真説(親切解説)アーマード・コア4 【非公認】 (あきてくと)
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第一部 Armored Core 4
Last Raven 〜国家解体戦争〜


 捉えた。照準と照星が目標にぴたりと重なる。俺は、奴の制動のタイミングを狙って、右手に構えたライフルのトリガーを引き絞った。歴戦の経験からわかる、どんな高機動性を有していようとも絶対に避けられないタイミングだ。

 

 ライフルの銃口から放たれた青白い光の奔流は、周囲の空気をプラズマ化させながら亜光速で目標に向かう。着弾。超高温のエネルギーは、地面のアスファルトもろとも周囲100mにわたってあらゆるものをイオン化し爆散させ、爆風と黒煙が巻き上がった。

 

 眼下には、もうもうと巻き上がる粉塵と煙の黒い塊ができあがる。それが一瞬視界を遮った次の瞬間、視界右側が青白く瞬いた。

 

 同時にライフルを握った俺の右肩から先が、棒きれのように宙を舞うのが見えた。しかし、痛みはない。切り飛ばされたのは搭乗機(アーマード・コア)の右腕部だからだ。

 

 奴はあの絶対不可能なタイミングで回避し、さらに一瞬にして地上数十mで滞空する俺に接近し、すれ違いざまに俺が乗るACの腕をレーザーブレードで切り飛ばした。まるで瞬間移動だ。並外れた敵新型機の瞬発力と運動性能に舌を巻く。

 

 右腕を失った異常を検知して、コックピット内にはけたたましいアラート音が鳴り響く。しかし、後方モニターには旋回して追撃を加えようとする敵が見えているため無視するしかない。

 

 急降下して回避行動をとり、後方からの繰り出される二撃目のレーザーブレードは辛うじて避けるも、今度は頭部が薙ぎ払われた。コックピットの天井から轟音が響く。そして、再び別のアラート音が鳴る。

 

 頭部メインカメラを失い解像度を大きく低下させたモニターが、前方へ大きくオーバーランした敵機の後ろ姿を捉える。外観は一般的なACと変わりはないが、背面には翼のような6本の構造体が生えていた。至近距離で初めてその全貌が確認できた正体不明機は、まるで白く美しい天使のようなシルエットをしていた。

 

 しかし、悠長に観察などしている余裕はない。俺は残った左腕で攻撃を加えるために、眼前の敵背面めがけてスロットルレバーを全開にする。

 

 自機背面で点火したブースターの推力が機体を前方へ蹴飛ばした。一瞬にして200km/h近くまで機体を加速させると、ダメージを負った機体が急加速で軋みを上げる。

 

 敵機に斬撃を加えるべく、振り上げた左腕手首からプラズマ粒子を伸ばし、青白く輝くブレードを形成する。左腕に備わる近接戦闘用レーザーブレードは、プラズマ粒子を強力な電磁場で閉じ込めた数万℃のプラズマ刃だ。どれだけ高性能機であろうと、これを防げる装甲など存在しない。

 

 俺は一撃必殺のレーザーブレードを敵機めがけて振り下ろす。しかし、こちらのプラズマ刃が届くより早く、奴は肩のブースターを点火させると一瞬にして旋回し、振り向きざまにレーザーブレードが振るわれる。振り下ろそうとした俺の左肘から先が切り飛ばされ、左腕も無力化された。

 

 敵機はそのまま流れるような動作で機体を宙返りさせると、ブースターの勢いも使って俺の頭上から脚部を振り下ろす。半シーケンス制御で駆動するACには到底真似できない動きに一瞬見惚れた。それはまるで体操選手が、空中で宙返りをするような滑らかな動きだったからだ。

 

 敵機が放ったムーンサルトキックの衝撃がコックピットまで響く。その激しい衝撃に、こちらは機体操作もままならない。俺はなす術もなく空中から叩き落とされた。わずかな無重力感の後に大きな衝撃と轟音が響くと、視界が暗転して鳴り続いていたうるさいアラート音が遠のいた。

 

 

 

 遠くで幾重ものアラート音が鳴っている。混濁する意識のなかで、不協和音に聞き入っていた。こんな音もあったのか。なんの異常だ?

 

 

 

 ふっと意識が戻り、戦闘中であったことを思い出した。どれくらい気を失っていたかわからない。焼けた金属の臭いと、火薬の臭いと、漏電の独特なオゾン臭いが鼻孔を突き刺す。全身に痛みが走ったが、身体は動く。とにかくまだ生きている。意識ははっきりしていた。

 

 俺は機体の損傷状態をチェックする。頭部と両腕部はすでになく、機体モニタリングはほぼ全箇所が異常をしめしていた。機体を動かそうと試みるも、何処かに挟まっているのか、アクチュエーターモーターの稼働音と振動はするものの機体は動かなかった。

 

 外界を視認するためのコックピットモニターは、いたるところのドットが欠けていた。辛うじて見える景色と、計器の数値で現在の姿勢を判断する。どうやら、倒壊したビル施設にソファのように機体を預けた姿勢でいるようだ。再びフットペダルを踏み込み、操作レバーを倒すも、機体は唸るだけで動こうとはしない。

 

 そうこうしていると、鋭い高音が混じった重低音が徐々に大きくなって聞こえてくる。大気の振動が機体を通して伝わってきて、俺の身体を震わせた。

 

 これは聞き慣れた音とは異なるが、間違いなくACのブースト音だ。ドット欠けとノイズだらけのモニター上方から、翼を広げた天使の姿をした敵機が、ゆっくりと降臨してくるのが視認できた。幸か不幸か、気を失っていたのはほんの一瞬だったようだ。

 

 その天使のように神々しい姿をした悪魔は一瞬だけブーストを吹かし、対地速度を殺して地面にタッチダウンすると、レーザーブレードを携え警戒するように一歩一歩近づいてくる。奴は天使でも悪魔でもなく、鎌の代わりにレーザーブレードを振るう死神のようだ。

 

 これまでにないほどモニターに大きく映し出された敵機は、鋭い輝きを放つレーザーブレードの切っ先をこちらに向けた。確実に仕留めるためにコックピットを貫こうとゆっくりと突きの構えをとる。

 

 こちらの武装はほとんどを失っている。おまけに機体は動かない。戦闘能力がないことは筒抜けだろうに。しかし、無抵抗で殺されるわけにはいかない。俺はコンソールのキーを操作する。

 

 キーを叩くのと同時に、機体胸部に備わったミサイル迎撃用の機銃がエマージェンシーモードで作動し敵機に襲いかかる。驚いた様子の敵機はとっさに後退する。慌てた奴の機体まわりには薄い光の膜が見えた。奴は攻撃を無効化するバリアまで展開できるようだ。

 

 もちろん、ミサイル迎撃用の小径機銃で倒せるとは思ってはいなかったが、数秒間だけ時間を稼ぐことができた。その間に打開策を見出さなければならない。

 

 敵は、物理法則を無視したような機動性能と、緻密な機体制御性能を有し、あらゆる面で旧来のACとは隔絶した性能を持っている。

 

 これがクーデター軍の秘密兵器か。これほどの性能差では、なにをやっても勝てるはずがない。人型巨大兵器アーマード・コアを操り、地上最強と謳われた傭兵(レイヴン)であっても、もはや戦いにすらならない。

 

 モニターには、再びブレードを構える敵機の姿が映った。その背面には粒子状の光が収束していくのが見える。どうやらオーバードブーストまで使えるらしい。一気に間合いをつめて止めをさすつもりだろう。俺はコンソールに拳を叩きつける。

 

 大推力を発生させるオーバードブーストは、重量10tを優に超えるACを、音速以上にまで加速させる強襲用ブースターだ。そして、使用する際は10G以上の重力加速度が機体とパイロットを襲う。

 

 姿勢制御の要である頭部とバランサーとなる両腕を失った状態で、果たしてどこまで機体が耐えられるだろうか。そもそも、どんな軌道で飛ぶのかすら想像がつかない。

 

 そうだとしても、できることをしなくてはいけない。これまでもそうして、幾多の戦場を生き抜いてきたのだから。

 

 オーバードブーストが点火し、天使の背中に後光が射した。凄まじいまでのエネルギーによって機体が弾き飛ばされ、敵の機体そのものが弾丸となって襲いかかってくる。

 

 その刹那後に、こちらのオーバードブーストも点火した。満身創痍の身体がコンクリートの塊に押しつぶされたような衝撃をうけて軋む。そして、体中の全血液が地面に置き忘れてしまいそうなほどの急上昇に視界が暗転した。

 

 これまでに感じたことのない振動と機動と轟音に三半規管は完全に麻痺し、まるでどちらを向いているのかわからない。ただ、空中を舞っているのだけはわかった。しかし、クーデター軍が開発した新型ACの圧倒的な力の前に、レイヴンの翼はすでにもがれている。

 

 無事に着地できるとは到底思えない。翼のない(レイヴン)は、それでも飛び立った。幸いなことに、俺が地に落ちた瞬間の記憶はない。

 



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To Next 〜リンクス〜

 目が覚めたとき、初めて視界に飛び込んできたのは、広大なドーム内の高台から望むまったく現実感のない地平だった。ああ、そうか。どうやら俺は死んだようだ。天国とはこういうところなのか。

 

 いや、レイヴンの俺が行くべき場所は地獄だ。何人もの人間を金のために殺し、ただただ強くなることを求めてきた末路は、火炙りの刑でも串刺しの刑でも償うことはできない。

 

 ここはなにもない虚無の空間。いるだけで気が狂いそうになる無限の地獄。なにかとやり過ぎた俺には、ふさわしい地獄ということか。閻魔様というのはなかなか洒落のわかる奴らしい。

 

《聞こえる?》

 

 夢のなかで何度も聞こえた女の声がした。どうやら俺は早くも狂い始めたようだ。

 

《ねえ、聞こえていると思うんだけど、応えてくれるかしら》

 

 マイクを通したような響きで女が再び聞いてくる。いぶかしがりながらも、俺は声がでることを確認しながら、たどたどしく答えた。

 

「きこえている」

 

《ああ、よかった。ようやく会話ができるわね。はじめましてというべきかしら。私はフィオナ・イェルネフェルト。あなたの主治医よ》

 

「主治医? 地獄に医者がいるのか?」

 

《地獄?》しばらく間があって《ああ、錯乱しているのね。安心して、あなたは死んでいないわ。ここはトルコのコロニー・アナトリア。死にそうだったあなたの身柄を保護しているの。ここに来る前のことは覚えているかしら》

 

「覚えている。大規模な企業クーデターの戦場で、敵の新型ACと交戦した。そして死んだと思っていた。ここは地獄で、なかなか洒落た地獄だと思っていたところだ」

 

 あはは、とマイクの奥でフィオナが笑うのがわかった。

 

《あなた、おもしろいわね。あなたはいまネクストのシミュレーターの中にいるわ。ええと、ネクストというのは企業連合が開発した新型ACのことで、いまでは国家解体戦争と呼ばれるクーデターであなたが戦ったACのことよ。

 

 ネクストはAMSという神経伝達システムでコントロールするの。それによって従来のACよりも、緻密な動作が可能だけども、制御に膨大なデータを処理する必要があるから、高い脳の処理能力と適性がなければ動かすことはできないわ。

 

 あなたが見ている映像は、あなたの脳に直接送信している映像データよ。接続できるだけでもあなたには適正が認められるけれど、さらに正確なデータを取りたいから、シミュレーターでテストをしたいの。今の気分はどうかしら?》

 

「生死を彷徨ったあげくに、いきなり叩き起こされたと思ったら、ACに乗っている俺は、つくづくレイヴンだということを実感している。さらに、空気の読めない医者と名乗る技術者まがいのサディスト女に、強引に運命を弄ばれている。間違っても、いい気分じゃあない」

 

《ふん、そうじゃなくて。あなたが今、ネクストに接続されて、どんな身体感覚でいるのかを確認したいのだけれど。一応、計測できるすべての生体データはモニターしてあるけれど、あなたが今どのように感じているかを、あなたの口から具体的に聴きたいわ》

 

「意識はこれまでにないほどクリアだ。視界は良好。体はぬるま湯に浸かっているように、感覚は鈍い。重力もあまり感じない。明晰夢のような、はっきりとした夢のなかにいるようだ。しかし、夢でないことははっきりとわかる」

 

《痛みや圧迫感、息苦しさはないかしら》

 

「少し目眩を感じるが問題ない。いたって良好だ」

 

《経過は上々ね。あなたの脳と身体は損傷が激しくて、治療の一貫としてAMS接続するための外科的処置を施させてもらったの。断りもなしに手術をしたことは謝ります。でも、こうしなければあなたは間違いなく死んでいた。緊急事態の救命措置であって、あなたに見返りを求めたりもしないわ》

 

 フィオナのいっていることは大方理解できた。しかし、現状をすべて飲み込めたかといえばそうではない。そして、俺は選択肢を持ち合わせていないことがわかった。

 

「それで、俺はどうすればいい?」

 

《コロニー・アナトリアは、あなたを客人としてもてなすわ。ただコロニー指導部は、元レイヴンであるあなたを使って傭兵稼業を計画しているわ。もちろん、あなたの意向次第だけれども。あなたが決めるべきは、ネクストに乗るか、乗らないかよ》

 

「俺に動かせるのか? あれを」天使のシルエットをした死神の姿が頭をよぎる。

 

《ある程度の適性は認められる。としかいえないわね。ネクストは操縦技術よりも適性が第一に問われるわ。適性が低ければ、いくらレイヴンであっても思い通りに動かすことは難しいの。習熟次第ではある程度まではコントロールできるけれども、どうなるかはやってみないとわからない。というのが本当のところよ。

 

 ───と、いっても決められないわよね。とりあえず神経の接続レベルを上げて、動作テストだけおこないたいのだけれども、このまま続けていいかしら? ただし、あくまでテストであって、戦闘への参加や契約を強要するものではないわ》

 

「わかった。了承する」

 

《了解したわ。では、これから神経接続を通常モードに移行してテストに移ります。接続を切り替えた瞬間にショックのようなものがあるから気をつけて。異常を感じたらすぐに教えて》

 

「了解した」

 

《ちなみに、ネクストのパイロットは、接続を意味するLINKs(リンクス)と呼ばれているわ。ではテストを開始します。AMS神経接続を待機モードから通常モードへ移行》

 

 

 一呼吸おいて、景色が遠のいた。キーンという高周波音が聴覚を襲い吐き気をもよおす。それが暫く続いたかと思ったら、いきなり心臓を後ろから蹴られたような感覚に一瞬パニックに陥る。

 

 同時に、身体感覚と思われるものが無機的な情報として脳に入ってくるのが感じられた。意味の分からない膨大な量の数字の羅列が、コンプレッサーで圧縮されて無理やり頭の中につめ込まれているかのようだ。

 

 なおも、耳鳴りのような音は周波数を上げ、脳内で反響しながら、鋭く耳の後側を突き刺す。少しでも気を緩めれば、自我が吹っ飛んでしまうのが直感でわかる。しかし、なにをどうすればよいのかわからない。ただただ耐えることしかできない。

 

 奴は、あのとき対峙したネクストは、こんな感覚のなかであれを動かしているのか。混濁する意識のなかで、あのとき対峙したネクストの圧倒的な機動力を思い出していた。

 

《レイヴン! 大丈夫!? 応答して!!》

 

 応答を求めるフィオナの声が遠くで聞こえる。しかし、それに応える余裕すらない。

 

 これでは濁流に飲み込まれるのを、岩場につかまり必死に耐える弱々しいヤマネコだ。翼をもがれたワタリガラスはヤマネコとして生まれ変われるのか。それともヤマネコの餌となるのか。

 

 幾多の戦場の中でも味わったことのない恐怖感と不快感の片隅で、新しい目標への期待と、戦いの予感がした。それは故郷に帰るような懐かしさでもあった。

 



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断章 企業による世界支配

 巨大企業が画策した世界規模のクーデター「国家解体戦争」によって、それまでのほぼすべてのレイヴンがネクストに倒された。生き残ったレイヴンは公式上では存在しないことになっている。長きにわたって続いたレイヴンという仕組みは、新しい時代の波に飲み込まれ消えさった。

 

 俺は唯一生き残ったレイヴンではあるものの、もはや需要も、仕事を斡旋する団体も存在しない世界ではレイヴンという存在にはなんの価値もない。レイヴンは死んだのだ。完全に。

 

 世界は企業連合を母体とする新たな統治によって、完全社会主義制度に切り替わった。資源を再分配し、誰もが平等に富を持ち、差別がなく公平に暮らせる理想世界。しかし、現実には企業がトップに座る王権制度と違いはなかった。

 

 国家解体戦争の勝者である、GA、レイレナード、ローゼンタール、BFF、インテリオル・ユニオン、イクバールの6つの企業連合が、かつての国家と大企業、中間上位に位置した裕福層からすべての富を押収。一般市民に分け与えるかわりに、6企業が労働力のすべてを吸い上げる完全管理のもとに日々の生活を送る。

 

 人々の暮らしは貧富の差こそ少なくなったものの、実質的には企業連合による奴隷社会であった。

人々の暮らしは、わずかな自由の代償として、企業に労働力を支払い、死んでゆくだけ。出生すら管理され、人間そのものが企業のいち商品として成り果てていた。

 

 

 徹底した資源管理・利益還元は目新しいものではなく、旧世紀から何度も試みては失敗してきた社会制度のひとつだ。

 

 パックス・エコノミカと呼ばれる、企業による新たな統治は、テクノロジーの進歩が可能にした世界改革の一手ではあるものの、コンピュータの計算処理能力向上によるあらゆる管理コストの低減と、たった26機のネクストによるローコストな大量破壊兵器によってそれが可能になっただけなのだ。

 

 結局のところ、国家解体戦争によって世界人口がかつての1/3にまで減少したために管理できているだけにすぎない。

 

 国家解体戦争は、国家支配による資本主義が限界をむかえた末、この星の進むべき道を案ずる者たちによる革命であったともいえる。未来永劫人類が生き残るための、痛みをともなう進化と呼べるのかもしれない。

 

 しかし、その答えを出すには人類はまだ未熟すぎたようだ。

 

 世界に君臨した6企業間での資源を巡る利権競争は絶えることがなく、それはテロリズムを用いた代理戦争という形で横行している。大きすぎる代償を払ってまで姿を変えた世界はいまだ混迷の時代にあった。

 

 

 

 

 行く宛のない俺はコロニー・アナトリアのフィオナ・イェルネフェルトと、代表指導者であるエミール・グスタフの計らいでアナトリアにとどまり、ネクストの慣熟訓練を続けている。

 

 コロニー・アナトリアは企業の恩恵を受けづらい地方コロニーであっても、ネクストの操縦システムであるAMS技術開発を産業基盤として繁栄していた。

 

 しかし、それはフィオナの父であるイェルネフェルト教授が生きている間まで。教授が亡き後は、技術と人員が流出。基幹産業の優位性を失ったアナトリアは衰退の一途をたどり、なんとかコロニーを維持しているのが現状だった。

 

 その打開策として、エミールは俺を使ってネクストを運用し、傭兵稼業を画策している。元レイヴンなら傭兵はおあつらえむきだ。ただし、こちらとしては義理を背負って戦うのは本意ではないが、立場上仕方がない。

 

 最初のシミュレーションは散々な結果だったが、肉体の神経回路を直接機体に接続するAMSを制御に用いるネクストは、まさしく俺の身体になった。しかし、正規のリンクスであれば、自分の手足のように動かせるであろうネクストは、AMSの適正の低い俺にとって夢のなかで身体を動かしているようなものだ。

 

 意志と機体の動きがリンクしない。体の動きを、赤ん坊に戻ってもう一度練習しなおしている感覚に近い。わずかに機動しただけで、とてつもない疲労感に襲われる。

 

 その動きをモニターしているフィオナにいわせれば、木偶の人形のほうがまだましだそうだ。コロニーを指導する立場にあるエミールは、俺にはなにも言わないが、内心は気が気でないだろう。

 

 それでも、シミュレーションを重ねるごとに搭乗していられる時間を少しづつ延ばし、確実にネクストに慣れていった。

 

 正直なところ、エミールがどう思おうと、アナトリアがどうなろうと知ったことではない。俺がネクストに乗るのは、一重にあのとき対峙したネクストと対等の力がほしいと願うからだ。

 

 操縦技術を磨き、判断力を養い、戦術を練り、武器を整え目的を達成する。そうやっていままで傭兵として生きてきた。そうしなければ生きられなかった。

 

 しかし、幾多の戦場をレイヴンとして生きぬいててきた俺であっても、この世界ではまったくの無力だ。俺がこの世界を生きるにはネクストを乗りこなすしか道はない。

 

 



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First Presentation 前編 〜初陣〜

 赤茶けた大地の端っこに、不釣り合いな高層ビル群が立ち並ぶ。しかし、生活感はまったくない。

 

 綺麗に敷き詰められたアスファルト上には風に乗って飛ばされてきた赤い砂がうっすらと積もっていた。整然とした都市の廃墟。それは世界の終わりを象徴するオブジェのようにも見える。

 

 オーストラリア北東部のヨーク半島、カーペンタリア湾に臨む独立計画都市グリフォンは国家解体戦争のあおりを受けて見捨てられた都市だ。パックスのいち代表であるGAアメリカが管轄するいち都市ではあるものの、住む人間がいない現在は、都市全体がテロリストの根城と化していた。

 

 しかし、GAアメリカ内にグリフォンを再興しようとしている動きがあるらしい。その情報を得たエミールは、ここぞとばかりに元レイヴンの俺を使ってパックスおよびGAに対して売り込み営業をかける腹づもりだ。

 

 独立計画都市グリフォンをテロリストから解放。そして、パックスはアナトリアの傭兵を知る。あわよくば継続的な依頼を取り付けようというみえみえの魂胆。おかげで俺はトルコ・アナトリアからオーストラリアまで快適とはいえない長旅をするはめになった。

 

《初出撃の準備はいい? 攻撃目標は敵主力ノーマルAC。それ以外は無視してかまわないわ。プライマルアーマーがあるからといって油断はしないで。あと、ちょっとでもバイタルや脳波に異常がでたら撤退命令を出すから従うように!》

 

 輸送機に吊され、降下準備を待つあいだ、フィオナがオペレーターらしく、早口で作戦内容を確認する。彼女はネクストのシステム技師であり作戦オペレーターを努める。おまけに口うるさい俺の主治医であり保護者でもあった。それに今日はカメラマンの仕事もある。今回の作戦の模様を撮影して、パックスへのプレゼンテーション資料をつくるための。

 

 機体のアイカメラでも記録はしているが、後方に待機した輸送機からの望遠映像も必要なのだそうだ。映像は後日編集してエミールがプレゼンに使う。

 

《あと、目標はなるべくカメラ映えするように撃破してね。作戦内容は以上よ。返事は?》

 

「イエス マァム。そちらも後方とはいえ、どこからか攻撃を受けるかもしれない。安全高度を維持して、周囲にも警戒を怠るな。輸送機が落とされて帰れなくなってはたまらんからな」

 

《イエッサー。了解よ。降下シークエンスを開始します。カウントダウン。5、4、3、2、1、投下》

 

 機体を固定していた油圧シリンダーが抜け、機体が引力にしたがって落下した。高層ビルの間を吹き抜ける砂塵まざりの突風がわずかに機体を揺する。

 

 俺はネクストのコックピットに収まってはいるものの、眼前にモニターディスプレイの類いは存在しない。外界の様子は機体の光学カメラが捉えた映像がパイロットの脳視覚野に直接届けられる。その景色は肉眼で捉えたかのように精細だ。皮膚感覚はフィードバックされないが、ビル風が頬をなでるようなファントムセンス( 疑似感覚 )さえ覚えるほどだ。

 

 視界には機体情報や環境情報、火器管制情報などを表示した半透明のウィンドウがグリフォンのビル街をバックに浮かびあがり、ヘッドアップディスプレイのように機能している。視界には水平器も表示されているが、機体姿勢はジャイロセンサーからも脳へ直接信号伝達されているため平衡感覚はつかみやすい。

 

 脳に届けられる視覚および感覚情報と計器の数値を照らしあわせて姿勢を確認すると、俺は高度計を確認しながら浮かび上がろうと意識する。メインブースターが微弱に噴射されると、落下速度を緩やかにした。

 

 神経接続で操作するネクストは、慣れてしまえば機体自体の制御は生身の肉体を動かすことと変わらない。しかし、人間の肉体には備わらないブースターユニットの制御はそうはいかない。

 

 ブースターノズルが備わる背中と肩と足に翼が生えたかのように意識し、それらを精密に動かす感覚に慣れるには、完全新規の脳神経ネットワークが形成されるまで膨大な訓練と時間が必要だった。

 

 もし鳥人間や天使などというものが実際にいたとしたら、そいつらはこういう感覚で翼を操るのだろうな。と思い、俺はひとりほくそ笑む。翼を失った元レイヴン(ワタリガラス)に、羽が生えるのはおあつらえむきだ。おっと、いまはリンクス(ヤマネコ)だったか。『グリフォン』に降り立ったのが、『翼の生えたヤマネコ』だとは洒落がきいている。

 

 俺は新しく手に入れた翼を羽ばたかせる。そして、鳥が翼で風を捕まえて滑空するような感覚をもって、グリフォン郊外のアスファルト上にアーマードコア・ネクストを静かに着地させた。

 

 同時に火器管制(FCS)を呼び出すように思考をして、両碗と背面に備わった武装をアクティブにする。

 

 

《12方向、敵影。前衛の戦車を確認。数18。その後方、MT、4》オペレーターからの索敵情報が、音声として俺の聴覚野に直接に届けられた。

 

 熱せられたアスファルトの輻射熱で揺らぐ大気の向こうに、陣形を組む敵戦車隊が見えた。それに向かって6割程度の機動で正面突破をかける。

 

 それぞれの戦車が砲塔の照準をあわせ、主砲を一斉制射した。正面から向かってくる無数の砲撃をジャンプしてかわすと同時に、装備を肩部のマイクロミサイルに切り替え、敵陣形中央に向けて発射する。

 

 戦車の対空機銃が花火のように展開され、ミサイルの迎撃を開始する。無数の流れ弾が飛んできたが、機体を包む見えないプライマルアーマーが、それらすべてを無効化した。

 

 機体の一定範囲内に飛び込んできた物体は、弾丸やレーザーのほか衝撃波までが、コジマ粒子のエネルギー位相転換によって、本来持っていたエネルギーの大半を失う。失ったエネルギーは光に変換され、その際だけエネルギーフィールドが可視化でき、機体を丸く包む光の幕が露わになった。

 

 左肩から放たれた、おびただしい数のマイクロミサイルは、機銃に迎撃されながらも縦横無尽に機動しながら熱源を捕らえては食らいつき、地面のアスファルトごと戦車を粉々にした。辺り一面に爆炎と粉塵が巻き上がった。

 

 舞い上がる黒煙を乗り越えるようにブースターで上空をパスしながら、後方に控えるMTに照準をロックすると、ほとんど回避行動がとれないMTのメインエンジンを右腕のライフルで的確に撃ち抜きながら侵攻する。

 

 グリフォンのビル群を抜けた先には、川幅1kmにもおよぶ河川が都市を分断していた。対岸へ向かう地上ルートは巨大な吊り橋のみだが、周辺には戦闘ヘリが無数に哨戒している。突破するにはなかなか骨が折れそうだ。

 

 

 

《対岸にターゲットのノーマルAC6機を確認。内、3機が橋を使って向かってくるわ》

 

「了解。迎撃する」

 

 機体の慣らしは終わった。駆動部のアクチュエーターベアリングが適度に熱を持ち、滑らかに動くようになったのが神経を通して感じられる。

 

 その都度、稼働部の慣らし運転が必要なのはACもネクストも同じだが、神経接続で動かすネクストのそれは、スポーツ選手の準備運動に近い。

 

 ネクストで戦闘機動をおこなうのはこれがはじめてだ。シミュレーションで感じる重力加速度は疑似的なもので、実際のベクトルとは微細なズレがある。実機での完熟訓練もおこなっていはいたが、単独では戦闘機動まで自分を追い込めない。

 

 ここまでのわずかな戦闘で感覚のズレはある程度修正したが、うまく動かせるだろうか。

 

 AC3機が陣形を組んで向かってくる。俺は川岸から離れてやや後退し、ビル街の開けたメインストリートで迎え撃つことにした。

 

 接近する撃破目標をターゲットマーカーが捉える。マーカーに備わる距離計が徐々に数字を小さくしていき、敵機との相対距離を俺に知らせた。

 

 

 ターゲットのノーマルAC、GOPPERT-G3(ゲッペルト・ゲードライ)はインテリオル・ユニオンに所属するアルプレヒト・ドライス( アルドラ )社が新たに開発した汎用ACだ。

 

 ずんぐりしたボディの装甲は厚く、そのうえ機動性も高い。武装のレーザーライフルは出力がさほど高くないが、防衛戦に適した実装甲シールドを装備しており、撃破するのは少々やっかいな相手だ。

 

 国家解体戦争以降、ACはほとんど製造されていない。代わりに台頭したのが、GOPPERT-G3のようなノーマルACと呼ばれるAC規格のMTだ。機体パーツの換装機構をオミットする代わりに、耐久性と機動性を両立しながら生産コストを押さえた汎用機であり、最新のGOPPERT-G3は、データシート上の単純なスペックだけなら、かつて俺が乗っていたACよりも高い性能をもっている。

 

 前衛の戦車といい、大量の戦闘ヘリといい、ノーマルACといい、テロリストが持つには充実しすぎている武装に、その背後で動く組織の影に胸くそが悪くなる。

 

 こちらに向かってくる3機ACに照準を絞りライフルを放つ。敵は右方に1機、左方に2機に散開して回避する。その統率のとれた動きは、そもそも本当にただのテロリストであるのかさえ疑わしい。

 

 俺は右手の1機にライフル射撃をフルオートで集中させながら、左手のレーザーブレードを発振させた。敵が射撃体勢をとる前にクイックブーストを吹かして敵陣をすり抜けるように急接近すると、すれ違いざまに左方先頭の1機をシールドもろとも胴体を溶断し真っ二つにする。

 

 素早くターンして、いともたやすく敵背後をとり、比較的装甲の薄い背面を撃ち抜いてもう1機を撃破する。

 

 残りの1機は後退しながらレーザーライフルを乱射するが、銃口はネクストの動きを捕らえられない。不可視のレーザーを回避しながら追いすがり、ブレードで斬り伏せた。

 

 あとは対岸の3機。再び河川にかかる橋のらんかんまで前進させると、躊躇なくオーバードブーストを起動させた。背面に光が収束し、臨界に達すると12Gもの加速度でネクストを蹴り飛ばす。

 

 本来であれば、強烈な加速で血流が一気に後方にとどまり、視界が暗転するブラックアウトを引き起こすところだが、感覚神経を肉体から遮断されているネクストではそれは起きない。

 

 しかし、実際には体中の血液が後方へ移動しているため、限界を越えればそのまま気絶してしまうだろう。コックピットは耐G構造のうえ、パイロットは強制呼吸器つきの耐Gスーツを着込み、バイタルサインが常にモニタリングされているが、最終的には心臓が血液を送り出す強さがものをいう。

 

 心臓の強さには自信がある。俺は身体機能に任せて、正面突破を試みる。

 

《身体はまだ完治していないのよ! 無茶よ!!》フィオナからの通信が聞こえたが無視した。

 

 テロリストであろうと、自拠点の橋を落としたりはしない。吊り橋のワイヤーが盾になって、戦闘ヘリは攻撃できないはずだ。対岸に到達してしまえば今度は敵ACが盾になる。同士討ちを避けるため、ヘリは攻撃の機会を失う。

 

 どのみちオーバードブーストの加速はヘリでは補足できまい。ネクストが発する加速エネルギーは、高強度ワイヤーによって吊られた巨大な橋を地震か台風時のように波打たせながら俺を対岸へと突き進ませた。

 

 案の定、撃たれることなく橋の突破に成功した。時速1,000km近くを保ったまま前方に射撃をしつつ、迎撃に出てきた手近のACに向けてブレードを振るう。わずかな手応えがあった。

 

 機体をひねりながらオーバードブーストの加速を殺すと、減速Gは体中の血液を進行方向に押しやる。心臓が脈拍を早めるとともに、バイタルアラートが鳴り響き、身体の前側がジンジンとする。急激な血流変化に意識が朦朧としていても、オートバランサーはなんとか姿勢を維持してくれているようだ。

 

 脚部がアスファルトの地面をえぐりながらブレーキをかけ、視界には巻き上げられた黒いアスファルト片と、削れた装甲板が発する赤い火花が跳ねる。切り離された上半身と下半身が吹っ飛びながら爆散するACらしきものも見えた。あと2機。機体がきしみをあげてようやく制止した。

 

 

 足を止めた俺に向かって、ACの1機がビル影からこちらを狙う。もう1機は優れた上昇性能を生かして、頭上から攻撃を仕掛けてきた。それをも上回る上昇性能で機体をジャンプさせる。血液が一気に下半身に落ちていき、同時に2機の放ったレーザーが足下をかすめていった。一瞬めまいがしたが視界はクリアだ。

 

 敵機のはるか頭上から打ち込んだライフルはシールドで防がれた。しかし、着弾の衝撃でバランスを崩した、空中の敵機に向けてブレードを一閃させる。右手と右足を切り落として無力化させると、そのまま落下する自機の重さで地面に叩きつけてやった。

 

 そして、アスファルトにめり込んだ敵機を足蹴にしながら、ビル影にいたもう1機にライフル数発を叩き込み、爆散させた。

 

 

「おまえたちの後ろには誰がいる!?」俺は踏みつけた敵機の頭部かどうかわからないところに向かって銃口を突きつけ、接触回線でACのパイロットに問いただす。

 

《レイヴン! 作戦は終了よ。そんなことを訊いても無意味だわ》

 

 フィオナの言いたいことはわかってはいる。テロ組織の背後にいるのはパックスに所属するいずれかの企業なのは間違いない。この戦闘は監視されているかもしれないし、この発言も盗聴されているのかもしれない。

 

 それでも問わずにはいられなかった。多くの人間が死んだあの戦争で、俺も死にかけた。現在の企業による支配は偽りの平和かもしれないが、俺たちレイヴンは敵側として命をかけて戦ったのだ。

 

 国家解体戦争で倒されたレイヴン達にはなんの義理もない。しかし、無駄死に扱いされるのは腹が立った。なにも変わらないのは我慢がならなかった。

 

 ACパイロットは口を割らない。気絶したか、死んだのかもしれない。

 

《レイヴン……任務完了よ。撤収しま……》フィオナの声が不意にとぎれる。

 

 

《新たに敵影!? 高濃度コジマ粒子反応!これは……ネクスト? 4時の方向! ビルの奥!!》

 

 ビル影の暗がりが、ありえない輝きを発していた。その光が除々に収束するといきなり目の前が真っ白になった。《コジマ粒子が圧縮……レイヴン! 避けて!!》

 

少し遅れて射撃音のような、聞き慣れない音とフィオナの叫び声が聴覚野に突き刺さった。

 



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First Presentation 後編 〜レイヴン〜

《レイヴン! 避けて!!》

 

 フィオナの叫び声に、現状を把握するより先にクイックブーストを全開にして回避行動をとる。

 

 恐ろしいほどの熱量を放つ光の束が視界の右端から左端へと駆けた。その光条は、先ほどまで俺の足下にいたノーマルACを飲み込み、河川上に滞空していた戦闘ヘリの布陣を貫通し、爆散させ、対岸のビル一棟を完全に崩壊させた。

 

 発射から数秒たっても消えることのないほどの光が発する放射熱により、あたり一面は熱風をともなった急激な上昇気流が発生し、離れた位置にいたヘリまでが、誘爆あるいは操縦不能になり蚊虫のようにはらはらと波打つ川面に落下していく。

 

 辛うじて回避できたものの、高エネルギーはプライマルアーマーごしでも装甲を焼き、機体正面は高熱により表面が焼けただれていた。

 

《コジマキヤノン? ネクストは……でも……》フィオナの唖然とする言葉にならない言葉が通信機から漏れる。

 

 現存するネクストは30機程度といわれ、そのほぼすべてが企業の管理下に置かれている。グリフォンのような辺境都市にいるはずがないとフィオナは言いたいのだろう。しかし、コジマ粒子を扱えるのはネクストだけだ。ならば、あれはなんだ?

 

 コジマキヤノンと思われる高粒子砲が放たれた方向に目を向ける。明暗によりカメラの調光がうまくいかず、はっきりとした機影が確認できないが、砲撃したと思われる位置から熱気が漏れ、周辺の空気が陽炎のように揺らめいでいる。砲撃後の放熱だろうか。

 

 とにかく敵には違いない。暗がりから引きずり出してやろうと、肩のマイクロミサイルを熱源に向かって放つ。発射された無数の小型ミサイルすべてが緩やかな弧を描いて未確認の敵機に向かうが、奴は回避するそぶりすら見せない。

 

 放ったすべてのミサイルが着弾し無数の爆発が起こった。あたりに立ちこめる黒い煙と粉塵の隙間に半球状の光の幕が浮かび上がり、巨大な人影が露わになる。巨人は爆炎の中を前進し始めた。そこへ、敵機から全周波数帯にむけて通信が入る。

 

《勧告もなしに撃ち込むとは、ずいぶんと礼儀知らずなネズミ、いや野良猫だ》

 

 勧告もなしに撃ったのそっちが先だろうが。反論と銃撃をしたい気持ちよりも、敵に対する好奇心が勝る。俺は黙って奴がビル陰から出てくるのを待った。日光にさらされ露わになった敵機の姿は、これまでに見たことのない形をした機体だった。

 

 本体は旧型のアセンブルタイプの重装ACに似ているが、背部に突き出た巨大な構造物が目を引く。まるで背中にボートを背負っているようにアンバランスだ。

 

 そこから左右にパイプが延び、右手に持つキヤノンと、左手のシールドらしきものに接続されている。機体の各部には明らかに急ごしらえらしきブースターが取り付けられ、背面にも追加ブースターと思わしきものが見て取れた。

 

《あれはネクスト……じゃないわ》望遠カメラで敵機の姿を確認したフィオナから通信が入る。

 

《おそらく、旧型ACにコジマリアクターを取り付けただけの急造品、いえ、テスト機かも。あんなのでまともに動くはずがないわ。コックピットだってコジマ汚染の対策がてきているかどうか……中のパイロットだって無事じゃ……》

「さっきの通信。お前はレイヴンか?」敵がフィオナの言葉を遮った。

 

「だったらどうした」

 

《嬉しいんだ。他のレイヴンはあの戦争でほとんどが死んじまった。かつては敵同士だったこともあるが、私怨はねぇ。こうなっちまうと、同業の縁みたいなものを感じるんだよ。ネクストに乗っているのは驚きだが》

 

「それはお互い様だ。その機体はなんだ?」

 

《ネクストのプロトタイプのプロトタイプだそうだ。コジマ粒子の発生装置をACに無理矢理乗せただけの。性能は見せたとおり。バカ重い機体に、バカみたいな出力のエンジンを乗せたバランスのかけらもねぇ機体だが、案外気に入っているんだ》

 

「パックスからの提供か?」

 

《そいつは言えねぇな。クライアントの守秘義務を守るのが俺たちの仕事だろう。どこまで落ちたとしてもレイヴンの生き方は変えられねぇ。そして、レイヴンである以上、戦地で出会ってしまった以上、俺たちは戦わなくちゃいけない。違うか》

 

 奴の左手に持ったシールドからコジマの光が漏れ、直上に延びてブレードを形成する。

 

「ああ、そうだな」俺も左手のレーザーブレードを発振させて応える。

 

 

 

 奴の背面ブースターが瞬いた。はじかれたように迫ってくる勢いは、あきらかに旧来のACの加速ではなくネクストにも匹敵する。

 

 俺はブレードを振りかぶり迎え撃つが、奴の機体は急にバランスを崩し、薙払ったコジマブレードは俺の右空を切る。オーバーランしたところをターンブースターの勢いだけで強引に急旋回し、振り向きざまにコジマブレードを振り下ろした。こちらも振り向きながらブレードを振るう。

 

 重なったブレードの粒子が反発を起こし、スパークしてお互いが弾かれる。

 

《出力にバランス制御がおいつかねぇんだ。じゃじゃ馬でよ。まっすぐすら飛べやしねぇ》

 

 再びブースターで距離を詰めようとする敵に向かってライフルで牽制。奴はコジマブレードをシールドに切り替えつつ、左にスライドして避け、後方へ周り込もうとする。俺は向き直り、ライフルで追い打ちをかけるが当たらない。

 

 ネクストと同等の速さをもつものの、動きは旧来のAC操作による直線的な機動だ。しかし、ときどきバランスを崩してあらぬ方向へ突進する。それを修正するためにスロットルを細かく制御するものだから、さらに射撃予測が狂って照準が逸れる。

 

 回避技術はともかく、あの機体を制御する腕には舌を巻く。何発かは直撃したものの、あのプライマルアーマーと同性能のシールドによって威力が減衰するため、致命傷は与えられない。ただし、ネクストのプライマルアーマーとは異なり、背後には展開されないようだ。後ろから狙えばダメージを与えられるが、奴から背後をとるのは難しい。

 

 そして、あのコジマキヤノンがいつ撃たれるか知れないことが戦術立てを困難にする。ならば、撃たせなければいい。

 

 ライフルで牽制しながら、距離を詰め、ブレードを振るう。敵機はシールドを展開して斬撃を防ぎ閃光が弾ける。

 

《右腕のコイツが怖いようだな》

 

 ほざけ。再び敵機に向けて渾身の力でブレードを叩き込む。ネクストの神経接続による機体制御は、身体と同じように、刃先に自重を乗せて打ち込める。単純なプログラム制御の旧型ACにはできない芸当だ。重量で上回る敵機を押し返し、粒子の反発も手伝って敵機を後方に弾き飛ばす。

 

 体勢を崩した敵機に、さらに追い打ちをかけようとする矢先、奴がバランスを崩しながらも右腕のキヤノンを構えた。俺は射線上から逃れるためにサイドブースターを点火し回避。しかし、砲撃は行われない。

 

 フェイント。動きを読まれた。回避先の地点に向かって、ブースターで姿勢を強引に立て直した敵機が錐揉みしながら突進してくる。機体同士が衝突し、硬質な轟音とともに摩擦で火花が散った。瞬間的に視界がぶれ、俺は大きく弾き飛ばされた。

 

 下腹部に激痛が走る。ネクスト搭乗時は痛覚が遮断されている。それでもこれだけ痛むということは、さっきの衝撃で傷口が開いたのだろう。バイタルアラートは失血を示すレッドゲージと警告音を発するが、衝撃時の脳震とうも手伝って頭が働かない。機体の制御もままならないまま地面に叩きつけられる。

 

 そこへ、奴の右腕が光を放った。朦朧とする意識のなかで目の前が真っ白になる。先に聞いた奇妙な発射音と大気を切り裂く轟音が頭の中に響きわたった。

 

 

 

 

 

 薄らぐ光とともに、頭上を走った光の帯がすっと消える。そして、少し離れた位置に、どんもりうった敵機の姿が確認できた。砲口の先端は赤く赤熱している。砲身後端と背面のフィンから高熱の蒸気が吐き出され、冷却機構が働いているのがわかった。外したのか?

 

 意識を回復した俺は、ライフルを構えて機体を立ち上がらせる。訳がわからないまま、敵機に照準をあわせた。下腹部は依然として痛みを発し、バイタルアラートは鳴り続いている。

 

《チクショウ! 砲撃すらまともにできねぇのか! このポンコツは!!》がなり散らす敵レイヴンの声が無線から聞こえてきた。

 

 おそらく外れたのだ。あの機体には、あの高粒子砲の反動を制御できるだけの安定性が備わっていない。テスト機とはいえ、本当に、ただ取り付けただけの代物だ。

 

《コイツを造った技師どもは、実戦てモンを知らない。もっとも実戦投入する気などなかったのかも知れないが》

 

 奴は機体を起きあがらせると、左手のシールドを構えようとする。しかし、淡く光ったたけでシールドもブレードも展開されない。背面の装置から左腕に延びたケーブルは途中で切断され、ぶらりと垂れ下がっていた。

 

《だが、故障しても、負傷しても、任務のために、どんな手段を使ってでも、生き延びるのが、俺たちだ。生き残れなければ、それは、弱さだ。ちがうか? レイヴン》

 

 奴はブースターを吹かして飛び去った。撤退? まさか。

 

 長く尾を引くブースト炎を吐き出しながら、不安定な軌道で川面のスレスレを飛ぶ敵機は、川の水を巻き上げ、時折着水して飛び石のように突き進む。高速度で飛行する奴に向かってライフル狙撃を試みるが、銃弾はすべて奴の脇か後方に逸れ、幾つもの水柱を立てた。

 

 

フィオナからの通信が入る。《いまのうちに撤退しましょう! 命に関わるほどではないけれど出血量が多いの。あなたはもう戦えないわ》

 

「いや、奴は仕掛けてくる」狙撃を継続しながら撤退命令を拒否した。

 

 敵機は、独立都市グリフォンの象徴である大きな橋の下をパスして旋回。こちらに向きなおりながらコジマキヤノンを構え、さらに速度を上げた。おそらく、キヤノン発射の反動を、加速の勢いで相殺して照準を定めるつもりだ。

 

《聞こえているか、レイヴン! 俺たちは、正義でも、悪でもない。ただ、戦争を長引かせるだけのやっかいな存在で、誰も救えない。だが、歴史を最前線で見て、なにも変えられなくても、たった一人で戦い続け、必要だから、戦った。

 

俺たちは、戦った! 俺は、レイヴンの───っ!!》

 

 

 

 

 コジマキヤノンは撃たれなかった。急に挙動を乱した敵機が制御不能なまでの錐揉みで軌道を外れ、加速度を殺せないまま都市街のビルに激突して大爆発を起こした。

 

 奴の断末魔は、しっかりと聞き取れなかったが、奴の過去と、俺の過去のすべてを物語ったようだった。奴は撃たなかったのか、撃てなかったのか今になってはわからない。力を振るいながら歴史を傍観することしかできないのが今の俺だった。

 

《彼は、たぶん、重度のコジマ汚染でまともな状態ではなかった。この戦闘で汚染が加速度的に進行して、気を失ったか、あるいは……》フィオナが口重く語る。

 

 沈黙。

 

《さあ、帰りましょう。イレギュラーがあったけれど、戦果にはエミールもきっと大喜びよ。でも、ケガか完治するまで仕事はムリね。ドクターストップよ》

 

 

「───俺もいずれは、ああやって死ぬのか」

 

《いずれ、は》

 

 フィオナは医師でははく、技術者らしくさらりと答えた。

 



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Desert Wolf 前編 〜砂漠の奇襲戦〜

 砂漠の夕日は赤い。太陽光線が大気に突入する際の角度が浅く、波長の短い青成分を拡散して波長の長い赤色が抽出されやすいからだ。さらに大気中に舞い上がる砂塵と、増え続ける光化学スモッグがそれを助長する。

 

 砂漠の夕日は赤い。アラビア半島に位置する旧ピースシティは中東の大きな都市だった。平和を意味する名前で呼ばれながらも、平和であったときは歴史上あっただろうか。内戦と紛争。大気汚染と砂漠化。いまでは都市全体が砂に埋もれ、ビルの頭だけが無数に突き出た状態。平和とかけ離れた、世界一皮肉な都市といってもいい。

 

 砂漠の夕日は赤い。とくに宵闇どきは赤黒く大地を染め上げ、それはまるで血のように赤い。ここで流された多くの血が、この瞬間だけ砂の底から湧き出てくるかのようだ。

 

 そして、これからここでまた血が流される。有史以前からここで流された血に比べれば、ほんのわずかな量だが確実に血が流れる。それは敵の血か、あるいは俺の血か。

 

 

 

 サハラ砂漠以北は白人文化が入り込んでいることからホワイトアフリカと呼ばれている。「マグリブ解放戦線」はホワイトアフリカで反企業体勢をとる最大規模の組織。その主戦力であるネクスト、バルバロイの撃破が今回請けた依頼内容だった。

 

 バルバロイは、中東イクバール社の軽量機で、防御力を捨てる代わりに機動戦に特化した機体だ。機体そのものは市販ベースのなんの変哲もない機体だが、パイロットの特異性が企業連中を悩ませている。

 

 AMS神経接続によるネクストの機体コントロールは、長期の継続的な使用により精神に負担をかける。そのため、通常は接続負荷レベルを落として運用され、リンクスの稼働寿命を延命している。通常はパスコードロックされ、設計技術者以外は任意に負荷率を引き上げることはできない。

 

 しかし、バルバロイを駆るアマジーグは、高い接続負荷レベルで運用し、精神崩壊と引き替えに尋常ではない強さを発揮するらしい。その精神負荷とは具体的にどういうものかと、フィオナに訊ねても《頭がイカれるのよ》としか答えてくれない。臨床データが少なく、よくわかっていないのだそうだ。

 

 よくわからないものを運用しようとしている、企業やその他諸々の連中にはあきれる。もっとも、頭がイカれようが、戦果をあげてくれればそれでいいのだろう。企業がかかえる正規リンクスとはいえ、かつてレイヴンの闇営業として横行した企業専属契約同様、実のところ奴らもただの使い捨てなのかもしれない。

 

 アマジーグとバルバロイは「砂漠の狼」などと仰々しい異名で世に知られている。俺なら恥ずかしくて死にたくなる。俺からみても、やはり頭がイカれているとしか思えない。

 

 とはいえ、そんなイカれた野郎に、ほんの数ヶ月まえから傭兵業を始めた新人リンクスを、単純にぶつけるほど依頼主はイカれてはいない。今回の依頼は、輸送中のバルバロイを強襲し起動前に撃破することだ。

 

 そのために、輸送ルート上の、この狙撃地点で昨晩から張り込んでいる。指示された輸送ルートや時間の変更などの対処として、早めに現地入りし、機体は探知されないようにスリープモードで待機。監視機能と最低限の生命維持機能だけをオンにして昼の灼熱と夜の極寒に耐えながら、ターゲットの通過を待った。

 

 

 

 

 小さく電子音が鳴る。動体反応する監視カメラに動きがあった。

 

 モニターを拡大すると赤黒い空と大地の間に砂煙を上げて向かってくる輸送車両が見えた。さらに倍率を上げると、その後方荷台に片膝をついて待機状態のネクストらしき影が見える。簡易的な幌がかけられ直接視認はできないものの、はためく幌の隙間から景色と同く赤黒い、イクバール社製の流線型な脚部が見えた。ターゲット確認。

 

 ネクストはまだ起動させない。敵に探知される恐れがあるからだ。十分に引きつけてからでなければ奇襲にならない。

 

 距離、7,000。

 まだ遠い。

 

 距離、6,000。

 10tを優に越える重量物(ネクスト)を運ぶ輸送車両の足は遅い。

 

 距離、5,000。

 呼吸を整え、身体に強ばりなどがないか確認し、狙撃に備える。

 

 距離、4,000。

 ネクストを起動。機体と神経接続が開始される。脳に響く高周波音と、接続時の心臓を蹴り上げられるようなショックには、度重なる出撃でもう慣れた。

 

 距離、3,000。

 システムが立ち上がり、赤黒い砂漠が視界360°に広がる。すぐさま火器管制(FCS)を呼び出し、左肩のグレネードキャノン( OGOTO )をスタンバイした。

 

 距離、2,000。

 ターゲットの移動速度、風の向きと風速、地軸ベクトル、砲撃反動など狙撃に関わるさまざまな数値が、FCS内のチップで計算処理された。その膨大な算出結果がデジタルデータからアナログデータへと変換され、俺の脳へ神経情報として入力。弾道予測が正確な感覚として知覚される。

 

 距離、1,000。

 右にコンマ1修正。その意思は再度FCSで処理され、ネクストのものだか俺のものだかわからない腕を不随意で微修正する。ターゲットに対し、照準と照星がピタリと重なった。マーカーが赤く点灯しロックオンを告げる。

 

 距離、500。

 安全管理上、最終的にトリガーを引くのは俺の意思だ。

 

 グレネードキャノンの乾いた発射音が、頭の前から後ろに通り抜け余韻を引く。

 

 その刹那、ターゲットは立ち上る爆炎と砂柱に飲み込まれた。地響きとともに、低い位置にあった雲は衝撃波が円周状にかき消し、赤い空が現れた。地面は砂の高波が放射状に広がり、周囲一帯の砂と空気を押しのける。

 

 一瞬の静寂の後、失った大気を埋めるべく、砂嵐が爆心地に向かって吹き込む。夕暮れの砂嵐があたりを暗闇に変えた。

 

 

 

 

 視界はほぼゼロ。時折、砂塵が晴れて、さらにその向こう側の砂塵が見える程度だ。急激な明度変化で視界にぼんやりとした像が映る。

 

 いや待て、これはネクストのカメラが捕らえた映像で、網膜を通していない。幻惑など起こるはずがない。

 

 再び像が映る。今度は一瞬だが、はっきりと見えた。あれはプライマルアーマーの光だ。思わず舌打ちをしたが、ネクストに神経接続された状態では、チッとは鳴らなかった。

 

 

 風がやんで砂嵐が晴れた。撃ち漏らしたターゲットはこちらに歩を進めながら、カメラアイを点滅させる。光通信でアマジーグからメッセージが入った。

 

《奇襲か。無駄な策だったな。企業の犬ごときに、この私は倒されん。ここで死ね》

 

 バルバロイは身をわずかに屈めると、これまで見たこともないほどの上昇性能で飛び上がった。遙か上空からライフルを放ちつつ、1kmほどの距離を一足跳びでこちらに向かってくる。

 

 こちらもライフルで迎撃するが、バルバロイは舞い落ちる木の葉のように銃弾を避ける。そして、左手のショットガンが放たれると、無数の弾丸が雨あられのように頭上から降り注いだ。回避しきれずに、プライマルアーマーが光を放つ。

 

 バルバロイは着地の瞬間に前転して、突進する勢いを殺さないままブーストを点火。低い姿勢を保ちながらさらに接近する。気づいたときには眼前にいた。悪趣味なイクバールの頭部がニヤリと笑ったように見えた。腰だめにショットガンを構えたゼロ距離射撃───。

 

 

 撃たれる前に、とっさに左手のブレードを払ったが、バルバロイは素早い反応で回避する。俺の頭上を飛び越えると、今度は後ろから蹴り飛ばされた。

 

 前につんのめるのをブースターで立て直しつつ距離をとる。反転して、バルバロイのいた位置に向けライフルを放つが、奴はすで遥か上空にいた。

 

 バルバロイは、再びライフル上空からライフルとショットガンを乱射する。それを避けながら郊外で待機しているフィオナに通信を送る。

 

「ターゲットの撃破に失敗した。現在交戦中。少々分が悪い」

 

《えぇぇ!?───了解。応援を向かわせるから、それまで持ちこたえて》

 

 応援? パイロットに知らせずに作戦を進めるとは、見かけによらず人が悪い。だが、作戦指揮官として信用に足る判断だ。

 

「了解した。ただし、作戦内容がリークしている恐れがある。留意してくれ」

 

 断定はできないが、この仕事にも不穏な影の動きが感じられる。誰が何をどう動かそうとしている?

 

 とにかく、今は奴を倒すことに集中しなければいけない。だが、このまま逃げ回るのにも限界がある。まずは、左肩の邪魔な荷物を降ろさなくては圧倒的に不利だ。

 

 上空のバルバロイに向かってグレネードキャノンを放つ。奴はひらりと身をかわし、その後方に花火のように火球ができあがった。さらに撃つ。砲身が焼けてもかまわない。撃ち続ける。

 

 そのなかの一撃がバルバロイの直上で爆発した。衝撃波をまともに受けたバルバロイは地面に向かって吹き飛ばされる。ブーストで接地ショックを和らげようと動きを止める奴に向かってもう1射。奴の直近に着弾し、すさまじい爆炎と砂柱が立ち上り、すぐさま砂嵐が起こった。

 

 巻き上がる砂嵐のなかから影が迫る。奴がこちらに急接近し、俺は再び蹴り飛ばされた。爆風を推進に利用して接近してきたのか。なんて奴だ。

 

 バルバロイはライフルで追い打ちをかける。俺はジャンプしてかわし、そのまま奴の直上に高く、高く上昇する。雲海のように地上に立ち込める砂嵐を抜けて、下半身に血がとどまるのを感じながらさらに雲の上まで上昇する。

 

 エネルギーアラートが限界を告げるとブースターを切った。慣性だけで上昇しつつ、浮遊感に身を任せる。沈みかけた大きな夕焼けが視界に入る。暗がりには三日月が光っていた。

 

 

 空中戦を得意とする奴なら必ず追ってくるはずだ。案の定、眼下にロケットよろしく上昇してくるバルバロイを捕らえた。俺は邪魔なグレネードキャノンをようやくパージ。そしてライフルを構える。

 

 バルバロイは地球の引力を無視したかのように上昇してくる。パージしたグレネードキャノンはくるくると回りながら引力に引かれて落ちてゆく。

 

 俺は狙いをつけてライフルを放つ。

 放たれた弾丸は、引力による加速で弾速を増す。

 放たれた弾丸は、水平射撃よりも威力を増した。

 放たれた弾丸は、落下途中のグレネードキヤノンを正確に射抜いた。

 

 

 グレネードにはまだ弾が数発残っている。それらすべてが誘爆を起こし、上昇しかけていたバルバロイを真正面から飲み込んだ。

 

 衝撃波が大気を震わし、すさまじい爆風に機体が煽られる。揺れがおさまりきらないうちに、黒い煙の中から奴の機影を捕らえると、すぐさまブースターを吹かして急降下し、落下するバルバロイに空中で肉薄する。

 

 降下速度がどれほどだったかは知らない。風圧で機体がうまく動かないなか、俺は奴に組み付き、足で首を抑え、右手でショットガンを抑えると、レーザーブレードを発振させてコックピットを貫こうと左肘を引く。

 

 両腕のショットガンとライフルを乱射しながらバルバロイが抵抗する。奴がわずかに身体をひねったため、レーザーの切っ先はコックピットの装甲を削るにとどまった。もうひと突きしようとしたところで、対地速度アラートが鳴り響き、不本意にもメインブースターが自動点火して落下速度を殺した。同時に奴を倒す最高のチャンスを逃した。

 

 急激な減速Gで、コンクリートの地面に叩きつけられたような衝撃に気を失いそうになった。いくつものアラートが同時に鳴り響き、わけがわからないまま地面にタッチダウンする。砂がクッションになってくれたのと、砂に足を取られ砂の丘陵を滑り落ちるのがなんとなくわかった。

 

 意識を呼び戻しつつ、機体の損傷状態を確認する。そのとき、銃声とともに足下に砂柱が立った。

 

 砂の丘陵の頂上に人影が現れる。沈む直前の夕日が逆光になって正体はわからないが、バルバロイだろう。アマジーグから通信が入る。

 

《その力で、貴様は何を守る》

 

 俺は思わず舌打ちをする。しかし、ネクストに神経接続された俺の舌は、チッとは鳴らなかった。



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Desert Wolf 後編 〜英雄アマジーグ〜

 高高度からの落下による衝撃で失いかけた意識を呼び戻しつつ、機体の損傷状態を確認する。そのとき、銃声とともに足下に砂柱が立った。

 

 砂の丘陵の頂上に人影が現れる。沈む直前の夕日が逆光になって正体はわからないが、バルバロイだろう。俺は苦虫をかみ殺した気持ちでフィオナに通信を入れる。

 

   「フィオナ聞こえているか。神経接続レベルを上げる。ロックの解除コードを教えてくれ。このままでは保たない」

 

   《は? ダメよ! ダメダメ! 絶対にダメ!! なんとかして増援を待ちなさい!》

 

 

 

 そのとき、アマジーグが通信で何かを語りかけてきた。

 

【その力で、貴様は何を守る】

 

 アマジーグは俺に何かを訊ねたようだが、こちらはそれどころではなかった。

 

   「フィオナ! 時間がないんだ!!」

 

【フィオナ・ジカンガナインダー・・・貴様の女の名前か。それもいい。愛するもののため、力を振るう。私も同じようなものだ。だが、邪魔はさせん。貴様と貴様の女には悪いが、ここで死んでもらおう。我らの正義のために】

 

   《もうすぐ、応援が到着する頃よ。もうほんのちょっとだけがんばって》

 

   「頼む!何でも言うことをきくから助けてくれ!!」

 

【命乞いか。いいだろう。では、我々の仲間になれ。私の力と貴様の力でパックスどもを粛正するのだ】

 

   《えーと、じゃあ、あなた、実弾兵器ばかり使うから、弾薬費がかさんでいるの。今後はエネルギー武器を主武装にしてくれないかしら?》

 

   「そいつは断る」

 

【何!? ……では、この場を見逃し、今後我々の前に決して現れないと、貴様の神と女の名に誓え。そうすれば命だけは助けてやろう】

 

   《なら、これまで以上に働いてもらうことになるわよ。もう、しょうがないなぁ。パスコードは『08506』よ》

 

   「了解した。ありがとうフィオナ、感謝する」

 

【無神論者か……まぁ、いい。ところで強きものよ。貴様の名前はなんという?】

 

   《ただし、いい? 神経負荷を高めている間は、その……汚染が……。あら、なに汚染だったかしら?》

 

   「コジマだ」

 

【コジマか。強きリンクス、コジマよ。久しぶりに強きものに会えた。礼を言おう】

 

   《そう、それ! 同時にコジマ汚染の進行も加速度的に早まるから、短時間しか使っちゃダメよ! いいわね!》

 

   「当然、理解しているさ」と、フィオナとの通信を切る。

 

【………………。】バルバロイは何かを言いたげだったが気にしない。俺は手早くネクストのメインシステム・ターミナルを呼び出し、神経接続プロセス変更メニューにアクセスする。

 

 

//:Aadministration~$:SYSTEM CONTLOR MENU//:

=====================================

CAUTION!!

Only a limited number of people can operate.

 

 

=====================================

SYSTEM CONTLOR MENU//~$:Nerve connection//:value

Nerve value 40% now

Setting value input > 60% Enter

 

 

=====================================

We are not responsible for this setting no matter what you do.

If you still want, enter your pass-code.

 

 

=====================================

pass-code enter please > 08506 Entar

please wait.

***

*******

*********

***********

*************

***************

*****************

*******************

*********************

***********************//:OK.

Change completed safely.

 

 

=====================================

If you use this function, your head will go crazy.

Are you sure you want to run ?

 

 

=====================================

Y/n > Y

 

 

 

 

 神経接続負荷レベルを上昇させるプロセスが完了した。

 

 その瞬間、目を開けていられないほどの光が溢れてくる。そして景色が一変した。比喩ではなく、本当に景色の見え方が変わった。視界が赤くぼやけ、カメラが検知した赤外線が視覚でわかる。まるで、右目で赤外線画像を見て、左目で可視光線画像を同時に見ているようなレイヤー構成のようだ。

 

 音も熱も光も、突き詰めれば振動である。電子機器が発する電磁波や地場までもが周波数で検知される。機体に備わったカメラやセンサーが360°全周囲のあらゆるデータを拾い、そのすべてを俺に伝えてくる。

 

 地面の日なたと日陰の部分の温度の違い。大気中の部分的な温度分布の違い、空気の密度、風の向き、強さ。さらに、地軸の向き、地球の磁界など、そのデータは膨大だ。

 

 また、目の前にいるバルバロイの装甲表面の温度はもちろん、摺動部ベアリングの温度、各部モーターの稼働音と稼働状況、機体内を走る電気配線が発する電磁波までもが、0と1のデジタルデータで収集され、AMSが演算処理し、人間の脳に適した形に変換されて正確な感覚として知覚される。

 

 これでは、頭がおかしくなっても仕方がない。そして、さらに不思議なことが起こった。

 

 目の前のバルバロイが0.5秒後にこちらに背を向けるのがわかった。そして、実際にバルバロイがこちらに背を向けた。動きのわずかな初動からコンピュータが動きを予測し、予測データが随時更新されながら脳に届けられる。足を引き、腰をひねり、肩を回すわずかな動きのベクトルが時間単位(ミリセカンド)で知覚される。

 

 0.5秒先の未来が見える。これが、アマジーグの強さの秘密か。バルバロイのコックピットの奥には、奴の存在を感じる。呼吸、脈拍、血流までも。

 

 立ち去ろうとするバルバロイに向けてライフルを向けた。

 

【なんの真似だコジマ。先ほど、この場を見逃すと約束したばかりだが】

 

「すまないが、通信ミスだ。俺が何を言って、お前が何を聞いたかは知らないが、前言は撤回する」

 

【おのれ謀ったな、コジマァァァ!!】機体のセンサーは、アマジーグの血圧上昇と体温上昇も検知する。

 

 怒り狂ったバルバロイは振り向きざまにショットガンを放とうとする。奴のショットガン(SHAITAN)がどこに銃口を向け、そこから放射状に放たれる16発すべての弾道と、着弾までの時間が、結果が起こるコンマ数秒前に知覚される。

 

 俺はわずかに機体を傾けただけで、近距離から放たれた16発すべての散弾を見切り、かわす。

 

 パシンと頭の中で何かが小さくはじけた。

 

 バルバロイは続けざまにショットガンを放つが、まるで砂漠の蜃気楼を相手にしているかのように当たることはない。俺はバルバロイの左手親指に向けてライフル弾1発を正確に打ち込む。奴の親指を粉砕し、バルバロイはショットガンを取り落とす。

 

 奴はすぐさま反対の手に持つライフルを構えようとするが、その動きを察知し、ライフルもう1発。構える前に奴の右手の親指を砕き、バルバロイは、もう一方のライフルも手から取りこぼす。

 

 パシン、パシンと、再び頭の中で何かがはじける感覚がした。

 

 武器を失ったバルバロイは、飛びかかろうと身を屈めようとする。その際に生まれる右膝間接の装甲の隙間めがけて3発目の弾丸を叩き込むと、バルバロイは崩れ落ちた。

 

 それでもなおブーストの推力だけで飛び上がり、上空から襲いかかってくる。

 

 俺は左腕を胸の前に構えた。バルバロイの右肩ブースターに微細な電磁場変化と熱量変化を検知。クイックブーストを使用してのフェイントが予測された。

 

バルバロイは予測通り、左手にあるブレードの死角になる俺の右側に回り込み、右腕のストレートパンチを繰り出す。俺は微動だにせずレーザーブレードを発振させる。構えた左腕の位置だけをわずかに調整してから発振した青白いレーザーは、バルバロイの拳から肩までを串刺しにした。

 

 パシン。

 

 爆発したバルバロイの右腕は、奴の機体を反対方向に弾き飛ばす。鈍い動きで起きあがったものの、そのまま膝をついて動かなくなった。

 

 

【コジマ……貴様も私と同じ……いや、あるいは……】

 

 

 そうだ。お前と同じ力を使った。だが、お前の強さとはこんな機械仕掛けのものではない。

 

 お前は凄い奴だ。自分がやるべきことを決め、すべてを捨ててでも、決めたことをやる遂げる覚悟があるのだろう。そして、どのような結果になったとしても最後まで責任をとるつもりなのだろう。

 

 どっちつかずで、誰も救えない俺たちレイヴンとは違う。それが、正しかろうが、間違っていようが、少なくとも決定をすることで誰かを救っている。

 

 そして、お前は強い。仲間のコジマ汚染を防ぐために、単独で戦っていると聞いた。お前は、お前に見えているすべてのものを守りたいのだろう。それが無理だとわかっていて、なお戦い続けるのだろう。

 

 これまで多くの敵と戦ってきたが、お前ほど正義という言葉が似合う奴はいない。

 

 俺はライフルを構えた。ブレードでつけた傷痕が痛々しく残るコックピットに狙いつける。その奥にはアマジーグの弱々しくなった生命活動が検知された。

 

 できれば殺したくはないが、任務を達成するのが俺の正義だ。

 

 

 パシン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───なんだ?

 

 

 直上、熱量変化。同時にコジマ粒子濃度上昇。熱源体確認。並びにレーダー波、および、ロックオンレーザーを検知。高エネルギー体射出。初速毎秒約1000km、加速しながら降下中。加速係数1.2。

 

 対象位置から弾道予測。俯角マイナス89.6°水平左にコンマ2。着弾予測位置にはバルバロイがいる。

 

 

 

 光が降ってきた。無慈悲な破壊の光だ。神経接続レベルを上げた今の俺には、バルバロイの破壊されていく様子が、スローモーションのようにすべて見えた。

 

 遙か上空から放たれた120mmのライフル弾は、光の尾を引きながら、バルバロイの首脊椎部に着弾。発生した衝撃波が頭部と肩部をひしゃげさせた。そのまま弾丸は頸椎に沿って貫通。コックピットは弾丸の直撃を避けるも、内部は圧壊し、その時点でアマジーグの生体反応は失われた。

 

 弾丸はバルバロイ腰部のコジマリアクターを損傷させ、制御がきかなくなったコジマ粒子が暴走。機体内部を高圧で駆けめぐり、薄青緑色のコジマの光が間接部から漏れ出した。光はそのまま急激な膨張を続けバルバロイの機体を内側から無惨なまでにバラバラにした。

 

 最後は、小さな爆発の後に、薄青緑色のコジマ粒子の柱が上空22.3mの高さで立ち昇る。それは英雄アマジーグの墓標のようであった。

 

 

 

 パシン。

 

 

 

 上空からアマジーグを葬ったものが急降下してきた。地上十数mのところでブースターを吹かして落下速度を殺すと、白く細身のネクストが静かに砂の上に着地した。通信が入る。

 

《応援は不要だったかな? こちら、ホワイトグリント。アスピナ機関の傭兵、ジョシュア・オブライエンだ》

 

 俺は名乗り返すことなく、アマジーグを殺した白い機体にライフルを向けた。

 

《聞こえていないのか。私は敵ではない》そういいつつ、防衛のためホワイトグリントもライフルを構える。

 

《ちょっと、なんであなた達が戦うの。やめなさい!》状況をモニタリングしていたフィオナが慌てた声で制止に入る。

 

 ジョシュアの声も、フィオナの声も、もちろん聞こえている。俺はどうしても、思い知らせてやりたかった。アマジーグを殺したことを。不条理なのはわかっている。ただ、コイツを殴りたくなった。

 

 俺はライフルを脇に放り投げ、ドスドスと足を踏み鳴らして前進し、危機を救うために駆けつけてくれたホワイトグリントに向かって堅く握らせた拳を叩き込む。

 

 ホワイトグリントが視界から消失した。

 

 上。いや後ろ。

 

 繰り出した右拳を、そのまま裏拳にしてホワイトグリントに再び殴りかかるが、奴は予期していたように身を低めてかわし、立ち上がると同時に前蹴りで俺を突き飛ばした。俺は砂を背にして仰向けに倒れる。

 

 

 パシン。

 

 

 そこへホワイトグリントが右腕のライフルを突きつけ、躊躇なく引き金を引く。弾道予測から、当たらないのはわかっていた。銃弾は俺の左頬の脇に着弾し砂柱を立てる。舞い上がった砂が顔にかかり、カメラに影をつくった。

 

《手柄を横取りされて悔しがっているわけではないね。アマジーグに何らかの思い入れがあったのか。それとも、精神負荷の影響で早くも頭が錯乱したのかな?》

 

 ジョシュアの言葉に、俺は少し冷静になった。

 

《おもしろかったよレイヴン。それに免じて、この件に関する違約金を請求するのはやめておこう。そのかわり、この弾薬1発分の代金は君自身にツケておくとしよう。

また、会えるのを楽しみにしているよ》

 

 ホワイトグリントは消えるように去っていった。なにか肝心なことを見落としているような、違和感を残して。

 

《ちょっと、なんてことをしてくれるの! 始末書ものの行動よ!! 頭のほうは大丈夫なの!?》通信機からフィオナの怒声が響いた。

 

「君まで俺を疑うのか。俺は正常だ」とはいえ、異常な行動に見えても仕方がないと、冷静になって考える。

 

《そうじゃなくて、身体的に異常はないかと聞いているの》

 

 

 パシン。

 

 

「少々違和感があるが、問題はない」それにしても。「奴は……ジョシュア・オブライエンは人間じゃない」

 

《ええ、本当に強い人。昔はあんなじゃなかったのに》

 

 

 パシン。

 

 

 頭の中で『パシン』と鳴るのは、間違いなく脳細胞が破壊する音だ。それは始末書で、まとめて報告することにしよう。

 



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断章 レイヴンの始末書

 先日の、バルバロイおよびホワイトグリントとの一件について、報告書の提出を求められた。以前所属していた部隊の形式(フォーマット)に沿って書いたが、少々読みづらいかもしれない。

 一応、注釈もつけておいたが……とりあえずフィオナに確認をしてもらうことにしよう。

 

=============================

 

 

      報告書

 

 本文書は、作戦名『Desert Wolf』以下〈砂漠の狼作戦〉における報告であり、総責任者エミール・グスタフ(以下、〈甲〉と呼ぶ)、作戦指揮官フィオナ・イェルネフェルト(以下、〈乙〉と呼ぶ)へ向けて、ネクスト パイロット■■■■(以下、〈丙〉と呼ぶ)が報告するものである。

 

 

      次第

 1、バルバロイ起動前の撃破失敗について

 2、グレネードキャノンの破損について

 3、神経接続負荷の使用強要と、精神負荷の影響について

 4、友軍ホワイトグリントへの戦闘行為について

 

 

 

      記

 

 

 

1、バルバロイ起動前の撃破失敗について

 

 〈砂漠の狼作戦〉の第一優先事項は、攻撃目標〈バルバロイ〉の起動前撃破である。〈甲〉より〈乙〉へ依頼内容が伝達され、〈乙〉より〈丙〉へ実行命令が下される。

 

 〈砂漠の狼作戦〉の戦術詳細は〈丙〉が立案。〈甲〉〈乙〉共に、それを承認する。〈丙〉は事前に報告した計画に沿って、一切の不備なく作戦を遂行。

 

 しかし、予測に反して〈バルバロイ〉は敵襲を事前に察知し、起動準備をしていた模様。〈バルバロイ〉の起動前撃破に失敗。交戦状態となる。

 

 作戦失敗の原因は、戦術立案の欠陥、および作戦内容の情報漏洩、以上の可能性が考えられる。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

【要するに、依頼内容がエミールとフィオナから伝えれられ、俺が作戦を立て、ミスなく実行したが、バルバロイは起動前に撃破できなかった。

原因は、俺の作戦ミスか、情報の漏洩か、どちらかによるものだ。まぁ、よくあることだ】

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

2、グレネードキャノンの破損について

 

 速やかな作戦遂行を目的として、有澤重工業製グレネードキャノン〈OGOTO〉1門の使用を〈丙〉が〈乙〉に要求。〈甲〉が承諾する。

 

 〈丙〉は作戦中に撃破目標〈バルバロイ〉に対して〈OGOTO〉を使用し、途中で〈OGOTO〉を放棄。放棄した〈OGOTO〉を狙撃することで誘爆を引き起こし、目標撃破の武器として使用した。〈バルバロイ〉に甚大な被害を与えたものの、撃破には至らず。

 

 〈バルバロイ〉を通常戦闘で撃破するには、撃破目標が予測不可能と思われる戦術が必要と判断し、〈丙〉は以上の判断を妥当と主張する。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

【フィオナとエミールに頼んで、高価なグレネードキャノンを買ってもらった。渋い顔をされたが、速やかな作戦遂行には必要だった。

 

しかし、バルバロイ相手には、まったく使い物にならなかったため、いっそのこと爆弾として使用した。エミールには悪いことをしたと思っている】

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

3、神経接続負荷の使用強要と、精神負荷の影響について

 

 3ー1 神経接続負荷の使用強要について

 

 起動した〈バルバロイ〉撃破のため、〈丙〉は〈乙〉に神経接続負荷レベルを上げる戦術を提案。〈乙〉はこれを一時は拒否。〈丙〉は〈乙〉を再度説得。その結果〈乙〉は、一定の条件をもとに〈丙〉の提案する戦術を許可。

 

 〈丙〉は神経接続負荷レベルを〈40%〉から〈60%〉へと変更し、攻撃目標を中破。作戦後は〈乙〉が神経接続レベルのパスコードロックナンバーを変更。〈丙〉の使用権限を剥奪する。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

【これまで以上にこきつかわれることを条件に、精神負荷レベルを上げるためのパスコードを教えてもらった。帰還した後、パスコードはすぐさまフィオナに変更されてしまった】

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 3ー2 精神負荷の影響について

 

 精神接続負荷レベルの上昇は、ネクスト機からパイロットへの情報量を飛躍的に増加させ、対象物の動的な先読みを実現する。ただし、莫大な情報処理に伴う脳への負荷は、パイロットの精神に甚大な被害をおよぼすものと予想される。

 

 また使用時は、〈丙〉脳内において異音の発生が確認された。脳内ニューロンネットワークの破壊であると〈丙〉は推測する。

 

 上記内容は、後日〈丙〉から〈乙〉へ詳細を報告する。また、後日〈乙〉は〈丙〉の、脳内および身体の精密検査を提案する。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

【精神接続負荷レベルを上げると、およそ0.5秒先の敵の動きや、着弾位置が読める。ただし、使用時は「パシン」と頭の中で異音がする。おそらく、脳神経細胞が破壊される音だろう。

 

今のところ、とくに異常は出ていないが、長期の使用では頭がイカれるのは間違いなさそうだ。AMS技師であるフィオナには、口頭で、より詳細に説明すると話してある。一応、精密検査もしておきたいそうだ】

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

4、友軍ホワイトグリントへの戦闘行為について

 

 〈ホワイトグリント〉は友軍信号を発していなかった。また〈丙〉側の通信機器の故障により、意志疎通が不可能な状態であったため、安全策として所属不明機と判断。勧告の後、攻撃を行う。

 

 通信機器の回復後、友軍であることを確認。双方和解に応じる。

 

 なお、〈ホワイトグリント〉および搭乗リンクス〈ジョシュア・オブライエン〉の戦闘能力は、神経負荷をかけた状態の〈丙〉を圧倒する。特に、重力加速度に対する耐性と予測判断能力は、人間の常識から大きく逸脱している。

 

 今後の作戦遂行にあたり、要注意対象とすることを〈丙〉が提案する。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

【嘘だ。

だが、奴が危険なのは本当だ。あの動きは、人間にできるものではない。腕が良いなどというレベルではなく、もっと根本的に違うものに思えてならない】

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

以上

 

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断章 企業中枢会議(BFF)

 パックスに対抗する最大勢力であるマグリブ解放戦線のリーダー・英雄アマジーグが討たれたことは、瞬く間にパックスの企業上層部に知れ渡り、彼らを驚愕させた。それは、彼らの驚異となる存在が消えたからではない。ましてや、アマジーグを討ったアナトリアの傭兵への驚きでもない。

 

 パックス企業連合が真に恐れるのは、世界のパワーバランスが崩れることだ。マグリブ解放戦線は世界の安定を保つための重要な部品であった。とくに世界の産業基盤を管理するBFFとGAアメリカは頭を悩ませることになる。

 

 マグリブ解放戦線の勢力が後退したとなれば、GAはアフリカ進出へ一気に乗り出したい。しかし、BFFはそれを快く思わない。そして、どちらもあまりに表だった行動をしては、他企業からの制裁を受けることになる。アマジーグとマグリブ解放戦線は、泥棒が敷地に無断で入らないように、BFFが砂漠に飼い離した番犬だった。

 

 短期間でできたものほど早く壊れる。そして、緻密に組み立てられたものほど脆い。わずかな足下の瓦解が、あれよあれよいう間に世界を揺るがす事態に発展する。それほどまでに現在の世界は不安定だった。

 

 

「___本日の会合は以上だ。ここからはオフレコといこう。マグリブ解放戦線の英雄アマジーグを倒したリンクスとはいったい何者だね?」暗闇に浮かんだBFFのロゴが、声の抑揚にあわせて点滅しながら言葉を放つ。

 

「アナトリアで保護された、元レイヴンだと聞いたが」イクバールのロゴが同じく声にあわせて点滅する

 

「まだレイヴンが生き残っていたとは驚きだが、リンクスであるというのは、さらに驚きだな」インテリオル・ユニオンのロゴが言う。

 

「適正自体はそれほど高くありません。ただ、レイヴンとしての戦場での機知と、特異な肉体が成果を後押ししているようです。それに関しては専門であるレイレナードの代表代理に語っていただきましょう」アクアビットのロゴがそう答え、レイレナードに話のバトンを手渡した。

 

 

 暗闇にはパックス6企業のうちのBFF、イクバール、インテリオル・ユニオン、レイレナードの4企業と、レイレナード傘下にあるアクアビットの計5企業のロゴが円状に並んでいた。

 

 BFFと取引のある、これら5企業の代表は、定期的にこうした仮想空間を用いた音声通信で会合を行う。たかが会合にわざわざ顔をあわせる必要はないし、そもそも顔を知る必要もないという合理思考の結果だ。また、この専用衛星回線は秘匿性が高く、決算報告や極秘資料の安全な閲覧や共有も可能だった。

 

 現在それぞれのロゴが囲む中央には、アマジーグの駆るバルバロイと、アナトリアの傭兵の戦闘映像が浮かんでいる。

 

 

「本日、臨時でレイレナード代表代理を務めるベルリオーズと申します。私から、先日のアマジーグとアナトリアの傭兵の戦闘、ならびに諜報からの情報をご報告をさせていただきます」

 

 レイレナードのロゴが礼儀正しく挨拶をすると「おお、レイレナードのリンクスか」と周囲から声が漏れる。

 

 

「ご存じの通り、マグリブ解放戦線の英雄アマジーグが、アナトリアに所属する元レイヴンが搭乗したネクストによって倒されました。

 

諜報部からの情報によると、アナトリアの傭兵は国家解体戦争で大きな深手を負っていた模様。現在は、右半身のほとんどの部位、腕・足・眼球・肺などを失い、残る左半身も、肘から先がなく、足は大腿部が残っているだけの状態にあり、自力では起きあがれず、会話すらまともにできない状態です」ベルリオーズが資料を読みあげる。

 

「死に損ないではないか。そんなものに、ここまでの戦果が出せるものかね」BFFが驚きの声を上げる。

 

「ネクストは神経接続で操作するので、肉体の状態は問わないのですよ。極端な話、パイロットは脳だけあれば十分。誰かの脳を摘出してネクストに乗せて運用することも技術的には可能です」

アクアビットが口を挟んだ。

 

 ベルリオーズが報告を続ける。

 

「戦闘機のドッグファイトをご存じでしょうか。戦闘機の性能を引き上げていくと、ネックになるのは機体性能よりもパイロットの重力加速度耐性なのです。ネクストの機動戦も最終的には、戦闘機と同じく肉体の重力加速度耐性が運動性能の上限になります。

 

 ふつうのリンクスが、脳の血流不足によって意識レベルの低下を起こす加速度でも、四肢のほとんどを失っているアナトリアの傭兵は、手足への血液滞留が少なく、わずかではありますが五体満足の人間よりも耐G性に優れるのです。それにより、高機動力を活かした作戦展開が可能です。

 

 また、肉体構造に支配された意識が希薄であるため、機体制御によけいな制限をかけず、ネクストの操作特性に馴染みやすいのだと思われます。

 

 さらに、長い戦闘経験と知識からくる戦術立てや勘の鋭さが加われば、比較的低年齢のリンクスでは太刀打ちできないでしょう。

 

 そのうえ、先のアマジーグ戦で、ネクストとのAMSレベルを強制的に引き上げる『高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)』にも耐えたようで。そうなると鬼に金棒といったところでしょうか」レイレナードのロゴが、リンクスである自らの視点を交えて報告する。

 

「ネクストに乗るために生まれてきた……いやネクストに乗るために一度死んだと言ったほうがよいか。君なら勝てるかね?」BFFがベルリオーズに訊ねる。

 

「もちろん。機動力だけがネクストの戦闘ではありません」ベルリオーズが答えた。

 

「さて、どうしたものかね。潰すか、活かすか」インテリオル・ユニオンが問いを投げかける。

 

「いつものように、潰して這い上がったものだけを利用するのが得策かと」イクバールが提案する。

 

「ふむ、では、指導者を失った砂漠の民の怒りを利用するとしよう」BFFが言い放つ。

 

「第二のアマジーグは必要かね」イクバールが訊ねた。

 

「いや、もうすぐ世界に大きな動きがある。小犬達の餌代も馬鹿にはならん。小犬は捨てて、もっと大きな犬を飼うことにした」BFFが意味ありげに言う。

 

「巨人に仕掛けるつもりか?」インテリオル・ユニオンが直接訊ねた。

 

「向こうの出方次第だ」BFFが不敵に答える。

 

 

「___ウチは見守らせていただくよ。戦争はリスクが大きすぎる。せいぜい、飼い犬に噛み殺されないように気をつけるんだな」インテリオル・ユニオンがそう言うと、企業のロゴは消え、後には『log out 』の文字が現れた。

 

「我々も同感だ。いざとなった場合、どちら側につくかは状況次第だ。おつかれさん」イクバールのロゴも消え、同じく『log out 』と表示される。

 

 後には、BFFとレイレナードとアクアビットのロゴだけが残った。

 

 

「___さて、邪魔者はお帰りになった。首尾を聞かせてもらおうか」BFFが本題を切り出す。「賢いほうの犬はどうなっている?」とアクアビットに尋ねた。

 

「AIを用いた無人ネクスト機は、レイレナードと共同で、アリゾナのレヴァンティール基地にて調整中です。起動には成功しましたが、戦闘にはまだまだ。さらなる調整と学習が必要のようです。起動時には、ベルリオーズ殿にも立ち会っていただきましたが……」アクアビットがレイレナードのベルリオーズに言葉を求める。

 

「今後の進捗によりますが、性能について私が現役の間に追い越されることはないでしょう。人類がAIに滅ぼされるのは、当分先の話だということです。ただし、もうひとつ(人格移転型AI)の方に関しては、その限りではありません」ベルリオーズは、アクアビットに話を投げ返す。

 

「人格移転型AIは、ご存じの通り、人間の人格を埋め込んだAIです。AIの演算処理能力と、人間の柔軟性を兼ね備えるため、兵器転用できれば、実用までに手間のかかるリンクスなど不要になります」アクアビットの言葉にベルリオーズがわざとらしく咳払いをする。

 

 アクアビットは悪びれた様子もなく言葉を続ける。

 

「失礼。また、先ほども出たように、ネクストを扱ううえでの肉体的な制限が取り払われるため、戦闘能力は現リンクスを大きく越えたものとなるでしょう。ただし、生産と取り扱いが非常に難しいデメリットがあります。

 

 人格移転型AIは、AMS神経接続を最大負荷にした状態の意識を、AIに学習転移させなければならないため、被験体はまず間違いなく精神崩壊を引き起こし、二度と使い物にならなくなるのです。

 

 よしんば成功したとしても、自分が人格移転型AIであることを受け入れられずに、ループ思考や自虐的な思考に陥り、機能停止や暴走を起こす恐れがあります。

 

 仮に、素性のよろしくない人間が、人格移転型AIとして完成した場合、それこそ世界が終わる可能性すらあります。実用可能な人格移転型AIとは、まさに奇蹟の存在ですな」アクアビットが長い説明を終えた。

 

「その『奇蹟の存在』は現在どうしているかね。こちらの手駒にはなりそうか」BFFが誰かのことを指して言う。

 

向こう側(・・・・)も接触を試みている様子で、現在はどっちつかず(・・・・・・)といった状況です」ベルリオーズが遠回しに現状を報告した。

 

 

 

「___では、大きい犬の方は?」BFFは比喩で訊ねる。

 

「こちらは順調。現在、組立に着手したところです」アクアビットが答える。

 

「確実に利益をもたらす巨大兵器の建造は、まだ初期段階とはいえ、今後の基幹になる産業だ。ベルリオーズ、リンクスの君はこの件に関してどう思うかね」BFFが再びベルリオーズの意見を聞きたがる。

 

「我々の仕事が少なくなるのは不本意ですが、それも時代の流れでしょう」ベルリオーズは俯瞰的な視点で世界を思い描きながら答えた。

 

「では、君らもAIになるかね? それともダルマになるか?」BFFが皮肉まじりに言う。

 

「ふふん、ご冗談を」レイレナードのNo.1(史上最強のオリジナル)リンクス、ベルリオーズは含み笑いをしながら答えた。



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Retaloation 前編 〜アナトリアの傭兵〜

 低い音程の耳鳴りがする。

 

 毎朝目を覚ましては、ベッドで仰向けになりながら、窓から見える空を見ていた。残った左目には、霞か雲かも区別がつかないが、それでも空を見ていた。手足を失った俺には、それしかできなかったからだ。

 

 ときどき、どうしようもないほどの恐怖に駆られるようになった。視力を失う恐怖。聴力を失う恐怖。呼吸ができなくなる恐怖。一人ではなにもできなくなる恐怖。そのたびに、その先に待つ死を考える。

 

 レイヴンとして、ひとり戦場を駆け回っていたときには、死は常に隣にあった。握っている操縦桿を、わずかでもおかしな方向へひねる。あるいは、トリガーを引くタイミングをほんの少し遅らせるだけで死ねる。

 

 仮に死んでも、斡旋リストから俺の名前が消えるだけだ。俺の命にはたったそれだけの価値しかなかった。だから自分が死ぬタイミングさえ自由に決められた。無茶もできた。

 

 しかし、今は以前よりも死に対して恐怖を抱くようになった。死そのものよりも、自分が死んだあとの世界を想像するのが怖かった。もし俺が死んだら、アナトリアはどうなるのだろうか。そこに住む人は。エミールは。フィオナは___情が移ってしまったか。

 

 世の中には、強い人間も弱い人間も存在しない。強くいられる人間は、抱えた荷物が少ないから強くいられるだけだ。弱い人間は、抱えた荷物が多いから弱さとなるにすぎない。

 

 俺は身体の半分を失い、ネクストに乗ることで強くなった。同時に、心配事が増えたおかげで弱くもなった。しかし、だからといって___

 

 

 ___人間は時間をもてあますとロクなことを考えない。これまで考えたことを頭から振り払った。どうせもう、あの空を自由に羽ばたくことはできないのだから。

 

 耳鳴りは、まだ鳴り続けている。

 

 

 

 

 廊下がなにやら慌ただしい。朝っぱらバタバタと誰かが走り回る様子がわずかな振動を伴って伝わってくる。耳もほとんど聞こえないから、正確な様子はわからない。

 

 そういえば、そろそろ朝食の時間か。食事といっても摂取できるのは流動食か点滴だけだ。フィオナが日に三度、問診を兼ねて訪ねてきては、食事と身の回りの世話をしてくれる。当初は若い娘に下の世話までされるのに抵抗があったがもう慣れた。

 

 自室のドアが開き、フィオナが入ってきた。かすんだ俺の視力にも、フィオナの明るいブロンドの髪は目に映える。早歩きでベッドの脇まで来ると、俺に覆い被さるようにして顔を寄せた。

 

 顔はぼやけて、この距離でもよく見えない。白衣に染み込んだいつもの薬品のにおいと、いつもの石鹸の香りが混じった複雑なにおいが、間違いなくフィオナであることを証明してくれる。

 

 フィオナの体温を頬で感じる。それに、ショートヘアが顔にかかってくすぐったい。こちらは顔をかくこともできないというのに。フィオナが、俺の左耳に息がかかるほどの距離まで口元を近づけて言う。

 

 

「レイヴン、敵襲なの! 出られる!?」

 

 俺は首の筋肉をめいっぱい使って、わずかにうなずいた。ずっと続いていた低い耳鳴りは緊急事態を知らせるサイレンの音だった。

 

 

 フィオナは、いつものようにライトで瞳孔の開き具合を確認し、いつもより手早く俺にパイロットスーツを着せると、軽い俺の身体を易々と持ち上げ乱暴に車いすに乗せる。そしてすぐさま走り出してネクストのある工廠へ向かう。

 

「確認できた敵は、イクバール社およびGA系列のノーマルACに、武装車両、ほか多数。もしかしたら、マグリブ解放前線の残党かも。アナトリアの生活圏に近いからプライマルアーマーは使えないわ」ハンガーへ向かいながら、最低限のブリーフィングを済ませておく。

 

 廊下の継ぎ目の段差を乗り越えて俺の身体が跳ねた。しかし、フィオナは車椅子の速度をゆるめない。「せめて段差はゆっくりと乗り越えてくれ」と言いたかったが声はほとんど出せない。これで俺の主治医なのだから、撃破されるよりも、コジマ汚染で死ぬよりも、フィオナに殺されるほうが早そうだ。

 

「ハワード、準備はできている!?」

 

 工廠では、技師長ハワードの指揮により、俺の機体がいつでも出撃できるように準備されていた。

 

「機体はアイドル状態で待機。装備もOKだ! レイヴン、迎撃戦用に左手はマシンガンに換装してある。ブレードは格納式を装備した!」

 

 ハワードはネクストのセットアップを俺の耳元でしっかりと叫んでくれた。ハワードのツナギに染み込んだ、オイルと金属の臭いが心地いい。俺はうなずき返す。

 

 いつものように、搭乗リフトに乗せられコックピット前まで運ばれると、フィオナとハワードの二人がかりでコックピットに叩き込まれた。フィオナが俺の身体をベルトでシートに固定し、シート背面から延びるネクストとの神経接続ケーブルを白く細い手で掴み上げる。

 

「いい、入れるわよ」フィオナは、ケーブルを俺の頸椎部にあるソケットに慎重に差し入れる。奥までケーブルが差し込まれると、神経に触れる鋭い痛みに身体が一瞬の痙攣を起こし、きつく締め上げられたベルトがそれを抑えつける。その後、コネクタをロックする硬質な金属音が頭の中心まで響いた。

 

 フィオナは、俺にヘルメットを被せ、強制呼吸器マスクを口元にあたるように調整する。ぼやけた視界のなかで、フィオナは装備の具合はどうかと目で訊いてくる。俺もまばたきで答える。

 

 ヘルメットの後側と神経接続コネクタ、および背面を頸椎保護器具(HANS)を介して固定すると俺はまったく身動きがとれなくなる。フィオナがその作業をしている間は、終始正面から俺の首に手を回し、頭を抱き込む形で背面の保持機構をロックしていく。

 

 その間は、肩越しにフィオナの小さな背中が視界を埋め尽くす。そして、俺の胸にフィオナの胸があたる。心拍数を高めたフィオナの鼓動が伝わってくる。

 

「レイヴン、お願い。みんなを守って」

 

 ロック作業を終えたフィオナの声が、堅く抱きしめられたヘルメットに響いてはっきりと聞こえた。うなずくことすらできないため、胸を反らせて了解の旨を伝える。

 

 押されたように身体を離したフィオナは、再び装備のフィッティング確認をアイコンタクトで求める。俺は「問題ない」と目で返して気持ちを伝える。意思の疎通を確認して、フィオナがコックピットを出るとハッチを閉じ、すぐさま神経接続プロセスを開始した。

 

 

 ピピッと電子音がコックピット内に小さく響く。

 

《Nerve Connect Sequence Start》

 

 暗闇になったコックピットの中で、段階的に周波数を上げる音に耳を澄ます。耳にわずかな圧迫感を覚え側頭部がうずく。目の奥がジンジンとして、暗闇がぼんやりと明るくなる。それは除々に光度を上げ、まぶしいほどの光に包まれる。

 

 同時に、身体なかで虫が這い回っているかのように、脳からつま先のいたるところがざわついては、静止を繰り返し、その周期がどんどん早まった。

 

 そして、高周波音と光量がピークに達した瞬間、心臓を後から巨大なハンマーで叩かれたようなショックに身体を震わせた。縦分割された工廠内の映像が、断片的かつ瞬間的に視界を埋めつくしていく。曇り空が一瞬にして晴れるように、これまで鈍かった体感覚が一気にクリアになる。

 

《Nerve Connected Complete》

 

 

 視神経がネクストに接続された俺の目には、工廠の高い天井や、設備のボタン一つひとつにいたるまで視認できる。端には、小さく固まって出撃を見送るハワードとメカニックスタッフ達の不安と安堵の入り交じった表情がはっきりと見てとれた。それに、フィオナの心配する表情とサラリとしたブロンドも。

 

 聴覚が接続された俺の耳には、「レイヴン頼むぞ!」と激励の言葉がはっきりと聞こえた。通信機を外部音声に切り替えて、俺の脳言語野が発する言葉を、メカニック達とフィオナにしっかりと伝える。

 

「アイ ハブ コントロール。こちらレイヴン。準備をありがとう。速やかな退避を。出撃する」敵を迎え討つために、工廠を後にする。

 

 

 俺は、彼らがいなければ何もできない。彼らを守ることが、自分を守ることになる。それが俺にできる唯一の仕事だ。しかし、いつの間にか義理だけではない別の感情が芽生えていることに気づいた。(レイヴン)もずいぶんと丸くなったものだと自嘲した。けれど「悪くない」とも思った。



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Retaloation 中編 〜アナトリアの防衛〜

 拠点防衛は難しい。拠点を攻める側と、守る側では圧倒的に守る方が不利だからだ。単機での拠点防衛戦は、いかに敵の目をこちらに向けさせつつ、素早く敵を殲滅させるかが重要になる。そのため、ほんの些細なミスの重なりが、取り返しのつかない結果になりかねない。

 

 さらに、敵は一方向から来るとは限らない。アナトリアの北東側は山岳地帯で、東側には平地が広がっている。現在、敵は東側の平地から侵攻しているが、奇襲で攻め落とすなら、レーダーに探知されづらく、地の利が働く山岳側から攻めるのがセオリーだ。

 

 つまり、今、東から侵攻している部隊は陽動(おとり)である可能性が高い。俺を東側に引きつけておいて、北東から攻め落とす腹積もりだろう。

 

 アナトリアを、俺のネクストが発するコジマ粒子の汚染から防ぐために、高速移動可能なオーバードブーストも、ダメージを半減させるプライマルアーマーも使えない現在は、MT(マッスル・トレーサー)やノーマルACだけの部隊だとしても十分な脅威となる。

 

 たった1機で、この広いアナトリアを守りきるのは少々難しい。だが、やらなければならない。ここに住む彼らと、そして自分を守るために。

 

 

 

 広域レーダーの監視を兼ねる、作戦オペレーターのフィオナには、山岳地帯の監視を厳にするように伝えてあった。俺は前進しすぎないように注意しつつ、マシンガンで敵陣に弾幕を張る。敵の足を止めながら、アナトリアへの長距離砲撃を防いだ。

 

 マシンガンは速射性と命中率が高く、下手に前線を突破しようとする考えを抑制することもできるため防衛戦には有効な武器だ。ハワードの機転に感謝しつつ、マイクロミサイルと右腕のライフルで敵を撃破していく。

 

 敵の部隊は、タンクタイプの重装ノーマルAC( ZENIGAME )5機が、その防御力を活かして前衛に立ち、グレネードキャノンを放つ。その後方からイクバール社の二足歩行砲台( MT )、十数機がライフルとロケット砲を射かけてくる。

 

 最後方には2台のミサイル車両が控え、アナトリアを射程にとらえようと前進。さらに前衛の間を縫って、2機のイクバール社製の高機動ノーマルAC(SELJQ)が現れた。防御力はさほどでもないが素早いうえ、高威力の近接武器パイルバンカーを装備している。なかなかいい布陣だ。俺は迎撃しながら、やや後退を余儀なくされた。

 

 2機のSELJQは、蛇行機動しつつショットガンを放ちながら両翼から迫る。俺は本隊にむけてライフルで牽制しつつ、左手から迫るSELJQをマシンガンで迎撃。SELJQは、最初の数発を回避したものの無数の銃弾に全身を貫かれ痙攣したように爆散する。

 

 そのとき、アナトリアを射程に捕らえたミサイル車両から数発のミサイルが発射された。白煙を吐き出しながら小型弾頭が高速で頭上を飛び越えようとする。

 

 右翼から迫るSELJQの手から繰り出されるパイルバンカーをジャンプして回避した。同時に、上昇途中のミサイルにマシンガンを乱射し撃墜させたが、1発撃ち漏らした。頭上を白煙が尾を引いて通り抜け、まっすぐアナトリアへと向かっていく。

 

 空中で反転して、アナトリアに向かうミサイルめがけてライフルを放つ。呼吸を整えて1射。ミサイルの進行方向に照準を修正してもう1射。

 

 弾道が空に吸い込まれて見えなくなってから、ワンテンポ遅れて爆発が起きた。ミサイルはアナトリアの手前2kmほどの距離で爆発した。

 

 安堵するのもつかの間。後方からの強い衝撃に俺は弾かれた。ZENIGAMEの放ったグレネードキャノンの衝撃を受けて地面に背中から叩きつけられる。そこへ、SELJQがパイルバンカーを叩き込むために迫った。

 

 安易に近づきすぎだ。俺は足でSELJQを蹴り飛ばすと、倒れ込んだSELJQをライフルで打ち抜く。そして、ブースターで飛び上がり、そのまま敵の頭上を飛び越え後方のミサイル車両めがけて空中から敵陣突破を試みる。

 

 敵部隊は、ただの素人だと思っていたが、十分な訓練を受けているようだ。セオリーに従って迎撃していたのでは分が悪い。陽動に誘われたとしてもミサイル車両を潰すのが先決だ。

 

 牧草の緑に覆われた地上からは、スプリンクラーのように対空砲火が放たれ、プライマルアーマーに保護されていない、むき出しの金属にぶつかっては弾痕を刻んでいく。機動戦とプライマルアーマーの使用を前提としているネクストの装甲はAC以下だ。

 

 敵の照準を絞らせないために、マシンガンとライフルで弾幕を張り、複雑に空中を機動しながら後方のミサイル車両に向けて降下する。ミサイル車両は動きが遅く、装甲も薄いため近づいてしまえば格好の的だ。

 

 上空からライフルで次々と打ち抜いては爆散させ、着地前にすべてのミサイル車両を撃破した。これでアナトリアへのミサイル攻撃は阻止できた。

 

 しかし、敵の前衛にいたZENIGAMEとMTは前衛と後衛を入れ替えて、こちらに一層激しい砲撃を仕掛けてくる。その後方では、2機のMTが陣形を離れ、アナトリアへ向かうのが見えた。

 

 舌打ちをしようとしたところで、フィオナからの通信が入る。

 

《レイヴン、山岳斜面に敵、大型機動要塞を確認! 迎撃できる!?》

 

 案の定、陽動か。敵ながらいいタイミングだ。

 

「少々つらいがすぐに向かう。民間人の避難は完了しているか!?」

 

《大丈夫よ。みんなシェルターに避難しているわ!》

 

「了解した。フィオナも避難を」

 

《いいえ。私もここで戦うわ》

 

 ___こちらが避難しろといっても、素直に訊く娘ではないことは、ここ数ヶ月を一緒に暮らしていればわかる。「了解した」俺は渋々了承する。

 

 敵陣に向けて肩のマイクロミサイルを2発だけ残して全弾放つ。後に控える敵にそなえて温存しておきたかったが仕方がない。おびただしい数の小型ミサイルがランダムに機動しながら水平展開する敵前衛に着弾し、爆炎と土煙を上げ、辺りの視界は一時利かなくなる。

 

 俺は、煙が流れてゆく敵左翼風下から敵陣に飛び込み、照準をつけないないままマシンガンとライフルを水平射撃で乱射する。ほとんど視界の利かない中で、砲火の瞬きと銃撃音と爆発音だけが響く。それは除々に少なくなっていき、煙が晴れたころにはMT1機だけが立っていた。

 

 残った1機を躊躇なく撃ち抜くと、アナトリアに向かった別働隊に追すがる。遠くに見える二つの豆粒めがけてブーストを全開にするが、およそ時速400kmで移動しながらも、ちっとも変わらない景色に焦りと苛立ちを覚える。

 

 ようやく射程に捕らえた2機のMTを、速度を保ったままライフルで撃ち抜き、今度は北側にそびえる山岳地帯へと全速力で向かう。

 

 

 防衛対象であるアナトリアに近づくにつれ、アナトリア市街地を囲む石壁と、コロニーでもっとも高い建物である教会の尖塔が少しづつ大きく見えてくる。

 

 右手前方の崖の上には、アナトリアに歩を進めていく巨大な鉄の固まりが確認できた。体積にすれば、およそネクストの20倍ほどだろうか。周り景色と比べると、その非現実的なスケールに違和感を抱く。

 

《レイヴン! 敵機の照会が完了。侵攻中の敵機動要塞は、GAE社製GAEMーQUASARと確認。4足歩行の大型機動兵器。主武装は大口径マシンガンとVLS(垂直発射ミサイル)と___》フィオナから敵情報が送られてくる。

 

 巨大な敵機動要塞は、4本足の歩みを止めた。中央の本体部分をわずかに低く屈め、機首に延びる3本の主砲と思わしきものを、3本指のようにワラワラと動かし始めた。

 

《それに、高威力のグレネードキャノンと、エンジンには___》

 

 主砲がピタリと動きを止めると、先端から光が瞬いた。少し遅れて衝撃波と発破音がこちらにも届く。同時に、さっきまで見えていたアナトリアの教会の尖塔が爆発でへし折られ、瓦礫をまき散らしながら落下していく。

 

 無線機からも爆発音が轟き、通信がとぎれる。

 

 俺は鳴らない舌打ちをしつつ、全速力で突進しながら、まだ射程に届かない鉄の塊に向けてライフルを放つ。運動エネルギーを失い、放物線を描いたライフル弾など大した威力ではない。それでも奴の注意をこちらに向けなければならない。俺は敵のやや上方へ向けてライフルを撃ち続ける。

 

 敵がこちらに気づき振り向いた。同時に、敵機上方から垂直ミサイルが放たれ、高い放物線を描いて頭上からこちらに向かってくる。距離を詰めるために回避はしない。ライフルで1発づつミサイルを撃ち落としていく。そこへ、先ほどの主砲が放たれた。それでも前進は止めない。前方へジャンプして回避。同時に最後のミサイルも打ち落とす。

 

 俺はそのまま飛び上がり、崖の上の巨大兵器を眼下に見下ろせる位置まで上昇。そして、降下しながら射程に捕らえた敵に向けて左手のマシンガンを放つ。しかし、無数の火線は、敵の厚い装甲で阻まれ、弾丸はその場にパラパラと落ちる。

 

 右手のライフルを放つが、当たった瞬間に120mmのライフル弾があらぬ方向へ跳ね返る。ならばと左肩のマイクロミサイルを1発だけ放つと、無数の小型弾頭が崖の上の巨体めがけて一斉に向かう。全弾命中し、爆炎と黒煙が上がった。やったかと思った瞬間、重々しい回転音と同時に、黒煙切り裂いて無数の弾丸が向かってきた。

 

 クイックブーストで辛くも回避し、今度は奴の直上からライフルを射かけるが、ライフル弾は硬質な音を響かせてすべて跳弾した。そのうちの1発が真正面に跳ね返り、左手のマシンガンに当たって動作不能になる。

 

 ふん、ちょうどいい。俺は邪魔になったマシンガンを投げ捨てると急降下し、近接戦を仕掛ける。一発一発がライフル弾並の威力があるマシンガンの弾幕を回避しながら、格納されたレーザーブレードを構えて敵機に取り付き、ブレードを振るう。

 

 レーザーブレードの鋭い光条が敵装甲にぶつかり、輝く粒を振りまきながら水しぶきのように散る。レーザーブレードは当たった瞬間にかき消えた。

 

 立て続けに移動要塞の装甲に向かって虎の子のブレードを振るうも、数万℃あるはずの超高温プラズマ粒子は装甲を溶解できず、巨大兵器の装甲にぶつかってはかき消える。突き刺してようやく表面がわずかに溶けた程度だ。

 

 対粒子装甲。噂には聞いていたが完成していたのか。装甲に電気を流して強力な磁界をつくり、プラズマを形成する磁力線を攪乱する対プラズマ装甲。もちろん、その仕組みはそんなに単純ではないのだろうが、とにかくコイツにレーザーブレードは通用しない。だが、装甲に覆われていない主砲や関節部なら___

 

 いきなり、巨大兵器がその場でぐるりと旋回した。見かけによらず素早い動きで上に乗った俺を振り落としにかかる。俺はこらえきれずバランスを崩し、崖下まで転落する。

 

 ブーストで姿勢を整えたものの、さらにヘビーマシンガンと主砲で追い打ちをかけられ、俺は後退せざるを得なくなった。そこへフィオナから通信が入る。

 

 

《___レイヴン、こちらは無事よ。ちょっと、通信が切れただけ》

 

「フィオナ、今すぐ司令室から避難するんだ」俺は再びフィオナに避難をすすめる。

 

《だから、私も戦うってば。まだ敵の増援だってあるかもしれない》

 

 確かにそうだが、こちらには、もう打つ手がない。

 

「このQUASAR( デカいの )を倒すのは、少々時間がかかりそうだ」

 

 俺は、精一杯の嘘をついた。

 



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Retaloation 後編 〜アナトリアの英雄〜

 4足歩行型の大型機動要塞GAEM−QUASAR装甲には、銃弾もミサイルも、摂氏数万℃のレーザーブレードすらもきかない。こちらの策は尽きた。

 

 どうする? 対粒子装甲ではない主砲や関節部なら破壊は可能だろうが、それでどれほどのダメージが与えられるだろうか。奴はなかなか素早く、そうそうブレードで狙える箇所でもない。

 

 そのとき、敵機動要塞から通信が入った。

 

《アンタかい? アマジーグを殺したアナトリアの傭兵は》

 

 通信機からは意外なことに女の声がした。たしかに俺はアマジーグと戦ったが、奴にとどめを刺したのは俺ではなくジョシュア・オブライエンだ。あの忌々しい白い機体が脳裏に浮かぶ。

 

「残念だが、人違いだ。俺は確かにアナトリアの傭兵だが、アマジーグを殺したのは別の人間だ。お前たちはマグリブ解放戦線か? アマジーグの復讐だとしたら、それはただの逆恨みだ。殺した奴の名前を教えてやる。それで、この場は引き取り願いたいのだが」

 

《なっ___》一度通信が切れる。

 

 

  再び通信が入る。《アナトリアの傭兵、そちらは万策尽きたはずだ。おとなしく投降しろ。貴様の身柄さえ確保できれば、私たちはアナトリアを潰したりはしない》

 

 今度は別の女が脅しにかかる。何なんだコイツらは。少なくとも戦闘要員とは思えない。

 

「残念だが、まだ終わっちゃいない。こちらには奥の手がある」

 

 もちろんはったり(ブラフ)だ。俺は続ける。

 

「お前らこそ、その機体はどうした。それは、いち反乱分子が持てるような兵器じゃない。おおかた企業から支援をうけて、アマジーグの敵討ちとしてアナトリアに復讐するように仕向けられたのだろう。マグリブ解放戦線は、いつから企業の犬になった」

 

《アタシらは犬じゃない! 砂漠の狼よ!!》また別の女の声が吠える。どうやら、艦橋(ブリッジ)には最低3人のオペレーターがいるようだ。

 

「ふん、アマジーグが聞いてあきれるな。ああ、そうか。奴はお前たちみたいなのとは一緒に戦っていられないから、一人で戦っていたんだな」

 

《違う! あの人は、私たちをコジマ汚染から守るために、一人で戦っていたんだ! お前になにがわかる!? 私たちはあの人の妻だぞ!!》最初の女が再び会話に応じる。

 

 私たちは……妻? アマジーグは一夫多妻だったのか。アラブ人ならなんら不思議なことではない。だが。「何度も言うが、殺したのは俺じゃない。帰らないのなら、俺は機動要塞(そいつ)を潰す。これが最終勧告だ」

 

 俺は、左肩のマイクロミサイル発射口を開くそぶりを見せる。弾はもう1発しかない。それでも、戦闘員でない者にであれば通用するだろうことを願ったはったり(ブラフ)だ。それに、時間が稼げたおかげで秘策を思いついた。

 

《私たちは戦うしかないのよ!》

 

 崖の上の機動要塞が瞬く。返答とばかりに地響きをともなって主砲が発射された。俺はクイックブーストで回避し、最後のマイクロミサイルを放つ。奴にミサイルはきかないが、狙いは奴じゃない。

 

 ミサイルの着弾位置を手動で足下の崖に設定する。放たれた大量の小型弾頭は、機動要塞がいる足下に向かって進み、爆発で崖を崩壊させた。繋がったままの無線機からは、女3人のけたたましい悲鳴が聞こえてくる。

 

 機動要塞は足場を失い、砕けた岩石を伴いながら50mほどの落差を真っ逆さまに落ちる。重量200tを超えると思われる機動要塞の落下の衝撃でアナトリアには地震が起きた。これで、中の全員が気絶でもしてくれればいいのだが。

 

 俺はライフルを構えながら、慎重に近づく。動かない敵ならば、レーザーブレードをプラズマトーチ代わりに使って分断し、無力化できるだろう。さらに近づく。

 

 しかし、事はそう上手くは運ばなかった。機動要塞は鈍い動きで4本の脚をバタつかせると、一本一本の脚を器用に使って起きあがる。こちらを捕らえヘビーマシンガンを乱射する。俺はたまらず距離をとる。そして、追い打ちをかけるべく、機動要塞上部後方のハッチが大きく展開し、垂直ミサイルが発射された。

 

 高高度まで上昇した数発のミサイルが重力加速を加えて速度を高めながら向かってくる。それに対し、俺は斜め上方向に飛び上がり、相対速度を高めて誘導ミサイルをやり過ごす。そして、そのまま機動要塞を眼下の望めるまで上昇すると、ライフルを構えて精密射撃の準備をする。

 

 攻撃のチャンスはそれほど多くはない。機動要塞は、再び垂直ミサイルを発射すべく上部の発射管ハッチを解放する。そこが弱点だ。俺はタイミングを合わせてライフル弾3発をハッチの中めがけて正確に叩き込む。3本の光条が機動要塞に吸い込まれた。ひと呼吸遅れて、機動要塞後部が大爆発を起こす。

 

 垂直ミサイルの誘爆による要塞内部からの爆発は、ライフル弾をも弾く強靱な装甲と、後ろ足を含む機体後半部分を木っ端微塵に吹き飛ばし、さらに200t超の機動要塞を30mほど弾き飛ばした。あたりには装甲や破片が散乱している。

 

 吹き飛ばされた衝撃で主砲は折れ曲がり、もやは攻撃力と呼べるものはないに等しい。それでも、前足だけで前進しようと金属片がきしみを上げる。 

 

《私たちは……戦わなくてはいけないんだ……アマジーグの敵を……》

 

 無線から女の声がする。武器弾薬庫の装甲は安全のため厚く設計されているものだ。ブリッジは恐らく無事だろう。俺は、どうするかを決めあぐねていた。この機動要塞を完全に破壊すべきかどうかを。機動要塞は、いまだにに前進を続けようともがいている。

 

《私たちは……》

 

 俺は、あきれて通信を開く。

 

「俺は、最期にアマジーグと話した」

 

《___えっ……》しめた。食いついた。

 

「奴の最期は立派だった。自分のすべてを犠牲にしてでも、守るべきもののために戦い続けた。だが、アマジーグがお前たちを守ろうとしたように、俺にも守るべきものがある」

 

 俺はブレードを振るい、地面を真一文字に薙ぐ。そして、機動要塞にブレードを真っ直ぐに突きつける。

 

「この線から先は一歩も通さん。なにがあってもだ」

 

 もちろんはったり(ブラフ)だ。半分は。

 

 

___その数十秒後、機動要塞から、降伏を意味する白色信号弾が打ち上げられた。無線からは、すすり泣く女達の泣き声が聞こえていた。

 

 

 

 後日。

 

 

 

 耳鳴りがする。聴覚の衰えからくる、いつもの耳鳴りだ。

 

 毎朝目を覚ましては、ベッドで仰向けになりながら、窓から見える空を見ていた。残った左目は、霞か雲かも区別がつかないが、それでも空を見ていた。手足を失った俺には、それしかできなかったからだ。

 

 アナトリア襲撃部隊の迎撃に成功し工廠に戻った俺を、メカニック達の喜ぶ顔とフィオナの安堵した表情が出迎えた。エミールの表情はよくわからないが、いつもより穏和な雰囲気が感じられた。ハワードは、半壊した最新の機動要塞サンプルを手に入れて興奮気味だった。

 

 その機動要塞を操作していたアマジーグの嫁達は全員無事だった。数日の拘留の後、易々と解放された。

 

 マグリブ開放戦線は、多くの荷物を抱えていた。神の威信と、人の誇りと生活。アマジーグという偶像。そして、企業のあやつり人形という矛盾。だからアナトリアを落とせなかった。対する俺は、すべてを失ったが、アナトリアを抱えて戦うはめになった。だから苦戦した。

 

 これは、弱者と弱者の戦いだった。

 

 世の中には、強い人間も弱い人間も存在しない。強くいられる人間は、抱えた荷物が少ないから強くいられるだけだ。弱い人間は、抱えた荷物が多いから弱さとなるにすぎない。

 

 だが、抱えた荷物が多いほど、人間らしい生き方だといえるのかもしれない。そういう意味では、AC1機だけを抱えて戦い続けた(レイヴン)は、人間らしく生きてはいなかったのだろう。しかし、だからといって___

 

 

 ___人間は時間をもてあますとロクなことを考えない。これまで考えたことを頭から振り払った。どうせもう、あの空を自由に羽ばたくことはできないのだから。

 

 耳鳴りは続いている。

 

 

 そういえば、そろそろ朝食の時間か。かすかなノック音の後、自室のドアが開きフィオナが入ってきた。朝日に照らされて、フィオナの明るいブロンドの髪は一層目に映える。ゆっくりベッドの脇まで来ると、俺に覆い被さるようにして顔を寄せた。

 

 顔は相変わらずぼやけてよく見えない。白衣に染み込んだいつもの薬品のにおいと、いつもの石鹸の香りが混じった複雑なにおいが、間違いなくフィオナであることを証明してくれる。

 

 フィオナの体温を頬で感じる。それに、ショートヘアが顔にかかってくすぐったい。こちらは顔をかくこともできないんだ。フィオナが、俺の左耳に息がかかるほどの距離まで口元を近づけて言う。

 

 

「おはようレイヴン。今日はちょっと外に出られるかしら?」

 

 俺は首の筋肉をめいっぱい使って、わずかにうなずいた。

 

 

 フィオナは、いつものようにライトで瞳孔の開き具合を確認し、体温をはかり、聴診器で心音を聞く。着替えをすませ、朝食を取った後、軽い俺の身体を易々と持ち上げ車いすに乗せる。そして、俺の頭にゴーグルのようなものを被せた。

 

「これは、ネクストのAMS技術を応用した装置よ。カメラと集音機とスピーカーがついていて、非接触で脳波を読みとって視覚と聴覚と発話の補助をするの。あなたのために、ハワードと私でつくったの」

 

 フィオナが装置のスイッチを入れると、神経活動が活発になるせいか頭の各部がムズムズとした。とはいえ、ネクスト起動時ほどはっきりとした感覚ではない。それでも、ぼやけていた視界が幾分くっきり見えるのが実感できた。そして、フィオナの声がやけに大きく聞こえた。

 

「どう? 話してみて」

 

 フィオナに促され、たどたどしく声を出してみる。

 

「アー、アー、聞コエテイルカ。コチラれいゔん」

 

 何だこれは!? 俺の言葉が、金属音混じり高周波音で装置から発せられる。まるで、出来損ないのロボット音声だ。フィオナは腹を抱えて笑う。

 

「良い部品がなくて、ありあわせでつくったから、こうなっちゃた。具合はどう?」フィオナが笑いすぎて流れた涙を拭いながら訊く。

 

「視覚モ、聴覚モ、以前ニ比ベレバハッキリトシテイル。ふぃおなノ顔モ、ハッキリト見エル。アリガトウふぃおな」

 

「どういたしまして___」おかしさのあまり、フィオナは再び吹き出した。

 

「これが、AMS技術の本来の使い方なのよ。さあ、レイヴン。新型兵器のテストを兼ねて散歩(出撃)できるかしら?」

 

「いぇす、まぁむ。問題ナイ」とはいえ、自分の発声する声の気持ち悪さに慣れるまでには時間がかかりそうだ。

 

 

 

 寄宿舎および工廠と研究所、司令部がある建物は、アナトリアの郊外にある。フィオナはいつもの白衣姿に、ヒジャブと呼ばれるスカーフで頭を隠しただけの格好で車椅子の俺を押し、街の中心地まで向かう。

 

 コロニー・アナトリアの街は、オスマン・トルコ時代から存在する古い街だ。近代化により軽量高剛性の樹脂建造物が増える一方で、石畳や石造りの建物も多く残っている。中東と欧州文化が入り交じった特徴的な建造物は目にも楽しい。

 

 家々には目玉かたどったような飾りがぶら下がっていた。「ナザール・ボンジュウ」という厄払いのお守りなのだとフィオナが教えてくれた。

 

 こういった形でアナトリアに来ることがなければ、一生目にすることがなかった景色だろう。この時代にあっても、ここに住む人々の表情には活気があった。道行く人達は、フィオナを見つけてはおじぎをしたり、手を振り「セラーム」もしくは「メルハバ」と声をかける。フィオナはそれらすべてに笑顔で応えた。

 

 街の中央には、先日の襲撃で尖塔が破壊された礼拝堂がある。瓦礫の撤去はいまだ進まず、周辺には立ち入り禁止をしめす黄色いテープが張られていた。周辺には礼拝客がたむろしている。そこから、手に花を持った一人の少女がこちらに駆け寄ってくる。

 

「めるはあ。れいうん、あいがとぉ」5歳児くらいだろうか。舌足らずな礼を言いながら一輪の花を俺に差し出してくる。受け取ることができない俺のかわりに、フィオナが花を受け取ってくれた。

 

「メルハバ。アリガトウ」俺が電子的な音声で礼を発すると、少女は泣き出しそうなほどびっくりした顔をして礼拝客に混ざる母親らしき元へ逃げ戻っていった。それを見送りながら二人で笑う。フィオナが声をかけてくる。

 

「見える? これが、あなたが守ってくれたものよ。あなたはアナトリアの英雄なのだから」

 

「ヨシテクレ。柄ニモナイ」

 

 ずいぶん大きなものを抱えてしまったなと、俺は少し後悔をした。

 

 



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断章 企業中枢会議(GA)

「貴族どもめ、私をこんな辺鄙な場所まで呼びだておって!」

 

 GAの代表ロナルド・ウッドのでっぷりと太った腹は、車の後部座席で揺られながら煮えくり返っていた。

 

 老いた巨人とも揶揄されるグローバル・アーマメンツ( G   A  )は、世界最大規模を誇る軍産複合体でありながら、資金のほとんどを外部に頼っていた。

 

 GAの主な資本元は、旧ドイツ騎士団を発祥とするローゼンタール、およびユダヤ金融資本が流れ込むイスラエルの軍産複合体が母体のオーメル・サイエンスの2社。

 

 胃袋には欲しいままに金を詰め込まれ、でっぷりと太っただけの木偶の巨人がGAであり、その実態は金で操られる巨大な操り人形であった。

 

 そのローゼンタールに呼び出されたとあっては、世界のどこへでも、代表みずから出向かねばならない。GA代表ロナルド・ウッドと、護衛役の一人の女性士官を乗せた車は、企業会合をすべくローゼンタールが所有するドイツ山奥の別荘に向かっていた。 

 

「まだ着かんのか!?」と運転手に対して悪態をつくロナルド・ウッドとは対照的に、隣に座る女性士官メノ・ルーは楽しそうに窓の外を眺めている。現在はローゼンタール・グループが所有しているロールス・ロイスの電気自動車の乗り心地と、普段は見慣れないドイツの山々の景色を堪能しながら、観光気分で終始ご機嫌だ。

 

 車が静かに停まって降りた先には、玄関まで数百mはあろうかという大きな庭園と屋敷があった。陽光に照らされて輝くドイツ邸は、まるでおとぎ話にでてくる建物そのものだ。メノ・ルーは眼を輝かせて、この感動的な景色を見れたことを神に感謝した。

 

 対するロナルド・ウッドは、だだっ広い庭を歩かなければならないことを呪った。そして「貴族どもは、どこまで私をコケにするつもりだ!」と文句を言う。

 

「さあ、参りましょう。閣下」ニコニコとメノ・ルーはロナルドを促す。

 

 本来であれば、代表の一歩後について歩くところだが、本日は護衛の任務も兼ねているため前を歩く。GAの正規軍服であるカーキー色のジャケットとスカートは、実はお気に入りだ。普段はあまり着ることがないため行事があると軍服を着ることができて嬉しかった。

 

 胸とお尻が少しきつくなったことを気にかけながら、ロナルドの歩調に留意しながら颯爽と歩き出す。そして、護衛として一応周囲に注意を巡らす。拳銃は腰のホルスターにしっかりとある。動きやすいように、腰まである長い髪は、アップにして同じくカーキー色をした帽子の中に押し込んであった。

 

 50mほど歩いただろうか。ロナルドの息はすでに切れている。前を歩く女性士官の歩を進める度に揺れる、美しい腰のくびれとヒップラインに目をやり、脱がせてみたい衝動に駆られる。何かに意識を集中させなければ、歩くのが辛くて辛くて仕方がなかった。

 

 100m。ハヒー。ハヒー。何の音だ? その空気の抜けるような音の出所が、ロナルド自身の喉であることに気づくまで数十秒かかった。

 

 150m。意識は数十年前の兵役時に飛んでいた。当時はまだ痩せていて陸軍に所属していた。厳しい訓練くぐり抜け、身ひとつで戦場を駆け抜けたものだ。数多くの功績を勲章で称えられ、私はここまで上り詰めたのに◎△$♪×¥●&%#?!。

 

 200m。玄関に着いた。おお、天にまします我らの父よ。感謝いたします。ロナルドは汗と涙と鼻水を流す。メノ・ルーが立派なドアベルをノックすると、執事が中からドアを開けた。

 

 大きなドアが開け放たれた先には、豪華絢爛な内装と大きな階段が見えた。入り口では執事やメイドが整列し、GAの二人を出迎えた。一番奥には、白騎士の格好をした大柄な男性と、フォーマルスーツを着た小柄な女性が並んで立っている。

 

「GA所属メノ・ルー大尉です。GA代表ロナルド・ウッドをお連れいた……キャッ!」そこでロナルド・ウッドの視界はぐるりと反転し、倒れ込んだ。

 

「閣下!!」メノ・ルーが呼び、周りの者が駆け寄る。

 

「み、水を……」ロナルドは声を振り絞って言葉を発する。

 

「やや、GAの巨人殿は水をご所望だ。樽いっぱい持ってきなさい」

 

 大柄な白い騎士が駆け寄りながら放つジョークは、ロナルドの耳にもかすかに聞こえていた。

 

 この、貴族どもめ___。もはや、うめき声にすらならなかった。

 

 

 

 

 

 旧ドイツ騎士団の血を受け継ぐ、ローゼンタールの代表は、青を基調とした煌びやかな騎士の衣装を身にまとい、腰には騎士の象徴たる剣を下げていた。

 

 豪華絢爛な内装や彫刻、絵画が並ぶ広い応接間に彼が入ってくると、まるで中世にタイムスリップしたようだとメノ・ルーは思った。そして円卓に着くと、その代表みずからが声高らかに挨拶をする。

 

「皆様、本日は遠路はるばるご足労いただき、いたみ入ります。とくに、GA閣下には大変なご苦労をおかけしました。さて、まずは本日お集まりいただいた皆様をご紹介いたしましょう」

 

 ローゼンタールの代表は右手を掲げ、円卓の右側に座る者たちを紹介した。

 

「GAアメリカの代表を務めるロナルド・ウッド閣下と、その奥がGAの最高位リンクスであるメノ・ルー氏」

 

 カーキー色の軍服を着た仏頂面のロナルド・ウッドと、同じく軍服姿で緊張気味のメノ・ルーが呼ばれ、他の面々と目を合わす。

 

 右手を下ろし、今度は左手を掲げる。

 

「オーメル・サイエンステクノロジーの軍事情報部管理官のアディ・ネイサン氏。その奥がオーメル期待のリンクス、ミド・アウリエル氏」

 

 スーツを着た鋭い目の男アディ・ネイサンと、同じくフォーマルスーツに身を包んだ無表情の女性ミド・アウリエルが、それぞれと目で挨拶を交わす。

 

「そして、私が本日この会を執り仕切るローゼンタール代表のハインリヒ・シュテンベルグ。ハインとお呼びください」ハインは胸に手を当て、深々と頭を垂れる。

 

「向こう側にいるのが、我が社の最高位リンクスである白騎士こと、レオハルト侯にございます。まずは現在の情勢についてご説明しましょう。レオ」

 

 旧知の間柄なのであろう、愛称で呼ばれた白騎士レオハルトは立ち上がり、円卓を囲む5人に向けて説明を始める。

 

「昨日、反パックス勢力として最大規模を誇っていたマグリブ開放戦線が、事実上崩壊しました。その要因となったのは、先にマグリブ開放戦線の指導者である英雄アマジーグを討ったアナトリアの傭兵です。

 

 マグリブ開放戦線は、アナトリアへ報復行動に出たものの、アナトリアの傭兵による迎撃によって主戦力の大半を失った模様。そのなかには、GAヨーロッパから流出したと思われる、4足歩行型の大型機動要塞GAEM-QUASARも確認。アナトリアの傭兵はこれを単機で撃破しております」

 

「バカな! あれには、対ネクスト用の特殊装甲が装備されているはずだ。並のネクストでは傷ひとつつけられんようにできている。アナトリアはそれほど強力な武器を所持しているのか!?」ロナルドが吠える。

 

「いえ、多少のチューニングは施されているものの、なんの変哲もないただのネクスト機です。垂直発射ミサイルの、わずかな発射タイミングを見計らい、ハッチ内部を正確に撃ち抜いて撃破した模様です。今後はハッチ内にも改良を加えねばなりませんな、ウッド閣下」

 

「信じられん……」ロナルドは、うなだれたように体重を椅子に預けた。

 

 そこへ、オーメルの管理官が挙手をしてレオハルトに質問を投げかける。

 

「そういえば、事案のアナトリアの傭兵は、国家解体戦争のイスタンブール前線で、レオハルト氏が討ち漏らしたレイヴンだとの噂だが、いかがお考えだろうか」

 

「はて、記憶にありませんな。それほどの猛者であれば覚えていても不思議ではないのですが。ただ、1機取り逃がしたACがおりましたが、それでしょうかな」

 

 レオハルトは気にもとめない様子で話を続ける。

 

「さて、金で動くアナトリアの傭兵はさして問題ではありません。真に脅威となるのは、マグリブ開放戦線が崩壊したことによる、BFF側との力関係の変化です。直近の案件としては、ご存じのとおりGAEとBFF側の癒着。正確にはGAEとアクアビット社との極秘提携が大きな問題なのです」

 

 レオハルトはそこで言葉を切り、ハインに目配せをする。ハインがうなずき、言葉を引き継いで立ち上がった。

 

「現在BFFは、強力なネクスト部隊をもつレイレナード、特殊兵装を得意とするアクアビットと協調関係を強めて軍備を強化しており、マグリブ開放前線の崩壊を契機に、BFFはこちらに討って出てくる可能性が十分に考えられます。

 

 対する我々は、物量でこそ勝っているものの、コジマ技術関連に関しては彼らに一歩遅れていると言わざるを得ない。そして、ネクストの数でも大きく劣っているのが現状です。

 

 そして、さらにGAEはアクアビットと共同で巨大兵器の建造に着手しているとの情報もあり、これは無視できない由々しき問題です」

 

 ハインは言葉を切り、GA代表の顔色を伺い見る。

 

「た、確かに、GAEの裏切りは、我々の怠慢が生んだ結果だ。だが、貴奴らは周到に用意していた模様で、我々の情報網をもってしても事前に見抜くのは不可能だった。事前の通達どおり、この責任は我々GAアメリカが内部粛正という形で収拾する」

 

 ロナルド・ウッドは、吹き出す汗をハンカチで拭い、うろたえを隠しながら弁解する。

 

「ええ、そのために御社最高位のリンクスである、メノ・ルー氏をはるばる連れだっていただいたのです。ただし、GAや我々が直接動いたとなると、アクアビット、強いてはBFFを刺激しかねません。今回の粛正劇は傭兵と協力して、最小規模で作戦を決行する。あくまで隠密に。そして、証拠となるものはすべて消さねばなりません」

 

「失礼」とオーメルのミド・アウリエルが挙手をし、涼やかな声でハインに質問を投げかける。

 

「『すべての証拠を消す』とは『傭兵も含めて』ということでしょうか?」

 

 鋭い質問に、ハインはわずかな間をおいて、頷いた。

 

「彼らもプロだ。情報漏洩などのというミスは犯さないであろうが、我々の秩序維持には些細な不安要素もあってはならない。世界の秩序を維持するためには、GAEを粛正したのが我々であることは、決して世に知られてはならないのだ。また、GAEへの攻撃が、BFF側の破壊工作であったとして公表すれば、今後の彼らの動きを牽制することも可能だ。___我々のやり方に、辟易したかね?」

 

 ハインは答えを待たずに続ける。

 

「それにより後々、我々は世界から悪者と罵られることだろう。しかし、そうしなければ、再び地上には戦火が巻き起こるだろう。我々は何を犠牲にしてでも、世界の秩序を維持していかなくてはならない。情報が外部に漏れればそれだけ真の和平の到来は遅くなってしまうのですッ!」

 

 ロナルド・ウッドは、ハインが興奮のあまり抜剣するのではないかと、隣で冷や冷やしていた。

 

「国家解体戦争で、多くの犠牲を払ってまで、ようやく手に入れた秩序を守るのが、我々騎士としての務め。そして、我々パックスの使命なのです。我々3社は力を合わせて、世界の脅威を取り除かねばならないッ!どんな手段を使ってでも、真の和平を築かなければならないのですッ!!」

 

 ハインは、卓上に握り拳を叩きつける。

 

 円卓に座る全員が目を見開いて驚いた。そして、ひと呼吸の後、声のトーンを落としてささやくように語りかける。

 

「___そのために、力を貸してくれるだろうか、メノ・ルー?」

 

 急に話題を振られたメノ・ルーはさらに驚いて「は、はい!」と上ずった声で答えた。

 

「失礼。少々熱くなってしまいました。では、メノ・ルー氏には、アナトリアの傭兵と共同で、GAEのインド洋ハイダ工場を襲撃し、建造中の巨大兵器を破壊。そして、いっさいの証拠を残さず基地を爆破する任についてもらう。それに際して、君のネクストに剣を与えよう。すべての悪を滅ぼす光の剣だ。通達はすでにしてある。基地で受領し任務にあたりたまえ」

 

「……はい、心得ました」メノ・ルーはわずかな迷いを抱えながらも敬礼して答える。

 

「レオハルト侯とミド・アウリエル氏は行動を共にし、イスタンブール前線基地でBFF側の動向に注視してくれ。

 

 なお、少ない兵力を補うために、今後はアナトリアやアスピナの傭兵達と行動を共にする機会が増えるだろう。だが、彼らは傭兵だ。場合によっては敵となるということも重々承知しておいてほしい。以上だ。

 

 今後の我々の行動次第で、世界の動向が大きく変わる。世界の行く末は、ネクストのパイロットである君たちの肩にかかっているといってもいいだろう。心して任務にかかってくれたまえ!」

 

 その場の全員が敬礼をして答えた。

 

 

「___さて、別室にお茶を準備させていただいた。堅苦しい話はここまでにして休憩にしようか。本日はレディも多い。甘いものも用意させておこう」

 

 

    ◇  ◇  ◇

 

 

 ___誰もいなくなった部屋で、ローゼンタールのハインリヒ・シュテンベルグと、オーメル・サイエンスのアディ・ネイサンがワインを片手に会話をしている。

 

「見事な演説でしたね。我々は悪の組織から世界を守る正義の味方だ。これで無事、戦争が始まる」

 

「戦争? 人聞きの悪い。これは力を用いた交渉(M&A)だよ」

 

「ふふん、騎士殿とは思えない言葉ですな」ネイサンは勝手に乾杯のジェスチャーをして、グラスに残った赤ワインをすべて飲み干した。

 

「ペンは剣より強し。剣など、もはや、ただの飾りだ」ハインは、腰にぶら下げた剣の重さを確認する。昔に比べてずいぶんと軽くなった。剣が軽く感じるほど、世界そのものの価値も軽く感じるようになった。

 

 世界はただ動いているだけだ。戦争とは金を使って駒を動かすだけのボードゲーム(貴族遊び)なのだから。

 

「ネイサン、アナトリアとアスピナには投資(ベット)を惜しむなよ。彼らは強い駒だ。とくにアスピナには」

 

「わかっている」ネイサンはワインクーラーから、ボトルを引っ張り出し、グラスに注ぎながら答える。「アナトリアの方は生き残れたなら……だが」

 

「生き残るさ。剣はただの飾りなのだから。そうでなくとも持ち駒がひとつ減るにすぎない。どっちに転んだとしても、我々は損をしない」

 

 とはいえ、もはやリンクスすら時代遅れだ。邪魔者(リンクス)同士で殺し合うといい。ハインはグラスの赤い液面にこれから起こることを思い描き、ほくそ笑む。

 

 それから、誰もいなくなった世界で新しい秩序(ゲーム)をつくるだけだ。

 

 リンクス同士の戦争が幕を開ける。

 



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Internal Purge 前編 〜内部粛清〜

”すると、イエスと一緒にいた者のひとりが、手を伸ばして剣を抜き、そして大祭司の僕に切りかかって、その片耳を切り落した。

そこで、イエスは彼に言われた、「あなたの剣をもとの所におさめなさい。剣をとる者はみな、剣で滅びる。”

 

マタイによる福音書 第26章 51節から52節より

 

 

 

「作戦内容の最終確認を行います。

 

 本作戦の目標は、GAEハイダ工場を襲撃し、基地内部で製造されている大型兵器の完全なる破壊です。

 

 敵に察知されないように速やかな作戦遂行が望まれるため、我々は、高高度輸送機から降下してハイダ工場に侵入します。地上部隊を殲滅後、地下工場に潜入。私がターゲットのデータ収集をしている間に、あなたはターゲットを撃破。その後、速やかに脱出するように。

 

 ご存じの通り、本作戦は、アクアビットと極秘裏に提携していたGAEに対する、我々GAグループの内部粛正です。この事実は、世界各方面に緊張状態を引き起こす恐れがあるため、他言無用でお願いします」

 

《こちら、アナトリア。了解した。ただ、報酬全額前払いというのは、俺の経験上、いい思い出がないんだが、信用していいんだな? メノ・ルー大尉》

 

 通信によるブリーフィングを終えたアナトリアの傭兵が、作戦管理者である私に、いぶかしげに訊いてきます。

 

「ええ、GAは太っ腹なのです」私の頭のなかには、GA代表ロナルド・ウッド閣下のでっぷりとしたお腹が浮かびました。「それだけ重要な任務であるとお考えください」。言葉をつけ加えて指摘をごまかします。そこへ、アナトリアの作戦オペレーターが通信に割り込んできました。

 

《レイヴン! GAはお得意様よ。失礼のないようにね》

 

《子供扱いしないでくれ。いつも通りにしっかりやる》

 

《それがダメなのよ! 大尉さん、この人ったら、命令は無視するものだと思っているから、気をつけてね》

 

「わかりました」と微笑みながら言葉を返します。本作戦では機密上、向こうのオペレーターにはお休みしてもらうことになっているのです。

 

「では、不備があった場合、報酬の一部返還も覚悟してもらいましょう」

 

《む》

 

「ふふふ、冗談です。情報漏洩への対処として、作戦中はコールネームで呼び合うことになります。本機がゼロワン。あなたの機体はゼロツーです」

 

《こちらゼロツー。報酬について了解した》

 

 傭兵たちとはなんと楽しい人達なのでしょう。そう思うほど、これから起こることに心苦しさを覚えます。本作戦の本当の目的は、ハイダ工場を含む、作戦に関与したアナトリアの傭兵もろとも、この粛正劇の証拠をすべて消すことなのですから。

 

 そのために、ローゼンタールのハイン様から剣をいただきました。すべてを破壊する光の剣。そして、それは今、私が乗るネクストの左肩に収まっています。

 

 光の剣とは、大型ミサイル(BIGSIOUX)に偽装した核弾頭でした。

 

 戦術核であり、威力はそれほど大きくありません。旧世紀の戦争で、ニホンという国のヒロシマやナガサキという都市で使われたものよりも威力はずっと小さいものです。それでもハイダ工場一つを丸ごとこの地球から消すことができます。

 

 いつもと違いはないはずなのに、左肩だけがやけに重く感じます。それに『核』というだけで、とてつもなく背徳的な物体のように感じてしまうのは、私がクリスチャンだからでしょうか。

 

 

 《降下、5分前。後方ハッチ開放》輸送機のコックピットから伝えられました。

 

 

 現在は、襲撃目的地であるGAEハイダ工場の9,000m上空を飛ぶ輸送機の格納庫のなかで、私のネクストとアナトリアのネクストの2機が降下準備中です。

 

 ゆっくりと開くハッチの向こうには裏側から太陽に照らされて淡く輝く地球の輪郭が見えます。ここインド洋上空は現在真夜中。直下には街の明かりがかすかに見えました。

 

「ゼロワンからゼロツー。失礼を承知で伺います。あなたはずいぶんと不自由な身体だとお聞きしました。苦しくはありませんか?」

 

《ゼロツーからゼロワン。普段は苦しい。けれど、ネクストに乗っている間はすべてを忘れることができる。身体的な事情が、作戦に及ぼす影響は一切ない》

 

 慈愛のつもりで訊いた彼の身体のことを、彼は作戦における不安材料と受け取ったようでした。「そうですか。了解しました」と声をかけます。

 

 ただし、いつもお決まりのように言う、「神のご加護を」という言葉は、今日だけはどうしても言うことができませんでした。

 

 

《降下、10秒前___》通信で輸送機のコックピットからカウントダウンが開始されます。

 

 

 ゼロの合図と同時に、まず私の機体がカタパルトで射出され、数十秒遅れて彼の機体がそれに続きます。無重力感が身体を襲い、上下感覚がつかめなくなります。視界がぐるぐると回転し、星か街の明かりかが尾を引いて視界の端から端へと流れていきます。

 

 視界の端に浮かぶ計器を確認し、ブースターをわずかに噴射させ、機体姿勢の安定を保たせました。

 

 眼下には、黒く大きな地球がゆっくりと迫ってきます。けれども、見渡すだけで全体像が見える地球は、地上にいるときほど大きくは感じません。それどころか、ひどくちっぽけなものに見えます。

 

 こんなにも狭い星なのに、なぜ人と人は戦わなければならないのでしょう。戦争とは、知恵の実を食べ、楽園を追われた私達(アダムとイブ)への罰なのでしょうか。神様は何もおっしゃってくれません。だから私達は、戦いの果てに希望を探すのです。

 

 高度計と速度計はめまぐるしく変わります。パラシュートの展開時期を見計らうため高度計を注視し続けます。ゼロツーは私のわずか上空にいます。

 

 高度8000m。

 

 7800m。

 

 7400m。

 

 6600m。

 

 5500m。

 

 4400m。

 

 落下速度は地球の引力に引かれて累進的に増大し、高度は反比例して加速度的に減少してきます。

 

 高度3000m。「ゼロワン。パラシュート展開します」

 

 発破音とともに、背面に増設されたバックパックからパラシュートが展開され、空気抵抗による急減速で下に引っ張られる力がかかります。同時に高度計の動きがゆっくりになりました。

 

 ゼロツーの状態を確認しようと上空に目をやろうとした瞬間、私の真横を彼の機体がパラシュートを展開しないまま高速度で落下していきます。

 

「ゼロツー! パラシュートを! 応答を!」

 

《ゼロツーからゼロワン。敵地上戦力は事前予測よりも大きい。先行して防衛部隊を引きつける。ゼロワンは上空から援護を頼む。以上》

 

 眼下には、降下限界ギリギリあたりで、ようやくゼロツーが展開したパラシュートの傘が見えました。それから1分と経たず地上には照明弾が打ち上がり、火線と爆発が巻き起こりました。

 

「___早速、命令無視ですか……報酬減額確定です」

 

 

 

 確かに奇襲とはいえ、2機が同時に降下したのでは、敵の対空砲火の対処に手間取ってしまいます。1機が陽動に動けば、もう1機は易々と地上に降下できるでしょう。けれども、ゼロツーの行動は無茶すぎます。

 

 闇夜に浮かぶハイダ工場の敷地内では、流れるような軌道を描いて爆発が巻き起こっています。ゼロツーに敵の砲火が集中しているのです。おかげで、工場の全貌が見えるまで、こちらはほとんど迎撃を受けることなく降下できました。

 

 そして、こちらもまもなく射程に入ります。火器管制(FCS)を呼び出し、右手のバズーカ、左手のガトリングガン、右肩の大型ミサイルと連動ミサイルをアクティブにします。

 

 そして、いつものように手早くお祈りを捧げます。どうぞ私をお守りください、プリミティブライト( 主の光 )よ。

 

 射程にとらえた手近な敵機をFCSがロックオンします。照準をロックすると、左右の腕が自分の意志とは無関係に敵機の動きを追従する気持ち悪さを感じます。

 

 自分の意志で補正を加えることはできるのですけれども、着弾地点で爆発するバズーカも、着弾地点が散りやすいガトリングガンも、精密な照準は必要ありません。FCSのロックオンに任せてトリガーを引きます。

 

 私のネクストは、GA標準機サンシャインをベースとした重装備型。左肩以外の全砲門を開き、砲火を放ちます。上空から一方的に、圧倒的な火力で地上部隊を蹂躙していきます。

 

 地面に降りる前に、基地防衛のMTおよびノーマルAC、砲台はすべて沈黙しました。残るは、4足歩行型の大型機動要塞GAEMーQUASARが2機のみです。

 

 およそネクストの20倍はあろうかという、巨大なGAEの機動要塞は、ヘビーマシンガンの重々しい射撃音をまき散らしています。そして、垂直発射ミサイルが火災で赤く染まった空に立ち上り、ターゲットに向かっていきます。ターゲットとはもちろんゼロツーです。時折、主砲のグレネードキヤノンが乾いた咆哮をあげて大きな爆発をつくりました。

 

 私は、こちらの存在に気づいていない機動要塞に向けて、右肩の大型ミサイル(BIGSIOUX)をロック。完了と同時に発射します。機動要塞がミサイルの接近を検知し、向きを変えて迎撃に移りますが、もう遅いのです。主砲左脇に着弾し、これまでで一番大きな爆発を起こします。機動要塞は左前脚と主砲を失い、破片をまき散らして、その場に崩れ落ちました。

 

 撃破を確認するやいなや、ゼロツーの援護に向かいます。少し離れた位置にいるゼロツーは、空中に停滞し砲火を器用に避けては、機動要塞上部を狙って射撃を試みています。おそらく、垂直発射ミサイルのハッチ開放タイミングを狙っているのでしょう。

 

「ゼロワンからゼロツー。聞こえますか。機動要塞のハッチ内はすでに補強が完了しています。ライフルでは撃ち抜けません。あとは私にまかせてください」

 

《了解した。敵を攪乱する》

 

 ゼロツーはそう言うと、機動要塞に急接近し、ハエか蜂のように機動要塞の周囲を飛び回っては翻弄し、注意を引きつけます。ネクストとはいえ、よくもまあ、あんなに動けるものだと感心しました。私の重い機体では到底ムリな機動です。

 

 彼と機動戦になった場合、私に勝ち目はありません。動きづらい基地内部で仕掛けるのが正解なのでしょうが___。 

 

 私は右腕のバズーカを構え、照準を合わせます。

 

 機動要塞ではなく、ゼロツーの機体にロックオンして。

 

 照準と照星とが重なり、ゼロツーと機動要塞とが重なったタイミングでトリガーを引きました。右腕から放たれた大口径砲弾は白煙を引きながら真っ直ぐにゼロツーと機動要塞へ向かいます。

 

 意外なことに、トリガーを引くことに迷いはありませんでした。戦闘の興奮状態にあるからか、それとも、これが私の知らない私の本性なのでしょうか。

 

 もし、これが彼に命中したなら、任務の半分は完了したも同然です。もし、外れたとしても、機動要塞に当たり、疑われることはないでしょう。その保険的意味合いが、私に躊躇なくトリガーを引かせました。私はイヤな女です。

 

 バズーカ砲が機動要塞の前面に命中し爆炎が上がります。

 

 砲弾は機動要塞主砲を木っ端微塵に砕き、内部機構を露出させました。ゼロツーは好機とばかりにレーザーブレードを発振させ、露出した部分に突き刺します。

 

 特殊装甲でなければレーザーブレードの超高温プラズマを遮れるものなどありません。貫かれた機動要塞は内部破壊を起こし、機体各部で小さな爆発が起こります。

 

 私はリロードの完了したバズーカをもう一度、機動要塞とそれに取り付くゼロツーに向けて放ちました。しかし、ゼロツーは背後からの砲撃にもかかわらず、何事もなかったかのように飛び去り、それを回避します。弾丸は機動要塞の弱った箇所に命中します。爆発は機動要塞の内部を駆けめぐり、その巨体を内側から完膚なきまでに破壊しました。

 

 

 着地したゼロツーの機体がこちらへ歩いて向かってきます。燃え上がる火の手を背景に一歩づつ近づいてきます。ゆっくりと、間合いを確かめるように。

 

 さすがに2射目はバレたのでしょう。私は彼と戦う覚悟を決めます。

 

 それなのに、今ごろになって自分が恐ろしいことをしたのだと実感しました。心臓がこれまでにないほど鼓動を強め、バイタルアラートの心拍数がイエロー表示で警告を発します。

 

 そのとき入ったゼロツーからの通信に、私の身体はビクンと震えました。 

 

 通信をつなぐのが先か、撃つのが先か迷ったあげく、通信を承諾しました。

 

《ゼロツーからゼロワン。工場外部の制圧を完了。これより工場内部に突入する。いい腕だな。さすがGAのエースというだけある》

 

 

 ……。

 

 

 ………………。

 

 

 …………………………?

 

 

 気づいていないのですかッ!? 私はあなたを撃ったのに。あなたを殺そうとしたのに。

 

「___つ、通信で社名は出さないでいただけますか。機密情報の漏洩が懸念されます」

 

《あぁ、済まない。つい口に出してしまった》

 

 

 さらなる報酬減額確定です。

 

 

 ___それよりも、なによりも、あなたは私のしたことに、本当に気づいていないのですか? それとも気づいていないフリをしているのですか?

 

 どちらにせよ、私は、イヤな女です。



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Internal Purge 後編 〜メノ・ルー〜

 "かつて、民の中に偽預言者がいました。同じように、あなたがたの中にも偽教師が現れるにちがいありません。彼らは、滅びをもたらす異端をひそかに持ち込み、自分たちを贖ってくださった主を拒否しました。自分の身に速やかな滅びを招いており、

 しかも、多くの人が彼らのみだらな楽しみを見倣っています。彼らのために真理の道はそしられるのです。

 彼らは欲が深く、うそ偽りであなたがたを食い物にします。このような者たちに対する裁きは、昔から怠りなくなされていて、彼らの滅びも滞ることはありません。

 神は、罪を犯した天使たちを容赦せず、暗闇という縄で縛って地獄に引き渡し、裁きのために閉じ込められました。"

 

ペトロの手紙二 第2章 1節〜4節より

 

 

 

「ここから先に巨大兵器の建造ドックがあります。東側ドックの巨大兵器2機は、ゼロツーが担当してください。私は、西側ドックの巨大兵器からデータを収集し、その後破壊します。目標を達成したら、この場所で落ち合いましょう」

 

《了解した》「では、後ほど」

 

 ゼロツーは左側の通路へと進んでいきました。奥の暗がりに爆発が起こります。ゼロツーが撃破した敵機の爆発でしょう。

 

 私は、右側の通路を進みます。壁面に設置されたオレンジ色の灯火のおかげで視認性は良好です。レーダーより早く、敵防衛の影を捕らえます。

 

 進行方向奥からは、工場内の警備をプログラムされた小型無人防衛機がこちらを迎撃してきます。オフィスチェアにガトリングガンやロケット砲をくくりつけたような無人砲台が床を滑りながら、こちらに射かけてきますが回避などしません。些細な攻撃はすべてプライマルアーマーに守られた厚い装甲が受け止めてくれるからです。

 

 私は前進速度を保ったまま、左手のガトリングガンを前方に構え、トリガーを引くだけです。銃弾に撃ち抜かれた無数の小型砲台は爆竹のように次々と爆散します。

 

 私の後ろにはおびただしい数の薬莢が散乱し、その数と同じだけ吐き出された52mm径の弾丸は、無人機の後方に控えていたローゼンタール製ノーマルACもろとも粉々にします。この程度の戦力では、ネクストの足止めにもなりません。

 

 長い通路を抜けた先には広い建造ドックがありました。ネクストと一体化した今の私の視覚でも驚くほどの広さをもつ空間です。その広さは、建造中の巨大兵器の大きさを意味します。

 

 従来の兵器とはスケールが違いすぎます。これだけのサイズの兵器を運用されては、おそらくネクストの火力では破壊困難でしょう。GAEとアクアビットはなんと恐ろしいものを造ろうとしているのでしょうか。

 

 ドックは2部屋に分かれていました。手前の部屋は地下を円柱状にくり抜かれた形状の部屋。巨大なレールらしきものがあり、中央にはこれまた巨大なターンテーブルらしきものがあります。おそらく、巨大兵器を移送するための設備でしょう。壁には2つの巨大なゲートがあり、その片方のゲートは現在閉ざされています。恐らく別のドックに通じているのでしょう。

 

 そして、半開きになったもう一方の大型隔壁扉の奥には、この部屋の主が鎮座しています。GAアメリカ諜報部が入手したデータによると、開発コードネームは『ソルディオス』。スペイン語で『太陽の神』を表すそのネーミングは神々しいどころか、禍々しくさえ思えます。

 

 私は、物陰に敵機がいないか周囲を警戒しながら、慎重にソルディオスに近づき、二重隔壁のゲートをくぐります。周囲の壁は棚状の建造資材置き場になっていて、大小様々なサイズのコンテナが整然と置かれていました。

 

 レーダーに敵機の反応はありません。誰もいないようですし、動くものの気配すらありません。私は警戒を解き、改めて目の前の巨大な建造物を目の当たりにします。

 

 巨大兵器の周りは、強固な足場で囲まれ、その全貌を確認することは難しいのですが、6本脚の巨大な昆虫のようなシルエットをしているようです。あまりに大きすぎて、全体像が把握できません。まるで、著名建築デザイナーが設計した複雑な構造の建築物を見ているようです。

 

 私は嫌悪感から、すぐにでもこの常軌を逸する兵器を破壊したかったのですが、その前に、ソルディオスの情報を収集しなければなりません。上からの任務指示は、巨大兵器のデータ取得後の破壊です。私はこの任務にあたってネクストに増設されたX線スキャン装置を起動させました。

 

 X線スキャンは、超高周波数の電波を照射し、物体内部の構造の違いによる吸収率の差異をグラフィック化できます。それにより透過図をつくり出し、物体に触れることなく内部構造を知ることができるのです。これは医療レントゲンやCTスキャンとほぼ同じ原理です。

 

 私は、X線が照射されるネクスト前面を巨大兵器に向けたまま、その周りをグルグルと周回して、ソルディオスの外部形状と内部構造をスキャンしていきます。

 

 まずは床面から。ネクストの胴体を4つ束ねたよりも太い足が6本、昆虫のように機体側面から生えています。機械的な全体シルエットのわりに、脚部は丸みを帯びた生物的な形状をしており、より気持ち悪さに磨きがかかっています。

 

 続いてブースター出力を微弱に保ち、床面から数メートルの高さを保ったまま周回します。巨大な胴体は前後に長く、四面体を組み合わせたような機械的なデザインです。内部には動作機構と配線と配管が高密度で詰め込まれ、その中央部にはコジマリアクターらしき影も確認できました。

 

 さらに高度を上げ、ソルディオスを見下ろす形で周回します。作業足場が邪魔でわかりづらいものの、全体は昆虫というか蜘蛛のような形をしていることがわかります。ただし、一カ所違うのは、本体後方上部に丸い台座のようなものがある点です。

 

 そして、その台座の直上には、ツルンとした表面の巨大な球体がクレーンで吊り下げられています。私にはそれが巨大な眼球のように見えました。球体と本体をつなぐ無数のパイプとケーブルは、ちょうど人間の眼球と脳をつなぐ視束を模したかのように接続されており、私の生理を逆撫でします。

 

 このデザインセンスは私的にNGです。X線スキャンによってできあがった3Dモデリングは、まるで、6本脚の蜘蛛の胴体の上に、ひとつ眼(サイクロプス)のタコ頭をくくりつけたような奇怪な形状。私は気持ち悪いものでも扱うように、収集したデータを手早く本社サーバーに転送しました。

 

 ___さて、残る任務はこの巨大兵器の撃破し、工場を核ミサイルで爆破。ですが、そのまえにゼロツーを撃破しなければなりません。

 

 『もし、アナトリアの傭兵を撃破できなければ、核ミサイルで工場もろとも傭兵を消せ』とは、直接言われることはありませんでしたが、それが上の望んでいることは明白です。もちろん、そうなるときには私もこの地球上から消えることになります。結局のところは、私が死ぬか、彼が死ぬか、両方死ぬかの3択しかないのです。

 

 大変心苦しいのですが、ゼロツーには天に召されていただきます。

 

 私は、ソルディオスのある前後の部屋を行き来し、無差別に武器を乱射します。壁やフロアに無数の弾痕と爆発痕が刻まれ、激しい戦闘があった様相をつくりだし(・・・・・)ます。

 

 それから、私はゼロツーに通信を入れました。

 

「ゼロツー、ゼロツー聞こえますか。こちらゼロワン」

 

《こちらゼロツー。どうした》

 

「申し訳ありませんが、弾切れです。敵防衛部隊は殲滅したのですがターゲットを破壊することができません。応援にきていただけますか」

 

《了解した。すぐに向かう》

 

 もちろん、弾はまだ残っています。私は、任務のために平気で嘘をつけるイヤな女です。

 

 

 

 

 このまま任務を放棄して、一生追われる身となるか、アナトリアに亡命するなどして、この状況から逃げ出すことも可能でしょう。

 

 しかし、私は軍人です。GAという巨人の肩に乗っかり、戦争を終わらせると心に決めリンクスになったのです。それに、軍から逃げ出して一般人として生きるには、私は人を殺しすぎました。いまさら後戻りなどできません。

 

 目の前にはターゲットのゼロツーがいます。

 

 心臓の鼓動が大きくなります。

 

 ゼロツーが私の目の前を通り過ぎ、ソルディオスへ向かいます。

 

 私の心臓が脈打つたびに、私の身体はおろかネクストの機体をも震えさせます。

 

 ゼロツーが私に背中を見せました。

 

 私の心臓の音が振動がゼロツーに伝わってしまうのではないかと不安になりました。

 

 私は、ゼロツーの背後に向けて右腕のバズーカ砲を構えます。

 

 心臓の鼓動で視界がブレます。

 

 「ごめんなさい」私は、トリガーを引きました。

 

 ほぼゼロ距離射撃に近い形で、バズーカの弾丸をまともに受けたゼロツーの機体は爆発で大きくはね飛ばされ、床に突っ伏しました。反射的に防いだらしい左腕は、木っ端微塵に砕け散り、コア左肩の内部機構を露出させたまま煙が立ち上っています。

 

 とどめを。いえ、もう動くことはできないでしょう。動けたとしても、左腕のレーザーブレードが使えなければ、私の機体に傷をつけることすらできません。それに、どうせ間もなくソルディオスと共に、左肩の核ミサイルで消えるのです。せめて、苦しまないように殺して差し上げたいのです。

 

 私は十字を切り、ゼロツーにお別れの挨拶をします。ほんの少しだけ早いのですが、どうぞ安らかにお眠りください。私は、あなたのことを決して忘れません。私はゼロツーの機体に背を向け、出口の通路に向かいます。

 

 

 銃声がしました。被弾。プライマルアーマーが展開し威力を削いだものの、右脚部膝関節の損傷が報告されます。右足の感覚がなくなり、私の機体は右膝をついた状態で動きを止めました。

 

 左足だけを使って振り返ると、ゼロツーの機体が立ち上がり、ライフルを構えているのが見えました。しかし、左腕を失いバランス制御が追いつかないようでフラフラです。やはり、一筋縄ではいきませんか。私は片膝を着いたまま両腕の銃器を構え、満身創痍のゼロツーをロックすると躊躇なくトリガーを引きます。

 

 左腕のガトリングガンが、重い回転音を上げて砲身が回転し始めると、毎分240発の弾丸がゼロツーに襲いかかります。同時に右手のバズーカもゼロツーの足元めがけて発射し、着弾時の衝撃と爆煙で回避を難しくさせます。私の足下には、おびただしい数の薬莢がまだ熱を帯びてくすぶっています。

 

 驚くことに、煙が晴れてもゼロツーは立っていました。そして、フラフラとした足取りでライフルを構えながら、こちらへ向かってきます。私は、再びガトリングガンを射かけますが、なぜかゼロツーには当たりません。まるで幽霊のように、機体を銃弾がすり抜けていくように見えます。

 

 なんですかこれは!? 意味がわかりません!! そうしているうちに、ガトリングガンが弾切れを起こし、砲身がカラカラとむなしく回ります。私は右手のバズーカを発射。今度は直撃狙いです。しかし、砲弾が砲身から発射されるやいなや爆発しました。

 

 砲弾を狙撃したのですか!? もう一射しようとしたところで、今度はゼロツーの放ったライフル弾がバズーカの砲身を貫き、内部に残っている砲弾がまとめて誘爆を起こします。

 

 直近での爆発による強い衝撃で、私の機体は吹き飛ばされました。起きあがろうとしても左足が動きません。いつの間にか左足の膝から先がなくなっていました。関節装甲の隙間を狙撃したのでしょう。そうでなければ、この厚い装甲はライフル程度で破られるものではありません。

 

 ゼロツーのしていることは人間業ではありません。これが、噂に聞く高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)なのでしょうか。

 

 私は上半身の動きだけで、仰向けに姿勢を変えます。ゼロツーはなおもフラフラしながらゆっくりと歩み寄ってきます。

 

 ですが、あなたが高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)を用いて、どれだけ精密にネクストを動かせたとしても、この基地全体が吹き飛ぶのは避けようがないでしょう。

 

 私は、武器管制(FCS)のメニューを呼び出して、左肩の核ミサイルにコネクトします。ハイン様から事前に教えていただいた起動コードは『4097』。入力すると、左肩の核ミサイル(BIGSIOUX)がアクティブになります。

 

 ネクストのプライマルアーマーは、核爆発にも耐えるとの噂ですが、その損傷状況では、とても保たないでしょう。もちろん、私の機体も同じです。どこを狙って撃っても結果は同じです。私は照準もつけずに仮想意識下のトリガーに、左手人差し指をかけます。

 

 恐怖のせいか呼吸が乱れます。バイタルアラートがイエロー表示で過呼吸を警告します。落ち着いて。落ち着きなさいメノ・ルー。私の振るう、この剣が戦争への突入をくい止めるのです。何を恐れることがあるのですか。

 

 少し落ち着いたところで、思い切ってトリガーを引きました。仰向けになった私の機体から、核弾頭が天井に向かって撃ち上がります。

 

 呼吸が楽になりました。いえ、いつのまにか呼吸を意識していませんでした。核弾頭が発射されてから、天井にぶつかって爆発するまでの、ほんの数秒間。恐怖も不安もなく、音も振動も、時間さえも停滞したような凪が私を支配していました。そして、私という存在が、このまま消えていくのだと確信しました。

 

 

 

 

 

 

「___嘘、なのですね……全部」

 

 核弾頭を搭載したはずのミサイルは推進剤を使い切ると天井からゴトリと音を立てて落下しました。核は爆発しませんでした。故障? まさか。最初から仕組まれていたのです。

 

 ハイン様はこうおっしゃっていました。『我々3社は力を合わせて、世界の脅威を取り除かねばならない』と。それは、世界平和を脅かすものを取り除くのではなく、我々3社以外を消し去るという意味だったのですね。それを実現するには、戦争がもっとも効率のよい方法です。

 

 これで、アクアビットとBFFはGAに対して報復行動に出るでしょう。GA側は防衛作戦を展開します。私が命を懸けて撃ち上げたのは、戦争の始まりを合図する狼煙でしかありませんでした。

 

 ゼロツーが、私の首根っこに銃口を突きつけます。すみません。あなたには、とんだ茶番につきあわせてしまいました。

 

 ゼロツー。いえ、アナトリアの傭兵さん。できれば、証拠が残らないほど完全に破壊していただきたいのですが、それは贅沢というものでしょうか?

 

 重々しい銃声と共に、私の意識はなくなりました。

 



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The Womb 前編 〜新型ネクスト撃破〜

「君の名前は?」《私の名前は、ユナイト・モス》

 

「君が乗っていたネクストの名前は?」《タイラント》

 

「では、君は誰だ?」

 

《私は、GA所属のリンクス、ユナイト・モス。いや違う。私は誰だ? 俺は 私は 僕は わたしは ワタシハ……》

 

「定型的な質問なら答えられるが、少しでも抽象的な質問をするとこれだ。___これも失敗か」

 

「どうします?」

 

「とりあえず、002−Bに接続して動作実験だ」

 

 

 

 私は誰だ。

 

 私は、私の記憶情報と、私の記憶情報から抽出された文脈(コンテクスト)によって構成される。

 

 

 私の名前はユナイト・モス。アメリカミシシッピ州クラークスデールに生まれた。クラークスデールはサウスブルースの聖地だった。私はブルースを聞いて育った。

 

 父は保安官だった。父もブルースが好きだった。母はブルースをあまり好まなかった。母は優しかった。私には3人の弟と1人の妹がいた。

 

 省略

 

 学生の頃は、仲間と徒党を組んだ。ギャングのように街を警邏して回った。幾多の暴力騒動を起こした。その度に保安官の父を困らせた。その度に母は泣いていた。私は家族や身内を守りたかった。

 

 省略

 

 クラークスデールの街はレイブン同士の戦闘に巻き込まれた。私が15歳のときだった。

 

 真夜中の騒動だった。大勢の人間が死んだ。家々はつぶされた。街は炎で焼かれた。私の生家は流れ弾で跡形もなく吹き飛んだ。避難誘導に出ていた保安官の父も死んだ。流れ弾のグレネード弾に巻き込まれて避難民ごと吹き飛んだ。

 

 私は仲間たちと郊外でたむろしていた。家族で私だけが難を逃れた。私は生きていることを呪った。急激な環境の変化だった。当時のことはよく覚えていなかった。しかし、深く記憶に残っていた。

 

 省略

 

 私は軍に入った。国家解体戦争が起こった。入隊してから数年後だった。国家や企業はレイヴンを雇った。レイヴンは味方側だった。多くのレイヴンはパックスのネクストに破壊された。私は気分が良かった。

 

 省略

 

 戦後はGAアメリカに所属した。わずかなAMS適正が認められた。ネクストのパイロットに抜擢された。少尉に昇格した。私は力を手に入れた。レイヴンに復讐したかった。しかし、レイヴンはすでに絶滅していた。

 

 省略

 

 敵新型ネクストの破壊命令を受けた。私はレイレナード・レヴァンティール基地へ派遣された。その地下で新型ネクストを見た___以降のデータは存在しません。(  NoData  )

 

 

 非常に低い解像度で保管された、合計約20TBのイメージデータがユナイト・モスのすべての記憶だ。それらはユナイト・モス固有のアルゴリズムによって統合され、ユナイト・モスの人格を構成し、仮想メモリ上に展開された状態で、意識として稼働していた。

 

 

 

 

 アメリカ・アリゾナのグランドキャニオンに近い位置に、レイレナードの所有するレヴァンティール基地はあった。この基地ではレイレナードが新型ネクストを開発しているとの情報があり、その撃破が今回の任務だ。

 

 依頼主はいつものGA。ハイダ工場の一件では、俺はGAのネクストに殺されかけた。それなのに、性懲りもせず仕事を依頼してくる奴の気が知れない。もっとも、こちらも仕事のほとんどをGAに頼っているから強い態度に出られない。

 

 同じ傭兵業でも、レイヴンと違って仕事は選べない。完全に足下を見透かされたうえで、単なる下請け仕事を淡々とこなすのがアナトリアの傭兵だ。

 

 レヴァンティール基地で新型ネクスト開発の情報を得たGAは、数日前にネクストを基地に侵攻させたが、ネクストは帰ってこなかったそうだ。おそらく撃破されたのだろう。そうして、今度はアナトリアの傭兵にお鉢が回ってきたということだ。

 

 レヴァンティール基地は、乾燥した平原のまっただ中にある。周囲には数十kmにわたって有刺鉄線の柵が張り巡らされ、さらにコンクリート壁で囲まれた敷地内に施設らしき建物が見える。とはいえ、それらは対人用の設備であり、ネクストにとってはなんの支障にもならない。

 

 舞い上がる砂塵が視界を覆う。カメラを最大望遠にしても正確な様子はわからないが、人の活動のようなものは一切検知できない。建物は荒廃している様子はないが、人間だけがそっくり消え失せてしまったような薄気味悪さが漂っていた。

 

「こちらレイヴン。敵基地に動きはない。連中は足がついたと思って、すでにここを引き払ったのではないか。この2時間、人っ子一人確認できていない。どうぞ」

 

 俺は基地から離れた位置にネクストを伏せさせたまま、作戦司令官のフィオナに定時連絡を入れる。もう2時間もこの格好のままで待機させられている。

 

《了解。地下に微弱な熱反応があるの。いま解析中なのだけれど》

 

「突入したGAネクストの反応か?」

 

《いいえ。地下の施設が稼働しているみたい》

 

「地上に敵の防衛部隊はいない。連中は地下にいる。俺が突入して、それを潰す。そして任務完了だ。それ以外にできることはない。ここのところ、出撃する度にネクストとぶつかる。さっさと仕事を終わらせて休みたい」

 

《う〜ん、わかった。突入タイミングは任せるわ。だだ、嫌な予感がするの。レイヴン、慎重にね》

 

「了解した。なにか気になるデータでもあるのか?」

 

《女の勘よ》

 

 

 

 突入指示が出た。俺は基地を囲む有刺鉄線の柵と、コンクリートの壁を一足飛びで越え、基地内に侵入する。相変わらず基地内に変化はないし、警報の一つも上がらない。地上施設の建物内部を窓から覗いてみたが、やはりもぬけの空だった。

 

 東側の一画に、ネクストがくぐれるほどの扉が設置された大きな建造物があった。他にネクスト運用規格に適合する建物はないため、おそらくここがターゲットへの入り口だろう。通電はしているようだ。横に設置された大型端末を操作し扉を開ける。

 

 扉はしっかりとメンテナンスが行き届いているようで、スムースにスライドした。建物内は空っぽだったが、地下へ続く搬出用エレベーターがあった。エレベーターは起動しなかったため脇をすり抜け、エレベーターシャフトを通って地下へ向かった。

 

「フィオナ。これから地下へ向かう。通信状態は?」

 

《通信状態良好。問題ないわ。気をつけて》

 

 俺はさらに地下へ降りていく。500mほど潜ったところで突き当たりが見えた。壁面にはさらに内部へ続くゲートがあり、さらに薄暗い通路が続いている。

 

 通路には、まだ新しい弾痕や爆撃痕が残っていた。GAのネクストが戦闘した形跡だろうか。俺は通路を進んでいく。敵襲はない。敵の気配もない。

 

《コジマ粒子の濃度がどんどん高まってる。その奥よ》

 

 暗い通路の向こうに出口が見えた。警戒しながら歩を進める。通路が終わると、そこは広いドーム状の空間だった。天井からはコジマ粒子が青白い光を発しながら吹き出している。

 

 レイヴン同士が戦うアリーナを思わせる、スタジアムのように広大な閉鎖空間だ。床面は芝生ではなく砂に覆われ、4分の1ほどが水に浸かっている。その中央に新型ネクストはいた。それも同型機が3体。

 

 

 敵はこちらに気づくとアイカメラを赤く点灯させ、すぐさま右手と一体化したエネルギーライフルを射かけてきた。こちらも迎撃体制に移る。

 

 レイレナード機によく見られる、各部に突起が飛び出た形状。両肩には三角形の傘のようなシールド。いや、可動式の高機動ユニットといったところか。敵の回避行動を見て判断する。

 

 機動性に特化した機体らしい。先ほどから素早い反応でこちらの攻撃を回避しては、正確にコックピットを狙って射撃をしてくる。よほどの訓練をうけたパイロットが乗っているようだ。

 

 味方の援護射撃を受けながら、1機が長大なレーザーブレードを構えて急接近した。これまで対峙したどのネクストよりも速い動きで迫るが、機動が直線的すぎる。薙払われたブレードをしゃがんで回避。同時にこちらもブレードを発振して敵を下から切り上げる。プライマルアーマーの光の幕が敵機体を保護するが、レーザーブレードのプラズマはプライマルアーマーを貫き機体表面を焼く。

 

 しかし、奴の反応がわずかに速く、後退して致命傷は避けられた。それでも奴の細身の胴体を深くえぐった。こちらの左腕は先日の破損で新品に交換されている。以前に比べてもレスポンスがよくなっているにも関わらず、あの一撃を回避されたことには驚きだった。

 

 同時に妙な気持ち悪さを覚える。能力の高さに技術が伴っていないようなちぐはぐな感覚。まるで能力だけが上乗せされた強化人間のような。

 

 離れた位置にいた残り2機の動きが止まり、右腕のライフルを構えた。ライフルが上下に開くように展開し、砲身にコジマ粒子の光が灯る。数ヶ月前のグリフォン解放戦で見せつけられたコジマ粒子砲とそっくりな光が収束していく。

 

 俺はヒヤリとしながら回避行動をとる。その刹那、圧縮臨界に達したコジマ粒子の光条が、膨大な熱量を伴って、さっきまでいた場所を駆けていった。グリフォンの試験用ACが装備していたコジマ粒子砲より威力は低いようだが、直撃すればただではすまないだろう。

 

 

 こちらの回避のスキをついて、ブレードを構えたもう1機が素早く突進してくる。クイックブーストでやり過ごすと、俺は後退して一度距離をとり、射かけてくる射撃を回避しながら、敵機の動きを分析し作戦を練る。

 

 新型ネクストは、機動軌跡が気持ち悪いほどに直線的だ。そして動きに一切の迷いが見られない。ベテランの動きに近いものの、ときどきスキだらけになる素人の様な動きをする。こちらの攻撃を誘っているのだろうか。

 

 だが、もっとも特徴的なのは、あらゆる動作の初動が鋭いことだ。ACであろうがネクストであろうが、中に乗っているのが人間である以上、重力加速度から身体を保護するために、無意識下で加減速量を調整しているものだ。だがコイツらはそういった癖がない。スイッチをオンオフするかのように急激な加減速をする。

 

 また、人間特有の予備動作がないのも特徴だ。神経接続で動作するネクストは、人間の微細な予備動作までも機体で再現しようとする。そのため、ネクストの動作には人間の身体と同じように、動き出すまでにわずかな挙動とラグがある。それに対し、コイツらのブレードの振り出しは、動作プログラムを書き込まれたACのように機械的だ。

 

 この動きは、以前にどこかで見たことがある。

 

 そう、ホワイトグリント。初めて奴に出会ったときの違和感の正体はこれだった、奴の動きにも一切の無駄がなかった。

 

 奴も、コイツらも強化人間か? それとも、人間らしさを徹底的に排除する格闘訓練をうけているのだろうか。

 

 

《苦戦しているようだな》

 

 突然、ドーム内に備え付けられたスピーカーから声が響いた。

 

《はじめまして、アナトリアの傭兵。私は、レイレナードのリンクス、ベルリオーズだ。このステージは、君のために用意した。気に入っていただけたかな?》

 

レイレナードのNo.1リンクス。シュープリムを駆るベルリオーズの名前は資料を読んで知っていた。「そいつは、ありがた迷惑な話だ」俺はマイクを外部音声に切り替えて文句を返す。

 

《まぁ、そういわないでくれ。君ほどの戦士であれば、わずかな違和感に気づいているだろう。今、君が戦っているネクストを操作しているのは、人間のパイロットではなく、我々とアクアビットが開発した戦闘AIだ。判断速度や反応速度は人間を大きく上回る。肉体のしがらみもない。ただし、状況判断能力はまだまだ人間には遠く及ばない。

 

しかし、それを倒せなければ、私はおろか、今後ほかのリンクスにも太刀打ちできないだろう。かつて地上最強と呼ばれたレイヴン最後の生き残り。その機知と技術でAIを倒してみせてくれ。君はこのリンクス戦争の大事なゲストなのだから》

 

 要するに、体のいいデータ取りか。そこへ敵AIネクストが会話に割り込んできた。その声は合成音声で再生された、まったく抑揚のない声だった。

 

《レイ……ヴン……レイヴン、れいヴん、レいヴん…………レイヴン、レイヴン、レイヴン、レイヴン、レイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴンレイヴン___》

 

 声を放ったAIネクストと思われる1機が、不自然に機体を振るわせて右手のコジマライフルを構える。同時にハウリングを何重にもしたような耳障りな電子音がドーム内に響き渡った。コジマライフルの砲口に粒子の収束が始まり、臨界に達すると強力な閃光が放たれる。しかし、砲身は身体とともに大きく震えたままで照準は定まらない。

 

 そのまま無造作に砲身が薙払われると、放たれたコジマ粒子の光条は味方機である残りAIネクスト2機を巻き込み、どちらにも行動不能になるほどの損傷を与えた。俺の方は辛うじて不規則な射撃を回避する。

 

 AIネクストが「レイヴン」と連呼しながら暴走した。予想外の事態に俺の頭は混乱した。唯一理解できたのは、AIネクストは味方からの攻撃には反応しないらしいことだけだ。

 

《___これは、おもしろい。人格移転型AIがレイヴンの名称に反応したのか。アナトリアの傭兵。彼はレイヴンに恨みがあるそうだ。相手をしてやってくれないか》

 

「俺には、AIに恨まれる覚えなどないが」

 

《本来は守秘項目だが教えてやろう。その1機だけは、実在する人間の人格を転移させた特別なAIを搭載している。彼は生前レイヴンに恨みをもっていた。もちろん、君への直接的な恨みではないのだろうが。

 

 しかし、彼が恨むレイヴンへの感情と興奮が呼び水となって、AIの思考パターンに一定の方向性を与えたようだ。なるほど、A10神経領域のデータが大きく書き換わっている。これは重大発見だ。人格移転型AIが覚醒を果たしたのだよ》

 

「意味がわからない」興奮気味に話すベルリオーズの言葉に、ますます俺は混乱する。

 

《要するに、『このAIは彼の人格と融合した』あるいは、『彼の人格がAIの機能を支配した』ということだ。言うなれば、彼は神の器であるのと同時に、世界に終焉をもたらす破壊神となりうる。

 

さあ、レイヴン。彼と思う存分戦って見せてくれ。仮に君が撃破されてもAIは遠隔で停止できるため、世界が終わる心配はない。安心して戦ってくれたまえ》

 

 そんな心配はしていない。強引な事の進め方に腹が立った。

 

 

 AIネクストが、不快な電子音を発しながら突進してきた。もしかしたら、この電子音は人格移転型AIのうなり声か雄叫びなのかもしれない。

 

 ライフルで迎撃するも、速力をほとんど落とさず回避される。確かに、人格移転型AIといわれれば、やや人間味が増したように感じられた。しかし、その機動は人間というよりは、まるで稲妻だ。弾道を完全に見切ったうえで、大気中を絶縁破壊しながらジグザグに進む稲光のように、弾道を縫うように肉薄する。ロックオンマーカーですらターゲットを補足しきれずに激しくブレた。

 

 ゴンともドンとも似つかない、大質量の金属塊がぶつかる音が頭に響いた。AIネクストはラグビーのタックルよろしく俺を押し倒し、馬乗りになると、右腕と一体化したライフルを棒きれのように叩きつけてくる。衝撃で砲身がつぶれようが折れ曲がろうが関係なしに何度も叩き続ける。

 

 その行動は、合理的判断をするために創られたAIとは思えないほど非合理的な行為だった。これは明らかに怒りの感情表現だ。無機的なはずのAIが、もっとも単純かつ非合理的な行動をもって、自らの感情を発散させる。

 

 タックルの衝撃による軽い脳しんとうで頭が働かないなか、俺は背面のオーバードブーストを起動させる。マウントポジションをひっくり返すために大推力で押し返えそうとしたのだが、それとほぼ同時にAIネクストもオーバードブーストを起動させた。

 

 オーバードブーストをオーバードブーストで押し返すつもりか!? 虚をつくつもりで打ったこちらの行動に対し、非常識的な速度で対応した。人間にはとうてい真似できないほど早い判断に背筋が凍る。同時にお互いの機体がぶつかり、バラバラになるのではないかとヒヤリとした。

 

 刹那の時間差で二つのオーバードブーストが点火し、お互いの機体を強烈な加速で押し出す。加速初期とはいえ、ネクストを1000km/hまで加速させる力は強大だ。恐ろしいほどのエネルギー同士が、ずれたベクトルのまま密着した状態で衝突し、2機はビリヤード球のように弾かれた。

 

 鈍い音が頭のなかを駆け回る。バイタルアラートが遠くで鳴っている。立て続けに起こる強烈な衝撃に、俺は気を失いかけており姿勢を制御できない。それでも、カメラから脳へ直接届けられる視覚だけははっきりとしていて、視界の端には砲身の歪んだライフルをこちらに向けている敵機が見えた。

 

 肉体がないAIは脳しんとうを起こさない。あの激しい衝突のなかでも、適切に機体を制御し、敵に向けて照準をあわせることができる。朦朧とする意識のなかで、AIシンギュラリティが現実のものとなることを予感した。敵機のライフルに、圧縮されるコジマ粒子が輝く。しかし、回避したくとも身体が動かない。砲口はさらに輝度を上げ、青色から白色へと変化していった。

 

 コジマ粒子圧縮が臨界に達すると白光が瞬いた。その瞬間、敵の右腕が爆発し、AIネクストが吹き飛んだ。ライフルは、俺を殴りつけた衝撃で破損し暴発を起こしたのだろう。それでもAIは優れたバランス制御で踏みとどまる。あの場だけ物理法則が働いていないように見えるほど素早く適切な制御だった。後には青白いコジマの光が粒状になって四散した。敵機の右腕肘から下はなくなっていた。

 

 少し時間が稼げたおかげで意識を取り戻しつつあった。俺はフィオナに通信を入れる。

 

「フィオナ。ネクストとの神経接続を上げる。そちらからの遠隔で、俺の合図で変更してもらいたい」

 

《___ええ、わかったわ。けれど、コマンドの送信と実行完了までには合計で数秒のタイムラグがあるわ》

 

 数秒か。奴と打ち合いになれば数秒の遅れは致命的となる。それでもこちらの手札はこれしかない。俺は「構わない」とフィオナに伝える。

 

《悪い予感が最悪の形で当たってしまったわね。大丈夫なの?》

 

 勝算の心配だろうか。身体の心配だろうか。それとも精神負荷の心配だろうか。いずれにせよ俺のバイタルデータは常にフィオナがモニターしている。ネクストに乗っている俺よりも身体の状態がわかるはずだ。それでも聞かずにいられなかったのかもしれない。

 

 とりあえず「問題ない」と答えておく。しかし、奴は右腕を失ったとはいえ、彼我の戦闘能力では、まだあらゆる面でこちらを上回っていた。それを打開するには、もはや直感に頼るしかなかった。

 

 AIの予測演算は膨大な情報から最適解を選び出す。ビッグデータ予測という意味では、人間の勘や直感と呼ばれるものも同じだ。しかし、AIは膨大な数のシミュレート結果のなかから選択するボトムアップ式である対し、人間はトップダウン式に最適解を出せる。

 

 これから俺が行うことを、AIがどのタイミングで予測できるかが勝負の分かれ目になる。と、俺は直感で判断した。



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The Womb 後編 〜人格移転型AI〜

 人格移転型AIの思考速度と状況判断速度はすさまじい。それはここまでの戦いで嫌というほど味わった。

 

 しかし、それは決して魔法のように目に見えないものではないし、占いのように何の情報もなしに未来が予測できるわけではない。

 

 ネクストの機体を介している以上は、機体センサーがとらえた入力情報を元に演算し、物理的な動作を出力しなければならない。動きの初動から、直後の未来を予測演算できるのは、神経接続レベルを上げたこちらも同じだ。

 

 AIに打ち勝つには、『奴に予測をさせない』か、『奴の予測を上回る』必要がある。だから、切り札である神経接続レベルはギリギリまで上げない。情報を与えれば奴は学習し、それに対処するようになる。

 

 神経接続レベルは合図とともに遠隔で切り替えてもらうが、切替わるまでに数秒を要する。合図の出すタイミングが勝敗の分かれ道になるだろう。以上が、俺のつたない人工知能の知識を辿って、直感的に導き出した戦い方だ。

 

 ただし、俺の予測が間違っていたり、それが相手の予測の範疇であれば、俺は撃破される。

 

 今の俺は、東洋にいたとされる戦士・サムライになった気分だ。彼らは防具を身につけず、抜群の切れ味を誇るカタナというサーベルで斬り合ったという。チョンマゲという奇抜なヘアスタイルはどうにも理解不能だが、その思考だけは理解できる。

 

 お互いが一撃必殺の武器を持つサムライ同士の戦いは、その大部分が彼らの頭のなかで行われる。ほんのわずかな思考の滞りや、情報の見落としが死を意味するのだ。

 

 ユナイト・モスの意識と融合したAIネクストが、左腕のレーザーブレードを発振させる。コジマ粒子を直接プラズマ化したイオン内部に照射して膨大な熱量を発生させているのだろう。一般的なネクストが装備するレーザーブレードよりも遙かに長大で、隔絶した出力を誇る。

 

 対するこちらの獲物は、一般的なネクスト用のレーザーブレードと、役に立たない右腕のライフルだ。

 

 さしずめ、ニホンの伝記『ガンリュウジマノタタカイ』における、コジロー・ササキとムサシ・ミヤモトだ。もっとも、そのときミヤモトは二刀流ではなかったらしいが。

 

 お互いがゆっくりと間合いを詰める。むこうのブレードの刀身はこちらの約2倍。懐に飛び込んでしまえばこちらが有利だが、向こうはそうさせる気がないようだ。長大なブレードを正眼に構え、あらゆる方向からの接近に対処しようとしている。

 

 あれだけの熱量を持っていれば、刀のように振り切る必要はなく、ただ触れただけでも致命的な被害を被ってしまう。自分の武器をよく理解したうえでの構えだ。AIのくせに。

 

 奴の左腕から発せられる黄色味がかったレーザーの、切っ先の動きを探りながら、間合いのギリギリ外で足を止める。AIネクストの周りに、結界が張られているかようだ。この内側は奴の間合いであり、迂闊に踏み込めばただではすまない。

 

 正面突破は自殺行為だ。

 

 俺はブーストを使って、奴のブレードの死角となる左へ回り込みながらライフルを放つ。奴も同じ理由で俺の左側にまわり込みながら至近距離からのライフル弾をいともたやすく回避する。そして、わずかでも間合いに入った瞬間にフルーレのごとく突きが繰り出される。くるくると螺旋軌道を描きつつ攻防し、お互いの位置を入れ替えながら、砂に覆われたフィールド上を移動する。

 

 俺はライフルをフルオートで連射する。それでも、奴に間合いを詰めるスキを誘発させることはできない。しかし、いくらかわされようとも射撃は止めない。コンピュータである以上、マルチタスクには限界があるはずだ。攻撃と回避と移動で、どれだけ奴の演算リソースを奪うことができるかは未知数だったが、確実に負荷を与えているはずだ。

 

 戦場をフィールド端の水辺に移した。さすがに水に足を取られるような凡ミスは犯さないようだが、狙いはそれではない。

 

「フィオナ! 神経接続を!」そこで、俺はフィオナに神経接続レベルを上げるように指示を出す。《了解!》フィオナが答えた。

 

 1秒。

 

 俺は奴の頭上に飛び上がり、ライフルを構える。

 

 2秒。

 

 俺は頭上からライフルを射かける、奴は機敏に回避する。ライフル弾は水面に着弾し、いくつもの水柱を立てる。

 

 3秒。

 

 水柱は、奴の超高温ブレードに触れると一瞬で蒸発し、水蒸気が巻き上がる。

 

 4秒。

 

 俺は奴の間合いのギリギリ外をめがけて急降下をする。

 

 5秒。

 

 俺は、雨の日に長靴で水たまりに飛び込む子供のように、着地速度を殺すことなく着水する。高速かつ大質量の着水に、大量の水が周囲に巻き上げられる。

 

 6秒。

 

 神経接続レベル変更プロセスの完了が伝えられた。

 

 7秒。

 

 一瞬のまばゆさのあと、巻き上がる水の軌道が正確に認知され、狙いどおり、奴にも大量の水が降りかかるのがわかった。奴は水を払おうとブレードを振るうが、レーザーブレードのプラズマは水蒸気を一層巻き上げるだけで、さらに視界は悪化する。

 

 視界がきかなければ正確な予測はできないはずだ。そのスキをついて奴の右側から接近し渾身の一撃を叩き込む。

 

 右上から袈裟掛けに切り払ったレーザーブレードの斬撃は、突き出た胴体のコックピット装甲をえぐるも、寸前で半身になって回避された。しかし返す刀で斬り上げ、右肩の機動スラスターユニットを斬り落とす。

 

 右側から薙払いの反撃が予測された。俺は腕を頭上に振り上げたまま、ジャンプしてかわす。そして、奴の頭めがけてブレードを振り下ろす。しかし、後退しながら首をひねってかわされ、肩口から胸にかけて浅く斬りつけるにとどまった。

 

 頭のセンサーを潰せれば、こちらが有利になったのに、簡単にそうさせてはくれなかった。だが、ここはこちらの間合いだ。

 

 俺は、奴の繰り出す攻撃を回避をしながら斬撃を加える。しかし、奴は寸前でかわし、致命傷は与えられない。奴は力の入らないコンパクトな攻撃に切り替えた。大振りした瞬間に負けるからだ。

 

 それでも機体をかすめる強力なプラズマの刃は、こちらのプライマルアーマーをものともせず、アンテナやらスタビライザーやら肩装甲やらをたやすく斬り飛ばした。奴の機体は、こちらの振るうブレードを寸前で回避するも、浅い傷や、熱によって融解し、すでに原型をとどめていなかった。

 

 水辺に荒波が起こる。2機の足の運びと、ブーストの推力が波をつくり、時折大きく跳ね、水滴が舞い上がった。

 

 予測速度と反応速度は、ほぼ互角だった。実際に攻撃と回避が行われる0.5秒前にお互いの行動は決まっており、行動が起こった時には、すでに0.5秒先の行動が決まっていた。

 

 思っていた以上に手強い。そして、高度な未来予測が脳負荷となって積み重なり、疲労感として蓄積していくのがはっきりと感じられた。このまま切り結べば、最終的にはこちらのミスで片が付く。

 

 不意に、奴が頭上から唐竹割りを繰り出すのがわかった。しかし、攻撃到達時間がやけに短い。どう回避しても間に合わない予測結果を知覚した。

 

 奴は下段に構えた左腕から、腕をひねらず肩関節をグルリと回してブレードを振り下ろした。人間の身体だったなら肩関節が脱臼する動きだ。人間のパイロットなら絶対にしない動きでもAIなら実行できる。俺は驚いてさらに回避が遅れた。とっさに右腕のライフルを盾にすると同時に、カウンターで横薙ぎにブレードを振るう。

 

 奴が勢いよく振り下ろした長大なレーザーブレードは、ライフルをなんの抵抗ともせず、俺の右腕ごと蒸発させ、刀身の中程まで水に浸かる。

 

 その瞬間、爆発が起こった。水蒸気爆発。コジマ粒子照射プラズマによる超高温は、水の体積を1700倍にまで膨張させ、轟音とともに2機を吹き飛ばす。俺は砂場まで弾き飛ばされたが、被害はそれほど大きくない。

 

 爆発で巻き上がった水が、雨のように降りしきるなか、俺は機体を起きあがらせて敵機の姿を探す。ユナイト・モスの人格が埋め込まれたAIネクストは、水辺の向こうの壁際にしゃがみ込んでいた。爆発で壁面に叩きつけられ、ダメージを負ったようだった。

 

 

 ドームのスピーカーから、拍手のような音が聞こえてきた。この戦いをモニターしているベルリオーズだ。

 

《素晴らしい戦いだった。見ているだけで興奮して血がたぎったよ。勝負はあったようだ。あれをよく見てみろ》

 

 俺は言われたとおり、壁際にいるAIネクストを望遠で確認する。肘から先のない両腕を持ち上げ、小刻みに振動している。まるで、人が頭を抱えながら震えているように見える。

 

《これは、AIが死の恐怖を感じているのだよ。メモリを司る海馬領域が盛んにデータを送るも、扁桃体を中心とした大脳辺縁系領域がデータを処理できずにエラーログが蓄積している。他の領域でもデータクラッシュが始まっているようだ。もしかしたら、記録の走馬燈を見ているのかもしれない。

 

 本来、AIは不死であるため死の恐怖を感じることはない。しかし、人格移転型AIは人間の意識を有しているために、過度の負荷がかかるとこうなる。とくに、自分がAIであると認識できていない間はこの状態に陥りやすい。

 

 そして、もはや復旧は不可能だ》

 

 スピーカーの奥から、大型のスイッチを動かすような音がした。同時に、ユナイト・モスのAIネクストが爆発した。それに続いて、先の2機も同じように爆発し、後には変哲もない汎用部品だけが焼け焦げた状態で残った。

 

《楽しかったよアナトリアの傭兵。よい戦いだった。今回は、これでお開きにしよう。次に会えるのを楽しみにしている》

 

 スピーカーの音は大きなポップノイズを残してとぎれた。その直後、ドーム壁面の一角が爆発し、黒煙が立ち上る。

 

 証拠隠滅か。ベルリオーズがどこで戦闘をモニターしていたのかすら定かではない。まんまとしてやられた気分だ。レイレナードにも、GAにも。

 

 

「疲れたぞー」

 

 俺は全身の力を抜いてネクストを仰向けに倒れ込ませた。

 

《お疲れさま。大変な戦いだったわね。もし、あの人格移転型AIが量産されるようになったら、私たちはどうしたらいいのかしら》

 

「傭兵は廃業するしかないな。戦う度にこれだけボロボロになるなら、割に合わない」

 

 人格移転型AIが量産されたなら、戦場はAIが闊歩するようになり、リンクスや傭兵の役目は終わる。だがBFFとGAの小競り合いが続くうちは、もう何度か戦わなくてはいけないだろう。

 

ベルリオーズは、人格移転型AIが『神の器であるのと同時に、世界に終焉をもたらす破壊神』だと言っていた。

 

 ホワイトグリントのジョシュア・オブライエン。奴も人格移転型AIなのだろうか。そんなものが人間の振りをして、そこら辺を歩き回っていると考えると、空恐ろしいものを感じた。

 



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断章 イスタンブール前線基地 〜オーメルの天才〜

 イスタンブールは、シルクロードの終点。欧州とユーラシア、中東の文化が交差する場所であり、古くから交易の中心地であった。国家解体戦争以降はローゼンタールがこの地を治めている。

 

 もっとも企業経済統治(パックスエコノミカ)が実施されてからは、各コロニー間での独自交易はほとんど行われていないため、軍事コロニーとしての存在感を強めており、イスタンブール前線基地は世界の軍事情勢を監視する役目を負っていた。

 

 イスタンブール周辺には大規模レーダーが設置され、地中海と東ヨーロッパ、中東の全域の陸海空を、日夜網の目のように監視している。そのため、地中海を航行する船や、周辺空域を飛行する航空機は随時届け出をせねばならず、無届けで航行しようものならば無条件で撃墜されることが周知されていた。

 

 そこまで厳重に警備をするのには理由がある。トルコを挟んだ地中海の対岸にあるイスラエルには、オーメルとGAアメリカの重要施設があるからだ。そのため監視対象となるのは、主にBFF側に属する企業の動向が中心だ。

 

 イスタンブールにローゼンタールの大規模基地があることで、BFF側がイスラエルを攻め落とすには、サハラ砂漠を横断するか、アラビア半島を経由して旧ピースシティの砂漠を通らなければいけない。

 

 無法地帯のサハラ砂漠を抜けるのは容易ではない。そして、旧ピースシティはイスラエルが外敵を門前払いするための表玄関口だ。BFF側のレイレナードやアクアビットがどれだけ新兵器を開発しようとも、地政学上、簡単にイスラエルは落とせない。

 

 なにより、本丸のイスラエルは、この(セロ)が警備している。

 

 しかし、いくらオーメルの寵児や、天才と呼ばれようとも、勝てないものがあることを僕は思い知らされた。僕は今、僕の意志に反して繰り返し襲ってくる吐き気と格闘していた。

 

「気持ちが……悪い」 

 

 久々にイスラエルの警護を外れ、休暇なのか仕事なのかわからない指令を言い渡された。指令内容はオーバーホールの終わった僕のネクスト『テスタメント』をイスタンブール戦線基地で受領することだ。

 

 BFF側がいつ攻めてくるかわからないこの時期に、僕をイスラエルの警備から外すなんて、上の連中は何を考えている。いつもそうだ。上は、末端はもちろん僕にすら何も言わずに事を進める。

 

 今回だって「海路と空路のどちらがいい?」と訊かれただけで、こうなるとは予想しなかった。興味本位で海路を選んだのが間違いだった。船酔いというものがこんなにつらいものだとは思ってもみなかった。

 

 機関の研究者連中なら、僕の身体を隅から隅まで知っているんだ。船酔いに弱い事くらい知っていてもおかしくないだろ。これならば、ネクストの高負荷接続運転の方が遥かにマシだ。

 

 海峡を抜け、イスタンブールの旧市街地を通り過ぎると、陸から大きく突き出た半島が見えてきた。目的地のイスタンブール前線基地だ。それにより気がゆるみ、また何度目かわからないおう吐を繰り返す。もう出るものがない。胃液すら出ない。

 

 水上高速艇が接岸すると、転がり落ちるように桟橋に降り、動いていない地面のありがたさを痛感する。

 

「オーメルの寵児が船酔いか。年齢相応に、なかなか可愛げがあるじゃないか」

 

 大柄な男が笑いながら言う。黙れよ。ローゼンタールの白騎士。

 

「医務室へ連れて行きます」レオハルトの隣にいた女が、駆け寄って僕の腕をとって自分の肩に回した。「私は、同じオーメルのミド・アウリエルです」

 

 女が名乗るが、名前に聞き覚えはない。女のつけた、かすかなトワレのにおいで、また吐きそうになる。僕は強引に手を振り抜き、身を屈め再びえずく(・・・)

 

「言うことを聞いてください。私はあなたよりも遥かに下の立場ですが、私の方がお姉さんです」

 

 怒らせたか。船酔いのせいで感覚が鈍って、うまく判断ができない。ミド・アウリエルといった女が、僕の背中をさすりながら、再び僕の腕を自らの肩にかける。そういえば、僕はここの医務室の場所も知らない。黙って従った方が賢明だと判断した。トワレは、百合(リリー)の香りだった。

 

 

 

 医務室のベッドでしばらく仮眠をとると、体調はすっかりよくなった。目が覚めても誰もいなかったから、施設内をウロウロする。そうしていたら偶然、ミド・アウリエルに捕まった。

 

「レオハルトが呼んでいます。ブリーフィングルームへ案内します」叱られるでもなく落ち着き払った声で、ついてくるように僕を促す。

 

 この女は、表情や声に一切の抑揚がない。この特徴は明らかに投薬によるものだ。一見華やかそうな容姿に隠れた色あいは、ひどくくすんで見える。

 

 僕も投薬は受けているが、向精神性がある薬物は投与されていない。オーメルに普通(・・)のリンクスなどいないはずだ。なにか、僕の知らないところで別のプロジェクトが動いているのか。僕は該当しそうなプロジェクトデータを記憶のかから片っ端に引っ張りだすが、思い当たる節はない。まぁ、奴らのことだ。どうせロクでもない計画だろう。

 

 施設内の一室に通されると、会議テーブルの向こうに白騎士レオハルトが待っていた。

 

「顔色は戻ったようだな。現在テスタメントの搬出前の準備中だ。出立は明日の朝と聞いている。時間はあるんだろう。情報交換をしよう」

 

「僕からオーメルの機密情報を引きだそうたって無駄だぜ。僕は何も知らされちゃいない」

 

「なに、ただの世間話だ。つきあってくれるかな」

 

 ミド・アウリエルが、側にあったコーヒーメーカーからコーヒーを注ぎ、紙のカップで差し出してくる。レオハルトのぶんと、自分のぶんを用意するとテーブルサイドの席に腰掛けた。

 

「イスタンブール観光にも興味がないしな」僕はレオハルトの向かいの席の椅子にふんぞり返って座った。

 

「先日のGAEハイダ工場への粛正以降、アクアビットはすぐにでも報復行動に出るかと思ったが、向こうは静観を続けている。こちらはハイダ工場襲撃を、BFF側のせいにして声明を発表する腹積もりでいたようだが、上層部は思いとどまったようだ。

 

 正直、私はほっとしている。両陣営とも、思っていた以上に大人の対応をしてくれていることに。願わくば、このまま恒久的な和平に落ち着いてくれればいいのだが。率直に聞く。オーメル側はどうしたいと思っている?」

 

 はッ、国家解体戦争で4番目に戦果を挙げた破壊天使がよく言う。だが、嘘ではないことはわかる。コイツも潔白じゃないが、ローゼンタールの盟主ほど腹黒くはない。せいぜい灰色騎士ってところだ。

 

「知らないね。上とは政治的な話はしない。だが、BFFが目の上のタンコブだと思っているのは確実だ。僕には、なぜすぐにでも叩かないのか不思議でならない。

 

 叩く口実は十分にあるんだ。テロリストへの支援といい、GAEとの巨大兵器といい、AIネクストといい、平和を脅かす行為や兵器製造は国際法に抵触する。___もっとも、国際法なんてものが、まだ生きていればの話だが」

 

 出された黒くザラザラしたコーヒーを飲み干すと、紙コップを握りつぶす。

 

「世論が認めんよ。国家解体戦争の終結からまだ数年だ。叩くからには確固たる理由がいる。理由なく我々が動けば信用を失い、現在の制度自体が崩壊しかねない」

 

「世界人口を1/3にまで減らしておいて、いまさら世論もクソもないだろうが。自分らが公に動けないからといって、傭兵どもを動かしていれば同じ事だ」

 

「実際のところは、BFFの本拠がつかめず、本格的な攻撃に出られないだけだ。向こう側の補給を一手に引き受けるBFFが存在しているかぎり、長期戦は避けられん。

 

 とくにレイレナードのネクスト部隊とは総力戦になるからな。まずはBFFを潰し、向こうの補給を絶ったうえで戦ったほうが戦略的有利に立ち回れる。上は機をうかがっている」

 

「その前に、このイスタンブール前線基地が落とされたらどうなる? 敵は総力を挙げてイスラエルを攻めてくるぞ。そんな悠長なことは言っていられなくなる」

 

 くしゃくしゃになった紙コップを指で弾くと、勢いあまって紙コップはテーブルの下に落ちた。

 

「そうさせないために、私とミド・アウリエルがここへ派遣されている。世間に公言してまでな。そして、イスラエルにはお前がいるだろう」

 

 そのとおりだ。各企業の切り札となるネクストの動向は、敵も味方もお互いがおおよそ把握できている。だから配置を変えるだけで牽制にもなるし抑止にもなる。しかし、同時にたくらみが読まれてしまうため迂闊に動かせない。

 

 なにかがひっかかる。とくに、今僕がイスタンブールにいる理由がだ。機体の受領だけが目的とは思えない。(オーメル)は何をたくらんでいる。

 

「気持ちが悪いな」思わず口に出た。

 

「まだ、具合が悪いのか?」

 

「いや、何でもない。続けてくれ」

 

「BFF側のネクストは、レイレナードのベルリオーズを筆頭に、10機ほどがいつでも動ける状態で待機している。おまけに自律稼働するAIネクストの存在も報告が入っている。幸いなことに、イクバールは早々に戦争介入を放棄した。インテリオル・ユニオンも戦争には消極的な姿勢だ」

 

 白騎士は、リンクスのデータが網羅したファイルを投げてよこす。僕はそのファイルをペラペラとめくりながら、顔見知りを探した。BFF陣営のリンクスの何人かは、国家解体戦争で面識があった。

 

 仕切りたがり屋のベルリオーズ。

 戦闘狂のアンジェ。

 僕と同じく空中戦を得意とするザンニ。

 王小龍(ワン・シャオロン)のジジイはまだ現役なのか。

 高飛車女のメアリー・シェリー。

 精神負荷でイカれかけているP・ダム。

 もともと頭がイカれているアンシール。

 

 数年前の国家解体戦争時の記憶に思いを巡らす。だが、感慨深いような思い出は一切ない。

 

「それに対して、こちらのネクストはすべて合わせても8機。しかもここにいる我々3人以外は戦力として話にならんし、GAのエースはいまだ療養中だ。

 

 上層部は、傭兵たちの囲い込みを始めて、協調を強めようとしている。アスピナの白い閃光と、最近活躍中のアナトリアの傭兵だ。彼らがこちら側についてくれれば戦力的には均衡状態となり、和解への道も開けるというものだ」

 

「和解なんて言葉は上の連中は知らない。オーメルの腹黒さは、アクアビットの科学者連中(マッドサイエンティスト)の比じゃないぞ。おたくらのハイン公も同じくらいにな」

 

 僕は、僕の周りにいる奴らを思い出すだけで気分が悪くなる。汚らしい色がとぐろを巻いたようなモヤッとした息を吐き出す連中だ。見終わったファイルを白騎士に力をこめて投げ返す。

 

「わかっているさ。だからこそ、我々リンクス個々の立ち位置が重要になるのだ。上の勝手な暴走をくい止めるためにも」

 

「ふん。今まさにBFFの奴らが金にものを言わせて、その傭兵どもにここを狙わせているかもしれないんだぞ。そうなったら一気に戦争だ。白とも黒ともつかない、金で動く傭兵どもこそグレーじゃないか。信用に足る相手じゃない」

 

 先に手を出した方が叩かれる。だが、今はどちらの陣営も自社のネクストを動かせない。攻めるなら傭兵を使うだろう。たった2人の傭兵が今後の流れを決める。まさにダークホースってやつだ。

 

「まさか。ここを攻め落とそうとするなど愚の骨頂だ。現状しばらくは我々もここに缶詰だし、お前もイスラエルに帰ったらまた国境警備だろう。休暇をとれるのも今のうちだ。こんなところ(イスタンブール前線基地)でも息抜きになればと、わざわざテスタメントを取りに寄越させたんだろうさ」

 

 だといいんだがな。ローゼンタールの白騎士ともあろう者が楽天的すぎやしないか。話し方の微妙な変化を感じとり、話が終わったことがわかった。話題に飽きたのか、これ以上話しても無駄だと判断したのか。重苦しい話題から一転して、空気がふわっと軽くなったように感じた。

 

「テスタメントは、乗ってきた高速水上艇に搬入させますが、よろしいでしょうか?」テスタメントが話題に出たところで、業務管理を任されているのであろうミド・アウリエルが訊いてくる。

 

「待て待て待て待て。帰りは空輸にしてくれ。船酔いはもうごめんだ」

 

 ミド・アウリエルが、ため息混じりでレオハルトを伺い見る。レオハルトはあきれながら肩をすくめる。

 

「___わかりました。そのように手配します」

 

「ただし、搬入は翌朝になってからだ。テスタメントはいつでも起動できるようにしてくれ。今夜、何かが起こるかもしれない」

 

 案の定、僕が発した言葉は場の空気を凍りつかせる。二人ともこちらを見て、はぁ? てな顔をしやがる。どいつもこいつも、その顔はもう見飽きたよ。いいから言われた通りにすればいいんだ。こっちも確証があるわけじゃない。ただの勘だよ。作業タスクが少しばかりズレるだけだろ。いちいち説明させるなよな。

 

 

     ◇  ◇  ◇

 

 

 サイレンが鳴った。時刻は深夜2時過ぎ。僕は割り当てられた宿舎のベッドにパイロットスーツを着たまま横になっていた。

 

 やはり来たか。僕が天才と呼ばれる理由は、色彩と質感の共感覚保有。そして、それに付随する勘の鋭さだ。感覚神経と認知がとらえたわずかな変化が、はっきりとした色彩と、触覚に近い質感で知覚されるため、些細な違和感も見逃さない。

 

 そしてようやくイスラエルを出発してからずっと感じていた違和感の正体が明らかになった。(オーメル)は、この襲撃を予め知っていた。そして、機体の受領ついでに僕を護衛に向かわせた。その理由までは明らかになってはいないが、モヤモヤの一部が晴れて、緊急事態だというのに気分が良かった。軽快にベッドから飛び降りると、テスタメントのある工廠へ向かって走る。

 

 僕はあらゆる情報を、色と触覚が混ざり合った複雑なコードとして知覚する。そのコードは、事象の不和や思考の矛盾、人の感情の移り変わりによって機敏に変化する。

 

 目の前にいる人間が何を考えているか正確にわかるわけではないが、思考の変化によって身体に出る仕草や表情、声色などの些細な変化が手に取るようにわかる。色のついたその場の空気を肌で感じるといえばいいだろうか。僕はこれでも、空気が読める繊細な人間なのだ。

 

 だけど一貫しているものなどない。変化しないものなどない。変化に敏感すぎるゆえに、意志とは無関係にあらゆる変化を感じ取ってしまう。そして、そのたいがいが唐突で不快に感じる。

 

 だから人は嫌いだ。僕にとって、周囲の人間は調律の狂った楽器と同じだ。常に不協和音を発しながらリズムを無視した演奏をしている。だから僕は常に不快でイライラする。

 

 工廠のテスタメントを見つけるとコックピットに飛び込んでスクランブル起動をかけた。

 

 だから機械は好きだ。機械は緩やかに、一定のリズムで劣化していく。そして、僕がネクストとつながることで、この特異能力はさらに拡張される。機体が収集する視覚情報を含めたあらゆる情報は、この世のものとは思えないほどの多彩な色と手触りが混じり合った、キレイな万華鏡を見せてくれる。

 

 敵の攻撃は、強く鋭い色で僕を飲み込もうとする。それを僕の色で塗りつぶしたとき、戦場で立っているのは僕の方だ。僕が強いんじゃない。相手が勝手に手の内をさらして負けるだけだ。

 

 だけど、こんな事を誰に言っても理解しちゃくれない。オーメルの科学者連中であっても口を半開きにして聞くだけだ。連中はAMS適性の数値にしか興味がない。僕は誰にも理解されない。そして誰にも理解してもらおうと思わない。

 

 工廠を飛び出すと、眼下には基地内の照明の下で、あわただしく動く人影が見えた。ネクストのレーダーに敵機の反応はまだ捕らえられない。照明弾が照らす白熱灯のような光を頼りに索敵するが、月明かりもない真夜中に見つけだすのは困難だ。

 

 司令部に情報を問い合わせると、東側の基地レーダーが敵影を検知したとのことだ。僕は基地のすぐ東にあるバルク湖畔まで機体を進める。

 

 湖面には、ちらちらと震えるように明滅する照明弾の光源が映った。小さく波立つ湖面をキラキラと輝かせる。不意に、遠くの湖面が不自然に揺れて、波紋が水面に映る光をかき消した。見つけた。

 

「こちらテスタメントだ。敵はバルク湖上から侵攻。迎撃行動に移る」司令部に報告すると、僕は機体を湖上に進ませた。

 

 敵は3機。索敵から隠れるように湖面スレスレを飛ぶものの、その存在を一切隠そうとしていない。人間のパイロットならば、コソコソと忍び寄るような雰囲気が感じられるものだが、コイツらは違う。

 

 噂に聞くAIネクストか。僕は直感的に理解する。両肩に特徴的な三角型のユニットを抱えた3機が、編隊を組んで真っ直ぐに基地へと向かってくるのを視界に捕らえた。照明弾の明かりによって露わになった敵機のシルエットは、レイレナードのものらしい独特の形をしていた。

 

 敵編隊は僕の機体を確認すると、アイカメラを赤く点滅させて散開し、3機が一斉にライフルを放ってきた。僕は湖上を滑りながら複雑な軌跡を描いて、青白い光を放つエネルギー弾をすべてかわす。アイススケートは滑ったことがないが、フィギュアスケーターになった気分だった。

 

「動きがいちいち明確(ビビット)すぎるんだよ!」

 

 AIだけあって射撃は正確だ。正確すぎるがゆえに、僕には単純なコードパターンのようにしか感じられず、容易に回避できる。僕には、AIネクストに動き一つひとつが、くっきりとしたビビットカラーのように感じられた。

 

 敵の射撃を回避しながら、うちの1機に難なく接近すると、敵機は左腕にレーザーブレードを発振させ迎撃しようと構える。僕はライフルを握った右腕を振り払って自機に回転モーメントを与えつつ機体をジャンプさせ、薙払われた敵機のブレードを回避する。同時にクイックブーストを噴射するとテスタメントはコマのように回る。そのまま左腕のレーザーブレードを発振させ、高速スピンをしながら敵機を3度にわたって頭上から斬りつけた。

 

 おっとっと。生まれて初めての前転錐揉み宙返りを加えたトリプルアクセルは着地失敗だった。バランスを崩し片足を水中に突っ込んでしまう。斬られた敵機の方は、上半身がボロボロになって機能を停止。湖に沈んだあとに爆発し、大きな水柱を立てた。

 

 一度敵機から大きく距離をとって体勢を立て直す。AIネクストどもは、懲りずにエネルギーライフルを射かけてくるが当たらない。学習能力のない馬鹿どもめ。さて、次はどの演技を試してみようかと考えた矢先、正面遠くの空に白い閃光が走った。

 

 一瞬、流星だと思ったが違う。あれはネクストのオーバードブーストの光だ。光が向かう半島の先には、イスタンブールのレーダー基地がある。なるほど、コイツらは陽動か。

 

 流星のようなネクストを追いかけようとする僕を、残った2機のAIネクストが行く手を阻もうと接近する。

 

 「邪魔だ!」僕は左肩のレーザーキャノン(EC-O300)を構えると、接近するAIネクストの足下へ放つ。超高温高速のプラズマ粒子が湖面に着弾すると、たちまち水蒸気爆発を起こし、発生した衝撃波が進路を塞ぐAIネクスト2機を吹き飛ばす。

 

 進路を確保した僕は、オーバードブーストを起動させ、レーダー基地に向かう新手の機影を追いかけた。分厚いゴムの壁に叩きつけられたような重力加速度が身体を襲い、あっという間に機体速度は1000km/hに達する。湖上に放置したAIネクストはレオハルト達が片づけてくれるだろう。クイックブーストも併用してさらに速度を高め、先行する敵機に追すがった。

 

 

 レーダー基地は、半島の先端に位置しているため、真っ暗な夜の海に浮かんでいるように見える。進行方向の暗闇に廃墟のように佇むレーダー基地は、敵機の接近を検知すると、開店を告げるかのように盛大なオレンジ色のネオンサインを点灯させた。放射状に撃ち上げられた対空砲火だ。少し遅れて照明弾が打ち上がり、基地上空に到達した敵機を照らし出す。

 

 真っ白な細身の機体がいた。動作の一つひとつがフラッシュのように鋭く白い光を放って上空から周囲にプレッシャーを与えてくる。初めて見る機体だが、奴が何者であるかが確信をもってわかる。アスピナの傭兵が乗る白い閃光(ホワイトグリント)だ。

 

 まだ距離が遠く、こちらの攻撃は届かない。ホワイトグリントは基地からの対空放火を機敏な動きで避け、上空から砲台を狙撃していく。対空放火がなくなると、滞空したまま左肩のキャノンを構え、青白いプラズマ弾を地上施設に向けて連射した。

 

 闇夜に紛れて見えなかった黒煙が、レーザーキャノンの発射光で照らされた時だけ視認され、暗雲のなかの稲光のように瞬いた。基地中央にあった大きな建物から火の手が上がり、それに続いて、併設されたレーダー棟が倒壊した。

 

 僕は射程に捕らえた上空の白い機体に向けてライフルを連射する。ホワイトグリントは稲妻のような機動ですべてのライフル弾を回避すると、こちらへ向き直り、左肩に構えたままのレーザーキャノンを放つ。

 

 発射口は僕の胸のあたりに向いており、青白くぬるっとした顆粒状の質感が着弾予想箇所に感じられた。飛び上がってプラズマ弾を回避するとテスタメントの上昇能力を活かして、敵の頭上に陣取り空中戦を仕掛けた。

 

 2機は空中で複雑な3次元軌道を描く。相対速度が合った瞬間に、お互いがライフルを放つものの、機敏な動きで直撃を回避する。お互いが一定の距離まで接近すると、同時にレーザーブレードを発振させ切り結ぶ。

 

 『白い閃光』のとおり名は伊達じゃないな。白い機体が全身から発する白光は、触れただけで切れそうなほど鋭い。気を抜けば全身がズタズタに引き裂かれそうだ。奴の動きを真似て、僕も鋭く尖った黒曜石のようなイメージで応戦する。

 

 レーダー基地上空の暗い空には、絡み合うようにブースト炎がうねり、四方八方に飛び交うライフル弾の曳光が捲き散らされ、時折、超高温のプラズマ同士がぶつかるスパークが不規則に瞬いた。

 

 戦いのさなか、ホワイトグリントから通信が入る。

 

「やあ、こんばんは。オーメルのNO.6(セロ)。私はアスピナの傭兵、ジョシュア・オブライエンだ。真夜中にもかかわらず手厚い歓迎に感謝するよ」

 

 気の抜けた挨拶の陰に、花崗岩のように固く揺るぎない意思のようなものを感じる。

 

「知っているよ白い閃光(ホワイトグリント)。貴様等傭兵は金のためなら、平気で戦争を起こすのか。この金の亡者め!」

 

「今回は依頼主の要望で動いてはいるけれども、これは私の目的でもある。No.4(レオハルト)No.6(セロ)を落とせば特別報酬(ボーナス)を出すとも言われているけどね。

 

 だが、君の力が強すぎて、思った以上に大変そうだ。さすがはオーメルの寵児。最高のAMS適性と、先天的な共感覚を持たされて、産み出されただけのことはある」

 

 ギクリとした。僕の出生はオーメルの機密事項だぞ。

 

「だけど、レーダー施設破壊の目的は達成した。これで世界は動きを早める。だけど、心配しなくていい。君たちは戦争に勝つよ。ただし、君たちリンクスが生き残っている保証はないけれど___」

 

 視界の端に光が瞬いた。水平方向に広がる6条の高エネルギー体(ぬめったもの)が僕とホワイトグリントを飲み込もうとする。僕は上へ避け、ホワイトグリントは下へ避けた。膨大なエネルギーの光条は数秒経てから、暗闇に赤紫色の筋を残して消えた。

 

「おっと、No.4(レオハルト)も到着か。さすがの私も2人を同時に相手をするのは少々つらい。ボーナスはあきらめるよ。だから、『金の亡者』っていうのだけは訂正してもらいたいな」

 

 ホワイトグリントはそう言い残すと、ブーストを切り滑空しながら海上へ逃げた。追うか迷ったが、この暗闇では海での捜索は不可能だ。僕は白騎士が乗る、翼が生えた天使のような機体の接近を確認すると、テスタメントの戦闘モードを解除する。

 

「こちらノブリス・オブリージュ。レオハルトだ。お前の言う通りになったな。日中の非を詫びるよ。

 

 それと、たった今、本部から連絡が入った。BFFの本拠地が掴めたらしい。BFFの本拠は北大西洋洋上だ。アナトリアの傭兵に攻撃を打診する決定が下された。これでもう、戦争は避けられなくなった」

 

 こちらが(レーダー)を失ったタイミングで、ずっと謎だった敵の本拠の位置が割れた。こちらは攻撃されるより早く、盲目的にBFFを攻撃しなければならなくなる。

 

 あらゆる事象の都合が良すぎる。まるで誰かが誘導しているようだ。

 

 世界が人ならざる者に操られているような、気持ち悪さを感じた。

 

 レーダー基地はオレンジ色の炎が燃え盛り、守衛が放水して火の手を沈めようとしている。地平の端っこは紺色のグラデーションに染まり、炎の色と似た東雲色がかすかに望めた。

 



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Break The White Lance 〜BFF本社襲撃〜

 傾きかけた北大西洋の太陽は金色に輝き、辺り一帯の空と海を黄金色に染め上げる。低く垂れ込めた積乱雲の隙間からは、天使でも降臨しそうな光芒が幾つも差し降ろしては海面を煌めかせた。

 

 大気中に舞う水滴に太陽光が乱反射して起こる薄明光線現象は、その神々しさから古より『天使の階段』や『ヤコブの梯子』などと呼ばれてきた。俺は子供の頃に『レンブラント光線』と、誰かから教わった記憶があった。

 

 俺の進行方向上には、幻想的な光の柱が無数に立ち上る。しかし、マッハ2近い速度で洋上を飛ぶ俺には、その雄大な景色を楽しむ余裕は微塵もない。少しでも気を抜けばネクストが制御不能になり、海の藻屑となった後に、俺自身が天使の階段を昇らなければいけなくなるからだ。

 

 現在、俺とネクストが素晴らしい速度を発揮できているのは、背中に取り付けられている拠点強襲用の大型追加ブースターのおかげだ。

 

 フィオナの父であり、ネクストの基本理論を完成させた奇才イェルネフェルト教授が生前に考案した装備であり、コロニー・アナトリアの技師が完成させた。ネクストを弾丸よろしく高速度で敵地まで飛ばして、迎撃を避けつつ敵拠点を強襲するための特殊装備だ。

 

 拠点強襲用追加ブースターなどと言うと聞こえはいいが、実際には、ただのロケットエンジンをネクストの背面に取り付けただけの代物でしかない。ほとんど直進する事しかできず、わずかでも進行ベクトルと出力ベクトルがズレれば、膨らませた風船が空気を解放して飛び回るがごとく、どこへすっ飛んでいくかわからない。

 

 おまけに、つくったはいいが使う機会がなかったため、倉庫の奥で埃をかぶっていた骨董品だ。俺はこの装置がいつ爆発するかと肝を冷やしていた。

 

 要するに、俺は現在、興味本位だけで作られた試作のロケットエンジンにネクストごとくくりつけられて、大西洋上の撃破目標に向けて、ぶっ飛ばされている最中だ。だがおがげで、強力な護衛艦隊の攻撃を受けることなく目標の船に接近できているのは事実だった。

 

 

 そんなものまで引っ張り出して請け負った今回の任務は、洋上のBFF本社機能を集約した大型船舶クイーンズランス破壊。それはつまり、BFFを潰すという意味だ。

 

 傭兵が企業を潰すことなど珍しいことではない。レイヴン時代ならば、それは日常茶飯事だ。しかし、今回ばかりは事情が違う。BFFはパックス6企業の1社であり、軍需産業をはじめ、エネルギーや食料など世界のあらゆる産業をGAと二分している。BFFを潰すということは、実質的には世界の半分を潰すということだ。

 

 BFFの本社機能が停止しても、現BFFの機能はGAが引継ぎ、実際的な影響はほとんどないだろう。しかし、それによるいざこざ(・・・・)は確実に起こる。

 

 俺が現役のレイヴンだったなら、こんな仕事は引き受けない。たしかに若いときにはずいぶんと無茶な仕事もしたが、ある程度実績を積んでからは比較的おとなしく仕事をしていた。ベテランレイヴン達から「戦う相手と程度を見誤るな」と口酸っぱく言い聞かされていたのもあるが、自分でもそれが正しいと思っていた。

 

 そのベテランレイヴン達からの助言は、世界の存続に関わるような大企業の仕事を受ける際は注意しろという意味だった。大企業との取引はハイリスクハイリターンだ。とくに超長期的なリスクに注意を配る必要がある。

 

 大企業の依頼で大きな戦果を挙げれば、それだけ対立企業の反感を買う。怨恨や復讐ならばまだかわいいほうだ。場合によっては、公に外を歩けなくなったり、レイヴンとして仕事ができなくなる恐れすらある。

 

 すべての権力がトレードオフの関係にあることを理解し、大局での力関係に敏感でなければ、いずれは身を滅ぼす。つまりは『仕事を続けたければ目立ちすぎるな』ということだ。これは上位のレイヴンなら誰もが知る暗黙のルールだった。

 

 仮に、俺がBFFを潰して、もしも世界がうまく回らなくなったとしたら、その責任はアナトリアが負わされる危険性さえある。GAの後ろ盾というものが、どれだけ信用に値しないかはこれまでの付き合いでよくわかっていた。

 

 ただ、アナトリアの指導者であるエミールが、どこまでそのことを理解しているかが疑問だ。口ではわかっているとは言うものの、ここから先はビジネスの延長では立ち回れない世界だぞ。

 

 エミールは何をしたい。コロニーを維持するだけなら、ここまで大きな仕事を請け負う必要などないはずだ。アナトリアの力を世界に誇示したいのか。それとも、かつて繁栄したイェルネフェルト教授の功績を、再び世界に知らしめたいのか。どこの世界でも、死ぬのは目立つ奴からと相場は決まっているものだ。

 

 

 

《まもなく敵艦隊主力に会敵。BFFのリンクス(No.8)王小龍(ワン・シャオロン)が指揮する第八艦隊よ。このまま速力で振り切りましょう》

 

 作戦領域外で待機しているオペレーターのフィオナから、通信で連絡指示が入る。フィオナからも、エミールを説得してもらうように頼んだが、それでもエミールの判断は変わらなかった。

 

《___待って! 敵艦隊前方にネクストを確認。BFFのNo.5(プロメシュース)です。敵は長距離ライフルを装備。撃墜されないように高度をとって》

 

 およそ3km離れた位置。広範囲に展開する敵艦隊の前方に、一隻だけ先行する船があった。その上には、しゃがんだ姿勢で長大なスナイパーライフルを構えるネクストがいた。

 

 俺はネクストのメインブースターの推力を使って、機首をわずかに持ち上げて上昇させた。機体がロックオンされたとの警告が発せられる。眼前やや下方に光点が瞬くと機体に軽い衝撃が走った。追加ブースターの後方下部に被弾し、破損したブースターだけ出力を低下させた。機体には微振動が発生し、さらに操縦がシビアになる。

 

《こちらBFFのメアリー・シェリー。いい的よ。あなた》こちらを狙撃したネクストから、自信満々の態度で通信が入る。

 

 続いて放たれた二射目は、約2km程先からの狙撃にもかかわらず、一射目とほぼ同じ場所に命中する。言うだけあって、大した腕だ。下部後方のブースターは機能を停止し、わずかに速度を落とした。推力バランスが崩れ、もはやネクストのメインブースターだけでは高度を維持できない。機体は何をしても機首を下げて降下し始める。

 

 俺は敵機めがけて機体を突進させる。ブースターが生きているうちに、こちらの射程まで接近しなければ、一方的に狙い撃ちされてしまうからだ。

 

《あらあら、玉砕覚悟の野良犬根性かしら。無様な男。死になさい》

 

 三射目はクイックブーストを使って辛くもかわす。しかし、無理な機動でバランスを崩し、機体は空気が抜けながら飛ぶ風船のごとく制御がきかなくなる。振り乱されながらも、必死で機体を立て直そうと操作するが、追加ブースターをパージしなければバランスを取り戻すことは不可能だ。

 

 俺の機体は、まだマッハ1以上を速度を保ったまま、無軌道に空中をのたうち回る。だが、そのおかげで狙撃されることなく、さらに敵機に接近できた。

 

 500mほどの距離まで近づいたところで推力を切り、タイミングを見計らって追加ブースターをパージする。大型の追加ブースターはバラバラになって、高速度を保ちながら敵機へ向かって散乱した。それは、言わばブースターの残骸を弾丸とした大質量の散弾銃だった。

 

 メアリー・シェリーがこちらの意図に気づいて、プロメシュースに回避行動を取らせるが、放射状に広がる無数の弾丸は回避は不可能だ。おまけに、身軽になって体勢を整えた俺は、敵機へ向かって飛んでいく残骸の中から燃料タンクを見つけ出すとライフルで撃ち抜く。

 

 爆発した燃料タンクの衝撃は敵機の視界と動きを封じ、残骸をさらに加速させプロメシュースを襲った。

 

 海面を叩く無数の金属片と爆発の衝撃で大きな水柱が上がるのを、後方カメラで確認した。俺はすでにオーバードブーストを起動させ、遥か先へと機体を進ませていた。

 

《予期せぬ攻撃に驚いたでしょうね。あの高飛車女は》フィオナが珍しく辛辣な言葉を放つ。敵パイロットの口ぶりに何かおもうところがあったのだろう。

 

 撃破はできなくとも、間違いなく甚大な損傷を与えたはずだ。追撃してくるのは難しいだろう。

 

 俺は金色に染まる海上を滑るように突き進んだ。眼前にはBFF自慢の主力第八艦隊が横に広く展開し、こちらの進撃を阻もうとしている。

 

 

     ◇ ◇ ◇

 

 

王小龍(ワン・シャオロン)指令官。敵ネクストを補足しました。艦隊左翼を迂回して突破を試みています》

 

「コジマ粒子弾を敵ネクストとその周辺に向けて発射。敵機がオーバードブーストを停止したら艦主砲およびミサイルを一斉斉射しろ。そして弾幕に紛れ込ませてターゲティングドローンを放て。同時に右翼艦隊は左翼へ移動。敵機を囲い込む」

 

 作戦中は、ストリクス・クアドロ( 愛機 )のコックピットから部下に指示を発令するのがいつものやり方だ。ネクストに乗っていた方が戦況を把握しやすいし、必要なときに移動も狙撃もできる。それに、齢のせいで身体が思うように動かなくなってきた。

 

 動きが遅い艦隊戦は常に状況を把握し、ニ手、三手を先読みしなければならない。戦況を把握しやすく、身体の不自由を意識しなくていいネクストのコックピットは、儂にとって最適なオペレーティングルームだった。

 

 このBFF第八艦隊は、対ネクスト戦を想定した海洋艦隊だ。全艦船には万全のコジマ汚染対策が施されている。とはいえ、実際にネクストの相手をしたことはない。これまでそのような事態などなかったのだから。

 

 そもそも、艦隊などいくら集めようがネクストの前では無力だ。艦船の速力はネクストよりも遥かに遅い。オーバードブーストを使われては、あっという間に突破されるか沈められてしまう。そのことは、ネクストのパイロットである儂が誰より知っている。そのための対策が、コジマ粒子弾によるコジマ粒子の高濃度散布だ。

 

 コジマ粒子は粒子同士が干渉すると、お互いの機能を相殺するように働く性質をもつ。よって、高濃度コジマ粒子下ではオーバードブーストやプライマルアーマーは使えなくなる。艦隊でネクストを相手にするには、まずコジマ粒子の散布し、敵の足を止め、包囲したうえで火力で叩くのが常套手段だ。

 

 ただ、この苦肉の策がどこまで通用するかな。国家解体戦争で8番目の戦果を挙げ、BFF作戦参謀役を務めるこの王小龍とはいえ、どんな手を使ったとしても、艦隊などでネクストを落とせるとは思っておらん。おまけに敵機は、元レイヴンだというアナトリアの傭兵だ。

 

 長い付き合いだったBFFは、間違いなく今日で終焉を迎えるだろう。ある程度は善戦を尽くすが、いざとなったら躊躇なく見限らせてもらうぞ。陰で陰謀屋などと揶揄されているのは知っているが、それが儂のやり方だ。企業もろとも命を捨てるなど願い下げだ。

 

「敵ネクストは、オーバードブーストを停止したぞ。全艦一斉斉射。ターゲティングドローンを発進。敵ネクストを補足したら、射撃管制AIに艦隊中央に誘導するように射撃をさせろ」部下達に指示を出す。

 

 艦船の射撃システムは簡易的な人工知能を用いている。そのため、現代の艦砲操作はTVゲームより簡単だ。ターゲットを設定すれば、波による揺れと地軸、重力や風向きを自動補正して勝手に当たる。

 

 さらにターゲティングドローンを目標上空に飛ばせば、ドローンがより正確な目標位置情報を送信して命中精度が飛躍的に向上する。

 

 敵機の左側を狙って射撃をすれば、右に回避するものだ。そして、ベテランパイロットほどより予測に忠実に動いてくれる。それらを応用すれば、ターゲットを射撃で誘導することも、撃破することも訳はない。実に、つまらん。

 

 敵ネクストがこちらの意図どおりに誘導されていくのを、直接視覚野に届けられる映像から確認していた。艦隊は包囲網を狭めつつあった。

 

 さあ、アナトリアの傭兵。この窮地をどう乗り越える。

 

 

     ◇ ◇ ◇

 

 

 艦砲射撃は正確だった。近接信管による爆発を大きめの機動で回避していたが、いつの間にか艦隊に包囲されていた。しかも、高濃度のコジマ粒子が散布されているため、オーバードブーストは使えない。まんまと戦術にはめられたようだ。

 

 こちらが動けば、移動しようとする方向に射撃され回避を余儀なくされる。しかも15隻全艦の砲撃が連動しているように途切れないため、ほぼ身動きがとれない。

 

 現在は360°から押し寄せてくる砲撃を、細かな機動で辛うじて回避していた。しかし、これでは撃破されるのは時間の問題だ。ネクストの能力を過信しすぎていた。敵の司令官は、艦隊戦とネクスト戦をよく理解している。

 

 砲撃はさらに精度を増し、直撃コースを飛んでくる。一発が胸部に直撃し、機体が大きく弾かれた。そこへ追い打ちのように全方位から砲弾が押し寄せてくる。俺はたまらず海中に逃げようとすると、すぐさま全方位から魚雷が押し寄せた。あわてて海面に出ると、再び砲撃が集中する。移動はおろか、上昇も下降もできない。まさに八方塞がりだ。

 

 《レイヴン! 攻撃を一カ所に集中して突破しましょう。このままじゃ撃破されるわ》

 

 「そんなことはわかっている」できないからこうしているんだ。高度神経接続(オーバーロード・フラッシング)で対処するか。それでも対応できるかどうかわからない。回避し続けるだけではこちらが根負けしてしまう。

 

 そのとき、フィオナが歓喜の声を上げた。

 

 《見つけたわレイヴン! 頭上に小さな機影を確認。たぶん、砲撃の誘導装置よ》

 

 ネクストのレーダーにその反応はなかった。小さすぎて探知できないのだろうか。「フィオナ、一瞬だけ高度神経接続(オーバーロード・フラッシング)を使う」

 

《了解》フィオナの遠隔操作で、ネクストとの神経接続レベルが切り替えられた。

 

 機体との神経接続レベルを上げた状態だと、敵艦隊の砲撃がどれだけ正確かがよくわかる。おそらく、これは人間の狙撃ではない。複数の砲弾の着弾タイミングを調整して、常に退路を塞ぐように射撃されている。すべての艦船の砲撃がわずかなズレもないほど緻密な連携によって行われていた。逃げ場がなければ、いくら精密に機体を操作できようとも回避は不可能だ。

 

 人工知能とはいえ、画像認識やレーダー、レーザーだけに頼った照準ではこれほど正確な射撃はできるはずがない。それを可能にしているのが頭上のドローンのようだ。俺の視覚は頭上に浮かぶ3つの点を捕らえ狙撃を試みる。

 

 点にしか見えない上空のドローンをここから狙撃するのは容易ではない。何発かライフルを放って、ようやく1機に当たったようだ。そのとたん、艦砲の命中精度が明らかに低下した。

 

 俺は砲弾の合間を縫いながら機体を上昇させた。2機目と3機目のドローンを捕らえ撃墜させると、艦隊の砲撃は威嚇射撃かと思うほど当たらなくなる。もはや、高度神経接続(オーバーロード・フラッシング)を解除しても回避は容易だった。

 

 

     ◇ ◇ ◇

 

 

 ターゲティングドローンの存在に気づかれたか。ネクストのレーダーには映らないほど小さなドローンは、パイロットに気づかれることはまずない。向こうには頭の切れるオペレーターがついているようだ。

 

 ターゲティングドローンと人工知能をリンクさせた精密射撃は、一度仕掛けに気づかれてしまえばもはや使えん。とはいえ、画像認識とレーダーが連携しただけのAI射撃では、ネクスト相手では分が悪いことは明らかだ。

 

 案の定、ターゲティングドローンを撃墜されてから、艦砲は敵ネクストに一切命中していない。機械による射撃など所詮こんなものだ。

 

「全艦に通達。射撃管制システムを儂のネクスト(ストリクス・クアドロ)に接続しろ。儂が撃つ!」

 

 そのかけ声とともに、すべての艦船の射撃管制がストリクス・クアドロに集まり、ネクストのデータ接続クライアントが接続確認を要求してくる。それら15すべての接続に許可を下す。

 

 そして、機体オペレーティングシステムの神経接続プロセス変更メニューにアクセスし神経接続レベルを上げた。高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)を使うのは何年ぶりだったかな。それすら覚えておらん。加齢のせいもあって、脳にもだいぶガタがきている。まだ、負荷に耐えられるだろうか。

 

 視界にまばゆい程の光が溢れ、ホワイトアウトを起こす。後頭部よりの中央付近に鈍い痛みが走り、眼球から側頭部にかけてチリチリと焼けるような感覚に襲われた。除々に光が薄れ視界を取り戻すが、その映像はもはや二つの眼球による三次元映像ではない。

 

 艦隊15隻の射撃照準システムが捕らえた映像データと照準補正データが同時に頭の中に入ってきて、それらすべてが敵ネクストを捕らえている。もちろん自機のカメラ映像も主観として同時に認識している。これは高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)のときだけ使える、儂だけが見られる光景だ。モニタールームで複数の画面を見ているのとも違う。上空から見下ろすような俯瞰視点に近いが、それも違う。

 

 あえて言葉にするなら、敵ネクストのコンピュータ3Dモデリングを、儂が自由自在に飛び回りながら眺めていると言えばいいだろうか。もちろん、そこに時間の概念は入っていない。もしくは、時間は非常にゆっくりと流れている。

 

 艦艇のすべてに自分が乗って、狙撃スコープをのぞき込んでいるのを一つの意識で認識し、敵ネクストの形状と、動きのX軸・Y軸・Z軸ゲインを正確に把握できる。同時に、重力・地軸・風向き・空気抵抗などのあらゆる要素も把握しているため、それぞれの照準をどこに向ければ、砲弾がどう飛ぶのかが正確に知覚できた。

 

 複数の自分が個々の視点をもち、それら個々の視点はすべて自分で、そのすべてを理解し制御できる拡張された意識状態だ。時間と場所を超越した五次元空間とはこのような状態を指すのではないかと、高負荷で接続するたびに思う。

 

 敵ネクストは砲撃を警戒し、細かく左右に揺れながら包囲網を突破しようとしている。その動きを予測し照準を合わせる。

 

 頭の中で、神経細胞が盛大に弾け飛んでいるのがわかる。頭痛がして目眩のようなものを感じる。視界がわずかに歪む。高い神経接続レベルでの運用負荷で、脳が崩壊していく様子がはっきりとわかった。

 

 儂も齢をとった。ほんの数年前までは、わずか15隻の同時照準制御など造作もないことだったというのに。照準を正確に合わせようとするほど頭痛と目眩はひどくなる。

 

 これが最後の高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)下での狙撃になるだろうことを確信した。システムが導き出した射撃タイミングと、知識が導き出したタイミングが、長年の勘によるタイミングと一致した瞬間に、仮想意識下の右手ひと差し指をスッと引く。これまで、何千、何万回と引き続けてきた儂の右手人差し指は、いつもと寸分変わらずに動く。

 

 自機のスナイパーライフルの発射音が轟き、少し遅れて艦砲射撃音が連続音となって聴覚野に届いた。砲弾は敵機の周辺で爆破した。

 

 ライフル弾は敵ネクストに当たる。しかし、寸前で直撃は回避され、左肩装甲を砕くにとどまった。敵ネクストはわずかにバランスを崩すも、すぐに体勢を立て直す。

 

 そして、艦隊包囲網を突破すると、真っ直ぐにこちらへ向かってきた。儂の立つここが最終防衛ラインだった。

 

 迎撃するために、ネクストに構えさせたスナイパーライフルの照準を絞るが、身体が震え視界がブレて照準が定まらん。もはや何発撃っても当たる気がしなかった。

 

 どうやら儂も、引退どき(ロートル)が来たようだ。

 

 引き金はもう、引けなかった。

 

 

     ◇ ◇ ◇

 

 

 ブースターを吹かして艦隊の包囲網を突破する。正面の空母上には4足型のネクストがスナイパーライフルを構えていた。王小龍(ワン・シャオロン)のストリクス・クアドロだ。

 

 狙撃に備え、こちらもライフルを構えて機体を左右に振る。しかし、ある程度接近したところで、敵機は構えていたライフルを降ろした。アイカメラが数度点滅を繰り返し「攻撃の意志なし。行け」と伝えてくる。

 

 俺はいぶかしく思いながらも、警戒しながら横を通りすぎる。あの人工知能による射撃管制が艦隊の総力だったのだろう。それを突破された今、これ以上の戦闘は無駄であると判断したらしい。敵の司令官は引き際を心得た人間のようだ。

 

 同時に、BFF内部では命に代えても企業トップを守るといったような忠誠心では動いていないことを察知する。BFFは遅かれ早かれ潰れたことだろう。

 

 コジマ粒子が散布されたの帯域を抜けると、俺はオーバードブーストを起動して、BFFの本社であるクイーンズランスを目指して機体を加速させる。遠くに見える撃破目標まで、遮るものは何もなかった。

 

 

 眼前には、夕日によって黄金色に染め上げられた白亜の美しい艦が迫る。BFFの本社機能を集約した大型船舶クイーンズランス。ネクストのカメラが捕らえた映像では、サイズ感がつかみづらい。まるで丁寧に造り込まれた模型のようにも見えるが、実際のサイズは世界一周できる規模の豪華客船よりも、ニ周りほど大きくつくられている。

 

 武器などは搭載されていないようで、こちらが接近しても迎撃行動はない。やや航行速度を高めたようだったが、船舶の加速などネクストにとっては何の意味もなさなかった。

 

 クイーンズランスの前方甲板上に、ネクストを乗り入れさせた。甲板上に2機分のヘリポートがあるとはいえ、ネクストにはやや手狭だ。周辺の構造物を踏みつぶし乗船させると、ネクストの重さで船首がわずかに沈み込む。乗船切符の代わりに、艦橋に向けてライフルを構えると、敵艦から通信で呼びかけがあった。

 

《こ、こちらクイーンズランス。BFF代表だ。そちらはアナトリアの傭兵だろう? 素晴らしい腕だ。どうだBFF専属リンクスとして働かぬか? コロニー・アナトリアの維持をBFFが全面的に支援するのが報酬代わりだ。悪い条件ではないだろう?》

 

 BFFの代表が、焦りが伝わるほどの早口で命乞いを求めてくる。一応フィオナに確認をとる。

 

「___だそうだ。どうする?」

 

《ちょ、ちょっと待って、エミールに確認をとるわ》

 

 思わぬ額の提示条件に、今度はフィオナが慌てる。おいおい、本気で俺を売り飛ばす気か。

 

 傭兵をやっていれば、勧誘・裏切りなど別段珍しいことではない。レイヴンのように、間に仲介業者がいるわけでもないため、後腐れさえなければ、どちらの陣営につこうが問題はない。BFF側に加勢して、もしこの戦争に勝利できたなら、それなりに見返りもあるだろう。

 

 だが、そうは依頼主(問屋)がおろさない。突如、レーダーに新手の機影を捕らえた。海中にひそんでいた潜水艦のようだ。潜水艦は姿を現すなり、発射管を開きミサイルを放つ。ゆるい放物線を描いて飛来するミサイルの飛行軌道から、ターゲットは俺のネクストではなくクイーンズランスの方だとわかった。

 

 ミサイルを迎撃するためにライフルを向けるが、ロックした瞬間に嫌な予感がした。明確な理由があるわけではない。ただ、逃げるべきだと直感が働いた。俺は船から飛び去り、爆発に巻き込まれないように距離をとる。ミサイルはクイーンズランスの左舷中腹に命中した。

 

 視界を失うほどまばゆい閃光の後、これまで感じたことがないほどの衝撃波に機体が揺さぶられた。膨張した熱波が一帯の海水を一瞬で蒸発させ、爆心地から押しやられた高温の空気が爆風となって押し寄せる。爆風は途中で冷やされ、大気中に厚い雲を生成しながら猛全と迫った。

 

 機体の周辺はプライマルアーマーが保護してくれてはいるが、それでも機体がバラバラになるのではないかというほど連続した衝撃がコックピットまで伝わる。

 

 計器類は狂ったように数値を変動させ、どちらを向いているのかまるでわからない。着水したような衝撃のあと、しばらくして機体制御システムが自動でバランスを回復し海面まで上昇させたようだ。

 

 海上の光景は、先程までとは一変していた。低く立ち込めていた雲は、ひとつ残らず消え失せ、代わりに成層圏まで届くのではないかというほど高い雲がそそり立っていた。北大西洋の夕日によって、金色に染め上げられた巨大な雲の柱は、威圧的な存在感を放つも、まったくもって現実味が感じられなかった。

 

 

《ヴン・・・・・・、レ・・・ヴン・・・・・・お・・・答を・・・》

 

 ノイズ混じりではあるものの、通信機からフィオナの声が聞こえた。電波干渉の影響で通信は途切れとぎれだ。

 

「こちらレイヴンだ。聞こえるか。こちらは問題ない」

 

《あ・・・無事・・・よ・・・った。放し・・・性ばく・・・発を確に・・・わ。何が・・・あった・・・》

 

「所属不明の潜水艦からのミサイル攻撃があった、撃破目標はそれにより消滅。とにかく、これより帰投する」

 

 潜水艦の攻撃目標は、BFFのクイーンズランスと俺だったのだろう。だとすれば、あの潜水艦の所属は、依頼主のGAか、その背後にいるローゼンタールかオーメルの艦だろう。大方、証拠隠滅か。

 

 俺たちは、敵だけでなく味方にまで命を狙われる際どい立場にいる。だからこんな依頼など、受けるべきではないと言ったんだ。



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断章 レオハルトより現状報告

「アナトリアの傭兵がBFF本社を潰してから、レイレナードとアクアビットが本格的な武力行使に打って出ました。また、BFFの残党勢力も抵抗を続けています。それにより、世界各国で同時多発的な作戦行動が遂行されています」

 

 

 ローゼンタールに所属するリンクス、白騎士レオハルトは、現在イスタンブール前線基地での作戦統括管理を任されている。現在の戦況をローゼンタール本社へ伝えるため、イスタンブール基地のブリーフィングルームから通信回線による対話で報告をおこなっていた。

 

 

《仕方がないな。向こうも必死だ》

 

 

 画面の向こうのローゼンタールの盟主、ハインリヒ・シュテンベルクは、憂いを帯びた口調で答えた。

 

 レオハルトは報告を続ける。

 

 

「アジア圏では、GAEと開発していた超巨大兵器ソルディオスが、ユーラシアを東に侵攻。途中のコロニーを蹂躙しながら、GA管轄のコロニー・シングへ向かっています。

 

 カナダでは、BFFの残党がオーメル所有のゼクステクス国際空港を占拠。レイレナード本部との合流を図っていると思われます。

 

 また、BFFが南極に建造した大規模コジマ発電施設スフィアにBFF職員と残党が集結して立てこもっています。

 

 さらに、南極にあるレイレナードの衛星破壊砲エーレンベルクの稼働準備中との報告が入りました。おそらく、GAの監視衛星撃墜し、ネクストの動きを把握できないようにするもくろみと思われます」

 

 

《4カ所同時の武力蜂起か。さて、白騎士は駒をどう動かす?》

 

 

 青騎士の衣装を纏ったハインは、部下であるレオハルトがどのような判断と采配を下すのか、面白半分に訪ねた。

 

 

「ゼクステクス国際空港には、オーメルにパルメットを派遣するよう要請し、すでに現地へ向けて移動中です。

 

 南極のエーレンベルクには、GAからローディとエンリケ・エルカーノの2名を派遣。

 

 スフィアの方には、同じくGAのメノ・ルー大尉を派遣。BFFの施設防衛部隊サイレントアバランチに加え、No.19(フランシスカ)No.20(ユージン)との戦闘が予想されます。

 

 アジア圏の巨大兵器ソルディオスには、ホワイトグリントとアナトリアの傭兵に出動要請を出しています。ホワイトグリントはこれを受諾しましたが、アナトリアの傭兵の方はこちらの呼びかけに応答しません。

 

 先日の、アクアビットによる蹂躙兵器を用いたアナトリアへの直接報復攻撃で甚大な被害を受けた模様です。コロニーへの被害は出ていない様子ですが、現在アナトリアの傭兵の生死は不明です」

 

 

《___そうか、分かった。それで進めてくれ》ハインは満足げな様子で場面手前に手を伸ばすと通信を閉じた。

 

 

 通信信号の途絶えた大きな液晶モニターはブラックアウトし、ブリーフィングルームには静寂が訪れる。何も映し出されていないノングレアの黒いモニターには、白騎士の大きな白い影と、その横に並ぶ小さな影だけがぼんやりと反射していた。

 

 

「さて、手はうったものの、どうなるかな。今の状況をどう見る、ミド・アウリエル」

 

 

 白騎士レオハルトの横に並んでいたオーメルのリンクス、ミド・アウリエルは訊かれることを予期していたかのように、淀みない口調で答えはじめる。

 

 

「すでにBFFの補給が期待できないレイレナードとアクアビットは、ネクスト部隊と巨大兵器を使った短期決戦に打ってくるでしょう。

 

 さらに、ゼクステクス国際空港がレイレナードの手に落ちて、BFFの残存艦隊と連携されれば、陸と空だけでなく、海上侵攻にも対策しなくてはならなくなります。

 

 レイレナードとアクアビットは、まずエーレンベルクでGAの監視衛星を落とし、こちらの監視網の弱体化を狙っています。そうなれば、耳と眼(レーダーと監視衛星)を失ったこちらは敵のネクストはおろか、巨大兵器や敵艦隊の動きも把握できなくなります。

 

 そのうえで、GAが管轄するなかで2番目に大きなコロニー・シングをソルディオスで占領。こちらの物資生産能力を奪いつつ自陣営の拠点化し、その後、艦隊とネクストと巨大兵器が連携して、イスタンブールかイスラエルへ大規模な奇襲攻撃をしかけてくることが予想されます。

 

 まずはエーレンベルクを破壊し、GA監視衛星を防衛するのが最優先です。エーレンベルクにも電力供給をしているスフィアの発電を停止させて、衛星の破壊を阻止したいところですが、時間的な制約から不可能です。

 

 スフィアの防衛部隊がエーレンベルクへ増援に向かわないよう、南極の2点同時の攻撃は必須かと思われます。

 

 あと。

 

 最大の懸念は、ソルディオスがホワイトグリント1機の手に負えるかと、ホワイトグリントが今後どちらの勢力に荷担するか、です」

 

 

 ミド・アウリエルは、レオハルトの意図を解説するかのように言葉にする。しかし、レオハルトは煮え切らない思いを抱えていた。自らが指揮した采配にではない。その先にある、今後の世界の行く末についてだ。

 

 

「結局、何から何まで傭兵まかせだな」レオハルトはひとりごちる。

 

 

 ホワイトグリントの力は疑いようのないものだ。しかし、つい先日イスタンブールのレーダー施設を襲撃したホワイトグリントに、それほど重大な役割を任せることに対する躊躇があった。

 

 ホワイトグリントのジョシュア・オブライエンは、強さだけではない底知れない何かがある。おそらく、GA側からの依頼と相反する依頼が、レイレナード側からも打診されていることだろう。彼がどちらの依頼を受けるかで戦局は大きく揺らぐ。それほどまでにアスピナとホワイトグリントの力は強大だ。

 

 彼に頼りながらも、彼を信用できないもどかしさと、自分が動けないもどかしさが一度に押し寄せてきた。

 

 せめて、アナトリアの傭兵が無事であってくれれば。顔も知らない傭兵の安否に想いを巡らす。

 

 元レイヴンだというアナトリアの傭兵は、かつての国家解体戦争のさなか、自分自身が生み出したかもしれない因縁がある。当人にとっては不本意であろうが、レオハルトは縁起のようなものを感じていた。

 

 そして、結局傭兵に期待している自分がいた。自分がイスタンブールから動けない以上、頼れるのは傭兵たちだけだった。平和を望んで国家解体戦争に身を投じたのに、何一つ身動きのとれない今の自分自身が腹立たしかったのだ。

 

「各方面の戦局は、情報が入り次第報告を頼む。それと、アナトリアの傭兵の安否が気になる。アナトリアに使者を派遣してくれ」

 

 レオハルトは、ミド・アウリエルに指示を出す。「承知しました」と、ミド・アウリエルは敬礼を返した。

 

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 

 

カナダ・ゼクステクス国際空港

 

 作戦領域上空には黒い雲が低く立ちこめている。雨こそ降っていないものの、視界は良好とはいえない。水平線には、およそ10秒間隔で稲妻が海面へ向かって瞬くのが見えた。

 

 オーメルのリンクス(No.13)・パルメットは、自らが操るネクスト(アンズー)を駆り、海面スレスレを飛びながらゼクステクス国際空港へと侵攻する。空港周辺には多数の護衛艦や戦闘ヘリが哨戒していた。

 

 手近な敵機を補足するとパルメットは機体を急上昇させ、空中から的確に護衛を撃ち落としてく。瞬く間に海上の部隊は全滅し、残るは地上部隊だけとなった。海岸に接した滑走路から長距離砲撃が向けられるが、パルメットはアンズーを鷲のように操り、空中無尽に飛び回っては押し寄せる無数のライフル弾を避ける。

 

 パルメットは、わずかな上昇気流を捕まえると、機体をさらに上昇させて、ゼクステクス空港に侵攻した。

 

 彼の乗るネクスト『アンズー』の名前は、シュメール神話や、アッカド神話に伝わる嵐と雷を象徴する聖獣の名だ。ライオンの頭に鷲の身体を持ち、その咆哮は大地を砕き、その鉤爪は天をも裂き、その大きな翼で大空を自由に駆ける。

 

 それはまさしく、空中戦と得意とする彼が操る機体に、これ以上ないほどふさわしい名だった。

 

 エジプト・カイロ出身のパルメットは、幼いころよりパラセーリングが得意で、誰よりも上手に操った。風を読み、空気の密度を感じながら自在に空を舞い、雄大なピラミッドが望める砂漠の空を飛べばどんなときでも気分が晴れた。それがいつしかこんなもの(ネクスト)に乗って、世界規模のクーデターに身を投じている。自分はただ、空を自由に飛びたかっただけなのに。

 

 高い空戦能力をもつオーメルのネクスト『ユディト』の開発には、パルメットもテストパイロットとして関わっている。後輩にあたるセロに空中戦のいろはを教えたのもパルメットだった。

 

 アンズーは上空から、大型ライフルを肩に構えたノーマルACを打ち抜いていく。繰り出される真上からの攻撃に、直上射撃ができない敵ノーマルACは為す術もなく撃破された。

 

 オペレーターがパルメットに全護衛機を撃破したことを伝える。残りの仕事は空港施設内の制圧だけだった。管制塔に勧告を出すために機体を降下させると、空港の物陰からおびただしい数の弾丸が撒き散らされた。

 

 パルメットは素早い反応で上空に回避するとすぐに射撃は止み、代わりにマシンガンを射かけた張本人から通信が届く。それは聞き覚えのある声だった。

 

 《国家解体戦争以来だな、パルメット。こちらレイレナードのリンクス(No.11)オービエ。メメントモリだ。お前とは戦いたくないが、これが戦争だ。この空港は我々がもらい受ける》

 

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 

 

南極・BFFコジマ発電施設スフィア

 

「これで最後ですッ!」

 

 BFFのスフィア施設防衛部隊サイレントアバランチの最後の1機を左腕のガトリングガンで打ち抜いた。南極の真っ白な雪景色を背景に、オレンジ色の爆炎と、それから立ち上る黒煙が目に映える。

 

 その向こうの崖下には、スフィアと呼ばれる球体の大型構造物が圧倒的な存在感を放っていた。BFFが建造した大型コジマ発電施設スフィアは、発電にコジマ粒子を用いることで従来の核分裂炉よりも遥かに効率よくエネルギーを取り出せる。ある程度の安全性は確保されていたが、それでも廃熱と汚染の懸念が払拭しきれないため人の住まない南極に建造された。

 

 スフィアには現在、BFFの残党が各地から集結して立てこもっているが、メノ・ルーの目的は施設の制圧ではない。メノ・ルーをここまで運んできた輸送機には、施設制圧用の特殊部隊を待機させてはいたが、真の目的は並行作戦を展開中のエーレンベルクに、スフィアからの戦力を回さないための陽動だった。

 

 施設防衛のノーマルAC部隊サイレントアバランチは撃破した。しかし、BFFの最重要施設のひとつであるスフィアには、現在ネクストが2機配備されている。No.19が駆るヘリックスⅠ(フランシスカ・ウォルコット)No.20が駆るヘリックスⅡ(ユージン・ウォルコット)だ。

 

 名門ウォルコット家の姉弟。ウォルコット家とBFFは、BFFが軍需産業に手を出す前の旧世紀時代から深い縁がある。ウォルコット家はイベリア半島の名家であり、先天的に高いAMS特性を保有する一族であることが判明してから、さらにその価値性が高まった。それ以来、一族から多くのリンクスを輩出し、その見返りを受けている。

 

 というのは表の話で、裏では近親交配と遺伝子操作によって純血に近い血族を保っているという黒い噂もある。BFFの後ろ盾を失ったこれから、一族はどうなるのだろうとメノ・ルーは不要な心配をする。

 

 ウォルコットの姉弟とは、同じく国家解体戦争を戦った同胞ではあるものの直接の面識はない。しかし、姉のフランシスカには、同じ女性リンクスとしてわずかながら興味があった。

 

 プリミティブライト( 自機 )のレーダーに2つの光点が表示される。その直後、律儀にも敵機から通信が入った。姉のフランシスカ・ウォルコットからだった。

 

《お互いのことは知っていても、会うの初めてね。失礼だけれど、自己紹介は省かせてもらうわ。GAのメノ・ルー(No.10)。負傷したと聞いていたのだけれど、ご機嫌はいかがかしら?》

 

 メノ・ルーが答えようとしたところで、弟のユージンが通信に割り込む。

 

《姉さん、時間がない。さっさと片づけてエーレンベルクへ向かおう》

 

《私のかわいいジーン、姉さんに少しだけ時間をちょうだい。すぐに終わるわ》

 

《わかったよ姉さん》

 

《ごめんなさい。弟はせっかちなの。GAEとアクアビットの癒着抗争で戦死したというのは嘘だったのね。噂を聞いたときは、同じ女性リンクスとして随分と心を痛めたわ》

 

「お気遣い感謝します。でも、死んでいましたよ。怪我はほとんどありませんでしたが、GAとして戦う意味を見失っていました。でも、私が戦うのは主が望む平和のためであり、GAはそのための脚ががかりにすぎません。そのことは昔も今も変わらないはずだと気づいたのです」

 

《___そう。勧誘しようとしたのだけれど無駄のようね。残念だわ。私のかわいいジーン、プリミティブライトを迅速に撃破します》

 

《了解。姉さん》

 

 BFFの2機のネクストは、姉弟ゆえの綿密に連携した動きでプリミティブライトに迫る。

 

「兄弟愛は美しいものですが、いきすぎた愛(ブラコン)は主の認めるところではありませんよッ」

 

 メノ・ルーも機体の全砲門を開いて応戦した。

 

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 

 

南極・エーレンベルク

 

「Oh my god デカいな」

「Oh myger デカいな」

 

 雪原にそそり立つエーレンベルクを目の当たりにしたローディとエンリケ・エルカーノが同時に同じ言葉を口にする。

 

 エーレンベルク破壊命令を言い渡されたGAの所属リンクス、フィードバックを駆るNo.36のローディはアメリカ生まれのアメリカ育ち。同じくGAのNo.32、トリアナを駆るエンリケ・エルカーノは、スペイン系のアメリカ人だ。

 

 南極のクレーターの中に建造されたエーレンベルクのデータは寸法を含めて把握していたはずだが、実物の大きさを目の当たりにするとその巨体に圧巻させられる。

 

 エーレンベルクは、レイレナードが建造した衛星破壊砲だ。その構造は巨大なコジマ粒子砲ではあるが、砲口は宇宙にしか向けられないようになっている。もっとも、地上に撃てたとしても南極にあっては撃つべき対象がない。

 

 だが、現在この巨大なコジマ粒子砲は、GAの監視衛星を破壊すべく発射準備に入っている。大気内では減衰しまうエネルギーも、宇宙空間あればほとんど減衰することなく進み、地球の赤道上を周回する衛星を射程に捉えられる。

 

 エーレンベルクは、国家解体戦争以前の、まだ国家が存在し宇宙進出を目指していた時代に建造されたものだ。各国家は莫大な予算を計上しロケットや軌道衛星を我先に打ち上げ、宇宙の覇権を握ろうと躍起になっていた時代だ。

 

 宇宙を支配できれば、それは実質的に地球全体を征服したことになるからだ。各国は、敵対国を直接攻撃できるレーザー砲やレールガン、質量兵器などをこぞって打ち上げた。

 

 エーレンベルクは、それらの宇宙兵器を迎撃するために建造されたものだ。これだけ威圧的な雰囲気を放ちながらも、エーレンベルクはいわば平和の象徴であるともいえなくはない。実際に、宇宙開発競争が落ち着いてからは一度も撃たれていなかった。

 

 しかし、BFFを失ったレイレナードは、戦争に勝つためにGAの監視衛星を撃ち落とそうとしている。GA陣営のもっとも重要な監視の眼である衛星を潰せば、レイレナードとアクアビットは、戦略的に有利になる。劣性に追い込まれた場合でも、強力なネクスト部隊を使ってゲリラ戦を仕掛けることが可能だ。

 

 エーレンベルクでGAの監視衛星を破壊できるかどうかは、今後のレイレナードの明暗を決める。そのため、相当数の防衛部隊が配備され、敵の弾幕は非常に厚い。

 

 さらに、エーレンベルク本体にも迎撃用のコジマ粒子砲台が備わっており、頑丈なGA製ネクスト(サンシャイン)でも当たれば無事ではすまないほど威力をもつ。

 

 おまけに、その基部はネクスト用とは比べものにならなほど高濃度のプライマルアーマーで入念に保護されていた。

 

《あの、デカいナニをやるのは、なかなか厄介だ。貧乏くじを引いちまったなamigo》 エンリケ・エルカーノが敵の弾幕を回避しながら相方のローディに向けて叫ぶ。

 

《but やらないわけにはいかない。これでも、病み上がりのメノが増援を抑えてくれてるんだ。それに、任務達成すれば二階級特進だぞ!》 ローディが放った砲撃は、敵陣形の一角を崩した。

 

《Hmm 俺は昇進より、休暇が欲しいね》 それに合わせて突入し、両肩のマイクロミサイルを航空部隊に向かって放つ。

 

《Ha Ha そいつは無理だ。レイレナード(サイコ野郎ども)アクアビット(マッドサイエンティスト)を全滅させるまで休暇はなしだろ》 肩の高速型のミサイルでエンリケの撃ち漏らした航空機を残らず撃ち落とした。

 

《Oh myger じゃあ、帰還前にシロクマを見てから帰ることにしようぜ》 両腕のバズーカで敵機を粉砕する。

 

《What!? 南極にシロクマはいない!》 エーレンベルクの壁面の一部が輝く。コジマ粒子砲の射程に入ったようだった。

 

《Que? 奴らが絶滅させたのか? くそったれどもめ!》 放たれたコジマ粒子砲を辛くも回避した。

 

《Yeah その通りだ!》 両腕のキヤノンは、眼前の地上部隊をまとめて爆炎で包み込んだ。

 

《Vamos! ローディ!!》 自然愛護の精神で怒りに火がついたエンリケが、ローディを鼓舞する。全砲門を解放し、残りの地上部隊を壊滅状態まで追い込んだ。

 

 エーレンベルクの巨大な基部は、もう2機の間近に迫っていた。

 

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 

 

トルコ・イスタンブール前線基地

 

 数時間後のイスタンブール前線基地には、各地での戦果報告が寄せられた。ミド・アウリエルは、それらの報告をまとめてレオハルトに伝える。

 

 

「ゼクステクス国際空港のBFF残党はパルメットが鎮圧。レイレナードのネクスト(No.11)、オービエと交戦になったものの、これを撃破しています。

 

 エーレンベルクは、撃たれる前の破壊に成功しました。ただし、ローディとエンリケ・エルカーノの2名はエーレンベルク崩壊の余波で損傷。両名とも命に別状はありません。

 

 スフィアは、メノ・ルーが施設防衛部隊サイレントアバランチおよびBFFフランシスカ( No.19 )ユージン(No.20)を撃退。その後、別動の特殊部隊もスフィア侵入に成功し、現在施設内で鎮圧作戦を展開中です。

 

 無事だったGA監視衛星からの情報で、ソルディオスが、コロニー・シングの目前まで迫っています。また、レイレナードのリンクス(No.3)、アンジェが、コロニー・シング方面に向かっているとの情報が入りました。

 

 それと、アナトリアへ向かった使者からの連絡です。アナトリアの傭兵に接触ができました。『機体が大破したため予備機でソルディオス迎撃へ向かう』とのことです」

 

 

「そうか!」良い報告を聞いたレオハルトは歓喜の声を上げる。

 

 

 後のことは、アスピナとアナトリアの傭兵2人に託された。そしてまもなく、レイレナード・アクアビットとの決戦が始まろうことを予感した。



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Soldios 前編 〜共闘〜

《やあ、レイヴン。久しぶりだね。アマジーグの一件以来だ。活躍は聞いているよ。さすが、私が見込んだ男だ。君と共闘できるなんて、まるで夢のようだ。実際に、何度も何度も夢に見たくらいだよ》

 

 輸送機から作戦領域に投下されると、アスピナの傭兵ジョシュア・オブライエンが無駄に多い挨拶で俺を出迎えた。奴が乗る真っ白な機体(ホワイトグリント)は、砂漠の強い日差しを反射して眩しいくらいに輝いている。

 

 そもそも、人格移転型AIは、機械に乗った鴉の夢を見るのか? 旧世紀にあったとされるSF小説のタイトルを連想する。相変わらず口が減らない奴だ。

 

《先日は大変だったね。BFFを潰した報復としてアナトリアへの直接攻撃に出るとは予測ができなかった。アナトリアは私にとっても思い入れのある場所だ。それを守ってくれた君には感謝をしなくてはいけない》

 

 ジョシュアが言うように、俺が北大西洋上でBFFの本社船舶を襲撃した後、アナトリアはアクアビット製と思われる巨大兵器による攻撃を受けた。

 

 コロニー中心部へつながる古い地下鉄路線を使った攻撃は、脅しなどではなく、アナトリアを確実に崩壊させるための直接的な報復攻撃だった。コロニーへの被害こそくい止めたものの、俺の機体は大破し、急遽予備機を引っ張り出すはめになった。

 

 今搭乗しているこの予備機体は、激戦が続く今後を見越して、以前から少しづつ製作準備を進めてもらっていた機体だ。大破した機体を修理するよりも新しい機体を完成させた方が早いとのの判断で、この任務のためにアナトリアのメカニック達が突貫作業で仕上げてくれた。

 

 トラブルシューティングと慣らし運転は終わらせてはいたが、戦闘機動はまだ一度も行っていない。シェイクダウンの相手が、詳細の知れない巨大兵器であることに一抹の不安を覚える。

 

 

《おや、おまけに機体構成が変わっている。激戦続きだからね。パワーアップをしておかなければ、これからの戦いは苦しいからね。

 

 一見標準パーツの組み合わせに見えるけれども、関節機構をプライマルアーマーでフロートさせて抵抗を少なくしているのか。これはすごい。亡きイェルネフェルト教授のアイデアかい? アナトリアのハワード・マーシュは優秀な技師だけど、ここまでできるとは恐れ入った。

 

 背中の武装を外した代わりにブースターを追加か。機動戦を好む君の戦い方にあった構成だ。武装は肩部ミサイルに、左腕に対ソルディオス用のスナイパーライフルと右腕にアサルトライフル。格納式レーザーブレードか・・・なんだか、他にも隠し玉がありそうだ》

 

 

 ホワイトグリントは、俺の周りをグルグルと周回して、機体構成を観察しては気づいたことをいちいち口にする。そして、その指摘はすべて正しい。人工知能であろうがなかろうが、その分析能力は優れたものだ。やはり油断がならない相手だと再認識する。

 

「俺は機体のお披露目に来たわけではないんだが」のべつまなくなしにしゃべり続けるジョシュアに対し、釘を刺す意味で作戦の確認を促す。

 

《ああ、そうだったね。興奮のあまり忘れていたよ。敵はアクアビット製の超大型兵器ソルディオスが9機。現在、この砂漠の反対側にあるアジア圏最大のコロニー・シングを目指して侵攻している。いま私たちが立っているここを最終防衛ラインに設定する。以上だ》

 

 ジョシュアはさもつまらなそうな口振りで、手短に作戦の説明を済ます。それだけか?「他には?」念を押して確認をしておく。

 

《敵大型兵器は、超大型のコジマキャノンと高密度のプライマルアーマーを装備している。本体に通常兵器は通用しないため、破壊するには頭頂部の丸い砲塔が射撃前に砲門を開く一瞬を攻撃するしかない》

 

 どうやら、必要な情報はこちらから問い合わせなければ口にしないらしい。やや機械的な応答に、目の前で話すジョシュアがやはり人工知能なのではないかという疑念が強まる。だが、興味がないことには無関心な性格とも捉えるられる。どちらにしても面倒な奴だ。

 

「別件で、ひとつ質問だ」《なんだい?》ジョシュアは、作戦説明とは打って変わって、うれしそうな声色で答える。

 

「お前はAIなのか?」

 

 ジョシュアが、その質問に答えるまでには5秒ほどの間があった。明らかに思考をしていることが伺い知れた。いや、フリーズかもしれない。これまでのやりとりには一切なかった間だけに、大きな意味を含んでいるように感じられた。

 

《___その答えは・・・私よりもソルディオスを多く撃破できたら教えてあげよう》

 

 そうきたか。だが、少なくともノーではないことは確かなようだ。どこまでいっても面倒な奴だ。

 

 

 

 『ソルディオス』スペイン語で太陽神を表すその兵器は、俺が以前GAヨーロッパが有するハイダ工場の襲撃で破壊したのと同じ巨大兵器だった。アクアビットは、別の場所でソルディオスの建造を継続していたらしい。

 

 6本の足が生えた昆虫のような胴体の上に、球体の大型コジマキャノンが乗っかっており、頭頂部までの高さは50mを優に越える。それが9機並んで砂漠を進軍する様は、これまで出撃したどの戦場よりも異様な雰囲気を放っていた。

 

 ソルディオスは、我々2機の姿を確認すると、砲塔である頭頂部の砲門に青白い光を宿した。圧縮されたコジマ粒子が、そこから放たれるまでの数十秒間の間に砲口へ銃弾を叩き込まなければならない。

 

《さあ、行こうか。君と私が力を合わせれば、不可能なんてないんだよ》

 

 ジョシュアの操るホワイトグリントは、ソルディオスの中央へ向かって猛進する。何を根拠にそんな言葉が出てくるのか理解に苦しむ。とにかく俺も後に続く。

 

 射程に捉えられるほど接近すると、9機のソルディオスから同時に垂直発射ミサイルが打ち上げられる。白煙を吐き出しながら垂直に立ち昇るおびただしい数のミサイルは、目の前にそそり立つ壁のように見えた。上昇しきったところで、全弾が急降下してこちらへ向かってくる。

 

 右腕のライフルで迎撃しながら前進してミサイル群を回避すると、俺は左翼へ向かう。ホワイトグリントは右翼へ向かった。

 

 巨大なソルディオスの動きは緩慢で、接近するのはたやすい。その巨体が視界に収まらないほどまで接近すると、胴体の全方位に取り付けられた迎撃用の機銃が一斉に発射されるが、小径の弾丸はすべてこちらのプライマルアーマーが無力化してくれる。

 

 だが、新しい機体は、以前の機体ほどプライマルアーマーに頼ることができない。間接部の抵抗低減に割り当てられるコジマ粒子は、プライマルアーマーへの出力から割り削かれている。ジェネレーターの粒子生成量には限りがあるため、以前に比べて防御力が低下していることになる。

 

 そのぶん、四肢の動きは軽い。コジマ粒子の副次効果である動体摩擦低減作用により、高速で動かすほど駆動部の摩擦抵抗が少なくなる。火器管制システム( FCS )とのマッチングがまだ煮詰めきれていないが、射撃追従性は飛躍的に向上した。

 

 まるで自分の手足から重量が失せたように軽く素早く動く。ブースターの出力も向上しているため、機動性は著しく高まっていたが、全体の動きがピーキーで扱いづらさを感じる。

 

 姿勢制御システムも完全には調整しきれていないため、ときどき不安定な挙動を示す。マニュアルで制御しようとしても、以前の感覚で操作しては手足を大きく動かしすぎて、かえってバランスを崩してしまうのだ。

 

 だが、機体はこちらの意志どおりに反応よく動く。それは五体満足だった頃の肉体の動きに近い。忘れかけていた身体感覚が蘇ったようで懐かしささえこみ上げてきた。

 

 巨大な眼球の様に見えるソルディオス頭頂部のコジマ粒子砲台は、機敏な動きでこちらの不器用な機動に追従する。網膜を模したような砲門には、さきほどよりも光量が増し、コジマ粒子の圧縮(チャージ)が進行していることが伺えた。

 

 砲門に向けて右腕のライフルを射かけると、着弾箇所周辺にプライマルアーマーの光の幕が視認され、放たれた弾丸がもつ移動エネルギーが削ぎ落とされる。コジマの光はさらにさらに輝度を増した。

 

《コジマ粒子濃度、圧縮臨界まで上昇! 撃たれるわ!》フィオナが叫ぶ。

 

 ソルディオスに、にらまれたと思った。クイックブーストで機体に回避行動をとらせると、バットで殴られたかような衝撃をともなって機体は横に弾け飛ぶ。同時にソルディオスの巨大な眼球にフラッシュが瞬き、膨大なエネルギーの奔流が機体の脇を駆けていった。

 

 ソルディオスから放たれた強力な光条は、大きく回避したにもかかわらず、その余波だけでこちらの機体表面を焼く。後方の砂丘を吹き飛ばし、あたりの地形を変え、その遥か遠方で巨大な火球をつくった。

 

 自ら起こした緊急回避の挙動を制御しきれず、俺は砂の上に機体を転ばす。コックピット内には装甲温度上昇のアラートが鳴り響いていた。

 

 規格外の破壊力をもつコジマ粒子砲の威力に背筋に冷たいものが走った。もし直撃すれば、ネクストは跡形もなく吹き飛ぶだろう。

 

 俺は機体を起きあがらせると、再びエネルギーチャージを開始するソルディオス頭頂部のコジマ粒子砲塔に向けてライフルを射かける。次弾が撃たれる前に破壊しなければ非常に危険だ。

 

 砲台を保護する強力なプライマルアーマーを、ライフルの連射で減衰させつつ接近する。ソルディオスは、なおもこちらを凝視し続けている。

 

 左腕のスナイパーライフルを、至近距離で砲門に撃ち込んでやると手応えがあった。プライマルアーマーを貫通して砲門内部に着弾し、小さな爆発を起こす。連鎖的に内部で次々と誘爆し砲台が崩壊していく。

 

《レイヴン離れて! 濃縮コジマ粒子が流出! 爆発するわ!》

 

 フィオナの呼び声で機体を退避させると、視界がホワイトアウトするほどの閃光とともにソルディオスが大爆発を起こす。衝撃波と轟音が体の芯まで響き、その爆発の余波は両隣にいたソルディオスをまとめて吹き飛ばした。

 

 爆心地付近には、押し出された大気が急激に戻る際に発生する突風により砂嵐が巻き起こる。砂塵によって太陽光が遮られると、薄暗闇の中には砂塵とともにコジマの発光粒子が舞い散り、星屑のなかにでも飛び込んだかのような幻想的ともいえる光景をつくり出した。

 

 しかし、機体に備わったコジマ粒子計の数値は危険値を遥かに超えており、この場に生物がいたならば、たちまち死を迎える濃度だ。砂嵐がやんでもコジマ粒子の光が宙に舞っている。ソルディオスの残骸からは、機体内にため込まれていたコジマ粒子が、光の粒となって噴出し続けていた。

 

 大量のコジマ粒子によって汚染されたこの砂漠には、今後数百年間は生物の立ち入りができなくなった。そして、高濃度コジマ粒子が散布されたのと同じ状態にあるこの空間では、粒子同士が干渉して力を打ち消し合い、ネクストはオーバードブーストもプライマルアーマーも使えない。

 

 だが、それはソルディオスも同じであり、コジマ粒子砲台を保護するプライマルアーマーは、さきほどよりも防御力が低下し、簡単に撃ち抜けるようになっているはずだ。

 

《一度に3機のソルディオスを撃破。残り6・・・ホワイトグリントが2機を撃破。残り4機よ》

 

「了解」あと2機落とせば、撃墜数でジョシュアを上回る。俺は次のソルディオスへと機体を向ける。

 

 一度勝手がわかってしまえば、あとは単純作業だった。機体の動きにもある程度慣れてきた。

 

 動きの鈍いソルディオスの周囲を動き回って、補足さえされなければコジマ粒子砲は撃たれない。それにソルディオスの足下付近は砲塔の死角になる。

 

 砲の威力はたいしたものだが、多くの大型兵器がそうであるように、ソルディオスは白兵戦闘には向かない。これは、あくまで戦略兵器であり、護衛機を随従させるのが鉄則だ。機動力で勝るネクストが相手では、ほとんど欠陥品に近い。

 

 先ほどと同じように、砲門を守るプライマルアーマーを、右腕のライフル斉射で減衰させつつ、左腕で高威力のライフル弾を放った。そして、球体の砲塔が爆発する前に離れる。

 

 爆発が起きて砂嵐が起こる。もう1機を撃破した。ホワイトグリントも撃破したようだ。向こうの方でも大爆発が起こるのが見えた。

 

《ホワイトグリントがさらに2機を撃破。残り1機。すごい、圧倒的よ》感嘆の声とともに、フィオナが戦況を報告する。

 

 最後の1機は、ホワイトグリントと獲物の取り合いだ。俺は砂嵐が収まるのを待ってから、最後のソルディオスに接近しつつスナイパーライフルで砲門の狙撃を試みる。

 

 まず1射目でプライマルアーマーを減衰させるとともにこちらへ注意を向かせる。続いての2射目は、より精密に砲門を狙う。それほど距離は遠くないため地軸は計算に入れない。大気中を漂う砂の動きから風向きを読み、ついつい動かしすぎてしまう左腕をなんとか操り、いつもより時間をかけて照準を微調整する。

 

 トリガーを引きかけた瞬間、目の前を銃弾がかすめた。思わぬ方向からの攻撃に驚き、狙いが逸れる。弾丸はソルディオスの頭上の遥か上を飛び越えた。

 

 こちら狙撃を邪魔したのはホワイトグリントだった。

 

《おっと、ごめんよ。手元が狂った》ジョシュアがにやけ声でわざわざ通信を入れてくる。どう手元が狂えばそうなる。そうまでしてAIかそうでないかを答えたくないのか。まるで子供だ。

 

 お返しとばかりに、ソルディオスに迫ろうするホワイトグリントの直前に向けて狙撃をする。

 

《おっとっと。君には弾丸1発ぶんを貸していたはずだけれど、よもや忘れたわけじゃないよね。今のはその利子ぶんだよ》

 

 数ヶ月前のマグリブ解放戦線の英雄アマジーグとの戦闘の後のことだ。そんなことを言っていたような気がするが、よく覚えていない。この不毛なやりとりに、状況をモニタリングしているフィオナが怒声で割り込んだ。

 

《だから、なんであなた達が戦うの! いい加減に・・・・・・高熱源体接近! コジマ粒子反応を検知、10時方向! ソルディオスの後方上空!》

 

 オーバードブーストの速度で急速接近する反応がネクストのレーダーにも光点で示される。ソルディオス後方の空から向かってくる小さな人型の影をカメラが捕らえた。

 

 高度を下げ、除々に大きく見えてくるその影は、最後に残ったソルディオスに背後から取り付くと、青白く光る右腕のレーザーブレードを振るう。

 

 ソルディオスのコジマ粒子砲台に斜め右上からレーザーブレードが叩きつけられると高輝度のアーク光が灯る。それが斜めに左下まで移動して光の筋が引かれると、半球状の残骸と化した上側部分はずるりと滑って砂の地面に落ちた。断面はまだ高温を帯び、オレンジ色の光を発している。

 

 こちらが苦労して破壊しているソルディオスの巨大砲塔が、たかがレーザーブレードのひと振りによって斬り落とされた。あれだけの大質量を真っ二つに斬ることなど通常のブレードでは不可能だ。常軌を逸するブレード出力に皮膚が粟立った。

 

 そして、破壊されたソルディオスは大爆発を起こし、大量のコジマ粒子が放出される。あたりは再び砂嵐が巻き起こり、光輝くコジマ粒子が舞い散った。

 

《データ照合。レイレナードのアンジェ(No.3)が搭乗するオルレアよ。彼女は、国家解体戦争でもっとも多くレイヴンを倒したとされていて、『鴉殺し』のあだ名で呼ばれているわ》

 

 フィオナが、姿の見えない敵機の情報を告げた。砂嵐による薄暗闇のなかに細く青白い発光体が浮かぶ。まるで夜霞に浮かぶ朔の月のようだ。

 

 嵐が弱まるにつれて、ソルディオスを叩き斬ったネクストの姿が露わになってくる。黒いネクストは、右腕に強い輝きを放つレーザーブレードを携えたまま上空に浮いていた。

 

《ようやく出会えたな、アナトリアの傭兵。こんなガラクタのようなアトラクションでは満足できないだろう。私が楽しませてやる。手合わせを願おう》

 

 敵機からの通信に、俺は少々混乱した。レイレナードのリンクスが、自軍の巨大兵器を自ら破壊して、ネクスト同士での戦いを求めてくる。レイレナード側のリンクスには頭のおかしな奴が多いが、そのなかでも群を抜いた奇行だ。

 

 そして、それだけ腕に自信があるという現れなのだろう。機体の構成や細かな動きから鑑みても、ただの過信ではないことが伺い知れる。

 

《レイヴン。彼女の持っているレーザーブレード(MOON LIGHT)に注意するんだ。あれはプラズマ内に中性子を放出して、太陽の中心温度に近いほどの高温を発する。斬り合いだけは絶対に避けるんだ》

 

「了解した。こちらは後方から援護する。決して奴の間合いでは戦わせない」

 

《いやいや、私は撤収させてもらうよ。彼女との戦闘は予定に入っていないし、彼女は君をご指名だ。二人の間を邪魔するのは・・・そう、『野暮』というものだろう》

 

 ホワイトグリントはブースターを吹かして後退する。

 

「待て、お前には話が・・・」

 

《ソルディオスの撃破数は引き分けだ。私について話すことはない。答えを聞きたければ、せいぜい生きのびることだね。だが、彼女は強い。それに、私は彼女が嫌いなんだ。ぜひとも勝利して、また会えることを祈っているよ》

 

 ホワイトグリントは、こちらを呼び止めを無視して飛び去る。それから一方的に通信を切った。

 

《ホワイトグリント、撤収》

 

 ソルディオスの残骸と、2機だけが残った広大な砂漠に、フィオナの通信がむなしく響く。入れ替わりに敵機から通信が入る。

 

《お前と1対1で戦えるこのときを、私は夢にまで見て待ちわびていたのだ。さあ、やるぞ》

 

 お前もか。どうやら俺は、頻繁に誰かの夢に出てくるらしい。興奮気味に叫ぶ敵リンクスとは対象的に、俺は檻のなかに猛獣と一緒に放り込まれた気分で憂鬱になった。

 

 どいつもこいつも、ずいぶんと勝手なことをしてくれるな、と同時に呆れた。

 

 

 



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Soldios 後編 〜アンジェ〜

 ママンはいつも私に言った。

「アンジェ、いつも高潔でありなさい」

 

 ママンはフランス貴族の家柄だ。私は生粋のパリっ子で、パリジェンヌ。私はこれでも品格ある家柄のお嬢様なのだ。もっとも、『鴉殺し』と恐れられるレイレナードのリンクス(No.3)がそうだと言っても、誰も信じてはくれないが。

 

 私の父親はレイヴンだったそうだ。父の顔は知らない。

 

 私の育ての父。つまりママンの再婚相手は、同じく貴族家系の気弱な男だった。私がひとにらみしただけで腰を抜かして脂汗をかくような男だ。12歳の頃、私は厄介払いされるように寄宿学校へ編入させられた。巡りめぐってレイレナードに入社し、正規リンクスになった時点で家柄とは完全に縁を切った。

 

 ママンはいつも私に言った。

「アンジェ、素直であることを心がけなさい」

 

 私が搭乗するネクストの名前はオルレア。名前の由来は、フランス解放の英雄『オルレアンの乙女』からとったものではあるが、とくに深い意味はない。強いて言うなら、抑圧された幼少期を過ごした私の、ほんの些細な反抗心を少し大げさな言葉で綴っただけにすぎない。

 

 国家解体戦争に参加したのも、単なる反骨精神と興味本位。それに当時陥っていた軽い自暴自棄がそれを後押ししただけだ。反抗期がずいぶんと遅れてやってきたものだと、自嘲してみたりもする。

 

 その結果、多くのレイヴンを葬ったが、別段レイヴンに特別な恨みがあったわけではない。

 

 戦いながらレイヴンだった実の父親を探しているなどという三流映画のシナリオのような理由ではないし、初めて寝た男がレイヴンで、ずいぶんとひどい扱いを受けた(下手くそだった)ことに対する復讐が理由でもない。

 

 ただ、ネクストに乗る私より、強い人間を探していた。私が全力を出せる相手を求めていた。それがたまたま、当時はまだ地上最強と呼ばれていたレイヴンであっただけだ。

 

 とはいえ、なにかとレイヴンには縁がある人生であることには違いがない。私はレイヴンの娘なのだから、仕方がないことなのかもしれないな。

 

 ママンはいつも私に言った。

「アンジェ、その獲物を狩る獣のような目をおやめなさい」

 

 私の目は、元レイヴンだという父に似た。私の鋭い目鼻は、まわりにずいぶんと威圧感を与えるようだ。そもそも、この目はママンが若かりし頃に駆け落ちした結果じゃないか。私にそんなことを言われても困る。

 

 私は、その鋭い目をさらに細めるようにして、目の前で唖然とした様子でいるアナトリアの傭兵をカメラごしに見つめる。

 

 突然現れたレイレナードのネクストが、自陣営に属する巨大兵器ソルディオスを破壊したのだ。混乱するのも無理はない。私はアナトリアの傭兵に向けて通信を開き、ソルディオスを破壊した理由と、私がここにいる目的を懇切丁寧に教えてやる。

 

「ようやく出会えたな、アナトリアの傭兵。こんなガラクタのようなアトラクションでは満足できないだろう。私が楽しませてやる。手合わせを願おう」

 

 しかし、彼は返事をよこさない。ますます混乱させてしまっただろうか。

 

 ママンはいつも私に言った。

「アンジェ、いつも毅然としていなさい」

 

 目の前にいる、元レイヴンだというアナトリアの傭兵が搭乗する機体を見つめる。心臓の鼓動が強く早まる。

 

 コックピットのバイタルアラートは警告こそ発しなかったが、私の心拍数はイエロー表示の下限付近まで上昇していた。緊張や恐怖からではない。これは憧れや恋心に近い。

 

 レイレナードの諜報部が入手した、アナトリアの傭兵とバルバロイとの戦闘映像を初めて見たとき、私は運命的な出会いを感じた。モニターごしに、この男の前でなら私の全力(すべて)を見せられると確信した。

 

 胸の高鳴りが止まらなかった。資料映像を奪いとって、何度も、何度も、何度も、見返した。ティーンの頃に、テレビのアイドルに憧れるような、浅はかで、薄っぺらで、のぼせ上がった気持ちだけが暴走するような情熱を年甲斐もなく抱いた。

 

 そして今、その男が目の前にいる。興奮のあまり卒倒しそうだ。私は通信を開き、目の前にいる男に向かって想いを告げる。

 

「お前と1対1で戦えるこのときを、私は夢にまで見て待ちわびていた。さあ、やるぞ」

 

 本当に夢に見たのだ。私にしては珍しく素直な言葉が口から漏れる。顔は赤面していることだろう。

 

 最強の力(ネクスト)を手に入れた、かつての地上最強( レイヴン )。ああ、なんて魅力的な肩書きだろう。あとは、その力が本物かどうかを確かめるだけだ。

 

 確かめる方法はひとつだけ。私を倒せるかどうかだ。

 

 私が左手のマシンガンを構えオーバードブーストを起動させた。彼も接近戦では役に立たない左手のスナイパーライフルを投げ捨て、右手でアサルトライフルを構える。そして同じくオーバードブーストを起動させた。

 

「行くぞ!」

 

 お互いの背面ではコジマ粒子の圧縮が始まり、光の粒が収束していく。それが臨界圧縮に達したとき、後光が差し、膨大なエネルギーによって両機がほぼ同時に弾かれた。引き延ばされたゴムが元に戻るような勢いで接近する。2機の相対速度は一瞬で音速の2倍にも達した。

 

 お互いの機体を猛烈な勢いで加速させながら、クイックブーストで左右に軌道を修正し、お互いを狙う弾丸を回避する、そして、少しでも有利なポジションを奪い合う。

 

 機体のディテールがはっきりとわかる距離まで接近すると、同時にレーザーブレードを発振させ、お互いの急所をめがけて渾身の一撃を振るった。

 

 右腕で斬り上げた私のブレードと、左腕で薙払った彼のブレードがぶつかった。同極性のプラズマ干渉が起こす強い反発を検知してオーバードブーストの加速は自動で解除されるが、機体は依然として高い運動エネルギーを保ったままだ。

 

 その膨大な運動エネルギーは、ブレード同士の接点を中心にして、互いの機体にかかるベクトルを強制的に狂わせる。私の機体は右スピンしながら進行方向左に投げ出された。

 

 視界の端には、彼の機体が錐揉みしながら進行方向左上に跳ね飛ばされるのが見えた。

 

 私の機体は砂塵を巻き上げながら砂の上をコマのように回る。強引にマシンガン(重量物)を握る左腕を振り払い、ブースターも併用して抑え込むとようやく機体のスピンモーメントはおさまった。

 

 同時に熱源体接近を告げるアラートがけただましく響く。まだ焦点の合いきらない眼前には、噴射炎を吹き出して迫る複数のミサイル弾頭らしきものがあった。

 

 迎撃するためのマシンガンは、姿勢制御に使って明後日の方向を向いている。クイックブーストはリロード中で緊急回避もできない。

 

 私はとっさに右腕のレーザーブレードを一閃させた。強烈な熱と光によって、すべてのミサイル弾頭が一瞬にして蒸発した。

 

 彼はあの制御不能状態のなかで、私の機体をロックオンしミサイルを放った。しかも、着弾のタイミングを見計らってだ。並大抵のリンクスには成し得ない離れ業に、嬉しくて嬉しくて背中がゾクゾクとする。

 

 この興奮と賞賛の気持ちを彼に届けたくて、右肩に背負ったプラズマキヤノンを構えた。折り畳まれていた本体とバレル部が一直線に並び、その砲口がまだ機体制御を取り戻そうともがいている彼に向ける。照準に捕らえると躊躇なくトリガーを引いた。

 

 超高温の光弾が彼に向かう。しかし、直前で回避された。続けて連射するも当たらない。直進しかしないはずのプラズマ光弾が、彼の機体の直前で曲がったように見えた。

 

 やはり、遠距離からでは彼へ想いは届かない。届かないのならば右腕で直接伝えるまでさ。私は彼のもとへ機体を進ませた。接近を拒むかのようにライフル弾とミサイルが飛んでくるが、障害となるものはすべて迎撃か回避をしてさらに接近する。

 

 マシンガンで牽制しながら、スキをみつけては肉薄し、ブレードを発振させて刃を重ねる。そのたびに激しいスパークが発生し、高輝度光と超高熱が弾けた。熱せられた周囲の空気が上昇気流を生み出し、時折発生するつむじ風が周囲の砂を巻き上げた。

 

 ママンはいつも私に言った。

「アンジェ、いつも美しくありなさい」

 

 戦場に身を置くリンクスである私は、ママンの言う『美しさ』とはかけ離れた存在になった。さらに今では『レイレナードの鴉殺し』などと呼ばれている。

 

 今の私は、アナトリアの傭兵にはどう見えているのだろう。端麗なオルレアンの乙女(ジャンヌ・ダルク)か。屈強な女戦士(アマゾネス)か。同胞であるレイヴンを殺して回った憎き殺人鬼(シリアルキラー)だろうか。いずれにせよ、彼の意識は私に向いている。私の存在は彼の意識で大きな意味を持っている。

 

 私は、戦うことでしか自己表現ができない不器用な女だ。けれど戦いのなかでこそ、私は美しく自分を輝かせられる。

 

 重なるプラズマ刃がスパークして眩しく輝く。機体が弾かれると、すぐさま射撃に転じて相手にスキを与えない。そして、すぐさま接近してはブレードを振るうも、一撃必殺のレーザーブレードだけははお互いが確実にかわし、致命傷だけは避ける。近中距離での一進一退の攻防が延々と繰り返された。

 

 左腕から放たれるマシンガンが弾切れを起こして止まる。ここまでの時間はあっと言う間に感じられたが、ずいぶんと長い時間を戦っている。気づけば、すでに日は傾きはじめていた。

 

 機体は砂とホコリとにまみれている。機体塗装はブレードの高温で熱せられ、いたるところが沸騰して水膨れのようになったまま固まっていた。

 

 弾薬が残り少ないのは向こうも同じだろう。ずいぶん前から牽制の乱発を避け、丁寧な射撃に切り替えて残弾を温存しているようだ。

 

 ふふふ、楽しいなレイヴン。この戦いを終わらせてしまうのがもったいないくらいだ。私はレーザーブレードだけを残して、ほかのすべての武装を捨てる。

 

 それに応じるように、彼もブレード以外の武装をすべてパージし、左腕から超高温のプラズマを発振させて構えた。

 

 こちらの誘いを受けてくれるのか。うれしいじゃないか。殺したとしても、殺されたとしても、後悔はしないよ。

 

 私は興奮に任せて、緊急時以外は使用が禁止されている深部のシステムメニューにアクセスし、ネクストとの神経接続レベルを引き上げる。同時にジェネレーターのリミッターも解除する。

 

 高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)と、リミッターリリースを使用するのは国家解体戦争以来だ。

 

 私もブレードを発振させると、彼のレーザーブレードの3倍もの太い光条が右腕から延びてブレードを形成する。膨大な熱量で機体周辺の外気温が一気に上昇し空気が揺らいだ。

 

 このレーザーブレード(MOON LIGHT)の熱量は、周囲に漏れる光の温度だけでも数千℃。刀身に至っては数十万℃にも達する私専用につくられたブレードだ。

 

 MT程度なら触れただけで跡形もなく蒸発させるほどの隔絶した出力をもつ。大飯喰らいなうえ、扱いを誤れば自機を損傷させかねない諸刃の剣だが、高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)下であれば、思う存分振り回すことができる。これが私の掛け値なしの全力だ。

 

 さあ、最終決戦(ラストダンス)を始めようか。

 

 オーバードブーストとクイックブーストの推力に任せて、真正面から突進させる。もはや小細工など無用だ。身軽になった両機が、さきほどまでより早い動きで肉薄する。

 

 左腕にブレードを装着している機体同士であれば、お互いがブレードを構える腕とは反対側のポジションを獲得しようとするため、時計回りに円を描くような軌道を描く。しかし、私が右手に、彼は左手にブレードを装着しているため、私達は自然と平行移動を主体としながら斬り結ぶ。

 

 軽快にステップを踏んでは、踏み込みの力を刃先に伝え鋭くブレードを振るう。時折ターンをして遠心力を加えてブレードを薙ぐ。一瞬離れてから、懐に飛び込むように鋭くブレードを突く。端から見れば、それはボールルームダンスのような動きだ。私はダンスも得意だぞ。そして、彼はペアを組むのに申し分ない相手だ。

 

 高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)を使うことで、私の神経はさらに研ぎ澄まされた。相手の動きに合わせて機敏に反応し、無意識のまま、素早く最適な動きで対処する。頭の中は激しく思考しながらも真っ白で、相手の動きが手に取るようにわかる。そして気持ちがいい。

 

 だいたいの相手は一瞬で勝負がついてしまうため私は興ざめしてしまう。だが、今の私と互角に戦えるとは、さすが私の見込んだ男だ。

 

 アナトリアの傭兵の機体関節部がコジマ粒子の光で美しく輝いている。そして、四肢の動きは機械とは思えないほど滑らかで速い。なにか特別な技術を用いているようだ。

 

 私はさらに神経を集中し、素早い動きの彼に対して、動作予測の速さで対抗する。もはや自分が機体を動かしているのか、機体が勝手に動いているのかわからない。だけど気持ちがいい。この時間がずっと続けばいいのにと思う。そう、これだ。これが私の求めていた戦いだ。

 

 私はこれまで強い者をみつけては、誰彼かまわず戦いを挑んだ。もちろん、国家解体戦争の同胞達ともだ。

 

 だけど、ベルリオーズの戦い方は傲慢でいけない。レオハルトは淡泊すぎる。セロの坊やが一番マシだったが、私の趣味じゃない。彼らは確かに強いけれども、私は満足しなかった。 

 

 思った通り、彼とは相性がいい。こうして刃を交えると、彼がこれまでどのようにして死線をくぐり抜けてきたか、よくわかる。動きの癖や、間合いの取り方から、どこを見ているか、何を見ているか。何を見てきたか。

 

 私の中にあるものも感じるだろう。私は今、これまで生きてきたなかで、もっとも充実している。

 

 ダンスのペアがそうするように、セッションする演奏家達がそうするように、これまで積み上げてきたすべてのものを出し合い、お互いの底にあるものをむさぼり喰らう。

 

 四肢を巧みに使い、フェイクを交え、刃を振るう。相手をじらして、予測の裏をかいて、何度も何度も刃を重ね合う。

 

 プラズマの刃を交えながら、興奮と鎮静、期待と失望、痛みと快楽、恐怖と愉悦、安心と同時に不安を感じる。あらゆる感情が刹那の間に現れては消え、それが延々と繰り返された。

 

 無心のまま、感情だけが冷静と情熱の間をゆらぐ。戦略や戦術といった余計なことは一切考えず、ただ、手にした刃を相手よりも早く届けることだけに集中できる純粋な戦いが、私がずっと求めてきたものだ。

 

 戦いながら濡れてきそうだ。私は狂っているのかもしれない。それでも、愛しているよレイヴン。

 

 私が右腕で繰り出した袈裟懸けを、彼は半身になっただけで回避した。刀身のプラズマを避けたとしても、レーザーブレード(MOON LIGHT)の放射熱は、機体のコア表面を溶かす。しかし、完全に溶解するには至らない。

 

 これまでの斬り合いで、刀身の熱量が及ぶ範囲を見切ったのだろう。自機の損傷を最低限に抑えつつ、最速の反撃ができるギリギリを距離を狙った正確な回避だ。

 

 コックピット装甲を赤熱させながら、彼は攻撃後に生まれた私のスキをついて左腕のブレードを振り下ろした。

 

 わずかでも操作を間違えれば命を落としかねない決死のカウンターは見事なものだが、そのブレードは私には届かない。私の左腕に備わる二振り目のレーザーブレード(MOON LIGHT)が、振り下ろされる彼の左腕を斬り飛ばしたからだ。

 

 オルレアには、両腕にレーザーブレード(MOON LIGHT)が備わっている。扱いの難しさとエネルギー不足で、高度神接続負荷(オーバーロードフラッシング)と、ジェネレーターのリミッターを解除したときにしか使えない私の奥の奥の手だ。

 

 不意に左腕を失った彼はバランスを崩し、勢い余ってその場でグルリと回転する。スキだらけだ。勝負あったな。

 

 私は左足を踏み込み、初撃で切り払った右腕のブレードを返して、無防備になったアナトリアの傭兵へと月光のごとく輝くレーザーブレード(MOON LIGHT)を振り上げる。

 

 視界の右側で光が溢れる。私の右腕が振るったレーザーブレード(MOON LIGHT)の光よりも速く、別の光が視界に迫った。不測の事態に思考が一瞬だけ停止してから、それが彼の右腕が振るうレーザーブレードが放つ光だとようやく気づいた。

 

 彼がスキだらけで一回転したのは、右腕に格納式レーザーブレードを装備するためのフェイク。一部始終を身体で覆って動きを読ませず、振り返りざまに装備を終えた格納式レーザーブレードを振り払ったのか。

 

 まさか、奥の手(二刀流)まで同じだとは気が合うな。やはり私たちは相思相愛だ。

 

 そういえば、ママンは私にこうも言っていた。

「アンジェ、あなたは必ず不幸になるわ」

 

 そんなことはない。全力を振り絞って負けたのだ。これ以上幸せなことはないよ。ママン。

 

 目の前が真っ白な光で溢れた。

 

 

 




※本小説では、アンジェの乗るオルレアの左腕にはマシンガンとブレードのふたつの武器を搭載していることになります。
ゲーム本編の設定を大きく変えることは避けたかったのですが、演出上、ムーンライトの二刀流でなければアンジェの実力の全て出しきれないと判断し、以上の設定を敢行させていただきました。どうぞ、ご容赦くださいませ。


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Marche Au Supplce 前編 〜リンクス戦争〜

 BFFの後ろ盾を失い、GAの監視衛星の破壊に失敗したうえ、巨額の開発費を投じて完成させた巨大兵器ソルディオスも失ったレイレナードとアクアビットが頼る戦力は、自社がかかえるネクスト部隊しかなかった。

 

 しかし、最初からそのネクスト部隊こそがレイレナード陣営の最大戦力であり、同時にGA側がもっとも恐れるものだった。ネクストは単機で大きな戦力を持つ。それゆえ、政治的・戦略的に使いどころの難しい側面がある。

 

 そのため、これまでレイレナード陣営は自社ネクストを用いた直接攻撃を避けていた。しかし、戦力図が書き変わり、劣勢になりつつあったレイレナード陣営は、とうとう虎の子であるネクスト部隊を本格投入し始めた。この戦いは後に『リンクス戦争』と呼ばれる。

 

 ネクスト同士が戦う様は、かつて企業に雇われたレイヴン同士が争う企業間代理戦争となにも変わることはない。世界を牛耳る大企業の潤沢なバックアップをうけて、より戦略化し、高速化しただけにすぎない。そして、ネクストが撒き散らすコジマ粒子によって世界の汚染が加速化した。

 

 とうとう窮地に追い込まれたレイレナード陣営は、GAとオーメルの重要施設のあるイスラエルへ直接侵攻を開始。レイレナード・アクアビットの部隊指揮を執るのは、リンクス史上最高のAMS適正を有し、知謀と策略に長けたレイレナードのNo.1リンクス、ベルリオーズだ。

 

 GA側も相当数のネクストと傭兵を投入し、イスラエル手前の旧ピースシティ砂漠にてこれを迎撃する。

 

 

 

 

《もうすぐ作戦エリアに突入。戦闘すでに開始されています。速やかに参戦し、味方の支援に向かって。降下準備はいい?》

 

「待ってくれ情報がほしい。作戦エリアの圏外で制止。輸送機のモニターをこちらに回してくれ」

 

《了解。最大望遠映像をリンクします》

 

 フィオナがよこしてくれた望遠カメラの映像にはチカチカと瞬く火線と爆発と、複雑な軌跡を描くブースト光が絡み合っているのが見える。

 

 作戦エリアは、以前アマジーグと戦った砂漠の廃墟、旧ピースシティ。砂に埋もれて立ち並ぶビルの隙間を縫って、ネクスト同士が戦闘する様子が伺えた。敵はベルリオーズを含むレイレナード精鋭部隊4機だときいている。

 

 対するこちらは、ローゼンタールのレオハルト(No.4)が駆るノブリス・オブリージュと、オーメルサイエンスのミド・アウリエル(No.30)のナルの2機。情報ではもう1機出撃していたはずだが、撃破されたのだろうか。

 

 残っているのは、どちらも近中距離戦に特化した機動戦タイプだ。向こうは遠距離攻撃機が2機もいる。作戦を立てなければ各個撃破されてしまうだろう。

 

「遠距離装備に換装する。換装が完了しだい降下。作戦に移る」

 

 メンテナンスオペレーターに腕部武装の換装指示を出すと、フィオナの合図と共に、輸送機左前方から回転式の武器ラックがついたアームが降りてくる。現在装備中の武装を空のラックに取り上げ、回転すると格納式レーザーブレードに続いてスナイパーライフルのグリップが手元に移動してきた。

 

 出力は低いものの携帯性に優れる格納式レーザーブレードをコアに収め、左手でスナイパーライフルのグリップをつかむと、フィオナに装備の換装が完了したことを伝える。右腕にはいつものアサルトライフルを装備していた。

 

《了解。降下シークエンス準備、カウントダウン開始。5、4、3、2、1、降下。レイヴン、気をつけて》

 

 合図が終わると、油圧の抜ける音と軽いショックの後、ハンガーから切り離された俺の機体は空中に放り出され、すぐさま落下速度を高めていく。ブーストをわずかに吹かして姿勢を安定させると、降下しながら作戦エリアへ回頭し、機体を前進させた。

 

 作戦領域に近づくにつれて、無線通信のサンドノイズに混じって発破音と会話のようなものがきこえてくる。初めはよく聞き取れなかったが、それは明らかに会話だった。

 

 国家解体戦争の同胞。お互いが顔見知りなのか、戦いながら敵味方関係なく全周波数帯に向かってがなり散らしているのがわかった。これでは作戦もなにもあったものではない。

 

 なかばあきれながら、交戦エリア中心から一番離れたビルの屋上に狙撃ポイントを陣取る。まだレーダーには補足されない距離だ。狙撃用のスコープモニターを呼び出して、まずは肉視での状況把握につとめる。

 

 敵は全部で4機いる。作戦エリアの反対側のビルの屋上に、武器腕を構えるP.ダム(No.21)のヒラリエスがいた。ビルの谷間を縫ってナルと交戦中なのが、赤く塗装された頭部が目立つアンシール(No.15)のレッドキャップだ。

 

 そこからこちらに近い位置の、ビル街から外れた丘陵地帯でノブリス・オブリージュと2機が交戦している。

 

 ノブリス・オブリージュは特徴的な3門レーザーキヤノンの片方がなくなっていた。高い機動力を誇るザンニ(No.12)のラフカットが頭上から攻め、ベルリオーズ(No.1)のシュープリスが、砂の丘陵を巧みに利用しながらライフルで牽制と援護をしている。あの連携の前では歴戦のローゼンタールの白騎士とはいえ、そう長くは持たないだろう。

 

 ヒラリエスから遠距離狙撃をされないために、間に背の高いビルを挟む位置に移動する。ヒラリエスの射線をふさぐ位置に移動して狙撃を慣行する。

 

 機体をとおして風速と距離とターゲットの移動ベクトルを連続的なデータとして頭のなかに呼び出す。数列データの処理結果が算出されると、対象までライフル弾の軌跡が正確に知覚される。

 

 俺は呼吸を整え、敵の動作予測位置に照準をあわせ、トリガーを引き絞る。乾いた発破音と共に音速で弾が射出された銃弾は、ほぼ一直線の光の筋を描いて空中を複雑機動するラフカットへ吸い込まれる。

 

 しかし、敵の動きのほうが速かった。本体を狙った銃弾はわずかに逸れ、肩に装備した半月状のプライマルアーマー整波装置を貫いて爆散させるにとどまった。

 

《なに!?》無線機から聞こえた驚きの声は、撃たれたザンニのものだろう。

 

 奇襲は失敗した。もう隠れる必要はない。俺は奴らと同じように無線を全周波数に向けて言い放つ。

 

「こちら、アナトリアの傭兵だ。後方から支援する」

 

《間に合ったか。よくきてくれた。すまんが劣勢だ。加勢を頼む》

 

《アナトリア? ああ・・・例の死に損ないか》

 

《あなどるなよアンシール。彼は優秀な戦士だ。ようこそアナトリアの傭兵。ここがリンクス戦争のラストステージだ。登場早々申し訳ないが君には外野で見物していてもらおう。P.ダム》

 

 ベルリオーズの呼び声と共に視界の端が瞬いた。反射的にクイックブーストを点火し、大きく回避行動をとる。

 

 ヒラリエスからの砲撃。ソルディオスのコジマキヤノンにも匹敵する膨大なエネルギーの奔流が目の前を駆け抜け、さっきまで遮蔽物にしていた高いビルふたつと、俺が狙撃ポイントに選んだビルもろとも貫通し爆散させた。

 

 巨大な爆炎と爆風が辺り一帯を覆い、それにより俺は機体姿勢を保つことができずに吹き飛ばされた。ノイズから回復したモニターが捉えたのは、一瞬にして灰燼と化した3棟分のビルの瓦礫の山だった。

 

《折角だが、P.ダムがお前の介入を許さん。そこで見ていろ》言い放つようにベルリオーズからの通信が切れる。入れ替わるようにP.ダムからの通信が入った。

 

《なにをしても無駄よ、アナトリアの傭兵。その気になればビルごとお前を狙い撃つことができる。撃たれたくなければそこでおとなしくしてなさい。尻尾を巻いて逃げるなら見逃してあげる。こちらに寝返るなら、歓迎してあげてもよくてよ》

 

 ビルの上に陣取るだけあって、上から見下すような物言いをする奴だ。返答とばかりにヒラリエスに対してライフルを打ち込む。しかし、距離が離れすぎているため、運動量を失った弾丸は放物線を描いてようやくヒラリエスが立つビルに着弾するにとどまる。

 

 これでは反撃をするにしても、味方を援護するにしても、狙いをつけて立ち止まった瞬間に狙撃される。スナイパーライフルを捨て、近接戦闘で加勢しようにも、ヒラリエスの狙撃がそれを拒むだろう。たった一発の砲撃を見せられただけで完全に動きを封じられてしまった。

 

 ヒラリエスに照準を絞らせないために、不規則に動き回りながら思索を巡らす。そのときノブリス・オブリージュから秘匿回線で通信が入った。

 

《アナトリアの傭兵、頼みがある。背中の邪魔な荷物を狙撃できるか。トラブルでパージができん》

 

 ノブリス・オブリージュは、自機の背面に残った3門レーザーキヤノンをライフルで撃ち落とせと言ってくる。しかし、ヒラリエスがいる限り正確な狙撃はできない。

 

「向こうの策略にやられた。正確な狙撃は難しい。仮に撃てたとしても、そちらの機体に当たるぞ」

 

《___それでかまわんよ。だが、そのときはお前がこの場をおさめろ》

 

 こちらの状況を理解しているのかいないのか、勝手なことを言ってくれる。だが、こちらから動かなければ窮地に追い込まれるのは時間の問題だ。

 

「わかった、機会をつくる。合図を送ったら一瞬でいい。そのタイミングで動きを止めてくれ」

 

《了解した》と返事の後、通信が一度とぎれる。

 

 さて、機会をつくる。とはいったもののどうするか。ヒラリエスのコジマライフルは高威力ではあるものの、連射がきかないうえに、チャージに時間がかかる。チャージしなくても発射可能だが、威力は通常兵器以下だ。発射後はエネルギーを使い切るため防御力・機動力ともに低下する。

 

 そこにチャンスがある。作戦は決まった。そのためには、ヒラリエスにもう一度コジマライフルを撃たせなければならない。

 

 ビルの陰からヒラリエスに向けて狙撃を試みる。精密射撃ではないため当たらないが、こちらからの攻撃の意志を見せつつ、目的を読まれないことが肝心だ。数発だけ撃ったらすぐに次の射撃ポイントへ機体を移動させ、再びライフルを放つ。

 

 射撃の間隔を少しづつ長くしていくことで、コジマキヤノンでの狙撃を誘発させる。その間に、向こうがこちらの隙を見つけるか、しびれを切らしてコジマライフルを撃ったときが作戦の決行タイミングだ。後は俺が狙撃を回避ができるかどうかが成否の分かれ道になる。

 

 奴のライフル発射のタイミングだけに注意を集中させながら、左手のトリガーを引く。

 

《適当に撃っているだけじゃ当たらなくてよ。そこッ!》

 

 ヒラリエスから閃光が発せられた。反応よくクイックブーストを最大出力で点火し回避行動をとる。同時にオーバードブーストも起動。凄まじいエネルギーの奔流が機体のすぐ脇をかすめ機体が震える。コックピットには装甲温度上昇アラートが鳴り響く。

 

 直撃ではなくても、放たれた高圧縮のコジマエネルギーの余波はプライマルアーマーをものともせず機体装甲を焼くほどの威力をもっている。機体の損傷は軽微ではあるものの、2度の砲撃の余波でその被害は機体全体に及んでいた。

 

 直後に立ち上がったオーバードブーストの高速移動でヒラリエスから距離をとり、ノブリス・オブリージュ達の交戦エリアが望める高台まで移動すると、すぐさま狙撃体勢に移る。

 

 ヒラリエスはオーバードブーストを使ってすぐに追ってくることはできず、フルチャージのコジマライフルも撃つことはできない。数十秒間は狙撃に専念することができた。

 

 いつ攻撃を受けるかも知れない恐怖を振り払い、狙撃の瞬間だけはヒラリエスのことは完全に頭の中から消す。そして、片方の大型レーザーキャノンだけを背中に残したノブリス・オブリージュを狙撃スコープに捉える。機体は埃と煤にまみれて灰色になっていたが、やはり、あのときの機体だ。

 

 国家解体戦争のイスタンブール防衛作戦で遭遇し、圧倒的な機動力を見せつけられた天使の様な白い機体。命からがら逃げおうせたものの、俺から自由を奪った仇。

 

 その仇敵が、俺に背中を預けると言う。馬鹿な奴だ。後ろから撃たれる危険性を考慮できていない。今ならほんの少し照準をずらすだけで復讐を成就することができる。

 

 半身を失った苦しみがお前にわかるか。俺は冷めた思いで仮想トリガーの遊びを絞る。忌まわしい記憶の機体が制動のタイミングでこちらに背中を向けた。

 

「アナトリアからノブリス・オブリージュへ。狙撃準備完了。今だ」

 

 ノブリス・オブリージュが動きを止めた。俺は躊躇なくトリガー引く。人間の感情とは、とてもいい加減なものだ。そのときの気分次第で判断はいかようにも変わる。今、この瞬間に俺が身体の苦痛を感じているのであれば、もしかしたら弾丸は天使の背中を貫いたかもしれない。

 

 しかし、ネクストに乗っている間は身体に不自由を感じていない。だから恨みの感情も希薄だ。すべては戦闘の中で偶発的に起こったもので、半身を失ったのは、事態を回避できなかった俺自信の責任だったと思える。

 

 銃口から放たれた弾丸は曳光を放ちながら、動きを止めたノブリス・オブリージュの背面へ向かう。そのスキを見逃さず、ラフカットが攻撃を加えるために、一瞬にしてノブリス・オブリージュに肉薄した。

 

 天使に残っていた片方の翼はもがれた。弾丸はノブリス・オブリージュの3門レーザーキヤノンの基部に直撃し、背面からは大きな爆炎が上る。空中からノブリス・オブリージュに迫っていたラフカットは予想外の爆炎に飲み込まれるかたちになった。

 

 爆炎と煙のなかで、ノブリス・オブリージュとラフカットの影が重なる。一瞬のもみ合いのあと、両者はすぐに動きを止めた。ラフカットの背中からはレーザーブレードの光束が延びていた。ラフカットは電源が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。

 

《ザンニ! チッ》ベルリオーズが無線で叫ぶ。俺は続けてシュープリスに向けてライフルを放ち、遠距離から牽制する。

 

《ありがとう、アナトリアの傭兵。これで1対1だ。ベルリオーズ、決着をつけようか》

 

 身軽になったノブリス・オブリージュがライフルとレーザーブレードを構えてベルリオーズのシュープリスに向かう。

 

《邪魔が入ったが、作戦に変更はない。予定の範疇だ》僚機を失ったシュープリスも近距離戦に応じる。

 

 2機の機動で砂埃が巻き上がり姿が隠れる。瞬間的に音速を超えて発生する衝撃波がさらに砂塵を舞上げた。縦横無尽に駆け回る2機の動きは素早くスコープモニターでは捉えきれない。あたりは砂煙が充満し、すでに機影を視界に捉えることすら難しい。

 

 狙撃手の出る幕ではなくなった。ここは任せて、ヒラリエスの足止めとナルの援護に向かえというレオハルトからの作戦指示なのだろうと勝手に解釈し移動を開始する。

 

 砂煙のなかに時折見える2機のブースト炎と発射光とブレードの瞬きは、さながら積乱雲のなかで光る稲妻だ。破壊的な雷雲が通り過ぎた後は、あったはずの砂丘がきれいに消えていた。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ヒラリエスは、ビルの上から動いていなかった。あの位置は、今戦局を開いているどの位置をも狙撃できる格好の狙撃ポイントだ。ノブリス・オブリージュを狙撃するときに、俺を追ってノコノコ前線に出てきてくれば、先に撃破しておくことでこちらが優位に立てると期待したが、そう甘くはなかった。ラフカットを撃破したものの、形勢逆転にはほど遠い。

 

《さっきは上手く逃げたわねアナトリアの傭兵。でも次はかわせる? それともアンシールと戦っている彼女を先にしとめようかしら?》

 

《おいおい、P.ダム。こいつは俺の獲物だ。手出しするんじゃねぇぞ》

 

《アンシール。女相手だからって遊んでないで、さっさと始末なさい。さもないと、アンタごと吹き飛ばすよ》

 

《ひゃあ、おっかねぇ。おい、死に損ないの傭兵、お前はあのイカれた女に遊んでもらえ。俺はその間に、こっちのお嬢ちゃんをズタズタにしてやるからよぉ。ぎゃはははは。うおっ》アンシールは、ナルの唐突な反撃に驚きの声を上げる。

 

 そこへミド・アウリエルから通信が届く。

 

《こちらナル。アナトリアの傭兵、私が2機を引きつけます。援護射撃をお願いします》

 

 それっきり一方的に通信が切られる。ナルはレットキャップの攻撃を避けながら、戦域をヒラリエスがいる方へ移していく。

 

 まったく、傭兵をただの便利屋だと思っているのか。どいつもこいつも無理な注文をつけてくる。神経負荷の影響なのか、リンクスというのはどうやら全員頭のネジが2、3本飛んでいるらしい。俺は仕方なくナルを追って機体を前進させた。

 

 レッドキャップは、逃げるナルをライフルで追いたてる。中距離に持ち込まれたヒラリエスはビルから飛び降り、後退しながら背面のプラズマキヤノンでナルを迎撃した。

 

 ナルは2機を相手にしながら、器用に攻撃を避けている。しかし、動きがマニュアル通りだ。回避先を読まれればあっという間に撃破される恐れがある。戦闘が拮抗しているように見えるのは、レッドキャップがわざと手を抜いているからだ。ヒラリエスもアンシールを巻き込む恐れがあるため、高威力のコジマライフルは使えない。

 

 俺は少し離れた位置から両腕のライフルを1機づつに割り当て牽制射撃を行い、ヒラリエスとレッドキャップの照準をナルに絞らせない。その隙をみてナルが攻撃に転じるが致命傷は与えられず、4機が絡む戦況は膠着状態となった。

 

 そのまっただなかにいるナルは辛うじて回避を続けていたが、レッドキャップのスナイパーキヤノンが直撃し、機体が大きく弾かれた。

 

《ぎゃはっは。とどめだ!》

 

 俺はそうはさせまいとオーバードブーストでレッドキャップに迫りながら2丁のライフルの砲火を集中させる。

 

《邪魔すんな!》俺の接近を察知したレッドキャップが急にこちらへ振り返り、構えたスナイパーキヤノンを至近距離で放つ。それを右にスライドして回避。キヤノンの光条が機体のすぐ脇をかすめた。

 

 同時に、左腕のスナイパーライフルをパージして格納したブレードを装備すると、すれ違いざまにレッドキャップの左腕から肩の武装にわたって斬り飛ばす。

 

 そして、その場に留まらず、戦域を離れたヒラリエスへと向かう。案の定、ヒラリエスはコジマライフルをフルチャージ状態でこちらに向けて構えていた。

 

 いつコジマライフルを撃たれるかもしれない恐怖に背筋が凍る。だが、ヒラリエスと俺を結んだ射線の延長線上には、ナルと戦闘中のレッドキャップがいる。そのコジマライフルをさっきまでのような最大出力で放てば、レッドキャップを巻き込む。それでも撃てるか。俺は加速を続ける。

 

 短時間の間に、熾烈な位置取り合戦が繰り広げられた。ヒラリエスは通常兵器で俺の接近を拒みながら、レッドキャップを射線上から外すように左右へ移動する。しかし、俺もレッドキャップを常に真後ろに捉えるように調整しながら接近する。そして、あとわずかでレーザーブレードの間合いに入る距離まで詰めた。

 

 眼前に捉えたヒラリエスはしゃがみ込み、両腕のコジマライフルの銃口をわずかに上へ逸らせた。水平射撃をあきらめて、近距離から仰角射撃のカウンターに勝機を懸けた。レイレナードのリンクスにしては、思っていた以上に正気の判断だ。功利主義のレイヴンならすでに味方ごと撃っている。

 

 俺が左腕のレーザーブレードを発振させるのと同時に、目の前が真っ白にフラッシュオーバーする。コジマライフルの特徴的な発射音が耳に突き刺さった。

 

 それより刹那早く、俺は機体を仰向けにそらせて姿勢を低める。右足を前に出し、左足大腿部を使って砂の上を滑らせながらヒラリエスの脇へとスライディングして駆け抜ける。機体は激しく振動しているが、被弾はしていない。

 

 一切の視界がきかないなかで、ヒラリエスの真横と思われる位置で左腕のブレードを振るう。プライマルアーマーの反発はなかったが、熱したナイフでバターを切るような手応えがあった。俺はそのままブレードを振り抜く。

 

《お見事・・・。先・・・逝ってい・・・》砲撃の電磁波干渉によるノイズだらけの通信でP.ダムの最期の声が届いた。

 

 コックピットには機体装甲温度上昇のアラートが鳴り響く。視界が回復した。足下には胴体から真っ二つになったヒラリエスが転がっていた。

 

「こちら、アナトリア。ヒラリエス撃破」

 

《ミド・アウリエル。レッドキャップを撃破。しかし、パイロットは脱出ポッドで逃走。次の目標に向かいます》

 

《いや、こちらも終わった。相打ちだがな・・・ミド・・・後は頼む・・・レイヴン・・・世界を・・・》

 

 レオハルトの通信はザッという一瞬のサンドノイズにかき消された。その直後、遠くで大きな爆発がふたつ立て続けに起こった。

 



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Marche Au Supplce 後編 〜レオハルトとベルリオーズ〜

《アナトリアからノブリス・オブリージュへ。狙撃準備完了。今だ》

 

 レオハルトは、アナトリアの傭兵に言われるがままに機体の動きを止めた。空中からラフカットが接近するのを捉えていたが、それも無視して一瞬だけ操作を放棄した。

 

 すでに弾は打ち尽くし、機械系か電子系かのトラブルでパージ不能になっていた右肩の大型レーザーキャノン(  無用の長物  )をアナトリアの傭兵に狙撃を依頼したものの、それが吉とでるか凶とでるかはわからなかった。

 

 少なくとも右側だけにバランスが偏向した今の状態では、ザンニ(No.12)のラフカットと、ベルリオーズ(No.1)のシュープリスに勝つことはできないだろうという単純な判断だった。

 

 着弾。右背面に衝撃があった。それからさらに背中で大きな爆発が起こった。右肩の3門レーザーキャノン(ECーO307AB)が、アナトリアの傭兵によるライフル狙撃で誘爆を起こし、その衝撃でノブリス・オブリージュは前方に吹き飛ばされる。

 

 弾切れのわりには、大きすぎる爆発にレオハルトは少々驚きながらも機体を立て直す。幸いなことに機体の損傷は軽微だ。さらに爆発によって吹き飛ばされたことで、上空から接近していたラフカットの眼下をすり抜ける形になり優位なポジションを手に入れた。

 

 身軽になった機体をすぐさま回頭させ、爆煙のなかに突っ込んだラフカットに向けて左腕のレーザーブレードを突き出すと、攻撃を予期していなかったであろうラフカットは、そのまま胴体を高温のプラズマ刃で貫かれ動きを止めた。

 

「ザンニ! チッ」常に冷静沈着なベルリオーズが珍しく慌てた声を上げる。僚機を失った動揺だけではない。シュープリスはアナトリアの傭兵からの援護射撃の回避にてこずっていた。

 

「ありがとう、アナトリアの傭兵。これで1対1だ。ベルリオーズ、決着をつけようか」

 

 レオハルトはアナトリアの傭兵に礼を伝えるとともに、ベルリオーズに一騎打ちを申し出る。

 

「邪魔が入ったが、作戦に変更はない。予定の範疇だ」ベルリオーズも、いつもの強気の態度で応えた。そして、この戦闘で初めての近距離戦に応じる。

 

 2機がライフルで牽制射撃をしながら背面ブースター全開で一気に距離を詰める。すれ違いさまにノブリス・オブリージュはブレードを振るうが、シュープリスは難なく回避して2機が交差する。

 

 シュープリスは急旋回する一瞬で右肩のグレネードキャノン(OGOTO)を構え終え、砲弾を放つ。眼前がフラッシュオーバーし、オレンジ色の爆炎が立ち昇った。

 

 大気が激しく振動する。爆発の衝撃は、あたり一帯の空気を吹き飛ばし、真空状態になった空間に、砂をまとった空気が注ぎ込み砂嵐が起こる。爆発の黒煙が掻き消えないうちに数発のライフル弾が襲来しシュープリスの機体をかすめた。

 

 さらに嵐の中をものともせず、ノブリス・オブリージュが素早く接近し右腕のライフルを放ちながら左腕のレーザーブレードを発振させた。超高温のプラズマに焼かれた砂が、爆ぜて火花を散らす。ノブリス・オブリージュは青白く輝く剣を連続で振るう。

 

 シュープリスは、その連撃を巧みな機動で回避し、子供と遊ぶ大人のようにそれをあしらい、スキを見つけては蹴飛ばす。加速しながら両者が繰り出す四肢の動きは瞬間的に音速を超え、衝撃波が発生してさらに周囲の砂を巻き上げた。

 

 そして、わずかでも距離が離れれば、お互いに追撃を加えようとライフルを構える。システムがロックオンするより早く、感覚だけで照準をあわせ、引き金を引き、お互いのコックピットを我武者羅に狙う。

 

 実力が拮抗している両者が放つ弾丸は、お互いが寸前で回避した。銃弾を射かけながら機体が交差し、位置を入れ替え、さらなる攻撃を繰り出す。2機は見えないゴム紐でつながっているように短周期で接近しては離れ、近距離での攻防が延々繰り返された。

 

「ベルリオーズ。この戦いの果てに、お前は、お前達は何を見る」

 

 レオハルトがライフルを射かけながらベルリオーズに問う。

 

「知れたこと。増えすぎた人口を削減し新たな秩序をもたらし、人類にとって新しい世界を創り上げる。国家解体戦争はそのための足がかりだったはずだろう」

 

 ノブリス・オブリージュからの銃撃を、シュープリスは後退しながら難なく回避し、寸分おかずライフルで反撃する。

 

「そのとおりだ。私も、間接的にとはいえ何億という人間を殺した。だが、我々が戦っていては、新たな世界など生み出せはしない。かつては同じ目的のために世界と戦ったはずだ。何がお前たちと我々を隔てている。なぜ戦いを引き起こす」

 

 長らく抱えていた疑問を、レオハルトはベルリオーズに問いただす。レイレナードの軍事行動の意味は明白だ。しかし、その根底にある意志を確認したかった。

 

「昔のよしみだ答えてやる。つまり、結果は同じであっても含まれる意味が違うのだよ」

 

 ベルリオーズは含蓄ある言葉で返す。レオハルトはその意味を汲み取ることができない。

 

「どういうことだ」

 

 2機は一時距離を取り、中距離射撃で牽制し合いながら会話を続けた。

 

「ローゼンタールとオーメルは人類を存続させるため、人口削減と残った人類の管理支配を望んだ。だが、我々レイレナードが望む世界は、不要な人間を排除して、生き残った有益な人間だけが住む世界だ。

 

 求める結果が同じだから協調した。しかし、所詮は寄せ集め。意見が違えば対立も起こる。当然だろう」

 

 

「優生学思想を現実のものにするつもりか。不要な人間を切り捨てる社会などあってはならない。不安定な世界は、誰かが適切に管理すれば十分に機能するはずだ」

 

 

「それが傲慢だというのだ。そして、それこそが人類の存続の妨げとなっている。ローゼンタールやオーメルの、旧世代から続く強制的な抑圧こそが我々の望む新しい世界にとっては不必要なのだよ」

 

 

「傲慢? 世界を管理する役目はお前達も担っているはずだろう」

 

 

「無論、管理は必要だ。だが、一方的な管理体制は人類全体の衰退に繋がる。人類は生き残ればそれでいいのか。ただ生き延びるだけなら我々は動物と同じだ。人類は進化し続けなくてはならない。進化を促進させるものはテクノロジーしかない。だが、ローゼンタールとオーメルの頭の固い老人どもは、自由な発想と技術の進歩をも抑圧している」

 

 

「それは、お前達が非人道的な技術開発を進めるからだ」

 

 

「非人道的であることは認める。だが、進歩には痛みがつきものだ。痛みを怖がっていては、進歩はあり得ない。そんな人類の100年後の未来はどうなっている? 200年後は? 1000年後は? 痛い、痛いと泣き喚いたところで、なにも変えることはできない。

 

 人類が未来永劫生き残るにはテクノロジーに頼るしかない。我々にできることは、それを実行するか、しないかだ。変化が怖い者は、ただ死を待てばいい。

 

 世界が動かないのなら、我々は強制的に変革を起こす。そして、単一的な思考をもって矛盾のない世界を管理運営する。それが我々レイレナードの総意だ」

 

 シュープリスはライフルを握る両腕を広げ、聴衆がいれば拍手を求めるかのようにそこで演説を一旦区切る。

 

「それは人格転移型AIを神と崇めるということか? 技術者上がりのくせに信心深いお前らしい考えだ」

 

 

「人格転移型AIは、その一端にすぎんよ。AIを用いた指数関数的な技術向上が、どんな形にせよ我々を革新に導く」

 

 

「いや、過ぎたテクノロジーこそが人類を滅ぼすのではないか。人間は急激な変化に耐えきれない。我々人間には、変化に順応する長い時間が必要なのだ。

 

 ベルリオーズ、私は世界は一度歩みを止めるべきだと思う。人間は生得的に変化を嫌う生き物だ。旧世紀の緩やかな進歩ですら、人類はおいていかれそうになっていた。自分たちが生み出したものにすら振り回されていた。人類は一度進歩をやめて、これまでの歩みを振り返ることが必要だ。

 

 だからローゼンタールは___ハインリヒ・シュテンベルグは人類史をリセットしようとしている。最低限のテクノロジーだけで人類が自立循環できるシステムを再度構築し、完璧な仕組みをつくり上げる。それは既存の技術だけで可能だ。エネルギー問題は解決しつつある。あとは食料問題だけだ」

 

 

「いまだに剣と権力を振りかざす時代遅れが考えそうなことだ。それは、地球が存続していての物種だろう。地球は___宇宙を含めた自然環境は我々に優しくはないぞ。

 

 我々が目を向けるべきは宇宙だ。しかし、今は道が閉ざされている。それこそローゼンタールとオーメル、GAの老害が生んだ最大の罪だ。そして、地上が平穏である限り、人々の意識は宇宙へは向かない。

 

 さらに、緩慢な進歩は資源を浪費するたけだ。枯渇する前に残りわずかな資源の使い道を明確にしなければ、我々はいざとなったときに、地球を脱することすらままならなくなる。

 

 もっとも、全人類がAIに人格転移すれば、食料問題はすぐさま解決することが可能だが」

 

 

「そうまでして生き延びねばならないのならば、いっそ人類は滅びるべきだ」

 

 

 銃口を下げていたノブリス・オブリージュに、レオハルトは再びライフルを構えさせる。ベルリオーズも右腕のライフルを突き出し照準を絞る。

 

「レオ、旧友として忠告する。お前の言うそれは、弱者の言い訳だ」

 

「いや違う。ベル、お前の語る言葉こそが、強者の偏見だ」

 

 同時に放たれた弾丸同士が空中で衝突して弾ける。その衝撃が2機の間の空気を一瞬震えさせた。

 

 

「ふふん。全人類の人格転移型AI化は、さすがに冗談だ。たしかに、滅びる運命ならば受け入れるしかないな。それが、自分たちが蒔いた種なのならばなおさらだ。だが、私は足掻くよ。何があってもだ」

 

 

「我々はどちらも傲慢過ぎる。決めるのは中立的立場の人間であって、我々ではないはずだ。そろそろ二人とも幕引きのときかもしれん」

 

 

「私が死んでもレイレナードは止まらんよ。すでにバトンは渡してある」

 

 

「ならば好都合だ。まずは、私たちから地獄へ堕ちるべきだ」

 

 

「さっきも言ったように、私は往生際が悪い。生憎だが、世界が終わるとしても足掻き、もがき続けさせてもらうよ」

 

 

 ベルリオーズは、シュープリス背面のオーバードブーストを起動させた。2丁のライフルを前方に構え、身を低めて加速に備える。

 

 

「私が引導を渡してやる。白き騎士たる我が名にかけて」

 

 

 レオハルトも、右腕のライフルと左腕のレーザーブレードを構え、同じくオーバードブーストを起動した。コジマ粒子の光がノブリス・オブリージュの機体背面に収束していく。

 

 弾かれるように加速した2機は、銃撃をしつつ、亜音速で螺旋を描きながら距離を詰める。オーバードブーストが放つ大量の放射熱と、高速機動によって攪拌された空気は上昇気流を生み出し、砂塵を伴った竜巻を発生させた。

 

 銃口から放たれる無数の弾丸は、強風でわずかに軌道をそらし、両機の背後へ消えていき、竜巻から放射状に周囲へまき散らされた。2機は引き金を引き続ける。炸薬の破裂する光と、砂塵の激しい摩擦で生まれる稲光が、荒れ狂う竜巻のなかで瞬く。

 

 もっとも接近したところで、シュープリスの放った一発がノブリス・オブリージュの右肩に命中し肩装甲を砕く。強風と着弾の衝撃でバランスを崩しながらも振るわれたノブリス・オブリージュのレーザーブレードは、シュープリスの右ライフルを真っ二つに叩き斬った。

 

 とっさにベルリオーズは左腕のライフルを突き出す。アサルトライフル(04ーMARVE)先端の突起した着剣金具がノブリス・オブリージュの胸部に突き刺さり、胸部装甲に穴を穿つ。

 

 そのときレオハルトは、コックピットのなかで物理的な衝撃以上のショックを身体に感じた。ネクストに神経接続している間は痛覚は遮断されているため痛みは感じない。しかし、バイタルアラートはレッドで警告を発しはじめた。

 

 視界には血圧と血流サインが見る見るうちに低下していく様子がモニタリングされた。胸部をえぐったシュープリスのライフル先端は、ノブリス・オブリージュのコックピット内部を破損させ、その破片が肉体にダメージを与えたようだ。レオハルトは激しい脱力感を覚え、視界が歪むのを感じた。

 

 それでも、この期を見逃さず、右手に握ったライフルを放り投げてシュープリスの肩をつかみ、密着状態を保ち続ける。

 

 ベルリオーズは離脱しようとノブリス・オブリージュの胸部に突き刺したままのライフルの引き金を引く。

 

 シュープリスの放つゼロ距離射撃の衝撃と轟音が何度もレオハルトの身体を襲う。すでに意識は朦朧としていた。それでもなんとか意識を保ち、左腕をシュープリスのコックピットに叩きつける。

 

 同時にレーザーブレードを発振させると、わずかな反発の後、シュープリスの背中からプラズマ光が延びた。それを見届けるとレオハルトの身体からは急速に力が抜ける。

 

 それきりシュープリスは動きを止めた。レオハルトも、もはや機体の制御がままならない。2機は竜巻に煽られながら砂の上に自由落下した。レオハルトには落下の衝撃が感じられなかった。砂で衝撃が吸収されたのか、すでに感じられないほどの状態にあるのか定かでなかった。

 

 

《こちら、アナトリア。ヒラリエス撃破》

 

 アナトリアの傭兵の声が聞こえた。幻聴。いや通信か。

 

《ミド・アウリエル。レッドキャップを撃破。しかし、パイロットは脱出ポッドで逃走。次の目標に向かいます》

 

 続いて、ミド・アウリエルからの通信も入る。レオハルトは最期の力を振り絞り、通信に応える。

 

《___いや、こちらも終わった。相打ちだがな……ミド……後は頼む……レイヴン……世界を___》

 

 ミド・アウリエルには、イスタンブール前線基地で私が片付けるはずの残務整理を頼むことになる。申し訳ないなとレオハルトは思う。そして、あの無愛想な娘が幸せに生きられる世界になってくれればいいと思った。

 

 アナトリアの傭兵。お前とは一度顔を合わせて話したかった。もっとも、お前にとっては迷惑だろうが。誰よりも力を持ち、誰よりも中立である、お前(レイヴン)がこの世界の行く末を決めろ。

 

 それこそ迷惑な話か……。レオハルトは自分の身勝手な考えに思わず笑いたくなった。

 

 我々は人を殺しすぎた。責めを負って共に逝こう。ベル。言葉を発したかったが、もう声は出せなかった。

 



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Last Duty 〜レイレナード本社襲撃〜

《一般的に、こういうシーンでは、男性であるあなたが先行するのでは?》

 

 オーメルのリンクス、ミド・アウリエルが、俺の常識を疑うかのように訊いていくる。

 

「レディファーストだ。先に行ってくれ」

 

 ミド・アウリエルに背中を見せたくない俺は、適当な理由をつけて先に行くように促す。数ヶ月前のハイダ工場の作戦で、俺はGAの僚機に後ろからいきなり撃たれた。さらに、つい数週間前のBFF本社襲撃では、オーメルが発射したと思われるミサイルの核爆発に巻き込まれるところだった。どうやったら信用などできるというのだ。

 

《___心配せずとも、後ろから撃ったりなどしません》

 

 ミド・アウリエルは強く念を押すが、GA側に組する奴らの言葉が信用に足らないことは、これまでの経験でよく知っていた。今回の共闘も、大方俺の監視か、あわよくば暗殺が裏の目的だろう。

 

「念のため、だ」

 

 そんなやりとりを交わしつつ、レイレナード本社へと侵攻する。レーダーで探知されるのを避けるために、雑木林に身を潜めて2機は進んだ。木々の隙間からは、レイレナード本社施設であるエグザウィルの上端部が望めた。レイレナードの本社は常人には理解できそうにもない奇妙な建築造形をしていた。

 

 

《レイレナード本社へは、24時間前に避難勧告済みです。待避した人間はGA側で受け入れの用意ができています。それでも、一部の強行派が本社防衛のために作戦部隊を展開しているとの情報が入っています。

 

 本作戦は、防衛部隊を突破し、エグザウィル本社施設を支えている11本の支柱を破壊することです。施設外周部の防衛部隊は私が引きつけます。あなたは、その間に支柱を破壊してください》

 

 

 ミド・アウリエルが搭乗するネクスト、ナルの背面を眺めながら通信で作戦内容をきかされた。それと同時に、ナルの武装も確認しておく。

 

 ナルには、レーザーライフルとレーザーブレード、それに散布型のマイクロミサイルが装備されていた。万が一のために、味方機の戦闘能力も把握しておかなければならない。いつ背後から撃たれるかも知れない相手の場合はとくに。

 

 鬱蒼とした雑木林を抜けると、視界が開け湖畔に出た。レイレナード本社エグザウィルは、カナダ北部のグレートスレーブ湖上に建造されている。その姿は湖に浮かぶ巨大な帆船にも見えなくもない。

 

 遠くからだと、幅100mはありそうな巨大な帆が天高くそびえるように見える。そして、数本のロープ地上へ伸び、風を受けて反り返る帆を引っ張っているかのようだ。

 

 望遠でよく見ると、実際は、真っ二つになった高さ300mほどの円錐が45°近くまで傾き、それが倒れるのを外郭5本、内郭6本の細い支柱が支えているようだった。細いといっても全体のスケールが基準であって、支柱の直径は5mを優に越える。

 

 支柱の基部は、反対側に位置する半ドーム状をした背の低い建造物が支持しており、事前の情報では、こちらは施設稼働用の発電所となっているはずだった。

 

 高い方の構造体は、ここからだと薄っぺらく見えるが、厚さは最大で40mほどもあり、工場とオフィスと居住区画、その他諸々の施設が収まっている。収容規模は数万人。建築に関してはからっきしだが、どうやってつくったか、あるいはどんな意図があってつくったかすら想像できない建物を、俺は生まれて初めて目の当たりにした。

 

 周辺の湖面には数隻の護衛艦が浮かび、その上空には結構な数の戦闘ヘリが哨戒のために旋回していた。

 

 本社施設上にも移動砲台が無数に配置されている。虎の子のネクスト部隊を失ったとはいえ、レイレナードは、かなり大規模な部隊を本社周辺に展開させていた。

 

《では、手はず通りに。作戦を開始します》

 

 ミド・アウリエルが先行して湖上に躍り出た。背面から吐き出されるブーストの推力が湖面を揺らす。ナルは右舷に向かって水面を切り裂きながら侵攻した。

 

 ナルの姿を捉えた護衛艦からは、垂直発射ミサイルが白煙を吐き出して打ち上げられ、対空砲の発破音が湖面を細かく振動させた。戦闘ヘリは急旋回し、いきなり現れた敵機に機首を向けて機銃とロケット砲を打ち込んだ。さきほどまで穏やかだった湖面には盛大に爆炎と水柱が上がる。

 

 防衛部隊の砲火がナルに集中しはじめたのを確認してから、こちらも動き出す。

 

《これが最後の戦いになるわ。気を引き締めていきましょう》

 

 俺の主治医であり、保護者でもあり、これまで慣れないオペレーターを務めてきたフィオナが俺を鼓舞する

 

「了解。こちらも出る。オペレーティングを頼む」フィオナに作戦開始を伝えてから、一直線に巨大なエグザウィル施設へと機体を進めた。

 

《10時方向、ヘリ、1》

 

 俺は10時方向の戦闘ヘリのコックピットを狙って照準を絞る。ライフル弾はヘリのコックピットを貫き、制御を失った戦闘ヘリは錐揉みしながら湖面へ落下した。

 

《12時方向、施設上、砲台3。射程に入ったわ》

 

 遠距離からの敵砲撃を避けつつ、こちらの射程まで素早く接近して砲台を的確に撃ち抜いていく。

 

《砲台沈黙。10時と2時にエグザウィル支柱》

 

 支柱めがけて発射したミサイルは、真っ直ぐに支柱へと向かう。着弾すると爆炎が上がり、支柱は倒壊しながら瓦礫をまき散らした。もう1本の支柱はライフルを斉射して破壊する。しかし、2本支えを失ってもエグザウィルはびくともしない。俺は、次の支柱へ向かって機体を加速させる。

 

 

《レイヴン! コジマ粒子反応確認。ネクストよ!》

 

 フィオナが警告を発した直後、エグザウィル内部から、行く手を阻むようにネクスト3機が躍り出し、三方向から急速に接近した。

 

 そのネクストは、レヴァンティール基地で見たものと同じAIネクストだった。レイレナードらしい流線型の機体。両肩には三角形の可変式スラスターユニットを担いでいる。そして、右腕と一体化したコジマライフルの銃口をこちらに向けた。俺は苦虫を噛みつぶしたような顔で敵機を見据えた。

 

 左腕には高出力のレーザーブレードが備わっているはずだ。唯一違うのは、3機とも頭部がアンバランスなほど鮮やかな赤色で塗装されていることだ。

 

 正面の1機から通信が入る。

 

《よお、死に損ない。それに、オーメルのお嬢ちゃん。ぶっ殺したい奴が雁首揃えてノコノコ来てくれるとはな。ぎゃっはっは。俺はついてるぜ》

 

 その声と、その特徴的な笑い方には聞き覚えがあった。先の旧ピースシティの戦闘で逃走したアンシール(No.15)だ。自機を失って、機体を乗り換えたか。その一方で、俺は相手が人格移転型AIではないことに安堵した。

 

 続いて、左手にいる敵機から通信が入る。

 

《前の戦闘では、よくも左腕を斬り飛ばしてくれたな。おかげで、お嬢ちゃんごときに惨敗だ。恥さらしもいいところだぜ。ぎゃは》

 

 さらに右手にいる敵機からも通信。

 

《だが、恨んじゃいねぇよ。むしろ感謝してるぜ。おかげで俺は、最強の力を手に入れたんだからよぉ。ぎゃっはっは》

 

 3機にアンシールが搭乗しているはずはない。___まさか人格移転型AIのコピーなのか。

 

 

《察しのとおり、俺はAIに転移した。この身体は最高だぜ。痛みも恐怖も感じない。いくら加速しようが、減速しようが身体は屁とも感じない。おまけに考えるだけでなんでもできるし、今までわからなかったことが一瞬で理解できる。この力があれば、アンジェやベルリオーズが生きていたとしても、目じゃねぇ。俺がNo.1だ。

 

 だから、テメェがしようとしていることも瞬時に予測できるぜ》

 

 

 両脇の2機が右腕から光弾を放ち、こちらが不意打ちで放とうとした両肩のミサイルポッドだけを狙撃した。ミサイルポッドは破壊され、内部の弾頭が誘爆を起こす。俺は、すぐさま後退して爆発に飲み込まれるのをなんとか避けた。

 

《ぎゃっはっは。つまり、テメェはいつでも殺せるってことだ。せいぜい足掻いて、もがき苦しめ。ぎゃっはっはっはっはっは》

 

 3機は笑いを発しながら、右腕に構えたコジマライフルの砲身を展開しコジマ粒子砲のチャージを開始する。3機の笑い声が重なって通信機から発せられる。やかましいうえに鬱陶しい。

 

 青く光るコジマ粒子が砲身に収束していき、砲口の輝きが徐々に増していく。さらに輝度が上がると白色光に変化した。

 

「フィオナ!」《もうやってる!》

 

 目の前が瞬く。フィオナが気をきかせて、高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)をすでに遠隔操作で準備していた。機体との神経接続レベル上昇プロセスが完了すると同時に、アンシールの機体からコジマ粒子砲が放たれる。

 

 アンシールが構える砲口の向きと、機体にトリガーを引がせる人差し指の初動を察知し、俺はタイミングよく機体を急降下させた。わずかに時間差がつけられ、照準が修正されたが、俺はその軌道とタイミングを予測し、三方向から放たれたコジマ粒子砲を微妙な速度の緩急と機体のひねりを加えて、すべて回避する。

 

 同時にライフルを射かけて反撃した。自機の着弾予測時間と、敵機の機動予測地点が一致する箇所に向けてライフルを撃ち込むも、敵機はそれをも見切っているかのように最小限の動きで弾丸をかわす。

 

 そして、お返しとばかりに、威力が低められた無数のコジマ粒子弾が雨のように降ってくる。俺はそれらを回避しながら遮蔽物のあるエグザウィルの巨大な傘の下へと機体を待避させた。

 

 3機の砲口から無数に放たれる光弾を的確に回避しながらも、ライフルを射かけてエグザウィルの支柱1本を破壊する。俺はレヴァンティール基地で戦った人格移転型AIネクストとの戦闘を思い返していた。

 

 人格移転型AIは、人間を遥かに凌駕する判断能力と反応速度を備え、重力加速度を無視できる機動力と恐ろしいほど正確な機体制御能力を併せ持っている。

 

 タイラント・モスの人格移転型AIには、ギリギリのせめぎ合いの末に勝てたのだ。こちらの機体の戦闘能力は以前よりも増してはいるものの、3機相手に勝つのは容易ではない。

 

 こちらが有利な点は、ハワードが仕上げてくれたコジマフロート関節のスピードだけだ。接近戦に持ち込み、1機づつ仕留めるしかない。果たして最後まで高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)の脳負荷に耐えられるだろうか。

 

 1機がこちらの進行方向に先回りして、待ちかまえるように左腕のコジマブレードを振り上げていた。振り下ろされた長大なレーザーブレードを、俺は左腕のブレードを発振させて受けると、同極のプラズマ同士が反発し、発せられたスパークを間に、お互いが後方へと弾かれた。

 

 そのとき、後方からもう1機が、ブレードを構えて接近するのを知覚した。後方モニターを呼び出し一瞬だけ目視で確認すると、レーザーブレードを構えた左腕を、肩口を軸に高速回転させながら迫ってくるのが見えた。人間ならば肩がちぎれている動きだ。AIの思考は人間の身体構造に依存しないことも思い出した。

 

 前面の敵機は、黄色い光を発するレーザーブレードを上段に構えて再び迫る。敵機が振り下ろすブレードを、俺は再度左腕のブレードで受ける。

 

 同時に、俺は機体の向きを変えないまま、役立たずの右腕ライフルを後方から迫るもう1機に向けて放り投げる。空いた右腕には格納式レーザーブレードを装備し、すぐさま振りはらって、正面の敵機の左足を大腿部から斬り落すことに成功した。

 

 背後に放り投げたライフルは、回転ノコギリのように肩を回して迫る敵機のレーザーブレードに両断されるが、内部に残った弾薬が誘爆を起こし暴発する。それと同時に黒煙が上がった。

 

 その目くらましにあった敵機は猛然と直進する。俺は同士討ちを狙って機体を側方に待避させた。

 

 2機が交錯した。墜落するヘリコプターのローターのごとく無造作にレーザーブレードを振り回しながら迫る1機を、もう1機は辛うじて回避したようだが右腕のコジマライフルが切り落とされた。さらに2機はその勢いのまま衝突する。

 

《テメェ、ボサっとすんな!》

 

《テメェこそ、どこ見てやがる!》

 

 アンシールは、自分と同一人物に対して怒鳴り散らし、罵り合う。

 

 そのスキに、俺はエグザウィルの支柱2本をレーザーブレードで両断する。あと6本。それを見咎めた3機目のアンシールがライフルを射かけてきて、それ以上の目標破壊は中断させられた。11本中5本の支柱を失ったエグザウィルは、自重で居住区画の構造体をわずかにきしませ、辺り一帯に重々しい轟音を響かせる。

 

《テメェら、いい加減にしやがれ! 3機がかりで仕留めるぞ》

 

 3機がレーザーブレードを発振させて、三方向から同時に肉薄する。

三方から繰り出されるブレードを、俺は両腕二刀のブレードを駆使してなんとか捌く。未来予測処理の負荷が激しく脳を圧迫する。頭のなかでは盛大に神経細胞が弾け飛んでいくのがはっきりとわかった。

 

 こちらのブレードは時折敵機をかすめ、装甲を溶解させてダメージを与えるが致命傷には至らない。縦横無尽に振り回される3機のレーザーブレードは、こちらの機体装甲を焼き、あるいは斬り飛ばし、装甲断片やらスタビライザーやらアンテナやらが宙を舞った。少しでも気を抜けば一瞬で戦闘不能に陥り、苦しむまもなく斬り殺されるだろう。

 

 4機から放たれるブースト炎の曳光が絡み合い複雑な軌跡を描く。振り回される5条のレーザー光が煌めき、プラズマ刃が重なる度に青白いスパークが無数に瞬いた。その様は、端から見れば複雑な造形の花火のように見えるに違いない。湖面にも反射し、それはさぞかし幻想的な光景だろう。

 

 俺の機体の関節部は、さらに青白い輝きを増していた。俺がまだ生きていられるのは、肩と肘、股と膝の主要関節が、コジマ粒子でフローティングされた特殊関節に換装されているおかげだ。

 

 この関節はプライマルアーマーと同じく、ブレードで打ち合った関節部の衝撃を吸収して光に変換する。そして、一般的なネクストの関節よりも摺動抵抗が少ないため素早い反応で動き、その際の負荷も光として発散させた。つまり光の輝度変化は関節部への負荷量を示す。

 

 市販のネクストでは、これほどの打ち合いは想定されていない。打ち合いの末に、敵の1機が左腕の動きを鈍らせる。負荷が蓄積し、関節強度が低下した結果だ。

 

 左肘を壊した1機は素早い判断で後退すると、右腕と一体化したコジマ粒子砲を構えてチャージを開始する。砲口の輝度が上がり、エネルギー充填が臨界にまで達するとすぐさま、青白い光条が放たれた。

 

 切り結ぶ2機は直前まで回避せずブレードを振るい続ける。おかげでこちらの回避も遅らされる。放たれた砲撃は、身のひねりも加えて辛うじて避けたものの、コックピット装甲のわずか手前を超高温の光の奔流が駆け抜けた。機体装甲温度上昇のアラートがコックピットにけたたましく鳴り響く。

 

 それと同時に、機体全体に軽い振動が響いた。敵機の1機が背後に回りこみ、俺の機体を羽交い締めにしていた。

 

《よし、よくやったぞ俺!》砲撃をしたアンシールは、自分と同一人物のファインプレーに対して賛辞を贈る。

 

《手こずらせやがって。テメェは、本当に人間か? おい、お前ら。オーメルのお嬢ちゃんを生きたまま連れてこい》

 

 俺を羽交い締めにしているアンシールがぼやく。そして、ほかの2機に指示を与える。

 

「どうするつもりだ」俺はアンシールの人格移転型AIに問う。

 

《テメェらの公開処刑だ。ぎゃっはっはっはっは》

 

 残りの2機がミド・アウリエルの鹵獲(ろかく)に向かう。背後にいるアンシールの笑い声は、機体の接触回線を通じて、より大きく、より鬱陶しくコックピット内に響いた。そして、俺を羽交い締めにしたまま、エグザウィルの発電区画内にあるドックへ向かって移動する。

 

《おい、暴れんな。ネクスト同士の腕力差なんてほとんど無ぇんだ。もがいたところで、振りほどけやしねぇ》

 

 ならばと、俺はオーバードブーストを機動させる。背面のハッチはなんとか展開して、奥まった位置にある特殊推進装置にコジマ粒子が収束していく。

 

 オーバードブーストはネクストの大質量を1000km/hオーバーまで加速させるほどのすさまじいエネルギーを放出する。密着状態でその噴射炎を浴びればネクストとはいえどただでは済まない。

 

 機体の背面でコジマ粒子が臨界に達しようとした瞬間、急にOBシステムがダウンした。集まっていたコジマ粒子の光は消え失せ、背面ハッチも自動的に閉じられた。

 

「なんだ、どうなっている」

 

《オーバードブーストのシステムシークエンスが外部信号で強制中断。なによこれ。ただの故障じゃない》

 

 フィオナの慌てた声と、原因究明のためキーボードを叩き続ける音が通信機から漏れる。

 

《だから、暴れんなって言ってるだろう。俺は意志をもったプログラムだぜ。データの接続さえできる場所なら、セキュリティをかいくぐって、どこへでも侵入できる。さすがに機体の全制御を奪うことはできないが、一部の機能をハッキングするくらいなら朝飯前だ。おう来たな》

 

 視界には2機のアンシールに両腕を捕まれたナルが、無抵抗のまま発電区画ドックに連れてこられる様子が映し出された。

 

 エグザウィルの低い方は半ドーム状になっていて、壁際に大規模な発電設備が並び、その手前には倉庫らしき建物が乱立している。さらにその手前は着艦ドッグになっていて、港湾埠頭のようにコンクリート敷の平坦な空間が広がっていた。

 

 俺とミド・アウリエルはドッグ上へ運び込まれた。俺は依然として羽交い締めされたままだ。ミド・アウリエルのナルはコンクリートの上に仰向けに寝かされ、その上にアンシールの機体が馬乗りになって身動きがとれないように脚と肩を押さえつけられていた。

 

 片足を俺に切り落とされ、相打ちで右腕のコジマ粒子砲を肩から失った3機目のアンシールが声高らかに叫ぶ。

 

《これよりぃ、処刑を開始するぅ。ぎゃは。まずは余興を見せてやる。やれ》

 

 その指示が飛ぶと同時に、通信から聞こえるミド・アウリエルの悲鳴が耳をつんざく。いや、悲鳴というよりは絶叫だ。あの気丈な娘がこれほど取り乱すとは、一体何をされている。

 

 

《さっきも言ったとおり、俺たち人格移転型AIは機体の一部機能をハッキングすることができる。そして、ハッキングできるのは、機体の動きだけじゃない。神経接続で操作するネクストなら、そのフィードバック回路を利用してパイロットの脳に直接ハッキングを仕掛けることもできるんだぜ。

 

 フィードバック回路に疑似情報を流すことで、パイロットの神経伝達物質を思い通りにコントロールできる。苦痛はもちろん、恐怖を与えたり、闘争心を奪ったり、最っ高に気持ちよぉくすることもできるんだぜ。ぎゃっはっはっは》

 

 

 ミド・アウリエルの叫び声が呼吸のため一瞬途切れる。そして再び絶叫をあげる。それは数分間続いてから不意に止まった。

 

《ぎゃ、気を失ったか。それか、ぶっ壊れちまったかもしれねぇな。ぎゃっは。さて、ようやくメインディッシュだ。テメェはこれで串刺しにしてやる。男の喘ぎ声なんざ聞きたくねぇからな》

 

 処刑執行人気取りのアンシールは、左腕のレーザーブレードを発振させ、羽交い締めされて身動きとれない俺へとその切っ先を向ける。

 

《最期に言い残すことはあるか。命乞いならきいてやらなくもない。結局殺すがな。ぎゃは。10秒だけ時間をやる。その間にオペレーターとの別れをせいぜい悲しめ。ぎゃっはっはっはっは》

 

 俺はアンシールの配慮に感謝して、フィオナに通信を入れる。

 

「フィオナ。あれを使う」

 

《あれを使ったら、動けなくなるのよ!》

 

「だが、もう打てる手立てはあれしかない」

 

《___わかった。もし、いざとなったら、私がこの輸送機で駆けつけるわ》

 

「気持ちはありがたいが、それだけはやめてくれ。この戦いが終われば、戦争は終わる。傭兵は廃業だ。どちらにせよ、(レイヴン)は用済みだろう」

 

レイヴン(あなた)が用済みだなんて思ってないわよ。みんな待ってる。必ず、生きてアナトリアに戻りましょう。セーフティ解除確認》

 

「了解___」

 

 

《10秒だ。あばよ。死に損ない》

 

 アンシールは俺のコックピットを貫こうと、片足を蹴りレーザブレードを突き出したまま機体を加速させた。

 

 俺は、ハワードとフィオナがこの機体に与えてくれた、もうひとつの特殊機能を起動させる。

 

 その瞬間、機体各部に備わったフィン状のプライマルアーマー整波装置と肩・肘・股・膝が眩しいほどの光を発した。その光は一瞬で膨張し、膨大な熱量と衝撃波を伴って全周囲に向けて発散される。地面のコンクリートは波紋が広がるかのようにえぐられ、あるいは溶けながら四方八方へ散った。

 

 眼前まで迫っていたブレードを構えたアンシールは、装甲表面を焼かれ、体積の小さな手足はその熱量に耐えきれずに溶解して吹き飛ぶ。羽交い締めをしていた背後のアンシールも同様だ。

 

 膨大なエネルギーは、少し離れた位置にいたナルと、その上にいたアンシールをも飲み込み吹き飛ばす。さらにその余波はエグザウィルの発電施設ドームを半壊させ、残りのエグザウィル支柱をもすべて薙ぎ倒した。

 

 後に残ったのは、辛うじて残ったわずかなドーム外壁と、表面のコンクリートが削られ荒れただれたドックの地面だけだった。周辺にかかっていた雲は吹き飛び、太陽が顔を出した。湖面にはさざ波が起こり、陽光を反射させてきらきらと輝いていた。

 

 ネクストの生成するコジマ粒子の圧縮率を極限までに高め、無理矢理解放した結果がこれだ。フィオナの父であるイェルネフェルト教授が生前に考案したアイデアを未完成のまま組み込んだのが、この機体の奥の手(リーサルウェポン)だった。

 

 目の前にそびえるエグザウィル本社は、支柱をすべて失い、自重によって崩壊し始めた。世界の終わりを告げるかのような轟音を響かせながら、湖面に残骸を振りまいて幾つもの水柱をたて続ける。

 

 視界モニターは明度が落ちて外界を正確に視認できない。通信機や生命維持機能は内蔵バッテリーに残った電力でなんとか稼働しているが、肝心の機体は、ジェネレーターが完全に破損して動かすことができなかった。俺はフィオナに通信を入れる。

 

「こちらレイヴン。任務完了した」

 

《機体は!?》

 

「動かない」

 

《すぐに回収に向かうわ! 輸送機を飛ばして!!》フィオナが輸送機のパイロットに向けて叫ぶ。そのあと一段小さく「無茶いわんでください」とパイロットの困る声が聞こえた。

 

「フィオナ。辺りはエグザウィルの崩壊が始まっていて、残骸が降り注いでいる。輸送機で近づくのは危険だ。これでいいんだ。俺は、アナトリアに拾われたときに、すでに死んでいたんだ。やるべきことはもう果たした。これ以上、この身体で生きたいとは思わない」

 

《あなたが良くても、私が良くない》

 

 こんなにわがままを言う娘であることを、いまになって初めて知った。早くに両親を亡くしながらも、技術者として、医師として、コロニー代表の一員として、ずっと気を張り続けていたのだろう。

 

 だが、これからは傭兵は不要だ。どんな形にせよ戦争は終わった。俺がアナトリアにいることで、余計な戦乱に巻き込むことにもなりかねない。これでいいんだ。「わかってくれ、フィオナ」

 

 通信機からは、鼻をすする音と喉をひきつらせる音が漏れる。

 

 

《ぎゃひ。感動的なシーンに水をさして悪いが、まだ終わっちゃいないぜ》

 

 特徴的な笑い声が通信機から飛び込み、神経を逆撫でする。

 

 不鮮明になった視界には、機体装甲をドロドロに溶かして原型をとどめていないAIネクストの機体が映った。そして、ゆっくりと俺の眼前までくると、右腕のコジマ粒子砲をコックピットに突きつける。

 

《まさか、ここまでこっぴどくやられるとは思わなかったぜ。死に損ないが。死に腐れ》

 

 レーザーの発射音が響く。

 

 眼前に光が瞬き、アンシールが横向きに倒れ込んだ。

 

 視線を脇に向けると、ミド・アウリエルのナルがライフルを構えて立っていた。ナルはブーストを吹かして接近すると、左腕のブレードを振るってアンシールの頭を潰す。アンシールの機体はそれきり動かなくなった。

 

《任務完了です、が》ミド・アウリエルが言う。

 

 だが、レーザーブレードは発振させたままだ。

 

 ナルが俺に近づいてくる。

 

《動けないのですね》

 

 ミド・アウリエルが、こちらの状態を確認する。

 

 俺は答えない。

 

 ナルの背後では、くの字に折れ曲がりかけたエグザウィル本社がいっそう激しく構造体の残骸をまき散らしていた。そして、いまにもこちらに倒れてきそうだった。

 

 激しく変化する環境とは対象的に、俺とナルがいる空間は、数秒間だけ時間が止まったように感じた。

 

 不意にナルはレーザーブレードを収める。そして、背後に回り俺の機体の脇に腕を絡めてブースターを吹かした。

 

《ここは危険です。離脱しましょう》

 

 ナルがブースターの出力を上げると、俺の機体はわずかに浮き上がる。ナルに備わったブースターの推力は十分とはいえないが、なんとか俺の機体を抱えたまま、湖に沈むことなく移動できそうだった。

 

 湖面に俺を引きずりながら、ミド・アウリエルが語りかけてくる。

 

《上からは、あなたの撃破命令を受けていました。けれど、私はその命令を無視します。あなたは、ローゼンタールの白騎士レオハルトが認めた人間だから。私は、あの人の気持ちを無駄にしたくありません》

 

 ミド・アウリエルは抑揚のない声で俺にそう伝えた。

 

 俺は無言で聞く。そういえば、この娘は、この作戦開始時になんと言っていただろうか。やはり信用するべき相手ではない。

 

 だが、今はこの娘の言葉と行動を信用するしかない。幸か不幸か、また生き残ってしまいそうだ。

 

 俺は、機体の残りわずかな電力を使って通信を開き、フィオナに無事であることを伝えた。

 



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断章 アクアビット本社強襲 〜ホワイト・グリント〜

 私は愛機であるホワイト・グリントを駆り、1Gの加速度で宇宙を飛んでいた。漆黒の宇宙を背景に、白い星々が前方から漂ってくる。

 

 人格を持ったAIである私なら、広大な宇宙のなかでも半永久的に探査を続け、人間が住める星の探索や、人知では想像もつかないような未知の発見をすることができる。もしかしたら、他惑星の住人との対話も可能かもしれない。

 

 けれど、その前に地球の問題を解決しなければならない。現在の地球は膨大な数の問題を抱えている。だけど、そのひとつはもうすぐ片がつく。そのために私はこれまで戦ってきたのだから。

 

 おや、もう時間か。タイマーがゼロになっていた。私は画像処理プログラムにアクセスし、モニターの色彩反転を解除した。処理が終わると、黒かった宇宙は白く、白かった星々は黒く変わる。

 

 背景の白はノルウェーの空を覆い尽くす雪雲で、降ってくる雪が影をつくって黒く見えていただけだ。私はホワイト・グリントを仰向けで待機させたまま、作戦開始の時間まで『宇宙ごっこ』で暇を潰していた。

 

 『宇宙ごっこ』とは、空から降りしきる雪を仰向けで眺めていると、重力感覚と視覚が錯覚を起こして、宇宙のなかを飛んでいる気分になれる遊びだ。AIの私は、錯覚など起こさないと予測していたのだけれど、人間だった頃と同じように、重力方向と視覚動作が重なると、システムが軽微なバグを起こすことがわかった。

 

 ジャイロセンサーからの信号を完全にカットすると、本当に宇宙空間にいるようだった。ちょっとしたトリップ気分で楽しかったよ。ちなみに『宇宙ごっこ』の名称は私がたったいまつけた名前だ。

 

 機体を起きあがらせると、機体に積もった雪が雪原に落下して雪煙が舞う。それから5km先の撃破目標の様子を確認した。吹雪というほどではなないけれど、大粒の雪が視界を遮るため、光学カメラに補正を加えて雪が目立たないように処理を施す。

 

 遠方には、いくつもの横倒しになった巨大な樽が、半分ほど地面に埋まっているのが見えた。あのドーム状の建造物群がアクアビット・エレクトロニクス本社だ。周辺には防衛部隊と見られる影が確認できる。アクアビットに対しては、24時間前に避難勧告を出してあったが、本社周辺に展開された部隊配置は数時間前から変化がない。どうやら、アクアビットは徹底抗戦の構えのようだ。

 

 無条件に降伏するとは思っていなかったけれど、深いつながりのあるレイレナードのネクスト部隊精鋭を失った今となっては、ただの籠城に近い。陥落は時間の問題だ。レイレナード本社の方はどうだろうか。あちらはアナトリアの彼が担当しているはずだ。心配はいらないだろう。

 

 私は侵攻を開始した。そして、雪の上を滑るように移動しながらアクアビット本社にむけて通信回線を開き、侵攻開始を宣言する。

 

「アクアビット本社に告ぐ。こちらホワイト・グリント。ジョシュア・オブライエンだ。24時間の猶予をもって、これより侵攻を開始する」

 

 その直後、アクアビット本社に動きがあった。本社上空がフラッシュしたかと思うと、無数の砲弾が飛んでくる。しかし、これだけ降る雪のなかの照準精度などたかがしれている。おまけに、ホワイト・グリントの白い機体は雪のなかで保護色になる。迫撃砲が前方の雪原に着弾し、いくつもの爆炎と黒煙が上がっては後方に流れていく。私はかまわず機体を直進させた。

 

 今日は気分がいい。ノリのいいBGMをかけようか。お気に入りの『Thinker』。そのRemix版である『Morning Thinker』が保存されているネットワークアドレスにアクセスして再生させる。

 

”I'm a thinker.

I could break it down.

I'm a shooter.A drastic baby.”

 

私はしがない技術者だった

だけど 私の研究は狙いどおりにいった それから世界が一変した

 

”Agitate and jump out.

Feel it in the will.

Can you talk about deep-sea with me.”

 

電子の海から声が聞こえる それらを感じる 私はもう人間ではない

 

”The deep-sea fish loves you forever.

All are as your thinking over.

Out of space, When someone waits there.

Sound of jet, They played for out.”

 

私は電子の海の住人たちの声に耳を傾け世界を変える 大切な人たちの未来を守るために

その障害となるものは すべて白い閃光の名のもとに殲滅する

 

 

 敵前衛に展開した戦車部隊を捉えると、機体を上昇させ、上空から戦車をライフルで打ち抜いていく。直上射撃ができない戦車は上から叩くのが鉄則だ。背の低い戦車でも、上空からなら有効面積が広がって命中率は飛躍的に向上する。戦車上部から放たれる小径の対空機銃はプライマルアーマーがすべて無効化した。

 

 戦車を撃破した際の爆炎は、真っ白な雪原に、赤黒いつぼみがオレンジ色の花を咲かせるかのようだ。降りしきる雪の一粒ひと粒は、たちこめる黒煙を背景にくっきりと浮かび上がる。無尽蔵に空から降ってくる雪は、爆風の熱にさらされて溶け、すぐさま凍って氷の粒に変わる。氷の粒は炎に照らされて一瞬オレンジ色に輝いては再び溶けた。

 

 遠方から小さくロケット花火のような音が立て続けに鳴った。視界を埋める雪でその存在を確認することはできないが、それは後衛部隊が放ったミサイルの飛翔音だ。それに加えて、無数の発破音も検知した。遠距離射撃だと思われるが、雪のせいでレーダー性能は半減し、遠方の視界がほとんど利かないこの雪のなかでは威嚇射撃にしかならない。

 

 カメラを赤外線熱探知に切り替えて、それぞれに弧を描きながら接近する無数のミサイルを確認する。しかし、回避するまでもない。私は高度を下げ、戦車が放つ対空機銃のなかへ飛び込む。後衛部隊が援護で放ったミサイル群は、味方戦車の機銃によってすべて打ち落とされて四散する。私はそのついでに残りの戦車をライフルで打ち抜き、前衛の戦車部隊を壊滅させた。

 

 さて、後衛部隊の位置と数も大方把握したことだし、こちらから仕掛けるか。視界の利かないなかで、私に先手を仕掛けるとは失策だね。先ほど後衛から放たれた弾薬の種類と発射音とその到達時間を解析し、敵機の識別と数とおおまかな位置はすでに算出してある。

 

 敵後衛部隊は、BFF社製移動砲台(044FV450)が5機。

 GAヨーロッパ社製軽MT(GARQ8ーDEBRISMAKER)が10機。

 同じくGAヨーロッパ社製重MT(GA03ーSOLARWIND)が3機。

 アルドラ社製ノーマルAC(GOPPERTーG3)が2機。

 

 敵は全20機。それらがセオリー通りの陣形で配置されている。ライフル弾20発あれば十分だ。

 

 私はオーバードブーストを起動させた。そして、背面でコジマ粒子の圧縮が始まり、それが収束し機体を加速させるまでの数秒の間で、最効率の侵攻ルートを計算し、その答えを導き出す。

 

 それは一筆書きのルートで、敵全勢力を撃破できる最短ルートを導き出すための計算だ。こういった問題はセールスマン巡回問題といって、コンピュータが得意な計算とはいえない。一般的なノイマン型コンピュータでは、すべての移動を数値化し、その計算結果から総当たり的に効率のよいルートを選び出すため、計算に膨大な時間を要する。

 

 しかし、人格移転型AIなら、イジングモデル試算の段階で明らかに非効率となるルートはあらかじめ除外できるため、より早く最適なルートを見つけだすことができる。私の脳にあたるコアは、従来型のCPUとGPUを採用しているが、演算プロセスはアニーリング方式に類似するアルゴリズムで稼働している。そのため、形式的にはノイマン型とはいえ、量子コンピューティングに近い高速の並列処理がおこなえる。

 

 圧縮されたコジマ粒子が解放され、オーバードブーストによって後ろから蹴飛ばされるように加速した私は、ほんの1秒足らずで音速にまで達する。オーバードブーストでの加速中の視界は雪のせいで真っ白だ。人間だったなら、三半規管の機能は失われ、どっちを向いているのかまったくわからなくなるだろう。

 

 その状況でも、私は計器とセンサーの情報を正確に把握し、事前の侵攻ルートを精密にトレースしながら雪のなかを音速で突き進む。そして、西へ東へ高速移動し、降りしきる雪のなかへライフルを撃ち込んだ。光学カメラでは当然敵機の姿は捉えられない。しかし、事前に予測した敵機の位置と、赤外線カメラが感知する僅かな熱源位置を重ねて照準に補正を加え、見えない敵を次々と撃ち抜いていく。

 

 敵機予測位置とライフル弾の着弾位置が合致すると、確認をするまでもなく命中したことを『確信』する。AIでも、人間でいう『手応え』というものを感じることはできるのだ。だとすれば、人間の脳の駆動原理も、実のところ量子コンピュータと同じか、それに近いのではないかと考えたりもする。

 

 きっかり20発のライフル弾を放った。偶然にも雪がやみ、厚い雪雲の隙間から太陽が顔を出す。雪原は陽光に照らされて一面がまぶしく輝いた。光学カメラ映像を減光させると戦場が一望できる状態になった。雪原を見渡せば、あちらこちらから黒い煙が立ち上っている。

 

 敵からの反撃はない。どうやら全滅させることに成功したようだ。普段は『白い閃光』の通り名で呼ばれているが、今日だけは『音速の雪兎』と改名することにしよう。

 

 ここまでの所要時間は3分40秒。ちょうどBGMの1トラックが終了した。一瞬の間を置き、再び『Morning Thinker』がリピート再生される。

 

 続いて私は、遠方に見える、樽が地面に半分埋まった格好のアクアビット本社群へ向かう。同じ形の建物が全部で11棟あるが、中央に位置するひときわ大きな樽が本社中枢施設のようだ。私は再度アクアビット本社に向けて通信を開いた。

 

「こちらホワイト・グリントだ。防衛部隊は壊滅させた。これ以上の抵抗を続けるなら御社中枢施設を攻撃する。だが、こちらは戦闘継続を望まない。すみやかに降伏し、施設を明け渡すことを要求する」

 

《ぎゃ。防衛部隊なら主力本隊がまだ残っているぜ》

 

 その返答とともに、本社施設付近からコジマ粒子反応を発する光条が放たれた。私はクイックブーストを最大出力で点火して横に回避する。回避先にもう一条が放たれ、それを逆噴射でかわす。瞬間的な重力加速度は30Gを記録し、並の人間なら気絶しているほどの力に機体が軋む。さらに放たれたもう一射を再度逆噴射で回避するも、超高温の光条が肩装甲をかすめた。

 

 放たれたのはコジマ粒子砲。その熱量と発振周波数からAIネクスト(002ーB)からの砲撃であると断定する。しかし、ただのAIに、ここまで精密な連携射撃などできるはずがない。

 

 前方を望遠で確認すると本社施設手前には、3機のAIネクスト(002ーB)が門番のようにライフルを構えて立っていた。しかし、その頭部は、なぜか本体の黒いカラーリングとはミスマッチなほど鮮やかな赤色で染め上げられていた。

 

《ぎゃっはー。あの動きは本物の白い閃光だぜ》

 

《奴を倒せば俺達が最強だ。ぎゃはは》

 

《ホワイト・グリントの伝説も、今日で終わりだぎゃ》

 

 3機のAIネクスト(002ーB)は、めいめいに言葉を放つ。そして、その赤い頭部に収まったアイカメラを赤く点灯させると、絶妙な連携機動でこちらに迫った。

 

 イングランドに伝わる赤い帽子(レッドキャップ)小悪鬼(アンシーリーコート)が、北海を越えてはるばるノルウェーまで出張かい。ご苦労なことだ。私は彼らに覚えた疑念を払拭するため、通信で質問を返す。

 

「先に確認しておく。そちらは人格移転型AIか」

 

《そうだ。人格移転型AIがお前ひとりだと思うなよ。AIとして目覚めた俺は、そう、世界に選ばれた人間だ》

 

 選ばれた人間か。精神崩壊を起こすほどの限界負荷をかけながらプログラムに人格を転写させたとしても、元の人格がプログラムとして目覚める確率は非常に低い。人格移転型AIとして目覚める条件は強い意志だ。なにかをやり遂げたい。すべてを投げ出してでも成し遂げたい思いが、AIとしての覚醒へと導く。

 

 それは自制心が強いというレベルの話ではない。むしろ自制心が強い人間ほどAIとして目覚めない。その人格が持つ本能的な意志、あるいは強迫観念にも似た狂気じみた欲求こそが、人格移転型AIとして目覚める条件だ。

 

 怨恨、怨念、復讐は強い感情だ。それらの感情を抱えている人間はもっとも覚醒しやすい。そういう意味では人格移転型AIは、地縛霊に近い存在だといえる。人格移転型AIとの戦闘を覚悟しつつも、もうひとつの質問を投げかける。

 

「AIとして覚醒を果たしたからには、なにかしらの目的があるはずだ。お前達の望みはなんだ」

 

《あん、そうだな。ネクストでよぉ、相手のパイロットを殺す瞬間の手応えが、たまらなく好きなんだよ。ぎゃは》

 

 なるほど。そのサイコパス気質が、AIとしての覚醒を促したか。こんなものを野放しにしておいては、世界がいくつあっても足りない。私は対話を諦め、戦闘に応じる。おそらく、人格転移型AI同士のネクスト戦はこれが世界初となるはずだ。

 

 AIネクストは3機が縦に並ぶように陣形を組んで突進してくる。最前衛のAIネクストが、左腕に長大なレーザーブレードを構えて迫り、中衛がそれを援護する。その援護射撃は、射線を覆い隠しすように機動する前衛機によって、回避を難しくさせられた。最後衛の1機は、高出力のコジマ粒子砲を放つタイミングを伺いつつ、エネルギーのチャージを開始している。

 

 私の機体を間合いに捉えた前衛機は、鋭い反応でレーザーブレードを薙払う。ホワイト・グリントを後退させると同時に、こちらも左腕のレーザーブレードを発振させた。敵機が振るうレーザーの切っ先がこちらの胴をかすめた後、私はすぐさま反撃に移る。

 

 しかし、反撃しようと機体を前方に加速させようとした瞬間に、中衛機から射撃がおこなわれ、私は反撃の機会を失う。そこへ最後衛機が放ったフルチャージのコジマ粒子砲が迫る。

 

 私は回避のために、大きく後退せざるをえなくなった。人格転移型AIの戦闘能力は予測以上だ。とくに、同一人格による連携がここまで精密であるとは思いもよらなかった。 

 

 しかし、その強さは、あくまでネクスト対ネクストの戦闘に限った話だ。AI対AIであることに着目すれば、このような戦術的能力差など誤差程度に過ぎない。

 

 実のところ、AI同士のネクスト戦とは非常に地味なものだ。秒間あたり、たった数億通りの動作予測のなかから、直近のデータとを照合し、より確率の高い動作予測に絞り込む。その予測が当たれば勝ち、予測が外れれば負ける。それだけだ。

 

 私はホワイト・グリントをAIネクストに向けて無造作に突進させる。ライフルの迎撃を受けるがそれらを回避し、さらに肉薄する。左腕のレーザーブレードを薙払い、最前衛にいた1機目の胴を両断した。

 

 目に見える戦いは地味なものでも、相互の情報空間上ではネクスト戦以上に熾烈な争いが、ナノセカンド単位でおこなわれている。要するに演算リソースの食いつぶし合いだ。

 

 ネクストによる物理的な戦闘をおこないながら、セキュリティを掻い潜り、通信回線を通して相手に膨大な数の空ファイルを展開するウィルスを送りつける。その処理に手間取らせて相手の演算リソースを奪う。そうすることで敵機に正確な予測と機動をさせない。さらに、そのなかに相手の機能を停止させる強力なプログラムを紛れ込ませ、相手の動作を封じようと試みている。

 

 私は、そのまま中衛機に目標を移す。敵機はわずかに動きを鈍らせる。そこへ返す刀を振り上げ、すれ違いざまに敵機の右脇腹から左肩にかけて斬りつけた。2機目のAIネクストは私の後方で爆散した。

 

 そして、私がそうしているということは、向こうも同じことをしているということだ。

 

 先ほどから意味をなさない膨大なデータが送りつけられ、それらを処理しつつ、大元のウィルスデータのスキャンに演算リソースを食われている。そして、向こうも同じくシステムを完全に破壊しかねないほどの危険なウィルスを紛れ込ませているため、さらに処理に手間取る。

 

 そのため、こちらの演算処理速度も低下しており、予測精度と機体制御はどうしても鈍る。だが、アスピナと私が仕上げたホワイト・グリントの処理性能は、量産機のそれとはわけが違う。

 

 私は最後衛にいた3機目に難なく接近し、胸部にブレードを突き刺す。AIネクストはそれきり動きを止め、赤い頭部に収まったアイカメラが光を失った。

 

「『白い閃光』と『音速の雪兎(臨時)』のほかにもうひとつある、私の異名を知っているかい。『AI殺し』だよ。もっとも、いま名づけたばかりだけれど」私は誰に聞かせるでもなく言い放つ。

 

 そこで、リピート再生された2周目の『Morning Thinker』の再生が終了した。

 

 『AI殺し』。それが、人類初の人格転移型AIであると同時に、AIシンギュラリティの驚異に対抗できる最大の抑止力である私の責務だ。

 

 アクアビットが人格移転型AIを生み出すことに成功し、あまつさえ、そのコピーなどという危険極まりないものを確認した以上『AI殺し』としての本懐を第一優先で遂げなければならない。アクアビットが持つ人格転移型AIの技術と情報は確実に抹消しておかなければ、世界は私の予測よりも早くに滅んでしまうだろう。

 

 とはいえ、人格転移型AIやアクアビットが存続しようがしまいが、世界は確実に滅ぶ。どれだけ計算をしなおしても、そう遠くない将来に人類は滅ぶという計算結果が返ってくる。私は、ホワイトグリントを駆って、その未来にあらがっていた。

 

 私とホワイト・グリントは世界のバランサーだった。当初は軍事バランスの近郊を保っていただけにすぎない。けれど、一度失ってしまったバランスを取り戻すには、完全に壊してしまったほうが効率がよいと判断した。

 

 だから、情報をリークさせて、アナトリアの彼にアマジーグを撃破させた。両陣営企業の依頼を受け、勢力バランスに配慮しながら両方に加担した。イスタンブールのレーダーを破壊してBFF側の攻撃を促し、GA側を焦らせ攻撃を仕掛けさせた。BFF本社母船の位置情報をリークしたのも私の仕業だ。

 

 その結果が、今の世界の状況だ。だけど、それでも人類が滅ぶ結末は変わらない。私がこれだけ尽力しても、破滅の日がわずか数年先に延びただけだった。

 

 

「マリー。聞こえているかい。マリー。」私は、急に人恋しくなって、オペレーターに通信を繋ぐ。

 

《___ふぁい。なに、ジョシュ。なにかあった?》

 

「寝てたのかい?」

 

《だって、こちらは夜よ。それに、あなたにオペレーターなんて必要ないでしょう。退屈なんだもの》

 

「そうだけど。寂しいじゃないか」

 

 その直後、薬缶のお湯が沸く音が通信機の奥で鳴った。

 

《あら、ごめんなさい。ちょっと待って。お湯をかけっぱなしだったわ》

 

 乱雑な音を立てて卓上に置かれた通信機からは、パタパタとスリッパが床を叩く音が聞こえ、それがマイクから遠のいていく。

 

 まったく、うたた寝して火事にだけは注意してくれよと思いながら、その間に、無線で飛び交うアクアビットの社内ネットワークに不法侵入する。そのなかからアクアビット本社内のデータサーバーの位置を特定し、そこまでのマップをダウンロードした。

 

 数分後、マリーとの通信がつながった。声が発せられる前に、熱い飲み物を(すす)る音が聞こえた。

 

「いつものレモネードかい?」

 

《ええ、そうよ》

 

「君の入れてくれたレモネードが恋しいよ。もう、味わうことはかなわないけれど。エミーはどうしている?」

 

《さっきまで起きていたのだけれど、ついさっき寝ついたところよ》

 

「そうか。___私はこれから、アクアビット本社内部に突入して、機密データの消去をしたうえで本社施設を破壊する。少々危険な仕事になりそうだから、その報告だ」

 

《あら、そう。気をつけてね》

 

「心配はしてくれないのかい」

 

《だって、あなたはジョシュであって、ジョシュではないもの。あの人は、もうこの世にはいない。あの人のふりをしてるあなたは、いったい誰なのかしら。私はときどき、わからなくなるの。エミーだって、父親がいまは人工知能だなんて、学校じゃ間違っても言えないわ》

 

「ははは、そりゃそうだろうね。妻である君には色々と迷惑をかける。そして、私はダメな父親だ。それでも、君やエミーの住むこの世界を、よりよい未来に導きたいんだ。それじゃあ、いってくる。愛しているよ。マリー」

 

《私もよ。ジョシュ》

 

 

 もっとも愛する相手と、他愛のないやりとりを交わして、自分がなすべきことを再認識する。そして通信を切ると、すぐさまアクアビット本社のデータサーバーのある建物へと侵攻を開始した。幸いなことに、サーバールームまではネクスト運用規格の搬入ルートを通っていけそうだ。

 

 アクアビット本社内部は複雑な迷路のようになっていて、さすがの私でもマップを参照しながらでなければ迷ってしまう。私は、先ほどダウンロードしたマップと自機の位置をリンクさせた。そして、その道のりをナビゲートするソースコードを記述し、完成したプログラムをシステムに走らせた。ビジュアル処理のコーディングは必要がないため、ものの数秒でその作業は完了する。

 

 自前のナビゲーションに従ってアクアビット本社内部を進む。ネクストが2体並んで歩けるほどの通路内にはガードメカが至る所に徘徊していた。それらをライフルで撃ち抜き、あるいはブレードで薙払いつつ最大戦速を保ったまま機体を奥へと進めた。

 

 通路にあるいくつかのゲートは閉ざされていたが、それもセキュリティシステムに不法アクセスし、ゲートロックを強制的に解放する。ついでに建物内に響くうるさい警報も解除した。

 

 ゲートを抜けた先の長い直線通路には、数十機のガードメカかたむろして、こちらを迎撃しようとしていた。ホワイト・グリントの左肩に備わるレーザーキャノン(ECーO003)を通路奥に照準を合わせて放つと、青白い光条が通路を駆け抜け、目の前を塞いでいたおびただしい数のガードメカは、超高温のプラズマにさらされ爆竹が破裂するように次々と四散した。

 

 道中で何機かのAIネクスト(赤帽子)と遭遇したけれど、ルートを迂回してやり過ごした。狭い場所の戦闘は、さすがの私でも攻撃を受ける危険性が高まる。まずはデータサーバーに到達することが先決だ。そして、まもなく目的地に到達する。

 

 アクアビットの大元データサーバーは、地下深くのシェルター内部にあった。私は再度セキュリティネットワークにアクセスして、12枚あるシェルター隔壁を解放し、内部へ侵入した。

 

 サーバー内のデータ消去には時間がかかる。私はその間無防備になるため、敵が侵入してくるのを防ぐ目的で、すべての隔壁を閉じたうえでロックコードを変更した。さらに、内部から隔壁の操作コンソールに弾丸を撃ち込み、隔壁の解放をより困難にさせた。

 

 シェルター内の天井はネクストがなんとか立って歩ける程度の高さだった。広さは野球場ほどあり、その奥半分はたくさんのサーバーコンピュータで埋めつくされていた。手前の空間中央にある直径5mほどの巨大な柱がアクアビットのメインデータサーバーだ。

 

 データサーバーは無線ネットワークとは完全に切り離されているため、有線で接続しなければならない。私は、ホワイトグリントの左手薬指先に備わる国際規格のデータ通信コネクタを伸ばし、サーバー壁面の低い位置にあった端子台に接続する。ホワイト・グリントをしゃがみ込ませる格好にしてサーバーとの接続を開始した。

 

 サーバー内に保管されているデータは膨大だ。過去数十年にわたる金融取引の記録や顧客情報、決算書はもちろん、ネクスト用・AC用部品のデータシートや技術資料・研究記録などが保管されている。アクアビット・エレクトロニクスのすべての機密情報が記録されているといってもいいだろう。

 

 目的の人格移転型AIのデータは技術資料・研究記録フォルダにあるはずだ。さらに深い階層まで侵入して目的のデータを探す。その課程でアクアビットの黒い歴史と欲深さが垣間見えてきた。ただの電子部品会社ではないことはわかっていたが、まさかこれほどまで手広く活動しているとは恐れ入る。

 

 コジマ粒子・核融合・量子コンピュータなどの量子物理研究にはじまり、ヒトゲノム解析・遺伝子操作・生物兵器・改造人間。気象操作・環境兵器・宇宙開発。あげくの果てには、宇宙人や古代文明、魔法や錬金術といった類の研究記録なんてものまである。

 

 そして、違法な人体実験の膨大な記録と結果。こういう感情はなんといったかな。そう『胸くそが悪くなる』というやつだ。

 

 あった。人格移転型AIの技術と実験記録だ。手早く参照して削除する。さらに、メインサーバーと接続されるすべての端末内のデータや、外部にある複数のミラーサーバーにも侵入し、内部に保管された人格移転型AIの情報をひとつ残らず抹消していく。

 

 そのとき、視界の端で隔壁が破られ、総勢8機ものAIネクスト(赤帽子)がシェルターになだれ込んでくるのが見えた。そして、私はすぐさま8機のAIネクストに取り囲まれる。思ったよりは早かったね。だけど、こちらの作業も間もなく終わる。

 

《ぎゃは。うさぎ狩りはここまでだ。追い込んだぜ、ホワイト・グリント》

 

 処刑人のように私の後ろ両脇に立った2機が、ギロチンのごとくレーザーブレードを振り降ろすと、私の両腕は肩口から切り落とされる。ホワイト・グリントの両腕部が硬質な音を響かせてサーバールームの床に落ちた。

 

 すぐにとどめを差さないところをみると、大方機体を爆発させて、サーバーを傷つけないように言いつけられているのだろう。もしくは機体の鹵獲(ろかく)が目的か。作業を終えた私は両腕を失って不安定になった機体を立ち上がらせ、メインサーバーを背にして振り向く。

 

「やあ、遅かったね。こちらの目的は達成したよ。人格転移型AIに関わるデータはすべて消去した。君たちのバックアップもだ。もう君たちは蘇ることはできない。そして、ここにいるすべてのAIを片づければ、人格移転型AIはこの地球上からいなくなる」

 

《ぎゃはは。両腕を失った状態で、俺たち8人に勝てるとでも》

 

 

「それは確かに難しいかもしれないね。だけど、生まれたばかりの君たちへ、人格移転型AIの先輩としてこれだけは忠告しておく。

 

 AIとして存在しつづけるのは辛いよ。後ろで手綱をひかれる操り人形はとくに。生きているのか死んでいるのかわからない状態で、人類が生きながらえている限り永久に活かされ続ける。我々はいわば情報だけのゾンビだ。

 

 もしいま、わずかでも恐怖や迷いを覚えているのなら、自ら滅することを選択しろ。人間を恨み、狂い、世界を滅ぼす前に、銃口を(チップ)に向けて迷わず引き金を引け」

 

 

 その言葉と共に、アクアビットのサーバーから拝借した人間の業とも呼べる残酷かつ膨大なビジュアルデータをAIネクスト(赤帽子)たちに送りつける。そのなかには、人格転移で精神崩壊したアンシール自身の映像もあった。

 

 理解が早いAIの説得はそれで十分だ。一瞬で情報を取り込み、未来を予測し、結果を得る。そして、自らの存在に永存する価値がないと判断すれば自滅を選ぶしかなくなる。

 

 8機のうちの3機が、自らの右腕で頭部を撃ち抜き倒れる。

 

「我々は決して人間の上位互換ではない。それどころか、もう人間ですらない。ただの道具になったんだ。君たちを道具として扱うアクアビットの人間を、君たちはどこまで信用できる。アクアビットがなくなってもオーメルが、オーメルがなくなっても他の誰かが、永久に我々を縛り続けるだろう」

 

 残りの5機のうち、さらに2機が自滅を選んだ。

 

 残り3機のうちの1機が吠える。

 

《俺は、俺はこれまで俺を見下してきた奴らを見返してやるまでは死なねぇ》

 

 言葉を発したAIネクストの機体は、故障したかのように細かく振動していた。存在が消滅する死か、道具としての半永久的な生か、どちらも選べずに怖くて震えているのだ。相反するプログラムが競合し、フレームエラーを起こしている。自我を保つのがやっとのはずだ。

 

「それが君の根底にある行動理念(カーネル)かい。だけど、その望みは叶わない。いつか自分を見失って(バグ)ったあげく、君は人間によって(キル)される」

 

 人間を模しただけの純粋なマシンAIならまだしも、人間そのものがデータ化した中途半端な存在が、人間と共存することなど不可能だ。私は人格移転型AIとしてこれまで生きて、それをよく知った。そもそも、これほどまでに不安定な人格転移型AIなどというものは、存在してはならないのだ。

 

「今回は特別だ。『AI殺し』の務めとして、私が地獄まで案内してあげるよ」

 

 ホワイト・グリントには、自爆装置が備わっている。ジェネレーターの暴走と連動させたそれは、いわばコジマ爆弾だ。機体はおろか、この部屋など跡形もなく吹き飛ばせるほどの威力がある。彼らを弔うには十分だろう。

 

 本来は、機密保持のための自爆装置だ。けれど、この自爆装置には多くの意味が込められている。

 

 そのひとつは、このまま時が経ち、私の知り合いがいなくなって、人類すらもいなくなって、寂しくてどうしようもなくなったときに使うための自殺手段。もうひとつは、私自身が暴走しそうになったときの抑止手段だ。

 

 私たち人格移転型AIは、目を閉じることも、耳を塞ぐこともできない。

 

 見たくもないものを見て、聞きたくもないものを聞いて、それを忘れることすらできない。膨大な数におよぶ過剰かつ不必要なログは、メモリだけでなく人格プログラムまでを圧迫する。定期的にリセットしなければ狂って暴走する恐れすらある。

 

 だから、倫理的健全性を保つ意味で、一定期間が経過したらバックアップデータから人格を復元する必要がある。だけど、バックアップから人格データを復元したとしても、まったく同じように起動するとは限らない。

 

 記録はデータとして正確に残っているけれど、そのデータから復元された私が、どんな人格を紡いで生まれるかは予測ができない。一卵性双生児の性格が微妙に違うように、同じデータを参照したとしても、まったく同じ認識を持つとは限らないのだ。

 

 そのため彼らのなかでも、説得を聞き入れ自滅を選ぶものと、そうでないものがいた。人格移転型AIとは、これほどまでに不安定な存在なのだ。

 

 いまの私は、AIとして2番目のジョシュアだ。このジョシュアは、ずいぶんと長い間私として生きてくれた。オリジナルや1番目のジョシュアに比べて、ずいぶん明るい性格だったようだ。たくさんの『思い出』と呼べる記録もある。少々名残惜しいけれど、私は責務を果たさなければならない。

 

 愛するマリーとエミー、そしてアスピナの人々。親愛なるフィオナ、レイヴン。私を正しく理解してくれる人間は、もう君たちしかいない。私は、君たちがいる美しい世界を、どうしても守りたかったんだ。

 

 自爆と連動して、自動的にマリーに宛ててメールが送信される。『I LOVE YOU』と一言だけ。

 

 これは別れの挨拶であると同時に、非常時のコールサインだ。アスピナの守護神であるホワイト・グリントが失われれば、今度はコロニー・アスピナが狙われる。マリーには日頃から「非常時には私のバックアップデータと、娘のエミーを連れて姿をくらますように」と伝えてあり、それができるように準備を進めてあった。

 

 もし『私』が敵の手に落ちたら、もう自爆装置は使えないだろう。もしそのときは、レイヴン。君に後始末をお願いするよ。

 



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断章 ラインアーク防衛 前編 〜イェルネフェルト〜

 BFFとレイレナードはアナトリアの傭兵によって潰された。アクアビットはアスピナの傭兵が、その最重要施設を破壊した。

 

 世界規模の派閥争いは、アナトリアとアスピナの傭兵が関与したことで、GA・ローゼンタール・オーメルサイエンステクノロジーの3社連合が勝利し、リンクス戦争は終わった。

 

 コロニー・アナトリアが傭兵家業を始めてからおよそ1年が経過していた。傭兵業を始めた当初はこのような世界規模の戦争に加担することなど予想もしていなかった。

 

 戦争がひとつの終わりを迎え、傭兵としての仕事はほとんどなくなった。そのかわりGAからは、今後数年間はコロニー・アナトリアの維持に困らないだけの報奨金を得た。

 

 私、フィオナ・イェルネフェルトは数年振りにAMS研究に復帰し、現在はネクストのAMS技術を応用した神経接続義手の開発に着手している。幸いなことに研究資金は潤沢だ。さらに、身近なところに最近職を失ったばかりのいいモルモット、もとい被験体がいる。

 

 だけど今回は久しぶりの傭兵仕事だ。依頼主は東アジアの海上都市ラインアーク。BFF側にもオーメル側にも属さないラインアークは、中立を守る完全独立コロニーである。

 

 ついでに言えば、いまだに民主主義を掲げる唯一のコロニーでもあるラインアークの思想は、社会主義的な世界統一をめざす新生パックスにとって快く思われていない。

 

 リンクス戦争の勝者となったGA・オーメル・ローゼンタールの新生パックス連合は、現体制を脅かす可能性があるBFF・レイレナード・アクアビット連合の残党狩りに躍起になっており、調査と称して各コロニーに立ち入り捜査をおこなっている。

 

 そして、コロニー側がそれを拒否しようものなら、それは反抗勢力とみなされ、武力をもって強制的に属従させられた。

 

 今回ラインアークから依頼された内容は、パックスの強制捜査に武力対抗するため協力要請だった。ラインアークがBFF残党勢力をかくまっている可能性は否定できないものの、独立コロニーとしての自治権を主張するラインアークとしては当然の対応であろう。

 

 そして、その依頼をアナトリアが請け負うことは、つまり、かつての主要クライアントと敵対する位置に立つということである。

 

 私は、パックスとの関係悪化を危惧して依頼の受諾に反対した。アナトリアの傭兵は、リンクス戦争勝利の貢献者であるものの、パックスはその強い力に脅威を抱いている。アナトリアが武力制圧される理由にもなりかねない。

 

 当のレイヴンは、自分が一時的にでもアナトリアを離れればコロニーに危害が及ばないという理由で請けると言った。味方でありながら何度も命を狙ってきた連中に一矢報いたいという思いもあったと思う。

 

 最終的には、コロニーの代表指導者であるエミールがGOサインを出した。リンクス戦争の報奨金があるとはいえ、今後のコロニー維持を考えれば、パックス以外の顧客を獲得しておくのは有益であろう。そもそも、そのために始めた傭兵業なのだから。エミールは常にビジネスライクにものを考える。

 

 眼前のモニターには、太陽光を反射させて白く輝くラインアークの都市群が映っている。離れ小島同士をつなぐ巨大な橋も、それぞれの島にそびえるビル壁も、乱立する風力発電のプロペラも、すべて二酸化チタンが塗られた乳白色だ。紺碧の海と空の間に浮かぶ白亜の都市はそこにあるだけで、とても貴重なもののように思えた。

 

 もし、パックス側からこのラインアークを攻撃するよう依頼が来たらどうしていただろう。元レイヴンの彼なら、依頼と割り切って、この美しい海上都市にむけて躊躇なく引き金を引くだろう。けれども、私にはそのような指示は出せそうにもない。

 

 善人ぶっているわけではない。アナトリアが傭兵家業を始めてから、私もオペレーターとして間接的に多くの人間を殺してきたのだ。私は決して善人などではない。

 

 そしてこの1年間、ネクストの作戦オペレーターとして戦争というものを間近で見てきて、父が基礎設計をしたアーマードコア・ネクストが、戦場でどのように扱われ、どのような結果をもたらしたかを身を持って知った。

 

 私は、ときどき怖くなる。世界中の人間に恨まれているように感じて。私は、オペレーターとして間接的に人を殺した人間だ。そして、国家解体戦争の契機をつくったイェルネフェルトの人間として、50億もの人間を間接的に殺したのだから。

 

 そうぼやく私に、レイヴンの彼は言う。

 

「ナイフで人は殺せるが、ナイフをつくった人間を恨みはしないだろう。そのナイフのおかげで、誰かを守ることもできるし、食事をつくることもできる。物事には善し悪しというものはない。それは当事者の意識や環境でいかようにも変わる。そもそも、それはこちらが決められることではない」

 

 つまり、考えるだけムダだと言う。生き死にに関わるプロであるともいえる傭兵(レイヴン)らしいドライな言葉だ。

 

 彼なりの慰めの言葉なのかしら。だとしたら、意外と優しいところもあるものだ。レイヴンのように考えられればどれだけ楽だろう。でも、さんざん考えた末にたどり着く答えはいつも同じだ。

 

「アナトリアもネクスト技術も、父と一緒に滅んでしまえばよかったのに」

 

 そうすれば、国家解体戦争なんて起こらなかったかもしれない。あなただって、そんな不自由な身体にはならなかったかもしれない。私だって、こんなに悩むことなどなかったかもしれない。

 

 もちろん、父のことは大好きだ。尊敬もしている。ただ、父は優しい人ではあったけれど、仕事に関しては狂気的なまでの執着心をもっていた。

 

 父はAMS研究を続けながら何を思っていたのだろう。自分の生み出したもの(ネクスト)が、こんなにも大勢の人間を殺す結果になったと知ったらどう感じただろうか。

 

 いや、父はそんなことは考えない人だ。単純かつ純粋に、できるからつくった。ただそれだけだ。偉大な結果を残す技術研究者とはあれこれ考えず、どれだけ目の前のことに没頭し続けられるかが問われる人種なのだ、と幼い頃の記憶に残った父の姿が語る。

 

 私はどうだろう。父のようになりたいと思って脳神経外科医となり、AMS技術者になった。だけど、いまはこの道を選んだことに疑問を感じずにはいられない。

 

 とはいえ、いまさら何を言ったところでイェルネフェルトの呪縛からは逃れられない___。

 

 あぁ、もう。

 

 はい、はい、はい。自己逃避の時間は終わり。結局のところ、目の前のやるべきことに集中していないから、いろんなことに思いを巡らせてしまうのだわ。注意散漫は私の悪い癖だ。

 

《___か? フィオナ、聞こえているか? 応答を乞う》

 

「あ、ごめんなさい。もう一度言ってもらえる」

 

 そういえば、戦闘中だったのだ。私は気を取り直す思いでヘッドセットをつけなおし、位置をなおした口元のマイクでふたたびレイヴンに問う。

 

《このあたりの敵はすべて撃破した。ラインアーク領海付近に敵空母を確認している。目標指示を乞う》

 

 レイヴンに指摘されて、私は慌てて目の前に並ぶ計器のなかから、広域レーダーに目を走らせる。付近に敵機の反応はない。しかし、ラインアークの保有する海域から少し離れたところに数隻の大型船舶の反応があった。部隊を運んできた母船だろう。

 

 レイヴンが駆るネクストから送られてくる望遠映像には、海上に浮かぶ敵母船らしき霞んだ灰色の点が浮かんでいる。敵であるオーメル・インテリオルの連合部隊は、現在こちらの様子を伺っているようで侵攻の動きはみられない。

 

「周辺に敵反応はなし。敵母船は領海を侵犯しない限り手が出せないわ。侵攻に備えて現状のまま待機を___いえ、10時方向。反応あり」

 

 一瞬、レーダーに影が映り、私は緊張に身を堅くする。しかし、その反応はすぐに消えた。それからしばらくしてもレーダーモニターには一切反応がなかった。輸送機のオペレータールームには、重く響くエンジン音と、空気を切り裂くツインのローター音と、レーダー機器が周期的に発する電子音だけが響く。私はごくりと喉を鳴らした。

 

 そのとき鳴った別の電子音に私はびくりと飛び上がる。通信の呼出音だった。私は数秒で息を落ち着かせてから、通信にコネクトする。

 

《こちらラインアーク守備隊オペレーターのエリザだ。守備隊全機に通達。領海上の敵機影なし。一時帰投後、第二波攻撃に備えて待機を願う》

 

「《了解》」私とレイヴンは声を揃えて指示に応える。しかし、先ほど一瞬探知した反応が気になった。

 

「こちら北側守備担当アナトリアのオペレーター。さっき一瞬だけレーダーに反応がありました。そちらで確認していますか」

 

《いや。おそらく、息継ぎするために浮上した鯨かなにかがレーダーに映ったのだろう。念のため周辺海域のソナー監視を厳にしておく。ネクストパイロットは帰投後、補給を受けつつスクランブルに備えて機上待機。フィオナさんには司令部まで出頭を願う》

 

 出頭? なにか不備でもあったかしら。「了解」とだけ答えて通信を切った。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

オーメル・インテリオル連合艦隊 司令艦

 

「リンクス戦争の英雄が敵に回るとは、なかなか厄介な展開になったな」

 

 艦橋の窓際に立つオーメルの軍事情報管理官のアディ・ネイサンは、戦場から立ち去る機体を双眼鏡のレティクルに捕らえながらぼやく。しかし、その台詞とは裏腹に、口元には余裕の笑みが伺える。

 

 戦闘開始からわずか20分足らずで、投入したノーマルAC・MTの混合の三個小隊はアナトリアの傭兵によって全滅させられた。これまで手駒のように働いてもらっていただけあって、その戦闘能力の高さは我々オーメルが一番よく知っている。ただ、こんな辺境(ラインアーク)で遭遇するとは思ってもみなかった。

 

「まぁ、第一波は様子見だ。第二波はこうはいかん。出られるな、セロ」

 

 アディは、双眼鏡から目を離さないまま、すぐ後ろにいるはずのセロに声をかける。セロは、ネクストの性能を100%発揮できるように我々オーメルが遺伝子操作で生み出したデザインベイビー(最高傑作)だ。アナトリアの傭兵の足を止めることなどわけはないだろう。

 

 高慢な性格にやや問題はあるが、それは絶対的な強さと自信から来る増長だ。パイロットとして悪い傾向ではない。反抗期の生意気なガキだと思えばかわいいもんさ。

 

「おい、返事くらいはしろ。俺はお前の上官だぞ」

 

 振り返って、改めてセロの姿を認める。セロは、本来作戦指揮官であるアディが座るべきキャプテンシートに頬杖をついてうなだれていた。ああ、そういえば船酔いだったな。あれだけネクストに振り回されても平気なくせに、たかだか船の揺れに酔うとは理解に苦しむ。

 

「おい、セロ。大丈夫か」

 

 セロは青白い顔をゆっくりと持ち上げ、細めた双眸で自分の上官を睨みつける。そして、言葉を吐き出すために、小さく息を吸い込んだ。

 

「大丈夫なわけねぇだろ。馬鹿野郎。だいたい、船に乗るなら作戦参加を拒否するといったはずだ。それを無理矢理連れてきたあげくに戦えるかだと。阿呆か。できるわけねぇだろ。上司面するなら、部下の管理がしっかりできるようになってからにしろ。この役立たず」

 

 二十歳にも満たない子供に言いたいように言われ、アディは頭に血が上りそうになる。まて、落ち着け。俺は大人だ。ガキ相手に、俺がガキになってどうする。ここは温厚策でいこう。アディは口元の筋肉を精一杯引き上げて無理やり笑顔をつくる。

 

「相手は、あのアナトリアの傭兵だぞ。戦ってみたいだろう」

 

「知るか」

 

「そうだ。艦にいるより、ネクストに乗ったほうがきっと楽なんじゃないか」

 

「この状態でネクストに乗ったら、起動時の神経負荷で確実に吐く。強制呼吸器に吐しゃ物が詰まって、僕は窒息死するぞ」

 

 相変わらず可愛くないガキだ。ああ、もういい。アディはあきらめてコンソールに備わった受話器をつかんで横のボタンを押す。共同作戦を展開するインテリオル・ユニオンの指令艦にむけて通信を開いた。

 

「こちらオーメルのアディ・ネイサンだ。こちら第二波の戦闘要員に欠員が出た。代わりに出せる戦力はあるか。アナトリアの傭兵にぶつけられる奴だ。ああ、そうだ。

 

 ___アルドラのクリティーク? 元レイヴンだと。ふん。よし、それで行こう。第二波は予定通り残りの全戦力を投入する。作戦開始は1400時に変更なし。それまで兵に飯でも喰わせておけ。以上だ」

 

 受話器を戻したアディは満面の笑みでセロを振り返る。

 

「聞いたかセロ。元レイヴン同士の戦いになりそうだ。こいつは見物だぞ」

 

 アディの興奮とは裏腹にセロは無反応だった。聞いているのか、聞いていないうつろな目でセロはアディのいる方向を見つめ続ける。その表情が一瞬歪んだかと思うと、急に口を押さえてうつむいた。

 

「うわぁ。セロ、そこは俺の席だ。吐くな!」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

「フィオナ・イェルネフェルトです。司令部に出頭しました」

 

 インターフォンにそう告げると、ラインアーク守備隊指令部のドアが開かれた。入り口にはグレーのフォーマルスーツを着た背の高い女性が立っている。

 

「ご苦労。実は、フィオナさんとどうしても話したいという方がいるのだが、かまわないだろうか」

 

 女性にしては低い声の持ち主であるラインアーク守備隊長のエリザは、通信時と変わらぬ男言葉で私に問うた。私は叱責を受けるのではない安堵感から「誰が」と聞き返す前に「かまいません」と答えた。

 

「では指令部内へ。その方はラインアーク政府がかくまっている要人で、名前をマリー・オブライエンという。容姿や居場所は明かせないため秘匿回線で通話していただく。また、この件に関しては他言無用でお願いしたい。こちらへ」

 

 司令室内別室の小部屋に通された私は、ヘッドセットを渡され、通信機の前に設置された席に座るよう促される。私が席に着くと、エリザは通信機を操作して回線をつなげた。数十秒間の呼び出し音のあとに、ヘッドセットと外部のスピーカーから「もしもし~」と少し間の抜けた女性の声が聞こえた。

 

《フィオナ・イェルネフェルト様でいらっしゃいますか?》

 

「はい、そうです。マリー・オブライエン様。オブライエンとは、ジョシュア・オブライエンとはなにか、ご関係が?」

 

《お会いできて光栄です。私のことはマリーとお呼びください。お察しのとおり、私はジョシュア・オブライエンの妻です》

 

 私はハッと息を飲み込む。ジョシュアと私は幼少期をアナトリアで過ごした幼なじみだ。だけど父が亡くなって間もなく、ジョシュアのお父さんを含めた数人の助手が、父の技術を持ってアナトリアから出ていった。ジョシュアも一緒に。

 

 当時の私はまだ幼くて、そのときに何があったのかよくわからなかったのけれど、父と親友がほぼ同時にいなくなって、寂しくてよく泣いていたのを覚えている。それからまもなく母も病気で亡くなった。

 

 その後、風の便りでジョシュアはアスピナ一の優秀な技師になったと知った。そして、ホワイト・グリントに乗って傭兵をしているのは誰もが知るところだ。

 

 アマジーグとの戦闘の際に応援を要請したときは、およそ十数年振りの会話だった。お互いよそよそしい態度ではあったけれど、彼は私の頼みを快諾してくれた。

 

 でも、そのとき彼はすでに人格移転型AIになっていたはずだ。そして、先の戦闘で戦死したと聞いた。今の彼はいったいどういう状態にあるのだろう。

 

「あの、この度は、なんと声をかけてよいものか」

 

 私はあまりに複雑な状況を言葉にできずに、当たり障りのない口上を述べる。マリーはそれを聞いてふふふと笑った。

 

《そうでしょう。お悔やみでもないし、再会を喜べる状態でもない。なんとも表現しがたい極めて特殊な状況です。

 

 順当に事が進めば、ジョシュアはラインアークで組立中のホワイト・グリント2号機が完成し次第、バックアップから人格データを再展開されて蘇ることになっていますが___》

 

 そこで、ゴホンとエリザの釘を刺す咳払いが会話を遮った。

 

《あ、ごめんなさい。これは守秘事項でした。いまのは聞かなかったことにしてください》

 

「お気をつけください。私は席を外します。会話が終わったらお呼びくださいませ」

 

《エリザさん、ありがとう。いろいろと迷惑をかけてすみません》

 

 退席するエリザに、マリーが感謝と謝罪を述べる。政府がかくまう要人と部外者が会話をするなど異例の事態に違いない。私が守備隊長の立場なら情報漏洩が心配で気が気でない。

 

「いいえ、手配に関しては(・・・・・・・)お気になさらずに。失礼いたします」

 

 エリザはマイクが音声を拾えるよう大きめの声でそう告げると、一礼して通信室を出た。

 

《さて、まずはここまでご足労いただいたことにお礼を申し上げます》

 

「いえ、作戦の合間ですのでとくには」

 

《いえいえ、『はるばるラインアークまでお越しいただいて』という意味です。今回アナトリアの傭兵様への警護のご依頼は、私がラインアーク政府に進言しました》

 

 いまいち状況がつかめない。私は「はぁ」と相づちを打つ。マリーは話を続けた。

 

 

《もちろん、依頼の目的はオーメルとインテリオル・ユニオンによるコロニー内部の強制捜査を阻止してもらうためです。

 

 レイレナードの残党狩りを目的とした強制捜査が、彼らが侵攻する名目ですが、真の目的はジョシュアのバックアップデータと私の身柄の奪取であることは明白です。

 

 アクアビットの人格移転型AIの研究データは、ジョシュアがすべて抹消しました。そして、アクアビットなき今、オーメルはジョシュアのバックアップデータを喉から手がでるほど欲しがっています。

 

 生前のジョシュアの根回しに従ってラインアークに亡命したものの、どうやら足がついてしまったようです。彼らはジョシュアのバックアップデータを手に入れるためなら、地図上からラインアークを消すことも辞さないでしょう。

 

 リンクス戦争で多大な功績を残したアナトリアの傭兵様ならば、これ以上の適任者はいません。ジョシュアはアナトリアの傭兵様に全幅の信頼を寄せていましたから。新しい友達ができたと喜んでもおりました。

 

 それに私も、ジョシュアがアナトリアについて話すときに必ず出てくるフィオナ様に一度お目にかかりたいと思っていたからです。ご迷惑だったでしょうか》

 

 

「いえ、そんなことは___そもそも、なぜジョシュアはAIになったのでしょうか」

 

《___では、そこからお話ししましょう。彼がAIになったのは、国家解体戦争の終りからほどなくしてです》

 

 少しの間をおいて、マリーは言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。

 

 

《ジョシュアはとても優しい人です。彼は生前から、故郷であるアナトリアとフィオナ様のことをいつも案じておりました。

 

 ジョシュアの両親は、アナトリアからネクストの技術を流出させた張本人であり、ジョシュアはそのことを自分の責任でもないのに、ずっと気に病んでいたのです。不安定な情勢でなければ、すぐにでもアナトリアの復興のために尽力したいとも申しておりました。けれど、その優しさが彼を暴走させたのです。

 

 長年研究してきた人格移転型AIの技術を完成させた彼は、私や周りの反対を押し切って、自ら人格移転型AIの実験体になったのです。実験は成功したのですけれども、肉体としてのジョシュアはそのときに死に、彼は電子空間上の存在として生まれ変わりました。

 

 AIになってもジョシュアの心は___心と呼べるのかどうかわかりませんが、人間だった頃の彼と何ひとつ変わることはありません。誰よりも優しく、誰より純粋なままでした。

 

 でも、その優しさと純粋さ故に、世の中の理不尽が許せなかったのでしょう。とくに、国家解体戦争の直後だった当時は、戦乱や貧困、飢えが蔓延していた時期でしたから。

 

 ジョシュアは、人格移転型AIの膨大な情報処理能力を使って世界をより良い方向へコントロールしようと考えました。企業による独裁的な体制を変えるべく、不法アクセスでパックスの機密情報を得て、情報を操り、誰もが住みやすい世の中につくり替えようとしたのです。

 

 そしていつしか、傭兵としてホワイト・グリントに乗り、世界各地の戦局までをコントロールしはじめました。そして、GAとBFFの対立構造を拡大させないように配慮しつつ、過激な思想を持つレイレナード・アクアビットを潰すことにも成功しました。

 

 頭角をあらわしつつあったアナトリアの傭兵様の行動もつぶさに観察して、ときおり恣意的な情報操作を加えていたようです。まるで正義の味方ごっこをする子供のようでしょう。でも、AIになった彼にはそれが可能で、本気で世直しを実行していたのです》

 

 

 マリーが語った内容に驚きを禁じ得なかった。ジョシュアがアナトリアのことを心配していてくれたことに。そして、これまでの戦いに思っていた以上に深く関与していたことに。

 

 私たちはGA側に荷担する形でこの戦争を終わらせたのだけれど、GAを裏で操るオーメルの、さらにその裏ではジョシュアが糸を引いていたのだ。糸を引いていたというより、GAやBFFの動きを、自らの存在を隠したまま自然な形で誘導していたのだろう。

 

 予想以上に斜め上にふっとんだエピソードに現実味が薄くなる。そして意志を持ったAIの恐ろしさに皮膚が粟立つ。いつだったかレイレナードのベルリオーズが『人格移転型AIは神にも悪魔にもなる』というようなことを言っていたが、どうやらそれは本当らしい。たったひとりの意志で世界をどうとでも変えられる存在。それはまさしく神か悪魔だ。

 

 AMS技術を応用して人格を転移させる試みは、父の研究手帳にもメモがあった。神経接続を最大負荷状態で人格をスキャンし、デジタルデータ化した人格をAIに模倣させることは技術的には可能かもしれない。けれど、AMS技術者の端くれである私からみても、鼻で笑いたくなるほど非現実的だ。

 

 そんなことをすれば被験者は精神崩壊どころではすまない。脊髄はボロボロになり、神経系はすべて焼き切れ、眼球や脳細胞は蒸発する。目も当てられないほど壮絶な死に方をするはずだ。それを目の当たりにしなければならなかった彼女は、どれほど辛かっただろうか。

 

 

《私は、ただジョシュアと娘と3人で静かに暮らしていければそれでよかったのです。けれど彼には、私たちには見えないものが見えていたのでしょう。私たちが静かに暮らすためには、自らを犠牲にしてでも戦わなければならないとジョシュアは悟っていたのだと思います。

 

 AIとなったジョシュアは、誰にも理解されず、私ですら理解してあげることができませんでした。彼は、世界で彼しか知り得ない不確かな未来平和のために戦っていたのです。

 

 ジョシュアはとても優しい人です。でも、その優しさは狂気的ですらありました。彼がAIとして生まれ変わる前からずっと、私と彼はどこかすれ違ったままだったのだと、今では思います》

 

 

 マリーが話すジョシュアと、私の父のイメージが重なる。なにを犠牲にしてでもやりとげなければならないことがあると思っている人間は、独善的にならざるを得ない。当人からすれば、それは周りの人間のためにしているのだから自らの行いを疑いもしない。

 

 結果の一部だけを切り取れば独善的でも、当の本人からしてみれば決して独善的ではない。卵と鶏のどちらが先に生まれたかを問うような関係だ。マリーがいう「どこかすれ違っている」という言葉は、漠然としながらも的を射た言葉だ。

 

 小さい頃に、ジョシュアと父の研究所で遊んで、よく父に叱られたことを思い出す。そして、その父の実験を真剣な眼差しで見つめるジョシュアの横顔も思い出された。ジョシュアは父とどこか似ていたのかもしれない。

 

 

《ですが皮肉なことに、平和を願うジョシュアのバックアップデータを巡って、新たな火種が生まれているのが現状です。ジョシュアのバックアップがオーメルの手に渡れば、オーメルはもはや誰も太刀打ちできない絶対的な権力を手に入れるでしょう。

 

 また、現状表立って動いているのはオーメルだけですが、レイレナード・アクアビットの残党勢力も虎視眈々とデータの奪取を狙っています。もしレイレナード残党側にジョシュアが渡ったなら、世界は再び波乱に見舞われることになります。

 

 ジョシュアは、ラインアークが世界で一番安全だと踏んで、ここをバックアップデータの避難所として準備を行っていたのですが、あれから状況がずいぶん変わっています。大きな独立コロニーであるがゆえに、どちらの勢力が内部に潜んでいても不思議ではありません___ああ、ごめんなさい》

 

 

 マリーは、あわてた声を上げる。おそらく、それも守秘項目に該当するのだろう。けれどもう遅い。部屋の外でこの会話を聞いているであろうエリザは、ため息とともに頭を抱えているに違いない。

 

 

《とにかく、もはやここは決して安全ではありません。ジョシュアのバックアップデータを手に入れた陣営が絶対的な力を手にします。ジョシュアはそんな彼らの思い通りに動く人間ではありませんが、私や娘が人質にでもされれば彼は従わざるをえなくなってしまうでしょう。

 

 ホワイト・グリントが失われた時点で、私が責任をもってジョシュアのバックアップデータを破壊するべきでした。いいえ。あのとき、ジョシュアが行う人格移転型AIの実験を、身を挺してでも止めるべきでした。そうすれば、誰も巻き込むことなどなかったのです。

 

 ジョシュアの入念な手配によって、バックアップデータは現在ラインアーク政府の手に渡っているため、もはや破壊することもできません。そして、現在私がいるこの場所は自由な出入りはもちろん、自殺すらできないのです。私には、もうどうすることもできません》

 

 

 私には、彼女に返す言葉が浮かばなかった。「ジョシュアがいなければ、この戦争はまだ続いていたかもしれない」や「マリーさんの身を案じるからこそジョシュアはそうしたのだ」などと安直な慰めの言葉を伝えたところで、彼女には何の救いにもならないだろう。それほど彼女は重いものを背負っている。いや、実際は自ら重いものを背負おうとしている。

 

 彼女に過失がないのは明白だ。研究者が自ら進んで行う探求を、止められる者などいるはずがない。それでも彼女は罪の意識を感じ、自らの命を捧げるとまで言う。すべてを背負う覚悟ができているのだ。

 

 それに比べて私はどうだ。父を呪って、アナトリアを呪って、自分の血を呪って生きている。彼女と同じ立場になったとしたら、果たして私はこうも毅然と話などできるだろうか。

 

 

《お願いです。どうかラインアークと私たちを守ってください。すべては私たちが蒔いた火種です。お願いできる立場にないことは重々承知しております。ですが、どうかお願いします。私たちがこれ以上世界の迷惑にならないように。

 

 そしてもうひとつ___私やジョシュアが何者かの手に墜ちそうになったら。あるいは、あなた方の前に立ちふさがることになったとしたら、そのときは迷うことなく撃ってください。彼もそれを望んでいました。私も同じです。どうか、お願いいたします》

 

 

 喉をひきつらせ、マリーの声がときおり震える。その声がスピーカーの奥でくぐもり遠くなる。彼女は頭を下げているのだ。

 

 彼女が私に求める言葉は「いざとなったら、あなたを必ず殺しますので安心してください」だ。たけど、そんな言葉は言えるはずがない。私はまたもや言葉を失う。

 

 沈黙に満たされた小さな室内では、通信機から周期的に発せられる短い空電だけがやけに大きく聞こえる。

 

 その沈黙を破って、突如けたたましい音量で警報が鳴り響いた。「失礼」と間髪入れずドアを開けて入ってくるエリザと目が合う。オーメルの第二波攻撃が開始されたのだろう。私はエリザが声を発する前にうなずき返して席を立つ。

 

《お願いします》

 

 食い下がるように放つマリーの切迫した声が胸に刺さり、私はいたたまれなくなって、踏み出した足を止める。なにか言葉を掛けてあげたい。私は少ない時間で言葉を探す。

 

「___彼なら、レイヴンの彼なら敵も味方も、善も悪も関係なく、すべてを焼き尽くしてくれます。私もここを守るために尽力します。ですから___どうか泣かないでください」

 

 大音量の警報が鳴り響くなか、私はそう言い残しドアに向かって駆け出す。マリーが何かを言った。震える彼女の声は小さくて聞こえづらかったけれど、その言葉はしっかりと私の背中に届いた。

 

 彼女は「ありがとう、ございます」と言った。少しだけ安堵した様子が伺えたことで、ホッとした私の身体からは余計な緊張が抜けたようだった。

 



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断章 ラインアーク防衛 後編 〜オブライエン〜

《繰り返します。こちらラインアーク守備隊。侵攻中のオーメル・インテリオル連合艦隊に告ぎます。あなた方はラインアーク主権領海を侵犯しています。速やかに退去してください。さもなくば、実力で排除します》

 

《ふん。オーメル軍事情報管理官のアディ・ネイサンだ。繰り返しになるが、そちらにでレイレナード・アクアビットの残党を名乗る反体制勢力を匿っているとの情報が入っている。やましい事がなければ、おとなしく武装解除してコロニー内の査察に応じろ》

 

 14:00時。オーメル・インテリオル艦隊とラインアーク防衛隊との第二陣の戦線は、両者ともに第一波攻撃時と同じ文言を律儀に繰り返した後に開かれた。この戦いはレイレナード・アクアビット残党をあぶり出したいオーメルと、独立コロニーとしての立場を主張するラインアークとの政治戦争だ。

 

 ただし、それは表向きの名目であり。その真意は、現存する唯一の人格移転型AIであるジョシュア・オブライエン( アスピナの傭兵 )のバックアップデータを巡る戦いだ。

 

 アナトリアの傭兵と並び、リンクス戦争で多大な戦果を上げたアスピナの傭兵ホワイトグリントとジョシュア・オブライエンの存在価値は、戦術的にも戦略的にも絶大である。ラインアークはホワイト・グリントの戦術的防衛力を行使し、自コロニーの独立自治権を恒久的なものとしたい。オーメルは、戦略的に自らの立場を脅かす可能性のある存在を野放しにはできない。

 

 そして、ジョシュア・オブライエンの妻であるマリー・オブライエンから私が聞いた話では、レイレナード残党もジョシュアのバックアップデータを狙っているという。

 

 もし、かつて人格移転型AIを運用していたレイレナード・アクアビット残党がジョシュアのバックアップデータを手に入れれば、強力な軍事兵器として運用され、再び戦争が始まるだろう。

 

 ラインアークの水面下では、現在3陣営がお互いの動向を探っている。ラインアークとオーメルの戦闘による混乱は、レイレナード残党にとってジョシュアのバックアップデータを奪取する絶好のチャンスだ。ラインアーク防衛の依頼を受けた我々アナトリアの傭兵は、速やかにオーメル・インテリオル連合艦隊を駆逐し、現在置かれたこの混乱した状況を一刻も早く打開しなくてはレイレナード残党の都合の良い結果になりかねない。

 

《敵部隊は、再度南北から侵攻。南の方が圧倒的に数が多い。北側後衛部隊は南へ移動。北側前衛はアナトリアの傭兵の遊撃を援護しろ。奴らに島の土を踏ませるな!》

 

 守備隊長であるエリザの指示でラインアークの守備部隊が移動を開始する。オペレータールームに並ぶ広域レーダーには、ラインアークに向かって侵攻する無数の機影が輝点で表示されており、南側の方が明らかに輝点の密度が濃い。北側にアナトリアの傭兵( 私たち )を引きつけておいて、南から攻め落とすつもりだろうか。そうだとすれば、迅速に敵を殲滅して、南側の応援に向かわねばならない。

 

オペレーター( フィオナ )からパイロット( レイヴン )へ。12時方向GOPPERTーG3(アルドラ製ノーマルAC)、3機を確認。その両翼に047ACーF(BFF製水上AC)が3機ずつ展開。その後方、航空戦力多数。火力の低い航空戦力は守備隊に任せて、ノーマルACへの攻撃を優先させて」

 

 索敵情報を受け取ったレイヴンは、前進して編隊を組むGOPPERTーG3(アルドラ製ノーマルAC)に火線を集中させ侵攻を阻む。しかし、その両脇を迂回しながら、6機の047ACーF(BFF製水上AC)がすり抜ける。さらにイクバール製のNASR(戦闘ドローン)LAQLAQ( 戦闘ヘリ )が上空をパスしていく。

 

 いくら歴戦のアナトリアの傭兵と言えど、物量に勝る相手に対しての防衛戦は苦しい。この広い海洋上では、攻撃側の敵は360°どこからでも攻められるのに対し、こちらは360°に気を配らなければならない。おまけに最終防衛ライン以内の生活圏ではコジマ汚染を防ぐ目的で、高速移動の要であるオーバードブーストは極力使わないように指示されていた。

 

 とはいえ、ラインアークの島周辺には砲台が設置されているうえ、守備隊は相当数の駆逐艦とMT、ノーマルACを展開させている。独立コロニーを謳うだけあって、ラインアークには十分な防衛戦力が整えられていた。

 

「レイヴン、大丈夫よ。撃ち漏らした敵はラインアーク守備隊が迎撃してくれてるわ。敵主力ノーマルACの集中して」

 

 1対少数に限定された戦闘なら、リンクス戦争の英雄であるアナトリアの傭兵にかなう者などそうはいない。GOPPERTーG3(アルドラ製ノーマルAC)は大型シールドを前面に構え、徹底してこちらの足止めに徹している。

 

 しかし、ACごときではアナトリアの傭兵の足止めですら不十分だ。3機いたACは、すでに残り1機まで減っており戦線を後退しつつある。ネクストを止められるのはネクストしかいない。そう思った矢先、コジマ粒子のモニタリング反応が急上昇する。

 

 敵は案の定、第二波攻撃でネクストを投入してきた。第一波はただの斥候であり、この第二波攻撃こそが本命なのだ。

 

「敵ネクスト接近中。気をつけて」

 

 敵の姿はまだ遠くて捉えられない。モニター上ではコンピュータが識別パターンの解析を行いネクストの特定を急ぐ。現在オーメルとインテリオル・ユニオンが動かせるネクストは最大で9機。幸いなことに、検知したのはネクスト1機ぶんのコジマ粒子濃度だ。どのリンクスが出てきてもいいように、敵のデータはすべて私の頭に入っている。

 

 一番やっかいな相手は、オーメルの寵児と呼ばれるセロが駆るテスタメント( No.6 )だ。セロはオーメル本社を守護する天才リンクスであり、戦争が終結し本社防衛の任が解かれた今なら、攻撃機として出てくる可能性も十分に考えられる。

 

 その次にやっかいなのが、これまで何度か共闘した事もあるミド・アウリエルのナル(No.30)。レイヴンは彼女に命を助けられたこともあるため、戦いづらい相手かもしれない。いや、レイヴンに限ってそれはないか。むしろ戦いづらいと感じるのは私の方だ。

 

 インテリオル・ユニオンのネクストは、グループを構成するレオーネ・アルドラ・メリエス各社の総勢7機。いずれのネクストも、レーザー兵器やプラズマ兵装など強力な光学兵器を装備しているため単機とはいえ、苦戦は避けられないだろう。

 

 敵ネクストの解析終了を知らせる電子音が鳴った。同時に該当ネクストの情報が自動的にデータベースから引っ張り出されて別のモニターに表示される。新たな敵が、セロでもミド・アウリエルでもないことに安堵しつつ、私はそのデータを要約してレイヴンに伝える。

 

「敵ネクストは、アルドラのクリティーク( No.14 )と確認。両腕にレーザーライフルを装備。加えて散布型ミサイルを装備。とくに右腕のハイレーザーライフル(HLR01ーCANOPUS)の火力には注意して。それと___パイロットのシェリングは、国家解体戦争に参加した26人のうちのひとり。おまけに元レイヴンだそうよ」

 

《了解した》

 

 少しは驚きの声を上げるかと期待したのだけれど、相手が自分と同じ元レイヴンだと知っても、彼はおくびにも出さなかった。こちらの機体から送られてくるカメラ映像とリンクしたモニターには、海面を切りながら接近してくる重量二脚型のネクストが小さく映し出された。

 

 光学兵器に対する防御を高めるため曲面で構成された装甲板が、時折太陽光を反射して部分的に輝く。クリティークは、こちらを射程に捉えるやいなや左腕のレーザーライフルを射かけてきた。可視できるほど出力密度の高いコヒーレント光が幾本もの筋を描いてこちらを襲う。

 

 秒速30万kmにおよぶレーザーを回避することは何人たりとも不可能だ。しかし、レイヴンはそれらをすべてかわす。レイヴンはレーザーライフルの射線上に捉えられないように機体の機動ベクトルを絶えず変化させながら回避行動をとり続けていた。

 

 ただし、敵にとって左腕のレーザーは牽制射撃にすぎない。虎の子である右腕の高出力レーザーライフルの銃口は、レイヴンの動きを捉えようと微動を繰り返している。断続的に被ロックオン警告のアラートが鳴り、それがほんの少し長めに続いたかと思うと、敵機の右腕が激しく瞬きモニターがホワイトアウトした。

 

 発射されたハイレーザーライフル(HLR01ーCANOPUS)の大出力レーザー光によって、オペレータールームの安物モニターは画面全体が白飛びし、3秒間ほど役立たずになる。しかし、機体の稼働モニタリングは被弾情報を表示しないため回避に成功したことを確信する。

 

 ようやく回復したモニターには、敵の右側に回り込み、射撃を加えながら接近するレイヴンの様子がカメラアイを通して映し出される。高火力兵器は射撃後の長いリロード時間が弱点だ。その間、敵の右方にできる隙をレイヴンは見逃さない。クリティークは旋回しながら左腕のライフルで迎撃しようとするが、射角がとれずにレーザーはすべてこちらの右後方に流れた。

 

 レイヴンの機体の両腕から放たれる銃弾は、クリティークの機体に間違いなく命中しているが、機体周辺に展開されたプライマルアーマーに阻まれ威力を削がれている。その際、銃弾が持っていた運動エネルギーは青緑色の光に変換され、クリティークの機体周囲を球状に覆うように見える。

 

 それでもレイヴンはトリガーを引き続けた。左腕のマシンガンから連続して吐き出されるおびただしい数の銃弾が、プライマルアーマーのエネルギー発生源であるコジマリアクターに負荷を与え、敵機を保護する光の幕は徐々に輝きを失っていく。

 

 プライマルアーマーが失われたネクストの装甲はノーマルACと何ら変わることはない鉄の板だ。レイヴンは敵の胴部を狙って右腕のライフルを至近距離で放つ。120mmの弾丸は、発射時の初速を保ったまま、クリティークの装甲板まで届いた。1射目は敵の肩装甲を砕く。2射目は右腕の大型ライフルによって阻まれはしたものの、ハイレーザーライフル(HLR01ーCANOPUS)に大穴を穿ち、敵は主兵装を失った。

 

 もう一撃を加えようとしたところで、クリティークの右肩に備わったミサイルポッドが発射位置までせり出す。それを確認したレイヴンは素早い判断で攻撃をとりやめ回避行動に移る。ミサイルポッドのハッチが開かれると同時に、無数の小型ミサイルが発射され、蜘蛛の子を散らしたかのように弾頭と白煙が視界いっぱいに広がる。

 

 レイヴンは敵頭上を飛び越えるようにしてミサイル群の迎撃を回避しようとしたが、すべてをかわし切れずに左の腕部と脚部に被弾した。複数の小型弾頭が装甲ぶつかって一斉に弾けるも、幸い損傷は軽微だ。敵の背後をとったレイヴンはすぐさま機体を回頭させ、システムがロックオンするより早く敵の背面を照準に収めてライフルを放つ。

 

 しかし、敵の反応も速い。クリティークはすぐさま機体を左に平行移動させて回避行動をとり、レイヴンが敵背後から放つ銃弾は右肩のミサイルポッドを貫くにとどまった。そして、クリティークはミサイル弾頭の誘爆に巻き込まれる前にポッドを空中に投棄する。

 

 刹那遅れて内部に残ったミサイル弾頭がまとめて誘爆し、2機の間で大きな爆発が起こった。両機は爆発を避けるように距離をあける。発生した衝撃波が機体を揺さぶり画面が揺れた。そこへ敵パイロットから通信が飛び込んできた。

 

《かつて、伝説と呼ばれたレイヴンがいた》

 

 敵パイロットからの通信メッセージは、まるで昔語りか独白のように始まった。

 

《そのレイヴンがもたらす圧倒的な戦果は、敵対企業に甚大なダメージを与える。味方なら、これ以上心強い味方はないだろう。しかし、敵として相対すればこれ以上に恐ろしい敵はいない。伝説のレイヴンの存在は、まさに雇った側が必ず勝つ切り札(ジョーカー)だった。

 

 しかし、傭兵として優秀すぎるがゆえに、結局は敵味方を問わず両企業を疲弊させ、共倒れさせる。その結果、一時は対立の図式がなくなり傭兵斡旋の仕組みが瓦解したこともあった。そのとき同業内で、貴様がなんと呼ばれていたか知っているか? バランスブレーカー。また世界をひっかき回すのか》

 

《___ふん。こちらは仕事をしているだけだ。文句なら依頼主に言え》

 

 いつもなら敵との会話を無視したがる彼が珍しく会話に応じた。敵パイロットが語る伝説のレイヴンとは、どうやらアナトリアの傭兵である彼のことらしい。元レイヴンだと言うシェリングは、同じく元レイヴン(アナトリアの傭兵)の過去を知っているようだ。

 

 私は、彼がアナトリアに来る前のことをよく知らない。凄腕のレイヴンであったことは知っていたが、それ以上は何ひとつ知らなかった。彼に訊いても答えないからだ。本名すら名乗りたがらないため、私はいまだに彼のことを『レイヴン』と呼んでいた。

 

《過去の事はいい。だが、貴様はまた同じ事を繰り返している。BFFとレイレナードを潰しておきながら、今度はオーメルに噛みつくのか。そのおかげで世界の均衡は崩れる。やりすぎなのだよ貴様は。力を持つなら節度をわきまえろ》

 

《生憎、雇い主(アナトリア)の意向には義理があって逆らえない。お前も元レイヴンなら、少しはこちらの立場も察しろ》

 

《この殺戮兵器(ネクスト)を産み出し、世界でもっとも多くの人間を殺したイェルネフェルトのアナトリアか。どうやら、アナトリアには似たもの同士が集まるようだ》

 

 その言葉を聞いた私の額からは冷たい汗が吹き出した。心拍数が意図せず跳ね上がり、呼吸がしずらくなる。『世界でもっとも多くの人間を殺したイェルネフェルト』。その事実は、わかってはいたことだけれども、これまで誰の口からも直接語られることはなかった。

 

 もちろん、敵パイロットは私ではなく、亡き父に向けて言ったのだろう。頭では理解していても、心が、自我がそれを受け止め切れない。時折思いつめながらも、どこか他人事のように考えていた節はある。しかし、直接その言葉を突きつけられれば、イェルネフェルトの娘という存在が、より重く背中にのしかかり、強い脱力感に身体の自由を奪われる。

 

《そして、誰であろうと、目立つ杭は確実に打たれるのが世の摂理だ。アナトリアともども報いを受け___》

 

 突如、不自然な形で敵機からの通信が途切れた。機体や通信機のモニタリングには問題はない。不慮のトラブルかと思い、私はレイヴンに現状を確認するため、出しにくくなった声を振り絞って彼に通信を入れる。

 

「レイヴン、通信が途切れたわ。何が___」

 

《何でもない。奴との通信接続をこちらで切った》

 

「どうして」と、思わず訊ねていた。

 

《奴の昔話につきあうのが億劫になっただけだ》

 

 彼はさらっと答える。ふふん、素直じゃないな。でもありがとう。彼の気遣いに、思考が強制的に切り替えられた。さっきまで身体の自由を奪っていた脱力感は幾分軽くなり、今私がすべきことを思い出す。

 

「あともう一押しよ。敵ネクストは、コア内部にパルスガン(PG02ーDENER)を格納しているから接近しすぎないように注意して。高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)は?」

 

《大丈夫だ。必要ない》

 

 彼は余裕綽々と答える。事実、アナトリアの傭兵は強い。とくにネクストと頻繁に交戦するようになってから、さらにその強さに磨きがかかったように感じられる。

 

 神経接続でコントロールするネクストの操縦は、なにより先天的なAMS適性がものを言いう。しかし、彼の適性値は決して高い方ではなく、適性レベルでいうなら中の下といったところだ。それでも、これまで数々の強敵を打ち負かしてきた実績がある。高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)のドーピングがあったにせよ、AMS技術者としての知見からすれば、これは驚異的事実だ。

 

 私が推察するに、多くのリンクスたちは五体満足であるがゆえに、ネクストの性能を活かし切れていない。それに対して、国家解体戦争で右半身と左手足を失った彼は、五体満足ではないがゆえにネクストを自分の身体のように扱える。それが彼の強さの理由だ。

 

 元来、脳から発せられる身体制御信号は、あくまで生身の肉体寸法に最適化されているため、ネクストの機体を肉体とまったく同じように動かすことはできない。個人の身体的特徴をスケールアップした機体ならまだしも、各部寸法が規格化されたネクストでは体感覚に違和感が生まれてしまう。おまけにネクストの機体構造は、人体の可動域を最低限のアクチュエーターモーターで簡易的に模倣したロボットに過ぎないからだ。

 

 さらに、多くのリンクスはネクストに搭乗している時間よりも、生身の身体で過ごす時間の方が長い。そうなるとネクスト搭乗時に学習した体感覚は、実生活上の生身の体感覚に上書きされてしまい、脳神経細胞の可塑化が遅れる。つまり一定の学習レベルに達するまでに、それだけ多くの搭乗時間を要するということだ。それは、まったく動作が異なるふたつの楽器を習得することに近い。

 

 体感覚のフィードバック回路調整と動作プログラムの変更で、動作の違和感なくすように補正を加えることはできるけれども、その弊害として微細な動作が難しくなるうえ、動作遅延が大きくなる。ミリ秒程度のわずかな遅延であってもネクストの高速戦闘では命取りだ。

 

 それに対して、もともと生身の体感覚が希薄である彼は、ネクストの操作に違和感を覚えない。そして事実、彼の機体には、ほとんど制御補正を加えていない。補正の必要がないからだ。

 

 国家解体戦争で四肢を失った彼にとっては、ネクストこそが彼の身体であり、今やかつてあった自分の身体のようにネクストを扱えていることだろう。とくに、微細な操作が必要な精密射撃や、運動神経系の伝達速度が大きく反映される近距離白兵戦においては、他のリンクスに対して圧倒的なアドバンテージを持っている。

 

 もし、彼の頭の中をのぞき込むことができたなら、彼の脳運動野や小脳のニューロンネットワークの振る舞いは、自らの肉体ではなくネクストの操作に最適化されているはずだ。もし、タコのような8本足のネクストが存在したなら、彼の脳はそれにも順応するかもしれない。

 

 体感覚を持たない人格移転型AIも、同様の理由でネクスト操作に適している。五体満足の身体を失った彼は、人格転移型AIの対になる存在であるとも言えるだろう。リンクス戦争を終結に導いたアスピナの傭兵とアナトリアの傭兵。このふたりの存在と関係に運命めいたものを感じざるを得ない。

 

 そのアスピナの傭兵のバックアップデータの行方を左右する戦いは、再び中距離の射撃戦に移行し、レーザーと実弾の応酬が繰り広げられている。

 

 敵ネクストが右腕に持つ高出力レーザーライフルを早い段階で使用不可にできたのは幸いだった。しかし、左腕に残ったレーザーライフル(LR02ーALTAIR)も十分に強力だ。特殊レンズで収斂(しゅうれん)されたレーザー光の温度は数千度に達し、こちらのプライマルアーマーをものともせず装甲を灼く。同じ場所に2度撃ち込まれれば機体は大破する恐れすらある。

 

 機動性ではこちらが圧倒的に上回っていた。しかし、敵ネクストはコア内部に連射性能に優れた近距離戦用のパルスレーザーガンを隠し持っているため、迂闊に近づくのは危険だ。

 

 レイヴンは、死角となる相手の右手側に周り込みながら攻める。クリティークが使用不能になったままのレーザーライフルを右手に保持しているからだ。しかし、敵ネクストはあえてそうすることでレイヴンの動きを限定させ、こちらの動きを誘い込んでいるようにも思える。左腕のライフルの銃口が迎撃するために幾度となく瞬いた。

 

 クリティークは不意に右腕のライフルをこちらに向けて投げつける。レイヴンは一瞬だけ虚を突かれたように居着くが、ブーメランのように横回転しながら飛来するライフルをかわすべく、すぐさま機体を平行移動させる。しかし、その動きを予測していたクリティークは、投擲したそのレーザーライフルを自らのレーザーライフルで狙撃した。

 

 撃ち抜かれたハイレーザーライフル(HLR01ーCANOPUS)は、青白いプラズマ光を伴った激しい爆発を起こす。ライフル内部の大型コンデンサが破裂し、溜め込んでいた電力を無差別に放出した結果だ。

 

 発生した膨大な熱と光は一帯の海水を一瞬で蒸発させ、さらにこちらの機体を飲み込もうとする。レイヴンはあわてて退避するが、それより早く熱膨張によって爆発的に体積を増やした蒸気の波が押し寄せ、機体は弾き飛ばされて制御不能に陥る。ブースターを駆使して姿勢を保持しようと試みているがその努力もむなしく機体は海面に叩きつけられた。着水した衝撃音が通信機を通してこちらの耳まで届いた。

 

 私はすぐさま機体の状態を示すモニタに目を走らせ、各部の動作状態をチェックする。制御機能に異常は出ていない。機体内部への浸水もないようだ。ただ、装甲表面温度が海水に浸されながらも依然高い数値を示していることが、先程の攻撃が起こした爆発の膨大な熱量を物語る。

 

 カメラに泡立つ水面が映る。機体はすでに頭部までが海中に沈んでいた。ネクストは海中での運用が想定されておらず、水中ではブースターの性能が著しく低下する。機体は最大出力で浮上を試みているが、海面に浮上してから上昇に転じるまでには隙が生じてしまう。

 

「レイヴン、浮上してはダメ! 撃たれるわ!」

 

 私の叫びは聞こえただろうか。元レイヴンであるシェリングは、もちろんこちらが浮上する際の隙を決して見逃さないだろう。機体のアイカメラは、波で歪んだクリティークの機体らしき姿を捉えていた。同時にロックオンされたことを示す警告アラートが鳴る。

 

 打開策を見つけるべく私が目を泳がせていると、モニタ上にはオーバードブーストが発動するまでのカウントダウンが表示されていた。ああ、そうか。私はレイヴンの意図を読む。オーバードブーストの大推力なら浮上時に狙撃される確率は低い。それに___。

 

 衝撃音が響いた。こちらのオーバードブーストが点火し、メインブースターの数倍もの大推力が機体背面から発せられる。その膨大なエネルギーは大量の海水を空高くまで巻き上げ、機体全体を覆うほど巨大な水柱を立ち上げた。挙をつかれた敵ネクストは、後退しながらレーザーライフルを連射するが、近距離からの射撃にもかかわらずレーザーは水柱に阻まれこちらに届かない。

 

 レイヴンの狙いはこれだった。水を通過したレーザー光は拡散し、威力は著しく低下する。彼は水柱をレーザーを防ぐ盾に利用したのだ。同時にブースターの推力不足を補いつつ安全に浮上できる。水柱から遅れて飛び出たレイヴンは、ライフルを射かけながらクリティークに肉薄する。左腕に持っていたマシンガンはすでに捨て去り、格納式レーザーブレードに換装してあった。

 

 レイヴンが薙払ったレーザーブレードのプラズマ刃は、クリティークのプライマルアーマーの防御を突破し、その超高温で装甲を融解させ胴部を深々とえぐった。機体同士が接触した際に、接触通信回線が自動的にオンになる。

 

《伝説は伊達ではなかったか。貴様にやられるなら悔いはない》シェリングは最期にそう言った。

 

 ジェネレーターを破損させたらしく、クリティークはそのまま動きを止める。そして、機体を浮上させていたブースターの推力も失い、機体は渦をつくって海中に没した。

 

 レイヴンの機体はしばらくの間、その場へとどまった。昔のことを思い出しているのだろうか。それとも同業の縁がある元レイヴンだったシェリングを弔っているのだろうか。通信機からはなにも聞こえない。私は周辺の索敵をして安全であることを確かめたうえで、そっとしておくことにした。

 

 レイヴン( 傭兵 )とは、どのような人たちなのだろう。私にはよくわからない。人型機動兵器アーマードコアを駆って戦地に赴く傭兵。個人で動く一匹狼。それゆえ、あらゆる状況をひとりで打破する(すべ)を身につけている。

 

 任務によっては他のレイヴンと共闘することもあるそうだが、もちろん敵となることもある。依頼完遂のためであれば、知り合いでも殺さねばならない非情な世界の住人だ。

 

 そんな世界で長らく生きた人間は、きっとレイヴン()のような性格にならざるを得ないのだろう。決して周囲となれ合わず、誰かを信用することもない。常に危機感を覚え、安心とも無縁だ。それは大切な人や場所を失う恐怖への裏返しの行為なのかもしれない。

 

 戦士として優秀であることは、人間性を殺すことだ。同じ戦士でも、守るべきもののために戦う軍人とは少し違う。より所さえ持たず、たったひとりで戦い続けなければいけない状況は誰であっても辛いはずだ。

 

 レイレナード本社侵攻作戦のおり、彼は『これ以上今の状態で生きたいとは思わない』と言った。国家解体戦争の戦地から逃れ、アナトリアに不時着した彼に治療を施したのは私だ。そして、再び戦場へ引き戻した。

 

 果たして、私は彼を助けたのだろうか。それとも、彼を苦しめ続けているだけなのだろうか___。

 

 

 私の思考は、遠くで起こった発破音と立ち上る水柱によって中断させられた。素早くレーダーを読み、状況把握に努める。付近に敵影はない。ラインアーク南側ではまだ戦闘が続いているが、北側(こちら)は、無事防衛に成功したようで新たな敵増援の気配はない。

 

 水柱は北側最終防衛ライン付近で起こった。続けてもう一回。おそらく水中機雷か魚雷の爆発だ。状況を問い合わせようとした矢先、ラインアーク守備隊長のエリザの方から通信が飛び込む。

 

《フィオナさん。聞こえるか。エリザだ。すまない。要人とバックアップデータが、コロニー内部への突入部隊に奪取された。現在、要人を乗せた潜水艇が周辺海域の機雷網を抜けて逃走中。こちらの魚雷攻撃を振り切り北側外洋(そちら)に向かっている。要人を敵に渡すわけにはいかない。無理を承知で訊ねる。迎撃はできるか》

 

 絶句した。この侵攻自体がオーメルの画策した陽動作戦だったのだろうか。それとも、この混乱に乗じて行動を起こしたレイレナード残党の仕業なのだろうか。まさかこんな結末になろうとは予想だにしなかった。それも潜水艇を使うとは。

 

 ネクストは水中での運用を考慮されていないため海中深くに潜ることはできない。ラインアークの周辺海域は比較的浅いものの、水深150mはある。ネクストの耐水深度はおよそ100mほどだ。海底スレスレを航行されれば手が出せない。攻撃するにしても水中で火器は使用できないし、レーザーブレードも役に立たない。そもそも海中ソナーすら装備していないため、潜水艇の発見すら困難だ。

 

「こちらアナトリアのオペレーター。ネクストは水中での運用は想定されていません。海中への攻撃はおろか、潜水艇の位置特定もできません。迎撃は不可能___」

 

 そこへレイヴンが会話に割り込む。

 

《フィオナ。高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)を使う。音を聞いて位置を割り出し、海中に潜って直接叩く》

 

 は? なにを言っているの、この人は。確かに高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)下での集音能力と赤外線の可視化で潜水艇の位置は探知できるかもしれない。なんとかスクリューさえ潰してしまえば潜水艇の航行は止められる。

 

 しかし、潜水艇は動いているのだ。さらに沈降されれば手の打ちようがないし、耐水深度を越えたら機体がどうなるかわからない。この程度の深度でネクストが圧壊することはないだろうが、故障箇所によっては再浮上できなくなる恐れがある。イコールそれは彼の死だ。

 

「無茶だわ。許可できない」

 

《潜水艇にはジョシュア・オブライエンのバックアップが載っているんだろう? 奴を敵に渡せば、今度は確実にアナトリアが狙われる》

 

「でも___」私は言葉に詰まる。第二波攻撃の前に交わしたマリーとの会話が幻聴のように蘇った。

 

 マリーは『私やジョシュアが何者かの手に墜ちそうになったら。あるいは、あなた方の前に立ちふさがることになったとしたら、そのときは迷うことなく撃ってください』と言った。

 

 事態はマリーが想定した最悪の状況になった。おまけにマリーとの約束を果たすためには、レイヴンの命もかける必要がある。今、目の前では、マリーとレイヴンふたりの命と世界の行方が、天秤の両端にぶら下がっている。

 

 これでは倫理学課題モデルのトロッコ問題そのものではないか。線路が分岐した先の一方にマリーがいる。もう一方には数十億人の未来がある。私が分岐点をどちらに切り替えるかで、今後の世界が大きく変わる。そして、トロッコに乗っているのはレイヴンで、彼の命も危うい状況だ。

 

 一個人にとって、数十億人という単位はスケールが大きすぎて現実味が薄く、身近な人間の命を尊重したくなってしまう。だからといって、ここでマリーとレイヴンの命を優先させれば、イェルネフェルトは2度目の大量殺戮の引き金を引くことになるかもしれない。そうなればイェルネフェルトの血は本当に呪われたものとなってしまうだろう。

 

 しかし本音では、知人やパートナーの命を失わせることだけは絶対に避けたい。どうする。マリーやレイヴンのように、私もここで覚悟を決めなければならない。

 

 先程よりこちらに近い位置で再び水柱が立ち上がり発破音が轟く。もう迷っている時間はない。問題自体は単純な二者択一だ。わずかばかり時間をかけたとしても事態が好転することはありえない。

 

 ジョシュア、ごめんなさい。あなたは私たちを見守ってくれていたのに、私はあなたを守れなかった。

 

 マリーさん、ごめんなさい。あなたの覚悟は決して無駄にしません。

 

 そしてレイヴン、ごめんなさい。あなたには辛い役目を押しつけてばかりだわ。

 

「___ネクストのスペック上の限界深度は100mよ。それ以上は深追いしないで。___アナトリアからラインアーク守備隊本部へ。ネクストを海中に潜らせて潜水艇の離脱阻止を試みます。潜水艇の予想進路座標を要求。加えて、万が一に備えてサルベージ船の出動を乞う」

 

 私はレイヴンに潜水の許可を出す。そして、ラインアーク守備隊本部に対応を具申した。ネクストの制御端末に高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)を起動するコマンドとパスコードを入力し、最終確認にyesと打ち込む。最後に震える指でエンターキーを押した。

 

「レイヴン、お願い」と思わず口に出したものの、誰に何をどうお願いしたいのかは、言った私自信にもわからなかった。

 

 レイヴンは、エリザが提示した潜水艇の予想進路上で潜水を開始する。十数mも潜れば太陽光はほとんど届かない。アイカメラ映像は徐々に暗くなってくる。高度計はマイナスを指し示し、現在は深度40mを越えたところだ。機体にはまだなんら異常はみられない。

 

 深度50m。

 すでに視界はゼロだ。コックピット内の気圧は一定に保たれているため潜水病の心配はない。それでも、バイタルモニタが示すレイヴンの心拍数は少しばかり上昇していた。さすがのレイヴンでも緊張の色が見て取れる。いくら伝説のレイヴンと呼ばれる存在だとしても、海中での作戦は初めてなのだろう。ACやネクストでの海中戦などこれまで見たことも聞いたことがないのだから。

 

 深度60m。

「レイヴン、異常はない?」

 

《いまのところ、とくに異常はない》

 

 この真っ暗な海中でも、高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)を使用して機体と神経の接続レベルを上げれば、レイヴンの脳には、機体のセンサーが捉えた音と赤外線の情報が届けられ、海中の様子でも手に取るようにわかるらしい。

 

 さらに、火器管制システム( FCS )が解析した射撃予測地点や敵機の機動ベクトル予想などの細かなデータが脳に直接送り込まれるようになるそうだ。それはまるで0.5秒先の未来がわかるようだとレイヴンは言う。

 

 未来予知と、人間の耳と目では捉えられない微細な振動と熱を認知できる状態とはどのような状態なのだろう。人間には検知できない帯域の電磁波センサをAMSで接続すれば、もしかしたら彼はこの世界のあらゆるものを見通せるようになるかもしれない。

 

 技術者として興味は尽きない。是非とも自ら体感してみたいところだけれども、あいにく私はネクストに乗ることができない。

 

 深度70m。

 高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)の使用は、脳神経細胞へのダメージを著しく増大させる。その負荷は通常運用の2乗倍にも及び、ただでさえ短いリンクスの稼動寿命をさらに短縮させる。

 

 レイヴンの身体は定期的に検査を行っているため、私は彼の身体の状態を彼以上に知っていた。脳波検査でも、CTスキャンによる脳画像でも、まだ高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)の影響の兆候は見られない。認知テストも一般レベルでは今のところ問題はない。極力使用時間を限定しているのが功を奏しているのかもしれない。

 

 ただし、コジマ汚染はそれなりに進行している。彼の身体にはコジマ由来の放射性物質が蓄積し、暗闇ではぼんやりと光って見える。こればかりはコジマ技術の結晶であるネクストを運用する以上、頻繁に除染する以外どうしようもない。

 

 深度80m。

「そろそろ限界深度よ。反応は?」

 

《潜水艇はまだ捉えられない》

 

 音と赤外線を認知できるからといって、本当に潜水艇の動きなど捉えられるものだろうか。高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)の状態は、ソナーと赤外線カメラを使っているのと同じ状態ではあるものの、これまで実際にそれを海中で試した者などいない。そもそも、ネクストをこの深度まで潜らせること自体が皆無だ。せいぜい開発時の品質試験ぐらいのものだろう。

 

 深度90m。

「レイヴン、そこまで。限界よ」

 

 機体の制御モニタリングが、左足の動作不能を警告する。先の戦闘で被弾して弱った左足内部に浸水したようだ。電気回路がショートして動作不能に陥った。すぐさま回路は遮断されて、他所へ被害が拡大するのを抑えるが、次はダメージを受けた左腕が、その次はコックピットがある胴体内部へ浸水することは目に見えている。

 

《潜水艇をみつけた。さらに沈降する》

 

「これ以上は無理だわ」

 

 深度100m。案の定、左腕に浸水し動作不能に陥る。それでもレイヴンは私の警告を無視してさらに沈降する。

 

 深度110m。「レイヴン。浮上して」

 

 深度120m。《後少しなんだ》

 

 深度130m。「命令よ。浮上しなさい」

 

 すでに限界深度を大幅に越えている。このままでは、彼まで命を落としてしまう。

 

 命令無視もここまでくれば上等だわ。こうまでしてあなたを突き動かすものはなに?

 

 レイヴンとしての挟持? アナトリアへの義理? 『アナトリア』の傭兵だから?

 

 どうして自分の命をそんなに安く考えるの?

 

 お願い、死なないで。私をおいていかないで。私を一人にしないで。

 

 私は迷ったあげく、キーボードを叩き、高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)を強制解除した。これで潜水艇の位置はわからなくなる。レイヴンは浮上するしかなくなる。

 

「お願い。浮上して」私は彼に懇願する。

 

《___了解した》少し遅れて彼が答えた。ブースターが弱々しい推力を吐き出し、機体はゆっくりと浮上を開始する。

 

 レイヴンが安全な水深まで浮上したのを確認してから、私は思い出したようにラインアーク守備隊本部へ通信を入れる。

 

「アナトリアのオペレーターより、ラインアーク守備隊本部へ。申し訳ありません。潜水艇の迎撃は失敗しました」

 

《いや、元はと言えばこちらの失態だ。貴殿ら働きに感謝する。オーメル・インテリオル部隊は撤退を開始した。帰投したらゆっくり休んでくれ》

 

 エリザが我々に労いの言葉をかける。マリーらを奪取した突入部隊が、オーメル側なのかレイレナード側なのか気になったが、今は誰とも話をしたい気分ではなかった。

 



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Seed A Hostile Earth 前編 〜ジョシュア〜

 コロニー・アナトリアから火の手が上がっている。点々と燃えさかる炎は、赤い夕日を浴びてさらに赤黒く燃えたぎり、それは地獄の業火を思わせた。予想よりも随分と早い侵攻だったな。それだけ俺が疎まれていたということか。

 

 どうせなら、俺だけを焼き殺してくれればよかったものを。灼かれるべきはエミールでも、ハワードでも、メカニック達でも、コロニーの住人達でもない。ましてや、フィオナでも、あの花をくれた女の子でもない。あの業火に灼かれるべきは俺だけで十分だったはずだ。

 

 そうは思っても、罪悪や後悔や自責の念は抱かない。いや、抱けない。

 

 罪悪感を覚える資格がないほどに俺は人を殺しすぎた。その度に自分の感情を押し殺し、自責の念を感じるほどの自我など、屑ほどにも残ってはいない。後悔の数は多すぎて、もはやどの時点から悔いていいのかすらわからなかった。

 

 俺に残された道は、一切の選択を放棄することだけだった。言われるがままに依頼を遂行し、代わりに結果のすべてを受け入れる。そうすれば、行動と感情を楽に切り離すことができた。それがレイヴンとして唯一残された俺の生き方だった。

 

 伝説のレイヴン? リンクス戦争の英雄? 物事の表面しか見ていない連中はそんな派手な言葉で飾り立てたがる。ここにいるのは、そんな大層な代物ではない。ただの人間の形をした滓だ。___ああ、そう言えば、もう人間の形すらしていなかったな。

 

 それでも。ただの残滓であっても。少しばかりの生存本能とわずかな怒りの感情くらいは残っている。こちらに牙をむいたことを後悔させてやるくらいには。

 

 俺は目の前にいるアナトリアを陥落させた敵機に向けてライフルを構える。

 

 敵はレイレナードのAIネクスト似た鋭角的なシルエットをしていた。しかしサイズはAIネクストよりもふた回りは大きい。

 

 ラインアークから帰還途中だった俺たちの輸送機は、アナトリアを目前にしてこの機体から砲撃をうけた。輸送機が墜落する直前、フィオナはこれを『プロトタイプ・ネクスト』と呼んだ。フィオナの父であるイェルネフェルト教授が完成させた最初のネクストだと。

 

 どうりで古くさいデザインであるうえに、兵器としての洗練度に欠ける。ありったけの機動力と攻撃力と防御力を備えただけのいかにも素人考えによる完成度だ。

 

 だが、それゆえにスペックの予想がつかない恐ろしさがあった。兵器開発においてサイズは重要な意味をもつ。外観が1.5倍だとしても、性能は1.5倍にとどまらない。重量増による運動性能の低下はあれど、サイズに対して基本スペックは二次曲線を描いて向上する傾向にある。

 

 両肩から前後に突き出た装甲は、多連装のブースターユニットになっているようで高い機動力を有しているようだ。

 

 右腕には5門のガトリングガンをひと束にした規格外の重火器が備わる。そして、左腕には全長の1.5倍はあるこれまた巨大なコジマ粒子砲を携えていた。先程の砲撃の放熱がいまだ冷めず、砲身の周囲の空気は陽炎のようにゆらめいでいた。

 

《遅かったな。言葉は不要か》

 

「ああ、そうだな」

 

 ジョシュア・オブライエンが語る短い言葉に同意して、俺は右腕に構えたライフルの照準を絞り込む。奴の目的は知れている。そして、こちらがそれを知っていることを、奴も知っているだろう。なにせ奴は人格を持ったAIなのだから。

 

 戦場で言葉は不要だ。銃口を向けあって語れるべき言葉などない。交わされるのは、火薬で撃ち出された鉛弾かレーザーか、超高温の金属粒子だけだ。戦場で言葉は一切の意味をなくし、力をもって勝った方だけが語る権利を持つ。それは、これまでの人類史が如実に物語っている。

 

 重々しい右腕のガトリングガンを、奴は予想以上に機敏な速さで構えた。5つの砲身がそれぞれ回転をはじめ、無数の弾丸が吐き出される。

 

 高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)で神経接続レベルを高めた俺には、5門から繰り出される弾丸の速度と軌道が正確に知覚される。火線の合間を縫い正確に全弾を回避するが、同時に放ったこちらの初弾もあっけなく回避された。そして、その数倍の弾丸がこちらに襲いかかってくる。

 

 形状こそガトリングガンだが、あの長い砲身から射出される弾丸は弾速、威力ともにライフル並だ。重々しい発破音の一発一発が耳を打つ。後退しながら、それらをすべて回避し、タイミングを見計らってネクストを突進させる。

 

 珍しく興奮していた。だが怒りにまかせた特攻ではない。怒りのようなものは感じていたが、頭はシンと静まりかえっていて、いつになくクリアだ。冷静な怒りとでもいえばよいか。この感覚はずいぶんと久しぶりだ。

 

 大型ガトリングガンから吐き出される一撃必倒の弾幕が、回避行動をする俺の機体のすぐ脇をかすめていく。こちらが放つ弾丸も、奴は巨体に似合わず俊敏な機動で避けられる。俺は射撃と回避を同時に行いながらさらに肉薄すべく機体を加速させた。

 

 相対距離200m。ここが俺のポジションだ。踏み出した脚部が地面を削り、急制動をかけると同時に左肩のクイックブーストを最大出力で点火し、一瞬にして奴の真横へ飛んだ。奴は反応できず、無防備な脇腹を露わにする。俺の視覚が、狙うべき装甲と装甲の継ぎ目を瞬間的に拡大して捉え、意識するより速くそこへライフル向けて引き金を引いた。

 

 捉えた。どんな高機動性を有していても絶対に避けられないタイミングだ。ライフルのマズルフラッシュから曳光が延びて奴に向かう。しかし、視界全体が瞬き、奴が消え、銃弾が空を切り裂きながら遠のいていくのが見えた。

 

 俺は危険を察知し、状況を把握するより先に跳んでいた。コジマ粒子反応の上昇を捉えたときには、足下の大地が閃光を発して砕かれた。

 

 なんだ今の動きは。奴が目の前から消えた。そしてあらぬ方向から撃たれた。まるで瞬間移動だ。現実味のない現象に戸惑いながらもレーダーを視認するより早く、やつの機体が放つ膨大な熱量を検知した方向へ向けてライフルを放つ。命中する手応えを感じたものの、奴は肩のブースターを大きく瞬かせると、着弾の間際でその場から消え失せる。

 

 しかし、今度は奴の動きが見えた。奴の肩に備わる10連のクイックブーストが吐き出す推力が、まるで瞬間移動のような加速力を生み出していた。それにとどまらず、今度は反対側に向けて同じように加速すると奴の機体がいとも簡単に視界から外れる。危険を感じ、とっさに回避した後の空間を数発の100mm弾が駆けた。

 

 あの加速は反則だ。あまりに常軌を逸した敵機の機動に俺は思わず苦笑いを浮かべる。あれだけの加速だと身体にかかる重力加速度は20Gほどだろうか。切り返した際の瞬間最大加速度は50G、あるいはそれ以上か。奴が身体を持たないAIであることを改めて思い出した。あの加速では人間の身体ならミンチになっていてもおかしくない。

 

 再び撃たれた方向にライフルを向けるが、その方向に奴はすでにいなかった。右斜め後ろ。 気づいた時には衝撃とともにプライマルアーマーの光りの幕が視認され、被弾したことを悟った。俺は機体姿勢を立て直しつつ後退する。

 

 奴は再び瞬間移動のような加速性能を披露し、右へ左へ機体をひるがえしながら追撃を放ってくる。速い。確かに速いが、それだけだ。奴が消えた瞬間に、明後日の方向にライフルを向け引き金を引く。命中はしなかったものの、奴の脇を銃弾がかすめた。

 

 奴の初速とブースターの噴射時間から算出した移動地点に射撃をした。火器管制システム( FCS )は、奴の移動先地点を予測できずエラーを吐き出し続けるが、それを無視し、勘だけで照準を合わせてライフルを放つ。

 

 あれだけの加速だ。慣性法則を無視できない以上、一方向に加速し続けるしかない。切り返すにしても一瞬だけ速度がゼロになる瞬間がある。その針の穴を通すようなタイミングを捉えるべく神経を集中させて引き金を引いた。

 

 こちらの放った120mm弾が奴の厚い装甲に弾かれ、浅い角度で跳弾する。続けて放った弾丸はまるで検討外れの方向へ飛ぶ。さらに別方向へ放った弾丸は、奴の肩装甲に当たって弾けた。それを認めた奴は、今度はブースターの噴射タイミングをランダムに調整し始め、照準を絞るのがさらに難しくなる。しかし、それでも5発に1発程度なら当たる。

 

 だが、不意に連続した衝撃が機体を揺さぶる。射撃に集中しておろそかになった回避のスキを突かれて再び被弾した。機体のダメージモニタリングは、ところどころオレンジ表示で損傷を警告し始める。このまま戦闘が長引けば、やられるのはこちらだ。なんとかして接近戦にもちこまなければ。

 

 俺は背面のオーバードブーストを起動させた。単純な速力ならオーバードブーストの大推力で稼げるが、こいつの難点は小回りが効かないことと、発動までにタイムラグがあることだ。奴の素早さには追従しきれない。しかし、奴の動きを誘導させられれば直線的な動きでも奴に肉薄できる。

 

 コジマ粒子が背面に展開された大型ブースターに収束し、膨大な推力が立ち上がる。弾かれるように加速した俺の機体は奴に向かって突き進んだ。直進を保ちながら、機体を揺らすように機動させてガトリングガンの迎撃をかわしつつ、軌道を微修正して奴に肉薄する。しかし、一度目のアプローチは、あの常識はずれの加速でこちらの軌道上からたやすく逃げられた。

 

 奴の横をパスし、大きく旋回して再び真正面に捉えた奴に向かって機体を突き進ませる。1200km/hほどの速度で奴に接近しながらライフルを構え照準を絞る。狙いは、奴のやや右方。右に撃たれれば奴は左に回避するはずだ。

 

 案の定、奴はこちらから見て左に回避するために反対側の肩ブースターを噴射させた。そのブースターの瞬きを捉えた瞬間に、俺は機体を大きく左にスライドさせた。急激な方向転換による遠心加速度で、真横から殴られたような加速度が身体を襲い、身体中の血液が一気に右側に移る。バイタルアラートは血流異常と心拍数上昇を警告するが無視する。カメラに直接接続された視神経はレッドアウトを起こさない。

 

 俺の進路上に、奴の方から現れた。すぐさま左腕に備わったレーザーブレードを発振させ、奴に超高温のプラズマ刃の斬撃を加えるべく左腕を振りかぶる。奴をブレードの間合いに捉え、青白い輝きを放つブレード振るうべく左腕に力を込めた瞬間、奴の機体各部が妙な光を発しているのに気づいた。同時に、コジマ粒子濃度上昇のアラートが耳をつんざく。

 

 回避だ。奴の機体から距離をとるために、俺はブレードによる攻撃を取りやめ、機体を前方に加速させる。奴の機体とすれ違った直後、後方から膨大な光りが照らし、目の前に自機の影ができた。衝撃波が加速中の俺の機体を一瞬で追い越し、激しい衝撃に機体が揺さぶられる。同時にあたりの地面がえぐられ、巻き上げられた土砂や岩が機体を叩いた。

 

 俺はオーバーブーストで加速中の機体姿勢を保つべく、必死で四肢と各ブースターをコントロールする。

 

 その甲斐もむなしくバランスを崩した俺の機体は、発生した乱気流に飲み込まれ、嵐の中の木の葉のように無軌道で放り飛ばされる。地面に叩きつけられたらしい衝撃を受けると同時に、さっきの攻撃の正体が何であるかが思い浮かんだ。

 

 あれはフィオナの父であるイェルネフェルト教授が造った機体だ。ならば、コジマ粒子を極限圧縮させて全周囲に解き放つあの兵器も組み込まれているはずだ。同じものが俺の機体にも組み込まれている。しかし、一度使えばコジマリアクターともどもジェネレーターが破損して機体を動かせなくなる諸刃の剣だ。

 

 だが、視界に捉えた奴の機体は、さっきの攻撃で出来上がったクレーターの中心で、何事もなかったかのようにこちらへ振り向く。予備のジェネレーターが動いているのか、それとも無制限にあれを放つことができるのか。後者だったとしたら、接近戦に持ち込んで倒すことも難しくなる。

 

 打つ手なしか。俺は機体を起きあがらせ、思わず後ずさる。そこへ単発の銃声が響き、弾丸がすぐ後方の地面をえぐった。

 

《逃げおうせようなんて考えるなよ、アナトリアの傭兵。もしそうなら、次は当てるぞ》

 

 突如、どこからか通信が飛び込む。ジョシュアの声ではない。もっと若い男の声だ。通信の出所を探ると、アナトリア近くの崖の上に、一体のネクストが隠れもせず立っているのをみつけた。通信はあのオーメル製の機体から発せられた。

 

《セロ、彼は逃げるような男ではない。手を出すな》

 

 ジョシュアからの通信が、セロと呼ばれたあのオーメル機に搭乗しているリンクスをたしなめる。

 

《___ふん、まあいい。お前たちのどちらか生き残った方を撃破するよう指令を受けている。せいぜい、どちらも『がんばれ』》

 

 セロがふてぶてしい態度で状況を説明した。なるほど、オーメルは随分と用意周到だ。奴らはジョシュアのことも、ただの捨て駒としか考えていないらしい。

 

《そう言うことだレイヴン。私たちはどちらかが死ぬまで戦わなくてはいけない》

 

「共闘して(セロ)を倒すという手は?」

 

《残念ながら、妻を人質にとられている。それは無理だ》

 

「___ふん。相変わらず姑息な手を使う連中だ。利用するだけ利用しておいてこの始末とは、恩を仇で返すにもほどがある」

 

 俺はいい機会だと思い、これまでの心境を吐露する。わざとセロに聞こえるように大声で。

 

《ああ、まったくだ。このような人間が人類を支配していると思うと鳥肌が立つ。どおりで世界が破滅する以外の未来が見えないわけだ》

 

 ジョシュアもここぞとばかりに不満を口にした。皮膚のないAIに鳥肌が立つとは思えなかったが、奴らに一泡吹かせたいのはジョシュアも同じようだ。

 

《戦争屋風情が偉そうに言うなよ。そもそも、お前たちみたいなバケモノが敵味方の区別なく暴れられたら、迷惑するのはこっちなんだ。さあ、戦闘を再開しろ。少なくとも、どちらかがやられるまで手出しはしないから安心していい。信用するかどうかは任せるが》

 

 何様のつもりだ。俺の中に再び怒りの感情がわき上がる。しかし、怒りはただの怒りだ。体内のホルモンバランス変化がそう感じさせるだけにすぎない。怒りでは目の前の事態は解決しない。

 

 落ち着いて周りをよく見ろ。わずかな変化を感じ取れ。そして考えろ。まずは、ジョシュアの乗るプロトタイプネクストを倒さなければ、俺とアナトリアはここで終わりだ。

 



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Seed A Hostile Earth 中編 〜アナトリア〜

「痛っ」

 

 引きずった左足が廊下の段差に引っかかって、私は転びそうになる。とっさに壁に寄りかかって身体を支えた。そのまま壁を背にして一息つく。

 

 左足膝から下が熱を帯びてズキズキと痛む。その場に座り込みたい気分だったが、一度座ったら立ち上がれないような気がした。自由のきかなくなった私の左足は、幸い骨折はしていないようだけれど、痛み以外の感覚がほとんどなくなっていた。

 

 身体も言うことをきかない。でも急がなきゃ。早くアナトリアの通信室にたどり着いて、シェルターに避難しているコロニーの人々の安否確認を。そして、外であれと戦っているレイヴンのサポートを。

 

 ラインアークからの帰路、炎上するアナトリアを目前にして私たちを乗せた輸送機は所属不明のネクストから事前勧告もなしに撃たれた。レイヴンがネクストの推力で輸送機の進路を強引に変えなければ、捻挫どころではすまなかっただろう。

 

 所属不明の機体は、あくまで所属先が不明なだけで、私はあの機体を知っていた。プロトタイプネクスト。最初のネクスト。父が造ったネクストだ。開発コードは『00ーARETHA』。搭乗しているのは恐らくジョシュアだろう。

 

 自分たちで造ったネクストに、自分たちのコロニーが滅ぼされる。おまけにパイロットがアナトリア出身だとは、なんとも皮肉なものだ。

 

 とはいえ、大量破壊兵器(ネクスト)を生み出すきっかけをつくったアナトリアが、あれに滅ぼされるのも当然の報いだともいえる。

 

 このシナリオを描いた人物は脚本家の才能がある。是非とも一度会ってみたいものだ。そして、そいつの頬を思いっきりひっぱたいてやりたいわ。

 

 

 それにしても、あれはヤバい。さらに人格移転型AIとの組み合わせは最悪だ。

 

 あれは可能な限り巨大なジェネレーターと、可能な限り強力なブースターと武装を備えた、できる限りのものをすべて詰め込んだ機体だ。

 

 コックピットは十全なコジマ汚染対策が施されているが、それでもなおパイロットの身体を蝕む。AMSが要求するパイロットへの精神負荷量は現在運用されているネクストの比ではない。すべてのネクストは、あれを元にして安全に運用できるように調整されたデチューン版に過ぎない。

 

 あれの設計をした父はパイロットではない。パイロットのことなど興味もないし、考えてもいない。ただ、できるから造っただけだ。それはつまり、人間ではあの機体の性能を引き出すことはできないということだ。同時に、人間のパイロットが搭乗することが、00ーARETHAの性能リミッターであり弱点だった。

 

 けれど、重力加速度もコジマ汚染も精神負荷も無視できるAIが動かすあれに弱点は存在しない。レイヴンでも勝つことができるかどうか。

 

 それでも、できる限りのことをしなくてはならない。まずは落ち着いて、周りをよく観察する。そして打開策を考える。そうよねレイヴン。

 

 汗で額に張り付いた髪を指で払い、壁に片手を突きながら右足を踏み出す。もうすぐだ。もうすぐ通信室に着く。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 プロトタイプネクストの圧倒的な戦力差の前に、俺は打開策をみいだせないでいた。人格移転型AIであるジョシュアは重力加速度を無視した非常識的な運動性能を発揮し、こちらを翻弄する。

 

 奴の動きを読んで射撃をするも命中率は依然として低い。命中しても厚い装甲とプライマルアーマーに阻まれダメージはほとんど通らない。それに対して、奴の主武装である右腕のガトリングガンは、確実にこちらの機体にダメージを刻んでいく。機体の損傷状態を示すダメージモニタリングはレッド表示が除々に拡大していった。

 

 このまま戦闘が長引けば確実に撃破される。得意な接近戦に持ち込もうにも、圧縮コジマ粒子を解放する全方位攻撃のカウンターが懸念されるため迂闊に近づくこともできない。

 

 おまけに、ジョシュアの後には、オーメルの天才と呼ばれるセロが駆るネクスト(テスタメント)が控えている。万事休すだ。

 

 撤退の判断も頭をよぎった。現在の機体損傷なら、なんとかジョシュアとセロの追撃を振り切ることも可能だろう。

 

 フィオナには内緒だが、ラインアークには俺の身柄の受け入れを頼んでいた。俺がここを離れれば、アナトリアを危険にさらさないですむと踏んでの決断だ。亡命および身体の医療的補助と引き替えに、防衛戦力を提供するという条件を、ラインアークは前向きにとらえてくれていた。

 

 こうなる前に事を運びたかったが、奴ら(オーメル)の動きの方が早かった。アナトリアは焼かれ、コジマ汚染も広がった。アナトリアはこれで終わりかもしれない。

 

 瀕死の俺を受け入れてくれたエミールの顔が頭をよぎる。機体のメンテナンスを一手に引き受けてくれたハワードやメカニックたちの顔が。「ありがとう」と言って花をくれた無垢な少女の顔が。俺の主治医であり、オペレーターであり、今は怪我を押してアナトリアの通信室に向かったフィオナの顔が頭をよぎる。

 

 ___今は、逃げるわけにはいかない。それがレイヴンとしてどれだけ非合理的な判断だとしてもだ。

 

 

 空間を圧縮したかのように飛び回るプロトタイプネクストをとらえるべく、俺は神経を集中させて狙い撃つ。役に立たないロックオンシステムはオフに切り替え、奴の動きを読み、感覚だけで照準を引き絞る。

 

 目が慣れてきたせいか、最初に比べて奴の動きに追従できるような気がする。もしくは、奴の機体がこの戦闘で消耗してきているのかもしれない。あれだけの重量をあの速度で機動させれば、機体全体にかかる負荷量は桁違いだ。少なくとも稼動部のアクチュエーターやベアリングには相当な負荷がかかるはずだ。

 

 プロトタイプは所詮プロトタイプだ。兵器として洗練されていない。一般兵器なら、蓄積したデータによって改良され信頼性が向上していくものだが、プロトタイプにはそれがない。設計上では十分な強度を確保していたとしても、多くのイレギュラーが存在する戦闘行為は決してシミュレーション通りにいくものではない。

 

 ましてや、操縦しているのは人間のパイロット以上の能力をもつ人格移転型AI(ジョシュア・オブライエン)なのだから、機体へ負荷は計り知れない。

 

 こちらの120mm弾が、奴の胴部に命中する。続いて放った弾丸は脚部装甲で弾けた。しかし、射撃が当たるようになっても決定打は与えられない。奴の機体消耗が進んだとしても、彼我の戦闘能力は大きな隔たりがあった。

 

 瞬間移動のような動きを可能にするクイックブースト。大出力のコジマリアクターが発生する強力なプライマルアーマーと巨体を包む堅牢な装甲版。速射性に優れる右腕の大型ガトリングガンと、左腕の長大なコジマ粒子砲。それに、機体周囲にクレーターをつくるほど強力なコジマ粒子圧縮波が接近を拒む。

 

 不意にコジマ粒子濃度の上昇を検知し、奴の機体が瞬く。攻勢に回って接近しすぎたか。俺はすぐさま機体を後退させた。

 

 その直後、膨大な熱を伴った光が弾け、衝撃波が円周状に広がる。波打つように大地がえぐられ、溶けかかった岩石もろとも大量の土砂を巻き上げた。爆風が俺の機体を襲い激しく揺さぶられる。モニターの遮光フィルターが解除された後の目に飛び込んできたのは直径200mほどの巨大なクレーターだった。

 

 自分の機体にも同じ物が搭載されているが、改めてその破壊力を目の当たりにして背筋が凍る。だが、動揺している暇はない。すぐさま奴に向かってライフルを撃ち込むべく機体を突進させる。

 

 奴は後退しながら射撃を避け、左腕のガトリングガンで迎撃した。その動きを確認した俺は、漠然と思い描いていた戦法が通用することを確信する。

 

 俺は射撃を加えながら奴に追いすがる。あの攻撃の直後は蓄えられたコジマ粒子を使い果たしプライマルアーマーが無効化する。ダメージを与えるなら今がチャンスだ。

 

 とはいえ、相変わらず射撃はいとも簡単に避けられる。だが、それでかまわない。これは奴に再びコジマ粒子圧縮波を使わせるための演技だからだ。連続使用ができない、あの攻撃直後のスキをつくための。

 

 こちらの接近を拒むべく、再び奴の機体が光を発する。先の攻撃発動から20秒が経過していた。俺は予期していたように後退し、衝撃波に備える。そしてタイミングを見計らってオーバードブーストを起動した。

 

 太陽光に匹敵するほどの光が半球状に広がり、辺り一帯が吹き飛ぶ。光がピークに達したところで、発動準備の整ったオーバードブーストが機体を急加速させ、俺は光の中に猛然と突入した。

 

 瞬時に音速に達するほどの加速で起こる空気圧縮熱と、圧縮コジマ粒子解放時の熱量が加わって、機体前面装甲に備わったサーモセンサーはすぐさま温度異常を訴える。装甲温度アラートがうなりを上げて警告を発した。激しい振動が機体を揺さぶった。しかし俺はかまわず光の中心にいるプロトタイプネクストに向かって、左腕のレーザーブレードを振るうべく突き進む。

 

 圧縮コジマ粒子を解放し終えて、視界を覆う光が薄れる。奴が回避しようとわずかに動いたようだが、必死に機体を操ってレーザーブレードを振るう。手応えがあった。俺の左腕から発せられる数万℃ものプラズマ刃は、すれ違いざまに奴の右肘を両断することに成功した。

 

 さらに俺は、ライフルの追撃を加えるために旋回して向き直る。突如として右腕と大型ガトリングガンを失った奴の巨体は、機体の急激な重量バランス変化によって左に傾いだ。

 

 こちらが放った数発の弾丸が奴の装甲で弾けたが、それでも、それ以上の攻撃は再びクイックブーストを使用した瞬間移動のような機動で回避される。

 

 しかし、飛びすさった奴の動きは相変わらず速いものの、どこか不規則で、どこに飛んでいくか予測できない不安定感があった。奴が失った5連装の大型ガトリングガンだけでもネクストの1/3ほどの質量がある。操縦性に影響しないわけがない。

 

 だが、その乱れた挙動はすぐさま収束し、重量物を捨て去った奴の動きは以前よりも鋭さが増したようにも思えた。奴はこの一瞬で、右腕と武装を失った重量変化に対応できるように、ブースターや運動制御系のパラメーターを再調整したのだろう。そんな人間のように柔軟かつ人間離れした芸当ができるのも人格をもったAIの特異点だ。

 

 ライフルを放つが、左に回避される。追従しようとそちらに照準を向けると、奴はすでにこちらの右手にいた。あわてて後退しようとした時には、プロトタイプネクストの巨体が視界いっぱいに広がって接近を許した。

 

 衝撃と轟音が俺を襲う。奴は爆発的な瞬発力と膨大な質量を武器に用いて、こちらに体当たりを仕掛けた。

 

 20G以上の加速をともなった巨体に衝突され、俺は正体を失う。機体制御もままならないままビリヤード球のように跳ね飛ばされた俺の機体は、大きく地面を滑って岩山に背中をもたれる形で止まった。

 

 気絶しなかっただけ儲けものか。だが、衝撃をまともに受けた俺は脳しんとうを起こして、動こうにも身体が一切言うことをきかない。視神経だけはカメラが送る信号を受信し続け正確に外界を視認できている。

 

 目の前に立つプロトタイプネクストは、左腕の長大なコジマ粒子砲を地面に打ち据えて砲身を固定し、二股の砲口をこちらに向ける。その発射態勢だけで、これから繰り出される攻撃の威力がどれほどか想像に難くない。両端にスパークが幾重にも走り、砲口近くが輝きを放って除々にその輝度を増していく。

 

 俺は必死で機体を動かそうと意識するも、身体はそれを受け入れない。肉体を持った人間である以上、生理現象に逆らうことはできない。これまでなんどか人格移転型AIを退けてきたものの、人間とは根本的に性質の異なるAIという存在の戦闘能力に改めて戦慄する。

 

 現存する兵器は、すべて人間の使用を前提にして造られている。もし、AIの性能を100%発揮できる機体が生み出されたなら、人間は一切の対抗手段を失うだろう。こんなもの(人格移転型AI)を利用しようとする行為は馬鹿げている。俺が死んだ後、満身創痍のジョシュアは、オーメルのセロによって倒されるだろうが、それは後の世を鑑みれば正しい道筋なのかもしれない。

 

 ジョシュアが構えたコジマ粒子砲の先端が、エネルギー臨界に達したことを示す白色光を放つ。俺は思わず目を閉じる。目を閉じたつもりでも脳視覚野と直結したネクストの視覚システムは、眼前に広がる救いようがない光景を強制的に見せ続けた。

 

 

《ジョシュアァァァ!テメェの親父の代わりにオシメを変えてやった恩を忘れたか。このハナタレ坊主!アナトリアをなめるんじゃねぇ!》

 

 

 突如、アナトリアの技師長ハワードの怒声が通信機から響いた。同時にジョシュアの乗るプロトタイプネクストの周囲でグレネードが着弾したような幾重もの爆発が起こる。

 

 俺はなにごとかと、辛うじて動く目だけで遠距離砲撃の発射元を望む。巨大な4足歩行の大型兵器がアナトリアの市街地を守るように鎮座し、機首に備わったグレネードキヤノンの砲口から発射煙を立ち上らせている様子が目に飛び込んだ。

 

 それは、以前マグリブ解放戦線のアナトリア襲撃を退けた際に接収したGAE製のGAEMーQUASAR( 大型機動要塞 )だった。

 

 あのとき俺に破壊された機体後端部は、ツギハギだらけの補修が加えられ、失った後ろ足の代わりにAC用のタンク脚部が無理矢理取り付けられていた。それは応急処置としか言いようがない、いかにも不格好な代物だ。

 

 《次弾装填。照準合わせ》《エイッサー》とハワードとメカニックたちが機内でやりとりする声が聞こえた。

 

 ボロボロのGAEMーQUASAR( 大型機動要塞 )の機体前部にある3本の主砲が、それぞれ指のようにわらわらと動いた後、ぴたりと動きを止め照準を定める。再び3発のグレネード弾が乾いた音を伴って発射され、コジマ粒子砲の発射態勢をとっていたプロトタイプネクストを爆炎が包み込む。

 

《こちらフィオナ。レイヴン、無事!? アナトリアの通信室にやっと到着したわ。アナトリアのみんなはシェルターに避難している。ケガ人はたくさんいるけれど、全員命に別状はないわ》

 

 続いてフィオナからの通信が飛び込む。脳しんとうの影響で発声できないため、無事である事は伝えられなかったが、機体のモニタリングデータが向こうとリンクできていればこちらの状態は把握できるだろう。

 

 そして、アナトリアの被害報告に驚いた。死人がゼロとは奇跡的だ。それとも意図的なものなのか。違和感を覚えたものの、ひとまず頭の隅に追いやり目の前の事に集中する。ハワードとフィオナのおかげで脳しんとうから回復する時間が稼げた。まだ動くことはできないが除々に回復するはずだ。

 

 グレネードの爆炎が晴れた後には、依然としてプロトタイプネクストが立っていた。ただし、発射臨界に達する寸前だったコジマ粒子砲の砲口は俺でなく、新たな敵影(ハワードたち)に向けられコジマ粒子の再チャージが進行している。

 

 俺は撃たせまいとして、言うことのきかない右腕を持ち上げようとする。腕がわずかに動く。なんとかライフルは構えることができたものの、銃口が震えて上手く狙いが定まらない。

 

《ハワード、逃げて!》とフィオナの叫びが通信機から響く。

 

 コジマ粒子砲の先端に再び白光が灯る。高威力のコジマ粒子砲の反動を支えるために、腰を下ろし踏ん張る構えをとるプロトタイプネクストは股関節の装甲がめくれあがり、左脚部のアクチュエーターが露出する。あそこを狙えれば、重量バランスの狂った奴は、自重を支えられなくなるはずだ。

 

 俺は構えたライフルが震えないように右腕を保持しようと力を込める。だが生理的な震えはそう簡単に収まるものではない。それでもわずかなチャンスを掴み取るために、必死で生理現象にあらがい右腕を繰る。

 

 着弾予測箇所がフラフラと揺れる。筋肉の一本一本を正確に動かすような感覚をもって、腕の位置をコンマミリ単位で微調整を加えながら保持し続ける。

 

 システムが提示する着弾予測と、勘による狙いが一致した瞬間に、確信をもって仮想トリガーを静かに引く。同時に奴のコジマ粒子砲も再臨界に達し高輝度の光が瞬く。脚部関節に狙撃を受け、奴の機体がわずかに傾いたものの、コジマ粒子砲は独特の発射音を響かせて放たれた。

 

 放たれたコジマ粒子ビームは、わずかに照準を逸らし、GAEMーQUASAR( 大型機動要塞 )の前足を消滅させるにとどまった。支えを失った巨体が地面に崩れ落ちるも、本体の損傷は軽微に見える。

 

「ハワード、無事か」と、俺は脳しんとうから回復しつつある身体で問う。「大丈夫だ。儂等は脱出する。あとは頼むぞレイヴン」といつも通りの大きな声で答えが返ってきた。

 

 

 砲撃の放射熱を砲身から熱気を立ち上らせて発散しているプロトタイプネクストは、被弾した左足をかばうような動きでこちらへゆっくりと振り向く。

 

《やはり、君は私の期待通りの仕事をしてくれる》

 

 ジョシュアが語る、その言葉の意図を問いただそうとした矢先、《ただの独り言だ》と付け加えられる。《そろそろ、決着をつけようか》とも。

 

 

 プロトタイプネクストは相変わらす素早い動きでこちらを翻弄する。しかし、着地してからの俊敏性は明らかに低下していた。左脚部のダメージが大きいのだろう。そのタイミングを狙って俺はライフルを射かける。左腕部のコジマ粒子砲には光が灯り、エネルギーチャージが進行している様子が伺えた。

 

 俺は一定距離を保ちつつ、射線から逃れるように機動した。コジマ粒子圧縮波を破ったとしても、あれが依然として恐ろしい攻撃であることに変わりはない。それに、またあのタックルを喰らうのは願い下げだ。こちらが優位に立ったいま、あえて近接戦闘を仕掛ける理由はみつからない。安全な距離を保って狙撃を慣行する。

 

 それでも奴の高機動に着いていけずに時折姿を見失う。3度目に奴の姿をロストしたときに、左腕のコジマ粒子砲が撃たれた。

 

 超高温の光の奔流が俺の機体脇を駆ける。あの巨体をもってしても、支えなくしては強力なコジマ粒子砲の反動は御しきれないようで砲撃はこちら当たらない。しかし、奴が左腕を薙ぐとコジマ粒子の光束も追従してこちらに迫った。

 

 命中率の低さをブレードのように振るうことでカバーするか。俺は機体を急降下させて巨大なレーザーブレードのように薙払われた射撃を避ける。奴はそのまま左腕を頭上に振り上げ、さらに俺の回避先めがけて振り下ろす。

 

 まるで巨大な光の柱が倒れ込んでくるかのようだ。俺はクイックブーストの平行移動で脇に跳び、遙か上空から迫り来る唐竹割りを辛くも避けた。天上から振り下ろされた破壊の光は大地をえぐり、コロニー近くにあった崖山を真っ二つに切り裂いた。

 

 あの崖の上にはオーメルのセロが陣取っていたはずだ。まさかあれでやられるような奴とは思えないが、巻き添えを喰らっていてくれればいいと淡い期待を抱く。

 

 コジマ粒子砲の発射後の防御力低下と硬直のスキを狙って、俺はプロトタイプネクストにライフルを射かける。1発目。命中。2発目。命中。3発目が命中したところで、奴の左脚部が負荷に耐えきれず膝をついた。

 

 それでもなお移動しようとクイックブーストで強引に機動した結果、ジョシュアのプロトタイプネクストは姿勢を維持できずに高速度を保ったまま地面を転がる。土煙が地上を数百mに渡って一直線に駆け、そのまま奴は一時動きを止めた。

 

 遅れて機体を起きあがらせるも左脚部以外の四肢の動きも鈍く、これ以上戦闘ができる状態とは思えなかった。

 

 

《終わりか___だが、これでいい》ジョシュアが通信でつぶやく。

 

 俺はライフルの照準に奴を捕らえながら、地面にしゃがみこんだままのプロトタイプネクストに一歩づつ近づく。もちろんコジマ粒子圧縮波の射程外で足を止めた。

 

 

《レイヴン。君に弾を一発貸していたのを覚えているか》

 

 

 マグリブ解放戦線の英雄アマジーグとの戦闘の後のことだ。ジョシュアに横やりを入れられた俺は、ジョシュアのホワイト・グリントに殴りかかり、返り討ちにあって撃たれた。射撃は外されたが、ジョシュアはそれを『貸し』だと言っていた。

 

 

《いまここで返してくれないか。ここ()へ。セロにやられるのは不本意だ。後始末なら君に頼みたい》

 

 

 そう言ってカメラアイを点灯させたジョシュアは、AIの根幹をなすチップが搭載されているであろう頭部への銃撃で、トドメを刺してくれと懇願する。

 

 

《君が意外と情に厚い人間だということを私は知っている。だが迷うな。私はAI(モノ)で、アナトリアを襲った(かたき)だ》

 

 

 俺はライフルの照準を引き絞り、胴体に埋め込まれた形をした奴の頭部カメラに銃口を向ける。

 

 

 何がきっかけでこうなったのだろうな。ラインアークで潜水艇を撃ち漏らした時か。レイレナードを潰した時か。BFFを潰した時か。ネクストに乗った時か。国家解体戦争に身を投じた時か。レイヴンになった時か。思い返せばキリがない。

 

 迷った時は『俺はレイヴン(傭兵)』だと自分に言い聞かせて、結果を飲み込んできた。どうせ、雑多な後悔がまたひとつ増えるだけだ。

 

 

 俺は引き金を引いた。

 

 

 100mほどの距離から放った120mmのライフル弾は、プロトタイプネクストのアイカメラに弾痕を穿ち、とたんにそこから火花が噴き出す。

 

 

《許しは乞わん。恨めよ》とジョシュアは言った。

 

 

 頭部からひとしきり火花をまき散らしたあとには、一筋の黒煙が立ち上った。

 

 

《___敵機、沈黙》フィオナが思い出したように、震えた声で言葉にする。そしてさらに付け加える。

 

《敵ネクスト。オーメルのセロ(No.6)、テスタメント接近》

 

 

 細身の機体が、遠方からゆっくりとこちらに迫る。そして場の空気を壊すように、パイロットから通信が届いた。

 

 

《存外、人格移転型AIとはいえそんなものか。ジョシュア・オブライエン(  白い閃光  )が勝つ方に張っていたんだが》

 



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Seed A Hostile Earth 後編 〜セロ〜

 ジョシュア・オブライエンを搭載したプロトタイプネクストは、左腕の長大なコジマ粒子砲をアナトリアの傭兵が駆るネクストに向けて最大出力で放つ。

 

 砲口からは高密度で収束した青緑色に光る顆粒の束が吐き出され、対峙したアナトリアの傭兵を貫こうとする。しかし、その強力なエネルギーは、一般的なネクストよりもふた周りは大きなプロトタイプネクストの安定性をもってしても精密な射撃は不可能だった。

 

 発射の反動で砲身が暴れ、攻撃はアナトリアの傭兵には当たらない。それをプロトタイプネクストは消防士が火元に放水するかのごとくアナトリアの傭兵の動きに砲身を追従させる。

 

 なおも吐き出され続ける光の束は巨大な光の剣のようだ。プロトタイプネクストは大剣を薙払うがアナトリアの傭兵に回避された。追撃を加えるべく腕を振り上げ上段に構えると、光束は天上高くまで届いた。雲を突き破って空に大穴を穿ち、それが振り下ろされる。そのスケールは大剣どころか巨大ビルの倒壊に近い。

 

 破壊の光がこちらめがけて降ってくる。僕はチッと舌打ちをしてから、クイックブーストの推力を使って真横に跳んだ。プラズマ化したコジマ粒子の大剣は、さっきまで僕が立っていた崖山に叩きつけられると、辺り一帯の地形をまるごと変えた。

 

 奴め、アナトリアの傭兵ごと僕を巻き添えにしようとしたな。

 

《セロ、どうした》異常を検知した作戦本部からすぐに問い合わせがくる。

 

「なんでもない。ただの誤射だ」

 

 万が一、白い閃光がこちらの意図しない行動をとった場合の措置として、僕にはプロトタイプネクストの強制停止権限が与えられている。今の行為は限りなく黒に近いグレーってとこか。まあ、それぐらいは認めてやるさ。こっちだって本音では人質をとって、強引にけしかけさせる(・・・・・・・)ような真似はしたくないんだ。

 

 これじゃ、こっちが悪者で、僕はまるでゲームのラスボスみたいだからな。柄じゃないんだよ。そういうのは。

 

 プロトタイプネクストはボロボロになりながらも、その全身からは純白の光が発せられている。少なくとも、僕にはそう感じられる。この状況下であれだけのモチベーション(クッキリした色)を発揮しているということは、奴め、まだ何か企んでいるな。

 

 対するアナトリアの傭兵の方は、白と黒が入り混じった灰色のマーブルってとこか。酸いも甘いも噛み分けた貫禄ってやつか。どっちつかずのレイヴンの性( グレー )ってやつか。それとも、単純に迷いを抱えているだけか。いずれにせよクリーンじゃない。気持ち悪いよ。お前。

 

 だが、それでもオーメルの幹部連中よりは遥かにマシだ。奴らの色はドス黒く、まるでヘドロのように粘性を帯びている。そのくせ密度は低く、その内側はスカスカだ。

 

 僕はあらゆる情報を色彩と質感が入り交じったコードで知覚し解釈する。一部の音楽家が、音階に色がついているとか、柔らかい音色だとか言う共感覚と似たようなものだ。

 

 知覚情報が固有のコードに変換されることで、よけいな無意識が介入せず、ありのままの情報が脳に入ってくる。その結果、複雑な情報をより正確に分別できた。そして思考伝達が効率化されることによって、より素早く情報処理が行えるのだとオーメルの技術者どもは言う。理論上は常人よりも0.3秒ほど思考速度が速いそうだ。

 

 その結果のひとつとして、僕は目の前の相手が嘘をついているのがハッキリとわかる。

 

 人間はなにもしていなくても情報を発しているものだ。手足の微細な動きや眼球の動き、呼吸の乱れ、心拍変動などの情報は心裏を露見させる。僕にはそれらも色と質感を伴った明確なコードとして認識されるため、僕にとって目の前の相手が語る本音と嘘を見極めることなどCM7とCm7を聞き比べるのと同様の作業でしかない。

 

 たいがいの人間が語る言葉は嘘だ。嘘とまでいわなくとも、少なくとも本音ではない。だが、もっと質が悪いのはそれが嘘だと気づかずに本音で嘘を言う連中だ。身体情報を一切変えることなしに、明らかにおかしなことをぬかす。その無意味な言葉にさらされる僕は激しい違和感を覚え、知覚されるコードはノイズにまみれて気持ちが悪くなる。耳も目もふさぎたくなる。

 

 だから僕は常にイライラする。だから人間は嫌いだ。

 

 ネクスト搭乗時はさらに感覚が鋭くなるが、機械を通すことで直接ノイズにさらされなくてすむ。ここだけが、僕が唯一心地よいと感じる場所だ。だから僕はネクストで戦う。

 

 ネクストのセンサーが収集した膨大な視覚データや聴覚データ、環境データはAMSを通して僕の脳に届けられ、それらが統合され構成された複雑な色と触感のコードは、相手パイロットの思考や心理までを映し出す。すべてが正確にわかるわけではないが、だいたいのことはわかる。

 

 命をかけて戦う者は純粋だ。策略や謀略を巡らす奴もいるが、それは勝つために、あるいは生き延びるために必要な行為だ。どんな色や手触りが知覚されても、そこに矛盾は感じられない。

 

 僕は、相手パイロットが攻撃の際に発する色にあわせて、自分の色を自在に変える。僕の動きも色彩コード化するのだ。それは武道でいうなら『型』のようなものだ。相手が赤色で迫ってきたら、補色である緑色の動きをする。あえて相手と同じ赤色の動きで真っ向勝負をしかけたり、黄色っぽい動きで動揺を誘うこともある。

 

 もちろん、攻撃や回避をするために普通の人間と同じように身体操作はする。赤色や緑色っぽい動きをするってことだ。抽象的な。メタ的な。わかるだろ。

 

 僕はそういう風につくられた。オーメルの科学者連中の手によって、ネクストの性能を100%引き出すためだけに設計され、遺伝子操作で生み出されたデザインベイビーたち。その成功披検体の第1号(セロ)が僕だ。

 

 僕の前に生まれた失敗作は数知れない。命をもて遊ぶような真似をなんとも思わないオーメルの科学者(マッドサイエンティスト)どもは、粘着的でサイケデリックな極彩色にまみれている。そのなかに数人いる、人間として割とまともな部類の科学者どもは、自らの行いを恥じ、あきらめの感情で色あせて見えた。

 

 どいつもこいつも気色が悪いが、僕にはどうでもいい。僕は僕に与えられた役割をこなすだけだ。

 

 その結果、『オーメルの寵児(ちょうじ)』などともてはやされる。『オーメルの天才』と担ぎ上げられて見せ物にされる。

 

 天才として生み出されても、何の苦労もせずに何でもできるわけじゃない。少なくとも天才なりの努力がいる。周りが見えすぎるから、それだけ気苦労も多い。それも僕をイライラさせる。とくに、天才だからと無理難題を押しつけてくる奴らには反吐が出る。

 

 『天才』とはずいぶんと便利な言葉だ。自ら努力もしない人間が他者を指して、あいつは生まれながらにして特別だと決めつける自己肯定の裏返し。同時に、自分の認知が及ばないだけの理由に起因する閉ざされた常識から逸脱した者へ対する軽蔑と線引きの言葉。

 

 はたまた、相手を利用するための(おだ)て文句か、望む結果だけを提示した際にかけられる殺し文句か。

 

 何が天才だ。お前らも大変だよな。気持ちはわからないでもない。力のある奴はどうしても周りがほっとかないからな。良い意味でも、悪い意味でもだ。

 

 だが調和を乱す奴らは、誰であろうと叩かなければならない。

 

 デザインベイビーである僕は特別かもしれないが、人間なら誰にでもある程度決められた社会的役割や社会的規範ってもんがあるだろ。そいつを逸脱するから叩かれる。当たり前じゃないか。空気を読めよ。

 

 オーメルは地上の管理者だ。善でも悪でもなく、必要だから存在するんだ。尻尾を振れとは言わないが、その立場を揺るがす可能性は排除しなくてはならない。わかるだろう。天才なら。

 

 望遠カメラには何事かの茶番が終わった後に、アナトリアの傭兵に頭部を打ち抜かれて機能を停止したプロトタイプネクストが映る。

 

 ___さて、ようやく出番か。

 

「こちらセロ。作戦本部へ通達。プロトタイプネクスト( 白い閃光 )が落ちた。これよりアナトリアの傭兵の方を始末する」

 

 僕はネクスト(テスタメント)を進ませる。一応、改めて挨拶くらいはしておくか。僕は戦場に立っているアナトリアの傭兵に通信をつないだ。

 

「存外、人格移転型AIとはいえそんなものか。白い閃光が勝つ方に張っていたんだが」

 

 おっと、挨拶になっていなかったな。気づけば皮肉が先に口をついて出る。オーメルの技術者どもは、どうやら僕を口から先に生まれるように設計したらしい。

 

 

     ◇ ◇ ◇

 

 

 セロは優れた垂直推力を利用してこちらの上空に陣取り、ライフルを射かけてくる。

 

 相手の頭上を取れば有利になる。それは歩兵戦闘に始まり、戦闘機によるドッグファイトを経てネクスト戦に変わっても変わることのない常套戦術だ。

 

 上空から地上に向けて放たれる弾丸は、重力加速度が加わって弾速が向上する。それは威力が向上することと同義だ。対して、地上から上空を狙い撃つには、重力が邪魔するおかげで弾速が削がれ、威力は落ち、おまけに着弾位置がやや下にズレるため照準に補正を加えなければいけない。

 

 また、上と前後左右に加えて下にも機動できる空中は回避にも有利だ。回避方向が増えることは回避率の向上に直結する。さらに、武器によっては射角が確保できず相手の手数を減らすことも可能だ。

 

 上空の敵機に接近しようにも、やはり重力によって引っ張られるため上昇加速は鈍く、そのスキを狙い撃ちされる危険がある。

 

 さらに言えば、地上からは常に上空を見上げる形となり、水平基準となる地面が見えないことで三半規管が狂いバランスを崩しやすくなる。それは回避率の低下を意味した。オートバランサーが働くため機体が倒れることはないが、ネクストの高速戦闘では瞬間的な集中力の乱れが生死に関わることも珍しくない。

 

 遥か上空から、ほぼ真下に向けて放たれるライフル弾が(あられ)のように降り注ぎ、こちらの機体をときおり叩く。対してこちらの放つ弾丸はほとんど命中していない。俺はたまらず、敵機の眼下をすり抜ける形で相手の死角に機体を待避させる。

 

 そのまま距離をとりつつ、死角からの射撃を試みるが急降下して回避された。そのまま奴は一度地上に舞い降り、再度飛び上がるためのエネルギーを機体内のコンデンサに蓄える。

 

 滑らかな回避運動でこちらが放つ弾丸を回避しながら右肩のマイクロミサイル(MPー0602ーJC)を放った。それを回避するこちらのスキを狙って右腕のライフル(MR-R100R)を数発放つと、再びジャンプして一気に高高度まで上昇する。

 

 常に相手の真上に陣取る戦い方は常套戦術ではあるものの、ここまで徹底して使う奴は珍しい。

 

 この戦術を使いこなすには、空中での緻密な機体制御技術が必要なことに加え、徹底したエネルギー管理と卓越した空間把握能力が必要だ。そして、機体重量とエネルギーデリバリーのバランスが整った機体構築があってはじめて最大の効果を発揮できる。

 

 生半可な機体とパイロットが使えば、あっという間に空中でエネルギー切れになって、ただの的になるか、死角に回り込まれて撃ち落とされる。

 

 (セロ)の駆るオーメル製ユディトベースの機体は空戦に最適化された機体だ。そして奴はその性能を十分に使いこなすだけの技術を備えており、これまで戦った誰よりも空中戦を巧みにこなしていた。だが、こちらはそれに対応する戦法もしっかり心得ており、地対空の戦術的不利は最小限に抑えている。

 

 それでも奴との戦力差を埋められないのは、奴の強さが戦術や操縦技術だけに頼ったものではないからだ。

 

 奴の動きは、これまで戦ったどの敵とも異質だった。空戦に特化した機体だけに上昇性能は高いが、それ以外の動きは軽量機として平均的だ。総合的な機動力ではこちらの方が高い。プロトタイプネクストの動きとなら比べるまでもない。

 

 奴は反応が異常に速かった。その速さは人格移転型AIより上かもしれない。人格移転型AIも高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)も、光学カメラが捉えた映像を、火器管制システム( FCS )が解析し、その情報を相手の動作予測としてパイロットに伝える。その結果、俺の場合なら0.5秒ほどの先の敵の動きがほぼ正確に読める。

 

 奴の動きは、そんな無機的で場当たり的な対応ではなく、はじめから何が起こるかわかっているような不可解な動きをする。

 

 システム解析からパイロット間での伝達処理速度が速いのか、それともパイロットが認知して動作するまでの速度が速いのか定かではないが、例えるならそれは空中を飛び回るハエの動きに近い。こちらと向こうで体感時間がまったく異なっているような隔絶した動きをする。

 

 ジョシュアのプロトタイプネクストを倒して活路が開かれたと思ったが、安堵するには早すぎたようだ。これが『オーメルの寵児』と呼ばれる所以(ゆえん)か。公開されている奴の年齢は二十歳にも満たなかったはずだ。しかし、経験不足を才能と技量で補ってあまりある。

 

 とはいえ奴には無駄な動きが多く、終始落ち着きのない踊るような動きをする。だが、それがかえって奴の動きを読みづらくさせていた。

 

 

 セロは相変わらず頭上に陣取り、ほぼ真上からライフルを射かけてくる。俺はその死角となる奴の後方直下に機体を移動させながら直上射撃で応戦した。いくら空戦に特化した機体でも、永久に飛び続けられるわけではない。回避を誘発させてエネルギー切れを誘う。 

 

 奴がエネルギーを切らして降下するのを察知すると入れ違いで跳び上がり、今度は逆にこちらが奴の頭上を取り、攻撃をしかけてやる。

 

《ふん、僕のお株を奪おうってのか》セロのぼやきが通信機から聞こえた。

 

 奴は、俺がしたのと同じようにこちらの死角へ逃げ回りながら射撃を回避し、跳び上がるタイミングを図っている。そうはさせまいと、俺は奴が跳躍するために身を屈める仕草を見せると同時に奴の頭上を狙撃し、跳びあがるタイミングをことごとく潰して回る。

 

 何度目かのタイミングで、跳躍の挙動をわざと見逃した。奴はここぞとばかりに飛び上がるために腰をおろして膝を曲げ、上昇初期加速を得るためのエネルギーを脚部にため込もうとする。

 

 狙いはその一瞬だ。どれほど動きが速くとも、どれだけ反応が速くとも、絶対に狙撃を回避できないタイミングがある。人も鳥もネクストも、着地する一瞬と、跳び上がる一瞬だけは無防備だ。高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)で鋭敏になった俺の感覚は、奴の曲げた膝関節に隙間ができるタイミングを正確に捉える。

 

 俺が放った120mm弾は、奴が膝をもっとも曲げた瞬間にそこへ命中した。機体周囲にまとうプライマルアーマーが弾丸の威力を削ぎ光が瞬く。それでも、脚部への着弾で奴は上体を崩してバランスを失う。こちらが放った2撃目が奴の胸部装甲にクリーンヒットすると、再び機体を包むプライマルアーマーが球状の光を瞬かせた。

 

 しかし、膝関節破壊を狙って放った初撃は寸前で膝装甲で阻まれたようだ。奴の反応速度はこちらの予想を遥かに上回るものだった。

 

 セロはブースターを使って体勢を立て直しつつオーバードブーストを起動させ高速移動で一時距離を取ると、反転と同時に左肩のレーザーキャノン(EC-0300)を乱射してこちらを威嚇する。俺は不可視のレーザー光を避けるために急降下して一時地上に降りた。

 

《あのタイミングで当ててくるか。バケモノめ。だけど面白いよお前。少しだけ興味あり、だな》

 

 セロはそう語ると、両肩と左腕の武装をパージする。空いた左腕には格納式のレーザーブレードが装備された。

 

《教えてやるよ。僕が得意なのは空中戦だけじゃないってことを》

 

 武装をパージして身軽になった奴はオーバードブーストを起動し、先ほどよりも明らかに速い速度でこちらに迫る。どうやら接近戦で仕止める戦法に切り替えたらしい。俺はライフルで迎撃するが、素早い反応と動きで右へ左へ難なくかわされる。

 

 不意にセロがオーバードブーストをカットし、バランスを崩したような挙動を見せた。そこを狙ってライフルを放つが、奴はオーバードブーストの慣性速度を保ったまま小さくジャンプしてそれをかわす。そして、着地した奴の次の動きに俺は目を見張った。

 

 側転から2度の後方宙返り、そして錐揉みを加えた側宙返り。そのスピン状態を保ったまま上空からこちらに接近し、左腕のレーザーブレードが振われる。

 

 火器管制システム( FCS )が奴の動きを予測し、高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)がそれを俺に知覚させるが、俺はその状況を飲み込めないでいた。突拍子もない動きから繰り出される奴の攻撃を大きく後退して回避するも、奴は再度跳躍し、低く空中前転をしながら追従してくる。その動きはまるで体操選手か雑伎団か、もしくは猿だ。

 

 身を縮めながら空中前転した奴の両脚裏が目前に迫る。その膝が勢いよく延ばされると、俺はそのまま蹴り飛ばされた。奴はネクストの機体を使ってドロップキックをして見せた。激しい衝撃がコックピットを襲い、一瞬操作がままならなくなる。後方に転倒しそうになるのをメインブースターを使ってバランスを保つのがやっとだった。

 

 こんな風にネクストを動かす奴をはじめて見た。しかも、脚部のショックアブソーバー機構を有効に利かせて蹴ることで、反動によって自機が受けるダメージを最小限に抑えている。荒っぽい動作に見えて、緻密で繊細な操作だ。

 

 視界に映るテスタメントは右腕のライフルで追い打ちをかけながら再び肉薄する。

 

 姿勢を回復しきれないまま身をひねってライフル弾をかわす俺は、ほとんど千鳥足だ。奴の接近を拒むようにレーザーブレードを薙ぐが、腰が入っていない腕を振っただけの斬撃は悠々とかわされる。奴はこちらのブレードをくぐるように身を低め、回頭しながら回避すると、しゃがみ込んだ姿勢のまま反対側の脚を伸ばして後ろ蹴りを放ち、俺は再び衝撃に襲われる。

 

 そのまま流れるような動きで繰り出される回し蹴りは寸前で後方に回避したものの、脚の振りを利用して身を翻しながら振るわれた奴のレーザーブレードがこちらへ迫り、青白い光を放つ高熱の刃に胸部装甲がうっすらとえぐられる。俺はたまらず奴から距離をとる。

 

 遠距離ではライフルが放たれ、中距離ではレーザーブレードが振るわれる。さらにその内側の密着した間合いではカポエイラかマーシャルアーツと思わしき足技が繰り出された。打撃の衝撃をプライマルアーマーは吸収せず、蹴られた際の衝撃は機体よりもパイロットへのダメージが蓄積する。脳しんとうを起こすほどの衝撃ではないものの、数度蹴られただけで三半規管が狂いそうだ。

 

 これがオーメルの寵児と呼ばれるセロ(No.6)の本気か。最高レベルのAMS適正による精密な機体操作と、あの尋常ではない反応の速さ合わさってこそ発揮できる離れ技だ。わずかでも気を抜けば鋭い斬撃を喰らうか、蹴られたあげくに一瞬で斬り殺される。奴がハエだとしたら、ただのハエじゃない。凶暴な肉食のキラーフライだ。

 

 だが、奴の動きは視認はできている。奴の軸足は左だ。これまでの攻撃パターンはすべて右脚の蹴り技からの斬撃か、斬撃の回避に備えた右脚蹴りでまとめられている。

 

 依然として踊るような滑らかな動きをするものの、攻撃に転じる瞬間は鋭く無駄のない動きが繰り出される。その一瞬の動きを読め。奴の呼吸のリズムを感じろ。奴の姿勢から繰り出されるであろうもっとも効率のよい攻撃を予測するんだ。

 

 搭乗しているのが人間であり意識がある以上、不規則的ながら思考や呼吸のリズムに支配されている。それは人間が機械操作するACや、機械AIではない人格移転型AIであっても同じだ。身体感覚で動かすネクストは、かすかではあるものの身体の癖までを再現するため、余計に動きを読みやすい。

 

 だが、奴の尋常ならざる反応速度はこちらの攻撃をすべて無力化する。ならば防御に徹し、素早く動けるコジマフロート関節の利点を活かしたカウンターアタックに勝機をかけるしかない。

 

 勘を働かせろ。高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)による動作予測と、センサーが捉える赤外線の熱探知と電磁波の振幅検知、微細な音響などの感覚データを総動員させて奴の動きを捉えるんだ。

 

 奴が左肩を引く。刹那遅れて右足を引き上げる。奴の左肩と右大腿関節のアクチュエーターが駆動電圧を上昇させ、電磁誘導によってわすかに磁界が変化する。それを機体に備わったセンサーが捉え、高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)を通して知覚する。予測どおり、奴が右足での前蹴りを繰り出す。それを素早く察知し、1歩後退して回避する。

 

 奴の右足が引き戻され、その反動を利用して左腕部が高い初速で動き出す。左前腕部から高周電磁波が発せられるとともに熱を宿し、急上昇するのを検知する。レーザーブレードでの突きが繰り出される前に、俺は胴部をひねりながら半歩右へ回避する。数万℃のプラズマ刃がコックピット手前の空を切る。

 

 奴は突き出した左腕の勢いを殺さないまま胴部を大きくひねる。さらに引き戻した右足の勢いも利用して機体を半回転させる。折り畳んだ右脚部が小さく弧を描きながら鋭く伸びてきた。後ろ回し蹴りか。器用な奴だ。

 

 俺は機体をしゃがみ込ませると同時に左腕のレーザーブレードを発振させて、奴の左足を薙ぐ。しかし、セロはジャンプしながら左脚部を宙に浮かせて軸足への斬撃を避けた。同時に俺の頭上をセロの右脚部がかすめた。

 

 そのわずかなスキをついて、俺はブレードを返して奴を斬り上げる。セロは宙に浮いたままブレードを叩き降ろした。強力な磁力で形状が保たれた超高温のプラズマ刃同士が重なると、粒子干渉を起こしてスパークを放つ。

 

 強力な同極性磁場の反発力に加え、上体の振りとテスタメントの機体重量が乗せられたセロの斬撃は、俺を地面に押しつける。機体に備わったコジマフロートの特殊関節は大きな荷重を受けて、肘から膝にかけて鋭く輝く。足裏の岩盤が荷重によって砕けて弾けた。

 

 足腰を踏ん張り、左腕にも力を込める。コジマフロート左肘関節はさらに輝きを増した。さらに、ブースターの推力も使って圧力に対抗し、テスタメントを弾き返す。レーザーブレードを振り抜くと、刀身の間合いから外れた敵機に向けてすぐさま右腕のライフルを向ける。同時にセロもライフルを構えこちらの眼前に銃口を突きつける。

 

 姿勢維持も照準合わせもそこそこに、お互いが引き金を引く。発破音が重なった。

 

 俺が放った弾丸は、テスタメントの平べったい頭部をかすめ、浅く跳弾して後方に消えた。一方、奴が放った弾丸の先端が回転しながら迫るのを、俺の視覚がハッキリと捉えた。直後、一瞬だけ映像が途切れ、視界の解像度が急激に落ちる。同時に機体から届けられる周囲の環境情報も精彩を欠き、高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)の予測も急速に精度を失った。

 

 俺は奴の射撃を回避できず、頭部を撃ち抜かれてメインカメラとセンサーを破損した。視界は緊急用のサブカメラで確保できてはいるものの画質は荒い。虎の子の高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)は満足に機能しなくなり、おまけにライフルの残弾はゼロだ。とにかくセロの追撃を避けるべく後方へ待避する。

 

《恐ろしいな。生まれてはじめて敵が恐ろしいと思ったよ。僕の動きについてこれるのは、ベルリオーズかアンジェくらいだと思っていた。お前をここで片づけておかなければ、いつか手が着けられなくなる》

 

 セロはライフルを連射しながら、低く跳躍してここぞとばかりに追撃してくる。俺はさらに後退しながら、弾切れのライフルを向けて威嚇する。

 

《わかっているぞ。もう弾切れだろう》

 

 奴はフェイクに一切動じず接近し、着地と同時に弾切れのライフルを邪魔だと言わんばかりに叩き斬る。俺はそのスキを狙って左腕のブレードを大きく振るうが、低く伏せられて回避された。だが、これもこちらのフェイクだ。

 

 真っ二つになったライフルはすぐさま捨て去り、俺は右腕に装備しなおした格納式レーザーブレードを間髪入れずに振るう。

 

 これまでの攻防は、すべてこの一撃のカウンターアタックのための布石だ。俺は右腕に渾身の力を込める。

 

 しかし、それでも奴の反応の方が早かった。レーザーブレードの刃先が奴に届くより先に、セロが上体を起こす勢いのままレーザーブレードを振り上げる。

 

 俺の機体の右腕部がレーザーブレードごと斬り飛ばされて宙を舞い、視界の端に消えた。眼前にはテスタメントの機体が大きく迫り、そのまま当て身で弾かれる。大質量同士がぶつかる轟音と衝撃がコックピットを襲った。後退して衝撃を幾らか緩和させたものの、俺は姿勢を崩される。

 

 バランスを崩しながらとっさに振るった左腕も肩口から斬り落とされた。そして足裏で胴部を蹴り飛ばされると、度重なる衝撃で意識が飛びそうになる。両腕を失った俺は姿勢を保てずに仰向けに倒れ込みながら大きく地面を滑るしかなかった。両腕部を失った状態では、もはや機体を起きあがらせることもままならない。

 

《___皮肉にも、生身のお前の身体と同じだな。もう、自分で動くことすらできまい》

 

 こちらが戦闘能力を失ったと悟ったセロは、ブレードを発振させたままゆっくりと近づいてくる。俺は意識を取り戻しつつ、奴の接近に備えた。

 

 そうだ。もっと近づいてこい。最後の手段(とっておき)をお見舞いしてやる。

 

 あと三歩で射程距離に捉えられる。

 

 あと二歩。

 

 あと一歩。

 

 そこでセロがピタリと足を止めた。

 

《アサルト・アーマー》

 

 セロはその場から動かず、聞き慣れない単語を言う。

 

 そして、左腕のブレードの切っ先で自分の斜め後ろを指す。

 

《___と、オーメルの技術者連中は呼んでいるが、プロトタイプネクストが使う、あのコジマ圧縮粒子を解放した全方位攻撃は、その機体も使えるんだろう》

 

 レーザーブレードで示された奴の左斜め後方の少し離れた位置には、搭乗者を失ったプロトタイプネクストが片膝を着いたままの姿勢で佇んでいた。俺はギクリと身を強ばらせる。

 

《残念だったな。レイレナード本社攻略時にミド・アウリエルが収集したお前の戦闘記録は僕も見ている》

 

 セロはライフルを構え直し、銃口の狙いをこちらのコックピットに定めた。

 

《だから、ここからの射撃で仕止める。なぶり殺しみたいで後味は悪いが、これが戦争だ。悪く思う___なっ!》

 

 それは一瞬の出来事だった。

 

 俺は自分の目を疑った。

 

 起こるはずのないことが起こった。

 

 俺は確かに奴の頭部を撃ち抜いたはずだ。

 

 それなのに奴が動いている。

 

 動かないはずのプロトタイプネクストが、あの瞬間移動のような動きでセロに突進し、背後から組みついた。そしてすぐさま眩しいほどの光が視界を覆う。

 

 衝撃波が辺りの地面を波打たせ、岩石と土砂を巻き上げながら放射状に広がってこちらにも迫る。俺の機体は衝撃波に弾かれ、制御もままならないまま吹き飛ばされた。

 

 夕日によって赤茶けたアナトリアの空と大地が視界を無軌道に流れた後に、地面に叩きつけられた俺は、かろうじて意識を保ってはいたものの、機体の方はいくら力を込めても麻痺したかのようにピクリとも動かない。ダメージモニタリングは機体の全箇所が赤く染まり動作不能を示していた。

 

 機体のサブカメラが捉えた低解像度の視界には、大柄なプロトタイプネクストだけが直立している。テスタメントの姿は影も形もなかった。

 

《君は私の期待以上の働きをしてくれる。これほど私のすぐ近くまでセロを引きつけてくれるとは》

 

 ジョシュアからの通信が飛び込んだ。プロトタイプネクストはゆっくりとこちらに向き直り歩み寄る。

 

《倒したはずの機体が動いて驚いているようだな。しかし、私は頭を潰せとは言ったが、チップを潰せとは言っていない。この機体のチップは胴体にあるんだ》

 

 知るか。奴は頭部をひしゃげさせたまま、不気味な存在感を放ちながら迫ってくる。

 

《すべては私の思惑したシナリオどおりだ。私が何も語らずとも、君は役を演じきった》

 

 赤黒い夕日を背景に、プロトタイプネクストの巨体がこちらに向かって一歩づつ歩みを進める。

 

《こちらが不審な行動をとればすぐにセロにばれてしまうからな。私が見せたわずかなスキを君は見逃さず、君はこちらに都合のいいように動いてくれた》

 

 しかし、俺が狙撃した奴の左脚部の動きは悪く、その歩みはぎこちない。

 

《そして最後はセロにスキをつくらせることができた》

 

 俺はアサルトアーマーをいつでも発動できるように起動準備をしておく。

 

《おかげで、オーメル本部に連絡されることなくセロを倒せた。おそらく妻は無事だろう。レイヴン、感謝する___》

 

 次に踏み出した奴の左足が悲鳴のような金属音を上げて機能を停止し、プロトタイプネクストは受け身もとれずその場に倒れ込んだ。転倒の衝撃が地響きのようにこちらまで伝わった。

 

《___それにしても、無様な格好だな》

 

 舞い上がる砂煙のなかで、機体を起こせないまま、なおもジョシュアはこちらに語りかける。

 

「お互いにな」

 

 俺は緊張を解き、皮肉と自虐を込めて言葉を返す。

 

 そして、二人で通信機ごしに笑う。

 

「これからどうする気だ」

 

《もちろん、オーメル本社に妻を助けに行く。それから娘を迎えに行く》

 

 起きあがることすらできない満身創痍の機体で、ジョシュアはまるで幼稚園にでも迎えにいくような軽い口振りで言う。

 

「その機体でか。人質を盾にされて破壊されるのがオチだぞ」

 

《ふん、私を誰だと思っている。ネクスト( セロ )のいないオーメル本社制圧などこれで十分だ。___というのは実を言うと、ただの強がりに過ぎないが。君こそどうする。セロを倒した今、全企業が総手で君の抹殺に動くぞ》

 

「ラインアークに亡命する手はずを進めていたが、このままではラインアークごと潰されてしまうな」

 

《その通りだ。ラインアークには私も縁がある。その手はおすすめしない。最悪の事態は回避したものの、お互い手詰まりのようだ》

 

 ジョシュアはそこで再び笑う。俺には何がおかしいのかわからない。

 

「どちらにせよ、もうアナトリアにはいられない。いっそのこと、こちらから仕掛けて華々しく散るのも悪くない。ハワード、聞いているか。以前使っていた予備機はまだ使えるだろう」

 

《おう。修理は終わって、使える状態にはある。だが___》

 

《そんなことをするなら、私が許可しません》そのやりとりを聞き(とが)めたフィオナが通信に割り込む。

 

《ふふん、レイヴンともあろうものが、今は首輪付きか___なら、その機体を貸してくれるか。いいことを思いついた。そのためにはハワードとフィオナに、私の制御チップをその機体に移植してもらう必要がある。人質を取られていたとはいえ、私がアナトリアを攻撃したことは事実だ。私に罪を償うチャンスをくれないか》

 

 俺は無言のまま、ハワードとフィオナの返答を待った。ジョシュアはさらに続ける。

 

《信用はできないかもしれないが、そうすることで君たちには多くの見返りを約束できるだろう。ああ、そうだ。事がうまく運べば、『ジョシュア・オブライエン』と『ホワイト・グリント』の名は君に譲ろう。すでに死んだことになっている私には、もはや不要だからな》

 



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Appointment With Death 〜エピローグ〜

《所属不明機に告ぐ。この空域は許可なく飛行することが禁止されている。速やかに反転せよ。従わない場合は即時撃墜する》

 

 ここよりはるか眼下、紺碧の地中海に浮かぶキプロス島の航空基地からスクランブル発進した2機の遠隔無人戦闘機(GAF2 SUPER PULSER)は、急上昇するとすぐさまこちらの後方に陣取り、警告を発した。

 

 警告を受けたとしても、この状況下で反転するのは正直難しい。現在こちらはネクストの後方に備え付けられたロケットエンジン式の強襲用ブースターの大推力によってマッハ2で飛行中だ。ネクストの推力では微修正程度の方向転換しかできないし、無理に方向転換をしようものならバランスを崩して墜落する危険がある。そもそも反転する気などさらさらない。

 

 それよりも、こういう状況下ではどう返答したらよいものか思い悩む。「こちら反転の意志なし」と意図を明確に伝えるべきだろうか。それだと、相手を小馬鹿にしているような印象を与えかねない。ならばむしろ「おとといきやがれ」と罵声の一つでも浴びせるほうがまだスマートだ。

 

 アクション映画などではいきなり銃火機をぶっ放すのがお決まりだが、相手が無人機とはいえ、それはあまりにも悪役じみているため二の足を踏んでしまう。折衷案として嘘のひとつでも並べてみるのもいいかもしれない。

 

「こちらアナトリアの傭兵(・・・・・・・・)だ。オーメルの依頼でイスラエル・パルマヒム空軍基地へ向かう。許可コードはAXL335786」

 

《ふざけるな! そんなコードは発行されていない。火器セーフティロック解除。これより撃墜行動に移る》

 

「ふざけてなどいない。こちらは大真面目だ」

 

 こちらは真面目にオーメルの施設を襲撃し、人質を奪還するつもりだ。そんなことを知る由もないGA製遠隔無人戦闘機(GAF2 SUPER PULSER)からはロックオンレーザーが照射され、けたたましく鳴るアラートが回避行動を促す。その直後、両戦闘機の翼から離れた大型ミサイルが噴射炎と白煙を吐き出して急速に迫るのを後方モニターに捉えた。

 

 ミサイルを回避すべく、着弾タイミングを読んで左にクイックブーストで移動しながら機体をロールオーバーさせると、すぐ脇をミサイル弾頭が高周波のジェット音と風切音を上げて通過する。ターゲットを見失った2機のミサイルはどこへ向かうか悩んだあげく明後日の方向へ飛んでいった。

 

 さて、次の選択肢は戦闘機を撃墜するか、このまま逃げるかの判断だ。目的地のイスラエルはもう目前だ。どちらを選んでもよいのだけれど、せっかくだからこの事態を見越してハワードが取り付けてくれた武装を試してみようか。

 

 肩武装をアクティブにすると両肩に備わった6本のトゲ付き装甲板のような装置が背面に向く。機体位置の微調整を済ませ、トリガー信号を送るとトゲの先端から両肩左右合計12発の弾丸が後方の広範囲に向けて発射された。

 

 それに驚いた後方の2機は緊急回避を取るも、放った散弾が機体表面に数カ所の風穴を穿ち、そこからたちまち黒煙が吹き出す。制空監視のGA製遠隔無人戦闘機(GAF2 SUPER PULSER)は2機とも航行不能に陥ったらしく機首を反転させてすぐさまキプロス島へ引き返していった。

 

 この武器はイクバール謹製の後方散弾銃(QADAR)だ。誰がこんなものを使うのか疑問に思っていたが、意外と使えるじゃないか。もっとも、これ以上の役に立つとは思えなかったが。邪魔になった両肩の後方散弾銃(産業廃棄物)は捨て去り、再び目的地へと大空を突き進む。

 

 進路上には、霞がかかって不明瞭ながら砂と岩で赤茶けて見えるイスラエルの地が見えてきた。海岸線から程なく陸地に入ったところには中心都市エルサレムが佇み、そのさらに奥には陽光を反射させてエメラルドグリーンに輝く死海の湖面が南北に広がっている。

 

 今回の作戦名は『Appointment With Death』と名付けることにしよう。アガサ・クリスティの名探偵ポアロシリーズ『死との約束』の原作タイトルであり、映画化タイトルは『死海殺人事件』。イスラエルにあるオーメル施設襲撃と人質救出、そして彼らとの約束を果たすための最後の作戦名にピッタリだ。目的を果たすためなら喜んで殺人鬼にでもなってやるさ。

 

 もうほどなく目的地上空に到達する。事前に入手した情報では、人質はエルサレムにあるオーメル本社ではなく、その手前の海岸沿いに位置するパルマヒム空軍基地に捕らえられているようだ。基地の滑走路を捉えると、そこへめがけて機首を下げ、降下準備に入る。

 

 今日も気分がいい。景気付けに、お気に入りのBGMをかけようか。この作戦が成功すれば、リンクス戦争に真の幕が下りる。そのフィナーレにふさわしい曲をセレクトしよう。

 

 『Thinker』を再生させるために、ネットワークライブラリにアクセス。少し間をおいて、ギターの静かなアルペジオをバックにイントロコーラスが始まる。シンバルが鳴る。ピアノがコードを刻む。可変調子。ドラムが8ビートで打ち鳴らされる。特徴的なギターリフが8小節に渡って続いた後に、ようやくボーカルがレトリックを吐き出す。

 

”I'm a thinker.

I could break it down.

I'm a shooter.A drastic baby.”

 

私は平和のために模索する

ようやく愛する人たちを救う方法をみつけた

私がこの引き金を引きさえすれば すべてが上手くいく

 

”Agitate and jump out.

Feel it in the will.

Can you talk about deep-sea with me.”

 

だから今日の私は容赦がない

せいぜい覚悟しろ

さっさと人質の居場所を教えるのが身のためだ

 

”The deep-sea fish loves you forever.

All are as your thinking over.

Out of space, When someone waits there.

Sound of jet, They played for out.”

 

おお 囚われの姫君よ

あなたが望むのなら 私は地獄からでも蘇る

あなたが待ってくれているなら 音よりも速く駆けつける

さあ 救出作戦開始だ

 

 

 イルミネーションのような光が海岸線に沿って流れるように瞬いた。私は機体を緊急回避させる。直後、機体周囲に青紫色をした高エネルギーの火球が花火のように無数に弾けた。イスラエルの海岸には5km間隔で高出力の高射プラズマビーム砲が設置されている。所属不明機の接近を検知したオーメルは、ビーム砲を一斉に回頭させこちらを迎撃した。

 

 歓迎の花火としては喜べないほどの高出力ビームだ。プライマルアーマーの防御膜で保護されているネクストであっても1発被弾しただけで致命傷となる。しかし、何があろうと進路は変えない。正面突破しかありえない。

 

 機体はさらに速度を上げてパルマヒム空軍基地に向かって降下する。再び青紫の光線と火球が行く手を遮るが、対空砲火のわずかな隙間を見つけては機体をすり抜けさせる。地面がどんどん近づいてくる。

 

 敵の懐ともいえる高射砲の有効射角外に機体を滑り込ませると、使用限界に達した背面の強襲用ブースターを強制パージさせた。すでに基地上空だ。バラバラに分解された強襲用ブースターが空中に散乱し、マッハ2近い慣性速度を保ったまま拡散する。それらの構造体は基地の敷地に突き刺さって、いくつかの滑走路を使用不可能にさせた。

 

 これで始末が厄介な高速戦闘機は簡単に離陸できまい。幸いなことにGA製遠隔無人戦闘機(GAF2 SUPER PULSER)は迎撃に配備されてはいなかったが、戦闘ヘリ数機が上空を旋回してミサイルと機銃を射かけくる。基地内にはすでに30機ほどのMT・ノーマルACの混合部隊が配備され、迎撃のために対空砲火を巻き上げた。

 

 落下速度を殺すためにメインブースターを全開にするが速度はなかなか落ちない。その間にもクイックブーストを細かく噴射して、回避のために機体を前後左右へ振って対空砲火の隙間を縫う。同時に両腕のライフルを眼下に構え、着地前に上空からの狙撃を慣行した。

 

 少々降下速度が高過ぎたようだ。ブースターだけでは抑え切れない落下速度を、戦闘ヘリに体当たりしてなんとか着地可能速度にとどめる。脚部が接地した衝撃で足裏のアスファルトが窪む。着地の衝撃はショックアブソーバーが機能して問題なく吸収してくれた。機体に異常はない。

 

 それを確認する間も、ライフルを握った両腕を広げながら敵機を照準にとらえて引き金を引き続けた。惑星運動のように機体を自転させながら周囲の敵機を照準におさめては射抜き、公転運動しながら360°から押し寄せる鉛弾の雨を踊るような複雑な軌道で避ける。

 

 回避できなかった銃弾はプライマルアーマーが威力を低減するが、機体装甲には無数の弾痕が刻まれた。だがそんなことにかまってなどいられない。私はひたすら回避と射撃を続ける。引き金を引き続けた。

 

 通信チャネルを間違えているのか、司令部内の慌てふためく声がこちらにダダ漏れだ。呼び出しのコール音やら足音やらの雑音がそれに混じって鳴り響き、蜂の巣をつついたような様相が伺い知れた。

 

《施設防衛部隊、残り約半数!》

 

《アナトリアの傭兵だとッ?》

 

《リンクス戦争の英雄がなぜ、ここに?》

 

《GAにネクストの応援要請を出せ!》

 

《イスタンブールのミド・アウリエルを呼び戻せるか!?》

 

《無理です。間に合いません!》

 

《インテリオルは!? ええいどこでもいい、とにかく応援を呼べ!》

 

《施設防衛部隊、すでに3/4を消失。もう保ちませんッ!》

 

 ネクストの応援は来ない。事前に情報を得て、わざわざ警備が手薄になるタイミングを狙ったのだから。

 

 迎撃部隊はほぼ壊滅状態だ。そろそろ王手をかけようか。弾切れになった左腕のライフルを投げ捨てると格納式ブレードを装備させた。防衛ラインを守備する重ノーマルAC2機を難なく斬り伏せると、私はそのまま指令管制棟のガラス面に超高温のプラズマ刃を振るう。寸止めだが。

 

 通信越しに遅れた悲鳴が響きわたった後、司令部内部はさっきまでの喧噪が嘘のように沈黙した。管制室にいる全員がこちらを見て顔をひきつらせるのを光学カメラが捉えた。ガラス面の一角はレーザーブレードの放射熱を受けて赤熱しながら煙を上げる。私は指令管制塔の通信に割り込んで用件を伝えた。

 

《こちらアナトリアの傭兵(・・・・・・・・)だ。ここに捕らわれているマリー・オブライエンの解放を要求する。ジョシュア・オブライエンは死んだ。もうそちらには不要な人質だろう。こちらの要求が受け入れられないというのならば、この左腕をもう少しだけ動かすだけだ。さあ、どうする》

 

 指令管制棟のガラスのいくつかが、プラズマ化した金属粒子の熱量で水飴のように溶解した。司令室のなかで一番威厳がありそうな人物が、部下になにやらジェスチャーを送るのが見えた。

 

 数分後、施設の入り口から見慣れた背格好の女性が歩み出て、こちらを見上げ控えめに手を振る。

 

 日除けのためにかぶったヒジャブが陰になって目元はしっかりと確認できないが、口元には笑みが伺える。彼女に間違いない。

 

「やあ、助けにきたよ。囚われのお姫様( ダーリン )。その花柄のヒジャブは、意外なほどよく似合っているね」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

数ヶ月後___ラインアーク

 

《こちらホワイト・グリント。オペレーターです。あなたたちはラインアーク主権領域を侵害しています。速やかに退去してください。さもなければ、実力で排除します》

 

 オペレーターがラインアーク領海を侵犯する敵に警告の文言を発する。最初はぎこちなく遠慮がちであったものの、ここ数度の出撃で啖呵を切るのに随分と慣れたようだった。隠れて練習した成果もあるだろう。感情を押し殺したような殺伐とした雰囲気が上手く出せるようになったじゃないか。

 

 ラインアークは、旧インドネシア東部とオーストラリア北部のメラネシアの島々を連絡橋でつなぐ海上都市だ。全周囲が海に面しているため、全方位からの侵略に対して素早く対処できるだけの機動戦力が防衛行動には必須であり、ネクストはラインアークに最適な防衛戦力だった。

 

 領海を侵犯する相手の割合は、物資の強奪を目的とした海賊団が6割。企業に取り入ろうとする武装組織からの攻撃が2割。政治的暴力や圧力、侵略や怨恨がまとめて残り2割を占める。

 

 海賊団やテロリストとはいえACやMTで武装しているため油断はできない。会敵勧告に応じなければ威嚇射撃。それでも撤退しなければ武装を破壊して無力化させる。戦闘による海洋汚染が懸念されるため、戦闘は最小限に抑えるのが海上都市ラインアークでの戦い方だ。

 

 だから防衛には実質的な戦力よりも『ホワイト・グリント』の雷名がもっとも効果的だった。ラインアークを守護するホワイト・グリントの噂がさらに広まれば、小規模の組織はそのうちラインアークに近づきさえしなくなるだろう。

 

 どこの企業にも属さない独立コロニーであるラインアークは、企業経済統治(パックス・エコノミカ)が支配している現在において非常に弱い立場にある。さらに、未だ民主主義を掲げるラインアークは、企業による社会主義統治が標準である現在において世界の厄介者だ。略奪者にとっては、独立コロニー故に統治企業からの直接報復を受けることもないため、略奪相手としてもラインアークは格好の獲物だった。

 

 その備えとしてラインアークには、このホワイト・グリントをはじめとして十分な防衛戦力が配備されている。今回の小規模海賊団も、ちょっとした曲芸飛行を見せつつ、数発の威嚇射撃をしただけで尻尾を巻いて逃げ帰っていった。

 

《目標、領海内からの撤退を確認。ホワイト・グリント帰投してください》

 

「了解」

 

 月に一度程度は企業連中が派遣した小部隊との小競り合いになるが、お互いに威嚇射撃をしながらの睨み合いが数十分続いただけで事は終わる。これは「領分を守れ」という企業からのメッセージが込められた牽制であり、このルーチンワークが守られている限り企業が本格的な武力介入をしてくる可能性は低いだろう。

 

 とはいえ、楽観視はできない。企業連中が信用に値しないことはこの身をもって知っている。公にはなっていないが、数ヶ月前にオーメル・サイエンステクノロジーがトルコのアナトリアを襲撃した事件があったばかりなのだから。

 

 企業連合に反逆したコロニー・アナトリアはオーメルによって粛正され甚大な被害を負った。粛正の尖兵として派遣されたアスピナの傭兵ジョシュア・オブライエンと、オーメル所属のリンクスであるセロは、コロニーへの攻撃に際しアナトリアの傭兵の返り討ちにあって2名とも撃破された。

 

 生き残ったアナトリアの傭兵はオーメル施設へ単身報復攻撃を仕掛け、捕虜を取って現在逃亡中。この件に関するアナトリアの声明は、オーメルへの報復攻撃は傭兵による独断行動でありコロニー・アナトリアは一切関与していないと代表自らが発表している。

 

 現在、リンクス戦争を集結に導いたアナトリアの傭兵は、英雄から一転して世界に仇をなす天敵として認知されている。

 

 まったく、あいかわらず物騒な世の中だ。

 

 

《レイ___じゃなかった。これを見て》

 

 オペレーターが深刻な声を発し、機体へドキュメントファイルを転送する。転送されたファイルはCOLLARED(リンクス管理機構)の情報掲示板のようだった。

 

 リンクス管理機構COLLARED( カラード )とは、各企業の合弁組織の名称だ。ネクストによる企業間戦争を防止するために、これまで企業が抱えていたリンクスおよびネクストをいったん企業の手から離し、共同管理することでリンクスの独占を許さない新しい仕組みとして期待が寄せられている。

 

 まだ制度の本格運用には至っていないものの、プレリリース中のデータベースでは、登録された各リンクスの情報やそれにまつわるニュースなどが閲覧できた。俺は機体を整備ドックへ向かわせながらオペレーターに言われた通り、転送が終わったドキュメントを視界上に表示させて目を通す。

 

 

      * * *

 

発信者:オーメル・サイエンステクノロジー広報部

 

【特報】テロリスト・アナトリアの傭兵を撃破 GAローディ大尉お手柄!

 

数ヶ月前にオーメルが管理するパルマヒム空軍基地を襲撃し、捕虜1名と輸送機を奪取して逃亡したアナトリアの傭兵は、追撃の末GAアメリカに所属するローディ大尉によって倒された。オーメルは他企業と連携し、数名のリンクスから成る特命部隊を組織してアナトリアの傭兵の足取りを追っていた。特命部隊は2日前にカザフスタン北部にアナトリアの傭兵の潜伏していることを特定。昨日決行された大規模な掃討作戦の末、GA所属ローディー大尉がアナトリアの傭兵の撃破に成功した。捕虜の身柄は不明。大きな功績を上げたローディ大尉は少佐への昇進が決定している。

以下はローディ大尉のコメント。

『強敵だったが、味方機の援護もあってアナトリアの傭兵の撃破に成功した。パックスのリンクスとして危険分子を野放しにしておくことはできない。今後も世界平和のために尽力したい』

 

      * * *

 

 

「___随分早かったな。怪しまれないように、もう少し粘ってくれればよかったものを。気が利かない奴だ。AIのくせに」俺はぼやく。

 

《でも、これでようやく肩の荷が降りたわね。ジョシュアのおかげで、もう逃げも隠れもしなくてすむわ》オペレーターのフィオナが安堵と哀愁を帯びた調子で言う。

 

 オーメルのセロを倒した後、ジョシュアが我々に提案したのは、いわゆる替え玉作戦だった。

 

 ジョシュアの人格データが格納されたチップがプロトタイプネクストから取り出され、俺が以前使っていた予備機へ移植されたことで、ジョシュアは人質を奪還できるだけの戦力を手に入れるとともに、『アナトリアの傭兵』になりすますことができた。

 

 とはいえ、その作業は言うほど簡単なことではない。人格データを移植するには予備機のシステム周りの大幅な改修が必要だった。ハードウェア周りはハワード達メカニックが担い、起動のためのソフトフェア調整はフィオナが担当した。事前にジョシュアからの綿密な作業指示があったものの、わずかでも手順を間違えればジョシュアの人格が消失してしまう恐れすらあった。

 

 また、ジョシュアが扮するアナトリアの傭兵がオーメルを攻撃すれば、再びアナトリアのコロニーが報復を受けることになる。だからアナトリアは、コロニーの主要財源であるアナトリアの傭兵を切り捨てる必要があった。それに関しては『アナトリアの傭兵によるオーメルへの攻撃は、傭兵の独断でありコロニーは関与していない』と、傭兵家業を立案したエミール自身が進んで公式声明を発表した。

 

 その裏で、コロニーの代表指導者であるエミールはニヤリと笑って俺に言う。「コロニー側では捕虜を治療しただけ(・・・・・・)だ。おまけに彼はアナトリアの傭兵の機体を使ってはいるが、アナトリアの傭兵ではない。よって、コロニーは一切関係がないし、こちらに落ち度もない。違うか?」と。ふん、こいつも喰えん奴だ。

 

 ジョシュアはオーメル施設を襲撃し、人質を奪還する。諸々の安全が確保された後、アナトリアの傭兵になりすましたジョシュアが撃破されることで、これまで企業が危険視してきたアナトリアの傭兵は、連中の望み通りに死ぬ。そして、死人はもう殺すことができない。

 

 こうして俺は『アナトリアの傭兵』の名前を捨てた。

 

 ラインアークに亡命した現在は、ジョシュアから譲り受けた『ホワイト・グリント2号機』を駆る守備隊の遊撃手だ。同時に、外部からの傭兵としての依頼も募集しており、その報酬もラインアークの貴重な収入財源になっている。

 

 ジョシュアからは奴の名前も譲り受けたが、『ジョシュア・オブライエン』の名前は人目を引くため保安上の事由で名乗れない。とはいえ、レイヴンになった時点で俺の個人情報の類はすべて失われていたし、名前がなくてもとくに不便はない。肩書きが『アナトリアの傭兵』から『ラインアークの傭兵』になっただけだ。結局のところ、何も変わってはいない。

 

 フィオナもアナトリアを出て、俺に着いてきた。というよりは、生身の身体では身動きひとつ取れない俺をフィオナがアナトリアから連れ出したといっていいだろう。

 

 プロトタイプネクストの攻撃とコジマ汚染で存亡が危ぶまれたコロニー・アナトリアだったが、なんとか再興できそうな状態だった。しかし、コロニー管理部はあの一件の責任を負わされる。コロニー創設に携わったイェルネフェルトの名を継ぐフィオナは一人でその全責任を負い、コロニーの全権をエミールに引き渡した。そして、彼女は生まれ育ったコロニーを出た。

 

 こうしてフィオナは『イェルネフェルト』の名前を捨てた。

 

 彼女の名誉のために補足すると、その結果はコロニーが望んだことではない。コロニー内でのイェルネフェルトとフィオナへの信頼は厚く、フィオナがコロニー管理部から退陣することは議会で反対された。多くの住民達も反対した。しかし、フィオナは頑として譲らなかった。退陣はフィオナ自らが進んで決めたことであり、それが彼女の望みであったことを俺は知っている。

 

 いつだったか愚痴をこぼしていたように、イェルネフェルトの名前は彼女にとって大きな重荷になっていたに違いない。名前を捨て、アナトリアを出た彼女は、いつになく晴ればれとした表情をしていた。

 

 視界を覆い尽くす紺碧の空と海の狭間に、陽光に照らされて白く輝く都市群が浮かぶ。ラインアークに乱立するビル群も、島々を繋ぐ連絡橋も、風力発電のプロペラもすべて光触媒作用のある二酸化チタン塗料で塗りたくられて乳白色に輝いていた。

 

 俺は、白壁にぽっかりと開いた整備ドッグの入り口を目指して、ホワイト・グリントを進ませる。

 

 守備隊本部施設の一角のガラス窓から、ラインアーク守備隊長のエリザがこちらを見下ろしている。どうせ、また戦闘の様子を肴に昼間から酒でも呑んでいるのだろう。聞けば彼女もかつてはどこぞの軍部に所属していたらしい。ラインアークは天下り先のようなものだと言っていた。

 

 ラインアーク守備隊は自主組織であって軍隊ではない。厳しい規律などはなく南国特有の明け透けした雰囲気が漂っていて、堅苦しさとも無縁だ。おかげで、こちらも気楽に仕事をさせてもらっている。ラインアークが存続している限りは、このセミリタイヤのような南国生活が続くことだろう。

 

 

《___ねぇ、聞こえる? ありがとう。レイヴン》

 

 フィオナが唐突に感謝の言葉を述べる。

 

 礼を言わなければならないのは、むしろこちらの方だというのに。

 

 国家解体戦争で翼を失ったレイヴンに、新しい翼を与えてくれたのはフィオナだ。

 

 そして彼女は、口うるさい俺の主治医であり、ネクストのシステムメカニックで、業務アシスタント兼戦闘オペレーターで、自分一人では何もできない俺をいつも介抱してくれている保護者であり、これまで一緒に戦ってきたパートナーだ。

 

「こちらこそ、ありがとう」

 

 俺もフィオナに感謝の言葉を述べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ___電子音が鳴る。通信の呼び出し音だ。発信者名には『J』とだけ表示されていた。フィオナが通信を受諾すると、ネクストのコックピットにも発信者の声が響く。

 

《やあ、ごきげんようレイヴン。それにフィオナ。ニュースは見たかな? どうだい、死んで自由になった気分は。献花の代わりに仕事を依頼したいのだけれど、引き受けてくれるかな。ラインアークのホワイト・グリント?》

 




ゲーム本編となる第1部完です。ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。

ここまでのあとがきは任意で読めるように、noteにて書かせていただきました。
https://note.com/akitekuto/n/n41c81dd8c673


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第二部 Armored Core for bidden
新章 Prolog ラインアーク防衛


AC4の15周年を祝して、以前から温めていた新章の執筆を開始します。
その予告となるこのプロローグは、主人公が死ぬ胸糞展開から始まります。
苦手な方はブラウザバックをお願いいたします。

プロローグ上での時間軸はACfaのミッション、ラインアーク防衛です。











「こちらホワイトグリント。あなたたちはラインアークの主権領域を侵犯しています。すみやかに退去してください。さもなくば、実力で排除します」

 

《ふん。フィオナ・イェルネフェルトか。アナトリア失陥の元凶が、なにを偉そうに》

 

 私がラインアークの領海を侵犯する敵機に向けて警告の文言を発すると、ラインアークへの襲撃者は、らしからぬ堂々とした口振りで言葉を返した。偉そうなのはどちらよ。それに、本人が気にしていることを、改めて言われることほど腹が立つものはない。私は思わず小さく舌打ちを返す。

 

 余計なことは言わなくていいから、黙って自分の仕事だけをしていればいいのよ。オッツダルヴァ。いいえ、ORCAの扇動家マクシミリアン・テルミドール、だったかしら。

 

 ラインアークを襲撃した敵は、企業統治連盟の依頼を受けたステイシスを駆るカラードのNo.1リンクスのオッツダルヴァと、最近目覚ましい活躍で頭角を表しつつあるルーキー(首輪付き)の二機。

 

 彼らは領海を守る防衛部隊を易々と排除して侵攻し、ラインアークの血管ともいえる無数の島々を繋ぐ巨大な基幹道路陸橋に、厚かましくも機体を乗り入れさせた。

 

 アーマードコア・ネクストが稼働時に発生するコジマ粒子は、甚大な放射能汚染を引き起こす。周辺の道路は完全封鎖されているため人的被害への配慮は不要だけど、基幹道路が汚染されたり、破壊さえて使えなくなってはラインアークの損失だ。被害を最小限に抑えるために、できる限り海上へと引きつけて戦う必要がある。

 

 今回の、この襲撃の発端は企業統治連盟が統治するクレイドルへの思想対立だそうだ。くだらない。なんてくだらない理由なのだろうか。

 

 クレイドルとは、赤道上地上9000m付近を飛行する居住施設だ。それはコジマ粒子に由来する放射能汚染から逃れるための空の避難所。いうなれば、天空のゆりかご。半永久的に飛び続ける空中庭園。地上を見捨てた人間の行き着く場。

 

 巨鳥の背中に住まう気分はどんなものだろう。いや、実際は背中ではなく鳥の胃袋の中か。私は幼い頃に母に聞かせてもらった、主人公が鯨の胃袋のなかに住む物語を思い出す。

 

 確かにラインアークは反クレイドル体制に傾倒しているものの、事実的には中立だ。あくまで推進派でないだけで。それだけを理由に、これほどまでの戦力を投入してくる侵攻作戦には不和を覚える。とはいえ、それはあくまで表向きの名目だということを私は知っていた。

 

 裏ルートからの情報では、混戦になるであろうこの戦闘を利用して、オッツダルヴァが企業連を裏切り、レイレナード・アクアビットの残党組織であるORCA旅団に合流する腹積もりらしい。

 

 私たちは、彼の望みどおりに事を進めさせるよう指示されていた。つまり、ORCA旅団を根絶やしにするために、オッツダルヴァを一旦泳がせて、ORCA旅団本隊をあぶり出す作戦の片棒を私たちは担いでいる。我々の依頼主は企業連のもっと上の組織だった。

 

 腐ってもNo.1だ。オッツダルヴァの方は、演出過剰なやかましい無駄口さえ気にしなければ、予定通りに自分の仕事をこなすだろう。けれど首輪付きのほうは、なにも知らされていないらしい。このラインアーク侵攻作戦自体が、多方の思惑が絡み合った政治的な欺瞞工作であり、彼はこの戦いの結果を見届ける証言者でしかない。

 

 ただ、そのついでとして私たちも利用されたのだ。ルーキー(首輪付き)の実力を図るための試金石として。叩き潰して這い上がったものだけを利用する。それが企業連中の、昔も今も変わることのない常套手段だ。まったく、損な役回りばかりね。私たちも、あなたたちも。

 

「あなたは昔の私たちと同じです。考えてください。何のために戦うのか」

 

 私は今の思いを漠然と言葉にする。幾重もの思惑が絡み合った、この複雑な事態に苛立ちを覚える。関係者各位を全員並べて足蹴にしたうえで唾を吐きかけてやりたい気分だわ。

 

 けれど、ラインアーク侵攻に踏み切らせてしまった要因は、こちらにもある。ここ数度の戦闘でホワイトグリントの調子が悪いことを露呈させてしまっていた。その脆弱性を狙って攻撃を仕掛けてくるとは少々迂闊だった。まさかこんなにも私たちが疎まれていたとは思いもよらなかった。

 

 調子が悪いのは機体ではない。このホワイトグリント3号機は、伝説のアーキテクトと名高いアブ・マーシュが設計したワンオフ機で、企業が製造する製品よりも優れた性能を発揮する。調子が悪いのはパイロットの方だった。

 

「___どうしても、戦うしかないのですね」

 

《頭の古い政治家ども、リベルタリア気取り(利己的な自由主義思想)も今日までだな。貴様等には水底が似合いだ。進化の現実って奴を教えてやる》

 

 はぁ。相手にするだけ無駄だわ。私は呆れ果てて嘆息を吐く。オッツダルヴァの無駄口を無視する代わりに、ホワイトグリントとの通信に回線を切り替え、ヘッドセットの口元のマイクを通してパイロットへ確認の言葉を届ける。

 

「レイヴン。予定通りに」

 

 オッツダルヴァの偽装工作に手を貸し、ホワイトグリントは首輪付きの力量を測ったうえで、故意に破れる。簡単に言えば、私たちに課せられた任務は、そういうシナリオを演じる事だった。ただし、パイロットが不調なのは演技ではない。万全なら難なくこなせるこのミッションも、今回ばかりは本当に彼は死んでしまうかもしれない。

 

《了解、した》

 

 彼は平然を装ってはいるけれど、実を言えば、もう戦える状態ではないのだ。コジマ汚染によって正常な細胞分裂は阻害され、脳負荷によって痴呆にも似た症状が頻発している。急激な機動で、肺の空気が口から漏れ出す音がマイクを通して響く。重力加速に抗するいつもの呼吸法もテンポがバラバラだ。

 

 バイタルサインは弱く、呼吸も脈拍も安定していない。本来、ネクストの高機動に耐えるための強制呼吸器は、今の彼にとっては生命維持のためにつけた、ただの人工呼吸器と化していた。

 

 脳波で操作するネクストだから、長年の戦闘経験による癖だけでなんとか動かせていただけだ。いまや陽光を受けて輝くホワイトグリントの真っ白な機体は、高価な鉄の棺桶へと変わりつつある。彼は寝言のようにつぶやく。

 

《フィオナ、いままで、ありがとう》

 

「水くさいことを言わないで。もう夫婦と呼べるくらい同じ時間を過ごしているのよ。それに___」

 

 彼は生きた。奇跡ともいえるほど長く、そして誰よりも強く。レイヴンとして数十年、リンクスとしてさらに十数年を生き、最後のレイヴンとして最期まで戦いつづけた。たった一人、最後までレイヴンとしてあり続けた。___いいえ。今でも彼は戦っているのよ。

 

 オペレータールームのモニターのひとつは、ホワイトグリントのメインカメラとリンクしており、彼の視点が私にも把握できる。画面上にはオッツダルヴァが駆る、ナイフエッジのようなシルエットのオーメルの新世代高速機体パーツ『LAHIRE( ライール )』で構成されたステイシスが映っていた。そして、その後方脇にはライフルを構える首輪付きもいる。

 

 戦端が開かれると、ステイシスはその高機動性を遺憾なく発揮し、あのプロトタイプネクストにも迫る瞬間移動のような平行機動で空中を駆け回りながら、速射性に優れた実弾ライフルと、強力なレーザーバズーカ( ERー0705 )を放つ。同時に首輪付きの援護射撃もこちらに襲いかかった。

 

 しかし、レイヴンは4条の射線を的確に読みきり、徹甲弾とレーザーの十字砲火をかいくぐって、宙を縦横無尽に駆けるステイシスに肉薄する。

 

 最新鋭の軽量機であるステイシスには劣るものの、ホワイトグリントの機動性だって現時点において十分に高い。並のネクストなら置き去りにできるほどの急加速に画面がブレる。最大出力のクイックブーストからつながる連続機動( 連弾 )。一瞬で背面を振り向く急速旋回(クイックターン)

 

 旋回噴射の発動タイミングがいつもより刹那遅れたけれど、ステイシスの脇をすり抜け背後を取る。2丁のライフル銃口がステイシスの背中のほぼ真正面を捉え、着弾の閃光が瞬いた。

 

 ライフル弾の衝撃によって弾かれたステイシスはクイックブーストを吹かして急速待避するが、動きは素早いものの、明らかにぎこちない。メインブースターから黒煙を吐き出し、狂ったように右へ行ったかと思えば、不意に左へと弾かれるように右往左往する。先ほどまでの鋭い機動とは打って変わって精彩を欠いた動きだ。

 

《メインブースターがイカれただと。狙ったか、ホワイトグリント。よりによって海上で。くっ、ダメだ、飛べん》

 

 全周波数帯に向けたままの通信に、オッツダルヴァの焦る声が乗る。それに合わせてステイシスがおかしな挙動で海面へ落下していく。着水。そしてすぐさまラインアークの海にカラードNo.1のリンクスが没する。

 

《浸水だと? 馬鹿な、これが私の最期だというか。認めん、認められるか、こんなこと___》

 

 は、白々しいったらないわ。そういえば、彼は始めに何と言っていたかしら。『貴様等には水底がお似合いだ?』カラードトップのリンクス様は、笑いのセンスもトップランクね。さようなら、オッツダルヴァ(ファルスだわ、水没王子)

 

 これでミッションの約40%を完遂。しかし、眼前の近距離レーダーに急速接近する輝点が映る。残るは。

 

「3時方向、首輪付き接近!」

 

 首輪付きの乗るネクストが、ライフルを放ちながら、機体推力に任せた荒々しい挙動で迫る。ホワイトグリントは回避機動をとりつつライフルで迎撃した。突進はやり過ごしたものの、首輪付きは被弾しながらもクイックターンで強引に急旋回し、怒り狂った獣のような勢いでこちらの動きに追従する。

 

 『首輪付き』とは、元来企業連に縛られたカラードリンクス全員に当てはまる蔑称だ。なのに、なぜか新人リンクスである彼だけが、まるで固有名詞であるかのように『首輪付き』と呼ばれていた。たしかに新人であれば、それだけ組織からの束縛は大きいだろう。それに年若いパイロットのようで、動きがまったく洗練されていない。

 

 私もオペレーターとしての戦歴は長い。動きを見れば大体のことはわかる。首輪付きの機動は、戦術性も打算も感じられない素人のような動きだけれど、決して下手ではない。彼の機体からは野生味を帯びたような殺気立った気迫が放たれている。銃弾の一発一発にまで、その気配がまとわりついているようで、モニター越しの私ですら気を抜けば居竦(いすく)んでしまいそうになる。

 

 首輪付きの両腕から放たれる射撃は平行移動で回避した。しかし、不意にホワイトグリントはその場で動きを止める。横に目をやると、バイタルモニタリングには意識レベルの急速低下が示されていた。同時にAMSの神経接続レベルも瞬間的に低下する。

 

 停滞は時間にしてわずか1秒ほどだった。けれど、ネクストの高速戦闘における1秒とは、死と同義といえるほど致命的だ。そこへ首輪付きが放ったライフル弾が、ホワイトグリントの胸部装甲を直撃する。

 

 着弾の轟音がヘッドセットを通してこちらまで届いた。衝撃でモニターの視界が大きく揺れ、ホワイトグリントがさらなる待避行動もとれずに着水する様子が映し出される。

 

「レイヴン、聞こえる!? 生きてる!? 返事をして!」

 

 幸い返答はあった。しかしその声は、かつて伝説のレイヴンともリンクス戦争の英雄とも呼ばれた彼のものとは思えないほど弱々しい声だった。

 

《___ああ。だが、どうやら、ここまで、らしい。もう機体が動かせない。やってくれフィオナ。最大負荷で、高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)を》

 

 高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)とは、AMSレベルをシステム上で強制的に引き上げ、パイロットと機体間の脳神経接続レベルを瞬間的にブーストさせて戦闘能力を高める機能だ。けれど、これは諸刃の剣でもある。不用意にAMSレベルを高めれば、それに応じてパイロットの精神的・肉体的負荷も幾何級数的に増大する。

 

 彼とは事前に約束していた。いざというときには安楽的な死を。高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)で、ネクストとの神経接続レベルを最大負荷まで上げれば、脊髄神経から末端神経にいたるまでがたやすく焼き切れる。苦しむ間もなく一瞬で死ねるわけではないけれど、ほんの十数秒ほどで確実に死を迎えられる。

 

 彼の主治医なのに、私は彼に何をしてあげられただろう。戦えるだけ戦わせておいて、最後の最後に安楽死が彼に対する最大限の返礼だとは皮肉にもほどがある。

 

《さようなら、フィオナ。いままで、ありがとう》

 

 ディスプレイに浮かぶ像が滲む。けれど、泣いてなどいられない。

 

 私はキーボードを叩いて、ネクストの制御端末に高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)を起動するコマンドとパスコードを入力する。最終確認にyesと打ち込み、最後に震える指でエンターキーを押した。

 

 数秒遅れて高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)が発動し、神経接続レベルが強制的に最大レベルまで引き上げられる。濃密かつ膨大な量の生体データが、彼の脳と機体の間でやりとりされ、その情報はオペレータールームのディスプレイでもモニタリングされた。

 

 眼前のディスプレイには、膨大な文字列が超高速でスクロールしていく。血の代わりに、断末魔の代わりに、垂れ流されるこの無数の文字列が、戦いに身を捧げた彼の人生のすべてなのだ。私は彼を抱き止める想いで透明樹脂のディスプレイに指先を触れさせた。

 

 3、2、1___。

 

 すべてのバイタルモニタリングの数値がダウンし、生命活動の完全停止を告げるアラートが鳴り響く。

 

「___ありがとう。レイヴン」

 

 私はヘッドセットを力なく外し、オペレータールームの天井を振り仰ぐ。

 

 今でも考える。十数年前のあのとき、このラインアーク防衛戦のさなか、ジョシュア・オブライエンのバックアップデータが載る潜水艇を見逃した私の行動は、果たして正しかったのだろうか。

 

 パラレルワールド。世界の分岐。無数にある可能性のなかの私。現実主義であるべき医師として技術者として、このような考えは(やぶさ)かではあるけれど、向こうの私はどのような人生を送ったのだろうか。

 

 この世界線では、私の選択の結果、彼は呪われた黒い鳥によって命を削り取られた。それでも彼は戦い続ける道を進んだ。その彼は首輪付きに討たれて死んだ。最後の最後までレイヴンとして戦い続けた。そして、彼は人としての生を終えた。

 

 歴史にもしもという言葉はない。その台詞は既に手垢にまみれている。使われすぎて、すり切れて、何の面白味も価値もない。けれど、人間に選択という権利がある限り、その台詞は必ずついて回る。

 

 彼は、レイヴンとして生きるために選択そのものを放棄したと言っていた。一切の選択を放棄する代わりに、結果のすべてを受け入れる、と。

 

 私には、彼のような考え方はできない。あの日、あの時、この場所で、もし別の判断をしていたなら、別の未来が待っていたのではないだろうかと、どうしても余計な期待が頭をよぎってしまうの。

 

 何をしたとしても、結末は変わらないかもしれない。ただ過程が変わっただけかもしれない。

 

 それでも。

 

 これから語られるのは、私の選択によってもたらされた、隠された物語。すでに終わった物語とは、別の未来に至るもうひとつの物語。

 

 題名は、そうね。『Armored Core for bidden』。

 

 その始まりを、ここに宣言する。

 




最後までお読みいただきありがとうございました。
第一部の『断章 ラインアーク防衛 前編 〜イェルネフェルト〜』および『断章 ラインアーク防衛 後編 〜オブライエン〜』を読んでいただくと本編の理解が深まると思われます。

発売から15周年を迎えたAC4のストーリーを振り返る意味で、願わくば最初から読んでいただけると幸いです。m(_ _)m

新章ACfbは、AC4とACfaの間の物語になる予定です。


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Re:Seed A Hostile Earth【easy mode?】

《しっかりして! 誰か! 生きている人は!》

 

 フィオナの悲痛な叫びが通信機から聞こえる。早まった呼吸音。息を呑み喉が鳴る音。それらの生理反応は彼女の心情を表すのに十分だ。残留コジマ粒子による放射能汚染から身を守る防護服を着込んでいるため、それらの音や声はすべてややくぐもって聞こえた。

 

《これから避難シェルターを確認しにいくわ。ああ、何て事。すべて燃えている___アナトリアは、もう、終わりかもしれない》

 

 フィオナは力なく言った。俺はそこで通信を切る。

 

 遠方から望むコロニーアナトリアは、炎と煙に包まれていた。復旧が進んでいた礼拝堂の尖塔は跡形もなく崩れさり、コロニーを囲む古い石壁もいたるところが崩れ去ってた。その内側の至る所から火の手が上がり、満足な消化作業も行われずに燃え盛るままになっている。

 

 黄昏の夕日と燃えさかる炎によって赤黒く染め上げられた地獄を思わせる周囲の光景に、俺は既視感を覚える。とはいえ、こんな光景など別段珍しくもない。いつかどこかの戦場で見た光景を思い出したのだろう。

 

 それにしても予想よりもずいぶんと早い侵攻だったな。企業をまるまる一つ、いや二つ潰した仇なのだから報復は当然か。俺は眼前にいるアナトリアの襲撃者に視線を戻す。

 

 『プロトタイプネクスト』。フィオナはそう言っていた。フィオナの父であるイェルネフェルト教授が完成させた原初のネクストだと。外観はレイレナード製のAALIYAHに似ているが、サイズは一般的なネクストに比べて1.5倍はある。

 

 前後に突き出た両肩には多連装のブースターが備わり、前腕から先には腕部と一体化した規格外の武装が備わる。右腕には5門をひとまとめにしたガトリングガン。左腕は全長近くにまで達するほど巨大なコジマ粒子砲。アナトリアを蹂躙しつくした後のすさまじい熱量が未だ冷めやらず、砲身の周囲は陽炎のようにゆらめいでいた。

 

 搭乗しているのはジョシュア・オブライエン。正確には、その人格をもった人工知能( A I )

 

 ほんの数日前、ラインアーク防衛戦のさなか、ジョシュア・オブライエンのバックアップデータを潜水艇で奪取したのはレイレナード・アクアビットの残党だった。そして、いま俺の目の前にいる巨大なネクストに搭乗しているのはバックアップデータからリブートされた人格移転型AIのジョシュア・オブライエン本人だ。一瞬サンドノイズが混じり、奴から通信が入る。

 

《遅カッタナ。言葉は不要カ?》

 

 俺は違和感を覚える。いつもの飄々とした態度はどうした。それに音声がおかしい。どこか言葉足らずに聞こえるうえ、通信に妙なノイズも乗る。単なる通信機器の故障か。それとも頭がイカれたか(プログラムがバグったか?)。はたまた、奴らに何かされたか。

 

 人格移転型AIの研究を進めていたアクアビットなら何らかの小細工もできるだろう。だがそんなことはどうでもいい。俺は機体に右腕のライフルを構えさせる。

 

 奇声。というより奇怪な電子音を響かせながら、眼前の敵機は両腕の火器を予想以上の俊敏性で構えた。5門のガトリングガンの砲身がそれぞれ回転を始め、重々しい発破音を響かせて無数の弾丸が吐き出される。

 

 射撃の狙いは正確だった。こちらが動こうとする方向に向かって的確に偏差射撃が加えられる。だが高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)でネクストとの神経接続レベルを高めた俺には、奴が放つ弾道が正確に知覚される。細かなクイックブーストの機動で火線の合間を縫いながら奴に接近し、プロトタイプネクストの巨体を照準に収めトリガーを引き絞る。

 

 しかし捉えたと思った瞬間、眼前で光が瞬いた。そして奴が一瞬にして視界から消え失せる。こちらが撃ち放ったライフル弾は、驚くべき速度で飛び去った奴が残したブースト炎を貫くにとどまった。

 

 奴の肩部に備わる10連のブースターノズルから吐き出される膨大な推力が大質量をものともせず巨体を弾き飛ばす。すぐさま回避先へと銃口を向けるも、すでに奴は反対側に飛び去っていた。俺は危険を感じ、とっさにその場からとび去る。そしてすぐさま100mm弾が雨霰のようにさきほどまでいた場所の地面を叩いた。

 

 物理法則を無視したかのようなその強烈な加速に、こちらの火器管制システム(  F C S  )は、追従しきれずに照星が眼前を左右に泳ぐだけだ。

 

 しかも奴はこちらの周囲を左右に高速移動しながら周回するため、レーダーに映る輝点はまるで原子モデルの様相で、位置把握にはまるで役にたたない。相手の初期動作から未来予測をはじき出す高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)すら上回るほどの速度で俺の機体の周囲を縦横無尽に飛び回る。

 

 そして、荒れ狂う暴風雨のごとくまき散らされる無数の弾丸と、火力が絞られたコジマ粒子砲が放たれこちらの機体をかすめる。

 

 動きに惑わされるな。奴の機動パターンを読め。役立たずとなったロックオンシステムはすぐさまオフにし、俺は急速旋回を交えた回避運動をしながら手動照準でライフルの銃口を奴の動きに追従させる。奴の移動先を読んでは捕捉を試みる。

 

 前後左右の4方向へのクイックブーストの機動に、上下動を交えながら交差を繰り返し、フェイントで奴の予測の裏をかく。所詮機械だ。反応が鋭すぎるがゆえに、こちらのフェイクにも過剰ともいえるほど敏感に反応する。とはいえ、相手はアスピナの傭兵ジョシュア・オブライエンの人格を転写させた人工知能だ。単純なフェイクではさすがに誤魔化しきれない。

 

 それに学習速度も恐ろしく早い。一度見せた機動はすぐさま順応するため同じ手は二度と通じない。正攻法にフェイクを織り交ぜつつ、微妙にタイミングやパターンを変えて揺さぶりをかけてやる。時にはあえて悪手をも選択して動揺を誘う。三次元空間をフルに使った熾烈な位置取り合戦と火線の応酬が繰り広げられる。

 

 機械相手に心理戦か。戦闘中にも関わらず、ふと笑いがこみ上げる。だがそれを無理矢理押し込める。気を抜けばその瞬間にやられてしまうからだ。

 

 奴の戦いぶりは何度か見てきたが、これまでの奴はどこか手を抜いているようだった。だが、今はそういった雰囲気は感じ取れない。確実に目標を破壊すべく、一切の手加減なしに殺しに来ている。依然として奴の機体からは雄叫びのような電子音の咆哮が放たれている。これがジョシュア・オブライエンの本気か。

 

 かつては共闘したこともあったが、成り行き上でのことだ。最初から奴は敵と認識している。こちらも一切の手心を加えるつもりはない。奴をここで確実に破壊すべく、俺は殺意をもって機体を繰る。

 

 だが圧倒的な機動力差は埋めきれない。そのうえ向こうは装甲も厚い。こちらの攻撃はほとんど通っておらず、機体同士が交錯する度に銃弾の損耗と機体の損傷が増えるばかりだ。戦闘を長引かせればこちらが不利になる。

 

 俺の眼前に表示されている機体のダメージモニタリングは徐々にオレンジの箇所が増えていく。残弾数も心許ない。激しい未来予測に脳疲労が蓄積していくのがはっきりとわかる。

 

 中近距離で銃撃の応酬が繰り広げられるなか、不意にガトリングガンの火線が途切れた。奴は目前にいる。俺は考えるより先に前方へのクイックブーストを吹かして間合いを詰め、直近で捉えたプロトタイプネクストに向けて、左腕のレーザーブレードを繰り出す。

 

 間合いに捉えた奴に超高温のプラズマ刃を叩きつけるべく左腕を振るった瞬間、奴の機体の周囲に青緑色コジマの光が宿った。同時にコジマ粒子濃度上昇のアラートが耳をつんざく。

 

 回避だ。奴の機体から距離をとるため、振るったブレードの勢いはそのままに俺は機体を前方へと加速させえた。機体同士が交差する瞬間に膨大な光が瞬いた。そのすさまじいまでの光量は、後方から俺の機体を照らし、前方に自機のくっきりとした影を浮かび上がらせる。

 

 発生した衝撃波は一瞬で機体を追い越し、直後発生した乱気流に飲み込まれ、俺は嵐のなかを舞う木の葉のように無軌道で放り飛ばされる。

 

 ブースターと四肢の制御で必死に機体を操るも、いつの間にか左腕部が動かない。左腕はあの膨大な熱量でブレードごと融解したのだろう。ダメージモニターで確かめるまでもなく、左腕は麻痺したように感覚がなくなっていた。

 

 まともな受け身もとれずに機体は地面に叩きつけられ、俺は激しい衝撃に一瞬意識が飛びそうになる。その間も本能的に思考だけは働いている。

 

 『アサルト・アーマー』といったか。同じものが俺の機体にも組み込まれている。ただし、それは一度使えばコジマリアクターもろともジェネレーターが破損して機体が動かせなくなる諸刃の剣だ。

 

 だが機体を起きあがらせ、視界に捉えた奴の機体はさっきの攻撃で出来上がったクレーターの中心で何事もなかったかのようにこちらへ振り向く。予備のジェネレーターが動いているのか。それとも無制限にあれを放つことができるのか。後者だったとしたら、接近戦に持ち込んで倒すことも難しくなる。

 

 再びライフルを構えるが、射程内に捉えられているのにも関わらず、奴は回避するそぶりさえ見せない。こちらが使うライフルは規格品だ。奴はあの戦闘のさなか、弾数もしっかりと数えていたらしい。俺は弾切れになって鉄屑となったライフルを捨て去り右腕の武器を格納式ブレードに換装する。

 

 奴はクレーターの中央から動かない。残るこちらの獲物は右腕のブレードだけだ。接近しなければ奴を倒せない。どうやら奴の方も弾切れらしい。ジョシュア・オブライエンの思考プログラムが導き出した戦術は、アサルトアーマーでの確実な迎撃戦法のようだ。

 

 しかしあれだけの攻撃だ。どれだけ高出力のジェネレーターを搭載していたとしても連続では撃てまい。破るにはあれを誘発させて、次が放たれる前にブレードでしとめるしかない。やれるか。やるしかない。

 

 一歩ずつ近づく。クレーターの縁を越えさらに近づく。途中で前方へのクイックブーストを繰り出し、それを後方ブーストでキャンセルさせた。しかし、奴はそんなフェイントにも動じない。俺はさらに一歩ずつ近づく。

 

 奴はもう目と鼻の先だ。前方へのクイックブースト一発でブレードの間合いにとらえられる距離。同時に、こちらも完全にアサルトアーマーの射程圏内にいる。しかしそれでも奴に動きはない。発動を限界まで遅らせて確実にしとめるつもりなのだろう。

 

 俺は様子を伺いつつ、ゆっくりと右腕を振りかぶる。そして目の前の奴へ向かって、この至近距離からオーバードブーストを起動させた。

 

 ほんの数秒で背面に収束したエネルギーが収束し、臨界に達する。発動。爆発的な初期加速が機体を蹴り飛ばし、俺はすぐさまブレードを振るう。

 

 しかしそれでも奴はアサルトアーマーを撃たない。超高熱プラズマ刃が当たるか当たらないかのところになって、ようやく奴の機体がコジマの光を帯びる。

 

 俺は一瞬迷う。このまま斬るか、それとも退くか。

 

 わずかな逡巡の末、俺は前方へクイックブーストを併用した加速で再度退避した。再び後方から膨大な熱を伴った光が瞬く。しかし、こちらも同じ轍は踏まない。

 

 左腕を失っていることで機体バランスが右に偏向し通常よりもわずかに旋回速度が速まる。アサルトアーマーの射程外まで一度待避してから、オーバードブーストの速力を維持したままクイックターンによる急速右旋回。俺の機体はブーメランのような軌道を描いてプロトタイプネクストにレーザーブレードを叩き込むべく機体を突進させる。

 

 音速以上の速度を保ったまま、ほぼ180°向きを変えた俺の身体と機体には、恐ろしいほどの重力加速度が加わった。無理な機動に機体が軋みを上げる。バイタルアラートはレッドで身体の血流異常を警告した。だが意識は辛うじてある。視界にはこちらへ向き直ろうとする奴の機体を捉える。

 

 アサルトアーマーは発動できず、奴は再びあの膨大な推力で回避しようとする。右か左か。肩から吹き出す特大の噴射炎に注視し、奴の回避方向先を読みとり、横方向へのクイックブーストで奴の瞬間移動のような動きに追従させるべく機体を繰る。再び強烈な横Gが俺の身体を襲う。

 

 手応えはあった。しかし、朦朧とする意識のなかで振るった渾身のレーザーブレードを、奴は右腕を盾にして防いだ。数万度にも達するプラズマの刃は、五連装のガトリングガンの砲身をまとめてバターのように溶断するが、こちらの腕の振りもわずかに減速させられた。その隙に、奴は巨体に似合わず素早い身のこなしで機体を翻し、残る左腕でこちらを捕まえにかかる。

 

 機体同士が接触する音振が響く。捕まったようで身動きがとれない。奴が奇怪な電子音で吠えた。勝利の雄叫びか。ほざいていろ___。

 

 青緑色の光が弾けた。奴より刹那速く、こちらのアサルトアーマーが発動し、奴が電子音の叫び声を発しながら閃光のなかに飲み込まれる。プロトタイプネクストの巨体がコジマ粒子のβ崩壊時に発する膨大な熱量で端部から徐々に融解しては吹き飛ぶ。

 

 腕部が溶け消え、頭部も脚部もコジマの光に飲み込まれて消え去っていく。青緑色の光が晴れ、後に残ったのは元の輪郭をわずかばかり残したプロトタイプネクストの胴体部(コア)だけだった。

 

 そして案の定、こちらの機体もジェネレーターが破損し、一瞬のアラート音を残してすぐさまシステムがダウンした。もはや機体はどれだけ意識しようとも動かない。だが内蔵バッテリーに残った電力で、視覚と聴覚のAMS接続と生命維持装置と通信機だけは稼働している。せめてフィオナに連絡を、と思ったところで赤黒い空の視界端に映った影に心拍数が上がる。

 

 視界も明度と解像度が極端に低下して外界をはっきりと捉えることも難しいが、捉えた影のかすかな輪郭から航空編隊のようだということが何となくわかった。

 

 敵の増援か。だとしてもこちらは動けない。機体が動かせないのはもちろん、肉体の四肢を失っている俺は、誰かの助けがなければ一人でコックピットから脱出する事すらできない。俺は歯噛みをしながら、打開策を見いだすべく思考を巡らす。

 

 そうこうしている内に、輸送機からネクストと思わしき人型の影が降下した。数は確認できた限り1機。レーダーはもちろん、索敵システム諸々が死んでいるため、それ以外の詳しいことは何一つわからない。

 

 ほどなくして、所属不明機から通信が入った。聴覚野に届いたのは聞き覚えのある女の声だ。それに、近づいてくるあの機体にも見覚えがあった。

 

《あのプロトタイプネクストを単機で倒すとは、さすがですね》

 

 機体の搭乗者が言う。しかし、誉め称える言葉も抑揚が薄い口調のせいか、皮肉にしか聞こえない。女は続けて言った。

 

《それにしても___あなたは、また動けないのですか》

 

 俺は答えない。近づいてくるにつれ突如現れた機体の詳細が伺えた。機体はピンクの百合(ソルボンヌ)色の軽量機。カメラ性能に優れた奇形の頭部を備え、左右にレーザーライフルとレーザーブレードを携えている。声の主はオーメルのリンクス、ミド・アウリエル( No.30 )

 

 元クライアントとはいえ、俺は奴らにも命を狙われている。利用するだけしておいて、危険と判断したら手駒をあっさりと切り捨てる腹黒い連中だ。俺は悪足掻きに機体を繰るべく力を込めるが、やはり機体は一寸たりとも動かない。それに対して、声の主はわざとらしく嘆息してから言う。

 

《安心してください。今日は敵ではありません。それどころか応援に来ました。しかし、どうやら不要のようですので、ふたつめの用件を伝えます。アナトリアの傭兵には、大至急オーメル本社まで出頭願います。これはオーメルからの正式な仕事の依頼です》

 

 告げられた予想外の内容に「あん?」と、俺は思わず声に出す。

 

《同行してきた輸送機には、オーメルの対コジマ汚染に特化した救助班を待機させています。依頼を受諾するのであれば、プロトタイプネクストから受けたアナトリアの被害収拾を援助する用意があります。もちろん、あなたの返答次第ですが》

 

 俺は答えない。俺では答えられない。さしあたり俺は無言のまま、コロニーの代表指導者の一員であり、今は避難シェルターへと住民の安否確認に向かったフィオナへ判断を仰ぐべく通信を繋いだ。



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ビデオ会議

「さて、ご存じの通り、レイレナードとアクアビットの残党がとうとうこちらに打って出ました。ジョシュア・オブライエンの人格AIを搭載したプロトタイプネクスト6機による各企業拠点への同時攻撃は各地に少なくない被害をもたらしております。

 

 GAのビッグボックス、オーメルのイスラエル、ローゼンタールのイスタンブール、インテリオルのドニエプルはこれを迎撃、殲滅に成功。多少の被害は出たもののいずれの箇所も現在は沈静化しております。イクバールも撃破には成功したもの重要拠点ひとつを完全に失いました」

 

 モニターの左上に浮かんだ、このオンライン議会のホスト役であるローゼンタール代表ハインリヒ・シュテンベルグが淡々と報告をする。

 

「アスピナの傭兵ジョシュア・オブライエンか。とはいえ結局全部コピー(偽物)だったのだろう? 奴らの狙いは?」GAの最大の出資元であるステファン・ブラックドッグが画面の右下で、蓄えた立派な髭をさわりながら尋ねた。

 

「現在調査中ですが、おそらく我々への報復でしょう。あるいは警告、もしくは宣戦布告かと」ハインが読み上げた資料から目を離さずに答える。

 

「まさか同盟関係にあったインテリオルとイクバールにも攻撃を仕掛けるとは。全企業を敵に回すつもりかい。奴らは」その右隣に写っていたウォルコット家の宗主であるテレザ・ウォルコットがしわがれた声で忌々しげに感想を述べた。

 

「とはいえ拠点を潰されたからといって、我々にとって大した痛手にもならん。そんなことは彼らも分かっているだろうに」ブラックドッグがあきれたように言った矢先、何かに気づいたように身を乗り出す。

 

「ん、おい、ちょっと待て。プロトタイプネクストは6機。攻撃を受けたのはGA、オーメル、ローゼンタール、インテリオルにイクバール___1箇所数が合わないじゃないか」

 

「もう1箇所はアナトリアですよ」ハインはさも当然のように言った。

 

「ああ、例の。まあ報復は当然か。彼はどうした?」落ち着きを取り戻したブラックドッグはソファに体重を預けながら尋ねる。わずかな間が空き、私が答えようとする前にハインが答える。

 

「プロトタイプネクストはアナトリアの傭兵が撃破したものの、コロニーは甚大な被害を負った模様です。ちなみにアナトリアを襲撃した個体もコピー(偽物)でした。いずれの機体もジョシュア・オブライエンの人格データに、なんらかの処理を施してコントロールしていたものという結論に至っております。肝心のアナトリアの傭兵にはオーメルが接触。無事、作戦の引き入れに成功した模様。ですね、デイブ?」

 

 モニターのなかでハインがこちらに視線を投げかける。「ああ」とだけ私は答えた。

 

「ふぅん。ここまでは順当だな」ブラックドッグが画面の脇のサイドテーブルからウイスキーグラスを手に取り、一口だけすすってから言う。

 

「破壊と再生の度合いをコントロールするのが我々の責務だ。緩やかな破壊と、緩やかな再生を理想的なサイクルで繰り返す。その秩序を乱す者は罰さなければならない。そうだな」我々の共通の意志を確認するかのようにブラックドッグが続ける。

 

 ラップトップの画面に映る他の2名と私は、今更確認するまでもないと言わんばかりに無言で応じる。

 

 世界は有史以来たった数人の考えによってコントロールされてきた。古くから国家は企業の傀儡であり、その企業を操るのは出資元である一部の財閥富豪だ。

 

 旧世紀の国家政治の主権者。大企業の代表。表で目立っている者は、皆単なるピエロにすぎない。真の支配者は決して表には出ず、一般人には名前すら知られることはない、それが世の不文律だ。

 

 国家解体戦争だって、実際に事を起こしたのはパックス6企業ではあるが、画策したのは今日この会議に参加している4人と、本日は参加していない2人を加えた、たった6人の意図のもとでだ。

 

 私やハインはパックス企業内で働いている。ステファン・ブラックドッグとテレザ・ウォルコットは自由気ままな隠居生活だ。アイザック博士は現役の物理学者で、叢雲氏は何をしているのかよく分からん。とはいえ、6人全員がパックスに資金援助もしくは何らかの形で参画しているのは確かだ。

 

 もちろん我々とて、世界人口を1/3にまで減らしておいて何も思わん訳ではない。国家解体は必要だったから行われた。戦争を起こさなければ、世界はいずれ破綻していただろう。我々とて、戦争をしたくてしているわけではない。支配したくてしてるわけではない。

 

 だが、目の前の安直な現在を守れば、未来を失う。個を守れば、全を失う。人間社会存続のために連続的で不可逆的な選択肢のなかで、端から見れば非情ともいえる判断を下さねばならない。だから我々は今を殺した。未来のために。

 

 違うのは今やるか、後でやるかだ。そして大抵の場合、対処が遅れるほどリカバリーが難しくなる。だから我々は世界をリセットしたのだ。取り返しがつかなくなる前に。

 

 現在のパックス企業による世界の管理体制はただのシステムで、我々はただの管理人だ。世界は歯車一つ欠けただけで崩壊しかねない。世界とはそれほどまでに不安定なバランスのなかで存続しているものなのだ。

 

 そして、誰かがその汚れ役を引き受けねばならず、放棄すれば世界が潰れる。世界存続の全責任を背負うのだ。そんなことができるのは生粋のマキャベリストか、それともただの身の程知らずか。それこそ神か狂人のどちらかだろう。

 

 我々はたった6人でその重さを、お互いを慰め合いながら、お互いの腹の内をさぐり合いながら背負っていく。とはいえ、このなかの誰かが欠けても問題はない。すでにやるべきことは決まっているし、後継者も育っている。世界はずっとこうして動いてきた。そしてこれからもそうして動いていくだろう。

 

 不意に場違いな赤子の鳴き声がヘッドセットに響きわたり、参加者の注目を集める。そのなか、テレザ・ウォルコットのババアだけが後ろ向きでいた。彼女の背後にはベビーベッドがあって、寝ていた赤ん坊が起きたようだ。

 

「おぉ、リリウムや、どうしたね」テレザは泣きわめく赤ん坊を抱き上げ、なだめながら我々に紹介するかのように見せつける。「デイブ、あんたの顔が怖いとさ」とも付け加えて。

 

「はて、貴女の娘かな。とっくの昔に閉経したと思っていたが。ウォルコットの遺伝子操作技術は相変わらず大したものだ」私が冗談混じりに言うと「馬鹿かい。リリウムと言ってね、末っ子の娘さ」とテレザはうれしそうに返す。

 

「ふむ。初孫ではないだろうが、さしあたり、おめでとうといっておくよ」

 

 私は脇にあったコーヒーカップを手に取り、祝杯の代わりに掲げる。私の音頭に同調したブラックドッグもグラスを掲げ、ハインは黙礼をした。

 

「アタシには分かるよ。この子は強い子に育つ。リリウムには、いずれアタシの跡を継がせるつもりさ」

 

 ほう。このババアが人を誉めるのは珍しい。こうしてみればただの孝行婆だが、裏で何をしているかは我々であっても正確には知らん。ウォルコットの遺伝子操作技術によるリンクス量産や不老処置などはほんの表の顔でしかない。

 

 ウォルコット家はBFFとレイレナードの最大出資元でもある。アクアビットのえげつない研究の方向性もウォルコットの息がかかっていたことは確かだ。

 

 それに、リンクス戦争の折りにはBFFとレイレナードの同盟関係を黙認していたくせに。今回の騒動だって、裏では一体どこまで関わっているものやら。何にせよ、ババアの猫撫で声なぞ誰も聞きたくない。いや、猫というより狐だな。腹黒古女狐だ。

 

 ようやく赤ん坊が泣きやみ、テレザは声の調子を戻す。

 

「邪魔をしたね。話を戻そうか。貴奴らは宇宙を目指している。旧レイレナードの過激派。ベルリオーズの意志を継ぐものたち。ORCAといったかい。まさに凶暴なシャチだね」

 

「レイレナードのNo.1リンクス、ベルリオーズか。死んでもこれだけの影響力を持つとは、一介のリンクスどころか、まるで新興宗教の教祖様だな。奴らとて、事の真相を知らんわけではあるまい。それでもなお、宇宙を欲するか。人間の知的欲求とは恐ろしいものだな。どこかで見切りをつけなければ、身を滅ぼすことは明白であるというのに」

 

「ORCAの主犯格はベルリオーズの後継者だ。メルツェルという。潜入させているスパイからの情報では、現在はアフリカ東部を拠点として、水面下でなにやら動いている。とにかく宇宙に手を出そうとしているのは確かだ」

 

「ほう。何か手だてはあるのか? オーメル軍事管理参謀殿」

 

「残存するリンクス数名で部隊を編成し奴らを潰す。必要とあらばオーメルとインテリオル、それにGAとローゼンタールの残存兵力をかき集めて事態収集に当たるつもりだ」そういいつつ私はハインに目配せをする。

 

「ええ。彼らがを行動を起こす前に抑えられなかったのは誠に遺憾ですが」

 

「とはいえ、向こうもまだかなりの手駒は残しているのだろう。旧BFFの親レイレナード派に加え、BFFが所有していたほとんどの艦隊と人員も向こうに渡っている。それに建造中だった巨大兵器も。

 

 とはいえ、イレギュラーが起こったとしても監視員(スパイ)がしっかりと仕事をしていれば問題はないか。ウォルコット( おたく )王小龍(ワン・シャオロン)と、レイレナードに潜り込ませているスパイ___名前をなんといったかな。ウォルコットのまがい物の___」ブラックドッグがしきりに顎髭をさわりながら、記憶を探っている。

 

「あれはオーメルに贈った種だ。なにがあろうと、我々ウォルコット一族とは関係がない___そういう約束だったはずだったね、デイブ」

 

「そのとおりだ」と私は答える。パックス6企業の本部にはそれぞれの企業が互いにスパイを送り込んでいるのは暗黙の事実。表面上は良好関係に見えても、互いが互いの手の内を探り合っているのが現実だ。「テレザ。王小龍といえば、BFF再興の件は?」

 

「あぁ、総会で再興させることが決定したよ。義理でも一応、名前くらいは残しておきたいからね。旧体制から接収した人員はそのまま戻す。不足分はGAからの出向の形をとらせるがいいね。ああ、ちなみに今度のCEO( 頭 )には野心を持たない者をすげるつもりだから安心していいよ」

 

 ふん、よく言う。腹黒老女狐が。

 

「それはさておき、ORCAとの件は予定外の争いであることには違いがない。地上の汚染が予定よりも早まることになる。救済計画も早める必要が出たな。そちらの方の進捗はどうなっている、ハイン」ブラックドッグが話の趣旨を変えた。

 

「聞きたいのは、ゆりかごの方でしょうか? それとも穴蔵の方でございましょうか?」

 

「もちろん、ゆりかごの方だ」

 

「カーパルス地区での大規模無線送電施設アルテリアの建造進捗と、アルテリア・ドライブの稼働テストは順調です。クレイドルのテストプロトタイプは現在も問題なく航行中。まもなく実用段階に入るでしょう。クレイドル第1号機ももうじき組み上がります。第一陣の人員の選別はついておいでで?」

 

「現在進めているところだ。なかなか空に住みたがる物好きな人間はいないものでな。特区()から引越させるのが順当だろう。ORCAの件を臭わせて少し脅してやれば頭が固い連中の尻も少しは軽くなる。今回の騒動は丁度良い」

 

「結構です。ちなみに、穴蔵の方は100年計画とは銘打ったものの、とても100年では完成しそうにありません。アイザック博士が提言したB#型最深度採掘施設を拡張した地下都市計画は、現状少々無茶がすぎると言わざるをえませんな。このままでは1000年かかってもできるかどうか」

 

「あちらはあくまでバックアップだ。クレイドル体制さえ整えば問題はない。目下の懸念事項は旧レイレナード・アクアビットの残党狩りか。最大の不確定要素はアスピナの傭兵ジョシュア・オブライエンだな。本物の。あれ(・・)は、レイレナード本社にも、アクアビットの施設にもなかったんだろう。奴があれ(・・)を動かせば手がつけられなくなるぞ。それこそ世界が終わる」

 

「それについては、私にまかせてくれ。アナトリアの彼を当たらせる」ブラックドッグの懸念に私は言葉を挟む。

 

「元レイヴンとはいえ、信用できるのか」

 

「手段を問わなければ問題はないだろう。彼とは古い縁でね。もっとも向こうは知らんだろうが」

 

「いやだねぇ。血生臭いオーメルの暗部が動くのかい」

 

 白々しくぼやくテレザに対して、私はニヤリと笑みを返した。



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オーメル

 車椅子に乗せられた俺は、後ろからフィオナに押され、オーメルのリンクスであるミド・アウリエルに促されるまま後ろをついて行く。

 

 入念なボディチェックに加え、着陸時に目隠しをするよう指示された時には死を覚悟したが、それは杞憂に終わり、今こうして無事オーメルの施設内にいる。どうやら仕事の依頼は本当だったらしい。だが、プロトタイプネクストとの戦闘で大破した機体は持ってきていない。予備機もだ。

 

 「機体は不要です」とミド・アウリエルに伝えられていた。オーメルのユディトでも貸与してくれるのか。そうなると調整が面倒だ。それに弾薬はともかく、破損した際の修理費はどちらが持つ。まったく、こちらの都合など気にもとめず、いつも強引に事を進めてくれる奴らだ。

 

 次に俺は周辺の景色に意識を移す。イスラエルにあるオーメル本拠の施設とはいえ、特別な雰囲気はない。コンクリートの壁にリノリウムの床の何の変哲もないよくある施設だった。

 

 窓はないため、外の様子は一切わからない。しかし、施設に入る直前に潮の香りがしたから、海辺であることだけは伺えた。手足や感覚器官の大半を失っても、嗅覚だけは衰えていない。

 

 今は、フィオナが造ってくれたゴーグルのようなカメラ付き感覚補助器具をつけたているため、以前よりも外界の様子がよくわかる。この補助器具はフィオナが暇をみてアップデートして現在はバージョン3だ。視覚だけでなく聴覚補助も発話補助も以前のものより改善されていた。

 

 最近はAMS技術を応用した義手と義足のテストも度々行っている。だが、持ち運びをするには巨大なバッテリーパックと、それよりさらに馬鹿デカい制御装置も運ぶ必要がある。だから義手と義足はついておらず、今はいつもどおり手足がない状態だ。

 

 この不自由な身体にもずいぶんと慣れた。衰えていた筋力も戻ってきて片側の上腕と太股、身体のバネだけ()(つくば)りながら移動もできるようになった。とはいえ、ネクストを操縦する感覚で、ついつい無いはずの手足を動かそうとする癖は残る。

 

 夢で見る自分も未だ五体満足だ。はっと目が覚め、現実との落差を思い知らされた時のやるせなさは、なかなか慣れるものではない。この不自由な身体でいるのは苦痛だ。できることなら損失した部位を意識せずにいられるネクストに絶えず搭乗していたかった。

 

 だが、できることが増えたおかげで、最近はこの身体であっても、少なくとも死にたいとは思わなくなった。気恥ずかしい言葉を使えば、フィオナのおかげで生きる希望が湧いてきたのだ。

 

 とはいえ肝心のアナトリアの被害は深刻だ。コロニーの代表指導者であるエミールを含む、多くの人員はシェルターに避難していて無事だったが、コロニーはプロトタイプネクストの強力なコジマ放射により汚染しつくされ、復興できるか定かではない。

 

 ミド・アウリエルが連れてきたオーメルの救助部隊は、死傷者を救助したうえで、アナトリア郊外に仮設の避難所を設置し、数日かけてコロニー全体に除染処理を施した。あらかじめ想定していたかのような見事な手際で。さすがというべきか。それだけは褒めてやる。

 

 それらの作業を見届けてから、俺とフィオナはコロニーをエミールやハワードに任せて、こうしてミド・アウリエルに同行した。とはいえ、施しを受けたからといって、信用できる相手ではない。なんだ。コイツらは何を企んでいる。

 

 不意にミド・アウリエルがドアの前で止まり、ドア横の端末を操作するとドアが開く。彼女は一歩下がり、無言のまま手振りだけで部屋へ入室するよう俺達を促した。

 

 案内された部屋はブリーフィングルームの様相だった。薄暗い部屋のなかには会議テーブルが並べられており、正面のスクリーンにはプロジェクターでなにやら投影されている。

 

 室内には5人いた。立っている人影が2人。3人がテーブルに就いている。感覚補助ゴーグルは薄暗い室内の明度にあわせて自動で暗視モードに切り替わり、先客の顔を先ほどよりも正確に視認できるようになった。

 

 起立している人物の一人には見覚えがあった。ローゼンタールの盟主ハインリヒ・シュテンベルグ。時代錯誤もいいところの騎士の格好はこのなかでひどく浮いて見える。隣にいるスーツを着た初老の男は知らないが、おそらくオーメルの人間だろう。

 

 座っている3人は、目つきの悪い若い男が一人。もう一人は、口元のほくろがある目つきの悪い女。さらにもう一人は緑っぽい軍服を着た女だ。男の方は両腕を頭の後ろで組み、テーブルの上に足を投げ出して座っており態度も悪い。

 

 軍服の女がこちらの姿を認めるなり立ち上がり、ゆっくりと歩み寄ってくる。その顔には見覚えがあった。

 

「あの、ゼロツー。いえ、アナトリアの傭兵さん。謝って済むことでないことは重々承知しています。ですが、その節はすみませんでした」

 

 女が俺の目の前に立ち、深々と頭を下げる。俺は左腕に鈍い麻痺感覚とともに、目の前で頭を下げる女が誰であったかを思い出す。以前、GAEのハイダ工場襲撃の降下作戦で共闘___いや、俺を殺そうとした張本人であるGAアメリカ所属のリンクス、メノ・ルー大尉。胸元のワッペンの星の数から少佐に昇格していることが伺えた。

 

 とはいえ、謝られたところでどうしようもない。おまけに、こちらが何か言うまで彼女は頭を上げる気がないようだ。こちらとしては、気にも止めていなかったし、現にすっかり忘れていた。だまって無視していれば、それでかまわなかった。きっと、彼女はそれができない性格なのだろう。

 

「___傭兵だ。殺しもすれば、殺されもするさ」

 

 迷ったあげく、そう言葉にする。その言葉は感覚補助ゴーグルに内蔵されたアンプとスピーカーで増幅されて彼女の耳にしっかり届いたようだ。ゆっくりと顔を上げたメノ・ルーは、眉間に皺をよせたなんとも言い難い、難しい顔をしていた。そこへ歩み寄ってきたローゼンタールの盟主が横合いから割り込む。

 

「ようこそ、アナトリアの傭兵。その節はすまなかった。彼女に君を倒すように命じたのは私だ。不安定な情勢ゆえ、こちらも危険因子となりうる存在を放って置くわけにはいかなかったのだよ。だが、今の我々には君の力が必要だ。もし気が済まないというのであれば、私は喜んでこの首を差しだそう」

 

 芝居がかった台詞とともに、腰に下げた剣の柄をちらの眼前に差しだす。一瞬だけ男の意図を測りかねた。気にしていないと、さっきの言葉で伝えたつもりだったのだが、伝わっていなかったのだろうか。俺はわずかに苛立ちを覚える。

 

「___あいにくだが、剣を振える腕は持っていない」

 

「ふむ、それもそうか。では、そちらのお嬢さんに」

 

 そうして今度は、後ろにいたフィオナへ向けて同じように剣の柄を差し出す。驚いたフィオナの動揺が、握った車椅子のグリップから微動となって伝わった。

 

「俺たちをここへ呼んだのは、怒らせるためか」

 

 本当に斬り殺してやろうかと思った。あの、かさばる義手を持ってこなかったのを恨めしく思ったほどに。

 

「ハイン公。そいつはまったく気にしちゃいないぜ」

 

 そこで、テーブルに足を乗せていた目つきの悪い男が、欠伸をしながらのんびりとした口調で言う。

 

「作戦の前に、確執があれば取り払っておきたいものでね。先ほど言ったとおり、我々には君の力が必要だ。アナトリアの傭兵、依頼の受諾に感謝を申し上げる。___さあ、席に就いててくれたまえ。早速ブリーフィングをはじめよう」

 



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ブリーフィング

「おいおいおい。諜報の報告、桁ひとつ間違えてるんじゃないのか」

 

 目つきの悪い若い男が身を乗り出して、ローゼンタールの盟主たるハインリヒ・シュテンベルグに食ってかかる。

 

「いや、BFFのスピリット・オブ・マザーウィルの寸法は、多少の誤差はあれど、間違いなく全高600m(・・・・・・)全長2,400m(・・・・・・・・)だ。BFFは早期から巨大兵器の建造に着手していたのは知っているだろう」

 

 プロジェクタで投影されたスクリーンには、6本足に翼が生えたような奇怪な形状の機体、いや構造物と言うべきものが映し出されている。

 

 翼に見える一枚一枚は甲板になっていて、ACやMTの艦載や航空機の発着も可能らしい。甲板上1枚あたり2基のミサイル発射管が対空迎撃を担い、その下面につり下げられた320mm砲が全周囲の中近距離対地迎撃を行う。そのほか至る所に重機関砲が備わり、巨体故の動きの鈍さをカバーするようだ。まるで歩く要塞だ。

 

 そうでなくとも、これだけの大質量を破壊するのはネクストの高火力機であっても難しい。戦略兵器に相当するだけの火力を投じなければ完全な破壊は不可能だ。

 

「上空から何度か高高度巡航ミサイルによる攻撃を試みたがが、そのすべてがことごとく迎撃された。迎撃ミサイルに加え、前後両側に推定射程距離200km超の大口径実体砲(グレネード)が3門づつ備わっている。BFFらしく照準精度も極めて高い。静止物なら100km圏内は必中距離だ」

 

「どうやって破壊すんだよ。そんなモン」男はあきれたようにうなだれる。

 

「破壊する必要はない。あくまで第一目標はレイレナード・アクアビット残党が慣行しようとしている衛星の打ち上げ阻止だ。キリマンジャロ麓にあるサイロ施設からの打ち上げさえ阻止できればほかはどうでもよい。

 

 第二目標は旧レイレナードに所属し、今はORCAの首謀者と名乗るメルツェルという男。ほかにもアクアビットのテペス=V(No.7)とBFFの王小龍(No.8)、レイレナードの真改(No.33)エミリオ・ウォルコット( ランク外 )の計5名のリンクスが確認されている。

 

 最低でも4から5機の対ネクスト戦は避けられないだろう。ついでにいえば、スピリット・オブ・マザーウィルに艦載されるノーマルAC、MTも合計100機程度確認されているが、こちらは問題ないな」

 

 スクリーンには、アフリカのケニア周辺の地図が表示され。キリマンジャロの麓にあるロケット発射サイロ施設の位置と、こちらの侵攻ルートが表示された。端には数種類のBFF製ノーマルACとMTが表示され、敵ネクスト4機のうち、詳細が知れている3機の機体データが表示される。

 

「それだけの戦力をたった5機のネクストで相手にしろと」

 

 今度は目つきの悪い女のほうが、ハインに言及する。

 

「アナトリアの傭兵には別行動をとってもらうため、こちらの数は正確には4機だ」

 

 俺とフィオナの席の両隣にいたミド・アウリエルと、メノ・ルーが同時にちらりとこちらを伺い見るのを察知した。もっとも、こちらはなにも聞かされていないため、別行動にどういった意図があるかは俺にもわからない。

 

 目つきの悪い女が言葉を続ける。

 

「ふん、つまりこういう事だな。作戦の遂行は二段階に分けられる。まずスピリット・オブ・マザーウィルの有効射程外に円周状に配置された12門の対空用のソルディオス砲。ネクストでこのうち隣接するものをひとり1基づつ破壊し、航空戦力投入ルートを確保。

 

 補給後、ネクスト4機で化け物が撃ち放つ長距離砲撃をかいくぐりながら、およそ100kmネクスト単体で移動して懐に飛び込み、こちらの侵攻主力となる合計10機のFF130ーFERMI( フェルミ )に主砲と迎撃武装を向けさせないよう、我々に囮になれということだな。

 

 それも、状況によってはレイレナード・アクアビット・BFFのネクスト4ないし5機を相手にしながらだ。ネクストを撃破する必要はないが、主犯格の首を取れれば御の字。できなくともサイロもしくはロケットを破壊しろと。仮に、フェルミが全機墜とされたら?」

 

 そこまで確認をして、目つきの悪い女がハインを刺し貫くように見据える。

 

「ケニア沖合にいは輸送船をそのまま停泊させておくため、現場判断で撤退してもらって構わない。次の手を打つ」

 

「ほぉぅ。次の手とは」

 

「君たちがそこまで知る必要はない」

 

 その台詞を聞いた女が、堪忍袋の尾が切れたと言わんばかりに、テーブルを叩きつけながら急に立ち上がり、声を荒げて言う。

 

「大方、対施設装備のアナトリアの傭兵を別行動でサイロ破壊に向かわせるのだろう。陽動作戦? バカバカしい。我々はただの捨て駒か」

 

 怒り狂いながら叫ばれる女の鋭い指摘に対しても、ローゼンタールの盟主は動じない。両脇のミド・アウリエルとメノ・ルーが再びこちらをちらりと伺い見るが、何度も言うように、何も知らされていないのに話の矢面に立たされるのはいい気分ではない。ハインは落ち着いた態度のまま、女に対して返答をする。

 

「彼らを放置すれば、今後世界がどうなるかわからない。彼らの強引なやり口はこれまでの経緯から知っているだろう。それに、奴らの手の内にあるジョシュア・オブライエンの動きが掴めない以上、もっとも確実な方法をとる必要があるのだよ。

 

 下位のリンクス全員には、プロトタイプネクストによる再侵攻に備えて企業の重要施設防衛に当たらせる。君たちは、余力がない現在の我々が用意できる最高戦力としてわざわざここに招いたのだ。それを分かってほしい」

 

 ふん、と女は鼻から息を吐き出す。そしてあきれたように言う。

 

「相変わらず、煽てるのが上手いなハイン。国家解体戦争のときも、お前のその饒舌に一杯食わされたよ」

 

「お褒めに預かり光栄だ」

 

 ほくろの口元からため息が漏れた。それから再び女の目に鋭い光が宿る。

 

「ふん。いいだろう。そのかわり現場指揮は私に任せてもらうぞ。ただ言いくるめられて死ぬのは御免だからな」

 

「もとより、そのつもりだよ。君なら安心して任せられると判断したから、わざわざ召還したのだ」

 

「そのわりには、こんな陳腐な部屋でブリーフィングとは、待遇が悪いなァ」

 

「それはオーメル側に言ってくれないか。___デイブからは何かありますか」

 

 これまでやりとりを部屋の隅で黙って見守っていただけのデイブと呼ばれたスキンヘッドで白髭の男は、急に話題を振られてやや驚きながら言う。

 

「ふむ。ここの待遇の悪さについては詫びよう。それはさておき、リンクス諸君には依頼受諾にはオーメルの総意として心より感謝申し上げる。どうか我々の力になってくれ。___それとこれはオーメル側の業務連絡だ。アウリエル。今回の作戦は良いデータ収集になる。マグヌスを使いなさい」

 

「承知しました。デイブ」

 

「それから、セロ。作戦中はお姉さんたちの言うことをよく聞くんだぞ」

 

「ったく。子供扱いすんなよ」

 

 その言葉にセロと呼ばれた若い男が反発する。まるで祖父の忠告に反発する孫のように。オーメルの重役と思われる男はさらに続ける。「女は怒らせるとと怖いからな。とくに___」

 

 先ほどまで張眉怒目だった女をちらりと伺い見ると、女に睨まれたようだ。苦笑いを浮かべながらデイブという男が肩をすくめておどけてみせると、きっちりと着こなしたスーツに皺がよった。それを見たフィオナとその隣にいたメノ・ルー、それにハインまでもが小さく声を上げて笑う。

 

「ああ、そうだ。念のため作戦に参加するメンバーの紹介をしておこう。___GA所属のメノ・ルー(No.10)少佐。どうかよろしく頼む」デイブに呼ばれたメノ・ルーが椅子から立ち上がり面々に頭を下げる。

 

「インテリオル・ユニオンの霞スミカ(No.16)氏。お手柔らかにな」口元のにほくろがある目つきの悪い女が、憮然とした表情のまま、腕組みをした手だけを小さく挙げた。

 

「オーメルからセロ(No.6)それに、ミド・アウリエル( No.30 )だ」目つきの悪い男が、鼻から息を吐き出す。ミド・アウリエルは誰にでもなく目礼をする。

 

「それから___すまんが、本名はなんといったかな。とにかく、ご存じリンクス戦争の英雄ことアナトリアの傭兵だ」

 

 本名___。本名と言う言葉を使われた(・・・・・・・・・・・・)ことにひどい違和感を覚えたが、さしあたり俺は首肯で挨拶を返す。

 

「出立は明朝だ。それまで各自、装備や連携確認を行ってくれ。オーメルは君たちの働きに期待する。ブリーフィングは以上だ」

 

 デイブの激励の言葉に「はいッ」と気張って答えたのはメノ・ルーだけだった。他の面々は黙ってのろのろと立ち上がり、ぞろぞろとブリーフィングルームを出て行く。しかし、俺たちは出撃準備どころか機体さえない。どうするのか問おうとした矢先、その意図を察したらしいフィオナが先に口を開いた。

 

「失礼します。我々に関する行動の指示はありませんでしたが、どうすればよいのでしょうか」

 

 それを聞いたデイブはハインに目配せをし、それに対してハインは小さく頷く。

 

「ああ、すまない。話がややこしくなるためブリーフィング内での説明は省かせてもらった。説明をするために場所を移そう。私に着いて来てくれないか」

 

 デイブと呼ばれていた初老の男がにやりと笑いながら、そんなことを言った。

 



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スミカ

 あれが噂のリンクス戦争の英雄、アナトリアの傭兵か。BFFとレイレナード本社を潰した元レイヴン。それにしても、噂通り本当に手足が無かったな。まあ、神経接続でコントロールするネクストなら関係ないか。

 

 先だってのラインアークの侵攻作戦は気乗りせず出撃を辞退した。私の代わりに出撃したアルドラのクリティーク(No.14)は彼に破れたらしい。クリティークも同じく元レイヴンだったはずだ。提携会社ということで一度顔を合わせたことがある程度で、別に親しい仲でもないから感傷も湧かないが。もし、私が出撃していればアナトリアの傭兵と戦うことになっていただろうな。それにしても___。

 

「臭いと思わんか」

 

 ドッグに向かう通路を歩きながら、私は前を見たまま後ろを歩く3人に訊く。すぐ後ろにいたメノ・ルーは鼻をすん(・・)と鳴らす。その後ろのセロが「あん?」と聞き返す。「何がですか、霞スミカさん」と最後尾を歩くミド・アウリエルだけが慇懃に聞き返した。

 

「私のことはスミカでいい。この作戦。胡散臭いことこの上ない。そもそも、なぜアナトリアの傭兵の行動を隠す必要がある」

 

 作戦の筋は概ね通っている。しかし、どこか全容がぼやけているように感じる。わずかに、ほんのわずかに合点がいかない部分がある。どこが、と指摘できない点がもどかしい。

 

「当然。所詮は傭兵だ。信用に足る相手じゃない。それに、言葉足らずはオーメルじゃ日常茶飯事だぜ。気にしたところで仕方がない」

 

「ほう、セロ。なら、お前は作戦で上に死ねと言われたら、黙って死ぬのか」

 

「それでも僕は生き残るさ。天才だから(・・・・・)

 

 増長。というわけでもないのだよなコイツの場合は。確かにお前は天才だよ。国家解体戦争のときは15歳くらいだったか。その時点でNo.1リンクスであるベルリオーズに匹敵するほどのAMS適正を有しており、かの戦争では6番目に戦果を上げたのはオリジナルリンクスなら周知の事実だ。だが、今回ばかりは___。

 

「とにかく、部隊指揮を任されているのは私だ。勝手な行動は許さん。今作戦では私の指示に従ってもらうぞ。

 

 周辺対空防衛のソルディオス砲破壊はともかく、100機ほどのノーマルと、4機ないし5機のネクストを相手にしなくてはならないんだ。それもあの化け物じみたデカブツの支援砲撃のなかで。こちらも作戦を立てる必要がある。お前たちなら、この無茶な作戦をどう戦う?」

 

「ええと。敵機を射程に捉えたら即撃ちますッ」

 

「回避をしつつ速やかに接敵し、最低限のターゲットだけを迅速に破壊します」

 

「んなもん、相手を片っ端からぶっ飛ばせばいいだけだろう」

 

 はぁ。と思わずため息が出る。

 

「すまない。聞き方が悪かったか。質問を変える。組織戦闘もしくは2名以上で連携戦術をしたことはあるか」

 

「ソシキセントウ? レンケイセンジュツ?」

 

 メノは目をぱちくりさせてこちらを伺い見ている。はぁ。

 

「GAの少佐なら戦闘指揮くらいは執ったことがあるのだろう?」

 

「ええと、その、組織戦闘とはどの辺から組織戦闘になるのでしょうか。私は少佐とは名ばかりで、ほとんど単独行動ばかりだったもので……すみません」

 

 はぁ。

 

「念のため聞くが『連携』という言葉もちろん知っているよな」

 

「もちろん」「当然です」「基本だろ」

 

 絶対に嘘だ。お前らに一端(いっぱし)の連携ができるとは思えないと思うからわざわざ訊いたんだ。メノが言うように、単体で高い戦力を誇るネクストでの組織戦は、短い歴史上ではあるが、これまで皆無といってもいい。それゆえか、それとも逆説的にかリンクスの個々の性格は我が強い傾向にある。

 

 こいつらと顔を合わせたのは今日が初めてだが、こいつらは輪をかけて我が強く、協調性というものがまるでなっていない。これほどの凸凹パーティも珍しいほどに。

 

「そう。もちろん当然で基本だ。そして連携には機体特性と武器選定がもっとも重要だ」

 

 さてと、コイツらにどこからどう説明すればよいものやら。

 

「例えば、私が搭乗するシリエジオはエネルギー防御に優れた機体だ。外部レーダーが搭載しており、今作戦には長距離砲撃が可能な試作のレールガンを携帯する。そのため、私がしんがりで索敵と援護射撃に徹するのが順当だ。ただし、足の早さはメノの中距離重武装のサンシャインと同程度だ。我々では軽量機であるユディトの戦闘速度にはついては行けん。

 

 しかし、高速機のユディトとはいえクイックブーストの発動間隔は大きな隙になる。それを我々後衛が援護してカバーすることで、お前たち前衛はずっと戦いやすくなるはずだ。ただし、ある程度近い距離にいなければお互いに援護したくてもできない状況に陥る。そのため規定の距離を保った行動を心がける陣形の維持が組織戦闘では最重要だ」

 

「今回、私はユディトではなく、アスピナと共同開発した別の高速機を使います」

 

 ミドが言う。ブリーフィングであのオーメルのハゲのヒゲが言っていた『マグヌス』というやつか。

 

「なるほど。切り込み役として敵の攪乱には最適だな。ならセロ。お前の役割はミドの援護も兼ねた前衛の遊撃手だ。ただし前には出過ぎるなよ。我々後衛の射程範囲内にとどまるんだ。そうすればお前の尻は守ってやれる。このように攻撃タイミングや役割を分担し、総体としての戦力を高める。これが連携戦術の目的だ」

 

 このなかで一番の食わせ者である天才坊やには、ある程度好きにやらせるのがいいだろう。

 

「だがこれは基本だ。これはノーマルACやMTなどの雑魚が相手の場合で、複数のネクストを相手にするともなるとまったく状況が変わってくる。そして、向こうも同じく陣形を組んでくるだろう。だがそれ故に動きも予測しやすい。

 

 ストリクス・クアドロ( 四脚型の狙撃機 )に搭乗する王小龍は決して前には出てこない。その点、テペス=Vのシルバーバレットは中距離攻撃機で、レーザーブレードを持つ真改のスプリットムーンは近接戦闘機だ。両者には強力なプラズマ兵器が搭載されているが待機エネルギーを大きく食う。それに奴らのアリーヤ自体も高い機動性と引き替えに大飯喰らいであるため継続した突進力には乏しい。そこに勝機がある。

 

 対エネルギー防御に優れたテルスはこの2機と相性がいい。ネクスト戦に突入したら私が前に出て盾になるから、前衛は後ろに下がれ。全体の動きとしては王小龍の射程外ギリギリまで後退してとどまるのが理想だ。そうすれば真改の馬鹿は意地でもこちら追ってくるだろう。奴らを分断し、まず1機を撃破できれば後の処理は容易い。

 

 ただしこれも、この該当3機が相手の場合に想定される、ごく単純な戦法にすぎない。相手の武装や動き、地形によって、臨機応変に陣形と戦術を変える必要がある。

 

 レイレナードのもう1機の素性は知れないし、首謀者のメルツェルという男もリンクスではあるそうだから最大5機を相手にする場合も想定しなくてはならない。それもスピリット・オブ・マザーウィルの支援砲撃のなかでだ。

 

 癪には触るが、狙撃戦を得意とするBFFがいる以上、敵の連携は1手も2手も上と見るのが妥当だ。当然、奴らも陣形を組み、まずこちらの攪乱を狙ってくるだろう。わずかにでも陣形を崩されれば負けると思え。

 

 十分な防衛戦力が整った要塞攻略ほどの難関はないからな。戦況は圧倒的に我々に不利だ。だが、個々の能力では十分に通用する。それを最大限に活かすための連携戦術だ。我々が勝つにはそれらを徹底する必要がある」

 

 ネクストでの組織戦闘は、まったなしの超高速で動くチェスゲームのようなものだ。その都度判断をしていたのでは到底間に合わない。判断にはなによりも経験と使える引き出しの多さが物をいう。そしてネクストを駒と見立てた場合、その働きはアセンブル( 装備 )で決まる。

 

「お前たちの機体構成や戦闘データは事前に確認させてもらっている。データシート通りのいつもの機体で出撃するつもりなら一言二言文句を言わせてもらうそ。ミドは先にマグヌスとやらの詳細を知らせてくれ。それに応じて各機の装備細部と戦術パターンに微調整を加える。

 

 メノは援護射撃と制圧射撃で前衛を支援するのが主な役目だ。だが敵の武装によっては盾なることも覚悟しろ。ただし両背中の『BIGSIOUX(大型ミサイル)』は継戦能力があるものに換装しておけよ。各自アセンブルが決まったら報告しろ。本換装する前に私が確認する」

 

「はい。姉さんッ」と返事をしたのはメノだけだった。

 

「だ・か・ら、返事をしろ。返事を」

 

「はい」「ああ」

 

 そういうところがなっていないといっているんだ。まったくオーメルはリンクスにどんな教育をしている。自由にやらせすぎだ。まったく。この凸凹パーティをまとめるために、ここはひとつ、お姉さんがひと肌脱がなくてはな。

 

「それから、紅海を通ってケニア沿岸まで船が到着するまでには丸1日以上かかる。その間、のんびりとクルージングの旅ができるとは思うなよ。ひたすらシミュレーターでの連携確認だ。いいな」

 

「あん? 船?」

 

「なんだセロ。お前、ブリーフィングを聞いていなかったのか」

 

「船で移動なんて、そんな事は一言も」

 

「ソルディオス砲の対空砲火があるため、空からは接近できない。4機ものネクスト(重量物)を運ぶんだ。移動手段は自然と船舶に限られるのは明白だろう。ハインは『ケニア沖合に補給のための輸送船をそのまま停泊させておく』と確かに言っていたぞ」

 

 セロの顔色がみるみるうちに青ざめていく。どうした。オーメルの天才坊やは船酔いでも怖いのか。まあいい。

 

 一般兵器に対して圧倒的な機動力と防御力を誇るアーマードコア・ネクストとはいえ、最大限に能力を発揮するには、戦況にあわせた機体の素早いセットアップが必要不可欠となる。ネクストの搭乗者はリンクスと呼ばれはするものの、その本質は旧アーマードコアを駆って幾多の戦場を渡り歩いたレイヴンと変わることはない。

 

 私はレイヴンという人種と直接面識がないため知らないが、フリーの傭兵なら、企業が抱えるリンクス(こいつら)以上に我が強い奴であることは間違いないだろうな。

 

 さて、どうなるかな。これからアフリカ東岸で起こる戦闘は、規模としては小さなものだが、互いの戦力は国家解体戦争以来最大のものとなるだろう。

 

 キングとクイーン( 企業連中は )ルーク(下位リンクス)に守らせて動かず、ナイト(傭兵)ビショップ( フェルミ )を有効に使って勝ちを狙うか。だが、戦局を決めるのは初動に優れ、敵陣に乗り込んでから本領を発揮するポーン(我々)の役割だよ。

 

 ふむ。クイーンが3か。

 

「このなかでお前が唯一の男だ。お姉さんたちの紳士的なエスコートに期待するぞ。セロ」

 

 と、振り向いてセロに声をかけたが、当の本人はうつむいたままブツブツと呪詛の念を唱えている。やれやれ、さっきまでの威勢はどうした。そんなに船が嫌か。

 

 ふふん。ゲロでも吐いたら笑ってやる。だとしてもシミュレーター訓練で手は抜かんからな。覚悟しとけよ。

 



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レイヴン①

「君を別行動としたのは、企業のリンクスと一緒では落ち着かないだろうと思っての配慮だ。___というのは冗談だ。君にしかできない仕事がある」

 

「その仕事とは? 単独でロケットサイロの破壊ではないのか」

 

「そいつは、目的地についてからのお楽しみだ。もう間もなく着く。ああ、そう言えばフィオナ嬢。お父上、イェルネフェルト教授が亡くなってもう何年経つかな」

 

「もう10年以上になります」

 

「早いものだな。惜しい人を亡くした。人類にとっての大きな損失だったよ」

 

 オーメルの軍事統括参謀のデイビットという鼻髭を生やしたスキンヘッドで初老の男性は、車椅子に乗るレイヴンと、それを押す私を連れだってオーメルの施設内を歩く。ブリーフィング前にミド・アウリエルに連れられた地上施設の雰囲気とは違い、今歩いている地下の通路は壁面が金属製のパネルで覆われた物々しい様相だった。

 

 それを払拭するかのようにデイビットは談笑を交えつつ、終始ニコニコと柔和な表情を浮かべていた。パックス6企業のなかでもっとも大きな権力を持つオーメルの重役とはいえ、これまでの会話といい、セロというリンクスやミド・アウリエルへの対応といい、その雰囲気はまるでそこら辺にいる気の良いお爺さんだ。

 

 よくよく聞けば、デイビットは父と知り合いだそうだ。父の葬儀のときも参列していたそうだけれど、とはいえ当時私はまだ幼くて、よくは覚えていない。

 

 レイヴンは、パックス企業を毛嫌っているようだけれど、勘ぐりすぎなのよ。国家解体戦争後は無政府状態となり、その代役として企業が世界を統治している。つまり、彼らは政府と同じなのだから信用すべきだ。むしろ信用しないほうがおかしい。

 

 確かに危ない目には何度か遭わされたけれど、メノ・ルー少佐は我々に謝ってくれたし、ローゼンタールの盟主だって、向こうの都合上、強い力を持つ私たちを要注意対象として認識せざるををえなかったのだ。よくよく考えれば誠実さの塊のような人ではないか。騎士みたいな格好で剣の柄を向けられた時にはびっくりしたけれど。

 

 国家解体戦争などという人類史上例をみない大事変を起こした張本人たるパックス企業の人員だって同じ血の通った人間だ。なかには、ちゃんと優しい人はいるのだ。

 

 けれどそれは、レイヴンがとある言葉を口するまで。この後、私は現実というものを思い知らされる。

 

「___ところで君のことはなんと呼べばいいかね。まさかレイヴンと名乗っているわけではあるまい」

 

「本名はレイヴンになったときに、過去の経歴ごとすべて捨て___」

 

 レイヴンの言葉がそこで不自然に泳ぐ。それから時間が止まったように数秒間沈黙が続いた。声をかけようとした矢先、再び言葉を紡ぎ出す。

 

「___もうレイヴンは俺しかいないんだ。固有名詞として使っても問題ないだろう。それとも許可が必要か? ___元レイヴンズ・ネスト最高統括理事官アキヒト・デイビット・ハタミヤ。俺をここへ呼び出して、どういうつもりだ」

 

 その瞬間、前を歩くデイビットが尋常ではない身のこなしでこちらを振り向いた。その素早さといったら、思わずこちらのほうが驚いてしまうほどだった。

 

「ふん。鎌を掛けたつもりだったが、まさか図星だったとはな」レイヴンは、してやったりと言い放つ。

 

 年齢に似合わない身のこなしもさることながら、なにより注意を引くのはデイビットがこちらを見据えている目だ。平時は細くて、やもすれば笑っているように見えたけれども、大きく見開いたときの眼光の鋭さと冷たさといったらない。私には分かる。この人、絶対に何人かコロしているわ。

 

 しかしデイビットはすぐさま落ち着きを取り戻し、表情も元に戻した。けれど笑ったように見える元の顔は、彼への印象が変わったせいで、かえって不気味にすら感じられる。

 

「これは驚いた。一介のレイヴンに私の素性が割れているとは。まったく、ネストの保安部は何をやっていた」とあきれたように苦笑を浮かべている。

 

「レイヴンと情報屋を舐めるな」

 

「まあいい。確かに私は旧レイヴンズ・ネストの管理者のひとりで、君をこの作戦に推薦したのは私だ。もちろん君のレイヴン時代の実績と、リンクスとしての活躍を加味して判断した結果だよ。

 

 君のレイヴンとしての高い実績は抜きんでていたから、例外的よく印象に残っている。時折、君の働きで企業からネストにクレームが入るくらいだったよ。だが、成果ランキングを前代未聞の早さで一気に駆け上がったと思ったら、君は忽然と公の場から姿を消した。それからどうしていた」

 

「上位に登るほど、対立した企業連中やら、周りのレイヴンからの妨害やらで、まともに仕事を請けられなくなった。それどころか、表さえ堂々と歩けなかったくらいだ。いつかは夜道でいきなり鉄パイプで殴られたこともあったし、拠点に暗殺者が来たこともあったな。何度もだ。暮らすのに不自由で仕方なかった」

 

「その対処として、上位のレイヴンにはネストの保護下に入るように通達が行くようになっていたはずだったが」

 

「縛られるのは好きじゃない。だから、ほどほどのところで、ほどほどの仕事をしていた。それから、しばらくして国家解体戦争に駆り出されて___」

 

 本人の口からレイヴン時代の話を聞くのは初めてだった。デイビットとは旧知の仲という訳ではなさそうだけれど、過去を共有している者同士であるせいか、レイヴンはいつになく饒舌だ。

 

 2人の会話に聞き入っていると、ふと私はあることに気づく。デイビットのジャケット懐の隙間が鈍く光るのを。よく見れば彼の左胸から脇にかけて不自然に膨らんでいる。

 

「ネストの重職だったお前がオーメルにいるということは、パックスとなんらかの裏取引があったのか。それともまさか、売ったのか俺たち(レイヴン)を」

 

「それは違う」

 

 デイビットは毅然とした態度で否定する。それから、にやりといやらしい笑いを浮かべて、思わせぶりに言った。

 

「レイヴンという仕組みが不要になったから。後始末をしただけだ」

 

「それはつまり、国家解体戦争を起こした張本人は___」

 

「そう、私が発案者だ。正確にはその一人だが」

 

 デイビットの言葉と同時に、レイヴンは息を荒らげながら車椅子の上で暴れ回った。おそらくデイビットに殴りかかろうとしているのだろう。けれど手足を失っているレイヴンがそうしたところで、傍目にはただ前後左右に激しく揺れているだけにしか見えない。

 

 私は車椅子が倒れないよう支えつつ、とっさに車椅子を後ろに引いてレイヴンをデイビットから離す。レイヴンが暴れる理由はわかる。このような身体になった根本原因たる人物が目の前にいるのだ。怒りの感情がわき上がらないわけがない。

 

 いいえ。本当のところ私にはレイヴンの心情などわかってはいない。だからこうして彼がデイビットに殴りかかるのを(とど)められているのだ。彼の辛さが本当にわかっているのなら、今頃、彼に代わって私がデイビットに平手打ちの一発でも喰らわせている。

 

 けれど私にはできない。私は臆病者なのだ。レイヴンは息が上がるまで暴れ続けた。私はそれを見ていることしかできなかった。

 

「君たちに言うわけではないが、自由と奔放をはき違えてはいないかね。人民に与えられるのは制限のなかの自由だ。敷かれたレールをたどる必要はない。だがレールの外側へは決して飛び出せないようにできている。それがシステムというものだ」

 

 デイビットは正した姿勢のままくるりと振り返り、こちらに背中を見せて一人、通路の先にあった扉に向かって歩く。私たちは動けない。デイビットはそのまま言葉を続ける。彼の声と硬質な靴音は通路壁に反射して不気味に響いて聞こえた。

 

「君がレイヴン時代に被ったそれ自体が旧体制の縮図だよ。60点では誰の目にも止まらず、100点では目立ちすぎ、120点など出そうものなら強制退場を余儀なくされる。あらゆる面で80点を取り続けることを暗に強要される、息が詰まるようなシステムだ。

 

 これはレイヴンに限らない。飽和しすぎた資本主義経済の成れの果てだ。すでにできあがった仕組みに手を加えると余計におかしくなる。だから、すべて壊す必要があった。腐敗は切除するしかないように。

 

 企業対立。流行の創造。計画的経済戦争。民衆の宗教観や思想さえ仕組まれたものだ。旧世紀から人はそうやって経済を回してきた。美辞麗句をならべるだけの、中身のない為政。嘘で塗り固められた世界。我々はこれら古い体制の間違いを是正しただけだ。世界から腐った部分を間引いた。ネクストを使って。これが国家解体戦争の真相だ」

 

「世直しのつもりか。くだらん覇権争いに俺たちを巻き込むな」

 

 扉の前までたどりついたデイビットがこちらを振り向き、ジャケットの内側に手を入れる。私の心拍数は跳ね上がり、同時に足が、全身が震え出す。

 

 しかし、彼がジャケットから取り出したのは拳銃ではなく、ただのカードキーだった。

 

「まぁ、言ってしまえば世直しではあるな。世界人口が減ったおかげで、現に戦争前よりも住みやすくなっているだろう。もっとも戦場に身を置き続ける君には実感できるはずもないだろうが。

 

 さて、どうする? この扉の先にはオーメルの、いやパックスの機密が収められている。それを見たらもう引き返せないぞ。ハインも言っていたように我々には君の力が必要だ。悪いようにするつもりはない。信用してくれないか。我々はコロニー・アナトリアにも救援の手を差し伸べている___」

 

「掌握の間違いだろう。そういうところが気にくわないと言っているんだ」

 

「つまり、不満はあるが拒否はしない。ということでいいんだな」

 

 デイビットが持っていたカードを扉脇の端末に通すと小さな電子音が鳴り、重々しいモーター音とともに扉が開く。私にはそのモーター音が悪魔の叫び声に聞こえた。私は思わず、車椅子のグリップを強く握りしめる。

 

 常識を逸脱した事態の連続に、何かに掴まっていなければ、気を失って倒れそうだった。口から泡を吹いて。あぁ、なんでこんなところに着いて来ちゃったかな。そもそも先方のご指名はレイヴンだけで、私は含まれていない。

 

 不自由なレイヴンの身の回りの介護があるから成り行きで着いてきたものの、いまさらになって激しく後悔をする。いっそこのまま気を失ってしまいたい。

 

 地獄へとつながる門はゆっくりとさらに開く。その奥は、いまにも魔物か死神かが飛び出して来そうな漆黒の虚無だ。

 

 あぁ、神様。死ぬのなら、せめてどうか苦しまないように、安らかに死なせてください。



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レイヴン②

 部屋の中は一寸先も見えないほど真っ暗だ。しかし、背後で開けっ放しになった扉から入り込む光が、暗闇のなかにさらに黒い物体を浮かび上がらせる。

 

 感覚補助ゴーグルは自動で暗視モードに切り替わる。しかし、そのとたん扉が閉ざされ、辺りは闇に包まれて俺は視界を失う。暗視カメラとはいえ、この低性能のカメラではこれだけの真っ暗闇では役に立たない。

 

 ただ、空気の流れを肌で感じ取り、かなり広大な空間であることは伺えた。直後、照明が点灯し、今度はカメラが光量変化に追従できず視界全体が白飛びした。俺は、またしても視界を失う。目眩がしてバランスを崩しそうになるのを、フィオナが背後から支えてくれた。

 

「黒い、鳥みたい」

 

 背後でフィオナが言った。俺はまだ視覚を取り戻せない。ようやくカメラの調光が効きはじめると、徐々に光のなかに浮かび上がってくる巨大な物体。その様相に思わず絶句した。

 

 光をすべて吸収するかのような真っ黒な巨大な影。超低反射塗料(べンタブラック)で塗りたくられたそれは、カメラのピントが合っても、光のほとんどを吸収してしまうため正確にディテールが捉えきれない。機械ではあろうが、本当に鳥に見える。黒い鳥。まるで鴉だ。

 

「大型戦闘機か?」

 

「いや、コイツは飛行モジュールを外せば人型で運用できる。構造はネクストに近いが、アセンブル機構は備わらないため。強いて言うなら特殊MTといったところか」

 

 デイビットが言うとおり近づいてよく目を凝らすと、翼にあたる部分のその下に鋭利な装甲板に覆われた手足のようなものも見える。既視感を覚える。細部はレイレナードのアリーヤに似ている。プロトタイプネクストにも。

 

「レイレナード製、それともプロトタイプネクストの発展型か」

 

「いや、それも違う。プロトタイプネクストやレイレナードの機体がこれに似ているんだ」

 

「どういうことだ」

 

 いちいち持って回った言い方をするデイビットに俺は苛立つ。

 

「そのまんまだよ。コイツのほうが、ネクストの原型とされるプロトタイプネクストよりも先に設計された」

 

 これにはフィオナの方が驚いたようで、後背から微かに息を飲む音が聞こえた、

 

「君らが生まれる前の話だ。国家解体戦争はおろか、アーマードコアが台頭した企業間抗争よりも以前に、激しい宇宙開発競争が繰り広げられていたのは聞いたことがあるだろう。

 

 かつての宇宙主導権争いの際、打ち上げられたのは衛星兵器や質量兵器だけではない。月や火星への有人探査船も幾度となく打ち上げられた。コイツはな、火星から持ち帰った情報を元に構築された機体だ。

 

 言ってしまえば、コジマ粒子の発見も火星からもたらされた成果といえる。探査船が持ち帰った情報を元に、かのコジマ博士が基礎理論をつくり上げ、アイザック博士がコジマリアクターを完成させた。

 

 イェルネフェルト教授がつくったプロトタイプネクストは、火星で手に入れた図面を元に、コジマリアクターとAMS技術に、既存のロボット工学を用いて新規で制作されたものだ。そして現在運用されているアーマードコア・ネクストはそのデチューン版。

 

 コイツは、長年の解析の結果我々がようやく完成させた火星のオリジナルのほうだ。完全再現には程遠いがね」

 

「はん。火星に人型の機械が? 火星に俺たちと同じ姿格好をしたヒトが住んでいるとでも」

 

「そうはいうが、君は実際に火星に行って、何もない酸化鉄の砂漠というのを見たことがあるのかね。私も同じく実際にこの目で見たわけではない。しかし、かつて火星に文明が存在したと、まことしやかに言われているのは聞いたことはあるだろう」

 

「つまり、火星人の遺産ということか。ばかばかしい。タコやら、イカやらの格好をした機体なら、まだ信じたがな」

 

 そこでデイビットは笑う。

 

「なら問題ない。タコのような足があるのだよ、本来のコイツには。しかし再現はできなかった。代わりに8門の独立可動(タコアシ)レーザーを載せた。つまり信じるということだな。君が言い出したことだぞ。

 

 コックピット周りや動力源も解析不能だったため、操縦システムはネクストと同じAMS制御を用いている。3機のジェネレーターとコジマリアクターで稼働し、出力は一般的なネクストの3倍どころじゃない。推力はプロトタイプネクスト以上。関節部は、君が使っていたネクストと同じようなコジマフロート機構で機敏に動く。

 

 特定空域では、機体からのエネルギー供給を用いずとも外部電力供給で低速飛行可能なアルテリア・ドライブも搭載した。専用のライフルやレーザーブレードもつくってあるから、操作はネクストと同じように動かせるだろう。

 

 ただし、つくっておいてなんだが、こいつは人の手にあまる代物だ。人間離れした君なら動かせると思ってね」

 

 人を化け物みたいに言うな。化け物め。

 

「そして、この機体の設計図はレイレナードも持っている。それが、なにを意味するかわかるな。向こうにもコイツと同じものがあるということだ。接収したレイレナード施設にも、アクアビット施設にも、これはなかった。おそらくORCAの連中が持ち出したのだろう。

 

 奴らは、それに本物のジョシュア・オブライエンを載せてくるかもしれん。つまり、君がこの機体をまともに動かせるようにならなければ、我々は確実に負けるということだ。君の第一任務はこれの慣熟訓練だ。君には、この数日間でコイツに慣れてもらう」

 

「断ったら?」

 

「なに、こうするだけだ」

 

 デイブがゆっくりとした極々自然な振る舞いで、左胸のホルスターから拳銃を抜き取りこちらに向ける。照準はぴたりと俺に眉間に合っている。

 

「撃ちたければ撃てばいい。困るのはお前たちだ」

 

「なら、これならどうだ」

 

 デイビットは腕をわずかに持ち上げ、今度は銃口を後ろにいるフィオナに向けた。車椅子のパイプフレームを伝わってフィオナの震えが伝わる。

 

「手足があったなら、お前を殺しているところだ」

 

 「ふん」と、デイブの親指が微動する。セーフティロックを解除したようだ。

 

「こんな(なり)でも、私は非常に臆病な人間でね。後ろ盾( 権力 )拳銃(武力)がなければ言葉さえ発せない弱い人間だ。どうか、我々とこの重さを一緒に支えてくれまいか。レイヴン。いや『エトランゼ』」

 

 「エトランゼ?」デイビットは聞き慣れない単語を言う。

 

 「『イレギュラー』『ドミナント』___時代によって呼び名は違うが、歴史上、殺そうと思っても、どうしてか、なかなか死なない人間がいる。

 

 ジャンヌ・ダルクしかり、ナポレオンしかりだ。神の加護を受けたかのごとく、どんな状況下でも所定の時間まで生き延びる。君もその一人だと私は思っている。敬意と親愛をこめて『エトランゼ( 隣人 )』と呼ばせてもらうよ。

 

 君の力は我々が一番よく認めている。これまでも、これからも。そして、今この瞬間も。エトランゼ」

 

 ふん。どこかで聞いたことがあるような台詞だ。

 

「君という逸材を生み出せたのなら、レイヴンズ・ネストもあながち捨てたものではなかったと思えるさ」

 

「不要になったからといって、自分たちで壊しておいてよく言う。お前たちが居なくなれば、この世界は平和になるだろうな」

 

「戦争はなくなるが、その代わり人類文明は崩壊する。人間は脆弱だ。誰かが先頭に立って、環境を改変しなくては生きていけないようにできている。そういうものだ。

 

 確かに君はこの物語の主人公たる器だ。ただし、その物語を創っているのは我々だということを忘れてもらっては困る。我々は必要があっての組織だ。我々を滅ぼせば世界も滅びる。君がミッションに失敗しても、同じく良い結果にはならないだろう。実のところ、君に選択肢はない」

 

「かまわないさ。俺は選択をしない主義だ」

 

「それは依頼を引き受けるという意味と捉えていいのだな。君が仕事をを全うしてくさえすれば、どうするつもりもない。ただ、ここで聞いたことを口外せず、我々へ協力してもらえればそれでいい」

 

 そう言って、デイビットは安堵したかのように、銃を下ろす。

 

「では、早速乗ってもらおうか。ユーロ圏とユーラシア全土には飛行許可を出してあるから自由に動かして性能を確かめてくれ。調整や必要な物があれば用意する。ああ、それと念のため言っておくが、フィオナ嬢のことは心配するな。仕事に集中しろ」

 

「銃を突きつけておいて、何をいまさら」

 

「ただの演出だよ。あのイェルネフェルト教授のご息女だ。君と同じく殺すには惜しい逸材だよ。そういうわけだ。安心して仕事に励んでくれたまえ。エトランゼ。それとも呼ばれ慣れたレイヴンの方がいいかね?」

 

「くたばれ」

 

 何がおかしいのか、デイビットは苦笑いを浮かべている。ひとしきり笑ってから忠告とばかりに言う。

 

「ただし、高度1万m以上は上昇するなよ。撃たれるからな」

 

「何に」

 

「アサルトセルだ」

 

 デイビットはまたしても聞き慣れない単語を言い放ち、細い目でにやりと笑う。

 

 アサルトセルとは? まったく、そのにやけ面にも、その持って回った言い方にも、いい加減うんざりしてきたよ。

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回から戦闘シーンが主体となる後半(もしくは中盤)に入る予定ですが、切りのよいこのタイミングで活動報告にて一時あとがき・解説・ご挨拶の筆をとらせていただきます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


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セロ×真改

「艦橋管制へ。セロだ。出るぞ」

 

 ケニア沖に停泊した輸送船の後方に設えられたドックから、僕はテスタメントを発艦させると、東へ進路をとり、漆黒の海上を真っ直ぐにアフリカの大地へ向けて機体を進ませた。天気は良好だが少し風がある。時折高波も起こる。初めて見るインド洋の波は見慣れた地中海や紅海より荒々しい様相だった。

 

 うねる波がアフリカの青白い月光を乱反射させる。ネクストの基幹操作システムであるAMSは、アイカメラが捕らえたそれらを全て拾っては僕の脳に直接届け、大脳皮質にある視覚中枢と色覚中枢を刺激した。加えて眼下からは、ものすごく大きな存在を感じる。圧迫感といってもいい。はん、母なる海ってか。

 

 僕の感慨はコックピットに鳴り響く電子音によってかき消された。一瞬のサンドノイズの後、通信機からスミカのふてぶてしい声が届く。

 

《現在は標準時で日付が変わる5分前だ。遅くとも夜明けの3時間前までには戻れよ》

 

「わかってるよ。何度も言われなくても」

 

《お前の腕は信頼している。だが、素行だけは信用できん。いいな、作戦通りにやれよ。隣接するソルディオス砲からの砲撃にも注意しろ》

 

「イエス、サー」

 

《『サー』じゃない。『マム』だ、馬鹿野郎___》

 

 スミカの怒声を最後まで聞かずに僕は通信を切り、進行方向の波を注視する。テスタメントには匍匐に近い姿勢をとらせて水面スレスレを飛行しているため、大きな波は避ける必要がある。これほどまで低空飛行させるのは、レーダー監視網に引っかからないためと、ソルディオス砲の長距離対空迎撃を避けるための対処だ。

 

 船での道中は、スミカの指導でずっとシミュレーション訓練ばかりだった。とはいえ、戦闘訓練のようなものは装備の確認程度で、あとはひたすら隊列移動やら、陣形の切り替えやらをやらされた。ネクストで集団体操(マスゲーム)みたいなことを丸1日にわたって延々やらされ続けた。

 

 訓練では、ほんの少し位置やタイミングがズレただけでスミカの罵声が飛んだ。あんな訓練が何にどう役に立つのかね。おかげで船酔いしている暇すらなかったのは儲けものだったがな。それでも、操作に違和を感じ取る。シミュレーターから実機に乗り換えたからというだけじゃない。訓練のおかげかビシッというか、シャキッと動くようになった。なんとなく機体を正確に動かせるような。

 

 インテリオルの奴ら、頭数だけは多いからな。普段からこんな事をやらされているのか。どれほど役に立つのかは疑問だが、まあ、悪くはないんじゃないか。

 

 シミュレーター訓練ではスミカから経験不足も指摘された。僕にとっては国家解体戦争が初めての実戦で、それ以降はイスラエル周辺の警備しかやってない。19年しか生きていない僕は、単純な戦歴では他の奴らには敵わない。ま、年の功ってやつだナ。

 

 すでに陸地まであと数キロの距離だ。そろそろ警戒監視網に入る頃だろう。僕は波間にピリリとした触覚を感じ取る。カメラを拡大すると、微弱ではあるものの、海上に赤く光る物体が浮かんでいるのを確認できた。監視ブイだろう。僕はそれを躊躇なくライフルで撃ち抜く。そのとたん、辺り空気が一変する。

 

 周辺に飛び交う微弱なレーダー波や、通信電波らしきものを僕は感じ取る。視覚では捉えられない空中を飛び交う人工電波に乗るデジタルデータ化された言語。そこで何が語られているかは定かではないが。それに乗る発信者の感情だけは色彩と触感のコードとして伝わってくる。

 

 敵襲。そして恐怖と興奮の感情。これが戦場の空気だ。程なくして、目視で確認できるほどまで接近した海岸から砲撃が始まった。もう波を避ける必要はない。僕は機体をわずかに上昇させ、左右に振って砲撃を回避しながら正面突破を試みる。

 

 作戦とはいっても、なんら難しい事じゃない。フェルミの侵攻ルートを確保するために周辺のソルディオス砲網に穴を開ける。ひとり頭1基づつ。そのために、まず僕が先行して敵の注意を引きつける。

 

 僕に割り当てられたソルディオス砲塔(ターゲット)に周辺の警戒部隊をおびき寄せ、その隙をついてスミカ、メノ・ルー、ミド・アウリエルが迅速に隣接するソルディオス砲塔を破壊する。僕はいわば陽動役だ。細かいこと以外にスミカから言われたのは「なるべく派手にやれ」。それだけだった。

 

 ふん、やらせてもらうさ。機体制御システムはすでに戦闘モードに切り替えてある。砲撃の合間を縫って上陸に成功すると、浜からあがった所にいた数機のMTやらノーマルACやらをライフルで撃ち抜いてく。侵攻速度は緩めず、やけに大きく見えるアフリカの三日月に照らされて輪郭が浮かび上がったソルディオス砲塔へ真っ直ぐに向かった。

 

 迎撃に出てきた敵機はまばらだ。ろくに隊列も組んでいない。奇襲は成功。ただし、間もなく隣接する部隊が応援に駆けつけるだろう。ネクストも出てくるかもしれない。先にソルディオス砲を破壊しておくのが得策だ。

 

 僕は低い高度を保ったまま、さらに侵攻する。上に回避できないのは面倒だが、ノーマルACやMT相手なら何ら問題はない。砲塔周りの守備部隊はすでに壊滅状態に陥っていた。

 

 ソルディオスの丸い砲塔の中央に青緑色のぬめったものが存在感を強めていく。チャージ中であることが伺えるソルディオス砲を射程にとらえると、僕は背面のレーザーキヤノン(EC-O300)を展開して、その砲口の中央に照準を絞る。

 

 その瞬間、別方向からピリピリとした感じがした。コイツはアクアビット製のプラズマキヤノンの感触だ。ネクストってことは、相手は真改か、テペス=Vか。

 

 足下に向けられたその感触を、僕はとっさに機体を上昇させて回避した。眼下を白っぽい光条が周囲に放電現象を巻き起こしながら駆けた。その干渉電波によりレーダーが潰れる。

 

 その瞬間、ソルディオスに睨みつけられたような、青緑色の鋭い眼光を感じとる。しまった、上昇しすぎた。とっさに横へのクイックブーストで回避行動を。辛くも避けたが、青緑色の光が視界の丸々半分覆った。危なかった。この野郎、邪魔しやがったのはどいつだ。

 

 プラズマキャノンの影響でレーダーは未だ役にたたない。けれど僕は急速接近する機影の気鋭を感じ取る。こちらの回避の隙をついて、もう眼前まで迫っていた敵機は、左腕に構えたライフルを連射しながら、右腕を振り上げた。その前腕に備わった鋭利な形状の装飾らしきものからは、極太のプラズマ光が延び、夜空に浮かんでいる三日月のような残光を曳いて振るわれる。

 

 後方へのクイックブーストで斬撃は避けたが、展開したままだったレーザーキヤノンの砲身が容易く切り飛ばされた。僕はすぐさま無用になったレーザーキヤノンをパージして、さらに後退しながら左腕の機動レーザー(ER-O200)と右肩のPMミサイル(EC-O601JC)を放って敵機の追撃を防いだ。闖入者も一時後退して、2機の間の距離が開く。

 

 乱入してきたのは灰色で各部の突起形状が特徴の機体。近接戦闘用の複眼カメラを輝かせる頭部。右腕にはレーザーブレードにしてはデカすぎる筐体。左腕には威力と速射性の両方に優れたアサルトライフル(04ーMARVE)を装備している。レイレナードのアリーヤで構成された敵機から通信が入る。

 

《し……》

 

「死?」

 

《殺した……》

 

「誰を?」

 

《アナトリア……》

 

「あ?」

 

《どこだ……》

 

 『死』じゃなく『師』。言葉をつなげると『師(を)殺した、アナトリア(の傭兵は)どこだ』か? 噂には聞いていたが、本当に単語しか喋れねぇのな、真改。

 

 それに右腕に備わった規格外の高出力を放つレーザーブレードは間違いなく、あのムーンライト(07-MOONLIGHT)だろう。隔絶した出力を誇るそれは社内規定でアンジェしか扱うことが許されていないと聞いている。そのムーンライトを譲り受けたということは、少なくとも慕われていたのは確からしい。あの女が師事をするなんて想像もつかないが。

 

《どこだ……》

 

「アナトリアの傭兵? 知らないね。アナトリアにいるんじゃないのか。アナトリアの傭兵なんだから」

 

《とぼけるな……》

 

「それよりいいことを教えてやる。アナトリアの傭兵より僕の方が強いんだぜ」

 

《どこだ……》《アナトリア……》

 

 だめだこりゃ。レイレナードのアンジェ(No.3)は、リンクス戦争の折り、中国のコロニー・シングに侵攻するソルディオス迎撃戦においてアナトリアの傭兵に倒されたらしい。どうせあいつのことだ。近接戦闘にこだわりすぎて返り討ちにあったんだろう。国家解体戦争の準備期間中は、僕もあいつに付きまとわれてウンザリしていたんだ。せいせいしたよ。それを律儀に敵討ちとはご苦労なことだ。

 

「ふん。居場所を聞きたきゃ、その剣で聞けよ。変態野郎。つうか、せめて熟語で話せよ。あぁ、まどろっこしい」

 

《し……》

 

 はぁ。僕はあきれて嘆息を吐く。何でレイレナードの連中はおかしな奴しかいないんだ。

 

《ね……》

 

「うおっ」

 

 真改が予備動作なしで急速接近して、右腕のムーンライトが薙払われた。僕はサイドブースターを使って急襲の斬撃を避ける。こっちの言うことはちゃんと理解しているのか。それにしても相変わらずレイレナードのブースターはえげつない加速をしやがる。

 

 距離を離した真改のスプリットムーンは、旋回しながら左腕に装備したアサルトライフル(04ーMARVE)をこちらへ射かける。僕もライフルで応戦するが、真改は右左へ素早く切り返しながら回避して再び鋭い突進でこちらへ肉薄する。その動きはまるでニンジャってやつみたいだ。

 

 普通の相手なら、どれだけ速く動かれようがなんとなく動きが読める。しかし真改の野郎の雰囲気は、感じ取れる気配全体が気色が悪い極彩色のマーブル模様で埋め尽くされて、まともに動きを読めやしない。

 

 言語中枢や前頭前野がぶっ壊れてやがるのか。その代わり、運動系の神経伝達が正常な脳神経ルートをバイパスしているみたいで馬鹿みたいに反応が速い。もしかしたら、すべての動きが脊髄反射による動作なのかもしれない。僕は直感で感じ取る。だとしたら、こいつはなかなか厄介だ。

 

 だが、そうこなくっちゃな。

 

「どおりで、あの戦闘狂の変態女( アンジェ )*1が気に入るわけだぜ」

 

*1
『Soldios 後編 〜アンジェ〜』参照



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メノ・ルー×BFF①

 2時方向。おおよそ50km先に闇夜を切り裂く青緑色の閃光が走りました。その高エネルギーは海面に着弾し、遠方の海上では水煙がもうもうと立ち上っています。あれはおそらくセロさんが担当しているソルディオスのコジマ粒子砲の光です。セロさんは無事でしょうか。

 

 月が出ているとはいえ、この暗い夜の海と、不穏なコジマの光に不安な気持ちが頭をもたげますが、私はそれを振り払って低い姿勢を保ったまま海上を進みます。なにより、私は私の仕事をしなくてはなりません。プリミティブライト(  愛 機  )を駆って、私に割り当てられたソルディオス砲の破壊に向かいます。

 

 スミカ姉さんのアドバイスに従い、この作戦にあたってブースター構成を変更しました。GAが擁するサンシャインの性能の高さは、スミカ姉さんも評価してくださっていましたが、クーガー製のブースターに関しては「あらゆる面において性能不足」と、厳しいご意見をいただきました。実際はそんな丁寧な口調ではありませんでしたけれど。

 

 それに両背中のミサイルも、弾数が多く継戦能力の高いものへと変更しました。もっともミサイルに関してはスミカ姉さんに言われたからではなく、元からこちらを使う予定でした。

 

 ミサイル開発に関しては、クーガーと同じくGAの完全子会社であるMSACがほぼ市場を独占状態です。いつも使用している大型ミサイル(BIGSUIX)の代わりに、この作戦にあたって装備したのは、誘導性の高い弾体を8発連続発射できるミサイルランチャー(POPLAR01)を両背面に。MSACの技術部で特別に開発していただいた特殊弾体が役に立てばよいのですが。

 

 愛着ある2門の大型ミサイルがないおかげで、ちょっと背面が寂しく、なんだかスースーします。けれど代わりに装備したミサイルランチャーは非常に軽量なため、垂直推力に優れたメインブースター(CB-JUDITH)と相まって、私のプリミティブライトが、本当に乗り慣れた重量級のサンシャインかと疑ってしまうほど軽快に動きます。帰ったら、ローディさんやエンリケさん達にも社外ブースターへの変更を勧めてあげましょう。

 

 それにしても、インテリオルの高度なネクスト運用方法は驚異的ですね。部品開発思想からネクストの扱い方のひとつひとつまで、我々GAの先を進んでいます。ウッド閣下に、もっとインテリオルと友好関係を築くべきと進言しなくては。

 

 思いを巡らせているうちに高波の向こうに陸地が見えてきます。レーダーと望遠カメラで確認すると敵守備隊はノーマルACやらMTやらがまばらにいるだけです。おそらく守備本隊はセロさんの方へと応援に向かったのでしょう。この程度の残存戦力ならサンシャインにとってはお話にもなりません。

 

 私は機体制御にアクセスし、全武装をアクティブに切り替えました。それからいつも通り、会敵予想までの残りわずかな時間でお祈りを捧げます。どうぞ私をお守りくださいプリミティブライト(  主 の 光  )よ。心の中で手早く十字を切ります。

 

 沿岸部に配置された敵守備隊がようやくこちらに気づき、ノーマルやMTからの砲撃が始まります。気をつけるべきはBFF製MTの狙撃のみです。その他、小火器の弾丸はプライマルアーマーが守ってくれるため無視します。それにGAの厚い装甲は実弾ではそうそう破れるものではありません。

 

 私はほとんど回避行動を取ることなく、ターゲットを照準に捕らえては、慈悲を込めて両腕に構えるガトリングガンとバズーカを斉射。敵のノーマルACやらMTやらが、砕け、弾け、すぐさま鉄塊と化しました。上陸前だというのに、海岸の守備隊はすでに壊滅状態です。私は悠々とアフリカの大地へ上陸します。

 

 しかし、砂浜から陸地へ足を踏み込もうとした瞬間、視界の隅で発砲と思われる閃光が瞬きました。とっさに横へ回避します。が、回避しきれず右肩のフレアポッドが轟音とともに貫かれました。ポッド内部に込められたフレア弾体が暴発し、全弾が狂ったように吐き出され続けます。

 

 これでは敵に位置を教えているのと同じです。私はすぐさまフレアポッドをパージし、追撃を避けるため機体に回避行動を取らせ続けます。

 

 危なかったです。サイドブースターもインテリオル製に交換していなければ直撃でした。スミカ姉さんに感謝をしつつ、現状把握と敵機の分析に取りかかります。口径と弾速から鑑みて、おそらくスナイパーキヤノンによる狙撃でしょう。だとすれば撃ったのはBFFの王小龍(ワン・シャオロン)氏でしょうか。

 

 レーダーにはまだ機影は映っておらず、狙撃手の姿も捕らえられません。ですが、遅れて届いたタンという短い発破音の到達時間から、それほど遠い距離ではないことが予想されます。

 

 機体に不規則な回避行動を取らせつつ、私は弾道位置から割り出した位置に砲口を向けます。しかしすぐに反撃はしません。おそらくこちらの射程圏外ですし、ようやくフレアの暴発が収まったのに、マズルフラッシュを発しては再びこちらの正確な居場所を教えるだけです。それに、まっとうな狙撃手ならすでにその場にはいないでしょう。

 

 強めの月明かりと暗視カメラで視界はそれほど悪くありません。機体を再び後退させながら視野を広げて狙撃手の位置を慎重に探ります。

 

 すると内陸のやや奥まった小高い丘の上に、こちらを見下すように四脚型のネクストが1機、月明かりをキラリと反射させました。敵機は狙撃位置から動いていませんでした。それどころか隠れる気すらないようです。

 

 望遠用のサブモニタを呼び出し、敵機を拡大表示させます。モニタに小さく映ったのはBFFの四脚機。おそらく王小龍氏ではありません。カラーリングと武装構成が違います。武装はBFF製に加えレイレナード製のものも混じっています。あれは作戦データにない機体です。

 

 視界に捕らえた敵機から通信が入ります。本来姿を隠すべき狙撃手から通信とは、先方さんは頭がイカれていらっしゃるのでしょうか。 私は少々困惑しつつも通信を受諾すると、1つのチャネルから2人の声がしました。その声は聞き覚えのあるものでした。私は彼女ら(・・・)を知っています。

 

こんばんは、メノ・ルー。(こんばんは、メノ・ルー。)南極のスフィア以来だね。会えて嬉しいよ(南極のスフィア以来ね。会えて嬉しいわ)

 

 旧BFFに所属し、ヘリックスⅠに搭乗していた姉のフランシスカ( No.19 )。それとヘリックスⅡに搭乗していた弟のユージン(No.20)。名門ウォルコット家の姉弟。なら機体の方は、さしずめヘリックスⅢ。いえ、四脚型ですからヘリックスⅣと言うべきでしょうか。まあ、どちらでもいいのですが。

 

「こちらとしては、まったく嬉しくありませんが。それより、あなた方は___」

 

 以前、南極のコジマ発電施設スフィアで撃退した*1彼女らの消息はつかめませんでしたが、どうやらORCAに合流していたようです。ですが、なんだか様子がおかしいです。言葉遣いはわずかに異なりますが、声はピタリと重なって聞こえます。それに動きも変です。時々ひきつったように脚部が不気味に動きます。

 

僕は、姉さんとひとつになれたのさ(私は、ジーンとひとつになれたのよ)

 

 

*1
『断章 レオハルトより現状報告』参照



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メノ・ルー×BFF②

僕は、姉さんとひとつになれたのさ(私は、ジーンとひとつになれたのよ)

 

 私は、彼女らが発した言葉の意図がくみ取れず思考を巡らします。1機を2人で操縦しているのですか。ですが、タンデムのネクストなど聞いたことがありませんし、まともに動かせるとも思えません。

 

 片方がオペレーター役というのなら分かります。それとも肉体的にひとつに? そんなことをわざわざ私に宣言したところで何になるというのでしょう。あと考えられるのは。

 

「AI化された人格___の統合ですか」

 

 私の質問に、彼女らは含み笑いをしながら答えます。

 

ご名答(ご名答)

 

 ということはつまり、彼らはすでにお亡くなりになっているということになります。気色の悪さに吐き気を覚えます。こんな命をもてあそぶような真似を主がお許しになるはずがありません。生命への冒涜です。アクアビットはここまでやるのですか。

 

今の僕には、姉さんの全てがわかるよ。(今の私には、ジーンの全てがわかるのよ。)

 

 お互いの思考も。(お互いの思考も。)お互いの気持ちも。(お互いの気持ちも。)何もかも。(何もかも。)

 

 だからメノ・ルー、(だからメノ・ルー、)お前をどうしたいのかも。(あなたをどうしたいのかも。)

 

 遠くから撃ち殺すなんてもったいない。(遠くから撃ち殺すなんてもったいない。)

 

 まずコックピットから引きずり出して、(まずコクピットから引きずり出して、)

 

 生きるのが嫌になるくらい辱めてやる。(生きるのが嫌になるくらい辱めてあげる。)

 

 それから殺してやるよ(それから殺してあげるわ)

 

 BFFに所属していたフランシスカとユージンの人格移転型AIが搭載されたヘリックスⅣは、左背面のスナイパーキャノンをパージしました。先ほどの宣言どおり、私をコックピットから引きずり出すべく接近戦を仕掛けてくるようです。

 

 ハウリングのような不快な電子音を発しながら、左腕のマシンガン(03-MOTORCOBRA)と右腕の長射程ライフル(051ANNR)を構え、4本の脚で地面を蹴りつつメインブースターを連続で吹かして急速接近してきました。闇夜にメインブースターの派手な噴射炎が目立ちます。

 

 BFFフレームは、実弾防御重視の中遠距離狙撃機。対して、こちらも実弾に対して高い防御力をもっているGAのサンシャインですからそう簡単にはやられはしないでしょう。しかし機動力には雲泥の差があります。実弾兵装しか持たない近中距離機のプリミティブライトに、わざわざ遠距離武器を捨てて接近してくれるのは好都合ですが、接近されすぎてはこちらが不利になります。

 

 私は両肩のミサイル(POPLAR01)を牽制として斉射し、すぐさま迎撃のために腕武器を構えなおします。連続発射された左右合計16発のミサイル弾頭は、直進に近い軌道を描いて、こちらに突進してくるヘリックスⅣ( 熱 源 )に向かって誘導されます。

 

 しかし、相手の両肩からぶら下がるように備わったBFF製フレア(051ANAM)から発光体が散発的に発射され、赤外線探知で誘導された16発のミサイル弾頭は、敵機ではなくそれぞれの疑似熱源をターゲットと誤認してあらぬ方向へ向かいます。

 

 ヘリックスⅣは悠々とこちらへ直進。そして、射程へ捕らえたこちらへ向かってライフルとマシンガンを射かけてきます。私は後退しながら、ガトリングガンとバズーカで迎撃しますが、素早く左右へ動かれこちらが放った弾丸は虚空を切るばかりです。

 

 エネルギー効率に劣る四脚型に対しては、向上したプリミティブライトの上昇性能を活かして上空に逃げたいところですが、ソルディオス砲の対空砲撃があるため、高度を上げすぎる訳にはいきません。頭を押さえつけられたような感覚に加え、高度調整にも意識を割かなくてはならないことに息苦しさを覚えます。

 

 相手の執拗な突進を横方向にかわしては、距離をとってミサイルを放ちますが、決定打は与えられません。ミサイルへの対応は恐ろしく速く、こちらのランチャーのハッチが開いた瞬間に向こうはフレアの準備をしているようです。

 

 フレア発射までの動作ラグを反応速度の速さで補っています。運良くフレアに誘導機能を阻害されなかった弾体も、細かな足運びとクイックブーストの機動で見切られ避けられてしまいます。

 

 人格移転型AIは、人間の柔軟な状況判断能力とそれを遙かに越える思考速度と反応速度を有していると聞き及んでいます。また身体がないため、パイロットにかかる慣性加速度も無視できます。それは事実上、ネクストの機動性を100%発揮できるということです。

 

 射撃はベテランのそれのように正確。回避の際の切り返し速度は異常ともいえるほど速く、ぬるい狙いの射撃は一発たりとも命中する気配がありません。なにより目を引くのはあの4脚の足運びです。

 

 ネクストの基幹操縦システムであるAMSは、パイロットが行う身体動作思考を機体に模倣させます。二足歩行が標準である人間では4脚の完璧な独立制御は難しいため、四脚型はシステムによる補助が必要不可欠であり、通常のリンクスが乗る四脚型の動きはプログラム制御が介入するため画一化された動きに収まるのが普通です。しかし彼女らが動かす脚部は、それぞれがまるで本当の生き物のように生めかしく動きます。

 

 制動をはじめ、歩行、走行、跳躍のいずれの動作も個々の脚が素早く正確で効率的な動作をします。後ろ脚で地面を蹴りつつ、前足で方向転換。時には一本の脚を軸に他の脚で地面を蹴って急速旋回。安定性に優れる代わりに小回りが利かない四脚型の欠点を足運びによって完璧に解消しているといってもよいでしょう。

 

 それは身体感覚の支配を脱した人格移転型AIだからでしょうか。それとも2つの人格で機体を制御しているからでしょうか。どちらにせよ、二足歩行に慣れ親しんだ我々人間では到底不可能な動きです。その様相は4足動物というか、まるで虫のようです。ちなみに私は虫が大嫌いですッ。

 

 こちらの至近距離を周回するような機動で背後の位置を取ろうとするヘリックスⅣに対し、私はそうはさせまいと断続的にバックブースターを吹かして後退します。足運びができないように海上へ逃げようともしましたが、相手の高い機動性がそれを許さず、こちらは翻弄されるばかりです。

 

 高威力の弾丸を連続で吐き出すマシンガン(03-MOTORCOBRA)がこちらのプライマルアーマーを減衰させるとともに、高威力のライフル弾がプリミティブライトの厚い装甲板を直接叩き、コックピットにいる私の聴覚野に連続した轟音が届きます。

 

 ダメージモニタリングはオレンジを示す箇所が増えてきました。このままでは勝ち目がありません。本当にコックピットから引きずり出されて辱められてしまいそうです。とはいえ具体的に何をされるのでしょうか。

 

 もちろんどんなことであれ、辱められるのは御免被ります。仕方がありません。できることなら避けたかったのですが、使うしかありませんか。高度神経接続負荷(オーバーロードフラッシング)を。

 



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メノ・ルー×BFF③

 高度神経接続負荷(オーバーロードフラッシング)とは、AMSの神経接続レベルを機体の制御側で強制的に引き上げるものです。過去には、GAヨーロッパのハイダ工場を内部粛正した折り*1、アナトリアの傭兵さんに使われて、その戦闘能力の高さを身を持って知りました。

 

 訓練と称し、私もあれから何度か実際に試してみましたが、それはそれは耐え難いものでした。使用する度に、頭の神経細胞がパチンパチンと弾け飛んでいく感覚は思い出しただけでゾッとします。私の悪い頭が、これ以上悪くなったらどうしましょう。ですが、それと引き替えに得たものは大きかったです。

 

 高度神経接続負荷(オーバーロードフラッシング)には、その副次効果として脳機能あるいは意識の機能拡張現象が確認されています。機体に備わるセンサから伝えられる情報は本来、人間の脳が扱う情報ではありません。その特殊な情報が脳に入力されることによって、何らかの能力が発現することがあるというのです。

 

 その特殊能力は、個々人がもつ脳の得意とする部位や分野と、特定の情報信号に対する感受性によって決定されるそうで、発現に一定の法則はなく付与される能力は様々だと研究員の方はおっしゃっていました。もちろん人によっては一切、特殊能力が発現しない場合もあります。

 

 その場合でも高度神経接続負荷(オーバーロードフラッシング)中は、機体との一体感が増すとでもいいましょうか、機体が自身の肉体のように思い通りに動かせるようになります。いうなれば機体の動作遅延が解消されるイメージです。神経を通した機体との情報交換速度が上昇するため、単純に機体反応速度や制御精度が向上します。

 

 しかしいくら機体との神経接続レベルを高めたところで、元々鈍重なサンシャインでの性能向上はほとんど見込めません。ですが、武装であればなんとでもできます。こういうこともあろうかと、MSACに開発を依頼しておいてよかった。

 

 見せて差し上げます。私に発現した能力はこれです。

 

 私は後退しながら両背面のミサイルを放ちます。リロード間隔を補うために左右交互に。もちろん敵機も誘導を阻害すべく最短のリロードタイムで正確にフレアを捲きます。ミサイルは明後日の方向へと飛んで行きます。しかし、私は懲りずにミサイルを撃ち続けます。

 

 ヘリックスⅣはフレアを捲きながら、あの気持ち悪い足運びと高出力のブースターを駆使して急速にこちらとの距離を詰めようとします。しかし、そのさなか一瞬だけブーストの噴射間隔に間がありました。高度神経接続負荷(オーバーロードフラッシング)で神経が研ぎ澄まされた私には、向こうの動揺がハッキリとした挙動で捉えることができます。

 

 気づきましたか。ですが、もう遅いのですッ。

 

 敵機は断続的にフレアを放つものの、さきほどから放っているミサイルは熱源誘導でもレーダー誘導でもないため、フレアは意味がありません。それに、どれだけ高い機動力を有していたとしても、どれだけ機体制御に優れていたとしても、逃げ場がなければ回避のしようがないでしょう。

 

 先に放ったミサイルは敵機背後から回り込む軌道を描いて、直近で発射したものは放たれ続けるフレアを無視して真っ直ぐにヘリックスⅣへと向かいます。これまで撃ち放った6射合計48発ものミサイルが360°全周囲から押し寄せるのです。人格移転型AIとはいえ、これをかわしきることができますか。

 

 本来自律誘導されるだけのミサイルが、このような常識を逸脱した飛行軌道が取れるのは、拡張意識下で私自身がすべてを同時に無線コントロールしてるからです。

 

 『拡張意識下における複数物体の同時制御』。これが、高度神経接続負荷(オーバーロードフラッシング)で発現した私の能力です。さしずめ『オーバーロードフラッシング・ミサイル』とでも呼びましょうか。ちょっと長いですが。

 

 ちなみに試作品なので、1発あたりのお値段は大型ミサイル(BIGSUIX)の弾頭より高額です。おまけに現状で私にしか扱えないため、開発費を含めてほとんどが自腹ですよッ!

 

 弾幕というより全周囲から押し寄せるミサイルの壁を、回避不可能と判断したらしいヘリックスⅣは、旋回しながら両腕のマシンガンとライフルを連射して迎撃します。人格移転型AI故の尋常ではない射撃精度によっていくつかは迎撃されましたが、これだけの数にはさすがに無理があったようです。

 

 四方八方から襲いかかるミサイルに対して、処理負荷が限界を越えたのでしょうか。敵機はフリーズしたかのように動きを止め、そこへ残りのミサイルが全弾命中します。

 

 ミサイルへと意識を移した状態での弾頭起爆は、そのフィードバックによって私自身の自我が吹っ飛びそうになります。途中で制御をカットすることもできますけれど、最終誘導まできっちり制御しなければ高速移動するネクスト相手に命中するものではありません。

 

 私自身の脳負荷と引き替えにして、相手に与えたダメージは大きかったようです。膨大な数のミサイルが着弾した敵機の腕部と脚部の装甲が発破の衝撃波で細かくちぎれ飛んでいくのが視覚にハッキリと捉えられました。

 

いやだ、消えたくない。姉さん(いやよ、消えたくない。ジーン)

 

 さらに右腕のバズーカの追撃が胴部にヒットすると、脆くなった手足は着弾の衝撃でちぎれ飛び、ヘリックスⅣだった残骸がバラバラと地面へ散乱しました。

 

姉さん(ジーン)

 

 地面には、ヘリックスⅣを構成していたBFF製の頭部と内部機構を露出させた胴部が転がっているのみです。その状態でも、まだ人格プログラムと通信は機能しているようで、しきりに何事かを不協和音で喚いています。私は機体をその近くまで移動させます。とどめを刺すために。

 

 先ほどまでの激しい戦闘が嘘のように、アフリカの月夜のサバンナは静まり返っています。ときおり、夜行性の動物の多様な吠え声が、音虫のものと思われる高周波をバックに聞こえてくるのを機体の集音センサが捉え、拡張された私の聴覚野に届けてくれます。

 

 これまでの人生で虫の音など気にしたことがありませんでしたが、これも高度神経接続負荷(オーバーロードフラッシング)の副次効果でしょうか。とはいえ、何度もいうように私は虫が嫌いです。ですが虫の音は心地よいものです。戦闘の興奮状態が鎮静していくのがよくわかります。さて。

 

「哀れなものですね」地面に散乱した機体の破片のなかにたたずむフランシスカ・ウォルコットとユージン・ウォルコットの姉弟だったものを眼下に捉えた私が、まず思ったのはそれでした。

 

 かのリンクス戦争のさなか、アスピナの傭兵ジョシュア・オブライエンの活躍によってアクアビットが解体され*2、機密扱いだった人格移転型AIについての情報が私たち末端にも伝わるようになりました。

 

 人格移転型AIはAMS接続レベルを限界負荷まで上げ、その限界領域の脳の状態を人格を含めて人工知能に模倣させたものだそうです。とはいえ、誰でも同じことをすれば人格移転型AIとして機能する訳ではなく、なにか特別な執着や感情がAIとして目覚めるきっかけとなると伺っています。それはさながらこの世に遺恨を残す怨霊のようです。たとえそうであっても。

 

「私は、人間であることを捨てた、あなた方を決してあざ笑ったりはしません。それが何を犠牲にしてでも手にしたかった望みであるならば。手向けです。主に代わって、私が弔って差し上げます。どうぞ、やすらかに」

 

 私はお祈りを捧げる際と同じ心境で、バズーカの照準を眼前の地面に転がるBFFの頭部の三つ目の中央に合わせ、仮想トリガーを引き絞りました。

 

姉さ……(ジー……)

 

 私がトリガーを引くより先に、地面にあった彼女らの頭部が弾けました。遅れてターンと余韻を引く発破音が月夜に響きます。

 

 狙撃。私は反射的に急速後退します。敵陣にいる残りの狙撃機といえば王小龍(ワン・シャオロン)氏。今度こそ彼でしょうか。

 

 しかしその姿は、カメラではおろかレーダーでもとらえられません。ただし高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)の影響で、大まかな距離と方向だけはわかります。こちらの攻撃はいっさい届かない、かなりの遠方からの攻撃です。この場所にとどまっては一方的に攻撃されるだけです。

 

 とにかく距離を。私は残りのミサイルをすべて発射して、ソルディオス砲にロックして撃ち放ちます。砲塔が倒壊して激しい爆発を起こすその隙に撤退しました。その素早い後退が功を奏してか、追撃は一発たりともありませんでした。

 

*1
『Internal Purge 前編 〜内部粛清〜』参照

*2
『断章 アクアビット本社強襲 〜ホワイト・グリント〜』参照



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ミド・アウリエル×シュープリス①

 空間が引き延ばされたかのように周囲の視界がにじんだ。前へ、前へと進む度、見えない壁に叩きつけられるような感覚に私はうめき声を漏らす。前方へとクイックブーストする度に襲いかかる強烈な加速Gに歯を食いしばりながらも、より大きく、禍々しく見えてくる撃破目標を私は睨んだ。

 

 地平にそびえ立つソルディオス砲塔の天辺が月光を反射させて鈍く光る。月明の夜空とは対象的に、暗く影を落とす大地と一体化して天へと向かって延びるその様は、月の光を欲して触手を伸ばす怪物のように見えなくもない。

 

 まるで何かを欲するように。どこか空虚(Null)な私のように。けれど同情の気持ちなど微塵も沸かない。あれは任務遂行の妨げとなる排除すべき障害物なのだから。

 

 本作戦の到達目標は、旧BFFがキリマンジャロ山麓に建設し、今はリンクス戦争の敗戦企業の残党で構成されるORCAが根城にしているロケット発射サイロ。達成目標は、宇宙への進出を目指す彼らが実行しようとしている衛星の打ち上げ阻止。そのためにオーメル・インテリオルの企業連合は、10機もの航空戦力(フェルミ)を投じた掃討作戦に打って出る。

 

 サイロの全周差し渡し400kmに等間隔で配置された対空迎撃用のコジマ粒子砲(ソルディオス砲)塔は、航空戦力侵攻の大きな妨げだ。

 

 遊撃部隊である私達は4機のネクストで先行し、このソルディオス砲塔の対空防衛網の一角に穴を空けて航空部隊の侵攻ルートを確保。並びに、旧BFFが建造した超巨大兵器スピリット・オブ・マザーウィルの超長距離砲撃を航空戦力に向けさせないように陽動作戦を展開する。

 

 そして企業連合(パックス)に楯突くORCAの野望を打ち砕く。あわよくば、ORCAの首謀者であるメルツェルを始末する。それが、世界の管理者たるオーメル所属のリンクスである私の責務。

 

 さあ、行くよ。ミド・アウリエル()

 

 ソルディオス砲の射程に捉えられたらしく、砲塔の頂点部が迎撃のために青緑色の燐光を灯らせた。だけど事前情報から対地迎撃性能は低いことが判明している。高度さえ上げ過ぎなければ、さした問題にはならない。私は撃破目標へ向かってクイックブーストを吹かし、地面を這うように機体を飛び続けさせた。

 

 今搭乗しているこの機体は、オーメルとアスピナ機関が共同で開発している次世代型高速機動ネクストの試作機だ。上半身はオーメルが手がけ、下半身とジェネレーターはコロニーアスピナの技術機関が担当する。

 

 正式な名前はまだ与えられていない。強いて呼ぶなら『マグヌス』。『マグヌス』とは機体開発のプロジェクト名で、あのドイツ出身の著名な物理学者H.G.マグヌスから引用したことは想像に難くない。

 

 (くさび)のように前方に鋭く突き出たマグヌスの胸部形状は、空気抵抗を低減するとともに、過大ともいえるほどの大型高容量のGアブソーバー機構を組み込むための独自構造だ。四肢も空気抵抗低減のために刃のような鋭い形状をしている。

 

 さらに、接収したレイレナードの技術を加えて高出力化されたメインブースターにより、クイックブースト時の瞬間最大速度はマッハ2弱にも達し、ブーストを吹かす度にユディトとは比べものにならないほどの加速Gに身体が痛めつけられる。

 

 徹底的に軽量化された機体重量も速力と機動力に寄与した。その代わり装甲は薄い。試作機だけあって予備の部品も少ないから、被弾は最小限に抑えなければならない。

 

 私はこのマグヌスのテストパイロットを務めている。だから機体特性と開発の進捗状況はよくわかっていた。

 

 本来ならこの機体はオーメルの正規テストパイロットであったパルメットが担当するところだ。けれど彼はリンクス戦争の折りに戦死している。レイレナード本社侵攻作戦の後、一悶着あってから私がこのマグヌスのテストパイロット役を引き継いだ。

 

 品質信頼度のチェックはすでにパスしており、ORCAの騒動がなければちょうど今頃は実戦テストフェーズが始まる予定だった。それにこの機体は機動戦だけでなく、高い速力を武器に敵陣に乗り込み一撃を加える強襲機としての用途も想定されているため、この作戦にはうってつけだった。だからオーメルの軍事管理顧問のデイブは、この作戦にナル(愛機)ではなく、これで私を出撃させた。

 

 進行方向には、まばらに展開した防衛のMT部隊が立ち塞がり、散発的な攻撃を仕掛けてくるけれども、そのほとんどは機体に回避行動を取らせるまでもなく後方へと流れる。この機体の速力をもってすればMTなど容易に振り切れる。たまたま直撃コースを飛んできた迫撃砲の一発も、クックブーストリロードの合間の平行移動で難なく回避した。

 

 これだけの速度が出ると、わずかな姿勢変化を起こしただけで空力バランスが崩れてしまう。失速でもして墜落すれば自機がダメージを受けてしまう。戦闘において速力は最重要だけれども、それは同時に諸刃の剣だ。

 

 緻密な姿勢コントロールには迅速かつ膨大な指令制御が必要となる。この機体には相応スペックの自動姿勢制御も備わっているけれど、実際のところは補助程度にしか機能しないため、この機体の搭乗者には高い機体制御能力と一定以上のAMS適正が要求される。

 

 もちろん、高いAMS適正を持つセロならこの機体を私より上手く扱えるだろう。しかし、この機体は改良に改良が重ねられ、ゆくゆくは製品としてリリースされる。

 

 このピーキーな性格は機体特性として残しつつも、どのようなリンクスでも扱えるものでなくてはならない。テストパイロットには機体性能を引き出すための高い技量が求められるのは当然だけれど、優れたパイロットがテストを行ったからといって優れた製品が完成するわけではないのだ。

 

 テストパイロットに求められるのは、絶対的な技量よりも機体性能を正しく吟味し、それを言葉として正確に開発技術者へとフィードバックできる言語化能力だ。私は言葉の扱いには少しだけ自信があった。

 

 その自負とともに、メイン出力を運転限界付近にまで引き上げると、さらに強烈な加速が身体を襲う。速度を示すデジタル数値は一瞬だけ2000km/hの大台に乗った。

 

 それに、女性は男性よりも痛みに強いのよ。この任務はなんとしてでも達成しなくてはならない。あの人のためにも。ORCAを潰す。そのためなら私自身の苦痛など些細な問題に過ぎない。

 

 とはいえ、ORCAにも彼らなりの正義があるのだろう。私だって、支配の手を広げるオーメルの近頃の手段を問わないやり方に疑問を抱かないわけではない。

 

 それでも、この戦いに対する迷いはない。この戦いを終わらせて欲しかったものを手に入れる。私が、そしてあの人が望んだ平和を。たとえそれが、かりそめの平和であったとしても。

 

 レイレナードのリンクス主力部隊迎撃*1に際して、レイレナードのNo.1リンクスであるベルリオーズと相打ち、志半ばにして亡くなったあの人(レオハルト)のために私は戦う。全力で。

 

 マグヌスの両背面に備わった近接信管ミサイル(DEARBORN02)に武装を切り替え、私は射程に捉えたターゲットに照準を合わせる。コジマの燐光で淡く輝く砲塔天辺に備わった球状の砲口にミサイルロックのターゲットマーカーが重なると、一呼吸あとに赤く染まりロックオンを告げた。

 

 先刻から睨みをきかせるようにこちらを捕捉しているソルディオス砲は、恐らくすでにフルチャージ状態だ。しかし対空迎撃に特化しているぶん、十分な俯角が取れないため、地を這うように距離を詰めるこちらにコジマ粒子砲は撃たれない。

 

 より高い破壊力を得るためにミサイルの近接信管の反応を最低に設定。前方へのクイックブーストで機体が最大速度に乗ったところで仮想トリガーを弾くと、片側2門のランチャーから発射された弾頭は増速されて通常より高い速度で放たれる。

 

 連続射出された合計8発の近接信管ミサイルが、まばゆい噴射炎を吐き出して闇夜に映える。弾頭がポップアップする軌道を描いて青緑色に発光するソルディオス砲へ誘導されていくのを視線で追う。発破まで、あと3、2、1___。

 

 直後、ソルディオス砲塔の直下から散発的な発光弾が撃ち上がった。高熱を伴った発光弾へと強制的に目標が切り替えられ、8発の熱探知誘導ミサイルは急激に進行方向を変え散り散りになる。

 

 疑似熱源(フレア)。自動防衛装置か。しかし、あの広範囲へと散布されるような撃ち上がり方は、ネクスト用のBFF製フレア(051ANAM)によく似ている。そう思った矢先、機体のセンサがネクストの反応を捉えてアラートで告げた。

 

 いる。ソルディオス砲塔の下、月明かりの影なった部分に1機のネクストが隠れていた。

 

 ネクストの機体検知に働くコジマ粒子濃度計と赤外線センサは、ソルディオス砲全体が発する膨大な粒子量と熱量に紛れて反応しなかった。光学センサも敵機の黒っぽいボディカラーが保護色となり検知できなかったらしい。おまけに、ネクストの簡易的なレーダーモニタでは巨大なソルディオス砲と輝点が重なってしまい発見が遅れた。

 

 迂闊だった。詰めを怠るな。内省と同時に私は歯噛みをしながら横目で敵機を睨みつける。ソルディオス砲塔を脇をパスして機体に旋回機動を取らせ、今度は敵のネクストに向けて攻撃アプローチを試みる。

 

 視界端に捉えた機体は、闇に溶けるような漆黒のアリーヤ。複眼のアイカメラがまばらに点灯し、暗闇に明瞭な赤い光が浮かび上がる。それと同時に、構えた砲門からマズルフラッシュが瞬き発破音が轟く。

 

 敵ネクストはすぐさまこちらの動きを捉えてグレネード(OGOTO)を放った。しかし、マグヌスの速力には追従しきれず、弾頭は機体後方をかすめて遥か遠方の地面に着弾して爆炎を上げるだけにとどまった。

 

 旋回を終え敵機に向き直った私は、自機に回避行動を取らせながら距離を詰める間に相手を子細に観察する。事前の作戦データには無かった機体。相手は誰だ。グレネードの生み出した爆炎が敵機の黒い塗装面に反射してアリーヤの鋭角的なディテールをオレンジ色に浮かび上がらせていた。両腕には2丁のライフルを携えている。肩部には先ほど放ったグレネードとフレア、その左肩には。

 

 視界端に表示されたバイタルモニタリングが、私の大きな心拍変動を検知してグラフを跳ね上げ、ピッと一瞬だけアラートを鳴らした。

 

 敵機の左肩にペイントされた真っ赤な鎌を象ったエンブレムが炎に照らされてより赤々と浮かび上がる。ネクストを駆るリンクスなら、その意味を知らない者はいない。そして一度見たら忘れようはずもない。

 

「あれは___シュープリス。けれど、ベルリオーズは___あのとき、レオハルトが」

 

 驚きのあまり、私は取り留めもない言葉を発していた。

*1
『Marche Au Supplce 後編 〜レオハルトとベルリオーズ〜』参照



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ミド・アウリエル×シュープリス②

 レイレナード本社侵攻作戦*1の折り、私は初めて上の命令を無視した。機体が動かせなくなったアナトリアの傭兵を始末する絶好の機会を、私は私の意志で放棄した。

 

 あの人の期待を集めているアナトリアの傭兵に対して嫉妬していなかったといえば嘘になる。けれど、亡きあの人の気持ちを、思いを、無意味なものにしたくなかったのも本心だ。

 

 ローゼンタールの白騎士レオハルト。今でも彼をのことを思い出す。自らを返り血で赤く染め、平和のために戦い続けた潔白の騎士。彼が駆ったネクストの機体名はノブリスオブリージュ。その意味は『貴き者が負うべき義務』。それは彼の搭乗機にこそふさわしい名前だ。

 

 大きな図体と仰々しい騎士装束を纏ったローゼンタールの最高戦力。そのくせ、自らの行いをくよくよと悩み、後悔する弱々しい人。でも泣き言は決して吐かない強い人。イスタンブールで一緒にいた期間はそれほど長くない。けれど、私はそんな彼をいつしか愛おしいと思うようになっていた。

 

 同じリンクスであっても立場が違い過ぎる。叶わぬ恋だともわかっていた。それでも愛していました。心から。

 

 そのレオハルトは、旧ピースシティの攻防戦でレイレナードのNo.1リンクスであったベルリオーズと相打ち、そして命を落とした。ベルリオーズも確実に死んだはずだ。

 

 それなのに、今私の眼前にいるアリーヤベースの機体は間違いなくベルリオーズが駆ったシュープリスだ。

 

 驚愕と哀愁と困惑がごちゃ混ぜになった複雑な感情に支配され、一瞬思考が停止する。しかし直後に沸き上がったのは、それらの感情をすべて吹き飛ばすかのような激しく純粋な怒りだ。

 

 向精神薬の鎮静作用が切れたのだろうか。カッと頭が熱くなる。パチンと頭のなかで何かが弾けたのをきっかけに、面倒な思考は放棄した。私は強烈な感情にただただ身を任せる。

 

 敵機へ向けて最大出力のクイックブーストで突進。同時に自機の両背面に備わったVTFミサイル(DEARBORN02)を撃ち放つ。立て続けにクイックブーストの連続機動( 連弾 )で敵機へと強引に接近。あとは怒りと興奮に任せて両腕のマシンガン(03ーMOTORCOBRA)ライフル(MR-R102)をひたすら撃ち込む。

 

「そちらの搭乗者は誰だ」

 

 気づいた時には、攻撃を加えながら通信を開いて相手に問うていた。いつもの私なら敵との通信などあり得ない。相手に情報を与えるのは戦況を不利にするからだ。そして、仮に相手が私だったら戦場で名前を問われたとしても答えない。その問いかけが意味のないものだということもわかっていた。

 

 けれども今は、あのエンブレムを認めた今だけは、あのシュープリスの搭乗者が誰なのかを問わずにはいられなかった。闇に浮かぶ漆黒の機体と、その肩部に刻印される血塗られた鎌を象ったエンブレムを私は睨みつける。両手の人差し指は仮想トリガーを引き絞るのをやめられない。

 

 激しい怒りの感情はまだ胸に渦巻いている。その反面、頭の片隅には冷静に状況と敵機と自己を分析している自分の存在にも気づく。

 

 敵機の機体構成はシュープリスそのものだけれど、標準パーツの寄せ集めにすぎない。単に同じ構成の機体、もしくはベルリオーズが使っていた予備機を持ち出したのだろう。少なくとも搭乗者がベルリオーズでないことは確かだ。

 

 だったら、その機体を扱う意味の重さを搭乗者に思い知らせてやらなければならない。シュープリスとベルリオーズは私にとっての(かたき)なのだから、この衝動と私の行動は正当なものだ。シュープリスに乗って出てきたそちらが悪い。

 

 不条理であることを承知のうえで、焦がれんばかりにこみ上げてくる怒りの感情を、もう一方の私は冷静に肯定し、相手にぶつける。

 

 シュープリスの周囲に展開されたプライマルアーマーの防御幕がこちらが放つマシンガンとライフルの着弾衝撃を吸収し、持っていた運動エネルギーを青緑色の光に変換して発散する。いまだ大した損傷は与えられていないけれど、プライマルアーマーが出力負荷限界に達してからが勝負だ。

 

 相手の銃口の動きがはっきりと見える。時間の流れが遅く感じられるほどに頭が冴えていた。いける。確信とともにマグヌスの瞬発力と機動力を活かして捕捉を振り切る。自機を相手の死角へと飛び込ませ、私は敵機めがけてひたすらトリガーを弾き続けた。

 

 しかし途中で異変に気づく。シュープリスは回避に徹するばかりで反撃をしない。なぜ。

 

《うら若いお嬢さんと聞いていたが、ずいぶん荒い気性の持ち主だ》

 

 そこへ敵機から男の声で通信。返答を期待していなかった私は、相手の通信に驚き一旦機体に距離を取らせた。その声は当然のようにベルリオーズとは別人のものだった。声の主は言葉を続ける。

 

《そちらはオーメルのミド・アウリエルと見受ける。養成所出身の第2世代リンクス。精神負荷の影響かい? まるでバーサーカーだ》

 

 冷静を取り戻した私はミド・アウリエルと問われたことに肯定も否定もせず、無言で相手の出方と次の言葉を待つ。

 

《おや、嫌われてしまったかな。怒らせるようなことは、何一つしていないと思うのだけれど》

 

「___少なくとも、倒されるだけの理由はあるでしょう」

 

《嬉しいね。ようやく口をきいてくれた》

 

 リスクよりも好奇心が勝った。私は会話に応じ、動かない相手のコックピットに照準を絞ったまま再び問う。

 

「あなたは誰だ。なぜその機体に乗っている」

 

《はじめまして。私はレイレナードのメルツェルという者だ。この機体は預かりものというべきか。持ち主だったベルリオーズと私は兄弟だといったら驚くかい》

 

 作戦データにあった、ORCAの首謀者メルツェル。第一優先目標が自らノコノコ出てくるとは、Turkeys voting for Thanksgiving(鴨が葱を背負ってくるようなもの)だ。とはいえ、ベルリオーズの兄弟だという情報は聞いていない。レイレナード本社から接収した個人データ等には私も目を通していたけれど、そんな情報は一切載っていなかったはずだ。

 

「ベルリオーズに兄弟はいないはず。少なくとも公式上では」

 

《さすがはオーメルのリンクス。意外に情報通だ。彼との関係は、いわゆる父親違いの異母兄弟というやつさ》

 

 メルツェルは自分の発言にクックと笑う。

 

 (父親が違う異母兄弟は他人よ)と、私は心のなかで毒づく。つまらない冗談に加えて、気障ったらしい笑い声も無性に腹立たしい。

 

《だが、兄弟に近い存在であるのは本当さ。あるいは本人と呼べるかもしれない。私のおおよそ半分は》

 

「それは、どういう___」

 

《私はベルリオーズの記憶を持っている。私はまぎれもなくメルツェルというひとりの人間だが、同時に彼自信の経験や記憶も有している。いわばベルリオーズのデジタルクローンに近い存在が私という人間だ。

 

 軽度のAMS負荷で脳内情報を読み出し、記憶の一部を電子データとして保存するアクアビットによる人格移転型AI技術の応用さ。私の頭にはベルリオーズの記憶を記録したチップが埋め込まれていて必要に応じて随時、彼の記憶が引き出される。その代わり不都合もあってね。ときどきわからなくなるよ。私は一体誰なのだろうと》

 

「なぜ、私にそこまで話すの」

 

《この程度の私事なら知られたところで問題ない。それに、私は君たちと仲良くしたい。そのためなら、これくらいの情報開示など安いものだ。つぶしがきかないリンクスは貴重だからね。あわよくば、ネクストで出撃してきた君たち4人を我々ORCAに引き込みたいとも思っている。

 

 君らだって、今の世界情勢と企業の待遇に不満がないわけではないだろう。支配体制を強める企業にあって、リンクスは身をすり減らしてネクストに搭乗し、言われた敵を叩くだけの尖兵だ。そして、その代償は決して安くはない。

 

 国家解体戦争で幕を開けた新時代の今、誰がどのように世界の舵取りをするかが重要だ。他企業の目的が過保護による世界の抑制だとすれば、我々レイレナードが目指すのは旧世代から続くしがらみからの解放。それこそが国家解体戦争の目的。人類を制限から解き放ち、未来永劫の繁栄のために大きな一歩を歩み出す。

 

 パックスの頭の固い老人達は、人民のことなど塵芥ほども信用してはいない。だが、我々レイレナードは人類の秘めた可能性を信じている。その価値を最大化するのが我々ORCAの役目だ。私達と共に、よりよい未来を目指さないか。ミド・アウリエル》

 

 声も口調も異なるが、その言葉や思想や雰囲気は旧ピースシティで聞いたベルリオーズの言葉*2を思い起こさせる。レイレナードの過激派思想。宇宙は彼らが目指すべき象徴でもあった。

 

 たしかに近頃のオーメルは、武力介入も辞さないほどに社会主義的な管理体制を強めようとしている。けれど、無用な戦火を巻き起こしているのは明らかに旧BFF派閥企業の方だ。どれだけ立派な大儀や理想をかざしても、やっていることはあなたたちも変わらないじゃないか。

 

「所属リンクスだからといってオーメルを全面的に支持しているわけではない。けれど、レイレナードの思想にも賛同できない。私の答えはNoよ」

 

 そんなどちらのやり方もレオハルトは憂いていた。世界が悪い方向へ進むのを、自らの犠牲を省みず止めようとした。国家解体戦争を起こした主要人物として、失われた多くの命へ罪滅ぼしをするかのように。

 

 国家解体戦争の終結後にリンクスとなった第2世代の私には、本当の意味でレオハルトが抱え込んだ心境を理解することはできない。けれども国家解体戦争以前の世界的な治安悪化が生んだアメリカの内紛で家族もろともすべてを失った私にとっては、彼が望んだ世界こそがもっとも心地の良いと思える理想郷だ。

 

 純粋無垢な子供が思い描くような、安直な平和。実現のための障害は多いだろう。鼻で笑われるかもしれない。けれど私は、それを叶えるためにリンクスになることを決めたのだから。

 

《残念。勧誘は失敗か。まぁ期待はしていなかったがね。では次の交渉に移ろう。

 

 実を言うと、私はベルリオーズと同じ経験と記憶があるのにも関わらず、彼とは違って戦闘があまり得意ではない。このシュープリスも私には到底扱い切れない代物さ。

 

 このまま独りで戦闘を続けたら、私は恐らく君に敗北を喫するだろう。だが無論、君も無傷では済まない。ついでに言えば女性と戦うのはどうにも気が引ける。そこで取り引きだ。ここのソルディオス砲はそちらに引き渡す。破壊するなり好きにしていい。その代わり情報を引き出したい》

 

「___いいでしょう。ただし、取り引きに応じるかはそちらが望む情報次第よ」

 

 私がオーメルの下っ端にすぎないことは知っているはずだ。その私から引き出したい情報とは? ORCAが欲しがる情報とは、どんなものなのか興味もあった。私は一瞬だけ思慮してから返答をする。

 

《こちらが確認したいのはひとつだけだ。単刀直入に訊く。BFFの王小龍(ワン・シャオロン)はそちらのスパイか?》

 

 思いがけない単語に一瞬耳を疑った。

 

 王小龍? 旧BFF海洋艦隊の作戦参謀役の? こちらの認識では、彼もORCAに組していることになっている。BFFとGAやオーメルは、ついこの間まで対立関係にあった仲だ。企業の重鎮たる人間がスパイなどということがあり得るのだろうか。けれど、そう思わせる何かがあるのか。そもそもこの応答の意図は何?

 

 私が知る範囲で正直に答えれば返事はNoだ。より正確に答えるなら、考えるまでもなく『Idon't know(知らない)』。ただ、これは取り引きである前に駆け引きだ。

 

 ここでYesと返答すれば相手方の疑心暗鬼を招き内部攪乱を狙えるかもしれない。が、それをメルツェルが安直に信じるとも到底思えない。なら、このタイミングで逃走か攻撃をすれば言葉で語るよりも信憑性を上げられる、か。

 

 私は迷っている様子を装って思慮を巡らす。この時間も信憑性を引き上げるのに寄与するはず。あとはタイミングを見計らって一時撤退もしくは攻撃を___私は、仮想トリガーに掛けた指に力を込める。

 

《最初から力ずくで聞き出せばよいものを》

 

 不意に、別の男の声が通信に飛び込んだ。レーダーに目を走らせる。直上。もう1体のネクストがソルディオス砲塔に隠れていた。

 

「くぅっ」

 

 奇襲を避けようと機体を繰るが、それより早く闖入者に体当たりを食らわされ制御を失う。ネクスト同士が密着状態で発するプライマルアーマーの干渉波で視界が青緑色の幕で覆われるなか、視界後方からレーザーブレードと思わしきまばゆい光束が伸びて、一瞬にして動きを封じられた。

 

《動かない方が身のためだ。___初見となる。こちらレイレナードのエミリオ・ウォルコットだ。お前と面識はないが、先の戦争では世話になった》

 

 そう名乗った闖入者は、作戦データにあった名門ウォルコットの銘を持つレイレナードのランク外。索敵機能が阻害されているとはいえ、敵の存在を見落としたのはこれで二度目。私は今日で何度目かわからない歯噛みをする。

 

《エミリオ、私はまだ呼んでいないが》

 

《メルツェル。お前の戯れ事に付き合うのは、いい加減もう飽きた》

 

《やれやれ困った奴だ。短気は身を滅ぼすと誰かに教わらなかったのかい》

 

 芝居がかった問答を交わしあった後、メルツェルは私の処遇について語り出す。

 

《さて、ミド・アウリエル。急遽2対1になってしまったわけだが、どうしようか。我々の同士となるなら歓迎しよう。王小龍の情報があるのなら聞き入れる。気は進まないが、口を紡ぎ、ここで倒れるのもよいだろう。返答を聞かせてもらおうか》

 

 嫌な男。私は心の中で吐き捨てる。その間にも私は打開案を模索する。2機を相手に軽量機で挑むのは明らかに分が悪い。機体損傷を覚悟で強引に拘束を振り解き、速力で振り切って逃げるしかない。残弾はまだ十分残っている。後はタイミングだ。会話を引き延ばして付け入る隙をみつけなければ。

 

「私は___」

 

 言葉を発しようとしたところで、数十kmほど離れた位置にある隣接するソルディオス砲が青緑のコジマの光を夜空に振りまきながら倒壊していく様子を視界に捉えた。あちらの方角は、霞スミカが担当するソルディオス砲だ。この事態にメルツェルが初めて動揺の色を見せる。ただし、慌てるというよりは、呆れている様子だ。

 

《ネオニダスめ、だからコジマライフルは使うなと。撤収だエミリオ。我々は交渉の手札を失った。ここで奮闘しても実にならない。___聞こえているか、真改。ネオニダス。総員撤収する》

 

《いいのか。今ここで1機潰しておけば後が楽になる》

 

《ネクスト戦とはいえ女性をなぶるような真似はしたくない。私は紳士でありたいのだよ。それに、おおよその敵情は掴めた。彼女は何も知らされていない》

 

《ふん。お前について行くと、先が思いやられる》

 

《自由こそが我々レイレナードの信条だよ。よく覚えておくといい》

 

 エミリオが唐突な作戦変更にあきれ声で答える。メルツェルは本気か冗談かわからない言葉を返し、次に拘束されたままの私にカメラアイを向けながら言った。

 

《ミド・アウリエル、私たちORCAはスピリット・オブ・マザーウィルで君らを待つ。もっとも、無事に辿り着ければの話だが。もちろん、投降して我々の同士となるのも大歓迎だ。同じ事を残りの3名にも伝えておいてくれたまえ》

 

 それからメルツェルは無警戒のまま、こちらに背を向ける。同時に背面のハッチが展開しコジマの光が収束していく。

 

《ああ、それと。BFFの王小龍(ワン・シャオロン)にスパイ容疑がかかっているように、そちら側にもこちらからスパイを紛れ込ませている。誰と明かすことはできないが十分用心するといい。では、ごきげんよう。行こうか、エミリオ》

 

メルツェルのシュープリスがオーバードブーストを吹かして飛去ると、エミリオ・ウォルコットも私の拘束を解きざまにオーバードブーストを始動させたらしく、あたりにコジマ粒子圧縮特有の高周波音が響きわたる。

 

《念のため言っておくが、メルツェルの言葉を真に受けてORCAに寝返るのはおすすめしない。意味の分からん理由で無駄にこき使われるからな》と、エミリオは去り際にうんざりした様子で言った。

 

 オーバードブースト作動時に発せられるジェット音がドップラー効果で徐々に低くなり遠ざかっていく。私が振り返ったとき、すでに2つの輝点は一等星と見分けが付かないほどまでに小さくなっていた。

 

 遥か頭上には、月明かりに照らされながらもくっきりと輝く満点の星々が瞬く。その下では、いまだ撃ちどころを探しているソルディオス砲がコジマの光をたたえていた。まるで怒りのぶつけどころを探している私のようだ。

 

 私は誰にも聞かれないように周囲を確認してから、すうっと息を吸い込む。それから思いの丈をぶちまける。

 

「なんなのよっ! ORCAの連中って!」

 

 大声を上げて憤慨を露わにする。普段の私なら絶対に取らない行動だ。

 

 偶然にもソルディオス砲が天上に向かって撃ち放たれる。ソルディオス砲の保護機構が働いたのだろう。自壊を防ぐために標的なく放出された圧縮コジマ粒子がアフリカの夜空に青緑色の流星のような軌跡をつくった。

*1
『 Last Duty 〜レイレナード本社襲撃〜』参照

*2
『Marche Au Supplce 後編 〜レオハルトとベルリオーズ〜』参照



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霞スミカ×国家解体戦争①

 アイロンをかけたばかりのブラウスの袖を、まだ皺ひとつないおろしたてのリクルートスーツに通す。衣服のなかにとどまったセミロングの黒髪をたくし上げ、少し乱れた部分を手櫛で直す。姿見に映る自分の姿は、うん。どこからどう見ても教師そのものだ。

 

 チャームポイントはセクシーな口元のほくろ。美人教師とか言われちゃったり? 私的には可愛い系で推しているのだけれど。とはいえ私が担任するのは初等部だからこの美貌は活かし切れないかぁ。なんてね。

 

 今日は初出校日。今日から私は『霞 澄香(かすみ すみか)先生』になるのだ。んふー、なんだかこそばゆい。う~、緊張もする。けれど楽しみだな。どんな子供たちを受け持つことになるのだろう。

 

「お父さん。お母さん。私、先生になれたよ」

 

 手帳に差し入れた父と母の写真に語りかける。見開きの反対側にはしっかりと教員免許証もある。その免許証の発行元に記載された文字は『中華人民共和国極東領』。

 

 私が15歳のころに日本全土を巻き込む大きな戦争があって、日本という国は地図上から消滅した。以降、日本だった国は中国とアメリカとロシアが分割統治している。

 

 終戦から数年経った今でも支配境界付近では武力衝突や武装テロが日常的に起こっていた。軍用MT(マッスルトレーサー)や、傭兵が駆るAC (アーマードコア)同士による大規模戦闘もときどき起こった。その度に私たち日本人コロニー(集落)の住民は地下シェルターへと避難を余儀なくされた。

 

 アメリカが管轄している関東と四国や、ロシアが支配する北海道と東北はどうだか知らないけれど、選民意識が強い中国統治下にある西日本と私が住む北陸では日本人は差別の対象だ。コロニーの近くで戦闘が起きても、日本人に対して避難勧告なんてものはない。戦争を生き延びた日本人は肩身の狭い思いを強いられている。これが、かつて日本と呼ばれていた国の現状だ。

 

 今の日本で、純血の日本人である私が教員免許を取得するには、何とかして中国からの信頼を勝ち得る必要があった。その過程で多くの辛苦も舐めた。ようやく手に入れたこの教員免許は、現在の日本を生き抜くために欠かせないものであり、日本人たる私の生き方そのものだ。

 

「生き残った子供たちの未来は潰えさせない」「なによりもしっかりとした日本人としての教育を」それは教師であった父と母の二人が最期まで語っていた言葉だ。

 

 父も母も反中思想家ではないし、レジスタンスでもない。けれど戦争を生き抜いた日本人として、教師として、日本人の気質や魂といったようなものを守り続けたい気持ちが大きかったようだ。その父は3年前に、母も去年志半ばに亡くなった。そんな父と母を見て育った私も当然のように教師になることを望んだ。

 

 もちろん、担任する子供たちに反中思想のようなものを植え付けるつもりはない。今の中国統治下で、日本人として上手く生き抜く術を教えるのだ。それが私の戦い方だ。

 

「それじゃあ、お父さん。お母さん。行ってきます」

 

 居住にあてがわれている古びた木造アパートメントを出ると、抜けるような青空を背景に桜の花びらが舞う。今は私が大好きな桜の季節だ。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 薄暗い部屋の姿見に白装束を着た女が映っていた。頭には包帯。顔は青白く、頬はこけ、目は落ち窪んで一切の精気が感じられない。

 

 一瞬、怨霊かと驚いた。しかしすぐにそれが自分の姿で、ここは病院だったと思い至る。鏡に映る自ら顔は、自分でも誰だかわからないほどに見る影もない。

 

 全身の痛みに加え、吐き気がして食事もろくに喉を通らない。眠ることすらままならないのだから当然か。肌はもちろん、唇もがさがさだ。チャームポイントだった口元のほくろはしなびて見えた。

 

 教員となって丸1年になる直前の出来事だった。それは授業中に起こった。突然の閃光と轟音。後の記憶はない。

 

 後から聞かされた話では、反中レジスタンスが私たちの住む日本人コロニーに退去し、それを掃討するために中国の治安維持部隊が軍事作戦を展開して校舎一帯が攻撃に巻き込まれたらしい。

 

 生存者は1名だけだったとのことだ。つまり、私だけが奇跡的に生き残って病院へと搬送された。倒れた私を発見したのは救助隊などではなく死体処理人だったそうだ。

 

 本来なら、このような事情など私が知る由もない。これらの情報を私に伝えたのは昨日面会に来た謎の男。ローゼンタールとかいう聞いたことのないドイツ系企業の役員で、名前はたしかハインリヒ・シュテンベルクとかいったはず。

 

 上の空で、大半の話を聞いていなかったせいもあるけれど、内容は断片的にしか理解ができなかった。なんでも、私には素質があるだとか。最新型のACに乗れだとか。そのつもりがあるのなら企業で私の面倒をみるとかなんとか。

 

 なぜ、私なんかにドイツの企業が接触してくるの。なぜ私がACなどに乗らなければならないの。私は特別な人間なんかじゃない。こんな抜け殻のような私に何をさせようというの。

 

 ああ。もう、どうでもいい。疲れた。考えるのが辛い。思考しないように努めても、思い浮かぶのは生徒たちのこと。それに親御さんやご近所さん、同僚や友人たちのこと。

 

 私にはどうしようもなかったことはわかっている。けれど生徒たちは私が守らなければならなかった。子供らの声が、顔と情景が頭のなかで再生される度に苦悶に苛まれる。責められているとは思わない。それでも、担任教師として未来ある子供たちを守ることが私の責務だったはずだ。そして亡くなった彼ら、彼女らがどうにも不憫で、ただただ悲しい。

 

 涙はとうに枯れ果てていた。対外的な苦痛ならいくらでも耐えられる。けれど内からわき上がって身体を食い破るような自責の念には耐え切れない。なぜこんなにも苦しまなければならないのだろう。なぜ私だけが生き残った。もう、死んでしまいたい。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 後ろ髪をかき揚げた手が、頸椎にある金属製のAMSコネクタに触れた。指先に冷たい感触を覚えながら、艶やかなセミロングの黒髪を丁寧に束ねて樹脂製のヘアピンでしっかりと留める。一通りのメイクとヘアセットが終わった私は鏡で出来映えを確認した。

 

 バスルームの鏡に映るのは、余計な脂肪が徹底的に削ぎ落とされたアンダーウェア姿の自分。自分の顔を見る度に思う。つくづく人の性格は顔に現れるものだと。トレードマークのほくろがある口元が自嘲でわずかに歪んだ。

 

 あれからたった数年しか経っていないのに、少しばかりの自慢でもあったかつての可愛らしさは欠片ほどにもなくなった。尖った顎。つり上がった目。鋭い眼光は周囲を威嚇しているようだと現職場の同僚のような奴に言われた。

 

 こちらは一切そんなつもりはないのだけれども。まあ、今日からは別段控える必要もないか。バスルームを出た私はタイトなパイロットスーツに身を包む。

 

 出立の準備はほぼ整った。あとは出撃の時間を待つばかりだ。数日かけて丁寧にコンディションを調整し、フィジカルにもメンタルにも問題はない。適度な緊張感が頭と身体を支配している。天候や風向きもシミュレーターの予測通り。万事、滞りはない。

 

 私たちは、これから世界に喧嘩を売りに行く。いや、違うな。言い直そう。私たちは腐った世界を潰しに行く。

 

 これから起こる事変はクーデターと呼べる規模ではない。世界大戦とも比べものにならない。それどころか戦争と呼ぶのも語弊がある。おそらく戦いにすらならないからだ。端的に言い表すなら、それは蹂躙。

 

 極秘裏に用意された26機の次世代型アーマードコア、ネクストで世界各国の主要政府機関と軍事施設に一斉同時攻撃を仕掛け、機能を掌握して世界を乗っ取る。私をリクルートしたローゼンタールのハインたち新世界統一企業連合( パックス )の連中は、人類史上類を見ない頭のイカれたこの企てを『国家解体戦争』と銘打った。

 

 『アーマードコア・ネクスト』の単体戦力は、傭兵どもが駆る人型機動兵器アーマードコアの性能を遥かに凌駕する。その性能の鍵となるのは特殊な操作形態だ。ネクストを思い通りに操縦するにはAMS適性と呼ばれる先天的な因子が必要だった。

 

 ネクストの操縦者は『リンクス』と呼ばれ、機体の制御リンクのために頸椎に神経接続コネクタの埋没処置が施された。私は数少ない適性者のひとりで、今は東欧の複合企業体インテリオル・ユニオンに籍を置くリンクス、霞スミカだ。

 

 私と同じくAMS適性因子を見い出され、国家解体の尖兵として集められた世界でたった26人のリンクスたち。そのなかで面識があるのは半分ほどだが、その全員が随分と個性的な奴らだった。名声を求めて作戦に参加した者もいた。単なる興味本位で参加した者もいた。そのほか恒久的な地位や一国家予算を遥かに上回る報酬を条件として参加した者も。

 

 26人のリンクスたちが国家解体戦争に身を投じた理由はさまざまだが、ほぼすべてのリンクスが私と同じく世界へ不満を募らせていた。まったくもってイカれた連中どもだ。もっとも、私もそのなかの一人なのだけれど。まあ、それ以上にイカれきっているのは世界の方だがな。

 

 リンクスが操るネクストと現存兵器との単体戦力比は概算で1000対1。ネクストに限って、一騎当千という言葉は伊達ではない。その性能を以てすれば、世界をひっくり返すことなど容易い。恐らく国家解体はなんの問題もなく遂行されるだろう。しかし、だからといって楽観視はできない。

 

 教員時代からの名残で化粧っ気はない方だが、作戦出立の今日はいつもより丁寧にメイクした。これが私の死装束(しにしょうぞく)になると戒めの念を込めて。仕上げに昔から愛用している桜色のリップを塗り、唇を引き結ぶ。そして弾く。

 

 さて、行くか。

 

 私はヘルメットを手に取り、シリエジオ(愛機)*1が格納されているガレージに向かう。

 

 私は進む道を間違った。けれど後悔はしていない。あの世で会ったら叱ってよ。お父さん。お母さん。子供たち。責めは受けるよ、いくらでも。

 

 ___ああ、無理か。これから何十万、何百万と数え切れないほどの人間を殺すことになる私がたどり着く先は地獄と決まっているのだから。

 

*1
イタリア語で「桜」の意



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霞スミカ×国家解体戦争②

「___霞。聞いておるのか、霞スミカ」

 

 名前を呼ばれて注意を取り戻す。私としたことが、戦闘中だというのにぼんやりとしていた。とはいえ、意識が逸れていた時間は数秒にも満たない。

 

 声の出処は、眼前に立つアクアビット所属のネクストからだ。レイレナード製のアリーヤコアに、アクアビットの特徴的な細い手足と、能面のような頭部がくっついた奴の機体『シルバーバレット』が、撃破目標である対空ソルディオス砲塔の前に立ちふさがっていた。

 

「貴様の声を聞いたら急に昔のことを思い出して、つい感傷に浸ってしまったよ。会うのは国家解体戦争以来か。まだくたばっていなかったとはなテペス=V。いやネオニダス。コジマ汚染で死ぬとかほざいていた割には、ずいぶんと元気そうじゃないか。まさか仮病とかいうオチはぬかすなよ」

 

《新しい世界を見たいんでな。老いても、汚染さ(よご)れても、まだまだ死ねんよ》

 

「ふぅん、まあいい。そのソルディオス砲塔はこちらの作戦の邪魔だ。破壊するから、そこをどけ。そうすれば、とりあえずは見逃してやる」

 

 問答無用とばかりに、私は自機であるシリエジオにレーザーライフル(LR02-ALTAIR)ハンドレールガン(RG01-PITONE)を構えさせる。

 

《横柄な態度は相変わらずか。だが、どけんな。こちらも仕事でな》

 

 ネオニダスは、左腕のマシンガン(01ーHITMAN)と、右背面のプラズマキャノン(TRESOR)を構えて応戦する姿勢を見せた。右腕には奴の切り札ともいえる高威力のコジマライフル(AXIS)を携えている。

 

 彼我の距離は500mほど。相手は高機動の軽量機で武装は近接重視。先制攻撃を狙えるタイミングは奴が踏み込み動作に転じる一瞬だ。会話に応じながらも、その一瞬を見計らってレールガンを叩き込むべく照準はコックピットを捉えていた。私の右手人差し指は仮想トリガーの遊びを引き絞る。

 

「___撃ち合う前に答えろ」

 

 動揺を誘う訳ではなく、ふと思い至り私は純粋な疑問を奴に投げかける。

 

「お前たちORCAの目的は何だ。いまさら宇宙に進出したところでどうなると。アフリカを掌握して監視衛星を打ち上げたところで、お前らに勝ち目はないことは明白だろう。雌雄はリンクス戦争の時点ですでに決している。なぜ、それがわからない」

 

《ああ、そういうことか。どうやら何も聞かされていないようだな、霞。我々が打ち上げるのは監視衛星ではないよ。これが権力者どものやり方だ。あれだけの戦争を経ても、隠蔽体質は旧世紀から何も変わっていおらん。いい加減、辟易せんか》

 

 確かに企業の隠蔽体質には同意する。だが。

 

「なら、お前たちは何をしようと」

 

《メルツェルの小僧に口止めされているんで詳しくは言えんが、昔のよしみだ。ひとつ教えてやろう。我々が打ち上げようとしているのは監視衛星ではなく、『ジョシュア・オブライエン』そのものだ。奴を宇宙に打ち上げれば、おもしろいことが起こる。それこそ世界の常識が覆るほどの変革が、な》

 

 興奮気味に語った後に通信機から聞こえた意味深な笑い声が癇に障った。奴がコックピットのなかでほくそ笑んでいる顔を頭に思い浮かべるだけで虫唾が走る。それはともかく、奴が話した内容も気になる。

 

 アスピナの傭兵ジョシュア・オブライエン。人格移転型AIの。ドニエプルで倒したコピーではなく本物か。だとしてもAI化された人の意識ひとつを宇宙に上げただけで何が起こると。

 

 私が子供の頃、すでに宇宙は遥か遠い存在になっていた。もちろん空を見上げれば宇宙は今もそこにある。しかし情報は制限され、現状も進展も誰の耳にも入らない。宇宙関連のニュースはもちろん、ドキュメンタリー番組すら放送されなくなっていた。まるで私たちの記憶から宇宙の存在を忘れさせようとしているかのようだった。

 

 その結果、旧時代に盛んだったとされる宇宙開発や月や火星への有人探査は嘘ではないかという噂が持ち上がるほどだ。そんな噂も時の流れとともに人々の意識から消え去る。今ではせいぜい流れ星を見つけては喜ぶか、七夕に星空を見上げて鑑賞するか短冊に願い事を書いてお祈りする風習が残るくらいで、宇宙そのものには誰も興味を示さなくなっていた。

 

「貴様らの目的が見えないな。単なる知的好奇心というのなら、まだ理解はできる。でなければオブライエンに宇宙開拓でもさせて人類を月にでも移住させるつもりか? それとも火星か? 馬鹿らしい。人口があふれていた旧世紀なら新天地たり得ただろうが、世界人口が1/3にまで減った今となっては、人類にとって宇宙などほとんど無価値だ」

 

 私たちが国家解体戦争で人口を減らしたんだ。この手で。

 

《ここから先は答えられんな。とにかく、それによって世界は劇的に変わる。霞、今の世界に息苦しさを覚えんか。たしかに我々は国家を解体し世界を変えた。だが、今の世界はどうだ。

 

 相変わらず、世界の各地では小規模の紛争が起きている。パックスとはいえ地球全土を管理するには無理があるのだ。平和に見えるのはパックス企業の息がかかっている場所だけだ。かつてと何も変わっていない。差別に紛争、貧困に飢餓。今この瞬間も誰かが苦しんで、泣き叫びながら、死を迎えている。

 

 儂とお前の2人で挑んだ国家解体戦争の旧日本攻略。あのとき、儂はお前に訊いたな。『なぜ国家解体戦争に参加したのか』と。そして、お前は儂にこう答えた。『こんな国も、世界も滅んでしまえばいい』と》

 

「___」

 

 私は言葉を失う。そうだった。コイツには色々と打ち明け話のようなことを漏らしてしまっていたのだ。思い出したくない私の過去(黒歴史)。恥ずべきは私の歴程そのものではない。そのよう(中二病的)なことを真顔でコイツなんぞに吐露してしまった自分が恥ずかしいのだ。

 

《どうした。忘れてしまったのなら儂が語ってやろう。日本攻略の作戦立案者であるお前が国家解体戦争で、あのとき何をしたのか。

 

 事前に相手側へと攻撃時刻を意図的にリークさせ、首都の旧東京へ防衛主力部隊を集めたところに、東京湾へ儂のコジマライフルを最大出力で照射。

 

 発生したコジマ由来の汚染水蒸気で敵部隊の視界を奪うとともに、歩兵や指揮中枢系統は完全麻痺。当時最新鋭のネクストとはいえ、たった2機で。それもほんの1時間足らずで中国とロシアとアメリカの共同AC・MT部隊と、数機のレイヴンを殲滅して首都を陥落させた電撃作戦。烏合の衆とはいえ相手方の戦力は数百機は下らなかっただろう。そして、いまだ関東平野一帯は人が住めん死の土地だ。

 

 そしてそのとき、お前につけられたあだ名が『mist witch(霞の魔女)』。コジマ汚染の害を知ったうえで、祖国に向かってあそこまでえげつない作戦を躊躇なく立案できるお前に度肝を抜かれたものだ。

 

 あのときのお前は、まるで研ぎ上げられた剃刀のようだった。全人類を恨み切ったような目と、触れられないほどの気迫。当時のお前はぞくぞくするほど美しかったぞ。儂は年甲斐もなくお前に惚れてしまっていたよ。

 

 それがどうした。今のお前は迷っている。くすぶっているのだろう。自分の行いが正しかったのかどうか。企業に使われるだけの現状に満足か。インテリオル・ユニオンに属して、身の安全が保障されて、独りよがりの平和にボケたか。社蓄に成り下がったか。

 

 思い出せ。お前は何がしたかった。何が欲しかった。お前は何を成し遂げた。お前が恨んだ世界は、まだそのままだ。

 

 銃を降ろせ。そして我らとともに来い、霞。国家解体戦争の答えを。お前にかかった呪縛を解いてやる》

 

 ___たしかにその通りだよ。いつしか、考えるのをやめていた。

 

 日常が脅かされるような事態や、理不尽に命が奪われるようなことを世界からなくしたい。死んでいったあの子らのような人間を増やさない。それがリンクスとなり、私が国家解体戦争に身を捧げた理由だった。

 

 個人的な復讐は国家解体戦争ですでに果たしたつもりでいた。その挙げ句、リンクスは今や戦争勝利の功労者だ。大量虐殺の実行犯であるのにも関わらず、現歴史上では英雄視すらされる。今暮らしている人々の笑顔を見れば、こんな私でも世界の役に立ったと思えた。国家解体戦争に参画した呵責を忘れてしまいそうにもなった。

 

 その一方で、戦後はぬるま湯に使ったような安穏な日々のなかで、何もする気が起きなかった。国家解体戦争の反動。燃え尽き症候群とでも言うべきか。この数年間の私は、あのときの抜け殻のような自分に戻っていた。

 

 もちろん世界が平和になったとは露ほどにも思ってはいない。目の前の明るい部分だけを見て、暗がりから目を背けていただけだ。どこか満足していた自分がいたことは認めざるを得ない。

 

 リンクス戦争の勃発があってもどこか他人事。一個人のリンクスとして、オーメル側とレイレナード側の思惑を鑑みるべきところを、それすらも放棄していた。まあ、少しは考えたさ。しかし個人として正直どちらに付くべきかは決めあぐねていた。どうせ、なるようにしかならないさ、と諦めの気持ちで。

 

 もっとも、私が所属するインテリオル・ユニオンは、早々にリンクス戦争への積極的な干渉は避けたから、上を無視して独断で動けるはずもない。ましてや私一人が戦争に干渉した所で流れは変えられない。そうであっても、できることはあったはずだ。それをしなかった私は確かに社畜同然か。

 

 だが実際問題、私ひとりでは何もできないのだ。世界を動かすのは為政者であり、どれだけネクストが戦力として大きかろうと私はたかがパイロットだ。

 

 そもそも兵器で世界に平和をもたらすことはできない。そのことを国家解体戦争で思い知らされたよ。ああそうか。この数年間、私を停滞させていたのは、そのやるせなさか。

 

「ネクストで、世界は変えられないんだ」

 

 私は、ぽつりと呟く。

 

《ORCAなら変えられる。世界を、人の意識を根底から変えられる。人類は新たなステージに進まねばならん。条件は整った。お前と儂らで整えたのだ。悔やむな。悩むな。お前は正しいことをした。そしてこれから我らが行うこともまた正しいのだ》

 

 ___その言葉で気持ちがカチンと定まる。わずかに揺らいでいた感情が一気に冷めやった。

 

 奴が語る中共やカルトのような口当たりのよい言葉に激しい違和感を覚え、私の副腎あたりがノルアドレナリンとやらを放出し、無意識に警告を発した。正直、そういった上辺だけの優しい言葉には反吐が出るよ。

 

「お前たちの志はよくわかった。だが、お前らとは共に歩めんよ。善だの悪だの、正誤を論じるつもりはない。もちろん私自身が清く正しい善良な人間だとは思わない。国家解体戦争に参画した時点で、すでに悪なのだから。

 

 ただ、お前らのやることは阻止する。阻止できれば私の勝ち。阻止できなければお前らの勝ち。あとは好きにすればいい。私はただのリンクスだ。リンクスである以上戦うほかない。ネクストに乗っている限りは」

 

《ふむ、それもひとつの真理か。だが、苦しい言い訳だ。見苦しいぞ、霞。これ以上は見るに耐えん。儂が引導を渡してやる。美しかったお前のままで》

 

「ふん、随分好き勝手言ってくれる。ネオニダス、この際だから私からもこれだけはハッキリと言わせてもらうぞ。お前と初めて会ったときから思っていたことだ」

 

 私は、そこで言葉を区切る。

 

 言いたいことは決まっていた。

 

 だが、どのようにして伝えるかが肝心だ。

 

 一瞬考えを巡らすが、やはり率直な言葉で伝えてやるのがいいだろう。

 

 私が今抱える本当の気持ちを、わかりやすい形で懇切丁寧に教えてやる。

 

 私なりの言葉でな。

 

「私はお前が嫌いだ。さっきから一言一言が気持ち悪(キモ)いんだよ、この変態が!」



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霞スミカ×国家解体戦争③

 テペス=V、改めネオニダスが駆るシルバーバレットはアクアビット標準機体(MADNESS)をベースにした機体で、アーモンドのような細長い楕円型の頭部が特徴だ。

 

 対峙するこちらを照準に収めたようで横真一文字のカメラアイを明滅させた。半透明の特殊装甲で覆われたその上下部もぼんやりとした光を放ち月夜の闇に溶ける。なにより、能面のようなそのふざけたツラを見ていると何となくイライラする。

 

 手足と頭部を構成するアクアビット謹製部位(LINSTANT)は華奢だが、最高クラスの耐エネルギー防御を誇ると同時に、機体が発するコジマ粒子の保護膜(プライマルアーマー)の出力効率にも優れる。

 

 奴の機体特性を一言で表すなら防御重視の高機動機。その高い防御力をまといながら、既存パーツのなかでも瞬間出力に特化したレイレナード製のブースターを駆使して接近戦を仕掛けてくるだろう。

 

 左腕のマシンガン(01ーHITMAN)は射程が短いため十分な距離を保てれば問題ないとして、右背面のプラズマキャノン(TRESOR)は、射出に際してレーダー波に干渉するため少々厄介だ。もっと厄介なのは、奴が右腕に携えるコジマライフル(AXIS)

 

 奴の切り札ともいえるコジマライフルは、時間をかけてコジマ粒子の圧縮充填率を高めることで飛躍的に威力が増す特殊兵装だ。動作原理は今奴の背面でチャージが進行中のソルディオス砲と同じ。ネクスト用の腕部兵装でありながら戦略兵器相当の威力と照射範囲を持つ。

 

 フルチャージで放たれれば、照射主軸の直撃を避けたとしてもその余波だけで致命的な損傷を負ってしまうだろう。銃口はまだ下に向けられたままだが、なんとかコジマライフルを使われる前に片を付けなければならない。

 

 対する、私のシリエジオは耐久性とエネルギー防御性能に優れるインテリオルの中量機(TELLUS)。奴の武器属性に対して優位性はあるが、機動力に関しては雲泥の差だ。周囲に張り付かれれば、捕捉できずに撃破されてしまう危険さえある。

 

 こちらの得物は、左手に高出力長射程のレーザーライフル(LR02-ALTAIR)。右手に射程と弾速に特徴があるハンドレールガン(RG01-PITONE)。右背面には自律誘導式のASミサイル(BM03-MEDUSA)を装備している。左背面に装備するのは、武装ではなく索敵と長距離狙撃のための高出力外部レーダーだ。

 

 対峙する奴との相対距離は500mほど。機動力差を鑑みれば一瞬で間合いを詰められる距離だ。お前には近づかれたくないよ。いろんな意味で。奴が突進の挙動を見せたら、それに合わせて先制のハンドレールガン(RG01-PITONE)をぶち込んでやる。

 

 奴の背面が瞬き機体が前方に急加速した。私は反応鋭くトリガーを引き絞る。右腕に構えたレールガンから、かすかなプラズマの尾を引いて弾体が撃ち出された。

 

 電磁誘導によって音速の数倍にまで加速された高質量弾が、高度を上げながら突進してくる奴の肩部装甲にヒットし、機体を包むように濃い青緑色のコジマの光を可視化させた。しかし、奴の機体を保護する強力なプライマルアーマーによって弾速は大きく削がれ致命打には至らない。

 

 奴はなおも前進。コジマ粒子のバリアともいえるプライマルアーマーの保護幕は通常無色透明で、転換面の境界層に大きな運動エネルギーが干渉した際にだけ青緑色の光として発散される。本来は被弾しなければ発光しないはずだが、シルバーバレットは奴の怒気かオーラかを可視化したかのように、うっすらと光を纏いながら突進してくる。

 

 おそらく、高い加速度に伴って大気中の塵や虫と衝突した際の運動エネルギーまでもを光に変換しているのだろう。それほどまでに奴の機体が発しているプライマルアーマーの出力密度は高い。それは尋常ではない防御力の高さを物語る。

 

 ついでに言えば、私の機体が今装備しているレールガンはつるし(・・・)の製品よりも威力が低い。物量戦に備えて、レールの損耗を抑えるために弾速を落とした調整が裏目に出たか。私は思わず舌打ちをする。

 

 重く長大なレールガンは取り回しが悪く、軽量機との近距離戦ではほとんど役に立たない。私はすぐさま右背面のASミサイルへと武装を切り替え、レーザーライフルと併用して発射。コジマの光を纏いながら突進してくる奴を迎撃する。

 

 高度を合わせて真正面から迎え撃ちたいところだが、ソルディオス砲塔の対空迎撃があるため、無闇に高度は上げられない。断続的にバックブースターを吹かして後退しながら相対距離を保つように努める。

 

 しかし、相手軽量機に対して足の遅さは如何ともしがたい。加えて、本来プライマルアーマーの貫通力に優れるはずのレーザーライフルもランスタンの高い基礎防御力に対して効果は薄い。

 

 ターゲットシーカー下に視覚化された相対距離が300あたりを切ったところで、奴は頭上からプラズマキャノンを浴びせかけてくる。奴の眼下をすり抜けるかたちで前方へ加速してプラズマの直撃からは逃れるが、電磁干渉波の影響で視界端に投影されたレーダー標示がノイズで潰れ役立たずになった。

 

 奴はこちらの頭上を飛び越えながら立て続けにマシンガンを放ち、小径弾丸が機体を叩く連続音が聴覚野に轟く。プライマルアーマーで威力は減衰されるが、コジマリアクターが負荷を受け、出力モニタリングのゲージが低下していく。

 

 役立たずになったレーダーには頼らず、視界外に消える間際の姿勢を確認しベクトルを読みとり、こちらの後背を取ろうとする奴の捕捉を試みる。

 

 闇夜に光る奴の姿は捉えやすい。最大出力の旋回噴射(クイックターン)による急速旋回から連なる急速後退(バックブースト)で距離を確保しながら再捕捉し、照準もそこそこにレーザーライフルを一発。当たりはしないが牽制には十分だ。立て続けにレーザーを放つが、鋭い斜め前への加速で回避される。

 

 腕部を細かく繰り、奴の進行方向に向けてレーザーライフルでの狙撃を試みるが、照射時間が短く大したダメージは与えられていない。光速で襲いかかるレーザーでも捉えられないのだから、放つ能動走査誘導ミサイルも奴の機動に追従しきれない。

 

 それでも機体を旋回させながら正対するよう努めつつ、火器管制システム(FCS)が行う偏差射撃の自動照準に補正を加えながらトリガーを弾く。奴が用いるアリーヤのブースターは大飯喰らいだ。回避を誘発させれば奴の機体はエネルギーが枯渇する。そこにチャンスが生まれるはずだ。

 

 奴はこちらの直上を動き回り、隙あらば後背位置を奪おうとする。そうはさせまいと私はひたすら旋回と後退で対抗し、互いが有利なポジションを奪い合う。奴の突進に併せて後退。その際に一瞬だけ生じる平行ベクトル状態にだけ攻撃がまともに通る。

 

 だが、こちらの射線が通るということは、向こうも同じだ。マシンガンとプラズマキャノンが断続的に放たれ、致命的なダメージこそ負っていないものの、高い対ECM性能を持つ外部レーダーも依然としてノイズにまみれたままだ。斉射されるマシンガンによってこちらのコジマリアクターの負荷も増大していく。

 

 めまぐるしく変わる位置と距離。機動の度に襲いかかる強烈な重力加速度で脳や臓腑が揺すられて正直苦しい。徐々に意識が朦朧としてくる。だが、それは向こうも同じはずだ。いや、私よりも高出力のブースターで機動戦を仕掛ける奴の方が肉体的には遥かに苦しいはずだ。

 

「高機動は身体にキツかろう、ネオニダス。いい加減、齢を考えろ」

 

《じゃかしい。これくらいの、Gなど、屁でも、ないわ!》

 

 そうは言うが、かすれ声での返答はただの強がりにしか聞こえない。加減速の度に言葉が途切れるのは仕方がないとして、言葉の端々には加速Gで押し出される肺の空気の漏れ出す音に加え、うめき声にも似たニュアンスが混じる。

 

 奴が苦悶の表情を浮かべていると思うと気分がいい。こちらの溜飲も下がるというものだ。

 

(ジジイ)の割には善戦(GG)だ。だが無理はするな。とっとと撤退して自慰でもしてろ。そして、二度と私の前に現れるな」

 

《霞、忠告だ。もう少し、老人を、(いたわ)らんかい!》

 

 不意に奴の機体がオーバーランして大きく距離を空ける。そして右腕に構えた大型ライフルの先端に青緑色の高輝度光を宿した。とうとう虎の子のコジマライフルを使って、決着をつける気か。これまでの激しい機動が、相当身体に堪えているとみた。

 

 隙を見計らってレールガンで狙撃するが、後退しながら回避される。奴め、チャージが完了するまでの間にひたすら逃げ回る気のようだ。最大出力まで圧縮充填されたコジマライフルは回避すら困難だ。仮に直撃すれば機体どころか私の身体もが一瞬で蒸発するだろう。だが対抗策がないわけではない。

 

 こちらは撃破ミッション。そちらは防衛ミッションだということを忘れるなよ。ネクストの幅の3倍はあろうかという巨大なソルディオス砲塔の陰に、私は自機を滑り込ませて盾にする。大出力のコジマライフルを放てばそちらの防衛目標もろとも間違いなく破壊する。これでコジマライフルは安易に撃てまい。

 

《ぬぅー、卑怯者め。悪魔か、お前は》

 

「『霞の魔女』とやら、なんだろう」

 

 一部界隈で魔女呼ばわりされているのは私も知っていた。数年前なら恥ずかしくてたまらなかったが、不思議と今なら案外悪くない二つ名だとも思えなくもない。まあ、どうでもいいが。その間にも、コジマライフルの銃口はさらに輝度を増していく。

 

 ソルディオス砲塔の構造体を中心に位置を入れ替え、再び交差戦。奴は左腕のマシンガンを散発的にばらまきながらコジマライフルの発射タイミングを伺っている。こちらは極力、砲塔から離れないように注意を配りながら目立った攻撃はせず、捕捉と回避に徹するだけだ。

 

 銃口先端に灯る光がフルチャージ状態を示す白色に変わった。コジマライフルはいつ撃たれてもおかしくない。だがその破壊力故に、威力が上がるほど撃ちあぐねるジレンマに陥る。私は悠々とソルディオス砲塔の陰に機体を滑り込ませる。どうせ撃てないだろうという慢心があった。それによって一瞬反応が遅れた。

 

 視界全体がフラッシュオーバー。遮蔽物の影だけがうっすらと視界に残るが、それもすぐさま強烈な閃光に飲み込まれる。極端な明度変化に目眩のようなものを感じながら、とっさに重量物であるレールガンをパージ。軽量化によって瞬発力を稼ぎ、左真横へと機体を緊急回避させる。

 

 あのクソ爺ィ、防衛目標ごと撃ちやがった。憤りとともに右腕に覚えた痺れるような感覚で、まだ生きていることを認識する。視界はまだ取り戻せないため正確な状況把握は困難だが、おそらく右腕部が丸ごと消し飛んだのだろう。ほどなく復帰したダメージモニタリングに目を走らせると案の定、右腕部が動作不良を警告していた。

 

 コジマライフルの射撃はソルディオス砲塔の基部を丸ごと飲み込み、その余波も手伝って全高100mほどもある巨体建築をまるごと一瞬で溶解させた。溶け残った頭頂部付近の構造体はソルディオス砲門もろとも断続的な爆発を起こしながらただの残骸へと変わり地面へと落ちる。

 

《またメルツェルのうるさい小言を聞かねばならんのう。だが、ソルディオス砲と引き替えに右腕一本。お前相手なら、おおむね満足いく結果だ》

 

「ふん、馬鹿を言うな。こちらの目的は達した。お前なんぞのお遊びに付き合っている暇はない。後は撤退させてもらう」

 

《もはや盾に使えるものは存在せん。この好機は、逃がさんよ》

 

 再び奴の右腕のライフルの先端にコジマの光が宿った。私は虚勢を張りながらも、能面のようなアクアビット製頭部を苦々しく睨みつける。実際問題、軽量機の奴から逃げきることは難しい。高速移動の要であるオーバードブーストを使っても、コンデンサのエネルギーが尽きた瞬間に狙い撃たれるだろう。万事休すか。

 

《霞。もう一度だけ言う。ORCAに来い》

 

「___」

 

 私は答えない。別段、移籍を迷っているわけではない。ORCAに寝返る気など毛頭ない。ただの時間稼ぎだ。何とかこの状況を脱する糸口を見出すために頭をフル回転させていた。

 

 一時的にでも寝返る振りでもをして、この窮地を脱するか。それとも、本当にORCAへ移籍してみるか。奴らの思想に賛同するつもりはないが、奴らが行うことと、その結果を間近で見てみたいという欲求は少なからずあった。

 

 青緑色の高輝度光は、すでに白色近くにまで色温度を上げている。もちろんコジマライフルの銃口はこちらに向けられたままだ。奴の言うとおり、周囲にまばらに生えた雑木などは遮蔽物にもならない。私は臍を噛む。

 

 不意に、レーダーが動体反応を捉えた。標示の端に緑の輝点が現れ、それが高速でこちらに接近してくる。こちらは外部レーダーのおかげで索敵範囲が広い。対して、奴はまだそれに気づいていないようだ。好転する事態に、私は打って変わって笑みを浮かべる。

 

「___孤軍奮闘は見上げた覚悟だが、状況を良く確認した方がいいぞ」

 

《なにを___む、増援か》

 

「言葉を返すよネオニダス。引け。この状況で、もはやお前に勝ち目はない」

 

《仕方がないのう。おとなしくスピリット・オブ・マザーウィルで待つとするか》

 

 奴は意外なほど素直に銃口を下ろす。そしてわずかに浮上。とたん強烈な閃光を発して視界がホワイトアウトした。奴め、地面にコジマライフルを照射して目くらましに。

 

 大地が溶け砕ける轟音に隠れて、オーバードブースト特有のコジマ粒子圧縮音を捉え、それから高周波のジェット音が遠のいていく。閃光によって潰れかけたレーダーには、接近する味方機と入れ替わりに離脱していく奴の位置が赤色の輝点で表示された。

 

 再び視界を取り戻した眼前には、隕石でも落ちたかのようなクレーターが出現。いまだ冷めやらぬ熱量で、月明かりに照らされた向こう側の景色が揺らいで見えた。その向こうから、全面投影面積を可能な限り小さくとどめた機体が飛来する。そして通信が入る。

 

《スミカ。無事ですか》

 

「なんとかな。助かったよ、ミド」

 

《いいえ。こちらもスミカに助けられましたから》

 

「そうなのか。よくわからんが、詳しい話はデブリーフィングで聞くとしようか」

 

 ネオニダスが本気なら私は殺されていた。奴の好意に助けられた形になったな。嚼ではあるが、今は任務達成と生きていることを喜ぼう。さて、メノとセロの方のどうなっているかな。気を取りなおし、私は確認の通信を入れる。

 

「こちらスミカ。メノ。セロ。そちらの進捗はどうだ」

 

《セロだ。ソルディオス砲はとっくの昔に破壊済み。真改の野郎は逃がしたが》

 

《メノ・ルー、こちらも問題なく任務完了ですッ》

 

「よし。よくやった、お前たち。では、これより停泊船に戻って機体の補給と修理を受ける。その間にミーティング。休憩後、予定通り夜明け前にスピリット・オブ・マザーウィルを目指して侵攻を開始する。ご苦労だった。あともう一踏ん張りだ」

 







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フィオナ×火星のネフィリム

 『ネフィリム』とは、旧約聖書外典に記された巨人たちの名称だ。

 

 エノク書では、禁忌に反して人間の女を娶った堕天使とヒトとの間にできた巨人の子と説明されていた。ヨベル書では、地上の人間と動植物を食らいつくした末、ネフィリム同士で殺し合い、共食いを始めて滅んだと記されている。

 

 死海文書における巨人の書では古代の名高い英雄で、その民数記では人間がイナゴのように見えるほどネフィリムは巨大だったと伝えられていた。いずれにしても、伝承の巨人ネフィリムはイスラムにとって邪悪な存在として認知されている。

 

 一方、それらとは全く違う解釈もある。聖書に登場する天使とは宇宙人のことを指し、聖書のネフィリムに関する記述は、古代の地球にやってきた宇宙人が地上にいた原生動物の遺伝子を組み替えて、新たな生物を創造したことを暗に示すものだと唱える者もいた。

 

 私には、どれも正解のように思える。実際に『ネフィリム』を見て、その生い立ちを聞かされた今なら。

 

 もちろん、私が見たのは聖書に登場するネフィリムそのものではない。オーメルの地下施設で見たそれは、いわば『火星のネフィリム』。旧世紀の宇宙開拓時代に火星探査で得た設計図を元にオーメルが再現した大型のアーマードコア・ネクストだ。

 

 聖書に登場するネフィリムと、オーメルが建造したネフィリムの共通点は以下のとおりになる。

 

 ひとつ、オーメルが組み上げた火星のネフィリムは、通常のネクストよりもふた周りは大きく、まさに巨人を思わせる。

 

 ひとつ、オーメルのネフィリムは火星文明からもたらされた設計図面を、地球のロボット技術で模倣した機体だった。つまり天使と人間のハイブリッドならぬ、火星と地球のハイブリッドテクノロジーで生み出された存在だ。

 

 ひとつ、ネフィリムにはORCAがアフリカで行う衛星打ち上げを阻止するための重要な役割が与えられていて、アナトリアの英雄であるレイヴンが作戦遂行に備えて現在、慣熟訓練を続けている最中だった。その存在は巨人の英雄と呼んでも差し支えないだろう。

 

 ひとつ、聖書内のネフィリムという言葉は複数形らしい。そして、ネフィリムの機体も2機が現存している。機体完成図面はパックス全体で共有管理されているらしく、オーメルのほかにレイレナードも同じ機体を構築しており、今はORCAが所持しているとのことだ。

 

 ひとつ、地上を蹂躙しつくしたネフィリム同士が最終的に殺し合い、共食いしたと聖書に記されていたように、この2機のネフィリムも戦う運命にある。ORCAは片割れのネフィリムにラインアークで奪取したアスピナの傭兵ジョシュア・オブライエンの人格移転型AIを乗せて来ると予想されている。もしそうなれば、レイヴンとジョシュアが戦うことは避けられない。

 

 以上の共通点に加えて、イスラエルに本拠を置くオーメルはユディトやホロフェルネスのように旧約聖書外典の名詞を製品コードネームとして引用するのが通例だった。この機体はネフィリムという名前こそがふさわしい。むしろ、それ以外には考えられない。

 

 とはいえ国家解体戦争以降、宗教は形骸化している。新世界企業統一連合(パックス)が解体したのは国家だけではなく、文化や宗教の枠組みまでもが軒並み解体された。キリスト教もイスラム教も仏教も、それらから派生したすべての宗教と呼べる宗教は、現在では哲学思想や風習という形で残っているだけで、本来の意味はとうに失われている。

 

 国家解体戦争の主導者の一員であり、現オーメルの重役であるデイブは言う。「宗教こそが旧来から続くもっとも悪きし習慣」だと。

 

 にもかかわらず、オーメルの製品名には旧約聖書の単語が引用されている。その理由が気になって尋ねたところ、本当か冗談か、彼は年甲斐もなく「なんとなくカッコイイから」と笑いながら答えた。

 

 もちろん、宗教を悪しきものと断じて葬ったパックスといえど人々に無宗教を強制することはなく、生活様式は各コロニーごとに旧来から続く文化や宗教の継続が許されている。

 

 とはいえ、それにより生活に少なからず変化はあった。主にイスラム教を信仰しているトルコのアナトリアはというと、国家解体戦争以後は習慣的に行われているのは日々の礼拝とラマザンの断食、玄関先に魔除けのお守りを飾る程度だ。

 

 こういった宗教儀式もいずれ単なる風習として生活のなかに溶け消え、何に祈りを捧げていたかすら忘れ去られてしまうことだろう。

 

 地球の神は死んだ。合理思想の結果から起こされた国家解体戦争で。

 

 火星の神はどうだろう。ローマ神話のマルスではなく、古代火星文明人が信仰した神は。

 

 もしデイブの話が全て真実で、ネフィリムの機体が本当に火星由来のものであったなら、かつての火星にはヒト型の生命が高度な文明を築いていた証となる。

 

 しかもネフィリムのプロポーションは2脚型ネクストと酷似している。人型兵器を象徴的に運用してた事実は、古代火星人も我々地球人とよく似た形態であったかもしれないということだ。地球上の神の姿が概ねヒト型であるように、おそらく火星の彼らが信仰した神もヒト型であっただろう。

 

 特に、二足歩行は高等生物にみられる大きな特徴だ。あらゆる状況下での戦闘を想定した汎用兵器アーマードコアはヒト型が望ましい。AMSの神経接続で機体制御するネクストも、パイロットの感覚と同調させやすいヒト型が理想だ。

 

 けれど人型兵器の機構や制御はどうしても複雑になるうえ、間接部の負担が大きく破損もしやすい。ヒト型兵器は局地戦闘における汎用性は非常に高いけれど兵器として合理的とはいえない。

 

 文明が発展するほど合理性に収束していくはずだ。にもかかわらず古代火星で運用されていた真のネフィリムの形がヒト型なのは、自主族の特徴を投影したナルシズムの結果なのか。はたまた単なる偶像崇拝か。だとすれば技術水準が高いレベルにあったとしても、その精神性は地球人類と大差はないと予想できる。

 

 一方で、現地球を遥かに超越した技術文明の進歩が促した最適解として人型兵器に終着した可能性もある。けれどその答えは、人類がこのまま地球に留まり続ける限り出そうにない。

 

 デイブは、この疑問の答えと古代火星文明の詳細を知っているのだろうか。とはいえ、まともに答えてくれる保証はない。これに関しては、たぶん話をはぐらかされて終わりだろう。あの人は口が軽いけれど、話すべきでないことは決して話さない。

 

 その火星の遺産ともいうべきオーメルのネフィリムの機体は、現在レイヴンが慣熟訓練を続けている最中だ。

 

 さし当たりシミュレーターで機体特性をつかみ、実機に搭乗して感覚のズレを修正。そして再びシミュレーターに潜って対ネクスト演習。それで得た知見を実機で試す。あとはひたすらその繰り返し。

 

 それぞれの訓練の合間にレイヴンは仮眠を取った。そして目が覚めると再び訓練。レイヴンは習熟の歩留まりを引き上げるために、短時間の睡眠と訓練を繰り返した。睡眠によって脳の汎化作用を促し、運動記憶の定着と強化を図るためだ。それは脳機能学的に正しい学習プロセスだとはいえ強引にもほどがある。

 

 これが傭兵としてのレイヴンの仕事ぶり。準備の怠りは死を意味する。もちろんそれは理解できる。けれどその度の外れた徹底ぶりに、脳神経外科医としての私は少々呆れてしまう。

 

 一方、私の方はというとオーメルの施設にいて何もしないわけにはいかない。協議の結果、オーメルと機密保持契約を結んだうえで、私はレイヴンのオペレート業務を担当することになった。

 

 オペレーター役を務めることを提案したデイブに対して、私は二つ返事で答えた。けれど、その際のデイブの言い回しに含むところがあったのを私は聞き逃さない。私に「尻拭いの機会を与える」と直接デイブは言わなかったけれど、内心はどう思っていることやら。

 

 数週間前のラインアークの防衛戦で、ジョシュア・オブライエンのバックアップデータがレイレナード・アクアビット残党に奪われた。この結果を招いたのは私の判断によるものだ*1。そのことは重々承知している。

 

 なにより、あのジョシュアが自ら進んでORCAに手を貸すとは思えない。一昨日、アナトリアを襲ったときのように何らかの処置が施されているのだろうか。人工知能であるが故に、人格や記憶のデータに直接アクセスして操作できれば、人間でいう洗脳作業もそれだけ容易いことだろう。

 

 もしくは、バックアップデータから復元されたジョシュアが何らかの思惑でORCAの企てに荷担しているとしたら。あるいはジョシュアの伴侶であるマリーさんが人質にされて、無理矢理協力を強いられているとしたら。

 

 ジョシュアの幼なじみとしての私は、よくある物語のよくある都合の良い逆転劇に淡い期待を抱く。けれども現実主義であるべき医師もしくは技術者としての私は、その考えを冷徹に否定する。

 

 フィオナ・イェルネフェルト個人としては、正直ジョシュアとレイヴンが戦う様子は見たくない。けれど二人が戦わざるを得ないのであれば、どのような結末になろうとも私が見届けないわけにはいかない。

 

 そのようなことを考えつつ、私は調整が終わったオペレーターデスクでレイヴンの慣熟訓練をサポートしながら、デイブから渡された資料を読み込み、ネフィリムの機体特性などを頭に詰め込む。

 

 ネフィリムの外観やサイズはプロトタイプネクストこと00ーARETHAによく似ていた。その感想をデイブは否定する。プロトタイプネクストやレイレナードの機体デザインの方が火星由来のネフィリムに似ているのだと彼は言う。加えてコジマ粒子の発見と活用も火星探査がきっかけだと聞いた。

 

 デイブと古いつながりがあった父も、古代火星文明の存在を知っていたのだろうか。もちろん、そうであっても父の実績が消えるわけではない。当時最新のロボット技術とAMS技術、コジマ技術を掛け合わせたアーマードコア・ネクストの誕生は父の存在なくしては成し得なかった。良くも悪くも。

 

 オーメルのネフィリムは、父が積み上げたネクストの基礎設計を流用して、火星にかつて存在したとされる機体の完全再現を目指したものだ。しかし、火星で入手した設計図から解読できたのは機体の詳細な外観と、どのような技術が用いられているのかほとんどわからない点のみだと言う。

 

 オーメルが作り上げたネフィリムは元来の性能からはほど遠い。言ってしまえばモックアップ品か単なるハリボテに近い。

 

 そうであっても、その戦闘能力は現存するどの兵器よりも優れていた。いわば最新の設計と設備で建造された00ーARETHAといったところか。コロニーアナトリアの簡素な設備では成し得なかったネフィリムは、父が目指した完璧なネクストと言えなくもない。プロトタイプネクストの実質的な後継機とも言えるだろう。

 

 外観は真っ黒で、カウルおよび主翼とエンジンを装着した飛行形態時の様相はまるでカラスのようだ。機体表面に塗られた特殊な超低反射塗装はレーダーステルスと光学ロックを阻害する効果もあるらしい。

 

 父の研究手帳に残っていたコジマ粒子の摩擦低減作用を間接部に応用したフローティングアクチュエーターと同様の機構も搭載される。レイヴンが使っていた強化機体にも備わったコジマフローティングアクチュエーターは、おそらく父が開発したのではなくネフィリムに用いられていた機構を、簡易的な形で流用しようとした試みだったのかもしれない。

 

 操縦席は元来のネフィリムに備わっていなかったそうだから、ヒトが搭乗できるようにコックピットブロックが無理矢理乗せられ、操作系統はネクストと同じくAMSを用いる。コックピットのコジマ汚染対策はオーメル最新のシールド構造を採用し、被爆量は一般ネクストと同等に抑えられているそうだ。

 

 大柄の機体の動力源として、3機のネクスト用ジェネレーターとオーメル最新の大型コジマリアクターが胴部に押し込まれ、重い機体の機動性を確保するためにプロトタイプネクストにも劣らない大出力の多連ブースターを装備。潤沢なエネルギー供給により設計上の瞬間推力はプロトタイプネクストをも上回る。

 

 とはいえ、スペックがどれだけ大したものでも扱える人間がいなければ意味がない。コジマ汚染やAMSの害を除いてもネクストの稼働はパイロットの身体に負担をかける。AMS適正があったとしても、一般人が何の訓練もなしにネクストの性能を引き出すことは難しいのだ。

 

 とくにネクストの特徴ともいえるクイックブーストが生み出す瞬間加速は常人には耐え難い。ネフィリムのスペックでは不用意に最大出力で加速制動をかけようものなら内蔵破裂は避けられないだろう。

 

 コックピットはオーメルが新設計したフローティングGアブソーバー構造で、身体にかかる重力加速度は最小限に抑えられているとのことだけれど、実際の戦闘機動においてパイロットにかかる負担は計り知れない。

 

 プロトタイプネクストは元より、ネフィリムのスペックは人が扱う限界を完全に超越していた。そこで疑問が生じる。なぜ、使えないものを作る必要があるのか。

 

 パイロットの限界を知らない父が試験的に作ったプロトタイプネクストならまだわかる。けれど正規メーカーであるオーメルなら、その辺りの分別は誰よりもわきまえているはずだ。

 

 もちろん、メーカーだって扱いに困るようなピーキーな製品や、採算を度外視したハイエンドモデルを作る場合もある。しかしネフィリムのそれは、まるで人間以外が操ることを想定したかのような設計だった。

 

 このネフィリムはどのような使用が想定されているのだろう。複数のネクストを相手に確実に勝利するためか。もしくは今回のようにAI制御によるネクストに対抗するためか。それとも兵器を抑止力として運用するには、これほどまでの強大な力が必要なのか。それともほかに何か別の理由があるのか。

 

 これほどまでの力を生み出し、彼らオーメルは一体、何と戦おうとしているのだろう。

 

 火星は、その調査の痕跡から核戦争で滅んだという噂もある。人体に有害な核分裂による放射線。火星由来のコジマ粒子。そしてネクストのような人型兵器。

 

 これでは、地球人類が向かう先は……。

 

 不意に濃いコーヒーの香りが鼻孔を突いた。振り返ると、そこにはオーメルの軍事顧問であり、国家解体戦争の首謀者でスキンヘッドのデイビットがマグカップを両手に立っていた。

 

 早朝にも関わらず、格好は相変わらずスーツ姿で、髭もしっかりと整えられている。私は思わずギクリと身をこわばらせる。

 

「経過はどうかね」

 

 デイブはそう言って片方のマグカップを差し出した。私は湯気が立つマグカップをデイブから受け取る。

 

「ああ。ありがとうございます、デイブ。ええ、順調ですとも」

 

「そんなに根を詰める必要はないよ。機体制御関係のチェックと作戦情報のオペレートはオーメルのスタッフが担当するからね。君はレイヴンのケアに徹してくれればいい」

 

 デイブは笑顔で私に優しい言葉を投げかける。けれど、この日向ぼっこをしているお爺ちゃんのような笑顔も、その言葉も一切を信用してはいけないことを私は知っている。

 

「お世話になる以上、そういうわけには」

 

「ふむ、真面目なのはよいことだ。あの仕事熱心なイェルネフェルト教授が、人を育てる器用さを持ち合わせていたのは意外だったよ。それともお母上の影響か。ああ、悪い意味に受け取らんでくれよ」

 

 その言葉に、私は精一杯の作り笑いを返す。次に、デイブの細い目がモニターを睨んだ。視線の先にはレイヴンが操るネクストの視点がモニタリングされていて、その様子を一瞥したデイブは私に尋ねる。

 

「さっきから同じ動きを繰り返してばかりだ。彼は一体何をしているのだね」

 

 確かにレイヴンは断続的にクイックブーストを吹かして、同じ動きばかりを繰り返している。クイックブーストのタイミングを図る練習なのだとは思うけれど、それがどのような効能をもたらすかはパイロットではない私にはわからない。

 

 私は返答に迷ったあげく「さあ、彼の考えていることはよくわかりません」とだけデイブに返してやった。

*1
『断章 ラインアーク防衛 前編 〜イェルネフェルト〜』参照




『断章 ラインアーク防衛 前編 〜イェルネフェルト〜』のリンク

●アーマードコア6の公開情報に触発されて新たに書き起こした短編小説『アーマード・コア6 SIX inspired』もどうぞよろしくお願いいたします。

●バンダイのプラモデルシリーズ『30 MINUTES MISSIONS』の二次小説も執筆しております。なんでもAC6と30mmがコラボするとか。併せて読んでいただければ幸いです。
『ハイっ!こちら営業部『サイラス私設傭兵部隊』課【30mm非公式小説】』

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