僕のヒーローアカデミアー麗日お茶子の兄ー (トガ押し)
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Prologue:

 物心ついた時には、すでにヒーローというものに憧れていた。理由はもう覚えていないが、ただただ人の笑顔が好きだった。楽しそうに笑う、その顔に元気をもらったから。

 

 だからこそ、オールマイトというその存在は自らの中にとても大きな影響を与えてくれたのを覚えている。ヒーローに憧れ、自分の個性の発現を楽しみにしていた。そして先に個性を発現させた双子の妹を羨ましいと思い、妬ましいと少し思った。それから数か月後、自らも個性を発現した。

 

 その名を『グラビティー』。

 

 重力を自在に操る力。それが麗日茶虎(うららか ちゃとら)の能力だった。

 それから数年後。小学2年生の時。

 

「兄ちゃんの個性、何で私と違うんやろ」

 

「そりゃ……なんでやろな。でも、似た個性やからええんやない?」

 

「兄ちゃん、個性使いすぎると気持ち悪くなったりする?」

 

「そうやなー、気持ち悪くなったりはしーひんけど、体が重くはなるな」

 

「そうなんやー、ええなー気持ち悪くならんで」

 

 父親の仕事のついでで訪れた都会で父と母を待つため公園で妹のお茶子と共にベンチに座って話していた。遊ぶための遊具などは沢山あったが、その分子供も多いため遊具で遊ぶのは無理そうだった。

 

「……チゥ……」

 

 不意に後ろでがさりという草木が揺れる音と共に何かを吸う音が聞こえた。

 

「なんやろ、兄ちゃん」

 

「お茶子、ちょっとまっとて」

 

「う、うん……」

 

 お茶子をベンチで待たせて、こっそりと草むらを覗き込むとそこには。

 スズメの血を吸っている同じ年くらいの子供がいた。

 

 一瞬、ゾクリと背筋が震えた。

 

 その表情はどこか狂気に満ちていて、それでいてとてもとても可愛かったから。だからこそ、我を忘れて声をかけてしまった。

 

「何をしとんの?」

 

「あっ……トガです……」

 

「いや……あの、名前聞いてるわけやないんやけど……」

 

「逃げないの?」

 

「は?なんで?わけわからん」

 

「周りの人たちは気持ち悪いって言うのです。やっぱり、私は変……ですか?」

 

「……」

 

 現状、スズメの血を吸っている通称トガちゃんを見てぽかんと口を開くしかなかった。変かと聞かれれば当然。

 

「変だよ」

 

「やっぱり……」

 

「だけど。まあ、それが君の個性なんだろ?」

 

 その言葉にトガちゃんの顔がぱっと明るくなった。出会ってから初めて、トガちゃんは笑顔を向けてくれたのだ。認められたとかそんな表情だったと思う。

 

「それで、ですね。私、人の血を吸ってみたい!」

 

「却下や、ド阿呆!」

 

 間髪いれずに拒否した。誰だって、人に血を吸われたくはない。

 

「認めてくれたんじゃないんですか?」

 

「だれが認めるか!」

 

 その瞬間、トガちゃんの表情が曇った。その危うげな表情に、反射的につい口が開いてしまった。

 

「わかった。いいぜ、吸わせてやるよ!」

 

「やった!」

 

「ただし、俺に勝てたらな!」

 

 それが、幼馴染になる渡我被身子との出会いだった。

 

 そして現在へ至る。

 

 



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第1話 雄英高校入学試験1

 そして、現在――。

 

「兄ちゃん、ヒミコちゃん、早せえへんと試験遅れてまうよ」

 

「お茶子ちゃん待つのです。まだ、茶虎との勝負がついてないです」

 

「今日も勝てへんから諦めろ」

 

「そんなことないです。今日こそ勝ちますー。絶対、血を吸わせてもらうのです」

 

「俺から血を吸うなら、勝ってから言えやヒミコ」

 

「こんな事やってたら試験間に合わんよ」

 

 ヒミコからの攻撃を腕や足を使い防御しながらまるでじゃれ合うように個性を使わずに戦っている二人を見て、呆れ顔をするお茶子。

 

「もうしらへんからねー」

 

 もう諦めたのか、先へと歩いて行ってしまう。

 

「こら、お茶子まて!」

 

「待つのです茶虎」

 

 お茶子を追って駆けだそうとする茶虎に問答無用で飛びかかってくるヒミコの腕を掴んで軽くひねりあげる。

 

「いたっ! 茶虎めっちゃ痛いです」

 

「痛くしてるから当たり前や。こんなことしてる場合やあらへん、はよ俺らも行くぞ」

 

 今度こそお茶子の後を追って二人で試験会場まで向かった。

 

「ここが雄英高校か……ってか、お茶子随分先に行ってしもうたみたいやな」

 

「茶虎が逃げるからです」

 

「それは今は関係ないだろ」

 

 ようやく試験会場についたところで、ふと目の前でお茶子が一人の少年を浮かせているところをみた。緑色の天然パーマっぽい、一見ぱっとしない感じの少年だ。

 

 お茶子は少年と一言、二言会話してから先へと駆けだしていった。

 

「ヒミコ、追うぞ」

 

「仕方ないのです。勝負はまた今度ということで」

 

 試験会場に入る前にようやく、お茶子と合流することができた。

 

「お茶子ちゃん、置いてっちゃダメですよ」

 

「ごめんね、ヒミコちゃん。私もちょっと緊張しちゃってて……」

 

「大丈夫です。お茶子ちゃんなら受かるのです。私が保証します」

 

「ヒミコに保証されても不安でしかあらへんやろ」

 

「酷いです。茶虎が虐める。お茶子ちゃん……」

 

「はいはい。よしよし、ヒミコちゃん」

 

 嘘泣きを始めるヒミコになれたようにお茶子はその背をさすりながら頭を撫でる。7年以上もこんなやり取りを続けていれば慣れたもので、お茶子はヒミコの扱いが上手くなっていた。

 

(こんなこと上手くなってもしかたないんやけど……)

 

 そんなやり取りをしているうちに試験の説明が始まった。

 

「兄ちゃん試験会場どこやった?」

 

「俺はE。ヒミコは?」

 

「私もEです。何でですかね」

 

「そりゃ、俺とお茶子は同じ中学やけどヒミコは中学違うからやろ」

 

「そうですか、残念です。お茶子ちゃんも同じ会場がよかったです。お茶子ちゃん、大丈夫です頑張ってください」

 

「うん、ヒミコちゃんも頑張ってね」

 

 お互いに激励し合いながら、席を立って会場へと向かうバスへと向かう。

 別れ際。

 

「お茶子ちゃん、手出して」

 

「どうしたのヒミコちゃん」

 

 何の疑問も抱かずにヒミコに向けて手を出すお茶子。差し出されたその手を取って、ヒミコはそっと手首を抑えた。

 

「ここ、酔い止めのツボです。きつくなったら押してください。お茶子ちゃんは一人じゃないです」

 

「ありがとうヒミコちゃん。頑張ってくるね」

 

 そう言ってお茶子はヒミコをギュッと抱きしめる。

 

「ヒミコちゃんも兄ちゃんも頑張ってね!」

 

 そう言いながらお茶子はこちらに手を振りながら会場へと向かうバスへと走って行ってしまった。笑顔で満足そうにしているヒミコの頭に手を置いてわしゃわしゃと撫でながら茶虎は口を開いた。

 

「そんなこと言ってる暇があるなら自分の心配せえ」

 

「茶虎は乙女心がわからないですね」

 

 そして、撫でていた手に力を込めた。

 

「ちょっ! 痛いです茶虎!」

 

「そんなヒミコに俺からのプレゼントや。個性、使って良いみたいだしな」

 

 そう言いながら自分の指先を安全ピンで刺してヒミコの口へと持っていく。

 

「ただし、一部だけだぞ」

 

「わかったのです。私やります! チゥ……チゥ……チゥ」

 

「チゥ……チゥ……」

 

「いつまで吸うつもりや!」

 

「せっかくのご褒美だったのに。茶虎、私、絶対に合格するのです」

 

 まっすぐな目で茶虎に向き合うヒミコ。その後、消え入りそうな声で呟くようにそっと口を開いた。

 

「私の異常を初めて個性だと言ってくれた君のために……」

 

「なんか言うたか?」

 

「なんでもないです。早く行くのです」



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第2話 雄英高校入学試験2

試験会場E

 

「広いですね!」

 

「本当に一つの街って感じやなー」

 

 ぼーっと街を眺めていた瞬間、アナウンスが流れた。

 

『はいスタート!どうした?本番にカウントダウンなんてねえんだよっ!』

 

 プレゼントマイクのその言葉と同時に多くの受験者が試験会場の中に向けて走っていく。その背中を見ながら唖然と口を開けるしかなかった。

 

「はぁ?」

 

「茶虎行かないんです?」

 

「出遅れたっ! って、ヒミコは行かんのか?」

 

「だって、茶虎と一緒に行きたいですから」

 

「これ試験やってわかってるんか?」

 

「いいんです。私は茶虎と一緒に行動します」

 

 その言葉に受検者たちの後を追うため地面を蹴って走る。

 

「ヒミコ、行くぞっ!」

 

「わかりましたっ!」

 

 受験者による大乱戦の中、仮想ヴィランを見つけ出すために全速力で駆け抜ける。仮想ヴィランを見つけ次第、手当たり次第に攻撃し、破壊する。

 

「ヒミコ、そっちはどうや?」

 

「大丈夫です。茶虎より多くのポイント取っていますから」

 

「言うやないか!」

 

 背中を突き合わせながら、飛び出してきた仮想ヴィランを見つけ磁石が反発しあうように互いの敵の方へ向けて弾き飛ぶ。

 

「倒れろやっ!」

 

 仮想ヴィランの周りの重力だけを20倍にして叩き潰す。最初、10倍程度で攻撃していたが、それでは流石に動けなくなる程度だった。破壊するために、より強い力を引き出さなければならず、自ずと体が重くなって行く。

 

「くっそ、これからやって時に……」

 

 仕方なく、攻撃に裂いていたリソースの何割かを自らの体を軽くするために重力を反対方向へ向ける。そうすることで、今までよりも軽快な動きができるようになった。

 

 適当に見つけたマンションの壁を蹴りあがった瞬間、目の前で壁に張り付いている者を見つけてしまい、慌てて急制動をかけ重力操作で張り付いてる者の隣、ビルの壁面へ立った。

 

「危ないやんか……」

 

「ごめんなさいね」

 

 まるで人型カエルのような少女が変わらぬ表情で話しかけてきた。少しビックリしたが、それでも精一杯の笑顔を貼り付けてその言葉に答える。

 

「こっちこそ、注意をしてなくてすまんかった。次からは気いつけるから」

 

 その瞬間だった。巨大な爆発音と共に目の前に何か巨大なものが蠢く。ここから見えるその全長は優に、この街のビルを超えていた。

 

 やばい。そう確信した。あの巨大な仮想ヴィランは確かにお邪魔虫だ。間違いない。

 

「しゃ―ない、逃げ……」

 

 次の言葉が出るよりも早く、巨大仮想ヴィランが動いた衝撃により自分たちがいたマンションが倒壊を始める。

 

 重力を反転させて壁から飛び退いた先、先ほどの少女が飛びのき貼りついた瓦礫の上から更に瓦礫が降り注ぐ。

 

「くっそ!」

 

 その時、体が考えるよりも先に動いていた。

 

 重力によって超高密度に圧縮した空気を手と足に溜めて、足に溜めた空気を弾くことで超加速で少女へと接近する。そのまま、蛙少女を左手に抱え込んで降り注いできた瓦礫を右手に圧縮していた空気によって上空へと弾き飛ばした。

 

「ケロっ!?」

 

「舌噛むぞっ!」

 

 左手で抱えた少女を脇に抱えて瓦礫が降り注ぐ場所から退避する。

 

 なんとか辿りつけた場所はギリギリ瓦礫の降り注ぐ場所の範囲外だった。

 

「助かったわありがとう」

 

「礼を言われることやないって。にしても、あれはやばいなー」

 

「大丈夫ですか!茶虎!」

 

 そこへ、事態を見ていたのかヒミコが駆けつけてきた。どうやら、相当急いで来たのだろう普段ひょうひょうとしている態度からは想像もできないほど、体に汗をかいていた。

 

「大丈夫やって、それよりアレなんとかせんと」

 

「できるのですか?」

 

「一応でんことはないけど……高さが足りん」

 

「高さですか」

 

「自分の体に超重力を纏って、自重を何千倍にも膨れ上がらせる。その威力で上空から体当たりを仕掛ければ、多分行動停止くらいにはできるはずやけど」

 

 思案しながら茶虎は地面に簡易的な図を描いて見せる。

 

「ヒミコ、悪い俺を打ち上げられるか?」

 

「うーん、ムズかしいです。もうちょっと血をもらえば頑張るけど」

 

「私も協力するわ」

 

 そんなやり取りをしていると、ふと蛙少女が口を開いた。その眼には覚悟が宿っているようにも思える。

 

「私の個性は蛙。蛙っぽい事はだいたいできるの。舌を使って貴方を投げ飛ばすくらいなら、私にもできるわ」

 

「わかった。じゃあ、ヒミコが俺とこの娘を上空へと打ち出し、君が俺を巨大仮想ヴィランに投げつける。そして、俺がアレを貫通すれば作戦は成功や。準備の時間はないしやるで」

 

 茶虎の言葉に二人が同時にコクリと頷いた。

 

「ああ、そうや。ヒミコ、血がいるやろ?」

 

 そう言って安全ピンで指を刺そうとしたところで、その手をヒミコに止められた。そして、腕にねっとりとした感触が伝わって来た。

 

 

「大丈夫です。もうもらいました」

 

「あー、瓦礫で腕切ってたのか」

 

 

 迫りくる巨大仮想ヴィランを見ながら蛙少女を脇に抱えた。

 

「では行きます。準備はいいですか?」

 

「あ、そうだ。君、上空から地上へ戻る時は……」

 

「大丈夫よ。瓦礫に舌で捕まれば無事に着地できるわ」

 

「そうか、ならええな」

 

「行くです」

 

 そう言いながら、ヒミコは自分の腕だけを茶虎の腕に変身させて二人を上空へと打ち出した。

 

 天高くへと放り出される二人。その勢いは予想以上に早く、そして予想以上に更に高くへと飛ばされた。

 

「高すぎやっ!ヒミコの阿呆!」

 

 その距離、仮想ヴィランの更に約300メートル上空。

 

「だけど、これなら狙いやすくなったわ」

 

「狙いは直上からの一撃必殺!脳天に叩きつけてくれ!」

 

「任せて!」

 

 勢いよく舌に巻き取られ、そして――。

 

 驚くほど素早く、仮想ヴィランに叩きつけるほどの勢いで投げつけられた。

 

「軌道修正の必要なし。流石、雄英受けるだけはあるな」

 

 息を整え、両手両足の全てに力をいきわたらせて、高密度に圧縮した空気を背中に纏う。

 

「超重力発動。俺は弾丸や、何よりも速く、何よりも堅く!」

 

 全身に纏う超高重力で体が軋む。だが、それでも纏った内側に体を守るための重力を張って、多少軽減する。

 

 その間に

 

「くらいやがれ!グラビティキャノン!」

 

 着弾の瞬間、あり得ないほどの轟音が響き一気に仮想ヴィランの足元まで貫通した。

 

 まばゆい閃光と共に爆発を繰り返しながら、仮想ヴィランは四散していく。

 

 かろうじで残った力を使って重力を天へと張って瓦礫を避けながら地上へと復帰する。

 

「負けるかってんだ、巨大なだけの敵なんて怖くなんてねえ!」

 

「大丈夫ですか!」

 

「大丈夫?とんでもない威力ね」

 

 仮想ヴィランの残骸の上で力なく拳を突き上げた茶虎に駆け寄ってくる二つの影。ヒミコは心配そうにしながらも突っ込んでくる。

 

「大丈夫やっ……て」

 

 笑顔で応えようとした次の瞬間。全身が軋み、体が地面に釘付けにされた。しまった。使いすぎた。そう思った時には既に遅く。体を像にでも踏みつけられているような圧力に指の一本さえも動かせなくなってしまう。

 

「うぐっ……」

 

 全身の骨が悲鳴を上げる。自分のグラビティのデメリットが自らを襲う。わかっていたが、今まで受けてきた自身のデメリットの中で最大級にまずいと頭が警告音を鳴らしてくる。

 

「大丈夫です。私がいます」

 

 そう言うと、ヒミコは先ほど怪我していたところから少しだけ血を吸って両腕を茶虎の腕へと変身させると器用に、茶虎の体を蝕む巨大な重力を相殺させる重力を作り出した。

 

「大丈夫です。茶虎、貴方は私が救うのです!」

 

 遠のいていく意識の中で、優しい声が耳に届いた。その声に安心してしまい、茶虎は意識を手放した。



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第3話 雄英高校入学試験3【E】

 夕焼けの中、目が覚めた。体を起こし周りをぐるりと見渡して、ここが保健室だということをかろうじで理解して再びベッドへと体を預ける。

 

「反動、でかかったな……」

 

 今は感じない。骨が軋むような痛みを覚えている体が少し恐怖で震えた。それを気にしないように右手を握ったり閉じたりする。限界だった。使いすぎることもこうなることもわかっていた。

 

 そして、わかった上で飛び込んだ。無視することも当然できた、そのままポイントを稼ぐこともできた。でも、それでは自分の目指すヒーローではないから飛び込んだ。

 

 人々の笑顔を守るためのヒーローになりたいから。

 

 だから、震えるな。痛みに負けるな。そう言い聞かせるように右手を強く握りしめる。

 

 見つめていた右手と反対の手に、ふと暖かい感触を覚えた。視線を移すとそっとその手に触れる手が1つ。ヒミコの手だった。無意識だろうか、本人はすっかり寝息を立てて眠っているようだ。

 

 保健室のドアが開いた。

 

「あっ、兄ちゃん起きたんや。ヒミコちゃん寝ちゃったな」

 

「おう。ご覧の通りぐっすりな」

 

「お疲れ様、お疲れ様。随分と個性を酷使したみたいだね。なんでまあ、そこまで無茶するのさね」

 

 お茶子の陰から現れた小さい老婆。雄英を受けるときの学校資料で見たことがある。妙齢ヒーロー、リカバリーガールだ。

 

「あの時……あの仮想ヴィランが現れた時やけど、みんなの顔から笑顔が消えたんや……それが見過ごせんかった……それを見過ごしたら自分がヒーローになる資格がないと思ったから」

 

 呟くようにぼそりとこぼす。

 

「それでも無茶のしすぎだね。妹さんと友達悲しませるヒーローがいてたまるかね。今度はみんなを笑顔にするように努力するんだね」

 

「わかりました。努力します」

 

「兄ちゃん、そういえばさっき蛙ぽっい女の子が兄ちゃんに渡して欲しいって手紙預かっとるよ」

 

  そう言ってお茶子から手渡された手紙を受け取ってそれを開いた。

 

『試験では助けてくれてありがとう。

 

相当無茶をしたみたいだから、しっかりと休んで療養してね。

 

貴方の行動に私も助けられて、そして勇気をもらったわ。

 

貴方たちと同じ雄英高校で切磋琢磨できることを楽しみにしてる。

 

本当にありがとう。

 

蛙吹 梅雨』

 

 その手紙を読んで思わず顔が綻ぶ。巨大仮想ヴィランを倒した事にでも、自分が無事だったことにでもなく、ましてやお礼を言われたことにでもない。自分の行動によって誰かを助けられたという事実に。

 

「どうした兄ちゃん、だらしない顔して」

 

「お茶子、兄ちゃんの笑顔をだらしない顔とかいうなや」

 

「兄ちゃん、そろそろ帰らんと」

 

「そうやな」

 

 ヒミコの手をそっとどけて、身支度を整える。動きやすい服装から、試験会場に向かってきた時の学生服へと着替えを済ませ、持ってきていた学生鞄を脇に抱える。

 

「ヒミコ、起きろ」

 

「ぐっすり眠ってて起きないね。どうする?起きるまで待つかい?」

 

「いいえ。これ以上迷惑かけるわけにはいかんので、連れて帰ります。ありがとうございました」

 

「気をつけて帰るんだよ」

 

 もう一度リカバリーガールにお礼を言ってから、ヒミコを背負って保健室を後にした。雄英高校の校門を出たところでぼそりとお茶子が呟いた。

 

「兄ちゃん、私な。今日、助けられたんや」

 

「そうか」

 

「ボロボロになりながら、助けてくれたんや。その男の子、なんか兄ちゃんみたいだって思った。でも、その男の子なポイント取れてないかもって思ったらいてもたってもいられんくなって、先生に直談判しに行ってしまったんや」

 

「お前、本当にそういうところ変わらんな……でも、ええと思う。正しいと思ったことをしたんやろ?」

 

 少ししょぼくれたような表情をするお茶子の頭を撫でる。

 

「しょぼくれんな。正しいことをしたんなら胸を張れ。自分は間違ってないって。それとも、先生への直談判は間違ったことなんか?」

 

「違う。兄ちゃん、私正しいことしたんや。決して間違ってなんかない」

 

 お茶子の眼は力強く否定した。だから、続けて口を開いた。

 

「だったら、胸張れや。でも、よお頑張ったなお茶子。勇気出して行ったってことはわかる」

 

 わしゃわしゃとお茶子の頭を撫でて、ヒミコを背負い直す。

 

「ありがと兄ちゃん。ヒミコちゃんも相当頑張ったんやね、起きないなんて珍しいな」

 

 そう言いながら、お茶子はヒミコの頭を優しく撫で始める。目を細めて、まるで妹をあやすかのように優しい手つきだ。

 

「ヒミコちゃん、兄ちゃん助けてくれてありがとうね。兄ちゃんがこの程度の怪我で済んだの、ヒミコちゃんのお陰やって聞いたんや……だから、ありがとう」

 

「そんな、恥ずかしいことは起きてから言ってやれ。俺も、ちゃんと起きてから言わんとな」

 

 そんなことを話しながら二人で笑いあう。背中ではまだ規則正しい寝息が続いていた。

 

「それとな、兄ちゃん。学校合格したら、方言直してよ。ちょっと恥ずかしいから」

 

「そんなこと言うたって治るもんでもないやん。生まれてから、標準語なんて使って生きてきてないんやし」

 

「父ちゃんも母ちゃんも訛ってるから、兄ちゃんくらい標準語で話してやーお願いやから。おーねーがーいーやーかーらー」

 

「しゃーない。妹の頼みやで頑張ってみるけど、変になっても笑うなや?」

 

「それは約束できかねるかな」

 

「勘弁してくれ……」

 

 そう言いながら、携帯電話でヒミコの実家の最寄り駅までの時刻表を立ち上げる。スマホではないので、起動が遅いがそれでも駅に着くまでには立ち上がるだろう。

 

「ヒミコを家に送り届けて、そっから新幹線乗って名古屋で乗り換えて、家か。結構かかるなー」

 

「兄ちゃん、方言出てるよ」

 

「もう始まってんのか……」

 

 笑いながら話すお茶子に少し、うんざりするように首を落として、帰り道を歩きはじめる。夕日はもう沈みかけていた。



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第4話 入学準備

 試験が終わり家へ向かう新幹線乗ったところで、お茶子がふと口を開いた。

 

「兄ちゃん、さ。合格できたと思う?」

 

 その言葉が重々しく茶虎の耳に刺さった。

 

「どうして、そんなことを聞くんや……」

 

「また、方言。直してっていっとるやん」

 

「そういうお茶子も、方言やないか」

 

「私はちゃんと切り替えできるからええの。兄ちゃん、そういうとこ私より不器用なんやから注意せなあかんよ」

 

「わかったよ。気をつける……合格できてると思う、か」

 

 お茶子に言われた言葉を口の中で反芻する。そして、新幹線の車窓から見える景色を見ながら自分の獲得したポイントを思い出していた。

 

「たぶん、不合格だろうな……獲得ポイント19だったから。筆記は大丈夫だろうが、いかんせん実技はダメダメだったし」

 

「でも、兄ちゃん凄く満足そうな顔しとるよ」

 

「別にヒーロー科じゃなくても、雄英に入ることはできる。雄英じゃなくてもヒーローを目指す事はできる。けど、父ちゃんや母ちゃんの迷惑になりたくないからせめて国公立のヒーロー科が良かったんだけどな」

 

 そう言って、一旦言葉を区切ってこちらを見つめるお茶子の方を見る。

 

「人助けして、お礼をもらえたんだ。試験に合格するために、見捨てることなんてできないからな。蛙吹さんにお礼をもらえただけで満足したんだよ……いや、満足しちまったって言った方が正しいのかもな」

 

「満足しちまった?」

 

「合格できなくて悔しいなんて考えよりも、助けられて良かったって感情の方が大きかった。だから、満足しちまった後悔はなくもないが、これでよかったんだよ俺は」

 

「なんとも兄ちゃんらしいね」

 

「不器用な生き方しとるなーって俺も思うんやけどな」

 

 そう言って苦い笑いを浮かべる。新幹線から夜景を見ながら、自分が目指すヒーローという職業に対してもの思いにふける。

 

 誰かを助け、笑顔にする。そのために、対価が必要ならばせめて自分くらいかけられるそんなヒーローになりたい。

 

「私も、28ポイントくらいしか取れとらへん……合格したいな」

 

「どこも激戦やったからな。でも、今回一般入試の定員が40人ってなんでやろな?」

 

「ヒーロー科の人数増やしたんやないの?」

 

「そうかもしれんな」

 

 そこからはずっと無言で家まで辿りついた。

 

 それから一週間後。

 

 学校も休みなので、家でくつろいでいると友達と外へ遊びに行っていたお茶子が慌てたようにドアを開いて部屋へと入って来た。

 

「お茶子、兄ちゃんの部屋に入るときはノックせえっていっとるやろ」

 

「兄ちゃん!そんなことより、これ!」

 

「そんなに慌てて、その手紙がどうかしたんか?」

 

「兄ちゃん、雄英高校からの手紙やて!手紙!」

 

「受験の結果か!」

 

 その言葉に、慌てて寝転がっていたベットから飛び降りて、お茶子の元へと駆け寄った。お茶子の手に握られているのはどうやら同じような封筒だ。

 

「ほら、こっちが兄ちゃんのやよ。じゃあ、私も自分の結果見てくる!」

 

 お茶子は片方の封筒をこちらへと手渡すとそそくさと部屋へと帰って行ってしまった。

 

「結果……か」

 

 自分の中でできることは全てやったし、もちろん後悔はあるが正しいことをした。けれども、不合格であろう結果を見るのには少し、いや、かなり抵抗が大きかった。

 

「まあ、でも。これが俺のした結果やし、見なあかんよな」

 

 一息呼吸を落ちつけてからその封筒を開封した。

 

 その瞬間、プロジェクターによって投影されたオールマイトによって、言葉が出なかった。

 

 そこからはただただ目の前の映像を見ることで手いっぱいで口を開くこともできずに、その映像に見入ってしまった。

 

 曰く、雄英の教師にオールマイトが就任したこと。曰く、ヴィランポイントとは別にレスキューポイントと言うのが振り分けられていたこと。曰く、担当していたプレゼントマイクによって推薦入学者の数を除外しないまま定員を40名に設定してしまっていたこと。そして、何よりも雄英高校に合格したこと。

 

「っ~……」

 

 あまりの喜びに言葉が出なかった。正しいことをした結果、それが認められたことはやはり嬉しかった。そして、もう一つ。

 

 巨大仮想ヴィランを倒した受験生がもう一人いたこと。それも、どうやらお茶子を助けてくれた少年のようだった。

 

「兄ちゃん!!」

 

「だから、ノックくらいせえ!」

 

 再び、ノックもなしに部屋へ侵入してくるお茶子を叱る。が、その嬉しそうな顔を見れば結果はうかがい知ることができる。

 

「やったよ!兄ちゃん、私合格した!兄ちゃんは!?」

 

「俺も合格した!やったな、お茶子!」

 

 ハイタッチをして喜びあい、両親へ報告した。それからヒミコへと電話をかけた。しばらく電話のコールが鳴った後、電話がつながる。

 

「はい。トガです」

 

「ヒミコ、試験の結果はどうやった?」

 

「……でした……」

 

「なんて?」

 

 電話越しの声が小さくて、何を言っているか聞き取れなかったので聞き返す。すると大泣きしたのかぐずぐずになりながら鼻水をすする音が聞こえてきた。

 

「茶虎!私……合格したです!茶虎とお茶子ちゃんと頑張ったこと、無駄じゃなかったです!茶虎は……お茶子ちゃんは、ちゃんと合格しましたか?」

 

「ああ、合格だったよ」

 

 静かに、落ち着かせるように優しく発した言葉に思わず再び喜びが込み上げてきた。これで、三人そろって雄英高校に通うことができる。

 

「それで、ですね。お茶子ちゃんに代わってもらってもいいですか?」

 

「いいけど、かけ直した方が早いと思うんやけど……まあ、ええわ。変わるな」

 

 そう言ってお茶子の部屋に行き、電話を替わった。

 

 そうして、一時間以上電話が帰ってこないことを不思議に思い、リビングへと行ってみると自分の電話を何故か母親が持っており、そして誰かと通話してるのか畏まった話し方をしていた。

 

「なあ、兄ちゃん。向こう行ったら、三人暮らしになるんやってやったな!」

 

「三人?」

 

 その言葉にしばらく思案するとまさかと思い、目をハッと開く。

 

「まさか、それって……ヒミコかっ!」

 

「そうやって、三人でのルームシェア楽しみやなー」

 

 段々と気が気じゃなくなってきたが、それでも雄英高校という舞台に立つことができた事実に。三人そろって通えるという事実に。嬉しくなって、ルームシェアのことがちっぽけなことに思えてきた。

 

 帰ってこない携帯に後ろ髪を引かれる思いを残しながら部屋へと戻った。

 

 春から始まる雄英高校での生活に胸を躍らせながら。



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第5話 ルームシェア1

 合格発表があってからは速いもので、卒業前に雄英高校の近くで賃貸アパートを探した。3LDKの少し狭い安アパートだったが、渡我家と麗日家の話しあいの末、家賃は渡我家が3分の1を麗日家が3分の2を負担することで落ち着いた。

 

 それから卒業前のちょこちょこと荷物をまとめアパートに送ると、ヒミコやヒミコの両親が荷物を受け取ってくれる手はずになっている。

 

 そんなこんなであっという間に時は過ぎ、卒業をした翌日には友達や家族に見送られながら、再び新幹線に乗って雄英高校がある都心までの道のりを走っていた。

 

 三月だけあってまだ外は肌寒いが新幹線の中は少し暖かすぎるほどに暖房が利いている。

 

「今日から三人暮らし、楽しみやなー兄ちゃん」

 

「それも楽しみやけど、荷ほどきせなあかんから遊ぶのはしばらく後やな」

 

「荷ほどきなんて後でもできるやん!今日くらい遊ぼうや」

 

「ダメや。先に荷ほどきしとかんと後で困るからな」

 

「兄ちゃん、ケチやなー」

 

「やることやってから遊べばええやん。受験も終わったんや、学校始まるまでは多少は遊べるしな」

 

 そんな他愛のない会話をしながら新幹線を降りて在来線に乗り換える。そうこうしているうちに気がつけば降りなければならない駅へとついていた。慌てて電車を降りて、駅の改札を出たところで待っていた私服のヒミコが駆け寄ってきた。

 

「お茶子ちゃん!茶虎っ!久しぶりです!」

 

「ヒミコちゃん!久しぶり!」

 

「久しぶりやなヒミコ」

 

 駆け寄ってきたヒミコはお茶子に抱きついて頬ずりを始めた。一カ月と少し会わなかっただけだが、それでも寂しかったのだろう。

 

 その間もお茶子とは電話でやり取りしているのを何度か聞いていたが、それでも実際に会うのと電話越しでは違うのだろう。

 

「私たちこのままアパート向かうんやから、アパートでまってても良かったのに」

 

「これから二人と一緒に生活できるのを考えたらいてもたっても居られなかったです!」

 

 嬉しそうにする二人を見ながら、その横を通り過ぎ振りかえって、ヒミコに向けて手を差し伸べる。

 

「ほら、アパートへ急ごうぜ」

 

「はい!行きます!」

 

 ヒミコがその手を握り、反対の手をお茶子へと差し出した。

 

「お茶子ちゃんも!」

 

「うん!」

 

 そうして三人で手を繋ぎながらアパートへと向かう道を歩き始めた。雄英高校から2駅離れたこの場所が三人で生活する新しい拠点だ。

 

 駅から10分ほど歩いたところで、目的のアパートが見えてきた。見た目は改装して、そこそこ綺麗な見た目になっているが、それでも築35年と言う事で少しぼろい様な印象を受ける。

 

 このアパートの3階の角部屋が三人で生活するために借りた部屋だ。いや、正確には借りてもらったが正しいが。

 

 ヒミコとヒミコの両親が茶虎やお茶子が調べた情報を実際に行って不動産屋で内見し、契約をしてくれた。本当に、ヒミコの両親には頭が上がらない。

 

「でねでね!まだ誰がどの部屋か決めてないじゃないですか!二人はどの部屋がいいです?」

 

 ヒミコが玄関を開けてくるりと半回転して可愛らしくこちらに向きなおすなりそんなことを言った。

 

 玄関から廊下を通ってリビングに抜ける通り道に一部屋。リビングから直接つながっている部屋が二部屋の計3部屋どの部屋にもベランダがついていて洗濯物に関してもそれぞれで管理ができるためなにかと便利そうだとそんなことを思った。

 

「俺は廊下と繋がってる部屋がええわ。それに、ヒミコとお茶子が隣同士の方が何かと便利やろ」

 

「じゃあ、茶虎がここの部屋希望ってことでいいのです?」

 

「私はヒミコちゃんの隣でええよ」

 

「私もです!お茶子ちゃんの隣がいいです!」

 

 あっという間に部屋割が決まったことで、荷ほどきの作業に入る。思ったよりも作業が難航し、誰も荷ほどきを終えられない状況の中、そろそろ夜の7時を時計の針が刺そうとしていた。

 

「飯ーって、この状況じゃ何か作るわけにもいかんか……」

 

 リビングは荷ほどきされた後の空段ボールで埋まっており、キッチン用品などもまだ段ボールから出されてすらいない状況だった。

 

 そもそも、共用スペースよりも自分たちの部屋を優先させて片付けてしまったのは間違いだったのではないかという疑問を覚えながらも仕方なく、段ボールの中から鍋を引っ張り出して水を張って火にかける。

 

 その間も二人は作業を続けているようで部屋の中から物音が聞こえ続けている。

 

「体に悪いなんて、そんなこと言われてもこれの美味しさには……かなわんやろ」

 

 お湯が沸いたのを確認して、両親に持たせてもらったカップ麺を三つ取り出し、手順に沿ってお湯を注いでいく。白い湯気がなんとも美味しそうな匂いを鼻にまで運んで来てくれる。

 

「めっちゃ腹減った」

 

 お湯を注いで待っている間に、先にセットだけしておいた電子レンジの中にレンジで温めるだけのご飯を2つ入れて温め始める。

 

 そうこうしているうちに、匂いに連れられて野生の獣のような目を二人が部屋から現れた。相当お腹がすいていたのだろう。何故か、手にはマイ箸が握られている。

 

「机の上も荷物だらけやから、てきとーに地面座って食うしかないな」

 

「行儀悪いけど、今日くらいいいよね」

 

「やったのです!ようやく、ご飯が食べられます!」

 

 三人そろったところでいただきますをしてご飯を食べ始める。自分だけはマイ箸を部屋のどこかの段ボールの中に埋もれてしまっているため割り箸だが。

 

 それでも三人で暮らしはじめて初めての夕食がカップ麺になるとは思わなかった。こっそり、父親が出かける前に三人で夕食を食べるためにと渡してくれたお金は明日の夕食にでも使おうとそっと思う。

 

 あれは会社の経営がままならない両親が子供たちのためにと思って渡してくれた大切なお金だから、しっかりと大切に使わなければならない。

 

「美味しいです」

 

 麺を勢いよく啜りながら恥ずかしげもなく大きく吐息を漏らすヒミコを見て思わず笑顔になる。それはお茶子も一緒だったみたいで、三人でそっと微笑みあった。

 

 これから、学校生活も私生活も三人でいることが多くなりそうだなんてそんなことを思いながらふと、試験会場で出会った蛙吹さんが合格できているのかなんて疑問を胸の中に抱いて、みんなと仲良くできたらいいなんてことを思った。



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第6話 ルームシェア2:理由

 寝苦しさによって目が覚めた。堅い床、寒く、電気もつけっぱなしの部屋。昨日、引越しの荷ほどきの最中に寝てしまったのだと、寝ぼけた頭で思い出しながら体を起こした。

 

 体が疲れているのだろう。昨日の夜、荷ほどきの作業をしながら日課である個性を限界ギリギリまで使う訓練をしていて、その途中から記憶がない。体は多少だるい程度で問題なく動くことから限界を超えてしまってはいないようだった。

 

「今、何時や?」

 

 大あくびをして目覚まし時計を見るとまだ午前6時を少し過ぎたところだった。

 

 もう一度寝るにしても、布団を出していないので出す手間を考えれば荷ほどきの作業を再開した方がよさそうだ。

 

 しばらく荷ほどきをしていてぼーっとしていたのだろう。段ボールの中に入っていた小学生の卒業制作で作ったオルゴールを手にとって三段ボックスの上に置こうとした瞬間、距離感がつかめず手前に落してしまった。

 

 地面にぶつかる瞬間、個性を使いなんとかオルゴールがフローリングに当たるのを防ぐ。冷や汗を少し流して、再び三段ボックスの上に置きなおす。

 

 そうしたところで、一枚の古い封筒が足元に転がっていることに気がついた。

 

「あー、懐かしいな」

 

 その封筒の表面には綺麗な字で麗日茶虎様、お茶子様と連名で綴られていた。大人が書いた綺麗な文字。本文自体は難しい言葉が使われているが、今でもその内容は覚えている。

 

 そして、それは自分が明確にヒーローを志した理由でもある。

 

「今見ても綺麗な便箋やわ」

 

 封筒から中身を取り出して、裏面を見てみるとヒミコの住所とヒミコの両親の名前。そしてその横には小学生のミミズが這ったような少し汚い字で『渡我被身子』と書かれていた。

 

『麗日茶虎様、お茶子様

 

先日は家に来てくれてありがとう。君たちのお陰で目が覚めました。今まで被身子が動物の血を吸ったりしているところを私たち夫婦は度々見てきたたび、見て見ぬふりをして被身子に「どうして普通にできないの」という言葉をぶつけてばかりでした。

 

しかし、君たち二人がうちに来て被身子が一人で苦しんでいること、それが被身子の個性だと言うことを受け入れてくれた君たちだからこそ私たちも気付かされました。

 

我が娘のことながらお恥ずかしい話ではありますが、あれから被身子ともしっかりと話し合い。被身子が自分が普通じゃない事に苦悩していたこと、普通を押しつけていたことを本人の口から聞いて、これからについて考えました。

 

君たちがいなければ被身子はヴィランになっていたかも知れないと思うほど、確かに娘は異常でした。ですが、その個性を受け入れた上で、否定せずしかし、人の迷惑になることを注意することで、被身子がこれからも危うい橋を渡らないようにしていくつもりです。

 

君たち二人は私たち家族にとってのヒーローです。本当にありがとう』

 

 全文を読み終えて、一息ついて懐かしさと感動に思わず口角が上がる。手紙の中に同封されている渡我家三人で映った笑顔の写真。三人とも泣きはらしたような跡があり、話し合いが苛烈だったことがわかる。

 

「誰かを笑顔にする、それこそが俺の目指すヒーロー像……よっしゃ!今日も頑張るかっ!」

 

 そう張り切って再び荷ほどきの作業に戻るのだった。

 

 結局、リビングなど全ての荷ほどきが終わるのに要した時間は三日間だった。その間にいくつか進展したことがあった。

 

 一つはバイト先が決まったこと。20社受けて受かったのは1社だったことにはビックリしたが。

 

 どこの会社も雄英高校のヒーロー科に所属しているということで、勉学を優先しなさいという回答ばかりだったが、自分の両親とヒミコの両親に生活費を出してもらっている手前、それだけに頼りすぎるのはよくないと二人に内緒でバイトを始めることにした。

 

 生活費の管理はその辺を厳しい目線でやってくれるお茶子に任せるつもりではいるが、生活費というのも馬鹿にならないので多少は自分で稼ぐことで生活の質を上げる必要がある。おもに食生活的な部分で。

 

 もう一つは被服控除申請のことだ。ヒーローコスチュームをデザイン会社が作ってくれるということで全生徒出すのだが、これも昔から決めていた。材質等の指定もできるそうで炭素繊維を編み込んだ特殊合金製のコートとコートの下に着る軽装の鎧、それから武器一式のデザインを送っておいた。

 

 ヒミコも何やら考えがあるようで、それを送っていたがお茶子は酔い止めのツボを抑えるものという以外細かい指定はしていないらしい。

 

 変なのにならないといいが。

 

「そろそろ、昼飯の時間かー」

 

 そんなことを思いながら部屋を出るとリビングから良い匂いが漂ってきた。

 

 今日はヒミコが初めて料理を担当する。少し、大丈夫かと不安が残るがこんなに良い匂いがするなら大丈夫だと信じたい。

 

「あっ茶虎!もうすぐできるのです!」

 

 リビングを開け放つと四人掛けのテーブルに顔をぐったりとつけてくつろいでいるお茶子といつもの二つ縛りの団子をほどいて髪を降ろして白いかっぽう着をきて料理をしているヒミコがいた。

 

「兄ちゃん、めっちゃ美味しそうや。ヒミコちゃんの料理」

 

 お母さん通り越しておばあちゃんの格好やないかという言葉を住んでのところで飲み込んだ。意外なまでにそのかっぽう着姿が似あいすぎている。

 

「そんな格好もするんやな」

 

 普段の今時のギャルっぽいイメージからは想像もできないほどヒミコは良妻の才能があるのではないかという疑問を抑えて自分の椅子に腰かけた。

 

「どれも美味そうや」

 

 食卓に並べられたのは焼きそばなどの簡単に安くできる料理ばかりではあるが漂う香りが鼻孔をくすぐり、お腹の虫の食欲を更に掻き立てる。

 

「ごめんなさいです!食材なくて簡単なものしかできないですけど」

 

 笑顔のまま少し申し訳なさそうにするヒミコに大丈夫だと手を振ってヒミコも早く席に着くように誘導する。

 

 かっぽう着で中華というちぐはぐさがなんともヒミコらしいなどと思いながら、いただきますをして食卓を三人で囲む。

 

 料理の味は予想を遥かに超えるほど絶品で、このままずっと料理担当をしてもらおうと思うほどだった。

 

「美味しいです?」

 

 しきりに何度も聞いてくるヒミコにお茶子と二人で流石に聞かれる回数が多すぎてうんざりするが、それを帳消しにする美味しさに何も言えなくなりただ一言。

 

「すごく美味いよ」

 

 と返すしかできなかった。



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第7話 個性把握テスト1

 四月になり、ようやく本日から雄英高校に通えることとなる。

 

 持ち物の準備は前日に終えていたので、洗面所で身だしなみを整えてリビングで朝食の準備を始めようとして一つのプレゼント用に包装された箱が机の上に置いてあったことを思い出した。

 

 慌てて、それを手に持って改めて朝食の準備のためにリビングへと向かった。朝食は簡易的なトーストや目玉焼きなども良かったが、元々の食生活が和食がメインだったためやはり朝食は和食が良かった。

 

 昨夜のうちに準備していた味噌汁を温めて、三人分の魚をグリルで焼きはじめる。白米も既に昨夜のうちにセットしていたので、後十分もすれば炊きあがるだろう。

 

「おはようございます。茶虎」

 

「兄ちゃん、おはよう」

 

 魚が焼けはじめ香ばしい匂いが漂い始めた頃、既に準備を整えたリビングへ顔をだした。二人とも、既に制服姿で、すぐにせっせと茶碗を並べたりし始めている。

 

「そうだ、お茶子」

 

 配膳が完了したところで、先ほどの包みをテーブルの上に出す。そのプレゼント用の箱を不思議そうに見つめる目が二つ。当然、お茶子の目だ。

 

「兄ちゃんからの入学祝いだ」

 

 そう言ってお茶子に開けるように促す。

 

「なにこれ?兄ちゃん、入学祝とか買うお金あったん?」

 

 そんなことを言いながらもわくわくするように箱を受け取るお茶子。隣のヒミコは既に中身を知っているため、ニヤニヤとした笑顔でお茶子を見つめている。

 

「一体なんなん?本当に……」

 

 そうして包装を剥がし終えた後、お茶子の目が急激にキラキラと輝き始めた。

 

 そこにあったのは今時の高校生ならば誰しも持っている物だ。女子高生の必須アイテムと言っても過言ではない。

 

「スマホやん!兄ちゃん、どうしたんこれ!」

 

 感極まってスマホの箱を抱きしめながらお茶子は嬉しさからか舞い上がって、くるくるとその場で回り始めた。

 

「茶虎と選んだです。どれがお茶子ちゃんに会うかなって」

 

「まあ、父ちゃんと母ちゃん、説得して通信料をこっちで負担するってことで納得してもらったんやけどな」

 

 そこまで言った瞬間、お茶子の顔に陰りがさした。

 

「でも、私そんなん払えるお金もっとらん……」

 

「そこは素直にありがとうでいいんです。お茶子ちゃん」

 

 心配そうな表情をするお茶子に、ヒミコがそっと言葉をかける。いつもとは逆で、今はヒミコの方がずっと年上の姉のように見えた。

 

「金の事なら心配すんな。兄ちゃんに任せとけ」

 

「そうです。茶虎なら上手くやってくれます」

 

「兄ちゃん……ヒミコちゃん……本当にありがとう!」

 

 感動の涙を流しながら、お茶子は隣のヒミコに抱きつく。それがほほえましくて、どうしようもなく笑顔がこぼれてきた。

 

「ってことは兄ちゃんもスマホに変えたん?」

 

「いや、俺は今まで通りガラケー。別にスマホにする意味もないからな」

 

 そう言って制服のポケットから自分の携帯を取り出す。今時珍しい、二つ折りの携帯電話だ。あちらこちら塗装が剥げているが、これはお茶子の今まで使っていた携帯電話も同じだ。

 

「私だけスマホって……」

 

「お茶子ちゃんだけじゃないです。私もスマホです」

 

 そう言ってお茶子と同じ機種の色違いのスマホを自分のポケットからヒミコは取りだした。スマホは可愛らしいケースで守られており、一つだけストラップがくっついていた。

 

「俺は良いから、スマホの使い方はヒミコに教えてもらえ……それと、えーっとなんだっけ開通テスト?とかなんとかしなきゃあかんみたいやで、ようわからんからそれもヒミコに聞いてや」

 

 もうそのあたりの説明は購入するときに聞いたがさっぱりわからなかったので、諦めた。

 

「兄ちゃん、また方言でとるよ……でも、ありがとう!」

 

「よしよし、それでいいのです」

 

 素直にお礼を言うお茶子の頭をヒミコは優しく撫でる。

 

「なんか最近ヒミコちゃんに頭撫でられてばっかやな私。ダメやな、今日からもっと頑張らなあかん」

 

「それはダメなことじゃないです。自分の感情に素直で入れることはとてもいいことです」

 

 どこか思うところがあるのだろうヒミコは目を伏せる。

 

「それより、早く飯食わんと冷めてまうぞ」

 

 茶虎の言葉に三人での朝食を始める。今日から名門雄英高校ヒーロー科に通えるのだ。

 

 談笑しながらゆっくりと朝食を食べれば出発の時間が近づいてきていた。朝食を食べ終わり、歯を磨いて忘れ物のチェックを行う。一通り、準備が完了して三人そろって駅への道を歩き始めた。

 

「はー、緊張するー」

 

「どんな子が一緒のクラスになるか楽しみです!」

 

「推薦入学者ってどんな奴らなんだろ……」

 

 三者三様、自分たちの考えを口にしながら歩く。

 

「推薦入学者の枠って二人だったよね?やっぱり、凄く強いのかな?」

 

「せめて在学中に一回は勝負して勝ちたいなー」

 

「兄ちゃん、気合い入りすぎ。そんな勝負だなんて」

 

「でも、きっと模擬戦闘とか沢山やるんですよ。楽しみだなー」

 

「良いじゃん。意気込みって大事やし」

 

「それはそうやけど~!」

 

「ヒーローになるためのライバルになる可能性だってあるんやし!」

 

「茶虎、興奮しすぎて方言出てます。お茶子ちゃんにまた言われてしまうのです」

 

「あー、そうだった。そうだった。よし、頑張るぞ」

 

 謎の気合いを入れながら歩く茶虎の背中をヒミコが思い切りバシバシと叩き始めた。それが絶妙に痛くて、思わずうめき声が漏れた。

 

「何すんのやヒミコ!」

 

「何って気合い入れたんですが?」

 

「物理的に気合い入れてどうすんのや!精神的に頑張ろうとしてるとこに、そんなん喰らって面喰ってまったわ」

 

「本当に何してるの二人とも」

 

 思わず噴き出したお茶子が笑う。その顔は先ほどまでの緊張した顔ではなく、いつも通りの顔だった。もしかして、これを狙ってヒミコは自分の背中を叩いたのかとも思ったが、楽しそうに背中を叩き続けるヒミコを見て勘違いだと気にすることをやめた。

 

 これから、三年間。この通学路を通ることになるなと思いを馳せていると駅へと辿りついた。

 

 これに乗ればもう雄英高校はすぐそこだ。



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第8話 個性把握テスト2

「広いなー」

 

「広いな」

 

「広いです!」

 

 ようやく辿りついた学校の前で三人ほぼ同時に口を開いた。入学試験の時から広いとは思っていたが流石雄英高校、校舎の広さも桁違いだ。

 

「1-Aどこやろ?」

 

「三人とも同じクラスでよかったです!」

 

 談笑しながらクラスの前までやってくると何やら騒がしい声が教室の方から聞こえてきた。既に扉は開かれており、緑の癖っ毛の髪の男の子が扉の前で突っ立っている。

 

 その奥から除く、真面目そうなメガネの男子生徒を視界にいれたところで、気がつけばお茶子が先に緑の髪の男子生徒に声をかけていた。

 

「そのモサモサ頭は」

 

「なんだ、知り合いかお茶子?」

 

「うん、入学試験で助けてくれた人!」

 

「ああ、そうだったのか。君」

 

「は、はいっ!」

 

 緊張してるのか、急に姿勢が良くなった少年の目を見ながら姿勢を正して真っすぐに一礼した。

 

「ありがとう。お茶子を助けてくれて」

 

 そう茶虎が言うと、続けて隣にいたヒミコが満面の笑みで少年の手を握る。

 

「本当にありがとうです!おかげでお茶子ちゃん大した怪我しなくてすみました!」

 

 感謝からなのか少年の手を取ってぶんぶんと振り回すヒミコをそろそろ止めなければと思った時、後ろに蠢く影を見つけて思わず反射的に飛びのいてしまった。

 

「お友達ごっこしたいなら余所へ行け」

 

 まるで芋虫のように黄色い寝袋に入り無精ひげを生やした男が、文字通り寝っ転がっていた。転がっていたのか、寝ていたのかは定かではないが。その眼に生気はなく、どことなく不気味な印象を受ける。

 

「それ楽しいです?」

 

 寝袋のチャックを少しだけ開けてゼリー飲料を飲んでる男に向かってヒミコは笑顔でそんなことを問いかけた。

 

 流石の雄英にヴィランが入り込むことは考えづらいから、先生かとも思ったが先生にしては身なりが明らかに今まで見てきた先生のそれとはまったく違う。

 

 まずいと思い、そのままヒミコの首根っこを掴んで教室の中へ入っていく。少し乱暴かもしれないが、相手が教師だった場合ここで機嫌を損ねるのはこれからの学校生活に支障をきたす事になる可能性が否めない。

 

 今は他の予想を肯定できるだけの要素がないため黒板に書いてある座席表を見ながらヒミコを椅子に押しこんで、自分も同じように席についた。

 

「担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

 寝袋を脱いで自己紹介を始める相澤先生。やはり、先ほどヒミコを引き離したのは間違いではなかったと内心で茶虎は安堵のため息をついた。

 

「早速だが、これ着てグラウンドに出ろ」

 

 そう言って相澤先生が手に持っていた物は体操服だ。その有無を言わせない態度にクラスの生徒が自分の体操服を持って更衣室へと向かって歩き始める中、ふと相澤先生が口を開いた。

 

「渡我被身子。そう言えば、お前は去年は雄英受けてないんだったな。どうして、今年は受験した?」

 

「私は茶虎とお茶子ちゃんと学校に通いたかったです。だから、去年は受けてません」

 

 さらっと先生の質問に答えを返す。まずいことになりそうだという思いがわいてくるが、我慢してこの場の流れに身を任せるしかない。

 

「やっぱり合理性に欠ける答えだ。ここはそんな考えでやっていけるほどヒーロー科は甘くないよ」

 

 それだけズバッとヒミコに告げると、相澤先生は教室を後にしてどこかへ歩いて行ってしまった。すぐ隣で、悔しそうな顔をするヒミコは茶虎にだけ聞こえる声で呟く。

 

「それだけの考えでここにいるわけじゃないです……」

 

「だったら、見返してやればいい。それをするのが生徒である俺たちの仕事や」

 

「そうです!絶対見返してやるです!」

 

 その返答を聞いて自分の唇の端が自然と持ちあがるのを感じた。

 

 更衣室へと入りささっと着替えを済ませ、みんなに続いてグラウンドへと向かう。全員がそろったところで再び相澤先生が口を開いた。

 

「個性把握テストを行う」

 

「個性把握テスト?」

 

 相澤先生の言葉にクラス全員の同時に叫びを上げる。

 

 お茶子が入学式やガイダンスはどうするのかという質問をするが、相澤先生は悠長なことしていられないと言った。

 

 概要は中学でもやっていた個性使用禁止の体力テストの個性を使用版。爆豪と呼ばれた生徒が相澤先生に呼ばれてソフトボール投げを行う。

 

 どうやら爆豪の個性は爆発させる個性のようでソフトボールが手から離れる瞬間に爆発を発生させて、その爆風でより遠くまで飛ばしているようだった。投げる瞬間不穏な言葉を言っていたが、その結果は705.2mという結果だった。

 

「面白そう!」

 

 ピンク色の体の少女がその言葉を放った瞬間、相澤先生の雰囲気が変わった。これはまた不味いことがおこりそうな予感がして、茶虎は固唾をのんだ。

 

「面白そう……か」

 

 そこから少し説教じみた言葉を放った後、よしと言って相澤先生は言葉を紡いだ。

 

「八種目トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し、除籍処分としよう」

 

 その言葉に、ぞわりと背筋に悪寒が走る。

 

「生徒の如何は俺たちの自由。ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ」

 

 その言葉にお茶子が反論したが、それが意味のないことだと言うことは今までの相澤先生の言葉から十分過ぎるほどわかる。

 

 恐らく、最下位除籍という言葉も真実なのだろう。相澤先生の話しに耳を傾けつつも、自分やお茶子はともかくとして、そもそもの身体能力が低いヒミコの心配が先に来てしまう。

 

 そもそも個性の特性上、ヒミコの個性は通常の茶虎やお茶子の個性とは違い。単体ではあまり意味をなさない。誰かの血液があって初めてその真価を発揮するものだ。

 

 今までヒミコが摂取したことがある血は茶虎かヒミコ、それとヒミコの両親の血のどれかだ。また、ヒミコは個性の特性上めったに個性を使用することができないでいる。

 

 今まで摂取した血液から力を得られるわけではなく、今ここで誰かの血液を飲まなければいけない。それこそ、この個性把握テストでは至難の技だろう。

 

「どうしたもんか……」

 

 手持ちに針や今すぐ血を出せる道具がない以上、ヒミコに自分の力を分け与えることは絶望的だ。だが、それでも除籍処分にさせるわけにはいかないと諦めるわけにもいかず始まった50m走を見る。

 

 自分の番を走り終えて、50m走が終わる最後の走者が準備をしているタイミングで目にしたもので思いついた。

 

 これならば何とかなるかもしれないと。彼女の個性を借りれさえすれば。



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第9話 個性把握テスト3

「ちょっと良い?」

 

 そう言って声をかけたのは先ほどの50m走を個性で作りだしたスクーターで走り切った少女だった。ふと、運転免許証は持っているのだろうかなどというどうでもいいことを考えていた。

 

 お茶子に言われたように、なるべく方言を出さないように気さくに話しかける。

 

「どうかいたしました?」

 

 その返答を聞いた瞬間、一瞬頭の中がフリーズした。今時、こんなザ・お嬢様な口調でしゃべる人がいたのだという事実に。

 

 だが、背に腹は代えらないので、気を取り直して再び口を開いた。

 

「君の個性で、ちょっと作ってもらいたいものがあるんだ」

 

「何を……ですの?」

 

 一瞬いぶかしんだ表情を浮かべる少女。どうやら体力テストの不正を疑われているような、そんな視線だ。

 

「針とか安全ピンとか画鋲とか……」

 

 言っていて段々と自分が口にしているものが、妨害工作に使えそうなものだと気がついて慌てて修正するために言葉を続ける。

 

「一つでいいんだ。ちょっと、俺の友達の個性が特殊でさ。血液が必要なんだよ。少しの量でいいから、分けたくて」

 

 いぶかしんだ目を今度は呆れ顔に変えて、少女はため息をついて話しはじめた。

 

「そういう事ならわかりましたわ。妨害工作や不正行為と言うわけではなさそうですし」

 

 そう言って、少女は一瞬で作ってくれた注射針を渡してくれた。

 

「なるべく貴方が痛い思いをしないように細いものにいたしました。お友達のためと言われては断れません」

 

「ありがとう」

 

 少女の名前を呼ぼうとして、まだお互いに自己紹介すらしていないことを思い出した。ヒミコのことで頭がいっぱいになっていたようだ。

 

 戸惑っているのを悟られないように言葉を紡ぐ。

 

「俺は麗日茶虎。よろしく」

 

 言いながら握手を求めるように手を差し出すと、そっと少女もその手を取ってくれた。

 

「八百万百ですわ。これからよろしくお願いいたします」

 

「おい、次握力測定。麗日茶虎」

 

 握手を終えてお互い手を離したタイミングで相澤先生が自分を呼んでいた。

 

「握力か……」

 

 握力計を右手で持って上下からできるだけ強い引力をかける。そうすることで手を傷めることなく、段々と握力計が締まっていく、ギリギリという感触と共に力を咥え続けると急に手に感触が無くなった。

 

 それと同時に何かが壊れる音が聞こえる。

 

「握力計の破壊により計測不能だ。1t以上だな」

 

「あっ、不味かったですか?」

 

 壊してしまった事に罪悪感を覚えながら、相澤先生の目を見ると別に怒っているわけでもなくただ記録用紙に結果を書き記していた。

 

「別に悪かない。それが個性を使った結果だ。まあ、予想外ではあったがな」

 

 抑揚のない声でそう言われ、怒られると思っていたため内心で安堵のため息を漏らす。

 

「それより早く、ヒミコのところへ行かねえと」

 

 行動すると同時にそんな言葉が口から漏れ出ていた。

 

 順番待ちで並んでいるヒミコの元へ駆けつけると、そこには笑顔で順番待ちをしているヒミコと自分の番が終わってヒミコに話しかけに来ているお茶子がいた。

 

「どうしたんだ、お茶子」

 

「兄ちゃん、ヒミコちゃんの個性、人の血飲まないと効果ないから、飲ませに……兄ちゃんは?」

 

「俺も同じく、ヒミコに血を飲ませに来た」

 

「血を飲ませてくれるんですか!優しいなー二人とも」

 

 嬉しそうに眼を細めるヒミコに、先ほど八百万からもらった注射針で自分の人差し指に穴を開けて、ヒミコの口の前まで持っていく。

 

 その指を舌でなめて、血を吸うヒミコ。だったが、そのまま茶虎の指を口の中へと持っていき、そして文字通り吸いついた。

 

「……チゥ」

 

 思いっきり吸っているが、そもそも細い針で穴を開けているため血の出が悪い。そこに意地になって思い切り吸いつくヒミコは何と言うかこう欲望を刺激するなにかがあった。

 

 これ以上はいけないと、慌ててヒミコに掴まれている手を振りほどいてヒミコの口から自分の指を取りあげた。

 

「吸いすぎだ。ちょっとの量でも、この時間中なら大丈夫だろ?」

 

「だって美味しいんだもん!もっと吸わせてほしいです!」

 

「だってもくそもあるか!もう、お茶子からは吸うなよ俺のをこんなに吸ったんだ。もういらんだろ!」

 

「えー嫌です」

 

 茶虎の言葉に不貞腐れた表情をするヒミコ。これ以上されたら、なにかとても不味いことがおこりそうな気がして慌てて両手をポケットの中に突っ込んだ。

 

「嫌じゃない。好きなだけ飲んでも良いのは俺との勝負に勝ってからって約束だろ?」

 

「そうでした。そういえばそんな約束随分前にしたんでした」

 

「おい、次渡我被身子」

 

「じゃあ、行ってくるのです!」

 

 そう言って握力測定に向かうヒミコの背中を目で追った。これで、どうやら問題はなさそうだ。多少、劣化するとは言っても、さすがに自分と同じ程度の力が使えれば立ち幅跳び、反復横とび、ボール

投げ程度は何とかなるだろう。

 

 これで最下位になる心配はなさそうだ。

 

 その後、何も特質するような出来事もなくボール投げになった時、事件は起こった。

 

 緑の髪の少年がボールを投げようとした瞬間、相澤先生の首に巻いてあった包帯のようなものが取れ、先生の髪の毛が逆立つ。

 

「末梢ヒーローイレイザーヘッド」

 

 その少年の言葉に自分はピンとこなかった。自分と同じく、他の生徒もピンと来ていないようだ。

 

「お茶子、知ってるか?」

 

「ううん、わからん」

 

「ヒミコは?」

 

「私もわからないです」

 

 相澤先生の正体がヒーローだということが雄英高校の特性上わかってはいたが、どうやら個性を抹消する個性と言うものらしい。

 

 その後、少年は指の力を解放してボール投げをクリアした。

 

 だが、その指はボロボロになり力の代償として大きすぎる負傷を起こしていた。

 

「凄い個性だが……」

 

 自分も似たような状況に陥ったことがあるからわかる。限界を超えて個性を引き出そうとするとき、その代償として体が重くなる。通常なら重くなる程度で済むが、限界を超えたその先は先の入学試験の時の結果として現れた自らの体の骨も砕くような重力に当てられることだ。

 

 爆豪とひと悶着あったが、痛みで涙目になりながらボール投げを終えて戻ってきた少年に声をかけた。

 

「大丈夫か?俺は麗日茶虎よろしくな」

 

「僕は緑谷出久です。大丈夫ですと言いたいんですけど」

 

 そう言って緑谷は苦笑いを浮かべる。どうやら、見た感じ骨が折れているのは明白だろう。それも恐らくは複雑骨折だ。

 

「いや、なんだか緑谷の個性ってさ、限界を超えてるって感じだよな」

 

「そう……だね」

 

 その気不味そうな表情にそれ以上、込み入った話はできなかった。超強力な個性の代償としてはあまりに、理不尽なデメリットに内心何とかしてあげたいと感じる。

 

「調整ってできないのか?」

 

「やろうとしてるんだけど、それが難しくて」

 

「そりゃそうか。俺たちの学生生活だって始まったばかりだ、これから一緒に頑張ろうぜ」

 

「でも、最下位は除籍処分だって……」

 

 もし、そうなったら学校側に直談判するしかないだろう。相澤先生相手にそれが通じるかはともかくとして、それでももしそうなった時、必ず力になろうと思い励ますように緑谷に告げた。

 

「大丈夫だ。何とかならなくても何とかしてやる」



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第10話 個性把握テスト4

 そうしてつつがなくとはいかなかったが、全ての種目が終わり結果が相澤先生のスマホから空中に映し出された。結果を一覧でみると、茶虎は5位、お茶子は11位、そしてヒミコは20位だった。

 

 最下位は緑谷だ。だが、あの怪我で残りの種目をやり切った根性は素直に脱帽する。確実に骨が折れていた。普通であれば、動くのも激痛が伴うほどなのに、だ。

 

 相澤先生が次に、何を言おうとしてるのか、それ次第ではと思っていたが、相澤先生の口から出た言葉はとても予想外のものだった。

 

「ちなみに、除籍は嘘な。君らの個性を最大限引き出す合理手虚偽」

 

「あんなの少し考えればわかりますわ」

 

 相澤先生の言葉にクラス中がどよめく中で、八百万だけがわかっていたと言わんばかりの態度だった。

 

 だが、恐らく。相澤先生はこの結果ではなく過程をみて判断している。もしその過程が意に沿わぬものだったとしたら、除籍というのは本当になるだろう。

 

 そう考えるとゾッとする。あの時、八百万がいなければもしかしたら、ヒミコは除籍になっていたかもしれないのだから。

 

「これにて終わりだ。教室に書類があるから戻ったら目を通しとけ」

 

 相澤先生はそう告げると緑谷の元へと歩みよって、なにか紙を手渡していた。

 

「ああ、それと。麗日兄、渡我、ちょっと来い」

 

 教室に戻ろうと、歩みを始めようとした足が相澤先生の言葉によって止められる。何かした、と言えばした。握力計の破壊、不正かもしれないがヒミコへの血液提供。

 

 もしかしたら、何やら罰が待ち受けているかもしれないと冷や汗が背中を伝った感触がした。

 

「はい」

 

「はーい!」

 

 できうる限りの声で返事をして相澤先生の後をついて歩く。校舎の陰に隠れたところで、授業をみていたと思われるオールマイトがそこにいた。

 

 一旦、オールマイトの横で立ち止まってため息をつく相澤先生。

 

「渡我、お前の個性は知っている。他人の血を摂取することでその人間の能力を得るんだったな」

 

「はい!そうです」

 

「今回、結果だけ見れば22人中20位。最下位ではないが、もっと上を狙えたはずだ。今後は、他の人間の協力を仰げ」

 

「えーっと……」

 

 相澤先生の言葉に、言葉をつぐんで言い淀み、困ったように茶虎の方に視線を送るヒミコ。それがどういった意図でなのか、茶虎はすぐに分かった。

 

 それは小さい頃にした約束の一つだ。

 

「相澤先生。すみません、ヒミコに俺とお茶子以外の血は摂取させることはできません」

 

「どういうことだ?」

 

 若干、相澤先生の目線が険しくなった。今にも、人を射殺せそうな目だ。

 

「それは……」

 

 それはヒミコ本人の前ではとても言いづらいことだ。それを何とか、理解してもらおうと身ぶり手ぶりで表わそうとして、呆れかえったように相澤先生は次の言葉を告げた。

 

「合理的じゃあない。それで渡って行けるほど、ヒーローってのは甘いものじゃないよ。渡我は、もう大丈夫だ、先教室帰ってろ」

 

「わかったです」

 

 相澤先生に促されて玄関の方へと向かっていくヒミコ。時折、こちらに振り返っては心配そうにこちらを覗いていたが、やがてその影も下駄箱の陰へと消えていいた。

 

「それで、どういうことだ。麗日」

 

 どうやらさっきの身ぶり手ぶりで伝わったようだ。改めて相澤先生の観察眼には恐れ入った。

 

「これは、戯言程度に聞いてください」

 

 そう前置きをして、相澤先生とオールマイトに話を始める。

 

「ヒミコ……いえ、渡我さんは、渡我さんの個性はかなり変わり種です。他人の血を摂取しなければ発動すらできない……じゃあ、なんで彼女は自らの個性を知ることができたと思いますか?」

 

「それは小学校と中学校で行われる全国一斉個性診断でじゃないのかい?麗日少年」

 

 オールマイトの言葉に茶虎は首を振る。

 

「個性は使えるようになってすぐ、発動原理を知れるものじゃない。だからこそ、発動したては怪我をしたりする人も数多くいる、緑谷くんみたいな感じで体を壊す人も稀ではない……血を吸わないと発動しない個性の彼女は本当なら自分の個性をしるのに時間がかかったはず。なのに、彼女はすでに小学校三年生には自らの個性について知っていた」

 

「まさか、吸ったのか?」

 

「人の、ではありませんでした。スズメなどの小動物程度でしたが」

 

「お前の言いたいことはわかった。歯止めが利かなくなる可能性があるってことか」

 

 相澤先生の言葉にコクリと小さく首を縦に振った。

 

 二人で納得したように話している横で、オールマイトだけが不思議そうに首を傾ける。

 

「ちょっとちょっと相澤君、なに自分だけ理解した風になってるの!」

 

「彼女、渡我被身子は恐らく生れ持っての破綻者の可能性があるってことですよ」

 

「抑圧され続ければ、ヴィランになる可能性だってあったと言う事かい?」

 

 オールマイトの言葉に茶虎は深く頷くと、その言葉に付けたすように口を開く。

 

「はい。正直、ここまでヒミコが吸血衝動に囚われなかったのは奇跡に近い気がします。だからこそ、俺とお茶子の血液しか摂取させないつもりです」

 

「でも、それは抑圧にはならないのかね?」

 

「だから、ヒミコと一つ約束してるんです。俺を倒せたら、好きなだけ血を飲ませてやると」

 

「おい。麗日、お前……」

 

 相澤先生の厳しい目がこちらに向く。その後に続く言葉を遮るように続けた。

 

「昔はそこまで考えていませんでしたが、それを背負って生きる覚悟はとっくにできてます。それに一生負けるつもりはありません」

 

 精一杯、相澤先生の目を見ながら伝える。

 

「合理性に欠ける……が、そこまでの覚悟があるなら良いだろう。その条件を飲んでやる。ただし、もし渡我がヴィランになるようなことがあれば俺は容赦なく捕まえるからな」

 

「わかりました」

 

「後、これは本題にするつもりだったんだが」

 

 相澤先生は頭を掻きながら疲れたように口を開いた。

 

「麗日、お前妹と渡我に甘過ぎる。自分の事よりも二人を優先させようとしてるだろ、そんなんじゃヒーローになれないぞ」

 

 その言葉に口の端が勝手に持ちあがった。

 

「相澤先生」

 

「なんだ?」

 

「自分の大切な者を守れない人間が、見ず知らずの人を守れる。そんなことあるわけないんですよ、自らの大切な人を守り、見ず知らずの困っている一般市民を助ける。それが俺の目指すヒーローです」

 

 茶虎の言葉に相澤先生が笑いをこぼす。

 

「だったらせいぜい頑張るんだな」

 

 そう言いながら手のひらをひらひらと振って職員室の方へと歩いていく相澤先生。その背中を見つめているとオールマイトに肩を叩かれた。

 

「素晴らしい!立派なヒーローになるために、励めよ麗日少年」

 

「俺も、あなたみたいな立派なヒーローに……いや、貴方をも超えるヒーローになるつもりです」

 

 今日、この言葉が現実になるように心の中でもう一度決意を新たにした。



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第11話 麗日茶虎の高校生活1

 教室に戻る途中。ちょうど、教室の扉の前で良く見る顔と前に見た顔が一つずつ。こちらの顔を見つけて笑顔になるヒミコと、以前入試の時に協力してもらった蛙吹梅雨だ。

 

 同じクラスになったことはわかっていたが、どうにもいきなりの個性把握テストで挨拶ができずにいた。二人に近づいて声をかける。

 

「あれ、ヒミコと蛙吹さん」

 

「梅雨ちゃんと呼んで茶虎ちゃん」

 

「茶虎!梅雨ちゃんと待ってたです」

 

入学試験の時に会ったことがあるとはいえ、自分が教室まで帰ってくるまでの間に随分と仲良くなったものだ。待っていたと、言われて悪い気はしないが、いきなり「梅雨ちゃんと呼んで」はこう抵抗感が拭えない。それと名前の呼び方もだ。さすがに、この年になってちゃん付けされるとは思っていなかった。

 

「蛙吹さん、ごめん。いきなり梅雨ちゃんはちょっと呼びづらいよ」

 

「なんでですか!カアイイじゃん!茶虎も梅雨ちゃんってよんだ方がいいと思うのです」

 

「自分のペースでいいわよ茶虎ちゃん」

 

 顔を近づけて猛抗議してくるヒミコの頭を掴んで引き剥がすと梅雨がにっこりと笑ってそういった。

 

「そう言ってくれると助かる」

 

「ケロ?そういえば言葉遣いが違うわね」

 

「まあ、色々とあって」

 

 さすがに妹に頼まれたからとは言えずに曖昧に濁した。それを察知してくれたのだろう、梅雨もそうとだけ返事をしてそれ以上は聞いてくることはしなかった。

 

「茶虎!放課後梅雨ちゃんとカフェに行こうと思うのです!茶虎も行こう!」

 

「悪い。誘ってくれたのは嬉しいんだけど用事があるんだ」

 

 今日の放課後からしばらくバイトのシフトが入っている。何十社も受けてようやく受かったバイトだ。流石に初日からすっぽかすわけにはいかない。

 

「えー、用事なんて断ればいいじゃないですか!」

 

 むすっとしたような表情で突っかかって来るヒミコの肩に梅雨がそっと手を置いた。

 

「ダメよヒミコちゃん。無理強いをするのは良くないわ」

 

「でも……」

 

「良いのよ。私たちだけで楽しみましょ」

 

 そう言って梅雨はウインクして見せる。スマートな対応に改めて凄いと感じてしまう。梅雨の大人な対応に、ヒミコも不貞腐れた表情を笑顔に変えて、梅雨の手を取った。

 

「わかりました!茶虎がいなくても梅雨ちゃんとお茶子ちゃんと楽しむです!」

 

「そりゃよかった。じゃあ、教室入ろう」

 

 そうして、三人で教室の中へと入っていく。

 

 結局、この日は普通の学校行事と同じように資料に目を通したりガイダンスを聞いたりで終了してしまった。最初に個性把握テストをやらされたため、いきなり授業があるのではないのかとか、他のテストがあるのではないかとも思ったが何事もなく放課後を迎えることとなった。

 

「終わったか……」

 

 放課後もう一度、渡された資料に目を通していたら気がつけば既に教室には人影が無くなっていた。ヒミコもお茶子もいないようだ。ヒミコは梅雨とカフェに行くと言っていたためいない理由はわかるが、お茶子は帰る時ぐらい声をかけてくれてもいいだろうとも思ったが今日から高校生だ。そこまで一緒というわけにもいかないだろう。

 

「俺も帰るか」

 

 一人になった教室で、鞄を持って席を後にした。やはり雄英高校の校舎は広かったが流石に一度通ってしまえば道も覚えるものだ。

 

 玄関を出てまっすぐ歩いたところでお茶子と緑谷、それから身長の高いメガネの少年を見つけたので駆け寄った。

 

「こんなところで三人でなにしてるんだ?」

 

 三人集まって話しこんでいるようで、茶虎が近づいていることに気がつかなかったようだ。緑谷などは明らかにビックリした顔をしてこちらを見ている。

 

「あ、兄ちゃん」

 

「お兄さん!?」

 

 お茶子の声に緑谷が更に驚いた顔をした。一体何を考えていたのやら。

 

「君は確か……」

 

 メガネの少年が顎に手を当てて思案するそぶりをする。何かを思い出そうとしている素振りに、茶虎が先に口を開いた。

 

「あー、麗日茶虎。こっちの麗日お茶子の兄だ」

 

「無限女子の!」

 

 一体無限女子とは何なのか、わからないままでも特に問題なさそうなのでスルーした。

 

「俺は飯田天哉よろしく頼む」

 

 そう言って差し出された手を握り返す。

 

「こちらこそよろしく頼むよ飯田。緑谷は個性把握テストの時に自己紹介済ませたから自己紹介いらないよな?」

 

「大丈夫だよ麗日くん。個性把握テストのときは声かけてくれてありがとう。本当に最下位除籍にならなくて良かったよ……」

 

 肩を落として心底安堵した様子の緑谷の背中を軽く。

 

「まあ、全ては結果次第ってことだ。これから頑張っていくしかないだろ」

 

 そう言って四人そろって歩き始めた。

 

「そういえば、麗日くん。君の個性も変わっていたね緑谷くんの個性も変わっていたが」

 

「ん?ああ、俺の個性は”グラビティ”重力操作ができるってだけなんだが結構応用が利くんだよ」

 

「私の個性の真逆なんよ」

 

 茶虎の言葉にお茶子が補足のように付け足した。確かに、重力。引力と遠心力を操ることができるが、お茶子のように完全に引力と遠心力を0にする事はできない。お茶子が0にできるとしたら茶虎の個性はマイナスかプラスかにしかできない。だから逆と言えば確かに逆ではある。

 

「50m走の時、一気に加速していたように見えたがあれも重力操作かい?」

 

「いや、あれは重力を使って空気を圧縮して自分の背中を思い切り押しただけ」

 

「なんか凄いね。デメリットとかなしで色々使えるのってなんか羨ましいや」

 

 茶虎の言葉に緑谷が人差し指に巻かれた包帯を見つめながら言う。

 

「いや、デメリットがないわけじゃない。お茶子が自分の個性で酔うように、俺も自分の個性で抱えるデメリットはあるよ」

 

「そうなの」?

 

「ああ、体が重くなるんだ。例えるなら自分の体重が二倍や三倍になる感じ」

 

 もちろんソレを補うだけの事ができる個性だと言うことも自分の中では把握している。限界を越えなければの話ではあるが。

 

 それぞれの個性についての話をしながら気がつけば駅に辿りついていた。日はまだ傾いてもいないが、ゆっくりとしていてはバイトに遅れてしまう。

 

「それじゃ、俺はこっちだから」

 

 三人が乗る電車とは別の路線の方へと歩こうと背中を向けたところで背中にお茶子の声が届いた。

 

「兄ちゃんどこいくの?家、そっちじゃないよ」

 

「ちょっと用事。あんまり遅くならないから心配いらないよ」

 

 お茶子に答えて三人に背を向けて後ろ手に手を振った。

 

 今日から始まるバイトへ向けて目的地までの電車に揺られた。



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第12話 麗日茶虎の高校生活2

 電車にしばらくゆられ、ようやくバイト先につくことができた。バイトが始まる時間まで残り15分だが、これくらい早くても大丈夫だろう。

 

 一息呼吸をついて事務所の扉を開いた。

 

「麗日茶虎くんだね。待ってたよ」

 

 そう優しく出迎えてくれたのは、茶虎の雇い主になるバトルヒーローガンヘッドだった。

 

「今日からよろしくお願いします」

 

 面接の時に一度あっているが、その見た目とは裏腹にやはりしゃべり方は可愛らしい。

 

「うん、良い挨拶だね。じゃあ、早速だけどこっちきてね」

 

 ガンヘッドに連れられて向かった先はパソコンが何台も並ぶ部屋だった。どうやら事務所的な場所のようだ。

 

「茶虎くん、パソコンは触れる?」

 

「一応、一通りは使えます」

 

 中学の必修科目でもあるパソコンによる授業はそこそこ成績が良かった。そういった物への興味もあったので、ちょうど良いと思ったのだ。

 

「茶虎くんは仮免許も持ってないから雑務をお願いするね。細かいことは僕かあそこにいるお姉さんに聞いてくれれば教えるからね」

 

「わかりました」

 

 ガンヘッドに案内されて椅子に腰を下ろす。背もたれにもたれかかって目の前に置かれている資料に目を通した。

 

「今日のところは何処までできるかわからないから、こっちの書類からかたずけてもらうね」

 

「はい」

 

 ガンヘッドに返事をして早速仕事に取り掛かった。

 

 困ったことがあればその都度、ガンヘッドや事務所の先輩、サイドキックのヒーローなどが色々と教えてくれた。

 

 そのおかげで一つ目の書類は自分が思っていたよりも速いペースで片づけることができた。

 

「ガンヘッドさん、この資料終わりました。さっき言われた共有ファイルにいれてあります」

 

「ありがとうね。中々早かったね」

 

 そう言いながらガンヘッドは共有ファイルを確認しているのだろう。その外見に反して操作は軽やかだった。

 

「うん、完璧だよ。じゃあ、また資料渡すね」

 

「ありがとうございます!」

 

 ほめられたことが嬉しくてついつい仕事に熱が入る。一度資料を作成し終えたら、もう一度自分で抜けがないことを確認してから共有ファイルに追加していく。

 

 段々と渡される資料も難しいものへと変わっていき、バイトが終わりの時刻に近づくにつれて仕事の効率も上がっていった。

 

 ただ、やはり周りの先輩のようには早くはならなかった。一日目なのだから当然なのだが。

 

「お疲れ様。コーヒーと紅茶どっちがいい?」

 

「あ、じゃあコーヒーでお願いします」

 

「わかったよ」

 

 そう言ってガンヘッド自ら事務所の人間全員に飲み物が渡されると、ガンヘッドが口を開いた。

 

「みんなお疲れ様。いったん休憩にしよ」

 

 その一言を皮きりに仕事中だと張りつめていた空気が一瞬でゆるんでいく。

 あらかじめ用意していたのだろう切り分けられたケーキも後からみんなの元へと持ってきてくれた。

 

「そういえば茶虎くん、雄英高校だったよね」

 

「はい。今年入学できて一年生です」

 

「そうなんだ。でも、なんでバイトしようと思ったの?学業との両立は大変だよ」

 

 ガンヘッドの言葉に、言葉が詰まったが数受けた面接の中で唯一自分を採用してくれたガンヘッドには伝えても良いだろうと判断して茶虎は口を開いた。

 

「実はうちの実家建設業をやってるんですけど、正直業績が良くないというか……悪いんですよね……両親は好きなようにやっていいと言ってたんですけど、俺と俺と同じ年の妹が雄英に通うことになって、実家を離れて暮らすって時にお金がかかるって頭を悩ませてる両親を見てしまって、少しでも負担を減らせたらと思って」

 

 一息にしゃべりすぎて少し息が苦しくなった。それでも、一旦呼吸を整えてから再び話しはじめる。

 

「だから、バイトをしたかったんです」

 

 まっすぐガンヘッドの目を見て話した。

 

「すごいね!高校生でそこまで頑張ろうとするこ久々に見たよ。茶虎くんはヒーロー科だよね?」

 

「はい、そうです」

 

「じゃあ、バイトが終わったらちょっと付き合ってね」

 

「付き合う?」

 

 その言葉の意味がわからぬままコーヒーを飲み、ケーキを食べて談笑しているうちに修業時間が来てしまった。

 

 タイムカードを切って、退勤処理をしようとしたところでカードを切ろうとしたその手をガンヘッドによって阻まれた。

 

「茶虎くん、まだ切らなくていいよ。ほら、こっちこっち」

 

 そう言って腕を引っ張りながらどんどんと進んでいくガンヘッドに何とか体勢を整えながらついていく。

 

 そうして辿りついたのは事務所の中にある武道場だった。落ちても痛みが軽減されるように畳が一面敷いてある。

 

「ヒーロー科でヒーロー目指すなら、やっぱり格闘技は多少かじってた方が良いと思うんだよね。だけど、その前に一旦茶虎くんの個性と身体能力を見せてもらうね」

 

 ガンヘッドの問いかけに、素直に応えていく。どういう個性なのかどういったことができるのか、などなど多岐にわたる質問からまだできそうだけど挑戦してないものというのが沢山あることに気づかされた。

 

「そっか、重力。引力と遠心力を操る力ね。それならガンヘッドマーシャルアーツとの相性もよさそうだね」

 

 一通り話し終えたガンヘッドが構えてから再び話しはじめた。

 

「個性って言うのは基本、相性があるんだよね。火は水に弱いみたいに。それをいかに自分のフィールドに持っていくかっていうのがヒーローの戦い方なんだよね」

 

「そうですよね」

 

 どんな状況でも駆けつけるヒーローなんてオールマイトぐらいしか知らない。いや、世界中どこを探してもオールマイトしかいないだろう。

 

「僕だって、個性ガトリングなんだけど得意なのは肉弾戦なんだよね。だから、ヒーローはヴィランとの相性によって戦うかどうかも選択できるんだよ」

 

「でも、それは……」

 

 一般市民を見捨てることになるのではと危惧した言葉をガンヘッドは察知したのか優しく口を開いた。

 

「だからって現場に駆け付けないわけじゃないよ。現場に行けば、戦闘以外にも避難誘導とかやらなければいけないからね。それに、もし不利な個性相手に前に出ていって負ければ、それこそ一般人を多く死なせることになってしまうよ。だから、災害救助を主に担当しているヒーローも戦闘ができるように訓練するのが必要なんだよね」

 

 ガンヘッドの言葉の重み、その重要性に思わず感服してしまった。

 

「だから、茶虎くん。今日からバイト終わりに少しずつ鍛えてあげるね。あんまり遅かったり、ヴィランが現れた時にはできないかもしれないけど」

 

「ありがとうございます!」

 

 願ってもないプロヒーローから教わる機会に、全力でお礼を言った。

 

「じゃあ、基礎トレからやろうか」

 

 そうして、ガンヘッドによる特訓が始まったのだった。



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第13話 麗日茶虎の高校生活3

「じゃあ、今日はこのあたりにしようね」

 

 ガンヘッドのその言葉を聞いた瞬間、茶虎はぐったりと地面に倒れこんでしまった。全身の毛孔という毛穴から汗が吹き出し、呼吸が完全に乱れ切っている。

 

「き……きつかった……」

 

 呼吸を整えながらなんとか絞り出した声で、ついつい本音が漏れてしまう。

 

 基礎トレから、体術訓練、捕縛訓練、模擬戦闘訓練と立て続けに行い何度吐いてしまったかわからないくらいに追いつめられた。

 

 正直、息も切らさずそれに付き合っていたガンヘッドを何度も化け物だと思ってしまった。そして、プロヒーローがいかにしてすごいのか。自分が目指すものがどれほどのものなのかを身をもって体験することができた。

 

 ものすごく辛かったが、やはり実感として体感してしまうとプロと学生では雲よりも高い壁があるのだと改めて実感させられる。

 

「お疲れ様。初日から良く頑張ったね」

 

 そう言って冷えていない水を差し出してくれるガンヘッド。ものすごく喉が渇いていたので、上体を起こして水を受け取ると一気に流し込んだ。

 

 冷たくないのが惜しいくらいに、いつも飲んでる水が美味しかった。

 

「冷たくないのはごめんね。でも、運動した後に冷たいものを飲むのは本当はあんまりいいことじゃないんだよね」

 

 ガンヘッドが続けて言った言葉に、昔確かにテレビでそんなことを言っていたことを思い出す。

 

「大丈夫です。凄く美味しかったです」

 

 空になったペットボトルを手にしたまま立ち上がった。

 

「そう、よかった。じゃあ、今日はお疲れ様。また、明日からもよろしくね」

 

「はい、ありがとうございました」

 

 ガンヘッドの事務所でのバイトと特訓が終わり、茶虎は事務所を後にした。

 

「ガンヘッド。どうして特訓なんかしたんです」

 

 事務所のデスクに座って残りの仕事を片付けているガンヘッドに一人の女性が話しかけてきた。パソコンで事務処理をしている手を止めてガンヘッドは女性の方へと向く。

 

「なんか、ほっとけなかったんだよね。正直な話をするなら、バイトの面接に来た時点で断るつもりだったんだよ」

 

「そうなんですか?」

 

 初めて聞いたその言葉に女性は驚いた顔をする。

 

「うん。だけど、生活費のために働きたいっていったその眼があまりにも真剣だったから、思わず採用しちゃった」

 

 言いながら笑ってしまったガンヘッドがマスクに手を当てながら必死に笑いをこらえる。

 

「それに、若い芽を育てるのも先達の務め……と言うのもあるけど、プロになったらぜひサイドキックに欲しい人材だと思ったんだよ。妹さんとの生活費のために必死にバイトと学生の二足の草鞋をしようって子が、悪い子のはずがないからね」

 

 そう言って、再びガンヘッドは再びパソコンに向かい直し、そして。

 

「それに、彼なら……」

 

 そこからの言葉は聞き取れないくらいの小さな声だった。しかし、そのマスクの下でガンヘッドは不敵に微笑んでいた。

 

 

 

 家に辿りついた時には既に夜の9を超えていた。一応、帰る前には連絡を入れていたので大丈夫だろう。

 

「ただいま」

 

「おかえり茶虎」

 

 鍵を開けて玄関の中に入るとちょうどお風呂に入っていたであろうパジャマ姿のヒミコが脱衣所から出てきたところだった。

 

 いつもは団子にしている金髪が降りている。いつもは先にお風呂に入って部屋にいるので、あまり見ることはなかったが改めて見ると昔よりも随分と髪が伸びたなと、そんなことを思った。

 

「どこ行ってたんですか?私にもお茶子ちゃんにも伝えないで」

 

「いや、ちょっとバイトにな」

 

「バイトって、学校あるのに大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だって、別に学校に支障がでるようなことはしないから」

 

 近くに寄ってくるヒミコに笑って伝えるが、ガンヘッドとの特訓は学業に結構な支障がでるような気がする。

 

「それならいいです!ごはんできてるよ、食べるよね」

 

「食べるよ」

 

「準備するので、着替えるのです」

 

 ヒミコの言葉に相槌を打って、リビングに向かっていくヒミコを目で追いながら部屋へと戻る。部屋に入ってすぐ、緊張の糸がほどけてしまいフローリングに倒れ込んだ。

 

 体のあちらこちらが痛い。特に、ガンヘッドマーシャルアーツを喰らった関節などが。それでも大部分で手加減されているのがわかってしまう。

 

 これほどまでの実力差があるとは思っていなかった。悔しいと思ってしまった。それが涙となって顔の横を伝ってフローリングにこぼれ落ちる。

 

 もっと実力をつけねばと気合いを入れて立ち上がり、ヒミコのまつリビングへと着替えて向かった。

 

 



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第14話 麗日茶虎の高校生活4

 バイトと学校の両立になれ始めたお昼。茶虎は食堂でおなじみになってしまったメンバーで昼食をとっている。

 

「茶虎、その唐揚げ一つもらうです」

 

「は?いやいや、ダメって育ちざかりなんだからもっと食べないといけないんだよ」

 

「茶虎のケチ。でも、もらうです」

 

「あっ!」

 

 唐揚げをガードしていたが、ガードが外れているところからヒミコがひょいっと唐揚げを一つ摘まみ上げて口の中に放り込んでしまった。

 楽しみにしていた唐揚げの一つを食べられてしまったと残念そうにしていると、別のところからミートボールがお皿に放り込まれた。

 

「ヒミコちゃん、茶虎ちゃんからあんまりお昼取ったら駄目よ。茶虎ちゃんも、今日は私のミートボールを上げるからヒミコちゃんを許してあげて」

 

「梅雨ちゃん、ありがとです!」

 

 自分をかばってくれる梅雨を抱きしめてヒミコが頬ずりをする。

 

「やめて、ヒミコちゃん恥ずかしいわ」

 

「今日はいただいておくよ、梅雨ちゃん。でも、明日からは取られても大丈夫だからちゃんと梅雨ちゃんが食べて」

 

 だいぶ梅雨ちゃん呼びにも慣れて自然と口から出てくるようになった。最近は自然とこの三人でいることが多くなっている。もともとはお茶子もいたが、最近は飯田や緑谷と一緒にお昼ご飯を食べることが多いので、今日は欠席だ。

 

 どのみち家では三人で食べているので、お昼くらい別々でもいいだろう。

 

 

「それより、今日の午後のヒーロー基礎学はオールマイトが担当らしいわ」

 

「戦闘訓練だって百ちゃんが言ってたです」

 

「ヒーローコスチュームもそろそろ届く時期なのかもね」

 

 そんなた他愛のない話をしているうちに昼食を食べ終えて、教室に戻ると不意に欠伸がでた。

 さすがにお昼過ぎとなると眠気も現れる。だが、ようやく待ちに待ったヒーローになるための授業だ。欠伸を噛み殺し、気合を入れていると、オールマイトが勢いよく、扉を開けて入ってきた。

 

 入ってきたオールマイトにみんなが目をキラキラさせながら見つめる。そして、それは茶虎も同じだった。あの憧れてた人々を笑顔にさせるヒーローが自分たちがヒーローになるために授業をしてくれるのだ。

 

 こんなにうれしいことはない。

 

 しばらく、オールマイトからの話を聞いていると予想通り、コスチュームを着てグラウンドβへと集合するように指示が出る。

 

「ついに、ヒーローになるための第一歩だ」

 

 感極まって拳を握りしめる。楽しみで、緊張や不安といったマイナスの面のことが頭から離れていく。

 

 各自男女に分かれてコスチュームケースを持ち更衣室に移動し着替えをする。

 

「ちょっと、肩幅がキツイな……」

 

 炭素繊維を編み込んだ特殊合金製の黒いコートだったが、ガンヘッドのところでトレーニングをさせてもらっているせいか少し体が大きくなってしまっていたようだ。合金を編み込んだせいでおそらく伸縮性が悪い。

 

 頼んで作ってもらった武器であるパイルバンカーが内蔵された手甲を両腕に装備し、緊急時に飛び道具としても役立つように作ってもらった短刀の弾帯を足に装備する。

 鎧の肩部、腰部、足部に一度きりで戦闘中再装填ができないが細かい金属弾を多数装填している。緊急離脱及び一撃必殺用の装備だ。

 

 そして、極めつけは身の丈ほどの剣だ。身の丈もあるのはシールドに使うことを想定しているためで、シールドとしての使用時に重力の能力を流し込めば表面を能力でコーティングしてくれる機能も搭載している。

 

 そして、顔全体を覆うフルフェイスマスク。防御力の向上と素顔をヴィランに見られないための装備だ。

 

 

 周りを見て気が付いた。誰も剣や刀などの武器を持っていないことに。

 

 あれ、流石に中二病っぽいかな大剣ってと思い始めた時に緑谷が話しかけに来てくれた。

 

「茶虎くんすごい重武装だね」

 

「まあね、戦闘を視野に入れて防御力を上げてるんだ。装備の重さは能力で何とかできるから」

 

「茶虎くんらしいっていうか、やっぱり誰かを守るって感じの装備っでいいね」

 

 言われて気が付いた、やっぱり誰かの笑顔を守りたいんだと、気恥ずかしくなってフルフェイスでおおわれているのに鼻の下を擦る動作をしてしまった。

 

「そうだね、守るべきものっていうのがあるから戦えると思う。自分を犠牲にするのではなく、自分の守りを固めることで仲間を守れるように」

 

「頑張ろうね! 茶虎くん!」

 

「ああ、頑張ろうな! 緑谷」

 

 拳を突き合わせてグランドへと出る少し長い道を歩く。

 

 一年A組全員がコスチュームを着てその中を歩いていく。さすがに壮観だ。

 

 重武装はあまりいないがそれはそれで自分一人が周りと違うと胸を張ればいいだけのこと。負けるわけにはいかないのだ。最強のヒーローになるためには。

 

 グラウンドに出たところで、オールマイトの声が聞こえた。

 

「さあ、始めようか! 有精卵ども!」

 

 その言葉を聞きながら、そっと横に来る影があった。

 何故かセーラー服に短刀を装備し、六個の小さな針のついた注射器を身に着けたヒミコだ。

 

「何故セーラー服にブレザー」

 

「いや、こっちの方が動きやすそうだったのです」

 

「そしてその注射器は……」

 

 おそらく個性を使用するための装備だということはわかっているが、敵から血液を奪うようなものではなく、むしろ銃弾のようにストックするためのものであることが容易に想像がついた。

 六個ある注射器のうち、三つはすでに血液が装填されているということは。

 

「はい、お茶子ちゃんからは既にいただきました!」

 

 そういいながらヒミコは自身のトレードマークであるギザッ歯をニッとして笑う。ヒミコは能力と約束の関係でお茶子か茶虎の血液が必要だがまさかこんな風にストックするとは思っていなかった。

 

「痛くしないでくれよ」

 

「任せるのです」

 

 言いながら卑弥呼は三本の注射器であっという間に血液を充填してしまった。肌から滲みでてる血液についてはいつの模様にチュウチュウと吸われるが、ふとその光景をみていた峯田が。

 

「なんか、エロイな」

 

 そうつぶやいたので、気恥ずかしくなってヒミコを押しのけた。

 

 そして、授業が始まった。

 




だいぶ長いこと更新が開いてしまいましたが、再開します。
お待たせしました。


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第15話 屋内戦闘1

 オールマイトの説明をされて状況を整理する。2対2のチーム戦でヒーロー側、およびヴィラン側に分かれての屋内戦闘訓練だということ。

 勝敗条件はヴィランは核兵器(ダミー)の防衛及びヒーローの捕獲。ヒーロー側はヴィランの捕縛及び核兵器(ダミー)の奪取。

 

 なお、コンビ及び対戦相手はクジで決めるとのこと。

 

「で、茶虎はどのチームです?」

 

「俺はKだった」

 

「じゃあ一緒ですね!」

 

「ああ、任せろ」

 

「最初の対戦はAチームがヒーローDチームがヴィランだ」

 

 その言葉を聞き、Aチームを見ると、緑谷とお茶子のチームと爆壕と飯田のチーム戦のようだった。

 

「あ、ところで言い忘れてたんだが」

 

 そこで、ふとオールマイトが口を開いた。なんだなんだと次の言葉を待っていると。

 

「このチーム戦1チームだけあぶれちゃうんだ。だから最初のチームに今からくじで引いたチームをヴィラン側とヒーロー側に分けて配置する」

 

 いうや否やオールマイトはクジからボールを引き当てた。

 

「Kチームの麗日少年、渡我少女これを引き給え」

 

 オールマイトに言われるがまま箱の中に入った二つのボールをヒミコと二人でそれぞれを選び取る。選び取ったものは。

 

「これはまた面白いね! 麗日少年、ヴィランチーム、渡我少女はヒーローチームだ! 他の者はモニタールームに向かってくれ」

 

 5分の猶予と共にヒーローが入ってくる。

 ヴィランの思考をトレースし、どう考えるか予想しなければいけない。

 

「茶虎」

 

 不意に後ろからかけられた声に振り返らずに答える。

 

「負けねえよ」

 

「負けないです」

 

 視線すら交わさないやり取り。だが、これでいい。ここでヒミコ負けるわけにはいかない。

 

「訓練とはいえ、ヴィランになるのは心苦しいな」

 

「そうだな、あっこれハリボテだ」

 

 ミサイルのようなものをコツコツとたたきながら中から響く反響音で中身が空っぽであることに気が付く。もちろん本物などを使うことはあり得ないが、それでも重量くらい合わせてくれても良いとは思うのだが。

 

「おい、デクに個性はあるんだな?」

 

 そんなことを聞く爆豪に飯田が返事をしているが、怒りで肩が震えているところを見るとおそらくもう飯田の言葉も自分の言葉も何も聞こえないのだろう。

 

「飯田、準備はどうしたい?」

 

「麗日くん対策でものをすべてどけたい」

 

「ん?ああ、お茶子のことか」

 

「失礼。君も麗日くんだったな」

 

「茶虎で良いよ。俺もテンヤって呼ばせてもらうから」

 

「では茶虎くん、すまないが……」

 

 テンヤのその言葉よりも先に爆豪が飛び出して行ってしまった。

 

「おい、爆壕!!」

 

「あっ……行ってしまった」

 

「仕方ない、万が一もある。緑谷の個性のこともある、あまりにも危険だ」

 

「ああ、最悪三体一……だが、ここを離れるわけには……」

 

 数舜考えて、口を開く。

 

「よし、こうしようテンヤ。俺が爆豪を止めるか連れ戻すか……できなければ緑谷、お茶子、ヒミコの三対二で戦ってくる。油断はできないが立ち回りによっては何とかなるはずだ」

 

「だが、それでは……」

 

「万が一の場合にはテンヤが二対一の状況になる可能性もある」

 

「どちらにしろリスクは背負わねばならないということか」

 

「その通り、だ」

 

「わかった。君の提案に乗ろう」

 

「オッケーだ。じゃあ、俺は行くよ。まあ、ヴィランとしての気構えはしておいてくれよ」

 

 そういってフルフェイスのマスクの中でニヤリと笑ってその場を後にした。

 

 階下へと続く階段を下っている最中、爆発音が聞こえたことで戦闘が始まった合図を悟る。

 

「ヴィランとして……ヴィランとは人々に恐怖を与えるもの……か」

 

 そう思い、にやりといたずらを思いついてほくそ笑んだ。

 

 

 ◇

 

 

「デクてめぇ……」

 

 爆豪がそうつぶやいた時だった。爆豪の後ろの暗がりからガガガッと金属が地面を削る音と共に火花を散らし、黒い体が現れる。

 

「何をしている爆豪」

 

「あぁ……っ」

 

 返答が完了される前に爆豪を緑谷の遥か先まで投げ飛ばした。もちろん手加減をし、痛くないように重力制御を加えてだ。

 

「お兄ちゃん」

 

「茶虎くん」

 

「茶虎」

 

 急に現れた茶虎の存在に三人が緊張とともに視線をこちらに向ける。

 

「すまないね、トガ、ウララカ。君たちの相手は私が引き受けよう。ああ、それと……」

 

 そういいながら今度は重力制御なしで緑谷を投げ飛ばす。ドンッと鈍い音がして緑谷が壁に激突したのを確認して再びヒミコとお茶子に向き直る。

 

「彼の相手は爆豪がしたいってことだったのでね」

 

「お兄ちゃん、なんかキャラ違う」

 

「こんな茶虎いやです」

 

「ふはははは! そうか、それは散々な評価だな。だが、今日はこのキャラで行かせてもらおう。私はヴィランとしてここにいるのだからなぁ!」

 

 背中に背負った剣を引き抜き剣を肩に担ぐ。無重力に重力の個性相手にどう戦うか。いうなれば自分の分身に近い能力と自分の持たない能力。今まで想定しなかったわけではない戦いに心が躍る。

 

 頭の中だけではなしえなかった現実。

 

「さて……」

 

 言いながら剣を持っていない左手を前に突き出す。装備の機能説明を二人には一切していないため、警戒心を強めているのがわかる。

 

 おそらく何か飛び道具が来ることを警戒しているだろう、が。

 

「くっ……」

 

「体が……重いです……」

 

「そう単純に重力をかけたざっと4Gだ」

 

 早々に二人は片膝を地面につけ身動きをとれなくする。

 

「なんのこれしき、負けないのです」

 

「ほう……」

 

 口の端に血を付けたヒミコが立ち上がる。一瞬、内臓へのダメージを心配したが、おそらくそれは違うだろう。

 ビュンっとものすごい勢いで短刀をこちらへと向かって投げてきた。

 

「やっぱりここで使ってくるよなぁ」

 

 小さい声で呟きながら太ももに装填された注射器を見ると一本が空になっていた。おそらく自分の能力をいったん無効化するために力を使ったのだろう。

 

 おかげでお茶子まで立ち上がってきてしまった。

 

「まったくやり辛いっ!」

 

 そういいながら大剣を二人に向けた振りかざすのだった。



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第16話 屋内戦闘2

「こんな序盤で使うつもりなかったです」

 

 そういいながら唇に付着した血液をなめとるヒミコ。振り下ろした大剣をヒミコは短刀で受け流し、こちらを見つめる。重力から解放された直後だというのに、立ち上がり切れてないお茶子とは違い素早く反応するヒミコはそもそも戦闘センスがあるのだろう。

 

「こんな簡単に抜けられるとは、思ってなかったよ!」

 

 地面に触れる瞬間に今度は振り上げるが、それもヒミコの短刀を弾くまではいかなかった。だが、隙を作らないように振り上げた威力を殺さずに構えなおす。

 

「キャラが崩れてるです!」

 

「おっと……そうでしたね」

 

「もうそんなキャラ捨ててしまえばいいです」

 

「やっぱり、ヴィランの気持ちにならないといけないだろ!」

 

 剣を構えたままの状態でヒミコの後ろで移動しようとしていたお茶子に向けて自身の短刀を投げつけるが、それもヒミコによって弾かれてしまう。

 

「お兄ちゃん、私よりヒミコちゃんの方が強いんよ」

 

「それはそうだ、な!」

 

 空気の圧縮、開放を使いながら速度を上げてヒミコに肉薄しつつ、こちらを捕まえようと背後に回ろうとするお茶子に向けてけん制狙いで剣を振るった。

 

「当たらないよ!」

 

「だろうな!」

 

 剣の勢いを殺さず一回転する勢いでヒミコに向けて大剣を投げつける。向かってくるお茶子を投げ飛ばしてヒミコにぶつける。さすがに重力を使って重くする余裕はなかったが。

 

「なんなの!?」

 

「くっ! お茶子ちゃん!」

 

 剣をよけ、お茶子を難なく抱き留める。

 

「ガンヘッドマーシャルアーツ……」

 

「それって……」

 

「そういえば入学初日からバイトやっててな。バトルヒーローガンヘッドの事務員だ」

 

「まったく、茶虎はいつもそうですね! 気が付かないうちに強くなってる!」

 

 ヒミコの口元がニヤりと歪んだ。

 

「負けないです!」

 

「俺だって負けないよ」

 

「お茶子ちゃん大丈夫です?」

 

「大丈夫、やっぱりお兄ちゃんは強いな」

 

 お茶子がつぶやいた瞬間、巨大な爆炎が通路の向こうで起こる。おそらく、爆豪だろう。

 

「デク君!」

 

「いかせない!」

 

 緑谷のところへ向かおうとするお茶子の足止めをするべく、体を動かすが。

 

「残念です! 私もいかせないです!」

 

「やっぱりそう来るよな!」

 

 バックステップで大剣を拾いなおし、重力で体を軽くして壁面を蹴ってお茶子の前に踊り出る。なんとも、疲れるが。

 

 どうしたら、二人を上回れるか。出し抜けるか。頭の中で考えながら剣を構えなおす。

 

「やられたです! お茶子ちゃん!」

 

「うん!」

 

 ヒミコと目線を合わせたお茶子が階段の方へ向けて走り出した。しまった。

 

「最初から狙いはこれか……」

 

「ヒーローは市民を守るものです! この状況においてもっとも恐ろしいことは核兵器がヴィランの手に渡ったままであることです」

 

「ヒーローらしくなったじゃないか」

 

 出会ったときのことを思い出し、ふっと笑いが込みだしてきた。

 

「私にその道を示してくれたのは茶虎です」

 

「じゃあ、ヴィランとして相手させてもらおう!」

 

 ◇

 

「テンヤ! すまない、そっちにお茶子が言った」

 

『麗日くんが?』

 

「頼んだ」

 

 素早く通信を切って息を吐きだした。

 

「まったくやり辛い」

 

 お茶子の能力と自分の能力を交互に使用し、爆豪が爆発させたことによりできた瓦礫の破片を無重力で浮かせて重力による射出。

 

 それにより瓦礫がまるで銃弾の嵐のように茶虎に向かって降り注いでくる。

 

 もともと盾としての使用を検討していた大剣だからこそ防ぐことができるが、実際盾として考慮してなければすでに剣は折れていただろう。

 

 自分の手の内をある程度把握されている戦いがこんなにもやり辛いものだとは正直思ってもみなかった。

 

「瓦礫を射出している間に、新たに瓦礫に触れることで銃弾となる瓦礫の補充とは……考えたな」

 

 正直、今の状況では打開策が思い浮かばない。一点突破で突き破るしかないだろう。しかし、相手はヒミコだ。身体能力も高い。

 

 それにこの戦いは長引けばこちらの勝ちだが、実際お茶子がテンヤの方に向かったのが気になる。

 

 正直に言えば、お茶子をこちらに残して、ヒミコがテンヤのところに向かった方がはるかに勝率が高いだろう。

 

「それに……俺とお茶子の能力を交互に使用するのにあのアンプルは一本づつしかまだ使ってない」

 

 能力の高速切り替え。近づいた瞬間に自分の腕へと変化させることでリーチを変えられるので目算を狂わされる。かといって、さらに近づくと変化なしでのハイスピードでの迎撃。

 

「どうする……」

 

 ヒミコに見せていない武装は両腕のパイルバンカーと全身に装填したクレイモア弾だが。訓練用装備なので、弾丸はゴム製へと変えられている。

 

 リーチに関してはパイルバンカーでどうにかできるかもしれないが、次の一手が思い浮かばない。クレイモア弾をおとりにして、テンヤのもとへと駆け付けるという方法もなくはないが、その場合仮想核兵器を守りながらの戦いになるためこちらも不利だ。

 

「緑谷も予想外の動きをしてくる可能性がある……」

 

 現在の状況であれば全員1対1の状況ではあるから、最悪個々の力量が勝っていれば負ける可能性は少ないだろうが、まだ向こう側にも策の可能性が残されている。

 

「あんまり時間をかけない方がよさそうだな……」

 

 戦闘訓練開始からそろそろ10分が経過する。このままではじり貧だ。

 

「動くか」

 

 降り注ぐ瓦礫の弾丸を大剣で防御しながら進むために、両足に空気を圧縮させる。

 

 圧縮が完了すると同時に、静かにその足を踏み出した。

 



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第17話 屋内戦闘3

 間段のない攻撃をその剣を盾とすることで徐々に距離を詰める。

 

「立っていられないほどの……威力じゃない!」

 

 腕にかかる衝撃に加え、大剣からはみ出してしまった体の一部をかすめる瓦礫の弾丸。さすがに強靭な防御力を誇る鎧を装着しているため、痛みを感じるものの出血を伴うほどの怪我にはならない。

 

 さすが、雄英高校と提携しているスーツ制作会社だ。

 

「これでも、ダメですか」

 

「瓦礫のサイズを大きくしたところで!」

 

 止められないと見るや、弾丸に使用する瓦礫のサイズを大きくするヒミコ。だが、それは逆に。

 

「隙を作るだけだっ!」

 

 一瞬の隙だった。大剣を捨て、体を大きく開く。

 

「何をするんです!!」

 

「全弾持っていけっ!」

 

 

 手の中に仕込まれているギミックを作動させた。瞬間、全身に搭載されたクレイモア弾を圧縮した空気で打ち出した。隙間なく通路全体に広がるクレイモア弾に対して、ヒミコは体の前に重力の壁を展開させることによってほとんどの攻撃を防ぐ。

 

 さすがに、この程度では倒れてくれないだろう。

 

「危ないです!」

 

「ああ、だがこれで!」

 

 重力制御に集中しているタイミングでできた二つ目の隙。これが、これこそが待ち望んでいた勝機だった。

 

「パイル!! バンカー!」

 

 真正面のドストレート。圧縮した空気を一点に穴をあけることによって繰り出された杭打機は、最後の最後ヒミコの太ももにつながれたアンプルを貫いた。

 

 そう。真正面に打ち出したパイルバンカーは、ヒミコが張った重力の盾により阻まれ狙い通りに貫いたのだ。

 

「あっ!」

 

「そろそろ、制限時間だろ?」

 

 おおよそ5分。それがあの血液量からヒミコが変身の能力を使っていられる時間だ。二人分で約10分、アンプルさえ壊してしまえば、残るはヒミコの驚異的な身体能力だけだ。

 

「そして!」

 

 おおよそ能力が使えなくなったヒミコでは上から叩きつけられる重力には逆らえない。

 

 

 そう、思っていた。

 

「残念ですね! 茶虎!」

 

 そういったヒミコの口の中。唇に加えるようにして、一本のアンプルをこちらに向けて見せる。いったいいつの間に弾帯から外していたのか。

 

「くっ、なんで!」

 

「さすがに、能力の制限時間くらい私でも把握してるです。茶虎からもらった血、無駄にはしないです」

 

 にかっと口元に笑顔を浮かべて、アンプルから血を口の中へと運ぶとすぐに立ち上がっり始めた。

 

「負けないです!」 

 

「だが、もうタイムリミット……」

 

 言いかけた瞬間だった。爆音と共に天井に穴が開いた。

 

「緑谷かっ!」

 

 嫌な予感がした。チリチリとした感覚が首筋に走る。

 

「多重重力!」

 

 舞い上がる瓦礫を地面に叩きつけるように、重力を操作するが時すでに遅し。

 

「回収~!」

 

 お茶子の声が聞こえた。おそらくもうすでに、仮想核兵器は回収されてしまっただろう。

 

「ヒーローチームWIN!」

 

 スピーカーから響く、オールマイトの声。がっくりと膝をつく。自分が負けたことが無性に悔しくて、歯がゆくて、何とも言えない感情が込み上げてきた。

 

「私たちの勝ちです。茶虎! でも、個人としては勝てなかったです」

 

 そう言いながら手を差し伸べられたヒミコの手を見つめる。

 

「負けたのか……いや、負けたんだな」

 

 悔しさを押し殺し、戦術的に敗北してしまったこと。これを次につなげなければいけない。

 

「次は絶対に負けない」

 

「次は個人としても買って見せるです。茶虎の血の飲み放題はその時までお預けです」

 

 こんな時でもそんなことを考えていたのかと思わず、笑みがこぼれた。差し伸べられたヒミコの手を取り、立ち上がる。悔しさをバネにさらなる高みへ。

 

「プルスウルトラ……いい言葉だよ」

 

 誰にも聞こえない声でつぶやいた。

 

 ◇

 

 一旦ヒミコと別れて、オールマイトの後ろを歩く爆豪の頭を叩いた。

 

「……」

 

 しかし、それでも爆豪は反応することなく、どこか茫然自失といった表情で虚空を見つめていた。

 

「独断先行、対策不足、慢心。負ける理由はいくらでもあるが……」

 

「うっせぇ……」

 

「別にやりたいならそうしてくれてもいい。だが、サポートしてほしいなら言えよ」

 

「うっせぇ……」

 

「緑谷と戦いたいなら、初めからそういえって言ってんだよ!」

 

「うっせぇ! お前に何がわかんだよ!」

 

 緑谷という言葉に反応して、こちらに振り返った爆豪の胸倉を思い切り掴んだ。

 

「これが実戦だったらどうするつもりだって聞いてんだ! 私怨で一般人殺す気か!」

 

「何を……」

 

「お前はこの先に何を見据えている! 俺たちはなんのために雄英にいる! クラスメイトに勝つためか?私怨を晴らすためか?違うだろ! 力ない人たちを守れるようになるためにここにいるんだろうが!」

 

 一発、右のストレートを爆豪の頬に打ち込んだ。自分の拳が痛い。もしかしたら、これは負けた八つ当たりかもしれない。だが、そうだとしても。

 

「俺たちは今日チームだった! だったら一声かけろ! やりたいこと、できること……」

 

 そこで一呼吸入れて大声で叫んだ。

 

「俺は悔しい! お前は悔しくないのかよ勝己!」

 

「悔しいに、決まってんだろ!」

 

 大人しくしていた爆豪が同じように頬を殴り返してくる。ヒーローを目指すために一番を目指す。だからだろう、悔しさも、後悔も、同じように持っているからこそ声を荒げて、殴りあう。

 

「なんで俺が負けなきゃいけねぇんだ!」

 

 胸倉を掴んでいた左腕を振りほどかれ、右手も抑えられた。

 

「それはこっちのセリフだ馬鹿野郎!」

 

 両腕が使えないならと、フルフェイスマスクを付けていることも忘れて、爆豪に頭突きをする。

 

「いってぇ、な!」

 

 すかさず飛んでくる左のストレート。恐ろしい威力のはずなのに、それすら気にせず当たりに行く。

 

 結局、オールマイトが止めに入るまでの短い間、もみくちゃになりながら殴り合った。

 



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