Muv-Luv Alternative 紫の白銀 (Shikanabe)
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外伝
[月詠外伝] 我は何者か


外伝第一弾は月詠さんです。拙作ではまだほとんどでき来ていない月詠さんですので、補完的な話としてお読みください。


私が『彼』と出会ったのは、幼少の頃だった。

 

六歳だっただろうか。主家筋たる煌武院家に御息女が生まれた、と言うことで煌武院本邸に参上した時だ。その時は一言声を交わした程度だったが、父上ー私の師でもあるーがその実力を認めたことから、私は複雑な感情を抱いていた。

 

一つは嫉妬。

尊敬する、また己の剣の師でもある父に認められたということ。それだけで当時幼少だった私が、可愛らしい嫉妬とほんの僅かな敵対心を持つのには十分だった。

一つは尊敬。

これも言うに及ばず、己が師に認められたこと、その一点に尽きる。

 

とはいえ、その時はまだ『彼』に大した感情は抱いていなかったのだな、と今になって思う。

 

 

1982年 

 

私が『彼』と出会った年は、別の意味で私にとって非常に意味のある年になった。

帝都ー京都。

ある日私は真耶とともに父上に連れられ、斯衛軍の施設を訪れていた。

 

当時より真耶はライバルであって、毎日の様に鍛錬にあきくれた日々。父上の前でいつも通り二人で竹刀を打ちあう。お互いに、絶対負けたくないという強い思いがある。それ故に常に本気で取り組んできた。ーもちろん、今もだ。

そんな稽古が少し早く終わって、汗を流し準備をせよ。そう言う父上の言葉に従い、斯衛軍施設を訪れた。

 

父上と、真耶ととも車に乗る。

京都市の中心地域を離れ、郊外へ。古来より続くこの国の都たる京都。現在は日本帝国として西洋風の国造りをして早一世紀ほど。この帝都はより現代的に、かつ悠久の時間をその身に体現する大都市となっていた。市内中心部には歴史的建造物もあれば、鉄筋か鉄骨か、建築に関する知識がないからわからないが、兎に角西洋風な建築物が並び立っている。風情も何もあったものではないが、それもまたこの国の発展故と考えれば、如何ともしがたい背反した二つの思いに苛まれる。

そんな市内を抜け、大きな土地が見えてくる。言うまでもない。斯衛軍の施設である。その時、後部座席から対角車線を通った軍用車両が目に留まる。その車両の背には巨大な人型の機械が乗っていた。

話には聞いていた。写真や、映像で見たこともある。それでも一瞬目に入っただけに機体は私の目に焼きついた。

ー戦術歩行戦闘機ー

その機体の重厚感と存在感は、一目見ただけでも写真や映像とは違って、私の心を打った。

 

斯衛軍の施設ー基地ーの門を抜ける。そこには広大なスペースが広がっていた。その広場の様な巨大な空間には数多の人が詰めかけている。

一瞥。目に留まるのは十数メートルはあるであろう、布に隠された巨大な何か。そしてその前にある壇。

しばらくすると、壇上に一人の男が上り、話し始めた。

 

「皆さん。ようこそお越しくださいました。私としてもこの様な歴史的瞬間に立ち会えたこと、誠に嬉しく思います」

 

軍服ではない。スーツに身を包んだ男が話始める。私にはその男が何者かはわからなかったし、今から何が起こるのかもわからなかった。しかし壇上の男の話ぶり、そして何より、会場全体を包む異様な熱気。期待感。そして緊張感。それは私の肌をヒリヒリと刺激して、「何かすごいことが起こるのだろう」。幼少の私はそんな高揚感に満ち溢れていた。

 

「……今日と言う日は、斯衛軍にとって一つの時代の節目になりましょう……」

 

男の話は続く。その途中に父上が私たちに話しかけた。

 

「よく見ておきなさい……これを機に斯衛は大きく変わる。ーーあれがお前たちが次の世代が担っていくものだ」

 

話の内容はほとんど覚えていないけれど、この父上の言葉、そしてこの後の言葉だけは決して忘れないだろう。

 

「……ではご覧ください。これが82式戦術歩行戦闘機 F-4J改『瑞鶴』であります」

 

刹那、その言葉を壇上の男が述べたと同時に、巨大な何かを覆っていた布が取り払われる。そこに現れたのは巨大な二足歩行機械。戦術機。つい先ほど己が見惚れたその重厚感が、その存在感が、遠いとはいえ自らの目の前に直立していた。

会場に声が溢れる。その多くは感嘆の声だ。その会場に詰めかけた斯衛軍関係者の多くが、自分と同じものを感じていたのではないかと思う。会場の熱気は伝播する。会場が先か、それとも私が先か。高揚感が私の心を駆け抜ける。

少し遅れて、会場には拍手が沸き起こる。それは斯衛が異星起源種どもに対抗する手段を得た瞬間の、関係者の喜びを表している様だった。

 

それからのことはあまり記憶にない。正直、興奮しすぎていたのだと思う。私も、多分真耶も、その時の感情を決して忘れまい。それだけ私はあの瞬間の印象が強く脳に焼きついている。

その日、その瞬間の高揚感は、私に斯衛というものの存在を強く刻み込み、私にとって決して忘れられぬ日になった。

 

 

 

 

あの日、私が斯衛たる意志を確固たるものにした日から数年の時が過ぎた。

月詠家本邸。

パァンと、竹刀の音が道場に響いた。

そこにいるのは私と真耶と父上、といういつもの顔ぶれではなかった。まだ幼げな、それでいてその瞳に確固たる意思を持った少年。その太刀筋は鋭く、対峙する真耶の竹刀を払い退け、面に一発入れる。

 

「そこまで」

 

父上の声がかかった。動きを止める二人。正確には真耶の方は息が切れて、膝に手をのせて荒く呼吸をしている。それに対し少年はあまり疲れている様な様子を見せなかった。

 

「前に来たよりも成長したな。武よ」

 

父上が少年ー白銀武ーに話しかける。

 

「ありがとうございます。紅蓮閣下は勿論、月詠さんにこうして定期的に稽古をつけて頂いているおかげです。それに、まだまだ私は勿論、多くの斯衛の方々には敵いませんから」

 

「謙遜することはない。その歳でそれでけできれば大したものだ。そう遠くない将来、そなたが斯衛を背負って立つと思えばこそ、皆帝国斯衛軍の未来は安泰だと口するというものだ」

 

「過分な評価痛み入ります。自分のできる限り、努力して参りたいと思います」

 

そんな会話をかわす父上と白銀武。それを見る私の中に生まれる焦燥。それはやはり、父上にこのものは認められているのだということに対して、思うところがあるからだ。そして何より、己の実力のなさに対する怒り。同学年の少年の剣筋を見るたびに思う焦り。

私と真耶はライバルだ。それは幼少期から今まで続く関係だ。勉学、スポーツ、そして何より武道。あらゆる分野で競い争ってきた。そしてそのほとんどの分野で互角だ。何をしても勝敗はつかず、ついたとしても負けず嫌いな私たち。どちらかが一勝すればまたどちらかが一勝し、そうして永遠と競いあいを繰り返したのだ。そう、私と真耶の武道ー剣術ーの実力はほぼ互角。真耶をあっさりと下す白銀武に、私自身が勝てると思うほど思い上がってはいなかった。それでも真耶の敗北は自身の敗北の様に感じられる。

 

悔しい。

本当に悔しい。

そして情けない。

 

私はこの男を、必ず超える。

 

ある日。日課の鍛錬が終わって白銀武が話しかけてきた。

普段は月詠家ではなく紅蓮閣下の下で訓練をしているこの男。月詠家を訪れて訓練するのはもはや珍しくはなくなっていた。それでも毎日どころか月に数回の訪問頻度であったし、会話の多くは父上ともものだったこともあり、私と話すことは数える程度だったと思う。勿論挨拶や稽古の時に「大丈夫か」などと愚弄……ではなく気遣いの声をかけてくれることはあった。しかしよく考えてみると、まともな会話はほとんどして来なかったのだ。

 

会話の内容は他愛もないものだった。

好きなものは何か。

苦手なものは。

他に得意なことはあるのか。

一般的な子供がする様な会話。友達にするかの様な会話。

 

正直、拍子抜けした。

私たちを圧倒するような剣の腕の持ち主がする話とは思えなかったからだ。どうしてこんな話をするのか聞くと、

 

「父に月詠家での稽古の話をしたのですが、真那さんたちとはあまり話をしたことがないことに気が付きまして、恥ずかしながら、家族に尻を叩かれてしまいました」

 

はぁ……やはり私の想像していた男とは違う。もっと厳格で、話しかけにくいという印象は何だったのか。

 

「はぁ……それで話しかけてきたと?」

 

「ええまあ。真耶さんとも話さなければ、とは思っているのですが、今日は残念です」

 

今日の鍛錬。真耶は体調を崩したとかで出てきていなかった。

 

「なるほど。私としては是非あなた、白銀さんの剣術の話を伺いたいのですが」

 

自分の言葉の中の刺を自覚する。己の勝手な思いからくる一種の敵対心が露呈してしまっているとも思う。でもだからこそ、私はこの男の剣には興味があった。私たちが敵わないこの男の強さはどこにあるのか。いつか師である父上のような剣士になり、その武を以って摂家とこの国に尽くしたいと、そう思っている私がそこに興味を持つのは当然だったのだろう。

 

「そうですね。その前に真那さん、でいいですか?皆さん月詠なのでわかりにくいと思いまして。当然、私のことも白銀でも武でもどのように読んでいただいても構いませんから。それに同い年ですし私的な場での敬語も不要だと思うのですが」

 

その提案に呆気に取られる。いや確かに家格だけ考えればおかしいことではないが……それにしても許婚でもあるまいし、名前呼びなど……それは同年代の男子との関わりが少なく、あったとしても家格の差がある場合が多かった私の心を大きく揺さぶった。

 

「良いではないか。確かに三人が三人とも月詠ではな」

 

援護射撃が入った。白銀武にだ。そんな発言をしたのは父上。

 

「では武くん、済まないが私はこの後用事があってな。ここで席を外させてもらう」

 

「はい。月詠さん。本日はありがとうございました」

 

その言葉に首肯して返すと、父上は立ち去っていった。

残された二人の中に生まれる微妙な雰囲気。正確には私だけが感じているのかもしれないが。

 

「それでは真那さんで構いませんか?」

 

再び問われる。

言葉に詰まる。

それでも……それでも、父上がおっしゃられた言葉もある以上、何か答えなければ……

そして答えは決まってしまっているようなものだ。

 

「……はい、わかりました。真那で構いません。それに敬語もなくて構いません」

 

その言葉に、白銀武は満足げに頷く。どこか釈然としない気持ちを持ちながらも、その気持ちを言葉に表すことはできなくて。その後しばらく、白銀武、いや白銀との会話が続いた。

 

「そうか。勿論俺に対する敬語も不要だよ」

 

「……はい、いや、ああ」

 

こうして私は白銀と仲良く(?)なり、その日以降の鍛錬が少しづつ楽しみになっていたのは、他人には言えないことだ。勿論。巷でいう恋愛感情などではない。白銀も含んだ鍛錬は、いつのものより刺激的であり、自らより腕の立つ者との修行が嬉しい、という意味だ。

 

 

 

1990年

 

白銀が大陸へ派遣されることが決まった。共に訓練をして久しく、そこそこ親しくなったと思ったところでの一報だった。

よくよく聞けば、白銀は自分から志願したという。確かに白銀はかねてより斯衛軍の研究開発部に所属していた、と聞いている。具体的な研究内容は軍機につき、私のところまで情報は降りてこない。それでも国際社会に露呈すれば苦情が来かねない(最もBETA大戦が始まって早二十年近く。前線国家では珍しくもない)年齢で軍に所属し、それに聞くところでは重要な立場であるという。若くして軍の研究職の重要な立場であるような人物だ。当然優秀で、上層部からの覚えも良いのだろう。無論、白銀のことだ。それは実力で勝ち取ったものなのだろう。

 

しかしそれを認識した時、私の中には複雑な感情が芽生える。

それは親しい……そう、親しい友人であり、共に研鑽する仲間である男の栄達への喜び。尊敬。ただそれだけではない。同年代の少年が、同じ斯衛の同じ家格の男が、己では追いつけないような高みへ行ってしまったのような錯覚。いつまで経っても追いつけない。己の情けなさ。

ああ……こんな感情は、白銀と出会ってから何度も感じる。一種の劣等感だろうか。

決して『彼』を嫌っているわけではない。寧ろその心持ちには尊敬している。一見軽そうにも見えるが、しかしその心の奥には武家としての矜持を持っている。公的な場での礼儀は見惚れるほどだ。精神的だけではない。身体的にも、その能力は疑いの余地はない。私も真耶も敵わぬ相手なのだから。

 

それでも焦りは拭えない。

早く、もっと早く。

私も斯衛の末席に立つものとして、主君の刃たるものとして、負けてはいられない。本来競う相手ではないが、それでも私は白銀と自身を比べることを止めることはしばらくやめられそうにない。

 

白銀は私にとっての目標だ。それは訓練を始めてから心の中で燻ってきた思いなのかもしれない。ただ今、白銀が大陸に行くと聞いた時、その思いがはっきりした。白銀は私にとっての目標だ。いずれ私も斯衛として戦場に立つ時、主君の刃となる時、己が身が力を持っているように。

だから、死ぬなよ……白銀……

必ず生きて帰ってこい。必ず……

 

 

時は一年ほど遡り、私が十三歳の時。

白銀が斯衛軍の研究開発部門の一員となったという話を聞いて少し経った頃。私は義務教育である小学校を卒業し、新設された斯衛軍の衛士養成学校へと進んだ。

ー瑞鶴ー

めでたいというの「瑞」と長寿の象徴とされる「鶴」を背負った機体。「折り鶴のように端正だ」「戦術機国産の吉兆」と称されるこの空飛ぶ工芸品が配備されてから、斯衛軍は大きな変革期を迎えることになった。この新しい甲冑は、当時の既存兵器とは全く異なる運用がなされる。機体を動かすパイロットー衛士ーは勿論、整備だって従来のものとは勝手は違うだろう。当然、戦術機を完全に使いこなすためには斯衛軍全体の変革が必要となったのだ。

斯衛軍の形態の変化は、斯衛軍人の教育体制にも変革をもたらした。既存兵器の概念を超えたその運用は、既存兵器の運用者では今までの固定観念が逆に邪魔となる。教育に時間的余裕があるのなら、新兵を戦術機に特化させた軍人として育成した方が楽だ。そしてそのような概念の元新設されたのが衛士養成学校だ。この教育機関は小学校(または中学校)を卒業した武家出身者を対象にする。始め数年間は基礎的学問、身体能力の向上にあてらる。その後衛士適正を判定し、本格的に「衛士」として教育を受けることになる。

 

当然、ここに入学した私も数年間は戦術機に乗ることはできなかった。それに乗ることができた時、私は歓喜に震えた。ようやくここまで来たのだと実感した。ようやく私は主君の刃たる武器を得たのだと。

 

衛士養成学校では私は常に首位争いをしていた。その競争相手は真耶だ。いつも首位か次席か、そんな争いをしていた。

私たちが戦術機に乗れるようになった頃には白銀も帝都へ帰ってきていた。戦術機に関わる別の計画に関わっているらしい。詳しくは知らないが、白銀のそんな姿はまた差をつけられたかのように感じる。その背中はまた遠くなってしまったかのように。

戦術機に乗るたびに思うことがある。いや、戦術機にというより「瑞鶴」に乗っている時だ。私は瑞鶴に乗るたび思い出すのだ。あの日のことを。あの日、私が初めて戦術機を見た日。あの時の瑞鶴の威容を思い出すたびに感じるのだ。当時感じた希望の裏にある絶望の兆しを。人類が異星起源種に負け続けて久しく、ユーラシア大陸の大部分は奴らの制圧下にある。大陸の奥深くで敵の勢力は確実に増しており、斯衛が剣を必要とする日は現実として刻一刻と迫っているのだ……

だからこそ、私は大陸で実戦を経験し、生きて帰ってきた白銀のように強くあらねばなるまいと強く思う。機会があれば、噂に聞く大陸の戦争の話を聞いてみたいものだ。簡単に地獄なようなものだ、という話は聞いたが、実戦で役立った技術や経験は今の私にはないものだ。話だけでも有意義なものだと思う。

 

そう思っていた矢先にその機会が訪れた。養成学校も卒業が間近となり、正式な任官が近づいてきたある日のことだ。

白銀が参画している計画の一部らしい、新規開発された戦術機用OSの試験だ。既存概念を撃ち壊す、という触れ込みの代物で、新兵ないし訓練生で試験を行いたいらしい。そこで斯衛軍の衛士養成学校の主席であった私が招かれたということだ。

 

そうして訪れた帝都郊外にある斯衛軍の研究開発施設。

施設内に入ってまず案内されたのは比較的小さめなミーティングルーム。しばらくして白銀が入ってきた。

私が一番驚いたのはその階級だ。そんなに昇進した、などという話は聞いていないのだが。胸に輝く階級章は大尉。それに対して私は任官もしていない訓練生だ。その上下関係は明白。私は胸の奥に小さな嫉妬や怒りの渦の現れを感じながら、起立した。如何にかつて同じ場所で鍛錬していたとしても、同じ家格だったとしても、こと軍隊という場所において階級差は絶対だ。

敬礼をする。

すると白銀も見事は返礼をした。

白銀が手を戻したのを確認して、私も敬礼の状態を解き、気をつけの姿勢をとった。

 

「楽にしてくれ」

 

その言葉を聞いて、握り拳にして体側につけていた両手を背中側で握り、一拍おいて腰あたりに下ろす。左足を肩幅に開く。

 

「態々ご苦労。貴官には本日以降複数日に渡ってある試験を行ってもらう。本日はそのために説明を行うために出頭してもらった。これからその講義を始める。座ってくれたまえ」

 

白銀の態度は模範的な軍人のそれだ。個人的な親交などおくびにも出さない。

 

「まず、今私が携わっている計画について説明しよう。当然軍機につき、養成学校内部も含め、情報流出には留意すること」

 

そんな言葉で始まった白銀の説明は驚きの連続だった。思わず呆気にとられ、私人としての態度が出てしまったかもしれない。注意はされなかったが、私もまだまだ未熟だ。以降はこのような失態はないようにしなければならない。

白銀の説明をまとめると次のようになった。

曰く白銀は斯衛軍の次期主力戦術機の国産開発に携わっている。

曰くその次期戦術機の性能向上のために最新型OSが求められる。

曰くそのOSの開発主体が白銀であり、その根本は斯衛時代に開発したものである。

曰くその新型OSにより戦術機の性能、機体生存性は大幅に向上するが、操作性には癖があるため、既存OSに慣れきっていない訓練生、新兵に教育を行いたい。

 

正直、自分には規模の大きすぎる話だと思う。

月詠家は元来譜代武家の一つとして、五摂家に名を連ねる煌武院家の御側役を努めてきた。先祖代々の武勇伝を誉として語り聞かされてきた私にとって、五摂家並びに将軍家ーーひいては皇帝陛下を守護する斯衛軍への入隊は月詠の血筋としての義務であり、同時に己に課した責任でもあった。だからこそ私はこれまで剣の腕を、戦術機の腕を磨いてきたし、それ以外にも多くの鍛錬を積み重ねてきた。

ただまだ自分の仕える主人とあったこともなく、甚だ未熟であると思い知らされる毎日。一人の剣にもなりえぬ鈍が、帝国の未来を左右する計画の一端を担うという不遜さは。

これが何か功績を上げた結果だというのなら、自らの実力で勝ち取ったというのであれば光栄に思い、喜べよう。しかしたかだか養成学校で多少良い成績を残したというだけなど。目の前には同い年で実戦を経験し、正しく自らの力でその立場を手に入れた方がいるのだからそれは明白であろう。

未熟な自分が関わっていいものなのか。自分ごときで何か力になれるのか。自信の源はその者の成してきたことによる。日々の鍛錬は私の血となり肉となり、ひいては自身となる。されど、これ程の計画に参加し成果をあげることができると思うほど私は思いあがっていないし、それほどまでに自身はなかった。

だからこそ、

 

「これは貴官が衛士養成学校で積み重ねた努力によるものだ」

 

この言葉を聞いたときには耳を疑った。

 

「貴官の成績は非常に高く、次席の者と共に他者を寄せ付けない圧倒的なものだ。戦術機適性も非常に高く、知識もあれば武道の心得もある。新兵や訓練生の段階で貴様ほど優秀なものはそうはいないだろう」

 

自らが目標としてきた白銀に評価される。多分にお世辞な部分があるのだろうが、それでも嬉しい。

 

「それにね」

 

気のせいか?一瞬白銀の纏う軍人らしい緊張感が弛緩したような気がした。

 

「俺が真那さんを推薦したんだ。君の努力は多少なりとも知っているつもりだし、実際養成学校の成績はすこぶる良かった。真那さんならきっと、俺たち開発班の期待以上の働きをしてくれると思ったからね」

 

「あ……」

 

言葉が溢れ出た。でもその続きは言葉にならない。

そんな私の様子を見かねたのか、私人として対応しているようにも見える白銀が話を続ける。

 

「実際旧OSに慣れていない人物の意見やデータが欲しいのは本当だよ。それに完成後の教練のことも考えなくてはいけないんだ」

 

困惑している私を説得するように、ゆっくりと言葉を選んで語り出す白銀。

そこまで言われれば否やはない。軍の組織上私ごときが「否」など言えるはずもないのだが、それでも白銀の役に立てるのならという理由は私の意欲の大きな比重を占めるようになった。

こうして私は新型OS開発試験に参加する運びとなった。

 

実際に試験が始まったのはその翌週だ。

初日は白銀以下開発班との顔合わせに新型のより詳細な説明で終わった。その時仮の教本を頂き、その特徴などを頭にたたき込んだ後、シミュレーターに乗る。白銀のため、帝国のため、何がなんでも結果を出す。そう意気込んで望んだ初めての体験は。正に悲惨という言葉で現すべき状況に終わった。

 

なんだ……これは。養成学校で搭乗した瑞鶴とは全く違う。これが同じ瑞鶴なのか……

まともに歩くことさえ難しく感じるこのOSは、たかがOSと心のどこかで思っていた私の慢心につけこみ、私を叩き潰した。

 

「うーん……やはり訓練生でも違いには戸惑うのか。やはり教育の初期段階から取り入れていかないといけないのかぁ……」

 

通信から聞こえてくる白銀の落胆した声。私の不甲斐なさか、それとも新型OSにか、あるいはそのどちらもか。いずれにせよその落胆した声は、いや白銀を落胆させる結果に終わったという事実が、私の心を締め付ける。

それではいけない。このまま足手まといになるなど許されない。月詠ー武家の一翼を担うものとしての誇りは私にもある。

 

操作に慣れてきたのはそれからしばらく経ってのことだった。そのすぐ後には白銀より休憩をとれとの指示があり、実際私の体は疲労困憊だ。普段はこの程度の搭乗でここまで疲労はしないのに……それはやはりこのOSが革新的だということなのだろう。実際慣れてくると面白いように動かせる。今までよりもより自然に。今までよりもより自分の望む機動をする。本物の手足のように。

 

「そろそろBETAを出した仮想訓練に移行する」

 

その言葉を合図に景色が変わる。ごく普通の山肌だった大地の向こうには大きな土煙が迫ってくる。

突撃級。

BETAの一種だ。その速度は確認されているBETA中最速で、BETA群の先駆けとなる存在。

数はそう多くない。このOSと瑞鶴なら……

いける。後続にBETA群が続くと考えてもおそらくは小規模。随伴機がいないのは痛いが、一機だけでも十分に倒し切れる。

 

そう判断するや否や、コックピットのレバーを引く。

機体の跳躍ユニットのロケットエンジンに火がつき、一瞬の浮遊感とともに加速する。機体が滑るように動き出す。

舞台は山中。しかし起伏は大きくかつ多くはない。もし後方に光線級がいれば、身を隠す盾はない。しかしBETAと真っ向から当たることになるこの戦場は、むしろ望むところだ。斯衛に生まれ、鍛え続けた我が剣。養成学校で学んだ戦術機操縦に関する知識と経験。私に今あるものを全て出して、あの異星起源種どもを撃滅してくれよう。

 

機体はさらに加速し、突撃級が眼下に迫る。

シミュレーターが与える擬似的な衝撃はまるで本物かのように私を揺さぶる。

突撃級と己が機体が衝突する……直前、機体を上昇させる。

新型OSになり、反応速度が上昇したからこそできるギリギリの技。第一世代の限界を引き出したかのような機動は。私にさらなる負担をかける。

そんなものを気にしてなどいられない。今考えるべきは敵を撃つこと。

突撃級を飛び越えた格好になる機体を反転させる。すると、突撃級の弱点たる柔肌があらわになっている。

狙い……撃つ。

36ミリ砲が火を吹き、突撃級は穿つ。

被弾した突撃級は動きを止め……と、コックピット内に警報が鳴り響いた。新たな敵が現れたことを知らせる警報だ。まだ微かに動く突撃級にさらに鉛玉を与えながら、次の敵へと意識を切り替えた。

 

そうこうして試験が終わった後、私は白銀との会話する時間を得られた。

私人として接する白銀は試験中とは打って変わって優しげで、私も白銀を上官として扱うのではなく、一人の友人として話をしていた。

内容は他愛もない世間話から大陸の情勢、戦場での経験まで幅広い。私としてはとても有意義な時間になったと思う。ここでまた、私の中で白銀の存在の大きさが更に増したように感じた。

 

新型OS開発に携わりつつも卒業し、正式に任官する運びとなった。養成学校終了ののち、私には正式に辞令が下され、白銀の下で斯衛軍に次期主力機開発、特にそのOS開発を行うようになった。とはいえ、そう長い期間開発に参加していたわけではない。それでも、私はこれまで全力を尽くして行動してきた。学校生活はもちろん、新型OS開発にも今の自分の持てる力のすべてを出した。自己を過大評価するわけではなし、うぬぼれてもいないが、卒業・任官後も新型OSに携われる運びとなったのは、少なくとも「いなくても同じ」という存在だと思われてはいないということだろう。

それは私の為してきたことの結果だと、白銀は言う。この称賛はお世辞だろうか。それでも私は今、達成感にあふれていた。いけない。まだ新型OSー仮称、XM3-は完全な完成に至ったわけではない。斯衛軍の次期主力機開発と並行して、さらなる性能向上のための開発が続く予定だ。そして白銀が次期主力機開発により深くかかわる関係上、必然的にOS開発に携わる時間は短くなる。ならば、開発衛士としての私の責務はより重くなるだろう。

望むところだ。

白銀を、目標を超えるためにも。

そして何より、主君の刃となろう私の存在意義として。主君の刃たる力と実績を備えるためにも。

 

この時、私は決意を新たにした。そして再び誓ったのだ。己がすべての力を出し尽くし、この計画を成功させるのだと。

そしてそれは達成できるのだと、信じていた。

それは私の、ひいては未だにあったことのない主君の、さらに言えば将軍殿下と皇帝陛下、この日本帝国という国家のためになるのだと。

 

あの日が来るまでは。

 

ある日、私は王に出会った。十もそこそこの御年ながら醸しだされるその風格は、正に「王」と呼ぶのがふさわしい。そう、この方が我が主君となる御方。ー煌武院悠陽様ー

私はこの時、とてもうれしく思っていた。それは今まで鍛えてきた剣をふるうことができあろうという喜び。

私の剣を役立てる時が来たことへの喜び。

 

「月詠ー真那……でしたね」

 

悠陽様と透き通りながらも威厳のある声が私を呼ぶ。その事実に体を震わせながら応えた私に掛けられた言葉は、想像の埒外のものであった。

 

「そなたに……頼みがあります……」

 

「な……」

 

その頼みとやらを聞かされた時、私は天国から地獄に突き落とされたかのような心持ちであった。

本来直ちに受け答えするべきであったのにも関わらず、私の口から出たのは驚愕によりあふれた声にもならない音。

 

そうして私は、帝都から離れた、一言で言ってしまえば田舎の場所に訪れることになった。

その場所に名は…………御剣邸ーー

 

ある人物の御側役を務めてもらいたい。供は付けず、目立たずにそこを訪れよ。仕事内容は行けばわかるであろう。

 

そんな言葉をもって送られた私は、悠陽様の命とはいえど、不敬な考えを押し殺すことはできなかった。

ようやく我が剣を役立てる時が来た、そう思ったのに。何故、帝都からこんなにも離れた外様の家に……

斯衛軍は特殊な組織故、受け入れられよう。されど、OS開発にこれまで以上に関わることはできなくなる。

 

そんな考えは不敬だ。そんなことはわかっている。武家として、煌武院家が御側役を代々務めてきた月詠の人間として、許されることでないのはわかっている。

それでも思わずにはいられなかった。

 

ああ……私は一体何者なのであろうか……

 

そして私は、この後、人生を変える出会いをすることになる。

 

 

 

 

 




この話の大筋は公式の月詠外伝、「月影は闇夜にありて」に参考に、この二次創作の変更点に沿って再構成したというイメージです。


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綺譚
01 英雄の誕生


1976年12月26日 帝都

 

この日、一人の子供が生まれた。

伝統ある武家、白銀家。斯衛軍においては赤の色を纏い、将軍を輩出する五摂家にも近い、帝国有数の武家である。この家に生まれた男子。白銀武。

彼が将来、異性起源種に犯される世界の全衛士、いや全人類の希望となることは、まだ誰も知らないことであった。

そして、本来生まれるべきものとは違った時代、場所、そして世界。そこに生まれた武は、どんな物語を紡いでいくのだろうか。

 

「影行様、立派な男の子です」

 

「おめでとうございます影行様、深雪様」

 

そう語りかけるのは武を抱く女性。武の母親だ。

また、それに白銀家の女中も当主、影行へと語りかける。

 

「ああ、ありがとう。いい目をしている。よき武士になりそうだ。もっとも戦場に立ってほしいわけではないが……」

 

そう思うのは父親として、武家の当主としてではない。立場はどうあれ、子を愛する気持ちはどの親も変わらないものだ。

ただ、それだけでもない。

それは影行が自国の情勢を正確に分析できていたからこその言葉でもある。

同年、帝国はF-4Jの試験運用を開始する。戦争の惨禍は、着々と日本に迫ってきていた。

 

――――

after 6 years 1982年

 

「父様、今日は何をするのですか?」

 

そう言ったのは武。武とその父親影行、母深雪は帝都のある武家屋敷を訪れていた。

 

「今日は煌武院家、前に教えた偉い人で、父さんの恩人の家に子供が生まれたんだ。だからその挨拶に行くのだよ」

 

武に話す影行。

そう、武たちは日本の武家の中でも最上位に位置する五摂家が一、煌武院家に訪れていた。

 

「白銀殿、お久しぶりだな」

 

「御剣翁。あなたもこちらにいらしていたのですか」

 

白銀一行を出迎えたのは御剣翁と呼ばれる人物だ。

御剣家。

煌武院家の遠縁にあたり、武家としての格式も名門だ。しかし今や跡継ぎのいない一人の老翁のみの小さな武家となっている。

隠居した老翁は帝都から、中央から離れ、もはや帝都で姿を見ることすら稀だ。如何に煌武院家に子どもが生まれたとはいえ、御剣翁の登場には驚く人も少なくなかったという。そんな人物である。

 

「ああ、ここからは私が御館様と御息女の元へ案内仕る」

 

「ありがとうございます」

 

御剣翁がわざわざ現れ、案内する。武は兎も角、影行は多少訝しんだものだが、老翁の気まぐれだろうと気を取り直し、彼に続く。

そうして案内されたのは屋敷の奥。最高の家格の家とは思えないほど普通の部屋に――ただし和室である――何人かの気配があった。見ると、一人の女性が「二人」の子どもを抱き、周囲には数人が座っていた。

 

「白銀殿、よくぞ参られた。感謝する」

 

立場を考えれば当然あるだろう儀礼的な挨拶を飛ばし、男が影行に話しかけた。

彼こそ煌武院家の当主である。我が子が生まれた感動に揺さぶられているとは思えない堂々たる立ち居振る舞いは、その威厳を見事に示していた。

 

「いえ、帝国の時代を担う、五摂家が長女の誕生。お祝いを申し上げます」

 

影行も挨拶を返す。

しかし、祝いの言葉を述べられた煌武院家の者たちの顔は、子が生まれた良き日にしては、影が落ちていた。

影行も煌武院家とは親しくしている身。その理由ははっきりとわかる。

子どもが双子だったからだ。

煌武院家には、ある仕来りがある。曰く、双子は世を分ける忌児である。故に、片方を家の外に出すべし、と。

姉の名前は悠陽。妹は冥夜。姉には光を、妹には身代わりとして、闇を。こうした仕来りより付けられた名である。

煌武院家に限らず、高い位の家に生まれれば、それ相応の義務を果たすため、家の道具として扱われることもある。近世以前には特に見られる光景だ。しかし、現代において、生まれながらにこれほど残酷な運命を定められるものが、果たしてどれくらいいるだろうか。

 

そして、御剣翁がいた理由はこのためだ。煌武院にとっての呪われた子である冥夜を引き取り育てること。煌武院と姉・悠陽に、ひいては国家に尽くすように。

 

影行は決してそれを好ましく思っているわけではない。

旧来よりの伝統に重きを置き、常在戦場を善しとし、戦となれば先方ないし殿を務める精神性。影行とて斯衛軍だ。その精神性は持ち合わせている。だとしても、生まれたばかりの子を苛酷な運命を与えることを善しとはできないだろう。影行のような親ならばなおさら。

煌武院の者にしても同じ。斯衛として、武家として、仕来たりを無視することはできない。しかし、武士とて人の子。自らの、或いは親戚の子が送り出されるのをどうして喜べようか。

 

「して、御剣翁はどのくらい帝都におられるのですか?」

 

影行が尋ねる。

 

「ふむ……数日はこちらにいる予定だ」

 

軽く姉妹を見て、御剣翁が答える。それが、姉妹が姉妹でいられる時間だと。

 

――――

 

双子であることに対して多少空気が重くなることもあったが、基本的にスムーズに終わった謁見。その後、武はここで、今後の人生を大きく変える出会いを果たす。

 

「これは白銀殿、ご健勝のようですね」

 

話しかけたのは、こちらも名門・月詠家の当主だ。

古くより煌武院家に仕える月詠家。この場にいるのも当然といえば当然だった。

 

「月詠殿、そちらも……おや、ご息女ですか」

 

そして、月詠もまた、一人ではなく、二人の子どもを連れている。

 

「ああ、来年の一月には六歳になります。娘の真那です。もう一人は弟の子で真耶といいます」

 

「ほう、双子かと思いましたが、そうではなかったのですな。それに私の子、武とは同学年のようだ。武、挨拶しなさい」

 

父に振られ、武が月詠家の令嬢二人に挨拶をする。

 

「はい、父様。月詠様。真那さん、真耶さん。白銀家が長男、白銀武と申します。以後お見知りおきを」

 

「月詠真那です」

「月詠真耶です」

「「よろしくお願いします」」

 

月詠家の二人も挨拶を返し、話は再び親同士に移る。

 

「時に、白銀殿。ご子息には自己流で教えていると聞きました。にもかかわらず子息殿は類い稀な才がみられるとか。どうですか。無現鬼道流の門下に入れる、というのは。」

 

無現鬼道流。

帝国最強の武人との評価をすでに確立している斯衛軍紅蓮醍三郎中将、彼が師範を務める剣術の流派である。

月詠(真那の父)もその流派に連なるものであり、彼自信も達人であった。それの直接の勧誘というのは、武人にとっては名誉なことである。

因みに、月詠の評価は大げさはではあるが、間違いでもなかった。すでに武は同年代を圧倒する剣の実力である。自己流故の荒さはあれど、生来の才能か、六歳としては伍するものはそうはいないだろう。

しかし、今後より才を伸ばしていくことを考えれば、伝統と実績ある流派で学ぶことは願ってもないことだった。

 

「ふむ、それが叶うのであれば武の成長にも、ひいては帝国の利にもなりましょう。武、どうだ?」

 

影行の教育方針故か、決定権は武にあるようだった。

 

「……是非、よろしくお願いします」

 

少し考えたものの、武は「はい」という選択肢を選んだ。

こうして月詠真那、真耶と出会い、紅蓮との子弟関係が構築されることとなるのだった。

 

 

そして、

 

 

 

「ぐっ……がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

経験したことがないような痛みが、武を襲った。

 

 




独自設定でも良いと思ってくださる方がいれば幸いです。


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02 経験

[1]

 

「くっ…がぁぁぁぁぁ……」

 

武を頭痛が襲う。

頭が割れるような、経験したことのない痛み。

 

「これは……くぅ……」

 

武は未だ子供。普通の子供なら、いや大人であったとしても泣いてしまうだろう。或いは気を失ってしまうかもしれない。それほどの痛みだ。

武は斯衛、武家に生まれた者。幼少といえども各種の訓練を行なっている。しかし、こんな痛みを経験したことはなかった。

そして、武の意識は闇へと落ちていった。

 

――――

 

[2]

 

気が付くと、自分を空から見下ろしているような感覚だった。

自分が話しているはずなのに、自分でない「誰か」が話しているかのような、変な感覚だ。

だが、単に映像を見ているのとは違う。匂いもするし、感覚もある。五感は間違いなく、この「自分」と同じものだった。

 

ここはどこだ?

「自分」はどこかに座っている。目の前にはレバーとボタンと、そして外の映像が見える。

操縦席……?知識としてしか知らない戦術機の操縦席に、自分が座っている?

 

網膜投影から見える映像は、UNマークのついた撃震。おそらく、模擬戦だろう。

対して、今自分の乗っている機体は、見たことも聞いたこともない機体だった。

視界の右上に映る機体情報場面を見る。機体名は「吹雪」。

 

「03エンゲージ・ディフェンシヴ!!大丈夫、直撃じゃない――!」

 

突然通信が入った。恐らくは味方から。女性の声だ。まだ若いような声。

 

「捕捉したか?」

 

自分から出た声とは思えなかった。今更になって気が付くが、そもそもこれは今の自分ではない。

不思議と「自分」だ、という実感はあった。

しかし、この瞬間、戦術機の操縦桿を握っているのは、成長した将来の自分だ。当然と言えば当然だろう。六歳やそこらの子どもに、戦術機が扱えるはずもない。

 

「遠距離からバックアップする」

 

また新しい声がした。こちらも若い女性で、落ち着いた印象を受ける。

 

「06了解。――平面機動挟撃(フラットシザース)だ! エリアC-33に追い立てるっ!」

 

再び自分の声が機内に響き、遅れて届く了解が重なる。

自分の乗る戦術機が加速し、敵機を捕捉するとさらに速度が上がる。

 

戦術マップには、自機と味方のマーカーが一つずつ。そして、敵機のマーカーが一つ。

相手の練度も高いのだろう。こちらの二機を相手にしてなお、容易に捕まりそうにはない。さらに、敵機のマーカーが一つ増える。

しかし、こちらには届かない。

既に射程範囲内に捉えた。

その時、何か根拠があったわけではない。今、この時点で持っている戦術機に関する知識は、決して多いわけではない。

だが、何故か分かった。直観なのか、操縦している「自分」と感覚的に繋がったのか。

こんな摩訶不思議な状況だ。後者がない、とは言い切れなかった。

 

「――06フォックス2!」

 

「自分」が叫んだ。

戦術機の巨体から、ミサイルが飛び出す。具体的な種類はわからないが、恐らく対戦術機用のミサイルだろう、とはわかる。

仮想敵機を追尾し、高速の物体が一直線に敵機に迫っていた。

刹那――

敵機は寸前のところで機体の方向を転換させ、仮想システム上に用意された高層建築物を盾に、ミサイルを回避した。

しかし、態勢は崩している。

 

「――06フォックス3!!」

 

これで確実に決める。そういう思いがこもった一撃だった。

機体の両腕に保持する戦術機用の突撃砲。

その砲口から、無数の銃弾が飛び出し、仮想敵を襲う。

いや、正確にはペイント弾が射出されており、網膜投影上で実弾のように見せているだけなのだが。

 

そして――敵機は倒れた。

 

「バンデット3スプラッシュ!こっちは単独だった――そっちは?」

 

「こっちは問題ないよ」

 

「現在バンデット1追跡中」

 

「自分」が問いかけると、二人の少女からも返答がある。

内一機は、平面挟撃の実施中に敵機と出会い、それを追跡している様子。

自機と距離が近いのは03の方だった。先ほど協力して一機を落とそうとしていた味方機だ。

 

マップを見る。エリアC-33は二機連携で倒すのには持ってこいの戦場だ。広場の形状になっている同地点。

偶然か、はたまた必然か。

敵味方全ての戦術機のちょうど中間点近くに、エリアC-33があった。

 

「04は敵機から逃げるようにC-33に誘い込んでくれ。相手が二機連携で04を墜としに来たところをこっちは三機で狙う!」

 

パッと、視界内の残弾表示が目についた。

120ミリは既に弾切れで、36ミリも数十発しかない。数秒で打ち切ってしまう程度だ。

そこで、違和感に気が付く。将来は斯衛軍に入るであろう自分の機体に、どうして長刀が積んでいないのだろうか。戦術機こそ乗ったことがないが、少なくとも剣術の修練具合は、同年代と比較しても上位であると自負しているのに。

しかし、そんな違和感の答えを考える余裕はなかった。

 

「ポイントC-33まで後5……4……3……」

 

戦闘の中、カウントダウンを行える余裕がある。それだけ優秀な衛士なのだろう。

 

「2……1……0――!!」

 

カウントとほぼ同時に、味方機を追う敵機が二つ、視界に入った。

残った36ミリを撃つ。

残弾はすぐにゼロへ。警告音が鳴り響いた。

 

「――なっ……ば、ばかなっ!!」

 

そんな敵衛士の声が聞こえた気がした。それだけ完璧だった。

だが、やはり敵も精鋭なのだろう。

一機、被弾しながらも中破程度で済ませた機体がある。

最後の一機だ。あれを墜とせば、この演習に勝利できる。

考えることは同じなのだろう。「自分」は操縦桿を倒し、敵機に接近していく。当然、ナイフシースを展開しながらだ。

前腕部からナイフが出てきた。一秒程度の間で、主腕に収まる。

そして――この機体、吹雪は、国連カラーの撃震へ向かって吶喊していった。

 

「うおおおおおおおおおっ!!!!」

 

――――

 

[3]

 

場面は変わる。

いや、場所は同じだろうか。状況も似ている。演習中だ。

先ほどと同じ機体、吹雪に乗って、撃震と戦っている。

 

――爆発音。

 

「……なんだ?…………爆発?」

 

「自分」の口からは、自然と疑問の声が出た。

そしてそれは、仲間たちも同じだったらしい。

 

「――エリア2の方からだわ……」

 

「実弾演習の予定は一切ないはずだが……事故だろうか」

 

先ほどまでの演習とは違う声だが、若い声に変わりはない。

 

――途端、警告音が鳴り響いた。

機体損耗時に発生する警告音ではない。現代において、知らぬものはいないほど、重要なアラートだ。

 

――コード991。

この警告音は、そう呼ばれていた。即ち、BETAの出現警報である。

 

そして、焦ったような声が通信から流れてきた。

 

「――コード991発生っ!――繰り返すっ……コード991発生っ!!」

 

コード991に慣れていないような対応だ。ここは前線の基地ではないのだろうか。

であれば何故、コード991が発生する事態になったのであろうか。

 

「HQよりホーネット3、詳細を報告せよ」

 

「――ホーネット3よりHQ!第二演習場トライアルエリアにてコード991発生!目視確認で3体。それ以上は不明っ!!」

 

「HQよりホーネット3、現在即応部隊が出撃準備中。敵の侵攻を阻止せよ」

 

「ふざけんなっ!こっちは丸腰なんだぞ!?」

 

「HQよりホーネット3、命令に変更はない。繰り返す、命令に変更はない。敵の侵攻を阻止せよ」

 

眼前で行われる緊迫感のあるやり取り。しかし「自分」は、どこか非現実的な感覚をもって眺めていた。

しかし、直後の命令によって、現実へと突き落とされる。

 

「――HQより各部隊へ。防衛基準体制1へ移行。繰り返す、防衛基準体制1へ移行」

 

防衛基準体制1。

この基地の全てが戦争状態へと移行したことを表す言葉だ。

今、この世界にいることに現実味はない。そもそもこれが何の演習かもわからなければ、今までの自分の認識との齟齬が大きすぎるから。

だが、夢のようにも思えないのだ。

「今ここにいる」という実感が、ありすぎるから。

 

いずれにせよ、戦わなければならない。BETAが相手でも。

「自分」を動かしているのは自分ではないが、覚悟は決めなければならないだろう。

そんなことを考えている間にも、HQからの指示が各部隊へと与えられていく。

 

いや、それ以上に敵が早い。

網膜投影に、各部隊の様子が俄かに映された。

次々と撃破されていく機体たち。

これが……戦場。それを実感した瞬間だった。

 

演習部隊は他部隊の指揮下に編入され、兵站の運搬を任される。

演習部隊の仲間たち、六機で編隊を組み、移動する。

 

――何かが破壊される音とともに、BETAが現れた。

初めて、BETAと対峙する。

心臓が破裂しそうなくらいバクバクと鳴り響き、唇と舌は乾き、水を欲する。極度な緊張状態にあった。

しかし、幸いにもというべきか、不幸にもというべきか。

それを認識する前に、「自分」の意識が――。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

 

「自分」があげた叫び声。

そして、それに引っ張られていく。

 

「全機散開っ!全速退避っ……」

 

半ば悲鳴のようになりかけながらも、演習部隊の隊長が指示を出す。

しかし、その声はもう、届いていなかった。

 

この野郎ォッ!――殺してやるっ!……殺してやるっ!!

 

身体が言うことを聞かない。頭もはっきりとしていない。

とにかく、目の前の敵を殺す。それだけを考えていた。

殺す。

殺す。

殺す。

BETAを、人類の敵を殺す。

地球を返せ、人類を……。

 

オレが地球を、人類を救わなきゃいけないのに……。

――――弾切れっ……くそがぁぁぁぁ

 

衝撃。

があああっ!?

チクっとした感覚が肌を襲う。

なんだよ、また注射かよっ!オレは正常だってのに!!

 

「タケルだいじょ……」

 

何だか外野がうるせぇな。

オレはBETAを駆逐しなきゃいけないんだ。

ちょっと攻撃が当たったからって……いい気になって――

 

うわぁぁぁぁぁ……。

 

なんだよ、動けよ……動くんだよ!!

 

死んじまうだろ!

 

オレは、こんなところで……死ぬわけにはいかない……死ねないんだよっ!!

 

再び、衝撃が機体を襲う。

視界が消える。

 

カメラが……。

 

そして、今までで一番の衝撃が俺を襲った。

と同時に、視界が暗転した。

 

――――

 

[4]

 

声が聞こえる。

 

「……9……8……………………4……3……」

 

何かのカウントダウンだろう。

 

「……2……1……点火」

 

その声が聞こえたと同時に、爆発音が轟き、機体を衝撃が襲う。

 

「床面の崩壊を確認!いけます!」

 

いきなりのことに驚き、未だに状況を把握できていない。

だが、やはり自分が自分ではないようで、至って冷静であるかのように感じた。

ん?やはり?どうしてこの感覚を知って……?

 

だが、その答えを考えるよりも早く、状況が動き出す。

指揮官らしき男の命令が聞こえた。

 

「いくぞ!突入せよ!」

 

その号令と同時に、自らの乗る戦術機を動かす「自分」。

浮遊感を感じる中で、「自分」は指揮下の衛士たちに命令を出していた。

 

「目標、反応炉!雑魚にかまうな」

 

機体は感じたことのないように、加速する。

 

「狩り放題だ!実力を見せてやれ!」

 

また、見たことも聞いたこともない機体だ。

米軍のマークをつけたそれらは、圧倒的な動きでBETAを殺していく。

 

「敵反応!多すぎます。包囲される……!!」

 

誰かがあげた悲鳴を表すように、BETAが次から次へと現れる。

戦域マップはBETAを示す光点に埋め尽くされている。

戦況は、徐々に守勢に陥っていた。

 

「……を、……を頼む」

 

BETAに取りつかれた戦術機に乗る衛士が叫ぶ。不思議と聞き取れない部分があったが、気持ちは伝わった。

数千、数万のBETAが道を塞ぐ。

時間が経っても戦況は好転しない。どころか、押し込まれていく。

 

――光が、閃光が、戦場を貫いた。

数千のBETAが吹き飛ばされ、道ができる。

光の下には、青い機体がある。

 

「いざ進め、我が精鋭たちよ」

 

その号令とともに、各機が道を進んでいく。

あれだけ斃してなお、左右から溢れてくるBETA。その数の恐怖は、精鋭たちの足すら止めてしまう。

 

「足を止めるな!」

 

指揮官はそう鼓舞するが、折角出来た道も新たなBETAの登場で埋まりつつある。

 

「うがぁぁぁ……く、くるなぁぁ……」

 

また一機、墜ちる。

 

「こ、これ以上は……」

 

勢いが目に見えて落ちる。ここまでなのか。全滅するのか。

誰も口にはしない。しかし同時に、誰もがそう思っていたのだろう。

 

「こんなところで諦めるんじゃねーぞ!」

 

その時、一人の衛士が全部隊に向けて叫んだ。

 

「よく聞け!いいか、俺たちなら絶対にできる。……俺たちは必ず……を破壊できる!!」

 

「人類はこんなところで、負けたりはしないんだよぉぉぉぉぉ……!!」

 

「ここまでやったんだぞっ!絶対に諦めねぇ……」

 

「俺は絶対に生きて、あいつの……皆の下に戻るんだよぉぉ!」

 

信頼されている衛士なのだろう。士気が少し高まる。

その衛士は、機体を狩り、一機でBETAの中に突き進んでいく。僚機は落とされたのか、すでに帰還したのか。いずれにしても、一機では危険すぎる。

「自分」は足を踏み込み、操縦桿を倒す。

彼を助けるために。ともに戦うために。

「自分」の口元が、少し緩んでいたのを感じる。

 

「邪魔だ、どけぇ……!!!」

 

彼の衛士の動きは速く、熟練した衛士なのが伺える。しかし、この「自分」なら、そしてこの機体なら、彼とともに目的を達成できるのだと()()()()。漠然としていて、理由は説明できない。だが、確信できる。

 

「……一人じゃ……っあぅ……」

 

彼の部下なのだろう。女性衛士の声が聞こえる。

 

「俺の仲間に、手を出すんじゃねぇぇぇぇ」

 

所作が綺麗なわけではない。言葉遣いが丁寧なわけでもない。

むしろその逆だろう。しかし、どこか惹きつけられる魅力、そう感じた。

 

「行くぞ!!ウォードック!ついてこい!!」

 

彼を攻撃しようとしていた要撃級を屠り、叫ぶ。

跳躍ユニットの出力を上げ、機体をBETAの中に突撃させた。

 

「了……解っ!」

 

その返事を待つまでもない。

同じ戦場に立つものとしての信頼が、そこにはあった。

 

彼の機体の迫りくるBETAを倒す。

彼の機体の進む道を切り開く。

 

「おぉぉぉぉぉ……」

 

自分の力を限界まで引き出して戦う。今はそのことしか頭になかった。

 

「援護頼みます!あの傷に、こいつを叩き込む……」

 

青白く、不気味な光を指して、彼は言う。

 

「――了解」

 

最小戦闘単位を組む相棒の進む先がわかっていれば、支援は楽だった。

 

「うおぉぉぉぉぉ……!!!」

 

網膜投影に映る、その機動を目に焼き付ける。

進め、進め……!

進路上の敵の動きを止める。数が多すぎて殺しつくすことは出来ないが、一時的に無力化することくらいは出来る。

そして、彼の機体が目標地点にたどり着いた。

 

「タイマー作動!全期……が爆発すんぞ!!」

 

そう叫びながら後退する彼の機体。

「自分」がふっと笑ったのがわかる。機体を反転させ、後退する。

 

「全機後退!」

 

「負傷者を確保しろ!誰一人置いて帰るなよ!」

 

各指揮官からそう激が飛ぶ。

戦闘をしていた戦術機が、全て反転し、天井の穴へと向かう。

 

「……香ァァ……」

 

「……ッ…………ィ……ャ………!!」

 

自らの機体が天井の穴を超えた瞬間、世界が白く染まり、最初に聞こえたのと同じような轟音と衝撃が身体を震わせる。

そして、意識が飛んで行った。

 

――――

 

[5]

 

「武様?武様?どうかなさいましたか?尋常ならざる声が……」

 

武の意識が、そんな声とともに引き戻される。

医師が飛んできて、検査をする。しかし、武の身体に異常は全くなかった。そしてそれは、精神も同様だった。少なくとも、武が認識している範囲において、何の異常もなかったのである。

 

武にとっては、何か長い夢を見ているような感覚だったのだろう。長く、鮮明な夢を見たはずなのに、起きたら覚えていない。そんな感覚のはずだ。

しかし、それは夢ではない。

その()()の経験は、あるかもしれなかった自分の経験だ。

武はそれらを実際に経験したのである。

 

そんな平行世界の経験をした武が、この世界にどのような影響を与えるのか。

それが活かされる機会は、世界中が戦時という世界のせいか、はたまた武の因果な運命故か、すぐに訪れることになる。

 




場面はそれぞれ、[2]がオルタのXM3試験、[3]がその直後のBETA襲撃、[4]がTDA3のJFKハイヴ攻略作戦を参考にしています。

お気に入り登録、評価、誤字報告、感想等、いつもありがとうございます。
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03 幼少期

2020年10/07 追記 
冒頭部分の分割、加筆修正に伴い、改訂しました。結果として数千文字増えるという結果に……。今回の改訂については、他の話の分もまとめて活動報告に載せますので、そちらもご確認ください。


[1]

 

1989年 紅蓮邸

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

パァンと音が響く。竹刀と面がぶつかる音だ。

ここは紅蓮邸。武は六歳よりここで剣術を学んでいる。そうして六年。武は今や、同年代では敵がいないほど、士官学校の生徒と同レベルかそれ以上のものを身に着けていた。単に技術だけなら、並みの帝国軍人をも上回るかもしれない。

 

「武よ。そなたは強くなったな」

 

普段は飄々としているただの爺さん――ただの、というには些か以上に化け物――なのだが、修行になると途端に厳しくなる。

褒めるべきときには褒めることができる。そんな良い師匠ではあるが、ここまで直球に褒めることは珍しかった。

 

「いえ師匠。まだまだです」

 

「そう謙遜するでないわ。そなたの力は年を考えれば破格のものよ」

 

「ありがとうございます。ですが師匠、私は将来、戦術機に駆ってBETAを屠り、皇帝陛下と征夷大将軍殿下、帝国のために尽くす心積りです。同年代と比較して優れている、では足りないと思っております」

 

そう話す武。とはいえ、それは本心でもあった。

BETAの脅威は日に日に増している。仮に帝国に侵入されれば、BETAは女子供だろうが優先順位なく殺すだろう。斯衛軍に課せられる重要な任務の大抵は本土決戦時に発生する。その際になって、子どもの中では優秀です、ではお話にならない。

また、武の言葉の芯には、帝国の武人として育てられたが故の矜持と覚悟が見られた。

それは武家の息子として育てられたことは勿論、現状無意識下ではあるが、得た「経験」もその性格形成に関わっているのだろう。

 

そんな話の中で、紅蓮はある一つの話題を出してきた。

 

「そうか。そなたは戦術機に乗りたいのであったな。ならば乗ってみるか?」

 

「は?」

 

そしてそれは、常識的に考えて、考えられないような話題だった。

軽くとんでもないことを言い出した紅蓮に対して惚ける武。

 

戦術機とは当然、金食い虫である。また強大な兵器でもある。

たとえ一機であろうと反社会的集団に渡れば重大なリスクが生まれる。それは東ドイツに代表される社会主義国家群が社会主義或いは共産党独裁体制維持のため、対人類用の戦術機部隊を最新鋭機で編成していたことからも伺えるはずだ。

故に戦術機とは、地球上どこでも国家、または国連の軍によって厳重に管理されている。

それは当然日本帝国においても同様である。如何に斯衛軍が将軍の私兵だの何だと揶揄されようと、管理しているのは城代省であり、そしてそれらは国会で決められた予算によって動いている。例え城内省が征夷大将軍直属だったとしても、内閣・国会の影響下にあるのは厳然たる事実なのだ。

そして軍とは当然、規律によってのみ動く組織だ。軍内部の人間ならまだしも、上級武家出身とはいえ軍外部の人間に戦術機に乗せるなど本来、あってはならない。

 

「師匠、それは不味いのではないでしょうか」

 

当然、そんなことは武でなくともわかることだ。

 

「規律に縛られ、そなたのように高い戦術機適性を持つものの訓練ができぬなど馬鹿げておろう。それにそなたは一通りの衛士訓練を終えておるではないか。後は戦術機に乗せるだけ、と聞いておる」

 

そう、この紅蓮の言、一見おかしなことなのだが、全くの的外れというわけではない。

先ほどの言葉に矛盾するようだが、こと斯衛軍においては例外が存在しうる。極端な例ではあるが、征夷大将軍こそその代表だ。無論、斯衛軍出身の将軍も数多い。近年では慣例として、五摂家次期当主を斯衛軍に入れるのは当たり前になっていた。

だが、これは必ずではない。非軍出身者が将軍となった場合、象徴たる紫の戦術機を与えられることになる。日本帝国全権総代たる特殊性を鑑みる必要はあるが、斯衛軍でないものが、斯衛軍施設を使うことは起こり得るのだ。

このように上位の武家であれば、特殊な事情により、任官せずに斯衛軍施設を利用することがないわけではない。

 

そして何より、日ノ本一の武人として名高い紅蓮醍三郎の影響力は破格だ。

紅蓮ならば、斯衛軍特有の事情により、一人二人を戦術機訓練に押し込むくらいなら難しくないのである。

無論、好ましくないやり方なのは間違いない。

だが、結果から言えば、紅蓮のこの行為はもう一つの理由とともに容認された。

 

「……はい。では……お願いします」

 

多少紅蓮の圧に屈した部分がないわけではなかったが、しかし、帝国のため、人類のため、早く貢献したいと考える年ごろだ。

答えは控えめながら、その眼には隠しきれない期待が浮かんでいるのだった。

 

――――

 

[2]

 

そうして、戦術機に搭乗することとなった武。

日を置いて紅蓮とともに斯衛軍基地を訪れる。

 

「まずはシミュレーターから始めるか。操作方法は教わっておろう?ではやって見せい」

 

「し、師匠!?いきなりですか?」

 

「気にするな。習うより慣れよじゃ!」

 

武の話が通じない。正に、これぞ紅蓮である。

今はまだ帝国本土が戦禍にさらされていない時代。平和な世界の性格とは程遠いが、同一人物である片鱗が見られる部分だ。

 

「では始めるぞ。まずは敵はださぬ。思う存分瑞鶴を駆って見せい!!」

 

こうなってしまえば、もうその決定が覆ることはない。

武も正式に軍に入隊すればこれくらいの理不尽は受けるだろうと考えを改め、覚悟を決める。訓練とはいえ、初めての経験だ。どこに生まれ、どう育ったとしても、緊張するのは変わらない。

 

シミュレーショターのコックピットに座り、感触を確かめる。

大人と比べればまだまだ身体は小さい武。とはいえ、ギリギリ動かすことはできそうだ。

 

「了解!白銀武、出ます」

 

そして、シミュレーション訓練が始まる。

この時、武の訓練を見守る目は、四つ――つまり二人――あった。

 

「さて、そなたの意見もぜひ聞かせてくれよ。巌谷榮二」

 

武の機動を見る二人、一人は紅蓮、もう一人は巌谷榮二大尉である。

 

巌谷榮二。

斯衛軍大尉である開発衛士で、現在の斯衛軍専用機である瑞鶴の開発に関わった経緯から「伝説の開発衛士」とさえ呼ばれる男である。そんな大物が何故ここにいるのか。残念ながら、大した話ではなかった。紅蓮がその場で見つけ「面白いものが見れるかもしれん」と声をかけたからである。

伝説と謳われていようがこの男も開発衛士。戦術機関連で「面白いこと」とあれば血がたぎるというものだ。

最も、紅蓮の誘いを断れるものなど斯衛軍にはそうはいない、という事情もあるのだろうが。

 

「ええ、しかし今日まで戦術機の搭乗経験はシミュレーター含めてなしですか。今の所はそうは思えぬ機動をしておりますが」

 

実際、武は普通の衛士と同じように、場合によってはそれ以上の機動を見せていた。

 

「ああ、奴の戦術機特性は前例がないほどだそうだ、まだまだこれからじゃろう」

 

当然、紅蓮は何も考えなしに武を連れてきたわけではなかった。

無論、剣術の優れた期待できる弟子だから、というわけでもない。

将来斯衛軍に所属するものの一人として行われた戦術機への適正試験。

その結果は個人には公表されていないが、軍上層部で共有され、「異常」な高数値を叩き出した武には、遅かれ早かれこのような場が設けられる可能性が高かった。

それが紅蓮がこの異例な訓練の場を作った、或いは作れた真の理由だった。

 

「ほう、かの紅蓮閣下がそこまでいう若者ですか」

 

「そうじゃそうじゃ、わしの期待じゃよ。いずれはこのわしをも超えて、この日ノ本を守る英雄になるやもしれぬ。それほどの大器だ」

 

楽しそうに笑いながら語る。弟子が自らを超える可能性を見せる。紅蓮ほどの人物ともなれば、そんな弟子の存在は珍しい。実際、楽しいのだろう。

しかし、目は笑っていない。斯衛軍の重鎮としての意思が宿っていた。

 

「っ……そこまで仰いますか」

 

一瞬、その姿に押される巌谷。当然、紅蓮の武への評価の高さへの驚愕も、多分に含まれている。

紅蓮は巌谷との対面での会話から、シミュレーターに乗った武への通信へと切り替え、話しかける。

 

「さて、武よ。そろそろBETAを出すぞ」

 

「了解」

 

そうして紅蓮は自らコンソールを操作した。

すると、武の前方に小規模BETA群が出現する。

武としては、仮想とはいえ初めてBETAと相対する。顔に汗が少し流れ、口元は乾く。緊張している証拠だった。

しかし、

 

「行くぞ、BETA!おぉぉぉぉぉぉ」

 

覚悟を決めて、操縦桿を倒す武。

機体が動き出す。

シミュレーターの性能は高い。衛士強化装備と合わせて、戦場に限りなく近い状態を再現できる。

武が「戦場にいる」と自覚したとき、その動きが変わる。機体がまるで()()()()()()()()()かのように動き出した。

奇妙な機動だ。少なくとも既存の機動概念とは違ったものだ。

 

長刀を抜き、BETAへと吶喊する。

正面から突撃級が迫る。

加速。加速。加速。

――突撃級と激突する……そう思われた瞬間、跳躍ユニットが赤く火を噴いた。

突撃級を飛び越え、勢いそのままに反転、長刀を一閃する。

前面に強力な装甲を有する突撃級も、装甲殻のない後部なら簡単に切り裂ける。

突撃級の足が止まった。

 

それを確認するまでもなく、武は次の敵――要撃級へと攻撃する。

接近してくる要撃級。その前腕――多くの衛士を機体ごと潰してきた爪が掲げられた。

――振り下ろされる。

その一撃を長刀で受け流し、切り返した。

一体の首が飛んだ。

そして、後ろから来たもう一体の要撃級を振り向きざまに切り裂いた。

 

足を止めてはいられない。

跳躍する。

一度ではない。前後左右だけでも、上下だけでもない。

三次元の、空間全てを利用した戦い方だった。

 

「これは……」

 

そう巌谷が零したのも無理もない。普通の衛士ならばまず行わないレベルで「空」を使う。

武としても、意図していたわけではない。無意識に、我武者羅に。

対BETA戦の「常識」に囚われる前に特殊な「経験」をしたことが、今の武に繋がっていた。

無論、現段階では正式な衛士と比べることはできない拙いものだ。しかし、将来の可能性を感じる程度には、十分すぎるものでもあった。

 

戦術機が、ロボットが異業種と赤い血を撒き散らしながら舞う。

それは決して美しいものではない。

それでも何故か、巌谷は目を離すことは出来なかった。

 

ところで、現在において三次元戦闘が十分に確立されていない理由は、その大きなデメリットにある。

勿論、戦車以上に機動力があり、三次元戦闘ができることが戦術機の利点だ。

だが光線級が存在する以上、空へ飛べば蜂の巣にされることは間違いない。光線級がいないのならば、航空機の方がよっぽど効率的にBETAを殺せる。さらに、余程上手くやらなければ、推進剤はすぐに底をついてしまうだろう。

戦術機とは、「空」を使えないことを前提に、機動力を突き詰めた兵器なのである。

だからこそ、ほとんどの衛士には三次元戦闘の概念はあっても、それを拡張して「空」を使おうという発想は存在しないのだ。

 

それは、巌谷も紅蓮も承知している。

故に、武の真価を測るため、光線級を投入することを決めた。

 

警告音がなる。

レーザー警報だ。戦術機は自立回避モードとなり、高度を下げ、障害物に身を隠す。

今、武の目の前には十数体のBETAがいる。

近い位置には突撃級、要撃級と戦車級がそれぞれ数体ずつ。その奥には光線級だ。

数自体は多くない。

しかし、一機で倒すのは容易ではない「位置」にあった。

BETAの前にいれば光線級の脅威は少ないが、前方の突撃級を正面から倒すのは容易ではない。突撃級を回避し、空を使えば光線級に狙い撃ちにされる。

 

「行くぞ……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

武の取った手段は、吶喊。

瑞鶴の最大出力をもって、正面の突撃級に突っ込む。

先ほどよりも、限界まで近づき、跳躍する。

跳躍。

突撃級を間一髪で飛び越えた瞬間、光線級からの射線が通った。

機体に光線級の初期照射が当たる。

光線級はレーザー照射する前に、数秒間弱いレーザーを照射する。逆に言えば、数秒間は猶予があるということだ。

本命の照射が来る前に、射線にBETAが入るようにする。或いは、光線級を殲滅する。それが、レーザーの回避方法。

勿論、言うほど簡単ではない。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 

通常、初期照射を食らった戦術機は自動回避を行う。

しかし、瑞鶴はあくまで鈍重な第一世代機。その回避率は推して知るべしといったところだ。

 

操縦桿を握りしめ、急旋回する。

レーザーが瑞鶴の左腕を掠め、爆発する。

機体は無事だが、片腕をもっていかれた。

その間に、要撃級の影に入る。

 

「はぁぁぁぁぁ」

 

右腕一本になっても長刀は使える。

光線級のインターバルは12秒。次の照射が来るまでに仕留めなければならない。

低下した跳躍ユニットの出力を上昇させ、要撃級の影から飛び出た。

 

――その時、要撃級の触腕が迫る。

一瞬、機体に衝撃が走るが、大したダメージではなかった。

 

インターバル経過まで、あと数秒。初期照射を考えれば、猶予はあと十秒程度だ。

 

光線級まで、あと数十メートル程度。

その周囲にいた戦車級が邪魔になる。

 

「邪魔を……するなぁぁぁぁ」

 

少し高度を上げるが、戦車級はそれでも追いすがってくる。

片腕を失っているため、機体バランスが崩れる。

若干、右に倒れる。

その瞬間、武は操縦桿を倒し、機体を一回転させた。

遠心力に逆らわず、回転と共に長刀を振るい、戦車級を薙ぎ払った。

 

そして、光線級の初期照射が始まる。

しかし、こちらの方が早い。

その瞬間、瑞鶴の持つ長刀が振り下ろされ、光線級を斬り殺した。

 

「はぁはぁ……やった、か……」

 

その後、光線級を撃破したことで難度は急激に下がり、残ったBETAを殲滅したことでシミュレーション訓練は終了した。

 

「信じられん……」

 

そう呟いたのは巌谷大尉。

機動だけでも驚いたくらいだ。さらに、それでしっかりと結果を出して見せた。

機体破損は激しく、実戦ではこうもいかなかっただろう。しかし、初めてシミュレーターに乗って、これだけのことができるものなど普通はいない。

 

「単独で光線吶喊、それも第一世代機で、今日初めて戦術機に乗った衛士が……それにあの動きは……」

 

「さて、巌谷大尉。開発衛士としての君の意見を聞こうか」

 

これには流石の紅蓮も多少は驚いているようだ。

 

「はっ。初めは確かに珍しい機動だと思いました。しかし現状では、実戦においては危険が高すぎます。とはいえ上手く光線を避けていました。被弾したとはいえ、撃墜されてもおかしくない状況だったことを考えればより高機動な機体ならばどうなるのか、期待せざるを得ない結果でしょう」

 

その答えを聞いて、紅蓮は大きく頷くと、話を続けた。

 

「ふむ、これから武と話をしようと思っておったのだが、どうだ、そなたも来るか?」

 

「是非、お願いします」

 

――――

 

[3]

 

こうして舞台は移り、武、紅蓮、巌谷の三者による会議が行われることになる。

少しの休憩時間の後、移動し、席についた紅蓮は、まず巌谷の紹介から始める。

 

「まず紹介しておこう。巌谷榮二大尉だ。そなたの訓練を見せていたのでな。同席させることにした」

 

「巌谷榮二大尉だ。開発衛士を務めている。よろしく頼む」

 

巌谷は、武があくまでも斯衛軍に所属していないことを考慮し、正式な所属ではなく職務内容を伝える。

 

「白銀武です。巌谷大尉。勇名は存じ上げております。お目にかかれて光栄です」

 

当然、武も自己紹介を返す。

 

「素晴らしい機動だったな。よろしく頼む。君は軍属ではないから……白銀君、で構わないかね?」

 

「はい、大尉殿」

 

「ふっ、そんなに固くならなくてもいいさ。殿はいらん」

 

「わかりました、巌谷大尉」

 

鷹揚に頷く巌谷。

 

「さて武、見事であったぞ」

 

自己紹介も一段落したと見るや、紅蓮が武に話かける。

 

「ありがとうございます」

 

「で、どうであった?初めての戦術機は」

 

「私としても瑞鶴について、機動についても聞いてみたいな」

 

巌谷もそれに続き、武に質問をする。

武は一瞬視線を巌谷に向ける。それに気が付いたのか、巌谷なら笑いながら言う。

 

「私が瑞鶴の開発に関わったからといって、遠慮する必要はないよ。戦術機開発にはさまざまな意見が必要になる。特に君からは、非常に面白い話が聞けそうだ」

 

巌谷が瑞鶴の開発衛士であったことは広く知られている。むしろ瑞鶴の開発衛士として、その名声を得たというべきか。

瑞鶴について尋ねられたとき、答える相手が巌谷であれば、ネガティブな意見を言える人などいないだろう。しかし、戦術機開発には、立場に拠らない忌憚のない意見が必要で、巌谷とてそんなことは分かっている。

 

「では……そうですね……。思っていたよりも動けた、と思います。乗ったのは初めてでしたが、非常に良い機体だと感じます。反面、もう少し機動力は欲しいですね。あとは……反応が更に早くなればと考えます」

 

実際、これは武の本心であった。

瑞鶴のベースとなったのは撃震、即ちF-4である。F-4は世界最初の戦術機にして、世界中に派生機が存在し、未だに現役で活躍する、現時点で最も成功した戦術機の一つだ。

瑞鶴は、その数あるF-4改修機の中でも、後期に開発されたもので、第一世代機としては運動性・機動性に優れた部類にあるのは間違いない。しかし、同時にどこまでいっても第一世代機なのもまた事実。

 

「機動性についてはその通りだろうな。実際、諸外国にて開発されている次世代型戦術機は機動力が重視されることになると聞く。……だが反応というのはどう言う意味だ?」

 

次世代型戦術機――現在、F-15、F-16をはじめとする第二世代機が実戦投入されている。つまり、次世代型とは第三世代戦術機を指す。

そして、実際に日本を含め各国で開発されている第三世代戦術機――だけでなく、開発中の第二世代戦術機も同様であるが――は、機動性・運動性をさらに向上させることを求められていた。

 

「はい。機体そのものの性能というよりは、機体制御面だと思います。操作を入力した後、実際に機体の動作に反映されるまでの遅延や、動作後の硬直時間を減らせないかと」

 

「!!」

 

巌谷だけではなく、紅蓮も驚く。片眉を挙げるくらいではあったが。

 

「……機体性能より、OSの部分というわけか」

 

巌谷が呟く。それを受けて、紅蓮が巌谷に尋ねる。

 

「ふむ、我が帝国ではOSはあまり開発されておらぬが、実際はどうなのだ?帝国の技術でどこまでできる?」

 

巌谷は開発衛士ではあるが、技術者ではない。開発衛士として、通常の衛士よりは相当知識は豊富だが、専門家ではない。

それ故に、一拍時間をおいて回答した。

 

「はっ。確かに帝国では戦術機用OSの開発はあまり進んでおりません。

また硬直に関しても、より性能の良い中央処理装置が開発されなければなりませぬから、現時点ですぐに解決するのは難しいかと。遅延くらいなら多少の工夫で変わるかもしれませんが……白銀君は何かあるかね?」

 

戦術機のハード面を見れば、機体重量や機体素材、間接強度、跳躍ユニットの最大出力……等々、さまざまなものによってその性能が決まる。ソフト面で見れば、非常に大きな影響を与えるのが演算能力であり、CPUが重要な意味をもつわけだ。

だが、CPUの性能向上を一朝一夕で行うのは容易ではない。

 

「――はい。今思いつくのは、硬直時に次の動作を先取りできる機能、使用率の高い動作を事前に決められたコマンドによって自動的に行う、くらいでしょうか」

 

一度言って、武はもう一度続ける。

 

「――つまり、先行入力とコマンド操作……でしょうか」

 

「……なるほど」

 

長らく会話が続いたので、ここで帝国のOS開発事情について解説しておこう。

 

現状――1989年において、帝国の戦術機開発は行き詰まっていた。現在推進されている、帝国初の純国産戦術機開発計画、「耀光計画」。この計画における新型戦術機の要求水準は極めて高く、現時点では完成見通しがついていなかった。

そのため帝国軍は同年、先進技術獲得を目的としてF-15をライセンス生産することを決定。更に翌年、純国産戦術機の完成までの繋ぎとして本格導入を認めた。これにより帝国陸軍はF-4、F-15の二機種をライセンス生産するようになる。

また、帝国軍の戦術思想は近接戦重視であり、米国のドクトリンとは異なるものであるから、ライセンス生産機については帝国軍独自の改装が行われることになったのである。

 

さて、ここでOSに話を戻そう。

先述した通り、米国の、異なる戦術思想によって開発された機体を日本仕様に改装する上で行われたのが独自OSのアップデートである。つまり、より近接格闘戦を重視したOSを組み上げ、換装したのだ。

このように、帝国でも独自にOSの開発は行われている。とはいえその規模は小さく、あくまでもアップデートという表現が適切だ。また、各機体に適合するようなOS開発が主であり、機体間を飛び越える基礎的なOSの研究は行なっていないのだった。

 

閑話休題

 

武が帰宅した後、残った紅蓮と巌谷は別の会議室に移動し、今日あったことを振りかえっていた。

まず、紅蓮が巌谷に問いかける。

 

「さて、巌谷よ。わしはもしも、武の言う新OSが実用化された場合、衛士は多大な恩恵を得ることができると思う。そなたは如何に考える」

 

「はい。私も新OSの有用性、確と認識しております。しかし実際に開発となれば、開発担当者は本来その発案者たる白銀君に任せるのが道理。

そもそも既存衛士には考え付かぬ機動概念も含まれております。であれば、主開発衛士は白銀君以外に務められぬでしょう」

 

巌谷は、ありえない判断を下す。

将来、斯衛軍の、いや帝国軍の共通OSになるかもしれないものの開発衛士の任を、開発衛士どころか、衛士の経験すらない武に任せようというのだ。

 

「うむ。その通りだ。しかし……」

 

紅蓮が悩むのも当然のこと。如何に評価していても、常識的に考えて問題が多すぎた。

 

「はい。年齢からしても、任官していないことを見ても、城内省が認めぬことは明らかかと」

 

そしてそれは、巌谷も認識しているようだ。

 

「まず、開発チームの長はそなたにやってもらいたのだが?」

 

「はい。配置転換があれば、全力をもって当たらせていただく所存です」

 

巌谷とて、現役の斯衛軍士官だ。彼ほどの人物を引き抜くのだって簡単ではない。

 

「むむむ……どうしたものか……五摂家のいずれかの方にご協力頂くほかないか……」

 

「五摂家、でありますか」

 

――五摂家。

日本帝国の武家社会の頂点に立つ五つの家の総称。

征夷大将軍は五摂家当主内から選ばれる。将軍が現在、大した権力をもたないとしても、こと斯衛軍に関して、五摂家の影響力は極めて大きい。

紅蓮だけでなく、五摂家まで賛成した仕儀、簡単に潰されることはないだろう。

これは、紅蓮の武への期待の大きさの表れであった。

 

「うむ。本来ならわしがいずれかの家に近づくと言うのは良くないのだが……致し方あるまい。煌武院家にご協力頂く。構わぬな?」

 

「煌武院家……紅蓮閣下がそうおっしゃるのであれば、承知致しました」

 

巌谷は武家の中にあって政略からは離れてきた特殊な立場にある。そんな彼にとって、煌武院家の派閥と思われるのは決して好ましいことでないのだが、それでも了解する。

 

こうして、紅蓮が代表して煌武院家に訪れることとなり、当然の帰結として、武も同伴することになったのである。

 

――――

 

[4]

 

数日後 煌武院邸

 

「御館様におかれましては――」

 

普段の飄々とした雰囲気が嘘かのようにきちんとしたー正に斯衛らしいー所作で挨拶の口上を述べ、合わせて武も頭を下げる。

 

「頭を挙げるが良い。紅蓮、そして白銀よ」

 

「「ははっ」」

 

年老いてなお現役の者たちと変わらない、いや、それ以上の覇気を持った煌武院公。その身体に満ち溢れる重厚感は、煌武院邸応接間の厳かさとも相まって、独特な雰囲気を作り出していた。

 

「紅蓮よ、そなたがこのわしに態々謁見し上奏したい儀があると聞いた。珍しいことよ。それに、ともに連れてきた者があの白銀の嫡男とはな」

 

煌武院悠陽、そして冥夜が生まれたときに白銀家が挨拶に行ったように、両家は親しい関係にある。

その嫡男、そして名により、()()紅蓮が目にかけている、未来ある若人ということから、煌武院公は武の名前を憶えていた。そんな武が、紅蓮とともに自らを訪れる。煌武院公が何事かと思うのも当然だった。

 

「御館様、改めて紹介いたします。白銀家が嫡男、白銀武でございます。彼の戦闘能力、衛士適性については報告の通りにございます」

 

当然、ある程度の話は通してある。

 

「ご紹介に預かりました、白銀武と申します」

 

紹介に合わせて、武が自己紹介をする。悠陽と冥夜誕生の際、武は煌武院邸に訪れている。ただ、当時は正式な挨拶をする機会がなかったため、こうした機会が設けられた。とはいえ、半分様式美のようなものではあるが。

 

続けて言葉を交わすのは煌武院公と紅蓮。いくらかかの会話の後、話題は本題へと移っていった。

 

「では本題へ行こう。帝国一の武人が我が煌武院家へ後援を願いたい仕儀、であったな」

 

煌武院公が問いかける。

 

「はっ。戦術機の新規OSの開発。煌武院にその支援をして頂きたいのです」

 

「ほう……当家に、OSの開発の支援を……」

 

紅蓮への信用からか、おかしな話はしないだろうとも思いつつも、しかし未だに訝しんでいる様子だ。

 

「はい。そのOSは白銀の志向する機動概念を実現するためにありますが、仮に現実となれば、衛士の損耗を著しく抑えることが可能かと存じます。詳しくは、先日提出した報告書をご覧いただければ」

 

近侍に渡された報告書を改めて見る。

 

「機動概念の評価について、わしから何か言うつもりはない。紅蓮が言うのであれば、斯衛の役に立つのは間違いあるまい」

 

それは紅蓮への信頼。

 

「しかし……それならば当家に来るまでもないことよ。単刀直入に聞こう。紅蓮、そなたは何を望むか」

 

そう。このOSの開発程度なら、斯衛軍内部で紅蓮が押し込めば事足りる。

この場に訪れた理由は、OSの開発許可ではない。その開発体制構築の問題なのだ。

 

「私はこの新OS開発の主開発衛士として、白銀を据えたいと思っております。そのためのご助力をいただきたく存じます」

 

「……斯衛軍に所属しておらず、実績もない子どもを開発の要職につけろ、ということか?」

 

現実問題、武の年齢と経験不足はどうしようもない。

あの「経験」も、まさか他人に説明できるはずもなく、そもそも武本人が経験したこととは思っていないのだから。

 

「このOS、完全なものにするためには白銀本人の力が必要です。白銀の経験値不足を補うために、巌谷榮二大尉を開発計画の責任者としたいと考えております」

 

巌谷榮二。

その名前の大きさは、こと戦術機関連機器の開発分野となれば、五摂家相手でも通用する強力なカードだ。

 

「なるほどな……では、白銀よ、貴様に聞く。貴様は何のためにその力を使わんとするか」

 

煌武院公はその説明に納得したのか、質問の対象を武に変えた。

彼の纏う雰囲気が更に濃くなる。目を細め、睨みつける煌武院公。凄む、というとどこか道化のような雰囲気を感じるが、今、彼が放つ圧力は果てしなく重い。大人、いや訓練された軍人であっても怯んでしまうであろう視線だった。

武はそれを受け止める。強き意志を持って。

そうしなければ、決して認められることはないだろうとわかっているから。

 

人類の敗北。

そんなものを味わった記憶はない。しかし、無意識下での経験が、身体の本能がそれを拒否させる。武は知らず知らずのうちに、極めて濃厚な経験を積んでいた。武家の一員として育ち、教えられたことも含め、今や武のもつ「意志」は、軽いものではない。

それでも押される。だが、引いてはいけない。

絶対に引けない戦いがあることを肌で知っていたからか、それとも武士としての矜持か誇りか。いずれにしても、武はギリギリで踏みとどまった。

 

「私は……私は陛下と殿下、そして帝国、人類。その全てを守ることです。

私に実戦経験はありません。ですから、実戦に出たら自分の覚悟がどうなるかもわかりません。しかし、今、この世界に生きているものとして、死力を尽くして戦う義務があります。私の力が役に立つのであれば、それを活かすのは私に課せられた責任でしょう。いえ、私はこの帝国の未来のため、必ずや実現して見せます」

 

全てを守る。正に理想主義者の言い分だ。それが簡単ならば、人類がここまで負けるはずもない。現実的ではない言い分。

それでも武は言い切って見せた。堂々と。

しかし、少し才能があるとはいえ、子どもが「国を救う」といっても、普通信用はされない。煌武院公が次の言葉を続けたのは、内容以上に、武の纏う雰囲気を見た結果だった。

 

「ほう。それができる、と?」

 

「国を守る、私のような青二才が申し上げても信頼されないのは仕方がありません。しかし、紛れもない本心にございます。行動せぬ者に結果はついてくるはずもない。まずは私の全力を出さなければ、進む話も進みますまい」

 

武も淀むことなく言い返す。

内容が特筆して優れているわけではない。似たようなことをいうものはいくらでもいる。

世界を守る。国家を守る。そうした言葉は軽いこともままあるのだ。内容だけで測ることは出来なかった。

違った点は、決意。やり遂げるという意志。

ありきたりな動機でも、その言葉に宿る力は、特別なものだった。

 

「ふふふ。はぁはっはっはっは。面白いことを言う……」

 

突然笑いだす煌武院公。

どうやら武は彼に認められるための最初の試験を突破したらしい。

 

「よかろう。新規OS開発、この煌武院が名にかけて援助しよう。元より紅蓮の言い分、無碍にはできる。白銀よ」

 

「はい」

 

「完成の暁には正式に斯衛軍へと推薦する。それまでは仮所属として開発衛士の任にあたれ。――期待しておるぞ?」

 

「「ははっ」」

 

こうして煌武院家後援による新規戦術機用基礎OS開発計画が始まった。

 

――――

 

[5]

 

謁見より少したち、武は煌武院本邸に残っていた。と言うのも、紹介したい人物がいるとのことで、煌武院公に留まるように言われたのだ。そうして一人、応接間にて待機している、と言う次第である。

流石は五摂家の邸宅。応接室も広く、豪華だ。武の前にはお茶と菓子類が置かれており、恐らくではあるが、武が望めば他のものも用意してくれるだろう。しかし、元々の目的は謁見。時間を潰せるものを持ってきたわけもなく、スマホもない世界だ。武は手持ち無沙汰になってしまう。

待ちぼうけていると、外から声がかかる。ドアの外には、二人ほどの気配を感じた。

 

「どうぞ」

 

中から声をかける。紹介したい人物とは誰か、武には見当もつかない。自分より立場が上の人物ということも考えられるため、武は立ち上がり、中に招き入れた。

 

「失礼します」という声とともにドアが開き、女中らしき人物が入ってくる。すると、その後ろにもう一人少女がいた。

艶やかな長髪。利発そうな目尻。和服を着た少女。武よりは下だろう。

その少女は武の前の席に立つと、女中はその後ろへと控える。

少女が顔を上げると、武と目が合う。

一拍おいて、彼女が話し出した。

 

「お初にお目にかかります。煌武院家が長女、悠陽と申します。祖父が不在のご無礼、どうかお許しください」

 

そして、その年からは考えられないほど美しい所作でお辞儀をする。

確かに、煌武院公が紹介するという話ではあった。

とはいえ、そんなことは今の武にとっては細事である。まさか紹介したい相手が、煌武院家の息女だとは思わなかったからだ。

武が以前、煌武院邸を訪れたのは六年前。赤ちゃんの悠陽と出会ってはいるのだが、武にしてもその記憶はあいまいだった。

 

「お初にお目にかかります、悠陽様。白銀武と申します」

 

「様付けなどやめてくださいまし。白銀様」

 

「はっ……は?」

 

武は動揺した。

その言葉がふさわしいだろう。

まあそれも当然、武家が男社会であり、悠陽が女であろうが、家格的には武よりも上、しかも、五摂家とそれ以外とは天と地の差がある。最も、武は女性蔑視をするような性格ではない――幼少期に月詠たちと出会っていることも関係した――ので、悠陽を軽んじる理由がないのである。

 

「しかし…ですね……」

 

言い淀む武。視線を女中に向ける。

態々案内してきたのだ。ある程度悠陽に近い人物だろうと期待して。そうであるならば武家社会において容認できぬことに対して注意するだろうと期待して。

 

「白銀様。悠陽様は生まれてこの方、同年代の方とお話する機会がほとんどありませんでした。他の五摂家、有力武家の方々との懇談くらいでしょう。しかしそれも政局が関わるため深い付き合いではなく挨拶程度。親交を深めるとは到底いえぬものにございました。

白銀様、あなたのことは度々煌武院で話題になっておりました。曰く、武家としての矜持をもち、紅蓮将軍に認められた武の持ち主であるとか。悠陽様がこの大事なこの時期、お一人というのはよろしくありません。どうかあなたには対等に話せる相手となっていただきたい。御館様よりそのように承っております」

 

予想された通りの援護射撃。ただし、撃たれたのは武であったが。

女中の顔はポーカーフェイスを保っている。最も、断るのは許さないという強い眼差しだけは隠せて、隠していなかったが。

顔を正面に向ける。

悠陽は少し不安そうにー涙さえ見せながらー心配した様子であった。

 

「ダメ、でしょうか……?」

 

必殺、涙目上目遣い。それも悠陽ほどの美少女の。更に付け加えれば、小学生をいじめたようになるという罪悪感のオプション付き。

この反則級の一撃によって、武は折れるしかなかった。

 

――――

 

後に煌武院公は、二人の出会いの報告を聞いて、大変満足そうに笑ったと言う。

 

煌武院公としても、悠陽を育てるにあたり、信頼できる相手が必要だと考えていた。

そこに現れた、武という存在。

白銀家はどの五摂家とも特別に親しいということがなく、かつ当主同士の関係が良好であること。

同年代を寄せ付けぬ剣術の腕前。

紅蓮に認められた衛士としての天賦の才。

そして何より、先ほど自分を相手に見せつけた胆力。

 

武が手持ち無沙汰になって当然だ。

この会見は、直前になって煌武院公が決めたのだから。

 

半分は、悠陽の成長のため。

半分は、煌武院家の将来のため。

 

将来、煌武院家を継ぐことはないだろう悠陽の、有力な相手候補としての期待と思惑を含めて、こうした場が設けられたのであった。

どんな世界でも、武という存在は、女性関係では振り回される運命なのかもしれない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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04 戦術機用新型OS開発記

今回はこの二次創作内の現時点における新型OS(=XM3)の仕様についての話です。原作のXM3と違くない?という声もあるかと思いますが、作者は全くと言っていいほど格ゲーをやらないので、拙作ではあくまで独自設定であり、こんな扱いなんだなという風に軽く受け取ってもらえると幸いです。
また原作のXM3に詳しい方、格ゲーに詳しい方で「いや、XM3はそうじゃない。こうだ」という方がいらっしゃいましたら、是非感想欄までお願いします。


紅蓮による無茶ぶりから始まった、武の戦術機搭乗体験。それはだれも予想していなかった結果に終わった。

 

訓練はされていた。正式に訓練兵として鍛えられていたわけではないが、その身体能力は幼少期からの訓練で鍛えられ、同年代では敵なしだろう。正規兵とて、そこらの者であれば倒してしまうかもしれない。何より紅蓮の御墨付だ。知識も十分に詰め込まれている。実際、総合戦闘技術評価演習を突破した訓練生程度のものはあるはずだった。

紅蓮が、そして巌谷が、武がどの程度できるのか期待していただろう。

 

しかし、その期待は裏切られた。正確には予想の斜め上を言ったといっていい。

 

既存概念を覆す機動。はじめてとは思えないその操作技量。そしてハード面のスペックに注目する中で、ソフト面に注視したその発言。

 

そのすべては常識を一変するもので、故に武を開発衛士とし、開発部隊の長に巌谷をつけた新型OS開発部隊が発足することとなった。

 

そして場所はこの新型OS開発部隊の配備基地へと移行する。

ここに開発班、巌谷、その他の開発衛士、そして武がそろった。これは既存概念を覆す、全く新しい概念を実現するOS。集められた目的はそんな新型OS開発へと向けた認識合わせである。

 

「では新型OSの開発に向けて、その新概念についての認識を合わせておきたい。これは発案者の白銀にお願いする。かまわないな?」

 

最初に話し始めたのは巌谷だ。隊長として進行を行う。

 

「はい。ではまず、コンセプトについてお話しします。

それは操作の簡略化とパターン化です。目標としているのは衛士の思った通りに戦術機を動かせること。

例えばより自由な三次元機動の実現です。これにより本来戦術機がもつ潜在能力を完全に発揮することが可能になると確信します」

 

「それは従来OSとはどのように違うのですか?」

 

開発班のうち一人が疑問の声を発する。この会議では巌谷の発案により、適宜疑問を挟むことを許されている。

従来の概念を全く覆すものだ。そうしなければまともチームが動かないという判断だ。

 

「はい。従来のOSでは戦術機は……そうですね……一時的に空を飛べる戦車という扱いであってように思います。対BETA戦において三次元機動を行えるようにはできていても、それに最適化されているわけではありませんでした。それが今回の新型OSの中核の一つ、中断や先行入力になります」

 

「白銀は高度な三次元機動を前提としたOSを作りたい、と」

 

口をはさんだのは巌谷。巌谷は当然武の求めている新型OSについては理解している。チームのために確認をいれたということだ。

 

「はい。既存戦術機の不自由な部分はここで顕著に現れると考えます」

 

巌谷はチームの面々を見渡す。ここまでの概念での疑問はないようだった。

 

「では次に、具体的仕様について詰めていこう。白銀、頼む」

 

「了解です。今回自分が考案したのは主に三点です。まず一点目、戦術機の操作中に衛士の操作を受け付けない時があります。実際には受け付けていない、というよりはコンピュータによる機体制御の際、一時的な自動航行をしているような感覚でしょうか。この際に次の行動を入力できるようにしたいということです。

次に、これは機体硬直時に特に行いたい動作ですが、入力した動作を中止し、新規動作を割り込ませること。

最後に特定の操作によって特定の動作を引き出すことです

これらを統合的に運用することによって、衛士は各機体をより自由に、かつ想像通りに動かすことができるようになると考えます」

 

要点をまとめ、武が話す。

 

「皆意見はあるだろうが、まず一つ一つ見ていこう。まずは先行入力の話だったな」

 

巌谷が進行する。

 

「はい。巌谷少佐にはすでに伝えていますが、自分はこれを先行入力と呼称しています。これは後に説明する動作中止にもいえることなのですが、戦術機の実際の動きと衛士の認識の差異をできる限り減らしていきたいという理由からです。もしその他のアイデアがあればぜひお願いします」

 

「そういうことならば一番早い解決方法は物理的に中央処理装置の性能を向上させることではないでしょうか」

 

武の声に応えたのは一人の技官。

 

「うむ……現段階の帝国の生産能力での量産を前提とした場合、既存のものとどの程度の性能向上が見込めるのだ?」

 

巌谷が問う。如何に開発畑の人間といえども巌谷は開発衛士。実際の技術のことは専門家には及ばない。

 

「そうですね……実際そう簡単にはいかないでしょう。各大学研究機関をはじめとした帝国の総力を用いても今後数年で10パーセント挙げられるかどうか……現行の開発体制では数パーセントがやっとでしょう」

 

「それはどの程度の効果があるのですか?」

 

別の開発スタッフから質問が飛ぶ。

 

「それは実際に衛士の方が乗ってみないと何とも。ただ数値上は上昇しても、一般の衛士が難しいレベルでしかないかと」

 

「では戦術機の反応速度向上も望み薄ですかね」

 

「いわゆる精鋭と呼ばれるような衛士ならば大きな効果が得られるかもしれませんが……」

 

「斯衛軍ならば効果はあるやもしれんな。将来的に帝国軍全軍い配備したいとなると更なる性能向上が必要か……」

 

そうつぶやいたのは巌谷。何やら考え事をしているような様子ながら、少したって頷くと、更に言葉をつづけた。

 

「ではハード面の性能向上についてはできる限り、完成ぎりぎりまで更新を続ける……ということでよいか?」

 

「はい。それが良いかと。我々も可能な限り、1%でも性能が向上するように努力します」

 

「白銀少尉、先行入力についてなのですが……戦術機の動作中に、例えば跳躍の最中に、次の動作、例えば左右への移動を入力する。それによって戦術機はハード面での反応速度の限界、つまり最高性能で機体を操作できると、そういう認識でよろしいのでしょうか」

 

巌谷に応えたのとはまた別の技官が質問する。

 

「その通りです。先行入力によって理論上戦術機の最速値で操作することが可能かと」

 

応えるのは当然武だ。

 

「なるほど、そのプログラム自体は難しくないと思います。ただ従来の姿勢制御と先行入力が干渉しないに、線引きが必要……いや、だからこその割り込む操作、と?」

 

「どういうことです?」

 

また別の技官から質問が飛んだ。

 

「素晴らしい慧眼です。姿勢制御との兼ね合いについては、強制終了との兼ね合いでどうにかなるのではないかと。巌谷少佐。二点目、操作中断についても説明してよろしいでしょうか」

 

「かまわん」

 

「ありがとうございます。では二つ目の強制終了についてですが、これは戦術機がある動作をしているとき、新たな入力をすることで割り込み、行っていた動作を中断させ、新たな動作を行わさせるということです」

 

「それはどのような状況を想定しておられるのでしょうか」

 

「それは例えば転倒時がわかりやすいかと思います。

転倒時、戦術機の操作は衛士の手を離れます。その後機体は自動で受け身をとるように操作されます。つまりこの時間の間、衛士は状況をただ座してみているだけになります。ここで例えば転倒しながらも発砲するという操作を行えるようにしたいということです」

 

先ほどの技官から声が上がった。

 

「なるほど、それで先行入力と……」

 

これまでの話を統合すると、次のようになる。

(ここでの「=」は「=」の前の操作(または動作)中に、後の操作(動作)が行われたものとする)

 

 

[目的] 衛士が操作できない空白時間をなくす。

 

1,ハード面での空白時間(処理速度の関係上必然的に生まれるラグ)を除き、衛士の操作と戦術機の実際の機動との切れ目をなくす。

動作Aを行っている間に動作Bを導く操作(操作B)を行うことによって、動作A終了後に自動的に動作Bが行われる(動作A-B間のタイムラグは処理速度分しか存在しない)。

 

{通常}操作A→動作A→操作B→動作B に対し、 

{先行入力}操作A→動作A=操作B→操作B だ。

(動作Aの途中で、操作Bを行う)

 

2,コンピュータ制御の部分に衛士の操作の優位性をもたせる。

動作A(コンピュータ制御)の最中に操作Bを行うことで、動作Aを強制終了。動作Bを開始する。

 

{通常}動作A(自動)→操作B→動作B に対し、

{強制終了}動作A(自動)=操作B→動作B だ。

(動作Aの間に操作Bを行う)

 

前の動作の途中に操作Bを行うことは同様だが、その操作が先行入力なら「前の動作終了後に続けて」、強制終了(キャンセル)の場合は「直ちに」その操作に基づく動作を行う。

 

そしてこれを組み合わせれば、例えば動作A(自動)=操作B→操作C(→動作A強制終了)→動作B→動作Cというものや、操作A→動作A=操作B→操作C(→動作A強制終了)→動作B→動作Cといったことも可能になる。

しかしこれには問題点がある。それはどの入力が「先行入力」で、どの入力が「強制終了」かわからないことだ。どちらも通常の入力の延長線上で行ったとすれば、例えば操作A→操作B→操作Cという操作は

 

1)操作A→動作A=操作B=操作C→動作B→動作C {先行入力のみ}

 

……動作Aの途中に操作B、操作Cを行うことで動作A終了後に動作B、Cがスムーズに行われる。

 

2)操作A→動作A=操作B(→動作A強制終了)→動作B=操作C(動作B強制終了)→動作C {強制終了のみ}

 

……動作Aの途中で強制終了をすることで動作Bが始まるが、操作Cを行うことで動作Bも強制終了し、動作Cを行う。

 

3)操作A→動作A=操作B→動作B=操作C(動作B強制終了)→動作C {先行入力+強制終了一例}

 

……動作A中に操作Aを先行入力することで動作A終了後に動作Bが行われ、動作Bの途中で操作Cを入力して強制終了することによって動作Bは中断、動作Cが行われる。

 

4)操作A→動作A=操作B→操作C(動作A強制終了、動作B予約キャンセル)→動作C {先行入力+強制終了一例}

 

……動作A中に操作Bを先行入力することで動作A終了後の動作を予約するが、操作Cを入力して強制終了することによって、動作A及び予約されていた(先行入力された)動作Bがキャンセルされ、動作Bがはじまる。

 

5)操作A→動作A=操作B(通常操作、効果なし)→操作C→動作C

 

……動作A中に操作Bの通常操作を行っても機体には反映されない。

 

といった具合に、同じ動作(厳密にはタイミングは若干異なるが)でも「先行入力」ととるか「強制終了」ととるか、はたまた通常操作ととるかで複数のパターンできることになる。勿論上記は一例に過ぎない。ただこれ自体は問題点ではなく利点である。これだけ複雑な動作を、タイムロスを限りなく減らして実行できるのだから。

問題なのはその入力動作が「先行入力」なのか「強制終了」なのか判断すること。それさえできればこの問題は解決する。

因みに姿勢制御と先行入力の兼ね合いというのは、例えば転倒中、コンピュータ制御時に衛士の行った操作の一切を受け付けないということに起因する。自動制御時の操作が保存されずに操作ミスとして扱われてしまえば、先行入力が働かない。ただ強制終了が実現すれば、衛士は自動制御下においても操作をすることになり、それはコンピュータが強制終了ではない先行入力も、正当な操作と認識するようになるということです。

 

さて、武たちの議論もまた、先行入力と強制入力の話題は終盤に入っていった。

 

「……では衛士が先行入力か強制終了か、という問題は間接思考制御によって解決できると?」

 

「はい。従来とは違うので学習にある程度の時間はいただくことになるでしょうが、やることとしては従来行ってきたものよりもはるかに簡易なものかと」

 

「それは朗報だ。では先行入力および強制終了についての問題点、疑問点はほかにあるか?」

 

技官と武、それに巌谷の話が一通り終わり、改めて皆を見て問いかける巌谷。それに食って掛かったのは意外なことに整備兵であった。

 

「待ってください。確かに白銀少尉のいう先行入力と強制終了は衛士にとって莫大な利点があるのでしょう。技術的に開発可能なのもわかりました。しかしそれを前線のすべての機体に搭載しようというのなら、整備に大きな問題が生じます」

 

「整備か……具体的にはどこが問題だ?」

 

巌谷が問う。

 

「そもそも今以上の三次元機動という時点で、戦術機にかかる負担は相当なものになります。整備は勿論、部品の耐用年数の劣化速度も加速度的に早くなるでしょう。ですが、それで戦術機戦力が上昇するなら理解できます。しかし強制終了はやりすぎです!

一度始めた動作を中断することの負担は計り知れません。それは戦術機本体にも、電子機器にもです」

 

それは筋がっている話だ。どれだけ機体が優秀だったとしても、その機体に24時間365日搭乗して戦うわけにはいかない。数時間の戦闘でさえ、大規模な整備が必要だ。戦術機に限った話ではないが、整備できて初めて戦力となる。機体側の性能が上がっても、整備能力が付随して向上しなければ全体としては戦力が低下するなどということもありうる。

 

「……なるほど。しかしどれだけ負担が増えるかは実際にやってみなければわからない。--そうだな?」

 

「その通りです。開発したものを搭載した機体の実機訓練を行って初めて、それはわかります」

 

「そうか……ではまず、それらの機能をつけたものを開発し、実機訓練を行う。整備性の問題に関しては実機訓練の結果から検証。場合によっては新型OSの性能を削ることになるだろう。よいな?」

 

「「「はっ」」」

 

皆の声が重なる。会議は終盤へと突入しようとしていた。

最後の議題は「コンボ」だ。これはある特定の操作(の組み合わせ)を行うことによって、特定の動作を呼びだすことだ。

つまり{通常}操作A→動作A→操作B→動作B {コンボ}操作A→動作A=操作B→動作C だ。

 

これは先行入力と比較すると、違いが顕著だ。同じ操作A=操作B=操作Cという操作に対して、

 

1)操作A→動作A=操作B=操作C→動作B→動作C {先行入力}

2)操作A→動作A=操作B→操作C→動作B→動作D {コンボ}

 

途中まで全く同じ動作をしていても、最後の行動が変化するのだ。勿論これもまた一例にすぎず、連続コマンドを簡潔化したものに過ぎない。

そしてこれが最も効果を発揮するのは、既存の戦術機にもあるものによって真価を発揮する。

データリンクだ。

ある衛士が確立した操縦方法の概念は、一連の操作を認識した機体側がそれを「コンボ」と認識することによって他の衛士にも共有される。つまりある衛士が光線級の照射をよけるような機動ができたとして、それが共有され、更にコンボによって一定の操作で行われるようになったとしたら。人類全体の衛士の戦力は跳ね上がるだろう。

ただしこちらは圧倒的な問題があった。それは武の機動が未だ完璧ではないこと。そもそも武は実戦未経験。原作とは異なり、平行世界で格闘ゲームの経験があるわけでもない。せいぜい平行世界の記憶を受け取っただけに過ぎない。シミュレーションだけでは限度がある。こちらは武の実戦後にまで見送られることになった。

 

「では本日のまとめを行う。まずハード面、特に電子系統と中央処理装置の性能向上。これは完成ぎりぎりまで行い、わずかでも性能の良いものを作る。その上でOSについては先行入力、強瀬終了の二つを軸に開発を行う。

この開発計画は成功すれば瑞鶴に搭載することになるが、私としては帝国軍を含む帝国全体の基本OSにしたい。そうなった時、帝国の戦力は大幅に増していくことだろう。帝国の未来は諸君の双腕にかかっている。よろしく頼むぞ」

 

「「「はっ」」」

 

巌谷が締め、会議場にいた全員が綺麗な敬礼を決める。そうしてこの日の会議は終了した。

 

ーーーー

 

新型OSの具体的な開発目標が定まって以降、計画は順調に進んだ。また順調な開発に伴い開発衛士が増員されるなど、武たちへの支援と期待は大きくなっていった。

 

1990年 夏

 

武たちの新型OSの開発はこの年、完全でないにしろ、とりあえずは完成といってよい段階に到達した。

従来OSに対して明確な優位性が確立され、かつ実戦投入にも十分耐え得るだろうと。

 

「ふむ、仮称XM3、ある程度は形になったか……」

 

そう呟いたのは巌谷。

ここは帝国斯衛軍技術開発部。武を首席開発衛士とした新規OS開発が行われている場所である。この日、新OSの瑞鶴実機テストが行われた。

結果は上々。二年に及ばないという短い時間ではあったが、巌谷の協力のおかげもあって、短期間で完成(正確には武が満足するような、原作におけるXM3程のものはできていない、が時代背景と開発力を鑑みれば満足できるものができたと言っていいだろう)

 

「はい。これで斯衛軍の戦力は飛躍的に上昇するでしょう。何より、武士としての近接戦が強化されたのは斯衛軍衛士にとっても嬉しい知らせでしょう」

 

そう言ったのは実験に参加していた技術士官。帝国軍より引き抜かれた者で、その技術力は高い中尉である。今回のOS開発において開発の中軸を担っていたものの一人でもあり、やはりどこか感慨深い表情を浮かべていた。

 

「ああ。欲を言えば、これが帝国軍にも搭載されれば良いのだが……」

 

「帝国軍の撃震も斯衛の瑞鶴も同じ第一世代機。また両機とも元はF-4ですし、技術的にはそう難しいことではないかと思います」

 

「うん。あとは政治の問題、我々が口を突っ込むような話ではないか。中尉、一応の完成を見たとはいえ、発展性は十分にある。BETAと帝国が鉾を合わせる日も近いだろう。その日まで、できる限り性能を高めてほしい」

 

「はっ!」

 

敬礼する中尉。

返礼する巌谷。

巌谷は管制塔を立ち去った。

そしてその手にはある一枚の書類があった。

 

「新型OS評価試験」

 

それがその書類の表題だった。

 



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05 新型OS斯衛軍採用試験

従来の戦術機の運用を一変させる新型OSがあるらしい。

 

そんな噂が流れたのは1990年夏のことだった。

かねてより巌谷榮二が開発に参加している計画だと噂になっていた。それも煌武院の後援の開発が行われているらしいと。

元々通常の軍組織とは異なる点が多々あるのが斯衛軍だ。武家の表沙汰にはできない、やんごとなき事情による例外も、ほかの組織と比べたら格段に多いだろう。しかしこの計画の噂は、そんな斯衛軍の中においても異質で、人々の注目を浴びるに十分なものだった。

 

曰く、そのOSを導入すると戦術機の機動が一変するらしい

曰く、煌武院家が巌谷大尉を抱え込み、開発している

曰く、開発衛士はまだ子どもらしい

 

そんな真実の部分もあれば、脚色され誇張され、真実とはかけ離れた部分もあった。噂のすべてが真実だとすれば、相当荒唐無稽な、かつ大分きな臭い計画だろう。

ともあれ、煌武院と巌谷、どちらも斯衛軍にとって無視できぬ存在だ。噂の真偽を調べようにも相手が悪い。煌武院と同格の五摂家すら、煌武院との関係悪化を恐れて深くは訪ねてこない。

最も取り立てて隠すべきことでもなかったから、知っているものは知っているという状況であったが。

 

だからこそ、そんなOSが完成したらしい。そういう噂は人から人へと飛び回り、広まっていった。

 

その後行われることになった新型OSの試験。その試験会場には噂を聞き付けた斯衛軍人や各メーカーなどの関係者で埋まったのであった。

 

試験は帝都郊外にある斯衛軍基地で行われる。試験内容はまず新型OSの概要説明、そして対従来OS搭載機戦闘演習である。

 

最初の概要説明が始まる。

関係者が大ホールに集められ(入れないものは別室から映像を観戦する)、檀上には一人の男の姿が。

 

「皆さま、本日はお忙しいところお集まりいただきありがとうございます。新型戦術機搭載汎用OS開発計画におきまして、開発主任を務めさせていただきました、巌谷榮二です。

この度は煌武院家の皆様はじめ、斯衛軍および関係者各位のご協力のすえ、開発に一定のめどを絶たせることができました。ご協力いただいたすべての皆様へ感謝を申し上げさせていただきます」

 

そう話を切り出したのは巌谷。巌谷は武を主任開発衛士とした新型OS開発チームのトップとして敏腕をふるっていた。

その舞台のそでで、武もまた用意を進める。斯衛軍をはじめ戦術機開発に関わる多くの者が集まったこの場。その前に立つというのは初めての経験で、武の背中には汗が流れる。武が緊張に苛まれている間も巌谷の話は続いていた。

 

「では具体的な説明を始めさせていただきます。本OSは一言でいえば、従来戦術機を遥かに超えた、柔軟な運用が可能になる代物です。その特異な性質の説明については、私よりも、発案者による説明がより良いと考えます。そって紹介させていただきます。発案者の白銀武少尉です」

 

巌谷の紹介の言葉と同時に、武は壇上へ向かう。

 

「また今回はその特殊な経歴を踏まえまして、白銀少尉の経歴等の紹介は省略させていただきます」

 

巌谷の声が武の耳に響く。あたかも武に特殊な経歴があるかのような言い方だ。確かに武は普通ではない。しかし巌谷の物言いは噂を助長させ、「武」と煌武院とのつながりを暗に示すものであった。

そんな声をBGMにしながら、武は前日の出来事を思い出していた。

 

前日ー煌武院邸ー

 

武は形になったXM3の評価試験を明日に控え、後援であった煌武院家を訪れていた。目的の一つは報告だ。一応の完成を見た際、すでに一度報告は行っているが、煌武院当主に直接この件で話すのは初めてのことだった。

武の前に当の煌武院家当主が、後ろには侍女らしき女性が控えていた。

 

「顔をあげよ」

 

煌武院公が威厳のある声で言う。

 

「此度は何の用向きか」

 

公が問う。煌武院公とて武の訪れた目的は知っている。様式美というやつだ。

 

「はっ。この度は煌武院公のご協力によって完成した新型OS研究の報告に参りました」

 

武が答える。

すると煌武院公はふっと一瞬笑ったかのようなしぐさをして、より詳しい報告を求めた。

 

一通りの報告が終わったのち、煌武院公が質問を続ける。

 

「それで、その新型はまだ完全に完成したわけではないのだな」

 

「はい。現状日本国内で調達でき、かつ戦術機搭載に適した最高性能の中央演算処理装置を搭載しています

理想性能を得るには至っておりません。これは実際の装置の性能向上によって将来的に達成できると考えておりますが、現状ではこれ以上の性能は得られないかと。また既存戦術機に搭載し、実戦に投入できるように性能を調整したものが今回完成した新型OSになります」

 

「ではそのOSが本領を発揮するためには戦術機自体の性能向上が必須であると、そういうことだな」

 

「その通りでございます。ただ理想性能からは程遠いといえど、現状の戦術機に搭載することによってその生存性は格段に向上するものであると自負しております」

 

といった具合に新型OSについての質疑応答が行われた。

そんな応答がしばらく続き……煌武院公の纏う雰囲気が変わる。新たな得物を見極めんとする武士の目。そんな目から、煌武院として、上に立つものとしての目に変わる。

 

「して、その新型が有用だということはわかった。よくぞやりとげた」

 

しかしそんな煌武院公の口から出たのは称賛の言葉。そんな少し意外な言葉に驚く。とはいえ安心することはできない。

 

「しかしそれが机上の空論であってはならない。その力、斯衛軍にとって実際の武器にならねばならぬ」

 

それは武にとってなかなかに重い言葉だ。厳しい言葉だが、理不尽ではない。例え武がまだ若輩の身であったとしても、煌武院がバックアップするというのはそういうことだ。最も、研究のすべてが実用化できるわけではない。しかし杜撰な計画は許されない。

ただ、それはただ武に厳しいだけではない。その言葉には「斯衛軍にとって有用な兵器を作れ」ということで、それは暗に、それだけのものが作れるだろうという期待の裏返しで。最も、そんな期待を感じ取った武にとっては更に重圧となるわけだが。

 

「そこで、明日の試験、其方の全力を持って臨み、結果を出すがよい。少なくとも斯衛軍に評価されるかどうかは明日次第だ。わかっているとは思うが、ゆめゆめ煌武院の名の後援があるとは思うでないぞ」

 

煌武院公の話は続く。

 

「もし、明日の結果が良ければ、今後正式に斯衛軍として開発を支援することになる。また帝国軍への採用を含め検討されることになる。期待しているぞ」

 

そんな明白な期待に対して、武は身を震わせる。未だかつてない重圧に。これほどまで自分の力が斯衛軍や帝国軍、帝国という国家に対し影響を与えうるのだと実感したがために。

そうして煌武院公との謁見は終わった。

舞台は再び試験場へと戻る。

 

眼前には多くの人が武のことを見つめている。将校から技官、民間人も含め、斯衛軍や帝国軍の関係者が並ぶ。その中には、現在の武とは雲の上の存在とも言える人物もちらほらと。最も煌武院公とて本来は雲の上の人物なのであるのだが。

壇上に立った武が息を飲む。視線が武に集中し、この場のすべてに見られているかのような錯覚を感じる。

口が乾く。

心臓の鼓動がだんだんと大きくなって、息は荒くなる。

汗が出る。

お腹が痛くなったような錯覚が武を襲う。

しかし、覚悟は決めたのだ。いや、武は武家の出身、ならば生まれたその日に運命づけられたのかもしれない。高貴なる者の義務。フランス語でいうノブレスオブリージュ。身分の高いものはそれ相応の社会的責任を負う。だからいつかはこの日が来る。自分の力を国家に活かす時が。

そしてこの時の武は気が付いていないが、身分とは別に、武の運命は決まっていたのかの知れない。それは異なる世界の記憶を受け取った時に。いや本来別の人間であるはずだったこの世界の「白銀武」が、平行世界の白銀武から記憶を受け取ったこと。通常ならあり得ないその出来事が起こったことは、運命だったのだろうか。

 

力強く、一歩前へと踏み出す。覚悟とともに。

 

「本日、新型OSの仕様説明をさせていただきます。白銀武と申します。よろしくお願いします」

 

そんな言葉から始める。

 

「この新型OSの概念はより衛士の想像した通りの機動を実現することにあります。そのためにハードの性能向上、ソフトの新概念が取り入られております。ハード面での性能向上につきましては、別途用意いたしました冊子をご覧ください」

 

まずはそこで一呼吸つく。会場の人々の目線は一時的に配られた資料の方へと移った。

ざわ……ざわ……と話し声や感嘆の声が会場を埋める。新型OSのハード面での機能向上ー高性能CPUの搭載による反応速度の向上、ひいては機体硬直時間の減少ーを見た人々の挙げる声だ。

これはすごい、と褒めるものもあれば、機体硬直という一瞬の時間がほんの僅か短縮されたから何だというものまでさまざまであった。最も、場の大勢は評価できるという空気間で固まる。やはり斯衛軍関係者が過半を占めるだけはある。戦術機での実戦経験がなくとも、「戦闘」における一瞬の差がどれほど大きいか解っている故の反応だ。

 

(掴みはそこそこ、一安心だな。これからが本命、気を引き締めなければ……)

 

武はそう心の中で思案する。そう。この新型OSの本命はソフト面にある。そもそもハード面でのスペック向上は武は要望を出しただけ。技術者陣の努力の賜物だ。武がしたことはソフト面での開発。こちらが認められなければ武にとって意味はない。

 

「ではソフト面についての説明をさせていただこうと思います。この新型OSのソフト面での売りは主に二つあります」

 

会場を見渡す。その注目は先ほど以上に集まっていた。

 

「まず冊子の12ページをご覧ください。一つ目が先行入力です。ご存じの通り、戦術機はその機動変更の間、機体硬直が派生します。僅かな硬直時間ではありますが、この時間が生死の分かれ目になることもあるでしょう。それはハード面での性能向上でもこの硬直時間を減らせるようにしておりますが、ソフト面ではこの先行入力によって硬直時間とそれにより発生する無駄を排除することを目的としております。

先行入力とはその名の通り、衛士が硬直時間中またはその前に、硬直後の操作を入力し、予約する機能になっており…………」

 

…………武の説明が続き、一通り新型OSの開設が終わったところで司会役が進行する。

 

「では、これをもって説明を終了とし、次に評価試験の方へと入らせていただきます。こちらは二段階に分けて行われます。第一に既存OS搭載型の瑞鶴と新型OS搭載型の瑞鶴による演習。第二に白銀少尉による演舞を行う予定でございます。準備完了までしばらくお待ちください」

 

ーーーー

 

場所は変わり、演習場。

武の目の前に現れたのは演習で戦うことになる相手。真壁任三郎少佐である。

日本武家の名門、真壁家。

斯衛軍では赤を背負うその武家衆は、先祖代々、そして現在において優秀な将校や各省勤務の高官を排出しており、「高位は高徳を要す」という武家の精神性を体現している一族だ。任三郎少佐はそんな真壁家の三男。例にもれず斯衛軍の衛士として訓練学校を首席卒業。その戦術機操作技術は上層部にも一目置かれている。

それが武たちの今回の対戦相手。この演習試験の結果が真にOSの差異によるものなのか。それを図るためにも、既存OSに搭乗する衛士は信頼されている精鋭が選ばれた。

 

この新型OSの評価試験は4対4、つまりは一個小隊同士の戦闘によってなされる。新型OS搭載側の小隊長は巌谷でなく白銀が務め、コールサインは「フライ01」。小隊員として三名が部下となる。

通常小隊長は中尉階級が務めるが、階級で言えば少尉である小隊長の武と、その他の隊員たちとの差はない。これは今回の評価試験のために臨時で組まれた小隊であり、例外的に認められたものだ。臨時といってもこの新型OSの開発初期段階から開発に参加している衛士たちであり、急造というわけではない。またこの試験のため、この編成での訓練は積み重ねてきていた。

対する真壁小隊はコールサイン「ウルフ」。その部下たる三名もまた、平時より真壁少佐麾下の人員であり、少佐直属の小隊せもある。当然練度は高く、多少の機体性能差ならば覆してしまうだろう。実際、この場の多くの者は説明を聞き有用性を認めながらも、武たちの勝機は薄いと考えていた。巌谷が出るならばまだしも、武のよう若い者には荷が重いと。

 

「白銀少尉、今日はよろしく頼む。貴官の話を聞く限り、私からしても有用なものであるとは思う。しかし武の道に在る者として、容赦はせぬ」

 

「はっ。こちらこそよろしくお願いします。真壁少佐の御噂はかねがね伺っております。胸を借りるつもりで挑ませていただきます」

 

武は真壁にそう返す。家格は同じといえ真壁は年長者であり上官だ。とても不遜な態度はとれない。

 

「うむ。先の説明を受けて、私でも如何に使うかわからぬものがあった。戦術機とは武士(もののふ)の刀。そして人馬一体ともいう。即ちその扱い様こそその者を映す鏡でもある。期待しておるぞ」

 

それは武に向けた期待であり、武士として強き者と戦いたいという心の表れだ。強き者と戦うことは己の技量をさらに高める。それはひいては祖国のための力となる。

 

「はい。少佐のご期待に添えますよう全力を尽くします。このOS、私の望む限りのものができたとはいえませぬ。しかし現段階においても衛士の生存率を大きく高めると確信しております。それを証明させていただきます」

 

例え上官であっても、年上であっても武のやるべきことは変わらない。それはこの新型OSの性能を更に向上させ、その価値を証明することだ。価値とは本来それをもつものが決めること。しかし軍という組織にあれば、末端が価値を見出しても、上層部が価値を見出せなければ意味がない。だからこそこれは好機だ。斯衛軍や城代省の高官が並び、メーカーや軍の技官が並び、家格の高い武家衆が並ぶ。その面子は錚々たるものだ。そして相手は斯衛軍のの精鋭として名の知れた真壁少佐。この相手に勝てれば新型OSの価値を一挙に証明できる。

 

「楽しみしておこう。では演習場……戦場で会おう」

 

「はっ」

 

敬礼する武に答礼を返す真壁。

敬礼を終えた真壁は踵を返し、自らの瑞鶴があるハンガーへと立ち去って行った。

 

ーーーー

 

「両部隊の開始位置での待機を確認しました」

 

オペレーターの声が演習場周囲へと響き渡る。それはこの演習試験を観戦している人々への配慮だ。オペレーターといっても通常のCP(コマンドポストオフィサー)とは役割が違う。彼女は演習の開始、終了の合図と機体破損や撃墜時の報告のみを行う。これもやはり観戦者への配慮により設置されたもので、彼女の声は寧ろ観戦席へと向けられている。

 

「それではレギュレーションの最終確認を行います。本演習は統合仮想情報演習システム(JIVES)を用いて行われます。戦闘を行うのは真壁少佐以下既存OSを搭載した瑞鶴一個小隊と、白銀少尉以下新型OS搭載瑞鶴一個小隊です。兵器使用は自由。戦域は都市部。どちらかが全滅、若しくは制限時間30分以内に残存機体数が多い方が勝利となります。制限時間終了後に残存機体数が同数だった場合は引き分けになります」

 

説明が終わる。

 

「それでは真壁少佐、白銀少尉、準備はよろしいですか」

 

最後にオペレーターが両小隊長に確認をとる。

勿論両者とも否やはない。

 

「こちらウルフ01、問題ない」

 

まず答えたのは真壁。

 

「フライ01、こちらも問題ありません」

 

そして武。

 

「では……状況開始まで……5……4……」

 

オペレーターのカウントダウンが始まる。

武は操縦桿を握りしめる。新型OSを認めさせるためにも、勝利が必要だ。その重圧が身体にかかる。

 

「3……2……1……」

 

「0、状況開始」

 

オペレーターの声で演習が始まる。

フットペダルを大きく踏み込む。武たちの機体が動き出した。

 

「事前の作戦通りに動く!俺と02が前、03,04が後ろだ。噴射地表面滑走(サーフェイシング)で都市部まで移動する。二機連携(エレメント)を崩すなよ……!」

 

武の咆哮とともに演習開始位置から都市部へと各戦術機が突入する。

 

今回の演習。練度の高い真壁小隊を相手取る中、武たちの勝機はどこにあるのか。そしてどのような勝ち方が望ましいのか。

かつて巌谷が行った瑞鶴とF-15Cとの演習。あれは国産戦術機の将来がかかっていた。故に巌谷は勝ちが、最低でも善戦が必要だった。巌谷はその演習に奇策をもって臨むことになった。

では此度、武たちはどうか。相手は同じ軍の衛士。同じ作戦状況を想定する部隊だ。そして同一機体、異なるOSをもって演習を行う。勝ちが必要な状況であるのは変わらない。いや、武たちの方が「勝ち」を求められる状況であろう。同一機体にて演習を行うのだから。

そして、だからこそ求められるのは奇策ではない。斯衛軍が求める戦闘条件下で、正面から勝つこと。それができて初めてこのOSの価値が証明される。少なくとも武たちはそう考えている。そして……斯衛軍の想定する作戦状況、それは近接機動格闘戦である。

 

4機の瑞鶴が都市部へと侵入した。この演習ではCP(コマンドポストオフィサー)からの支援は受けられない。レーダーは戦術機搭載のもののみ機能する。武たち小隊のレーダーに二つの光点が映った。

 

「二機……警戒は怠るなよ……」

 

北東方向から武たちに迫る二つの光点。物理的には見えない。それでも確かに近づいてくる。都市部故に侵攻速度は遅いが、着々と。

 

「おかしい……何故二機だけ……いや、どちらにせよ対応せざるを得ない」

 

「しかし隊長、これが罠という可能性も……」

 

武が思案している中、小隊の部下が声をかけてくる。

 

「確かに罠の可能性はありますが、演習開始位置から都市部までの距離はほぼ同じ。周到な罠をはる時間はなかったはずです」

 

「……警戒を続けたまま前進する。向こうもこちらの位置には気がついているはず。このままぶつかるぞ」

 

結局武は戦う選択肢をとる。残る二機を発見できないまま。そもそもこの演習を考えればもともと逃げる選択肢はない。

戦術機の主脚が大地を蹴り上げ、ビルとビルの間隙を縫って進む。

仲間を表す青の光点と、敵を表す赤の光点が近づく。

そして…………赤い光点が目の前に迫る。あと一つ角を曲がれば接敵する。

 

その刹那……

 

新たな赤い光点が武の網膜投影に現れた。

 

「何っ……このタイミングで!?」

 

一瞬武の意識が奪われる。

赤い光点が動き出す。

二機の山吹色の瑞鶴が短距離跳躍(ショートブースト)で急激に距離を詰めてくる。同時に、新たに現れた赤い光点もまた動き出した。

 

「ちっ……しまった……迎撃する。02ついてこい。03、04は残りに二機を警戒しながら援護……!」

 

「「「了解」」」

 

武と02が74式近接戦闘長刀を構え、角を曲がる。

敵機の長刀と武の長刀が激突する。短距離跳躍(ショートブースト)によって瞬間的に圧倒的な速度を得た機体から、それも剣術に長けた斯衛軍の衛士から振り下ろされる一撃は重い。

一撃……二撃……武と敵機の機体が切り結ぶ。

 

03と04が援護に入ろうとする。04の87式突撃砲が02の相手をしている敵機を狙った……ところに三つ目の赤い光点が突撃した。

同時に武と02の相手をしていた二機が逆噴射制動(スラストリバース)で急激にバックステップを踏む。さらに垂直跳躍(バーチカルブースト)を行い宙へと機体を運ぶ。そこで反転、噴射滑走(ブーストダッシュ)。武たちから距離とった。

 

「これは……誘いこもうとしているのか……?だが……02ついてこい。追うぞ。03と04は二機連携(エレメント)で敵一機にあたれ!!」

 

武はあえて敵の誘いに乗ることを選んだ。

例え罠があったとしても、状況は三対二。自分の操作技術を過信しているわけではないが、最も生存性が高いの自分とその僚機の二機連携(エレメント)だからだ。そして何より、これは斯衛軍の評価演習だ。機動格闘戦、密集戦闘。そういったものが重視される。示さなければならないのは武の衛士としての能力ではない。頭脳戦の能力でもない。示すべきは新型OSの性能だ。そしてそれは真壁も承知している。それを知っているからこそ、武は誘いに乗ったのだ。本来ならば武たちは全力で残った一機を叩くべきであっただろうが。

 

ただしそれは手を抜くという意味ではない。真壁にしろ武にしろ、そして各小隊の衛士にしても、もとよりそのようなつもりはない。近接戦闘をもって相手を倒す。それがこの場の衛士たちの総意だった。

 

武と02は敵機を追う。

短距離跳躍(ショートブースト)で一時的に速度を上げ、都市の中を駆ける。跳躍ユニットの推力があがっていく。撃震より強化された瑞鶴の跳躍ユニット。その推力があがるとともに、機体にかかる負担は大きくなり、武へかかる加速度も大きくなる。

 

「ぐぅぅぅぅ…………」

 

口からは声が漏れる。

機体は都市を縦横無尽に動いていく。

主脚が戦術機を蹴る。

跳躍ユニットはロケットエンジンが火を噴く。瞬間的な機動を行うためだ。

機体の向きが変わる……ビルの側面を蹴った。

 

敵機の追跡戦が続く。

武は右手に74式近接戦闘長刀を保持しながら、左手には87式突撃砲を構える。とはいえそれは牽制程度の意味しか持たない。武は銃の名手というわけではないし、そもそも高機動戦闘中に戦術機で戦術機に狙って当てることができる衛士はそう多くはない。

戦術機側の自動照準が前を行く敵瑞鶴を捉えようと動く。

自動照準と敵戦術機がかさなった……ように見える瞬間を狙ってトリガーを引く。

武の瑞鶴の突撃砲が火を噴き、発火炎(マズルフラッシュ)とともに36ミリ弾が発射される。

弾はばらけ、敵機には一発も当たらない。

高機動戦闘は続く。次のアクションを起こしたのは敵機であった。

 

瑞鶴のほぼ最高速まで加速していた敵機が反転全力噴射(ブーストリバース)を試みる。急速に動きを変える敵瑞鶴。跳躍ユニットの全力噴射を続けながら機体を反転させる。その勢いのまま武たちに迫ってくる。

 

「なっ……二機連携(エレメント)を崩した…………!?」

 

そう。武が驚いたのはそこではない。もう一機が進路を変えなかったことだ。一機は武たち敵に突っ込み、もう片方はそのまま逃走戦を続ける。このタイミングで二機連携(エレメント)を崩す意味が武にはわからなかった。

しかし武はその意味をすぐにいることとなる。

 

突っ込んできた敵戦術機が02の機体を通り過ぎ、一気に距離をあける。その進路は先ほど武たちが接敵した地点だ。どうやら二対一の状況を強いられているー03と04と戦っているー味方機体を助けに行くようだ。

武は三度判断を強いられる。即ち、どちらの敵機を追うのか。

 

「まず前方の敵を二機で片づけるぞっ!!平面機動挟撃(フラットシザーズ)だ」

 

平面機動挟撃(フラットシザーズ)。二機で敵機一機に対し機動戦を仕掛け、挟撃する。

とはいえ一対二でも簡単に倒されるほどやわな相手でもない。敵、ウルフ小隊の最大戦力は同然真壁だ。それでもその真壁が直接率いる小隊。当然練度は高い。

 

武と02がスピードに乗ったまま対照的な動きを見せる。

敵機ーウルフ02-の両側から36ミリの雨が吹き荒れる。牽制射撃の意図から放たれた銃弾を避けて、ウルフ02はあるビルの角を曲がる。

そこで武は驚くべき事態を見る。

そう……そこにいたのは…………真壁だ。

レーダーには反応はない。おそらく戦術機の主機を落としていたのだろう。この戦場ではレーダーは戦術機のものくらいしか満足に使えない。それも音響欺瞞筒(ノイズメーカー)のせいで十分とはとても言えない。

 

「何……」

 

驚きに声が漏れる。

そこに真壁がオープンチャンネルで話しかけてきた。

 

「悪かったな、白銀少尉。そのOSの真価、そして君の能力、確かめさせてもらおう。ウルフ02、白銀少尉の僚機の相手をしたまえ」

 

そういう真壁の言葉には自信がやどっている。そして楽しげだ。

彼の言葉に従って、ウルフ02が白銀僚機ーつまりフライ02-に向かう。ウルフ02が速度を上げて、武と真壁の傍から離れるような機動をとる。真壁小隊には事前にその意思は共有されているようだ。即ち、武と真壁が一騎打ちをするということだ。

 

「では行くぞ、白銀少尉。覚悟はよいな」

 

嗤いながらいう。

 

「少佐。私もこの戦、負けるつもりはございません」

 

真壁の瑞鶴が74式近接戦闘長刀を構える。武の瑞鶴もそれに応えるように長刀を構える。

両者がほぼ同じタイミングで笑う。この辺りは互いに武人ということだろうか。刹那、二人はスロットルを強く踏んだ。

 

「「はぁぁぁぁぁぁ」」

 

二人の声が重なる。

その声に重なるように、二つの影が動く。

武の、真壁の瑞鶴が74式近接戦闘長刀を振りかぶり……激突する。

二人の剣の達人が放った一撃は、轟音を響かせ、大地を揺らす。

 

「くぅぅ…………」

 

武の口から声が漏れる。

 

(やはり強い……実力も経験も、今の俺ではかなわない……しかしOSの違いによる性能差を十分に活かすことができれば……)

 

繰り返しになるが、真壁はいわゆる精鋭だ。練度は非常に高く、豊富な経験は現時点の武の比ではない。実際の身体を用いた剣術にしても、免許皆伝のその実力は武を上回っているだろう。そんな相手に対し、勝ちの目があるとすればそれは新型OSによる利点を最大限に活かすことにある。

 

武の瑞鶴の跳躍ユニットが真壁側を向く。逆噴射制動(スラストリバース)だ。武の瑞鶴が急速後退を始める。

武に36ミリが火を噴いた。その光弾が真壁機に迫る。

真壁もまた回避行動をとる。垂直跳躍(バーチカルブースト)で急上昇した。

武は36ミリを牽制的に使用しながら、瑞鶴を操作する。瑞鶴の跳躍ユニットは通常の方向に戻る。その後は逆噴射機構(スラストリバーサー)によって後退する。その速度は下がるが、真壁機との距離は十分だ。

真壁機の機動が変わった。

 

「はぁぁぁぁぁぁ」

 

武が咆哮し、真壁機に突っ込む。跳躍ユニットはその性能限界まで推力を上げ、瑞鶴の速度もまたギリギリまで上がる。

真壁機も武機に迫る。

互いの機体から36ミリの雨が降る。

圧倒的な速度にあってなお、両者とも戦術機の操作は失わない。

正面対峙(ヘッドオン)

空中で両機体が激突する。

 

高速の中、武の74式近接戦闘長刀が真壁機に迫る……真壁機の長刀がそれを受け流す。

一瞬すさまじい音が響き、機体がすれ違う。

両者ともに重大なダメージはない。

 

武はその場で垂直軸反転(バーチカルターン)し、追撃に移る。

跳躍ユニットを瞬間的に限界まで酷使し、失った速度を取り戻した武。真壁機もすでに態勢をもとに戻している。とはいえ武に十分な追撃を行える様子ではない。それは練度の差ではなく、OSの差だ。

新型OSによる先行入力はこういったときに効果を発揮する。そしてその一瞬の差が勝負を、生き死にを分けることは戦場では多々ある。

武の機体が真壁機の目の前に至る。

 

(とった…………っ!!)

 

その時、武を殺気が襲う。いや、それが本当に機体ごしの殺気か、それはわからない。ただこの瞬間、武は確かに感じた。このままいけば切られるのは自分だと。

新型OSのもう一つの目玉機能、キャンセル(強制終了)を実施する。 

真壁機に迫り、刀を振り上げていた武の瑞鶴の機動をキャンセルした。跳躍ユニットの向きを変更する時間はない。OSの反応速度がどれだけ早くなっても、物理的な速度に限界はある。逆噴射機構(スラストリバーサー)を使用し減速、そして後退する。

途端……真壁機の……敵の赤い瑞鶴から、先ほどまで武機があった場所に一筋の光が通った。真壁機の74式近接戦闘長刀である。

 

「あぶないっ……もう一瞬遅ければ……」

 

武はその次の言葉を口にしなかった。否、できなかった。

今度は真壁機の追撃が武に迫る。

 

「くっぅ……」

 

急いで操縦桿を動かす。中央処理装置の性能の向上は、武ー衛士ーの操作が戦術機本体の機動に反映されるまでの時間を短縮する。

瑞鶴が一歩後退し、跳躍ユニットが動き、横方向へと移動する。

長刀と長刀が何度も何度もぶつかる。

つば競り合いがおきて、両者の機体が押し戻される。

 

(どうにかしてこの戦況を打破しなければ…………)

 

操縦桿をより複雑に動かし、強くフットペダルを踏む。より三次元的に真壁機を攻める。

武の瑞鶴が宙を舞う。

周囲のビルを足場にしながら三次元的に動く。

真壁機も負けじと動き出した。巴戦だ。

 

武機と真壁機、二機の瑞鶴が都市の中を飛んだ。優雅に、華麗に。それはまさしく、瑞鶴に込められた「折り鶴のように端正だ」という名の由来を明確に示していたといっていいだろう。事実、その映像を見ていた斯衛軍関係者の多くは思わずため息をついたのだから。

それもただ美しく飛んでいるだけではない。36ミリの嵐が吹き荒れ、二機が近寄れば剣と剣がぶつかる音が響く。

いや、だからこそ見るものに美しいと感じさせるのかもしれない。決して魅せる飛行ではないが、お互いがお互いに本気で勝とうとして、そして両者とも圧倒的な練度を誇るからこその美しさ。それを斯衛軍関係者たちは見たのだ。

 

とはいえそんな格闘戦(ドッグファイト)も永遠には続かない。終わりの時が近づいてきていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

武の息も上がってきた。決着を早くつけたい……そう思った刹那、武の頭の中にあるイメージが浮かんだ。

それは武の平行世界のもの。

ある世界で、武は戦っていた。この世界の武には到底できないような。思いつきさえしないような機動で。何体、いや何十体もの要塞級を斬っていく。

ある世界で、目の前の画面に映った、戦術機とは異なるロボットを動かし、また別のロボットと戦っていた。

そして武の身体は無意識に動きだす。

 

操縦桿を動かし、間接思考制御はその補佐をする。

武の瑞鶴が真壁の瑞鶴の上をとった。

武の瑞鶴は突撃砲をとうに放棄し、長刀を両手を使って持ち、そして振りかぶる。

そこでキャンセル、機体を地面へとおりさせる。

通常なら遅延が発生するところ。新型OSの真価が発揮される。

武の瑞鶴の長刀が斜め下から真壁機に迫った。

 

しかし武の一撃は寸前のところで防がれる。とはいえ態勢は優位。追撃をすれば勝ち切れるかもしれない。

そんな最中に頭の中によみがえるのは師の言葉。

 

武が師事した紅蓮醍三郎は無現鬼道流の使い手であり、当然武もそれを学んでいる。

日本において剣術は室町時代に体系的になったものが現代までに伝わる各流派の源流といわれる。そしてこの無現鬼道流の源流は「陰流」と言われているが、愛洲移香斎久忠を開祖とするこの流派の理念は「転し(まぼろし)」、相手を制する変幻自在の剣。

 

切り結んだ剣が押し返される瞬間、少し横へと動く。

真壁機の切り替えしを避け、何度か剣で切りかかる。そしてそのまま押し込むと、体勢を崩した真壁機。

追撃する武。

瑞鶴が74式近接戦闘長刀を振りかぶり、跳躍ユニットをふかせる。

 

「うぉぉぉぉぉ……」

 

咆哮とともに切りかかる。

刹那、瑞鶴のもつ長刀が、真壁の乗る瑞鶴を袈裟斬りにした。

爆発エフェクトが真壁機を覆う。勿論統合仮想情報演習システム(JIVES)による視覚効果にすぎない。

 

 

ーーーー

 

その後、演習はおおむね武たち小隊が優位に進めた。武が02と合流し、敵、ウルフ02を落とすと敵小隊は瓦解状態に陥った。03、04と戦っていた敵分隊は流石というべきか、連携練度が違った。OSの差をうまくカバーしていたといえるだろう。互角か、あるいはウルフ分隊優位に進んでいたといえるほどに。それでも敵機を落とした武と02が合流すると、多勢に無勢。4対2となった残存機体は時期に撃墜された。

 

終了後、武のもとには多くの人間が顔を出していた。

 

「いやはや、見事にやられてしまったな。完敗だ」

 

負けたことには悔しそうに、それでも清々しいような感じで、真壁少佐が武に話しかけてきた。

 

「いえ、少し違えば私が負けていたと思います」

 

「そう謙遜するな。私に勝ったのだ。胸を張りたまえ」

 

「はっ。ありがとうございます」

 

「しかし例の新型OS、見事なものだ。演習の最中、ほぼ互角の状況の中で間違いなく貴官の瑞鶴の反応は早かった。あれは白銀少尉のいう先行入力を使っていたのか?」

 

真壁が話を変え、話題は新型OSとなる。それこそが本演習の肝であり、真壁も衛士としてそれが気になったのだろう。ある意味、当然の反応といえる。

 

「その通りです。もともと中央処理装置の性能が向上しているのもありますが、先行入力を行うことで少佐の機体よりも常に早く反応させていました」

 

その武の答えに真壁は少し考えこんでからいう。

 

「なるほど……慣れるために多少の訓練は必要だろうが……それだけでも衛士にとって大きな利点だ。では戦闘中の振りかぶってきたと思った途端に機動を変え、下より攻撃してきたあの技は……」

 

「はい。あれは強制終了と先行入力の組み合わせによって行ったものです」

 

「……あれは素晴らしかった。実行寸前のところを中断し、次の技へと繋げる。そしてそれは先行入力と処理装置の性能向上によって可能になる。あれ以外にも今までできなかった機動ができるようになろう…………なるほど、より自由に、思った通りの操作を、か。私も新型を使うのが楽しみだ」

 

高い評価を口にする真壁。演習に負けたから武をたてている、というわけではないだろう。本当の意味で、心の底から思っているのだ。そういう感情が見て取れる。一人の衛士として本当に配備を望んでいる。そして楽しみにしている。

 

「ありがとうございます」

 

「真壁少佐!!」

 

そこに真壁の部下と思われる軍人が現れた。

 

「おや、どうやらお呼びがかかったようだ。すまないが少尉、挨拶はこれまでとさせてもらう。機会があれば、是非新型OS搭載機の機動についてご教授願いたいものだ」

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

敬礼する武に返礼する真壁。

部下らしき軍人とともに武のもとを後にした。

 

ーーーー

 

次に現れたのは巌谷だ。それも山吹色の斯衛軍制服を着た男を伴って。

 

「お疲れさまだな。白銀」

 

少し楽し気に、うれしげに笑いながら巌谷が武に話しかける。

武は敬礼して出迎えた。

 

「お前に紹介したい男がいてな。連れてきた」

 

その言葉を聞いて武の目線は巌谷の隣にいる男に動く。斯衛軍の制服を着た男。歳のほどは巌谷と同じくらいだろうか。

巌谷の声が続いた。

 

「こいつは篁祐唯少佐。普段は東京や米国にいる故会う機会は少ないだろうが、この機会にな。瑞鶴をはじめとした国産兵器開発に数多く関わっている」

 

巌谷が多少雑ながらもその男を紹介する。そう篁祐唯というのがその男の名前。篁家当主であり、瑞鶴や74式近接戦闘長刀の設計を行ってきた経歴の持ち主だ。

 

「篁祐唯だ。白銀少尉、君には前々から興味を持っていてね。今日の演習も見事であった」

 

「ありがとうございます。篁少佐、戦術機や戦術機用長刀開発で馳せたそのご高名、存じ上げております」

 

「そうか。しかし白銀少尉とは実務的な話をしたいものだ。少尉の新型OSとそれに伴う新機動は戦闘を大きく変え得る。今日の演習で確信したよ。戦術機開発に関わるものとして君とはいずれ、ともに仕事をしたいものだ」

 

篁の評価も高い。戦術機開発を行う立場の篁であるが、同時に衛士でもあり、篁示現流の免許皆伝をもつ武人でもある。実戦的な視点がもっているからこそその有用性がわかるのだろう。

 

「はっ。私としても是非戦術機開発のお話、伺えれば光栄でございます」

 

「うむ。いずれ機会をつくろう……」

 

武と巌谷、そして篁が話している中に一人の壮年の男が近づいてくる。

 

「あなたは……」

 

篁が言葉を失った様子で呟く。

 

「話している最中に失礼かとは存じますが、互いに忙しい身。声をかけようとしていた方が揃っている。私もその話に混ぜてもらってもよろしいですかな?」

 

そう言いながらよってくる男。

 

「失礼。白銀少尉ですね。私は河崎重工の常務を務めています、千堂と申します」

 

帝国の軍需産業の中でも戦術機開発を行える数少ない企業。そして戦艦から戦車、戦術機まで総合的な兵器開発、生産を行える企業。全世界が総力戦を行うこの世界で、国家に占める影響力が大きくなったこの世界で、この帝国一二を争う軍需企業。

その常務が今、武たちの前に立っていた。

 

「常務……………………?」

 

思わず口から声が漏れる武。

 

「っ失礼しました。帝国斯衛軍白銀武少尉であります」

 

敬礼しながら自己紹介を行う。

一つ頷き、千堂常務は話し始める。

 

「君が新型OSの基本概念を提唱したというのか本当なのですか」

 

「ええ、本当です。白銀少尉が提唱した基本概念を基礎とし、開発を行いました」

 

その問いに答えたのは巌谷だ。どうやら面識があったように見える。

 

「なるほど。少尉、あなたの開発したOS、私は衛士でないので細かいところはわからないが、従来の戦術機の概念を一変させる可能性があるもの、そう聞きました。私からしても確かに従来のものとは全く違うようだ」

 

ここで篁がうなずいている。

 

「弊社が戦術機開発を行っているのはご存じのところかもしれませんが、今後このOSが斯衛軍や帝国軍に標準配備される場合、それを前提とした開発が必要かもしれませんね。その際は是非、白銀少尉のお力をお借りしたい」

 

「光栄です。私の一存では明言できかねますが、機会があれば是非協力させてください」

 

将来有望な衛士で、開発にも関わるであろう武という存在に、いち早く接触すること。武からしても河崎重工常務という大物と関りをもつのには利益がある。

真壁……篁……千堂……いずれも優秀な人物であり、各分野で実績を残してきた傑物でもある。彼らとの出会いは将来的に武にとっては大きな意味を持つことになるだろう。

 

ーーーー

 

場所は変わり、ある会議室。

ここには今回の演習を観戦した城内省斯衛軍の高官たちが集まっていた。

 

「して、この新型OS、どうみる……?」

 

高官のうち一人が全体へと問いかける。

 

「実際、白銀少尉はあの真壁少佐に勝って見せた。小隊としても結果としては完勝だ。そのOSの能力

認めざるをえまい」

 

ある高官が新型OSに肯定的な意見を出す。

 

「あれがOSの力でない可能性はないのだな」

 

「白銀少尉が実力で真壁少佐を上回ったと?それこそまさかだ。まだ子どもではないか」

 

「確かに子どもだが、侮れまい。実際に真壁少佐を倒しているのだから。ただまあ真壁少佐に勝った一連の攻撃、あれは例の新型OSの成果なのは確かだろう。ああいった運用ができるのは面白い」

 

「確かに。あれは斯衛軍にとっても有益でしょう。運用思想にかなっている」

 

「では斯衛軍に全面的に採用するということで話を進めますかな」

 

全体が肯定的評価に固まろうとする流れだ。

 

「それは早計では?今しばらく、しっかりと監査するべきでしょう」

 

「あの巌谷も関わっているのであろう。それに今回の演習結果。一介の少尉、それもまだ子どもが作ったという側面だけを見れば心配なのはわかるが、斯衛軍にとって十分価値のある代物だろう」

 

「そなたはどう思う?真壁くん」

 

話は真壁へとふられる。

 

「白銀少尉の実力が、その歳に似合わず尋常ではないのは事実でしょう。将来的には斯衛軍、いや我が国を大乗する衛士になるやもしれません」

 

「国を代表……かつての国家人民軍第666戦術機中隊(シュヴァルツェスマーケン)ドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊(ツェルベルス)のように……か?」

 

「もちろん可能性の話です。ですがその可能性、十二分にあるかと存じます」

 

「貴官の白銀少尉の評価が高いのはわかった。では新型OSの評価は如何に」

 

「あれで未だ完全には完成しておらぬ、という話でしたな」

 

「巌谷の言では、完全ではないが実用に耐える。現時点では最高だそうだ」

 

「ふふ……確かに完全でなくとも衛士の生存率は大きく上昇するでしょうな。戦場はある一瞬が生死の分かれ目になることは少なくありません。練度の高い斯衛軍ならなおさらでしょう」

 

「真壁殿がそこまでおっしゃるか……」

 

「ではやはり問題は本当に実戦に出して問題がないか、ですな」

 

会議は纏まりはじめていた。

 

「それに関しては私に腹案がある。基本的には斯衛軍へと全面的に採用する。実戦における不備の可能性は……まあ見ておれ」

 

その男の発言をもって、この会議の大勢は決まった。




捏造設定多いです。


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第一章 東アジア戦線
06 次期主力戦術機開発計画


1990年

 

この年、帝国では官民ともに大激論が起こっていた。この年、喀什のオリジナルハイヴよりBETAが東進を開始。BETA大戦の主戦場はユーラシア大陸西部、欧州から大陸東部へと移りつつあった。かねてより帝国軍内部で検討されていた大陸派兵軍の創設。それが帝国議会において、将来ではなく、「今」実行するかどうかの議論の対象として行われたのであった。

 

いつかこの時が来るとはわかってはいた。BETA大戦の経緯を鑑みれば、例え民間へ公開されている情報だけでもわかっていたはずだ。人類の戦線は徐々に後退し、いつかは自国が最前線になるのだと。そしてこの時、日本国民は理解させられたのだ。帝国は、最前線ではないにせよ、それに限りなく近づいているのだと。自らが戦火に曝される日もそう遠くはないのだと。

 

それでも、後方国家の人々にとって戦争を実感することは難しい。特に日本のような島国ならばなおさらだ。大陸の情勢は、それがどうあれ対岸の火事に過ぎないのだと。それは帝国政府の努力によって変わるものでもなかった。

 

確かに徴兵制の復活は、帝国の未来に戦争が待つのだと実感させていたことだろう。しかし、やはり愛する人が、友人が、家族が、戦場へ実際に行くのだとなれば話は別だ。それがBETA大戦においてどれだけ甘い認識か、どれだけ恵まれた状況か、今この時点で、帝国人にそれがわかっていた者は一体、どれほどいただろうか。

翌年、1991年、帝国議会は帝国軍の東アジア戦線への投入を可決。帝国軍は大陸派兵軍を編成、戦術機部隊を中心とする大部隊を大陸へ派遣した。

 

1990年12月中旬

 

「巌谷少佐。此度の帝国軍大陸派遣軍の創設に伴い、大陸への出兵を希望。帝国軍への転属届けを出した、と伺いました」

 

「白銀。その通りだ。俺は大陸への派遣を希望した」

 

訪ねたのは武。ーなお巌谷は斯衛軍少佐に昇進しており、武の呼び方も「白銀君」から「白銀」へと変わっている。

 

「では少佐。自分も大陸へ連れて行ってくれませんか」

 

「貴官が?大陸へ?」

 

「はい。この国を守るため、私にはまだまだやらねばならぬことがあると、心得ております。ですがそれにも力がいる。BETAを屠るための力は実戦でなければ身につかないと。初の実戦が帝国本土、ということにはしたくありません」

 

「なるほど。理由はわかった。しかし我々はこれまでのように実験や開発のために行くのではない。戦争をしに行くのだ。当然骨を大陸に埋めることになることもあろう。その覚悟はできているのか?」

 

「元より覚悟はできております。最も大陸に骨を埋めるつもりはありません。必ずや帰国し、この地にて斯衛の本分を尽くします。無論、BETAを大陸で抑えることができるのならば、それに越したことはありませんが」

 

覚悟を問う巌谷。その視線が、武に突き刺さる。

それでも武は怯まない。覚悟などとうに決まっているのだから。

 

「……ならばいい。俺は今、帝国軍の技術廠・第壱開発局から申し出を受けていてな。帝国軍の耀光計画、純国産第三世代戦術機の試作機体の開発衛士になって欲しいとな」

 

「大陸で、でありますか?」

 

そう、帝国が目指すのは世界初の第三世代戦術機。当然帝国の持ちうる最先端技術が詰められている。日本国内での試験運用ならばまだしも、実戦によって撃墜される可能性を考慮すれば、それでなくとも他国へ国家機密が渡ってしまうリスクを考慮すれば新兵器の大陸派兵など考えられなかった。

 

「そうだ。我が国における既存の戦術機は米国製の改修型。実戦データは米軍等他国軍のものをある程度用いることができた。しかし此度のものは純国産。今後数年間での正式配備を睨めばこそ、この機会に実戦データをとってきて欲しいということだ」

 

「なるほど、理解しました」

 

リスクがあっても、どうしても必要となる実戦データ。BETAの日本本土進行を待っているわけにもいかない。純国産であるが故のデメリットだろう。

それでも、純国産であることの意義は大きいと判断されたこその開発計画であるわけだが。

 

「そこでだ、その新型のOSに貴官の作った新OS、XM3を搭載しようという案が出ている。その開発者たる貴官も招致したいとな」

 

「は?では……」

 

「ああ、貴官から言わなければ俺の方から大陸へ誘う予定だった」

 

そう苦笑しながらいう巌谷。

 

(これは一本とられたな……)

 

「そういうことでしたら、是非お供させてください」

 

「ああ、では貴様の能力、および帝国へその心身を全てを費やさんとする気概を買い、特別任務を与える。

貴様は来月付で帝国軍へと転属。国防省兵器行政庁技術研究本部・技術廠・第壱開発局に赴任し、耀光計画に参画。帝国軍次期主力戦術機開発計画の開発衛士として、耀光計画を推進するのだ」

 

「はっ」

 

敬礼と返礼。

 

「なお、今年度中に成立が見込まれている『異性起源種の侵攻への対処に関する法律』に基づき、帝国陸軍内において大陸派遣軍創立が決定された。正式な発足は来年となるが、貴様は発足後に大陸派遣軍に合流。大陸派遣軍第一研究開発団第一中隊に配属される予定だ。正式な命令と詳細は後日となる。準備し始めるのはその後で良い」

 

「了解しました」

 

こうして大陸出兵が正式に決まった武。しかしここで巌谷は述べなかったが裏事情がある。

そもそも武はこの世界では赤の家系である。第二次大戦後に廃家となった旧譜代武家出身の巌谷ならともかく、現役の、それも赤の斯衛が帝国軍に出向して出兵など認められるだろうか。出兵させるにしても斯衛軍として大陸に派遣した方がいいだろう。

 

しかし、実際に武の帝国軍出向は認められることとなった。何故か、それにはいくつかの要因がある。

一つには帝国軍の強力な要請がある。帝国軍の次期戦術機開発計画はF-15導入以降完成へ向け着々と進んいる。しかし次期戦術機がとある政治的理由からギリギリの開発スケジュールとなること。それによって将来の発展性のための構造的余裕に乏しくなることが予想されていたこと。これによって新型の能力向上はOS面に頼らざるをえないこと。これらの要因から武の作った新OSは帝国軍とって喉から手が出るほど欲しいものであった。

またこのOSには武の新規機動概念も盛り込まれており、その相性は世代が新しくなればなるほど良くなる(機動性が上昇するため)からそもそもOSの出来次第ではOSの運用前提とした機体を作ろうという思惑もある。

 

また斯衛軍にしても新規OSの実戦評価を行え、さらなる機能向上が見込めるだけでなく、来るべき次期斯衛軍主力戦術機開発のためにもハード、ソフトの両面における国産開発能力の向上は重要なテーマである。煌武院家は武の派遣に反対せず、他の五摂家も同様であれば、帝国軍への借りを作れることも含めて斯衛軍としても意固地になって否定することはなかった。

ただし、武は大陸派遣より帰国後は斯衛軍に復帰することが条件ではある。

 

この斯衛軍と帝国軍の思惑が一致したことによる帝国軍次期戦術機開発、実戦運用試験計画は両軍の技術的交流を活発化させ、後の一型丙評価プロジェクト等の合同計画へと繋がっていくのは余談である。

 

「また新規OSの早期開発への恩賞として煌武院公の推薦に基づき、来月付で臨時少尉から中尉に昇進とする。大陸では小隊を任せることになると思う。よろしく頼んだぞ」

 

武は今まで正式な衛士ではなかった。それは偏に年齢のためであり、開発衛士として開発を行う際には臨時少尉として参加。その立場はあくまで暫定的なものであった。

とはいえ新OSの開発が一段落し、斯衛軍の各戦術機に搭載されることとなり、さらには帝国軍機への搭載可能性もある。年齢も14となる。となれば(少々若いが)任官は十分に可能であり、武の戦術機操作技術、開発衛士時に行った指揮官訓練でも能力の高さ。それらを鑑みれば中尉というのもあながちおかしな話でもない。

元より斯衛軍は特殊な軍隊であり、武の家格も考慮されるというのであればなおさらである。

 

「はっ」

 

「ではこれで本日は解散とする。正式な事例を待て」

 

敬礼。

敬礼に対して見事な返礼をして見せ、巌谷は退出した。

地獄への入り口にたった武。大陸での初陣をどのように迎えるのか、大陸派遣軍に参加した一人の斯衛軍人は帝国の行く末をどう変えるのであろうか。

 

 

 

 



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07 悠陽の思い

1990年12月16日

 

来年中の大陸派遣軍参加が決定してから数日、武は誕生日を迎えた。

武が煌武院公と謁見、その後に悠陽と出会ってから早数年。主と従者ではなく一人の人間として対等に付き合いたいと言った悠陽とは会う機会は多くないものも、それなりに親密な関係を維持していた。そして出会って以降、毎年悠陽に呼ばれるのがこの日、12月16日である。

二人とも年は違うものの誕生日は同日。

お互いがお互いの誕生日を祝うという、少々奇妙な関係でありながらも、12月16日は煌武院邸にて悠陽と会うのが慣習となっていた。

 

「武様、お誕生日おめでとうざいます」

 

そう声をかける悠陽。ここは煌武院邸応接間。悠陽と武はそこに二人切りという状況だ。(因みに煌武院家主催の悠陽の誕生祭は早々に終了した)なお如何に悠陽が美少女といえども、この時点でまだ八歳。武は十四歳である。劣情など催す筈がなかった。

 

「悠陽も、誕生日おめでとう」

 

武も悠陽の誕生日をを祝って、返す。

部屋は平和で、和やかな雰囲気に包まれていた……が、

 

「武様、父よりお聞きいたしまた」

 

暗い雰囲気で悠陽が問う。

 

「大陸へ、お行きになるとか」

 

それを言っている時、悠陽は俯き、涙を堪えているような様子であった。

賢い子である。武は自分から覚悟を決めて行くのだと、この国、帝国のために戦いに行くのだと、理性ではわかっている筈だ。それは煌武院の教育の賜物か、悠陽は確かに、王としての器を兼ね備えた人物であった。

それでも、それでも言わずにはいられない。半ば強引に、自分から迫ったとはいえ、武は悠陽にとって「煌武院家」の長女ではなく、一人の「悠陽」として見てくれた人なのだから。この気持ちが恋であるかと聞かれれば、「そうだ」と断定することは難しいだろう。憧れにも近い感情かもしれない。しかし、どちらにせよ悠陽にとって武は大切な人物であることは間違いない。そんなかけがいのない人が戦地へと赴こうとしているのだ。それを黙って見ていることができようか。否である。そんなことは成人した人であっても難しいだろう。悠陽はこの年齢としては破格な自己制御能力を有していると言える。

 

「私も、BETAの恐ろしさについては伺っております。大陸に行けば、武様はそれと戦うこととなるでしょう。命を失うやもしれません……」

 

それは大切な人を失いたくないという純粋な思い。

 

「それでも、行くのですか?」

 

「悠陽……命を落とす危険があるのはわかっているさ。それでも行くんだ、悠陽」

 

「何故ですか?どうして行ってしまわれるのですか?」

 

「前にも言っただろう?俺にはやらねばならぬことがあるんだ。それにね、俺は死にに行くのではない。守りに行くんだ。皇帝陛下に将軍殿下、そして悠陽、君のように大切な人々を守るために。帝国を守るために」

 

それはこの世界の武の立脚点。斯衛であること。武家の一員であること。そして何より、自らが帝国を守るためにあるという認識。

そして平行世界で経験した絶望。それを避けようとする強い意志。

 

「大切な……ひ、とを……守る、ために……」

 

「その通りだよ。帝国を、俺にとって大切なものと、大切な人たちを守ること。その目的を果たすまで俺は死ぬわけにはいかない」

 

それが武の正直な思い。

果たして、それは悠陽の心にしっかりと届いたようである。

 

「武様……私、待っております。武様のご帰還を。ですからこの悠陽と約束してくださいまし。絶対に戻ってくる、と」

 

それは願い。大切な人が戦場へと行くのは自分のためでもあると聞いた悠陽はもはや、武を止められない。武は本心からそう言っている。会話の雰囲気からそれがひしひしと伝わってくるから。

だからこそ願う。自らの理想を。

大切な人がいなくなってほしくないという、誰しもが持つ感情。

 

そしてその感情は武にも伝わった。

 

「約束しよう。悠陽。俺は必ず戻ってくる。更なる力をつけて。BETAごときにやられはしない」

 

「はい。私も良き為政者となるように頑張ります。武様、約束いたしましょう?お互いに互いのなすべきことをなし、再会すると」

 

「ああ。約束だ」

 

約束が結ばれる。

それは二人の行動を約束に縛り付ける鎖。

それは二人を引き合わせる赤い糸。

 

その約束が吉であったか凶であったかはわからない。ただそれでも、この日よりの二人の行動原理としてこの約束が組み込まれたのは間違いない。二人はまだ子供。如何に為政者として育てられようとも、如何に並みの軍人に匹敵する技量持つまで訓練していようと、精神面、身体面ともに成熟しきっていないのは当然のこと。だからこそ、戦う理由ができたことは本人たちの成長にとって非常にプラスになったということだけは断言できる。

ある意味では、ここから始まったのだ。二人の物語が。

BETAと、人類と、帝国のため、互いのため、大切な人のための戦いが。

 



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08 大陸派遣軍

「精強たる帝国軍人諸君。私は帝国陸軍大陸派遣軍総司令官、橘尚一郎大将である。

さる国会にて、『異性起源種の侵攻へ対処に関する法律』が可決された。これに先立ち創設されていた我ら帝国陸軍大陸派遣軍は正式に、東アジア戦線へと派遣されることと相成った。

 

派遣部隊の諸君、諸君らへと与えられている任務は極めて重要である。

 

すでに欧州の陥落は近く、BETAとの月面戦争が始まってすでに二十余年。我々人類は負け続けてきた。徐々に徐々に、戦線は押し込まれつつあり、我らが祖国も、決して安泰とは言えまい。

 

しかし、だからこそ、我々が大陸へ行くのである。豊葦原の瑞穂の国を、皇帝陛下と将軍殿下、そしてそこに住む全ての帝国臣民の為に。愛すべき国家と人々の為に。

 

 

流血を恐れること勿れ。

諸君らの流血は、我らが帝国の未来に資せるものであると、私は信じる。

諸君らが、諸君らこそが大陸にてその全身全霊を尽くし、一分一秒でも長く、帝国の平和を守るのだ。

倒れることを恐れるな。

諸君らが倒れても、戦友がその意思を継ごう。戦友の死を、我々は決して無駄にはしないのだということを、ここに誓おう。

 

行く先は地獄の戦場である。

それでも、我々には身命を賭して成し遂げなければならぬことがある。帝国軍人として、果たすべき使命がある。

 

諸君ら一人一人の行動が、将来の帝国の行く末を変えるのだと、斯くのごとく認識せよ。

 

BETA対戦の勃発以降、人類の核焦土化戦略も相まって、異常気象が各地で発生している。我が国においてもだ。しかし、九段の桜を見るとよい。今年もまた英霊たちを誇るかのように、咲き誇っておるではないか。

 

私は諸君らに、帝国のために殉じたすべての人々に、世界各国で自らの祖国と人類のために殉じたすべての人々に恥じぬ立ち居振舞いと戦いを期待するものである。

諸君らの奮戦に期待するものである。

 

我々帝国軍人は誓う。

帝国と人類のため、命を懸けて地獄の戦争を戦い抜く覚悟であると。

大陸に巣くう異星起源種どもを必ずや滅殺せんと。

必ずや生還し、大陸遠征で得た知見を祖国へと還元せんと。

 

此度の大陸遠征出立に際し、我らが決意の一端をここに開示し、これを以て訓示とする」

 

 

「総司令官閣下に敬礼!!」

 

壮観な光景だ。総司令官は演説の為、壇の上にいるが、その目下に広がるのは大陸派遣軍に参加する将兵たち。

帝国陸軍東北方面隊第九師団、北部方面軍第七師団の両戦術機甲師団を主力とし、複数の戦術機甲連隊を含む大部隊を東アジア戦線に派遣する。その数は優に数万を数え、帝国が本格的にBETA大戦に参加する上での本気度が垣間見える。

 

これらの部隊が展開するのは重慶。中華人民共和国四川省重慶である。(全て、というわけではないが、大部分の部隊が重慶に配属される)1990年代に入り、喀什ハイヴからのBETA東進が本格化。その上で統一中華軍とBETA群との一大主戦場となったのが重慶だ。中国国民党(台湾)にとっての公式の首都であり、日中戦争当時から産業基盤が集中。軍部隊の一大根拠地でもあり、この地の趨勢は中国戦線全域、ひいてはユーラシア東部戦域全体に影響を与える。そのための重慶派遣であった。

 

ーーーー

「お疲れ様でした、閣下」

 

そう声をかけたのは橘大将の秘書官らしき人物だ。橘大将にお茶を渡しながら労う。

 

「ああ、ありがとう。しかし大陸派遣軍か……あれだけの数の将兵が、全てでないにせよその多くが死んでいくというのだ。やるせないものだな」

 

「閣下……」

 

「いや、司令官たるものの発言ではなかったな、忘れてくれ」

 

「いえ、閣下が性根がお優しいということは存じ上げておりますから」

 

「はは、しかし実際何人の者が戻ってこれると思う?」

 

「……伝え聞く大陸の惨状。俄かには信じられぬことばかりです。されど、欧州が北欧を除いて奴らの手に落ちたのもまた事実。我々とて無傷で帰れる者は少ないでしょう。こと戦術機部隊に関しては全滅も考慮に入れておくべきかと」

 

「全滅……か」

 

「とは言えやれるだけの準備はしましたし、大陸でも全身全霊を尽くすことに変わりはありません。戦術機部隊の奮戦に期待しましょう。むしろ懸念すべきはPTSDではないでしょうか。通常の戦争でもPTSD発症者は一定数出るというのに……」

 

「だからこその薬物投与と後催眠暗示だろう」

 

PTSD(心的外傷後ストレス障害)は命の安全が脅かされるような出来事によって強い精神的衝撃を受けることが原因で、著しい苦痛や、生活機能の障害をもたらしているストレス障害である。BETAと戦うこと以外にも、強いショックを受けた場合に発症する。

当然通常の戦争ーこの場合、従来の対人類戦争のことであるーでも十分に発症しうる精神症であり、BETAという異形と戦い、かつその圧倒的な悲惨さに触れることから通常以上のPTSD発症率が懸念されている。

そしてその対策の一貫として用いられるのが、薬物投与と後催眠暗示である。

 

「お言葉ですが閣下、大陸での薬物投与や後催眠暗示の強度は高く、あんなものを我が将兵に施さなければならないなんて……」

 

「そうでなければ、戦えぬのが現実だろう!非人道的な措置やもしれぬが、BETAに食われるよりマシだ。

演説では流血を恐れるな、と言ったが、本来、軍人には一分一秒でも長い間生き残ってもらわなければならない。我々が命を削った時間だけ後方の平和が保たれるのだからな。無様でも生きて、戦い続けなければならないのだ。そのために薬物と後催眠暗示が必要と言うのなら、我々軍人は悪魔にでもなろう。全ては後方の祖国のために……」

 

「閣下……失礼しました。取り乱してしまいました」

 

「いや、私も頭に血が上ってしまった。すまない。して、君にもう一つ尋ねたいことがあってな」

 

「は、何でありましょうか」

 

「例の研究開発団のことだ。大陸で次期型の開発を進めるため、第一開発団が随伴するのだったな」

 

研究開発団。帝国の次期主力戦術機開発を担うメーカー各社から開発陣が集められ、帝国軍の精鋭開発衛士の元実機での訓練、開発を行う部隊であり、今回巌谷と武が配属された部隊でもある。

 

「はい。メーカー及び帝国軍内部の技術士官、それに衛士からなります。規模は一個戦術機甲大隊とその支援要員、機密保守のための歩兵部隊からなる連隊規模部隊ですね」

 

「それは戦力になるのか?」

 

「はい。事前に受けた報告によりますと、衛士は精鋭揃い、機体も次期型のテスト機含め戦闘可能とのことです。第一中隊は次期型、第二、第三中隊は陽炎の改造型です。十分戦力になると思います。……いえ、光線吶喊など高難易度任務においては他のどの部隊よりも成功確率は高いのではないでしょうか。メーカーにしても帝国軍上層部にしても、貴重な機体と衛士を失う覚悟での派兵だとか。それに第一中隊長はあの巌谷少佐です。期待は……できるでしょうね」

 

「伝説の開発衛士……帝国における国産機開発決定の功労者、か」

 

「はい。その偉人に率いられると言うことで第一中隊はとても士気が高いようですよ」

 

「そうか……それは結構なことだ。では次にー」

 

橘大将とその秘書官の話は、辺りが暗くなるまで続いた

 

ーーーー

1990年 白銀邸

 

「父様、母様。先日、辞令が発せられました。私は本日より帝国陸軍大陸派遣軍に所属、東アジア戦線の一端を担うことになります」

 

そう切り出したのは武。白銀邸の本門前、武は帝国軍の軍服を着て、その他の必要物を持って立っている。家側に立つのは父、影行と母。

武には昨日正式な辞令が出た。それに基づき本日、ようやく中国・重慶へ向けて出立する。

武はこうして、両親と最後になるかもしれない挨拶をしているのだった。

 

「武、お前の戦術機技能に疑う余地はない。それは俺も斯衛軍で見せてもらった。しかし、これから先そなたが行く戦場は日本人が未だ経験したことのないものだ。焦らず、弛まず、油断せずに粉骨砕身の覚悟をもちてことに当たれ」

 

「はいっ」

 

「武、白銀として、武士として誇りを持った行いを心がけなさい」

 

「はい。父様、母様、行って参ります。帰国できるのがいつになるのかは分かりませんが、白銀家の一員として恥ずかしくない立ち居振る舞いを以って、祖国に尽くして参ります」

 

敬礼。

自らも斯衛軍(今は帝国軍だが)の衛士であると言う誇りをもって。

影行も敬礼で返す。

親子でもあり、軍人でもある二人。多くの言葉は必要なかった。

 

敬礼を終え、背を向ける武。その背中に父、影行が最後に声をかけた。

 

「武、軍人あるいは武家のものとしてではなく、一人の父親としていっておく。親として息子に九段で待たれると言うのは正直嫌でな、生きて……ここに帰ってこいよ」

 

それは一人の人間としての、影行の本心。息子を愛する親としての気持ち。

 

「はい。父さん、必ず返ってくるよ」

 

武も武家の子息や軍人ではなく、一人の人間、息子として答える。

その答えに影行は大きく頷いて、満足げに、母親は少し涙ぐんでいるようで、それ以降は何も言わなかった。

武は車に乗る。軍用車だ。ここから軍港へ向かい、中国への航海が始まる。

 

(絶対に返ってくる。ここに)

 

そう武は決意を新たにした。

 

1991年6月、帝国陸軍大陸派遣軍の主力は重慶への展開を完了。地獄の大陸戦争が始まった。



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09 東側陣営

1991年 5月末 重慶

 

ここは統一中華戦線軍重慶要塞。武たちは帝国軍本体より先行して基地入りしていた。

 

「統一中華戦線」

 

さて、この世界に中国と称する国は二カ国ある。即ち中華人民共和国と中華民国である。両国の歴史は数十年前まで遡るが、どちらの国も日本帝国と良好な関係を築いてきたかといえば、そうではない。かつての大戦時の敵国であり、中華人民共和国においては冷戦構造の最中、日本帝国の敵国であり続けたのだから。

無論、BETA大戦が始まって以降、その対立も緩和されてきてはいる。特に中華民国ー台湾ーとの関係はかなり改善してきているといっていいだろう。互いに後方国家であり、ある程度の経済交流がある。更に西側諸国という意味でもだ。しかし中華人民共和国とはそう簡単にはいかない。冷戦も終結したわけではない。両国家間の感情面における対立は容易になくなるはずもなかった。

そしてそれは、市民感情でレベルでは明白で、やはりそういうところに如実に表れるのであった。

 

では、統一中華戦線に話を戻そう。

統一中華戦線はその名の通り、「二つの中国」が協力して対BETA戦線をなすというものだ。国家の統一ではない。中断した冷戦下の世界情勢は一つの中国を望まなかったし、両国にしても完全な統合は、自国が主導権を握っていなければ望まないだろう。しかし反目し続けていてもそれはBETAに飲み込まれる結果となる。自国の消滅か、不俱戴天の仇と手を組むこと。どちらも決して望むところではないが、どちらかを選択せねばならない。

そういった状況に陥った故、極めて消極的に、折衷案として選択されたのがこの緩やかな統合であった。

 

とはいえ、政治体系から始まり、ありとあらゆることが違う両国。その統合は容易ではなかった。特に対BETA戦を担う軍部の統合はなおさらだ。軍隊系が違えば、運用する兵器も、その運用姿勢も異なる。

それは両国軍の統合運用、引いては統一中華戦線軍という一個の軍隊の運用において、大きな問題であり続けている。

しかし、現実としてのBETAの脅威は刻一刻と迫ってきていた。もともとBETAの脅威あってこそ成立する組織だ。当然両軍の統合運用を開始するまでに時間がかかればかかるほど、前線では兵士が死に、民が喰われ、文明は破壊される。彼らに時間的猶予などなかった。

故に彼らは選択する。現地で可能な限り擦り合わせを行わせつつ、階級制度や組織体系を可及的速やかに統一する。このある種官僚的な統一は、周辺諸国の予測を裏切って、比較的速やかに行われた。

 

そもそも話がこじれていたのは、歴史的に共産党と国民党が相容れないからだ。第二次大戦後、大陸での支配権は共産党が確立した。国民党は台湾に追いやられ、そこで国連常任理事国として発展していくことになる。後に常任理事国は共産党となるが、それはBETA云々ではなく、中国本土の政治、経済、軍事的影響力の拡大、米ソ冷戦下における政争も含んだ末の決定であった。

 

だから共産党の発言力が強く、援助する側ではあった国民党との齟齬が生まれる。

 

しかしその状況はすぐに変わった。予想を超えるBETAの圧倒的暴力は、中国共産党の存亡の危機となった。80年代後半にはソ連が中国領内に送っていた援軍を撤退させ、その状況に拍車がかかる。

更に台湾の発言力は向上する。日本帝国やアメリカ合衆国による経済援助は台湾経済を発展させ、台湾資本はフィリピン等アジア諸国へも進出した。戦争を行う上で経済力は必要不可欠である。内陸部を侵され、経済力が日に日に減衰していく共産党に対し、日に日に増していく国民党。

そしてついに共産党は国民党の影響力をもしできなくなる。そうして妥協点は共産党側が大きく譲歩することで見いだされた。

 

こうして発足し、軍隊の統合運用を行っている統一中華戦線だが、いまだ戦線は大陸の内部にあり、最前線の主力は依然として共産党の中国人民解放軍が務めていた。

そして、場面は武たち帝国軍大陸派兵部隊の先遣隊が重慶要塞入ったところに移る。

 

要塞スタッフに出迎えられた武達一行は、要塞内の日本帝国に貸し与えられる区画へと歩みを進めていた。

 

「視線を感じますね……」

 

そう武は言う。

確かに一行には注目が集まっていた。救援に来てくれた友軍に対する敬意や、単に国連軍以外の他国軍が珍しいというものも多いが、悪意や敵意の視線もあって。

そんな視線を向けられて、武の中に生まれる黒い気持ち。

我々は救援に来たのに関わらず、と。

来てやった。そう上から目線で言ううもりはないし、少なくとも武にはそんな気持ちはなかった。しかし、それでもここまで露骨に敵意ある感情をぶつけなくとも良いのではないか。そう思ってしまったことは、武の年齢を考えなくとも仕方のないことだったのかもしれない。

 

いや、武家のものとして、人間として、そんな気持ちであってはいけない。

武はそう考える。未だ武は若い。大人と比べて、経験してきたことの量ははるかに劣っているだろう。それでも一つ一つの濃密な経験は、この年代の者としては飛びぬけていた。

 

戦術機の新型OSの開発を行った。

未だ完全な完成には至っておらず、実戦経験もこれからだ。しかしその開発で関わった大人たちとの経験。煌武院家の後援による開発は、政治的要素を多分に含み、それもまた武の経験となった。

 

煌武院悠陽と出会った。

彼女は武家の頂点の一角に生まれ、その中で苦しんでいた。彼女には生まれながらに重い責任が課せられた。ああいう性格だ。それが嫌だとは思っていないだろう。それでも、一個の個人としてではなく、煌武院の娘として扱われる重責がまだ子供の悠陽にとってどれほど大変なものであるかは察して余りある。

そんな彼女と出会い、少なくない程度には話した。だからこそ感じるものがあった。彼女の行為一つ一つに付きまとうのは「政治」だ。

 

だからこそ、武は「人類は滅亡の窮地に立って、真の意味で協力し合うことができる」と思うほど子供ではなかった。滅亡の淵に立っても、そしてが同じ国家の中の、同じ民族であっても、あるいは同じ組織の人間であっても反目しあう。それが人間という社会性生物だ。

そんな事例は歴史上いくらでもあって。

そんなことは武にもわかっていて。

それでも武は「人類の協力」というきれいごとをどこかで望んでいて。

 

それはこのくらいの若者がよく思う理想論。それでも武はそんな年相応の考えを、心のどこかで信じていたのかもしれない。

武の感情の出どころはそんな気持ちだった。単に敵意をぶつけられた故の反発ではない。そんな理想を打ち崩されたかのように感じたこと。

 

ひそひそと話し声が聞こえる。中国語の声は武には解らない。それでも伝わってくるものはある。その敵意に反応したものもいるようだ。少しずつ悪意は広まっていく。場の空気が伝染し、険悪な雰囲気が場を支配する。

統一中華戦線の兵士が、帝国軍の兵士が、ピリピリとした空気を纏う。

 

「皆、落ち着け。我々はここに喧嘩をしに来たわけではない」

 

一触即発か、そう思われたときに声をかけたのは巌谷。

戦術機開発に長く携わってきた巌谷は、より技術が進んでいる米国にも渡航経験がある。どんなに時代が変わり、どんなに反差別的な法律が定められても、人種差別は根深い。巌谷もそういった経験は多くもっているのだろう。見知らぬ相手や周囲の悪意や敵意に対しても全く動じた様子はない。

 

その声に帝国軍の兵士たちは我を取り戻す。我々は何をしに来たのか、それを思い出すことによって。

 

しかし統一中華戦線側の兵士はそうではない。巌谷は日本語で声をかけたから、自分たちにはわからない。更にその声によって敵意を隠した帝国軍の兵士たちを見て、自分たちを歯牙にもかけず、すました顔をしているとでも思ったのだろう。そうして苛立ちを高めていった。

帝国軍人は兎も角、統一中華戦線軍人はやる気がある。

 

(どうしたものか)

 

武もまた考える。どうしたらこういった場合に対処できるのか、と。

しかし他国の人間から一方的に敵意をぶつけられたことはない。

そんな時、統一中華戦線の軍服を着た軍人が現れた。階級章を見るに、おそらくは要塞スタッフの中でも高位のものなのだろう。その人物の登場により、ようやくこの場は収まって、武たちは帝国軍用に用意された区画に入り、久方ぶりの休息をとることができたのである。

 

その夜、有志による歓迎会が開かれた。それは帝国軍ー日本人ーに対して比較的嫌悪感を抱いていないもので、これからともに戦う仲間であるという意識を持つ者たちによって開催される。

多くの食料が並び、少しの酒と少しの菓子ーチョコレートなどーが並ぶ。前線国家ではない日本から来たものからすれば、豪華とはいいがたいパーティではあったが、それでも気持ちは十分に伝わる。そんな歓迎会であった。

 

巌谷と副隊長の桜井が出席しないということで、武はこの場の日本側の最高位軍人として参加せざるを得なくなった。まあ無礼講のようなもの、衛士から整備兵、開発スタッフも参加したそれに階級差などあまり関係してはいないのだが。

 

統一中華戦線の軍人たちの中から一人の男が歩いてくる。日中、国籍を問わずその場の者たちの視線が集まる。

 

「それでは、今日からともに戦う仲間たちを歓迎して……乾杯ー!」

 

その男が発した音頭が会場に響き渡る。その声に続き、参加者たちが陽気な声で答える。会場に乾杯の声が響いた。

各人が手に持つ酒はみるみると減っていき、会場にあったつまみもまたなくなっていく。統一中華戦線の軍人たちが加給品をはじめとして奔走して手に入れた食料たちはあっという間に皆の腹の中へと消えていく。

会場のボルテージはだんだんと高まっていった。

 

「あんたは随分と若いんだな」

 

統一中華戦線の兵士が近づいてくる。階級章は少尉、衛士だろうか。

振り返った武の胸を見て、その兵士は驚きの声……にもならない音を出す。

 

「これは中尉殿であらせられましたか。これは失礼しました」

 

ある程度まで近づくと、敬礼をしながらそう述べる兵士。

 

「そんなに畏まらなくてもかまわない。無礼講、なのだろう?」

 

このような場で上下関係を無駄に意識するほどしらけることはない。最低限の敬意をもちつつも、ある程度砕けた会話ができること。それがこういう会の楽しみ方だ。そして何より、武はあまりこういった場で高位を振りかざすことは好まない。

 

「はっ。ありがとうございます」

 

「中尉殿は、この御年ながらもすでに帝国本国である功績をたてられたんだぜ」

 

会話の中に武たちの中隊の衛士が割り込んでくる。気軽な態度。まさにこれこそ宴会を楽しんでいる男という風貌だが、流石に些か無礼すぎるような気がしないでもない。

 

「功績……」

 

「ああ、それはな……」

 

まずい、と武は感じる。中隊の仲間であるこの衛士も研究開発の部門に所属する者。それ以前に軍人だ。組織の人間として機密については良く理解しているだろうし、ましてや機密漏洩を行うことなどあろうはずもない。

それでも大分酒が入っている様子。念には念を。武は口をはさむことを決めた。

 

「少尉、あまり口にするなよ」

 

武は続ける。

 

「すまないが、軍機が絡むものでな。あまり詳しくは説明できないことは理解してほしい。まあそれほど大したことはやっていないさ。多少開発に参加していたくらいだ」

 

慎重に、言葉を選びながら説明する。何をどこまで話せるのか。帝国と斯衛軍の機密を守りながら、ある程度は納得してもらうために。

とはいえ、そんな心配はいらないものだったことかもしれない。

 

「なるほど、そういう経歴が……大陸(こっち)にも若い衛士はもう珍しくはないのですが、まだ最前線ではない日本から来た中では珍しいのではないかと思いまして……」

 

そういう統一中華戦線軍の少尉。その言葉は上官に大しての敬意は勿論だが、年長者としての心配か、はたまた大陸で戦争を経験してきたものとしての配慮か、そういったものが見られた。はじめの言葉も見かけは荒かったが、実際には帝国派遣軍の中に一人圧倒的に若い武を気遣っていたのかもしれない。

 

「やはり大陸の戦況では年少者も戦争に駆り出されているんだな……話には聞いていたし実際この基地見てすでに何人か見ているけれど」

 

そういったのは帝国軍の少尉だ。なお武はこの少尉の態度を咎めることはしなかった。

 

「ああ、知っているとは思うが徴兵年齢は相当引き下げられてるな。この要塞に三日もいればわかるが、まだまだ中学生くらいのやつらも多くいるぜ。女もな」

 

統一中華戦線軍の少尉が苦虫を嚙み潰したような顔で言う。実際、彼は不服に思っているのだろう。女子供まで最前線に送られる現実を。

当然その感情は武たち帝国軍側にも伝播する。帝国とてそうなり始めるような議論はある。そして何より日本が最前線に来る日も近いと肌感覚でわかってしまうから。帝国が大陸と同じになるのはいつか……そう遠くはない未来であろうとわかってしまうから。

 

「しかし、それは何とも難儀な世の中ですなぁ……我々が戦っている理由の一つは、そういう若者を戦場に出さないためってのもあるものだが」

 

そう会話に入ってきたのは壮年の整備兵。整備兵らしい整備兵、壮年で経験豊富なおっさんというやつだ。武たち衛士は基本的に任官すると少尉からスタートとなる。階級は衛士の方が高いが頭が上がらない、敬語を使わなくと誰も咎めない、そういう存在だ。

そんな彼が話に参加して述べる。「若い人を戦場に送りたくない」という話。武は巌谷から似たような話を聞いたことを思い出す。整備兵の視線は武に向いているような気がして、間違いなくその感情の対象には武も含まれていて。少しばつが悪いような気持ちを感じながらも、武は発言することはない。

 

「確かに、それはわかる……俺もそんなに歳をとっているわけではないが、まだ小さな妹がいてな……ちょうど徴兵年齢なんだ」

 

「俺にも妹がいるんだ……帝国はまだ女子の徴兵は始まってはいないが、時間の問題だと思うとなぁ……」

 

統一中華戦線の兵士のそんな嘆きの声を切り口に、帝国軍の兵士が続く。会場の雰囲気はどんどん暗くなっていった。

武は考える。この空気をどうやって打破しようかと。しかし、幸か不幸か、そんな会場の雰囲気は一瞬で霧散することになる。

 

「おいおい、なんだこの雰囲気は。帝国軍は宴会の盛り上げかたもしらないのか?」

 

明らかに帝国軍を馬鹿にした言い方。蔑んだ口調。明確な敵意。武たちが到着した際、敵意を向けてきた男だ。

雰囲気が更に悪くなる。

 

「なんだ?なんか言えよ?」

 

更に煽る。

 

「おい、いきなりきてそれはなんだ」

 

統一中華戦線の兵士から怒号が飛ぶ。当然、武たちに親近感を持っているものもいるのだ。それはこの歓迎会が証明している。

 

「ふん、日帝ごときの手を借りずとも、俺たちだけでどうにかできるんだよ……」

 

自分の仲間たちの中にも武たちに与する者がいる。そう考えたのだろうか。男の声に苛立ちが混じる。男のこぶしは強く握りしめられ、今にも爆発しそうな雰囲気だ。

 

「まて、それができないからこその現状だろう」

 

そういったのは別の統一中華戦線の兵士だ。武たちはあずかり知らぬことだが、実はこの兵士、台湾ー中華民国ーの出身であった。

 

「俺たちはこういう協力体制だから言わなかったが、お前たち共産党政府が国連軍の派遣を拒まなければ今みたいにはなっていなかったはずだ」

 

その兵士は続けて糾弾する。中華民国人からすれば、中華人民共和国は敵国だ。この協力は必要だということ、もとは同じ民族であること。そんなことはわかっていても、全く違う政治体系や思想の下で生きる人々の感情的摩擦は存在する。その気持ちが溢れたのだろう。

 

「ふん、偶然最初が中華人民共和国だっただけの話だ。大陸から逃げ出したやつらが好き勝手言いやがって」

 

対立は激化する。

 

「何だとっ……」

 

売り言葉に買い言葉。

統一中華戦線と日本の対立という構図から、統一中華戦線内部での対立構造へと変化していた。

武の階級は中尉。隊長である巌谷や副長以下武以外の各小隊長が不在、帝国大陸派遣軍の高官たちも不在。この場の帝国側の最高階級者として何をすべきか……何ができるのか……

 

「それまでにせよ」

 

武が声を張り上げる。

 

「統一中華戦線軍内に複雑な事情があることは承知している。私たちがそれに踏み込むつもりはないが……其方、我々帝国軍に思うところがあるのだろう。述べてみてほしい」

 

この対応が正しいものであったのか、武にはわからない。冷静でない相手にこんなことを言っては火に油を注ぐだけかもしれない。

 

「てめぇは……?ずいぶんわけぇじゃないか?そんなのが中尉?」

 

男は武を睨みつける。

 

「今この場にいる帝国軍兵士の中で私が最高階級だ。帝国軍に話があるなら私が聞こう」

 

武も目は離さない。睨みかえす。舐められないためにも。

 

「チッ、こんな奴らに俺らの命を懸けなきゃいけないのかよ」

 

「それは我々帝国軍の能力に疑問があるということか?」

 

冷静ではないものを相手にするとき、自分が冷静でなくなってはいけない。そんなことは武にもわかっている。それでも自分の所属する帝国軍が貶され、冷静さが少しづつ失われていった。

 

「その通りだな。実戦経験もないおこちゃま共が、足を引っ張られたら困るんだよ」

 

だからといってそれが帝国軍や日本を憎むほど目の敵にする理由になるのだろうか。そんなことを考えながらも、武はどう返答しようか考える。

 

「確かに我々帝国軍が大規模な大陸派兵を行うのは今次が初めてだ。私自身も実戦の経験はない。しかし、我々帝国軍は他のどの軍にも練度で負けるつもりはない。

とはいえ、言うは易く行うは難し。帝国軍が実際どの程度戦力になるか、疑問に思う気持ちはわかる。その点に関しては我々の働きを見てもらうしかない。

この場にいる帝国軍人諸君。諸君らもだ。今まで関りもなく、我々に実戦経験はない。経験を積んだ者たちに実力を疑問に思われることは仕方があるまい。では我々はどうするべきなのか。我々は練度が高いと言い返すことか。自らの主張を繰り返すことか。それは否である。謂われなきなき誹謗中傷をうけたとしてもだ。我々は黙してその姿勢で示すのみだ」

 

軽い演説じみたことを行った武。それでもそれは武の本心ではあった。それが適切かどうかは別問題だが。

 

武家に生まれ、武家社会の中で育った武。周囲は武家出身のものやその関係者ばかり。紅蓮や月詠、巌谷……武が師事した人物や上官となった人物もまた武家らしい……かどうかは兎も角、真に一本信念を持っている人物であった。当然そんな中で育った武の考え方も武家の一員らしきものだ。

質素倹約。

高位は高徳を要す。

高貴なる者の義務(ノブレスオブリージュ)

それが斯衛軍、そして武家の考え方。勿論すべてがすべてそういた考え方をしているわけではないが、それでも城代省以下武家の支配的な考えだ。例にも漏れず、武もだ。

行動で示すのみ。

その考えは武にしみついているものだ。斯衛軍の中に入り、その若さは異例であった。もとよりその実力で通常より若くして入隊した経歴がある。そこで大切なのは実力と実績だ。それも斯衛の家柄など通用しない外国が相手。その重要度はさらに高くなる。

 

武の言葉が会場に響いた。帝国軍人にも統一中華戦線軍人にも、静寂が広がる。何やら考えているような様子を皆が見せている。

 

「ちっ、白けさせやがって……まあいい、せいぜい足引っ張るんじゃねぇぞ」

 

喧嘩を売ってきた男が苛立ちを隠さず踵を返す。

何か思うところがあったのだろうか。この対応は正しかったのか。

武たちの重慶要塞初日はそんな不安と、歓迎してくれるものたちへの期待に混ぜ合わさった一日となった。



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10 初陣 壱

今話は前回の終わり、大陸派遣軍の重慶展開完了の少し前から始まります。(武の部隊など一部の部隊が先行して展開しています)


1991年 五月末 重慶 

 

重慶に派遣された帝国軍に貸し与えられた一角。総司令本部にほど近い一室に、武たち研究開発団第一中隊のミーティングルームがあった。そこに集められていたのは中隊長たる巌谷を筆頭とした12人の衛士たち。

全員が強化装備に身を包み、少し緊張した顔つきで集合していた。

 

「よく集まってくれた」

 

そう切り出したのは巌谷。続けて言葉を発する。

 

「全員、戦闘準備はできているようだな。先ほど司令部より通達があった。『BETAの侵攻を確認』だそうだ。これに伴い、我々は統一中華戦線軍、大韓民国義勇軍とともに重慶西武に防衛戦を構築。BETAどもを迎え撃つ。我々研究開発団にも出撃命令が出た。では、作戦の概要を説明する」

 

衛士たちの前のモニターが変わる。写っていたのは重慶およびその周辺地域であり、更にBETAの進軍予想路が記されている。

 

ここで重慶における各国軍の配置を説明しておこう。重慶基地は喀什への降下時より建設が始まった、中国国内最大規模の基地の一つだ。欧州である程度の効果を発揮した、東ドイツ軍の要塞戦、オーデル・ナイセ川流域絶対防衛戦を参考にして作られている。

重慶市の政府所在地がある南西の渝中区、この長江と嘉陵江に挟まれた狭い地区に統一中華戦線の重慶防衛軍GHQが置かれる。*1その周辺各区には砲撃陣地が複数存在。ただし実際の戦闘はよりBETA支配地域に近い場所で行われる。嘉陵江に渠江および涪江が合流する合川区。ここに複数の要塞陣地を形成。前線の地雷原と地の利を生かし、キルゾーンを出現させ、要塞陣地からの支援砲撃で叩く。

この要塞戦は地の利を生かすと言っても山脈などを利用したオーデル・ナイゼ川流域絶対防衛戦ほどではない。戦力とて、統一中華戦線の九割を投入するわけには行かない。しかしより時間をかけて作られたこと。西側の協力もあったこと。重慶以西への核攻撃の許可など、寧ろ防衛力ならばオーデル・ナイゼ川流域絶対防衛戦を上回るだろう。

 

この要塞戦の主要部隊は要塞戦スタッフ、支援砲撃部隊以外では統一中華戦線の保有する戦術機甲10個連隊だ。*2それに加えて大韓民国義勇軍、ベトナム義勇軍の各2個戦術機甲連隊。そして到着した帝国陸軍大陸派遣軍である。大陸派遣軍の重慶市展開戦力は第七師団(戦術機甲3個連隊)および研究開発団(戦術機甲1個大隊)である。なお、第七師団とともに大陸派遣軍の中軸を担う第九師団は別地域に展開中だ。

このように重慶要塞線は戦術機甲16個連隊という、ユーラシア全土で見ても稀に見る規模で構築されているのである。

 

「BETAは合川区の西部から侵攻、その規模は未だ不明だが師団規模を優に超える大規模侵攻ではないかという話だ」

 

ざわっ……中隊衛士の間にも動揺が広がる。

 

「師団規模とは……初陣の我々に大盤振る舞いですな。感謝して殺し尽くさねば」

 

「「「ははは」」」

 

そう発言したのは中隊の副長である桜井大尉。中隊第二小隊長も兼任する衛士で、巌谷の二期下。元は富士にいた精鋭で、巌谷、武と同時期に赴任した。後輩の面倒見もよく、今回のように中隊内の空気が悪くなった時に軽口を言って緊張を解いたりと中隊に必要不可欠な存在である。

 

「その通りだ。初陣でのBETAキルスコアを存分に伸ばしてやれ」

 

巌谷も桜井のそれに乗っかる。それはわかっているからだ。中隊衛士が緊張していることを。

研究開発団第一中隊、巌谷や桜井、武らを筆頭に実績のある精鋭ばかりだ。機体も優秀。中隊でこの部隊に勝るものは世界を見渡してもそうはいまい。しかし決定的に不足しているものがあるとすれば、それは経験。どれだけ優秀な衛士であっても初陣とは緊張するもの。適度な緊張はプラスに働くが、過度な緊張は命取りだ。過度な緊張状態ではどんな優秀な衛士でも隙が生じる。そんな状態を避けるのは部隊長の重要な責任なのである。

 

「ではミーティングを再開するぞ。敵BETAの数は膨大、しかしここではすでに数回、乗り切っている数だそうだ。それらと同様の戦略をとる。

まず前方の突撃級を要塞戦の誘導路へと誘導、側面および背面から子らの攻撃によってこれを撃破。その間、要塞陣地および後方の砲撃陣地からAL弾を投入する。そして重金属雲濃度が90%を超えた段階で光線級吶喊を行う。光線級殲滅後には砲爆撃による面制圧を実施、BETAどもを駆逐する」

 

説明に応じてモニターに映された戦域マップが変化する。

 

「これらに作戦において、突撃級誘引、撃破をフェイズ1、光線級吶喊をフェイズ2、光線級排除後をフェイズ3とする。

 

我々の出番はフェイズ1、はじめからだ。要塞戦全面の左翼を我々帝国軍が担うことになる。

 

なお中央、右翼は統一中華戦線、大韓民国義勇軍およびベトナム義勇軍の連合部隊がそれぞれ担当する。今防衛戦において帝国軍が供給する戦術機戦力は我々をのぞいて一個大隊のみ。これは第七師団の重慶要塞展開が十分に間に合わなかったためだ。我々はこの限られた戦力で防衛しなければならないということを留意せよ。

 

重金属雲展開完了次第、統一中華戦線一個戦術機甲連隊規模部隊が各自に吶喊開始、以降我々の任務は撃ち漏らしのBETAを要塞戦に近づけさせないことになる。我が中隊の展開位置については配布した資料に掲載してあるので確認するように。装備は演習通りでするが、補給は随時行う。武器を大切にしすぎてKIAなど笑えん真似はするなよ。

概略は以上だ。質問はあるか?」

 

「質問よろしいでしょうか」

 

まだ若いーと言っても武ほどではないがー少尉が発言の許可を求める。

 

「構わん、言ってみろ」

 

その声を聞き、少尉が発言する。

 

「我々の任務は通常、どのくらいの戦力で行われるのでしょうか。一個大隊と一個中隊は十分な規模なのでしょうか?」

 

「……我々の任務の適正部隊規模か。通常複数個大隊を当てるようだ。実際今回の作戦でも中央、右翼にはその程度の規模の部隊が出撃する予定だ。しかし私は問題はないと考えている。スコア的にはXM3搭載第三世代概念実証機に乗る我が中隊は第一世代戦術機一個大隊に勝るとも劣らない。それは貴官らが日々の行動で証明している。それを実戦というこの場で、再び証明すればいいだけの話だ」

 

「はっ、了解であります」

 

巌谷は少尉の答えを聞いて満足げに頷き、中隊員たちを見渡す。

 

「他に何か質問のあるものはいるか」

 

問いかけに、返答はない。

 

「ではブリーフィングを終了とする。数時間後には出撃命令がでるはずだ。一時間以内に出撃可能な状態で機体待機だ。興奮しすぎて早まるなよ。では、解散!」

 

巌谷はそうブリーフィングを締めくくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
帝国陸軍大陸派遣軍総司令部も近々ここに設置される予定である。

*2
最も、後退、地帯戦術の実行による疲弊、また稼働率低下の問題もあり、実際に10個連隊を戦場へ送ることは不可能である。




重慶要塞は捏造です。描いてから気づいたんですけど、WIKIで防衛戦構築が1992年となっていました……
戦力については割と適当です。
原作の甲二十一号作戦のブリーフィングでウイスキー部隊(機甲4個師団+戦術機甲10個連隊)で武が「帝国軍は総戦力の半分近くを提供するのか」と驚いていましたから『本土防衛戦終了後の』日本軍戦力は機甲8個師団+通常師団複数(戦術機甲20個連隊)規模だと判断しました。本土蹂躙前ならば人口、経済力の面から言って更に増えるでしょう。
では中国軍はどうか。BETAがはじめに落着した喀什はじめ、大戦初期〜中期の中国国内戦は焦土化戦術を使ったといえども人口密集地帯は健在。残った全てを戦争へつぎ込んでいる事から、数だけは甲二十一号作戦時の帝国軍を超えている、と判断しました。


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11 初陣 弐

誤字報告ありがとうございました。



同日 重慶市西方 合川区

 

「……緊張しますな」

 

そう機密回線で巌谷に零したのは中隊次席指揮官の桜井。中隊のムードメーカー的立場であり、戦術機操縦は勿論、部隊指揮においても高い適性と経験を持つ彼にとっても戦場での初陣は緊張するものなのだろう。

 

「そうだな……何人生きて帰れるのか……」

 

当然、巌谷とて緊張はある。

 

「……皆優秀な衛士です。できれば皆生き残ってほしいものですが……」

 

「俺も、お前もそんな余裕はないかもしれんぞ。明日はないかもしれぬ。とはいえ、俺たちがするのは一つだけだ」

 

「ええ……生き残るためにも、祖国につくすためにも全力を尽くすまでです」

 

「ああ」

 

「しかし、部下たちには聞かせられない会話ですね」

 

「ふふっ。部下たちを安心させるためにも、悠然と構えている姿を見せなければな」

 

「何せ『伝説の開発衛士』ですからね」

 

ははは。と、二人の笑い声が響く。

そこにー警告音が鳴り響いた。

 

「CPよりクレイン中隊、作戦はフェイズ1に入る。BETA群接敵まであと十分、左翼前方ではすでに接敵を開始した」

 

その警告音とCP将校の声に気を取り直す巌谷と桜井の二人。バイタルを確認すると、中隊各員も更なる緊張が走っているように思われる。なおクレインは作戦中の中隊呼称であり、巌谷が第一小隊長兼任中隊長としてクレイン1、桜井は第二小隊長としてクレイン2、そして第三小隊長の武がクレイン3である。

 

「クレイン1了解。中隊全機に告ぐ、待ちに待った狩りの時間だ。貴様らと帝国の技術の結晶、それが最前線の奴らにも負けないということを見せつけてやれ。陣形は鶴翼参陣。最前衛は白銀中尉の第一小隊に任せる!

作戦通り、突出してくる突撃級を包囲漸減しつつ、誘導路へ誘引する」

 

「「「了解」」」

 

中隊衛士たちの声が揃う。

 

ーーーー

 

(ついに来たんだ……この時が……)

 

巌谷の声を聞いた直後、武はコックピットブロックの中で強く操縦桿を握りしめる。

武に任されるているのは突撃前衛長。任された役割をこなし、それ以上の活躍ができれば部隊の士気はあがる。逆に失敗すれば、仮に落とされてもすれば部隊の士気は大きく低下し、場合によっては部隊の壊滅すら有り得る。部隊長とともに中隊の中でも最重要なポジションだ。それゆえに、武に課せられた重責は極めて重い。

 

「死の八分……か」

 

つい、その言葉が口にでる。

死の八分。

それは衛士なら誰もが初陣前に思うこと。衛士教練の時、耳に胼胝ができるできるくらい言い聞かされてきた言葉。多くの者はこう思っているだろう。

(どうせ新人衛士の危機感を喚起するために過剰なデータを持ち出している)

それはあまりに現実味のない話だ。

八分。

衛士は、いや衛士でなくとも戦術機の「強さ」は身に染みてわかっている。その巨体。機動力。少し動くだけで人ひとりくらい簡単に踏みつぶせる。

それだけの戦力を駆り、たった八分で死んでしまうなんて信じられない。実戦を経験していないものたちは皆そう思うのだ。武とて例外ではない。

 

「八分、実際には……どうなんでしょうか……」

 

武の小隊の衛士が不安そうな声を上げる。

 

(しまった……!!つい思ったことが口に……初陣が不安なのは皆同じ、小隊長の自分が部下の不安を煽るような真似を……)

 

「ああ、実戦は訓練とは違う……とはいえ我々は立った八分で死ぬほど未熟者ではないはずだ。今までやってきたことを出す。それだけ出来れば生きて帰ってこられる」

 

その発言に根拠はない。それでも武には積み重ねてきたものがある。

戦術機は衛士の能力を反映する。武の学んだ剣術は戦術機の戦闘能力向上につながっているようにだ。

「戦術機は衛士を裏切らない」

衛士訓練を受けていた際に聞かされた言葉だ。

これは既存兵器と比較した戦術機の特異性を如実に示している。人間以上の可動性。機動性。戦闘能力。これらを引き出すのはカタログスペックではなく、衛士の技量だ。

そして技量とは、操作技術はもちろん、その衛士のあらゆる経験だ。今まで積み重ねてきたすべてのものが、武の、衛士の力になる。

 

「ええ、確かに。帝国軍の精強さを大陸のやつらに見せつけてやりましょう」

 

その声は微かに震えていた。それも当然。しかし、戦う覚悟と姿勢を示していた。

 

「クレイン10よりクレイン3。突撃級の前方突出集団を確認。11時方向より50。小集団です。数十秒後には有効射程内に入ります」

 

第3小隊の部下が伝えてくる。その言葉で武は戦場へと引き戻される。

 

「クレイン3了解。全機砲弾選択、装弾筒付翼安定徹甲弾(A P F S D S)。戦闘用意!」

 

「「「了解」」」

 

武の声に小隊各員が答える。

 

「クレイン3よりクレイン1、攻性接敵」

 

武から中隊長である巌谷に連絡を入れる。これで中隊全体が戦闘態勢に入った。

 

「クレイン1了解。白銀、斯衛の技量、見せてみろ!!」

 

「了解!!」

 

巌谷の檄に武が応える。

 

(彼我距離4000、トリガータイミングゼロッ!!)

 

「クレイン3、フォックス1」

 

「「「クレイン6(8)(10)フォックス1」」」

 

第3小隊の衛士たちがその言葉とともに攻撃を開始する。初めの射撃は最前衛小隊機が持つ最大射程武器、120ミリ滑空砲。銃声が響き、前方の突撃級に当たる。

突撃級の装甲殻は120ミリでも弾く場合がある。それはBETAの誇る最硬の盾。

数発当たったものを中心に、いくらかの突撃級の装甲殻を抜けた砲弾が致命傷を与えた。斃れ、止まる先頭を走っていた数匹の突撃級。

しかしその奥から次々に新手が現れてきて、彼我距離はだんだんと詰まってくる。

 

「対突撃級戦闘。セオリー通り後ろを狙う。戦術高度は50!新型の機動力を見せてみろ!!!」

 

武は叫ぶ、明確な指示は小隊員の士気を高めると知っているから。

そして彼我距離200以内。

小隊各機が飛ぶ。

それは戦術機にのみ許された、対BETA戦用の機動。光線級がいるとはいえ、十分に可能な機動だった。

1989年にライセンス生産が始められた第二世代戦術機陽炎。それをベースに作られた機体。未だ第三世代機程の能力は得られていないが、言わば二・五世代機の性能を誇る武たちに与えられた実験機。

陽炎の高出力主機が、新素材導入によって軽量化した機体を動かす。

ロケットエンジンが動き、機体を一気に空へあげる。ジェットエンジンを蒸し、安定させる。

機体は突撃級を飛び越え、その瞬間、反転。

 

「クレイン3フォクス2!」

 

36ミリチェーンガンが火を吹く。

吐き出された劣化ウラン芯入り高速徹甲弾(H V A P)は柔な突撃級の背後をつき、殺す。

が、殺し損ねた数体が抜けた。

 

「クレイン3よりクレイン1。数体抜けました。対処を。第3小隊は装弾に入る」

 

「クレイン1了解。第2小隊対応せよ。第3小隊は後方へ、第一小隊前に出るぞ。第3小隊が大分片つけてくれた。残りを狩る!!」

 

「「「了解」」」

 

「クレイン3了解。第3小隊聞いていたな、後退して装弾だ」

 

「「「了解」」」

 

各衛士の声が揃う。

武の小隊は後退。代わりに巌谷の小隊が前進し、最前線を受け持つ。抜けた敵は桜井の小隊が続く。

初陣にも関わらず、皆落ち着いている。余裕のある戦いぶりだ。この程度の数では相手にもならない。

しばらくして、突撃級は殲滅された。

 

「クレスト1よりCP。突撃級の殲滅を確認」

 

巌谷がCPに連絡を入れる。答えが返ってくる……前に、砲弾の音が大地に響いた。

 

「これは……」

 

そう呟いたのは武か桜井か、はたまた他の衛士か。

何れにせよこの呟きは戦場の衛士たちの気持ちを代弁していたのではないだろうか。

 

「CPよりクレスト1。了解。たった今、全体で作戦フェイズ1が始まった。AL弾を投射中。重金属雲濃度が規定値に達するまで、突撃級の漸減、誘引を継続せよ」

 

「クレスト1了解。聞いたな、AL弾を打ち始めたようだ。おそらくくるであろうBETAの大部隊を作戦通り、誘導路へと誘引する」

 

「「「了解」」」

 

巌谷の声で集中を取り戻す各位。

こうして作戦が始まる。それは最初の数十体のBETA襲撃とは違う、真のBETAの恐ろしさが垣間見れる地獄の始まりの音だった。

 

「死の八分」

衛士たちが初陣の際最も意識する言葉。十分な支援砲撃下にあって、性能の高い機体と個々の圧倒的練度。数々の要因が重なったとはいえ、初陣での彼らは時間を意識することなく、誰一人として欠けることなく、その時間を乗り切っていた。

 

ーーーー

銃声音が響く。

36ミリの乱れ打ち。120ミリも時々聞こえる。

 

「かー。多すぎるぜ全くよう!」

 

そう呟いたのは中隊所属の衛士。

そういうのも仕方ないだろう。一個中隊がカバーする範囲に現れたBETAは大隊規模。数千のBETAが圧倒的な密度を持って迫る。それを相手にするのはたった12機の戦術機。数百ですら中隊で受け止めるのは容易ではない。彼らが一時的にであれそれを可能としているのは、衛士の技量とXM3搭載第二・五世代機という従来機を圧倒する近接戦能力によるものだ。

 

「ボヤくなボヤくな」

 

そう笑いながら言うのは桜井。勿論手は止めずに、BETAを殺しながら軽口で答える。生来の気質ゆえか、その姿は歴戦の衛士といっても過言では内容だった。

 

「しかし抜けすぎているな……クレイン1よりCP、支援砲撃を求む」

 

その話を聞いていたのか、巌谷がCPに支援砲撃の要請を行う。突撃級の誘導はできているが、それ以外の中型、小型種にも多く抜かれており、後方の部隊の負担が大きすぎる。

 

「CP了解。ー最速で3分後に支援砲撃が受けられますが、範囲はエリアC全域でよろしいですか?」

 

了解といってから少し間が空いて、支援砲撃が受けられる旨を伝えてくる。

 

「クレイン1よりCP。エリアはC1〜C3だ。3分後までに奴らを追い込む」

 

巌谷はすぐに判断する。この判断の理由は二つ。一つはフレンドリーファイアの危険性。今の中隊の位置ではエリアC全域への支援砲撃に当たる可能性があった。もう一つは中隊の対応BETA数からも分かる通り、戦況が著しくないことがある。未だに作戦はフェイズ1であり、光線級吶喊は開始されていない。余分な支援砲撃をする余裕はなかった。

 

「クレイン1より中隊全機。聞いていたな。これよりBETAどもをエリアC1〜C3に誘引。支援砲撃と中隊各機のクロスファイアで仕留める。各小隊が三方向より攻撃、誘導するぞ!!」

 

「「「了解」」」

 

中隊衛士の力強い了解の声が変わらず響く。『死の八分』はとうに超え、実戦済み衛士としての余裕が出てきたのか。

しかしやはりそこは精鋭部隊。『死の八分』を超えたからといっても油断はない。それをすぎた後に生まれる一瞬の油断が命取りだと知っているから。とはいえ普通は気が抜けてしまうもの。そうならないところが精鋭たる所以、とも言えるのかもしれないが。

 

各小隊はばらけ、戦闘を再開する。

第一小隊がBETA群を横から撃つ。第二小隊は突撃級の足を撃ち動きを止め、BETAの動きの流れを変える。そして第3小隊が先頭を潰す。それはやはり練度の高さが伺える一幕。

 

「第2小隊はこのまま撃ち続けろ。第1、第3小隊は戦車級を潰す。ついてこい!」

 

「「「了解」」」

 

巌谷が発破をかける。BETAが少しずつエリアC1〜C3に集まってきた。

 

「CPよりクレイン中隊。初段発射10秒前!……5、4、3……」

 

「中隊全機、制圧射撃続行。着弾10秒前に急速離脱する」

 

「「「了解」」」

 

「初段発射……今!エリアC1〜C3へ突撃破砕射撃。近接部隊は注意せよ」

 

カウントダウン終了とともに後方の砲撃陣地から支援砲撃が行われる。

 

「中隊全機、後退射撃継続、退くぞっ」

 

巌谷の命令に応え、ギリギリのタイミングで各機が反転。後退しながら射撃を継続する。

 

「初段着弾まで……10秒前……5、4、3、2……弾着ー今!!」

 

刹那、エリアC1〜C3に集められたBETAたちが吹き飛んだ。突撃級が、要撃級が、戦車級が、その他小型種が……一方的に吹き飛んでいく。圧倒的な着弾効率が、今までとは桁外れの速度でBETAを屠っていく。

 

「俺たちも続くぞ。外側から押し込むように射撃だ。該当エリア内のBETAを殲滅する」

 

その命令に、一瞬砲撃の圧倒的な効率の気を取られていた衛士たちが戦場へと戻ってくる。そして命令に応じて各機が展開、支援砲撃の範囲外のBETAを殺し、範囲内のBETAが範囲外に出るのを防ぐ。

ー支援砲撃が終わった頃には、一帯のBETAが殲滅されていた。

武たち中隊の先頭が一段落したのと時を同じくして、全体の作戦も進行しようとしていた。その連絡が武たちのクレイン中隊にも届く。

 

「HQより戦場に展開している各戦術機部隊へ告ぐ。現在、重金属雲濃度は90%を突破。先ほど、我が統一中華戦線の9個中隊が光線級吶喊を開始した。防衛戦はフェイズ2へ移行、光線級吶喊が成功するまでの間、各部隊は戦線を維持せよ」

 

「ようやくかよ……」

 

隊員からも愚痴の入った安堵の声が溢れる。そこに反応したのは桜井だった。

 

「おいおい、まだ第二段階だぜ?気ぃ抜いてんじゃねーよ。まだまだスコア伸ばせるだろ?」

 

「はっ。失礼しました」

 

「おいおいそう固くなんなって。スコアで中隊一になったやつには隊長が奢ってくれるってよ」

 

そう笑いながら話を巌谷にふる桜井。

 

「そうだな……白銀に勝てる奴がいたら、なんでも好きなものを奢ってやろう」

 

「隊長。それって俺には如何あっても奢ってくれないってことですか?」

 

巌谷もそれに付き合う。武もだ。

そんな3人の小隊長たちの軽口に、中隊各機のコックピットの中には笑いが溢れる。緊張はどうやら、完全に溶けたようだった。

そんな様子に、今度は巌谷が気を引き締めた声色で告げる。

 

「さあ、これからが本番だ。気を抜くなよお前ら!!」

 

「「「了解」」」

 

その声は自然体だった。

 

ーーーー

「うわぁぁぁぁ」

 

叫び声が響く。その声が響いたのは武たちの中隊と同じく、突撃級誘引の任を受けた日本帝国陸軍の戦術機部隊。第723戦術機甲大隊でのことだ。この舞台は第七師団で先行して重慶入りしていた部隊の一つ。今回の帝国軍の主戦力として作戦に参加していた、武中隊以外では唯一の日本帝国軍作戦参加戦術機部隊である。

 

作戦開始からすでに数刻。作戦がフェイズ2に移行してからも続く、大規模襲撃。後方には統一中華戦線の補助戦術機部隊。要塞戦部隊があるとはいえ、突撃級の誘引だけでもすでに多くの犠牲者を出していた。

 

「隊長っ、このままじゃまずいですよ。突撃級の誘引どころじゃない」

 

そう告げた大隊衛士の言う通りの戦況である。大隊ー36機ーで望んだ今回の作戦。すでに10機はBETAに喰われ、数機が離脱。戦力は二個中隊以下に低下していた。初めての戦場でまともに戦力として数えられれない者もおり、まさに「初陣衛士の平均生存時間は八分」「損耗率30%は普通」と言う大陸の戦場の悲惨さを体現していた。

 

この大隊が相手にしているBETAの数は武たち中隊と同規模。これは彼ら大隊が特別弱いと言うわけではない。彼らとて日本本土にて十分な訓練は経ており、精鋭とはいえないまでも練度だけなら平均以上の部隊と言って差し支えない。むしろこれに関しては機体性能にしても衛士技量にしても武たちがおかしいのである。何より彼らの乗っている機体は第一世代、撃震。名機ではあるが、第二世代機以降と比べるのは些か可愛そうと言う者だろう。

と、言い訳はできるが、それをしても現実は変わらない。

警告音がなり、またもBETAの大集団が迫っていることを知らせた。

 

「HQ、こちら第723戦術機甲大隊。これ以上は持たない。後退して、後続戦術機部隊との合流許可を求める」

 

だからこそ、大隊長が選んだ策は後退、そして戦線の引き直し。

 

この作戦で彼らー武たちもだがーが担う任務は突撃級の誘引。最もできる限りの大型種の排除も求められているが、間違いなくその主眼は突撃級の誘因である。では、どうして突撃級を誘因しなければならないのか。それは突撃級がBETA群の先頭であり、なおかつ面制圧の効果が薄い種であることに起因する。

 

知っての通り、突撃級は強力な装甲殻をその前面に保有する。それも再生機能付きの厄介なものだ。事実、戦術機の120ミリ弾では正面からでは弾かれることもままある。さらに、最高速度170㎞と言われるその動き。相当量の支援砲撃でも抜けられる可能性は高い。ただ、弱点がその側面と背面にある。この部分ならば、簡単に撃ち抜くことが可能なのだ。

このように突撃級を相手にするのに、砲兵や戦車では少々相性が悪い。歩兵など持っても他だ。だからこそ、戦術機部隊で倒さねばならないのである。

 

そこで、突撃級誘因の話に戻ろう。そう言うわけで戦術機による突撃級の排除、或いは側面を狙った攻撃を行うために突撃級を誘因するのである。そして、誘因先に戦術機部隊を用意しないなど普通は考えれない。そう、彼らの後方には統一中華戦線の戦術機部隊が展開しているのだ。

 

「HQより第723戦術機甲大隊へ。後退を認める。後方の統一中華戦線第234戦術機甲連隊と合流。以降同隊の指揮下に入れ」

 

「了解」

 

こうして第723戦術機甲大隊は後方へ退却。戦線全体が下がることになったのである。これは当然、武たちにも大きな影響を与えることになる。

 



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12 初陣 参

思っていたよりも、皆さん長めの方が良さそうと言うのが現状のアンケート結果ですね。
少しずつ分量を多くしていきます。


「はぁぁぁぁぁぁ」

 

雄叫びをあげながらBETAの集団に突っ込んで行ったのは武。第3小隊もそれに続く。

近づいてくる要撃級を長等で斬り伏せ、戦車級や小型種を36ミリで滅多打ちに。小隊衛士もそれに続いて、機体の機動力を生かしてBETAを殺していく。

少し経って、その区域にはBETAの死骸だけが残った。

 

「制圧完了」

 

そう告げるのは武。戦闘前は多少なりとも緊張を感じていた武だったが、今はそんな様子はなく、得意の変態(?)機動を駆使して多くのBETAを屠っていた。

 

(中隊の作戦区域にBETAの反応はなし。移動にせよ待機にせよ、ようやく一息つけるな……)

 

そう思ったのは武だけではなかったはずだ。武と同じデータを皆見ることができるのだから。

しかしーBETA戦はそう甘くない。

 

「CPよりクレイン中隊。帝国陸軍723戦術機甲大隊が潰滅状態。後方の統一中華戦線と合流して戦線を引き直す作業中だ。しかし現在この両隊は苦戦中。このままでは戦線を維持できない。クレイン中隊は後退。723大隊、統一中華戦線部隊と合流し、防衛戦をせよ」

 

冷静であろうと努めていても、その声に動揺は隠せない。無理もない。CPとて初陣なのだから。同じ帝国軍の大隊が壊滅。合流を図った統一中華戦線部隊もほぼ壊滅状態となれば、BETAの侵攻を阻むのは歩兵陣地しかない。もし抜けられれば……経験の浅いCPに焦るなと言う方が無理な状況だった。

 

因みに潰滅とは戦術機部隊がいなくなったと言うわけではない。軍事用語で数割〜半分程度が死傷している状態を指す。つまり大隊なら18機前後、連隊なら64機前後にまで数は減っていると言うことだ。最もこの定義は本来戦闘兵以外も含んで数割の損失、と言う意味で実際の戦闘兵ならばさらに消耗しているはずだ。その点、人数的には戦闘員は大隊でたったの36人。定義的にはおかしいかもしれない。

そんな余談は兎も角、明らかなのは一刻の猶予もないといことだ。

 

「クレイン1了解。後退する。中隊全機、コンテナで補給後、友軍を助けに向かうぞ!補給は第3小隊から順に行う。移動陣形は縦陣だ」

 

「「「了解」」」

 

中隊各機が補給を始める。どれだけ時間がなくとも、弾も推進剤もなしに行けばやられてしまう。仕方のない時間のロスと言えるだろう。しかし……それでも、危険と知って最善を尽くそうとする者もいるのであった。

 

「クレイン3よりクレイン1。第3小隊の補給完了。友軍にはもはや一刻の猶予もなさそうです。第3小隊に先行させてください」

 

それは危険な賭けだ。先行すれば、それだけ間に合う可能性は広がるだろう。しかしBETAの数が一個小隊で捌けない程多い可能性もある。むしろ、大隊や連隊規模の部隊が潰滅の危機と言うのなら十中八九、一個小隊では戦力不足だろう。そして何より戦力の逐次投入と言う愚。普通ならば到底許可されない作戦だ。そう、普通ならば。

この部隊は普通じゃない。

衛士の技量も、戦術機も一線を画している。この戦場ではもちろん、大陸広しといえどこれほどの部隊はそうは存在しないであろう。かの西独陸軍第44戦術機甲(ツェルベルス)とて、まだトーネードに乗っている時代である。最も圧倒的な衛士技能や経験も含めれば評価は逆転するだろうが。それでも武たちは有数の戦力なのは間違いなかった。

 

「……いいだろう。お前ならなんとかするかもしれんな。我々もすぐに向かう」

 

「クレイン3了解!ありがとうございます。第3小隊最大戦速。1秒でも早く、友軍を助けるぞ!」

 

「「「了解」」」

 

第3小隊の四機の主機が火を吹く。ロケット、ジェットの二連エンジンが軽量な機体を加速させる。第3小隊の現在位置から後方約10キロ。それが救援隊小部隊の最前線だった。

 

数分飛んだところで距離が狭まり、戦場が視界に入った。戦闘しているのは日本帝国軍・撃震と統一中華戦線軍・殲撃8型ー双方とも第一世代機であり、1991年現在ではお世辞でも性能が高いとはいえない機種だーがそれぞれ3機づつ。おそらくは前方に突出した小隊だと思われるものだ。そのうち一機の殲撃8型が最前線で孤立した。すでに僚機は落とされ、BETAとの戦闘中にもう片方編隊からはぐれてしまった。お互いを認識していても、助けに行ける距離ではない。

そこに集まるBETA。少ない敵から撃破する、と言う戦術などBETAは持っていないので、より近い的に集まってきているだけだろう。それでも不運に変わりはない。

殲撃8型の持つ36ミリが火を吹く。接近していた戦車級が吹き飛んだ。

撃つ。

撃つ。

撃つ。

打ち続ける殲撃8型の衛士。それでも数を生かしてじわりじわりとBETAがにじり寄ってきた。

そしてー36ミリが出なくなった。

 

「ちくしょう。ジャムった。こっち来んじゃねぇ」

 

それは殲撃8型の衛士の叫び。ジャムる、要は弾づまりだ。最悪のタイミングでそれが起こった。本来ならば銃を投棄し、ナイフなどの他の武器に持ち帰るべき場面だった。しかし命のかかった緊急事態にそれだけ冷静でいるのは難しい、と言うことなのだろう。殲撃8型にはそれができなかった。そして、その隙に要撃級が迫る……

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 

殲撃8型の衛士が目を瞑ったその瞬間、要撃級の首が切り飛ばされた。

切ったのは武。援護が間に合った瞬間だった。

 

「クレイン3より帝国軍、統一中華戦線の各戦術機部隊へ。私は日本帝国陸軍大陸派遣軍研究開発団第一中隊白銀武中尉だ。防衛戦を立て直す。ここは我々に任せて退却、補給を行え」

 

「帝国軍……新型、か……」

 

そう呟いたのは帝国の衛士か。統一中華戦線の衛士か。

 

「クレイン3より小隊各機。食い散らかせ!!」

 

それを合図に四機の空飛ぶ工芸品がまさに、飛んだ。

残存機の周囲に展開するBETAを撃ち、切る。それは第一世代機に乗っていた衛士にとって、圧倒的な光景だった。そんな中で何よりも目立っていたのは当然……武だ。

前方に存在する要撃級数体を長刀で一刀両断。

数の多い戦車級の集団の中央に入り回転して36ミリ放つ。

さらに現れる要撃級。

跳躍。

空中で回転し、体勢を立て直す。

抜刀。

跳躍装置を蒸し、加速する。

刹那、立ちはだかったBETAの悉くが、物言わぬ死骸と成り果てた。

 

「す、すげぇ……なんなんだあの動き……」

 

そう呟くのは帝国軍の衛士。そう言いたくなってしまう、いや、言わずにはいられないといった戦場だった。

 

「クレイン1よりクレイン3。遅くなった。どうなっている?」

 

そこに到着したのは巌谷。桜井の第二小隊も同時に到着した。

 

「まずはここにいた六機を救助しました。各機とも移動・戦闘に支障はなさそうです。本隊はより後方にいると思われます」

 

「了解した。本隊も助けに行くぞ。帝国軍・統一中華戦線軍の衛士に告ぐ。救援に来た。戦線の引き直しまで私の指揮下に入ってもらいたいのだが」

 

そう告げる巌谷。撃震の衛士も殲撃8型の衛士もその声で正気になったようだ。その後両隊は巌谷の指揮下に入る。これで十八機の戦力となった。

 

「では本隊救出へ行くぞ!」

 

「「「了解」」」

 

幸い、本隊との距離はそう遠くない。すぐに合流することが可能なはずだ。

 

「マーカー確認。目視でも戦闘中の様子を確認しました。しかし……数が少なすぎます。部隊がさらに分かれているのでしょうか?」

 

そう報告したのはクレイン中隊の衛士の一人。彼の視界に(正確には網膜投影に)映った機影は大隊規模に達しない程度。帝国軍一個大隊。統一中華戦線軍一個連隊が展開しているにしては少なすぎる数だった。一個大隊と一個連体。しめて144機。それが戦闘開始前の機体数だ。それがいまやたったの30数機。撃震は14機。その他は殲撃8型だ。

 

「何故ここまで数が減っている……?統一中華戦線とて素人集団じゃああるまいに」

 

その呟きが第一中隊(以降、特に記述なければ第一中隊は巌谷中隊を指す)全体の心中を表していた。

 

「それが……あっ」

 

答えようとした言葉を遮るかのように、また一機やられる。それをやったのは戦車級でも要擊級でも突撃級でもない。

 

「要塞級……だ、と……どうしてこんな後方に……」

 

「くそっまだいたか……」

 

前者は第一中隊の、後者が統一中華戦線軍衛士の呟きだ。そう、それが表すように、要塞級が鎮座していた。通常、要塞級はBETA梯団の最後方に存在する。BETAは戦術を持たない。だからこそ移動速度の順にBETAは行動する。故に、要塞級は本来最後尾に存在するのだ。

それがこの場にいるのは何故か。恐らく、その数が故だろう。複数のBETA梯団で構成された大規模BETA群。その前衛部におけるBETA群の最後方にある要塞級BETA。それが現れたのだろう。

とはいえ、そんなことは今を生きなければならない戦場の衛士にとっては然して大切なことではない。重要なのは排除せねばならない高危険度の敵がいる、ということだ。

 

「クレイン3より小隊各機!要塞級を殲滅するぞ。続けぇー!」

 

武が先陣を切る。

 

「これ以上要塞級に友軍を食わせんじゃねーぞっ!!」

 

「「「了解」」」

 

それは咆哮。BETAへの怒りの叫び。武は今、戦場でBETAにやられる機体を初めて見たのである。動揺は隠せない。それでも、それが部下に、部隊にそれが伝播しないよう努める。だからこその性急な命令だった。

 

武の命令で動き出す小隊各機。4機の影が急速に要塞級へと接近する。跳躍ユニットは最大限にその力を発揮し、機体を空へと誘う。

目標の要塞級はまず左右に一体ずつ。一個分隊ごとに一体を相手にする形だ。

要塞級に近づいた。

狙うのは三胴構造の結合部。まずは遠距離から120ミリだ。

とはいえ、容易に倒せる敵でもない。

尾節の衝角が伸びる。50メートルにも及ぶそれは、当たればただではすまない。更には強酸性溶解液を射出し、戦術機の装甲程度一瞬で溶かしてしまうというおまけ付きだ。

 

各機は36ミリに切り替え、衝角を打ち出す。まずこの衝角をどうにかしないことには本体に攻撃することができないからだ。

 

「06より08。俺が衝角を押さえる。その隙にぶっ殺してくれよ!!」

 

「08了解だ。しっかり引き付けて、死ぬんじゃねーぞ」

 

「当たり前だ!」

 

武指揮下の第三小隊衛士の二人の会話。

会話終了後、すぐに彼らは動き出す。まず06は36ミリで要塞級への突撃開始。機を引き付け、衝角を狙う。

 

「おらおらおらおら!!」

 

決して少なくない数の36ミリが要塞級に当たる、が、それだけでは倒れない。しかしー隙は作った。

衝角が06に気をとられている間に逆方向から08が高速です侵入。低空から、一気に上昇。三胴構造の結合部を狙う!

 

「おまけだ、貰っとけくそどもがぁぁぁ」

 

複数の120ミリが結合部に当たり、要塞級の体勢が崩れ始める。結合部を破壊してから、08が要塞級の上まで上昇。頭(のような部分)に36ミリの雨を降らせた。

 

「ふう。ようやく一匹片付いたか……残りの要塞級の数はっと……おいおい、本当かよこれ。流石は我らが小隊長様、か……?」

 

ー話は少し遡り、武と要塞級との戦闘にまで戻る。

 

雄叫びとともに要塞級へ突撃した武。だがその頭の中は、決して沸騰しきった訳ではなかった。

 

「クレイン3よりクレイン10。俺が突っ込んで切り刻む。援護頼む」

 

この台詞も自己満足のために出たわけでも、自分のスコアを稼ごうとしたものでもない。どこまでも合理的に、客観的に。最も短期間で要塞級を排除する方法を導きだした結果だ。

 

「クレイン10了解。ご存分に」

 

「ああ……はぁぁぁぁぁぁ」

 

長刀を構え突進する。

要塞級の衝角が迫る、が、機体を回転させ回避。

一度着地し、XM3の本懐が発揮される。膠着時間の短小。

次の瞬間。武の機体は要塞級の目の前へとたどり着いていた。

戻ろうとする衝角はクレイン10が防ぐ。

武は要塞級を切り落とした。

 

「次だ!!」

倒した要塞級には目もくれず、後方の要塞級5体へ向かっていく。先程と比べて五倍の衝角。

それぞれが武機を落とそうとし、鞭のように撓りながら迫る。

 

(五本。数は多いが、この機体ならこの程度は行けるっ)

 

そこに飛び込んだ。

誰も惨劇を予想する。

それは普通なら確定された未来とさえいえる状況だった。

 

しかしーそこにはいる。そこにはある。

武の機体が、確かに。

長刀を一本廃棄し、新たなものを取り出す。

そこからは一瞬だった。

即座に加速し、要塞級を襲撃する武。

要塞級は何の反応を示すこともなく、その時間すら与えられずに寸断される。

一体を斬っても満足せず、次に向かう。こうして、クレイン06、08月一体の要塞級を狩っている間に武は要塞級6体を撃破したのであった。

 

「すげぇ……」

 

それはこの場にいた衛士たち全ての気持ち。新鋭機とはいえ、それは尋常な動きではない。

 

「クレイン3よりクレイン1。要塞級の掃討を完了」

 

武が報告をあげる。

 

「クレイン1了解。これより残存帝国軍、統一中華戦線機の退却を支援する。我々が殿となって後退、防衛戦を引き直す。統一中華戦線戦術機部隊の指揮官殿、異存ないか」

 

巌谷が報告を聞き、指揮をとる。同時に統一中華戦線戦術機部隊の指揮官にも、作戦について確認を行う。傷ついた残存機と巌谷中隊を比較すれば戦力の差は明らか。統一中華戦線としても、願っても無いことであり、否やはなかった。

 

「こちら統一中華戦線軍第52連隊、李章鴻大尉だ。コールサインはジャンカイ1。ありがたい申し出です。我々は先に後退し、防衛戦を立て直す。後ろはよろしく頼む」

 

「任せろ」

 

その通信を最後に、残存統一中華戦線機、帝国軍機は後退を開始。第一中隊は退却中の戦術機が狙われないようにBETAを殺し、誘導する。

武率いる第3小隊が要撃級の群に突っ込む。

圧倒的な硬度を誇る要撃級の腕を避けながら吶喊。36ミリの雨と長刀による鋼鉄の風が要撃級に降り注ぐ。

新素材使用とXM3採用によって得られた既存機を超える機動性が衛士の腕で十全に発揮される。

斬る。

穿つ。

 

あっという間に数百のBETAに穴が空いた。とはいえこれでもBETA群のほんの一部にしかすぎない。

後方に抜けた要撃級等は第一、第二量小隊が対応する。中衛・後衛の突撃砲が火を吹いた。

 

「いいな、大型種(デカイの)は逃すなよ!小型種(チビども)は自力でも要塞陣地でも対応できる。補給中に戦車級に取りつかれました、なんてことにはするな」

 

そう檄を飛ばすのは桜井。後衛の取り纏め役でもある彼は、銃を撃つ手を止めずに言う。

 

現在、敵前衛を受け止める役を担っていた帝国軍が後方、要塞陣地正面での大型種排除を目的として統一中華戦線部隊と合流。作戦開始当初よりも戦線は大きく後退している。更に武たち研究開発団第一中隊を殿として各部隊が後退中。崩壊した戦線を再構成するための措置だが、これによって歩兵・機械化歩兵部隊からなる要塞前衛陣地への負担が増加している。だからこそ、一刻も早く戦線を引き直す必要があった。

作戦は戦術機部隊が大型種を排除し、歩兵部隊が要塞戦において小型種を対処する。それが基本である。歩兵部隊では部の悪い大型種をどれだけ引き離せるか、それが損耗率を低く保つ、ひいては要塞防衛のポイントとなる点なのだ。

しかし、現状戦術機部隊の壊滅状態から少なくない大型種が歩兵部隊と接敵。要塞戦前面の歩兵部隊はBETA大型種との絶望的な戦いを強いられていた。なお武たちが知る由はないが、このような状況は重慶要塞左翼だけでなく中央、右翼でも発生している。

 

しばらくの間、BETAに対して遅滞戦闘を行なっていた武たち中隊に通信がはいった。

 

「こちらジャンカイ1。全機補給完了。戦線を引き直した。後退し、補給されよ。後退の支援を行う」

 

「クレイン1了解。中隊全機後退する」

 

「「「了解」」」

 

中隊各機が後退を始める。ここでの殿は武小隊だ。桜井小隊、巌谷小隊と後退射撃を行いながら、後方の戦線へと吸収されていく。

 

「08残弾300」

 

「06、同じく300」

 

小隊の衛士から残弾が枯渇ギリギリだと言う報告。

 

(第一、第二小隊ともにほぼ後退完了。あとは統一中華戦線に任せられる、か……)

 

「よし、第一小隊後退。大型種のみ後退射撃で潰しながらだ!この後は補給ができる。弾切れを気にせず打ちまくれ!」

 

指示を出す。その直後、小隊がスムーズに動き出した。

近づいてくる複数の要撃級を撃ち殺す。危険度の高い敵に撃ちまくり道を作る。

06、08残弾ゼロ。突撃砲を手放し長刀を装備する。その一振りは戦車級を両断し、地面を赤く染めた。

少々後退し、引き直した戦線が見える。統一中華戦線機と帝国軍機が小隊ごとに並び、巌谷たちは補給中なのだろう、姿が見えないほど後ろにマーカーが映っている。

 

「こちらクレイン3。補給を要請する」

 

「ジャンカイ1了解した。ここから後方700に補給コンテナがある。そこが一番近い!ここは俺たちが持たせてみせる。安心して補給してこい。俺たちにとってもあんたらは英雄だ。感謝するぜ、日帝の英雄殿。戦いが終わったら一杯奢らせてくれよ」

 

「クレイン3了解。中隊一同、楽しみにさせてもらう。あんたが破産してもいいくらいの活躍をさせてもらますので、覚悟しておいて下さいね」

 

軽口を言い合う二人。かつて戦争をした日中両国、東西陣営に別れていることもあり、両国衛士の関係は実のところ微妙だ。それでも対BETAという目的のために戦場でともに戦うことに変わりはない。背負っているものは違くとも、帝国軍人と他国軍人との間で確かに、戦友としての絆が生まれていた。

武小隊がコンテナへ到着する。そこには先行していた巌谷と桜井以下中隊各機が揃っていた。コンテナで補給を開始する。推進剤と弾薬、その戦い方から大きく不足するこれらを補給する。再びBETAを殺すために。

数分後、補給が完了する。これで第一中隊の戦力は整う。統一中華戦線・帝国軍部隊との合流を始めた。

 

ーーーー

戦線を再構築し、武たちもそこに加わってから少したち、通信が入る。

 

「HQから全部隊へ。光線級吶喊が成功、爆撃機が出撃した。面制圧を60秒後に開始、各部隊は残存BETAの殲滅に当たれ」

 

それは事実上、作戦の成功を意味する通信だった。

 

「最後まで気ぃ抜くなよ!生きて帰るぞ!!」

 

士気が上がる。作戦は最終段階、掃討戦へと移行した。

 

 



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13 初陣後

HQから作戦がフェイズ3へと移行する事が通達されたあと、爆撃機、地上部隊の連携した面制圧は圧倒的な戦果をあげた。実際、これによってBETA群のおよそ八割を撃滅。更に一時間程度の殲滅戦を経て、残存BETA群は撤退。要塞陣地近郊にBETAの影は死体だけとなった。

これによって要塞は大きな被害を受け、特に戦術機部隊の損耗は甚だしかった。光線級吶喊をした部隊だけではない。突撃級の誘引部隊、更に後方の撃滅部隊にも重慶要塞建設以来最大の損害を被ったと言っても過言ではないだろう。この戦いでこの日戦闘した戦術機部隊の実に七割以上の損耗を出した。要塞戦戦術機部隊は壊滅。この日より重慶要塞戦術機部隊は再編成を必要とされることになった。また要塞陣地そのものにも大きなダメージがあり、戦力は六割程度にまで減少した。

この日襲来したBETAは当初予定の師団規模を大きく逸脱する要塞史上最大の攻撃とも言われるほど、大規模なものだった。要塞線の戦力が大きく削れてしまったのも無理はないだろう。最も、仕方がないからといって「守れません」では済まないのが軍人の、そしてBETA戦の残酷でかつ大変なところでもある。

 

ー閑話休題ー

 

さて、そういう経緯で大量の死者がでた今次防衛戦であるが、特に武たちが助けに入った部隊の損耗率は相当だった。元々連隊だった戦術機部隊は最終的には一個中隊にまで減った。その損耗率は非常に高く、戦場の悲惨さを如実に表していた。とはいえ、流石に最前線の部隊だからか。彼らの顔に多少の影はあれど、それが多少であることこそBETA戦争を経験している証明だろう。彼らの関係者たちの間では防衛戦勝利の祝賀会が執り行われていた。

 

前線では珍しくなった酒。いつもの軍用レーションよりは多少ー合成であることに目を瞑れば、随分とーまともな食事とつまみ。

男も女も、年寄りも若者も、衛士も整備兵も。階級差だって飛び越えてはしゃぐ。

それは今を生きているものだけの特権で、死んでいった者たちへのある種の手向け。

 

武たち中隊は全滅という言葉が脳裏によぎった彼らを救った英雄として、このパーティーに招かれていた。同じ地獄を戦った戦友として。勿論武たちが助けたもう一方の部隊、帝国軍部隊も招待されている。

巌谷と桜井はまだやることがある、と言って参加しておらず、武はクレイン中隊衛士として最高位であった、ということも追記しておこう。

 

「おっ、英雄どのが来たぞっ!!」

 

そう大声をあげたのは統一中華戦線軍の衛士。武と会話したことはなかったが、先の作戦に参加していたのは間違いないだろう。そんな男の声に全体がさらに盛り上がる。自分たちの命の恩人であり、戦友。そこに国や人種、陣営での対立はー少なくともこの場で表すものはーなかった。

 

「あんたらがあの化物機の衛士か!俺はあんたらのおかげで助かっ……」

 

「あの機動どうやってんだ?あんたらすげぇよ」

 

「俺は整備班なんだが、機体は大丈夫なのか」

 

「私もあの場にいた衛士としてお礼を言わせて欲しいの」

 

一人の衛士が声をかけてくる。

それをきっかけに、満水のダムが決壊したかのごとく怒涛の質問責め。武の、衛士たちの周りに人垣ができる。

 

「おいおい、俺が先に声をかけたんだぞ」

 

「はぁ?あんたなんかより私が話しかけた方が向こうも嬉しいに決まってるでしょ?」

 

「なんだとテメェ」

 

どこからか始まる喧嘩。それに対する野次と笑い声。喧騒はより大きくなり、会場を包む。戦闘は終わった。それを実感させる喧騒だった。

 

ーーーー

少し立って、場面は移る。飲み疲れて酔い潰れたのか、戦闘の疲れが出たのか、参加した皆が眠っている。夜風に当たっていた武の背後から話しかける声が一つ。

 

「少しいいかね」

 

「大尉!?」

 

声をかけたのは李章鴻大尉。武たちが救援に行った際の統一中華戦線戦術機部隊の指揮官だ。

 

「失礼した。李章鴻大尉だ。白銀中尉だったな?救援、改めて感謝させて欲しい。あの機動は見事だった」

 

「失礼しました。白銀武中尉であります。此度の防衛戦、戦線が崩壊しなかったのは殉職された方も含めて、大尉方の奮戦の結果でしょう。私がなしたのは微々たることにすぎません」

 

「ふふっ。そう謙遜するものではない。隊を率いるものが圧倒的な戦果を出す。その事実は部下たちに安心と信頼を与えるものさ」

 

李が続けて言う。

 

「最も、強さだけでは部下はついてこないがね」

 

その言葉は少し軽く、それは武への気遣いだと思われた。あまり説教臭くならないように、と。

とはいえ、それがどんな意図で発せられたものにせよ。武にとっては貴重な実勢経験豊富な、また指揮官としての経験も多くあるだろう人物からの助言だ。感謝こそすれ、無碍にすることなどありえない。

 

「はっ。ありがとうございます。大尉のご助言、確と胸に刻み込み、今後の自分に活かしていく所存です」

 

「日本人というのは本当に礼儀正しい。君もそれに違わず高潔で、武士らしく誇り高いようだ。まあ礼儀については我が国も負けるつもりはないが」

 

関心したように李がいう。戦闘時の緊張感からはかけ離れた穏やかな口調で。

 

「我々日本人の間に流れている礼儀の精神。それに大きな影響を与えたのは儒教であり、その祖は孔子。中国大陸から伝播したものです」

 

「儒学か……BETAどもに我々と会話できる知性があれば、世界は大きく変わっていただろうにな……」

 

李が呟く。それは話が通じないという現実に対する憂いで、嘆きだ。世界の最大人口保有地域である中国大陸が最初に戦場になったことは、より多くの人命を奪う結果になっただろう。それが遅かれ早かれという問題となったとしても、その事実は大きい。

世界人口の数十%はすでにBETA禍によって命を失った。すでに中国大陸でも数億人の死者が出ている。中華人民共和国の一員として、祖国を憂う発言をするのは当然だ。いや、それ以上に数多くの実戦を経験し、数多くの仲間を失ってきたからという理由が強いのかもしれない。小さな声にも関わらず、その言葉はとても重く、深かった。

 

「天の時、地の利、人の和……」

 

李が続けて呟く。

 

「孟子ですか……?」

 

「その通りだ。しかし彼奴らは何一つとしてそれをもっていない……」

 

李は怒りをこらえながら言う。ただBETAは人類を殺す。仲間を、友人を殺されて、BETAを何度殺してもそれ以上の物量で押し返してくる。

何よりたちが悪いのは話が通じないことだ。そもそも知能があるのかすらわからない、それがBETAだ。政府の無策や失策に怒りをぶつけるのは簡単だ。彼らも同じ人類なのだから。対してBETAに恨み節を放っても何の意味も持たない。ただ空しくなるだけだ。

 

「だがな、中尉……だからこそ私は示したいのだ。人の和こそ、最も強いのだと。

天の時は地の利に如かず。地の利は人の和に如かず。人の和は勿論、地の利も天の時ももたぬ悪鬼が、人間に勝ることなどないと。例え天の時、地の利を得たとしても、人の和をもたぬBETAが人類には絶対に勝てぬと」

 

そう言う李の顔は、先ほどとは明確に異なっていた。多くの仲間を失った。そんな暗い、懐古の表情は消え、希望と決意に溢れた表情をしていた。

李の話は続く。

 

「人の和こそ人類のもてる最大の武器。それをもってさえいれば、人類はBETAなんぞには負けない。人類はBETAに勝てる。私は地獄のようなこの戦場を経験してなお、そう信じている」

 

李は本気だ。そしてその本気に、武は飲まれていた。

BETAの圧倒的暴力に触れた。武たちの部隊に損害はなく、武は衛士として全力を尽くし、そして最高級の戦果を出した。それでも「死」を見て、感じて、武の中の何かが揺らいでいたのかもしれない。

そして武はここではじめてあった。BETAとの実戦を経た上でなお、「人類は勝てる」と本気で言っている男を。今まで幾度となく敗北しながらも、「人類は負けない」と信じている男を。

だから飲まれた。

 

「俺はこの戦いを経験していくつかわかったことがある。一国ではBETAには勝てない。中国とソ連が組んでも駄目だったのだから。でもな、人類が一丸となれば、そんな時が来たら勝てるのさ。間違いない。あんなやつらに負けはしない」

 

その言葉は前半部分はともかく、後半部分は夢物語だろう。結局人類は一丸になれていないし、なる兆しも見えない。表面的に協力しても、裏では全くそんなことはない。だから李の言い分は冷静に考えたら現実味のない夢物語で、青臭い少年が考える理想論だ。そもそも人類が一丸となったら勝てることに何の根拠もない。

ただ言葉は力強くて、どこか他人を引き付ける魅力があった。

そしてこの言葉は武の心に深く刻まれる。

 

(一国ではBETAには勝てない……)

 

最前線国家で戦ってきた男が言うのだ。その言葉の重さは半端ない。

武は武家出身で、何よりも重視するのは日本の国益だ。しかし日本の国益と人類全体の利益が背反したら。そんな矛盾にどう戦っていくのか。

 

(人類が一丸となればBETAに勝てる、か……逆にいえば、一丸にならなければ勝てない……)

 

「すまない、変なことを語ってしまったな。とはいえこれだけは知っておいてほしいのだが、私は貴官ら帝国軍がきてくれて感謝している。素直に援軍としても、BETAに勝つためにも……だ」

 

「……正直、驚きました。自分は今日が初陣だったのですが、あまりの悲惨な戦場は自分の予想以上でした。そんな地獄の中にいて、なお人類の勝利を堂々と語る方がいることに」

 

「不快だったかな」

 

「いえ、むしろ感銘を受けました。ありがとうございます、大尉」

 

それは決して表面的な感謝ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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14 飛鳥計画

XM3の説明がわかり難いというご指摘をいただいたので、現在改訂中ですが、最新話投稿と同時進行でいきます。詳しくは活動報告まで。


1992年

 

武たちが大陸に出征し、重慶要塞についたころ、帝国本土の城内省では新たな動きが出ていた。

 

「飛鳥計画」

 

それが城内省が推し進める計画の名称だ。

その中身は斯衛軍独自の次期主力機開発計画。前年の1991年より進められていた瑞鶴の代替機開発計画だ。

当初有力だったのはF-15ないしF-16の性能向上改修型。とはいえこの案はすでに却下されている。理由は帝国軍の推進する次期主力戦術機国産開発計画だ。こちらも当初は難航したものの、F-15の導入後数年をかけて試作機の開発に成功。その成功を受けた斯衛軍は自軍の次期主力機開発を国内開発することを決定した。

 

そしてこの年のある日、帝国内の戦術機開発メーカーが集められ、城内省高官たちとともに斯衛軍の次期主力戦術機開発についての会議が行われていた。

 

「これが斯衛軍の次期主力機開発の要求性能です」

 

そういった城内省高官の声とともに、事前に配布されていた資料に目を通すメーカーの重役たちや技術部の面々。事前にある程度の要求水準が示されていたとはいえ、その破格な要求性能に会議場の各所からざわめきが生まれる。

 

「これを本当に作るおつもりか……」

 

そう声を上げたのはメーカー側の人間だ。それもそのはず、要求性能に示されていたのは既存機、いや各国で開発中の第三世代機を大きく上回るレベルだったのだから。特に近接格闘戦闘の要求は限りなく高い。これを開発しろ、という城内省高官は現実が見えていないのではないか。技官たちや実情を知るメーカー側のそんな感情はある意味当然のものだった。

 

「勿論、我々はこの水準を満たした高性能戦術機が早期に実戦配備されることを望みます。価格高騰、整備性の悪化、年間生産機数の限界……そういった問題が発生するのは考慮しています。しかし、仮にそれらの問題が発生しても構わないとしたら、これだけの高性能機は作れますかな?」

 

城内省高官が答える。城内省斯衛軍にはそれだけの覚悟があるのだと。

 

斯衛軍の戦闘状況とは如何なるものか。まず大前提として国内運用が挙げられる。斯衛軍の大陸派遣は第一回で終了。以降の派遣予定はなく、その実戦は来るべき日本本土決戦であるといえるだろう。

 

ではその実戦地帯たる日本本土とはどのような戦場か。日本本土の約73%は山岳地帯であり、その約67%が森林である。山間部には小規模な盆地が、また沿岸部には関東平野に代表される平野が存在するが、これらに人口は集中している。BETAの習性から見ても、その優先侵攻地域は平野だが、こと日本本土においては山岳地帯および山間部を利用した防衛戦が可能である。

これらの事実は帝国軍、斯衛軍による本土防衛が大陸地帯よりも明らかに容易であるということを示している。しかし同時に、複雑な地形は戦術機による長距離戦闘を難易度の高いものとし、近接密集戦闘の発生率上昇が予想されるのだ。つまり本土防衛を担う帝国軍および斯衛軍の配備する戦術機には他機種を圧倒する近接戦能力が求められるのである。

 

話を斯衛軍に戻そう。

斯衛軍とは日本帝国皇帝及び国事代行である征夷大将軍を護衛する城内省の独自戦力だ。これは明確に帝国軍とはその目的を異にするものであるが、将軍護衛の延長戦として本土防衛戦を行うことは当然ある。

またその家格に関わらず優秀な兵士が集められる精鋭集団ということも忘れてはいけない。衛士は勿論整備兵から一般兵士までその能力は非常に高い。これだけの少数精鋭戦力は世界にも類を見ないものだといえるだろう。故に投入される戦線の戦局は厳しいものばかり。上記の事実と合わせれば、帝国斯衛軍の作戦想定領域では近接密集戦闘の発生率はほぼ100%だ。

 

これらの要素を総合すると一つの結論が見えてくる。

それは斯衛軍には通常の軍隊の常識はあてはめられないということだ。

少数精鋭。想定近接密集戦の発生率100%、整備能力が高い点……斯衛軍の次期主力機において「整備性が低い」や「調達金額が高い」といったものは欠点になりえないのだ。

 

「付け加えておきましょう。この次期主力機開発計画において、我々城内省斯衛軍は性能面での妥協を一切認めません」

 

城内省高官はどこか挑発するように告げる。

対してメーカー側は光菱、河崎、富嶽らの重役が顔を合わせ、うなずく。そして代表して光菱の重役が高官に答える。

 

「確かに一切妥協を行わない開発を行えばこれだけの性能も可能かもしれません。しかし……あらためて確認しますが現行の技術でこれだけの機体を開発した場合、価格は従来戦術機の数倍にまで膨れ上がる可能性があります。また整備性、生産性を無視した開発になるでしょうが構わないのですね」

 

「構いません」

 

城内省高官は簡潔に、一言そう返した。

 

「そうですか……ですが問題が一点ございます」

 

「問題?」

 

「はい。我々帝国国内で戦術機開発が可能な弊社と光菱、富嶽の三社は現在、帝国軍次期主力戦術機開発及びその試験導入後に本格導入された陽炎(F-15J)の生産に割けるリソースのほとんどを投入しております。よって斯衛軍の次期主力機開発に割けるリソースは限られ、その状態でこれほどの高性能機開発は不可能といっても過言ではありません」

 

そう。1992年現在、世界でも戦術機開発を行える企業はそう多くないが、帝国内では三社しかない。すなわち光菱、河崎、富嶽である。しかしこれら企業も帝国軍の次期主力機ー不知火ー開発の真っ最中。試験機が完成し、実戦試験中とはいえ、ほかの戦術機開発に回すリソースなどないのである。

これは前述した各企業が戦術機においては陽炎(F-15J)の生産、戦艦や戦車をはじめとする他の兵科の生産を担っていることも無関係ではない。仮に各社の全リソースを戦術機開発、生産に振り分けたとしたら、帝国軍の作戦行動は不可能になるだろう。そしてそのような選択肢はいくら城内省とてとることはできない。

 

「つまり……この開発計画達成は不可能だと……」

 

「現段階では、不可能です。少なくとも弊社においては、帝国軍の次期主力機開発がひと段落する数年後以降に計画開始を遅らせていただかねば、全面的な参画はできかねます」

 

「……では他社はいかがでしょう」

 

城内省高官は河崎と富嶽の重役へとその質問先を変えた。

まず答えたのは河崎重工の重役の一人だ。

 

「弊社も光菱とほぼ同様ですな。部分的な協力は可能ですが、弊社が主体となって新規開発を粉うのは不可能です」

 

そして、富嶽の重役も話し出す。

 

「弊社は陽炎(F-15J)の生産分担比率が低く、ある程度の余裕はあります。しかし残念ながら弊社のみでのこれだけの要求水準を満たす戦術機の開発は難しいと言わざるを得ません」

 

結果としては三社とも余裕なし。富嶽のみはある程度の余裕はあるが、それでも新規開発は難しい。それは帝国の戦術機開発能力の限界だ。このような場で自社利益を考え他社を出し抜こうという魂胆で偽った意見が出ないのは、この会議に参加している面々が自社の能力を正確に把握しているからだろう。

 

「…………」

 

城内省高官の発言が大人しくなる。現実を思い知らされたからか、言葉もない様子だ。

 

「……発言よろしいでしょうか?」

 

そこで発言を求めたのは河崎重工の千堂常務だった。発言を許す旨の言葉が議長から出たのち、彼は自分の意見を代案として出した。

 

「斯衛軍の次期主力機開発計画、現状での新規開発は難しいと言わざるを得ません。それは帝国の開発リソースが有限な以上、仕方のないことです。ですから新規開発は諦め、開発中の帝国軍次期主力機をベースに高性能化改修を施すというのはいかがでしょうか。開発主体は富嶽に、それを弊社、光菱が支援いたします」

 

その提案は現段階でできる限りのことであった。

 

「………………」

 

とはいえ城内省側としても容易には認めがたいものだ。例えそれが帝国の現実だとしても。

それだけ斯衛軍は高性能戦術機を求めていた。

 

「では次期主力機開発に弊社も協力させていただきたい」

 

そう声を上げたのは遠田技研からの参加者。

遠田技研。

戦術機主機をはじめとして各種工業製品を開発、製造する企業で、帝国内でも有数の技術力を誇る大企業だ。

最も大企業とは言っても、その事業ポートフォリオにおいて軍事製品が占める割合はそう多くない。BETA大戦の開始、長期化以降その比率が増え始め、過半を占めるようになった光菱ら各社とは異なり、民生品を主力製品にしているのだ。

 

第二次大戦が終結し早50年弱。絶対的にも相対的にも極東の経済大国として台頭した日本。当然その政府予算における軍事比率が上昇するとともに軍需産業への発注額は増加した。また社会的責任や環境保護企業への投資と、軍需産業への投資を控えるトレンドが発生するはずもない。むしろ終結する見込みのないBETA大戦下において、軍需産業への投資は長期的投資に相応しいとされ、各国軍需産業への資本投下は爆発的に増加した。

このような事情から日本帝国国内の軍需産業関連企業は大幅な成長を実現したが、遠田技研は高い技術力を誇りながらも軍事品専業ではないという理由からその恩恵の効果を十分に受けることはなかった。

 

よって遠田技研の軍事産業部門への投資額はそう多くなく、戦術機開発においてプレゼンスを発揮することは難しいと考えられていた。

しかしこの場で積極的に協力を申し出たという事実。それは遠田技研の経営方針転換を意味することか……そういった疑問が各企業の重役たちの間で駆け巡る。とはいえその真偽がどうあれ、遠田技研の開発力は確かであり、千堂の提案を後押しすることに他ならなかった。

 

「ふむ……我々としてはありがたい提案ですが、他の企業様はよろしいのですかな」

 

そんな城内省高官の問いに答えたのは光菱の重役だ。

 

「遠田さんが富嶽さんと組むのならば……弊社も当然協力させていただきます」

 

城内省がらみの案件は、いろいろな柵にとらわれる。だが高価な兵器でも購入してくれるという意味で、軍需企業からすれば良い案件だ。帝国の軍需産業の最大手たる光菱が斯衛軍次期主力機という大魚を逃すことが担当者にとってどれだけ屈辱的か……。

それでも現実問題として受注できない以上、光菱の重役は身を引くしかなかった。

 

「しかし実際問題として富嶽と遠田の二社だけで開発可能なのでしょうか」

 

そう口火を切ったのは先ほどまでとは別の城内省から参加者だ。

それが富嶽と遠田では実力不足だ、と聞こえる言い方になっているが、悪気があったわけではないだろう。それだけ城内省はこの計画を重視しているのだ。

 

「無論軍需産業各社さんにもご協力いただきます。光菱さんと河崎さんも帝国軍次期主力開発が終了し次第、開発に参加していただきたく存じます」

 

遠田の技術者が答えた。

因みに軍需産業各社とは光菱や河崎以外の重工業企業、総合電機メーカーなどが該当する。これらの企業の売上高に軍事品が占める割合も増加していた。

 

「それが叶えば斯衛軍の要求仕様が叶えられると?」

 

「先ほど千堂常務がおっしゃられたように、この計画の納期を考えれば新規開発は難しかと。しかし耀光計画の成果を提供していただけるなら、その性能向上版として計画を完遂できると考えます」

 

そう。この飛鳥計画のもう一つの困難な点は開発期間だ。

来るべき本土決戦に向けて斯衛軍次期主力機開発計画が立案されているが、その決戦に間に合うよう1997年までに試作機の完成を要求しているのが今次計画だ。それは不可能ではないが、この計画の難易度を限りなく引き上げている。

そこで千堂が提案したのが帝国軍の次期主力機開発計画によって開発、配備される第三世代機をベースにした機体開発であり、帝国軍の次期主力機開発計画こそ「耀光計画」であった。

 

「……我々は従来機を圧倒する高性能機を求めています。帝国軍の次期主力機の高性能型がこの要求仕様を超えられるのでしょうか」

 

しかし城内省はそう簡単に妥協しようとはしない。

そんな議論の方向性を決定づけたのは、再び千堂の言葉だった。

 

「性能に関してですが、斯衛軍が開発した新型OS、あれは当然搭載なさるのでしょうな」

 

「新型OS?……ああ、あれか……」

 

武の開発した新型OSは事実上斯衛軍に採用が決定されている。事実上、というのは現状まだ正式採用に至ってないからだ。

先の評価試験でその有効性を認められた新型OS、「XM3」だが、斯衛軍は実戦における不具合がないのかどうかを気にしていた。それはできすぎな結果だったからというのもあるのだろう。そんなに都合よくいくものか、と。

だからこそ帝国軍に出向し、大陸派遣軍に参加している武や巌谷らは帝国軍次期主力機試作機の運用と同時に、新型OSの実戦試験を行っているのだ。

勿論斯衛軍内でも新型OSに換装した瑞鶴をいくつかの部隊に配備し、試験を行っている。

そしてそれらの評価は上々。評価試験の内容も同様であり、正式採用も目前とみられていた。

 

「今回の開発計画、例の新OS搭載を前提とした開発計画とすることで、従来型戦術機を大幅に上回る近接機動戦能力を獲得できるでしょう」

 

1992年現在、XM3搭載を前提とした戦術機は存在しないし、その開発計画もない。当然の話だ。

しかしXM3搭載を前提とした戦術機が存在した場合、XM3搭載による恩恵は、搭載を前提としない戦術機よりもはるかに大きい。これはXM3が「衛士の思い通りの機動」を追求したからだ。どこまでいっても第一世代機より第二、第三世代機の方が高機動戦術に向いているし、米国の開発思想に基づく戦術機より、日本や欧州、ソ連といった国々の開発思想に基づいた戦術機の方が向いているのだ。

そして開発思想という点で、斯衛軍の次期主力機はXM3搭載に最適であるといっても過言ではない。

 

「そしてOSの最適化には弊社が協力いたします。十分に城内省斯衛軍の要求を満たす機体が完成することでしょう」

 

無論千堂は善意のみでこの発言をしたわけではない。彼が人並みに帝国に対する愛国心があるのは確かだが、この場においては河崎重工の重役として自社の利益も追求しなければならない。故に当然この話は河崎重工にとって益がある。

新型OS-XM3。

それは将来的に帝国の、いや世界の戦術機運用を一変させる可能性をもったOSだ。現段階では確かにそこまでではない。革新的なOSではあるし、衛士の生存時間を延ばすだろう。しかし世界中に広まり、戦局を一変させるかといえばそうではないのだ。

 

その原因は何か。原作の、つまりは理想のXM3と比較して何が足りないのだろうか。

第一にコンボが設定されていないことだ。これは武の経験不足に起因する。

第二に処理速度の違いだ。XM3が最大限発揮されるためには高度な並行処理コンピュータが必要だ。

そしてそれは近い将来解決される問題だ。そうなれば本当に世界は一変することになるだろう。

 

だが将来世界を変えるだろうものを現段階で見出すのは容易ではない。そしてそれは得てして周囲の賛同を得にくいものだ。

では千堂はどうか。彼はこのOSの将来性を見抜いていた。最も彼自身だけの力だけではなく、周囲が優秀だというのもある。だから千堂は確信していた。今からこのOSを前提とした戦術機開発の経験がつめれば、将来的に河崎のひいては日本帝国の戦術機開発は世界をリードできると。

これは千堂をはじめとした河崎重工首脳部の共通認識となっていた。

 

「なるほど……それが御社ー河崎重工の我々城内省への提案ということですね?」

 

「はい。その通りです」

 

「確かに我々は要求水準を満たす戦術機が調達できるのであればそれで良い……新型OS搭載を前提とした開発でそれが達成できるのであれば、耀光計画のものを流用しても構わないでしょう。富嶽、遠田の各社の意見は如何に?」

 

城内省高官は予想以上に簡単にそれを認めた。XM3搭載機の従来機に対する優位性は斯衛軍でもすでに認められているものだ。開発に向けて具体的な名前がでたことで、この高官としても帝国軍次期主力機をベースとした開発でも斯衛軍の要求水準を満たすことができると思いやすくなったのだろう。

そもそも彼らからすれば、要求している超高性能機が調達できれば良いのだから。その開発の現実性がXM3の名前で説得力を増したのだ。

 

「弊社はそれで構いません」

 

「弊社もです」

 

富嶽、遠田の各担当者がすかさず同調する。

富嶽や遠田からすればこの計画のメインプレイヤーとして参加できただけでも十分利益になる。

帝国軍機に比べて調達機数は少ないが、一機当たりの価格は比較にならず、城内省斯衛軍の威信をかけた計画だ。彼らは失敗など認めようとはしないっだろう。武家というのは、見栄や誇りを重視するものだから。

更に超高性能機の開発で培ったノウハウや経験は、軍事非軍事分野において将来的な大きなアドバンテージになりうる。

 

とはいえここで一社だけ思うように利益を得ていない企業がある。光菱だ。

帝国最大の軍事関連企業である光菱は、その巨大さゆえに帝国軍次期主力機開発、陽炎(F-15J)の生産負担が大きく、この計画に参加できない。参加できたとしても、富嶽、遠田のサポートが関の山だろう。

これは不幸な行き違いで、だれが悪いというわけではない。強いて言うならタイミングが悪いというべきだろう。だが前述したように帝国最大の軍事関連企業が計画に参画しない。それが与えるマイナスイメージは無視できない。また城内省としても光菱との関係は良好に保ちたいのだろう。

 

「光菱さんにも耀光計画で培ったものを活かして頂きたいのですが、よろしいでしょうか。国防省との協議はこちらで行いますので」

 

そう。耀光計画で開発されている機体をベースに、ということで議論の方向は決定的になっているが、そもそも耀光計画は国防省の管轄。そしてお役所とは横から、つまり他の省庁からの介入を嫌う。

さらに目的は違えど武装組織を持つという意味で共通点をもつ両省。大蔵省の監督は厳しく、いかに戦争が迫ろうとも自由にお金を使えるわけではない。予算の取り合いという意味でも、城内省と国防省の確執は確実に存在した。

とはいえ城内省側から国防省へ何らかの譲歩があればこの問題は解決するだろう。他国というわけでもなく、開発企業もほぼ同じ。国防省側が頑なに拒否するのには無理がある。そして城内省から国防省へはXM3という大きなカードがあった。

最も、実際に研究開発の経験を長い時間をかけて獲得したのは光菱だ。国内企業とは言え、競合他社にタダで渡せというのも筋が通っていない話。城内省斯衛軍は戦術機以外の各種装備の調達において光菱を優遇したのは余談だ。なお光菱内部の各部門間のバランスについては光菱の問題である。

 

 

こうして斯衛軍の次期主力戦術機開発計画は動き出した。

主要開発メーカーは本来のものと変わらない。しかしOS部分については河崎重工が参画することとなった。

武の新型OS-XM3-の開発は本人も知らないところで歴史を変えた。

少しづつ世界の命運は変わり始めた。

 

 



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15 史上最大の敵影

[1]

 

 

1993年 初頭

 

武たち帝国軍が重慶要塞に展開してから、一度目の年越しを迎えた。

その間といえば、武たちは極力戦略予備として後方に回され、ほぼ最前線に出ることはなかった。それに加えて、武たちの初陣以上の激戦はついぞ起こらなかったこともあり、武たちの中隊から損耗は未だに一機も出ていなかった。

とはいえこれは地獄の対BETA戦争。そんな都合の良い話はそう長くは続かない。武たちは初陣を超える地獄を味わうことになる。

 

「史上最大規模のBETA群接近を確認」

 

この一報がもたらされ、要塞司令部は慌ただしくなっていた。

参謀らしき人物が走り回り、複数の連絡役の将校がどこかへと通信を行う声が混ざる。そんな司令部に低く威厳のある、かつ冷静な声が響いた。

 

「それで、BETAの数は?」

 

その問いをしたのはこの基地の総司令。初報を聞いてこの司令部についたところなのだろう。声は冷静だが、急いできたのは明白だ。少し乱れた息と額の汗が物語っている。

 

「はっ。それが……測定限界値を超えており、正確な数の把握はできておりません。ただ熱源、振動……各種センサーの測定結果からして、昨夏の大侵攻をゆうに超える規模のBETA群が迫ってきていると思われます」

 

応えたのは司令部に務めている参謀の一人だ。因みに「昨夏の大侵攻」とは武たちの初陣となったあの戦いだ。幸い武たちには被害はなったが、当時のBETA数は重慶要塞線完成以来最大級の侵攻だった。最後は要塞線が突破されるギリギリのところでの戦いとなったし、要塞級が比較的後方にまで現れたのはその証明だ。

そしてその戦いでのBETA群を超える規模の数で迫る敵。これから始まる戦いが絶望的な戦いとなることは明白だった。

 

「接敵はいつだ?」

 

総司令は簡潔な質問を続ける。時間に猶予はない。一秒の指示の遅れで何人の将兵の命が散るか。そして彼らにはそれ相応の教育費用が掛かっている。まさに時は金なりである。

 

「敵先鋒、突撃級との最初の接敵が明朝三時ごろになると予想されます」

 

度重なるBETAの侵攻を受けた人類ーBETAの支配領域の中間領域、つまりBETA群の重慶要塞までの進撃区域はほぼ平坦だ。それはつまり、突撃級はその最高速度約170km/hで進んでくるにことに他ならない。多少地雷を敷設しようが、そんなことはBETAには関係ない。戦闘を重ねるたび、発見から接敵までの時間は短くなっていた。

 

「戦術機部隊の展開は?」

 

「各部隊に緊急招集をかけました。まもなく予想戦域に投入されます」

 

「そうか……戦術機部隊はすべて光線級吶喊に使いたいくらいなのだがな……」

 

そう呟いた総司令。度重なる戦闘は各軍の戦術機部隊を損耗させていた。

それはこの要塞線の防衛戦術にある。三つの河川を最大限に用いた要塞線、それが重慶要塞だ。その戦術は第一に戦術機部隊による河川以西でのBETA群迎撃、誘因。BETA群が川を渡ったところに形成される地雷原、火力舞台によるキルゾーン。光線級吶喊成功後には航空兵力による爆撃を行う。場合によっては核兵器をも用いる。

この戦術はある程度成功してきたといっていいだろう。この要塞線は中国重慶方面戦線の砦であり、その存在は人類の対BETA戦略の観点上重要だ。そして今日までの要塞線健在こそが戦術成功のあかしだった。

しかし、その反面負担は戦術機部隊に集中する。戦車を中心とした機甲部隊の損耗は戦術機部隊のそれよりもはるかに小さい。

 

そうして総司令の言葉に繋がる。戦術機部隊で完全編成なものはほぼいないだろう。武たちとて中隊単位では欠損機なしだが、大隊単位ではすでに犠牲者が出ている。

無論衛士や戦術機の補充はある。それは統一中華戦線が抱えている各戦線では最も厚遇されているといってもいいほどに。しかし損耗ペースが速すぎるのだ。日に日に戦術機戦力は減少していっているのである。

加えて中小規模ならまだしも、大規模侵攻に対して航空支援は必要不可欠だ。如何に河川に戦力を配置できるといっても海とは違い、戦艦等は展開できるはずもない。大規模面制圧を行うには地上戦力のみでは不足している。しかし航空戦力展開のためには光線級殲滅が必要。そのための手段である光線級吶喊には戦術機が必要だ。さらにいえば第一世代機がほとんどのこの戦線での光線級吶喊には相当の戦術機部隊を投入し、相当の犠牲を覚悟する必要がある。

 

「今回も光線級吶喊を行う部隊を選定してあります。前のモニターをご覧ください」

 

そう言った参謀の言葉の直後、モニターの画像が切り替わる。総司令はそれに目を移した。

 

「………これは………………」

 

唖然とする総司令。今までの光線級吶喊の成功率を考えれば少なすぎる数だった。

 

「…………現在稼働可能な全戦術機戦力をBETA初動対応・誘因、光線級吶喊、戦術予備部隊にわけました。可能な限り光線級吶喊に回しましたが……」

 

何も言わない総司令の気持ちを察したかのように言う。

 

「だが今回の侵攻は過去最大規模なのだろう?これでは流石に……」

 

「しかし司令。これ以上光線級吶喊に戦力を割けば早々に前線が破綻しかねません。BETAの増援、光線級吶喊の失敗…………万が一の状況が常態的に発生するのがBETA戦争です。戦術予備も削れませんよ」

 

そう告げる参謀の顔にも焦燥と後悔と不安が明確に見て取れる。そんな二人のやり取りにこの要塞の現実が現れていた。

 

「一か八か光線級吶喊にかけるか……いや、それが成功する前に前線司令部が壊滅する。いくら航空兵力が優れていてもそれだけではやつらの進撃は止められない……」

 

考え込むように総司令が呟く。

 

「しかし戦力の逐次投入を行えば結局光線級吶喊は成功しないかもしれない……」

 

戦力の逐次投入。それは戦争では愚策といわれる行為だ。とはいえ、だからといって予備兵力を残しておかなければ「何か」があった時に対応できない。戦闘開始前の想定外の事態が発生すれば敗北に直結する。そして対BETA戦争において、人類側の想定通りに進むことなどまずないのだ。

 

「……やはり戦術予備は重要だ。致し方ない……か」

 

だからこそBETA大戦を戦ってきた軍人に、予備兵力を削るという戦術はとれない。それによって最前線がどれだけ過酷な戦場と化してもだ。

 

「……戦線崩壊しなければ良い」

 

「司令?」

 

「結果として後方の火力部隊に損耗が発生してもかまわない。限界まで前線で戦う戦術機部隊の数を絞って光線級吶喊に回せ」

 

それは司令として非常に危険な発言だ。内容は勿論、何よりその言い方が。

 

「司令!それは……」

 

参謀は当然諫めようとする。

 

「それくらいの覚悟がなければ、この戦いには勝てん」

 

司令の意思は固い。参謀はその発言を諫めようとはいたが、ついぞその内容に対する反対意見は言わなかった。否、言えなかった。

 

ーーーー

 

[2]

 

 

数時間後

 

武たちが戦術予備として後方で待機している中、複数の戦術機隊がBETA群への吶喊へ向けて準備していた。

重慶要塞の河川より東ーーつまりは要塞側にその影はあった。十機の機影。その正体は統一中華戦線の配備する殲撃8型(J-8)だ。F-4をベースとしたソ連製の改修機、MiG-21 バラライカ。それを更に独自改修したのがこの機体だ。

その部隊は特別なものではない。だが重慶戦線において幾度かの光線級吶喊を経験した部隊で、半ば光線級吶喊専用の部隊として運用されていた。

 

「そういえば知ってるか、あの噂」

 

その中の一人が隊員たちに話しかける。実戦前に軽いおしゃべりをして緊張をほぐすのは、全世界共通だ。当然この隊の隊長も咎めなかった。

 

「あの噂?」

 

答えを返したのは女の声だ。

 

「ああ。国連仕様のF-14の話さ。周少尉」

 

男が答える。女の苗字はどうやら周というらしい。

 

「それがどうかしたのか?珍しいといえば珍しいだろうが……」

 

「いや、確かにF-14って国連は運用してたか?」

 

はじめに会話をしていた二人に割り込むような形で、仲間たちが参加してくる。

F-14は米国海軍が導入した第二世代戦術機だ。その高性能さは世界的に知れ渡っているが、その反面運用者が米国海軍以外ではイラン軍しかおらず、戦場で目にする機会はそう多くない。米国海軍機ということを考えれば、その戦線参加範囲は海岸線に限定されるのもその一因だ。

 

「それがな……前のスワラージ作戦以降、各戦線で稀に見れるそうだ」

 

スワラージ作戦。

1992年に実施された、インド・ボパールハイヴ攻略作戦のことだ。作戦は多数の死者を出し失敗したものの、そのかいあってかインド戦線は現在に至るまで持ちこたえていた。

そしてそれ以降、衛士の間である噂が流れるようになった。

それが国連仕様F-14の存在である。

 

「しかも……だ。そいつらはフェニックスを使わないんだと」

 

AIM-54 フェニックス。

それはF-14のために開発されたミサイルシステムだ。基本的に複座型であるF-14はっそれに伴って大型化している。そしてその大型機の目玉機能として開発されたのが前述のミサイルシステムだ。

中隊単為での運用により、旅団規模ー数千ーのBETA群に対して打撃を与えることができる長距離誘導大型クラスターミサイル。所謂クラスター爆弾とは爆発性子弾を散布するものであり、フェニックスミサイルはそれをミサイル弾頭に搭載、高度な誘導機能と対光線級対策を兼ねたものである。その圧倒的な効果の代わりに高価になってしまうという欠点もあるのだが。

因みにこの世界では当然クラスター爆弾の禁止条約など存在しない。その動きもない。そもそも史実でオスロ条約が締結されたのは2008年なのだから、存在しようもないのだが。

 

「はあ?そりゃあF-14は高性能機だが、フェニックスミサイルを使わないのは確かに変だな」

 

「それは使っているところを見なかっただけなのではないか?ただでさえ相当高価だって話だからな」

 

「まあ事の真偽はわからないけどな。だからこその噂だし」

 

最も火のない所に煙は立たぬというように、この噂は的外れなものでもないのだが。

 

「F-14といえばソ連の新型、F-14のデータを流用してるって噂だが」

 

これもまた全く外れた指摘ではない。実際F-14やF-16のデータが諸般の事情により提供されていたのだが、当然そのようなことは一衛士の知るところではない。

 

「それこそなぁ……米国とソ連は敵同士じゃないか」

 

「でも統一中華戦線(うち)のような例もあるだろ」

 

「いや、米ソ関係はまた別格だろう」

 

BETA大戦がはじまって以来、米ソ両国は冷戦期から一転、友和、協調のメッセージを世界中に飛ばしているのだが、この衛士はそれらのプロパガンダを信じていない口のようだ。

 

「そんなことよりもっと現実的な話をしようぜ。開発中の新型機とかな」

 

また別の衛士が話を変える。

 

殲撃8型(J-8)の後継機か?もうすぐ配備って噂だが」

 

殲撃8型(J-8)の後継機は二種類存在する。どちらもまだ配備前だが、F-16をベースにしたものと、SU-27をベースにしたものだ。前者はイスラエルと共同開発したもので、後者は独自改修を施したものだ。

特に前者に関しては統一中華戦線初の国産機として大々的とはいえずとも報道され(当然性能等は隠されている)、その開発計画の存在は一般衛士にまで知れ渡っていた。

 

殲撃8型(こいつ)も悪くないが、光線級吶喊するなら第二世代機は欲しいよなぁ……」

 

思わず漏れた呟きはそれだけ第一世代機での光線級吶喊の難易度が高いということを示していた。

実際光線級吶喊を行う部隊は練度が高いことが多いのだが、それでも最高レベルに損耗率が高い。光線級吶喊を遂行し、生還するのは難易度がとても高い。そんなミッションを第一世代機で行うのは自殺志願だともいえるほどであった。

そしてそれは第一世代機の中でも最高クラスの近接戦、密集戦能力を誇る殲撃8型(J-8)でも例外ではなかった。

 

「日本が持ち込んでるのは第三世代機相当って話だろう?」

 

武たちの話題になる。日本帝国の試作機についてはその高性能さは要塞内で大きな話題となっていた。その理由には未だどこの国家も正式採用に至っていない第三世代機の目新しさも多分に含まれている。

またその性能が第三世代標準に迫っているのは事実だが、正確には武たちの機体は第三世代概念実証機である。

 

「前回の大規模侵攻では相当活躍したって話だ。一度見てみたいものなんだがな」

 

「確かに。一度戦場を共にしてみたいものです」

 

女性衛士がそう答えたとき、通信が入った。

 

「CPより中隊各機。現在支援砲撃によって重金属雲濃度は上昇中。あと500で規定値に達する予定です。規定値に達し次第、光線級吶喊を開始してください」

 

地獄へと逝く時間が近づいてきた。少なくともこの部隊の何人かはそう考えたはずだ。いや、全員かもしれない。

隊の女性衛士の一人、周少尉もそう考えた一人だ。

周の手に汗が滲む。手だけではない。額から一筋の汗が垂れた。

心拍数が上がり、激しい運動をした後かのように息が切れる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

彼女は普段からここまで緊張するわけではない。対BETA戦における戦場は、人対人の戦争以上に死と隣り合わせだ。そしてその中でも死傷率の高い光線級吶喊をこなしてきた彼女は、出撃前に多少の緊張はしても、このように明確に現れることはなかった。

しかし今回の戦い。まことしやかに「要塞は陥落する」といわれているもので、ブリーフィングだけでも戦力が足りないことは実戦経験済みの衛士にはわかってしまう。明確に今日死ぬのだろう。そんなある種の確信をもったのは初めての経験だった。

 

「周少尉?どうした?心拍数が上がっているが」

 

隊長から声がかかる。

 

「いえ……すみません。大丈夫です」

 

実際は大丈夫でもなんでもないが、周はそう答えた。

 

「帰った後男とやることでも考えて発情してるんですよ、きっと」

 

「おっ、流石は我が隊一の男食い、周少尉だねえ」

 

部隊の仲間たちから下品なヤジが飛んだ。令和の社会でしたらセクハラで訴えられるだろう類のものだ。

この手の下ネタは実戦部隊では日常茶飯事だ。男性のみの部隊ではもっと下種なことを笑いの種にすることがある、と周話に聞くことはあったが、その真偽は彼女にはわからない。ただ一つわかるのは、今のやじは許容範囲内ということだけだ。

実際周以外の女性衛士たちもその声に嫌悪感を覚えていなようだったし、上官もそれを咎めることはなかった。

なお男たちの発言が事実かどうかは、周少尉の尊厳を守るためにもここでは明記しないでおこう。

 

「あんたらみたいな童貞を相手にしてもつまらないだろ?」

 

隊内の他の女性衛士からそんな援護射撃がとんだ。通信が笑いに包まれる。

それも低俗だったのだから、普通の社会では問題になりそうなところだが、生憎軍隊は普通の組織ではない。

とはいえ彼女はそういうやり取りに嫌悪感を抱いているわけではなかった。それはその会話の目的が緊張をほぐすということだったから。仲間の気遣いだとわかっているから。

とはいえ頭の片隅で、もう少しましな緊張のほぐし方があったのではないか。そう思ってしまった彼女が悪いとは言えないだろう。

 

「緊張は大分解れたみたいだな」

 

再び隊長から声がかかる。

 

「はい。ご迷惑をおかけしました」

 

「……さて諸君、無駄話もここまでだ。重金属雲濃度は規定値に達した。これより我々は光線級吶喊を開始する」

 

周の返答に答えず、隊長は部隊へと命令する。隊長なりの気遣いだったのだろう。

それともう一つ。緊張して本来の動きができないことは死に直結するが、同時に緩みすぎも良くない。そんな意図があった。

 

隊長の号令に従い、十機の殲撃8型(J-8)の主機が轟音を上げうねりだす。

機体が宙へと浮かび、BETAたちへ向けて飛び立っていった。

 

 

ーーーー

 

 

[3]

 

 

同時刻の要塞司令部では、総司令が戦局を映すモニターを厳しい状態で見つめていた。

上に立つものの不安や悲観的態度は部下たちに伝播する。

そんなことはこの総司令とてわかっている。それでも曇った表情をしているのは想定以上に状況が厳しいからだ。

 

早々に重金属雲濃度は規定値を超え、光線級吶喊の部隊は出撃した。それがこの戦いで唯一といっていいポジティブな点だった、

光線級吶喊が成功しなければ勝利はない。それは戦い前から分かっていたことだ。核兵器を使おうにも光線級がいれば無力だ。だからこそ光線級吶喊に限界まで部隊を回した。それが前線部隊の戦力を減らすことになってもだ。

その決断が正しかったかどうかは現時点ではわからない。しかし現在の状況はそれが間違いだったかのような「地獄」に変貌していた。

 

戦術機部隊の穴を埋めるために前線に出張った機甲戦力はほぼ壊滅した。歩兵戦力など言わずもがなだろう。この戦いの後に一人でも無事なものがいれば奇跡だ。

戦術機部隊とて同様だ。すでに損耗率は非常に高く、戦線を維持するどころの話ではない。全ても部隊に余裕などなく、ほとんどの部隊から後退要請が寄せられていた。ーーそしてそれが認められなかった部隊は文字通り全滅した。

とはいえ彼らの献身の結果か、BETAたちはキルゾーンに誘因された。ただし問題なのはその数が砲撃等で殲滅できる許容量を大きく超えていたことだ。結果としてBETA群の多くは地雷原を抜け、機甲部隊や火砲部隊にとりついた。今やそれらでも前線と同じ地獄が現れている。

 

「全部隊の光線級吶喊開始を確認。重金属雲により以降の通信は困難になります」

 

司令部付きの通信兵がそう述べる。

 

「よし、頼むぞ……」

 

そう呟いたのは総司令か、それとも他の人物か。

いずれにせよ戦況は光線級吶喊の成否に、そしてそれを成し遂げるまでの速度にかかっていた。

 

ーーーー

 

場所は再び周少尉の所属する戦術機中隊に移る。

彼らはすでに重金属雲下の戦域に突入していた。現在までに部隊損耗はない。

 

「前方BETA群。数は二万を超えています」

 

実際、周の視界はBETAで埋め尽くされていた。

勿論彼女らの目の前にいるBETA群はこの超大規模侵攻BETA群の前衛ではない。大型種だけでなく、小型種を含んだ上での二万という数字だ。しかし途方もない数なのも事実。相手にすることになる敵は、事前予想よりも相当多くなるであろうことが予測された。

 

「……いつも通りだ。必要最低限の敵と戦い、光線級を目指す」

 

戦術機の兵装は有限で、数万の、いや数千でもまともに戦えばすぐに尽きてしまうだろう。

だからこそ無駄な戦闘は避けなくてはならない。それはハイヴ攻略でも光線級吶喊でも変わらない定石だ。

 

隊長の声に対する了解の声が響き、戦術機は更に速度を増した。

まず相対したのは要撃級、そして戦車級だ。これがBETA群の中衛を担う。

そしてこの中衛の最後峰に光線級が高確率で存在するということだ。

要撃級と戦車級の混成戦力はBETA群の中核戦力といえる数を誇る。それを避け、後方の光線級を、場合によってはBETA群の後衛に存在する重光線級をも撃滅するのが光線級吶喊の目的である。

 

殲撃8型(J-8)の両腕には突撃砲と多目的追加装甲が保持されている。要するに銃と盾であるが、第二世代機ではなく第一世代機においては盾は非常に一般的かつ効果的な兵装だ。

特に光線級吶喊では必須と言っても過言ではないかもしれない。レーザーを回避することが困難な第一世代機においては光線級吶喊の成功率と生存率を高める盾である多目的追加装甲は衛士たちに重宝されていた。

 

「このまま一気に突撃するぞ!フォーメーションは楔弐型(アローヘッド・ツー)だ!!」

 

縦陣(トレイル)匍匐飛行(NOE)していた機体が陣形を変える。

第一小隊が指揮官を最前列にし、その後ろに三機が展開する。第二小隊は第一小隊の後方だ。両翼に二機ずつ、それぞれが側面を見る形に開く。そして第二小隊が開いた中心部には中隊長の二機連携(エレメント)だ。

それが楔弐型(アローヘッド・ツー)

敵が密集した地域への突入に適した楔型陣形(アローヘッド)の中でも側面防御を重視し、より大規模なBETA群への突入へと適した陣形だ。

 

最前列の機体の砲口から火が噴いた。

36ミリの雨が要撃級に降りかかる。

ほぼ同時に他の各機体も発砲を開始する。たった十機、されど十機。鉄の雨は要撃級を次々にミンチに変えていく。

狙うのは自分たちの通る道筋だけだ。光線級がいる以上不可能だが、もしも神の視点をもつものがいれば、地上を埋め尽くしたBETA群の中に現れた一筋の赤い線が見えたことだろう。

とはいえ、事が容易ではないことはわかっていたことだ。事前の想定通りかそれ以上に敵の数は多い。戦術機の匍匐飛行(NOE)の速度は戦闘機と比べれば遅い。しかし戦車などとは比較にならないくらいには速いのだ。そしてBETAの強靭な生命力。戦術機の移動速度以上のスピードでBETAを殺し、道を作ることはすぐにできなくなった。

作った道も後方から左右から、次々と現れる要撃級によって埋められる。

 

「このまま抜けるぞっ」

 

隊長が叫び、一瞬各機が宙へと舞い上がる。

瞬間的に圧倒的な出力を与えるロケットエンジンが火を噴き、要撃級の頭を機体が飛び越える。

それは本来なら自殺行為ともとれる戦術だ。要撃級の上を戦術機が飛べば、その高さは光線級が狙うのに十分以上だ。今撃ち落される機体がいなかったのは、重金属雲濃度が減少せず、保たれていること。現在まで支援砲撃が続いていること。そして運が良かったことによる。

そしてこの行為の危険性は光線級だけではない。

第一世代機はそもそもこんな機動を行うようにできてはいないのだ。それが近接戦を重視した統一中華戦線の殲撃8型(J-8)であっても。

 

案の定、中隊のうち一機が跳躍のタイミングを間違えた。

機体の下半身部分が要撃級の前腕部と接触する。

そのまま態勢を崩し、落下した。

 

「っあぁぁ…………」

 

突破に失敗した衛士の口から悲鳴が上がる。それは衝撃に対する反射的なものだった。

地面に不時着した殲撃8型(J-8)に要撃級が迫る。

速度を上げて群れを抜けた中隊との距離は開くばかりだった。

 

「04、大丈夫か?」

 

この質問もまた反射的なものだ。部下の機体情報は上官側で確認できるし、またBETAの中に墜ちた機体が「大丈夫」な訳がないのだから。

そしてこの質問は少し遅かったというべきだろう。

すでに要撃級が両者の間に壁となって立ちはだかる。

 

「たいちょ…………たす……て……」

 

断続的な声が中隊内に流れる。

中隊側からは見えていないあが、この時にはすでに要撃級による攻撃を数発くらっていた。

跳躍ユニットは使い物にならず、主脚も片方が潰され、満足に立ってもいられない状態だ。この状況でもまだ突撃砲で反撃を試みているのだから、この衛士は称賛されるべきだろう。

 

「ひっ…………」

 

途端、彼の目の前には要撃級の前腕が迫っていた。

そして戦術機のコックピットへ向けてそれが振り下ろされる。

断末魔を上げる暇さえなく、コックピットごと押しつぶされた。

 

「っっ……KIAと認定。先に進むぞ」

 

04の死からすこし時は遡る。

彼以外の全員が跳躍し、要撃級の群れを抜けたころの出来事だ。

この時すでに04がついてきてこれていないことは分かっていた。隊の前衛を務める第一小隊の所属衛士だから当然だ。

同時に、もう生き返れないことも分かっていた。

前述したように戦術機の足は速い。数秒の間でも間にBETAが入り込み、その距離は絶望的なものになる。手が届きそうだが届かない。そんな距離感だった。

実際に全力で支援に向かえば間に合ったかもしれない。しかしBETA群のど真ん中で取り残されれば死は免れ得ない。戦闘可能な状況で助け出すには相当の無理をする必要があった。そうして戦力をすり減らしたのちに訪れる結末は「全滅」であり、任務の失敗だ。隊長としてそれだけは避けなければならない。

脱落した衛士が出た瞬間には、隊長はそう割り切っていた。

そしてそれに反抗する衛士もまたいなかった。

 

04の声が聞こえたときにはその結論は出ていた。

戦場での迷いは、つまり決断の遅れは死に直結する。逆に言えば、決断の早さによっては窮地の中にあっても九死に一生を得ることがあるということだ。

そして今回、隊長が04を早々にKIA認定したこと、それに隊員から余計な抗弁がでなかったことは結果として彼らの命を救った。

警告音がなる。

 

「前方より戦車級の小集団っ……」

 

部下の一人が悲鳴のような声で報告を入れる。

前方には戦車級、後方には要撃級。とはいえ後方の要撃級は無視できる程度には距離が開いていた。もしも判断が遅れていたら……挟撃されていたことだろう。

 

「仕方ないか……二時方向から迂回し、突破する」

 

「了解」

 

隊員たちの声が響く。

九機に減った機体が赤い洪水を迂回し、熱源へと迫っていく。

 

この超大規模侵攻においては、中隊規模で光線級吶喊を行っている。それは中隊規模程度が光線級吶喊任務に適切だ、という面が強いが、戦力不足もその要因の一つだった。

通常の大規模侵攻と、今回のような超大規模侵攻ではいくつか異なる点がある。

 

その一つが光線級の分布だ。中規模程度のBETA梯団においては光線級は梯団後方にある程度固まって存在している。それはそもそも光線級の数が少ないことに起因する。BETAの侵攻は何らかの意図をもって陣形が形成されるのではなく、各種の速度差により、自然に陣形らしきものが形成されると考えられているが、その陣形制には地形も大きな影響を与える。よって中小規模集団内の光線級は一つないし二つ程度に固まっており、それ他の地域に分布する光線級は極少数で、面制圧局面においてはほぼ無視できる。

 

では超大規模進行ではどうなるか。

BETAに戦術はないという従来の説に当てはめれば、その規模が変化しようが基本は変わらない。つまり光線級はある程度固まっていることになるが、規模が増える、個体数が増えることによって中小規模では無視しえた個体群を無視できなくなるのだ。

よって光線級吶喊の対象は複数になる。

周たち中隊も例にもれず、その内一つの光線級集団の殲滅が任務であり、そして他の中隊はまた他の集団というように、分散して任務を遂行していた。いや、せざるを得なかった。

 

ーーーー

 

周たちの中隊が光線級を示す熱源体に迫っていたとき、その機影はさらに減っていた。

戦車級の小集団を抜けた後にも、続々と迫るBETA群。戦車級と要撃級に繰り返し襲われるうちに、機体と武装は消耗し、衛士たちは疲れを溜めていく。

 

「ぐぅ……」

 

要撃級を殺しそこねたのだろう。また一機、堕とされた。

これで残る機体は四。一個小隊規模だ。少しずつ、じわじわと追い詰められていく中隊。だが仲間の死は無駄ではない。

着実に光線級の集団へと近づいていた。

現在戦っている戦車級集団。この先に、強烈な熱源がある。レーダーはそう示していた。

「もう少しだ……もう少しだぞ……!」

 

隊長が叫ぶ。

死んでいった者たちの無念。晴らすためにも必ずや光線級吶喊を成功させる。そう意気込んだ衛士たち。

手に届くところまで来ていた。

 

戦車級は、あと数十。

残弾は20%といったところか。

 

(……いける……)

 

周は心の中でひそかにそう思った。声にはださなかったが、光線級はもうすぐそこだ。

 

「行くぞぉ……」

 

隊長が再び叫ぶ。

その雄叫びにつられて周が、他の衛士たちも、声をあげる。

先頭に立った隊長の機体から鉛玉が降り注ぎ、赤き異形の影が潰され、倒れる。

道がーー開けた。

光線級が見える。

目のように見える照射粘膜を空へと向け、今も続けられている支援砲撃を撃ち落としているのが見える。

 

憎き敵の姿だ。

中隊各機が光線級集団へと突っ込んだ。

まさに「目の色を変える」という表現が相応しいような形相で、彼らは仇敵へと攻撃する。

 

四機の主腕の突撃砲から銃弾が飛び出して、光線級を潰していく。

そんな光景を幻視した。

 

しかし、そう上手くはいかない。

戦車級の壁が消えたということは、すなわち光線級の射線が通るということである。

確かに光線級はレーザー連射はできない。

だがこの規模の侵攻だ。光線級の数は当然多くなる。

絶対に誤射しない光線級の特徴が引き起こしたのか、偶然、インターバルが終わった直後の光線級がいることは不思議ではない。

光線級はその歩みを進めない。

だがその目は、正確には照射粘膜は、確かに機体に向いていた。

 

初期照射。

そして……。

 

その機体に向けられたのは偶然だったのだろう。だがそれは「最悪」の偶然だった。

今多目的追加装甲、つまりは盾を装備しているのは二機だけだ。他の二機は戦闘途中に放棄している。

そしてレーザーが焼き尽くしたのもまた、盾のない機体。それも隊長機だった。

 

「隊長ーーー……」

 

そんな叫びをあげたのは周か、それとも別の衛士か。

そのどちらもだったかもしれない。

そして一瞬の空白が生まれる。

戦場では致命的な一瞬を。

 

二筋のレーザーが機体を捉えた。

操作が遅れ、自動回避もこの状況ではあまり役には立たなかった。

爆発音が響く。

衛士の苦痛の声が聞こえたような気がした。

 

盾を保持していた機体が一発耐える。最も戦闘続行は不可能な損傷具合で、この状況から生還できるはずもない。

それでも意地がある。

衛士の意地だ。光線級吶喊ということである難度の高い作戦を命じられた、衛士の意地だ。

周の機体の前に出て、他のレーザーを引き受けた。

 

「後は頼んだ」

 

周にはその機体の後ろ姿がそう言っているように見えた。

レーサーが飛ぶ。

一瞬で機体はその中心部から焼き尽くされ、爆散した。

 

「うぅ……」

 

目から溢れる涙。

今日死んでいった仲間たちの姿が走馬灯のように浮かんできた。

 

「おぉ……うぉぉぉぉ!」

 

それは恐らく、今日一番の、いや周の人生で一番の咆哮だった。

インターバルは12秒。

すべての光線級が同時に照射してわけではないから、いつ撃たれてもおかしくない状況だ。

時間はない。

操縦桿のボタンをーー突撃砲の引き金を、引いた。

 

少し前に幻視した、あの光景が現実になる。

光線級が次々に肉片となっていく。

レーザーは撃たせない。

十数秒後、残っている光線級はもうわずかだ。

 

(あと20……)

 

撃つ。

撃つ。

撃つ。

 

(あと19……18……17……)

 

「死ねぇ……死ねぇぇ……」

 

涙をながし、叫びながら撃ち続ける。

 

(えっ……)

 

そんな認識はあったのだろうか。

その瞬間に、彼女は気がついただろうか。

 

声を出す間もなく、周の機体が焼き尽きる。

 

こうして周たちの部隊は全滅した。

光線級吶喊という任務をやり遂げることなく。

そして同様の光景は戦場のいくつかでも見られていた。

 

周の機体のあった場所の先には、戦術機とほぼ同じ大きさの影があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




鉛玉は比喩表現(?)です。書きながら「鉛ではなくね?」と思いながらも、意味は伝わるだろうと考え、そのままにしました。
突っ込まないで下さい(笑)。

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16 戦線は如何に

半年ぶりくらいでしょうか……。
大変長らくお待たせいたしました。投稿が遅れて申し訳ありません。
[追記] 誤字報告本当に助かります。いつもありがとうございます。


[4]

 

 

時は少し遡る。

史上最高規模の侵攻が確認されてから数時間。要塞最前線に進出した各軍の戦術機部隊は接敵に備えていた。

 

衛士たちの視界に映る土煙。正確には戦術機のカメラ越しだが、だからこそ見えたという側面が大きい。人間が地上に立った際に見える地平線は数キロ先である。当然戦術機の大きさでは変化し、より遠くまで見えるのだが、どちらにせよ地平線ギリギリに現れた土煙については拡大しないと普通の人間には見えないだろう。

この土煙の中に見えるのは当然BETAの最先鋒、突撃級だ。

分速にして数キロメートルの速度を誇るその巨体が迫る。

この時点で、彼ら戦術機部隊に猶予はほとんどなかった。

 

「数が足りなすぎる……」

 

それは誰が零した愚痴だったのだろうか。

光線級吶喊による要塞保全が最優先された結果、前線部隊は限りなくその数を削られていた。

 

最早要塞線が陥落するのは時間の問題だ。

 

それはこの要塞で戦うものたちなら毎日のように感じていたことだ。司令から一般兵まで。衛士から整備兵まで。だからこそ少しでもここで時間を稼ぐ。

この要塞線に配備された戦力は統一中華戦線からしてみても失うのは惜しいものだ。にも関わらず、多少の犠牲を伴ってでも要塞線陥落を一日でも遅らせる。それには訳があった。

 

中国大陸は広大だ。かつ障害物となるものは少ない。その国土に占める山地の割合は三割程度であり、三割を台地、一割を丘陵地、残りを川沿いの盆地と低地平野が占める。全国土のおよそ七割を山岳地帯が占める日本とは雲泥の差だ。

ただでさえ戦線が広くなることを考えれば、重慶という要地が墜とされた後、国土防衛の難度が飛躍的に上昇するのは明らかだった。

現在まで、中国大陸の人口集積地である沿岸部を保たせているのは重慶要塞だ。これが陥落すれば、仮に同程度の戦力を保持していたとしても、従来のような防衛線を展開することは不可能になる。

だからこそ戦力の保持以上に要塞線の、ひいては防衛線の保持が重視されていた。

 

「来るぞ……」

 

再び誰かが愚痴を零す。

突撃級の姿はもう目の前まで迫っていた。

 

まだ、誰も撃たない。

それは全員が自分たちの役割を理解している証左だった。あるいは上官の指示なく発砲しないだけの冷静さを保っていた証だ。

それが投与された戦術薬物の効果であったとしても、大切なのは結果だ。絶望的であると知っていてなお、十中八九、死ぬだろう、そんな戦場の最前線に立ってもなお、組織的行動ができることは大きい。少なくとも「最悪」中の「最悪」という事態は避けられた。

光線級吶喊の部隊の突入成功率を高めるため、光線級吶喊が終了するまで戦線を保つため。

 

最前線に立った機体の主腕が銃を構え、絶望的な戦闘が始まった。

 

―――――

 

「大尉……真田大尉……」

 

それは最前線に身を置くある帝国軍部隊の中の一つだった。

 

「オウル04!!」

 

戦闘しているのは撃震の一個中隊だ。コールサインは「オウル」。中隊といっても、本来の中隊規模ではない。機影は九。二個小隊と一機分しかなかった。

そしてまた一機墜とされる。いや。「墜ちる」という表現は適当ではないかもしれない。オウル04と言われた衛士は地上で殺し損ねた要撃級の触腕によってコックピットごと潰されたのだから。

 

「くっ……態勢を立て直すっ……」

 

隊長――真田大尉が指示を出す。

二個小隊規模にまで数を減らした中隊が陣形を組みなおし、BETAと相対する。

 

「300メートル後退する。俺たちの任務を忘れるな!遅滞戦闘と誘因だ!」

 

「了解」

 

そう。遅滞戦闘こそが真田たちに与えられた任務だった。

ここ重慶要塞の守備戦術は河川部を利用したもので、地雷原と各砲撃部隊によるキルゾーンを形成することだ、というのはすでに何回も説明している通り。故に、光線級吶喊に参加しない戦術機部隊の任務はキルゾーンへの誘因となる。

しかし今回の大侵攻は少し事情が違うということもまた、前述した通りである。その原因は要塞戦力の不足とBETAの谷例を見ない規模の戦力にある。

そして司令部は要塞線保全のために光線級吶喊に賭けている。キルゾーンに誘い込む戦術だけではBETA群の殲滅は不可能であると見込まれているからだ。航空戦力か核戦力が必須であり、そのためには光線級吶喊を成功させなければならない。

だが同時に後方戦力の保全も考慮しなければならない。光線級吶喊が成功する前に後方戦力が沈黙すれば、光線級吶喊に差し支えるし、そもそも成功したとしても戦線が崩壊しかねない。

それ故の遅滞戦闘であり、誘因前に戦術機が間引くことを求められたのであった。

 

突撃級(でかいの)だけはここで止めろ!他は多少後ろに抜かれてもいい!!」

 

真田が叫ぶ。

突撃級は強固な装甲殻をもち、その速度も相まって非常に厄介で対処しにくい敵だ。実際面制圧での生存確率が高いのも突撃級であり、だからこそ戦術機部隊が対処する必要があるBETAの中でも(光線級を除けば)優先度は上位になる。

因みに戦術機が対応する必要ではないBETAは兵士級や闘士級などの小型種であり、歩兵でも対応可能な種である。なお兵士級は1993年現在、発見されていないことを付け加えておく。

 

「おらおらおらおらぁぁ」

 

衛士たちが咆哮をあげながら発砲を続ける。

操縦桿のレバーを引くたびに、巨腕に保持された突撃砲から弾が飛び出てBETAを襲う。

36ミリ弾のうちいくらかは突撃級の装甲殻に防がれる。角度次第で120ミリ砲弾をも防ぎ、面制圧下においてに生存する可能性すら向上させるそれは、戦術機用の36ミリなど通しはしない。

 

「オウル08、弾倉交換します」

 

女性衛士が答えた。

 

「了解。支援する」

 

同じ小隊に属する衛士が答える。

一機、オウル08が弾倉交換をしている間、カバーに入るために動き出した。

オウル08の前方数百といったところか。突撃級の速度を考えれば決して遠くはない距離に迫ったBETAに向けて、87式突撃砲を構える。

刹那――

突撃砲の、その大口径の方が火を噴いた。

 

120ミリ滑腔砲の銃口から放たれたのは装弾筒付翼安定徹甲弾( A  P  F  S  D  S )だ。

滑腔砲はライフル砲と比較して弾道の安定性が低く、有効射程が短い。これはライフリングがないことに起因する。時代が進むとともに高威力の砲弾が求められ、その代表例である装弾筒付翼安定徹甲弾( A  P  F  S  D  S )等の砲弾は、ライフリングがむしろ悪影響を及ぼしたのである。よって現代の戦車の多くには滑腔砲が搭載されている。

その戦車砲には劣るものの、戦術機用120ミリ滑腔砲の装弾筒付翼安定徹甲弾( A  P  F  S  D  S )も十分な威力と貫通力を誇っていた。

 

数発の120ミリ劣化ウラン弾が迫りくる突撃級を襲った。

何発かは跳弾し、狙った効果は得られない。

しかし無駄ではなかった。運動エネルギー弾の直撃に加え、衝撃波の影響で突撃級には確実にダメージが蓄積されていた。

事実、次の弾頭は弾かれることなく着弾する。

突撃級の装甲殻を侵徹体が貫通した。

装甲殻内部で破壊された装甲殻の破片や侵徹体との高温融解物が飛散する。

突撃級の誇る盾を貫かれ、その足が止まった。

 

だが迫りくるBETAは一体ではない。

オウル08の弾倉交換が終了し、戦線復帰するまでの支援なのだから足止めで良い。

そう判断した衛士は36ミリチェーンガンを作動させる。

36ミリ弾で突撃級の装甲殻を抜くのは難しい。勿論不可能ではない。集中して射撃すればいつかは突撃級の装甲殻をも突き破り、息の根を止めることは可能だろう。しかしそれは愚策、弾薬の無駄だ。突撃級の足止めなら、装甲殻のない前脚部分を狙えば良いのだから。

 

87式突撃砲の銃口が複数の突撃級の前脚部に穴を穿つ。

突撃級の速度が落ちる。中には完全に停止したものもあったが、それは少数派だ。

もともと大した距離のない中での戦闘だ。多少速度が落ちたとしても、機体まではもうすぐの距離に迫っていた。

しかしそれは斜め後ろからの射撃によって食い止められる。

 

「お待たせしました」

 

副腕によって行われる87式突撃砲の弾倉交換時間はそう長くはない。

実際にオウル08が戦線復帰するまでにはそこまでの時間は掛かっていなかった。

 

「待ってたぜ……」

 

しかしそれでも戦術機一機が抜けた穴というのは意外と大きいもので、それを埋める衛士の負担もそれなりに大きいものである。

 

オウル08が戦線復帰したオウル中隊は突撃級を相手取り、次々と倒していく。

その間には要撃級、戦車級がどんどん後方へ向けて抜けていくが、中隊にそれを止める力はなかった。

否、ここでは突撃級をほぼ完全に止めている彼らの技量を褒めたたえるべきだろう。他の戦域ではすでに全滅した部隊もいたというのだから。それは文字通りの意味での「全滅」だ。一個小隊分の損失しか出さずに戦闘を続けているこの帝国軍部隊の練度は非常に高い水準にあると言えた。

 

時間が経つにすれ、BETA群の圧力は増していく。

真田たちオウル08の眼前に現れたBETAの数はとても一個中隊では止められないものだ。

 

「ここまでか……」

 

一言そう呟いた真田は司令部への通信チャンネルを開いた。

 

「オウル01よりCP、これ以上の戦線維持は不可能と判断する。後退と同時にBETA群を誘引したい。許可を求む」

 

撤退したい。それだけでなく誘因もするといったのは、敵を目の前にして後退することへ思うところがあったのか。撤退許可を求めることが敵前逃亡と思われるような軍組織ではないが、衛士としての意地だろうか。

それが何を意味するにしろ、そもそも意識してか無意識かもわからないが、何にせよ真田の判断は客観的に見て間違ってはいなかった。

 

「CPよりオウル01、撤退を許可する。BETA群を誘引しつつエリアEまで後退せよ」

 

少し待たされたあと、返答が来る。真田たちの後退は無事許可された。それは司令部がある混乱の中での判断であったが、真田たちはその理由を嫌でも知ることになる。

本当の地獄はごく近くにまで来ていることに、前線の衛士たちはまだ気が付いていなかった。

 

―――――

 

[5]

 

 

真田たちが後退の許可を求めていたころ、司令部には同様の上申が多く届けられていた。

正確な時刻を言えば、真田たちは長くもった方だ。真田が連絡する以前にすでに多くの部隊から撤退許可申請が出されていたし、すでに壊滅した部隊もあった。故に真田の連絡の時点で、司令部は混乱状態にあった。

 

「エリアBの戦術機部隊が後退の許可を求めています」

 

今もまたある部隊が後退の許可を求めてきたところであった。エリアBとなっているのは、そこの戦域を担当する部隊が複数いるからだ。そこでは統一中華戦線や帝国軍がともに戦っていた。

それども戦力不足は否めない。それが現実だ。

 

「司令……これは……」

 

参謀が司令に話しかける。

 

「重金属雲濃度はどうなっている!」

 

総司令が苛立ちを隠せないといった具合で叫ぶ。

 

「あと数分で規定値に達すると考えられます」

 

オペレーターが簡潔な答えを返す。状況は切迫しているが、だからこそ冷静でいなければならない。窮地にこそ、冷静さが求められるのだから。

オペレーターの態度は総司令よりも良いものであったが、自分の職務一つに集中できるオペレーターと、戦況を包括的に判断し、責任がある司令という職の違いを考慮すべきかもしれない。実際、次の問いかけの時には総司令の口調は平たんなものに変わっていた。

 

「そうか……規定値に達し次第、光線級吶喊部隊を突入させろ」

 

「了解」

 

「総司令……しかしこのままでは前線が持ちませんよ……」

 

参謀の一人がネガティブな話題を持ち出す。しかしそれは決して避けては通れないものだった。

 

「確かに……」

 

前述した通り、現在最前線は危機的状況にある。前線が崩壊すればBETA梯団は要塞線奥深くまで浸透、中衛の機甲部隊や後方の砲撃部隊に取りつくだろう。そうなれば支援砲撃は途絶え、光線級吶喊の成功率は下がり、成功したとしても要塞線の保持は難しくなる。

 

「……前線部隊を後退させ、予備部隊を投入する。現段階での戦線崩壊は防がなければならない。予備戦力の投入により戦線を再構築するのだ」

 

総司令は決断を迫られた。

戦術予備戦力を投入し、前線戦術機部隊を後退させると同時にキルゾーンを再形成する。

軍組織は決断が遅い。軍というより官僚的組織にありがちな点だ。だが軍隊というものは得てして決断したのちは止まらない。いや、止めるのは極めて難しい。今回も同じだ。総司令の決断は高度な戦術データリンクによって意思共有され、各軍各部隊に伝わる。戦術予備として現在まで戦闘に参加していなかった武たちにも命令が発せられた。

 

ーーーー

 

「隊長。後退命令です」

 

そう告げたのは真田大尉の部下の一人、斎藤少尉だ。オウル08のコードを与えられた彼女は隊全体へ下された命令を戦闘中の隊長へと反復した。

 

「ああ……後退し部隊を立て直す。殿は第一小隊が受け持つ!」

 

「了解」

 

その声が響き、残存8機の機影が動き出す。各機がその突撃砲を撃ち、多くのBETAを退け進む。

そのまま行けば良かった。しかし事はそう簡単には進まない。

 

赤い影が機体に迫った。戦車級だ。

 

「あぶっ……」

 

戦車級が戦術機の側に現れる。機体をかすめ、それは致命傷にはならざるも、機体のバランスを崩すには十分だった。

 

「穴山中尉っ!!」

 

オウル08の口から声が出る。今態勢を崩した機体の衛士の名は穴山というらしい。

オウル08――斎藤少尉の叫びにも意味はなく、穴山の機体には群がるように戦車級が取りつく。

その機体にかみつく戦車級。

しかし仲間たちはそれを座してみているつもりなど毛頭ないだろう。事実、周囲の撃震が突撃砲を向け、狙う。

しかし、敵味方識別装置(I  F  F)が作動する。衛士が引き金を引いたとしても、ロックされていては弾はでない。敵味方識別装置(I  F  F)は味方誤射を防ぐためのものだが、それは味方機にBETAが取りついたときには障害となる。

 

銃声が響いた。

穴山機に取りついた戦車級が蹴散らされる。

敵味方識別装置(I  F  F)を自分の意思で解除することができるのは隊長機をはじめとした一部だけ。また穴山機には可能な限りダメージを与えない――つまりは誤射して機体に損傷を与えないその実力。

突撃砲の銃口を引いたのは真田だった。

 

「大尉……!!」

 

斎藤が思わず声を上げた。それは穴山が助かった――と、思ったから。

確かに今穴山の命は救われたのは事実だ。

ただ今でしかない。先ほどまでの一連の出来事は結果的に、穴山の近い未来を暗く染めあげることとなる。

そしてその一歩がすぐに現れた。

 

穴山機が動き出す。

ナイフシースを展開し、短刀を手にもって戦車級突っ込んだ。ーー悲鳴に近い雄たけびを上げながら。

 

「うぉぉぉぉぉ…………」

 

正に暴れだす。そんな言葉がふさわしい状態だ。

 

「死ねぇ……くそ共がぁぁ」

 

シェルショック、戦争ストレス反応――戦闘の経験によって発生される心理的障害だ。一般的には心的外傷後ストレス障害、所謂PTSDが有名だが、それは戦争以外の原因を含む包括的なものであり、同時に長期的にわたる心的障害をいう。この 穴山の反応が後々まで続くかどうかはわからない。

しかし、わかることもある。それは戦術機の運用上、衛士がこういった状態に陥ることは想定されていることであるということで、故に、対応策が用意されているということだ。

戦術薬物が投与される。

帝国軍においても実戦での経験は少なく、後催眠暗示とあわせて「まともなもの」に至っていないそれは、しかし投与された衛士の精神を強制的に鎮静化させる。

実際、穴山の目から光が消えた。

生気を失った傀儡かのように、ぼーっとしたような姿になる。

 

「………………」

 

「……よし、隊列を組みなおせ!!」

 

真田がすかさず指示を出し、中隊を動かす。

再び機影に動きが生まれ、それらが連なってBETAたちを倒し、進む。

集団の外縁部の機体からは劣化ウランが飛び出して、中央部からもまた、支援攻撃が行われていた。

シェルショックの衛士を出した割には、普通の動きだ。

それはひとえに中隊の熟練度と真田という部隊長の腕によるものではあったが、戦術薬物も後催眠暗示も帝国軍では未完成の技術だ。残念なことに、その反動はすぐに現れた。

 

「…………」

 

「このまま突破するぞ!!」

 

真田の命令が響く。

その大迫力の怒号は、より迫力のある現実と相まって衛士を昂らせ、さらに機体の速度を上げさせる。

ただ、それが裏目に出た。

 

「……死ね……死ねぇ!」

 

再び穴山の感情がよみがえったかのように昂りだす。

そしてさらに追加で薬物が投与される。

しかし、薬物の投与は必ずしも良い結果をもたらすとは限らない。意味がない、というわけではない。戦術薬物も後催眠暗示も戦争の経験から用いられるようになった、いわば人類の知恵だ。仮にこれらがなかったとしたら、部隊損耗も人類の後退もより激しく、早くなっていたことは間違いないだろう。

だが、技術的には過渡期にあるこれらには、最前線での機械判断での過剰使用による副作用が存在することもまた事実。そしてその副作用の一つが、俗に「悪酔い」と呼ばれているものだった。

 

「おらぁぁ」

 

穴山はまるで正気ではないかのようにBETAを屠り続ける。壊れた機体で。

いや、実際正気ではないのだろう。それ傍から見ても明らかだ。BETAの殺し方がおかしい。非効率的すぎる。

 

そして穴山の機体に傷が増えていく。

 

「やめろ穴山!後退だ。後退するぞ!!」

 

要撃級の、戦車級の腕が、穴山の機体を狙って迫る。普段ならば味方との連携を含めてこの程度ならば難なくさばけるのだろう。しかし今の精神状態では、それは不可能だった。

 

「ぐぅぅ……」

 

要撃級の頑強な前腕が機体と接触する。機体フレームが歪み――幸いコックピット付近ではなかったが――撃震が大地に倒れる。

 

「穴山ぁぁ」

 

真田が思わず声を上げた。

 

「穴山を支援しろ!!」

 

突撃砲で穴山機の周囲の要撃級を駆逐しながら叫ぶ真田に続き、中隊衛士が穴山機のバックアップを行う。

しかし穴山にはまるでその声が聞こえていなかのようで、その動きが見えていないかのようで。

彼の機体は立ち上がり、BETAへと向かっていく。

 

「ぶっ殺してやるくずどm……ぐぁぁ……」

 

しかし穴山の機体はすでに深手を負っている。戦闘などままならないほどに。

そんな機体でBETAに向かっていけばどうなるか。更に仲間との連携もとれていないならなおさらだ。

穴山機にBETAが迫る。同時に穴山機のカメラに映る巨大な影。それがますます穴山の精神を蝕み、更なる投薬と悪酔いという悪循環を迎える。

 

「大尉てめぇふざけんなよ!!いっつもそうして偉そうにしてやがるくせに……俺一人助けられねぇのかよ!?ああっ!!」

 

錯乱した状態の穴山。

壊れた機体でBETAと戦っている。否、BETAに襲われている。

 

「穴山中尉!!もうその機体はもたない……はやく……はやく緊急脱出してぇ!」

 

斎藤が叫ぶ。だがその言葉は穴山には届かない。

 

「おい真田ぁ!だからてめぇは気に食わなかったんだよっ!!ははっ……とうとう言ってやったぜ。なあ――貴子!」

 

いや、意味が通じたかは兎も角、その言葉は間違いなく耳には入っていた。

そう。その言葉の意味が通じないのが「悪酔い」の状態というわけだ。

 

「オウル10--穴山っ……脱出しろ!!俺が拾ってやる」

 

真田もまた叫ぶ。真田や斎藤は薬による副作用ではない。同じ隊の仲間に対する情だ。錯乱したからといって、仲間を見捨てることはできない。まして真田は部隊長だ。時には仲間を切り捨てる決断が必要な職務だが、まだ可能性は残っている。そう判断した。

そしてそれは多少なりとも戦術薬物は投与されている状態とはいえ、正気での判断だった。

 

「できるわけねえだろそんなこと!!だったらてめぇでやってみろっ」

 

だが、仲間の思い程度で言葉が届くのであれば、そもそも薬物など必要ない。

この時の真田の言葉は、斎藤の思いも穴山には届かない。

そんな戦場の現実がここにあった。

 

「穴山は重度の悪酔いです!!っ……お願い大尉――助けに行かせて下さい!!」

 

斎藤が叫ぶ。普通ではないほどの情を込めて。

しかし――現実は非情で、容赦などない。

穴山機に取りついた戦車級が機体をかじる。穴山救出のタイムリミットは刻一刻と近づいていたが、真田にせよ、斎藤にせよ、その他の衛士にせよそれを助ける余裕はなかった。――精神的にも、実力的にも。

 

「ああ……おい、ふざけるなよっ!もう糞どもがコックピットを壊しやがっ……うわぁぁぁ離せテメェぐwsws」

 

戦車級がコックピットを食い破り、穴山と直接相対した。

そして――その強靭な顎が穴山に迫る。狭いコックピットの中、逃げようとしてもそんなスペースはない。そもそも恐慌状態にあって冷静に回避できるはずもなかったが。

とはいえ、穴山の本能的な僅かな抵抗が、違った結果をもたらした。彼にとっては最悪ともいえる形で。

戦車級の顎を回避しようとした穴山の身体は、戦車級からできる限り離れようと若干その向きを変える。

ガリ……ガリ……と、戦術機を「食べる」音が耳に入り、まるで周りがゆっくりと進んでいるかのような錯覚に襲われる穴山。

赤い怪物の顎が穴山を捉えた。

頭ではなく、肩と腕を。

数センチか数十センチか。その程度の差で、数十秒、穴山の命は取り留められた。

戦術機や戦車の装甲さえ簡単に食いちぎる戦車級の顎の力は尋常ではない。人間の四肢程度、簡単に食いちぎる。そして、仮に()()()()()()()()()()()()、それは食べられた側からすれば地獄となる。

戦術機は勿論、強化装備の機能すらまともに働かなくなるのもざらで。

穴山は精神的に異常が見られる状態だった。だから、どれだけ痛みを感じたかはわからない。

 

しかし、

 

「早く殺してくれ」

「あの時死んでいればよかった」

 

そんな言葉が口からでるのも当然だと思える地獄の中で、穴山が数十秒余分に生き永らえたことは確かだった。穴山にとっては酷な結果となったのかもしれないが。

 

「いやぁぁぁぁぁ……」

 

戦場に響く、斎藤の叫び声。

それもまた、仕方のないことかもしれない。

 

「穴山ぁぁぁぁぁ……」

 

ほぼ同時に、真田の声も響く。

穴山には少し憎い相手として思われていたようだが、真田が穴山に、正確には部隊の衛士たちに抱いていた思いは本物だ。日本帝国人の気質というべきか。

質実剛健で生真面目。部下から見れば、少々気難しい上司であるのは間違いない。しかし、だからこそ、部下に対する思い入れも強い。部下の視点からは上司の思いが見えないことは、特に真田のような人物にしてみればままあることだ。

故に、真田が叫び、精神的に同様してしまうのは仕方のないことだったのだろう。本来はそうあってはいけないが、この戦場でその理想を体現するのは難しい。まして、部隊長ですらない斎藤はなおさらだ。

 

そして、衛士にかけられた精神安定装置が作動する。

特に興奮状態にあった真田と斎藤に戦術薬物が投与される。二人の精神が強制的に鎮静化される様は、普通の感覚なら恐怖の感情を起こさせるような不気味な光景だ。それも、二人が興奮していた要因である穴山の死の間接的原因となった薬物によりこの状況が発生しているのだから、一層恐ろしい。

とはいえ、幸運にも、真田も斎藤も穴山のようにはならなかった。真田は指揮官として、冷静に部隊に支持を出す。

 

「…………オウル10のKIAを確認……これより戦場から離脱する……」

 

冷静に、というのは的外れな表現かもしれない。より正確な言い方にするのならば、「感情がない」「生気がない」「平坦な」声だ。これはまさに、戦術薬物や後催眠暗示の効用と恐ろしさを明確に表している。

部隊の各衛士が真田の命令に答えるとともに、当然斎藤も了解の意を示す。

 

「…………オウル08……了解……」

 

こちらも不気味なほど起伏がなく。

 

――――

 

残存7機が戦闘機動を少し緩め、移動を開始する。

可能な限りBETAを誘引しつつ、後退する。河川部のキルゾーン付近では、BETA殲滅のための面制圧を支援砲撃として利用することができる。無論、砲撃に巻き込まれない部隊運用と砲撃部隊との調整能力が必須であり、指揮官への要求は高い。

BATE大戦下では楽な戦闘など存在しないが、それは比較的後方かつ好条件のこの場でも変わらなかった。

 

「隊長っ!オウル03が……」

 

その声はもはや半分にまで減った真田中隊の中で、未だ生存している衛士が発したものだった。

戦術機部隊の中では、特に戦闘をしている部隊の中では最後方に近いキルゾーン間近まで後退し、戦闘を行っている真田中隊。周囲は砲撃音と戦術機の銃撃音、BETAの進撃する音に支配され、孤立していた。

 

「近くの部隊と連携を取らなければ……このままでは全滅する!」

 

真田は戦闘の中にあって思考を停止させず、任務の達成と部隊の生還への最善手を探し続けていた。そこに届く一つの指示。

 

「CPよりオウル01、予備戦力を投入し、戦線を再構築する。それに伴い、各部隊の配置が若干変化する」

 

それは、真田にとっては朗報だった。CPからの通信は続く。

 

「これより各部隊へ指示を出す。周囲の部隊と連携しつつ、各座標へ移動開始せよ」

 

すると、戦術データリンクを経由し、真田をはじめ衛士たちの視界に、あるポイントを指す戦域マップが映し出される。

 

「オウル中隊は帝国軍研究開発団第一中隊と同じ戦域になります。部隊コードはクレイン、部隊長は巌谷少佐です。戦域αに移動し、同部隊と合流せよ」

 

CPは続けて、真田たちと同じ戦域になる予備戦力の部隊を告げる。それはまさに、武が所属するクレイン中隊であった。何より巌谷の名前は、日本の衛士たちにとって特別なものがある。伝説の衛士の名声は、帝国軍の戦術機関係者で知らぬものはいないだろう。

 

「オウル01了解。移動を開始する」

 

真田の撃震の跳躍ユニットが起動し、機体が地面より少し離れる。機体が動き出すとともに、風を切る音が戦場に現れ、隊員たちが続き、巨人が闊歩する。

銃声が轟き、悲鳴にも似た音がBETAから漏れる。

周りはBETAの群ればかり。予備戦力がすでに各戦域に駆けつけているとはいえ、救援部隊と合流する前に全滅してもおかしくない。

真田は再び意識を切り替える。部隊を生還させるために。任務を遂行しきるために。

 

BETAを狩る人類の矛が、その名に恥じぬ動きを見せ、BETAの体液の沼をつくる。突撃銃を構え、或いは近寄ってきた敵を切り刻み進む。

 

「足を止めるな、このまま一気に合流地点まで行くぞ!!」

 

「「「了解!!」」」

 

少ないながらも援軍と合流できるということ、その指揮官があの巌谷であること。それらは隊員たちの士気を高めるには十分であった。

赤い壁が顕現した。

BETAに蹂躙され、平地になれされつつある地形。粉塵で遠くは見えない状況とはいえ、終わりが見えないだけの数がそこにいた。一息で飛び越えることはできそうにない。試みれば光線級の餌食だろう。

戦車級の群れ。これを乗り越えなければ生還も、作戦成功もない。

 

「突破する。続けぇぇぇ!」

 

真田の咆哮が先か、各機から劣化ウラン弾が飛び出したのが先か。

真っ赤に染まった大地が中央から三角形に弾ける。

たった六機、されど六機。各機の両主腕が保持する計十二門の突撃砲の威力は、どれほどの戦車級をも薙ぎ払う威力をもつ。

数百、いや数千に及ぶ弾丸の雨が戦車級に降り注ぐ。

 

「敵戦線をぶち抜けぇ」

 

真田はさらに叫ぶ。部隊は真田を最前線に、一つの猛獣のようになり、直進する。

機体の跳躍ユニットの出力がさらに上昇し、速度も比例して上がっていく。

赤い壁の最高地点が見えた。

同時に、突撃砲の残弾がゼロに。各機は弾倉交換が必要な状態になるが、残念ながらそのような余裕はなかった。

 

「残りは短距離跳躍で飛び越える。高さには気をつけろ!光線級に狙われていることを忘れるな!!」

 

真田の指示とともに、先頭の真田機の跳躍ユニットの向きが変化し、機体の高度が急激に上がる。

その従来機には不可能な機動は、本来人間が感じるはずがないGを発生させる。強化装備によって軽減されながらも、長時間戦闘をこなしてきた真田の身体に更なる負担をかける。

 

「ぐぅぅ……」

 

そんな中でも、真田は部下の状態の確認は忘れない。

 

「よし、皆ついてきているな……」

 

跳躍ユニットの角度は上を向き、機体はさらなる加速とともに地面へと向かう。

真田に続いた機体が着陸した瞬間、後方の機体の背部兵装担架に備え付けられた突撃砲がBETAを捉える。

BETAが攻撃する優先順位が高いものは、高性能コンピュータを搭載した有人兵器である。当然、戦術機は最優先の対象になり得る。

 

頭上を越えられた戦車級は、反転して真田たちを狙う。それを背部兵装担架から構えられた突撃砲は、その前列となった戦車級を狙い、つるべ打ちにする。

BETAの足先な鈍った矢先、機体は加速し、置いて行く。

 

跳躍ユニットの出力は更に上がる。ジネラル・エレクトロニクス製のエンジンは最初期に開発されたものであるが、その信頼性と性能の良好さは現代でも高い評価を得ているものだ。

青い噴流が迸る。

 

真田の視界の戦域マップが拡大される。

先に示された戦域αに入り、新たに設定された合流ポイントを示すマーカーが現れる。距離は近く、ようやく武たちと思われる友軍戦術機のマーカーもまた現れた。

 

無線が繋がる。

 

「クレイン01よりオウル01、帝国軍研究開発団第一中隊長の巌谷少佐だ。貴隊を確認した」

 

「オウル01、真田大尉です。合流後、貴隊の指揮下に入ります」

 

「ああ。新しい合流地点を送った。確認してくれ」

 

その言葉通り戦域マップが拡大され、新しい地点を指すマーカーが現れ、点滅している。

真田たちからほど近い位置だ。少し離れた場所にある巌谷の部隊のマーカー。両者の中間よりから少し真田よりといったところか。地形的には数分の距離だ。

 

BETAをかわしながら進むと、前方から機影が現れる。

数は12機。間違いなく、巌谷の部隊だった。

改めて通信が開始される。今度は隊長同士の秘密回線ではなく、両部隊の全衛士に聞こえるように。

 

「クレイン01、巌谷少佐だ。以降両部隊の指揮を執る。よろしく頼む」

 

一瞬、間を挟んで巌谷が続ける。

 

「司令部より残存戦術機部隊及び予備部隊に命じられたのは戦線の再構築だ。現在、光線級吶喊を任務とする部隊が複数投入された。光線級吶喊が成功するまで戦線を維持しなければならない。

そこで、我々は撤退してくる他部隊を掩護し、戦線再構築までの時間を稼ぐ。各人の奮戦を期待する」

 

巌谷の言葉を待っていたわけではないだろうが、そのタイミングでアラートが鳴り響く。

数十か数百か……突撃級の小集団が両部隊の前に現れる。

 

「一先ずは殲滅するぞ。中央および右翼はクレイン中隊が、左翼をオウル中隊が対処せよ。真田大尉、よろしく頼む」

 

「了解」

 

巌谷の指示の下、18機が動き出す。

巌谷が戦域で部隊を分けたのには理由がある。

巌谷の部隊は完全な状態、真田の中隊は戦闘で疲れている。そもそも状態が違う上、突発的で連携の確認も不十分だ。この状態なら無理に部隊を混ぜない方が良いという判断であった。

しかし、それは度重なる戦闘で疲弊した真田中隊を見捨てるという意味ではない。中央には武の中隊を配置し、巌谷自身の直轄小隊はその後方から各方面をフォローする。

 

切り込み役は当然、突撃前衛と強襲前衛から構成される武の小隊だ。

突撃級の中央に吶喊する。

 

「続けぇぇぇ」

 

武の指示の下、四機が一気に加速する。

片腕に長刀、もう一方に突撃砲を構えた武の機体を戦闘に、各機が続く形だ。

 

突撃級の前面装甲はやはり堅い。

36ミリを正面から撃っても効果を薄いが、特に脚部を見れば、牽制程度にはなる。

 

距離は数十メートル。戦術機と突撃級の速度を考えれば、わずかでも遅れれば激突してしまうタイミング。

跳躍ユニットの角度が変わり、瞬間出力の高いロケットエンジンの炎が上がる。

機体が持ち上がり、突撃級の上部すれすれを飛び越える。当然、光線級に狙われないようにできる限り低く。

 

突撃級の最高速度は170㎞/hだ。無論最高速度が出せる環境ではないのだが、それでも一瞬で距離は離れていく。

一先ずの目標は突撃級の殲滅。

敵を逃がさないために、背部兵装担架から出る銃弾が突撃級の柔らかい背面を狙う。

更に、反転した機体の腕部に構える突撃砲からも同様に銃弾の雨が降り、BETAが止まる。完全に息の根を止めていないものもいるが、前進できない突撃級など障害にはなりえない。

 

武が後続の突撃級の脚部を狙う。

精密な射撃と胆力が要求されるが、少なくない戦闘経験と、なによりもセンスが違う。数が多くないこともあり、確実にその足を止めていった。

 

巨人が剣を振り下ろす。

74式近接戦闘長刀の切れ味は本物だ。足の止まった突撃級を、装甲殻を持たない部分を狙い、突き刺す。

次々と息の根を止めていく衛士たち。

そして、同様の光景が右翼、左翼でも発生していた。

 

 

―――――

 

突撃級を殲滅したのち、改めてクレイン、オウルの両中隊が集合していた。

 

「撤退中の各部隊が救援信号を発している。対象αを確認してくれ。我々は部隊αを救援し、同戦域を維持する」

 

各衛士の視界に救援対象となる部隊のマーカーが強調される。

 

巌谷の指揮の下、部隊が動き出す。対象αの残存機体は六機、元々が大隊だと考えれば、その損耗率は極めて高い。

最も、BETA大戦ではその異常事態が「常時」発生するのだから恐ろしいものなのだが。

戦術機が群れを成して動き出す。

 

そして、武たちは再び戦場に身を晒し、戦線維持に死力を尽くしていくのだった。

 




PTSD等、病気が本文中に出てきます。厚労省や文科省等政府組織のページを参考に、当該部分を執筆しておりますが、正確な情報ではない可能性があります。
こうした部分については、いないとは思いますが、本文中の記述を信用しないよう、お願い申し上げます。

なお、軍事知識がガバガバなのはデフォルトです。何かあれば是非ご指摘ください。


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