東側諸国による異世界『解放』録 (スターリニウム)
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第一章 接触
第1話 東側諸国の異変


思い付きで書いてみることにしました。

表現力が無難ですが暖かい目で見ていただけると幸いです。


ー1978年 11月7日 午前10時00分 ソビエト連邦ー

 

11月2日、この日は本来であれば『10月革命記念日』すなわちソビエト連邦の誕生日のため、モスクワの赤の広場で軍事パレードが行われ、観客に紛れた西側の諜報機関の職員も参加し、冷戦で最も重要な日になるはずだった。

 

しかし赤の広場を見てみると、軍事パレードが開始する午前10時になってもそこに一糸乱れぬ列をとる兵士達の姿はなく、レーニン廊に立つ書記長一行の姿もなければ、赤の広場近くの通りにある装甲車両の列も全く無い。

 

更に付近の建造物に掲げられているはずのソビエト連邦の国旗ですら全く見えない。

 

その理由は軍事パレードが始まるはずだった午前10時から約3時間前辺りに遡る。

 

この頃、平凡な朝を迎えていたソビエト連邦の国民は、いつも通りに朝食を食べたりしていた。そして朝食を終えたら仕事の準備をし、全国民は職場へと向かう時間帯だったのだ。

 

しかし、そんな時間帯に突如予想にもしなかった事態が発生した。

 

本来大陸プレートの境界と折り重なっていないはずの東ヨーロッパで突然『地震』が発生したのだ。

 

この『地震』は震度が2ぐらいの軽い地震だったのだが、これが同じタイミングでソビエト連邦の全土で発生するのは歴史上例を見ない事件だった。

 

しかもソビエト連邦だけでなく、ポーランド、ルーマニア、チェコスロバキア、ハンガリー、ブルガリア、東ドイツといったソビエト連邦の衛星国も同様の地震が観測されている。

 

だがそれだけでなく、地震が収まった直後空は黒い雲に包まれ、日が地上に届かないといった時間が続いたものの、発生からおよそ5分で黒い雲は無くなり、地震が起こる前の曇天とは全く違い、雲ひとつ無い快晴な空となった。

 

東側諸国の政府機関や国民は、突如として発生した自然災害が一気に発生したかのような災害に頭が追い付いていけなかった。

 

しかし、この一連の事件で一番混乱していたのは、ソビエト連邦の外交を担う外務省だった。

 

外務省本部の外務省本館ビルのオフィスでは、職員が慌ただしく辺りを動き回っており、その顔には焦りが見えている。

 

更にオフィス内は職員達の声でうるさく、近くの人の声を聞くのも精一杯だった。

 

「報告だ!西側の奴らとの通信が一切出来なくなった!アメリカもイギリスもだ!」

 

ある職員がそう言うと、オフィス内のざわめきはエスカレートしだす。

 

「おい嘘だろ…」

 

「西側の奴らまさか俺らに戦争仕掛けてるつもりか?」

 

職員達は近くの人と感想を共有しだすが、一人の職員が質問をしだす。

 

「なあ、ワルシャワ条約機構の国はどうなっているんだ?」

 

「ああ、あれか?何故かは分からないんだが、地震みたいなのが発生する前とそう変わらないんだよ。だから条約機構との通信状態はいつも通り良好なんだよ。」

 

そう言うと、職員達のざわめきはピークに達し、もはやなにが起きてるのか全く理解できないくらいにまで騒いでいた。

 

「とにかくこの事を報告書に書くぞ!まとめないとどういう対応をすればいいかさっぱり分からなくなるぞ!」

 

すると、さっきまでのざわめきとは打って変わって少し静かになり、職員達は今起こっていることを報告書に書き出し始めた。

 

報告書には内容がびっしりと書かれており、報告書に収まりきれないぐらいの量の字が書かれていた。

 

ソビエト連邦は混乱の極みに陥っていた。人工衛星からの通信途絶に、西側諸国との通信途絶、更にあの『地震』が起こったあとに何故か天気がガラッと変わったので、国民の間では国ごと別世界へと移動したのではないかと囁かれていた。

 

これはワルシャワ条約機構の加盟国も同じ状況で、東側諸国との通信はそう変わらないのに西側諸国との通信は何故か繋がらないことに加盟国は謎で仕方なかった。

 

そして混乱の最中である本日の夜頃に、条約機構本部があるモスクワでワルシャワ条約機構加盟国の緊急会合を開くことが政府の間で決定し、加盟国にもその事を伝えた結果ほとんどの国が参加すると決めた。

 

こうして、ワルシャワ条約機構加盟国は異世界へと転移してしまうこととなった。




もし宜しければ感想や評価を。

三作目となりますが、表現力が未だに成長していませんので、どうかよろしくお願いします。


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第2話 モスクワでの会合にて

…ー1978年 11月7日 午後7時30分 モスクワ ワルシャワ条約機構本部ー

 

「ではこれより、ワルシャワ条約機構加盟国代表による緊急会合を開幕します。」

 

ソビエト連邦最高指導者のレオニード・ブレジネフによる一言で幕を開けたワルシャワ条約機構加盟国代表を集めた会議は、加盟国の首脳の顔が勢揃いだ。

 

名国首脳の顔は堅く、これからどうすればいいのかなどで不安が多かった。

 

「にしても、これほど緊張感が溢れる会合が行われるのは第二世界大戦以来ですな。」

 

ポーランドのヘンルィク・ヤブウォンスキがちょっとした話題を作りだすと、ハンガリーのロションツィ・パールが真面目な回答をする。

 

「おい、これは重要な会合だぞ。そんな呑気な気分で良いのか?」

 

「まあまずは落ち着け、緊急会合なのにここで仲間割れなんかしだしたらきりがないだろう。」

 

そう東ドイツのエーリッヒ・ホーネッカーが場を静めると、首脳は気分を改めて会合の本題である西側諸国との通信が出来ないこと等の話題を出した。

 

「ええ…この会合に参加している誰もがご存知かと思われるが、本日午前8時頃に条約機構加盟国で地震らしき現象が発生したのと同時に西側諸国からの通信が途絶え、更に地震らしき現象が終わって数分後に上空が黒い正体不明の雲が覆い、地上に日光が届かないといった歴史上例を見ない事態が発生した。私の見解では西側諸国が何かしらの攻撃を仕掛けてきたのではないかと思われる。」

 

そうブレジネフが重々しく言うと、条約機構加盟国の首脳は行く末を心配するかのように頭を抱えた。

 

「まさかこんな事態に陥るとはな…」

 

「おいおい嘘だろ……」

 

「西側諸国は遂に気象兵器を使い出したのか?」

 

首脳は思った事を次々と口から吐き出した。

 

ブレジネフも心境は同じだったが、あまり口に出さずに話題を続ける。

 

「我々条約機構は先の見えない課題に突き当たっている、それが良い方向に動くか悪い方向へと動くかはまだ分からない。だからといってこのまま決断を下さないのは全てを失うのと同じだ。なのでもし加盟国からの意見があれば言ってくれ。」

 

そう言うものの、加盟国首脳は未だに頭を抱えている状態だ。

 

すると、ルーマニアのニコラエ・チャウシェスクがひっそり手を挙げ、意見をブレジネフに向けて言った。

 

「こういうのはどうでしょうか、西側諸国との通信が途絶したことですし、いっそのこと条約機構の周辺を探索するというのは如何です?」

 

黙って聞いていた首脳部は、チャウシェスクに目を向けると少し驚いた表情をしだすと、東ドイツのホーネッカーが反応する。

 

「おいチャウシェスク、それって本気なのか?くまなく探索して見つかったのは見たことも聞いたこともない未知の世界だったら、どう対応するつもりなんだ。もしその未知の領域なんかに国が見つかって言語が地球上に属していない言語だったら尚更だ。」

 

「いや、その手もあるかもしれないな…」

 

「は…はい?同志ブレジネフ書記長、何て仰いました?」

 

「その手もあるなと言っただけだが…何か言いたいことがあるのかホーネッカー?」

 

ホーネッカーは少し焦りながら返答した。

 

「い…いえいえ、何でもございません。ただ先ほどの意見に賛同しただけですのでご安心を。」

 

「ふむ、そうか…よし、他の者の意見はあるか?無ければ今回の会合で我々の決断を下す。」

 

だが室内は誰も言いたそうな表情をしていなかったので、ブレジネフは決断を下す。

 

「今回の緊急会合の決断は、条約機構加盟国総出で周辺を探索する事に決定する。ポーランドは北部、東ドイツは北東部を、ルーマニアとブルガリアは南東部あるいは南西部、チェコスロバキアやハンガリーは東部を、そしてソビエトは西部を探索する。皆はもし未知の領域に関する情報を獲得したら全加盟国にそれを共有するように。いいか?」

 

「「「了解です!」」」

 

こうして、ワルシャワ条約機構が異世界へと飛ばされてから数時間も経たないうちに周辺の領域を探索する事が決定し、この会合から約2日後には指定された各方面に偵察機を向かわせ、本格的な探索活動を開始する事になる。

 

 




遂に条約機構の異世界探索が始まりました!


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第3話 異世界との遭遇

ー1978年 11月9日 午前8時30分 ルーマニア国外 南東部およそ630km地点上空ー

 

元いた地球と比べ、水平線の彼方まで続いているこの広大な海。その海面にはワニの顔つきをした巨大な首長竜のような生物が悠々と泳いでいた。恐らく地球にいるワニより数倍は大きいだろう。

 

快晴で見張らしが良く、所々に雲が浮かんでいる上空を、1機の偵察機An-30とその護衛の4機のMiG-21戦闘機が時速500km/hというかなり控えめの速度で情報収集に取りかかっていた。

 

ルーマニア空軍の偵察機部隊は、指定された条約機構周辺の環境確認をすべく、今日の6時辺りから調査を開始しているのだ。

 

「すごいな、海に巨大なワニみたいなのが泳いでいやがる、こんなもの見たことがないぞ。もしかするとこれが別世界の生物ってやつなのか?なんか急展開すぎて頭が追い付けない……」

 

先程泳いでいたワニのような巨大生物を見ていた一部の戦闘機のパイロットが無線でそう呟くと、An-30から返答が来る。

 

「ああ、全くだよ。条約機構が訳のわからない事態に巻き込まれてもう二日、これほど急展開を向かえるなんて思わなかったな……」

 

「ていうか、そもそもこんな水平線まで続いてそうな海に調査なんかして得することがあると思うか?」

 

「さあな、どうせ見つからなかったら帰ればいいだけの話さ。帰るまでの燃料ギリギリまでやったって無駄なだけだ。」

 

そうAn-30のパイロットが会話をしていると、護衛の戦闘機から何かしらの連絡が偵察機に入ってくる。

 

「なあ聞いてくれ、まさかとは思うが俺の疲れが原因で変なのが見えていて、他の誰かには見えないなんかじゃないよな?」

 

「はぁ?なんだよそれ、どういうことだ?」

 

すると、戦闘機のパイロットはゆっくりと喋る。

 

「10時の方向に陸みたいなのが見えるんだが……」

 

そう言われたのでパイロットは左斜めに目を向けると、そこにはあるはずのない陸地みたいなのが見えていた。

 

「お、おい嘘だろ…俺ら未知の大陸を見つけたぞ。」

 

「ああ、そうみたいだな…陸を見つけたのはいいがまず俺らは何の任務を託されたんだ?」

 

「確か陸地を見つけたらくまなく調査をしろという命令を聞いた気がするな…」

 

「本当か?まあいい、とりあえず上から言われた通りにここの大陸の調査を開始するしか方法はなさそうだな。出来るだけ多くの情報を手にいれるのが目標だ、もしあそこの大陸に都市といった人工物を見つけたらすぐに言え、いいな?」

 

「「「了解。」」」

 

そう言うと、ルーマニア空軍の偵察部隊は未知の大陸に向けて速度を上げ、大陸の方向に機首を向けていった。だがそれと同時に上空から異世界の軍に遭遇することになることを彼らはまだ知らなかった。

 

 

ー新天歴1812年 ベルリア王国 本土からおよそ35km離れた海域上空ー

 

ルーマニア空軍の偵察部隊と大陸への距離が少しずつ近づいている頃、上空では空飛ぶ何かが編隊を組みながら空を飛んでいた。それは異世界で最も配備されている航空兵器である『飛竜』だ。その編隊の先頭にはある一人の男が翼竜を操りながら周辺を警戒していた。

 

男の名はウィリディス、年齢は21歳という若さにしてベルリア王国第7飛竜騎士団団長の座を持っている。何故なら第7飛竜騎士団は10代後半から30代前半の若い年齢層で構成されているからだ。

 

「はぁ…今日も王国沖の哨戒任務か、最近哨戒任務ばっかで団長という実感が湧かないな……」

 

「ウィリディス団長、貴方のその気持ちは分かります。ですがこれも王国の平和を維持するためですから、仕方がない事だと思います。」

 

団長が操る飛竜の右斜めでそう言っているのは、第3飛竜騎士団に入って1年半の新兵のシルフィーである。年齢は第3飛竜騎士団の中では最年少の19歳で、常日頃からウィリディス団長に犬のような忠誠心を抱いている。

 

「確かに最近アルテガシア王国が周辺諸国を侵攻しまくって、その矛先がこっちに向けられる危険性は充分にある。だが俺達は一応翼竜騎士団で主に敵の翼竜と交戦したりするのが仕事のはずだ。なのに最近は哨戒任務ばっかりで翼竜騎士団の役目が分からなくなりそうだよまったく。」

 

団長がそう言うと、彼の左斜めにいる副団長ヴァルムが話に入る。

 

「まあまあ団長、元はといえば哨戒任務ばっかやらせてくれるのは国王じゃなくてあのアルテガシアが馬鹿みたいに暴れだしたせいですから。」

 

「それもそうだなヴァルム、よし、王国周辺海域に異常なし、上空も異常な……ん?」

 

「団長、どうかしましたか?」

 

すると団長は何かを見つけたのか、見つけた何かがある1時の方向に指を指す。

 

他の飛竜騎士も団長が指差す方向に目を向けると、一同は鳥のような見開いた目をする。

 

「な…何なんだあれは…!」

 

それは、彼らが見たことがない光景だった。薄灰色の飛行物体4つが、一際大きな1つの濃い灰色の飛行物体を擁護するかのように飛んでいた。

 

「おいシルフィー、確か視力がかなり良いんだろ?あれって何で出来ているのか分かるか?」

 

「えっと…あれは恐らく鉄みたいなので出来ています、しかも人が乗っています!」

 

第7飛竜騎士団一同は、空飛ぶ何かが鉄で出来ており、さらにそれを人が操っているという事に驚きを隠せず、一時飛竜の飛行が不安定になったりしていた。

 

「団長!あれはもしや、エルナヴィア共和国が開発した飛行機械なんじゃないでしょうか?」

 

「馬鹿言うな!たとえエルナヴィア共和国の飛行機械だったとしても、ここまで飛ばせれる訳がない!」

 

そう言っていると、彼らは空飛ぶ何かの群は第7飛竜騎士団へと近づいていることに気づく。それと同時に新兵のシルフィーは連絡手段でもある魔信をとっさに本国の王都に連絡をする。

 

《第7飛竜、哨戒中に謎の飛行物体の群を発見、飛行物体の群は王都の方向に向かった、至急付近の飛竜騎士団の援護を要請する。》

 

そして、空飛ぶ何かの群が彼らの真上を通り過ぎた時、彼らは気がついた、あの空飛ぶ何かの群は飛竜よりとてつもなく速いと。

 

「大陸の方向に向かった、あの飛行物体の群を追跡するぞ!」

 

団長の命令で、第7飛竜騎士団一同は大陸の方向に向かう空飛ぶ何かの群に向かって全速力で追跡をする。

 

だが飛竜の最高速度は最大でも270km/hなので、500km/hの速度で大陸に向かっている空飛ぶ何かに追い付けれるはずもなく、そのまま雲に消えていった。

 

「あの飛行物体の群は一体……?」

 

団長がふと思ったことを口に出す。と、新兵のシルフィーが話しかける。

 

「団長、先程王都から連絡が入りました。」

 

「内容は?」

 

「どうやら王国は大陸沖に付近の飛竜騎士団を向かわせたようです。それと、我々は帰還してもよいと言われました。」

 

「分かった。」

 

その後、第7飛竜騎士団は詳しい内容を報告すべく最寄りの飛行場へと向かった。

 




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第4話 明るみになる条約機構周辺、そして…

1978年 11月9日 午前10時30分 ベルリア王国 王国近海上空ー

 

朝6時にルーマニアを出発し、その後謎の大陸を発見し大陸の一部の調査を行ったルーマニア空軍の偵察部隊は、ベルリア王国からの飛竜騎士団による追跡をかわしていたが、どこを調査しても結局は飛竜騎士団のしつこい追跡に遭い、予定よりも短い時間で調査を切り上げることにした。彼らは今、調査結果を報告すべくルーマニアへと帰還する途中だ。

 

「おいおい、この大陸にまさかドラゴンがいるだなんて信じられないぞ。しかもあいつら俺らのことをまるで敵みたいに追跡しだすから調査もこうもない。まあ攻撃されなかったから戦争にならずに済んだがな。」

 

An-30のパイロットが無線で呟くと、護衛の戦闘機が返答する。

 

「多分彼らの常識を考えれば追跡するのも仕方ない、俺らはドラゴンそのものがこの大陸で存在してることが有り得ないと思っているみたいに、別世界の人間もまさかドラゴン以外に飛ぶものがあったなんて有り得ないって思ってるだろう。だからあいつらが俺らを追跡するのもおかしくはないし、むしろあいつらにとってはそれが任務だからしょうがない。だがいくらなんでもあのしつこさは流石にやりすぎだと俺も思うがな……」

 

ルーマニア空軍の偵察部隊は、大陸で調査を行っている際、王国沖で最初に遭遇した時を含め計6回もベルリア王国の飛竜騎士団の追跡に遭っているのだ。そのため、大陸の調査と王国の飛竜騎士団両方に神経を集中させることが必要なためとても疲労が溜まった。そのため、パイロットの健康を考え早々と切り上げることにしたのだ。

 

「まあいいじゃないか、調査をした分は俺らが飛ばされた未知なる世界の情報が加盟国内に共有されて、少しでも明るみになるんだ。これほどやりがいがある任務はこれ以上ないと俺は思うな。」

 

「確かに、俺も同じだ。」

 

「はいはい分かったよ、だけどまだ仕事は終わりじゃないからな。本国に帰ったらそれらを報告書に書くという面倒くさい作業が残ってるぜ。それじゃ、まず最初に報告書に何て書こうか?」

 

「そうだな……」

 

報告書に書く内容についての話は、ルーマニア本国の空軍基地に帰還しても続いた。

 

 

ー新天歴1812年 ベルリア王国 王都ザレンドルフ 王城 会議室ー

 

王国の政治中心部の都市ザレンドルフ。ザレンドルフの中で一番大きな中央通りには国王が在住している王城が隣接している。その王城内にある会議室では、政務官や軍部が集結していた。

 

国王によって会議室に呼び出された政務官達や軍部の顔は真面目な顔をしていたが、一部は早く終わってほしいそうな顔もいた。

 

「さて、今回の不測の事態に対して皆はどう捉えるべきだろうか。今一度諸君らの意見を確認したい。」

 

彼はベルリア王国国王コルンシオ・ヴィルト。今回の会議に軍部や政務官達を集めさせた人物だ。

 

「軍部から話させていただきます。我々軍部の見解では、恐らく周辺諸国に侵攻を繰り返しているアルテガシア王国の新兵器かと思われます。追跡に出向かせた飛竜騎士団に対して攻撃をしなかったことから、これは恐らく偵察行動の類いでしょう。なので、これは王国に攻撃を仕掛ける前兆と捉えてもいいのではないでしょうか。」

 

すると政務官達はすぐさま反論しだす。

 

「王国に攻撃を仕掛ける前兆だと?ふざけたことを言うな軍部!どこを根拠にそう捉えた!」

 

「いいか政務官達!君達の平和主義の考えはいい加減にしろ!いつあの侵略国家と戦争になるか分からないんだぞ!」

 

「だがまだ講和で解決出来る時間は──」

 

「講和で解決だと?他の国々があの侵略国家に占領されてる時点で講和で解決出来てもとっくに遅いぞ!占領されてる国々はどうするつもりなんだ!そのまま見棄てるつもりか!」

 

「そうだそうだ!大陸に残ってる国々で団結し…」

 

いつの間にか政務官達と軍部達の言い争いに発展しているのを見ていた国王はあきれた表情で大きな溜め息をつくと、国王は声に力を入れて言う。

 

「もういい加減にせぬか!」

 

すると、さっきまで言い争い状態だった政務官や軍部は静まり返り、元の静寂な状態に戻った。

 

「だいたいあの侵略国家が飛竜ですら追い付くことが出来ない航空兵器を開発できるほどの技術力はないはずだ。そんな航空兵器は列強国ですら一部しかないのにここの大陸だったら尚更だ。」

 

すると、軍部の参謀長が発言をする。

 

「国王様、確かにあの国は飛竜より速い航空兵器を製造するのは技術的に不可能です。ですがもしかすると裏で列強国があの侵略国家に技術援助をしている可能性もありえます。」

 

「うむ…その可能性も充分にありえる。だが奴らは穏和そうに見えて他の種族を見下すという悪い癖がある、そんな民族なんかに列強国は技術援助なんかしてくれると思うか?」

 

「まあ確かに一部の列強国はプライドが高いですし、あの国が列強国に見下しなんかすればそう簡単に技術援助はしません。むしろ宣戦布告を選択するでしょうね……」

 

「……まあともかく、アルテガシア王国が我が王国に牙を向けるのはもはや時間の問題だ。我々は宣戦布告されるまでに列強国からの軍事支援がない限り、地の利を生かしての戦いになるだろう。だから皆の者はいつ戦争に突入してもいいように準備をするしか他ならない。いいか?」

 

「「「はっ!!」」」

 

政務官や軍部が一斉に起立して返事をし、会議は終了した。

 

 

ー1978年 11月9日 午後8時20分 ソビエト連邦 モスクワ カザコフ館 書記長執務室ー

 

ワルシャワ条約機構加盟国総出で行われた周辺の探索が終了していた頃、カザコフ館にある書記長執務室では、ブレジネフが調査報告を待っていた。

 

(まだだろうか…かれこれ十時間ぐらいは待っているが、やはり我々は衛星国共々地球から孤立してしまったのだろうか。それとも……)

 

ブレジネフが心配を抱えながら執務室のデスクで黙り込んでいると、突如執務室のドアからノックが鳴った。

 

「同志書記長、入室して宜しいでしょうか?」

 

その声は、ソ連国家保安委員会KGB議長のユーリ・アンドロポフだった。彼は後にブレジネフ死去後次の書記長となる。

 

「ああ、入っていいぞ。」

 

ブレジネフが許可をすると、ドアはゆっくりと開いた。そこには眼鏡をかけた年老いた男性と若いKGB職員4名の計5名がブレジネフの執務室の中に入室する。

 

「同志書記長、貴方が心待ちにしていたワルシャワ条約機構総出による全方面の調査が完了し、調査結果が出たことを報告します。」

 

「そうか、ん?なんだその大きい紙は?」

 

ブレジネフは職員が手に持っている丸めた大きい紙に目を向ける。

 

「これでしょうか?これは調査結果を報告する際に使用します。同志書記長、只今から報告しますのでこちらに来てくださいますか?」

 

アンドロポフが落ち着いた口調で言うと、ブレジネフは椅子から立ち、広い机のほうに移動をする。

 

移動したのを確認した職員の一人が、手に持っていた紙を机に広げる。その紙はソビエト連邦と東ヨーロッパの地図だった。すると、アンドロポフの説明が始まる。

 

「加盟国総出で周辺を調査した結果、ワルシャワ条約機構は地球と異なった異世界へと転移していたことが判明しました。我が国含め各国が指定された域をくまなく調査をしたところ、本来陸続きだった場所はほとんど海に囲まれていました。ですが一部の報告書からは、どうやら調査中に陸みたいなのを発見したという報告があります。」

 

アンドロポフの説明は続く。

 

「報告書の詳細を調べたところ、陸みたいなのが発見されたのは、ルーマニアから南東におよそ630km地点、我が国最東端のデジニョフ岬から東におよそ90km地点、東ドイツから西におよそ230km地点、ポーランドから北西におよそ890km地点といったところです。」

 

そう説明しながら言うと、アンドロポフは陸みたいなのが発見された場所に赤色のペンで丸を囲む。ブレジネフは興味深そうに赤く丸で囲まれた場所を見ていた。

 

「更に言うと、発見された大陸には都市みたいな人工物の集まりや、ドラゴンみたいなのと遭遇したといった情報もあります。こちらが一部の大陸で発見されたドラゴンを写した写真です。」

 

そう言うとアンドロポフは地図の上にその写真を置いた。その写真には、ベルリア王国の飛竜騎士団が必死に追跡をしている姿が捉えられている。

 

「ふむ、まさか異世界にドラゴンがあったとはな……しかもこれ、よく見てみると何やら人みたいなのが馬みたいにドラゴンの上に乗っているぞ。これについて何か分かることはあるか?」

 

「いいえ、ありません。恐らく別世界の航空兵器かなんかじゃないでしょうか?諜報機関だとはいえど、我々もそこまで見てはいませんので。」

 

「そうか…まあいい、とりあえず未解明だった条約機構周辺は解明出来た。さて、大陸があるであろう位置が分かったことだ、条約機構代表として我が国の外交官を大陸に派遣して、もしそこに国があれば国交締結もありえる。だがもし異世界と初接触の日に戦争なんかが勃発した時のためにソ連海軍の空母も派遣してくれ。何より我が国の力を見せないとな。」

 

「そうですね。やはり異世界とはいえど、我が国の国力を誇示しないと異世界の国に嘲笑されたりしますからね。」

 

「ああ、今日はありがとうアンドロポフ。おかげで私の不安が収まったよ。」

 

「いえいえ同志書記長、これも祖国いや、条約機構のためですから。」

 

そう言うとアンドロポフは、若い職員達と一緒に書記長執務室を退室した。

 

この報告からおよそ一週間後の11月11日に、ソビエト連邦はソ連外交団を搭乗させたキエフ級空母一番艦『キエフ』率いる新たに編成された異方艦隊がルーマニアから南東に630km離れた大陸へと向かうことになった。

 

そして今、異世界の国との接触が始まろうとしていた。




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第5話 接触

本当にこんなことがあるかと思う点もありますが、そこは暖かい目で見てください。


新天暦1812年 11月13日 午前8時30分 ベルリア王国沖合 ベルリア海軍哨戒艦『マクイル』ー

 

「おい……あれはいったい何なんだ……?」

 

哨戒艦『マクイル』の甲板でそう言っているのは、この哨戒艦の艦長ハルディオだ。年齢は63と年老いているが、彼は幾多の王国軍の軍艦の艦長を歴任したことがあるベテランだ。彼は今、哨戒艦『マクイル』の前方に見える正体不明の船団が王国がある大陸にゆっくりと近づいていることに唖然としており、哨戒艦の船員もまた同様の顔をしていた。

 

「か…艦長!あの船団は列強国かと思われます!ただ、あれは一体どこの軍なのでしょうか…?」

 

船員の一人が艦長に顔を向けて質問をした。

 

「いや、分からない。ただ言えることは……恐らく列強国より船が大きいということぐらいだ。」

 

幾多の軍艦の艦長を歴任し、戦争や演習に参加してきた彼でさえも、今回出くわした船の群の国籍は全く分からなかった。

 

(あの数と大きさに、鋼鉄の船……間違いなく列強国の海軍かと思うが、あんな鎌と金槌を合わせた紋章が描かれた旗は見たことがないぞ。だが気になるのは、奥にあるあの平らな船に載っているあれはそもそも何だろうか?)

 

そう考え込んでいると、あの船の群は彼らが乗っている哨戒艦の存在に気がついたのか、速度を弱め、ついに哨戒艦から200m手前のところで停まった。

 

「艦長!謎の船の群が止まりました!すぐに臨検を行いましょう!」

 

船員がそう言うと、艦長は自分がやるべき任務を思いだし、ふと我に返る。

 

「そ…そうだな。よし諸君!只今からあの船の群の臨検を行う。あの規模からして列強国の海軍かと思われる。失礼のないよう攻撃的な態度は控えるように。」

 

艦長の注意の後、哨戒艦『マクイル』は、自艦より大きい船が集まる群へと向かった。

 

あの船の群の周囲を見渡してみると、やはり自艦より大きい軍艦がベルリア王国の哨戒艦を包むかのように多く、彼らの船がまるで蟻のようだった。中にはそれより大きい船もあり、その上部は平らな構造をしていて、そこには彼らの常識が通じない何かが平らな所に置かれていた。

 

(なんて大きいだろうか…しかも全部の船が鋼鉄で出来ているではないか!これほどの軍艦を所有している国は多分存在しないはず。いや、もしかすると我々が知らず知らずの内に列強国がこれほど発展したのだろうか?うむ……)

 

出来る限り考察を頭に巡らせるが、船の群の国籍は解明出来ない。それどころか、本当に列強国の軍隊なのかどうかですら怪しくなってきた。

 

すると、哨戒艦の隣りにある巨大な船から、哨戒艦に対して何か合図をしているのを艦長は見逃さなかった。

 

(あの合図…もしかして乗れっていう合図なのだろうか…?まあいい、あの巨大な船に近づいてみるか。)

 

哨戒艦は、ソビエト連邦海軍の揚陸艦イワン・ロゴフ級へと船体を寄せる。

 

艦長は、船体を寄せていくと同時にあることに気がついた。さっき遠くから見たときよりもかなり大きいのだ。その光景に体が固まり、船体とイワン・ロゴフ級の距離が数十メートルになるまで気が付かなかった。

 

(はっ!私は何故さっきまで体が固まっていたんだ?そんなことより臨検を行わなければ…)

 

そう思って艦長はイワン・ロゴフ級に近づくと、上部から簡易はしごみたいなのが艦長の前に降ろされた。

 

「これを使って乗れなのか?まあ仕方ない、これだけ高低差があればな…」

 

艦長と一部の船員は、黙々と簡易はしごを登り、数分後にはイワン・ロゴフ級の甲板に着いた。

 

イワン・ロゴフ級に乗り込んで彼らがまず驚いたのは船体だった。全てが鋼鉄で出来ていて、大きい艦橋、広い甲板、そして彼らをずっと見ている周辺の船員の数に艦長と船員は驚きを隠せなかった。

 

(な、何なんだこの船は!?こんな船は列強国でも見たことがないぞ!もしや新しい列強国なのか!?なんて技術が発達しているだろうか…!)

 

艦長がかなり驚いた表情をしていると、近くからスーツを着用した男5人と、白いシャツと黒いズボンを着用し、AK-74を装備した男数人が歩く音が聞こえてきた。ソビエト連邦の外交団とその護衛だ。これに気づいた艦長は気を取り直し、生真面目な顔に戻る。

 

「はじめまして、私はベルリア王国海軍哨戒艦艦長のハルディオです。ここの海域はベルリア王国の領海です。貴国はどういった目的でこちらに?」

 

ハルディオがソ連外交団に対して普通に挨拶をするが、彼らは驚いた表情をしており、感想を他の人と話していた。

 

「おい、今さっきロシア語で言わなかったか?」

 

「ああ、確かにロシア語で話してたな。」

 

「まさか異世界でもロシア語は通じるのか?」

 

「あの……」

 

「あ、これは失礼しました。私はソビエト連邦外務省外務大臣のアンドレイ・グロムイコと申します。この度は貴国の領海侵犯をしてしまい申し訳ありません。」

 

すると今度はハルディオが驚いた。なぜならソビエト連邦という国名は一度も聞いたことがないからだ。

 

「い…いえいえ大丈夫です、はい。ところで目的は…?」

 

「ああそうでした、ですが説明する前に貴方にひとつ言わないといけないことがあります。あまり驚かないでください。我が国、いや、我々条約機構はこの世界へと転移した転移国家群だということを先にお伝えします。」

 

この事に彼らは最初疑った。違う世界からこの世界へと転移、しかも国家群が転移だなんてことはいくら召喚魔術師を集めれても到底成し得ないことだ。

 

「て、転移国家群ですか……」

 

「はい。信用出来ないかもしれませんが、そのため我が国ソビエト連邦の衛星国と協力して周辺を探索しました。その際ここの他にも大陸が見つかった訳で、我が国の軍港がある場所から近いこちらに来たということです。我々の目的は、貴国との国交締結を交えた会談を行いたい、ただそれだけです。」

 

「は、はあ…そうでしたか、ですが私は王国の国王ではないですので、どうすることも出来ません。」

 

「貴方は国王が居住する場所に繋がる通信手段をお持ちでしょうか?もしあるというのであれば、先程我々が伝えた内容をそちらに送ってください。因みに会談の回答の期限は明日の午前8時までとします。期限が短いかと思われますが、その時に我々の艦隊がここに来ますので、その際回答を我々に伝えてください。」

 

グロムイコが伝える内容を言い終えると、ハルディオは疲れたような声で話す。

 

「りょ、了解しました。この事はすぐに王国の上層部にお伝えしておきます。確認ですが、期限は明日の午前8時まででしたでしょうか?」

 

「はい、間違っていません。」

 

確認したハルディオはその後彼らに別れの挨拶をし、イワン・ロゴフ級から元いた哨戒艦へと戻り、船内にある魔信で先程の内容を王城のベルリア軍本部へと送った。

 

そしてそれを受信したベルリア軍本部はすぐさま国王に報告された後、国王からの緊急召集によって、およそ一週間ぶりの緊急会議が行われることとなる。

 

 

ー同日午前9時30分頃 ベルリア王国 王都ザレンドルフ 王城 会議室ー

 

ハルディオがソビエト連邦の外交団と接触し、さらにソ連がベルリア王国との会談を望んできたことを魔信で送ってから1時間後、またもや緊急会議が開かれることとなった。会議は国王、政務官、軍部という2つの機関と国王が参加しており、その顔は前回に比べ堅い表情ばかりだ。

 

「それでは只今より緊急会議を開始する。皆もご存じの通りだが、本日の午前8時40分辺りに、王国の領海を哨戒していた哨戒艦『マクイル』から、列強国と思われる船団に遭遇したとの報告が入った。それが我々が知っている列強国の船団だったらわざわざ緊急会議を行わないのだが、実はこれに問題がある。この船団は我々が知っている列強国のどこにも属さないというのだ。だが、一応その国名に関することは判明はしている。」

 

国王が一息つくと、軍部の一部が立ち上がり、政務官達に紙が配り始めた。その紙には報告された内容ごとに小分けしてはいるが、速急に書いたがためか字は読みづらい。それでも政務官達は書いてあることを読解しようとしていた。

 

「その船団の国籍は、ソビエト連邦という連邦国家なのだ。しかも報告によれば、こちらの世界に転移した転移国家群らしく、ソビエト連邦の衛星国共々転移したらしいそうだ。旗は全体的に赤く、鎌と金槌を合わせた紋章という特徴的な旗をしているらしい。更に驚く点は、外交団みたいなのを護衛していた兵士は黒い棒みたいなのを主武装としていて、全ての船が鋼鉄で出来ているというのだ。」

 

「ソビエト連邦だと?聞いたことがないな…」

 

「しかも連邦国家だとか絶対強そうだ。」

 

「全ての船が鋼鉄で出来ているのが一番興味深い。」

 

政務官達は書いてあることに驚いていたが、一部の政務官は疑いの表情をしていた。だが国王は説明を続ける。

 

「どうやらソビエト連邦の外交団は、我々との国交締結を交える会談を行いたいという事なのだが、あいにくその回答期限は明日の午前8時までだ。言葉通りだが期限が短い。なので諸君らの意見をまとめてソビエト連邦に対する回答とする。」

 

すると、周辺の軍部の人間と会話していた参謀長がさっと立ち上がり、軍部の意見を述べた。

 

「我々軍部としては、ソビエト連邦との外交を締結するしかほかはないと思います。ソビエト連邦は全ての船が鋼鉄で出来ている、これは最近周辺諸国に侵攻を繰り返しているアルテガシア王国からの脅威を打破出来るのに等しいでしょう。ですからソビエト連邦と国交締結するということは、アルテガシア王国の侵攻を止めるには一番被害が少ない方法になります。」

 

参謀長が説明し終えると、続いて政務官代表が意見を述べる。

 

「政務官としてはこの事に反対です。もし仮にあのソビエト連邦が、国交締結する際に色んな不平等条約等を押し付けたら、王国の滅亡と同等の被害を負います。実際に一部の列強国はそういった外交方法で文明圏外国家に圧をかけています。なのでソビエト連邦との国交を締結しないことをお勧めします。」

 

国王は、また意見の食い違いが起きたと頭を悩ませた。ソビエト連邦と外交締結せずにアルテガシア王国に攻められて滅ぶか、不平等条約等を押し付けられる代わりに戦争に参加してくれるかの二択だった。どちらも国が危機的な状況に陥る可能性があるが、国王は軍部の意見を回答にすると決める。

 

「……軍部の意見を回答にする。それしか国を存続させる方法はない。」

 

こうしてベルリア王国は、ソビエト連邦との外交締結を交えた会談を行うことを決定した。政府はどんな不平等条約を押し付けられてもいいよう、全てを差し出す覚悟をした。そして翌日の午前8時に最初に接触したハルディオが、ソビエト連邦外交団に対して国王からの回答を伝えた。

 

ソビエト連邦も外交団を大陸に派遣することにし、ベルリア王国との会談は11月18日に決定した。

 

そしていよいよ、ソビエト連邦が、異世界の大陸へと足を踏む。




次回から遂に異世界との会談が開幕します。


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第6話 会談前の移動中にて

アンケートでおよそ8割がユーゴスラビア登場に賛成みたいなので、予定通りユーゴスラビアを登場させます。といってもまだ先の話ですがw。


ー新天暦1812年 11月15日 午前9時20分 ベルリア王国 港町ユリールクー

 

王国の貿易拠点として、様々な商船と多くの商人で賑わっている港町ユリールク。しかし、この日に限っては別の意味で賑わっていた。理由はベルリア王国付近に現れたソビエト連邦の外交団がこの港町に来港するからである。そのおかげで港は警備が厳しくなっており、付近で

ソビエト連邦の外交団が来るのを待っている住民からは数多くの噂が流れ込んでいた。

 

「なあ、聞いたかあの噂!」

 

「ああもちろん、ここにソビエトのお偉いさんが来港するっていうから王都から飛び出してきたよ!」

 

「ソビエトってどんな国なんだ?」

 

「俺は角が生えた亜人族の国だと聞いたぞ!」

 

「そうか?こっちは俺らが知ってる列強国なんかより強い国って聞いたぞ!」

 

「もしかしたら新しく出来たエルフの国じゃないのか?」

 

住民達は、詳しいことが謎の国ソビエトの噂があちらこちらで共有されていた。

 

 

ーーおよそ一時間後

 

港にある木製の桟橋には、髪が少し長い中年ぐらいの男一人と、彼を護衛する兵士5人がいた。

 

「…ソビエトか。一体ソビエト連邦はどんな国なんだろうか…」

 

ベルリア王国外務使臣のアグラス・ファリルは、他の従者と護衛の兵士を連れて、ソビエト連邦の外交団が来港するのを待っていた。

 

「アグラス殿、ソビエト連邦の船がこの目で見れるのが楽しみですね!」

 

「そうだな。もしかしたら我々が見たことがない素晴らしいものを連れてきそうだな。」

 

「はい!」

 

そう会話していると、海の向こうからソビエト連邦の船団が近づいてきた。

 

その船団がだんだんと港に近づくにつれて、アグラス含め港近くにいた人々全員が、その圧倒的な数と本当に鋼鉄で出来ていることに驚愕した。

 

(な、なんて数が多いんだ!?海の向こうに見える船舶が我が国の軍艦なんかじゃ比にならないぐらい大きいぞ!しかも鋼鉄で出来ていて帆がないのに進んでおる!やはり軍部が言っていた鋼鉄の船は本当だったのか!)

 

港に向かおうとしていたソビエト連邦の船団は少し離れた沖合で停船した。港はソ連の軍港に比べとても浅いので停泊出来ないと気付いた。すると、ソ連海軍の揚陸艦『イワン・ロゴフ』から一隻の小型船みたいなのが出てきた。これも鋼鉄で出来てはいるが、小型船の下部分が膨らんだ黒いので出来ており、さらにとても高速だったのが気になった。ソ連海軍のホバークラフトである。

 

ホバークラフトが彼らが待っている桟橋に停泊すると、中からスーツを着た男3人と兵士約10人が出てきた。

 

(ほぅ…ソビエトは人間の国なのか。連邦だと聞いたので数多の種族が住んでいるかと思われたが、これは意外だ。それにしても、あの小型船からなぜあれほど兵士が出てきたのだろうか?護衛にしてはかなり多いぞ。ん?あの兵士とは違った服装のあの3人が外交団か?)

 

頭の中でそう考えていると、ホバークラフトから外交団と護衛が降船し、彼らの前に近寄った。

 

「はじめまして、我々はソビエト連邦外交団団長のアンドレイ・グロムイコと申します。この度は我々との会談を承諾いただきありがとうございます。」

 

「(意外と礼儀正しいな…)……私はベルリア王国外務使臣のアグラス・ファリルと申します。こちらこそ、我々に対して会談をご提案いただきありがとうございます。あちらに王都へと向かう馬車がございますので、どうぞこちらに。」

 

「お気遣い感謝します。」

 

ソ連外交団と護衛は、ファリルの指示のとおりについていった。そこには外交団とファリル達が乗る馬車と護衛のみが乗る馬車含め計3台が用意されていた。そしてソ連外交団は王城へと向かうべく出発をする。

 

馬車が出発して数分後には、外交団はファリルに対してこの世界に関することを質問し始める。

 

「申し訳ありませんが、王城に到着するまでの間、この世界に関することを質問して宜しいでしょうか?我々は転移国家ですので未だ詳しいことが掴めていませんので。」

 

「はい、もちろん構いませんよ。私が知ってるぐらいまでですが。」

 

「ありがとうございます。では早速ですが、この世界にはどれほどの種族が存在するのでしょうか?」

 

「そうですな……」

彼は以下のことを説明してくれた。

 

===

この世界には、おおまかに6つの種族が存在している。

 

○人間

・この世界で一番多く割合を占めている種族。肌の違いや文化の違いは多少あるが、基本的に言語は統一されている。(ちなみに話す言葉は変わらなくても文字は大陸によって異なるらしい)

 

・この世界には高度文明国家というのが存在し、その中でも優れている国7つは、7大列強国と呼ばれている。因みに7大列強国は『エルナヴィア共和国』『マルテヴァダ帝国』『リルヴァイン連合王国』『オーデマニア=ガルーシャ二重帝国』『フォーランツ連邦』『バーネング皇国』『ロストーラ大帝国』がある。なお列強国に成り上がりそうな国や、勢力が衰退している列強国は準列強国という扱いを受けている。

 

○エルフ族

・寿命がかなり長く、生まれつき魔力に長けている種族。噂話ではおよそ2万年生きているが容姿が若いままのエルフもいるらしく、人口は2番目に多い。彼らは主に深い森に生活しているが、一部のエルフは森から離れて都市部に生活する者もいる。この大陸から南東辺りに離れた場所にエルフのみで構成されている国『エルーシア神聖国』がある。

 

○ドワーフ族

・採掘や加工、建築に長けた種族。人口割合では3番目に多く、身長は人間に比べ小さいが力は強く、寿命は人間とそう変わらない。(この世界での人間の寿命はおよそ70歳くらい)彼らの国は『パルガリズ王国』。

 

○魔人族

・この世界で一番嫌われている種族。その原因は悪魔的かつ凶暴的な容姿からだ。元々彼らは『エタシク王国』という王国を築いていたが、神の怒りに触れてしまったあげく滅んだ。現在魔人族を目撃したという事例はない。

 

○猫耳族

・この世界で4番目に多い種族。性格は自由奔放で単独行動を好んでいる。外見は猫耳としっぽがある以外人間と変わらない。猫本来の特性の俊敏さと夜目の良さは残ってることから軍の偵察員などに雇われたりしているが、それほど多くはない。彼らの国は『ミョガル王国』。

 

○犬耳族

・猫耳族の次に多い人口を持つ種族。猫耳族同様犬耳としっぽがあるが、猫耳族とは反対に集団行動を好み、結束力が強い。忠誠心が高いので、戦争の際に自ら身代わりになって犠牲になることも少なくない。彼らの国は『ザウレリエ王国』。

 

○兎耳族

・耳の聴力と足の速さが人間より優れた特徴を持つ種族。人口は6番目。学習能力が高いことから、複雑なこともすぐに覚えることが出来る利点があるが、その反面興味がないことにはあまり覚えにくい。彼らの国は『イッティラ国』

 

これら意外にもこの世界には多くの種族が存在している。

 

===

 

「……といった所ですね。」

 

「なるほど、それにしても何故これほどまで人間に似た種族が生まれたんですか?」

 

「分かりません。いくら種族の事が話せても、私はそれの元祖を語れるほどの知識はありませんから。」

 

「そうでしたか…失礼しました。では次に魔法に関する事を説明していただけませんか?」

 

「────ッ!?」

 

この発言にファリル達は驚きを隠せなかった。この世界にとって魔法は国の発展を支えるのには基本的な材料、切っても切れない関係のようなものだ。元から魔法なしに発展してきた国はあるにはある、だが列強と肩を並べれるほどの国はない。ではなぜ魔法なしの国がこれほど発展しているのかが謎で仕方なく、ファリルはソ連外交団に身を乗り出すように詰め寄った。

 

「で、ではあの船は、一体何で動いているんですか!?大量の魔法鉱石が動かしているのではないのですか!?」

 

「魔法鉱石とういうのがどういったものかは知りませんが、我々は基本的に魔法とういう概念はありませんし、元いた世界でも魔法は存在していません。」

 

「じゃあどうやって動いているんですか?」

 

「我々は科学とういうのを駆使して発展してきました。これは我々が元いた世界も同じことです。なので貴方が見た船は科学の力で動いていて、その中のガスタービンとういうのです。あと我々が乗って来た小さい船はホバークラフトとういうものです。」

 

「がすたーびん?ほばーくらふと?それって魔法科学か何かですか?」

 

「先ほど申し上げたように、我々は科学で発展はしましたが魔法は使っていません。それより魔法に関することを…」

 

「え?あっ、はい失礼しました!ええ、まず魔法は空気中の『マナ』とういうものを集めて使用する方法と、魔法鉱石を使用する方法があります。『マナ』を使う方法は主に火炎魔法や氷魔法、土魔法といった規模が中小ぐらいの魔法に使われます。魔法鉱石はその逆で風魔法や爆裂魔法、雷魔法といった規模が大きい魔法に使われます。『マナ』は空気中にありふれていますが、魔法鉱石は一部地域しか採掘が出来ないという欠点があります。」

 

「なるほど、魔法鉱石は我々でいうところの石油みたいなものですか…ですが一部地域しか出ない魔法鉱石をなぜ使ったりするのですか?」

 

「実は魔法鉱石の用途は、魔法に使用するだけでなく、武器や防具といった物にも使うことが出来るんです。これらは少しの攻撃や軽い魔法攻撃を防げれる事も出来ますし、武器ともなると魔法無しの攻撃よりも数倍威力が上がります。中には『魔導砲』というのもありますが、そのほとんどが高度文明圏国家にしか出回ってないので、文明圏外国家からすれば希有な存在です。」

 

「そうですか、では次に我々の衛星国が調査をした際に遭遇したドラゴンについて教えてくれませんか?」

 

「ドラゴンですか?ああ、飛竜騎士団のことですね!この世界では飛竜と呼ばれる生物が多くの国に兵器として使われています。なにしろ空から地上にいる敵を攻撃が出来るのですからね。飛竜というのは軍にとって戦争を左右するもの、なので飛竜の数で戦争の行く末が分かるぐらいです。ですが飛竜はあくまで生物ですので、餌といった面倒を見ないといけませんから、かなり手間と費用がかかります。」

 

「色々と大変なわけですね……」

 

「えぇ…。あ、もうすぐで会談が行われる王城に到着しますぞ。」

 

ソ連外交団とファリル達との会話が弾んでいた最中に、馬車は王都ザレンドルフに到着しようとしていた。

 

ソ連外交団はまもなく王城に到着し、ソビエト連邦にとって初となる異世界の国との会談がこれから始まろうとしていた。



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第7話 異世界との会談

同日 午前10時40分頃 ベルリア王国 王都ザレンドルフ 王城前大通りー

 

ソ連外交団は窓から見える景色に目を奪われていた。多くの種族が共存して暮らし、街並みは中世ヨーロッパより少し昔風ぐらいだが、一人一人の顔が笑顔な表情をしているのが感じ取れる。

 

「これはこれは、なんと素晴らしいことか……」

 

恐らく東側諸国や西側諸国の街並みではない光景だ。多分護衛についている海軍兵士達も同じことを思ってるに違いない。そんな様子を見ていたファリル達は少し誇らしげな気分で王都の歴史などを話していた。

 

そして馬車の窓の光景を見ていると、そこには一際大きい建物が見えてきた。どうやらあの建物が王城らしいそうだ。馬車が正門を通過すると、馬車は王城の中枢みたいな場所の入口前に到着した。

 

ファリル達やソ連外交団、海軍兵士達が馬車からゆっくりと降りると、入口前には沢山の近衛兵が列をなして彼らを歓迎していた。

 

(我々は国賓級の歓迎を受けているな、初対面の国でもこれほど歓迎するとは……これがこの世界の掟なのか?)

 

中に入ると、広々とした空間が広がっており、彼らの前にはメイドと執事が待っていた。するとメイドの一人が彼らに挨拶をする。

 

「ソビエト連邦外交団御一行様、本日はベルリア王国にようこそおいでくださいました。本日は国王に仕えし私達が会談が行われる場所にご案内いたしますので、どうぞこちらにお越しください。」

 

そう言うと外交団と護衛の海軍兵士達はメイドや執事と一緒についていく。

 

(にしても広いな…流石は異世界ってところだな。)

 

しばらく歩いていると、ソ連外交団は他の扉とは違う金が施された大きい扉の前に到着した。

 

「こちらが会談の場所となります。只今から国王様と政務官に準備がよろしいかご確認してきますので、その場で少々お待ち下さい。」

 

メイドの一人が大きい扉をノックした後、ゆっくりと開けてもう一人のメイドと一緒に中へと入っていった。

 

(もうじきで異世界との会談か…我々の技術力や軍事力、そして敵対関係だった西側諸国の首都等を集めた写真を見たらどんな顔をするだろうか。実に楽しみだ。)

 

グロムイコが会談に期待をしながら待っていると、大きな扉が再び開いた。そこにはさっきのメイドがいた。

 

「会談の準備が整いましたので、どうぞお入りください。」

 

二人のメイドが両方の扉を全開にすると、ソ連外交団は国王と政務官が待っている謁見の間に入室した。

 

謁見の間には、豪華な装飾が施されており、シャンデリアといったものが飾られていた。すると、ソ連外交団が入室したことに気がついた国王は、自ら彼らに歩み寄った。その顔は立派な髭はしていないものの、少し温和そうな顔をしていた。

 

「おお、これはこれは。我が王国にようこそいらっしゃいました。私は国王のコルンシオ・ヴィルトと申します。あなたがたがソビエト連邦の外交団でございますか?」

 

「はい。私はソビエト連邦外交団団長のアンドレイ・グロムイコと申します。本日は我が国との会談に承諾していただきとても光栄です。」

 

「いえいえ、私も貴国に会談ができるのはとても素晴らしい出来事でございます。では、こちらにご着席ください。」

 

国王の指示でソ連外交団は、高級感のあるソファーに座った。そして、国王と政務官達を交えた会談が始まった。

 

「では早速ですが、貴国は我が国との国交を締結するためにこちらにいらっしゃった、間違いありませんか?」

 

「はい、合っています。ですが、まずそちらに我々が転移する前の世界の写真と、我が国の提案を紙に書いたものを見せていこうと思います。」

 

そう言うとグロムイコは、外交団の仲間が持っていた鞄を開けると、多くの写真や文書が出てきた。まず最初に彼らが机の上に置いたのは、ソ連地上軍の戦車が数多く列をなしている写真だった。これを見た国王や政務官は顔をしかめる。

 

「あの、それは何の写真でございますか…?」

 

「こちらは我が国の軍が写った写真です。この写真は、戦車と呼ばれる、火力、装甲、機動がバランス良く揃った完璧な兵器でございます。」

 

「センシャ、ですか…」

 

これを聞いた国王達は、その写真を思わず二度見するが、そんなことお構いなしにグロムイコから次々と写真が机の上に並べながら置かれていく。それらの写真も、彼らの常識が通じないものばかりだった。

 

(これはとんでもない国と遭遇してしまったな…さっき見たあのセンシャと呼ばれる兵器は喉から手が出るぐらいほしい。だがもっとすごいのは、彼らがもといた世界全体もまた同様の技術力かそれ以上に発展していることだな……あの世界での戦争は一体どんな規模なのか想像しづらい。)

 

国王は並べられた写真をじっくり見ながらそう思っていた。全部を見終えると、国王は国の体制に関することを聞き始めた。

 

「貴国は、宗教というものはありますでしょうか?」

 

「宗教ですか?ありませんね。というよりも我が国は基本的に無神論という、いわば神なんかは存在しないという考えなんです。宗教なんてただの災いの種でしかないですから。」

 

すると、今度はペンと外交文書みたいなのが彼らの前に置かれた。それを手にした国王は少し苦い表情をした。何故なら文書に書いてあるキリル文字が読めないからだ。

 

「すみませんが、この文書に書いてある字が読めないので、内容を口で言ってもらえないでしょうか…?」

 

「はい、分かりました。」

 

グロムイコは嫌な顔をせず国王と政務官に対して書いてあることを説明し始めた。

 

その内容をおおまかにいうと。

 

・貴国と友好的な関係で国交を結びたい。

 

・国交を結ぶ条件として、貴国が有事の際にソビエト連邦軍が軍事介入することに同意してもらいたい。

 

・貴国の領土の一部を我が国の領土として編入するのでそれを認めてもらいたい。

 

・これらに同意しなければ貴国との国交締結を取り止めにし、貴国を我が国の一部分とするため軍を派遣する。

 

というベルリア王国にとっては同意しても少し無利益、拒否すれば戦争な内容だった。だがベルリア王国はアルテガシア王国といつ戦争してもおかしくない状況だったので、ソ連軍がベルリア王国とアルテガシア王国と戦争になった際に軍事介入するというのはそれはそれでありがたかった。

 

(軍の駐屯か…ソビエトが軍を我が国に置くともなればアルテガシア王国と対抗するにはかなり有利だ。ただし我が王国の領土の一部をソビエトに編入させるという条件付きか…。まあ仕方ない、あの写真を見るからに彼らは大陸の全国家を集めてしても到底敵わない軍事力を持ってそうだ。そんな最強の軍がここに駐屯してくれるのだから、この世界の列強が出す不可能な要求に比べたらまだいい。)

 

国王は考えながら、一先ず内容を整理していくと、決断をした。

 

「分かりました。貴国の提案に同意します。」

 

グロムイコはこの答えに感情を表には出さなかったが、少し嬉しかった。

 

「ご協力いただき感謝します。では、こちらにサインをお願いします。」

 

国王は文書の下にある欄にサインをする。

 

「これでよろしいでしょうか?」

 

「はい、大丈夫です。」

 

その後ソ連に譲渡する領土について話し合った後、ベルリア王国との最初の会談で国交締結することに決定し、およそ2時間半で終了した。

 

 

ー午後1時10分頃 王城内 来客室ー

 

「グロムイコ様、何かありましたらこちらのベルを鳴らしてください!メイドがすぐに来てくれますので!本日はお疲れ様でした。」

 

ファリルが来客室を去ると、ソ連外交団はソファーにひといきついた。

 

「同志お疲れ様です。」

 

ソ連海軍兵士の一人がグロムイコに水を差し出すと、グロムイコはほっとしたかのように水をゆっくり飲んだ。

 

「ハァー、何とか異世界との国交締結が運良く出来たものの、果たして列強がらみの戦争に巻き込まれたりしないだろうか…」

 

「国交を締結させるための条件は別として、我が国がどれほどの軍事力と技術力を持っているのかが彼らに理解できたと思います。なんせ我が国のモスクワの町並みの写真を見たぐらいで驚いていたぐらいですからね。」

 

「…我々含め条約機構が異世界に飛ばされて数週間、はやくも異世界から領土を獲得が出来た。異世界の国からもらった領土を開拓して、そこに条約機構の軍事拠点とかを置いたりするのもいいな。とにかくもらった領土を上手に有効活用しないとな。どうせこの世界の列強国なんか共存共栄を否定する帝国主義に満ちているに違いない。だから帝国主義という思想から人民を解放させるための拠点になるだろう。もしかしたらこの場所が苦しむ人民にとってのオアシスになるかもな。」

 

「そうですね。」

 

その後も外交団と海軍兵士達との和やかな会話は続いた。だがそれと同時に、ベルリア王国と国境が隣り合わせのアルテガシア王国が着々と国境に軍を集結させていた。

 

 

ー同日午後10時20分 アルテガシア王国 ベルリア王国国境沿いにある仮設司令部にてー

 

ソ連外交団含め多くの住民が寝床についていた頃、アルテガシア王国とベルリア王国の国境沿いにある平原では、数多くの兵士たちがベルリア王国側に体を向けながら将軍からの命令を待っていた。

 

(侵攻開始まであと10分か、この戦いでついに終わることになるとはな…もう大陸統一も夢ではなくなるな。)

 

彼の名はストルナデル、今回の戦争での全部隊を指揮することになった人間だ。

 

「ストルナデル殿、たったいま作戦戦力がこちらに完全に集結しました。」

 

伝達兵が彼に報告しに来た。

 

「そうか…で、今回の戦いでの戦力の詳細は?」

 

「はっ、歩兵師団が2師団、奴隷兵師団が3師団、騎士団がおよそ2師団、重騎兵師団が1師団、そして飛竜騎士団が5師団、以上の編成になります。」

 

「国もかなり戦力を投入しているな、伝達ご苦労。」

 

そう言うと伝達兵は、魔信がある司令部の中へと去っていった。

 

そして時間が午後10時30分ちょうどになり、ストルナデル将軍は愛用の芦毛の馬に乗ると、平野全体に聞こえるような声で言い放った。

 

「攻撃開始ぃぃぃ!!!」

 

「「「「うぉぉぉぉ!!!!」」」

 

ストルナデル将軍の合図で、地上にいる兵士達と空にいる飛竜騎士団は一斉にベルリア王国へと進み始めた。

 

こうしてアルテガシア王国が、ベルリア王国への侵攻を開始するのだが、彼らは後に参戦するソビエト連邦軍の凄まじい攻撃によって殲滅され、アルテガシア王国が瓦礫と死体の山と化することをまだ知らない。

 




もし良ければ感想や評価を。

次回は早々とソ連軍が動き出します。


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第8話 動き出すワルシャワ条約機構

ー新天暦1812年 11月16日 午前6時50分頃 ベルリア王国 王城 客室にてー

 

日が昇り始め、日光が窓にさしかかっているこの時間、ソ連外交団団長のグロムイコは本国にいたときと比べすっきりとした気分で目を覚ました。

 

「ふぁぁ…良く寝たぁ…。にしてもこんなに気持ちがいい目覚めは久々だな…。こんな目覚めはモスクワに戻ったら多分出来ないかもな。」

 

彼はベッドから降りて今日の日付を確認しようと鞄が置いてある近くの机に向かおうとした。鞄を開けようとすると、突然グロムイコの部屋の入り口がノックなしで勢い良く開いた。そこには、昨日会談が始まるまで一緒にいた王国外務使臣のファリルが汗だくな表情をしていた。

 

「ファリルさん、そんな表情をして一体何かご用ですか…?」

 

「ハァ…グロムイコ様…大変です…、すぐに身支度をして謁見の間に来てください。国王から重要なお知らせがございます!」

 

そう言うとグロムイコはスーツにすぐさま着替えた後、ファリルの言われるがままに謁見の間へと向かった。向かう途中では、同じ外交団の仲間もいた。

 

「おい、そっちも同じく呼び出されたのか?」

 

「はい、なんか重要なお知らせがあると聞いたので急いで身支度をしましたが、詳しいことは聞いていません。」

 

「そうか……」

(あいつら、一体何の用事で我々を謁見の間なんかに呼び出したんだ…?)

 

そう思いながらも彼らは急いで謁見の間へと向かい、そして謁見の間の豪華な扉に到着した。そして、グロムイコが扉にノックをする。

 

「どうぞ、入ってください。」

 

豪華な扉を開けると、そこには昨日と同じく国王と政務官がいたが、一同は少し焦った表情をしており、その中には一人だけ違った服装をした人がいた。その格好は全身いたるところに鉄の鎧を着ていたが、頭だけは兜を外していた。恐らくベルリア王国軍の偉い人物だろうと彼らは思った。

 

「外交団御一行様、こんなに朝早くからお呼び出しをしてしまい申し訳ございません。」

 

「いえいえ大丈夫です。」

 

「ありがとうございます。どうぞこちらに。」

 

国王の言葉で外交団はソファーへと座った。

 

「それで、ファリルさんから重要なお知らせがあると聞いてこちらに駆けつけましたが、一体なにが発生しましたのでしょうか?」

 

「ええ…実は、我が王国と国境が隣り合わせのアルテガシア王国という国が、我が王国に宣戦布告してきました。」

 

この言葉を聞いた外交団一同は、何かのデマではないかと少し疑った。だがこの状況でそんなことを言うわけにもいかないので、彼らは国王からの説明を黙々と聞いた。

 

「そのアルテガシア王国という国なんですが、あの国は外交団御一行様が来るまで周辺諸国に侵攻を繰り返していました。なので我が王国の国境付近に到達した時からいつ戦争を仕掛けられてもいいように、大陸にまだ残っている国々で対アルテガシア同盟を結成したのですが…同盟を結成したところで戦力差が小さくなるわけでもなかったですし、しかも彼らは占領した国の軍隊を自国軍として編入しているのでかなりの大軍を持っているわけです。要は…貴国からの軍事支援が欲しいということです…。」

 

それを聞いたグロムイコはどう回答すれば良いのか悩んだ。

 

(異世界と国交締結したその翌日から早速軍事支援だと…?長らく仕事をやってきたがこれほど電撃的な展開は初めてだ…。これは本国に内容を通達してから書記長からの回答を確認せねば。)

 

「申し訳ありませんが、この内容は一度本国に通達しなければいけない内容ですので、今からこの事を我が国の軍艦から通じて送っておきます。なのでお時間を頂けないでしょうか?」

 

「は…はい、構いませんが…。」

 

そう国王が言うと、外交団はすぐさま立ち上がり、扉近くにいたファリルに声をかける。

 

「すみませんが、港行きの馬車を用意していただけないでしょうか?少し確認しておきたいことがあるので。」

 

「りょ、了解しました!私についてきてください!」

 

ファリルはすぐさま馬車が泊めてある場所へと急いで向かった。そして彼らも一緒に向かった。

 

(早く確認が終わるといいのだが……)

 

この日、異世界で最初の緊張的な一日が始まろうとしていた。

 

 

ー同日 午前8時30分頃 ソビエト連邦 モスクワ カザコフ館 書記長執務室ー

 

「なんだと、外交団が向かった大陸にあるベルリア王国と会談したその翌日にその隣国から宣戦布告されたのか?」

 

ブレジネフが疑問の表情をしながら報告しに来た国防大臣のドミトリー・ウスチノフに言う。

 

「はい。その件なんですが、どうやら我が国に軍事支援を要請してきたとのことです。外交団曰く、ベルリア王国はアルテガシア王国という国から宣戦布告されたらしく、残っている国々で軍事同盟みたいなのを結んでもなお軍事力との差がかなりあるみたいで、かなり焦りの表情をしていたそうです。同志書記長、如何なさいますか?」

 

「そうだな……まあ一応軍の派遣はしておくか。アルテガシアとやらがどれほど強いかは知らないが、その国を降伏させたらそこで我が国の強さが異世界中に知れ渡るだろうし、社会主義という偉大な思想も同時に伝わる。そして戦後に連邦を構成する共和国として併合をすればかなり得するし人材もたくさん手に入る、そう思わないか?」

 

「まあ、そうですね。では先程のお言葉を回答に回しても…」

 

「ああ、それを回答にして構わない。」

 

「了解しました。では、どれほど派遣いたしましょうか?すぐに用意は出来ませんが…。」

 

するとブレジネフは派遣する軍の規模をざっくりと答えた。

 

「装甲車輌はT-72がおよそ100輌とBMP-1が約200輌さえあれば充分だろう。ロケット砲も一応いるな…。あと対ドラゴン戦闘のために戦闘機や空対地ミサイル車輌、自走対空砲とかも用意しておけ。必要あれば爆撃機もだ。何よりやり過ぎが我々の恐怖を異世界に植え付けるのに一番良いからな。」

 

「りょ、了解しました。すぐにお伝えします。」

 

その後ウスチノフはベルリア王国にいる外交団に書記長からの回答を伝えた後、外交団はすぐさま王城へと帰った。そしてこれが、ソビエト連邦が正式に異世界の国に宣戦布告した初の事例となった。

 

 

ー午前10時10分頃 ベルリア王国 王城 謁見の間ー

 

その頃謁見の間では、ソ連外交団の帰りを待っていた国王と政務官達が未だに緊張した表情で待っていた。

 

(外交団から確認するための時間を頂けないかと聞いて2時間ぐらい経ったが、まさか派遣は出来ないということになれば我々はどうすれば良いのだろうか…。うむ……)

 

そう考え込んでいると、ゆっくりと扉が開いたことに彼らは気が付いた。そこにはファリルとソ連外交団がいた。

 

「遅れて申し訳ありません。只今我が国の指導者から回答が入りましたので、ご報告させていただきます。」

 

「そうですか、ご回答はどうでしたか?」

 

「指導者がアルテガシア王国に援軍を送るみたいですので、我が国は軍を正式にこちらに派遣することに決定しました。」

 

それを聞いた国王はソ連軍が軍を派遣したことに気が楽になった。すると国王は立ち上がり外交団に感謝のお礼をする。

 

「ありがとうございます!貴国の助けが無かったら我が国はおろか大陸全体が恐怖に陥れられたでしょう。なんと感謝すれば良いでしょうか…」

 

「大丈夫ですよ、国交締結したのですからそれくらい当然のことです。」

(実を言うと我が国の軍事力や恐怖を異世界全体に広める宣伝目的と異世界に新たなるソビエト連邦の一部分として樹立させるために派遣するのだがな。)

 

こうしてソビエト連邦はアルテガシア王国に向けて軍を派遣することに決定したのだが、更に一部ワルシャワ条約機構加盟国がこれに協力したので結果としてT-72とT-55、そしてBMP-1だけで350輌というかなりの大軍と化してしまった。

 

だがこの日から、ベルリア王国から獲得した領土を軍事拠点とするために、ベルリア王国から獲得した領土に住んでいる住民全員も空軍基地や陸軍基地の建設に徴用され、急ピッチで始まることになるのだった。そして不眠不休の基地建設が始まってからおよそ3日後には空軍基地が完成したので、ソビエト空軍はすぐさま一部の爆撃機や戦闘機等の軍用機を基地に送り込んだ。

 

そして11月20日に、ソ連地上軍と空軍はアルテガシア王国方面へと大軍を向かわせ、アルテガシア王国と直接対決することになった。

 

 

ー11月20日 午前8時00分頃 ベルリア王国 敵の野営地に一番近い町ルフアトにある広場付近ー

 

アルテガシア王国がベルリア王国に侵攻を始めてからおよそ4日が経過したこの日、敵軍の野営地に一番近い町ルフアトでは、多くの兵士たちが瞬きせずに周辺を監視していたのだが、兵士たちの間では外交締結したばかりのソビエト連邦の援軍が来るという噂が広がっていた。

 

「なあなあ、最近国交結んだばかりのソビエト連邦の援軍が来るって聞いたんだが、ソビエトってどれくらい強いんだ?」

 

「聞いた噂だと、飛竜ですら全く追い付けないやつとか、鋼鉄の箱みたいなのが高速で移動するやつが来るって聞いたぞ。」

 

「本当か?もしそんな軍隊だったらアルテガシア王国どころか列強国ですら余裕で潰せそうだな!」

 

町にある石畳の道路や広場で休憩をしている兵士たちがそういった会話をしていると、遠くのほうから低い唸り声をあげる何かがゆっくりと広場に近づいていた。ワルシャワ条約機構軍の機甲師団である。話をしていた兵士たちはそれを見た瞬間夢を見ているのではないかと疑った。

 

「鋼鉄の箱って話は本当だったのかよ…。」

 

「おい見てみろ、めっちゃ多いぞ!しかも奥まで続いているぞ!」

 

「これは俺らの圧勝間違いなしだな!」

 

兵士たちは各々の感想を述べた。

 

そしてワルシャワ条約機構軍機甲師団の一部車輌が広場に集結するのを見た兵士たちは、その光景に圧倒されており、広場には大勢の兵士たちが援軍を一目見ようとたくさん来ていた。

 

「おい見てみろ!あれが鋼鉄の箱みたいなのを動かしている人間だぞ!」

 

「意外だな。いかにも強そうだったからもっと派手な服装をしてるかと思ってたが、なんか質素だな。」

 

ワルシャワ条約機構の戦車やBMP-1から次々と見えてくる人間の姿にベルリア王国の兵士たちは見た感想を言い合っていた。

 

一方ワルシャワ条約機構軍側はというと、兵士たちが何故これほどたくさん広場に集まっているのかが謎だった。

 

「高官から聞いた話だと、確かここが敵の野営地から一番近い町だと聞いたんだが。何故あいつらは余裕そうに広場に集まっているんだ。何かの間違いか?。」

 

BMP-1から降りてきたあるソ連兵が車輌にすがっている仲間と会話をする。

 

「さあな。もしかしたら俺たちが来たことで自信を持ったのか、あるいは見たこともない兵器だから一目見ようとたくさん来たかのどっちかだな。」

 

「どっちにしろ俺らはアルテガシアをここから追っ払って降伏させるために派遣されたんだ。確かアルテガシアって飛竜というドラゴンみたいなのと魔法を除けばせいぜい中世並みの技術力しかないんだろ?そんな国と俺らが勝負なんかしたらすぐ終わるぜ。」

 

「ああ、何しろ俺らには戦車という他にはない兵器が有り余るほどあるからな。」

 

彼らがそう会話をしていると、遠く離れたどこかから誰かの叫び声が聞こえてきた。

 

「敵襲!敵襲!!」

 

それを聞いたベルリア王国軍は混乱しだすものの、ワルシャワ条約機構軍は何事もなかったかのような表情で準備をし始めた。

 

「チッ、早速出番が来たな。」

 

「ああ、一体どれほど強いのか実に楽しみだ。」

 

会話をしていた彼らは武器を整えると、外に出ていた条約機構軍の兵士はすぐさまBMP-1の後部に乗り込んだ。全員が乗り終えるとT-72やT-55といった戦車がルフアトに近づいてくるアルテガシア王国軍に向かって前進したのを皮切りに、BMP-1などの車輌も続いて広場を後にした。

 

そしてワルシャワ条約機構軍機甲師団は、ルフアトを攻め落とそうとしているアルテガシア王国軍と対決することになる……。

 




次回はワルシャワ条約機構軍がアルテガシア王国を蹂躙し始めます。


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第9話 出撃!ワルシャワ条約機構軍

戦闘描写が迫力なさすぎて困る…。

あと表現がなんかおかしいような…?


ー11月20日 午前8時20分頃 ベルリア王国 ルフアトから数百メートル離れた平原ー

 

アルテガシア王国軍がワルシャワ条約機構軍の存在を知らずにルフアトに向かおうとしているなか、無数の戦車やBMP-1を率いているワルシャワ条約機構軍の機甲師団は、少しずつ狙いをアルテガシア王国軍に定めていた。

 

「敵は馬鹿だな。密集しながら行進してやがる。まあ仕方ないか、あいつらはこの大陸で自分達以外に強い軍はないんだと思ってんだから。」

 

ソビエト連邦の主力戦車であるT-72の砲手マルケロフが行進するアルテガシア王国軍の様子を見てそう呟くと、それに運転手のウスペンスキーが反応する。

 

「油断はしないほうがいいかもな。もといた世界の中世に比べ、ここには飛竜というドラゴンに似たような兵器がある。もしドラゴンからの攻撃を受けたらただじゃ済まないと思うぞ。」

 

「大丈夫だろ。俺らはあんなドラゴンを見てすぐさま逃げ出すような訓練なんかしてない。それに俺達にはシルカという生身の人間が喰らったらぐちゃぐちゃになる威力の対空兵器や、戦闘機だってあるんだ。だから何も心配することはない。」

 

「まあ上手く流れに乗ることが出来れば良いのだがな…。」

 

そう会話していると、条約機構軍機甲師団はアルテガシア王国軍からおよそ1km地点で停止した。

 

「いよいよだな…。」

 

「ああ、敵が無様に逃げていく姿を見てみたいぜハッハッハ。」

 

《こちらはワルシャワ条約機構軍異世界支局、全車両は目標1km先のアルテガシア軍を撃破せよ!》

 

「「「了解した。」」」

 

そしてワルシャワ条約機構軍機構師団は、密集しながら行進するアルテガシア王国軍に対し大量の火砲で攻撃を開始する。

 

 

ー同時刻 アルテガシア王国軍ー

 

その頃、ストルナデル将軍を先頭に行進をしているアルテガシア王国軍は、突如彼らの前に現れた謎の黒い大群に向かって前進をしていた。

 

「む?何だあの黒い群れは?」

 

ストルナデルが思ったことを呟くと同時に、そこから一気に光が点滅しだした。

 

「これはもしや……はっ!敵の攻撃だ!」

 

だが気付いたころにはもう既に悲惨な状況になっていた。

 

スゴォォーンという爆発音と共に兵士や馬に乗った騎兵は勢い良く吹き飛び、遺品や肉片といったものが飛び散った。

 

「うわぁぁぁぁ!!!」

 

「だ、誰か助けてくれぇぇ!」

 

「逃げろぉぉぉ!!」

 

辺りには爆発によって原型をとどめないぐらいに飛び散る肉体、とても早くて細いなにかが鎧を貫きもがき苦しみながら悲鳴をあげる兵士、あまりにも悲惨な光景にパニックになり逃げ出す者など様々だった。この時点であの黒い大群にまともに戦おうという人間は、ストルナデルただ一人になっていた。

 

「な、何をしておるのだ!さっさと戦えぇぇ!!」

 

だが不運にもストルナデル将軍愛用の芦毛の馬に弾丸が複数直撃し、痛みに耐えられなくなった馬はバランスを崩したあと、ストルナデルは放り投げられながら地面に頭を強打した。幸いにも兜が頭を保護してくれたので命を留めた。

 

「うっ、ぐぅぅ…おのれぇ……偉大なるアルテガシアを舐めるな…。」

 

将軍は死んだ兵士の弓や矢を持ち、あの黒い大群があった方向に矢を放った。しかし残念なことに、その黒い大群は何も被害を負わず、それどころか彼らの前に進み始めており、もがき苦しむ兵士を黒い大群は無惨にも踏み潰しながら進み、緑色だった平原はクレーターと死体から流れる血によって赤黒く変色していたていた。

 

「この野郎…ふざけるなぁぁぁ!!!」

 

その言葉を放ったのと同時にPKT機関銃の弾丸が頭を貫通し、そのまま地面に倒れた。そして彼の死体をまるで障害物かのように、目の前にいるBMP-1が履帯で踏み潰しながら進んでいった。

 

この結果、ワルシャワ条約機構軍とアルテガシア王国軍との最初の戦いは、ワルシャワ条約機構軍の圧倒的火力によって粉砕された。

 

 

ー攻撃開始からおよそ10分後ー

 

攻撃開始してから10分が経過したが、未だに敵の野営地みたいなのは見えてこない。

 

この頃にはもうすでにベルリア王国に出向いていた戦力の約半数が条約機構軍によって削られており、いままでベルリア王国に進んでばかりいた戦線は着々と後退していた。そのためアルテガシア王国は急遽占領地帯にいる捕虜や男全員を強制的に徴用させ、野営地の防衛に配備されていた。

 

「何だよ、大したことなかったじゃねえか。あんな剣と盾しか武器がない軍にこんなに派遣しなくてもいいと思うな。」

 

「確かにそう思うな。だけど飛竜や魔法といった異世界独自の兵器があるのは確定している。そいつらがどれ程攻撃力があるかは知らない、下手して的を外すなよ。」

 

「それくらい分かってる。」

 

そう言うとマルヘロフは照準を確認した。照準を覗くと、そこから不審な何かが見えたのか、睨んだ表情をする。

 

「おい、空に何かデカイ翼を持つ鳥みたいなのが見えるんだが、俺の目がおかしいのか?」

 

「多分そのデカイ翼を持つ鳥みたいなのが飛竜なんじゃないのか?。まあ空軍がそいつらを潰してくれると思うから俺らは大丈夫だろ。」

 

すると、編隊飛行をしていた飛竜は突如地上にいる戦車群に向かって急降下をし始めた。

 

「おい!大丈夫じゃないぞ!あいつら俺らに向かって急降下しだしたぞ!」

 

「うるさいな、こっちは周囲に進路を阻むやつがいないか確認してるんだ、少し黙ってくれないか。」

 

そう言うと、隣にいた対空自走砲のZSU-23-4シルカの砲塔が飛竜の方向に動いた。そして23mm機関砲が猛烈な速度で飛竜に向かって火を噴き始めた。

 

数えきれないぐらいの23mm弾を喰らった飛竜の肉体はバラバラになり、そのまま地上に速度を保ったまま落下した。その後も急降下してきた飛竜は複数のZSU-23-4によって殺され、残った飛竜も条約機構空軍の戦闘機部隊によって全ての飛竜が肉片となった。

 

「だから言っただろ俺らは大丈夫だって。」

 

「まあ、そうだな。おっ、あれが敵の野営地か?」

 

そこには粗末なバリケードや、白い布地のテント、そして弓やクロスボウ、剣を構えたアルテガシア王国軍の兵士や占領地から徴用した民兵がいた。

 

「さあて、今からどれだけ用意したって無駄だっていうことをあっちに証明させてやらないとな。」

 

《こちら条約機構異世界方面軍、目標の野営地と思われるテントらしきものを発見した。これより野営地周辺にいる敵兵の掃討を開始する。》

 

《こちら条約機構異世界支局了解、直ちに攻撃を開始せよ。》

 

支局からの命令により、ワルシャワ条約機構軍機甲師団は再び火砲による攻撃を開始した。

 

すると、さっきまで野営地にいた兵士や民兵達が突如機甲師団に向かって突撃を始めた。

 

「くそっ、あいつら数で俺らを混乱させるつもりだ。」

 

そうマルヘロフが焦ったような表情で言うと、上空から複数のMi-24攻撃ヘリコプターが支援に入ってきた。複数のMi-24は分散し、突撃してくるアルテガシア王国軍から数十メートル離れた近いところで攻撃を開始する。

 

Mi-24から放たれるロケット弾の破片効果榴弾や、12.7mmガトリング機関銃の弾丸の凄まじい連射によって多くの兵士たちが血まみれになりながら次々と倒れていった。Mi-24の支援攻撃が終わった頃には、地面はえぐられ、肉塊が至るところに転がっていた。

 

「意外と早く終わったな。もしかして俺らだけどここにいる敵軍全部倒したのか?」

 

「敵がいなくなった以外に他があると思うか?もし敵兵がいたらその照準器にくっきり見えてるはずだろ。」

 

「確かにそうだな。」

 

その後ワルシャワ条約機構軍はアルテガシア王国軍の野営地とその周辺を占領し、後退続きだった戦線を一気に逆転させることに成功した。

 

野営地は条約機構軍の前線基地へと役目を変え、戦いが終わって数時間後には榴弾砲といった大砲が配置され、更には前線基地周辺の草原をヘリコプターの離発着場になり、多くのヘリコプターがここに駐留し、いつ出撃してもいいように備えた。

 

この影響でアルテガシア王国は予想にもしなかった展開に混乱状態に陥っており、その衝撃は全土に広まっていた。

 

 

ー11月20日 午後6時00分頃 アルテガシア王国 王都グラスティン とある大通りにてー

 

ベルリア王国の王都ザレンドルフより市街地が少し広く、そして海に面していて港があるこの都市にある大通りでは、

 

「号外!号外!信じられない出来事が起きたぞ!」

 

ある青年が新聞を人通りの多い場所に向かって走りながらばら蒔いている。その新聞の記事には、大きくこう書かれていた。

 

【ベルリア戦線開幕4日目にして戦力の半分を喪失し後退、王国衰退の始まりか?】

 

この見出しを見た国民は、喪失や衰退、そして後退という聞き慣れない単語に少し不安な表情をしていた。

 

「おい見ろよこれ、あのベルリア戦線が後退してるみたいだぞ。」

 

「あのベルリアだろ?きっと何かの間違いじゃないのか?」

 

「記事にはなんかソビエトという転移国家の軍が俺らの軍を後退させたみたいだぞ。」

 

「俺達の軍が後退しだすぐらいだからソビエトってかなり強いじゃないのか?」

 

「さあな、でも後退しだしているからいつここが火の海になってもいいように逃げる準備はしておかないとな。」

 

国民は新聞に書いてあることの感想を言い合っていた。

 

同じ頃、王都グラスティンにある王城の玉座の間では、一人の毛髪の薄い男が玉座に座り込んで、軍部からのベルリア戦線の戦況報告を聞いていた。

 

その毛髪の薄い髪をした男が、アルテガシア王国国王のアンスガル・ヨルセルである。

 

「なるほどな…要はソビエトという転移国家が我が王国のベルリア王国への進軍を邪魔し、それどころかベルリア王国に出向かせた戦力のほとんどが壊滅的な被害を負ったということなのか?」

 

「はい。そのソビエトという国はどうやら衛星国も一緒に転移してきたらしく、噂では七大列強国全ての軍を足しても及ばない程の軍事力を持ってるそうです。」

 

「そうか…だが七大列強国を足しても及ばない程の軍事力はあくまで噂なのだろ?決してそうだと確定してはなかろう。だが戦線が後退しだしているのは確かな情報だ、とりあえず国境沿いにある町全てを軍の防衛拠点にしなければならない。そこでだ、君には明日の朝ごろに国境沿いに住む住民に退去命令を出してくれ。その後にまだ残ってる一部の戦力をそっちに配置しろ、いいな?」

 

「ハッ!了解しました!」

 

軍部の人間は玉座の間を後にし、出たのを確認した国王は小声で呟いた。

 

「これが突破されてしまえば王国は滅亡しかないな…。」

 

 

ーアルテガシア王国 王都グラスティン郊外 上空7000mにてー

 

王国が不安で高まっていた頃、グラスティン郊外の上空7000mでは、3機の戦闘機が編隊を組ながら飛行していた。ソビエト空軍の最新鋭戦闘機の偵察機型のMiG-25Rである。

 

「ついに敵国の中心部近くにまで来ることになるとはな。」

 

「ああ、何しろここを攻める際に爆撃をすることに決まったからそこの下見ってところだな。」

 

「よし、おいしい情報を探し回るか。」

 

そう言うと編隊飛行をしていたMiG-25は分裂し、それぞれ決められた区域の偵察を開始した。そして数十分後にグラスティン全域の偵察は終了し、見つかった情報を共有し始める。

 

「そっちは何が見つかったんだ?こっちは木造船みたいなのがびっしりと並んでいる港を発見したぞ。」

 

「俺は他と比べると一際大きな建物みたいなのが見つかったな。」

 

「お前らはいいな、こっちは全くだったよ。」

 

「そりゃ残念だったな。さて、そろそろ帰るか。」

 

そう会話しながらソビエト空軍の偵察機は空軍基地へと帰還した。

 




次回はワルシャワ条約機構軍がアルテガシア王国本土に突入する予定です


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第10話 近づく王国滅亡

投稿が少し遅れてしまいました。

戦闘描写って簡単そうで意外と難しいんだよな…。




ー11月22日 午前7時20分頃 ベルリア王国 条約機構軍前線基地のとあるテントにてー

 

日は空に少しずつ昇り始め、条約機構軍含めほとんどが眠りから覚めているこの頃、ベルリア王国領内にある条約機構軍の前線基地では、今日の夜中に決行される本土への侵攻作戦に関する説明が始まろうとしていた。

 

説明が行われるテントの中では条約機構軍の代表者が集まっており、机にはベルリア王国から借用したアルテガシア王国の地図が置かれていた。

 

「それでは、今夜に開始する作戦に関する簡単な説明を行う。」

 

条約機構異世界方面軍総司令官ヴァジム・キセリョフの言葉で始まった説明は、皆厳しめな顔をしていた。

 

「まず司令部から指定されたアルテガシア王国の主要都市や一部の軍事施設をTu-95を主体とした爆撃隊を出向かせて爆撃、敵の兵力を削る。対象の主要都市を紙に載せたリストは後で君達にも見せておこう。主要都市には飛竜騎士団含めアルテガシア王国全方面の軍を統率する組織があり、爆撃しておけば国境沿いに配備されているであろう敵の部隊が混乱状態になり、統制された行動がしづらくなるはずだ。俺達は爆撃隊から爆撃し終えたとの報告がここにきた瞬間から出撃し、数日かけて爆撃によって荒廃した都市や周辺を手っ取り早く占拠し、そして最終目標の首都グラスティンを占領、王国は降伏となり作戦は終了の予定だ。もし何か質問があれば言ってくれ。」

 

キセリョフが代表者達に確認をするが、誰も質問はしなかったので、彼は対象の主要都市を載せたリストを配った。

 

「これが対象の主要都市だ。まあせいぜい頑張りたまえ。」

 

そのリストには、都市の規模が大きい順に上から下にこう書かれていた。

 

・グラスティン

・ニレヤル

・ブリサレー

・チェバーナ

 

これらの都市のそれぞれの特徴をあげていくと、ニレヤルはグラスティン同様海に面している都市だが、ここには国内最大の海軍港と造船所がある。

 

ブリサレーはベルリア王国国境近くにある川の中流辺りに位置している城郭都市であり、万が一のためにアルテガシアが予めここに壁を造っておいたのだ。

 

チェバーナは武器製造業で栄えている都市であり、ここにはたくさんの物資があるとされている。

 

このリストや説明を見た代表者達は、興味深そうに見た後、彼らはキセリョフに敬礼をしてその場を去った。彼らがテントから帰るのを見たキセリョフは、アルテガシア王国の地図を見ながら呟いた。

 

「さてと、あの領土が我がソビエトの一部ともなると思うと実に楽しみだ。」

 

この説明から夜までの間、条約機構陸軍はいつ出撃命令が出てもいいように弾薬を補給し、空軍基地では無数の爆撃機の群が無誘導爆弾を満載にしながら主要都市へと向かっていった。

 

そして夜の午後7時30分頃に、条約機構軍の本格的なアルテガシア王国侵攻が始まろうとしている事を知らないまま夜を迎えることになった。

 

 

ー同日 午後7時20分頃 アルテガシア王国 王都グラスティンから数十キロの穀倉地帯約7000m上空ー

 

ほとんどの人々が会話をしながら食事をしたりしているこの頃、王都グラスティンから数十キロ離れた穀倉地帯上空では、無数の低い轟音が穀倉地帯上空全体に響き渡っていた。

 

ソビエト空軍の戦略爆撃機Tu-95を主体とした爆撃隊は、グラスティンの方向にV字の編隊を組みながら最大速度の925km/hで飛行し、爆撃機のパイロット同士で会話をしていた。

 

「もう少ししたら爆撃開始か、多分この機体を使って無誘導爆弾で爆撃するのは初めてじゃないか?」

 

「まあな、そもそもこいつはミサイルで敵を攻撃するのが主流だ。無誘導爆弾で爆撃するって聞いたとき正直俺は驚いたよ。」

 

「ああ俺もだ、だが爆撃によって燃え盛る街を見てみたいなとは思うな。」

 

「だな。おっと、あと数分後に爆撃開始だ。気を引き締めていくぞ。」

 

そう言うと爆撃隊は爆撃目標のグラスティンに照準を合わせ、もう少しで爆撃隊はグラスティン郊外に到達しようとしていた。

 

爆撃隊がグラスティン郊外に差し掛かった時、無誘導爆弾を満載した爆弾ハッチがゆっくりと開いた。そして…

 

「爆弾投下まで5…4…3…2…1──投下!」

 

その瞬間、Tu-95の下部から大量の無誘導爆弾が次々に落ち、爆弾特有の風切り音をたてながら機体から空に放たれた。

 

そしてこの後、爆撃隊からの攻撃によって主要都市のほとんどが瓦礫と死体の山になろうとしている事を、住民はおろか軍の人間ですら思ってもいなかった。

 

 

ー同日 午後7時30分 王都グラスティン とある大通りにてー

 

一方その頃、王都グラスティンにある大通りでは夜中でも人々が通りを行き交いしており、座りながら新聞を読んでいる人や、外食をしている人などいつもとなんら変わらない光景だった。

 

「今日も戦争中だというのに相変わらずここは平和だな…こんな日々が続いたらいいのにな。」

 

住民の多くは、今まで連勝してきた王国軍を後退させたソビエト軍がいつここに攻め始めるか分からず不安ではいたが、すぐに戦火に巻き込まれはしないだろうと思っていたのだ。

 

しかし、少し遠く離れた場所から聞こえた謎の爆発音によって、その考えはすぐ様打ち砕かれることになる。

 

突如聞こえた爆発音によって、住民はこれをソビエトが王国に攻め始めたのだとすぐに理解したのと同時に、爆発音は段々と大きくなっていった事により、大通りは逃げ惑う人々で混乱していた、。

 

「ソビエトが攻めてきたぁぁぁ!!」

 

「に、逃げろぉぉぉぉ!!」

 

「おい嘘だろぉぉぉ!?」

 

住民達は、予想にもしなかったソビエト軍からの唐突の攻撃によって辺り一面叫び声や悲鳴が鳴り響いた。

 

グラスティンは混乱状態に陥っていた。爆撃の影響で市街地にあるほとんどの建造物が崩壊ありいは半壊しており、更に追い討ちをかけるかのように広い範囲で消火しきれないぐらいの酷い火災が発生しており、通りには爆発によって体の一部分を失っている死体や、火災に巻き込まれて黒焦げになった死体、爆発から辛うじて生きているものの負傷によって苦しんでいる人など、住民からすれば生きている感覚がしないような状況だった。

 

それはソビエトが爆撃指定をした他の主要都市でも同様な事が起きていた。

 

ニレヤルでは軍港と造船所が一切使用不能になり、ブリサレーでは軍の駐屯地までもが爆撃に巻き込まれて壊滅的な被害を負い、チェバーナは武器を製造している地区や貯蔵庫が使い物にならなくなっていたのだが、これらの事は王城にある本部には全く届かなかった。何故なら司令部も爆撃によって消えたためである。

 

 

ー同時刻 王城 玉座の間ー

 

「な、何なんだこれは……」

 

玉座の間の窓越しに見える夜中の燃え盛るグラスティンの市街地に国王は汗だくな顔をしながらずっと見ていた。

 

するとドアのノックが鳴った。

 

「は…入れ。」

 

そう言ってドアから出てきたのは軍部の人間だった。それを見た国王ヨルセルは尖った口調で軍部に話した。

 

「おい、これはどういう事だ説明しろ。」

 

「は、はい!簡単に申し上げますと、王都中心部付近で突如爆発が発生したの同時に、次々と爆発が市街地で発生しました。更に市街地を中心に広い範囲で大火災が発生しております。私の見解ですが…恐らくソビエトが我が王国に攻めてきたのではないかと思われます…。」

 

それを聞いた瞬間、ヨルセルは冷や汗がたくさん出始めた。そして黙りながら後悔し始めた。

 

(私はソビエトの軍事力を侮っていた…。七大列強国ですら及ばない程の軍事力を持っている噂を信じなかった私が馬鹿だ…。さて、この状況をどう打破すべきだろうか。ううむ…)

 

ヨルセルは考えたままそのまま寝ずに玉座の間で一晩中を過ごすことになる。

 

 

ー午後7時50分頃 アルテガシア王国境沿いの平原にてー

 

月明かりが広い平原地帯を照らし、風が草をなびかしている中、ワルシャワ条約機構軍機甲師団と圧倒的な数のヘリコプターの群れがアルテガシア王国方面へ全速力で向かっていた。

 

彼らは国境に到達した後それぞれの方面に別れて主要都市を占領し、最終目標のグラスティンで合流する予定となっている。

 

「ついにこの日が来ちまったな。」

 

T-72の運転手のウスペンスキーがそう呟くと、砲手のマルケロフが返す。

 

「ああ、もうちょっとしたらこの戦いも終わるな。そういえば俺たちはどこに行くんだっけ?」

 

「確か俺らはニレヤルとかいう独特な名前の都市に行くみたいだぞ。」

 

「ニレヤルか。あそこってあいつらからすればデカイ港を持ってんだろ?」

 

「ああ、だけど爆撃隊が造船所と一緒に見事に潰してくれたさ、何も心配することはない。あとはただ単に敵の都市を占領しとけば終わる話さ。」

 

「まあ、そこまでの道のりに厄介な敵とか現れて欲しくはないんだがな。」

 

そう会話をしながら平原地帯を進んでいると、正面から小さな町みたいなのが見えてきた。その町には室内の明かりみたいなのは無く、代わりに木製の壁が並んでいた。

 

「おい、なんだあれは?壁の上になんかフードみたいなのを被ってる人間が横に並んでないか…?」

 

すると、T-72の車体に向かって突如火の玉みたいなのが複数放たれた。火の玉はそのまま車体に当たったものの、特に被害はなかった。

 

これに反応して条約機構軍も戦車砲や車載機関銃で応戦をし、フードみたいなのを被った群はそのまま倒れていった。そして処理が終わった後には邪魔な木製の壁も破壊していった。

 

「よし、小さな町に敵なし。周囲に敵なし。」

 

マルケロフが周囲の確認を終えると、条約機構軍はさっきよりも急いでニレヤルの方向へと向かい始める。

 

「なあ、さっきの火の玉みたいなのが魔法ってやつなのか?」

 

「ああ、間違いない。そもそも俺らがもといた世界じゃ人間の手から火の玉なんかを放てる人間なんてどこの時代でもいなかったからな。そんな魔法がこの世界にあるのだというのだから、改めて異世界に飛ばされたんだと感じれるよ。」

 

そう会話をしながら敵地に奥深く進軍することおよそ3時間半後の午後11時頃には、目標のニレヤルに到着することが出来た。

 

爆撃後のニレヤルの風景を目の当たりした条約機構軍機甲師団は、爆撃の酷さにほとんどの兵士がその風景に少し驚いた。

 

「こりゃすげえな、ほとんどの建物が瓦礫とかの山で溢れかえってる。しかも道路には死体か何かが周辺に転がってるな。」

 

ニレヤルはソビエト空軍の爆撃隊による猛烈な爆撃によって大半の建物が崩壊しており、更に同じく爆撃を受けたグラスティンよりも多い数の死体が片付けられずに道ばたに放置されていた。

 

《こちらニレヤル方面部隊、たった今ニレヤルに到着。次の指示を要請する。》

 

《こちら支局、君らの今日の仕事はこれで以上だ。別の部隊も同様目標の主要都市に到着している。明日には朝の7時前から最終目標の王都グラスティンの攻略を始める予定になっている。今のうちに体を休ませておくんだな。ここから先は自由行動をしても構わないが、作戦予定時刻までには全員出撃が出来るようしておくよう準備をするように、以上だ。》

 

その後条約機構軍は、空いた場所があればそこに戦車といった軍用車両を停止させ、そこで体を休ませた。彼らと一緒に行動をしていたヘリコプターも燃料節約のため広場といった広い敷地のある場所に止めた。これらの光景をひっそり見ていた爆撃から生き残った住民達は、戦う国を間違えていたのだと思うようになっていった。

 

そしてアルテガシア王国は、もうすぐでソビエト連邦の一部分として役目を変えることになり、更に国王の家族全員が処刑される時が一刻と迫っていくのをアルテガシア国民は知らぬままその日を迎えることになる。

 




次回は王都占領作戦が開始します。


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第11話 王都占領、そして降伏。

投稿を待っていた読者の皆様申し訳ありません!

最近色々と忙しくなっていてあまり早く投稿が出来ないと思います。頑張って早く出そうとは思いますが、下手をすれば新しい話の投稿が1ヶ月後になる場合の可能性があるのでそこはご了承ください。

ていうか投稿までの日数と文章量が全然比例してない(-_-;)


ー11月23日 午前6時30分頃 アルテガシア王国 ニレヤルにてー

 

いよいよ本土侵攻の最終段階を迎え、王国がソビエトの手に落ちようとしていた。

 

爆撃の傷痕が残っている都市ニレヤルでは、多くの条約機構軍の車輌やヘリコプターが出撃準備の最終確認をしていた。

 

兵士達は自分の持つ武器の弾薬を確認したり、BMP-1や輸送へリのMi-8に急ぎ足で乗り込んだりしており、休む暇も無いくらいに動きが活発だった。そんな流れの中に1両だけ車上で男達がゆったりと座っている戦車がいた。マルケロフが乗る戦車である。

 

「もう数分で作戦開始か…。ここまで来てはなんだが、この戦いは意外と早く終わってしまいそうだな。」

 

「終わってしまいそうじゃないだろ、そもそも俺らが圧倒的に強すぎなんだ。西側の部隊同士の戦いならまだしも、剣や盾といった武器がメインの軍じゃ良い相手にならないし、もしそれが分かっていたらこんな大軍は必要なかったさ。」

 

「おいおい、お前の言ってた異世界独自の魔法とかドラゴンも付け加えておけよ。一応元々の世界じゃそんな夢みたいなやつはないからよ。」

 

「まあな…。」

 

そう会話をしていると、後ろから車長らしき人物がこっちに近づいてきた。彼はこの戦車の車長兼測的手のエゴロフである。

 

「そこでゆっくりとしてるところ申し訳ないが、そろそろ作戦時間になるぞ。マルケロフ!弾薬は満タンか?」

 

「はい!満タンです!ちゃんと弾も装填してあります!」

 

「ウスペンスキー!燃料は敵の首都まで持つか?」

 

「大丈夫です!燃料は首都まで持ちます!」

 

「了解、なら二人とも戦闘配置につけ。さて、とっととこの戦いを終わらすか…。」

 

エゴロフの指示の後、マルケロフとウスペンスキーはすぐに車内へと入り込み、エゴロフは遅れて車内へと入ると、彼らの戦車は他の部隊と同様アルテガシア王国の王都グラスティンへと向かって戦車を進めて行った。

 

こうしてグラスティン占領作戦は、別の方面から来た条約機構軍の部隊によって周りを包囲されるような形で始まろうとしていた。

 

 

ーーおよそ1時間半後

 

条約機構軍がグラスティンに着々と向かおうとしている中、アルテガシア王国軍は条約機構軍がいつここを攻められてもおかしくないと察し、周囲に臨時の防衛陣地を造り、条約機構軍に迎え撃とうとしていた。

 

防衛陣地では重装備をした兵士が大きな盾を前に構え、後方では弓を構えた民兵や、フードを被った魔術師らが攻撃を待機しており、一部では対飛竜用のバリスタも用意してあった。しかし、肝心の飛竜騎士団は現在上空にはいない。何故ならソビエト空軍による爆撃の影響で残存する飛竜の数があまりにも少なく、貴重な戦力でもある飛竜を下手して失う訳にはいかなかったからである。

 

「はぁ…まさか王国も転移国家なんかにここまで追い詰められるとはなぁ…。正直全く予想にもしなかったな。」

 

地平線を見ながらそう呟くのは、防衛陣地の指揮を担当する事になったイグナーツである。

 

地平線を眺めていると、後ろから伝令兵が近づいてきた。

 

「イグナーツ殿、たった今全部隊の攻撃準備が整いました。後はご命令を下すのみです。」

 

「そうか、ご苦労だったな。」

 

「はい。ですがイグナーツ殿、この戦いでの勝算は如何なものでしょうか?」

 

「…そんなことは直接戦ってみないと分からないものだ。ただ言えることは、この戦いで下手をすれば王国は確実に終わる。それしかない。」

 

「なるほど…。了解しました。」

 

そう言うと伝令兵は素早く立ち去っていった。

 

「さて、…ん?もしやあれが敵軍か?」

 

敵軍がいるであろう位置をイグナーツは睨みながら目を細める。

 

「…!?なんなんだあの大軍は…」

 

それを見たイグナーツは背筋が凍ってしまった。そこには見たこともないようなぐらいの黒い大きな何かの集まりがこちらへと向かっているのが遠くからでも見えていた。彼はこれを転移国家の軍だとすぐ判断し、付近にいる部隊に指示を出した。

 

「総員構えぇぇぇ!!!」

 

そう言うと民兵は弓を構え、魔術師は攻撃魔法を充填し始めた。そして黒い大きな何かの集まりが少しハッキリ見える位の位置に入った瞬間、彼は声を張り上げた

 

「目標!目先の敵軍!撃てぇぇぇ!!」

 

そう言い放つと、数多くの矢は空へと、火の玉はその方向へと向かって放たれた。彼らにとっては、転移国家の軍に対して最大限の攻撃をしたつもりだった。

 

しかし、それらの攻撃によって転移国家軍はダメージを負い、数が減るかと思いきや、そのほとんどが当たっても黒い集まりは一切倒れることはなかった。それどころか、今度は黒い集まりからイグナーツの方向に複数の光が点滅しだした。車載機関銃と戦車砲による攻撃である。

 

突如現れた光は目に入らないぐらいの超高速で移動をし、その光は周りにいる兵士や魔術師らを巻き込みながら爆発をしたり、細い何かが鎧を着た兵士を容易く倒していったりと想像しなかった出来事が発生していた。

 

これを唖然とした目で見ていたイグナーツは本能が動き、部隊全員に退却命令を下した。

 

「総員退却だぁぁ!退却せよぉぉ!」

 

この指示に兵士達はすぐさま反応し、防衛陣地の部隊は陣地を放棄しながらも、少しずつ攻撃しながらだが撤退をし始めた。

 

しかし、条約機構軍が持つ車載機関銃の攻撃力と連射力に比べ、遅い魔法や矢なんかで勝てるはずもなく、本格的に撤退をし始めた頃の被害は壊滅にほぼ近かった。

 

(クソッ!あれほど数を叩き込んでるのに何故数が減らないんだ!?あの連中は新たな列強国の軍なのか?)

 

そう考え込んでいると、後頭部から何か細いのが貫いた感覚がしたのを最後に、彼は頭から血をたくさん流しながら倒れた。そして防衛陣地の部隊は彼の死と同時に部隊は消滅した。

 

グラスティン占領作戦の初戦は、防衛側が退却したことにより楽に掃討する事が出来たため、結果条約機構軍の勝利がほぼ確実となった。

 

その後間もなくして条約機構軍のヘリコプターが市街地に侵入、Mi-8は広場といった広い場所に兵士達を降ろし、Mi-24は市街地全体を監視するかのように敵を探し始めた。王国がソビエトによって存在を消し去られるのも、もはや時間の問題となっていた。

 

 

ー午前8時20分頃 グラスティン 王城にてー

 

条約機構軍のヘリコプターが市街地に侵入しておよそ20分が経過した頃、王城では条約機構軍からによる攻撃の真っ最中に、国王と王国軍本部との間で会議が行われていた。内容は転移国家ソビエトとベルリア王国に対して降伏をするか否かに関する事だった。

 

会議場では一部の軍人が部隊との通信を担当しており、それ以外の者は全員事の重大性に頭を悩ませていた。しかし、会議はあまり進展は見られなかった。何故なら異なる主張同士の言い争いが発生していたためである。

 

「ベルリア王国との戦争は即刻やめにすべきだ!!」

 

「馬鹿を言うな!我が王国のプライドをかけてでも徹底抗戦だ!!」

 

「お前は間抜けなのか!?あんな転移国家の軍なんかに勝てれる訳がないだろうが!!」

 

「そうだそうだ!!この無駄なベルリア戦争に何百万人の兵士達や国民は死んでるんだぞ!戦争はもうおしまいだ!とっとと降伏するしか生き残る方法はない!」

 

「貴様はそれでも王国軍の人間の言う言葉かぁ!?お前は自分の立場が一体どういう立場なのかどうかをその腐った脳で考えてみろ!」

 

「誰が腐った脳だと言いやがったんだこの腐れ戦争主義者が!お前の方こそ脳のネジがたくさん外れてんじゃねえのか?」

 

「何だとぉぉ!!?」

 

会議は言い争いの状態から一部では暴力沙汰にまで発展しており、会議をするどころではなかった。しかし通信を担当していた軍人によってそれは収まることになる。

 

「報告です!王都防衛部隊が全滅してしまいました!更に対飛竜兵器が全て敵の攻撃によって損失!転移国家軍の鉄で出来た謎の空中移動兵器が市街地に侵入!もう我々に手の施しようがありません!」

 

その言葉によって会議場はすぐに静まり返り、彼らは自分が一体何のためにこんな言い争いをしていたのかを恥じらうようになり、会議場は元の状態に戻った。軍人全員が座ると、代表が国王に謝罪をし始めた。

 

「ええ…今更ですが、王国の軍人として不恰好な行動を起こしてしまい申し訳ありません…。我々だけでこの重要な事を判断するのは難しいと理解しました。ですので国王様に全てをお任せします。」

 

そう言うと国王ヨルセルは手を頭に乗せながら判断を選んだ。そして数十秒後、彼は最終決断をした。

 

「我が王国は、ベルリア王国と転移国家ソビエトに対して降伏する事に決定する。私は今後敵から厳しい刑罰を喰らったとしても受け入れる覚悟はある。もし諸君らもその様なことがあった場合は嫌でも受け入れるように、いいか?」

 

「「「は、はい!」」」

 

その後王国軍本部の軍人らは、魔信を通じて全部隊にソビエトとベルリア王国への降伏を促すよう通達した後、王城の中枢的な建物から掲げられていたアルテガシア王国の国旗を降ろし、派手な色のない白旗へと変えた。

 

しかし、それらの光景を偶然にも目撃していたMi-24のパイロットや条約機構軍の部隊は、これをすぐに司令部に報告をし始めた。

 

《こちらクラカジール、たった今王城らしき場所で複数の白旗が掲げられているのを目撃した。あの旗は異世界の国の降伏を表しているのだろうか…?至急措置を求める。》

 

《こちら支局、我々の考えからしてみると異世界も元いた世界と同じようなやり方の降伏をしていると思われる。ただ異世界の国だ、あれがそうとは限らないだろう。だが敵の罠でもない限りむやみに攻撃はするな、いいか?》

 

《了解。》

 

《よし、全部隊に告ぐ!王城の旗が国旗ではなく白旗に変わった!敵は我々に降伏したのではないかと思われる。王城付近にいる部隊は、すぐに王城へと向かってくれ。だが敵の罠ではない限り攻撃は禁止だ。》

 

そう通達して数秒後、支局は何かを忘れていたのか追加の命令を出した。

 

《…すまない、もうひとつある。国王とその側近らしき人物は人民の敵として粛清してくれて構わない。》

 

その後条約機構軍の一部の部隊は王城へと直行し、入り組んだ王城内を探し回り、国王と王国軍本部の軍人が待機していた会議場へと入る事が出来た。

 

国王と王国軍の軍人達は、条約機構軍の部隊が会議場に入った時、彼らは何も抵抗はしてこらず、静かに手を上げながら床にひざまずいた。

 

「ソビエト軍の皆さん、我々に敵意はない、抵抗をするつもりもない。だから殺さないでくれ。」

 

「大丈夫です、今だけは殺したりはしませんので。」

 

「…今だけは?つまり後で我々に何かするのか?」

 

「はい、もうじきで王国はこの世から姿を消します。その代わりにここにアルテガ・ソビエト共和国として元王国の領土をソビエト連邦に併合させるということです。要は、貴方は偉大なるソビエトに相応しくない人間だということなのです。どうしてかは分かりますよね?」

 

「…胸に手を当てても分からないな。教えてくれ。」

 

「そうですか…では教えましょう。何故なら貴方が()()だからですよ。」

 

その答えにヨルセルや王国軍の軍人らは理解が出来ず、困った表情をしていた。しかし、自分たちは処刑されるというのは何となく分かっていた。

 

「ではそこにいる元国王の側近の皆さん、今から貴方らを人民の敵として国王とご一緒にここから消えていただきます。」

 

するとソビエト軍の兵士たちは、手に持っていたAK-74やRPK軽機関銃の銃口を彼らに向けた。

 

「最後に言い残すことは有りませんか?」

 

「…無いな。」

 

「そうですか…ではさようなら。」

 

そう言うと、複数の銃口から火を噴き始める。

 

パパパパパパパッ!

 

そして銃声が鳴り止むと、そこには血だらけになった国王や王国軍本部の軍人らの死体が床に転がっていた。

 

《こちらは支局、執行対象である国王の処刑は済んだか?》

 

《ああ、見事に処刑をした。しかも国王の側近みたいなのもいたからそいつらも一緒に消した。》

 

《そうか、それはご苦労だったな。まあいずれここはソビエトの領土になる。新たに加わるソビエト共和国の街に、帝国主義の象徴とも言える王城や国王は不必要だ。国王と他の死体は焼却で済ましておけ。》

 

《了解、後で死体処理をする。》

 

このあと国王と王国軍本部の軍人の死体は人目の付かない場所で焼却され、国王の家族らも手当たり次第その場で処刑を行い、王国の旗や豪華な装飾品も同様処分された。

 

こうしてアルテガシア王国はソビエト主導の条約機構軍によって滅亡し、更に国王の家族ごとその存在を消し去った。そしてその跡地に新たなるソビエト共和国、『アルテガ・ソビエト社会主義共和国』が誕生し、翌日アルテガシア王国は、完全にソビエト連邦に併合された。

 

そしてこの戦争によってソビエト連邦という名は異世界中に知れ渡ることになり、更に七大列強国までもがソビエト連邦の詳しい情報を探し出そうと動き出す事になる。




これで第一章は終了とします。

次回 第二章開幕の予定です。


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第二章 ソビエトを欲しがる列強国
第12話 七大列強国会談


ー新天暦1812年 11月25日 午後8時00分頃 オーデマニア=ガルーシャ二重帝国 帝都オーブル とある居酒屋にてー

 

異世界に名だたる七大列強国の中でも、二重帝国とかいう変わった体制を持っている国家、オーデマニア=ガルーシャ二重帝国。

 

この国は第一次世界大戦並みの技術力、そして軍事力を持っている国家であり、更にフォーランツ連邦、エルナヴィア共和国、リルヴァイン連合王国の次に航空機の開発に成功しており、空の主力を飛竜から複葉機へと変えた国でもある。

 

実はこの国、七大列強国に比べ複雑な民族分布をしている地域を二重帝国の領土としている事や、度々他の民族とのにらみ合いが起こる事から、人々は二重帝国を『民族の市場』や、民族のにらみ合いから単に『爆薬庫』と呼ばれる事もしばしばあるのだ。

 

そんな二重帝国の中心地でもある帝都オーブルは、文化的価値の高い都市として有名であり、その都市から出る特別なオーラは、他の列強国にも負け劣らないとも言われている。

 

その文化的価値の高い都市のオーブルの中心地から離れた地区にある居酒屋では、一日の疲れを少しでも癒そうと男達が酒を飲んでいた。

 

居酒屋内は酒くさい匂いで充満しているが、男達は気にすることなく楽しげに会話をしていた。

 

「ぷはぁ!やっぱこいつは美味いな!」

 

髭を生やした中年の男性が麦酒を飲んでそう言いながら、周りの男達は会話をする。

 

「なあ、知ってるか?こいつは俺の知り合いの外国人から聞いた話なんだが、最近俺らが住んでる国から離れた文明圏外でな、とんでもない国が現れては近くの国を侵略したらしいぜ。」

 

「それはマジなのか?そいつは聞きたいな!で、どういう国なんだ?そのとんでもない国っていうのは?」

 

「まあまあ落ち着けよ、確か名前がソビエト連邦とかいうなんか強そうな連邦国家だった気がするな…。」

 

「ソビエトか?聞いたことがない名前だな。」

 

「そりゃ当たり前だ、俺だってそれ聞いたとき嘘か本当か疑ったさ。でもまあ情報源はあるみたいだから本当だと思うぜ。あ、言い忘れてたんだが、ソビエトは社会主義とかいう他にない独特の体制そうだ。」

 

「しゃかいしゅぎ?何だよそれは。俺そこら辺全く分からないから説明してくれよ。」

 

「はいはい。社会主義っていうのは確か…格差の無い社会を目指して元から階級という差を消して、平等にするといった政治体制だったと思うな…。」

 

「へぇ~、俺らが住んでる国なんかより案外良い体制してるじゃないか。」

 

「しかもソビエトの前は帝国だったらしく、革命で帝国やその代わりの政府が倒れてソビエトが出来たらしいそうだ。」

 

「流石は情報屋!最新の情報を手に入れるの早いな!だったら俺達働いてる人間も革命起こせば社会主義が出来ちまうって事か?」

 

「ああ…まあ一理あるな。ただもし社会主義になったら俺達はここで酒を飲みながら国に対して批判なんかが出来なくなるぞ。」

 

「はぁ!?どうしてそうなるんだよ!」

 

「ソビエトにはどうやら秘密警察というのがあるみたいでな、そいつらが国を批判する人間を取り締まったりするらしい、下手したら極刑に処されたりするみたいだ。まあこれはちょっとした噂話に過ぎないんだがな。」

 

「うわぁ…そいつは最悪だな。せめてちょっと位の批判は許してくれないのかよ…。」

 

「さあな、自分はそこで育った訳でもないから分からないが、とにかくソビエト連邦は甘く見ないほうが良いとは思うな。」

 

「そうか?文明圏外国家の一国を倒したごときで、ソビエトが列強並みに強いとは言い切れないだろ。文明圏外の大陸の一つを統治したわけじゃあるまいし…おい!もう一杯くれ!」

 

「まあ、そうやって侮れるのも、もしかしたら今だけなのかもな。」

 

「はぁ…戦争になって俺らを巻き込むのは勘弁してもらいたいよ。」

 

居酒屋の賑わいは、深夜まで続いた。

 

 

ー11月27日 午前9時30分頃 オーブル中心街ー

 

二重帝国の帝都オーブルの中心部に位置している区域、中心街。

 

ここには二重帝国皇帝が住まう緑に囲まれた王宮が位置している事から、王宮の表玄関へと続くオーブル大通りには政治関連の建物がまるで商店街のように並んでいるのだ。そんなオーブル大通りでは、王宮を除いて一つだけ周りを圧倒するかのような規模が大きめな建造物があった。

 

それはまるで、ギリシャにある神殿の幅を横長にしたかのような建物だった。

 

その建物は、二重帝国議会議事堂という列強国会談には相応しくない建物である。なぜ議会議事堂が選ばれたのかというと、開催一週間前に唐突の会場変更で新しい会場の建設が間に合わないがために、広い帝国議会議事堂を会場にしたのだ。

 

帝国議会議事堂の入り口へと続く少し傾斜のある道路は二つに小分けされており、その挟まれたスペースにある女神らしき像が載った噴水や、その間にそびえ立つ二つの二重帝国国旗、ギリシャ様式の柱がある美しい入り口のファザードは、見る者を圧倒するような雰囲気だった。

 

そして入り口から、一人の初老の男性と護衛の近衛兵らが現れた。そして初老の男性は周囲を見渡しながら静かに呟いた。

 

「このオーブルが列強国会談の会場になるのは実に4年ぶりだな……さて、今回の会談でこの世界は一体どうなるのやら…ん?遂に来たか?」

 

通行規制により路面電車や一般車の通行が全くない大通りからやってくる七つの黒い影。それらが女神らしき像がある噴水前で止まると、そこから現れた六人の人影は会場の帝国議会議事堂へと向かって来ていた。これを見ていたオーブルの住民はどよめきが起こった。

 

「おぉ…世界を統べる七つの代表者達が今揃ったぞ…。」

 

「流石は我らの列強!やっぱ我々は神からの手厚いご加護を受けてるんだな…。」

 

「さてと、結果はどうなるんだろうかね…?」

 

 

ーー帝国議会議事堂 帝国総会議場

 

きらびやかな装飾に、入り口のファザードを模した壁、その壁の近くにある一つの大きなテーブル。議場の客席が予想より足りず、一部の議員席を客席代わりにしているこの会場では、大きなテーブルを囲うかのように七人の代表者らがそこに座っていた。

 

◇エルナヴィア共和国

外務大臣 ニリヤ・ステルナーク

 

 

◇マルテヴァダ帝国

外務卿 ジョルイル・ダルセン

 

 

◇オーデマニア=ガルーシャ二重帝国

外務大臣 ルカーチ・イシュトバーン

 

 

◇リルヴァイン連合王国

外務大臣 ドニー・ランバート

 

 

◇フォーランツ連邦

外交長官 オーソン・ヴェール

 

 

◇バーネング皇国

外務局局長 ルドミラ・トーシャ

 

 

◇ロストーラ大帝国

外交部代表 フェスト・ラコニー

 

 

「ゴホンッ…それではただ今より、第44回七大列強国会談を始めます。私は今回の会談の議長を務めさせて頂くフーギン・ラドュスと申します。お久しぶりの方はお久しぶり、初めましての方は初めまして。」

 

「数年ぶりですね…フーギンさん。しかし、随分と年をとりましたね、白髪が生えています。」

 

「生きる者は必ずその時期を迎えます。ドニー殿も大きくなられましたなぁ…今は…29歳ですかな?」

 

「えぇ…あと少しすればもう三十路ですよ。」

 

フーギンとドニーのやり取りに客席からは微かに笑い声が聞こえる。しかし、そんな中で一人表情を全く変えない女性がいた。

 

「フーギン殿にドニー殿、久方ぶりの再会にこの場で喜ぶのは構いませんが、今は会談中でございますよ。あとここにはわざわざ文明圏外から来た人間もいるという事をお忘れなく。」

 

優しげな声でそう注意している銀髪の女性、彼女はルドミラ・トーシャ。バーネング皇国の外務局局長である。

 

「こ、これは申し訳ございませんルドミラ殿、つい…」

 

彼はリルヴァイン連合王国の外務大臣のドニー・ランバート。右目に金色の片眼鏡をしている男性である。

 

「我々がここオーブルに集結したのは仲良しごっこのためでしたでしょうかね?ルドミラ殿。」

 

マルテヴァダ帝国外務卿ジョルイル・ダルセン。彼はこの中で一番血気盛んな男で、七大列強国の中の一国でもある自国に誇りを持っている。

 

「いいえ、違いますわジョルイル殿。」

 

「ならいい。こう見えて我は忙しいのだ、早く終らせようじゃないか。」

 

ジョルイルのこの発言に苛立ちを見せる一人の男がいた。ニリヤ・ステルナーク…エルナヴィア共和国の外務大臣である。

 

「ジョルイル殿……もしやあなたはこの会談を安く見ているのですかな?今の発言は聞き捨てなりませんぞ。」

 

「…申し訳ない…少し言い過ぎてしまった。」

 

「いえいえ、お気になさらず。」

 

今までのやり取りを見ていたロストーラ大帝国の外交部代表のフェスト・マコニーはクスクスと笑っていた。緑色の長髪が特徴的な女性である。

 

「えー話が脱線してしまいましたな…では本題に戻しましょう。本日の議題は主に三つです。一つ目は『クスティオ王国に対する食糧支援について』。二つ目は『領土拡大を続ける準列強国のノーデナル教国に向けての制裁について』。そして最後は…『文明圏外に誕生した新興国ソビエト連邦について』です。」

 

ソビエトという単語に会場全体が一体何の国なのかどよめくが、察したのかすぐに静まり返った

 

「ではまずクスティオ王国の件についてです。この王国は元々食糧自給率が低いですので、各地で飢饉が発生しています。そのため我々七大列強国を含む高度文明圏国家による無償の食糧提供に、自給率を向上させるための支援金も送っていますが、未だにこれといった成果は出ていません。」

 

「…本当に支援金を自給率向上のために使っているのか?上層部が自分の財布に入れてるんじゃないのかね?」

 

「実は…極秘裏に調査団を送ってみた所、まさにその通りの事が起きていました。上層部が住まう地域周辺は発展してはいるものの、それ以外の地域は相変わらずの飢餓地獄です。こちらがその証拠資料です…。」

 

代表者達は証拠資料に目を通す。そこには支援金の無駄遣い、使用記録の改ざんや隠蔽、また定期的にクスティオ王国に訪れる調査団に対しての賄賂による口封じも行われていた事などが書かれていた。

 

難しい顔をする者、深い溜め息を吐く者、怒りのあまり足が震える者、嘆き悲しむ者、何とも思わず資料を眺める者など反応は様々だった。

 

「さて、如何いたし──」

 

「クスティオ王国に向けての食糧支援や支援金の送付を即刻停止させよ。皆様もこの意見で賛成でしょうか?」

 

「「「賛成です。」」」

 

「了解しました。では会談終了後そのように手配します。」

 

「では次に……」

 

ーー30分後

 

「…ではノーデナル教国に対しては経済制裁等を加えることで間違いありませんね?」

 

フーギンの言葉に全員が頷く。

 

「分かりました。では次に…『文明圏外の新興国ソビエト連邦について』なんですが、今現在この国に対して『どう対処』していくべきかを決めようと思います。」

 

すると今度は、さっきの資料とは変わって別の資料が代表者達に配られた。代表者達はその資料も同様すぐに目を向ける。

 

「資料を見ての通り、これには現在分かっているソビエト連邦に関する情報が載せられています。先ずこの国は連邦国家であり、社会主義というこの世界にはない独自の政治体制だということ。更にソビエト連邦と同じ社会主義の国家を複数の衛星国としており、ついこの間まで文明圏外では一番目に強いアルテガシア王国という文明圏外の大陸で強い国と戦争していたことぐらいしかありません。」

 

「ほう…アルテガシア王国と戦争をしていたのか…。あの連中は何か野望を企てるとすぐに実行に移す奴らの国だというのに、余程恐怖心の無さげな国なんだろうな。」

 

「ククククク…私としてはソビエトを応援したいですねぇ…。あの国は気の狂った考えをしてそうです…。」

 

「マルテヴァダ帝国としてはアルテガシア王国に一票ですな。あいつらは少々厄介ですが、そこを利用すれば良い戦力になりそうだ。」

 

「……可哀想な国だな。文明圏外国家同士じゃアルテガシアが勝つに決まってる。」

 

その場にいる全員がアルテガシア王国の勝利を確信しており、その国と戦ったソビエト連邦を哀れんでいた。

 

「その戦争の結果なんですが…実はソビエト連邦の圧勝で勝利した模様です。」

 

「「「ッ!?」」」

 

この結果に一同は目を疑った。なぜなら新興国が文明圏外国家で一番強い国に勝った事例はこれまでないからである。

 

「そいつは驚きだな…。」

 

「フフ…本当に驚きましたわ…。まさか新興国が勝つだなんて。」

 

何故?どうやって?皆がその事で頭がいっぱいだった。そしてフーギンが全容を伝えると、今まで無口だったフォーランツ連邦代表が口を開いた。

 

「ソビエト連邦って本当に文明圏外国家なのでしょうかね?もしかしたら新手の列強国という可能性もあり得るかと。」

 

この言葉に一瞬その場の空気が固まった。

 

確かに列強国だとすればアルテガシア王国との戦争は圧勝という結果でも別に可笑しくはない。

 

「実は我々リルヴァイン連合王国も同様の意見です。ソビエト連邦は間違いなく高度文明圏国家かと思われます。」

 

するとバーネング皇国のルドミラ・トーシャが口を出す。

 

「フフフフ…でも文明圏外国家の一番強い国を倒したぐらいで必ずしもソビエトがかなり強いとは限らないでしょ?」

 

それに続くかのようにマルテヴァダ帝国のジョルイルも口を開く。

 

「…実は我がマルテヴァダ帝国も同じ考えなのですよ。ですが多少は厄介な国なのは間違いありません。なのでこうしませんか?戦争で疲れきっている内にとっとと『手なづける』というのは?しかも分割統治で。」

 

「エルナヴィア共和国も賛成だ!それではどうやる!?我が国最新鋭戦闘機の『ラースチ』を出撃させるか?だったら空は任しておけ!」

 

「私も賛成です。我が国最強の闘竜騎士団『アルーダ』を出撃させますか?ソビエトは戦争で疲れきっている…丁度良いです。」

 

バーネング皇国、マルテヴァダ帝国、エルナヴィア共和国はソビエト連邦を屈服させるためにかなり好戦的な態度だった。しかし…

 

「リルヴァイン連合王国はこの事に反対します。何故戦争してまで解決しようとするのか理解に苦しみます。本来ならもっと平和に出来る筈なのでは?」

 

この言葉にジョルイルは冷たい視線を向けて話す。

 

「さては恐れているのだな?ドニー殿。」

 

「いいえ、恐れていませんが。何故?」

 

「平和的に解決するのも良いことだ。しかし我々は七大列強国、常に世界中に力を誇示しなければ文明圏外の連中に嘲笑われる。それに怯えれば守るべきものは守れなくなる、分かるかね?」

 

「……とにかくリルヴァイン連合王国は戦争に反対です。」

 

この会談で一番無口な二重帝国のルカーチは黙って聞いたまま状況を把握する。

 

(やはりか…何となく分かっていたがリルヴァインはいつも通り反対か。)

 

「二重帝国やフォーランツ連邦、そしてロストーラ大帝国は如何ですかな?」

 

これに先に答えたのはフォーランツ連邦で、薄目をしながら答えた。

 

「フォーランツ連邦側としては…傍観の立場とさせていただきます。」

 

「に、二重帝国もです!我が国は民族間の問題がまだありますので…。」

 

「ロストーラ大帝国もフォーランツ連邦と二重帝国と同じ意見です。」

 

「そうですか…ではソビエト連邦に対する処置は、マルテヴァダ帝国の提案通りに則る事でよろしいですか?」

 

そう言うと代表者達はうなずいたが一部は少しうなずいた。

 

「ソビエト連邦に対する処置は可決されました。ではこれにて会談は終了とします。皆様お疲れ様でした。」

 

七人は席を立ち、互いに労をねぎらいながら握手する。

 

(やれやれ…相変わらずどういう考えしているのかが分からない国だ。しかし、フォーランツ連邦が反対しなかった事には正直ホッとした…。)

 

実は七大列強国の間で、フォーランツ連邦以外では『暗黙の了解』があった。

 

ー『フォーランツ連邦を絶対に敵にしてはいけない』ー

 

実はフォーランツ連邦は元々準列強国に囲まれていた国家なのであり、それらが対フォーランツ包囲網を形成し、宣戦布告をしてきたのだ。

 

だが結果はフォーランツ連邦の勝利。

 

フォーランツ包囲網は大打撃を与えられぬまま大敗し、戦争期間はたった一ヶ月で終戦したのだった。

 

各国の代表者達が二重帝国議会議事堂から外へ出ると、オーソン・ヴェールはこう思うのだった。

 

(やれやれ…今回もとんでもない結果になってしまったな…。ひとまず傍観の立場としたが…さて、ここからどうなるかだな。)

 




ソ連は異世界でも相変わらず人気ですね(笑)


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第13話 列強の本当の思惑

ーー二重帝国 帝都オーブルにあるとある通り

 

通りには、一匹の『地竜』と呼ばれる飛竜の翼を無くしたような容貌の竜が引いている竜車の中に、マルテヴァダ帝国の外務卿ジョルイル・ダルセンはそこに乗っていた。

 

ジョルイルは窓から眺める風景を眺めながら資料を読んだりしていた。

 

「…ジョルイル外務卿、本当にあのソビエト連邦に強襲を仕掛けるつもりでしょうか?」

 

ジョルイルの隣に座っている従者がおそるおそる質問をする。

 

「強襲を仕掛けるのは当然の事よ!!あんなソビエト連邦なんぞ『連邦』という名だけが飾りなただの文明圏外の蛮人国家なんかに取るに足らんわ!!」

 

「な…なるほど…分かりました!至急本国へ──」

 

従者が向かい側にいる魔伝兵に本国へ連絡を取るように指示を出そうとすると、ジョルイルは鼻で少し笑った後に従者に指示を止める。

 

「って、そんな訳にはいかないだろ?」

 

「へ?…え?あのぉ…えぇ!?」

 

「いいから落ち着け、そして座ってくれ。ちょっと確認するが、ソビエト連邦が文明圏外国家の中では強いアルテガシア王国と戦争をして、その戦争の結果がソビエト連邦の圧勝で終わったていうのは聞いていたよな?」

 

「えぇ…そうですが。」

 

「そうか…なら話は早い。その事なんだが…実は私は会談でソビエト連邦の一連の話を聞いて、この国は恐らく強いのではないかと思ったのだよ。」

 

この発言に従者はあまりに予想外過ぎて頭が真っ白になっていた。

 

「ど…どういう事なのですかジョルイル外務卿?ソビエト連邦は強いというのは…。」

 

「…いいか?まず新興国であるはずのソビエト連邦は、文明圏外国家の中では強いアルテガシアに勝てたということからおかしい、本来新興国なら文明圏外で強い国家なんかに潰されるのは当然な結果のはずだ。」

 

「はぁ…」

 

「だがそれを相手にソビエト連邦はなんと圧勝という結果で終わってしまったのだ。圧勝だぞ、新興国がアルテガシアのような国家に勝利したのはこれが初めての事例だ。」

 

「ですが──」

 

「あの連中はこれほどの差がある戦争をたった3日だけで終わらせたのは知っているか?」

 

「ッ!?」

 

「それだけの日数で、ソビエトはアルテガシア王国の主要都市を壊滅的な被害に喰らわせたあげく、アルテガシアの飛竜のほとんどを無力化…こんな事が出来る武器や兵器は、我が国はおろか、フォーランツ連邦でも持っていないだろう…。」

 

従者は呆気ない表情をしながら冷や汗を垂らしていた。あの会談の最中に、彼も会談を見に来た客人に紛れて会談を聞いていたが、アルテガシア王国との戦争で使われたソビエト連邦の武器や兵器に関する情報が全く話に出てこなかったのだ。

 

だがソビエト連邦が戦争の時に使った武器や兵器に関する情報は全く無いという訳ではなく、ソビエトの軍隊を見かけたアルテガシア人から直接聞いた話に過ぎないものの、その情報は少しだが判明はしていたのだ。

 

実際この世界の様々な国のマスメディアはこの事を取り上げており、その影響で異世界中に『ソビエト』という名が知れ渡る事になったのだ。

 

「……そこまで詳しくあのフーギン議長は…教えていなかったですよね?」

 

「それは『わざと』そう伝えなかったんだ。」

 

「わざと?」

 

「ああ。多分俺がさっき教えたやつの他にも、ソビエトについてまだ分かっている事は少なからずあるだろう。なのに会談で話さなかったのは、きっと我々列強国の勢力バランスを崩してしまいかねないような事が見つかったのかも知れない。もしそうだとしたら、ソビエトは確実に我々列強を凌駕する力を持っているだろう…。」

 

「な…なんてこったぁ…。」

 

「…まあとにかく、今は少しでも多くの戦力が必要なんだ。たとえソビエトが新興国だったとしても、あのアルテガシア王国を短期間で滅亡させた国だとすれば相当な力を持つ国だ。」

 

「なるほど…。」

 

「あの報告書に書かれていた文書なんかは、所詮分かっている情報のほんの一握りしかないだろう。あと言わせてもらえば、表向きではお互いに良い関係を持っているように見えて、実際は相手の弱みを常に探っているのさ。」

 

「では我が国は…」

 

「とりあえずソビエト連邦に向けての強襲作戦の下準備をしているという『演技』だけしていろ。」

 

「はっ!」

 

従者はすぐさま魔伝兵に向けて報告の指示をした。そしてジョルイルは窓から見える景色を眺めながらボソリと呟く。

 

「今回の会談で、またもや冷たい戦争が始まりそうな予感がするな…。」

 

 

ーー帝都内の別の通りにて

 

多数の近衛騎兵による護衛の元、快速で通りを走るバーネング皇国の馬車。

 

「ルドミラ局長、我が国傘下のルミーニカ王国、イルーレ帝国、サノリア王国からの報告書がたった今届いて参りました。」

 

「ご苦労様…。」

 

報告書を手に取り眺めるルドミラ、その顔は報告書を読んでいくにつれて段々と表情が難しくなっていった。

 

「えっと…ルドミラ局長?どうかなさいましたか?」

 

「ソビエト連邦は…私が思っていたよりも随分と高度な技術を持っているっぽいね。あの議長はその事を知っていて伝えなかったのかしら?…」

 

「な、何が書かれていたのでしょうか?」

 

ルドミラは従者に対して報告書に書かれている事を簡単に説明を始めた。その中身は、マルテヴァダ帝国のジョルイルが言っていた事とほぼ同じだった。

 

「…という事よ。」

 

「そ、そうだったのですか…。それにしても新興国のソビエト連邦が、まさか我々列強の勢力のバランスを崩壊させるようなものを保有しているだなんて…。」

 

「そう言うのも無理はないわ。あの国は新興国の割に文明圏外の強い国と戦った日数がたったの三日だもの。常識的に考えてみればまず可笑しいレベルだわ。それに、たったこれだけの日数でアルテガシアに甚大な被害を及ぼすだなんて、いくらあのフォーランツ連邦でも流石に難しいわよ。」

 

「…それで、我が国はどういたしましょうか?」

 

「多分、マルテヴァダ帝国は動かない筈よ、あの国は決め事になると少し慎重だもの。だから我が皇国も少しぐらいは慎重にならないと…。」

 

「そうですよ!そうです!ここは下手に手を出さずに、様子を見──」

 

するとルドミラは眉間にしわを寄せながら、従者を睨み付ける。

 

「あら、貴方は一体何を言っているのかしら…?」

 

「へ…?」

 

そう言うとルドミラは、いきなり無邪気な子供のように笑いながら従者の意見を否定しだした。

 

「ウフフ…キャハハハハハ‼︎キャハッ!キャハハハハハッ!んな訳ないでしょお!?」

 

「え、えぇ!?」

 

「ウフフ、これはむしろもらうには最高のチャンスよ。だって美味しい『ご馳走』をわざわざ力ずくで奪い合う必要が無くなったんだもの。」

 

「という事は…まさかあのソビエトを?」

 

「そうよ!あの国は必ず我が皇国の手に収めてやるわ!だってあの国は兵士がかなり多くて、おまけに銃とやら大砲とやらの類いもあるのでしょ!余計に欲しくならない!?あの連邦を手なづけることが出来たら…間違いなく皇国は生まれ変わる!」

 

「…は、ハッ!」

 

「だけど…まともにソビエトに戦おうとでもすれば多かれ少なかれこっちも被害を受けるわ…。そうなってしまえば他が好き放題に我が皇国を『取り込み』始める。それは何としてでも避けなければならない…でもこのチャンスを外す訳にもいかないッ!『国力』を得なければ、遅かれ早かれ皇国は他の列強に『遊ばされる』。」

 

「マルテヴァダ帝国は、それを回避した…という事ですね。」

 

「フフ…いつの時代でも物事には多少なりともリスクは付き物よ。何もしなければリスクは起きない、しかし何も得ることは出来ない…。」

 

「では一体どのようにしてソビエト連邦を手なづけるつもりで?」

 

「それは軍の上層部に任せるわ。私はあのジョルイルみたいに軍人の出じゃないし。それに、今仕掛けるのはやめたほうがいいわねぇ…タイミングが悪すぎる。」

 

「それはなぜなのですか?」

 

ルドミラは自分のそばに置いてあった二重帝国の新聞を従者に手渡した。従者はそれを受け取り内容を読むと、その理由に気が付いた。

 

「な、なんとッ!?そういう事ですか!」

 

「ね?分かったでしょ?この新聞には、どうやらソビエト連邦に主要亜人国家や、一部文明圏外国家の長が、ソビエトが占領した元アルテガシア王国の王都『グラスティン』へと向かっているらしいわ。目的は…ソビエトとの国交締結かしらね。」

 

 

ーー別の通り 自動車の中にて

 

周囲を圧倒するように通りすぎていく、黒色の塗装をした古めの高級車の車列。その車列の中にあるボンネットの両側に小さな国旗がある真ん中の車に、フォーランツ連邦の外交長官オーソン・ヴェールとその護衛が搭乗していた。

 

「外交長官、今回行われた会談の感想は如何ですか?」

 

側近の一人がオーソンに感想を聞いてきた。

 

「ううむ…まあ正直言って、どこの列強国も平和に共存していく事をかたくなに否定してるように思えたな。一部は私欲に走り過ぎていて笑えないくらいだ。」

 

「そうですか…ではどういった点が否定しているように思えたのですか?」

 

オーソンは葉巻をふかしながら言った

 

「…ソビエト連邦の件についてだな。」

 

「ソビエト連邦ですか…。あの国って確か最近までアルテガシア王国と戦争をしていて、結果ソビエト連邦が圧勝して、今世界中が注目している国ですよね?」

 

「ああそうだ。ソビエトは我々のように銃や大砲の類いを持っていて、更に我が国の空軍の主力戦闘機よりもかなり速い速度を出す事が出来る戦闘機があるそうだ。」

 

「それは…すごい国ですね。」

 

側近は、予想外なソビエト連邦の軍事力や技術力の高さに言葉を絞り出せなかった。

 

「ちなみにそれってどこからその情報を手に入れたんですか?」

 

「運悪くソビエトの領土と化してしまったアルテガシア王国の元国民さ。そこにいたマスメディアは、アルテガシア人に聞き出した情報を段々と周辺諸国にばらまいて、こんなに注目されたんだ。一部は既に新聞やニュース等で大衆に伝えられている。」

 

オーソンは側近にそれらに関する新聞を見せた。新聞には、ソ連軍の戦車の列が写っている写真に、ソ連軍のMiG-25戦闘機2機が飛んでいる写真が一面を飾っていた。

 

「にも関わらずだ、他の列強はソビエトが持つ膨大な軍事力の欲しさに目をつけたせいか、マルテヴァダやバーネング、それにエルナヴィアどもはソビエトを自国の傀儡国にしようと必死になってるのだ。本当笑えないよ。」

 

「…でもソビエト連邦って詳しい情報があまり分からない国でもありますよね?多分その三国は興味本意でソビエトを知りたいからそんな事をつい言ってしまったのでは?」

 

「それもあり得るかもな。だがあの会談で三国はお互いにソビエトを占領していこうと思ってるように見えて、実際はそれに参加しなかったり、あるいはまた別の野望か何かが芽生えたりしていて、正直どういう動向をしてるのかが理解しづらいのだよ。」

 

「はぁ…なるほど。」

 

「ただ、バーネングの奴等だけはどうしてソビエトを傀儡国にさせようとしている理由は分かる。」

 

「それは一体…なんでしょうか?」

 

「ハッ、軍備拡張だよ。奴らは好条件な国を見つけだすとすぐに傀儡国にさせようと動きだす。いつもの事じゃないか。」

 

「なんと…」

 

「それに、バーネングの奴らはどうやら生物兵器を散々開発しているらしく、その中には家畜を改造したのもあるらしい。一体どれほど強いんだろうね全く。」

 

オーソンはバーネング皇国がソビエトを傀儡国にさせる理由が軍備拡張の為と決め付けれたのには理由があった。

 

実はフォーランツ連邦とバーネング皇国は、互いに国境と接している部分が多いのだ。

 

これは元々フォーランツ連邦に対する対フォーランツ包囲網だった、今は無き準列強国連盟に対する戦争によってこの結果になったのだが、運悪くフォーランツ連邦と国境が隣り合わせになってしまったバーネング皇国はそれを恐れた結果、常に身の丈に合わない軍拡競争をしなければならなくなり現在に至っている。

 

だがフォーランツ連邦はあの戦争以来、戦争自体に対する積極的な意欲は失っていたのだが、かといって隣国の立場からすれば安心できるものでもない軍拡の波から避けたくても避けれなかったのだ。

 

そのためバーネング皇国は、フォーランツ連邦と少しても渡り合えるような技術や軍事力を持っていそうな国々はとことん向かっては傀儡国にし、その技術を使って生物兵器を多々生み出しているのである。

 

「…では話は変わりますが、我々はソビエト連邦に対してどう対応していきましょうか?」

 

「まあ国交締結ぐらいはしておこうじゃないか。私としては、謎の国『ソビエト連邦』と少しは仲良くやっていきたい所だな…。」

 

「そうですね。でもソビエト連邦と会談をするときにあの三国列強が戦争をおっ始めないといいですが…。」

 

 

ーー帝都上空 連合王国政府専用機

 

複数の連合王国空軍のレシプロ戦闘機『セミティス』による護衛の元、帝都上空を飛行する連合王国政府専用機。その機内にあるソファで深い溜息を吐くリルヴァイン連合王国外務大臣のドニー・ランバート。

 

「はぁ~全く……あの三国列強は馬鹿なのか…?ただでさえ我々列強に対する世論の反応は酷いというのに、三国列強はそんな事も気付かずに言っているのか?…でもまあ、それくらい必死って事なのかもな…あのやたらと馬鹿みたいに大きい連邦がこの世界にいる限りは…」

 

するとドニーは、机に置いてあったタイプライターを使い書類を作成し始める。

 

「悪いが…君達の思い通りに…させるわけにはいかないよ…。…まずは…ソビエトと…リルヴァインと共に…友好条約を結ぼう。…急がなければ…時間がない。…最も最悪なパターンとしては、『ソビエトとフォーランツが国交を結び技術提供』をすることだ…。それだけは何としてでも避けたいッ!」

 



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第14話 東の超大国『フォーランツ連邦』

今回は異世界側の超大国『フォーランツ連邦』を書いてみました。

どうぞお楽しみください。


ー午前10時40分 東の超大陸『ノージア』大陸 フォーランツ連邦 首都ナターバンティー

 

異世界で最大の国土を領有していて、唯一ジェット機を運用しているフォーランツ連邦や、恐らくソビエトより先進的な生物学を利用した生物兵器によって、辛うじて対抗しているバーネング皇国が属している大陸、ノージア大陸。

 

この大陸は赤道を通り越すぐらい南北に伸びているので、その分サイズは大きい。そのためこの大陸の気候は寒帯から熱帯まであらゆる気候が合わさっているので、その国ごとに様々な特色を持っている。

 

そこはまるで地球のアメリカ大陸ぐらい大きいであろうこの大陸は、なんと陸地の約4割がフォーランツ連邦が占めている。

 

フォーランツ連邦は熱帯から亜寒帯まで広範囲に国土を持っている国であり、その大きさは他の列強をも圧倒するレベルのデカさである。

 

フォーランツ連邦の心臓部である首都ナターバンティは、ノージア大陸内で最大の都市を誇っており、比較的快適な温帯に属している都市だ。

 

市街地の一部ではちょっとした高層ビル等が建っていたりとアメリカのニューヨークに近いような光景をしていた。

 

整備された道路、そこに行き交う自動車、通りに点在する地下鉄の駅、そして上空ではフォーランツ連邦の航空会社が運用する旅客機が飛んでいる。きっとこの世界にあるどっかの都市へとこれから向かっていくのであろう。

 

ナターバンティは今日も活気的で忙しい日々を迎えている。

 

 

ーーフォーランツ連邦 首都ナターバンティ とあるレストランにて

 

大勢の客で賑わうナターバンティにあるとあるレストラン、その中にある窓際の席では、二人の若い男性が楽しげに食事をしていた。

 

「…久々にここへと来たんだが、やっぱりここは相変わらず味は旨い。」

 

「そうだな、やっぱこれだけ客が来ちゃうのも無理はないよな〜。」

 

すると、少し離れた位置にあるテレビからニュースが始まった。彼ら含めレストランの客は皆食べるのを止めて、テレビに注目していた。

 

《皆様どうもこんにちは、国際ニュースの時間となりました。本日はご覧の内容をお伝え致します。》

 

金髪で長髪な若いハーフエルフのキャスターの言葉でニュースは始まった。

 

《…本日午前9時頃、二重帝国の帝都オーブルにて、我が国含む世界の代表者7名による七大列強国会談が開催されました。この会談では、主に新興国のソビエト連邦がこの会談の主題として取り上げられており、我が国からは外交長官のオーソン氏が会談に出向きました。なお、この会談がどのような結果となったかはオーソン外交長官が帰国してからのお話になるでしょう。一部専門家によれば、今回の会談は列強国による文明圏外国家や亜人国家に対する、絶対的な支配を更に強めるものではないかとしており、今後は恐らく一部列強国による資源や領土などの略奪戦争が行われるのではないかと危惧しています。では次に…》

 

「へぇ〜一部列強国による略奪戦かぁ…」

 

「今後も相変わらず俺らは安泰だ、良かった良かった。ただそいつらに従わされる国の気持ちに少しは同情したくなるな…。」

 

「だな。特にバーネングのやつら、どんだけ俺らと戦う気持ちが満々なんだよ。そんなに戦いたいぐらいご自慢の動物兵器があるんなら今でもこっちに戦争を吹っ掛けりゃいいってのによ。」

 

「いいや、あいつらは訳の分からないぐらい改造しまくった動物とやらを陸海空共に主戦力としてる国だぜ?そんなショボい兵器なんかで俺らの戦車や航空機なんかは簡単に潰す事なんてどうせ出来ないさ。」

 

「ハッハッハッハ!そうだな。あいつらは元々次の世代のために遺すべきだった技術を無駄遣いしながら多種類の生物兵器を作ってるくせしてよ、俺らの軍が配備したジェット戦闘機のような革命的な兵器を生み出したって話は聞いたことがないなぁ〜。」

 

「それを言うのも無理はないんじゃないか?ま、バーネング皇国が飛竜の派生型かなんかは知らんが、そいつで軍の数自体を上げることは出来ても、技術に進歩も何も見られなかったらどのみち衰退していくだけだろうぜ。だって俺らの国だけじゃないぜ航空機を運用している国は。」

 

「ああ。エルナヴィアやリルヴァイン、ついにはあの二重帝国ですら航空機を運用してるんだよなぁ…あと謎の国ソビエトもか。」

 

「どのみち昔から空の覇者として君臨し続けていた飛竜がただのデカイ的となる日はもう近いさ。」

 

「それをバーネングは改造しまくって運用し続けている、とんでもない連中だよな…。航空機を作るのにそんなに特殊な技術が必要だったか?」

 

「必要だろ、特にエンジンはな。ただいくらあのバーネングでもそれくらいは出来るだろう。だが今のバーネングにはそれが出来ない、なんでかって?生き物の改造に金を注ぎ込み過ぎて新しい技術を作る暇ですら無くなったからだよ。」

 

「ハッハハ…いや待て、だとしたらあの連中はとんでもない生き物を作ってんじゃないのか?」

 

「まあ、それはあり得るんじゃないか…?どんなものかは知らんがな…。」

 

 

ーー首都ナターバンティ ナターバンティ国際空港

 

《全従業員、先程レーダー上に大きな機影と小さい機影複数機を捉えた。まもなくでオーソン外交長官を乗せた政府専用機がここに到着する。各員は政府専用機がいつ到着してもいいように準備をせよ。》

 

管制塔からの指示により、タラップやリムジンが政府専用機が駐機する予定のエプロンへと移動を始め、その近くにいた職員も急ぎ足で向かった。リムジンがエプロンに到着した頃には、既に政府専用機は着陸をしており、指定された所へと向かっていた。

 

《こちらグースター、たった今着陸をした。ちゃんと予定のエプロンは準備が整っているか?》

 

《こちら管制塔、心配ご無用です。外交長官のリムジンも予め用意しておきました。》

 

《そうか…その職員らには後で礼を言っといておくよ。》

 

《了解。》

 

政府専用機は指定されたエプロンへと段々と近づいてきていた。この政府専用機もジェット機である。

 

そして政府専用機がエプロンに到着すると、タラップ車は機体左前部分のドアにタラップを寄せ付け、位置を確認した後そのドアが開いた。そこから出てくるのはオーソン外交長官。大勢の護衛を率いながらタラップを降りていく。

 

「お疲れ様ですオーソン外交長官!」

 

「ああ、帰ってきたぞ。ところで国内あるいは周辺で何か異常は生じたか?」

 

「いえ、特に大事は発生しておりません。国民は今も平和に暮らしております。あとそれから大統領からの伝言をお伝えします。」

 

「ふむ、一体どんな用事なんだ?」

 

「大統領曰く、貴官は帰り次第『トムソンヒルズ』へと向かうようにと仰有ってました。」

 

「大統領官邸か?こんなときに一体何の用事なんだ?まさか非常事態だからすぐに来いというパターンじゃないだろうな?」

 

「……じゃないと良いですがね。」

 

オーソンはタラップの階段を降りると、そこには複数台のリムジンが用意してあった。オーソンとその護衛はいずれかのリムジンに乗り込み、そのまま『トムソンヒルズ』へと発進した。

 

「それにしても何故大統領閣下が私なんかを呼び出したんだ?外交的な問題か何かか?」

 

「それが、大統領はあの伝言以外そこまで詳しく言っておられなくてですね…その詳細がイマイチ不確かなんですよ。」

 

「そうか……」

 

しばらく走っていると、前方から白色の三階建ての小さな宮殿みたいなのが見えてきた。この建物が『トムソンヒルズ』、フォーランツ連邦大統領官邸である。

 

正門前に到着すると、護衛の一人がドアを開けて、オーソンは車から降りる。だが正門の周りにはフォーランツ連邦の報道陣が集っており、メモ帳やペンを構えた者、ポラロイドカメラを構えた者が彼に注目していた。中にはミッチェル撮影機の様な物を持ちいつでもフィルムを巻く準備をしていた。

 

「オーソン外交長官!今回の会談の心境は如何でしたでしょうか!?」

 

「外交長官は他の列強国に対してどういう立場を表明しましたか!?」

 

「外交長官!どうか一言お願いします!」

 

必死に情報を聞き出そうとする報道陣に対して護衛は邪魔だと強引にどきながら入り口を通った。だがオーソンは一回だけは良いだろと護衛を止めさせ、報道陣に対して質問の答えを言った。

 

「……我々フォーランツ連邦政府は、あくまで傍観の立場とさせて頂きました。我々の尊重すべき国民を下手に危険に晒すわけにはいきません。我々連邦政府は…来るべき時が来るまで待ちます。」

 

そう言ったのを最後にオーソン外交長官は大統領官邸へと向かっていった。

 

 

ーー『トムソンヒルズ』 大統領執務室

 

「大統領閣下、先程オーソン外交長官を乗せたリムジンが到着いたしました。」

 

執務室にあるデスクに座っている灰色のフサフサした髪に、銀色のメガネをかけた少し年老いた男がいた。彼はフォーランツ連邦で最高権力を持つ大統領のローヴェイク・シュラーデル大統領だ。

 

「おぉ戻ったかオーソン!して、あの会談の件だが、あの対応策で良かったぞ。」

 

「お言葉を頂き感謝します。」

 

「まあいい、君があの他の列強どもの欲望に絡まれた会談から帰ってこれたことだ、まあゆっくりここで休みたまえ。コーヒーも用意してやろう。」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

オーソンは近くにある椅子とテーブルへと向かった。すると、大統領執務室のドアからノックがしてきた。

 

「大統領閣下、そろそろ言われたお時間ですのでこちらに来ましたが、まだでしょうか?」

 

「大丈夫だ、入ってくれたまえ。」

 

ドアからは、一人の若い茶髪の男性が入室してきた。彼はフォーランツ連邦軍需大臣のアルシュト・ハフィングトン。最近就任したばかりの若手大臣である。

 

「大統領、なぜ軍需大臣をこちらにお呼びになさったんですか?」

 

「君が知っての通りだ。あの件についてだよ。」

 

「なるほど…。」

 

「あの、そろそろ始めて良いでしょうか…?」

 

「ああ、始めてくれ。ちなみに君からの説明はあそこの長い机でやる。」

 

大統領からの指示で、オーソンとアルシュトは長い机と向かった。そして三人はそこに座り、対面するかのように話を始めた。

 

「……さて、聞かせてくれないかね軍需大臣。バーネング皇国の動向とやらを。」

 

「分かりました。ではまず何故わざわざバーネング皇国の動向をここで話すのかといいますと…実はバーネング皇国に定期偵察しに行っていた連邦空軍の偵察機が、偶然我々の知らない兵器や施設等を発見したのです。」

 

「ほぅ…で、どういうやつなんだ?」

 

そう言うとアルシュト軍需大臣は、鞄から偵察機が撮影したであろう数枚の写真を机に置いた。

 

「こちらでございます。」

 

最初に置かれた写真には、海と接していないにも関わらず、戦列艦らしき船が陸上にあるドックらしき所に並んでいる姿が映されており、もう一枚はバーネング皇国の軍事基地を映した写真なのだが、明らかに異様な翼をした飛竜が偶然にも映っていた。

 

「…こちらが私の言っている兵器でございます。写真をご覧の通り、海上でもない陸地に戦列艦らしき軍艦が並んでいるのが分かるかと思います。更にこれを、この写真に映っているのは至って普通の基地です。ただぼやけていて分かりにくいですが、ここにある飛竜の翼は異形な姿をしてるのが見えています。恐らくこのような形は今まで前例のないタイプではないでしょうか。」

 

ローヴェイクやオーソンはそれらの写真をまるで子供のようにとても興味深そうに見ていた。陸地にある戦列艦のような軍艦に、改造の結果生まれた異形な翼をした飛竜。どれもが彼らの常識にそぐわないものだらけだった。

 

「…なあアルシュト、ちょっと確認するが、これってちゃんとバーネング皇国で偵察機が撮影をしたやつなんだよな?」

 

「あ…当たり前ですよ。だとしたら一体何処の軍だって言うんですか…?」

 

「いや、すまない。あまりにも信じられん写真をいきなり見せられたもんでな、ハッハッハ…」

 

ローヴェイクはコーヒーを一呑みすると、机にあるその中から一枚写真を取り、じっくりと眺める。

 

(バーネングの奴等め…我々が戦争をあまり仕掛けて来ないのを良いことに次々と生物兵器を生み出してやがるな…。二流の領土と国力のくせして何が列強だ…生物学が他より進んでいるのが一番の取り柄ぐらいじゃないか…ったく。)

 

そう考え込んでいると、ローヴェイク大統領は何かアイデアを思い付いたのか手に持っている写真を机にすぐに置いた。そして不気味な笑みを浮かべながらアルシュト軍需大臣に呟く。

 

「なぁアルシュト…そういえば例の『新型兵器実験計画』はどれくらい進んでおったか覚えてるか…?」

 

「あの『スーデンクス計画』でしょうか?確か…兵器本体はもう既に完成していた気がしますね…。ですが何故今それを?」

 

「その計画についてなんだがな…」

 

「…?」

 

「『スーデンクス計画』の実験日を12月12日から11月30日に早めてくれないか?」

 

ローヴェイク大統領のこの提案にオーソンやアルシュトは思わずギョッとする。

 

「そ、それは無茶ですよ!確かに兵器本体は完成しています。ですが実験施設はまだ整っていないんですよ!?それにこの実験は下手すれば他の列強を刺激させてしまう可能性が──」

 

「では何だ?我々はあんな邪魔くさい二流国家なんかに対して平和に共存していこうとでも言いたいのか?」

 

「いや、そういう訳では…」

 

「アルシュト、君の気持ちは分かる。確かにこの実験は下手すれば他の列強も真似して似たような兵器を作り出す可能性も高い。だがな、他の列強どもは我々の力を多少なりとも見くびってるかもしれない。つまりこれは、バーネング含め他の列強に対する()()()()でやるんだ。分かったな?」

 

「りょ、了解です…。」

 

「…あとオーソン、君にも少し頼みたい事がある。」

 

「はい、何でしょうか?」

 

するとローヴェイク大統領はデスクに置いてあった文書をオーソンの前に持ってきた。その文書には、バーネング皇国とフォーランツ連邦国境にある三大湖周辺に膨大な資源が埋まっているという事が書かれていた。

 

だが実際に本当に膨大な資源が埋まっている訳ではなく、バーネング皇国を平和的に破滅に導く為の偽装工作された文書なのである。

 

「この偽装工作された文書を次なるバーネングとの会談の際に話題に上げてみてはどうかね?なに、奴等は生物兵器の開発のせいでどうせ資金難だ。ちょっと甘い手口さえ出せばすぐに食い付く。」

 

「わ…分かりました。ですがこの数値でいいんですか?」

 

「何度も言わせないでくれ、心配する事はない。」

 

「は、ハッ!」

 



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第15話 強引過ぎるソビエトへの渡航

最近小説のネタが不足してる…。

ていうか文字数少なすぎる…。


ーー11月27日 午後1時20分頃 西の大陸『ティルフィス』 リルヴァイン連合王国 首都アジェントリー

 

異世界にある超大陸『ノージア』が東側に位置しているのに対し、西側にはノージア大陸より一回り小さめの大陸『ティルフィス』と呼ばれる大陸が存在していた。

 

このティルフィス大陸から北東に少し離れた場所にある海域では、大小異なる二つの島が存在していた。

 

一つ目は『ファールバルカ』という名前のグレートブリテン島ぐらいのサイズの島、二つ目は『イスニラ』島と呼ばれるファールバルカ島のおよそ半分ぐらいの大きさの島があった。

 

今説明をしたこの二つの島の全域が、リルヴァイン連合王国の領土である。

 

リルヴァイン連合王国は領土のほとんどが二つの島を中心としている島国で、国が高緯度に位置していることから寒そうな国かというとそうでもなく、島の周辺を流れている暖かい海流のおかげで冬でも周囲に比べ快適に過ごせる国である。

 

そんな連合王国の首都アジェントリーは、川の河口域に位置している港湾都市で、数多くの商船や客船が河口域を行き交いしており、政治や海運の中心として永らく栄えてきた。

 

市街地ではヨーロッパ風の建物が立ち並び、通りでは車の他、二階建てのバスや路面電車、それに馬車までもが通りを走っており、これほど活気溢れた都市はまさしく典型的な列強国の市街地とも言える。

 

しかし、リルヴァイン連合王国の強みが分かる場所はさっき説明した市街地ではなく、沿岸にある別の『港』にあり、そこを初めて訪れた者は誰もが驚愕する。

 

ここアジェントリーにある別の港には『信じられないほどの数の戦艦がここに停泊している』のだ。

 

だからといってこの地域だけに連合王国海軍の軍艦が集中して停泊している訳ではない。港を見てみると分かるが、新しい艦船を建造させるための海軍専用のドックが3つある。そのうち現在建造されている軍艦は2隻もあり、それらを収用するための泊地が足りないため、造られた年代が古い艦船順に別の港へと移送する作業が時々行われているのだ。

 

軍艦がかなり集まっている場所は港だけではなかった。アジェントリーから数百キロ離れた場所にある海域では、大小様々な軍艦が軍事訓練を月に一回行っており、浮かべられた廃棄する軍艦を標的に砲弾や魚雷で攻撃の訓練をしていた。

 

リルヴァイン連合王国が七大列強の一角に成り得た理由はこのありふれた『海軍力』なのである。

 

ーー王宮内 外務大臣執務室

 

沿岸部に位置し連合王国海軍の戦艦が並ぶ港の景色を一望出来る場所に国王が住まう王宮が位置している。

 

門にそびえ立つ大ドームが特徴的なここの王宮は二重帝国のように特別に緑に囲まれておらず、上空から見ると建物は長方形に見えており、まるでベルリン王宮に近いような配置をしていた。

 

王宮内では国王の他に首相以外のほとんどの大臣がここで仕事を行っており、万が一の際には首相からの電話がすぐに入るように専用電話が各大臣の部屋に設置されている。

 

数時間前ぐらいに会談から本国に帰国した外務大臣ジョルイルがいる外務大臣執務室では、レコードに流れているクラシック音楽を聴きながら遅い昼食を優雅に摂っていた。

 

「…ふむ、やっぱり我が国の軍艦が並ぶこの壮観な景色を見ながらの食事は、いつ見ても飽きないものだな…。」

 

景色をしばらく眺めた後ジョルイルは食事を一旦止めて、近くにある本を手に取り読み始めた。彼は食事の合間に本や手紙を読んだりするという変わった癖を持っている。

 

ジリリリリッ‼︎ ジリリリリッ‼︎

 

静かに読書をしている最中、突然鳴り出す電話のベルに驚いたジョルイルは慌て本を盛り付けされている皿に落としてしまう。そして盛り付けされた具材はそのまま散らばってしまい、机や床が汚れてしまった。

 

「ああクソッ…またやらしかしてしまったなぁ…。まあいいや。」

 

周囲に散らばってしまった汚れを気にもせずジョルイルは電話がある壁へと向かい、受話器を手に取る。

 

「は、はいこちらジョルイルです!」

 

《やぁジョルイル外務大臣、私だ。》

 

「ああ…これはこれは、アータートン首相でございましたか。失礼致しました…。」

 

《なに、別に気になんかしていないさ。君の場合電話に出る前は大体何かしらの事故が起こっているのだからな。》

 

「…何故それを知っておられるのですか?」

 

《当たり前じゃないかジョルイル。君が今も仕事をしている王宮には何百人の執事やメイドがいるんだぞ?君がやらかした事故が何百人もいる執事やメイドにも分かって当然の事だ。》

 

「まあそうですね…。やっぱ疲れるなぁこいつ…。」

 

《今何か言ったかジョルイル?》

 

「い、いえなんでもございません!」

 

《ああそうかい。ならこっちから要件を伝える。》

 

「は、はい。」

 

《といっても新興国ソビエト連邦についてなんだがな…今主要亜人国家や一部文明圏外国家の使節団とやらがソビエト連邦に向かっているという情報は君も知ってるだろ?…多分だがあの使節団は一週間経てばソビエトに到着するだろう。だからだな、そいつらがソビエトに到着するまでに君が行ってさぁ…国交結びに行ってくれないかね?》

 

「は、ハハ…アータートン首相は随分と難しめな事を簡単に言えますね。…まぁ亜人国家が来た後に来てしまうとソビエトに対する亜人国家の印象が悪くなるかもしれないですし、早めにやっておいた方が良いかもですね。」

 

《まぁ問題はそれだけじゃないんだがな…。》

 

「え?」

 

《バーネングの奴等がソビエト連邦を自国の傀儡国家にしようと早速動き出したやがった…彼の国の港には貴族専用の船の他に、奴等お得意の改造飛竜とやらを載せた軍艦が集結してるらしく、今に出航してもおかしくないそうだ。狙いは完全にソビエト連邦が持っているあの『軍事力』だ…もしソビエト連邦があんな奴等なんかに兵器を差し出したりなんかしたら、色々と面倒くさい事になるかもしれないぞ…。》

 

「そうなんですか…?まあ軍事力が我々七大列強に比べたら桁違いなのは分かりますけど…いくらあのソビエト連邦でも、流石にあのバーネングが喜んで使いそうな武器や兵器はあるはずが──」

 

《ジョルイル、話してる途中すまないが今さっき文明圏外にある植民地に向けて航行中の艦隊からとんでもない知らせが入ってきたぞ。聞きたいか?》

 

「良いですけど、突然何なんですか一体?」

 

《とにかく見たこともないデカイきのこのような雲が見えたと言っているそうだ。聞いてみれば、その雲が見えた方角は北辺りだそうだ。これはひょっとしたら軍事大国ソビエト連邦が持つ兵器の一種なのかもしれない。》

 

「…まぁ最近ソビエトが北にある文明圏外国家の一つを制圧しては自国の領土にしたぐらいですから、その可能性もあり得るのでは?だとすれば…連中が狙ってくるのも無理はないか…。」

 

《まあ何がともあれ、今も謎が多き国ソビエトの事だ、あんな兵器を持ってるか否かは直接ソビエトに足を運んでみないと分からないだろうな…。だが、もしさっき話したきのこ雲に似たような兵器を開発出来るほどの技術力をソビエトが持っているのだとしたら、我々よりもかなり先進的な軍隊を持っているだろうし、兵士が持つ個々の武器も違ってくるだろう。》

 

「そうですね…ええ。」

 

《今もバーネングは途方もないぐらいの軍備拡張をしている。奴等にとってソビエトは我々がまだ到達していない未知なる技術が詰まっている宝の山だ。もしバーネングが奴等にとって都合の良い技術を手に入れたら、その技術を他の列強と張り合うための軍備拡張に注ぎ込むのがいつもの流れだ。だから出回って欲しくないのだよ。》

 

「はぁ…バーネングって名前を聞く度に毎回思いますが、いい加減バーネングも無理して張り合うのはやめて欲しいという一言に尽きますよ。」

 

《君だけじゃない、バーネングやエルナヴィア以外の列強全部がそう思ってる。》

 

少し間が空いてアータートン首相の声が入ってくる。

 

《おっと、いつのまにか話が逸れてしまったな。一旦戻すぞ…つまりだ、あのバーネングや亜人国家や一部文明圏外国家の使節団がソビエトに訪れるまでに直接向かって欲しいのだよ。場所は現在ソビエトの都市となっている首都グラスティンだ。移動手段はもちろん戦闘機だが、とりあえず技術漏洩を防ぐために旧式のやつで行ってもらう。心配は要らない、あそこへは半日ぐらいで到着する。》

 

「あの…もしかしてそれって今行ってこいという事ですか?」

 

《ああ、それ以外に何があると言うんだ。》

 

「ちょっと待って下さい!いくらなんでも早すぎないですか?今日って!」

 

《文句があるのなら君を外務大臣の座から降ろさせる事も考えるが…。》

 

「はぁ…分かりました、今日行きます。」

 

《じゃあ頼んだぞ。》

 

すると部屋へ複数のメイドが渡航に必要な道具が入ったバッグを持ってきた。

 

「ジョルイル様、アータートン首相からの通達で持って参りました。」

 

「はいはい、いつもありがとうな。」

 

メイドが部屋から出ると、ジョルイルは椅子に座ると同時に深い溜め息を吐いた。あの重苦しい雰囲気の七大列強国会談から帰国してまだしばらく経っていない内にまた出国する事になるとは思いもしなかった。しかも次に向かう場所が謎が多い国『ソビエト連邦』へと。

 

アータートン首相による強引な依頼の結果、ジョルイル外務大臣は連合王国に帰国して数時間も満たない内にソビエト連邦に向かう事になった。彼は急いで近くの飛行場へと向かい、政府に用意されてあった旧式の複座戦闘機へと乗り込み、ソビエト連邦へと飛び立って行った。

 



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第16話 電撃訪問!

ーー11月27日 午後7時10分頃 アルテガ・ソビエト社会主義共和国 ピオネールスカヤ

 

あのアルテガシア王国がソビエト連邦を構成する共和国の一つとなってから数日が経過しており、更に旧アルテガシア王国の王都だったグラスティンは名前が変更され、異世界への開拓の意を込めてピオネールスカヤという名前になっていた。

 

アルテガシア王国が統治していた頃に比べると多少だが都市の規模が拡大していたが、その分ソビエトによる社会主義化も進んでいた。市街地にある広場の中心にはレーニン像が建てられ、住宅密集地から少し離れた場所では、社会主義国家となった国ではよくある集合住宅の建設が始まっていた。

 

おまけに道路も車一台分が通れるぐらいに拡張し、石畳だった道路の一部はアスファルトに舗装され、そして王城があった場所は新しい広場となってそこに中央掲示板が建てられた。

 

中央掲示板には求人情報やピオネールスカヤに住まう人々への連絡事項等の紙が貼られていたが、その中でも特に異世界の人々を注目させていたのは社会主義国家ではお決まりの『プロパガンダ』である。

 

『国営製鉄所が異世界の地で開業!ドワーフや屈強な精神の持ち主を求む!』

 

『平和と社会主義の番につけ!』

 

『我々は諸国を平和的な対話に招くが、挑発には断じて対抗する。』

 

アルテガシア王国の統治時代は迫害を受けていた亜人族であったが、戦後すぐにソビエト連邦がアルテガシア王国をソビエト共和国として編入した結果、亜人族もソビエト国民の一人という扱いになり、学校や様々な仕事をするのも許された。

 

時折ピオネールスカヤにある富を目掛けて盗賊や海賊が出没してくる事もあるが、街を防衛しているソビエト連邦軍異世界人部隊や、KGB主導の国境軍によって街の平和は守られていた。

 

更にソビエト連邦はピオネールスカヤ周辺の立地の良さから元々飛竜がいた飛行場は空軍基地に改造するべく、長い滑走路や格納庫の建設も始まっていたりと大変忙しい雰囲気だった。

 

「久々に来てみたんだが、戦時中に来た時よりも街が発展しているな~。そう思わないか?」

 

「ああ、確かに前よりかはだいぶ発展しているな…。」

 

ピオネールスカヤのパトロールに当たっていたとあるソ連兵の二人は、建物の建設や道を行き交う馬車やソビエトの軍事車両を見ながら会話をしていた。

 

会話をしている最中、別の国からここに来たのかは分からないが、商人達の会話がすれ違い様に聞こえた。

 

「亜人族なんぞ、とっとと追い出しゃいいのによ全く!」

 

商人達が通り過ぎると、一人のソ連兵が聞こえないように会話をし出す。

 

「…相変わらずここの世界は亜人族を嫌う人間がいっぱいだな。」

 

「そりゃそうだ、人間は必ず何か差別をしたくなる生物だ。俺らが前いた世界でも似たような事があったじゃないか、黒人差別とかな。結局どこの世界に行こうが、差別意識はどこも変わらないのが当たり前だ。そんなもん何百年何千年経ったって変わりはしない。」

 

「そうだなぁ…ん?」

 

ふと仮設の病院の方へと目を向けると、病院の入り口辺りから丁度入院していた患者が退院してきた所だった。

 

ハーフエルフの女性と男性が楽しげに会話をしているが、女性の腕には生後間もない赤ん坊が抱えられていた。

 

「こりゃタイミングがかなり良いな。」

 

「ははは、ああいうのを見ると俺らが国民をしっかり守らないとなって改めて思わされるよ。」

 

「ああ、さぁてこれで今日もパトロールは終わ……お?」

 

ウゥゥ〜〜〜〜〜〜〜〜!!

 

突如街全体に鳴り響き出すサイレン。それを耳にした外を出歩いていた人々は急いで近くの建物へと避難し、戦車や装甲兵員輸送車(APC)といった装甲車両の車列に、周辺の警備に当たっていた異世界人部隊は急ピッチで持ち場へと移動をする。

 

《こちらアルテガ軍管区司令部。全部隊に緊急連絡!ただいまレーダー上に飛行物体がここピオネールスカヤに向けて近づいている。国籍は不明。各部隊はいつ攻撃されてもいいよう直ちに持ち場につけ。それから仮設飛行場にいる稼働できる戦闘機部隊は即急にスクランブル発進し、国籍が判明次第強制着陸せしめよ!》

 

「はぁ…また国籍不明の軍が来ちまったよ。」

 

「ま、面倒な事にならないといいがな…。」

 

 

ーーアルテガ・ソビエト社会主義共和国から南東約500km地点

 

月光が暗い海を淡く照らす中、上空を時速340kmで飛行する迷彩柄をした一つの細長い機体があった。連合王国の旧式複座戦闘機の『ウィラ』である。

 

武装は7.7mm機関銃2門だが、後部機銃があるため後ろにつかれても反撃ができ、更に230kg爆弾を2個も積める。

 

ちなみに連合王国では戦闘機を名付ける際には特有の固有名詞で決められる事が多い。

 

「あと3分の1ぐらいの距離ですよー!」

 

「はい!?何て?」

 

「あとですねー!3分の1ぐらいで!到着しますよー!」

 

「分かりました!!」

 

空を駆け抜ける風の音とプロペラエンジンの爆音で互いが話す言葉が上手く聞き取れない。

 

「ハァー本当に上手くいくのかこれ…?もしあのソビエトが予想通りの軍事大国だったら私はどうすればいいんだ全く…。」

 

ジョルイルは不安で仕方なかった。何しろちゃんとした下準備もされないまま、アータートン首相のせいで半ば強引に行かされたからだ。その行き先が未だに誰も足を踏み入れた事のない国ソビエト連邦だなんて。今でもジョルイルの表情は暗い…途方もないプレッシャーが彼を更に緊張させる。

 

そんなジョルイルの様子を高い高度から察知されないように確認をしているのは、可変翼戦闘機のMiG-23の群れだ。

 

《こちらプラーミャ1、目標の飛行物体を確認した。外見はレシプロ戦闘機だと思われる。年代は第二次世界大戦時かそれ以前の機体をしているな…。》

 

《おいおい、異世界でも俺らみたいな航空機が存在するのかよ。てっきり空はどこもドラゴンみたいなのだけだと思ってたぜ。》

 

《プラーミャ3、まだ任務は終わっていないぞ。君らにはこの後国籍不明機に対して領空侵犯措置を行ってもらう。応じなければ撃墜して構わないが、民間機だった場合原則攻撃は禁止だ。》

 

()()()()()()

 

そう言うとMiG-23の群れは急降下し、ジョルイルが乗る戦闘機と同じ高度ぐらいまで下げた後、ジョルイルが乗る戦闘機と同じ速度まで下げ始める。

 

 

同じ頃、ジョルイルは不安や緊張を解すため外を見ながら自分を落ち着かせていた。

 

「綺麗だなぁー…」

 

そう呟いていると、いきなりパイロットからの大声が聞こえてジョルイルはびっくりする。

 

「…ジョルイルさん!後ろを見て!」

 

「…ん?わっ!?な、何なんだあれは!速すぎるッ…!」

 

突如後ろに現れた謎の飛行機およそ4機がジョルイルの乗る戦闘機に急接近してきた。数秒後MiG-23戦闘機およそ4機はジョルイルの戦闘機と並行しながら飛行する。

 

「ジョルイルさん、機体を…!」

 

ジョルイルは並行しながら飛行している機体に目を向ける。その機体は明らかに他の国にはない洗練されたフォルムをしており、尾翼には社会主義国家の象徴の『赤い星』が描かれていた。

 

「あの赤い星をした国籍マークは見たことがありません!しかもあんな翼はどこにもありません!あれは間違いなく噂のソビエト軍です!」

 

すると航空無線からノイズと共に何かの声が聞こえてきた。MiG-23からの警告だ。

 

《…ああ…らは…ビエト…空…だ。警…貴機はソ…ト領空を侵犯し…る。》

 

「やはりあの飛行機はソビエト連邦のやつみたいだな…。」

 

パイロットは所々邪魔になるノイズを無くすために周波数を調整し始める。そして少しの間いじっているとはっきりと聞こえる周波数へと被った。

 

《こちらはソビエト連邦空軍だ。そこの国籍不明機に警告する、貴機はソビエト連邦の領空を侵犯している。速やかに領空から退去せよ。繰り返す…》

 

するとジョルイルはパイロットの持っている航空無線に向かって話し始めた。パイロットはそれを止めさせようとしたが、下手して墜落したら元も子もないので操縦に集中する。

 

「こちらはリルヴァイン連合王国空軍の戦闘機。ソビエト連邦空軍の皆様、領空を勝手に侵犯してしまって申し訳ない。戦闘機に乗っているが、ソビエト連邦の国土を攻撃するつもりはないし、貴方らを攻撃する意思はない。だから攻撃はしないでくれ!」

 

 

領空侵犯措置をしていたソ連空軍はジョルイルの発言に困惑しており、仲間同士でどう対応するか会話をしていた。

 

《こちらプラーミャ3。連合王国空軍の戦闘機様、攻撃するつもりはないってさ。》

 

《こちら司令、国籍不明機の所属がどこかは分かった…だが目的が何なのかどうかはさておき、そいつを基地に強制着陸させる事に変わりはない。翼を振ってこちらの指示に従えとその戦闘機に伝えろ。》

 

《プラーミャ3、了解!…ああ連合王国空軍機に告ぐ、今から我々の所属する基地へと案内をする。こちらの指示に従ってもらいたい。》

 

そう伝えるとプラーミャ3は機体の翼を左右に少し振り、『我々に続け』と指示を見せる。

 

《わ、分かりました、従います…。》

 

こうしてジョルイルの乗る戦闘機はピオネールスカヤ付近にある仮設空軍基地に向かう事になった。

 

 

「あのソビエト連邦の飛行機…いったいどうやって飛んでいるんだ!?プロペラの類いみたいなのは一切見当たらなかったぞ!」

 

「ええ。それもそのはず、外から聞こえてくるのは明らかにプロペラじゃ出せない音ですよ。もしかしてこの音…フォーランツ連邦の戦闘機から出るエンジンに似たような音がしますよ!」

 

「それは確かなのか…?だとすれば、ソビエト連邦はフォーランツと同じかそれ以上の文明を築いている国家という事になるな…ああ神様、私はこんな軍事大国ソビエト連邦に押し込み外交をやって良いものだろうか…。」

 

ジョルイルとパイロットは驚きのあまり今起きている事が理解出来ていなかった。ソビエト連邦は文明圏外国家との戦争をたった数日で終わらせた事のあるそれなりの軍事大国だとは聞いていたが、彼らの予想を遥かに上回るレベルの兵器や文明力に列強国出身の彼らでさえ頭が追い付いていけなかった。

 

「あれと似たような兵器をソビエト連邦が何機所有しているのかはこの時点では分からない。ただあれだけの先進的な技術力を持っている国だ、陸も海も空に比べて貧弱なはずは多分ないだろう。私でも分かる…いくらバーネングのような列強でもこの国を一度でも敵に回してしまえば、負けてしまうのは確実に敵に回した側なのだと…。」

 

「ジョルイルさん、その話はやめてくださいよ…。こっちまで寒気がしてきます…。」

 

パイロットはそう言いながらもソ連空軍のMiG-23戦闘機に後ろからついていき、数分後にはピオネールスカヤ上空に差し掛かっていた。

 

そしてこの後、ジョルイルやパイロットは異世界人としては初めてソビエト連邦本土へと降り立つ事になる。



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第17話 緊急会談

ーー午後7時20分頃 ピオネールスカヤ付近 ソ連軍仮設空軍基地 滑走路付近

 

《各員、まもなく異世界からの客人がこちらに着陸をしてくる。情報によれば単翼機を開発出来るほどの技術力を持った国が来るそうだ。現在格納庫から出ている航空機は異世界への技術漏洩を防ぐため速やかに格納庫へと収納し、万が一の事態に備えて最低限の武装をするように!》

 

仮設空軍基地にあるスタッフ達は管制塔からの指示にしたがい、総動員で格納庫から出ている戦闘機をトーイングトラクターなどを使い急いで格納庫への収納を始めたのと同時に、滑走路前には旧式のT-55戦車やソ連兵が基地に攻撃をしてきた時に備えて装填済み状態で待機していた。

 

そして全ての戦闘機の格納庫への収納が終わってから数分後、遠くから5つの機影が滑走路に近づいてきた。真ん中には連合王国空軍の戦闘機『ウィラ』が見える。

 

《こちらプラーミャ3、滑走路への着陸を許可してくれないか?》

 

《プラーミャ隊へこちら管制塔、滑走路のコンディションクリア、滑走路への着陸を許可する。》

 

そしてプラーミャ隊とウィラは滑走路へと着陸をする。まずMiG-23戦闘機4機が先に滑走路に着陸をし、それに続くようにウィラも遅れて滑走路へと着陸をした。

 

着陸をして数分後、ウィラのコクピットから二人の男性が顔を見せる。一人は明らかに戦闘機のパイロットの服装をしていたが、もう一人は操縦士とは程遠い格好をしており、ソ連兵達はこの人間が一体誰なのかと謎めいていた。

 

(ついに来てしまったな…あのカーキ色をした軍服にヘルメットをまとっている人間全員が、ソビエト連邦の兵士なのか?…彼らが手にしているのは…形も色も自分達のとはだいぶ違った構造をしているが、アレは間違いなく銃だ!ソビエトは自国で銃を造れる技術を持っている!)

 

さらにジョルイルは周りに目を向けると、T-55戦車を見てさらに驚愕する。

 

(え?ちょっと待て…ソビエトは戦車も造れるのか!?しかもかなり多いぞ!ソビエトはもしや陸軍大国じゃないのか…?)

 

「あなた方はどこの大陸から来てどういった目的でここソビエトへ来たのですか?」

 

一人のソ連軍の将校がジョルイル達に質問を投げ掛ける。ジョルイルはハッと我に帰ると、動揺しながら将校に答える。

 

「え、えっと…ですね…。えぇ…わ、私はリルヴァイン連合王国の…が、外務ぅ…大臣の、ジョ…ジョルイル…ダルセンと言います…。」

 

「そうですか…ではその隣にいる貴方は?」

 

「わ、私はリルヴァイン連合王国空軍所属パイロットのテューリ・エルギです!ど、どうか我々に向けて攻撃をしないで下さい!」

 

将校を含む一部のソ連兵達はコソコソと話し合いをしていたが、それでも相変わらず警戒を解かずにジョルイル達に鋭い眼差しを向けていた。

 

ジョルイル達は下手をすればいつ攻撃をされてもおかしくない状況に立たされており、冷や汗が滝のように流れている。すると…

 

「すいませんが、この事を上層部にお伝えしないといけませんので、この場で少々お待ちいただけないでしょうか。」

 

「わ、分かりました…。」

 

「ご理解頂きありがとうございます…。」

 

そう言うと将校らは急ぎ足で基地本部へと向かっていった。

 

 

ーー同時刻 ソビエト連邦異世界統治局

 

ジリリリリリ…ジリリリリリ

 

電話のベルが鳴り出し、受話器をすぐに手に取るスーツ姿の一人の男性。

 

「はい、こちらグロムイコ外務大臣。」

 

《これはこれは同志グロムイコ殿、この時間帯にお呼び出しをしてしまい申し訳ございません。》

 

「まあ気にするな。それよりも電話から出るのがこの声ってことは…さてはまたなのか?」

 

《はい、また出てきましたよ…。今度はレシプロ戦闘機に乗って来ました。》

 

グロムイコは舌打ちをする。

 

「チッ、ったく…戦争が終わったらすぐにこれだ、一体これで何回目なんだよ全く…。まあいい、せっかくわざわざ遠くから来たんだ、そちらに来てやろう。」

 

《毎回ありがとうございます!》

 

「ああ、もう少ししたら到着するからしばらく待っていてくれ、それじゃ。」

 

そう言うとグロムイコは受話器を置き、愚痴を吐きつつも車でジョルイル達のいる基地へと向かった。

 

 

ーーソ連軍仮設空軍基地 基地本部

 

基地本部内にある専用の特別な部屋にあるソファにジョルイルとテューリはいた。差し出された水を手に取って飲もうとするが、手が震えていて上手く口まで運ぶことが出来ない。なぜなら彼らの周りには銃を持ったソ連兵がたくさんいるからだ。

 

(な…何か分からないが、とりあえずソビエトの外務担当との接触が出来そうだな…さて、ここからだ…ここから…。)

 

(俺は…ただの空軍パイロットだぞ…外交官でもなんでもないのに…な、何で俺までもがこの場所に連れてこられたんだ…?もしやソビエトの人々は俺を外務大臣の『補佐官』か何かと勘違いされている…?ちゃんと自己紹介したはずなのに…。)

 

「どうかしましたか?顔色が悪いですが…?」

 

近くにいた兵士の一人がずっと無口で手が震えているジョルイル達を心配する。

 

「い、いえ。だ、大丈夫ですよ!はい…。」

 

「おっと、これは失礼しました。」

 

すると、近くにあるドアからノックが軽く鳴り出す。それに気付いたソ連兵はドアに移動し、そのドアを開けた。

 

ガチャッ

 

「どうもお待たせしました。私はソビエト連邦外務大臣のアンドレイ・グロムイコと申します。遠路はるばる良くおいでくださいました。」

 

ドアから姿を見せたのは、ジョルイル達が想像していたよりもずっと清潔な印象を受ける年配の男性だった。

 

キッチリと整った黒スーツ姿で登場したグロムイコ外務大臣を見ていたジョルイル達はハッとなった。

 

(ヤバい…こんな乱れた格好じゃあ何言われてもおかしくない…)

 

「それがリルヴァイン連合王国の正装なのでしょうか?」

 

「あ、いやぁこれは、あの…その…。」

 

「あ、言わなくても別に結構です。私はこの世界に転移して以来様々な国々の正装や礼儀等を体験してきましたので、変に気を遣わなくても大丈夫ですからご心配なく。」

 

「は、はい…。」

 

ジョルイルは訂正出来なかった。あまりの緊張と動揺で服装を上手く説明が出来そうにもなく、さらに今着ているこの服がそもそも正装ではないとでも言ってしまった暁にはなんと無礼な国な事かと思われるに違いない。

 

「それで…なぜあなた方はここソビエト連邦へとおいでになさったんですか?」

 

「あ!はい!えっとですね…我々リルヴァイン連合王国とソビエト連邦との友好関係を築くために、国交を結びに参りました!突如として何の予告も無しの来訪と無礼極まりない行為はこちらも承知の上です!今すぐでなくとも、その礎を築くための一歩として今回の会談で実現したいと思います!」

 

「ほぅ…国交ですかぁ…。」

 

グロムイコの顔はすぐに厳しくなる。それを見たジョルイルはドキッとする。無理もないだろう。何の予告も無しに勝手に領空侵犯をしておき、なおかつ戦闘機で領空侵犯をするというソ連側からすれば極めて不愉快な事をしておいて国交を結ぼうなど…そんな国と国交締結する国は一体何処にあるのだろうか。ジョルイルは半ば諦めた気持ちで、これからソビエト連邦が自国に対する批判や抗議を覚悟しながら対処法を考える。

 

「我々ソビエトと貴国によるお互いの発展を願い、そのために危険を顧みずここへと…実に素晴らしいですね…ただ運良く我々の空軍が貴方達が乗ってきた戦闘機を撃墜しなかった事がせめてもの幸いでしょうね。ですが国交を結びたいというあなた方の要請を信用する事は、残念ですが出来ませんね。実は我々ソビエトはこの大陸以外の国から来た人間が国交を結びたいと言ってきたのは貴国も含め3ヶ国目なんですよ。」

 

(ま、まさかエルナヴィア共和国とバーネングが!?いや、あの国とこことの距離はかなり遠いから有り得ないはず…。だとすればロストーラ大帝国なのか…?あの秘匿主義な国家がまさかもうここまで到達しているとでも…?)

 

思っていたよりも批判や抗議の言葉が無かったことに意外に思っていたが、それよりも気になったのが、ジョルイル達よりも先にソビエトにコンタクトしに来た国が2ヶ国もいたという事実だ。

 

もしジョルイルが考えている最悪のシナリオ通りのパターンになってしまえばかなりマズイ事になる。

 

「その2ヶ国が確か…『ビルシュ王国』と『ツァスタ帝国』という名前の国でしたね…この2ヶ国は一時的でしたが、ここピオネールスカヤを通じて我々と国交締結する為の準備をしていました。」

 

「そ、そうだったのでしたか…。」

(ふぅ良かった…まだ来てなかったのか…。)

 

ジョルイルはエルナヴィアやバーネング、それにロストーラがここまで動き出していない事に少し安堵した。しかし、ソビエト連邦が他国との国交をなぜこれほど拒むのはどうしてか疑問に思った。

 

確かにさっきの2ヶ国は文明圏外国家なのだが、ソビエトのような軍事大国ならそんな国を余裕で蹴散らせる事なんて朝飯前なはずだ。

 

「最初は我々も前向きに検討していたのですよ。ですがね…その準備期間中にある事が発覚したんですよ。両国から来た派遣隊がピオネールスカヤの住民を拉致したのです。幸いその人達は拉致されずに済みましたが、国の使者という立場を使った堂々とした愚行…後の調べで、両国の犯人は共通して国からの指示で行動していた事が判明したんです。」

 

「えっ!?」

 

「その人達の話によれば、どうやらここは多種多様な亜人族が混在しているようでしてね…高価な商品がピオネールスカヤに集まってるからその『商品』を国を挙げて売りさばけばかなりの富を得られる、ソビエトには富を山分けすれば黙って了承するだろうという事でしたよ…その国の連中は馬鹿だと思いません?」

 

「まぁ…。」

 

奴隷売買を主な生業とする国は少なくない事をジョルイルは知っていたが、このような陰湿なやり方をすればどんな国でも国交を断絶したくなる気持ちは当然だと思った。

 

「無論、その2ヶ国との国交締結は白紙になり、断絶を一方的にしつこく突き付けましたよ。まぁ連中もかなり焦ってましたからねぇ…数日後にはまたその連中が血相変えてやって来て、『その犯人達は奴隷にして構わない、だが国交の断絶はやめて欲しい。』ですって、冗談じゃないですよ。我々の国民を拉致しようと計画した国が何を偉そうな口を叩くんだと…連中はすぐに追放させましたね。」

 

この時ジョルイルは気付いた、生半可なやり方ではソビエト連邦はまともに国交を締結しようとはしない…そう思ったジョルイルは、いっそのこと全部をさらけ出すつもりで話す事に決めた。

 

「…ではこちらは包み隠さずに話していこうと思います。我が国が貴国と国交を結びたい理由は…『この世界の破滅を止める』ためで、貴国と国交、願わくば同盟を結びたい所存です。」

 

「『この世界の破滅』…ですか?」

 

グロムイコはその言葉から大体どういったものなのかを十分に理解していた。なんせ冷戦という核戦争が起きて人類滅亡するのもおかしくない時代に、ソビエトはアメリカと核競争を繰り広げつつもその脅威を感じていたのだから分かって当然だ。

 

「貴国が知っているかどうかは分かりませんが、今の七大列強国は一部列強の影響で均衛が崩壊しつつある状態なんです。もし下手をすれば『世界大戦』が勃発します。」

 

この言葉にグロムイコはやっぱりかと言わんばかりにジョルイルの話す事に頷いていた。

 

「『世界大戦』が起きれば、世界中で大勢の人々が戦火に巻き込まれて死んでしまいます。勝つためには味方…というよりかは『手駒』を増やして他の列強国に対して牽制し合っているのです。まぁそれ自体は元からあったのですが、近年は特に緊張が高まっているのです…。」

 

「…何故そのような事態に?」

 

「それは…七大列強国の一角であるフォーランツ連邦で『新型の大量破壊兵器が開発されている』という情報が出てきたからなんです。確証はありませんが…前々からフォーランツ連邦は前の戦争以来少しずつですが軍備拡張をやっているとの報告はありましたから…。」

 

「大量破壊兵器…!」

(それってもしかしてこの世界にも核を持ってる国があるとでも言うのか…?)

 

グロムイコは大量破壊兵器を異世界の列強が所有しているという噂に少し驚いており、異世界でもまたもや面倒くさい冷戦が始まるのかと呆れていた。

 

「この事は前回の七大列強国会談で話題に上がりました。それを議長がフォーランツ連邦に、これに何か弁明はありますかと聞いたんです。するとフォーランツ連邦は『貴方達のご想像にお任せします。ですが、もし我が国に何かしらの措置を与えるとでもいうのなら…その時は容赦しませんよ。』って答えたんです。」

 

「…フォーランツ連邦か。」

 

「これ以降、毎年必ず行われるはずだった七大列強国会談は今年に来るまでおよそ4年間も会談は行われませんでした。理由は様々ですが、主な理由としてはフォーランツ連邦が何かしでかさないかを軍事を中心にマークしていて、それどころじゃ無かった…という訳です。」

 

「そうなんですか…ですが何故今年になってその会談を催したんですか?今更過ぎません?」

 

「それなんですけど…なんとフォーランツ連邦が会談を提案し出したんですよ。『そろそろいがみ合いはやめて平和と融和の時代を築こうじゃないか』…と。」

 

「なんかその言葉には何かしら裏があってもおかしくなさそうですね…。」

 

「ええ、きっとフォーランツ連邦はそう言っておきながら何かしらの極秘計画を進めているのでしょう…それしか考えられません。」

 

「…なるほど、つまり貴方が我が国へと来た理由は、我が国を貴国の傘下に入れる為なのですね?」

 

「…いや、違います。我々は貴方達ソビエト連邦に七大列強の『一角』になってもらいたいと思い来たのです。」

 

グロムイコはこれまたとんでもない回答だとギョッとするが、平然を装い話を続ける。

 

「それは驚きましたな…しかし、もし仮に我々が列強に入ったとすればその時点で七大列強の意味は成さないのでは?」

 

「ご心配無用、現状は七大列強国というだけあって実は数字は列強という概念が出来て以来コロコロと変わっています。」

 

「突然新参者が列強に参加しようとでもすれば他は認めないのでは?」

 

「その様な常識はもう数十年前には消えましたよ。」

 

「では我々が列強に参加する事で一体何の利益があると言うんですか?」

 

「まず他の国がソビエト連邦に戦争を起こされる可能性は無くなります。列強に戦争を仕掛ける国はまず存在しないと言っても過言ではありません。それに、先程貴方が話した拉致しようとした国家ぐるみの組織は列強に参加すれば今後起こりません。」

 

「うぅむ…それで、貴方が我々の参加を推薦するその理由は?」

 

「ソビエト連邦には、この荒れ果てている七大列強を根本的から作り直すために今起きている問題を鎮めて欲しいという事です。」

 

グロムイコは異世界で始まっている冷戦を沈静化出来るのならば、むしろそれを選びたかった。しかし、ソビエト率いる東側諸国の主な思想は社会主義だ。帝国主義や資本主義の国家の集いの列強国とかいう組織に参加でもすれば、間違いなく国民の国に対する士気は落胆し、社会主義の方が資本主義よりも退廃的だと思われてしまう。

 

「はぁ…しかし、そんな事をすればソビエト国民を戦争の危機に立たせるようなもの、いくら我々でも戦争は出来るだけ勘弁してもらいたいですよ…。」

 

「貴国の気持ちは分かります。ですが遅かれ早かれ、結局は列強国との戦争は避けられないのですよ。」

 

「それは…どうしてなんですか?」

 

「他の列強国は、ソビエト連邦が持っている全てが『未知の技術の宝庫』に見えてるんです。なので一部列強は貴国を自国の傀儡国家にしようと動き出しています。」

 

「なんと…こんな短いうちにそんな事が…。」

 

「あまり信じがたい事でしょう…以前の列強だったらそんな事はしませんでした。それくらい今の七大列強は荒れているんです…。」

 

グロムイコは悩んだ。社会主義プロパガンダを重視して列強国なんかには参加しないと強く伝えるのか、いっそのこと社会主義という鎖を砕いて異世界の列強と共存共栄の道を歩むのかの二択だった。

 

「貴方が言いたい事はよく分かりました…。ですがこれほど重要な件は私一人では決められません。一度この事を政府にお伝えして、最終的な決定は後日にお伝えします。」

 

「は、はい!それでも構いません!」

 

「それは良かったです…あのぉ単刀直入に聞きますが、七大列強国の中で警戒すべき国は何でしょうか…?」

 

「『エルナヴィア共和国』や『フォーランツ連邦』ですね…あと最近行動が怪しいのは『バーネング皇国』です。この国はフォーランツ連邦がライバルで急な軍備拡張をしていて、対抗出来る技術のためならどんな手段も問わない国です。」

 

「なるほど…肝に銘じておきます。」

 

こうして二人は互いに握手をした。自国に迫る脅威を知らせてくれた事に、二人はとても感謝をしていた。

 

「では私達はこれで──」

 

「お待ちください、せっかくこちらに来たことですから、少し『ピオネールスカヤ』を観光しては如何では?我々がご案内しますので。」

 

「で、では言葉に甘えて…。」

 

その後二人はパイロットの存在に気付かぬまま部屋を退室し、多数のソ連兵を率いながらピオネールスカヤ市街地へと向かうのだった。



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第18話 KGBによる尋問と新たなる脅威

ーー午後7時50分頃 ピオネールスカヤ市街地

 

建物が相次いで建設中にも関わらず夜でも賑やかな『ピオネールスカヤ』、そんな街をグロムイコによる案内のもと一帯を観光するジョルイル外務大臣。

 

街並み、商店、公共施設、建物、道路、街灯などなど…あらゆる点で自国よりも優れている事にジョルイルはただ驚いていた。

 

「ジョルイル外務大臣殿、あれが…」

 

ジョルイルにはもはやグロムイコからの説明は一切聞こえなかった。彼にも一応七大列強国クラスの国力を持っている事に多少の自負心があった。しかし、ソビエト連邦はそれ以上の文明力を持っている事に感銘を受けていたのだ。

 

「ジョルイルさん!ジョルイルさん!…あの…」

 

「えっ!?…」

 

テューリに声をかけられてハッと我に帰るジョルイル。近くにいたグロムイコも彼の状態を心配して、テューリと同様心配そうに声をかける。

 

「ジョルイル殿、もしかして気分が優れないのでしょうか…?」

 

「あ、いえいえ!大丈夫ですよ!…ああすまないなテューリ…あれ、テューリ?」

 

声をかけてくれたテューリに感謝しようとしたが、そのテューリの顔色が悪い。テューリがジョルイルに声をかけたのは自分の体調が悪くなった事を報せるためだった。

 

「す、すみません…どこかお手洗いを…。」

 

「お手洗いすか?あっ、どうぞこちらへ。」

 

テューリは護衛についているソ連兵の案内のもと、たまたま近くにあった公衆トイレへと向かった。

 

「あの、トイレを流す仕組みについては大丈夫でしょうか?」

 

「はい、大丈夫です。」

 

「では…出入り口でお待ちしています…。」

 

バタン…

 

トイレの個室で一人きりになったテューリは、懐から黒い大きめの携帯電話のような物を取り出し、電話の相手に小声で話し掛ける。

 

「こちらレーラ…今の所順調だ。そっちはどうなんだ?」

 

《こちらメルック…ダメだな、一向に外にいるソビエトの兵士は減る気がしない…もう少し様子を見る。》

 

「ああ了解、下手するなよ。」

 

《心配するなって……ところで、お前よくそのデカブツを没収されなかったな。》

 

「ああ、子供の時から物隠しは得意中の得意だったからな。」

 

《流石だなレーラ、お前さんはリルヴァイン連合王国立諜報部の誇りだよ。》

 

「そりゃどうも…しかしこの国のトイレは半端ないぐらい汚いし臭いしキツいぜ…任務が終わったら一杯奢ってやろう。」

 

《そりゃいいな!それじゃあ頼むぜ。》

 

「あぁ…」

 

やり取りを終えたテューリは無線機を巧妙に隠し、個室を後にする。

 

だが彼はある点を見落としていた。それは、ソビエト連邦には最先端な諜報機関があり、いつでもスパイをとっ捕まえる準備は万端であったことを…。

 

ガチャ

 

「フゥ~…」

 

「おい貴様、よくも我々のセキュリティ網を掻い潜る事が出来たな…。」

 

「え?」

 

テューリは背後から聞こえた声の方向に振り返えると、声の発生源はそこにいた。

 

なんとそこには、官帽を被ったカーキ色のきっちりとした軍服姿の男達複数人がおり、官帽には赤星に鎌と金槌が描かれていた。

 

そう、彼らはソ連国家保安委員会、通称『KGB』の職員である。

 

「なっ!?お前らは何者だ!」

 

突然現れたKGB職員らに驚きを隠せないテューリ。目の前にきっちりとした軍服姿の男が何人もいれば尚更だ。すると、男一人が落ち着いた表情で一歩足を進ませる。

 

「貴様をスパイの現行犯で拘束する…。」

 

命の危機を感じたテューリは、咄嗟に裾に忍び込ませていた小型のトレンチナイフを取り出し、職員の喉元に突き出す。

 

しかし職員は上半身をすぐに下に動かして突き出してくるナイフから避けた後、右手で伸びきったままになっている状態の相手の首を左手で強く殴る。

 

「うぐっ!!」

 

首という急所を狙われたテューリは殴られた勢いで横に傾き、そのままトイレの壁へ激突する。

 

テューリは顔面をモロに壁にぶつけた衝撃で完全に気を失った。

 

「ふむ…ボディチェックを通過出来るほどの隠蔽技術と、急所への正確な攻撃は流石は異世界の列強、誉めてやろう。だがお前は『環境』に適応出来ていなかった…。」

 

「同志、今気絶しているこのスパイどう運びます?」

 

「車で運ぶ以外に周囲に察知されずに済むやり方はないだろ。今連絡をするからお前らはそいつの体に何か隠し持ってるブツはないか探れ。」

 

そう言うと他の職員はテューリの体全体を調査し始める。

 

「本部へ連絡、現在公衆トイレにてスパイを拘束、スパイは現在気絶している模様、至急搬送車両を要請したい。」

 

《了解。そちらに搬送車両を送る。》

 

それからしばらくすると、公衆トイレ近くに車のエンジン音が聞こえた。職員達はそれに気付き、テューリを担ぎながら公衆トイレを後にする。

 

出入り口には先程の兵士達がいたが、KGBの職員達が近くを通った瞬間

 

「外に異常はない、お疲れ様。」

 

「ご苦労だ。」

 

この兵士達も実はKGBの職員である。兵士達は黒いKGB専用の車輌が出ていった後に再びジョルイル達の所へと向かった。

 

「あれ、そういえばテューリはどこに行きましたか?」

 

「テューリさんはあまり体調がよろしくない為、先に基地へと帰りました。」

 

「そ、そうですか…まぁ彼なら大丈夫でしょう。」

 

ジョルイルは自分の部下の一人がソ連の諜報機関に捕らわれている事も一切知らずに、グロムイコの案内による観光を続けた。

 

 

ーー午後8時10分頃 ソビエト連邦異世界統治局 地下牢尋問室

 

「うぐ……うぅ…ん?」

 

顔と首の強い痛みによって気絶状態から目が覚めたテューリ。しかし彼が目を覚ました場所は、裸電球が一つぼんやりとしか光っていない薄暗い部屋だった。

 

「ん…?こ、ここは?…そうだ…俺は──」

 

「やっとお目覚めか列強の工作員よ…。」

 

「ッ!?」

 

テューリは聞き覚えのある声に向けて目を向ける。そこにはさっき遭遇した男達に似たような服装をした人間数十名がいた。

 

(そうだ!俺はコイツらに!!)

 

テューリは掴みかかろうとするが、全く動く事が出来ない。彼は自分の両手両足に手錠みたいなのでギッチリと固定されている事に今気づいた。

 

「まぁまぁそう怒るな列強のスパイよ…。ま、お前がここで怒鳴り散らしたって外には聞こえんから何をしようと構わないがな…っと、そんな事はどうでもよかったな、大事なのはここからだ。」

 

「な、何だ!?」

 

「これから貴様に対して我々からとても簡単な質問をしてやる。だが、その答えようによっては──」

 

「俺を殺すとでも言いたいのか…?やってやろうじゃねえかよ!」

 

「フッ…いくら貴様の生まれ育ちがご自慢の列強国だからって、我々に向かって調子に乗るのはいい加減にしてもらいたいね。囚われの身のくせしておいてよくもそんな大口が叩けるとは…むしろ見習いたいくらいだよその口の利き方をな。」

 

「んだとぉ…!」

 

テューリは感情のあまり固定されている手錠らしき物を外そうとするが、どうあがいても外れない。

 

「あ、それと貴様に言うべき事がある…。おい!奴をここに連れてけ!」

 

するとKGB職員の一人が一人の男を牢屋に連れていき、テューリの前にその男を投げた。

 

ドサッ!

 

「うわっ!もしかして…る、ルヴォア!?」

 

「こいつ…お前らが乗ってきた『ウィラ』とかいう名前だったか?…その機体に潜り込んで隠れてやがったぞ。」

 

雑な扱いをされながら運ばれたのはテューリと同じ、王国立諜報部員の一人のルヴォアと呼ばれる男だった。テューリと同じく両手に手錠をかけられた状態で連れてこられた彼は申し訳なさそうな表情をしていた。

 

「我々も最初は、まさかもう一人が潜入しているだなんて思いもしなかったよ…そういった点では、よくもまぁこんな大胆な方法で潜入しようと考えたお前らには見習いたいものだ。おっと、話が若干逸れてしまったな…だからちょっとした『約束事』をここでしようじゃないかと思うが…どうだ?」

 

「約束…な、何をだ…?」

 

「簡単だ。これから貴様らは我々の質問に答えてもらう。その質問て真っ先に真実を答えた奴にはある程度の命の保証はしてやる。だが嘘を吐いたり、答えなかったりなんかした場合には…お前ら二人共々あの世に逝ってもらうぞ…いいかね?死にたくなけりゃ今すぐにでも自白するのが身のためだぞ?」

 

「ひ、ヒィッ!」

 

ルヴォアは非常に怯えきった表情で情けない悲鳴をあげる。それもそのはず、ルヴォアは王国立諜報部に入部してからまだ一年も満たしておらず、おまけに最近結婚をしたばかりだ。死にたくないのは当然…だからこそ何としてでもこの状況を打破したい。

 

テューリはこの時点で、彼を見捨てて自分が助かろうという選択は捨てていたのだ。

 

「それじゃあ質問するぞ…貴様らの目的は一体何なんだ?」

 

いきなり核心を突き詰めるような質問にテューリはドキッとする。ルヴォアを見ると、もういつ真実をKGBに喋り倒しても可笑しくない状態だった。

 

するとルヴォアは目でテューリに対して目で合図を送る。意味は『偽り』『話せ』という合図だった。

 

ルヴォアはいつ死んでもいいよう覚悟をしていたが、テューリは仲間を見捨てる覚悟はなかった。

 

テューリは偽りの話を喋れば恐らく誤魔化せるだろうという自信はあった。何故なら尋問するための拷問道具がこの部屋には一切見当たらないため、殴るや蹴る程度の拷問では耐えれると思ったからだ。

 

「お、俺達はジョルイル外務大臣の護衛を任されたんだぞ!!…本当だ!!」

 

KGBの職員は少しウンウンと頷く。それにテューリは僅かな希望を抱く。しかし、それはすぐに打ち砕かれる。

 

「貴様……さては嘘をついたな?」

 

「え?」

 

「もういい…執行部隊!処刑の時間だ!今すぐに配置につけ!」

 

すると向こうから複数の軍靴の音が段々と大きく近づいていき、五人の兵士達が銃を構えたまま牢屋へと入室し配置についた。彼らの手にはAK-74やRPK軽機関銃が構えられている。

 

「なっ!?おいちょっとま…」

ダダダダダダダッ!!

 

テューリは誰かに何かを喋ろうとしたが、ソ連兵達はそんな事お構い無しに彼の処刑を始めた。牢屋内には数多くの銃声が鼓膜が破れるぐらいに響き渡り、壁や床では銃痕や血飛沫が生々しく飛び散っていた。

 

そしておよそ十秒後、テューリは至るところに血を垂れ流しながら力尽きて倒れ込む。彼の体は銃弾のせいでもはや原型を留めていない。その光景を見ていたルヴォアは恐怖の感情が一気にこみ上げてくる。さっきまでの覚悟など何処か遠くへと飛んでいってしまった。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ‼︎」

 

「なんと哀れなことだ…真実だけを答えれば少しでも命の保証は出来たものを…。やはり異世界では先進的な列強でも…こんな腐ったプライドの塊の人間しかいないのか…残念だな。」

 

「う、うわぁ…ヒィ…!」

 

ルヴォアの顔は涙と鼻水でグシャグシャだった。そんなルヴォアの顔の状態をただジーッと見つめるKGBの職員達。その目は彼に向けての殺意を持っているとでも言えるような鋭い目をしていた。そこに感情や、罪悪感なんぞ全くない。ただ単に『殺せ』と命令をするだけで何の躊躇も無しに殺す。恐らく彼らは逆の立場になってもそのような鋭い目差しを向けるのだろう。

 

「さぁて…次は貴様が処刑される時間だ…。だがもう一度だけチャンスをくれてやろう…今さっき処刑した野郎も含めてお前らはどういう目的でここに来たんだ…?」

 

「うぅ…お、俺だぢは…うぐぅ……そ、そ、『ソビエトの軍事力を探れ』と…参謀長官の…ぐ、『クヴェナエル・スラージュ』様の…ご、ご命令です…本当ですよ!こ、殺さないでくれぇぇ…!」

 

ブレる事無くルヴォアの目から視線を外さない職員達の前にルヴォアは、その重圧から気が遠くなり、バタリと倒れて気を失った。

 

「ったく…こいつ全然根性がない奴だな…おいお前、そんな脆いメンタルじゃスパイどころか、軍人ですら向いてねぇわ。進むべき道を間違えちゃったんじゃないのか?」

 

「おい、終わったか?」

 

地下牢屋へと続く階段。そこからKGB支部の高官と思われる男が現れた。職員達はすぐに気付きとっさに敬礼をする。

 

「奴らから情報を聞き出せたかね?」

 

「はい!ちゃんと内容もメモしてあります。取り敢えず遺体は焼却し、生きているもう一人は独房に運びますか?」

 

「あぁそれで良い。にしてもお前…よくこんなに処刑部隊を牢屋に連れ出したな。」

 

「彼らですか?ええ、しっかりと任務を果たしてくれましたよ。」

 

「まぁ何がともあれ諸君、ご苦労だった。やり方はお前に任せると言ったからな。ちゃんと情報を聞き出せるのなら何をしようが私は手を出さん。」

 

ーー午後8時30分頃 ピオネールスカヤの外れにある小丘

 

月明かりも少なく暗い平原に一際目立つ『ピオネールスカヤ』。そんな街を外れた少し離れた場所にある小丘から眺めている紫色のフードを被った集団がいた。

 

「あれが…話で聞いた目標のソビエト連邦の街か…思っていたよりも随分発展しているな…。」

 

「クレスティ戦士長…全員準備は万端です…何時でも行けます。」

 

「そうか…分かった。では予定通り各自で行動を起こせ。何かあれば魔伝を使って連絡しろ。」

 

クレスティと呼ばれる若い男性は後ろにいる男女混合の15人の部下に命令を下す。

 

「いいか…我々の目的はただ一つ、『ソビエト連邦の軍事情報を一つでも盗み出す』事だ。もし敵にその事を悟られるようだったら、すぐに殺せ…。何としてでも我々はこの重要な任務をこなさなくてはならない…我らダークエルフ族の誇りをかけて。」

 

衣服の袖の上部分には紋章があり、盾を模した金色の線の中には、縦に黒と赤の二色の国旗が描かれている。その真ん中には、猛禽類が飛ぶ瞬間が描かれている目立つ金色の鳥があった。

 

彼らはエルナヴィア共和国に雇われたダークエルフ族の陰密部隊なのであり、その中でもクレスティ戦士長率いる部隊は選りすぐりのエリート達が集まっている特別な部隊だった。

 

「よし……いくぞ!作戦開始!」

 

ダークエルフ族達は身を屈めながら、平原をかなりのスピードで駆け抜けピオネールスカヤへと向けて走り出した。

 

彼らの胸中には、『予言』でもなく、『予感』てもないが確かな自信が溢れていた。彼らがやってきた中で一度も任務が失敗した例は今までない。

 

彼らは今現在平原を分散しながら駆け抜けている。だが、その行動は運悪くもピオネールスカヤの外れの哨戒任務を任されていたヘリコプターのMi-24が捉えていた。

 

『司令!こちら哨戒中のトゥマーン1!市街地外れの平原地帯に複数の未確認人物が素早く移動している!方向はピオネールスカヤに向けて!至急応答願う!』

 

「こちら司令了解、ピオネールスカヤにいる全部隊を戦闘体制に移行させる。引き続きその未確認人物を離れた場所で観察しろ。攻撃は地上部隊に任せるが、もしそれでも対応しきれないのなら機関銃で殺して構わん、だがロケットはなるべく使うな。」

 

今回の任務において、ダークエルフ族には1つだけ誤算があった。

 

それは、『ソビエト連邦は今までの相手とは全然違う』という点である。



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