的を仕留めたことを確認するため、がしゃりと鎧の音を鳴らしながら武者は横たわっている青い巨人に歩み寄る。

 

「…………!これは————」

 

しかし間近にその姿を見て顔色が一変。

 

ナギナザムシャーはすぐさま武器を構え直すと周囲の警戒を開始した。

 

 

 

 

 

《ヒカリレット!コネクトオン!!》

 

 

『(“騎士星光波手裏剣”ッ!!)』

 

地面に倒れていたはずの肉体は瞬く間に霧となって焼失し、入れ替わるように青い巨人が上空からナギナザムシャーの頭上めがけて飛来する。

 

両手から伸びているのは————“手裏剣”と呼ぶには余りに大胆な刃。

 

長剣と表現するのが相応しい光を構え、荘厳な武人に向けて息をする間もなく乱舞させる。

 

「オオオオオオオ…………ッ!!!!」

 

不意を突いてもやはり容易に好転させてはくれない。

 

振り下ろされる斬撃の悉くが薙刀で弾かれてしまう。……だが活路は見えた!

 

(手を緩めちゃダメだ……!何としてでも、ここで……確実な隙をこじ開けよう!!)

 

『わかってらァ!!』

 

身代わりの術を駆使してようやく持ち込めたこの状況。同じ作戦は2度も通じないだろう。

 

故にここで決め手を作らなければ。

 

 

「速度と精度が上がっている……!?」

 

鎧に隠された表情を驚愕に歪めるナギナザムシャー。こうして追いつめられている状況そのものが彼にとって想定外の出来事だった。

 

これまでは本来の実力を隠していたというのか?……ありえない。確かに最初は自分が優位に立っていたはずだ。

 

たった一手で逆転させた————いや、自分達の劣勢すらも逆手に取って……!?

 

 

(守るんだ……絶対に……ッ!!)

 

「………………ッ!?」

 

(————みんなの日常は……!壊させやしない!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         守るべきもの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと流れる景色の中、かつての記憶が再び呼び起こされる。

 

 

————ああ、そうか。お前も……()()を見てしまったのだな。

 

 

そう理解した瞬間、不思議と肩の荷が下りた気がした。

 

互いに強さを求め、互いに技術を磨き合い尚……その心が真に通じ合うことはついぞなかったが、

 

 

————お前が感じたものを…………儂も見ているぞ。

 

 

同じ光景を見ることは……叶ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『(はぁああああああッッ!!!!)』

 

フーマが繰り出した最後の一撃が薙刀の先を捉える。

 

布間を裂くような洗練された斬撃はその刃を両断し————同時に担い手本人の戦意をも断ち切った。

 

 

(はぁ……っ……はぁ……っ!)

 

静寂が巨人達の周りを囲んでいく。

 

敗者は沈黙し、勝者は余裕なく息を荒げている奇妙な情景の最中————

 

『……!春馬』

 

(えっ……?)

 

巨大な武者の姿は、幻のように薄れ…………やがて完全にその場から消え去ってしまった。

 

 

◉◉◉

 

 

その日の夕暮れ。

 

以前とは違い、春馬は自らの意思であのシャッター通りへと足を運ぼうとした。

 

 

「………………」

 

——しかし、“星融軒”の面影は…………跡形もなく消失していた。

 

 

「ねえタイタス、“ザムシャー”って……宇宙人の名前なの?」

 

『……“ザムシャー”はこの宇宙のどこかに生息していると言われている戦闘民族の名だ。……彼らは皆戦いに真摯で、ひたすらに強さを求めることを生業としている一族らしい』

 

頭の中から聞こえた声にきゅ、と口元を結ぶ。

 

 

店長————もとい“ナギナザムシャー”の言い分は、ほとんどが理解できないものだったけれど…………彼からは強い意志が確かに感じられた。

 

 

今回の一件、自分は役目を果たせていない。

 

自分が守りたかった“日常”には……彼の存在だって含まれていたのに。結局全てを元通りにすることはできなかった。

 

星融軒が無くなったこの通りを見て、しずくは何て言葉をこぼすだろう。

 

 

 

(あの時、俺が店に入らなければ…………こんなことにはならなかったのかな)

 

微かな後悔と共に春馬は改めて思う。自分にはまだ知らないことが多すぎると。

 

色々な思想、概念が飛び交うこの世界で————自分という人間はどうあるべきなのだろう。

 

 

(なれるのかな…………『俺の成りたい俺』に)

 

もう誰かが欠けるようなことにはしたくない。

 

それがロクに会話も交わしたことがない、異星の住人だとしても…………彼らがいるこの世界に、自分も生きているのだから。

 

 

 

 

冷たい風が頬を撫でる。

 

春馬は振り返り、帰り道へ向かおうとしたその時————あの辛い辛い、担々麺の味を思い出した。

 

 

 




「大怪獣ラッシュ」からナギナザムシャーさんの登場でした。
うーむなんかメビライブの頃より前後編で上手く纏められてない気がするぞ……?

次回からはもうちょっとラブライブ味のある話を書きたい……!!


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第37話 キミの声を聞かせて:前編

今度こそ……今度こそ個人回と呼べるものを書くんだ……!


「————報告は……以上」

 

 

真っ黒な世界。我が家とも言える異空間の中心に立ち、フォルテはいつも通り地球での出来事を兄弟達に知らせる。

 

彼女に与えられている役割は他でもない、トレギアと組んでのウルトラマン抹殺だが————現在その使命を遂行するには難しい状況が続いていた。

 

「指輪の製作が遅れている、か……。地球人から採取できるマイナスエネルギーが減少しているのか?」

 

「ふん……下等生物が。怪獣の材料も満足に生み出せないとはいよいよ存在価値が問われるな」

 

「よくわかんないけどムカつくね。全員死ねばいいのに」

 

報告に耳を傾けていたフィーネがぽつりと呟く傍ら、揃って渋い表情をしていたヘルマとピノンは口々に唱える。

 

……トレギアが開発した“怪獣リング”の動力源は地球人の負の感情、マイナスエネルギー。その収集量が明らかに減っているという状況がここ数日連続していた。

 

エネルギーが集まらないということは即ち計画が停滞してしまうのと同義。早い段階の解決が求められるだろう。

 

「ていうかていうか、何でわざわざチマチマ怪獣作って暴れさせてるわけ?アタシが行けばソッコー全部終わるじゃん」

 

「焦るな。オレ達が投入されるのは“確実に勝てる状況”でなくてはならない。父さんが命じないうちは、まだその時ではないということだろう。あの方は判断を間違えない」

 

「……けどわからないな。フォルテ、なぜ信者のマイナスエネルギーが減ったのか…………何か心当たりはないのか?」

 

マフラーに埋めた顔を妹へと向け、ヘルマはくぐもった声音でそう尋ねる。

 

「…………」

 

質問を投げかけられたフォルテは変わらず虚空を見つめたまま、頭の中に巡っている情報の整理を行った。

 

……実のところ、思い当たる節が無いわけではなかった。

 

 

“ウルトラ教”信者の年齢層はかなり幅広いものだが————中でも10〜20代にかけての若者は全体の40%を占めている。その若者に多くの支持を得ているのが…………“スクールアイドル”。近々全国大会が開催されるとして日に日に存在感を増している者達だ。

 

日頃から教会内で顔を合わせる少年少女達は皆同じことを口にする。「スクールアイドルが日々の癒し」だと。

 

負の感情の塊たるマイナスエネルギーが減少する原因など…………過去のケースを鑑みてもそれ以外には考えられなかった。

 

 

…………しかし。しかし、だ。まだそれは確定された情報ではない。報告に値することではない。

 

フォルテは心の中で必死に自分にそう言い聞かせながら、微塵も変化のない表情で、

 

「わからない」

 

冷たい口調をヘルマに浴びせた。

 

そうか、とだけ静かに返した兄から視線を逸らし、フォルテは靄のかかった自分の胸に戸惑うように眉間へしわを寄せる。

 

「……用は……済んだ。……地球へ戻る」

 

誰も言葉を発しない数秒間が続いた後、そう言い残して踵を返そうとする。

 

「フォルテ」

 

しかしその時、不意にかかった背後からの声に呼び止められた。

 

背後を振り返ってみればそこに見えたのは長男の姿。一瞬の合間、尚且つ足音を立てずに肉薄してきた彼は何かを見通すような眼を自分に注いでいる。

 

「…………なにか」

 

妙な胸騒ぎを覚えつつ、フォルテは突き放すような声で言う。

 

そんな彼女を長男——フィーネはふっと口元を緩めながら、割れ物を扱うかのようにゆっくりと胸元へ抱き寄せた。

 

 

「信じているぞ」

 

 

耳元で囁かれた言葉が心の奥底までこだまする。

 

身体の芯から冷たくなるような寒気。

 

フォルテはこの時初めて…………兄に対して巨大な恐怖心を抱いた。

 

 

◉◉◉

 

 

「では、無事ライブが成功できたことを祝しまして————乾杯!」

 

『カンパーーーーーーーーーーイ!!』

 

揃った掛け声と共に響くグラスが擦れる音。

 

とある休日。同好会のメンバーが全員集まっても尚広さを感じる————天王寺璃奈の自室で、春馬達はファーストライブの打ち上げを行っていた。

 

急に押しかけて迷惑にならないかと尋ねたが、璃奈の両親は仕事の都合で家を留守にしているらしく、彼女からも是非みんなを招待したいと言われての決定だった。

 

 

「みんな本当に凄かったよ!お疲れ様!」

 

「何事もなく終われてよかったわね」

 

「ハルくんとステラさんが最後まで支えてくれたおかげだよ」

 

「こっちこそありがとうだよ。俺、途中から感動で涙出ちゃったもん!」

 

「え、本当に泣いたんですか?」

 

「うん」

 

表情を引きつらせながら尋ねてくるかすみに微笑みつつ、春馬はポケットからスマートフォンを取り出しては何やらネット記事を皆に見せつける。

 

「みんな結構話題になってるんだよ。『期待の新星現る!』とか『今年のラブライブダークホースか!?』とか!」

 

「え?」

 

心底嬉しそうに語る春馬に対し、歩夢達は驚愕している様子で記事を凝視する。

 

「おお、ほんとだ……」

 

「あっ!かすみんが可愛いってコメントありますよ!!見てくださいほらここ!!」

 

「演劇で人に見られるのは慣れてますけど……こうして色々なお言葉を頂くと、なんだか照れちゃいますね」

 

「すごい注目度だね……!出だしとしてはかなり良いほうなんじゃない?」

 

そう。以前参加したあのイベント…………入賞したメンバーこそいなかったものの、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の名前は広く知れ渡る結果となったのだ。

 

彼女達のライブが多くの人にトキメキを与えたと実感できる。これ以上ないくらい幸せな気分だ。

 

これからもみんなを支えていきたい。一番近い場所から彼女達を見守っていたい。そう改めて思うことができた。

 

 

「ん?なんか……りなりーに関するコメントめっちゃ多くない?」

 

「へ?」

 

不意に愛がこぼした言葉に反応し、春馬は掲げていたスマホを自分の元へ引き寄せる。

 

スワイプしながら流し読みした記事のコメント欄には————確かに愛の言う通り、璃奈に注目しているコメントが多く確認できた。

 

やはり彼女の“璃奈ちゃんボード”は観客達に強い衝撃を与えたらしく、反響のほとんどがそれについて触れられている。

 

「確かに……璃奈ちゃんボードは印象に残るよね」

 

「一度見たら忘れられないわよね」

 

「やったじゃんりなりー!これからドンドン人気出ちゃうかもよ!」

 

彼方、果林、愛に続いて皆の目がテーブルの隅でおとなしくしていた璃奈へと向けられる。

 

璃奈は相変わらず素顔をスケッチブックで覆ったまま、そこに描かれた笑顔で喜びを表現してみせた。

 

「——うん、ちょっと恥ずかしいけど……嬉しい。璃奈ちゃんボード『にっこりん』」

 

直後に胸に生まれる微かな違和感。

 

何気ないやりとりを傍らで眺めていた春馬は、何かがつっかえるような感覚に一人首を傾けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー!?またせつ菜先輩に抜かれたぁ!?」

 

「フフフ!隙を見せてはいけませんよ!」

 

「ああっ、コースアウトしてしまいました……!」

 

「あら、ステラ今ビリじゃない」

 

「あなたは絶賛逆走中だけどね」

 

「えっ!?」

 

ライブの話に花を咲かせた数時間後。

 

「あ、お菓子切らしちゃってるね」

 

「飲み物もそろそろ無くなりそう」

 

「あちゃー……。もうちょっと多めに持って来ればよかったかな」

 

ある者はテレビゲームをプレイ、ある者は漫画の熟読と思い思いの時間を過ごしていたその時、ふとエマがこぼした言葉に皆の意識が向く。

 

春馬はほとんど反射的に床へ下ろしていたボディバッグを手に取ると、おもむろにメモを取り出しながら口を開いた。

 

「買い出し行ってくるよ。何か希望があれば教えて」

 

「あっ!かすみんはグミお願いします!——わああっ!?しず子それ卑怯!!」

 

「アイテムを使っただけだよ!——あ、私は先輩にお任せします!」

 

「アタシもハルハルに任せるー!」

 

「彼方ちゃんもそれで〜」

 

見渡した様子からほとんどのメンバーがお任せを希望のようだ。これは選出する側のセンスが問われる……。

 

1人で全員分のお菓子を運ぶのは大変そうなのでステラにも手伝ってもらおうと視線を送るが————当の本人はかすみ達とのテレビゲームに白熱しているようで、必死に表情に出さないようにはしているが眉間に集まったシワが彼女の負けず嫌いを主張している。

 

「私も行く」

 

「璃奈ちゃん」

 

すぐそばに居た歩夢に頼もうかと振り返った直後、真横から飛んできた声にそう返す。

 

自作のボードに描かれた笑顔をこちらに向けているのは…………数刻前に話題の的だった天王寺璃奈だ。

 

「この辺には詳しいから、コンビニの場所とかも案内できる」

 

「いいの?なんだか悪いな……。こうして部屋も打ち上げ会場に使わせてもらっちゃって、買い出しまで……」

 

「ううん。私が好きでしてることだから。…………それに、ちょっと……」

 

「うん?」

 

みんなの目線が外れた一瞬、踵を上げて背伸びした璃奈の顔——もといボードがすぐそこまで迫る。

 

彼女は春馬の耳元で、彼にしか聞き取れない声量で言った。

 

 

「相談したいこと、あるの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————会話している際はもっぱらボードを使用している璃奈だが、実を言うと春馬を含めた同好会の面々は彼女の素顔を知らないわけではない。

 

普段部室で過ごしている時や、たまに同席する昼食の時など、彼女は時折“璃奈ちゃんボード”を手放す瞬間がある。彼女はわかりやすく表情を伝えたいだけで、顔を隠したいわけではないのだから当然だろう。

 

……そうではあるのだが、

 

 

(こうしてきちんと見てみると……なんだか不思議な気持ちになるなあ)

 

買い出しの帰り道。荷物で手が塞がり、素の表情が露わになっている璃奈の横顔を見つめては思う。

 

幼さの残った素朴な顔。静かに歩みを進めるその姿は街を徘徊する猫のようにも見えた。

 

そして何より…………可愛らしい。

 

「それで、相談って?」

 

ぼうっと彼女のことを眺めていたその時、ふとこちらに流れてきた視線にハッと我に返る。

 

璃奈は真正面に目を向け直した後、小さな口を動かして細々と語り出した。

 

「あの…………そのね、私がやってることって、他の子からしたら……ちょっとズルいって思うかな?」

 

「……?やってることって?……何かあったの?」

 

「あ、ううん、そういうわけじゃないの。ただ普通の子には…………璃奈ちゃんボードって、どう見えてるのかなって」

 

横一線に切り揃えられた前髪から覗く眉を動かさないまま、淡々とした様子で彼女は言う。

 

……いや、正確にはそう見えているだけなのだろう。口にした言葉にはもの哀しげな感情が宿っていた。

 

「この前のライブで色んな人が注目してくれて、自分も璃奈ちゃんボードみたいなのが欲しいって言ってくれる人もいて……とっても嬉しかった。……けど、そういう人達からは、それもスクールアイドルをやるための道具なんだって思われてるんだよね」

 

依然として変わらない表情。

 

「顔を隠してるのは……やっぱり、ズルいことなのかな?」

 

そう打ち明けた璃奈を見て、思わずこみ上げてくるものがあった。

 

彼女にとって“璃奈ちゃんボード”は相手に感情を伝えることができる魔法の道具。スクールアイドルのための物じゃなく、彼女が“天王寺璃奈”でいるためのアイテムだ。

 

けれども……彼女の背景を知らない人間には、きっとわからないことだと思う。

 

ネット記事にあった、他の同好会のメンバーに寄せられた多くのコメントを見て……たぶん彼女は、自分との差に思うところがあったのだろう。

 

だからこそマネージャーとして客観的に自分達を見ていた春馬に相談を持ちかけたんだ。

 

 

「俺はそうは思わないよ。……だってあれは璃奈ちゃんと愛さんが頑張って考えた発明品。努力の末に辿り着いた表現方法なんだから」

 

「……ありがとう。でもやっぱり、みんなは私の顔……見たいと思ってるよね。私も誰かと話してる時、その人の顔を見るのが好きだから……わかる」

 

璃奈が肩を落とすと同時に歩みを進める速度も遅くなっていく。

 

「愛さんもきっと、春馬さんと同じこと言うと思う。でもね、私、ライブを見てくれてる人にもっと自分を知って欲しいとも思ってるんだ。……それでね」

 

「うん?」

 

立ち止まった璃奈が顔を上げ、春馬の方を向く。

 

次の瞬間に彼女から発せられた言葉を聞いて————春馬は、大きく目を見開きながら驚愕の声を上げた。

 

 

◉◉◉

 

 

——————スクールアイドル。

 

何度も同じ言葉が頭の中を鬱陶しく馳け回る。体験したことのない感覚に身体が強張る。

 

 

「………………いったい……なんだと……いうの」

 

薄暗くなった東京の街を覚束ない足取りで歩いている少女が1人。

 

銀髪で片目を覆った小さな人影————フォルテは胸の中で蠢いている正体不明の感情に苛立ちを覚えながら、当てもなく街道を進んでいた。

 

 

兄弟達への報告…………あの時自分はマイナスエネルギー減少の原因とスクールアイドルの因果関係について話しておくべきだった。

 

指輪の製作が遅れればその分計画にも支障が生じる。たとえ確定的な情報ではないとはいえ、可能性の高い事柄を放置しておくなど愚の極み。

 

そんなこと……わかっていたはずなのに。

 

 

「私は……スクールアイドルが狙われることを…………恐れている……?」

 

ふと遠くの方に見えた街頭ビジョンに意識が移動する。

 

映っているのは音楽に合わせて軽快なステップを踏んでいる地球人の少女達の姿。恐らくはスクールアイドルだろう。

 

「——————」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか辿り着いていた誰もいない公園。

 

おもむろに腰を下ろしたブランコの金具から発する雑音が耳に滑り込んでくる。

 

「………………」

 

フォルテは地面を見つめながら、ぐちゃぐちゃになった自分の心の正し方を必死に模索する。が、どれだけ経っても浮かんでくるのは鮮やかな衣装と音楽、そしてマイクを通して聞こえる歌声だけだった。

 

 

 

 

 

 

「ねえ………………こんな時間に、1人?」

 

「……!」

 

不意に投げられた呼びかけに反応し、ブランコに座ったまま視線を上げる。

 

「あなた、小学生?ダメだよ。もう真っ暗なんだから、お家に帰らないと」

 

口元以外は一切動かない話し方。けれど内に秘めているであろう感情が肌に伝わってくる。

 

自分に喋りかけてきたその人物に…………フォルテは見覚えがあった。

 

 

 

「……天王寺…………璃奈……」

 

「え?私のこと……知ってるの?」

 

驚いた調子でそう口にする……が、やはり表情は動かない。

 

以前ライブで目撃した時よりも、さらに間近で見るスクールアイドルの姿に————フォルテは、喩え難い浮き立ちを感じていた。

 




不安定なメンタルが続くフォルテですが……なんとりなりーと邂逅することに。
2人の交流がもたらすものは一体……?

色々と構成を練ってたらどう考えても2話で纏まるのは無理と気づいたので今回は中編を挟む予定です。


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第38話 キミの声を聞かせて:中編


チャイナメイド歩夢ゲットだぜ!!!!!!!!!!!!!!!


——————いつからだっただろうか、思うように笑えなくなったのは。

 

今は“璃奈ちゃんボード”に頼らないと感情を表現することも叶わない自分だが、昔は他の人と同じように楽しく話すことだってできた。

 

はっきりと原因と呼べるものは……無い。これはたぶん、自分の気持ちの問題なんだ。

 

 

両親が就いている仕事は忙しく、自分が成長していくにつれて家を空けることも多くなっていった。けれど彼らは電話やメール……手紙、色々な方法でコミュニケーションを取ろうとしてくれたので、どれだけ寂しい時も我慢することができた。

 

どんなに離れていても、心はすぐそばにあるとわかってたから。

 

だからこそ自分は…………両親に心配をかけないためにも、1人でも大丈夫だというところを彼らに見せたくて……なんでもこなせるように努力した。1人で留守番をしている時も、きちんと生活できるように頑張った。

 

そんな日々を送っていたある時……気づいたんだ。

 

1人でも過ごせる。1人でも平気。…………だけど、ちっとも笑えなかった。

 

面白いテレビを見ても、好きな本を読んでも、自分の表情は以前のように豊かにはなれない。

 

 

やがて自分は、どれだけ楽しいと感じていても————笑顔を作ることができなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、あなたはこの辺りの子?」

 

公園の中にポツンと設置されている明かりが淡く灯る暗がりの中。

 

ブランコに静かに座っていた銀髪の少女の隣に腰を下ろしつつ、璃奈は彼女に何気ない態度で尋ねる。

 

どこか異世界にいるような…………引いた目線からこちらを見つめている目を持った不思議な女の子。

 

————「天王寺璃奈」。確かに彼女はそう口にした。

 

自分の名前を面識のない子供が発したことに最初は驚いたが…………よく考えてみれば不自然なことではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……もしかして、この前のライブ観てくれた子?」

 

何も言わないまま俯いている女の子に向けてそんな問いを投げかける。

 

以前参加したイベントでのライブ————あのとき観客席にいた人間ならば、自分のことを知っていてもおかしくはない。というかそれ以外考えられない。

 

「………………」

 

少女は少しの間考え込むように視線を泳がせた後、微かに頷き肯定の意を示した。

 

「とても……印象に残る…………ライブだった」

 

「ほ、ほんとに?……ありがとう。嬉しい」

 

絞り出すような声をこぼした少女に向けて、慌てた調子でお礼を返す。こうして間近で感想を貰うのはネットでのコメントを眺めている時とはまた違った喜びがあった。

 

「私……初めてのライブで不安なことばっかりだったから……そう言ってもらえると、すごく勇気が湧いてくる。璃奈ちゃんボード『むんっ』」

 

場の空気を和ませようという意図も込めながら咄嗟に手にしていたスケッチブックを開き、普段同好会のメンバーと話している時のようにイラストでの感情表現を試みる。

 

「………………」

 

当然と言うべきか、予想外と言うべきか、少女は怪訝そうに眼を細めるばかりでピクリとも笑ってはくれなかった。

 

「…………それは…………なに」

 

「え、ええっとね……これは“璃奈ちゃんボード”っていって、いつも私が人とのコミュニケーションに使ってるものなの。ほら、ライブの時にも着けてたでしょ?」

 

そう言って自作の仮面を取り無表情を露わにする璃奈に、少女は渋い眼差しを注ぐ。

 

「……なんの意味が……あるの……そんなもの」

 

「意味はあるよ。……私、表情を作るのが上手くなくて……これがないと話してる人に感情を伝えることができないんだ」

 

「……どうして……伝える必要が……あるの」

 

「え?」

 

暗い瞳の奥が動く。

 

街灯に反射し仄かに輝く銀髪と特徴的な話し方も相まって、璃奈は人ならざる何かと会話をしているような感覚を覚えていた。

 

「他人に……感情が伝わらなくとも……会話は成り立つ」

 

「そうかもしれないけど……やっぱり、自分がどう思ってるか伝わった方が楽しいと思う」

 

「……たの……しい……」

 

「うん。璃奈ちゃんボード『わくわく』」

 

直後、先ほどから微塵も変わることのなかった少女の表情が険しいものになる。怒りというよりは何かを思い悩んでいるという顔だ。

 

「…………教えて、ほしい」

 

こちらと視線を合わせながら彼女は再び小さな口を動かして、目の前にいる偶像(アイドル)に乞うように問いかけた。

 

「————スクールアイドルとは…………なんなのか」

 

少女の表情は変わらない。けれどその内にある心の揺らぎが、璃奈の胸まで伝わってきた気がした。

 

スクールアイドルとは学校の部活動を主体としてアイドル活動を行う者達の総称……ではあるが、彼女はきっとそんな辞書的な意味を尋ねているわけではないのだろう。

 

自分でも改めて考えてみる。

 

スクールアイドルとして初めてライブを行った時…………自分は多くの人と通じ合えた。繋がることができた。これまで普通の人のようにコミュニケーションをとることができなかった自分がだ。

 

璃奈にとっては救いであり、手段であり…………そして、単純に楽しいものでもある。

 

 

「きっと、人によって捉え方は変わってくると思う」

 

少しの間を置いた後、少女の問いかけにそう返す。

 

「全国にはたくさんのアイドル達がいるけど…………誰1人として同じ子はいないから。ライブをする側にとっても、観る側にとっても、どういう気持ちで臨んでいるかはそれぞれで違うと思うの。……あなたにとっては、なんだろうね」

 

「……………………」

 

腑に落ちない面持ちでまた視線を落とす少女。

 

璃奈はまだ名前も知らない女の子のその姿を見て、無意識に自分自身と重ね合わせていた。

 

自分は他人に感情を表現することで悩んでいるけれど、彼女は自身の気持ちにも気づけていない。スタートラインにすら立てていないんだ。

 

そのことを察した瞬間、言葉にできないやるせなさが奥底からせり上がってきた。

 

 

「ちょっと待ってね」

 

璃奈は再びスケッチブックを開くと、ポケットに忍ばせていたペンを取り出し————おもむろにそれを真っ白なページへ大胆に走らせる。

 

「はい」

 

やがて何かを描いていた箇所を手で切り取ると、不思議そうにこちらを眺めていた少女の顔にそれをかざした。

 

「…………」

 

少女は紙を受け取り、裏返してイラストが描かれた面に目を移す。

 

そこにあったのは…………可愛らしくデフォルメされ、明るい笑顔を浮かべている少女自身の顔だった。

 

「……これは」

 

「あなたのお名前、教えてくれる?」

 

「………………フォルテ」

 

「じゃあそれは、“フォルテちゃんボード”だね」

 

自らも笑顔のボードを見せつけながらそう口にした璃奈の口角が微かに上がる。

 

少女————フォルテは璃奈から受け取ったイラストを見つめながら、か細い声を漏らす。

 

「…………これが……私…………?」

 

「フォルテちゃん、楽しいと思ったからライブを観に来てくれたんでしょ?なら顔に出なくても、フォルテちゃんの心はきっと笑顔だったはずだよ。このボードみたいに」

 

フォルテの瞳が動揺するように震える。

 

「……っ」

 

「あれっ?帰るの……?」

 

盲点と呼ぶべき内心を暴かれたような気がして…………フォルテは咄嗟に、ブランコから立ち上がってはその場から駆け出そうとした。

 

「ちょっと待って」

 

彼女を追うようにして慌てて璃奈も走る。

 

立ち止まり、こちらを振り向いたフォルテに向かって————璃奈はよく通る声音で伝えた。

 

「私、またライブやるんだ。……虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会、天王寺璃奈。そのうち告知も出ると思うから……よかったら、また観に来てね」

 

「………………」

 

フォルテからの返事はない。

 

けれど再び駆け出して姿を消す直前、彼女は戸惑いながらも首を縦に振ったように見えた。

 

 

◉◉◉

 

 

「はぁ……っ……はぁ……っ」

 

スタジオ内に大音量で流れる音楽と共に踏まれるステップ。

 

同好会の面々が見守る中、璃奈は1人部屋の中心で活き活きとダンス練習を行っていた。

 

「————っ!」

 

璃奈が静止すると同時にスピーカーの音も止まり、すぐさま周囲から拍手が巻き起こる。

 

「璃奈ちゃんすごい!また完成度がぐっと上がったよ!」

 

「本当!これで次のライブもバッチリだね!」

 

「ぐぬぬぬぬ……。ま、まあ……今のかすみんと同じレベルには到達したって感じ?」

 

「お疲れ様」

 

「はぁ……はぁ……ありがとう」

 

ステラから受け取ったドリンクを呷った後、額ににじんだ汗を拭う。普段は隠れていた涼しい表情で。

 

……そう。璃奈は数日前から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「どう……だった?私、ちゃんと笑えてたかな?」

 

「うん。すっごく楽しそうに踊ってた!」

 

「よかった」

 

にこやかにそう返した春馬を一瞥した後、璃奈は壁一面にある鏡に映る自身の姿を見やる。

 

「……でも、やっぱりまだ練習が必要だと思う。さっき踊ってる時……自分でもぎこちなく感じたもん」

 

「ぎこちなくたって大丈夫だよ」

 

「そうそう!りなりーがめっちゃ楽しい〜!って気持ちでライブすれば、観てる方も絶対アガっちゃうからさ!」

 

「うん、私頑張る。……それで、もっともっと楽しんで……今度のソロイベントも、たくさんのお客さんに笑顔になってもらう」

 

そう固めた決意の裏に見え隠れするのは……夜の公園で出会った銀髪の少女の面影。

 

フォルテと名乗った女の子の素性まではわからない————が、彼女が何かを思いつめていることはあの時確かに理解できた。

 

彼女を勇気付けてあげたい。歌やダンスを通して…………少しでもあの子に寄り添ってあげたい。

 

自分のためだけじゃない。

 

自分にとってライブはコミュニケーションの場。それを次のステージで確かなものにしてみせる。

 

今の璃奈を突き動かしているのはそんな何気ない、それでいて強烈な想いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

暗がりの中、石で造られた硬い椅子に腰を下ろしながら握っていた1枚のイラストへ目を落とす。

 

こうして満面の笑みを浮かべている自分の顔と向き合っていると、何故だか喩え難い胸騒ぎに襲われた。

 

「…………ふ、ふふ、ふ…………」

 

強引に口の両端をつり上げ、“笑顔”というものを作ってみる。しかし出来たのは紙に描かれたものとは似ても似つかない歪んだ表情だった。

 

いつもウルトラ教の人間と話す際には……即座に取り繕うことができたはずなのに。

 

 

わからない。楽しいとは何なのか。なぜ自分以外の兄弟や人間は、あんなにも活き活きとしているのか。

 

この胸に残るザワつきと…………何か関係しているのか。

 

 

 

「んぅーん、素晴らしい。実にプライスレスな微笑みだ」

 

「……!」

 

どこからともなく聞こえてきた軽口に反応し、フォルテは咄嗟に手にしていた紙を背後へと追いやる。

 

……現れた。いつもいつも、不快な感情を植え付けてくる道化師が。

 

暗闇から靴音を鳴らしながら歩み寄ってきた男は、不自然な笑みを顔面に貼り付けながら続けて口にした。

 

「普段信者たちに見せる営業スマイルよりも……今のような心からの笑顔の方が何倍も素敵ですよ、リトルレディ」

 

「指輪は……完成したの……」

 

鬱陶しく目の前で腰を曲げた男に冷たい調子で返す。

 

しかし奴はまるで意に介すことなく、寒気を帯びた声ですらすらと言葉を述べた。

 

「ああ、かなりギリギリだったがね。1つだけなら問題なく稼働できるだろう」

 

「……わかった。……今度は……失敗しない」

 

「待った」

 

注文の品を受け取ろうと手を差し出したフォルテに男が掌を突き出す。

 

「渡す前にひとつだけ。今回は私から怪獣を出現させるタイミングを伝えるが……構わないかい?」

 

「……?いつ呼び出そうが……同じこと……でしょう」

 

「ふふ……そうだといいけど。——まあ、とにかく頼んだよ」

 

男はそう言ってフォルテの小さな手の中に1個のアクセサリーを落とす。

 

彼女が受け取ったことを確認した後、奴はその場を去ろうとくるりと踵を返した。

 

「ああ、それと」

 

足音が止まると共に飛び出す弾んだ声。

 

悪魔は舐めるような視線をフォルテに流しながら、軽快な口調で言った。

 

「近々フィーネくんが地球へ来るみたいだ。何でも君の勇姿を自分の目で見たい……とか」

 

「………………そう」

 

「では」

 

カツ、カツ、とわざとらしい騒音が遠ざかっていく。

 

 

兄の名前を耳にし、フォルテは自分でも知らぬ間に小さく身体を震わせた。

 




いつものことですがなんだか不穏な空気に。
最近タイタスがあまり戦っていない気がするので次は出番をあげたい……。

次回以降の話になりますが、当初より少し予定を早めて近いうちに1章クライマックスに突入するかもしれません。
まだラブライブの日常パートが固まっていないので何とも言えませんが、そう遠くないうちに春馬の秘密が明らかになるかと思います。

ではまた次回。


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第39話 キミの声を聞かせて:後編


璃奈&フォルテ回ラストです。
戦闘シーン少し短めになってしまいました……。


『たった今から……お前が兄弟達の“長男”だ』

 

 

最も古い、だが真新しい記憶が呼び起こされる。

 

自分が生まれた日の記憶。1個の命としてこの世に誕生した時の思い出だ。

 

 

父は自分に言った、「兄として振る舞え」。兄弟達の“絆”をより強固にするために動けと。

 

与えられた役割を遂行することだけが最重要事項。何があっても揺らいではいけない掟だ。

 

 

しかし自分達も人形とはいえ1個の生命。実現したい望みや、その時々に芽生える感情だって存在する。必然的なそれそのものを否定することはない。

 

…………が、しかし、そのような個人的感情を何よりも優先するとなれば話は別だ。

 

 

順序を違えてはいけない。果たすべき使命だけは一時も忘れることなくこの身に刻んでおかなくてはならないのだ。

 

例え結果的に————大切なものを焼き払うこととなっても。

 

 

 

「やかましいな」

 

眼下に広がる光景に向けて呟く。ビルの屋上から見下ろした先に見えるのは街を行き交う人、人、人。

 

初めて目撃するわけではないが、地球の人間社会というものはどうにも慣れそうにない。

 

 

落ち着かない心境ではあるが構わず街へと降りる。

 

妹を見守り、場合によっては………………()()ために。

 

 

 

「今行くぞフォルテ。このオレが……長男として」

 

 

◉◉◉

 

 

「体調はどう?喉の調子は?」

 

「大丈夫」

 

「水分補給も欠かさずにね」

 

「うん」

 

「観客席で応援してるよ!」

 

「ありがとう。頑張る」

 

璃奈が参加するイベント会場、その控え室。

 

彼女の出番が着々と近づいてくるなか、春馬達同好会のメンバーはひどく緊張した様子で甲斐甲斐しく質問を浴びせていた。

 

 

————打ち上げを行ったあの日に璃奈から聞かされた提案、それは「“璃奈ちゃんボード”を外してのライブをやりたい」というものだった。

 

以前のライブで自分のファンになってくれた人々への返礼を込め、少しでも素の自分を知って欲しいという思いから発した決断だ。

 

「私より、みんなの方が緊張してる」

 

「それは……まあ」

 

初めての試みであるからか、璃奈を見守る周囲の表情にも不安の色が混じる。

 

「今更だけど……りな子、本当に大丈夫?」

 

「心配ない。最後までやり抜いてみせるよ。璃奈ちゃんボード————あ、今は無いんだった」

 

「あはは。もうすっかりあれは璃奈ちゃんの一部になってたみたいだね」

 

テーブルの隅に置かれているライブ用ボードを見やり、春馬は微笑ましげに言った。

 

今回は素顔でのライブだが……それで“璃奈ちゃんボード”がお役御免になるわけではない。

 

彼女にとってあのアイテムは既に自分を天王寺璃奈たらしめる重要な要素と化しており、仮にこの先豊かな表情を作ることができるようになったとしても、彼女はあれを手放すことはないのだろう。

 

ボードを付けていても、外していても、どちらも天王寺璃奈であることに変わりはないのだから。

 

 

「——じゃあ、俺達はそろそろ行くよ」

 

「私達で全力のコールを会場内に響かせますからね!!」

 

「うん。また後でね」

 

若干の名残惜しさを感じつつも、璃奈へ小さく手を振りながら春馬達はぞろぞろと控え室を出て行く。

 

ドキドキが収まらない。

 

これから自分達は……人が一歩を踏み出す瞬間をこの目で目撃するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数え切れないくらいの歓声が聞こえる。

 

スクールアイドルと呼ばれる者達が一堂に集まり、観客に歌を届ける催し。

 

「…………」

 

特設会場にあるステージ全体が見える位置————雑居ビルの屋上に立ったフォルテは、そこで壇上にとある人物が現れるのを静かに待っていた。

 

前回とは違い、こうしてライブを観に来たのは自分自身の意思だと断言できる。

 

あの夜出会った地球人の…………天王寺璃奈の歌が聞きたいと思ったからこそ、ここへ出向いた。

 

この胸に残り続けている気持ちの正体はわからないままだ。けれど今日ここで、スクールアイドルというものに触れれば……何かが掴める気がするのだ。

 

 

『会場内の熱気も最高潮〜!さてさてお次は……話題の学校!虹ヶ咲学園からの尖兵だぁ!!』

 

強化された聴力で聞き取ったアナウンスに反応し、フォルテはぴくりと肩を揺らした。

 

————きた。虹ヶ咲学園。次は彼女が……天王寺璃奈がステージに上がるに違いない。

 

「…………っ」

 

汗ばんだ両手を繋ぎ早くなる鼓動に戸惑いながらも、フォルテは遠方に見える会場に目を凝らして——————

 

 

 

 

 

 

『————聞こえるかな、フォルテ?』

 

頭の中に声が送られてくる。瞬間、猛烈に熱くなっていたはずの身体は……驚くほどの速度で冷めていった。

 

冷たい表情の頬に汗が伝う。

 

フォルテは恐怖にも似た嫌な予感に息を呑みつつ、テレパシーによる悪魔の通信の続きを聞こうと身構えた。

 

 

 

『ちょうど君の目の前に催し物をしている場所があるだろう。——今すぐ指輪を使って、そこへ怪獣を呼び出すんだ』

 

 

◉◉◉

 

 

ステージからの景色は……いつもと違って見えた。

 

ボード越しじゃない世界はひどく眩しくて、思わず瞼を閉じてしまいそうになる。……けど、今みんなに見せているものが、本当に知って欲しい自分。

 

落ち着かないし、怖いけど……これが自分なんだ。

 

 

 

会場内が少しだけざわめくのを聞いた。仮面を外した自分に驚いているのか。

 

だが眼下に見える観客達の表情は……どれも楽しそうなもので溢れている。

 

(みんな、私と同じ気持ち……。ワクワク、ドキドキしてくれてるんだ)

 

みんなの顔を見ていると伝わってくる。

 

今この瞬間……自分は会場にいるみんなと繋がることができている。

 

————きっとこの中のどこかにいる、()()()とだって。

 

 

「……っ」

 

練習の時よりも遥かに大きな音量で曲が流れ出し、璃奈はこれまで磨き上げてきた振り付けを披露し始める。

 

隠れていた素顔をさらけ出し、最高の笑顔で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——————」

 

遠くの方から聞こえる歌声に、フォルテは開ききった瞳孔を向ける。

 

白い顔を真っ青なものに変え、彼女は混乱した様子で手にしていた指輪を強く握り締めた。

 

「…………やらな、ければ」

 

怪獣の顔が刻み込まれたリングへと目を落とし、今にも嘔吐しそうな震えた声をこぼす。

 

トレギアから指令が出された。自分は今すぐこの指輪を使って怪獣を呼び出し、あのライブ会場を破壊し尽くさねばならない。

 

役目を、使命を、果たさなくてはならない。

 

「…………ぁ……」

 

彼女の……天王寺璃奈の歌声が届いてくる。

 

仮面が無ければ感情を表せないと話していた彼女が、気持ちいいくらいの笑顔でライブを行っている。

 

その光景に、フォルテは以前感じたような眩しさを想起していた。

 

 

 

 

 

 

「何をしている、フォルテ」

 

直後、後方から飛んできた声に肩を震わせる。

 

気配も足音もしない。亡霊のような空気をまとった少年はゆっくりとこちらへ歩み寄り、

 

「指示が出ているはずだろう」

 

フォルテの真横で、重圧に似た何かを発した。

 

「……フィー……ネ」

 

「長男としてお前の様子を見に来た。……何を迷うことがある」

 

ウルトラダークキラーに生み出された“兄弟”達……その長。

 

フィーネは血の気の引いた表情で立ち尽くしていたフォルテの横顔を覗き込むと、つり上がった瞳を細めながら言う。

 

「トレギアと父さんは対等な協力関係にある。少々不本意ではあるが、奴の下した指示は父さんの命令と同じだ。使命に則り、その役目を即座に遂行することがオレ達の……そしてお前のやるべきことだ」

 

「……わかってる」

 

「ではなぜ動かない。これまで問題なくこなしていた仕事だろう」

 

「……それは…………」

 

「……ん?」

 

フォルテの視線の先へと目を移し、フィーネは薄く笑う。

 

何かを納得したように瞼を閉じた後、彼はフォルテの肩に手を乗せつつ穏やかな調子で続けた。

 

「なるほど、“スクールアイドル”。あれには確か……以前から興味を持っていたな、お前は」

 

「………………!」

 

何も言わないフォルテの手から指輪を取り上げ、フィーネは左腕に出現させた白い手甲のレバーに指先を添える。

 

「察しが悪くてすまなかった。ようやく見つけた“夢中になれるもの”を、お前自身の手で壊すのは……確かに忍びないな」

 

《カモン!》

 

右手に怪獣の指輪をはめ込み、彼は少しだけ胸を張る。

 

「いいだろう。自ら手を下す気にならないのなら……今回は特別にオレが役目を代わってやる。長男として。お前はそこで……改めて自分の立場を考えるといい」

 

そう言って指輪と左手を近づけようとするフィーネ。

 

「…………っ」

 

フォルテは数秒間何かを迷うように唇を噛んだ後、意を決したように駆け出し————

 

「まっ……て——!」

 

指輪と重なりかけていたフィーネの左手を、必死に伸ばした小さな手で掴み取り制した。

 

 

「………………」

 

フィーネは一瞬驚いたように大きく目を見開くと、か弱い力で自分の妨害を図った妹に対して冷たい眼差しを注いだ。

 

「……なんのつもりだ?」

 

「少し……待って……欲しい。せめて……あのイベントが……終わるまで……」

 

「ダメだ。……お前ならもう気づいているだろう、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……っ」

 

フォルテの表情が焦燥で歪む。フィーネには最初から全て見抜かれていたんだ。

 

人々の心の支え————マイナスエネルギーが減少している原因を。

 

「お前がスクールアイドルなるものを気にかけていることは問題にはならない。が、それが役目の妨げになるというのなら別だ」

 

無謀にも自分を止めようとした非力な手を振り払い、フィーネは冷徹な瞳でフォルテを見下ろす。

 

「自分を見失うなフォルテ。オレ達はあの方に作られた……ウルトラマンを抹殺するためだけの人形。それよりも優先されるべきことなど、ありはしない。……わかったならもう邪魔はするなよ」

 

「…………でも」

 

刹那、フォルテの身体は羽のように持ち上がり————背後にあった壁まで一直線に吹き飛んだ。

 

「——————っ……!!」

 

一瞬で身動きが取れなくなるほどのダメージが叩き込まれる。

 

「そこでおとなしくしているんだな」

 

「…………」

 

ふと気づく。ずっと胸に根付いていた感情の正体。それは“憧れ”と“望み”。……だけど、()()が叶うことは決してないと思い知らされた。

 

自分は何か思い違いをしていたのかもしれない。

 

“ダークキラーブラザーズ”としてこの世に生まれた瞬間から……運命は定められていたというのに。それ以外の何かに手を伸ばそうとすること自体が、間違っていたというのに。

 

「……………………」

 

先ほどまであった全身の熱が消えていく。

 

崩れた壁から落ちた瓦礫に埋もれながら……フォルテは離れた場所にいるであろう少女の姿を幻想し、

 

「……ごめん……なさい」

 

涙と共に、そう小さくこぼした。

 

 

 

 

 

 

 

《EXゴモラリング!エンゲージ!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステージ上で璃奈が最後の振り付けを終えた直後、会場内の熱気は最高潮に達していた。

 

「すごい……!すごいよりなりー!!」

 

「うぅ……!今回だけは認めてあげます……っ!!」

 

同好会の皆もライブをやりきった彼女に胸打たれ、それぞれで賛美の声を上げる。

 

春馬もまた感動で涙し、余韻に浸りながらも歩夢達に向き直った。

 

「今すぐ璃奈ちゃんのところに行かなくちゃ!ライブ……本当に凄かったって、早く伝えたい!!」

 

「うん!」

 

「そうですね!早速控え室へ急ぎましょう!!」

 

互いに興奮した様子でその場を駆け出す。

 

人混みから抜け出し、璃奈のもとへ向かおうとした————その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!!!」

 

巨大な咆哮と共に、それは現れた。

 

 

 

 

 

「……ッ!?」

 

会場のすぐ側に突如として出現したのは…………刺々しい鎧のような皮膚に、巨大な爪を持った怪獣。

 

『あれは……ゴモラか……!?』

 

『様子が変だな。……肉体改造でも施されているのか?』

 

『どのみち敵の仕業に決まってる!——春馬!!』

 

(うんっ!!)

 

タイガの呼びかけにそう返し、歩夢達の目を盗んで逃げ惑う群衆に紛れながら、怪獣————ゴモラのいる方向へと疾走。

 

トレギアが呼び出した可能性は……もちろん高いと言える。でも奴以外にも怪獣を呼び出すことができる存在を自分は知っている。

 

(……君じゃ……ないよね?)

 

脳裏をよぎる少女の顔。

 

 

《カモン!》

 

「パワー勝負になりそうな予感がする。タイタス、お願い!」

 

『了解した!』

 

春馬は人気のない物陰へ身を潜めると、不意に浮かんだ悪い予感に眉をひそめつつ…………すぐさまタイガスパークを起動させ、キーホルダーを握った。

 

 

「バディ……!ゴーッ!!」

 

 

《ウルトラマンタイタス!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『——ふんッ!!』

 

落下の勢いを相乗させつつ上空から奇襲をかける。

 

当たりさえすれば相当なダメージを与えることができるタイタスの拳がゴモラの体表に炸裂し、バランスを崩した奴の身体が大きく傾く。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーー!!」

 

(硬っ……!?)

 

『予想以上に頑丈だな。あまり長引くことのないよう、気をつけるぞ!』

 

(そうだね……!)

 

体勢を立て直したゴモラの尾が真横から迫る。

 

槍のように尖った先端を回避しつつ、再度懐へ潜り込み2度目の打撃を繰り出そうと腕を引き絞った。

 

……しかし、

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!」

 

(——いっ…………!?)

 

避けたはずの尻尾は驚異的な速度で方向転換し、驚くべきことにその全長を伸ばしながら再びタイタスへと振り下ろされた。

 

『ぐぉお……っ!?』

 

不意を突かれ防御が間に合わず、脇腹に直撃を受けてしまう。

 

凄まじい遠心力を備えたその衝撃は肉体の芯にまで到達し、タイタスの巨体を軽々と吹き飛ばした。

 

(なんだ……今の動き……!?)

 

『尻尾をまるで手足のように……。これは骨が折れそうだ』

 

瓦礫の中から立ち上がり、勇ましく両手の拳を構えながらゴモラの様子を窺う。

 

強烈なパワーに強靭な防御力。加えて尻尾による変則的な攻撃。

 

これまで戦ってきた怪獣ももちろんそうだが……今回は特にこちらを仕留めようとする意思が際立っている。

 

今日この場で……勝負をつける気なのか。

 

(——いや、そんなのどうだっていい)

 

タイタスの体内で奥歯を噛み締め、春馬は強く空を握り潰す。

 

(今日のイベントのために……色んなアイドル達が努力を積み重ねてきたんだ。……璃奈ちゃんだって)

 

《カモン!》

 

こちらに凶器のような視線を送る白い双眸を睨み返しながら、春馬はタイガスパークのレバーを引いた。

 

(彼女達の想いを踏みにじる権利なんて————誰にもないッ!!)

 

《ヒカリレット!コネクトオン!!》

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!」

 

尻尾による打撃を掻い潜り、至近距離からの必殺技を狙う。

 

『(“ナイト————!)』

 

あと数秒もあれば奴の肉体に渾身の一撃を放つことができる。

 

そう確信した直後、

 

 

「◼︎◼︎————!!」

 

(……ッ!?タイタス、避けて!!)

 

尋常ならざる殺気を感じ取り、春馬は咄嗟にタイタスの肉体を強引に横へと牽引した。

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッッ!!!!」

 

咆哮と同時に解放されたのは————暴力的なまでの“熱”だった。

 

ゴモラの全身から放射された熱線は建物を溶かしながら直進し、遥か後方にある高層ビルを両断。

 

(なっ……!)

 

一部焦土と化した東京の街を一瞥し、春馬の顔から血の気が無くなる。

 

『これは……まずいな』

 

(連発させちゃダメだ!早く決着をつけないと……!)

 

『接近戦に持ち込むのも難しいか……。——ここはタイガの光線に頼らせてもらおう!』

 

(わかった!)

 

 

《カモン!》

 

腰に下げていたタイガのアクセサリーが淡い光に包まれ、その形状が変化する。

 

《アース!》

 

《シャイン!》

 

それを手に取り、三つあるうち二つのクリスタルにタイガスパークをかざし————

 

(最初から飛ばしていこう!)

 

『ああっ!』

 

タイタスからタイガの肉体へ入れ替えを行いつつ、瞬時に金色の鎧を装着。

 

《ウルトラマンタイガ!フォトンアース!!》

 

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーッ!!」

 

光の幕を突き抜けて現れたタイガにまたもゴモラの尾が迫る。

 

タイガはそれを受け流しつつ、一定の距離を保ったまま強化された“スワローバレット”での牽制を図る。

 

もうさっきの熱線は撃たせない。このまま動きを止めて、“オーラムストリウム”を放つ瞬間を見定めなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、どうだい調子は?」

 

何もないはずの宙に黒い穴が開き、中から人影が向かってくるのが見える。

 

フィーネは街で繰り広げられているEXゴモラとタイガの戦いから目を離さないまま、現れた悪魔に冷たく言い放った。

 

「トレギア……お前の筋書き通り、といったところか?」

 

「人聞きが悪いなぁ。私はただ情報提供をしただけだよ。……忠告も含めてね」

 

後ろの方でぐったりと横たわっているフォルテに視線を流しながらトレギアがそう口にする。

 

この男は誰よりも……長男である自分よりも先にフォルテの変化に気づいていた。それを奴が報告しなければフォルテの()()()はさらに深刻なものとなっていただろう。

 

「まあ良い、結果オーライだ。妹の仕事を奪うようで気が引けるが……オレはオレの使命を全うし、このままウルトラマンを殺す」

 

前方にいる巨人と怪獣を視界の中心に捉え、フィーネは手甲の装着された左腕をゆっくりと掲げた。

 

今のウルトラマン達にEXゴモラの“超振動波”を防ぐ術はない。あれを連発していればいずれは決着がつく。

 

「我々の……そして父の宿願が、ようやく成就する」

 

「そうかい。とりあえずはおめでとうと言っておこうか。……それにしても、哀しいね」

 

「哀しいだと?……何がだ?」

 

薄く笑ったトレギアに鋭利な眼を突きつけるフィーネ。

 

「ああ、そうか……君達はまだ知らなかったね」

 

奴は相変わらず憎たらしい笑顔のまま、まるで他愛ないことを話すかのように、

 

 

「————————」

 

 

信じられない(意味のわからない)ことを口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……!なんだ……!?)

 

突如としてゴモラの動きが止まり、縦横無尽に駆けていたタイガの足も思わず静止する。

 

『どうしたんだ急に……?』

 

(とにかく……チャンスだ!!)

 

『あ、ああ!』

 

ゴモラの正面まで移動した後、春馬とタイガは互いに同調を強めタイガスパークにエネルギーを充填。

 

 

『(“オーラムストリウム”!!)』

 

周囲に広がった光が集束。同時に凄まじい勢いで射出され、それはゴモラの頑丈な体表を容易く焼いていく。

 

悲鳴は聞こえない。

 

糸の切れた人形のように、ゴモラはゆっくりとその巨体を倒し————強烈な衝撃と共に爆発した。

 

 

◉◉◉

 

 

「イベント……中止になっちゃったね」

 

まだ戦闘による焦げ臭さが残った街道を歩きながら、歩夢はぽつりと言った。

 

「仕方ないけど……やっぱり、つらいね」

 

「誰にとっても嫌な時代よね。怪獣頻出期……だっけ?」

 

横でそう話している皆の声を聞きながら、春馬は眉をひそめる。

 

ギリギリではあったがライブを行えた璃奈はまだマシだが……この後に控えていたスクールアイドル達はどれだけ悔しい思いをしているか想像もつかない。

 

「……なにしょげてるんですかぁ!1度や2度怪獣に邪魔されたからって!……私達にはこれから、ラブライブの予備予選だってあるんですよ!?」

 

「怪獣が現れるのは……もう1度や2度という話ではないけどね」

 

「ちょっ……しず子まで暗くならないでよ〜!」

 

「かすみちゃんの言う通りだよ」

 

必死に空気を盛り上げようとしていたかすみの姿を見て、先ほどまで無言で歩いていた璃奈が口を開く。

 

「今は前を向こう。不安なことの方が多いけど……私達にやれることを、精一杯やろうよ。……璃奈ちゃんボード『やったるでー』」

 

そう言った彼女の声には、より強固なものとなった決意が宿っていた。

 

 

そうだ、彼女達の想いはこんなことじゃ終わらない。……終わらせない。

 

もう誰かが悲しむのはたくさんなんだ。

 

そのためにも一刻も早く敵を————トレギアを倒さなくては。

 

 

 

 

 

「……っ」

 

「……?ハルくん、どうかした?」

 

「いや……大丈夫」

 

一瞬頭の中を駆け巡った痛みに表情を歪める。

 

 

 

自分の中で起きている変化など知る由もなく、春馬は同好会のメンバーと共に夕日を背にして歩いていた。

 

 




またも不穏な終わり方に……。
今回ステラとヒカリが不在でしたね。次回以降詳しい描写を挟む予定ではありますが、2人は別件で春馬達と離れてました。

さて、少し急ぎすぎな気がしますが……そろそろ1章クライマックスに突入していこうかと思っております。


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第40話 オルゴール・デイズ


もう40話とは……早いものですね。
さて、物語開始から散りばめていた布石を少しずつ拾っていきます。
第1章クライマックス、一体どのような展開が春馬達を待っているのか……。



「あれ?確かここに……。——ねえヒカリー?ここに着替え置いてなかったー?」

 

そう言ってシャワールームから湯気と共に顔を出したのは、タオル1枚で肌を隠した少女。

 

濡れた深い蒼色の前髪を掻き分けながら誰もいないはずの部屋に呼びかけるその姿は、何も知らない人間が見ればさぞ不審に思う光景だろう。

 

『……君はもう少し女性としての振る舞いを考えるべきだ』

 

「いいじゃない、長い付き合いだもの。わたしは気にしないわ」

 

『昔はもっとそういう自覚を持っていたはずだが……。——着替えならテーブルの上だ。先ほど置きっぱなしにしていただろう』

 

「あっ、そこか」

 

必死にこちらから視線を逸らしている半透明の小人の横を通り過ぎ、少女————ステラは無防備な姿のまま自室の奥へと進む。

 

虹ヶ咲学園の寮生活にも随分慣れてきた。同好会のメンバー達とも少しずつだが打ち解け…………同じ寮生である果林やエマともよく互いの部屋を訪問しては取り留めのない会話を交わすこともある。

 

つい任務で地球へ訪れていることを忘れてしまいそうになるくらい、自分の生活は充実しているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「それで…………話があるって言ってたわよね。例の指輪のこと?」

 

『そうだ』

 

しばらく経った後。

 

まだ湿気を帯びている髪をタオルで拭きながら尋ねてきたステラに、ヒカリはどこか重苦しい調子で返した。

 

「……どうかしたの?」

 

『いや……まだそうと決まったわけではないことを踏まえて、心して聞いて欲しい』

 

そう口にする彼の顔には影が差しているようにも見える。

 

場に漂う空気から……ステラはすぐにただ事ではないと察知し、表情を引き締めた。

 

『あの指輪……怪獣リングだが、あれは使用した人間に対して悪影響を及ぼすものであることは……君も承知しているな?』

 

「それは……ええ。だからこそ前にわざわざ春馬の家まで行って、彼の()()()()を取ってきたんだし」

 

そう言ってテーブルの隅放置されていた小さなカプセルを手に取る。

 

中に入っているのは……1本の髪の毛。以前春馬の自宅を訪問した際、気付かれないよう採取したものだった。

 

怪獣の指輪が人体に対してどのような干渉を行っているか。その調査を密かにヒカリに頼んでいたのである。

 

『それで判明したことなのだが……その……』

 

「歯切れが悪いわね。もしかして悪い知らせ?」

 

『それも判断しかねている』

 

「……?」

 

やけに結論を渋るヒカリに首を傾ける。いつも効率的に物事を進めようとする彼にしては珍しいことだった。

 

「とりあえず話してみてよ。じゃないとわたしだって何も言えないわ」

 

『ああ、そうだな。……すまない』

 

俯いていた顔を上げ、ヒカリは改めてステラと視線を合わせる。

 

静まり返った部屋の空気が…………不穏な予感を告げていた。

 

『調べていてわかったんだ。正確にはあれは…………特定の遺伝子に干渉する仕組みになっていたんだ』

 

「特定の遺伝子……。誰に対しても効果を発揮するわけじゃないってこと?」

 

『そうだ。……つまり、あれは()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

頭の中で幾つもの疑問がぶつかり合い、ステラの眉間に力が入る。

 

トレギアが作った怪獣の指輪……あれは元々、春馬だけに狙いを定めたものだったというのか?そうだとしたら何故?

 

ウルトラマンであるタイガやタイタス、フーマを無視して……トレギアはどうして春馬を?

 

「……わけがわからないわね」

 

『ああそうだ、わけがわからない。敵の目的に関しては依然謎に包まれたままだ。————だが今話しておきたいことはそれじゃない』

 

「え?」

 

『君に把握してもらいたいのは春馬のことだ』

 

「……どういうこと?」

 

唐突に切り替わった話に固まってしまう。

 

ステラはテーブルの上に佇んでいる霊体の相棒を見下ろしながら、恐る恐るその詳細を尋ねた。

 

『調査の途中、春馬の遺伝子を調べていてわかったことなのだが…………彼のそれはこの星の住人とは極めてかけ離れたものを備えている』

 

「ちょっと待って」

 

突然流れ込んできた情報から耳を塞ぐようにヒカリを制止する。

 

……彼は何を言っているんだ。仮にその結果が正しければ————いや、ヒカリのことだ、十中八九正確な情報だろう。

 

「つまりあなたはこう言いたいわけ?」

 

脳内で聞かされたことを整理しながら、ステラは口に出すべき結論を探る。

 

やがて信じ難い答えに達した彼女は、青い顔を浮かべながらも————冷静な調子で言葉を発した。

 

 

 

 

 

 

 

「春馬は…………地球人じゃないかもしれない?」

 

 

◉◉◉

 

 

「そういえば……春馬、あなたもうすぐ誕生日じゃないかしら?」

 

「え?」

 

6月も終わりに差し掛かった頃。朝食の場で母にそう言われ、春馬は間の抜けた声を上げながらカレンダーを見やった。

 

「あ、本当だ……」

 

追風春馬という人間が17歳になるのは7月1日。

 

あと数日もすれば自分はまた歳を重ねるという事実に気がつき、春馬はほんの少しだけ口元を緩める。

 

「誕生日プレゼント、何がいい?」

 

「わざわざ用意しなくてもいいよ————て言ったところで無駄っぽいね。……あ、ケーキ作りするのはどうかな?歩夢も呼んで、一緒に!」

 

「あらいいじゃない!なら同好会の子達も誘いましょう!」

 

「えっ!?」

 

「かすみちゃん以外の子達とも会ってみたかったし、ちょうどいいわ!——平日だと遅くなっちゃうし、今度の日曜日にでも招待しましょうよ!」

 

「ち、ちょっと急すぎない?歩夢はお隣さんだからいいけど……」

 

「あらかじめ材料も揃えておかなくちゃ!忙しくなるわね!」

 

「聞いちゃいないね……」

 

相変わらず興奮した様子で突っ走ってしまう母に苦笑しつつ、春馬は席を立ちテーブルの横に置いてあったカバンを抱えた。

 

 

『誕生日か……。少し早いようだが、おめでとうと言っておこう』

 

(ありがとタイタス)

 

玄関へと続く廊下を歩きながら、頭の中で反響する声にそう返す。

 

『地球人の寿命って……100も無いんだっけ?』

 

(平均的に言えばそうだね。中には超える人もいるけど)

 

『儚い命だよなあ。ま、だからこそその生き様が綺麗ってのもあるけど』

 

『おいおい、すぐ近くに春馬がいるってのにそういう話題は……』

 

(あはは、大丈夫だよ。……改めてありがとね、みんな)

 

『……お?どうしたんだよ急に』

 

靴を履きつつ、少しだけ照れ臭く思いながらも春馬は率直な思いを伝える。

 

(みんなが一緒にいてくれるおかげで……俺は生きることができてる。タイガ達がいなかったら、今頃は病気で……)

 

『辛気臭い話はよせよ春馬』

 

力強い声が胸の奥まで届いてくる。

 

春馬の肩の上に腰掛けながら、タイガは彼と目線を合わせて言った。

 

『俺の方だって感謝してる。……お前と過ごす日々の中で、俺は大切なことを教えられたからな』

 

(……そっか。…………そうだね!)

 

 

 

 

「————行ってきます!」

 

立ち上がり、勢いよく玄関の扉を開きながら春馬は声を張る。

 

少し前まで自分が寝たきりだったとは思えないくらい、春馬はすっかり慣れた健康な肉体で元気よく外へ飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————『お誕生日、おめでとう!!』

 

 

「うわぁ!?」

 

放課後の部室。

 

扉を開けた先に春馬を待っていたのはクラッカーが鳴る音と…………暖かな笑顔で迎え入れてくれる歩夢達の姿だった。

 

「えっ、えっ……!?」

 

宙に舞う紙吹雪とテープに視線を泳がせた後、呆然とした様子で春馬は皆の方を向く。

 

歩夢は困惑する彼に微笑みながら、「ごめんね」と添えてから語り出した。

 

「ふふふ、もう少しでハルくんの誕生日だって話してたら……今から軽くお祝いしようって話になったんだ」

 

「サプライズ大成功ですね!」

 

「はいこれプレゼント!みんなのメッセージが書かれたノートだよ〜!」

 

マシンガンのように浴びせられる祝福に呆気にとられる。

 

“いつもありがとう”

 

“今後ともよろしく!”

 

“これからもかすみんを支えてください!!”

 

…………。

 

春馬は渡された包装を解き、中に入っていた一冊のノートを開くと表紙裏に記されていた文字の数々に涙をにじませていた。

 

「ありがとう、みんな……!すっごく嬉しい!!」

 

「どういたしまして〜」

 

「でもこれだけじゃなぁ……。日を改めてちゃんとしたパーティー開きたいよね、やっぱ」

 

「あっ、それなら今度ウチに来てよ!母さんと一緒にケーキ作る予定なんだ!」

 

「ハルハルの家!?行く行く〜!」

 

「わたしもお邪魔していいかな?」

 

「もちろんですよ!」

 

賑やかな空気で部屋が満たされる中、再び部室の扉が開く音が聞こえる。

 

春馬は反射的に振り返り、ちょうど入ってきた人影に向けて明るい笑顔を向けた。

 

「——あっ!こんにちはステラ姐さん!」

 

「……ええ」

 

そう小さく返してきたステラの意味ありげな横顔を見つめ、首を傾げる。

 

普段からダウナーな雰囲気をまとっているステラではあるが、今の彼女はいつもよりも一層沈んだ表情を浮かべているように感じた。

 

「————さあ!積もる話は後にして、今日の練習を始めましょう!」

 

「うん、そうだね!」

 

せつ菜が声を上げると同時に皆の意識がそちらへ移る。

 

ほんの少しだけモヤモヤとした感情を残しつつも、春馬はみんなから受け取ったノートを胸に抱き、表現しきれない歓喜にはにかんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………なんだか、オルゴールみたいだ」

 

「え?」

 

すぐに時間は流れ、春馬は帰りの電車に揺られながら隣の席に座っている歩夢へそんなことを吐露した。

 

「楽しい時間って、本当にあっという間だなって。……ネジを巻いて、綺麗な音楽を聴いている間はぽかぽかした気分でいられるけど…………鳴り止んだら、なんだか空しい気持ちになる」

 

「……ふふっ」

 

「えっ、どうして笑うのさ?」

 

「ごめんね。ハルくんらしい表現だと思って、つい」

 

「そ、そう……?」

 

薄く笑った歩夢を見ていると急に恥ずかしく思ってしまい、春馬はふと彼女から視線を外しては頬を赤らめた。

 

「でもネジならまた巻き直せばいいじゃない。今日で楽しいことは終わり……ってわけじゃないんだから」

 

「あはは、そうだね。……楽しみだな、今度の日曜日」

 

膝の上に乗せた鞄から覗くノートを見つめながら、春馬は愛おしそうに笑った。

 

友達と笑い合って、同じ目標に向かって頑張って……。

 

こんなに幸せな日々が続くだなんて、病院にいた時は本当に考えられなかった。

 

明日は、明後日は、もっともっと幸せを感じたいと思うけれど…………同時にこれ以上の幸福を願うのはなんだか贅沢だな、と思う自分も心のどこかにいる。

 

だから今の自分にできることは……今を後悔しないよう生きることだと思うのだ。

 

この先の未来、自分の命が終える瞬間に————胸を張れるような人生を自分は歩みたい。

 

 

春馬はそんな想いを抱きながら、駅に着くまで幼馴染と共に何気ない会話に花を咲かせた。

 

 

◉◉◉

 

 

「ご説明頂きたい、父さん」

 

漆黒の空間の中で、少年が獣のような唸りを含んだ声をこぼす。

 

「…………」

 

彼の隣で立ち尽くしている少女もまたひどく動揺しているようで、震えた眼で虚空を見つめていた。

 

 

「…………なんのことだ?」

 

暗闇からこだまする荘厳な声音。

 

どす黒い闇で包まれた巨人を見上げながら、少年——フィーネは怒気の孕んだ言葉を投げかける。

 

「わかっているはずです。……トレギアから聞いたことが本当であるならば、貴方はオレ達兄弟に対してとてつもない秘密を隠している」

 

「……そうか。……あれを知ったのか」

 

蠢めく暗黒の空間に反響する父の声に対し、フィーネは苛立ちを隠せない様子のまま続けた。

 

「オレ達に秘匿していることを全て話してください。オレもフォルテも……ピノンもヘルマも、貴方のためだけに生きてきた。……オレ達兄弟には、何もかもを知る権利があるはずです」

 

「確かにお前の言う通りだな、フィーネ」

 

今にも激昂しそうな息子の姿を見て、巨人は黒い座から立ち上がるとゆっくりと語りを始めた。

 

「信頼関係にヒビが入れば“絆”は生まれない……。“絆”が生まれなければ到底奴らを葬ることも不可能になる。いいだろう、お前達に全てを明かそう」

 

「…………はい」

 

「——だがその前に」

 

眼差しが凄まじい重圧となって襲ってくる。

 

巨人はフィーネの隣に立っていた娘に視線を移すと、腹の底から冷たくなるような言葉をかけた。

 

「ケジメはつけなければな、フォルテ」

 

「………………」

 

呼びかけられ、少女は軋むような動きで顔を上げる。

 

いつものような無表情ではなく、困惑しきった顔で彼女は父と目を合わせた。

 

「失敗を取り返すチャンスをやろう、我が娘よ。……お前に新たな仕事を与える」

 

「……わかって…………います」

 

少女は最後まで父親の言葉を聞かないまま、ふらふらとした足取りで踵を返す。

 

その顔に浮かんでいるのは“絶望”でも“怒り”でもない。…………“嫉妬”の感情だった。

 

 

 

 

()のことは…………私に……任せて」

 

 




春馬が地球人じゃないかもしれない……だと……!?
一方で闇兄弟達も知らない真実とは一体何なのか……。

1章内で1番書きたかった話がもうすぐ始まります。


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第41話 君の願いを叶えに


答え合わせの回がやってまいりました。


“トレギア”とは————光の国で「狂おしい好奇心」という意味を持つ言葉。その名を体現するかのように、自分は幼い頃から探究心に満ち溢れていた。

 

途方もない時間の中を過ごした果てに見つけた“答え”を、この世には虚無しかないという結論を知っているのは自分だけ。光や闇といった幻想に取り憑かれた愚か者がこの世界には多すぎる。

 

 

だからこそ…………“彼”と出会った時は心が躍った。

 

光にも闇にもなりきれないでいる半端者。彼を救えるのは自分だけだ。自分だけが彼に正しい道を示すことができる。そうだ、自分はついに共に歩むことができる相棒(バディ)を見つけたのだ。

 

真実を知った時、きっと彼は混乱するだろう。迷える子羊には手を差し伸べなくてはならない。

 

なぜなら自分は“ウルトラマン”。か弱き者を導く存在なのだから。

 

 

 

 

「————迎えに行くよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「付き合わせちゃってごめんね」

 

「ううん。またハルくんとお出かけできて楽しいよ」

 

申し訳なさそうに口にした幼馴染の少年——春馬の顔を見て、上原歩夢は緩やかに笑いながら言った。

 

明日行われる彼の誕生日会に同好会の面々も参加するとのことで…………彼の母も心底張り切ってしまい、家の中を飾り付けするとまで言い出した。今はその買い出し中ということだ。

 

「あ」

 

「うん?」

 

不意に春馬が立ち止まり、それにつられて歩夢も足を止めながら彼の視線の先を見やる。

 

そこにあったのは建ち並ぶビル群の中で一際存在感を放っている巨大モニター。以前も春馬と共に見上げたそれはあの日と同じように、少女達のパフォーマンスをきらびやかに映し出している。

 

「……なんだか不思議だなあ。退院してからまだ数ヶ月しか経ってないのに、色々な出会いがあって……」

 

「本当、目まぐるしいというか……。止まってた時間がやっと動いたって感じだよね」

 

そんなやり取りの後、歩夢はふと以前までの春馬の姿を思い出していた。

 

 

病室のベッドに横たわり、寂しげな表情で窓の外を見つめている綺麗な横顔。

 

あの時彼は何も言わなかったけれど…………本当は嫌な予感がしてならなかった。だからこそ彼の身体が治ったと聞いた時は飛び跳ねてしまうほど嬉しかった。

 

だけどそれも……結局は危険なことに身を投げる予兆でしかなくて。

 

 

ウルトラマンであるということを、彼は秘密にしている。だから自分も気がついていない振りを通してきたが……やはり心配であることに変わりはない。

 

ただ幼馴染なだけの……普通の自分に、具体的に何ができるのかはわからない。

 

見つけなくちゃならない。彼を支えられる形を。

 

そう決意したのなら……ちゃんと彼に寄り添う方法を探さないと。

 

 

「歩夢はさ……スクールアイドルを始めて、よかったと思う?」

 

急にそんなことを問いかけてきた春馬に目を丸くする。

 

歩夢は彼の意図を探るように、戸惑い混じりの口調で「え?」と短く返した。

 

「実を言うとちょっとだけ気になってたんだ。歩夢を同好会に誘った時……少し強引だったから。もしかしたら、嫌々やってるんじゃないかって……」

 

「そんなことないよ!……ていうか、それくらい普段の練習を見てたらわかるでしょ?」

 

ほんの少しだけムッとした顔で彼にそう訴える。

 

嫌々やってるなんてとんでもない。自分の想いは、一番最初に彼に伝えた言葉からこれっぽっちも変わっていない。

 

彼がいるから楽しく過ごすことができる。彼がいるから……一緒に頑張れる。

 

「うん、そうだよね。変なこと言ってごめん」

 

「もう、しっかりしてよ。ハルくんは私達の……部長なんだから」

 

申し訳なさそうに笑う幼馴染と同じように、自分も口元を緩めた。

 

……もうすぐ始まるラブライブ予備予選、全力を尽くさなくてはならない。彼の想いに応えるためにも。

 

幼馴染として、少しでも彼の心の支えになれるように。

 

 

 

「…………あれ?」

 

何かに驚くような上ずった声が真横から聞こえ、歩夢は弾かれたように春馬の方へ向き直る。

 

彼の瞳が見つめている方向をなぞるように見ると————そこには人混みに混ざって佇んでいる、銀色の少女の姿があった。

 

 

「————————」

 

 

妖精のような、そこに存在しているかどうかもハッキリしないような、どこか不思議な空気を周囲に漂わせている女の子。

 

その雰囲気に、歩夢は思わず感嘆のため息をついた。

 

「あの子の髪……すっごく綺麗だね。お人形さんみたい……」

 

「——フォルテちゃん!」

 

「えっ!?ハルくん!?」

 

唐突に駆け出した幼馴染に驚愕しつつ、慌ててその後を追おうと走り出す。

 

春馬は少女のすぐ近くまで寄ると、膝を折りながら彼女に対して目線を合わせた。

 

「ハルくん、知ってる子なの?」

 

「うん、フォルテちゃん。前のイベントで知り合った子なんだ」

 

「えっ!そうなの?」

 

「ああ、でもそういえば……歩夢が出る頃には帰っちゃったんだっけ。——こちら、俺の幼馴染の上原歩夢!彼女もスクールアイドルなんだ!」

 

ハキハキと語りかける春馬とは真逆に、フォルテと呼ばれた少女は口を閉じたままじっと彼の瞳を見つめている。

 

彼女が無口な性格であることはすぐに察することができたが、顔見知りである春馬はそんなことなど構わずといった具合で絶えず言葉を浴びせ続けていた。

 

「今日はどうしたの?……もし君が良ければさ、俺達と一緒に歩かない?」

 

「………………」

 

正反対の表情で一方的なやり取りを行う2人を傍らで眺めながら、歩夢は心なしか不穏な空気を感じ取っていた。

 

怖いくらいの少女の静寂はまるで嵐の前の静けさのようで…………そんな彼女に何の警戒もなく接しようとしている春馬にも、漠然とした恐怖を感じる。

 

「……あっ、そうだ!フォルテちゃんはどんなスクールアイドルが好きなの?これから専門店に行って————」

 

「もういい」

 

「え?」

 

初めて少女が発した言葉に、春馬は短い声を上げた。

 

拒絶の意を示すように肩に触れていた彼の手を振り解き、彼女は冷たい調子で再び口を開く。

 

「あなたの妄言は……もう……たくさん」

 

「フォルテちゃん……?」

 

戸惑う春馬の横を通り過ぎ、ゆっくりと背後へ移動した彼女は————左腕に手甲のようなものを出現させ、蝋人形のように固定された顔のまま彼に向き直る。

 

「知らない方が……よかった……あんなもの。私達は……与えられたものだけに……使命のためだけに生きる存在。……やっぱり……最初に感じた疑問は……間違えてなんか、いなかった」

 

そう言って胸元のポケットから取り出したのは…………銀色のアクセサリー。何かの顔が刻まれたキーホルダーだった。

 

「……!?それ……!」

 

「あんな思いをするのなら…………もう……何も好きにならなくて、いい」

 

「フォルテちゃん……一体なにを……!?」

 

「追風春馬」

 

少女の瞳が揺れる。

 

手甲のレバーを引き、彼女は右手にあったキーホルダーを左手で握り直した後、

 

「あなたも……目を覚ますべき」

 

力のこもった声で、春馬にそう呼びかけた。

 

 

 

 

 

 

 

《ダークキラーエース!!》

 

 

◉◉◉

 

 

真実を知った瞬間、自分の中で羨望の炎が激しく燃え上がるのを感じた。

 

 

“寄り道”が許されたとしても……それは所詮一時の幻。気休めでしかない。最終的にはウルトラマンを殺すという役目だけが求められることになる。

 

……だというのになぜ、アレは楽しそうに笑っている。

 

自分が手放すしかなかった“夢中になれるもの”を……なぜ()は享受できている。

 

ずるい。不平だ。どうして自分だけがこんな目に遭わなくてはならないのか。

 

 

教えてやらねばならない。真実を。

 

彼が本当に歩むべき道を。…………この手で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フォルテ……ちゃん……?」

 

 

前触れもなく東京の街に出現した漆黒の巨人を見上げ、春馬は唖然とした顔で呟いた。

 

怪獣とかけ離れた外見であるものの、それが発している不気味な空気と異様なまでの威圧感に恐れをなした人々が一斉に逃げ出していく。

 

「あ、あの子……宇宙人だったの……!?——ねえハルくん!……ハルくん!?」

 

歩夢が肩を揺すりながら必死に呼びかけを図るが、彼女の言葉は春馬には届いていない様子だ。

 

ただ少女が変身した闇色の存在を見つめ、呆然と立ち尽くしている。

 

 

『あれは……“ウルトラマンエース”……!?』

 

「どういうことなの……?どうしてフォルテちゃんが……!?」

 

春馬と同化しているタイガも彼と同様に困惑の声を上げる。

 

フォルテがタイガスパークと酷似したアイテムを使用して変身した黒い巨人の姿は————タイガもよく知る“ウルトラ兄弟”とひどく似通っていた。

 

しかし赤いはずの身体の模様はドス黒いものになっており、共通しているのは大まかな外観のみであるとすぐに理解することができる。

 

『ウルトラマンの力をコピーしたというのか……?』

 

『なんて奴らだ……!』

 

「……!あぶっ————!!」

 

巨人の身体が動き出し、固く握られた拳が春馬と歩夢の真上に振り下ろされる。

 

「きゃっ……!」

 

春馬は咄嗟に歩夢の身体を突き飛ばし、互いを攻撃の延長線上から逸らした。

 

直後に2人の間に巨大な打撃が落下し、強烈な衝撃と共に砂埃が舞う。

 

「ッ……!歩夢!今すぐここから逃げて!!」

 

「ハルくん……!?ち、ちょっと待って——!」

 

「……!!」

 

フォルテは間髪入れずに片足を上げては自分達を踏み潰そうとしてくる。

 

……いや、違う。狙っているのは歩夢だ。彼女を先に始末しようとしている。

 

「タイガッ!!」

 

『おい、いいのか!?』

 

「構わない!!」

 

ほとんど無意識にタイガスパークを起動させた春馬は、歩夢が潰されるよりも早く————

 

 

「バディゴーッッ!!!!」

 

彼女の目の前で、ウルトラマンタイガの肉体を呼び出した。

 

 

 

 

 

 

(ぐぅ……っ!!)

 

歩夢の命を奪おうとする闇の巨人、ダークキラーエース————フォルテの腰にしがみつき、そのまま自分達ごと横転させる。

 

「————」

 

しかしすぐに冷静、且つ正確な蹴りがタイガの胴体に炸裂。

 

張り付いていられたのも束の間、強引に距離を取られたタイガは引き続き攻撃を警戒しつつ歩夢の安否を確認した。

 

『……見られたな』

 

(仕方ない……!)

 

フォルテは何も言わないまま構えると、両手を上下に大きく展開。

 

直後に巨大な光刃が驚異的な速度で空を駆り、タイガの肉体を切断しようと迫った。

 

『うおおっ!?』

 

(ぐっ……!————歩夢!聞こえてる!?)

 

なんとか射出された斬撃を回避した後、テレパシーを通じて離れた場所で呆気にとられている幼馴染へ呼びかける。

 

(後でちゃんと説明する……からっ!今は走って!全力で……ここから離れるんだッ!!)

 

遠くの方で小さく見えた歩夢の表情に……意外にも驚いたような様子は感じられなかった。

 

 

『——シュアッ!!』

 

何かを悲しむような顔でこちらを見つめている彼女から意識を外し、対峙する黒い巨人へと突貫。

 

タイガは再びフォルテの肉体に手を回すと大きく跳躍し————そのまま空高く飛翔。人々が避難した方とは逆の方向への移動を開始した。

 

(どう……して……!?君は……スクールアイドルを好きになってくれたんじゃ……なかったの!?……フォルテちゃん!!)

 

「うるさい」

 

(が……っ!)

 

背中に直撃した肘打ちの衝撃が腹部を貫通し、タイガの巨体を街中へと一直線に落下させる。

 

(くっ……う……)

 

「もう……話しかけないで。あなたの声……頭に……絡みついてくる。……気持ち悪い」

 

涼しげな空気を保ちながらゆっくりと目の前に降りてきたフォルテは、倒れ伏すタイガとその中にいる春馬を見下しながら突き放すように言った。

 

「もう……余計なものは……何もいらない。あなたが口にすることは……全て戯れ言。使命において……必要のないもの」

 

(使命って……!それが君のやりたいことだなんて嘘だっ!!)

 

「会話するだけ……無駄」

 

直後、L字に組まれたフォルテの腕からドス黒いオーラをまとった光線が解放。

 

『クッソ……!——おい春馬、落ち着け!』

 

タイガは迫り来る熱を横っ飛びで避け、瞬時に建物の陰に潜んでは体内に居る仲間へと呼びかけた。

 

『なんてことない……あの子共は最初から敵だった!それがハッキリしただけだろ!?』

 

『タイガの言う通りだぜ。……ていうか、俺は最初からあんな怪しいガキ————』

 

『待て2人とも!——タイガ、春馬との繋がりが弱まっているぞ!』

 

『はぁ……!?』

 

タイタスに指摘され、タイガは初めて異変に気がついた。

 

先ほどまですぐ側に感じた春馬の気配が徐々に遠ざかっていく。

 

まるで初めて春馬と一体化を果たした時————いや、その時よりも彼との同調が微弱なものになっているのがすぐにわかった。

 

 

(そんな……っ……どうして……!!)

 

『春馬……?』

 

(どうしてそんなこと言うんだッ!!)

 

 

《ウルトラマンタイガ!フォトンアース!!》

 

刹那、タイガの全身に黒い稲妻が駆け巡り————次の瞬間には、強制的に金色の鎧が装着されていた。

 

『なっ……!?』

 

全くと言っていいほど肉体の感覚が遮断されている。……いや、()()()()()()()()()()()()()()()

 

あり得ない。逆のケースならまだしも……ただの地球人であるはずの春馬が、ウルトラマンである自分を精神力で押さえ込んでいるというのか?

 

『一体どうしちまったんだよ……!春馬!!』

 

(うあああああああああっ!!)

 

フォトンアースの脚力がフルで発揮され、フォルテとの距離が一気に縮まる。彼女の懐まで到達するのに秒もかからない。

 

渾身のエネルギーを込めた右の拳が、黒い巨人の腹部に叩き込まれようとしたその時、

 

 

 

 

 

「————はいそこまで」

 

青黒い雷撃が、タイガの身体を吹き飛ばした。

 

『(ぐあぁぁああああぁああ…………ッ!!)』

 

焼けるような痛みと共に襲ってくる不快感。

 

自分達はこの感覚を知っている。

 

タイガは震える足腰のまま上体を起こすと、自分達を撃ち抜いた存在に向けて低く唸り声を上げた。

 

『トレ……ギアァァアア……!!』

 

「レディに思い切り拳を振るうとは……紳士じゃないなぁ、追風春馬くん?」

 

ビルの上で足を組みながら、仮面の悪魔は身動きがとれないでいるタイガに向けて無邪気にも思える嘲笑を浴びせた。

 

「余計な手出しは……しないで」

 

「どのみちここらでチェックメイトだろう。彼はもう()()()()()()()()

 

不満げに舌打ちを吐き捨てたフォルテの横を通り過ぎ、トレギアは横たわる巨人のもとまで歩み寄る。

 

「哀しい……とても哀しいね。でも挫けてはいけない。君の物語はここから始まるのだから」

 

『お前……何を言ってるんだ……!?』

 

「君には話していないよ、タイガ」

 

『ぐぅ……ッ!?』

 

冷たく尖った言葉と共に再度放たれる稲妻。

 

奴の攻撃をまともに喰らった影響からか、カラータイマーの点滅はすぐに速度を増し————

 

「春馬……今から私が、君の願いを叶えてあげよう」

 

タイガの肉体は……瞬く間にその実像を解き、消滅してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——————『でもネジならまた巻き直せばいいじゃない』

 

 

ほんの少し前に聞いた幼馴染の言葉が頭の中をぐるぐると廻る。

 

確かにそうだ。楽しい時間は一度だけなんて誰かが決めたわけじゃないのだから。

 

けどダメだったんだ、自分は。自分には本来……それは許されなかった。

 

そんなこと…………今頃になって思い出すなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぐっ……!?ぁ……!ぁああぁああああアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

『春馬……!?おい春馬!!——トレギアお前……!春馬に何を!?』

 

タイガの声が聞こえてくる。

 

ぼやけた視界を凝らし、周囲の状況を確認してみると…………変身は既に解除されており、自分は道路のど真ん中で倒れていることが理解できた。

 

「ふふふ……ヒカリから何か聞いていないか?指輪を使い続けるとどうなるのか」

 

『なんだと……?——まさかもう……!?』

 

「ああ、もう遅い。私の仕掛けはとっくに……彼の中で花開いていたのさ。……()()()使()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()という仕掛けがね」

 

眠気を遮る鬱陶しい声が耳朶に触れる。

 

もうやめてくれ。これ以上邪魔をしないでくれ。

 

でないと夢が覚める。哀しくて、哀しくて、いっそ死んでしまいたくなるような現実が押し寄せてくる。

 

「先の一撃には指輪の効能と同じものを少々加えさせてもらった。……おかげでさっぱりしただろう?」

 

「————ぁ」

 

顔を覗き込んできた男と視線が交錯する。

 

()()()と同じ笑顔。全てを飲み込み、自分のものにしようとする…………貪欲で、傲慢な心。

 

 

 

 

 

(…………そうだ)

 

 

走馬灯のように脳裏に映し出されるのは……とても古い記憶。自分がこの世に生まれ落ちた時の思い出だ。

 

……そうだ。全て思い出した。

 

自分はあの時、あの場所で————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——————()()()()()()()()()()()

 

 

 

 




改めて言っておくとフォルテ達闇兄弟の正体は「ぱちんこウルトラマンタロウ」に登場した"ダークキラーブラザーズ"です。
まずは次女のフォルテが"ダークキラーエース"としての姿を見せました。
それに関連して春馬の正体も殆ど明かしたようなものですが、詳しい経緯は次回以降に展開される過去編で判明します。

少しばかり暗い話が続くかも…………。


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第42話 春の終わり:前編


今回から過去編へ入るにあたり、ところどころ一人称視点でお送りします。
たぶんまた中編挟むことになるかな……。


人生において最も必要なものとは何だろうか。

 

よく言われる知力や体力、財力といった“力”か。それとも他人との繋がり、交友関係か。僕はそのどちらも大して重要とは思わない。

 

 

人間にとって大切なのは“夢中になれる何か”だ。熱中できる生き甲斐だ。

 

時間を忘れて没頭できるもの。自分の意思を表すような存在の有無が人とそうでないものを分けるのだと僕は考える。

 

 

僕は自分の人生を生きる。夢中になれるものを通して生き甲斐を感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、子猫」

 

中学校へと繋がる通学路を歩いている途中、隣にいた幼馴染の声を聞いて僕は立ち止まった。

 

すると道路を横断しようとしている一匹の小動物の存在に気がつく。車両の行き交いは激しく、早く渡りきらなければいずれ轢かれてしまうのは容易に想像できた。

 

「あ」

 

……そして、案の定その想像は現実になりかけた。

 

僕は背負っていたカバンを投げ捨てながら地面を蹴り、子猫を助けるためにトラックが迫りつつある車道へと飛び出す。

 

間に合うかはかなり際どいタイミングだった。だが何もせず突っ立っているわけにもいかない。

 

なぜならあの猫を助けられなかったら、幼馴染————“歩夢”はきっと悲しむ。彼女の心を救うためにも絶対にやり遂げなくてはいけない。

 

「…………っ」

 

全力で四肢を振り抜き、接触するギリギリで跳躍。

 

急に激しい運動をしたからだろうか、胸がとても熱い。視界も煌めいているかのようにチカチカする。

 

 

回転する車輪がすごそこまで近づいている中、僕は子猫を胸に抱き——————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、起きてて平気なの……?傷、もう痛くない……?」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

病室のベッドの上で上体を起こしつつ、僕は不安げに尋ねてくる歩夢を安心させるように柔らかく笑った。

 

本当は包帯に隠れた額の傷が少しだけピリリと痛んでいたが、そう騒ぐほどのものではない。彼女が胸に抱いているモヤを払うためにも必要な嘘だ。

 

それに子猫は無事助けることができた。この傷はその後の着地に失敗して出来たものだから、あくまで自分の至らなさのせいである。

 

「でもよかった……。私あの時、ハルくんが死んじゃうかもって……すっごく心配だったんだよ」

 

「びっくりさせてごめんね。でもほら、僕はこうして生きてるよ。だからもうそんな顔しないで、ね?」

 

「そうだけど……」

 

歩夢が言葉を探すようにもごもごと口を動かしたまま黙り込む。

 

やがて顔を上げ、変わらず心配そうに眉を下げながら彼女は口を開いた。

 

「ハルくん……もっと自分を大切にした方がいいよ。この前だって川で溺れそうになってた子を助けようとして、ハルくんまで危ない目に……」

 

「確かにあの時はちょっと焦ったけど……結果的にどっちも助かったわけだし」

 

無邪気に笑いながらそう語った僕を見て、歩夢は諦めたように小さくため息をついた。

 

彼女の気持ちもわからないわけじゃない。たとえ人助けのためであっても、危ない橋を渡ろうとする友達を止めたいと思うのは当然の心理だ。

 

……けれども僕はそれを聞き入れない。他人のために生きることをやめたくはないんだ。

 

なぜならそれが僕の憧れ。父さんの…………“追風雄馬(おいかぜゆうま)”の息子として生まれた、僕の使命だから。

 

 

 

 

————“ウルトラマン”。この星の住人ならその名を知らぬ者はいないだろう。

 

怪獣や侵略者達から地球を守ってくれた光の戦士達。父さんが事故でいなくなってから……僕の憧れは専ら彼らに対して向けるようになってきた。

 

彼らは自らの命を顧みずに僕達の住むこの星を守り抜いてくれた。僕が志そうとしていた、父さんのような……「自己犠牲の精神」がそこにあったんだ。

 

自分以外の誰かのために身を削り尽くす……僕はそんな在り方がとても綺麗だと感じる。そういう行動ができる人間になりたいと願っている。

 

 

目の前で誰かが命を落としそうになった時————迷わず身を投げられるような人間に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば……春馬、あなたもうすぐ誕生日じゃないかしら?」

 

ある日の朝、ご飯の席で母さんにそんなことを言われた。

 

突然のことに「え?」とだけ呟き、おもむろにカレンダーを確認してみれば確かに僕の誕生日が近い。もうすぐ14歳になるわけだ。だから何だという話になるが。

 

この時期になるとプレゼントは何がいいかとよく聞かれるようになる。別段欲しいものは何もない。強いて言えば困っている人を探すための時間を求めたいが……母さんは納得してくれないだろう。

 

「早いもんだね、1年って」

 

「誕生日プレゼント、何がいい?」

 

「うーん………………」

 

そう言って濁すような態度をとった僕を見た母さんの笑顔が少しだけ寂しそうなものになる。

 

「何かあるでしょ?ゲームとか…………食べてみたいものとか」

 

「特にない……かな」

 

「あなた毎年それじゃない。……ほら、歩夢ちゃんが持ってるゲーム機あったでしょ?あれとかどうかしら?」

 

「ううん、欲しいものは無いよ。本当になにも無いんだ」

 

「でも……」

 

「あ、もう行かなくちゃ!」

 

テーブル横に置いていたカバンを引っ張り上げ、僕は逃げるようにリビングから駆け出す。

 

ほんの少しの……苦い罪悪感を抱きながら。

 

 

 

 

 

クラスの子達や幼馴染の歩夢、他の人達と物事に対する感覚が違うってことは……自分でも薄々わかっている。僕だってできることならばゲーム機で遊んだりして一喜一憂したい。

 

でもダメなんだ、僕は。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ずっと続けてきた音楽だってそうだ。父さんに「音楽で人の心が救えることだってある」と教えられたから……僕はその言葉を信じて技術を磨き、知識を身につけてきた。

 

……けれど、音を奏でる行為そのものに対しては何の感情も抱くことができなかった。

 

結局それ以上の価値を見出せなくなって…………ウルトラマンを目撃したあの日から徐々に練習に割く時間も無くなっていき、今では全くと言っていいほど音楽には触れていない。

 

 

きっとそういう星の下に生まれてきたのだと思う。

 

誰かに尽くし、誰かのために生きるように…………僕は神様に造られたんだ。

 

 

僕が楽しいと思える瞬間は————人の心を救った時だけ。

 

他人の笑顔だけが、僕の喜びなんだ。

 

 

◉◉◉

 

 

「————なるほど」

 

月が昇りつつある夕暮れ時……もぬけの殻となっていた廃ビルの中。

 

白と黒。縦に色分けされた風変わりな衣装を身にまとった男は穏やかな表情のまま……抑えきれない苛立ちを露わにするかのように見えない奥歯を強く噛み締めた。

 

「この私が情報で出し抜かれるとは…………想像以上のやり手だ」

 

埃とガラクタにまみれた床を踏み散らしながら、男は念の為に残された物がないかを確認しようと辺りを彷徨き始めた。

 

 

既に見込みはないとわかっていながらも求めているものを夢想する。

 

かつて地球の危機を救った英雄の1人であり、“光の欠片”————その十番目を身に宿したという青年の身柄を手に入れることが、男の目的であった。

 

全てが揃った時にあの暗黒の皇帝すらも打ち倒したと言われる、“究極の光”を生み出すための()()()()()()。それは男が夢見る“証明”のために必要不可欠なものだったからだ。

 

その青年は密かに仲間を集め、地球を狙う侵略者に対抗するための組織を立ち上げようとしていることまでは噂で聞いている。……それ以外の情報は巧妙に秘匿しているようで、いくら探せど青年の影どころか髪の毛1本すら見つけることができないでいる。

 

ただの地球人にそのような芸当ができるとは到底思えない。おそらくは仲間内に宇宙人達の情報網に相当精通した人材がいるのだろう。

 

「これで訪ねるのは6件目だが…………ふふ、こうも欺かれると楽しくなってくるな」

 

……だが諦めはしない。青年の根城は何が何でも突き止める。

 

彼の持つ“欠片”こそ、この世界の理を証明する鍵になり得るのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

————『聞こえているか』

 

 

闇が囁く。

 

背筋を這うような寒気と共に届いてきた声に反応し、男は氷結したように足を止めた。

 

「やあ。今は少し取り込み中なのだが…………急ぎの用事かな?」

 

『場合によってはな。……アレを放置したところで、出る支障はたかが知れているが』

 

含みのある物言いを耳にし、男は紙のように薄かった笑顔をよりハッキリとしたものへと変える。

 

「————さては逃げられたね?例の試作品に」

 

図星だろうか、闇からの返答はない。亡霊風情がやけに人間臭い部分を感じさせるようになったものだ。

 

「だから早めに処分した方がいいと言ったろう。好奇心は人を狂わせる。……まあ、彼をヒトと呼んでいいものかは知らないが」

 

『奴にはまだ試していない機能があった。これから新たに生み出す子供達をより完成形に近づけるためにもデータは必要だ』

 

「わかっているとも。……それで、私への要件は?」

 

『アレを連れ戻せ。抵抗するようならその場で始末しても構わない。……以上だ』

 

幻が消えていくように瞬く間に闇の気配が遠ざかっていく。

 

 

「————クハッ」

 

しんとした空気が戻ってくる中、男は何かを堪えるように小さく肩を震わせ————やがて全てを吐き出すように笑い声を周囲に散らした。

 

「ハハッ……ハハハハ……ッ!!アッハハハハハハ!!!!」

 

おかしくて仕方がないといった様子で、腹部を押さえながら男は嗤う。

 

「クククク……人工的に作り出す“絆”か…………なんて歪んだ愛。……良い。最高に笑えるよ、()()()()()

 

ふう、と一息つきながら天を見上げる。当然シミだらけの汚い天井を眺めているわけじゃない。

 

男は空に、そして宇宙の隅々に目を向けるように一点を見つめると————開ききった瞳孔を浮かべたまま、不気味に言い放った。

 

 

「君達の"絆"…………壊れないといいけどね」

 

 

 




さり気なくとんでもない情報のオンパレードでしたね。
既に気付いている方もいらっしゃるかと思いますが、春馬の一人称や性格がいつもと違うのは…………まあ、そういうことです。

改めてプロローグから読み返してみると合点がいくことがあるかもしれません。


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第43話 春の終わり:中編

無敵級pvが無敵級すぎて虹ちゃんアニメの期待値が爆上がりしてる作者です。



————『ウルトラマンを抹殺せよ』

 

 

生まれた瞬間、どんな感覚よりも先にその言葉が頭に浮かんだ。

 

他に理解できるのは自分の出自。ウルトラダークキラーによって生み出された仮初めの命であることのみ。

 

俺はウルトラマンを殺すために誕生し、その使命を遂行することだけを前提として名前を与えられた個体。……“ダークキラーファースト”と名付けられた、殺戮人形だった。

 

『お前は我の息子。我と“絆”を結び…………ウルトラの一族を根絶やしにする者だ』

 

“父”とされる人物から授けられた役目の内容はすぐに頭に入れることができた。……しかし同時に、自分の中に蓄えられた情報があまりにも欠落しすぎていることにも気づいたのだ。

 

ウルトラマンに勝つためには“絆の力”が必要だと父は言う。だが“絆”とやらが何なのか、俺はまだ知らないのだ。

 

おそらくは父でさえ完全に理解できてはいないのだろう。だからこそこんなにも曖昧な関係を築いてしまっている。

 

そもそもなぜ父はウルトラマンに対抗できる力が“絆”だという結論に至ったのか。どうしてウルトラマンを憎悪するのか。

 

わからない。わからないことが多すぎる。このような情報量では使命を達成することは到底不可能だ。

 

 

————だから俺は降りる。あの青く、美しい惑星に。

 

俺の求めるものを…………見つけるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「老人ホームでピアノを……?」

 

「ええ、先生から連絡があったの。人手が足りないみたいで…………引退していった子達にも声をかけてるみたい」

 

ある日の午後。学校から帰ってきた僕のもとに、そんな誘いが舞い込んできた。

 

母さんから聞かされたそれは小学校の頃に通っていたピアノ教室の先生からのお願い。1曲、できることなら2曲ほど、老人ホームで開かれる交流会でピアノを演奏して欲しいとのことだった。

 

「……もし嫌だったら、私の方から断っておくわ」

 

僕が過去に自らやめると決めたものに関わらせようとしていることに気が引けるのか、玄関で立ち止まったまま深く考え込んでいた僕を見て心配するような顔で母さんは言った。

 

…………確かに一瞬迷ったが、損になることはない。僕の演奏でお爺さんお婆さん方の心が少しでも豊かになれるのなら、それだけでもやる価値はあるだろう。

 

「ううん、やるよ。先生にも僕から伝えておく」

 

「え?」

 

「曲の指定はないの?」

 

「あ、えーっと…………そうね、好きに決めていいって言ってたわ」

 

「わかった。昔使ってた楽譜まだあったかな……」

 

きょとんとした顔で棒立ちしている母さんの横を通り過ぎ、僕は自分の部屋へと向かう。

 

扉を開けて最初に視界に収めたのは横に見える本棚。最上段に並べられた音楽関連の書物を見やった後、鼻で小さく息をつきながら奥へと進み、吸い込まれるようにベッドに倒れ込んだ。

 

「ピアノか……」

 

そう呟いた直後、懐かしい父の表情が幻のように浮かんでくる。

 

楽しそうに鍵盤に指をかける父さんの横顔。音を奏でることで笑顔になっていたあの人の心を理解することは……ついぞ叶わなかった。

 

……でも、父さんの生き方にだけは共感することができた。

 

誰かを助けることは美しい。そのことを教えられた時、無色だった僕の心が生気の絵の具で彩られたのだ。

 

それからというもの僕は僕の赴くままに、他人のために生きることで自分を満たしてきた。これからもきっとそれは変わらないのだろう。

 

大人になっても、お爺さんになっても、僕は誰かのために人生を捧げる。

 

…………この命が、尽きるまで。

 

 

 

 

 

 

 

「えっ!ハルくん……またピアノ始めるの!?」

 

次の日の朝。

 

いつものように一緒に登校しようと歩いていた歩夢に昨日のことを話すと、やけにキラキラとした眼差しを送りながらそんなことを彼女は言った。

 

「う、嬉しいな。私、ハルくんの演奏聞くの小さい頃から大好きだったから……」

 

「あー……ありがとう歩夢。でもまた習いに行くわけじゃないんだ」

 

「え?」

 

「老人ホームで何人か集めて発表会みたいなことをするんだって。人手が足りないらしくてさ。…………だからまあ、今回は特別にって感じかな」

 

「そう…………なんだ」

 

そう口にしながらふっ、と肩を落とした歩夢に、僕は刺されるような罪悪感に苛まれていた。

 

「でっ、でもね……またハルくんの演奏が聴けるだけでも、私……とっても嬉しいよ。その発表会、絶対観に行くからね」

 

瞬間、彼女の暖かな微笑みが目に焼き付けられる。それと同時に……心臓の鼓動が早まっていくのを感じた。

 

彼女にはずっと笑顔でいてほしい。けれど僕は彼女だけを見つめ続けることはできない。そんな時間を過ごすことを……()()()()()()()()

 

僕が口に出して伝えさえすれば…………歩夢はきっと共に歩むことを望んでくれる。だけどそうなれば……僕は彼女だけを見守る人間にならざるをえなくなる。

 

それはできない。僕はもっと広い視野で……より多くの人のために生きたいのだから。

 

だから…………だから…………胸の中にある、この想いは——————

 

 

「ありがとう。……精一杯がんばるよ」

 

 

————しまっておくしかないんだ。

 

 

◉◉◉

 

 

薄暗い路地裏に横たわりながら、周囲の気配を探って状況を確認する。

 

失敗した。大気圏突入の際に肉体を霊体化させるだけでもこれほどの体力を消耗してしまうとは思わなかった。

 

父から“試作品”————プロトタイプとされていた理由がよくわかった。自分は恐らく試験的な、最低限の機能しか与えられてはいないのだ。

 

「————ぁ」

 

鈍りきった頭を絞り、思考回路を回転させる。

 

まずは擬態だ。今の俺は地球人とは大きくかけ離れた外見をしている。見つかれば騒ぎになってしまうだろう。

 

ウルトラマンを模して造られた肉体を少しずつ別の存在へと置き換えていく。歳の頃は10代前半の男。

 

「………………」

 

銀色の前髪を掻き分けながら、俺は軋んでいる四肢に力を込めて立ち上がる。

 

痛い。手足が引き千切れてしまいそうだ。

 

路地裏を抜け出し、ボロボロになった身体を引きずりながら街へ出る。

 

大勢の地球人達が行き交う道。背の高い建物。闇に慣れた視界に映るその全てがキラキラと輝いて見える。

 

そこに広がっていた世界に目を向けた時、俺は——————

 

 

「これが………………地球」

 

喩え難い高揚感————“トキメキ”に心を躍らせていた。

 

「っ……」

 

ひどい空腹感に襲われ、すぐに道端に座り込んでしまう。

 

徐々に目の前の景色も掠れてきた。意識もハッキリしない。

 

「……きずな……」

 

冷たくなっていく腕をもう一方の手で撫でながら、俺はうわ言のように父から教えられたことを声に出していた。

 

 

 

「大丈夫ですか?」

 

直後、穏やかな声が耳に滑り込んでくる。

 

思わず顔を上げてこちらを覗き込んできた人物と目を合わせると…………俺を安心させるように柔らかく微笑む、少年の顔がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気まぐれで音楽関連の書籍を取り扱っている店に寄った帰り。

 

路地裏の入り口付近で苦しそうな表情を浮かべながら座り込んでいた人物を見つけると、僕は咄嗟に彼のもとまで駆け出していた。

 

名前を尋ねると小さく震えた声で「ファースト」と答えた彼は顔色もひどく、身なりもボロボロ。しかしホームレスにしては若すぎる見た目が、僕の疑問をさらに深めていった。

 

外国から来た人間なのか、それとも………………。

 

 

 

「……ごちそうさまでした」

 

「す、すごい勢い……。相当お腹が空いてたんだね」

 

人通りの少ない公園のベンチ。

 

コンビニで水と一緒におにぎりやサンドイッチを買ってきてあげると……“ファースト”と名乗った少年は、ものの数秒で完食してしまった。

 

「ありがとう。……本当に死んでしまうかと思った」

 

「お役に立てて何よりだよ」

 

そう笑いかけた直後に彼の頬に付着していた米粒に気がつき、反射的に取り出したティッシュペーパーでそれを拭い取る。

 

蝋人形のように固定された表情のままじっとこちらを見つめる黒い瞳に、僕は美しさに似た感覚を覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お役に立てて何よりだよ」

 

そう言って頬に付いていた米粒を拭き取ってきた少年に、俺は「美」という感情を連想した。

 

会ったばかりの俺に……どうしてこんなにも良くしてくれるのだろう。地球人は皆彼のような人間ばかりなのだろうか。

 

……いや、おそらくは違う。先ほど道に蹲っていた俺を見て見ぬ振りし、立ち去った者だって大勢いた。きっと彼が特殊なんだ。

 

「君の名前……覚えておきたい。教えてくれないか?」

 

「追風春馬だよ」

 

「春馬……」

 

「ファーストは外国の人?ここへは旅行で来たの?」

 

「まあ……そんなところ……。しばらくは滞在するつもり」

 

「そっか。——これ、僕の連絡先ね。困ったことがあったら呼んでよ。すぐに駆けつけるから」

 

春馬はそう言って数字が記された小さな紙を俺に渡すと…………閉じていた手を開き、俺の胸元近くまで差し出してきた。

 

突然のことで戸惑う俺を見て、彼はにっこりと笑ったまま語りかけてくる。

 

「握手だよ。……こうやって手を握り合うとね、人はわかり合うことができるんだ」

 

春馬はもう一方の手で俺の手を取り、差し出していた方の手のひらと繋げる。

 

春馬の暖かさが伝わってくる。ただ相手の手を握っているだけなのに…………まるで俺と彼が、旧友であるかのような錯覚に陥ってしまった。

 

 

◉◉◉

 

 

あれから2週間ほど経っただろうか。14歳になった僕の日常は、これまでとは少しだけ代わり映えしたものになっていた。

 

その理由はやはり……ファーストの存在が大きいだろう。

 

 

「————いつ聴いても素晴らしいなあ、春馬の音楽」

 

「ありがとう」

 

追風家のリビング。端の方に設置されていたピアノを奏でる僕に、ファーストはキラキラと光を差し込ませた黒い瞳を向けてきた。

 

母さんが仕事に出ている間にこっそりとファーストを家に招き、彼にピアノの演奏を披露することがすっかり日課のようになっていたのだ。

 

「この世界にこんなに素敵なものが存在するなんて……俺、今まで知らなかった。とてもあったかい気分になれる」

 

「それは良かった」

 

にっこりと笑うファーストを見て、僕も微笑ましげな表情を返す。

 

 

彼は————ファーストは、あまりにもモノを知らな過ぎた。

 

出会った時から今日に至るまでずっと、彼はまるでこの世に生まれたばかりであると言わんばかりの好奇心を発揮し…………食べ物、娯楽、文化、あらゆるものに興味を示してきた。

 

そんな彼の姿を後ろで眺めていた僕は、当初から胸に抱えていた疑念が確信へと変わっていくのを感じていた。

 

ファースト————彼が()()()()()()という確信を。

 

僕は噂でしか聞いたことがないが、この地球にひっそりと移住しにやって来る宇宙人は割と多いらしい。

 

中には侵略目的で来訪する者もいるみたいだが…………まあ、ファーストの場合は違うだろう。独りぼっちでいたことが気がかりだが。

 

「今弾いたのは……発表会?でも演奏する曲なんだっけ」

 

「え?あ、ああ……うん。そう大それたものじゃないけど……僕にとっては、確かに発表会と言えるかもしれない」

 

「……幼馴染の子が聴きに来るからかい?」

 

「えっ!?」

 

冷静に尋ねてきたファーストに、僕は思わず急所を射抜かれたような情けない声を上げてしまった。

 

「わかりやすいね。彼女のことが好きなんだ?」

 

「よしてよ……」

 

「ごめんごめん。……想いは伝えないの?」

 

からかうような口調から一転、ファーストは真剣な眼差しを注ぎながら問う。

 

一瞬答えをはぐらかそうかとも考えたが…………気付けば僕は、これまで心中に留めていたものを全て彼に吐き出していた。

 

「ダメなんだ。僕は誰か1人の人間を見ることはできない」

 

「それは……なぜ?」

 

「常に周りを見ていないと人助けはできないからね。……父さんやウルトラマンみたいな人間になるためには、“盲目”になっちゃいけないんだ」

 

目の前にある鍵盤を見つめながら細々と語った僕を見て、ファーストの表情が怪訝な色で満たされていく。

 

「でも、そうだな…………そんな考え方をしちゃう僕が彼女の隣に立とうとすること自体、間違っているのかもしれないね」

 

ふと頭の中にありえない想像が浮かんでくる。

 

僕はつい吹き出してしまいそうになる馬鹿げたその妄想を——————独り言のように呟いた。

 

 

 

 

 

「僕よりも、もっと…………上手く“春馬”をやれる人がいたらいいのに」

 

 




今回登場したダークキラーファーストですが、彼は元ネタからかなり改変された設定を持っています。
春馬という人間の異常性がじわじわと示されていくなか、ファーストは彼との交流を深めていき…………。

次回、ついに仮面紳士がやらかします。


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第44話 春の終わり:後編


過去編ラストです。
春馬とファースト、2人を待つ運命とは…………。


追風春馬という地球人が常軌を逸した感性を備えているということは…………生まれて間もない、まだこの星に馴染めているとはとても言えない俺でもハッキリと認識できるくらい明らかだった。

 

春馬はこの地球上で————いや、おそらく宇宙全体で考えてもある種の狂人と呼べるほどの「自己犠牲主義者」であった。

 

彼は常に自らの幸せよりも他人の幸福を優先するよう動いている。……そしてそれも実際は優先するなんて話じゃない。そもそも彼は()()()()()()()()()()()()()()

 

彼と共に過ごしていく時間の中で、俺は数え切れないほどの知識を得ると同時にわからないことも増えていく。

 

どうして春馬はそこまで他人のために頑張れるんだ。どうして自分を大切にしない。何が彼をそうさせる。

 

彼の価値観を理解することなど到底できっこない。ましてや地球人ですらない俺にはそれが正しいことなのかもわからない。

 

 

…………けれど…………それでも……春馬の願いそのものは、とても綺麗なものだと感じた。

 

困っている人を助けたい。誰かの喜ぶ顔が好きだと話していた春馬の表情は、ピアノを演奏している時よりも遥かに生き生きしていて……本当に、彼はその信念でしか心が満たされないのだなと思わされる。

 

 

春馬はきっと誰かを助けるためなら自らが死ぬことだって厭わない。仮にそれが一言も会話を交わしたことがない赤の他人だったとしても、自分の命と引き換えにその人間を救えると確信できたのなら彼は迷わず身を投げ出すのだろう。

 

彼の求める自己犠牲は尊いもの。それだけは確かだ。

 

だが…………自分を顧みず、そこに何の疑問も抱かないままただ何かを助けるために生きるだなんて————そんなのは機械、ひたすらに与えられた役目を果たそうとする装置と変わらない。

 

 

たとえ綺麗でも、生命として、人間として歩む道としては………………あまりに寂しい生き方ではないのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうかもしれないね」

 

 

すぐそばに東京湾が見える夜の岸辺。

 

前のめりになりながら柵に寄りかかっていた春馬は、静かに尋ねてきたファーストに対して落ち着いた調子で返した。

 

「他の人達と違うなって感じる時もあるよ。でも僕は自分だけが正しいだなんて思えないし、自己中心的な考えを持つ人だって……それはそれで、一つの在り方としては間違っていないって思ってる」

 

語りを続ける少年の横顔を見つめながら、ファーストはもの哀しげな瞳を彼に注いでいた。

 

「だって僕も、本質的には同じようなものだから。誰かが幸せになることが、僕にとっての幸せになるのなら…………人助けばかりすることだって、見方を変えれば僕が自分のことしか考えていないってことになるわけじゃない」

 

相変わらず柔らかな笑みを見せながらそう口にする春馬。その目に宿っているのは……どうあっても揺らぐことはない意志の炎だ。

 

「この生き方に後悔はないよ。確かに君から見れば寂しいのかもしれないけど……これが僕、追風春馬っていう人間の在り方だから」

 

 

…………本当に、君はそれで満足なのか。地球人として、自由を許された個体として望むものが…………その機械的な願いだけだなんて、君はそれでいいのか。

 

 

 

 

「…………俺は、ウルトラマンを殺すために生み出された」

 

唐突な告白だった。

 

夜風に紛れるように発せられたファーストの言葉が耳に届いた瞬間、春馬は驚愕の表情で目を丸くさせ…………しかしすぐに寄り添うような優しい顔へと戻る。

 

「俺に求められているのはその目的を遂行するためのまっさらな意思。俺は光の巨人達を根絶やしにするというたった一つの願いを込められてこの世に誕生した個体なんだ」

 

吹き抜けていた風が収まり、闇のような静寂がその場を満たす。

 

「でも、俺はその使命に意味を見出すことができない。感情を殺してひとつのことをやり抜くなんて俺には無理だ。……春馬、俺は君が羨ましい。どうすれば俺は君のようになれる?どうすれば……君のように、機械的になれる?」

 

体重を乗せていた柵から離れ、春馬は姿勢を正しながらファーストへと向き直る。

 

「どうしてそう思うの?」

 

「……それが、俺に与えられた役目だか————」

 

「それは君がやりたいことなの?」

 

真っ白だった頭に春馬の声が鮮明に焼き付けられる。

 

戸惑う様子を見せたファーストに対し、春馬は依然変わらない笑顔で言った。

 

「何をするかは重要じゃないよ。大切なのは……そこにファースト自身の意思があるのか。ファーストがやりたいと思うことを行動に移せているかどうかだよ」

 

「………………」

 

こびり付いて離れなかった雑音が晴れていくかのようだった。

 

春馬は…………自分自身を誤魔化してなんかいない。彼はそう在りたいと思っているからこそ身を削って誰かのために生きる道を歩いている。

 

それに比べて自分はどうだ。ダークキラーファーストとして…………与えられた役目だけを考えて、自分自身を蔑ろにしているんじゃないか。

 

「君の願いはなに?ファーストはこの世界で…………どんなことをしてみたい?」

 

春馬の問いかけがファーストの中で何度も反響する。

 

彼自身の眩しいくらい真っ直ぐな言葉がそう感じさせるのか、心なしかその胸元が輝いて見えた。

 

「…………俺は」

 

ファーストは俯き、しばらく考え込むように黙った後…………意を決したように口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————これは驚いた」

 

直後、脊髄を駆け上がる強烈な悪寒。

 

真横からかかった声を聞き、春馬とファーストは揃って同じ方向へと視線を移した。

 

「やっと人形くんを見つけたかと思えば…………まさか、十番目の欠片を持つ者まで一緒とはね」

 

つり上がった微笑みが顔面に張り付いている。

 

白と黒。2色に分かれた奇妙な衣服を身にまとった男は2人の前に立ち————悪魔のように嗤った。

 

 

◉◉◉

 

 

わけもわからずに立ち尽くしていた春馬の手を引き、全力で走る。

 

とてつもない速度で背後から迫る死の気配から逃げるために四肢を振るう。

 

 

————その男は、春馬のそれとはまた別の狂気を放っていた。

 

春馬が他人のために狂うのなら、その男は真逆。自らの好奇心と欲望を満たすために狂う災厄の化身とも言える存在だった。

 

「ファースト……!?急にどうしたの!?」

 

「いいから走って!!」

 

 

「まあまあ待ちたまえよ」

 

漆黒を帯びた青い稲妻が疾走していたファースト達の眼前に着弾し、2人を吹き飛ばしながらその行く手を阻む。

 

「うわっ!?」

 

「ぐっ……!」

 

たまらず地面を転がったファーストの近くまで歩み寄り、男は囁くような声音で彼に言った。

 

「ダークキラーファースト……で間違いないね。お父様がお呼びだ。私と共に家へ帰ろう」

 

「お前は……誰だ……!?」

 

「お迎えに上がった天使とでも言っておこうか。もっとも、君にとっては悪魔にもなり得るが」

 

男の一挙一動全てに寒気が走る。奴から逃げろと全身の細胞が叫んでいる。

 

こちらを見下ろす瞳に映るものは何も無い。男の心情を表しているかのように…………途方もない虚無がその目の内に広がっていた。

 

「————ッ!!」

 

「おっと」

 

自分に残されていた僅かな力を振り絞り、ファーストは男めがけて作り出した光弾を投げ飛ばす。

 

容易く避けられてしまうが、気を引けただけでも十分だ。すぐさま奴の腹部に蹴りを打ち込み、ひるんだ隙を見て春馬のもとへと駆け出す。

 

「立って!」

 

「っ…………」

 

 

「…………抵抗の意思あり、と。無闇な殺生は本意ではないが……仕事はしないとね」

 

手を取り合い、遠ざかっていく2人の背中を一瞥しつつ、男は吐息のような言葉をこぼす。

 

取り出した仮面で自らの顔を覆うと————奴はたちまち、異形の存在へと姿を変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ……ハァッ……」

 

「……あの人はいったい……誰なの……?」

 

物陰に潜み、先ほどの男が近くにいないことを確認した後でひっそりと春馬が尋ねてくる。

 

ファーストは苦い表情で俯きながら、隣に座る彼に震える声で答えた。

 

「たぶん……俺を連れ戻すために追ってきた宇宙人だ」

 

「……悪い奴なの?」

 

「君達からすれば紛れもない敵だよ。……俺も、もともとは()()()()だったけど」

 

やはり運命はそう簡単に自分を見逃してはくれなかった。

 

抵抗する者をわざわざ説得して引き戻そうとはしないだろう。ましてや自分は試作品……いくらでも替えが利く存在だ。父から送られた刺客は間違いなく殺しにくる。

 

……どうする。今からでも観念して身を差し出すか?

 

「………………」

 

————いや、ダメだ。もう忘れたのか。自分はさっき、春馬から何を教わった?

 

心に従って生きるんだ。自分のやりたいことを……本当に進みたいと思える道を歩むんだ。

 

 

膝を抱えたまま、ファーストは緊張を押し込むようにして息を呑み…………ぽつりと言葉を紡いだ。

 

「俺は…………もっと色々なことを知りたい」

 

ファーストが切実に吐露したことを耳にし、春馬の口元が引き締まる。

 

「与えられた役目とかじゃなくて……俺自身が興味を持てたものを、片っ端から。君のように……それがどんな形であれ、満足できる生き方をしたいんだ」

 

発せられたことを聞いた春馬が綻ぶように笑う。

 

ダークキラーとしての使命ではなく、一個の命として————この世界を捉えたい。ファーストから伝わってくる真っ直ぐな想いは、伝染するように春馬の心をも熱くさせていた。

 

 

 

 

 

 

 

「本当に興味深いな、君達は」

 

 

「————ッ!?」

 

どこからともなく伸びた青い腕がファーストの首元を掴み取り、そのまま彼を吊るすようにして乱暴に持ち上げる。

 

暗闇から突如として現れた異形は……先ほど遭遇した男と全く同じ声。しかしその姿は一変して仮面を被った悪魔のようなものとなっている。

 

「個体としての生を望む人形と……機械のような心を持った地球人。まるで正反対というわけだ」

 

「ぐっ……あ…………っ!」

 

「ファースト!!——このっ……!」

 

メキメキと首を締め上げられるファーストを助けようと咄嗟に飛び出す春馬だが、相手との力量は歴然であり、

 

「勇敢だねぇ」

 

「うあっ……!」

 

片腕を振るっただけで容易く退けられてしまった春馬が勢いよく地面へと転がっていく。

 

悪魔はまるで虫ケラかのようにファーストを投げ捨てると、ゆっくりと春馬のもとへ歩み寄り————その苦悶に満ちた表情を見下ろした。

 

「生命とは…………迷い悩むからこそ美しいもの。そうは思わないかい?」

 

「なん……だって……?」

 

「偽善と言うべきか、独善と言うべきか…………どちらにせよ君の精神はあまりにも完成されすぎている。悪い意味で、だけどね」

 

赤い双眸が夜闇に浮かんでいる。

 

悪魔は背後で横たわっているファーストを一瞥すると、恐ろしいほどに落ち着いた態度のまま続けた。

 

「まずはノルマを片付けるとするか。……君の“欠片”は、その後でいただくとしよう」

 

「待て……!」

 

地面に倒れたまま動けないでいるファーストに悪魔が距離を縮めていく。その手に宿っているのは……殺気を具現化したかのような禍々しいエネルギーだ。

 

このままではファーストが殺される。そんなことはさせない。

 

絶対に守るんだ。命を。人の心を。

 

かつてこの星を救ってくれた——————

 

 

「さて人形くん、この私が連れて行ってあげよう。…………君が向かうべき場所に」

 

 

 

 

————ウルトラマンのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞼を開けて眠りから覚めた時————夢か現実かわからなくなってしまうことがある。

 

嫌なことを思い出した時は夢だと思いたくなって、良いことが頭の中に残っていると現実だと思いたくなる。

 

…………この時の自分は、前者の状態にあった。

 

 

 

 

 

「————え?」

 

おびただしい量の血液が流れている。自分のものではない。地球人の血だ。

 

ファーストは呆然とした様子で顔を上げると、自分に覆い被さっていた存在に意識を向け————徐々に生気が無くなっていくその肉体を、繋ぎ止めるようにして抱いた。

 

「…………春馬?」

 

「……守れた……みたい……だね。よかっ…………た」

 

「春馬ッ!!」

 

バランスを崩して倒れてきた少年の身体を抱え、ファーストは必死に呼びかけを行う。

 

春馬は腹部に空いた穴に加え口からも大量の血を吐きながら笑顔を浮かべており————その様は、これから死へ向かおうとしている者とは思えないほどの穏やかさだった。

 

先ほどまで一切の容赦がなかった悪魔は2人の傍らに佇み、その様子を観賞するように薄ら笑いを顔に貼り付けている。

 

 

「だい……じょうぶ……そんなに……痛くは……ないや。……ちょっと……さむ……い」

 

「喋っちゃダメだ!——ああ、くそっ!ちくしょう!!チクショウッ!!」

 

早く治癒を。自分にはウルトラマンと同じ能力が与えられている。肉体を一体化させて傷を治すくらい————

 

「う……っ……!!」

 

力を引き出そうとした瞬間、とてつもない痛みと共に視界が揺らぐ。

 

……ダメだ、使えない。体力が残っていない。今の自分では人間1人分を治癒することすら不可能だ。

 

「……ファー……スト……僕のことは…………いいから。…………逃げ…………」

 

「こんな時くらい自分を心配しろよッッ!!!!」

 

考えろ。考えろ。考えろ。今自分にできることを絞り尽くして目の前にいるこの少年を助けろ。

 

彼は死なせちゃいけない。寂しくても正しいと思った道を進もうとする気高い精神を————ここで途切れさせるわけにはいかない。

 

この少年が存在したという記録は…………こんなところで終わってはいけない。

 

 

「————頼みがあるんだ」

 

消えそうな声が聞こえる。

 

何もできないまま涙を流し、少しずつ命の暖かさを失っていく手を握り続けていたファーストに向けて、春馬は途切れ途切れに言葉を伝えた。

 

「…………今度の……老人ホームでの…………演奏……君が…………代わりに…………やってくれないか……」

 

「……!?何を言って…………」

 

「宇宙人の中……には……他人に化けたり…………技術を……模倣できる人もいるっ……て…………聞いたことがある……」

 

血まみれになった手をファーストの胸元へ伸ばし、春馬は何かを託すように衣服に爪を立てた。

 

「歩夢は……僕が……春馬がまた、ピアノを弾く姿を…………楽しみにしてくれている。……彼女の想いを…………見捨てるわけにはいかない」

 

「バカなこと言うなよ!!それで彼女が報われるわけないだろ!!——そんなこともわからないのかよッ!!」

 

「…………うん……わからない」

 

「……!」

 

取り乱すファーストに笑いかけた後、春馬は真上に見える星々へと視線を移し————流れ星のような雫を、瞳からこぼした。

 

「わからなかったんだ……ずっと……。僕は……他人を理解することが……できなかった。……本当に……自分のことばかり考えて……生きてきたんだよ。……でもそれは……正しい意味での……人助けって言えるのかな」

 

そう語った春馬の顔を見て、ファーストは初めて彼から“後悔”の気配を感じ取った。

 

そして同時に気がつく。彼に選択肢なんて初めから与えられてはいなかったことに。

 

多くの枝分かれした道を選べる人間達とは違う。

 

自分以外の誰かの心を理解することができない…………だからこそ、自身が信じるたったひとつの道を貫き通すしか生きる方法がなかったんだ。

 

「……誰かを理解しないまま……誰かを助けたって……押し付けにしかならない。人にとって、一番救いになるのは……理解されること……だと思うから」

 

良い悪いの問題ではない。“与えられた使命”と“進みたい道”という2択が許されているファーストよりもよっぽど残酷だ。

 

春馬は生命としての基盤、備わっている感性からして————狂っていたのだから。

 

 

「だからお願いだ……ファースト」

 

生きる力が弱まっていく。

 

春馬は余力を振り絞り、命が途切れる最後の瞬間に————

 

「“春馬”として…………生きてくれ…………!」

 

——ファーストに、呪詛にも似た想いを残していった。

 

 

 

 

…………冗談じゃない。絶対に諦めたりしない。

 

肉体を治すことができないのなら…………消えようとしている彼の魂だけでもこちらの身体に移し、繋ぎ留めてやる。

 

しばらくの間、仮死状態のように春馬の精神は眠り続けるだろう。彼が目を覚ましたその時、“ファースト”部分の人格を抹消すればこの身体は完全に春馬の新たな肉体とすることができる。

 

……だから、()()()のはその間だけだ。

 

彼の容姿、記憶、技術…………完全に模倣することは難しいだろうが、それでも大きな違和感を生じさせることなく日常生活を送ることくらいはできるだろう。

 

彼が覚醒し、この身体を明け渡すまでの間————自分は“追風春馬”になる。

 

彼の想いを………………終わらせないために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………は?」

 

あまりにも想定外の事態を目の当たりにし、仮面の悪魔は間の抜けた声を漏らす。

 

少年の亡骸を抱えていた人形が立ち上がると————その外見は、倒れているその少年と同じものへ変化していたのだ。

 

「おい、おいおいおい……なんのつもりだ?」

 

戸惑い混じりに尋ねてきた悪魔に向けて、少年の姿を模した人形は至って冷静な口調で答えた。

 

「“ファースト”としての記憶は封印する。……彼の魂が目覚めるまで、俺が“追風春馬”になる」

 

「ハハッ……?アハハッ……!?ハハハハハハハハハハ!?!?————正気か!?」

 

高笑いと共に疑問を吐き捨てた悪魔に注がれるのは……恐怖を覚えるほどの真っ直ぐな眼差し。

 

「お前……自分がどういう存在か忘れているんじゃないだろうな。試作品に与えられた寿命程度では……どのみち数年の内に死ぬぞ?」

 

「……理解してる。でも少しでも彼の命を繋ぐことができるのなら…………それでいい」

 

その瞳に宿っているのは、悪魔ですらたじろぐような狂気だった。

 

「ククク……いいだろう、一層興味が湧いてきた。しばらくは好きにしているといい」

 

「——————」

 

悪魔がそう口にした直後、電源が切れたかのように“春馬”を名乗った人形が地面へと倒れる。

 

静かな寝息を立てている彼の横を通り過ぎ、悪魔はその付近に転がっていた遺体を抱きかかえると…………、

 

 

「十分すぎる収穫もあったわけだしね」

 

愛おしそうにその表情を眺めながら言った。

 

 

◉◉◉

 

 

 

 

 

「————さて、これまでのことを踏まえた上で…………君に尋ねたい」

 

 

滝のように押し寄せてきた情報量に嘔吐しそうになりながら、春馬は眼前にいる悪魔と視線を合わせる。

 

これまで封じ込めてきた過去の記憶。

 

大切に収めていた他人のタイムカプセルを掘り起こし、惜しげもなくその中身をぶち撒けた奴は————最高に気味の悪い笑みを浮かべて、言った。

 

 

 

 

 

 

 

「君は“追風春馬”か?それとも——————“ダークキラーファースト”か?」

 

 

 

 

 




これまでタイガ達と共に戦ってきたのは本当の春馬ではなく、その正体は春馬として振る舞っていたダークキラーファースト……ということでした。
記憶を転写した存在であるとはいえ、真実を思い出した彼はどのような決断をするのか。

1章終幕まで、あとわずかです。


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第45話 ときめきバイバイ


2話ほど辛い展開が続くかもです。



『一体なにがどうなっているんだ……!?』

 

「わっかんないわよ!!」

 

逃げ惑う人々の流れに逆らいながら、七星ステラは突風に等しい速度で街を駆ける。

 

 

数分前、突然街中に現れた“黒いウルトラマンエース”とトレギア。タイガが応戦していた状況は遠目から見ていたが、どうにも様子がおかしかった。

 

そしてその予感は的中。冷静さを失ったように敵へと突っ込んだタイガはいとも容易く退けられ————ついにはその肉体も完全に消滅させてしまった。

 

慌てて飛び出し、どこかに変身が解けて倒れているはずの春馬の捜索を開始したが…………先ほどから妙な怖気が止まらない。

 

「……!あれって…………」

 

戦闘が繰り広げられていた場所へ近づき避難する人々の数も少なくなっていったその時、視界の端にちらついた人影に意識が移る。

 

ステラは咄嗟に地面へと踏み込みブレーキをかけると、歩道で息を切らしていた1人の少女のもとへ駆け寄った。

 

「歩夢!?」

 

「————ステラさん!」

 

向こうもこちらに気づいたのか、乱れた息を整えながら弾かれるように顔を上げた。

 

「こんなところで何してるのよ?……この辺りは危険よ。今すぐ逃げないと」

 

「その……ハルくんが…………」

 

そう口ごもった歩夢の表情を見て、ステラは察したように眉をひそめる。

 

『勘付かれているな。……変身するところを見られたか?』

 

(あいつら……)

 

呆れたと言わんばかりに大きなため息を吐きつつ、ステラは抱えていた頭から手を離すとそれを歩夢の眼前へと差し出した。

 

「行くわよ」

 

「えっ?えっ……?」

 

「春馬を迎えに行くのよ」

 

そう伝えた途端、彼女の表情から困惑の色が消え失せる。

 

きゅ、と口元を結んだ歩夢は恐る恐るステラの手を取ろうと腕を伸ばし——————

 

「きゃあっ!?」

 

次の瞬間には、軽々と抱きかかえられていた。

 

戸惑う歩夢に構わず、ステラは彼女を両腕に収めたまま空高く跳躍。ビルの屋上へと着地し、そのまま建物を伝っての移動を再開した。

 

「ちょっ……ちょっと、ステラさん!?こ、これってどういう————わああああっ!?」

 

「後で説明するから、今は口を閉じてなさい。舌を噛むわよ」

 

そう落ち着いた調子で話しながらも、内心溢れ出る冷や汗が止まらない。

 

嫌な予感がする。トレギアがまた姿を現したということには…………きっと何か意味があるはず。

 

 

(……無事でいなさいよ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。

 

回っている。凄まじい勢いで。頭の中も、心臓も、感覚も全て。

 

自分が何者であるか、どれほどの罪を犯していたのか、その全てが鮮明な情景と共に脳内へ浮かび上がっていく瞬間は、まさに暴力と呼べるものだった。

 

「ぁあ……ッ!アアアァアアアアアア…………ッ!!!!」

 

粉砕されるような痛みと視界の裏側を駆け巡る記憶に、春馬は喉が張り裂けそうなほどの絶叫を轟かせる。

 

ダークキラーファースト————自分の本当の名前。“追風春馬”という地球人に成り代わり、上原歩夢の幼馴染を騙ってきたという事実は……彼にとって決して耐えることのできない苦悩を流し込んできた。

 

 

『なん……だ……?今のは……記憶か……!?』

 

『おい……どういうことだよ……?それじゃあ、春馬は————!!』

 

『……なんという……ことだ』

 

春馬の中で蘇ったかつての記憶は、彼の体内に同化している3人のウルトラマンにも届いていた。

 

信じ難い真実を垣間見たタイガ達は絶句し、苦しみ悶えている春馬の姿をただ眺めることしかできずにいる。

 

「……これで……わかったでしょう」

 

「……ぐ……うぅ……!」

 

離れた位置に佇んでいたフォルテが歩み寄り、頭を押さえながら地面に伏している春馬へ小さく語りかける。

 

「あなたには……果たすべき……使命があった。人真似はやめて……私達のもとに……戻ってくるべき。追風春馬……いや……“ファースト”」

 

今にも息絶えてしまいそうなほど青ざめた顔に少女の小さな手が触れる。

 

すぐそばでその様子を眺めていたトレギアは膝を折り、奴もまた救いを差し伸べるかのように腕を伸ばした。

 

「そうとも……このまま地球人の中で過ごしていれば君の心はいずれ崩壊する。我々と共に、宇宙の真理を探究しよう」

 

『クッソ……!おい春馬!しっかりしろ!!』

 

 

いくつもの声が折り重なって脳みその中を反響する。

 

やめろ。少し黙っていてくれ。今は何も聞きたくない。

 

 

 

————そんなつもりはなかった。

 

追風春馬として生きるのは、彼の魂が目覚める間だけで…………いずれ自分自身の人格は消去するはずだったのに……それなのに、どうして今自分はここにいる。

 

「お、お……俺は……っ……!俺は…………ッ!!」

 

自分は…………追風春馬。上原歩夢の幼馴染で、スクールアイドル同好会の————違う。それは本来“彼”が歩むはずだった道のりだ。

 

この肉体も、記憶も、全て自身が春馬を演じるために作り上げた偽物に過ぎない。トレギアが見せたものは何もかもが事実なんだ。

 

「おれ……は…………」

 

少年の笑顔が脳裏をよぎる。

 

今の自分と寸分違わぬ顔つきのはずなのに…………思い浮かんだその表情は、はっきり別人であると認識することができてしまった。

 

 

 

 

「————ハルくん!」

 

不意に飛んできた呼び声に反応し、ひどく歪んだ顔を背後へと向ける。

 

蒼い髪の少女……ステラと共にこちらへ駆けつけてくる、上原歩夢の姿がそこにあった。

 

「トレギアっ……!!」

 

「おおっと」

 

歩夢を降ろした後、大気の壁を突き抜ける勢いで突貫してきたステラから逃げるようにその場を離れるトレギアとフォルテ。

 

「邪魔が入ってしまったね。返答はまた後日聞かせてくれたまえ。……私達はいつでも、君を見ている」

 

「逃がすか……ッ!!——うっ……!?」

 

真上に形成した魔法陣へと吸い込まれていくトレギア達の後を追おうとステラが踏み込んだ直後、フォルテが放った漆黒のエネルギー弾が彼女の頬を掠める。

 

すぐさま体勢を立て直そうとするが————次に顔を上げた時には、既に2人の姿は消失していた。

 

 

「今の……確かウルトラ教の……」

 

「う……ぐぅ……っ……」

 

「……!ハルくん、大丈夫!?」

 

蹲っていた春馬のそばまで慌てて駆け寄った歩夢は低くうめき声を漏らしている彼の背中に触れ、元気付けるように声をかける。

 

「ご……ん」

 

「え?」

 

絶え間なく涙を流している春馬と視線を合わせた歩夢は、嗚咽交じりに口にされる言葉を聞いて……怪訝そうに首を傾けた。

 

「ごめ……ごめん……っ……ごめんなさい…………!!俺は……君を……ッ!!」

 

「ハルくん……?」

 

「春馬?」

 

明らかに普段と様子が違う彼を見て歩夢とステラの表情に漠然とした不安が宿る。

 

「…………ッ!!」

 

「あっ……!?」

 

困惑する彼女達を拒絶するように立ち上がった春馬は、腰に下げていたホルダーごと3つのアクセサリーを路上へ落とすと、

 

「ハル……くん……」

 

何かを押し殺すような顔を浮かべ、その場から立ち去ろうとした。

 

「えっ……!?ち、ちょっと!どこに行くの!?」

 

脇目も振らずに走り出した春馬を咄嗟に追いかけようとする歩夢だったが、彼女の想いも空しく信じられないほどのスピードで距離は開いていく。

 

ステラは道路に放置されたタイガ達のキーホルダーを拾い上げると、テレパシーを用いて恐る恐る問いかけた。

 

(どういうこと?)

 

『見ての通りだ。春馬の奴……俺達を身体から弾き出しやがった』

 

(……何があったの?)

 

『…………それは』

 

ふたつ目の質問に答えが返ってくることはなかった。

 

代わりに押しつぶされるような沈黙が場を満たし、残された歩夢達の不安を一層駆り立てる。

 

 

先ほどまで吹いていたはずの風は…………いつの間にか止んでいた。

 

 

◉◉◉

 

 

視界が真っ暗になり、大切な何かを投げ捨てながら必死に走った。

 

悪あがきだということはわかっている。この事実を受け入れなければならないことも。

 

 

「……………………」

 

がむしゃらに四肢を振っていると、いつの間にかよく知っている道にたどり着いていた。

 

とても装いきれないくらい酷い顔色のまま、春馬はふらふらとした覚束ない足取りで背の高い建物へと足を踏み入れていく。

 

 

春馬という人間の自宅。母は出かけているのか、人の気配はどこにもない。

 

ほとんど無意識に奥にある自室へと吸い込まれていくと、机の上に置かれていた一冊のノートが目に留まった。

 

おもむろにそれを手に取り、表紙をめくる。

 

「………………ぁ」

 

視界に飛び込んできた文字達を認識した直後、再び強烈な吐き気に襲われた。

 

そこに記されていたのはスクールアイドル同好会のメンバーが“春馬”に向けて贈ったメッセージ。部長である彼の誕生日プレゼントとするために沢山の想いが込められた、世界に一つだけのノートだ。

 

“本当の春馬”が今も生きていたのなら、彼こそが受け取るはずだった特別な物。

 

「あ……ぁあ……ぁぁああぁあああああ…………っ」

 

激しい後悔と共に、()()()()()を発動しようとする。

 

擬態の解除。“春馬”の容姿を解き、本来の姿へと戻ろうとするが…………なぜだか、思い通りにはいかなかった。

 

「……なんで」

 

自分が何者であるかはハッキリと思い出したはずなのに、備わっていたはずの能力が行使できない。……いや、()()使()()()()()()()()()()()()()()

 

使い捨ての命にしては長すぎる時を生きながら、いつの間にか自分の心は“春馬”に偏っていた。

 

あまりにも考えが足らなかった。何もかも中途半端なものしか与えられていなかった自分が、当初の役割を完璧にこなせるわけがないのに。

 

 

上手く息ができない。喉元にナイフを突きつけられているようだ。

 

真っ白になった頭を叩き起こすように爪を立てて乱暴に搔きむしる。

 

もう限界だと叫びそうになった…………その時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————思い出しちゃったみたいだね。…………春馬」

 

目の前が純白の世界に移り変わった。

 

現実か夢か。曖昧な世界に蹲ったまま、春馬はすぐそばに立っているもう1人の“春馬”へと震える声を漏らす。

 

「……『春馬』だって……?……違うだろ…………そうじゃないだろッ!!」

 

思わず静かに佇んでいた“春馬”へと駆け出し、すがるように彼の衣服にしがみ付くと————絞り出すように春馬は言った。

 

「こんなはずじゃなかった……。君を助けて…………今頃、消えるのは…………俺の方だった……はずなのに」

 

“彼”は最初から知っていたんだ。何もかも知っていながら…………今日まで真実を黙っていた。

 

「本当の春馬は……君だったんだ。俺は……なんてことを…………ッ!!」

 

「……辛い思いをさせてごめんね」

 

「どうして君が謝るんだ……。——今からでも遅くない。肉体の主導権を君に譲れば……今度こそ!!」

 

「それはできない」

 

捲し立てるように言う春馬に対し、“春馬”は度し難いほどに落ち着いていて————その冷静な姿は、記憶の中で見た彼そのものだと改めて思い知らされる。

 

「……どうして?」

 

「僕はもう戻れない状態だ……って、前にも言ったよね」

 

「…………まさか…………」

 

思わぬ不安が突如として胸を駆け上がってくる。

 

自分は半端な機能しか扱うことのできない試作品。だからこそ肉体の治癒を諦め、精神だけでもこの世に繋ぎ止めようと“春馬”の魂を自分の身体に移したというのに………………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そんな…………そんな…………っ!」

 

「もう数日もしない内に僕の魂は自然消滅を迎える。……覆すことは絶対にできない」

 

退路のない絶望を突きつけられ、春馬の瞳から光が消える。

 

ぐったりと力なくうな垂れた彼の肩に手を乗せ、励ますように“春馬”は続けた。

 

「だから完全に消えてしまう前に……改めて僕の気持ちを伝えておきたいんだ。……僕は君に、これからも春馬でいて欲しい」

 

「そんなことが…………許されるわけ……ないだろ」

 

「顔を上げて」

 

身体を揺すりながら強引に春馬と目線を合わせ、力強く彼は言う。

 

「確かに始まりは仮初めの心だったかもしれない。……けど今こうして苦しんでいるってことは、君が春馬として過ごした時間が紛れもなく本物だったと証明しているようなものなんだよ」

 

「……詭弁だ」

 

「目を逸らさないで」

 

焦点が定まらない春馬の顔を固定させながら、“春馬”は再び口を開いた。

 

「君もよく知るように、僕は人助け以外に興味を持つことができなかった。君や歩夢……同好会の子達が夢中になっていたスクールアイドルっていうのも、正直何が面白いのか全くわからない。——でも君は違うだろう。ここまで彼女達を導き、笑顔にしてこれたのは……君だからこそできたことなんだ」

 

「だからって君がいなくなっていい理由にはならない!!」

 

「君じゃなきゃ歩夢が笑えないんだよッッ!!!!」

 

初めて張り上げられた少年の声に圧倒され、押し黙る。

 

“春馬”はあの時と変わらない優しい笑顔のまま、瞳を潤ませながら自らの胸に手を当てた。

 

「……以前君の身体の中からみんなのライブを見た。あんなに楽しそうに笑う歩夢……僕は今まで知らなかった」

 

“春馬”の感情が伝わってくる。

 

喩え難い悲しみと後悔の念。そしてそれを容易く上回る————喜び。

 

「今なら断言できるよ。……僕なんかより、君の方が上手く“追風春馬”をやれる。歩夢や母さん…………みんなを本当の意味で笑顔にすることができる」

 

「……!待って……!!」

 

“春馬”の像が徐々に薄れるのと同時に周囲に広がっていた純白の世界も輝きを帯びていき、眩く視界を照らす。

 

 

「自信を持って生きてくれ。……君がやりたいと思える何かを、これからもいっぱい——————」

 

「…………ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————はる……ッ!!」

 

 

瞼を開けると、そこにあったのは自室の天井だった。

 

凄まじい孤独感を噛み締めながら上体を起こし、両の手のひらで顔面を覆う。

 

「どうして…………こうなるんだ………………」

 

気持ちの整理がつかない。頭の中も、心も、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられている。

 

どうすればいい。……こんなこと、歩夢に黙っていていいわけがない。

 

何もかも打ち明けなければ。たとえどれだけの憎しみをぶつけられようとも、彼女には絶対に伝えなければならない。

 

 

————自分は、本当の幼馴染ではないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら?春馬ー?帰ってるのー?」

 

玄関が開く音と共に聞こえてくる女性の声。

 

軽快な足音と一緒に近づいてくる気配は、ノックをすることなく部屋の扉を開放し——————

 

 

 

「あ、やっぱりいた。もー急に宇宙人が現れるものだからびっくり!お買い物中断してすっ飛んで来ちゃったわ!」

 

血の気の引いた表情を浮かべている春馬に向けて、にこやかにそう言った。

 

「あれ?……どうしたの春馬?顔色悪いわよ?」

 

ただならぬ雰囲気を発していた彼に気がついたのか、様子を窺いながら首を傾げる————春馬の母。

 

追風小春が、普段と変わらない日常を背負って現れた。

 




ちゃんとステラとヒカリが動いてるの久しぶりな気がしますね()

あくまでファーストに春馬として振る舞うよう頼む本来の春馬。
完全に追い詰められ、タイガ達とも離れてしまった彼は一体どうなってしまうのか…………。


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第46話 母の心


暗い話は書いてる側も気分が落ち込みますね……。



『————これが、あいつの身体を通して流れてきた情報の全てだ』

 

 

そうタイガが言い終わると同時に、重苦しい空気が辺り一面に充満するのがわかった。

 

手にしていたキーホルダーを凝視しながら、ステラは震える声音を絞り出す。

 

「今の話…………間違いないの?」

 

『たぶん……いや、きっとそうだ。でなきゃあいつが……春馬があそこまで取り乱すわけがない』

 

「……なんてこと」

 

タイガとタイタス、フーマから聞いた報告の整理が未だつかない状況の中、ステラは額に汗をにじませながら傍らにいた歩夢へと視線を移す。

 

「歩夢……あなた春馬の幼馴染でしょ。このこと……前から知ってたの?」

 

「…………このことって……なに?」

 

「だから、その…………春馬が————」

 

「私が知っているのは」

 

呆然と立ち尽くしていた歩夢の口がゆっくりと開かれる。

 

「————ハルくんがウルトラマンとして戦っていたこと。私には秘密にしてたけど……ある時、気づいちゃって……。隠し事は……それだけだと……思って……私、ずっと」

 

歩夢の肩が上下し、息も絶え絶えになっていく。

 

彼女はこめかみ付近を押さえながら、混乱した様子で幼馴染の名前を呟いた。

 

「あ、歩夢……一旦落ち着いて」

 

「今の話……何かの間違いだよね?」

 

「え……?」

 

「だって……だって、それじゃあ……ハルくんは、とっくに……!————だったら()()()は誰なの!?」

 

「歩夢!」

 

次第に冷静さを失っていく歩夢のそばまで走り、ステラはその感情を抑え込むように彼女を胸元に抱き寄せた。

 

「……わかんない。もう、何もわかんない……!」

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 

今にも泣き出してしまいそうな彼女を慰めながら、相棒へ助け船を求めようと頭の中に意識を向ける。

 

(この話が本当だとして…………どうするべきだと思う?)

 

『……すまない、俺もかなり混乱している状況だ。すぐには判断できないが…………とりあえず春馬を探すべきだ。彼がいなくては話がつかない』

 

(そうなるわよね)

 

おもむろに空を見上げ、ステラは困惑にまみれた心情を表すかのように眉間へとしわを寄せた。

 

タイガと一体化しこれまで怪獣達と戦ってきた地球人、追風春馬が————実はもうこの世にはいなくて、代わりに宇宙人が彼を演じている?

 

笑えない冗談だが、状況が状況だ。落ち着いて分析しつつ行動に移さなくてはいけない。

 

(これも全て奴の演出だとするなら…………想像以上の悪趣味野郎ね)

 

ここにはいない悪魔の姿を思い出しながら、ステラは悔しげに奥歯を噛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ買ってない物もたくさんあったのに……。ケーキに使うスポンジに、クリームでしょ……それから他のお料理の材料も……。せっかくお友達がたくさん来るんだもの、みんなが満足のいくものを作らないといけないわよね」

 

困っているような、それでいて弾んでいるような声が聞こえてくる。

 

台所で右往左往しながら明日のパーティーに思いを馳せている母の姿を、春馬は涙が枯れ果てうっすらと赤く腫れた目で見つめていた。

 

「そういえば歩夢ちゃんは大丈夫なの?2人が出かけてすぐに宇宙人が出てきたような気がするけど…………ちゃんと一緒に避難した?」

 

「あ、ああ……うん」

 

「そう!」

 

不安げな顔が一転してにこやかなものになる。

 

コロコロと変わる表情。母の様子はいつもと変わらない。

 

当然だろう。……この僅かな間で変わってしまったのは、自分だけだ。

 

記憶は確かに刻まれている。この人と……追風小春と過ごした少年時代、共に生きた懐かしい日々の記憶が。けどその全てが……結局は造られた偽物。幻に過ぎない。

 

それを再び認識した時、幾度目かの強烈な不快感に襲われた。

 

 

——————何を言えばいい。この人に、“追風春馬”の母親に…………まず何を伝えればいい。

 

今の今まで息子として振る舞い、騙していたことを打ち明けるか。それとも本当の“春馬”を守れなかったことを詫びる謝罪の言葉を伝えるか。

 

そもそも信じてもらえるかもわからないが、仮に全てを自白したとしてその後はどうなる?自分はこれからどこへ向かえばいい?

 

きっと真実を教えた時、彼女は激しい悲しみと共に自分を拒絶するだろう。するに違いない。そうなれば自分の居場所はどこにも無くなる。

 

トレギアと組んで地球に仇なすなんてのは当然論外だ。だがそうは言っても……これまで地球人として築き上げてきた日常の中に“ダークキラーファースト”が入り込む余地など存在しない。

 

本来の使命に従い“侵略者”としてこの星を脅かすことも、これまでのように地球人として生きることも、どちらも叶わなくなってしまう。

 

自分には何も残されていない。“ファースト”として積み上げてきたものなど、初めから無かったのだから。

 

 

「————ねえ、本当に大丈夫なの?ひどく具合が悪そうよ?」

 

不意に歩み寄り、前髪の下に手のひらを潜り込ませてきた母の顔が目の前までやってくる。

 

「熱はないみたいだけど……少し横になった方がいいわね。今何か飲み物持ってくるから、ソファーで寝てなさい」

 

優しい顔。聞いているだけで安心する声。……それは本来、本当の“春馬”に向けられるべき愛情。

 

今の春馬にとってそれを目の当たりにすることは、拷問の如き苦痛を与えられるのと等しかった。

 

「………………母さん」

 

「んー?」

 

やがて耐えきれなくなった時、ふと呼びかける。

 

「どうしたの?」

 

「…………俺は」

 

心の底から苦しそうに吐き出したその言葉には、いっそ楽になりたいという微かな希望が乗せられていた。

 

微笑み交じりに首を傾ける母と視線が重なる。

 

春馬は深く息を呑み、鼓動の速度が上がっていく胸元を押さえながら——————覚悟を決めて言い放った。

 

「俺は…………本当の春馬じゃないんだ」

 

「知ってるわよー。……あ、いけない!スポーツドリンク切らしてたわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………は?」

 

 

困惑と混乱が許容範囲を超えた脳は、溢れた心を怒りに似た感情で代弁しようとしていた。

 

繋がらない。辻褄が合わない。

 

理にかなっていない返答をされ、春馬はショートした機械のように見開いた瞳をそのままに立ち尽くした。

 

「今更なに言ってるの?……あ、もしかして…………隠してるつもりだった?」

 

「………………どっ……ど…………どう、して」

 

「『どうして気がつけたか』って?私が、春馬のお母さんだから」

 

「……!違う……そうじゃない…………そんなことじゃなくて…………!————どうして!!」

 

思わず彼女に詰め寄り、春馬は疑念に満ちた声を張り上げる。

 

「どうして笑っていられるのッ!?」

 

歪んだ表情でそう尋ねる春馬を前にしても、小春は微塵も笑顔を崩さない。

 

「……詳しい事情はよくわからないけれど、あなたとこうして普通に接することが…………()()()の望む願いだってわかってたから」

 

全てを包み込むかのような慈愛を帯びた言葉で語りかけながら、彼女は春馬の頭に自分の手を置いた。

 

「あの日……あなたがこの家に現れた時は、確かにちょっと驚いたわ。でもその夜にね、あの子が夢の中に出てきて私にこう言ったの——『今の春馬を受け入れてあげて』って」

 

そう話す彼女からは悲しみや憎悪といった類の感情はこれっぽっちも感じなかった。

 

まるで本当の子供に向けるような親としての愛がありったけに込められた眼差しを受け、春馬の視界がぼやける。

 

「彼に言われたことなら…………何でも従うって言うの?」

 

「そうは言ってないけど……それに近いものはあったかもしれないわね。……単純に嬉しかったのよ、私。あの子がわがままを言うなんて……初めてのことだったから」

 

頭部に置かれた手のひらから伝わってくる暖かさを噛み締めた後、すぐにこみ上げてきた感情の波に春馬は膝を折り、その場に跪きながらこぼした。

 

「どうして、そんな……2人して…………俺を許しちゃうんだ……!……わからない……俺には何も理解できない!」

 

「…………私にとってはね、あの子もあなたも……どっちも大切な息子なの」

 

取り乱す春馬の背中へ手を回しながら、彼を落ち着かせるように小春は囁く。

 

「あの子と過ごした時間よりずっと短い間だったけれど……それでもあなたと暮らした日々は、かけがえのない宝物よ。…………あなただって、そう思ってくれてるでしょう?」

 

————そう話す彼女の言葉を聞いて胸が熱くなる。

 

本当の“春馬”と小春の主張は…………完全に一致していた。

 

2人とも全く同じことを口にしたのだ。たとえ基盤は後付けされた偽物の記憶であろうと、ファーストが春馬として生きた時間に感じた気持ちは、紛れもなく彼自身の……本物の心であったと、そう言うのだ。

 

彼らは自分を肯定してくれる。……でもやっぱりダメなんだ。どれだけ2人が認めてくれようが、「そもそも自分さえいなければこんなことにはならなかった」という後悔が後を付けてくる。

 

それに————自分にはまだ謝らなければならない人間が、もう1人いる。

 

 

 

 

「あら?」

 

空気を塗り替えるように鳴り響くインターホンの音色。

 

小春は春馬のもとから離れると、玄関へ向かい————すぐにパタパタと忙しなくスリッパの音を立てながら戻ってくると、まっすぐな視線を彼に注ぎながら……言った。

 

 

「歩夢ちゃんよ。……ちょっと話があるみたい」

 

 

◉◉◉

 

 

トレギア達の襲撃から2時間ほど経過しただろうか。若干の騒がしさを残しつつも、またいつもの日常を取り戻そうとする人々が少しずつ街に現れ始める。

 

「………………」

 

隣を歩いているのは……春馬の幼馴染である歩夢。

 

家を訪ねてきた彼女は「散歩でもしない?」とだけ言うと、それ以降は口を閉じたまま黙々と団地付近の散策を始めた。

 

重圧のようなものをひしひしと感じ、こちらから会話を始めることもできずにいる。

 

 

「…………私のこと……呼んでみてくれないかな」

 

毎日のように通る道に広がっている、毎日のように見る景色。

 

代わり映えしない風景が流れていく中で、歩夢はふと…………消えそうな声で呟いた。

 

「…………歩夢」

 

「っ……じ、じゃあ……私のお誕生日……わかる?」

 

「3月1日」

 

「じゃあ……あ、血液型って……話したことあったっけ?」

 

「えーっと……確か中学に上がってすぐの健康診断か何かで……。……A型だったよね?」

 

「う、うん!当たり!」

 

「あっ、中学といえば…………車にぶつかりそうだった子猫を助けようとして、病院行きになっちゃったこともあったっけ」

 

「あっ!覚えてる!あの時はほんと、ドキドキしたなぁ……!」

 

「あははっ、今思うとかなりの無茶——————」

 

刹那、我に返ると同時に言葉が出なくなった。

 

同時に自分に対する凄まじい嫌悪感が湧き、感覚が無くなるまで両手を強く握りしめる。

 

 

 

「————不思議だね」

 

 

 

歩夢も何かを感じ取ったのか。誰もいない街道で立ち止まると、もの哀しげな瞳を地面へ向けて、

 

「目の前にいるのはどう見たってハルくんなのに………………前までのあの子とは、違うんだ」

 

そんな独り言を口にした。

 

 

わかっていた。わかっていたとも。

 

彼女は既に真実を聞かされているだろうと予想はついていた。……あの場で別れてしまったタイガ達から報告を受けて、恐らくはステラもこのことは把握しているはず。

 

自分にはもう彼らと一緒に戦う資格も、歩夢の隣で幼馴染として生きる道理も残されてはいない。

 

自分にあるのは……“春馬”を救うはずが気付かないうちに彼の周りにあった全てを奪ってしまっていたという、取り返しのつかない罪だけ。

 

「私は……ハルくんがいたから、どんな逆境も……不安も……乗り越えることができたの」

 

細々と語る歩夢の言葉に耳を傾けながら、春馬は苦い何かを噛み潰しているかのように眉をひそめた。

 

「今のあなたにも……ハルくんの記憶があって、同好会のみんなと一緒に……スクールアイドルを頑張ろうって言ってくれたのも……間違いなくあなたで。…………でも、あなたはあの頃のハルくんじゃなくて…………」

 

彼女の頬に流れ星のような光が伝う。

 

目を背けてはいけない。彼女の悲しみを、感情の全てを…………受け止められるのは自分だけなのだから。

 

「…………俺がやってきたことは、決して許されていいものじゃない。許して欲しいとも思わない…………けど、せめて……俺にできることがあれば————」

 

「ううん、違うの……そんなんじゃないの。……そんなんじゃ…………なくて」

 

彼女の目元から大粒の雫が絶え間なく地面へと流れ落ちていく。

 

確かな結論はまだ出ていない。だからこそ、純粋な疑問だけが歩夢の心を揺さぶり————彼女を悲しませているんだ。

 

 

 

 

 

「どうして…………何も言ってくれなかったのかなぁ……っ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここにはいない、1人の少年に対する問いかけ。

 

「——————」

 

歩夢の……嘘偽りのないまっすぐな疑問が吐露される様は、物陰から2人の様子を見守っていた少女の心にも深く突き刺さる何かがあった。

 

『……また後で出直そう』

 

両手に抱えるホルダーに下げられていたアクセサリーの内の一つがそう喋ったのを聞き、少女————ステラはやるせない表情になりながらも彼に尋ねる。

 

「……いいの?」

 

『ああ。……あいつにはもう少し、考える時間が必要だろうから』

 

『私もタイガと同意見だ』

 

『まあ……今の俺達にやれることはないだろうからな』

 

そう語るウルトラマン3人の言葉を飲み込んだ後、ステラは不安そうな目で遠くに見えた少年少女たちを一瞥する。

 

確かに自分は今、蚊帳の外に置かれている状況だ。

 

事を決めるのはあの2人。……春馬と歩夢がどのような道を選ぶかによって、自分の取る行動も変わってくる。

 

 

(しっかりしなさいよ。…………弟分2号)

 

 

今はただ、そう祈るしかなかった。

 




今まであまりスポットが当たらなかった春馬ママですが、本来の春馬ほどでなくとも彼に通ずる根本からの感覚のズレが確認できる話でした。
そしてやはり歩夢との関係性もこれまでのようにはいかないらしく。

前回と今回の話を経て、次回は"今の春馬"がとある決意を固めます。
フォルテとの再戦が迫るなか、彼らを待つ運命とは……。


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第47話 挑戦の炎

第1章の佳境です。
今回はいつもの倍近い文字数になっております()

多くの想いを受け、春馬が選ぶものとは……。


重たい雰囲気のまま歩夢と別れ、依然として普段のように接してくる母が待つ家へと戻った。

 

この短い時間の中で、一生分の苦悩を強いられたと思う。

 

本当の“春馬”に、母である小春————そして幼馴染の歩夢。それぞれの胸の内を順に聞き、それでもまだ自分の心にはモヤモヤとした感情が残滓していた。

 

 

所々で虫食いになっている記憶。……今思えば、これも“春馬”の記憶を不完全な形でコピーしたことで起きた影響だったのだろう。

 

本来ならば春馬として覚えていなくちゃいけない大切な思い出も、欠けてしまったメモリの中に含まれているのかもしれない。

 

 

「……けほっ。……ゲホッ!ゲホッ!——ガハッ……!!」

 

裂けるような胸の痛みと共に吐き出された鮮血が手のひらを染める。

 

……タイガ達が身体からいなくなったことで、自分の肉体は猛烈なスピードで再び劣化を始めているのだろう。

 

「………………ふ……ぅ」

 

真っ暗な部屋の中で、仰向けになりながら考える。このまま何もせずに寿命が尽きるのを待つなんて無責任なことはできない。

 

たとえ彼らと肩を並べることはできなくても……自分1人だけでも…………トレギア達と戦う覚悟くらいはある。

 

「…………」

 

春馬はゆっくりと起き上がると、音を立てないようにベランダへ向かい————歩夢の気配がないことを確認した後、すり足で外へ出ようとした。

 

 

 

「どこへ行くつもり?」

 

真横から突然かかった声に反応し、春馬の肩が揺れる。

 

彼は瞳を横へ流し、いつの間にかベランダの塀に腰を下ろしていた少女の冷たい眼差しと目を合わせた。

 

「ステラ姐さん…………」

 

月明かりを背に現れた彼女は相変わらず大人びた空気を漂わせており、ただそこにいるだけで妙な緊張が全身に走る。

 

「忘れ物」

 

「……っ」

 

投げ渡され、咄嗟に受け取った何かへと視線を落とす。

 

黒いホルダーに下げられているのは…………3つのアクセサリー。それぞれに違った宇宙人の顔のレリーフが刻まれているキーホルダーだ。

 

「出かけるのならそいつらも一緒に連れて行ってあげなさい」

 

「………………」

 

何も語らないキーホルダー達を見つめながら、春馬もまた言葉を探すように押し黙る。

 

やがてホルダーを握る手に力を込め、彼は悲哀を帯びた声音で言った。

 

「……タイガ達から……話は聞いたんですよね?』

 

「ええ」

 

「ならどうしてここを訪ねて来たんです?……俺は春馬じゃない。本当の自分を偽って……気持ちのいい幻想を見ようとしていた卑怯者です」

 

「じゃあわたしからも質問させてもらうけど、あなたにとって『本当の自分』ってなによ?」

 

塀から飛び降り、一気に歩み寄ってきたステラが鋭く問いを返してくる。

 

まっすぐにこちらを見据えているその瞳には先ほど感じた冷たさは無く、むしろ何かを訴えかけてくるような熱いものがあった。

 

「俺は……ウルトラマンを倒すために作られた人形で……。……それで……」

 

「それはあなたに与えられた役目ってだけでしょう。“自分”を決めるのはそんな無機質なものじゃないことを……あなたは()から教わっているはずよ」

 

「わかってますよ。……わかってるけど、仕方ないじゃないですか。俺があの時本当に願ったのは、彼の…………“追風春馬”の命を繋ぐことだったんですから」

 

自由を選ぶと決めて、最初に果たしたかった願い。……“春馬”を助けるという望みは、自分の力不足のせいで叶うことはなかった。

 

「俺は結局何も残すことができなかったんです。……道を示してもらったって……歩く力も時間もないんじゃ、話にならないじゃないですか」

 

「そう思うなら新しい希望を見つけなさい。よく周りを見もしないで……そうやって独りで進もうとするから、あなたはまた間違えようとしてる」

 

「……っ…………姐さんみたいな人に、俺の心がわかるんですか!?……俺なんかより、ずっと強くて…………道を踏み外したこともないような人に!」

 

瞬間、周囲がしんとした空気で満たされた。

 

同時にステラの哀しげな表情を見て、何かいけないことを口走ってしまったという予感がよぎる。

 

「あ、あの……その…………」

 

「……今まで全然似てないと思ってたけど、そういう繊細なところはそっくりなのね」

 

「え?」

 

「時間が必要なら、わたしとヒカリがあげるわ」

 

発せられた言葉の意味を飲み込めずにいる春馬との距離をさらに縮めながら、ステラはおもむろに右手を掲げて彼の胸に触れた。

 

直後、芯から温められるような熱が全身に広がっていく。

 

春馬は徐々に消滅していく倦怠感と胸の痛みに驚愕しつつも、彼女が自分の身体に何を施したのかをすぐに理解した。

 

()()()()()()()()()()()()()。これであなたは、普通の地球人と同じくらいには生きられる」

 

「…………どうしてですか?」

 

こちらに背を向け、この場から去ろうとするステラに向けて咄嗟にそう尋ねる。

 

光の国の技術による固形化された命。量産できるとはいえ、生命を与えるなどという規格外な代物だ。貴重であることに変わりはない。

 

……彼女が自分にそこまでする理由が見つからない。

 

 

「姉貴分が弟分を助けちゃいけない?」

 

戸惑っていた春馬に何気ない答えが返ってくる。

 

そう仄かに笑った彼女の表情が、彼の視界に強く焼き付けられた。

 

「残りの……“歩く力”が手に入るかどうかは、()()()()次第ね」

 

ベランダの塀を飛び越え、遠ざかっていくステラの背中を呆然とした顔で見送る。

 

残された春馬の胸に宿る鼓動が、彼を生あるものだと証明していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜明けが近くなってきた頃。

 

「……何も言わずに飛び出しちゃって、ごめん」

 

すぐ近くに東京湾が見える公園を訪れた春馬は、自分のもとに戻ってきてくれた3人のウルトラマン達へと意識を向け、数刻前のことを謝った。

 

『べつに。……なんだかんだ元通りになることは、わかってたからな』

 

『答えは見つかったのか?』

 

「…………ううん」

 

肩の上できびきびと腕立て伏せをしながら尋ねてきたタイタスに、春馬は沈んだ調子で答える。

 

「ずいぶん考えてはみたけど…………はっきりしたのは、どう取り繕っても以前のように純粋な“春馬”としては振る舞えないだろうってことだけだ。……少なくとも、歩夢や母さんに対しては」

 

かつての記憶が呼び起こされるような景色を前にしながら、春馬は淡々と語り出す。

 

「俺に本当の“春馬”が望んだような力があるのかはわからないし、歩夢との関係だって…………今後彼女が俺を拒絶することだって無いとは言い切れない。彼が俺に託した願いが成就する可能性も……既に消えてしまっているかもしれない」

 

自分を取り巻く人達の……様々な想いを聞いた。……色々な表情を見た。

 

 

「————でも、一つの答えを導き出すにはまだ早すぎるって…………“彼”や母さん、歩夢……姐さん達を見て思ったんだ」

 

柵にもたれかかり、いつかの“春馬”のようにぼうっと海を見つめてみる。

 

同じ景色を見ているけれど————あの時の彼が、どんな気持ちだったのかは…………やはり想像もつかなかった。

 

「俺はまだまだこの世界に生まれたばかりで……知らないことや、感じたことのない気持ちだってたくさんあると思う。初めてスクールアイドルに出会った時に例えようもないワクワクがこみ上げてきたようにね。……だから結論を出すのはもう少し待って、今は目の前にあることと必死に向き合いながら精一杯悩むことが大切だって……そんな気がするんだ」

 

「君の方が上手く“春馬”をやれる」という、彼の言葉を思い出す。

 

彼の語る理想の“春馬”が何かは自分にもわからない。……けど、もしかするとそれが正解なのかもしれない。

 

自分で自分のルールを決めて、縛り付けて、たった一つの正解を求めて機械のように生きる————それこそまるで、彼が歩んだ道のりをなぞっているに過ぎないのではないか。

 

わからなくてもいいんだ。自分は常に……“今”を必死に生きてさえいればいい。

 

 

 

「あなたらしいね」

 

背後から飛んできたのは…………よく聞き覚えのある声。

 

春馬は振り返り、そこに静かに立っていた少女の姿を捉えると————緊張を押し殺すように息を呑み込んだ。

 

「歩夢……」

 

「ふふっ、こっそり付いて来ちゃった」

 

咄嗟に作ったであろう笑顔はどこか儚げで…………気を抜けばすぐに口角が下がってしまいそうな危うさがあった。

 

しばしの間沈黙が場を満たした後、意を決したように彼女は切り出す。

 

「……私もね、いろいろ考えたの」

 

「……!」

 

「ステラさんやそこにいるタイガさん達から聞いた話は、まだ実感がわかない部分もあって…………正直、これからどうするのが正しいのかはわからない」

 

日が昇り始め、徐々に明るくなっていく空の下で一歩を踏み出す歩夢。

 

「——でも、あなたの中にはハルくんが残した想いが確かにあるんだよね。だったら……できることなら、私はずっと隣にいたいと思う。あなたが……“これからのハルくん”としての答えを探し出すのを、ちゃんと見届けたいの」

 

「………………」

 

「……それが、私にとっての“やりたいこと”かな」

 

潤んだ瞳を瞑り、歩夢は優しい笑顔でそう口にした。

 

 

少しずつ思考が晴れやかになっていく。

 

自分達が何をすべきかなんてわかるはずがない。しかしそれでも、自分達が何をしたいかくらいは…………ハッキリしたんじゃないか。

 

 

 

「えっ……!?」

 

直後、()()()()()()()()()()周囲の景色が白へと塗り潰される。

 

突然の出来事に驚愕する歩夢とは逆に、春馬は落ち着いた態度でこれから姿を現わすであろう少年の面影を思い浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————ありがとう、2人とも」

 

真っ白な世界を背景にこちらに歩いてくる1人の少年。

 

自分と瓜二つの姿を持った彼はゆっくりと2人のそばまで足を進め…………やがて立ち止まると、安心したような顔を浮かべて言った。

 

「最後まで僕のわがままに付き合わせちゃって……ごめんね」

 

「ハル……くん?」

 

『……お前が……本来の春馬』

 

歩夢の瞳が不意を突かれたように丸くなる。

 

春馬の背後に控えていたフーマに尋ねられ、少年は穏やかな表情のまま首を横に振った。

 

「もう違うよ。……春馬は彼だ」

 

「そんな悲しいこと……言わないでよ」

 

そう言って俯いた少年に歩み寄り、春馬は彼の手を取って優しく包み込んだ。

 

「いなくなろうとしないで。君がいたから俺がここにいる。君がいたから……みんなに出会えた。…………君がこの世界に存在したんだって事実は、絶対に消しちゃいけない」

 

「……うん、そうだよ」

 

こみ上げてきた感情を抑えながら、歩夢もまた少年の手に触れて口を開く。

 

「……ねえ、幼稚園のときのこと……覚えてる?」

 

少年は一瞬「え?」と戸惑うような声を漏らすが、すぐに元の笑顔を取り戻しては照れ臭そうに答えた。

 

「もちろん。……お遊戯会の話でしょ?」

 

「うん」

 

大きく頷いた後歩夢は胸に手を当てて、まだ新鮮さの残る過去の記憶を思い返していた。

 

お遊戯会に出るのを恥ずかしがっていた自分を励ましてくれた幼馴染。ステージの上で頑張ればみんなを笑顔にすることができるという彼の言葉は……今でも歩夢の心を支え続けている柱だった。

 

「私が今のハルくんとスクールアイドルを始めようと思えたのは……あの時あなたが背中を押してくれたから。……あなたが応援してくれたから、私はいろんなことを頑張ってこれたの」

 

歩夢の瞳から一筋の涙が流れる。

 

「だから忘れないよ、いつまでも。……これからだってずっと、あなたは私達の思い出の中にいるんだから」

 

「——そっか…………そうだよね。……ありがとう」

 

そうこぼした少年の目にも、宝石のように輝く雫があった。

 

 

少しの静寂の後、少年は顔を上げて正面にいる春馬と視線を合わせる。

 

彼は春馬と……その背後にうっすらと見える3人の戦士の姿を視界に収めながら、芯の通った声を発した。

 

「君達ばかりに重荷を背負わせてしまって、本当にすまないと思ってる。……けど僕にはもう時間がなくて、できることも……とても限られている。どうか許して欲しい」

 

「許すも何もないよ」

 

『ああ。俺達は……俺達が正しいと信じたものを貫くだけだ』

 

『そうとも。これまでもそうだったようにな』

 

『そうそう。改めて決意を固めるまでもねえってことだ』

 

「あはは、頼もしいね」

 

そう穏やかに笑った少年の身体が、淡い光を放ち始めた。

 

「僕の想い、君達に託すよ。…………歩夢を、母さんを、この世界を……頼んだよ————春馬」

 

全身を光に包まれた彼の肉体は、少しずつ小さなシルエットに変化し————数秒後、彼の立っていたはずの場所には1個のブレスレットが浮遊していた。

 

「………………」

 

ほのかに暖かい輝きを帯びているそれを掴み取った瞬間、真っ白な景色が澄み渡る。

 

気がつけば春馬達は…………元いた公園に佇んでいた。

 

 

 

オレンジ色の混じった空。

 

遠くに見えた日の出の光が————春馬と歩夢を見守っているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………ッ!?」

 

静寂を打ち破る落雷のような騒音。

 

反射的に音の響いた方向を振り返った春馬と歩夢は、街に降り立った漆黒の巨人を勇ましい眼で見上げた。

 

ダークキラーエース————フォルテが変身した巨人だ。この場で決着を付けるつもりなのだろう。前と同じ、冷徹な視線でこちらを見下ろしている。

 

「行ってくるね」

 

「……うん」

 

行われたのは最小限のやりとり。……けれど2人の言葉には、例えられないほどの決意が込められていた。

 

 

◉◉◉

 

 

「————シュアッ!!」

 

 

風を切り、空中で幾度かの回転を加えた後に着地。

 

不気味に巨体を直立させていたフォルテは眼前に現れた二本角の巨人を認識するや否や、低い声で語りかけてきた。

 

「……覚悟は……決めてきた?…………ファースト」

 

(君達のもとには行かないよ)

 

トレギアの姿が見えないことを不審に思いつつも、春馬は力強くそう返す。

 

「……愚か。あまりにも…………愚かすぎる。そんなだから…………簡単に……捨てられるのよ」

 

(俺はこの先も自由に生きると決めた。……納得もできない、それを行う意義も見出せない……その程度のものが“使命”だって言うなら、そんなもの果たさなくてもいい。愚かなままでいい。……君だって、本当はそう思ってるんでしょ?フォルテちゃん)

 

「……何を……言っているの」

 

動揺からかフォルテの肩が揺れる。

 

春馬は追い打ちをかけるように、タイガの身体で一歩を踏み出しながら……また迷いのない声で言った。

 

(簡単に諦めちゃダメだ。君が抱いた憧れよりも……誰かの命令を優先するなんて、そんなのは君自身が可哀想じゃないか)

 

「口を……閉じて」

 

(みんなのライブを見ていた君の瞳は……確かに輝いていた。あの時の気持ちは……簡単に忘れていいものじゃないはずだよ)

 

「………………だまれ」

 

(心に従って生きるんだ。せっかく……この世界に生まれてきたんだから)

 

「黙れと…………言ってる…………ッ!!」

 

 

 

(————フーマ!!)

 

『はいよ!』

 

激昂と同時に光線を放ってきたフォルテの動きを事前に察知し、春馬は瞬時にタイガの肉体をフーマのものへと変える。

 

残像を作りながら彼女を囲むように疾駆し、手のひらに生成した光の手裏剣をありったけ投げ飛ばした。

 

『そういや、以前の借りをまだ返してなかったなァ!』

 

「…………っ」

 

目にも留まらぬ速さで移動するフーマを捉えられずにいるも、フォルテは無数に迫る光刃を正確な動きで叩き落としていく。

 

嵐のような連続攻撃を、彼女は凄まじい殺意で打ち消そうとした。

 

「————ッ!!」

 

がむしゃらに振るった黒い全身から数え切れないほどの斬撃が解放される。

 

周囲の建物を切り刻みながらフーマへと迫ったそれは、彼の肉体を両断しようと迫り————

 

 

(タイタス!!)

 

『了解した!』

 

刹那、入れ替わるように出現した巨漢が光のギロチン刃を交差させた腕で受け止めて見せた。

 

『ううむ、なかなかの威力だが……切れ味は無いに等しいな。技は落ち着いて出さねば真価を発揮しないぞ、お嬢さん』

 

「消えて」

 

『ふっ……!!』

 

間髪入れずに放たれた禍々しい光線を回避し、すぐさま打撃を打ち込もうと肉薄する。

 

『やはり戦士としての力を左右するのは……強靭な肉体の有無だな!!』

 

引き絞った拳をフォルテの腹部めがけて振り抜く。

 

確実に直撃させられるタイミングだったが、彼女は驚異的な反応速度を発揮してそれをいなしてきた。

 

 

(タイガ!!)

 

『ああっ!』

 

そして2度目の交代。

 

カウンターとして繰り出された蹴りをしなやかな宙返りで避け、距離をとりつつ着地。

 

《カモン!》

 

攻撃を警戒しながら、春馬は左腕へと意識を集中させ————そこに生成された、“春馬”から受け取ったブレスレットをタイガスパークと重ね合わせた。

 

(もう迷うことなんてない!“俺のなりたい俺”になるために……!)

 

『そうだ春馬。俺達は……俺達の信じる道を進む!』

 

(うん!ここからが俺達の………………本当の挑戦(トライ)だ!!)

 

 

《トライスクワッドレット!コネクトオン!!》

 

《トライスクワッドミラクル!!》

 

 

眩い光と共にタイガスパークから生み出されたのは————ひと振りの剣。

 

炎を模したような真っ赤な刃が伸びているその持ち手を掴み取り、春馬は高らかにタイガ達へと呼びかけた。

 

(燃え上がろう…………みんなで一緒に!!)

 

タイガ、タイタス、フーマ————3人がいつも以上に近くに感じる。

 

火柱が昇るように高まっていく気持ちを胸に抱きながら、春馬達は揃って声を張った。

 

 

『『『(バディィィィイイイ……!!————ゴーッ!!)』』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!」

 

遠巻きに戦いを見守っていた少女とその相棒が、灼熱の炎をまとい燃え上がる巨人に目を見張る。

 

『ステラ、あれは…………』

 

「……絆の…………炎」

 

熱と共に伝わってくる勇敢な魂の叫び。

 

かつての戦友達と面影が重なる。

 

やがて炎の幕を斬り捨て姿を露わにした巨人を見て、少女は無意識に1人の少年の名前を口にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺達は……ウルトラマンタイガ————』

 

 

『『『(——トライストリウム!!)』』』

 

 

全身に広がる真紅に、青空のような装甲が胸部と肩部を覆っている。

 

特徴的な二本角にも炎のような意匠が生まれ——————その手には闇に抗う勇者を思わせる、聖火の如き剣が握られていた。

 

「いったい……なにが」

 

想定外の事態に焦りを覚えたフォルテが半歩後退する。

 

 

トライストリウム————それはタイガ、タイタス、フーマ……そして春馬が同時に融合を果たした強化形態。4人の同調が最高潮に達することで生み出される、彼らの絆が形となって現れた姿だった。

 

(行こう!)

 

『『『ああっ!!』』』

 

 

「…………っ!」

 

爆炎と共に突貫したタイガが両腕で構えた剣————“タイガトライブレード”を勢い良く振り下ろす。

 

両腕を交差させて繰り出された斬撃を受け止めたフォルテとの間に凄まじい衝撃が生じるも、両者は足裏に渾身の力を込めてなんとか踏み留まった。

 

「ぐっ……ぅう…………ッ!!」

 

(————フォルテちゃん!!)

 

正面からぶつかり合っている相手へ、春馬はタイガの体内から必死に呼びかける。

 

(自分を殺しちゃダメだ……!君には与えられた使命なんかより、やりたいことが……夢中になれるものがあったはずだ!!)

 

「……ッ!うるさい!!」

 

脳内に語りかけてくる春馬を拒絶するように、フォルテの身体からはおびただしいほどの闇が溢れ出した。

 

「私は……ウルトラマンを倒すために……作られた!父のために……役目を果たすことだけが……唯一許される行為!……間違っているのはそっちだ!!」

 

(いいや……俺にはわかる)

 

悲痛にも似た感情を吐き散らすフォルテを見ても、春馬は尚その態度を崩さない。

 

(君の心はそんなこと納得していない。……君はただ、スクールアイドルが大好きな————普通の女の子だ!!)

 

春馬の胸から太陽に等しい熱と光が放出される。

 

その輝きは巨人達の肉体を透過しながら、彼の向こう側にいるフォルテを照らし…………彼女が溢れさせていた闇を、ことごとく消し去った。

 

 

『『『(はぁぁああああああ…………!!)』』』

 

互いに弾かれるように距離をとった後、すぐさまトライブレードにエネルギーを集中させて引き金を絞るようにして腰を低く構える。

 

赤、黄、青の三色の光が刃を包み込み————それを突き出すと同時に、大量の光線がひとつの束となってフォルテへと一直線に解き放たれた。

 

 

 

『『『(トライストリウム————バーストォォオオオオオオオオオオオオオ!!!!)』』』

 

 

「ぐぅ…………っ!!」

 

対抗するように組まれたL字の腕から黒い光線が発射され、春馬達の放った光柱と衝突。

 

(いっけぇぇええええええええええええッッ!!!!)

 

フォルテの中にある闇を体現したかのような漆黒の光は徐々に三色の輝きに侵食されていき、瞬く間に彼女の肉体に直撃。

 

 

「私…………は…………っ!!」

 

呻きにも似た声を漏らしながら、黒い巨人の身体は噴き上がるような爆発と共にその場から消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————なるほど。……()()()()()()()()()()()

 

闇色のオーラが漂う異空間の中から戦いの決着を見届けた悪魔がぽつりと呟く。

 

揺らぐことのない強大な意志の力を示した戦士達を見下ろしながら、悪魔は尚も仮面の下で不敵に笑った。

 

 

◉◉◉

 

 

『先輩方どこにいるんですか!?かすみん達、もう春馬先輩の家に来ちゃってますよ!?』

 

「ご、ごめんねかすみちゃん。今ちょうど帰るところだから……」

 

携帯電話を通して慌てた様子で弁明する歩夢。

 

急ぎつつ、しかしどこかのんびりとした雰囲気のまま帰路についていた春馬と歩夢は、少しだけ怒りを露わにする後輩との通話が切れると同時に自然な笑みをこぼした。

 

 

「この件は……同好会のみんなには伏せておこうと思う」

 

下を向いたまま口を開いた春馬の言葉に、歩夢は寄り添うような姿勢で耳を傾ける。

 

「きっと混乱させちゃうと思うから」

 

「ふふ、そうだね」

 

お互い何かを窺っているような沈黙が流れる。

 

数秒後、緊張が宿った声で歩夢は言った。

 

「あの子はまだ……そこにいるのかな」

 

「……どうだろう」

 

彼女の問いに曖昧な返答しかできないことが、少しだけ辛かった。

 

春馬が変化したブレスレットの中には“彼”の想いが詰め込まれている。……けれど、そこに人間としての意思が残っているかどうかは、春馬にも判断することができなかった。

 

「ごめんね、変なこと聞いて。あなたにとって、あの子は…………自分自身なのに」

 

「————いや」

 

立ち止まり、ゆっくりと顔を上げて歩夢と視線を重ねる。

 

 

「俺にとって、彼は………………」

 

言葉を繋げようとする度にかつての記憶が蘇る。

 

“彼”から受け取ったあらゆる知識、感情を総動員して————春馬はひとつの結論を導き出した。

 

 

 

 

「………………最初にできた、友達だったんだ」

 

 

 

追い風が吹いている。

 

ここにはいない誰かに、前へ進めと言われている気がした。

 

 




ということで、トライストリウム誕生!!
冒頭では以前チラッと語られたステラとヒカリの所持する「命のストック」が役立ちましたね。
倒されたフォルテの行方は後々明かすつもりです。
そして春馬と歩夢は思い悩みながら目の前の毎日を生きることを選び、物語は次のステージへ……。

次回からラブライブへ向けて同好会に関する話を進めていき、残り2〜3話程度で1章は完結する予定です。


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第48話 我らはスクールアイドル!

春馬を取り巻く問題もひと段落ついたところで……今回は改めて同好会の現状をまとめると同時に、次章へと繋がる要素も小出しにしていきます。


早朝の冷たい空気がまだ敏感な肌を撫でる。

 

虹ヶ咲学園、その芝生が広がる校庭で激しくぶつかり合う人影がふたつ。

 

片や息を切らしながら必死な様子で、片や涼しい表情のまま軽やかな身のこなしで、それぞれ竹刀を握りながら苛烈な手合わせを行っていた。

 

「はっ……!やあっ!たぁああああっ!!」

 

両手でしっかりと柄を持ち力いっぱいに竹刀振るう少年————春馬は、繰り出す攻撃を目の前にいる少女に躱されるたびに焦燥感を募らせていた。

 

「あれぇ……!?全然当たらない!!」

 

「見てから反応するんじゃ遅いわ」

 

「イタッ!?」

 

両手首を叩かれ、動きが鈍った僅かな瞬間で竹刀による打撃が春馬の背中に打ち込まれる。

 

「うぐぅ!?」

 

「それに太刀筋が単純すぎる。防御した後の対応も遅れがち。力押しで切り抜けられる状況以外では素手の方がマシかもね」

 

「だ、だって……俺、剣を振り回したこととか今までなかったですし…………」

 

「それをこれから鍛えようって話でしょ。ほら立ちなさい、もう一度いくわよ」

 

「うぅ……」

 

地面に手をついてがっくりと項垂れていた春馬を起こしつつ構え直すのは————彼の姉貴分こと七星ステラ。2人は今、刀剣を使った戦闘に備えての稽古を行っていた。

 

トライストリウムという形態と共に手に入れた新たな武器、“タイガトライブレード”だが…………春馬は剣術に精通しているわけではない。はっきり言って今のままでは宝の持ち腐れである。

 

そこで戦闘時には光剣“ナイトビームブレード”をよく用いているというステラとヒカリが彼の技術を向上させようと一対一形式の特訓を提案してきた。

 

尊敬する先輩方から指導を受けられるとのことで当初こそ張り切っていた春馬だったが、日を重ねるごとに増していくスパルタっぷりについには泣き言に近い言葉が彼の口から出るようになっていた。

 

『おい!一発くらいは当てろよ!』

 

『一旦その竹刀を離して己の筋肉だけで戦ってみるのはどうだ?』

 

『足運びがなってねえな』

 

「もうっ!みんな好き勝手言わないでよ!」

 

頭の中で聞こえてくる騒がしい声に抗議しながら目を凝らす。

 

トリッキング選手も驚愕するようなアクロバティックな動きで飛び跳ねながら竹刀を振り下ろしてくるステラの姿を捉え、集中。

 

先ほどから続く彼女の攻撃パターンを思い出しながら、次に竹刀が飛んでくる箇所を予測して————

 

「——そこっ!!」

 

「……!」

 

脇腹に迫った打撃を防御すると同時に全力で腕を振るい、ステラの手にしていた竹刀を弾き飛ばす。

 

隙を生み出すのに成功し浮き立ちながらも足を踏み込ませ、春馬は回り込むようにして彼女の背後を取った。

 

……しかし、

 

「でぇ!?」

 

身体を捻ったステラから驚異的な速度で回し蹴りが繰り出され、物の見事に春馬の右腕へ直撃。

 

勢いよく転倒した彼を見下ろし、ステラは一息つきながら言った。

 

「今の動きはよかったじゃない。竹刀を落とした直後に油断しなければ当たってたかも」

 

「ぐ………………」

 

一切焦ることなく対応してみせた彼女に悔しげな眼差しを送る春馬。

 

ヒカリの光剣はトライブレードと違って瞬時に出し入れが可能。

 

……肉弾戦も長けているのは当然だ。剣を主体として戦うことを目的としたトライストリウムとは違い、“手数”として武器を使用している彼らにとっては……例えそれが無くなったとしてもすぐさま反撃するという型が出来上がっているのだから。

 

「今日はこれくらいにしておきましょうか」

 

「そう……ですね。そろそろみんなも学校に来る頃ですし」

 

ヘアゴムを解き束ねていた髪を下ろしながらステラが差し出してきた手を握り、身体を起こす。

 

……まあ継続あるのみだろう。短期間で彼女達に追いつけるとは思っていない。

 

 

「……さて」

 

練習着に付着していた泥を払い落とし、春馬は大きく息を吐きながら伸びをした。

 

自分達の時間は終わりだ。この後は同好会のみんなの時間————“ラブライブ!”に向けた練習が始まるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————サビに入る前…………回転するところなんですけど、もう少し滑らかに仕上げたいですね」

 

「ああっ、やっぱりそう思う?実はそこのステップまだ自信なくて……」

 

「あ、でもここの振り付けは以前よりすごく素敵になってました」

 

エマと一緒に並んで覗き込んでいるビデオカメラの画面に映っているのは……先ほど撮影した彼女の練習姿。

 

ミーティングと発声練習等を終えたスクールアイドル同好会の面々は、それぞれラブライブ予備予選に向けた個人練習に励んでいた。

 

「ねえ春馬、後で私のも見てくれないかしら?」

 

「わかりました!」

 

「あっ!はいはい!かすみんもお願いします!」

 

「ちょうど手が空いたからわたしが見てあげるわ」

 

「ええっ!?ちょっ……春馬せんぱ〜い!!」

 

ステラに連行されていくかすみに苦笑しつつ、春馬はスタジオ内にいる他のメンバー達にも視線を巡らせる。

 

同好会が復活してからまだ4ヶ月も経っていないが、皆の技術が着実にレベルアップしていることは傍らで見守っている春馬とステラにもひしひしと伝わってきていた。

 

 

もう……春馬先輩に見てもらいたかったのに……

 

中須かすみ。

 

みんなアイドルとしての方向性は決まっているようだが————彼女はその中でも“可愛らしく”いることに並ならぬこだわりを持っている。彼女曰く「小悪魔系スクールアイドル」を目指しているらしいが…………まあ、その辺りについてはひとまず置いておこう。

 

 

「みんな凄いなぁ……。私も、もっと頑張らなくちゃ」

 

上原歩夢。

 

春馬からすれば改めて分析することはないかもしれない。特出した技能はないが、コツコツと積み上げていくような努力は他のメンバーのそれと比べても安定感が凄まじい。見る者が応援したくなるような、健気で親近感のある在り方というのが彼女の強みだ。

 

 

「なめらかに……なめらかに……。う〜ん難しい……」

 

エマ・ヴェルデ。

 

スクールアイドルに憧れてスイスからはるばるやって来たというだけあり、穏やかな雰囲気とは裏腹に人一倍強い熱意を持っている。ライブでは場の空気を和らげるようなパフォーマンスが特徴で、その歌声は聴いているだけでも癒し効果があると他のメンバーからも評判だ。

 

 

「あっ、彼方さん。また船漕いじゃってますよ」

 

桜坂しずく。

 

もともと演劇部員として舞台に立っていたということもあり、どんな時でも落ち着いた振る舞いを見せる。ステージ上での堂々とした歌いっぷりは会場を丸ごと自分の世界観に引き込むほどの力がある。

 

 

「ハッ……いけないいけない。昨日も遅くまでお勉強してたから、つい…………」

 

近江彼方。

 

相変わらずマイペースではあるが、それを崩さないまま本番のライブを行えるというのは得難い才能だ。しずくとは別のベクトルで自分の世界を確立させている…………というよりも気がついたら彼女のペースに巻き込まれている、といったところか。

 

 

「りなりー前よりダンスのキレが出てきたねぇ!愛さんも負けてられない!」

 

宮下愛。

 

彼女はライブはもちろん日頃からファン達との交流にも力を入れており、なんと早くもファンクラブが設立されているらしい。初対面の人でも旧知の仲であるかのように振る舞えるコミュニケーション能力は彼女のアイドルとしての形にも大きく関係しているようだ。

 

 

「うん。この前のライブで、自信ついたから。璃奈ちゃんボード『むんっ』」

 

天王寺璃奈。

 

彼女の特徴はなんといってもボードに現れる素直な感情表現。チャンネルを切り替えるように変化するデフォルメされた表情はライブ中の曲の歌詞とも分かりやすくリンクし、ある種の相乗効果を狙える点では唯一無二の存在と言える。

 

 

「それで、ここの動きなんだけど……男の子から見てどう感じるかしら?」

 

「どう、と言いますと?」

 

「それはまあ……気持ちが高ぶったり、身体が熱くなっちゃったり……とか」

 

「う〜ん?」

 

朝香果林。

 

高校生離れしたスタイルが目を引く大人びた女性、というのは第一印象から変わらない。アイドルとしてもその方向性は同様らしく、ライブでは扇情的な振り付けで観客の心をがっちりと掴んでいた。普段は余裕のある態度をとってはいるがその実、負けず嫌いな面も持ち合わせている。

 

「熱くなるかはわからないですけど、果林さんのダンス……俺はかっこよくて大好きです!前に映像を確認した時もついつい夢中になって見ちゃいました!」

 

「そ、そう……?ありがと……」

 

からかうつもりで口にした問いかけに対して爽やかな笑顔で返答した春馬を見て、果林の口が拍子抜けしたように塞がらなくなる。

 

「……!」

 

場を切り替えるように咳払いをした彼女を尻目に、春馬はふとスタジオ出入り口付近でダンス練習を行っている少女に目を向けた。

 

 

「——ふっ……!」

 

鏡に映る自分と向かい合い、洗練された動きを繰り返している。

 

 

「ついにラブライブ……!絶対に優勝してみせます!」

 

優木せつ菜。

 

彼女は同好会のアイドル9人の中でも特に異彩を放っている。圧倒的な歌唱力と完成度の高いダンスを兼ね備え、本人の性格故か直進的でダイレクトに語りかけてくるようなライブを行う…………おそらくは全国的に見ても優勝候補と言える人物。同好会に入る以前からスクールアイドルとして活動を行っていただけのことはある。

 

「気合入ってるね、せつ菜さん」

 

「春馬さん。——はいっ!なんたってラブライブですから!」

 

首にかけていたタオルで汗を拭いながら気持ちのいい笑顔を浮かべるせつ菜。

 

同好会が復活する以前まで我慢してきた意欲がここにきて爆発したのか、心なしか練習量も他のメンバーより多く取っている気がする。

 

「適度に休憩してね。身体を壊しちゃ大変だから」

 

「わかっていますよ。この戦いを制するまで倒れられませんから!」

 

「ちょっとせつ菜先輩、かすみん達もいるってことを忘れないでくださいよ?」

 

「はい!皆さんもこの短期間で格段にレベルアップしましたから、手強い相手になりそうです!……うう、そう思うとまた血が騒いできました。私、少し外で走ってきます!」

 

「あ、ちょっと!?」

 

ダンプカーの如き勢いで部屋を飛び出していったせつ菜に手を伸ばすも、瞬く間に彼女の背中は遠ざかっていく。

 

「だ、大丈夫かな……」

 

「いいんじゃないかな。せつ菜ちゃん、同好会にいる時はあんなだけど……普段は生徒会長をこなせるくらいしっかり者だし」

 

「……それもそうか」

 

水筒を片手に隣へやってきた歩夢に相槌を打ちながら、春馬は校庭へと向かったであろうせつ菜の面影を思い浮かべては伸ばしていた腕を引き戻した。

 

通常“ラブライブ!”は半年ごとに開催されるが今回皆が出場するソロ部門は本選までの流れが少々異なっており、1年を通して優勝を決めることになることが少し前に発表された。

 

グループ部門よりも挑戦する機会が少なくなるという点も、恐らくはせつ菜のやる気を助長する一因だろう。

 

 

(みんな頑張ってる。……俺も全力を尽くしてサポートに臨まないと!)

 

軽く頬を叩きながら気を引き締める。

 

もうすぐ始まるんだ、スクールアイドル達の祭典が。

 

ラブライブが…………ついに。

 

 

◉◉◉

 

 

闇が充満している。

 

どこまでも続くような岩場が広がる空間。汚染されているかのようなドス黒い空の下、少年と少女の姿をした人形達が巨大な存在の足元に佇んでいた。

 

 

「ねえ、フォルテが倒されたって本当なの?」

 

そわそわと落ち着きのない様子でその場を彷徨いていたピノンは意を決したように問いかける。

 

重苦しい空気の中、ヘルマは俯いたまま視線だけを彼女に向けると…………沈んだ声で姉の質問に返答した。

 

「らしいな」

 

「…………死んだの?」

 

「……いや、気配は残ってる。未だ行方不明ではあるが」

 

「じゃあ生きてるの!?」

 

「離れろ気持ち悪い」

 

一転して明るい表情を見せながら身を乗り出してきたピノンを鬱陶しがるように後退しながら、ヘルマはそばに立っていた兄の方へと向き直ると彼の様子を窺うように眼を細めた。

 

「それよりも……本当なの?」

 

「……何がだ?」

 

弟から投げられた問いに対して聞き返すフィーネの表情はいつもよりも暗い。……正確に言えば“憎しみ”や“疑問”、あらゆる負の感情が入り乱れ混沌としている。

 

ヘルマは数秒だけ言葉に詰まった後、恐る恐る口を開いた。

 

「だから、その…………僕らよりも……先に造られた“兄弟”がいたって話」

 

「………………」

 

「え?なにそれ?どういうこと?」

 

 

「本当だとも」

 

3人の中でじわじわと広がっていく困惑を制止するように、闇の巨人が重圧を帯びた声を漏らす。

 

“兄弟達”の親————ウルトラダークキラーは彼らを見下ろしながら、至って冷静な口調のまま続けた。

 

「お前達を生み出す以前、試作品として製造した個体が……確かに存在した。本来は既に用済みの、処分されるべきものではあったが————トレギアの進言により、その命運は奴に預けることとなった」

 

“ダークキラーブラザーズ”————そのプロトタイプ“ダークキラーファースト”。

 

現在は追風春馬という地球人として生きていることはウルトラダークキラーも把握していた……が、まさか彼がウルトラマンと一体化し自分達に仇なすことになるとは夢にも思わなかった。

 

星回り……というよりはトレギアが描いたシナリオ通りに事が進んでいると表現した方が適切だろう。……奴もくだらないことを考える。

 

 

「ん?ちょっと待って、1番最初に生まれてきたのが別にいるってことは、じゃあ…………」

 

不意に腕を組んだピノンが唸りながら思考を巡らせる。

 

やがてひとつの結論を導き出した彼女は、近くにいた兄と弟に対して答え合わせをしようと…………何気なく彼らに尋ねた。

 

「フィーネ兄ちゃんは“チョウナン”じゃなくて…………“ジナン”だったってこと?」

 

静寂がその場を満たす。

 

 

「……フフッ…………クハハ……ッ!——ハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 

無表情だったフィーネの口元は少しずつ吊り上がっていき、再び突きつけられた受け入れ難い事実を跳ね除けるように、彼は大声で笑い飛ばした。

 

「フフフ……フフフフフ……そうか、そうだよなぁ…………お前もそう思うか、ピノン……」

 

「に、兄ちゃん……?」

 

徐々に狂気を宿す瞳から逃げるようにピノンが視線を逸らす。

 

フィーネは片手で顔を覆いながら、ここにはいない標的の姿を幻想し憎悪にまみれた感情を吐き出した。

 

「だが奴がこちら側に戻ってくる可能性は完全に無くなった。で、あれば…………今度こそ心置きなく奴を始末できる。……なんの障害にもならない。あの男さえ排除すれば…………オレは正真正銘の“長男”になれるのだから」

 

フィーネの全身から強大な闇が溢れ出る。

 

彼が抱いた殺意が形となって現れたようなそのオーラは瞬く間に周囲に拡散し…………傍らにいたピノンとヘルマに、底知れない恐怖を覚えさせた。

 

 

 

 

「追風春馬————いや、ファースト。……お前を殺そう。皆の長男として……あり続けるために」

 

 




フォルテが不在となった闇兄弟達にも変化が。
次でおそらく1章ラストの回になります。ということはさらに次の回には2章に突入…………と言いたいところですが、その前にメビライブから今作にかけて出てきた設定を振り返る解説回を数話挟む予定です。

タイガ・ザ ・ライブもついに折り返し地点。これまで読んでくださった方々に感謝の意を述べたいと思います。本当にありがとうございます!


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第49話 みんなでときめく物語

いやあゼットめちゃくちゃ面白いですね。
ウルトラ熱がさらに強まっている今、タイガ劇場版も公開日を確定させて欲しいところですが……。


ふとした時に思い出す光景がある。連想されるのは懐かしい、という感情とは少し違う…………例えることが難しい心の揺らぎだ。

 

閉じていた目を開けた先に見えるのは、まだ殺風景さの残るオフィス。まるでここで働いている人間のぎこちなさを表しているようだった。

 

そこにいつか見た少女達の姿はなく、瞼の裏に焼きついていた景色はとっくに過ぎ去ったものだということを改めて認識させられる。

 

 

「よく眠れたかい?」

 

そう飛んできた声が耳朶に触れ、反射的に視界の端にわずかに見えた黒い人影へと目を向けた。

 

前のボタンを開け着崩したオレンジ色のジャケットは…………やはりお世辞にも似合っているとは言えない。彼にはどんな服を着せても胡散臭さがにじみ出てしまう。

 

すまない、と軽く居眠りしてしまったことを謝ると、デスクに座っていた彼は首を横に振りつつ手元へ視線を落としながら言った。

 

「構わないさ、君だって交渉続きで疲れているだろう。見回りはカレンちゃんが行ってくれてるし、残りの資料は体力が有り余ってるボクがまとめておくよ」

 

そう余裕げに語った彼の表情にも、隠しきれない疲労が見て取れた。

 

気を使わせまいと虚勢を張ってはいるが……この中で最も動いているのは彼だ。地球人よりマシとはいえ、こうも働きっぱなしでは疲れも溜まるだろう。

 

 

この()()が本格的に活動を開始してから3ヶ月と少しが経過しただろうか。仲間の奮闘により必要なものは粗方揃ったが、人手と設備が足りないのはどうすることもできない。……それこそ政府のバックアップでも獲得しなければ、自分達の目的は永久に叶わないのだ。

 

この短期間でもよく頑張った方だと自分と仲間を褒めてあげたいところだが、現実の状況を考慮すればのんびりはしていられない。

 

“来るべき戦い”まで…………そう時間は残されていないだろうから。

 

 

「やあ、懐かしいね」

 

不意にこちらから視線を外し、部屋の角に設置されていたテレビの映像に注目しながらそう口にした仲間につられて映し出されているニュースの内容に意識を向ける。

 

報道されていたのはとあるイベント————もとい全国大会について。

 

10年以上の歴史を持つ“スクールアイドル”、その日本一を決める祭典“ラブライブ!”が今年ももうすぐ開催されるといったことだった。

 

「昔の日々を思い出すな。……ふふっ、あの時は若かったね、お互い」

 

馬鹿げたことを口走る同僚に対して細めた眼を向ける。

 

自分と彼の年齢にはかなりの開きがある。反応に困る冗談はやめて欲しいものだ。……それに彼と出会ってから今日に至るまで、「昔」と表現するほどの年月は経っていない。あと自分は今でも若い。

 

「立場は随分と変わったけど……ボク達のやることは変わらない」

 

そうこぼした彼に頷いた後、無意識に神妙な面持ちになる。

 

……そうだ。かつてのそれと同じようにとはいかなくても、目指すべきものは常に定まっている。

 

 

地球を襲う脅威は止まる気配がない。だからこそ……それを打ち砕かんとする意思もまた絶やしてはならないのだ。

 

————自分達に、辿り着けない未来はないと信じて。

 

 

◉◉◉

 

 

あれからどれだけの時間が経っただろうか。

 

電源の切れた機械のようにうずくまっている時も、頭の中で何度も少年の声が反響する。

 

こちらに来いと誘っている————いや、背を向けようとしている自分を必死に呼び止めようとしている声。

 

本当の気持ちを抑えて……抑えて抑えて抑えて、使命の障害となる無駄なものを全てかなぐり捨てようとしたのに、彼は土足で心の中に踏み込んできては手を引いてくる。

 

もうぐちゃぐちゃで何もわからない。頭を空っぽにして楽になろうとしても、胸に残滓する少年の言葉がどこまでも追ってくるのだ。

 

「………………」

 

じめじめした暗がりの中で俯いたまま考える。これから自分は何をすればいい。……どこへ向かえばいい。

 

()()()()()を言われた後では家に帰ることもできない。かといって今更心のままに生きろと言われても道筋がわからない。

 

独りじゃ何が正解なのか判断することもできない。ずっと誰かに従って生きてきたから。

 

いろいろな感情が鬩ぎ合い、今ある情報を整理することもままならない。

 

 

……けれど、そんな混沌とした中でも————“あれ”だけは鮮烈な光を放って自分を引き寄せようとする。

 

冷めきった心に注がれた熱い鉛のような感情。ステージを中心として伝染していくように広がっていく演者の魂が自分にも宿るような感覚。

 

混乱の最中でも決して忘れることのできない気持ちが、生きろと自分に語りかけてくる。前へ進めと背中を押す。

 

 

使命ではなく、自分の心に耳を傾けるのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人がいっぱい…………」

 

次々と施設の中に足を踏み入れていく人々の流れを目の当たりにし、璃奈はボードの表情を変えることも忘れたまま呆然と立ち尽くす。

 

その横に並んでいた歩夢達もまた、気圧されたように言葉を失っていた。

 

「普段開かれてるイベントとは比べものにならないわね……」

 

「私が出演したことのある舞台でも……ここまで人が集まってるのを見たことがありません」

 

「ど……どうしたんですか皆さん。観客が多いくらいで怖気付いちゃったんですかぁ?」

 

「かすかすだってめっちゃ震えてるじゃん」

 

「こ、これは武者震いですっ!あとかすかすって言わないでください!」

 

緊張した様子でその場に足を止めている皆を横目に、春馬はこれから入る見上げるほどの建物へと視線を移した。

 

ラブライブ、ソロ部門————その予備予選会場である施設。無数のスクールアイドル達が頂点を目指す競い合いの最初のステージ。

 

「本当、すごいね」

 

「うん。……改めて感じるよ、スクールアイドルがどれだけ大きな存在なのか」

 

そう言って会場を見つめる春馬の隣に立ち、歩夢もまた自分が立とうとしている舞台の大きさを噛みしめる。

 

「いろいろと踏まえた上で、前と同じことを聞きたいんだけど」

 

「うん?」

 

春馬は一瞬よぎった迷いを振り切り、真横にいる彼女へ静かに尋ねた。

 

「歩夢はこの同好会に入って……スクールアイドルを始めて、本当によかったと思う?」

 

それは“純粋な春馬”ではない、今の春馬が抱いた疑問。

 

本当の幼馴染として振る舞うことができなくなった今の彼だからこそ感じる、歩夢に対しての不安が込められた問いかけだった。

 

「そうだなぁ……。もちろん————って言いたいけど、あなたはそれじゃ安心できないよね」

 

そばにいる他の部員達には聞こえない程度の声量で、彼女はひっそりと春馬に言う。

 

「今思えば私……スクールアイドルとそれほど真剣に向き合ってなかったのかなって思う。私にとってこの同好会は、ハルくんと一緒に一つのことを頑張れる場所ってだけだったから」

 

以前は詳しく聞くことができなかった歩夢の胸に秘められた思い。

 

春馬は口を結びながら、吐露される彼女の心を正面から受け止めようと気を引き締めた。

 

「——でも以前と状況が変わったからって、それでこれまでのことが全部なくなるわけじゃない。それはこれからも同じだよ。確かに向き合い方は変わるのかもしれないけど…………私はそんな日々に、新しい意味を見出したいんだ」

 

歩夢の笑顔が眩しく映る。

 

「そっか」

 

春馬は彼女から視線を外すと、安心するように口元を緩めた。

 

歩夢が自分の歩く姿を、行く末を見届けるのなら…………こっちは彼女を見守ろう。

 

上原歩夢という人間が一歩一歩…………彼女自身の日々に答えを見つけるのを、1番近くで。

 

 

「取り込み中のところ悪いけど」

 

そう口にしながら不意に2人の間に入ってきたのは、もう1人のマネージャー。

 

「早めに準備を済ませた方がいいんじゃないかしら」

 

「ああ、そうですね」

 

ステラの指摘に同意しつつ、春馬は皆の方へと向き直るといつもの調子で声を張った。

 

「みんなはステラ姐さんと一緒に控え室の場所を把握しておいて。俺は受付の方でエントリー確認してくるから」

 

「はーい」

 

「また後でね」

 

「じゃあ行きましょうか」

 

ステラと共に離れていく歩夢達に会釈した後、春馬も人混みをかき分けて彼女達とは別の方向へと歩みを進める。

 

 

『もう心配はいらないみたいだな』

 

「うん」

 

頭の中で響いた声に頷く。

 

春馬の体内にいた3人のウルトラマンも、彼と歩夢のやり取りを眺めてはホッと胸を撫で下ろしていたのだった。

 

『一時はどうなることかと思ったが……。俺が思ってたより何倍も強えな、地球人』

 

『ま、俺は最初から信じてたけどな』

 

『春馬を利用しようとしてた奴がよく言うぜ』

 

『はあっ!?そんな話蒸し返すなよ!』

 

『落ち着け2人とも。こんな時にまで喧嘩することないだろう』

 

「……あははっ!」

 

聞こえてきた言い争いに対してのんびりとした笑いをこぼした春馬に、タイガ達が怪訝な眼差しを注ぐ。

 

『春馬はいつも楽しそうだよな』

 

「うん、楽しいよ。……大好きな人達と一緒に居られるのって、本当に楽しい」

 

『お、おお?』

 

『なに照れてんだお前』

 

『照れてないし!!』

 

また騒がしくなる脳内に微笑ましげな表情を浮かべる春馬。

 

何気ない会話、何気ない時間。

 

託されたその全てが何より大切な宝物だと、彼はハッキリと理解することができた。

 

 

 

 

 

「————少し時間を頂いても?」

 

「え?」

 

ふと前方からかかった声に反応し、立ち止まる。

 

春馬は眼前に見えた人影を見上げ、それが何者であるかを認識すると…………警戒するように身構えた。

 

『お前……!!』

 

その人物を目にしたタイガ達も驚愕と共に激しい敵意を露わにする。

 

突如として春馬の目の前に現れた男は、彼の瞳の奥を覗き込むようにして腰を折り————

 

 

「君と話したいことがあるんだ。……追風春馬くん」

 

撫でるような声を発した。

 

 

「……トレギア」

 

 

◉◉◉

 

 

人は互いに理解することができれば、きっとわかり合うことができる。春馬が常に頭に留めていることだ。

 

ほんの少しでいい。歩み寄る意思を見せ、相手の言い分を聞くことで少なくとも誤解は無くなる。

 

刃を交える前に、拳をぶつけ合う前に、まず一度立ち止まってみることが大切なんだ。

 

………………けれど、

 

「新たな力を手に入れたようだね」

 

————理解することができない相手というのも、時には存在する。

 

 

「フォルテとの戦いを見ていたよ。……少しは歯ごたえが出てきた、といったところか」

 

人の姿を被った悪魔を捉え、春馬は強烈な緊張に苛まれながらも感覚を尖らせる。

 

この人混みの中でウルトラマンの姿に変身されれば確実に負傷者が出てしまう。奴が何を企んでいるのかはわからないが、警戒心だけは保っていなければ。

 

「何しに来たんだ?」

 

「そう怖い顔をしないでくれよ。私はこう見えても平和主義でね、争い事はなるべく避けたい」

 

「……“彼”を殺しておいて、なにを今更……」

 

「ああ、それ。あれは彼が思いがけず飛び出してきたから仕方なかったのさ。……それに、本当は君が死ぬはずだったんだぞ?わざわざ無理を通して処分までの期限を延ばしてもらったんだ。むしろ感謝の一つくらいはしてもらいたいね」

 

悪びれる様子もなく淡々と語るトレギアに煮え滾るような怒りを覚える。

 

溢れ出てしまいそうな感情を抑えるように奥歯を食いしばった春馬を見下ろしながら、奴は軽薄な態度を続けた。

 

「それより君、結局彼の代わりに人生を歩むことを選んだそうじゃないか。……一体なぜかな?君は既に()()に至るまでのヒントをいくつも手にしていたというのに」

 

「正解……?」

 

「この世の真理だよ。……君は無から生まれ、他者から与えられたものだけを糧にこれまで生きてきた。自分は本来空っぽな存在であると自覚できていたというのに、どうして間違った道を進もうとする?」

 

「言ってる意味がわからない」

 

「なら教えてあげよう」

 

距離を詰めてきたトレギアの顔がすぐそばに迫る。

 

張り付いた笑みはそのままに、奴は困惑する春馬へ幻聴のような声を囁いた。

 

「君は私と共に歩むべき存在なんだよ、春馬。……私なら、君に足らないものを教えてあげることができる。より完成された価値観を与えることができる。君にこの星は似合わない。光も闇も正義も悪も無い、この世界には虚無しかないという真実を知り、()()1()()()()になるべき者が君なんだよ」

 

やはりトレギアが口にしたほとんどのことが、理解することのできないものだった。

 

……でもそこで終わりたくはない。

 

怒りを抑え、落ち着いた思考で奴の言葉を飲み込もうとする。

 

理解できないものはできないと、そのまま蓋をするようなことはしたくない。……できることなら、敵意を抱く前に奴の主張をわかってあげたい。

 

「お前は……面白いから怪獣を街に出現させてるって言ってたけど……楽しむこと自体は目的じゃない、そうなんだな?」

 

「さてね。捉え方にもよるよ」

 

「……どうして世界には何も無いなんて言えるんだ。こんなに楽しくて、素敵なもので溢れてるこの世界が虚無だなんて……どんな理由があってそんなこと言えるんだ!」

 

「物事の一面だけを見ようとするなよ。そうやって幻想にしがみ付こうとするから、お前達はいつまでたっても————」

 

そう何かを言いかけたトレギアの表情は、少しだけ険しいものに変わっていた。

 

「——まあいいさ。……それで答えは?私のもとへ来る気にはなったかい?」

 

すぐに冷静な調子を取り戻した奴が尋ねてくる。

 

……奴に自分を説得する意思なんて本当にあるのだろうか。語ること全てが抽象的すぎて、ただ胸に秘めたものを誰かに聞いて欲しいだけなようにも思える。

 

トレギアに同情の余地はない。……だけど、奴の考えていることをきちんと受け取れなかったことは————とても哀しく思えた。

 

 

「嫌だ」

 

考えるように一拍置いた後、春馬が強く言い放つ。

 

誘いに対して拒絶の意思を示した彼に冷たい視線を向けた後、トレギアは無言で背を向け静かにその場を去ろうとした。

 

「————悪しき旅の始まりだ」

 

「え……?」

 

奴の残した言葉が風に流れて消えていく。

 

人混みに紛れて瞬く間に見えなくなった悪魔の面影を浮かべながら、春馬は妙な悪寒に身体を震わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

離れた場所に見えるのは、眩いライトに照らされた特設ステージ。

 

無数の観客達に混ざってこれから始まるライブに胸を弾ませる。

 

 

(…………虚無なんかじゃない)

 

トレギアから聞いた言葉を思い出し、上手く反論することができなかったことに悔しさがこみ上げてくる。

 

この世には何も無いなんて話を受け入れるなんてできっこない。だって、それが真実だとして…………自分に想いを託してくれた“彼”や、そばで見届けると言ってくれた歩夢の存在はどうなる。彼らの心はどこへ行く。

 

確かな答えはまだ出てこない。

 

……けれど、いつかはきっと————あの悪魔に、自分の想いをありったけぶつけてやりたい。

 

 

 

やがて流れてきた音楽と歌声を噛み締めながら、春馬はその決意をさらに揺るぎないものとした。

 




ということで1章完結です。春馬やタイガ達の成長をメインに置いたので、全体的にウルトラ要素の強い話が続きました。
2章では同好会メンバーを取り上げた話をもっと書きたい……!

以前も後書きで記した通り、次回からクロニクル的な解説エピソードをいくつか投稿していく予定です。


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間章 彼らの走ってきた道は
第1回 世界を知ろう



今回から勢いに身を任せた内容が続きます()
ボイスドラマの雰囲気をイメージして途中から掛け合いメインの台本形式になっていますので、苦手な方は申し訳ありません……。


「あれ、かすみちゃん?」

 

歩夢と一緒に部室へ繋がる廊下を歩いていると、見覚えのある背中が目に留まった。

 

「春馬先輩に歩夢先輩。お二人も部室に用事ですか?」

 

それは同じ虹ヶ咲の制服に身を包んだ後輩。スクールアイドル同好会の復活まで春馬と共に奮闘した中須かすみである。

 

「うん。なんだかステラさんが話したいことがあるって……」

 

「えっ、私もですよ?」

 

「そうなの?どうしたんだろうね、一体…………」

 

小さく芽生えた疑問を胸に、かすみと合流した春馬達は当初の予定通り部室を目指す。

 

「他のみんなは……来てないのかな」

 

「だとしたらどうしてかすみん達だけ呼ばれたんでしょう?」

 

「俺達の共通点と言えば…………」

 

 

『俺達の存在を知っていることだな』

 

不意に飛び出してきた小さな霊体に3人の視線が集まる。

 

「タイガ!……そっか。歩夢もかすみちゃんも、俺がウルトラマンに変身してたことを知っている人間……」

 

「あ、タイタスさんも。ご無沙汰してます」

 

『うむ』

 

「そういえば……ハルくんの中に3人もウルトラマンがいたんだよね」

 

『賑やかでいいだろ?』

 

春馬の両肩、頭部にそれぞれくつろいだ様子で語りかけてきた3人の宇宙人を見て苦笑する歩夢。春馬自身はすっかり慣れてしまっているのか、その内の1人が肩の上で筋トレを始めても動じる素振りは見せなかった。

 

「まあ、とりあえず中に入ってみようよ」

 

「それもそうだね」

 

立ち止まった先にあった扉に手をかけ、ゆっくりとそれを開く。

 

どちらにせよこれからステラと会うのだ。彼女がこのメンバーを呼び出した理由もすぐにわかるはず。

 

 

「おはようございます姐さん」

 

部屋の中に入って最初に見えた人影に向けて反射的に挨拶を送る。

 

「おはよう。揃ってるみたいね」

 

そこにいたのはやはり七星ステラ————春馬やタイガにとっての姉貴分であり、同好会ではマネージャーも務めている少女。

 

いつもと同じ、落ち着きのある大人びた雰囲気をまとっている彼女に覚えた違和感。

 

ぼんやりと視線を滑らせていると、すぐにその原因がわかった。

 

「あれっ?ステラ先輩、どうしてメガネなんか着けてるんですか?」

 

浮かんできた疑問を一足先に尋ねてくれたのはかすみだった。

 

そう。ホワイトボードの前に佇んでいたステラの顔に、普段は見られない赤いフレームのメガネがかけてあったのだ。

 

「あ、本当だ」

 

「イメチェンですか?すっごく似合ってます!」

 

「ありがとう」

 

「でもどうして?」

 

「深い意味はないわ、伊達だし。気持ちを切り替えるためにちょっとね」

 

「気持ち……?」

 

ふと視線を下へ落としてみると、ステラの手には何やら教鞭のような棒切れが握られている。

 

いつもと一風変わった装いに首を傾けていた春馬達に向けて、彼女は小さく胸を張った後ホワイトボードにペンを走らせ始めた。

 

 

「————あなた達にはこれから、わたしとヒカリの特別授業を受けてもらうわ」

 

「第1回」と書かれたボードをぽかんとした顔で見つめる3人。

 

 

「春馬」

 

「はい?」

 

「何でもいいからウルトラマンについて知っていることを話してみて」

 

いまいちピンときていない様子で立っていた春馬を指しながら、ステラは唐突にそんな言葉を投げかけた。

 

「えーっと……光の国からやってきた宇宙人で……俺にとっての憧れの存在……」

 

「ま、そんなところよね」

 

「どういうことです?」

 

ぽつりぽつりと呟いていく春馬から目を外しつつ、ステラはその瞳を鋭利なものへと変える。

 

「あなたはまだまだ彼らについて十分な理解を得られていない」

 

「いや、まあ……そう言われてみればそうかも……」

 

「私もニュースとかで見たことのある情報以外は知らないな」

 

「私もです」

 

「とりあえず座りましょうか」

 

揃って微妙な反応をする3人をテーブルの席へつかせた後、咳払いをしつつステラは再び口を開いた。

 

「トレギアは未だ底の知れない相手。これから先の戦いは……きっとあなた達にとっても今まで以上に厳しいものになってくるはず。タイガ達への理解を深めて、よりコンビネーションを高めるためにも……春馬には知っておいて欲しいことがあるわ」

 

『そこで俺達が講師となり、君へ色々とレクチャーしようというわけだ』

 

そう言ってステラの髪の隙間から現れたのは……タイガ達と同じく霊体となったウルトラマンヒカリ。

 

「な……なるほど!それはありがたいです!」

 

「あのー……それで、どうして私達まで呼ばれてるんですか?」

 

ワクワクと瞳を輝かせる春馬の隣で怪訝な表情を浮かべるかすみ。

 

そんな彼女にステラはかけていたメガネの位置を直しながらさらりと返答した。

 

「できるだけ人数揃えた方がそれっぽくなるでしょ」

 

「いやそれっぽくって……」

 

「でもなんだか面白そう。私はちょっと聞いてみたいかも」

 

「そうだよかすみちゃん!一緒に受けようよ、姐さん達の授業!」

 

「まあ、先輩方がそう言うなら…………」

 

そう口にしながらかすみが周囲の圧に押し負けるように椅子へ座り直す。

 

3人の意識が自分に向いていることを確認した後、ステラは何かを悩むように腕を組んだ。

 

「……で、何から話しましょうか」

 

『考えてなかったのかよ』

 

素早い指摘がタイガから発せられる。こうも間髪入れずにツッコめる彼は何だかんだ彼女との相性はいいのかもしれない。

 

「はいはいはい!俺はステラ姐さん達のことをもっと知りたいです!」

 

「確かに。ウルトラマンだってことは聞きましたけど……それ以外の事情はかすみん達も全然知らないですし」

 

『そこそこ付き合いは長いけど、そういや俺もお前について知ってることって限られてるな』

 

『私もだ。そもそもあまり接点がなかったわけだしな』

 

『右に同じだ』

 

「それじゃあ趣旨が違ってくるでしょ。今日は初回だし……もっと基礎的なことがいいわ」

 

「えー……」

 

『ははは。俺達についてはまたの機会にな』

 

「そうね。そのうち話すわよ」

 

がっくりと肩を落とした春馬を尻目にステラが悩ましげな顔を上げる。

 

「やっぱり最初は……世界そのものについて話した方がいいかもね」

 

「世界そのもの……?」

 

「じゃあ……歩夢。“多次元宇宙論”って言葉は聞いたことある?」

 

首を傾げながら疑問を呟いた歩夢へそのまま問いが投げられる。

 

彼女は数秒考え込んだ後、困ったような笑顔を浮かべながら言った。

 

「ない……かな」

 

「俺もないです」

 

「私は結構前にせつ菜先輩が話してるのを聞いたことがあるかもです」

 

「SF作品とかに触れてる人にとっては馴染み深いワードかもしれないわね。“パラレルワールド”って言葉くらいは聞いたことがあるんじゃないかしら?」

 

「あっ、それならあります。詳しくは知りませんが」

 

『パラレルワールド————つまり並行世界とは、次元によってそれぞれ複数の宇宙が存在すると考える理論だな。私達のいるこの世界も、無数にある世界の中の一つでしかないというわけだ』

 

『さすがにタイタスは把握しているな』

 

ステラと目配せしつつ、彼女がホワイトボードに描いていく惑星らしきイラストに沿ってヒカリが解説を添える。

 

『それを踏まえながら、まずはこの地球における我々ウルトラマンとの繋がりを振り返っていこうと思う。準備はいいか?』

 

「はーい!」

 

「ほんとノリノリですね春馬先輩」

 

「ハルくん、こういうの好きそうだもんね……」

 

 

◉◉◉

 

 

ヒカリ『さて、まず最初に聞いておきたいのだが……君達はこの地球に初めて訪れたウルトラマンの名前を知っているか?』

 

かすみ「初めて……ですか」

 

歩夢「タイガさん達以外で印象に残ってるのはやっぱり、5年前の……」

 

春馬「ウルトラマンメビウスさんですね!タイガの兄弟子の!」

 

ステラ「違うわよ」

 

春馬「あれっ!?」

 

タイガ『まあ……お前らからしたら間違えてもしょうがないかもな』

 

フーマ『あー、どっかで聞いたことあるぜ。確かベリ……なんとかって奴だよな?』

 

ヒカリ『その通り。()()()()において一番初めに地球へやってきたのは……ウルトラマンべリアル。俺達にとっては因縁浅からぬ戦士だ』

 

ステラ「彼はメビウスが来るさらに数年前にとある任務で地球へ来訪してるわ。ま、長居はしていなかったようだけれど」

 

春馬「べリアル……さん。それは初耳でした」

 

かすみ「どうしてその後は来なくなっちゃったんですか?」

 

ステラ「来られなくなったのよ。彼は侵略者の親玉……“エンペラ星人”に敗れ、洗脳される形で奴の配下になっていたから」

 

春馬「エンペラ星人……」

 

歩夢「それって5年前……街に出現した真っ黒な宇宙人?」

 

ヒカリ『そうだ。奴は自身の故郷が滅んだ後、宇宙を彷徨っているうちに絶大な闇の力を手にした災厄の化身。俺達ウルトラマンとは対となる存在と言っていい』

 

春馬「今でもハッキリと思い出せます。すごく強そうな奴でした……!」

 

かすみ「でも結局は倒されたんですよね?えーっと、メビウスっていうウルトラマンさんに」

 

ステラ「ええ、当時“光の欠片”を発現させていた地球人達の力が合わさって“究極の光”が誕生。正気に戻ったベリアルの加勢もあって、無事エンペラ星人の脅威は退けられた」

 

春馬「それは燃える展開ですね……!!」

 

歩夢「ハルくん、なんだかせつ菜ちゃんみたい……」

 

かすみ「そんな春馬先輩も好きですけどね。……って、ん?“光の欠片”ってなんですか?」

 

ステラ「それはまたの機会に」

 

春馬「あ、ちょっといいですか?」

 

ステラ「うん?」

 

春馬「以前タイガからも少し話は聞いてましたけど、メビウスさんってどんな人なんですか?それと、彼にも俺みたいに……一緒に戦った地球人がいたと聞きましたけど」

 

ステラ「ちょうどこれから話すつもりだったわ。……少し長くなりそうだから、後者に関しては次回に持ち越すとしましょう」

 

 

 

ヒカリ『メビウスは宇宙警備隊のルーキーとして活躍していたウルトラマンだ。訓練生時代はタイガの父親であるタロウが教官を担当していて、戦闘スタイルは2人と似ている部分もあるかもしれないな。……と、これくらいはタイガでも知ってることだろう』

 

タイガ『まあ、そうですね』

 

タイタス『彼については私達にも話してくれたことがあったな』

 

フーマ『めちゃくちゃ天然なんだって?』

 

タイガ『それでいてお人好しが過ぎる人でもあった。よく俺に個人稽古つけてくれたし』

 

歩夢「天然で……」

 

かすみ「お人好しですか……」

 

春馬「……?なんで俺を見るの?」

 

ステラ「まあ、優秀な戦士ではあったわよ。一体化してた人間との相性も良好だったみたいだし」

 

ヒカリ『特筆すべき点は何と言ってもそのひたむきさだろう。努力家であり誠実。時間さえあればどこまでも伸びるタイプだな』

 

春馬「タイガと一緒だね」

 

タイタス『ん?』

 

フーマ『え?』

 

タイガ『お前ら後で覚えとけよ』

 

ステラ「はいはい静かに。——メビウスがこの地球にやってきたのは今からだいたい5年前。静岡にある沼津っていう土地で最初に確認されたわ。春馬と歩夢は一度足を運んだことがあるんだったかしら?」

 

春馬「はい、そこで“フォトンアース”の力を授かったんです。……なぜかはよくわかりませんけど」

 

ヒカリ『彼は仲間の地球人と共にその街で絆を育み成長した。……メビウスとあの少年少女達が出逢うことは、まさに運命だったと言えるかもしれない』

 

ステラ「そうね。……わたしとヒカリもその場所にいた。彼らと同じ教室で過ごして、一緒の日々を送るなかで…………わたし達も大きく成長することができたの」

 

かすみ「じゃあステラ先輩は……地球に来るのは初めてってわけじゃないんですね」

 

ステラ「ええ」

 

歩夢「同じ教室でってことは……ステラさんもあの学校に通ってたんだね」

 

春馬「……ん、あれ?姐さんって今おいくつなんですか?」

 

ステラ「……ふふっ、考え方にもよるわね」

 

フーマ『濁したな』

 

タイガ『ああ、濁した』

 

タイタス『こらこら、失礼だぞ女性に対して』

 

 

ステラ「————今日のところはこれぐらいにしておきましょうか。じゃ、また次の授業で」

 

かすみ「続くんですね、これ……」

 

春馬「あの、それで姐さんのご年齢って」

 

歩夢「ハルくん、一旦静かにしよ……?」

 

 

 




こんな感じでメビライブから引き継いでいる世界観や設定を振り返っていこうと思います。
ちなみにいつまで続くかはまだ決まってません()


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第2回 どういう関係?


来週のゼット予告でおったまげてる作者です。
ヘビクラさん……ミスリードじゃなかったのか……。

そしてタイガ劇場版がやっと……!


「きりーつ!礼!」

 

春馬の発した号令と共に隣に座っていた歩夢とかすみも立ち上がり、彼とタイミングを合わせながら腰を曲げる。

 

着席した3人の視線の先に立っているのは…………赤いメガネをかけ教鞭を手にした教師然とした雰囲気のステラだ。

 

『今日も全員揃っているな』

 

ステラの隣でふわふわと漂っている蒼い霊体————ウルトラマンヒカリが出席簿らしきものを眺めながらそう口にする。本当に授業を受けているかのようだ。

 

「まだ2回目なのにすごく自然な形で始まりましたね」

 

「前回でもうすっかりこの空気に慣れちゃったかも……」

 

互いに顔を見合わせながら苦笑いする歩夢とかすみを横目に、春馬は相変わらず瞳を輝かせながら元気よく挙手をした。

 

「それで姐さん、今日はどんなことを教えてくれるんですか?」

 

「そうね、まずは前回話せなかった部分を片付けましょうか」

 

『それって……メビウスと一体化していた地球人の話か?』

 

「ええ」

 

タイガの質問に応答しつつ、ステラは背後にあったホワイトボードへ「第2回」と記していく。

 

 

以前も少しだけ聞いたことがある。

 

ウルトラマンメビウスと共にエンペラ星人と戦い、地球を救った英雄。

 

春馬にとっても目標のような人物である、彼の名前は——————

 

 

「じゃあ簡単に話していきましょうか。……“未来”について」

 

 

◉◉◉

 

 

春馬「未来さん…………俺達にとっては、メビウスさんと一緒に地球を救ってくれた恩人の1人ですね」

 

ステラ「ふふ、恩人ね…………本人が聞いたらどんな反応するかしら」

 

ヒカリ『どうだろうな』

 

ステラ「あいつのことだし調子に乗って先輩風吹かしまくるに決まってるわ。……いや、案外まじめな奴だし恐縮するかも?」

 

かすみ「ちょっとちょっと、1人で盛り上がらないでくださいよ」

 

ステラ「ああごめんなさい、ついね」

 

歩夢「ステラさんはその、未来さんって人ともお知り合いなんだね」

 

ヒカリ『知り合いという言葉で片付けるのは少々寂しいかもしれないな』

 

春馬「え?」

 

ステラ「やめてよ、人聞きの悪い」

 

かすみ「え〜〜〜〜?なんですかその反応〜!詳しく教えてください〜!」

 

ステラ「別になにもないわよ。少なくともあなたが期待しているようなことはね」

 

春馬「かすみちゃん、どういうこと?」

 

かすみ「ニブチンさんは黙っててください」

 

春馬「ええっ!?」

 

歩夢「ぷふっ」

 

ステラ「話を戻しましょうか」

 

ヒカリ『——俺達が彼らと出会ったのも同じく5年前。とある怪獣を追って地球へやってきた俺達は、まずあの2人と衝突することになってしまったんだ』

 

春馬「えっ!?衝突って……戦ったんですか!?」

 

かすみ「ウルトラマン同士でですか?」

 

ステラ「説明する前にわたし達のことも少しだけ話す必要があるわね。…………以前、“ボガール”っていう怪獣達がいた」

 

フーマ『ボガール……?』

 

タイタス『自分達の空腹を満たすために星から星へ移っては命を喰らい続けるような、貪欲な生命体だな』

 

ステラ「そう。……そして奴らの標的になった星々の中に、わたしの故郷やヒカリの大切な人達が住む惑星もあったの」

 

春馬「…………それって」

 

ステラ「互いに大切なものを奪われたヒカリとわたしは協力して、奴らを根絶やしにすることを強く誓った」

 

ヒカリ『自暴自棄になりながらボガールを追っていた俺達は、地球に住む人々を顧みないやり方で奴を倒そうとしたんだ。地球防衛のために滞在していたメビウス達からすれば、止めようと思うのは当然のことだ』

 

ステラ「でも未来がそんなわたし達を立ち直らせてくれた。……復讐だけじゃない、誰かを守る生き方に導いてくれたのよ」

 

タイガ『そんなことがあったのか……』

 

歩夢「壮絶すぎて言葉が出ないよ……」

 

かすみ「うぅ……ステラ先輩のこと苦手とか言っちゃってすみませんでした……」

 

春馬「俺も……姐さん達の過去を知らずに、前はひどいことを言ってしまってすみませんでした……」

 

かすみ「え?なんの話です?」

 

春馬「あっ、ううん。こっちのことだから」

 

 

ステラ「あいつがいなかったら……今でもわたし達は復讐に囚われていたのかも。————とまあ今の話からわかる通り、未来もメビウスと同じで真っ直ぐでお人好しな奴なわけよ。あと熱血バカ」

 

歩夢「……ふふっ」

 

ステラ「……?どうかした?」

 

歩夢「ああ、ごめんね。未来さんのことを話してる時のステラさん……なんだかとっても嬉しそうだから」

 

ステラ「なによそれ……」

 

かすみ「あっ!赤くなってます!ステラ先輩が赤くなってます!耳まで赤くなってますよ!」

 

フーマ『おっとぉ〜?』

 

ステラ「だからそういうのじゃないって言ってるでしょ。……いや、別に嫌ってるわけじゃないわよ?むしろその逆だけど……それはあくまで仲間としてのアレなわけで……その…………。————とにかく違うから」

 

春馬「……?どういうことです?」

 

タイガ『お口チャックだ春馬』

 

ヒカリ『ははは。それはさておき惹かれる部分があることは事実だ。メビウスが一体化する相手に未来を選んだことは……まさに英断と言えるだろう』

 

春馬「……すごい人だったんですね」

 

ステラ「別にすごくはないわよ。あいつは人より少し立ち直りやすいってだけで、他は何の変哲もない一般ヒューマン。弱音だって吐くし、強大な敵を前にして挫けそうになったことだってあるわ」

 

ヒカリ『けれども最後には必ず立ち上がることができる人間だった。彼とメビウスが結んだ絆の力はあらゆる脅威を葬り…………ついにはあのエンペラ星人をも倒すに至ったくらいだ』

 

ステラ「ま、それは彼らだけの力じゃないけどね」

 

 

◉◉◉

 

 

歩夢も言っていた通り……“未来”のことを話すステラの表情は、いつもより柔らかく見えた。

 

(素直じゃないから口には出さないんだろうけど…………ステラ姐さん、きっと未来さんのことを大切に思ってたんだろうな)

 

共に戦った仲間であるのなら当然か。

 

彼女やヒカリの話を聞けば聞くほど、未来という人間の人物像が頭の中で組み上げられていく。それはフォトンアースの力を手にした場所————あの校舎で感じた印象と何ら変わりないものだった。

 

どこにでもいる1人の少年。今でこそ一部では英雄と称されている彼だが、その人となりは年相応のものだったに違いない。

 

……会いたい。会って話してみたい。

 

5年前、地球人の身でありながら侵略者達と戦った彼がその時感じていたものを…………彼自身の口から聞きたい。

 

 

「あの、姐さん」

 

「どうしたの?」

 

「未来さんは……今どこで何をしてるんですか?」

 

何気ない春馬の質問を耳にしたステラの肩がぴくりと揺れる。

 

彼女は冷静な顔を崩さないまま、視線だけを逸らして返答した。

 

「さあね。最後に別れてからは連絡も取り合ってないし。……ま、どうせどこかでバカやってるわよ、元気に」

 

ため息交じりにそう口にしたステラがメガネを外し、握っていた教鞭をテーブルに放り投げる。

 

「少し休憩を挟みましょうか。わたしは少し外の空気を吸ってくるから、あなた達も楽にしてて」

 

不自然な笑顔でそう言い残した彼女が部室の扉を開け、去っていく。

 

ぽかんとした表情でその後ろ姿を眺めていた春馬達は、互いに顔を見合わせては怪訝そうに首を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ」

 

そよ風が通り過ぎていく屋上。

 

ステラは柵に体重を預けながら、心の底にあるものが昇ってきたようなため息をついた。

 

「……ほんと、バカなんだから」

 

腕の中に顔を埋めると瞼の裏に浮き上がってくる少年の顔。

 

いつか見たものと変わらない無邪気な笑顔で彼は「大丈夫だ」と言ってくる。

 

……こっちの気持ちなんか知りもしないで。

 

 

 

 

 

 

「————嘘はよくないよ、ステラちゃん」

 

「へっ?」

 

不意に真横からかかった声に思わず間の抜けた声が漏れる。

 

いつの間にか音もなく佇んでいた黒髪の青年。

 

似合わないジャケットに身を包んだ彼に細めた目を向けながら、ステラは低い声で言った。

 

「なんでいるのよ」

 

「いやなに、たまたま通りかかったものだから少し様子を見てみようかなと思って覗いたら…………なんだか面白そうなことやってたから、声かけちゃった。ふふ、メガネ似合ってたよ」

 

「茶化しに来たんなら速攻で回れ右して帰りなさい。お呼びじゃないから」

 

「……ねえ、そろそろ機嫌を直してくれないかな?君が良く思ってないことは十分わかってるよ。……けど、これは彼の意思なんだ」

 

そっけない態度をとるステラに対して苦笑しながらそう言った青年に、彼女は一層鋭い目つきを突きつける。

 

「わかってるわよ。……でも……あいつがまた危険な目に合う必要は…………」

 

「仮にボクが止めていたとしよう。……それで彼が諦めると思うかい?ボクは思わないね。彼を制御しようなんて……エンペラ星人だって無理だったんだ」

 

「………………」

 

「大丈夫だよ、彼は1人じゃない。ボクがいるし、新しい仲間だってそばにいる」

 

青年の言葉を受けながら、ステラは悔しげに唇を噛む。

 

 

先ほど春馬から聞かれたことに対して返した答えは…………半分だけ嘘だ。()()()()()()()()()()ぐらいは把握している。

 

けれどそれは、ステラにとって望むものではなかった。

 

 

「わたしは……あいつがまた笑顔で生きることができるなら……それでよかった。あの時助けてもらった分、今度はわたしがあいつの居場所を守りたかったのに。……本当にそれだけなのに」

 

「彼が聞いたら怒るだろうね。彼はもう……自分達の平和は自分達で掴み取るものだと心に決めてしまってるから」

 

「……ほんと頑固。5年も経つのに」

 

「あははっ」

 

ひらひらと手を振りながら青年は踵を返し、不貞腐れているステラに背を向けたまま言った。

 

「じゃ、またね」

 

「いやもう来ないでよ」

 

「いやいや来ますよ。————あ、そうだ」

 

柵を飛び越えようとしていた足を止め、青年は振り返りつつおもむろに口を開く。

 

 

「ボクはいいと思うよ、制服。ここでは22歳かもしれないけど…………ステラちゃんは永遠のJKだかr」

 

「余計なお世話よッッ!!!!」

 

「さらばァ!!」

 

ロケットスタートと共にナイトブレードによる斬撃を放とうと振りかぶったステラからいち早く逃げるようにして青年が屋上から飛び降りる。

 

遠ざかっていく彼を視線で追い、ステラは真っ赤に染まった顔のまま憎たらしい影を睨んだ。

 

「ぐぅ……あいつ、なんて捨て台詞を……!!」

 

『相変わらず仲が良くて何よりだ』

 

「よくない!!」

 

不機嫌な面持ちのまま振り返り、大股で階段のある出口へと向かう。

 

ムカムカとした様子の表情とは裏腹に、ステラの胸の内はどこかさっぱりとしていた。

 

 




割とガッツリ登場するノワなんとかさん。
ステラの実年齢問題はまだ少し議論が必要ですね()

さて、次回は何を解説しましょうか…………。


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第3回 お休みも大切


原作キャラが一度も登場しないという今まで危惧していた回がついにやってきてしまいました。


「ふぅぅううう〜…………」

 

張られていた湯船の中に身体を浸した直後、体積分のお湯が滝のように外へ溢れ出していく。

 

あたたかい湯気が充満している浴室で、春馬は大きく全身を伸ばした。

 

「朝に入るお風呂もいいもんだね」

 

『そうは言われても……俺達の故郷には無い文化だからな』

 

『私はなかなか好きだぞ。春馬の身体を通して伝わるこの感覚……悪い気はしない』

 

『俺もだ。風情があるっていうのか?こういうの』

 

傍らにあるお湯の満たされた桶に浸かっている3人の霊体を見下ろし、春馬は小さく笑う。

 

普段の小さなマスコットのように過ごしているタイガ達は本当に可愛らしい。こうして眺めているだけで楽しい気持ちになる。

 

 

「それにしてもどうしたんだろうね、姐さんとヒカリさん。今日の授業はお休みだなんて……」

 

昨日届いたメッセージのことを思い出し、春馬は心配そうに眉を下げた。

 

ウルトラマン同士でやり取りを行う際に使用する“ウルトラサイン”なるものが、昨夜眠りにつこうとしていた春馬のもとに送られてきたのだ。

 

ステラ達からのもので、「急用で学校に行けないから明日の授業は無し」という内容だった。

 

「俺、楽しみにしてたんだけどな……」

 

『あの2人はよく色々な任務を引き受けてるからな。光の国にいた時も結構忙しそうにしてたぜ』

 

『まあ、タイガと春馬の監視を任されているうちはそう長くここを離れることはないだろう』

 

残念そうに湯船に顔を沈めていく春馬をなだめるようにタイガとタイタスがそんな言葉をかけてくる。

 

春馬にとってステラ達は身近でウルトラマンとしての立場を理解し合える唯一の拠り所。そんな彼女達から貴重な話が聞ける機会として、あの“特別授業”はとても有意義なものだったのだが…………まあ多忙故ということなら仕方がない。

 

 

「……そういえば、前々から気になってたことがあるんだけど」

 

『ん?』

 

「エンペラ星人って、どうして地球を襲おうと思ったんだろう?」

 

天井を見つめながら春馬が何気ない疑問をこぼす。

 

侵略者の親玉————という話は以前にも聞いたことがあるが、そもそもの動機についてはさっぱりだ。

 

よく耳にする宇宙人達のように……侵略行為そのものが目的という雰囲気でもない。奴に関してはまた深い理由が別に存在する気がしてならなかった。

 

『それくらいならお前らでも説明できるんじゃねえか?』

 

『え?』

 

『む?』

 

桶の中で足を伸ばしながらくつろいでいる様子のフーマが他の2人に向けて言う。

 

『俺もその辺の歴史に詳しいわけじゃねえからな。春馬と一緒に教えてくれよ、ウルトラマンの宿敵だっつー皇帝さんについて』

 

『まあ……俺らにとっては常識レベルだからな』

 

『ふむ……ちょうど今日はヒカリ達の授業もないわけだ。我々が教鞭をとるのもいいかもしれないな』

 

「じゃあ今日は2人が先生だね!」

 

『ご教授願うぜ、タイガ先生!タイタス先生!』

 

 

◉◉◉

 

 

タイガ『エンペラ星人との因縁を教える前に……まずは俺達ウルトラマンの成り立ちから話した方がいいかもしれないな』

 

春馬「ウルトラマンの成り立ち……?」

 

タイタス『我々は初めからこのような力を生まれ持っていたわけではない。むしろ君達のような、地球人に近い種族だったのだ』

 

春馬「えっ!?そうだったの!?」

 

フーマ『まあ……そこは俺も一緒だな』

 

タイガ『ああ。俺とタイタスとフーマはそれぞれ力の原点は違うけど…………元を辿ればみんな似たようなものだ』

 

タイタス『春馬にとってはタイガの故郷である光の国を例に説明した方が、馴染み深くてわかりやすいかもしれないな』

 

春馬「光の国の住人達も……昔は俺達みたいな見た目だったってこと?」

 

タイガ『その通りだ。……事の発端は遥か太古。ウルトラの星を照らしていた太陽が爆発して、惑星丸ごと暗黒に包まれてしまったことがあってな』

 

春馬「すごいスケールの話をさらっと言ったね」

 

タイガ『当然そのままじゃいけないって話になって、光の国の科学者達は知恵を絞って“太陽の代わりになるアイテム”を開発したんだ』

 

フーマ『太陽の代わり?そんなもの作れるのか?』

 

タイタス『彼らの技術力ならば可能だろう。もちろん想定外なこともあったみたいだがな』

 

タイガ『ああ、結果的にそれが今の俺達に繋がってるわけだけど……』

 

春馬「どういうこと?」

 

タイガ『人口太陽だよ。光の国の科学者は……太陽が無くても環境を保つための装置——“プラズマスパーク”を完成させたんだ』

 

フーマ『はぁ〜……。そこでなんとかしちゃうのがすげえよな』

 

春馬「ほんと、すっごいや……」

 

タイタス『だがある時起こった事件を境に、ウルトラの星は2度目の転機を迎える』

 

春馬「まだ何かあるの?」

 

タイガ『ああ。プラズマスパークが出来たのはいいんだが……その後すぐに発生した事故で、中に含まれていた強力な放射線が何人かの研究員の身体に直撃してしまったんだよ』

 

春馬「ええっ!?……それで、どうなったの!?」

 

タイガ『それが不思議なことに害はありませんでしたとさ』

 

フーマ『なに?惑星一つを照らせる装置の放射線を浴びて無事だったのか?』

 

タイタス『それどころか、その光線を浴びた者達は巨大化能力といった極めて強力な力を扱うことができるようになってしまったのだ』

 

春馬「それってつまり……」

 

タイガ『ああ、そうして誕生したのが……“ウルトラマン”だ』

 

春馬「……なるほど。——君達の成り立ちっていうのはわかったけど、それがどうしてエンペラ星人と関係があるの?」

 

タイガ『()()()()なんだよ。エンペラ星人はかつて……自分達の惑星を照らしていた太陽の消失で故郷を失っているんだ』

 

春馬「えっ」

 

タイタス『ウルトラマン達と異なるのはその後の道筋だな。母星を失い、宇宙空間を彷徨うなかで奴は…………徐々に光に対する憎しみを募らせていった』

 

タイガ『やがて驚異的な闇の力を身につけたエンペラ星人は、自分とは真逆の方法で太陽の消失から生き延びた光の国に狙いを定めて侵攻してきたんだ』

 

フーマ『ひっでぇ!完全な八つ当たりじゃねえか!』

 

タイタス『ウルトラマン達は辛くもエンペラ星人を撃退することに成功したが…………それで全てが終わったわけではない。戦いの舞台は地球へと移り、あとは春馬も知る歴史の通りだ』

 

 

◉◉◉

 

 

「………………」

 

火照った顔を上げ、春馬は再び浴室の天井を見つめる。

 

何気なく尋ねた疑問であったが……その答えは、思っていたよりもずっと心に残るものだった。

 

『それで……エンペラ星人が地球を襲った理由だっけ?まあ、実際のところは本人に聞くでもしない限りわからないけど————』

 

ぼんやりと一点を見つめながらタイガの言わんとしていることに耳を傾ける。

 

 

『——まあ、たぶん……羨ましかったんじゃないか?……太陽があることが』

 

 

そう口にした彼を一瞥した後、春馬はおもむろに湯船に両手を浸すと無造作にお湯をすくい上げた。

 

わずかに反射して見える自分の顔と向き合いながら、春馬はふとこぼす。

 

「知らなかったな」

 

どこかもの悲しげに呟いた彼の様子を見て、トライスクワッドの面々は揃って怪訝そうに首を傾けた。

 

『おいおい、まさか同情してんのか?さすがにそりゃお人好しが過ぎるぜ春馬』

 

「ああ、ううん。そんなんじゃないんだ」

 

フーマの指摘に反射的に首を横に振りつつ、春馬は徐々に手のひらから零れ落ちていく湯に視線を注いではゆっくりと口を開く。

 

「どんな理由があれ、一方的に敵意を突きつけることはダメだと思うよ。だからこそエンペラ星人は……その報いを受けることになったわけだし。…………でもね、なんだか安心するんだ」

 

『安心?』

 

「うん」

 

そう笑顔で返答した春馬の意図が読めない姿に、タイガ達は困惑する他なかった。

 

やがて空になった手のひらを再び湯船へ沈めた後、彼はもう一度言葉を吐露する。

 

「星を滅ぼしたい、光が憎い…………全部理不尽だけど、そんな強い気持ちを持つきっかけになった出来事が奴にはあったんだ。……同情ってわけじゃないけど、そこに確かな理由があったって知ることができて……。理解することができてよかった」

 

『それは……どうしてだ?』

 

「うーん……上手くは言えないけど」

 

タイタスに問いかけられ、腕を組んだ春馬が考え込むように唸る。

 

「“わからないこと”って、自然と恐怖が付きまとうと思うんだ。……5年前、エンペラ星人がどうして急に現れてウルトラマン達と戦ったのか。今までぼんやりとしか認識してなかったから怖かったけど…………奴の行動原理を知って、そんな朧げな恐怖が和らいだ」

 

世界を闇で包みこもうとした大皇帝にも自身の信念、そして感じる心がある。そう理解した途端、不思議と胸の中にあった漠然とした拒否感が消えていく気がした。

 

「たとえそれが敵だとしても、俺はできる限り理解者でいたいんだ。……相手が何を考えて自分達と対立しているのか、それがわかっているのといないのとじゃ、きっと見えるものも違ってくると思うから」

 

『…………なんというか……底知れないな、お前』

 

そう言って肩をすくめるタイガに微笑みながら、春馬はもうここにはいない1人の少年に思いを馳せる。

 

 

“彼”から受け取ったこの感受性は…………きっと誰かを理解するためにあるものなんだ。

 

他人を理解することができなかった彼の想いを受け継ぎ、彼が歩めなかった道を自分は進みたい。

 

“理解すること”そのものに……光も闇も、正義も悪も、関係ないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イデデデデデデデデデ!?!?」

 

「————素直に吐いたらどうかしら?」

 

男の苦悶に満ちた声と冷たい少女の問いかけが廃墟の中で響き渡る。

 

薄暗い周囲の空間にも気を失った宇宙人が何人も倒れており、一目でこのわずかな時間で起きた何かしらの騒動を想像させる。

 

「このまま牢獄にぶち込んでもいいけど、最後に少しくらいは役に立ってよね」

 

「しっ……知らねえ!俺達はほんとに何も知らねえよ!ただ依頼された内容に従ってただけだ!これまで攫った地球人がどこにいるなんてのも、俺達はこれっぽっちも聞かされて————!!」

 

「チッ」

 

「うっ……!?」

 

関節技で拘束していた腕を解き、少女は素早く男の首元に手刀をお見舞いしては彼を気絶させる。

 

「なかなか本体が見えてこないわね」

 

『トレギア達とはまた別のようだな。おそらくはヴィラン・ギルド絡みだろうが』

 

「まったく、堂々と誘拐なんか計画しちゃって……」

 

『できるだけ早く組織を解体する必要がある。……でないと、いずれ彼女達にも被害が…………』

 

「わかってる」

 

地面に落ちていたキャスケットの埃を振り払い、顔を隠すように深くそれを被り直す。

 

少女————ステラは気を失っている異星人達を縄で縛りつけた後、落ち着いた調子で言った。

 

 

「それで……いつまでそこで突っ立ってるつもり?」

 

「……っ……!?」

 

物陰に向けて放たれた言葉に反応するように漏れる短い悲鳴。

 

数秒後、恐る恐る現れた人物の服装を見て…………ステラは驚くように目を丸くさせた。

 

 

「あっ……あの!ステラさんにヒカリさんですよね!?……わ、私、カレンという者で————」

 

「知ってるわよ。あいつらの仲間でしょ」

 

オレンジ色のジャケットに身を包んだ少女。

 

カレンと名乗った彼女は少し緊張気味に返事をした後、辺りに倒れ伏している犯罪者達に小さなため息をつく。

 

「先を越されてしまいましたね」

 

「あなた達もこの件を追ってるわけ?」

 

「はい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて…………明らかに普通じゃありませんから」

 

一変して引き締まった表情を見せたカレンに対して感心するように頷いた後、ステラはふと瞼を閉じた。

 

ついこの間、胡散臭い青年から聞かされたことを思い出す。「彼は1人じゃない」という言葉は……確かにその通りのようだった。

 

(……どんどん先へ行くのね、あなたは)

 

 

 

 

 

 

「————それでですね、もしあなた方に会うようなことがあればと、リーダーから伝言を預かっているんです……って、あれ?」

 

一瞬離していた目を前へと引き戻した直後、驚愕するようにカレンは固まった。

 

先ほどまでそこにいたはずのステラの姿は跡形もなく消えており、その場には彼女に拘束され気を失っている宇宙人達だけが残されている。

 

「…………不思議な人達」

 

ぽかんとした顔のまま立ち尽くすカレン。

 

まだ物新しさの残るジャケットの肩部には————翼を模したマークが刻まれていた。

 

 




……と、今回はあまりオリジナル要素のない話でしたね。
解説だけでは間がもたないことが前回でわかったので、後半は2章へと繋がる要素を小出しにするスタイル。

といっても意外と説明する必要のある設定が少ないので、次回辺りで間章は終わるかもです()


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第4回 地球もウルトラマンの星

ゼットライザーが楽しくてどんどん新しいメダルが欲しくなる……。

それはさておき間章ラストです。
最後なのに少し短めです。


「今日で授業は終わりよ」

 

「えっ!?」

 

午前中のスクールアイドル同好会部室。

 

生徒役である春馬達が揃ったことを確認するや否や、ステラは開口一番に衝撃的な言葉を口にした。

 

「もうですか!?」

 

「早すぎません!?」

 

あまりに突然な事態を目の当たりにして春馬だけでなくかすみまでもツッコミ交じりの疑問を言い放つ。

 

戸惑う2人を至って冷静な調子で静めたステラは無造作に頭を掻くと困り顔で返した。

 

「こう言うのもなんだけど、それどころじゃなくなったのよ。本当なら30回はやりたかったんだけど」

 

「いや、それは多すぎません?」

 

「それどころじゃないって……何があったの?」

 

「……まあ、ちょっとね」

 

質問を投げかけてきた歩夢から目を逸らしつつ、ステラは悩ましげに眉をひそめる。

 

様子からして彼女とヒカリが何か面倒な出来事の渦中にいるのだと察することはできたが、その詳細は明かしてはくれないようだった。

 

『ともかく今回は最後の授業。内容もできる限り君達に把握しておいて欲しいことだけをピックアップした』

 

「把握しておいて欲しい……ですか」

 

「地球人にとって大事な情報よ。……といっても、春馬は少し前に簡単な説明をわたしから受けてるけれど」

 

「へ?」

 

ホワイトボードにペンを走らせ「最終回」と記すステラの背中に、間の抜けた春馬の声がかかった。

 

 

「最後に話すのは、この地球にとっての希望————“究極の光”について」

 

 

◉◉◉

 

 

春馬「あっ!はいはい!俺わかりますよ!第1回の授業でも少しだけ出てきましたね!」

 

ステラ「じゃあ復習がてら答えてみて」

 

春馬「はい!“究極の光”とは過去にエンペラ星人を倒した、全部で10種類ある“光の欠片”が揃うことで誕生する現象のことで……あ、それで“光の欠片”っていうのは————」

 

ステラ「ストップ、ストップ」

 

春馬「え?」

 

ステラ「全部説明しちゃったらわたしが教えることがなくなるじゃない」

 

春馬「あぅ……すみません……」

 

歩夢「あくまで授業をしたいんだね、ステラさん……」

 

かすみ「優等生すぎて困られるというのもなかなかありませんよ」

 

ステラ「こほん。……ま、ともかく春馬の答えは正解よ。5年前に現れたエンペラ星人を倒すために、メビウスと未来達が起こした現象……それが“究極の光”」

 

フーマ『現象現象って言ってるけど、そりゃ具体的にはどんなものなんだ?』

 

ヒカリ『いい質問だな。正直言って俺達にも原理はよくわかっていない』

 

フーマ『……まあ何となくそうだろうなとは思ってたけど』

 

かすみ「いいんですかそれで……」

 

ステラ「しょうがないわ。究極の光は明確な姿形を持って現れるわけじゃない。必ず何かを介してこの世界に顕現する概念的なものだから……“現象”と表現するしかないのよ」

 

タイタス『依り代が必要ということだな』

 

春馬「なるほど。5年前にその役割を果たしたのが、メビウスさんや未来さん……Aqoursの皆さんだったというわけですね」

 

ステラ「まあ、彼女たち以前にも究極の光を生み出した地球人達がいたみたいだけど…………本当かどうかわからないし、その辺りは割愛するわ」

 

歩夢「それで……“光の欠片”ってなんなの?」

 

ヒカリ『君達の中に眠っているエネルギー体だ。地球人ならば誰もが発現する可能性を秘めているが……その実、引き出せる者はごく僅かな人間のみ』

 

タイガ『けど少なくとも歩夢、お前は一度それを発動させてるみたいだぞ』

 

歩夢「ええっ!?」

 

かすみ「歩夢先輩がですか!?」

 

春馬「ちょっ……!?それ言っちゃって大丈夫なの!?」

 

タイガ『今更だろ。お前は歩夢達を戦いに巻き込みたくないと思ってるんだろうけど…………正体を知られた時点で手遅れだ』

 

タイタス『確かにな。むしろ彼女達にも知識を身につけてもらったほうがいいかもしれない』

 

春馬「それも……そうかな……?」

 

歩夢「私にそんなすごい力が……」

 

ステラ「欠片は条件さえ揃えば1人の地球人に複数宿ることもあるらしいわ。……逆に考えると、地球人以外の存在にはどうあっても発現する可能性はないってことね」

 

春馬「………………地球人以外、か」

 

かすみ「……?どうかしたんですか、春馬先輩?」

 

春馬「ううん何も。————それにしても、不思議ですね」

 

ステラ「うん?」

 

春馬「ウルトラマンと地球人、出自から築き上げてきた文化まで何もかも違うのに…………どうしてこのふたつの種族が交わることで、エンペラ星人を倒せるくらいのエネルギーが生み出せたんでしょう?」

 

ステラ「……さあね。でもたぶん、そんなに難しいことでもないかもしれないわ」

 

ヒカリ『ああ、そうだな』

 

かすみ「えっ、どういうことです?」

 

ステラ「5年前、究極の光が誕生した時…………わたしはすぐ近くでその光景を見ていた。……あの輝きを生み出したみんなの想いは完全に一つだったわ」

 

ヒカリ『俺やメビウスのようなウルトラマン、そしてこの星に生きる地球人達————皆が同じ結末を望んだからこそ起きた、まさに種族を超えた奇跡だったんだろう』

 

タイガ『……奇跡か。その時誕生した究極の光は、ウルトラマンと地球人の意志の力が集まってできた……特別強力なものだったのかもしれないな』

 

 

◉◉◉

 

 

「星を守りたいって気持ちに、ウルトラマンも地球人も関係ない。……わたしには、そう訴えているようにも見えたわ」

 

伊達メガネの向こう側に見えたステラの瞳は、どこか遠くを見ているかのようだった。

 

静かな部屋に反響する彼女の声を聞きながら春馬は思考を巡らせる。

 

 

ウルトラの一族でも、地球人でもない彼女でさえ皆と同じ気持ちを抱いていたのだ。……守りたいものに自身の生まれは何ら関係ない。

 

それぞれやりたいと願ったものが一致しただけ。

 

1人のちっぽけな想いでは無謀なことだったのかもしれないけれど…………それでも、束ねることができればどんな強敵にだって負けることはない。

 

光の国の伝説であるはずの“究極の光”に、地球人の持つ力が大きく関わっているのは————この2種族間における繋がりがいかに強固なものであるかを表しているかのようだ。

 

 

「こうして話を聞いていると……なかなか興味深く思えますね」

 

「私も結構聞き入っちゃった」

 

「今日で最後なのが残念です。当初の予定では他にどんなことを話すつもりだったんですか?」

 

そう何気なく尋ねてきた春馬と視線を合わせ、ステラは指を折りながら小さく語り出す。

 

「ええっと……ウルトラマンにおけるレッド族、シルバー族、ブルー族のそれぞれの特徴でしょ。あと宇宙警備隊と、それ以外の集団の解説……それにU-40やO-50について。それから————」

 

「やっぱり多いですって」

 

「うぅ、どうしよう……すっごく気になる…………」

 

『春馬は俺達といつも一緒にいるんだし別にいいだろ』

 

『では今夜にでも知り得る限りの話を聞かせようか?』

 

「えっ!いいの!?」

 

「……っと、ひとまずこの辺で休憩を挟みましょうか」

 

和気藹々とした雰囲気でやり取りを交わす春馬達を尻目にステラがふと呟く。

 

「あ、じゃあ少しお手洗いに行ってきます」

 

一斉に身体を伸ばす歩夢とかすみの横で席を立つと、春馬は早足で部屋の出口へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『地球はもう一つの故郷』

 

廊下を歩き進んでいた途中、不意にタイガがそんなことを口にする。

 

「ん?」

 

『そうメビウスが言ってたのを思い出してな』

 

彼の言葉を聞いて、春馬は自分の心が少しずつ熱くなっていくのがわかった。

 

ウルトラマンメビウス————5年前、彼がどうして命を懸けてでもこの地球を守ろうとしたのか。その理由が改めて理解できた気がした。

 

戦う手段のない人々を侵略者の魔の手から守るためというのはもちろんだが…………彼にとってはきっと、それ以上にこの星を守り抜きたいと思えるようなワケがあったんだ。

 

『もう一つの故郷か……。なんかいいな、そういうの』

 

「みんなもそう思う?」

 

『え?』

 

無邪気な微笑みをこぼしながら、春馬は体内に入る3人に向けて何気ない調子でそう問いかける。

 

タイガは一瞬迷うように黙り込んだ後、どこか照れくさそうに咳払いをしながら言った。

 

『いや……まぁ……そうかもしれないな』

 

「本当?」

 

『そうだな……確かにこの星は居心地がとても良く感じる。何年も前からここで過ごしてきたかのようだ』

 

『なんとなくわかるぜ旦那。なんというかこの星は…………特別ってわけじゃないけど、でもやっぱり何か他の星とは違うんだよな』

 

「そう言われるとなんか嬉しい!」

 

考えてみると不思議な関係性かもしれない。

 

ウルトラマンと地球人……生物としての能力一つをとってみても、その間にある差は天と地の開きがある。

 

地球人がウルトラマンに対してしてあげられることはとても限られていて…………けれど、それでも彼らは迷うことなく地球を守ろうとしてくれる。人の可能性を信じてくれる。

 

彼らはきっと、遥か先の未来を見ているんだ。……いつか地球人が、自分達と肩を並べて戦える日を。

 

どれだけ時間がかかってもいい。地球人が、自分達の手でこの星を守れるようになる時がやってくるのを…………彼らは真摯に願っている。

 

 

 

(いつの日か……応えられる時がくるといいな)

 

そう心の中でこぼしながら、春馬はぼんやりと地面を見つめる。

 

やがて目の前に見えた角を曲がろうとしたその時、

 

「……!」

 

同時に現れた人影と、軽い衝突をしてしまった。

 

ぶつかった際の弾みによって相手が手にしていたプリントの束が辺りに散乱してしまう。

 

「わっ、わっ!す、すみません!」

 

春馬はすぐさま膝を折ると、周囲の床に散らばったそれらを慌てた様子でかき集め始めた。

 

「いえ、こちらも注意不足でした」

 

そう言ってしゃがみ込み、彼と同じようにプリントを回収しようとしたのは…………1人の女子生徒。

 

テキパキとした挙動に、鋭い目つき。黄色いリボンを身につけていることから、かすみと同じ1年生であることがわかるが…………雰囲気は彼女のそれとは全く違う。

 

「本当にごめんね。怪我とかなかった?」

 

「問題ありません」

 

「よかった。それじゃあね」

 

自分より歳上であると言われても信じてしまいそうなほどに落ち着いた態度を見せる彼女に拾い上げたプリント束を手渡した後、春馬は何気なくその場を立ち去ろうとする。

 

「あなた……確かスクールアイドル同好会の方でしたよね」

 

少女の真横を通り過ぎようとした直前に投げかけられる唐突な問い。

 

それを耳にして反射的に立ち止まった春馬は、怪訝そうに首を傾けながら小さく返答した。

 

「そうだけど……。……あっ、もしかして入部希望者?大歓迎だよ!」

 

「いいえ、そんなつもりはありません。……引き止めてしまってすみませんでした。失礼します」

 

そっけない調子でそう返してきた彼女は、依然として変化のない表情のまま廊下の奥へと去っていった。

 

 

『なんだ今の?』

 

「綺麗な子だったね。和風の衣装とかすごく似合いそう」

 

『そういう話じゃねえだろ』

 

相変わらずペースを崩さない春馬に呆れるタイガ達。

 

気を取り直して手洗い場への移動を始めた彼らの頭からは、先ほどすれ違った少女のことはすぐに抜け落ちていた。

 

しかしそれも仕方がない。

 

 

 

この先……彼女の手によって同好会の存続が危ぶまれる事態に陥るなど————知る由もないのだから。

 

 




最後に登場したのは……八重歯が可愛いあの人ですね。ギリギリまで出すかどうか迷っていたのですが、結局絡ませることに決めました。

次回からはついに第2章に突入。
1章以上の驚きと感動をお届けできるよう頑張ります!

是非とも完結までお付き合いください。


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第2章 そして僕らがここにいる
第50話 新たな幕が上がる



ギャラクシーライジングかっこいいよ……。
ゼットさん毎回ウルトラ面白いし全然先が読めませんね。

それはさておき第2章開幕です。


誰にも触れられたくはない中身を覆い隠していた外装が剥がれ落ちていく音が聞こえる。

 

この短い間の中で、感じていた疑念はもはや誤魔化しようのないものになっていた。

 

頭の中で響き続け、いつまでも消えてくれない声も…………いつの間にか鬱陶しくは思わなくなった。

 

自分には果たすべき使命があったはずなのに、そんなことはもうどうでもよく感じてしまっている。

 

 

これも全てあの瞬間からだ。

 

ウルトラマン達に敗北してから、自分の心はぐちゃぐちゃに掻き乱されてわけがわからなくなってしまっている。

 

あの少年が————追風春馬が焼いてきたお節介のせいで。彼のせいで胸の中にぽっかりと出来た空洞は塞がらないままだ。

 

 

「………………」

 

ぼやけた視界を凝らし、覚束ない足取りのままじめじめとした暗がりを進む。

 

……このままでは終われない。せめて彼らに()()()()()()()()()()

 

人の心に土足で踏み入れ、強引に引っ張り上げたからには————導いてくれないと割に合わない。

 

 

「私の……したい…………こと」

 

弱り切った身体を引きずりながら消えそうな声で呟く。

 

真っ暗だったはずの自分の未来に…………一筋の光が差し込んだ気がした。

 

 

◉◉◉

 

 

「ん」

 

意識が覚醒し、瞼を開けた先に見えた天井をしばらく見つめる。

 

びっくりするほど気持ち良く目覚めた。いつもなら多少残る眠気も今はまるっきり感じない。

 

『あ、起きたか。おはよう』

 

『今日もいい朝だぞ春馬』

 

『おはようさん』

 

「おはようみんな!」

 

凄まじいくらいの快眠を終え、テーブルの上にいた3人の宇宙人達に軽い挨拶を送りながら春馬はクローゼットへ駆け寄ると、寝間着から中にしまっていた制服へと早着替えを始める。

 

まだ夏休みではあるが今日も朝から同好会の練習は組まれている。

 

みんなを支える立場として、常に余裕を持った行動を心がけ——るのはもちろんだが、実はこうして急いでいるのには別の理由があった。

 

『おいおい、発表までまだ時間はあるんだろ?』

 

「そうだけどいても立ってもいられなくて!」

 

ネクタイを締め、七分まで袖を捲り上げた後カバンを持ってリビングへと早足で向かう。

 

期待と不安がせめぎ合うなか、春馬はうっすらとした笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつにも増して調子が良さそうね」

 

朝食の場、思いがけず投げかけられた母からの言葉に手が止まる。

 

いつものように柔らかな微笑みを見せながらこちらに視線を合わせてくる彼女の振る舞いは、やはり以前と何も変わらない。

 

今の春馬が……本当の“春馬”ではないと知っていながらも、追風小春は彼を息子として見てくれる。1人の家族として接してくれている。

 

あれから時間が経ちかなり落ち着いてはきたが、未だ拭いきれない罪悪感が春馬の中で残滓し続けていた。

 

「うん。……みんなのおかげだよ」

 

けれど、だからといっていつまでも受け入れないというわけにもいかない。

 

この先の将来、少なくとも自分が納得のいく答えが見つかるまでは…………春馬として生きるんだ。

 

“彼”から受け取った命の意味を探すために。……そして、自分のなりたい自分になるために。

 

「歩夢ちゃんとは上手くやってるの?」

 

「……そうだと思いたい。あまりにも突拍子のないことで、俺も歩夢も困惑したけど…………彼女は、この先も見守ってくれるって……そう言ってくれたんだ」

 

固い決意の込もった春馬の言葉を聞き、小春は安心するように目を瞑る。

 

「そっか。————これからどんな道に進んでも、私はあなたを応援するからね」

 

「……うん!」

 

母からの励ましにそう返しつつ、元気よくカバンを手に取り玄関へと駆ける。

 

「行ってきます!」

 

当たり前のようにそう口にできる幸せを噛み締めながら、春馬は勢いよく開けた扉をくぐり外へと飛び出した。

 

 

 

「「あ」」

 

真横から聞こえた音にふと意識を移す。

 

ほとんど同時に家を出てきた少女————上原歩夢と目が合った後、春馬はにこやかな様子で彼女に言った。

 

「歩夢おはよう」

 

「うん、おはよう。なんだかいつもより……元気そう?」

 

「単に落ち着かないだけだよ。歩夢はよく冷静でいられるね。普通は俺より緊張する立場じゃない?」

 

普段のそれよりざわついている心を読まれたのか、怪訝そうに首を傾けた歩夢に対して何気なく返答する。

 

「あはは、これでも結構そわそわしてるんだよ。してるんだけど…………みんなはともかく、なんか私は通る気がしなくて」

 

「まあ……さすがに今回は無責任に大丈夫とは言えないけど……。……でも、絶対ダメだなんてことはないと思うんだ」

 

不安げに俯いた彼女を安心させるようにそう口にする春馬。

 

同好会の練習を行うなかでも……歩夢は常に何かに悩んでいる様子を見せていた。それはきっと、自分のスクールアイドルとしての在り方に関することだ。

 

良くも悪くも個性が強く出るソロという活動において、自分は他の部員達よりも見劣りしているのではないかという疑念を歩夢は覚えている。

 

確かにその真価が本番に至るまでの積み重ねの中に多く含まれていることを考えると、彼女をよく知らない者達から見たら無数に存在するアイドル達の中では特別目立った才は感じられないかもしれない。

 

……でも、そうだとしてもだ。

 

「まずは自分を信じてみようよ。……じゃなきゃ、これまで頑張ってきた歩夢自身がかわいそうだ」

 

そう言った春馬を見て、面を食らったように歩夢は瞳を丸くさせる。

 

数秒後、何かを飲み込むように彼女は頷いた。

 

「そうだよね。やれるだけのことはやったんだもん…………きっと大丈夫だよね」

 

互いに笑顔を浮かべ、ゆっくりとその場から歩き出す。

 

以前とは違う関係性のなかでも、共に進んできた道のりは変わらないと…………そう誰かに示しているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

駅を過ぎ、いつもの通学路を通って校舎が見えてきたその時、ちょうど入り口の一歩手前辺りで人だかりが出来ていることに気がつく。

 

夏休み中だというのにその数はやけに多く、加えて少し騒々しい雰囲気だった。

 

「なんだろうあれ?」

 

「何かあったのかな?」

 

春馬と歩夢は揃って目を細めながら、少しずつ生徒達が固まっている場所へと歩みを進めた。

 

やがてすぐそばまで近づいた時、集団の中に見覚えのある後ろ姿が混ざっていることに気がつく。

 

春馬はその人物の隣へ歩み寄ると、恐る恐るひっそりとした声をかけた。

 

「おはようかすみちゃん」

 

「うひゃあっ!?は、春馬先輩!?おはようございます!」

 

「これ、いったい何があったの?」

 

「あ、歩夢先輩も!おはようございます!」

 

「おはよう」

 

不意に現れた2人に慌てふためく様子を見せながらも、すぐに落ち着きを取り戻したかすみが小さく咳払いをする。

 

人だかりで隠れているスペースを見ようと必死に背伸びをしながら、彼女は震え気味の言葉を春馬に返した。

 

「それが……敷地内におかしな子供が入ってきちゃったらしくて……しず子が色々と話を聞こうとしてるんですけど、きちんと会話してくれないといいますか……。たぶん迷子か何かかと思うんですけど……っ……うう、見えない……」

 

「子供?——ちょっとすみません」

 

「あっ、ハルくん」

 

かすみが口にしたことが妙に胸に引っかかった春馬は、思わず人混みを掻き分けながら奥へと進もうとする。

 

直後、その先に佇んでいた人影を見て————彼は驚愕するように固まった。

 

 

「ね、ねえ……とりあえずお名前だけでも教えてくれるかな?……ダメ?じゃあ連絡先とかは?」

 

「………………」

 

「それがわからないとお家の人も呼べないんだけどな〜……」

 

「…………必要……ない。そんなことより……早くどいて……建物の中に……入らせて」

 

「ああっ!ちょっと待って!」

 

 

開いた口が塞がらなかった。

 

そこにいたのはスクールアイドル同好会のメンバーである桜坂しずくと…………彼女に引き止められている、銀髪の少女。

 

顔半分を覆う特徴的な前髪に、歯切れの悪いしゃべり方。

 

忘れもしない。以前トレギアと共に怪獣騒ぎを起こし————自分やタイガ達とぶつかり合った、

 

 

「フォルテちゃん?」

 

不意に名前を呼ばれ、反射的に振り返った少女は春馬の姿を見るや否や真っ暗な瞳を大きく見開く。

 

「あ、春馬先輩!…………って、え?知り合い……なんですか?」

 

少女と目線を合わせるように膝を折っていたしずくが困惑した様子で尋ねてきた。

 

当の少女は何も言わないまま彼女のもとから離れると…………立ち止まっていた春馬のそばまで静かにやって来る。

 

周囲に集まっていた生徒達も知り合いらしき人物(春馬)が現れたことでホッとしたのか、徐々に興味を無くしたようにその場から去って行った。

 

「ど、どうしたの……?こんなところで」

 

しずくやかすみ、歩夢が見守るなかで春馬はすぐ近くまで歩いてきた少女の前でしゃがみ、視線を合わせながら首を傾げる。

 

「……にん」

 

「へ?」

 

少女————フォルテは彼の顔を真正面で捉えると、怒りのような感情を含んだ声で言った。

 

 

 

「…………責任、とって」

 

「…………………………はい?」

 

ぷつり、と糸が切れたようにフォルテの身体が前へと倒れる。

 

気を失った彼女の身体を受け止めながら、春馬は言葉の意味を飲み込むことができずにただ視線を泳がせることしかできなかった。

 

「せ、責任……?」

 

「えっと……先輩……?これってどういう……」

 

フォルテが言い残したことを耳にし、傍らに立っていたしずくとかすみの顔が一瞬で真っ青になっていく。

 

「こんな小さな子に何したんですかああああああああああああ!?!?!?」

 

「何もして——ないわけじゃないけど……!でも違うよ!?」

 

「先輩、さすがにそれはちょっと……」

 

「違うからね!?」

 

唯一事情を把握している歩夢も、よくわからないこの状況には苦笑する他なかった。

 

 

◉◉◉

 

 

「へぇ〜……海外の親戚ねえ……ハルハルの」

 

保健室のベッドに横たわるフォルテを横で見下ろしながら不思議そうな表情で愛が言う。

 

「そう……なんだよね。両親の仕事の都合で……少しの間ウチで預かることになってたんだ」

 

歩夢とアイコンタクトをとりながら、一部を除いてその場に集ったスクールアイドル同好会の面々へと簡単な説明を行った。

 

…………とりあえずは適当設定をでっち上げてやり過ごすことにしよう。

 

「すっごく綺麗な髪……。ねえねえ、どこ出身の子なの?」

 

「し、出身ですか?えーっと……確か北欧の……どっかです」

 

「曖昧ね……」

 

「実は今までそんなに交流のなかったお家なんですよね〜!あははっ!」

 

かつてないほどに回転する思考回路を駆使しながらその場しのぎの設定をエマと果林に伝える。もう半分ヤケクソだ。

 

「まあ、ともかく……先生によれば少し休めば目が覚めるみたいだし、俺達は練習に集中しようよ」

 

「そ、そうだね!みんな行こう!」

 

「おおっ!今日は一段とやる気に満ちてますね、歩夢さん!」

 

「……ん、あれ?そういえば何人かいないような……」

 

ふと周りを見渡して覚えた違和感から春馬が呟く。

 

現在この保健室にいるのは歩夢にかすみ、しずく、愛、せつ菜、果林、そしてエマ。…………璃奈と彼方、ステラの姿が見当たらない。

 

そう疑問に思っていた矢先、「ああ」と振り返った愛と果林が言った。

 

「りなりーなら少し遅れるってさ。寝坊しちゃったみたい」

 

「ステラは大事な用があるから今日は来れないって……」

 

「あ、そうなんだ」

 

「彼方ちゃんならそっちのベッドで寝てるね」

 

「え?」

 

エマが示した方を注視すると、そこにあったのは…………ベッドの上で丸く膨らんでいる布団。

 

いつの間に潜り込んだのか、そこからはみ出ているゆるふわ茶髪は間違いなく彼方のものだった。

 

「俺が起こしておくから、みんなは先に練習始めてて」

 

「あはは……よろしくお願いしますね」

 

ぞろぞろと保健室から退出していく皆を見送った後、春馬は自らの腰に手を当てながら一息つく。

 

視線を横にズラせば……どこか現実味のない光景。

 

静かな寝息を立てているフォルテを見て、春馬は心配そうに眉をひそめた。

 

「……あの戦いの後、ずっと1人でいたのかな」

 

『さあな。……ま、少なくとも前みたいな敵意はないみたいだぞ?』

 

「大丈夫かな……」

 

初めてトライストリウムの力を使って戦い、フォルテを撃破したあの後————彼女は忽然と姿を消してしまっていた。

 

あの後彼女はどこで何をしていたのか。この様子から察するに……トレギアのところには戻っていないようだが……。

 

 

「……ん、あれ!?もうこんな時間!?——彼方さん起きてください!彼方さん!」

 

ふと視界の端に入った時計の存在に気づいた直後、春馬は急に焦った調子で横で眠っていた彼方を揺さぶり始めた。

 

「うぅ〜ん……大丈夫、起きてる……起きてるから……」

 

「寝てますよね!?……って、それどころじゃなくて!時間なんです!発表の!」

 

「発表〜?」

 

大きな欠伸をしながら老猫のようにのっそりと上体を起こした彼方がぼんやりとした眼差しを向けてくる。

 

「いいから早くみんなのところに行きましょう!」

 

「おっとっと……。どうしてそんなに慌ててるの〜?」

 

手を引きながら急かしてくる春馬に対し眠たげな瞳のまま彼方が問いかける。

 

「どうしてって……彼方さん、忘れたんですか!?」

 

相変わらず呑気な様子の彼女を見て、春馬は保健室であることも忘れて声を張った。

 

 

「今日は予備予選の結果発表の日ですよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「み、みんな!!結果は……!?」

 

マイ枕を抱えた彼方を連れながら、春馬は練習スタジオに勢いよく飛び込む。

 

集まっていた歩夢達も既に自身のスマートフォンを手に取り、ラブライブのサイトへアクセスしているようだった。

 

張り詰めた空気がスタジオ内に充満している。

 

 

「——や……やった!やりました!ありましたよ!!」

 

息が詰まりそうになった直後、一番最初にその場で飛び跳ねたのは————同好会屈指の実力を持つ優木せつ菜だった。

 

「せ、せつ菜さん!?名前あったの!?」

 

「はいっ!!」

 

「あっ……わたしもあった!」

 

「エマさんも!?」

 

「アタシもあった!……あっ、りなりーのもある!」

 

「わ、私も!」

 

「私もです!信じられない……」

 

「私もあったわ。なんだか実感湧かないわね……」

 

「お、彼方ちゃんのも」

 

「おおおおっ!?ほ、本当に!?嘘じゃないよね!?」

 

立て続けに伝えられる吉報に自然と足踏みをしてしまう。

 

信じられない。夢と言われればすんなり受け入れてしまいそうだ。

 

あれだけ不安がっていた歩夢も、今は安心感から少しだけ涙ぐんでいるのがわかる。

 

いける。通用するんだ。みんなのライブが…………表現が。

 

「すごい……本当にすごいよ、みんな!」

 

 

ここから始まるんだ。スクールアイドル同好会の躍進が………………!!

 

 

「ようし!そうと決まれば次は予選!みんな、気を引き締めて————!!」

 

「ありません」

 

「え?」

 

背後から飛んできた声に反応し、反射的に振り返る。

 

漠然とした不安が背筋を駆け上ってくるのがわかる。

 

「かすみちゃん?」

 

そこに見えたのは————スマホの画面を見つめたまま凍りついたように立っている中須かすみの姿。

 

普段も白かった肌からはさらに血の気が引いており、顔色は真っ青でひどく気分が悪そうだった。

 

伝染するように春馬の額にも冷や汗がにじんでくる。

 

 

かすみはゆっくりと顔を上げると、彼女にとって最も受け入れ難い事実を————震える声で口にした。

 

 

 

 

 

 

 

「私の名前………………ありませんでした」

 

 

 




はい、まさかの展開からスタートしました。
間章第4回で意味ありげに例の子を出しましたが、彼女の出番は中盤辺りからの予定です()

手始めに次回以降の数話はかすみん回となります。
同好会の中で唯一予備予選を通過できなかった彼女を待つのは果たして……?


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第51話 それでも少女は夢を見る:前編


無敵級PV、手に入れて速攻視聴しました。
これから僕のことは物書きをする死体とお呼びください。


「——————」

 

「た……ただいま」

 

時刻は正午を少し過ぎた頃。スクールアイドル同好会の練習を終え、春馬は小さな客人と共に自宅へ帰った。

 

「…………」

 

彼の隣に立っているのは————じっと視線を下に向けたまま凍ったような表情を浮かべている銀髪の少女。

 

玄関の扉を開けた先で春馬を出迎えようとした小春は、唐突に家へやってきた少女の姿を見るや否や石像と化したかのように硬直する。

 

「えーっと……この子、フォルテちゃんっていうんだけど……ワケあって帰るところがなくなっちゃったみたいで。しばらくの間ウチに住まわせてあげたいんだけど……ダメかな?」

 

固まったまま動かずにいる母に恐る恐る上目遣いを送りながら尋ねる。

 

その場を満たす静寂に身体を強張らせつつ、春馬はしばらく母の返答を待った。

 

 

「………………か」

 

やがて微動だにしていなかった母の手が震えながらゆっくりと掲げられる。

 

「……か!」

 

彼女はすり足で前へと進みながら、春馬の横に佇んでいた少女へと近寄り————

 

 

「かわいい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

 

勢いよく抱きつくと同時に、躊躇うことなく頬ずりを始めた。

 

「ひぃ〜!?全身やわらかいわ〜!この髪なに!?外国の子!?お人形さんみたい〜!!」

 

「………………」

 

ここに来るまでの間ピクリとも動かなかったフォルテの表情が心底鬱陶しく思っていそうなものへと変わる。

 

「お名前なんて言ったっけ?」

 

「フォルテちゃん」

 

「あらぁ、お名前まで可愛らしい」

 

「……っていうか!ダメだよ急にくっついたりしたら!びっくりしてるじゃない!」

 

「え〜……」

 

眉間にシワが寄せられた顔で助けを求めるように視線を注いでくる彼女を見て、春馬は慌てて小春を引き剥がす。相変わらず自制の利かない人だ。

 

「それでウチで預かってもいいか、だっけ?大歓迎よ!そうと決まればお昼ご飯一人分追加しなきゃね!」

 

「え?……ち、ちょっと待ってよ!」

 

「どうかした?」

 

さも当たり前であるかのようにさらりと許可を下ろした母に困惑する春馬。

 

「どこで知り合ったのかとか……どうしてウチに……とか、気になることはないの?」

 

「全然」

 

きっぱりと言い張った彼女に思わず言葉が出なくなった。

 

いや、確かに詳しい話を尋ねられないのは非常に助かるのだが…………あまりにも関心がなさすぎるというのも逆に不安になってくる。

 

「まあ……なんとなく察しはつくけどね」

 

そう言い残して廊下の奥へと去って行く小春の背中を呆けた表情で見送った後、ふと横を見やる。

 

初めて出会った時と変わらない、蝋人形のように固定された表情の女の子が……何かを探るようにこちらを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひとまず好きなところに座ってよ」

 

「…………」

 

昼食後。ベタベタとまとわり付こうとする小春を振り切って、フォルテを自室へと招いた。

 

初めて訪れる場所に戸惑っているのか、先ほどから彼女の視線はキョロキョロと辺りを観察するように動きっぱなしだ。

 

「ご飯美味しかったね。お昼にハンバーグ食べたの久しぶりだなぁ」

 

「……本来、私達に……食事は必要ない。感覚機能としての……味覚も……あくまで……擬態している地球人の……肉体構造を……模倣しているだけで…………」

 

「君も美味しそうに食べてたよね」

 

「………………」

 

図星をつかれて癪に障ったのか、フォルテの眉が不快げに揺れる。

 

吹き出してしまいそうになるのを堪えながら、春馬は気を取り直してテーブルの向かい側に座っている彼女と向き合った。

 

「……それで、まずは俺を訪ねてきた理由を聞かせてくれるかな」

 

気を引き締めて春馬が発した問いかけが静まり返った部屋に響く。

 

今のフォルテからは以前のような敵意は感じられない。戦うために自分のもとへやって来たわけではないはずだ。

 

「……あれから……考えた」

 

真剣な眼差しを注いでくる春馬に対し、フォルテは俯きながら細々とした語りを紡いだ。

 

「……私は……与えられた使命を……遂行するためだけに……生きていた。でも……あなたに敗れてから……別の感情が……思考の邪魔を……してくるようになって……もう、わけがわからなくなって」

 

正座していた膝の上に置かれていた小さな手に力が入り、黒いスカートがくしゃりと歪む。

 

「あなたは……スクールアイドルが……好きな女の子だと……私に言ったけれど……きっと、それだけじゃ……説明しきれないものが……私の中に……渦巻いている。……私自身……理解しきれていない……心の叫びがある」

 

フォルテの表情がどんどん苦しげなものへと変化していく。

 

彼女は顔を上げると心の底から懇願するような瞳で春馬を見つめ、絞り出すような声を発した。

 

「あなたに……教えて、欲しい。……私は…………これから……どうすればいいの」

 

縋るような視線を向けてくる少女の苦悩が自分にも流れ込んでくるようで、春馬もまた胸を痛めるように眉をひそめる。

 

「そう……だよね。君にとっては初めてのことばかりなんだもんね。戸惑うのも仕方ないよ。……無理やり引き込むようなことを言って、ごめん」

 

小さく頭を下げた後、すぐにフォルテを正面に捉え直しながら春馬は続けた。

 

「でも俺は……君に自由になって欲しかったんだ。スクールアイドルを見つめる君の目は、とても輝いていたから。…………君はきっと、まだ勇気を出し切れていないんだ」

 

「勇気……?」

 

「自分の心に従う強さだよ。……本当はもうわかってるはずだ。これから先、自分はどんな生き方をしたいのか」

 

春馬の言葉を聞き、フォルテは何かを押し殺すように唇を噛んだ。

 

きっと彼女の中では既に結論が出ている。言葉にできないのは……それを認めるのが怖いと感じているせいだ。

 

彼女も——フォルテも過去の自分と同じなんだ。与えられた使命と自分の意思…………どちらを優先すべきかという疑問から始まり、本当に後者を選ぶことが正解なのかという迷いを拭えないでいる。

 

「それがハッキリと自覚できるようになるまで、俺と一緒にみんなを見守ってくれないかな」

 

「……みんな?」

 

「スクールアイドル同好会のみんなだよ。彼女達を見ていれば、いずれ答えは出ると思う」

 

目の前で殻を破ろうとしている少女を導いてあげたい。そう思ったのは、自分の()()故だろうか。

 

ダークキラーとして生まれた順番を考えると…………自分は彼女の兄という扱いになる。そのせいか、なんだか放っておけない気持ちになるんだ。

 

「トレギアのところに戻るつもりはないんでしょ?……さっきはつい勝手に口走っちゃったけど、君の意思もちゃんと聞いておきたい。——しばらくの間、ここに居てくれないかな?」

 

「…………別に……1人でも……生きてはいける」

 

「俺が一緒にいて欲しいんだよ。ほら、一人っ子って寂しいからさ。フォルテちゃんがいるなら妹ができたみたいで嬉しいし、それに…………母さんも喜ぶと思うから」

 

「…………」

 

深く考え込むようにフォルテの口が固く閉じられる。

 

泳いでいた視線を前へと戻し、彼女はゆっくりと口を開くと空気に溶けていくような小さな声を発した。

 

「……条件がある」

 

「うん?」

 

先ほど会話を交わしていた時よりも遥かに聞き取りにくい、か細い呟き。

 

わずかに頬を桃色に染めながら、フォルテはいつものように途切れ途切れの言葉を口にした。

 

 

「……さっきの……あれ…………ハンバーグ……また……食べたい」

 

 

「お安い御用だよ!次は俺が作るから!今夜にでも!」

 

心底嬉しそうな顔で春馬が返答する。

 

しかし目の前の少女に対して向けている彼の笑顔の裏には、全く別の事柄に関しての不安が隠れていた。

 

 

数時間前のことを思い出す。

 

ここにはいない少女が見せた、喪失感と絶望に満ちた表情。

 

「————じゃあ夕飯の時間まで一緒にライブ観賞でもしようか。フォルテちゃん、前のイベントで気になる人とかいなかった?」

 

そう少女に語りかけている間も、春馬の胸の中はモヤモヤとした感情で一杯だった。

 

 

ロクな言葉をかけてあげられなかったことが何よりも悔やまれる。

 

……今頃()()は、どうしているのだろう。

 

 

◉◉◉

 

 

電気の消えた薄暗い部屋の中でベッドに倒れ込む。

 

何も考えないようにしていたはずなのに、気がつけば視線は机の上に設置されている鏡の方を向いていた。

 

 

鏡の中に見えるのはとっても可愛らしい女の子。世界で……いや、宇宙で1番愛されるべき少女のアンニュイでミステリアスな顔だ。

 

笑顔の方が似合うのに、どうして彼女はそんな表情を浮かべているのだろう。まあ、どんな時でも可愛いのだから大した問題にはならないが。

 

 

………………いや、どうなのだろう。この女の子は本当に可愛いのだろうか。もしかしたらそうじゃないのかもしれない。

 

確かめなければ。いつものように……誰よりも可愛いことを確認しなければ。

 

 

 

「鏡よ鏡よ鏡さん。この世で1番かわいいのは……だ〜れ…………————」

 

徐々に小さくなっていった問いかけに対する返答は聞こえない。いつもならすぐに返ってくるはずなのに、その答えは後から湧いてくる巨大な不安に押しつぶされるように消えてしまう。

 

しばらくの間放心するように立ち尽くした後————中須かすみは鏡に映る自らの容貌に隅々まで視線を這わせた。

 

 

自分は誰よりも可愛いはずだ。だってそうなるように頑張ってきたから。

 

中須かすみは可愛い。そんなのは当たり前。……当たり前なのに、

 

 

「どうして…………ダメだったのかな……」

 

他の同好会メンバーはみんな予備予選を突破していた。……落選したのは自分だけだ。

 

頭からつま先までの身だしなみにも、振る舞いにも、普段のダンス練習だって手を抜くことなく全力を尽くしてきたというのに…………自分だけがみんなよりも遅れた場所にいる。

 

本当に自分が誰よりも可愛いのなら…………予備予選も、その先の予選も、本選も勝ち抜いて、日本一のスクールアイドルとして君臨するはずなのに。スタートから躓いてしまっている。

 

 

もしかしたら………………もしかしたら、だ。

 

 

 

「————かすみん、本当は………………かわいくないのかな」

 

 

直後、ベッドに放置していたスマートフォンから流れた着信音に思わずビクリと肩を揺らす。

 

表示されている名前は…………“しず子”。同級生である桜坂しずくからの電話だった。

 

 

「もしもし」

 

震える指先で画面を操作し、できるだけ何気ない態度を装いながら通話に応答する。

 

『もしもし、しずくです。……かすみさん、今少し時間いいかな?』

 

スマホ越しに聞こえる同級生の声は、いつもより遠く感じた。

 

「大丈夫だけど……どうしたの?——あ、そういえば……さっきは用があって急いで帰っちゃったから言えなかったけど、予備予選通過おめでとう!」

 

『そのことなんだけど…………私、かすみさんに謝りたくて』

 

「え?」

 

『あの時……その……無神経に喜んじゃってごめんなさい』

 

「またそれ?別に気にしてないってさっきも言ったじゃん。それに、しず子が喜ぶのは当然のことでしょ?りな子や先輩達も……」

 

『で、でも……!私、じっとしていられなくて……!』

 

「だーかーら、私なら大丈夫だって。今回がダメでも、また来年頑張ればいいんだし。……あ、そろそろご飯だから切るね」

 

『あっ、ちょっと待ってかすみさん————!』

 

引き留めようとするしずくの声から目を背け、半ば強引に通話を終了させる。

 

再び部屋を満たす静寂。ひどく静かな自室に充満する寂れた空気は、この場に立っている自分を一層惨めにしているようにも思えた。

 

 

「……変な意地張って、情けないな…………私」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『————迷える子羊の気配を感じるな』

 

自分以外は誰もいないはずの部屋に反響する男性の声。

 

「えっ」

 

かすみは反射的に振り返ると、それが聞こえた方向へ怯えるような眼差しを向けた。

 

そこにあるのは先ほどまで自分が見つめていた鏡。恐る恐る覗き込んでみると……それは黒いペンキで塗りつぶされたかのように、ただ闇色の景色だけを映し出している。

 

「なに、これ……?」

 

『怖がる必要はない』

 

「わあっ!?」

 

再び聞こえた声と共に飛び出してきたのは————真っ黒な影をまとった腕だった。

 

鏡の中で蠢いている闇と、そこに浮かぶ赤い双眸。悪魔を連想させるその存在は、驚愕から尻もちをついていたかすみを見下ろすとひっそりとした言葉を浴びせた。

 

「う、宇宙人……!?」

 

『お悩み相談サービスさ』

 

「お悩み相談……?」

 

『君は今……理想と現実の差に苦悩しているね。さぞかし悔しい思いをしてるだろう』

 

「…………」

 

その存在が口にすることは全て当たっていた。

 

これまでずっと原動力になっていた、自分に対する自信も…………今は持てないでいる。

 

思い描いていた未来はこんなんじゃなかった。みんなと一緒に切磋琢磨して、いずれはいろいろな人達に自分の可愛さを認めてもらうはずだったのに……。

 

目指していた舞台では、自分の求めるものは通用しなかったのだ。

 

 

『認められたいか?自分の存在を…………あらゆる人々に知らしめたいか?』

 

「そんなの……当たり前です」

 

『了解した。私にいい考えがあるんだ』

 

「……え?」

 

『なに、簡単なことさ』

 

鏡の中から伸びた腕が目の前までやってくる。

 

青黒い存在はかすみの額に人差し指を添えながら、彼女の怯える表情に向けて呪文のように囁いた。

 

『今までの自分を捨てればいい』

 

「す、捨てるって……どういう……?」

 

『君が信じた“可愛らしさ”は通用しないことは身をもって痛感しただろう?なら次は……世間に認められるような自分になればいい』

 

「で……でも……それじゃあ……」

 

『では今のままでいいと言うのか?多くの人間が君を否定したとしても……君はそれを受け入れ、誰からも見られることのない無価値な偶像(アイドル)として在り続けるのか?』

 

「……そっ……それは…………」

 

ぐちゃぐちゃだった思考がさらにかき混ぜられていく。

 

鏡の中の存在は腕を引っ込めると、徐々にその姿を消しながら言い残していった。

 

『さて、お悩み相談の仕事はここまで。決めるのは君自身だ』

 

「ち、ちょっと待ってください——!」

 

『あいにく残業はしない主義なのでね』

 

完全に遠ざかっていく気配。

 

独りぼっちの部屋の中で、かすみは強く握りこぶしを作った。

 

 

 

————認められたいのならば、認められるような自分に。

 

 

張り裂けそうになっていた想いを押し殺し、かすみは顔を上げる。

 

先ほどの言葉が、悪魔によるものだとも知らないまま…………彼女は迷いのない表情で、部屋の扉へと踏み出した。

 




おそらく3話構成になるであろう中須回の始まりです。
やろうとしていた内容と無敵級の歌詞が解釈一致したので安心して続きを書くことができます……。
ただ一つ悩んでいるのは戦闘が無い話になりそうだということ()

味方(?)となったフォルテを加え、今作はこれからも新展開を迎えていきます。


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第52話 それでも少女は夢を見る:中編


ほとんどの方はご存知かと思いますが……いやぁおったまげましたね。
まだスクスタ17章をプレイしていない方のために詳細は伏せますが、公式からは既にお知らせがあったので気になる方は是非Twitter等でチェックしてみてください。


皆がステップを踏む音が不規則に響き渡る練習用スタジオ。

 

「…………」

 

それぞれの部員達が各々の課題をクリアするために励んでいる姿を、フォルテは隅の方で静かに眺めていた。

 

親戚の子が同好会の練習を見学したがっている————という内容が春馬から皆へ通された話で、当然彼女が宇宙人であるということは明かされてはいない。

 

追風家で預かっているという名目ではあるが、トレギアがいつまたフォルテに接触を図ろうとするかわからない以上、極力彼女は自分と行動を共にした方がいいという春馬の判断だった。

 

 

「あなた、春馬さんの親戚だったんだね」

 

不意にかけられた声に反応してフォルテは顔を上げる。

 

部屋の片隅で小さく座っていた彼女の横に、いつも通りスケッチブックを掲げた天王寺璃奈が腰を下ろした。

 

先ほどまでダンス練習を行っていたからか、表情は相変わらず涼しげだが身体には汗が伝っており、息も少々切れている様子だ。

 

「また会えてよかった」

 

「……あ」

 

何かを口ごもるフォルテの顔を覗き込むようにして璃奈が彼女へ身を寄せる。

 

フォルテは躊躇うように地面と璃奈を交互に一瞥した後、ぎこちない調子で彼女に言った。

 

「わ……私、も…………。あなたには……ずっと、伝えたいことが……あったから」

 

「え、なになに?璃奈ちゃんボード『キラキラ』」

 

「らっ……ライブ……あの時の……とても、良くって……それで……胸の中が……熱くなって」

 

「うんうん」

 

「だから、その……私は…………私は……」

 

直後、何かを思い出すようにフォルテの瞳がハッと見開かれる。

 

彼女はスカートのポケットに忍ばせていた一枚の紙を取り出すと、そこに描かれていた“笑顔”で自分の顔を覆いながら、

 

「……すごく、楽しい気持ちに……なれた。ふ、フォルテちゃん……ボード……『わくわく』……」

 

以前、夜の公園で璃奈と出会った時に彼女から受け取った…………宝物。

 

「ありがとう。あなたが喜んでくれて、私もすごく嬉しい。璃奈ちゃんボード『にっこりん』」

 

恥ずかしそうに視線を逸らすフォルテに、璃奈もまたボードを通した感情表現で気持ちを伝える。

 

素顔は互いに見えなくても、その胸で感じていることは手に取るように理解することができた。

 

「お、なんか楽しそうじゃん!」

 

「2人とも知り合いだったんだね」

 

ちょうど休憩を取っていた愛とエマから始まり、微笑ましげなやり取りをしていた璃奈とフォルテのもとに皆が集まっていく。

 

「あら?それって…………」

 

「璃奈さんの“璃奈ちゃんボード”とお揃いみたいですね」

 

「かわいい〜」

 

「あ…………」

 

当然声をかけられて驚いたのか、フォルテは一層身を縮めながら視線を下へ向けてしまう。

 

そんな彼女の背中に触れつつ、璃奈は安心させるように優しく囁いた。

 

「大丈夫だよ。みんな私の友達、スクールアイドル同好会の仲間だから」

 

「……把握、してる。以前のイベントで……全員……」

 

「えっ、あの時のライブ観に来てくれてたんだ!」

 

「誰が推し〜とかある!?」

 

「え、えっと…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仲良くできそうでよかったね」

 

「うん。なんか一気に安心したよ」

 

同好会の面々にグイグイと詰められているフォルテの姿を離れた場所から見守りながら、歩夢と春馬は揃って口元を緩めた。

 

トレギアを警戒するためとはいえ、急に慣れていない環境へフォルテを連れて来るのは少しだけ不安だったが……どうやら要らぬ心配だったようだ。

 

同好会の部員はみんないい人達だ。地球人としての生活に慣れていないであろうフォルテにとっても悪くない環境だろう。

 

「あれ、そういえば…………」

 

「どうしたの?」

 

「かすみちゃんとしずくちゃん……どこに行ったのかな」

 

ふと周囲を確認してみると、いつも仲良くアドバイスを交わしながら練習を行っている2人の姿が見えない。

 

ここへ来た時は2人ともいたはずなのだが……。

 

「……かすみちゃんなら……1時間くらい前に出て行っちゃった」

 

「え?1人で?」

 

「うん。どこに行くのって聞いても教えてくれなくて……。しずくちゃんもついさっきここから出るのを見たから、たぶん…………」

 

歩夢の言わんとしていることを察し、春馬は悩ましげに唸る。

 

「ちょっと様子を見てくるよ」

 

予備予選の結果発表が行われた日に見たかすみの横顔を思い出すと、春馬は反射的にその場を駆け出していた。

 

 

 

『かすみのもとへ向かうのか?』

 

「……うん。気の利いた言葉はかけられないかもしれないけど、やっぱりじっとしてなんかいられない」

 

透き通った肉体を構築して肩に降り立ったのは————タイタス。

 

春馬と一体化する以前はかすみの身体に宿っていた彼も、今の彼女の状態に関して気になるところもあるのだろう。

 

 

『私はスクールアイドルの事情に精通しているわけではない。……だが、それでも彼女が注いできた情熱は本物であることはわかる』

 

そう言って語り出したタイタスの横顔から、憂いに似た感情が伝わってきた。

 

 

◉◉◉

 

 

「だーかーらー!!ここで筋トレしないでって言ってるじゃないですかぁ!!」

 

まだタイガや春馬と出会う以前のこと。

 

かすみの身体に住まわせてもらっている間も、タイタスは欠かさず日課である筋トレメニューをこなしていた。かすみがいつも使っている机の上で。

 

『む、すまない。次は君の目が届いていない時に行うとしよう』

 

「私が気づかなきゃいいって話じゃないんですけど!?」

 

『そうは言っても戦士にとって鍛錬は大切だ』

 

「ちょっ……一旦その腕立て伏せをやめてくださいっ!!」

 

『もう少し待っていてくれないか?残すところたったの1000回だ』

 

「いちいちスケールが大きすぎる!——もういいですっ!!」

 

一向にトレーニングを止めようとしないタイタスに痺れを切らしたのか、かすみは彼からそっぽを向くとスマートフォンを起動しては何やら動画を観賞し出した。

 

『……前々から気になっていたが、なぜ何度も同じ映像ばかり見るんだ?』

 

真横からその様子を眺めていたタイタスが依然腕立て伏せを行いながら尋ねる。かすみが見始めた動画は、以前から彼女が何十回と再生しているものだったからだ。

 

それがアーティストのMVといったものであるのなら気にも留めなかったが、彼女が何度も繰り返し見ているのはとあるライブ映像の()()()()()()()

 

曲を聴くためではない。ステージ上で踊っているアイドルの“動作”を観察するように、かすみは動画を巻き戻しながら一つの場面だけを食い入るように見つめていたのだ。

 

「研究のためですよ。この人……アイドルとしての方向性がかすみんと少し似てるので、振り付けも参考にできる部分があるかなって」

 

『…………なるほど』

 

真剣な眼差しを一点に注ぎ続けている彼女に圧倒されるようにタイタスは押し黙る。

 

直後、この行為こそがかすみにとっての“鍛錬”であることを理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一つのことを極めようとするかすみの姿勢に……私は感銘を受けた。立場は違えど、何かを成し遂げることに全力を尽くすその在り方は敬意を表したいと思ったんだ』

 

「一つのこと…………かすみちゃんが思う“可愛らしさ”、だね」

 

校内を移動している最中、春馬はタイタスの話に耳を傾けながら小さく頷いた。

 

きっとかすみは今回のラブライブも……参加するにあたって同様の努力を積んできたはずだ。だからこそあの結果は相当にこたえただろう。

 

自信を喪失してしまっているであろう彼女に必要なのは、きっと…………。

 

 

 

 

 

「もう放っておいてよ!」

 

「あっ!ちょっと、かすみさん!?」

 

中庭に足を踏み入れた直後、思いがけず聞こえてきた声に立ち止まる。

 

「うわっ!」

 

「……!春馬せんぱ……」

 

その直後に目の前に飛び出してきたのは…………瞳に涙を溜めた後輩(かすみ)

 

「……っ」

 

一度は春馬と視線を交わす彼女だったが、すぐに逃げるようにその場から走り去ってしまう。

 

唖然とした表情で立ち尽くしていると、傍らから浮かない表情をしたもう1人の後輩が歩み寄ってきた。

 

「……かすみさん」

 

「しずくちゃん……何かあったの?」

 

大きなリボンが目を引く1年生の少女————桜坂しずく。やはり彼女もかすみの様子を窺いに来ていたようだ。

 

彼女が漂わせている重苦しい空気から明らかに何かがあったことは伝わってくる。

 

「はい、実は…………」

 

行き場を失ったように宙に掲げられていた手を下ろしながら、しずくは小さく口を開き細々とした語りを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「路線変更?」

 

「はい。あの日からかすみさんの様子がおかしかったのは……先輩もご存知でしたよね?私も気になって、詳しい話を聞こうとしたら…………」

 

「まさか……。本当にかすみちゃんがそう言ったの?」

 

信じられないといった表情で尋ねてきた春馬に、しずくは無言で頷く。

 

沈んだ顔で俯いている彼女を見て、嫌でも今聞いた話が真実であることが思い知らされた。

 

「ダンスの振り付けから……衣装や楽曲の雰囲気まで、色々と新しいスタイルを模索しているようでした」

 

「………………」

 

中須かすみという人間にとって“可愛らしさ”はどんなものにも代え難い価値があったはずだ。……彼女にとっての目標であったはずだ。

 

それを……たった一度の挫折を経験したからといって、易々とその在り方を変えようとするだろうか。

 

スクールアイドルとしてのスタイルを変更することそのものは問題ではない。そこにかすみ自身の意思があるのかどうかが何より気掛かりだった。

 

 

「春馬先輩や歩夢さんが来る前の同好会でも……かすみさん、『誰よりも可愛いスクールアイドルになるんだ』って……そう言ってたのに……」

 

しずくがかすみと共に過ごしてきた時間は春馬よりもずっと長い。そんな彼女だからこそ、かすみが自分のスタイルを変えようとしていることには思うところがあるのだろう。

 

「………………俺も今度、かすみちゃんと少し話してみるよ」

 

奥歯を噛み締め、何かを飲み込むように春馬は空を見上げる。

 

部長として、そしてマネージャーとしてするべきことは……やはりかすみの意思を尊重することだ。

 

彼女が本当に自分の在り方を変えたいと思っているのか。それを推し量らない限りはなにも始まらない。

 

 

彼女の……中須かすみの本心を、知る必要がある。

 

 

◉◉◉

 

 

「————どうっ!いうっ!ことっ!なのッッ!?!?」

 

怒りを発散するように突き出された少女の拳が岩場に直撃し、豆腐のようにいとも容易く岩石が砕け散る。

 

荒々しく息を切らしながら辺り構わず瓦礫を撒き散らしている彼女の目には————今にもこぼれ落ちそうな大粒の涙がにじんでいた。

 

「なんで……なんで、なんで、なんでなんでなんで!!なんでフォルテがあのウルトラ野郎共と一緒にいるの!?どうしてあんなに楽しそうにしてやがるわけ!?アタシだって……アタシだってあいつのあんな顔見たことないのに!!——“お姉ちゃん”はアタシなのにッ!!

 

「チッ……いい加減黙れよ。さっきから石ころが飛んできてウザいんだクソ」

 

「あの板で顔隠した地球人もなんなんだよ!!なんであいつの方が姉っぽくなってるわけ!?意味わかんないし!!……ぅぅううううう……!!」

 

嗚咽を漏らし、自分達から離反した妹の面影を追っては周囲に八つ当たりをし続けるピノンを見やり、ヘルマは重い溜息をつく。

 

「……どうするつもりなの、フィーネ」

 

指示を仰ぐためか、それとも単に兄としての助け船を求めてか。

 

ヘルマはそばに佇んでいた長男に意識を向けると、その冷たい横顔へ静かに問いかけた。

 

「錯綜している」

 

「は?」

 

「状況が複雑になってきている。もはやトレギアも不安要素と捉えても問題はないかもしれない」

 

「……どうしてそこでトレギアが出てくるのさ?」

 

続いて出されたヘルマの質問に返答しようとはせず、フィーネは無言のまま彼に背を向けると機械的な足取りでその場から離れようとした。

 

 

 

(あのペテン師の行動……父さんはどこまで把握している?)

 

ここ数日のトレギアの行動を思い出す。

 

以前から奴は立場こそこちら側と協力関係でいたものの、自分達と志を共にしているわけではなかった。……最近はそれが顕著になっている気がするのだ。

 

中須かすみという地球人と接触したかと思えばマイナスエネルギーを調達することもなく、ただ()()()()()()()()()()()など……決して合理的とは言えない。

 

それにトレギアの中にある“十の光”のことも気がかりだ。

 

……奴が奥底に隠しているものは未だ想像もつかないが、いずれは自分達を裏切ることだってあるかもしれない。

 

 

「——————」

 

去ってしまった妹の顔が浮かぶ。

 

 

トレギアの思惑。

 

フォルテの行方。

 

考えることは山ほどある。…………それでも、成し遂げるべき使命はただ一つ。

 

 

 

「フォルテ……お前は賢い。まさかこのまま安寧に過ごせるとは思っていないだろう?」

 

暗闇の広がる世界に足音だけが反響する。

 

少年が秘めている黒い感情は、着実にその巨大さを増していた。

 




トレギアの言葉でかすみんが路線変更することに……!?
その一方で闇兄弟達の動向もなんだか怪しげに。

次回はかすみんがとある答えを見つけると同時に、その姿を見たフォルテも自身の目指すものを再発見します。

……ところでステラとヒカリの姿が見えませんね。
はてさて、2人は一体どこで何をしているのか……。


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第53話 それでも少女は夢を見る:後編

待ちに待ったニュージェネクライマックス楽しかったです。
最近は本当にウルトラマンが熱い……。


「え?私の衣装?」

 

「はい。ちょっと貸してもらってもいいですか?」

 

その日の練習が終わり皆が帰り支度を始めた頃、どこか険しい顔をしたかすみが果林に突然切り出した。

 

なんでも果林のような大人びた雰囲気の衣装が自分に似合うかどうかを確かめたいらしい。

 

「別にいいけど……かすみちゃんじゃ色々とサイズが合わないんじゃないかしら?」

 

「当てがってみるだけですから」

 

冗談交じりの答えに対してかすみが返してきた言葉にただならぬ空気が帯びていることを察し、果林は一転して真剣な表情に変わる。

 

「ねえ、やっぱり無理してない?かすみちゃん……この間から少し変よ」

 

「……余計なお世話ですっ。お借りしますね」

 

ぷい、と顔を背けながら果林の手にしていた衣装を受け取ったかすみは、そそくさと部屋の隅にあった姿見まで駆けていく。

 

そんな彼女の背中に、皆の心配するような視線が次々と向けられた。

 

 

今部室にいる誰もが感じている。かすみにはもうとっくに周りが見えていないのだと。

 

ラブライブの予備予選に1人だけ脱落し、これまで歩んできた道筋に対する自信を喪失している彼女にとってはあらゆる慰めの言葉も鋭いナイフで刻まれるのと同義。それがわかっているからこそ、下手に声をかけることすら憚られる状況であった。

 

「…………」

 

鏡の前から離れないかすみに春馬も不安げな眼差しを注ぐ。

 

話がしたい。……けど、やっぱり何を言っても彼女を傷つけてしまいそうで————そう思うたびに、一歩踏み出すのを躊躇してしまうのだ。

 

色々と考えてはみたが、今のかすみの状態を考慮すれば少なくとも同好会の人間が彼女を立ち直らせることができるとは思えない。

 

 

……いいかな?

 

考え込むような沈黙の後、春馬は誰にも聞こえない程度の声量で何かを呟く。

 

他の部員達がやるせない表情のまま、名残惜しそうに部室を出て行くなか……春馬もまた出口へと向かいつつ————すぐ側にあったテーブルの上に、銀色に輝く何かを置き去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして……彼女は……ああも辛そうに……していたの」

 

歩夢、そして春馬と並んで帰路についていたフォルテが不意にそんな問いを投げかけてくる。

 

同好会の練習を近くで眺めていた彼女にも朧げながらかすみの中で異変が起こっていることに気がついていたようだった。

 

「“スクールアイドル”は……見る者の心を……躍らせる存在のはず。彼女————中須かすみも……そうだというのなら……もっと……笑顔でいるべき……じゃないの」

 

冷たい顔の中に込められた純粋な疑問。

 

隣を歩きながら尋ねてきたフォルテに対し、歩夢は少々悩んだ後に柔らかな調子で言った。

 

「それも心がけとしては正しいことなのかも。……けどねフォルテちゃん、そうわかっていたとしても……どうにもならない感情だってあると思うんだ。……スクールアイドルだって、1人の人間だから」

 

「…………どうにも……ならない……」

 

「うん。上手くいかなくて悲しい、辛いって感じちゃうのは……かすみちゃんに限らず、みんな持ってる心なの」

 

「……そうだね」

 

歩夢の言葉を聞き、春馬も神妙な面持ちでフォルテに語りかける。

 

「難しいのは……ステージの上ではその感情を隠さなきゃならないってことだと思う。心を持った人である限り必ず何かにぶつかる時がある。けど、フォルテちゃんも言った通りスクールアイドルとしてはそれを表に出しちゃいけない。……見ている側は提供されるパフォーマンスでしか当人を知ることができないから、誤解されやすいかもしれないけど……本番で見せる笑顔の下には、途方もない努力が積まれてるんだ」

 

今回の予備予選だって……かすみはできる限りのことはしたはずだ。だからこそ現状に嘆き、アイドルとしての在り方を変えてまでそれを打開しようと躍起になっている。

 

その気持ちはとてもよく理解できる。これまで一緒に頑張ってきた仲だから……痛いほどその悲しみが伝わってくる。

 

 

————でもそれじゃダメなんだ。

 

「これは俺が勝手に思ってることなんだけどね」

 

前置きをしつつ、春馬は少しだけ目線を上げながら落ち着いた声を発する。

 

「積み上げてきた努力が報われるなんて保証はどこにもない。自分が信じてきた道を進むことが……実は間違いなのかもしれないし、その先で誰からも認められない可能性だってある。未来のことなんて誰にもわからないから」

 

きゅ、と唇を結びながら喉元まで言葉を昇らせる。

 

変わらず自分の横顔を見つめているフォルテに向けて、春馬は芯のある声で言った。

 

「……でも、だからこそせめて“自分”だけは…………最後まで自分自身の味方でいるべきだと思うんだ」

 

何か思うところがあるように、歩夢は彼の発したことを聞いて口をつぐんだ。

 

 

他人から否定されるなんてことは幾らでもあり得る話だ。けど自分が自分の信念を脅かすことはあっちゃいけない。

 

だって…………そんなのはあまりに寂しい結果じゃないか。

 

かすみにはそれに気がついて欲しい。自分を好きでいて欲しい。

 

……だから、()を部室に置いてきた。

 

 

「まあ、かすみちゃんなら大丈夫だよ」

 

そう言って笑った春馬の言葉に根拠はなかった。

 

けれど……フォルテはなぜだか、胸が晴れやかになっていく感覚をはっきりと覚えていた。

 

 

◉◉◉

 

 

「……似合わない」

 

身体に重ねていた借り物の衣装を下ろし、かすみは吐息のような声をこぼした。

 

とぼとぼと壁際にあるソファーへと向かい、力なく腰を下ろす。

 

あれから様々な可能性を模索してはみたものの、その中に自分を高みへ導いてくれそうなものは何一つ見つからなかった。

 

 

努力をしても追いつけない。みんなと同じ景色を見ることができない。

 

はっきりと突きつけられた事実がまた胸を抉ってくる。

 

スマートフォンの小さな画面から見える抱えきれない絶望。フラッシュバックするあの瞬間の光景に、気づけばかすみの頬には一筋の雫が伝っていた。

 

 

 

『浮かない顔をしているな』

 

「……えっ?」

 

不意に聞き覚えのある声が飛んでくる。

 

反射的にそれが発せられた方を見やると、テーブルの上に小さな人影が座していることに気がついた。

 

「タイタス……さん?」

 

『やあ。こうして2人で話すのも久しぶりだな』

 

透明な肉体で会話を交わしてくる彼の背後にあるのは……銀色に輝くキーホルダー。おそらくは春馬の物だろう。

 

単に置き忘れただけなのか、それとも他の意図があるのか。どちらにせよ唐突に現れたウルトラマンの存在は、良くも悪くも沈みかけていたかすみの意識を少しだけ逸らしてくれた。

 

「……泣いてたこと、先輩達には言わないでくださいね」

 

『ああ、気をつけよう』

 

慌てて涙を拭うかすみをどっしりと構えながら見守るタイタス。

 

少しの沈黙が無限にも感じられる。

 

押しつぶされるような空気のなか、やがてタイタスはそれを打ち破るように……俯いていたかすみへ語りかけた。

 

『同好会の人間には話せないことがあるのだろう?』

 

かすみの肩が小さく揺れる。

 

『私はスクールアイドルでも、それを支えるマネージャーでも部長でもない。君の所属している同好会とは離れた存在だ』

 

タイタスの言葉が寄り添ってくるように耳に残り続ける。

 

『さあ、話してみなさい』

 

赤みを帯びた瞳を上げ、かすみは前方に見えた賢者と視線を合わせると————抑えきれなくなった感情に嗚咽を漏らした。

 

「……うっ…………ぐうぅぅうう…………っ!!」

 

止まらない涙をそのままに、かすみは膝元のスカートを力一杯に握り締めながら言った。

 

「ぐ……やしい……!悔しいよぉ……!ずっと……ずっと、夢見てた舞台なのに……!……でも……みんなの足……引っ張りたくないし……ッ!それでもやっぱり……悔しくて————!!」

 

予備予選の結果発表から皆と距離を取っていたかすみの真意が曝け出される。

 

かすみが心の底に押し込めていた想い。それはどこまでも彼女らしいものだった。

 

 

「…………今度、またソロイベントに出ようと思ってるんです」

 

必死に気持ちを落ち着かせた後、泣き腫らした顔のまま彼女が続ける。

 

「このままじゃきっと…………みんな私のことを気にして、次の予選に集中できなくなる。そんなの嫌です。……だからイベントに参加して、みんなを安心させられるような凄いライブをしなきゃって…………」

 

『それで路線変更を?』

 

「……はい。以前と同じじゃダメだって……そう思ったから……」

 

鏡の中から現れた宇宙人の言葉を思い出す。

 

認められたいのなら、認められるような自分に。“可愛い”ではない、人気の出やすいスクールアイドル像を目指せという遠回しな表現に、最初は確かに迷いもした。

 

けれど……今のままじゃ自分が望むような結果が得られるかわからないことも事実。……行動に移すのに、時間はあまりかからなかった。

 

「でも……何も浮かばないんです。前はもっと……曲のイメージも、歌詞も、衣装のアイデアだって……いっぱい思いついたのに」

 

そう言って肩を落としながらかすみが口を閉じる。

 

タイタスは腕を組みつつ、沈んだ表情を浮かべる彼女をまっすぐに捉えながら言った。

 

『それは君自身が望むものではないからでは?』

 

「え……?」

 

『本心ではまだ“可愛らしさ”を諦めてはいないということだ』

 

そう指摘したタイタスの眼差しから逃れるようにかすみが視線を横へずらす。

 

「それは……そうですよ。今までずっと貫いてきたことなんですから、簡単に手放せるわけないじゃないですか」

 

『ではなぜ路線変更を?』

 

「あの、話聞いてました?それじゃあ通用しないってわかったから————」

 

『それでみんなが安心すると?』

 

強引に自分を納得させるために張っていた壁の隙間を正確に突き通してくるタイタスの言葉に息を呑む。

 

何も言えずにいるかすみの心を代弁するように、タイタスは彼女へ続けて口にした。

 

『君が極めようとしていたのはあくまで“可愛いらしさ”だったはずだ。皆が動揺している理由も、そんな君が突然自分の意思を捻じ曲げようとしたことに他ならない』

 

「……それは……」

 

『自分の理想に背を向けることを、君は本当に望んでいるのか?……君の心は君だけのものだ。もう一度よく考えてみるといい』

 

 

言葉が出てこない。

 

わかっている。わかっているんだ。タイタスが言わんとしていることも。自分の本当の想いも。

 

けど……怖くて怖くてたまらない。これまでの自分を否定されることが恐ろしい。だから仕方がないんだ。

 

自分は決して無敵なんかじゃない。これ以上心が折れるようなことだけは……もう、二度と——————

 

 

 

 

 

 

「あっ」

 

刹那、耳に滑り込む音。

 

部室の扉が開かれると同時に聞こえてきた誰かの声に反応して顔を上げると、見知った顔がそこにあった。

 

「……しず子……!?さっき帰ったんじゃ……」

 

「やっぱり……まだ残ってたんだね」

 

部屋の奥に足を踏み入れてくる桜坂しずくの姿を捉えるや否や、タイタスはかすみから背を向けて霊体を消滅させる。

 

同級生と2人きりになった空間の中、かすみは逃げるようにソファーの上で後ずさった。

 

「余計なお世話かもしれない……けど、やっぱり私、かすみさんに伝えたいことがあって。……それだけを言うために戻ってきたんだ」

 

「……な、なに?」

 

妙な緊張が走る。

 

普段からよく会話を交わす相手のはずなのに、ついよそよそしい態度をとりそうになってしまう。

 

しずくは一拍置いた後、意を決したように前のめりになりながら口を開いた。

 

 

「————私、以前からかすみさんのこと……すごく尊敬してた!」

 

「……はっ!?」

 

前触れもなく賛辞を送ってきたしずくにかすみの上ずった声が飛び出す。

 

「明確に自分の目指したいものを見据えてるあなたを凄いと思ってたんです!私と違って、自分なりの表現を持っていて……スクールアイドルに対する情熱もとても一途なもので……それで————!!」

 

「ちょ、ちょちょちょちょっと落ち着いて!!」

 

「す、すみません!」

 

あたふたと腕を振り回しながら迫ってきたかすみに制止され、しずくは一旦深呼吸と共に目を閉じた。

 

「急にどうしたの……?」

 

「……かすみさんの良いところを教えてあげたいと思って」

 

照れ臭そうなしずくの笑顔が視界に映る。

 

困惑するかすみと目線を合わせながら、彼女は単刀直入な言葉をかけた。

 

「私、かすみさんには今までみたいな……可愛いアイドルでいて欲しいと思ってる。……だって、それがかすみさんのなりたい自分なんでしょ?」

 

「しず子…………」

 

「自分を誤魔化してまでスタイルを変えるなんて……やっぱり間違ってると思う。……廃部寸前だった同好会を守り抜いてくれたのに、積み重ねてきた努力まで……よりにもよって、かすみさん自身が否定するなんて絶対にあっちゃならないことだと思うから」

 

「…………!」

 

 

 

————この場所にやってきた時の、最初に感じた気持ちはなんだっただろう。

 

なんのために自分はスクールアイドルになりたいと願った。……今の自分は、過去の自分に応えようとしているか?

 

 

「かすみさんは……ここで諦めちゃうことを望んでるの?」

 

しずくの声が奥の方まで響いてくる。

 

 

中須かすみがなりたかった————超絶かわいくて、誰よりも1番な自分。決して忘れちゃいけないこと。

 

 

「ねえ、しず子」

 

「うん?」

 

「私って……かわいい?」

 

「うん、すごくかわいいよ。こうやって、抱きしめちゃいたいくらい」

 

「………………」

 

何も言わずに佇んでいたかすみの身体に腕を回し、しずくは彼女を胸元へ引き寄せる。

 

 

「っ……ぅ…………ぅぅぅうう…………ッ!!」

 

かすみが表に出すまいと抑え込んでいた感情の波は、その瞬間に何もかもを押しのけて瞳から零れ落ちていった。

 

 

自分は絶対的な存在にはなれない。……けど、心構え次第でそれに近づくことはできるんじゃないか。

 

自分がなりたい“中須かすみ”を信じるんだ。

 

“無敵”じゃなくても……“無敵()”になら、きっとなれるはずだから。

 

 

◉◉◉

 

 

「ありがとうかすみちゃん、ずっと探してたんだ」

 

「いえいえ、お安い御用です。——それと」

 

追風家のある団地のエントランス。

 

春馬が置きっぱなしだったタイタスのキーホルダーを彼に届けた後、かすみは何やらカバンから一冊のノートを取り出した。

 

「これは?」

 

受け取ったノートをおもむろに開くと、試行錯誤された文章が羅列されているのが見える。

 

「今度のソロイベントで歌おうと思ってる歌詞、しず子と一緒に考えてみたんです。……もしお暇があれば、作曲をお願いしてもいいでしょうか……?」

 

「……!もちろん!全力で取り組ませてもらうよ!!」

 

「ありがとうございます!!——じゃあ、また学校で!」

 

気持ちのいい笑顔で去っていくかすみの背中に手を振りつつ、視線を下へと落とす。

 

いつの間にか手のひらの上でスクワットを始めている小さな霊体に微笑みかけながら、春馬は安心するように一息ついた。

 

「もう心配はいらないみたいだね」

 

『ああ。あとは彼女が自分の力で進んで行くことだろう』

 

 

かすみには他者からの肯定よりも、自分に対して自信を持つことが必要だった。

 

ラブライブだけが表現の場ではない。かすみが目指すスクールアイドルはまだ終わっていないということを、春馬は彼女に伝えたかったのだ。

 

 

 

 

 

 

「あなたの……思った通りの展開に……なったということね」

 

「フォルテちゃん」

 

音もなく背後から歩いてきたフォルテがエントランスに立っていた春馬の隣に並ぶ。

 

彼女は春馬の手にしているノートと去っていくかすみの背中を交互に見つめながら小さく頷くと、自分に言い聞かせるような重みを帯びた言葉を発した。

 

「やっと…………わかった。……私の……やりたいこと」

 

「えっ!なになに!?教えてくれる!?」

 

興奮気味に距離を詰めてくる春馬から仰け反りながら、途切れ途切れにフォルテは続ける。

 

「…………最初に見た時から……ずっと、引っかかっていた。……今なら、認められる。私は……スクールアイドルに……楽しさを見出していた。…………けど、私はそれを……ただ眺めていたい……わけじゃない」

 

自分の胸に手を当て、フォルテは改めて考える。

 

「そびえる壁を乗り越えて…………一歩一歩、自己実現が……できるような……」

 

春馬と一緒にスクールアイドル同好会の活動を見守るなかで、彼女の中にあるぼんやりとした願望が少しずつハッキリと像を結んでいた。

 

 

「誰かと一緒に……成長して……誰かを……支えられるような————“アイドル”に、私はなりたい」

 

そう言って恥ずかしそうに顔を背けた彼女に春馬が微笑む。

 

「なれるよ。君ならきっと」

 

 

視線だけを動かして隣に立つ少年を見上げるフォルテ。

 

その口元には……今までの彼女にはなかった柔らかな笑みが宿っていた。

 

 

 




かすみんが作った歌詞は…………まあ言わなくてもわかりますよね。
再び立ち上がった彼女の姿を見てフォルテにも変化が訪れました。果たして彼女の願いは叶うのでしょうか(不穏)

さて、次回から少し特別なエピソードに入ります。
2章に入ってから影が薄かったステラとヒカリも加え、春馬達は新たな騒動に巻き込まれることに……?


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第54話 ブラザーズ・ホリデイ


最近GPウルトラメダルが全然見つけられなくて都市伝説か何かなのではないかと思い始めました。


「はあ〜……お肌真っ白……きめ細か……ほっぺ柔らかぁ……」

 

「……この行為に…………何の意味が……あるの」

 

 

水滴が落ちる音が微かに反響する浴室。

 

湯気に満たされた暖かな空間の中で、一糸まとわぬ姿のフォルテが同じく肌を出し切った小春に身体のあちこちをいじくられていた。

 

「意味がなくてもやりたくなることはあるものよぉ〜」

 

「……余計なことは……控えてほしい。……肉体の洗浄が目的なら……さっさと始めたら……どう」

 

「それもそうね。いつまでもこんな格好でいたら風邪ひいちゃうわ」

 

これで最後、とでも言うようにフォルテの頬が指先でつつかれる。

 

小さな背中に付いている泡を洗い流しながら、小春は笑顔を絶やさないまま再び口を開いた。

 

「ふふふ……まだウチに来てそんなに経ってないのに、なんだか昔から一緒に暮らしてたような気がするわ。娘が出来たみたいで嬉しい」

 

「……むすめ……」

 

「あっ、そうだ!ねえねえ、これから春馬のことを“お兄ちゃん”って呼んでみるのはどうかしら?」

 

「は……?」

 

「“兄さん”とかもいいわね」

 

1人で想像を膨らませていく小春に困惑する。どれだけ時間をかけたとしても彼女のこのテンションに付いていける気がしない。

 

…………こうして共に過ごすこと自体は、悪くはないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずいぶん楽しそうだったね。どんなお話してたの?」

 

「…………大した話じゃ……ない」

 

パジャマへ着替えを済ませた後春馬の自室へ移り、彼に頭髪を乾かしてもらう。

 

両手にドライヤーとブラシを持ちながら小さな女の子へ語りかける少年という構図は、さながら2人が本当の兄妹であることを思わせるかのようだった。

 

「それにしても……フォルテちゃんが『アイドルになりたい』って言った時は驚いたな」

 

「……やっぱり……変……?」

 

「ううん、ちょっと意外だっただけ。君が歩夢やかすみちゃん達みたいに歌ったり踊ったりしてるの、あんまり想像できなかったから」

 

「彼女達みたいなのは……きっと似合わない。……もっと……私なりの答えが……あるはず」

 

「そうだね。同好会のみんなも十人十色なわけだし……きっといつか君にも目指したい形が見つかるよ。——はい、ブロー完了!」

 

ドライヤーをオフにし、春馬は高品質の繊維のような輝きを放つ銀色の髪をひと撫でする。

 

普段と違う質感と香りを漂わせている自分の髪に戸惑いつつ、俯きながらフォルテは仄かにはにかんだ。

 

「………………」

 

ふと部屋の隅に設置されていた棚の方へ彼女の目が移る。

 

「何か気になるものがあった?」

 

並べられている書籍の中の一点を見つめているフォルテにそう尋ねた後、春馬は腰を上げ棚まで歩くと彼女の視線の先にある物を取り出した。

 

シンプルに「合唱曲集」とあるその本の中身に記されているのはピアノの楽譜。名前の通り卒業式や合唱コンクールなどでよく歌われるような定番曲の伴奏用譜面が詰まっていた。

 

「ああ、これ…………確か中学の頃に伴奏を頼まれて…………」

 

ポツリと何かを呟きながら、春馬はフォルテの隣に座り直す。

 

おもむろに開かれていたページを眺め、彼女は興味深そうに身を寄せてはそれを覗き込んだ。

 

「……これは……」

 

「アイドルソングではないけど立派な音楽だよ。たくさんの人が一斉に歌うんだ。聞いてみたい?」

 

そう問いかけられ数秒考え込んだ後、微かにフォルテの首が縦に振られる。

 

春馬は手元にあったパソコンを起動し画面の端にあるファイルを開くと、収録されていた音楽データを順に流していった。

 

 

「——————」

 

音色や歌声が耳に滑り込んでくるのと同時に古い…………()()()()()()()()が絶え間なく脳裏に浮かんでくる。

 

書籍とデータの中に備わっていた音楽は、追風春馬という人間の思い出の中に強く刷り込まれているものだった。

 

“過去の自分”が蓄えてきたであろう音の感性。それは後付けされた記憶の中だけに存在する————かつて自らが演奏したであろう楽曲の数々を容易に想起させた。

 

(……綺麗だ)

 

心根からこみ上げてくる震えるような感情に思わず息を呑む。

 

所有していた音楽を“今の自分”がきちんと聴くのは初めてだからだろうか。知識としては組み込まれているはずのそれは妙なノスタルジアを覚えさせるのだ。

 

「どうかな————」

 

不意にフォルテへ意識を戻した直後、春馬の笑顔が固まる。

 

冷たい表情に伝う小さな流れ星。

 

何も言わないまま涙を流していた少女の姿を見て、春馬は徐々に緩んでいた口元を引き締めた。

 

 

「……本当に…………この星に来てから……驚かされて……ばかりいる」

 

真っ暗な瞳からこぼれ落ちる雫を手で拭いながら掠れた声を発するフォルテ。

 

うっすらと微笑みを浮かべた彼女は、胸に帯びた熱を冷ますように息をつくと再び本棚へと向き直った。

 

「音を……奏でることは……とても、奥が深い。…………知らなかった気持ちを…………呼び起こして……くれる」

 

与えられた使命を果たすためだけに作られた真っ白な命に落とされる、ひとしずくの音色。

 

備わっている知識は数知れずとも、初めて体感するものに対する感受性の高さは春馬とも通ずる部分があった。

 

(……やっぱり、間違ってなかった)

 

穏やかな顔でPCから流れる合唱を鑑賞するフォルテの横顔を見つめながら春馬は思う。

 

こうして素直に感動できる……地球人と何ら変わりない心を彼女は持っている。トレギアのいいように使われるだけの生き方なんて正解であるわけがない。

 

必ず守り抜く。

 

彼女が自由になり、その尊い願いが叶う日まで————自分達は戦い続けるんだ。

 

 

◉◉◉

 

 

静けさで満たされている闇夜の街。

 

風の音だけが吹き抜けている建物の隙間を縫うように、弾丸の如き速度で二つの影が幾度も交差する。

 

 

「——————」

 

常人には目視することすら到底不可能なスピードで街道を駆け抜けていたそれらが凄まじい剣戟音と共に衝突。

 

空間を飛び越えたかのように突然姿を現した影達は重力に従い一直線に落下すると、着地と同時に小さなクレーターを形成した。

 

「チィ……!しつけぇなァ!!」

 

「…………っ」

 

互いに一歩も引かずに鍔迫り合いを行う2人は疲労からか激しく肩を上下させていた。

 

片や黄金色の短剣を手にした蒼髪の少女。片や両腕に刃が備わっている紫がかった体色を持つ宇宙人。両者による戦闘は拮抗している————ように見えるがその実、少女の方が不利な立場にあった。

 

彼女が相手にしているのは“スラン星人”。別名高速宇宙人とも呼ばれる奴の動きに付いていくには終始全力疾走と同程度の体力を消費しなければならない。

 

戦いが長引けば長引くほど少女はスラン星人の移動速度に対応することができなくなる。だからこそ短期決戦を図ろうとしていたのだが…………なかなかどうして手こずらせてくれる。

 

「いい加減諦めやがれッ!!」

 

「こっちの台詞よ……!」

 

至近距離で放たれた腕部からの光線を宙返りで回避しつつ、少女は素早くスラン星人から距離をとる。

 

強引に作り出した隙を見て再度逃走しようと駆け出した奴を睨みながら、少女もまたその残像を追うように地面を蹴った。

 

『厄介だな。このままでは振り切られる』

 

「でもようやく掴んだ尻尾を離すわけにもいかないでしょ!」

 

『わかっている。……一旦ルートを変えよう。奴の逃走経路を予測した後、先回りして叩く』

 

「了解!」

 

頭の中で響いた声に応答しつつ、少女は勢いよく跳躍しては傍らに並んでいた建造物の上へと足場を変更。そのまま走り出し、スラン星人の後ろ姿を見失わないよう目を凝らす。

 

どうやら奴も当てがないまま逃げているというわけでもないらしい。逃走ルートを予想するのにそう多くの時間はかからなかった。

 

進んだ先に見えるのは何かしらの跡地。アジトか……あるいは宇宙船でも隠しているのだろうか。

 

『……!ステラ!』

 

「ええ!」

 

少女————ステラは相棒の合図と同時に身をひねるとバネのような勢いで方向転換。一気にスラン星人へと肉薄した。

 

「……!なにぃ!?」

 

風を切りながら突貫してきた彼女に驚愕しつつも、奴は咄嗟に両腕を構えて防御の姿勢をとる。

 

「————ッ!!」

 

振り下ろされた短剣————ナイトブレードの刃がスラン星人の腕部に備わった刃と激突。両者は再び火花を撒き散らしながらの近接戦闘へと移った。

 

「ちっきしょ……!!」

 

驚異的な速度で繰り出される斬撃に対応しきれず、スラン星人は徐々に防戦を強いられる。

 

「ハアッ!!」

 

「ぐおお……っ!?」

 

やがて構えていた両腕が弾き飛ばされ、がら空きになった懐に渾身の蹴りが炸裂。

 

水切りのように何度も地面と接しながら、バイオレットカラーの肉体はなすすべなく建物の壁へと叩きつけられた。

 

「ぐ……う……!?——待て……っ!待ってくれ!!降参する!!」

 

瓦礫の中からよろよろと起き上がったスラン星人が情けなく尻餅をついたままそう口走る。

 

ステラは自らを落ち着かせるように深いため息を吐いた後、先ほどから変わらない尖った瞳で奴に言った。

 

「トップの名前と居場所を吐きなさい」

 

「“ヴィラン・ギルド”にトップもクソもねぇよ!利害の一致から宇宙人同士で手を組んでるだけだ!!」

 

「ならあなたがここで消えても大した影響はないわけね」

 

「ち、ちょっと待て!……そう、幹部だ!決まった首領ってのは存在しないが、区域ごとの管理人はいるんだよ!!」

 

「で、そいつは誰?」

 

「それは………………わから……ない」

 

刹那、スラン星人の真横へ轟音と共に細足が着弾する。

 

震え上がる奴を見下ろしながら、ステラは尚も鋭利な眼差しのまま尋ねた。

 

「バカにしてるの?」

 

「ほっ……本当なんだ!!信じてくれよォ!!」

 

「……はぁ……これだから…………」

 

面倒くさそうに頭を掻きながらステラは突き立てていた足を下ろす。

 

……()()()を調べ始めてからというもの、捕らえた宇宙人達は誰も彼もが下っ端で計画の詳細ついては把握しておらず、いつまで経っても中枢にたどり着けないでいる。

 

だが幹部とやらの存在を知れただけでも収穫はあった。このまま片っ端から関係者を捕まえていけば、もしかするといずれは…………。

 

「ああ、そうだ!もう一つ知ってることがあるぜ!」

 

「うん?」

 

不意にスラン星人が語りかけてきた言葉に意識が向く。

 

「きっと役に立つ情報だ」

 

奴は少々大げさに感じるジェスチャーを交えながら腕の位置を下げ、

 

「——敵前での油断は禁物だぜぇ!!」

 

右腕からの光線をステラめがけて発射させた。

 

「っ………………!!」

 

反射的に真横へ転がりそれを回避。だが奴は避けられることを予測していたのか、すぐさま距離を詰めると今度は腕の刃を首元へと振り下ろしてきた。

 

少々遅れをとった。咄嗟に後退したことで致命傷は防げるだろうが……このタイミングだと脇腹辺りを損傷してしまうだろう。

 

油断していたつもりはなかったが、反撃を許すような隙を見せてしまったのも事実。

 

ステラは数秒後にやってくるであろう痛みに備えつつ、今度こそ奴を行動不能にできるような一手を探——————

 

「うおおおおおっ!?」

 

「…………ッ!?」

 

直後、驚愕の感情が含まれた悲鳴がスラン星人から上がった。

 

どこからともなく飛来した青白い輝き。炸裂したそれは奴の肉体を盛大に吹き飛ばし、続いて何もないはずの空間に()()()()()()()が生成される。

 

「なっ……なんだぁ!?」

 

ちょうどスラン星人の身体がすっぽりと収まる程度のドーム状のバリアが奴を包み、瞬く間にその身動きを封じたのだ。

 

「一体なに……?」

 

 

 

「いやあ、危ないところだったね」

 

街灯の光が届かない暗がりの中から発せられる軽い調子の声。

 

静かな足音と共に突如として姿を現した黒髪の青年を見るや否や、ステラは一変して不機嫌そうに眉をひそめた。

 

「………………毎度毎度……どっから湧いてきてるのよ」

 

「ちょ、さすがにひど過ぎない?今危ないところだったよね?助けてあげたよね?開口一番にお礼を言うべきでしょ」

 

「そうね、アリガト」

 

「おぅ……露骨に淡白……」

 

がっくりと肩を落とした青年が握っていた拳銃のようなガジェットを指先で器用に回しながら懐へとしまう。

 

その様子を見たステラは何かを察するように眼を細めた。

 

「あなたそれ……この世界のものじゃないでしょ。もしかして前に別次元に行ったっていうのは……」

 

「そう、この技術を奪————じゃなくて、参考にするために別の次元にある地球から拝借させてもらったよ」

 

「仮にも平和を守る奴がすること?」

 

「いいじゃないか、悪用するわけじゃないんだし」

 

そう言って胡散臭い笑顔を浮かべる青年から鬱陶しそうに視線を外すステラ。長い付き合いであるが故にわかるが、常にヘラヘラしている彼の振る舞いは5()()()()()全く変わってはいない。

 

「ちくしょぉぉおお!!ここから出しやがれぇ!!」

 

 

「あ、忘れてた。あいつの身柄もらっていいかな?」

 

「ええ。もう叩いても何も出てこなさそうだし」

 

半透明な檻の中でジタバタと暴れているスラン星人を一瞥しつつ、ステラはその場から去ろうとする。

 

「そうだ、ステラちゃん」

 

思いがけずかけられた声に振り向き、彼女は気怠げな顔で「なに?」とだけ返した。

 

「我らがリーダーからの伝言があるんだ。……ボク達が追ってるこの件だけどね、君と“後輩くん”の力も借りたいとのことだよ」

 

瞬間、冷たい夜風が2人の間に吹き抜ける。

 

何かを迷うように沈黙するステラに対し、青年は困ったように笑うのだった。

 

「嫌かな?」

 

「ええ、嫌ね。……嫌だけど、このままじゃお互いに埒が明かないし……一番手っ取り早い方法なのも確かね」

 

「じゃあ」

 

「検討しておくわ」

 

心底嬉しそうにガッツポーズする青年に踵を返し、ステラは気を取り直して夜景の中へと飛び込もうとする。

 

 

 

「ノワール」

 

唐突に口にされる名前。

 

ステラは青年に背中を向けたまま立ち止まると、きょとんとした表情の彼に対して小さく伝えた。

 

「ワガママばかりでごめんなさい」

 

その言葉を最後にステラの姿が暗闇の中に溶けていく。

 

 

「……ま、構わないよ。振り回されるのには慣れちゃったからね」

 

ここにはいない誰かに向けて、青年は皮肉交じりの言葉をこぼす。

 

 

「今のボクらを見たら……君はどんな反応をするのかな。————メビウス」

 

青年————ノワールは夜空に浮かぶ星々の中から一等輝いて見えたものを眺めながら、うわ言のように呟いた。

 

 




ついに名前が出てしまった…………!ということで、今までもちょくちょく現れていた謎の青年()ことノワール参戦です。
ここからは彼、正確に言うと"彼ら"が追っている事件に春馬達も巻き込まれていくことになります。

そして次回はついに…………。


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第55話 翼の名前

GPウルトラメダルが欲しすぎて日々悲鳴を上げている作者です。

今回からまたしばらくウルトラ要素の強い回が続きます。
僕が「メビライブ」を書いていた当時に読んでくれていた方々には特に楽しんで頂ける話になっているかと。


『誰が兄とか、誰が姉とか…………そんなことは、どうでもいい』

 

 

 

『私達に……求められているのは……ウルトラマンの抹殺』

 

 

 

『果たすべき使命こそ……最重要事項。それ以外のことは……全て、些事』

 

 

 

『あなたも……わかっているでしょう————フィーネ』

 

 

 

 

 

 

 

 

固まった表情のまま口だけを動かして話す妹の顔が鮮明に思い出される。

 

末っ子でありながら極めて強い忠誠心…………もとい使()()()を備えていたフォルテは兄弟達の長であるフィーネも期待を寄せるほどの存在だった。

 

だが以前までの彼女はもういない。

 

かつての冷淡さはどこにもなく、地球人と共に日々を過ごしている様子はこれまでのフォルテ自身が嫌悪していた“余計なこと”そのものであった。

 

 

 

「………………」

 

暗闇の最中、ゴツゴツとした岩石に背中を預けながらフィーネは瞼を閉じる。

 

長男としての立場。

 

可愛い妹。

 

ダークキラーファースト——————今は追風春馬と名乗っている少年は自分の行動原理と言ってもいいものを悉く奪い去って行った。

 

かつて父から与えられた使命に背を向けただけでなく、奴はよりによってウルトラマンとなりこちらの大切なものを端からめちゃくちゃにしていく。

 

「………………」

 

欠けてしまうほどに奥歯を噛み締める。

 

許せない。許されるわけがない。お前が持っているものは自分から略奪したものばかりだ。

 

命令さえ————父からの指令さえあればすぐにでも地球へ降り立ち、奴を焼き払える。そうすればフォルテは自分達のもとへ戻ってくるはずだ。

 

奴を……ファーストを、一刻も早く始末しなければ。

 

「長男に…………お前の兄さんになるのはオレだ、フォルテ」

 

 

 

「おやおや、いつになく辛気臭い顔をしてるじゃないか」

 

声が聞こえた刹那、その方向を見ることなく腕を振るって熱線を撃ち出す。

 

同時に轟音と共に焼却される大地から空へと舞い上がる人影が一つ。

 

警告もなく発射された攻撃を軽々と避けたそれはフィーネの眼前に着地すると——————穏やかに笑いながら口を開いた。

 

「今のは死ぬかと思ったよ」

 

「できることなら本当に殺してやりたいがな」

 

「怖いねぇ。これまで仲良くやってきただろう?」

 

憎たらしい顔を視界に入れないよう下を向いたままでいるフィーネに構わず、不気味な笑顔を顔に貼り付けた悪魔はゆったりと続けた。

 

「君に是非頼みたい仕事があるんだ。もちろんお父さんの許可は下りているよ」

 

そう言って悪魔が渡してきたのは————1枚のチラシ。

 

地球人を競りにかけるという内容の他に雑なフォントで「用心棒大募集!」と記されている紙を眺めた後、フィーネは初めて顔を上げて悪魔と視線を交わした。

 

「これに何の意味がある?」

 

「確定的な情報はないから詳しくは話せないね。……ただ君にとっても興味深いことに遭遇するかもしれない、とだけ言っておこう」

 

「気に食わないな。お前の瞳には常に淀みがある。これからも同盟を結びたいというのであれば、さっさと腹の内を明かしたらどうだ?」

 

「悪いが私が協力関係を築いているのはダークキラーであって君達ではない。そこのところ、弁えてくれたまえよ…………人形くん」

 

周囲の空気が破裂せんばかりの緊迫感が漂い始める。

 

「————では、よろしく頼むよ」

 

最後に微笑みを浮かべながら去っていく悪魔を睨んだ後、フィーネは再度チラシへと目を落とす。

 

奴に言われたからではない。そこに記述されている“競り”とやらは、フィーネの心を掴んで離さない()()を秘めていた。

 

 

◉◉◉

 

 

「お出かけ、お出かけ、楽しいね〜」

 

「…………それ、やめて。……人の目が……気になる」

 

「えっ?」

 

満面の笑顔で繋いでいた手を振りながら歩いていた春馬にフォルテの指摘が突き刺さる。

 

私服姿の歩夢とかすみも加え、春馬達4人はとある目的のために人々の行き交う秋葉原の街道を移動している最中であった。

 

「ふふふっ、なんだか兄妹みたいだね」

 

「……そういえばなんですけど、その子って宇宙人なんですよね?外に連れてきちゃってよかったんですか?」

 

「大丈夫だよ。ほら、見た目はただの可愛い女の子だし」

 

フォルテの頭にもう一方の手を乗せながらにこやかにそう語る春馬にかすみが眼を細める。

 

「かわ……。まあ、問題がなければ別にいいですけど……」

 

渋々とした様子で引き下がったかすみをじっと見つめた後、表情を変えないままフォルテが口を開いた。

 

「中須かすみ。……言葉にしなければ……思いは……伝わらない」

 

「え?」

 

「あなたも……彼と手を繋ぎたいのなら……そう言えばいい」

 

「はっ……!?はははははい!?!?」

 

「え……かすみちゃん?」

 

「い、いやぁー!なぁにを言ってるんですかねこのお子様はぁ!?そんなわけないじゃないですかぁ!?」

 

図星を衝かれたように取り乱したかすみの姿に歩夢が目を丸くさせる。

 

何やら混乱してきた状況の中、春馬は変わらず幸せそうな笑みを浮かべては歩夢達に向けて言った。

 

「じゃあみんな一緒に繋ごうよ」

 

「ええっ!?」

 

「フォルテちゃんもその方がいいと思わない?」

 

「まあ……べつに……いいけれど」

 

「ようし決定!」

 

「ち、ちょっと待ってハルくん!あんまり横に広がりすぎると迷惑だから、ね……!?」

 

「そそそそそうですよ!」

 

「あっ、それもそうか……」

 

軽く肩を落とす春馬に歩夢とかすみは揃って珍妙な生き物でも見るような眼差しを注ぐ。恐らく冗談というわけでもないのが彼の油断できないところだ。

 

 

 

 

 

「それで…………ステラ先輩との待ち合わせ場所はどこでしたっけ?」

 

「もう少し歩いた先にある喫茶店だね」

 

しばらく経った後、何気なく尋ねてきたかすみにそう返す。

 

今回春馬たちがこうして街へ赴いているのは、ここ最近姿が見えなかったステラから連絡が入ったからだった。

 

わざわざウルトラサインを用いて「歩夢とかすみも連れて来てほしい」といった内容のメッセージを送ってきたからにはきっと他の同好会メンバーには話せないことがあるのだろう。

 

「……ステラ……。ハンターナイトツルギと……一体化している……ノイド星人ね」

 

「ツルギ……?——そういえば、フォルテちゃんは姐さんとちゃんと話したことなかったね」

 

どこか複雑そうな顔でいるフォルテに春馬がそう声をかける。今日フォルテを連れてきたのは、ステラとの顔合わせを済ませるという意味合いも含まれていた。

 

少々頑固なところがある彼女だが、きちんと話せばフォルテのことも受け入れてくれるはずだ。

 

「とっても綺麗でいい人なんだよ。俺とタイガの頼りになる姉貴分なんだ」

 

『はっ?おい、変なこと吹き込むなよ?』

 

「理解……した」

 

『するな!!』

 

「ぷははっ!」

 

ステラの話になった途端姿を表した霊体に思わず吹き出してしまう。

 

当初こそフォルテを警戒していたタイガ達だったが、こうして一緒に過ごしていく中で彼らも彼女の変化を感じ取ったらしい。以前ほどの緊張感は無くなっていた。

 

互いに歩み寄り、理解することができればわかり合える日はきっと来る。タイガ達とフォルテの関係は、春馬が望んでいたささやかな願いを体現したかのようなものだった。

 

「あ、もうすぐ着くね」

 

スマートフォンで待ち合わせ場所の位置を確認しつつ、春馬は顔を上げて数十メートル先にある建物を見やる。

 

数日間顔を合わせていなかった姉貴分に会えることに対して胸を弾ませながら、改めて足を進め——————

 

 

 

「ぎゃっ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

「えっ?」

 

一陣の風と共に春馬の真横を通り過ぎる人影が一つ。

 

「……あれ?」

 

先ほどまで並んで歩いていた歩夢とかすみの姿が視界の端から消えていることに気がつき、フォルテの手を握ったまま春馬は呆然と立ち尽くす。

 

「………………やられた」

 

 

「いきなり何するんですかぁぁああああああ!?!?」

 

「は、ハルくんーーーーっ!!」

 

フォルテが呟くのとほぼ同時に聞こえた叫び声に反応し、春馬は咄嗟に身体を前へ向き直した。

 

「なっ……なぁ!?」

 

そこに見えたのは真っ黒な衣服に身を包んだ男が歩夢とかすみを両脇に抱え、人気のない路地へと入っていく光景。

 

あまりに唐突な出来事に数秒間口を開いたまま唖然としてしまった。

 

「ちょっ……えぇ!?どういうこと!?誘拐!?」

 

「そのようね」

 

「意味わからないんだけどぉ……!?——ちょっと失礼!!」

 

「んっ……」

 

咄嗟にフォルテの身体を抱えた後、春馬は脇目も振らずにタイガ達の力をフルパワーで引き出しながら地面を蹴る。

 

『おいおい、白昼堂々人攫いか?』

 

『あの動き……地球人のものではないな』

 

「とにかく全力で追いつく!!」

 

しっかりとフォルテを抱き締めながら一般人達の隙間を潜り抜けて歩夢達が消えた路地へと方向転換。

 

街行く人々は目視できないほどの速度でチェイスを繰り広げている春馬達に気づく様子もなく、ただ突然吹き抜けていく突風に目を瞬かせていた。

 

 

 

 

 

「————またスラン星人です。やはり彼らが手足として使われているみたいですね」

 

物陰から一連の状況を目撃していた影がぽつりとこぼす。

 

手にしていた警棒のような物を折りたたんだ後、腰に下げていた拳銃らしき何かを取り出し————その人物は春馬達と同様に強烈な風を起こしながらその場から消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

「ハハハハハ!やってやったぜ!これで2人分の報酬だ!!」

 

跳躍し、かすみと歩夢を抱えながら寂れたビルの屋上に降り立った黒服の男の姿が()()()

 

男の外見が一瞬にしてバイオレットカラーの異星人へと変貌するのを見て、連れ去られた2人の顔は一気に蒼白した。

 

「ひぃい!?また宇宙人!?」

 

「は……離してください!」

 

「うおっ……!暴れんなコラ!!」

 

ジタバタと抵抗を始める2人を強引に押さえつけながら、宇宙人————スラン星人は移動を再開しようとする。

 

 

「待てええええええええッ!!」

 

それを追うようにして背後から飛んでくるのは少年の叫び。

 

後方から迫る追っ手(春馬)に舌打ちしつつ、スラン星人はすぐさまその場を駆け出してはさらに距離を開こうとした。

 

 

 

「なんだあいつ……!?速すぎない!?」

 

『この動き……まさかスラン星人か!?』

 

『トレギアの差し金か……それともヴィラン・ギルドの……』

 

「でもまだギリギリ詰められる距離ではあるよ!」

 

必死に足を振りながら春馬は目を凝らす。

 

フォルテを抱えているというのもあるが、人間の姿のままタイガ達の力を引き出すことに慣れていない自分に長期戦は不利だ。故に体力が大きく削られるのを覚悟で一思いに接近する必要がある。

 

チャンスはおそらく1回。逃せばこのまま2人は攫われてしまう。

 

「いち、にの————さんっ!!」

 

爆発的な勢いで加速した春馬がスラン星人へと肉薄。

 

「2人を離せッ!!」

 

「……!ハルくん!」

 

「なに……っ!?」

 

「うわっ!?」

 

すぐさま奴に飛びかかろうとする春馬だったが、すんでのところで避けられたことで派手に転倒してしまう。

 

「春馬先輩!」

 

「驚かせやがって……!」

 

「まずい……!」

 

一時的に動きは止められたものの、すぐに体勢を立て直したスラン星人は再びその場から走り去ろうと——————

 

 

 

 

「————よくやってくれました!」

 

「へ?」

 

直後、向かい側の柵を飛び越えてやってきた人影が一つ。

 

地面を蹴り、隣のビルへと乗り移ったスラン星人へ握りしめていた拳銃のようなガジェットの発射口を向けているのは…………オレンジ色のジャケットに身を包んだ少女。

 

「許可が下りてるのは一発だけ……。外さないようにしないと……!」

 

突然のことにぽかんとした表情で固まっている春馬の前に立ち、少女は深呼吸をしながらトリガーを引いた。

 

 

 

「————“メテオール”解禁!!」

 

その言葉……いや、号令と共に少女が撃ち出したのは青白い輝きを発している一発の弾丸。

 

「なっ……!?」

 

高い精度を備えて発射されたそれは吸い込まれるようにスラン星人の肉体へ————

 

「チィ!!」

 

「ぎょええええ!?」

 

「かすみちゃーーーーーーん!?!?」

 

「あっ」

 

————当たることはなく、奴は咄嗟に抱えていたかすみを盾にしたことで難を逃れた。

 

ヒットした弾丸は眩い閃光を拡散しながら膨れ上がり、かすみの身体をドーム状に包んでいく。

 

「クソ……!こんな邪魔が入るとは……!!」

 

スラン星人は半透明な檻の中に詰められたかすみを無造作に転がすと、歩夢だけを抱えたまま残像を描いて遥か遠方へと消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「も、申し訳ありません……。連れ去られた彼女は必ず救い出してみせますので……!」

 

「うぅ……すっごく怖かったです……」

 

「え、ええっと……」

 

相変わらず無表情のフォルテと涙目のかすみ、そして状況が読めずに戸惑う様子を見せる春馬。

 

3人に深く頭を下げた後、ジャケットの少女は一歩距離を縮めながら真剣な眼差しで口にした。

 

「追風春馬くん、ですよね」

 

「はい、そうですけど……」

 

「先ほどの宇宙人は……ヴィラン・ギルドの手先です」

 

「……!えっ……!?」

 

「奴らを取り締まるため、あなたにも協力して欲しいんです」

 

「ち、ちょっと待ってください!一体なにが起こってるんです……?どうして歩夢やかすみちゃんが狙われたんですか!?……ていうか、あなたは誰なんですか……?」

 

「当然の疑問ですね。……少し長くなるかと思うので、一緒に私達のオフィスへ来てもらえませんか?」

 

「オフィス……?」

 

柔らかな笑みを返しながら少女は春馬達に背を向ける。

 

その背中には————白い翼のシンボルが描かれていた。

 

 

「付いてきてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“それ”はなんの変哲もない雑居ビルの中にあった。

 

街中を通った際目に入ったとしても数秒後には忘れてしまいそうなほどに景色の中に溶け込んでいる場所。

 

「申し遅れました。私、カレンと言います」

 

春馬、フォルテ、かすみの3人は“カレン”と名乗った少女と共に長い階段を上っていた。

 

見たところ他にテナントは入っていないらしく、今建物の中にいる人間も春馬達だけのようだ。

 

 

 

 

「リーダー、戻りましたよ」

 

階段を上りきった先にあった部屋の扉を開け、奥の机に腰掛けていた人物にカレンは緩やかな表情でそう声をかける。

 

「ああ、ご苦労さま」

 

手にしていた資料から目を離し、微かに笑みを浮かべながら男性がそう返す。

 

中性的な顔立ちの彼は20代前半といったところか。「リーダー」と呼ばれるには少々貫禄不足な男性は春馬達を見るなり弾かれるようにして席を立った。

 

「おっ、君達が噂の!はははっ!会いたかったぜ!」

 

「は、はあ……?」

 

「こちら私達のリーダー、日々ノさんです」

 

そうカレンに紹介された男性は困惑する春馬の手を固く握り、子供のようにはしゃいだ様子で縦に振りだす。

 

よく見てみると彼もカレンと同じオレンジ色のジャケットを羽織っており、今立っているこのオフィスが何かしらの集まりの本拠地であるかのような印象を受ける。

 

「……ん?あいつは?」

 

「あ……そういえばお姿が見えませんね」

 

「ま、いっか。どっかでパフェでも食べてるんだろ」

 

 

「あ、あの…………あなた達は一体…………?」

 

蚊帳の外な会話を交わす男性とカレンを交互に見つめ、恐る恐る春馬は尋ねる。

 

男性は片手を腰に当て、窓から差し込む陽光を背にしながら………………誇らしげな顔で返答した。

 

 

「俺達は“GUYS(ガイズ)”」

 

傍らに立っていたカレンと目配せしつつ、彼は続ける。

 

 

「宇宙人絡みのあらゆる事件、あらゆる依頼に対応し、地球の平和を守る防衛組織————」

 

 

「——になる予定の、しがない民間警備会社です」

 

 

彼らの言葉を耳にし、春馬の瞳に輝きが宿る。

 

立ち並ぶ2人の笑顔には、相対しているだけでもひしひしと伝わるような覚悟が秘められていた。

 




そして放置されるステラとヒカリ。
……はい、ということでこの世界における防衛チームの皆さんがついに登場。元設定とはかなり違い、まだ巨大な組織にはなり切れていない駆け出し集団です。どちらかというとタイガのイージスに近い感じですね。

謎の少女"カレン"、そしてその上司"日々ノ"とは何者なのか……(すっとぼけ)


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第56話 みんなの誇り

ギャラファイ新作の情報量で灰になってました。
海外勢に加えてメビウス、それにまさかのツルギまで参戦とは……。今から冬が楽しみです。


「遅い」

 

落ち着いたBGMが流れ、隠れ家のような雰囲気を漂わせている喫茶店。

 

任務の際に身につけるコートのまま席についていたステラは、約束の時間を過ぎても姿を見せない弟分たちに対する苛立ちを誤魔化すように、傍らにある空のパフェグラスを指で軽く弾いた。

 

「一体どこで何してるのよ……。2つも食べちゃったじゃない」

 

『なにかトラブルにでも巻き込まれたのではないか?』

 

「……行き違いになってもまずいし、もう少しだけ待ってみましょうか。——あ、すみません抹茶パフェをもう一つお願いします」

 

カウンターの後ろを通った店員に追加注文しつつ、ステラは腰掛けていた椅子に座り直す。

 

 

…………これから自分達は、かつての戦友に会いに行く。単に同窓会気分で訪ねるのではなく、連携して一つの悪を打ち砕くために。

 

共通の知り合いを通して消息に関する情報は把握していたが、顔を合わせるのは実に4年ぶりだ。

 

「——はあ」

 

無意識にこぼれる小さな吐息。長い間胸の中で渦巻くこの感情の正体が未だにわからないでいる。

 

なぜだか“彼”に会うのが怖いと感じてしまう。

 

……コンプレックス。自分にないものを備えていた彼に、ある種の羨望のような気持ちを抱いてしまっているのだろうか。

 

実際に彼の前に立った時、きちんと目を合わせられるかもわからない。

 

「……ああもう、バカみたい。落ち着きなさいステラ。前と同じように振る舞えばいいだけの話でしょ。……普通に、自然に」

 

 

————パシャリ。

 

真横から飛んできたシャッター音に思わず身体が硬直する。

 

ステラは視線だけを左へ流し、赤らんだ顔のままいつの間にか隣の席に座りスマートフォンを構えていた黒髪の青年を睨んだ。

 

「ふふふふ……ステラちゃんのレアな表情げ〜っと————あ、待って。ここお店の中だから。ブレード出しちゃダメ。落ち着いて、ね?」

 

「本気で斬り刻むわよあなた」

 

青年に突きつけていたナイトブレードを懐にしまった後、にやけ面でこちらを見てくる彼————ノワールにそっけない態度で言う。

 

「今度は何の用よ。これからあなた達のところに向かうつもりだったんだけど?」

 

「いやあそのことなんだけどね、どうも面倒くさい事態になっちゃったみたいで……。君を迎えに行ってくれって頼まれちゃって」

 

「どういうこと?」

 

「とにかく来なよ。後輩くん達の方はもう着いてるみたいだ」

 

いまいち状況が読めないまま、ステラはカウンターにパフェの代金を添えながら言われた通り席を立つ。

 

相変わらず剽軽な調子で話すノワールの言葉の裏側に神妙な気配が感じられた。

 

 

(……なんだか嫌な予感)

 

 

◉◉◉

 

 

「が……がいず……?防衛、組織……!?」

 

突然降り注いできた凄まじい情報量に戸惑いつつも、春馬は目の前に立つ2人の男女に対して瞳を輝かせる。

 

「それってつまり……ウルトラマンに頼ることなく、地球人の力だけでこの星を守ろうとする人達ってことですよね!?」

 

「ん?ああ、そんなところだな。と言っても今のところ地球人は俺しかいないんだが————」

 

「すっ……すごいです!そんなものが結成されてたなんて!」

 

「お、おお……?」

 

興奮気味に詰め寄りながら力強く手を握ってきた春馬に圧倒されるかのように、青年————日々ノは半歩下がりながら苦笑。しかしすぐに返礼の如く笑顔を返した。

 

「ハハハ、驚くのも仕方ない。必要なものが揃うまでは水面下でしか活動できていなかったからな。でもこれからは違うぞ?バンバン悪い宇宙人を取り締まって!怪獣だって軽く倒せるくらいの装備も用意して!俺達は名実共に地球の平和を守る防衛隊になってみせる!!」

 

「おお〜!!」

 

「ふ……どうだ、君もウチに入るか?」

 

「是非是非!!」

 

「わ、後輩が出来ちゃいました」

 

 

「ちょちょちょちょーーーー!!ちょっと待ってください!!何が何だかさっぱりなんですけどぉ!?」

 

流れるように会話を弾ませていた春馬、日々ノ、カレンの3人の間にかすみの叫びが突き抜ける。

 

彼女とその隣で静かに立ち尽くしていたフォルテの存在を思い出したかのように「ああ」とこぼした後、日々ノは申し訳なさそうに苦笑いしながら言った。

 

「まずは説明が先か。ごめんな、つい気分が上がっちゃって」

 

「あ、今回の件については私から」

 

「じゃあ頼んだ」

 

「はい。——皆さんもお好きな席に」

 

先駆けて付近にあった椅子に腰を下ろしたカレンを見て、春馬達も同様に向かいの席へ座る。

 

落ち着いた、それでいて緊張感のある空気。

 

「……んっ!その前にお茶をお出ししないとですよね!」

 

「い、いえお構いなく」

 

「そんなことより歩夢先輩がどこに攫われちゃったかですよ」

 

「う、それもそうですね。……あ、リーダー代わりにお茶を淹れてくれませんか?」

 

「へいへい」

 

カレンの指示通り台所らしきスペースへと消えていく日々ノリーダーの背中を見送る。一体ここの上下関係はどうなっているのだろう。

 

気を取り直してと言うように咳払いをした後、緩んでいた表情を引き締めながらカレンは口を開いた。

 

 

「——さて、まず最初に把握して欲しいのは“ヴィラン・ギルド”についてですね」

 

「さっきも言ってましたね、それ」

 

「えーと確か……宇宙人達で構成されている犯罪組織でしたよね」

 

春馬の返答を肯定するようにカレンは無言で頷く。

 

タイガ達から話を聞いてみれば、以前内浦で遭遇した宇宙人達もヴィラン・ギルドの構成員らしい。奴らは地球上のあらゆる場所に潜伏し、悪事を働いているようだが……歩夢はその内の何かに巻き込まれてしまったのだろうか。

 

「ヴィラン・ギルドは武器や怪獣の取引を主体として活動していますが…………その目的は一貫して“ビジネス”。よりお金を稼ぐことができる方法があれば、そちらへ飛びつくのは当然と言えますよね」

 

「ちょっと待ってください、それって……」

 

「……まさか」

 

「はい。……ヴィラン・ギルドが近頃新たに商売として始めたのは————人身売買です」

 

言葉の端から感じていた嫌な予感が的中し、春馬とかすみは青い顔を並べる。

 

スラン星人を取り逃がした上に歩夢を助けられなかったことが心残りなのか、カレンは再び申し訳なさそうに目線を下げた。

 

「それもそこらの人間を適当に……ってわけじゃない」

 

その直後、5つのグラスが乗ったお盆を台所から運びながらやって来た日々ノの声が飛んでくる。

 

春馬、かすみ、カレンの前には冷えた麦茶を。端の方で静かに座っていたフォルテにはオレンジジュースらしき物を置いた後、日々ノは最後に残ったグラスを手に取ってはそれを呷った。

 

「あれっ、シュワシュワコーヒー……冷蔵庫にあったやつですか?」

 

「ん?ああ」

 

「それノワールさんのですよ。この前ニコニコしながらしまってたの見ました」

 

「げっ、マジで?しまった……こういう時ネチネチ言ってくるからめんどくさいんだよなアイツ……」

 

「ちゃんと買って返さなくちゃダメですよ?」

 

「わかってるよ」

 

「あ、あのー……」

 

「あっ!すまんすまん!脱線させちゃったな!」

 

慌てて空になったグラスをテーブルに置いた後、咳払いをしつつカレンに代わるように日々ノは口を開く。

 

「ヴィラン・ギルドが連れ去っている地球人には法則性があったんだ。ここ数ヶ月の間、失踪した人間の中で奴らが誘拐した者は漏れなく“スクールアイドル”だったんだよ」

 

「なっ……スクールアイドルだけを狙って、取引の商品にしているってことですか!?」

 

「その可能性が高いと俺達は睨んでいる」

 

「じ、じゃあ歩夢先輩も…………」

 

日々ノの話を耳にして、春馬の中で怒りの感情がぐつぐつと煮えてくる。

 

先ほどから何かを探るように視線だけを動かしていたフォルテは、部屋に充満していた沈黙を破るように小さな言の葉を舞わせた。

 

「確かに……地球人……それもスクールアイドルは……宇宙人にも……高い需要がある。奴らが手を出しても……不思議じゃない」

 

「…………そういえば君、見た感じ地球人ではないみたいだけど……彼らとはどういう関係なんだ?」

 

「えっ!?なんでわかって……!?」

 

「ああ、仕事してるうちに何となくわかるようになっちゃってな」

 

不意に細めた眼を向けながら尋ねてきた日々ノにギョッと肩を震わせ、春馬はあたふたと腕を振り回した。

 

彼らの組織——“GUYS”が宇宙人の扱いに関してどのような規定を定めているのかはわからないが、念のためフォルテの正体を悟られるようなことは避けたい。

 

「この子はその……俺の友達……いや、妹というか…………」

 

答えに詰まる春馬を見てただならぬ事情があることを察したのか、すかさずカレンが横から助け船を出そうとしてくれた。

 

「ダメですよリーダー、今のはプライバシーの侵害にあたります」

 

「ええっ?俺はただ純粋に……。……気に障ったならごめんな」

 

「い、いえ!」

 

「…………」

 

当のフォルテは至って冷静な様子のまま虚空を見つめている。

 

一拍置いた後、日々ノは気を取り直して次の言葉を紡いだ。

 

「ともかくだ。まだ大きなニュースにはなっていないが……全国で行方不明になっているスクールアイドルの数は16……いや、君達の友達も合わせると17になるな」

 

「皆さんが私達の存在を知らなかったように、この組織はまだヴィラン・ギルドに睨みを効かせられるような力は備わってはいません。……スクールアイドル達を救うためにも、GUYSの名を広めて抑止力として働かせるためにも、なんとしてもこの事件を解決しなくちゃいけないんです」

 

「協力してくれるか?追風春馬————いや、ウルトラマン!」

 

期待が含まれたまっすぐな眼差しを向けられ、春馬は一瞬たじろぐ。

 

平和を築こうとする彼らの熱意は本物だ。決して軽い気持ちでやっているわけではないことが伝わってくる。

 

ウルトラマンとして戦闘に身を投じることは以前よりかなり慣れはしたが、人間の奪還となれば求められる技術や知識がさらに増えてくるだろう。

 

できるだろうか。彼らと共に…………自分なんかが。

 

(————いや)

 

そう言いかけて思い留まる。

 

自分は1人なんかじゃなかった。……どんなものより頼りになる、3人の相棒(バディ)がいるじゃないか。

 

 

スクールアイドルを商売のために利用するなんて絶対に許せない。ヴィラン・ギルドを壊滅させて……歩夢も救い出す。

 

やるしかない。ここで動かなきゃ光の戦士を名乗ることはできない。

 

 

「……ん?」

 

ふと胸に引っかかる違和感。

 

焦りと共に浮かび上がってくるその正体に気がつくと同時に、春馬はこちらに視線を注ぐ日々ノを泳いだ目で見つめ返した。

 

「ウルトラマン……って言いました?俺のこと?」

 

「ああ、そうだけど」

 

「えっ……えっ!?」

 

「は、春馬先輩がウルトラマンさんだって知ってたんですか!?」

 

驚愕した様子で身を乗り出してきたかすみに日々ノの目が点へと変わる。

 

「……んん?なんか噛み合わないな……カレン、ちゃんと説明したのか?」

 

「話すべきことはきちんと伝えたつもりですが……」

 

「てことはあいつか?……まさかこの期に及んでまだ変な意地はってるんじゃ————」

 

 

 

 

「おっと、お集まりのようだね諸君」

 

直後、扉の方からかかった声に皆の意識が移る。

 

「あ……ああっ!?」

 

突拍子もなく部屋へと入ってきた2人の人物のうち————1人の姿を捉え、春馬とかすみは揃って素っ頓狂な声を上げた。

 

「「ステラ姐さん/先輩!?!?」」

 

「………………」

 

そこに立っていたのは日々ノ達と同じジャケットを身に付けた黒髪の青年と……深い蒼のコートをまとった姉貴分。

 

入ってきた2人を見やり、日々ノは少しだけ口角を上げながら言った。

 

「来たか」

 

「ふふふ、感動の再会だね2人とも————ん?おおっ!!」

 

「へ?」

 

テーブルについていた自分を認識してすぐにその場を駆け出した青年に怪訝な眼差しを向ける春馬。

 

両手で春馬の手を這うように包みながら、青年はやけに彼へと顔を近づけつつ口を開いた。

 

「やっと会えたね追風春馬くん……。君のことは全部ステラちゃんから聞いてるよ。ボクの名前はノワール。親しみを込めてノワール先輩と呼んでくれたまえ」

 

「は、はい……?」

 

「やめろ変態。困ってるだろうが」

 

「あ〜ん……」

 

名残惜しそうな顔で日々ノに引き剥がされていく青年に妙な感覚を覚えつつ、春馬は飲み込み切れていない状況に首を傾ける。

 

「えーっと……皆さんはどういうご関係なんですか?」

 

青年——ノワールと、そのそばに佇んでいたステラを交互に見つめた後、春馬の疑問を代弁するようにかすみは尋ねた。

 

「……ちょっとした知り合い」

 

深く被っていた帽子を取り、部屋の奥へと歩みを進めながらステラはそう答える。

 

どこか緊張している様子の彼女は日々ノの前で立ち止まると————顔を上げ、薄い笑みを浮かべながら口にした。

 

 

「————久しぶり、()()。……背、伸びたわね」

 

「ああ、久しぶり。お前は大して変わってないな」

 

「調子に乗らないで」

 

「はははっ」

 

冗談めかしく発せられた言葉と共に頭へ乗せられた手を振り払うステラ。

 

明らかに初対面のやり取りではない。むしろ旧知の仲であると言わんばかりの振る舞いを見せる2人に、春馬の脳内はクエスチョンマークで溢れていく。

 

…………いや、何よりも気にするべき点は、

 

 

「…………“未来”……?」

 

ステラが日々ノに向けて呼びかけた単語に反応した春馬がそれを復唱する。

 

「なんだ、やっぱり説明してなかったのか?」

 

「これからするところだったのよ。……少し遅れたみたいだけど、紹介するわ春馬」

 

口を開けたまま混乱した表情で視線を泳がせていた春馬にステラが語り出す。

 

 

「こいつが“日々ノ未来”。5年前……ウルトラマンメビウスと一体化して、闇の皇帝……エンペラ星人と戦った地球人よ」

 

 

「えっ……えっ?えええええええええええええっ!?!?」

 

驚愕と共に放たれた叫びが空気を揺らす。

 

それは春馬だけでなく、その中に宿っていた光の戦士のうち1人の感情も乗せられているようにも思えた。

 




ようやく素性が明言されました。(前回から隠すつもりはありませんでしたが)
ということで前作主人公、日々ノ未来も本格参戦。これでメビライブでの三大オリキャラが揃いましたね。
一方で情報が少なかった新キャラ、カレンのビジュアル公開です。


【挿絵表示】


ジャケットも実はメビウス本編のGUYSと違い、イージス寄りのデザインをイメージしています。

さて、集結した彼らが挑むのはヴィラン・ギルド。
果たして春馬は無事に歩夢を救い出すことができるのか……!?


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第57話 俺達の輝き


生まれて初めて購入した公式ペンライト(ニジガク仕様)が本日届きました。
ライブ……虹ちゃんのライブ……いつか現地で観たい……。


「フフフフフ…………」

 

至るところに設置されているモニターの怪しい光だけが周囲を照らすなか、情けない声が反響する。

 

ニヤついた様子で椅子に腰掛けているのは…………昆虫を思わせる触角が特徴的な宇宙人、マーキンド星人だ。

 

「なんて声出してやがる……」

 

「おや、いたんですか」

 

1枚の写真を見つめながら不気味に笑う同僚を見て、マグマ星人は引き気味な態度をとりつつも彼の手にしているものに映る人物を捉える。

 

写真の中に収められていたのは1人の制服姿の少女。なんてことのない地球人であるが……その顔には見覚えがあった。

 

「こいつ……前にあの学校にいた地球人か?」

 

「ええそうです。スクールアイドルの上原歩夢さんですよ」

 

「へえ。……なんで知ってんだ?」

 

「そりゃあもちろん……ふふふ……ファンですから」

 

唐突にそんなことを口にしたマーキンド星人にマグマ星人の懐疑的な眼差しが突き刺さる。

 

「なに言ってんだお前?」

 

「いやあ、それがですね……あの一件の後に彼女がスクールアイドルとして活動していることを知りまして。興味本位でライブ映像を見たところ……」

 

「ハマっちまったと?」

 

「そういうことです。いいですよぉ、歩夢さんは。清純な立ち振る舞いに健気な在り方……まさに尊さの体現者です」

 

「すまん、本当なに言ってんだ?」

 

片時も写真から目を離そうとしないマーキンド星人に呆れるようにマグマ星人は深いため息をつく。

 

商人気質と言うべきか、オタク気質と言うべきか。元から何かに入れ込むことが多々あった彼だが今回は特に重症だ。

 

たまに起こることなので別段気にかけることでもないが、今のマーキンドは少しだけ気持ち悪い。

 

「そうだ、スクールアイドルといや…………お前、あの話は知ってるか?」

 

「……ええ、聞いていますよ」

 

思い出したように切り出したマグマ星人の問いかけに、マーキンド星人は沈んだ調子で返した。

 

 

近頃自分たちの所属している組織————ヴィラン・ギルドでは、地球の文化である“スクールアイドル”をメインに置いたビジネスが計画されていた。

 

地球人に多大な人気を誇っているそれは、一部の宇宙人達からも支持を得ているという話はよく聞く。そこで上層部の宇宙人達は、地球から誘拐してきたスクールアイドル達を競りにかける“スクールアイドルオークション”なるものを開こうと画策し始めたのだ。

 

予想していた以上にスクールアイドルに心を奪われた富豪達からの参加申請が滝のように押し寄せ、なんと当初想定していたものの5倍の収益は手に入る見立てが出ているらしい。

 

「あなたはどう思いますか?最近の動き」

 

「……まあ、言いたいことはわかるぜ。俺も最近のギルドのやり方には少し思うところがあったからな」

 

ヴィラン・ギルドという組織は金儲けを企む宇宙人の集団がいくつも重なって生まれたもの。全体で見れば大きな連合かもしれないが、細かな繋がりで捉えると結束力は強くない。

 

「だからと言って考えなしに歯向かうわけにもいきませんからね」

 

「まあな」

 

依然として写真を見つめながら話すマーキンド星人から視線を外し、マグマ星人はため息と共に呟いた。

 

気づいた時にはもう犯罪に手を染めるような輩に成り下がっていた。自分も彼も……それ以外に生きる手段を知らなかったから。

 

多少周囲に迷惑をかけようとも生きるためならば仕方がない。そう思っていたからこそこれまでの行いに疑問は感じていなかったが…………近頃の組織の方向性に関しては別だ。

 

中には本格的に侵略行為に乗り出そうという者もいる現状、どこか置いてけぼりにされているような感覚に陥ってしまう。

 

「地球の女子供を誘拐して金儲け、か。なんかなぁ……。俺には向いてなかったのかねぇ、この仕事……」

 

「ちょっとやめてくださいよ、そういうの。こっちまで気分が落ち込むでしょう……」

 

こんな自分達にも良心というものが残っていたということに驚きだ。かといってすぐさま生き方を変えるなんてことには踏み出せないが。

 

 

「せめて、新しい働き口でも見つかればなぁ」

 

マグマ星人のアテのない言葉が、静かな闇に溶けていった。

 

 

◉◉◉

 

 

『あ、あんたが……メビウスと一体化していた地球人っ!?』

 

衝撃の事実を目の当たりにし、タイガは思わず春馬の身体から飛び出しては目の前にいる人物へ意識(パス)を繋げてしまう。

 

ステラから春馬達へ紹介が為された青年————日々ノ未来は身を乗り出した霊体に目を向けると、「おお」と嬉しそうに微笑んだ。

 

「君がタイガだな。ウルトラマンタロウの息子とは聞いてたけど……なるほど、確かに似てる」

 

「タイガのお父さんのことまで……」

 

驚きのあまり立ち尽くしている春馬に肩をすくめた後、どこか気まずそうに明後日の方向を見つめながらステラは口を開く。

 

「もう話は聞いてるでしょうけど……わたし達は囚われたスクールアイドルを救出するためにヴィラン・ギルドが開催するオークション会場へ乗り込むわ。……それでいいのよね?」

 

「ああ。できることならそこにいる幹部をとっ捕まえて、根っこに潜んでる奴らの情報も手に入れる」

 

「春馬も付いてくるんでしょ?」

 

「は、はい……それはもちろん……」

 

頭の整理がつかないまま話はどんどん先へと進んで行く。

 

日々ノ未来————ウルトラマンとして戦い、そして地球を救った人間。自分にとっての命の恩人であり、目標……。

 

伝えたいことも聞きたいことも沢山ある。もっと落ち着ける場所で、ゆっくりと話がしたい。

 

…………でも、今は()()()()()後回しだ。

 

 

「——俺にできることがあるなら迷う理由なんてない。……皆さんが考えていることについて、詳しく聞かせてください」

 

「いい返事だ」

 

力強く返答した春馬の瞳を見て、未来はうっすらと笑みを浮かべる。

 

彼は追いやられるように隅に佇んでいたノワールへ顔を向けると、口を閉じたまま視線だけで何かを示した。

 

「作戦については参謀担当のボクから説明するとしよう。……と、その前に必要な資料を人数分印刷してくるから、ちょっとだけ待っててくれないかな?」

 

指示を受けたように頷いた彼は皆の前へと踏み出し、いたって軽い調子で言葉を繋げていく。

 

「はぁ……?そんなのわたし達が来る前に済ませときなさいよ」

 

「ごめんごめん」

 

ステラからの尖った眼差しを受け流しつつそう言ったノワールは踵を返すと、どこか作為的な雰囲気を含んだ言動を残しながら部屋を飛び出してしまった。

 

 

しばらくの間漂い続ける沈黙。

 

「ステラ?」

 

「すぐに戻るわ」

 

何かに耐えかねるように歩き出したステラは、声をかけた未来に対して無機質な言葉を突き返す。

 

「……あっ、そうだ……!待って姐さん!その子について話したいことが————!」

 

「…………」

 

思い出したように立ち上がり、その場から去ろうとする彼女を呼び止めようとする春馬。

 

ステラは一瞬立ち止まり、端の席に腰を下ろしている銀髪の少女を一瞥するが…………すぐに意識を前へと戻し、春馬が話そうとしていることから逃げるようにオフィスから出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてこうなっちゃうんだろう」

 

心地いい風が吹き抜ける屋上。

 

疲れ切った身体を下ろし、膝の中に顔を埋めたステラは自分の中にいる存在へすがるような疑問を投げかけた。

 

『仕方がない。彼は一度選んだ道を引き返すことはしないだろう』

 

「そうよね。……だからこそ、わたし達がしっかりしなくちゃいけないのに」

 

どこまでも冷静なヒカリの意見を聞いて、ステラは未だ棘のような感覚が残る胸元へ恨めしそうに爪を立てる。

 

彼が————日々ノ未来がメビウスと共にエンペラ星人と戦ったのは…………その絶対的な脅威から仲間達と生きる場所を守るため。そしてそれは5年前の時点で達成されている。

 

彼に課せられた責務はもうないはずなんだ。……だというのに……。

 

 

「なにむくれてんだよ?」

 

階段を上りきる足音と同時に真横から降りかかる声。

 

ステラはすぐ隣にある青年の気配から目を逸らしたまま、若干の震えを含んだ声音で返した。

 

「むくれてない」

 

「いや、むくれてるだろ」

 

「むくれてないわよ!!」

 

「むくれてるだろ————!?」

 

不意に立ち上がったステラの表情が青年の視界に入る。

 

彼————未来は潤んだ瞳で自分を睨む彼女を正面に捉えると、僅かな間を持たせるように後頭部へと手を回した。

 

「どうしてまだ戦おうとするの?せっかく()()()()()()()()()に戻れたっていうのに、わざわざ危険な場所へ飛び込もうとする理由を教えて」

 

「なっ、なんだよそれ。そんなのお前に口出しされる筋合いないじゃないか」

 

「いいから教えてよ」

 

静かに、それでいて苛烈な剣幕を帯びたステラが詰め寄ってくる。

 

未来は何度か言葉を飲み込んだ後、迷いながらも彼女の問いに対して答えを示した。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………は?」

 

「考えてもみろ。一度あんな経験をした奴が…………その後でただ呑気な暮らしができると思うか?……それに気づいたんだ。ウルトラマンと俺達に、大きな違いはないんだって」

 

無意識に自らの左腕に視線を落とし、かつての相棒の姿を幻想しながら未来は続ける。

 

「ウルトラマンも地球人も……お前だって、この宇宙に存在する1個の命でしかない。どこの星で生まれたのか、なんてことは問題じゃない。その在り方を決めるのはいつだって当人の心だった。……今起こってる戦いだってそうだろ?」

 

そう未来が口にしたことから連想するのは————仮面で顔を覆った青い巨人。

 

おそらくはノワールを介しての情報だろう。やはり彼……いや、彼らも黒幕を把握している。

 

「この星に生きる多くの人々が平穏を望んでいるっていう見解は間違っちゃいない。でもそれを実現するには平穏を維持する人間だって必要だ。…………俺はあいつに応えたい。今もどこかで頑張ってる、ウルトラマンメビウスの友達として……胸を張れる生き方がしたいんだ」

 

まっすぐな眼差しが、ステラの瞳の奥を射抜く。

 

どれだけ押さえ込もうとも、どんな言葉をかけようとも決して曲がることがないであろう心の柱。

 

やっぱり彼は強い。自分では絶対にたどり着けない場所に…………日々ノ未来は立っている。

 

 

しばらく顔を合わせていない間————彼はすっかり大人になっていたんだ。

 

 

 

 

 

 

「…………なんか生意気」

 

「あ?」

 

「気に入らないわ、その態度。ちょっと背が伸びたくらいで気取ってんじゃないわよ」

 

「はあっ!?なんだよ急に!!自分が小さいままだからって!!」

 

「仕方ないでしょ宇宙ではここと時間の流れ方が違うんだから!!」

 

「うっせ知るか!……ていうか、なんだ“ステラ姐さん”て!普段後輩にどんな振る舞いしてんだ!?」

 

「あっ……!あれは!!あいつが勝手に呼んでるだけよ!!!!」

 

 

『やれやれ……』

 

子供じみた言い争いを繰り広げる2人を近くで眺めながら、ヒカリはため息と共に呟く。

 

時が過ぎ、それぞれの立場に多少の変化はあれど…………その関係性は健在であった。

 

 

 

「はぁ…………いい加減戻るか」

 

「ちょっと待って」

 

「なんだよ?」

 

ひとしきり言い合いを済ませた後、オフィスへ向かおうとした未来をステラが制止する。

 

「怪獣騒ぎの黒幕については……ノワールから聞いてるのよね?」

 

「ああ、トレギアっていうウルトラマンが原因だって……。……違うのか?」

 

「……間違ってはいないけど、不十分だわ。……よく聞いて」

 

そう返答した彼から一瞬だけ視線を外した後、ステラは数分前にすれ違った銀髪の少女を脳裏に浮かべる。

 

首を傾ける未来を再び見やり、彼女は重たい声音を吐き出した。

 

 

「奴には“ウルトラダークキラー”って呼ばれてる協力者がいる」

 

「ウルトラダークキラー……?何なんだそいつ?」

 

「——————」

 

直後、ステラが口にした言葉に未来の瞳が驚愕で揺らぐ。

 

それは地球を守るという大きな目標を掲げた彼にとって…………その決意をより強固なものとする動機になり得るには十分すぎるものだった。

 

 

◉◉◉

 

 

「え?かすみんだけお留守番なんですか?」

 

「ええ。あなたと歩夢は今回の事件に巻き込まれないよう警告するために呼んだのだけれど……歩夢は連れ去られちゃったみたいだし」

 

「えっ?」

 

「かすみちゃんは俺達が戻るまで同好会のみんなと……フォルテちゃんをお願い。何かあったらすぐに連絡してね」

 

「えっ?えっ?」

 

「フォルテちゃんはかすみちゃんの言うことをちゃんと聞いて、いい子にしててね」

 

「わかった」

 

「えっ!?」

 

早くも今夜に決行される救出作戦に備えて各々が準備を始める中、かすみは困惑した様子で辺りを見渡す。

 

「ち、ちょっと待ってください!これから向かうんですか!?宇宙に!?」

 

「正確には2時間後に地上を離れる敵の宇宙船に乗って、だけどね」

 

「急で悪いけど……あまり時間がないみたいなんだ。ごめんね」

 

「お留守番も立派な務めよ」

 

「ま、まぁ……今回私にできることはないみたいですけど……」

 

 

「そうでもありませんよ」

 

バタバタとした騒音が絶え間なく響くオフィスのど真ん中を駆けてくるのは……大きなダンボール箱を抱えた隊員、カレン。

 

彼女は衣装らしき物が詰め込まれたその箱を軽々とした様子でテーブルに乗せると、晴れやかな笑顔のまま言った。

 

「中須かすみさん、お化粧した経験はありますよね?」

 

「え?まあ、はい……」

 

「よかった!私だけじゃできるか不安だったんです!お手伝いをお願いしても?」

 

「いいですけど……どうしてメイク……?」

 

怪訝そうに目を細めるかすみに対し、カレンはどこか張り切っているような調子で続けた。

 

「先ほどの会議でご説明した通り、今回の作戦ではオークション会場に直接潜入することになります。その場で自由に動くための変装が必要になるんですよ」

 

「あ、そうか」

 

ノワールから説明を受けた作戦内容を思い出す。

 

彼の情報によれば、オークションに“出品”されるスクールアイドル達は皆同じドレスをまとって会場に連れて行かれるらしい。同一の物を身にまとえば……誘拐されたアイドル達に紛れてすんなりと潜入が可能というわけだ。

 

「なるほど。全員が隠れながらっていうのも限界がありますもんね。てことはステラ姐さんと…………あれ?」

 

何気なくダンボール箱に入っていた衣装を取り出した春馬の手が止まる。

 

中にあった真っ白なドレスは全部で2つ。その内ひとつはステラに丈を合わせたものだとすぐにわかったが…………片方はどう考えても()()()()()

 

作戦に参加する女性はステラとカレンのみ。しかし箱の中にある内のひとつは明らかにカレンの体躯には不釣り合いなものだと理解できる。

 

「カレンさんは姐さんと一緒に“出品組”で動くんですよね?」

 

「いいえ。私は日々ノリーダーと一緒に行動するので、そちらには向かえません」

 

「え?じゃあこれって……」

 

「春馬くんのですよ」

 

「はい?」

 

さらりと流すように口に出された言葉が脳みそに強く叩き込まれる。

 

数秒間呆然と立ち尽くしていると、視界の端でステラとかすみが面白がるようにニヤついた顔を浮かべているのが見えた。

 

「さあ、おしゃべりしている猶予はありませんよ。ステラさん、春馬くん、そこに並んで座ってください」

 

「は〜い」

 

「えっ!?ちょっ……えっ!?」

 

「ほらほらぁ、暴れちゃダメですよ先輩」

 

半ば強引に腰を下ろされた春馬がカレン、そしてかすみの手によって好き勝手に顔をいじられてしまう。

 

離れた場所からその光景を眺めていた未来、ノワールの表情には…………無意識に哀れみの感情がにじみ出ていた。

 

 




フォトンアース回で登場したマグマ星人とマーキンド星人に何やら変化が……?
次回はついに救出作戦が開始。
春馬はアイドル達に紛れるため女装することに…………!?
これはあくまで自然な流れで仕方なく起こった展開であって決して作者の趣味というわけではありません。いいですね、僕の趣味ではありません。好きですけど。


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第58話 エンカウント・ワルツ

YouTubeでメビウスのバーニングブレイブ回が配信されてたので久々に視聴しました。やっぱ好きだ……。
15周年の時には全話配信を期待したいですね。


「………………ん」

 

冷たい感覚が頬に伝わっていることに気がつき、ゆっくりと瞼を開く。

 

同時に身体を侵食する倦怠感。目覚めたのにもかかわらず視界を占領しているのは閉塞感のある暗がりだった。

 

「ここ、どこ……?」

 

徐々に暗闇に慣れてきた目を凝らし、上原歩夢は辺りに視線を巡らせる。

 

周りに状況を把握できるような物は一切ないが、四方を囲んでいる鉄製の壁、天井、床が自分は閉じ込められているのだと告げていた。

 

「あれから私……。ハルくん達はどこに————」

 

 

「……あん?起きてやがるぜこいつ」

 

直後、真上から差し込んできた光と共に怖気を覚えるような声音が降りかかってくる。

 

「おい女、騒ぐんじゃねえぞ。余計な手間はかけさせるな」

 

「……!」

 

開かれた天井の隙間からこちらを覗いているのは…………セミを思わせる容貌の怪人と、コブのように大きく肥大化した頭部を持った宇宙人。

 

地球人ほど表情の変化は読み取れないが、自分を威嚇しているということだけは肌で感じ取ることができた。

 

押さえつけるような言葉だけを残し、しっかりと天井を閉じ直した宇宙人達が去っていく足音を聞きながら、歩夢は鉄の壁に背中を預ける。

 

(そうだ、私……あのまま攫われちゃって……)

 

少しずつハッキリしてきた意識の中、最も新しい記憶である誘拐時の光景を思い出す。

 

身体に目を落としてみると、春馬達と一緒にいた時の私服はいつの間にか真っ白なドレスへと変化していた。

 

 

『ご来場の皆様、大変お待たせいたしました。只今より我々ヴィラン・ギルド主催————“スクールアイドルオークション”を執り行います』

 

遠くの方でうっすらと聞こえてくる不穏な知らせ。

 

突然突きつけられた理解しがたい事実に困惑する。

 

 

「…………みんな」

 

戦う力も武器も持ち合わせてはいない。

 

歩夢は身体を縮ませ、薄暗い空間の中で小刻みに震えることしかできなかった。

 

 

◉◉◉

 

 

「落ち着かないなぁ、この服……」

 

「こら、やめなさいそれ」

 

ガタガタと騒がしく揺れている狭苦しい空間。

 

身につけている白ドレスの裾をはためかせた春馬を肘で小突き、至って真剣な調子でステラは指摘する。

 

「任務中は常に誰かの視線が向けられていると思いなさい。今のあなたは女の子なんだから、それ相応の振る舞いを心がけるのよ」

 

「はっ……そうでした。今の俺はスクールアイドルの春美(はるみ)ちゃん。“はるみん”の愛称で知られる小悪魔系女子……」

 

「『俺』じゃなくて『私』ね。あとあなたに小悪魔は似合わないから、その設定は変えたほうがいいわ」

 

「えっ、そうですか?うーん、俺——じゃなかった……私じゃかすみちゃんみたいにはいかないか……」

 

後付けの長髪を整えた後、悩ましげな顔で春馬は腕を組む。

 

「ステラ姐さんはともかく……私、ちゃんと溶け込めますかね?すぐバレちゃうんじゃ……」

 

「いや、問題ないだろ」

 

「うん、可愛い可愛い」

 

「そうですかね?……えへへ……」

 

『照れるところか?』

 

未来とノワールの言葉にはにかんだ春馬にタイガが鋭く突っ込む。

 

しかし実際のところ丁寧に施されたメイクや付けまつ毛に加え、今のステラと同じくワンピースタイプのドレスに身を包んだ彼は真実を知らない者が見れば疑わないレベルで女性として馴染んでいる。

 

さらには胸元に詰め物までしている徹底ぶりだ。作戦遂行に支障をきたすようなことはおそらくないだろう。

 

カレンと……ここにはいないかすみの働きは、想像よりも満足のいくものに仕上がっていた。

 

 

「——では、改めて作戦の確認を」

 

ふと手元の資料に目を落としながらそう口にしたカレンに皆の意識が集まる。

 

現在春馬たちがいるのは————オークション会場となる予定の巨大宇宙船、その端に位置する格納庫だ。

 

積荷に紛れて箱の中に身を潜めていた5人は、この宇宙船が地上を離れたのと同時にアイドル達の救出作戦を開始する手筈である。

 

「“出品組”の春馬くん、ステラさんはわざと構成員に捕まることで自然な流れで囚われているアイドル達と合流、居場所を掴みます。私と日々ノリーダーはその間、脱出の際に使用する小型宇宙船が格納されている場所を特定するため、別行動です。……ノワールさんは——」

 

「非常時に会場を混乱させるのと……無事アイドル達の救出を終えた春馬くん達を脱出ポイントへ誘導する役回りだね。……今からゾクゾクしてきたよ」

 

「必要なとき以外は余計な動きはしないでくださいね」

 

「ふふ……何を余計と捉えるかにもよるね、それは」

 

「ノワールさん」

 

「わかってるわかってる」

 

カレンに釘を刺されるノワールを尻目に、春馬は少しだけ口元を引き締める。

 

この作戦が失敗すれば、自分達だけでなく誘拐されたスクールアイドル達の命までも危険にさらすことになる。

 

役に立たなければ。……きちんと与えられた役をこなして、絶対に成功させなくてはいけない。

 

「あまり気負うなよ、春馬」

 

「え?」

 

不意に投げかけられる穏やかな声。

 

顔を上げた先にあったのは、透き通った眼差しでこちらを見つめる未来の姿だった。

 

「俺達が付いてる」

 

「未来さん……!はいっ!」

 

不安げだった春馬の表情が晴れていく。

 

日々ノ未来————GUYSのリーダーでもある彼だが、非常時の際には純粋な地球人である彼の安全が懸念される。それでもこうして余裕を保っていられるのは……やはり、それなりの場数を踏んでいるということなのだろうか。

 

「——お、動き出したな」

 

「始めますか」

 

「ああ。作戦中は定期的に俺達から連絡を飛ばすようにする。その時は各自状況を報告するように」

 

「わかりました!……って、あれ?ちょっと待ってください!」

 

大きな揺れが伝わったと同時に満を持して行動を開始しようと立ち上がりかけた未来達に春馬が手を伸ばす。

 

作戦内容は十分把握できている……が、ひとつだけ不可解な点があった。

 

「俺——私と姐さんはともかく、皆さんはどうやって通信を?」

 

未来、カレン、ノワールの3人がジャケットの中に装備しているのは…………携帯型警棒と“光の檻”を形成する拳銃型ガジェット。無線機の類があるとは聞かされていないし、彼らから持たされてもいない。

 

タイガ達やヒカリが付いている春馬とステラはテレパシーを用いることができるが、未来達はどのようにして指示のやり取りをするつもりなのだろう。

 

「ああ、その点は問題ない。な、カレン?」

 

「はい。この宇宙船……いえ、たとえ違う星にいたとしても()()()は届きますから」

 

「え……?それってどういう……」

 

「詳しいことは後だ。——さあ行くぞ!GUYS,sally go!!」

 

「「G.I.G!!」」

 

「おおっ!?なんですかそれ!?かっこいい!」

 

「駄弁ってる時間はないわよ」

 

「わっ!?」

 

号令とそれに応える掛け声を発したGUYSの面々を見て瞳を光らせている春馬の手を引き、ステラは軽やかな身のこなしで隠れていた荷台から飛び出していく。

 

別行動をする予定の3人に別れの目配せをしつつ、春馬とステラは横並びで駆け出すと奥に見える黒い通路を目指した。

 

「さっきのいいですね。俺達も何か掛け声作りましょうよ」

 

「遠慮しとく。なんか恥ずかしいし」

 

「え〜!?」

 

「あと男の子出ちゃってるわよ。気をつけて」

 

「あっ………………はるみんですっ♡」

 

「完璧」

 

お墨付きをもらって力強くガッツポーズをする。日頃から女の子らしさ全開なかすみを参考にして組み上げた設定に抜かりはない。

 

さて、自分たちの役割は……歩夢を含むスクールアイドルの居場所を突き止めること。

 

————そのための最初の仕事だ。

 

 

「お願いしていい?」

 

「わかりました。……きゃあ〜!」

 

2人で走るには少しだけ窮屈に感じる通路を進んだ先に見えた警備員らしき宇宙人達に向けて迫真の悲鳴を上げる。

 

ヴィラン・ギルドの構成員ではない者が船内をウロウロしているという事実はすぐさま奴らの意識を春馬達へ釘付けにしてしまった。

 

「——おい!なんだお前ら!!」

 

「ん?このドレス……こいつら、オークションに出す予定の商品じゃないか?」

 

「チッ……どうやってあそこから抜け出したんだ?」

 

黒いヘルメットと防弾服に身を包み自動小銃を抱えた2人の構成員。

 

奴らは慌てて春馬達のもとへ駆け寄ると、無抵抗な2人を乱暴に押さえつけるようにして壁際に拘束した。

 

「い、いやぁ……!離してぇ……!」

 

「おとなしくしやがれ!!」

 

自分でもびっくりするほどの演技力に思わずにやけてしまいそうになるのを必死にこらえる。しずくにも負けない大女優(?)になれてしまうかもしれない。

 

一方で余りにも熱が入りすぎている春馬を見て、ステラは感心しているような、それでいて引いているような表情を浮かべていた。

 

「おい、こいつら倉庫の方に戻すぞ」

 

「面倒くせえなぁ……」

 

そう言って自分達を連行しようとする宇宙人達を見て、またも春馬は内心のガッツポーズ。

 

出だしは順調だ。このまま連れられて行けばすぐに歩夢が囚われている場所に——————

 

 

 

「……なあ」

 

「あん?」

 

「やっぱり1人ぐらいくすねても……いいんじゃねえか?」

 

——直後に背筋を駆け抜ける悪寒。

 

 

「お前なぁ……」

 

「なあいいだろ?バレやしないって」

 

「やるなら後始末までしろよ。何かあっても俺は無関係だからな」

 

「わかってるって」

 

嫌な空気が漂い始めたのを察知し、春馬とステラは揃って額に冷や汗をにじませた。

 

「と、いうことで……嬢ちゃんは行き先変更だ」

 

「えっ……!?」

 

「怖がるこたねえって。……騒ぎさえしなければな」

 

「ちょっ、まっ————!!」

 

春馬の腕を掴んでいた構成員が突然進行ルートを変更し、傍らにあった曲がり角へ強引に連れ去られてしまう。

 

壁に挟まれて姿が見えなくなる直前、ステラもまた予想外の事態に今にも頭を抱えそうな顔を春馬に向けていた。

 

 

◉◉◉

 

 

「い、いやっ!離して!あなた達なんなのッ!?」

 

 

『おおっとこれまた活きのいい娘だぁ!!さてスタートのお値段は〜?』

 

 

 

 

 

 

 

 

少女の悲鳴に司会の弾んだ声、そして満員の観客席から起こる拍手。

 

 

遠くから聞こえる不協和音に奥歯を軋ませる。

 

くだらない。取るに足らない。どうでもいい。今現在立っているこの場に対して失望以外の感情が湧いてこない。

 

自分がこうしてこの場所にいるのは…………仮にも“父”がそうであれと考えたからだ。あの方が一瞬でもそのような意向を見せたからだ。

 

本来与えられている使命からは大きく外れている。故にこの場で起こる全ての事象は自分にとって些事であると言えるだろう。

 

 

「…………度し難いほどの劣悪さだ」

 

次々と“商品”が運ばれてくるステージから最も離れた壁際に寄りかかりながら、少年は見るに堪えない光景に対して瞼を閉じる。

 

 

我が身可愛さに己の欲望に突き動かされている汚らわしい愚者ども。

 

果たすべき使命も大義も持ち合わせていないような馬鹿があちらこちらで笑い、泣き叫んでいる。

 

……この腕を振るい宇宙船ごと何もかも焼いてしまうのは容易い。だがその行為は自分をこの場所へ導くことを許可した父への裏切りに値する。

 

堪える他ない。許されている選択肢はただ静かにこの景色を見守り、時が過ぎるのを待つことだけだ。

 

————しかし、

 

 

「さすがに……このままというのも退屈だな」

 

踵を返し、少年は後方にあった大扉に手をかけてはオークション会場として使われている大部屋から歩み出ていく。

 

この宇宙船は無駄に広い。散策するだけでもそれなりに時間は潰せるだろう。

 

 

「ここは既に宇宙空間……そう邪魔が入ることもない。…………これぐらいの暇つぶしなら、許容範囲だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぅ……っ!」

 

「ようこそ俺の部屋へ」

 

両腕を背後で縛られたまま無造作に床へ転がされる。

 

黒い防弾服の宇宙人は埃っぽい物置のような一室まで春馬を連れてくると、床に伏している彼の姿に舐め回すような視線を注いだ。

 

「やっぱあの辺りの女にしては長身だな。……いいねぇ、俺好みだ」

 

「おr——わ、私に……なにをするつもりだ?」

 

想定外の事態にざわついている心を落ち着かせた後、春馬は自分を見下ろす構成員に鋭利な瞳を向ける。

 

奴はヘルメットを外すと、その不気味な顔面————“ダダ”としての正体を露わにしながら眼下に横たわる獲物へと口にした。

 

「へへへ……せっかく手に入れた上玉だ、殺しはしないさ。お前にはちょっとばかし俺の趣味に付き合ってもらおうと思ってな」

 

「趣味……?」

 

「ああ。——そら、見てみろ!!」

 

どこかウキウキとした調子で言い放ったダダが後方にあった薄汚いカーテンを勢いよくまくる。

 

拷問でもするつもりなのだろうか。きっとその手の器具を大量に隠していたに違いない。

 

春馬は思わず瞑っていた瞼を恐る恐る開き、そこに敷き詰められていた凶器の数々を視界に捉え——————

 

 

「…………ん?」

 

————ようとした矢先、考えていた物とは一切結びつけられないような光景が飛び込んできた。

 

口を開けたまま間の抜けた表情を浮かべている春馬の目の前に突きつけられたのは…………壁一面が埋まるほどに吊り下げられた“衣装”。

 

ただの婦人服ではない。婦警風の制服やメイド服、アニメ調にアレンジされた衣類————すなわち“コスプレ衣装”と呼ぶに相応しいものがぎっしりとそこに掛けられていたのだ。

 

「え……えーっと……?」

 

「待ちわびたぜこの時を……。いつか地球人の女を攫って、思う存分辱めてやりたいと思ってたんだ……!」

 

「辱めるって……?」

 

「へへ……決まってんだろ。この衣装達を全て着せ替えて、羞恥に染まった姿をレンズに収めてやるんだよ」

 

そう早口気味にまくし立てたダダがどこからともなくカメラを構えだす。

 

どこから突っ込むべきだろうか。この宇宙人…………様子を見る限り本当に写真だけを撮るのが目的のようだ。仮にもヴィラン・ギルドの構成員がそれでいいのか。

 

(けどちょっとだけ安心した……。これなら落ち着いて隙を探ることができ————)

 

 

「っしゃ……じゃあとりあえずその服は脱いでもらおうか」

 

「へ?……えっ!?はっ!?ちょっとちょっと!!ストップストップストップ!!」

 

「うおっ!?暴れんなクソガキ!!痛いことはしねえから静かにしてろ!!」

 

「キャアアアアーーーーーーーーッ!?!?」

 

突然スカートをめくり上げようと手を伸ばしてきたダダから身をよじらせて後退。

 

女の子の装いをしているせいか。執念にも似た感情を漂わせている奴が肉薄するだけでも、自分の中にある何かが汚されてしまうという予感が春馬に身の危険を覚えさせた。

 

(ヒィーーーー!?助けてみんなぁ!!)

 

『こんな奴1人でもなんとかできるだろ?』

 

(足がすくんじゃって動けないの!!)

 

『ったくしゃあねぇ!俺に任せとけ!』

 

 

 

「へへへ……おとなしくしてろよ……?でないと着せ替えよりもっと凄いことしちゃ————ウブッ!?

 

刹那、春馬の自由を奪っていた縄から瞬時に抜け出た平手が旋風の如くダダの頬に叩き込まれる。

 

フーマの意識によって繰り出された打撃を受けた奴は、その一発で吸い込まれるように地面へ倒れると簡単に気を失ってしまった。

 

『縄抜けも得意分野でね』

 

「……大好きだよフーマ」

 

奴に触れられそうになった箇所を守るように自分の身体を抱いた後、震える声で春馬は呟く。

 

「うぅ……すごく大事なものを失った気分……」

 

『大丈夫か春美?』

 

『少し休んでいった方がいいのではないか春美?』

 

「ううん。みんな頑張ってるから……こんなことで尻込みしてちゃダメだよ……」

 

『よっしゃ、その意気だぜ春美』

 

「頑張る……」

 

わざとらしく名前を連呼してくるタイガ達に微妙な表情で返しつつ、急いで立ち上がり部屋を飛び出す。

 

本来のルートからどれだけ外れてしまったのだろうか。とりあえず記憶を頼りに先ほどの通路まで戻らなければ。

 

「ぐぅ……順調にいくはずだったのに……!」

 

こうしている間にも歩夢は……囚われているスクールアイドル達はもっと怖い思いをしているはずだ。

 

……一刻も早く、彼女達を助けないと。

 

 

 

 

「うわっ!?」

 

「——————」

 

ウィッグの長髪をなびかせながら必死に黒い道のりを走っていたその時、思いがけず曲がり角から現れた人影と衝突。

 

「ご、ごめんなさ……」

 

派手に尻餅をついてしまった直後、春馬は反射的にそう口にするが…………すぐに好機であることに気がつく。

 

遭遇したのがヴィラン・ギルドの構成員であるならば、当初の予定通りわざと捕まることで先に潜入しているステラ達と合流することができるはずだ。そうなれば狂ってしまった作戦を立て直せる。

 

 

…………が、しかし、目の前に佇む影からは何の反応も見られなかった。

 

 

「…………?」

 

顔を上げ、改めてぶつかった相手に意識を向ける。

 

 

「——————」

 

黒地のズボンに黒地のシャツ。刃物のように尖った瞳に銀色の頭髪。

 

冷たい視線でこちらを見下ろしているその“少年”に、春馬は1人の少女の面影を重ねていた。

 

 

(……フォルテ……ちゃん……?)

 

 

髪色が銀であるという以外には何の共通点もない。

 

けれども彼がまとっている無機質な雰囲気は————かつて自分達と拳を交えた少女との繋がりを自然と連想させるものであった。

 

 

 

 




作戦が始まってすぐ面倒事に巻き込まれていく。
そしてヴィラン・ギルドの用心棒として会場に来ていたフィーネがついに春馬と邂逅。さらなる波乱の予感が……。

前の話でも匂わせていましたが、カレンは地球人ではありません。
彼女がどこの惑星出身かは……今回の会話パートで何となく察した方もいるのではないでしょうか。

驚きの展開が続くスクールアイドルオークション編。
次回はついに"あの男"が動く……!?


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第59話 ダークキラー兄弟


ニジガク3rdアルバム……(遺言)


「“ダークキラー”は……私とあなたを除いて…………あと3人、存在する」

 

 

フォルテが追風家に住むようになってしばらくが経ったある日の夜。

 

春馬とタイガ達は……トレギアとその周囲にいる敵の情報について、フォルテから知りうる限りのことを尋ねようとした。

 

そんなやり取りの最中————彼女はいつもより沈んだ調子で、“兄弟”の話をしてくれたのだ。

 

「私達は……光の巨人を滅ぼすという一つの使命を果たすためだけに造られ、彼らに似せた力を父から与えられた存在。それは……あなた達も……その目で、見たはず」

 

「うん。……俺達と戦った時、君はまるでウルトラマンみたいな姿に変身してた」

 

『光の国でも指折りの実力者……ウルトラマンエース』

 

テーブルの向かい側で淡々と語るフォルテに春馬とタイガが同時に頷く。

 

フォルテの真の姿である“ダークキラーエース”は…………光の国の戦士である“ウルトラマンエース”を模倣したような外見だった。

 

そしてタイガの話を聞いているうちに、見た目だけではなく光線を応用した切断技等を扱うという点も彼そっくりであることが窺える。

 

「きちんと見たことはない……けれど、他のダークキラーも……父から……ウルトラマンの力を……与えられているはず」

 

『父、ねぇ……』

 

『ウルトラマンを倒すために、ウルトラマンと同じ力を持たせた存在を生み出す……。そんな芸当ができる君の父とは……いったい何者なんだ?』

 

「……詳しいことは……私にも……わからない。……けれど、とてつもない力を……有していることは……確か」

 

そうタイタスの問いかけに答えたフォルテが眉間にしわを寄せる。

 

改めて考えると末恐ろしい。トレギアと協力関係にあり、ウルトラマンの能力をコピーできるという彼女の“父親”は……光の国と真正面からぶつかり合えるだけの力を持った存在というわけだ。

 

加えて少なくともあと3人、春馬達は残るフォルテの“兄弟”と戦わなくてはならない。

 

「ねえ、フォルテちゃん」

 

「ん……」

 

「教えてくれないかな…………君と一緒にいた、“兄弟”達の名前」

 

それは本能的に湧いてきた疑問だった。

 

ダークキラー…………打倒ウルトラマンを目的に造られた人形。かつての春馬——ファーストも試作品としてその中に数えられていた。

 

目を逸らしてはいけない過去に大きく関わる者達。その名を知るのは……自分にとってとても大切なことだと思ったから。

 

「その……兄弟というのは……私にはあまり、わからない感覚……なの。……あなたが気にすることでも……ないと思う」

 

「ううん。……上手く言えないけど、覚えておかなくちゃいけない気がするんだ。俺だって……元は同じだったんだから」

 

戸惑うように顔を俯かせたフォルテにまっすぐな視線を送る。

 

迷うような沈黙の後、背筋を伸ばしながら緊張した様子で自分を見つめる春馬に向けて、ため息交じりに彼女は言った。

 

 

「……あなたを除いて……最も早くに……造られたのは——————」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——————“フィーネ”という……私達を束ねる……役割を持った……ダークキラーの“長”。

 

 

「……………………………………」

 

 

見ている。全てを覆いつくしてしまいそうなほどに深く、真っ暗な瞳の中に自分を収めている。

 

逃れる術はないと直感で理解させられるような底なしの闇。

 

鳥肌が止まらない。初めてフォルテと出会った時とは比べ物にならない怖気が襲ってくる。

 

(……間違い、ない)

 

一目見た瞬間、眼前に立つこの少年が彼女の“兄弟”の1人であると……すぐにわかった。

 

 

「……す、すみません……でした」

 

形容し難い寒気から脱するため咄嗟にその場を離れようとする。

 

「待て」

 

……が、そう易々と切り抜けることは許されなかった。

 

金縛りにでも遭ったかのように青い顔で硬直している春馬のもとに歩み寄り、少年は銀髪の隙間から鋭利な眼差しを覗かせながら口を開く。

 

「澄んでいるな」

 

「へっ……?」

 

壁際に春馬を追い詰めながら、少年は彼へと肉薄。

 

「あ……あの…………っ?」

 

「オレと違って……奥の方までよく見える。……歩んできた道のりが違うと、こうも差が生まれるんだな」

 

あと1センチもあれば触れてしまうような距離を保ったまま、彼は氷にも等しい冷めた声音を発している。

 

少年がまとっている感情が読み取れない。無感情というわけではないはずなのに、彼が感じている心の色が伝わってこない。

 

「オレ達にはやるべきことがある。何よりも優先すべき……使命がある」

 

何かを探るように春馬の瞳の中へ視線を潜らせた後、彼になんの違和感も覚えさせることなく、

 

 

「何故お前は堕落した?————誰よりも勤勉であるべき、“ファースト”であるお前が」

 

少年は、目の前にある首を握り潰そうとした。

 

「ぁ…………ッ……!?」

 

お世辞にも筋肉が付いているとは言えない少年の細腕が春馬の首元を力強く捉え、雑巾でも干すかのように彼を容易く壁へ磔にする。

 

『なっ……!?春馬!!』

 

「…………っ……!!」

 

タイガ達の力を借り、反射的に首にかけられた手を引き剥がそうとするがまるでビクともしない。岩にでも挟まれているかのようだ。

 

(なん、て……力…………ッ!!)

 

栓をされた喉元を解放しようとしつつ必死に息を吸う。

 

壁に押し付けられ、ろくに身動きもとれずにいる春馬を眺めながら、少年は徐々に片腕へ力を込めていった。

 

「お前のこれまでの行いは全て見てきた。使命に背き、妹を誑かし、挙げ句の果てにはオレから“長男”であるということさえ剥奪しようとしている」

 

バレている。自分が追風春馬だということも、何もかもが筒抜けになっている。

 

今目の前にいるのは……フォルテ達ダークキラーの長、フィーネ。彼の言動からそう確信を得ることができた。

 

「……ああ、わからない。どれだけ時間をかけても理解に苦しむばかりだ。()()()()()が……“スクールアイドル”なんてものが……なぜ地球だけに留まらない衆目を浴びている。……いや、そんなのは些細なことか。1番に疑問がわいてくるのは……妹に関してだ」

 

「…………!?」

 

直後、冷たかったフィーネの瞳に熱が帯びる。

 

全てを焼き尽くさんとする眼差し。それは春馬に向けて放たれた憎しみの感情に他ならなかった。

 

「最後に生まれた子でありながら……フォルテは兄弟の中でもオレに並ぶほど父に忠実だった。だが今はどうだ。地球の文化に触れ、汚染されたあいつは有ろう事か滅ぼすべき相手のもとへ行ってしまった。ウルトラマンであるお前のもとへ。……オレは誰よりも、(あいつ)を想っているというのに」

 

フィーネの言葉を耳にした春馬の奥歯が軋む。

 

彼も以前までのフォルテと同様、与えられた使命に準じた行動だけを重視しているのだろう。だからこそ彼の言葉は認められない。

 

憎しみを抱くよりも先に、その対象を理解していない————しようともしていない人間が、一体どれほどのことを汲み取れる。使命だけに目を向け、自分にも……妹にも関心を持とうとしない者が。

 

「……君が、今までどんなことを……教えられてきたのかは……知らない……!……けど!少なくとも……君の言葉に、自我は感じられない……ッ!」

 

「…………なに?」

 

「他人から与えられた使命がそんなに大事なのか!?……なんで迷いもせずに……そう決め付けられるんだ!!」

 

わずかに流れ込んでくる空気を取り入れながら、春馬は胸に秘めていたことを全霊に叫ぶ。

 

フィーネは不快げに眉をひそめると、春馬の首に絡ませていた右腕の握力を一層強めた。

 

「失敗作が……お前とオレ達を同列に語るな。ウルトラマンを抹殺するという明確な目的を持って生まれた————それ以外に理由は必要ない」

 

「…………ちがう。……違う、違う……っ!」

 

薄れていく意識の中、眼前にある冷徹な顔を睨みながら言葉を返す。

 

 

「俺も、フォルテちゃんも……君だって——————この宇宙に生まれた、一個の命じゃないかッ!!!!」

 

残されていた力の全てを両椀に捧げ、春馬は自分の命を絶とうとしているフィーネの手を左右へ歪曲しようとする。

 

…………しかし、瞬きの間に事態は思わぬ方向へ舵を切った。

 

春馬が力むよりも前に————フィーネは自ら彼の首から手を離し、突然驚異的な速度のバックステップで距離をとる。

 

「ゲホッ!ゲホッ……!…………えっ……!?」

 

直後に2人の間を断ち切るように着弾する()()()()()と“影”。

 

風のようにその場に現れたかと思えば、脱力し地面へ倒れこもうとした春馬の身体を抱きかかえたその人物は————フィーネが退避した方向を見やると、余裕に満ちた薄ら笑いをにじませた。

 

「大丈夫かい、子猫ちゃん?」

 

「こね……?——あっ……!」

 

背中と脚に伝う両手の温もり。

 

自分を抱えていた人物の横顔に視線を移すと…………そこには春馬も見覚えのある青年がいた。

 

「の……ノワール……先輩!?」

 

「そうとも、かわいい後輩くん。……この場はボクに任せて、君は先を急ぎたまえ」

 

「えっ?えっ?あ、あの…………!」

 

「ほらダッシュ!」

 

「はいぃ!!」

 

地面に降ろした後、スカート越しに春馬の臀部を引っ叩いては彼に離脱を促すノワール。

 

「……さて」

 

慌てて後付けの長髪を翻した春馬が後方へ遠ざかっていくのを確認した後、崩れたジャケットを直しつつ剽軽な声で彼は言った。

 

「ようやく会えたね、“皇帝もどき”の息子くん」

 

「…………なんだお前」

 

「そうだねぇ……ま、わかりやすく君達の叔父さんとでも名乗っておこうか」

 

「邪魔だ、消えろ」

 

「ハハハッ……!!」

 

ふたつの影が衝突し、狭苦しかった通路が()()()()()()

 

小惑星にも等しい巨大な宇宙船の一端で勃発した“小競り合い”は、船体を丸ごと傾けかねないほどの衝撃を生み出した。

 

 

◉◉◉

 

 

「——歩夢!」

 

今まさにオークションが進行している会場。

 

1人ずつ舞台に放り出され競られていく状況の中、袖の方で固められていたスクールアイドル達に紛れたステラが見知った後ろ姿に声をかける。

 

「……!す、ステラさん…………!?」

 

「しっ。あまり大きな声を出さないで」

 

「う、うん……」

 

誘拐され、この場に集められていたスクールアイドル達と同じ白いドレスに身を包んだ歩夢が安堵から胸をなで下ろす。

 

わけも分からないままこんなところに連れてこられて……今まで不安で押しつぶされそうになっていたはずだ。今すぐにでも全てのアイドル達を助け出したいところだが……宇宙人達が一箇所に集結し、監視の目が効いているうちはそれも難しい。

 

「今、ここにいる全員を助けるために……みんなが頑張っているところなの。このままいけばきっと全部上手くいく…………だから、もう少しだけ我慢して」

 

ステラの言葉に息を呑みながらも歩夢は深く首を縦に振る。

 

 

想定外の事態に巻き込まれた春馬のことが心配だが……まあ彼には3人ものウルトラマンが付いている。どうにかして切り抜けてくれるだろう。

 

それよりも気がかりなのは脱出ルートの確保だ。作戦が始まってから30分は経過しているが…………未来とカレンから連絡が届く様子はない。彼らの方にも何らかのトラブルが発生したのだろうか。

 

「————っ!?」

 

「きゃっ……!?」

 

「なんなの!?」

 

突如として起こった揺れに囚われていたスクールアイドル達に騒々しい空気が充満する。

 

「おい!静かにしろお前ら!!」

 

「……今の揺れなんだ?」

 

「さあ?」

 

一方で周囲に配置されていた構成員達の反応を見るに、ヴィラン・ギルドにとっても予想外の何かが生じているのだと読み取れた。

 

……どうにもお互いにとってイレギュラーな存在が混ざっているらしい。

 

面倒な状況に巻き込まれる前に歩夢達を連れてこの宇宙船から脱出したいところだが…………。

 

 

 

 

「あれぇ〜〜〜〜?おっかしぃなぁ〜〜!」

 

暗がりの中から不意に聞こえてきた子供の声にその場にいた皆の意識が向けられる。

 

不意に発せられた声の主は警備のため待機していた構成員の横を通り過ぎ————何を思ったのか商品であるアイドル達のもとへ歩み寄ろうとした。

 

「なんだこのガキ?」

 

「雇われた用心棒だとは聞いているが……」

 

「はぁ?こんなのがか?……おいお前!勝手な真似は————!」

 

 

「触るな」

 

暗闇の中で小さな影がくるりと回る。

 

刹那、勝手な行動を見せた子供を制止しようとした構成員の両腕が鮮血と共に宙を舞った。

 

「がっ……!?アァアアアアアアアアアッッ!?!?」

 

「なっ……!?何をしている貴様ァ!?」

 

「アタシがかわいいのはわかるけどさ、キモいから近付くなよロリコン共」

 

 

「きゃあああああああーーーーーー!?」

 

前触れもなく巻き起こった惨劇に歩夢を含めたスクールアイドル達の表情から一瞬で血の気が引く。

 

構成員たちから踵を返し、アイドル達へ身体を向け直しながら会場の光が差す場へ踏み出したのは————1人の少女。

 

「なぁんでこんなところに……ウルトラマンが混ざってんのかなぁ」

 

銀髪を後ろでひとつに束ね、幼い身体に不釣り合いな狂気を瞳に宿したそれは…………歩夢達を守るように前へと飛び出したステラを見て不気味に口角をつり上げる。

 

相対しただけで伝わってくる尋常でない敵意。

 

『ヴィラン・ギルドのメンバーではなさそうだな』

 

(…………あいつの言ってた“子供達”でしょ)

 

張り詰めた空気の最中、ドレスの中に忍ばせていたナイトブレードに手をかける。

 

どうしてこの場にヴィラン・ギルド以外の敵がいるのかはわからないが…………どのみち逃げられる状況ではない。

 

ここでイレギュラーな輩が場を乱した以上、作戦通りに事を運ぶのは不可能だ。未来達にテレパシーを繋げて、指示を仰————

 

 

「油断したな、ツルギ」

 

直後、真横から飛んできた声音が耳朶を撫でる。

 

対応する暇も与えられないまま、ステラの顔面に流星の如き飛び蹴りが叩き込まれた。

 

「ステラさんッ!!」

 

勢いよく壁際に吹き飛ばされた彼女を視線で追った歩夢が叫ぶ。

 

薄暗い空間から現れた2人目の子供。それは熟練の戦士であるステラに気取られることなく肉薄し、いとも容易く一撃を加えて見せたのだ。

 

 

『すまないステラ。……まるで気がつけなかった』

 

「…………大丈夫」

 

瓦礫の中から立ち上がり、ステラは鼻から伝う血液を拭いながら自分の前に立ちはだかった2人の少年少女に細めた眼差しを注ぐ。

 

 

 

 

————『“ウルトラダークキラー”……それがトレギアの協力者の名前だよ』

 

 

————『奴はウルトラマンと同じ力を備えた手駒を従えて、この地球を……そして全てのウルトラマンを滅ぼそうとしている。……まるで()みたいだろ?』

 

 

GUYSのオフィスへ向かう途中、ノワールから聞いた話が脳裏をよぎる。

 

 

————『奴はその手駒達を自分の“子供”……そして彼らを“兄弟”として育てているんだ。ウルトラマンに対抗する手段としてね。……その理由がなぜだか、君にわかるかい?』

 

 

————『奴の中に…………“ダークキラー”の中に…………』

 

 

 

 

 

 

 

————『エンペラ星人の意思が、生きているからなんだ』

 

 

 

 

 

(…………ああ、もう……次から次へと……)

 

奥歯を噛み締め、ステラは前方に見える二つの標的を強く睨む。

 

5年前……“究極の光”が生まれたあの日、全てが終わったのは確かだ。

 

けれども……どういうわけか最大の敵は姿を変え、再び自分達を脅かそうとしている。

 

 

今度こそ守る。今度こそ…………自分も役に立ってみせる。

 

 

 

「——————ッッ!!」

 

引き抜いた短剣を構えながら、ステラはその場を疾駆する。

 

 

それぞれの思惑が錯綜するなか、背後にいる少女達を解放するために————騎士は光の刃を振るった。

 

 




フィーネ以外の2人もまさかの参戦です。
いやあ、ごちゃごちゃですね。これ無事にみんな帰れるんでしょうか()

そして「エンペラ星人の意思が生きている」という言葉……ノワールのこの発言の意味はウルトラダークキラーがどこで生まれ、どのような存在であるかを今一度考えてみると納得できると思います。

それではまた次回。


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第60話 乱戦・ウルトラデスマッチ

想定してたよりオークション編が長引いて引きつった笑いが出てきました。
参戦キャラの数を見誤りましたね()


「いたぞ!」

 

「捕らえろ!!」

 

 

巨大宇宙船内に張り巡らされた通路を慌ただしく駆け回る足音。

 

徐々に迫りつつある構成員達の気配を背中で感じながら、未来とカレンはやけに落ち着いた様子のまま四肢を動かした。

 

「——見事に失敗したな…………“客のふりして格納庫に侵入作戦”」

 

「まあ、運営側は参加している宇宙人の顔も情報も把握済みでしょうしね」

 

淡々と述べるカレンに頷き返しながら未来はふと後方を見やる。こうして追われる身となってしまったのにも当然ながら理由がある。

 

脱出の際に使用する予定としていた“小型宇宙船”————それはすなわち客としてオークションに参加する宇宙人達がこの船に入る際に搭乗する機体。それを奪い、救出したスクールアイドル達を乗せて共に地球へ帰還するというのが作戦の最終段階だった。

 

それが格納されているスペース自体は早いうちに見つけることができた……が、予想していたよりも警備は厳重。どのみち切り抜ける必要があるならば、と大胆な行動をしてはみたものの結果は見ての通りだ。

 

「どうしますか?」

 

「適当に走って行き止まりになったところで迎え撃とう。バックアップは任せた」

 

「了解!」

 

見つかったのは自分達2人だけ。対処に駆り出された構成員も現在追っ手として動いている者達で全てだろう。……で、あればその全員を再起不能にしてしまえば何の問題にもなりはしない。

 

「……!リーダー!」

 

「俺の背後に回れ!」

 

「はいっ!」

 

走りながらやり取りを交わしている間に突き当たりの壁が数メートル先に現れる。

 

カレンを自分の後方へ送りつつ瞬時に踵を返した未来はジャケットの中から取り出した携帯警棒を展開。自分達を追ってきた構成員達と相対した。

 

「ハッハッハ……!鬼ごっこは終わりだぜェ……!!」

 

トンファー型の警棒を構えた未来の前に隊列を組むのは自動小銃を装備した構成員達5人。

 

「蜂の巣にしてやれッ!!」

 

司令官らしき人物の指示と共にトリガーが引き絞られ、未来に向けられた複数の銃口から小さな爆発が起こる。

 

無数に飛来した弾丸が彼の身体に風穴を開けようとした——————その直後、

 

「……!?なんだっ!?」

 

赤黒い五角形がいくつも連なって生まれた障壁が形成。

 

未来を狙って雨のように殺到した弾丸の全てを彼の肉体に到達する寸前で阻んでみせた。

 

「やっぱ強いなコレ」

 

「き、貴様っ……!まさかストルム星人……ッ!?」

 

「どうだろうな!」

 

「ぐっ……!撃て!撃ちまくれ!!」

 

その場から駆け出した未来めがけて再度銃撃が行われる。が、またも展開された強固な障壁が通路を走り抜けていく彼をしっかりと防護。

 

「————ッ!!」

 

瞬く間に隊列へ接近した未来が先頭に配置されていた2人の構成員に勢いよく警棒を振るう。遠心力を相乗させた打撃は的確に両者の急所に直撃。容易くその意識を奪った。

 

「ふっ!」

 

「なぁ……っ!?」

 

続いて流れるようなスピードでその背後に立っていた2人へ回し蹴りを放ち、手にしていた小銃が宙へ放り出されたのを確認しつつ警棒を密着。同時にトリガーを押し、強力な電流を浴びせて順に地面へと伏せさせる。

 

「ば、バカな……!?————ちくしょうッ!!」

 

ものの数秒で全滅させられた構成員達を見て戦意を失ったのか、踵を返した司令官らしき宇宙人の背中を未来は冷静に捉えると、

 

「“メテオール”…………解禁」

 

静かな発声と共に、引き抜いたガジェットのトリガーを押し込んだ。

 

「ギャッ!?」

 

行く手を阻むようして形成された光の壁に逃亡を図ろうとした宇宙人が見事に激突。

 

目を回しながら倒れたその姿を一瞥した後、未来は一息つきながら手にしていた装備を懐へしまった。

 

「————よっし!どうだったカレン!?今の見てたか!?」

 

「はいっ!以前よりも格段に動きが良くなってました!日頃からノワールさんにしごかれてる成果ですね!」

 

「だろぉ!?……最後のは余計な!」

 

駆け寄ってきたカレンとハイタッチを交わしつつ、ふと彼女の顔色を確認する。

 

「身体は大丈夫か?」

 

「はい、問題ありません」

 

「ストルム器官は酷使するとまずいからな。異常があったらすぐに知らせるんだぞ?」

 

「G.I.G!」

 

笑みを含んだ表情で姿勢を正したカレンに微笑み返した後、未来は神妙な顔つきで彼女に言った。

 

「……さて、少し予定が狂ったな。そろそろ連絡を入れないと」

 

「わかりました」

 

そう言って目を瞑ったカレンに「頼んだ」とだけ声をかけ、周囲に敵の姿がないか警戒する。

 

 

カレン————未来やノワールと同様、結成当初からGUYSに籍を置いている彼女だが、その正体は多種多様な能力を備えた“ストルム星人”。

 

体内に周囲の位相エネルギーを反転させる力がある“ストルム器官”を備えているカレンは先ほどのように能力を応用した頑丈な障壁を作り出すことができる他、“超光速思念体通信”と呼ばれる強力なテレパシー能力も有しており、彼女が1人いるだけで格段に作戦の幅が広がるのだ。

 

……が、あまり頼りすぎることもできない。ストルム器官はストルム星人にとって生命活動にも関わる重要器官。彼女の負担を減らす意味でも、本来は極力正面からの戦闘は避けるべきだったのだが……銃を持った敵が相手となれば仕方がない。

 

あくまで企業という体制をとっているGUYSは拳銃等の所持は認められておらず、戦闘に使用する道具はトンファー型の警棒くらいというのも今後の課題である。

 

(今の俺達じゃ、“メテオール”でやれることにも限界があるからな……)

 

収納したガジェットへジャケット越しに触れ、未来は深く思考する。

 

メテオール————数ヶ月前に別次元へ渡ったノワールが調達してきた超絶科学技術。その正体は未来自身にもわからないが、これからの地球を左右するような未知なる可能性が秘められていることは確実だ。

 

この技術を最大限に活かすためにも……自分たちは国に認められ、そのバックアップを得ながらより発展させていく必要がある。

 

 

「…………日々ノリーダー」

 

「どうかしたのか?」

 

目を閉じ、通信を行いながらふと口を開いたカレンの方へ意識が移る。

 

彼女は冷や汗を頬に伝わせつつ、たどたどしい調子で未来へ報告を述べた。

 

「ノワールさんからの応答がありません」

 

「……それは妙だな。いつもなら気持ち悪いくらい早く返してくるのに。……ステラは?」

 

「ステラさんもダメです。……届いてはいるはずなのですが」

 

カレンがそう返答すると同時に未来の眉が動く。いよいよ雲行きが怪しくなってきた。

 

2人とも応答する暇がない状況に陥っているのだろうか。なんにせよ生存確認くらいは済ませておきたい。

 

「春馬はどうだ?」

 

「はい、今から試してみるところで——————」

 

刹那、カレンの言葉を遮るように起こる地震のような揺れ。

 

「………………これは」

 

巨大な何かを船体に叩きつけているような振動が続く。

 

徐々に激しさを増しながら幾度も足場を不安定にする揺らぎに、未来はただならぬ予感を覚えていた。

 

 

◉◉◉

 

 

「——————」

 

度重なって響き渡る轟音と衝撃。通路と通路を隔てる壁を突き破りながら、攻防と呼ぶにはあまりにも一方的な戦闘が繰り広げられている。

 

恐ろしいほど冷静に、そして正確な軌道に乗せた打撃を放つフィーネと競り合っているのは…………GUYSの隊服に身を包んだノワール。

 

「……っと」

 

一発一発が致命傷になり得る可能性を秘めた攻撃。連続して放たれた死の宣告と称するに相応しい拳の数々を全て回避したノワールは、敵と一定の距離を保ったまま浅い息を吐く。

 

「いやあおっかないね、実に。避けに徹してなかったら確実に逝ってたよ」

 

初撃を受け止めた両腕をハタハタと振るいながら軽口を叩く彼をフィーネが尖った視線で射抜く。

 

「その半端な闇の力…………お前“ノワール”だな?」

 

「おや、その名前までご存知とは。お父さんの教育はよく行き届いてるようだね」

 

「ああ知っているとも。かの暗黒宇宙大皇帝と生まれを共にしながら光への憧れを捨てきれず、堕落の道に走った救いようのない愚か者だ」

 

「うぅ〜ん間違ってはいないのがツライ」

 

苦笑しつつ、ノワールは前方に見える冷めた表情をしたフィーネの姿を捉える。

 

どう見ても非力な細身の少年。だが彼にはたった1人でこの巨大宇宙船を難なく沈められるほどの力が秘められている。

 

……他でもない、“光の巨人”と同等の力が。

 

「ヒトの姿でも力を一部引き出せる、か……。本当にそっくりだね、彼らと」

 

変わらず笑みを顔に貼り付けながら眉をひそめ、複雑な表情でノワールは仮面の悪魔を幻視した。

 

(あの拗らせくんがどうしてダークキラー達と協力関係にあるのか……読めてきたな)

 

明確な怒りが湧いてくるのはいつぶりだろうか。……まったく、仮にもウルトラマンである者の趣味が墓荒らしとは。()()()()()()()()()()()

 

 

「…………弟たちも動き出したようだ」

 

「うん?」

 

不意に明後日の方向を見つめながら呟いたフィーネに首を傾ける。

 

「このオークションにおいてオレ達が与えられた役割は所詮戯れに過ぎない。この場に光の戦士が現れた時点で、優先すべき行動は定められている」

 

フィーネの左腕に出現する白い手甲。それを見た瞬間に、ノワールは彼の思惑を理解した。

 

「見たところ今のお前にウルトラマンベリアルは宿っていないようだ。これからも無意味な生を謳歌したいというのなら……オレ達に敵意を向けられる前に失せることだな」

 

「……ハッ」

 

 

《ダークキラーゾフィー!!》

 

虚空から生み出された白銀のキーホルダーをフィーネが左手で握り締めた直後、禍々しい閃光と共に伸びた巨腕が天井と壁を突き破り辺り一面に広々とした空間を形成する。

 

無理やり気味な笑顔を保ったまま後退したノワールは、目の前に現れた巨人を見上げながらため息と共に言葉をこぼした。

 

「ほんと、タチが悪いったら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あわわわわ……!!なにこの揺れ!?」

 

無我夢中に船内の通路を移動していた最中、突如として起こった宇宙船の揺らぎに春馬は戸惑いながら足を止める。

 

『————くん!春馬くん!聞こえますか!?』

 

「えっ!?この声……カレンさんですか!?一体どうやって……!?」

 

直後に頭の中で反響する呼びかけ。

 

まるでタイガ達から語りかけられているかのような感覚に上ずった声を発しつつ、慌てた様子のカレンの言葉に耳を傾けた。

 

『その辺りについては後でお願いします!それより状況の報告を!』

 

「は、はいっ!実はステラ姐さんとはぐれてしまって……さっきからタイガにも呼びかけてもらってるんですけど、全然返事がこないんです!」

 

『……わかりました、ひとまず私達と合流しましょう!場所は————』

 

カレンの声を遮るようにして、春馬の背後に金属同士が擦れ合うような騒音が巻き起こる。

 

「なんっ……!?」

 

赤いランプが点灯すると同時に船内に鳴り響く警報。

 

一気に緊迫した空気で満たされていく中で、春馬は次々と起こる想定外の出来事に呆然としていた。

 

『チッ……きな臭くなってきやがったな』

 

『私達が潜入していることが知られたか……?』

 

「い、いったいなにが……。————うわぁ!?」

 

2度目の騒音と同時に崩れる目の前の通路。

 

鋭利な刃物で刻まれたような瓦礫の断面図と、()()()()()()()()巨影を微かに目視したタイガは…………現在進行形で自分達を脅かしている者の正体を朧げに理解した。

 

 

『——今のは……“アイスラッガー”…………ッ!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アハッ……!ハハハハハ!!アハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!

 

 

薄暗い中でもはっきりと視認できる黒。

 

商品であるスクールアイドル達が集められていた袖から這い出で、オークション会場へと突き抜けた漆黒の巨人は…………景気付けと言わんばかりに頭部から分離した刃を宇宙船全体に行き渡らせていた。

 

「うわあああああああああッ!?」

 

「なんだこれは……!?」

 

「こんなの聞いてないぞ!!」

 

無数の瓦礫が降り注ぐ空間の中、客として会場の席についていた宇宙人達が一斉に逃げ惑い始める。

 

『……まずいぞ』

 

「こいつら……まさか宇宙船ごとわたし達を始末するつもり……!?」

 

先ほどまで対峙していた少女が変身した巨人を睨んだ後、ステラは青い顔で歩夢と囚われていたスクールアイドル達へ視線を移す。

 

「歩夢!お願い、その子達を連れてできるだけ遠くへ走って!」

 

「す、ステラさんは……!?」

 

「こいつらの目的はわたし達を殺すことよ。距離をとれば巻き添えを喰らう可能性も減るわ」

 

「そんな、大丈夫なの!?」

 

「そうであることを一緒に祈りましょう。……とにかく今は逃げて!オレンジのジャケットを着た奴らがいたらそいつらを頼りなさい!!」

 

「う……うん!————みんなこっち!」

 

混乱した状況に紛れてスクールアイドル達と共に会場を飛び出して行った歩夢の姿を見送った後、苦渋の表情で敵を捉える。

 

「フフフフフフ!!フィーネ兄ちゃんも力を使ったみたい!やっと暴れられるんだぁ!」

 

「おい、スラッガーを使うならちゃんと狙え。僕に当てるようなことがあれば承知しないからな」

 

「あぁー!?だから声ちっさくて聞こえないんだよ!!」

 

黒い……“ウルトラセブン”に酷似した巨人と、その足元で尖った言葉を発する銀髪の少年。

 

どちらもノワールから聞いた“ウルトラダークキラー”の子供達。ウルトラマンと同等の力を与えられた危険な存在だ。

 

 

この場で戦うこともできるが相手は2……いや、おそらく3人。さすがに船内を移動する歩夢達のことを考えながらでは対応しきれなくなる。すぐに彼女達と未来達を合流させ、一刻も早くこの宇宙船から脱出しなければ。

 

できるだけ周囲に被害を出さないよう……全力で抑え込む。

 

「————ッ!!」

 

右腕に出現させたナイトブレスにブレードを装填。眩い群青の輝きと共にステラの姿がヒカリへと変換される。

 

「キャハハハハハハハ!!!!」

 

間髪入れずに殴りかかってきた黒い巨人の拳を受け止めつつ、倒れそうになった足腰になんとか力を込め踏み留まった。

 

(っ…………)

 

「あっはぁ!思ってたよりやるみたいじゃん!?」

 

(悪いけど……お子様の相手をしてる暇はないのよ)

 

「ほざけ年増ァ!!見てろヘルマ!!お姉ちゃんがサイキョーの戦い方ってのを見せてあげる!!」

 

「ついでに共倒れになってくれると助かる」

 

取っ組み合いの体勢で睨み合う2人の巨人に背を向け、少年————ヘルマは会場の出口を目指しておもむろに歩き出す。

 

 

「……さて、僕は本命を片付けるとするか」

 

身体を覆うコートの中から引きずり出したのは…………1本の()

 

落ち着いた双眸の奥に強い殺意をギラつかせながら、ヘルマは1人の少年の姿を脳裏に投影させた。

 

 

「お前が大好きな“お兄ちゃん”がどれだけムカつく野郎なのか…………確かめてやるよ、フォルテ」

 




大盤振る舞いですな……。
てことでフィーネがゾフィー 、ピノンがセブンの力を宿したダークキラーであることが判明しました。(ここまできたらヘルマの真の姿はもうお分かりですよね)

そしてカレンの正体はまさかのストルム星人。この世界だとストルム星は滅んでおらず、伏井出ケイも恐らく穏やかに暮らしているかと思います。
(ちなみに言うとカレンの名前はカレラン分子から拝借しました。)


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第61話 それぞれの炎


虹ヶ咲!!!!!!アニメ!!!!!!10月!!!!!開始!!!!!!
ワクワクしたい君と!!!!!!ワクワク発ストーリー!!!!!!


「————うおおおおおっ!?なんだ!?」

 

「巨大な生体反応を複数確認!これは……ウルトラマン……!?」

 

「なんでここに奴らがいるんだよ!?」

 

宇宙船全体が何度も傾くような衝撃と揺れが連続して伝わってくる。

 

場所はコントロールルーム。管制のために配属されていたヴィラン・ギルドの宇宙人たちが突然の出来事に慌てる最中、その隅でマグマ星人とマーキンド星人は呆けた様子で互いの顔を見合わせた。

 

「どういうことだ、これ?」

 

「さ、さぁ…………?」

 

あまりにも突拍子のない事態に言葉を失ってしまう。

 

現在掴んでいる情報によると…………オークション会場として使用されていたスペースに2体、そこから少し離れた通路に1体、それぞれウルトラマンらしき巨大な存在が現れたらしい。

 

ウルトラマン、光の巨人といえば————やはり宇宙警備隊が真っ先に思い浮かぶ。奴らにこのヴィラン・ギルドの計画が嗅ぎつけられたということなのだろうか?

 

「……ん?おいマーキンド、そこのモニター拡大できるか?」

 

「はいはい。えーっと……?」

 

思いがけない要求に驚きつつ、マグマ星人の示した監視カメラの映像を操作していた画面に表示させるマーキンド星人。

 

そこに映っていたのはふたつの人影。オレンジ色の隊員服に身を包んだ2人の男女が全速力で通路を駆け抜けていく光景があった。

 

「彼らは一体……?」

 

「…………マーキンド……お前、今この場で辞表を出す覚悟はあるか?」

 

「はい?」

 

唐突な問いかけについ全身を傾けながら聞き返す。

 

マグマ星人の表情に浮かんでいる笑みはとても奇妙で、何やらとんでもない事をしでかそうとしているという気配が明らかに感じ取れた。

 

「これだ。……もうこれしか他に考えられねぇ」

 

「あの……さっきから何を言っているんです?」

 

「いいかマーキンド、あいつらは今まで散々俺達の邪魔をしてくれた……噂の地球防衛隊だ」

 

「ええっ!?彼らが!?」

 

「ああ、情報にあった服装とも一致する。……そこで、だ」

 

「……!?はっ————!?」

 

耳打ちを介して聞こえたマグマ星人の企みに叫びそうになったのを咄嗟に抑え込む。

 

相変わらずどこか狂気じみた……というかヤケクソ気味に口角を上げたマグマ星人の腕にしがみ付き、正気を疑うような眼差しでマーキンド星人は言った。

 

「本気で言っているんですか!?」

 

「だあっ!声デケェよ!……お前だってこの組織に嫌気がさしてたんだろ……!?」

 

「それは……はい。上原歩夢さんが商品にされていたと知った時から……いつかこんな仕事辞めてやるとは考えてましたが……。……いやいやいやそれにしてもですよ!無謀にもほどがありますって!!」

 

「うっせぇ!やってみなきゃわかんねえだろ!!……それで答えは!?」

 

半ば強引に求められた回答。

 

目の前にあるモニターとマグマ星人を交互に見つめながら、マーキンド星人は頭の中で大規模な会議を開いていた。

 

選ぶべき道は一つ。

 

これまで通りヴィラン・ギルドの手足として働き続けるか、それとも——————

 

 

「………………」

 

しばしの沈黙の後、マーキンド星人が力強く頷く。

 

その姿にマグマ星人が軽い拳をぶつけ、2人は弾かれたようにコントロールルームの席を立った。

 

 

◉◉◉

 

 

「姐さん!姐さん、聞こえますか!?」

 

あちこちに瓦礫が散乱している通路を移動しながら、春馬はテレパシーをステラへと繋げて通信を試みる。

 

だが伝わってくるのは焦燥の感情と敵意のみ。

 

状況が飲み込めないまま戸惑っているうちに、春馬の脳内に聞き覚えのある男性の声が届いてきた。

 

『大丈夫だ、聞こえている。……少々取り込み中でね』

 

『この声は……ヒカリか?』

 

『ああ。俺とステラは今敵の襲撃を受けている。歩夢と他のスクールアイドル達だけは何とか解放したが……場を離れることができない状況だ』

 

「……!わかりました!じゃあ俺達の方で歩夢達を探してみます!ヒカリさんと姐さんもお気をつけて!」

 

『了解した』

 

その言葉を最後にヒカリの気配が遠のいていく。

 

なんとなく情報の整理はついた。まずは歩夢達を探し出して…………その後でGUYSのメンバーに連絡して合流を果たす。

 

何やらヴィラン・ギルドとも異なる敵の匂いがするが、脱出さえしてしまえばこっちのものだ。

 

極力交戦を避けつつ、救出対象の安全を最優先に考えた行動を——————

 

 

『……っ!?身体借りるぞ!!』

 

「えっ……うぎゃあっ!?」

 

フーマの意識が主導権を占領すると同時に、春馬の肉体は強引に引っ張られたようにバックステップを見せる。

 

「……っ」

 

直後に春馬の肩を掠めたのは…………何者かによる()()()()

 

鮮やかな赤色が滴る傷口を押さえながら、春馬は曲がり角から姿を現した1人の少年を警戒するように睨んだ。

 

 

「ああ、そうか……()()3()()()()()()()()。不意打ちは難しいか」

 

全身を引きずるようにして気怠げに歩み寄ってくる銀髪の子供。

 

彼も同じだ。フォルテやフィーネのような…………暗闇を閉じ込めた瞳を持っている。

 

 

————『フィーネよりも後に造られた者が、2人』

 

 

どっと溢れてきた額の汗を拭い、以前フォルテが話してくれたことを思い出す。

 

フィーネ以外の“兄弟”達。精密な人形のような儚げな顔を持つこの少年の名前は…………。

 

 

「君が……ヘルマくん……?」

 

春馬の呼びかけに反応するように少年の眉がピクリと動く。

 

彼は数秒黙り込んだ後、不快げに舌打ちしながら何もない空間から1本の槍を引きずり出す。

 

「……フォルテが何か吹き込んだか。今までは別段気に留めてなかったけど……連れ戻したらちょっとお仕置きが必要かもな、アイツ」

 

「……!やっぱりそうなんだね。ヘルマくん、君は————!」

 

「話しかけるな」

 

何かを発しようとした春馬を意に介すことなく、ヘルマは取り出したキーホルダーを手甲の装着された左手の中に収めていく。

 

『ぐおっ……!?』

 

「なっ……!」

 

刹那、ドス黒いオーラが炸裂。瞬く間に視界が暗闇に落ちていく最中、春馬は反射的に右腕へ意識を集中させた。

 

 

 

 

 

(ぐぅぅぅうううううう…………ッ!!)

 

凄まじい慣性を備えて突貫してきた槍の一撃を炎の剣で受け止める。

 

黒い影から飛び出した刺突はすんでのところでトライストリウムへの変身を完了させたタイガ達の身体を軽々と浮き上がらせ、何層もの天井を突き破りながら宇宙空間まで彼らを放り出した。

 

『大丈夫か春馬?』

 

(う、うん……。なんとか間に合った)

 

ウルトラマンの姿で降り立っても体感で体育館ほど足場の余りがある巨大宇宙船の外壁。

 

タイガが飛び出したことで生まれた風穴から這い出た漆黒の巨人は、手にしていた槍を粒子状に分解すると…………その無機質な瞳で彼を視界の中心に捉えた。

 

やはり似ている。タイガ達のような…………光の国の住人に。

 

『“ジャック”の力か……!』

 

(フォルテちゃんに聞いた通り、彼も……。……てことはやっぱり姐さん達を襲撃している敵も……)

 

数分前に遭遇したフィーネといい、どうにもこの宇宙船には“ダークキラー”達が紛れ込んでいるらしい。今目の前にいる彼……ヘルマが変身している姿もタイガから話だけは聞いたことがある。

 

ウルトラマンジャック————様々な武器と技を用いて戦況を有利に進める……フォルテが宿していたエースと同様、戦いのエキスパート。

 

彼らの狙いはウルトラマンである自分達を抹殺すること。……どうしてこのオークション会場にいるという情報が知られているのかはわからないが、こうして対峙した以上は戦わなくてはならない。

 

(……肌に突き刺さる、この感覚……)

 

フィーネもそうだったが……フォルテの時のような迷いがヘルマからは一切感じられない。春馬たちに対する純粋な敵意のみを原動力として戦いに臨んでいるのだろう。

 

……けれどもやっぱり、それは彼自身の意思というわけではない。心の奥底に自分を追いやり、考えることをやめた上での行動だ。

 

そんなのは認められない。

 

『春馬、わかってるな?』

 

(うん。……負けないよ、俺達は)

 

今の自分の行いが正しいとヘルマが信じきっているうちは……どんな言葉をかけたとしても彼が揺らぐことはないだろう。

 

だからこそ引くことはできない。自分達が出せる全力を以て————彼という中身のない敵意を否定する。

 

 

(いくよみんな!!)

 

『『『おうっ!!』』』

 

タイガトライブレードを両手で握り締め、前方に佇んでいたヘルマへ接近を図る。

 

「————」

 

しかし彼もそう易々と近付くことを許しはしなかった。

 

虚空から生み出された短剣を瞬時に投擲し、肉薄しようと迫るタイガの行く手を阻む。

 

(うわっ……!?なにこれ!?)

 

『気をつけろ!』

 

まるで意思を持っているかのように不規則な動きを繰り返す短剣をトライブレードで的確に迎撃していく。

 

目まぐるしくタイガ達の周囲を飛翔する刃。それは彼らの動きを止めただけでなく、徐々に距離を詰めてきたヘルマから意識を逸らすことにも成功していた。

 

(————ッ!!)

 

瞬く間に懐へ潜り込んできたヘルマがもう一つの短剣を収めた片手を振るう。

 

間に合う。反応できる。そう察知したタイガがブレードで防御しようと体勢を整えた直後、

 

『ぐあっ……!?』

 

視界を遮るような小規模の爆発が眼前で炸裂した。

 

(爆弾……!?)

 

予想外な起爆を見せた短剣にタイガが気を取られている隙にその背後へと回るヘルマ。

 

(このっ……!)

 

ほとんど無意識に身体を捻り、気配だけを頼りにブレードを振りかざす。

 

だが放った一撃はヘルマの身体には届かず、彼を守るようにして出現した巨大な盾によって完璧に防がれてしまった。

 

(っ…………)

 

ヘルマが槍を生成すると同時に後退する。が、逃がさないとばかりに突き出されたその先端がタイガの脇腹を捉えた。

 

 

「————弱いな、お前」

 

光の粒子が血のように漏れ出た傷口を押さえながら息を切らしているタイガを見やり、ヘルマはその中で一体化している春馬の姿を視界に置く。

 

「お前、“ファースト”なんだろ?僕達を構成するあらゆる要素の基になった“始まりのダークキラー”なんだろ?……がっかりだね。こんな奴が兄だなんて……冗談にもほどがある」

 

兄。その言葉を耳にして春馬の思考が止まる。

 

今の自分が形作られる前の古い記憶。春馬はそれを“情報”としてしか触れていない。

 

歩んできた人生として心に刻まれているのは…………この“追風春馬”の思い出だけ。

 

未だハッキリとした答えは見つからないままだ。

 

“ダークキラー”か、それとも“春馬”か。真実を受け入れた上で……自分は何者として生きていくべきなのか。

 

 

(……だけど……背中を押されたからには……迷わないって……そう決めたんだ)

 

トライブレードを握り直し、槍を構えたままこちらを見つめているヘルマと視線を交わす。

 

自分は確かに……ダークキラーとしての過去があった。フォルテ達のような“兄弟”がいることだって……決して変わることのない事実。

 

(俺は君達と同じようにはなれない。……悩んで悩んで、悩み抜いた先にある答えがわかるまで……俺は俺の、信じたいと思った道を選ぶ)

 

炎が湧き出る。

 

(今の俺は……俺達は、ウルトラマンだ。囚われた人達を助けるために————ここで負けるわけにはいかないんだッ!!)

 

立ち上がり、低く腰を落としながらトライブレードを構えた巨人は、前方に立つ標的に向けて勇ましく力を解放した。

 

「無駄だ」

 

冷たく言い放った後、長い槍のリーチを存分に発揮しながら突撃してくるヘルマに狙いを固定。

 

(そっちが多彩な武器なら…………こっちは多彩な技で勝負だ!————フーマ!!)

 

『はいよ!』

 

フーマの力を引き出しつつ、トライブレードを逆手に持ち替える。

 

まとうようにして刃に現れた青白い炎は、タイガがブレードを振り上げると同時に巨大な斬撃となって宙を滑空した。

 

『(“風真烈火斬(ふーまれっかざん)”ッ!!)』

 

「…………!」

 

思いがけず放たれた遠距離攻撃に驚愕しつつも、ヘルマは冷静に銀色の盾を生み出すことで防御の姿勢へと転ずる。

 

斬撃が到達すると共に巻き起こる爆炎と衝撃波。

 

「チッ……!」

 

咄嗟に握っていた槍を振り回すことで煙幕を振り払ったヘルマは、すぐさま目を凝らしてタイガの位置を確認しようとする。……が、しかし、

 

「……!どこに————!」

 

先ほどまで真正面にいたはずの二本角の姿が消失。

 

直後、上空から迫った気配を察知すると同時に素早く盾を構えて頭部を守った。

 

『(“タイタスバーニングハンマー”!!)』

 

ヘルマの死角。上方向から振り下ろされた超ド級の重量攻撃が彼を潰そうと迫る。

 

「ぐぉおお…………ッ!!」

 

防御には間に合ったものの、あまりの衝撃にヘルマの足が宇宙船の外壁にめり込んでいく。

 

(————!)

 

着地し、間髪入れずにタイガの力をブレードへ移転。

 

身動きが取れずにいるヘルマの胸部めがけて、春馬は巨人の肉体が手にしていた刃を渾身の力を相乗させて叩き込んだ。

 

『(“タイガブラストアタック”ッ!!)』

 

「………………ッ……!!」

 

火炎と共に突き出された刃がヘルマの肉体を貫く。

 

盛大な爆発と同時に吹き飛ばされた彼は何度も外壁に身を打ちつけながら転がった後、ぐったりと力なく倒れ伏した。

 

 

(……うっ……!ハアッ……ハアッ……!)

 

激しく肩を揺らしながら巨人が膝をつく。

 

『大丈夫か?』

 

(う、うん。……ちょっと飛ばしすぎたね……)

 

タイガ、タイタス、フーマ————それぞれの力を束ねて戦うトライストリウム。その力は確かに絶大だが…………どうやら、自分はまだこの形態を使いこなすまでには至っていないらしい。

 

こんなものじゃない。この姿にはもっと先があるはずなんだ。

 

いずれはこれを最大限に引き出せるようになって…………敵の黒幕たちにも負けない力を身につけなければならない。少なくともそれまでは…………一歩も引くことは許されないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……っ!?避けろ!!』

 

(え)

 

刹那、視界を覆う閃光に乗って凄まじいほどの熱量が全身に伝わった。

 

どこからともなく発射された光線はタイガの身体を飲み込み、一体化している人間ごと容赦なく焼却していく。

 

『ぐ……ぅ……!』

 

(…………?)

 

 

 

「————ほう。今のを喰らってなお原型を保つか」

 

宇宙の闇に紛れながら歩み寄ってくる足音が聞こえる。

 

ひどく静かな空気をまといながらヘルマのもとへ向かい、彼に寄り添うようにして膝を折った巨人。……その姿を視認した瞬間、春馬は突然現れたソレが何者であるかを理解した。

 

「生きてるか、ヘルマ?」

 

「ち……くしょう……。コロス……絶対……殺してやる……クソ……」

 

「問題ないようだな」

 

呻くように春馬達に対する悪態をついたヘルマを見て頷いた後、巨人は同じように地面を舐めていたタイガの方を見やる。

 

「オレに自我はないと言ったな」

 

(う…………)

 

顔を上げようとしたタイガの頬を踏みつけながら、黒い巨人は地の底から恐怖を煽るかのような低い声音を発した。

 

「その見解は根本から間違っている。お前は何を以てオレ達に見当違いの戯言を振り撒いた?オレ達兄弟の誰もが、フォルテのように自己を優先したいと願うと本気で思っているのか?」

 

(ぐぅ……っ!)

 

頭部を踏み締める力が強まっていく。

 

怒気を孕んだ冷たい声は…………他でもない、春馬だけに向けられた言葉だった。

 

「これがオレのやりたいことだ。使命に従い、どこまでも誠実であることこそがオレ自身の望み。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

重い、鉛のような音がずっしりと春馬の中に沈んでいく。

 

黒の巨人が発したそれは————春馬の信じてきたものを、側面から否定するものに他ならなかった。

 

 




なんとかヘルマを撃破…………と思いきや、休む間もなく次の脅威が。
作品を通して春馬は「やるべきことよりやりたいことを大切にすべき」という主張をしてきましたが、今回の話では「やりたいことが誰かにとって害を為す行為になることもある」ということを示しました。

自分のやりたいことを貫き通している、けれどもそれは必ずしも善意からくるものとは限らない。
今作におけるフィーネやトレギアといったヴィランは、主人公側の主張をある意味で否定するアンチテーゼのような存在として描いています。

あと2話ほどでオークション編は終了します。その後はまた同好会メンバーに焦点を当てた話を書く予定です。


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第62話 光も闇も


虹ちゃんのアニメ……(鳴き声)


絶え間なく震撼する巨大宇宙船。その内部に蟻の巣のように張り巡らされている通路を駆けているのは…………白ドレスに身を包んだ少女達。

 

「みんな、もう少しだけ頑張って……!」

 

度重なる非日常的な災難に憔悴しきっている様子のスクールアイドル達を鼓舞しながら、歩夢は彼女達の先頭を走る。

 

先ほど後にしたオークション会場…………あの場にステラが現れたことで少しは心が落ち着いたが、正直に言うと状況を把握しきれていないどころか自分達が移動しているこの場所もどこなのかさっぱりわからない。

 

スクールアイドルだけを誘拐し、“商品”として宇宙人の間で競りにかけていることだけは何となくわかった。が、その危機を脱するだけの情報は持ち合わせていない。

 

これから自分達は……どうすれば——————

 

 

 

「あ、いたいた。無事で何よりだ、お嬢さん方」

 

「え?」

 

不意に通路の角から1人の青年が姿を現したと同時に歩夢達は足を止める。

 

彼が羽織っているのはオレンジ色のジャケット…………ステラが別れ際に口にしていた服装と一致している。

 

「ふむ、17人……全員揃ってるみたいだね」

 

「あの、あなたは……?」

 

「安心して、味方だよ。君達を助けに来たのさ」

 

そう柔らかく笑った青年の言葉を聞いてスクールアイドル達が揃って胸を撫で下ろす。

 

しかし一気に不安が消え去ったのも束の間、再び突き上げるような揺れが起こり歩夢達を恐怖の渦へ引き戻していく。

 

「……始まったか。早いとこ脱出しないと」

 

神妙な面持ちで小さく呟いた後、青年はジャケットを翻し翼の意匠が施された背を見せながら言った。

 

「ボクはノワール。地球防衛組織の卵————“GUYS”の隊員だ。名前だけでも覚えてから、地球へ帰っておくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴィラン・ギルドとは別の勢力が暴れてる……?」

 

「はい、ノワールさんからの言伝です」

 

ようやくノワールとテレパシーでの会話を交わすことができた直後、カレンから告げられた報告に未来は難しい顔で口をへの字に曲げた。

 

「あの野郎……何もかも知った上で行動してやがるな……」

 

「リーダー?」

 

「いや、こっちの話だ。……全員にこっちの座標を伝えてくれ。まずは合流することを優先する」

 

「G.I.G!」

 

再び船内に散らばっているノワール、ステラ、春馬との交信を開始したカレンを尻目に、未来は口元に手を添えながら考える。

 

この作戦が始まる前にステラから聞かされた————“ウルトラダークキラー”というウルトラマントレギアの協力者のことが脳裏をよぎる。

 

正確にはノワールが情報源だが…………彼は今の今まで奴の存在に関して何も言及してはいなかった。

 

この作戦に紛れている“イレギュラー”が、その“ダークキラー”絡みだとすると…………事態は一刻を争うほどに深刻化してしまう。

 

(あいつなりに気を使ってのことなんだろうが…………悪いけど、遅かれ早かれ行動は起こすぜ俺は)

 

敵がどれだけ強大であろうと……GUYSのリーダーとして、1人の地球人として、背を向けることはできない。

 

なぜなら自分は誓った。

 

かけがえのない仲間に、友達に…………自分達だけでもやっていけると、約束したのだから。

 

 

「ほら、早く行ってくださいよ……」

 

「いやまだ心の準備が……!」

 

 

「“メテオール”解禁」

 

付近の物陰から怪しげな気配を感じ取り、未来は瞬時に懐から取り出したメテオール用ガジェットの引き金を絞る。

 

「「ギャアッ!?」」

 

射出された青白い弾丸が何かにヒットすると同時に半透明のバリアが展開。

 

キャッチされた何者かが悲鳴を上げたのを聞いて、未来は警戒しつつジリジリとその場へ歩み寄った。

 

「マグマ星人に……マーキンド星人?」

 

「うっ……!」

 

ドーム状の障壁の中に閉じ込められていたのは2人の宇宙人。この宇宙船にいるということは十中八九ヴィラン・ギルドの構成員だろうが……どうも様子がおかしい。

 

身を震わせながらこちらを見つめる彼らに怪訝な眼差しを送った後、未来は迷うことなく携帯警棒を装備した。

 

「ま、見つかったからにはとりあえず気を失ってもらうか」

 

「だぁー!待て待て!違う!手を貸しに来たんだよ、お前達に!!」

 

「……なんだって?」

 

バリア越しに詰め寄ってきたマグマ星人と視線を合わせ、未来はぽかんとした顔で聞き返す。

 

半透明の壁に額を押し付けながら、マグマ星人は早口気味に伝えてきた。

 

「お前ら、誘拐された地球人達を助けに来たんだろ?俺達がちょちょいと誤魔化せば……監視をくぐり抜けて、脱出用宇宙船の一つや二つ、簡単に頂戴できるぜ」

 

「なにが言いたい?」

 

「だから!協力するって言ってんだよ!!」

 

必死にそう訴えかけてきたのを聞いて目が点になる。

 

ノワール達へテレパシーを送ることに集中しているカレンを一瞥した後、警戒を解かないまま未来は続けて返した。

 

「ヴィラン・ギルドを裏切るのか?……俺達に手を貸すことで生まれるメリットは?」

 

「ふん……どうせ、いずれはこの組織も潰される。それが宇宙警備隊か、あるいはお前らの手によってかは知らんが…………内部の結束力が弱いようじゃ長くは保たないだろうな。実際……こうして俺達みたいな因子を出しちまってるし」

 

「だからって後先考えずにこんな大胆な行動するか……?」

 

「いや、その…………だから、俺達は————」

 

「助けたいんですよ」

 

突然発せられた声に未来とマグマ星人の視線が横へ移る。

 

同じようにメテオールの檻に閉じ込められていたマーキンド星人は、警棒を構えている未来へ一切淀みのない瞳を向けながら言った。

 

「囚われていたスクールアイドル達を助けたいと……心の底から願ったからこその行動です」

 

「スクールアイドル達を……?」

 

「ええ。……好きですからね」

 

マーキンド星人の発した言葉に確かな意思が垣間見え、未来は考え込むように押し黙る。

 

2人の宇宙人は未来とカレンがヴィラン・ギルドと敵対する地球組織の人間であるとわかっていながら出向いた。自分達が捕まるかもしれないリスクを背負い、未来がその存在に気がつくまでの間に上層部へ侵入者の存在を報告することもなく、だ。

 

けれども正直言って不安要素の方が大きい。出会ったばかりの敵組織の構成員をそう簡単に信用するわけにはいかない。

 

…………だが、しかし————マーキンド星人の瞳から伝わるファンとしての本気の想いには、賭けてみる価値がある。そう思うことができた。

 

 

「————わかった」

 

数秒間の沈黙の後、突きつけられていた警棒が下ろされると共に落ち着いた声が未来の口から漏れる。

 

その表情には不思議と……微笑みが浮かんでいた。

 

 

◉◉◉

 

 

「ほら!ほらほらほらぁ!兄弟の中で2番目に強いこのピノン様に!!つまんない戦いさせないでよ!!」

 

縦横無尽に宙を駆るブーメランと合わせて放たれる拳と光線。

 

屋内にも関わらず一切の容赦も見せない黒い巨人————“ダークキラーセブン”の猛攻。自らをピノンと名乗った敵の攻撃を冷静に防ぎながら、ヒカリは宇宙船の外から届く戦闘音に意識を向けた。

 

『この気配……タイガ達が危険だ』

 

(…………っ)

 

防御に徹しながらステラは奥歯を噛み締める。

 

ノワールから聞いた話によれば、“ファースト”を除いたダークキラーは全部で4人。そのうち1人はどういうわけか春馬と行動を共にしていた。

 

……残りの3人が一斉にこの場に現れるのは流石に想定外が過ぎる。

 

春馬という前例から考えて、少しは話が通じる余地があるかもしれないと僅かな希望を抱いていたが…………目の前で猛威を振るっている輩を見ればそんな考えも即座に消え失せた。

 

「ドリャア!!」

 

両腕によるガードをすり抜けて叩き込まれた黒い鉄拳が蒼い身体のど真ん中に突き刺さり、オークション会場となっていたステージを巻き込みながらヒカリが派手に転倒する。

 

「フフフフフ……!そろそろ1キル目いただくとしますかぁ!!」

 

宙を飛び回っていたアイスラッガーを掴み取り、倒れているヒカリへ切っ先を向けながら歩みを進めるピノン。

 

勝負は決した。そう言わんばかりに満足げな様子で蒼い巨人に近づいた彼女は、迷うことなく手にしていたブーメランの刃を振り下ろそうとする。

 

「じゃあねっ!!」

 

命が刈り取られようとしている。

 

ステラとヒカリは眼前に迫ったアイスラッガーを捉え、その軌道を正確に予測すると——————

 

『(————ッ!!)』

 

紙一重で斬撃を回避。

 

「え?」

 

同時に流れるような隙のない動きでピノンの懐に潜り込むとナイトビームブレードを展開。突き出されていた右腕を根元から一息に切断してみせた。

 

「あ゛……っ……!?ぎ……ぁあぁあああアァアアアアアアアアア!!!!

 

泥のように溢れ落ちる黒い粒子を辺りに撒き散らしながら、ピノンは思いがけず迸った激痛に苦しみ悶える。

 

「いっ……だい……いたい、イタイイタイィィイイ……!!痛いよぉ……ッ!!」

 

黒い輝きと共に巨人の姿が少女の矮躯へと巻き戻る。

 

青ざめた顔で滝のように汗と涙を流しているピノンを尻目に、ステラは先ほどから感じる屋外の不穏な気配に意識を移した。

 

(……急ぎましょう!)

 

『ああ』

 

宇宙船の外で戦っているのは恐らく春馬達と……残りのダークキラー達。

 

相手は仮にもウルトラマンの力を備えた強力な戦士達だ。まだ経験の浅さが残るあのコンビと相対させるのはまずい。

 

焦燥感に駆られながら、蒼い巨人は天井を突き破る勢いでその場から飛び上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光の届かない、深海に落ちていくような感覚に陥りながら————春馬は懸命に思考を回転させる。

 

仲間であれ、敵であれ、誰かが行動を起こす時には必ず原動力となる明確な理由があると思っていた。……いや、正確にはそう思いたかったのだ。

 

でも現実はそうじゃない。

 

直接的な理由のない悪意。他の誰かを貶めること自体を目的として動いている者だってこの世界には存在するんだ。

 

以前トレギアと話した時…………自分には彼の心を理解することはできなかった。それはきっと、今までそういった純粋な悪意に触れる機会がなかったことが大きく関係している。

 

少し考えればわかることだ。

 

この世の全てを背負える人間なんていない。追風春馬という1個の命が尊重できるものなんてたかが知れている。

 

この世界にたったひとつの答えなんかない。あったとしても、それは通常の生命体が理解できるような単純なものではないだろう。

 

だから…………自分に許されているのは、抱えられるものを落とさないようにすることだけ。自分が信じたいと思ったものを貫くだけなんだ。

 

そしてその矜持は、この世界に生きる命の数だけ存在する。

 

互いにぶつかり合うことが避けられないというのであれば、それは…………それは——————

 

 

 

「幕引きだな」

 

動く様子のないタイガから足をどけ、ダークキラーゾフィー————フィーネは右手にエネルギーを集中させる。

 

高熱を帯びた平手に宿るのは一撃でウルトラマンを殺し得るだけの力。

 

フィーネは右腕を引き絞ると、横たわっている二本角の巨人へ殺意の塊を一気に振り下ろそうとした。

 

「…………!」

 

しかしそれを遮るように遠方から放たれた蒼い光線が迫る。

 

自分とタイガを引き裂くように地面を抉った一撃をバックステップで難なく回避した後、フィーネは猛スピードで飛翔しながら接近してきた巨人を視界に入れた。

 

 

(春馬!!)

 

『なんとか間に合ったか』

 

倒れていたタイガの身体を抱きかかえるヒカリ。

 

妹が足止めしていたはずの彼らがこの場に現れたのを見て、フィーネは浅い息をついた。

 

「ピノンは……生きてはいるようだな。ひどく弱っているが。……まあ、かの狩人が相手であればそれも仕方ないか」

 

(……ダークキラー……)

 

『ゾフィーのコピーか。……気をつけろ、ステラ』

 

今にも破裂しそうな張り詰めた空気が漂う。

 

黄金色の剣を伸ばしつつ、ヒカリは相手の出方を窺うように注意深く視線を這わせた。

 

 

(…………そう……だよね)

 

(……!春馬?)

 

不意に四肢へ力を込めたタイガがヒカリの腕から上体を起こす。

 

(俺達が引けないように……君にも……譲れないものが……あるんだよね。……なら、俺はなにも言えないよ)

 

トライブレードを宇宙船の外壁に突き立て、タイガの身体を支えながらその中で春馬は続ける。

 

(戦おう。君が俺達の……大切な場所を脅かすなら、全力で抵抗させてもらう。君もそうであるように————!)

 

ブレードの刃に宿る三色の輝き。

 

(俺達は…………絶対に負けられないんだから!!!!)

 

構えの体勢から突き出す形で解き放たれた光柱は、直線上に立っていたフィーネめがけて伸びていった。

 

反射的にフィーネの片腕から繰り出された漆黒の光線と衝突し、凄まじい衝撃波が周囲に拡散する。

 

(……!春馬、待って!!)

 

広範囲に爆発が起こると同時にステラが制止するも、春馬はそれを意に介すことなくタイガの身体を突き動かした。

 

春馬とタイガ達の同調率は未だ高い水準を維持している。彼らは揃って無茶を押し通そうとしているのだろう。

 

 

『『『(はあああっ!!)』』』

 

トライブレードによる一撃を受け止めつつ、フィーネは眼前にある巨人の瞳を正面に捉える。

 

「笑止、だな。お前の認識は周回遅れが過ぎる。今更入り口に至るとは愚かの極みだ。……やはりお前は、“長男”に相応しくない」

 

(っ……!)

 

フィーネが交差させていた腕を勢い良く振り抜き、弾かれたタイガは強制的に後退させられる。

 

「もはや見るに堪えない。オレ達の父……その唯一の汚点であるお前を、今ここで消し去ってやる」

 

フィーネの肉体からにじみ出る闇のオーラ。

 

世界を塗り替えてしまいそうなほどの感情の波を感じ取り、タイガは対抗するように全身から炎を迸らせた。

 

 

 

 

『はいはいそこまでだよーーーーっ!!!!』

 

刹那、スピーカーを通して発せられた何者かの声が上空を横切った。

 

その場にいた全員がそちらに意識を移す。漂っていたのは旅客機の半分ほどの大きさの宇宙船。

 

『いけそうか?』

 

『“メテオール”ダウンロード完了、バッチリです!』

 

『よっし!解禁解禁!』

 

 

『“キャプチャーキューブ弾頭弾”、発射!!』

 

騒がしいやり取りの後に宇宙船から射出されたミサイルのような物がフィーネの頭上で炸裂。

 

「なんだこれは……?」

 

突然の事態に驚くのも束の間、首を傾げている彼を瞬く間に形成されたドーム状のバリアが包んだ。

 

(……!未来!?脱出できたの!?)

 

『ああ、スクールアイドル達も一緒に乗ってる。あとはお前らが離れれば作戦終了!俺達の完全勝利だ!』

 

『皆さん!今のうちに離脱してください!』

 

(わかった!)

 

状況を飲み込むよりも先に身体を動かしたヒカリが強引にタイガの身体を抱え、その場から飛び立つ。

 

 

(あ…………)

 

ヒカリの脇に収まりながら、徐々に遠ざかっていく宇宙船に春馬は視線を注いだ。

 

メテオールの檻に閉じ込められ身動きがとれない状態でありながら、フィーネは内に秘めた憎悪を送り届けるようにタイガを睨み続けている。

 

 

————お前だけはいつか、必ずこの手で始末する。

 

 

聞こえるはずのない声が耳朶に触れる。

 

薄れゆく意識の中、春馬は自分に刻まれた“ダークキラー”としての因縁を噛み締めるように…………言葉にならない感情を、心の奥底に沈めた。

 

 




今回の件を経て、春馬とフィーネには互いに戦うしかない存在であるという自覚が生まれました。これはトレギアに関しても同じことが言えますね。
今後ダークキラーブラザーズが何を感じ、どのような行動を起こすのかにも注目して頂ければと思っています。

次回はオークション編のエピローグを描きつつ、この先の展開に繋がる要素も小出しにしていく予定です。


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第63話 絆の飛翔


勢いで書き上げてしまいやした。
虹のアニメまであと2週間……。毎度のことですがそわそわが止まりません。


「誘拐されていたスクールアイドル達は無事、元いた地域へ送り届けた。……これにて本作戦は完了とする。お疲れ様!」

 

「ようし!」

 

すっかり日が暮れてしまった時刻。

 

歩夢を含め、救出作戦に参加した全員が集まるGUYSオフィスで、春馬は片腕を突き上げながら心底嬉しそうな声を張った。

 

「春馬くん、ステラさん、ご協力ありがとうございました。あなた達がいなければ切り抜けられなかったです」

 

「いえ、俺はウルトラマンとして当然の行いをしたまでです。……それに、最後に皆さんが駆けつけてくれなかったら、俺達も危ないところでした」

 

カレンの言葉に首を振りつつ、春馬は宇宙船で起きた戦闘での自分の行動を振り返る。

 

フィーネと戦ったあの時————つい頭に血がのぼって、一瞬周りが見えなくなってしまっていた。消耗しているあの状態で戦闘を続行していれば確実に命を落としていたことだろう。

 

……タイガ達まで付き合わせてしまって、本当に申し訳ない。

 

「いやいや、君の働きには驚かされたよ。こうして巡り会えたことを本当に嬉しく思う」

 

「ノワール先輩。あ、ありがとうございます」

 

静かに距離を縮めてきたノワールに戸惑いつつ、春馬は軽いボディタッチをしてきた彼に会釈。

 

間もなくステラに引き剥がされ連行されていく姿を苦笑しながら見送った後、春馬は隣で少し疲れた表情を浮かべている歩夢に視線を移した。

 

「向こうにいる間……大丈夫だった?」

 

「うん。怖かったけど……すぐにハルくん達が助けに来てくれたってわかったから」

 

「……あの時、俺がもっと早く動いていればこんなことには……」

 

「今更気にしても仕方ないでしょ?」

 

「でも……」

 

「……じゃあこれからは、2度と同じことが起きないように…………ちゃんと私を守ってね」

 

歩夢の微笑みを受け、春馬は強く頷く。

 

まだまだ自分は未熟なままだ。この先……トレギアやダークキラー達との戦いを制するためにも、確固たる実力を身につける必要がある。

 

 

「それにしても驚きましたね。まさか————お二人がそのまま私達のところにやってくるなんて」

 

不意にそう口にしたカレンの瞳が横へ動き、部屋の片隅に佇んでいた宇宙人達へ皆の意識が向けられる。

 

ネームカードを首から下げ、やけに堂々とした様子でこちらと顔を合わせたのは…………マグマ星人とマーキンド星人。宇宙船脱出時に手を貸してくれた元ヴィラン・ギルド構成員達だった。

 

「へへっ、感謝するぜリーダーさん。すんなり入社させてくれてよ」

 

「余りにもあっさりすぎて怖いくらいでしたけど…………」

 

「なに、他意はないさ。俺達としても仲間が増えるのは嬉しい。これからはもっと忙しくなるし、それなりに人材も必要だからな」

 

互いに顔を見合わせて照れ臭そうに笑うマグマ星人とマーキンド星人に対して微笑みかける未来。

 

国が管理下に置いているものの中で、宇宙人犯罪に対抗するための組織が設立されるといった話は未だ聞こえてこない。だからこそヴィラン・ギルドの存在は政府にとっても自国を脅かす要因として目を光らせつつも、積極的に取り締まるまでには至っていなかった。

 

しかしこの民間警備会社————GUYSは春馬やステラといった外部からの協力を得ることでヴィラン・ギルドを実質的な壊滅へと追いやることに成功。マグマ星人とマーキンド星人から聞き出した情報を辿れば残党の居場所も明らかとなる。

 

派手な動きをすることができない国の代わりに行った今回の作戦は、政府側の人間にとっては願ってもない出来事だったのだろう。作戦が達成されたという情報をノワールが流したところ、瞬く間に支援の話が舞い込んできたのだ。

 

「国からのバックアップを得て、これから俺達はもっともっと大きくなっていくんだ。新しい体制が整った後は、早速新兵器の開発に乗り出すぞ!」

 

未来が声を張ると同時に湧き上がる小さな歓声と拍手。

 

歓喜に包まれた空間で一息ついた後、春馬は近くにいた歩夢とステラにそれぞれ目配せする。

 

「じゃあ俺達はそろそろ……」

 

「そうね。もう夜も深いし、あなた達の両親も心配してるでしょう」

 

「あ、ちょっと待ってくれ」

 

春馬と歩夢、そしてステラが何気なく部屋の出口へ向かおうとしたその時、思いがけず未来から声がかかった。

 

「ステラは残っててくれないか?話したいことがあるんだ」

 

「………………」

 

立ち止まり、戸惑うように口ごもりながらステラは春馬と歩夢の方をそれぞれ一瞥する。

 

やがて迷いを捨てるように浅いため息をついた後、被りかけていたキャスケットをテーブルへ戻した。

 

「いいけど、べつに」

 

「ありがとう。あまり時間は取らないから安心してくれ」

 

そうステラに伝えた未来の視線がおもむろに春馬へと移る。

 

「——春馬!」

 

腰に手を当て、ラフな佇まいで彼の名前を呼んだ未来は、どこか懐かしむような笑顔で口にした。

 

「頑張ろうな、お互い。……いつか落ち着いた時にでも、ゆっくり話をしよう」

 

「……!はいっ!」

 

負けないくらいの笑みで返す。

 

最後に交わしたやりとりの重さを身に染み込ませながら、春馬は歩夢と共にオフィスの出口をくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー!」

 

玄関前で歩夢と別れた後、疲れの溜まった身体を引きずりながらも春馬は元気よく扉を開いた。

 

「あら、遅かったわね」

 

「ちょっとね」

 

リビングの方から顔を出してきた母に何気ない態度を装いつつ、春馬は靴を脱いでは廊下に足を乗せた。

 

直後、奥から母とは異なる小さな人影が駆け寄ってきたのを察知し、反射的に顔を上げる。

 

虚空を映したような瞳を捉え、柔らかい笑顔で春馬は言った。

 

「ただいまフォルテちゃん。いい子にしてた?」

 

「してた」

 

「ん、その髪型…………」

 

彼女の姿を見て、いつものサイドテールが反対側にもあることに気づく。ツーサイドアップというものだろうか。

 

「中須かすみ……彼女が…………やってくれた」

 

「へえ!かわいい!新鮮だね!」

 

はにかみながら目を逸らすフォルテであったが、その表情には少しずつ微笑みが宿っていく。

 

自分達がいない間、頼まれた通り彼女のことを気にかけてくれたのだろう。今度かすみに会った時は何かお礼をしなくてはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

「そう…………彼らに……会ったの……」

 

夕食を終えてしばらくのんびりとした時間を過ごした後、春馬は落ち着いて会話を交わせる自室へ移動すると意を決してオークション会場で起きた出来事をフォルテに話した。

 

相変わらず彼女の表情は大きな変化を見せない。けれどもその中に……少しだけ何かに怯えているような感情が伝わってきた。

 

『話の通じるような奴らじゃなかった。フィーネって奴に関しては完全に開き直ってやがったし……』

 

「それは……当たり前」

 

フーマのこぼした言葉を切り捨てるようにフォルテは口にする。

 

「私達はもともと……父の宿願を……達成させるために、造られた人形。……欠陥品である、私と違って……彼らは、そこに迷いはないはず。……少なくとも、今は」

 

「……それは違うよ、フォルテちゃん」

 

俯きながら細々と語った彼女の手を握り、静かに、それでいて力強く春馬は言った。

 

「誰も欠陥品なんかじゃない。……やりたいと思えることがそれぞれ違った。ただそれだけのことなんだ」

 

宇宙船での戦闘が脳裏をよぎる。

 

フィーネとぶつかり合った時に身体を駆け抜けたあの感覚。どうしようもないくらいの…………戦うしかないと思ってしまうような固い決意が彼にはあった。

 

自分と彼は決して交わることはない。そう予感せざるをえなかったのだ。

 

「あの場ではみんなが必死だった。……誰もが自分の役目を果たそうと動いてたんだ」

 

GUYSの隊員達や、ステラだけじゃない。フィーネ達ダークキラーも…………自分の信じる道を突き抜けようとしている。

 

否定することはできない。……言葉を交わすことなく、力をぶつけ合うしか背負っているものを守る手段がないと悟ってしまった瞬間、心の中で抱えきれないほどの虚しさが溢れていくのがわかった。

 

「綺麗事だけじゃ解決しないことだってあるのはわかる。……でも……でもやっぱり、本当に戦う道しか選べないって突きつけられると……悲しいな」

 

「……あなただって……間違っては、いない」

 

沈んだ表情で声を震わせた春馬の顔に小さな手が触れる。

 

親指で不器用に彼の頬を撫でながら、励ますようにフォルテは呟いた。

 

「あなたに……理解されることで……救われる存在だって、あるはず。……私が……そうだったように」

 

「……ありがとう。優しいんだね、君は」

 

「……あなたと……同じことを……返しただけ……」

 

 

『それにしても、ますます疑問が深まるぜ』

 

春馬の表情に笑顔が戻ったのを見て、半透明の宇宙人達が彼の肩から顔を出す。

 

『あいつらが……“ダークキラー”が持っていた力、あれは完全にジャックやゾフィーそのものだった』

 

『加えて、我々の持つタイガスパークと酷似したアイテム。……あれによって、彼らは自らのエネルギーを増加させているようだったな』

 

『そういや……お前も同じのを持ってなかったか?フォルテ』

 

投げかけられた質問に対して無言で答えた後、フォルテはゆっくりと左腕を掲げる。

 

直後、黒い閃光と共に現れる白い手甲。

 

改めて見ても、造形自体は“タイガスパーク”と全く同じだ。異なるのは白と青を基調としたカラーリングのみ。

 

「“トレギアスパーク”————彼は……トレギアは、そう呼んでいた」

 

「トレギア……スパーク」

 

悪魔の名を耳にした途端、春馬の身体が強張る。

 

外見は似ているものの、そこに秘められている力は真逆。溢れんばかりの闇のオーラがひしひしと伝わってくるようだった。

 

「これは……父と協力関係に……至った時、彼が私達に与えた……戦闘用強化装備」

 

『戦闘用……。他の用途はないのか?』

 

「ない」

 

即座に返答したフォルテを見て、タイガ達は悩ましげに首を捻った。

 

疑問に感じるのは根本的な部分だ。見たところ“タイガスパーク”と同じ構造をしているのは明らかなのだが…………トレギアがこれを作ったのだとすれば、奴はその作成方法をどこで知ったのだろう。

 

『……光の国に保管されていた設計図を盗みでもしたのか……?』

 

『タイガスパーク自体、かなり以前から計画されていたアイテムらしいからな。その可能性は十分ある』

 

タイガ達の会話を横目に、春馬はどこか引っかかっているような感覚を覚えていた。

 

同時に底の知れない恐怖がこみ上げてくる。

 

トレギア————光の戦士という立場を捨て去り、かつての仲間達と敵対することを選んだウルトラマン。

 

奴だけが知っている情報。誰にも明かすことなく腹の奥底に潜めている野望がきっとあるのだろう。

 

 

……何を望み、何を企てているのか。

 

それを確かめるためにも、まだまだ乗り越えるべき壁は残っているのかもしれない。

 

 

◉◉◉

 

 

「くぅ……!つっかれたぁ!」

 

GUYSオフィスが置かれているビルの屋上。

 

夜風を全身に受けながら大きく伸びをした未来は、振り返った先に立っていたステラに向けて晴れやかな笑顔を向けた。

 

「改めてありがとう。お前達が協力してくれて、本当に助かった」

 

「どういたしまして」

 

「それにしてもいい子だったな、春馬。普段から先輩面できるお前が羨ましいよ」

 

「そうでしょう。あなたと違って素直だし、飲み込みも早いしね」

 

「はぁー?言っとくが今の俺はメビウスがいなくたって十分戦えるからな?」

 

「へえ、試してみてもいいかしら?」

 

「望むところ————とでも言うと思ったか?俺はもう大人なので変な意地は張りませ〜ん。さっさと物騒な短剣しまってくださ〜い」

 

「ふん、つまんないわね」

 

冗談交じりのやり取りを互いに投げつけた後、視線を横へ逸らしながら未来が口を開く。

 

「……で、どうだった?……これでもまだ心配か?」

 

穏やかな顔で飛ばされた問いかけに、ステラは一瞬思考を止めた。

 

あまり気にしていないように振る舞いながらも、ステラが自分に対して抱いている感情が心残りだったのだろう。

 

少しだけ不安げに眉を下げながら、未来はかつての戦友をじっと見つめていた。

 

「………………いいえ」

 

観念するように深いため息をついた後、瞼を閉じながらステラはそう発した。

 

「本当か!?」

 

「ええ。口だけじゃないってことは、今回の件でちゃんとわかった。……まだちょっと危なっかしいけどね」

 

「ははっ、これからだよ。俺達はいずれGUYSを……どんなに傷ついても絶対に倒れない、不死鳥みたいな組織にしていくんだからな」

 

胸を張りながらそう宣言した未来が瞳に焼き付けられる。

 

ステラの中に残っていた、5年前の彼————その姿と重なるようだった。

 

 

「それで…………ここからが本題なんだが」

 

一変して真面目な顔つきになった彼がまっすぐにステラを捉えながら言う。

 

やけに緊張している様子の未来に首を傾けつつ、ステラは次に投げかけられる質問に備えて耳をすませた。

 

 

 

 

「————ステラ、お前も俺達の仲間に…………GUYSの一員になってくれないか?」

 

「……えっ……?」

 

思いもしなかった言葉が聞こえ、ステラは上ずった声を漏らす。

 

「思ったんだ。……これから先、お前の力が必要になる時が必ずくるって」

 

「ち、ちょっと待ってよ……!」

 

「返事はすぐじゃなくてもいい。この戦いが落ち着いた後にでも……ヒカリと一緒に考えた上で、答えを出して欲しいんだ」

 

そう懇願すると同時に詰め寄ってきた未来が間近に迫る。

 

突然のことに戸惑いながら、ステラは薄く紅潮した顔を逸らすと深く息を吸った。

 

 

一度冷静になって考える。GUYSの隊員として働くということは…………この地球で生きることを決めるのと同義だ。そこに宇宙警備隊であるヒカリを含めることはできない。

 

今まで彼と一緒に要られたのは…………ステラが彼に付いていく形で光の国に滞在することを認められていたからだ。私情で地球にいることを決断したとなれば…………それはつまり、ウルトラマンとして宇宙の調和を守る役目を持ったヒカリとの別れを意味する。

 

 

思考回路がごちゃごちゃになる。

 

数秒間黙り込んだ後、恐る恐る顔を上げたステラは消えそうな声で未来に言った。

 

「……いつ答えを出せるかは……わからない。けど……ちゃんと考えてみるわ」

 

「……ありがと——————」

 

未来が言い終わるよりも前にステラは空高く跳躍すると、ビルからビルへ、逃げるようにその場を去ってしまう。

 

ぽつんと一人残された屋上で、名残惜しそうな顔を浮かべながら未来は口角を上げた。

 

 

 

「ふられちゃったかい?」

 

「まだわかんねえよ」

 

先ほどから物陰に潜んでいた黒髪の青年————ノワールが茶化しながら歩み寄ってくる。

 

少しだけ肩を落としていた未来の背中を叩き、いつものように軽い調子で彼は言った。

 

「きっといい返事をくれるよ、ステラちゃんは。だって彼女、君のことが大好きだしさ」

 

「この場にあいつが居たら確実に斬られてるぞお前」

 

「本当のことなんだけどなぁ……」

 

「ま、仲間として信頼できるからこそ……俺もあいつに来て欲しいって思うんだよな」

 

「いや、そういう意味じゃなくてさ」

 

「あ?」

 

「ヒィー、まったく君って奴は」

 

よくわからない捨て台詞を残していった後、手を振りながらノワールは階段を下りオフィスへと向かって去っていく。

 

今度こそ独りきりになった屋上のど真ん中。

 

未来はジャケットから取り出したスマートフォンを操作し、柵にもたれ掛かりながらそれを耳元へあてがった。

 

 

 

 

『お電話ありがとうございます。こちら旅館“十千万”で————』

 

「俺だ」

 

『あれっ!?未来くん!?』

 

「今度の休み、そっちに行くよ。土産話がたくさん出来たんだ」

 

 

スマホを介して伝わる声との楽しげな会話が夜風に溶けていく。

 

 

未だ降りかかる危機が止むことはない惑星、地球。

 

移り変わり、過ぎていく時の流れの中で————いつまでも途切れない友情(きずな)が、そこにはあった。

 




追々回収していく予定の問題の布石をいくつかばら撒いておきました。
今作では先輩キャラとして登場したステラですが、まだどこか成長しきれていない面が押し出されていましたね。そんな彼女がこの先、どのような着地点を見出すのかにも注目です。
そして最後に登場したのは…………当然、あの人ですね。

次回からはまた個人回を投稿していくつもりです。


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第64話 エヴァーグリーンの奇跡:前編


今回からエママ回となります。
いつもより少し短めです……。


「疲れたぁ……けど楽しかったな〜!」

 

少しずつ沈んでいく赤い夕日を背に、エマ・ヴェルデはご機嫌な様子で街道を歩く。

 

商店街のイベントにスクールアイドルとしてお呼ばれしていた彼女は、ちょうど一仕事(ライブ)を終えて虹ヶ咲学園の学生寮へ帰るところであった。

 

 

スクールアイドルになることを夢見てこの日本に訪れてからは毎日が楽しい。日本の高校生としての生活を手に入れるために必死で勉強に励んだ甲斐があった。

 

度々怪獣が現れては街で暴れ出すのが少々恐いが、そうした波乱の日々も同好会で過ごす時間が楽しいものに塗り替えてしまう。

 

この国に来てよかった。そう口にできる日常が送れていると胸を張って言える。

 

 

「次のライブではどんな歌を歌おうか……今からワクワクしてきたなぁ」

 

イベントに来てくれたお礼として商店街の人々がくれた新鮮な野菜や果物の入ったビニール袋が大きく前後する腕と連動してカサカサと音を立てる。

 

そんな胸を弾ませながら帰路についていたエマの視界に、妙なものが飛び出してきた。

 

「……うん?」

 

路地裏の入り口で縮こまっている白い塊。

 

パッと視認しただけでは子犬か何かかと思うようなサイズのそれは、凝視しているうちに全く別の存在であることが理解させられる。

 

「なんだろう?」

 

膝を折り、間近で謎の物体を観察してみる。

 

質感はツヤツヤしていて……つついてみると僅かな弾力が確認できる。両腕で抱えられる程度の大きなマシュマロのような球体だった。

 

しばらく慎重に指先で物体に触れていたその時、

 

「もちもちしてる……。食べ物……なのかな?——きゃっ!」

 

思いがけず起こった出来事に高い声が漏れる。

 

白い物体は、自ら意思を持ったようにエマの脚に跳ねてきたのだ。

 

「い、生き物……?」

 

手足どころか目や鼻、耳や口も存在しない。ただ白くて柔らかいモチモチした謎の物体。それは指や手のひらで刺激を与えてみると、コミュニケーションのように優しい体当たりで返してくる。

 

「なんか可愛いかも〜……!」

 

気づいた時にはその物体を抱きかかえていた。

 

周囲を見渡してみるが持ち主……いや飼い主らしき人物はいない。このまま放っておくのも何だか心配なので、とりあえずは寮に連れ帰ってみよう。

 

「なんだか不思議な子だなぁ……。日本にしかいない生き物なのかな……?」

 

もしかしたら同好会のメンバーの中で生物に詳しい人がいるかもしれない。今度の練習でみんなに尋ねてみることにしよう。

 

そうふと浮かんだ疑問を片隅に追いやりつつ、エマは寮への歩みを進めた。

 

 

◉◉◉

 

 

「えいっ!やあっ!」

 

目の前の相手めがけて竹刀を振るい、動きの要所要所で深く息継ぎをするたびに冷たい空気が喉奥へ流れ込んでくる。

 

人通りの少ない早朝。

 

すぐ側に海が見える公園で、春馬はステラに剣を用いた戦い方の稽古をつけてもらっていた。

 

……もらっていたのだが……。

 

「————そこだっ!!」

 

「いたっ…………!」

 

身を捻りながら春馬が放った一振りがステラの肩を捉える。

 

「あっ……!だ、大丈夫ですか!?」

 

たまらず尻餅をついたステラを見て慌てて駆け寄った春馬は、いつものような覇気が感じられない彼女の瞳と視線を合わせながら手を差し伸べた。

 

「平気……」

 

そう言ってよろよろと立ち上がったステラは……やはりどこか気力が抜け落ちてしまったように弱々しい表情を浮かべている。

 

 

スクールアイドル救出作戦があった日からというもの、彼女の様子がおかしいことは春馬だけでなく彼の中にいるタイガ達も気づいていた。

 

何をしていても上の空、心ここに在らずといった調子のステラを眺めていると…………自然と見ている側は不安になってくる。

 

「あの、姐さん……あれから何かあったんですか?ここのところ……ずっと何かを考えてるみたいですけど」

 

「え?」

 

心配そうに尋ねてきた春馬を一瞥した後、すぐに下を向いたステラが小さく口を開く。

 

「確かに考え事はしているわ。けど大したことじゃないの。…………ごめんなさい、特訓中なのに気を抜いて」

 

「い、いえ!あまり体調が優れないようでしたら……俺だけでもできる限りの自主練はしておくので、無理せず休んでくださいね」

 

「ありがとう」

 

無理やり気味に笑ったステラの表情が余計に春馬の不安を煽る。

 

彼女は自分から弱音を吐くようなタイプではない。余計な詮索はよした方がいいだろう。

 

自分にできることは……そばで見守ることだけ。なんとも歯痒い状況だ。

 

「稽古は……もう……終わり?」

 

「あ、フォルテちゃん」

 

付近の原っぱで2人のやり取りを眺めていたフォルテが歩み寄り、抱えていたミネラルウォーターを差し出してくる。

 

会釈と共に受け取ったそれを一口流し込んだ後、腕時計の示していた時刻を確認しながら春馬は頷いた。

 

「そうだね、そろそろ同好会の方に行かないと」

 

「今日も……一緒に……いい……?」

 

「もちろん!みんなも歓迎してくれるよ!」

 

「そういえば……あなた、アイドルに憧れてるんだったかしら?」

 

微笑ましげな会話を横で眺めていたステラが不意にそう問いかける。

 

「そう」

 

フォルテは固まった顔のまま、糸のように薄い唇を動かして最低限の言葉を発した。

 

「ふぅん……」

 

救出作戦が終わって初めての稽古の日に改めてフォルテのことをステラに紹介したが、その際も彼女は意外にもあっさりとした反応を示した。

 

詳しい事情は聞こうとしないまま以降は親しげにするわけでもなく、かといって無下な扱いをするわけでもなく、互いに微妙な距離感のまま春馬を介しての繋がりを保っている。

 

ステラはステラで複雑な思いがあるようだが…………どうやら春馬がフォルテに対して家族のように接していることを尊重してくれているようだった。

 

本当はもっと仲良くしてほしいけれど、その辺りは奥手な2人だ。気長に待つとしよう。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

タオルで軽く汗を拭った後、カバンを背負い公園を出発する。

 

ラブライブの予選も近い。今は同好会のメンバー達のサポートを第一に考えなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ……!これは癖になる質感ですね!」

 

「でしょー?」

 

「枕にちょうどいいかも〜」

 

「変わった生き物だねぇ。どこで見つけたの?」

 

 

「みんなおはようー!」

 

ガヤガヤと騒がしい空気の中、元気よく部室の扉を開けた春馬の声が部屋中に響き渡る。

 

「お、ハルハルにステっちおはよー!!」

 

「おはようございます!」

 

《ミンナオハヨウ》

 

「おはよう2人とも」

 

「あれ?」

 

気持ちのいい挨拶を返してくれたみんなの声に混ざって耳に入ってきた電子音声のような何かに気がつき、春馬はその場に立ち止まった。

 

「おおっ!?春馬さんの声にも反応しましたね!」

 

「オウムみたい」

 

「えっと、今のは……?」

 

「この子が挨拶したんだよ」

 

戸惑う春馬とは逆に何やら楽しげに笑った皆の中からエマが歩み出る。

 

その手に抱えられていたのは…………真っ白な円形。エマの腕の中でプリンのように揺れている謎の物体を視認し、春馬は疑うように目を凝らした。

 

「これは……?」

 

「ニーヴェアちゃんっていうんだ。わたしが名前を付けたの」

 

「にーゔぇ……?」

 

「街中で迷子になってたのをエマさんが見つけたんだって」

 

助けを求めるように首を傾げていた春馬に歩夢が言葉を添えてくれる。

 

「春馬くんは、この子がなんていう動物なのかわからない?」

 

「わからないっていうか……そもそも生き物なんですか?」

 

「たぶんそうだと思う。みんなにも聞いてみたけど、誰もこの子のこと知らないみたいで……。日本の動物ってわけじゃないんだね」

 

抱えていた白い物体————もとい“ニーヴェア”を優しく撫でながらエマは困ったような顔を浮かべる。

 

「それにしても柔らかいですね……。ほっぺたみたい」

 

「かすみんのほっぺたの方が柔らかいけど?」

 

「張り合うところ?それ」

 

 

(……なんだろうね、あれ)

 

皆から興味深そうに観察されるニーヴェアを傍らで見つめながら、春馬は身体の中にいる仲間達へ問いかける。

 

『まず間違いなく宇宙生物だろうな』

 

(だよね)

 

『敵意みたいなのは感じない……というか、どちらかというと無機物っぽい気配じゃないか?』

 

『あー、なんかそんな感じするかも』

 

『どっかの非常識な宇宙人が不法投棄したゴミとかじゃないか?』

 

『でもコミュニケーションっぽいこともできるみたいだしな……』

 

タイガ達も朧げな感想を伝えるが、やはりどのような存在であるかまではわからない様子だった。

 

背後に立っていたステラとフォルテにも視線を送って尋ねてみるが、2人とも同時に首を横に振るばかり。

 

「言われたことをそのまま返してくるっていうのはオウムみたいだけど……やけにハッキリした発音だよね」

 

「もしかしたら……ちゃんと教えれば歌も歌えるようになるんじゃない!?」

 

「確かに!試してみましょう!」

 

エマを中心にワイワイと楽しげな空気が広がるなか、少し離れた立ち位置から見守る。

 

よくわからないが…………害をもたらす生物でないのなら、このまま彼女達に任せても問題ない……のだろうか?

 

 

「もう時間じゃないの?」

 

「……はっ」

 

後ろからかかったステラの声に反応し、春馬は肩を揺らす。

 

「みんな、そろそろミーティング始めないと!」

 

「げっ!もうそんな時間!?」

 

「ねえ春馬くん、この子も一緒にスタジオに連れてっていいかな?」

 

「え?」

 

白い弾力を大事そうに両腕で包み込んだエマが恐る恐る尋ねてくる。

 

確かに部室に放置というのも気になる。どんな対応をするにしても、自分達の目の届く場所に居てもらった方がいいのかもしれない。

 

「……わかりました。俺が責任を持って預かっておきますから、エマさんは練習に集中してくださいね」

 

「うん!ありがとう!」

 

満面の笑顔を見せたエマに思わずつられて口角が上がってしまう。

 

ペットを連れ込むのは校則的にOKだっただろうか。……いや、仮に誰かに見られたとしても生き物とは思うまい。

 

(ついでに俺も……ちょっとだけ観察してみよう)

 

よくわからない物体をエマから受け取り、おもむろに視線を落とす。

 

仄かな重みを帯びたそれは、特訓後でお腹が空いていた春馬に大きなお饅頭を連想させた。

 




おやおや、何やらほのぼのした雰囲気ですな……。
いやあ謎の白い物体の正体は一体何なんでしょう(すっとぼけ)


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第65話 エヴァーグリーンの奇跡:中編

虹のアニメまで!!!!1週間!!!!
長い!!!!!!!!!!


石造りの密室。暗がりの中に人魂のように揺らいでいるのは唯一の灯りであるロウソクの火だ。

 

不穏な気配が漂う部屋の中で、デタラメばかりが記された分厚い書物を手にしながら男は不敵な笑みを浮かべる。

 

「これはまた……面白いものが落ちてきたな」

 

パタリと音を立てて閉じた本を机へ置き、彼は張り付いた笑顔をそのままに取り出した“仮面”で顔を覆った。

 

禍々しい波動が溢れ出すと同時に、男は瞬く間に“仮面の悪魔”へと姿を変貌させる。

 

「どのみち()()へ至るには必要なこと。退屈しのぎついでに背中を押してやるとするか」

 

冷たい室内に悪魔の孤独な言葉が反響する。

 

青い両足をゆったりと進め、どこか胸を弾ませているような様子で部屋の中心へ移動すると足元に魔法陣を生成。一瞬で空いた真っ黒な穴へと沈んでいった。

 

 

「君がこれからどんな感情を抱くのか…………楽しみだよ、追風春馬」

 

 

◉◉◉

 

 

「やっぱりいいね、エマさんの歌」

 

「うん。身体の芯から癒される感じがする」

 

大鏡に囲まれた広いスタジオ。

 

練習メニューの合間に挟まれた休憩時間に皆が横並びに座って聴き惚れているのは…………同じく同好会のメンバーであるエマの歌だ。

 

彼女が発する歌声は聞いているだけで自然と安らぐような気持ちになる。さながらマイナスイオンを帯びたメロディとなって流れ出るそれはどんな場所であろうと心温まるステージを作り出してしまうのだ。

 

童謡チックな雰囲気を備えている曲調も相まって、他に二つとないパフォーマンスを発揮できている。

 

「……彼女の歌……聞いていると……胸の奥が……暖かくなる」

 

「そういえばフォルテちゃん、春馬さんの家では合唱曲をよく聴いてるって言ってたよね。落ち着いた感じの曲が好きなの?璃奈ちゃんボード『チラり』」

 

「そうかも、しれない。……もちろん……あなたの歌も……大好き、だけれど」

 

「……!えへへ……ありがとう……」

 

フォルテと璃奈の何気ないやりとりを横目に、春馬もまた目の前で舞い踊っているエマを眺めながら興味深そうに眼を細める。

 

聞いている者を一気に引き込む彼女特有の世界観。自然に囲まれたエマだからこそ成せる技なのだろうか。

 

時折参加するソロイベントでは日本の童謡も歌唱する彼女だが、ライブ会場という広大なステージにおいても決して他のアイドル達とも劣らない存在感を示してくれる。

 

…………そして何より伝わってくるのは、

 

(スクールアイドルが……大好きなんだなあ……)

 

静かなメロディの中に垣間見る強烈な熱意。

 

エマのスクールアイドルに懸ける想いが、歌声となって現れているようだった。

 

 

「……ふぅ」

 

スピーカーから発せられていた音楽が止まり、エマが一息つくと同時に皆から一斉に拍手が送られる。

 

「エマっちすごい!」

 

「腕を上げましたね!!」

 

「透明感のある素晴らしいパフォーマンスです!」

 

「いつもの子守唄とは違った良さがありますなぁ」

 

「そ、そんなに褒められたら照れちゃうな……。ありがとね、みんな」

 

頬を赤らめながらそう笑うエマ。奥ゆかしい反応ではあるが、その実彼女のダンスと歌が高い完成度で仕上がっていることは紛れもない事実だった。

 

“Evergreen”————彼女がファーストライブのステージで披露した曲。スクールアイドルとして踏み出すための一歩、エマという人物の持ち味が目一杯詰め込まれた歌だ。

 

初めてライブを行ったあの日から多くの研鑽を積んだのだろう。格段にレベルアップしていることは明らかだった。

 

次にラブライブのステージで披露する曲は未発表のものでなくてはいけないが、これまで積み重ねてきた努力は絶対に役立つときが訪れるはず。

 

《————》

 

「ん?」

 

不意に近くから漂ってきた歌声に春馬がキョロキョロと辺りを見渡す。

 

他のみんなも聞こえた声音を怪訝な表情で探し始めるなか、前に佇んでいたエマは人差し指である物を示した。

 

「あっ……」

 

直後に下を向いた春馬も何かに気がついたのか、驚いた表情で短い声を上げた。

 

そこに見えたのは真っ白な円形。練習が始まる前にエマから預かった謎の生命体、“ニーヴェア”が自分の腕の中で流麗な歌声を発している奇妙な光景があった。

 

穏やかな質感にゆったりとした抑揚。あらゆる技術がたった今エマが発したものと同じ————録音したというよりは、もう1人の彼女が歌声を再現しているかと思うほど完璧に模倣されている。

 

そっくりそのまま()()()()()。そんな表現が似合う現象が目の前で起こっていた。

 

「これは…………」

 

「す、すごい……!ニーヴェアちゃんすごい!」

 

突然の出来事に皆が呆然とする中、瞳を輝かせたエマは春馬から白色の塊を受け取ると天井へ向けて高く持ち上げた。

 

「わたしと一緒に歌ってくれたんだ!ニーヴェアちゃんもお歌が好きなんだね!」

 

そう言って愛おしそうに弾力へ頬をすり合わせるエマ。

 

春馬や他のメンバーから見ればまだまだ得体の知れない生き物であるが、彼女にとっては既に愛情と呼べるものを抱くほどの存在になっているらしい。

 

「すごいですね……。まさか本当に歌まで覚えるなんて」

 

「本当、ますます不思議な生き物……」

 

深まるばかりの謎とは裏腹に、“歌”というこれ以上ないくらいの共通認識を持ったニーヴェアに、せつ菜や愛を始めとした同好会の面々にも親近感のようなものが芽生え始めていた。

 

しかし、

 

(……なんだろう、この引っかかり……)

 

傍らから一連の様子を眺めていた春馬だけが渋い表情で顔を俯かせる。

 

先ほどからニーヴェアのことが妙に気になって仕方がない。これは春馬本人がというよりも、一体化しているタイガ達が抱いている胸のザワつきが伝導しているという感覚の方が近しい。

 

この白い物体————タイガ達の知見によると宇宙生物だが、外見から覚える印象以上の何かが秘められているのではないかとつい勘繰ってしまう。

 

(このまま何事もなければいいんだけど……)

 

皆の笑顔に囲まれているニーヴェアを見つめながら、春馬は不安げに眉をひそめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

就寝時間が迫る夜の学生寮。

 

昼間のことを思い返しながら、エマは自室の机の上でじっと静止している純白の弾力をおもむろに撫でていた。

 

(こうしていると…………ネーヴェちゃんを思い出すなあ)

 

スイスにある故郷で家畜として飼っていたヤギ達。その中でも特別自分に懐いていた子のことが頭に浮かんでくる。

 

改めて考えてみると、こうしてニーヴェアを寮に連れてきてまで可愛がろうと思ったのは、今は会えないネーヴェと面影を重ねていたからなのかもしれない。

 

あの子よりもずっと感情は読み取りにくいが、自分の歌声を真似る様子が後ろを付いて歩くネーヴェの姿を想起させるのだ。

 

時折少しだけ恋しくなる故郷。

 

目の前にある大きなマシュマロは、記憶の中にある我が家と今の居場所を繋げてくれるような存在なんだ。

 

「あなたは……どこから来たのかな?」

 

 

 

 

 

 

「––––––––やれやれ、呑気なものだよ」

 

「…………っ!?」

 

前触れもなく背後からかかった声に思わず声にならない叫びを上げる。

 

弾かれるように振り向いた先に立っていたのは…………さも当然であるかのようにベッドへ腰掛けている道化師のような男。

 

「えっ……?あ、あの〜…………どちら様、ですか?」

 

「これは失礼。ノックもせず踏み入ってしまい申し訳ない、レディ」

 

「は、はあ……?」

 

飄々とした態度で饒舌に喋り出した男に対して考えるよりも先に警戒心が湧いてくる。

 

男はエマから視線を外し、彼女が咄嗟に抱き上げた白い物体を観察するように凝視した。

 

「ふむ……君は今自分が抱えている物をどう捉えている?」

 

「え?」

 

「ソレがどんな代物かを理解しているのかと聞いているのさ」

 

緊迫した空気が流れていることを肌で感じながら、エマは頭の中で慎重に言葉を選ぶ。

 

ニーヴェアを守るようにして抱き締めた彼女は、腰掛けていた椅子の上で逃げるように身をよじりながら口を開いた。

 

「この子は……ニーヴェアちゃん。最初はどう接したらいいかよくわからなかったけど……優しく撫でたら優しくお返ししてくれて、わたしと同じで歌が大好きないい子だよ」

 

「いい子、か……なるほど。少し惜しい部分もあるが、残念ながら不正解だよ」

 

「あの……もしかして、この子の飼い主さんですか?」

 

どこか浮世離れしたした空気を漂わせている男に恐る恐るそう尋ねる。

 

男はすぐさま首を横に振った後、ゆっくりと掲げた腕を引き寄せるようにして手前へ曲げた。

 

「あっ……!」

 

直後、見えない何かに掴まれたようにニーヴェアがエマの腕から離れ、男のそばへと宙を通って移動する。

 

白と黒で取り合わせられた奇妙な衣服を身につけ、奇妙な振る舞いを見せる奇妙な男。

 

念力のような力でエマからニーヴェアを取り上げた奴は、背後に出現させた魔法陣の中へ徐々に姿を溶かしていく。

 

「ダメっ!そ、その子を返して!!」

 

「外へ出たまえ。これから君に、この生命体の在るべき姿を見せよう」

 

「待っ————!!」

 

慌てて立ち上がり手を伸ばすが、あざ笑うかのように男はニーヴェアと共にその場から消失。

 

居ても立っても居られないエマは、すぐに上着を羽織ると脇目も振らずに自室から飛び出していた。

 

 

 

 

 

 

「はあっ……!はあっ……!————ニーヴェアちゃん!!」

 

門限を過ぎた夜間の外出の際は許可を取る必要があるが、今はそんなことを考えている暇はない。

 

学生寮から学園の校庭まで一直線に走り抜ける。

 

男はエマの手の届かない空中で静かに浮遊しながら、必死に駆けつけてきた彼女を待ち構えていた。

 

「あなた……宇宙人?……どうしてこんなことをするの……!?」

 

「なにを焦っているんだい。そう長い時を共にしたわけでもなかろうに、なぜそこまでコイツを取り戻そうと躍起になっている?」

 

「ニーヴェアちゃんは……大切な友達だからだよ!!」

 

「友達ねぇ。気を悪くしないで欲しいが、この生物は君達の意思などお構いなしさ。ただ外部から受けた刺激をそのまま返すだけの存在……現象が姿形を持って現れたと表現した方が適切だ」

 

そう言うと男は取り出した“仮面”で顔を覆い、禍々しいオーラと共に肉体を変化させていく。

 

青と黒。悪魔としての正体を現した奴は手のひらに乗せていたニーヴェアにもう一方の手をかざすと————

 

「さあ、目覚めてくれ()()。……私の求めた真理が正しいことを、その在り方で示してくれ……!!」

 

破壊しか生み出すことのない漆黒の稲妻を、最大出力で解き放った。

 

 

「きゃあああっ!?」

 

青黒い閃光に乗って拡散した衝撃波がエマの身体を大きく吹き飛ばす。

 

「ニーヴェア……ちゃん……!」

 

草原が広がる校庭の真ん中にうずくまりながら、エマは徐々にその肉体を肥大化させていく物体を視界に捉えた。

 

真っ白だった表面は焼け焦げたように赤黒く変色し、全身から不恰好な突起が伸びている。その中には醜く歪んだ獣の顔のような物も確認できる。

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッッ!!!!」

 

同時に発せられる空間そのものを揺さぶるような咆哮。

 

“怪獣”と呼称する他ない外見へ変貌を遂げたニーヴェアの姿が、そこにあった。

 

 




トレギアァ!…………というわけで、ニーヴェアちゃんの正体は完全生命体イフさんでした。前回の時点でバレバレでしたね。
ちなみにニーヴェアという名前は"白"を意味するイタリア語から取りました。

あらゆる刺激を反射するこの脅威に対して春馬達がとるべき手段はただ一つ……。
ではまた次回。


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第66話 エヴァーグリーンの奇跡:後編


アニメロングPV、無限に見れる。


「フォルテちゃんはどう思う?」

 

「あの生物の……こと?」

 

しんとした物静かな空気が広がる春馬の自室。

 

すっかり日課になってしまった就寝前の音楽鑑賞をしている最中、ふと春馬がこぼした問いかけにフォルテが返した。

 

エマが“ニーヴェア”と呼び可愛がっているあの生命体。改めてタイタスが知恵を絞った結果、それ自体に目的があるわけでもなく、第三者からの差し金でもなく、ただ地球へ()()()()()だけの存在であるという見解が成された。

 

少なくとも現時点で大きな被害が出るような事態にはならない。…………そのはずなのだが……。

 

「……不安、なのね」

 

顔を覗き込みながら小さく尋ねたフォルテに対し、春馬は眉間にしわを寄せたまま頷く。

 

なんの根拠もないただの予感。

 

あの生物……ニーヴェアを野放しにしてはいけないという危機感のようなものが、いつまでも春馬の胸に渦巻いているのだ。

 

「私が思うに……あれは……きっと、とても単純な……法則に従って……動いている」

 

「法則?」

 

自分を目で追いながらそう復唱した春馬に対し、フォルテは窓際へ歩み寄りながら続けていく。

 

「この星に生きる……人々の根底にも……きっと通用する。……あなたのような、まっすぐな人間には……特に」

 

「えーっと……つまり……?」

 

再び問いかけようとした矢先、身体の芯まで響くような衝撃音と閃光が伝わった。

 

反射的に立ち上がった春馬は慌ててベランダへ飛び出し、騒音の聞こえた方向へ身を乗り出す。

 

「おっきい足音……。……まさか、怪獣!?——フォルテちゃんはここでじっとしてて!!」

 

静かに立ち尽くしている彼女にそう言い聞かせた後、タイガスパークを起動しながら思い切りベランダから跳躍。

 

街中を移動する何かの気配を察知し、迷うことなくタイガと意識を重ねた。

 

「バディゴーッ!!」

 

 

◉◉◉

 

 

あちこちから飛び交う悲痛な叫びから目を逸らしながら、エマ・ヴェルデは焦げ臭い街道をフラフラとした足取りで歩く。

 

「ニーヴェアちゃん……お願い、やめて……!」

 

自分の呼びかけに反応する様子も見せないまま、全身から青黒い稲妻を放ち建物を焼き回っている怪物。

 

もはやかつての面影はどこにもなかった。

 

白い球体の原型は留めることなく変貌し、赤黒い歪な前足で虫のように這って移動する様は見る者すべてに形容し難い畏怖を覚えさせる。

 

「ニーヴェアちゃん……!ニーヴェアちゃん!!」

 

どれだけ言葉をかけてもやはりこちらを振り向きすらしない。

 

悪魔が放っていたものと同じ禍々しい光線を放射しながら、破壊だけを振り撒いている。

 

 

 

 

 

「——シュアッ!!」

 

しかし、傍若無人な怪物に待ったをかける者が現れた。

 

夜空の彼方から東京の街へ降り立ったのは————幾度も怪獣による被害を食い止めてきた光の巨人、ウルトラマンタイガ。

 

所構わず稲妻を撃ち出す怪物を発見するや否や、タイガは腰を低く構えてそれを受け止めると進行を止めるべく踏ん張りを利かせた。

 

『ぐっ……なんだこいつ……!?』

 

(……!うわっ!!)

 

眼前で炸裂した破壊光線が腹部に直撃し、たまらずタイガの身体が後方へ吹き飛ばされてしまう。

 

道路に背中を打ち付けられつつ、春馬はたった今受けた攻撃から覚えた既視感に唸った。

 

(今の青い光線……どこかで……)

 

『————奴だ』

 

ふとタイタスがこぼした一言に背筋が凍りつく。

 

考えるまでもなかった。……いつもいつも、怪獣騒ぎの裏には必ず“奴”が潜んでいる。

 

(トレギアが……この怪獣を)

 

握った拳に力が入る。

 

全ての元凶。どこまでも純粋な悪意を孕んだ仮面の悪魔の姿が脳裏に浮かんできた。

 

 

(——速攻で片付ける!!)

 

『ああっ!』

 

大地を蹴り、めちゃくちゃな軌道を描いて放たれる稲妻を回避しながら怪物へと突進。

 

『(はあっ!!)』

 

肉薄すると同時に右ストレート、回し蹴り、手刀…………考えつくだけの打撃技を叩き込んでいく。

 

だが怪物はひるむような素振りを見せることなく、それどころか返礼であるかのように変形した突起による打撃を放ってきた。

 

(っ……!?)

 

『一旦離れるぞ!』

 

異様な空気を察知したタイガがすぐさまバックステップで距離をとる。

 

敵の攻撃は激しさを増すばかりで一向に抑え込める気配が見られない。焦燥感だけが次第に募っていく。

 

桁違いの体力を備えているのか。……どうであれ消耗戦に持ち込まれるのはまずい。

 

《カモン!》

 

(フーマ、お願い!)

 

『おうっ!』

 

 

《ウルトラマンフーマ!!》

 

タイガからフーマへと肉体をバトンタッチし、即座にその場から飛翔。

 

(……姐さん達みたいなのをイメージして……!)

 

空中で静止した後、右腕から伸ばした青白い光の剣を構える。打撃が通用しないのなら、斬撃で削り取るのはどうか。

 

『(せやあああっ!!)』

 

突風をまといながら接近したフーマが目にも留まらぬ速さで光の刃を振るい、怪物の全身に無数の切り傷を刻む。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!!!」

 

前足を切り飛ばしたことでバランスを崩した怪物の動きが止まる。

 

春馬とフーマは瞬時に同調を強め、今だと言わんばかりにブレスレットの力を引き出した。

 

《ヒカリレット!コネクトオン!!》

 

着地し、すぐさま怪物の座す方向へ走りだすフーマ。

 

春馬が行った工程が一体化しているフーマのタイガスパークへと繋がり、伸ばしていた光剣へウルトラマンヒカリの力が宿っていく。

 

ブレスレットから引き出した力が最大限に達した瞬間、剣は天に届くほど長大なものへと変化した。

 

『(“光波剣(スラッシュ)大蛇(ソード)・オーバーロード”ッッ!!)』

 

縦方向に振るわれた長剣が怪物の肉体を一刀両断。

 

二つに分かれた身体をそのままに肉塊と化したそれを一瞥した後、フーマは残心しつつ伸ばしていた刃をタイガスパークの中へ納めた。

 

(…………なんとか倒せたね)

 

『ま、俺にかかればこんなもんよ』

 

緊張を解き、改めて背後にある怪物の残骸に意識を向ける。

 

これまで戦ってきた怪獣と違って、あまり手応えを感じない。ところどころが歪んだ外見から察するに、成体になる前の不完全な状態だったのだろうか。

 

(どうしよう……放置しちゃったらまずいよね?)

 

『その辺は地球人に任せるか』

 

いつもは爆発四散する肉体がそのまま街のど真ん中に残っている光景に頭を悩ませる。

 

亡骸をこのまま残しておくのは色々と気が引ける。できれば何かしらの処置は施したいが————

 

『……!まずい!!』

 

(え?——ひっ!?)

 

刹那、前方から繰り出された斬撃を間一髪のところで回避。

 

道路に叩き込まれた巨大な刃に息を呑みながら、フーマはそれを振りかざした存在を恐る恐る確認した。

 

(……まさか……)

 

『おい、嘘だろ……!?』

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!!!」

 

咆哮を轟かせたのは…………確かにフーマが肉体を両断したはずの怪物。

 

二つに分かれた身体がいつの間にか接合されていただけでなく、刻みつけた幾つもの切り傷も完全に塞がっている。

 

繰り出されたものと同じ長剣を生成した前足を振り回し、怪物は目の前にいる巨人を討ち取ろうと再び前進を始めた。

 

(ちょっ……!うわわわわっ!!)

 

『どういうこった、こりゃあ……!?』

 

自分達を細切れにしようと迫る怪物から一定の距離を保ちながら後退しつつ、状況を分析する。

 

怪物が作り出しているエネルギーの刃は間違いなくフーマのものだ。奴は攻撃を受けることでそれを学習し、再現する能力があるとでもいうのか……?

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーッ!!」

 

『ぐおっ!!』

 

隙を突くように放たれた青い雷撃がフーマの胴体を捉える。

 

背後にあった建物を巻き込みながら転倒したフーマは、肉体に響くダメージの余韻に身を震わせながら怪物の赤い双眸と視線を合わせた。

 

『とんでもない再生力だ……!春馬、タイタスの旦那に代われ!最大火力で吹き飛ばすしかない!!』

 

(う、うん!!)

 

《ウルトラマンタイタス!!》

 

彼に言われるままタイガスパークを操作し、瞬時にタイタスへと交代。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎!!!!」

 

振り下ろされた剣を前転で避けた後、大きく後ろへ下がりながら必殺技を出すためのエネルギーを充填する。

 

『任された————と言いたいところだが……』

 

(え?)

 

不安げに何かを言いかけたタイタスを横目に、春馬は彼との同調を強めて待機状態へと移行。

 

『いや、なんでもない。……頭部らしき場所を狙う。全力で腕の筋肉を振るえ!』

 

(わかった!!)

 

タイガスパークから生成されたエネルギー弾は……通常のそれよりも遥かに巨大。

 

現状タイタスの力で引き出せる最大威力の“プラニウムバスター”を怪物に叩き込み、一撃で奴を粉砕するつもりなのだろう。

 

『(ぜあああああああッッ!!!!)』

 

肩が軋むほどの力で振り抜かれた鉄拳が光弾に到達し、重く鈍い低音と共に凄まじい火力となって射出される。

 

「◼︎◼︎——————」

 

直後に断末魔と一緒に響き渡る何かが潰される音。

 

頭部から胴体へ。順に強烈な熱量によって焼き払われた怪物の身体は、もはや塵と呼べるほど粉々に飛び散っていった。

 

 

(はぁ……っ……はぁ……っ)

 

体力の限界を知らせるカラータイマーの色が赤く点滅する。

 

今度こそ粉砕に成功したことを確信した後、春馬はタイタスの中で小さくガッツポーズを掲げた。

 

(お疲れさま、みんな)

 

『…………』

 

(……?タイタス、どうかした?)

 

未だ爆煙が立ち昇っている前方を凝視しながら固まっているタイタスに首を傾けつつ、春馬もまた怪物が砕け散った場所を見やる。

 

(………………え)

 

ゆらり、と巨大な影が動く。

 

徐々に晴れていく煙幕から覗いたものの正体を認識し、春馬はその表情を驚愕の色で満たした。

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!!!」

 

新たに四肢を生やし、全身から金色の刃を突き出した二足歩行の怪獣。

 

先ほどの怪物がさらなる変化を遂げたものであることを理解し、春馬は思わず青ざめた顔で息をすることを忘れていた。

 

(な……なんで……?)

 

『……思った通りだ』

 

構えていた拳を下ろし……落ち着いているような、絶望しているような、低い声音と共にタイタスは息を吐いた。

 

 

 

「————ニーヴェアちゃんっ!!!!」

 

不意に傍らから聞こえた声に反応し、そばに建っていたビルの屋上へ視線を落とす。

 

そこにいたのは息を切らしながら必死な叫びを上げる人間。春馬のよく知る、スクールアイドル同好会の一員の姿だった。

 

(え、エマさん!?どうしてここに……!?)

 

『なるほど、理解した。……春馬、この怪獣はニーヴェアが変貌したものだ』

 

(はっ……!?)

 

タイタスの唐突な発言に目を剥く。

 

ニーヴェア————エマが拾ってきたという宇宙生物だ。あれがこの巨大な怪物に成長したと?

 

『昔とある文献で読んだことを思い出した。……この怪獣の名は“イフ”。あらゆる刺激を受けても命を落とすことはなく、逆にそれを学び取る力を持った“完全生命体”だ』

 

(完全生命体……って……。一体どういう……!?)

 

『我々の攻撃は確かに通用している。……しかし奴はその全てを吸収し、自らの力として行使しているんだ』

 

(ちょっと待ってよ……!じゃあフォトンアースや……トライストリウムの力でも————!)

 

『奴を倒すまでには至らない。むしろ強力な攻撃を加えれば加えるほど……イフの力は増大してしまうだろう』

 

(そんな……!)

 

受けた刺激……攻撃をそのまま返す————際限のない力。

 

ミサイルを受ければミサイルを返し、

 

オーラムストリウムを放てばオーラムストリウムを放ち、

 

トライストリウムバーストを撃てばトライストリウムバーストを撃ち出してくる。

 

あらゆる兵器や、ウルトラマンの技でさえ取り入れて反撃することができる……その名の通り完全な生命体。どれだけ奴を倒そうと攻撃しても、奴は倒れるどころか、より強靭な力を備えて猛威を振るってくる。

 

…………戦闘においての攻略法が、一切見つからない。

 

 

(あ————)

 

直後、前方から凄まじい力で押しつぶされるような感覚が全身に衝突する。

 

先ほど放たれた最大火力の“プラニウムバスター”。その威力を瞬く間に再現したイフは、佇んでいたタイタスをいとも簡単に消滅まで追い込んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「がは……っ……!!」

 

無数の瓦礫が転がる街中に横たわり、春馬は血を吐き出しながらそびえ立つ完全生命体を見上げる。

 

戦うこと自体が逆に被害を拡大させてしまう。これ以上奴に攻撃を加えることはできない。

 

……だが、それでもイフは止まらない。何もかもを破壊し尽くし、惑星全土を荒野にしたとしても……奴は永遠にその力を振るい続けるだろう。

 

 

「——春馬!」

 

「……!ねえ、さ……」

 

ぼやけた目を凝らし、駆けつけてきた少女に身体を預ける。

 

ボロボロになった春馬を抱えながら、彼女————ステラは視界に映る惨状に眉をひそめた。

 

「あの怪獣……一体なんなの……?」

 

「戦っちゃダメだ……姐さん。あいつは……絶対に倒せない。俺達の攻撃を……全部はね返してくる」

 

「……わかってる」

 

先の戦闘を見ていたのか、ステラもまた対応策が見つからない現状に歯痒さを感じている様子だった。

 

勝とうとすること自体が間違っている。奴の繰り出す攻撃を掻い潜り、どうにかしてこの地球から追い出すしか手はない。

 

トレギアに加えて……タイガ達の力まで学習してしまったイフに、果たして自分達の思惑がどこまで通用するか。

 

「…………っ」

 

活路が見えないまま、ステラはただ奥歯を噛み締めることしかできずにいた。

 

 

◉◉◉

 

 

「ニーヴェア……ちゃん」

 

夜闇の中、街に灯された炎の光を受けた怪獣が高らかに咆哮を轟かせている。

 

ウルトラマンとの戦闘を経て、エマが知る“ニーヴェア”は…………邪神を思わせる凶悪な容貌へと変わり果てていた。

 

エマの真似をして一緒に歌を奏でてくれた白い球体の姿はどこにもない。目の前にあるのはただ街に被害をもたらすだけの破壊の化身。

 

————けれど、

 

 

「……ニーヴェアちゃん…………お歌、好きだよね?」

 

彼女にとっては、はっきりと…………かつての姿が視界に映っていた。

 

 

「——————」

 

怪獣が佇むすぐそばのビルの上で、エマ・ヴェルデは歌を奏でる。

 

どこまでも澄み渡っている空と、溢れ返るような自然が浮かぶ透き通った声。

 

以前も“ニーヴェア”に聞かせていたものと同じ、“Evergreen”の歌声を————エマは怪獣と化した友達に向けて口ずさんだ。

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎————!!」

 

隣で響いた彼女の声に応えるように、イフは再び突き上げるような叫びを上げる。

 

瞼を閉じ、変わらず歌を奏で続けているエマに向き直ったイフは、おもむろにその姿を見つめると、

 

「——————」

 

静かに……その身体を今とは違うものへ変化させた。

 

「…………!」

 

全身から生えていた刃は楽器のような形状へ、鋭い眼光を備えていた頭部は穏やかな表情を浮かべた人間の顔へと変わっていく。

 

エマと同じ……“Evergreen”のメロディを演奏するイフの姿が、そこにあった。

 

 

 

その数秒後、眩い輝きと共に蒼い巨人が街中へ降り立つ。

 

ビルの屋上で歌うエマと、彼女と向かい合い音楽を奏でるイフ。

 

両者を交互に見つめた後、巨人————ウルトラマンヒカリはイフを刺激しないよう慎重にその身体を抱え、ゆっくりと空へ向けて上昇を始める。

 

歌声と音色が少しずつ離れていくなか、鮮やかなハーモニーが……街を包むように広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「音楽には音楽を、か……。なかなかに興味深い光景を観察させてもらったよ」

 

 

徐々に宇宙へと昇っていくイフを眺めていた春馬の横に、どこからともなく悪魔が踏み出す。

 

薄ら笑いを浮かべている悪魔————トレギアに鋭い眼差しを向けた春馬は、腹の底から湧き出たような怒りを静かに露わにさせた。

 

「最初にニーヴェアに攻撃を与えて……街で暴れるように仕向けたのはお前だな」

 

「もちろん。私が思った通り……奴はいい仕事をしてくれたよ」

 

「いい仕事……だって?……街を壊すことが……こんな光景を作ることが、お前の望んだことなのか?」

 

うっとりとした顔でそう言ったトレギアに一層憎悪が募る。

 

…………()()()()()()()()()()()()()。イフの性質上、エマと共に過ごした時間のような……何気ない日常が送れていれば、それがいつまでも続くはずだったんだ。

 

この悪魔が……トレギアが、余計なことをしなければ。

 

「それは違うよ、春馬。私はただ証明したかったんだ」

 

「証明だって……?」

 

「ああ。見てみなよ、この惨状を」

 

燃え盛る建物の数々を指差ししながら、トレギアは嬉しそうに口角をつり上げる。

 

「イフはある種の“鏡”だ。対峙した相手の可能性を映す、ね。……今回奴が出した被害は、()()()()()()()()()()()()()()()()と言っても過言ではない」

 

強く拳を握りしめた春馬の眼前で、両腕を広げながら奴は続ける。

 

「私はずっと考えてきた。光の国にいる者たちも悩み考え、時には間違いを犯す不完全な生き物…………であるにも関わらず、なぜ連中は揃いも揃って宇宙の正義とやらを掲げているのか。……イフが発揮できるのは受けた刺激だけだ。奴がこれだけの破壊を生み出せたということはすなわち、君達も一歩間違えれば同じ被害をもたらせるということに他ならない」

 

「それが……お前が知らしめたいことだっていうのか」

 

声を震わせた春馬の問いに、奴は無言で肯定を示した。

 

トレギアの主張はきっと……間違いではないのだろう。イフを利用することで奴が証明したかったのは、ウルトラマンも力の使いようによっては怪獣と同様、危険な存在になり得ること。

 

そしてその事実に目を向けることなく日々戦い続ける全てのウルトラマンに対する疑問の提示こそが、今回の奴の動機。

 

決して間違ってはいない。…………けれど、

 

 

「お前と他のウルトラマン達を一緒にするな」

 

春馬の心に響くものは、何もなかった。

 

「俺達のような生物は……力の意味を飲み込んで、理性でそれを制御することができる。……けどお前は違う。誰かが不幸になることがわかっていながら、立ち止まることなく自分の力をこんなことに使い続けている。……初めから、悪意を振り撒くことだけを考えて……動いている」

 

「……ふふ、私が憎いか?」

 

静かに怒りの炎を燃やす春馬に張り付いた笑みを向けながら、トレギアは言う。

 

「君の怒りは正しい。その感情を忘れないでくれよ。…………それこそが、私の求める証明に繋がる鍵なのだから」

 

淡い声音を最後に、悪魔の姿が魔法陣へと溶ける。

 

トレギアがいなくなった虚空を見つめながら、春馬は奴への理解を深めていく度に憎しみを大きくさせていく自分に……複雑な想いを抱いていた。

 




というわけでエママ回は終幕です。
今回でトレギアとの対立が決定的なものになりましたね。

次回からもまた同好会メンバーを主軸にした話を予定しております。
……ちなみに言うとギャグ回になりそうです。


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第67話 無敵の彼方ちゃん:前編


ああああああと2日ァ!


2人分のタンスと机、そして2段ベッドが並ぶほんの少しだけ窮屈さがうかがえる部屋。

 

窓から差し込む暖かな日光と小鳥のさえずりが、気持ちのいい朝が訪れたことを知らせてくれる。

 

 

「ん…………もう、朝〜……?」

 

膨らんだ布団がもぞもぞと動き、その中から冬眠から目覚めた動物のように這い出てきた少女が瞼をこすりながら数十秒かけて上体を起こした。

 

寝癖のような緩いウェーブのかかった長く明るい茶髪に、眠たげな瞳。

 

大きな欠伸を漏らしながら、再びベッドへ吸い込まれそうになった身体に鞭を打って床へ素足をつけたのは————近江彼方。スクールアイドル同好会に所属する虹ヶ咲学園の3年生である。

 

「ふふ、今日の遥ちゃんも寝顔が可愛いね〜。……ようしっ」

 

はしごを登った先に見えた愛する妹の寝姿を眺めてはニヤついた後、軽く自分の頬を叩いて気休め程度に眠気を飛ばす。

 

彼女の朝は早い。学校へ向かう身支度の前に、まずは自分と妹のお弁当作りを済まさなければいけないのだ。

 

 

 

 

 

「————おはようお姉ちゃん!!」

 

1時間ほど経ったその時、慌ただしい足音と共に1人の少女が台所まで駆けつけてくる。

 

「遥ちゃんおはよう〜」

 

「……って、あちゃあ〜……。もうお弁当作り終わっちゃった?」

 

「うん、バッチリ。朝ごはんも出来てるよ〜」

 

既に朝食が並べられているリビングの席につき、彼方の妹————遥は肩を落としながら言った。

 

「昨日からしばらくお母さん達が帰ってこないから、私もお料理手伝おうと思ってたのに……」

 

「気を使わなくていいのいいの」

 

「気を使うとかじゃなくて、お姉ちゃんばっかりに負担をかけたくないの。……もっと私を頼ってよね?」

 

「遥ちゃんの寝顔を見てたら、なんか起こしにくくなっちゃって……」

 

「いつもは私の方が早起きなのに……こんな時に限って……うぅ」

 

悔しげに箸を持つ手に力を込めた遥に綻んだ微笑みを向けつつ、彼方は胸を張りながらマッスルポーズでアピールしてみせる。

 

「大丈夫だよ〜。今日のお姉ちゃん、朝からすっごく元気いっぱいなの。なんでもできる気分」

 

「ほぇー……珍しいね」

 

1年に1度、あるかないかの稀なコンディション。

 

虹ヶ咲学園特待生として扱われるための勉強に励んだ次の日は決まって眠気が付いて回るのだが、今朝はなんだか調子がいい。

 

「虫の知らせ……かもしれませぬなぁ」

 

「なんでもいいけど、無理だけはしないでよね。ライブの前に身体を壊しちゃったりしたら大変なんだから」

 

「大丈夫だよ〜」

 

何気ない朝の食卓風景。

 

2人にとって何よりも幸せな時間が流れるなか————窓から見える遥か遠くの空で、何かが煌めいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おきて。……起きて。…………春馬」

 

「ん……うぅ………………」

 

時を同じくして、追風家。

 

朝の日差しに濡れる布団の中でうずくまっている春馬を起こそうと、フォルテはその横で彼の背中を揺さぶっていた。

 

「起きなさい」

 

「ひゃああっ!?」

 

なかなか目覚める気配のない春馬にしびれを切らしたのか、フォルテは冷凍庫から取り出してきた氷の粒を彼の首筋へ放り込む。

 

突然背筋に走った冷たい感触に跳ね起きた春馬は勢い余って壁に頭を激突させてしまった。

 

「ふ、フォルテちゃん……おはよう……」

 

「おはよう。……目は……覚めた?」

 

「うん……とっても」

 

ジンジンと痛む頭部を抑えながら床へ足を下ろした春馬は、静かに佇んでいたフォルテと挨拶を交わしつつ洗面所へ向かう。

 

イフと戦った際に受けたダメージが未だ残っている身体に喝を入れながら、春馬は鏡の前で気合を入れるように自らの頬を叩いた。

 

 

 

 

「1人で起きれないなんて久しぶりね」

 

「うん、ちょっと疲れが溜まってるみたい……」

 

驚くように瞼をパチクリと動かした小春に小さく返答する。

 

箸で小分けにした焼き鮭を口へ放り込み黙々と噛む春馬の表情は少しだけ暗い。単に日々の疲れが蓄積しているだけと片付けるには少々腑に落ちない様子に、小春は心配そうに眉を下げた。

 

「体調が優れないなら、今日はお休みする?」

 

「ううん、同好会での仕事もいっぱいだし。……それにそんなに心配することないよ。今日は朝から元気になれることがあったんだし」

 

「え?なになに?」

 

尻尾を振り回す大型犬の如き勢いで身を乗り出してきた母に対して自慢げに笑いながら、春馬は隣の席に腰掛けている銀髪の少女へ視線を注ぐ。

 

意識を向けられたフォルテはいまいちピンときていない様子で首を傾けた後、か細い声で「なに」と呟いた。

 

「さっき俺を起こす時にね、ついにフォルテちゃんが名前を呼んでくれたんだ」

 

「あら!」

 

「別に……周りに合わせただけ……だけれど」

 

キラキラと輝いた瞳で自分を見る2人から目を逸らしながら、フォルテはおもむろに白米を口へ運ぶ。

 

「『お兄ちゃん』呼びまで一歩前進ね!私のことはいつ『お母さん』って呼んでくれるかしら〜!」

 

「呼ばない、永遠に」

 

「まあまあ、フォルテちゃんだって急に呼び方を変えるのは恥ずかしいと思うし。それはともかく、これからも俺のことは『あなた』とかフルネームじゃなくて『春馬』でお願いね!」

 

「……………………」

 

暴走気味に呂律を回す春馬と小春に引き気味な反応を見せるフォルテ。

 

変化が訪れたのか、それともただの気のせいか、彼女の口元は以前よりもほんの少しだけわかりやすくへの字に曲がっていた。

 

 

 

 

「あ、おはようハルくん」

 

「おはよう」

 

「タイガさん達も」

 

『ああ』

 

玄関前で合流した歩夢と共にマンションを下り、通学路を目指して歩き出す。

 

「身体の調子はどう?痛いところとかない?」

 

「あ、うん。まだちょっと回復しきれてないけど……心配するほど傷は残ってないよ」

 

胸元に手を当てながら、母に続いて不安げに尋ねてきた歩夢にそう返す。

 

この間の戦いを彼女も離れた場所から目撃していたのだろう。情けないところを見られてしまった。

 

『春馬のことなら安心したまえ。彼の安全は我々が保証する』

 

『こいつは俺達にとってもかけがえのない存在だからな』

 

『ああ。死なせるなんてヘマ、絶対にさせやしないさ』

 

「皆さん……。ハルくんのこと、これからもお願いします」

 

「んん……なんかむず痒くなるやり取り」

 

保護者さながらの会話を交わす4人を横目に、春馬は微妙な心境を紛らわすように軽く頬を掻いた。

 

完全生命体イフ————トレギアやダークキラー達が関与していなくとも、あのような宇宙生物や宇宙人はこの地球に飛来する。

 

特に気を張らなければいけないのは後者の方だ。以前GUYSと共に行った作戦でヴィラン・ギルドは実質的な壊滅状態に追い込むことができたが……だからと言って油断はできない。一つの組織が無くなっても、残党や別の勢力がまだ存在している。

 

そんな奴らが地球を狙い続ける限り、自分はまたウルトラマンとなって戦う必要がある。それを見守る人達に心配をかけるようでは、まだまだ自分も未熟の域を出ていないということだろう。

 

そのためにもまずは…………“トライストリウム”の力をもっと引き出せるようにならなくては。

 

 

◉◉◉

 

 

「ふっ……ほっ……そりゃあっ!」

 

放課後の練習スタジオ。

 

鏡に映る自分と相対しながらレッスンに励む彼方の後ろ姿を、他の同好会メンバーは目を丸くさせて眺めていた。

 

「彼方ったら……いつになく気合が入ってるわね」

 

「ふふふん……今日の彼方ちゃんはね、絶好調なの〜」

 

「私も横で見てたらやる気が湧いてきました!」

 

「せつ菜先輩はいつもやる気満々じゃないですか」

 

「何かいいことでもあったんですか?」

 

皆に用意していたタオルを配りつつ、春馬が何気なく問いかける。

 

受け取ったそれで汗を拭いながら、彼方はにこやかな顔で言った。

 

「単に寝覚めが良かったっていうのもあるけど……実はね、今度のライブ……遥ちゃんも見にくる予定なんだ〜」

 

「遥ちゃんって……あ、妹さん!」

 

「イェ〜ス」

 

嬉しさが見て取れる笑顔のままウインクで返答する彼方。

 

近江遥————虹ヶ咲学園とは別の高校に通っている彼方の妹。

 

この姉妹は大変仲が良いらしく、彼方の普段の会話にも彼女の名前が度々出てきては褒めちぎられている。

 

なんでも彼方がスクールアイドルになることを決意したのも妹である遥に背中を押されたことがきっかけらしく、自分の歌う姿が好きだという彼女のため、というのが活動を続けている大きな理由なのだという。

 

「だからかぁ……。彼方さん、妹さんのことが大好きですもんね」

 

「うん、だいだいだぁいすき。今度のソロイベント、最高のパフォーマンスにしてみせるから……みんなも楽しみにしててね〜」

 

そう言ってすぐに練習へ戻っていく彼方の後ろ姿を、春馬は少しだけ輝かせた瞳で見送る。

 

「姉妹愛かあ……憧れるなあ、ああいうの」

 

「兄弟がいることが羨ましいの?」

 

「ちょっとだけ」

 

横で首を傾けた歩夢に苦笑しながら春馬は答える。

 

「親や友達とも違う、気の置けない人がいるって……すごくいいと思うんだ。……実は最近、家での振る舞い方でちょっと迷うときがあってさ」

 

「……フォルテちゃんのこと?」

 

皆に聞かれないよう小声で尋ねてきた歩夢に対して無言で頷いた後、部屋の隅へ移動しながら続ける。

 

「ウチで暮らすことになった以上、以前とは違う関係が自然と築かれていくでしょ。……俺はできる限り、()()()()()()()で接するように心掛けてるけど……彼女にとってはどう見えてるのかなって、たまに気になっちゃう時があるんだ」

 

出自のことを考えれば自分とフォルテは兄と妹の関係に当たる。自分はそのことを受け止めている気でいるが…………向こうがどう捉えているのかはわからない。

 

“追風春馬”か、それとも“ダークキラーファースト”か。彼女にとって接しやすい自分はどちらなのかとつい考えてしまうのだ。

 

「ハルくんはどうしたい?」

 

「え?俺は…………今よりもっと、友達としてあの子と仲良くなりたい!」

 

「でも本当は?」

 

「…………………………『お兄ちゃん』って呼ばれたい」

 

「ふふふっ」

 

胸の内を見透かされたことが恥ずかしくて、歩夢から目を逸らしながら考える。

 

フォルテと兄弟関係にあるのはあくまで過去の自分————“ファースト”だ。“春馬”としての精神が固まってしまっている今の自分が兄を名乗るのは少々無理のある話。

 

……そもそも彼女は“兄”の存在をそこまで重視していない様子だ。母が1人で盛り上がってた際も迷惑そうに表情を歪めていた。

 

「あー、なんかこんがらがってきた」

 

「それもこれから考えていくってことでいいんじゃないかな」

 

「……そうだね」

 

歩夢にかけられた言葉を聞き入れると共に強引に頭の中を整理し、春馬は立ち上がる。

 

フォルテと一緒に過ごすようになってまだ日が浅い。兄とか妹とか……そんな話を考えるにはまだ早いのかもしれない。

 

 

(まずは目の前の問題から、だ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お夕飯の材料、調達完了。……さぁて」

 

同好会のレッスンも終わり、夕暮れ時の街道。

 

2人分の夕食を作るための材料が入ったビニール袋を両手にぶら下げながら、近江彼方はゆったりと歩道を歩いていた。

 

(遥ちゃん、喜んでくれるかな〜)

 

相変わらず妹のことで頭がいっぱいである。

 

今日は少しだけ奮発して、夕食後にデザートとして遥が大好きなバナナ蒸しケーキも作るつもりだ。

 

しばらく両親が帰ってこない寂しい日々が続いても……美味しい料理と妹に囲まれれば難なく乗り越えられる。練習後の疲れだって目じゃない。

 

遥もきっと同じ想いでいてくれているはず。そんな確信が彼方の中にあった。

 

 

 

「——おわあっ」

 

「あっ!ごめんなさい!」

 

不意に目の前を少女が横切ったのを見て思わず立ち止まる。

 

何やら急いでいる様子で、慌てて頭を下げると全速力で横断歩道の方へ走り去ってしまった。

 

「転ばないようにね〜…………って、あれ?」

 

直後、信号が赤に変わったにも関わらず足を止めない少女に胸騒ぎを覚える。

 

 

「あ————」

 

最悪のタイミングで真横から迫る自動車。少女はまだその存在に気づいていない。

 

考えるよりも先に地面を蹴る。自分でも驚くほどの反応速度。すぐさま轢かれそうになっていた彼女の背中を突き飛ばして反対側の歩道へと押し出す。

 

(————普段も……これくらいの反射神経を発揮できればなぁ)

 

なんてことのない幻想を思い描く。その間も車両は止まらない。

 

 

 

(………………ごめんね)

 

最後に浮かんだのは同好会の仲間と…………妹の顔。

 

ゴツ、と鈍い音が辺りに響く。

 

 

 

いつも通りの帰路。

 

近江彼方の生涯は、唐突にその幕を閉じた。

 

 

 




さて、タイトルで既に今後の展開が読めますね。
交通事故に遭ってしまった彼方さんを待つ運命とは……!()


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第68話 無敵の彼方ちゃん:中編

虹ヶ咲のアニメ、リアルタイムで見てました。高い満足度に加え、これからの彼女達の軌跡が一層楽しみになる内容だったと思います。

それと同時に今後はより虹ヶ咲に対して真剣に向き合わなければいけないという気持ちにもなりました。
ラブライブ 、大好きです。

あ、Zもめちゃくちゃ最高でした(語彙力皆無)


——————『全ての用意は整った』

 

 

——————『地球へ侵攻するための第1フェーズを開始する』

 

 

——————『まずは“奴ら”と関わりの深い者に接触を試みる』

 

 

——————『ちょうどいい()()()がひとつ』

 

 

——————『承認する。速やかに先行せよ』

 

 

 

空よりも遥か遠く、宇宙のどこかで人知れず交わされるやり取り。今の時代珍しくもない……地球を狙った侵略者たちの会話だ。

 

 

ヴィラン・ギルドという巨大な犯罪組織はほぼ消滅した。あの集団に以前のような大胆な行動をとれる力はもう無い。隠れ蓑としての役割も果たせないというのなら、もはや身を置く必要性すら皆無だ。

 

奴らの力は借りない。…………この時をどれだけ待ちわびたことか。

 

エンペラ星人の時代も、ヴィラン・ギルドの時代も終わったのだ。これからは次の世代が……この宇宙を手中に収める時だ。

 

 

そう、これからは——————“サーペント”の時代なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————お姉ちゃん!ねえ、嘘でしょ!?お姉ちゃんったら!!」

 

けたたましいサイレン音を辺りに散らしながら停車した車両。その扉が開かれた途端、緊迫した空気が波のように流れ出す。

 

救急隊員に囲まれたストレッチャーの上に乗せられている長髪の少女。一直線に手術室へ運ばれていく彼女のそばで、もう1人の少女が悲しみに暮れている。

 

「お姉ちゃんっ!!!!」

 

勢いよく閉じられた部屋の上に備わっていたランプに赤い光が灯り、波が引いたような静寂に包まれた白い廊下で少女はへたり込む。

 

突如知らされた姉の危篤の知らせ。

 

理解が追いつかない頭のまま、少女————近江遥はただ姉の無事を祈ることしかできずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『————彼方。近江彼方』

 

(………………んー……?)

 

不思議な呼び声が届き、彼方の意識が覚醒する。……が、あまりにも不可解な現象が彼女の身に起きていた。

 

足の先端から頭頂部に至るまで、全身の感覚がない。ただ何もない空間に魂だけが置き去りにされているかのようだ。

 

『目覚めるのだ、近江彼方』

 

真っ暗な空間の中で、自分を呼ぶ声だけがハッキリと感じられる。

 

霧のような粒子が徐々に集束。虚空に白い影が形成されていき、それはやがて1体の異形へと変化した。

 

(あなたは……?)

 

『私はサーペント星からこの地球へやってきた使者。——近江彼方、君の命は既に尽きてしまった』

 

(……ええっ?)

 

宇宙人を名乗る異形が口にした唐突な言葉に思考が止まる。

 

西洋甲冑を着込んでいるかのような無機質な存在は、戸惑う彼方に対してなおも冷静に語りかけてきた。

 

(そ、それって……やっぱり彼方ちゃん……死んじゃったってこと……?)

 

『その通りだ。君は1人の少女の命を、自ら身を投げうつことで救ってみせた』

 

(……そっか。あの子……無事だったんだね)

 

非現実的な空間に意識が固定されている中でも、自分の命が終わる瞬間の光景は鮮明に思い出すことができた。

 

同時に襲ってくる受け入れ難い事実に心が沈む。……やらなきゃいけないことも、やりたいことも、数え切れないほど残して自分はこの世を去ろうとしているのだから。

 

残された人達の気持ちを思うと胸が張り裂けそうになる。

 

同好会のみんなに会いたい。家に帰りたい。妹と…………遥と一緒の時間を、もっと過ごしたい。

 

言葉にならない想いが溢れてくる。

 

何も言えず、ただ感情を押し殺すことしかできない彼方の意思を汲むように————

 

『そこで提案がある。近江彼方、君の身体を私に貸してはくれないか』

 

サーペント星人は、寄り添うような言葉をかけた。

 

(えっ?身体を、貸す……?)

 

『そうだ。私は自らの命を顧みない君の行動に感銘を受けた。このまま見殺しにするには惜しい』

 

(えっと……助けてくれるの……?)

 

『私と一心同体になれば、君はまた仲間達と共に生を送ることができる。……生き返ることができるのだ』

 

(……!だ、だったらお願い!私……まだ死んじゃうわけにはいかないの……!!)

 

『——————了解した』

 

そう言ったサーペント星人の姿が間近に迫る。

 

自分ではない誰かと心と身体が重なり合う感覚。

 

徐々に現実へ引き戻されていくのを感じながら…………彼方は、自分の奥へ踏み入ってきた異星人の気配に身を委ねていた。

 

 

◉◉◉

 

 

「————彼方ちゃん!!」

 

悲劇が起ころうとしていた日を跨ぎ、次の昼下がり。

 

勢いよく開かれた病室の扉から飛び入ってきたのは、取り乱した様子で息を荒げているエマと……その背後に控えた同好会のメンバー達。

 

「おお、おはようみんな〜」

 

「あ、皆さんは……」

 

慌ててやってきた皆に驚きながらも落ち着いた調子で返してきたのは……起こしたベッドの背もたれに身体を預けている彼方と、その横の椅子に腰掛けている遥。

 

ここが病室であるということを除けば普段のそれと違わない雰囲気で接してきた彼方に面食らいつつ、同好会の面々は早足でベッドへ歩み寄った。

 

「聞きましたよ彼方さん!交通事故に遭ったって……!」

 

「身体は大丈夫なんですか!?」

 

「なんとかね〜。彼方ちゃん、思ってたより頑丈だったみたい」

 

同時に身を乗り出した春馬とせつ菜にきょとんとした顔を浮かべつつ、彼方は至って冷静に返答してみせる。

 

「あの、スクールアイドル同好会の方達ですよね?」

 

「あなた……確か彼方の妹の……」

 

椅子から立ち上がり駆けつけたみんなに対して深々と頭を下げた後、遥はふたつに束ねた髪を揺らしながら顔を上げた。

 

「近江遥といいます。この度は姉がご心配をおかけして……申し訳ありません!」

 

「そ、そんな!謝られることなんてないよ!」

 

「そうだよ!……彼方さんが助かって、本当によかった……!」

 

安堵から瞳を潤ませる歩夢を横目に、春馬も遥と彼方に微笑みかける。

 

 

彼方が交通事故に遭い、生死の境を彷徨っていたという情報が春馬たちに伝わったのは……つい今朝のことだった。

 

遥が医師から聞いた話によると…………一度は死亡と判断せざるをえない状態に陥ってしまった彼方だが、突然彼女の肉体が驚異的な回復力を発揮し…………最終的には普段とさして変わらない————いや、むしろ以前よりも健康と言える体調となって息を吹き返したのだという。

 

普通では考えられない超常的現象。奇跡と呼ぶ他ない事実を目の当たりにした春馬たちであったが、彼方が無事に帰ってきたという一点が全ての疑問を些事だと棄却させた。

 

「練習にはいつ戻れそうなんですか?」

 

「あと3日くらい様子を見てみて、大丈夫そうなら退院できるんだって。今度のイベントも問題なく出れそうだよ〜」

 

「おおっ!それは良かったです!!」

 

片手でピースを作りながら身体の具合を示した彼方の言葉にその場にいた同好会員たちが揃って胸をなで下ろす。

 

……しかし、異様な空気を感じ取っている者たちも少なからず存在していた。

 

『……なんか、妙な感じだ』

 

(ん、どうかしたの?)

 

『いや……』

 

不意に何かを警戒するように気を尖らせたトライスクワッドの三人。一体化している春馬にもザワザワとした感覚が伝わり、安心している心中とは裏腹に彼方に対する疑念が湧いてくる。

 

『……気のせい……か?』

 

しかしタイガ達はすぐに自ら意識を引っ込め、彼らの覚えていた違和感の正体はわからずじまいとなってしまう。

 

 

「あ、これお見舞いね!愛さんちのお店で出してるもんじゃ焼き!」

 

「かすみんからもコッペパンの差し入れですぅ!」

 

「これ……おすすめのゲーム。暇つぶしに遊んで」

 

「みんなありがとね〜」

 

彼方と皆のやり取りを横で眺めながら、春馬はじわじわと忍び寄ってくる胸騒ぎを紛らわせるように息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようお姉ちゃんっ!!!!」

 

「遥ちゃんおはよ〜」

 

病室での時間は瞬く間に流れ、場所は近江家の台所。

 

いつぞやと同様、慌てた様子で自室から駆けてきた妹に挨拶を返した後、出来立ての朝食をテーブルに運びながら彼方は口を開いた。

 

「今朝の寝顔も気持ちよさそうだったよ〜」

 

「今度こそ私が朝ごはん作ろうと思ってたのに……」

 

「気にしない気にしない」

 

「お姉ちゃんは気にしなくても私は気にするのっ」

 

退院した直後だというのに活力に満ち溢れた振る舞いを見せる姉を不安に思いつつも、遥はまた彼方とこうして食卓を囲めることにこれ以上のない幸福を感じていた。

 

しかし心配事が解消したことで、今になって姉の奇跡的な回復力が不思議に思えてくる。

 

死亡されたという診断から彼女が目覚めたと聞かされた時は、本当に神や仏の存在を信じたほどだが…………。

 

(ま、いいか。……今はお姉ちゃんがそばにいてくれれば、それで…………)

 

おもむろに手にした箸で皿に乗せられていた焼き鮭を細かく取り、ゆっくりと口の中へ運ぶ。

 

大好きな姉と一緒に過ごすことができる。そして彼女の作った料理を食べることができる。

 

今の遥にとっては、それ以外に求めるものはなかった。

 

 

「————むぅ……っ……!?」

 

直後に漂い始める不穏な空気。

 

口に含んだ鮭をよく噛み味わおうとしたその時…………電撃の如き凄まじい衝撃が遥に走った。

 

「……?どうかした?」

 

「え、えっと……」

 

怪訝な表情で自分に首を傾けてきた彼方と手元の料理を交互に見つめた後、遥もまた首を傾げながら再度焼き鮭を箸でつまむ。

 

目の前まで持ってきたそれを凝視し、「気のせいかな」と呟きながら口を開ける。

 

香ばしい匂いをした鮮やかな色の焼き鮭。学校ではフードデザインで栄養学を学び、料理上手な姉が作った最高の朝食。

 

いつもなら喜んで味わう絶品を————奇妙なことに、この瞬間の遥の身体は拒絶した。

 

「……やっぱり」

 

「遥ちゃん?」

 

険しい表情で箸を進める妹を不思議そうな顔で見つめる彼方。

 

…………焼き鮭だけじゃない。味噌汁や、他のおかず…………どれも普段出されるものより明らかに()()()()。というよりも塩分が一切感じられないのだ。

 

「お姉ちゃん……もしかして、お塩入れ忘れてない?」

 

「ええっ?」

 

遥に指摘され、すぐさま彼方も自身の調理した料理を一通り口にしていく。

 

…………が、しかし、

 

「んー……こっちは特に、いつも通り美味しく感じるけどなぁ…………」

 

「あれー?」

 

自分と真逆の反応をした姉を見て、遥は眉間にしわを寄せる。

 

「ちょっと待ってね」

 

試しに彼方の分の朝食も味見をしてみるが、何度食べても塩気が足りなく思える。

 

「風邪でも引いたかなぁ……」

 

「大丈夫?具合悪くない?」

 

「熱とか咳もないし、体調はバッチリなんだけど……」

 

肩を動かして関節の痛みがないか確認するが、やはり味覚以外の異変は見られない。

 

 

原因不明の異常事態。

 

それが気のせいでないことが判明するのに————そう長くはかからなかった。

 

 




アニメ1話でめちゃくちゃに高まった直後に執筆するの、かなりキツいです()
次回はついに文字通り無敵の彼方ちゃんが登場かな…………。


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第69話 無敵の彼方ちゃん:後編

推しの中須がメインの回があと2日で放送されると考えると震えが止まらない作者です。


————「あれ?なんか味が薄いような…………」

 

 

————「近江さん、お塩入れ忘れてない?」

 

 

————「珍しいね、近江さんが料理でこんなミスするなんて」

 

 

 

 

 

 

 

「う〜ん……?」

 

昼休み。

 

いつものように中庭で寝転びながら、彼方はフードデザインの一環で行われた調理実習での出来事を思い返す。

 

普段なら自分の作った料理を喜んで試食してくれるクラスメイト達の微妙な反応。同じ表情を今朝も見た。

 

「塩気が足りない」————妹の遥も同じことを口にしていた。…………以前と変わらず美味しく味わえるのは、今のところ彼方自身だけ。

 

「事故に遭ってから……どこかおかしくなっちゃったのかなぁ……」

 

ごろん、と寝返りを打ちながら考える。思えば異変が起きたのはあの交通事故が起こった後のことだ。

 

打ち所が悪かったせいで味覚と繋がっている神経に異常をきたしたのだろうか。……味が薄いと噂の病院食も問題なく頂けたのも、それと関係があるのかもしれない。

 

「……なんか、すっごく喉が渇いてきた……」

 

そして変わってしまったのは味覚だけではない。あれからというもの、事あるごとに水分を求めるようになってしまったのだ。

 

復帰してからすぐのダンスレッスン中などは特に水を欲してしまい、ロクに集中することもできなかった。

 

もはや自分の身体に何か異変が起きていることは明白だ。近いうちにまた……病院で診察を受けた方がいいのだろうか。

 

 

 

 

「——気付いてしまったか、近江彼方」

 

「…………!?」

 

唐突に耳へ滑り込んできた声音に肩を揺らしつつ、咄嗟に辺りを見渡して人影を探す。

 

自分以外は誰もいないはずの中庭。そこで発せられた不可思議な呼び声に、彼方は恐る恐る問いかけた。

 

「だ、誰ぇ……?」

 

「ふふ……私だよ。お前の中に宿る、ね」

 

そう返された直後にふと気がつく。先ほどから聞こえてくる声の発生源は周囲ではなく————()()()()()()()()()()

 

「現在お前の肉体に起こっている異常は私と同化したことによる影響だ。……まあ命に関わるものではない。安心したまえ」

 

「も、もしかして……あの時の……?」

 

自分の意思とは関係なしに動く口元に動揺しつつ、彼方は車両に轢かれた直後に垣間見た夢のような出来事を思い出した。

 

「サーペント星の使者」————そう名乗る宇宙人が自分の身体の中に入ってくるという奇妙なイメージ。……あれは夢ではなく、実際に起こっていたことだったというのか。

 

「私がこの星にやってきたのは、とある目的を果たすためだった」

 

「目的……?」

 

「そう。……この星を手中に収めるという、崇高な使命。その弊害となるウルトラマンを抹殺するために、お前には協力してもらう」

 

「…………!」

 

不穏な空気が漂い始めた矢先、隠していた本性を露わにしたサーペント星人に怯えるように彼方は傍らにあった枕を抱き締める。

 

「よくわからないけど……彼方ちゃん、悪い宇宙人に手を貸したりはしないよ?……早く彼方ちゃんの身体から出て行ってよ〜……」

 

「お前に拒否権はない。……忘れたのか?私がこの身体から出て行けばお前は死ぬ。ひとつの命を2人で共有しているのだからな」

 

「そ、そんなぁ…………!」

 

思いがけず突きつけられた受け入れ難い事実に血の気が引く。

 

…………事故から無事に生還したかと思えば、それは侵略者が自分を利用していたに過ぎなかったのだ。

 

「い、嫌だよぉ……!絶対いやぁ!」

 

「あくまで拒絶するか。……仕方がない。少々不便だが、こちらで身体を動かすとしよう」

 

「…………っ」

 

毎日のように感じていた眠気とは違った感覚で意識が遠のいていく。

 

自分ではない誰かが身体の中を占領し、近江彼方という人格を食い潰そうとしている。

 

 

(…………みんな……遥ちゃん……)

 

次第に自由が利かなくなった手足から崩れるように地面へ倒れ伏す。

 

 

数秒後、ゆっくりと起き上がった彼方の瞳には————かつての彼女にはなかった、邪悪な野心が宿っていた。

 

 

◉◉◉

 

 

「これでよし……っと」

 

同時刻のスクールアイドル同好会部室。

 

他のメンバーの姿が見られない中、春馬は1人テーブルについて昼食をとりながら何やら開いたノートにペンを走らせていた。

 

「————あ」

 

直後に開かれた扉から現れた先輩に頭を上げ、春馬はにこやかな顔で会釈する。

 

「こんにちは姐さん。これからお昼ですか?」

 

「ええ……」

 

「ご一緒しても?」

 

そう尋ねてきた春馬に無言で頷き返した後、ステラは彼の向かい側の席へ腰を下ろした。

 

彼女が手にしていたのは購買で期間限定販売されているラクレットチーズハチミツパン。少しだけ疲れ気味なのは昼食を求める生徒達による激戦区を乗り越えた証だろうか。

 

「春馬は1人?珍しいわね」

 

「はい。練習ノートに記載し忘れてたことがあったので、お昼のうちに書いておこうかなって」

 

「マメねえ」

 

「一応部長ですから」

 

心なしか嬉しそうに微笑みながら小さく千切ったパンを口へ放り込むステラを眺めつつ、春馬も持参していたお弁当の中身を食していく。

 

昼食は歩夢やかすみと楽しくお喋りしながら、という習慣が付いていたので、こうして静かな時間を過ごすのは随分と久しぶりな気がする。前者も好きだが、たまにはこういう落ち着いた雰囲気の中で箸を進めるのも悪くはない。

 

「姐さん姐さん、見てくださいこれ」

 

「うん?」

 

「このハンバーグ、昨日の夜フォルテちゃんと作ったんです」

 

「へえ……上手に出来てるじゃない」

 

「でしょう。あの子、最近は一緒にお料理とかしてくれるようになったんですよ。ちゃんと名前で呼んでくれるようにもなったし……すごくいい関係が築けてる気がします!」

 

「ふ、親バカならぬ兄バカね」

 

「えーそうですか?……それを言うならヒカリさんだって親バカじゃ……」

 

「ヒカリは必要以上にわたしを甘やかしたりはしないもの。ねえ?」

 

『ああ、そう心がけているつもりだ』

 

「そうかなぁ……」

 

いまいち納得しきれない答えに首を傾けながら、春馬は食べ終えた弁当箱を風呂敷で包む。

 

『確かに、お前は少しフォルテに世話を焼きすぎてる気がするぞ』

 

「うーん…………でも、兄妹ってそういうものなんじゃないかな」

 

横から語りかけてきたタイガに返答した後、椅子の背もたれに寄りかかりながら春馬は腕を組んだ。

 

特に大きな理由がなくたって気にかけたくなる。……彼方の遥に対する想いなんかいい例だ。

 

そう考えると————以前戦ったフィーネだって、本質的には同じ気持ちを抱えているはずなんだ。

 

良くも悪くも当人たちの在り方を大きく左右するもの。…………それが、兄弟という関係の根底にあるものだと思う。

 

 

 

「…………ん」

 

再び聞こえた扉の音に反応し、春馬は咄嗟に後ろを振り返る。

 

そこに佇んでいたのは、寝癖が目立つ長髪を下げた少女。気怠げな様子で部屋に入ってきた、近江彼方の姿があった。

 

「こんにちは彼方さん。今日は部室でお昼寝ですか?」

 

返答をしないままフラフラとテーブルに近づいてきた彼女に不穏な気配を感じ、春馬は心配そうに席を立って歩み寄る。

 

「だ、大丈夫ですか?具合悪いんですか?」

 

俯きながら立ち尽くしている彼方の顔を覗き込もうとする春馬。

 

微動だにしない彼女に触れようと手を伸ばした刹那、

 

「え?」

 

ギィン!!——と凄まじい衝突音が部室内に響き、静寂がその場を満たした。

 

『退がれ春馬!!』

 

「えっ……!?」

 

タイガに身体を引っ張られて春馬は気づく。

 

いつの間にか彼方が握り締めていた棒状の物体の存在。そしてその打撃から春馬を守るために投擲されたであろうナイトブレードが傍らの床に転がっていることに。

 

「直接乗り込んでくるとは大胆ね」

 

『……彼女は近江彼方ではない』

 

「ど、どういうこと……?」

 

ステラとタイタスの言葉に驚愕しつつ、改めて目の前にいる少女へと視線を戻す。その表情には知らぬ間に不敵な笑みが宿っていた。

 

 

「————ふふ、ふ…………そう簡単にはやらせてはくれないか」

 

外見も声色も彼方と同じ。けれどもその身体を動かしているのは本人ではないと瞬時に理解させられる。

 

彼方を装って春馬の殺害を図った奴は、手にしていた銀色の棒を足元へ添えると——————眩い閃光と共に、“門”を開いた。

 

「なっ…………!?」

 

床に添えられた棒から天井まで伸びている光の中から続々と現れる銀色の異形。

 

西洋甲冑を着込んだような外見の奴らは彼方の姿をした同胞の横に並ぶと…………明確な敵意と共に春馬とステラをその視界に収めた。

 

「我々は“サーペント星人”。ウルトラマン……地球侵略の弊害となるお前達の命を頂きに来た」

 

顔を上げ、ギラついた双眸をこちらに突きつけた彼方————もといその肉体に憑依した異星人がそう口にする。

 

『サーペント星人……私達のように、他者に憑依する能力を持った宇宙人だ』

 

『ヴィラン・ギルドの残党か……?』

 

「そんな、彼方さん……!……早く助けないと!!」

 

「チッ……!」

 

瞬時に駆け出したステラが落ちていたナイトブレードを拾い上げながらサーペント星人の列へ特攻。

 

その場にいた半数ほどを相手取りながら、彼女は春馬に叫んだ。

 

「こいつらを部室の外に出しちゃダメ!!ここで抑え込むわよ!!」

 

「は、はいっ……!」

 

ここが学内であることを思い出し、一気に焦燥感が湧き出してくる。

 

放課後ならばともかく、今は昼休み。施設内にいる生徒の数は計り知れない。なんとかして被害をこの場に留めておかなければ。

 

「ぐっ……!——彼方さん!!」

 

一瞬で接近して拳を振り抜いてきた彼方をいなしながら、春馬はその意識を呼び起そうと言葉を紡ぐ。

 

「こんな奴らに負けちゃダメだ!帰ってきて……っ!彼方さん!!」

 

「無駄だ」

 

放たれた裏拳を受け止め、邪悪な意志を瞳に灯した彼女と睨み合う。

 

「こいつの意識は既に消滅させた。いくら語りかけようと通じはしない」

 

「そんなの……!お前にわかるもんか!!」

 

奴から距離をとり、身構えながら春馬は言った。

 

「この人の心は……そう簡単に消えたりしない!妹さんを……スクールアイドルを想う気持ちがある限り!!——そうでしょ、彼方さん!?」

 

「無駄だと言っている」

 

そう口にしながら腰を低くし、再び春馬へ突撃しようと構えるサーペント星人。先ほどまで彼方の姿を維持していた身体も完全に銀色の異形へと変化する。

 

春馬も奥歯を噛み締め、迎え撃とうと体勢を整えたその時、

 

 

「——————?」

 

機械のように不自然な挙動を見せた奴の動きが、ピタリと止まった。

 

「……なんだ……?……ぐっ…………!?」

 

頭部を押さえながら苦しみだしたサーペント星人は、自分の身に起こっている謎の現象に戸惑うように苦悶の声を漏らす。

 

 

『————そうだ…………私は……こんなところで……終われない』

 

突然鳴り響いた少女の声音に驚愕する。

 

その声は他でもない、奴が確かに身体を乗っ取ったはずの近江彼方のものだった。

 

「まさか……!近江彼方……!?」

 

『みんなに……遥ちゃんに……最高のライブを見せるんだ……!!』

 

「馬鹿な……っ!お前の意識は完全に消したはず————!!」

 

『彼方ちゃんはぁぁあああ…………!!!!』

 

何かが迫る音が聞こえる。サーペント星人ですら予想できなかった何かが覚醒する音。

 

人間の想い————その強さを侮った奴が招いた失敗は、もはや取り返しのつかないところまで達していた。

 

 

『——絶対に……!負けなぁぁあああああああいっ!!!!』

 

パカ、と小気味のいい音響が辺りに散る。

 

「えっ」

 

「あれっ」

 

「なにそれ」

 

春馬やステラだけでなく、他のサーペント星人までもが想像もしなかった出来事。

 

彼方に憑依していたサーペント星人の頭部が綺麗に両断され、割れた面の中から緊張感のない彼方の顔が飛び出してきたのだ。

 

「えーっと」

 

ふわふわした空気が周囲に充満する。

 

頭部は彼方、身体はサーペント星人というアンバランスな外見。

 

困ったように辺りを見渡した後、彼女は意を決したように深呼吸をし————

 

「……とぉりゃあああああああ!!!!」

 

ステラと戦っていた残りのサーペント星人めがけて、勇ましく駆け出した。

 

「おおおっ!?なんだこいつは!?」

 

「自力で意識を取り戻しただと……!?あ、ありえん!!」

 

「ありえちゃったね〜」

 

突然の事態に困惑するサーペント星人群のど真ん中へ切り込んだ彼方は、未だ肉体に残滓する宇宙人パワーを振るって奴らをちぎっては投げちぎっては投げ…………。

 

「すっごいや……」

 

「……なにこれ」

 

春馬とステラが並んで呆然としているのも束の間。彼方はものの数秒で奴らを蹴散らしてしまった。

 

「ふー……。やれやれですなぁ」

 

「ぐ……くそ……!」

 

「む?……おわっ」

 

倒れ伏していたサーペント星人たちが同時に肉体を液状化させ、集束。

 

やがて怪しげな光を放つ巨大な球体になると、部室の壁と天井をすり抜けながら外へ向けて勢いよく飛翔した。

 

「お、おお〜……?」

 

「——姐さん、彼方さんをお願いします!」

 

「え、ええ……」

 

サーペント星人の次の企みを察知した春馬はすぐさま部室を飛び出し、人気のない廊下の隅っこで身体を縮める。

 

『何が起こったんだ……?』

 

「彼方さんが1人で宇宙人に勝ったんだ!俺たちも負けてられないね!」

 

『そんなのアリか?』

 

『ふむ、わけがわからんな』

 

『今はとにかく変身だ!奴らを追うぞ!——バディゴーッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——————」

 

虹ヶ咲学園前に降り立ったのは、複数のサーペント星人が融合して生まれた巨大な銀色の異形。

 

それを追って上空からやってきたウルトラマンタイガが着地し、緊迫した空気を背負いながら対峙する。

 

『ふっ……!』

 

無言でこちらに突っ込んできた巨大サーペント星人の拳を受け止めつつ、ひざ蹴りによるカウンターを決める。

 

奴らがよろけたところで牽制の光輪を放ち、銀色の胴体に切り傷を刻みつつ後退。

 

(……!)

 

光輪を受けて出来た傷が瞬時に塞がっていくのを見て危機感を煽られる。

 

全身が鎧のように強固な上、再生力も高いとなれば打撃も斬撃も通用しない。……どうにかしてこの耐久力を突破しなくては。

 

『前に戦った“イフ”とは違う意味で厄介だな』

 

『攻撃手段が限られてる相手って面倒だよな……』

 

(どうしようか……)

 

 

 

 

 

 

「————おーーーーい!!!!」

 

ふと耳朶に触れた誰かの呼び声に反応して後ろを振り返る。

 

学園の屋上にステラと共に立っていた彼方。

 

「ウルトラマーーーーン!!その宇宙人の弱点はーーーー!!お塩だよーーーー!!」

 

普段では考えられない声量を張りながら、彼女は目の前の巨人に対して精一杯の助言を伝えた。

 

『塩……?……そうか、なるほど……!』

 

(どうかしたの?)

 

『おそらく奴らは体組織のほとんどが水分で構成されているんだ。先ほどの攻撃が通用しなかった原因もそこにある。きっと周囲の水分を大量に取り込んで、再生力に変えているのだろう』

 

一体化している際に彼方が覚えていた違和感。

 

サーペント星人の特徴故、無意識に塩分を避けていたことから生まれた発想だった。

 

『でも塩なんてどうすれば……?』

 

(なんだ、それなら簡単じゃない)

 

サーペント星人の猛攻に何とか対処しながら、春馬は薄い笑みを浮かべる。

 

(再生が追いつかないくらいの火力で蒸発させちゃえばいい!!)

 

『『『それだ!!』』』

 

この場に敵の全身を覆えるような大量の塩が存在するのならともかく、あいにく自分達にはそのような備えはない。

 

ならば……と、春馬達は一気に互いの同調を強めていった。

 

(ようし!燃えるよみんな!!)

 

『よしきた!』

 

タイガの肉体が瞬く間に炎の渦に包まれる。

 

やがて一振りの斬撃と共に姿を現したのは————4人の力を束ねた最強形態、トライストリウム。

 

(はぁあああっ!!)

 

ブレードによる斬り上げがサーペント星人の両腕を弾き飛ばし、体勢を崩すかたちで隙をこじ開ける。

 

『(“バーニングスピンチャージ”!!!!)』

 

トライブレードを突き出すと同時に爆炎に身を包んだタイガが高速回転。そのまま前方に立つ標的めがけて特攻をしかける。

 

「————!」

 

攻撃を受け止めたサーペント星人の表情は読み取れない。けれども強烈な焦燥感に駆られているということだけはわかった。

 

『(うおおおおおおおおおッッ!!!!)』

 

奴らの体皮が少しずつ焼け焦げ、消し飛んでいく。

 

タイガがブレードを握る手にさらなる力を込め、発揮される火力が最大限にまで引き上げられた瞬間、

 

「——————ッ!!!!」

 

無機質な悲鳴を轟かせながら、銀色の巨体は四方八方に霧散した。

 

 

◉◉◉

 

 

「——それじゃあ、先に行ってるから。お姉ちゃんも遅刻しないようにねー!」

 

「行ってらっしゃい〜」

 

次の日の朝。

 

元気よく家を飛び出して行った妹を見送った後、彼方は自分も学校へ向かう準備を済ませようとリビングへ戻る。

 

 

サーペント星人から身体を取り戻してからは味覚も元通りになり、()()()()()()()()これまでと変わらない生活を送ることができている。

 

大変なことばかりだったが…………何はともあれ、無事に帰ってこれてよかった。

 

「そういえば……どうして春馬くん、あの時突然どこかへ行っちゃったんだろ……。…………ん?」

 

支度を終えてリビングを去ろうとしたその時、テーブルに置かれているお弁当箱の存在に気がつく。

 

遥のものだ。どうやら珍しく鞄に入れるのを忘れてしまったらしい。

 

「まったく、しょうがないなぁ〜」

 

おもむろに風呂敷に包まれたそれをつまみ上げ、のっそりとした動きで玄関へと向かい外に出る。

 

「ふふん、待っててね遥ちゃん。今すぐ彼方ちゃんが届けに行くよ〜」

 

刹那、風を切る音と共に()()()姿()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでね、すごかったんだよ彼方さん。自分の力だけで宇宙人に————」

 

「ちょっとごめんね〜!!」

 

「きゃっ!?」

 

「わっ!!」

 

通学路を歩いていた春馬と歩夢の間をとてつもないスピードで駆け抜ける人影。

 

強烈な突風を巻き起こしながら嵐のようにその場を去って行ったのは…………間違いなく2人の知る同好会の先輩。

 

「い、今の……彼方さん?」

 

「すごい速さで走って行ったけど……」

 

『ふむ……どうやらサーペント星人の身体能力が駆使できるようだな』

 

「ええっ!?」

 

『まあすぐに元に戻るだろ。そう都合のいい力じゃない』

 

そう冷静に添えるタイタスとフーマの言葉に耳を傾けつつ、春馬は開いた口をそのままに呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

「遥ちゃ〜〜〜〜ん!!」

 

街行く人々の間をくぐりながら、彼方は愛する妹のために走る。

 

 

…………妹を想う姉の気持ち。

 

それは春馬が想像していたよりも、ずっと際限のないものだったのかもしれない。

 

 




中盤からノリと勢いだけで書きました。
春馬も割と脳筋なところがありますね()

次回から大筋に戻り、しばらくはせつ菜を中心とした展開が続く予定です。
…………そして、ついに"あの人"も。

2章もそろそろ折り返し地点。
このまま無事にクライマックスまで駆け抜けたい……!


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第70話 として

虹アニメに備えて早めの投稿です。
今回から新たな展開を迎えます。


押し潰されそうな空気にまみれた闇色の異空間。

 

3人の兄弟が共通の敵に対して吐き気にも似た嫌悪感を醸し出すなか、そのうちの1人がしびれを切らしたように前へと踏み出す。

 

「もう限界だ」

 

「ヘルマ」

 

「これ以上黙ってられるかよッ!!」

 

冷めた表情で地面を見つめながら自分を制止した兄に食ってかかり、銀髪の少年————ヘルマは苛立ちを隠せない様子で捲し立てた。

 

「なんで平気そうな顔してるんだよ。フィーネだってあいつらのことは嫌いなんだろ?」

 

「ずいぶんと感情的だな。お前らしくもない」

 

「話を!!逸らすんじゃ!!ねえッ!!」

 

ヘルマが地団駄を踏み散らした岩場が崩壊し、無数の破片が周囲へ拡散する。

 

巨大なクレーターの中心で息を荒げている弟に視線を注ぎつつ、フィーネは落ち着き払った態度で言った。

 

「お前もピノンも万全な状態ではない。このまま向かっても返り討ちになるだけだろう」

 

「誰があんな奴らに……!!」

 

「落ち着け————と言っているんだ」

 

フィーネの放った眼光がヘルマの芯を捉える。

 

瞬く間にその場が凍りつくような重圧。凄まじい威圧感を前にして、ヘルマは先ほどから栓を失っていた喉元で言葉を飲み込んだ。

 

「お前もピノンも一対一では奴らには勝てない。……そんなこと、わざわざ言われなくても痛感しているだろう?」

 

「…………っ」

 

返す言葉が見つからないまま、ヘルマは悔しげに歯を食いしばり押し黙る。

 

同時に想起するのは屈辱の記憶。ヴィラン・ギルドのオークション会場で刃を交えたウルトラマンの姿だ。

 

追い詰められるほどに強力な力を発揮する不可解な存在。4人分の魂が込められた奴らの切り札は、こちらの想像を遥かに超える出力を以てフィーネすら退けてみせた。

 

「“ファースト”と融合している影響か知らんが……もはやウルトラマンの力は当初の想定を完全に凌駕している。それなりの勝算がつくまでは動くべきではない」

 

「チッ……。お前はどう思ってるんだ?ピノン」

 

「…………!」

 

思いがけず眼差しを向けられたピノンが怯える小動物のように肩を揺らす。

 

「片腕を落とされたっていうのに、仕返しもしないままそうやって縮こまってるつもりか?」

 

「え……だ、だって…………戦ったらまた……痛いことされるかもしれないし……」

 

「どうせすぐ元に戻るだろうが」

 

「で、でも……あの青いヤツ……けっこう強かったし……」

 

「このクソ姉貴っ……!怖気付いてんじゃねえッ!!」

 

「だ、だって怖かったんだもん〜!!!!」

 

怒号を上げたヘルマから逃げるように駆け出したピノンがそばに佇んでいたフィーネの服に顔を埋めて泣きじゃくる。

 

戦う意思のある者が今この場に存在しないことを察知すると、ヘルマは真っ赤になるほど拳へ力を込めてはどっしりと腰を下ろした。

 

「そう慌てるなヘルマ。……オレが言ったのは、あくまで()()()()()()だ」

 

「……はあ?」

 

震える妹の頭部に手を置きつつ、フィーネは前方に座すヘルマへと静かに語りかける。

 

「お前達は待機だ。傷が癒えるまでおとなしくしていろ」

 

「まさか1人で地球へ向かうつもりか?自分なら奴らを始末できるって?」

 

「長期的な視点を用いればな」

 

「……どういうこと?」

 

不敵に笑った兄の意図を掴めず、ヘルマの首は自然と傾いていく。

 

「直接叩くのが面倒なら、周囲から削り取っていけばいい。……奴の……ファーストの力の源となっている存在を消し去れば、ウルトラマンとの繋がりも容易く断ち切れるだろうからな」

 

「力の源……?」

 

「ああ、そのための舞台は既に整いつつある」

 

そう語るフィーネの脳裏には————翡翠色の面影がよぎっていた。

 

 

 

「お前の大切なものを、何もかも奪ってやるよ………………ファースト」

 

 

◉◉◉

 

 

夏が過ぎ、季節は肌寒い風が吹く秋へと移ろうとしていた時。スクールアイドルの祭典である“ラブライブ!”にも、大きな進展があった。

 

「ふぅ〜…………ま、そう簡単にはいかないよね」

 

「でも、精一杯頑張った」

 

「そうだね」

 

「悔いはありませんが……やっぱり少し残念です」

 

肩を落としながらも、どこか清々しい様子で一息つくスクールアイドル同好会のメンバー達。

 

そんな彼女達を傍らで見守りながら、春馬はふと手元にあるスマートフォンへと視線を落とした。

 

 

夏が終わる頃に開かれた……ラブライブ“ソロ部門”の地区予選大会。そこで歩夢たちが目の当たりにしたのは…………圧倒的な実力差。

 

ソロのスクールアイドルとしてなりたてであることを考慮しても拭いきれない他者との開きを噛み締めながら————本日発表された上位者の中に、虹ヶ咲学園のメンバーの名前がないことを確認した。

 

 

————ただ1人を除いて。

 

 

「それはそれとして…………せつ菜ちゃん、決勝進出おめでとう!」

 

「おめでとう〜」

 

「本当、すごいです!」

 

歩夢の一言を皮切りに、皆の身体が部屋の隅に佇んでいたせつ菜の方へと向けられる。

 

盛大な拍手を浴びて照れ臭そうに笑った後、彼女は軽く頭を下げながら口を開いた。

 

「ありがとうございます、皆さん。……私自身、信じられません。夢にまで見た舞台に立てるんですね……!」

 

瞳を潤ませながら語るせつ菜を見て、思わず歩夢達の表情に微笑みが宿る。

 

そう、彼女…………中川菜々改め“優木せつ菜”は、ラブライブ地区予選大会で見事1位入賞を果たし————本選へと進むチケットを手に入れたのだ。

 

「春馬さんも……ここまで支えてくださって、ありがとうございます」

 

「俺の方こそありがとう。地区予選でのせつ菜さんのライブ…………すっごくときめいた!」

 

忘れられない光景が脳裏に投影される。

 

ステージの上から会場全体に燃え盛るような声音を轟かせるアイドル“優木せつ菜”の姿。一緒に観客席でライブを見ていたフォルテがこれでもかと言うほどに拍手を送っていたそれは間違いなくスクールアイドル界でもトップレベルのパフォーマンスだと確信できる。

 

もしかしたら————いや、彼女ならきっと優勝を掴み取ってくれる。そう思わせてくれるだけの底力がせつ菜にはあった。

 

「ちょっとちょっと、すっかり安心した空気になってますけど……これで終わりってわけじゃないですからね?」

 

「はいっ!優勝目指して頑張ります!」

 

「そ、そうじゃなくて!」

 

もどかしい調子で腕を振り回した後、かすみはせつ菜から視線を外して周りに並んでいた他のメンバー達をなぞるようにして見やる。

 

「ラブライブから敗退しても……かすみん達はスクールアイドルです。……皆さんも、これから気を抜いたりしないでくださいね!——かすみんは……ドンドン先へ進みますから」

 

予備予選の時点で敗退を喫してしまった彼女が口にするからこそ一層重みが帯びる言葉。

 

かすみの真剣な眼差しを受けて息を呑んだ歩夢達は、それぞれ決心をし直すように口元を引き締めた。

 

「もちろんだよ、かすみちゃん」

 

「ここでへこたれる愛さんじゃないよー!むしろ気合入っちゃう!アイだけにね!」

 

「考えてることはみんな同じ……でしょ?」

 

ギラついた闘志を湧き上がらせる皆を見て、春馬の表情にも笑みが宿る。

 

たとえラブライブで勝ち進めなくても、優勝できなかったとしても、彼女達がもたらすトキメキは終わらない。この先も果てのない感動を生み出してくれる。

 

 

彼女達が…………スクールアイドルである限り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(いけないいけない……!)

 

完全下校時刻が迫る放課後の生徒会室。

 

背後の窓から差し込むオレンジ色の光を照明代わりにしながら、せつ菜————否、中川菜々はやり残していた生徒会の仕事に着手していた。

 

(私としたことがすっかり忘れていました……。今日中に終わらせなくてはいけないのに)

 

そう自責の念に駆られながらプリントの束と格闘する。

 

下校時間まであと30分とない。……家に仕事を持ち帰るのは極力避けたかったが、この際仕方がないだろう。

 

 

生徒会長という自分のもう一つの側面…………スクールアイドルに夢中になり過ぎている時は、すっかり頭から抜け落ちてしまう。生徒たちを導く立場にいる以上、そのような状態が続くようでは話にならない。

 

ラブライブ優勝を目指すのはいいが、だからと言って他のことも疎かにしてはいけない。

 

……それに厳しい両親が自分の趣味をある程度許容してくれたのは、自分が生徒会長という立場にいたからこそなのだから。

 

(でも……いずれは話さなくちゃいけないですよね…………私が、スクールアイドルだってこと)

 

 

 

 

 

 

「……?はい、どうぞ」

 

不意に聞こえてきたノック音に顔を上げ、扉の向こう側にいるであろう人物へ反射的にそう呼びかける。

 

もうそろそろ完全下校時刻だというのに、自分以外に残っている生徒会員がいたのだろうかと不思議に思った直後、

 

「——失礼します」

 

事務的な調子で発せられた声音が、耳に滑り込んできた。

 

「生徒会長の中川菜々さんですね」

 

「はい……そうですけど。生徒会に何かご用でしたか?」

 

前触れなく生徒会を訪ねてきたその女生徒は…………一瞬、自分よりも年上の人間に見えた。とても、大人びた立ち振る舞いをしていたから。

 

しかし襟元を締めているリボンが黄色であることに気がつき、すぐに彼女が自分よりも年下————1年生であることを理解する。

 

「はい。私、1年の三船栞子(みふねしおりこ)と申します。中川さんにお話があってお訪ねしました。……お時間、よろしかったでしょうか?」

 

そう名乗りながら真っ直ぐな眼差しを注いできた少女は、何か尋常ではない決意を胸に秘めているかのようだった。

 

手元に散らばっていた資料と彼女を交互に見比べた後、握っていたペンを手放して意識を前へと向ける。どうせ残りの仕事は家に持ち帰るつもりだったのだ、そう急ぐこともないだろう。

 

「はい、構いませんよ」

 

「ありがとうございます。では……まずこちらをご覧になっていただいた方が話が早いかと」

 

「え……?」

 

菜々が座っている机の前まで歩み寄りながら1枚の用紙を差し出してくる少女。

 

受け取ったそれに記されていた内容に目を通した直後、菜々の瞳に激しい動揺の色が差した。

 

「『生徒会長再選挙のお知らせ』…………!?三船さん、これはどういう……?」

 

唐突に舞い込んできた知らせを前にして、菜々の額に汗がにじむ。

 

少女————三船栞子はそんな彼女の様子を意に介すことなく、ただ淡々と事実のみを述べた。

 

「お話したかったのは、その紙に書かれている通りです。……私、三船栞子は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………ええっ!?」

 

「既に理事会の了承も得ています。再選挙の日程もそこに記されているので、ご確認をお願いします」

 

「確認……というか、ちょっと待ってください!」

 

思わず席を立ち、事態を飲み込み切れていない頭で必死に考えながら口を開く。

 

「突然すぎます!このような話は何も聞かされて————!」

 

「ですから、今通達しました。急な話になったのは一重に私のせいですので、そこは謹んでお詫びしますが…………それはそれとして、そこに書いてあることは決定事項ですので、あなたもそのつもりで臨んでください」

 

「ですけど……!」

 

「私からは以上です。……下校時刻も迫っているので、詳しい話はまた後日。今日のところは失礼させていただきます」

 

その言葉を最後に踵を返し、やけに整った足取りで栞子は生徒会室を後にする。

 

一人残された生徒会室で呆然と立ち尽くしながら、菜々は突きつけられた一報の文章をただ見つめることしかできずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————話は済んだのか?」

 

虹ヶ咲学園、その玄関前。

 

切れ長の瞳で前を見つめながら外へ歩み出た栞子は真横からかかった声に立ち止まると、壁に背中を預けていた1人の少年に対して身体を向き直した。

 

「はい、無事に。……これも、あなたが理事会への交渉を手伝ってくれたおかげですね」

 

「なに、気にすることはない。オレとお前の志には通ずる部分がある。協力は惜しまないさ」

 

微かに口元をつり上げたその少年の瞳もまた、鋭い。栞子よりも研ぎ澄まされ、凶器のような眼光を備えている少年は————視界を妨げる銀色の前髪をかき上げながら、冷たい声で口にした。

 

「いえ、本当に凄かったです。あなたが少し口添えしてくれただけで、こうもあっさりと許可が下りるなんて。……まるで、催眠術にでもかけられているようでした」

 

「ふっ……なかなかの観察眼じゃないか。まあ、この先も存分にオレを頼るといい。力になろう」

 

「はい、是非そうさせていただきます」

 

「その代わり、だ。……お前が生徒会長になった暁には、副会長の席をオレに用意してもらおう」

 

「——それは出来かねます。あなたが本当にそう望んでいるのなら……きちんとした手順を踏み、選挙を制して生徒会に加わるべきですので」

 

「面倒だな。……まあいい、このオレが負けることなど万に一つもない」

 

 

「はい、私もそう思います。————フィーネさん」

 

 

栞子の呼びかけに応えるように、少年————フィーネは自信ありげに不敵な微笑みをこぼす。

 

制服に身を包んだその姿は…………彼もまた虹ヶ咲学園の生徒であるということを人知れず示していた。

 




構成の都合上、ラブライブ地区予選の描写は丸々ダイジェストで済ませてしまいました()
決勝進出を決めたせつ菜の前に立ちはだかるのは…………三船栞子。そして彼女の裏にはまさかのフィーネの影が。

物語は新しいステージへ…………。


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第71話 センチメンタル・シンフォニー


虹アニメさん、ほんと、もう、すき…………。


「フィーネ・ダラーだ。よろしく頼む」

 

 

海外から日本へやってきたと言うその少年は、とても不可解な空気をまとっていた。

 

彼がこの虹ヶ咲学園に転入し、他の生徒たちと共に授業を受けている光景は、間違いなく普通じゃない。……けれど、誰もその違和感の正体を指摘することができない。

 

不気味なほど自然にクラスメイトとして溶け込んでいる。その事実が逆に彼の不審さを際立たせていた。

 

 

「スクールアイドルを潰したいんだってな、お前」

 

彼と関わり始めたきっかけは、向こうが突然そう声をかけてきたことだった。

 

暗闇を孕んだ瞳は何を考えているのかさっぱりわからない。しかし揺るぎない決心がこもった真剣な言葉が、不思議と彼と自分とを引き合わせる。

 

「協力しよう。お前が望む世界を……必ず見せてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————オレの顔に何か付いているか?」

 

「いえ、別に……なんでもありません」

 

生徒たちの話し声が辺りに満ちる昼休みの教室。

 

窓際最後列の席で腕を組みながら瞼を閉じていたフィーネは、栞子の視線を感じると同時に口を開いて低い声音を発した。

 

「おかしな奴だな」

 

「あなたに言われたくはありません。……ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

「ん?」

 

栞子が改まった態度で尋ねると、フィーネは訝しむように目を開き————前の席から自分を見つめる彼女の鋭い眼差しと視線を交差させる。

 

「なぜあなたはここまで私に尽くしてくれるのですか?……知り合って間もない人間を、こうも支えようと思い至った理由はどこにあるのですか?」

 

「最初に言ったはずだ。……オレとお前の目的は合致している。スクールアイドル同好会を消すという目的がな」

 

「私は別に……それ自体を目的として生徒会長になろうと思っているわけではありません。この学園の生徒たちの生活を、より良くするために私は————」

 

「同じことだ。どのみち廃部に追い込むつもりなんだろう?」

 

「それは……はい、そうです。……私が目指すべきは、“将来の準備期間としての学園生活”を充実させること。……スクールアイドルのような必要のないものを全て排斥して、生徒達それぞれの適性に合った道を示すことですから」

 

「そう、それだ、“適性”」

 

薄く尖っていた瞳をカッと見開かせ、途端に高揚しているような様子でフィーネは身を乗り出す。

 

「個々の実力や性質、身の丈に合ったもの…………すなわち生まれながらにして与えられた当人の“使命”。それに準拠した生を送るべきだというお前の主張は————実に賛同できる。この上なく素晴らしい考え方だ」

 

「えっと、ありがとうございます……と言えばいいのでしょうか」

 

「こちらこそ礼を言いたい。……まったく驚かされた。まさかオレと通じ合える者がこんなところに存在したとは。…………地球人も馬鹿だけではないらしい

 

「え?……すみません、もう一度お願いします」

 

「おっと、こうしてはいられないな」

 

一瞬怪しげな影が差したフィーネの言葉を聞き返そうとするも、それを遮るように彼が席を立ち、栞子の疑問は霧となって消えた。

 

「宣戦布告に行くのだろう、奴らに」

 

「……人聞きの悪い言い方をしないでください」

 

余裕に満ちた笑みを浮かべる彼に疲れたような溜息をつきながら、栞子もまた椅子を引いて立ち上がる。

 

どこか不安定な距離感のまま2人は揃って教室を出ると、部室棟のある方向へ横並びに歩みを進めた。

 

 

◉◉◉

 

 

「生徒会長選挙を、やり直す……?」

 

「…………はい。すでに話は決まってしまっているようです」

 

昼食を済ませた後、招集を受けて部室に足を運んだ同好会の皆を待っていたのは…………あまりにも突拍子のない、それでいて胸騒ぎを誘発する知らせだった。

 

珍しくせつ菜から呼びかけてきたかと思えば、部室の扉を開いた先にいたのは生徒会長の中川菜々。

 

沈んだ表情から想像できた通り、彼女は思い詰めた様子のまま口を開いた。

 

「三週間後の金曜日……その日に選挙を?」

 

「はい」

 

「急すぎません?」

 

「うん。……こんな話がどうして通ってしまったのでしょうか」

 

「わかりません。けど、理事会の方に確認を取ったところ……確かな情報のようです」

 

突然のことに戸惑い始めるみんなを一瞥した後、菜々は小さくその詳細を述べた。

 

 

先日生徒会室の戸を叩き、菜々に再選挙を言い渡してきたのは——————三船栞子という1年生の女生徒。

 

今まで生徒会と関わりがあったわけでもなく、かといって菜々個人の知り合いでもない。本当に突然姿を現した少女だ。

 

……1年生にしては大胆、という感想では済ませられないほどの行動力。加えてこの用意周到さには実際に対面したことがない春馬たちにも、栞子という少女がいかに本気で事に臨んでいるのかを想像させる。

 

「でも、それってチャンスじゃないですか?」

 

「え?」

 

皆がいまいち状況が飲み込めずに悩ましげな顔を見せるなか、かすみが不意につぶやいた。

 

「これを機に生徒会長を降りるのはどうです?そうすればスクールアイドル活動の方に専念できるじゃないですか!」

 

「……それは」

 

「確かにそうよね。あなたは決勝も控えてるんだし、優勝を狙うのならそれが賢明だわ」

 

かすみと果林、2人の言葉を聞いて何かを飲み込むように菜々は口をつぐんでしまう。

 

しばしの沈黙の後、彼女が意を決したように曇り気味の表情を上げたその時、

 

 

 

「————申し訳ありませんが、それは叶いませんよ」

 

扉が開く音と共に、ひどく冷淡な声が部屋に反響した。

 

驚いたように振り返った春馬たちの視線の先に立っていたのは…………落ち着き払った佇まいで部室内にいた彼らに疑念のこもった眼差しを注いでいる少女。

 

そして小さなリボンの髪飾りが特徴的な彼女の他に————廊下の壁に背を預けながら部屋の中を観察している生徒が1人。中からでは顔がよく見えないが、体格からして男子だ。

 

「私が生徒会長になったその時には……このスクールアイドル同好会は存在しないのですから」

 

「……え?」

 

「————あー!!思い出しました!!」

 

少女を見るなり大声を上げたかすみは、きょとんとした顔で立ち尽くしていた春馬たちに向けて早口に語り出す。

 

「三船栞子!三船栞子ですよ!この人!!」

 

「三船、栞子……さん?」

 

「1年生の間じゃけっこう有名なんですよ!冷静沈着で成績優秀、さらにはこの人からアドバイスを受けたおかげで部活動で好成績が出たって人もいて……!何かと話はよく聞きます!」

 

「へえ……すごい人なんだね、三船栞子さん」

 

「……そう何度も名前を口にしないでください」

 

鬱陶しそうに眉根を揉んだ少女を見て、春馬はふと胸の引っかかりに気がつく。

 

「ていうか、君は………………」

 

1ヶ月……いやそれよりも前、付近の廊下で遭遇した出来事を思い出す。1人の女生徒と曲がり角でぶつかってしまい、その人物と一緒に散らばったプリントを拾い集めたという何てことのない記憶。

 

頭の片隅に追いやっていた面影と目の前の彼女————栞子の姿が重なった瞬間、春馬は「あっ」と短い声をこぼした。

 

「改めまして、この度新生徒会長に立候補させていただきました、1年の三船栞子です。……あなたはこの同好会の部長、でしたね」

 

「追風春馬です。……さっき言ったこと、詳しく聞いてもいいかな?」

 

「はい、そのためにここへ足を運んだのですから」

 

軽く咳払いをして緩みかかっていた空気感を結び直した後、不安げな様子で並んでいた同好会の部員たちを正面に捉えながら栞子は言った。

 

「————私は“高校生”という将来のための準備期間において、スクールアイドル活動は無意味であると考えています。故に、私が生徒会長になった暁には……この同好会の廃部を検討するつもりです」

 

「……!?えっ!?」

 

「は、廃部ぅ!?」

 

単刀直入に切り出した栞子の言葉を聞いて、その場にいた全員の顔に動揺の色が混ざった。

 

「しかしご安心ください。皆さんには、その後でそれぞれの適性に合った部活を紹介させていただきますので」

 

「い、いやいやいやいや!!」

 

「ちょっと待ってください!いくらなんでも横暴すぎます!」

 

「前もって伝えておくべきことは以上です。————それでは、失礼します」

 

狼狽える同好会のメンバー達に構わず背を向け、どこまでも冷たい態度のまま栞子は部室から出て行こうとする。

 

「………………!!」

 

廊下へ踏み出す彼女を視線で追っていたその時、視界に映った()()()()()()()に春馬は目を剥く。

 

同時に背筋を駆け上がる強烈な悪寒。

 

廊下の壁に寄りかかりながらこちらのやり取りを眺めていたその人物は————春馬だけじゃなく、タイガ達にとっても因縁浅からぬ者だった。

 

(フィー……ネ…………!?)

 

銀色の髪から覗いた鋭利な双眸が春馬を捉える。

 

その虚ろな瞳からは、底の知れない野心がにじみ出ているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————待って!!」

 

部室棟を出た直後に栞子と別れたのを確認した後、立ち止まっていた少年の背後へそう呼びかける。

 

まるで待ち構えていたかのように至って自然な態度で振り返った彼は、後方から駆けてきた春馬に対して堂々とした調子で言った。

 

「相変わらず腑抜けた面をしているな、ファースト。フォルテは元気でやってるか?」

 

「……フィーネ…………どうしてこの学校に?」

 

「知れたこと。“ダークキラー”であるオレが赴く理由など、一つしか考えられんだろう」

 

そう言ってズボンのポケットに手を収めたフィーネに思わず身構える。

 

虹ヶ咲学園の制服————ネクタイの色は1年生のものだ。……まさか地球に留まるつもりなのか?

 

「……さっきの件も、全部君が仕組んだことなのか?」

 

「いいや?確かに舞台を整えはしたが…………大半はあの女の意思さ」

 

「三船さんが?」

 

「ああ。お前の所属する“スクールアイドル同好会”、とやらを潰すには…………あいつを利用した方が効果的だからな」

 

「同好会を潰すって……他のみんなは関係ないじゃないか!こんな回りくどいことをしなくたって……俺は君から逃げたりしない!狙うなら俺だけにするんだ!!」

 

『いや、違う春馬。……こいつの目的は、()()()()()()()()()()()()()

 

様子を探るように黙り込んでいたタイガの口から飛び出した言葉に、春馬は「え?」と眉をひそめる。

 

余裕げな表情を浮かべながら、フィーネは硬直する春馬を見据えては嘲笑を含んだ物言いで語り始めた。

 

「お前たちが用いる中での最強形態————“トライストリウム”はその性質上、一体化している者たちの精神状態が戦闘における能力を大きく左右する。……お前の心の支えになっている存在が無くなれば、少しは効率的に使命を果たせるかもしれない」

 

『はっ……要は正面から戦っても勝てる見込みがないって白状してるようなもんじゃねえか』

 

「今は感情を押し殺すことしかできない弟と妹を思ってのことだ。ここでオレが決着をつけてもいいが————それではあいつらの成長には繋がらない」

 

「そんなことのために……同好会を巻き添えにするっていうのか?」

 

「……『そんなこと』、か?」

 

刹那、吹雪の最中に置き去りにされたかのような猛烈な寒気が春馬の全身を打った。

 

瞬く間に距離を詰めてきたフィーネは彼の胸ぐらを千切れんばかりに掴み上げ、自分の瞳に宿したナイフのような狂気を突きつけるように顔を引き寄せる。

 

「父から棄てられたお前には永遠に理解することはできないだろう。いずれお前からは“長男”としての立場も、フォルテも取り返してみせる。……せいぜい生まれた意味と同じ無価値な時間を過ごすといい、救いようのない偽りの兄(ファースト)よ」

 

「…………」

 

無造作に春馬の襟から手を離した後、この上なく醜い物を侮蔑するような眼差しを浮かべながらフィーネは踵を返す。

 

 

「…………ちがうよ」

 

少しずつ遠ざかっていく少年の背中。

 

 

「理解できたからこそ……許せないんじゃないか」

 

やがて校舎の中に消え、完全に見えなくなったフィーネの面影を思いながら、春馬は沈んだ声をこぼした。

 

 




油断ならない状況になってきましたね。
フィーネの狙いは三船さんに便乗して同好会を廃部に導くことでした。
春馬に対して凄まじい対抗心を燃やす彼もまた、2章におけるキーパーソンとなる予定です。

新たな試練を前に春馬、そしてせつ菜はどう動くのか……。


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第72話 舞台裏には常に闇


虹のアニメは本当にワクワクさせてくれますね……。文句なしに最高です。


「定期試験、どうだった?」

 

「前回より上がったか?」

 

嬉々としてそう尋ねてくる両親が次に見せる反応は、いつも二通りに分かれる。

 

期待通りであればわかりやすく笑顔を保ち、そぐわなければわかりやすく肩を落とす。それ以外の変化は見たことがない。

 

両親たちが自分に期待しているものが何なのかはわかっている。そのために何をすべきなのかも。

 

…………けれど、それでも自分がやりたかったのは、勉学とは一切関係のないもの。スクールアイドルだ。

 

この気持ちは自制心で抑えられるものではない。もっと奥、心の底から湧いてくる感情が原動力となって現れる熱。

 

 

————では、生徒会長になろうと思ったのは何故だ?

 

今のような立場につこうと考えたのも、結局は両親の意向によるところが大きい。

 

自ら行動し、リーダーシップをとれるような人間に————そんな願いに則って、小学校、中学校と生徒会長を務めてきた。

 

もはやある種の生き方として染み付いたこの役柄も嫌いではない。やりがいも感じるし…………何より、生徒会長でいる内は両親からうるさく言われることもないから。

 

だが、それを降ろされるとなれば……当然話も違ってくる。加えて自分はまだ“優木せつ菜”としてアイドル活動を行っていることを告白していない。

 

 

スクールアイドルはやりたい。そのためには生徒会長であり続けなければならない。

 

三船栞子————話を聞く限り、彼女は本気で選挙に臨もうとしている。恐らくは同好会を廃部にさせるというのも…………脅しではないのだろう。

 

 

今の自分で勝てるだろうか。…………勝って、同好会を————みんなの大切な場所を、守れるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急に呼び出してしまいすみません。……今、お時間よろしかったでしょうか?」

 

「問題ありません。それでお話とは?」

 

昼休みの屋上。他に生徒の姿は見当たらない広々とした空間に2人の生徒会長候補が向かい合っている。

 

緊張した空気が漂う中、菜々は気を紛らわせるようにメガネをかけ直した後、少々上ずった声で言った。

 

「三船さん、あなたは……どうして生徒会長になろうと思ったんですか?……私のこれまでの行いに至らぬ点があれば、この場で教えて欲しいんです」

 

どう返答されるのかは大方検討がついていた。……しかしそれでも、自分の立場を脅かそうとしている彼女自身から発せられる言葉が聞きたい。そんな想いからこぼれた疑問だった。

 

栞子の眉間に僅かながらシワが寄る。

 

彼女は小さく肩を落とした後、ため息交じりに返してきた。

 

「あなたも自覚はしているのでしょう、中川さん。……いや、敢えて“優木”さんとお呼びしましょうか」

 

「……!気づいて…………」

 

「生徒名簿を確認したところ、“優木せつ菜”という生徒の存在は確認できなかったので。……それに、虹ヶ咲の名前を背負ってあれだけ大体的に活動しているのを見れば嫌でも思い当たります」

 

何もかもを見透かしているかのような眼差しを前にして、菜々は気圧されるように半歩後退する。

 

「私は入学してからこれまで、あなたの生徒会長としての働きを見てきました。……そして、あなたにはその資質がないという結論に至りました」

 

「え……?」

 

「あなたの仕事はとても効率的とは言えない。この数ヶ月間……生徒達のためになるような実績を一つでも成し遂げましたか?」

 

栞子が投げかけてきた問いは、菜々自身が知らず知らずの間に心の底へ追いやっていた疑念だった。

 

…………同好会が復活してからというものの、生徒会との両立が以前のようにいかなくなってしまっているのは事実だ。

 

ラブライブに————スクールアイドルに熱を入れすぎていた。……そのツケが、このようなかたちで回ってきたのだろうか。

 

「私が目指すのは、すべての生徒が適性に合った道へ進むことでそれぞれの幸せをつかみ取れるような学園生活。……重要なのは“成功体験”なんです。自信と経験を積み、可能性の芽を伸ばすことで……未来は輝かしいものになるのですから」

 

「スクールアイドルでだって成功体験は積めます!……現に私は、こんなにも満たされて————!」

 

「それがなんの役に立つと言うのです」

 

訴えかけた想いも、情熱も、一瞬で斬り伏せられてしまう言葉。菜々は正面に立っている栞子に、父と母の姿を幻視した。

 

「スクールアイドルなんてくだらない。無駄の象徴です。…………あんなものに入れ込むこと自体、間違っているんですよ」

 

栞子がそう語った瞬間、先ほどまで感じていた冷静さが彼女から消え去った気がした。

 

重い空気がずっしりと肩に乗っている。

 

「…………っ」

 

さらに反論を重ねようと、菜々が口を開いた直後————それを遮るように休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にやるみたいだね、選挙」

 

放課後。皆で部室のテーブルを囲んでいるなか、歩夢が沈んだ声で口にする。

 

三船栞子と中川菜々による生徒会長選挙が正式に発表され……時期的な話題性も相まってか、この知らせはたちまち学校中に広まることとなった。

 

「すみません皆さん、お騒がせしてしまって……」

 

「せっつーが謝るようなことじゃないでしょー!」

 

「そうですよ!……ぐぬぬ、三船栞子…………今に見てろって感じです……!!」

 

「……ごめんなさい、説明もらえるかしら?」

 

「ああ、そういえば……姐さんはあの時いませんでしたもんね」

 

「えっとね、実はかくかくしかじかで……」

 

隣で首を傾けていたステラに向けて、エマが簡潔に現在同好会が置かれている状況を話してくれる。

 

突如として自分たちの前に現れた少女、三船栞子の存在と————新生徒会長の座を賭けた選挙。そしてそこで彼女が勝利した場合のスクールアイドル同好会の処遇について。

 

エマから話を聞き、全てを理解したステラもまた……他の面々と同じように隠しきれない困惑の色を表情に差した。

 

「それはまた…………面倒なことになってるわね」

 

「面倒というよりは…………ピンチ、ですね」

 

「せつ菜先輩?」

 

俯いたまま呟いた菜々に視線が集まる。

 

彼女は席を立つと、テーブルを囲んでいる部員たちを見渡しながら静かに言った。

 

「お昼休みに三船さんと話したんです。彼女は私の在り方に疑問を感じて、生徒会長に立候補したと言っていました。……そしてそれは、私自身にも少しだけ心当たりはあるんです」

 

「そんな……。せつ菜さんはこれまで、同好会と生徒会を頑張って両立させてきたのに……」

 

「ありがとうございます。……けど、三船さんにはそうは見えていなかったようです」

 

春馬の言葉に首を振りつつ、菜々は顔を上げる。

 

「このような事態になったのは私の責任です。……しばらくの間、同好会での活動は控えます」

 

「え?」

 

「選挙の方に専念したいんです。私にとっても、皆さんにとっても大切な…………この場所を守るために」

 

そう言って寂しそうに笑った彼女は踵を返し、ゆっくりと出口の方へと歩いていく。

 

「せつ菜ちゃん、ちょっと————!」

 

咄嗟に椅子から立ち上がり手を伸ばす歩夢。

 

彼女の呼びかけを受け取るように微笑んだ後、菜々は何も言わずに扉の向こう側へ消えていった。

 

 

 

 

 

「え?転入生ですか?」

 

「うん。1年生の中でそういう話題はなかった?」

 

歩夢、かすみと横並びで帰路を歩き進めながら、春馬は恐る恐るそう問いかける。

 

尋ねられたかすみは額に手を添えて数秒唸った後、思い出したように「そういえば」と声を上げながら春馬の方へ顔を向けた。

 

「海外から引っ越してきたっていう男の子が……つい先日。たしか三船栞子と同じクラスだった気がします」

 

「……!…………そうなんだ」

 

「それがどうかしたの?」

 

どこか思いつめているような表情を見せた春馬の横顔を歩夢が心配そうに覗き込む。

 

栞子の協力者————フィーネの存在は……少々強引ではあるものの、周囲にいる者たちに自然に受け入れられるようなかたちで認知されていた。

 

…………歩夢とかすみには話しておくべきなのだろうか。フィーネという少年は自分を葬るためにやってきた存在であり、今回の一件においても裏で暗躍しているということを。

 

しかし彼女達に打ち明けたところで何が変わるわけでもない。向こうの最終的な目的が「ウルトラマンを始末すること」だけというのなら、直接的な関わりのない2人にむやみやたらと不安に思わせるような情報を伝えるのは控えるべきか。

 

「ううん、ちょっと気になっただけ」

 

そう場を流しながら、春馬は頭の中で深く思考を巡らせる。

 

スクールアイドルを好きになって、同好会に入って、順調にイベントもこなしてきて、ラブライブという大きな舞台にもみんなは登壇した。

 

全てが上手くいっていると思っていた。…………だけど、ここにきて予想もしていなかった方向から待ったがかけられている。

 

せつ菜は1人で抱え込んでしまっているようだが、当然これは彼女だけの問題ではない。……同好会のメンバーである歩夢たちはもちろん、部長である自分だって、いの一番に打開する策を考えるべきなんだ。

 

ましてや今回は、“ダークキラー”であるフィーネも絡んでいる。このまま傍観しているわけにはいかない。

 

(問題の中心にいるのは三船さんだ。……まずは彼女のことを把握しないと)

 

「スクールアイドルは無意味」————そう語った栞子からは、論理的というよりは個人的な感情が浮き出ているように思えた。

 

彼女がスクールアイドルを排斥しようとしていることには、きっと語られたものとは別の理由もあるはずだ。

 

まずは三船栞子という人間の本質を理解するのが……何より先決すべき事柄だろう。

 

 

◉◉◉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————もうすぐだ」

 

ステンドグラスを介した虹色の光に濡れる一室。

 

瞑っていた瞼を開け、虚空を映した瞳を覗かせながら男は口角をつり上げる。

 

その中に宿るのは狂気の炎。取り込んだ“欠片”に触れるように自らの胸へ指先を押し当てた男は、恍惚とした表情を滲ませてた。

 

 

『貴様は己の目的を果たしつつあるようだな』

 

何もない周囲を跳ね回るようにして聞こえた荘厳な声音が耳朶に触れる。

 

「おかげさまでね。……君の方は少し手こずっているようだが」

 

姿の見えないビジネスパートナーに向けてそう発した後、男は椅子から立ち上がると背後のステンドグラスへ身体を向けた。

 

「余計な口を挟むようで悪いが、協力者としてひとつ忠告させてもらおう。……()()()()()()()()()()()()。瓦解する寸前まできてしまっている」

 

『………………その根拠は?』

 

「フィーネくんの有り様を見てればわかるだろう。あの兄弟はもう君が望んでいたものにはなれない。1人分の欠けが生じた時点で、すでに手遅れだったんだよ」

 

返答はない。相変わらず強大な闇の気配だけを漂わせながら、“それ”は無言で男の言葉を聞いている。

 

「『絆を以て絆を制す』……とても面白い発想ではあったのだがね、あの子達は少々()()()()()。敵である少年の影響をもろに受けてしまうほどに」

 

『そうか。だが許容範囲だ。もとより我は、彼奴らに期待など寄せてはいなかったからな』

 

「へえ?……いざとなれば全て1人で片付けるつもりでいたわけだ。素晴らしい、その歪んだ“作り物の絆”。やはり君と行動を共にして正解だった」

 

ガラスに描かれた偶像へ両手を伸ばしながら、男は眼を大きく見開く。

 

「では早々に処分を?」

 

『今は好きにさせておけ。木偶ならば木偶で、まだ使い道は残っている。……今のところは、だがな』

 

その言葉を最後に巨大な気配が遠のいていく。

 

独りきりになった部屋の中で、男は息をつきながら敵対している光の戦士たちへと思いを馳せた。

 

 

「まったく不思議なものだな。誰も彼も間違った結論を選びたがる。————やはり示さなければ。私が……“究極の混沌”をこの身で実現し、証明しなければ……ッ!!」

 

男の中から泥のような光が溢れ、胎動する。

 

光と呼ぶにはあまりに禍々しく、闇と呼ぶにはあまりに神々しいその輝きは…………男が心に孕んでいる虚無の世界を体現しているかのようだった。

 

 

「君もそう思うだろう?————なあ、“グリムド”」

 




今作はスクスタを基盤にしつつオリジナルをメインに進めているので、アニメの設定と比べると少し齟齬を感じる部分があるかもしれません。

……さて、何やら敵サイドの情勢にも変化が訪れた様子。徐々に私情を交えるようになったフィーネの運命やいかに()

そして最後にトレギアが発した謎の言葉。
全容が明かされるのは終盤クライマックスですが、前作にあたる"メビライブ"を読んだことのある方は奴が目指しているものが何であるのか察しがつくかもしれません。


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第73話 野心は絶えず


次回のゼットがまさかの「2020年の挑戦」オマージュ回で驚愕してる作者です。


————『どう?すごいでしょ!スクールアイドル!』

 

 

懐かしい記憶が不意に脳裏をよぎる。

 

尊敬していた人がまだ輝いて見えた頃の記憶。

 

 

「…………姉さん」

 

自然とため息交じりの声がこぼれる。

 

風の吹いていない屋上から、三船栞子は1人賑やかな校庭をぼんやりとした眼で見つめていた。

 

 

「お前にも兄弟がいるのか?」

 

思いがけず背後から投げかけられた問いに反応し、栞子は咄嗟に振り返る。

 

ネクタイは緩み、着崩された制服がラフな印象を抱かせる目つきの悪い銀髪の少年。

 

普段はどこか近づき難い雰囲気を漂わせている彼だが、不思議と今はそのような壁を感じない。

 

「フィーネさん……いつからそこに?」

 

「たった今だ。放課後の任務について確認したいことがあってな」

 

「にん……?——ああ、ボランティアのことですか」

 

「それで、お前にも兄弟がいるのか?」

 

少ないやり取りの後、隣で立ち止まったフィーネがじっと自分を見つめながら尋ねてくる。

 

やけに真剣な眼差しに戸惑いながらも、栞子は飲み込みかけていた言葉を吐き出した。

 

「姉が1人。……『お前にも』ということは、フィーネさんにも?」

 

「弟と……妹が2人」

 

「まあ。ではあなたが1番上のお兄さんなんですね」

 

直後、妙な沈黙が2人の間に流れた。

 

聞き返した質問に答えようとしないまま視線を外し、虚ろな瞳で眼下に広がる景色を眺めているフィーネに栞子は首を傾ける。

 

「フィーネさん?」

 

「……どうだろうな」

 

そう遅れ気味に発せられた返答は、明らかに話を別の方向へ逸らすような意図が含まれていた。

 

要領を得ない言動を見せられて困惑している栞子に対し、フィーネは再び向き直りながら口を開く。

 

「オレのことはどうでもいい。今日の放課後、集合場所は昇降口前でいいんだな?」

 

「ええ。すみません、付き合わせてしまって」

 

「構わない。これも必要なことなのだろう」

 

「はい。正式に生徒会長として就任する前に、普段の活動をある程度把握しておきたいので————」

 

「話は終わりだ」

 

栞子の言葉を遮るように冷たく切り上げたフィーネが背中を向け、静かな足音と共に階段を降りて姿を消す。

 

直後に強く吹き抜ける風。

 

不安定な様子を見せたフィーネに引っかかりを覚えながら、やがて鳴り響いたチャイムに背中を押されるように、栞子もまたその場から去っていった。

 

 

◉◉◉

 

 

お台場にある広大な公園。

 

のびのびとした空間の中で駆け回ってるのは…………エネルギーに満ち溢れた笑顔を振り撒いている幼児達。

 

「あちゃあ、捕まっちゃったかぁ」

 

「次お兄ちゃんが鬼ねー!」

 

「ようし!じゃあ30秒数えてるうちに逃げて!……あっ、公園の外には出ないようにね!」

 

小さな子供に混ざって鬼ごっこに勤しむ春馬。彼以外にも虹ヶ咲の制服に身を包んだ生徒の姿が見られ、その誰もが公園内にいる子供達と共に楽しげな時間を過ごしているようだった。

 

「ふふっ、なんだかハルくんも子供みたい」

 

「あっという間に打ち解けましたね。……歩夢さんもありがとうございます。皆さんがこのボランティアに参加してくれて、本当に助かりました」

 

「ううん、私はこういう雰囲気すきだよ」

 

芝生を駆ける春馬と幼児たちの姿を眺めながら、歩夢と菜々は綻ぶように笑う。

 

地域に住む子供たちとの交流を目的としたボランティアイベント。生徒会が中心となって、集まったニジガクの生徒たちでそれに参加するという話が少し前から出ていた。

 

しかし想定していたよりも手を挙げる生徒は少なく、困っていたせつ菜————もとい生徒会長(菜々)を助ける意図でスクールアイドル同好会の面々も飛び入りで同行することになったのだ。

 

「そういえば……選挙の方は大丈夫?何かあったら遠慮せずに相談してね。力になるから」

 

「ありがとうございます。……そんなに心配しないでください。私はこれからも、やるべきことをこなしていくつもりですから」

 

そう口にしながら菜々が見せた無理やり気味な笑いが歩夢の心にあった不安をより大きくさせる。

 

新しい生徒会長が決まる選挙の日が近づこうとも、もともと予定していた仕事のスケジュールは変わらない。このイベントもその一環だ。

 

たとえ仮に自分が今の地位を降ろされることになったとしても、その瞬間が訪れるまでは自分は生徒会長である。三船栞子からの宣戦布告を受けてからというもの、菜々の中にはそのような覚悟がメラメラと燃えているように思えた。

 

 

「お姉ちゃん、これあげる!」

 

「わあ、綺麗な冠ですね。ありがとうございます」

 

ふと傍らから聞こえた会話に反応し、歩夢と菜々は揃って横へ意識を移す。

 

女の子が花で編んだ冠を快く受け取り、にこやかにそれを自ら頭へ乗せる少女が視界に映る。

 

「あ…………」

 

目を丸くさせて自分を見つめる歩夢と菜々に気がついた彼女は、どこか気まずそうに口元を引きつらせながら畳んでいた膝を伸ばすと、2人に向けて咳払いと共に言い放った。

 

「何か言いたげな顔ですね」

 

「み、三船さん……あなたも参加していたんですね」

 

「未来の生徒会長として当然のことです」

 

初対面の時では考えられないギャップを見せた栞子に戸惑いつつも、菜々は気さくな対応をしようと歩み寄る。

 

「さすがです。……どこまでも本気なんですね」

 

「常に他の生徒達にとって模範となる行動をとるべきですからね。このような地域イベントだって、軽んじるわけにはいきません」

 

子供と触れ合っている時とは一変、校内で見せるような堅い調子で語る彼女に思わず苦笑してしまう。

 

ただ単に真面目、という言葉では片付けられない。やはり栞子の言動からは、彼女自身の力強い芯が伝わってくる。

 

……自分ではこうはいかない。

 

栞子の姿勢に感嘆すると同時に、菜々は自分にはないものを持つ彼女に対する複雑な感情を募らせていた。

 

 

「——あっ!歩夢ちゃんだ!」

 

「え?」

 

不意に飛んできた呼びかけに、その場にいた3人が反射的に振り向く。

 

小さな四肢を目一杯に振って駆け寄ってきた1人の女の子は、佇んでいた歩夢をキラキラと輝かせた瞳で見上げると、興奮した様子で言った。

 

「歩夢ちゃんでしょ!?」

 

「う、うん……。私のこと知ってるの?」

 

「うん!ラブライブに出てたよね!?ねえ、一緒に遊ぼ!」

 

「わわっ」

 

女の子に手を引かれ、子供たちの輪に連れて行かれる歩夢の背中を見送りながら、栞子は不思議そうな顔で口を開く。

 

「あの人……上原歩夢さんは、著名人なのですね」

 

「スクールアイドル全体で見れば、私達の知名度はまだまだ低いですけど……それでも、名前を覚えていてくれる人は結構いるものですよ」

 

「そうなのですか?……凄いですね。子供たちがあんなに楽しそうに……」

 

子供たちと一緒に歌を奏でる歩夢の姿を遠目で眺めた後、どこかもの哀しげな表情で栞子は言う。

 

「……もったいないです。他にたくさんの才能を秘めていそうなのに、スクールアイドルをしているなんて……」

 

「……以前から聞こうと思っていたのですが」

 

何かを覆い隠すように発せられた言葉の羅列を耳にして、菜々の中でまたも疑問が浮上してくる。

 

「三船さんは……どうしてスクールアイドルを敵視するんですか?」

 

「別に敵視しているわけではありません。前も述べた通り、学生として無駄な活動であると考えているだけです」

 

単刀直入な菜々の問いかけに、あくまで冷淡な答えを返してみせる栞子。

 

端的な物言いであるはずなのに、その言葉はどこか遠回しにも感じる。

 

「栞子おねえちゃーん!こっち来てー!」

 

「はい、今行きますよ。————ここで議論するつもりはありませんので。あなたもイベントが終わるまで生徒会長としての仕事を全うして、子供達と楽しく過ごしてください」

 

そう言って踵を返し、徐々に遠ざかっていく彼女の姿を見つめながら、菜々は疑念から眉をひそめた。

 

……彼女は何かを隠している。

 

栞子がスクールアイドル同好会を廃部にしようとする動機は……彼女が口にしたこととは別に、複雑な事情が存在する。そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁい!もっかいやって!もっかい!」

 

「いいだろう。全員まとめて引き上げてやる」

 

「きゃはははは!すごいすごい!」

 

 

「………………」

 

1人の高校生が小さな子供達を両腕にぶら下げ、筋力による空中ブランコで彼らを楽しませている。

 

側から見れば微笑ましい光景のはずだったが、それを目撃した春馬は驚愕のあまり間の抜けた表情で言葉を失っていた。

 

「そら、向こうで何やら他の小僧どもが走り回っているぞ。お前達も混ざってくるといい」

 

「あっ!鬼ごっこ!」

 

「僕もやるー!」

 

「おっと……」

 

自分の真横を通り過ぎて芝生の上へ飛び出していく子供達を一瞥した後、春馬は困惑した様子でその高校生————フィーネの方へ視線を戻す。

 

「君も……参加してたんだね」

 

「栞子の付き添いだ。同じ志を持つ者として、オレはあの女の行く末を見届ける必要があるからな」

 

「それにしたって意外だよ」

 

こちらに目線を合わせようとしないまま公園内の風景を眺めるフィーネの横顔を見て、春馬の警戒心が自然とほぐれていく。

 

「子供が好きなの?」

 

「愛好も嫌悪もない。若輩の扱いに慣れてるだけだ。……それとも何か?お前は幼童が嫌いか?どうなんだ“ファースト”?」

 

「ううん、好きだよ。でもこういう機会はあまりないから…………ちょっと体力使うかも」

 

「ハッ……だらしがないな。やはりお前は“長男”に相応しくない」

 

『そればっかだなお前』

 

春馬の肩から顔を出したタイガを睨んだ後、フィーネは余裕げな笑みを含みながら語りを続けた。

 

「意外に思うようなことは何もない。今この場で争う必要性がない以上、こうして戯れに付き合うこともある」

 

「……じゃあやっぱり、最後には俺達と戦うつもりなんだね」

 

「当たり前だ」

 

フィーネの眼差しが一層鋭いものへと変わる。

 

「たとえお前がこの場にいる人間どもの希望であったとしても、オレは躊躇なくお前を殺す。それがオレに与えられた使命……オレの存在意義だからだ」

 

足を踏み出し、春馬の横を通り過ぎながら彼は低い声で言い放つ。

 

「お前も覚悟はできているのだろう。……オレ達に打ち砕かれるその時まで、決して忘れるな」

 

その場を去り、再び子供たちが駆け回る和気藹々とした空間へ歩いていくフィーネの後ろ姿を捉えながら、春馬は思う。

 

彼にはこの地球や、そこに住む人々を脅かそうする意思はない。ただひたすらに“ウルトラマン”へ……そして“ファースト”へ敵意を向けるだけの存在。

 

どこまでも停止した思考。……にもかかわらず、やはり彼の言葉の節々からは内に潜めた叫びのようなものを感じるのだ。

 

 

(……“長男”、か)

 

フィーネが口にした単語を頭の中で復唱する。

 

ウルトラマンを滅ぼすということ以外に、彼が長男という立場にこだわるのは…………本当に「与えられた使命」だからなのか。

 

初めて出会ったあの時から、春馬は疑問を抱かずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、良い日和だね」

 

海がよく見える堤防で白黒の奇妙な衣服をなびかせながら、男は閉じていた瞼をゆっくりと開けて片手を掲げる。

 

「水を差すようで申し訳ないが…………ここらで()()()させてもらうよ」

 

その手に握られているのは、ただならぬ空気を発している1個の指輪。

 

男がそれにもう一方の手をかざした直後、内部に秘められたものが目覚めるように周囲に()()がほとばしる。

 

「私がもっと面白くしてあげるよ。……だから君達も、もっと私を楽しませておくれ」

 

刹那、東京湾のど真ん中に突如として生じる落雷。

 

凄まじい衝撃と騒音が拡散し、打ち上げられた水柱の高さが徐々に失われた——————その時、

 

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!!!」

 

甲高い奇声と共に、大蛇のような巨影が姿を現した。

 

 

「開演のベルを鳴らせ————“EXエレキング”」

 




フィーネとの関係がさらに複雑になっていく……。
三船さん周りの話はかなりオリジナル要素多めになりそうです。

そして今回登場した怪獣は…………その外見のインパクトから印象に残っている方も多いと思われるEXエレキング。完全に思いつきです、はい。

現れた脅威を前にした春馬達は……。

では次回をお楽しみに。


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第74話 エレクトリック・デスティニー


本日も虹アニメに備えて早めの投稿です。

それはさておき次回のゼット…………まさかの客演ですね。


「姉さん!待って姉さん!」

 

遠ざかっていく姉の背中を追って、息を切らしながら必死に呼びかける自分がいる。

 

「おお、栞子。見送りに来てくれたの?」

 

「…………どうして?」

 

まるで危機感のない様子で返してきた姉に、心の底から湧いてきた不安と疑問をぶつける。

 

彼女は相変わらず笑みを絶やさないまま、「あんたにもわかる時がくるよ」とだけ口にした後…………未練など何もないと言わんばかりに家の敷居をくぐり、その場を去ってしまった。

 

残されたのは膨れ上がった疑念のみ。

 

怒りにも似た感情を抱きながら立ち尽くしていると、次に浮かんでくるのは“スクールアイドル”に対する嫌悪感。

 

 

跡継ぎとしての地位を始め、全てを失った姉が見せた表情は——————最後まで穏やかなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああー!!三船栞子!!」

 

唐突に投げかけられた礼節の欠片もない呼び声に肩を揺らした後、栞子は細めた眼で背後を見やる。

 

「いきなり人を呼び捨てとは、感心しませんね」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

そこに立っていたのは幼い子供を肩車で担いでいる少女。

 

自分と同じく虹ヶ咲学園の制服に身を包んだ彼女————中須かすみに対して冷たく言い放った後、栞子はその付近で幼児たちと戯れているスクールアイドル同好会の面々に視線を這わせた。

 

「あなた方も来ていたんですね」

 

「せつ……じゃなかった。菜々先輩が人手が足りてないって言うから、みんなで来たの」

 

「そうですか」

 

「あれ?三船さん?」

 

かすみとのやり取りを交わしていた最中、こちらに気づいたもう1人の女生徒が駆け寄ってくる。

 

桜坂しずく、そして天王寺璃奈。役者として、技術者として、それぞれ得難い才能を有しているにもかかわらずスクールアイドル同好会に身を置いている者たち。

 

花で編まれた冠をいくつか頭に乗せた栞子を見るなり、しずくは意外そうな顔を浮かべては尋ねてきた。

 

「それ……子供たちから貰ったんですか?」

 

「ええ……まあ」

 

「すごく素敵」

 

「むっ……なんかいいな。りな子、しず子、私達も作ろ!」

 

「もう、すぐ張り合おうとする」

 

少しだけ緊張した空気が流れたのも束の間。その場にしゃがみ辺りに生えていた花を摘み始めたかすみに続いてしずくと璃奈も膝を曲げる。

 

「……三船さんはやらないの?」

 

「え?」

 

ふと飛ばされた璃奈の問いかけに、思わず戸惑いの声がこぼれた。

 

「お姉ちゃん達、冠作ってるの?」

 

「私もおっきいの作るー!」

 

周囲で遊んでいた子供達も次々と惹かれるように集まってくるのを見て、栞子は小さく息をつく。

 

……ここは火花を散らす場所ではない。目の前にいる彼女達がスクールアイドル同好会の人間であったとしても、今は自分と同じくボランティアの参加者。それ以外の先入観は捨て置くべきだろう。

 

「では、失礼します」

 

考え込むように黙り込んだ後、意を決したように栞子もかすみ達の付近でしゃがみ込む。

 

賑やかな雰囲気に包まれる中、目に留まった花へと手を伸ばそうとしたその時——————

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!!!」

 

遠方から解き放たれた突き破るような高音が、空気を揺れ動かした。

 

 

◉◉◉

 

 

「キャアアアーーーーーー!!!!」

 

「か、怪獣っ!!」

 

蜘蛛の子を散らしたようにその場から逃げ出していく人々の波に逆らいながら、突然姿を現しては海が広がる方向から迫りくる巨大な存在を春馬は呆然とした顔で見つめる。

 

『なんだあれ……?エレキングみたいだけど……身体の形状が普通じゃないぞ……!?』

 

『以前現れたゴモラのように、戦闘用に改造されているようだな』

 

「こんな時に怪獣が出てくるなんて……。——まさか……っ!!」

 

「オレではないぞ」

 

「うわぁ!?」

 

瞬間的によぎった人物を探そうと振り返った直後、音もなく眼前までやってきた本人と視線が重なる。

 

取り乱す春馬とは逆に落ち着き払った様子で遠くに見えた蛇のような怪獣を視界に入れた後、その少年——フィーネは不愉快だと言わんばかりに舌打ちした。

 

「……トレギアの仕業だな。ペテン野郎が……一体なんのつもりだ?」

 

「君が呼び出したんじゃないのか?」

 

「そうだと言っているだろ」

 

わかりやすく怒気のこもった調子で吐き捨てたフィーネは思考するように静止すると、眼球だけを動かしては周囲を見渡し始めた。

 

「ファースト、栞子は見かけなかったか?」

 

「え?見てないけど……」

 

「チッ……どこまでも無能な奴だ」

 

「なっ……!?急になにさ!?」

 

前触れもなく浴びせられた罵倒に困惑する春馬を尻目に、フィーネは銀色の頭髪を揺らしながら身を翻す。

 

「オレはあいつを回収した後でさっさと離脱させてもらうぞ。面倒事に巻き込まれるのは御免だ」

 

「ちょっ……!逃げるくらいならその前に避難誘導くらいは手伝ってよ!!」

 

「ハッ……誰が。言っただろう、オレは地球人が好きでも嫌いでもない。故に()()()()()()。今この場で安全を確保すべきなのは栞子だけだ。お前はトレギアと楽しく人形遊びでもしていろ」

 

背中を向けながら突き放すような捨て台詞を言い放った後、人間離れした脚力を用いて瞬時にその場から走り去るフィーネ。

 

「ぐ……ぬぬぬぬ…………!!」

 

『おい春馬!今はとにかくアレを押さえ込まないと!』

 

「わかってるよ!」

 

《カモン!》

 

タイガスパークを起動しつつ、傍らにあった遊具の物陰に身を隠しながら腰に下げていたホルダーから銀色のアクセサリーを手に取る。

 

「あいつを街に近づけちゃダメだ!タイタス、君のパワーで海に押し戻すよ!」

 

『承知した!』

 

「ようし!————バディゴーッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『————フゥンッ!!』

 

上空から飛来した巨拳による重量攻撃が半透明の体表に突き刺さり、バランスを崩した縦長の肉体がコンクリートの地面へと叩きつけられる。

 

「◼︎◼︎」

 

しかし倒れ伏して間もなく渦を描くように身体をうねらせ、瞬時に体勢を立て直した怪獣————EXエレキングは瞳の代わりに生えた三日月状の角を突きつけて威嚇してきた。

 

(うわぁ……なんか不気味)

 

『奴の放出する電撃に気をつけて、慎重に対処するぞ』

 

(了解!——のわっ!?)

 

不意を突くように発生した電流が目の前で炸裂し、咄嗟に半歩後退する。

 

(そうは言っても近づき辛いなぁ!)

 

『ふむ……ではこうしよう!——星の一閃!“アストロビーム”!!』

 

(おお!?)

 

額の星形から一直線に伸びた黄色の光線がエレキングの頭部に直撃。ひるんだ隙を狙って少しずつ距離を縮め、背後にある東京湾への押し出しを図る。

 

(すごいすごい!いけるよこれは!!)

 

『ハッハッハ!筋肉しか取り柄がないと思ったら大間違いだぞ!』

 

なかなか地味な作業に見えるが、街の被害を抑えるための細心の注意を払う必要がある。気を抜くことは許されない。

 

少しずつ、少しずつ、確実に奴を海へ突き落とそうとするタイタス。

 

(あと少し……!)

 

『ああ!このまま一気に————!!』

 

やがて目標の場所がすぐそこまで迫った、その時、

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーー!!」

 

EXエレキングの姿が、光線の射線上から消失した。

 

『(…………ッ!?)』

 

盛大に水しぶきを上げ、自ら海に全身を潜り込ませたエレキングは……瞬く間に春馬とタイタスの死角へと退避してしまう。

 

(しまった……!こっちが本領か!)

 

『警戒しろ春馬!』

 

タイタスもまた海へ足を踏み入れ、周囲に気を張りながら注意深く目視で奴の影を探る。

 

先ほどまでけたたましい咆哮を散らしていたエレキングは、姿どころか波一つ立てることなくこちらの隙を窺っているようだった。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーッ!!」

 

刹那、ロケットの如き勢いに乗って現れた奴の尾が容赦なくタイタスの脇腹へ迫る。

 

(ぐ……う……っ!!)

 

防御が間に合わないまま強烈な打撃を受けてしまい、筋骨隆々な巨人の身体は軽々と建造物が並ぶ陸へと吹き飛ばされてしまった。

 

受け身をとる暇もなく転倒したタイタスが建物と衝突し、辺り一面に瓦礫の雨を降らせる。

 

『くっ……!なかなかに手強い……!!』

 

(海の中に逃げられちゃ戦いにくいし……かといってわざわざ人のいる陸に上げることもできない。ぐぅ、どうすれば……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チィ……!何をモタモタしているんだ奴らは!!」

 

上手く地形を利用して攻撃してくるEXエレキングに苦戦を強いられているウルトラマンの姿を睨みながら、フィーネは逃げ惑う人々の中に栞子の姿がないか視線を飛ばす。

 

ボランティアに参加していた子供や同伴者の他にも一般人が混ざっている。

 

制服を身につけている人間だけを捉えて——————

 

「きゃああああっ!?」

 

「……!間抜けが……ッ!!」

 

思いがけず鼓膜を揺らした悲鳴をいち早く察知し、フィーネは反射的に地面を蹴り上げてその場から跳躍。

 

降り注ぐ瓦礫の下敷きになろうとしていた少女をすんでのところで抱きかかえると、そのまま安全地帯を目指して疾走。

 

呆気にとられた表情を浮かべている彼女を、戦場から50メートルほど離れた場所にゆっくりと下ろした。

 

「栞子————ではないか」

 

「え……?……あ、ありがとうございます……助けてくれて……」

 

命の危機を脱した安堵からか、それとも残滓する恐怖からか、震えた足腰で必死に立とうとしている制服姿の少女。

 

短く切り揃えられた髪の毛に間の抜けた顔つき。把握はしている。確かスクールアイドル同好会の…………中須かすみとかいう女だ。

 

「お前、虹ヶ咲の人間だな。三船栞子がどこにいるのか……知っているなら教えろ」

 

「三船さんですか?……ハッ!そういえば……!」

 

「どこだ?」

 

「うぅ……わからないです。さっきまでみんなと一緒にいたんですけど、はぐれちゃったみたいで……」

 

「チッ……どいつもこいつも……」

 

「あっ!ちょっ……そっちは危ないですよ!?」

 

制止しようと手を伸ばしてきたかすみには目もくれず、フィーネは巨人と怪獣が激闘を繰り広げている方向へ走り出しては依然姿が見えない栞子の捜索を再開する。

 

「せっかく見つけた()()()なんだ。……こんなところで死なせはしない」

 

自然と頬を伝う冷たい汗。

 

フィーネ自身にも原因のわからない胸騒ぎが、彼の中で渦巻いていた。

 

 

◉◉◉

 

 

「向こうです皆さん!早く避難を————きゃあっ!?」

 

すぐそばに落下した瓦礫の破片と共に拡散した風圧を全身に受け、菜々は思わず仰け反ると同時に避難誘導のために掲げていた腕を下ろしてしまう。

 

「逃げ遅れた人は…………」

 

尻餅をつきかけていた身体に鞭を打ち、駆け出しながら周辺に人影がないかを確認。

 

公園の中には誰もいない。そう胸を撫で下ろし、自分もその場から立ち去ろうと踵を返した直後、

 

「うぅ……痛い……痛いよぉ……!」

 

微かに聞こえた子供の声が、菜々の足を縫い止めた。

 

 

「————大丈夫ですか!?」

 

声が聞こえたのは端の方に設置されていた公衆トイレの前。

 

横たわる女の子と、その横で青ざめた顔を浮かべながら声をかけている制服姿の少女。

 

2人のもとに駆け寄った菜々は、ただならぬ気配を察知すると共に瞬時に彼女達が置かれている状況を理解した。

 

「三船さん!?……その子は…………」

 

「足を捻ってしまったみたいなんです!……早く抱えてここから離れないと————!」

 

「……!危ないっ!!」

 

刹那、再び雨のように飛来した瓦礫の一粒が菜々達の真上に迫る。

 

栞子と菜々はすぐさま女の子を抱きかかえると、目の前にあった最も手近な退避場所————公衆トイレへと身を投げた。

 

 

直後に炸裂する質量爆弾。

 

瓦礫によって半壊した小さな建造物には…………もはや出口と呼べるようなものは無くなっていた。

 

 




フィーネお兄ちゃん、けっこう三船さんに執着してますね。
今後は彼らの関係性がどう変化していくのかにも注目していただきたいです。

公衆トイレに閉じ込められた中川さん達は無事に帰還できるのでしょうか…………。


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第75話 譲れない想い

愛さん半端ない!!!!
いやあ4話もよかったですね、アニメ……。

次回のエマ回、早くも涙腺にきそうなサブタイトルで今から楽しみです。


「——ん…………」

 

飛びかけていた意識が徐々に戻ってくるのを感じる。

 

ぐらぐらと定まらない焦点をゆっくりと正した後、中川菜々はメガネの位置を直しながら周囲の状況を確認した。

 

「……!三船さん!大丈夫ですか、三船さん!?」

 

「…………う」

 

助けた女の子を抱きながら意識を失っていた栞子の瞼が開かれ、彼女もまた虚ろな眼差しのまま起き上がっては辺りを見渡し始める。

 

少し遅れて彼女の傍らで目を覚ました女の子は怯えきった様子で菜々と栞子を交互に見つめると、凍えてしまったかのように小刻みに身体を震わせた。

 

「どうやら……なんとか瓦礫から逃れることができたみたいですね」

 

「……あまり手放しで喜べる状況ではありませんがね」

 

そう言って振り返った栞子の視線の先にある光景を見て、菜々は青くなった顔で絶句する。

 

自分たちが今いる公衆トイレ————その出入り口周辺が瓦礫によって倒壊し、完全に塞がれてしまっているのだ。

 

「っ………………」

 

慌てて周りに視線を向けて出口に使えそうな窓の類がないか確認するが、どこを視界に入れてもそれらしきものは見当たらない。

 

自分達が完全に閉じ込められてしまったという事実を突きつけられ、危機感からどっと汗が流れ出てくる。

 

「ぅ……足、痛い…………」

 

「大丈夫、大丈夫ですからね」

 

密室空間の中で少女達の声が反響する。

 

捻挫してしまったであろう足首に手を添えながら涙を溢れさせている女の子を励ましつつも、栞子の内心は恐怖と焦燥で染められていた。

 

 

◉◉◉

 

 

《ウルトラマンタイガ!フォトンアース!!》

 

虚空から現れた黄金の鎧を装着し、光の巨人はEXエレキングに対して幾度目かの特攻をしかける。

 

海に潜伏しながらこちらの隙を見定め打撃、あるいは電撃を浴びせてくる敵の戦法は……先ほどから全く変わる気配がない。そろそろ動きを先読みできてもいい頃合いだが————驚くべきことに、奴は未だ悉く不意をついてくる。

 

(くっ……!)

 

ウルトラマンは持久戦に弱い。少しでも削がれる体力を減らすために防御力が秀でているフォトンアースにタイプチェンジしたのはいいが…………やはり相手を捉える術がなければ先に力尽きるのは自分達だ。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーー!!」

 

『ふっ……!』

 

電流を全身にまとわせながらのタックルを真正面から受け止める。

 

そろそろカラータイマーが鳴り始める頃だろう。なのに自分達はまだエレキングの動きを止められないでいる。

 

(ほんの一瞬でいい……!こいつの動きを捉えて…………渾身の一撃を叩き込めれば————!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰か!誰か近くにいませんか!?聞こえていたら返事をお願いします!!」

 

狭苦しい空間の中に立ち、菜々は全力でSOSを叫ぶ。しかし当然返答はない。

 

外から伝わってくるのはウルトラマンと怪獣による戦闘音と地震のような振動のみ。

 

他の人間は既に避難を完了している。周りにはもう誰一人としていない。……そんなことはとっくに理解していたはずなのに。

 

「私達……もう帰れないの……?」

 

「……いいえ、大丈夫ですよ。ウルトラマンが怪獣を倒してくれれば……きっとすぐに助けがやってきます」

 

「本当……?」

 

「ええ」

 

隅の方で縮こまりながらカタカタと震えている女の子に微笑みかける菜々だったが、彼女の内心も穏やかとはいかなかった。

 

少女を安心させるために口にした言葉は嘘ではない。……が、自分達のいるこの公衆トイレが戦闘に巻き込まれて潰されてしまわないという保証はどこにもないのだ。

 

「足、大丈夫ですか?」

 

不安げに尋ねてきた栞子に涙目になりながら首を振る女の子。相当な痛みが続いているようで、先ほどから捻挫した右足だけを動かすことのないようピンと伸ばしている。

 

今はただ時間が過ぎ、救助が来ると信じて待つことしかできない。

 

立て続けに鳴り響く轟音に怯えながらも、女の子を安心させるようにその両脇へ栞子と菜々は腰を下ろす。

 

10秒がとてつもなく長い。

 

無限にも感じる時間の中で、なんとか気を紛らわせようと再度辺りを見渡した菜々は————ふと思い出したように隣の少女へ声をかけた。

 

「そういえば……あなた、さっき歩夢さんと遊んでいた子ですよね?」

 

きょとん、と首を傾けた後、ゆっくりと頷いた少女に思わず笑顔がにじんでしまう。今目の前に座っているのは、確かに先ほど公園で歩夢に声をかけた女の子だった。

 

「スクールアイドルが好きなんですか?」

 

「うん、大好き。最近は歩夢ちゃんと…………せつ菜ちゃんにハマってるの」

 

「……!へえ!」

 

思いがけず飛び出してきた自分のもう一つの名前についつい口角が上がってしまう。

 

「実は私、優木さんとはお友達なんですよ」

 

「ほんと!?」

 

「はい」

 

瞳を輝かせた少女の向こう側で栞子が見せた何とも言えない表情に苦笑しつつ、菜々は続けて言葉を紡いだ。

 

「彼女のことなら何でも知ってますよ」

 

「え〜……ほんとに嘘じゃない?」

 

「本当に本当です。優木さんの歌だって全部覚えてるんですから!」

 

「そんなの私だって覚えてるもん!」

 

「おおっ、じゃあ今から一緒に歌いますか?足の痛みなんか気にならないくらい、全力で!」

 

「うんっ!歌いたい!」

 

「じゃあまずは——————」

 

外から聞こえる自分達を脅かす騒音をかき消すようにして、菜々と少女はリズムを合わせながら揃って歌を奏でる。

 

すぐそばで巨人と怪獣が街を巻き込んだ大規模戦闘を繰り広げているというのに、彼女達のいるその空間だけは和やかな雰囲気で満たされていた。

 

 

 

 

一通り思いつく限りの持ち歌を歌い終わった後、疲れて眠ってしまった女の子が菜々の肩に身体を預ける。

 

「あなたにこのような適性があったとは知りませんでした」

 

不意に栞子が投げかけてきた言葉に首を傾けつつ、菜々は彼女が続けて口にすることに静かに耳を傾けていた。

 

「こんな状況で小さな子供に安心を与えることができるなんて、すごいです。中川さんはきっと……保育関係の仕事に向いています」

 

「あはは、ありがとうございます。……でも、これは私だけの力じゃありませんよ」

 

「え?」

 

「この子が“優木せつ菜”を…………スクールアイドルを大好きでいてくれたからこそ成せたことですから」

 

小さな寝息を立てている女の子の頭に優しく触れながら、菜々は顔を上げて栞子と視線を合わせる。

 

栞子は無言のまま俯くと、震える声で独り言のように呟いた。

 

「私には……わかりません。スクールアイドルにおいて将来に役立つことなんてない。……夢中になったところで、他の大切なことが疎かになるだけです。なのに……どうしてあなた達は、それでも続けようと思えるのですか」

 

「楽しいからですよ」

 

「…………」

 

間髪入れずに返答した菜々に対し、栞子は未だ腑に落ちないといった様子で眼を細める。

 

そんな彼女に苦笑いしつつも、菜々は前へと顔を向けながら細々と語り出した。

 

「当たり前に聞こえるかもしれませんが……私はスクールアイドルが大好きだから、こうして活動を行っているんです。……ステージ上で歌う人も、応援する人も、互いに『大好き』だって感情に溢れてるこの活動が」

 

そう静かに話されたことを聞き逃すことのないよう、栞子もまた黙って菜々の横顔を見つめ、彼女が口にする言葉の一つ一つを噛みしめる。

 

「自分が大好きだと言えるものを、夢中になれるものを広い世界に向けて叫びたい。そうやって送り出した想いを受け取ってくれた人達が、自然と集まって一緒に楽しんでくれる。それって、とっても素敵なことだと思うんです」

 

「ですが…………ですが、それは一時に抱く夢や幻の類でしかありません。……いずれは目が覚めて我に返ったとき、その人はきっと不幸になる」

 

苦い表情でそう話す栞子。

 

彼女が言ったことの端々には、何かに対する後悔の念が込められているように思えた。

 

「私は……そんな人達を増やしたくない。全員が成功を約束された道に進んで、誰もが幸せになれる。叶うのなら、それが1番いいはずです」

 

「不幸……ですか。…………この子を見ても、同じことが思えますか?」

 

眼下に見えた女の子の安らかな表情に笑みを浮かべながら菜々は言う。

 

「……今の言葉を聞いて、三船さんがどうしてスクールアイドル同好会を廃部にしようとしているのかが少しだけわかりました。確かにあなたが主張することも、間違いではないと思います」

 

「なら、」

 

「けど、私はそれでも……決して無駄だとは思いません。この活動に打ち込む中で生まれた、熱い感情の数々を…………ただ無意味なものであると決め付けたくないんです」

 

プロのアイドルと違って、スクールアイドルは学生に与えられた僅かな時間の中でのみ許される活動。とても儚く、それでいて切ないものだ。

 

しかしだからこそ————そこで芽生えた心には、他に代え難いほどの価値がある。

 

 

「…………私の姉も、スクールアイドルが大好きな人でした」

 

不意に栞子がこぼした言葉を耳にし、菜々は反射的に口をつぐむ。

 

「私の家……三船家は日本有数の名家と謳われているのはご存知でしょうか。……そんな家に跡取りとして生まれながら、姉はスクールアイドルに打ち込む毎日を送っていました。……結果、あの人は将来の安寧を約束された地位を全て失った」

 

 

————『ほら見てみな栞子、この洗練されたパフォーマンス!』

 

 

————『スクールアイドルって本当に素晴らしいものよ!』

 

 

懐かしい記憶が頭の中からポツポツと浮かんでくる。

 

奥歯を噛み、苦しい記憶に眉をひそめながら……栞子はさらに思い出すように姉の話を続けた。

 

「適性に合った生き方をすれば……姉は不幸にならずに済んだんです。用意されたレールに沿って過ごしていれば、家から出て行く必要だって……」

 

「だから三船さんは、生徒会長に…………」

 

栞子を見つめながら菜々は思う。

 

彼女はどこまでも虹ヶ咲学園を……そしてそこに通う生徒達のことを考え、彼女なりに誰もが幸せになれる環境を整えようとしている。

 

以前から栞子に対して憎めない感情を抱いていた理由が、少しだけわかった気がした。

 

…………けれど、

 

「三船さんのお姉さんは、本当に不幸だったのでしょうか」

 

彼女の主張には、根本からズレているものがあった。

 

「え?」

 

「いえ、すみません……知ったようなことを言って。……でもそう思わずにはいられないんです。スクールアイドルを好きになったことを、お姉さんは後悔しているのでしょうか?」

 

「……それは…………」

 

菜々の問いかけに対してすぐに返答することはできなかった。

 

姉が家を去る前、最後に見せた表情を今一度思い出す。

 

 

彼女は笑顔だった。思い残すことは微塵もないといった様子で、いつものように陽気な表情で自分に手を振っていた。

 

「…………姉さんは………………それで……よかったの?」

 

消えそうな声でここにはいない人間に尋ねる。当然答えが返ってくることはない。

 

…………けれども、彼女なら————姉ならばどう返してくるのか、栞子は容易に想像することができてしまった。

 

 

 

 

 

 

「————こんなところにいたか」

 

刹那、瓦礫に阻まれた向こう側から聞こえる少年の声。

 

思わぬ呼びかけに反応するよりも前に積み重なっていた障害物の山が崩壊し————外の景色が見えると同時に、中にいた自分達を見据える人影の姿が視界に飛び込んできた。

 

「帰るぞ栞子。イベントはもう御開きだろう?」

 

「フィーネ……さん」

 

信じられない力で瓦礫の壁を崩した銀髪の少年は、栞子に向けて薄く笑いながら手を差し伸べた。

 

 

◉◉◉

 

 

(……!?なにこれ!?)

 

『海が……凍っていく……?』

 

EXエレキングの猛攻に粘り強く耐えていたその時、タイガは突如として漂った冷気に気がつき慌てて陸へと退避する。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎——————」

 

変わらず海に鎮座していたエレキングは周辺の海水と共に徐々にその身を凍りつかせていき…………瞬く間に活動を停止。

 

『これは……まさか“ウルトラフロスト”……!?』

 

(よくわかんないけど……とにかくチャンスだ!)

 

動かなくなった標的に狙いを定め、タイガは金色の鎧に包まれた肉体に大気中のエネルギーを一気に取り込んでいく。

 

 

『(“オーラムストリウム”ッ!!)』

 

直後に解放される黄金色の光線。

 

一直線に伸びた輝きの奔流は、容赦なく氷の中に封じられたエレキングの肉体を飲み込み————悲鳴をあげることも許さずその場から消し飛ばした。

 

 

 

(はぁっ……はぁっ……)

 

『今のは……間違いなくゾフィー隊長の技だ』

 

戦いが終わった後、その場に留まって周囲に残った冷気を分析しながらタイガは言う。

 

(ゾフィーさん……その人もウルトラマン?)

 

『ああ。でもどうして……?』

 

周りを確認してはみるが、それらしき影は見られない。

 

…………考えられる可能性は、一つだけだった。

 

 

(……ありがとう)

 

困惑するタイガの中で、春馬は脳裏をよぎった1人の少年に向けて小さく感謝の言葉を述べる。

 

目つきの悪い銀色が、どこかで自分達に対する悪態をついているような気がした。

 




三船さんを中心とした話がかなり進展しましたね。
生徒会長選挙辺りの話もスクスタのそれとはまた違った展開で進んでいく予定です。

そしてさりげなく手を貸してくれる次男…………。
三船さんに続いて、今後はフィーネの心境にもとある変化が訪れます。


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第76話 陰謀は蠢きだす


最近は虹アニメやZのおかげでモチベが促進されてかなり早いペースで投稿できてますね。
今回は初っ端から急展開を迎えます……。


「フィーネ兄ちゃん……帰ってこないな」

 

「しばらくは戻らないって言ってただろ」

 

「そうだけど…………」

 

闇色の空気が漂う岩場に2人きりで過ごしていた姉弟がぽつりぽつりと会話を繋ぐ。

 

自分達をまとめ上げる役割を持たされていたフィーネが地球へ向かってからどれだけの時間が経っただろうか。彼自身が「長期的」と口にしていた通り、我らが兄は実に慎重に事を進めているようだった。

 

「兄ちゃんに会いたい……あとフォルテにも」

 

「ピノンお前……本当の馬鹿か?フォルテはファースト共々僕たちを裏切ったんだよ」

 

「あんたこそバカなのヘルマ?フィーネ兄ちゃんが連れ戻してくれるって言ってたもん」

 

「ハッ……期待するだけ無駄だよ、どうせ」

 

重い溜息を吐きながら、ヘルマは身につけているコートとマフラーを翻して近くに突き出ていた岩に腰を下ろす。

 

自分達“ダークキラー”とウルトラマンの戦いは————膠着状態に陥っていた。

 

本来奴らは以前相対したとき…………ヴィラン・ギルド主催のオークション会場で戦った際に始末しておくべきだったんだ。……いや、正体不明の宇宙船からの邪魔さえなければ確実にあの場で決着はついていた。

 

これ以上ないほどのチャンスを逃した……その結果が今だ。末の妹は敵に寝返ったまま、自分達はウルトラマンを1体も葬ることができていない。

 

「……やっぱり黙ってられない」

 

「ちょっと、どこ行くのさ」

 

立ち上がったヘルマに怪訝な眼差しを向けるピノン。

 

首を傾げる姉に振り返ることなく、ヘルマは早足で今いる異空間の外を目指そうと歩み出した。

 

「地球へ向かう。ここでウルトラマンが弱るまでじっとしてるだなんてまっぴら御免だ」

 

「はあっ!?ヘルマあんた、フィーネ兄ちゃんの指示を無視するの!?」

 

「お前はここに残れピノン。また腕を落とされたくなかったらね」

 

止めようとするピノンの声に耳を塞ぎつつ、ヘルマはさらに足を進める。

 

湧き上がる闘争心に突き動かされるように、父が発する“キラープラズマ”によって形成された領域の外へ踏み出そうとした————その時、

 

 

「おやおや珍しいね、ヘルマくんが命令に背くとは。反抗期かな?」

 

憎たらしい軽薄な声音が、まとわりつくように耳に届いてきた。

 

「お前には関係ない、失せろ」

 

「いやいや関係あるとも。君が今地球へ降りるのは困るからな」

 

「はぁ……?」

 

虚空に生まれた魔法陣から姿を見せた悪魔に鋭利な瞳を突きつける。

 

相変わらず気色の悪い笑みを顔に張り付かせた奴は、いつも通りの軽い調子でヘルマに言った。

 

「今あの場を掻き回されるのは嫌なんだよ。だからここで()()()()()にしててくれるかな?待つのは得意だろう、君?」

 

「お前の事情なんか知るか。つぎ余計な口を挟んだら槍で串刺しにするぞ」

 

無駄な時間を食った、と不機嫌な様子で悪魔————トレギアの横を通り過ぎようとするヘルマ。

 

(フィーネ)がなんと言おうと、自分を地に伏せたウルトラマンはこの手で始末する。

 

確固たる殺意を胸に、彼は闇色の異空間の外へ踏み出そうとした。

 

「なら死にたまえ」

 

刹那、尋常ではない寒気が神経を通って脳髄へ叩き込まれる。

 

反射的に振り返ったヘルマは、眼前に迫った“()()()()”を瞬時に認識すると————考えることなく、本能のままに回避行動をとった。

 

「……!ヘルマッ!!」

 

「っ……下がってろ!!」

 

自分の命に食らいつこうとした化け物の一撃を紙一重で避けた後、ヘルマは大きくバックステップを踏んでトレギアから距離をとる。

 

「なっ……!お前、なんだ……その……!?——()()()()()()()()()……ッ!?」

 

悪魔の体内から溢れ出で、揺らめいている鬼神のような影。

 

「ううん……頭のいい子ではあるようだが、もう少し宇宙の歴史について勉強すべきだな」

 

一体受け入れるだけでも身体に異常をきたすであろう“異物”を————奴は数百体という規模で肉体に押し込め、完全に制御していたのだ。

 

自分達では手に負えない相手だと瞬時に理解し、ヘルマは咄嗟にピノンのもとへと走り出す。

 

「走れピノンッ!!走れッ!!」

 

「えっ?えっ?」

 

全力の踏み込みで一気に姉へと肉薄したヘルマは、戸惑う彼女の手を強引に引っ張るとそのまま異空間の外を目指して全力疾走。

 

「ハハッ…………!!」

 

それをさせまいと動き出したトレギアの姿が仮面を身につけたものへと変わる。

 

奴が腕を一振りすると、猛烈な速度の青黒い稲妻が宙を駆け——————宇宙空間へ飛び出そうとした姉弟たちの身を、瞬きの間に飲み込んだ。

 

 

◉◉◉

 

 

「ど、どどどどどどどうしましょう〜!!」

 

いつものように放課後の部室で皆が顔を合わせる中、抑えていた感情が臨界に達すると同時にかすみは涙目になりながら右往左往をし始める。

 

「かすみちゃん、一旦落ち着いて……」

 

「この状況でどうやって落ち着けって言うんですかぁ!?おしまいです……もう何もかもおしまいですぅ〜!!」

 

「す、すみません……せっかく色々と協力していただいたのに、力及ばず……」

 

狼狽えるかすみから順に集まった同好会のメンバーに対して小さく頭を下げていくせつ菜。

 

 

公園でのボランティアイベントがあった日から、早2週間が経過していた。

 

栞子との生徒会長選挙に向けて部員のみんなもできる限りの助力を注ぎ…………選挙ポスターやキャッチコピー考案、せつ菜の名刺製作、学園限定のソーシャルアプリ製作と、少々やりすぎとすら思える成果を出してきた。

 

これ以上はないくらいの準備を整え、万全の状態で迎えられた選挙の日。

 

互いの持てる全力を発揮した上で、突きつけられた結果は——————

 

 

「皆さん、お揃いのようですね」

 

部室の扉が開かれると同時に、ちょうど話題の中心に位置していた人物が姿を現す。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、澄ました表情でやってきたその少女——栞子と対面するや否や、かすみは心底苦い顔を浮かべて言った。

 

「げえっ!?噂をすれば!!」

 

「いちいち大げさな反応をしないでください」

 

大きく仰け反りながら悲鳴を上げるかすみに眉をひそめつつ、栞子はテーブルを囲んでいた部員達へと向き直る。

 

「——改めまして、この度新生徒会長に就任させていただくことになった三船栞子です。本日はスクールアイドル同好会の皆さんに、折り入って話をするために来ました」

 

落ち着いた声がその場にいた全員の耳に滑り込む。

 

栞子自身が口にしたこと、そして部室内に漂う不穏な空気が…………今一度生徒会長選挙の結果を彼女たちに告げていた。

 

「勝利宣言でもしに来たのかしら?」

 

「三船さん、以前話してたことについてなんだけど…………」

 

春馬が言い終わる前に栞子の手が胸元まで掲げられ、再び静寂がその場を満たす。

 

「廃部の件が気になるのでしょう。今回伺ったのは、それについての補足を伝えるためです」

 

「補足……?」

 

空気の流れが変わったのを感じ、春馬は不思議そうに尋ね返した。

 

彼女の……栞子の目的は、平たく言えばより良い学園環境を整えること。そのために自分が必要ではないと考えるこのスクールアイドル同好会を廃部にするという話が、以前聞かされたものであったが……。

 

「率直にお伝えしましょう。……この同好会を廃部にするにあたって、検討期間を設けました」

 

「え?なんですかそれ?」

 

「言葉の通りです。——私が本日から()()()()()()()、この同好会の活動を見守らせていただきます。その際に得られたことを判断材料として、それ以降この同好会を存続させるかどうかの本決定を行う予定です」

 

「……ちょっと待って、『来年度まで』って……そう言った?」

 

「ええ」

 

栞子が提示したより詳細な内容を耳にし、春馬と他の部員たちは揃って目を丸くさせる。

 

彼女が口にしたことを要約すると、つまり…………まだ完全に廃部が決定されたわけではないどころか、どう転んだとしても来年度まではこれまで通りの活動を続けられるということだ。

 

「廃部を免れるよう、より一層励むことを推奨します。以上です」

 

そう言って踵を返し、静かな足音と共に部室を去ろうとする栞子。

 

扉を開けて廊下へ足を踏み出そうとした直前、彼女が一瞬だけせつ菜に対して感謝の意を示すかのように会釈したように見えた。

 

 

「「やっ……たぁあああああっ!!!!」」

 

状況を飲み込むよりも前に駆け上がってきた歓喜に身を任せ、かすみと春馬は溢れんばかりの笑顔で飛び跳ねる。

 

「どういう風の吹き回しかしら?」

 

「なんでもいいよ!なんだかよくわかんないけどラッキーだね!」

 

「当面は心置きなく活動できますね!」

 

「安心して力が抜ける……。璃奈ちゃんボード『へなへな』」

 

 

「…………三船さん」

 

2人の感情が伝播するようにして皆の表情にも明るさが戻っていく中、すでにその場を離れた栞子の面影を追いながら、せつ菜もまた彼女の意思に応えるように微笑みを浮かべる。

 

舞台を進行させる歯車が、大きく動き出した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「栞子」

 

部室棟を後にし、校舎を目指して校庭を歩いていた最中にかけられる低い少年の声。

 

栞子はゆっくり振り返ると、そこに立っていた風変わりな友人に向けて穏やかな応対をした。

 

「フィーネさん、あなたにもお礼を言わなくちゃいけませんね。今回の選挙を制することができたのは、あなたの働きのおかげです。本当にありがとうございました」

 

「そんなことはどうでもいい」

 

どこか余裕のない態度で栞子に詰め寄ったフィーネは、彼女の眼前で立ち止まると一層目つきを鋭くさせながら口を開く。

 

「聞いたぞ。お前、一体どういうつもりだ?」

 

「……と言いますと?」

 

「スクールアイドル同好会の件だ。お前が生徒会長になったその時は、即刻廃部にするという話だったはずだ」

 

今にも胸ぐらに掴みかかりそうなほどの剣幕でそう語る彼に気圧されるように半歩後退した後、栞子は至って落ち着いた調子で返そうとする。

 

「考えが変わりました。……彼女達がもたらすものを無価値だとここで決めるのは、早いのではないかと……そう思ったんです」

 

「ふざけるな。今更そんなことが通じてたまるか。何のためにオレがこうして……!!」

 

「……そういえば、あなたは以前から私に対して隠し事をしている節がありましたね」

 

自分を見下ろす少年へ一歩を踏み出しながら、栞子は引き締めた表情で彼に問いかける。

 

「私の考える理想に共感したから手を貸すのだと……あなたはそう言いました。……けどそれだけじゃない。あなたも私と同じように、個人的な意思であの同好会を無くそうとしていた」

 

「………………馬鹿な。オレはただ、そうした方が————」

 

————そうした方が、効率よく“ファースト”を……ウルトラマンを始末できると考えただけ。

 

反論しようとした直後に思考が止まる。

 

自分の中に渦巻いていた衝動はあくまで使命に則ったものであると、フィーネは信じて疑わなかった。……しかし栞子に問い詰められた今、その心に揺らぎが生じていることに気がつく。

 

わざわざ標的と同じ環境に身を落とし、回りくどい手を使ってまで絶望を与えようとしたのは…………本当に「それが使命だから」か?

 

「……っ…………」

 

刹那、頭の中をよぎるのは末の妹の姿。

 

地球人に触れ、スクールアイドルに触れ、自ら考えた上で“ダークキラー”であることを放棄した妹。

 

……自分から大切なものを奪った“スクールアイドル”を————自分は消し去りたかっただけではないのか?

 

 

「……話したくないのなら、いいんです」

 

自分に背を向け、淡々とした足取りで離れていく栞子に手を伸ばしたままフィーネは思う。

 

何もかもがすり抜けていく。

 

大切な家族も、心を通わせた者も、全てが自分から遠ざかっていく。

 

 

「…………オレは」

 

ズキズキと痛む胸に手を当て、心臓を握り潰すように五指へ力を込める。

 

これまで無視してきた、生き物である以上避けられないもの。……感情という、フィーネにとっては欠陥でしかない機能が、彼の中で激しく燃え盛っていた。

 




ついにトレギアが目的に向けて本格的に動き出す……!?

クライマックスまでの構成が粗方決まり、来年1〜2月辺りで完結する可能性が出てきました。最後までお付き合い頂けると幸いです。
そして1話くらいワンクッション挟むかもしれませんが、次から愛さんの個人エピソードを投稿していく予定です。

トレギアに襲われたヘルマとピノンは果たしてどうなったのか……。
ではまた次回。


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第77話 昨日の友は今日も友!:前編


アニガサキ5話……1話の次に好きな回でした。
もうすぐ折り返し地点という事実を前にして既に死にかけております。


「……………………」

 

足音を立てないようにこっそりと家の中を移動しつつ、自分以外は誰もいないことを確認する。

 

ごくりと喉を鳴らした後、駆け足でひとつの扉に手をかけるのは…………雪の結晶で編んだかのような銀色の髪を顔の横で束ねた少女。

 

壁際の棚に並べられた大量の音楽CD。少女は自分の背丈よりも上にある物を目当てに手を伸ばし、届かないと察するや否や爪先立ちで強引に距離を詰める。

 

「……ん…………む…………」

 

足腰が震えだした頃、ようやく求めていたディスクを棚から引き出すことに成功。

 

安堵するように小さな息を吐いた後、ふと目を落として透明なケースの先に見えた手書きのタイトルを見る。

 

“合唱その1”。真っ白なディスクに油性ペンで書かれたその文字は、この部屋の主である少年が記したものなのだろう。慎ましやかな筆跡が本人の内面を表しているようだった。

 

「——————」

 

胸を弾ませながら付近に設置されていたコンポタイプのプレーヤーにディスクをセットした後、2、3回深呼吸を繰り返す。

 

やがてスピーカーから流れ出した音色に合わせ、少女————フォルテは透き通るような歌声を奏でた。

 

 

本来は複数人で歌うことを想定した合唱曲を、彼女は眠るように瞼を閉じながら独りきりで口ずさむ。

 

限られた命をどう使うのか。どうして争いは起きるのか。哲学的な問いが為されている歌詞の意味を噛み締めるように、フォルテは一節一節を意識しながら歌唱した。

 

 

 

「『輝くために』か。俺も好きだよ、その曲」

 

「……!」

 

プレーヤーから流れていた伴奏が終わりしばしの静寂が周囲を満たしていたその時、拍手と共に発せられた思いがけない呼びかけにフォルテは肩をびくりと跳ねさせる。

 

恐る恐る振り返った先に見えた3()()()()人影から逃げるように下を向いたまま、彼女は歌を聞かれた恥じらいからか消えそうな声で一言をこぼした。

 

……帰って、たの…………?

 

「ちょうど今ね。あ、もう知ってるとは思うけど……お客さんもいるから」

 

「すごいすごい!めっちゃ綺麗だったよ、今の歌声!」

 

「そういえば、合唱曲が好きって言ってたよね」

 

そこに立っていたのは虹ヶ咲学園の制服を身につけた少年少女たち。

 

今いる部屋の主である春馬に加え、彼と同じスクールアイドル同好会に所属している2人の女生徒————宮下愛と天王寺璃奈の姿がそこにあった。

 

「ぜんぜん……気がつかなかった」

 

「それだけ集中してたんだよ」

 

そう言って肩から下げていた鞄を机に降ろす春馬を一瞥しつつ、フォルテはその横に立っていた2人に怪訝な眼差しを注ぐ。

 

「……あなた達は…………どうして……ここに……?」

 

「今度のライブで歌う曲の相談したくってね、アタシが無理言ってハルハルにお邪魔させてもらったんだ〜」

 

「私はただの付き添い。……またフォルテちゃんと、お話したかったから」

 

愛はその場に、璃奈は少しだけフォルテと距離を詰めながらおもむろに床へ座る。

 

突然の出来事にフォルテが戸惑うのも束の間、すっかり顔馴染みになった彼女たちは以前のようなぎこちなさを見せずにポツリポツリと会話を交わし始めた。

 

 

「それで、愛さんはどんな曲を歌いたい?」

 

「楽しいやつ!」

 

「うん、いつも通りだね」

 

顔いっぱいに笑みを満たしながら言った愛に春馬もまた明るい笑顔で返す。

 

彼女のスクールアイドルとしての在り方は大雑把でありながら一貫性が備わっている。ライブをやる方にとっても、観る方にとっても、とにかく「楽しい」を追求すること。

 

ソロ活動であるが故にステージ上では1人きり。けれども決して孤独ではない。愛がこれまで生み出してきたパフォーマンスのどれもが、スクールアイドル同好会のかたちをよく体現している。

 

「ラブライブで敗退してもアタシ達はスクールアイドル……って、かすかすが前に言ってたことがずっと頭に残っててさ、エンジンかかりっぱなしなんだ」

 

「他のみんなも最近頑張ってるよね。イベントがある週に雨予報が多いのが気がかりだけど……」

 

「それなんだよねえ。その日、もし()()だったら()()()サゲだなぁ……」

 

「ブフッ……。じゃあ今からてるてる坊主でも作る?」

 

「お、いいじゃん。歌詞考えながら量産しちゃお。ほらほら、そこのお二方も一緒に」

 

隅の方で仲良く一冊の合唱曲集を眺めていたフォルテと璃奈も加わり、春馬の部屋が一気に和気藹々とした雰囲気に包まれていく。

 

愛を中心に広がる楽しげな空間。ライブ会場よりもずっと小さいが、彼女がもたらす変化はいつも同じであることがよくわかる光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ捗った捗った〜!」

 

大股で帰路を歩きながら、愛はいつも通りの上機嫌な様子で独り言を口にする。

 

流石といったところか、作曲を担当しているだけあってやはり春馬と話し合うと方向性が定まりやすい。あっという間にメロディを試作する段階まで辿り着けた。

 

(そういや前から思ってたけど、りなりーとフォルテちゃんってどこで知り合ったんだろう……)

 

数時間で得られた収穫に大いに満足しつつ、ふと浮かんできた疑問に愛は頭を捻る。

 

ある日突然部長の親戚として同好会に度々姿を見せるようになった銀髪の少女。ミステリアスな雰囲気に口数の少なさも相まってか、自分達とは違う生き物であるかのような印象を覚える子だ。

 

物静かでこぢんまりとした態度の彼女は思わず抱きしめたくなってしまうくらいに可愛らしく思うが、同時に裏に隠された何かが常に違和感のようなものを主張してくる。

 

…………そして何より気になるのは、どうやら自分は彼女に少しだけ警戒されているようだということ。

 

(りなりーには懐いてるっぽいんだけどなぁ……。よし、今度遊びに行くときは飴ちゃんいっぱい持ってこ。ぜーったい仲良くなる)

 

小さな決意を胸に街道を歩む足を進める。

 

薄暗くなってきた道に吹く風は若干の肌寒さを帯びており、今年も冬の訪れが近づいてきていることを愛に知らせてきた。

 

 

「————ん?」

 

不意に視界の端で何かが動いたのを感じ、反射的にその場に立ち止まる。

 

明かりの届きづらい路地裏の空間。数歩進んだ先の地面に真っ黒な何かが落ちているのを見つけるや否や、それに吸い寄せられるように愛は足を踏み出していた。

 

 

◉◉◉

 

 

焼けるような痛みが全身を蝕み続ける。

 

全方向から重くのしかかるような圧。呼吸ができないことに気がついた時点で、自分は水中に沈んでいるのだと理解した。

 

息を止め、神経を尖らせながら軋む身体を動かして方向感覚を取り戻す。

 

上へ、ひたすら上へ。

 

衰弱しきった手足を全力で振るい、うっすらと見えたオレンジ色の光を目指す。

 

死ねない。こんなことで死ぬわけにはいかない。

 

やり残したことが走馬灯のように脳裏をよぎるなか、少年は文字通り死に物狂いで水面へと到達した。

 

 

「————ブッ……ガハッ……!!ゲホッ!!ゲホッ!!」

 

陸に上がった直後、少しずつ空気を取り入れてぼやけた視界を鮮明にする。

 

沈みかけの太陽から発せられる夕焼けの光が、水浸しになった少年の銀髪を上塗りしていた。

 

「くっ……そがァ……!くそ、くそ、くそくそくそクソクソクソクソ……!!クソ野郎がぁ……ッ!!」

 

殺意に染まった眼で虚空を睨みながら、少年————ヘルマは不安定な足腰に力を込めて立ち上がる。その胸に宿るのは自分達を焼き払おうとした悪魔に対する燃えるような憎悪。

 

今にも力尽きてしまいそうな激痛を噛み殺し、ヘルマは自分と一緒に逃亡したはずの姉の姿が見えないことに気がつくと咄嗟に周囲に意識を向けて声を張り上げた。

 

「ピノン!!ピノンッ!!どこにいる!?」

 

必死に叫び散らすも一向に返答は聞こえてこない。

 

最悪の可能性が一瞬頭の中を横切るが、未だその気配は健在であることを察知するとヘルマは静かに歩み出し、姉の行方を追ってその場を去ろうとした。

 

「………………」

 

ボロボロの身体を引きずりながら、不意に先ほどから眩い光が発せられている方向を見やる。

 

オレンジ色の輝き。背の高い建物。人々の行き交う音。

 

当初の目標地点であった惑星“地球”にいることを認識し、ヘルマは押し寄せてくる喩え難い感情の波に驚くように息をついた。

 

 

 

 

 

「クソ……どこで何やってんだあのバカは……」

 

微かに感じ取れる姉の気配を手繰りながら、ヘルマは曖昧な目的地に向けて足を進める。

 

日が落ちてしばらくが経った今、街はすっかり冷たい闇色に包まれていた。

 

(……うまく力が入らない。治癒が追いついてない)

 

以前のウルトラマンとの戦いでただでさえダメージを負っていた肉体だ。トレギアの攻撃を受け、さらに体力が削られた今…………巨人体への変身能力は引き出せないだろう。

 

他のダークキラー達と合流して体勢を立て直す必要がある。今の状況はフィーネも把握していない。

 

トレギアが裏切ったという事実。以前から信用していたわけではないが、行動を起こすにしてもこのようなタイミングで攻撃をしかけてきたのは意図が読めなすぎる。

 

奴の目的は一体何なのか、結局最後までわからなかった。

 

(所詮は奴もウルトラマンだ、生かしておく道理なんて初めからなかった。……殺す。トレギアも、ファーストも……僕たちに歯向かう奴らは全員……!!)

 

膨れ上がった憎しみを噛み砕くように奥歯へ力を込めつつ、ヘルマはとある建物の前で立ち止まる。

 

何かが焼かれるような香ばしい匂いを漂わせている……看板に「もんじゃみやした」と記された老舗。どういうわけか、先ほどからピノンの気配はここから発せられているようだった。

 

「なんだここは……?ピノンの奴、まさか地球人に捕らえられてそのまま…………」

 

鉄板の上に乗せられて捕食されかける姉のビジョンが脳裏をよぎり、ヘルマは静かに顔面から血の気を引かせる。

 

決心するように息を呑んだ後、ゆっくりと入り口へ歩み寄り————恐る恐る戸にかけた指を勢いよく横へ振り抜いた。

 

 

 

「お、いい食べっぷりだねぇ〜!」

 

「むぐ……まだいける」

 

「まだまだたっくさん材料あるから、おかわり欲しかったら遠慮なく言ってね!」

 

「うん」

 

 

「………………は?」

 

飛び込んできた景色に、ヘルマは自分の目を疑った。

 

和やかな空気の中、手慣れた様子で鉄板の上に()()()()()()物体を量産していく金髪の地球人と…………彼女が生み出したそれをへらですくい取り、躊躇うことなく口へと運ぶピノンの姿。

 

自分はまだ朦朧とした意識の最中にいるのか。そう思った矢先、

 

「あ、ヘルマ」

 

「うん?」

 

ピノンがこぼした一言に反応して地球人もまた入り口の方へ顔を向ける。

 

数秒間だけその場を満たした沈黙を身に受けながら、ヘルマは自らの頬をつねってこの状況が現実であることを確かめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたが依頼人か?」

 

今は使われていない廃墟と化したビル内に、怪しさを帯びた声が反響する。

 

骨格が剥き出しになっているかのような外見の宇宙人は、部屋の隅に佇んでいた男に近づくと…………背負っていた大剣を地面へ突き立て、その上にどっしりと腰を下ろした。

 

「やあ、待ってたよ。神出鬼没な“ハンター”くん」

 

白黒の衣服を翻し、目の前にいる異形の存在を見下ろしながら男は続ける。

 

「こちらが今回のターゲットだ。報酬の心配はしなくてもいい。君が望むものを何でも与えよう」

 

「見せろ」

 

差し出された1枚の写真を取り上げ、骸骨の異形はそこに写っている金髪の少女を凝視。なんの変哲もない、どこにでもいるような地球人だ。

 

「このガキ1人を殺すだけでいいのかよ?」

 

「ああ、手段は問わない。邪魔する者もいるだろうが…………なに、君の実力なら簡単にこなせるさ」

 

「へっ……当然だ。楽勝にもほどがあるぜ」

 

地面から大剣を引き抜き、放り投げた写真を一閃。

 

両断された紙がひらひらと舞い落ちるのを横目に、紅い眼光を尖らせながら宇宙人は口を開いた。

 

「せいぜい派手にやってやるさ。——デスレ星雲人“ダイロ”の恐怖を、この星にも刻み込んでやる」

 

 

その場を去っていく異形の背中を見送りながら、男は張り付かせていた微笑みを一層不気味なものへと変える。

 

悪魔の思惑に呼応するかのように……その胸に宿っていた“混沌”が、静かに脈動していた。

 




というわけで愛さん回一発目でした。
フォルテがチョイスした合唱曲に込められた意味とは……。

ピノンとヘルマと邂逅した愛さん。そして彼女を狙うのは……メビライブでひどい扱いだったあの人と同種族のお方()
気になる要素を散りばめつつ、少しずつ物語は終極へと近づいていきます。


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第78話 昨日の友は今日も友!:中編

おねショタおねロリ回(仮)2発目です。
思ってたより長くなってしまった……。


「君がピノっちの言ってた弟くん?よかったら食べてってよ!」

 

「どういうことだ……?——!おい離せ、気安く僕に触るな」

 

「ほらほら遠慮しないで!美味しいんだよウチのもんじゃ!」

 

「なんだこいつ……」

 

店の入り口前で呆然と立ち尽くしていたヘルマの手を引くと、愛は奥の席で1人もんじゃ焼きを頬張っていたピノンの向かい側の席へと半ば強引に彼を座らせる。

 

周りに視線を巡らせてみると他に客らしき人間の姿は見当たらない。厨房が機能している様子もない。経緯は不明だが、たった今ヘルマがやってくるまでピノンの貸し切り状態だったようだ。

 

「君の分の飲み物持ってくるからちょっと待っててね〜」

 

そう言い残してその場を去った愛を尻目に、ヘルマは混乱する頭を総動員して状況の整理を図る。

 

依然として食事に夢中になっている姉に戸惑いの眼差しを注ぎながら、彼は手探り気味に尋ねた。

 

「おいお前……なにやってんだ?」

 

ヘルマの問いかけなど聞こえていないかのように、ピノンは手にしていたヘラで固まった小麦粉液を次々と口の中へ放っていく。

 

目の前の食物に完全に心を奪われている姉に少しずつ苛立ちが湧いてくるのがわかった。

 

「おい、聞いてるのかピノン。ここはどこだ?あの地球人はなんだ?今までいったい何を——————食うのをやめろっ!!」

 

「ああっ!?何すんのさバカヘルマ!!」

 

一向に話を聞く様子を見せないピノンからヘラを奪い取り、困惑と怒りが入り混じった剣幕でヘルマはまくし立てる。

 

「状況を説明しやがれ!!僕とはぐれてから何があったんだよッ!?あの馴れ馴れしい地球人は何なんだ!?……ていうかなに食べてんだそれ!?」

 

「あーもううっさい!いつもは声ちっせぇくせに叫ぶな!まだ食べ終わってないんだから邪魔しないでよ!!」

 

「はぁ!?ふざけんな!!食事(そんなの)僕たちに必要ないだろうが!!」

 

「そんなこと言ってアタシの分まで全部食べる気なんだろ!!死ね!!太って死ね!!」

 

「んなわけあるか!!!!お前が死ねクソッ!!!!」

 

2人の外見そのままの子供じみた言い争いが勃発する。

 

両者勢いに身を任せ、そのまま取っ組み合いに発展するかと思われた…………その時、

 

「コラコラ〜!ケンカしないの!」

 

厨房から戻ってきた地球人の少女が、睨み合う彼らの間に割って入った。

 

コーラの詰まった瓶の栓を手際よく開けながらそれをヘルマの前に差し出し、右の人差し指を立てながら少女は言う。

 

「軽々しくひどい言葉使っちゃダメだよピノっち」

 

「だって…………」

 

「へっくんも。お姉ちゃんとは仲良くしなきゃ」

 

「へっくん…………?」

 

前触れもなく飛び出した呼称にヘルマの表情が懐疑に染まる。

 

わけがわからない。地球人は皆頭のネジが飛んでいるのだろうか。……そもそもピノンはなぜなんの疑問も抱かないまま呑気に食事をしている。

 

「ほらほら、焼いてあげるから食べて食べて」

 

渋い表情を浮かべているヘルマなどお構いなしに目の前の鉄板でもんじゃ焼きを広げていく少女。

 

その振る舞いがあまりにも自然すぎてこちらの方がおかしいのではないかと錯覚してしまう。

 

「あ、アタシ宮下愛ね。気軽に愛さんって呼んで」

 

「………………」

 

漂ってきた香りがヘルマの鼻腔をくすぐった直後、必要のないはずの食欲が彼の中で湧き上がる。

 

ヘルマは改めて現在の状況を確認した後、深く考えを巡らせて優先すべき事柄を頭の中に並べた。

 

(……待て。もしかすると好都合かもしれない)

 

今の自分たちは“ダークキラー”としての力をほとんど失ってしまっている。再び巨人の姿に変身するには、それに相当するエネルギーの回復を待たなければならない。

 

体力を補うためならば手段はこの際どうでもいい。本来必要のないものでも“栄養”とされるものを摂取すれば少しは全快までの時間を短縮できる可能性はある。

 

(ふん……この地球人の思惑はどうあれ、今は利用させてもらうとしよう)

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありゃ、ピノっちおねむ?」

 

3人で食卓を囲んでからしばらくが経った時、船を漕ぎ出したピノンがゆっくりと倒れかけたのを見て、「愛」と名乗った少女は手を伸ばしてそれを支えた。

 

「宇宙人も食べたら眠くなったりするんだ。こうしてるとアタシ達と変わらないよねえ」

 

「僕達のこの姿は地球人に似せて造られたものだ。普段は使うことがなくても、食事によってもたらされるあらゆる機能が再現されて………………あ?」

 

不意によぎった違和感に気がつき、ヘルマは眉間にシワを寄せながら顔を上げる。

 

「……待て、お前……今なんて言った?なぜ僕達が地球の生物じゃないとわかった?」

 

「え?だってピノっちが言ってたし」

 

「は!?」

 

「ウチの近くで倒れてるの見つけてさ、放置ってわけにもいかないしとりあえず連れてきたんだ。そしたら色々と教えてくれたの。『下等な地球人め!アタシは高貴なる“ダークキラー”だぞー!』とかなんとか」

 

このクソバカアホゴミカス…………

 

愛の肩に身を預け、微塵も緊張感がない気の抜けきった顔で熟睡を始めたピノンを睨みながらヘルマは冷や汗を額ににじませた。

 

「ねえ、“ダークキラー”ってなんなの?」

 

「答える義務も必要もない。……図にのるなよ地球人」

 

「ちぇー」

 

残念そうに唇を尖らせた愛から視線を外しながら、ヘルマは悩ましげに眉をひそめる。

 

正体がバレたからといってすぐに状況が悪くなるわけではない。この愛という地球人がウルトラマンと繋がりのある人間でもなければ。

 

……だが面倒な事態であることに変わりはないのだ。問題なのは自分達が“ダークキラー”であることではなく、“宇宙人”であること。

 

聞けば地球に住む人間たちはエンペラ星人、ヴィラン・ギルド————侵略者たちから度重なる被害を受けた影響から異星人に対して快くない印象を持つ者も多く存在するという。見たところ愛はそれに当てはまらないようだが…………用心することに越したことはない。

 

ましてや今の自分達は力の大半を失っている。タガが外れた人間たちから暴力を振るわれでもしたらひとたまりもないだろう。

 

「……おい、起きろピノン。行くぞ」

 

「え?どこに?」

 

おもむろに席を立ったヘルマに愛は不思議そうな顔で首を傾ける。

 

「いつまでもここに留まるわけにはいかないんだよ」

 

「でも帰る場所がないんでしょ?」

 

「……それもピノンから聞いたのか?」

 

「うん。だから今日のところはウチに泊まっていきな〜って、君が来る前に話してたんだ」

 

「………………」

 

自分の知らないところで交わされていたことに頭を抱えながら、ヘルマは去ろうとしていた足を止める。

 

確かに元いた場所に戻ってもトレギアがいる限り自分達の安全は保障されない……が、まだ望みが消えたわけではない。フィーネが潜伏している施設に向かえばいいだけの話だ。

 

「当てならある。そして部外者のお前が気にかけることは何もない」

 

そう言って眠りこけているピノンに手を伸ばしたヘルマは、その頬を軽く叩いて覚醒を促そうとする。

 

「おい……おいっ、クソピノン。おいっ!!聞いてんのか!!起きろ!!」

 

しかし肩を揺らそうが頭部をひっぱたこうが、既に意識を深いところまで沈めた彼女は一向に目覚める様子を見せなかった。

 

「……どうする?」

 

「チッ……」

 

悪戯に笑った愛に舌打ちしつつ、頭部を掻き乱しながらヘルマは再び考える。

 

腐ってもピノンはダークキラーだ。自分と同様、巨人の姿になれなくとも多少の戦力にはなる。互いに全力を発揮できない今、安全のためにもここに置いていくわけにはいかない。

 

「……一晩だけだ」

 

「よし!決まりだね!」

 

ヘルマが一言つぶやいた直後、待ってましたと言わんばかりに立ち上がった愛がピノンをしっかりと抱きかかえる。

 

どこまでも緊張感のない調子に重いため息を吐きながら、ヘルマは部屋の奥へと向かう彼女の後ろを静かに付いて行った。

 

 

 

 

 

(クソッ……どうしてこんなことに……)

 

明かりの消えた客室の中心。敷かれた布団にピノンと並んで仰向けになったヘルマは、冷めない苛立ちを排出するかのように頭の中で悪態をつき続けていた。

 

トレギアの襲撃を受けてから立て続けに災難に見舞われている気がする。

 

絶え間なく胸を突いてくるのは怒りの感情。一刻も早く敵対する存在を葬ろうという憎しみの炎がヘルマの中で燃えている。しかしこれは以前のものとさほど変わらない。

 

…………もうひとつ、片隅でチラつく疑問が彼に違和感を覚えさせていた。

 

 

「ねえヘルマ」

 

「……!お前……起きてたのか?」

 

不意に横から投げかけられた呼び声に意識を移す。

 

ピノンはヘルマと目を合わせずにじっと天井を見つめたまま、普段とは打って変わって落ち着いた声音を発した。

 

「アタシ達……地球にいるんだよね、今」

 

「ああ」

 

「どう思った?」

 

「………………」

 

思いがけない問いに対しての返答が遅れる。……きっとピノンは()()したいのだろう。自分と弟が、同じ気持ちを抱いていることを。

 

「知らなかったことがいっぱいだ」

 

10秒ほど考え込んだ後、吐息と共にヘルマがそうこぼす。

 

トレギアによって思わぬかたちでの来訪となったが…………自分は初めて地球という殲滅対象の惑星に降り立った。

 

ピノンは以前も訪れたことはあったが、今回のようにその土地の住人と関わる機会はおそらくなかっただろう。

 

この星で目撃したあらゆるものが彼らにとっての“未知”。これまで抱いていた朧げなイメージ像を崩すような情報量が2人の中に今も流れ込んでいる。

 

「……あのぐちゃぐちゃした食べ物……美味しかったね」

 

ふとピノンが口にした言葉に、ヘルマは自分でも気づかないうちに頷いてしまっていた。

 

「…………あの地球人……いい人だったね」

 

「…………」

 

「いいところだよね、ここ」

 

「さっきから何が言いたい?」

 

「えっと……だからね、その…………」

 

もぞもぞと布団の中で寝返りを打ったピノンが背中を向けてくる。

 

相変わらず視線を合わせようとしないまま、彼女は静寂の中でやっと聞こえるような小さく細い声で胸の内に秘めていた疑問を口にした。

 

「美味しいものがあって、優しい人がいて、いいところなのに………………どうしてパパは、この星を襲おうとするんだろう」

 

それは紛れもなく、ヘルマ自身も感じている疑問に他ならなかった。

 

これまでは考えもしなかったことだ。父がウルトラマンを憎み、地球を滅ぼそうとする理由。

 

彼の……“ウルトラダークキラー”は単なる侵略目的でこの星を脅かしているわけではないことは薄々わかっていた。ならその憎悪の根にあるものは何か。激しい怨念と共に消し去ろうとする動機は何なのか。

 

それを知っているのはきっと……兄弟の中で誰よりも父に近しい存在であるフィーネだけだ。

 

「そんなこと、考えても仕方がない」

 

しんとした空気を打ち破るようにヘルマが言う。

 

「考えなきゃダメじゃない?」

 

ピノンはしばしの沈黙の後でそう返すと、塞がれようとしていた蓋を強引にこじ開けた。

 

「なに?」

 

「アタシ、愛がいなかったらきっと死んじゃってた」

 

唐突に布団を跳ね飛ばして上体を起こしたピノンが振り向き、まっすぐな視線を隣に横たわるヘルマへと注ぐ。

 

「この星に落ちてきた時にはもう、この身体を維持することも辛くなってて……消滅しかけてたんだ。でも愛がお腹いっぱいになるまで食べさせてくれたから、ギリギリ生き延びられた」

 

「そうだろうな」

 

自分の胸元に手を当てて、ヘルマは数刻前より安定している体内の巡りを感じ取る。

 

まだ巨人への変身はできそうにないが…………それでも、地球の食べ物を摂取することで得られるエネルギーは彼らが想定していたものよりもずっと大きかった。

 

「アタシ、親切にされると親切にしたくなるの」

 

「単細胞らしい単純な思考回路をしてる」

 

「うるさい黙れ死ね」

 

毒を吐きながら俯いたピノンが開いていた口をつぐむ。

 

何か言いたげな空気を悟ったヘルマは、明後日の方向を見つめながら独り言のようにつぶやいた。

 

「つまりなんだ?僕たちを裏切って()()()()に付くつもりなのか?」

 

「そうは言ってないだろ!」

 

「わかってるよ。お前にそんな度胸があるわけない。…………僕にもな」

 

 

ヘルマがこぼした言葉を最後に会話が途切れる。

 

再びゆっくりと布団に潜ったピノンが寝息を立て始めた頃、ヘルマもまた頭から離れてくれない疑念を取り払うように強く瞼を閉じて意識を沈めた。

 

 

◉◉◉

 

 

「………………」

 

驚くほどの快眠の末に覚醒する。視界がぼやける眼をこすりながら隣を見やると、そこに姉の姿はなかった。

 

 

「うわぁー!!すっごい!!なにそれ!!」

 

「えへへ、めっちゃ可愛いっしょ!」

 

 

「……?」

 

騒がしい雰囲気につられて起き上がったヘルマが廊下へ歩み出る。

 

やけに弾んでいるピノンの声が発せられている隣の部屋へと向かい、恐る恐る扉を開けて中の様子をうかがった。

 

「……!?なんだ、その……」

 

「お、へっくん!おはよう!」

 

「今更起きたのか。アタシの方が早起きだぞ。アタシの勝ちな」

 

姉の戯言を横目に部屋へと踏み入り、奥に立っていた愛の姿を見上げる。

 

明らかに普段着ではない。オレンジを基調としたチアガール風の“衣装”に身を包んだ彼女は、晴れやかな笑顔を満開に咲かせては力強く胸を張った。

 

「寒そうな格好だな」

 

「え?そうでもないよ」

 

「これスクールアイドルの服?」

 

「ほう、ピノっちご存知?宇宙人にもアタシ達の文化が伝わってるとはね〜!」

 

「……お前、スクールアイドルだったのか」

 

「うん。今度のライブで着るんだ〜」

 

その場でくるくると回転して衣装を披露する愛を見つめながら、忌々しい記憶を思い返す。

 

スクールアイドル————末の妹を堕落させた存在。

 

昨日までの自分なら興味を示さないか、あるいは目の前にいる彼女を躊躇いなく串刺しにしていたことだろう。……不思議と今はそのような感情は湧かない。ピノンと同じく焼きが回ってしまったか。

 

「ふん……あんなものに入れ込む理由がわからないな」

 

「楽しいからだよ?」

 

そう即答で返してきた愛に思わず言葉を失う。

 

あまりにも単純明快な答えだ。……それでいてはっきりとした意思が伝わってくる。

 

「……楽しい……」

 

「そ、楽しい。ステージの上で歌って踊って、愛さんを好きになってくれた人達をみーんな笑顔にするの。“愛トモ”の輪っていうのかな、とにかく色んな人と繋がれるのがすっごく楽しい!」

 

そう無邪気に語る彼女から目を離せない。愛の笑顔がこの上なく眩しく見える。

 

 

楽しい————久しく忘れていた、というよりも考えないようにしていた感情だ。なぜなら「必要のないこと」だから。

 

父から与えられた使命を果たすために造られ、それ故にこうして生きていることを()()()()()()。他のことを考える余裕なんてなかった。できなかった。

 

(お前も…………こんな気持ちだったのか?)

 

ここにはいない妹の姿を幻視する。彼女もきっと、迷うことが辛かったはずだ。

 

それでも妹は————フォルテは決断した。自分の進みたいと思える道を選んだ。きっと後悔なんて微塵も感じちゃいないだろう。

 

では、自分は?…………考えることすら放棄している。フォルテや愛が——自分の心に従い幸せを掴み取っている者たちが羨ましい。

 

 

そうなりたい。

 

たとえ待ち構えているものが未知ばかりでも……できることなら、叶うことなら、自分も…………ちゃんと考え、悩み抜いた上で——————

 

 

 

「あ、ちょっと出てくるね」

 

思いがけず玄関の方から鳴り響いたインターホンの音を耳にし、咄嗟に愛はその場から駆け出す。

 

残されたヘルマとピノンは静かになった部屋に立ち尽くし、互いに何も言わないままじっと顔を見つめ合っていた。

 

 

 

 

 

「はーい!今開けまーす!」

 

立て続けに鳴らされる呼び鈴を聞き、愛は慌てて玄関の戸へと手をかける。

 

磨りガラスに隔てられた先に見える人影は————やけに大きい。

 

「どちら様ですか?」

 

まだ店を開く時間ではないこともあり一瞬不審に思いつつも、愛は微笑みを浮かべながら来訪者を出迎えた。

 

 

 

「じゃあな」

 

直後、低い呼びかけと同時に振り下ろされる巨大な刃。

 

突然すぎる死の気配を察知した愛の瞳に映っていたのは、骸骨で覆われた異形の姿だった。

 

 




ちょっと駆け足気味だったかな()
フォルテとフィーネに続き、ヘルマとピノンにも変化が……?
愛に訪れた危機を前に、2人の姉弟はどのような決断をするのか。

次回、このエピソードが終わった後は果林パイセンとステラを主軸にした話を書く予定です。


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第79話 昨日の友は今日も友!:後編

先日行われたSaint Snowのライブに参戦してきました。
初の現地ライブだったので最初はめちゃくちゃ緊張してましたが気付けば夢中でブレード振ってました()

そして虹アニメ、本当に本当に大好きです。制作する方々の愛情がめちゃくちゃ伝わってきます。
確実に1クールで終わっていいアニメじゃないですあれは……。



「ん、これって……」

 

街中を歩いている最中、不意に頭上に浮かび上がった光の文字が視界に入り、追風春馬は歩道の端で立ち止まる。

 

その隣で歩みを進めていたフォルテも足を止め、何もないはずの虚空を見上げた。

 

「……?どうしたの?」

 

『ウルトラサイン……?ヒカリ達からだ』

 

フォルテの瞳には何も映ってはいない。春馬とその中にいる3人のウルトラマンにだけ見えている、宇宙の言語で記された文章。それは姉貴分から送られてきた短いメッセージだった。

 

「『これから少し時間いい?』……」

 

声に出しながら内容を把握した後、横で首を傾けているフォルテを一瞥しながら春馬は考える。ちょうどこれから彼女と一緒に東京の街を見て回る予定だったのだ。

 

ステラとヒカリのことだ、きっと何か積もる話をするつもりだろう。そういう時は直接会おうとする人達だ。

 

「春馬……?」

 

「ううん、大丈夫。行こうか」

 

怪訝な顔を向けてきたフォルテの手を引き、歩みを再開する。

 

『断るなら返信しておくぞ』

 

(うん、お願い)

 

春馬の意思を受け取った直後、手慣れた様子でタイガがメッセージを代筆してくれた。

 

今のところステラ達からのウルトラサインに緊急性は感じられない。彼女達には悪いが、今は先約を果たすとしよう。

 

まだまだ知らないことが沢山あるフォルテに、できる限りの世界を見せてあげたいのだ。

 

 

(そういえば……もう少し進んだ辺りに愛さんのお家があったような……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————ッ!」

 

予想外にも入った横槍により振り下ろされた斬撃の軌道が直角に曲がり、傍らにあった戸へ深々と刃が突き刺さる。

 

「なんっ……だぁ!?」

 

その直後、慌てて大剣を引き抜き体勢を立て直そうとしたデスレ星雲人ダイロの顔面へ少女の細足がめり込んだ。

 

矮躯からは想像もつかない脚力から発揮された打撃はダイロの巨体を容易く吹き飛ばし、脅かされていた愛の命を救ってみせる。

 

「ぴ、ピノっち!?」

 

「怪我とかない!?死んでない!?」

 

「大丈夫……」

 

「よかった!」

 

自分の身に起こっている危機を飲み込めずに戸惑う愛の前に立ち、警戒を解くことなくピノンは拳を構える。

 

蹴りが直撃した部位を抑えながらよろよろと立ち上がったダイロは、突如として現れたイレギュラーに対して鋭い殺気を突きつけた。

 

「んだこのクソガキ……?奴の言ってた“邪魔”ってのはこいつのことか……?」

 

身の丈ほどある大剣を背負い、ダイロは標的を守るようにして自分と対峙したピノンを捉える。

 

先ほど自分に叩き込まれた一撃……あれはどう考えても地球人の子供が出せる力じゃない。この星の住人ではないことはすぐに理解できた。

 

「なんだよなんだよ……てっきりウルトラマンでも相手にすることになると思ってたんだが……。——こりゃ楽でいいや」

 

「……!」

 

ダイロのまとう空気が一変したのを察知し、ピノンは握った拳にさらに力を込める。

 

「一応言っておくが、俺の目的は後ろの女を殺すことだけだ。おとなしく見てるってんならお前には危害は加えないぜ?」

 

「うるさい死ね」

 

「————ピノン!」

 

緊迫した雰囲気の中、異変に気がつき駆けつけたヘルマが血相を変えてやってくる。

 

相対する2人と困惑する愛。それぞれを交互に確認した後、眉をひそめながら彼は口を開いた。

 

「なんだこいつは……?トレギアの差し金か?」

 

「愛を殺しに来たんだって」

 

「は?どういうことだ……?」

 

「よくわかんないけどぶっ倒す!!」

 

「ちょっ————!!」

 

暴走する車両の如き勢いで飛び出したピノンがダイロと衝突。幾度かの打ち合いの後、そのまま跳躍して高所へと戦場を移していった。

 

「い、今のなんなの……!?」

 

「チッ……!お前はここにいろ!!」

 

「ちょっと、へっくん!?」

 

過ぎ去った嵐を追うようにして跳び上がったヘルマは付近の建物の上へと着地。

 

既に目視できない距離まで遠ざかってしまった姉の気配を辿り、回復しきっていない身体に鞭を打って走りだす。

 

(……なんでだよ)

 

かろうじて聞こえた先ほどのやり取りを思い出しながらヘルマは考える。

 

敵の目的は「愛()()を始末する」こと。それによって誰に何がもたらされるのかはわからないが、少なくとも自分やピノンが首を突っ込む必要性は微塵もないことだけはわかる。

 

それなのに、だ…………なんの義務も使命もないというのに、どうしてピノンは危険を冒してまでそれに歯向かおうとする?

 

出会ったばかりの、ついこの前までは名前すら知らなかった地球人のために、なぜそこまで動ける?

 

わからない。自分には何もわからない。

 

…………けど、

 

 

————『考えなきゃダメじゃない?』

 

 

昨晩ピノンが口にした言葉が頭から離れない。普段は何も考えていないくせに、なぜかあの時だけは彼女の話すことに説得力が満ちていた。

 

考える。そうだ、考えるんだ。何が最善なのかを常に考えろ。どうすれば後悔せずに済むのかを必死に。

 

それが……作り物の思考を与えられた自分にできる、精一杯の足掻きなんだ。

 

 

◉◉◉

 

 

「う……離せ下等な地球人め……!アタシは高貴なる“ダークキラー”だぞー……!」

 

「こらこら暴れないの」

 

「くそう……力が出ない……エネルギーが…………」

 

愛がピノンを家に連れてきた昨夜のこと。

 

店の中に入るなり背負っていたピノンを席へと降ろした愛は、膝を折って彼女と目線を合わせながら尋ねる。

 

家へ向かうまでに全身に刻まれていた火傷が少しずつ治っていく姿を見て、愛は直感的にこの少女が地球人(自分たち)とは違う存在だとわかっていた。

 

「とりあえず何か食べる?」

 

「……んえ……?」

 

「エネルギー……っていうのが何かわからないけど、お腹いっぱいになれば元気出るでしょ!」

 

そう言って制服姿のままエプロンを着用した彼女は、ピノンが呆然としている間に我が家の名物である“もんじゃ焼き”の調理を始める。

 

やがて差し出されたそれを見つめながら、ピノンは自分の身に起きている不可解な食欲(げんしょう)に頭を捻らせた。

 

 

 

「アタシ、宮下愛。愛さんって呼んで」

 

「…………ピノン」

 

「かわいい名前だね。ピノっちって呼んでいい?」

 

明らかに不自然な状況であるにもかかわらず平然としている目の前の地球人を見つめながら、ピノンは鉄板の上で焼かれていくもんじゃを次々に頬張る。

 

食欲が満たされると同時に、猛烈な勢いで肉体が回復していくのがわかった。

 

「あはは、もっとゆっくり食べなよ。取ったりしないから」

 

道端で倒れていた理由も、全身にある焼け跡のことも聞こうとはせず、愛と名乗った地球人はただ自分がもんじゃ焼きを食べている様子をニコニコと眺めるばかり。

 

気味が悪い。きっと裏があるはずだ。

 

なぜなら地球人はウルトラマンと()()()だから。自分たちの敵であるウルトラマンと連んでいるのなら、奴らと同様に警戒すべき相手なのだから。

 

「おおすごい、完食。そんなに美味しいかい?」

 

「……ん」

 

「よかった。おかわりは?」

 

「…………」

 

小さく頷いたピノンに明るい笑顔を見せながら、愛は続けて鉄板の上に材料を流していく。

 

対するピノンは美味しい誘惑から一度視線を外し、彼女の動きを注意深く捉えようとしていた。

 

(……くるならこい)

 

今目の前にいるのはウルトラマンの仲間である地球人。いつ襲いかかってくるかわかったものではない。

 

決して警戒を解いてはいけない。体力が回復しきったその時は、隙を見てこちらから攻撃してやる。やられる前にやってやるのだ。

 

……そう考えていたのも束の間、同じやり取りを繰り返す中で一切の敵意を感じさせない愛に、ピノンは自分でも気付かない間に自然体を見せるようになっていた。

 

 

「え?どうして助けたのかって?」

 

「うん。アタシが宇宙人だってわかってたでしょ」

 

「いやいや、宇宙人だから助けない……ってことにはならないでしょ。ましてや君みたいな小さな子を放っておけないって」

 

さも当然かのように語った愛に、ピノンは絶句せざるをえなかった。それほどの衝撃だった。

 

 

自分は何か思い違いをしていたのかもしれない。

 

ウルトラマンを殲滅すべき敵だと教えられたことで、地球人もまた自分たちに仇なす存在であるとこれまで信じて疑わなかった。

 

けど本当は違うんだ。触れたことがなかったから、見たことがなかったから知らなかった。

 

少なくとも自分を救ったこの地球人は優しさと思いやりに溢れている。

 

光の戦士。地球人。どちらも大きなカテゴライズで、その内にある個々の事情なんて見えやしない。だけど実際にこの星に来て知ることができた。

 

ここには美味しい食べ物がある。優しい人もいる。

 

そして…………それらに触れると、心がとっても暖かくなるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「————おいおい、威勢の割にあっけないじゃねえか」

 

「う……ぐ…………」

 

一目の届かない雑居ビルの屋上。目にも留まらぬ近接戦の果てに、ボロボロに消耗しきったピノンがぐったりと倒れ伏している。

 

ダイロはゆっくりとしゃがみ込むと束ねられていた彼女のポニーテールを乱暴に掴み上げ、強引に視線の高さを自分に合わせた。

 

「く……そ……万全の状態なら、お前なんか…………ギッタギタなんだから」

 

「お、まだ減らず口を叩く元気はあったか——っと!!」

 

「ぎゃっ!!」

 

ピノンの頭部が容赦なくコンクリートの地面に叩きつけられ、小さなクレーターが生まれると同時に彼女の顔に鮮やかな赤色が伝う。

 

動けないでいる矮小な獲物を見下しながら、ダイロは余裕に満ちた様子で言った。

 

「無様に泣き叫んで許しを乞えば見逃してやらんでもないぞ?ほら喚けよ、ん?」

 

「ベーーーーーーっ」

 

危機に瀕している状況でありながら舌を突き出して威嚇してきたピノンに、思わず呆れたような重い溜め息がダイロから漏れる。

 

「マジでバカだなお前。そんなに死にてえか?」

 

「んなわけないじゃん。アタシは生きるし愛も助かる。死ぬのはお前1人だよ」

 

「なぜそこまであの地球人を庇う?長い付き合いってわけじゃねえんだろ?」

 

「関係ねえっつの」

 

そう鋭く言い放った後、ピノンの双眸にギラついた光が帯びる。

 

「昨日会ったばかりでも()()()が殺されるのはヤダ。アタシは“チョウジョ”だから、良い子だから、受けた恩はきちんと返さなきゃならないの」

 

「なに言ってんだお前?」

 

「弟が近くにいるんだから————その手本にならなきゃいけないんだッ!!」

 

銀髪を振り乱しながらピノンが激昂した直後、隙を見計らって放たれた頭突きがダイロの頭部に衝突した。

 

「が……っ…………!?」

 

たまらず身体を反らした奴の腕から脱出し、ピノンはすぐさま後退して距離をとる。

 

「クッ……ソガキィ……!ナメた真似しやがって……!!」

 

掲げていた大剣を握る手に力を込め、ダメージを発散するように頭部を揺らしたダイロが猛烈な殺意を込めてピノンを視界に入れた。

 

「望み通りぶっ殺してやんよ!!」

 

「…………っ……」

 

痛みと疲労で動かない身体に巨大な刃が迫る。

 

全神経を回避に費やしても間に合わないタイミング。

 

横薙ぎの斬撃がピノンの首元まで肉薄し、その命が一瞬で刈り取られようとしたその時、

 

 

「あ……!?」

 

またしても想定外の一撃が2人の間を横断し、ダイロの手にしていた大剣は甲高いを立てながら叩き落とされた。

 

 

「————本当、お前はいつも生意気に姉貴面をしようとする」

 

冷たく落ち着いた声が風に乗って屋上を巡る。

 

軽やかな身のこなしで姿を現した1人の少年は、握っていた槍を器用に振り回しながらダイロへと接近。

 

「ガキがもう一匹……!?」

 

瞬く間に距離を詰めてきた少年の槍術が目まぐるしくダイロの眼前を舞う。

 

完全に不意を突かれたこともあり対応が遅れてしまう。

 

小さな身体を存分に活かし、少年はいとも簡単にダイロの死角へと潜り込んだ。

 

「うおおおおおおっ!?」

 

力も体力も勝る敵を相手にして勝利を収めるとなれば、許される時間は“一瞬”。

 

なんの迷いも躊躇いもなく突き出された槍の一撃は、的確にダイロの胸部を捉えてはその肉体を貫通した。

 

「がっ……あ……!?」

 

血のように噴き上がる火の粉を撒き散らしながら、ダイロは咄嗟に退避を図る。すんでのところで急所を刺突されるのは避けられたが、深刻なダメージを負ったことに変わりはない。

 

「ち、くしょうがぁぁあああああ…………!!」

 

前方に立つ少年と少女に呪詛のような言葉を吐き出しながら、奴は慌ててその場を去っていった。

 

 

 

「…………ヘルマ」

 

「僕も考えてみた」

 

背を向けたままそう口にする弟を呆然と見つめながらも、ピノンは彼の言葉に耳を傾ける。

 

「ただ言われた通りに行動するだけじゃ、生きてる意味がない。……ウルトラマンを殺す理由を、地球を脅かす理由を、僕は自分自身で見つけたい。……この世界には、まだ僕達が知らないことで溢れているはずだから」

 

「じゃあ…………これからどうするつもりなの?」

 

「…………それは」

 

姉の問いかけに即答することはできなかった。

 

浮かびかけてきた答えを遮るのは…………兄の顔。自分達が心のままに生きようとすることを、彼はきっと許してはくれないだろう。

 

 

「おーーーーーーい!!2人ともーーーーーー!!」

 

ビルの真下から聞こえてきた呼び声に反応し、ヘルマとピノンは眼下へと視線を落とす。

 

家からここまで追いかけてきたのだろうか。息を荒げて必死に自分達に声を張る、宮下愛の姿がそこにあった。

 

「…………愛のところにいたら、フィーネ兄ちゃんに怒られるよね」

 

「そうかもな。けどその時は僕も一緒だ、こわくない」

 

「うん」

 

互いの手のひらをしっかりと握りしめ、ヘルマとピノンは揃って地表へと飛び降りる。

 

 

…………そうだ、たとえ兄が許さなかったとしても関係ない。

 

自分達だって決断する。末の妹がそうしたように、後悔しない生き方をするんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もちろんしばらくウチに居るってのは構わないけど…………それよりも大丈夫だったの!?さっきの骸骨は!?」

 

「追い払った」

 

「雑魚だった」

 

「あ〜んもう、後で詳しく説明してもらうからね!」

 

傷だらけの自分達を見るなりオロオロと周囲を右往左往し始めた愛を軽くあしらいながら、ヘルマとピノンは足を進める。

 

結果的にフィーネのもとに向かうことはできなくなり、結局は愛の家に置いてもらうことになってしまった。

 

当初の考えとは随分違うが……不思議と不安はない。むしろ心が弾むようだ。

 

どこに向かうかまだわからない、先の見えない明日がこんなにも面白いものだなんて、昨日までの自分達ならば知る由もなかっただろう。

 

(…………ずるいな、フォルテ。こんな気持ちを独り占めしてたのか)

 

 

 

 

 

「あ」

 

3人で帰路を歩いていた最中、曲がり角から現れた人影に気がつきふと立ち止まる。

 

思わず声を上げてしまった愛だけでなく、お互いの顔を視認すると同時にその場で鉢合わせした全員が驚くように目を見開いていた。

 

「お〜!ハルハルにフォルテちゃんじゃん!どうしたのこんなところで!?」

 

「え、ええっと、俺達はちょっと長めの散歩というか……なんというか……」

 

1人は宮下愛にとっては同じ同好会の仲間、ヘルマにとっては一度敵として刃を交えた人間、追風春馬。

 

そしてもう1人は彼と行動を共にしていた“ダークキラー”の少女————フォルテ。

 

動揺するように瞳を揺らしながら目の前にいるヘルマとピノンを凝視する2人に、愛は相変わらず澄み切った笑顔で彼らを紹介してみせるのであった。

 

 

◉◉◉

 

 

「クソッ……!ちくしょう……なんだあのガキどもは!?」

 

胸部に空いた風穴に手のひらを押し当て、デスレ星雲人ダイロは覚束ない足取りで路地裏に身を隠す。

 

依頼の邪魔をしてきた少年と少女————どちらも幻想的な銀色の髪を持っていた。

 

「一体どこの惑星の……いや、そんなことはどうでもいい。このままじゃ終われねえ……!必ず地獄を見せてやる!」

 

もはや依頼のことは関係ない。自分をここまで無様な姿にした者達が許せない。

 

激しい憎悪の炎を燃え上がらせながら、ダイロは再び力強く大剣の柄を握りしめ——————

 

 

「お・つ・か・れ〜」

 

刹那、前触れなく頭上から発せられた声音が鼓膜を撫でた。

 

「なっ……!?なんだ!?なんっ……ぎゃっ……ぁぁあああアアアアアアッ!!!!」

 

ダイロの周囲を取り囲むようにして生まれた複数の“顎”が彼の肉体を貪り喰らい始める。

 

バキバキと骨が噛み砕かれる音。

 

鬼神のような外見の()()()は欠片も残すことなくダイロを平らげると、路地の奥に佇んでいた男のもとに収束していく。

 

「まあ今回はダメ押しのつもりだったが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

男が言葉を紡ぐごとに、周囲に蠢く影が仮面のようにして彼の目元を這う。

 

「残るは2つだけだ。……あと少し。もう一息で私の悲願は達成される」

 

怪しげな赤い光が男の瞳に宿る。

 

暗い暗い路地裏の中で、男の中にある醜い光が彼の胸元をさんさんと照らしていた。

 

 

「もうすぐだよ、タロウ。私の心を……君にもやっと見せられる」

 




どんどん敵が少なくなっていくのにトレギアのせいで全然安心できませんね……。

予告していた通り次回からのエピソードは果林パイセンをヒロインに置き、ステラの視点から物語を進行していきます。
これまで曖昧な言葉で片付けられていたウルトラダークキラーの正体についても明確に言及される予定です。


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第80話 群青の光と星:前編

来週から書く時間が減るかもなので出せるものは今のうちに……。

果林さん回に入りますが、今回は終盤に向けた説明回も兼ねているので彼女の出番は少なめです。


   『————ステラ、お前も俺達の仲間に…………GUYSの一員になってくれないか?』

 

 

 

ふと気が抜けた瞬間、頭の中で同じ青年の声がこだまする。自分に二つに一つかの決断を迫る言葉だ。

 

これから先のことを考えてこなかったわけじゃない。いつまでも相棒にすがって生きるなんてできないことも……ちゃんとわかってる。

 

だけどやっぱりモヤモヤとしたものは胸の中に残り続けている。きっと1歩を踏み出すのが恐ろしいんだ。

 

 

自分の肉親を殺し、故郷を滅ぼした怪獣への憎しみから始まった長い旅路。あの頃から色々な変化を経た今、少しずつ終着点が見え始めている。

 

その先のことを自分はまだ何一つ決めていない。自分が望んでいることがわからない。

 

青年が差し出した手を取れば、長い時間を共にした家族との別れは決定的になる。取らなければ…………おそらくは今までと同じような、()()()()の中で生きていくことになるのだろう。

 

 

どちらを選ぶ。どちらを望む。

 

自分はいったい…………どうなりたい?

 

 

 

 

 

 

 

 

『ステラ』

 

聞き慣れた穏やかな声が耳朶に触れ、閉じていた瞼をゆっくりと上げる。

 

明かりの消えた学生寮の一室。ベッドの上で寝返りを打った後、そばにあるテーブルの上で腰を下ろしている透き通った青色と視線を交わしながら、七星ステラはぽつりと尋ねた。

 

「なに?」

 

『気の乱れを感じた。少しうなされていたようだが、大丈夫か?』

 

「なんでもないわ。そもそも眠れてなかったし」

 

『……また考え事か?』

 

小さな霊体で首を傾けたヒカリの質問に、ステラは沈黙で返答する。

 

彼女が何を悩んでいるのかヒカリはとうにわかっている。長い間家族同然の付き合いをしていた仲だ、心境の変化など手に取るように鮮明だ。

 

『俺は君の選択を尊重する』

 

同じことを何度口にしただろうか。励ます意図で伝えた言葉も、今のステラにとっては惑いを一層強くするものでしかない。

 

「……この戦いが、きっとわたしの分かれ目になる」

 

仰向けの体勢で天井を見つめながら、ステラは静かに口を開く。

 

「この5年間、ヒカリが何も言わずに一緒にいてくれたこと……本当に嬉しかった。いつもワガママを許してくれてありがとう。……本当はあなたと相談して決めたいけど、今回はそれじゃダメだから」

 

『…………そうだな。すまない、余計な世話を焼いた。……うん、では黙っておこう』

 

腕を組み、強引に気持ちを鎮めるようにして俯いたヒカリに思わずステラの口元が緩む。

 

しかし再び室内に静寂が訪れまたしても重たい空気がのしかかろうとしたその時、ヒカリは意を決したように言い放った。

 

『だがこれだけは言わせてくれ。君はひとつ思い違いをしている』

 

「ん?」

 

『君だけじゃないんだ、ステラ』

 

横たわりながら身体を向き直したステラをまっすぐに見据え、ヒカリは力強い想いを吐露する。

 

『5年前……あの戦いの後、共に過ごすことを選んだのは君が望んだからじゃない。……一緒にいたかったんだ、俺も。もっと多くの時間を共有したいと思ったんだ』

 

「………………」

 

『君がワガママだというのなら俺も同じだ。感謝したいのはこちらの方だ。……こんな俺を受け入れてくれて、本当にありがとう』

 

幾度目かの沈黙。先ほどのそれとは違い、今度は少しばかり気恥ずかしいものだ。

 

「このへんにしておきましょう」

 

『……そうだな、そうしよう』

 

仄かに赤らめた顔を隠すように背を向け、ステラはゆっくりと瞼を閉じると声色を変えて続けた。

 

 

「——明日、春馬とタイガ達にあのことも伝えるんでしょ?」

 

『ああ』

 

「改めて考えても信じられないわね」

 

『それでも事実であることは変わらない。……今度こそ、最後まで共に』

 

「もちろんよ」

 

そのやり取りを交わした後、吐息をこぼしながら意識を奥底へと沈めていく。

 

不安ばかりが胸に渦巻くなかで、寄り添ってくれる家族の存在が何より心強かった。

 

 

◉◉◉

 

 

「おっ、いいわね!じゃあ次は……こっちの角度から!……はい、もう1枚!」

 

白い背景と撮影用の照明に囲まれながら次々とシャッターを切られていく少女が2人。

 

横に並んでそれぞれが異なる表情やポージングを決める度に、周りでその姿を眺めていた者たちは感嘆のため息をつく。

 

「七星さん、あなた最高よ!さすが果林ちゃんのお墨付きね!」

 

「ど、どうも……?」

 

「あ、動いちゃダメダメ!まだまだいくからね!」

 

抜けかけていた気を引き締め、ステラはカメラマンの指示通りの体勢と表情を維持する。

 

そのすぐ隣でモデルとしての本領を発揮しつつ、朝香果林はどこか面白がるような微笑みを浮かべていた。

 

 

 

「お疲れ様」

 

「どっと疲れたわ…………」

 

「ふふ、私もあのカメラマンさんのペースに付いていくのは大変なの」

 

控え室に戻り着替えを済ませた後脱力するようにテーブルへ身を預けたステラと向かい合いながら、果林は手にしていたコーヒーに口をつける。

 

虹ヶ咲学園の3年生として潜伏しているステラにとっては普段から同年代として関わっている人物。

 

一緒に雑誌用の写真を撮影する予定だった子が体調不良で出られなくなったから代打をお願いしたいという果林の頼みから、今日はこうして彼女の仕事場であるスタジオに訪れたのであった。

 

「本当、急にごめんなさいね。お詫びにご飯でも奢るわ」

 

「いいわよべつに。……1度くらい、あんな風に目一杯お洒落してみたいって前から思ってたし」

 

「あら、なら今回だけとは言わずにこれからも続けてみる?モデルの道は厳しいけど……あなたなら問題なくやっていけると思うわ」

 

「そこまではちょっと……」

 

「そう?まあ気が変わったら言ってちょうだい。私から話を通しておくわ」

 

果林の誘いに渋るような反応を示した裏で、ステラは提示された一つの可能性に対して浮き立つようにはにかんだ。

 

(モデルね……考えたこともなかったわ)

 

『俺は悪くないと思うぞ。ステラなら大成間違いなしだ』

 

(茶化さないでよ)

 

『本気で言っている』

 

冗談かどうかもわからないヒカリの発言に狼狽えつつ、ステラはふと部屋の隅に掛けられていた時計へ意識を移す。

 

人と会う約束の時間が近づいている。

 

おもむろに席を立ち、「そろそろ行くわ」と会釈しながらその場を去ろうとしたステラに果林も小さく手を振って応えた。

 

「そっか、これからデートなんだっけ」

 

「含みのある言い方ね。わかってると思うけどわたしと春馬はそんなんじゃないから」

 

「確かに、付き合ってたら“姐さん”なんて呼ばれないでしょうしね」

 

「それについてはノーコメント。——それじゃあね、結構楽しかった。次のお仕事頑張って」

 

「はぁい」

 

互いに目線を前へと戻した後、ステラは静かな足音を立てて控え室の出口へと手をかける。

 

年相応の少女としての日常を噛み締めつつも、これから向かう非日常に向けて彼女は大きく踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モデルのお仕事を!?姐さんがですか!?」

 

「うん」

 

「え〜!?見たかったなぁ…………」

 

レトロで物静かな雰囲気が漂う喫茶店内にため息交じりの少年の声が通る。

 

噂では地球に暮らす宇宙人たちが密かに憩いの場としている店だそうで——それ故かカウンターに立つ店主を含め“地球人の姿をしているだけの何者か”の存在が多く確認できた。

 

「んぐ…………あっ、そういえば聞いてくださいよ。ヘルマくんとピノンちゃん、すっかり愛さんのウチに馴染んだみたいで、今ではよくお店のお手伝いとかもしてるんですって」

 

「ふぅん、この先なにもなければいいのだけれど」

 

「大丈夫ですって。あの2人、やっぱり悪い子たちじゃなかったです!フォルテちゃんと同じで……トレギア達にいいようにされてただけだったんですよ!」

 

数分前に運ばれてきたパンケーキを胃に収めつつ上機嫌に話す弟分を、ステラは頬杖をつきながら眺めては微かに笑う。

 

「嬉しそうね」

 

「そりゃあそうですよ、もうあの子達と傷つけ合う必要なんてなくなったんですから。……まだフィーネがいるけど、彼だってきっと————むぐっ?」

 

慌ててまくし立てる春馬を黙らせるかのように、ステラは手元にあるパフェからスプーンですくい取ったアイスを彼の口へと差し込む。

 

「少し落ち着いたら?」

 

「…………はい」

 

一転して沈んだ表情に変わった春馬を見て肩をすくめる。

 

先ほどからの彼の言動は、内にある焦りがひしひしと伝わってくるようだった。

 

「戦わずに済むのならそれに越したことはないけど、()()にその譲歩は通用しないわ」

 

「トレギアと……敵の親玉のことですね」

 

思い詰めた顔で尋ねてきた春馬に頷きつつ、ステラは続いて彼の中にいる3人の宇宙人へと問いかける。

 

「タイガ達も気付いているんでしょう?……“ダークキラー”のボスが、あなた達をそんな状態にした張本人だってこと」

 

『……薄々な』

 

『日頃からフォルテの話を聞いてりゃ、嫌でもわかるさ』

 

地球にやってくる前の記憶が呼び起こされる。

 

怪獣墓場に現れた“闇の巨人”。トレギアと共に自分たちを襲い、実体が保てなくなるまでに追い詰めた怪物だ。

 

「——そいつの名前は、“ウルトラダークキラー”」

 

ステラが口にした名前を耳にした途端、春馬とタイガ達にひりつくような緊張感が走る。

 

今日彼らが呼び出されたのは、敵の正体に関する情報を共有するためだった。

 

「ノワール……っていたでしょ?」

 

「ああ、はい。未来さん達のお仲間ですよね」

 

「そう。あの変態は自由が利くみたいでね、わたし達の知らないことを色々と把握してる」

 

『あいつから聞いた話なのか?』

 

「ええ。胡散臭く思うかもしれないけど、確かな情報筋よ」

 

いまいち腑に落ちていない様子の春馬たちを横目に、ステラは溶けかかっていたアイスを口へと運んでいく。ノワールの素性について彼らは何も聞かされていないのだから、この反応は無理もない。

 

「あいつの話によると……ウルトラダークキラーは怪獣墓場に渦巻いていた怪獣や宇宙人の怨念が集まって生まれた存在。不安定だけど統合された意識を持ってて、“ウルトラマン”に対する憎しみだけを原動力としているらしいわ」

 

『……!なるほど……だから奴はあの場所に……』

 

『そいつをトレギアが唆して、協力者に引き入れたってわけか』

 

『“闇の皇帝の亡霊”とはかけ離れてるな。噂なんて信じるもんじゃないぜ、まったく』

 

『それがそうでもないんだ』

 

呆れたように言ったフーマに対して、ヒカリは重たい声音で返す。

 

『……どういうことだ?たかだかそこらの怪獣や宇宙人が束になっただけの奴が、暗黒宇宙大皇帝の幽霊と同等だって言うのか?』

 

「根本的なことが抜けてるわ」

 

『いいかフーマ、エンペラ星人は5年前俺たちによって一度()()()()()()()()

 

『…………………………あ』

 

「ちょっと待ってください!それなら、まさか……!」

 

狼狽し言葉を飲み込んだ春馬に代わるように、タイガは敵の姿を幻視しながら答えとなる真実を口にした。

 

『つまり、ウルトラダークキラーを構成する怨念の中に————エンペラ星人の魂が混ざっているわけか』

 

静かに頷いて肯定の意を示すステラ。その瞳には普段の彼女には見られない憂いが宿っているようにも見えた。

 

ウルトラダークキラーが誕生した土地である“怪獣墓場”————そこには文字通りあらゆる時間、あらゆる場所で滅びた怪獣や宇宙人たちの魂が集う。それは5年前に地球で倒されたエンペラ星人も例外ではない。

 

ダークキラーが怪獣墓場に留まっていた怨念の集合体であるのなら、かの皇帝の魂がそこに含まれていても不思議ではないのだ。

 

「それだけならよかったんだけど…………問題は奴の身体を動かしている意識。不安定な状態で生まれたダークキラーは、自分を形作っている魂の中から()()()()()()()を核としているみたいなの」

 

『十中八九、エンペラ星人だろうな』

 

『……そういうことかよ』

 

暗黒宇宙大皇帝エンペラ星人————その強大な力からも自我の強さは明らかだ。

 

何百、何千という魂たちの中で一際存在感を放つ意思。それがウルトラダークキラーの主導権を握っている“核”。

 

“怨念の集合体”……ただそれだけの存在ならどれだけ楽だっただろうか。実質的に自分たちは、今後くるであろう戦いで闇の皇帝と相対しなければならないわけだ。

 

「たぶん意識も力も中途半端で、完全に同一の存在ってわけじゃないでしょうけど…………それでも、脅威であることに変わりはないわ」

 

視線をテーブルに落としながら語るステラを見つめながら、春馬は戦慄するように息を呑んだ。

 

 

朧げな記憶の中に残っている黒い巨人。この地球だけでなく宇宙全体を闇で覆うとしていた奴の姿が思い起こされる。

 

“究極の光”が起こらなければ退けることはできなかった相手を…………自分達は倒せるのだろうか。

 

 

「………………頑張ります、俺たちも」

 

“欠片”の無い胸元に手を当て、春馬は自分が背負っている者達の顔を思い浮かべた。

 

歩夢やかすみ、同好会のみんな…………そしてフォルテ、ヘルマ、ピノン。この星に生きる全ての人々の命の行方が自分達にかかっている。

 

できるできないではなく、やるしかない。素質がなくても、過去の英雄のように“十の光”を宿していなくとも、戦って勝つしかない。

 

「トレギアにも、ダークキラーにも……俺達は負けません。必ず勝って、またこの地球に平和な世界を築いてみせます」

 

————それが、ウルトラマンとしての力を与えられた自分の使命だから。

 

 

「……あのね、わたし達もいるってことを忘れないでよ?」

 

「は、はいっ!もちろんです!頼りにしてます姐さん!ヒカリさん!」

 

ステラが春馬の額を小突いた直後、2人の周りに穏やかな空気が戻る。

 

彼らがそう予期している通り、決着の刻は…………少しずつ近づいていた。

 




今作におけるウルトラダークキラーの真の正体が明言されました。
メビライブを読了済みの方はわかると思いますが、当然ステラとヒカリにとっては因縁浅からぬ敵です。

今回からのエピソードでは過去作で描き切れなかったステラとヒカリの成長も取り上げていきたいと考えています。
最後の戦いが近づいてくるなかで、2人はどのような決断をするのか……。


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第81話 群青の光と星:中編

今週もアニガサキは最高だった……。
Zもそろそろ終盤が近いですね。もうすぐ始まるギャラファイにも期待したいです。


目を閉じている時が最も心を落ち着かせることができる。

 

光の届かない真っ黒な世界。宇宙空間を思わせる景色がザワついた胸を穏やかにしてくれるのだ。

 

 

ウルトラマン————それは愚かにも宇宙の秩序を統制している気になっている大罪人の集まり。奴らの言う“正義”、“光”、“絆”といった言葉はすべてまやかしだ。現実を直視できない弱い者たちが生み出した戯言なんだ。

 

奴らは何も見えていない。何もわかってなどいない。

 

 

べリアル。ヒカリ。どちらも光の戦士でありながら道理に背いた者たち。ウルトラマンが世に解き放ってしまった()()だ。光の国の住人であるのなら誰もがそのことを知っている。

 

奴らはその問題に向き合おうとはしなかった。自分たちが不完全な存在であると自覚しながら、なおも強大な力を行使して全宇宙におせっかいを焼いている。

 

あってはならない。そんなこと、あっていいはずがない。

 

影の差す側面を指摘すると決まって返ってくるのは「悪い一面ばかりを見るな」だ。冗談ではない。貴様らこそ物事の一面しか見えていないのだ。

 

見るな見るなといっても黒いものは確かに存在する。目を背けたって何も変わりはしない。

 

逃げて、逃げて、逃げ回って、その果てに築き上げた仮初めの平和を掲げて“正義”だと?…………馬鹿な。なんて哀れな道化(ピエロ)だ!

 

 

今の世界を正すことができるのはただ1人、この世の真理を探究し真実にたどり着いた自分だけだ。

 

示さなければならない。

 

この宇宙におけるあらゆる事象、行為に意味はない…………虚無の中に我らはいるのだと知らしめるのだ。

 

 

(————それこそが、皮肉にもウルトラマンとして生まれたこの私の……“使命”なのだから)

 

 

◉◉◉

 

 

「ん……?果林?」

 

「あら、おはよう」

 

早朝。野暮用を済ませるためスクールアイドル同好会部室へやってきたステラを待っていたのは、練習着姿の果林。

 

今日は学校も同好会も休みであることもあり、部屋に足を踏み入れた直後、反射的に口から疑問が飛び出していた。

 

「こんな朝早くにどうしたの?」

 

「自主練よ、自主練。ステラこそどうしたの?」

 

「この前間違って持って帰っちゃった練習ノートを戻しに来たの」

 

「そんなの今度来たときでもよかったんじゃない?」

 

「まあそうだけど、放置してそのまま失くしちゃったら申し訳ないし」

 

そう言って軽い柔軟体操をしている彼女の横を通り過ぎ、ステラはテーブルの隅にノートを置く。

 

振り返ってみればいつになく真剣な顔つきをしている果林が視界に入る。普段見せる涼しい表情では隠しきれない、何かに対する情熱がにじみ出ているようだった。

 

「今朝は1人で起きれたの?」

 

「……え?なんでそんなこと聞くわけ?」

 

「よく起こしに行ってるって前にエマが…………」

 

「余計なことを……」

 

うっすらと頬を赤らめながら眉をひそめた果林は、無理やり平静を保とうと咳払いをしつつ口を開く。

 

「ちゃんと1人で起きれたわよ。それがどうかした?」

 

「なんか気合い入ってる感じだったから気になって。次のライブ近かったかしら?」

 

「いいえ」

 

「だったらどうして——————」

 

尋ね返そうとしたところでステラは言葉を飲み込む。

 

ふと視界の端に映り込んだのはソファーの上に置かれているひとつのカバン。この場に姿は見えないが、果林と同じように自主練に訪れたもう1人の人物の存在を示唆するものだった。

 

普段の練習の際に何度も見かけたものだからわかる。間違いなくせつ菜の所有物だった。

 

「まあ、そういうことよ。私が来る前からスタジオで練習してるみたい」

 

「対抗心?」

 

「一方的なものでしょうけどね」

 

そう自虐的に笑った果林を一瞥しつつ、ステラは同好会での彼女の振る舞いを今一度思い返した。

 

今年の春に部員たちの誘いを受けてスクールアイドルとなったと聞く果林だが、これまでの活動を一言で表せば“ドライ”であった。

 

彼女は滅多に内にある感情を打ち明けようとしない。エマと話している際はその緊張は少し和らぐものの、基本的にはどこかベールで内面を覆っているような雰囲気がある。

 

それも意図的なものではなく……果林自身も気づかないうちにそのような振る舞いをしてしまっているだけかもしれないが。

 

そんな彼女が、だ。今はハッキリと汲み取れるくらいに()()()()()()

 

「ねえ、せつ菜のパフォーマンスについてどう思う?マネージャーからの意見が聞きたいわ」

 

依然として柔軟を続けつつ、視線を向けようとしないまま果林はステラへそう問いかける。

 

突然投げかけられた質問に一瞬戸惑うも、ステラは口元に片手を添えながら即席の分析を行った。

 

「声量が段違いだと思うわ。せつ菜の曲は激しい振り付けが多いけど…………それでも聴いている人を圧倒できるようなパワーが彼女の歌声にはある。それを差し置いても、単純な技術では同好会の中で間違いなくトップね」

 

「だいたい同意見」

 

曲げていた身体を伸ばしステラの方へ向き直りながら、果林はうっすらと笑みを浮かべた口を開く。

 

「彼女は間違いなく今の私達の中で1番のアイドル。実際、ラブライブを勝ち抜けたのはあの子だけだしね」

 

冷静な調子でそう語りつつも、言葉の節々からせつ菜に対する思いが伝わってくるようだった。

 

「他の子たちと違って……私やエマ、彼方に残された時間はとても少ないわ。けどそんな僅かな間でも満足できるくらいのものを、この同好会で感じることができた」

 

「時間……」

 

果林が口にしたひとつの単語がステラの心に深く引っかかる。

 

冬の訪れと同時に近づいてくるのは新しい季節だけじゃない。美しくも儚い別れが必ずやってくる。

 

「でも、私はもっと上を目指したい」

 

常日頃から果林はそれを意識していたのだろう。……だからこそ彼女は、これからも後悔を残すことのないよう“今”を全力で駆け抜けようとしている。

 

そのある種目標のようなものを、彼女は「優木せつ菜」と定めているのだ。

 

「今しかできないことだもの。ラブライブにはもう出られないけど……最後の時まで、きっとスクールアイドルとしての成功を掴んでみせるわ」

 

その言葉を最後に会釈をしつつ部室を去って行く果林の背中を見送った後、ステラはそばにあった椅子へ静かに腰を下ろしながら思いを馳せた。

 

 

恥ずかしい。心の底から自分が情けないと感じる。

 

ヒカリと…………ウルトラマンと一緒に過ごしていくなかで忘れていたことがあった。自分のあるべき姿は()()()()()()()()

 

5年前、共に戦った戦友たちはとっくに先へ進んでいる。その姿を自分は離れた場所から眺めているだけだ。春馬やタイガに姉貴分として振舞っていたのも、そんなコンプレックスを覆い隠すための行動に過ぎなかったのかもしれない。

 

ボガールに家族を殺されたことで故郷を離れざるをえなかった過去とは違う。自分は今選択肢を与えられている。

 

生きる力はここにある。ヒカリに依存しなくても……立ち上がることができる。

 

終わりから逃げてはいけない。今しかできないこと、短い時間だからこそ広がる可能性を直視しなければいけないんだ。

 

 

 

 

 

「ヒカリ」

 

校舎を抜けると、いつの間にやら小雨が降り始めていた。おもむろに鞄から取り出した折りたたみ傘を開き、学生寮への道を歩きながらステラは小さく家族の名前をこぼす。

 

 

始まりは利用するだけの関係性であったかもしれない。しかし数々の苦難を掻い潜り、自分達はかけがえのない宝物を手にすることができた。

 

辛いときも楽しいときも、彼はそばにいてくれた。本当に…………ウルトラマンヒカリは自分にとって父親のような存在だった。

 

心と身体を彼に育てられた。長い長い道筋を、彼と共に歩いてきた。

 

…………だったら尚更だ。子は父のもとから巣立つときがくる。彼に報いるためにも、自分は成長しなければいけない。

 

 

七星ステラにとってそれは————今なんだ。

 

 

 

「わたし、ここに残るわ」

 

小さな雨粒が降り注ぐ最中、歩みを止めることなくステラは真っ直ぐに前を見ながらはっきりと言い放つ。もはや迷いはどこにもなかった。

 

「未来やAqours、春馬とニジガクのみんな…………この地球で出会った人達と触れ合って、1人だけでも歩いてみたいと思った」

 

傘が雨に打たれる音にかき消されないようにしっかりと言葉を紡いでいく。ずっと苦悩してきた決断だというのに、不思議と心は晴れやかだ。

 

ステラが打ち明けた想いを受け取った後、深呼吸と共にヒカリは言った。

 

『そうか。君がそれを望むのなら、俺もすべきことを成そう』

 

「……寂しい?」

 

『ああ、寂しい。とても』

 

「わたしもだよ」

 

自然と微笑みが溢れてくる。互いに離れることを寂しいと感じ、そして……互いに成長を望んでいる。

 

かつての戦友たちがそうであったように、自分達も自身の道を突き進むんだ。

 

 

◉◉◉

 

 

「素晴らしい。想像以上の成長だ、ダークキラー」

 

高台に立ち、手のひらの上で1個の指輪を転がしながら悪魔は人知れず不気味な笑いを響かせる。

 

アクセサリーの外見をしているが、そこに握られているのは解放すれば容易に大量の“死”を振り撒くことができるパンドラの箱。悪魔が求めてやまない力の一端を宿した代物だ。

 

「君は実に私を楽しませてくれる。その屍の身で……着々と()()()()()を取り戻しつつあるというわけだ」

 

早くも懐かしく思える記憶を辿る。

 

墓場に眠っていた魂たちが集結し、ついにはひとつの命として再び世界に生まれ落ちた災厄の化身。当初は歯牙にもかけなかった相手だが、蓋を開けてみればとんだ宝の山だった。

 

暗黒宇宙大皇帝エンペラ星人の意識に加えて、ウルトラマンの力を模倣する能力。純粋な闇のエネルギーだけでここまでの成果を得られたことは、悪魔にとっても予想外の出来事だった。

 

「だがまだ足りない。私の求める証明のためには————やはり()()()の力が必要だ」

 

禍々しい閃光がほとばしると同時に悪魔の手から指輪が消失する。

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!!!」

 

直後、細かな雨粒が降る街中に突き上げるような咆哮が轟いた。

 

 

 

「最終段階に入る前の小手調べといこう。————このEXタイラントで」

 




EXゴモラ、EXエレキングに続いてEXタイラント登場。今回は思いつきが半分くらいです()

メビライブ以降もヒカリと行動を共にしていたステラですが、ここにきて彼と別れる決断をしました。
もちろんトレギア達との戦いが終わるまでは一体化したままですが、前作を踏まえての展開ということで作者的にも感慨深いものがあります……。

ではまた次回、お会いしましょう。


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第82話 群青の光と星:後編


次でアニガサキ8話って信じられます?
ついこの間1話やったばかりでは……?(錯乱)


「あれ、果林さん?」

 

スピーカーから流れる音楽に合わせてステップを踏んでいた足が止まる。

 

扉が開かれると同時にスタジオへ入ってきた人物の存在に気がついたせつ菜は、首にかけていたタオルで汗を拭いながら怪訝そうに口を開いた。

 

「果林さんも自主練ですか?」

 

「そんなところ。相変わらず頑張ってるわね」

 

「はいっ!なんと言っても次は決勝ですから!」

 

顔いっぱいに笑みを咲かせてそう言ったせつ菜に思わずつられて口元が緩む。

 

生徒会長の座をめぐっての一悶着が終わったばかりだというのに、彼女は以前と変わらない様子で日々ラブライブに向けた練習に励んでいる。

 

「張り切りすぎて身体を壊さないようにね」

 

「あ、そこは気をつけているので大丈夫ですよ。適度に休憩と息抜きを挟んでいるので」

 

「あら流石」

 

何気ないやりとりの後にミネラルウォーターで水分補給をする彼女を横目に、果林もまた部屋の奥へと移動してダンス練習を始めようとする。優木せつ菜の圧倒的なパワーを背中で実感しながら。

 

モデルの世界では得られない技術…………スクールアイドルとして新参者である自分が彼女から見習うべきことは多くあるはずだ。

 

こうして2人きりの空間になったのも何かの縁だろう。素直になるのは少しだけ抵抗があるが、自分を高めるために教えを請うのも悪くはないだろう。

 

「ねえ、せつ菜————!?」

 

「ああっ!すみません驚かせてしまって!」

 

振り返った直後、いつの間にやら間近に迫っていたせつ菜に思わず仰け反る。

 

手を背中に隠してもじもじとしながら語りかけてきた彼女は、どこか緊張した笑顔を果林に向けながら言った。

 

「あの、一緒に練習しませんか?」

 

「え?」

 

「やっぱり1人だけの練習には限界があるな……と先ほど思いまして。お互いのパフォーマンスを見て意見を交換し合った方が、より効果的かなと……」

 

その言葉を聞いて、果林は拍子抜けしたように表情から力を抜いた。

 

自分がスクールアイドル同好会の一員であることを……忘れてしまう時がたまにある。複雑に考えすぎるのはよくない。

 

仲間で、ライバル。そんなことは百も承知だ。互いに切磋琢磨ができるこの環境が好きだから、短い期間ながらも自分はこうしてスクールアイドルを続けられている。

 

「ええ、いいわよ」

 

微笑みながらそう返答すると、せつ菜もまた心からの笑顔を差し出してきた。

 

今は、少なくとも今はこれでいいのだ。ステージに立つ時は1人でも、自分達は繋がっている。互いに互いを支えている。

 

せつ菜はきっと……そのことを片時も忘れはしないのだろう。

 

 

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!!!」

 

直後に響いた、日常の終わりを告げる轟音。スタジオからは見えなくても何が起こったのかは粗方想像はつく。

 

せつ菜と果林は同時に顔を見合わせた後、弾かれるようにしてその場から駆け出していた。

 

 

◉◉◉

 

 

灰色の雲が空を覆い、穏やかな小雨が降る東京の街。

 

突如として出現する巨大怪獣。そしてそれを打倒するために降り立つウルトラマン。この世界に住まう人々からすればとっくに見慣れた光景だ。

 

そんな安心と不安が入り混じった空間に————今日は少しだけ、いつものそれと異なる空気が漂っていた。

 

 

『デェェエエエエヤッ!!』

 

『シュアッ!!』

 

街中に現れた怪獣めがけて鋭い槍の如き飛び蹴りをお見舞いした2人のウルトラマンが揃って着地をする。

 

1人は馴染み深い二本角の戦士。そしてもう1人は蒼い肌を持ったスマートな騎士だ。

 

『あれ、ヒカリ?』

 

(珍しいですね、姐さん達が戦いに加わるの)

 

角の巨人————ウルトラマンタイガとその中にいる人間は、思いがけず姿を見せた先輩方に対して驚きつつも目の前にそびえ立っている敵へと力強く身構えた。

 

『いつもなら君達に任せていたところなんだがな』

 

(気をつけなさい2人とも。……この怪獣、何かおかしいわ)

 

蒼い巨人、ウルトラマンヒカリとその相棒はゆっくりと顔を上げると————眼前に見えた自分達の2倍近くある巨体に鋭い視線を突きつける。

 

暴君怪獣タイラント————複数の怪獣の特徴と能力が掛け合わされて生まれた合体怪獣(キメラ)。左右で違う凶器とツギハギの肉体が一見そう感じさせるが、さらに加えられた後ろ足と頭部の羽毛がその強化個体であることを示していた。

 

『ただのタイラントではない。……また改造怪獣か』

 

(……トレギアの呼び出した怪獣、だね)

 

タイタスの分析を耳にして浮かび上がるのはやはり仮面の悪魔の姿。自分達と敵対する奴が送り込んだであろう怪獣を前にし、タイガ達が握る拳にも力が込められる。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーー!!」

 

 

(一気に叩くわよ!出し惜しみはしないで!)

 

(はいっ!——みんな、トライストリウムだ!)

 

無数の棘が表面に敷き詰められた鉄球がタイラントの腕から射出されたと同時に、2人のウルトラマンが左右へ身を投げて回避。

 

瞬時に猛炎をまとった姿へと変化したタイガ達とタイミングを合わせ、ヒカリは右腕のブレスから光剣を伸ばしながらタイラントへ突貫した。

 

『『…………ッ!!』』

 

タイガトライブレード、ナイトビームブレード。ふたつの刃によって繰り出された無数の斬撃はEXタイラントの肉体に確かなダメージを刻み込んでいく。

 

……しかしそれを物ともしないほどの強靭なタフネスを見せた奴は、自分の周囲で剣を振るう巨人達に対して羽虫でも払うかのように豪腕を叩きつけた。

 

(か……っ……!)

 

(…………!!)

 

防御の姿勢をとったにもかかわらず軽々と吹き飛ばされたタイガとヒカリが建物を巻き込んで大地へと伏せられる。

 

重い。一撃を食らっただけでも体力が大幅に持っていかれる。2人がかりでも正面から向かうのは無謀だ。

 

(……っ……わたしとヒカリで注意を引く!あなた達は警戒が薄い側面と背後から攻撃を加えて!!)

 

(わ、わかりました……!……みんな!!)

 

『『『ああっ!!』』』

 

そう弟分たちを送り出した後、ステラはヒカリの身体を起こしながら地震の如き足音を鳴らして近づいてくるタイラントを睨んだ。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーッ!!」

 

激昂する荒馬のように前足を振り下ろしてきた奴から若干の距離をとりつつ、依然として繰り出される両腕による打撃は最小限の動きを意識して避ける。

 

無駄な体力を消耗しないよう留意しながら、タイガ達が最高火力を叩き込めるだけの隙をこじ開けるのだ。

 

『…………ぐ』

 

(最初に受けた打撃が響いてるわね)

 

『直撃だけは何としても避けなければ』

 

(ええ、わかって————)

 

刹那、不意に身体を襲った浮遊感に頭が漂白される。

 

強力な()()()()。それがタイラントの腹部に位置する“ベムスター”の能力であると理解した時には、

 

『(——————ッ……!!)』

 

とてつもない腕力によって必殺の一撃と化した鉄球が、ヒカリの胴体に容赦なく炸裂していた。

 

(……!姐さん!!ヒカリさん!!)

 

タイラントの背後からトライブレードによる攻撃を試みていたタイガの動きが思わず止まる。

 

腹部の吸引で引き寄せてからの打撃————完全に自分の能力を使いこなしている。ウルトラマンを倒すためだけに与えられた思考が奴には備わっているんだ。

 

(……っ……わたし達に構わないで!!)

 

再び大地に叩きつけられる直前で受け身をとったヒカリが瞬時にブレードを構え直し、トドメと言わんばかりに放たれた追撃の踏みつけを受け止める。

 

『君達はエネルギーの充填だけに集中しろ!!』

 

(一撃でこの怪獣を葬り去れるだけの技を放つのよ!!)

 

押し潰されないよう足腰へ渾身の力を注ぎながら、ステラとヒカリはタイガ達に向けて必死にそう呼びかけた。

 

『ヒカリ達の時間稼ぎもそう長くは保たない!一発で決めるぞ!』

 

(わかってる……!)

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!」

 

上半身だけをタイガ達へと振り向かせたタイラントの左腕からまたしても鉄球が発射される。

 

繋がれた鎖は自在に伸縮し、空中に留まっていたタイガへ棘だらけの殺意を振りかざした。

 

(っ…………!!)

 

《ヒカリレット!コネクトオン!!》

 

猛スピードで空を駆け、縦横無尽に荒ぶる鉄球の攻撃から逃れながらも春馬とタイガ達は互いの意識をより近くへと手繰り寄せる。

 

現在発揮できる最高潮まで力が高まった後、握りしめていたトライブレードを素早く逆手へと持ち替えた。

 

『俺たちの今あるエネルギーを…………全てこの一撃に込める……!!』

 

一度放てば巨人の姿すら保てなくなる、文字通り全エネルギーを費やした必殺技。

 

もはやトライブレードの出力では発射しきれないほどの力を蓄えたタイガは、眼下で動きを止めているEXタイラントへ正確に狙いを定めると————大の字に開いた()()()()、凄まじいほどの熱線を解き放った。

 

 

『(“タイガ——ダイナナイトシュート”ッ!!!!)』

 

蒼い稲妻をまとった虹色の光線が無防備な怪獣の背中へと突き刺さる。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーーッ!!」

 

バキバキと音を立てて崩壊していく巨体。

 

空間を震わせるほどの断末魔を辺りに撒き散らしながら、EXタイラントの肉体は強烈な爆炎に包まれていった。

 

 

 

 

 

 

「へえ————かなり強引だが、意外と早く片付いたな」

 

ビルの屋上から戦闘が収まる様子を眺めていた悪魔が不敵に笑う。

 

いつものように用意した人形が壊されたことに対しては何の感情も抱かないまま、青年の姿を象った姿で静かに小雨に打たれている。

 

「ではサプライズの時間だ。……君達が挑もうとしている力の一端を、ここで見せてあげよう」

 

悪魔が怪しげな言葉をこぼした直後、東京の空を覆っていた雨雲から藤色の霧のようなものが降下。

 

ちょうどEXタイラントが倒された場所に集結したそれは、徐々にはっきりとした像を結び…………新たな怪異として顕現した。

 

 

 

 

 

 

 

「なんとか…………倒せたね」

 

建物の壁に寄りかかりながら、変身が解かれた春馬は力なくその場に座り込む。

 

先ほどの必殺技を放った直後……大方の予想通りカラータイマーが点滅。すぐにウルトラマンとしての肉体を維持することができなくなり、気づいた時にはこうして小さな身体で息を荒げていた。

 

『ヒカリとステラがいなかったら危なかったけどな』

 

「本当にね。あとで改めてお礼言わなくちゃ——————」

 

顔を上げ、未だ街に佇んでいた蒼い巨人と視線を交差させたその時、凍りつくような気配が全身を駆け巡る。

 

「……!後ろッ!!」

 

()()()()()に気づいていないヒカリへ咄嗟に叫ぶ。

 

春馬の呼びかけも虚しく、わずかに遅れて振り返った彼らを襲ったのは…………倒したはずの怪獣による攻撃だった。

 

 

(なん——————)

 

不意を突くように放たれた一撃はヒカリの顔面へ直撃。鈍く重い音を響かせながら、巨人の身体を軽々と弾き飛ばしてしまった。

 

『…………!』

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎」

 

定まらない視界を凝らして敵の姿を今一度視認する。

 

自分達と比較して2倍ほどあった体長は同等まで縮んでおり、内部を構成していた骨が剥き出しになっている。

 

赤い双眸に宿っているのは見る者に怖気を与える怨念。EXタイラントは、ウルトラマンに対する憎悪が形となって現れたような外見へと変貌を遂げていた。

 

 

◉◉◉

 

 

ウルトラダークキラーが秘めている怨念の力は計り知れない。

 

エンペラ星人の魂が影響しているのか、その断片を指輪に取り入れただけで悪魔(トレギア)にも予想外なほど強力な怪獣を生み出すことができた。

 

「その名も“EXタイラント デスボーン”。…………ふふ、なかなかにホラーなエンタメだ」

 

蒼い巨人が苦戦を強いられる様子を眺めながら、トレギアは独りつぶやく。

 

底なしの暗闇を内包した瞳の奥に、ほんの一瞬だけ炎のようなものが揺らめいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(く……う…………っ!)

 

『まずい……!!』

 

EXタイラントの繰り出す打撃の嵐をブレードで防ぎながら、ヒカリは点滅し始めたカラータイマーに焦燥を覚えていた。

 

先ほどの戦闘でただでさえ体力が削られていたんだ、ここからもう一戦交えるほどの余力は残されていない。ましてやさらなる強化個体など……!

 

(きゃっ……ぁ……!!)

 

タイラントの放った怨念の炎に視界を遮られ、その直後に振り抜かれた右腕の大鎌よる斬撃がヒカリの身体を抉る。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎」

 

続けて迫った骨尾が腹部に炸裂。なすすべなく吹き飛ばされた蒼い巨人は、地面と幾度かの衝突を繰り返した後でぐったりと街中に横たわった。

 

『奴がまとっている力……怪獣墓場で確認されるエネルギーと同じものだ』

 

(怪獣たちの怨念ね……。まったく、幽霊を相手にするのって本当……めんどくさい!!)

 

再び迫った三日月状の刃から逃れるように跳び起きたヒカリが瞬時にタイラントの背後へと回りこむ。

 

間髪入れずにナイトビームブレードで斬撃を刻み込みながら、ステラは瞬きの間に分析を始めた。

 

(わたし達と同じで、パワーもスピードもさっきの状態より落ちてる。所詮は死んだ肉体を無理やり動かしているだけの木偶人形……っ!)

 

非常に不安定であるため強力な攻撃を脆い部位に撃ち込めばたちまち瓦解するだろう。

 

だがこちらも残された体力は少ない。勝利を掴むために許された時間は一瞬だ。

 

(覚悟を決めましょう!)

 

『……!?()()をやる気なのか!?』

 

(他の技じゃ火力が足りないわ!!付き合ってくれる!?)

 

『っ……承知した!!』

 

EXタイラントから距離をとった後、右腕を引き絞りながら助走をつけて再度接近を試みる。

 

ヒカリは数多く存在するウルトラマンの中でも最も戦闘に不向きなブルー族。レッド族やシルバー族のようなパワーが発揮できない故に、戦闘においては的確に相手の弱点を突く()()()()()()戦法をとっていた。

 

しかし大きく消耗している今の状況ではその手段はおそらく通用しない。

 

だからこそ…………()()を払ってでも、確実に……!!

 

(まさか真似する羽目になるとはね……!)

 

タイラントに向かって一直線に走りながら、ステラとヒカリは右腕にあるナイトブレスへありったけのエネルギーを集束させる。

 

イメージするのはかつての戦友たちの姿。

 

ナイトビームブレードでも、ナイトシュートでもない。合理的な考えなど一切込められていない“馬鹿の技”。

 

今この状況で、使わない手はない!!

 

(ナイトブレスにエネルギーを溜めて……溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて————!!)

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎」

 

振りかざされた鉄球と鎌を回避し、一気にタイラントへ肉薄。

 

直後に蒼いプラズマをまとった右腕を解放し、奴の喉元へ現時点で可能な限りの最大火力を拳に乗せて叩き込んだ。

 

 

『(“ナイトインパクト”ッッ!!)』

 

凄まじい衝撃がEXタイラントの背中を貫通し、蒼い炎が天まで伸びていく。

 

雨雲を突き抜けて空に青さを取り戻した一撃は、骨で構成されたタイラントの身体を容易く崩壊させてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姐さん!姐さん!!」

 

青ざめた顔で駆けつけてきた弟分に身体を支えられながら、ステラはだらりと下がった自らの右腕を見つめた。

 

タイラントの攻撃を受けて潰れた右目は機能しておらず、必殺技を放った反動で右腕の骨もそこかしこが折れている。

 

『これは……治すのに少々時間がかかりそうだな』

 

「あいつら……こんな技を使ってたなんて……ほんと、バカ…………」

 

「え?」

 

「こっちの話よ」

 

怪訝な顔を見せたのも束の間、春馬は満身創痍となったステラの肩を担ぎながら不安げに彼女へ語りかける。

 

「う、腕と目……それ、治るんですか?大丈夫ですか?」

 

「治るわよ」

 

「なにか俺達にできることがあれば……」

 

「大丈夫よ。あなた達だってかなり消耗してるんだから、自分の心配だけしてなさい」

 

オロオロと瞳を泳がせている弟分を尻目に、ステラはここにはいない青年の姿を幻視していた。

 

強がりじゃない本当の強さを手にした彼のように、自分もなりたい。

 

真の意味で“姉貴分”だと名乗れるような…………誇れる自分になりたかった。

 

(こんなわたしを……あなたは必要としてくれるかしら?)

 

自虐的な笑みが自然と口元に浮かび上がる。これは決意表明だ。

 

この戦いの全てが終結し、ヒカリと別れるその日まで————自分はまだ“ウルトラマン”なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、春馬さん!?ステラさん!?」

 

不意に前方からかけられた呼び声に春馬とステラは揃って顔を上げる。

 

慌てた様子で駆けてきたのは…………優木せつ菜と朝香果林。今朝から学校で自主練を行っていた2人だった。

 

「せつ菜さん、果林さん……」

 

「先ほどの騒ぎに巻き込まれたんですか!?大変です、すぐに救急車をお呼びします!!」

 

そう言って携帯を取り出すと同時に背を向けたせつ菜の横を通りつつ、果林はボロボロの春馬達へ歩み寄る。

 

「………………」

 

「どうかしましたか?」

 

「いや……ステラ、その傷……」

 

動揺から揺らいだ視線をステラへと注いだ後、果林は何かを納得したかのように小さく頷く。

 

「……そういうこと。……もしかして春馬、あなたも?」

 

「え?」

 

「ごめんなさい、なんでもないわ」

 

取り繕うように笑った果林に首を傾ける春馬。その横で無言を貫いていたステラは何かを察するように小さな溜息をついた。

 

「ほんと、先が思いやられるわ」

 

 

雲の切れ間から覗いた太陽の光がスポットライトのようにステラ達を照らしている。

 

胸の中には未だたくさんの不安があるけれど、それと同じくらいの希望も確かに感じられた。




一度に新技を二回も登場させちまった……。
メビライブを読んだことのない方に説明しておくと、最後にステラとヒカリが使った技は前作で未来とメビウスが独自に編み出した「メビュームインパクト」を真似たもので、ウルトラダイナマイトより少し弱いくらいのエネルギーを拳に集中させてその火力を一点に叩き込みます。込めるエネルギー量にもよりますが、使用後は反動で腕が使いものにならなくなる諸刃の剣です。

さて、次回からは今一度ラブライブ決勝に臨むせつ菜の話に戻ります。
そして忘れちゃいけない孤独な方が1人……。


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第83話 ブラザー・シンドローム

ああ……アニガサキ次9話……早い……。
放送終了した後生きていける自信がありません。


「……どういう…………ことだ?」

 

嫌な予感に突き動かされて足を運んだ先で立ち止まり、少年は信じ難い光景に眼を大きく見開かせる。

 

唐突に感じた“兄弟”たちの気配。地球(この星)の外で待機しているはずの弟と妹の存在を察知した彼は、気のせいであることを願いながらとある場所へ赴いた。

 

 

「たこ焼き頼んだ奴だれー!?」

 

「端のテーブルだってさっきも言っただろ!——ウーロン茶のお客様!!誰だ!!ここか!?ご注文は以上でいいのか!?」

 

「あっ、ごめん2人とも!それ運び終わったらすぐ次お願い!」

 

そこで目の当たりにした光景に、少年の思考回路はショート寸前まで追い込まれていた。

 

自分と同様、ウルトラマンを滅ぼすために造られた兄弟たちが給仕の真似事を————それも地球人と一緒に行っている。これほどまでに不可解なこともそうない。

 

おまけにその地球人というのも他でもない、少年——フィーネが憎悪を募らせている“スクールアイドル”だった。

 

「あ、またお客さん!すみませーん!すぐにご案内するので、もう少しだけ待っててください!」

 

店の扉を開けたまま呆然と立ち尽くしていたフィーネの存在に気がつき、厨房から顔を覗かせた金髪の少女が彼にそう呼びかける。

 

「……って、君どこかで……」

 

「どうかしたのか?」

 

「いや、あのお客さん————」

 

怪訝な表情を浮かべた少女の傍らまでやってきた銀髪の少年は、首を傾けながらふと入り口の方を見やる。

 

「誰もいないじゃないか」

 

「あれ?」

 

ほんの一瞬目を離した間、扉の前に立っていたはずの人影(フィーネ)が消失。

 

摩訶不思議な現象を前にして固まっている少女の腕を小突きながら、少年は小さくぼやいた。

 

「手を止めるな。他にも注文が出てるんだろ」

 

「ああ、うん……」

 

見間違いか何かだと強引に納得しつつ、少女は中断していた調理を再開する。

 

いつの間にか閉じられていた入り口の扉を隔てた先で、1人の人間が動揺から息を荒げていることも知らぬまま。

 

 

 

「…………オレがいない間に……何があった?」

 

今にも倒れてしまいそうな覚束ない足取りで街道を歩く。

 

先ほどの飲食店にいたのは…………間違いなくスクールアイドル同好会に所属している宮下愛と、自分の兄弟であるヘルマ、ピノン。

 

現在の状況に至るまでの情報が読み取れない。今も感じている弟たちの気配が自分の目撃した光景が気のせいではないことを示している。

 

ヘルマとピノンならば……フォルテのような()()()は起きない。そう疑うことなど一切なく、フィーネは自分と兄弟たちの“絆”を信じきっていた。彼らなら最後まで自分と共に歩んでくれると思っていた。

 

だというのに、

 

(————何なんだ……あの緩みきった空気は)

 

少しの間見ないうちに、弟と妹からは以前のようなウルトラマンに対する憎悪の感情が消え去っていた。

 

“ダークキラー”として生まれた者には必ず根付いている負の心。使命を果たすための原動力が跡形もなく。

 

 

問いただそうか?すぐに店へ引き返してヘルマとピノンに直接その理由を尋ねるか?

 

…………それを聞いたところでどうする。フォルテと同様、使命を放棄して地球で暮らすことを選んだなどと返された時、今の自分は冷静な精神を保っていられるか?

 

「ありえない……ありえん、こんなこと……。……あってたまるか……!!」

 

不確定要素のことは考えるな。どのみち待機命令を出していたのだ、今はあの2人に気を取られている場合じゃない。

 

……そうだ、まだ自分の味方となりうる者は存在する。三船栞子。彼女はあくまでスクールアイドル同好会に対して“検討期間”を設けただけだ。この先当初の予定通りに忌々しい奴らの居場所を葬れる可能性は十分に残っている。

 

まだ焦るような時ではない。まだ終わりじゃない。

 

「栞子……お前だけが頼りだ。どうか最後まで、共に……オレの隣に…………」

 

地球に来て唯一心を通わせることができた人間の面影を思い浮かべる。

 

血の気の引いた顔のまま壁伝いに歩いたフィーネはこの場にいない少女の幻を掴むように手を伸ばしながら、自分を極限まで追い詰めたウルトラマン(標的)たちに対する憎しみを一層確かなものへと昇華させた。

 

 

◉◉◉

 

 

「す、ステラちゃん!?どうしたのそれ!?」

 

EXタイラントの襲来から数日が過ぎた同好会の部室。

 

右目を覆う黒のアイパッチに加え、ギプスと包帯が施された右腕を吊るしながら部屋へやってきたステラを見るなり、エマを筆頭に部員たちの表情が驚愕に染まる。

 

「ちょっと怪我した」

 

「いや、それは見ればわかるけど……」

 

「ていうか『ちょっと』ってレベルじゃないでしょ!」

 

「騒ぐほどの傷じゃないわ。そのうち治るし」

 

「そういう問題なのでしょうか……」

 

戸惑いと不安が入り混じった顔で自分を見つめる少女たちを横目に、ステラは普段と変わらない様子で空いている席へ腰を下ろす。

 

「ミーティングの最中だったんでしょ?遮ってごめんなさい。続けて」

 

「え、ええ…………では」

 

そのやり取りの直後、ホワイトボードの前に立っていたせつ菜が手元の予定表に目を落とし中断していた会合を再開させようと口を開いた。

 

 

 

 

「姐さん、姐さん」

 

ミーティングが終わりスタジオ内で練習に励む皆を見守る傍ら、ステラの横に佇んでいた春馬はひっそりと彼女に身を寄せると小さな声で耳打ちを始める。

 

「本当に大丈夫なんですか?無理してないですよね?」

 

「大丈夫だってば。時間はかかってるけどちゃんとヒカリが治してくれてる…………って、このやり取り何回目かしら?」

 

「たぶん7回目です……」

 

「そろそろ安心しなさいな」

 

未だ曇った表情で俯いている春馬を見て、肩をすくめながら困ったようにステラは微笑む。彼女が大怪我を負ってしまったその日から、彼は自分の力不足に心を痛めている様子だった。

 

「……この前戦った怪獣、ウルトラダークキラーの力が混ざってたんですよね?」

 

不意にそう尋ねてきた春馬に面を食らったように眼を見開くステラ。

 

しばしの沈黙の後、視線を前へと戻しながら彼女は「ええ」と小さく頷いた。

 

「一部の力を分け与えられただけの奴でも……俺達は危ないところまで追い込まれた」

 

「勝負を急いだせいもあるけどね。被害を最小限にしようと躍起になった結果、二段構えの対処に遅れをとった」

 

「でもそれだけじゃないですよね?」

 

「……なにが言いたいの?」

 

先ほどから春馬の言葉に帯びていた感情の欠片を朧げながら察知したステラが単刀直入に問いかける。

 

彼は唇を噛むと、惑うように瞳を泳がせながら口にした。

 

「俺、怖いです。この先ダークキラーと戦うことになったとして……ちゃんとお役に立てられるか不安になりました」

 

握った拳が小刻みに震える。心構えだけではどうしようもない、本能からの恐怖。

 

「自分のことだから何となくわかります。俺はトライストリウムのパワーを引き出しきれていない。……きっと、未だに()()を出せていない俺の心が足枷になってるんです」

 

タイガ、タイタス、フーマの繋がりはとっくに揺るぎないものとなっているが、自分は違う。まだ()()()()()()()()が残っているのだから。

 

「あの力を初めて手にして、もう迷わないと心に決めた後も…………俺はずっと考えてる。自分の“これから”を」

 

自分の信じる道を突き進む。「なりたい自分」になるため……その一点だけはこの先も揺らぐことはないだろう。問題はそのために「なにを信じるか」だ。

 

たくさん考え、たくさん悩んだ先にある答えを見つけてみせると歩夢に……そして“春馬”に誓った。自分の道を見つけてみせると決めた。

 

だが——自分は一体何者になりたいのか。肝心の答えがずっと霧に隠れたままだった。

 

「トライストリウムは俺とタイガ達の心が合わさるほどに強くなる。……今の俺じゃ、発揮できる力にも限界が————」

 

「それは死活問題ね」

 

「へ?」

 

春馬の言葉を遮るように呟いたステラは、わざとらしく肩を落としながら重たい声音を続けてこぼす。

 

「全力で戦えないような奴をダークキラーの前に引っ張り出すわけにはいかないわ。危険だもの」

 

「えっ?えっ?あの…………」

 

「戦えないのなら、わたしとヒカリに任せて退がってればいいわ」

 

「嫌です!俺達も戦います!」

 

「でしょ?」

 

動かせない右手の指先だけをピンと立て、ステラは慌てて言い返した春馬に視線を流した。

 

「『トレギアにもダークキラーにも俺達は負けません』……あなたはわたしにそう言ったわよね。その気概に変化はない?」

 

「それは、まあ…………。負ける気で臨むつもりは当然ありませんけど……」

 

「今はその意思があれば十分よ。あんな化け物と戦うのが怖くない奴なんて、この世界のどこにもいないわ」

 

「…………姐さんも……奴と戦うのが怖いんですか?」

 

恐る恐る投げかけた問いに対し、ステラは瞼を閉じながらゆっくりと首を縦に振る。

 

「ダークキラーが宿してる魂のことを考えると、足がすくむわ」

 

そう虚空を見つめながら語る彼女の瞳には、かつての戦場が映っていた。

 

圧倒的という言葉ではとても片付けられない絶対的な闇の力。共に戦った仲間が散り、自身も命を落としかけた5年前の戦いは————まさに凄惨なものだった。“究極の光”という対抗手段がなければこの地球も皇帝の手に落ちていただろう。

 

不完全とはいえ、自分達はまた奴と戦うことになる。恐怖を感じない方がおかしいというものだ。

 

「ま、でも……力を持ってるからには戦わなくちゃね。だってわたし達……ウルトラマンでしょ?」

 

そう言って笑顔を見せたステラは呆けた様子で立ち尽くしている春馬の胸を鼓舞するように軽く叩き、「ちょっとお手洗い」と伝えつつスタジオを退室していく。

 

何か……大切なものを渡された。そんな気を覚えた春馬は自然と握り拳を胸元まで掲げ、強引に口元を引き締めた。

 

 

「なに話してたの?」

 

「あ…………」

 

背後からかかった声へ反射的に振り返り、いつの間にかすぐそばに立っていた歩夢と視線を重ねる。その途端、少しだけ肩の荷が軽くなったような気がした。

 

「歩夢を見てるとほっとする」

 

「なにそれ」

 

くすくすと微笑みながら春馬の隣へ足を運んだ歩夢は、手にしていたミネラルウォーターを呷ると何気ない調子で言った。

 

「聞いたよ、フォルテちゃんのお兄さん達のこと。……愛ちゃんはその子達が宇宙人だってこと、知ってるの?」

 

「ああ、うん。でも、あの子達が“ダークキラー”だってことは……たぶんわかってないと思う」

 

偶然彼らと再会した日のことを思い出す。

 

何があったのか詳しくは聞けなかったが、現在ヘルマとピノンは宮下家の店を手伝いながら寝食を共にしている状態だ。愛も何か事情があるのだろうと2人に対して過度な詮索は行っていない。

 

加えて彼らがフォルテと兄弟関係にあることを知った愛は芋づる式でフォルテ自身にも何かしらの秘密があるのだと察しているようだったが……同様に、その点に関しても特に尋ねられはしなかった。

 

愛の気配り、そして宇宙人が潜んでいることが何ら珍しくない今の人間社会が浸透させた“風変わりの日常”。タイガと出会ったばかりの頃では考えられないくらいに、守りたいものがどんどん増えていく。自分は依然として未熟にまみれているというのに。

 

「どうかした?」

 

ぼんやりと自分を見つめていた春馬の視線に気づき、歩夢は微かに首を傾ける。

 

やがて訪れるウルトラダークキラー、そしてトレギアとの戦い。敗北したその時は————きっと何もかも失われてしまう。

 

大切な人も、想いも…………深い深い宇宙(虚無)の中に消えてしまう。

 

「歩夢」

 

そんなの、絶対に嫌だ。

 

「最後の瞬間まで……どうか応援しててほしい。俺が一歩を踏み出すのを」

 

怯えていた自身の心を奮い立たせるように、春馬は固い決意を乗せた言葉を歩夢に伝えた。

 

答えはまだ出てこない。けれども約束は確かに刻まれている。

 

彼女の声は水となり笑顔は太陽となって、いつか自分の蕾を花開かせてくれる。そう信じている。

 

「——うん」

 

歩夢は驚いたように目を見開いた後、目の前の少年に向けて、

 

「いつだって私は、あなたの隣にいるよ」

 

寄り添うような笑顔で言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………不甲斐ない」

 

洗面所に設置されていた鏡の前に立ち、そこに映る自分の姿を見つめては細々とした声でステラは呟く。

 

動かせる左手でアイパッチ越しに右目の傷へと触れてみる。痛みはほとんど無くなっているが、心に刻まれた傷はどれだけ時間が経っても治る気配はなかった。

 

「——そういう怪我、もしかして初めてじゃないのかしら?」

 

不意に投げかけられた声に思わず肩が揺れる。

 

出入り口付近に佇んでいた人影————朝香果林と視線を交わしたステラは、彼女の冷静な顔つきを視認するや否や溜まっていた疲労を排出するように小さく息をついた。

 

「まあね」

 

「そう。……一体いつから?」

 

そう立て続けに質問をしてきた果林は、きっと何もかも勘付いているのだろう。誤魔化しても無駄だ。

 

「そうね……あなたが中学1年の頃には既に結構やんちゃしてたかも」

 

「辛くはないの?」

 

「……どうかしら。こう長い間危ないことしてると、辛かったことが辛くなくなるなんてのはザラだから」

 

ズキ、と一瞬だけ軋んだ右腕に左手を添えながら、ステラは瞼を細める。

 

痛々しい自分の姿をしっかりと直視しながら神妙な面持ちを見せた果林に対し、思わずこぼれた笑みと共に続けて伝えた。

 

「心配してくれてありがとう。気の利いた言葉は期待しないでね、わたしからは『大丈夫』としか言えないから」

 

「わかってるわよ。……私が首を突っ込めることなんて、なさそうだし」

 

そう言って奥歯を噛み締めた果林は、とても悔しげに見えた。

 

「——だからせめて、同級生として関わっているうちは仲良くさせてちょうだい。……それくらいは気にかけてもいいでしょ?」

 

「ええ、嬉しいわ」

 

晴れやかな笑顔で返してきたステラの言葉を耳にして、果林はほんの少しだけ安堵するように溜息をつく。

 

背中を向けてその場を去っていく彼女を見送りながら、ステラは喩え難い使命感から左手で作った拳に力を込めた。

 

 

「本当……優しい人がいっぱいね、ここ」

 

 

 




いくつか小ネタを挟みながらの小休憩回でした。
いよいよフィーネのメンタルがやばい。

お忘れの方がいるかもなので改めて説明しておくとトライストリウム登場回で吹っ切れたようにも見える春馬ですが、実のところ解決してる問題はあまりありません。あの話で彼が決断したのはあくまで「考えること」なので。
彼が最後にたどり着く答えは果たして……。
フィーネの行く末と交えて注目して欲しいポイントです。


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第84話 使命の在り処

ああ……アニガサキ……あと(おそらく)5話……。
二期……二期の告知を……生きている間に早く……。


心の中は常に灰色だった。

 

 

ウルトラマンを滅ぼす。地球を闇へと誘う。大層に聞こえるが、どちらも言われたことを一つずつこなせばいいだけで、何も難しいことはない。

 

そう、簡単だ。与えられた使命を遂行するだけで報われる。何もかもが叶う。

 

 

それは誰の望みだ?

 

 

邪魔な声をかき消して今日もこの星の日常とやらに身を溶かす。考えるべきはいかに使命を果たすか、その一点のみ。

 

スクールアイドル同好会を潰すことだって、最終的にはウルトラマンを…………“ファースト”を消し去ることに繋がってくる。必要なことだ。自分はきちんと先にある延長線を見据えている。

 

灰色の道。……いや、()()()()道。父が敷いたレールの上に自分は立っている。

 

それが正しいことだと信じていた。なぜならそうあるべきだと教えられてきたから。

 

だからこそ最初に妹の1人が道を違えたときは心の底から動揺した。兄弟の中で自分に次ぐ使命感を持っていた子が、よりにもよって敵であるウルトラマンのもとへ行くとは想像もしていなかった。

 

妹はそれが正しいと考えている。だったら自分は間違っているとでも言うのか。

 

——違う、間違っているのは奴らだ。父の使命を果たさんとする自分の姿勢こそが揺るぎない正しい在り方だ。

 

否定するな。楽しそうに笑うな。惨めな思いをさせるな。

 

愚か者のくせに、正しい自分から離れて行くんじゃない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

「フィーネさん?」

 

真っ暗だった視界に光が戻った次の瞬間、思わず胸を撫で下ろしてしまいそうなほど安心する景色が飛び込んできた。

 

「大丈夫ですか?顔色が優れないようですが……」

 

そう言って心配そうに眉を下げた目の前の少女を見て、フィーネはほっと息を吐く。

 

兄弟たちとの関係の雲行きが危うくなった今、唯一希望を託せる可能性を秘めた存在。

 

皮肉にも自分が脅かす対象である地球人————三船栞子に視線を注ぎながら、疲れ切った様子でフィーネは口を開いた。

 

「少し……兄弟たちのことを考えていた」

 

「以前話していた、弟さんや妹さんのことですか?」

 

「ああ」

 

昼休みも半ばに差し掛かり、お喋りを楽しむ生徒たちの声があちこちを飛び交っている中、フィーネは教室の端の席で栞子と向き合いながら細々と語りだす。

 

「オレと兄弟たちはこれまで……父の期待に応えることだけを考え生きてきた。オレはそれが正しいことだと信じ、模範になろうと心がけてもきた。……だが弟と妹は、それを良しとせず次々とオレのもとから離れていく」

 

「……?ええっと……つまり弟さん達と喧嘩をしてしまった、と?」

 

「ケンカ……どうだろうな」

 

いまいち全容が読み取れないフィーネの話を聞きながら、栞子は頭の中でいくつもの疑問符を浮かべた。

 

彼が口にする言葉はいつもふわふわと宙に浮いているような雰囲気を帯びているのだが…………不思議と出鱈目の類ではないということだけは伝わってくる。

 

フィーネ・ダラーはいつだって純粋だ。まだ付き合いが短い自分が言うのもなんだが、彼のある意味で素直な部分は信頼に値する。

 

「…………オレは、正しいことをしているはずなんだ。なのにどうして……なぜ、こんなにも虚しい気持ちになる」

 

そんな彼が見せる憂いの表情は、生まれて間もない幼子のようだった。

 

「……………………」

 

フィーネが打ち明けた悩みの種を耳にした栞子は、深く思考を巡らせて彼と自分自身の姿を重ねる。

 

自分の目指していた理想が、他者にとっては至上のものではなかった。全く同じことを……栞子は痛感したばかりだ。

 

長い間信じてきたことが覆る瞬間は、形容し難い衝撃の影響から何も考えられなくなってしまう。……けれどもゆっくりと時間をかけて理解を深めたその時、見えてくるものは必ずあるんだ。

 

「それはきっと……フィーネさんが別に望んでいるものがあるからではないでしょうか」

 

「オレが?」

 

「はい。あなたにはきっと、お父様から課せられた責務よりも大切なものがあるのだと思います」

 

「……馬鹿な。与えられた使命よりも優先すべき事柄など……ありはしない」

 

「相変わらず変わった言い回しをなさるんですね」

 

そう言ってクスリと笑った栞子を見て、フィーネは思わず眉間にしわを作った。

 

「冗談を口にしたつもりはない。オレはどこまでも“使命”に従順だ。間違ったことは何一つしていない」

 

「あなたの言う使命……というのが何を示しているのかはわかりませんが、間違っているかどうかは問題ではないと思いますよ」

 

「……というと?」

 

「先ほども述べた通り、それを本当にあなた自身が望んでいるのかどうか……結局はそこに行き着くはずです」

 

「だからそうだと言っている」

 

「いいえ、私の目にはそうは見えません。……だってフィーネさん、先ほどから辛そうな顔ばかりしていますから」

 

栞子からの指摘を受け、フィーネは不意に視界の端に映った窓へと顔を向ける。

 

ひどい面構えだった。精神的な負担から目元には深い隈が刻み込まれ、真っ暗な双眸には以前のような情熱は宿っていない。

 

何かを諦めているような自分の表情を目の当たりにして動揺するフィーネの横顔に、栞子は続けて語りかけた。

 

「“使命”……聞こえのいい言葉ではありますが、場合によっては人を縛り付ける呪いにもなり得ます」

 

「呪い、だと?」

 

「1人の友人として……私はフィーネさんに辛い思いをして欲しくありません。あなたには自ら決心して選んだ道を進んでもらいたいです」

 

——自分の耳を疑った。栞子が発した今の言葉は、以前の彼女では考えられないものだったからだ。

 

適性…………当人に備わった才能や能力に沿って道を歩むべきだと言っていた彼女が、自分を重ね合わせていた彼女の像が、そのたった一言で音を立てて崩壊していく。

 

自分の————フィーネという存在が本当に望むものとは?

 

考えるな。何も考えるな。ひとたび迷えば引き返すことはできなくなる。進むことしかできなくなる。そうなれば待っているのは間違いなく己の破滅だ。

 

死ぬ気なのか?そうまでして自身が望んでいるものとはどれだけの価値を秘めている?

 

これからも世界に根を下ろしたければ()()になれ。今までずっとそうしてきたじゃないか。

 

父に……ウルトラダークキラーに逆らえば、ただでは済まないの。だから考えるな。

 

自我を捨て、望みを捨てたその先、最後の瞬間に自分はきっと報われ——————

 

 

「……?フィーネさん?」

 

真っ白な顔のままギラついた眼光を見開かせたフィーネに微かな不安を覚え、栞子は心配そうに首を傾ける。

 

報われたいのか?オレは

 

消えそうな声音でぽつりと呟いた後、唐突に席を立ったフィーネは栞子へ背中を向けつつ教室を出ようと歩き出した。

 

「あの……」

 

「もういい」

 

引き留めようとした栞子の言葉を遮りながら、フィーネは廊下を目指して歩みを進める。

 

悲壮を漂わせている彼の後ろ姿を見送りながら、栞子は呆然とした表情で伸ばしかけていた手を引き戻した。

 

 

◉◉◉

 

 

「ここの振り付け、どうでした?」

 

「バッチリ!前にブレてた部分も直ってたよ!」

 

「本当ですか!?」

 

虹ヶ咲学園の施設内にあるレッスンスタジオで、今日の放課後もまたスクールアイドル達が練習に励んでいる。

 

春馬はその中でも一層精を出している様子のメンバー、優木せつ菜のもとへ向かうと拍手と共に絶賛の言葉を届けた。

 

「すごい追い上げだね。他の出場者と比べても上位の完成度だよ」

 

「ありがとうございます。でもまだです。もっともっと会場のボルテージを上げられるようなパフォーマンスに仕上げてみせます!」

 

相変わらず安心感すら覚えるハキハキとした口調で返してきた彼女に微笑みつつ、春馬はふと背後へと向き直る。

 

せつ菜が普段よりもさらに気合いを入れているように見えるのは……きっと気のせいではない。その根拠も実に明白だ。

 

「三船さん、調子はどう?」

 

端の方でかすみや璃奈、しずくと一緒に柔軟体操を行っていた少女へと歩み寄る。

 

問いかけてきた春馬へ意識を移した彼女————栞子は少しだけ考えるような素振りを見せた後で小さく口を開いた。

 

「今のところは普通の運動部……といった印象です。別段気に留めるようなことはありません」

 

「まあ、普段の活動はライブまでにひたすら各々のメニューをこなして技術を磨く期間だからね。その辺は他の部活とあまり変わらないかも」

 

「まだ初日ですから、何かを判断するには情報が足りませんね。次からは可能な限り生徒会での用を早めに終わらせて来ることにします」

 

「大丈夫それ……?無理しなくてもいいよ?」

 

「いいえ、これも仕事の一環ですから」

 

涼しい表情で汗を拭った栞子が落ち着いた声でそう返答する。

 

新生徒会長————三船栞子。彼女がこうしてスクールアイドル同好会の活動を共にしているのかは、以前言い渡された“検討期間”が関係していた。

 

栞子によって下された同好会の廃部…………結果的にそれは数ヶ月間の検討を経て是非を問うことに決まった。

 

来年度までこの同好会を見守り、栞子に必要だと理解させることが叶えば廃部の話は無くなる。その判断材料を得るため期間中は自身も活動に加わると、彼女本人からの申し出を受けて今の状況に至っている。

 

「それにしても三船さん、やけに動きが小慣れてる。璃奈ちゃんボード『はてな?』」

 

「本当だね。なにか習い事とかしてるんですか?」

 

「日舞を……少し」

 

「ううっ……結構ガチなやつじゃん」

 

「あはは。ライバル出現だね、かすみちゃん」

 

立ち姿すら整った印象を覚える栞子に狼狽えだしたかすみを中心に、彼女を囲んでいた皆に笑顔が咲いた。

 

 

今日までいくつかハプニングは起きたものの、同好会は誰1人として欠けることなく存続している。

 

……どうかこれから先も、幸せな時間がこの場所を満たしますように。そう願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「三船さん、ちょっといいかな」

 

「……?はい」

 

完全下校時間が近づいてきた頃、休憩中の合間を縫って再び栞子のもとへやってきた春馬は、床に座り込んでいた彼女の隣に腰を下ろすと何気ない風を装って尋ねた。

 

「フィーネのことは知ってるでしょ?」

 

「ええ、クラスメイトですから。追風さんも彼と知り合いだったんですか?」

 

「まあ……ちょっとね」

 

濁した答えで応じながら、春馬は虹ヶ咲学園に紛れ込んでいるダークキラーの使者の姿を思い返す。

 

“フィーネ・ダラー”の名で生徒として潜入を図った彼と対等な関係を築いている栞子に、どうしても普段の様子を尋ねたかった。

 

「彼、クラスではどんな感じなの?他のお友達とか……」

 

「そうですね……最近は1人でいることの方が多いかもしれません。フィーネさんが自分から会話を始めようとするのは、いつも私に対してだけです」

 

「……『最近は』?」

 

「ええ。少し前までは他の方々とも積極的に関わっているように思えたのですが、ある時を境に突然……。今日もどこか元気がなさそうに過ごしていました」

 

予想外の回答が為され、春馬の表情に困惑の色が差す。

 

“ダークキラー”として自分達と敵対する道を選んだ彼に何かしらの異変が起きている。朧げながらその事実を予感した春馬の脳内では、それを良しととるか悪しととるかの議論が行われていた。

 

(もう一度……きちんとフィーネと話さなきゃダメみたいだ)

 

もしかするとこの短期間の中で、彼の心境にも変化が起こったのかもしれない。戦わなくても済む、春馬にとっての“良い変化”が。

 

ヘルマとピノンが愛と共に過ごすと決めたことをフィーネが把握しているかはわからない。けどその事実を提示すれば、あるいは……。

 

 

「あの、ちなみにあなたは……フィーネさんとどのようなご関係なのでしょうか?」

 

 

「……え?」

 

不意に栞子から投げかけられた質問に、春馬の頭は一気に漂白される。

 

生まれを考えれば“兄弟”。それぞれの立場を考えれば“敵”。

 

……すぐに答えが返せない。

 

「……俺と彼は——————」

 

疑問に首を傾ける栞子に向けて、気づけば春馬はひとつの言葉を絞り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……どういうことなんだろうな』

 

「わからない。……けど、やっぱりきちんと話してみなくちゃ」

 

同好会の練習が終わる頃、一足先に校舎を飛び出した春馬はフィーネのいるであろう学生寮を目指して早足で歩みを進めていた。

 

栞子の話を聞いて居ても立ってもいられなくなった。

 

同好会の廃部が確定的ではなくなったこと。ヘルマとピノンが戦いをやめたこと。これらは全てフィーネにとって想定外の出来事だったに違いない。

 

話し合うチャンスまだ大いに残っている。以前のフィーネがどうであれ、今日に至るまでの状況変化を経て、彼の考えも変わろうとしているのだとすれば————自分達が戦わずに済む道だって、きっと。

 

『話し合うのはいいが春馬、警戒は張っとけよ。奴がまだ諦めてない可能性だって十分あるんだからな』

 

「大丈夫、わかってる」

 

『ほんとかよ……』

 

不安げに漏らしたフーマの声を聞き流しながら一層歩きを早めた直後、遠方に映った人影の存在に気がつく。

 

 

「——フィーネ!」

 

学生寮へと続く道のりの最中、ほんの少しだけ弾んだ調子の声が背後からかかり銀髪の少年は俯いたまま立ち止まった。

 

肩を上下させながら歩み寄ってきた春馬へゆっくりと上げた視線を向けた後、低い声音で彼は言う。

 

「……オレを探していたのか」

 

「え?……う、うん」

 

「奇遇だな。オレもお前を探していた、ファースト」

 

以前と同じ鋭い眼光を自分に突きつけながら話すフィーネを正面に捉えながら、春馬は仄かに笑みを浮かべて口を開く。

 

「もう一度、君と話がしたかった。……ヘルマくんとピノンちゃんのことはもう知ってる?」

 

「ああ、知っているとも」

 

「……!」

 

フィーネの言葉を耳にした途端に奥底からそわそわとした気持ちがせり上がり、落ち着きが失われていくのがわかった。

 

「じ、じゃあ話は早い。……考え直す気はないだろうか?」

 

「なんの話だ?」

 

「俺達と戦うことをだよ。フォルテちゃんにヘルマくん、ピノンちゃん……君の兄弟たちはみんな、本心では戦いなんて望んでいなかった。君だって、本当はそうなんじゃないか?」

 

余裕の感じられない調子でまくし立てる春馬を見つめながら、フィーネは沈黙を貫く。

 

「ダークキラーやトレギアのことは考えなくてもいい。俺達が必ず、あいつらから君たち兄弟を守ってみせる。……みんなで仲良く暮らせるんだ。君さえ頷いてくれたら、フォルテちゃん達は————!」

 

「……ハッ、なにを言い出すかと思えば……」

 

春馬の必死な呼びかけに対して嘲笑で返答した後、下へと視線を落としながらフィーネは続けた。

 

「——いや、そう考えるのも当然か。それがお前の在り方だからな」

 

「……?」

 

「ひとつ教えてやる」

 

風が止み、妙な静寂が漂い始める。

 

下方を見つめたまま話し始めるフィーネの言葉には、喩え難い悲哀が宿っていた。

 

「あいつらは()()()()()()()()()()()()()()。これだけは確かなことだ」

 

「え……?」

 

「フォルテも、ヘルマも、ピノンも、安全な暮らしを夢見てこの星で生きると決めたわけじゃない。一重に自らが望んだ自己像を叶えるために道を選んだ。そこを履き違えるなよ」

 

「…………」

 

「わかったか?」

 

「う、うん」

 

時が凍りついたかのような無音が続く。

 

フィーネは顔を上げ、春馬の姿をまっすぐに見据えると、

 

「これ以上交わす言葉はない」

 

瞬く間に左腕に出現した手甲を掲げ、その下部にあるレバーへと触れた。

 

「……っ!?」

 

「オレと戦え、今ここで」

 

「ちょっと待ってよ……!まだ話は終わってない!!」

 

「話すべきことはもうない。オレとお前の間には亀裂しかありえない。以前の戦いでそう結論付けたはずだ」

 

「一方的すぎるよ!あの子達みたいに……君だって望むままに生きる権利はある!考え直すんだ!!」

 

「戦うことが怖いか?なら()()()()()()()()()()()()()()()。……回りくどいことはやめて、いっそのことお前の周りにいる地球人どもを皆殺しにしてやろうか?」

 

「……!!この————わからず屋ッ!!」

 

直後、鏡合わせのようにフィーネとは反対に位置する春馬の腕にタイガスパークが現れる。

 

距離を詰めてきたフィーネと、後退する春馬。2人の手が同時にアクセサリーを握りしめた瞬間、

 

 

 

《ウルトラマンタイガ!!》

 

《ダークキラーゾフィー!!》

 

真紅と漆黒の閃光がぶつかり合い、苛烈な衝撃波を周囲へと拡散させた。

 

 




三船さんとはまだ少し微妙な距離感。
スクスタの展開とだいぶ違いますが、行き着く所は同じにする予定です。

そして次回、ついにフィーネと決着が…………!?
まだまだ秘めた思いがありそうな彼に今後も注目です。


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第85話 決意の闇

ギャラファイさん、映画として作ってくれ…………。


「三船さん、お疲れ様です」

 

「はい、中川さんも。……いえ、今は優木さんでしたね」

 

「どちらでも構いませんよ」

 

ちょうど野暮用が終わったのか、生徒会室から出てきた栞子のもとに駆けてくるにこやかな少女が1人。

 

他の部員たちも一足先に校舎を出て人気のなくなった廊下を栞子と並んで歩きながら、優木せつ菜はフレンドリーな会話を繋いだ。

 

「初の()()、どうでした?」

 

「……やり甲斐はありますね」

 

「そうでしょう」

 

満足げに笑ったせつ菜の顔を横目に、栞子は前へと向き直りながらぽつり、ぽつりと続けていく。

 

「練習中の皆さん……今のあなたのような、とても気持ちのいい笑顔を浮かべていました。……スクールアイドルにどれほどの価値があるかはまだわかりませんが、できることなら理解していきたいと思っています」

 

「そう言ってもらえると嬉しいです。ありがとうございます」

 

「それはそれとして、気になっていたことがあるのですが……」

 

「なんでしょう?」

 

思いがけず投げられようとしている質問に備えるかのように、せつ菜は喋りたい気持ちをぐっと堪えては口を閉じる。

 

次に栞子から飛び出した疑問は、スクールアイドル“優木せつ菜”の根幹に関わるものだった。

 

「あなたは……どうして名前を変えて活動しているのですか?なぜ“中川菜々”ではなく、“優木せつ菜”なんですか?」

 

自分の中ではすっかり当たり前に染み付いてしまったことを問われ、一瞬間の抜けた顔になってしまう。

 

「ああ、それですか……。大した理由ではありませんよ」

 

改めて自分の在り方を思い返したせつ菜は、ぼんやりとした眼で虚空を見つめながら静かに語り始めた。

 

「私の両親は少し厳しい人たちで、家ではアニメや漫画……スクールアイドルも禁止されているんです」

 

「え……」

 

「明確な理由を挙げるとすれば、私が“菜々”であることを知られないためですね」

 

“せつ菜”でいるうちはあまり考えないようにしていたことを脳裏に浮かべながら、これまでの自分を捉え直す。

 

スクールアイドルが大好きだったから。他者から押さえつけられても我慢ができないくらい愛していたから、“優木せつ菜”というもう1人の自分を作ってまでこの世界に足を踏み入れた。

 

今ではもう彼女も自分の一部だ。

 

「あ、それと本名を隠してたほうが変身ヒーローっぽくていいな〜……というのも少し」

 

最後におちゃらけた補足を添えてきたせつ菜を見て、栞子はしばらく無言のままだった。

 

中川菜々の両親にとってスクールアイドルは“不要なもの”。ほんの数週間前の栞子が胸に抱いていた考えと同じだ。……けど今は違う。

 

自分は見てしまった。悟ってしまった。怪獣に怯える少女の心を救った優木せつ菜の歌を、彼女の()()()を。

 

否定していたのは物事を理解しきれていなかったから。……いや、そもそも理解するという意思すら示そうとはしていなかった。

 

傍らから眺めているだけではわからなかったことが見えた。スクールアイドルという青春の結晶……その真髄。

 

 

「どうか胸を張ってください」

 

不意に栞子が呟いた言葉を聞いたせつ菜の肩がピクリと揺れる。

 

「あなたが優木せつ菜でいたことで救われた心があった。少なくともそれだけは確かなことですから」

 

そう口にしながら頭の中を横断するのは姉の姿だ。

 

スクールアイドル活動は将来の役には立たない。……そう、()()()()()()()()()()()()

 

ステージの上で歌う彼女達が生きているのは“今”だ。決して数年後の未来じゃない。スクールアイドルは“今”を彩るために歌い、踊っているのだ。

 

たとえいつか終わりが来たとしても、青春の狭間で得た感情は…………他に代え難い価値があるはずだから。

 

「——ありがとうございます」

 

目尻ににじんだ涙を拭いながら、せつ菜は口元を引き締める。

 

「今度……ちゃんと両親と話してみます。……自分の今後を。本当にやりたいことを」

 

「それがいいと思います」

 

窓から差し込む茜色の光が互いに微笑みを送り合う2人を照らしている。

 

人知れず一歩を踏み出した彼女達を見守るかのような静寂。

 

 

いつの間にか止まっていた足を動かし、せつ菜と栞子が再び歩み始めようとした————その直後、

 

「…………!」

 

「この揺れ……」

 

彼女達のすぐそばで、意地を張り合う者たちがいた。

 

 

◉◉◉

 

 

沈みかけの太陽を背景に立ち並ぶ巨大なシルエットが二つ。

 

大きな角を備えたウルトラマンと、ウルトラの一族に似せて造られた漆黒の巨人。

 

両者の間、何もないはずの空間が歪んで見える。そう錯覚させるほどの気迫を放っている巨人たちは、互いの出方をうかがうように静止していた。

 

「————ッ!」

 

先に動いたのは黒い巨人だった。

 

極限まで無駄が削ぎ落とされた動きで接近しながらの打撃の嵐。拳や蹴り、手刀…………容赦のない凶器が次々と迫り、二本角の巨人——ウルトラマンタイガは全ての意識を防御と回避に集中させて対処する。

 

『速い……!この動き、本物のゾフィー隊長と同じ……!!』

 

(くっ……!)

 

宇宙警備隊隊長の洗練された動き————その模倣。単純な近接技のラッシュだが、挙動と挙動の間にまったく隙が見当たらない。正面から戦っても技術の差で上からねじ伏せられる。

 

(うあっ!!)

 

槍のように突き出された足が腹部に直撃し、タイガの身体が横転しながら後方へと吹き飛ぶ。

 

黒い巨人——フィーネは休む間もなく追撃の稲妻光線を放ちさらに牽制。咄嗟にバク転を行い後退したタイガを睨みながら、ひどく冷静な声で彼は口にした。

 

「どうしたファースト、他のウルトラマンの力は使わないのか?」

 

(………………)

 

煽るように言い放つフィーネに対して鋭利な眼差しを返す。

 

フィーネはまだ本気じゃない。こちらがその気になるまでは手心を加えるつもりだ。

 

どういうわけか彼は互いに全力をぶつけることを望んでいる。プライドの問題なのか、それとも別に意味があるのか……。

 

『覚悟を決めろ春馬』

 

『彼にはもう改心の余地はない。本気で戦わなければ決着はつかないぞ』

 

(……っ…………)

 

数秒の迷いの末、タイガの内部……インナースペースの中で春馬は決断する。いや、正確には強いられたのだ。

 

一度は諦めたフィーネとの和解。その可能性が再び舞い戻ってきたと浮かれていたのも束の間、再びその望みを手放すことを強制されている。

 

戦うことは好きじゃない。誰かと傷つけ合わなければ前へ進めないだなんて、そんなのは残酷すぎる。

 

しかし守るものを背負っている以上……後ろに退くこともできはしない。

 

(タイガ……トライブレード)

 

闇を断ち切る剣の名をつぶやき、春馬はタイガスパークから出現した柄を握りしめては勢いよくそれを引き抜く。

 

自分が身を投じているこの戦いはもとより残酷なものだ。苦しくても、悲しくても、大切な人々を守るためなら…………もう収まることのない目の前の敵意を打ち破る必要がある。

 

悲しくても、戦え。

 

(燃え上がれ……!!)

 

残酷でも、戦え。

 

 

 

 

 

 

 

 

「————フィーネ兄ちゃん?」

 

立て続けに起こった大地の揺れ。その原因を確かめるために外へと飛び出した2人の姉弟たちが遠方に見えた巨人の姿を見上げて目を剥く。

 

一対一で向かい合う戦士。

 

自分達に背中を向けている黒い巨人の後ろ姿が————とても寂しげに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(——————)」

 

再び衝突した両者の間に交わされる言葉はもうなかった。

 

現状タイガ達が発揮できるフルパワー、トライストリウムへと変身した彼らは冷たい敵意をまといながら迫ってきたフィーネと幾度となく剣と拳を交差させる。

 

依然として減衰する気配のない速度で打ち出されるフィーネの攻撃をブレードで受け止めながら、眼を凝らして()()()()()()()を推量。僅かに生まれた空白を捉え、一気に踏み込む。

 

「チッ……!」

 

刹那的に放たれた斬撃がフィーネの胸部を捉え、火花が散ると共に彼は後退。しかしまたすぐに駆け出してはタイガへ打撃を打ち込んでいく。

 

一進一退の攻防。どちらかが少しでも気を抜けばたちまち決定打が打ち込まれてしまう極限の均衡状態。

 

息もつかせないゼロ距離戦闘の最中で、両者は言葉を介すことなく互いの想いをぶつけ合っていた。

 

 

————どうしてこうなる。

 

 

————そのために生まれてきたからだ。

 

 

————他に道はいくらでもあったはずだ。

 

 

————そうであってもオレが選ぶのは()()だけだ。

 

 

————自分を殺してまで誰かの言いなりになるなんて、悲しすぎるよ。

 

 

————なにも悲しいことはない。それにオレは、ようやく答えを得た。

 

 

 

「が……っ……!!」

 

(ぐぅ……ッ!!)

 

同時に炸裂した拳と斬撃が互いの肉体を仰け反らせ、両者の間に距離が生まれると共に沈黙がその場を満たした。

 

「……そうだ、オレは…………自身が報われたいわけじゃない。オレは……」

 

肩で息をしながら掠れた声を漏らすフィーネ。

 

「……いや、ここでは……何も言うまい」

 

(……!)

 

うわ言のように語る彼の姿を見据えた春馬は、その背後から押し寄せてくる巨大な感情を察知。

 

咄嗟に身構え、次に彼が繰り出すであろう最大の必殺技に備え対応するべく、残されたエネルギーをトライブレードへと集中させた。

 

「ファースト、お前の心にはまだ迷いが残っている」

 

(……!?)

 

「いらないものは全て捨てろ。オレへの感情を敵意だけに絞れ。そうすれば……少しは楽になれるだろう」

 

(なにを……言っているんだ……!?)

 

一方的な言葉を浴びせてくるフィーネの右腕には、既にこの戦いを終わらせられるだけの熱量が宿っている。

 

微かに遅れをとった上での充填が終了。

 

『(——————ッ!!)』

 

向こうが光線を射出するタイミングに合わせて、タイガ達もまた“トライストリウムバースト”による迎撃を行った。

 

『く……おぉぉおお……ッ!!』

 

(ぐ……ぅ…………っ!!)

 

突き出された片腕から解放された漆黒の光線。ウルトラ族の放つ技の中でも最高位の威力を誇る“M87光線”を完全に模倣(コピー)した一撃。

 

タイガの射出した光柱と激突したそれは凄まじい衝撃波と轟音を撒き散らしながら、この戦いに幕を引こうと徐々に三色の波を飲み込んでいく。

 

こちらが単独で撃つことのできる最大の技——トライストリウムバーストでも火力で押し負けている。かといって力の調整を誤ればタイラントと戦った時のように()()()を起こすのがオチだ。

 

…………いや、そんなことを考えている場合じゃない。打倒できる手段が限られているのなら、それに頼らなくてどうする。

 

覚悟を決めろ。限界を超えた火力を以て、目の前の“敵”を焼き払うんだ。

 

これまでもそうしてきたように、今回も…………自分達にとっての脅威を——————

 

 

 

 

 

 

 

          いいのか

 

 

 

 

 

(いいわけ…………ないだろ……ッ……!!)

 

『……!春馬……!?』

 

未だ光線を通して繋がっている状態の中、トライブレードを握る手に一層力が込められる。

 

押し負けそうになっていた足腰に鞭を打ち、春馬は光の向こう側に見えたフィーネの姿をまっすぐに捉えた。

 

(違う、違う違う違う……!しっかりしろ、俺!!)

 

初めて邂逅し、戦ったあの日のことを思い出す。

 

互いにぶつかることは避けられないと自覚した瞬間のこと。あの時、あの場所で、自分と彼の道は交わることがないと思うしかなかった。

 

だけど今は違う。フィーネの心は明らかに変化している。ここで簡単に諦めていいわけがない。

 

(なんとしてでもわからせる!!なんとしてでもその手を繋ぐ!!最後の瞬間まで、絶対に……諦めない!!)

 

直後、徐々にインナースペース内に溢れてくる猛炎。

 

春馬の秘めている情動と共鳴するように舞い上がった炎は、やがてタイガスパークへと吸収され——————

 

(こんなところで終わらせてたまるか!本当に兄弟たちのことを想っているのなら……!まず自分に正直になってみろ!!バカヤロォォォオオオオオッッ!!!!)

 

 

 

 

《メビウスレット!コネクトオン!!》

 

——新たなブレスレット()へと変化した。

 

 

『このブレスは……!?』

 

(うああああああああああああああッッ!!!!)

 

瞬間、トライブレードから放出されていたエネルギーがより強大なものへと変貌。

 

燃え盛る炎をまとった三色の光柱は、押し寄せる漆黒の閃光を一息に飲み込み——————

 

「………………!!」

 

ついにはフィーネの肉体にまで到達し、けたたましい爆音と衝撃を周囲へ波及させた。

 

 

「ぐ……ぉぉお…………ッ!!」

 

体勢を崩したフィーネが左の肩部を押さえながらその場で膝を折る。

 

直撃すれば確実に彼を葬っていたであろう必殺の光線を————春馬は直前で軌道を逸らすことで致命傷を与えるのを回避させたのだ。

 

互いに荒げた息を吐き出しながら睨み合う中、重苦しい空気が両者にのしかかる。

 

(少しでも可能性があるなら……諦めちゃダメなんだ)

 

震える声音に乗せられたまっすぐな想いがフィーネのもとまで届く。

 

(俺はこんな悲しいことをするために戦ってきたんじゃない。大切な……みんなを守りたかったから、俺は……!!)

 

姿は見えなくとも……涙を流しながら訴えかけてくる春馬の顔が、フィーネの目に浮かんでいた。

 

春馬の言う「みんな」の中には、きっと————自身すら含まれている。そう悟ったフィーネは拳に込めていた力を緩めると、

 

「……あくまでオレに……トドメを刺す気はない……か」

 

形成されていた巨人の肉体を、少しずつ粒子状への分解を始めた。

 

(……!フィーネ!!)

 

「オレの負けだ、ファースト。お前が望んだ通り、オレは()()()()()()()()()()()()()()

 

薄れていく漆黒の巨人に手を伸ばそうとするも、そこにはもう虚空しか残っていない。

 

「だがそれでも……オレの目指すものは変わらない。オレは……オレ自身が信じる、使命を…………」

 

フィーネの気配が遠ざかっていくと同時に彼の声も聞こえなくなる。

 

街に再び静かな風音が取り戻された頃、二本角の巨人はやるせない思いを解き放つように…………哀しげな叫びを轟かせていた。

 

 

◉◉◉

 

 

痛みを背負いながら人気のない道をふらふらと歩く。

 

力でも精神でも、自分は“ファースト”に勝つことはできなかった。……だがそれでいいんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「まだ……やれることは残っている」

 

定まらない視界に映るのは、やはり兄弟たちの顔。

 

たとえ“長男”ではなくなったとしても……自分は……“兄”であることに変わりはない。

 

だからこそ、自分は————————

 

 

 

 

 

「フィーネさん?」

 

後ろから投げられた呼び声に反応し、咄嗟に立ち止まる。

 

ボロボロの自分を見て駆け寄ってきた少女は、不安げに顔を覗き込んでくると共に慌てた様子で語りかけてきた。

 

「ど、どうしたんですかこの怪我……!?大丈夫なんですか!?」

 

少女の顔が直視できない。

 

複雑な思いが混ざり合うなか、フィーネは視線を落としたまま右手を掲げると、

 

「……もう、会うこともないだろう」

 

擦り合わせた指先を弾き、軽快な音を辺りに響かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三船さーーーーん!!」

 

ふと聞こえてきた呼びかけを耳にして我に返る。

 

駆けつけてきた少女——優木せつ菜へと身体を向き直した栞子は、茫然と道の真ん中で立ち尽くしていた自分に対して正体不明の疑念を抱いていた。

 

「急に走り出したりして……一体どうしたんですか?」

 

「……すみません、何か嫌な予感がして……それで…………」

 

自分の行動を思い返そうとするも、霧がかかっているかのように曖昧な記憶ばかりが浮かんでくる。

 

 

「……私…………何をしていたのでしょう」

 

頭の中にぽっかりと穴が空いている。

 

思い出せない何かがある。それだけはハッキリとわかっているのに————

 

 

 

          「栞子」

 

 

まるで一部の思い出だけが……意図的にくり抜かれているようだった。




今回で一応フィーネとのいざこざは決着しました。死に場所を失い、姿をくらました彼の向かう場所とは……?
唐突に登場したメビウスレットですが、その理由が明かされるのはもう少し先の話になります。

次回からはまたギャグテイストな話に移るかな……?


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第86話 四次元幼稚園:前編


アニガサキは次10話……。3ヶ月なんてあっという間ですねほんと。
とりあえず円盤買います(決意の光)


「どう思う?さっきのウルトラサイン」

 

自分たち以外に人影は見当たらない早朝。

 

学生寮から虹ヶ咲学園校舎へと続く道のりを歩きながら、七星ステラは不安を共有するための質問を相棒に投げかける。

 

『タロウから直々の招集命令とは、よほど重要なことがあるのだろう』

 

「そんなのはすぐに察せるわよ。()()()()()()()()()()()ことが妙だって話」

 

同好会の朝練のためにいつもより早い時間帯で起床した今朝のこと。ウルトラマンタロウからひとつのメッセージが届いた。

 

そこに記されていたのは「光の国への招集命令」。それもヒカリとステラを除いたトライスクワッドと春馬を指定したものだった。

 

「あの3人と春馬だけだなんて……おかしいと思わない?」

 

『彼らに優先して伝えたい何かがあるのではないだろうか。俺達まで地球を離れるわけにはいかないからな』

 

「それも……そうか」

 

小さく頷きながら無理やり納得する。

 

そういえば以前タロウにトレギアの情報を知らないか尋ねた時の答えがまだ返ってきていない。仮に今回の招集が例の件に関することであるとすれば……なぜ自分達ではなく、タイガ達が呼ばれるのだろう。

 

「……っと、いけない。急いで部室に行かないと」

 

ふと腕時計を確認しては予定時刻が近いことに気がつき、その場を駆け出す。

 

朝練の前にマネージャーとして済ませなければならない仕事もある。他の部員たちよりは早く着いていなければ。

 

「すっかり息も白くなっちゃったわね」

 

冬らしい肌寒い風の幕を突き抜けるように走る。

 

校舎が目の前まで見えてきた——————次の瞬間、

 

「……え?」

 

徐々に巨大な何かが近づいてくるような騒音が、ステラの鼓膜を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不覚だぁ…………」

 

移動中の電車に揺られながら、春馬は顔を両手で覆いながら下を向く。

 

今日は朝練がある日…………にもかかわらず見事に寝坊し、約束の時刻を大きく過ぎてから学校へ向かうことになってしまった。

 

「歩夢は先に行ってればよかったのに」

 

「最初はそうしようとしたんだけど……なんか気になっちゃって」

 

「気になる?」

 

「うん、ここのところハルくん……元気なさそうだったから」

 

隣の席に座っていた歩夢の言葉を聞いて、先ほどから彼女が浮かない表情をしている理由を悟る。当然心当たりはあった。

 

フィーネとの戦いから早数日。春馬の頭の中は気掛かりなことでいっぱいだった。

 

あれからフィーネは自分達の前に姿を現わすことはなくなり、それどころか学校にすら来ていない。

 

嫌な予感に突き動かされて栞子のもとを訪ねたが…………彼女から言い渡された事実は、危惧していたものよりも遥かに信じ難いものだった。

 

 

————「フィーネ……さん?……うちにそのような名前の生徒はいないはずですが」

 

 

自分達の知らぬ間に抹消されていた“フィーネ・ダラー”という転入生の存在。

 

春馬からフォルテ達ダークキラーの話を聞かされていた歩夢や……ヘルマ、ピノンと関わりのある愛を除いて、彼に関する情報と記憶が()()()()()()()()()()になっていた。

 

タイタスの推測によると、虹ヶ咲学園に潜入する際にフィーネ自身が用いた学校関係者に対する暗示や催眠術、念力の類で捻じ曲げ植え付けた“偽の記録”が効力を失ったのではないか、とのことだ。

 

彼が自ら能力を解除したのか。だとしたらその理由は?もう戻ってこないつもりなのか?

 

まだきちんと話し合えていない。1人でいなくなってしまうなんて…………そんなの、あんまりだ。

 

「ねえ、大丈夫?」

 

歩夢の声を聞き、またもや青ざめていた春馬の顔に生気が戻る。

 

彼女に余計な心労はかけたくない。これまではその一心であったが…………今回ばかりは、違う思いが春馬の言葉に込められていた。

 

「正直……いっぱい弱音を吐きたいくらい辛いことが起きてる」

 

「え……」

 

「けど折れるわけにはいかない。俺が置き去りにしてきた兄弟たちのことだから…………ちゃんと向き合わないと」

 

瞬間、唖然とした様子で押し黙る歩夢。少し遅れて春馬自身も動揺するように瞳を泳がせた。

 

今のは……明らかに“春馬”としての言葉ではなかった。

 

フィーネ達ダークキラーとの関わりが増えていくにつれて、保留にしていた問題がゆっくりと浮上してくるのがわかる。

 

追風春馬。ダークキラーファースト。提示された二つの道。自分が望むものはどちらなのか。

 

考え、悩み抜くと決めたあの日からしばらく経ったが…………未だ確かな答えは出せないでいる。

 

(……もう少しで何かが掴めそうな気はするんだけどな……)

 

フィーネとの戦いで突然出現したブレスレット————なぜかタイガの兄弟子である“メビウス”の力が宿ったあれを手にした時、一瞬だけ頭の中を覆っていたモヤが晴れた気がした。

 

地球にはいない、それどころか間近に会ったこともないはずの彼の力がどうして使えたのか。……それはタイガ達にもわからないらしい。

 

(どうか……俺達に力を貸してください)

 

押し潰されそうな不安の中にある微かな希望。それに縋るかのように、春馬は何もないはずの左手首を指先で触れた。

 

 

◉◉◉

 

 

「え、え〜………………」

 

「なに……あれ……」

 

駅を出て学校へと続く道を歩いていたその時、建物に見え隠れする謎の影の存在に気がつく。

 

巨大隕石……にしては形が特徴的というか、複数の突起物に加えて赤と青のグラデーションがかかった外殻は地球の生物でいう貝類のような印象を覚える。

 

『あれは……。なんでこんなとこに……?』

 

歪な外観の物体を遠巻きに眺めていた歩夢と春馬の間に透き通った身体のタイガ達が出現。同じように揃って首を傾けながら、不可解な光景に対して分析を行った。

 

「みんなは知ってるの?」

 

『俺は見たことないな。タイガと旦那はどうだ?』

 

『四次元怪獣ブルトン……その名の通り四次元空間を自在に操る力を備えた鉱物生命体だ』

 

『ああ、そういや授業で習ったな』

 

「四次元空間……?」

 

「ていうかあれ、学校の近くだよね?もしかしてまずいんじゃ……」

 

 

 

『止まれ!!』

 

ブルトンという名の怪獣のもとへ駆け出そうとした矢先、春馬達の脳内に届く聞き覚えのある声。

 

『その場で俺の話を聞いてくれ』

 

『……ヒカリか?』

 

妙に焦った様子の声を響かせる声の主の正体はすぐにわかった。

 

どこからともなく語りかけてきたその人物————ヒカリへと意識を向けたタイガ達は、動揺を隠せていない彼の言葉を注意深く聞き取っていく。

 

『そばにいるのは……君か、上原歩夢』

 

「え?は、はいっ」

 

『君はそこで待機しててくれ。学園の敷地に近づいてはいけない。いいか?』

 

「わ、わかりました……」

 

『それと春馬……3人のうち誰でもいい、ウルトラマンの姿に変身してから同好会の部室へ来てくれ。必ず変身してからだ、わかったか?』

 

「何かあったんですか?」

 

『……見た方が早い』

 

明らかに不穏な空気が漂い始めたことで徐々に冷や汗がにじんでくる。

 

考えるのとほぼ同時にタイガスパークを出現させた春馬は隣に立っていた歩夢と目配せをしつつ手早くレバーを操作。

 

《ウルトラマンタイガ!!》

 

淡い輝きと共に肉体を二本角の戦士へと変換させた春馬が地面を蹴り、虹ヶ咲学園へと一直線に突き進む。

 

瞬く間に遠ざかっていく彼らの姿を見送りながら、歩夢は改めて目の前の非日常的な風景に対して感嘆にも似た溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

(なんだろうこの雰囲気……いつもと違う感じがする)

 

『ブルトンの発する特殊な力場がここら一帯の時空を歪ませているのだろう』

 

(時空を歪ませ……?)

 

『気をつけろ春馬。ここから先は何が起こってもおかしくない』

 

人の気配が感じられない廊下を地球人サイズのタイガが堂々と移動する。

 

校舎のすぐ近くに鎮座しているであろうブルトンが広げている異次元————いつも通っている施設にいるはずなのに、まったく知らない建物を散策しているような気分だ。

 

『……?なにか聞こえないか?』

 

(え?)

 

『ちょっと変わってくれ、タイガ』

 

『ん?ああ』

 

慎重に部室を目指していたその時、思いがけずフーマから交代の要請がかかる。

 

瞬時に肉体を変換させた後、彼は深呼吸と共に精神を研ぎ澄ませては微かに耳に届いた音をより鮮明に捉えようとした。

 

超波動探知(ウルトラソナー)

 

部室のある方向から聞こえてくるのは————幼い子供の“声”。それも1人や2人ではない。

 

『何人もの子供が向こうに固まってるな』

 

(子供……?どうしてこんなところに?)

 

『さあな。とりあえず様子を見に行こうぜ』

 

敵意のような気配が感じられないことを確かめつつ、フーマは一気に部室前へと駆け抜ける。

 

「スクールアイドル同好会」の標札が掛けられた扉。先ほど感じ取った声は確かにこの向こう側から聞こえていた。

 

(…………)

 

いつもと違う雰囲気が春馬達にこの上ない緊張感を与えてくる。

 

『いくぜ春馬!』

 

(うん!)

 

息を呑んだ後、恐る恐る手を伸ばしては一息に扉を開いた————その直後、春馬達は自分の頭と目を疑うこととなった。

 

 

 

「なにして遊ぶ?やっぱりおままごと?」

 

「ねえねえ、いっしょに歌おうよ」

 

「かなたちゃん起きて〜」

 

「ねえ、おままごとは?」

 

「お姫様の役やるー!」

 

「おままごとにお姫様って変じゃない?」

 

「りなちゃんもこっちであそぼー!」

 

 

 

 

『(……………………は?)』

 

部室の中にいたのは……元気よく駆け回る9人の幼子たち。春馬はすぐにその全員が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

……いや、これは似ているのではなく——————

 

『来てくれたか、みんな』

 

不意に耳朶に触れた声音に反応し、騒がしい子供たちを横目にテーブルの上へと視線を移す。

 

そこにこぢんまりと腰掛け、困り果てたように俯いていたのは…………他でもない、春馬達をこの場へ招いたヒカリだった。

 

(なん……え?これ、どういう……この子達って…………)

 

まさかと思うような答えと、ありえないという否定の念がせめぎ合っている。

 

状況の説明を求めようとヒカリに身体を向け直した直後、春馬は部屋の隅っこで身を潜めている1人の女の子の存在に気がついた。

 

『おい、あの子供…………』

 

『そんなことがあり得るのか?』

 

タイガ達も薄々何が起こっているのかを察したのか、ショートしかけの思考のまま小さく呟く。

 

物陰に隠れている幼い少女。自分達が一歩近づくたびに怯えるように身を震わせている彼女の顔が————とある人物と重なった。

 

(…………ステラ姐さん?)

 

途端にヒカリが深刻そうにしていた理由を理解する。

 

無邪気で騒がしい声を背負いながら立ち尽くしている春馬たちを見やり、ヒカリはこの愉快な状況を彼らに説明した。

 

 

『ブルトンが起こした時空の歪みが…………()()()を幼子に変えてしまったのだ』

 




最初に白状しておくと作者の趣味が9割といったところですね。今後はクライマックスまでシリアスな話が続くと思うのでその前に緩い回を挟もうかと思いまして(言い訳)
ブルトンの能力をこのようなシチュに使ってしまったことを少々申し訳なく思いつつも、奴以外に今回のような状況を作れる怪獣が思いつかなかったので致し方ないとも考えております()

さて、某電車に乗るヒーローで起きるような現象に巻き込まれた春馬たちの運命やいかに!!!!!!!!!!!!!


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第87話 四次元幼稚園:後編


今回はギャグに全振りするはずだったのに気付いたらシリアス入ってました。
クライマックスへの導入の導入……といったところでしょうか。


「おじゃましま〜す」

 

「あのピアノ弾いてもいい?」

 

「もちろん。みんなでいい子にしててね。……ああっせつ菜さん、そんなに走ったら危ないよ」

 

ブルトンの展開する力場の影響が出てしまう学校から場所を移し、追風家のリビング。

 

歩夢を除いて肉体と記憶が幼稚園児ほどの年齢まで引き下がってしまった部員たちを自宅へ避難させたのはいいが、あまりにもトンチンカンな状況に頭を抱えたくなる。

 

「ふふふ、どの子も元気いっぱいね」

 

「こんな時でも肝が座ってるね、母さん……」

 

この光景を見ても呑気な感想しか出てこない母の感性が心配になってくる。

 

エネルギーに満ち溢れている計9人のお子様————もといブルトンの被害者たちをひとまずこの場に留めておくべく集結したのは春馬と……その母である小春、歩夢、フォルテ…………そして助っ人がもう1人。

 

「ごめんね三船さん、せっかく一緒に練習できる予定だったのに……」

 

「いえ……というかそれ以前にまだ状況が飲み込めていないのですが……私だけですか?」

 

騒ぎを聞いて駆けつけてくれた栞子が困惑した表情を見せながら詰まり気味に言う。混乱するのも当然だ。

 

「学校に現れた怪獣のことは知ってるでしょ?」

 

「はい、今朝からニュースになってましたからね」

 

「どうやらあの怪獣が周りの時空を歪めた影響でみんなが子供になっちゃったみたいなんだ」

 

「すみません、何を仰っているのかさっぱりです」

 

「ごめん、実は俺もなんだ」

 

タイガ達から聞いたことをそのまま話しただけだが、やはり余計に混乱させてしまったようだ。もっとも春馬自身ブルトンの能力がどういう理屈で成立しているのか理解できたわけではないが。

 

「…………」

 

「ひ」

 

ふと春馬が目を合わせた直後、ソファーの陰に隠れてしまうステラ。ヒカリの姿になる前にブルトンの影響を受けてしまったためか、彼女も他の部員同様に幼児と化している。

 

『戦えるのは俺達だけ……か』

 

『とりあえずヒカリはそのまま待機しててください。俺達がパパッと奴を倒してくるので』

 

『慎重に事を運ぶんだ、4人とも。春馬まで子供になってしまってはそれこそ打つ手がなくなる』

 

(はい、気をつけます)

 

幼くなったステラの頭の上に腰掛けるヒカリとテレパシーを交わした後、春馬は隣にいた歩夢にひっそりと語りかけた。

 

「ここは任せてもいいかな……?」

 

「う、うん。みんなは私達で見てるから」

 

「じゃあお願い!」

 

「追風さん、どこへ行くのですか!?」

 

「ちょっと街の様子を見てくる!」

 

「気をつけて行ってらっしゃ〜い」

 

駆け出した春馬を見送る臨時の保育士たち。

 

玄関が閉じられる音が聞こえた後、改めて非日常的な光景へと視線を戻し————歩夢は苦笑いを浮かべながら言った。

 

「とりあえず……みんなでお歌でも歌おうか?」

 

「はい!私はスクールアイドルの曲が歌いたいです!」

 

「それなら……春馬の部屋に……たくさんある」

 

ハキハキとした調子で挙手するせつ菜と彼女を肩車で拘束したフォルテがそう提案する。

 

自分達がここでできるのは春馬達がブルトンを倒すまで子供になってしまったみんなの安全を確保すること。

 

「……なんだか頭が痛くなってきました」

 

「あはは……」

 

すでに疲れきった様子で眉根を揉む栞子。春馬がウルトラマンであることを知っている歩夢と違って、彼女の脳はとっくに理解の許容量を超えてしまっているだろう。

 

(人を子供に変える怪獣、かぁ……)

 

子供たちが発する賑やかな空気に囲まれながら、歩夢は不意によぎった疑問に小さく首を傾げていた。

 

 

(今のハルくんの場合——————)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————どうなっちゃうんだろう」

 

街道を走りながら降ってきた不安に思わず顔を伏せる。

 

『なにがだ?』

 

「あ……いや、なんでもないや」

 

『気を抜くなよ。目視できる距離まで近づいたらすぐに変身だ』

 

「うん」

 

脳内で聞こえてくる声とのやりとりを済ませつつ、春馬は湧いてきた疑問に向き合った。

 

ブルトンが漂わせている力場が肉体年齢と記憶の退化を及ぼすのなら…………“春馬”の記憶とファーストの身体を持つ自分はどうなる。

 

(なんだろう……この感じ)

 

ざわついた胸元に手を当て、ごくりと喉を鳴らす。

 

湧き上がる感情の名前がわからない。恐怖……と呼ぶには弾みすぎているし、安堵と呼ぶには落ち着きがなさすぎる。

 

自分は一体なにを予感している。何が気になるというのだ。

 

『そろそろだな』

 

「……!うん!」

 

《カモン!》

 

駆け上がったビルの屋上からわずかに見えたブルトン。その姿を捉えた直後、タイガスパークを操作して腰のホルダーから取り上げたアクセサリーを握りしめる。

 

《ウルトラマンタイガ!!》

 

雑念を取り払え。今は一刻も早く————目の前の標的を打ち倒すんだ。

 

 

◉◉◉

 

 

「Buono〜!」

 

「このクッキー、パンダさんの形になってる……」

 

「かわいくておいしい〜!」

 

 

 

「三船さんもスクールアイドルやってるの?」

 

「え?」

 

お腹が空いたと訴え始めた子供たちのリクエストに則りおやつタイムへと移行していた最中、何気なく尋ねてきた小春に対して栞子は丸めた目を向けた。

 

「い、いえ……私は」

 

「体験入部……って感じなんです」

 

そうすかさず答えたのは彼女の隣に腰掛けていた歩夢。

 

現在スクールアイドル同好会が置かれている状況に至った経緯を一から説明するのは少々ややこしくなる。栞子の立場も考慮して、事情を知らない小春には大まかな雰囲気だけ察してもらえばいいだろうという判断からの発言だった。

 

「へえ〜、でもいいわね。和装風の衣装とか似合いそうじゃない?」

 

「あ、私も同じこと考えてました。……そういえば日本舞踊を習ってるって言ってなかった?」

 

「ええ、まあ……」

 

「あら!どうりで!さっきからお上品な子〜って思ってたのよ。いいわねえ……若い頃に流行ってれば私もスクールアイドルやってたのになぁ」

 

「今も十分お若いですよ」

 

「あらあらあら……歩夢ちゃんてばお上手。うふふ!」

 

身内のノリを前にして戸惑い気味に笑った後、栞子は手に取っていたクッキーを口へと運ぶ。

 

どこかアウェーな空気を感じるのは、歩夢と小春が親しい間柄だから……というだけじゃない。

 

何かが大きくズレている感覚。栞子はこの追風家にやってきてからそんな違和感を覚えずにはいられなかった。

 

「フォルテさん…………だったでしょうか」

 

「ん」

 

向かい側の席でクッキーを頬張っていた少女に意識を向ける。

 

神秘的な銀髪が浮世離れした印象を覚えさせる彼女のことがどうにも気になってしまう。

 

自分よりもこの場に馴染んでいるはずなのに、どこか不自然な雰囲気も漂わせている彼女は栞子に正体不明の疑念を募らせた。

 

「その、差し支えなければお尋ねしたいのですが…………追風さんとはどういったご関係なんですか?」

 

「………………遠い親戚」

 

「そういえばそういうことになってたわねぇ」

 

「へ?」

 

「ちょ……!あ、あのね三船さん!この子の言う通りだよ!ハルくん達とフォルテちゃんは親戚同士で……!色々あってしばらくここで預かることになったって感じで…………!」

 

「はあ…………」

 

なぜか慌てた様子を見せた歩夢を不審に思いつつ、栞子はおもむろにティーカップを摘むと程よい温度を保った紅茶を口にする。

 

遠い親戚…………あり得ない話ではない。ではないが…………やはり歩夢の言葉は腑に落ちるとまではいかなかった。

 

「三船さん?」

 

「あっ…………」

 

顔を覗き込んできた歩夢の存在に遅れて気づき、我に返った栞子が慌てて彼女へと意識を向け直す。

 

「大丈夫?さっきからぼーっとしてるけど……」

 

「い、いえ……なんでもありません」

 

小さな嘘をついた自分に対してまた疑問が浮かんでくる。

 

少しだけ、本当に少しだけわかったことがある。胸を覆っているこのモヤモヤは……何かを忘れている証なのだと。

 

やり忘れていた宿題や生徒会の仕事はなかっただろうか。いくら考えても答えは出てこない。

 

目の前に座っている銀色の少女を見つめていると、なぜだか一層モヤモヤが強くなる気がするのだ。

 

 

「……?」

 

不思議そうに首を傾けるフォルテから視線を外し、栞子はすっきりしない胸元に手を当てては不快そうに眉をひそめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんっ……だ、こいつ!?)

 

ゴツゴツとした巨体を何度もテレポートさせてはタイガを翻弄するブルトンに目を剥く。

 

先手必勝と言わんばかりにタイガが放った牽制攻撃、“ハンドビーム”によって火蓋を切ったこの戦いは————春馬たちにとって芳しくない戦況が続いていた。

 

『攻撃が当たらない……!ブルトンってこんなにすばしっこかったのか!?』

 

『違うよく見ろ!奴自身が速く動いてるわけじゃない!』

 

『まずはどうにかして拘束しなければ……!』

 

縦横無尽に宙を駆けながら“ハンドビーム”や“スワローバレット”、“タイガスラッシュ”といった光弾技を併用してブルトンへと放つが、その悉くが瞬間移動を繰り返すブルトンに回避されてしまう。

 

……いや、テレポートだけじゃない。おそらくヒットする直前、ブルトンは自分の周囲の空間を捻じ曲げることで攻撃の軌道を逸らしている。

 

「——」

 

(なにあれ————おわっ!?)

 

ブルトンの全身に空いている穴から触角のようなものが飛び出てきたと思った直後、タイガの視界がぐるりと半回転。

 

見えない力で叩きつけられたような衝撃を感じた後、なすすべなく地面に横転してしまった。

 

「——」

 

(ぐっ……!)

 

ブルトンの触角が振動すると共に傍らに建っていたビルが根元から()()()()()()

 

体勢を立て直そうとしていたタイガめがけて突き槍の如き勢いで突貫してくるコンクリートの塊。

 

咄嗟に形成した光の壁“タイガウォール”で防御を図るが、それを嘲笑うように背後へとテレポートしてきたブルトンが今度は自らの肉体を用いた突進をしかけてきた。

 

『くお……っ……!!』

 

ビルの投げつけを防いだ直後に受ける後方からの強襲。

 

巨大な岩石にでも押し潰されているかのような圧迫感がタイガを襲い、彼の巨体を易々と大地にねじ伏せてしまう。

 

(強い……!!)

 

『ったく見てらんねえぜ!交代だ春馬!』

 

(任せた!)

 

 

《ウルトラマンフーマ!!》

 

青い光と同時に拡散する煙幕。

 

『おおおおおッ!!』

 

ブルトンの下から瞬時に脱出してみせたフーマは、手元に生成した光の手裏剣を構えると奴めがけて果敢に飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ……フフフフフフ……。私からのプレゼント……喜んでくれているかな、春馬」

 

無機物的な風貌の異形と巨人が激闘を繰り広げている最中、遠方からそれを眺めていた悪魔が不気味につり上がった笑みを浮かべる。

 

「きっと理解する時がくるだろう。……君も私と同じ、どちら側にも立てない存在なのだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『フッ……!』

 

音すらも置き去りにして駆け回るフーマの姿が幾重もの残像となってブルトンを囲む。

 

奴の行う瞬間移動は並みの瞬発力では見切れない。ならばこちらも向こうが予測できない動きをするまでだ。

 

「——」

 

『どわっと!?』

 

刹那、ブルトンが周囲に向けて発した奇妙な波動を察知するや否や咄嗟に距離をとる。

 

受ければどのような影響が出るのかまではわからない。けれどもまともに被弾することは避けろとフーマの本能が訴えている。

 

『今の空間の揺らぎ……もしや力場を作っていたものと同じ……?』

 

『まさか、あれを喰らったら変身してたとしても……』

 

『ああ、春馬の安全は保障できない』

 

先ほどまでは薄く伸ばしていた波動を束ねて強力にした攻撃。どんなに抵抗力を備えていたとしても問答無用で時空歪曲を受けてしまうものだ。

 

(俺のことは気にしなくてもいいよ。予定通りブルトンの動きを止めてから、最後はタイタスの攻撃でトドメを刺す)

 

しかし当の春馬は至って冷静な態度でそう口にする。

 

ブルトンがいなくなればきっと皆を子供にしていた力場も消滅する。直前に自分がその影響を受けたとしても、間髪入れずにタイタスが攻撃を打ち込んでくれれば結果は同じだ。

 

(それに俺は…………)

 

『ん?』

 

(いや、なんでもない。行こう!!)

 

再び飛翔したフーマが無数の残像を生み出しながらブルトンを包囲する。

 

『“轟波動(ごうはどう)”!!』

 

フーマの腕から放たれた衝撃波が中央のブルトンに直撃。残像の数だけ撃ち出されたそれは凄まじい重圧となって一時的に奴をその場に留めた。

 

(今だ!!)

 

《ウルトラマンタイタス!!》

 

こじ開けた一瞬の隙を突いて肉体をタイタスへと切り替え、テレポートされる前にブルトンへと接近。

 

《メビウスレット!コネクトオン!!》

 

握りしめた拳に宿る灼熱のプラズマエネルギー。

 

ブルトンの能力は極めて強力だが、おそらく奴は直接攻撃に対する耐性が薄い。タイタスのパワーを全力でぶつけてしまえば、きっとたちまち粉々になる。

 

『(“ライトニングバスター・ゼロ”!!)』

 

動脈と静脈が入り混じる心臓のような外殻に、渾身の右ストレートを叩き込——————

 

 

(あ)

 

攻撃を与える寸前……苦し紛れにブルトンが発した波動がタイタス、そして一体化している春馬に直撃した。

 

同好会のみんなを子供にした、時空を歪める波。

 

頭の中が少しずつまっさらに漂白されるなか、春馬は()()()()()()から覗かせた双眸に強い意志を宿らせる。

 

(————)

 

何が起きているのかは思い出せない。

 

だがそれでも、彼は使命感に突き動かされるかのように————タイタスとの同調を微塵も揺るがせることなく、その巨拳を振り抜いた。

 

 

「——」

 

断末魔は上がらない。ただただ巨大な無機物が崩れていくように、ブルトンは派手に爆発四散。

 

無音が戻った街中に立ったタイタスは、ブルトンが漂わせていた摩訶不思議な力場が消滅していることを確認し…………自分の中にいる少年に向けて、不安げな声をかけた。

 

『……春馬』

 

(なにも言わないで)

 

いつもより沈んだ調子で返した春馬の表情が見えない。

 

(わかってるから)

 

思いがけず突きつけられた過去の姿が再び焼き付けられる。

 

呼び起こされた葛藤に胸を締め付けられながら、春馬は静かにウルトラマンの肉体を解除した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追い風が吹いている。

 

「いっぱい考えたね、いっぱい悩んだね。けど果たして君は答えを出せるのかな?」

 

追い風が吹いている。

 

「決断することなく風化するのも悪くないだろう。あれだけのものを背負ってるんだ、きっと誰も文句を言わない。許せない者がいるとすれば……それはきっと君自身だ、春馬」

 

追い風が  吹いている。

 

「だがもし前へ進みたいと言うのなら————私は今一度君に寄り添うだろう。『君の願いを叶えにやってきた』と、差し伸べられる手を…………今度こそ握ってくれるかな?」

 

 

闇色の風に巻かれて悪魔が消える。

 

誰かを嘲笑うような道化の声が、いつまでも街を包み込んでいた。

 




ブルトンの能力を受けた春馬が変化した姿は子供ではなく…………。
トライストリウム登場回以降、密かに自分の行く道を考えていた彼がこの先再び決断を迫られることになります。

次回は既に構成が決まっているので、上手くいけば明日中に投稿できるかもしれません。せっかくなのでサブタイトルも予告しておきます。
ついにクライマックスも目前。これまで読んでくれていた方も、これからの方も、どうか最後までお付き合いください。

次回 「長男」


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第88話 長男

なんとか間に合った……。
前回に引き続き、クライマックスの導入です。


考えることから背を向け続けてきた生を振り返り、初めて自分を見つめ直してわかったことがある。

 

自分は“高さ”を重視していた。どこまでも父の理想で在り続けようと()()()()()()()

 

志を高く。

 

上昇志向を高く。

 

技術を高く。

 

使命感を高く。

 

高く、高く、高く、地表すら見えなくなるほど足場を積み上げてきた自分は————もう、降りることは叶わない。

 

だが後悔などしてる暇はない。引き返せないとしても、自分にはまだやれることが残っている。

 

ならば最後の瞬間まで役目を果たそう。

 

この身に注がれた魂の終わりが、満足できるものであることを願って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん…………んん〜!!」

 

「……ふぅ」

 

冷たく乾燥した空気がピリ、と肌に触れる早朝。

 

もんじゃ焼きの老舗、“みやした”の玄関先に出てきた銀色の姉弟たちが揃って身体を伸ばしては大きな欠伸を見せる。

 

「なんか、身体が勝手に早起きするようになっちゃった」

 

「だな」

 

青みがかった景色に目を凝らしながら少年、ヘルマは思う。

 

あの豪快で大胆な地球人————宮下愛の家に住み着くようになってどれだけの時間が流れただろうか。

 

ここは空気の流れが穏やかでありながら、濃厚な時を過ごすことができる。そのせいで1日や2日でも数ヶ月間を共にしたかのような充実感が湧いてくるのだ。

 

静止した闇の中では感じられない高揚と安心。ここにいるだけで毎日が飽きることのない遊園地と化す。

 

「……フィーネ兄ちゃん、負けちゃったのかな」

 

不意にピノンが口にしたことが耳に入り、眼を細めながらヘルマは白い息を吐いた。

 

遠巻きから見えたウルトラマンタイガとダークキラーゾフィーの戦い。互角の力を見せた両者だが、最終的に退いたのは後者だった。

 

「まだ気配はこの星に残ってる。……あの人は諦めない。近いうち、またウルトラマンに挑むだろうさ」

 

「一緒にいたいな」

 

「まだそんなことを言ってるのか」

 

下を向きながら小さく吐露した姉に肩をすくめつつ、ヘルマもまた俯いては身につけていたマフラーに口元を埋めながら言う。

 

「僕たちはもうフィーネのところには行けない。このままここで暮らしたいのなら、あの人のことはもう考えるな」

 

「でもさ…………」

 

声を沈ませるピノンから目を逸らしながら考える。

 

彼女の気持ちも理解はできる。地球に来るまでは絶対の信頼を寄せていた兄とこれからも生を共にしたいと願うのは……兄弟としては何らおかしくはない心理だ。

 

だがダメなんだ。自分達と彼とではもう歩む道から違えている。

 

フィーネはきっと生き方を揺るがせることはない。これから先も、彼は死ぬまでウルトラマンに対する憎悪を燃やして戦い続けるのだろう。

 

…………父から託された、“使命”に則って。

 

 

 

「よくわかった」

 

直後、無音の最中に鼓膜へ届いた低い声音。

 

「それがお前達の意思なんだな」

 

横から呼びかけられると共に反射的に首を捻ったヘルマとピノンは、その先に佇んでいた人物に見開いた眼差しを注ぐと小刻みに喉を震わせた。

 

「な……」

 

「フィーネ……兄ちゃん…………」

 

「なにも言うな」

 

凍りついたように身体が動かない。

 

なんの感情も見せることなくゆっくりと歩み寄ってきた少年——フィーネは2人の目の前までやってくると、その真っ暗な瞳で静かに彼らを見下ろした。

 

「余計なことは口にしなくていい。今この場で感じている疑念も恐怖も全て取り払って…………今からオレがする、たった一つの質問にだけ答えてくれ」

 

冷や汗をにじませながら、ヘルマとピノンは無言で了承する。

 

風の止んだ無音が満ちる世界の中で、フィーネはまっすぐに兄弟たちと向き合いながら…………やがて小さく口を動かし、覚悟を乗せた問いを口にした。

 

 

「お前達は…………今が幸せか?」

 

それ以上の言葉はなかった。

 

自分達の返答を待つように瞬きすらも忘れて佇んでいる兄を見上げながら、ヘルマとピノンは回答を探る。

 

「うん」

 

——先にそう発したのは、ピノンの方だった。

 

「アタシね、ここに来て知らないことがいっぱい感じられたの。戦うことよりも食べたり笑ったりする方が楽しいんだって思ったし、兄ちゃん以外にも優しくしてくれる人がいるんだってこともわかった」

 

「おい、ピノン…………」

 

「だからアタシ、この星を壊したくないな!美味しいもの食べて、色んな人と触れ合って、飴とかもらって、なんでもない話で盛り上がって…………そういう小さい幸せだけ感じられればそれで…………それで、アタシは満足なの」

 

ピノンの言葉を噛みしめるように目を瞑った後、再び開かれたフィーネの瞳が横へと移る。

 

「ヘルマはどうだ」

 

「え…………」

 

「お前もピノンと同じか?」

 

「……僕は…………」

 

戸惑うように俯いた後、ヘルマはふと隣に並んでいた姉の顔を見やる。

 

いつの間にか硬く握られていた手に気がついたその時、彼の中で迷いは消え去っていた。

 

「……僕も、そうだ。考えてはみたけど……やっぱりこの星を脅かす理由は見つからなかった」

 

「………………」

 

「僕もここにいたい。ここにいると落ち着くんだ。…………今から戻れって言われても、たぶん……前と同じようには振る舞えない」

 

「そうか」

 

「……だから……っ…………だから、フィーネ————!!」

 

直後、ヘルマとピノンに覆い被さる暖かな感触。

 

前触れもなく唐突に抱き寄せられた2人の中に、不思議と驚きの感情はなかった。

 

「お前達はそれでいい」

 

小さな身体の弟と妹をまとめて抱擁したフィーネは、表情を見せないまま口にする。

 

「お前達は()()()()()()()()()。だが立ち止まるな。心に決めた道を前に、ひたすら前に進め。…………オレのようにはなるな」

 

「フィーネ兄ちゃ————」

 

煙のようにふわりと無くなった重さと体温。

 

ヘルマとピノンが瞬きをしたその間に、フィーネの姿はその場から消失していた。

 

 

◉◉◉

 

 

訣別は済ませた。もう心残りは何もない。

 

闇が充満した空間の中でフィーネは自分に言い聞かせる。

 

 

父に造られた身体と命。それは一重にある目的のためだけに与えられたもの。…………ウルトラマンを滅ぼすという、ただ一つの使命を果たすためのもの。そこに疑問は感じない。

 

最終的に目指すべきものは変わらない。自分は最後まで父に尽くす。

 

この世から光の戦士を————“ウルトラ”の名を冠する者を残らず抹殺する。

 

後悔はない。名残惜しいことなんて何ひとつない。

 

………………それなのに、どうして、

 

 

(…………お前の顔は、頭から消えてくれないな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「珍しいこともあるものだ。……お前が我に……“頼み”とは」

 

真っ黒な空と真っ黒な大地。

 

膨大な“キラープラズマ”によって形成された異空間。闇だけが支配する“ダークキラーゾーン”だ。

 

フィーネはその場に立ち、眼前にそびえ立つ巨人()の姿を見上げると————普段と変わらない、冷静な口調で彼に伝えた。

 

「ダークキラーの長として、兄弟を治める者として…………我が父に進言したい」

 

「ほう……。言ってみなさい」

 

言葉のひとつひとつが物理的な重量を帯びているかのようだった。

 

黒い岩石で出来た玉座に腰かけながら、父——ウルトラダークキラーはその真っ赤な眼で子を捉える。

 

 

「どうかあの惑星…………地球から手を引いてもらいたいのです」

 

落ち着いた声で言い渡されたフィーネの意思を聞いて、闇の巨人は興味深そうに唸った。

 

「そのような考えに……至った経緯は?」

 

「…………無礼であることは承知していますが」

 

「構わん、言ってみろ」

 

息遣いがはっきりと聞こえるような静寂。

 

意を決して口を開いたフィーネの脳裏には、地球で目の当たりにした光景が絶え間なく流れていた。

 

「あの星を滅ぼすことは……あなたにとってそれほど重要ではないはずなんだ、父さん」

 

返答も相槌も聞こえてこない。

 

続けて述べることを求められていると察知し、フィーネはその先の言葉を紡いでいく。

 

「あなたが本当に求めているのはウルトラ一族の抹殺だけ。これまで地球に怪獣を出現させていたのは……結局のところ奴らに対する()()()()でしかない。地球を守る……ウルトラマンに対しての」

 

地球————それはどういうわけか光の国の者たちが必死に守ろうとしてきた星。

 

奴らがなぜあの惑星を狙う外敵を退けようと躍起になっているのかはわからない。だが光の戦士にとって地球が重要な存在であることだけは確かだ。

 

父が地球を狙うのは…………きっと憎きウルトラマン達に対する害意故のこと。

 

そこに住まう生命や文明に関しては極端に言えばどうでもいいのだと……フィーネはそう推測していた。

 

「地球を襲わなくても、あなたの悲願は叶えることができる」

 

「要はなにが言いたいのだ?」

 

のしかかってきた父の言葉を受け、フィーネはゆっくりと瞼を閉じる。

 

真っ暗な視界の中で浮かんでくるのは————兄弟たちと、1人の地球人の姿だった。

 

「あなたの願いはオレが1人で全て背負う。必ずウルトラマンを…………光の国を滅ぼしてみせる」

 

膝をつき深く頭を下げながら、心からの言葉をこぼす。

 

「だから地球は……兄弟たちが生きるあの星だけは、見逃してください。あいつらを…………幸せなままでいさせてやってください。どうか……どうかお願いします。…………お願いします」

 

今一度この身に与えられた使命を思い出す。

 

ウルトラマンを殺す。兄弟たちをまとめ上げる。どちらも自分にとっては命よりも大切なことだった。

 

フォルテ、ヘルマ、ピノン…………自分を除いた“ダークキラー”は皆地球で生きることを決めた。自らの意思に従って。

 

ならば自分はそれを守りたいと、尊重したいと思ったんだ。

 

自分とその周囲にいる人間の幸せの形が同じなわけじゃない。それを教えてくれた人がいたから。

 

この名はフィーネ。父から託された使命を全うする者。

 

そしてそれ以上に————兄弟たちを守る、“兄”。

 

 

 

 

 

「よくわかった。それがお前の意思というわけだ」

 

どこか緊張の解かれた父の声が聞こえてくる。

 

「父さん……!」

 

想いが届いた。伝わった。

 

そんなめでたい錯覚が全身に到達する直前で、

 

 

 

 

 

「……あ?」

 

自らの脇腹を貫く黒い閃光を、フィーネは遅れて認識した。

 

 

 

 

「これで心置きなく、お前たちを処分できる」

 

 

「ぐ…………ぼ…………っ!!」

 

立ち上がろうとしていた膝が再び地面に落下する。

 

造り物の血を撒き散らしながら表情を苦悶に染める我が子を見下ろし、ウルトラダークキラーは重圧の帯びた声を響かせた。

 

「惜しかった。お前は本当に……惜しかったぞ、フィーネ。他の兄弟たちは駄目でも、お前だけは我が求める理想を実現してくれると思っていた。…………だがその僅かな期待も潰えた」

 

「……!!」

 

「地球を見逃すという選択は存在しない。最後の最後に、お前はひどい思い違いをした」

 

ダークキラーの周囲に無数の光弾が生成される。その照準は考えるまでもなくフィーネを捉えていた。

 

「あの星を滅ぼせと()()()()()()()()()。誰のものかもわからない心が、地球に住まう生命を根絶やしにしろと叫んでいる。……我の悲願は、それを差し引いて成就することはない」

 

直後に解放される津波のような殺意。

 

雨のように降り注いできた光弾を視界に収めながら、フィーネは自虐的な笑みを浮かべた。

 

(まあ…………上手くいくなんて思っていなかったさ)

 

左腕に手甲を出現させ、本来の姿に戻るためのアクセサリーを握りしめる。

 

父から向けられた敵意を正面から受け止め、命が脅かされるその瞬間に——————

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」

 

 

————最初で最後の、反抗(はんげき)を行った。

 

 

瞬く間に生成される漆黒の巨躯。

 

片腕から発射された黒い光線は、当人の限界など軽く飛び越えた威力を発揮していた。

 

「——————」

 

全身全霊、フィーネという存在全てを注ぎ込んで放った一撃はダークキラーに到達することはなく、その寸前で見えない壁に衝突したかのように分散してしまう。

 

刹那、異空間に拡散する凄まじい衝撃。

 

核爆弾でも炸裂したかのような光の暴力がその場を満たし————真っ暗だった世界に、一瞬の煌めきを生み出した。

 

 

◉◉◉

 

 

「それにしてもよかったね、みんな無事に戻れて」

 

ブルトンの一件から2日ほど経過した夜のこと。

 

自室にこもり編曲作業をしながらタイガ達とテーブルを囲んでいた春馬は、無邪気な笑顔を見せて言った。

 

「すごく貴重なものを見れた気がするよ。みんなはあの時のこと覚えてないみたいだけど」

 

『もう少しくらいブルトンを放っておいてもよかったかもな』

 

『ウルトラマンとしてその発言はまずいだろ』

 

『だってよぉ、タイガも見ただろ?ステラの奴、今とぜんぜん雰囲気違ったぜ』

 

『それに関しては私も意外だったな』

 

ブルトンの発した力場の影響を受けて同好会のみんなが子供になってしまった事件。あの日に刻まれた爪痕は、世間で話題として上がっているものよりも深かった。

 

タイガ達は極力話には出さないようにしているが、春馬の中には常にそれが残滓している。

 

(…………いずれは、答えを出さなくちゃいけない)

 

ダークキラーファースト。追風春馬。自分を構成している二つの要素。

 

自分はどちらを望んでいるのか。……少なくとも今は、決断する気にはなれなかった。

 

 

 

 

 

「………………ッ……!!」

 

『……?春馬?』

 

脳天に届いた電流のような刺激。

 

『お、おい!?』

 

青ざめた顔でその場に立ち上がった春馬は、脇目も振らずに部屋を飛び出すとリビングにいたフォルテの手を引き玄関へと向かった。

 

「春馬ー?こんな遅くにどこ行くの?」

 

母の声すら聞き流し、春馬はフォルテを連れて外へ出る。

 

繋いだ手のひらから伝わってくる汗ばんだ感触が、表情を見るまでもなく彼女も動揺していることを知らせていた。

 

 

 

 

 

 

そんなはずはない。心の中で気のせいだと何度も繰り返しながら春馬は夜の街を駆ける。

 

どんどん近づいてくる“気配”はどこか弱々しく、暴風の前に曝されたろうそくの火のように危うい。

 

タイガ達の力を借りての全力疾走。やがて辿り着いたのは人気のない、海と隣接した公園だった。

 

 

「————フィーネ!!」

 

「……!どうして、彼が……」

 

 

背負っていたフォルテを降ろした後、遠くの方でうずくまっていた影に慌てて駆け寄る。

 

「…………きたか」

 

血の気の引いた表情でやってきた春馬の存在に気づくと、少年——フィーネは安堵するように息をついた。

 

右半身が大きく()()()()()。限界を超えた出力の光線を解き放った彼の肉体は既に崩壊しかけており、自ら放った熱量に耐えられず灰燼と化していた。

 

もはや何の像も映してはいない、機能を失った暗い瞳を春馬に向けながら、フィーネはぱくぱくと口を動かして何かを発しようとする。

 

「なんで、こんな……!どうして……一体なにが……!!」

 

「……ご……ふっ……」

 

「喋っちゃダメだ!!——ああっ、くそ……!こんなことって……!タイガ、タイタス、フーマ……!助けて!彼を助けて!!お願いだ!!」

 

『……春馬、こいつはもう……』

 

現れた霊体が首を横に振るのを見て、春馬の瞳から大粒の雫がこぼれ落ちる。

 

「ぐ……うぅぅううう…………ッ!!」

 

「……聞け、ファースト」

 

朦朧とする意識の最中、乾いた呼吸と共にフィーネは掠れた声を吐き出す。

 

「近いうちに……この星に尋常ではない脅威がやってくる。……5年前と同じか、それ以上の戦いが……起きようとしている」

 

「……!な…………」

 

「お前達がどうにかできるとは思えないが……それでも、俺はこう言うしかない…………『勝て』、と」

 

「なんで……なんで……っ……」

 

————なんで、こんな時にそんな話をするんだ。

 

定まらない視線を浮かべている彼を腕の中に抱いた直後、かつての記憶が春馬の中で再生される。

 

同じ場所だ。1人の命を手放した時と変わらない夜。

 

ここでまた、別の命が消えようとしている。

 

 

「……ああ、お前もそこにいるのか、フォルテ」

 

見えないはずの瞳を動かし、離れた場所に佇んでいた妹へ意識を向けながらフィーネは言う。

 

追いつかない思考に混乱するように、フォルテはただただせり上がってくる感情に従って涙を流すことしかできないでいた。

 

「…………どんな顔をしてるのかはわからんが、きっと……オレが見たことのない表情……なんだろうな」

 

春馬のこぼした涙がフィーネの頬を伝う。その温もりも、今の彼には感じることができていないだろう。

 

 

「ファースト」

 

「……?」

 

「弟と妹たちを…………頼む。あの子達は…………お前にしか、託せない」

 

「なに言ってるんだ……!誰1人欠けちゃいけないんだよ!君も一緒だ……!これから先も、君たち兄弟は————!!」

 

「叶わないんだ」

 

春馬の言葉を遮りながら、フィーネは消えそうな声音を繋ぐ。

 

「叶うことがないんだ……それは。オレには……使命を捨て去る事が、できなかった。……オレは、お前達のいる世界に……存在してはいけない人間だった」

 

その時、春馬の感じていた疑問の点と点が、線として浮かび上がった。

 

フィーネが自分に関する情報、記憶を全て消去した理由。…………彼が望んだ結末が。

 

「この星は……美しいもので溢れてる。人も……想いも……眩しく感じるほどに。……オレのような存在は、触れる者に不幸を振り撒いてしまう。美しい世界には…………いない方がいい」

 

「……!……ごめん……ごめん、ごめん、ごめん……ごめん……ッ!!俺が……俺が、こんなだから……!!」

 

 

 

————『あなたは……フィーネさんとどのようなご関係なのでしょうか?』

 

以前栞子から尋ねられたことが脳裏をよぎる。

 

あの時自分はこう答えたんだ、「鏡合わせの存在だ」と。

 

 

もしも、もしも自分が今でも“ダークキラーファースト”として生きていたのなら、フィーネとの立場は逆だったかもしれない。

 

与えられた使命に背き、“長男”としての役割を代わりに背負わされた弟が————こうして見すぼらしい姿になっている。その事実は、春馬にこれ以上にないほどの後悔を覚えさせた。

 

 

「使命は呪い、か……。確かに……そうかもしれないな」

 

ここにはいない少女の姿を幻視しながら、フィーネは言う。

 

「オレは……お前のように誰かを愛し、そして…………愛されたかった」

 

満足げに笑ったフィーネの肉体が、限界を迎えたかのように塵となって風に溶けていく。

 

「……だがオレよりも……お前の方が、上手く“長男”をやれる。……兄弟たちを、導くことができる」

 

「……!!」

 

視界に映ったフィーネの顔が、別の少年と重なる。

 

春馬の中でせめぎ合っていた二つの想いの中にさらなる追い打ちをかけながら、フィーネは不気味なほど安らかにその場から消え去った。

 

「オレはオレの使命を果たした。……お前もそうしろ。…………長男…………とし…………」

 

 

 

「——————」

 

誰もいなくなった虚空を掴み、春馬は声にならない叫びを轟かせる。

 

作り物としてはあまりに感情的すぎる慟哭は、夜のお台場に喩え難い悲哀を充満させていた。

 

 




本来の"春馬"と同様、呪いのような言葉を遺してフィーネが退場。
2人分の想いを託された春馬の苦悩はさらに深いものに……。

実は残すところ10話ほどです。
着実に近づいているトレギア達との決戦。果たしてどのような結末を迎えるのでしょうか。

ではまた次回。


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第89話 泡沫の篝火

アニガサキ11話に備えて早めの投稿です。
頼むから二期きてくれ…………


ドームを囲む溢れんばかりの群衆。その全員がとある熱に当てられて一つの場所を目指し、集結した者たちだ。

 

熱、とは他でもない。

 

多くの少女が憧れ、手を伸ばし、苦悩し、挫折し、それでも栄光を勝ち取るために足掻く。それだけの情熱を注ぐだけの価値を秘めた頂上決戦。

 

 

スクールアイドル全国大会“ラブライブ!”————そのソロ部門、決勝会場の場に()()()はいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぅ…………」

 

目には見えない心を落ち着かせるために、深く息を吸い肺へと空気を送り込む。

 

出場者に与えられた控え室。無限にも思える時を鏡と向かい合い過ごしながら、優木せつ菜はこれから自分が立つステージに思いを馳せていた。

 

「……?どうぞ」

 

ドキドキと弾んでいた胸を落ち着かせていたその時、扉を叩く音が聞こえてきた。

 

せつ菜の一声の後、部屋に足を踏み入れてきたのは————1人の女性。

 

身につけているものは革ジャンにジーンズ。腰ほどまで伸びたロングヘアには赤いメッシュが差している20代前半と思しき人物。

 

「失礼します。……優木せつ菜ちゃん、で間違いないよね?」

 

柔らかい微笑みで切り出してきた女性は、せつ菜に対してそう問いかけながらおもむろにポケットを探り始める。

 

「はい、そうですが……」

 

「……っと、あったあった。はい、私こういう者ね」

 

女性が上着から取り出し掲げたのは1枚のネームカード。それもラブライブの運営スタッフであることを示す物だった。

 

「スタッフの方ですか?」

 

「そうそう……じゃなくて、見て欲しいのは名前だよ、名前」

 

「ええっと……?」

 

突きつけられたカードに書かれている文字を残らず確認する。

 

そして真ん中に大きく記されていた女性の名を視界に入れた直後、せつ菜の表情に驚愕の色が混ざった。

 

「『三船薫子(みふねかおるこ)』さん……。——えっ!?()()さん……!?」

 

「イェース」

 

ネームカードを握った手でピースを作りドッキリ大成功と言わんばかりの笑顔を見せた女性は、驚きから絶句しているせつ菜に向けて改めて名乗りを上げた。

 

「その反応はわかってくれたって感じだね。初めまして、三船薫子です。妹の栞子がお世話になりました」

 

「み、三船さんのお姉さん…………!」

 

「少しだけ時間いいかな?君にはお礼も兼ねて話したいことがあるんだ」

 

突然のことに言葉を失うせつ菜のもとへと歩み寄り、その女性……薫子は隣の席にどかりと腰を下ろす。

 

どこかサバサバとした印象を覚える彼女は————容姿はともかく、立ち振る舞いは妹とは大きくかけ離れているように思えた。

 

「さて、まずはありがとうを言わなきゃね」

 

「え?」

 

「栞子のことだよ。あの子の心を変えたのは君なんでしょう?せつ菜ちゃん」

 

ぐるりと肩を回しながら一息ついた後、笑みを崩さないまま薫子はそう尋ねてくる。

 

「三船さんの心を、ですか?」

 

「そう、最初に聞いた時は驚いたのなんのって。まさかあの子がスクールアイドルに興味を持つなんてさ」

 

「三船さんから直接聞いたんですか?正確には、彼女はまだ部員というわけではなく…………」

 

「それも知ってる。検討のための視察……だっけ?それだけでもびっくりだよ。あの子がそんな()()()を見せるなんて、前までは考えられなかった」

 

昔の記憶を思い浮かべるようにふと遠くを眺めるような眼差しを浮かべた薫子は、どこかしみじみとした調子で語り出した。

 

「君はもう知ってると思うけどね……あの子がああなっちゃってたのは私のせいなんだ」

 

「そんなことは……」

 

「ううん。私がもっと姉らしい背中を見せてあげられたら、栞子はスクールアイドルを嫌ったりはしなかったかもしれない。あの子があんな勘違いをしない、もっと上手い魅せ方が出来たらよかったんだけど…………1人で突っ走りすぎちゃってたなって、ちょっぴり反省はしてるんだ」

 

以前、栞子の口から聞いた姉の顛末を思い出す。

 

由緒正しい三船家の跡取りとされていた薫子が選んだのは……スクールアイドルを応援するという道。彼女は用意されたレールではなく、自分の心に従って生きることを選んだ。

 

栞子にはその姿が不幸な人間として映った。自分の真意はどうあれ、薫子はその事実が気がかりだったのだろう。

 

「まあでも結果オーライだよ。この前久しぶりにあの子と会って話したけど、いい顔してた。…………って、ごめんね。今更のこのこ出てきて偉そうなこと言っちゃって」

 

「い、いえ。……三船さんから話を聞いて、彼女にとってお姉さんの存在はとても大きなものだったのだと伝わりました。三船さんがスクールアイドルを嫌うようになった理由があなたなら、興味を持つきっかけを作ったのもまたあなただと思います」

 

「ははは、ありがと。……そうだと嬉しいね」

 

一瞬だけ申し訳なさそうに沈んだ表情を見せた後、すぐに笑顔を取り戻して薫子は立ち上がる。

 

「ともかくせつ菜ちゃんがいなきゃ今でも栞子は同好会を潰しちゃう気だったろうさ。あの子の勘違いを正せたのは間違いなく君なんだ、そこだけははっきりとお礼を言わせてよ」

 

「こちらこそですよ」

 

互いに頭を下げた後、しばしの沈黙。

 

「————さて、ここからは別件というか……私事なんだけど」

 

「え?」

 

再び上着のポケットに手を入れ、探り始める薫子。

 

先ほどとは一変して恥ずかしげに口角を引きつらせた彼女は、何も描かれていないまっさらな色紙とペンをせつ菜に差し出すと、

 

「サイン頂いてもいいかな?実はかなり前からせつ菜ちゃんのことチェックしてて…………」

 

恐る恐る、上ずり気味の声でそう懇願した。

 

 

◉◉◉

 

 

「ある程度は予想していましたが、すごい人ですね……!」

 

会場内を埋め尽くすように集まった人だかりの中で身をよじらせながら、三船栞子は驚嘆の声を漏らす。

 

「ほんと、予選のときの倍はいるんじゃない?」

 

「そりゃあそうですよ、なんたって歴史的な瞬間ですから。スクールアイドルファンとしては絶対に見逃せないライブですよ」

 

「はぐれないように気をつけないとね」

 

荒波のように揺れ動き続ける人混みの最中をくぐり抜けながら、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の面々はステージの上がよく見える席を目指して移動していた。

 

全てが決する日。

 

ソロで活動するスクールアイドル達の頂に立つ者が今日この場で決まるのだ。ここにいる多くの人々が、その瞬間を間近で見届けようとしている。

 

「…………」

 

そんな楽しげなお祭り騒ぎに包まれながら、浮かない顔をしている者が1人。

 

はっきりしない足取りで部員たちに付いていきながら、追風春馬はここにはいない人物の面影を思い出していた。

 

『おい、ぼうっとしてると歩夢達に置いてかれちゃうぜ』

 

「…………もしかしたら」

 

『ん?』

 

ぼんやりとした瞳のまま、春馬は一体化している宇宙人たちへ小さく語りかける。

 

「もしかしたら……この場にフィーネもいたかもしれない。もっと上手くいっていたら…………俺がちゃんと話して、フィーネと仲良くすることができていたら……彼だってみんなと一緒に……」

 

『…………お前』

 

春馬の視界に映る同好会部員たちの楽しげな表情。その中に春馬が手を繋ごうとした少年の姿はない。

 

間に合うかもしれなかった。まだ和解する道は残っていたはずだったんだ。

 

だがフィーネ()が最後に選んだのは…………やはり“ダークキラー”としての使命。「人を愛し、愛されたかった」という本心を奥底に押さえ込んでまで、彼は自らの役目を果たそうとした。

 

“兄弟たち”の長としての運命。それは本来…………彼ではなく、自分が背負うべきものだったのに。

 

 

「ねえ、ハルくん————」

 

何気なく振り返ったその時、歩夢は先ほどまで近くを歩いていたはずの少年の姿が見えないことに気がつく。

 

直後に覚えた不吉な予感。

 

「フォルテちゃん、ちょっといいかな?」

 

行き場を失った右手でおもむろに左腕を握った後、歩夢は隣にいた少女の肩に触れた。

 

 

 

 

 

 

「俺は……俺の信じる道を進みたい。……けど…………それは一つだけじゃないんだ」

 

人の流れから外れ立ち止まり、春馬は自分の手に視線を落としては喉を震わせて言った。

 

「“春馬”も“ダークキラー”も捨てられない。……どちらかだけなんて……選べないよ」

 

“春馬”としての記憶がある。“ダークキラー”としての肉体がある。その両方が今の自分を形作っている要素だとようやく思い知った。

 

2人の少年から託されたふたつの想いはどちらも大切だ。かといって両方を選ぶだなんて貪欲が過ぎる。そんなワガママが通るわけがない。

 

自分はとっくに……()()なのかもしれない。

 

 

「そんなところで……何をしているの」

 

会場の隅で小さくうずくまっていた春馬に冷静な声がかかる。

 

冷たい、けれど聞いているうちに心が落ち着くような少女の呼びかけ。

 

春馬は顔を上げ、眼前に佇んでいた銀色と視線を交差させると煙のようにふわふわとした音を発した。

 

「フォルテちゃん」

 

「みんな……席の方へ、向かった」

 

「……君も先に行っててよ。俺も後でちゃんと合流するから」

 

「それは……できない。あなたを連れてきてと……上原歩夢に……頼まれた」

 

「…………そっか」

 

壁に寄りかかっていた春馬の横へ移動し、フォルテもまた腰を下ろして同じように小さくなる。

 

人々の浮ついたザワつきを眺めながら、彼女は相変わらず途切れ途切れに伝えてきた。

 

「あなたが抱えているものを……共有することは……誰にもできない。あなたの中にいる……3人のウルトラマンや、上原歩夢でさえ、共に背負っていくことは……叶わない」

 

目線を合わせないままフォルテの言葉に耳を傾ける。彼女が言わんとしていることは春馬自身、嫌というほど理解していた。

 

「最後に決断できるのは……他でもない、あなただけ。だから私は……あなたの支えになるようなことは……できないかもしれない」

 

「君が気負うようなことじゃ……」

 

「だけど、これだけは言わせて」

 

不意に振り向いたフォルテと視線がかち合う。

 

黒曜石のような瞳の奥に、光の宿っていない眼差しの先に、小さな炎が揺らめいているように思えた。

 

「私は……あなたの為す全てを尊重する。……あなたが、そうしてくれたように……私は……あなたを肯定し続ける。誰にも……文句は言わせない」

 

「………………」

 

「上原歩夢も……きっと、同じ気持ち」

 

彼女が口にしたことを聞いて、思わず笑ってしまいそうになったのを堪える。

 

全てを尊重する——————そんなことを言ってしまって大丈夫なのか。もし自分が良からぬ道に進んだその時、後悔はしないのか。

 

…………いや、そうならないと信じてくれているからこその言葉なのだろう

 

 

『ただいまより、第1回“ラブライブ!ソロ部門”の決勝大会を開催します!』

 

 

「……行こうか」

 

会場内にアナウンスが響いた直後、フォルテの手を取りながら春馬はその場に立ち上がった。

 

未だ晴れ切らない心を引きずりながら歩き出す。

 

どのような道を選ぶのかはともかく、止まってしまっては話にならない。

 

 

『さっそく最初のステージに参りましょう!トップバッターはこの方!!』

 

移動しながら壇上に現れる人影を見やりつつ、春馬は思う。

 

悩むことをやめるな。考えることを諦めるな。

 

この先、後悔することがないように————自分自身の道を決断しろ。

 

 

『こんにちは皆さん!私は虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の————優木せつ菜です!!』

 

 

託されたものを無駄にするな。見守ってくれている人達に恥じぬ姿を見せるんだ。

 

悩み、考え抜いたその先に…………必ずたどり着いてみせる。

 

 

(俺のなりたい……俺に)

 

 

◉◉◉

 

 

「——カレン隊員、ただいま戻りました」

 

街の片隅にある雑居ビル。

 

その中に位置するオフィスの扉が開かれ、コンビニの袋を手に下げた1人の女性が姿を見せた。

 

「お疲れ様です皆さん。——はいこれ、マグマさんから頼まれてた雑誌です」

 

「おおっ!サンキューだぜカレンちゃん!」

 

「えーっとシュワシュワコーヒーは2人分…………まずはノワールさんの分ですね」

 

「ああ、ありがとう」

 

各々のデスクの上に調達してきた物資を並べていくなか、ふと端の席で肩を落としている宇宙人の存在に気がつき、カレンは怪訝そうに首を傾けた。

 

「マーキンドさん、一体どうしたんですか?」

 

「あいつか?今朝からずっとあんな調子なんだよ。ったくライブに行けないくらいで大袈裟な……」

 

「『くらいで』ってなんですか『くらいで』って!!私にとっては死活問題なんですからね!?」

 

「だーうっせえ!!急にデカイ声出すな!!」

 

「ふふっ」

 

マグマ星人とマーキンド星人の騒がしいやり取りを傍らで眺めていた青年が仄かに笑う。

 

「気持ちはわかるよマーキンドくん。仕事がなければボクだって会場に一直線だったさ」

 

「わかってくれますかノワールさん!!」

 

「そっかぁ……そういえば今日、ラブライブの決勝でしたもんね。春馬くん達、元気にしているでしょうか」

 

窓から見える街並みに目を移し、カレンは以前出会った少年たちのことを思い返しながら自分の席へと腰を下ろした。

 

地球を狙う侵略者たちから人々を守る光の戦士。自分たちより歳も経験も浅い子供が同じ志を持って戦っている。

 

彼らが戦う姿を見ているとより精進しなければと思わされる。……この星に平和が築けるその時まで、自分達は昼夜を問わず戦い続けるのだから。

 

 

「——まあまあ頼むよみんな。もうすぐ一番大事な仕事が始まるんだからな」

 

思いがけず後方から聞こえてきた声に反応し、その場にいた全員が扉の方へと振り返る。

 

立っていたのは自分達と同じジャケットを羽織った青年。我らが“GUYS”のリーダー、日々ノ未来だった。

 

「お疲れ様です、リーダー」

 

「お疲れ様です」

 

「よう大将」

 

「おかえり未来くん。どうだった?」

 

「順調だってさ。……ま、間に合うかどうかは()()次第だが」

 

隊員たちに会釈を返した後、奥に設置されていたデスクへ向かい未来は視線を落とす。

 

散乱した書類の中に混ざって見える大掛かりな機械の設計図。

 

未来はそれを手に取ると、まるで旧い友人を懐かしむような笑顔を浮かべて口を開いた。

 

「見せてやろうぜ、あいつらに。俺たち“地球人”が出した……答えってやつを」

 

リーダーの言葉に突き動かされるように、隊員たちの表情にも微かな笑みが伝染していく。

 

嵐の前の静けさ。その最中で…………一層勢いを強める炎が、ここにもあった。

 

 




三船さんとの和解にワンクッション挟みたかったので薫子さんを登場させました。
ラストにはGUYSの面々が久々に出てきましたね。彼らが今後どのように絡んでくるのかにも注目です。

決戦編まであと少し…………。


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第90話 君にも見える


アニガサキ11話とんでもねえ……。
次回のゼットは最終回だし今度の土曜日は濃密すぎますね。


「なんだか少し大きくなったんじゃない?」

 

朝方、朝食の席で唐突に母から言われたことに思わず硬直してしまう。

 

箸でつまんだ卵焼きをもくもくと食す彼女に見開いた目を向けながら、春馬は数秒遅れて応答した。

 

「へ?」

 

「前より背が伸びたんじゃないかって」

 

「あ……ああ……そういう……。え?あり得るのかな、そんなの…………?」

 

「まだまだ成長期なんだからおかしな話じゃないでしょ」

 

「いや、そういうことじゃなくて……」

 

呑気な様子で美味しそうに朝ごはんを食べる母は普段通りの姿だ。今の言動だって、それ自体は何らおかしなものではない。

 

だが()()()()に向ける言葉となれば話は違ってくる。彼女は——追風小春は知っているはずだ。今の春馬が本当の春馬ではないことを。

 

真実を踏まえた上で口にしたのか、それとも今まで事の本質を理解していなかったのか。

 

 

「帰るの……遅くなるんだったかしら」

 

「うん、ちょっとだけ遠い場所に用事が出来たんだ。数日もすれば戻ってくるよ」

 

身支度をしている最中、台所の方で洗い物をしていた小春が何気なく投げかけてきた問いに対して春馬もまた何気ない態度で返す。

 

大きな、とても大きなものが変わってしまったはずなのに、親子としての会話は自然と紡がれる。

 

真実を知ったあの時と比べれば罪悪感は無くなったに等しい。けれども心の引っかかりは未だ取れてはくれない。

 

「じゃあ……行ってきます」

 

街へ出かける、というには少々大きすぎるリュックを背負った春馬が玄関の扉に手をかける。

 

「春馬」

 

体重を前へと押し出し、外へ飛び出そうとした少年の背中にかかった声は、いつも彼が学校へ向かう際に耳にするものと相違なかった。

 

「何日、何週間、何ヶ月、何年経ってもいいわ。けどね……最後にはちゃんと、おかえりって言わせてね?」

 

「………………そんなに大それた用事じゃないんだけどな……」

 

「あら、そうだったの?家出少年の顔してたからてっきり……」

 

「ぷっ……なにさそれ。……さっきも言ったでしょ、何日かしたら帰ってくるって」

 

つい吹き出してしまった後、気を取り直して扉へと触れ春馬は足を踏み出そうとする。

 

「行ってらっしゃい」

 

いつもと変わらない、我が子を送り出す母親の声。

 

「……うん!」

 

柔らかい微笑みを浮かべながら手を振る小春を正面に捉えながら、春馬は込み上げてきた感情をぐっと飲み込み口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、部長はお休み?」

 

スクールアイドル同好会、その部室。

 

集まったメンバーの中にいつもいるはずの少年の姿が見えないことに気づいた果林は、そばの席に座っていた歩夢に視線を送り尋ねた。

 

「うん、大事な用があるからって……少しの間東京を離れるんだって」

 

「ええっ!?なんですかそれ!?かすみん聞いてませんけど!!」

 

「そりゃまた急な話だね」

 

「……大事な用、ね」

 

歩夢の口から飛び出した話を聞くなり、果林はふと片隅に佇んでいたもう1人のサポート部員——ステラへと意識を向ける。

 

自分を一瞥し含みのある眼差しを伏せたステラを見て何かを察するように頷いた果林は、そのまま何も言わずにソファーへと軽やかな体重を預けた。

 

「残念ですね。今日は打ち上げの計画も立てる予定だったのに……」

 

「ハルくんには私から話しておくから、とりあえずの話し合いは進めておこうよ」

 

「そうですね。これまで私達のサポートを頑張ってくれていましたし、こういう時くらいは私達だけでやりましょう」

 

 

「————失礼します」

 

不意に入り口の扉が開く音が聞こえ、全員の視線が後方へと向けられる。

 

首元辺りまで伸びた髪の毛に、小さく結ばれたリボン。

 

生徒会の腕章を身につけたその少女は、たおやかな調子の声をかけてきた。

 

「こんにちは三船さん」

 

「遅れてすみません。予定していたより生徒会の仕事が長引いてしまって…………」

 

「いえいえ、私達もちょうど集まったところでしたよ」

 

「とにかく急いで着替えてきます!」

 

肩に下げていた鞄をテーブルに置くや否や踵を返して部室を飛び出していく彼女の背中を見送りながら、せつ菜は微かに笑う。

 

「なんだか不思議ですね……。知り合ったばかりの頃はこんなことになるなんて思いもしていませんでした」

 

「ほんとですよねぇ。まさか()()()が……」

 

「スクールアイドル同好会に入っちゃうなんて。璃奈ちゃんボード『びっくり!』」

 

————ラブライブソロ部門の決勝大会が行われてから一週間ほどが経過した今、同好会の環境は少しだけ変化していた。

 

生徒の適性を重んじ、スクールアイドルを将来の役に立たないものと切り捨てようとした栞子は…………ドームで行われたせつ菜のステージを目撃したその日から、別人のように瞳を輝かせて同好会の部室を出入りしている。

 

ここにいた歩夢たちと同じように、彼女もまた自分が成りたいと思えるものに出会ったのだ。

 

「これからが楽しみだね〜」

 

「うんうん。栞子ちゃんはどんなアイドルになるのかな?」

 

「やっぱり和風テイストじゃない?」

 

「和ロックとかいいかもです!」

 

楽しげな会話が飛び交う部室の片隅で、歩夢はふと窓の向こう側にある青空を見上げる。

 

今は遠く、空の彼方にいるであろう少年。

 

彼が帰ってきたその時、新たな部員を加えたこの同好会で……またいつものような日常が送れることを祈るばかりだ。

 

 

「お待たせしました、皆さん!」

 

パタパタと騒がしい足音と共に慌てた様子の栞子が戻ってきたのを確認し、皆は座っていたその場から立ち上がる。

 

「では全員揃ったということで……早速スタジオへ移動しましょう!」

 

「「「おー!!」」」

 

和気藹々とした雰囲気を漂わせながら退室していく部員たち。

 

誰もいなくなり、しんとした無音が流れる中で————1人の少女が勝ち取った優勝旗が、静かに立て掛けられていた。

 

 

◉◉◉

 

 

どこまでも続いているような広大で深い虚空。

 

黒い景色の中に散らばる星明かりが寂しさを和らげてくれる宇宙空間を、ウルトラマンタイガとその仲間達は飛翔していた。

 

『それにしても何があったんだろうな……』

 

両手を大きく広げて滑空しながらタイガがぽつりとこぼす。

 

自分たちが現在向かっているのは————M78星雲にあるウルトラマン達の故郷、通称“ウルトラの星”と呼ばれている惑星だ。

 

『父さんが直接ウルトラサインを送ってくるなんて……』

 

『お前を説教するために呼んだんじゃねえ?』

 

『なんでだよ!俺の話はとっくに片付いてるだろ!』

 

『緊急性はないようだし、そう身構える必要もないのではなかろうか』

 

自分達のもとに届いた一通の“ウルトラサイン”————それはタイガの父、タロウによる光の国への招集命令だった。

 

詳細は記されておらず、メッセージにあったのはただ「一時帰還せよ」といった内容のみ。一体化している春馬も同行させろとのことだったので普段と同じく彼と共にこうして宇宙を飛んでいるが……やはり疑問が拭いきれない。

 

(でもどのみち俺も行くことになってたんじゃないかな。ほら、3人ともまだ回復しきれてないんでしょ?)

 

『まあ……確かに』

 

怪獣墓場でトレギア達から受けたダメージは生きているのが不思議なくらい深刻なものだったのだろう。春馬の言う通り、タイガ達3人は未だ単独で実体化できるほどの力を取り戻してはいない。

 

けどいずれは…………きっとその必要もなくなる。それもそう遠くないうちに。

 

『見えてきたぞ』

 

タイガの声が耳に入ると同時に春馬はインナースペースで伏せていた顔を上げる。

 

視界の奥、遠方で周りの星々に混ざりながらも一際強い輝きを放っている惑星がひとつ。

 

徐々に近づいてくる眩さに瞳を凝らしながら、春馬はその美しさに感嘆のため息を漏らした。

 

 

『あれが俺達の故郷————“ウルトラの星”だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくの間、瞼を開けることができなかった。

 

望遠鏡で太陽を直視してしまった時のような感覚、あるいは暗闇の中で見る懐中電灯。驚きがほとんどだが、仄かな安心も覚える。

 

背の高い建物は地球の建造物の比ではなく、ただ1人地球人の姿で訪れた春馬は道端の蟻にでもなったかのような錯覚に陥った。

 

「す……すっごいや…………」

 

最初に通されたのは“スペースポート”と呼ばれる場所。

 

その名の通り地球で言うところの港であり、来訪した宇宙人が光の国を照らす光線の影響を受けないよう強力なバリアで囲まれているのだとか。

 

『帰ってきたんだな……』

 

『いつ見ても美しい街並みだ』

 

『どうよ春馬?タイガの故郷に来た感想は』

 

「すっごく綺麗で……おっきくて……。ゆ、夢でも見てるみたいだ……」

 

変身を解き、等身大の姿となった春馬にとっては想像もつかない世界だろう。先ほどからあんぐりと口を開けたまま視線を泳がせている。

 

 

「よく来てくれた、若き戦友たち」

 

不意に横からかかった声に肩を揺らす。

 

恐る恐る振り返った先に佇んでいたのは————春馬と同等の背丈にまで身体を縮ませた光の戦士。

 

タイガよりもさらに大きな二本角を備え、威厳のある真紅のマントを身につけた彼は……春馬へ歩み寄ると静かに片手を差し出し握手を求めてきた。

 

「孫たちが世話になったな、追風春馬くん」

 

「えっ?は、はい……こちらこそ……?」

 

思考の整理がつかないまま慌てて手を握り返した後、改めて正面にある銀色の顔を捉える。

 

漂わせている雰囲気から察するにタイガ達よりもずっと歳上の方なのだろう。彼の行うあらゆる挙動が静かな余裕に満ちている。

 

「あなたは一体…………」

 

『じ…………じいちゃん!?』

 

「え?」

 

思いがけずタイガが口にした言葉に気が持っていかれる。

 

目の前の御仁に驚愕しているのは彼だけではなかった。

 

『う、ウルトラの父……!!』

 

『宇宙警備隊大隊長がどうして……!?』

 

「大事な孫の友人が来訪すると聞いて、じっとしていられなくてな」

 

『は、春馬!この方は“ウルトラの父”……!宇宙警備隊のトップに立つ総責任者だ!!』

 

「え?……え?……ええええええええええええっ!?!?」

 

タイタスから聞かされた事実を耳にし、脳天から突き抜けるような衝撃が春馬を襲う。

 

思わず仰け反ってしまった彼を見て微笑んだ御仁————ウルトラの父は大きくマントをなびかせながら口にした。

 

「名乗るのが遅れて申し訳ない。私はウルトラマンケン。先ほどタイタスも述べた通り、皆からは“ウルトラの父”とも呼ばれている」

 

「お、追風春馬です!初めまして、タイガのおじいさん!!」

 

『その呼び方でいいのか……?』

 

咄嗟に深々と頭を下げた春馬にフーマからの突っ込みがかかる。

 

「構わんよ」と笑いながら手のひらを掲げたウルトラの父は、そこに生み出した光で春馬を包むと彼に背中を向けて悠々と歩き出した。

 

「それを着たまま付いて来てほしい」

 

光が晴れると同時に現れたのは分厚い生地で出来た宇宙服のような物。おそらくは他の星の住人が港を出ても活動できるようにするための道具だろう。

 

透明なガラスから顔を覗かせた春馬は戸惑いつつもウルトラの父の背中を見つめ、足を踏み出す。

 

「……ああ、その前にタイガ達は一度彼から離れてくれ」

 

『え?』

 

「君たちは銀十字の方へ向かってもらう。治療が必要だろう?」

 

『いや、でもそれは…………』

 

「わかりました」

 

躊躇うタイガを横目に、春馬は腰元に出現した3つのアクセサリーを父へと差し出す。

 

『おい、春馬……!』

 

「大丈夫、言いたいことはわかってるから。でもその前に……とりあえず身体は治したほうがいいよ」

 

『…………わかったよ』

 

穏やかに笑った春馬を見てそう応じたアクセサリー(タイガ達)がふわふわと宙を漂って父のもとへ移動。

 

確かに3人を受け取ったウルトラの父は春馬の表情を一瞥すると、どこか安堵するように息をついた。

 

 

「では行こう。……息子も君を待っている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何もかもスケールが違いすぎる……)

 

ウルトラの父に案内されたのは、“宇宙科学技術局”という光の国の科学機関————その内部にある書斎のような部屋だった。自分に用があるという人物がやって来るまでここで待機していて欲しい、とのこと。

 

エメラルド色の結晶素材で作られた建造物は、その中もキラキラとした輝きを放っている。街並みを見た際は綺麗だと感じたが、長く居座っていると少々落ち着かない。

 

そして地球より遥かに技術が発達しているからか、紙で出来た資料や本といったものが全くと言っていいほど見当たらない。春馬が今いる部屋にある研究物も、ほとんどがアーカイブとしてデータ上に記されているようだった。

 

「空中に手をかざしただけでモニターが動く……おもしろい」

 

勝手に触るのは良くないと当然弁えているが、つい好奇心に負けてそばにあった機器……というよりは投影物に触れてしまう。

 

中の文章を日本語に変換する機能を見つけたので使ってはみたものの、無数に保存されているファイルの名前はどれも春馬の知らない言葉ばかりで読めたものではない。

 

難しい単語の羅列に頭が痛くなってきたところで画面を閉じようとした————その時、

 

「…………ん?」

 

大量に並べられたファイル。その列の隅に置かれているひとつの資料に目が留まった。

 

論文……いや、誰かの日誌だろうか。

 

なぜか吸い寄せられるように動いた手でそのファイルに触れてしまう。

 

「……!」

 

直後、春馬は視界に飛び込んできた思わぬ文字に目を見開いた。

 

文章の始まり。それを誰が記したのかを表す署名。

 

 

 

「——“トレギア”…………」

 

そこに書かれていたのは…………紛れもなく自分を陥れようとした、悪魔の名前だったから。

 

 




タロウに呼ばれウルトラの星へ。そこで春馬が見たのはトレギアの記録。ついに今作における奴の過去が明らかになります。(といっても大体は元設定と変わりませんが)

今回のエピソードの後、物語はクライマックスに差し掛かります。
メビライブから続くこの世界観ももうすぐ終幕です……。


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第91話 ウルトラマン

めちゃくちゃ筆が進んでほぼ1日で完成したので速攻で上げます。


宇宙警備隊の入隊試験から早一ヶ月ほど経過した。私は合格するには至らなかったが、血のにじむような努力がすべて無駄になったわけではない。研究にも体力は必要だ。これまで以上のタフネスが手に入ったことを考慮すれば、特訓の日々はむしろプラスになったと言えるだろう。

 

 

命の固形化に成功したウルトラマンヒカリの論文を拝見した。やはり彼は天才だ。私も彼のような技術を生み出したい。この美しい星を守るために。タロウのように戦うことはできなくとも、光の国に貢献することはできる。彼自身がそう言ったように。私も負けてはいられない。恒星のように、とまではいかなくとも、僅かでもこの星に尽くせるよう精進しなければ。

 

 

 

光の国の技術を狙って戦争を仕掛けてくる侵略者たちは後を絶たない。こちらがより強力な防衛システムを作り上げれば、それを狙って新たな敵がやってくる。地獄のようなマラソンは終わる気配がない。だからといって技術の発展を止めるわけにもいかない。我々科学者にはやはり何もできはしない。……“ブルー族”では、何も。

 

 

 

気分転換も兼ねていつもの研究とは離れた作業をしてみる。廃棄物に含まれる有機物から生命を生み出す実験だ。たまには他愛のないことに手を出してみるのも一興だろう。

 

 

 

有機物から作り上げた生命は予想以上の活動を見せた。私はゴミを取り込んで成長するこの軟体動物を小さき者、“スナーク”と名付けようと思う。……最初は“チビスケ”とでもしようかと思ったが、それではあまりに捻りがなさすぎるのでやめた。タロウは好みそうだが。

 

 

 

今日も研究の片手間にスナークへ餌をやる。餌といっても研究途中で出た廃棄物を与えるだけなのだが、スナーク自身は夢中で食べるものだから見ていて複雑な気持ちになる。普通の食事を摂取したときはどのような反応を見せるのだろうか。

 

 

 

迂闊だった。

 

 

 

一週間前に起きたことをここに記す。スナークを飼育していた惑星は星間連盟が定期的にゴミを廃棄するために訪れていた場所だった。あの子は連盟が廃棄した大量の廃棄物を一気に取り込んだことで巨大に成長し、住民たちに被害を出すようになってしまった。あの子を止めるには処分するしかなかった。だが戦闘能力が低い私ではまるで歯が立たない。連盟があの子を殺すところを、私はただ眺めることしかできなかった。力のない奴は肝心なときに結末を選ぶことすらできない。そんな自由すら許されない。

 

 

 

近頃は恐ろしい考えばかりが浮かぶ。かつて光の国を襲撃したエンペラ星人といい、強大な力を持つ者はなぜ他者を侵害しようとするのか。もしも宇宙警備隊のウルトラマン達が一斉にひとつの惑星を侵略しにかかれば、一晩と経たずにその土地の生命は滅し尽くされてしまうだろう。そうならないのは警備隊を構成する彼らの気高い精神のおかげだ。…………本当に、私達は一歩間違えれば危うい存在だ。

 

 

 

突然すぎる出来事だった。私は別の世界の私を垣間見た。命を落としたはずの“私”の意識は私と重なり合い、この私の肉体の支配を図ろうとする。だが私はそれに賛同することはなかった。弾かれた意識は遥か遠く、おそらくはまた別の宇宙に存在する別の私のもとへ向かったのだろう。私は私が知らないはずの記憶だけを授かった。

 

 

 

タロウとの口論は初めてではないが、今日は少し感情的になってしまった。だが構わない。私は私が正しいと確信できている。友人として、いつか彼の間違いを正してあげなければなるまい。

 

 

 

日誌をつけるのもこれで最後になることだろう。記憶を頼りに、私はこれから墓場へと向かう。この世の理を正すために。……タロウに、私の正しさを証明するために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ…………トレギアが書いたものなのか……?」

 

データ上に残された日誌を読み終え、春馬は全身からどっと汗を流しながら震える声で呟いた。

 

読み進めていく度に輪郭を帯びていく筆者の心。この日誌を記した人物の悲哀が痛いほど伝わってくる。

 

そして気になるのは書いた本人のことだけではない。文章の中で何度か出てくる“タロウ”という名前は——————

 

「君にとっては生まれるより遥か以前の出来事だよ」

 

放心していた意識が引っ張られていくように背後へ移る。

 

振り向いた先に立っていたのは1人の赤い巨人。タイガやウルトラの父と同様大きな二本角を備えているが、漂わせている雰囲気はどちらかというと前者に近い。

 

春馬は何時ぞやにタイガから聞いた話を思い出し、目の前にいるウルトラマンが何者なのかすぐに理解した。

 

「……あなたが“タロウ”さん……ですか?」

 

春馬の問いかけに対し、巨人は無言で頷いた後に一礼を見せる。

 

「お初にお目にかかる、追風春馬くん。地球では息子たちが世話になった」

 

ウルトラマンタロウ。宇宙警備隊の精鋭で、相棒の1人であるタイガの父親。

 

近づいてきた彼——タロウから目を離し、春馬は落ち着いた心で今一度モニターに映し出されている日誌を見た。

 

「知り合い……だったんですね、()とは」

 

「親友だとも。もちろん今もな。……あの日のことは今でも鮮明に覚えている。あれほど後悔した思い出はない」

 

タロウの言う「あの日」とはおそらく日誌の後半に記されていたトレギアとの口論が為された日のことだろう。

 

春馬と同じく開かれている文章の列をじっと見つめながら、タロウはあくまで穏やかな調子で続ける。

 

「トレギアは私と違って頭の切れる奴だった。体力面も……十分に入隊できる可能性はあった。総合では合格に一歩及ばなかったが……あいつは間違いなく他者には得難い技能を持っていたはずなんだ」

 

ゆっくりと伸びた赤い腕が宙に浮遊しているモニターに触れる。

 

懐かしむように、そして惜しむように語るタロウの横顔からもまた……日誌を読んでいて伝わってきた悲哀の念が感じられた。

 

「今でもたまに考える。あの時、私がトレギアの話にもっと耳を傾けていたら……あいつは光の国を出て行くこともなく、今もここで…………」

 

「……どうしてなんですか?」

 

数秒の沈黙の後、意を決したようにタロウの方へ視線を向けた春馬が口を開く。

 

「どうして彼は……トレギアは()()()()()になってしまったんですか?日誌の文を読んだだけじゃ彼の思惑は読み取りきれない。……知っているのなら教えて欲しいです。“この日”、あなたはトレギアと何を話したんですか?」

 

「この宇宙についての話さ」

 

「……宇宙、ですか?」

 

「もう少し具体的に言えば……世界の仕組みについてだな」

 

いまいち捉えきれていない様子の春馬の表情を見て、タロウはより詳細な内容を彼に話し始めた。

 

「トレギアはひとつの疑問を光の国に提示しようとしていた。『我々ウルトラマンが行う実力行使は侵略者のそれと本質的には変わらない』『この世界には光も闇もなく、虚無が広がるばかり』『ただそこに()()()()のものに惑わされるのは愚者のすることだ』…………私に訴えてきたことは、粗方このような主張だったか」

 

直後、春馬の眉が微かに揺れる。タロウが口にした内容の中に、以前トレギア本人から言われたことと同様のものが聞こえたからだ。

 

「トレギアは我々“ウルトラマン”の在り方を見直そうとしていたのだよ。……ウルトラマンは決して神ではない。だが神にも等しい絶大な力を持っている。その力が悪しきことに振るわれる可能性が少しでもあるのなら、宇宙の正義とやらを掲げるのはやめるべきだと…………彼は私にそう言った」

 

不思議な感覚だった。

 

同じようなことを当人(トレギア)の口から聞いたはずなのに、その際に覚えた嫌悪感が湧き上がってはこない。

 

タロウを介して話されるトレギアの姿は悪魔などではなく、思考し苦悩する1人の生命に違いなかった。

 

 

————『お前と他のウルトラマン達を一緒にするな』

 

 

いつかの夜、トレギアに向けて言い放った自分の言葉が不意に頭の中でこだました。

 

…………奴が自分たちに向けていたのは“悪意”だけだったのか。

 

トレギアは自身が掲げている主張こそが正しいと考えている。内容はどうであれ、それは他のウルトラマン達と変わらない。

 

やはり()()()()()()()()。自分はまだ、奴を完全に理解していたわけではなかった。

 

 

「全てが平等に……なんて、できっこない」

 

ぽつり、とこぼれた春馬の声が俯いていたタロウの顔を上げさせる。

 

「人はみんな主観に従って動いてます。でも完璧な存在がいないのと同じように……完璧な思想だって、俺達みたいな命からはきっと生まれてはこない。抱えられるものには必ず限界があるんです。……だから俺達は、自分が抱えきれる精一杯を必死にかき集めるしかない」

 

自分の考えこそが正しいと、使命を全うしようとした少年がいた。

 

自分の考えこそが正しいと、他者の夢を不要なものとして消そうとした少女がいた。

 

……自分の見ていた世界が全てだと、別人を()()()()()ことにすら気づかない者がいた。

 

「そこには正義も悪もない、ただ強い想いがあるだけです」

 

「……つまり、トレギアの主張は正しいと?」

 

「ある意味ではそうだと……以前から俺も考えていました」

 

ごくりと息を呑み、春馬は力強い眼でタロウの瞳を捉える。

 

「————けど、そう理解していても頷けないのは…………俺が感情を持つ生き物だからなんだと思います」

 

自分の胸元に手を当て、ウルトラの星での活動を可能にする分厚いスーツ越しに心臓の鼓動を感じ取る。

 

「目の前で誰かが泣いてたら悲しいし、助けてあげたくなる。その原因を作った奴が笑いながら自分達を見下ろしていたら怒るし、仕返しだってしたくなる。どれも避けられない生理現象です。……機械にでもならない限り、捨てることなんてできない。だけど一個の命の形として成立している以上、それもまた揺らぐことのない“正しさ”なのかな、と……思わずにはいられません」

 

感情に任せて力を振るうことが悪だとしても、感情の起伏そのものは悪いことではない。

 

光も闇も、正義も悪も————価値は等しく同じである。トレギアの主張は……やはり正しい部分だってあるんだ。

 

…………でも全てが正しいわけじゃない。

 

 

「だから俺は、俺自身の感情を大切にしたい。俺の想いも、俺以外のたくさんの人達の想いも……どうしようもなく正しいものだと思うから」

 

————宇宙にあるのは“虚無”だけなんて、そんなのは絶対に間違ってる。

 

そう強く訴えかけてきた春馬の眼差しを直視し、タロウは微かに笑みをこぼした気がした。

 

 

 

『……そんなことも言えたんだな、お前』

 

「えっ?……タイガ!?」

 

いつの間にかタロウの周囲を漂っていた三色の光に気づき、驚愕の声を上げる。

 

「君がこれを読んでいる間に治療は終わっていてな、最初から私と一緒に話を聞いていたよ」

 

「そうだったんですね……」

 

近づいてきた小さな光が銀色のアクセサリーへと姿を変え、春馬の手のひらに収まる。

 

治療を受け、エネルギーが回復したタイガ達は…………もう自分の力を借りずとも巨人の姿に実体化できるだろう。

 

「……あの、俺…………」

 

「いい」

 

顔を上げ、一つだけ願いを聞き入れてもらおうとした春馬の声を遮るようにタロウが発する。

 

「もう私に尋ねるようなことはないはずだ。あとは君達が選択しろ。ここで別れるか、それとも最後の瞬間まで共に過ごすか。……君達には、その力がある」

 

そう言ったタロウに思わず呆然とした表情になるも、すぐに口元を引き締めた春馬は迷うことなく手にしていた三つのアクセサリーを腰に現れたホルダーに移した。

 

「……聞きたかった言葉はもうもらったよ。さあ、あまり長居しては()()()()()()も心配するだろう。そろそろ帰らなければな」

 

「あっ、ちょっと待ってください」

 

「ん?」

 

「最後にひとつだけ……聞きたいことがありました」

 

踵を返していたタロウがゆっくりと春馬の方を向き直る。

 

彼は左手首を掲げると、そこで生まれた小さな光を見せつけながらタロウへ問いかけた。

 

「このブレスレット……タイガの兄弟子、ウルトラマンメビウスさんの力が宿ってるみたいなんです。でも俺……彼ときちんと話したこともないし、なんでこれが突然出てきたのかわからなくて……」

 

「ああ……それはメビウスが仕掛けていたものだな」

 

「え?」

 

顎に手を添え、記憶を辿るように言葉を繋げるタロウに首を傾げる。

 

「私がタイガにその手甲を与える前、彼が珍しく無理を通して自分の力の一部を内部に組み込んだんだ」

 

「で、でもなんで急に……?タイガと出会ったばかりの頃はこんなの出てこなかったのに……」

 

「それは君が成長した証だよ、春馬くん」

 

「……成長?」

 

小さく頷いたタロウに怪訝な眼差しを注ぎながらも、春馬はさらに続けられた言葉に耳をすませた。

 

「『最後まで諦めず不可能を可能にする、それがウルトラマン』。……地球での任務を終えた後、彼はよくこの言葉を口にしていた」

 

「………………最後まで諦めず————」

 

タロウが言ったことを復唱しかけたその時、メビウスレットが初めて出現した際の記憶が浮かんできた。

 

フィーネと戦ったあの時、あの瞬間…………自分は「諦めたくない」という一心で彼の手を取ろうとした。

 

「そのブレスレットはメビウスが相応しいと思える人間にしか取り出せない。君がそれを手にしたということは、君自身の精神がメビウスの求めたものへと昇華したということなのだろう」

 

————ウルトラマンメビウス。かつて地球での防衛任務に就き、地球人の少年少女たちと絆を結んだ勇者。

 

そんな彼が……人との“絆”を重んじた彼が、春馬を認めた。

 

遅れてやってきた実感に熱くなる胸を押さえ、春馬は改めて姿勢を正す。

 

「…………がんばります!!」

 

一言に集約された想いがタロウへと届く。

 

沈黙が流れると同時に春馬の身体を赤い光が包み、瞬く間にその姿は光の巨人へと変わっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————『ウルトラの星に生きる、全ての民に通達する』

 

 

光の国の住民ならば知らない者はいないというほどの戦士の声。

 

全土に住まう光の巨人たちは突如として頭に届いたテレパシーに驚きつつも、その声音に帯びている力強い意思に引かれて無意識に空を見た。

 

 

————『私は宇宙警備隊員、ウルトラマンタロウ。だが今から話すことは私個人の……“ただのタロウ”としての言葉だ。それでも耳を傾けてくれるという者は、そのまま3分だけ立ち止まって聞いて欲しい』

 

 

先ほどまで騒がしかった広場も、建物の中も、今は時が止まったかのような静寂に包まれている。

 

 

————『かつて私と同じように、宇宙の平和を目指して警備隊への入隊を志願した者がいた。街を歩き、学舎へ通い、友と笑い語らい生きていた。他のウルトラマン達となんら変わりない、多くの可能性を秘めた若者がいた。……しかし、その者は今や恐るべき悪魔としてこの宇宙を暗躍し、罪なき人々に許されない()()を与え続けている』

 

 

 

 

 

 

(そういえば……こっちと地球では時間の流れってどれくらい違うの?)

 

『あー……どうだろうな?』

 

『帰ったらみんな年寄りになってましたーってか?』

 

(なんか急に不安になっちゃったな……。少し名残惜しいけど、急いで帰ろう!)

 

 

 

 

 

 

————『彼は言った、この世には光も闇も正義も悪も存在しないのではないのかと。……我々が信じ、貫いてきた“正義”とやらは……全て欺瞞だったのではないのかと』

 

 

 

 

 

 

『そういやここって土産とかねえの?』

 

『あるにはあるけど……地球みたいな定番のお菓子とか、そういうのは全然』

 

『まあまあ、彼女たちには物ではなく土産話をたくさん聞かせようではないか』

 

(そうだね。歩夢たちに話したらびっくりするだろうなぁ!——俺、街歩いてるとき見たんだ!ウルトラマンって赤ちゃんもおっきいんだね!)

 

 

 

 

 

————『光の側面だけを捉えるのは良くないことだと主張する彼を、私は心から否定することができなかった。……しかしそれでも、やはり私は“光”を信じたい』

 

 

 

 

 

(……また来れるかな)

 

『来るとしたら今度は自力で、だな』

 

(あはは!望むところだよ!宇宙船とか作っちゃおうかな?)

 

 

 

 

 

————『なぜなら私は“ウルトラマン”だから。光を守護する星に生まれ、信じられる正義を見つけ、その心根に従ってこれまで生きてきたからだ。……揺るぎない信念を抱いて歩んできた道だけは、胸を張って肯定したい。かつては自らが生きるこの星のために、そして今は……その光の国から地球のために————微笑みを繋ぎ合い、悲しみのない世界を築きたいと願って!!』

 

 

 

 

 

 

 

(……行こう、みんな!)

 

『『『おうっ!!』』』

 

エメラルドに輝く巨大な惑星を背にし、4人の勇者たちが再び宇宙へと飛翔する。

 

多くの星々が煌めく光の海へと飛び立った彼らの背には、溢れんばかりの歓声が浴びせられていた。

 

 

◉◉◉

 

 

どこまでも続いている闇色の空間に、重い腰を上げる巨人の姿がさらに巨大な影となって霧の幕へと映し出される。

 

巨人が目指すのは青く美しい光を放つ惑星、地球。その理由は考えるまでもない。

 

 

自らを構成している無数の怪獣、宇宙人たちの怨念。その中に絶対的な存在感を放つ魂がうわ言のように訴え続けている。

 

ウルトラマンを滅ぼせ。

 

地球を滅ぼせ。

 

この宇宙を…………漆黒の闇で覆い、滅ぼせ。

 

 

相変わらず定まらない意識のまま、闇の巨人は歩み出す。

 

己の正義ではなく——————魂に従って。

 

 

 

 

「時は…………満ちた」

 




あまり語られなかったので補足しておくと、原作のトレギアはグリムドの力で肉体が滅んでも並行世界に存在する別の自分の肉体をバックアップとして生き返ることができます。今作のトレギアはその力で肉体を支配されかけましたが失敗。中途半端に記憶だけを引き継いだ彼は原作のトレギアと同様グリムドを求めて遺跡"ボルヘス"へと赴き、今に至ります。

さて、次回からついにウルトラダークキラー、そしてトレギアとの最終決戦へと突入していきます。
2作を跨いだ世界観ももうすぐ完結です。
これまで読んでくれた方々には深い感謝を。

ではまた次回。


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第92話 絶望のリフレイン

明日はゼット最終回&アニガサキがクライマックス……。
濃密すぎる1日になりそうです。

そして前回言い忘れてましたがギャラファイでまた動くエンペラ星人が見れてめちゃくちゃ高まりました。


『……ステラ、そろそろ……』

 

「ごめんなさい、もう少しだけ練習させて」

 

洗面所の前に立ち、鏡に映る自分と相対しながらステラは軽い咳払いをする。

 

「——『久しぶり』…………『久しぶりっ』……なんかしっくりこないわね……」

 

ぶつぶつと呟きながら首を捻った彼女の表情はどこか悩ましげである。

 

これから会いに行く戦友に聞かせる最初の言葉。取るに足らない挨拶でさえ、今のステラにとっては小一時間苦悩する理由になり得た。

 

「『こんにちは』……素っ気なさすぎるわね。『会いたかったわ』……って、これじゃあまるでわたしがあいつのこと大好きみたいじゃない……!」

 

『違うのか?』

 

「違うのよ」

 

『難儀だな……』

 

コロコロと表情を変えるステラを見守りつつ、ヒカリはこれからの自分達に目を向けた。

 

トレギア、そしてダークキラーとの戦いが終結した後、自分はこれまで通りウルトラマンとして……ステラはこの地球で防衛隊(GUYS)の一員としてそれぞれの道を進むことになる。

 

5年前の戦い以降も同じ時間を共有し合った家族との別れ。それが今……終わりを告げようとしている。

 

 

 

 

「……無駄足を踏んだわ」

 

『まさか留守とはな』

 

多くの人々が往来する東京の街道。保留にしていた誘いの答えを返すためにGUYS本部へと足を運んだステラ達だったが、間が悪く目的の人物たちは席を外しているとのことだった。

 

オフィスにいたマグマ星人とマーキンド星人には日を改めて伺うと伝えた後、今は当てもなく街を彷徨っている。

 

『彼らも彼らで為すべきことに力を注いでいるのだろう。我々も負けていられないな』

 

「働き者ですこと」

 

これまで水面下で活動してきた防衛隊の卵たち。地球の命運をめぐる戦いが最終局面へと近付くにつれ、彼らは世界にその存在を示そうとしている。

 

ウルトラマンの力に頼ることなく、自分達だけの力で地球を守ろうとする意思。いずれは賛同者も増え、組織はより巨大なものへと成長していくことだろう。

 

まだまだ危うい部分もあるが……それはこれから補っていけばいい。

 

その歯車の一部になるため、自分もまたオフィスの扉を叩こうとしているのだから。

 

 

「あれ、ステラ先輩?」

 

不意に耳に滑り込んできた甘ったるい声。

 

振り向くよりも前にそれが誰であるのかを察知し、ステラは踵を返しながら背後にいるであろう少女の名前を呼んだ。

 

「かすみ……と歩夢?」

 

「奇遇だね。お出かけの途中だった?」

 

「そんなところ」

 

「あ、もしよかったら先輩もかすみん達と一緒に来てくれませんか?これから()()を倒しに行くんです!」

 

「……?まあいいけど……用はもう済んだし」

 

「決まりですね!」

 

やけに張り切った様子のかすみに手を引かれ、歩夢と並んで再び足を進める。

 

 

連行されてやってきたのはお台場にある今風のカフェ。何気なく付いてきたステラだったが、そこでかすみが注文したメニューに度肝を抜かれることになる。

 

「いやあ、助かりましたぁ!しず子とりな子は他に予定があるって言うから、今回はソロで挑もうと思ってたんですよ!」

 

到着した品を満面の笑顔で迎える彼女とは逆に、ステラと歩夢は互いに丸くさせた瞳を見合わせていた。

 

紫、青、水色、黄緑、黄色、オレンジ、そしてピンク————7色の生地が山のように積み重なったこのメニューの名はその外観通り“マウンテンパンケーキ”。

 

これでもかと言うほど挟まれたホイップクリームと剣山の如く並べられたイチゴ。よく甘味を求めて街へ繰り出すステラも初めて見る豪快ぶりだった。

 

「かすみちゃん、これ1人で食べるつもりだったの……?」

 

「はい。でも先輩方も一緒に来れてよかったです」

 

「もしかして以前も注文したことあるわけ……?」

 

「全敗でしたけどね。今日こそは平らげますよ!お二人も遠慮せずガンガン口に運んでください!勝利の秘訣は『ひたすら食べるべし』、です!」

 

肩をすくめた後、ステラは目の前にある7色の山へ視線を戻す。今はあまり空腹ではないが、3人でかかれば問題ないだろう。

 

「がんばりましょう」

 

「う、うん」

 

「それじゃあ————いただきまーす!」

 

フォークを手にした3人の少女がひとつの皿に向かって腕を伸ばす。

 

おもむろに切り分けたパンケーキは、宇宙のどこを探しても見つからない幸せの味がした。

 

 

◉◉◉

 

 

長い長い、星の明かりすら見えない夜がもうすぐやってくる。

 

何も知らない人間たちはいつものように街を歩き、他者と関わり、破滅の時が近づいてきていることに気づかないまま時を過ごす。

 

真実を知らない、理解しようともしない猿ども。これから目撃する真理の体現に、奴らはどんな反応を見せるだろうか。

 

 

「今こそ全てを決する時だ。……悪しき記憶から始まった良き旅の終わりが、どうか私の求めるものであることを願おう」

 

吹き抜けた風と共に高層ビルの屋上に佇んでいた男の姿が消える。

 

怪獣のいない静かな街。平和な時で満たされているはずなのに、なぜだかその静けさが不穏に感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——かすみん達の大勝利!ですね!……けふっ」

 

「ふぅ……」

 

「私、しばらくパンケーキは見たくないな……」

 

平らになった皿にフォークを置き、3人の少女は揃って椅子の背もたれに体重を預ける。

 

見た目以上のボリュームがあったマウンテンパンケーキだが、各々の健闘の結果綺麗に完食することができた。

 

「……少し休んでからお店出ましょうか」

 

「そうだね……」

 

腹部をさすりながら苦笑した2人を横目に、ステラはテーブルの端に置いていた水に口をつける。

 

やがてしばしの沈黙が流れ、向かいの席に座っていたかすみが何かを窺うような上目遣いでこちらを見ていることに気がついた。

 

「どうかした?」

 

「いやあ、その……突然ですみませんけど、春馬先輩がどこに行っちゃったのか……ステラ先輩は知ってたりします?」

 

瞬間、どこか胸に引っかかっていた違和感の正体がわかった気がした。

 

街で遭遇したのが偶然というのは本当なのだろう。しかし歩夢を含めたこの3人で集まる機会を作ったのにはきっと別の意図がある。

 

ステラと春馬がウルトラマンであることを知っている者たち。……果林を除けばここにいる2人が全てだ。

 

「心配?」

 

「そりゃあ、いきなりいなくなっちゃったんですもん。……気になるのが当たり前です」

 

「そっか、かすみちゃんは聞いてなかったもんね」

 

「えっ?歩夢先輩は知ってるんですか!?そんなぁ!なんで私だけぇ……」

 

あからさまに肩を落としたかすみに微笑を浮かべつつ、ステラはふと今は地球を離れている弟分に思いを馳せる。

 

歩夢という例外を除けば、春馬にとって同好会の部員たちは自分の素性に関してできるだけ“無関係”でいてほしいだろう。彼はそういう奴だ。

 

「……それでどこなんですか?」

 

「えーっと……」

 

悔しさを孕んだ眼差しを受け、歩夢は隣の席にいるステラへちらりと視線を送る。

 

別段意に介すことなく頷いた彼女を見て良しと判断したのか、歩夢は一息ついた後でかすみの質問に答えた。

 

「ウルトラマンの故郷……らしいよ」

 

「……え、それってつまり…………宇宙に行っちゃったってことですか?」

 

「そうなるね」

 

「はあ……スケールの大きい話ですねぇ」

 

事の壮大さに思考が追いついていないのか、かすみは深いため息を吐きながら明後日の方向を見やる。

 

「まったくひどい人ですね、春馬先輩は。……結局1人で突っ走っちゃうんですもん」

 

唇を尖らせながらそう言い放つかすみ。その表情にはやるせない思いが見て取れる。

 

春馬がウルトラマンであることを……彼女は同好会の中では1番に知った。けれども今日に至るまで、彼は先輩と後輩以上の関係を築こうとはしなかった。

 

光の戦士として人々を守ることは、彼にとって誇らしいことだったはずだ。だが同時に、それは他人と共有するようなものではないとも考えていた。

 

かすみは春馬の正体を知らない。けれど素性はどうであれ、同好会という彼の居場所はかけがえのないものだ。まっさらな形でそこに居たいと思うのは当然の心理だろう。

 

……しかし、

 

「1人じゃないよ」

 

胸元に手を当てた歩夢が目を伏せる。

 

「辛いときも、悲しいときも、ハルくんの心にはいつだって私達がいたはずだよ。……みんなを守りたいって強く思えたから、ハルくんはこれまで戦ってこれた」

 

自分の過去を知り苦悩の渦に飲まれながらも、春馬は立ち上がってきた。

 

歩夢やかすみ、同好会のみんなの存在は……これ以上にないほどの原動力となっていたはずだ。

 

「離れてても心は繋がってる。……仲間って、そういうものでしょ?」

 

「あ、歩夢先輩に言われなくても……かすみん、本当はちゃんとわかってますもん!」

 

「ふふっ。——もちろんステラさんもね」

 

「お気遣いどうも」

 

笑顔を向けてきた歩夢に片手を振りながら返しつつ、ステラは無意識に口元を緩めた。

 

この()()()を自分は知っている。5年前に感じたものと同じだ。

 

ウルトラマンと地球人、種族の垣根を越えた絆。時は経っても、紡がれた物語はいつだってここにある。

 

十の光に導かれることなく、歩夢は自力で“光の欠片”を発現させた。春馬を支えたい一心で彼女は“一の光”に相当する精神性を手に入れたんだ。

 

()()()と同じで……とてもまっすぐ)

 

瞼を閉じれば蘇る懐かしい記憶。

 

思い出の中で呼びかけてくる少女に応答する自分の姿もまた、かつての出で立ちで脳裏に現れていた。

 

 

「——ん、なんか外の方が騒がしいですね」

 

不意にかすみが口にした言葉を聞き、反射的に店の外へと振り返る。

 

まだ昼間だというのにやけに薄暗い。今日の予報は快晴だったはずだが、なぜだか空は暗い雲で覆われている様子だった。

 

「……出ましょう」

 

「え?う、うん」

 

急いで会計を済ませた後、歩夢とかすみを連れて外へ飛び出す。

 

天気予報が外れた。ただそれだけなら気に留める理由にもならない。……だが自然と人だかりが出来るほどの重苦しい空気が、異常事態であることを告げていた。

 

「なんでしょうね、あの雲……?」

 

「…………」

 

「ステラさん?」

 

空を覆い尽くす暗雲を見つめるステラの瞳が徐々に険しいものへと変わっていく。

 

埋め尽くすほどの灰色はやがてヘドロのような暗黒へと染まり…………聞く者に根源的な恐怖を覚えさせる、切り裂くような雷鳴が轟いた。

 

「っ…………!」

 

「ステラ先輩!?」

 

「ど、どうしたの…………!?」

 

瞬間、ステラの脳裏によぎったのは巨大なシルエット。

 

人の形を成した“闇”。底の知れない絶望を体現したかのような黒い巨人の姿が、彼女を背後から絡め取るようにフラッシュバックした。

 

「大丈夫ですか……!?」

 

「……れて」

 

「え……?」

 

「ここから、離れて……!今すぐ……ッ!!」

 

苦しそうに頭部を押さえながら言ったステラに困惑しつつも、歩夢とかすみは彼女の背に手を添えながら吸い込まれてしまいそうな黒い空を見やる。

 

地上の全てを飲み込まんとする絶大な力。

 

やがて降りてきた巨大な影に————その場にいた誰もが、思わず息を止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜ人は“闇”と呼ばれるものを恐れるのか————答えは簡単、()()()()()からだ」

 

暗雲広がる街を高台から見下ろしながら悪魔はつぶやく。

 

「わからないものは怖い、当然の心理だな。だからこそ人は生きていく上で知識が必要であり、経験が必要であり、そして…………力が必要なんだ」

 

舞い降りた闇色の影を迎え入れるように、悪魔は両腕を目一杯に広げては尊ぶような微笑みをにじませる。

 

「地球人はありがたく思うべきだ。世界……いや、宇宙の変革をこうも間近で見届けられるのだから」

 

光を通すことがなかった真っ暗な瞳。

 

その奥底に揺らめいていた炎は————悪魔の身体から解放されるのを、今か今かと待ち構えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地鳴りと共に着地を果たした巨人————それは“黒いウルトラマン”と表すに相応しい姿を備えて現れた。

 

漆黒の四肢に走る骨格のような灰色の装甲。そしてその中心にあるのは闇色に輝くカラータイマー。

 

光の巨人と酷似した外観ではあるものの、その性質は全くの逆。暗黒を身にまとい、光に与する者を滅ぼし尽くすためだけに存在している“殺戮者”だ。

 

故にその名は“ウルトラダークキラー”————この地球(ほし)に満ちる、全ての輝きを否定する者。

 

 

「もはや語る言葉は……ない」

 

周囲に広がるビル群を見渡しながら、漆黒の巨人は重圧を帯びた声音を吐き出す。

 

「我は“暗黒”。()()()とは相容れぬ存在。…………この場に降り立った以上、もたらされるものはただ一つ」

 

黒い腕がゆっくりと掲げられる。

 

穏やかに開かれた手のひらが、奴の一息と共に振るわれた次の瞬間、

 

 

 

「——“死”だ」

 

取るに足らない紙吹雪のように、地表一帯の建造物が吹き飛んだ。

 

 




ついに、ついに最終決戦に突入です。
春馬とトライスクワッドが不在のなか現れたダークキラーは、かつての暗黒宇宙大皇帝を思わせる力を発揮し…………。
一方トレギアはまだ目立った動きを見せない様子。奴の真の目的もあと少しで明かされます。

ぶつかり合う光と闇、そしてそれを傍観する混沌。
是非ともこの戦いの結末を最後まで見届けていただきたいです。


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第93話 暗黒の再臨

アニガサキ12話めちゃくちゃよかったーーーーーーー!!!!
Zもよかったーーーーーーーーー!!!!
でも来週でアニガサキ最終回だぁ…………。
いや、ほんともう……ずっと続いてください、頼むから……。


『父さん』

 

 

————違う。

 

 

『パパー!!』

 

 

————違う。

 

 

 

怪獣墓場と呼ばれる地で誕生してからというもの、身体の感覚から意識に至るまで何もかもが覚束ない。

 

自分を構成する怪獣、宇宙人の怨念。本来ひとつの目的に向いているはずのものもノイズのように耳障りだ。

 

ウルトラマンを滅ぼす。奴らが守ろうとする地球も同様に葬り去る。為すべきことだけは確かに()()()()()

 

 

だが確実に————忘れている何かが、この汚れた魂にはあったはずなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ……ぅ…………」

 

耳鳴りが止まると同時に視界へ飛び込んできた惨状に、ステラは青ざめた顔で息を呑んだ。

 

ウルトラダークキラーが放った衝撃波によって粉砕されたビルの破片は質量の雨となって降り注ぎ、辺り一面に着弾。崩れた建物にあちこちから舞い上がる火の粉、そして阿鼻叫喚を散らしながら逃げ惑う人々の姿が次々と目の前を横断する。

 

「歩夢……!歩夢、大丈夫……!?」

 

「う……」

 

「かすみ……。かすみ……っ!」

 

朦朧としている2人へ必死な呼びかけを行いつつ、ステラは遠方に見えた黒い巨人を睨んだ。

 

ウルトラマンに倒された怪獣や宇宙人……その怨念が束になり一つの人格を持った殺戮者。

 

これまで警戒していた最大、最凶の敵が————ついに姿を現した。

 

「な、なにが起こったんですかぁ……?」

 

「すっごく大きな音がしたけど……」

 

「今すぐここから逃げなさい!できるだけ遠くに!」

 

「ステラさん……!?ちょっと待って————!!」

 

2人の意識がはっきりしてきたのを確認した後、逃げ行く人々の波に逆らいながらダークキラーがいる方向へと走りだす。

 

春馬とタイガ達はまだ帰還していない。この場で戦えるウルトラマンは自分たちだけ。

 

戦いに臨む状態としては不安要素の方が大きい。…………でもやるしかない。

 

「…………っ」

 

湧き上がる恐怖を噛み殺すように奥歯へ力を入れながら、ステラは右腕にナイトブレスを出現させた。

 

「フーッ……フーッ……」

 

動悸が治まらない。ぴりぴりと肌を刺すような緊張が空気中に充満している。

 

『落ち着け、ステラ』

 

「落ち着いてる……わよ」

 

『俺が付いている。今度こそ守るんだ、俺達で』

 

「…………ええ!!」

 

頭に響いた相棒の声に背中を押され、取り出した黄金色の短剣をブレスの中へと納めた。

 

意識と身体がヒカリと重なりあう感覚。

 

蒼い輝きと共に巨人の姿へと変身を遂げながら、ステラは心に強く刻まれた絶望を打倒しようと軋むほどの握り拳を作った。

 

大切なものを守るために。

 

かつての雪辱を晴らすために。

 

蒼き巨人は再び————闇の巨人と対峙する。

 

 

 

 

 

 

(………………)

 

相対する敵と同等の体長へと変化した後でも、押しつぶされるような緊張感は解れてはくれなかった。

 

氷のように冷たい紅の眼差しを静かに注いでくるウルトラダークキラーに身構えながら、ステラは蒼い身体の中でごくりと喉を鳴らす。

 

(この威圧感……隙のない佇まい…………間違いない)

 

5年前、自分たちを死の淵まで追い詰めた闇の皇帝。その魂が確かにあの漆黒の中に秘められているのだと理解させられた。

 

『全開でいくぞ』

 

(そのつもりよ)

 

右腕のナイトブレスから伸ばしたブレードを構え、ヒカリは前方の標的へと狙いを定める。

 

エンペラ星人の魂が宿っているとはいえ、それは決して完全なものではない。目の前にいるのは奴自身ではないのだ。

 

勝機はある。()()()()()と成長した自分たち————どちらが強いのか。今この場ではっきりさせてやる。

 

 

『(…………ッ!!)』

 

大地を蹴る音が沈黙を打ち破り、蒼い巨人が雷のような速度で直進。

 

ダークキラーの身体に目にも留まらぬ斬撃を浴びせようと、引いていた右腕を勢いよく振るった。

 

(……!ぐ……!)

 

しかし不意を突いたはずの一撃は腕に備わった灰色の刃で容易く防御され、走り抜けようとしていた足もその場に食い止められてしまう。

 

『次だ!』

 

正面からやり合うのは悪手だ。すぐに離脱して奴の背後へ回り込む。

 

だが続けて振るわれる二撃、三撃、四撃————ウルトラダークキラーの周囲を縦横無尽に駆け巡りながら放たれた斬撃の嵐を、奴は焦る素振りも見せず完璧に防ぎきってみせた。

 

(攻撃が通らない……!)

 

『集中しろステラ!俺たちの同調を強め……よりスピードを相乗させた刃を叩き込む!!』

 

ウルトラダークキラーの反応速度に驚愕しつつも、ステラとヒカリは攻撃の手を緩めない。

 

対応できているとはいえ、こうも連続でブレードを振るわれれば奴は防御するので精一杯だろう。反撃の糸口を与えないまま、こちらはこちらで“隙”をこじ開け——————

 

 

「五月蝿い…………羽虫だ」

 

直後、影を帯びた声音と共に放たれた裏拳がヒカリの振り下ろした刃と衝突。

 

驚異的な速度で繰り出されたその打撃は、ナイトブレスから放出されている黄金色の剣を飴細工のように粉砕してしまった。

 

『(な————!!)』

 

勢い余って体勢を崩した瞬間を奴が逃すはずがない。

 

がら空きになった蒼い巨人の脇腹に向けて、ウルトラダークキラーは虚空を抉り取るような動作で片腕を振り上げた。

 

(が……ふ…………ッ!!)

 

刹那、ヒカリの肉体に炸裂する“見えない力”。

 

超特大の砲弾でも直撃したかのような衝撃と激痛が全身にほとばしり、蒼い身体は乱雑に扱われた玩具のようにみっともなく宙を舞う。

 

並んで建っていた高層ビルを巻き込みながら地面に叩きつけられたヒカリは、残滓するダメージに苦しみながら自分を吹き飛ばした黒い巨人を睨みつけた。

 

(この……力…………っ!)

 

『まさか…………まさか、こいつ…………ッ』

 

ステラとヒカリの脳裏を横断する最悪の予感。

 

ウルトラダークキラーは膝をついている巨人に照準を定めると、右の手のひらを天へと向けて溢れんばかりの殺意を集束させた。

 

『(————ッ!!)』

 

()()が発射されるよりも前に危機を察知したステラとヒカリは肉体を横転させて迫りくる闇の波動を避けようとする。

 

血のような赤と漆黒が混ざり合った禍々しい光線。蒼い巨人がとった回避行動は完全には至らず、右の肩部にその奔流が僅かにかすった。

 

(ぎ……っ……う————!!)

 

ヒカリの身体を介してステラへと伝わったのは想像を絶する苦しみ。

 

光線が触れた箇所の細胞がひとつひとつ食い潰されていく、そんな死を痛みに変換したかのような()()()()()()()()

 

もはや言葉では表しきれない激痛に表情を歪めながら、ステラはヒカリの視界を通して見える黒い巨人へと視線を上げた。

 

(この……化け物…………)

 

今の一撃を喰らって疑念が確信へと変わった。

 

無数の怪獣や宇宙人たちの怨念の集合体——————今の光線は()()()()()()()が放っていいものじゃない。

 

今のはウルトラマンの肉体を分解する力。かつて暗黒宇宙大皇帝が行使した最凶最悪の必殺光線…………“レゾリューム光線”だ。

 

姿を現した際、そして先ほど自分たちを吹き飛ばした際の念動力といい、明らかに“ウルトラダークキラー”としての能力を逸脱している。

 

『……間違いない』

 

ヒカリも同様の事実を悟ったのか、その焦燥感がひしひしと伝わってくる。

 

ウルトラマンを殺すためだけに備わった光線とサイコキネシス。

 

大量の怨念、そして闇の皇帝の魂を内に秘めたウルトラダークキラーは、今この戦いの最中にも——————()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「我の闇から逃れることは……できない」

 

(ぐ…………!!)

 

立ち上がり、再び放たれるレゾリューム光線の射線上から離脱しながらステラは思考を回転させた。

 

(まずい。まずい、まずい、まずい、まずい、まずい…………っ!!)

 

あまりにもデタラメ過ぎる。こんな悲劇が起こっていいものか。

 

闇の皇帝がもたらす被害はこれまでトレギアが呼び出した怪獣たちの比ではない。奴を二度もこの地球で暴れさせるわけにはいかないのだ。

 

今の自分たちに“究極の光”を顕現させる条件を揃えることはできない。倒す方法すら存在しない。何がなんでも奴が……ダークキラーが完全にエンペラ星人としての力を取り戻す前に決着をつけなければ。

 

『カラータイマーのような部位を狙う!!とにかく致命傷になり得る攻撃を浴びせ続けるぞ!!』

 

(わかった!さん、に————いちッ!!)

 

ステラのカウントに合わせて踏み出したヒカリが街を駆け抜け、瞬く間にダークキラーへと肉薄。

 

攻撃の主体となる腕部を警戒しつつ懐へ潜り込み、右腕のナイトビームブレードが短剣ほどの長さになるよう出力を調整し拳と共に突き出した。

 

…………しかし、

 

(きゃ……っ……!!)

 

『ぬぅ……!!』

 

刺突が当たる直前、予備動作なしに膨れ上がった念動力の塊がヒカリの身体を弾き飛ばした。

 

「終焉だ」

 

大きく仰け反り防御もままならない、あたかも差し出されるかのように目の前に見えた蒼い肉体に向けてダークキラーは右腕を構える。

 

容赦も躊躇もあるわけがない。殺意で編まれた赤黒い光は一直線にヒカリへと伸び————無慈悲にその腹部へ直撃した。

 

『がっ…………!!ぁぁああああああああ……ッ!!!!』

 

(あ、ぁあ、ああぁ……ああ…………!!!!)

 

戦意を保とうとする当人たちの意思などお構いなしに、奴の放った光線は2人の意識を根こそぎ刈り取っていく。

 

ステラと一体化していることで光線の効力が弱まっていても絶大すぎる威力。

 

いたい、つらい、くるしい。

 

死んだほうがマシだと思えるくらいの苦痛が全身を蝕み、ウルトラマンとしての矜持をズタズタに引き裂く。

 

(づ……ぅ——————ッ!!)

 

完全に気を失うかと思った直後、ステラはナイトビームブレードの出力を最大限にまで上昇。即興で作り上げた光の盾を前方に突き出し、レゾリュームが遮断された隙を掻い潜って真横へ退避した。

 

(ゲハッ……!!……ァ…………!!)

 

おびただしい量の鮮血を吐き出し、苦痛に悶えながらもステラはヒカリの肉体を突き動かして攻撃の回避に意識を費やす。その彼女の身体も、すでにあちこちにガタがきていた。

 

押し寄せる光弾、光線の嵐から逃げながら必死に考える。

 

宇宙戦艦の如く絶え間ない遠距離攻撃を解き放ってくる奴に攻撃を加えるには圧倒的に火力と手数が足りていない。近接での状況変化を狙うにしても念動力がある限り近づくことすら困難……。

 

手詰まりだ。奴に打ち勝つビジョンが————この戦況を打開する方法が微塵も浮かんでこない。

 

(ヒカリ!!)

 

『ああっ!!』

 

————それでも、止まることはできない。

 

『(はぁああああああ…………ッ!!)』

 

足を止め、右手を天に掲げると同時にナイトブレスへエネルギーを充填。

 

十字に組んだ腕から射出されたのは群青の光線。ウルトラマンヒカリが誇る必殺技——“ナイトシュート”だ。

 

「愚か……!!」

 

蒼い稲妻をまとった光線が到達する寸前、ダークキラーはゆっくりと左手を前へと掲げる。

 

念動力による防御。漆黒の肢体めがけて放たれた光は見えない壁に衝突したかのように分散し、無力化されてしまった。

 

「我の前では……あらゆる足掻きが……無意味だ……光の戦士」

 

(————ない)

 

点滅し始めたカラータイマーを握りしめ、ヒカリは前方の敵に依然として闘志の宿った瞳を突きつけている。

 

(諦め……ない…………ッ!!)

 

涙でぐしゃぐしゃになった顔面を擦り、折れかけていた心と身体に鞭を打ってウルトラマンヒカリは力強く大地を踏みしめる。

 

止まってくれない怖気。どうしようもない痛み。そんなのはとうに覚悟し、()()()()()苦しみだ。

 

自分たちが本当に恐れているのはこの先の絶望。敗北し、守りたかった星も人々も全て失うかもしれないという最悪の可能性。絶対に避けなくてはならない未来。

 

ここで折れれば恐れていた事態がやってくる。負けることは絶対に許されない。

 

 

「消えろ」

 

ウルトラダークキラーの右手にまたしてもレゾリュームが宿る。

 

『……ぬ……ぐ…………』

 

(……足が…………)

 

余裕げにエネルギーを溜める敵を前にして一歩も動けずにいる。心は折れずとも、ダメージが蓄積された身体は残酷な現状を訴えかけてきた。

 

(動いて……動いて、動いて、動いて…………ッ)

 

次に直撃を受ければ今度こそ自分たちの身が保たない。立ち止まっている暇なんてないんだ。

 

(失いたくない…………守り抜きたい…………。あの時できなかったことを、わたしは…………!!)

 

視界を覆う赤黒い閃光。

 

放出されたレゾリューム光線が大地を抉りながら迫ってくるなか、ステラの瞳に映っていたのは1人の少年の姿だった。

 

(わたしに……勇気を————!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(——させるかぁぁあああああああああああああっ!!!!)

 

 

思いがけない天からの雄叫びを耳にし、対峙していた巨人たちが上空へと顔を向ける。

 

瞬間、降り注いできた三色の輝きがダークキラーへと殺到。その回避のために奴がその場から後退したことで、レゾリューム光線の軌道は明後日の方向へと逸れていった。

 

『……っと!ギリギリセーフ!!いやアウト!?』

 

『遅くなってすまない!思わぬ邪魔が入ったのでな!』

 

ヒカリの目の前に降り立ったのは一体の巨人。けれどもその中から複数人分の声が伝わってくる。

 

『けどなんとか間に合ったな!』

 

(トライスクワッド、および追風春馬————ただいま戻りました!!)

 

 

(あなた達…………!)

 

炎の剣を手にした二本角の戦士。

 

ウルトラマンタイガ トライストリウムの勇姿が、そこにあった。

 

 




桁違いの自我を持つエンペラ星人の魂の影響でその能力が芽生えつつあるウルトラダークキラー。
春馬たちが駆けつけたものの…………まだ勝てる気がしませんねこれ。

さて、次回ですが…………意外な人物が少しだけ再登場します。
絶望的なこの状況を彼らはどう乗り切るのか。
未だ動きを見せないトレギアも気になるところです。


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第94話 光の勇者

日に日にアニガサキが終わる悲しみが募る作者です。
円盤ぜったい買う…………。


「——あ!歩夢先輩、あれ!!」

 

豪雨の最中の川を思わせる人々の流れから外れ、立ち止まったかすみと歩夢が一斉に巨人たちを見上げた。

 

「あの赤いウルトラマンさん!春馬先輩たちですよね!?」

 

「帰ってきたんだ……!」

 

降り立った二本角の戦士を見て安堵するのも束の間、今にも倒れそうな様子の蒼い巨人を視界に入れて歩夢は深く息を呑む。

 

突如として姿を現した真っ黒な怪人————腕を一振りするだけで甚大な被害をもたらしたその強大さは戦うことのない歩夢たちでも理解できるほどだった。

 

参戦した春馬たちも加え、戦況は2対1。先ほどよりも好転したとはいえ、ここからあの絶望を打ち破れる予感がしない。

 

(私達は……やっぱり何もできないの…………!?)

 

戦う彼らの事情を知りながらも逃げることしかできずにいる自分がもどかしい。

 

頭の中にある情報を総動員して考える。

 

何でもいい。少しでも役に立つようなものを——————

 

 

 

————『君達の中に眠っているエネルギー体だ。地球人ならば誰もが発現する可能性を秘めているが……その実、引き出せる者はごく僅かな人間のみ』

 

————『けど少なくとも歩夢、お前は一度それを発動させてるみたいだぞ』

 

 

ふと呼び起こされた記憶に歩夢の眼が大きく開かれる。

 

以前“授業”と称してウルトラマンやそれにまつわる歴史を教えてもらったときのこと。あの場で言われたことの中に、僅かな可能性は隠されていた。

 

「かすみちゃん!」

 

弾かれるように振り返った歩夢は慌てて取り出したスマートフォンを操作しつつ、呆然と巨人たちの戦いを見上げていたかすみに対して早口で伝えた。

 

「同好会のみんなをここに呼んで!もしかしたら力になれるかもしれない!」

 

「ええっ!?どういうことですか!?」

 

「前にステラさん達が言ってたような力が……本当に私達にもあるのなら……!!」

 

まだ希望は残っている。

 

何も起こらないかもしれない。奇跡なんて信じるだけ無駄なのかもしれない。

 

けれど、今は————その「かもしれない」に賭けるしかない……!

 

 

◉◉◉

 

 

『——くそっ!何なんだこいつら!?』

 

時は数刻前に遡る。

 

地球への帰還を目前としていた春馬とタイガ達を襲ったのは…………突如出現した無数の怪獣たち。

 

行く手を阻むようにして攻撃をしかけてきたそれらに対応しながら、春馬はすぐそこに見えた故郷を覆っている黒い雲を睨んだ。

 

(あの黒いの……!自然にできたものじゃない!)

 

『凄まじい闇のエネルギー……ダークキラーの力によるものか!?』

 

『俺たちが留守の時に……!!』

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーーーッ!!!!」

 

向かってくる怪獣は10体ほど。トライストリウムならば何とか押し切れるかもしれないが…………もしダークキラーが地球への侵攻を開始したのなら、事態は一刻を争う。

 

(キリがない……っ)

 

焦燥感からトライブレードを振るう腕に無駄な力が入る。

 

1秒でも早く帰らなくてはいけないというのに、この場にいる怪獣たちは揃いも揃って()()()()()()()()()()()()()()。どれもが時間稼ぎのために自分達をこの場に留めることを目的として動いているようだった。

 

『こんなところで力を消費するわけにはいかないっていうのに……!!』

 

怪獣たちから放たれる火球、光線を回避しながらぐるぐると頭を回転させる。

 

懸命にこの場を制する方法を模索していた————その時、

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎————!!」

 

(……えっ?)

 

どこからともなく振るわれた斬撃が、怪獣たちの内一体の首を跳ね飛ばす光景が見えた。

 

 

 

「————おうおう、覚えのある雰囲気だと思ったら…………“混ざりもの”の兄ちゃんじゃねえか」

 

(……!?あ、あなたは……!!)

 

がしゃり、と重たい武装が揺れる音。

 

余裕に満ちた荘厳さを備えた黄色い甲冑姿。眼前まで降りてきた戦士を正面に捉え、春馬は驚愕から上ずった声を上げた。

 

(ナギナザムシャー!!……さん!?)

 

「おうとも。久しいな光の戦士」

 

『なんであんたが…………』

 

『今までどこ行ってたんだ?』

 

そこにいたのはかつて自分達と激闘を繰り広げたザムシャー族の戦士。

 

握りしめていた薙刀を周囲にちらつかせて怪獣たちを牽制しつつ、彼は明るい調子で口を開いた。

 

「いやあ、あんたらに負けてから色々と吹っ切れてな。しばらくは新しいスープを生み出すために宇宙を飛び回ってたんだよ」

 

(……?あ、担々麺の話ですか?)

 

「おうさ。また地球で店を構える予定なんだが…………どうだい、開く前に一度味見しに来ちゃくれないか?」

 

(は、はい!それは是非!でも今はそれどころじゃ————!!)

 

「ああ、わかってる」

 

金色の輝きを一閃。刹那、瞬く間に両断された怪獣が悲鳴を上げる暇もなく爆発四散する。

 

「再会したのも何かの縁だ、この場は儂が引き受けてやる」

 

(え…………)

 

「急いでんだろ?さっさと行っちまえよ。その代わり新しい店、絶対来やがれよ」

 

(……!はいっ!!)

 

そう声を張ると同時に飛翔しこの場を離れたタイガを見送った後、ナギナザムシャーは自分を囲む怪獣たちへ鋭利な眼差しを突きつける。

 

 

「さぁてそういうことだ、悪いなあんたら。通りたければ首を置いてけ」

 

刃の錆となる連中に向けて冷たい声音を発しながら、怪力無双の荒芸師は再び手にしていた薙刀を振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————「近い」。駆けつけた赤い巨人を見て咄嗟にそう思う。

 

先刻まで自分と殺し合っていた蒼い巨人よりも、遥かに「近い」のだ。

 

…………なにが近い?自分は奴らを何と重ねている?

 

わからない。思い出せない。

 

他者を滅ぼすこと以外に、己が求めてやまないもの——————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はあっ!?エンペラ星人に()()()()()()!?』

 

(あいつの撃つ光線は必ず回避しなさい!絶対に受けちゃダメよ!!)

 

『こりゃあまた厄介な……!』

 

満身創痍となっていたヒカリにエネルギーを分け与えた後、タイガは体勢を立て直しつつウルトラダークキラーの攻撃に対処する。

 

無数に生成され放たれる光弾等の遠距離攻撃————そのどれもが桁外れな威力を備えているが、“レゾリューム光線”だけは別格だ。一度受ければガラリと戦局が変えられてしまう。

 

「1人増えたところで……この状況は変わらぬ」

 

(くっ……!)

 

四方八方から繰り出される暗黒のエネルギー弾をトライブレードで迎撃しながら、春馬は周囲へ意識を巡らせた。

 

お台場の街————恐らくまだ避難は完了していない。だというのにダークキラーの撃ち出す攻撃に自分たちは押され続けている。これ以上被害が拡大するのはまずい。

 

『……!しまっ——!!』

 

打ち漏らした光弾が眼前に迫り、咄嗟に身を屈んで避けたタイガをあざ笑うように追撃の雨が降り注ぐ。

 

しかしその殺到する暴力は、赤い巨人を貫く前に振り抜かれた黄金色の斬撃により漆黒の火花となって宙に散った。

 

(…………!姐さ……)

 

(奴に集中しなさい!!後ろはこっちでカバーする!!)

 

(もう動いて大丈夫なんですか!?2人ともまだダメージが……!)

 

(姐さんたちを信じなさいッ!!)

 

(……ッ…………!!)

 

必死な叫びを受け、再び前方から押し寄せてくる津波のような殺意へと目を向ける。

 

ウルトラダークキラーに隙が見当たらない。要塞を相手にしているようだ。

 

ならば————

 

(タイタス!)

 

『ああっ!——“タイタスバーニングハンマー”!!』

 

ありったけの攻撃を叩き込んで強引に活路を開くしかない。

 

(フーマ!)

 

『おうよ!“風真烈火斬”!!』

 

タイタスとフーマ、それぞれの力を引き出して繰り出した火球と斬撃がダークキラーへと滑空。奴の正面で炸裂し、巨大な爆炎と共に煙幕が広がっていく。

 

『“タイガブラストアタック”!!』

 

僅かに弾幕が途切れた瞬間を狙って一息に突撃。ダークキラーの肉体へ炎と共にブレードを突き立てる。

 

「——足りん」

 

(…………!)

 

煙幕が晴れ、目の前に見えたのは突き出されたトライブレードを片手で受け止める奴の姿。……やはりそう簡単にダメージを与えることは叶わない。だが今はそれでもいい。

 

僅かでも動きを止められたのなら、それで————!!

 

「うん……?」

 

奴の意識がタイガに向けられている数秒間でその背後へ移動したヒカリが右の拳を引き絞る。

 

正面のタイガ、後方のヒカリ。ダークキラーを挟むようにして立ち回った両者は、全力をかけて作り出したこの一瞬にありったけのエネルギーを注いだ一撃を叩き込んだ。

 

『(“バーニングスピンチャージ”!!)』

 

『(“ナイトインパクト”ッ!!)』

 

視界を塗りつぶすような閃光と同時に拡散する凄まじい衝撃。

 

大地、海、そして空をも震撼させる渾身の必殺技。並大抵の怪獣なら二重にかけ合わされたそれらを喰らった時点で春馬たちの勝利は確定的だったろう。

 

(ッ…………!!)

 

だが相対している敵は当然“並み”ではない。

 

防御する暇もなくまともに直撃したはずの両者の技は、ダークキラーに対して致命傷に至るダメージを与えることはできなかった。何事もなかったかのように依然として佇んでいる奴の姿がそれを表している。

 

『馬鹿な……!!』

 

(そんな……)

 

エネルギーを集中させて放つナイトインパクトの反動を受け、その損傷からだらりと垂れ下がった右腕を押さえながらヒカリは呆然と立ち尽くす。

 

「ふんッ——!!」

 

刹那、ダークキラーの全身から開放された念動力が見えない壁となって2人のウルトラマンを弾いた。

 

『くおっ……!!』

 

『ぐあぁああっ!!』

 

タイガは後方にあったビルに叩きつけられながら地上へ、ヒカリは巨大な水柱を巻き上げながら東京湾へとそれぞれ吹き飛ばされてしまう。

 

(く……そ……!!)

 

正面から直撃した衝撃波によってタイガの体力も大きく削がれ、想定していたよりも早くカラータイマーの点滅が始まってしまった。

 

こうして膝をついている間にもダークキラーの力は強まり、そう長くないうちに本物のエンペラ星人としてこの星に2度目の降臨を果たしてしまうだろう。

 

「こんなものか……()()()よ……」

 

濁流のようにドス黒いオーラを放出しながら紅い双眸でこちらを睨む闇の巨人。

 

暗黒に包まれた世界の中————街と街を繋ぐための橋だけが、その背後で虹色の輝きを放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?集まってって……こんな時にどうしたの?」

 

『詳しい話は後でします!彼方さんと果林さんも連れて急いで来てください!お願いします!』

 

「ああっ、ちょっと歩夢ちゃん!」

 

ぶつりと途切れた通話に首を傾けつつ、エマは一緒に避難していた果林、彼方……そしてその妹である遥に困惑しきった表情を向ける。

 

「どうしたの?」

 

「みんなを呼んで集まろうって歩夢ちゃんが……。ウルトラマンを助ける、とか……」

 

「ええ?」

 

「どういうことでしょう……?」

 

「………………」

 

揃って怪訝な顔つきになった他の3人を尻目に、果林は遠巻きに見える巨大な影へと視線を移した。

 

避難所どころか、もはや地球のどこにいても安全とは言えない。歩夢はそんな緊迫した空気の最中に冗談を伝えるためだけに電話を寄越してくるような子ではない。それはその場にいた誰もが理解できていた。

 

……しかし4人の中で唯一、別の思惑を察知できた人間が1人。

 

「行きましょう」

 

「え?果林ちゃん?」

 

「きっと何か考えがあるんでしょう。()()2()()がやられたらどこにいたって危なくなるんだし、やれることがあるのならそれに賭けてみない?」

 

「でも……」

 

「…………ようし。遥ちゃんはここにいてね」

 

「えっ、お姉ちゃん!?」

 

どこか自信に満ちた果林の顔を見て薄く笑った彼方が歩き出す。

 

「どのみち放ってはおけないよ。歩夢ちゃん、まだ避難してないみたいだし」

 

「そうね、とりあえず行くだけ行ってみましょう。エマはどうする?」

 

「え…………」

 

自分をまっすぐに捉えながら果林が口にした問いかけに戸惑いつつも、エマは数秒の思考の後で顔を上げ答えた。

 

「……信じてみるよ」

 

「決まりね」

 

「じゃ、彼方ちゃん達は行ってくるから。また後でね遥ちゃん〜」

 

「ち、ちょっと——!!」

 

人々を掻き分けながら駆け出した3人に手を伸ばすも、すぐに姿を見失ってしまい不安げな表情で遥は肩を落とす。

 

何が起こっているのかもわからない絶望の中。それでも、ほんの少しだけ…………胸の内を照らす安心感があった。

 

 

 

 

 

 

「……!フォルテちゃん…………」

 

かすみからの一報を受け慌てて集合場所へと向かっていた璃奈は、街道に現れた銀色の少女の前で立ち止まる。

 

どこかもの哀しげに俯いた彼女は、微かに息を荒げている璃奈に向けてぽつりと尋ねた。

 

「彼女たちのもとへ……向かうのね」

 

「…………うん。私たち、友達だから」

 

迷いのない返答を耳にして、フォルテはぐっと何かを飲み込んで唇を噛む。

 

「止めはしない。……けれどその前に……伝えておきたいことが、ある」

 

「え?」

 

端がボロボロになった1枚の紙を懐から取り出し、そこに描かれた笑顔と向かい合いながらフォルテは静かに口を開いた。

 

「一番初めに……私の心に光を差してくれたのは…………あなただった、天王寺……璃奈。あなたのおかげで私は……自分の本心に……気づくことができた」

 

「……フォルテちゃん」

 

「言えなくなる前に、伝えたかった。……ありがとう。あなたの歌……とっても……すっごく……大好き、だった」

 

手にしていた紙を握る力が自然と強まる。

 

意を決したように視線を上げてそう口にしたフォルテの表情には、嘘偽りのない笑顔が咲いていた。

 

直後、璃奈の中で芽生えた朧げな胸騒ぎ。

 

フォルテの言動からか、それとも心で感じ取ったのか、彼女が自分に対して……別れを告げているように思えた。

 

「私の方こそ」

 

「……!」

 

ゆっくりと少女のもとに歩み寄り、その小さな身体を目一杯に抱きしめる。

 

「フォルテちゃんが応援してくれたの、すごく嬉しかった。あなたと過ごした時間……短いけど、かけがえのない宝物だよ。……あったかい心を、分け合ってくれて……ありがとう」

 

「………………」

 

初めて感じた温もりを噛み締めながら、フォルテも璃奈の背中へ手を回す。

 

いつまでもこうしていたい。そんな気持ちを振り払ってフォルテはゆっくりと彼女から離れると、別の用紙を引っ張り出して前へ構えた。

 

「…………じゃあ、がんばって。フォルテちゃんボード————『ファイト!』」

 

「……うん!璃奈ちゃんボード——『やったるでー!』」

 

お互いにエールを送った後、璃奈は踵を返して走り去っていく。

 

空を覆う暗雲を見つめながら……フォルテは独り、寂しそうなため息をついた。

 

 

◉◉◉

 

 

「歩夢さーーーーん!!かすみさーーーーん!!」

 

「お二人とも……!いったい何のつもりですか!?」

 

「……!みんな!」

 

先頭を走るせつ菜と栞子に続いてやってきた皆を遠方に視認し、歩夢はほっと胸を撫で下ろす。

 

誰一人として欠けることなく集結したスクールアイドル同好会のメンバー達。各々と目配せしつつ、歩夢は早口気味に話し出した。

 

「いきなり無茶言ってごめんね……!みんなの力が必要なの!」

 

「いや、それはいいんだけど……愛さん達にできることって?」

 

「具体的になにをすればいいんでしょう?」

 

「ええっと、その……話せば長くなるんだけど……」

 

「……もしかして歩夢先輩、前にステラさん達が言ってた()()のことを言ってるんですか?」

 

引きつった顔でそう言ったかすみに頷いた後、東京湾で死闘を繰り広げている巨人たちへ向き直りながら続ける。

 

「私たちの中には、ウルトラマンの力になるエネルギー体がある……かもしれないの。それを使ってあの人達を助けられたら————!!」

 

「ち、ちょっと待ってください上原さん!なにを言い出すかと思えば……」

 

「そうですよ!……ていうか、どうしてステラ先輩の名前が出て————」

 

 

 

『ぐああああっ!!』

 

『ぐぅ……ッ!!』

 

栞子としずくに詰め寄られたその時、背後から聞こえた巨人たちの苦悶の声。

 

「——ハルくん!!」

 

「春馬先輩!!」

 

「ステラっ!!」

 

自然と叫んでしまったのは、歩夢とかすみ…………だけではなかった。

 

東京湾の中で命のやり取りを交わしている巨人たち。彼らに食い入るような瞳を注いだ果林に、皆の視線が集中する。

 

「え……果林さん、今……」

 

「歩夢先輩とかすみさんも……どうして先輩たちの名前を……?」

 

「………………」

 

漂い始める不穏な空気。

 

無言のまま自分たちへと振り返った歩夢と目を合わせながら、しずくと栞子が浮かんできた一つの疑念に対して勢いよく首を振った。

 

「えっ……?だって、そんな…………」

 

「信じられません、そんな非現実的な……」

 

「まあでも……それは今更じゃないかな」

 

一歩踏み出し、神話のような戦いを見守りながら愛は何かを悟ったように神妙な面持ちへと変わる。

 

「…………本当、なんですね」

 

「……うん」

 

なにが起きているのかを察した様子のせつ菜は、言葉を失いながらも巨人たちの戦いへ意識を移した。

 

闇色の巨人と戦う2人のウルトラマンに…………自分達の知っている少年と少女の姿が重なった気がしたのだ。

 

「ハルくんもステラさんも、ずっと……ずっと私達のために戦ってきたの。……みんなが笑顔でいられる場所を守るために」

 

握った手に力を込め、歩夢は皆へ訴える。

 

「私はその想いに応えたい。応えなきゃダメなの。……だから、みんな————!!」

 

 

 

「がんばれぇぇえええええええええええええええっ!!!!」

 

不意に辺りに響いた声。

 

重苦しい空気を打ち破ろうとするように、喉が張り裂けんばかりの声援を発したのは…………かすみだった。

 

「かすみちゃん…………」

 

「なにぼうっとしてるんですか!先輩たちが……あんなに頑張ってるのに……ボロボロになってるのに……!!——皆さんも応援してくださいッ!!」

 

今にもこぼれ落ちそうな涙の雫を瞳に溜めながら、かすみは遠方に向けて叫び続ける。

 

喉を痛める可能性を恐れずに、今はただ…………自分達のために戦う、光の戦士たちのために。

 

「…………かすみちゃんの言う通りよ」

 

「果林ちゃん?」

 

小さな後輩に続くように歩き出した果林。立ち尽くしていた部員たちへ振り返ると、仄かに笑みを浮かべながら彼女は言った。

 

「ここまで来て何もしないわけにはいかないでしょ。何をすべきかわからないのなら……できると思えることを全力でやらなくちゃ」

 

「果林さん……」

 

彼女の言葉に突き動かされるように、エマ、彼方……そして愛、璃奈、せつ菜、しずくがその隣へ立ち並ぶ。

 

状況の整理がつかず、その場に固まっていた栞子の視界には、

 

「……これは…………?」

 

 

 

 

「……届いて…………私達の想い…………!!」

 

————9人の少女達が、それぞれの彩りで輝いているように見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(く……ぅ…………っ)

 

大地にトライブレードを突き立て、それを支えにしながら再び立ち上がろうと足腰に力を回す。

 

状況は絶望的。ダークキラーの力は留まることを知らず、迎え撃つ自分達の攻撃をことごとく粉砕してしまう。

 

「まずはお前達からだ」

 

遊びの時間は終わり。そう告げるように右腕へ集束した赤黒い殺意の照準が海に倒れ伏しているヒカリへ向けられる。

 

『まずい!!』

 

(姐さん!!ヒカリさん!!避けてええええええええええええッ!!!!)

 

春馬の悲痛な叫びと共にダークキラーの右手から解放されるレゾリューム光線。

 

今度こそその命を葬らんと、蒼い巨人へ迫った闇色の光は——————

 

「…………なに?」

 

(……!!あれは……!?)

 

————より強い輝きを放出する、9()()()()によって阻まれた。

 

その直後、タイガ達の体内でも起こる不可解な現象。

 

(なんだ……?)

 

春馬の腰に下げられていたホルダーに生まれた黄金色の輝き。以前……かつて地球を守った英雄たちがいたという土地で手に入れた神秘の力だった。

 

(フォトンアースの光が……姐さん達のもとに…………)

 

タイガの身体から分離した金色の輝きが宙を舞い、蒼い巨人を守るようにして浮かんでいた9色の煌めきと一つになって一層強い光を生み出す。

 

 

 

 

(……………………あ)

 

朦朧とする意識の最中、ステラは目の前に現れた眩い光へ手を伸ばそうとした。

 

暖かく、そして安心する輝き。どこか懐かしくも思えるそれは先ほど戦いの中で受けた傷を癒し、カラータイマーに宿る光を赤から青へと変える。

 

『これは……?』

 

微かに香る潮の匂いと、耳朶に触れる波のさざめき。自分たちは()()を知っている。

 

太陽の如き光はヒカリの肉体を優しく包み込み、奥底へ沈みそうになっていた意識をもしっかりと繋ぎ止めてくれる。

 

(そっか…………。みんな…………ここにいるのね)

 

届いた想いを確かに掴み取り、蒼い巨人は再び立ち上がる。

 

溢れんばかりの輝きが晴れた時————ヒカリは黄金色の鎧を全身にまとい、ダークキラーと対峙していた。

 

 

「面白い……ッ!!」

 

再度撃ち出されたレゾリューム光線が迫る。

 

自分達に向けられた殺意を正面に捉え、ステラとヒカリは至って冷静に互いの意識を同調させ、

 

『(————ッ!!)』

 

()()に乗せて繰り出した斬撃で、ソレを難なく両断してみせた。

 

 

 

「…………ほう」

 

別人のように変わった雰囲気を前にして、ダークキラーの中で初めて畏れという感情が湧き上がる。

 

何が起こったのか、それはこの場にいる者の中で…………ステラとヒカリだけが知り得た。

 

「その鎧……まるで話に聞く“狩人”だな。新たなハンターナイトツルギが生まれたというわけか?」

 

『勘違いするな。“狩人”としての名は……とうに捨てている』

 

全身からみなぎる絶大な力。間違いない、これは5年前にエンペラ星人を退けた“究極の光”…………いや、正確にはその()()だ。

 

歩夢たちから受け取った光の欠片は全部で一〜九の九つ。だが完全な究極の光を顕現させるには“十の光”が必要不可欠。……そして今この場にそれは存在しない。

 

で、あるならば————その役割を肩代わりできるものがあればいい。

 

(他の九つの欠片を掛け合わせることができる“十の光”の代わりを…………春馬たちが持っていた力が務めてくれた)

 

フォトンアース————かつてステラ達が過ごした大地が与えてくれた光。それがこの……()()()()究極の光を生み出す鍵になってくれた。

 

5年越しの奇跡が、これ以上ないタイミングで訪れたのだ。

 

 

(わたし達の名は、“ヒカリ”……!)

 

 

 

 

『(“ソーラーナイトヒカリ”ッ!!)』

 

 

時を超え、再び太陽のような輝きが地球に立つ。

 

危機的な状況を前にしてもなお————ダークキラーはその余裕を崩そうとはしなかった。

 




1章で行方をくらませていたナギナザムシャーさんがここで再登場!!
そしてラストにはヒカリが新たな形態に!!
少し詰め込みすぎた気もしますが作者的には書きたかったシチュエーションが実現できて満足です。

次回、ついにダークキラーとの決着……?


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第95話 無限の 

アニガサキのBlu-rayを早速視聴して再び1話の衝撃に死にかけてる作者です。


視界を覆い尽くす圧倒的な光。

 

太陽光の如く眩い輝きを放つ戦士は、()()()()()()()()この身に目にも留まらぬ速度の斬撃を浴びせてくる。

 

 

危機的な状況にあるというのに、なぜだか自分は安堵すら覚えている。

 

ようやく————なにが「ようやく」なのか。

 

わからない。思い出せない。すぐそこまで出かかっているはずなのに。

 

 

湧き上がるこの想いは、いったい…………誰の——————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『(はああああああッ!!)』

 

光の速度で、というよりは光そのものになっていると表現した方が適切だ。

 

黄金色の鎧をまとった蒼い巨人が踏み出し、右腕の剣を振るおうとする度にその肉体は消失。金色の軌跡だけを残して目の前の“闇”を斬り払っていく。

 

目視できる者など居ない。今この場では、間違いなく彼女たちが世界の中心だった。

 

「ぬぅ……!!」

 

360度全方向から放たれた斬撃は漆黒の巨人の立つただ一点のみに集束する。一撃一撃が絶大な光エネルギーを帯びた必殺級の斬撃だ。

 

「フハハハハ……!いい、いいぞ……!!光の者よ!!」

 

もはやなすすべなく刻まれるしかないかと思われたウルトラダークキラーの全身から最大出力の念動力が膨れ上がる。

 

ドーム状に広がった見えない力は大地を駆け抜けていた太陽の騎士の行く手を阻み、一時的にその動きを止めてしまった。

 

「はぁ……ッ!!」

 

ヒカリが足を止めた一瞬の隙を見計らって、ダークキラーは再びレゾリューム光線による殺傷を狙う。

 

『(————ッ!!)』

 

だがそれも黄金の刃によって簡単に塵と化す。

 

先ほどまで猛威を振るっていたウルトラ戦士の肉体を分解する力…………もはやその効力は完全に失われていた。

 

だが驚くことではない。ヒカリの体質は先ほどとはまるで違うのだから。

 

“光の欠片”————地球人だけが備えているエネルギー体。それを九つ取り込んだ今のヒカリは、()()()ウルトラマンとは呼べない。レゾリュームの本領が発揮されることは決してないのだ。

 

 

『ダークキラーを完全に圧倒してる……!』

 

(すごい……)

 

目の前を流星群のように幾度も横断する黄金色の輝きに、傍らで眺めていた春馬たちは戦いの最中であるにもかかわらず見惚れてしまっていた。

 

立ち上がり、参戦しようにも自分達のスピードを遥かに上回る速度で動き続けるヒカリと連携するのはほぼ不可能だ。

 

もどかしい。ここまできて、何もできないのは…………。

 

『……!おい、あれ見ろ!』

 

(…………!!)

 

タイガの示した方向を凝視する。

 

防戦一方のウルトラダークキラー。その身体に少しずつ…………真っ黒な影が降りてくるのを見た。

 

『奴から溢れる闇のエネルギーが徐々に強まっている!』

 

『皇帝がお出ましになるのも時間の問題だな……!』

 

(そんな……!早く倒さないと!!)

 

ステラとヒカリの攻撃は確実にダークキラーの体力を削っている。だが奴自身もエンペラ星人としての力を取り戻すにつれてより強力な存在へ変わっていく。

 

戦況は好転しても敵の脅威度は変わらない。完全な力を身に付ける前に、一刻も早く————!!

 

(……!姐さん、ヒカリさん!……これを!!)

 

連携攻撃が叶わない現状に歯痒さを感じていたのも束の間、春馬はタイガが握りしめていたトライブレードを正面へ投擲。

 

『(…………!)』

 

彼の意図を察知したのか、空中で動きを止めたヒカリは放り投げられたブレードをしっかりと掴み取った。

 

直後、黄金色の光が繰り出す斬撃の嵐は一層勢いを増していく。

 

戦いに入れないのなら、今動ける者たちの手数を増やしてしまえばいい。

 

『(このまま押し切るッ!!)』

 

ナイトブレスから伸びる光剣、そしてタイガトライブレードの二刀を振るうヒカリは、さながら本物の恒星のような熱量を以てダークキラーにありったけの斬撃を叩き込む。

 

「おぉぉおおお…………ッ!!」

 

絶対的な闇であったはずのダークキラーが苦悶の声を漏らし、その存在感が失われていく。

 

希望に満ちた活路が————確かに開かれようとしていた。

 

 

(今度こそ終わらせる……っ)

 

今日を迎えるまでの5年間、ステラの胸には常に心残りがあった。

 

究極の光が誕生したあの日……仲間が戦う姿をただ眺めることしかできなかった自分。共に肩を並べてくれた戦友を守り切れなかった後悔。その全てを晴らすことができるチャンスが今この手にある。

 

故郷を奪った仇に対する復讐から始まった悪しき旅の終わりに、こんなにも心が満たされる瞬間があるだなんて思いもしなかった。

 

数え切れない憎しみの果てに、かけがえのない星で得た勇気。

 

…………()()は返礼だ。自分たちを救い、育んでくれた全ての生命への。

 

(ヒカリ!!)

 

『ステラ!!』

 

剣を備えた両腕を振りかぶりながら、お互いの名前を口にする。それ以上の言葉は必要ない。

 

必ず勝つ。勝利してこの地球(ほし)を救う。()()がそうしてくれたように。

 

迷いも後悔も全て刃に乗せろ。

 

全身全霊、自分たちの想いの全てを————心を、解き放て!!

 

 

『(ぁぁぁぁああああああああッッ!!!!)』

 

ナイトビームブレード、タイガトライブレード。ふた振りの剣から放出される莫大なエネルギーが1本の大剣となってウルトラダークキラーの胴体を()()する。

 

切り裂いたという手応えすらも消失するほどの鋭さと威力。

 

朝日が昇ったかと錯覚するほどの閃光が周囲へと広がり————やがて、戦いの幕が下りる音が聞こえた。

 

 

◉◉◉

 

 

闇にまみれた肉体が引き裂かれる最中に、漆黒の巨人は懐かしい夢を見ていた。

 

霧に包まれているようにはっきりしない記憶を辿る。

 

 

————かつて、絶対的な闇を身に宿した者がいた。

 

強大な力を備えていた故に“皇帝”として多くの侵略者たちを従え、この世の全てを葬り去らんとしていた。

 

全ては憎き“光”を消すために。闇を知らない者たちに()()()()()ために。

 

たった独り、暗い道のりを歩み続けた。

 

 

だが圧倒的な力を持っていたはずの彼を打ち破ったのは、力も技も遥かに劣っているはずの若者たちだった。

 

信じ難い事態に彼は考える。なぜ、どうして、何故に自分は敗北したのかと。

 

思考し、悩み、その果てに得た答えは——————“絆”の力だった。

 

1人でダメなら2人。2人でダメなら3人。3人でダメなら4人。4人でダメなら5人。5人でダメなら…………。そんな単純明快で、遊戯にも等しい精神性に闇の皇帝は敗れ去った。

 

ならば、と彼は考える。“絆”とやらが絶対的な闇をも上回るのであれば…………こちらも同じものを用意すればいいのだと。

 

だが彼はその本質を知らない。人と人との繋がりを結ぶ方法を知らない。

 

…………だからこそ、自分の求める理想の“家族(しもべ)”を己の手で作るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「————そうか」

 

遠のいていく意識の最中、自分を両断した蒼い巨人を見つめては理解する。

 

ずっと忘れていた。自分が何者であるか、何を求めてこの地にやってきたのか…………今やっと思い出した。

 

「我は……我は…………いや、()は……また選択を違えたのだな」

 

ぽつり、ぽつりと言葉をこぼす闇の巨人。その口調は先ほどとは別人のように穏やかだった。

 

「いや、違うな。…………余は後悔などしていない。自身の選んだ運命を覆そうとは思っていない。……ただ————」

 

光の戦士と視線が重なる。

 

自分と同じく母星を照らす太陽を失いながらも、光を諦めなかった勇敢な者たち。

 

「————ただ、貴様らに示したかった。……余は決して……間違ってなどいないということを」

 

ふと天を見る。()()()と同じ、真っ黒な空。

 

「潮時……か」

 

どこか心地よさを覚えながら、闇の巨人は静かに塵と化し…………2度目の死を受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

(はぁ……っ……はぁ……っ……。——ッ……!!)

 

(姐さん!!)

 

膝をついたヒカリのもとへ駆け寄り、タイガは慌ててその肩に手をまわす。

 

戦闘中に蓄積していた疲労に加え、強引に“究極の光”を行使した反動がここにきて押し寄せてきた。いつ意識を失ってもおかしくはない状態だろう。

 

『勝ったんだな……ダークキラーに』

 

『すげぇぜヒカリ!ステラ!』

 

『見事な戦いだった』

 

(本当……お疲れ様でした)

 

(あなた達もね)

 

『全員、無事で何よりだ』

 

 

支えあう巨人たち。

 

彼らの上空は…………未だヘドロのような漆黒に包まれたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっっ……たぁぁあああああ!!先輩!!せんぱーーーーい!!!!」

 

「ハルくん……!ステラさん……!」

 

「ひやひやさせられたわね」

 

遠巻きから光の巨人の勝利を見届けていた少女達が一斉に歓声を上げる。

 

地球を脅かしていた侵略者の親玉を…………ついにウルトラマンが倒した。

 

再び訪れようとしている平和を目前にして歓喜しているのは彼女達だけではない。東京の街、いや世界中————この戦いを目の当たりにした全ての人間が舞い上がっている。

 

 

 

 

 

「くははっ」

 

————背後から忍び寄る、狡猾な気配に気づくこともなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————ふふ、ふふふふふふふふ……ははははははは…………!!アーハッハッハッハッハッハ!!!!

 

 

けたたましい嗤い声と共に、それは現れた。

 

タイガとヒカリが立つ東京湾————彼らの前を遮るようにして炸裂した青黒い落雷は、やがて巨大な人型となって姿を見せる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(……!お前……ッ!!)

 

『現れやがったな……!』

 

全身を拘束具で縛り付けたかのような出で立ち。

 

仮面の下に隠した赤い双眸をタイガ達へ向けながら…………青い悪魔は余裕に満ちた笑みをこぼした。

 

(トレギア!!)

 

「お疲れ様。なかなか良いものを見せてもらったよ」

 

(今更出てきてなにをするつもり?)

 

憔悴しきった身体を引きずりながらも右腕に残っている光剣の切っ先を悪魔へと突きつけるヒカリ。

 

向けられた敵意を尻目に、トレギアはおもむろに歩き出すと警戒するタイガ達の周りをぐるぐると周回し始めた。

 

「フフフフ…………それは愚問だ、ノイド星人。私がこれまで何を求め、何のために莫大な手間をかけてまでこの日を待ったと思う?……全ては“証明”のため。世界に、この宇宙に真の理を築くためだ」

 

(……?何をわけのわからないことを————っ!?)

 

(姐さん!?)

 

『どうしたんだ!?』

 

トレギアが立ち止まった後、ステラとヒカリの様子が急変する。

 

身につけていた黄金色の鎧は消失し、究極の守りを構成していた眩い輝きは再び九つの光へ分離。行き場を失ったそれらはふわふわと宙を漂う。

 

「“光の欠片”を発現者の肉体から切り離す方法はふたつある」

 

浮遊する光を手繰り寄せるように手招きしつつ、トレギアは淡々とした調子でタイガ達へ続けた。

 

「一つは発現者本人が自ら祈ることでウルトラマンに捧げた場合。そしてもう一つは発現した地球人を殺害、または仮死状態に陥らせることで強引に取り出した場合。……過去にあった事例はそのどちらとも言えないが、これまで確認できた記録からなんとか導き出すことができたよ」

 

直後、トレギアの胸から溢れ出すドス黒い光。

 

醜く、そして極めて神秘的なその輝きへ吸い寄せられるかのように————九つの“光の欠片”は、一直線に悪魔の中へと溶けていった。

 

「本当は君たちのお友達を全員殺して欠片を奪うつもりだったんだが…………君が彼女達を覚醒させたくれたおかげでその手間も省けたよ、ヒカリ」

 

『…………!!』

 

()()()()、トレギアの中で禍々しい煌めきが蠢く。

 

どくどくと胎動する存在を愉快なものであるかのように、奴は不気味に笑いを散らしながら言った。

 

「だが所詮は紛い物なんだよ、君たちは!擬似的な再現!本来の形とはかけ離れた“仮初めの究極”だ!!……ならば、()()に引き寄せられるのは道理だろう?」

 

(…………!まさ、か……!!)

 

瞬間、ステラは奴の思惑を理解する。

 

トレギアの“十の光”————他者から奪い取ったであろうそれは何のためにこれまで保有されてきたのか。

 

…………全てはこの瞬間のためだった。

 

 

「過去の例から考えて、光の欠片は所有者の精神次第でどんな形にも変化することがわかっている。それはつまり、欠片が融合することで生まれる“究極の光”においても同様のことが言えるだろう……!」

 

トレギアの全身から周囲へ広がっていく()

 

鬼神のような姿形を備えて現れた災厄の獣は、全て揃った欠片の力で一体化している悪魔との同調をさらに強めていく。

 

「かつてエンペラ星人を退けた“究極の光”……!私が目指した真理の立証に……これほど相応しいものはないッ!!————さぁ来い“グリムド”!!今ここに、世界の理が顕現する!!」

 

無数の影たちがトレギアを中心に集結し、瞬く間に巨大な肉体が形成。

 

タイガ、ヒカリ————光の巨人達を優に超える混沌の獣と融合を果たした悪魔は、その胸部で上半身をむき出しに高らかな嗤い声を撒き散らしていた。

 

 

「これが“究極の混沌”…………(すなわ)ち、無限の虚無だ」

 

“究極の光”としての機能を完全に失い、混沌の力を宿した真っ黒な輝きが奴の中で絶え間なく歪んだオーラを放っている。

 

 

エネルギーを使い果たし、抱えきれないほどのダメージを負ったタイガとヒカリは————思いがけず出現した新たな脅威を、ただ見上げることしかできずにいた。

 




作者なりにエンペラ星人の解釈を出しつつ、ついに真のラスボスが登場です。
メビライブでエンペラ星人を倒した"究極の光"がトレギアの手によって形を変え、春馬たちに立ちはだかります。
この展開に至るまでの経緯は次回でより詳細な掘り下げがあると思うので、これまでのトレギアの行動を振り返りつつお楽しみにしていただければ。

さて、果たして打つ手はあるのか……。


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第96話 私の声を聞いて

アニガサキ、最後の最後まで制作スタッフの方々の愛に満ち溢れた作品でした。二期がない限り侑ちゃんの供給が期待できないことがあまりに残念です。本当、マジで…………。
当分の間は円盤で命を繋ぎ止めようかと思いますが、続編の発表も諦めずに待ち続けたいですね。
やはりラブライブは最高。


失った命は決して帰らない。少なくとも地球という惑星ではそのような自然法則が成り立っている。

 

怪獣に踏み潰された人間。崩壊した建物の下敷きになった人間。火の海から逃げ切ることができなかった人間。侵略者の光線によって焼かれた人間。

 

形は違えど、どれもが平等に“死”を意味する結果だ。ある日突然、前触れもなくその生に幕を下ろされた地球人は数知れないだろう。

 

 

————『君は償いたいと思ってる?』

 

 

肯定する。だがその方法が見つからずにいるのだ。自らも“死”を選択する以外は……なにも。

 

 

————『君1人が死んじゃっても消えた人たちの命とは釣り合わないと思うよ。それに君の性格を考えれば自己満足にもならない』

 

 

()の口から出る言葉としては意外なものだった。下手に慰められても困るが、こうもストレートに「打つ手はないぞ」と告げられると落ち込んでしまいそうになる。

 

 

————『償う方法がないってわけじゃないさ。君がそれを望むなら、この世界に生きる人々に何らかの形で貢献することができれば贖罪になるかもしれない』

 

 

貢献……逆転の発想だと思った。名前も知らない人間たちの命を奪った代償は、残りの生を生き抜くなかで時間をかけて払えばいいのだという彼の言葉に同意する。

 

だが、すぐに気がついてしまう。自分の話に耳を傾ける彼の表情が、少しだけ悲しそうだったことに。

 

彼は自分に死んでほしくなかったのだ。だから“死”以外にも償う方法はある、などと口にした。

 

彼の言葉もまた正しいと思う。確かに自分の命ひとつを投げ打っただけでは奪ったであろう多くの魂の代わりにはならない。

 

だけどやっぱり…………()、目の前に広がっている景色を見て思う。

 

 

 

「世界に貢献することが、死に繋がるのなら…………それは……仕方のないこと……でしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『“究極の混沌”……だと……!?』

 

東京湾に顕現した最悪の化身を見上げ、タイガは困惑と絶望がこもった声を漏らした。

 

ダークキラーを倒した矢先に姿を現したトレギア————奴はステラとヒカリがまとっていた歩夢たちの“光の欠片”を横取りし、加えて別の“何か”と融合することで絶大な力を得た。

 

『あれは……まさか、“グリムド”……?』

 

『知っているのか?』

 

『……聞いたことがある』

 

タイタスが呟いた言葉を耳にし、ヒカリは巨大に膨れ上がった悪魔を凝視しながら目の前の存在について知り得る限りの情報を話し始める。

 

『遥か太古……宇宙が誕生する以前、光も闇もなく()()だけが漂っていた時代に存在したと言われている邪神たちだ。宇宙遺跡に封じられていたはずだが……なぜそんなものをトレギアが……』

 

「その答えは簡単だ。これこそが私の求める“虚無”を体現する存在だからだよ」

 

全身から鋭い牙が生えたような鬼神の胸から上半身だけをむき出しにした悪魔が、気味の悪い低音で返答した。

 

「この宇宙には光も闇も、正義も悪もありはしない。ただ真っ暗な真空……虚無が広がるだけ。この“邪神魔獣グリムド”は、その本質が形となった(ことわり)の化身と言っていい。……こいつにお前達から奪った欠片を合わせれば、私の証明はもはや揺るぎないものとなる」

 

遠方に見える沿岸。陸地に立っている少女達へと目を向けながら、トレギアは微笑を含んだ声音を発する。

 

「上原歩夢の“一の光”。中須かすみの“二の光”。近江彼方の“三の光”。桜坂しずくの“四の光”。優木せつ菜の“五の光”。天王寺璃奈の“六の光”。宮下愛の“七の光”。朝香果林の“八の光”。エマ・ヴェルデの“九の光”……。私はこれまであの少女達に成長を促すことで、光の欠片を発現するに相応しい精神性を育んできた。全ては我が手にある、“十の光”のもとへ集結させるために」

 

おかしくて仕方がないとでも言うように笑みを絶やそうとしない悪魔。その胸から溢れ出ているのは奴自身の心を映したことで禍々しく変貌した“究極の光”だ。

 

「ハハッ!ハハハハハッ!なんっ……とも!!皮肉な話だ!!絶対的な力を持つ闇の皇帝を退けた絶対的な光!!お前達がそう謳う“究極の光”とやらでさえ、持ち主によってはたちまち世界の破滅をもたらす力となるのだ!!——ああっ素晴らしいッ!!これこそが宇宙の真理!!人々に幻想を忘れさせ、現実を突きつける力だ!!……私はこの虚無を全宇宙に知らしめる。この“究極の混沌”を以て!!世界のあらゆる事象を無へと帰すのだ!!!!」

 

トレギアが見せる感情の高ぶりが伝染するように、その肉体を覆う邪神(グリムド)も引き裂くような咆哮を轟かせる。

 

この世界……いや宇宙を滅ぼさんとする災厄の化身を前に、ウルトラマンタイガは絞りかすにも満たないエネルギーを筋力へ回し、勇敢にも手にしていたブレードを構えた。

 

(そんなこと……させるものか…………ッ!!)

 

『そうだ……。これ以上……お前の好きにさせてたまるかよ!!』

 

必死に気を張らなければこうして意識を保っていることさえ難しい。

 

軽く息を吹きかければ簡単に倒れてしまいそうなタイガとヒカリを眼下に置きつつ、トレギアはグリムドの巨体を操作して稲妻状のエネルギーを一点へ集束させる。

 

「さて、仕上げに入るとしよう。——不完全な世界を正すための、第一歩だ」

 

(…………ッ!!)

 

溶岩を思わせる巨大な球体。それを覆う薄い膜が破れたかのように噴き出した光線は、正面に立っていたタイガ達の眼前に着弾。

 

『(——————!!)』

 

悲鳴すら上げられない。あまりの衝撃波に満たされていた海水が周囲へ飛び散り、底の大地が露出。後方にあった建造物は熱波に曝され一瞬で溶解してしまった。

 

紙切れのように吹き飛ばされたタイガとヒカリは、宙を漂いながら思考を回転させて悪魔への対抗策を探す。

 

…………だが見つかるはずもない。自分たちに残されたエネルギーでは————いや、たとえ万全の状態であったとしても今のトレギアを打倒するのは不可能だ。

 

エンペラ星人をも上回る出力。この場にいるウルトラマンでは、火力も手数も足りていない。圧倒的な戦力差を埋めることができない。

 

 

(——う…………)

 

気づいた時には、仰向けの状態で地上に叩きつけられていた。

 

カラータイマーの点滅が早まる。いずれタイガの肉体を維持することもできなくなるだろう。

 

「ああ、忘れてしまわないうちに尋ねておこう。敢えて“春馬”と呼ばせてもらうが…………本当に私のもとに来るつもりはないか、君に今一度確認しておきたい」

 

(なんだっ……て……?)

 

飛びそうになっていた意識を引き戻し、春馬はタイガの視界を通して見える悪魔の問いかけに眉をひそめた。

 

「君は私と同じ真理に辿り着けるだけの経験と知識を得たはずだ。地球人としての、ダークキラーとしての、二つの道が君の前には示されたわけだが…………そのどちらかを選ぶことができないでいる。そうだろう?」

 

(……っ…………)

 

狼狽する春馬の様子を図星だと悟ったトレギアは、さらに惑いの言葉をかけてくる。

 

「選ぶ必要なんかないさ。決められないのならどちらも捨ててしまえばいい!過去を消し去り、新しい自分を手に入れることで君は初めて解放される。私と同じ世界に立つことができる。……さぁ今こそ飛び立つときだ。私と共に、この世を正しい色に塗り替えよう!!」

 

(いやだ)

 

からっぽ同然の身体から余力を絞り出し、春馬は巨人の身体を再び立ち上がらせる。その瞳に宿る闘志は未だ消えてはいない。

 

(確かに……答えはまだ見つかってない。どこに向かうべきかもわからない。……けど、俺は必ず()()()()()()()()()……!!)

 

握りしめていたトライブレードの刃に宿る仄かな熱。春馬の心と連動するように、その勢いは炎となって徐々に周囲を照らしていった。

 

(どれだけ時間がかかったとしても、俺は俺の進む道を切り開く。絶対に……お前と同じ場所へは行かないッ!!)

 

「——そう思い込むしかないよなぁ、お前は」

 

心の底から湧いた嘲笑を吐き捨てながら、悪魔はまたしてもグリムドの発する雷撃を一点へ集中。再び熱線を放とうとする。

 

「では少しやり方を変えよう。……二度とくだらない綺麗事を口にできないよう、君に思いつく限りの絶望を与える」

 

(なにを…………)

 

悪魔がその巨体の向きを横へ移した直後、その思惑を察知する。

 

光線が解放されようとしている先————そこには身を寄せ合ってこちらを見守る、少女たちの姿があった。

 

『……!まさか……っ!!』

 

「君から全てを奪い去ろう、春馬。……他の選択肢など、この私が認めない」

 

(やめ————!!)

 

鬼神の大顎が開かれ、咆哮と共に邪悪な光が束となって沿岸へと迫る。

 

歩夢たちがいる地上。星をも殺しかねない熱量が抵抗する力もない少女たちを焼き払おうと直進していく。

 

(みんなぁぁああああああああああああああッ!!!!)

 

あらゆるものを崩壊へと導く死の光。

 

無慈悲にも10人の少女たちを飲み込もうとする絶望の輝きは——————思いがけない介入によって、その進行が食い止められた。

 

 

◉◉◉

 

 

「————う」

 

視界を覆い尽くす邪悪な光が消えた頃、スクールアイドル同好会の部員たちは恐る恐る顔を上げてお互いの無事を確認した。

 

悪魔の発した熱線によって蒸発するはずだった自分達の身体は健在であり、何事もなかったかのように立っている。

 

「……!え…………」

 

その理由はすぐにわかった。

 

自分たちを覆うようにして辺りに広がっている大きな影。それが眼前に立つ巨人のものであると理解した後、歩夢の口からは無意識にその名前が飛び出していた。

 

「フォルテちゃん……っ!!」

 

「……え…………?」

 

歩夢がこぼした少女の名を聞き、璃奈の瞳にも戸惑いの色が差し込む。

 

自分たちを熱線から守るようにして立ちはだかった漆黒の巨人————それはかつてタイガ達と激闘を繰り広げた、“ダークキラー”の1人だった。

 

「…………っ」

 

全力全開、持てる力の全てを注ぎ込んで展開したバリヤーでもトレギアの一撃を完全に防ぐことは叶わなかったのか、身体の至るところに火傷を負った黒い巨人がその場に膝をつく。

 

「フォルテちゃん!!」

 

駆け寄ろうとした璃奈へと振り向き、ダークキラーエース————もといフォルテはその眼差しをじっと見つめる。

 

言葉を交わすことなくただ小さく頷いた彼女は、ダメージの残る肉体をゆっくりと立ち上がらせると…………数十メートル先に鎮座している悪魔のもとへ、無数の光刃を放ちながら向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

(……!?フォルテちゃん…………ッ!?)

 

(あの子……!!)

 

「クハハハハハハッ!!これは予想外だ!!自ら舞台から退場した者が再び舞い戻ってくるとは!!死に損ないの人形風情が、楽しませてくれる…………ッ!!」

 

飛翔しながら接近を図ろうとするフォルテを撃ち落そうと、グリムドの周囲からいくつもの雷撃が発射。

 

網のように自分を捉えようとする稲妻の数々を掻い潜り、黒い巨人はなおも止まらない。タイガとヒカリに向いている敵意の照準を少しでも分散しようと悪魔の周りをめちゃくちゃに飛び回る。

 

(ダメだ、フォルテちゃん……!!よすんだ!!今すぐここから離れてッ!!)

 

軋む肉体に鞭を打って手を伸ばし、春馬は必死にそう伝える。しかし彼女は何も言わないまま、たった1人での攻撃を続行した。

 

「ハハッ!素早いな!だが避けるだけではこの状況に変化は————起こらない!!」

 

「…………!!」

 

トレギアの眼光がフォルテを捉えた直後、グリムドが突き上げるような咆哮を上げる。

 

それによって放たれたのは凄まじい衝撃波。空間そのものを震撼させたそれは見えない力となってフォルテを後方へ吹き飛ばす。

 

「アハハハハハハハハハハハハッッ!!!!」

 

「か……っ……あ…………!!」

 

海面に叩きつけられ、動きを止めたフォルテに降り注ぐ無数の稲妻。

 

玩具を弄ぶように標的を痛めつけたトレギアは、やがて立ち上がることもままならなくなった彼女を見下ろしながら嘲笑と共に口にした。

 

「惨めなものだなぁ……。利用されるために造られ、何も残せないまま死に絶えていく。お前達ダークキラーの運命など所詮はその程度だ」

 

(フォルテちゃん……!!)

 

タイガの身体を引きずりながらフォルテへと駆け寄ろうとする春馬だったが、刻まれたダメージがそれを許さなかった。

 

ヒカリも同様、どれだけ力を振り絞っても肉体を突き動かすことができない現状に拳の力を強めるばかり。

 

 

「惨めか……どうかは…………あなたが決めることじゃ……ない」

 

「んん?」

 

崩れそうな足腰を直立させ、長い時間をかけてフォルテはゆっくりと立ち上がる。

 

背後に倒れている光の巨人たちを一瞥した後、深呼吸と同時に彼女は内に秘めたエネルギーの()()を始めた。

 

「その炎は…………」

 

「私は……この世界に生まれてきて……よかった。あたたかい人達の心に触れられて…………“アイドル”を知れて、よかった」

 

フォルテの全身を包む紫の猛炎。彼女自身の力が文字通り燃え盛り、その矛先が眼前の悪魔へと向けられている。

 

『あいつ、まさか……!』

 

(なに……!?なにが起きてるの!?)

 

『“ウルトラダイナマイト”をする気だ!なんてバカなことを……っ!!』

 

(え……?)

 

『文字通りの自爆技だ!!心臓が無事ならば復元は可能だが……彼女にその技術や機能が備わっているとは思えない……!!』

 

(そんな、じゃあ……!!)

 

タイガとタイタスの言葉を耳にし、春馬の頭によぎる最悪の予感。

 

(ダメだ、やめろ…………!!)

 

迷うことなく突き進もうとするフォルテの背中に向かって必死に叫びながら、這ってでも止めようと四肢を動かす。

 

「胸を張って……言える。短い時間だったけれど、私は…………生きることができて、幸せだった」

 

大地を蹴り、炎をまといながらトレギアへ特攻を仕掛けるフォルテ。

 

「木偶の坊が……随分と思い切ったな…………ッ!!」

 

全エネルギーを一息に破裂させるつもりで繰り出される捨て身の必殺技(ウルトラダイナマイト)。迎撃しようとトレギアが撃ち出した雷撃の隙間を通りながら、彼女は奴の眼前まで肉薄。

 

漆黒の肉体が強烈な閃光と共に四散する直前、

 

「——————」

 

春馬の視界には、微笑みを浮かべる妹の顔が見えていた。

 

 

 

(フォルテぇぇぇえええええええエエエエエエエッッ!!!!)

 

 

世界を丸ごと塗りつぶすような眩い輝きが一面を覆う。

 

ゆっくりと流れていく時間と景色。

 

命の気配が薄れていく数秒のなかで、巨人と……彼らの戦いを見守っていた全ての人間たちの耳に、透き通るような歌声が届いていた。

 

 

限りある命の使い方を問う歌。

 

音楽という文化に興味を抱いたフォルテが好んで聴いていた「輝くために」の旋律が、彼女自身の声音と交わって春馬たちの鼓膜を揺らした。

 

 

『伝えたいことがたくさんで、とても言葉にしきれないけれど……今はただ、感謝をあなたに』

 

春馬の目の前でその生涯を自ら閉ざした少女の、今にも消えてしまいそうな儚い言葉。去りゆく自分を見届ける少年が、少しでも元気になれるよう歌と共に想いを伝えた彼女は————紛れもなく“偶像(アイドル)”だった。

 

『ありがとう、私の光。私の…………お兄ちゃん』

 

 

最後の言葉を終えると同時に、少女の気配が完全に消失する。

 

辺りに充満した煙幕が晴れ、悪魔の巨大な影が再び姿を見せたとき————その肉体は三分の一ほどが欠損していた。

 

「…………まったく手を焼かせるお子様だ」

 

グリムドの身体————トレギアの位置する胸部からは外れているが、右肩から上腕部にかけてがフォルテの発動したウルトラダイナマイトによって崩壊。すぐに再生が始まるも、完全に回復するには時間を要するようだった。

 

しかし……それは決して戦況を好転させるほどの変化ではない。

 

1人の少女が命を捧げて放った最大の一撃。それを正面からぶつけてもなお、悪魔の身体を完全に焼き払うまでには至らなかった。

 

戦闘力、体力、共に奴は反則級のものを有している。そしてこちらが満身創痍な状況は変わらない。

 

 

(あ……ああ…………あああぁぁあああっ………………!!!!)

 

波のような喪失感と悲しみが春馬の胸に押し寄せる。

 

膝を折り、完全に戦意を失った赤い巨人を見下ろすと…………まとわりつくような微笑を含ませ、悪魔は言った。

 

「おやすみ春馬。……次に目覚めるときには、()()()()()()()()()()()

 

瞬間、グリムドの指先から発射された一筋の光線がタイガのカラータイマーを貫く。

 

 

『…………ッ!!』

 

(春馬ーーーーーーッ!!)

 

遠巻きにその惨状を眺めることしかできずにいたヒカリが虚空へと手を伸ばす。

 

既に粒子となって分解された巨人の身体から放り出された少年は、重力に従って真下へと落ち————東京湾の冷たい海中へと消えていった。

 

 

 

 

「——ハルくんッ!!」

 

 

終わりの近づく足音が聞こえる。

 

風の音、波の音すら消え去った虚無の中で————混沌の悪魔が、いつまでも自分達を嗤っていた。

 




ダークキラーブラザーズから2人目の退場者が出てしまいました。ぼんやりながら初期から決めていた展開ですが、いざ書くとなった際はやはりくるものが……。
"究極の混沌"に次々と破れ去る戦士たち。果たして希望は残されているのか。

予定通りに進行すればエピローグを含めて残り4話です。
この物語の結末を是非とも見届けて頂ければ……。


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第97話 途切れない友情


今年最後の更新ですね。
完結まであと少し……。


「準備はいいか?」

 

『バッチリ』

 

『問題なしです』

 

「よし」

 

通信機を通して聞こえてくる仲間の声に応答しながら、青年は前へと視線を戻す。

 

シートに預けた背中は少しだけ汗ばんでおり、薄い笑みを浮かべている表情とは裏腹に彼の余裕のなさが表れていた。

 

『それにしても本当に持っていけるんですか、これ?』

 

「計算上は大丈夫みたいだぞ」

 

『ほんっ……とにギリギリだけどね。ちょっとでもバランス崩したらパァだよ、マジで』

 

『大丈夫……なんでしょうか?』

 

「まあしょうがないさ。完成が間に合っただけでも奇跡みたいなもんなんだし」

 

深呼吸と共に傍らにあったレバーへと手をかけ、青年はその眼差しを鋭いものへと変える。

 

僅かに舞い上がっている心を落ち着かせ、これから向かう()()に思いを馳せた彼は…………同時に懐かしい友人の顔を脳裏に浮かべ、その人物に対して聞こえるはずのない言葉をかけた。

 

 

「さあ、行こうぜ。俺たちの星を救いに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(タイガ……タイタス……フーマ…………はる、ま……)

 

消滅した弟分たちの名前をこぼしながら、ステラは血の気の引いた顔を俯かせる。

 

こうして同じ場所に立っていながら、ウルトラマンとしての余力を残しておきながら、自分は…………仲間を守ることができなかった。

 

『……まだ狼狽えるときじゃないぞ』

 

(わかってる……わよ)

 

ヒカリの一声にそう返しつつ、眼前で嗤う悪魔を睨む。

 

これは自分達の失態だ。ウルトラダークキラーを最大の脅威だと見据え、これまで暗躍していたトレギアへの警戒を怠った。

 

結果的に奴は過去に地球へ降り立ったどの侵略者と比較しても上回りかねない敵となって立ちはだかっている。

 

挙げ句の果てには……弟分が守りたかったものも、彼ら自身も目の前で犠牲となってしまった。

 

(ぐ……ぅ…………)

 

活動時間限界が迫っている。戦えるウルトラマンは自分達しか残っていないというのに。

 

「ふふふ……どうだい?絶望の淵に立たされる気分は」

 

グリムドの巨大な肉体をヒカリへ向けながら、トレギアは子鹿のように足を震わせている彼に興味深そうな眼差しを注ぐ。

 

手に入れた強大な力に酔っているのか。なんにせよ奴にとって脅威となり得る存在はもうこの場にはいない。“究極の光”をモノにした時点で、トレギアの勝利宣言は完了している。

 

……けど、だけどもだ、まだ戦いは終わっていない。諦める時ではない。

 

「恐れることはない。君たちが前にしているこの虚無こそが世界の本質なのだから。それに……消えてしまえば恐怖という感情も無へと帰る。本当の意味で完成された秩序が築かれるのさ」

 

(独りよがりね)

 

「……うん?」

 

(あなたの事情はわからないけど、なんでこんな奇行に走ったのかは……なんとなく理解できたわ。あなた友達いないでしょ)

 

「はぁ……?なんの話をしている?」

 

いつ倒れてもおかしくない身体を引きずりながら、ウルトラマンヒカリは混沌の悪魔へと歩み寄る。

 

満身創痍。疲労困憊。肉体を維持するので精一杯な蒼い巨人を眼下に置き、その中にいる少女が吐き捨てる言葉に耳を傾けたトレギアは、僅かに戸惑う様子を見せた。

 

(他人の意見はすべて間違っている。自分の考えだけが正しいもの。……そんな奴に寄り付こうとする人なんて、いるわけないものね)

 

「………………」

 

(この世の全ては虚無……だっけ?それ、単にあなたの周りに誰もいないだけじゃない?)

 

「ハハッ……安い挑発だ」

 

ズズ、とトレギアの周囲に集まっていく黒い影。奴自身の負の感情が形になったような暗黒のオーラが集束していく。

 

「孤独であることは否定しないさ。薄っぺらい“絆”とやらを否定できるのなら、私は独りでも突き進む。どのみち世界はこれから私の手で塗り替えられるのだから!!」

 

(————!!)

 

放出された青黒い雷撃を即座に避け、ヒカリは東京湾を駆け回りながら悪魔の隙を窺う。

 

ダメージが残る今の身体で奴を倒すにはやはり急所を狙った一撃必殺しか考えられない。露出しているトレギア————その胸部にあるカラータイマーに攻撃を集中させて、奴の命を確実に絶つ。

 

(正念場よステラ……!相打ちになっても構わない。ここであいつを倒せなきゃ……一体これまで、何のために————!!)

 

『……!下だッ!!』

 

突如海面に浮かび上がった目玉を捉え、蒼い巨人は咄嗟にその場から飛び上がる。

 

直後に現れたのは巨大な“顎”。自分達を食い潰そうとせり上がってきた大口を回避しながら、なおもトレギアに対する意識を削ぐことなくヒカリは奴への接近を図った。

 

「いい動きだ……っ!!」

 

解き放つ稲妻の勢いを一層強めていく悪魔。

 

いつまでも自分達を焼き払おうとする雨を掻い潜り、ヒカリは少しずつ目標へと近づいていく。

 

『(いける…………ッ!!)』

 

跳躍し、正面に捉えたトレギアめがけて右の拳を引きしぼる。

 

狙うは残りのエネルギー全てを注ぎ込んだ“ナイトインパクト”。ただでさえ右腕が利かなくなる技だ。命を顧みずに放てばどんな危険が及ぶかはわからない。

 

だが自らの命などこの際どうでもいいこと。この悪魔を討ち滅せるのなら、どんな反動だって構いやしない。

 

『(“ナイト————”!!)』

 

「ふふっ」

 

直後、虚空から出現した複数の巨大な“腕”がヒカリの四肢を掴み取る。

 

『ぐ…………っ!?』

 

(なっ……あ…………!?)

 

貼り付けの状態で身動きが取れなくなったヒカリを嘲笑い、悪魔はその眼前で再び圧倒的な熱量のエネルギーをかき集め出した。

 

「お別れだ、光の戦士。——良き旅の終わりを」

 

(…………!!)

 

もはやなすすべが無くなったヒカリへ向けられる、容赦のない殺意。

 

自分達を死へと導こうとする邪悪な光を前にしても、ステラとヒカリの瞳には闘志の炎が揺らめいていた。

 

 

 

 

 

 

「“ストリウム————光線”ッ!!」

 

瞬間、その場を切り裂いたのは七色の輝き。

 

上空から突如として降り注いだ光線はヒカリを捕らえていたグリムドの腕を切断し、特大の熱線が放たれる前に彼を地上へ解放した。

 

(……!?え!?)

 

「今の攻撃は…………」

 

突然の出来事にステラ達だけでなくトレギアも驚いた様子で上を向き、そこに見えた3人の人影を視界に収める。

 

最初に飛び込んできた情報は“赤”と“銀”。例外を除いて宇宙警備隊を象徴する体色を認識した後、すぐに現れた彼らがウルトラマンであることを理解した。

 

『君たちは…………!!』

 

驚愕するヒカリのもとへ降り立った3人のウルトラマン達。その全員が————ステラもよく知る、この地球(ほし)と関わりが深い戦士たちだったのだ。

 

「遅くなってすまない。彼らの帰還を待っていたのでな」

 

「またここに来ることになるとはな……」

 

(タロウに……ベリアル!?なんで…………)

 

「なんでって話があるかよ。どう考えても()()()()はお前らの手に負える相手じゃねえ」

 

現れたウルトラマンの内、2人が巨大な肉体を手に入れたトレギアを見上げては身構える。

 

片方はタイガの父、ウルトラマンタロウ。もう片方はウルトラマンベリアル。かつてエンペラ星人に操られこの地球を脅かし————最後には奴を討ち取った英雄の1人だ。

 

そして…………その歴戦の勇士達と肩を並べてやってきた者が、もう1人。

 

「間に合ってよかった。今エネルギーを分け与えるよ、ヒカリ、ステラちゃん」

 

『ああ、ありがとう』

 

(…………メビウス…………)

 

まだ若々しさが残る戦士。

 

5年前、ステラとヒカリに加え…………10人の少年少女達と共にこの地球を救ったウルトラマンだった。

 

「タイガ達はどうした?」

 

『……この海のどこかに』

 

「チッ、だらしねえな。やっぱあいつらには荷が重すぎたんじゃねえか?」

 

「彼らの頑張りは無駄じゃありませんよ」

 

「わかってるっつの。……ここからは俺達の出番、だろ?」

 

メビウスから分けられたエネルギーによってヒカリのカラータイマーが青い輝きを取り戻したのを確認した後、その横に並び立ち目の前の悪魔を揃って見上げる。

 

「ハハッ……ハハハハハハハハッッ!!こいつはいい!!思ってもない役者が壇上に現れたな!!」

 

「お前の野望もこれまでだ、トレギア。……これ以上お前の好きにはさせない」

 

「もう手遅れだタロウ。何人やってきても“究極の混沌”には抗えない。不条理にまみれたこの世界を……この私が正してみせる……ッ!!」

 

グリムドが咆哮を上げ、再び放出される禍々しい稲妻。

 

その場から飛翔、分散して雷撃を回避したウルトラマン達は————トレギアの周りを囲むようにして飛び回り、その巨体へありったけの光線技を浴びせていった。

 

「タイガ達は……必ずまた立ち上がる!!」

 

「それまでは僕達が……トレギアを抑え込むんだ!!」

 

自分達に向けて次々と放たれる攻撃の幕を避けながら、メビウスはふと沿岸に見えた少女達へと意識を向ける。

 

不安げな眼差しでこちらを見つめている10人の少女。

 

かつての仲間と姿を重ねながら、メビウスは心の中で彼女達に対する言葉を紡いだ。

 

(きっと大丈夫だ。これまでの困難を乗り越えてきた……君達なら!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハルくん……っ!」

 

「あ、歩夢先輩!?」

 

ウルトラマンの増援がやってきて安堵するのも束の間、歩夢は弾かれるようにその場を離れて駆け出そうとする。

 

「ハルくんを探さないと!!」

 

「待ってください上原さん!私達だけで海中から引き上げるのは————!!」

 

制止しようとする栞子の声を振り切り、歩夢は海岸沿いの道をひたすら走り続けた。

 

春馬は絶対に生きている。なぜだかそう確信はできるが…………()()()()()()()()()()()()()()()

 

目の前で妹を葬られ、手も足も出ずに打ちのめされた。きっと彼は……これまでに体験したことのない絶望を噛み締めているはず。

 

「約束したんだ……いつだって私は、あの人の隣にいるって…………!!」

 

彼が進む道を決めるその時まで、自分はその横で見守ると決めた。

 

まだ答えを聞いていない。真実を知り、考え悩んだその先にある決意を————自分はまだ告げられていない。こんなところで終わっていいわけがないんだ。

 

 

「そうでしょ……!?ハルくんッ!!」

 

 

◉◉◉

 

 

「————ん…………」

 

 

開いた窓から差し込む日光の温もりとそよ風の感触。

 

ふと瞼を開けると、少年は誰もいない教室の一席に腰掛けていた。

 

 

「…………あれ、ここは……?俺、どうして…………」

 

虹ヶ咲学園の制服に身を包んでいる自分の身体に目を落とす。

 

戦いで負った傷の類が見当たらない。辺りには怪獣もウルトラマンも確認できない。ただ静かな風音だけが少年の耳に滑り込んでくる。

 

「夢でも見てたのかな」

 

頭の中に残っているぼんやりとした記憶を思い返し、少年はおもむろに机を見つめた。

 

ウルトラマンと一体化し、地球を襲う怪獣や侵略者たちと戦った記憶。その中で知った自分の正体と真実。強くて優しい姉貴分や、スクールアイドル同好会のみんなと過ごした大切な時間。

 

そして夢から醒める直前、最後に見た景色——————

 

「ッ…………!あ……ぁぁあっ……!!」

 

強烈な頭痛と同時に呼び起こされる鮮明な映像。

 

悪魔に立ち向かい、最後には自分を兄と呼んでこの世を去っていった少女の顔が焼きついたように目の裏に浮かんでくる。

 

夢————なんかじゃない。全てが現実に起きたことだった。()()()()()()()()()()の全部がこの身に降りかかったどうしようもない事実。

 

「ぅ……ぐぅうううう……!!ううううううううッ!!!!」

 

押し寄せてきた悲しみを吐き出すように、少年は奥歯を噛み締め机に額を押し付けながら苦悶の声を漏らす。

 

消えろ、消えろ、消えろ、消えろ。こんなのは現実じゃない。

 

だって————こんなはずじゃなかっただろ。こんなところで終わるはずじゃなかった。まだ()()には……これから輝かしい未来が待っていたはずなんだ。

 

どうして自分の目の前で消えていく人たちはみんな……誰かのために命を捧げるのだろう。なぜ自分の身をもっと大切にしない。

 

どうして、

 

どうして、

 

どうして………………フォルテは最後に、自分を「お兄ちゃん」と呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「——また辛そうな顔をしているね」

 

「…………え?」

 

誰もいなかったはずの教室で反響する声。

 

顔を上げ、少年は自分に言葉をかけた人物と視線を交わした瞬間————今こうして椅子に座っている空間こそが、夢であると理解した。

 

「やあ、春馬。随分と久しぶりな気がするよ」

 

なぜなら()は…………自分と全く同じ顔をしていたから。

 

 

「……君、は………………」

 

「少し歩こうか」

 

そう微笑みながら踵を返した彼が教室の出口へと向かっていく。

 

困惑が支配する頭でゆっくりと立ち上がり、少年————春馬は廊下から顔を覗かせて手招きをしている彼のもとへ恐る恐る歩み寄った。

 

 




増援に現れたのは…………タロウ、ベリアル、メビウスの3人!!
メビライブから続く世界観の終幕となればやっぱり彼らも出すしかないかな……と登場に踏み切りました。
そして春馬は再び本来の"春馬"と邂逅。
次回、物語はついに最大のクライマックスを迎えます。

活動報告の方にちょっとしたお知らせを記したので、よければ一読ください。


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第98話 宇宙と奇跡

あけましておめでとうございます!
正月から張り切りすぎて普段の倍近い文字数になってしまった……。


「ハルくんッ!!ハルくーーーーーーんッ!!!!」

 

転落防止の柵から上半身を乗り出しながら、歩夢は波が揺らめく東京湾に向かってひたすらに叫び続ける。

 

春馬からの応答は返ってこない。返事など聞こえてくるわけがない。そうわかっていながらも、ただ立ち尽くしているだけなんてできなかった。

 

「私……っ……まだあなたの答えを聞いてない!!これからあなたが……どんな道を進むのか……まだ決めてないんでしょ!?」

 

暗雲に覆われた空の色を反射し、真っ黒に染まった海。

 

波と風の音にかき消されないよう、歩夢は少年に対して必死に自分の声を送り届けようとする。

 

「こんな終わり方、あなただって嫌なはずだよ……!こんなところで立ち止まってる場合じゃない!……あなたも、私も、()()()も——!!」

 

幼馴染なのに、幼馴染じゃない。自分と奇妙な関係性を持つ少年。全ての真実を知ってから、自分達の間には少しだけ距離が生まれた気がした。

 

幼馴染と同じ記憶を備えているだけの別人。そう考えた途端、普段から隣にいた彼への接し方に戸惑いが生じてしまう。それはきっと向こうも同じだった。

 

それでもなお彼が()()()()()()()()()あの日から……ずっと一つの答えを探し続けている。彼が答えを出すのを待ち続けている。自分にはその責任があるからだ。

 

なぜなら自分は上原歩夢。この世に生まれ落ちてから今日に至るまで、“追風春馬”という少年の隣を歩み続けた唯一の人間だから。

 

「だから……だから、私は…………っ」

 

目尻ににじんできた涙を拭い、ぼやけた視界のピントを正す。

 

————直後、左手首に宿る仄かな暖かさに気がついた。

 

「…………?」

 

確かな形を成して現れたそれは…………ひとつの“ブレスレット”。

 

小さな円、小さな星、その上にまた大きな円の意匠が施された銀色のアクセサリーは、それ自体が生きているかのように僅かな熱と光を放出している。

 

「…………ハルくん!」

 

ふと感じた少年の気配を探るように瞼を閉じた後、歩夢は左腕に現れたブレスレットをもう片方の手で強く握りしめる。

 

会いたい。今はただ……その一心で、大切な少年の名前を心の中で何度も繰り返した。

 

 

◉◉◉

 

 

歌が聞こえる。どこかで行なわれている合唱のメロディが開かれた窓からこちらまで届いているのか。

 

美しい声に乗せられて耳へ入ってくるのは「心の瞳」の旋律。学生が歌う合唱曲としては定番中の定番だ。

 

 

「ねえ、ここは学校…………なんだよね?」

 

どこからともなく聞こえてきた歌声に夢中になっていたのも束の間、不安を思い出した春馬は目の前を歩く少年に向けて恐る恐るそう質問を投げかけた。

 

「そう見えるね」

 

半端にこちらを振り向きながらさらりと返してきた彼に思わず眉をひそめる。

 

なんとも曖昧な答え。先ほどからずっとこの調子だ。

 

自分と同じ顔を持つ少年。…………本来の“春馬”であるという予想は容易に浮かぶ。けれど彼はずっと前に自分の中から消えてしまったはずだ。

 

なら……今一緒に廊下を歩いているこの少年は誰だ?

 

「………………」

 

少しずつ湧き上がってきた警戒心から、春馬は自然と両手に拳を作っていた。

 

タイガ達の気配を感じない。今自分が歩いているこの虹ヶ咲学園は夢の中の存在なのだろうか。

 

わからない。整理がつかない。これもトレギアの罠だというのなら、相当まずい状況に陥っているはず……。

 

 

 

「あれからどうだい?母さんや歩夢とは仲良くやっていけてる?」

 

どこか寂しげな表情から発せられたその言葉を耳にした瞬間、直前まで頭にあった疑念が消え去るのを感じた。

 

「…………あ」

 

立ち止まり、正面に佇んでいる少年と視線を交わした後————春馬はすぐバツが悪そうに地面へと顔を落とす。

 

間違いない。()()()“春馬”だ。

 

本来……歩夢の幼馴染としての生を送るはずだった地球人の少年。自分——ダークキラーファーストが記憶をコピーした人物。

 

なぜこの場にいるのかはわからない。しかし目の前にいる彼が本物の“春馬”であると……自身の魂が告げていた。

 

「……仲は……いいと思うよ。これまで通り、とはいかなかったけど…………」

 

「あはは、やっぱり?……まあ仕方ないか」

 

うっすらと笑いながら肩をすくめた“春馬”もまた目を伏せる。

 

しばしの沈黙が流れた後、春馬は眼前に立つ彼に再度目線を合わせると細い声音で言った。

 

「さっきの戦い……見てたんでしょ?……フォルテちゃんが消えちゃうところも、全部」

 

「うん、見てた。……だから君が今なにを考えているのかもわかる」

 

まっすぐに春馬を捉えながらそう口にする“春馬”。

 

自分の心が筒抜けであることを悟った春馬は、言葉にするまでもない苦悩を噛み潰すように奥歯へ力を込めた。

 

 

「俺は結局……託されたものを何一つ守り通せていない」

 

目の前に立つ少年から託された“追風春馬”としての道。フィーネから託された“長男”としての道。どちらを選ぶのか……自分は未だに決断できずにいる。トレギアが言うような、最も恐れていた事態が起きようとしているのだ。

 

「俺の記憶は“春馬”のものだ。……けどここにある身体は“ファースト”で、フォルテちゃんも…………こんな俺を『お兄ちゃん』って呼んでくれた。……どっちも大切で、どっちも捨てたくない。どうしてもそう思っちゃって……何もかもが中途半端になってる。……何も、果たせずにいる」

 

震える手のひらを見つめる。自分が思っていたよりもずっと頼りない小さな両手。

 

抱えるものが増えていくなかで、何も捨てられずにここまで進んだ手の中には……すでに溢れ返りそうなほど大切なものが乗せられている。

 

いつ全てを落としてしまってもおかしくはない。……今のような半端な覚悟では、何者にもなれやしない。

 

「君は俺の方が上手く“春馬”をやれるって……そう言ったよね。あの時はなにも言えなかったけど……今なら断言できる。誰よりも“春馬”になりきれるのは俺なんかじゃない。やっぱり君なんだよ、()()

 

「そう思うかい?」

 

「思うさ!……だって、だってそうだろ……!!」

 

フラッシュバックする景色を垣間見て、拳に込める力が一層強まる。

 

フォルテが消えたあの瞬間、自分は明らかに“春馬”ではなくなっていた。彼から託された想いも、歩夢という人間のことも綺麗に忘れ去って、ダークキラーの長男として妹の名を叫んだ。

 

「どれだけ取り繕っても、やっぱり“本当の春馬”は君なんだよ……!……たとえ記憶が同じでも、ダークキラーとして生まれた俺は————!!」

 

「じゃあまた“ファースト”に戻る?」

 

「……!…………それは」

 

「できないよね。なぜなら君はファーストであった頃の“情報”を知っていても“記憶”を覚えているわけじゃないんだから。……元のまっさらな君には、二度と戻れない」

 

「そんなことわかってるッ!!……だから俺は、君と歩夢に…………待っててもらったのに……!!」

 

地面に膝をつきうずくまった春馬は、奥底から絞り出した本音を本当の“春馬”へと強く訴えた。

 

「もう迷わないって……立ち止まらないって決めたのに…………こんな大事な戦いの中でも、俺は自分を見つけられない。……()()()()にも立てないなんて…………いったい、どうすれば…………」

 

悲痛な叫びが吐き出される最中でも、合唱の歌声は絶えず校舎中を反響している。

 

「音楽室で待ってるよ」

 

身体を小さく丸めている春馬を一瞥した後、少年は静かに踵を返しつつ彼に付いてくるよう示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どちらか一つを選ぶ必要はないんじゃないかな」

 

ピアノの席へゆっくりと腰を下ろし、鍵盤にそっと触れながら少年はそう呟く。

 

部屋の隅で立ち尽くし彼の口から飛び出した言葉を耳にした春馬は、絶句するほかなかった。

 

「……は?」

 

「その選択肢とは別に()()()()()を作るんだよ。それなら何もかもが解決する」

 

「いや、待ってよ……それじゃあ本末転倒じゃないか。トレギアの言ってたことと何も変わらない」

 

「真逆だよ。あいつが言ってたのは『どちらも捨てる道』だけど、僕が言ってるのは『どちらも拾う道』なんだから」

 

「どちらも拾う…………って」

 

頭の中で破裂寸前まで膨れ上がった困惑から春馬の表情が歪み始める。

 

彼が言っているのはつまり…………“追風春馬”と“ダークキラーファースト”、その両方を受け入れる道を選ぶということだ。

 

その可能性を思い描かなかったわけじゃない。それでもその道を選ぼうとしなかったのは……やはり、自分の力を信じることができなかったから。

 

「……無理だよ、そんなの……俺なんかが2人分の想いを背負うなんて。あまりにも無謀だ。…………我が儘が過ぎる」

 

1人の地球人も、弟も、妹も————守りたかったものを悉く目の前で死なせてしまった自分が…………()()()な自分が、そんなことを成せるはずがない。

 

 

俯き口を閉じた春馬から視線を外すと、“春馬”は眼下に見えた鍵盤へ添えていた指先を押し込む。

 

「でも君はそれを望んでいる。できることなら託された全ての想いを受け継ぎたいって思ってる」

 

「そう、だけど…………」

 

遠くから聞こえてくる合唱と合わせて伴奏を開始した彼は、静かに手元を動かしながら春馬に向けて言った。

 

「ならすべきことは決まってるじゃないか。君は君の進みたい道を選べばいい。これまで他者にそう示してきたように、君も自分の心に従うんだ」

 

「でも……でも、俺は…………」

 

春馬が言葉を飲み込んだ後、しばらくの間音楽だけがその場を満たした。

 

やがて合唱の歌声が聞こえなくなり、“春馬”もまた伴奏を終えた後————彼は席を立ち、小さな足音と共にもう1人の自分へと歩み寄る。

 

「力も覚悟もなければ……確かに君が望む道を選ぶことは無謀や我が儘の類なのかもしれない。…………けど、君は必要なものを全部持ってるじゃないか」

 

「え……?」

 

「これまで歩んできた道のり————同好会のみんなやタイガ達と過ごしたかけがえのない日々は、君にとって他に代え難い力と覚悟になったはずだよ」

 

白黒だった脳内に流れ込む色とりどりの思い出。

 

過去の“春馬”にはない、今の春馬だからこそ覚えている記憶だ。

 

「——俺の、力と覚悟…………」

 

胸元に手を当てた春馬へ頷きつつ、“春馬”は薄い笑顔と一緒に伝えた。

 

「君はどっちにも成れないんじゃなくて、どっちにも成れるんだよ。君が望みさえすれば……“春馬”も“ファースト”も、両方受け入れることができる。力も覚悟も備えた君が選ぶのなら、それは無謀や我が儘なんかじゃない。————“挑戦”なんだよ」

 

窓から入り込んできた風が背中を押してくる。

 

気づけば胸の中を覆っていた黒い感情は、どこかへ消えてしまっていた。

 

 

 

————『ハルくん!』

 

 

不意に届いた少女の声が反響すると同時に、この空間を形成していた学園の景色が綻び始める。

 

「歩夢が君を呼んでるみたいだ。……僕はあっちには行けないから、またお別れだね」

 

「……!待って!」

 

床も天井も壁も空も、ガラスのように割れていく。

 

崩壊する世界から去ろうとした少年を呼び止め、春馬はその背中にどうしても聞きたかったことを尋ねた。

 

「君は……“春馬”はもう、死んじゃったんだよね?」

 

「……うん」

 

「本当に消えちゃったんだよね?」

 

「うん、そうだよ」

 

「じゃあ、どうして君は今ここに……?」

 

立て続けに為される問いかけに対して考え込むように唸った後、苦笑しながら彼は返答した。

 

「わかんないや。……この空間も全部夢みたいなもので、こうしてここに立っている僕も……君の妄想に過ぎないのかもしれない」

 

再び向き直り、視線を交差させる。

 

同じ顔、同じ髪、同じ瞳。

 

鏡と向き合っているかのような感覚に陥りつつも、春馬は目の前に立つ少年の言葉を身に刻もうと耳を澄ませた。

 

「でもね、このやり取りが夢かどうかはあまり重要じゃないんだ。なぜならこの僕が幻であっても、現実の僕だって同じことを言うって……君ならそう確信できるはずだから」

 

————瞬間、彼の考えていることを理解する。

 

本来の“春馬”。今はもうこの世にいないはずの彼が、またこうして自分と会話を交わしている。現実かどうか疑わしい状況だ。

 

だがたとえ彼が妄想であっても、現実であっても関係ない。自分には彼の考えていることがわかるから。

 

…………そう、なぜなら——————

 

 

 

「僕は君で」

 

「君は俺だから」

 

示し合わせたかのように飛び出した言葉に、思わず揃って微笑みをこぼす。

 

 

————『ハルくん!』

 

 

薄れ、消えていく人影の想いに応えるように————春馬は勢いよく声のする方へ振り返ると、思い切り駆け出しながら右腕を突き出した。

 

 

「ハルくんっ!!」

 

 

空が引き裂かれ、純白の世界が一面に広がりだした中から現れたのは…………1人の少女。

 

「歩夢!!」

 

跳躍し、空中から迫ってきた彼女の手を確かに掴み取る。

 

身体を包み込む優しい浮遊感。

 

歩夢が姿を見せたと同時に、春馬は自分の中で()()()()が再び燃え上がるのを感じた。

 

『——っと!!ようやく繋がったぜ!!』

 

『春馬、無事か!?』

 

『む……なぜ歩夢まで()()()()?』

 

互いの両手を取った2人を囲むようにして出現したのは3人の戦士たち。

 

歩夢は左腕を掲げ、そこにある銀色の輝きを皆に見せながら戸惑い気味の言葉を発した。

 

「たぶん……これのおかげだと思う」

 

「トライスクワッドのブレスレット……()からもらった物と同じだ」

 

歩夢の左手首に見えたアクセサリー————それはトライストリウムの力を手にした際、本来の“春馬”から授かった力そのものだった。

 

彼はもうこの世界にはいないにもかかわらずその想いは未だ残り続け、再び歩夢と春馬を繋いだ。

 

いや、もしかすると……今度こそ正真正銘、自分こそが本当の“春馬”に——————

 

「……今考えることじゃないよね」

 

歩夢の手を強く握り、春馬は顔を上げて彼女の瞳を視線で射抜く。

 

「歩夢……俺、決めたよ。……俺の進みたい道。なりたい自分が!」

 

「……!」

 

「これからそれを示してくる。だから見てて欲しい、俺のことを。……君が信じた“追風春馬”を!!」

 

「うん……!うんっ!!」

 

『っしゃぁ……!!リベンジだぜ春馬!!』

 

5人の気持ちが重なり合い、そのボルテージが最高潮まで達した瞬間————春馬の腕に現れる手甲。

 

タイガスパークから引き抜いた炎の剣を構え、少年少女は声を揃えて宣言した。

 

「「燃え上がろう……みんなで一緒に!!」」

 

火柱に包まれると同時に、春馬と3人の戦士の同調が高まっていく。

 

戦場へ戻ろうとする彼らの姿を見守る中、歩夢の意識は徐々に現実世界へと引き戻され——————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『光の勇者、タイガ!!』

 

『力の賢者、タイタス!!』

 

『風の覇者、フーマ!!』

 

 

暗雲に覆われた世界に響く誰かの声。

 

『叫べみんな!!バディゴーッ!!』

 

東京湾から僅かに放出されている光に導かれ、戦いを見守っていた少女たちは立ち上がろうとする戦士の背中を押すように…………一斉に同じ掛け声を解き放った。

 

 

『バディィイイイイイイ……!!——ゴーッ!!!!』

 

 

 

 

せり上がる海面が決壊し、巨大な火柱が天へと立ち昇る。

 

空を覆っていた暗雲を切り裂き、気持ちのいい青色を取り戻した炎はやがてその勢いを収め————1体の光の巨人となって地上に顕現した。

 

 

 

「………………なに?」

 

降り注ぐ太陽光に反射し、輝きを取り戻した海の中で混沌の悪魔は困惑の声を漏らす。

 

再び目の前に現れた二本角の巨人————ウルトラマンタイガは正面にそびえ立つ怪物を見上げると、手にしていた聖火の剣を勇ましく構えた。

 

「……なぜ動ける?お前達にはもう変身できるだけのエネルギーは…………」

 

(動けるさ。俺達はまだ何も諦めてないんだから)

 

「……クハッ、ハハハッ、ハハハハハハハッ!!なかなかどうしてしぶとい連中だ!!……それで?お前はこの数分間で何を得た?」

 

(進むべき道の答えだ)

 

タイガの体内……インナースペースで拳を握り、春馬はトレギアの問いに返答する。

 

(選ぶ必要なんかなかった。どれだけ言葉を重ねようと……俺は“春馬”の記憶と、“ファースト”の身体を持った存在。それ以上でもそれ以下でもない)

 

「なら————」

 

(だから俺はその両方を背負う。どこまでいっても俺は地球人で、ダークキラーで、そして…………この世界を守るウルトラマンなんだから)

 

「………………」

 

春馬から伝わる力強い決意に気圧されるように、僅かに悪魔の巨体が後退。

 

自分に抗う勇者の存在を眼下に置きながら、トレギアは虚勢混じりに微笑んだ。

 

「ふふ……だが無駄だ。“究極の光”は依然私の手にある。お前達に抗う術は残されていない」

 

(たとえ“究極の光”がなくったって……お前と戦うことはできる。そのための身体も、力も、俺達にはあるんだから)

 

「身の程を弁えろよ————弱者の分際でぇッ!!!!」

 

(何も捨てない、何も忘れない!!“春馬”で“ファースト”……“ファースト”で“春馬”!!それが、新しい俺……!!——俺のなりたい、俺なんだ!!!!)

 

放たれた熱線に対し、“トライストリウムバースト”による迎撃を図る。

 

衝突する2本の光柱。凄まじい閃光と衝撃波が辺りに散らばる最中…………春馬達は冷静に分析を始めた。

 

『っ……やっぱり足りないか……!!』

 

少しずつトレギアの放つ熱線に押し負ける三色の光。

 

やはりトライストリウムの力だけでは奴に太刀打ちできない。そう判断するや否やタイガは上空へ退避。熱線の射線上から即座に離脱してみせた。

 

(——あなた達!!)

 

(……!姐さん!ヒカリさん!)

 

(無事でよかった……本当に……!)

 

再度地面へ着地しようと降下を始めたタイガのもとに集結するのは、共にトレギアと死闘を繰り広げていた戦士達。

 

(……あれ?あなた達は…………)

 

『父さん!?ベリアルに……メビウスまで!!どうしてここに!?』

 

姉貴分とその相棒が変身する蒼い巨人とは別に、先ほどまではいなかったはずのウルトラマンの存在に気がついた春馬達が狼狽した様子で彼らに問いかける。

 

威厳のある眼差しを標的へ向けつつ、3人の戦士は両腕を構えて戦闘体勢へと移った。

 

「話したいことは沢山あるけど……それはまた後にしよう、タイガ」

 

「何としてもトレギアを止めるぞ。……ここいる、私達で!!」

 

『……!はいっ!!』

 

ウルトラマンメビウス。

 

ウルトラマンベリアル。

 

ウルトラマンタロウ。

 

ウルトラマンヒカリ。

 

そしてトライストリウムとなったウルトラマンタイガ。

 

横並びになって“究極の混沌”を身に宿したトレギアと対峙する光の戦士たち。

 

戦う理由はただ一つ。……この地球に生きる人々、その想いを守るために。

 

「しっかし……こりゃあ少しばかり分が悪いか?」

 

虚空から射出される稲妻攻撃を回避しながら、ベリアルは改めて敵の様子を窺った。

 

トレギアが手に入れたのは本来、地球を脅かす強力な侵略者に対するカウンターとして用意された抑止力と言ってもいい代物。ただ封じられたというのならいざ知らず、敵がそれを利用している状況となれば…………。

 

「まずはグリムドとかいう化け物とトレギアを引き剥がす必要がある。……だが奴の耐久力は尋常じゃない。ここにいる俺達の力を全て合わせたとしても削りきれるかどうか…………」

 

(いえ、勝機は必ずあります)

 

ベリアルの言葉を振り切り、春馬は一歩前へと踏み出しながらそう口にする。

 

(最後まで諦めなければ……どんな絶望の中でも希望は生まれる。……5年前も、そうだったんでしょう?)

 

「……ハッ……確かに?」

 

隣に佇んでいたメビウスを一瞥した後、ベリアルは十字に組んだ腕を上空へ向ける。

 

必殺技“デスシウム光線”で降り注ぐ雷撃の雨を相殺した後、タイガの肩を叩きながら軽快な調子で彼は言った。

 

「ウルトラマンらしく粘ってやろうじゃねえか。このクソッタレな戦況を覆せる“希望”ってのが見えるまでな……!!」

 

「チッ……つくづく癪に障る連中だ……!!」

 

トレギアが唸るような声をこぼすと同時にグリムドの放つ攻撃の勢いがさらに苛烈なものへと変わる。

 

「“希望”……“奇跡”……“愛”……“絆”……!そんな幻想にしがみつくから、お前達はいつまで経っても世界の真実に辿り着けない!!愚かにも過ちを積み重ね続けるッ!!——いい加減諦めろ!!!!」

 

『誰が……諦めるかよ……!!』

 

嵐のように吹き荒れる稲妻をブレードで弾き飛ばしながらも、タイガ達は懸命に奴の隙を探り続ける。

 

この星に生きる大切な人を、想いを、世界を、そして————自分自身を守るために。

 

(最後の最後の、最後の瞬間まで、俺達は————一歩も引かないッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『その通りだ、後輩!!』

 

 

どこからともなく聞こえてきた声に反応し、その場で争っていた悪魔と巨人たちは同時に空へと意識を移す。

 

遠方から接近してくるのは————ふたつの飛行機……いや、()()()

 

炎を思わせる意匠が翼に施されたその機体からはワイヤーのようなものがぶら下がっており、巨大な棒状の何かを積んでいる。

 

 

『あー、あー、マイクテストマイクテスト。聞こえてますかー?』

 

(この声…………カレンさん!?)

 

『あっ、春馬くん!皆さん!お久しぶりです〜!』

 

『うん、みんないるね』

 

『どうやら間に合ったみたいだな』

 

(ノワール先輩に未来さん……GUYSの皆さんがどうして……!?)

 

戦闘機のスピーカーを介して届いたのは……どれも聞き覚えのある人物の声音。

 

『試験段階のものを引っ張ってきたけど……なんとか保ったね“ガンクルセイダー”。いやあ、よかったよかった』

 

『安心するのは早いぞ。俺達の仕事はまだ終わってない』

 

ウルトラマン達の頭上で滞空しつつ、操縦席に座っていた青年はふと真下に見えた彼らに視線を注ぐ。

 

驚いた様子で自分たちを見上げている巨人達————そのうちの1人と目が合った瞬間、青年の口元が自然と緩んだ気がした。

 

『……再会を祝うのは後だ。今は目の前のこいつをぶっ倒すぞ』

 

「ハハハハハ!!日々ノ未来か!!今頃現れたところで……お前にできることは何一つないぞ、過去の英雄……!!」

 

『いーや、これがベストなタイミングだ。覚悟しろよウルトラマントレギア。お前の野望の全て、今ここで終わらせてやる』

 

「なんだと……?」

 

GUYSのリーダーが発した言葉に疑問を抱いたのはトレギアだけではなかった。

 

春馬やタイガ、タイタス、フーマ…………そして他のウルトラマン達も同じことを思い浮かべている。「たったふたつの戦闘機で何をするつもりなのか」と。

 

 

『準備はいいか?』

 

『バッチリです!』

 

『いつでも』

 

背後に待機している機体に搭乗した仲間達と合図を送り合った後、青年は手元にあるレバーへと手をかけた。

 

『これが俺達の答えだ』

 

深呼吸の後、大きな決意と共に口にする。

 

自分達の在り方を彼らに————ウルトラマン達に示すために。

 

 

 

 

『『『————“ファイナルメテオール”、解禁!!!!』』』

 

青年が握り締めていたレバーが勢いよく倒されたその時、戦闘機——“ガンクルセイダー”から下がっていたワイヤーが解かれると同時に積まれていた棒状の物体が落下する。

 

巨大な槍にも見えるそれは空中で花のように展開。

 

トレギアと対峙していたウルトラマン達の眼前で停止したその装置は、GUYSの————青年たちの志が形となって表れた紛れもない最終兵器だった。

 

(これは……!?)

 

『ノワール、説明頼んだ!』

 

『任せたまえ!——“メテオール”のことは知ってるだろう!?あれはそもそもボクが別次元の地球から拝借した、()()()()()()()()()()()()()()()()()だった!これはそのデータを基に作り上げた、君達の光線に含まれるスペシウムエネルギーを増幅させる機能のある装置で————』

 

『つまり!ウルトラマンの光線をすっごく強化する機械ってことです!!』

 

『あれぇ!?ボクのセリフ!?』

 

投下されたファイナルメテオールを前にして、春馬は思わず身を震わせる。

 

ウルトラマンの力に頼らない、ウルトラマンを助けるための力。地球人が目指した…………理念の完成形。

 

『ずいぶん時間がかかっちまったが…………これでようやく肩を並べられる』

 

表情は見えなくとも伝わる青年の心。

 

満足げな笑みを浮かべた彼は今一度操縦席から巨人たちを見下ろすと、その背中を押すように声を張り上げた。

 

『さあ今だ!お前たちの全力を、この装置————“スペシウム・リダブライザー”にぶちかませッ!!』

 

(はいっ!!——いこうみんな!!俺たち全員の力で……この地球を守り抜く!!)

 

『『『おうっ!!』』』

 

 

「そんなガラクタごときで……ッ!!」

 

トレギアの放った雷撃がリダブライザーめがけて直進する。

 

『(させるかっ!!)』

 

……が、しかし、その一撃は瞬く間に地を駆けた蒼い巨人の斬撃によって打ち消されてしまった。

 

「メビウス、ベリアル!我々も彼らに力を!」

 

「はい!」

 

「言われるまでもねぇ!!」

 

ヒカリが攻撃を防いでくれている間に、3人のウルトラ戦士はタイガの角————“ウルトラホーン”へと自らのエネルギーを移していく。

 

タロウ、ベリアル、メビウスの力が加わり、銀色に輝き出したタイガの肉体に宿る力はもはや通常時のトライストリウムの比ではない。

 

(………………!!)

 

トライブレードを地面へ突き立て、タイガは光線を放つための予備動作へと移行する。

 

これまで歩んできた道のり、この宇宙でかけがえのない存在と出会えた奇跡に捧げる全力の一撃。

 

故に、その名は————————

 

 

 

『『『(“コスモミラクル————ブラスタァァアアアアアアアア”ッッ!!!!)』』』

 

突き出された右腕から腰にかけて放出される虹色の光。

 

タロウ達3人のウルトラマンの力を借りたトライストリウムが発揮できる最大最強の威力を帯びた必殺光線は、スペシウム・リダブライザーを介することでさらに増強。

 

「ッ………………!?」

 

全身全霊、全ての想いをかけて放たれた光の波はグリムドの肉体を難なく焼き払い————少しずつその中に覆われているトレギアの身体を無防備に曝していく。

 

『これが俺達の————!!』

 

(絆の力だぁぁああああああああああああッ!!!!)

 

爆発的な出力を以て放たれた熱量を受け、混沌の化身は引き裂くような断末魔を轟かせて霧散する。

 

「オ、ォォオ、オ……ォォォオオオオオオオオオオオオオオ…………ッ!!!!」

 

同時にその身に宿っていた九つの“欠片”もそれぞれの主のもとへ飛び散り、独りきりになった仮面の悪魔は脱力した身体をゆっくりと立ち上げると凄まじいほどの怨念を眼差しに込め、前方に立つウルトラマンへとそれを突きつけた。

 

 

「…………“絆”……きずな……きずな……きずな、きずな、きずな、キズナ、キズナ、キズナ、キズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナ————キズナァァァアアアアアアアアッッ!!!!

 

全身から禍々しい稲妻を放出しながら、トレギアはタイガへと接近しようとする。

 

「貴様らの妄言はもうたくさんだ!!否定するな、思い出させるな……!!私に()()を見せるなぁぁああああああッ!!!!」

 

タロウ、ベリアル、メビウスの3人が分離した後、タイガは傍らにあるトライブレードを再び手に取りながら間髪入れずに空へと飛翔。

 

「……!おい!」

 

『こいつとの決着は……俺達がつけます!!』

 

タロウの制止を尻目に、炎の巨人が一直線の軌跡を描いて青い悪魔のもとへ向かう。

 

 

『『『(うぉぉぉおおおおおおおおおッ!!!!)』』』

 

衝突する赤と青。

 

幾度も交差し互いに傷を刻みながら————両者は雲を突き抜けて、最後の戦いへと身を投じた。

 




やりたかったことの大半を今回の話に詰めました。
敢えて語ることはありません…………。このエピソードに辿り着けて本当によかったです。
次回はついにトレギアとの決着。
エピローグを含め残り2話(予定)。最後までお付き合い頂ければ幸いです。

また活動報告の方でお知らせがあります。ラブライブ!とウルトラマンのクロス作品を読まれたことのある人は是非チェックしてください。
ではまた次回。


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第99話 虹の向こう側


長いようで短かった今作も終結目前……。


————「勇気があり、正義を愛する者」 光の国において「タロウ」という言葉が示す意味合いだ。

 

 

どこにいても、何をしても()()()のことが脳裏をよぎる。あの時きちんと言葉を交わしていれば、私はこんな惨めな想いを感じずに済んだかもしれない。

 

……いや、いくら時間をかけたとしても結果は変わらないだろう。なぜなら君は根っからの光の使者。他のウルトラマン達と同様、自分の信じる正義に対して微塵も疑問も覚えない偽善者なのだから。

 

君が光の道を歩むのなら、私はその逆————闇の極致を目指そうと自らの足で故郷を離れた。

 

 

だが世界は思っていたよりも空っぽだった。我々が研鑽を積んできた歴史の数々がゴミに見えるくらいに、この宇宙は地獄だった。

 

この世には光も闇もありはしない。宇宙にはただ暗闇と真空が広がるのみ。生きとし生けるものには何の価値も帯びていない。

 

それこそが真実。醜い化け物をこの身に宿してまで私が証明したかったことだ。

 

ただ存在するだけのものに…………なぜ君達はそこまで必死になれるのだろう。

 

 

タイガ。初めて君を知った時から、私は君が嫌いだった。

 

太陽を抱く勇気あるもの————()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

()()()が名付けた、私たちの友情の証。

 

 

……ああ、思い出すだけで虫唾が走る。今すぐに君を目の前から消し去ってやりたい。

 

なぜなら…………なぜなら君は——————

 

 

 

 

『うおおおおおおおおおおッ!!』

 

 

————タロウ(父親)によく似ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街並みすら目視できないほどの高度。青空の中で赤と青の巨人がぶつかり合っている。

 

(っ…………!!)

 

次々と放出される青黒い稲妻をトライブレードで振り払い五つ、ウルトラマンタイガはトレギアへと接近を図った。

 

一から九番目の欠片が離れたとしても奴の肉体にはまだ十の光が残っている。手負いといえど油断はできない。

 

『なかなか距離が縮まらないな……!』

 

『多少のダメージは覚悟して突っ込むか?』

 

(賛成!でもダメージを受ける必要は————ないと思う!!)

 

 

《メビウスレット!》

 

《ヒカリレット!》

 

《 《コネクトオン!!》 》

 

取り出した二つのブレスレットの力を同時に引き出し、トライブレードから特大のエネルギーを前方へ解放。撃ち出される雷撃をかき消しながらトレギアへと迫る。

 

「チッ……!」

 

回避のために攻撃の手を止めた奴に迷わず前進。

 

雲を突き抜け、瞬く間に標的へ肉薄したタイガは間髪入れずにその胴体へ刃を振り下ろした。

 

『(はあッ!!ぜぁああああッ!!)』

 

「ぐ…………!!」

 

上から下へ。下から上へ。回避しつつ右方向への回転切り。

 

苦し紛れに突き出されるトレギアの反撃を的確に避けながら斬撃を浴びせ、奴の体力を根こそぎ削り取っていく。

 

(絶ッ……対、負けないッ!!)

 

精神世界での“春馬”とのやり取りを経て、今の春馬……そしてトライスクワッドの繋がりは以前のそれとは比べものにならない領域へと昇華していた。

 

まさに今トレギアを追い詰めようとしている()()トライストリウムもこれまでにはない力を発揮しつつある。もはや自分達が遅れをとることはないと、春馬たちはそれぞれの胸で確信していた。

 

「調子に……乗るなぁぁアアアアア!!!!」

 

トレギアの胸部に秘められていた“十の光”が漆黒の輝きと共に凄まじい衝撃波を解き放つ。

 

『うお……っ!』

 

(まだこんな力が……!)

 

トライブレードを構え直し、視線の先をトレギアへと固定。

 

咄嗟に後退したタイガと強引に距離をとった奴は、大きく肩を上下させながら震える声音で口にした。

 

「もう少しだったんだ……もう少しで私の証明は……!!」

 

『お前まだそんなことを!!』

 

「黙れッ!!貴様ら如きが私を否定するな……!!この世の真理を体現したこの私をッ!!」

 

(なにが真理だ……!お前も感情を持つ生き物である以上、そんなものは背負えやしない!!)

 

再び衝突する赤と青の閃光。両者の力は互角————いや、僅かにタイガ達が押している。

 

「宇宙に蔓延る偽善者どもがァ……!!」

 

(たとえ偽善であっても信じ抜く!!抱えられるだけの正義を精一杯に……!!そうやって、みんな与えられた限界の中で精一杯生きてるんだ!!——“タイタス”!!)

 

『“バーニングハンマー”!!』

 

剣を受け止めていたトレギアの腕を弾き飛ばした後、がら空きになった胴体へ横薙ぎの質量攻撃を叩き込む。

 

「がっ……!!」

 

(“フーマ”!!)

 

『“烈火斬”!!』

 

休む暇は与えない。体勢を崩したところで即座に炎の斬撃を飛ばして奴の動きを止める。

 

(“タイガ”ァァアア!!)

 

『ブラストアタック!!』

 

「————!!」

 

トライブレードの切っ先を向け突貫。

 

刺突と同時に巻き起こった爆発が青い肢体を焼き、今にも力尽きそうな悪魔へ追い打ちをかける。

 

「……ッ……!ゲハッ……!!」

 

吹き飛ばされた後、すぐさま迎え撃とうと掲げられた両腕からは青い火花が散るだけで先ほどのような稲妻は起こらない。

 

既に勝負は決していると言ってもいい状況。……だが、それでも奴は止まらない。命を絶たれたとしても怨念だけで噛み付かんとするばかりの気迫だ。

 

(……うん、やっぱりお前は間違ってるよ)

 

「なにぃ……!?」

 

握りしめていたブレードを下ろし、春馬は正面に漂う赤い双眸と視線を重ねる。

 

(この宇宙には虚無しかないなんて……絶対に間違ってる。……だって、お前にはそんなにも鮮やかな心があるじゃないか)

 

徐々に熱を帯びていく刃。

 

この戦いに幕を下ろす準備を整えながら、春馬はトレギアに対して静かに語りかけた。

 

(他のみんなだってそうだ。宇宙にはなにも無いだなんて言えないくらい、世界はたくさんの想いで溢れている)

 

「…………詭弁を————」

 

(お前だってそれを知っているはずだ)

 

瞬間、トレギアの脳内を横断する懐かしい記憶。

 

かつて決別した友の顔が————目の前の巨人と重なるのを見た。

 

(宇宙人がいて、怪獣がいて、そして…………俺達がここにいる。広い宇宙の中じゃちっぽけな存在かもしれないけど、それでも確かにあるんだよ!)

 

「……っ……!ぉぉぉおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

獣のような咆哮を轟かせると同時に接近してきたトレギアへ、こちらもまた剣を振りかざしながら前進する。

 

時間がゆっくりと流れている。終幕を目前にして、浮かんでくるのは大切な人達の顔。

 

(叫ぼう、みんな。……()()()の向こう側————いや、もっと遠く。宇宙の外側にまで届くくらいの声で)

 

迫る青色の背後に架かっている虹。

 

トレギアではなく、その色とりどりのアーチをくぐり抜けるように飛翔したタイガは————

 

 

『『『(“トライストリウム————バースト”ォォォオオオオオオオッ!!!!)』』』

 

それと同じ色の炎を纏った剣を、渾身の力で振り下ろした。

 

「——————」

 

本来光線として撃ち出すエネルギーを残らず刃へ練り、留めたまま斬撃を解放。

 

ゼロ距離で莫大な熱量と衝撃が一身に押し寄せ、トレギアの肉体を縛り付けていたプロテクター、そして仮面が木っ端微塵に粉砕される。

 

直後にほとばしった閃光は……さながらもう一つの太陽が空に生まれたかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………なぜだ」

 

すぐそばで波のさざめきが聞こえてくる海岸。

 

砂浜の上で膝をつき蒼白した顔を地面へ向けたトレギアは……魂が抜けたような声で、心の底からこぼれた疑問を口にした。

 

「なぜ……私は負けた」

 

自分の計画に狂いはなかった。着実に、確実に、危険を冒すことなく光の欠片を揃え“究極の混沌”まで顕現させることに成功した。それなのに自分は敗北した。

 

タロウやベリアル、メビウス————他のウルトラマンが加勢に来る可能性だってある程度は頭に留めていた。……だが地球人が作り出した兵器の介入までは予測できなかった。

 

そうだ、全てはあの時に瓦解した。あの時……日々ノ未来とその仲間たちが邪魔をしなければ、今頃自分は——————

 

 

『いくら考えても虚しいだけだ』

 

砂を巻き上げながら聞こえた足音と共にトレギアを覆う人影。

 

互いに変身を解いた戦士たちは、視線を合わせることのないまま小さく言葉を交わし始めた。

 

『仮にお前の理想が実現したとして…………その果てに何が残るっていうんだ。独りきりになった宇宙じゃ誰とも繋がれない。……お前は本当に……そんなことを望んでいたのか……?』

 

「今更の話だ。私はとうに孤独な身」

 

『トレギア……っ!』

 

「そうとでも思わないと、あまりに不条理なことが多すぎる」

 

依然表情を見せないまま、奴は砂浜に触れていた手に力を込めながら続ける。

 

「私は全てを理解したかった。光も、闇も、正義も、悪も、生命の心を突き動かす情動の全てを解き明かしたかった。世界に満ちる理不尽さに対して、理由が欲しかったんだ。……結果は見ての通りだが」

 

自虐的に笑ったトレギアを見下ろしつつ、春馬は思考を巡らせる。誰よりも繊細な心を持った者でないとこのような考えには思い至らない。

 

世界を構成している仕組み————壮大な謎を解明するには、奴はあまりにも()()()()()。……狂ってしまうのも頷ける。

 

だからこそ…………やはり言わなくてはならない。

 

 

「正直言うとね、俺も自分の言葉に確信が持てないんだ」

 

「……?」

 

ふと春馬がこぼした言葉を聞き、トレギアは眉をひそめながら顔を上げる。

 

「さっきはああ言ったけど……俺はこの宇宙を隅々まで見てきたわけじゃないし、自分の主張が本当かどうか……判断することができない」

 

「……ハハッ……ハハハハ……ッ……なん、とも————」

 

「だから、君が代わりに確かめてくれないか?」

 

「————は?」

 

不意に伝わった問いにトレギアは耳を疑った。

 

膝を曲げ、自分と目線を合わせながらまっすぐに瞳を捉えてきた少年は、一点の曇りもない眼差しを注ぎながら続けて口を開く。

 

「俺や他の地球人に与えられた命じゃ……せいぜいが100年——いや、それにも満たない時間しか生きることができない。宇宙の真理なんて大層なものを探求するには、あまりにも時間が足りなすぎる。……でもウルトラマンは違うだろ?」

 

瞬間、トレギアの心に差し込む一筋の光。

 

闇色のカーテンを通り抜けて入ってきた輝きの波は、奥底に閉じ込められていた彼の心根を暖かく照らしていた。

 

「だいたい結論を急ぎすぎなんだ、トレギアは。君にはまだまだ残された命がある。君が信じた仮説に答えを出すのは……もう少し考えた後でもいいとは思わない?」

 

「………………」

 

「また改めて探してみるといい。この世界には本当に何もないのか。……本当に、虚無しかないのか。そうやって考えて、悩んで、時間をかけたずっと先————お爺さんになった時でもいい。最終的に満足のいく答えが見つかれば、それでいいじゃないか」

 

こみ上げてきた感情を必死に押し留め、トレギアは思わず目を伏せる。

 

「…………研究者気質だな、君は」

 

「え?」

 

「どうせ何も変わりはしない」

 

ゆっくりと立ち上がり、衣服に付着していた砂を払い落としながらトレギアは踵を返した。

 

「私が導き出した結論が揺らぐことはない。どれだけ時間をかけたとしても……結局は同じ絶望に突き当たる」

 

「……()()()()()()、でしょ?」

 

「…………そうだ」

 

僅かに振り返り、春馬の顔を一瞥した後でトレギアは負傷した身体を引きずりながらその場を後にしようとする。

 

「何も変わらないかもしれない。全く同じ結論に行き着くかもしれない。…………それを確かめるのは、本来私の領分だ。——いいだろう、光の戦士」

 

少しずつ、少しずつ歩み出した彼の背中を見送りながら、春馬は仄かに口元を緩めた。

 

「君の仮説を引き継ごう。たとえ辿り着く場所は同じでも……確信が持てないうちは探求し続ける。……研究者にとっては、何より重要なことだからな」

 

直後、青い霧となって風と共に消滅するトレギア。

 

静寂が訪れた後、一気に身体に押し寄せてきた疲労に引っ張られるようにして春馬はその場に仰向けになって倒れこんだ。

 

 

「——ハルくーーーーんっ!!」

 

「春馬せんぱ〜い!!」

 

後ろの方から聞こえてくる安心する声。

 

バタバタと騒がしい雰囲気が近づいてくるのを感じながら、春馬は小さくため息をつく。

 

「お疲れ様、みんな」

 

『お前もな』

 

『一件落着……といったところか』

 

『ああ、無事に任務完了だ』

 

 

虹の架かった青空を見る。

 

取り戻した光を全身に浴びた春馬の表情には、自然と笑顔が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————終わったな」

 

東京の上空。旋回しながら地上に様子を眺めていた二機の不死鳥は、やがて自分達の巣がある方向へ引き返そうとする。

 

『お疲れ様でした、皆さん』

 

『びっくりするくらい上手くいったね。帰還する途中にトラブルがなければいいけど』

 

「フラグを立てるなバカ。最後まで気を抜くんじゃないぞ」

 

そんな軽口を叩き合いながら隊列を組んで飛翔している最中、青年が搭乗していた機体が不自然に揺れる。

 

「あ?なんだ今の————」

 

直後、機内に発令される危険信号。

 

けたたましいアラームに冷や汗を流しながら異変の確認を行った後、青年は深いため息と一緒に仲間への報告を行った。

 

「…………エンジンが逝ったっぽい」

 

『ちょ!?』

 

『え?マジ?やばくないかいそれ?』

 

「マジ。やばい」

 

『あちゃー!やっぱ無理やり引っ張り出してきたのはまずかったかなぁ』

 

『言ってる場合じゃないですよ!!すぐに緊急脱出してください、リーダー!!』

 

「やろうとしてるけど上手く作動しねぇ…………」

 

『ありゃ、まずいね』

 

『あわわわわわわわ!!どうしましょうどうしましょう!!』

 

「海に飛び込めばワンチャン……いやさすがにこの高度は死ぬか?」

 

焦りすぎて逆に冷静になっている思考を回転させてなんとか生き抜く術を探す。

 

……不時着する以外の方法が浮かばないが、市街地から離れるまで保ってくれるかどうか————

 

「おっと」

 

刹那、再び訪れる微かな揺れ。エンジントラブルが治ったわけではない。だが何故か飛行は安定し始めている。

 

頭上を覆う巨大な影に気づいた直後、青年は()()()()()()()()()()が何者であるかをすぐに察知した。

 

「……ったく、最後の最後に助けられちゃったな」

 

コックピットの窓から見えるのは————大きな両腕を用いて青年の乗る戦闘機の飛行を補助している赤と銀の巨人。

 

どこか若々しい印象を覚える彼はふと視線を落とし、席に腰を下ろしていた青年と目を合わせると言葉を発することなくゆっくりと頷いた。

 

「考えてることは一緒……だな」

 

前方へ顔を向け直し、青年は操縦桿へ手を戻す。

 

沈みかけている太陽に向かって飛行する様は————まさに幻想上の生物、フェニックスを連想させた。

 




実は全体を通しての結論はトライストリウム初登場の回で既に提示されていました。
光堕ち……?と呼べるかどうかはわかりませんが、トレギア周りの落とし所は原作のそれとかなり違ったものになりましたね。

さて、残るはエピローグのみ……。
2作品を跨いだストーリーもようやく完結を迎えます。


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エピローグ:夢のはじまり

諸事情から2週間空いてしまいました……。
ともあれ今回が本当に最後です。
これまで読んでくれた方々に精一杯の感謝を。


時が経つにつれて、あの日々の出来事は全部夢だったんじゃないかと思い始める。

 

光の巨人と出会って、怪獣と戦って、

 

スクールアイドルに出会って、みんなを応援して、

 

そして…………自分自身を見つけた。

 

 

夢のようで、だけど夢じゃない。以前までの自分に言ってもきっと信じないだろうけど、()()は現実に起こったことだったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?モデル?」

 

「ええ、やっぱり挑戦してみようかと思って」

 

とある休日の昼下がり。喫茶店のテーブルを囲んでいた少女たちの表情に驚きの色が差した。

 

いつもの制服ではないそれぞれの私服に身を包んだ彼女たちは、唐突な切り出しを口にした同級生に丸めた目を向ける。

 

「もちろんいいけど……ステラは大丈夫なの?」

 

「卒業したらすぐに就職するんだよね?えーっと……()()()、だっけ?」

 

ストローで含んだメロンソーダを飲み込んだ後で尋ねてきたエマに対し、微笑んだステラは小さく頷きながら答えた。

 

「当然そっちも頑張るわよ。向こうにはもう話を通してあるし大丈夫」

 

「へえ……。でもどうして急に?」

 

「さっきも言った通り、挑戦してみたくなっただけよ。他意はないわ」

 

首を傾げる果林にそう返しつつ、無意識に視線を横へと逸らす。

 

当のステラも驚いているのだ。自分の中で燻っていた憧れが、こんなにも大きな炎になるとは思いもしなかった。

 

「いいじゃんいいじゃん。ステラちゃん人気でるよ」

 

「新たなライバル出現だね、果林ちゃん」

 

茫然としていた様子から一変、背中を押すようにそう声をかけてきたのは彼方とエマ。

 

肩をすくめた後、果林もまた傍らに置いていたコーヒーに口をつけつつ薄く開いた眼をステラへ注いだ。

 

「……負けないわよ?」

 

「そういう話をしたつもりじゃなかったけど……。まあ、やるからには全力よ」

 

好戦的な瞳を果林へ見せた後、不意に腕時計へ目を落としたステラがゆっくりと席を立つ。

 

「もう時間?」

 

「ええ。最後のケジメをつけてくるわ」

 

「言い方……」

 

静かに自分を見送る少女たちに手を振り返しながら、ステラは喫茶店の出口へと歩き出す。

 

「ありがとう」

 

去り際に小さく呟かれたその言葉は、誰に対して発せられたものなのか。

 

背中を向けられていた果林たちには……知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海沿いの公園で波の動きを眺めていると、少しだけ湿った風が身体に当たる。

 

背後からは幼い子供たちがはしゃぐ声。

 

掴み取った平和を噛み締めていたその時、ふと幼馴染からかけられた声に追風春馬は意識を移した。

 

「そういえば……あの子達はこれからも地球で過ごすの?」

 

歩夢の言う「あの子達」とは他でもない、ダークキラーの生き残りであるヘルマとピノンのことだろう。春馬はしばしの沈黙の後、困ったように笑って返した。

 

「それがさ……俺も2人に聞いたんだ、今後も愛さんの家に住まわせてもらうのか」

 

「……もしかして」

 

「うん。もうこの星にいるつもりはないってさ」

 

 

 

 

————『いつまでもこのままというわけにもいかないだろ。……僕達も前に進まなきゃ』

 

そう言って踵を返した弟たちの背中を思い出す。

 

ウルトラダークキラー……そしてフィーネとフォルテが消えてしまったことに思うところがあったのか、彼らは地球から飛び出して“宇宙人”として生きる道を選んだ。

 

何か気まずいようなことがあればウチに来るといいとも提案したが聞き入れてはもらえず…………結局、長男らしいことはロクにできないまま別れてしまった。

 

「……寂しくなるね」

 

「うん。……でもきっとこれでいいんだよ。あの子達が望んだことだから」

 

フィーネから託された“長男”としての使命。弟と妹に愛情を注ぎ、その意思を尊重すること。

 

そばに居られなくなったとしても、彼らが自分達の生き方を見つけたのなら快く見送ろう。それが……2人のためにもなる。

 

「かすみちゃんやしずくちゃんの支えもあって、璃奈ちゃんも立ち直ってきた。少しずつだけど……みんな前に進み始めてる。あの子達……フォルテちゃん達が残してくれたものは、今を生きる俺達の力になってるんだ。——俺もこれからは自分の夢に向かって頑張るよ」

 

「ハルくんの夢?」

 

「うん」

 

晴れやかな笑顔を見せた後、歩夢と視線を重ねながら春馬は口を開く。

 

「俺、高校卒業したらGUYSに入る。未来さんやステラ姐さん達……あの人達と一緒にこの星を守るよ」

 

————実を言うと、かなり前から考えていたことだった。

 

ウルトラマンの力に頼らずとも怪獣や侵略者の手から地球を守ることを目的とした防衛組織。春馬にとってはこの上ない、理想が体現できる場所。

 

タイガ達と別れた後、自分の力だけでできることを必死に考えた。

 

ダークキラーやトレギアとの戦いが終わったとしても、地球を狙う存在は後を絶たない。そんな世界の危機を何もせずに眺めているだけなんて……自分には到底できっこない。

 

思えば自然な流れだろう。あれだけのことを経験した者が————以前のような生活に戻れるわけがないのだから。

 

 

「そっか」

 

微笑みと共にそうこぼした歩夢が顔を上げ、一点の曇りもない春馬の瞳を見つめる。

 

かつての幼馴染と変わらない輝き。

 

澄んだ眼差しの中に宿っていたのは……紛れもなく“追風春馬”のものだった。

 

「あなたの決めた道だもん。私に夢を見せてくれた、あなたの夢なら…………最後まで応援する」

 

「歩夢ならそう言ってくれると思ってた」

 

 

「なんだ、結局そうなるの」

 

互いに微笑みを交わしたその時、背後からかかった落ち着いた声を聞いて反射的に振り返る。

 

緩やかなウェーブのかかった深い蒼色の髪。背丈は低いが見た目以上に大人びた雰囲気を漂わせている少女はゆっくりと2人のもとに近寄ると、薄く笑った顔を上げて言う。

 

「不思議ね。ウルトラマンとして戦った人間たちが……また同じ場所に集まるって」

 

「言われてみれば確かに」

 

「さっきハルくんが言ってた通りなんじゃない?」

 

そうこぼした歩夢の言葉を耳にして改めて考える。

 

5年前の英雄たち、ステラ、そして春馬。地球を救うために戦った者達が……長い時間をかけて再び大きな力を形成しつつある。

 

ウルトラマンでなくなったとしても()()()()()()()()()()()()()。そんなどこかズレた意識が自分たちには根付いていることは自覚している。

 

でもやっぱり仕方ないんだ。力を失ったとしても、守りたいものは変わらないのだから。

 

『まったく……つくづく変わった奴らだぜ、お前らは』

 

「……!」

 

直後、春馬からは3つ、ステラからは1つの光球がそれぞれの肉体から分離して空高く飛翔。

 

東京湾から天へと伸びた光の柱はやがて人形を作り出し————瞬く間にその姿を巨大な戦士へと変化させる。

 

 

10秒ほどの沈黙。

 

タイガ、タイタス、フーマ————トライスクワッドの3人と、ヒカリ。先ほどまで自分達の体内にいた巨人達を見上げながら、春馬とステラは口角を上げた。

 

「……行っちゃうんだね」

 

『……ああ』

 

『これ以上長居してると余計に帰りにくくなっちまうしな』

 

『君達と出会えたこと、共に過ごした日々を…………我々は決して忘れはしないだろう』

 

「当たり前でしょ、そんなの。忘れたら怒るんだからね!」

 

それぞれの拳を突き出して互いに言葉を交わした春馬たちの横で、ステラは無言のまま蒼い巨人と見つめ合っている。

 

風と波の音だけが聞こえる空間を打ち破るようにして先に言葉を発したのは…………巨人の方だった。

 

『…………身体の具合はどうだ?』

 

「…………万全、元気ピンピンよ。あなたが治してくれたから」

 

『そうか、よかった』

 

ふと、ステラの肩が小刻みに揺れていることに気づく。

 

「……わたっ、」

 

徐々に大きくなっていく揺れと共に笑顔を保てなくなった彼女は流れてきた涙を隠すように深く俯いた後、震える声で口にした。

 

「……わたし、にとって…………あなたは…………もう1人の、お父さん、だっ……た」

 

『ああ、知っているとも』

 

「……っ……ぅ…………」

 

「……ステラさん」

 

唇を噛んで嗚咽を堪えようとするステラのもとに駆け寄った歩夢が彼女の肩を支える。

 

春馬もまたその姿を見守るなか、ステラは絶えず流れてくる大粒の涙を拭いながら再びヒカリを見上げた。

 

「どんなに離れていたって……わたし達の想いはひとつよ。……5年前もそうだったように」

 

『それもわかっている。——改めて君に感謝を、ステラ。君と出会ったあの日から、俺は一度だって孤独を感じたことはなかった』

 

彼女達のやり取りを見届けた後、春馬はもう一度タイガ達へと視線を移す。

 

「……みんな」

 

『わーってるよ、春馬』

 

『言葉にしなくとも我々は繋がっている』

 

『ああ。なにせ俺達はトライスクワッド…………ちょっと距離と時間が離れたくらいで、簡単に壊れる絆は結んじゃいない』

 

「そうだね。……うん、きっとそうさ」

 

今はもうタイガスパークが取り出せない右手の甲へと触れる。

 

黒い鋼の感触が…………まだ仄かに残滓しているようにも思えた。

 

 

「……今までありがとう、ウルトラマン!————俺達は俺達の、信じる道を進むよ!!」

 

ゆっくりと頷く光の戦士。

 

一瞬のようで、永遠のような静寂の後————烈風と共に彼らは空高く飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、これからどうするつもりなの?」

 

「考えてる途中だ」

 

寄り添うように地球のそばを漂う月。その表面に腰を下ろすのは銀色の髪を持つ少年と少女。

 

ほんの少し前まで自分達がいた青い惑星を正面に捉えながら、その2人————ヘルマとピノンはぽつり、ぽつりと言葉を交わしていく。

 

 

ウルトラダークキラー()がいなくなった今、もはや自分たちを縛る存在は皆無。ダークキラーブラザーズとしての使命から背を向けても異を唱える者はいない。

 

本当はもっと地球で過ごしたかった。あの地球人……宮下愛のもとで。

 

だが自分たちは異分子。いつまでもあの場所で停滞した時を貪るわけにはいかないのだ。

 

「僕達も前に進む。……フィーネやフォルテがそうだったように」

 

自分達の生きる道は、自分達で————

 

 

 

「————こんなところで何やってんだ、お前ら?」

 

後方から飛んできた声に反応すると同時に、それを発した人物が異星からの来訪者であることを察知する。

 

外見は地球人の男。30後半〜40前半に見えるが、()()はそんなものじゃないだろう。

 

「誰だ?」

 

「しがない麺打ちさ。……そうだお前ら、腹ぁ減ってないか?」

 

「はぁ……?」

 

怪しげな男の言動に眉をひそめた直後、ヘルマの真横で声を響かせる腹の虫。

 

ピノンの発した空腹の知らせで張り詰めていた空気が和らぐと、男は白い歯を見せながら言った。

 

「ちょうどいいや、お前ら儂と一緒に来い」

 

「は?」

 

「一緒に行ったらご飯食べさせてくれる?」

 

「おうよ。担々麺でよけりゃ毎日腹いっぱい食わせてやる」

 

「行こうヘルマ!」

 

「おい待てふざけるな。なんなんだお前————おい!?離せクソジジ……なんて力だ!!」

 

「新しく開く店の給仕を探してたんだ。今度は大っぴらにやる予定だからなぁ。隣にある()()()()()に負けねぇようにしねえと!」

 

そう言って月の大地を蹴った男の手により抵抗する間もなく地球へと連行される姉弟2人。

 

()()()()へ舞い戻ることが嬉しいのか、それとも別の何かがそうさせたのか、

 

はしゃぐ姉を見つめるヘルマの表情には、やがて微笑みが宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「声、かけないんですか?」

 

光の巨人が飛び去っていく後ろ姿を見送る少年少女たち。その光景を遠巻きに眺めていた青年は、隣に佇んでいた女性の声でふと我に返る。

 

横に居るのは自分と同じ色のジャケットを身に付けた2人。至らないリーダーに付いてきてくれた大切な仲間達だ。

 

「いや……今はやめとこう。あいつらの時間を邪魔する権利は誰にもない」

 

「相変わらず変なところで気を使うねえ」

 

「さ、早いとこ昼飯済ませて帰ろう。まだまだ仕事が山積みだ」

 

「もちろん未来くんの奢りだよね?」

 

「いいんですか!?」

 

「えっ…………。ま、いいかそれくらい」

 

「「やりぃ!!」」

 

揃って上機嫌な笑顔を浮かべる仲間達に苦笑しつつ、青年は去り際にもう一度後方を見やる。

 

視界の中心にあるのは1人の少年の顔。自分と同じ運命を乗り越えた彼を見つめながら、青年は人知れず綻ぶように笑った。

 

 

「————またな」

 

 

 

 

追い風が吹いている。

 

ここにはいない誰かに、共に進もうと言われた気がした。

 

 

◉◉◉

 

 

文字通り憑き物が落ちた身体はとても軽かった。

 

以前のような万能感はないものの、不思議と何かを失ったという感覚はない。

 

 

自分は今どんな顔をしているだろうか。邪神を封じ込めていたプロテクターがなくなった今、いつかと同じまっさらな“ブルー族”としての姿に戻ったに違いない。

 

立場もやることも変わりはしない。自分はただ、自分の信じる道を突き進むだけ。

 

この宇宙の真理を————確信が持てるその時まで、自分は探求し続けるのだろう。

 

 

…………少しだけ()()()をしてみる。

 

かつての記憶の中で鮮明に焼き付いている光景。親友と共に歩いた大地がある星だ。

 

 

 

正しいと信じるしかなかった。他の可能性を考える余裕なんてなかったんだ。

 

後悔はしていない。自分の行いは確かに宇宙の真理を解き明かす寸前まで来ていたはずだった。

 

だがその夢も潰えた。ちっぽけな星の、ちっぽけな命によって。

 

けれどもこの両手には残された想いが………………託された()()がある。

 

 

それを解き明かすまでは、まだ——————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         「トレギア」

 

 

 

 

懐かしい、声が聞こえた。幻聴ではない。

 

表情を作る間もなく反射的に背後の気配へと意識を向ける。

 

 

赤い身体に銀色の二本角。

 

思い出の中にいた少年は、あの時よりも年老いた姿で立っている。

 

 

「——————」

 

 

名前を呼ぶ。孤独な時間の中でも忘れることができなかった名前を。

 

太陽のような存在感を放つ彼は、変わらない笑顔で自分を迎え入れて——————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界は変わり続ける。そこにある文明も廻ることをやめはしない。

 

だが、それでも————変わらない想いは、そこにある。

 

 

 




これにて「タイガ・ザ・ライブ〜虹の向こう側〜」完結です。
ここでの読者さんはもちろん、Twitterで絡んでいた方々にも支えられて前作メビライブの世界観を引き継ぐかたちで始まった今作も無事に幕を下ろすことができました。改めて感謝を伝えたいです。

次に書く作品……の予定は特にありませんので、しばらくは読み専として覗きに来るつもりです。

最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
またどこかでお会いしましょう!


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