異世界料理人 (孤独なバカ)
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プロローグ

「あぶねぇ〜!!」

 

遅刻ギリギリの時間に急いで教室へと向かう生徒が滑り込んでくる

 

「あっ。おはよう。須藤くん。」

「おはよ〜須藤くん。」

「おっ?白崎、谷口おはようさん」

 

学校に来る頃にはギリギリの時間になったらしく走ってきたと思われる男子須藤隼人は二人の女子に挨拶を返す。

この二人の内の一人目は名を白崎香織という。学校で二大女神と言われ、男女問わず絶大な人気を誇る途轍もない美少女だ。腰まで届く長く艶やかな黒髪、少し垂れ気味の大きな瞳はひどく優しげだ。スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。

二人目については谷口鈴といい、ちっちゃくてツインテールが特徴的な少女の一人、クラスのムードメーカーのでもある。

 

「およ、南雲も来てたのか。今日は早いな」

 

見回していると隼人は友人を見つけたらしくその方向を見て手を振る。

南雲ハジメ。人気漫画家とゲームクリエイターの一人息子であり、のんびりとしたおとなしげの男子高校生だ。

まぁ優しく、隼人のアニメの話を通じる親友である。

 

「昨日もしかして徹夜か?」

「お父さんの仕事手伝っていたから……。」

「ありゃりゃ、とりあえずお弁当な。谷口と中村も取りに来い。」

「ごめんね、毎日用意してもらって。」

「いつもすまないねぇ〜。」

「それは言わないお約束でしょ。中村。お婆さん。」

「誰がおばあちゃんなの!!鈴はピチピチのJkだよ!!」

「……常識的に考えて小学生にしか見えないんだけど。」

「誰が小学生だ!!」

「す、鈴ちゃん落ち着いて!!」

 

わいわい騒ぎ始める隼人を中心にクラスが賑やかになる

隼人はこのクラスの中心的存在であり、そして

するとギャルっぽい女の子が隼人に近づいてくる。少し頰を染めながら緊張しているのが見てとれる。

 

「は、隼人。」

「ん?園部か。」

 

園部優花。隼人とは中学時代からの付き合いであり料理仲間として話が合うことは多い。お互いの両親の店を手伝っていることもあり優花と隼人は互いのグループを行き来しており、互いにそのグループの中心核を担っている

 

「今週末の土曜日と日曜日バイト入れない?ちょっと団体のお客様が入ったんだけど。人が足りなくて。」

「あ〜別にいいぞ。ランチか?」

「う、うん。それでなんだけど。」

「試作の試食だろ?別にいいぞ、園部の作った飯美味いし」

「そ、そう。ありがとう」

 

これで今週の予定は埋まったなとホクホクしている隼人、元々料理やお菓子作りは好きなので苦じゃない。

 

「…つまり、今週の土日には須藤の味噌カツ丼が食えるのか?」

「やべぇ、園部。俺も予約したいんだけど」

「私も。須藤くんの作ったパンケーキ食べたいし」

「ちょ、ちょっと」

「先生も行きたいです」

「「「「愛ちゃん?」」」」

「あ〜愛ちゃんは俺の家のお得意様なんだよ。俺結構愛ちゃんにきんぴらとか煮物とか料理して渡しているし。てか俺の家に来れば毎回食えるのに」

 

隼人の家は朝と昼は母親のケーキ屋、夜は父親の隠れ宿的居酒屋として経営しており、学校の教師がよくやってくる。隼人も夜間バイトでよく厨房に入っており既に現場に入れるほどの腕前だ。

 

「うっ、でも最近は仕事で忙しくて」

「あ〜」

「はいはい。こうなると思って日曜日もお願いしているんだから、全員後からメモとるから全員来れる人は連絡してね」

 

本当にしっかりしているよなぁ、こいつ。

と苦笑する隼人にあっそうだと思い出したように先生の愛子に言う。

 

「愛ちゃんもお土産に試作品の漬物ときんぴら用意しようか?」

「いいんですか?」

「いいよ。ぬか漬けを作り始めたんだけど客に出せるか自分でもわからなくてな」

「あっ、私も部活終わりになるけど…」

 

するとポニーテールの少女が手をあげる

彼女は八重樫雫。八重樫の両親が剣道場を開いており、彼女自身も剣道で敵なしと呼べるだけの強さを持っている

昔から両親同士は交流があり、よく店の料理を食べに来る。

雫も昼間の母親のケーキ屋の常連客であるが和菓子も結構好きらしくよく特別メニューを隼人が作っている

 

「確か家族にあげるんだっけ?八重樫も簡単な甘味作っておくから終わったら、部活動仲間と一緒に食べにこいよ」

「ありがとう。須藤くん」

「土日忙しくなりそうね」

 

苦笑しているがやりがいあるだろと言うと頷く園部

そうやって盛り上がった俺たちは朝のホームルームが過ぎてもその話題で盛り上がり隣のクラスの先生から、愛ちゃんが怒られることとなったのだ。

 

 

もぐもぐと擬音が入りそうなくらい必死にお弁当を食べる女子高校生に少し呆れている

 

「おい谷口、そんなに早く食べなくても弁当は逃げないって。って中村もだし」

 

隼人の目の前で食べることに夢中で一切何も気にしないようにしているこの二人。

隼人のグループは南雲ハジメ、谷口鈴、図書委員で中学時代から何かと縁のある中村恵里で構成されている。

ついでに今日はサンドイッチを作ったがすごい勢いで食べていく二人に少し引きながら

 

「……いいなぁ、二人とも」

「あはは。でも美味しいから仕方ないんじゃないかな?」

 

優花が珍しくこっち側のグループで食事をしていて、ハジメはゆっくりながらもハムサンドを食べている。

 

「そういえば南雲がこっちって珍しいな。白崎来てないから寝てると思ったんだけど」

「さすがにお弁当作ってもらって寝るってことはないと思うよ。白崎さんと八重樫さんは、天之河くんたちの機嫌が悪いからそっち側にいくんだって」

「あ〜」

 

天之河っていうのはクラスのリーダーで白崎と八重樫の幼馴染でもある。隼人と馬が合わないのでクラスメイトから囲まれていたりしていたり、坂上や八重樫、白崎と話していると嫉妬の視線を向けてくることもしばしばだ。

 

 

「園部。その卵焼き頂戴。お前のところ砂糖だろ?」

「えぇ。いいわよ。そっちは醤油出汁でしょ?私も一つ頂戴。」

「あいよ。」

「あっ。僕は豚の生姜焼き欲しいかな。」

「それじゃあカツサンドもらっていいか?味噌ダレの味確かめたいし。」

 

と俺たちは俺たちで弁当の交換をしていた

 

「そういえば、何を出すんだ?」

「一応オムライスとメンチカツを中心に出そうと思っているわよ。」

「あ〜そういや人気だからな。その二つは。」

 

隼人自身、園部の店は常連客として利用している一人でもあるが、時々店の手伝いに入ることもしばしばある。

そうやって和やかに飯を食べていると

 

……全員が固まることになった

 

光輝の足元に純白に光り輝く円環と幾何学模様が現れたからだ。

その魔法陣は徐々に輝きを増していき、一気に教室全体を満たすほどの大きさに拡大した。

自分の足元まで異常が迫って来たことで、ようやく硬直が解け悲鳴を上げる俺達。未だ教室にいた愛子先生が咄嗟に「皆! 教室から出て!」と叫んだのと、魔法陣の輝きが爆発したようにカッと光ったのは同時だった。

 



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異世界へ

両手で顔を庇い、目をギュッと閉じていた俺はざわざわと騒ぐ無数の気配を感じてゆっくりと目を開いた。そして、周囲を呆然と見渡す。

まず目に飛び込んできたのは巨大な壁画だった。縦横十メートルはありそうなその壁画には、後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていた。

俺達はその最奥にある台座のような場所の上にいるようだった。周囲より位置が高い。周りにはハジメと同じように呆然と周囲を見渡すクラスメイト達がいた。どうやらあの時、教室にいた生徒は全員この状況に巻き込まれてしまったようである。

ハジメは動揺しているのかわからないが、他はどういう状態なのか分かっていないようだ

法衣集団の中でも特に豪奢で煌びやかな衣装を纏い、高さ三十センチ位ありそうなこれまた細かい意匠の凝らされた烏帽子のような物を被っている七十代くらいの老人が進み出てきた。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

とそう告げてニッコリと笑う老人が俺たちに向けてそう言った

 

 

イシュタルの話をまとめるなら戦争に参加してほしいってことだった。

人間族と魔人族が何百年も戦争を続けており一時は均衡状態だったが、魔人族による魔物の使役でバランスが崩れ、人類側が危機ってことらしい。

 

「あなた方を召喚したのは〝エヒト様〟です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という〝救い〟を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、〝エヒト様〟の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

正直ありきたりの話だなと思っていた。そう考えていると

愛子先生が突然立ち上がり猛然と抗議する。

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く還して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

ぷりぷりと怒る愛ちゃん。彼女は今年二十五歳になる社会科の教師で非常に人気がある。百五十センチ程の低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせながら、生徒のためにとあくせく走り回る姿はなんとも微笑ましく、そのいつでも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられる生徒は少なくない。

 

今回も理不尽な召喚理由に怒り、ウガーと立ち上がったのだ。「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる……」と、ほんわかした気持ちでイシュタルに食ってかかる愛子先生を眺めていた生徒達だったが、次のイシュタルの言葉に凍りついた。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 場に静寂が満ちる。重く冷たい空気が全身に押しかかっているようだ。誰もが何を言われたのか分からないという表情でイシュタルを見やる。

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら還せるでしょう!?」

 

 愛子先生が叫ぶ。

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

「そ、そんな……」

 

愛子先生が脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。

 

「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

「いやよ! なんでもいいから還してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」

 

 パニックになる生徒達。隼人も平気ではなかった。しかし、オタクであるが故にこういう展開の創作物は何度も読んでいる。それに隼人は自分自身が動揺すると他の人に伝染する危険があると判断しグッと堪え込んだ。

未だパニックが収まらない中、光輝が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。その音にビクッとなり注目する生徒達。天之河は隼人以外の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば還してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

「……」

 

同時に、彼のカリスマは遺憾なく効果を発揮する。女子の大半は賛同しているらしい

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

「龍太郎……」

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

「雫……」

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

「香織……」

 

いつものメンバーが光輝に賛同する。後は当然の流れというようにクラスメイト達が賛同していく。愛子先生はオロオロと「ダメですよ~」と涙目で訴えているが光輝の作った流れの前では無力だった。

隼人はその間何か企んでいることを数人に見抜かれる以外は。



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ステータス

翌日から早速訓練と座学が始まった。

 まず、集まった生徒達に十二センチ×七センチ位の銀色のプレートが配られた。不思議そうに配られたプレートを見る生徒達に、騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。対外的にも対内的にも〝勇者様一行〟を半端な者に預けるわけにはいかないということらしい。

メルド団長本人も、雑務を副長に任せられると豪快に笑っていたくらいだから大丈夫なのだろう。もっとも、副長さんは大丈夫ではないかもしれないが……

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 非常に気楽な喋り方をするメルド。彼は豪放磊落な性格で、「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員達にも普通に接するように忠告するくらいだ。

隼人達もその方が気楽で良かった。遥か年上の人達から慇懃な態度を取られると居心地が悪くてしょうがないのだ。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 〝ステータスオープン〟と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

「アーティファクト?」

 

 アーティファクトという聞き慣れない単語に光輝が質問をする。

 

「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

 なるほど、と頷き生徒達は、顔を顰めながら指先に針をチョンと刺し、プクと浮き上がった血を魔法陣に擦りつけた。すると、魔法陣が一瞬淡く輝いた。隼人も同じように血を擦りつけ表を見る。

 すると……

 

須藤隼人 17歳 男 レベル:1

天職:料理人

筋力:20

体力:20

耐性:20

敏捷:20

魔力:200

魔耐:20

技能:料理・解体・包丁術・目利き・気配感知・投擲術・鑑定・火属性適正・水属性適正・言語理解

 表示された。

 まるでゲームのキャラにでもなったようだと感じながら、自分のステータスを眺める生徒たち。

 しばらく見ているとメルド団長からステータスの説明がなされた。

 


「全員見れたか? 説明するぞ? まず、最初に〝レベル〟があるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」

 どうやらゲームのようにレベルが上がるからステータスが上がる訳ではないらしい。

「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大開放だぞ!」

 メルド団長の言葉から推測すると、魔物を倒しただけでステータスが一気に上昇するということはないらしい。地道に腕を磨かなければならないようだ。

「次に〝天職〟ってのがあるだろう? それは言うなれば〝才能〟だ。末尾にある〝技能〟と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

 

隼人は自分のステータスを見る。確かに天職欄に〝料理人〟とある。どうやら〝料理〟に才能があるようだ。

料理は好きなのでそれの才能があると、やはり嬉しいものだ。

 


「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

あ〜まぁ見た感じ隼人は戦争に向いていないのだなと思うと少しホッとする。これで戦場に出なくて済むってことだ。やりたいことも色々あるからな

メルド団長の呼び掛けに、早速、光輝がステータスの報告をしに前へ出た。そのステータスを鑑定でのぞいて見ると

 

天之河光輝 17歳 男 レベル:1

天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 

まさにチートだった

 

「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」

「いや~、あはは……」

 

 団長の称賛に照れたように頭を掻く光輝。ちなみに団長のレベルは62。ステータス平均は300前後、この世界でもトップレベルの強さだ。しかし、天之河はレベル1で既に三分の一に迫っている。成長率次第では、あっさり追い抜きそうだ。

 

そして次にクラスで一二の力を持つ隼人のステータスを見せる

すると団長の表情が「うん?」と笑顔のまま固まり、ついで「見間違いか?」というようにプレートをコツコツ叩いたり、光にかざしたりする。そして、ジッと凝視した後、もの凄く微妙そうな表情でプレートを返してきた

 

「ああ、その、なんだ。料理人というのは。」

「知ってるからいいですよ。なんとなくそんな気はしてましたし。」

 

ケラケラと笑う隼人。優花たちは料理人で笑う隼人に疑問を覚える。

すると簡単にその仕掛けに餌を垂らしているのだとわかってしまった

 

「おいおい、須藤。もしかしてお前、非戦系か?料理人でどうやって戦うんだよ?」

「ん?火魔法と水魔法に適正あるけど?投擲術もあるし。魔力は勇者の2倍はあるからな。」

 

檜山たち隼人を目の敵にしている男子達が食いつかないはずがない。だからあえてそれに乗ってやったのだがあっさりと釣れた。

 

「……まぁ、確かに料理には必須の二つね。」

「できれば風とかも欲しかったけどな。解体とかもあるから魔物を解体して素材を手にいれることも、鑑定もあるから人のステータスも見れるし。普通に戦力だろうよ。」

 

見ると檜山たちは居心地が悪そうにしている

これで少しはおとなしくなるだろう

まぁ戦争なんてするつもりはないし適当にフェードアウトしようかと少しニヤニヤしていたが

 

そしてしばらくクラスのステータスプレートを見ながらホクホク顔のメルド団長は今度はハジメのステータスプレートを見ると笑顔が固まる

するとハジメは少しため息を吐くってことは恐らく非戦闘職であったのだろう

 

「ああ、その、なんだ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利だとか……」

 

歯切れ悪くハジメの天職を説明するメルド団長。


その様子にハジメを目の敵にしている男子達が食いつかないはずがない。鍛治職ということは明らかに非戦系天職だ。隼人とハジメ以外のクラスメイト達全員が戦闘系天職を持ち、これから戦いが待っている状況では役立たずの可能性が大きい。

 檜山大介が、ニヤニヤとしながら声を張り上げる。

 


「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か? 鍛治職でどうやって戦うんだよ? メルドさん、その錬成師って珍しいんっすか?」

「……いや、鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」

「おいおい、南雲~。お前、そんなんで戦えるわけ?」

 

 檜山が、実にウザイ感じでハジメと肩を組む。見渡せば、周りの生徒達――特に男子はニヤニヤと嗤っている。

 


「さぁ、やってみないと分からないかな」

「じゃあさ、ちょっとステータス見せてみろよ。天職がショボイ分ステータスは高いんだよなぁ~?」

 

メルド団長の表情から内容を察しているだろうに、わざわざ執拗に聞く檜山。本当に嫌な性格をしている。取り巻きの三人もはやし立てる。強い者には媚び、弱い者には強く出る典型的な小物の行動だ。事実、女性陣などは不快げに眉をひそめている

香織に惚れているくせに、なぜそれに気がつかないのか。南雲は投げやり気味にプレートを渡す。

ハジメのプレートの内容を見て、檜山は爆笑した。そして、斎藤達取り巻きに投げ渡し内容を見た他の連中も爆笑なり失笑なりをしていく。

 


「ぶっはははっ~、なんだこれ! 完全に一般人じゃねぇか!」

「ぎゃははは~、むしろ平均が10なんだから、場合によっちゃその辺の子供より弱いかもな~」

「ヒァハハハ~、無理無理! 直ぐ死ぬってコイツ! 肉壁にもならねぇよ!」

「……バカだなぁ。」

「……は?」

 

すると取り巻きの一人が隼人の方を見る

 

「バカだろ?錬成師っていわゆる鍛治師のことだろ?すなわち武器を作ることができるってことじゃんか。」

「それがどうしたっていうんだよ?」

「この世界は魔法がある分科学が発達していない。だから日本で見かける武器はハジメなら制作可能ってことだろ?」

「……日本で見かける武器ってなんだよ?」

「刀や銃のことね?」

 

八重樫は本当に理解が早くて助かる

 

「あぁ。もし銃器を作れればコストは掛かるが音速で貫通力の高い武器。刀だったら八重樫や天之河の剣術組の動きが明らかによくなるだろ?おそらくこの国には日本刀みたいな剣はないしな。南雲はまぁオタクだからこそそう言った知識は結構あるだろうしな。」

「……ほう。それは興味深いな。」

 

メルドさんの目が光るこういったプレゼンは明らかに隼人の得意分野である

 

「生産職は生産職で輝ける場がある。前線に出なくてもな。」

「……チッ。」

 

軽く舌打ちする檜山あっけらかんにする隼人は内心

色々これからも大変そうだな

 

そう思ってしまった



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王都にて

「らっしゃいませ。」

「こっちはフレンチトースト3つくれ。」

「私はチキンサンドを3つ。」

「ちょっとお待ち下さい。」

 

隼人は今王都で朝から屋台を出していた

隼人は元々非戦闘職だけあってあまりいい装備は与えられてなかったのだが、元々店で料理をしてきたこともあって、商売に関しては元々天賦の才があったのだ

 

「ほれ、フレンチトーストとチキンサンドね」

 

魔法により火力調節できる分すぐに火の通りを確認できるのはいいことであり関連技能である派生技能は増えていく。おかげでステータスは

 

須藤隼人 17歳 男 レベル:10

天職:料理人

筋力:40

体力:40

耐性:40

敏捷:40

魔力:400

魔耐:40

技能:料理[+食物鑑定][+レシピ作成][+料理の達人]・解体 ・包丁術・目利き・気配感知・投擲術[+必中]・鑑定・火属性適正[+消費魔力減少]・水属性適正[+氷魔法][+消費魔力減少]・言語理解

 

となっている。

魔力が高いのは魔法適正に関係しているらしく、恐らくだけど元々火と水の魔術に大きな適正があったようだ、しかし料理にそれ以上の才能があったものだからそれが天職の料理人ということにつながっているんじゃないかというお姫様であるリリアーナの言葉は正解に近いものだったのだ。

火の最上級魔法蒼天などを初日に完全に制御できるほどの才能があったのだが、12年にもなる料理に関する努力には在り来たりな魔法では料理という天職を追い越すことができない。

その才能は三時間で全ての商品を完売するほどであったのだ。

売上は10万ルタくらいだろうか。

そこから材料費を引くと朝だけで7万ルタで大きな稼ぎだと言える

さらに夜もメニューを変え繰り返し金銭を稼ぐ。王宮の許可を取っていたことに加えて美味しいと評判だったのですでに十日間で二百万以上稼いでいるのだが、その売上のほとんどをハジメの錬成の開発予算に回している

隼人はこっちの方がむいていると思うのだが

しかし今日はこれで営業は終了。どうやら話があるらしく、基本的にサボって(魔物を狩りにいっていることとメルド団長に報告しているので訓練にでない許可を得ている。)いる隼人にも招集がかけられたのだ。

 

「あれ?隼人?」

「ん?おう、園部か」

 

隼人は訓練場に向かう途中に優花と出会った。どうやら優花は珍しくこっちにいる隼人に驚くが全体招集をかけられたので気にしないでおく

 

「どうした?」

「いや。見えたから話しかけようと思ったのだけど。」

「あ〜、んじゃ訓練所に向かうか。って菅原達は?」

「えっ?さっきまでいたはずだけど。」

 

するとキョロキョロと周辺を見渡す園部。しかし、そこには誰もいない。

……あいつら無駄に気を使いやがったな。

隼人は商売柄、人の視線に敏感だ。もちろん、園部の気持ちに気づいているし、元々、一番近く気の合う女子として気になる女子であるので突き放すことはなく、それを受け入れて友達として扱っている。

軽くため息を吐き話を逸らす

 

「そういえば最近何していたんだ?」

「えっ?あっうん。まぁ訓練しかしてないんだけどね。そっちは?」

「こっちは金稼ぎだからなぁ。料理作ったり、近くの魔物を狩ったりしてた。」

「えっ?魔物?」

「あぁ。ちょっと実験で必要なものもあったし技能の熟練度上げついでにな。」

 

コンロや鍋などの簡易式のものを全部買ってきているのとあとはハジメの安全対策を練っていた

 

「……そういえば最近夜中に愛ちゃんと会っているのよね?」

「まぁな。昨日農地開拓に向かったけどな。とりあえず愛ちゃんの性格的に暴走して王様に突っ込んで行きそうだったしな。」

「あはは。愛ちゃんでもそんなことはしないでしょ。」

「多分。いや絶対にする。それに先生も不安だろうよ。いきなり異世界転移してきたんだぞ。俺はそういった創作ものを読んでいたのもあって耐性が少しはあるけど愛ちゃんだって女だぞ?今は先生って立場が恐怖心を上回っているんだけど本心じゃ怖いに決まっているだろ?」

 

実際かなり怖いことは夜に会った時にすぐに分かった

 

死の恐怖

 

恐らく雫とハジメに愛ちゃんしか気づいていないと隼人は気づいていた

戦争である限り殺す殺される間にいるはずなのだ。

隼人の五年前に死んだ祖父とその友達の常連さんが戦争についてよく話してくれたこともあり、少しばかり戦争については聞いている。

 

「……それに少しばかり厄介なことが重なってな。俺も夜中にフォローに向かっているんだよ」

「フォロー?誰の?」

「八重樫。あいつこっちにきてから固形物がほとんど口に入っていない。適当に野菜と肉をかなり柔らかくしてパンと一緒に食べさせているんだよ。」

「……えっ?」

 

他の人には内緒なといい。隼人は軽く話し始める

 

「八重樫はしっかりとしたように見えるけど女の子らしいんだよなぁ。てかあいつ部活終わりに中学校の時から結構俺の家のケーキ屋に寄ったりしていたりしていたからな。だからいつもと違うことをすぐに気づけたからよかったな。」

「それで雫は?」

「かなり重症だな。とりあえず俺が自腹で胃に優しいものを作っている。お粥が一番いいんだけどな。米がないのが一番辛いところだな。」

「……雫ちゃんも女の子なんだ。」

「当たり前だろ。というよりも一番危ないのかもな。あいつは普段からしっかりしすぎているんだよ。誰かに甘えることができるのなら話は早いんだけどなぁ。坂上や天之河は無いとして、白崎には少しくらい甘えてもいいのに」

 

隼人は少し頭を抱えながら

 

「よく見ているよね。隼人って」

「客商売やっていると見ないとやってられないだろ?お前だって常連の好みや家の住所とかは覚えていただろ?」

 

時々臨時休業するときに常連さんの挨拶回りに時々付き合っているからわかることだった。

 

「なるほど。つまり雫ちゃんは常連さんだから?」

「そういうことだな。まぁ普通に友達だからっていうのもあるんだけど。」

「ふ〜ん。」

 

その後は他愛なく内容のない会話を続ける隼人と優花。訓練場には結構ギリギリの時間に到着する

なんやら人だかりができていてハジメを中心にして人が集まっていた

 

「ん?どうしたんだ?」

「あっ。隼人。実はな。」

「ううん。なんでもないよ。ほら、もう訓練が始まるよ。行こう?」

ハジメに促され一行は訓練施設に戻る。香織はずっと心配そうだったがハジメは気がつかない振りをしていた。

何かあったのかと聞きたかったがそれを堪えずっと我慢していた

 

訓練が終了した後、いつもなら夕食の時間まで自由時間となるのだが、今回はメルド団長から伝えることがあると引き止められた。何事かと注目する生徒達に、メルド団長は野太い声で告げる。

「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合入れろってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散!」

 


 そう言って伝えることだけ伝えるとさっさと行ってしまった。ざわざわと喧騒に包まれる生徒達の最後尾で隼人は天を仰ぐ。

このままで本当に大丈夫なのかと



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夜のたまごうどん

「……大丈夫か?」

「……えぇ。」

 

明らかに弱り切っている八重樫の部屋で隼人は備え付けのキッチンで料理を作っていた

 

「本当にごめんなさい。」

「その反応が普通なんだよ。とりあえず昨日作っておいた乾麺だけど、うどんを湯がいたものでいいか?食欲は?」

「あるのだけど。食べても戻してしまうのよ。」

「ん〜。それじゃあ胃に優しい卵うどんでいいか。」

 

コンロに魔石を組み込み麺を湯がき始める

 

「…手慣れているわね。」

「俺も妹がいるからな。病弱だから看病は慣れているんだよ。本当は雑炊とか少しでも消化の早いものの方がいいんだけど。」

「そこまではさすがに悪いわよ。」

 

と苦笑しているがいつもよりも弱々しく笑みも少し硬い

八重樫雫

彼女の実家は八重樫流という剣術道場を営んでおり、八重樫自身、小学生の頃から剣道の大会で負けなしという猛者である。現代に現れた美少女剣士として雑誌の取材を受けることもしばしばあり、熱狂的なファンがいるらしい。後輩の女子生徒から熱を孕んだ瞳で〝お姉さま〟と慕われて頬を引き攣らせている光景はよく目撃されている。

しかし隼人から見た八重樫は全くの別人である

というのも初めてケーキ屋に来た時が強烈すぎたのだ。隼人が作って母親がデコレーションしたネコ型のケーキを見て

 

「かわいい。」

 

頰をデレっとさせて数十分ずっとそのケーキを見ていたことは懐かしい

和のケーキを傾向的に好むが洋風のケーキも食べることもある。

基本的に苦労人間ではあるが。いやだからこそ本心から甘えられる人を見つけなければならなかったのかもな。

そして10分もたたないうちにうどんが出来上がる

隼人はこういった生徒のサポートをしている。

隼人自身クラスでもっとも力のある生徒の一人であることには間違いないだろう

雫だけではなく。異世界に来たという現実を受け入れられない生徒は結構いるのだ。

 

「ありがとう。」

「いいって。俺にできるのはこういったことだしな。」

 

するとゆっくりながらも食べ始める雫。転移させられたこともあり、さらに磨きがかかった料理は地球でいうミシュ○ン3つ星を明らかに超える美味しさの料理のため、ただのたまごうどんであれど、外はふわふわ中は半熟のタマゴに、麺も程よい硬さのたまごうどんは明らかに高校生が作る料理ではなかった

 

「……おいしい。」

「そりゃよかった。」

 

一応白出汁をエンコ節でとり簡単にまとめてあるんだが本当にシンプルなうどんをフーフー息を吐きながら食べ続ける。料理技能がなくても料理がうまい人は多くいるのだが料理人の料理技能にはエンチャント効果があるらしい。たまごうどんは食欲の促進。なので雫のお腹にきちんとはいるのだ。

そして本当に美味しそうに食べる八重樫を見て隼人から笑顔が溢れる

隼人は元々人の笑顔を見るのが好きだった。料理を初めて始めたのも病弱な妹を笑顔にするための手段だったのがきっかけだったのだ。

そしてしばらくの間二人は黙り込む。雫がうどんを食べる音だけが部屋の中に響く

 

「ご馳走様。」

「お粗末さまでした。」

 

と隼人は笑顔で器を受け取ろうとしたが震える雫を見て一旦手を下ろす。

 

「……怖いか。」

 

単刀直入に聞いてみることにした隼人。何をとは言わないのが隼人の心遣いであろう。

するとやっぱり雫は頷く。無言が語っている。

それが雫が背負っているものだから

 

「そっか。」

 

小さく息を呑む。それが恐らく気がついている奴の総意だろう。

 

「愚痴でも聞こうか?お前も溜まっているだろうし。」

「…えっ?」

「怖いんだろ?女子にそんな顔されたらさすがに放っておけないっつーの。さすがに愚痴でも何でもいいから少し話してみろ。少しは楽になるかもしれないぞ。」

「……そうね。少し愚痴を聞いてもらってもいいかしら。」

 

すると雫は話し始める。よほど辛かったんだろう、今の精神状態を考えると恐らく誰にも話したことはないだろう雫の弱みを隼人は聞き始めた。

 

「私ね、中身は結構乙女チックなのよ。本当は剣術より、おままごとをしていたかったし、格好良い男の子に守られるお姫様なんかに憧れていたのよ」

 

そうして語られる過去。

 

「本当は剣術なんてやりたくはなかった。本当は道着や和服より、フリルの付いた可愛い洋服を着たかった。手に持つのは竹刀よりもお人形やキラキラしたアクセサリーがよかったわ。」

 

それは明らかに弱さというよりも雫が体験した過去だった

 

「光輝が家に入門して来たとき、王子様がやって来たのかと思ったわ。〝雫ちゃんも、俺が守ってあげるよ〟だったかしら?そんなことを言われてカッコイイ男の子との絵本のような物語を夢想したわ。彼なら自分を女の子にしてくれる。守ってくれる。甘えさせてくれるって。」

 

棘が押し寄せてくる。それからどんどん荊の棘が大きくなっていく。

 

「光輝がもたらしたのは、私に対するやっかみだけだったのよ。須藤くんも分かると思うけど、光輝ってあぁいう性格でしょ。小学生の時から正義感と優しさに溢れ、何でもこなせる光輝は女の子達の注目の的だったわ。女の癖に竹刀を振り、髪は短く、服装は地味で、女の子らしい話題にも付いていけない私が、そんな彼の傍にいることが女の子達には我慢ならなかったのでしょうね」

 

どこか悲しそうに息を呑む、何か嫌なことがあったのだろう。

するとすがるように隼人を見る雫はどこか自嘲気味に直球で聞いてきた

 

「須藤くんはどう思う?この手、剣ダコだらけでしょう?やっぱり、女の手じゃないって思うかしら」

「女の手って言われてもなぁ。ぶっちゃけ綺麗だとは思うけどな。」

「綺麗?」

「なんか努力している人って綺麗って思うんだよ。俺は逆に傷一つない手の方が嫌だな。」

「そ、そう。」

 

本心だった。隼人自身運動はそこまで得意ではないが包丁を握り続けているため肉刺ができている。

そして少し隼人は考え雫の手を握る。

ちょっとと答えるが隼人は手を軽くマッサージするかのように優しく触れている。

 その行動に、雫はそれが本心からの言葉だと理解すると掌を晒しているのが急に照れくさくなった

 

「というよりも昔とは状況が違うだろ?甘えられる友達がお前にはすぐそばにいるだろ?」

「香織のこと?」

「あぁ。あいつだってお前が素直になる時を待っているんじゃないのか?まぁ今回の件みたいなことは未だに話せないけど女性関係のアクセサリーや交友関係についてはあいつは結構詳しいだろうしな。あっちに戻ったらあいつの着せ替え人形にでもなってみれば?あいつのことだから喜々としてお前の服を見繕ってくれると思うぞ」

 

一時期は仲がよくなかった時期もあったが雫のことを任せられるのは香織しかいないと確信していた隼人、だから一番甘えられる人をさした。

 

「香織のことだからどれも似合っているとか言いそうね。」

「お前もたまには甘えてもいいだろ。俺もできることなら付き合うしな。とびっきり甘い甘味でも作ってやってもいいし、巨大パフェを作ってやってもいいぞ」

「…私が甘いものばっかり好きだと言っているのかしら?」

「いやお前、俺に甘味しか頼まないだろうが。お前の好物くらいな地球に戻ったらいつでも作ってやるよ」

 

雫はそれが隼人なりの甘やかし方だと気づく。

隼人は雫のことを結構雑に扱っていた。

からかうことが多く、毒を吐いたり軽く叩いたり、それが適度な毒抜きになっており、雫自身あまり気づいていなかったが心が気楽になっていたのだ。からかわれても軽い言葉ばっかりで嫌いだと思ったことはない。それどころか雫にあった甘いものや可愛いものを見つけると真っ先に雫に見せていた隼人の薦めてきたものをこっそり買ったりしていた。

他にも困った時は真っ先にフォローに入ったり、香織の応援に付き合ってもらったり無茶振りだってしたことがある。それでも何かと雫の助けになっていた。

少し気が楽になって隼人がなんでそういうことをしていたのか気づいてしまった。

あえてちょっかいを出すことで隼人は自分の毒抜きをしてくれていたんだと。

即ちそれは地球のころから自分のことを心配していたのだ。苦労人気質であるからこそ、助けを求める場所。甘えられる場所を自分でも知らないうちに作ってもらっていたのだ。

雫の囲っていた何かが溶かされていく。そして隼人の顔を見る。

光輝みたいカッコイイとはいえない、運動も得意な方ではない。勉強も光輝ほどできるわけでもない。

ただ優しい。そう優しくそして自分のことを女の子として見ている男子。今だってこうやって心配してくれる

妙に恥ずかしくなって、雫は顔に熱が集まる。心拍数が過去最速で心臓が体に血を送ろうとしている

それはもう紛れもない感情だったが認めなくなかった。

隼人の好きな人は見ていたらわかるから認めなくなかったのかもしれない

 

「そうね。それじゃあ。」

 

少し言葉にして考える振りをする。それでももう少し隼人と長い時間居たかった。

せめてこの時間だけはもう少し甘えたい

そんな想いを抱くのは初めてだった

そして本当に食べたいもの。そんなもの一つしかない

隼人が雫のために作ったもの

 

「たまごうどん。」

「ん?」

「えぇ。たまごうどんがいいわ。」

 

すると満面笑みで雫は答えた



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オルクス大迷宮

現在、隼人達は【オルクス大迷宮】の正面入口がある広場に集まっていた。


俺としては薄暗い陰気な入口を想像していたのだが、まるで博物館の入場ゲートのようなしっかりした入口があり、受付窓口まであった。制服を着たお姉さんが笑顔で迷宮への出入りをチェックしている。

 なんでも、ここでステータスプレートをチェックし出入りを記録することで死亡者数を正確に把握するのだとか。戦争を控え、多大な死者を出さない措置だろう。 

 入口付近の広場には露店なども所狭しと並び建っており、それぞれの店の店主がしのぎを削っている。まるでお祭り騒ぎだ。

 浅い階層の迷宮は良い稼ぎ場所として人気があるようで人も自然と集まる。馬鹿騒ぎした者が勢いで迷宮に挑み命を散らしたり、裏路地宜しく迷宮を犯罪の拠点とする人間も多くいたようで、戦争を控えながら国内に問題を抱えたくないと冒険者ギルドと協力して王国が設立したのだとか。入場ゲート脇の窓口でも素材の売買はしてくれるので、迷宮に潜る者は重宝しているらしい。

 

「……何食べているの?」

 

園部が隼人を見ると隼人の手には大量の串が握られている

 

「ビックビーの串揚げ。いわゆるハチの唐揚げらしい。」

「本当に何食べているのよ!!」

「いや。だってこれうまいんだよ。見た目は良くないけど。サクサクしてなんか殻付きのエビみたいで。軽く塩をかけると余計に美味しく感じるし。ついでにオオスズメバチを針を抜いて食べたら結構美味しいぞ。イナゴなんかは佃煮も販売されているはずだし。」

 

ポリポリと食べる隼人に呆れたようにする園部。

それをすごい勢いで食べ終えると俺はふぅと息を吐く

 

迷宮内に入ると、一転迷宮の中は、外の賑やかさとは無縁だった。

縦横五メートル以上ある通路は明かりもないのに薄ぼんやり発光しており、松明や明かりの魔法具がなくてもある程度視認が可能だ。緑光石という特殊な鉱物が多数埋まっているらしく、【オルクス大迷宮】は、この巨大な緑光石の鉱脈を掘って出来ているらしい。

一行は隊列を組みながらゾロゾロと進む。しばらく何事もなく進んでいると広間に出た。ドーム状の大きな場所で天井の高さは七、八メートル位ありそうだ。

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

その言葉通り、ラットマンと呼ばれた魔物が結構な速度で飛びかかってきた。

 灰色の体毛に赤黒い目が不気味に光る。ラットマンという名称に相応しく外見はねずみっぽいが……二足歩行で上半身がムキムキだった。八つに割れた腹筋と膨れあがった胸筋の部分だけ毛がない。まるで見せびらかすように。

 正面に立つ天之河達特に前衛である雫の頬が引き攣っている。やはり、気持ち悪いらしい。

間合いに入ったラットマンを勇者パーティーの三人で迎撃する。その間に、後衛である恵里、香織、鈴が詠唱を開始。魔法を発動する準備に入る。

天之河は純白に輝くバスタードソードの形をしたアーティファクトである聖剣を振るって数体をまとめて葬っている。龍太郎は天職が〝拳士〟であることから籠手と脛当ての形をしたアーティファクトを装備している。このアーティファクトから衝撃波を出すことができ決して壊れないらしい。無手でありながら、その姿は盾役の重戦士のようだ。

雫は言わずもがな〝剣士〟の天職持ちで刀とシャムシールの中間のような剣を抜刀術の要領で抜き放ち、一瞬で敵を切り裂いていく。スピードに任せた戦い方とは大違いで洗練された動きだ。

しばらく経つと詠唱が響き渡った。

 

「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ――〝螺炎〟」」」

 

三人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を吸い上げるように巻き込み燃やし尽くしていく。するとラットマンは断末魔の悲鳴を上げながら灰へと変わり果て絶命する。

時間にして20秒、他の生徒の出番はなしだ。これじゃあ蹂躙といっても過言ではないだろう

……魔石欲しかったなぁ

 

「ああ~、うん、よくやったぞ!次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

 

メルド団長の言葉に魔法支援組の3人は、やりすぎを自覚して思わず頬を赤らめるのだった。

なお、隼人と優花の班もチートの集まりみたいなものなので簡単に撃退していた。

ハジメの方を見ると錬成を使って敵を封じ込め確実に敵を殺していく。

感心しながら大丈夫そうだと笑い少しカバーに入りながらも進んでいき数時間後には20層に到達していた

 

「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ! 今日はこの二十階層で訓練して終了だ! 気合入れろ!」

 

メルド団長のかけ声がよく響く。

少しばかり休憩した後に二十階層を探索する。

迷宮の各階層は数キロ四方に及び、未知の階層では全てを探索しマッピングするのに数十人規模で半月から一ヶ月はかかるというのが普通だ。

現在、四十七階層までは確実なマッピングがなされているので迷うことはない。トラップに引っかかる心配もないだろう

 二十階層の一番奥の部屋はまるで鍾乳洞のようにツララ状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。この先を進むと二十一階層への階段があるらしい。少し綺麗だと思うのは自分だけだろかと思いながら進む

そこまで行けば今日の実戦訓練は終わりだ。一行は、若干弛緩した空気の中、せり出す壁のせいで横列を組めないので縦列で進む。

すると、先頭を行く光輝達やメルド団長が立ち止まった。訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔物のようだ。

 

「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」

 


メルド団長の忠告が飛ぶ。

 その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。

 


「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

メルド団長の声が響く。

 

勇者達が相手をするようだ。飛びかかってきたロックマウントの豪腕を坂上が拳で弾き返す。天之河と雫が取り囲もうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。


 龍太郎の人壁を抜けられないと感じたのか、ロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。

 まずいと思った直後、

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

 部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。

 

「ぐっ!?」

「うわっ!?」

「きゃあ!?」

 


体をビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの硬直してしまう。ロックマウントの咆哮をくらってスタン状態に前衛陣が陥った。

ロックマウントはその隙に突撃するかと思えばサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ後衛組に向かって投げつけた。咄嗟に動けない前衛組の頭上を越えて、岩が後衛へと迫る。

詠唱途中の後衛陣は魔法を唱えようとするがその岩は実はロックマウント。正直隼人でも気持ち悪いと思うほどであったので女子はもっと苦手であろう。詠唱を止めてしまう

 

「こらこら、戦闘中に何やってる!」

 慌ててメルド団長がダイブ中のロックマウントを切り捨てる。

香織達は「す、すいません!」と謝るものの相当気持ち悪かったらしく、まだ、顔が青褪めている。

そんな様子を見てキレる勇者に一応詠唱を始めた

 

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

 


どうやら気持ち悪さで青褪めているのを死の恐怖を感じたせいだと勘違いしたらしい。彼女達を怯えさせるなんて! と、なんとも微妙な点で怒りをあらわにする天之河。それに呼応してか彼の聖剣が輝き出す。

「万翔羽ばたき、天へと至れ――〝天翔閃〟!」

「あっ、こら、馬鹿者!」

 


メルド団長の声を無視して、天之河は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。

 その瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。逃げ場などない。曲線を描く極太の輝く斬撃が僅かな抵抗も許さずロックマウントを縦に両断し、更に奥の壁を破壊し尽くしてようやく止まる。雫が頭を抑える


 パラパラと部屋の壁から破片が落ちる。「ふぅ~」と息を吐きイケメンスマイルで香織達へ振り返った天之河に笑顔で迫っていたメルド団長は拳骨を食らわせた。

 

「へぶぅ!?」

「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」

 


メルド団長のお叱りに「うっ」と声を詰まらせ、バツが悪そうに謝罪する天之河。

慰めようとした香織が崩れた壁の方にふと視線を向けた。

 

「……あれ、何かな? キラキラしてる……」

 


その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。

そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 


グランツ鉱石とは、言わば宝石の原石みたいなものだ。特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ三に入るとかとハジメが言っていたなぁっと隼人が思い出す。。

 

「素敵……」


 

 香織が、メルドの簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けていた。隼人と雫は気づいて苦笑していたが

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

 そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それに慌てたのはメルド団長だ。

 


「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」

 

 しかし、檜山は聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。

 メルド団長は、止めようと檜山を追いかける。同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。

 

「団長! トラップです!」

「ッ!?」

 


しかし、メルド団長も、騎士団員の警告も一歩遅かった。

檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップ。

魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していく。

「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」

 


 メルド団長の言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが間に合わない。

 部屋の中に光が満ち、クラスメイトの視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。

隼人達は空気が変わったのを感じた。次いで、ドスンという音と共に地面に叩きつけられた。

尻の痛みに呻き声を上げながら、隼人は周囲を見渡す。クラスメイトのほとんどは俺たちと同じように尻餅をついていたが、メルド団長や騎士団員達、一部の前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている。

 

「園部。」

「あっ。ありがとう。ここは?」

「わからん」

 

 転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはある橋は下に川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。

橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。隼人達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。

それを確認したメルド団長が、険しい表情をしながら指示を飛ばした。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 


 雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。

だけどそんな甘く行くはずがない

階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現したからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が……

その時、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルド団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。

 

――まさか……ベヒモス……なのか……

 



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ベヒモス

すいません感想の返答かけませんでした。
バイト先から帰ったら返信しますんで。


 橋の両サイドに現れた赤黒い光を放つ魔法陣。通路側の魔法陣は十メートル近くあり、階段側の魔法陣は一メートル位の大きさだが、その数がおびただしい。

 小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物〝トラウムソルジャー〟が溢れるように出現した。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は、既に百体近くに上っており、尚、増え続けているようだ。

しかし、数百体のガイコツ戦士より、反対の通路側の方がヤバイと俺は感じていた。

 十メートル級の魔法陣からは体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が出現したからだ。もっとも近い既存の生物に例えるならトリケラトプスだろう。ただし、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っているという付加要素が付くが……

メルド団長が呟いた〝ベヒモス〟という魔物は、大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた。

 


「グルァァァァァアアアアア!!」

「ッ!?」

 

隼人は息を飲むと全てを理解する

ここは一歩間違えたら全滅すると

 

「紅蓮の焔を咲き乱れ。全ての大地に焔よ渦巻け。渦火。」

 

隼人はそういって呪文を唱える。初級の範囲技だがチートの魔力はすごいらしくすぐに炎に包まれる。

 

「園部。戦えないのなら俺の後ろに隠れてろ」

「は、隼人?」

「……やるしかねぇか。」

 

隠しておきたかったが、俺はホルスターから銃を抜く

 

「ハジメ。」

「うん。」

 

ハジメも同じタイミングで銃を抜きトリガーを合わせ

 

 

ドォンッ!ドォンッ!と二発の銃声が聞こえ一撃で骸骨を葬る

 

「「「えっ?」」」

 

近くにいた園部のパーティーが隼人とハジメの方を見る。

王都で稼いだ金で作った一品だ。

二つしかないがそれでもハジメが作っただけあって威力は十分だ

その間も周りを気にせず銃を撃っていき、合間を見計らって隼人が指示を出す。

 

「とりあえず天之河が来るまで待機だな。隊列組むぞ。さすがと俺とハジメだけじゃちょっときついし。」

「お、おう。」

 

隼人の銃撃でどうやら目が覚めたらしく隊列を組み直していく

銃、それは俺たちの世界でも有力な武具で、よくFPSなどの娯楽でも登場してくる。

ハジメは作業スペースでしか撃ったことはないが、俺はフィールドに出て実験として魔物を狩っていた。銃二丁をたった2週間で完成させたのはハジメの物作りの才能があってこそだろう。

でも本当に辛いと判断しざるを得ない、

誰も彼もがパニックになりながら滅茶苦茶に武器や魔法を振り回したり発動している。このままではいずれ死者が出る可能性が高い。騎士アランが必死に纏めようとしているが上手くいっていない。そうしている間にも魔法陣から続々と増援が送られてくる。

必要なのは強力なリーダーと道を切り開く火力。調子に乗らせたくないけど、天之河しかやっぱりいないか。

 


「ちょっと天之河のところに行ってくる。前線頼む。」

「お、おう。」

「私も行くわ。」

 

どうやら優花もついてくるらしい。

まぁ今はこっちは回りそうだし、それなら説得を頼んだほうがいいだろう。

 

「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」

「雫ちゃん……」

 


苛立つ雫に心配そうな香織。

勇者パーティーは隼人が思っていたよりも現実が見れてないようだった。

 

「天之河くん!!」

「おい。天之河さっさと引け。」

「なっ南雲!?」

「南雲くん!?」

「隼人と園部も?」

 

 驚く一同に南雲は必死の形相でまくし立てる。

 

「早く撤退を! 皆のところに! 君がいないと! 早く!」

「いきなりなんだ? それより、なんでこんな所にいるんだ! ここは君がいていい場所じゃない! ここは俺達に任せて君たちは……」

「「そんなこと言っている場合かよ!」」

 

隼人たちを言外に戦力外だと告げて撤退するように促そうとした天之河の言葉を遮る。今までにない乱暴な口調で怒鳴り返した。

 

「見てよ。みんなを、あれが見えないの!?みんなパニックになっているのよ!」

「リーダーがいないからだ!一撃で切り抜ける力が必要なんだ! 皆の恐怖を吹き飛ばす力が! それが出来るのはリーダーの天之河くんだけでしょ! 前ばかり見てないで後ろもちゃんと見て」

 

優花とハジメが後に続く

元々同じリーダータイプの優花の言葉と元々いつも苦笑いしながら物事を流す大人しいイメージとのギャップはかなり効いたらしい

呆然と、混乱に陥り怒号と悲鳴を上げるクラスメイトを見る光輝は、ぶんぶんと頭を振るとハジメに頷いた。

「ああ、わかった。直ぐに行く! メルド団長! すいませ――」

「下がれぇーー!」

 


〝すいません、先に撤退します〟――そう言おうとしてメルド団長を振り返った瞬間、その団長の悲鳴と同時に、遂に障壁が砕け散った。


暴風のように荒れ狂う衝撃波が俺達を襲う。咄嗟に、ハジメが前に出て錬成により石壁を作り出すがあっさり砕かれ吹き飛ばされる。多少は威力を殺せたようだが……


 舞い上がる埃がベヒモスの咆哮で吹き払われた。

 

「ぐっ……龍太郎、雫、時間を稼げるか?」

 


天之河が問う。それに苦しそうではあるが確かな足取りで前へ出る二人。団長たちが倒れている以上自分達がなんとかする他ない。


 

「やるしかねぇだろ!」

「……なんとかしてみるわ!」

 


 二人がベヒモスに突貫する。

 


「香織はメルドさん達の治癒を!」

「うん!」

 

隼人の指示で香織が走り出す。

恐らくだけど今のレベルでダメージを与えられるのであれば、メルド団長が倒しているはずだ

今どうやったら逃げ切れる?

隼人は考えるとさっきの洞窟で使っていた錬成を思い出す。

 

「……南雲、お前地面を変化できたよな?錬成で天之河たちが来るまでベヒモスを抑え込めるか?」

「……やっぱりそうするしかないよね?」

「あぁ。それで逃げ出す時に俺の氷魔法で上書きすれば逃げ出せる可能性は高いんじゃないか?」

 

ハジメは少し考える。成功するかはわからない

だけど隼人たちだけが危ない橋を渡ろうとした

 

「……うん。やってみる価値はあると思うよ。」

「私も少し水属性の適正はあるから手伝うわよ。」

「えっ?園部さんも?」

「私も隼人に頼ってばっかりじゃいられないし、そうしたいから。」

 

恐らくもう覚悟は決めたのであろう。

正直隼人はあまり変わらないと思っていたが、それでも隼人と優花のグループを見るとしっかりと統制がしかれているのを見て頷く。

 

「ボケッとするな! 逃げろ!」

 


メルド団長の叫びに、ようやく無傷というショックから正気に戻った天之河達が身構えた瞬間、ベヒモスが突進を始める。そして、天之河達のかなり手前で跳躍し、赤熱化した頭部を下に向けて隕石のように落下した。

天之河達は、咄嗟に横っ飛びで回避するも、着弾時の衝撃波をモロに浴びて吹き飛ぶ。ゴロゴロと地面を転がりようやく止まった頃には、満身創痍の状態だった。

どうにか動けるようになったメルド団長が駆け寄ってくる。他の騎士団員は、まだ白崎による治療の最中だ。ベヒモスはめり込んだ頭を抜き出そうと踏ん張っている。

 


「お前等、動けるか!」

 

とどうやら勇者パーティーも騎士たちも動けそうにない

 

「メルド団長。俺たちが引き継ぎます」

「えっ!ダメだ逃げろ!」

「いいから作戦を聞いてください」

 

そして俺はメルド団長に作戦を伝える。

するとぎょっとしていたがそれが最善手であることがわかったのだろう。

 

「やれるんだな?」

「やります。」

 

決然とした眼差しを真っ直ぐ向けてくるハジメに、メルド団長は「くっ」と笑みを浮かべる。

 


「まさかお前達三人に命を預けることになるとはな。……必ず助けてやる。だから……頼んだぞ!」

「はい!」

 


 メルド団長はそう言うとベヒモスの前に出た。そして、簡易の魔法を放ち挑発する。ベヒモスは、先ほど光輝を狙ったように自分に歯向かう者を標的にする習性があるようだ。しっかりとその視線がメルド団長に向いている。

 

そして、赤熱化を果たした兜を掲げ、突撃、跳躍する。メルド団長は、ギリギリまで引き付けるつもりなのか目を見開いて構えている。そして、小さく詠唱をした。

 


「吹き散らせ――〝風壁〟」

 

 詠唱と共にバックステップで離脱する。


その直後、ベヒモスの頭部が一瞬前までメルド団長がいた場所に着弾した。発生した衝撃波や石礫は〝風壁〟でどうにか逸らす。大雑把な攻撃なので避けるだけならなんとかなる。

再び、頭部をめり込ませるベヒモスに、ハジメが飛びついた。

 

「「冷やせ、冷光」」

 

元々温度調節する魔法であり軽い冷気で赤熱化の影響を消していく。そしてハジメも詠唱した。名称だけの詠唱、最も簡易で唯一の武器。

 

「錬成」

 

石中に埋まっていた頭部を抜こうとしたベヒモスの動きが止まる。周囲の石を砕いて頭部を抜こうとしても、ハジメが錬成して直してしまうからだ。

ベヒモスは足を踏ん張り力づくで頭部を抜こうとするが、今度はその足元が錬成される。ずぶりと一メートル以上沈み込む。更にダメ押しと、南雲はその埋まった足元を錬成して固める。

サポートできない部分は魔法陣を書きながら水を出す魔法と凍らせる魔法を隼人と園部が分担して逃げ出せないようにしている。

ベヒモスのパワーは凄まじく、油断すると直ぐ周囲の石畳に亀裂が入り抜け出そうとするが、その度に錬成をし直して抜け出すことを許さない。ベヒモスは頭部を地面に埋めたままもがいている。中々に間抜けな格好だ。

しばらく同じことを続けていると悲鳴が聞こえなくなり、次第に歓声に変わっていく。

どうやら天之河がアッチに合流したらしくもはや相手にならないようになっていた。

……ハジメの汗がやばいな

もうそろそろタイムリミットが近いので最大限の魔力を伴った詠唱に入っている。

隼人は氷のオリジナル魔法の魔法陣を書き終わると詠唱に入っていた。

ハジメはもう直ぐ自分の魔力が尽きるのを感じていた。既に回復薬はない。チラリと後ろを見るとどうやら全員撤退できたようである。隊列を組んで詠唱の準備に入っているのがわかる。

ベヒモスは相変わらずもがいているが、この分なら錬成を止めても数秒は時間を稼げるだろう。その間に少しでも距離を取らなければならない。それに既に隼人たちが詠唱に入っている

 額の汗が目に入る。極度の緊張で心臓がバクバクと今まで聞いたことがないくらい大きな音を立てているのがわかる。

タイミングを見計らって目を離す。

そして、数十度目の亀裂が走ると同時に最後の錬成でベヒモスを拘束し、ハジメが俺たちの隣を通り過ぎたあたりで同時に、魔法を解き放った

 

「「雪嚢」」

 

すると雪崩のごとく大量の雪が押し寄せてくる

それと同時一気に駆け出す。

隼人はステータスは前衛職ではないので圧倒的に足が遅い。

雫の10分の1くらいといえばわかりやすいだろう。

だからハジメに追いつくのに8秒近くかかり、それと同時に怒りの咆哮を上げるベヒモスは追いかけようと四肢に力を溜めた。

だが次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。

夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めになっている。

十分だろうと思いそのまま足を走らせ躓かないように走る

ベヒモスとの距離は既に四十メートルは広がった。

その時後衛陣にいるはずのない人間を見かける。

 

なんで檜山がいるんだ?

と一つだけ後衛陣の中でつい気になったところを見てしまう。

するとあいつの適正は風のはずなのに火の球が3つ放たれた。

 

「ハジメ。優花。飛べ!!」

 

隼人の言葉に一瞬隼人に視線を集めてしまった

無数に飛び交う魔法の中で、その3つの火球がクイッと軌道を僅かに曲がる。言うまでもない。檜山の魔法であり明らかに隼人たちを狙っての魔法だった

瞬間とっさに三人回避をこころみるが

 

「あぐぅ。」

「「園部(さん)」」

 

魔法の一つが園部の足に直撃したのを見て隼人は自然と優花に駆け寄っていた。

……生きたいとかそんな些細な感情は隼人にはなかった。

 

笑っている優花を見ると胸が熱くなって。

料理している姿を見られていると少し照れ臭くて。

泣いている優花を慰めて

くだらない話で盛り上がって

走馬灯みたいに思い出が僅かの時間で思い出せてくる

自覚するのが遅かった

隼人は園部のことが好きだったのだと

 

だから最後は

何もしてやれなかったから

もう会えないのなら

死んでもいい

でも最後は優花の側でいたい

 

隼人は園部に近寄りからっきしの魔力で余り適正のないが痛みを抑える回復魔法を使う。

 

「隼人。なんで?」

「好きな奴見捨ててまで生きたいと思えないからな」

 

恐らく最後の言葉であろう声に少し園部が驚いたようにして、そして少し恥ずかしそうに小さな声で「馬鹿」といいつつ抱きついてくる

その言葉の通りもう目の前にはベヒモスが接近している。どうやら標的は運悪く優花だ

そして、赤熱化した頭部を盾のようにかざしながら隼人たちに向かって突進してくる。

遠くで焦りの表情を浮かべ悲鳴と怒号を上げるクラスメイト達。

目を閉じその時を待っているところだった。

 

「錬成」

 

声が聞こえるとベヒモスはバランスを崩し転びこむ。衝撃は目の前にいつのまにかできていたと土壁が俺たちを守っていた

 

「南雲くん?」

「園部さんを背負って逃げよう。」

 

隼人はハッとして園部を背負おうとした時だった

ベヒモスの突進した衝撃が橋全体が震動したのだろう。着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が走る。メキメキと橋が悲鳴を上げる。

そして遂に……橋が崩壊を始めた。

 

「グウァアアア!?」

 


 悲鳴を上げながら崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。しかし、引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。ベヒモスの断末魔が木霊する。

それは隼人たちも同様で隼人も逃げれると思ったのだが、さすがに優花を置いていくことには違いはなかったので逃げるのを諦めた。

そして落下を始めると暗い笑みを浮かべる檜山を睨みつけ隼人たちは地下へと落ちていった。



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奈落の底で

感想とメッセージいつもありがとうございます。
今日は昨日の返信が遅れたのと、アンケートを取りたいので3回投稿とさせてもらいます
まぁハジメと隼人のヒロイン枠の追加の件なんですけどね。
多分二つアンケートとると思います。期限は三日とさせてもらいます。
後前話に少し描写を加えたので少しだけ内容が変わっています
落下するところは変わっていませんけど。


 ザァーと水の流れる音がする。

 冷たい微風が頬を撫で、冷え切った体が身震いした。頬に当たる硬い感触と下半身の刺すような冷たい感触に隼人は目を覚ました。

ボーとする頭、ズキズキと痛む全身に眉根を寄せながら両腕に力を入れて上体を起こすとそこには

 

「園部。ハジメ!!」

 

運が良かったのか分からないが俺は目の前に二人がいるのを見つける

すると園部も南雲も目が少しずつ覚めていき

 

「痛っ〜。って須藤くん。」

「えっと。あれ?隼人と南雲くん?」

「生きてたな。確か、橋が壊れて落ちてなんか水に流されたんだよな。まぁその衝撃で俺たちはどうやら全員気絶してたらしいけど」

 

奈落に落ちていながら助かったのは全くの幸運だった。落下途中の崖の壁に穴があいており、そこから鉄砲水の如く水が噴き出していたのだ。ちょっとした滝である。そのような滝が無数にあり、隼人たちは何度もその滝に吹き飛ばされながら次第に壁際に押しやられ、最終的に壁からせり出ていた横穴からウォータースライダーの如く流されたのである。とてつもない奇跡だ。

 

「そっか。助かったんだな。はっくしょん!」

「うぅ。寒い。」

「あ〜体が冷えているのか。とりあえず火をつけたいのはいいんだけどまずハジメ。地下にとりあえず穴ほってくれ。とりあえず現状確認と持ち物の確認だけは先に済ませないと。それにさすがに俺の実力じゃ今は園部の怪我を治せないからな。魔物が現れたらさすがに銃を持っているとはいえきつい」

 

明らかに曲がってはいけない方向に曲がっている。隼人はカバンがあるかを確認するとポシェットはどうやら無事だったらしく応急処置の道具とうどんの乾麺が10人前。そしてナイフが入っていた。

 

「……そうだね。錬成」

 

壁に縦百二十センチ横幅70cm奥行二メートルの穴が空く。

そうして入り口をしめ上を立てるくらいまで天井を広げていくと隼人は優花を背負う

しばらくそれを続けているとなんやら液体が流れていく

 

「ん?って水源あるのか。それならそこを拠点にして装備を整えた方が良さそうだな。」

「えっ?すぐに上層に向かわないの?」

 

優花が首をかしげる。確かにすぐに上に戻りたいのは分かる。

でもそれだけは絶対にやってはならないのを気づいていた。

隼人は自分でも驚くくらい落ち着いていたのだ。

 

「あぁ、さすがにこの装備で上層に向かうのは厳しいだろうしな。おそらく落下したってことは魔物のレベルが数段階上がっているはずだ。恐らく80層から90層くらいじゃないか?」

 

その言葉にハジメと優花はぎょっとした様子で隼人を見る

 

「そっか。確かにそうだね。それならしばらくはそこを拠点にして装備を整えよう。」

「鉱石もかなりいいものが集まっているし鑑定技能で鉱石を探しているけど結構いい鉱石があるから装備も銃くらいならなんとかなるって……」

 

と思って俺は液体に鑑定を使ったところだった

 

 

神水

これを飲んだ者はどんな怪我も病も治るという。欠損部位を再生するような力はないが、飲み続ける限り寿命が尽きないと言われており、そのため不死の霊薬とも言われている。

 

との文字に俺はポカーンと口を開けてしまう

 

「……どうしたの?」

「……これ神水だ。」

「神水?」

「神水ってあの伝説の?」

「あぁ。」

 

隼人は液体を飲んでみる。

すると軽く飲んだだけで脳がクリアになっている。打撲の痛みは引き、体が軽くなったように感じる

 

「……恐らく魔力回復に回復効果。あとは疲労緩和か?ハジメこれに沿って掘ってくれないか?バッチィかもしれないけどこの液体を飲んでいったら魔力が回復すると思うから。園部も悪いけど痛みはあると思うけど。」

「え、えぇ。」

 

とりあえずまずは生き残ることだけ考えよう。そうしないと真面目に恥ずかしくて園部の顔が見れないし。

生きていたのが少し奇跡的だけど、死ぬと思っていたから、園部に告白したんだよな?

……流石に目を見て話せとか無理。

死ぬ前だったのでさすがにあの告白はないわ〜とか色々悶えたいが背中には優花がいるから動くことができない。

そうやってもんもんと過ごしていると

 

「これは……」

「すげぇな。」

「綺麗。」

 

 そこにはバスケットボールぐらいの大きさの青白く発光する鉱石が存在していた。

 その鉱石は、周りの石壁に同化するように埋まっており下方へ向けて水滴を滴らせている。神秘的で美しい石だ。アクアマリンの青をもっと濃くして発光させた感じが一番しっくりくる表現だろう。

危機感を忘れて見とれてしまうほどに美しかった

 

隼人がその鉱石を鑑定すると

 

神結晶

 

大地に流れる魔力が、千年という長い時をかけて偶然できた魔力溜りにより、その魔力そのものが結晶化したもの。直径三十センチから四十センチ位の大きさで、結晶化した後、更に数百年もの時間をかけて内包する魔力が飽和状態になると、液体となって溢れ出す。

 

「……なるほどな。」

 

俺は少し考えると

 

「南雲、園部。やっぱりここを拠点にしよう。この神水を使いながら上に上がれるだけの力をつける。恐らく長い戦いになるだろうしな」

「う、うん。そうだね」

「とりあえず、”火種”」

 

と隼人は火種を付ける。魔力で燃やしているので火種には困らないしな

 

「どっか鍋ないかな?うどんがあるからひと束ずつ湯がけるんだけど。」

「ううん。今は大丈夫だからとりあえずみんなで生き残る方法を考えよう。食事は大事にした方がいいと思う。」

「うん。その前に私はえっと神水だっけ?飲んでもいいかしら?」

「それが先だな。まぁ少し食事については心当たりがあることはあるけど。あんまり薦めたくはないなぁ。恐らくかなりの痛みになると思うし。」

 

するとようやく隼人たちは笑みがこぼれる。とりあえずは一息つけそうだった



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料理人の本質

三話目です。前話と今話でアンケート実施中です。
一話ごとに異なるアンケートを実施していますのでよろしくお願いします


「錬成。」

 

ハジメが床を操り三体の狼の動きを止めると

 

ダンッダンッ

 

と3匹の群れている狼の魔物を隼人と優花はこっそり撃ち抜く

落下してから3日がたち俺たちはやっと三体の魔物を仕留める

3日の調査で一番弱いのが狼であることはわかっていたのだ。

なぜ魔物の調査を行なったのか理由を言うならばハジメが犠牲になったからだろう

初日に単独行動をしていると途中で熊みたいな魔物に出会い、ハジメは腕が食われたらしい。痛そうであるが気にするなという言葉と生きて帰った来たことで神水をすぐ飲ませ、俺が異世界製増血薬を持っていたのですぐに服用したおかげでハジメは助かった。多少口調は変わったが俺たちには変わらない態度で話していた。

それ以降集団行動が当たり前になり、隼人たちは安全に殺す方法と自分の技能を重点的に鍛え始めたのだ。

今俺たちは錬成を使いながら安全に狩を行なっていた。

というのも隼人たちの食事情を改善をするためだ。岩塩を少し見つけたのでひとまず塩分不足は免れ、糖分は少ないながら隼人が少しばかり持っていた

そして一匹ずつ穴に引きずって安全を確保した後に隼人が血抜きをしていく。

手慣れた様子で血抜きできるのは解体技能があり知識がすでに頭に入っているからだろう。

 

「どうだ?」

「……やっぱり硬いな。完全に柔らかくならないしな。味の方は食べてみないとどうにも言えない。」

「そっか。せっかく隼人の料理食べられると思ったんだけどね。」

 

少しだけ切り取り、そして軽く炙ると口に入れる

すると生臭く噛んだらゴムみたいな味だった。

魔物の肉は毒なので神水を飲み干す。

 

「う〜ん。ちょっと厳しそうだな。臭みと硬さを抜かないといけないし。なるべく食べやすくはするけど。味に期待はしないでくれると。」

 

と少し報告した矢先だった

 

「――ッ!? アガァ!!!」

 

突如全身を激しい痛みが襲った。まるで体の内側から何かに侵食されているようなおぞましい感覚。その痛みは、時間が経てば経つほど激しくなる。

 

「お、おい。隼人どうした」

「隼人!!」

「ぐぅあああっ。な、何がっ――ぐぅううっ!」

 


 耐え難い痛み。自分を侵食していく何かに地面をのたうち回る。

優花がハジメが作った石製の試験管型容器を取り出すと、栓を抜き中身を飲ませる。直ちに神水が効果を発揮し痛みが引いていくが、しばらくすると再び激痛が襲う。

 

「な、なんで。……うっいだいいだい。」

「隼人!?なんで神水を飲んでいるのに。」

「園部、もっと神水を飲ませろ!」

 

試験管の容器を持ってくる園部と慌てたように神水を汲みにいくハジメ。

これは隼人の料理技能が関係していた、

元々隼人の料理は素材を引き立てるような料理が多い。

出汁を作るときは素材の深み、香りなどすべてを引き立てた上で食欲も引き立てる。

雫みたいに恐怖で食事が喉を通らない人の食欲を引き立てるくらいには隼人の料理技能はチートだったのだ。

それでは魔物の肉の良さとはなんだろうか?

それは食べたものの細胞を破壊し、より強い細胞を生やしていく。

魔力を食べ自分の固有技能を強化する。

それはたった一匹の魔物を食べたとしたならばで三匹の魔物を食べるくらいの効果があることが痛みの元だったのだ

体が痛みに合わせて脈動を始めた。ドクンッ、ドクンッと体全体が脈打つ。至る所からミシッ、メキッという音さえ聞こえてきた。

しかし次の瞬間には、体内の神水が効果をあらわし体の異常を修復していく。修復が終わると再び激痛。そして修復。

神水の効果で気絶もできない。絶大な治癒能力がアダとなった形だ。

絶叫を上げ地面をのたうち回り、頭を何度も壁に打ち付けながら終わりの見えない地獄を味わい続けた。いっそ殺してくれと誰ともなしに願ったが当然叶えられるわけもなくひたすら耐えるしかない。

心配そうに見ているハジメとそして祈るように神水を飲ませていく優花。

そして痛みが治まったのはおよそ3時間後だった。

ぐったりしながら隼人は息をたえたえに優花に膝枕をされていた

隼人が立ち上がろうとしても優花が安静にしてと涙目でお願いされたことにさすがに言い返すことができず断念することになったのだ。

 

「はぁはぁ。神水さえ飲んでいれば大丈夫だろうと思っていたんだけど。」

「……そういや、魔物って喰っちゃダメだったか……」

「ん〜まぁ検証だし、まぁ毒味だったけどな。でも明らかに体が前よりも軽いんだけどなぁ。」

 

ステータスを見ると驚きのことが書いてあった

 

 

須藤隼人 17歳 男 レベル:1

天職:料理人

筋力:400

体力:400

耐性:400

敏捷:400

魔力:4000

魔耐:400

技能:魔力操作・料理[+食物鑑定][+レシピ作成][+料理の達人][+肉質変化]・解体[+血抜き] ・包丁術・目利き・気配感知・投擲術[+必中]・鑑定・胃酸強化・痛覚耐性・火属性適正[+消費魔力減少]・水属性適正[+氷魔法][+消費魔力減少]・纏火・言語理解

 

「…………は?」

 

おかしいだろこれ。

 

「どうしたのよ。」

「……いやステータスがおかしいんだけど。ステータスが全部10倍になっている。」

「えっ?」

「ちょっと見せろ!!」

 

ステータスを見せるとすると二人はじっくりと見る

理屈を考える隼人は一つだけ思い浮かぶものがあった

 

「もしかして超回復か?これ。」

「超回復ってなんだったか?」

「筋トレなどにより断裂した筋肉が修復されるとき僅かに肥大して治るという現象だ。骨なども同じく折れたりすると修復時に強度を増すんだよ。んで毒の魔物と神水で内側から細胞を破壊していき、神水で壊れた端からすぐに修復していく。その結果、肉体が凄まじい速度で強靭になったんじゃないか?」

「つまり痛みと引き換えに身体が強化されたってこと?」

「そういうことじゃないか?ちょっと離れて。危ないから。」

 

と隼人はさっきから変な感覚をあったのでもしかしてと思いそれを炎を想像すると

ぼぉっと無詠唱で炎が出てくる

 

「おぉ。すげぇ。」

「ちょ、無詠唱で魔法が使えるの?」

「それが魔力操作の技能ってことだろうな。へぇ〜。」

「多分だけど痛覚耐性と胃酸強化を持っているぶん次からはかなり楽になると思うけどこれやるんだったら最初の一回だけはかなり地獄だぞ。……どうする?」

 

隼人は二人に聞いてみる。でも二人とも当たり前のように言葉は返ってきた

 

「私はやるよ。」

「俺はやる。」

 

すると二人は覚悟を決めたように目をしていた。

 

「……そっか。なら少しは食べやすいように軽く炙るか。」

 

と俺は軽く魔物を見るとすると一つだけ変わったところがあった。

 

「……あれ?」

 

もしかしてと思い隼人は魔力を込める。そしてナイフを取り出すとするとストンと柔らかく切れるようになっていた。

 

「なんで?」

 

首を傾げてもどう見ても美味しそうな肉にしか見えない、さっきの硬い肉とは違ってストンと切れるようになっている。

 

「どうしたんだ?」

「いや、肉質が変化しているんだけど」

「……肉質?」

 

とりあえず串にさし、岩塩をかけて軽く炙ってみることにするとするといい匂いの肉が周辺に広がる。

 

「わぁ〜。美味しそう!!」

「……うまそうだな。」

 

先に味見する隼人。さっきとは違い肉質は柔らかく、市販の肉とそうかわらないと判断する

 

「もしかしたら肉質変化の影響かもな。……なんで俺が食べる前に現れなかったんだよ」

 

その予想は当たっていた。肉質変化は肉の硬さや匂い、そして旨味を変化させることが可能であり、元々の魔力たまりであることは変わらないがそれでも美味しい肉に変化することができたのだ。

そしてそれは魔物でも対応できる。

 

料理人。

ありきたりな職業であるが天職自体が料理人の人は滅多にいない。

料理がうまい人なんて天職なしでも多くいるし、元々はトータスで一番人気のない職業でもある。

しかしこの料理人という職業。ありきたりではあるのだが、異世界の料理人。それも地球にいた時から料理の腕前がある隼人がただの料理人であるわけがない。

そして料理人は美味しい料理を提供することが目的である。

すなわち口にした食材をなんでも美味しく調理することができるのだ。

つまり、口にした瞬間それに適した派生技能を覚えることができる。いわゆるチートの塊というわけだ。

そんなことを知らない隼人はステータスに違いを調べるのと二人の強化のためにそれぞれ違う狼を二枚焼き終えるとそれをハジメと優花に渡す

 

「ん。とりあえずほら。神水忘れんなよ。」

「あぁ。」

 

といいハジメと園部に肉を渡す。そして覚悟を決めたようにハジメと園部は食べ始めた。

そして自然と頰が緩む

 

「「美味しい!!」」

 

美味しそうに肉を頬張る。

隼人が少し複雑な顔をしながらその姿を見つめていた。

なお、痛みはすぐに訪れ二人の看病にその日1日を使ったのは言うまでもないことだった。




報告します。
レベルが1になっているところを訂正する人が多いのですが。これはレベルは1であっています。
成長限界があがり、さらに料理技能と加わりレベルが1になっています。


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閑話1 その頃王宮にて

メッセを送って来た人に王宮サイドの話を見たいと言う人がいたので急遽書きました
メッセは基本返答は書きませんが閑話など要望などが会った場合はなるべく受ける方向で。
それと大晦日はバイトが忙しく書く暇がないので明日は出せないと思います


私は目を逸らし続けていた。

 

隼人、ハジメ、優花が奈落に落ちてから五日が過ぎた。

クラスメイトはもちろんのこと、王都内でも多くの人が悲しみに包まれた。

特に隼人の死。

それはクラスメイトたちだけではなく王都内のギルド、商人、町人にもたった二週間で多くの物を残していたらしい。

隼人は商人や料理人に地球の食生活や料理についての技術を教えていた。

携帯食料や非常食が発達し雫に作ってくれたうどんも研究の一つだったのだろう。乾麺や錬成師と協力して缶詰が店頭に並んでいるらしい。今や隼人の死は冒険者や医療関係者から多く悲しまれて惜しまれていた。また地球の家庭でも作れるレシピを本にしてまとめていたらしく。主婦や多くの人に今も大事に読まれていた。

一度教会は無能扱いをした。しかし町人や冒険者は隼人が残したものを知っていたので猛反発を食らったのだ。おかげで今や教会でも力を持った愛ちゃんのおかげで王宮に残る選択をした生徒達の帰還を願うように調べ始めたのだった。

 

「あなたは私たちにどれだけの物を残してくれたの。」

 

愛ちゃんの言葉は光輝や檜山を除いてのクラスメイトの総意に違いなかった。

 

遺言書。

隼人はしっかりクラスメイト全員に向けての遺言書をリリィに渡していたらしい。

もちろんハジメや優花にも書いていたのだがそれは読まれることはないだろう。

 

日本語で書かれた手紙には教会が怪しいことや様々な思い出について書かれていた。一人数十ページにも及ぶ言葉に全員が一言一言噛みしめるように。涙を流しながら読み進めた。

その中でも一番反響が大きかったのは最後の一節だろう

 

『俺の家族に『家族でいられて幸せだったと。』俺以外の全員が生きて帰って告げてくれると俺の死も報われます。ありがとうございました。みんなは生きて帰れるように祈っています。みんなの好きだったレシピを添えて最後の手紙とします。』

 

その一言でクラスメイトの多くが息を飲んだ。いや目が覚めたといってもいいだろう。

今まではトータスの住民を救うために戦っていたのだが。隼人の目的は帰還であったことを伝えていたのだ。

それは多くのクラスメイトにも伝わり、今や自分たちが帰ることに力を入れ始めた。

 

二人の少女以外は

二人の少女は未だに奈落の底に落ちた二人の少年の死を受け入れてなかったのだ。

一人目は白崎香織だ。

あれから一週間一度も目覚めてはいない。

どうやら命に別状はないが眠り続けているらしい。

だが彼女は眠り続けているだけまだマシだっただろう。

もう一人の少女は未だ死を受け入れてはなかった

 

それは雫だった。

 

「須藤くん。」

 

その名を口にしただけで胸が痛く、雫は涙が溢れてくる。

雫は迷宮から帰った後、一度も部屋から出てはいない。

食欲はなく、光輝たちが会おうとしても一言で追い返すほどふさぎ込んでいた。

 

私たちが戦争に参加するって言わなければ。

私が光輝に賛同しなければもしかしたら三人は生きていたのかもしれない

須藤くんは生きていたのかもしれない

自分を責めずっと苦しみ続けている雫は暗闇の中で今日も初恋の少年の姿を想っていた。

 

「……なんでよ。なんで死んじゃうのよ。」

 

今となっては遅すぎる。どれだけ後悔しても仕切れない。

須藤くんの言葉でどれだけ救われていたのか

初めて自覚したこの気持ちを言葉に出すのだったら

 

「私は須藤くんのことが好き。」

 

認めるのも、声に出すのも遅かった。雫の手にはたった一枚のクシャクシャになった手紙。

認めたくない、

須藤くんが死んだなんて認めたくない。

 

「会いたいよ、須藤くん」

 

声が漏れる。

一人の少女のつぶやきはどこかに消えていった。

今日も返答がないまま時はすぎていく。

 

 

ちょうどそのころ香織の部屋には鈴と恵里が訪れていた。

クラスが今機能しているのはしっかり者の恵里とムードメイカーである鈴、バランスが取れている二人が指示を出しているからであり、それはまさにリーダーと呼べる才能の一つだ。

 

「香織大丈夫かなぁ。」

「大丈夫だよ。シズシズもカオリンもまた前みたいに笑える日がくるよ。」

 

と鈴が笑っている。しかし恵里は知っていた。鈴が無茶をしていることを

その原因はすぐに思い当たった

 

須藤隼人。

 

私たちの恩人でもあり、未だ諦めきれない初恋の相手だった。

恵里が初めて隼人と会ったのはとある橋の下だった。

その当時恵里は両親からのDV被害にあっていて自殺をしようとしていたのだ。

しかし偶然仕入れで通りすがった隼人に見つかり、料理を頂き、いつの間にか高校からであるが隼人の家で住み込みで働くことになったのだ。恵里自身にすらなんでそうなったのか今でも分からない。ただ隼人も隼人の家族も誰もがお人好しであることは間違いない。一度壊れていた恵里が完全に修復されるほどには。

恵里はその当時、隼人の両親と隼人の妹に会っていて、隼人の妹が原因で隼人の優しさが生まれているんだと思っていた。

隼人の妹はアルビノ個体で髪も肌も色白であることからイジメられていたことを隼人から聞かせてもらったことがあった。

アルビノは先天性の症状で、色素が少ないか全く無いことにより肌の色や髪の毛が白く、瞳の色がグレーやモスグリーンなどになる。他にも視力が弱い、まぶしい、紫外線に弱いなどの症状がある。また、水平眼振といって眼球が揺れてしまう症状が出る人もいるのだが、隼人の妹の美穂もその典型的な例に当てはまっていた。視力は弱くいつもはメガネをかけていて普段は学校にもいけないらしい。過度なイジメにより自殺未遂をした時に足が動かなくなってしまったとのことだった。

だから普段は隼人が車椅子で行きたいところに連れていったり、優花の店で一緒にご飯を食べているとのことだった。

……そしてその時から恵里は一人ではなくなった。

美穂は恵里のことをお姉ちゃんと呼び、恵里とどこかに出かけることが多くなった。もちろんそこには鈴や隼人、時々ハジメや優花がいることもあった。隼人のおかげで私には大事な家族と友達。そして鈴という親友ができたのだ。

恵里や鈴が「私」っていうようになったのもこのころでありそして恋心を覚えたのは丁度このころだった。

 

「あなたは私たちにどれだけの物を置いていったんだろうね。」

 

恵里は小さな声で呟く。

鈴も誰のことを言っているのか分かったらしく苦笑している

 

「須藤くんはこうなることが最初からわかっていたんじゃないかな。だから逃げる先を、二週間の間に作ってくれたんだよ。」

 

鈴はトータスに来てから。いや元々下品なおっさんを仕込ませているのもあるが鈴もリーダーとしての適正はかなり高い方だ。物分かりがよく、観察眼も鋭い。でも理解しあえる者が少なかったと隼人は愛ちゃんに告げていた。

 

「自分に素直にならないと本当の幸せは掴めないぞ。」

 

隼人の言葉が今でも脳裏に焼き付いている

 鈴の両親は根っからの仕事人間だった。幼い頃から鈴は、雇われのお手伝いさんに育てられていたようなものだ。

 それなりに裕福な家ではあったが、お手伝いさんが帰ってしまえば鈴は広い家にポツンと一人取り残されることが常だった。幼子が長い時間一人でいれば、性格的に暗くなるのは必然。保育園や小学校低学年の頃は友達もあまりいない根暗な子供だった。

 別に、両親に愛されていなかったわけではない。与えられるものはどれも吟味されたものだったし、夜帰って来たときこっそり鈴の様子を見に来て頭を撫でてくれたことを鈴は知っている。

 でも、幼い鈴には、それでは全然足りなくて……だから、拗ねた気持ちで、たまに会えた両親に対しても素っ気ない、可愛げもない態度をとってしまったりしていた。そんな鈴が、今の天真爛漫の体現者のような在り方になったのは、ひとえにお手伝いさんの影響だ。雇われて数年が経ち、塞ぎ込んでいく幼い鈴を見かねた恰幅のいいお手伝いのおばさんは、鈴に一つアドバイスをした。

 それは、〝取り敢えず、笑っとけ〟という何とも適当さ溢れるアドバイスだった。それで周りは変わるから、と。今も、鈴の家に通ってくれている鈴にとってはもう一人の母にも等しいお手伝いさんの言葉だ。当時の鈴はわけがわからないまでも、それで寂しくなくなるならと実践した。

 まず、両親に対して素直に喜びをあらわにしてみた。にっこり笑って、飛び跳ねて、頭を撫でられたり、プレゼントをもらった時に全力で嬉しさを表現した。本当は、まだ心にわだかまる気持ちはあったのだが、それを押し込めて接してみたのだ。すると、両親の顔は鈴の記憶にある限り見たことも無いほどデレ~と、だらしのないものになった。

 相変わらず仕事が忙しいのは変わらなかったが、それでも両親が自分を見る度に幸せそうに微笑む姿を見ることが出来るようになった。それは、鈴自身も幸せになるような笑顔だった。

 次に、学校でもよく笑うようにした。本当は楽しいことなんて特に何もなかったけれど、それでも常にニコニコと笑顔を浮かべるようにした。

 すると、いつの間にか鈴の周囲には常に誰かがいるようになった。その誰かは、みんな笑顔で楽しそうに鈴に話しかけるのだ。それを見ていると、今までの学校生活が嘘のように楽しいものに変わった。それで鈴はわかったのだ。たとえ辛くとも悲しくとも、笑顔でいれば釣られて笑顔は増えていく。そうすれば、もう一人にならなくて済むのだと。

 それからというもの、鈴は二度と一人にならない為にどんな時でも笑顔を絶やさないようにした。そう、どんな時でも、鈴の笑顔は常に本心からのものではなかった。むしろ、半分くらいは演技の笑顔だった。長年の在り方が、本心からの笑顔と演技のそれを区別させないほど同じものとしていたのだ。

しかし隼人は接客業のプロだ。それくらいの笑顔をすぐに演技だと気づくのは容易いことだった。

しかし、隼人は鈴の本心を聞き出すのにかなり苦労した。いろんなところに連れまわされたり、どこかに連れていったり、でもめげずに隼人は鈴の本音を自分の弱さをさらけ出すグループを作ったのだ。

恵里、隼人、鈴、ハジメ。

トップカーストとは言えないけどおとなしく優しいグループとしていつも一緒にいて、今までのどのグループよりも居心地がよかった。鈴が自分の本音を恵里の過去を受け入れた場所として隼人という存在はとてもありがたかったのだ。

 

「……本当にどれだけの物を置いていったんだろうね。」

「そうだね。今度会った時は私や鈴、雫をこんな思いをさせたんだからちゃんと責任をとってもらわないとね。」

 

二人はおそらく三人が死んではいないと未だに信じていた。隼人は元々切れ者で頭が回るしハジメは錬成師で逃げ場を作ることができることを二人は分かっている。

そして、隼人の好きな人も薄々気づいている。それが奈落に落ちた優花だとも。

だから隼人の特別になれる確率はかなり低い。だって逃げ切れるはずの隼人が優花の元に残るくらいだったからだ。だから恵里の誘いに鈴は乗ってしまった。もしかしたらみんなに軽蔑されるかもしれない。今までの関係や立場を捨ててしまわないといけない。倫理的にはかなり歪んでいることなのに。鈴と恵里はそれでもいいと思っている。だって隼人の側にいたいから。

ハジメのこともそうだ。ハジメも隼人が連れてきたとはいえ、二人にとっては本性や自分の過去を受け入れてくれた大事な友達なのだ。ハジメは思っていたよりも友達が恵まれていることを自分では気づいていない。でも鈴も恵里も諦める気はさらさらなかった。でも二人では力不足であることには違いはない。迷宮攻略をするとしたら強力な仲間が必要だったのだ。

そして香織や雫もなんとかして二人を探す旅に誘いたかったのだ。

今の二人は鈴も恵里も見てはいられなかった。特に雫はそうだ。

部屋の中でずっと明かりもつけずずっと泣き続けている。

ずっと眠り続けている香織よりも見てはいられなかったのだ。

「お願い。神様がいるのならどうかこれ以上、私たちの優しい友達を傷つけないで下さい」と、誰ともなしに祈った。

 

その時、不意に、握り締めていた香織の手がピクッと動いた。

 

「!?香織!聞こえる!?香織!」

「かおりん?聞こえる?」

 

二人が必死に呼びかける。すると、閉じられた香織の目蓋がふるふると震え始めた。二人は更に呼びかけた。その声に反応してか香織の手がギュッと二人の手を握り返す。

そして、香織はゆっくりと目を覚ました。


「かおりん!」

「香織!」

「……鈴ちゃん?恵里ちゃん?」

 

 ベッドに身を乗り出し、目の端に涙を浮かべながら香織を見下ろす二人。 香織はしばらくボーと焦点の合わない瞳で周囲を見渡していたのだが、やがて頭が活動を始めたのか見下ろす二人に焦点を合わせ、名前を呼んだ。

 

「うん。かおりん、鈴だよ」

「大丈夫?違和感はない?」

「う、うん、平気だよ。ちょっと怠いけど……寝てたからだろうし……」

「そうね、もう五日も眠っていたのだからね」

 

そうやって体を起こそうとする香織を補助し二人はあの出来事を隠そうとしたのだが、

 

香織はそれに反応する。

「五日? そんなに……どうして……私、確か迷宮に行って……それで……」

 

 徐々に焦点が合わなくなっていく目を見て、マズイと感じた鈴が咄嗟に話を逸らそうとする。しかし、香織が記憶を取り戻す方が早かった。

 

「それで……あ…………………………南雲くんは?」

「ッ……それは」


苦しげな表情でどう伝えるべきか悩む鈴。そんな鈴の様子で自分の記憶にある悲劇が現実であったことを悟る。だが、そんな現実を容易に受け入れられるほど香織はできていない。


「……嘘だよ、ね。そうでしょ?鈴ちゃん。私が気絶した後、南雲くんも助かったんだよね? ね、ね? そうでしょ?ここ、お城の部屋だよね? 皆で帰ってきたんだよね? 南雲くんは……訓練かな? 訓練所にいるよね?うん……私、ちょっと行ってくるね。南雲くんにお礼言わなきゃ……だから、離して?鈴ちゃん」

 

 現実逃避するように次から次へと言葉を紡ぎハジメを探しに行こうとする香織。そんな香織の腕を掴み離そうとしない。

恵里は悲痛な表情を浮かべながら、それでも決然と香織を見つめる。

「香織。わかっているよね?……ここに南雲くんはいない。」

「やめて……」

「香織の覚えている通りだよ。」

「やめてよ……」

「彼は、南雲君は……」

「いや、やめてよ……やめてったら!」

「香織!南雲くんは落ちたんだよ!」

「ちがう!死んでなんかない!絶対、そんなことない!どうして、そんな酷いこと言うの!いくら恵里ちゃんでも許さないよ!」

「死んでない!!」

 

恵里の大声に思わず香織は驚く。

おとなしい恵里が大声をあげてしまうという、今まで一度もなかったことに驚きを覚えていた

 

「聞いて。南雲くん以外に須藤くんと優花ちゃんも落ちたの。」

「えっ?」

 

その一言に香織が目の焦点が合わなくなる

 

「嘘だよね。」

「ううん。本当だよ。今須藤くんが残した遺言書をリリィから受けとっているところ。須藤くんはその他にも私たちが町人にも受け入れてもらえるようにあの二週間で多くのことを残していったの。」

「……そんな……っ雫ちゃんは!!」

 

香織が慌てたように悲痛な声をあげる

雫が隼人を好きなことは香織も見ていたからわかっていた。

雫は隼人からはしっかり者扱いされてはなく、どこか面白そうに弄っていたことが印象的だった。

可愛い物好きの雫にはかなり弱点が多いことを知っていて、そしてどこか雫の弱さについて初めて気づいた異性。

しっかりした雫が手のひらの上で転がされていることは小学生から見ていた香織にとっては新鮮だった。

それも雫はまんざらでもなさそうだったから何も言えなかった。

香織は一度隼人のことが嫌いになりかけたことがある。

それはどこか雫が隼人に構うことが多くなったことからの嫉妬だった。

思えば隼人のことを気に入らない光輝も、雫を取られたと勘違いしたのが気にくわない原因であるのだろう。

だけどたった一言で香織は認めなければいけなくなった

 

『皆に頼られて、八重樫が甘えられる場所はどこにあるんだろうな。』

 

衝撃だった。雫に頼って当然だった香織の頭を金槌で、いや大鎚で殴られたかのような衝撃だった。

これに関しては隼人にも同じことが言えることだったがそれでも雫にはずっと頼ったり甘えたりする人が誰もいなかった。それは香織も同じでいつも雫に頼っていた一人だ。しかし隼人は雫のことを甘えさせることを遠回しに言っていたのだ。トータスで隼人に甘えている雫を見て香織は隼人に任せてもいいと思ってしまうようになった。

多分雫ちゃんは須藤くんのことが好きになると思う

それを一度雫と隼人に言った時にお互いに鼻で笑われたが。それでも雫が隼人を意識し始めたことは香織は気づいていた。

 

「……雫は今部屋で一人で泣いているよ。あれから五日間ずっと。」

 

その一言で香織はすぐに立ち上がり急いで部屋を飛び出した。

 

「雫ちゃん。」

 

鈴も恵里も止めることはなかった。悔しいけど雫をなんとかできるのは、隼人と香織の二人だけだと気づいていたのだ。

 

「頑張って香織。」

「シズシズをよろしくね。」

 

と二人の親友の姿を祈り恵里と鈴は二人で香織の後を追うのだった。

 

 

 

「雫ちゃん。」

 

香織が雫の部屋をノックする。

 

「えっ?香織?」

 

起きていることを確認すると無理やり香織は雫の部屋に入っていった。

部屋は薄暗く、そして今まで待女が用意していたのだろう冷めた料理が置かれていたが、帰ってから一口も食べていないことはちょっと雫を見ただけの香織でも気づくほどだった。目は泣き続けていたために腫れ、少し痩せたのも気のせいじゃないだろう。

しかし開口一番に告げた言葉で雫は正気を取り戻した

 

「南雲くんと優花ちゃん。須藤くんを探しに行こう。」

 

その一言で雫はぎょっとしたように。そして驚く

 

「香織。須藤くんは。」

「奈落に落ちた。でしょ?」

「……えぇ。」

「雫ちゃん、でも私、信じないよ。南雲くんは生きてる。死んだなんて信じない。優花ちゃんも須藤くんも生きてる。」

「香織、それは……」

 

香織の言葉に再び悲痛そうな表情で諭そうとする雫。しかし、香織は両手で雫の両頬を包むと、微笑みながら言葉を紡ぐ。

 

「わかってる。あそこに落ちて生きていると思う方がおかしいって。……でもね、確認したわけじゃない。可能性は一パーセントより低いけど、確認していないならゼロじゃない。……私、信じたいの」

「香織……」

「私、もっと強くなるよ。それで、あんな状況でも今度は守れるくらい強くなって、自分の目で確かめる。南雲くんのこと。……雫ちゃん」

「なに?」

「力を貸してください」

「……」

 

 雫はじっと自分を見つめる香織に目を合わせ見つめ返した。香織の目には狂気や現実逃避の色は見えない。ただ純粋に己が納得するまで諦めないという意志が宿っている。こうなった香織はテコでも動かない。雫どころか香織の家族も手を焼く頑固者になるのだ。

 普通に考えれば、香織の言っている可能性などゼロパーセントであると切って捨てていい話だ。あの奈落に落ちて生存を信じるなど現実逃避と断じられるのが普通だ。

 おそらく、幼馴染である光輝や龍太郎も含めてほとんどの人間が香織の考えを正そうとするだろう。

でも雫にとっても唯一の希望だった

須藤くんが生きている。

その一言が雫に体温を元に戻すことに違いはなかった。

いや。縋ることしかできなかったのだろう。普通なら馬鹿馬鹿しいときって捨ててもおかしくないくらいだ。

しかしそれはわずかな希望として、隼人が死んだなんて思いたくもなかった雫は水を得た魚のように目に光を灯した

 

だからこそ……

 

「もちろんいいわよ。」

「雫ちゃん!」

 

 香織は雫に抱きつき「ありがとう!」と何度も礼をいう。そして雫も心の中で香織にお礼をいう

 

『ありがとう香織。今度見つけたら絶対に逃さないんだから。』

 

と確かに決意を胸に秘め。




変更場所

ほぼ全部


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勇者よりもチート

アンケートの件なんですけど、ハジメのヒロインのオリキャラを加えるかについては恐らくもうひっくり返らないのでここまでにします。
オリキャラは加えません。
もう一つの方はまだわからないので継続します


あれから3週間。俺たちは狩をし、肉を食べ、自分の強化に努めた

そのステータスはというと

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:20

天職:錬成師

筋力:1680

体力:1870

耐性:1660

敏捷:2040

魔力:4460

魔耐:1460

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・言語理解

 

須藤隼人 17歳 男 レベル:40

天職:料理人

筋力:1700

体力:1300

耐性:1200

敏捷:1000

魔力:6010

魔耐:1200

技能:料理[+食物鑑定][+レシピ作成][+料理の達人][+肉質変化][+体型管理][+体調管理][+無毒化]・解体 [+血抜き][+良質素材][+速度上昇]・包丁術・目利き・気配感知・投擲術[+必中]・鑑定・胃酸強化・痛覚耐性・天歩[+空力][+縮地]・風爪・夜目・石化耐性・魔力感知・気配遮断・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+同時展開]・火属性魔法[+消費魔力減少] [+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動]・水属性魔法[+氷魔法] [+消費魔力減少] [+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動]・回復魔法[+効果上昇][+回復速度上昇][+イメージ補強力上昇][+浸透看破][+範囲効果上昇][+遠隔回復効果上昇][+状態異常回復効果上昇][+消費魔力減少][+魔力効率上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動][+付加発動]・高速魔力回復[+瞑想]・複合魔法・纏火・言語理解

 

園部優花 17歳 女 レベル3

天職 投術師

筋力:2000

体力:2500

耐性:2500

敏捷:3200

魔力:3900

魔耐:2100

技能:投擲術[+必中][+飛距離上昇][+威力上昇]・胃酸強化・気配遮断・痛覚耐性・天歩[+空力][+縮地]・火属性適正[+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動]・水属性魔法[+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動]・風爪・夜目・気配感知・石化耐性・氷結・言語理解

 

明らかに勇者よりも強くなっていた。熊を食い、あるときは虫を食い。そしてある層ではハーブと香辛料が取れたので香り付けにできるとまた食事の量は増加していた。

 

「隼人。香辛料は後どれくらいあるんだ?」

「ん〜後5日くらいで切れそうだな。」

「えっ!? それって、もう魔物肉のカレー風味食べれないの?」

「優花とハジメのせいだろ!!一回の食事の消費量多いんだよ。ほとんどがカレーになるから。俺香草焼きの方が好きなのに。」

 

俺たちは休みながら当たり前のように50層近くまでおりてきていた。ステータスのレベルが上がらないのは食べれば食べるほど成長限界が伸びるからなので限界点に到達するのは遥か先だろう。

全員昔と容姿が違い。俺は身長などには全く問題ないのだが頭髪は白色になり、アルビノ個体みたいに全身が白くなっているらしい。さらに気配遮断に優れた蛇に左目を噛まれるという事態にあい、神水で回復はしたものの、目が片方はほぼ見えなくなり今は眼帯をつけながら行動している。

優花は身長が10cmくらい大きくなっていてさらに料理技能の効果があってか少し痩せて平均的体系になっていた。一番食べているはずなのに…。髪や他の特徴の変化は少ない。

これは理由があり、優花は足を怪我したときに痛覚耐性を手に入れていたのだ。火球と急激に流れた水。それが足にダメージを与え、おぶさっている時も痛みがあったが隼人たちに心配をかけないようにずっと顔に出さずに耐え抜いてきたのだ。

本当に根性がある女子である

そしてハジメは10cmくらい身長が伸び全身がアルビノ個体みたいに真っ白。さらに腕を失っているせいかどう見ても厨二患者な件について。

まぁ俺の方がらしいのだがそれは置いといて

 

「……たく。とりあえず50層に到達したけどさ。……明らかに何かあるよな。」

「うん。さすがにこれを見たらね。」

「何かない方がおかしいだろ。」

 

それは、なんとも不気味な空間だった。

脇道の突き当りにある空けた場所には高さ三メートルの装飾された荘厳な両開きの扉が有り、その扉の脇には二対の一つ目巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座していたのだ。

最初に見つけたハジメはその空間に足を踏み入れた瞬間全身に悪寒が走るのを感じ、これはヤバイと一旦引いたのである。もちろん装備を整えるためで避けるつもりは毛頭ない。ようやく現れた〝変化〟なのだ。調べないわけにはいかない。

 

「さながらパンドラの箱だな。……さて、どんな希望が入っているんだろうな?」

 自分の今持てる武技と武器、そして技能食欲など。それらを一つ一つ確認し、コンディションを万全に整えていく。全ての準備を整え、ハジメはゆっくり作ったドンナーを抜き、隼人と優花は魔力を走らせ魔法の発動に備えていた

そして、そっと額に押し当て目を閉じる。覚悟ならとっくに決めている。しかし、重ねることは無駄ではないはずだ。

 

「帰る。絶対に家に帰るんだ。俺たちは、生き延びて故郷に帰る。日本に、家に……帰る。邪魔するものは敵。敵は……殺す!」

 

正直認めたくはないが俺も同じ気持ちだった

 

扉の部屋にやってきたハジメは油断なく歩みを進める。特に何事もなく扉の前にまでやって来た。近くで見れば益々、見事な装飾が施されているとわかる。そして、中央に二つの窪みのある魔法陣が描かれているのがわかった。

 

「? わかんねぇな。結構勉強したつもりだが……こんな式見たことねぇぞ」

「ハジメがわからないってどんだけだよ。」

「つまり、かなり古いってこと?」

「だろうな。もしかしてなんか武器とかボスとかじゃねーか?まだ中ボスとかRPG的お約束みたいな奴は出てきてなかっただろ?」

「その線で当たりだろうな。仕方ない、いつも通り錬成で行くか」

 

いつもの如く錬成で強制的に道を作る。ハジメは右手を扉に触れさせ錬成を開始した。

しかし、その途端、

バチィイ!

 

「うわっ!?」

「大丈夫か?」

 

扉から赤い放電が走りハジメの手を弾き飛ばした。ハジメの手からは煙が吹き上がっているので回復魔法をかける

直後に異変が起きた。

 

――オォォオオオオオオ!!

 突然、野太い雄叫びが部屋全体に響き渡ったのだ。

 ハジメはバックステップで扉から距離をとり、腰を落として手をホルスターのすぐ横に触れさせいつでも抜き撃ち出来るようにスタンバイする。俺は軽く炎の魔法をすぐに展開できるようにして、優花は手に持った王都から持ってきたアーティファクトを持って臨戦体制に移る

 

雄叫びが響く中、遂に声の正体が動き出した。

「まぁ、ベタと言えばベタだな」

 

 苦笑いしながら呟くハジメの前で、扉の両側に彫られていた二体の一つ目巨人が周囲の壁をバラバラと砕きつつ現れた。いつの間にか壁と同化していた灰色の肌は暗緑色に変色している。

 一つ目巨人の容貌はまるっきりファンタジー常連のサイクロプスだ。手にはどこから出したのか四メートルはありそうな大剣を持っている。未だ埋まっている半身を強引に抜き出し無粋な侵入者を排除しようとしたのだが。

 

「んまぁ。余裕でしょ。」

 

と俺たちは旋回し俺は魔法を唱える。

 

火属性最上級魔法蒼天と氷オリジナル魔法の零絶を5つ連続発動。

 

ノータイムで、かつかなりの威力で放てる魔法は今や俺の十八番であり、メイン火力となっていた。

一瞬嘘でしょっとサイクロプスがこっちを見たような気がしたが慈悲はない。

あっという間にサイクロプスを魔法でタコ殴りにして2体葬る。

 

「相変わらず。隼人がいると感覚狂いそうになるわね。」

「魔力特化型だから仕方ないだろうが。」

「それにしたって限度があるだろ。てかお前がいなかったらこの迷宮暮らしも地獄だからな」

 

呆れたような二人に俺は少し苦笑してしまう。

あれから俺は魔法を伸ばす食事の提供をし始めた。

食生活とは人間を伸ばす栄養素が多く含まれている中で体のステータスが大きく異なる

 

脂身がのった肉は筋力と体力。

ささみみたいな淡白な味の肉は俊敏

腸や内臓などの新鮮なうちにしか食べれないものは魔力

そして腐りかけや腐った肉は耐久と魔耐が伸びやすくなっていることは隼人の実験の末に確認していた。

すなわちどんなステータスを伸ばしたいか観察した上で味に飽きをこさせないように。隼人が二人の希望を聞いて調理をしているのであった。

似たようなメニューであっても岩塩や配分。それを細かく変更し料理を製作する。

それが圧倒的なステータスの伸び幅の秘密だったのだ。

つまり、食べれば食べるほど強くなるわけで優花のステータスが高いのはそういうことである。

なお、一度ハジメが調理してないものを食べ吐き出したのは少し印象に残っていることだった

 

「とりあえず解体するか。俺はこいつらの解体しておくけど。どうする?」

「全員そいつを食べて、肉は拠点いきだろ?」

「お前の腕もだろあん時は不用意だったよ。あんだけ言っておいてハジメを一人にしたのは自分でも不本意すぎた。」

 

というのもハジメが腕がなくなったのは俺たちの行動が原因だった。

初日に俺たちがハジメを一人にしたのはいわゆる優花のお手洗いだ。

男子二人に女子が一人。しかしその当時拳銃は俺とハジメの分しかしておらず、魔物の探索をしながらハジメの鉱石集めをしていたのもあり、さらに運が悪くアザンチウムという世界一硬い鉱石を見つけたタイミングだった。

女子ということもあったのだが、匂いや魔物を集めてはいけないのと拳銃を使いなれていたのが俺とハジメだったので俺とハジメが別れるしかなかった。

なので少し離れたところで見張りをしている途中にハジメの叫び声で気づき急いで錬成で避難をしたこともあり逃げ切れたが、ハジメが襲われたのはその階のボスみたいな熊の魔物だったので命を繋げたのは運がよかったのだろう。

 

「うっ。ごめんハジメ。私がつい隼人についてもらったばっかりに。」

「まぁ。あれは俺も油断していたからな。銃があるから少し気軽に捉えたしな。」

 

と言いながら新鮮なホルモンなどを焼いていく

魔力は俺とハジメの生命線であるのでかなり重宝している。

そしてホルモンを食べ終えた後他の肉を凍らせ拠点に置き終えた後にガーディアン討伐の後の印だろう魔石を持ってくる

 

二つの拳大の魔石を扉まで持って行き、それを窪みに合わせてみる。

 ピッタリとはまり込んだ。直後、魔石から赤黒い魔力光が迸り魔法陣に魔力が注ぎ込まれていく。そして、パキャンという何かが割れるような音が響き、光が収まった。同時に部屋全体に魔力が行き渡っているのか周囲の壁が発光し、久しく見なかった程の明かりに満たされる。

少し目を瞬かせ、警戒しながら、そっと扉を開いた。

 扉の奥は光一つなく真っ暗闇で、大きな空間が広がっているようだ。ハジメの〝夜目〟と手前の部屋の明りに照らされて少しずつ全容がわかってくる。

 中は、聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っている。

その立方体を注視していた俺たちは、何か光るものが立方体の前面の中央辺りから生えているのに気がついた。

俺は後ろでそれを聴いた。

 

「……だれ?」

 

 かすれた、弱々しい女の子の声だ。ビクリッとして俺たちは慌てて部屋の中央を凝視する。すると、先程の〝生えている何か〟がユラユラと動き出した。差し込んだ光がその正体を暴く。

 

「人……なのか?」

 

〝生えていた何か〟は人だった。

上半身から下と両手を立方体の中に埋めたまま顔だけが出ており、長い金髪が某ホラー映画の女幽霊のように垂れ下がっていた。そして、その髪の隙間から低高度の月を思わせる紅眼の瞳が覗いている。年の頃は十二、三歳くらいだろう。随分やつれているし垂れ下がった髪でわかりづらいが、それでも美しい容姿をしていることがよくわかる。

そして全員少しの間見つめあって、

 

「「「すいません。間違いました。」」」




主人公が回復魔法を習得したわけ
ハジメに痛み軽減の魔法をかけ続けているために熟練しました。

なお、主人公も万能ではなく、雷と闇の魔法は全く使えません。

属性の適正は

火=水>風=回復=土>光>付加>雷と闇

ということになっています
優花は火と水以外には適正はありません。


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奈落の底の吸血鬼

アンケートは明日の昼までになります。
あと報告ですが私は基本感想欄の感想には返信させてもらいますがメッセージに対応できるほど器用ではありません。
すいませんが感想欄での応答をお願いします


「「「すみません、間違えました」」」

 そう言ってそっと扉を閉めようとする隼人たち。それを金髪紅眼の女の子が慌てたように引き止める。もっとも、その声はもう何年も出していなかったように掠れて呟きのようだったが……

ただ、必死さは伝わった。

「ま、待って! ……お願い! ……助けて……」

「嫌です」

 

そう言って、やはり扉を閉めようとするハジメ。言ったらなんだけど鬼である。

 

「ど、どうして……なんでもする……だから……」

 

女の子は必死だ。首から上しか動かないが、それでも必死に顔を上げ懇願する。

しかし、ハジメは鬱陶しそうに言い返した。

「あのな、こんな奈落の底の更に底で、明らかに封印されているような奴を解放するわけないだろう? 絶対ヤバイって。見たところ封印以外何もないみたいだし……脱出には役立ちそうもない。」

「まぁ。そうよねぇ。外にガーディアンを出すくらいだし。」

「なんで封印されたのは気になるところだけどな。というわけで。」

 

と扉を閉めようとすると、もう泣きそうな表情で必死に声を張り上げる。

 

「ちがう! ケホッ……私、悪くない! ……待って! 私……」

 

知らんとばかりに扉を閉めていき、もうわずかで完全に閉じるという時、

 

「裏切られただけ!」

もう僅かしか開いていない扉。

しかし、女の子の叫びに、閉じられていく扉は止めてしまう。ほんの僅かな光だけが細く暗い部屋に差し込む。

 

「助けるか。」

 

隼人の言葉に二人黙って聞き始める

 

「敵意があったら殺せばいい。……でも俺たちは檜山によって殺されかけた身だろ。……同じようなことをしているようであのままだったらさすがに罪悪感が……。」

 

あの時の首謀者については話してある。ついでに俺の落下の時の視線から優花も気づいていたらしいが、まぁどうでもいいって様子だった。ハジメも俺の目撃論に一瞬頰が引きつったものの原因であるだろうハジメが昨晩に白崎と会合したことを告げられていた

 

「私も助けたいかな。……困っている人を助けないと多分向こうに戻っても後悔すると思うから。」

「……はぁ。まぁ俺も見過ごせないし理由を聞いてからだな。」

 

すると少し笑ってしまう。ハジメは口調や態度は変わっても本来のハジメは未だに変わっていないんだと

そうやって俺たちは戻ると驚いたような少女の姿がいる

 

 ハジメは頭をカリカリと掻きながら、女の子に歩み寄る。もちろん油断はしない。

 

「裏切られたと言ったな? だがそれは、お前が封印された理由になっていない。その話が本当だとして、裏切った奴はどうしてお前をここに封印したんだ?」

 

ジッと、豊かだが薄汚れた金髪の間から除く紅眼でハジメを見つめる。何も答えない女の子にハジメがイラつき

「おい。聞いてるのか? 話さないなら帰るぞ」と言って踵を返しそうになる。それに、ハッと我を取り戻し、女の子は慌てて封印された理由を語り始めた。

 

「私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

 

枯れた喉で必死にポツリポツリと語る女の子。話を聞きながら隼人は呻いた。なんとまぁ波乱万丈な境遇か。しかし、ところどころ気になるワードがあるので、湧き上がるなんとも言えない複雑な気持ちを抑えながら、ハジメは尋ねた。

 

「お前、どっかの国の王族だったのか?」

「……(コクコク)」

「殺せないってなんだ?」

「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」

「……そ、そいつは凄まじいな。……すごい力ってそれか?」

「これもだけど……魔力、直接操れる……陣もいらない」

「…それって私たちと同じってこと?」

「そうらしいな。」

 

すると優花と俺の言葉にその少女が驚く

 

「でもこれ。俺と優花じゃ無理そうだぞ。魔力を流しても多分無理。恐らく古代魔法の一つだと思う。」

 

魔法陣を指差し俺が告げるとハジメが苦い顔をする

 

「……つまり俺の錬成じゃないと厳しいってことか?」

「一応出してみるけどな。」

 

俺は近づき魔力を出してみる。すると

 

バチッ。

 

と恐らく雷魔法の一つ反発する

 

「触れた途端こうなるからな。魔力を半分使っての錬成で強制離脱させた方が負担は少ないんじゃないか。それで助からなければまた日を改めればいいだけだし。」

「助けてくれるの?」

「ここまで聞いちまったらさすがに見過ごせるほど墜ちてはいねぇよ。」

「えぇ。えっと私はどうすればいい」

 

すると涙目を向ける少女に俺たちは少し笑う

 

「俺と優花は周囲の警戒だろうな。こいつを助けたら敵が襲ってきたとか結構ベタだし。」

「あ〜確かにお約束だな。」

「……前から思っていたけど、隼人もハジメから結構影響受けているよね。中学の頃はライトノベルとか読まなかったのに。」

 

と少しため息を吐きながら了解と周囲の警戒に入る

 ハジメの魔物を喰ってから変質した赤黒い、いや濃い紅色の魔力が放電するように迸る。

 しかし、イメージ通り変形するはずの立方体は、まるでハジメの魔力に抵抗するように錬成を弾いた。迷宮の上下の岩盤のようだ。だが、全く通じないわけではないらしい。少しずつ少しずつ侵食するようにハジメの魔力が立方体に迫っていく。

 

「ぐっ、抵抗が強い! ……だが、今の俺なら!」

 

ハジメは更に魔力をつぎ込む。普通の王宮魔導師ならば10人がかりで詠唱していたのなら六節は唱える必要がある魔力量だ。そこまでやってようやく魔力が立方体に浸透し始める。既に、周りはハジメの魔力光により濃い紅色に煌々と輝き、部屋全体が染められているようだった。

ハジメは気合を入れながら魔力をつぎ込む。属性魔法なら既に上位呪文級、いや、それではお釣りが来るかもしれない魔力量だ。どんどん輝きを増す紅い光に、女の子は目を見開き、この光景を一瞬も見逃さないとでも言うようにジッと見つめ続けた。

そして丁度半分に達した時女の子の周りの立方体がドロッと融解したように流れ落ちていき、少しずつ彼女の枷を解いていく。

 それなりに膨らんだ胸部が露わになり、次いで腰、両腕、太ももと彼女を包んでいた立方体が流れ出す。一糸纏わぬ彼女の裸体はやせ衰えていたが、それでもどこか神秘性を感じさせるほど美しかった。そのまま、体の全てが解き放たれ、女の子は地面にペタリと女の子座りで座り込んだ。どうやら立ち上がる力がないらしい。

 

ハジメに任せるか

 

俺は気配感知と魔力感知に集中する。深く目を閉じるとすぐに気づく

 

「…優花。上だ!!」

「…っ。」

 

やっぱりいたか。

俺はすぐさま空力を使い上に跳んでいく。

空力は空中に足場を作る固有魔法だ。

 

俺はそうやって少しだけ近づき夜目と遠目を使い正体を当てる

その魔物は体長五メートル程、四本の長い腕に巨大なハサミを持ち、八本の足をわしゃわしゃと動かしている。そして二本の尻尾の先端には鋭い針がついていた。

恐らくハジメはあの吸血鬼の治療で動けないだろう。

なら俺たちが倒せばいいだけ

 

「優花。後ろの尻尾に気をつけろ。空中戦にするぞ。」

「えぇ、いくわよ。」

 

俺は少し離れそして空力で土台を作り背負っているヘカートをセットする

俺が片目になった影響か一つの目の影響も見えない

スコープを使うことで遠くのものを狙う狙撃銃を制作改良し貫通特化のスナイパーライフルを製作してもらったのだ。

レールガンの応用であり、ハジメは電撃で攻撃するのに対し俺は熱でこの技術を使っていき、魔力をつぎ込んでいく。

ただのレールガンの50倍の威力で貫通力に優れている

優花は陽動に優れており、基本的に斥候に近い。

ナイフを使った陽動は近づいてきた敵を一定の距離に保つことができている

 

「ふぅ。」

 

そして優花が引きつけているうちに引き金を絞る。魔力が集中していき、たった一点に魔力のレーザーが照射される。

白い炎のレーダーが直撃し一瞬でサソリの外殻を貫いた

 

「一丁あがりっと。」

 

俺は落下していくサソリを見ながら、ヘカートを担ぎ直した。




武器解説

ヘカート

ハジメが作ったレーザー光線銃で愛用者は隼人。隼人曰く恐らくS○Oのシノンの武具を参考にしているとのこと
射程範囲10kmを誇るがかなり巨大で消費魔力がずば抜けて多いため隼人の専用武具になっている。
魔力をためた量により威力が変わり、巨大ではあるが射程外から放てるレーダーはサソリもどきを一撃で葬れるほど


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閑話 過去を超える戦い

隼人達がユエに初めて出会った日のこと

 

光輝達勇者一行は、再び【オルクス大迷宮】にやって来ていた。但し、訪れているのは光輝達勇者パーティーと、それに永山重吾という大柄な柔道部の男子生徒が率いる男女五人のパーティーだけだった。

理由は簡単だ。話題には出さなくとも、ハジメの死が、多くの生徒達の心に深く重い影を落としてしまったのである。〝戦いの果ての死〟というものを強く実感させられてしまい、まともに戦闘などできなくなったのだ。一種のトラウマというやつである。

しかし帰ることを諦めてない生徒はずっと書物庫に篭っているのだが。

 当然、聖教教会関係者はいい顔をしなかった。実戦を繰り返し、時が経てばまた戦えるだろうと、毎日のようにやんわり復帰を促してくる。

 しかし、それに猛然と抗議した者がいた。愛子先生だ。

 愛子は、当時、遠征には参加していなかった。作農師という特殊かつ激レアな天職のため、実戦訓練するよりも、教会側としては農地開拓の方に力を入れて欲しかったのである。愛子がいれば、糧食問題は解決してしまう可能性が限りなく高いからだ。まぁ隼人の派生技能に魔物を食べられるようにする派生技能があることは知ることもないとは思うのだが。

そんな愛子はハジメ達の死亡を知るとショックのあまり寝込んでしまった。自分が安全圏でのんびりしている間に、生徒が死んでしまったという事実に、全員を日本に連れ帰ることができなくなったということに、責任感の強い愛子は強いショックを受けたのだ。

しかしリリアーナから隼人の遺言書を渡されたことにより一転した。隼人は本当に信用できる二人に絞って隼人の遺言状にこの世界の考察と今後の展望を書いていたのだ。

 愛子の天職は、この世界の食料関係を一変させる可能性がある激レアである。その愛子先生が、不退転の意志で生徒達への戦闘訓練の強制に抗議しているのだ。関係の悪化を避けたい教会側は、愛子の抗議を受け入れた。

これは雫宛の遺書にも書いてあったのだが、それでも涙で全て消えてしまって見えなくなったのは仕方がないだろう。

その雫のポニーテールには小さなダイアモンドみたいな滴形の鉱石がついたヘアゴムがついていた。

これは読めなかった遺言状の中に入っていたヘアゴムでリリィ曰くグランツ鉱石ほどではないが婚約指輪でよく使われるベール鉱石と呼ばれる鉱石だった。

戦闘の効果も何もない鉱石であったがそれでも隼人が誰よりも女の子っぽい雫に向けてのプレゼントなのだが。それを見て雫が号泣したことにクラスメイトは驚いていた。

また、雫は光輝からも少し距離を取るようになっていた。雫もそれだけの余裕がなかったのだ。

雫の弱さが露見し、誰のことを想っているのかが明らかになったせいで檜山は追い詰められざるを得なかった。あの日、王都に戻ってしばらく経ち、生徒達にも落ち着きが戻ってきた頃、案の定、あの窮地を招いた檜山には厳しい批難が待っていた。

 

 檜山は当然予想していたので、ただひたすら土下座で謝罪するに徹した。こういう時、反論することが下策以外のなにものでもないと知っていたからだ。特に、謝罪するタイミングと場所は重要だ。

 檜山の狙いは光輝の目の前での土下座である。光輝なら確実に謝罪する自分を許しクラスメイトを執り成してくれると予想していたのである。

しかし

 

「ふざけないで。」

 

と香織の言葉で斬られたのだ。香織だって責任を感じていたのだ。あの時、私がグランツ鉱石を綺麗って言わなかったら。浮かれてなかったら。三人は奈落に落ちなかったのかもしれない。雫ちゃんを悲しませちゃったのは私だ。須藤くんがやっていたように、今度は私が雫ちゃんを支えるんだと。香織は前みたいにポアポアした幼稚さが少なくなった。大人びて物事を最初に考えるようになったせいで檜山の魂胆に気づいたのだ。

そしてそのことをクラスメイト全員のいるところで話したので檜山の糾弾はもはや止められる者がいなくなった。王宮が王都から永久に追放せざるを得なかったのである。まぁ路銀をかなり持たされたのでしばらくは生きていられるとは思うが。

ついでに檜山パーティーの小悪党組は檜山を失ったせいかやけにおとなしくなったのは言うまでもないが。

 

今日で迷宮攻略六日目。

現在の階層は六十層だ。確認されている最高到達階数まで後五層である。

しかし、光輝達は現在、立ち往生していた。正確には先へ行けないのではなく、何時かの悪夢を思い出して思わず立ち止まってしまったのだ。

そう、彼等の目の前には何時かのものとは異なるが同じような断崖絶壁が広がっていたのである。次の階層へ行くには崖にかかった吊り橋を進まなければならない。それ自体は問題ないが、やはり思い出してしまうのだろう。特に、雫は、奈落へと続いているかのような崖下の闇をジッと見つめたまま動かなかった。どこか体も震えているように見える。

雫は前よりも感情を表に出すようになった。優しい雫は相変わらず健在だったしオカン体質だって変わっていない。しかし恐怖に関しては人一倍敏感になっていたのだ。その姿はいつしかナイトというよりも本当のお姫様のように見え同性でさえ見とれてしまうような可憐な姿だった。

 

「大丈夫だよ雫ちゃん!!」

「香織。」

「南雲くんも優花ちゃんも隼人くんも生きているから。だから一緒に迎えにいくんだよね。」

 

また気を使わせたかしら。と雫は少し弱々しい笑みを浮かべる。香織と雫の本質が明らかになっていた。

三人はとあることがきっかけで奈落に落ちた後生きていることがほぼ確定になっていた。

それは優花のアーティファクトだ。優花のアーティファクトは投げた後に手元に戻ってくるナイフなのだが、

 

遺品だと思われていたナイフの片方が消えていたのだ。

 

どれだけ探しても見つからない。じつはこれは隼人が優花にすぐにアーティファクトを回収させなかったことが功を奏していた。生きていることを知らせるために隼人はわずかな希望に掛けたのだ。隼人の賭けが成功して、香織が精神的に持ち直したのはこれが一番の原因だった。だからそれならと特訓に力を入れなおしたのは言うまでもないのだが。

 

須藤くん。帰ってきて雫ちゃんをもらってくれなかったら絶対許さないよ。

と少し病んでいたのに鈴は胃痛を覚えていたのだが。

しかし、そんな励ましを無下にする輩がいた。それは当然まだ生存の可能性を信じているなどと露ほどにも思っていない光輝だ。

 

「雫……君の優しいところ俺は好きだ。でも、クラスメイトの死に、何時までも囚われていちゃいけない! 前へ進むんだ。きっと、南雲も園部もそれを望んでる」

「っ!」

「ちょっと、光輝くん……」

「香織は黙っていてくれ! 例え厳しくても、幼馴染である俺が言わないといけないんだ。……雫、大丈夫だ。俺が傍にいる。俺は死んだりしない。もう誰も死なせはしない。雫を」

 

悲しませないと言おうとした時だった。パチンと音がする。雫が光輝の頰を叩いたのだ。

 

「良い加減にしてよ!!そんなことは私が一番わかってるわよ!!」

 

心からの叫びに雫は崩れ落ちる。

分かってはいるのだ。ただ信じたくない。須藤くんが死んだなんて信じたくない。

それが涙になって溢れてくる。

 

「雫ちゃん。」

 

本当は迷宮内で油断するべきではないことは知っている。それでも香織は抱きつかないといられなかった。

それはとても弱く儚い少女の夢。

生きている可能性は明らかに低い。それでも光輝は一番言ってはいけないことを言ったのだ。

雫も香織も、鈴も恵里も

好きな人が生きていると信じて迷宮潜っているのだ。

 

「ごめん。光輝くん。シズシズから離れて。」

「えっ?」

「大丈夫だよ。雫。絶対須藤くんは生きているから。」

「……光輝。さすがに今のはないぞ。」

 

鈍感な龍太郎ですら薄々気づいているのだ。雫が誰を想っているかだなんて。

龍太郎は隼人のことをかなり好意的に思っている分もあってそれに異論はない。そして光輝も雫が誰を想っているのか気づいているのだろう。でも光輝は隼人のことを認めたくはなかったのだ。

何故ならば隼人はクラスの中では光輝以上の人気者であり、そして唯一の思い通りにならない人物だったからだ。隼人は意志を曲げないいわゆる愛ちゃんと同じタイプの人間だ。自分の意見を持ちそれを貫く。そして周りの意見を聞きながらより良いクラスに成長していく。それで隼人はクラスの中心にたっていたのだ。

雫も最初にいた鈴も、そして香織や龍太郎も。全てが隼人に取られたみたいで。自分が隼人に劣っていることを認めるのが嫌だったのだ。

それを無自覚でやっている隼人にも責任がないとはいえないのだが……

光輝はつい歯噛みをしてしまう。全てはあいつのせいでと恨みを募らせていく。

 

ギスギスした雰囲気が蔓延しているが一行は特に問題もなく、遂に歴代最高到達階層である六十五層にたどり着いた。

 

「気を引き締めろ! ここのマップは不完全だ。何が起こるかわからんからな!」

 

 付き添いのメルド団長の声が響く。光輝達は表情を引き締め未知の領域に足を踏み入れた。

 

 しばらく進んでいると、大きな広間に出た。何となく嫌な予感がする一同。

 

 その予感は的中した。広間に侵入すると同時に、部屋の中央に魔法陣が浮かび上がったのだ。赤黒い脈動する直径十メートル程の魔法陣。それは、とても見覚えのある魔法陣だった。

 

「ま、まさか……アイツなのか!?」

 

 光輝が額に冷や汗を浮かべながら叫ぶ。他のメンバーの表情にも緊張の色がはっきりと浮かんでいた。

 

「マジかよ、アイツは死んだんじゃなかったのかよ!」

 

 龍太郎も驚愕をあらわにして叫ぶ。それに応えたのは、険しい表情をしながらも冷静な声音のメルド団長だ。

 

「迷宮の魔物の発生原因は解明されていない。一度倒した魔物と何度も遭遇することも普通にある。気を引き締めろ! 退路の確保を忘れるな!」

 

 いざと言う時、確実に逃げられるように、まず退路の確保を優先する指示を出すメルド団長。それに部下が即座に従う。だが、光輝がそれに不満そうに言葉を返した。

 

「メルドさん。俺達はもうあの時の俺達じゃありません。何倍も強くなったんだ! もう負けはしない! 必ず勝ってみせます!」

「へっ、その通りだぜ。何時までも負けっぱなしは性に合わねぇ。ここらでリベンジマッチだ!」

 

 龍太郎も不敵な笑みを浮かべて呼応する。メルド団長はやれやれと肩を竦め、確かに今の光輝達の実力なら大丈夫だろうと、同じく不敵な笑みを浮かべた。

そして、遂に魔法陣が爆発したように輝き、かつての悪夢が再び光輝達の前に現れた。

 

「グゥガァアアア!!!」

 

 咆哮を上げ、地を踏み鳴らす異形。ベヒモスが光輝達を壮絶な殺意を宿らせた眼光で睨む。

雫はただ少し前のことを思い出していた。

須藤くんは誰よりも意志が強かった。この世界にきてからも決して弱いところを見せず、私のことを。クラスメイトのことを守ってくれた。

でも私は何もできなかった。

正攻法で倒すことなんてできないってそんなことは私だって分かっていた。ベヒモスに立ち向かうときも内心敵わないと思っていた

須藤くんは。いえ隼人達は逃げなかった

 

「……。」

「雫ちゃん?」

 

怖い。それは当たり前。昔とは違う 甘えられる友達が今の私にはすぐそばにいる

雫は周りを見る。すぐ近くに香織が、心配そうに私を見ている

そうだ。……私には

すると雫の体から力が湧き出してくる。体が軽く今までの苦しみが消えていったように感じた

 

「…そうよね。逃げてばかりじゃいられないわ。」

 

そう呟くと剣を構える雫。

 

「……今度はあなたの隣に歩けるように。」

「もう誰も奪わせない。あなたを踏み越えて」

 

「「私は彼のもとに行く。」」

 

決意を決め過去を乗り越えらえる戦いが今始まった。



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閑話 剣姫

先手は、光輝だった。

 

「万翔羽ばたき 天へと至れ 〝天翔閃〟!」

 

曲線状の光の斬撃がベヒモスに轟音を響かせながら直撃する。以前は、〝天翔閃〟の上位技〝神威〟を以てしてもカスリ傷さえ付けることができなかった。しかし、いつまでもあの頃のままではないという光輝の宣言は、結果を以て証明された。

 

「グゥルガァアア!?」

 

 悲鳴を上げ地面を削りながら後退するベヒモスの胸にはくっきりと斜めの剣線が走り、赤黒い血を滴らせていたのだ。

 

「いける! 俺達は確実に強くなってる! 永山達は左側から、雫と龍太郎は背後を、メルド団長達は右側から! 後衛は魔法準備! 上級を頼む!」

 

 光輝が矢継ぎ早に指示を出す。メルド団長直々の指揮官訓練の賜物だ。

 

「ほぅ、迷いなくいい指示をする。聞いたな? 総員、光輝の指揮で行くぞ!」

 

 メルド団長が叫び騎士団員を引き連れベヒモスの右サイドに回り込むべく走り出した。それを期に一斉に動き出し、ベヒモスを包囲する。前衛組が暴れるベヒモスを後衛には行かすまいと必死の防衛線を張る。

 

「グルゥアアア!!」

 

 ベヒモスが踏み込みで地面を粉砕しながら突進を始める。

 

「させるかっ!」

「行かせん!」

 

クラスの二大巨漢、坂上龍太郎と永山重吾がスクラムを組むようにベヒモスに組み付いた。

 

「「猛り地を割る力をここに! 〝剛力〟!」」

 

 身体能力、特に膂力を強化する魔法を使い、地を滑りながらベヒモスの突進を受け止める。

 

「ガァアア!!」

「らぁあああ!!」

「おぉおおお!!」

 

 三者三様に雄叫びをあげ力を振り絞る。ベヒモスは矮小な人間ごときに完全には止められないまでも勢いを殺され苛立つように地を踏み鳴らした。

その隙を他のメンバーが逃さない。

 

「全てを切り裂く至上の一閃 〝絶断〟!」

 

 雫の抜刀術がベヒモスの角に直撃する。魔法によって切れ味を増したアーティファクトの剣が半ばまで食い込み切断する

雫は体から力がみなぎってくることを感じていた

隼人を救うために雫は決意していた

 

「ここで負けるわけにはいかないのよ。」

 

実はこの瞬間雫の天職が上位職でもある、剣姫になっていた。技能は二倍近くに増え、ステータスに限っては五倍以上の力を出せるようになっていたのだ。まぁもちろん技能に恥ずかしいことを大量に書かれていて、雫が項垂れることになるのだがそれは王都に戻ってからの話である。

 

「ガァアアアア!?」

 

角を切り落とされた衝撃にベヒモスが渾身の力で大暴れし、永山、龍太郎、メルド団長の3人を吹き飛ばす。

しかし雫は先読により回避に成功しさらに追撃をかけていた

 

「舐めないで。」

 

雫の剣筋は初心者や知識のないものでも認めるくらいの美しく綺麗な剣筋で目の前の敵を蹴散らしていく。

 

「優しき光は全てを抱く 〝光輪〟!」

 

 衝撃に息を詰まらせ地面に叩きつけられそうになった三人を光の輪が無数に合わさって出来た網が優しく包み込んだ。香織が行使した、形を変化させることで衝撃を殺す光の防御魔法だ。

 香織は間髪入れず、回復系呪文を唱える。

 

「天恵よ 遍く子らに癒しを 〝回天〟」

 

 香織の詠唱完了と同時に触れてもいないのに3人が同時に癒されていく。遠隔の、それも複数人を同時に癒せる中級光系回復魔法だ。

光輝が突きの構えを取り、未だ暴れるベヒモスに真っ直ぐ突進した。そして、先ほどの傷口に切っ先を差し込み、突進中に詠唱を終わらせて魔法発動の最後のトリガーを引く。

「〝光爆〟!」

 

聖剣に蓄えられた膨大な魔力が、差し込まれた傷口からベヒモスへと流れ込み大爆発を起こした。

 

「ガァアアア!!」

 

 傷口を抉られ大量の出血をしながら、技後硬直中の僅かな隙を逃さずベヒモスが鋭い爪を光輝に振るった。

 

「ぐぅうう!!」

 

 呻き声を上げ吹き飛ばされる光輝。爪自体はアーティファクトの聖鎧が弾いてくれたが、衝撃が内部に通り激しく咳き込む。しかし、その苦しみも一瞬だ。すかさず、香織の回復魔法がかけられる。

 

「天恵よ 彼の者に今一度力を  〝焦天〟」

 

 先ほどの回復魔法が複数人を対象に同時回復できる代わりに効果が下がるものとすれば、これは個人を対象に回復効果を高めた魔法だ。光輝は光に包まれ一瞬で全快する。

ベヒモスが、光輝が飛ばされた間奮闘していた他のメンバーを咆哮と跳躍による衝撃波で吹き飛ばし、折れた角にもお構いなく赤熱化させていく。

 

「……角が折れても出来るのね。あれが来るわよ!」

 

 雫の警告とベヒモスの跳躍は同時だった。ベヒモスの固有魔法は経験済みなので皆一斉に身構える。しかし、今回のベヒモスの跳躍距離は予想外だった。何と、光輝達前衛組を置き去りにし、その頭上を軽々と超えて後衛組にまで跳んだのだ。大橋での戦いでは直近にしか跳躍しなかったし、あの巨体でここまで跳躍できるとは夢にも思わず、前衛組が焦りの表情を見せる。

 だが、後衛組の一人が呪文詠唱を中断して、一歩前に出た。谷口鈴だ。

 

「ここは聖域なりて 神敵を通さず 〝聖絶〟!!」

 

 呪文の詠唱により光のドームができるのとベヒモスが隕石のごとく着弾するのは同時だった。凄まじい衝撃音と衝撃波が辺りに撒き散らされ、周囲の石畳を蜘蛛の巣状に粉砕する。

 しかし、鈴の発動した絶対の防御はしっかりとベヒモスの必殺を受け止めた。だが、本来の四節からなる詠唱ではなく、二節で無理やり展開した詠唱省略の〝聖絶〟では本来の力は発揮できない。実際、既に障壁にはヒビが入り始めている。天職〝結界師〟を持つ鈴でなければ、ここまで持たせるどころか、発動すら出来なかっただろう。鈴は歯を食いしばり、二節分しか注げない魔力を注ぎ込みながら、必死に両手を掲げてそこに絶対の障壁をイメージする。ヒビ割れた障壁など存在しない。自分の守りは絶対だと。

 

「ぅううう! 負けるもんかぁー!」

 

障壁越しにベヒモスの殺意に満ちた眼光が鈴を貫き、全身を襲う恐怖と不安に、掲げた両手が震える。弱気を払って必死に叫ぶ。鈴だって雫にだって負けてはいないくらいの強い気持ちを持っている。次第に強度が増していき鈴の障壁は破られることはなかった

そして遂に、ベヒモスの角の赤熱化が効果を失い始めた。ベヒモスが突進力を失って地に落ちる。同時に、鈴の〝聖絶〟も消滅した。

 

「後衛は後退しろ!」

 

 光輝の指示に後衛組が一気に下がり、前衛組が再び取り囲んだ。ヒット&アウェイでベヒモスを翻弄し続け、遂に待ちに待った後衛の詠唱が完了する。

 

「下がって!」

 

 後衛代表の恵里から合図がでる。光輝達は、渾身の一撃をベヒモスに放ちつつ、その反動も利用して一気に距離をとった。

その直後、炎系上級攻撃魔法のトリガーが引かれた。

 

「「「「「〝炎天〟」」」」」

 

術者五人による上級魔法。超高温の炎が球体となり、さながら太陽のように周囲一帯を焼き尽くす。ベヒモスの直上に創られた〝炎天〟は一瞬で直径八メートルに膨らみ、直後、ベヒモスへと落下した。

 絶大な熱量がベヒモスを襲う。あまりの威力の大きさに味方までダメージを負いそうになり、慌てて結界を張っていく。〝炎天〟は、ベヒモスに逃げる暇すら与えずに、その堅固な外殻を融解していった。

 

「グゥルァガァアアアア!!!!」

 

 ベヒモスの断末魔が広間に響き渡る。いつか聞いたあの絶叫だ。鼓膜が破れそうなほどのその叫びは少しずつ細くなり、やがて、その叫びすら燃やし尽くされたかのように消えていった。

 そして、後には黒ずんだ広間の壁と、ベヒモスの物と思しき僅かな残骸だけが残った。

 

「か、勝ったのか?」

「勝ったんだろ……」

「勝っちまったよ……」

「マジか?」

「マジで?」


皆が皆、呆然とベヒモスがいた場所を眺め、ポツリポツリと勝利を確認するように呟く。同じく、呆然としていた光輝が、我を取り戻したのかスっと背筋を伸ばし聖剣を頭上へ真っ直ぐに掲げた。

 

「そうだ! 俺達の勝ちだ!」

 

キラリと輝く聖剣を掲げながら勝鬨を上げる光輝。その声にようやく勝利を実感したのか、一斉に歓声が沸きあがった。男子連中は肩を叩き合い、女子達はお互いに抱き合って喜びを表にしている。メルド団長達も感慨深そうだ。そんな中、未だにボーとベヒモスのいた場所を眺めている香織に雫が声を掛けた。

 

「香織? どうしたの?」

「えっ、ああ、雫ちゃん。……ううん、何でもないの。ただ、ここまで来たんだなってちょっと思っただけ」

 

 苦笑いしながら雫に答える香織。かつての悪夢を倒すことができるくらい強くなったことに対し感慨に浸っていたらしい。

 

「そうね。私達は確実に強くなってるわ」

「うん……雫ちゃん、もっと先へ行けば南雲くんも……」

「それを確かめに行くんでしょ?私だって隼人のことを探しにいくために頑張っているんじゃない」

「えへへ、そうだね。雫ちゃんも隠すつもりはないの?」

「ないわよ……だって隼人には優花がいるからそれなりの覚悟が必要になるのよ。隼人が私のことを選んでくれる可能性は低いわ。……でもせっかくの初恋なんだもん。私だって鈴や恵里みたいに隼人の隣に立ちたいのよ。」

 

香織は驚いたように雫を見る。隼人の隣にはいつも優花がいることを知っているし、隼人も優花のことがおそらく好きなんだろう。もしかしたら奈落で落ちてからもう付き合っているかもしれない。香織にはそんな不安があったのだが

しかし雫は諦める気はさらさらないようだ。

前までの雫であれば隼人のことを諦めていたのかもしれない

それでも。もし隼人が優花のことを特別だと思っていても、雫は特別を取りにいくつもりだった。

隼人は雫にとって初めて守ってもらった人間だったのだ。言葉だけじゃなく。行動で。私たちを守ってくれた

雫の頰を赤く染まっており、香織でさえちょっとドキっとしてしまうほどに魅力的だった

 

もう少し早く気持ちに気がついていたらよかったわ。

 

雫はそんなことを思いながら香織を見る

 

「あと三十五層よ。頑張りましょう。」

「うん。待ってて南雲くん。」

 

恋に浮かれる二人は未だ知らない。

再会するときはまた守られる立場であることを



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一休み

少しはやいですがアンケートの方を終了させてもらいます。
二人とも隼人のヒロインで書いていくことになりました。アンケートに答えてくれた375名のみなさん本当にありがとうございました。


「へぇ〜えっと。ユエさん……だっけ?」

「ユエでいいだろ?えっとユエ?って何語だ?」

「中国語だよ。知らないのか?」

 

サソリモドキを倒した俺達は、サソリモドキと冷凍したサイクロプスの素材やら肉やらをハジメの拠点に持ち帰った。

その巨体と相まって物凄く苦労したのだが、最上級魔法の行使により、へばったユエに再度血を飲ませると瞬く間に復活し見事な身体強化で怪力を発揮してくれたため、二人がかりでなんとか運び込むことができた。

俺と優花は働いた分休んでくれとの話だった

 

「そうすると、ユエって少なくとも三百歳以上なわけか?」

「……マナー違反」

「ハジメ。」

「お前女子の気持ちくらい少しは汲み取れよ。」

 

と俺でさえ突っ込まなかったのに堂々と地雷を踏み込むハジメに押し寄せるジト目に目をそらす

 

「そういえば俺は須藤隼人。天職は料理人だな。隼人でいいぞ。」

「私は園部優花ね。優花でいいわ。」

「隼人。優花よろしく」

 

三百年前の大規模な戦争のおり吸血鬼族は滅んだとされていたはずだ。実際、ユエも長年、物音一つしない暗闇に居たため時間の感覚はほとんどないそうだが、それくらい経っていてもおかしくないと思える程には長い間封印されていたという。二十歳の時、封印されたというから三百歳ちょいということだ。

 

「吸血鬼って、皆そんなに長生きするのか?」

「……私が特別。〝再生〞で歳もとらない……」

「不老不死ってことか。そりゃ厄介だな。」

 

聞けば十二歳の時、魔力の直接操作や〝自動再生〟の固有魔法に目覚めてから歳をとっていないらしい。普通の吸血鬼族も血を吸うことで他の種族より長く生きるらしいが、それでも二百年くらいが限度なのだそうだ。

ちなみに、人間族の平均寿命は七十歳、魔人族は百二十歳、亜人族は種族によるらしい。エルフの中には何百年も生きている者がいるとか。

ユエは先祖返りで力に目覚めてから僅か数年で当時最強の一角に数えられていたそうで、十七歳の時に吸血鬼族の王位に就いたという。

なるほど、あのサソリモドキの外殻を融解させた魔法を、ほぼノータイムで撃てるのだ。しかも、ほぼ不死身の肉体。行き着く先は〝神〟か〝化け物〟か、ということだろう。ユエは後者だったということだ。

なんというか力を持ちすぎた人の定だろう

ユエは全属性に適性があるらしい。本当に「なんだ、そのチートは……」と呆れるハジメだったが、ユエ曰く、接近戦は苦手らしく、一人だと身体強化で逃げ回りながら魔法を連射するくらいが関の山なのだそうだ。もっとも、その魔法が強力無比なのだから大したハンデになっていないのだが。

 

「それで……肝心の話だが、ユエはここがどの辺りか分かるか? 他に地上への脱出の道とか」

「……わからない。でも……」

 

 ユエにもここが迷宮のどの辺なのかはわからないらしい。申し訳なさそうにしながら、何か知っていることがあるのか話を続ける。

 

「……この迷宮は反逆者の一人が作ったと言われてる」

「反逆者?」

 聞き慣れない上に、なんとも不穏な響きに思わず錬成作業を中断してユエに視線を転じる俺たち。ハジメの作業をジッと見ていたユエも合わせて視線を上げると、コクリと頷き続きを話し出した。

 

「反逆者……神代に神に挑んだ神の眷属のこと。……世界を滅ぼそうとしたと伝わってる」

「……反逆者ね。」

 

でも世界で滅ぼそうとしているのになんでこんな迷宮を作ったのか。それがよく分からないのだけどな。

 

「……そこなら、地上への道があるかも……」

「なるほど。奈落の底からえっちらおっちら迷宮を上がってくるとは思えない。神代の魔法使いなら転移系の魔法で地上とのルートを作っていてもおかしくないってことか」

 

 見えてきた可能性に、頬が緩むハジメ。再び、視線を手元に戻し作業に戻る。ユエの視線もハジメの手元に戻る。ジーと見ている。

 

「……そんなに面白いか?」

 

 口には出さずコクコクと頷くユエ。だぶだぶの外套を着て、袖先からちょこんと小さな指を覗かせ膝を抱える姿はなんとも愛嬌があり、その途轍もなく整った容姿も相まって思わず抱き締めたくなる可愛らしさだ。

 

「ん。」

「いつぅ。優花何すんだよ。」

「別に!」

 

いやどう見ても拗ねているんだけど。思いっきり頰を引っ張られたし

 

「……ハジメ、変なこと考えた?」

「いや、なにも?」

 

ハジメも少し冷や汗をかいている。男子がとことん女子に弱いのは当たり前のことだろうか。

 

「そういや、どうしてみんなはここにいる?」

「あ〜。んじゃここは俺だな。恐らく俺が全部把握しているから。」

 

と俺は説明を始める。それにハジメや優花も付け足してほぼ全部告げ終えると

 

いつの間にかユエの方からグスッと鼻を啜るような音が聞こえ出した。

「なんだ?」と再び視線を上げてユエを見ると、ハラハラと涙をこぼしている。ギョッとして、ハジメは思わず手を伸ばし、流れ落ちるユエの涙を拭きながら尋ねた。

「いきなりどうした?」

「……ぐす……みんな……つらい……私もつらい……」

 

どうやら俺たちのために泣いてくれているらしい。ハジメは少し驚くと、表情を苦笑いに変えてユエの頭を撫でる。

 

「気にするなよ。もう檜山のことは割りかしどうでもいいんだ。そんな些事にこだわっても仕方無いしな。ここから出て復讐しに行って、それでどうすんだって話だよ。そんなことより、生き残る術を磨くこと、故郷に帰る方法を探すこと、それに全力を注がねぇとな」

「んお前白崎はどうするんだ?お前助けてくれるって言っていたんだろ?あいつ変なところで真面目だから恐らく今もハジメのこと探しているんじゃないのか?」

「……」

「お前が檜山の件を聞いてお前が会いたがっていたのは白崎じゃないのかって思っていたんだけど。」

「よく見てんな、お前。」

「目片方見えないけどな。さすがに迷宮でずっと一緒にいるダチのことくらいなら分かるんだけど。」

 

隼人の予測は当たっていた。別の世界線ではハジメは壊れてしまっていた。しかし、隼人の料理と気を使う性格と的確かつ度胸のある優花により、ハジメは今まで感じていた孤独感が消え失せ幸福感を感じていたのだ。それは隼人や優花もそうだった。

急いで地上に向かうよりも全員が生きて地上に帰る。

そしてみんなで地球に帰る。

それがいつの間にか三人の中の共通認識になっていたのだ。

 

「……帰るの?」

「うん? 元の世界にか? そりゃあ帰るさ。帰りたいよ。……色々変わっちまったけど……故郷に……家に帰りたい……それに、俺をずっと待ってくれている奴がいる。」

「……そう」

「私もナナとタエに会いたいし。」

「俺も八重樫にたまごうどん作る約束してたからな。谷口や先生も少し溜め込む性格だしなぁ。あいつら大丈夫かな。遠藤とも話したいなぁ。あいつの話面白いし。」

 

誰もが思い通りの友達を思い描く。

少し優花が不機嫌になっていたのだが……それぞれに思うことがあるらあしい

ユエは沈んだ表情で顔を俯かせる。そして、ポツリと呟いた。

 

「……私にはもう、帰る場所……ない……」

「……」

 

そんなユエの様子に彼女の頭を撫でていた手を引っ込めると、ハジメは、カリカリと自分の頭を掻いた。

 

 別に、ハジメは鈍感というわけではない。なので、ユエが自分に新たな居場所を見ているということも薄々察していた。新しい名前を求めたのもそういうことだろう。だからこそ、ハジメが元の世界に戻るということは、再び居場所を失うということだとユエは悲しんでいるのだろう。

 

「あ~、なんならユエも来るか?」

「え?」

 

 ハジメの言葉に驚愕をあらわにして目を見開くユエ。涙で潤んだ紅い瞳にマジマジと見つめられ、なんとなく落ち着かない気持ちになったハジメは、若干、早口になりながら告げる。

 

「いや、だからさ、俺たちの故郷にだよ。まぁ、普通の人間しかいない世界だし、戸籍やらなんやら人外には色々窮屈な世界かもしれないけど……今や俺も似たようなもんだしな。どうとでもなると思うし……あくまでユエが望むなら、だけど?」

 

しばらく呆然としていたユエだが、理解が追いついたのか、おずおずと「いいの?」と遠慮がちに尋ねる。しかし、その瞳には隠しようもない期待の色が宿っていた。

 

「いいに決まっているだろ。俺も賛成、住民票とかは厳しいかもしれないけどユエさんにも俺たちの作った料理食べてほしいし。」

「えぇ。私と隼人が作ったオムライスやトンカツ美味しいわよ。」

「……隼人。優花。」

「あぁ。ここまできたら一緒に日本に帰ろう。みんなで。」

「当然。」

「えぇ。」

 

目線に気づいたのか優花も乗ってくれて全員の意思を確かにしたところだった

 

 

なお、食事についてなのだがユエ曰くハジメの血でいいって言っていた。しかし、香草を使った魔物肉の鍋にあっさり陥落してしまい。ハジメの血の次に、毒抜きした魔物肉が好物なったのは別の話。



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優花の強み

クリスマスイブとクリスマスは暇人なので3本あげます


「だぁー、ちくしょぉおおー!」

「……ハジメ、ファイト……」

「ユエはお気楽ね。」

「魔法特化が三人いてなんで押し負けるんだよぉ!!」

 

猛然と草むらの中を逃走していた。周りは百六十センチメートル以上ある雑草が生い茂りハジメの肩付近まで隠してしまっている。ユエなら完全に姿が見えなくなっているだろう。

そんな生い茂る雑草を鬱陶しそうに払い除けながら、俺たちが逃走している理由は、

 

「「「「「「「「「「「「シャァアア!!」」」」」」」」」」」」

 

二百体近い魔物に追われているからである。

ハジメ達が準備を終えて迷宮攻略に動き出したあと、十階層ほどは順調に降りることが出来た。ハジメの装備や技量が充実し、かつ熟練してきたからというのもあるが、ユエの魔法が凄まじい活躍を見せたというのも大きな要因だ。

全属性の魔法をなんでもござれとノータイムで使用し的確にハジメと俺を援護する。

ただ、回復系や結界系の魔法はあまり得意ではないらしい。〝自動再生〟があるからか無意識に不要と判断しているのかもしれない。もっとも、俺たちには神水と俺の回復魔法があるのでなんの問題もなかったが。

 

「邪魔。」

 

俺はまた花が生えたモンスターを、魔法で葬る。

最近またレベルが上がっているので最早人間というのもバカらしくなってきた。

そして近頃ストレスを抱えることが多い。というのも

 

「あ~、ユエ? 張り切るのはいいんだけど……最近、俺、あまり動いてない気がするんだが……」

 

 ユエは振り返ってハジメを見ると、無表情ながらどこか得意げな顔をする。

 

「……私、役に立つ。……パートナーだから」

 

どうやら、ただハジメの援護だけしているのが我慢ならなかったらしい。

確か、少し前に一蓮托生のパートナーなのだから頼りにしているみたいな事を言ったような、と、ハジメは首を傾げる。

その時は、ユエが、魔力枯渇するまで魔法を使い戦闘中にブッ倒れてちょっとした窮地に陥ってしまい、何とか脱した後、その事をひどく気にするので慰める意味で言ったのだが……思いのほか深く心に残ったようである。パートナーとして役立つところを見せたいのだろう。

 

「はは、いや、もう十分に役立ってるって。ユエは魔法が強力な分、接近戦は苦手なんだから後衛を頼むよ。前衛は俺の役目だ」

「……ハジメ……ん」

「あの、いちゃつくのやめてくれませんかね?気が抜けるんだよ!!」

「……」

 

このバカップルである。ハジメに大事なものができたのはいいんだけど、戦闘中にも関わらずいちゃつくのは勘弁してほしい。

 

 そうして、生い茂った木の枝を払い除け飛び出した先には、体長二メートル強の爬虫類、例えるならラプトル系の恐竜のような魔物がいた。

 

 頭からチューリップのような花をひらひらと咲かせて。

 

「……かわいい」

「……流行りなのか?」

「そんなわけないでしょ」

「……」

 

 ユエが思わずほっこりしながら呟けば、ハジメはシリアスブレイカーな魔物にジト目を向け、有り得ない推測を呟く。

 

 ラプトルは、ティラノと同じく、「花なんて知らんわ!」というかのように殺気を撒き散らしながら低く唸っている。臨戦態勢だ。花はゆらゆら、ふりふりしているが……

 

「シャァァアア!!」

 

 ラプトルが、花に注目して立ち尽くすハジメ達に飛びかかる。その強靭な脚には二十センチメートルはありそうなカギ爪が付いており、ギラリと凶悪な光を放っていた。

俺たちは回避するとハジメは 〝空力〟を使って三角飛びの要領でラプトルの頭上を取った。そして、試しにと頭のチューリップを撃ち抜いてみた。

 

 ドパンッという発砲音と同時にチューリップの花が四散する。

 

 ラプトルは一瞬ビクンと痙攣したかと思うと、着地を失敗してもんどり打ちながら地面を転がり、樹にぶつかって動きを止めた。シーンと静寂が辺りを包む。ユエもトコトコとハジメの傍に寄ってきてラプトルと四散して地面に散らばるチューリップの花びらを交互に見やった。

 

「……死んだ?」

「いや、生きてるっぽいけど……」

 

 ハジメの見立て通り、ピクピクと痙攣した後、ラプトルはムクッと起き上がり辺りを見渡し始めた。そして、地面に落ちているチューリップを見つけるとノッシノッシと歩み寄り親の敵と言わんばかりに踏みつけ始めた。

 

「え~、何その反応、どういうこと?」

「……イタズラされた?」

「いや、そんな背中に張り紙つけて騒ぐ小学生じゃねぇんだから……」

「やっぱ弱いな。」

「?どういうこと隼人。」

「いや、やっぱり迷宮の敵にしたら弱すぎると思わないか?」

 

俺の声にハッとする二人

 

「多分寄生だな。本株があるはずなんだけど。」

「それなら本株があるはずよね。」

「サクッと殺るか。」

 

と冒頭に戻るんだが

ドドドドドドドドドドドドドドドッ!!

 

 と、地響きを立てながら迫っている。背の高い草むらに隠れながらラプトルが併走し四方八方から飛びかかってくる。それを迎撃しつつ、探索の結果一番怪しいと考えられた場所に向かいひたすら駆けるハジメ。ユエも魔法を撃ち込み致命的な包囲をさせまいとする。

 

カプッ、チュー

 

 俺が睨んだのは樹海を抜けた先、今通っている草むらの向こう側にみえる迷宮の壁、その中央付近にある縦割れの洞窟らしき場所だ。

なぜ、その場所に目星をつけたのかというと、襲い来る魔物の動きに一定の習性があったからだ。ハジメ達が迎撃しながら進んでいると、ある方向に逃走しようとした時だけやたら動きが激しくなるのだ。まるで、その方向には行かせまいとするかのように。このまま当てもなく探し続けても魔物が増え続けるだけなのでイチかバチかその方向に突貫してみることにしたというわけである。

どうやら、草むらに隠れながらというのは既に失敗しているので、俺たちは〝空力〟で跳躍し、〝縮地〟で更に加速する。

 

 

 

「ユエさん!? さっきからちょくちょく吸うの止めてくれませんかね!?」

「……不可抗力」

「嘘だ! ほとんど消耗してないだろ!」

「……ヤツの花が……私にも……くっ」

「何わざとらしく呻いてんだよ、ヤツのせいにするなバカヤロー。ていうか余裕だな、おい」

「……ねぇ。これ、私たちの隣でずっと続くの?」

「白崎にずっと聞かされていたハジメトークとどっちが辛いんだろうか」

 

力が抜けるんだが。こんな状況にもかかわらず、ハジメの血に夢中のユエ。元王族なだけあって肝の据わりかたは半端ではないらしい。そんな風に戯れながらもきっちり迎撃し、隼人達は二百体以上の魔物を引き連れたまま縦割れに飛び込んだ。

縦割れの洞窟は大の大人が二人並べば窮屈さを感じる狭さだ。ティラノは当然通れず、ラプトルでも一体ずつしか侵入できない。何とかハジメ達を引き裂こうと侵入してきたラプトルの一体がカギ爪を伸ばすが、その前にハジメのドンナーが火を噴き吹き飛ばした。そして、すかさず錬成し割れ目を塞ぐ。

 

「ふぅ~、これで取り敢えず大丈夫だろう」

「……お疲れさま」

「そう思うなら、そろそろ降りてくれねぇ?」

「……むぅ……仕方ない」

 

 ハジメの言葉に渋々、ほんと~に渋々といった様子でハジメの背から降りるユエ。余程、ハジメの背中は居心地がいいらしい。

 

「さて、あいつらやたら必死だったからな、ここでビンゴだろ。油断するなよ?」

「ん」

「……はぁ。コーヒーブレイクしたいなぁ。」

「コーヒー豆みたいな植物なかったの?」

 

甘ったるくて仕方がない

しばらく歩くと気配感知に反応がある

全方位から緑色のピンポン玉のようなものが無数に飛んできたのだ。ハジメとユエ、俺と優花は一瞬で背中合わせになり、飛来する緑の球を迎撃する。

 

「ユエ、おそらく本体の攻撃だ。どこにいるかわかるか?」

「……」

「ユエ?」

 

しかし、ハジメの質問にユエは答えない。訝しみ、ユエの名を呼ぶハジメだが、その返答は……

「……にげて……みんな!」

 

いつの間にかユエの手がハジメに向いていた。ユエの手に風が集束する。本能が激しく警鐘を鳴らし、ハジメは、その場を全力で飛び退いた。刹那、ハジメのいた場所を強力な風の刃が通り過ぎ、背後の石壁を綺麗に両断する。


 

「ユエ!?」

 

まさかの攻撃にハジメは驚愕の声を上げるが、ユエの頭の上にあるものを見て事態を理解する。そう、ユエの頭の上にも花が咲いていたのだ。それも、ユエに合わせたのか? と疑いたくなるぐらいよく似合う真っ赤な薔薇が。

 

「くそっ、さっきの緑玉か!?」

 

自身の迂闊さに自分を殴りたくなる衝動をこらえ、ユエの風の刃を回避し続ける。

 

「ハジメ……うぅ……」

 

ユエが無表情を崩し悲痛な表情をする。ラプトルの花を撃ったとき、ラプトルは花を憎々しげに踏みつけていた。あれはつまり、花をつけられ操られている時も意識はあるということだろう。体の自由だけを奪われるようだ。

だが、それなら解放の仕方も既に知っている。ハジメはユエの花に照準し引き金を引こうとした。

しかし、操っている者もハジメが花を撃ち落としたことやハジメの飛び道具を知っているようで、そう簡単にはいかなかった。

 ユエを操り、花を庇うような動きをし出したのだ。上下の運動を多用しており、外せばユエの顔面を吹き飛ばしてしまうだろう。ならばと、接近し切り落とそうとすると、突然ユエが片方の手を自分の頭に当てるという行動に出た。

 

「……やってくれるじゃねぇか……」

 


つまり、ハジメが接近すればユエ自身を自らの魔法の的にすると警告しているのだろう。

そう魔法であれば

 

すると俺が放った炎を纏ったナイフと優花が放った氷を纏ったナイフが同時に操っている魔物に直撃する。

俺が投擲専用にしているナイフは解体専用のナイフや料理用のナイフではなく戦闘用に改良されたものである。

俺は調理器具を基本は戦闘に使わない。

本当に命に関わることなら使用も仕方なしなのだが命を頂くものである包丁を殺人や魔物を殺すことに使うのにためらいがあるのだ。だからそれをメルド団長にも伝えて妥協してもらうことを取り付けたのだ。

 

そしてその隙は大きな穴になる

 

「明鏡止水。」

 

俺が唱えると遠距離からラプトルだけを狙い炎が舞上がる。

これは俺が漫画で好きだった某ジャンプの漫画の主人公の技である。

盃はないが魔力が尽きるまで燃え続ける炎は植物性の魔物じゃ耐え切ることなく力尽きてしまう

 

「……こんな魔法見たことない。」

「まぁオリジナルだからな。」

「……隼人って本当に料理人?」

「料理はもっとチートじみているけどな。っていうよりも最初のナイフは?」

「私たちの投擲術の派生に必中があるのよ。的外れのところに投げても目的のものに当たるのよ。」

 

こういう頭を使った戦い方をできるのが優花の強みだ。優花と俺の連携はすでに声をかけなくても分かる。

無理やりゴリ押するのではなく、左右からの攻撃で絶対に回避ができないように複数の魔法を展開する。その隙に大型の魔法を打ち込んだのだ。

俺らはもうほぼ脳筋になってきているしな

 

「さて終盤だ気張っていくぞ。」

「おう。」

「えぇ。」

「…頑張る。」

 

と俺の声に全員が頷く。なおこの層ではまた香草と香辛料のほかに砂糖と地球ではオリーブに当たるセイラの実が大量に取れたので優花の機嫌がかなりよかったのはいうまでもなかった。




オリジナル魔法。明鏡止水

ぬらりひょん○孫をみていた隼人が真似た魔法。魔力が燃料なので、対象相手の魔力がなくならない限り燃え続ける。火の単体魔法と思われがちだが透明な炎を纏った水魔法で作った花びらを散らせるため火魔法と水魔法の混合魔法である。
なお、隼人曰く漫画やアニメなども魔法のパクリはイメージがしやすいためオリジナル魔法にしやすいことなのでこの○ばのエクスプロージョンはすでに習得している


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ヒュドラ戦

なんか前衛希望が多かったので前衛職の設定を作りました。
トリコを少しだけ見たのですがあそこまで描写がうまいのはすごいですね。
正直あそこまでは自分じゃまだ書けないですね


「やっとここまできたか」

「そうだな」

「長かったよう」

 

次の階層で最初にいた階層から百層目になるところまで来た。その一歩手前の階層でハジメは装備の確認と補充にあたっていた。相変わらずユエは飽きもせずにハジメの作業を見つめている。というよりも、どちらかというと作業をするハジメを見るのが好きなようだ。今も、ハジメのすぐ隣で手元とハジメを交互に見ながらまったりとしている。その表情は迷宮には似つかわしくない緩んだものだ。

ついでに俺と優花は軽くモンスターの肉を食べながらのんびりしている

ちなみに今の俺のステータスはこうだ。

 

須藤隼人 17歳 男 レベル:???

天職:料理人

筋力:10030

体力:6420

耐性:6342

敏捷:4500

魔力:15109

魔耐:6210

技能:料理[+食物鑑定][+レシピ作成][+料理][+肉質変化][+体型管理][+成分表示][+研究][+体調管理][+無毒化]・解体 [+血抜き][+良質素材][+速度上昇]・包丁術・先読・狙撃・目利き・投擲術[+必中]・鑑定[+魔物識別]・胃酸強化・痛覚耐性・天歩[+空力][+縮地]・風爪・夜目[+恐慌耐性]・熱源感知・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・魔力感知・気配遮断・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][身体強化][+部分強化][+変換効率上昇II][+集中強化][+効率上昇][+同時展開]・火属性適正[+消費魔力減少] [+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動]・水属性適正[+氷魔法] [+付加発動]・回復魔法[+効果上昇][+回復速度上昇][+イメージ補強力上昇][+浸透看破][+範囲効果上昇][+遠隔回復効果上昇][+状態異常回復効果上昇][+消費魔力減少][+魔力効率上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動][+付加発動]・高速魔力回復[+瞑想]・複合魔法・纏火・威圧・言語理解

 

 ステータスは、初めての魔物を喰えば上昇し続けているが、固有魔法はそれほど増えなくなった。主級の魔物なら取得することもあるが、その階層の通常の魔物ではもう増えないようだ。ただしステータスがかなり高く上がるのでかなり強くなったはずだ。レベルがすでに見えなくなったのは活動限界がステータス上で測れなくなったからだろう。

 

しばらくして、全ての準備を終えた隼人は、階下へと続く階段へと向かった。

その階層は、無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本が直径五メートルはあり、一つ一つに螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が彫られている。柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。天井までは三十メートルはありそうだ。地面も荒れたところはなく平らで綺麗なものである。どこか荘厳さを感じさせる空間だった。

 

「……恐らく最後の階層に近いんじゃないか?」

「あぁ。いかにもって部屋だな」

 

恐らく魔物は出ないだろうなと思っていた通りに、暫くの間特に何も起こらないので先へ進むことにした。感知系の技能をフル活用しながら歩みを進める。二百メートルも進んだ頃、前方に行き止まりを見つけた。いや、行き止まりではなく、それは巨大な扉だ。全長十メートルはある巨大な両開きの扉が有り、これまた美しい彫刻が彫られている。特に、七角形の頂点に描かれた何らかの文様が印象的だ。

 

「……これはまた凄いな。もしかして……」

「……反逆者の住処?」

いかにもラスボスの部屋といった感じだ。実際、感知系技能には反応がなくとも俺の本能が警鐘を鳴らしていた。この先はマズイと。それは、ハジメたちも感じているのか、うっすらと額に汗をかいている

 

「まぁどっちにしろ戦闘だろうな。……ここでビビった奴はいないよな?」

「ん」

「大丈夫。覚悟はしているわ」

「当然」

「そうか。んじゃいくか」

 

 そして、二人揃って扉の前に行こうと最後の柱の間を越えた。

 その瞬間、扉とハジメ達の間三十メートル程の空間に巨大な魔法陣が現れた。赤黒い光を放ち、脈打つようにドクンドクンと音を響かせる。

 隼人は、その魔法陣に見覚えがあった。忘れようもない。あの日、俺たちが奈落へと落ちた日に見た自分達を窮地に追い込んだトラップと同じものだ。だが、ベヒモスの魔法陣が直径十メートル位だったのに対して、眼前の魔法陣は三倍の大きさがある上に構築された式もより複雑で精密なものとなっている。

「おいおい、なんだこの大きさは? マジでラスボスかよ」

「……大丈夫……私達、負けない……」

「何がでてくるの?」

「さぁな。美味しければいいけど」

 

魔法陣はより一層輝くと遂に弾けるように光を放った。咄嗟に腕をかざし目を潰されないようにするハジメとユエ。光が収まった時、そこに現れたのは……体長三十メートル、六つの頭と長い首、鋭い牙と赤黒い眼の化け物。例えるなら、神話の怪物ヒュドラだった。

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

 不思議な音色の絶叫をあげながら六対の眼光が俺達を射貫く。身の程知らずな侵入者に裁きを与えようというのか、常人ならそれだけで心臓を止めてしまうかもしれない壮絶な殺気が俺達に叩きつけられた。

 同時に赤い紋様が刻まれた頭がガパッと口を開き火炎放射を放った。それはもう炎の壁というに相応しい規模である。

 

「料理人に火を使うなよ」

 

とこっちも蒼天をぶつけ合う。すると思ったよりも簡単に魔法がブレスを押し返す。

 

「ん?思ったより弱いか?」

 

それもその筈。料理人の技能が圧倒的な力になっていた。

平均ステータスがハジメは6400。隼人とユエは魔力特化型で隼人の料理の影響でユエも魔力が一万越え。優花に限っては平均8000越えで俊敏はすでに13000近いのだ。

さらに隼人がレシピ制作を使い魔法をハジメに覚えさせたことにより明らかなオーバーキルが成立していた。

それも料理人が美味しくいくらでも食べられるほどの料理に舌鼓を打つ俺たちは美味しい思いをしながらステータスを上げていく。

この循環がレベルがかなりあがった理由でもあるのだ。

 

そして俺は巨大な槍と巨大な盾を操っていた。

 

前衛不足が祟って俺が前衛をやることになったんだがその武器をハジメから受け取ったのだが

そのまんまガンランスである。

ハジメ曰く会心の出来と言われるまでのガンランスはかなり強力な武器になる

一応身体強化をユエから教わりやっとのことで扱えるようになったのだが

 

そうして俺は身体強化を使いながらガンランスを振り回し

フルバースト

反動で自分の体が少し浮いてしまう衝撃の強い武器を操りヒュドラに思いっきり叩きこむ

 

「「「グルゥウウウウ!!!」」」

「おっ効いているな」

 

この時優花はというと、二丁のドンナーを使い二丁拳銃師となっていた。

高速回転をしながらの拳銃を的確に操り確実に戦力を削っていく。

あの時落下してからおよそ一ヶ月半も迷宮に潜り続けた結果であった。

隼人と優花が優勢であるがユエとハジメは劣勢だった。

その理由がユエが恐慌状態に陥ったのだ。

何かと気に止めているハジメもそれに合わせ動きは鈍くなる。

その分負担は俺と優花に来ていた。

 

「隼人これ以上ヘイト稼げない。」

「無茶言うな。3体の火力蛇を請け負っているんだぞ。さすがに捌ききれない。」

 

優花がそれに気づくと隼人に指示を出すがこっちもこっちで大変だった。

実際大きな盾は今のステータスでもかなり重い。身体強化はしているが、ほとんどの飯を筋力につぎ込んでも未だに重い。さらに、俊敏も盾の重さでかなり落ちている為、これ以上は押し切られる可能性が高い。

 

「ちっ」

 

捌ききるのが精一杯で攻勢に回れない為、

しばらく耐え続ける。

 

「〝緋槍〟!〝砲皇〟!〝凍雨〟!」

 

するとようやく支援がきたことに少しホッとする。

 

「何やってたんだよ!!」

「悪い。少しばかり手間が掛かった」

 

とハジメが告げる。でもこれで十分だった。

新たな攻勢につき三体が俺から目を離したので相手に若干の隙が生まれる。

魔力を貯めそれが槍の先端に集中していく。

そして魔力を解放すると衝撃で部屋が震える

竜撃砲。

……お前ロマン武器生成するのやめろと言いたかったんだけど強いことには違いないので文句は言えない。

大ダメージを与え、そして高威力であるためこっちに気を取られる。

 

「さっさと決めてしまえ」

 

ハジメのシュラーゲンが紅いスパークを放つ。そして、大砲でも撃ったかのような凄まじい炸裂音と共にフルメタルジャケットの赤い弾丸が、約一・五メートルのバレルにより電磁加速を加えられる。その威力はドンナーの最大威力の更に十倍。単純計算で通常の対物ライフルの百倍の破壊力である。異世界の特殊な鉱石と固有魔法がなければ到底実現し得なかった怪物兵器だ。

 発射の光景は正しく極太のレーザー兵器のよう。かつて、勇者の光輝がベヒモスに放った切り札が、まるで児戯に思える。射出された弾丸は真っ直ぐ周囲の空気を焼きながら黄頭に直撃した。

 黄頭もしっかり〝金剛〟らしき防御をしていたのだが……まるで何もなかったように弾丸は背後の白頭に到達し、そのまま何もなかったように貫通して背後の壁を爆砕した。階層全体が地震でも起こしたかのように激しく震動する。

後に残ったのは、頭部が綺麗さっぱり消滅しドロッと融解したように白熱化する断面が見える二つの頭と、周囲を四散させ、どこまで続いているかわからない深い穴の空いた壁だけだった。

一度に半数の頭を消滅させられた残り三つの頭が思わず、ユエの相手を忘れて呆然とハジメの方を見る。ハジメはスタッと地面に着地し、煙を上げているシュラーゲンから排莢した。チンッと薬莢が地面に落ちる音で我に返る三つの頭。ハジメに憎悪を込めた眼光を向けるが、彼等が相対している敵は眼を離していい相手ではなかった。

 

「天灼」

「蒼天」

「明鏡止水」

 

ユエ、優花、隼人の最上級魔法がヒュドラを襲う。特に隼人の明鏡止水は対象の魔力が尽きるまで燃え続ける魔法だ。ヒュドラが第二形態になろうとしたがそれでも燃え続ける焔にうめき声をあげる

 

「ハジメ、優花、ユエ。10秒間稼げ。トドメを刺す」

「「「了解」」」

 

俺の声に全員が頷く。

俺は空力を使い足場を整え、そしてヘカートを取りだし魔力が尽きるまで注ぎ込む。

青色の魔力が俺の体から抜けていくのが分かる。

狙いを定めそして放つと灼熱のレーザーが最後の首を落とす。

そしてヒュドラは二度と起き上がることはなくひれ伏し、俺たちはそれを見やる

 

「勝ったんだよな」

 

ハジメが呟く。

 

「おう。お疲れ様」

 

魔力が尽き隼人は軽く座り込んでいた。

 

「……これでやっと」

「終わりなの」

 

久しぶりの死闘に俺たちは少しボーとしていたが

 

「「よっしゃ〜!!」」

「やった〜!!」

 

隼人と優花、ハジメは歓喜の声をあげる。

異世界にきてから丁度50日。

オルクスの大迷宮を攻略した瞬間であった。




武器解説のコーナー

ガンランス。
おなじみ某狩ゲーから来た武器であり、隼人専用武器。
片目が見えないのを大きな盾でカバーし、銃弾が内臓している大型の槍。
威力については申し分がなくさらにヘイト稼ぎにもかなり


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クリアの先に

解体をした後にホルモンだけを食べ終え、少し休憩していた。

久しぶりに成長の痛みを全員が体験した。ユエは解毒してあるものしか食べていなかった為、初めて見る現象に心配そうだったが、ハジメが先に説明していたので、その間看病をしてくれていたのだ。

 

「あいつどれだけ強かったんだよ」

 

ハジメが痛みが抜けたらしく苦笑している。

 

「まぁラスボスだと思うしな。ここだけは明らかに材質が違うし」

「改めて見るけど綺麗だよね」

「綺麗っていうよりもこれ建築の継ぎ目がないんだよなぁ。どうやって作ったんだろう」

「継ぎ目がない?」

「ほら、柱もこれ明らかに人工物だろ。それなのに、どこにも一から作ったように見えないんだよ。見てみ」

 

と柱の根元の部分がまるで生えているようになっているのにハジメも少し目を見開く。

ユエと優花は首を傾げていたがハジメも少し考えハッとしたようにしていた。

どうやら俺と意見が一致したらしいな。

 

「この迷宮を作ったのは俺と同じ錬成師ってことか?」

「多分な。それでこれだけの難易度があるんだ。この迷宮を作った本人が何を残したのかちょっと気になるな」

 

俺は少し楽しげに笑う。なんというかこういうことはやっぱり楽しいって思うけどな。

 

「……なんかお前って時々子供っぽいところあるよな」

「自覚あるからほっとけ」

 

料理のことや面白そうなことを見つけると俺は少し暴走するのは分かっている。

一度白崎の家に行った時、白崎の母親が料理研究家と分かると、夜になっても白崎の母親と10時間くらい料理の話題で盛り上がったことは今でも黒歴史として残っている。

途中から白崎や八重樫も真剣に聞いていたことから二人のためにもなったのであろう。

そう剥れながらも進んで、扉を開けた途端

俺たちは驚愕した。

 

中は広大な空間に住み心地の良さそうな住居があったのだ。念のため、住居に危険がないことを確認し、危険がない事が分かってから俺たちは外に出る。

まず、目に入ったのは太陽だ。もちろんここは地下迷宮であり本物ではない。頭上には円錐状の物体が天井高く浮いており、その底面に煌々と輝く球体が浮いていたのである。僅かに温かみを感じる上、蛍光灯のような無機質さを感じないため、思わず〝太陽〟と称したのである。

注目するのは耳に心地良い水の音。扉の奥のこの部屋はちょっとした球場くらいの大きさがあるのだが、その部屋の奥の壁は一面が滝になっていた。天井近くの壁から大量の水が流れ落ち、川に合流して奥の洞窟へと流れ込んでいく。滝の傍特有のマイナスイオン溢れる清涼な風が心地いい。よく見れば魚も泳いでいるようだ。もしかすると地上の川から魚も一緒に流れ込んでいるのかもしれない。

川から少し離れたところには大きな畑もあるようである。今は何も植えられていないようだが……その周囲に広がっているのは、もしかしなくても家畜小屋である。動物の気配はしないのだが、水、魚、肉、野菜と素があれば、ここだけでなんでも自炊できそうだ。緑も豊かで、あちこちに様々な種類の樹が生えている。

 

「す、すごいわね」

「……まじかよこれ」

「どうやってこの空間ができたんだ?」

「……反逆者のすみか」

 

とユエの言葉に俺たちはハッとする。とりあえず警戒しながら

 

建築物の方へ歩を進めた。建築したというより岩壁をそのまま加工して住居にした感じだ。

「……少し調べたけど、開かない部屋も多かった……」

「そうか……ユエ、油断せずに行くぞ」

「ん……」

 石造りの住居は全体的に白く石灰のような手触りだ。全体的に清潔感があり、エントランスには、温かみのある光球が天井から突き出す台座の先端に灯っていた。薄暗いところに長くいたハジメ達には少し眩しいくらいだ。どうやら三階建てらしく、上まで吹き抜けになっている。

 取り敢えず一階から見て回る。暖炉や柔らかな絨毯、ソファのあるリビングらしき場所、台所、トイレを発見した。どれも長年放置されていたような気配はない。人の気配は感じないのだが……言ってみれば旅行から帰った時の家の様と言えばわかるだろうか。しばらく人が使っていなかったんだなと分かる、あの空気だ。まるで、人は住んでいないが管理維持だけはしているみたいな……

より警戒しながら進む。更に奥へ行くと再び外に出た。そこには大きな円状の穴があり、その淵にはライオンぽい動物の彫刻が口を開いた状態で鎮座している。彫刻の隣には魔法陣が刻まれている。試しに魔力を注いでみると、ライオンモドキの口から勢いよく温水が飛び出した。どこの世界でも水を吐くのはライオンというのがお約束らしい。

 

「うわぁ〜〜大きいお風呂」

「今までは錬成で作った即席のお風呂に俺がお湯を入れていたからな。久しぶりにゆっくりできるんじゃないか?」

 

日本人である俺たちは目を輝かす。どうやら洗剤もあるらしく自作の石鹸は少し獣くさかったのでさらに嬉しい限りだ。

 

「優花と隼人。私とハジメ?」

「ちょ、ユエ」

「さすがにお風呂ではゆっくりさせてくれ」

「男女別でいいんじゃないか?」

「むぅ」

 

それから、二階で書斎や工房らしき部屋を発見した。しかし、書棚も工房の中の扉も封印がされているらしく開けることはできなかった。仕方なく諦め、探索を続ける。

二人は三階の奥の部屋に向かった。三階は一部屋しかないようだ。奥の扉を開けると、そこには直径七、八メートルの今まで見たこともないほど精緻で繊細な魔法陣が部屋の中央の床に刻まれていた。いっそ一つの芸術といってもいいほど見事な幾何学模様である。

しかし、それよりも注目すべきなのは、その魔法陣の向こう側、豪奢な椅子に座った人影である。人影は骸だった。既に白骨化しており黒に金の刺繍が施された見事なローブを羽織っている。薄汚れた印象はなく、お化け屋敷などにあるそういうオブジェと言われれば納得してしまいそうだ。

 

 その骸は椅子にもたれかかりながら俯いている。その姿勢のまま朽ちて白骨化したのだろう。魔法陣しかないこの部屋で骸は何を思っていたのか。寝室やリビングではなく、この場所を選んで果てた意図はなんなのか……

 

「……怪しい……どうする?」

 

ユエもこの骸に疑問を抱いたようだ。おそらく反逆者と言われる者達の一人なのだろうが、苦しんだ様子もなく座ったまま果てたその姿は、まるで誰かを待っているようである。

と俺はあることに気づく。

 

「あれ?この魔法陣。レシピと構造が似ているな」

「ん?どういうことだ?」

「俺のレシピっていうのは魔法陣を書いて情報を伝えるタイプがあるだろ?ハジメも体験したやつ」

 

レシピ作成。これは料理の技能だけではなく技能の使い方を情報で教えることも可能で、ハジメも適正はないのだが火種や簡単な初球魔法なら無詠唱で唱えられるようになっていた。

特に纏火を全員が覚えられたことはかなり戦力アップになっており、今はユエに時間があったら技能を覚えさせることにしている。

なおレシピ作成はコピーできなかったことから。恐らく俺専用の固有技能なのだろう。

 

「あれとほぼ魔法陣が同じなんだよ。ちょっと複雑になっているけど。それでも無害であることは違いはねぇよ」

「……なるほどな。一応のため俺と隼人が先にのってみるか」

「二人とも気をつけて」

「ん……気を付けて」

 

隼人とハジメは魔法陣へ向けて踏み出した。そして、ハジメが魔法陣の中央に足を踏み込んだ瞬間、カッと純白の光が爆ぜ部屋を真っ白に染め上げる。

 

まぶしさに目を閉じる。直後、何かが頭の中に侵入し、まるで走馬灯のように奈落に落ちてからのことが駆け巡ってやがて光が収まり、目を開けた俺たちの目の前には、黒衣の青年が立っていた。



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この世界の真実

ここから大きく原作を変えていこうと思います。
それでもいいという人だけよろしくお願いします。



魔法陣が淡く輝き、部屋を神秘的な光で満たす。

 

 中央に立つハジメの眼前に立つ青年は、よく見れば後ろの骸と同じローブを着ていた。

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?」

 

 話し始めた彼はオスカー・オルクスというらしい。【オルクス大迷宮】の創造者のようだ。驚きながら彼の話を聞く。

 

「ああ、質問は許して欲しい。これはただの記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない。だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい。……我々は反逆者であって反逆者ではないということを」

 

そうして始まったオスカーの話は、ハジメが聖教教会で教わった歴史やユエに聞かされた反逆者の話とは大きく異なった驚愕すべきものだった。

 

簡潔にまとめると。この世界の争いは初めから神の遊戯として作られたものであり、反逆者と呼ばれる人達はそんな神を殺そうとしていたがその神の策略により真実を知らない周りの人間達を巧みに煽動し、逆に反逆者を追い詰めた。

七人の反逆者いわゆる“解放者”は散り散りとなりながらも各地で迷宮を作り上げ、その攻略者に自身の神代の魔法を授けるという手段を取ったとの事。

 

「君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか。……君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」

 

 そう話を締めくくり、オスカーの記録映像はスっと消えた。同時に、脳裏に何かが侵入してくる。ズキズキと痛むが、それがとある魔法を刷り込んでいたためと理解できたので大人しく耐えた。

 

「ハジメ、隼人……大丈夫?」

「二人とも平気?」

「ああ、平気だ……にしても、何かどえらいこと聞いちまったな」

「何かあると思ったけどな」

「……ん……どうするの?」

 

ユエがオスカーの話を聞いてどうするのかと尋ねる。

 

「うん?今は別にどうもしないぞ?元々、勝手に召喚して戦争しろとかいう神なんて迷惑としか思ってないからな。この世界がどうなろうと知ったことじゃないしな。地上に出て帰る方法探して、故郷に帰る。それが最優先だろ?」

「まぁ帰れないことには話は始まらないしな。とりあえず帰還の方法を見つけるのが先決だな?」

 

でもいつかは神と戦う。と俺もハジメも口外に言っていた。

俺もハジメも結構この世界のことを気に入っているらしい。

そのことを二人も理解したのだろう。

 

「私の居場所はここ……他は知らない」

「私も隼人やハジメと一緒に帰ってついていくわ。」

 

と二人も賛成する

 

そう言って、ハジメに寄り添いその手を取る。ギュッと握られた手が本心であることを如実に語る。ユエは、過去、自分の国のために己の全てを捧げてきた。それを信頼していた者たちに裏切られ、誰も助けてはくれなかった。ユエにとって、長い幽閉の中で既にこの世界は牢獄だったのだ

その牢獄から救い出してくれたのはハジメだ。だからこそハジメの隣こそがユエの全てなのである。

 

「……そうかい」

 

 

 若干、照れくさそうなハジメ。それを誤魔化すためか咳払いを一つして、ハジメが衝撃の事実をさらりと告げる。

 

「あ~、あと何か新しい魔法……神代魔法っての覚えたみたいだ」

「……ホント?」

「あ〜俺も。鉱石に干渉できる生成魔法ってやつ。魔法を鉱物に付加して、特殊な性質を持った鉱物を生成出来る魔法らしい。」

 

それを俺が告げる

するとユエはその言葉に驚くようにして

 

「……アーティファクト作れる?」

「ああ、そういうことだな」

 

 そう、生成魔法は神代においてアーティファクトを作るための魔法だったのだ。まさに〝錬成師〟のためにある魔法である。実を言うとオスカーの天職も〝錬成師〟だったりする。

 

「優花もユエも覚えたらどうだ? 何か、魔法陣に入ると記憶を探られるみたいなんだ。オスカーも試練がどうのって言ってたし、試練を突破したと判断されれば覚えられるんじゃないか?」

「錬成使わないのだけど」

「まぁ、そうだろうけど……せっかくの神代の魔法だぞ。覚えておいて損はないんじゃないか?」

「……ん……二人が言うなら」

 

ハジメの勧めに魔法陣の中央に入るユエ。魔法陣が輝きユエの記憶を探る。そして、試練をクリアしたものと判断されたのか……

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスry……」

 

 またオスカーが現れた。何かいろいろ台無しな感じだった。ハジメとユエはペラペラと同じことを話すオスカーを無視して会話を続ける。

 

「どうだ? 修得したか?」

「ん……した。でも……アーティファクトは難しい」

「私もよ。」

「う~ん、やっぱり神代魔法も相性とか適性とかあるのかもな」

「……?」

 

それなら俺はなんで生成魔法を覚えられたんだ。

そう考えながらも隣でオスカーは何もない空間に微笑みながら話している。すごくシュールだった。後ろの骸が心なし悲しそうに見えたのは気のせいではないかもしれない。

 

「……ちゃんと供養してあげましょう。」

 

優花の意見に全員が頷く。それほど解放者のオスカーのことを偉大に思っていた

オスカーの骸を畑の端に埋め、一応、墓石も立てた。

 

埋葬が終わると、隼人たちは封印されていた場所へ向かった。次いでにオスカーが嵌めていたと思われる指輪も頂いておいた。その指輪には十字に円が重った文様が刻まれており、それが書斎や工房にあった封印の文様と同じだったのだ。

 

 まずは書斎だ。

 

 一番の目的である地上への道を探らなければならない。ハジメとユエは書棚にかけられた封印を解き、めぼしいものを調べていく。すると、この住居の施設設計図らしきものを発見した。通常の青写真ほどしっかりしたものではないが、どこに何を作るのか、どのような構造にするのかということがメモのように綴られたものだ。

 

「ビンゴ! あったぞ、みんな!」

「んっ」

 

 ハジメから歓喜の声が上がる。ユエも嬉しそうだ。設計図によれば、どうやら先ほどの三階にある魔法陣がそのまま地上に施した魔法陣と繋がっているらしい。オルクスの指輪を持っていないと起動しないようだ。貰っておいてよかった。

 

「隼人これ。」

「ん?」

 

優花の他の資料を探っていたが一冊の本を持ってきた。どうやらオスカーの手記のようだ。かつての仲間、特に中心の七人との何気ない日常について書いたもののようである。

 

 その内の一節に、他の六人の迷宮に関することが書かれていた。

 

「……つまり、他の迷宮も攻略すると、創設者の神代魔法が手に入るということ?」

「そうじゃないの?」

 

 手記によれば、オスカーと同様に六人の〝解放者〟達も迷宮の最深部で攻略者に神代魔法を教授する用意をしているようだ。生憎とどんな魔法かまでは書かれていなかったが……

 

「……帰る方法見つかるかも」

「あぁ。」

 

隼人と優花は目を輝かせる。そしてハジメとユエにも伝えると、ハジメたちの成果も報告する。設計図を調べていると、どうやら一定期間ごとに清掃をする自律型ゴーレムが工房の小部屋の一つにあったり、天上の球体が太陽光と同じ性質を持ち作物の育成が可能などということもわかった。人の気配がないのに清潔感があったのは清掃ゴーレムのおかげだったようだ。

工房には、生前オスカーが作成したアーティファクトや素材類が保管されているらしい。

 

「これで今後の指針ができた。地上に出たら七大迷宮攻略を目指そう」

「んっ」

「あぁ。」

「えぇ。」

 

 明確な指針ができて頬が緩む俺たち。

 

 それからしばらく探したが、正確な迷宮の場所を示すような資料は発見できなかった。現在、確認されている【グリューエン大砂漠の大火山】【ハルツィナ樹海】、目星をつけられている【ライセン大峡谷】【シュネー雪原の氷雪洞窟】辺りから調べていくしかないだろう。

しばらくして書斎あさりに満足した後に、工房へと移動した。

工房には小部屋が幾つもあり、その全てをオルクスの指輪で開くことができた。中には、様々な鉱石や見たこともない作業道具、理論書などが所狭しと保管されており、錬成師にとっては楽園かと見紛うほどでありハジメが少しはしゃいでしまったほど。

俺は少し考え

 

「なぁやっぱりここに少し留まらないか?」

 

俺はそう告げるとユエは少し不思議に思ったらしい。

でも二人はちゃんと理解したらしい。

 

「さっさと地上に出たいのは俺も山々なんだが……せっかく学べるものも多いし、ここは拠点としては最高だ。他の迷宮攻略のことを考えても、ここで可能な限り準備しておきたい。」

「そうね。焦る旅ではないし。ちょっと疲れたから少しゆっくり疲労を取っておきたいわ。」

「俺はもう一回神水を取りに行こうと思っているな。ちょっと量が少なくなっているし。」

 

するとユエも納得したらしい。そうして俺たちはここに留まることになったのだった。




次回で原作一巻が終了します。
これからは原作との変更点を書いていこうかと。
なんといっても神と戦うことになっていることですね。
この世界に来て奈落に落ちて踏んだり蹴ったりの隼人たちですが、最初に適切な処置を行ったために心が壊れておらず、解放者に敬意を持っているので無下にはしない模様
それと人数が多いのでなくなりかけていた神水を取りに行くとのことですね。
次回もお楽しみに。


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新たな旅へ

結構ストックに余裕があるのでクリスマスプレゼントがわりにあと一話投稿しま〜す。
おそらく10時頃あげる予定です


「あぁ〜生き返る。」

 

風呂にゆっくり浸かると俺は明日からまた来た道を引き返し、地下を目指すことになる。

ハジメは少し俺の料理を食べれないことにショックをうけていたのだがマッピングをしていたこともあり、恐らく二週間近くあれば戻れるだろう。

 

だからせっかくのお風呂なので今日くらい一人で入れるように頼んだのだった。

 

月に変わり淡い光を放つ様を、俺は風呂に浸かりながら全身を弛緩させてぼんやりと眺めていた。奈落に落ちてから、ここまで緩んだのは初めてである。

 

全身をだらんとさせたままボーとしていると、突如、ヒタヒタと足音が聞こえ始めた。

 

「ん〜ハジメか?」

 

だら〜とブラブラとしている。ユエにでも襲われたから逃げてきたのかなと思いつつも、せっかく一人で入れると思ったのにと愚痴を言おうとしたところで

 

俺は絶句して体が硬直した。

 

「……失礼します。」

「……」

 

声が出なかった。隼人が見た先では恥ずかしげに顔を茹蛸のように真っ赤にして優花が湯船に浸かろうとしていた。

体型が整っており、大きいとは言えないがしっかりと膨らんでいる胸は少し大きめのバスタオルで隠されているがそれが余計に大人っぽさを強調する。それに恥ずかしげにしているのがさらに理性を削るのだがなによりもその可愛さに隼人は優花に見とれてしまった。

 

「隼人。さすがに見られると恥ずかしいだけど。」

「…えっ、あっ、わ、悪い。」

 

俺は顔を背けてしまう、なんで風呂に入って来ているのかとか使用中の看板を立ててなかったのかという思考はどこへやら、ただ恥ずかしさが隼人に押し寄せる、元々優花のことを好きだと断言している隼人だが恋愛経験はゼロである、なのでこんな時はかなりテンパりやすくなるのだ。

それは優花も同じだった。ユエから進言されてお風呂場に突入したのはあの時のお礼と、あの時の言葉に答えるのが目的だったのだが、お互いに照れてしまい話せないでいる。

ちゃぽんと水温が聞こえる。

でも、隼人はその雰囲気で冷静さを呼び戻し、

 

「優花。」

「ひゃ!?」

「…いや、体洗いたいから少し向こう向いておいてって。」

「えっ。あっうん。いいわよ。」

 

明らかに動揺している優花に隼人は苦笑してしまう。

隼人も大体は優花が何をしにきたのかわかっていたのでただ待つことにしたのだが、

すると顔を真っ赤にしながらじっと見つめている優花がいた。

 

「あの、そんなに見ないで。さすがに俺も恥ずかしいから。」

「えっ?あっうん。ご、ごめん。」

 

どこかでしたようなやりとりになんとなくいたたまれなくなるが、優花が少し決心したように、恥ずかしげに小さな声で呟いた。

 

「……ありがとね。」

 

小さい声だったが確かに聞こえた声に俺はつい聞き返してしまう。

 

「ん?」

「ほら。あの時。隼人は覚えてないかもしれないけど。」

「……あぁ。もしかしてベヒモスの時のことか?」

「……」

 

無言の肯定だろうか。少しだけ魔法で体を流している水音しか聞こえない。

あの時のことは俺も覚えている。

 

「……ねぇ、あの時のこと本当?」

「本当だよ。体が勝手に動いていてもたってもいられなくて」

「そ、そう。」

 

と言ったきり少しだけ黙りこんでしまう。そして、風呂に入った時に

 

「私も隼人が……好き……だよ。」

「……」

 

優花から聞こえる声に少し分かっていたことだったが胸が熱くなる。

……正直風呂場でいうことではないと思うのだが四人暮らしをしていると中々二人っきりになる機会がないので苦渋の策だったのだろう。

 

「…あ〜……ん、俺も優花のことが好きだよ。……ずっと好きだった。」

「う、うん。」

「俺と付き合ってください。」

 

すると涙を流しながら頷く優花。

いい雰囲気ではあるのだがお風呂でやることではないと後々隼人も優花も思い直し悶絶し黒歴史になったことは言うまでもないことだが、これをきっかけに隼人はある誓いをたてるのだがそれはまた別の話。

 

 

あれから一ヶ月後が経ち

 

「お〜い。準備できたか!!」

「こっちはできてるぞ。」

「ん!!」

「えぇ。こっちもできてるわ。」

 

俺たちは魔法陣の前に集まっていた。

トータスにきてから3ヶ月が経った今日、俺たちはついに地上に向かうことにしたのだ。

 

とりあえず今のステータスはというと

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:???

天職:錬成師

筋力:20950

体力:20190

耐性:20670

敏捷:20450

魔力:20780

魔耐:20780

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成][+圧縮錬成]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+瞬光]・風爪・夜目・遠見・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・熱源感知[+特定感知]・気配遮断[+幻踏]・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・先読・金剛・豪腕・威圧・念話・追跡・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力]・限界突破・生成魔法・言語理解

 

須藤隼人 17歳 男 レベル:???

天職:料理人

筋力:20030

体力:20200

耐性:20400

敏捷:14500

魔力:55109

魔耐:16210

技能:料理[+食物鑑定][+レシピ作成][+料理][+肉質変化][+体型管理][+成分表示][+研究][+体調管理][+無毒化][+万能料理][+神舌]・解体 [+血抜き][+良質素材][+速度上昇][+自動化]・包丁術・神眼・狙撃・投擲術[+必中]・胃酸強化・痛覚耐性・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+瞬光]・風爪・状態異常耐性・全属性耐性・気配遮断・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][身体強化][+部分強化][+変換効率上昇II][+集中強化][+効率上昇][+同時展開]・火属性魔法[+消費魔力減少] [+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動]・水属性魔法[+氷属性魔法][+消費魔力減少] [+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動][+付加発動]・風属性魔法[+消費魔力減少] [+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動]・土属性魔法[+消費魔力減少] [+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動・]回復魔法[+効果上昇][+回復速度上昇][+イメージ補強力上昇][+浸透看破][+範囲効果上昇][+遠隔回復効果上昇][+状態異常回復効果上昇][+消費魔力減少][+魔力効率上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動][+付加発動]・高速魔力回復[+瞑想]・複合魔法・纏火・先読・金剛・豪腕・威圧・念話・追跡・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力]・限界突破・生成魔法・言語理解

 

神眼;探知系+鑑定+見切り+先読を極めたもの。全ての効果範囲を倍増。隠蔽、気配遮断が無効化される

 

園部優花 17歳 女 レベル???

天職 投術師

筋力:20000

体力:23500

耐性:22500

敏捷:20200

魔力:23900

魔耐:22100

技能:投擲術[+必中][+飛距離上昇][+威力上昇]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]火属性適正[+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動]・水属性魔法[+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動]・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+瞬光]・風爪・夜目・遠見・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・熱源感知[+特定感知]・気配遮断[+幻踏]・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・先読・金剛・豪腕・威圧・念話・追跡・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力]・氷結・限界突破・生成魔法・言語理解

 

となっている。なんで全員が2万台で成長が止まっているのかというと、まだ成長できるのだが俺がステータスを伸ばしすぎると生活に支障が出る可能性があるんじゃないかと伝えたところ、2万あたりでステータスを伸ばさないように、俺たちは全員毒抜きの魔物肉を食べることになった。俺の魔力が5万を過ぎているのはライセン大峡谷では魔力の分解能力が働く事が関係あるからだ。その話をした時ユエがほぼ使い物にならない可能性が高いとハジメが無神経な発言をしたことにより、一週間の間口を利いてくれなくなったことは言うまでもなかった。

そのユエとハジメは一週間前結ばれた。一時期は白崎のことを気にしていたわけだが、優花が

 

「それなら二人とも付き合えばいいじゃない。」

 

という言葉に隼人たちは絶句してしまった。というのも優花はハジメは白崎とユエ同時に好きになっているんじゃないかと話していた。まぁ、隼人もハジメが白崎を想っている気持ちは本物だと思うけど、ユエを想う気持ちも本物だと俺たちは感じていたのだ。

後々優花に聞いたところ、隼人への布石でもあったらしい。クラスの中でも隼人を想っている人が多いことと天然たらしの性格は絶対に女性を引っ掛けると。

実際その通りになるのだから女性の勘とは怖いものだ。

優花と隼人は付き合い始めたばっかりのような甘い日常を送っていた。

手をつないでもいいのか悩んだり、優花がもっとキスをしたいと思っていたが言い出せなかったり。

ハジメがクソ甘そうに俺たちを見ていたり、

優花の相談役のユエがじれったくて一度一日中俺に説教をしたほどだった。

まぁ優花はなぜか夜に関することだけ積極的だったのだが。これも独占できる時期が少ないと気づいていたからだろうか?

その優花は神水を取りに行った後の一ヶ月はほとんど書斎に篭っていた。

というのも神と戦うことが決まっている以上、僅かな情報でも欲しいということだった。

 

 隼人は適正のある土と風の魔法を覚え、それを伸ばしつつ鑑定系や見切りなども伸ばした。神眼を手にいれた時は情報量の大きさから半日くらいぶっ倒れて目が覚めた時は号泣され心配をかけてしまった。

 また神眼を手にいれてからは隼人は眼帯をしていた方の目を義眼に変えている。

と言うのも片目では情報量が多すぎて処理が追いつかず眼の痛みが続いたのが問題だった。多くの情報を捉えるのは人間族の目ではいくらチートスペックがあっても管理しきれなかったのである。そもそも生成魔法では、生身の〝眼球〟を創る事はできなかった。しかし、生成魔法を使い神結晶に〝魔力感知〟〝先読〟を付与することで通常とは異なる特殊な視界を得ることができる魔眼を創ることに成功した。

 これにハジメが失った手を補うための義手に使われていた擬似神経の仕組みを取り込むことで、魔眼が捉えた映像を脳に送ることができるようになったのだ。魔眼では、通常の視界を得ることはできない、その代わりに魔力の流れや強弱、属性を色で認識できるようになった上、発動した魔法の核が見えるようにもなった。

情報量の多くが片目に集まっているためにかなり重要だった。

 

 魔法の核とは、魔法の発動を維持・操作するためのもの……のようだ。発動した後の魔法の操作は魔法陣の式によるということは知っていた、ではその式は遠隔の魔法とどうやってリンクしているのかは考えたこともなかった。実際、ハジメが利用した書物や教官の教えに、その辺りの話しは一切出てきていない。おそらく、新発見なのではないだろうか、魔法のエキスパートたるユエも知らなかったことからその可能性が高い。

 通常の〝魔力感知〟では〝気配感知〟などと同じく、漠然とどれくらいの位置に何体いるかという事しかわからなかった。気配を隠せる魔物に有効といった程度のものだ。しかし、この魔眼により、相手がどんな魔法をどれくらいの威力で放つのかを事前に知ることができる上、発動されても核を撃ち抜くことで魔法を破壊することができるようになった。ただし、核を狙い撃つのは針の穴を通すような精密射撃が必要ではあるが。5km以上にもなる俺の狙撃は義眼にしたことによりさらに精度が上がっていたりする。

 神結晶を使用したのは、複数付与が神結晶以外の鉱物では出来なかったからだ。莫大な魔力を内包できるという性質が原因だとハジメは推測している。未だ生成魔法の扱いは未熟の域を出ないので、三つ以上の同時付与は出来なかったが、習熟すれば、神結晶のポテンシャルならもっと多くの同時付与が可能となるかもしれない。

 ちなみにこの魔眼、神結晶を使用しているだけあって常に薄ぼんやりとではあるが青白い光を放っている。隼人の右目は常に光るのである。こればっかりはどうしようもなかったので、眼帯を常用している。……厨二くさかったので速攻で髪を黒く染めたのは言うまでもないが。

 

 そして俺にとって何よりなのは自分の宝物庫を持てるようになったことだった。

二つの宝物庫があり、本当は優花に持たせようと思っていたんだが、冷蔵庫とオーブンを制作したことにより大きく予定が変わったのだ。ガンランスの他にスナイパーライフルへカート、イーグレットは流石に大きいし、食材の買い集めや料理器具は基本俺が持つことになる。

 まぁその分弾丸なども大量に入れざるを得なかったのだが

 ついでに神水が試験管100本、神結晶の装備が入っていたりする。

 隼人と優花がもう一度最初の場所に戻った時とある蹴りうさぎが神水を占拠していた。

 元々奪おうとしたのだが、鑑定で調べると明らかにその蹴りうさぎは強く、倒すのはちょっとリソースを減らしてしまう可能性があったので諦めようと思ったのだが20層くらいで魔物と戦った時、魔力量が高過ぎたせいで壁を壊してしまったのだ。その時に運がよく神結晶が一層ほどではないがあったのが幸いし、尽きるまで試験管に入れ続けたという経緯がある。

 そこで、ハジメは、神結晶の膨大な魔力を内包するという特性を利用し、一部を錬成でネックレスやイヤリング、指輪などのアクセサリーに加工した。そして、それを俺とユエに贈ったのだ。ユエは強力な魔法を行使できるが、最上級魔法等は魔力消費が激しく、一発で魔力枯渇に追い込まれる。しかし、電池のように外部に魔力をストックしておけば、最上級魔法でも連発出来るし、魔力枯渇で動けなくなるということもなくなる。

なおそれをユエに〝魔晶石シリーズ〟と名付けたアクセサリー一式を贈った時


 

「……プロポーズ?」

「なんでやねん」

 

 ユエのぶっ飛んだ第一声に思わず関西弁で突っ込むハジメ。

 

「それで魔力枯渇を防げるだろ? 今度はきっとユエを守ってくれるだろうと思ってな」

「……やっぱりプロポーズ」

「いや、違ぇから。ただの新装備だから」

「……ハジメ、照れ屋」

「……最近、お前人の話聞かないよな?」

「……ベッドの上でも照れ屋」

「止めてくれます!? そういうのマジで!」

「ハジメ……」

「はぁ~、何だよ?」

「ありがとう……大好き」

「……おう」

 

と、いちゃつき始め隼人と優花が空気を読み離脱した後にコーヒーに似たマイルセッカを飲むことになったのは言うまでもないが。

というわけで隼人たちはなんやかんや、いちゃつきながらオルクス大迷宮で過ごした一ヶ月半であったのだ。

 

「ん〜とりあえずおさらい。俺の武器や俺達の力は、地上では異端だ。聖教教会や各国が黙っているということはないだろう」

「兵器類やアーティファクトを要求されたり、戦争参加を強制される可能性も極めて大きい」

「教会や国はまだしも、バックの神を自称する狂人達も敵対するかもしれないしね」

「……世界を敵に回すかも。」

 

分かっているじゃん。するとハジメが笑って獰猛な笑みで続いた

 

「だけど俺たちは全員で故郷に帰る。大切なものは全部手に入れる。力で。知識で。全てを手に入れる。わがままだってどんどん言え。そして俺が、お前らがみんなを守る。逆らう奴は敵だ。それで俺達は最強だ。全部なぎ倒して、世界を越えよう」

「了解。」

「えぇ。もちろん。」

「ん!」

 

誰もが夢見る故郷への帰還。新しい旅が始まろうとしていた

 魔法陣の光に満たされた視界、何も見えなくとも空気が変わったことは実感した。奈落の底の澱んだ空気とは明らかに異なる、どこか新鮮さを感じる空気に頬が緩む。


やがて光が収まり目を開けたハジメの視界に入ったものは……

 

 洞窟だった。

 

「なんでやねん」

 

魔法陣の向こうは地上だと無条件に信じていたハジメは、代わり映えしない光景に思わず半眼になってツッコミを入れてしまった。正直、めちゃくちゃガッカリだったらしい。

 

「……秘密の通路……隠すのが普通」

「そうね。いきなり地上にでたらさすがにみんな驚くわよ。」

「ライセン大峡谷に人がいるとは思えないけどな」

「あ、ああ、そうか。確かにな。反逆者の住処への直通の道が隠されていないわけないか」

 

としまらない形で俺たちは洞窟を走っていった。




原作との変更点

ユエとハジメの恋人になる時期
香織も受け入れていること
ハジメの義眼を隼人に変更
宝物庫を二つに変更
神水と神結晶の増加


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閑話 雫の変化

ここら辺は変更点が少ないですね。
雫のステータスが明らかになります


雫は自分のステータスを見て今王都へと向かう馬車の中でで頭を抱えていた

というのも今の雫のステータスは

 

八重樫雫 17歳 女 レベル:1

天職:剣姫

筋力:1000

体力:1000

耐性:800

敏捷:1500

魔力:800

魔耐:800

技能:剣術[+斬撃速度上昇][+抜刀速度上昇][+無拍子]・縮地[+爆縮地][+重縮地][+震脚][+無拍子]・先読[+投影]・気配感知・隠業[+幻撃]・恋姫・不屈・恋する乙女・言語理解

 

となっている。レベルが1になったとかステータスが三倍近く上昇とか様々なツッコミどころがあるのだがそれも全部にその答えがあった

 

恋姫 特定の異性に対する想いが強いほど成長限界およびステータスが増加。また対象相手のステータス上昇。

不屈 二度と折れない心を持つ。

恋する乙女 愛する人のため奮闘する。私の全てはあなたのために。

 

雫自身重すぎる気がするが、優花がいても諦めないと思っている時点で既に心が決まっていたのだろう。

実際香織でさえ雫の強さの理由が隼人だと気づいて私も負けられないとお互いに鍛錬を組んでいたのだ。

今は勇者一行は、一時迷宮攻略を中断しハイリヒ王国に戻っていた。

道順のわかっている今までの階層と異なり、完全な探索攻略であることから、その攻略速度は一気に落ちたこと、また、魔物の強さも一筋縄では行かなくなって来た為、メンバーの疲労が激しいことから一度中断して休養を取るべきという結論に至ったのだ。

もっとも、休養だけなら宿場町ホルアドでもよかった。王宮まで戻る必要があったのは、迎えが来たからである。何でも、ヘルシャー帝国から勇者一行に会いに使者が来るのだという。

 何故、このタイミングなのか。

 元々、エヒト神による〝神託〟がなされてから光輝達が召喚されるまでほとんど間がなかった。そのため、同盟国である帝国に知らせが行く前に勇者召喚が行われてしまい、召喚直後の顔合わせができなかったのだ。

 もっとも、仮に勇者召喚の知らせがあっても帝国は動かなかったと考えられる。なぜなら、帝国は三百年前にとある名を馳せた傭兵が建国した国であり、冒険者や傭兵の聖地とも言うべき完全実力主義の国だからである。

 突然現れ、人間族を率いる勇者と言われても納得はできないだろう。聖教教会は帝国にもあり、帝国民も例外なく信徒であるが、王国民に比べれば信仰度は低い。大多数の民が傭兵か傭兵業からの成り上がり者で占められていることから信仰よりも実益を取りたがる者が多いのだ。もっとも、あくまでどちらかといえばという話であり、熱心な信者であることに変わりはないのだが。

 そんな訳で、召喚されたばかりの頃の光輝達と顔合わせをしても軽んじられる可能性があった。もちろん、教会を前に、神の使徒に対してあからさまな態度は取らないだろうが。王国が顔合わせを引き伸ばすのを幸いに、帝国側、特に皇帝陛下は興味を持っていなかったので、今まで関わることがなかったのである。

 しかし、今回の【オルクス大迷宮】攻略で、歴史上の最高記録である六十五層が突破されたという事実をもって帝国側も光輝達に興味を持つに至った。帝国側から是非会ってみたいという知らせが来たのだ。王国側も聖教教会も、いい時期だと了承したのである。

 そんな話を帰りの馬車の中でツラツラと教えられながら、光輝達は王宮に到着した。

 馬車が王宮に入り、全員が降車すると王宮の方から一人の少年が駆けて来るのが見えた。十歳位の金髪碧眼の美少年である。光輝と似た雰囲気を持つが、ずっとやんちゃそうだ。その正体はハイリヒ王国王子ランデル・S・B・ハイリヒである。

 

「香織! よく帰った! 待ちわびたぞ!」

「ランデル殿下。お久しぶりです」

 

 もちろんこの場には、香織だけでなく他にも帰還を果たした生徒達が勢ぞろいしている。その中で、香織以外見えないという様子のランデル殿下の態度を見ればどういう感情を持っているかは容易に想像つくだろう。

 

「ああ、本当に久しぶりだな。お前が迷宮に行ってる間は生きた心地がしなかったぞ。怪我はしてないか? 余がもっと強ければお前にこんなことさせないのに……」

 

「お気づかい下さりありがとうございます。ですが、私なら大丈夫ですよ? 自分で望んでやっていることですから」

「いや、香織に戦いは似合わない。そ、その、ほら、もっとこう安全な仕事もあるだろう?」

「安全な仕事ですか?」

 

 ランデル殿下の言葉に首を傾げる香織。ランデル殿下の顔は更に赤みを増す。となりで面白そうに成り行きを見ている雫は察しがついて、少年の健気なアプローチに思わず苦笑いする。

 

「う、うむ。例えば、侍女とかどうだ? その、今なら余の専属にしてやってもいいぞ」

「侍女ですか? いえ、すみません。私は治癒師ですから……」

「な、なら医療院に入ればいい。迷宮なんて危険な場所や前線なんて行く必要ないだろう?」

 

王宮の直ぐ傍にある。要するに、ランデル殿下は香織と離れるのが嫌なのだ。しかし、そんな少年の気持ちは鈍感な香織には届かない。

 

「いえ、前線でなければ直ぐに癒せませんから。心配して下さりありがとうございます」

「うぅ」

 

ランデル殿下は、どうあっても香織の気持ちを動かすことができないと悟り小さく唸る。そこへ空気を読まない厄介な善意の塊、勇者光輝がにこやかに参戦する。

 

「ランデル殿下、香織は俺の大切な幼馴染です。俺がいる限り、絶対に守り抜きますよ」

 

光輝としては、年下の少年を安心させるつもりで善意全開に言ったのだが、この場においては不適切な発言だった。

意訳するならば〝俺の女に手ぇ出してんじゃねぇよ。俺がいる限り香織は誰にも渡さねぇ! 絶対にな!〟

 

「香織を危険な場所に行かせることに何とも思っていないお前が何を言う! 絶対に負けぬぞ! 香織は余といる方がいいに決まっているのだからな!」

「え~と……」

 

ランデル殿下の敵意むき出しの言葉に、香織はどうしたものかと苦笑いし、光輝はキョトンとしている。雫はそんな光輝を見て溜息だ。

ガルルと吠えるランデル殿下に何か機嫌を損ねることをしてしまったのかと、光輝が更に煽りそうなセリフを吐く前に、涼やかだが、少し厳しさを含んだ声が響いた。

 

「ランデル。いい加減にしなさい。香織が困っているでしょう? 光輝さんにもご迷惑ですよ」

「あ、姉上!? ……し、しかし」

「しかしではありません。皆さんお疲れなのに、こんな場所に引き止めて……相手のことを考えていないのは誰ですか?」

「うっ……で、ですが……」

「ランデル?」

「よ、用事を思い出しました! 失礼します!」

 

 ランデル殿下はどうしても自分の非を認めたくなかったのか、いきなり踵を返し駆けていってしまった。その背を見送りながら、王女リリアーナは溜息を吐く。

 

「香織、光輝さん、弟が失礼しました。代わってお詫び致しますわ」

 

リリアーナはそう言って頭を下げた。美しいストレートの金髪がさらりと流れる。

 

「ううん、気にしてないよ、リリィ。ランデル殿下は気を使ってくれただけだよ」

「そうだな。なぜ、怒っていたのかわからないけど……何か失礼なことをしたんなら俺の方こそ謝らないと」

 

するとリリアーナは雫の方を見て苦笑する

 

「雫さんもお元気でしたか?」

「えぇ。大丈夫よ。」

「……隼人さんは多くの物を私たちに残してくれました。隼人さんが早く見つかればいいのですが。」

 

リリアーナと隼人は結構付き合いがあり、いつもクラスメイトのことを心配してくれる王宮側として隼人自身油断はできないが結構素を見せていたのがリリアーナである。リリアーナ自身も隼人と話す時は王女という立場も忘れて一人の女の子として扱われていた。時々雑な扱いや少し王女らしくない扱いをしていたのだがそれでも王女という仮面ではなく素で話せる隼人に惹かれていた一人なのだ。

 

「えぇ。隼人は絶対一回は殴らないと気が済まないわ。……本当遺言書なんか書いて。最初から隼人が死ぬ気でいたこととか……色々言いたいことはあるけどね」

 

リリアーナは少し安心そうにほっとしている。心配を掛けてしまったかしらと雫はリリアーナに少し微笑む。

 

その後光輝達が迷宮での疲れを癒しつつ、居残り組にベヒモスの討伐を伝え歓声が上がったり、これにより戦線復帰するメンバーが増えたり、愛子先生が一部で〝豊穣の女神〟と呼ばれ始めていることが話題になり彼女を身悶えさせたりと色々あったが光輝達はゆっくり迷宮攻略で疲弊した体を癒した。

 

 香織と雫は内心、迷宮攻略に戻りたくてそわそわしていたが。



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雫に負けない少女たち

オルクスの大迷宮から帰還して三日後、帝国の使者がやって来る中で二人だけが別行動をしていた。

 

「……えっと、お二人は参加しなくてもよろしいのでしょうか?」

「リリィ。一応私たちが君を攫ったことになっているんだよ。」

「そうそう。シズシズには悪いけど私たちだって優花っちに負けられないんだから。」

 

と王都にお忍びで出てきているのは鈴と恵里、そしてリリアーナ姫の三名である。

この三人はこっそりと王都の冒険者ギルドに登録していることもあって休暇の時はパーティーを組むことが多かった。

それは鈴とリリアーナの天職が同じ鈴の特訓であるからだ。

 

あれから王都はかなり教会への不信感が増していた。

いわゆる反教会派が街中の勢力として現れたのだ。

その中心にいるのがまさかのリリアーナ姫である。

 

リリアーナ自身この世界の異常さについて気づかせられた一人だ。

隼人はリリアーナにとっての初恋相手に似たものであった。

隼人はリリアーナをお姫様として扱っていたわけではない。雑で時々ツッコミを入れたり逆に突っ込みを入れられたり、少し女子っぽくない扱いをしていたのも確かだ。

でも隼人の料理をする場所に付き添い、様々な文化を作りあげていったのは事実だった。

王国では小麦はパンを中心としたものが多かったが、麺料理という新たな食文化が入ったことにより大きく王都が賑わった。

何故ならばそのボリュームだろう。

パスタやうどん、ラーメンは一皿で炭水化物が多くとれ、さらに食べやすさで有名な食料だ、

作るのに手間はかかるが麺を専門に作ったり、麺を作る魔道具をハジメが制作していた。

食事を作る魔道具を考案したのである。

大量生産はこの世界では難しい、

特にこの世界は魔法と魔道具に頼っているので尚更だった。

科学が発達していないこの世界はほとんどの品が手作りである、機械という概念がない以上は大量生産はかなり難しいのである。

 

アーティファクトに頼る時代から魔道具を作る世界に

 

それが隼人がリリアーナに面白そうに話した事だった。

人は考えそして何かを発明する。

アーティファクトだけではなくちゃんとした技術と経験を武器に。王都では既にその考えが浸透している。

その一つに缶詰がある。

 

隼人は蓋を締めるだけの道具をハジメと一緒に作りそれを商人に提供。

これがどれだけの利益になるのかは予想もしていないことだった。

たった一手間考えればそれは大きな発明になることをリリアーナは知ったのだ。

そして今王都は今まで以上に賑わっている。

自分の意思で。そして自分の正しいことを信じて。

 

「……また会えるのが楽しみです。」

 

少し頰を赤くしてリリアーナも訓練に励む。

気持ちに気づくのはもう少しかかりそうだが。

 

 

そして同時刻。

王宮では勇者対帝国使者の護衛という模擬戦の開催がされようとしていた。

帝国は光輝を人間族のリーダーとして認めさせることは簡単だが、完全実力主義の帝国を早々に本心から認めさせるには、実際戦ってもらうのが手っ取り早いと判断したのだ。

光輝の対戦相手は、なんとも平凡そうな男だった。高すぎず低すぎない身長、特徴という特徴がなく、人ごみに紛れたらすぐ見失ってしまいそうな平凡な顔。一見すると全く強そうに見えない。

 刃引きした大型の剣をだらんと無造作にぶら下げており。構えらしい構えもとっていなかった。

しかし雫は光輝では敵わないということを気づいていた。

恐らくステータス上では光輝の方が上であろう。しかし、最初の構え。あれは誘うための構えだと。

隙だらけに見えてすぐに剣を振り上げられる位置に接している。そして剣士ならわかる実力の判断。恐らくメルド団長と同じ、もしくはそれ以上の実力。

 

光輝では敵わない。

 

それを一瞬で見抜いたのだ。そしてすぐにそれが正しかったことに気づく。

 

「ガフッ!?」

 

〝縮地〟により高速で踏み込むと豪風を伴って唐竹に剣を振り下ろした光輝だったが護衛の方は剣を掲げるように振り抜いたまま光輝を睥睨している。光輝が寸止めのため一瞬、力を抜いた刹那にだらんと無造作に下げられていた剣が跳ね上がり光輝を吹き飛ばした。

そしてその後も何度も繰り返し迫るが届かない。

それもそのはず護衛の男は実際に殺す気で迫っていた。

模擬戦であるが自分の攻撃に対応できないくらいなら、本当の意味で殺し合いを知らない少年に人間族のリーダーを任せる気など毛頭なかった。例えそれで聖教教会からどのような咎めが来ようとも、戦場で無能な味方を放置する方がずっと耐え難い。それならいっそと、そう考えたのだ。

しかし、そうはならなかった。

ズドンッ!

 

「ガァ!?」

 

 限界突破を光輝が使って護衛が吹き飛んだからだ。護衛が、地面を数度バウンドし両手も使いながら勢いを殺して光輝を見る。光輝は全身から純白のオーラを吹き出しながら、護衛に向かって剣を振り抜いた姿で立っていた。

そんな光輝の様子を見て、護衛はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「ハッ、少しはマシな顔するようになったじゃねぇか。さっきまでのビビリ顔より、よほどいいぞ!」

「ビビリ顔? 今の方が恐怖を感じてます。……さっき俺を殺す気ではありませんでしたか? これは模擬戦ですよ?」

「だからなんだ? まさか適当に戦って、はい終わりとでもなると思ったか? この程度で死ぬならそれまでだったってことだろ。お前は、俺達人間の上に立って率いるんだぞ? その自覚があんのかよ?」

「自覚って……俺はもちろん人々を救って……」

「傷つけることも、傷つくことも恐れているガキに何ができる? 剣に殺気一つ込められない奴がご大層なこと言ってんじゃねぇよ。おら、しっかり構えな? 最初に言ったろ? 気抜いてっと……死ぬってな!」

 

護衛が再び尋常でない殺気を放ちながら光輝に迫ろう脚に力を溜める。光輝は苦しそうに表情を歪めた。

しかし、護衛が実際に踏み込むことはなかった。なぜなら、護衛と光輝の間に光の障壁がそそり立ったからだ。

 

「それくらいにしましょうか。これ以上は、模擬戦ではなく殺し合いになってしまいますのでな。……ガハルド殿もお戯れが過ぎますぞ?」

「……チッ、バレていたか。相変わらず食えない爺さんだ」

 

イシュタルが発動した光り輝く障壁でガハルド殿と呼ばれた護衛が、周囲に聞こえないくらいの声量で悪態をつく。そして、興が削がれたように肩を竦め剣を納めると、右の耳にしていたイヤリングを取った。

その姿を見た瞬間、周囲が一斉に喧騒に包まれた。

 

「ガ、ガハルド殿!?」

「皇帝陛下!?」


実はヘルシャー帝国現皇帝ガハルド・D・ヘルシャーその人である。まさかの事態にエリヒド陛下が眉間を揉みほぐしながら尋ねた。

 

「どういうおつもりですかな、ガハルド殿」

「これは、これはエリヒド殿。ろくな挨拶もせず済まなかった。ただな、どうせなら自分で確認した方が早いだろうと一芝居打たせてもらったのよ。今後の戦争に関わる重要なことだ。無礼は許して頂きたい」

 

 謝罪すると言いながら、全く反省の色がないガハルド皇帝。それに溜息を吐きながら「もう良い」とかぶりを振るエリヒド陛下。光輝達は完全に置いてきぼりだ。なんでも、この皇帝陛下、フットワークが物凄く軽いらしく、このようなサプライズは日常茶飯事なのだとか。

なし崩しで模擬戦も終わってしまい、その後に予定されていた晩餐で帝国からも勇者を認めるとの言質をとることができ、一応、今回の訪問の目的は達成されたようだ。

しかし裏ではこんなことが話されていた

 

「ありゃ、ダメだな。ただの子供だ。理想とか正義とかそういう類のものを何の疑いもなく信じている口だ。なまじ実力とカリスマがあるからタチが悪い。自分の理想で周りを殺すタイプだな。〝神の使徒〟である以上蔑ろにはできねぇ。取り敢えず合わせて上手くやるしかねぇだろう」

「それで、あわよくば試合で殺すつもりだったのですか?」

「あぁ? 違ぇよ。少しは腑抜けた精神を叩き治せるかと思っただけだ。あのままやっても教皇が邪魔して絶対殺れなかっただろうよ。しかし本当に見たい奴は見られなかったな。」

「……隼人殿のことでしょうか?」

「あぁ、あとは南雲ハジメだな。街中が今まで以上に賑わっている。街の人間に聞くとどうやら二人が開発した道具が町民に知れ渡っているらしい。麺製造機を見たがありゃたった一週間で作れる品物じゃねーぞ。王宮の錬成師が10人集まって二ヶ月以上かかる品物だ。できればスカウトしたかったんだが。」

「……難しそうですね。」

 

と護衛とガハルドたちの意識は奈落におちた二人に目を注がれていたことは光輝たち知る由もない。



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峡谷の兎

「戻ってきたぞ、この野郎ぉおおおおおおおおおおおッ!!」

「んっーーーーーーー!!」

「……眩しいわね。やっぱり。」

「やっと本物の太陽だな。」

 

ハジメとユエは当然の流れのようにそのまま抱きしめ合い、くるくると廻り始める。

俺と優花も少し頰を緩ませ嬉しさを噛み締めながら軽くハイタッチをするほどだった、

優花は少し目に涙をこぼしていたのだが。

 

ようやく全員の喜びが収まった頃には、すっかり……魔物に囲まれていた。


「はぁ~、全く無粋なヤツらだな。……確かここって魔法使えないんだっけ?」

「あ〜。こりゃ俺も結構辛い。上級魔法でも簡易の詠唱がないと分解されちまうかも。」

「それじゃあ私たちがやるわよ。」

「いや。詠唱込みなら初球魔法ならなんとか使えるな。100発くらいしか打てないけど。」

「十分だろ。隼人はそれで」

「私も力ずくでいく。」

 

ライセン大峡谷で魔法が使えない理由は、発動した魔法に込められた魔力が分解され散らされてしまうからである。もちろん、ユエの魔法も例外ではない。しかし、ユエはかつての吸血姫であり、内包魔力は相当なものであるうえ今は外付け魔力タンクである魔晶石シリーズを所持している。

つまり、ユエ曰く、分解される前に大威力を持って殲滅すればよいということらしい

 

「力づくって……効率は?」

「……十倍くらい」

「それきついだろ。適材適所。隼人もやっぱりいいわ。」

「あいよ。まぁ近くにある石でも投げておくか。」

「ん……わかった」

 

ユエが渋々といった感じで引き下がる。せっかく地上に出たのに最初の戦いで戦力外とは納得し難いのだろう、少し矜持が傷ついたようで唇を尖らせて拗ねている。

 そんなユエの様子に苦笑いをしながらハジメと優花はおもむろにドンナーを発砲した。相手の方を見もせずにごくごく自然な動作でスっと銃口を魔物の一体に向けると、これまた自然に引き金を引いたのだ。

あまりに自然すぎて攻撃をされると気がつけなかったようで、取り囲んでいた魔物の一体が何の抵抗もできずにその頭部を爆散させ死に至った。辺りに銃声の余韻だけが残り、魔物達は何が起こったのかわからないというように凍り付いている。確かに十倍近い魔力を使えばここでも〝纏雷〟は使えるようだ、問題なくハジメはレールガンを発射できた。

俺も適当に石を投げていくがなんというか石でも一撃で死んでいくのだ、

 

そして全てが終わるまで5分もかからなかった。

 

ドンナー・シュラークを太もものホルスターにしまったハジメは、首を僅かに傾げながら周囲の死体の山を見やる。


その傍に、トコトコとユエが寄って来た。

「……どうしたの?」

「いや、あまりにあっけなかったんでな……ライセン大峡谷の魔物といやぁ相当凶悪って話だったから、もしや別の場所かと思って」

「……ハジメが化物」

「ひでぇいい様だな。まぁ、奈落の魔物が強すぎたってことでいいか」

「当たり前でしょ。ヒュドラだっけ?ヒュドラも隼人のご飯がなければ多分倒せてないわよ。」

「あんなの正攻法でどうやったら倒せるのか解放者に聞いてみたかったな。」

 

みんなが確かにと頷く。

 

「さて、この絶壁、登ろうと思えば登れるだろうが……どうする? ライセン大峡谷と言えば、七大迷宮があると考えられている場所だ。せっかくだし、樹海側に向けて探索でもしながら進むか?」

「……なぜ、樹海側?」

「いや、峡谷抜けて、いきなり砂漠横断とか嫌だからね。」

「樹海側なら町も近そうだしな、それに樹海にも大迷宮があるからな」

「……確かに」

 

俺とハジメは、右手の中指にはまっている〝宝物庫〟に魔力を注ぎ、魔力駆動二輪を取り出す。

それに跨ると後ろに優花が乗り俺の腰にしがみ付く

地球のガソリンタイプと違って燃焼を利用しているわけではなく、魔力の直接操作によって直接車輪関係の機構を動かしているので、駆動音は電気自動車のように静かである。ハジメとしてはエンジン音がある方がロマンがあると思ったのだが、エンジン構造などごく単純な仕組みしか知らないので再現できなかった。ちなみに速度調整は魔力量次第である。まぁ、ただでさえ、ライセン大峡谷では魔力効率が最悪に悪いので、俺以外はあまり長時間は使えないだろうが。

ライセン大峡谷は基本的に東西に真っ直ぐ伸びた断崖だ。そのため脇道などはほとんどなく道なりに進めば迷うことなく樹海に到着する。迷う心配が無いので、迷宮への入口らしき場所がないか注意しつつ、軽快に魔力駆動二輪を走らせていく。車体底部の錬成機構が谷底の悪路を整地しながら進むので実に快適だ。

 もっとも、その間もハジメと優花の手だけは忙しなく動き続け、一発も外すことなく襲い来る魔物の群れを蹴散らしているのだが。

しばらく魔力駆動二輪を走らせていると、それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。中々の威圧である。少なくとも今まで相対した谷底の魔物とは一線を画すようだ。もう三十秒もしない内に会敵するだろう。

魔力駆動二輪を走らせ突き出した崖を回り込むとその向こう側に大型の魔物が現れた。かつて見たティラノモドキに似ているが頭が二つある、双頭のティラノサウルスモドキだ。

だが真に注目すべきは双頭ティラノではなく、その足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女だろう。

 

「……何だあれ?」

「……兎人族?」

「なんでこんなとこに? 兎人族って谷底が住処なのか?」

「……聞いたことない」

「じゃあ、あれか? 犯罪者として落とされたとか? 処刑の方法としてあったよな?」

「いや……兎人族は確かよっぽどのことがない限り仲間を見捨てない義理堅い種族だぞ?」

「それじゃあ何かあって迫ってきたのが妥当ね。」

「だずげでぐだざ~い! ひっーー、死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」

 


滂沱の涙を流し顔をぐしゃぐしゃにして必死に駆けてくる。そのすぐ後ろには双頭ティラノが迫っていて今にもウサミミ少女に食らいつこうとしていた。このままでは、隼人達の下にたどり着く前にウサミミ少女は喰われてしまうだろう。

しょうがないなぁ。と思いつつも初級の火魔法の火球を二つ放つ。魔力効率について調べてみたかったのでちょうどよかった。

確かに魔力効率を考えないとすぐに分解されるな。こりゃ。

魔力が抜ける速度が速すぎる。魔力効率を研究して消費魔力をかなり減らしているはずなのに並みの人間の中級魔法並みに魔力が抜かれたぞ。

と思いつつ仕方がないなぁとハジメ達はこっちを見る。まぁ助けたことには理由があるのだが、それは置いておこう。

 

「へ?」

「大丈夫か?」

 

俺達がバイクを止めると

 

「えっ?ダイヘドアは?」

「ん。」

 

俺が指を指す先には既にご臨終になっている魔物の姿があった。

 

「死んでます。…そんなダイへドアが一撃なんて。」

 

正確には二発なんだが、まぁそれはおいておいて。

呆然としたままダイヘドアの死骸を見つめ硬直しているウサミミ少女だが、助かったことに気づいて座り込んでしまう。そしてすぐに立ち上がり

 

「ありがどうございまず!!」

「お、おい。」

 

うさ耳少女は俺に抱きついてくる。ぐずぐずと泣きながら大きな泣き声や涙と鼻水で全てが台無しなのだがそれだけ不安だったのだろう。

俺は困ったようにして優花の方を見る、撫でてやりたいのだが一応彼女持ちって立場なので少しどうしようか迷ってしまう。

すると気にしないでと首を横に振る優花に小さくありがとうと呟くとそしてうさ耳少女の頭を撫でる。

ステータスを鑑定で覗き見たんだが色々突っ込みたいところがあったので生かしていたんだが、なんというか残念な妹が俺にもいるので何だか既視感を感じてしまう。

そして数十分後泣き終える

 

「先程は助けて頂きありがとうございました! 私は兎人族ハウリアの一人、シアといいますです! 取り敢えず私の仲間も助けてください!」

 

としがみついて離れないウサミミ少女を横目に見る。そして、奈落から脱出して早々に舞い込んだ面倒事に深い溜息を吐くのだった。




原作との変更点

シアを隼人が助けた


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シア・ハウリア

冬休みだ!!
というわけで出来るだけ毎日投稿したいと思います
基本は一〜三話ほど。来月は考査があるので


「私の家族も助けて下さい!」

 

 峡谷にウサミミ少女改めシア・ハウリアの声が響く。どうやらこのウサギ一人ではないらしい、仲間も同じ様な窮地にあるようだ。

 

「……その前に離してくれないか?」

「嫌です。離したら逃げるじゃないですか?」

「いや逃げないから、てか色々聞きたいことがあるし」

「聞きたいことですか?」

「あぁ」

 

するとキョトンとするシアと名乗るうさ耳少女。

 

「聞きたいこと?お前何か気になることでもあるのか?」

「あぁ。こいつ魔力持ちだ、しかも技能に魔力操作を持ってやがる」

「「「えっ?」」」

 

シア、ユエ、ハジメが驚いたように声を上げる、優花は分からないのか首を傾げる。

 

「優花、亜人族と呼ばれている種族は魔力を持たないせいで人間族から迫害されているんだよ。兎人族はそれでも気配遮断を持っていて温厚な種族、それなのに身体強化をもって魔力量と魔耐が2000オーバー、それに何よりも未来視を持っているんだ」

「……えっと、なんで私のことを」

「技能に鑑定持っているんだよ。ついでに俺たちも」

 

俺も軽くだけど魔力を流す。

 

「魔力操作を持っているからな」

「……私と同じ魔力操作を」

 

するとまた涙目になるシア。優花がそういえばと思い出したように告げる。

 

「そういえば、未来視って?」

「あっはい。この技能は仮定した未来が見えます。もしこれを選択したら、その先どうなるか? みたいな……あと、危険が迫っているときは勝手に見えたりします。まぁ、見えた未来が絶対というわけではないですけど……そ、そうです。私、役に立ちますよ! 〝未来視〟があれば危険とかも分かりやすいですし! 少し前に見たんです! 貴方が私達を助けてくれている姿が! 実際、ちゃんと貴方に会えて助けられました!」

 

 シアの説明する〝未来視〟は、彼女の説明通り任意で発動する場合は仮定した選択の結果としての未来が見えるというものだ。これには莫大な魔力を消費する。一回で枯渇寸前になるほどである。また、自動で発動する場合もあり、これは直接・間接を問わずシアにとって危険と思える状況が急迫している場合に発動する、これも多大な魔力を消費するが任意発動程ではなく三分の一程消費するらしい。

 

「なるほどな。つまり俺たちに会えばその問題が解決されるってことか。その問題って?」

「と、とりあえず改めまして、私は兎人族ハウリアの長の娘シア・ハウリアと言います。実は……」

 

語り始めたシアの話を要約するとこうだ。

 シア達、ハウリアと名乗る兎人族達は【ハルツィナ樹海】にて数十人規模の集落を作りひっそりと暮らしていた。兎人族は聴覚や隠密行動に優れているものの、他の亜人族に比べればスペックは低いらしく突出したものがないので亜人族の中でも格下と見られる傾向が強いらしい。性格は総じて温厚で争いを嫌い、一つの集落全体を家族として扱う仲間同士の絆が深い種族だ。また、総じて容姿に優れており、帝国などに捕まり奴隷にされたときは愛玩用として人気の商品となる。

 そんな兎人族の一つハウリア族にある日、異常な女の子が生まれた。兎人族は基本的に濃紺の髪をしているのだが、その子の髪は青みがかった白髪だったのだ。しかも、亜人族には無いはずの魔力まで有しており、直接魔力を操るすべととある固有魔法まで使えたのだ。

 当然、一族は大いに困惑した。兎人族として、いや、亜人族として有り得ない子が生まれたのだ。魔物と同様の力を持っているなど、普通なら迫害の対象となるだろう。しかし、彼女が生まれたのは亜人族一、家族の情が深い種族である兎人族だ。数十人全員を一つの家族と称する種族なのだ。ハウリア族は女の子を見捨てるという選択肢を持たなかった。

し、樹海深部に存在する亜人族の国【フェアベルゲン】に女の子の存在がばれれば間違いなく処刑される。魔物とはそれだけ忌み嫌われており、不倶戴天の敵なのである。国の規律にも魔物を見つけ次第、できる限り殲滅しなければならないと有り、過去にわざと魔物を逃がした人物が追放処分を受けたという記録もある。

 故に、ハウリア族は女の子を隠し、十六年もの間ひっそりと育ててきた。だが、先日とうとう彼女の存在がばれてしまった。その為、ハウリア族はフェアベルゲンに捕まる前に一族ごと樹海を出たのだ。

 行く宛もない彼等は、一先ず北の山脈地帯を目指すことにした。山の幸があれば生きていけるかもしれないと考えたからだ。未開地ではあるが、帝国や奴隷商に捕まり奴隷に堕とされてしまうよりはマシだ。

 

「でもその帝国に見つかってここに逃げてきたと。」

「……気がつけば、六十人はいた家族も、今は四十人程しかいません。このままでは全滅です。どうか助けて下さい!」

 

悲痛そうな顔をしているシア。そしてそれを見て俺たちは決意する

 

「……どうする?思っていたよりも面倒臭いぞ。」

「とりあえず問題なのはハウリア族が自衛する方法を持たないこととその【フェアベルゲン】ってところに住めない可能性があるってことね?」

「……ん。私達の旅に連れて行くわけにもいかない。」

「だろうな。あまりにも危険すぎるしな。つまりハウリア族にちゃんと自衛できるようにしてもらうしかないか。それと居住区をちゃんと与えるってことか」

「へ?あの。」

 

驚いたように隼人達を見るシア。

 

「なんだよ。」

「いえ。助けてくれるんですか?」

 

するとキョトンとしてしまう。おそらく見えていたのだろう未来だがそこまであっさりと思ってはいなかったんだろう。

でも、ここにいる隼人達はお人好しが三人が集まっているのだ。

苦しく、困っている人を見逃せない。敵なら容赦はしないがそれでも敵意がない者を見過ごせるほど落ちぶれていない。寧ろ裏切られた経験があり苦悩を乗り越え迷宮を攻略した。さらに恋人がいてハジメは白崎に、隼人と優花は愛ちゃんやいつも一緒にいた友人達と会いたい人達がいる。特にハジメは香織に優しい人間だと、心が強い人間だと奈落に落ちる前に、夜中の会合で言われたのだ。それを捨てるわけにはいかないと心のなかでの支えになっていたのだ。

 

「さすがにあんな話を聞いてほっとけるわけではないしな。まぁ出来るだけ協力はするけど、俺たちの目的は大迷宮の攻略だ。だから樹海の案内を約束してくれるならその話を受ける。」

「……」

 

ハジメは隼人に感心する。相手を助けることの条件に樹海の案内を出したのだ。樹海は亜人族以外では必ず迷うと言われているため、兎人族の案内があれば心強い。樹海を迷わず進むための対策も一応考えていたのだが、若干、乱暴なやり方であるし確実ではない。最悪、現地で亜人族を捕虜にして道を聞き出そうと考えていたので、自ら進んで案内してくれる亜人がいるのは正直言って有り難い。

なによりも若干ハジメは獣人族の兎人族を本物に会えて内心かなり歓喜しているのを隼人だけは見抜いていたのだが。それは男同士何も言わないお約束だと理解しており、ハジメと隼人の絆はより深まったのは言うまでもないことだろう。

隼人としても亜人族となるべく争いたくないと思っていた。というのも解放者の文書にエヒトと同じような神を魔人族は信仰しているとのことだった。優花曰く同じ神なんじゃないかということなので、いつかは神と戦う以上、教会に属さない亜人族とできるだけ敵対はしたくなかったのだ。

 

「あ、ありがとうございます!うぅ~、よがっだよぉ~、ほんどによがったよぉ~」

「お、おい抱きつくなって、優花も、お前ももらい泣きするなよ。」

「だって。」

 

少し涙腺の弱い優花はシアにもらい泣きして俺の服はすでに抱きついでくる二人でもう涙や鼻水でベタベタになっていた。

しばらく泣き終えるまで待ってから、俺は上だけ宝物庫から服を取り出し着替えると二人がものすごい勢いで謝罪してきた。

 

「あ、あの、宜しくお願いします! そ、それで皆さんのことは何と呼べば……」

「ん? そう言えば名乗ってなかったか……俺はハジメ。南雲ハジメだ」

「俺は須藤隼人。気軽に隼人でいいぞ。」

「私は園部優花です。」

「……ユエ」

「ハジメさんと隼人さんと優花さんにユエちゃんですね。」

「さんをつけろ残念うさぎ。」

「へ?」

「あ〜吸血族の生き残りなんだよ。まぁ見た目からはどう見ても年下にしか見えないからな。」

「隼人!?」

 

裏切られたとばかりに俺を見るユエ。でもさすがに年下にしか見えないって。

 

「……す、すいませんユエさん。」

「ん。」

「とりあえず詳しい話は後だ。」

 

と俺は乗り物を入れ替えスポーツカー型の魔力駆動四輪を取り出す。後キャンピングカー型の四輪があるのだがそれはハジメのところにしまってある。

 

「あ、あの。助けてもらうのに必死で、つい流してしまったのですが……この乗り物? 何なのでしょう?それに、隼人さんは魔法使いましたよね? ここでは使えないはずなのに……」

「あ~、それは道中でな。後ろに乗り込め。」

「は、はい。」

 

と隼人は二人を乗せたのでエンジンを踏み込む。魔力の消費が四輪は多いのだがそれでも、俺にとっては魔力の調節ができるので願ったり叶ったりだった。一気に加速させ出発した。悪路をものともせず爆走する乗り物に、シアが「きゃぁああ~!」と悲鳴を上げた。地面も壁も流れるように後ろへ飛んでいく。

 谷底では有り得ない速度に目を瞑ってギュッとシートにしがみついていたシアも、しばらくして慣れてきたのか、次第に興奮して来たようだ。隼人がカーブを曲がったり、大きめの岩を避けたりする度にきゃっきゃっと騒いでいる。

道中、魔力駆動四輪の事や隼人が魔法を使える理由、隼人たちの武器がアーティファクトみたいなものだと簡潔に説明した。すると、シアは目を見開いて驚愕を表にした。

 

「それじゃあ本当に皆さんは、お二人も魔力を直接操れたり、固有魔法が使えると……」

「そういうことよ。」

 

しばらく呆然としていたシアだったが、突然、何かを堪える様にシートに顔を埋めた。そして、何故か泣きべそをかき始めた。

ハジメとユエが怪訝な様子でシアを見る。

 

「……いきなり何だ? 騒いだり落ち込んだり泣きべそかいたり……情緒不安定なヤツだな」

「……手遅れ?」

「手遅れって何ですか! 手遅れって! 私は至って正常です! ……ただ、一人じゃなかったんだなっと思ったら……何だか嬉しくなってしまって……」

「「「「……」」」」

 

どうやら魔物と同じ性質や能力を有するという事、この世界で自分があまりに特異な存在である事に孤独を感じていたようだ。家族だと言って十六年もの間危険を背負ってくれた一族、シアのために故郷である樹海までも捨てて共にいてくれる家族、きっと多くの愛情を感じていたはずだ。それでも、いや、だからこそ、〝他とは異なる自分〟に余計孤独を感じていたのかもしれない。

シアの言葉に、ユエは思うところがあるのか考え込むように押し黙ってしまった。いつもの無表情がより色を失っている様に見える。ハジメには何となく、今ユエが感じているものが分かった。おそらく、ユエは自分とシアの境遇を重ねているのではないだろうか。共に、魔力の直接操作や固有魔法という異質な力を持ち、その時代において〝同胞〟というべき存在は居なかった。

だが、ユエとシアでは決定的な違いがある。ユエには愛してくれる家族が居なかったのに対して、シアにはいるということだ。それがユエに、嫉妬とまではいかないまでも複雑な心情を抱かせているのだろう。しかも、シアは結局、その〝同胞〟と出会うことができたのだ。中々に恵まれた境遇とも言える。

 

「今は一人じゃないだろ。」

 

やっぱりハジメはそれに気づいてユエに語り出す。

 

「隼人や優花だってそうだし、何よりも俺がいるだろ?お前はその体のおかげで俺たちと出会えたんだ。」

「ん。」

「大丈夫だ。何があっても俺たちはお前を裏切ったりはしねぇよ。」

「ハジメ。」

 

とハジメとユエが甘ったるい空気を出しているが隼人と優花は鍛えられたスルースキルで無視をする。二人とは違いTPOをわきまえる隼人と優花はシアを慰めていた。

これ白崎が混じったらどうなるんだろうか。

そんなことを思いながら隼人と優花は少しため息を吐くのだった




変更点
隼人もハジメもシアを助ける気でいる
四輪にスポーツカー型の追加
ハジメが兎人族を見て喜んでいる


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須藤隼人

ライセン大峡谷に悲鳴と怒号が木霊する。

 ウサミミを生やした人影が岩陰に逃げ込み必死に体を縮めている。あちこちの岩陰からウサミミだけがちょこんと見えており、数からすると二十人ちょっと。見えない部分も合わせれば四十人といったところか。

 そんな怯える兎人族を上空から睥睨しているのは、奈落の底でも滅多に見なかった飛行型の魔物だ。姿は俗に言うワイバーンというやつが一番近いだろう。体長は三~五メートル程で、鋭い爪と牙、モーニングスターのように先端が膨らみ刺がついている長い尻尾を持っている。

 

「みんな~、助けを呼んできましたよぉ~!」

「よっと。優花運転頼む。」

「えぇ。分かったわ。」

 

と俺はイーグレットを取り出し狙いを定める。

これは俺が真面目に頼んだ武器であり、名前も自分でつけたので大丈夫なはずだ。

いわゆる射程距離と狙いやすさ、軽さと手軽さに優れたスナイパーライフルであり、およそ10kmが射程範囲に入る。

 

ダキュ〜ン

 

魔力ではなく弾丸を飛ばしハイベリアの脳天に着弾。確実に殺していく。

スナイパーライフルは明らかに神眼と相性が良く、命を的確に潰していく。

ハジメも同じようにドンナーで殺していき物の数分で全てのハイベリアを殺したのであった。

 

「シア! 無事だったのか!」

「父様!」

 

 真っ先に声をかけてきたのは、濃紺の短髪にウサミミを生やした初老の男性だった。はっきりいってウサミミのおっさんとか誰得である。シュールな光景に微妙な気分になっていると、その間に、シアと父様と呼ばれた兎人族は話が終わったようで、互の無事を喜んだ後、俺たちの方へ向き直った。

 

「えっと。どちら様ですか?」

「俺はハジメだ。」

 

とハジメを皮切りに俺たちは自己紹介をすませ、シアが理由を説明していく。

すると人間族が協力してくれると思ってもいなかったのか驚くが俺たちは関係なさげにしている

 

「えっとハジメ殿でよろしいか? 私は、カム。シアの父にしてハウリアの族長をしております。この度はシアのみならず我が一族の窮地をお助け頂き、何とお礼を言えばいいか。しかも、脱出まで助力くださるとか……父として、族長として深く感謝致します」

 

そう言って、カムと名乗ったハウリア族の族長は深々と頭を下げた。後ろには同じように頭を下げるハウリア族一同がいる。

 

「まぁ、礼は受け取っておく。だが、樹海の案内と引き換えなんだ。それは忘れるなよ? それより、随分あっさり信用するんだな。亜人は人間族にはいい感情を持っていないだろうに……」

 

シアの存在で忘れそうになるが、亜人族は被差別種族である。実際、峡谷に追い詰められたのも人間族のせいだ。にもかかわらず、同じ人間族であるハジメに頭を下げ、しかもハジメの助力を受け入れるという。それしか方法がないとは言え、あまりにあっさりしているというか、嫌悪感のようなものが全く見えないことに疑問を抱くハジメ。

 

 カムは、それに苦笑いで返した。

 

「シアが信頼する相手です。ならば我らも信頼しなくてどうします。我らは家族なのですから……」

 

 その言葉にハジメは感心半分呆れ半分だった。一人の女の子のために一族ごと故郷を出て行くくらいだから情の深い一族だとは思っていたが、初対面の人間族相手にあっさり信頼を向けるとは警戒心が薄すぎる。というか人がいいにも程があるというものだろう。

 

「えへへ、大丈夫ですよ、父様。皆さんは優しいですし、何よりも隼人さんがいますから。絶対に守ってくれます。」

「隼人殿?」

「ん?なんで俺?」

「だって隼人さんは優しいですし。何より私を守ってくれましたから。」

 

と隼人は首を傾げるが優花やハジメ、ユエでさえなぜか同じように頷いている。

恐らくクラスメイトや愛ちゃん、リリィがいても同じように頷くだろう。

学校での裏のあだ名は

『神様仏様隼人様』

と呼ばれていることが隼人のお人好しなのが目に見えている。

首を捻りながら何時までもグズグズしていては魔物が集まってきて面倒になるので、堪えて出発を促した

一行は、ライセン大峡谷の出口目指して歩を進めた

 

 

 

 数多の魔物が絶好の獲物だとこぞって襲ってくるのだが、ただの一匹もそれが成功したものはいなかった。例外なく、兎人族に触れることすら叶わず、接近した時点で閃光が飛び頭部を粉砕されるからである。

 乾いた破裂音と共に閃光が走り、気がつけばライセン大峡谷の凶悪な魔物が為すすべなく絶命していく光景に、兎人族達は唖然として、次いで、それを成し遂げている人物であるハジメに対して畏敬の念を向けていた。

 もっとも、小さな子供達は総じて、そのつぶらな瞳をキラキラさせて圧倒的な力を振るうハジメをヒーローだとでも言うように見つめている。

 

「ふふふ、隼人さん。チビッコ達が見つめていますよ~手でも振ってあげたらどうですか?」

「アホ。幾ら何でも気を抜きすぎだ。」

 

隼人は軽くであるがシアに向けてチョップをする

 

「いいか?一応ここはライセン大峡谷だ。俺たちは魔物に対応できるがお前らは対応できないだろう?お前らは気配感知能力に優れているだろうが。使えるもんを使わないと簡単に死ぬぞ。」

「……えっ。」

「私たちはそういう場所で戦ってきたから。隼人の目も気配感知で反応しない魔物にやられたのよ。」

 

俺は小さくため息を吐きシアに見えるくらいにだけ眼帯を取る。

 

「……義眼ですか?」

「そうだ。生憎神水で少しは治ったけど視力だけはどうやっても回復しなかった。それに少し不調和が生まれてな。だからハジメに頼んで作ってもらったんだ。あのままだったら俺は足を引っ張っていただろうしな。」

 

接近戦を戦わなければならない以上あれ以上片目が見えないことは致命的だったのだ。

 

「厳しいことをいうぞ。……兎人族が温厚で平和的な種族なのは分かっている。確かに平和的で優しいのは兎人族の長所だろう。でもな、お前らには悪いけどこの世界では亜人族の立場は弱い。森から出たら人間族や魔人族から襲われ、今や亜人族にさえ森を追い出されそうになっているんだぞ。お前らには逃げるしかなかったのか?戦うって選択肢がなかったのか?お前らは気配遮断や気配感知という武器を生かして戦うって選択肢はなかったのか?」

「それは。」

 

シアや他の兎人族が少し目を伏せる。争いは苦手。そんなことは承知の上だ。それでも自分なりの正義を、自分の大切な者を守るにはそれだけの力が必要なのだ。

 

「言っておくが、俺たちもつきっきりでずっとお前らの面倒をみられるわけではない。迷宮の攻略に向かうし、いつかはこの世界を離れる。……もしお前らが戦うって選択肢を持つっていうのなら。俺たちはそれだけの力を持たせる。お前らをせめて樹海で生き残れるだけの力を与えてやる。樹海に着くまでに考えろ。このままやられっぱなしで逃げるのか……それとも戦うのかを。」

 

ハジメもそれに続く。念話石で護衛をしながら話し合っていたことだった。

甘さや弱さを受け入れているからこそ弱者のままなのだ。

弱者のまま、それに目をそらしてきた。

でも現実を知らないといけない。

そうしながらも隼人たちは生き抜いてきたのだ。

裏切られても、腕を食われても。巻き添いにされても。化け物と言われても。

 

優しさとは残酷なことも多い。

自分が傷つくことも多いがそれでも真実を伝えることが優しさなんだと思っている。

それが本当に相手のことを想っているのであればの話だけれど。

 

そうこうしている内に、一行は遂にライセン大峡谷から脱出できる場所にたどり着いた。隼人が〝遠見〟で見る限り、中々に立派な階段がある。岸壁に沿って壁を削って作ったのであろう階段は、五十メートルほど進む度に反対側に折り返すタイプのようだ。階段のある岸壁の先には樹海も薄らと見える。ライセン大峡谷の出口から、徒歩で半日くらいの場所が樹海になっているようだ。

 

何となしに遠くを見ていると、シアが不安そうに話しかけてきた。

 

「帝国兵はまだいるでしょか?」

「ん?まぁいるだろうな。せっかくここまで追い詰めたのだろうし。」

「帝国兵がいたら……隼人さん……どうするのですか?」

「別に。今はお前らを助けることしか考えてねぇよ。それがどうした?」

 

俺は少し苦笑してしまう

 

「今まで倒した魔物と違って、相手は帝国兵……人間族です。隼人さんと同じ。……敵対できますか?」

「シア、お前、未来が見えていたんじゃないのか?」

「はい、見ました。帝国兵と相対するみなさんを……」

「だったら……何が疑問なんだ?」

「疑問というより確認です。帝国兵から私達を守るということは、人間族と敵対することと言っても過言じゃありません。同族と敵対しても本当にいいのかと……」

「…はぁ。だから言ったろ。俺はお前らしか守ることしか考えてないってな。」

 

隼人はぶっきらぼうにいうとキョトンとするシアに向けて続ける

 

「一度交わした約束を裏切るほど俺らは腐っちゃいない。お前らが樹海に行って案内をするまではお前らの味方だ。安全の確保くらいはちゃんと責任を持ってやってやる。俺たちが言っているのはその後だ。その後も頼りきってずっと俺たちに甘えたままで暮らすのか?」

「そ、それは。」

「いいか?俺は助けると言ったら絶対にそいつらが裏切らない限りは助ける。元々俺は元の世界では料理人だ。こっちでの天職も料理人だしな。料理人でも商売でも一番大切なのは信用だ。客から信用される。地域から信頼される。だからこそ俺たちは売り物を売ることができるんだ。その信用を失うのは一瞬だ。どんだけ苦悩して積み上げてきた信用もほんの小さなことで崩れ落ちることなんて結構聞く話だしな。」

 

隼人も、ハジメも、優花も両親が企業者であり、分野は違えど第一線で即戦力として立っていた経験があるからこそ分かる。信用を得ることの難しさをよく知っていた。

 

「……ん。残念うさぎは私たちを信じておけばいい。」

「だから、樹海案内の仕事が終わるまでは守る。自分のためにな。それを邪魔するヤツは魔物だろうが人間族だろうが関係ない。道を阻むものは敵、敵は殺す。それだけのことだ」

「過激だとは思うけどそれでも私たちは約束を破る真似だけはしないから。」

 

 シアを含めた兎人族は気づき、そして自分を悔いた。

 本当にこの人たちは帝国や他の亜人族とは違い、自分たちを助けてくれるんだとはっきりと気づいたのだ。

 自分たちを助けてくれる人は人間族や魔人族はおろか亜人族にもいない。

 ただ住処のない絶好の獲物であることに少し警戒していたのだ。いくらシアが連れてきた人だから。自分が見た未来というものは絶対ではないから実際はどうなるか分からない。見えた未来の確度は高いが、万一、帝国側につかれたらひとたまりもないと。

 隼人と優花は信用できないと思われても不思議でもないと思っていた。シアの存在で忘れそうになるが、亜人族は被差別種族である。実際、峡谷に追い詰められたのも人間族のせいなのだ。なので簡単に信用できないだろうと。なので行動で信頼されるしかないと思っていたのだ。元々隼人と優花は面倒見がよく、集団でリーダー役をする機会が多い二人だ。

 

 その信用は二人の行動力からくるものだとハジメは気づいていた。

 クラスでもトップカーストグループにいるわけではないが、クラスの代表人物だったのだ。そして何よりもみんなのまとめ役や突っ込み。さらに話の引き立て役もでき、この二人主導で文化祭や体育際を盛り上げていた。

 ハジメはそんな二人を知っているからこそ今回の件は二人に任せようと思っていた。元々焦る旅ではない。ゆっくりと目の前にいる二人に協力しようと。

 本当に隼人たちがハウリア族のことを考えていることは念話石の会話から分かっていたことだった。他人のために一生懸命になれる。香織に言われたハジメの強さの一つでもあった。

 それに実はハジメは心から二人に感謝していたのだ。二人がいなければ自分は壊れていただろう。

 ハジメが片腕がなくなったのも実はハジメが罪悪感や好奇心からか持ち場から離れたせいでもあったのだ。これも銃があるからの油断だろう。自分のせいなのに。元々隼人が注意をしていたのに。自分の油断のせいで片手を失った。隼人たちは最初は自分を見捨てるだろうと思っていた。元々王宮で無能扱いされてきたハジメが片手を失ったのだ。隼人と優花が助かるには自分を見捨てた方が生き残れる可能性が高いと。もちろんハジメを隼人や優花が見捨てることはなかったのだが。

 元々銃というアイデアを考えたのも隼人だった。誰もがハジメをけなしていた時にハジメの実験のために数百万もの大金を稼いできてまでハジメの技能上げや参考になりそうな本を持ってきたりしてくれた。異世界にくる前も来てからも誰よりもハジメは隼人に感謝をしている。

 檜山が落としたと隼人から告げられた時に自分のせいで二人を奈落に巻き込んでしまったのにとふさぎ込んでしまったこともあった。それでも仲間だと、友達だと言ってくれる二人の存在はどれだけ感謝してもしきれなかった。一度二人についてユエに話したことがある。二人と会えて、二人が奈落で一緒にいてくれてよかったと。

なお、この話はどこぞの亜人族のインタビューでユエが口を滑らせてしまい全員に聞かれてしまったことで隼人も優花もハジメも全員が撃沈してしまうことになるのはそう遠くはない未来での話。

 

 話は逸れたが、一度引き受けてからは隼人は絶対に見捨てることはない。自分でできないと思ったら断ることもあるが、自分たちでできることはとことん引き受け面倒ごとに巻き込まれていく。ユエも優花もそれを気づいている。だけどそれでもいいと思えるのだ。二人も隼人に救われたことがあるからであり、その優しさは隼人の美点でもあることを二人は知っているからだ。

 だから自ら協力したくなる、そんな魅力が隼人にはあった。困ったら助けてくれる、隼人が困ったら自分を頼ってくれる。

光輝とは違う別のカリスマ性であり、隼人が自分で気づいていない人誑しの才能をとことん発揮していた。

 その間も隼人は階段を登って念話石で会話をしていた、もちろん話題はハウリア族を救う案についてだ。それも的を射た答えをしっかりと答え他人に意見を問おうとする、そこが光輝との大きな違いだろう。

 すると隼人の義眼が捉えた。

 

「やっぱり待ち伏せしているな、敵は30人くらいか?」

「30人ですか?」

「…ん。どうする?」

「俺とハジメで対応しようかな。まぁ話し合いになるとは思えないし基本的には殺す方向で。」

「了解。」

「えっ?私とユエは。」

「ユエはともかく優花は人殺しは無理だろ。自分でも気づいてないかもしれないけどお前軽く震えているぞ。無意識かもしれないが人殺しを怖がっているんだよ。」

 

 すると優花は目を伏せる。どうやら人を殺すことに恐怖を抱いていたことに自覚はあったようだ。

 シアやハウリア族は驚く。優花は今までそんな素振りを見せていなかったのだ。

 けれどシアとユエだけは気づいた。いつの間にか優花と隼人が手を繋いでいたことに。

 隼人は途中から優花の顔色が悪いことに気づき、ずっと安心させるために手を繋いでいたのだ。

 その行為にユエは半分呆れ半分羨ましいと思っていた。

 隼人の観察眼は異常と思うほどに鋭い。

 他の誰かが気づかないことでもすぐに気づきそしてすぐに解決策を用意する。現場でトラブルがあったさいすぐに決断する隼人は、異世界ですぐに行動を移せるほど急成長を遂げている。

 

「ユエにも言ったけど、適材適所だ。まぁ俺たちが人を殺すことになるのは変わりはないけど……。」

 

少し不安げになっていることを優花は気づき軽く俺の頭を叩く

 

「そんなことで嫌いになんてならないわよ、ハウリア族を助けるためでしょ……意味のない殺しをしたら怒るけど、それでも隼人を好きな気持ちは変わらないわ、変な方向に行ったらちゃんと方向修正させるから隼人はやりたいようにやっていいわよ」

 

ちょっと複雑だけどね。っと苦笑いしている。おそらく殺しについて優花は迷っているんだろう。

 

「……ん。あんがと。頼りにしてる。」

 

と少しだけ触れるだけのキスをする。ほんの一瞬だけだったがそれでも気持ちは伝わったらしく。優花も少し照れたようにしているが咎めるような真似はしなかった。

 

「あのお二人さん。私たちがいるの忘れてませんか?」

「「……」」

「こいつら俺らよりも世界に入ると周りが見えなくなるよな。」

「……バカップル。」

「「お前(あなた)たちには言われたくない(わよ)。」」

 

俺と優花は顔を真っ赤にして弁解をし始める。その間も二人の繋がれた手をどちらからも離そうとしはしなかった。




原作との変更点

1 ハウリア族に現実を突き詰める

イーグレット

隼人が考案した実弾のレンスナ
隼人の先読と狙撃能力がなければ通常の人では最初の的にすら当てられないほど扱いが難しく貫通性と連写性に特化している。射程は2キロ


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帝国兵

遂に階段を上りきり、隼人達はライセン大峡谷からの脱出を果たす。

登りきった崖の上、そこには……

 

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~こりゃあ、いい土産ができそうだ」

 

義眼で見えた通り、三十人の帝国兵がたむろしていた。周りには大型の馬車数台と、野営跡が残っている。全員がカーキ色の軍服らしき衣服を纏っており、剣や槍、盾を携えており、隼人達を見るなり驚いた表情を見せた。

だが、それも一瞬のこと。直ぐに喜色を浮かべ、品定めでもするように兎人族を見渡した。

 

「小隊長! 白髪の兎人もいますよ! 隊長が欲しがってましたよね?」

「おお、ますますツイテルな。年寄りは別にいいが、あれは絶対殺すなよ?」

「小隊長ぉ~、女も結構いますし、ちょっとくらい味見してもいいっすよねぇ? こちとら、何もないとこで三日も待たされたんだ。役得の一つや二つ大目に見てくださいよぉ~」

「ったく。全部はやめとけ。二、三人なら好きにしろ」

「ひゃっほ~、流石、小隊長! 話がわかる!」

 

帝国兵は、兎人族達を完全に獲物としてしか見ていないのか戦闘態勢をとる事もなく、下卑た笑みを浮かべ舐めるような視線を兎人族の女性達に向けている。兎人族は、その視線にただ怯えて震えるばかりだ。

 

 帝国兵達が好き勝手に騒いでいると、兎人族にニヤついた笑みを浮かべていた小隊長と呼ばれた男が、ようやく隼人の存在に気がついた。

 

「あぁ? お前誰だ? 兎人族……じゃあねぇよな?」

 

 帝国兵の態度から素通りは無理だろうなと思いながら、一応会話に応じる。

 

「ああ、人間だ」

「はぁ~? なんで人間が兎人族と一緒にいるんだ? しかも峡谷から。あぁ、もしかして奴隷商か? 情報掴んで追っかけたとか? そいつぁまた商売魂がたくましいねぇ。まぁ、いいや。そいつら皆、国で引き取るから置いていけ」

「……そりゃ無理な相談だな。あいにく奴隷商でもないし俺は帝国の人間でもないしな。あんたらみたいな性犯罪者に渡すはずないだろうが」

「……小僧、口の利き方には気をつけろ。俺達が誰かわからないほど頭が悪いのか?」

「十全に理解している。あんたらに頭が悪いとは誰も言われたくないだろうな」

 

 二人目のハジメの乱入に驚く帝国兵とハジメの言葉にスっと表情を消す小隊長。周囲の兵士達も剣呑な雰囲気でハジメを睨んでいる。その時、小隊長が剣呑な雰囲気に背中を押されたのか、ハジメの後ろから出てきた人に気がついた。幼い容姿でありながら纏う雰囲気に艶がありそのギャップからか、えもいわれぬ魅力を放っている美貌の少女に一瞬呆けるもののハジメの服をギュッと握っていることからよほど近しい存在なのだろうと当たりをつけ、再び下碑た笑みを浮かべた。

 

「あぁ~なるほど、よぉ~くわかった。てめぇが唯の世間知らず糞ガキだってことがな。ちょいと世の中の厳しさってヤツを教えてやる。くっくっく、そっちの嬢ちゃんえらい別嬪じゃねぇか。てめぇの四肢を切り落とした後、目の前で犯して奴隷商に売っぱらってやるよ」

 

その言葉にハジメは眉をピクリと動かし、ユエは無表情でありながら誰でも分かるほど嫌悪感を丸出しにしている。

 

「あっそう。でもいいのか?お前らすでに動けないぞ」

「えっ?」

 

すると帝国兵全員がいつのまにか足元が石化していることが分かる。土魔法中級の落牢を無詠唱で発動しただけだ。

 

「なっいつの…」

 

と次の言葉を発することはなかった。ハジメのドンナーが火を吹き小隊長の脳天を吹き飛ばしたのだ。

続くように俺は魔法で追撃をする。蒼天ではオーバーキルすぎるので初級や中級の魔法を使って息の根を止めていく

ハジメは手榴弾を試しているらしくこの一撃で密集していた十人程の帝国兵が即死するか手足を吹き飛ばされるか内臓を粉砕されて絶命し、さらに七人程が巻き込まれ苦痛に呻き声を上げた。

それを俺が簡単に焼き払い、たった一人を残し戦闘は終了した。

 

「ひぃ、く、来るなぁ! い、嫌だ、し、死にたくない。だ、誰か! 助けてくれ!」

 

 命乞いをしながら這いずるように後退る兵士、その顔は恐怖に歪み股間を濡らし失禁してしまっている。ハジメは冷めた目でそれを見下ろし、おもむろに銃口を兵士の背後に向けると連続して発砲した。

 

「ひぃ!」

 

 兵士が身を竦めるがその体に衝撃はない。ハジメが撃ったのは手榴弾で重傷を負っていた背後の兵士達だからだ。それに気が付いたのか、生き残りの兵士が恐る恐る背後を振り返り、今度こそ隊が全滅したことを眼前の惨状を持って悟った。

振り返ったまま硬直している兵士の頭にゴリッと銃口が押し当てられる。再び、ビクッと体を震わせた兵士は、醜く歪んだ顔で再び命乞いを始めた。

 

「た、頼む! 殺さないでくれ! な、何でもするから! 頼む!」

「そうか?なら、他の兎人族がどうなったか教えてもらおうか。結構な数が居たはずなんだが……全部、帝国に移送済みか?」

 

ハジメが質問したのは、百人以上居たはずの兎人族の移送にはそれなりに時間がかかるだろうから、まだ近くにいて道中でかち合うようなら序でに助けてもいいと思ったからだ。帝国まで移送済みなら、わざわざ助けに行くつもりはない。さすがにそこまでのリスクは負えないのだ

 

「……は、話せば殺さないか?」

「お前、自分が条件を付けられる立場にあると思ってんのか? 別に、どうしても欲しい情報じゃあないんだ。今すぐ逝くか?」

「ま、待ってくれ! 話す! 話すから! ……多分、全部移送済みだと思う。人数は絞ったから……」

 

 〝人数を絞った〟それは、つまり老人など売れそうにない兎人族は殺したということだろう。兵士の言葉に、悲痛な表情を浮かべる兎人族達。

 

「んじゃ、聞けたいことはきけたからさよなら。」

「ちょ、まっ。」

 

俺は簡単に魔法で詠唱もないままに怒りを込めた最上級魔法蒼天を使い、容赦ない一撃を食らわせ最後の帝国兵を殺す。死体をついでに焼き払うまでがセットになっているのは言うまでもないことだ。

 

「ん、とりあえず行こうぜ。後味悪いがとりあえず安全の確保が第一だ」

「は、はい」

 

これだけの人数がいたとなるとすぐに目に入るだろう。ないとは思うが帝国から増援が来る前に行くべきだと判断すると俺はスポーツカーに馬車を括りつけ、シアの案内のもと樹海へと向かった。

 

 

七大迷宮の一つにして、深部に亜人族の国フェアベルゲンを抱える【ハルツィナ樹海】を前方に見据えて、ハジメの魔力駆動二輪と俺たちのスポーツカーで牽引する大型馬車3台と数十頭の馬が、それなりに早いペースで平原を進んでいた。

 

四輪には助手席に優花、後席にはシアが座っていて普通に俺たちは馴染んでいる。

そういえばと言って優花が話を切り出した

 

「どうしてハジメと隼人は二人で戦ったの?ユエも参加してもよかったんじゃない?」

「あ〜まずは手加減だな。俺たちの力って異常だろ?」

「まぁそうね。」

「多分今後もこんな争いは多いと思うんだよ、優花もユエも可愛いしナンパ目的の奴だってくるかもしれない。だからどれくらいの勢いでやれば戦闘不能程度に抑えられるかの実験だな、全力の50分の1くらいの威力の初級魔法でも殺してしまったかな」

「やっぱり二万くらいで止めておいた方がよさそうね。」

 

自覚はある。魔力量が多い分手加減がかなり大変なのだ。

 

「もう一つは初めて人を殺したからな。敵なら殺すってやり方が迷宮で染み付いているのか分からないけど。」

「えっ?初めて人を殺したんですか?」

「当たり前だ。優花も初めて殺そうとしたからこそ怖がったんだろうが。俺たちは戦争や人種が人間族しかいないところから来たからな。元々学生だったわけだし。」

 

俺はそう言うと魔力で運転しながら進んでいく。

 

「あ、あの、皆様のこと、教えてくれませんかね。」

「ん?知ってついてきたいって言い出すのか?」

「「えっ?」」

「気づいてないと思ったのか?今回の事件が終わったら俺たちは迷宮攻略に旅立つ、それなら寄生先にはちょうどいいだろうからな、シアは頭が残念な割に賢い。自分とハウリア族の保身を望むのであればそれが一番の安全策であることには違いはないからな」

 

俺は運転をしながらため息を吐く。

 

「別に責めているわけじゃない。だがな、変な期待はするな、俺達の目的は七大迷宮の攻略なんだ、おそらく奈落と同じで本当の迷宮の奥は化物揃いだ、シアじゃ瞬殺されて終わりだよ、だから、今のままでは同行を許すつもりは毛頭ないしまずあいつらが認めないだろ」

「あ〜ユエもハジメもきついからねぇ〜」

「あいつら自分の興味がないことにはとことん厳しいからな、まぁ時間はあるから奈落のことは話してやるけど、それでも俺たちだけが決められるわけではない、あいつらにも認められない限りは同行は絶対認められな」

 

と言ってから聞いているかは分からないが奈落のことをありのままに話す。これで諦めてくれるだろうと思いつつ。

 

それから数時間して、遂に一行は【ハルツィナ樹海】と平原の境界に到着した。樹海の外から見る限り、ただの鬱蒼とした森にしか見えないのだが、一度中に入ると直ぐさま霧に覆われるらしい。

「それでは、皆様。中に入ったら決して我らから離れないで下さい。皆さんを中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。それと、行き先は森の深部、大樹の下で宜しいのですな?」

「ああ、聞いた限りじゃあ、そこが本当の迷宮と関係してそうだからな」

「てか神眼でも本当に通らないんだな。この樹海。」

 

カムが、ハジメに対して樹海での注意と行き先の確認をする。カムが言った〝大樹〟とは、【ハルツィナ樹海】の最深部にある巨大な一本の樹木で、亜人達には〝大樹ウーア・アルト〟と呼ばれており、神聖な場所として滅多に近づくものはいないらしい。峡谷脱出時にカムから聞いた話だ。

 当初、ハジメは【ハルツィナ樹海】そのものが大迷宮かと思っていたのだが、よく考えればそれなら奈落の底の魔物と同レベルの魔物が彷徨いている魔境ということになり、とても亜人達が住める場所ではなくなってしまう。なので【オルクス大迷宮】のように真の迷宮の入口が何処かにあるのだろうと推測した。そして、カムから聞いた〝大樹〟が怪しいと踏んだらしい。

 カムはハジメの言葉に頷くと、周囲の兎人族に合図をしてハジメ達の周りを固めた。

「皆様、できる限り気配は消してもらえますかな。大樹は、神聖な場所とされておりますから、あまり近づくものはおりませんが、特別禁止されているわけでもないのでフェアベルゲンや他の集落の者達と遭遇してしまうかもしれません。我々はお尋ね者なので見つかると厄介です」

「ああ、承知している。全員ある程度、隠密行動はできるから大丈夫だ」

 

俺たちは全員気配遮断をし始める

 

「ッ!? これは、また……ハジメ殿、隼人殿、優花殿、できればユエ殿くらいにしてもらえますかな?」

「ん? ……こんなもんか?」

「これくらい?」

「もうちょっと気配をだせばいいのね。」

「はい、結構です。さっきのレベルで気配を殺されては、我々でも見失いかねませんからな。いや、全く、流石ですな!」

 

兎人族気配の消し方と感知能力ありすぎだろ。迷宮攻略者のユエが看破されるってそうそうないぞ。

 

「それでは、行きましょうか」

 カムの号令と共に準備を整えた一行は、カムとシアを先頭に樹海へと踏み込んだ。

 しばらく、道ならぬ道を突き進む。直ぐに濃い霧が発生し視界を塞いでくる。しかし、カムの足取りに迷いは全くなかった。現在位置も方角も完全に把握しているようだ。理由は分かっていないが、亜人族は、亜人族であるというだけで、樹海の中でも正確に現在地も方角も把握できるらしい。

 順調に進んでいると突然カム達が立止り周囲を警戒し始めた。魔物の気配だ、当然ハジメとユエも感知している。どうやら複数匹の魔物に囲まれているようだ。樹海に入るにあたって、ハジメが貸し与えたナイフ類を構える兎人族達。彼等は本来ならその優秀な隠密能力で逃走を図るのだそうだが今回はそういうわけには行かない。皆、一様に緊張の表情を浮かべている。

 

直後、

ドサッ、ドサッ、ドサッ

 

「「「キィイイイ!?」」」

 

 三つの何かが倒れる音と悲鳴が聞こえた。そして、慌てたように霧をかき分けて、腕を四本生やした体長六十センチ程の猿が三匹踊りかかってきた。

内一匹に向けてユエが手をかざし、一言囁くように呟く。

 


「〝風刃〟」

 

今まで迷宮から出てから戦ってなかったことにストレスを抱えていたユエが樹海での戦闘は任せてほしいと頼まれたのだ、なので樹海ではユエに任せようと思っている。

そしてものの数秒で殺し終えると簡単に健闘をたたえる。

その後もちょくちょく魔物に襲われたが、ハジメとユエが静かに片付けていく。樹海の魔物は一般的には相当厄介なものとして認識されているのだが、何の問題もなかった。

しかし樹海に入って数時間が過ぎた頃、今までにない無数の気配に囲まれハジメ達は歩みを止める。数も殺気も連携の練度も今までの魔物とは比べ物にならない、カム達は忙しなくウサミミを動かし索敵をしている。

 そして、何かを掴んだのか苦虫を噛み潰したような表情を見せた。シアに至っては、その顔を青ざめさせている。

その相手の正体は……

 

「お前達……何故人間といる! 種族と族名を名乗れ!」

 

 虎模様の耳と尻尾を付けた、筋骨隆々の亜人だった。



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長老集

 樹海の中で人間族と亜人族が共に歩いている。

 その有り得ない光景に、目の前の虎の亜人と思しき人物はカム達に裏切り者を見るような眼差しを向けた。その手には両刃の剣が抜身の状態で握られている。周囲にも数十人の亜人が殺気を滾らせながら包囲網を敷いているようだ。

 

「あ、あの私達は……」

 

カムが何とか誤魔化そうと額に冷汗を流しながら弁明を試みるが、その前に虎の亜人の視線がシアを捉え、その眼が大きく見開かれる。

 

「白い髪の兎人族…だと?……貴様ら……報告のあったハウリア族か……亜人族の面汚し共め!長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは!反逆罪だ!もはや弁明など聞く必要もない! 全員この場で処刑する! 総員かッ!?」

 

「風球。」

 

虎の亜人が問答無用で攻撃命令を下そうとしたその瞬間、隼人が無詠唱で虎の亜人のリーダー格の男を吹き飛ばした。

 

「ガハッ。」

「それは宣戦布告か?」

 

威圧を使い俺は虎の亜人族を全員に強烈なプレッシャーを与える。

 

「言っとくけどお前ら程度数秒あれば殺せる。俺たちは魔物を食って魔力操作が出来るからな。無詠唱で魔法を唱えることが出来るしそれじゃなくてもアーティファクトを多く所持している。」

「……っ!」

「殺るというのなら容赦はしない。約束が果たされるまで、こいつらの命は俺たちが保障しているからな……ただの一人でも生き残れるなどと思うなよ」

 

俺の忠告に全員が黙りこんでしまう。泡を吹いて気絶する亜人族もいたことからそれが本当のことだと理解したのだろう。

 

「いいか?引くなら今のうちだ。蹂躙されるか家に帰るか選べ。」

 

 虎の亜人は確信した。攻撃命令を下した瞬間、無詠唱の魔法が一瞬で自分達を蹂躙することを。その場合、万に一つも生き残れる可能性はないということを。

 虎の亜人は、フェアベルゲンの第二警備隊隊長だった。フェアベルゲンと周辺の集落間における警備が主な仕事で、魔物や侵入者から同胞を守るというこの仕事に誇りと覚悟を持っていた。その為、例え部下共々全滅を確信していても安易に引くことなど出来なかった。

 

「……その前に、一つ聞きたい」

 

 虎の亜人は掠れそうになる声に必死で力を込めて俺に尋ねた。

 

「なんだ?」

「……何が目的だ?」

「樹海の深部。本物の大迷宮のところに行きたい。」

「本当の迷宮? 何を言っている? 七大迷宮とは、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰る事も叶わない天然の迷宮だ」

「それはない。オルクスの大迷宮と魔物の強さが同じだったら亜人が生き残れるはずがない。明らかに弱すぎる。それに大迷宮というのは、〝解放者〟達が残した試練なんだ。亜人族は簡単に深部へ行けるんだろ? それじゃあ、試練になってない。だから、樹海自体が大迷宮ってのはおかしい。」

 

隼人の話を聞き終わると首をかしげる虎の亜人。本当に知らないのかと思っているともしかして目即は外れなんじゃないかと思ってしまう。

 

「……お前が、国や同胞に危害を加えないというなら、大樹の下へ行くくらいは構わないと、俺は判断する。部下の命を無意味に散らすわけには行かないからな」

「了解。妥当な線だろう。それよりもそこに行くまでのハウリア族の安全と、もし襲ってきた時の反撃する権利くらいはくれ。さっきから気配を消して俺たちの首を狙っているやつが四人いるからな。」

「っ!」

 

すると冷や汗が垂れる虎の亜人。近距離であれば俺にも樹海でも人がどこにいるかくらいは分かる

 

「わ、分かった。だが、一警備隊長の私ごときが独断で下していい判断ではない。本国に指示を仰ぐ。お前の話も、長老方なら知っている方もがおられるかもしれない。お前に、本当に含むところがないというのなら、伝令を見逃し、私達とこの場で待機しろ」

「ん〜。」

「いいぞ俺らは。」

 

ハジメは隼人の目線に気づき了承する。虎の亜人からすれば限界ギリギリの譲歩なのだろう。樹海に侵入した他種族は問答無用で処刑されると聞く。今も、本当は隼人達を処断したくて仕方ないはずだ。だが、そうすれば間違いなく部下の命を失う。それを避け、かつ、危険を野放しにしないためのギリギリの提案。


ハジメはこの状況で中々理性的な判断ができるヤツだと、少し感心した。そして、今、この場で彼等を殲滅して突き進むメリットと、フェアベルゲンに完全包囲される危険を犯しても彼等の許可を得るメリットを天秤に掛けて……後者を選択した。大樹が大迷宮の入口でない場合、更に探索をしなければならない。そうすると、フェアベルゲンの許可があった方が都合がいい。もちろん、結局敵対する可能性は大きいが、しなくて済む道があるならそれに越したことはない。人道的判断ではなく、単に殲滅しながらの探索はひどく面倒そうだからだ。

 

「……らしい。さっきの言葉、ちゃんと伝えろよ?」

「無論だ。ザム! 聞こえていたな! 長老方に余さず伝えろ!」

「了解!」

「虎の亜人族も不用意に武器を構えるなよ。臨戦態勢をとらないといけなくなるからな。」

 

俺の忠告に苦虫を噛んだようにする。そうしながらも交渉のカードを切っていったのだった。

 

 

「一体どういうことかね?」

 

と霧の奥からは、数人の新たな亜人達が現れたとき、隼人達と虎の亜人族はというと

飯を食べていた。

優花がそういえば今日何もまだ食べていないことに気づき虎の亜人族に許可をとり料理を作っていたんだが、

改めて言うが異世界チートの料理人である。ハウリアや虎の亜人から作っている間にギュルルとお腹が減った声が聞こえたので俺が全員に腕を振っていたのだ。

最初は遠慮していた虎の亜人族も結果的に食べることになったんだが

 

「こんなおいしいもの食べたことない。」

「うますぎる。」

「……」

 

と号泣している虎の亜人族もいるくらいの出来前。

ちなみに魔物は使っていないしさっき通りすがりのイリヤベアーを狩って簡単に調理したのだ。

 

「ついでに全員振るまったものはハウリアも虎人族も同じだから安心してくれ。一応天職が料理人だから腹が減っている奴を見過ごせなかったんだよ。」

「あ、あぁそれならいいが。」

「少し食べるか?募る話もあるだろうし安全性を確保できるまでは外で待機しながら話した方がいいだろうしな。」

「ふむ。それじゃあ頂こう。」

 

ととりあえず簡単に作った料理を入れる

 

「ん。とりあえず簡単に帝国兵から奪った食材が結構あったからな。簡単なもので悪いが。」

 

と俺は干し肉を技能で元の状態に戻しそれをミンチにした後生成魔法で作ったオーブンの中に入れる。もちろん生成魔法でオーブンにつけたのは俺の纏火だ。牛パティとした状態で、風魔法で水をしっかりきったレタスやトマトを使い、さらに迷宮から採ってきたカレー風味のソースをかけパンに挾む。カレー風味の特性バーガーを手渡す。

 

「手慣れておるの。」

「まぁこれでもこっちが本職だからな。まぁ俺のステータスにも天職は料理人って書いてあるし。」

「……?しかしお主は魔法を使ったじゃないか。」

「あ〜。それ含めちゃんと説明するよ。まず俺らはこの世界の人間ではない。それをしっかり頭に入れておいてくれ。」

 

と俺たちがこの世界に来てからのことについて説明する。そして魔物を食べるしかない状態しかなかったことやハジメの腕や俺の目を失った話。ヒュドラ戦の話など話せる限りの真実を亜人たちに話していった。

そして

 

「これが一応証拠になるのかな?オルクスの指輪だよ。」

 

そう言って、見せたのはオルクスの指輪だ。アルフレリックと呼ばれるおそらくエルフ族の長老は、その指輪に刻まれた紋章を見て目を見開いた。そして、気持ちを落ち付かせるようにゆっくり息を吐く。

 

「なるほど……確かにお前さんはオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも色々気になるところはあるが……よかろう、取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、もちろんハウリアも一緒にな」

 

アルフレリックの言葉に周囲の亜人族達だけでなく、カム達ハウリアも驚愕の表情を浮かべた。虎の亜人を筆頭に猛烈に抗議の声があがる、それも当然だろう、かつてフェアベルゲンに人間族が招かれたことなど無かったのだから。

「彼等は客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ、それに私たちは隼人殿に一飯を頂いた恩がある、我々を奴隷扱いする人間であれば食事に昏睡薬や睡眠薬が入っていてもおかしくないだろう」

 

という言葉に全員が黙りこむ、さすがに簡単なものを出したのにそこまで信用されると思わなかったが。

 

「待て、何勝手に俺の予定を決めてるんだ? 俺は大樹に用があるのであって、フェアベルゲンに興味はない。問題ないなら、このまま大樹に向かわせてもらう」

「いや、お前さん。それは無理だ」

「なんだと?」

 

あくまで邪魔をする気か? と身構えるハジメに、むしろアルフレリックの方が困惑したように返した。

「大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で霧が弱まるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならん。次に行けるようになるのは十日後だ……亜人族なら誰でも知っているはずだが……」

 

 アルフレリックは、「今すぐ行ってどうする気だ?」とハジメを見たあと、案内役のカムを見た。ハジメは、聞かされた事実にポカンとした後、アルフレリックと同じようにカムを見た。そのカムはと言えば……

 

「あっ」

 

まさに、今思い出したという表情をしていた。ハジメと隼人の額に青筋が浮かぶ。

 

「カム?」

「あっ、いや、その何といいますか……ほら、色々ありましたから、つい忘れていたといいますか……私も小さい時に行ったことがあるだけで、周期のことは意識してなかったといいますか……」

 

しどろもどろになって必死に言い訳するカムだったが、隼人たちのジト目に耐えられなくなったのか逆ギレしだした。

 

「ええい、シア、それにお前達も! なぜ、途中で教えてくれなかったのだ! お前達も周期のことは知っているだろ!」

「なっ、父様、逆ギレですかっ! 私は、父様が自信たっぷりに請け負うから、てっきりちょうど周期だったのかと思って……つまり、父様が悪いですぅ!」

「そうですよ、僕たちも、あれ? おかしいな? とは思ったけど、族長があまりに自信たっぷりだったから、僕たちの勘違いかなって……」

「族長、何かやたら張り切ってたから……」

 

 逆ギレするカムにシアが更に逆ギレし、他の兎人族達も目を逸らしながらさり気なく責任を擦り付ける。

 

「お、お前達! それでも家族か! これは、あれだ、そう! 連帯責任だ! 連帯責任! ハジメ殿、罰するなら私だけでなく一族皆にお願いします!」

「あっ、汚い! お父様汚いですよぉ! 一人でお仕置きされるのが怖いからって、道連れなんてぇ!」

「族長! 私達まで巻き込まないで下さい!」

「バカモン! 道中の、ハジメ殿の容赦のなさを見ていただろう! 一人でバツを受けるなんて絶対に嫌だ!」

「あんた、それでも族長ですか!」

 

 亜人族の中でも情の深さは随一の種族といわれる兎人族。彼等はぎゃあぎゃあと騒ぎながら互いに責任を擦り付け合っていた、情の深さは何処に行ったのか……流石シアの家族である。総じて、残念なウサギばかりだった。

青筋を浮かべたハジメが一言、ポツリと呟く。

 

「……ユエ」

「ん」

 

 ハジメの言葉に一歩前に出たユエがスっと右手を掲げた。それに気がついたハウリア達の表情が引き攣る。

 

「まっ、待ってください、ユエさん! やるなら父様だけを!」

「はっはっは、何時までも皆一緒だ!」

「何が一緒だぁ!」

「ユエ殿、族長だけにして下さい!」

「僕は悪くない、僕は悪くない、悪いのは族長なんだ!」

 

喧々囂々に騒ぐハウリア達に薄く笑い、ユエは静かに呟いた。

 

「〝嵐帝〟」

 

―――― アッーーーー!!!

 

 

 天高く舞い上がるウサミミ達。樹海に彼等の悲鳴が木霊する。同胞が攻撃を受けたはずなのに、アルフレリックを含む周囲の亜人達の表情に敵意はなかった。むしろ、呆れた表情で天を仰いでいる。彼等の表情が、何より雄弁にハウリア族の残念さを示していた。

 




原作との変更点
奈落のことをかなり詳しく話している
休んでいる間にバーガーを食す
魔力操作が魔物を食すことによりをできることが伝わっている


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交渉の末

濃霧の中を虎の亜人ギルの先導で進む。

 行き先はフェアベルゲンだ。ハジメとユエ、優花に隼人、ハウリア族、そしてアルフレリックを中心に周囲を亜人達で固めて既に一時間ほど歩いている。どうやら、先のザムと呼ばれていた伝令は相当な駿足だったようだ。


しばらく歩いていると、突如霧が晴れた場所に出た。晴れたといっても全ての霧が無くなったのではなく、一本真っ直ぐな道が出来ているだけで、まるで霧のトンネルのような場所だ。よく見れば、道の端に誘導灯のように青い光を放つ拳大の結晶が地面に半分埋められている。そこを境界線に霧の侵入を防いでいるようだ。


ハジメが、青い結晶に注目していることに気が付いたのかアルフレリックが解説を買って出てくれた。

 


「あれは、フェアドレン水晶というものだ。あれの周囲には、何故か霧や魔物が寄り付かない。フェアベルゲンも近辺の集落も、この水晶で囲んでいる。まぁ、魔物の方は〝比較的〟という程度だが」

「なるほど。そりゃあ、四六時中霧の中じゃあ気も滅入るだろうしな。住んでる場所くらい霧は晴らしたいよな」

 

どうやら樹海の中であっても街の中は霧がないようだ、十日は樹海の中にいなければならなかったので朗報である。ユエや優花も、霧が鬱陶しそうだったので、二人の会話を聞いてどことなく嬉しそうだ。

そうこうしている内に眼前に巨大な門が見えてきた。太い樹と樹が絡み合ってアーチを作っており、其処に木製の十メートルはある両開きの扉が鎮座していた。天然の樹で作られた防壁は高さが最低でも三十メートルはありそうだ。亜人の〝国〟というに相応しい威容を感じる。

 

「うぉ、すげぇ」

 

隼人の言葉が全員の意見を代弁していた。

門をくぐるとそこは別世界だった。直径数十メートル級の巨大な樹が乱立しており、その樹の中に住居があるようで、ランプの明かりが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れている。人が優に数十人規模で渡れるであろう極太の樹の枝が絡み合い空中回廊を形成している。樹の蔓と重なり、滑車を利用したエレベーターのような物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも二十階くらいありそうである。

 

ポカンと口を開け、その美しい街並みに見蕩れていると、ゴホンッと咳払いが聞こえた。どうやら、気がつかない内に立ち止まっていたらしくアルフレリックが正気に戻してくれたようだ。

「ふふ、どうやら我らの故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれたようだな」

 

アルフレリックの表情が嬉しげに緩んでいる。周囲の亜人達やハウリア族の者達も、どこか得意げな表情だ。ハジメは、そんな彼等の様子を見つつ、素直に称賛した。

 

「ああ、こんな綺麗な街を見たのは始めてだ。空気も美味い。自然と調和した見事な街だな」

「ん……綺麗」

「少し街を見て回りたかったんだけど断念するしかないな」

「えぇ、ゆっくり見て回りたいわ」

 

 掛け値なしのストレートな称賛に、流石にそこまで褒められるとは思っていなかったのか少し驚いた様子の亜人達。だが、やはり故郷を褒められたのが嬉しいのか、皆ふんっとそっぽを向きながらもケモミミや尻尾を勢いよくふりふりしている、

フェアベルゲンの住人に好奇と忌避、あるいは困惑と憎悪といった様々な視線を向けられながら、アルフレリックが用意した場所に向かった。

 

 

「とりあえずこれが俺らの知っている全てと持って来た本。オルクスの大迷宮から持って来た知識だ」

「なるほど。解放者に勇者、それにこのステータス。お主らが言っていることには間違いはないようじゃのう」

 

現在俺は交渉の主導権を握るために優花と一緒に交渉の場に出ていた。ハジメはちょっとした準備があるらしいのでこの場は退室している。

アルフレリックは、この世界の神の話を聞いても顔色を変えたりはしなかった。不思議に思って優花が尋ねると「この世界は亜人族に優しくはない、今更だ」という答えが返ってきた。神が狂っていようがいまいが、亜人族の現状は変わらないということらしい。聖教教会の権威もないこの場所では信仰心もないようだ。あるとすれば自然への感謝の念だという。

そしてフェアベルゲンの長老の座に就いた者に伝えられる掟を話した。それは、この樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つ者が現れたらそれがどのような者であれ敵対しないこと、そして、その者を気に入ったのなら望む場所に連れて行くこと、という何とも抽象的な口伝だった。

【ハルツィナ樹海】の大迷宮の創始者リューティリス・ハルツィナが、自分が〝解放者〟という存在である事(解放者が何者かは伝えなかった)と、仲間の名前と共に伝えたものなのだという。フェアベルゲンという国ができる前からこの地に住んでいた一族が延々と伝えてきたのだとか。最初の敵対せずというのは、大迷宮の試練を越えた者の実力が途轍もないことを知っているからこその忠告だ。

 

 そして、オルクスの指輪の紋章にアルフレリックが反応したのは、大樹の根元に七つの紋章が刻まれた石碑があり、その内の一つと同じだったからだそうだ。

 

「それで、俺たちは資格を持っているというわけか……」

 

アルフレリックの説明により人間を亜人族の本拠地に招き入れた理由がわかった。しかし、全ての亜人族がそんな事情を知っているわけではないはずなので、今後の話をする必要がある。

 隼人とアルフレリックが、話を詰めようとしたその時、何やら階下が騒がしくなった。ハジメ達のいる場所は最上階にあたり、階下にはシア達ハウリア族が待機している。どうやら彼女達が誰かと争っているようだ。隼人とアルフレリックは顔を見合わせ、同時に立ち上がった。

階下では、大柄な熊の亜人族や虎の亜人族、狐の亜人族、背中から羽を生やした亜人族、小さく毛むくじゃらのドワーフらしき亜人族が剣呑な眼差しでハウリア族を睨みつけていた。部屋の隅で縮こまり、カムが必死にシアを庇っている。シアもカムも頬が腫れている事から既に殴られた後のようだ。

その瞬間その亜人族たちが全員吹き飛んだ。無詠唱からの風魔法、これを使ったのはもちろん隼人だ。

 

「お前ら、ハウリア族に手を出すなと虎の亜人たちには伝えていたよな」

 

威圧をこみの強烈のプレッシャーにさっきまで虐めていたと思われる亜人どもは座り込んでしまう。歴戦の戦士である彼らには分かっただろう。

 

……相手にしたらいけない人物がすぐそばににいることを

ついでに虐めていた全員が全身を複雑骨折をして戦闘員の道を諦めるしかなくなったことはいうまでもないだろう。

 

「聖天」

 

すぐさま俺はシアとカムに回復魔法をかける、みるみるうちに回復していく。

 

「……回復魔法も持っているのか?」

「あぁ。他にも火、水、風、土が使えるな。」

「……はぁ本当に規格外じゃのう。」

「あの、魔力を操作できるだけでなんで酷い扱いされないといけないの?」

 

優花が言葉にすると全員が黙りこんでしまう。本来魔物と同じ体質であることながらこの世界ではない人間であれど魔力を操作できる俺たちもいることからよく言えないのだろう。

 

「俺から見てもさすがに異端すぎるんだよなぁ。この世界に来てからも思っていたことなんだけど、なんというか元々亜人族は魔力がない種族なのに魔力ありのそれも魔力を操れる奴が生まれたんだろ。普通なら優遇すると思うんだけど」

「ん?どういうことじゃ?」

「シアには悪いけど、こいつのステータス化け物レベルで強い。明らかな戦闘法さえ覚えれば、ここの俺と優花を除いた全員なんかすぐに殺せるくらいにな」

「……えっ?」

「それほんと?」

「身体強化に特化してやがる、魔法の適正がほぼないんだけど俺と同じ武器を操ることができるくらいに強くなるはずだぞ?」

 

すると驚いたように全員がシアを見る。

シア自身、自分の才能を言い当てられたことに不安を覚えていた。

 

「てか、あんた達は俺等をどうしたいんだ?俺たちは大樹の下へ行きたいだけなんだけど。さすがに平和的に行こうとしていたのに先手先手で襲われたらさすがに敵対しないといけないようになるんだけど」

「っ!」

 

身を強ばらせる長老衆。直球で亜人族全体との戦争も辞さないという意志を伝えられて困っているんだろう。

 

「こちらの仲間を再起不能にしておいて第一声がそれか……それで友好的になれるとでも?」

「言っとくけど護衛対象に手を出したのはそっちだぞ、てか悪いのはどう見たってお前らだろうが、お前らがやっていることは帝国と同じだ。弱いものを従わせ強者は弱者に力を振るう、そんなの虐めと同じだぞ」

「帝国と同じだと、き、貴様! ジンはな! ジンは、いつも国のことを思って!」

「それがシアを虐めてもいい理由か?こいつはな、魔力もってるってだけでハウリア族の家族の元から離れようとしているんだぞ」

 

その一言に全員が絶句する兎人族。それもハウリア族は温厚で平和的さらに家族思いな種族であることは誰もが、いや亜人族は俺たち以上に分かっているはずだ。

 

「は、隼人さん?」

「いいか?てめぇらがやっていることは偏見による差別だ、虐めで言葉の刃を子供のころからずっと気にしているんだぞ?」

 

隼人は子供のころから両親にちゃんと育てられていた。料理も家からは押し付けられず、そしてちゃんと高校まで通わせてもらった。だからそれなりに親に感謝している。でも自分のせいで樹海を追い出される。家族や自分のことを受け入れてくれた仲間にもそれだけの恩があるだろう。

 

「シアが化け物?魔物?ふざけんな。まだ16の魅力的な女だろうが、ただ魔力を持ったくらいでその魔力を操作できるからって差別され、そして化け物扱いされている。女を虐めて泣かせる?それも大人がだぞ。てめぇらだって代表だろうが、もし自分の子供が魔力持ちで生まれてきたらどうするんだよ?見捨てるのかよ、自分の子供を、孫を化け物扱いするのかよ」

「……それは。」

 

誰もが答えられない、隼人が言っていることは全員に可能性があることだった。

 

「……俺は亜人族のしきたりを知らない。それでもお前らがやっていることは俺は間違っているとは思う。今後同じ思いをさせないようにそういうのは全部無くしてしまうのがいいとは思うが」

「無茶だろうが、魔力を操る奴なんてただの…」

 

すると銃声が聞こえドワーフ族の頰に軽く擦り傷ができる、隼人は驚いたように優花の方を見ると優花も相当キテいた。

 

「シアは私たちの友達だから、これ以上貶すようなら私も我慢できないんだけど」

「優花さん」

 

険悪な雰囲気が流れる、おそらくだがもう二度と交友関係を築くことはできないだろう。

 

「優花」

「でも!!」

「……もうさすがに俺も限界だから」

 

すると優花も意味が分かったのだろう。黙り込む。

平和的交渉は終わりだ。

ここからは容赦なくいかせてもらう。

 

「つまりお前らは戦争を望むんだな」

 

殺気が部屋全体をプレッシャーで包み込む。

 

「なっ!」

「いっただろ?俺たちは迷宮の案内をハウリア族に頼んでいる。その案内人の安全を保障することを条件にな」

「っ!」

「言っとくけどここで妥協する気はないぞ。案内人はハウリア。生憎そっちは問題児がすでに二度問題を起こしているんだ、さすがに俺たちはそっちのことを信用できない。こっちは生命線であるステータスや迷宮の情報、自分の立場を全て公表した。嘘一つなくな」

 

交渉のカードを一つ切る。

 

「今のハウリアは俺たちの仲間だ。俺たちは仲間を裏切ると言った選択をする事は絶対にない。言っとくけど俺たちはさっきの粗相した奴ら以外に一度も武器や魔力を放出することはなかったんだぞ?てかまず魔力がある身内は処分するって言っているんだぞ?」

「そ、それは」

「いいか?身内を追い出すなんて最低な奴がすることだ。シアが一度でもお前らに力を振るったか?言い返すことがあったか?ハウリアが一度もシアを見捨てることがあったか?」

「……」

「俺から見たらお前らはさっき会った帝国兵以下だ。魔力があるというだけで仲間を追放し、さらにそれを必死に庇おうとした家族を仲間を殺そうとしているんだからな」

「な、なん」

「やめんか、グセ」

 

するとアルフレリックが大きな声で止める

 

「……隼人殿今回は完全にこっちに非がある。申し訳ない」

「アルフレリック!!」

「確かにこの少年たちは、紋章の一つを所持しているしその実力も大迷宮を突破したと言うだけのことはあるね。僕は、彼を口伝の資格者と認めるよ。それに僕らはハウリアを支持するよ。僕らも同じ立場だったのであればハウリア族と同じことをするだろうしね」

 

すると狐人族の長老ルアが苦笑したように俺を見る。他の長老はどうするのかと周囲を見渡す。

翼人族のマオと驚いたことに虎人族のゼルも同意を示した。代表して、アルフレリックが隼人に伝える。

 

「分かった。これ以降我らフェアベルゲンの長老衆はお前さんを口伝の資格者として認める。故に、お前さんと敵対はしないというのが総意だ……可能な限り末端の者にも手を出さないように伝える。そしてハウリア族をお前さんの奴隷としておこう。フェアベルゲンの掟では、樹海の外に出て帰ってこなかった者や奴隷として捕まったことが確定した者は、死んだものとして扱う。樹海の深い霧の中なら我らにも勝機はあるが、外では魔法を扱う者に対して勝機はほぼない。故に、無闇に後を追って被害が拡大せぬように死亡したものと見なして後追いを禁じているのだ……既に死亡と見なしたものを処刑はできまい」

「アルフレリック! それでは!」

「グセ、分かっているだろう。元々はお前さんのせいでここまで事態は悪化したのだ」

 

するとフォローに回ったのは驚くことに虎人族だった。どこかスッキリしながらそして尊敬の意だろうか、なんかむず痒い視線でこっちを見ていることは隼人も優花も気づいていた。

 

「そうだ。この少年が引かないこともその力の大きさも。ハウリア族を処刑すれば、確実に敵対することになる。その場合どれだけの犠牲が出るか……長老の一人として、そのような危険は断じて犯せん」

「しかし、それでは示しがつかん!力に屈して、化物の子やそれに与するものを野放しにしたと噂が広まれば、長老会議の威信は地に落ちるぞ!」

「それで落ちるようならその程度のものであろう」

 

ばっさりと言い切るアルフレリック。

 

「それに私たちも身内がそうであったらハウリアと同じ行動をしている」

「っ!」

「それに魔力を操れるものがすでに目の前にいるのだ。どっちみちシア・ハウリアを見逃しすのも今更じゃろ」

 

すると苦い顔をするグセ、どうやら要注意リストに加えておいた方が良さそうだ。

 

「ハウリア族はシア・ハウリアを筆頭に須藤隼人たちの身内と見なす。ハウリア族の領地は須藤隼人のものとし、そして、資格者須藤隼人たちに対しては敵対はしない。以降、須藤隼人の一族に手を出した場合は全て自己責任とする……以上だ。何かあるか?」

「いや、それって」

 

譲歩しすぎと言おうとしたらアルフレリックが首をふる

 

「気にしないでくれ、私たちが変わらないといけない。そして例え魔力であっても私たちの家族であることはこの会議でも証明されたであろう。我々に大事なことを思い出させてくれたことに心から感謝する」

「えっ。ちょ。頭を下げないで。こっちも若造な癖に結構生意気な口きいちゃってすいません」

「いや、少年の言葉は少々僕たちにも響いたよ。それに君たちは狂った神とやらとも戦おうとしているんだろう?僕たちもその時は協力させてもらうよ」

 

どっちも謝りを入れる隼人とアルフレリック、そこに狐族のルアさんが隼人を見る。

シア達ハウリア族は未だ現実を認識しきれていないのか呆然としたまま立ち上がる気配がない。ついさっきまで死を覚悟していたのに、気がつけば追放もせずで済んでいるという不思議。「えっ、このまま本当に行っちゃっていいの?」という感じで内心動揺しまくっていた。

 

「……えっと、どういうことですか?」

「言葉の通りだよ。まぁ問題は少し残っているけどな」

「えっと、なんか凄いことになっているのは分かったのだけど、助かったってことでいいの?」

「まぁな、とりあえずハジメとユエと合流するぞ。迷宮攻略の準備に取り掛かっているはずだしな」

 

隼人の言葉にようやく我を取り戻したのかあたふたと立ち上がり、さっさと出て行く隼人の後を追うシア達。

 

「あ、あの、私達……死ななくていいんですか?」

「? さっきの話を聞いてなかったのか?」

「い、いえ、聞いてはいましたが……その、何だかトントン拍子で窮地を脱してしまったので実感が湧かないといいますか……信じられない状況といいますか……」

「……まぁ俺も出来すぎたとは思ったけどな」

 

さすがに隼人が家族について真剣に語るというのは少々恥ずかしいし、他人の事情に踏み込みすぎとか色々反省することはある。

それでもシアのことを語る隼人の言葉で長老族の心が動いたのは事実だ。

 

「それでも約束は守る……家族のために一生懸命になっているシアとの約束は例え迷宮攻略ができなくても無下にはできなかった、それだけだよ」

「……」

 

シアは自然と涙を浮かべ、肩を震わせる。

隼人は一旦迷宮攻略のことは捨てていてハウリア族を救うことにだけに集中していた。

複雑そうにシアを見る優花は確信していた。

 

あぁ、シア落ちているな、と。

 

「ハヤトさ~ん! ありがどうございまずぅ~!」

「うぉ!いきなりなんだよ」

 

 泣きべそを掻きながら絶対に離しません! とでも言う様にヒシッとしがみつき顔をグリグリとハヤトの肩に押し付けるシア。その表情は緩みに緩んでいて、頬はバラ色に染め上げられている。

その姿を見て隼人に冷たい汗が流れる。あれ、もしかしてと思って優花の方を見る。

するとジト目で隼人の方を見る優花を見て頭が痛くなっていく。

どうやってシアを離そうか、そう考えざるを得なかった。




原作との相違点

隼人完全勝利
シアから逃げる方法を考え始める


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うさ耳少女の想い

「ってことでユエがシアってお前ら大丈夫か?」

「大丈夫、少し寝てないだけだから」

 

 あれから9日、その間、食事や休養を除くほとんどの間、隼人と優花は書斎にこもっていた。この世界の情報とオルクス大迷宮で見た常識を比べるのと、神や解放者に関する情報を得るためである。

 成果は結構多く、獣人族と森人族(隼人が命名。亜人という差別用語をなくすため)の歴史や交流を機に子供達にお菓子を作ったり、再現できる限り地球の料理を再現して全員に振舞ったりした。

 

「そっちはどうだ?」

「まぁ、初日は色々あったけどな。順調だよ」

 

ハジメとユエは今はハウリアに戦闘訓練をしているらしい。

まぁ、俺が戦闘を教えろって言っても無茶だと思うけど。

料理や魔法については教えられるが他については完全に感覚派であり、特にガンランスなんかはほぼゲームの真似である。

 

「ん〜シアは?」

「さぁな、なんかユエがかなり張り切ってる。何かを賭けて戦っているらしいが」

「ふ〜ん、それで話したいことがあったんだろ?」

「熊人族とドワーフ族の動きが怪しいんだって」

「……あ〜お前が要チェック人物に挙げた奴か?」

「あぁ、明日にも襲ってくるんじゃね?元々ハウリアの領地を熊人族とドワーフで分ける予定だったらしいし」

「それは結構まずいな」

 

内部で相当ごちゃごちゃしているんだよなぁ、

結構ひどかったんだよ、ぎゃあぎゃあ言っている奴をゴム弾で黙らせたりしてたし。

 

「まぁ順調だったらいいけどな、さすがに寝る。ちょっと3徹はきちぃ」

「私も」

 

と隼人は寝ぼけ眼をこすり大きく口を開ける

 

「……とりあえず明日は顔出すわ、というよりもおそらくここの迷宮は今は攻略できないし」

「そうだな」

「ん?なんでだ?」

「それは明日迷宮ついたら話すわ、ごめんなさい。少し調べ物が長引いたから」

「それだけの収穫はあったということか?」

「あったな、一番はここから3日くらい歩いたところに街があることが分かった。さすがに調味料とか色々買っておきたいしな、それとアルフレリックの言っていることが正しいと証明する文献が見つかったことが収穫だな、伝言ゲームみたいに言い伝えが屈折してしまうことならけっこうあるしな」

「とりあえず寝るわ、詳しい話はまた明日」

「おやすみ」

「あぁ、おやすみ」

 

そう言って隼人と優花は寝室へ向かっていった。

 

 

「……ここだったよな?」

「えぇ」

 

エルフ族の弓師に送ってもらったところは霧が濃い場所の一つであるのだが気配がやっぱり掴みづらい。

 

「隼人さん!!」

 

とすると大きな声で俺を呼ぶ声が聞こえる

 

「ん?」

「隼人さん!隼人さん! 聞いて下さい! 私、遂にユエさんに勝ちましたよ! 大勝利ですよ! いや~、隼人さんにもお見せしたかったですよぉ~、私の華麗な戦いぶりを! 負けたと知った時のユエさんったらも…へぶっ!?」

 

身振り手振り大はしゃぎという様相で戦いの顛末を語るシア。調子に乗りすぎて、ユエのジャンピングビンタを食らい錐揉みしながら吹き飛びドシャと音を立てて地面に倒れ込んだ。よほど強烈だったのかピクピクとして起き上がる気配がない。

 

「あ〜まぁどうだった?」

「……魔法の適性はハジメと変わらない、でも隼人の言う通り身体強化に特化してる。正直、化物レベル」

「……へぇ、俺達と比べると?」

 

隼人は少し聞くと

 

「ハジメ達の半分くらい」

「……マジで。あいつ俺の予想では俺の3割程度の身体強化ができればマシだと思っていたんだが」

「鍛錬次第でまだ上がるかも」

 

隼人もさすがに驚く。おそらく必死でやっても6000くらいが限界だと思っていたのだ。

想像とかなり違う結果にさすがに驚愕してしまう。

 

「隼人、何かした?」

「いや何もしてないはずって、そういえば身体強化のレシピは渡したな。それくらい」

「……そう」

「つまり、シアもそれくらい隼人のことを想っているってことよ」

「……何がいいたい?」

「隼人の負けってこと、ちゃんとシアのこと認めてあげたら」

 

優花が苦笑しながら隼人を見る。優花自身隼人の予想を上回ると推測していた。

優花は隼人を自分だけが射止めることができないと確信していた。

隼人は自分でも気づいているがモテるのだ。自分ではモテなくてもいいと思っているぶん複雑ではあるのだけど。

おそらく、隼人の特別が優花であることは変わりはないし譲る気はない。

隼人も同じく優花だけを見ていたいと思っているのだろう。

それでも、優花は自分だけで隼人を独占できる自信がない。

優花はこう見えても自己評価が低く、自分じゃ隼人と釣り合わないと思っているのだ。特に同性から見ても魅力的な鈴や雫も、おそらく隼人のことを気にしている。

世間からみたら優花も十分美人の分類に入る。それにしっかりしていて、洗濯、料理、掃除など家事も完璧にこなすことができ、さらに優しい。普通のクラスでは明らかに男子の人気者であるだろう。しかし、隼人達のクラスには雫や鈴、香織という、さらに一段上がいるのだ。不安を覚えても仕方ない。

それに優花はシアも友達だと思っている。一途で家族のために涙を流す。隼人といっしょに心が動かされた一人なのだ。そして一歳年下ということもあり、どこかほっとけない妹みたいに思っていたのだ。

だから複雑だけどシアならいいと思っていた。

 

「よっ、二人共、勝負とやらは終わったのか?それと隼人と優花はお疲れ様」

 

とハジメがやってくるとすぐにシアが起き上がる。

 

「ハジメさん、私をあなたの旅に連れて行って下さい。お願いします!」

「断る」

「即答!?」

 


まさか今の雰囲気で、悩む素振りも見せず即行で断られるとは思っていなかったシアは、驚愕の面持ちで目を見開いた。その瞳には、「いきなり何言ってんだ、こいつ?」という残念な人を見る目でシアを見つめるハジメの姿が映っている。

 

 シアは憤慨した。もうちょっと真剣に取り合ってくれてもいいでしょ! と。

 

「ひ、酷いですよ、ハジメさん。こんなに真剣に頼み込んでいるのに、それをあっさり……」

「いや、こんなにって言われても知らんがな。大体、カム達どうすんだよ? まさか、全員連れて行くって意味じゃないだろうな?」

「ち、違いますよ! 今のは私だけの話です! 父様達には修行が始まる前に話をしました。一族の迷惑になるからってだけじゃ認めないけど……その……」

「その? なんだ?」

 

何やら急にモジモジし始めるシア。指先をツンツンしながら頬を染めて隼人をチラチラと見る。あざとい。実にあざとい仕草だ。ハジメが不審者を見る目でシアを見る。

 

「その……私自身が、付いて行きたいと本気で思っているなら構わないって……」

「はぁ? 何で付いて来たいんだ? 今なら一族の迷惑にもならないだろ?それだけの実力があれば大抵の敵はどうとでもなるだろうし」

「で、ですからぁ、それは、そのぉ……」

「……」

モジモジしたまま中々答えないシアにいい加減我慢の限界だと、ハジメはドンナーを抜きかける。それを察したのかどうかは分からないが、シアが女は度胸! と言わんばかりに声を張り上げた。思いの丈を乗せて。

「隼人さんの傍に居たいからですぅ! しゅきなのでぇ!」

「……は?あぁ、なるほど」

「おいこら、どんな反応だよ」

 

我関せずというハジメに俺は軽くどつく

 

「ところでどんなところが好きなんだ?」

「状況が全く関係ないとは言いません。窮地を何度も救われて、同じ体質で……長老方に啖呵切って私との約束を守ってくれたときは本当に嬉しかったですし……それに私のことを魅力的な女って言ってくれましたし」

「……そういえば言ったな」

 

隼人は少し俯いてしまう。それをジト目で返すハジメが呆れたようにする

 

「と、とにかくだ。お前がどう思っていようと連れて行くつもりはない」

「そんな!」

「あのなぁ、お前の気持ちは本当だとして、隼人には優花がいるって分かっているだろう? というか、よく本人目の前にして堂々と告白なんざ出来るよな……前から思っていたが、お前の一番の恐ろしさは身体強化云々より、その図太さなんじゃないか? お前の心臓って絶対アザンチウム製だと思うんだ」

「誰が、世界最高硬度の心臓の持ち主ですか! うぅ~、やっぱりこうなりましたか……ええ、わかってましたよ。ハジメさんのことです。一筋縄ではいかないと思ってました」

 

突然、フフフと怪しげに笑い出すシアに胡乱な眼差しを向けるハジメ。

「こんなこともあろうかと! 命懸けで外堀を埋めておいたのです! ささっ、ユエ先生! お願いします!」

「は? ユエ?」

「……あぅ」

 

逃げ場が塞がれつつ追い詰められている

ユエは、やはり苦虫を百匹くらい噛み潰したような表情で、心底不本意そうにハジメに告げた。

 


「……………………………………ハジメ、連れて行こう」

「いやいやいや、なにその間。明らかに嫌そう……もしかして勝負の賭けって……」

「……無念」

「ついでに優花さんにも許可をもらっています」

「……まぁ頑張ったからね」

「なんでお前が許可してるんだよ!!」

 

明らかに逃げ場をなくした隼人。ハジメは、ガリガリと頭を掻いた。別に、ユエが渋々とはいえ認めたからといって、シアを連れて行かなければならない理由はない。結局のところ、ハジメの気持ち次第なのだから。

 

 ユエは、不本意そうではあるが仕方ないという様に肩を竦めている。この十日間のシアの頑張りを誰よりも近くで見ていたからこそ、そして、その上で自分が課した障碍を打ち破ったからこそ、旅の同行は認めるつもりのようだ。元々、シアに対しては、隼人と優花がシアにつきっきりになっていて話す機会が少なくなって軽くいじけていたのだ。隼人や優花の事を抜きにすれば、其処まで嫌いというわけではないという事もあるのだろう。

 一方、シアの方は、ユエに頼んだときの得意顔が一転し不安そうでありながら覚悟を決めたという表情だ。シアとしては、まさに人事を尽くして天命を待つ状態なのだろう。

 

「隼人次第だな、俺はいい」

 

すると隼人の方に視線を向けられる

シアも、ユエもまぁそうだろうと全員が隼人の方を向いた。

 

「……はぁ、俺にとっての特別は優花だ。だから付いてきても気持ちには答えてやれないぞ?」

「知らないんですか? 未来は絶対じゃあないんですよ?」


それは、未来を垣間見れるシアだからこその言葉。未来は覚悟と行動で変えられると信じている。

 

「それに迷宮攻略だって神と戦うことになるかもしれない、命が何個あっても足りないぞ」

「化物でよかったです、御蔭で貴方について行けます」

「俺たちの望みは故郷に帰ることだぞ。もう家族とは会えないかもしれない?」

「話し合いました。〝それでも〟です。父様達もわかってくれました」

 

そんなシアを見て、さすがにこれは折れるしかない。

あ〜これは負けだな、完敗だ。

 

「たく、勝手にしろ」

 

とぶっきらぼうに俺が答える、溜息をつきながら事実上の敗北宣言をした。

 樹海の中に一つの歓声が響く。その様子に、隼人は、これからは少し女性への態度を改めようと決心したが3日も保たなかったことは言うまでもないだろう。



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ハウリア?

 

「えへへ、うへへへ、くふふふ~」

 

 同行を許されて上機嫌のシアは、奇怪な笑い声を発しながら緩みっぱなしの頬に両手を当ててクネクネと身を捩らせてた。

 

「きめぇ」

「……確かにキモい」

 

隼人がポツリと呟く、それに同意するユエ。

 

「……ちょっ、キモイって何ですか! キモイって! 嬉しいんだからしょうがないじゃないですかぁ。何せ、隼人さんがデレたんですよ? 見ました? 最後の表情。私、思わず胸がキュンとなりましたよ~、これは私にメロメロになる日も遠くないですねぇ~」

「……」

 

無言で宝物庫からガンランスを取り出す隼人、するとゾッとしたような顔をシアが優花の後ろに隠れる。

 

「あ、あの?それは?」

「俺のメイン武器だよ。これでシアの頭をぶん殴ったら少しはその残念な頭が治るんじゃないかと思ってな。」

「…ちょ!さすがに死にますって優花さ〜ん」

「隼人落ち着いて。さすがに私も今のは思うことがあるのだけど」

「優花さん!?」

「「……ウザウサギ」」

「んなっ!? 何ですかウザウサギって! いい加減名前で呼んでくださいよぉ~、旅の仲間ですよぉ~、まさか、この先もまともに名前を呼ぶつもりがないとかじゃあないですよね? ねっ?」

「「……」」

「何で黙るんですかっ? ちょっと、目を逸らさないで下さいぃ~。ほらほらっ、シアですよ、シ・ア、りぴーとあふたみー、シ・ア」

 

 

必死に名前を呼ばせようと奮闘するシアを尻目に今後の予定について話し合いを始めるハジメとユエ。それに「無視しないでぇ~、仲間はずれは嫌ですぅ~」と涙目で縋り付くシア。

 

「……なんというかやっぱり残念だな」

「隼人、それは女の子に言ったらダメだと思うよ」

 

隼人が呆れたようにしているとシアが文句を言おうとした時だった。霧をかき分けて数人のハウリア族が、ハジメに課された課題をクリアしたようで魔物の討伐を証明する部位を片手に戻ってきた。よく見れば、その内の一人はカムだ。

 

シアは久しぶりに再会した家族に頬を綻ばせる。本格的に修行が始まる前、気持ちを打ち明けたときを最後に会っていなかったのだ。

 

「……ねぇ?隼人何かおかしくない?」

「ん?」

 

優花の言葉に隼人も気づく。そういえば騒がしかったハウリア族がこんなに静かでいること自体がおかしい。

 

 早速父親であるカムに話しかけようとするシア。報告したいことが山ほどあるのだ、しかし、シアは話しかける寸前で発しようとした言葉を呑み込んだ。カム達が発する雰囲気が何だかおかしいことに気がついたからだ。

 歩み寄ってきたカムはシアを一瞥すると僅かに笑みを浮かべただけで、直ぐに視線をハジメに戻した。そして……

 

「ボス。お題の魔物、きっちり狩って来やしたぜ?」

「ボ、ボス?と、父様? 何だか口調が……というか雰囲気が……」

 

 父親の言動に戸惑いの声を発するシアをさらりと無視して、カム達は、この樹海に生息する魔物の中でも上位に位置する魔物の牙やら爪やらをバラバラと取り出した。

 

「……俺は一体でいいと言ったと思うんだが……」
「ええ、そうなんですがね? 殺っている途中でお仲間がわらわら出てきやして……生意気にも殺意を向けてきやがったので丁重にお出迎えしてやったんですよ。なぁ? みんな?」

「そうなんですよ、ボス。こいつら魔物の分際で生意気な奴らでした」

「きっちり落とし前はつけましたよ。一体たりとも逃してませんぜ?」

「ウザイ奴らだったけど……いい声で鳴いたわね、ふふ」

「見せしめに晒しとけばよかったか……」

「まぁ、バラバラに刻んでやったんだ、それで良しとしとこうぜ?」

 

……えっと、どういうことだ?

 

理解が追いつかず俺と優花は顔を見合わせる。お互いに訳がわからないよと言いたげな表情だ。

 それを呆然と見ていたシアは一言、


「……誰?」

 

 

 

「ど、どういうことですか!? ハジメさん! 父様達に一体何がっ!?」

「お、落ち着け! ど、どういうことも何も……訓練の賜物だ……」

「いやいや、何をどうすればこんな有様になるんですかっ!? 完全に別人じゃないですかっ! ちょっと、目を逸らさないで下さい! こっち見て!」

「……別に、大して変わってないだろ?」

「貴方の目は節穴ですかっ! 見て下さい。彼なんて、さっきからナイフを見つめたままウットリしているじゃないですか! あっ、今、ナイフに〝ジュリア〟って呼びかけた! ナイフに名前つけて愛でてますよっ! 普通に怖いですぅ~」

 

さすがにこればっかりは同情してしまう、どうしてこうなったと言いたがったが隼人はグッと堪え聞いた。

 

「あの〜カムさんなんですよね?」

「どうした?疾風の料理人殿」

「本当にどうした!!」

 

隼人は頭を押さえ、優花は言葉がでないのか口をぱっくり開けている。

 

「父様! みんな! 一体何があったのです!? まるで別人ではないですか! さっきから口を開けば恐ろしいことばかり……正気に戻って下さい!」

 縋り付かんばかりのシアにカムはギラついた表情を緩め、前の温厚そうな表情に戻った。それに少し安心するシア。

 

だが…

 

「何を言っているんだシア? 私達は正気だ。ただ、この世の真理に目覚めただけさ、ボスのおかげでな」

「し、真理? 何ですか、それは?」

 

 嫌な予感に頬を引き攣らせながら尋ねるシアに、カムはにっこりと微笑むと胸を張って自信に満ちた様子で宣言した。

 

「この世の問題の九割は暴力で解決できる」

「やっぱり別人ですぅ~! 優しかった父様はもう死んでしまったんですぅ~、うわぁ~ん、はやとさ〜ん」

「……あ〜うん、大丈夫か?」

「うん、後からハジメにちゃんとお説教するから。元気だして」

 

さすがにかわいそうになってきて抱き寄せ頭を撫でてやる。優花も同じようにシアの頭を撫でている。

すると少年はスタスタとハジメの前まで歩み寄ると、ビシッと惚れ惚れするような敬礼をしてみせた。

 

「ボス! 手ぶらで失礼します! 報告と上申したいことがあります! 発言の許可を!」

「お、おう? 何だ?」

 

 少年の歴戦の軍人もかくやという雰囲気に、今更ながら、シアの言う通り少しやり過ぎたかもしれないと若干どもるハジメ。少年はお構いなしに報告を続ける。

 

「はっ! 課題の魔物を追跡中、完全武装した熊人族と土人族の集団を発見しました。場所は、大樹へのルート。おそらく我々に対する待ち伏せかと愚考します!」

「あ~、やっぱ来たか。直ぐに来るかと思ったが……なるほど、どうせなら目的を目の前にして叩き潰そうって腹か。なかなかどうして、いい性格してるじゃねぇの……で?」

「はっ! 宜しければ、奴らの相手は我らハウリアにお任せ願えませんでしょうか!」

「う~ん、カムはどうだ? こいつはこう言ってるけど?」

 

話を振られたカムは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると願ってもないと言わんばかりに頷いた。

 

「お任せ頂けるのなら是非。我らの力、奴らに何処まで通じるか……試してみたく思います。な~に、そうそう無様は見せやしませんよ」

 

 族長の言葉に周囲のハウリア族が、全員同じように好戦的な表情を浮かべる。自分の武器の名前を呼んで愛でる奴が心なし増えたような気もする。シアの表情は絶望に染まっていく。

 

「……出来るんだな?」

「肯定であります!」

 

 最後の確認をするハジメに元気よく返事をしたのは少年だ。ハジメは、一度、瞑目し深呼吸すると、カッと目を見開いた。

 

「聞け! ハウリア族諸君! 勇猛果敢な戦士諸君! 今日を以て、お前達は糞蛆虫を卒業する! お前達はもう淘汰されるだけの無価値な存在ではない! 力を以て理不尽を粉砕し、知恵を以て敵意を捩じ伏せる最高の戦士だ! 私怨に駆られ状況判断も出来ない〝ピッー〟な熊共にそれを教えてやれ! 奴らはもはや唯の踏み台に過ぎん! 唯の〝ピッー〟野郎どもだ! 奴らの屍山血河を築き、その上に証を立ててやれ! 生誕の証だ! ハウリア族が生まれ変わった事をこの樹海の全てに証明してやれ!」

「「「「「「「「「「Sir、yes、sir!!」」」」」」」」」」

「答えろ諸君! 最強最高の戦士諸君! お前達の望みはなんだ!」

「「「「「「「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」」」」」」」

「お前達の特技は何だ!」

「「「「「「「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」」」」」」」

「敵はどうする!」

「「「「「「「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」」」」」」」

「そうだ! 殺せ! お前達にはそれが出来る! 自らの手で生存の権利を獲得しろ!」

「「「「「「「「「「Aye、aye、Sir!!」」」」」」」」」

「いい気迫だ! ハウリア族諸君! 俺からの命令は唯一つ! サーチ&デストロイ! 行け!!」

「「「「「「「「「「YAHAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」」」」」」」」」」

「うわぁ~ん、やっぱり私の家族はみんな死んでしまったですぅ~」

「ハジメ、あなた闇魔法も使わず洗脳したの?」

 

優花の言う通りだと思った。さすがにこれは洗脳だと思われてもしかたがない。

ハジメの号令に凄まじい気迫を以て返し、霧の中へ消えていくハウリア族達。温厚で平和的、争いが何より苦手……そんな種族いたっけ? と言わんばかりだ。変わり果てた家族を再度目の当たりにし、崩れ落ちるシアの泣き声が虚しく樹海に木霊する、流石に見かねたのか隼人、優花、ユエがポンポンとシアの頭を慰めるように撫でている。

しくしく、めそめそと泣くシアの隣を少年が駆け抜けようとして、シアは咄嗟に呼び止めた。

 

「パルくん! 待って下さい! ほ、ほら、ここに綺麗なお花さんがありますよ? 君まで行かなくても……お姉ちゃんとここで待っていませんか? ね? そうしましょ?」

 

 どうやらまだ幼い少年だけでも元の道に連れ戻そうとしているらしい。傍に咲いている綺麗な花を指差して必死に説得している。

 シアの呼び掛けに律儀に立ち止まったお花の少年もといパル少年は、「ふぅ~」と息を吐くとやれやれだぜと言わんばかりに肩を竦めた。まるで、欧米人のようなオーバーリアクションだ。

 

「姐御、あんまり古傷を抉らねぇでくだせぇ。俺は既に過去を捨てた身、花を愛でるような軟弱な心はもう持ち合わせちゃいません」

「ふ、古傷? 過去を捨てた? えっと、よくわかりませんが、もうお花は好きじゃなくなったんですか?」

「ええ、過去と一緒に捨てちまいましたよ、そんな気持ちは」

「そんな、あんなに大好きだったのに……」

「ふっ、若さゆえの過ちってやつでさぁ」

 

ついでにこの少年は今年十一歳とのことだ。

 

「それより姐御」

「な、何ですか?」

 

 〝シアお姉ちゃん! シアお姉ちゃん〟と慕ってくれて、時々お花を摘んで来たりもしてくれた少年の変わりように、意識が自然と現実逃避を始めそうになるシア。パル少年の呼び掛けに辛うじて返答する。しかし、それは更なる追撃の合図でしかなかった。

 

「俺は過去と一緒に前の軟弱な名前も捨てました。今はバルトフェルドです。〝必滅のバルトフェルド〟これからはそう呼んでくだせぇ」

「誰!? バルトフェルドってどっから出てきたのです!? ていうか必滅ってなに!?」

「おっと、すいやせん。仲間が待ってるのでもう行きます。では!」

「あ、こらっ! 何が〝ではっ!〟ですか! まだ、話は終わって、って早っ! 待って! 待ってくださいぃ~」

「……これはひどい」

 

 

さすがに隼人はかわいそうすぎてシアを抱きしめる。わんわん泣くシアを抱きしめて慰めている間ハジメの方をジト目で見ると目をそらしていたのだが優花に捕まり正座で説教を受けていた。

しばらくの間優花の叱る声とシアのすすり泣く音だけが響いていた。

 



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ハジメの失敗

新年明けましておめでとうございます。
本年も孤独のバカをよろしくお願いします

ってわけなんですけどここら辺は変更点はないのでさらさらいきます。
おそらく次は雫達サイドになると思います
ネタバレになるとは思いますけど香織の成長がすごいです


明らかに動きが違うハウリア族と熊人族と土人族、戦場で隼人達は黙って戦闘をみていた。

 

「暗殺術だな。気配感知と気配遮断を使った戦い方をしろと言ったのは確かに俺だけど、あれ完全に目がいっているんだけど」

「……怖い」

「ハジメ、少しやりすぎだよ。完全に堕ちる寸前だよ」

「悪い、さすがにやりすぎた」

 

と隼人達の一斉非難による集中砲火によりさすがに悪いと思ったのだろう、いつもよりも低い姿勢のハジメがいた。

 

「ん、まぁ訓練の内容を聞いてたらまぁ確かにハウリアも悪いところはあるし、俺たちは書物庫にこもりっぱなしだったから言えることではないんだけど」

 

「ちくしょう! 何なんだよ! 誰だよ、お前等!!」

「こんなの兎人族じゃないだろっ!」

「うわぁああ! 来るなっ! 来るなぁあ!」

 

大惨事だよなぁ、奇襲っていうのは見抜かれた時点でもはや負けである。

 

「どうした〝ピッー〟野郎共! この程度か! この根性なしが!」

「最強種が聞いて呆れるぞ! この〝ピッー〟共が! それでも〝ピッー〟付いてるのか!」

「さっさと武器を構えろ! 貴様ら足腰の弱った〝ピッー〟か!」

 

どうするんだよこれ。

隼人は少し考えすぐに決断する

 

「シア、お前が止めろ」

「えっ?」

「家族の言葉が一番効きやすいだろ?生憎俺たちはよそもんだ。俺たちが鍛えても殺すのを楽しむのはダメだろう。同じ体験をしていたお前が一番止めやすいだろ」

「……」

 

シアは小さく頷く、おそらくわかっているってことだろう。

 

「んじゃ俺たちは土人族の逃げ場を防ぐから」

「了解、俺らは熊人族をやる」

 

隼人たちはそうやって動き始めようとした時。シアが後ろに背負ってあった大槌を振るい落とした。

 

「いい加減にしなさぁ~い!!!」

「「「「は?」」」」

 

 

 思わず間抜けな声を出してしまうレギン。だが、無理もないだろう。何せ、死を覚悟した直後、青白い髪を靡かせたウサミミ少女が、巨大な鉄槌と共に天より降ってきた挙句、地面に槌を叩きつけ、その際に発生した衝撃波で飛んでくる矢や石をまとめて吹き飛ばしたのだから。目が点になるとはこのことだ。周りの熊人族もポカンとしている。

 

「シア、何のつもりか知らんが、そこを退きなさい。後ろの奴等を殺せないだろう?」

「いいえ、退きません。これ以上はダメです!」

 

 シアの言葉に、カム達の目が細められる。

 

「ダメ? まさかシア、我らの敵に与するつもりか? 返答によっては……」

「いえ、この人達は別に死んでも構わないです」

「「「「いいのかよっ!?」」」」

「当たり前です。殺意を向けて来る相手に手心を加えるなんて心構えでは、ユエさんの特訓には耐えられません。私だって、もう甘い考えは持っていませんよ」

「ふむ、では何故止めたのだ?」

 

カムが尋ねる。ハウリア族達も怪訝な表情だ。

「そんなの決まってます! 父様達が、壊れてしまうからです! 堕ちてしまうからです!」

「壊れる? 堕ちる?」

 

 訳がわからないという表情のカムにシアは言葉を重ねる。

 

「そうです! 思い出して下さい。ハジメさんは敵に容赦しませんし、問答無用だし、無慈悲ではありますが、魔物でも人でも殺しを楽しんだことはなかったはずです! 訓練でも、敵は殺せと言われても楽しめとは言われなかったはずです!」

「い、いや、我らは楽しんでなど……」

「今、父様達がどんな顔しているかわかりますか?」

「顔? いや、どんなと言われても……」

「……まるで、私達を襲ってきた帝国兵みたいです」

「ッ!?」

 

すると全員が頭をガツンと叩かれたようにしている。

そして目線にはこの隙逃げようとしている熊人族と土人族がいたところを蒼天の魔法が目の前の大地を焼け野原と為す

 

「なにドサクサに紛れて逃げ出そうとしてんだ? 話が終わるまで正座でもしとけ」

「どこに行く気だ?」

 

遠回りしていた隼人とハジメ、優花とユエがいた。

 

二人の言葉を受けても尚、逃げ出そうと油断なく周囲の様子を確認している熊人族に、ハジメは〝威圧〟を仕掛けて黙らせた。ガクブルしている彼等を尻目に、シア達の方へ歩み寄る隼人達。

 

ハジメはカム達を見ると、若干、気まずそうに視線を彷徨わせ、しかし直ぐに観念したようにカム達に向き合うと謝罪の言葉を口にした。

 

「あ~、まぁ、何だ、悪かったな。自分が平気だったもんで、すっかり殺人の衝撃ってのを失念してた。俺のミスだ。うん、ホントすまん」

 

 ポカンと口を開けて目を点にするシアとカム達。まさか素直に謝罪の言葉を口にするとは予想外にも程があった。

 

「ボ、ボス!? 正気ですか!? 頭打ったんじゃ!?」

「メディーック! メディーーク! 重傷者一名!」

「ボス! しっかりして下さい!」

 

 故にこういう反応になる。青筋を浮かべ、口元をヒクヒクさせるハジメ。

 

今回のことは、ハジメ自身、本心から自分のミスだと思っていた。自分が殺人に特になんの感慨も抱かなかったことから、その精神的衝動というものに意識が及ばなかったのだ。いくらハジメが強くなったとはいえ、教導の経験などあるはずもなく、その結果、危うくハウリア族達の精神を壊してしまうところだった。流石にまずかったと思い、だからこそ謝罪の言葉を口にしたというのに……帰ってきた反応は正気を疑われるというものだった。ハジメとしてはキレるべきか、日頃の態度を振り返るべきか若干迷うところである。

 

「日頃の態度を見直せよ」

 

隼人の言葉は余計だったが、

ハジメは取り敢えずこの件は脇に置いておいて、レギンのもとへ歩み寄ると、その額にドンナーの銃口をゴリッと押し当てた。

「さて、潔く死ぬのと、生き恥晒しても生き残るのとどっちがいい?」

 

 ハジメの言葉に、熊人族や土人族よりもむしろハウリア族が驚きの目を向ける。今のセリフでは場合によっては熊人族を見逃してもいいと聞こえるからだ。敵対者に遠慮も容赦もしないハジメにあるまじき提案だ。カム達は「やはり頭を……」と悲痛そうな目でハジメを見ている。ハジメの額に青筋が増えるが、話が進まないので取り敢えずスルーする。

 

レギンも意外そうな表情でハジメを見返した。ハウリア族をここまで豹変させたのは間違いなく眼前の男だと確信していたので、その男が情けをかけるとは思えなかったのだ。

 

「……どういう意味だ。我らを生かして帰すというのか?」

「ああ、望むなら帰っていいぞ? 但し、条件があるがな」

「条件?」

 

 あっさり帰っていいと言われ、レギンのみならず周囲の者達が一斉にざわめく。後ろで「頭を殴れば未だ間に合うのでは……」とシアが割かしマジな表情で自分の大槌とハジメの頭部を交互に見やり、カム達が賛同している声が聞こえる。

そろそろ、マジでキツイ仕置が必要かもしれないと更に青筋を増やすハジメ。しかし、頑張ってスルーする。

 

「ああ、条件だ。土人族と熊人族の長に帰ったらこう言え」

「……伝言か?」

 

条件と言われて何を言われるのかと戦々恐々としていたのに、ただのメッセンジャーだったことに拍子抜けするレギン。しかし、言伝の内容に凍りついた。

 

「〝貸一つ〟」

「……ッ!? それはっ!」

「で? どうする? 引き受けるか?」

 

言伝の意味を察して、思わず怒鳴りそうになるレギン。ハジメはどこ吹く風でレギンの選択を待っている。〝貸一つ〟それは、襲撃者達の命を救うことの見返りに何時か借りを返せということだ。

客観的に見ればジンの場合もレギンの場合も、一方的に仕掛けておいて返り討ちにあっただけであり、その上、命は見逃してもらったということになるので長老会議の威信にかけて無下にはできないだろう。無視してしまえば唯の無法者だ。それに、今度こそハジメたちが牙を向くかもしれない。

つまり、レギン達が生き残るということは、自国に不利な要素を持ち帰るということでもあるのだ。長老会議の決定を無視した挙句、負債を背負わせる、しかも最強種と豪語しておきながら半数以上を討ち取られての帰還……ハジメの言う通りまさに生き恥だ。

表情を歪めるレギンにハジメが追い討ちをかける。

「それと、あんたの部下の死の責任はあんた自身にあることもしっかり周知しておけ。ハウリアに惨敗した事実と一緒にな」

「ぐっう」


ハジメが、このような条件を出して敵を見逃すのには理由がある。もちろん、慈悲などではない。神と戦う以上手駒は何個あっても使い道があるからだ

 

「五秒で決めろ。オーバーする毎に一人ずつ殺していく、〝判断は迅速に〟、基本だぞ?」

 

そう言ってイーチ、ニーと数え始めるハジメにレギンは慌てて、しかし意を決して返答する。

 

「わ、わかった。我らは帰還を望む!」

「そうかい。じゃあ、さっさと帰れ。伝言はしっかりな。もし、取立てに行ったとき惚けでもしたら……」

「その時はてめえらの最後だと思えよ。」

 

どこからどう見ても、タチの悪い借金取り、いやテロリストの類にしか見えなかった。後ろから、「あぁ~よかった。何時ものハジメさんですぅ」とか「ボスが正気に戻られたぞ!」とか妙に安堵の混じった声が聞こえるが、取り敢えずスルーだ。せっかく作った雰囲気がぶち壊しになってしまう。もっとも、キツイお仕置きは確定だと思うが。

霧の向こうへ熊人族達が消えていった。それを見届け、ハジメはくるりとシアやカム達の方を向く。もっとも、俯いていて表情は見えない。なんだか異様な雰囲気だ。カム達は、狂気に堕ちてしまった未熟を恥じてハジメに色々話しかけるのに夢中で、その雰囲気に気がついていない。シアだけが、「あれ? ヤバクないですか?」と冷や汗を流している。

ハジメがユラリと揺れながら顔を上げた。その表情は満面の笑みだ。だが、細められた眼の奥は全く笑っていなかった。ようやく、何だかハジメの様子がおかしいと感じたカムが恐る恐る声をかける

 

「ボ、ボス?」

「うん、ホントにな? 今回は俺の失敗だと思っているんだ。短期間である程度仕上げるためとは言え、歯止めは考えておくべきだった」

「い、いえ、そのような……我々が未熟で……」

「いやいや、いいんだよ? 俺自身が認めているんだから。だから、だからさ、素直に謝ったというのに……随分な反応だな? いや、わかってる。日頃の態度がそうさせたのだと……しかし、しかしだ……このやり場のない気持ち、発散せずにはいれないんだ……わかるだろ?」

「い、いえ。我らにはちょっと……」

 

 カムも「あっ、これヤバイ。キレていらっしゃる」と冷や汗を滝のように流しながら、ジリジリと後退る。ハウリアの何人かが訓練を思い出したのか、既にガクブルしながら泣きべそを掻いていた。とその時、「今ですぅ!」と、シアが一瞬の隙をついて踵を返し逃亡を図った。傍にいた男のハウリアを盾にすることも忘れない。

 

しかし……

 

ドパンッ!!

 

一発の銃弾が男の股下を通り、地面にせり出していた樹の根に跳弾してシアのお尻に突き刺さった。

 

「はきゅん!」

 

 ハジメの銃技の一つ〝多角撃ち〟である。それで、シアのケツを狙い撃ったのだ。無駄に洗練された無駄のない無駄な銃技だった。銃撃の衝撃に悲鳴を上げながらピョンと跳ねて地面に倒れるシア。お尻を突き出した格好だ。シュウーとお尻から煙が上がっている。シアは痛みにビクンビクンしている。

痙攣するシアの様子とハジメの銃技に戦慄の表情を浮かべるカム達。股通しをされた男が股間を両手で抑えて涙目になっている。銃弾の発する衝撃波が、股間をこう、ふわっと撫でたのだ

何事もなかったようにドンナーをホルスターにしまったハジメは、笑顔を般若に変えた。そして、怒声と共に飛び出した。

 

「取り敢えず、全員一発殴らせろ!」

 

わぁああああーー!!


ハウリア達が蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出す。一人も逃がさんと後を追うハジメ。しばらくの間、樹海の中に悲鳴と怒号が響き渡った。

後に残ったのは、ケツから煙を出しているシアと、

「……何時になったら大樹に行くの?」

「まぁ、あいつらが悪い」

「ストレス発散だと思うし思いっきりやらせましょう」

 

と蚊帳の外の隼人達だった。



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街へ

 深い霧の中、ハジメ達一行は大樹に向かって歩みを進めていた。先頭をカムに任せ、これも訓練とハウリア達は周囲に散らばって索敵をしている。油断大敵を骨身に刻まれているので、全員、その表情は真剣そのものである。もっとも、全員がコブか青あざを作っているので何とも締りがないが……

 

「うぅ~、まだヒリヒリしますぅ~」

 

 泣き言を言いながらお尻をスリスリとさすっているのはシアだ。先程から恨みがましい視線をハジメに向けている。

 

「そんな目で見るなよ、鬱陶しい」

「鬱陶しいって、あんまりですよぉ。女の子のお尻を銃撃するなんて非常識にも程がありますよ。しかも、あんな無駄に高い技術まで使って」

「そういう、お前こそ、割かし本気で俺の頭ぶっ叩く気だったろうが。しかも、逃げるとき隣にいたヤツを盾にするとか……人のこと言えないだろう」


少し離れたところにいる男のハウリアが、うんうんと頷いている。


「うっ、ユエさんの教育の賜物です……」

「……シアはワシが育てた」

「……つっこまないからな」

「突っ込まないんだ」

 

自慢げに、褒めて? とでも言うようにハジメを見るユエ。ハジメは、鍛えられたスルースキルを駆使して視線を逸らす。

和気あいあいと雑談しながら進むこと十五分。一行は遂に大樹の下へたどり着いた。

大樹を見たハジメの第一声は、

 

「……なんだこりゃ」

 

 という驚き半分、疑問半分といった感じのものだった。ユエも、予想が外れたのか微妙な表情だ。二人は、大樹についてフェアベルゲンで見た木々のスケールが大きいバージョンを想像していたのである。


 しかし、実際の大樹は……見事に枯れていたのだ。

 

 大きさに関しては想像通り途轍もない。直径は目算では測りづらいほど大きいが直径五十メートルはあるのではないだろうか。明らかに周囲の木々とは異なり異様だ。周りの木々が青々とした葉を盛大に広げているのにもかかわらず、大樹だけが枯れ木となっているのである。

 

「大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れていたらしいぞ。でも朽ちることはない。枯れたまま変化なく、ずっとあるらしい。周囲の霧の性質と大樹の枯れながらも朽ちないという点からいつしか神聖視されるようになった。まぁ、それだけなので、言ってみれば観光名所みたいなものらしいが……」

 

隼人が簡単に告げるとハジメ達は大樹の根元まで歩み寄った。そこには、アルフレリックが言っていた通り石板が建てられていた。

 

「これは……オルクスの扉の……」

「……ん、同じ文様」

 石版には七角形とその頂点の位置に七つの文様が刻まれていた。オルクスの部屋の扉に刻まれていたものと全く同じものだ。ハジメは確認のため、オルクスの指輪を取り出す。指輪の文様と石版に刻まれた文様の一つはやはり同じものだった。

 

「やっぱり、ここが大迷宮の入口みたいだな……だが……こっからどうすりゃいいんだ?」

「それが本に書いてあったことには」

 

隼人がオルクスの指輪を小さな窪みに入れる。

 すると……石板が淡く輝きだした。

 何事かと、周囲を見張っていたハウリア族も集まってきた。しばらく、輝く石板を見ていると、次第に光が収まり、代わりに何やら文字が浮き出始める。そこにはこう書かれていた。

〝四つの証〟

〝再生の力〟

〝紡がれた絆の道標〟

〝全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう〟

「……どういう意味だ?」

「……四つの証は……たぶん、他の迷宮の証?」

「……再生の力と紡がれた絆の道標は?」

 

頭を捻るハジメにシアが答える。

 

「う~ん、紡がれた絆の道標は、あれじゃないですか? 亜人の案内人を得られるかどうか。亜人は基本的に樹海から出ませんし、隼人さん達みたいに、亜人に樹海を案内して貰える事なんて例外中の例外ですし」

「……なるほど。それっぽいな」

「……あとは再生……私?」

「違う。どうやら再生に関する神代魔法があるらしいわ」

 ユエが自分の固有魔法〝自動再生〟を連想し自分を指差す。しかし優花が調べた文献から再生魔法と思われる神代魔法のことが書かれていたのだ。

 

 

「……ん~、枯れ木に……再生の力……最低四つの証……もしかして、四つの証、つまり七大迷宮の半分を攻略した上で、再生に関する神代魔法を手に入れて来いってことじゃないか?」

 

 目の前の枯れている樹を再生する必要があるのでは? と推測するハジメ。ユエも、そうかもと納得顔をする。

「ってことで。今すぐ攻略は無理ってことだ。一応見ておきたかったからな」

「まぁ仕方ないか」

「……ん」

 

 ここまで来て後回しにしなければならないことに歯噛みするハジメ。ユエも残念そうだ。しかし、大迷宮への入り方が見当もつかない以上、ぐだぐだと悩んでいても仕方ない。気持ちを切り替えて先に三つの証を手に入れることにする。ハジメはハウリア族に集合をかけた。

 

「いま聞いた通り、俺達は、先に他の大迷宮の攻略を目指すことする。大樹の下へ案内するまで守るという約束もこれで完了した。お前達なら、もうフェアベルゲンの庇護がなくても、この樹海で十分に生きていけるだろう。そういうわけで、ここでお別れだ」

 

そして、チラリとシアを見る。その瞳には、別れの言葉を残すなら、今しておけという意図が含まれているのをシアは正確に読み取った。いずれ戻ってくるとしても、三つもの大迷宮の攻略となれば、それなりに時間がかかるだろう。当分は家族とも会えなくなる。

 シアは頷き、カム達に話しかけようと一歩前に出た。

 

「とうさ「ボス! お話があります!」……あれぇ、父様? 今は私のターンでは…」

「ついでについてくるのはダメだな」

「なぜです!?」

 

隼人がハウリアの思考の先を読み告げる。するとハウリア族が反論をしようとした時に

隼人の放った氷の刃がハウリア族一人一人の首筋に刃を当てられていた。全員が動きを止める中隼人が苦笑したように言った

 

「言ったろ。俺たちの狙いは大迷宮の攻略だ。遠足じゃなく命がけの争いなんだよ。悪いけどこれくらい反応できなきゃ来たところで全員死ぬぞ」

 

笑いながら言うがその声はとても冷酷だった。隼人の本気の攻撃。それはハジメたちでさえ反応ができるのが精一杯の殺意がこもった攻撃だった。

 

するとハウリアは全員動けない。するとハジメもあぁという。

 

「お前等はここで鍛錬してろ。次に樹海に来た時に、使えるようだったら部下として考えなくもない」

「……そのお言葉に偽りはありませんか?」

「ないない」

「嘘だったら、人間族の町の中心でボスの名前を連呼しつつ、新興宗教の教祖のごとく祭り上げますからな?」

「お、お前等、タチ悪いな……」

「そりゃ、ボスの部下を自負してますから」

 

とても逞しくなった部下達? に頬を引きつらせるハジメ。ユエがぽんぽんと慰めるようにハジメの腕を叩く。ハジメは溜息を吐きながら、次に樹海に戻った時が面倒そうだと天を仰ぐのだった。

 

 

スポーツカーにのった俺たちはハジメの運転の元、教えてもらった街へと向かっていた。

 

「隼人さん。そう言えば聞いていませんでしたが目的地は何処ですか?」

「言ってなかった?」

「聞いてませんよ!」

「……私は知っている」

 

 得意気なユエに、むっと唸り抗議の声を上げるシア。

 

「わ、私だって仲間なんですから、そういうことは教えて下さいよ! コミュニケーションは大事ですよ!」

「あ〜悪い。すっかり忘れた。次の目的地はライセン大峡谷だぞ」

「ライセン大峡谷?」

「えぇ、ライセンも七大迷宮があると言われているからね。シュネー雪原は魔人国の領土だから面倒な事になりそうだし、取り敢えず大火山を目指すのがベターなんだけど、どうせ西大陸に行くなら東西に伸びるライセンを通りながら行けば、途中で迷宮が見つかるかもしれないだろ?ってハジメが言っていたのよ」

「まぁ一々戻ってくるのは俺もめんどくさいしな」

「つ、ついででライセン大峡谷を渡るのですか……」

 

思わず、頬が引き攣るシア。その笑みに苦笑する隼人

 

「大丈夫だって。身体強化はシアにとって得意な戦術だろ。俺もユエも優花もメインは魔法だからな。分解されないシアが一番有利なんだよ」

「隼人は身体強化使えるだろ?」

「俺は片目が見えないからな、どちらかというと盾役に徹する方がいい。正直義眼でも気配感知や魔力感知や鑑定の情報が異常なほど入ってくるからな」

「あ〜やっぱり神眼に慣れてないのね」

「書物を見てもなんとなく他の情報が入ってくるからな。慣れるまではまだ時間がかかりそうだし」

 

情報が脳内を巡っていく。気配遮断でも見抜く眼は多くの情報量を脳に与える。

 

「まぁ近接戦は盾役として頑張るさ。基本は後衛職だし」

「隼人さんの苦手な近接職なのに私より強いんですが」

「諦めろ。そいつはバグキャラだ」

「誰がバグキャラだ」

 

隼人自身はちょっとバグっているとは思っているが、それは置いといて。

 

「まぁステータスの隠蔽はしっかりしとけよ」

「ん、お前よく覚えているな」

「私は常にしてるから大丈夫よ」

「ハジメもしとけよ」

 

と隼人は忠告をすると了解と手を振るハジメに苦笑してしまう。

しかし未だ知らなかった、

隼人のせいで嫌にもなしで目立つことになることを。



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食神 隼人

 遠くに町が見える。周囲を堀と柵で囲まれた小規模な町だ。街道に面した場所に木製の門があり、その傍には小屋もある、おそらく門番の詰所だろう、小規模といっても門番を配置する程度の規模はあるようだ、それなりに、充実した買い物が出来そうだとハジメは頬を緩めたのだが。

 

「……隼人、目を輝かせすぎ」

 

とユエが隼人に突っ込む。

明らかに隼人のワクワクした子供みたいにテンションが上がっているのを優花とハジメは苦笑せざるを得なかった。席で前のめりに身を乗り出しているところはちょっと子供っぽく見える。

 

「だって、せっかく調味料や普通の料理を作れるようになるんだぞ。さすがに肉ばっかもなんだし、魚や野菜を使った料理とかパン粉を作って揚げ物だってできるようになるんだぞ」

「……まぁ私も少しこっちの世界の食材は少し見てみたいわね」

「……お前ら、少しは町並みとかそういうのには興味ないのかよ」

 

呆れたようなハジメだが

 

「んじゃ、ハジメには調味料は抜きでこれからも料理作るからな」

「すいません、食べたいです」

「素直でよろしい」

 

と食事にはハジメでも勝てなかったらしい。

 

「シアはごめんな、今はこうするしかないから」

「いえ、隼人さんが今度デートに連れて行ってくれるので」

 

シアの首にはめられている黒を基調とした首輪は、小さな水晶のようなものも目立たないが付けられている、かなりしっかりした作りのもので、直接魔力を加えないと外れないようになっているし、念話石と特定石も組み込んである。

奴隷でもない亜人族、それも愛玩用として人気の高い兎人族が普通に町を歩けるわけない、ましてやシアは白髪の兎人族で物珍しい上容姿もスタイルも抜群、誰かの奴隷だと示していなかったら町に入って十分も経たず目をつけられるだろう、後は絶え間無い人攫いの嵐にあうことはすでに分かっていたのだ。

隼人と優花は正直奴隷扱いするのはかなり気が引けた。シアが仲間になった以上はちゃんと対等に扱いたかったのだ。

そんな二人の優しさを知っているからこそシアは自ら奴隷のフリをすることを受け入れた。隼人にデートをしてもらうことを条件として頼むのはちゃっかりしていたのだが。

 

「ん、まぁそのくらいならな」

「はい。隼人さんとデート♪」

「……たく」

 

なんでそんなに俺がいいんだろうなと隼人は思ってしまう。

 

「てか優花が認めるって結構複雑なんだけど」

「私は別にいいわよ。隼人が女たらしなんて誰が見ても明らかだから、それに隼人はその性格直せないでしょ?」

「……そうだけどさ」

「隼人の誰にでも優しいところが好きになったんだから別に他の人が同じ理由で隼人を好きになってもおかしくはないでしょ?私だって少し他の女子に厳しくしてほしいとかもうちょっと二人きりの時間が欲しいって思ったりユエやハジメみたいに甘えたりしたいわよ」

 

優花だって女子だ。隼人が人気なのはわかるけどもう少し恋人らしいことをしたいと思っているし、隼人だって本当なら優花と一緒にデートをしたり、もう少し甘えたいと思っている。

 

「でも、隼人って優しいから多分親しい人が告白してきたら断れないと思うのよ。例えば雫が告白してきたら隼人は断ることできる?隼人だって気づいているんでしょ?雫の気持ち」

「……はぁ、だからか、お前が進んでハジメに二人と付き合えばっていったのは」

 

こいつ逃げ場を塞ぎやがったと隼人は小さく舌打ちをしてしまう。

 

「……雫も女の子って隼人は言っていたでしょ。だから隼人が思うように自分の言葉で返事してほしいの。私がいるからダメってことじゃなくてちゃんと理由があって振らないと納得がいかないのよ。シアのことも雫のこともちゃんと考えて気持ちに応えてあげて。もし、隼人が好きならこっちの世界じゃ重婚はできるでしょ?」

「ブッ!!」

 

隼人は軽く吹き出してしまう。

 

「あ、あんなぁ」

「……お願い、私にとったら雫もシアも同じ友達なの。鈴も恵里もね。だから」

「……」

 

はぁと隼人は小さくため息を吐く。

 

「たく、お前な、浮気推奨とか聞いたことないぞ」

「それならもう少し隼人が女性に厳しくなればいいんじゃないの?」

「無理だろ。そいつ俺たちにも普通に優しいし男女構わず人気があるからな、天之河よりもたちが悪い」

「……てか俺そんなに優しいか?そんなつもり全くないんだけどなぁ」

「本当に無自覚なんですね」

「しかもこいつは言ったらとことんやりきるからな、しかも友達を引き連れて」

「いつのまにか大事になるのも隼人だから」

「褒められてるきしねぇ〜そろそろ降りるぞ」

「……ん」

 

スポーツカーを宝物庫にいれ徒歩に切り替える隼人達。流石に、漆黒の車で乗り付けては大騒ぎになるだろう。

遂に町の門までたどり着いた。案の定、門の脇の小屋は門番の詰所だったらしく、武装した男が出てきた。格好は、革鎧に長剣を腰に身につけているだけで、兵士というより冒険者に見える。その冒険者風の男がハジメ達を呼び止めた。

 

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

 

規定通りの質問なのだろう。どことなくやる気なさげである。ハジメは、門番の質問に答えながらステータスプレートを取り出した。

 

「食料の補給がメインだ。旅の途中でな」

 

ふ~んと気のない声で相槌を打ちながら門番の男がハジメのステータスプレートをチェックする。そして優花も問題がなかったのだが俺のステータスプレートを見た途端兵士の目が瞬かせた。ちょっと遠くにかざしてみたり、自分の目を揉みほぐしたりしている。

ステータスの隠蔽はしてあるはずなのにと首をひねらせる

 

「あの、もしかして料理人の須藤隼人様でございますか?」

「……須藤隼人っていうのは俺だけど」

「……」

 

パクパクと口をパックリ開けている門番の男。そして

 

「少々お待ちください。もしかして錬成師の南雲ハジメ様と投術師の園部優花様でございますか?」

「……?」

「えっ?」

 

今度は隼人たちが困惑する側だった。なんで俺たちの名前を知っているんだと思っていたのだが。

その原因がすぐに話されることになる

 

「実は冒険者ギルドの方で隼人様たちの捜索願いが出されていまして、オルクスの大迷宮で奈落に落とされたと思っていましたが、優花様のアーティファクトが返還されたと聞いておりました」

「……あ〜あれうまくいったのか」

「そんなこともあったわね」

「つまり誰かが俺たちの捜索願を出していたんだな」

「はい。〝豊穣の女神〟愛子様による捜索願が」

「「……」」

 

愛ちゃんあんたなんてあだ名をつけられているんだ。と思う反面なんか隼人の天職で料理人で断定してきたのになんとなく嫌な予感がする隼人。そして見事にその予感は的中する。

 

「食神須藤隼人様を筆頭に出されておりました」

「「ぶほっ!」」

 

優花とハジメが吹き出した。隼人もさすがに顔を引き攣らせる。ユエも少し頬が緩んでいることから笑いを堪えているらしい。

 

「えっと、どういうことなんですか?」

 

代表してシアが聞くと

 

「隼人殿のアイディアで南雲氏と協力して缶詰や油麺、乾麺などを開発し多くの冒険者に美味しい食事を届けたんですよ。ケチャップやマヨネーズなどの調味料を広めたのだと」

「……なるほどな」

「私マヨネーズの大ファンなんですよ!!あれだけの美味しい調味料を知らなかったなんて」

 

3ヶ月の間にかなりの反響があったらしい。まぁ食文化が似ている分かなり反響があったのだろう。

 

「相変わらずの食事チートだな」

「食文化の水準が低かったからな。確かに王宮料理も美味しかったことはおいしかったけどどちらかというならば高級料理のフレンチみたいなんだよなぁ」

「まぁ隼人がマヨネーズをクラスに持ってきた時野菜が数倍美味しくなったってリリィたちも言っていたしね」

 

知識があるのでつくるのは簡単なのだがな。

 

「えっとつまり俺たちは街に入れるのか」

「はい。隼人様ならばいつでも入ってください」

「……後、その名前やめてね。さすがにゆっくりしたいから」

「は、はい!!」

 

と敬礼する門番の男に隼人は苦笑してしまう。

 

「これからは隼人も気をつけないといけないかもな」

 

とハジメはため息をつくのだった。



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ブルッグにて1

ギルドは荒くれ者達の場所というイメージから、ハジメは、勝手に薄汚れた場所と考えていのだが、意外に清潔さが保たれた場所だった。入口正面にカウンターがあり、左手は飲食店になっているようだ。何人かの冒険者らしい者達が食事を取ったり雑談したりしている。誰ひとり酒を注文していないことからすると、元々、酒は置いていないのかもしれない。酔っ払いたいなら酒場に行けということだろう。

 

ギルドに入ると、冒険者達が当然のように注目してくる。最初こそ、見慣れない5人組ということでささやかな注意を引いたに過ぎなかったが、彼等の視線が優花やユエとシアに向くと、途端に瞳の奥の好奇心が増した。

 

「こんにちは。ギルドで買取はできますか?」

 

隼人はカウンターに立っているおばちゃんに声をかける

 

「おやおや。珍しい男の子だね。普通ならそこの男の子みたいに美人の受付を期待している人が多いんだけどね。」

「生憎両手に花なもんで。これ以上花があったら一本くらい毒のある花があってもおかしくはないでしょ?」

「おやおや。返しも上手ときた。十分満足しているんだね。」

「生憎俺にはもったいないくらいの女性ばかりなもんで。」

 

そうやって返すとおばちゃんはこりゃ面白い少年が現れたと笑っている。

 

「さて、じゃあ改めて、冒険者ギルド、ブルック支部にようこそ。ご用件は何かしら?」

「ああ、素材の買取をお願いしたい」

「素材の買取だね。じゃあ、まずステータスプレートを出してくれるかい?」

「ん? 買取にステータスプレートの提示が必要なのか?」

 

 ハジメの疑問に「おや?」という表情をするオバチャン。

 

「あんた冒険者じゃなかったのかい? 確かに、買取にステータスプレートは不要だけどね、冒険者と確認できれば一割増で売れるんだよ」

「そうだったのか」

「あ〜俺らはよそもんなもんで。そこらへんちょっと疎いんですよ。」

「あ〜そうなのかい。他にも、ギルドと提携している宿や店は一~二割程度は割り引いてくれるし、移動馬車を利用するときも高ランクなら無料で使えたりするね。どうする? 登録しておくかい? 登録には千ルタ必要だよ」

「んじゃ三人分。金銭はこれで。」

 

と前に稼いだ黒コイン3枚を載せる

 

「はいはい。」

 

オバチャンは、ユエとシアの分も登録するかと聞いたが、それは断った。二人は、そもそもプレートを持っていないので発行からしてもらう必要がある。しかし、そうなるとステータスの数値も技能欄も隠蔽されていない状態でオバチャンの目に付くことになる。

戻ってきたステータスプレートには、新たな情報が表記されていた。天職欄の横に職業欄が出来ており、そこに〝冒険者〟と表記され、更にその横に青色の点が付いている。

青色の点は、冒険者ランクだ。上昇するにつれ赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金と変化する。……お気づきだろうか。そう、冒険者ランクは通貨の価値を示す色と同じなのである。

ちなみに、戦闘系天職を持たない者で上がれる限界は黒だ。辛うじてではあるが四桁に入れるので、天職なしで黒に上がった者は拍手喝采を受けるらしい。天職ありで金に上がった者より称賛を受けるというのであるから、いかに冒険者達が色を気にしているかがわかるだろう。

 

「男なら頑張って黒を目指しなよ? お嬢さん達にカッコ悪ところ見せないようにね」

「ああ、そうするよ。それで、買取はここでいいのか?」

「構わないよ。あたしは査定資格も持ってるから見せてちょうだい」

 

おばちゃん有能すぎる。俺はそれでいくつかの素材をバックから取り出す。

 

「こ、これは!」

 

恐る恐る手に取り、隅から隅まで丹念に確かめる。息を詰めるような緊張感の中、ようやく顔を上げたオバチャンは、溜息を吐き隼人に視線を転じた。

 

「とんでもないものを持ってきたね。これは…………樹海の魔物だね?」

「一応な。生憎連れもいるし俺たちはそこそこ強いからな。もしかして買い取れなかった?」

「いいや。樹海の素材は良質なものが多いからね、売ってもらえるのは助かるよ」

「ならよかった。」

「しかし、そこの少年はこりないねぇ。」

「なんのことかわからないな。」

 

とハジメがジト目でユエから睨まれていたことを隼人はスルーする。それからオバチャンは、全ての素材を査定し金額を提示した。買取額は百二十八万七千ルタ。かなりの額だ。

 

「これでいいかい? 中央ならもう少し高くなるだろうけどね。」

「いや、この額で構わない。できれば地図のお金を差し引いて簡易な地図をもらえると助かるんだが。」

「それなら私が書いた地図があるよ。無料で配布しているからね。」

 

と手渡された地図は、中々に精巧で有用な情報が簡潔に記載された素晴らしい出来だった。これが無料とは、ちょっと信じられないくらいの出来である。

 

「おいおい、いいのか? こんな立派な地図を無料で。十分金が取れるレベルだと思うんだが……」

「構わないよ、あたしが趣味で書いてるだけだからね。書士の天職を持ってるから、それくらい落書きみたいなもんだよ」

 

有能すぎるのがちょっと怖いくらいだ。この人何でこんな辺境のギルドで受付とかやってんの? とツッコミを入れたくなるレベルである。

 

「そうか。まぁ、助かるよ」

「いいってことさ。それより、金はあるんだから、少しはいいところに泊りなよ。治安が悪いわけじゃあないけど、その三人ならそんなの関係なく暴走する男連中が出そうだからね」

 

オバチャンは最後までいい人で気配り上手だった。ハジメは苦笑いしながら「そうするよ」と返事をし、入口に向かって踵を返した。隼人達も頭を下げて追従する。食事処の冒険者の何人かがコソコソと話し合いながら、最後まで優花やユエとシアの三人を目で追っていた。

 

「ふむ、いろんな意味で面白そうな連中だね……」

 

後には、そんなオバチャンの楽しげな呟きが残された。

 

 

もはや地図というよりガイドブックと称すべきそれを見て決めたのは〝マサカの宿〟という宿屋だ。紹介文によれば、料理が美味く防犯もしっかりしており、何より風呂に入れるという。最後が決め手だ。その分少し割高だが、金はあるので問題ない。若干、何が〝まさか〟なのか気になったというのもあるが……

 宿の中は一階が食堂になっているようで複数の人間が食事をとっていた。隼人達が入ると、お約束のように女性陣に視線が集まる。それらを無視して、カウンターらしき場所に行くと、十五歳くらい女の子が元気よく挨拶しながら現れた。

 

「いらっしゃいませー、ようこそ〝マサカの宿〟へ! 本日はお泊りですか? それともお食事だけですか?」

「宿泊だ。このガイドブック見て来たんだが、記載されている通りでいいか?」

 

ハジメが見せたオバチャン特製地図を見て合点がいったように頷く女の子。

「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」

「とりあえず一泊で。ついでに入浴と食事も頼む。」

「えっ?隼人作らないの?」

「いや最近俺ばっかり作っていただろ?材料が尽きかけているし、今日はゆっくりしたいからな。ちょっと愛ちゃん達に手紙を書こうと思うし。」

「なるほどな。それなら納得だな。」

「はい。お風呂は十五分百ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが」

「ん〜とりあえず2時間でいいか。ここからここまでの時間頼めるか?」

「え、え~と、それでお部屋はどうされますか? 二人部屋と三人部屋が空いてますが……」

「二人部屋と三人部屋で。」

 

即答する隼人にみんながうんうんと納得したようにする。隼人もハジメが武器を作りたいと要望があったので男子部屋と女子部屋に分かれると

 

「ん。隼人。」

「ダメだぞ。ハジメに俺が用があるから」

 

ユエが何を言いたいのか分かったがそれを阻止するのだが。

 

「……隼人。私も隼人と一緒の部屋がいいかな。」

「えっ?」

「最近甘えてなかったでしょ?だから少し甘えたいかなぁって……」

 

隼人が少し悩む。だからと言ってシアを一人にさせることはできないしな。

 

「……隼人俺は別にいいぞ。」

「はいはい。分かったよ。ハジメとユエ。俺たちが三人部屋だな。」

「えぇ。」

「は〜い。」

「ん。」

 

と色々あったが結局その宿の泊まる順番は決まったし後はもう少しゆっくりできると思った矢先だった

 

「……こ、この状況で三人部屋……つ、つまり三人で? す、すごい……はっ、まさかお風呂を二時間も使うのはそういうこと!? お互いの体で洗い合ったりするんだわ! それから……あ、あんなことやこんなことを……なんてアブノーマルなっ!」

「……」

 

女の子はトリップしていた。見かねた女将さんらしき人がズルズルと女の子を奥に引きずっていく。代わりに父親らしき男性が手早く宿泊手続きを行った。部屋の鍵を渡しながら「うちの娘がすみませんね」と謝罪するが、その眼には「男だもんね? わかってるよ?」という嬉しくない理解の色が宿っている。絶対、翌朝になれば「昨晩はお楽しみでしたね?」とか言うタイプだ。

さすがにしないと思いながら隼人達は3階の部屋にそそくさと進むのだった。

 

隼人と優花が手紙を出し終えるとちょうど夕飯の時間になったので階下の食堂に向かった。すると何故か、チェックインの時にいた客が全員まだ其処にいた。

隼人と優花は外に出ていたがユエがツヤツヤしている様子からあぁこいつら構わず襲ったのかと少し呆れながら席につく。シアは我関せずという顔で初めてみる食事に舌鼓を打っている。隼人と優花は軽く話をしながら人目を気にせずいちゃついていて途中シアが乱入してきたので男子陣の舌打ちが聞こえてきたのだがそれもスルーしている。

そしてハジメと風呂は久しぶりにゆっくり入れると思ったのだがユエが乱入してきたのを隼人がブチギレ、風呂場の前にユエを正座させ、風呂場の時間をすぎてまで説教をしていたという面白事情があったのだが、ユエが帰ってきた時に涙目になって帰ってきたことからお察しの通りとことん絞られたらしい。優花もハジメも隼人の恐ろしさを知っている分ユエを助けようとはしなかった。シアさえ顔が引きつっていていたほどだった。

そんな1日を振り返って隼人は寝る前に一言呟いた

 

「もっとゆっくりしたかったな」

 

と。



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ブルッグにて2

翌日、隼人と優花、シアとユエは街に出ていた。昼ごろまで数時間といったところなので計画的に動かなければならない。目標は、食料品関係とシアの衣服、それと薬関係だ。武器・防具類はハジメがいるので不要である。

 

町の中は、既に喧騒に包まれていた。露店の店主が元気に呼び込みをし、主婦や冒険者らしき人々と激しく交渉をしている。飲食関係の露店も始まっているようで、朝から濃すぎないか? と言いたくなるような肉の焼ける香ばしい匂いや、タレの焦げる濃厚な香りが漂っている。

 

「……やっぱ本質的にこっちの肉も地球の肉もあんまり変わらないな」

「あの、隼人?いつも思うけどいつのまに買ってきているのよ?」

 

隼人が手にしているのは串焼き肉であり思いっきりタレがかかっているものが5本近くある。隼人の食事は普段の料理の研究でかなりたくさん食べられるのでこのくらいは余裕に食べられることを優花は知っているのだが。

 

「ん?適当に空いてる店から買ってくるだけだ、朝早くに肉系統は入らないしな。一ついるか?」

「いるけど……ちゃっかりしてるわね」

「ほれ」

 

隼人が串を一本向けると優花がそれを食べる

 

「う〜ん、思っていたよりもちょっと甘い?」

「そうだな少し甘みが効いている。砂糖が多いのかもな、あと恐らく隠し味にケチャップが入っているんだろうな」

 

この世界には醤油があることは王都にいた時から知っているのでそれを軸にしたものだろう。屋台にしたらかなり美味しいと俺は感じていた。

 

「あの、隼人さん」

「はいはい」

 

と予想はできていたので串を差し出す。わ〜いと言いながらシアが串の肉を食べる。

 

「シア。顔にタレがついているわよ」

「あっすいません、優花さん」

「そういう優花もな、ほれ」

 

と隼人達は軽くいちゃついているのに対し、ユエは仕方ないなぁっと苦笑している。

道具類の店や食料品は時間帯的に混雑しているようなので、二人はまず、シアの衣服から揃えることにした。

 キャサリンさんの地図には、きちんと普段着用の店、高級な礼服等の専門店、冒険者や旅人用の店と分けてオススメの店が記載されている。

早速、とある冒険者向きの店に足を運んだ。ある程度の普段着もまとめて買えるという点が決め手だ。

その店は、流石はキャサリンさんがオススメするだけあって、品揃え豊富、品質良質、機能的で実用的、されど見た目も忘れずという期待を裏切らない良店だった。ただ、そこには……

 

「あら~ん、いらっしゃい♥可愛い子達ねぇん。来てくれて、おねぇさん嬉しいぃわぁ~、た~ぷりサービスしちゃうわよぉ~ん♥」

 

 化け物がいた。身長二メートル強、全身に筋肉という天然の鎧を纏い、劇画かと思うほど濃ゆい顔、禿頭の天辺にはチョコンと一房の長い髪が生えており三つ編みに結われて先端をピンクのリボンで纏めている。動く度に全身の筋肉がピクピクと動きギシミシと音を立て、両手を頬の隣で組み、くねくねと動いている。服装は……いや、言うべきではないだろう。少なくとも、ゴン太の腕と足、そして腹筋が丸見えの服装とだけ言っておこう。

ユエとシアは硬直する。シアは既に意識が飛びかけていて、ユエは奈落の魔物以上に思える化物の出現に覚悟を決めた目をしている。しかし

 

「あ〜このシアの服を何着か見繕ってもらうことってできます?俺そういうの苦手なんで」

「あっこの服かわいい。隼人どうかな?」

「ん?あ〜でも布地少なくないか?俺はこっちの方が似合うと思うんだけど」

「そ、そう?」

 

と接客に慣れている隼人と優花はその化け物に対しても耐性をすでに持っているのもあり普通に買い物をし始めている。金銭的には余裕があるので優花の服を見繕っていた。

 

「あの二人なんで平気なんですかぁ!!」

「……凄い」

 

とユエとシアが唖然としたようにしているさながら隼人と優花は普通に買い物を楽しんでいた。

 

 

「いや~、最初はどうなることかと思いましたけど、意外にいい人でしたね。店長さん」

「ん……人は見た目によらない」

「ですね~優花さんもその服似合ってますよ」

「そ、そう」

「結構高くついたけど、まぁ必要経費だろ。次は道具屋でいいか」

 

シアと優花が左右の腕を組んでいる。視線が多く集まるが昨日シアの母親の話を聞いた隼人は断ることはできなかったのだ。

……正直隼人自身シアのことを嫌いではないのでそう強くは当たれないのだが

としばらく雑談して歩いているとすると気がつけば数十人の男達に囲まれていた。冒険者風の男が大半だが、中にはどこかの店のエプロンをしている男もいる。

隼人は首を傾げているとその内の一人が前に進み出た。

 

「優花ちゃんとユエちゃんとシアちゃんで名前あってるよな?」

「? ……合ってる」

 

何のようだと訝しそうに目を細めるユエ。シアは、亜人族であるにもかかわらず〝ちゃん〟付けで呼ばれたことに驚いた表情をする。

ユエの返答を聞くとその男は、後ろを振り返り他の男連中に頷くと覚悟を決めた目でユエを見つめた。他の男連中も前に進み出て、ユエかシアの前に出る。

 

「「「「「「ユエ(優花)ちゃん、俺と付き合ってください!!」」」」」」

「「「「「「シアちゃん! 俺の奴隷になれ!!」」」」」」

 

あぁそういうことかと隼人は理解する。優花とユエとシアで口説き文句が異なるのはシアが亜人だからだろう。奴隷の譲渡は主人の許可が必要だが、昨日の宿でのやり取りでシアと隼人達の仲が非常に近しい事が周知されており、まず、シアから落とせば隼人も説得しやすいだろう……とでも思ったのかもしれない。ただ隼人が側にいるのが予想外だったのだがそれを気にしてはナンパできないと思って突撃していたのだろう。

で、告白を受けたユエとシアはというと……

 

「……シア、道具屋はこっち」

「あ、はい。一軒で全部揃うといいですね」

「隼人私たちは食材を選びに行こう」

「そうだな」

 

 何事もなかったように歩みを再開した。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 返事は!? 返事を聞かせてく『『断る(ります)』』……ぐぅ……」

「私は隼人がいるから」

「あ〜ずるいですよ〜優花さん」

 

隼人の腕に抱きついてくる優花にシアが文句を言いながらも反対の腕に抱きつく。隼人が軽く苦笑する。

しかし、諦めが悪い奴はどこにでもいる。まして、優花やユエ、シアの美貌は他から隔絶したレベルだ。多少、暴走するのも仕方ないといえば仕方ないかもしれない。

 

「なら、なら力づくでも俺のものにしてやるぅ!」

 

 暴走男の雄叫びに、他の連中の目もギンッと光を宿す。四人を逃さないように取り囲み、ジリジリと迫っていく。

 

「……ふ〜ん」

 

その冷たく低い声が笑顔だが全く笑っていない隼人から出され、急に周辺の空気が冷える。

そして親しくない人間でも分かるだろう。

隼人がブチギレていることを

それに怯まず最初に声を掛けてきた男が、雄叫びを上げながら優花に飛びかかろうとした時だった。

一瞬で移動した隼人はうまく手加減をしてその男の股間を蹴り上げる

 

「がはっ!」

 

グシャッと変な感触が隼人に伝わるが気にせず隼人の威圧により大量のプレッシャーが周辺の男性陣を襲う。

 

「…ひぃ」

「……てめぇら、女に手を上げてまで自分のもんにしたいのかよ」

 

隼人の威圧にそこにいる全員が冷や汗が垂れる。

決して手を出してはいけない奴に手を出したのだと

 

「いい加減にしろよ?敵でもない女に手をだす男は最低だ。そんな奴に自分の女を奪わせると思ってんのか?……警告しておく。今度力づくで俺らの女や仲間を奪おうとしたのなら」

 

隼人は見せしめに最初に襲ってきた奴を風の魔法で空に浮き上がり

そして股間を風魔法で狙い撃った。

 

「生きていることを後悔させるぞ」

 

殺意と威圧をたっぷり載せた警告は脅しになったらしく周辺の男達は涙目で頷き股間を隠す。

この日、一人の男が死に、第二のクリスタベル、後のマリアベルちゃんが生まれた。彼は、クリスタベル店長の下で修行を積み、二号店の店長を任され、その確かな見立てで名を上げるのだが……それはまた別のお話。

また優しさを知っている人もいるので今後隼人様を崇める会として後々王都で国教として崇められることになる宗教ができるのはそれもまた別の話だ

 

「んじゃ、行こうか」

「えっ?あっうん」

「あの、隼人さん?」

「ん?どうした?」

「いえ、なんでもありません」

 

いつも通りの隼人に戻ったことにより優花でさえ少しだけ怯えてしまう。

……二度と隼人を怒らせてはいけない。

それがハジメパーティーの唯一の掟になるのはまた別の話。

 

 

宿に戻ると、ハジメもちょうど作業を終えたところのようだった。

「お疲れさん、何か、町中が騒がしそうだったが、何かあったか?」

 

 どうやら、先の騒動を感知していたようである。

 

「別に」

「……問題ない」

「あ~、うん、そうですね。問題ないですよ」

「あ〜まぁ確かに問題はなかったわね」

 

ハジメは、少し訝しそうな表情をするも、まぁいいかと肩を竦めた。

 

「必要なものは全部揃ったか?」

「……ん、大丈夫」

「ですね。食料も沢山揃えましたから大丈夫です。にしても宝物庫ってホント便利ですよね~」

「ハジメの方は?」

「こっちもできたぞ。さて、シア。こいつはお前にだ」

 

そう言ってハジメはシアに直径四十センチ長さ五十センチ程の円柱状の物体を渡した。銀色をした円柱には側面に取っ手のようなものが取り付けられている。

ハジメが差し出すそれを反射的に受け取ったシアは、あまりの重さに思わずたたらを踏みそうになり慌てて身体強化の出力を上げた。

「な、なんですか、これ? 物凄く重いんですけど……」

「そりゃあな、お前用の新しい大槌だからな。重いほうがいいだろう」

「へっ、これが……ですか?」

「隼人から頼まれたんだよ。それとこれもな」

 

するとネックレスと宝石の装飾を施したブレスレットがハジメからシアに渡される

 

「これは?」

「とりあえず両方に魔力を流してみろ」

「えっと、こうですか? ッ!?」

 

言われた通り、槌モドキに魔力を流すと、カシュン! カシュン! という機械音を響かせながら取っ手が伸長し、槌として振るうのに丁度いい長さになった。そしてブレスレットからは何故か心が落ち着き精神が安定していく効果を持っていた。

 

この大槌型アーティファクト:ドリュッケン(ハジメ命名)は、幾つかのギミックを搭載したシア用の武器だ。魔力を特定の場所に流すことで変形したり内蔵の武器が作動したりする。またハジメにあった用事とはシアも女子だし少しは可愛い装飾品が欲しいだろうと思った隼人がこっそりハジメに頼んでいたのだ。回復魔法をエンチャントしてあるので状態異常にならないおまけ付き。

隼人は思ったよりもシアのことを甘やかしているなとハジメは苦笑していた。元々隼人は本当に認めた人じゃない限りは贈り物をあげたりはしない。隼人自身シアを認めているのと告白されたことに若干照れ臭いと思っていることはハジメは気がついていた。優花がいるから目立たないがシアもかなり料理が上手で隼人の料理を手伝っていた。その様子は恋人と呼べるほど距離に近いし、隼人は優花といないときはシアに構うことが多い。

 

「今の俺にはこれくらいが限界だが、腕が上がれば随時改良していくつもりだ。これから何があるか分からないからな。ユエのシゴキを受けたとは言え、たったの十日。まだまだ危なっかしい。その武器はお前の力を最大限生かせるように考えて作ったんだ。使いこなしてくれよ? 仲間になった以上勝手に死んだらぶっ殺すからな?」

「は、はい」

「まぁ普通に戦えば敵に負けることはないと思うけどな。ユエでさえこの世界では異常なんだし。ユエに攻撃を加えられるようならなんとかなるだろ」

 

お気楽に構える隼人に苦笑しながら宿を出る。宿の女の子は何故か顔を赤く染めていたのだが。

さて旅の再開といきますか。



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ライセン大迷宮1

「…お〜い。できたぞ。」

 

と、クルルー鳥のトマト煮を隼人が持ってくると食事の時間になったことを伝える声だ

 

「今日も何も見つからなかったね。」

 

ため息を吐く。もう街を出てから5日経っており谷底から見上げる空に上弦の月が美しく輝く頃、隼人達はその日の野営の準備をしていた。

 

「はぁ~、ライセンの何処かにあるってだけじゃあ、やっぱ大雑把過ぎるよなぁ」

 

 洞窟などがあれば調べようと、注意深く観察はしているのだが、それらしき場所は一向に見つからない。ついつい愚痴をこぼしてしまうハジメ。

 

「まぁ、大火山に行くついでなんですし、見つかれば儲けものくらいでいいじゃないですか。大火山の迷宮を攻略すれば手がかりも見つかるかもしれませんし」

「まぁ、そうなんだけどな……」

「ん……でも魔物が鬱陶しい」

「あ~、ユエさんには好ましくない場所ですものね~」

「てか食材も買い込んではいるとはいえ限りがあるからな。探すリミットは残り一週間ぐらいか?」

「消費から見るにそれが限度ね。一応缶詰もいくらかは買い込んでいるのだけど。それは大火山に行くまでの食事なのだから」

 

そんなこと言いながら俺たちは雑談を続け就寝の時間になる。最初は隼人とハジメが見張りの時間だ。

その日も、そろそろ就寝時間だと寝る準備に入るユエとシアと優花。テントの中にはふかふかの布団があるので、野営にもかかわらず快適な睡眠が取れる。と、布団に入る前にシアがテントの外へと出ていこうとした。

 

「どうした?」

「ちょっと、お花摘みに」

「谷底に花はないぞ?」

「ハ・ジ・メ・さ~ん!」

 

デリカシーのない発言にシアがすまし顔を崩しキッとハジメを睨みつける。ハジメはもちろん意味がわかっているので「悪い悪い」と全く悪く思ってなさそうな顔で苦笑いする。ぷんすかと怒りながらテントの外に出て行き、しばらくすると……

 

「ハ、隼人さ〜ん!ハジメさ~ん!ユエさ~ん!優花さ〜ん!!大変ですぅ! こっちに来てくださぁ~い!」

 

 と、シアが、魔物を呼び寄せる可能性も忘れたかのように大声を上げた。

 

……なんだ?と思い全員が眠気をこらえシアの声がした方へ行くと、そこには、巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれ掛かるように倒れおり、壁面と一枚岩との間に隙間が空いている場所があった。シアは、その隙間の前で、ブンブンと腕を振っている。その表情は、信じられないものを見た! というように興奮に彩られていた。

 

「こっち、こっちですぅ! 見つけたんですよぉ!」

「わかった、取り敢えず引っ張るな。身体強化全開かよ。興奮しすぎ。」

「……うるさい」

「……どうしたんだよ。」

「うぅ眠いよ。」

 

 はしゃぎながらハジメとユエの手を引っ張るシアに、ハジメは少し引き気味に、ユエは鬱陶しそうに顔をしかめる。シアに導かれて岩の隙間に入ると、壁面側が奥へと窪んでおり、意外なほど広い空間が存在した。そして、その空間の中程まで来ると、シアが無言で、しかし得意気な表情でビシッと壁の一部に向けて指をさした。

 

〝おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪〟

 

 

「「「「は?」」」」

 

4人の声が重なる

 

「……なんじゃこりゃ」

「……なにこれ」

 

二人がそう思うのも無理はないだろう。シアだけが興奮したようにしている

 

「何って、入口ですよ! 大迷宮の! おトイ……ゴホッン、お花を摘みに来たら偶然見つけちゃいまして。いや~、ホントにあったんですねぇ、ライセン大峡谷に大迷宮って」

 

 能天気なシアの声が響く中、俺何とも言えない表情になり、困惑しながらお互いを見た。

 

「……ユエ、隼人。優花マジだと思うか?」

「嘘だと思いたいけど本物だと思う。」

「…………………………ん」

「えぇ。」

「根拠は?」

「「「ミレディ。」」」

 

〝ミレディ〟その名は、オスカーの手記に出て来たライセンのファーストネームだ。ライセンの名は世間にも伝わっており有名ではあるがファーストネームの方は知られていない。故に、その名が記されているこの場所がライセンの大迷宮である可能性は非常に高かった。

 

「何でこんなチャラいんだよ……」

 

 そう言う理由である。オルクス大迷宮の内での数々の死闘を思い返し、きっと他の迷宮も一筋縄では行かないだろうと想像していただけに、この軽さは否応なく脱力させるものだった。

 

「何?」

「でも、入口らしい場所は見当たりませんね? 奥も行き止まりですし……」

「おい不用意に触るな」

 

ガコンッ!

 

「ふきゃ!?」

 

 シアの触っていた窪みの奥の壁が突如グルンッと回転し、巻き込まれたシアはそのまま壁の向こう側へ姿を消した。

 

「まるで忍者屋敷だな。……こりゃ物理トラップの線だろうな。」

「……魔力は分解されるから?」

「だろうな。」

「シアが心配だから早く行きましょう。」

 

一度、顔を見合わせて溜息を吐くと、シアと同じように回転扉に手をかけた。

扉の仕掛けが作用して、全員を同時に送る。すると

 

ヒュヒュヒュ!

 

 無数の風切り音が響いいたかと思うと暗闇の中を何かが飛来してきたのを隼人と優花は躱す。〝夜目〟はその正体を直ぐさま暴く。それは矢だ。全く光を反射しない漆黒の矢が侵入者を排除せんと無数に飛んできているのだ。

 

〝ビビった? ねぇ、ビビっちゃた? チビってたりして、ニヤニヤ〟

〝それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ〟

 

「「「「……」」」」

 

全員の内心はかつてないほど一致している。すなわち「うぜぇ~」と。

ハジメもユエも、額に青筋を浮かべてイラッとした表情をしている。そして、ふと、ユエが思い出したように呟いた。

 

「……シアは?」

「あっ」

「回転扉の向こうにいるはずだぞ。」

 

ユエの呟きでハジメも思い出したようで、慌てて背後の回転扉を振り返る。扉は、一度作動する事に半回転するので、この部屋にいないということは、ハジメ達が入ったのと同時に再び外に出た可能性が高い。俺は回転扉を作動させると

シアは……いた。回転扉に縫い付けられた姿で。

 

「うぅ、ぐすっ、ハヤドざん……見ないで下さいぃ~、でも、これは取って欲しいでずぅ。ひっく、見ないで降ろじて下さいぃ~」

「無茶言うな。たく。」

 

何というか実に哀れを誘う姿だった。とりあえず隼人はなるべく下を見ないようにシアを取る。シアも索敵能力で何とか躱したのだろうでも

 

「そう言えば花を摘みに行っている途中だったな……まぁ、何だ。よくあることだって……」

「ありまぜんよぉ! うぅ~、どうして先に済ませておかなかったのですかぁ、過去のわたじぃ~!!」

 

さすがに漏らしてしまったシアに引く。でも

 

「……手強いな。」

 

隼人の言葉に全員が頷く。そしてシアの着替えが終わり石版をみてシアがきれるといった騒ぎを見て

 

「ミレディ・ライセンだけは〝解放者〟云々関係なく、人類の敵で問題ないな」

「……激しく同意」

「えぇ。私もそう思うわ。」

「面白そうだけどな。」

 

ライセンの大迷宮は、オルクス大迷宮とは別の意味で一筋縄ではいかない場所のようだった。



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ライセン大迷宮2

ライセンの大迷宮は想像以上に厄介な場所だった。

 

 まず、魔法がまともに使えない。谷底より遥かに強力な分解作用が働いているためだ。魔法特化のユエとメイン攻撃が魔法の隼人と優花にとっては相当負担のかかる場所である。何せ、上級以上の魔法は使用できず、中級以下でも射程が極端に短い。ユエは五メートルも効果を出せれば御の字という状況だ。何とか、瞬間的に魔力を高めれば実戦でも使えるレベルではあるが、今までのように強力な魔法で一撃とは行かなくなった。

 また、魔晶石シリーズに蓄えた魔力の減りも馬鹿にできないので、考えて使わなければならない。それだけ消費が激しいのだ。魔法に関しては天才的なユエと隼人だからこそ中級魔法が放てるのであって、大抵の者は役立たずになってしまうだろう。しかしヘカートは使用できないがガンランスに関しては魔力を硬質化させているので分解の影響が少なく1,3倍程度の魔力しか使わないで済むのは隼人にとってはありがたかった。

ハジメにとっても多大な影響が出ている。〝空力〟や〝風爪〟といった体の外部に魔力を形成・放出するタイプの固有魔法は全て使用不可となっており、頼みの〝纏雷〟もその出力が大幅に下がってしまっている。ドンナー・シュラークは、その威力が半分以下に落ちているし、シュラーゲンも通常のドンナー・シュラークの最大威力レベルしかない。

 よって、この大迷宮では身体強化が何より重要になってくる。隼人達の中では、まさにシアと隼人の独壇場となる領域なのだ。

 で、そのシアはというと……

 

「殺ルですよぉ……絶対、住処を見つけてめちゃくちゃに荒らして殺ルですよぉ」

 

大槌ドリュッケンをぶんまわし、据わった目でゴーレム騎士をぶん殴っていた。明らかにキレている。それはもう深く深~くキレている。言葉のイントネーションも所々おかしいことになっている。その理由は、ミレディ・ライセンの意地の悪さを考えれば容易に想像つくだろう。

 

「……シア落ち着けよ。」

 

隼人が苦笑し落ち着かせる。シアの気持ちはよく分かるので、何とも言えないハジメとユエと優花。凄まじく興奮している人が傍にいると、逆に冷静になれるということがある。隼人以外の現在の心理状態はまさにそんな感じだ。隼人は案外この迷宮を楽しんでいるらしく結構お気楽だ。現在、それなりに歩みを進めてきた隼人達だが、ここに至るまでに実に様々なトラップや例のウザイ言葉の彫刻に遭遇してきた。

 

シアが、最初のウザイ石板を破壊し尽くしたあと、隼人達は道なりに通路を進み、とある広大な空間に出た。

 そこは、階段や通路、奥へと続く入口が何の規則性もなくごちゃごちゃにつながり合っており、まるでレゴブロックを無造作に組み合わせてできたような場所だった。一階から伸びる階段が三階の通路に繋がっているかと思えば、その三階の通路は緩やかなスロープとなって一階の通路に繋がっていたり、二階から伸びる階段の先が、何もない唯の壁だったり、本当にめちゃくちゃだった。

まるで迷路みたいなところを歩いてきてシアやハジメ、ユエや優花がトラップに引っかかっている中で隼人だけがトラップを回避してきた

理由はというと恵里が関係している。隼人と恵里は時々家でゲームをするのだが、基本正攻略法をベースに戦う隼人と悪質な方法とことん虐める恵里の腹黒さを相手にして散々な思いをしてきたのだ。未だに恵里に一勝もしていない隼人。大体の恵里の思考が読めるまで成長している。

案外恵里と思考が似ているのかなぁとお気楽に考えていた隼人は優花たちも問題なさそうなんだけどシアだけが危険な状態であることを理解していたので大体シアのフォローに走っていた。

とある通路の出入り口。そこは何故か壁になっていた。普通に考えれば唯の行き止まりと見るべきだろう。だが、その壁の部分、実はほんの数分前まで普通に奥の部屋へと続いていたのだ。

 静寂が漂う中、突如、その行き止まりらしき壁が紅いスパークを放ち始めたかと思うと、人が中腰で通れる程度の穴が空いた。そこから這い出してきたのは……

「ぜはっーぜはっー、ちょ、ちょっと焦ったぜ」

「……ん、潰されるのは困る」

「いやいや、困るとかそんなレベルの話じゃないですからね? 普通に死ぬところでしたからね?」

「オルクスで慣れたとはいえやっぱりきついわね。」

「ん〜俺は結構楽しいけどなぁ。」

「正気ですか!!」

 

たどり着いた部屋で天井がまるごと落ちてくるという悪辣で定番なトラップが発動し潰されかけたのである。

なお、隼人の指摘によりなんとかなったハジメ達は隼人を先頭に行動することが義務付けられていた。

そして再び、というか何時ものウザイ文を発見した。

 

〝ぷぷー、焦ってやんの~、ダサ~い〟

 

どうやらこのウザイ文は、全てのトラップの場所に設置されているらしい。ミレディ・ライセン……嫌がらせに努力を惜しまないヤツである。

 

「あ、焦ってませんよ! 断じて焦ってなどいません! ださくないですぅ!」

 

ハジメの視線を辿り、ウザイ文を見つけたシアが「ガルルゥ!」という唸り声が聞こえそうな様子で文字に向かって反論する。シアのミレディに対する敵愾心は天元突破しているらしい。ウザイ文が見つかる度にいちいち反応している。もし、ミレディが生きていたら「いいカモが来た!」とほくそ笑んでいることだろう。

 

「いいから、行くぞ。いちいち気にするなよ」

「思うツボだからね。とりあえず落ち着いて。」

「うぅ、はいですぅ」

 

その後も、進む通路、たどり着く部屋の尽くで罠が待ち受けていた。突如、全方位から飛来する毒矢、硫酸らしき、物を溶かす液体がたっぷり入った落とし穴、アリジゴクのように床が砂状化し、その中央にワーム型の魔物が待ち受ける部屋、そしてウザイ文。ハジメ達のストレスはマッハだった。

 それでも全てのトラップを突破し、この迷宮に入って一番大きな通路に出た。幅は六、七メートルといったところだろう。結構急なスロープ状の通路で緩やかに右に曲がっている。おそらく螺旋状に下っていく通路なのだろう。

 ハジメ達は警戒する。こんな如何にもな通路で何のトラップも作動しないなど有り得ない。

 そして、その考えは正しかった。もう嫌というほど聞いてきた「ガコンッ!」という何かが作動する音が響く。既に、スイッチを押そうが押すまいが関係なく発動している気がする。なら、スイッチなんか作ってんじゃねぇよ! と盛大にツッコミたいハジメだったが、きっとそんな思いもミレディ・ライセンを喜ばせるだけに違いないとグッと堪える。

 今度はどんなトラップだ? と周囲を警戒するハジメ達の耳にそれは聞こえてきた。

 

ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ

 

明らかに何か重たいものが転がってくる音である。

「「「「「……」」」」」

 五人が無言で顔を見合わせ、同時に頭上を見上げた。スロープの上方はカーブになっているため見えない。異音は次第に大きくなり、そして……カーブの奥から通路と同じ大きさの巨大な大岩が転がって来た。岩で出来た大玉である。全くもって定番のトラップだ。きっと、必死に逃げた先には、またあのウザイ文があるに違いない。

 隼人達が踵を返し脱兎のごとく逃げ出そうとする。しかし、少し進んで直ぐに立ち止まった。ハジメが付いて来ないからだ。

 

「……ん、ハジメ?」

「ハジメさん!? 早くしないと潰されますよ!」

「なんか嫌な予感がする。優花そのまま走るぞ?」

「えっ?隼人?」

 

二人の呼びかけに、しかしハジメは答えず、それどころかその場で腰を深く落として右手を真っ直ぐに前方に伸ばした。掌は大玉を照準するように掲げられている。そして、左腕はググッと限界まで引き絞られた状態で「キィイイイ!!」という機械音を響かせている。

ハジメは、轟音を響かせながら迫ってくる大玉を真っ直ぐに見つめ、獰猛な笑みを口元に浮かべた。

 

「いつもいつも、やられっぱなしじゃあなぁ! 性に合わねぇんだよぉ!」

 

 義手から発せられる「キィイイイイ!!」という機械音が、ハジメの言葉と共に一層激しさを増す。

そして……

 

ゴガァアアン!!!

 

 凄まじい破壊音を響かせながら大玉とハジメの義手による一撃が激突した。ハジメは、大玉の圧力によって足が地面を滑り少し後退させられたがスパイクを錬成して踏ん張る、そして、ハジメの一撃は衝突点を中心に大玉を破砕していき、全体に亀裂を生じさせた。大玉の勢いが目に見えて減衰する。

 

「ラァアアア!!」

 

 ハジメが裂帛の気合と共に左の拳を一気に振り抜いた。辛うじて拮抗していた大玉の耐久力とハジメの拳の威力は、この瞬間崩れさり、ハジメの拳に軍配が上がった。そして、大玉は轟音を響かせながら木っ端微塵に砕け散った。

 ハジメは、拳を振り抜いた状態で残心し、やがてフッと気を抜くと体勢を立て直した。義手からは、もう、あの独特の機械音は聞こえない。ハジメは、義手を握ったり開いたりして異常がないことを確かめるとユエとシアの方へ振り返った。

 その顔は実に清々しいものだった。「やってやったぜ!」という気持ちが如実に表情に表れている。ハジメ自身も相当、感知できない上に作動させなくても作動するトラップとその後のウザイ文にストレスが溜まっていたようだ。

 ハジメが、今回使ったのは、かつて、フェアベルゲンの長老の一人ジンを一撃のもとに粉砕した弾丸による爆発力と〝豪腕〟、それに加えて、魔力を振動させることで義手自体を振動させ対象を破砕する、いわゆる振動破砕というやつである。義手への負担が大きいので一回使うごとにメンテが必要であり、本来なら切り札の一つなのだが……我慢出来なかったようだ。

 満足気な表情で戻って来たハジメをユエとシアがはしゃいだ様子で迎えた。

 

「ハジメさ~ん! 流石ですぅ! カッコイイですぅ! すっごくスッキリしましたぁ!」

「……ん、すっきり」

「ははは、そうだろう、そうだろう。これでゆっくりこの道……って隼人たちは?」

「なんか嫌な予感がするって隼人さんが言って走り抜けました。」

 

 二人の称賛に気分よく答えるハジメだが、隼人の嫌な予感がするという言葉に顔を引きつらせる。しかし、その思考が追いつくまで時間がなかった。

 

ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ

 

 という聞き覚えのある音によって。笑顔のまま固まるハジメ。同じく笑顔で固まるシアと無表情ながら頬が引き攣っているユエ。ギギギと油を差し忘れた機械のようにぎこちなく背後を振り向いたハジメの目に映ったのは……

――――黒光りする金属製の大玉だった。

 

「うそん」

 

ハジメが思わず笑顔を引き攣らせながら呟く。

 

「あ、あのハジメさん。気のせいでなければ、あれ、何か変な液体撒き散らしながら転がってくるような……」

「……溶けてる」

 

 そう、こともあろうに金属製の大玉は表面に空いた無数の小さな穴から液体を撒き散らしながら迫ってきており、その液体が付着した場所がシュワーという実にヤバイ音を響かせながら溶けているようなのである。

 ハジメは、それを確認し一度「ふぅ~」と息を吐くと、笑顔のまま再度ユエ達の方に顔を向けた。そして笑顔がスっと消えたかと思うと、「逃げるぞぉ!ちくしょう!」と叫び、いきなりスプリンターも真っ青な見事な踏切でスロープを駆け下りていった。

ユエとシアも、一瞬顔を見合わせるとクルリと踵を返しハジメを追って一気に駆け出した。

背後からは、溶解液を撒き散らす金属球が凄まじい音を響かせながら徐々に速度を上げて迫る。

 

「いやぁあああ!! 轢かれた上に溶けるなんて絶対に嫌ですぅ~!」

「……ん、とにかく走って」

 

 通路内をシアの泣き言が木霊する。

 

「っていうかハジメさ~ん!先に逃げるなんてヒドイですよぉ!薄情ものぉ!鬼ぃ!」

 

 先を走るハジメに向かってシアが抗議の声を上げる。

 

「やかましいわ! 誤差だ誤差! 黙って走れ!」

「置いていったくせに何ですかその言い草! 私の事なんてどうでもいいんですね!? うわぁ~ん、死んだら化けて出てやるぅ!」

「……シア、意外に余裕?」

「てか隼人と優花はどこいったんだよ!!」

 

と隼人と優花はその時何をしていたのかというと

 

「下は明らかにまずいプールだよなぁ」

「えぇ。溶解液じゃない?」

「だよな。さっき実験で放ったナイフ溶けていたし。」

 

魔法で作った足場でのんびりお茶を飲んでいた。というのもあの通路はそこが通行止めになっていたので落下をしていたら明らかにやばそうなプールがあったのでナイフとバイルバンカーで固定してさらに土魔法で固めて安全地帯を作っていた

 気配感知でとハジメが来るのがわかったので土魔法を解除し上からハジメたちが降ってきた瞬間隼人はすぐに上を土魔法で塞ぐと上からゴロゴロと頭上を何かを通りすぎていく

 

「ほらな。二段重ねだっただろ?」

 

優花は苦笑しているがハジメとユエ、シアに青筋が浮かぶ。

 

「おい隼人!!」

「ハジメよく考えろよ。ここの大迷宮はほとんどが油断をした隙を狙って二段構えの罠を仕掛けてきているんだぞ?」

「……あっ。」

 

ユエは心当たりがあるのだろう。納得したように隼人を見る

 

「すなわち一回の罠で仕留めきれるとは思ってないんだよ。よく計算されたトラップを仕掛けている。……少し抜けているんじゃねーのか?俺たちは大迷宮を攻略しにきたんだぞ。」

「っ!」

 

図星だった。ハジメは少しばかり地上に出てからの余裕があったので気付かないうちに今回もうまくいくと思ってしまっていたのだ。

そして

 

パ〜ン

 

と大きな音をたてハジメは自分頰を思いっきり力強く叩く。

 

「悪い。腑抜けてたらしい。」

「まぁ怒りに任せてやるのも一種のやり方だけど冷静にならないと死と隣合わせだぞ。」

「……ん。」

「う、すいません。」

「仕方ないわよ。私も隼人に言われるまでは正直忘れていたもの。」

 

まぁ隼人も恵里とゲームする時は思いっきりイライラしながらゲームをやっているのだが。

 

「とりあえず魔力回復薬ちょうだい。硬質化を使ったから結構魔力削られたんだよ。」

「了解。」

 

と隼人が魔力回復薬を飲む。ハジメは隼人の魂胆を見抜いていたのだがそれは黙っておくことにした。

隼人がわざと罠に引っかかり自分たちの甘えを解こうとしたのだと気づいていたのだ

そして奥の部屋に進むとその部屋は長方形型の奥行きがある大きな部屋だった。壁の両サイドには無数の窪みがあり騎士甲冑を纏い大剣と盾を装備した身長二メートルほどの像が並び立っている。部屋の一番奥には大きな階段があり、その先には祭壇のような場所と奥の壁に荘厳な扉があった。祭壇の上には菱形の黄色い水晶のようなものが設置されている。

 

 ハジメは周囲を見渡しながら微妙に顔をしかめた。

 

「いかにもな扉だな。ミレディの住処に到着か? それなら万々歳なんだが……この周りの騎士甲冑に嫌な予感がするのは俺だけか?」

「……大丈夫、お約束は守られる」

「それって襲われるってことですよね? 全然大丈夫じゃないですよ?」

「…いや、戦闘の方がありがたいんだけどな。余計な罠がないし。」

「まぁ、レールガンを構えておくわ。」

「…ん?ちょっと待てこいつら自動回復持ちかよ!!」

「は?」

 

隼人は神眼で見抜くとハジメが嫌な顔をする

 

「どういうことだ?」

「ゴーレムなのに核がないし、どういうことだ?」

「ん?なるほどな。操っている奴がいるらしいな。それと隼人何か分かるか?」

「分かるっていうよりかはおそらくなんだけど、恐らくあの扉はブラフだと思う。」

「えっ?ブラフ?」

 

優花が隼人を驚いたように見る。というのも理由があって

 

「恵里ならこのあたりでスタートに戻る罠を仕掛けるんだよ。正規ルートではなく隠し扉を使って。それと、迷宮全体がなんか動いてそうなんだよなぁ。全員に内緒でところどころに壁や階段にマーキングしてたんだけど、ほんのゆっくりと動いているんだよなぁ。」

「……えっとつまり?」

 

シアの問いに隼人が笑ってこう告げた

 

「ミレディの性格なら

〝ねぇ、今、どんな気持ち?〟

〝苦労して進んだのに、行き着いた先がスタート地点と知った時って、どんな気持ち?〟

〝ねぇ、ねぇ、どんな気持ち? どんな気持ちなの? ねぇ、ねぇ〟

〝あっ、言い忘れてたけど、この迷宮は一定時間ごとに変化します〟

〝いつでも、新鮮な気持ちで迷宮を楽しんでもらおうというミレディちゃんの心遣いです〟

〝嬉しい? 嬉しいよね? お礼なんていいよぉ! 好きでやってるだけだからぁ!〟

〝ちなみに、常に変化するのでマッピングは無駄です〟

〝ひょっとして作ちゃった? 苦労しちゃった? 残念! プギャァー〟

とか言いそうじゃね?てか、恵里から似たような言われたことがあるんだけど。」

 

「「「「……」」」」

 

全員の顔からストンと笑顔が消える。誰もが隼人の言葉に突っ込みを入れることはなく、そして確実にその可能性がありそうだと判断したのだろう。

なお、言われた時の隼人はキレキレのキレっぷりにさすがに怖すぎて恵里が二度と煽る行為だけはしてはならないと誓ったほどブチギレていたのだがそれはまた別の話。

そしてそれを最初に空気を破ったのは当然のことながらシアだった

 

「……フヒ、フヒヒヒ」

「し、シア?」

「絶対ヤッテヤルです。殺ルですよぉ……絶対、住処を見つけてめちゃくちゃに荒らして殺ルですよぉ」

 

……あ〜これはストレス発散させた方がいいな。

 

「んじゃ戦闘開始するからな。」

 

といい隼人がボタンを押し冒頭に戻るのであった。




硬質化
土魔法の応用で魔力を金剛で硬質化して実体をもたせた隼人のオリジナルの魔法。ガンランスを作る時にハジメが参考にしたほど魔法使いにとってはかなりの応用力が必要な隼人のよく使う魔法。原理はレンガと同じ


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ライセン大迷宮3

「よしあった。ハジメここだ。」

 

シアが一人でストレス発散というなのゴーレムの蹂躙をしているとき隼人とユエが迷宮の空洞を探して壁を叩いていた時隼人が音が違うところを見つけたところだった。

 

「了解。ちょっと離れてろ。」

 

とありったけの力を振り絞り錬成で穴を開けるハジメ。すると開いた瞬間になだれ込む隼人達。今までの部屋であれば敵は追うことなくそのばで止まるのがこの迷宮の特徴だと思っていたからだ。

 

「はっ?」

「なっ!!」

「どうなっているの?」

「えっちょ。」

 

と様々な反応を見せる隼人達。というのもゴーレム騎士達も扉をくぐって追いかけてきたからだ。しかも……

 

「なっ!? 天井を走ってるだと!?」

「……びっくり」

「重力さん仕事してくださぁ~い!」

「そういう問題じゃないでしょ!!」

「というよりなんで魔法が使えるんだよ!!」

 

 そう、追いかけてきたゴーレム騎士達は、まるで重力など知らんとばかり壁やら天井やらをガシャンガシャンと重そうな全身甲冑の音を響かせながら走っているのである。これには、流石のハジメ達も度肝を抜かれた。ハジメと隼人は、咄嗟に通路に対して鑑定系技能を使うが、材質は既知のものばかり。重力を中和したり、吸着の性質を持った鉱物等は一切検知できなかった。

それどころか魔力感知で隼人は重力の原因が魔法だと暴いていた。それに隼人は突っ込んだのである

 

 天井を走っていたゴーレム騎士の一体が、走りながらピョンとジャンプすると、まるで砲弾のように凄まじい勢いで頭を進行方向に向けたまま宙を飛んできたのである。

「んなっ!? くそったれ!」

 

ハジメは驚愕の声を漏らしながらドンナーを連続して発砲する。放たれた弾丸は閃光となって飛んできたゴーレム騎士の兜と肩を破壊した。ゴーレム騎士は頭部と胴体が別れ、更に大剣と盾を手放す。しかし、それらは地面に落ちることなく、そのままハジメ達に向かって突っ込んできた。

 

「よっと。」

「隼人ナイス!!」

 

ガンランスを宝物庫から出し防御専念に回る。ゴーレム騎士の頭部、胴体、大剣、盾を屈んだり跳躍したりして躱すか隼人が防いでいく。隼人達を通り過ぎたゴーレム騎士の残骸は、そのまま勢いを減じることなく壁や天井、床に激突しながら前方へと転がっていった。

 

「おいおい、あれじゃまるで……」

「ん……〝落ちた〟みたい」

「重力さんが適当な仕事してるのですね、わかります」

 

 まさしくユエやシアの言葉が一番しっくりくる表現だった。どうやらゴーレム騎士達は重力を操作できるらしい。なぜ、前回は使わなかったのかはわからないが、もしかすると部屋から先の、この通路以降でなければならなかったのかもしれない

 

「あ〜面倒くさいわね。全部ぶっとばすから耳塞いで。」

「了解」

「ん。」

「ほれ。」

「えぇ~何ですかそれ!?」

 

優花に宝物庫から手元に十二連式の回転弾倉が取り付けられた長方形型のロケット&ミサイルランチャー:オルカンを渡す。ロケット弾は長さ三十センチ近くあり、その分破壊力は通常の手榴弾より高くなっている。弾頭には生成魔法で〝纏雷〟を付与した鉱石が設置されており、この石は常に静電気を帯びているので、着弾時弾頭が破壊されることで燃焼粉に着火する仕組みらしい。

初めて見るオルカンの異様にシアが目を見張る。ハジメと隼人、ユエとは、走りながら人差し指を耳に突っ込んだ。

シアのウサミミはピンッと立ったままだが、お構いなしに優花はオルカンの引き金を引いた。

 

バシュウウ!

 そんな音と共に、後方に火花の尾を引きながらロケット弾が発射され、狙い違わず隊列を組んで待ち構えるゴーレム騎士に直撃した。

次の瞬間、轟音、そして大爆発が発生する。通路全体を激震させながら大量に圧縮された燃焼粉が凄絶な衝撃を撒き散らした。ゴーレム騎士達は、直撃を受けた場所を中心に両サイドの壁や天井に激しく叩きつけられ、原型をとどめないほどに破壊されている。再構築にもしばらく時間がかかるだろう。

隼人達は一気にゴーレム騎士達の残骸を飛び越えて行く。

 

「ウサミミがぁ~、私のウサミミがぁ~!!」

「耳を塞げって言ったでしょ!!」

 

併走しながら、ウサミミをペタンと折りたたみ両手で押さえながら涙目になって悶えているシア。兎人族……それは亜人族で一番聴覚に優れた種族である。

 

「ええ? 何ですか? 聞こえないですよぉ」

「……ホント、残念ウサギ……」

「否定できねぇ。」

 

 再び落ちて来たゴーレム騎士達に対処しながら、駆け抜けること五分。遂に、通路の終わりが見えた。通路の先は巨大な空間が広がっているようだ。道自体は途切れており、十メートルほど先に正方形の足場が見える。

「全員飛ぶぞ!」

 

 ハジメの掛け声に頷く隼人たち。背後からは依然、ゴーレム騎士達が落下してくる。それらを迎撃し、躱しながら通路端から勢いよく飛び出した。

 身体強化された隼人達の跳躍力はオリンピック選手のそれを遥かに凌ぐ。世界記録を軽々と超えて眼下の正方形に飛び移ろうとした。

 が、思った通りにいかないのがこの大迷宮の特徴。何と、放物線を描いて跳んだ目の前で正方形のブロックがスィーと移動し始めたのだ。

 

「なにぃ!?」

「皆捕まって。」

 

優花が紐付きのクナイを投げ必中と一緒に投げつけ隼人がその勢い綱を身体強化を使いよじ登り

 

「よっと。」

 

隼人がそのロープを引き上げる。言葉にはしないが阿吽の呼吸で全員を引き上げることに成功する

 

「くそっ、こいつら、重力操作かなんか知らんが動きがどんどん巧みになってきてるぞ」

「……たぶん、原因はここ?」

「あはは、常識って何でしょうね。全部浮いてますよ?」

 

シアの言う通り、周囲の全ては浮遊していた。

この場所は超巨大な球状の空間だった。直径二キロメートル以上ありそうである。そんな空間には、様々な形、大きさの鉱石で出来たブロックが浮遊して不規則に移動をしているのだ。完全に重力を無視した空間である。だが、隼人達はしっかりと重力を感じている。おそらく、この部屋の特定の物質だけが重力の制限を受けないのだろう。

 

「それがここの神代魔法で間違いはないでしょうね。」

「そうだな。『重力魔法』この迷宮の手に入れられる魔法で間違いないな。」

 

隼人と優花は神代魔法を予想している。というよりも確信しているのだが

節しているのか、方向転換が急激である。生物なら凄まじいGで死んでいてもおかしくないだろう。この空間に近づくにつれて細やかな動きが可能になっていった事を考えると、おそらく……

「ここに、ゴーレムを操っているヤツがいるってことかな?」

 ハジメの推測に全員が賛同するように表情を引き締めた。ゴーレム騎士達は何故か、ハジメ達の周囲を旋回するだけで襲っては来ない。取り敢えず、何処かに横道でもないかと周囲を見渡す。ここが終着点なのか、まだ続きがあるのか分からない。だが、間違いなく深奥に近い場所ではあるはずだ。ゴーレム騎士達の能力上昇と、この特異な空間がその推測に説得力を持たせる。

隼人が〝遠見〟で、この巨大な球状空間を調べようと目を凝らした。と、次の瞬間、シアの焦燥に満ちた声が響く。

 

「逃げてぇ!」

「「「「!?」」」」

 

全員が反応よりも体が反応しシアの警告に瞬時に飛び退いた。運良く、ちょうど数メートル先に他のブロックが通りかかったので、それを目指して現在立っているブロックを離脱する。

直後、

 

ズゥガガガン!!

 

 隕石が落下してきたのかと錯覚するような衝撃が今の今までハジメ達がいたブロックを直撃し木っ端微塵に爆砕した。隕石というのはあながち間違った表現ではないだろう。赤熱化する巨大な何かが落下してきて、ブロックを破壊すると勢いそのままに通り過ぎていったのだ。

 

「さすがにシャレになってねぇぞ。」

 

隼人達は冷や汗が垂れる。シアの警告がなければ恐らく即死だったであろう。感知出来なかったわけではなかった。シアが警告をした直後、確かに気配を感じた。だが、落下速度が早すぎて感知してからの回避が間に合ったとは思えなかったのである。

 

「助かったシア。ありがとよ。」

「……ん、お手柄。」

「えへへ、〝未来視〟が発動して良かったです。代わりに魔力をごっそり持って行かれましたけど……」

「それでも死ぬよりはマシよ。」

「そうだな。ちょっとマジで難易度高いぞ。この迷宮。」

 

この中で一番感知能力が高い隼人の感知より早く気がついたのはシアの固有魔法〝未来視〟が発動したからのようだ。〝未来視〟は、シア自身が任意に発動する場合、シアが仮定した選択の結果としての未来が見えるというものだが、もう一つ、自動発動する場合がある。今回のように死を伴うような大きな危険に対しては直接・間接を問わず見えるのだ。

 つまり、直撃を受けていれば少なくともシアは死んでいた可能性があるということだ。改めて戦慄を感じながら、隼人とハジメは通過していった隕石モドキの方を見やった。ブロックの淵から下を覗く。と、下の方で何かが動いたかと思うと猛烈な勢いで上昇してきた。それは瞬く間にハジメ達の頭上に出ると、その場に留まりギンッと光る眼光をもって隼人達を睥睨した。


「おいおい、マジかよ」

「……すごく……大きい」

「お、親玉って感じですね」

「……まぁラスボスで間違いはないだろうな。……ちょっとステータスが気になるところではあるけど。」

「隼人、どうしたのよ。そんな複雑そうにして。」

 

目の前に現れたのは、宙に浮く超巨大なゴーレム騎士だった。全身甲冑はそのままだが、全長が二十メートル弱はある。右手はヒートナックルとでも言うのか赤熱化しており、先ほどブロックを爆砕したのはこれが原因かもしれない。左手には鎖がジャラジャラと巻きついていて、フレイル型のモーニングスターを装備している。

巨体ゴーレムに身構えていると、周囲のゴーレム騎士達がヒュンヒュンと音を立てながら飛来し、隼人達の周囲を囲むように並びだした。整列したゴーレム騎士達は胸の前で大剣を立てて構える。

すっかり包囲され緊張感が高まる。辺りに静寂が満ち、まさに一触即発の状況。そんな予感をさせるほど張り詰めた空気を破ったのは……

……巨体ゴーレムのふざけた挨拶だった。

「やほ~、はじめまして~、みんな大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

「「「「……は?」」」」

 



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ミレディ戦

 凶悪な装備と全身甲冑に身を固めた眼光鋭い巨体ゴーレムから、やたらと軽い挨拶をされた。頭がどうにかなる前に現実逃避しそうだった。俺以外も、包囲されているということも忘れてポカンと口を開けている。

そんな硬直する俺たちに、巨体ゴーレムは不機嫌そうな声を出した。声質は女性のものだ。

 

「あのねぇ~、挨拶したんだから何か返そうよ。最低限の礼儀だよ? 全く、これだから最近の若者は……もっと常識的になりたまえよ」

「いや……ゴーレムに言われてもなぁ。」

 

突っ込むのもなんだし隼人は少し困ったようにゴーレムを見る

 

「そいつは、悪かったな。だが、ミレディ・ライセンは人間で故人のはずだろ? まして、自我を持つゴーレム何て聞いたことないんでな……目論見通り驚いてやったんだから許せ。そして、お前が何者か説明しろ。簡潔にな」

「あれぇ~、こんな状況なのに物凄く偉そうなんですけど、こいつぅ」

「まぁ。これくらいのミニゴーレムくらいなら何とかなるしな。」

 

実際蹴散らせる実力はもっているしな

 

「ん~? ミレディさんは初めからゴーレムさんですよぉ~何を持って人間だなんて……」

「オスカーの手記にお前のことも少し書いてあった。きちんと人間の女として出てきてたぞ? というか阿呆な問答をする気はない。簡潔にと言っただろう。どうせ立ち塞がる気なんだろうから、やることは変わらん。お前をスクラップにして先に進む。だから、その前にガタガタ騒いでないで、吐くもん吐け」

「お、おおう。久しぶりの会話に内心、狂喜乱舞している私に何たる言い様。っていうかオスカーって言った?もしかして、オーちゃんの迷宮の攻略者?」

「ああ、オスカー・オルクスの迷宮なら攻略した。というか質問しているのはこちらだ。答える気がないなら、戦闘に入るぞ?」

 

ハジメがドンナーを巨体ゴーレムに向ける。ユエはすまし顔だが、俺、優花、シアの方は「うわ~、ブレないなぁ~」と感心半分呆れ半分でハジメを見ていた。

 

「……神代魔法ねぇ、それってやっぱり、神殺しのためかな? あのクソ野郎共を滅殺してくれるのかな? オーちゃんの迷宮攻略者なら事情は理解してるよね?」

「質問しているのはこちらだと言ったはずだ。答えて欲しけりゃ、先にこちらの質問に答えろ」

「こいつぅ~ホントに偉そうだなぁ~、まぁ、いいけどぉ~、えっと何だっけ……ああ、私の正体だったね。うぅ~ん」

「簡潔にな。オスカーみたいにダラダラした説明はいらないぞ」

「あはは、確かに、オーちゃんは話が長かったねぇ~、理屈屋だったしねぇ~」

 

 巨体ゴーレムは懐かしんでいるのか遠い目をするかのように天を仰いだ。本当に人間臭い動きをするゴーレムである。ユエは相変わらず無表情で巨体ゴーレムを眺め、シアは周囲のゴーレム騎士達に気が気でないのかそわそわしている。俺と優花は武器に手をかけ警戒している

 

「うん、要望通りに簡潔に言うとね。私は、確かにミレディ・ライセンだよ。ゴーレムの不思議は全て神代魔法で解決!もっと詳しく知りたければ見事、私を倒してみよ! って感じかな」

「結局、説明になってねぇ……」

「ははは、そりゃ、攻略する前に情報なんて貰えるわけないじゃん?迷宮の意味ないでしょ?」

「それもそうだな。簡単でいいじゃんか。」

 

隼人は少し笑う

 

「お前の神代魔法は、残留思念に関わるものなのか?」

「ん~?その様子じゃ、何か目当ての神代魔法があるのかな? ちなみに、私の神代魔法は別物だよぉ~、魂の定着の方はラーくんに手伝ってもらっただけだしぃ~」

「ラウス・バーンだな」

 

隼人が解放者の一人の名前を告げる。恐らくミレディ・ゴーレムに死んだはずの本人の意思を持たせ、ゴーレムに定着させたようだ。

 

「じゃあ、お前の神代魔法は何なんだ?」

「ん~ん~、知りたい? そんなに知りたいのかなぁ?」

「……」

 

イライラしているハジメに隼人も何か言いたげだったが

 

「知りたいならぁ~、その前に今度はこっちの質問に答えなよ」

 

 最後の言葉だけ、いきなり声音が変わった。今までの軽薄な雰囲気がなりを潜め真剣さを帯びる。

 

「なんだ?」

「目的は何? 何のために神代魔法を求める?」

「元の世界に戻るため。っていえばいいか?元々俺と優花、ハジメは違う世界からの人間だ。だから元の世界に帰るべく神代魔法を探しているわけだ。」

「それと、一応神退治も目的なんだよなぁ。おそらく神の目的はユエだろうから。」

「「えっ?」」

 

ハジメが答えると聞いてはいなかったシアとユエは驚いたようにハジメを見る。ミレディ・ゴーレムはしばらく、ジッと隼人とハジメを見つめた後、何かに納得したのか小さく頷いた。そして、ただ一言「そっか」とだけ呟いた。と、次の瞬間には、真剣な雰囲気が幻のように霧散し、軽薄な雰囲気が戻る。

 

「ん~、そっかそっか。なるほどねぇ~、別の世界からねぇ~。うんうん。それは大変だよねぇ~よし、ならば戦争だ! 見事、この私を打ち破って、神代魔法を手にするがいい!」

「脈絡なさすぎて意味不明なんだが……何が『ならば』何だよ。っていうか話し聞いてたか? お前の神代魔法が転移系でないなら意味ないんだけど? それとも転移系なのか?」

「応える気がないってことだろ。」

「そうね。あなたが悪いわけじゃないんだけど……私たちの目的のために死んで。」

 

優花が問答無用にオルカンからロケット弾をぶっぱなした。火花の尾を引く破壊の嵐が真っ直ぐにミレディ・ゴーレムへと突き進み直撃する。

 

ズガァアアアン!!

 

 凄絶な爆音が空間全体を振動させながら響き渡る。もうもうとたつ爆煙。優花もだいぶ染まってきたのか結構物騒になってきたらしい。

 

「やりましたか!?」

「……シア、それはフラグ」

「気配も魔力も感知した。攻撃が来るぞ。」

 

煙の中から赤熱化した右手がボバッと音を立てながら現れると横薙ぎに振るわれ煙が吹き散らされる。

 煙の晴れた奥からは、両腕の前腕部の一部を砕かれながらも大して堪えた様子のないミレディ・ゴーレムが現れた。ミレディ・ゴーレムは、近くを通ったブロックを引き寄せると、それを砕きそのまま欠けた両腕の材料にして再構成する。

 

「ふふ、先制攻撃とはやってくれるねぇ~、さぁ、もしかしたら私の神代魔法が君のお目当てのものかもしれないよぉ~、私は強いけどぉ~、死なないように頑張ってねぇ~」

 

 そう楽しそうに笑って、ミレディ・ゴーレムは左腕のフレイル型モーニングスターを俺達に向かって射出した。投げつけたのではない。予備動作なくいきなりモーニングスターが猛烈な勢いで飛び出したのだ。おそらく、ゴーレム達と同じく重力方向を調整して〝落下〟させたのだろう。近くの浮遊ブロックに跳躍してモーニングスターを躱す。モーニングスターは、ブロックを木っ端微塵に破壊しそのまま宙を泳ぐように旋回しつつ、ミレディ・ゴーレムの手元に戻った。

 

「やるぞ!ミレディを破壊する!」

「んっ!」

「了解ですぅ!」

「了解。」

「はいはい。」

 

俺はそういうとガンランスを取り出す

ハジメの掛け声と共に、七大迷宮が一つ、ライセン大迷宮最後の戦いが始った。

 大剣を掲げたまま待機状態だったゴーレム騎士達が、ハジメの掛け声を合図にしたかのように一斉に動き出した。通路でそうしたのと同じように、頭をハジメ達に向けて一気に突っ込んでくる。

 

「はい残念。」

 

隼人は一瞬でガンランスを振り回し数十体のゴーレムを巻き込んでいく

身体強化で最大限に攻撃を特化させ一瞬で奈落の底にゴーレムを弾き飛ばす

 

「あはは、やるねぇ~、でも総数五十体の無限に再生する騎士達と私、果たして同時に捌けるかなぁ~」

 

 嫌味ったらしい口調で、ミレディ・ゴーレムが再度、モーニングスターを射出した。シアが大きく跳躍し、上方を移動していた三角錐のブロックに飛び乗る。ハジメは、その場を動かずにドンナーをモーニングスターに向けて連射した。

同時に、上方のブロックに跳躍していたシアがミレディの頭上を取り、飛び降りながらドリュッケンを打ち下ろした。

 

「見え透いてるよぉ~」

「そんなよそ見をしてていいのかしら。」

 

レールガンの二刀流を腰から取り出したドンナーを優花は二丁拳銃で撃ち抜いていき

 

「どりぃあああーーー!!」

 

ドリュッケンで、遠心力もたっぷり乗せた一撃をミレディ・ゴーレムに叩き込んだ。

 

ズゥガガン!!

 

 咄嗟に左腕でガードするミレディ・ゴーレム。凄まじい衝突音と共に左腕が大きくひしゃげる。しかし、ミレディ・ゴーレムはそれがどうしたと言わんばかりに、そのまま左腕を横薙ぎにした。

「きゃぁああ!!」

「シア!」

 

 悲鳴を上げながらぶっ飛ぶシア。何とか空中でドリュッケンの引き金を引き爆発力で体勢を整えると、更に反動を利用して近くのブロックに不時着する。

 

「はっ、やるじゃねぇの。おい、ユエ。お前、あいつに一体どんな特訓したんだよ?」

「……ひたすら追い込んだだけ」

「……なるほど、しぶとく生き残る術が一番磨かれたってところか」

「まぁ結果オーライだろ。てか優花と息ぴったりじゃねーか。」

 

遠目にシアとピョンピョンと浮遊ブロックを飛び移りながら戻ってくるのを確認しつつ内心感心する

ハジメは、〝宝物庫〟からガトリング砲メツェライを取り出す。そして、俺はロケットランチャー(手榴弾)をとりだしダメージを与えて行くことにする

 

ドゥルルルルル!!

 

ドゴン!!ドゴン!!

 

瞬く間に四十体以上のゴーレム騎士達が無残な姿を晒しながら空間の底面へと墜落した。時間が経てば、また再構築を終えて戦線に復帰するだろうが、しばらく邪魔が入らなければそれでいい。

 

「ちょっ、なにそれぇ! そんなの見たことも聞いたこともないんですけどぉ!」

「ついでにミレディの核は、心臓と同じ位置だ!あれを破壊するぞ!」

「んなっ! 何で、わかったのぉ!」

 

再度、驚愕の声をあげるミレディ。

周囲を飛び交うゴーレム騎士も今は十体程度。5人で波状攻撃をかけて、ミレディの心臓に一撃を入れるのだ。

 ハジメが、一気に跳躍し周囲の浮遊ブロックを足場にしながらミレディ・ゴーレムに接近を試みる。今のレールガンの出力では、ミレディ・ゴーレムの巨体を粉砕して核に攻撃を届かせるのは難しい。なので、ゼロ距離射撃で装甲を破壊し、手榴弾でも突っ込んでやろうと考えただろうけどそう甘くはないようだ ミレディ・ゴーレムの目が一瞬光ったかと思うと、彼女の頭上の浮遊ブロックが猛烈な勢いで宙を移動するハジメへと迫った。

 

「ハジメ」

「!?」

「操れるのが騎士だけとは一言も言ってないよぉ~」

「まぁアザンチウムの鉱石をふんだんに使ったゴーレムなら当然か。」

「おや? 知っていたんだねぇ~、ってそりゃそうか。オーくんの迷宮の攻略者だものねぇ、生成魔法の使い手が知らないわけないよねぇ~、さぁさぁ、程よく絶望したところで、第二ラウンド行ってみようかぁ!」

 

ミレディは、砕いた浮遊ブロックから素材を奪い、表面装甲を再構成するとモーニングスターを射出しながら自らも猛然と突撃を開始した。

 

「ど、どうするんですか!?隼人さん!」

「まだ手はあるけど1分近く必要だな。何とかしてヤツの動きを封じるか。」

「……ん、了解」

「足止め頼むぞ。」

「任せて。」

 

 火力不足というどうしようもない事情に、シアが動揺した様子で隼人に問う。隼人は、まだ切り札が残っている、それを使うためにミレディ・ゴーレムの動きを封じるように指示を出した。手が残っているということに、幾分安堵の表情を見せてユエとシアが迫り来るモーニングスターを回避すべく近くの浮遊ブロックに飛び移ろうとする。しかし

 

「させないよぉ~」

 

 ミレディ・ゴーレムの気の抜けた声と共に足場にしていた浮遊ブロックが高速で回転し、バランスを崩してしまう

そこへ狙いすました様にミレディ・ゴーレムがフレイムナックルを突き出して突っ込んだ。

 

「くぅう!!」

「んっ!!」

 

 直撃は避けたものの強烈な衝撃に、女性陣の口から苦悶の呻き声が漏れる。

すれ違い様にユエは〝破断〟をミレディ・ゴーレムの腕を狙って発動し、シアはドリュッケンのギミックの一つである杭を打撃面から突出させた

そのまま左の肩から頭部目掛けてドリュッケンをフルスイング。

 

「「きゃあ!」」

 

 悲鳴を上げるシアを隼人がいち早く風魔法を使い抱っこでシアを回収する

 

「隼人さん。」

「もう一回できるか?なんとなく嫌な予感がするから完全に止まってからとどめを刺しにいく」

「は、はい。」

 

と抱きかかえて近くの島に飛び降りた時だった

 

「ハ、隼人さん!?」

「悪いな。もっかいガンバ!」

「こんちくしょうですぅー!」

 

敵に向かって特攻させられるという何ともやりきれない状況に、自棄くそ気味な雄叫びを上げながらドリュッケンを構えるシア。

若干、ミレディも引いているようにしているが俺も攻撃に移る

たった一振りで右腕に大ダメージを与え下方から水のレーザーが迸り、先ほど入れられた切れ込みに寸分違わず命中した。そして、その傷口を更に抉り切り裂いて、遂にミレディ・ゴーレムの右腕を切断した。

 

「ナイスユエ。」

「……してやったり」

 

 そう言ってほくそ笑んだのは、もちろんユエである。

 

「っ、このぉ! 調子に乗ってぇ!」

 

ミレディが、イラついた様子で声を張り上げた。

両腕を失ったミレディが何故か、周囲の浮遊ブロックを呼び寄せて両腕を再構成することもなく、天井を見つめたまま目を強く光らせている

 

「みなさん避けてぇ! 降ってきます!」

 

この空間の壁には幾つものブロックが敷き詰められているのだが、天井に敷き詰められた数多のブロックが全て落下しようとしているのだ。一つ一つのブロックが、軽く十トン以上ありそうな巨石である。そんなものが豪雨の如く降ってくるのだ。

畜生ここで使うしかないか

 

「エクスプロージョン。」

 

切り札の一つ小さな声で全ての詠唱を呟いてほぼ半分の魔力を放出し放つ最上級魔法。

分解するには魔力が多すぎて少し威力は落ちているものの豪炎が落ちてくるブロックを破壊していく

 

「なんでここで魔法が使えるの!!」

「答えてやってもいいが……俺ばかり見ていていいのか?」

「えっ?」

 

 先程と同じ口調で疑問の声を上げるミレディ。だが、その疑問は、直後、魔法の直撃という形で解消された。

 

「〝破断〟!」

 

 ユエの凛とした詠唱が響き渡り、幾筋もの水のレーザーがミレディ・ゴーレムの背後から背中や足、頭部、肩口に殺到する。着弾したウォーターカッターは各部位の表面装甲を切り裂いた。

 

「こんなの何度やっても一緒だよぉ~、両腕再構成するついでに直しちゃうしぃ~」

「いや、そんな暇は与えない」

 

 振り向きもせず余裕の雰囲気でユエの魔法を受けきったミレディ・ゴーレムに、ハジメがアンカーを打ち込みながら一気に接近する。片手にはシュラーゲンを持っている。

 

「あはは、それじゃあ、私のアザンチウム製の装甲は砕けないよぉ~」

 

ハジメに取り付かれ、胸部にシュラーゲンを突きつけられても撃ちたきゃ撃てば? と言わんばかりだ。

ハジメの言葉と共にシュラーゲンからスパークが走り、電磁加速されたフルメタルジャケットモドキがミレディ・ゴーレムの胸部をゼロ距離から吹き飛ばす。轟音と衝撃にミレディ・ゴーレムが弾かれ吹き飛ぶ。

 

「こ、こんなことしても結局は……」

「ユエ!。」

 

 ミレディの言葉を無視して、ハジメがユエの名を呼ぶ。すると、跳躍してきたユエが更に魔法を発動した。

 

「凍って!〝凍柩〟!」

「冷たい空気で全てを凍え。氷結。」

 

ユエのバフが分解する前に優花たちは動きを止めるためにこの魔法にかける

 

「なっ!? 何で上級魔法が!?」

 

 驚愕の声を上げるミレディ。優花とユエが上級魔法である氷系統の魔法を使えたのは単純な話だ。〝破断〟と同じく、元となる水を用意して消費魔力量を減らしただけである。あらかじめ、ミレディ・ゴーレムを叩きつけるブロックを決めておき水を撒いておく。そして、隙をついてミレディ・ゴーレム自身の背面にも水を撒いておく。最初の〝破断〟はそれが目的だ。

優花もユエも仲間の魔晶石を使っての攻撃でさすがに息が上がる

体を固定されたミレディ・ゴーレムの胸部に立ち、ハジメは〝宝物庫〟から切り札を取り出す。虚空に現れたそれは全長二メートル半程の縦長の大筒だった。外部には幾つものゴツゴツした機械が取り付けられており、中には直径二十センチはある漆黒の杭が装填されている。下方は四本の頑丈そうなアームがつけられており、中程に空いている機構にハジメが義手をはめ込むと連動して動き出した。

ハジメはそのまま、直下の身動きが取れないミレディ・ゴーレムをアームで挟み込み、更に筒の外部に取り付けられたアンカーを射出した。合計六本のアームは周囲の地面に深々と突き刺さると大筒をしっかりと固定する。同時に、ハジメが魔力を注ぎ込んだ。すると、大筒が紅いスパークを放ち、中に装填されている漆黒の杭が猛烈と回転を始める。

 

キィイイイイイ!!!

 

 高速回転が奏でる旋律が響き渡る。ニヤァと笑ったハジメの表情に、ゴーレムでなければ確実に表情を引き攣らせているであろうミレディ。凶悪なフォルムのそれは、義手の外付け兵器〝パイルバンカー〟である。〝圧縮錬成〟により、四トン分の質量を直径二十センチ長さ一・二メートルの杭に圧縮し、表面をアザンチウム鉱石でコーティングした。世界最高重量かつ硬度の杭。それを大筒の上方に設置した大量の圧縮燃焼粉と電磁加速で射出する。

 

「存分に食らって逝け」

 

そんな言葉と共に、ミレディ・ゴーレムの核に漆黒の杭が打ち放たれた。

 

ゴォガガガン!!!

 

 凄まじい衝撃音と共にパイルバンカーが作動し、漆黒の杭がミレディ・ゴーレムの絶対防壁に突き立つ。胸部のアザンチウム装甲は、一瞬でヒビが入り、杭はその先端を容赦なく埋めていく。あまりの衝撃に、ミレディ・ゴーレムの巨体が浮遊ブロックを放射状にヒビ割りながら沈み込んだ。浮遊ブロック自体も一気に高度を下げる。ミレディ・ゴーレムは、高速回転による摩擦により胸部から白煙を吹き上げていた。

……しかし、ミレディ・ゴーレムの目から光は消えなかった。

 

「ハ、ハハ。どうやら未だ威力が足りなかったようだねぇ。だけど、まぁ大したものだよぉ?四分の三くらいは貫けたんじゃないかなぁ?」

「知っているさ。それだけじゃ貫けないってことは。」

 

ハジメは軽く笑い合図を出す

 

「やれ!シア!」

 

 ハジメは、〝宝物庫〟に杭以外のパイルバンカーをしまうと、ミレディ・ゴーレムの胸部から勢いよく飛び退いた。 代わりに現れたのは、ウサミミをなびかせ、ドリュッケンを大上段に構えたまま、遥か上空から自由落下に任せて舞い降りるシア

 

ドゴォオオ!!!

 

 轟音と共に杭が更に沈み込む。だが、まだ貫通には至らない。シアは、内蔵されたショットシェルの残弾全てを撃ち尽くすつもりで、引き金を引き続ける。

 

ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ!

 

「あぁあああああ!!」

 

 シアの絶叫が響き渡る。これで決めて見せると強烈な意志を全て相棒たる大槌に注ぎ込む。全身全霊、全力全開。衝撃と共に浮遊ブロックが凄まじい勢いで高度を下げていく。

そして、轟音と共に浮遊ブロックが地面に激突した。その衝撃で遂に漆黒の杭がアザンチウム製の絶対防御を貫き、ミレディ・ゴーレムの核に到達する。先端が僅かにめり込み、ビシッという音を響かせながら核に亀裂が入った。

地面への激突の瞬間、シアはドリュッケンを起点に倒立すると、くるりと宙返りをする。そして、身体強化の全てを脚力に注ぎ込み、遠心力をたっぷりと乗せた蹴りをダメ押しとばかりに杭に叩き込んだ。

シアの蹴りを受けて更にめり込んだ杭は、核の亀裂を押し広げ……遂に完全に粉砕した。

ミレディ・ゴーレムの目から光が消える。

七大迷宮が一つ、ライセン大迷宮の最後の試練が確かに攻略された瞬間だった。

 



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想いの強さ

大学の試験があるので更新ペース下がります


「やったじゃねぇかシア。最後のは凄い気迫だった。見直したぞ?」

「……ん、頑張った」

「えへへ、有難うございます。」

「シア。お疲れ様。」

「あぁ今回のMVPは間違えなくシアだな。」

 

最後の場面で、どうしてもシアの止めが必要という訳ではなかった。パイルバンカーが威力不足だろうことは予想がついていたし、それを押し込む手段もあった。だが、温厚で争いごとが苦手な兎人族であり、つい最近まで戦う術を持たなかったシアが一度も「帰りたい」などと弱音を吐かず、恐怖も不安も動揺も押しのけて大迷宮の深部までやって来たのだ。最後を任せるというのもありだろうと隼人は考えに念話石で曖昧にだけど伝えた。

まぁ隼人自身が最大火力の魔法を放ったため魔力を奪われたからでもあるのだが

結果は上々。凄まじい気迫と共に繰り出された最後の一撃は正直、隼人が数秒見惚れるほど見事なものだった。シアの想いの強さが衝撃波となって届き、隼人自身が照れ臭くなるほどに

 

「えへへ、有難うございます。でも隼人さん、そこは、〝惚れ直した〟でもいいんですよ?」

「……たく。それならそこの残念なところをなんとかしろ。」

「ちょっとひどいですよ〜!!」

 

隼人は苦笑する。ポカポカシアが不満げに叩いているが、照れ隠しってことはシア以外の全員が分かっていた。頰が真っ赤に染まり少し恥ずかしげに目を逸らしていたからだ

 

 

未だ頬を抓っているシアのもとへユエがトコトコと歩み寄っていく。そして、服を引っ張り屈ませると、おもむろにシアの頭を撫でた。乱れた髪を直すように、ゆっくり丁寧に。

 

「え、えっと、ユエさん?」

「……隼人は撫でないだろうから、残念だろうけど代わりに。よく頑張りました」

「ユ、ユエさぁ~ん。うぅ、あれ、何だろ? 何だか泣けてぎまじだぁ、ふぇええ」

「……よしよし。」

 

最初はユエの突然の行動に戸惑っていたシアも、褒められていると理解すると、緊張の糸が切れたのかポロポロと涙を流しながらユエにヒシッと抱きつき泣き出してしまった。やはり、初めての旅でいきなり七大迷宮というのは相当堪えていたのだろう。

 

「あのぉ~、いい雰囲気で悪いんだけどぉ~、そろそろヤバイんで、ちょっといいかなぁ~?」

 

 物凄く聞き覚えのある声。ハジメ達がハッとしてミレディ・ゴーレムを見ると、消えたはずの眼の光がいつの間にか戻っていることに気がついた。咄嗟に、飛び退り距離を置くハジメ達。

 

「いや。敵意はないだろ。迷宮はあの時にクリアしたはずだ。多分オスカーの時にあった最後の言葉ってことじゃないか。」

 

隼人がいうと迷宮攻略組はあぁと頷く

 

ハジメが、少し警戒心を解きミレディ・ゴーレムに話しかける。

 

「で? 何の話だ? 死にぞこない。死してなお空気も読めんとは……残念さでは随一の解放者ってことで後世に伝えてやろうか」

「ちょっ、やめてよぉ~、何その地味な嫌がらせ。ジワジワきそうなところが凄く嫌らしい」

「んで何か話したいことがあるのかよ。」

 

ハジメの機先を制するような言葉に、何となく苦笑いめいた雰囲気を出すミレディ・ゴーレム。

 

「話したい……というより忠告だね。訪れた迷宮で目当ての神代魔法がなくても、必ず私達全員の神代魔法を手に入れること……君の望みのために必要だから……」

「全部ね……なら他の迷宮の場所を教えろ。失伝していて、ほとんどわかってねぇんだよ」

「あぁ、そうなんだ……そっか、迷宮の場所がわからなくなるほど……長い時が経ったんだね……うん、場所……場所はね……」

 

ポツリポツリとミレディは残りの七大迷宮の所在を語る

 

「以上だよ……頑張ってね」

「……随分としおらしいじゃねぇの。あのウザったい口調やらセリフはどうした?」

 

 ハジメの言う通り、今のミレディは、迷宮内のウザイ文を用意したり、あの人の神経を逆なでする口調とは無縁の誠実さや真面目さを感じさせた。戦闘前にハジメの目的を聞いたときに垣間見せた、おそらく彼女の素顔が出ているのだろう。消滅を前にして取り繕う必要がなくなったということなのかもしれない。

 

「あはは、ごめんね~。でもさ……あのクソ野郎共って……ホントに嫌なヤツらでさ……嫌らしいことばっかりしてくるんだよね……だから、少しでも……慣れておいて欲しくてね……そこのお嬢ちゃんの為に神と戦うんでしょ?」

「あぁ。一応な。本当なら戦いたくはないんだけど。」

「まぁこっちにも話せない事情があるんだよ。それにオスカー曰く俺たちは駒だ。それなら自分の不都合なことならばまず排除しにかかるのが神だろう。」

「うん。……そっか。」

 

ミレディは、その様子に楽しげな笑い声を漏らす。

 

「ふふ……それでいい……君たちは君たちの思った通りに生きればいい…………君の選択が……きっと…………この世界にとっての……最良だから……」

 

いつしか、ミレディ・ゴーレムの体は燐光のような青白い光に包まれていた。その光が蛍火の如く、淡い小さな光となって天へと登っていく。死した魂が天へと召されていくようだ。とても、とても神秘的な光景である。

 

 その時、おもむろにユエがミレディ・ゴーレムの傍へと寄って行った。既に、ほとんど光を失っている眼をジッと見つめる。

 

「何かな?」

 

囁くようなミレディの声。それに同じく、囁くようにユエが一言、消えゆく偉大な〝解放者〟に言葉を贈った。

 

「……お疲れ様。よく頑張りました」

「……」

 

それは労いの言葉。たった一人、深い闇の底で希望を待ち続けた偉大な存在への、今を生きる者からのささやかな贈り物。本来なら、遥かに年下の者からの言葉としては不適切かもしれない。だが、やはり、これ以外の言葉を、ユエは思いつかなかった。

 

 ミレディにとっても意外な言葉だったのだろう。言葉もなく呆然とした雰囲気を漂わせている。やがて、穏やかな声でミレディがポツリと呟く。

 

「……ありがとね」

「……ん」

 

 ちなみに、ユエとミレディが最後の言葉をかわすその後ろで、知った風な口を聞かれてイラっとしたハジメが「もういいから、さっさと逝けよ」と口にしそうになり、それを敏感に察したシアに「空気読めてないのはどっちですか! ちょっと黙ってて下さい!」と後ろから羽交い絞めにされて口を塞がれモゴモゴさせていたのだが、幸いなことに二人は気がついておらず、厳かな雰囲気は保たれていた。

 

「……さて、時間の……ようだね……君達のこれからが……自由な意志の下に……あらんことを……」

 

 オスカーと同じ言葉をハジメ達に贈り、〝解放者〟の一人、ミレディは淡い光となって天へと消えていった。

辺りを静寂が包み、余韻に浸るようにユエとシアが光の軌跡を追って天を見上げる。

 

「……最初は、性根が捻じ曲がった最悪の人だと思っていたんですけどね。ただ、一生懸命なだけだったんですね」

「……ん」

「そうね。」

 

 どこかしんみりとした雰囲気で言葉を交わすユエとシアと優花。だが、ミレディに対して思うところが皆無の男、ハジメはうんざりした様子で二人に話しかけた。

 

「はぁ、もういいだろ? さっさと先に行くぞ。それと、断言するがアイツの根性の悪さも素だと思うぞ? あの意地の悪さは、演技ってレベルじゃねぇよ」

「ちょっと、ハジメさん。そんな死人にムチ打つようなことを。ヒドイですよ。まったく空気読めないのはハジメさんの方ですよ」

「……ハジメ、KY?」

「ユエ、お前まで……はぁ、まぁ、いいけどよ。念の為言っておくが、俺は空気が読めないんじゃないぞ。読まないだけだ」

「……それにミレディが本当に性格が悪いってことが理解できたしな。」

「……どういうこと?」

 

そんな雑談をしていると、いつの間にか壁の一角が光を放っていることに気がついたハジメ達。気を取り直して、その場所に向かう。上方の壁にあるので浮遊ブロックを足場に跳んでいこうと、ブロックの一つに三人で跳び乗った。と、その途端、足場の浮遊ブロックがスィーと動き出し、光る壁までハジメ達を運んでいく。

 

「……」

「わわっ、勝手に動いてますよ、これ。便利ですねぇ」

「……サービス?」

 

 勝手にハジメ達を運んでくれる浮遊ブロックにシアは驚き、ユエは首をかしげる。ハジメは嫌そうな表情。優花も何か気づいたようだ。

 

そして運んできた先には

 

「やっほー、さっきぶり! ミレディちゃんだよ!」

 

 ちっこいミレディ・ゴーレムがいた。

 

「「……」」

「やっぱり。」

「ほれ、みろ。こんなこったろうと思ったよ」

「……ぷっ。」

 

その後シリアスな雰囲気をバカにされたユエとシアによる一方的な虐殺を終えた後

 

魔法陣の中に入る俺達。今回は、試練をクリアしたことをミレディ本人が知っているので、オルクス大迷宮の時のような記憶を探るプロセスは無く、直接脳に神代魔法の知識や使用方法が刻まれていく。

 

「これは……やっぱり重力操作の魔法か」

「そうだよ~ん。ミレディちゃんの魔法は一応重力魔法。上手く使ってね…って言いたいところだけど、君とウサギちゃんたちは適性ないねぇ~もうびっくりするレベルでないね!」

「やかましいわ。それくらい想定済みだ」

「ウサギちゃんたちは体重の増減くらいなら使えるんじゃないかな。君は……生成魔法使えるんだから、それで何とかしなよ。他の三人は適性ばっちりだね。修練すれば十全に使いこなせるようになるよ」

 

なぜかシアが落ち込んでいるが

 

「おい、ミレディ。さっさと攻略の証を渡せ。それから、お前が持っている便利そうなアーティファクト類と感応石みたいな珍しい鉱物類も全部よこせ」

「……君、セリフが完全に強盗と同じだからね? 自覚ある?」

 

否定できない。隼人はため息を吐くと 歪んだニコちゃんマークの仮面が、どことなくジト目をしている気がするが、ハジメは気にしない。ミニ・ミレディは、ごそごそと懐を探ると一つの指輪を取り出し、それをハジメに向かって放り投げた。パシッと音をさせて受け取るハジメ。ライセンの指輪は、上下の楕円を一本の杭が貫いているデザインだ。

ミニ・ミレディは、更に虚空に大量の鉱石類を出現させる。おそらく〝宝物庫〟を持っているのだろう。そこから保管していた鉱石類を取り出したようだ。やけに素直に取り出したところを見ると、元々渡す気だったのかもしれない。何故か、ミレディはハジメが狂った神連中と戦うことを確信しているようであるし、このくらいの協力は惜しまないつもりだったのだろう。

 

「おい、それ〝宝物庫〟だろう? だったら、それごと渡せよ。どうせ中にアーティファクト入ってんだろうが」

「あ、あのねぇ~。これ以上渡すものはないよ。〝宝物庫〟も他のアーティファクトも迷宮の修繕とか維持管理とかに必要なものなんだから」

「知るか。寄越せ」

「あっ、こらダメだったら!」

「ハジメやめとけ。」

 

隼人はハジメを止める

 

「ミレディ曰くここは迷宮なんだろ?勝利報酬的にはかなりの報酬だし、利益も十分だからな。それよりも本か」

「……ちっ。俺はただ、攻略報酬として身ぐるみを置いていけと言ってるだけじゃないか。至って正当な要求だろうに」

「それを正当と言える君の価値観はどうかしてるよ! うぅ、いつもオーちゃんに言われてた事を私が言う様になるなんて……」

「ちなみに、そのオーちゃんとやらの迷宮で培った価値観なんだけどな。」

「オーちゃぁーーん!!」

 

なんかかわいそうだなミレディ。

 

「はぁ~、初めての攻略者がこんなキワモノだなんて……もぅ、いいや。君達を強制的に外に出すからねぇ! 戻ってきちゃダメよぉ!」

 

 今にも飛びかからんとしていたハジメ達の目の前で、ミニ・ミレディは、いつの間にか天井からぶら下がっていた紐を掴みグイっと下に引っ張った。

 

「「「?」」」

 

まぁさすがに今回はやりすぎだからな。止める気はない。

 

「てめぇ! これはっ!」

 

ハジメは何かに気がついたように一瞬硬直すると、直ぐに屈辱に顔を歪めた。

白い部屋、窪んだ中央の穴、そこに流れ込む渦巻く大量の水に押し流される

 

「嫌なものは、水に流すに限るね☆」

 

 ウインクするミニ・ミレディ。ユエが咄嗟に魔法で全員を飛び上がらせようとする。この部屋の中は神代魔法の陣があるせいか分解作用がない。そのため、ユエに残された魔力は少ないが全員を激流から脱出させる程度のことは可能だろうけど

 

「〝来…〟」

「させなぁ~い!」

 

ミニ・ミレディが右手を突き出し、同時に途轍もない負荷がハジメ達を襲った。上から巨大な何かに押さえつけられるように激流へと沈められる。重力魔法で上から数倍の重力を掛けられたのだろう。

 

「それじゃあねぇ~、迷宮攻略頑張りなよぉ~」

「ごぽっ……てめぇ、俺たちゃ汚物か! いつか絶対破壊してやるからなぁ!」

「ケホッ……許さない」

「殺ってやるですぅ! ふがっ」

「……どう見てもこっちが悪役でしょ。」

「自業自得。」

 

隼人と優花は呆れたように三人を見る。その言葉の通り最後にハジメがばっちり手榴弾を投げていたことを二人は見逃さなかった。

その後迷宮の最奥に、「ひにゃああー!!」という女の悲鳴が響き渡った。その後、修繕が更に大変になり泣きべそを掻く小さなゴーレムがいたとかいないとか……

 

激流で満たされた地下トンネルのような場所を猛スピードで流されていた。息継ぎができるような場所もなく、ひたすら水中を進む。何とか、壁に激突して意識を失うような下手だけは打たないように必死に体をコントロールした。

と、その時、俺達の視界が自分達を追い越していく幾つもの影を捉えた。それは、魚だった。どうやら流された場所は、他の川や湖とも繋がっている地下水脈らしい。ただ、流される俺達と違って魚達は激流の中を逞しく泳いでいるので、追い越して行く。

しばらくたつと光が見えそして

 

「ゲホッ、ガホッ、~~っ、ひでぇ目にあった。あいつ何時か絶対に破壊してやる。みんな。無事か?」

「ケホッケホッ……ん、大丈夫」

「ゲホっ。ごほっ。お前ら少しは自重しろ。」

「ゲホッ本当よ!!少しはハジメ考えて行動してよ」

「ってシアは?」

 

隼人が聞くとみんなが探し出す

 

「シア? おい、シア! どこだ!」

「シア……どこ?」

「シア?」

 

 呼びかけるが周囲に気配はない。隼人は、急いで水中に潜り目を凝らす。すると、案の定、シアが底の方に沈んでいくところだった。意識を失っている事と、ドリュッケンの重さのせいで浮くことができないのだ。

 

「ちょっと助けてくる。」

 

隼人はハジメに縄を投げた後息を吸い一気に潜る。そしてシアを担ぐと固定をし縄を引く。するとハジメが引っ張ったのか分からないがすぐに地上へと上げられる

 

シアを引きずりながら岸に上がる。仰向けにして寝かせたシアは、顔面蒼白で白目をむいていた。

 

「ゲホっゲホ。容態は?」

「心臓と呼吸が止まっているな。ユエ、人工呼吸を!」

「……じん…何?」

「あ~、だから、気道を確保して…」

「???」

「あ〜もういい俺がやる。」

 

ハジメの説明に首を傾げるユエ。もしかして心肺蘇生というものがないのかもしれない。怪我をしているわけでもないし、水を飲んでいるところに更に水分を取らせる訳にもいかないので神水は役に立たない。

いつから意識を失っていたのかわからないが、一刻を争うことは確かだ。

本当に締まらないな。

隼人は、意を決してシアに心肺蘇生を行った。そうすると人工呼吸を試みるしかない。

 

「……」

 

ユエが驚いたように、優花は少し苦笑しながらも仕方ないかと隼人に任せることにした。

何度目かの人工呼吸のあと、遂にシアが水を吐き出した。水が気管を塞がないように顔を横に向けてやる

 

「ケホッケホッ……隼人さん?」

「おう。やっと目覚めたか。」

 

 むせながら横たわるシアに至近から呆れた表情を見せつつも、どこかホッとした様子を見せる隼人。そんな隼人を、ボーと見つめていたシアは、突如、ガバチョ! と抱きつきそのままキスをした。まさかの反応と、距離の近さに避け損なう。

 

「んっ!? んー!!」

「あむっ、んちゅ」

 

シアは、両手で隼人の頭を抱え込み、両足を腰に回して完全に体を固定すると遠慮容赦なく舌を口内に侵入させた。シアの剛力と自身の体勢的に咄嗟に振りほどけない。

 

「わっわっ、何!? 何ですか、この状況!? す、すごい……濡れ濡れで、あんなに絡みついて……は、激しい……お外なのに! ア、アブノーマルだわっ!」

 

 そこへやって来たのは妄想過多な宿の看板娘ソーナちゃん。そして「あら? あなたたち確か……」と体をくねらせながらくるおかまに。そして、嫉妬の炎を瞳に宿し、自然と剣にかかる手を必死に抑えている男の冒険者達とそんな男連中を冷めた目で見ている女冒険者だった。

 

「あんっ!」

 

 思わず喘ぐシア。一瞬、緩んだ隙を逃さず、隼人はペイッ! とシアを引き剥がすとそのまま泉に放り込んだ。

 

「うきゃぁああ!」

「はぁ、はぁ。こいつマジかよ。蘇生直後に襲いかかるとか流石に読めねぇ。」

 

思いっきり新鮮な空気を取り込む隼人、結構苦しかったのか息も若干荒れている

 

「うぅ~酷いですよぉ~隼人さんの方からしてくれたんじゃないですかぁ~」

「はぁ? あれは歴とした救命措置でやったんだぞ。ってか、お前、意識あったのか?」

「う~ん、なかったと思うんですけど……何となく分かりました。隼人さんにキスされているって、うへへ」

「……はぁ。シア。」

「はい。なんです。」

 

シアが振り向いた時隼人はそっとキスをする。

シアがギョッと驚きハジメとユエ、優花すら軽くニヤニヤしている。

たった数秒程度であるが隼人が離れるとシアがキョトンと、顔を真っ赤にしてそして口をポカーンと開けている

 

「は、隼人さん?」

「あんな。あんなの見せられて流石に気持ちが動かないとか無理だからな。」

「えっ?」

 

正直隼人はシアのことを一人の妹のように扱う予定だった。今もこの先も隼人は優花を一生特別であり続けるだろう。そんな中でシアと付き合うのは不誠実だったのだ。

しかし、優花に言われてから真剣に隼人はシアのことを考えていた。隼人自身がシアを嫌いかと問われるとそれは違う。隼人自身シアはこの世界でできた数少ない親しい人物であることは明らかだった。

だから愛しいと思うかと思っていたかと言われるとそれは話が別だった。元々隼人自身付いていかないようにユエに協力を頼んだのも身内に甘いことか隼人自身は断りきれないからであった。

……しかし、隼人自身近くで、そして隼人の想像以上にシアは真剣だった。

ユエに隼人の想像以上に身体強化を極めユエに決闘で勝った。

不安で、初めての迷宮でも泣き言一つ言わずにきちんと攻略し、神代魔法を獲得した

明るく、少し残念なところもあるがそれもまた彼女の魅力なんだろう

すなわち。隼人はシアに惹かれていたのだ。いつからかわ分からないが。それでも素直でまっすぐな心を持ったシアに。

 

「……言っとくけどお前の特別にはなれない。俺にとっての特別は優花だし、それは変わることは絶対にない。そこだけは未来は絶対に変えられない。」

「はい。わかってます。」

「……はぁ。負けだよ。俺の負け。無理。あんだけの好意をユエや迷宮のボスまで倒されたら流石に認める。というよりもさすがに俺がこれ以上耐えられそうにない。」

 

隼人は小さく苦笑しそして事実上の敗北宣言をする

 

「シア。俺の隣に一生いてくれないか?絶対に逃さねぇし渡さない。家族思いで優しく明るい、お前のことが好きだ。誰にも渡したくない。」

「……えっ?あの。えっ?いいんですか?」

「いいって。まぁ色々向こうに行ったら言われることはあるだろうけど、それでも俺に付いて来てくれると嬉しい。俺ってかなり不器用だし、二人曰くすぐに女を引っ掛ける最低野郎かもしれないけど。」

「……あの、優花さんは?」

「いいわよ。恐らく後10人近くは増えることを覚悟しているからね。」

「お前何言っているの?てかそんなに増えるわけないだろうが。」

「フラグにしか聞こえないんだが。」

「……隼人は絶対にこの後も女を引っ掛ける。」

 

すると二人から辛辣な声をかけられる

 

「……俺ってそこまで女落としているの?」

「俺が知っている限りは四人はいるな。」

「私はクラスの中では四人は隼人のことが好きな人を知っているわよ。」

 

……なんか本当にナイフで後ろから刺されてもおかしくないと思うんだけど

 

「……まぁそんな最低な奴だけど。付いてきてくれるか?」

「……はい。」

 

するともう一度唇を重ねる隼人。シアはただ幸せそうにうっとりしている。

そんな甘い雰囲気な隼人たちをただ優しげに見つめている優花の姿があった。



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ブルッグとの別れ

あれから一週間が経ち

 

「んじゃ約束もあるからもうそろそろ行くぞ。」

「は〜い。」

「そういえば次に行く街はどこだ?」

「とりあえずウルに行くつもりなんだけど先にフューレンに寄ろうかなって思っている。」

「フューレンは分かるけどなんで何でウルの街にいくんだ?」

 

そのことなんだけど

 

「いや。愛ちゃんに会いに行こうかなって。」

「えっ?愛ちゃんウルにいるの?」

「豊穣の女神って街の聞き込みをしたらウルの街に愛ちゃんがいるらしい。一応日本語で書いた手紙は書いたけどちゃんと届くか。それを読んでいるか分からないからな。」

「あぁ。確かに手紙が読まれる可能性は低いよな。」

「「どういうこと(ですか)?」」

 

ハジメは頷くと優花とシアが首を傾げる

隼人が苦笑すると変わりにハジメが答えた

 

「閲覧される可能性があるってこと。お前日本語で書いたのならばこの世界の人間は読まれないはずだ。何かの暗号かもしれない物を協会側が見過ごす可能性は低いっていうことだ。」

「そういうこと。つまり実際会って話そうってこと。まぁ色々話したいことがあるから手紙にも会いに行くって書いたし。」

「お前、先生のことけっこう好きだよな?」

「まぁ、あの先生を嫌いな人はそういないだろ。」

 

少し納得してしまったハジメ。

まぁ隼人の置き土産についても話しておきたいところだったのでちょうどタイミングはよかったのだろう。

そして迷惑をかけたと思われる人々に挨拶しに行くことになった。

 

「おや、今日は五人一緒かい?」

 

隼人たちが近づくといつも通り、おばちゃんがおり、先に声をかけた。おばちゃんの声音に意外さが含まれているのは、この一週間でギルドにやって来たのは大抵、ハジメの一人かシアとユエの二人組だからだ。

ついでに優花と隼人が来ないのは暇さえあれば屋台を開き商売をしているからであり、シアやユエにちょっかい出したら飯を出さないと告げたところ二人のストーカー混じりの付き人はいなくなったのだが旅館にお姉様親衛隊と隼人の恋人になりたい女子とモテたいがごとく女性や男性が料理を習いに宿に殺到したことは記憶に新しい

 

「ああ。明日にでも町を出るんで、あんたには色々世話になったし、一応挨拶をとな。ついでに、目的地関連で依頼があれば受けておこうと思ってな」

 

 世話になったというのは、ハジメがギルドの一室を無償で借りていたことだ。せっかくの重力魔法なので生成魔法と組み合わせを試行錯誤するのに、それなりに広い部屋が欲しかったのである。キャサリンに心当たりを聞いたところ、それならギルドの部屋を使っていいと無償で提供してくれたのだ。

 

「そうかい。行っちまうのかい。そりゃあ、寂しくなるねぇ。あんた達が戻ってから賑やかで良かったんだけどねぇ~」

「勘弁してくれよ。宿屋の変態といい、服飾店の変態といい、ユエとシアに踏まれたいとか言って町中で突然土下座してくる変態どもといい、〝お姉さま〟とか連呼しながら二人をストーキングする変態どもといい、決闘を申し込んでくる阿呆共といい……碌なヤツいねぇじゃねぇか。出会ったヤツの七割が変態で二割が阿呆とか……どうなってんだよこの町」

「ん?俺は結構面白いやつと出会えたから結構充実していたけど。」

「……お前すげぇよ。普通にクリスタベルとも話しているしな。」

 

まぁ地球に戻ったら少し色々商談をする予定になったことくらいか。

 

「まぁまぁ、何だかんで活気があったのは事実さね」

「やな、活気だな」

「で、何処に行くんだい?」

「フューレンですね。」

 

そんな風に雑談しながらも、仕事はきっちりこなすキャサリン。早速、フューレン関連の依頼がないかを探し始める。

「う~ん、おや。ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼だね。ちょうど空きが後三人分あるよ……どうだい? 受けるかい?」

 キャサリンにより差し出された依頼書を受け取り内容を確認するハジメと隼人と優花。確かに、依頼内容は、商隊の護衛依頼のようだ。中規模な商隊のようで、20人程の護衛を求めているらしい。ユエとシアは冒険者登録をしていないので、隼人たちの分でちょうどだ。

「連れを同伴するのはOKなのか?」

「ああ、問題ないよ。あんまり大人数だと苦情も出るだろうけど、荷物持ちを個人で雇ったり、奴隷を連れている冒険者もいるからね。まして、ユエちゃん、シアちゃんも結構な実力者だ。三人分の料金でもう二人優秀な冒険者を雇えるようなもんだ。断る理由もないさね」

「そうか、ん~、どうすっかな?」

「別にいいだろ。俺たち冒険者らしい仕事未だにやってないしせっかくだしやっていかないか?」

「私は別にいいわよ。金銭的には料理で結構余裕はあるけど。」

 

実はこの一週間で隼人と優花は空いている時間でぴったりミニレストラン的なものを開いていたのだが、結構高めに値段を設定したにも関わらず隼人の作った料理はほぼ3時間程度で全て完売。途中からはシアやユエもウエートレスとして雇い俺と優花の二人で捌いていたのだ。

 

「……急ぐ旅じゃない」

「そうですねぇ~、たまには他の冒険者方と一緒というのもいいかもしれません。ベテラン冒険者のノウハウというのもあるかもしれませんよ?」

「……そうだな、急いても仕方ないしたまにはいいか……」

 ハジメは他のメンバーの意見に「ふむ」と頷くとキャサリンに依頼を受けることを伝える。ユエの言う通り、七大迷宮の攻略にはまだまだ時間がかかるだろう。急いて事を仕損じては元も子もないというし、シアの言うように冒険者独自のノウハウがあれば今後の旅でも何か役に立つことがあるかもしれないと思ったのだろう。

 

「あいよ。先方には伝えとくから、明日の朝一で正面門に行っとくれ」

「了解した」

 ハジメが依頼書を受け取るのを確認すると、キャサリンがハジメの後ろのユエとシアと優花に目を向けた。

 

「あんた達も体に気をつけて元気でおやりよ? この子たちに泣かされたら何時でも家においで。あたしがぶん殴ってやるからね」

「……ん、お世話になった。ありがとう」

「はい、キャサリンさん。良くしてくれて有難うございました!」

「えぇ。でもその時は私が隼人をぶん殴るから安心してよ。」

 

 キャサリンの人情味あふれる言葉にユエとシアと優花の頬も緩む。特にシアは嬉しそうだ。この町はシアを亜人族という点で差別的扱いをしない。土地柄かそれともそう言う人達が自然と流れ着く町なのか、それはわからないが、いずれにしろシアにとっては故郷の樹海に近いくらい温かい場所であった。

 

「あんたら、こんないい子達泣かせんじゃないよ? 精一杯大事にしないと罰が当たるからね?」

「……ったく、世話焼きな人だな。言われなくても承知してるよ」

「まぁ。迷惑はかけると思うけどな。」

 

少し隼人は苦笑しながらも少し笑顔になるとそんな隼人にキャサリンが一通の手紙を差し出す。

 

「ん?これは?」

「あんた達、色々厄介なもの抱えてそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなものだよ。他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」

「……助かります。」

「おや、詮索はなしだよ? いい女に秘密はつきものさね」

「……はぁ、わーたよ。これは有り難く貰っとく」

「素直でよろしい! 色々あるだろうけど、死なないようにね」

 

どうやらハジメは詮索をしていたのだが実はここの村長からキャサリンのことを聞いた隼人と優花は苦笑してしまう。

元王都で働いていただけあってそりゃ優秀だよなっと思いながら二人の会話を聞いていた

 

 

 

 そんな愉快? なブルックの町民達を思い出にしながら、正面門にやって来たハジメ達を迎えたのは商隊のまとめ役と他の護衛依頼を受けた冒険者達だった。どうやらハジメ達が最後のようで、まとめ役らしき人物と十四人の冒険者が、やって来た隼人達を見て一斉にざわついた。

 

「お、おい、まさか残りの三人って〝スマ・ラヴ〟なのか!?」

「マジかよ! 嬉しさと恐怖が一緒くたに襲ってくるんですけど!」

「見ろよ、俺の手。さっきから震えが止まらないんだぜ?」

「いや、それはお前がアル中だからだろ?」

「それよりも食神様が乗っているぜ。」

「食の女神様も一緒だ。」

 

ユエとシアの登場に喜びを表にする者、股間を両手で隠し涙目になる者、手の震えをハジメ達のせいにして仲間にツッコミを入れられる者、隼人たちが知らせてないのにいつのまにか食神と食の女神という渾名で崇めたりなどいっぱいだ。……優花も隼人も黒歴史的なあだ名で恥ずかしくて顔を隠してしまう。なのでハジメが、嫌そうな表情をしながら近寄ると、商隊のまとめ役らしき人物が声をかけた。

 

「君達が最後の護衛かね?」

「ああ、これが依頼書だ」

 

 ハジメは、懐から取り出した依頼書を見せる。それを確認して、まとめ役の男は納得したように頷き、自己紹介を始めた。

 

「私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ」

「……もっとユンケル? ……商隊のリーダーって大変なんだな……」

「……ってユンケルさん?」

 

隼人は聞き覚えがあった。なので隼人は不意にそっちを見る。するとユンケルと名乗った人もこっちを見る

 

「おや、隼人さんじゃないですか。乾麺と缶詰の時以来ですね。」

「お久しぶりです。三ヶ月ぶりですかね。」

「月日は早いものですな。また料理の件について儲け話があれば。」

 

「知り合い?」と優花が聞いてそれに「王都で少しな」と隼人は苦笑する。

 

「まぁ、期待は裏切らないと思うぞ。俺はハジメだ。こっちはユエとシア」

「それは頼もしいな……ところで、この兎人族……売るつもりはないかね? それなりの値段を付けさせてもらうが」

「あっ。そいつ俺の連れだから。てかその奴隷紋もフェイクだし。」

 

するとユンケルは少し驚いたように隼人を見る。

 

「……そうなんですか?」

「あぁ。面倒ごとを減らすための応急処置だ。俺は元々この世界の人間じゃないからな。こっちのルールも俺たちには通用しないし。」

 

隼人たちが違う世界からやってきたことはユンケルも知っている

 

「それに俺とってはこいつは既に仲間だ。優花やユエの友達でもあるし奴隷扱いするなら神でさえ容赦はしないけど。」

「「「!!!!」」」」

 

と軽く威圧を出すと全員がその言葉に嘘がないということがわかったのだろう

やれやれといったハジメやユエが苦笑しながら隼人を見る。

隼人の仲間に対する思いやりはすでに見てきただけあったのだが、純粋に神に喧嘩を売ってまでシアと敵対すると宣言したのだった。

それは聖教教会すらも。

 

いわゆる脅し。関わらないならなにもしない。ただ敵対するならば潰す。ハジメであればここは敵対するのを避けるべくどこぞの神と発言していたのであろう。

しかし隼人は逆にこの世界の歴史も文化も知らない。ただ自分が正しいと思ったことをすると発言しているのだ。

実は王国では聖教教会の勢力がかなり落ちていることを隼人は知っていた。

それは隼人がたった一人で教会を欺いたことがかなり効いていて、隼人の方が勇者よりも役に立ったと噂をするほどだった。

いわゆる王国と民衆を操る力は既に教会にはないってことを既に知っていての発言。

ユンケルは確かオルクスの迷宮で事故死した三人の行方不明者の名前を思い出す。

 

……なるほど。それが答えですか。

 

「えぇ。それはもう。仕方ありませんな。ここは引き下がりましょう。ですが、その気になったときは是非、我がユンケル商会を例え神が敵になろうともご贔屓に願いますよ。それと、もう間も無く出発です。護衛の詳細は、そちらのリーダーとお願いします」

 

とユンケルの言葉にいっぱい食わされてしまい、隼人は驚きを隠せないでいた。そしてその魂胆を見抜き苦笑する

 

「えぇ。忘れないでいます。」

 

と全員が首をかしげる中でユンケルと隼人だけが意味が分かったらしく他は首を傾げている。

これから地球に戻ったとしてもユンケルとの取引が続いていく事になることを未だに隼人もユンケルも思いもしてなかった。

またユンケルが今後取り組んでいくことも

 



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冒険者のお仕事

ブルックの町から中立商業都市フューレンまでは馬車で約六日の距離である。

 日の出前に出発し、日が沈む前に野営の準備に入る。フューレンまで三日の位置まで来ていた。道程はあと半分である。ここまで特に何事もなく順調に進んで来た。隼人たちは隊の後方を預かっているのだが実にのどかなものである。

 

「優花、シア。料理できたからストリーさんとスロウさんに運んで。」

「は〜い。ちょっと待ってね。」

「あの〜隼人さん。優花さん。いつもお二人はこういうことをやっていたんですか?」

 

と簡易型厨房を使い料理を作っていた隼人とそれを配膳に回る二人に声をかける

 

「ん?これが日常だけど。」

「えぇ。この程度でヒィヒィ言うのだったら私の家で働けないわよ。」

「……」

 

ついでにシアのうさ耳がしゅんとなっている。毎日のように配膳や同じ料理を作る隼人とフォローと客の気配りを回す優花。女性客には逆になるのだが、お互い高校生のレベルをゆうに超えていた。

 

「……あのユエさんハジメさん。」

「諦めろ。あいつらは将来設計がきちんとしていて高校でも自分の家の手伝いのほかに忙しい時はお互いの家のヘルプにも入れるくらい優秀なんだ。シアも慣れないとあいつらの家は厳しいぞ。あいつらお互いに人気店の長男と長女だからな。」

「……」

「ついでに恵里もできると思うぞ。あいつ俺の家に住み込みで働いているし。」

「……へ?そうなの?」

「あいつの家の都合でな。あいつも結構筋がいいけど。多分あいつはパティシエ向きだな。母さんがベタ褒めするほどセンスあるし。」

 

と隼人たちは話しながらも完全に流れ作業のように調理していく。

シアも家庭力はある方なのだが、未だにこの二人に追いつける気がしないのだ。

 

「……そういえば皆様は違う世界から来られているんですよね?皆様の世界について聞いてみたいのですが。」

「ん?まぁそれくらいならいいぞ。どうせこの後俺たちが警備だし。」

「あっ俺も聞いてみたい。」

 

とワイワイ盛り上がる隼人と優花を見てハジメは思う

やっぱり隼人と優花がいてよかったと。

俺一人だったらこんな笑顔は見られなかったかもしれない。

優花も隼人も自分の意見をはっきりはいうのにできるだけ他の人の要望も答えている

 

「すげぇな。」

 

ハジメは遠目で冒険者と話している二人を見て呟く。

それは憧れでもあり、いつのまにか目標になっていた二人の姿をしっかりと刻みこんでいた。

 

 

そして二日後

 

「ん?シア。」

「はい。私にも感じました。」

 

隼人とシアの気配感知に何かが引っかかったのでのほほんとした表情を一気に引き締めて警告を発した。

「敵襲です!数は百以上!森の中から来ます!」

 

その警告を聞いて、冒険者達の間に一気に緊張が走る。現在通っている街道は、森に隣接してはいるが其処まで危険な場所ではない。何せ、大陸一の商業都市へのルートなのだ。道中の安全は、それなりに確保されている。なので、魔物に遭遇する話はよく聞くが、せいぜい二十体前後、多くても四十体くらいが限度のはずなのだ。

 

「くそっ、百以上だと? 最近、襲われた話を聞かなかったのは勢力を溜め込んでいたからなのか? ったく、街道の異変くらい調査しとけよ!」

 

護衛隊のリーダーであるガリティマは、そう悪態をつきながら苦い表情をする。商隊の護衛は、全部で十八人。ユエとシアを入れても二十人だ。この人数で、商隊を無傷で守りきるのはかなり難しい。単純に物量で押し切られるからだ。

 

「ん〜まぁ何とかなるだろ。ユエだけでも大丈夫そうだけど。一応撃ち漏らしは俺と隼人で対応すればいいか。」

「……へ?」

 

 まるでちょっと買い物に行ってこようかとでも言うような気軽い口調で、信じられない提案をしたのは、他の誰でもないハジメである。ガリティマは、ハジメの提案の意味を掴みあぐねて、つい間抜けな声で聞き返した。

 

「だから、なんなら俺らが殲滅しちまうけど? って言ってんだよ」

「い、いや、それは確かに、このままでは商隊を無傷で守るのは難しいのだが……えっと、出来るのか? このあたりに出現する魔物はそれほど強いわけではないが、数が……」

「数なんて問題ない。すぐ終わらせる。」

「てかオルクスの大迷宮に比べたら楽だろ。200の寄生した魔物に追いかけられていたこともあったしな。」

「……君たちは本当にオルクスの大迷宮を攻略したんだね。」

「後はライセンの大迷宮もな。」

 

隼人のオルクスの大迷宮とライセンの大迷宮を攻略したことについてはこの小隊には伝えてある。というよりもユンケルは隼人たちが奈落に落ちたことを知っているのでそれならなるべく本当のことを伝え抑制力として使った方がいいと判断したのだ。

教会の牽制と意味もなしていることはユンケルも分かっていた。

 

そして数十秒後敵が現れると数100匹の魔物が襲いかかってくるのだが

ユエは、右手をスっと森に向けて掲げると、透き通るような声で詠唱を始めた。

 

「彼の者、常闇に紅き光をもたらさん、古の牢獄を打ち砕き、障碍の尽くを退けん、最強の片割れたるこの力、彼の者と共にありて、天すら呑み込む光となれ、〝雷龍〟」

 

ユエの詠唱が終わり、魔法のトリガーが引かれた。その瞬間、詠唱の途中から立ち込めた暗雲より雷で出来た龍が現れた。その姿は、蛇を彷彿とさせる東洋の龍だ。

 

「な、なんだあれ……」

 それは誰が呟いた言葉だったのか。目の前に魔物の群れがいるにもかかわらず、誰もが暗示でも掛けられたように天を仰ぎ激しく放電する雷龍の異様を凝視している。護衛隊にいた魔法に精通しているはずの後衛組すら、見たことも聞いたこともない魔法に口をパクパクさせて呆けていた。

 そして、それは何も味方だけのことではない。森の中から獲物を喰らいつくそうと殺意にまみれてやって来た魔物達も、商隊と森の中間あたりの場所で立ち止まり、うねりながら天より自分達を睥睨する巨大な雷龍に、まるで蛇に睨まれたカエルの如く射竦められて硬直する。

 そして、天よりもたらされる裁きの如く、ユエの細く綺麗な指に合わせて、天すら呑み込むと詠われた雷龍は魔物達へとその顎門を開き襲いかかった。

 

ゴォガァアアア!!!

 

「うわっ!?」

「どわぁあ!?」

「きゃぁあああ!!」

 

ユエの魔法はもはや蹂躙といったそんな類で数分後にはに雷の顎門に滅却され消えていった。

隊列を組んでいた冒険者達や商隊の人々が、轟音と閃光、そして激震に思わず悲鳴を上げながら身を竦める。ようやく、その身を襲う畏怖にも似た感情と衝撃が過ぎ去り、薄ら目を開けて前方の様子を見ると……そこにはもう何もなかった。あえて言うならとぐろ状に焼き爛れて炭化した大地だけが、先の非現実的な光景が確かに起きた事実であると証明していた。

 

「ん〜威力弱くねぇ?魔力の消費量的にもうちょい威力伸ばせるだろ。」

「…ん。要改良。」

「二人とも、やりすぎって知っているかしら?……確かに私でも魔力消費が過剰気味ってわかるけど。」

 

とこれでも改良点を話し合っている魔法組にハジメとシアが苦笑している

やり過ぎとは思うもののなんとも頼もしい仲間に呆れ半分嬉しさ半分ってところだろう。

まぁもちろんのごとく冒険者仲間は ユエの魔法が衝撃的過ぎて、冒険者達は少し壊れ気味だったのは言うまでもないだろう。



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ギルドにて

 中立商業都市フューレン

 

 高さ二十メートル、長さ二百キロメートルの外壁で囲まれた大陸一の商業都市だ。あらゆる業種が、この都市で日々しのぎを削り合っており、夢を叶え成功を収める者もいれば、あっさり無一文となって悄然と出て行く者も多くいる。観光で訪れる者や取引に訪れる者など出入りの激しさでも大陸一と言える大都市。その巨大さからフューレンは四つのエリアに分かれている。この都市における様々な手続関係の施設が集まっている中央区、娯楽施設が集まった観光区、武器防具はもちろん家具類などを生産、直販している職人区、あらゆる業種の店が並ぶ商業区がそれだ。東西南北にそれぞれ中央区に続くメインストリートがあり、中心部に近いほど信用のある店が多いというのが常識らしい。メインストリートからも中央区からも遠い場所は、かなりアコギでブラックな商売、闇市的な店が多い。

 

 そんな話を、中央区の一角にある冒険者ギルド:フューレン支部内にあるカフェで軽食を食べながら聞く隼人達。話しているのは案内人と呼ばれる職業の女性だ。都市が巨大であるため需要が多く、案内人というのはそれになりに社会的地位のある職業らしい。多くの案内屋が日々客の獲得のためサービスの向上に努めているので信用度も高い。

 隼人達はモットー率いる商隊と別れると証印を受けた依頼書を持って冒険者ギルドにやって来た。そして、宿を取ろうにも何処にどんな店があるのかさっぱりなので、冒険者ギルドでガイドブックを貰おうとしたところ、案内人の存在を教えられたのだ。

そして、現在、案内人の女性、リシーと名乗った女性に料金を支払い、軽食を共にしながら都市の基本事項を聞いていたのである

 

「そういうわけなので、一先ず宿をお取りになりたいのでしたら観光区へ行くことをオススメしますわ。中央区にも宿はありますが、やはり中央区で働く方々の仮眠場所という傾向が強いので、サービスは観光区のそれとは比べ物になりませんから」

「なるほどな、なら素直に観光区の宿にしとくか。どこがオススメなんだ?」

「お客様のご要望次第ですわ。様々な種類の宿が数多くございますから」

「そりゃそうか。そうだな、飯が上手くて、あと風呂があれば文句はない。立地とかは考慮しなくていい。あと責任の所在が明確な場所がいいな」

 

 リシーは、にこやかにハジメの要望を聞く。最初の二つはよく出される要望なのだろう「うんうん」と頷き、早速、脳内でオススメの宿をリストアップしたようだ。しかし、続くハジメの言葉で「ん?」と首を傾げた。

 

「あの~、責任の所在ですか?」

「うちの連れの問題だよ。シアにしろ優花にしろユエにしろ連れが目立つんだよ。観光区なんてハメ外すヤツも多そうだから、商人根性逞しいヤツなんか強行に出ないとも限らないしな。まぁ俺の名前が抑制力になっていると思うけど。」

「……隼人ここでも結構話しかけられていたよね?」

「まぁな。」

 

と目をそらす隼人。実際商人にとって隼人は大きく流通を左右した一人でもある。これはゆらぎのないことであるので商人からの抑制にはなりたっている。

そして奈落に落ちたと知っている商人はなおさらだ。それに関係しているのは優花、ハジメ。この二人も王都では有名な二人だ。

その連れに手を出したとなると社会的迫害は明らかになる

 

「しかし、それなら警備が厳重な宿でいいのでは? そういうことに気を使う方も多いですし、いい宿をご紹介できますが……」

「ああ、それでもいい。ただ、欲望に目が眩んだヤツってのは、時々とんでもないことをするからな。警備も絶対でない以上は最初から物理的説得を考慮した方が早い」

「ぶ、物理的説得ですか……なるほど、それで責任の所在なわけですか」

 

 完全にハジメの意図を理解したリシーは、あくまで〝出来れば〟でいいと言うハジメに、案内人根性が疼いたようだ、やる気に満ちた表情で「お任せ下さい」と了承する。そして、隼人たちの方に視線を転じ、二人にも要望がないかを聞いた。出来るだけ客のニーズに応えようとする点、リシーも彼女の所属する案内屋も、きっと当たりなのだろう。

 

「……お風呂があればいい、但し混浴、貸切が必須」

「えっと、大きなベッドがいいです」

「あ〜俺はゆっくりできるところがいいな。さすがに今日はゆっくり寝たい。」

「私もよ。明後日にはウルの街に向かうから。シアもそういうことはないと思っていた方がいいわよ。」

「そんなぁ〜。」

 

隼人はすでに仕事モードではなくだらけていて情報収取をシアに任せている。結構しんどそうにしていることからあまり役には立たないだろう。

……正直不安になっているシアだが実は優花は気づいている

隼人は任せられる人がいるならば実は結構頼るタイプだ。だから本当の意味で信頼しているんだろうと優花は感じていた。

 それから、他の区について話を聞いていると、隼人達は不意に強い視線を感じた。特に、シアとユエに対しては、今までで一番不躾で、ねっとりとした粘着質な視線が向けられている。視線など既に気にしない女性陣だが、あまりに気持ち悪い視線に僅かに眉を顰める。

 ハジメがチラリとその視線の先を辿ると……ブタがいた。体重が軽く百キロは超えていそうな肥えた体に、脂ぎった顔、豚鼻と頭部にちょこんと乗っているベットリした金髪。身なりだけは良いようで、遠目にもわかるいい服を着ている。そのブタ男が女性陣を欲望に濁った瞳で凝視していた。

隼人に限ったらすでに無視を決め込んでいたのか全く気にしないように話をシリーに聞いていたのだがそれでもいつかは限界がくる

ブタ男は、隼人達のテーブルのすぐ傍までやって来ると、ニヤついた目で女性陣をジロジロと見やり、シアの首輪を見て不快そうに目を細めた。そして、今まで一度も目を向けなかった男性陣に、さも今気がついたような素振りを見せると、これまた随分と傲慢な態度で一方的な要求をした。

 

「お、おい、ガキ。ひゃ、百万ルタやる。この兎を、わ、渡せ。それとそっちの金髪と茶髪はわ、私の妾にしてやる。い、一緒に来い」

「……」

 

 ドモリ気味のきぃきぃ声でそう告げて、ブタ男はユエに触れようとする。彼の中では既にユエは自分のものになっているようだ。その瞬間、その場に凄絶な殺意が降り注いだ。周囲のテーブルにいた者達ですら顔を青ざめさせて椅子からひっくり返り、後退りしながら必死にハジメたちから距離をとり始めた。

ならば、直接その殺気を受けたブタ男はというと……「ひぃ!?」と情けない悲鳴を上げると尻餅をつき、後退ることも出来ずにその場で股間を濡らし始めた。

 

「みんな行くぞ。場所を変えよう」

「まぁ、汚いしな。てかこんなとこで漏らすなよ。」

 

あっ。隼人やっぱりキレているなと少し思いながらも優花とシアも苦笑しながら立ち上がる

基本的に、正当防衛という言い訳が通りそうにない限り、都市内においては半殺し程度を限度にしようとハジメと隼人は考えていた。席を立つハジメ達に、リシーが混乱気味に目を瞬かせた。リシーがハジメの殺気の効果範囲にいても平気そうなのは、単純にリシーだけ〝威圧〟の対象外にしたからだ。隼人直伝の威圧をハジメも覚えたのは鍛錬のたまものというよりもレシピで覚えたからである。リシーからすれば、ブタ男が勝手なことを言い出したと思ったら、いきなり尻餅をついて股間を漏らし始めたのだから混乱するのは当然だろう。

だが、ハジメが〝威圧〟を解きギルドを出ようとした直後、大男が隼人達の進路を塞ぐような位置取りに移動し仁王立ちした。ブタ男とは違う意味で百キロはありそうな巨体である。全身筋肉の塊で腰に長剣を差しており、歴戦の戦士といった風貌だ。

その巨体が目に入ったのか、ブタ男が再びキィキィ声で喚きだした。

 

「そ、そうだ、レガニド! そのクソガキを殺せ! わ、私を殺そうとしたのだ! 嬲り殺せぇ!」

「坊ちゃん、流石に殺すのはヤバイですぜ。半殺し位にしときましょうや」

「やれぇ! い、いいからやれぇ! お、女は、傷つけるな! 私のだぁ!」

「了解ですぜ。報酬は弾んで下さいよ」

「い、いくらでもやる! さっさとやれぇ!」

「……ねぇ?もうやってもいいか?」

 

目が据わっている隼人が少し青筋をたてている。案外短気なんだなっと思いながら優花はそっと告げる

 

「隼人ダメよ。殺したら。」

「こんなやつ殺すかよ。ただ足止めさせたらいいんだろ?」

「足止め?」

「あぁ。もう完全に動けねぇよ。」

 

すると何もしてないと思われているのにレガニドだけがブクブクと泡を吹いて前に倒れる。

それは魔法の知識に長けているユエさえ自然すぎて分からなかったほどだった

 

「ん?」

「えっ?」

「ちょっと相手の魔力の周波を変えてみたんだよ。いわゆる魔力酔い。いわゆる相手を無効化させる魔法操作の応用だよ。」

「……っ!もしかして魔法じゃない?」

「あぁ。少し魔力をぶつけただけ。合わない魔力をぶつけたら人体的な影響を与えるんだよ。」

「……凄い。大発見。」

「ん?どういう事?」

 

優花の疑問にそしてユエが力説し始める。

要約するともともと魔法は何かに変換して使うものであり、それが属性となって出ていることらしい。

しかし魔力そのものをぶつけそこの哀れな冒険者にぶつけることはおそらく誰も試したことがないという。

 

「……あの、力説しているところ悪いのですが、申し訳ありませんが、あちらで事情聴取にご協力願います。」

 

男性職員の他、三人の職員が隼人達を囲むように近寄った。

 

「いや。手加減だってしているはずだし怪我もしてないだろ?あのブタが俺の連れを奪おうとして、それを断ったら逆上して襲ってきたから返り討ちにしただけだ。それ以上、説明する事がない。そこの案内人とか、その辺の男連中も証人になるぞ。特に、近くのテーブルにいた奴等は随分と聞き耳を立てていたようだしな?」

 

ハジメがそういうと周囲の男連中は激しく何度も頷いた。当たり前だ。冒険者は悔しいが隼人には絶対に叶わないと悟ってしまったのだ。

 

「それは分かっていますが、ギルド内で起こされた問題は、当事者双方の言い分を聞いて公正に判断することになっていますので……規則ですから冒険者なら従って頂かないと……」

「当事者双方……ね」

「って言ってもあいつ被害者扱いするだけだぞ?正直俺も約束があるから明日明後日にはウルにたたなければならないんだけど。」

「しかし。」

「てかぶっちゃけこれって俺らが悪いの?というよりもかなり手加減していて怪我もさせてないんだけど。」

 

するとギルドの職員が困ったようにしているがそれでもこっちもこんな理不尽なことで時間が取られてしまったら仕方がないと思っている。実際外傷があれば何か絡まれることは確実だと思ってかなり手加減した結果こう言う風になったのだ。

すると奥から人が出てくるとするとギルドの職員が出てくる

 

「ドット秘書長! いいところに!ちょっと来てください。」

 

職員達がこれ幸いとドット秘書長と呼ばれた男のもとへ群がる。ドットは、職員達から話を聞き終わると、隼人達に鋭い視線を向けた。

最近本当にトラブルばっかだな。

隼人は小さくため息をついた



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交渉

ドット秘書長と呼ばれた男は、片手の中指でクイッとメガネを押し上げると落ち着いた声音でハジメに話しかけた。

 

「話は大体聞かせてもらいました。証人も大勢いる事ですし嘘はないのでしょうね。取り敢えず、彼らが目を覚まし一応の話を聞くまでは、フューレンに滞在はしてもらうとして、身元証明と連絡先を伺っておきたいのですが……それまで拒否されたりはしないでしょうね?」

「あの約束があるんだけど。」

「ウルの街でですね?聞いてはいますが君たちは本当に奈落に落ちた三人なんですか?」

「ステータスプレートは見せただろうが。」

 

隼人が地味に焦っているのが分かる。隼人と優花はさっきからそわそわしているのがハジメにはわかっていた。

こいつら愛ちゃん好きすぎるだろ。

実際、隼人が優花以上に信頼をおいている人物が実は愛子だったりする。

愛子は思い込みが激しいが自分の理念を曲げずにただ必死に奔走することが隼人と愛子は似ていると隼人自身は思っている。同族嫌悪というよりも隼人自身は愛子のことは結構気に入っている。

実際お客として愛子のことを特別扱いしていることや、結構味見に愛子を頼っていることから信頼関係が見てとれるのだ。

 

「ふむ、いいでしょう……そちらの方達のステータスプレートはどうしました?」

「……あんな迷宮攻略者のステータスをギルドとはいえ作るわけにはいかないだろ?俺たちは日本に帰るために旅をしているんだ。教会の連中にバレたら面倒だろ?ただでさえ教会としたら俺を追い出したいだろうし。」

「……」

 

もはや隠す気のない隼人に全員が苦笑している。というのも恐らく隼人自身これを交渉のカードに使っていることが分かったのだ。

恐らくウルで愛子に会うのだったら教会にもバレるだろう。

そのことを予想しギルドに自分たちの価値を見せているのだ。頭が賢ければそのことが神が日本に戻すことがないと伝えていることが解る。そしてドットはそのことを理解してしまう

 

教会と対立。

 

隼人は一歩ずつその道を踏み込んでいるのだと。

迷宮で何を見たのかそんなことこの五人しか分からない。

そして隼人自身リスクを負ってギルドに支援をお願いしているのが口調が悪いがもし教会に通じている人間がいたためのギリギリなラインだろう。

 

「……ハジメ、手紙」

「? ああ。あの手紙か……」

 

ユエの言葉で、ハジメはブルックの町を出るときに、ブルック支部のキャサリンから手紙を貰ったことを思い出す。ギルド関連で揉めたときにお偉いさんに見せれば役立つかもしれないと言って渡された得体の知れない手紙だ。

 

「身分証明の代わりになるかわからないが、知り合いのギルド職員に、困ったらギルドのお偉いさんに渡せと言われてたものがある」

「? 知り合いのギルド職員ですか?……拝見します」

 

ハジメ達の服装の質から、それほど金に困っているように思えなかったので、ステータスプレート再発行を拒むような態度に疑問を覚えるドットだったが、代わりにと渡された手紙を開いて内容を流し読みする内にギョッとした表情を浮かべた。

そして、隼人達の顔と手紙の間で視線を何度も彷徨わせながら手紙の内容をくり返し読み込む。目を皿のようにして手紙を読む姿から、どうも手紙の真贋を見極めているようだ。やがて、ドットは手紙を折りたたむと丁寧に便箋に入れ直し、隼人達に視線を戻した。

 

「この手紙が本当なら確かな身分証明になりますしあなた方を信頼出来るだけと思いますが……この手紙が差出人本人のものか私一人では少々判断が付きかねます。支部長に確認を取りますから少し別室で待っていてもらえますか? そうお時間は取らせません。十分、十五分くらいで済みます」

 

ドットの予想以上の反応に、「マジでキャサリンって何者なんだ」と引き気味のハジメ達。

しかし感心した隼人の言葉にハジメたちは驚くことになった。

 

「さすが元王都の秘書長だな。」

「は?」

「お前らは知らなかったか?彼女は、王都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていたんだとよ。その後、ギルド運営に関する教育係になって、各町に派遣されている支部長の五、六割はキャサリンさんの教え子だってさ。その美しさと人柄の良さから、当時は、僕らのマドンナ的存在、あるいは憧れのお姉さんのような存在だった。その後、結婚してブルックの町のギルド支部に転勤したんだよ。彼女の結婚発表はギルドどころか、王都が荒れたらしいぞ。」

「はぁ~そんなにすごい人だったんですね~」

「……キャサリンすごい」

「只者じゃないとは思っていたが……思いっきり中枢の人間だったとはな。ていうか、そんなにモテたのに……今は……いや、止めておこう」

「私たちも村長さんから聞いた時驚いたわよ。」

 

と少しばかり雑談をしている。ついでに優花もしらないことだけど村長さんはそのキャサリンさんの夫であることを俺は村長さんに聞いていた。

 

「……あの~、私はどうすれば?」

「……あ〜悪い。依頼料少し弾むから少し話が聞こえないところで待ってくれないか?必要にならなくてもちゃんと報酬は払うから。」

「ん?どういうことでしょうか?」

「……悪いけどここからは本気で危険になるんだよ。結構訳ありなのは会話で分かっているだろうしこれ以上はさすがに巻き込むわけにはいかないからな。」

 

ハジメがそう告げる。隼人と念話で会話の内容はずっと交換していたのだ。ハジメ自身ギルドを味方につけるという案には賛成なこともあり二人でどこまで話すかをずっと試行錯誤していたのだった。

息を呑みカフェの奥にある座席に向かうリシー。おそらく本当に危険であることがわかったのだろう。

 隼人達が応接室に案内されてから、きっかり十分後、遂に、扉がノックされた。ハジメの返事から一拍置いて扉が開かれる。そこから現れたのは、金髪をオールバックにした鋭い目付きの三十代後半くらいの男性と先ほどのドットだった。

 

「初めまして、冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。隼人君、ハジメ君、優花君、ユエ君、シア君……でいいかな?」

 

簡潔な自己紹介の後、隼人達の名を確認がてらに呼び握手を求める支部長イルワ。隼人も握手を返しながら返事をする。

 

「ああ、構わない。名前は、手紙に?」

「その通りだ。先生からの手紙に書いてあったよ。随分と目をかけられている……というより注目されているようだね。将来有望、ただしトラブル体質なので、出来れば目をかけてやって欲しいという旨の内容だったよ」

「トラブル体質……ね。確かにブルックじゃあトラブル続きだったな。まぁ、それはいい。肝心の身分証明の方はどうなんだ? それで問題ないのか?」

「ああ、先生が問題のある人物ではないと書いているからね。あの人の人を見る目は確かだ。わざわざ手紙を持たせるほどだし、この手紙を以て君達の身分証明とさせてもらうよ」

 

キャサリンを〝先生〟と呼んでいることからかなり濃い付き合いがあるように思える。おそらくイルワも教え子の一人なんだろうと隼人は予想を付けた。

さてここからが本番だ。

 

「んで、身元の確認は取れたらしいんだけどそっちの希望を聞いていいか?」

「えぇ。実は少し困ったことがあってね。君達の腕を見込んで、一つ依頼を受けて欲しいと思っている。」

「……魔物の大量発生についてか?」

「おや?知っていたのかい?」

 

とイルワが少し驚いたようにしているが隼人が首を振る

 

「いや。あっちの世界じゃ接客業をやっているせいで耳がいいんだよ。そういうことをギルドに入ってから耳にしていたからな。ちょっと盗み聞きさせてもらった。」

「だらけていると思ったらそういうことだったのね?」

「あぁ。丁度ウルの方面だったからな。確か冒険者が1組帰ってきてなかったんだよな?」

「あぁ。君も大概だと思うけどね。さて、今回の依頼内容だが、そこに書いてある通り、行方不明者の捜索だ。北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が予定を過ぎても戻ってこなかったため、冒険者の一人の実家が捜索願を出した、というものだ」

 

 最近、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃例が何件か寄せられ、ギルドに調査依頼がなされた。北の山脈地帯は、一つ山を超えるとほとんど未開の地域となっており、大迷宮の魔物程ではないがそれなりに強力な魔物が出没するので高ランクの冒険者がこれを引き受けた。ただ、この冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人物がいささか強引に同行を申し込み、紆余曲折あって最終的に臨時パーティーを組むことになった。

この飛び入りが、クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタという人物らしい。クデタ伯爵は、家出同然に冒険者になると飛び出していった息子の動向を密かに追っていたそうなのだが、今回の調査依頼に出た後、息子に付けていた連絡員も消息が不明となり、これはただ事ではないと慌てて捜索願を出したそうだ。

 

「伯爵は、家の力で独自の捜索隊も出しているようだけど手数は多い方がいいと、ギルドにも捜索願を出した。つい、昨日のことだ。最初に調査依頼を引き受けたパーティーはかなりの手練でね、彼等に対処できない何かがあったとすれば、並みの冒険者じゃあ二次災害だ。相応以上の実力者に引き受けてもらわないといけない。だが、生憎とこの依頼を任せられる冒険者は出払っていてね。そこへ、君達がタイミングよく来たものだから、こうして依頼しているというわけだ」

 

隼人たちはちょっと苦い顔をしている。おそらくだけどそれを頼むのであれば隼人たち以外でもいい。

それを隼人と優花、ハジメは感じ取っていた。

 

「……それならえっと。さっきの黒ランクのレガニドでもいいんじゃないの?」

 

優花が聞くとイルワは首を振る

 

「この依頼を受けた冒険者たちも黒ランクだったんだ。不意打ちとはいえ魔法も何も使わずに瞬殺したとなれば君たちは恐らく黒ランク以上。オルクスの大迷宮を攻略したとなるともしかしたらって思ってね。」

「……恐らく魔物の軍勢も本当と思っていいだろうな。そう考えるとかなり危険な仕事であることには変わりはないか。」

 

隼人が少し納得したように頷く。

 

「それで報酬は?」

「依頼書の金額はもちろんだが、私からも色をつけよう。ギルドランクの昇格もする。君達の実力なら一気に〝黒〟にしてもいい」

「いや、金は最低限でいいし、ランクもどうでもいいわよ……」

「なら、今後、ギルド関連で揉め事が起きたときは私が直接、君達の後ろ盾になるというのはどうかな? フューレンのギルド支部長の後ろ盾だ、ギルド内でも相当の影響力はあると自負しているよ? 君達は揉め事とは仲が良さそうだからね。悪くない報酬ではないかな?」

「……魔物の掃討も含めたらどれくらいになるか?」

「っ!」

「おい隼人。」

「いや。ここはなるべく味方につけておいた方がいい。ユエとシアのステータスの発行もしておきたいし。及びギルド内でのトラブルも多くなるだろうし。それに多分意図的な犯行だろうしな。」

「えっ?」

 

するとその場にいた全員が固まる

実は隼人自身とある推測を立てていたのだ。

隼人自身会いたいのも焦りの原因であるのだがそれ以上に少しまずいことになったのを隼人は感じていたのだった

 

「魔人族の仕業と考えた方がいいだろうしな。目的は愛ちゃんを殺すためかな。」

「それは本当かい?」

「というよりもおかしいんだよ。俺が知る限り未だに激しい戦闘が起こってないだろ?戦時中にも関わらず。恐らく人間族の動きを見ているんだよ。それにウル付近ってことがよく分からないんだよ。一応こっちの主食ってパンだろ?だから米の収穫どころであるウルであること。さすがに偶然としたらできすぎている。誰かが意図的にしかけているっと考えた方がいいだろうよ。」

「そういえば先生は確か作農師だったな。それもチート級の。」

「あぁ。戦争っていうのはあらゆる面で国力を食い潰す大食らいの怪物のようなものだ。なのに、食糧という面では敵の継戦能力が全く衰えない……そんなの悪夢だろ?俺たちの時代にもあっただろ?水攻め。あれは元々食料を断つことで敵の戦力を奪うことを重点に置いたものだ。戦争ってことは食糧との戦いでもあるんだよ。」

 

するとシアやユエは感嘆してしまう。

よく来るお客様に聞いた話だ。戦時中の話は本当に貴重なのだ。

 

「だから助けに行くついでにせっかくだしギルドにも恩を売っておこうと思ってな。」

「魔物の掃討も含めたら……確かに色はつけられると思うけど。……君って本当にいい性格をしているね。」

「あんたに言われたくないんだけど。お互いに詮索はなしな。」

 

とお互いに隠していることに触れたくないことは分かっているだろう。

危ない橋を渡っていることもお互いに理解しているはずだ

それでも商談相手としてお互いに良い取引相手なのは理解しているだろう。

そして商談を確定させる

 

ユエとシアにステータスプレートを作る。

そこに表記された内容について他言無用を確約すること、

ギルド関連に関わらず、イルワの持つコネクションの全てを使って、俺達の要望に応え便宜を図ること。

面倒事が起きた時に味方になってくれる

指名手配とかされても施設の利用を拒まないこと

 

ギルド側は

 

迷宮で手に入れたものをギルドに売ること

またギルドに危害を加えないこと

冒険者を大事な時以外は殺さないこと

ギルドが教会に対抗するときには味方になること

 

などという話だった

優花やハジメも口を挟み念入りに話を進めていくのだが

 

私たちどうすれば

 

とユエとシアは少し疎外感を覚えるのだった



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ウルの街での再開

「暇だな。」

「……何よ突然。」

 

不意に呟いた言葉に優花は反応する

 

「いや。ずっと同じ景色だろ?さすがに暇すぎてあくびがでてくるんだよ。」

「あ〜まぁ確かにそうだけど。でも今更じゃない?」

「じっとしているの苦手なんだよ。ぶっちゃけ空飛んだ方が早いし。重力魔法で余計に空中戦は得意になったからな。」

 

整備されてない道をスポーツカーとバイクが通り去る。もちろん隼人たちでありバイクで走っているのはユエとハジメである

かつてライセン大峡谷の谷底で走らせた時とは比べものにならないほどの速度で街道を疾走している。時速八十キロは出ているだろう。魔力を阻害するものがないので、魔力駆動二輪も本来のスペックを十全に発揮している。

 

「まぁ、このペースなら後一日ってところだ。我慢しろよ。」

「分かっているっつーの。てか少しばかり変化があってもいいのに。」

「なんか最近毒を吐くようになったわね。」

「……少しくらい愚痴をこぼしたくもなるよ。」

「まだ豚にイラついているのかお前は。」

「……悪いかよ。」

 

ハジメはため息を吐く。シアは気持ちよくてさっき睡眠に入ったばかりだった

 

「お前ないつものお前はどこにいったんだよ。」

「…ん〜こっちが結構素だったりするんだよなぁ。俺結構根に持つタイプだし。」

「……意外。」

「ストレスを人前で出さないのは基本だろ?……正直お前らに隠していても意味ないだろうし素でいた方がいいだろうが。」

 

俺は運転しながらため息を吐く。

 

「てかあれからまだ三ヶ月しか経ってないんだよな。」

「……俺からしたらもう三ヶ月なんだよなぁ。」

「あれ?そうなの?」

「……なんというか結構楽しいんだよなぁ。この世界に来てから色々トラブルや死にかけたこともあったけど結局俺もハジメも優花も暮らし自体は別に問題ないだろ?正直簡略式だけど自分の店を出したりしたし結構充実してたし。ぶっちゃけこっちに来た意味もあったんじゃないかって思ってな。」

 

すると二人は納得した様子らしい。

 

「確かに責任感や自由ということだったらこっちの世界の方がいいかもな。シアやユエに会えたのもこの世界に来たからだしな。」

「……そうね、キャサリンさんやユンケルさんとも会えたし。地球に戻っても付き合いが続けばいいんだけど。」

「付き合いは続かせるさ。こっちの世界とあっちの世界で守るものがある。……こっちの世界にも大切というものができたんだしな。」

 

と隼人の声に二人も頷く。

目的の地ウルに着くまでは後もう少しだ。

 

 

 

「……はぁ。今日も目撃証言はなしか。」

 

とぐったりしている前髪が長くため息をつく男子がバツマークを付ける。恐らく男子生徒の中で隼人がハジメの次に仲がよかった清水幸利である。

実は奈落に隼人が落ちた後真っ先に行動したのが幸利だったりする。

隼人がこの世界に来てから明らかにおかしい動きをしていたことにも気づいていた。隼人が善人ではないというのを恐らく一番知っている人物こそがこの幸利である。

内面の腹黒さ。敵対してからの恐ろしさを一度体験している幸利は二度と隼人を裏切ったら社会的に抹殺されることを身をしみて分かっていた。何故なら幸利は社会的に潰された隼人を想っているクラスメイトの親の末路を知っているからである。

しかし基本的には優しいので基本的には怒らないし自分のことを蔑ろにしている節があるんだが、友達に手をかけると本当に怖いのである。

隼人が生きている。それはほとんど確定事項だと思っていた。

あいつが檜山を抹殺するために奈落から這い上がってくることも。

だからオルクスの大迷宮の方ではなく愛子の護衛を名乗り出たのだ。絶対に一番にあって檜山を殺させないようにしないといけない。

 

「清水くん。大丈夫ですか?須藤くんたちが奈落に落ちてから全く寝ていませんが。」

「大丈夫だ。問題ない。」

「そこでネタに走るあたり隼人くんの影響かな?」

 

と愛子と宮崎奈々が幸利を励ます。当たり前だ。今の幸利の目には目の隈が目立つ。

腹黒さを知りながらも幸利は隼人を探し続ける。当たり前だ。隼人は親友だ。理由はそれだけでいい。

親友を探すことに理由なんていらないのだから。

…清水ってこの世界に来て少し変わったよな

これがクラスメイトが幸利に最初に思ったことだった。

隼人と仲がいいといっても隼人がいつものメンバーといえば恵里。鈴、ハジメ時々優花といったメンバーだろう。実際隼人自身もそう思っているし、他の人もそう感じていた。しかし隼人の内面を一番知っているのは幸利である。実際隼人が遊びに行く家は幸利の家くらいであろう。

隼人の幸利の評価は結構高い。元々寡黙であるために分からないが思考や発想力はかなり優秀である。

だからうまく使い、使われていたのだ。お互いに利用しあっていることがわかっている

 

「てか隼人くんも凄いよね。クラスのほとんどを落としてるよね。」

「でも隼人くんって優花のこと好きなんですよね?もしかしたら付き合っているのかも。」

「それじゃあ雫ちゃんや恵里ちゃん達はどうするんだろう。」

「……どうせあいつのことだから断れないで同時に付き合うんじゃないのか?こっちの世界じゃ重婚できるし。」

「……へ?」

 

と愛子は幸利の発言にキョトンとする

 

「隼人の悪いところをあげるとするならば、責任感が強いところだろう。あいつ簡単に人を斬り捨てたりするクセに構った奴らにはとことん甘いからな。それに周囲が見えすぎている点も悪い点だろうな。見えすぎて気を使いすぎているところだろ。」

「……」

「あいつは責任感を重視するからな。今回も爪痕をしっかり残した。これだけであいつにとったら勝ちなんだよ。人の気持ちなんか考えもしないで人を救っていく。あいつのそういうところが本当に羨ましいんだよ」

 

とかなり毒を吐く幸利に二人は苦笑する。今回このウルに来たのはこの三人だけだ。

残りの元優花パーティーの三人はオルクスの大迷宮を攻略していて万が一そっちに隼人や優花たちがいたならば速達で伝えるようになっている。

そんな話をしているもとへ、六十代くらいの口ひげが見事な男性がにこやかに近寄ってきた。

「皆様、本日のお食事はいかがですか? 何かございましたら、どうぞ、遠慮なくお申し付けください」

「あ、オーナーさん」

 

 愛子達に話しかけたのは、この〝水妖精の宿〟のオーナーであるフォス・セルオである。スっと伸びた背筋に、穏やかに細められた瞳、白髪交じりの髪をオールバックにしている。宿の落ち着いた雰囲気がよく似合う男性だ。

 

「いえ、今日もとてもおいしいですよ。毎日、癒されてます」

 

 愛子が代表してニッコリ笑いながら答えると、フォスも嬉しそうに「それはようございました」と微笑んだ。しかし、次の瞬間には、その表情を申し訳なさそうに曇らせた。何時も穏やかに微笑んでいるフォスには似つかわしくない表情だ。何事かと、食事の手を止めて皆がフォスに注目した。

 

「実は、大変申し訳ないのですが……香辛料を使った料理は今日限りとなります」

「えっ!?どうしたんですか?」


愛子が驚いたように問い返した。

 

「申し訳ございません。何分、材料が切れまして……いつもならこのような事がないように在庫を確保しているのですが……ここ一ヶ月ほど北山脈が不穏ということで採取に行くものが激減しております。つい先日も、調査に来た高ランク冒険者の一行が行方不明となりまして、ますます採取に行く者がいなくなりました。当店にも次にいつ入荷するかわかりかねる状況なのです」

「あの……不穏っていうのは具体的には?」

「何でも魔物の群れを見たとか……北山脈は山を越えなければ比較的安全な場所です。山を一つ越えるごとに強力な魔物がいるようですが、わざわざ山を越えてまでこちらには来ません。ですが、何人かの者がいるはずのない山向こうの魔物の群れを見たのだとか」

「それは、心配ですね……」

 

愛子が眉をしかめる。他の皆も若干沈んだ様子で互いに顔を見合わせた。フォスは、「食事中にする話ではありませんでしたね」と申し訳なさそうな表情をすると、場の雰囲気を盛り返すように明るい口調で話を続けた。

 

「しかし、その異変ももしかするともう直ぐ収まるかもしれませんよ」

「どういうことですか?」

「実は、今日のちょうど日の入り位に新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるらしいのです。フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者のようですね。もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやもしれません」

 

 愛子達はピンと来ないようだが、食事を共にしていたデビッド達護衛の騎士は一様に「ほぅ」と感心半分興味半分の声を上げた。フューレンの支部長と言えばギルド全体でも最上級クラスの幹部職員である。その支部長に指名依頼されるというのは、相当どころではない実力者のはずだ。同じ戦闘に通じる者としては好奇心をそそられるのである。騎士達の頭には、有名な〝金〟クラスの冒険者がリストアップされていた。

 

愛子達が、デビッド達騎士のざわめきに不思議そうな顔をしていると、入り口の方から声が聞こえ始めた。それに反応したのはフォスだ。

 

「おや、噂をすれば。彼等ですよ。騎士様、彼等は明朝にはここを出るそうなので、もしお話になるのでしたら、今のうちがよろしいかと」

「そうか、わかった。しかし、随分と若い声だ。〝金〟に、こんな若い者がいたか?」

「ん?この声どこかで。」

 

と奈々がまず反応する。そして声はやがて鮮明になっていく

 

「愛ちゃんいた?」

「いないな。豊穣の女神様って聞いてもダメだ。てかあれ宗教だろ。思いっきり愛ちゃん信仰されているじゃねーか。」

「なんでそっちで聞いているんだよ。」

「俺に食神なんてつけあがった愛ちゃんなんて俺たちみたいに被害を受けるべきではないかと思うんだ。」

「もう隼人さん子供っぽいですよ。」

「元からこんなんだぞこいつ。」

「オムライスとか好きだもんね。」

「優花もカレー好きだからどっこいどっこいだろ。」

「カレーおいしいじゃん。」

「……カレーって何?」

 

と聞き覚えのある声が聴こえてくる。愛ちゃん。豊穣の女神。それってと思い何よりも早く飛び出したのは奈々だった。

 

「えっ?宮崎さん?」

「隼人くん!!優花!!」

「「えっ!?」」

 

するとその声に反応して二人が反応する。

 

「……って宮崎?なんでお前。」

「奈々?なんであんたここにいるのよ!!」

 

と隼人達は驚いたように奈々を見るとそれと同時に隼人たちに走っていく

 

「って隼人じゃん。ハジメと園部もいるじゃん。」

「おっ。幸利もいるじゃん。ってハジメってわかるの?」

「いやどう見ても厨二病みたいな格好しているだろ?こんなの異世界でも見たことないしな。」

「……おい。清水。」

「否定できないな。てかお前驚いてないのか?」

「いや。驚いているけど。なんとなくさっきの流れがテンプレだったからな。」

「……テンプレで俺らって分かるのか。」

 

隼人の最もな指摘に優花も頷く。声ではなくテンプレで隼人たちだと分かったのは後にも先にもこいつくらいだろう。

 

「須藤くん!!園部さん!!南雲くん!!」

「「愛ちゃん!!」」

「久しぶりだな先生。」

 

とどうやらほっこりとした流れができる。

隼人自身とりあえず三人が生きていてよかったと息を安堵の息をついたのであった。



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動揺

「……本当によかったです。三人が生きていてくれて。」

「そっちもな。先生も元気そうだな。」

「……本当によかったわ。愛ちゃんも何よりで。」

 

と二人がほっとしていたんだけど隼人だけは違った

 

「愛ちゃん。何日寝てない?」

「「へ?」」

「何を言っているんですか?私は何も。」

「……ちゃんと答えてくれないか?」

 

その言葉に愛ちゃんは少し目を逸らす。

 

「……4日です。私も清水くんの力になりたいと思って。」

「……先生いつの間に?」

「ギルドの捜索依頼も愛ちゃんが出したことは知っているんだよ。元々愛ちゃんは先生ってだけあって生徒第一主義だからな。……普通に無理をするんだよ。この人。」

 

ジト目で隼人が愛子の方を見ると、優花とシアがこれまたジト目で隼人の方を見る。

 

「えっと。なんで知っているの?」

「先生酒に酔うと基本的に生徒の自慢話と自分が生徒のために何をしているかを語り出すんだよ。俺の家居酒屋だし。」

「あ〜。そういえば中村が先生が家に泊まったって言っていたけど。」

「酔っ払って眠った愛ちゃんの介抱しているんだよ。愛ちゃんが酔うってこと自体が珍しいけど疲れている時は特に回りやすいからな。特に体育祭や文化祭の時は本当に大変だった。俺のことを名前呼びするわ。俺の背中で吐いてそのまま俺のベットで寝るわで。翌日が日曜日だったからよかったものの」

「ちょ、は、隼人くん!!」

 

顔を真っ赤にして愛子が隼人の口を押さえる。こういった時愛子をいじる隼人は生き生きしている。

 

「……愛ちゃん何してるの。」

「それに先生さん普通に隼人くんって言ってますよ。」

「この人プライベートでは名前呼びだぞ。てか俺を須藤って呼ぶ先生の方が少ないだろ。」

 

愛ちゃんは学校では普通に苗字で呼ぶが基本的に先生も居酒屋の関係上名前呼びされる人の方が多い。

すると地球組の二人は納得したらしい。

 

「そういえばその二人は?」

「兎人族のシアと吸血鬼族のユエ。今は。」

「「ハジメ(隼人さん)の女(ですぅ〜)。」」

「お、女?」

 

 愛子が若干どもりながら「えっ? えっ?」とハジメと隼人、優花と二人の美少女を交互に見る。上手く情報を処理出来ていないらしい。ついでに話題作りの時に隼人と優花と恋人同士なのは三人には話していた。

 

「言っとくけどこっちの世界じゃ重婚できるらしいからな。俺はこっちの世界にも顔出すつもりだしこっちでも籍は作る予定だからな。」

「…トータスにですか?」

「あぁ。色々したい事とか色々あるし。それに……色々思うことがあるんだよ。それならこっちでも活動しておいた方がいいと思うし。縁を大事にしたいんだよ。こっちの世界で獣人族とも少しは仲は良くなったと思うしな。」

 

と隼人は少し笑う。ブルッグの街でも獣人族ともこれから先縁を途切れさせたくはないと考えていた。

 

「……隼人らしいな。なんかこうやって交友関係を広げるのは。」

「まぁ。交友関係は広い方がいいだろ?シアも今までは差別はなく旅を続けられている訳だし。」

「てか奴隷紋ってあぁ。これフェイクか。」

「そういうこと。ちょっと樹海に行ってきたのもあるし。」

「獣人族についての話は聞きたいなエルフ族とかもいたんだろ?」

「まぁおいおい話すつーかいつか合わせてやるよ。差別とかはするなよ。」

「てかお前目はどうしたんだよ?」

 

と幸利と隼人が何気ない会話で盛り上がっていく。

と思ったやさき

 

「そういえば隼人くん遺書なんですけど。」

「……遺書?」

「……あっ。そういえば書いてたな。すっかり忘れていたし。」

「お前そんなの書いてたのか?」

「あぁ。正直俺がこの世界で生き残れるなんて思ってもなかったからな。多分誰かが危険に陥ったとき自分を犠牲にしても多分助けるだろうし。……ぶっちゃけると迷宮内で誰かが死ぬと思っていたんだよ。」

「……えっ?」

 

その言葉に隼人と幸利以外の全員が絶句するが幸利は予想はでき、

 

「あぁ。俺も同感だな。あの時は緊張感がなさすぎた。」

「俺も同感。もし死ななかったら俺がわざと犠牲になろうとしてたんだよ。一応転移の魔法陣を使って危機感を植え付けようとしてた。ハジメと一緒に逃げるためにな。ハジメと恵里、後はメルド団長に頼んでいたしあの人も普通に生徒思いだからって八重樫の遺書にネタバレしておいたんでけど、あいつ読んでないの?」

「……そうなの?」

「あぁ。白崎に伝えるために八重樫と、あと優花にはネタバレとして手紙に書いてあったのとリリィにも事情は話していたんだけど。」

 

と隼人は先の事を考えてそういう判断を効かせていたのだが全く気づかなかったらしい

 

「……一応愛ちゃんか鈴辺りには知らせようと思ったけど。さすがに多くの人に知らせるのは危険だったからな。書いてある内容がすでに危険だったし。」

「は、はい。教会は危険だとか色々書いてありましたから。えっと八重樫さんは……ちょっと色々あって。」

「色々?」

「部屋にこもりっぱなしで泣いていたんだよ。隼人が死んだことをずっと信じられなかったのがあいつだから。」

「……八重樫って俺死んだとされてからどれだけ部屋にこもりっぱなしだった?」

 

嫌な予感がした。いや。それでも聞かなければならなかった。

息を呑む隼人に愛子が答える

 

「……八重樫さんは隼人くんが落ちてから迷宮を脱出するまでは白崎さんのこともあって持っていたそうですが王都に戻ってからは寝込んではいなかったのですが……一週間は部屋に閉じこもっていました。」

「……っ!」

 

珍しく隼人が動揺を隠せなかった。雫はてっきり香織がいればてっきり大丈夫だと勘違いをしていたのだ。

いや。香織も何かが起こったのだろう。雫を復活させられるのは香織しかいないだろうと推測する。

 

「……やっぱりお前八重樫関係で何かやっていたんだな。」

「あぁ。……つーか奈落に落ちたことは予想外だったし八重樫が弱い女の子ってことはわかっていたんだけど。俺自身予想外だったんだよ。奈落に落とされるっていうのは。……はぁ。完全に俺のせいだな。」

「落とされる?やっぱり檜山くんが三人を落としたの?」

「……へ?」

 

またおかしな顔をする隼人。これにはハジメも優花も同じような表情をとっていた

 

「なんで知っているの?」

「檜山あの後王都から追放されたんだよ。一応教会側は庇っていたけど白崎が許さなかったんだよ。」

「白崎が?」

「あぁ。あいつ八重樫が精神的に弱いって分かってからはまるでお前のように八重樫を扱っているからな。八重樫がついタイミングが悪く天之河ともめたばかりだったから我慢できなくなったんだろ。所構わず泣きじゃくってな。全く前とは違って今は八重樫が白崎に頼るってことの方が多いんじゃないか。」

「……予想できねぇ〜。」

 

と隼人は少し笑顔を作ろうとして、それは誰もが作り笑いって分かるような笑顔だった。

動揺が恐らく隠せないのだろう。八重樫に少し頼ってしまったのが少しばかり悔やまれる

それ状況が分かったのだろう。隼人が少しため息を吐き少し俯いてしまう

……悪いお前の気持ち考えてなかった。

と少し反省していると

 

「……やっぱり気になるのか?」

「……流石にな。というよりも……少し檜山を放ったのが心配なんだよ。」

「檜山が?」

「白崎の妬みで俺を殺すような奴だぞ。少しどころか俺たちが生きていると知れたなら。」

「……あ〜殺しにきそうだね。」

「それに八重樫もかなり危険だろ。白崎が八重樫のせいで追い出されたとしたら。……八重樫にも危険が及ぶだろうし。最悪あいつなら魔人族と組んでもおかしくはないだろ。」

 

とぶっきら棒にハジメと隼人が言うとシアやユエが首を傾げる

 

「でもハジメさんと隼人さんなら返り討ちできるんじゃ。」

「そりゃ多分な。……でも殺しちゃうだろ?」

「……ん?」

「へ?」

「いや。生徒を殺したらさすがに愛ちゃんが自殺するかも知れないだろ?言っとくけどあいつなんてどうでもいい。結果的に奈落に落ちたわけだけどそれで俺にとって大切な人が傷つけられる可能性だってある。言っとくけど敵なら容赦はしないぞ。クラスメイトでも王様でも神でも殺す。」

 

隼人がそういうと全員が絶句する。

殺気が漏れ少し奈々が驚いたようにしていたが悪い悪いと殺気を閉じる隼人。

 

「……もしかして人を殺したことが。」

「ある。……シアとシアの家族たちを助けるために数十人ほど殺した。」

 

愛ちゃんの答えに隼人はキチンと答える。

 

「……愛ちゃんには言っていただろ?八重樫に構っていたのも体調を崩していたこともそこなんだ。俺はこの世界に来た時から人を殺すっていう覚悟はしていたんだよ。……戦争について理解してたのは数少ないだろうけど、魔人族も獣人族も、まぁ魔物も一つの命だ。それを奪うっていう重さは変わらない。……俺もあの後全く食入らなかったし。」

「……あっ。」

 

と優花とハジメ、ユエは恐らく初めてであろう隼人の弱みに気づいた。あの後料理を作っていたのは隼人だ。しかしその料理を口にするどころかその日隼人は何も口にしていなかったことに気づかなかった。

それどころではない。よく考えたら隼人はそれ以降誰も殺してはいないのだ。イラついたり愚痴をこぼしたりはしていたけどそれでも隼人は何があっても弱さを見せなかった。

 

「……お前。」

「言っとくけど人を殺せないって訳ではない。ただ出来る限りはあんまりな。……魔法でシアを守るためとはいえ殺人は殺人だ。……一応優花は殺してないだろ?……ちょっと俺自身怖いんだよ。地球に戻った時の反応とか。……家族の反応とか。というよりも八重樫の件も優花にしろ俺の本心と基本的に同じなんだよ。怖いや不安が当たり前。俺だってそうなんだから。」

 

すると隼人の心の本心からの言葉であることを優花も幸利も気づいていた。

 

「愛ちゃんもそうだろ?俺も先生もみんなのために戦っている。俺の仕掛けた罠に教会はうまくはまってくれたしな。」

「全てはお前の思い通りってことか?」

「そんな訳あるか。もうちょっと期間があれば完全に教会の権力をなくすことができたのに。」

「「「……」」」

 

この時隼人以外の誰もが思った

隼人には絶対に逆らってはいけないと




なんかどんどん隼人がドSになってきているのでここでアンケートをとります。
ティオの扱いをアンケートで決めます。
なおティオが外れた方のヒロインにエルフのアルテナが加わるだけです


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隼人の過去

主人公の過去の話になっています。
設定をまとめるのにちょっと苦労しました。


愛子は部屋に戻るとフゥと息を吐いた。

 

「……よかった。生きていたんですね。三人とも。」

 

と一つ胸を下ろしベットに座り込む愛子。

愛子は、今日の出来事に思いを馳せ、ソファーに深く身を預けながら火の入っていない暖炉を何となしに見つめる。

 考えねばならないこと、考えたいこと、これからのこと、ぐるぐると回る頭は一向に建設的な意見を出してはくれない。大切な教え子が生きていたと知ったときの事を思い出し頬が緩むも、とある言葉と表情で全てを狂わされた

 

人を殺した

 

その時の表情は隼人自身恐らく初めて見せた恐怖の表情。

愛子自身隼人から話されたことがあったので分かっていた。戦争っていうのは人を殺す覚悟がいることを

隼人がクラスメイトのために行動しているのは愛子自身分かっていた。隼人に任せていたことも事実だ。

愛子は隼人をかなり評価している先生の一人で隼人に頼ってそして結果を出し続けていた。

しかしあの表情を見て分かってしまった

隼人自身恐怖と戦っていたのだ。ずっと奈落に落ちてからもずっと。

 

「……」

 

愛子はベッドに寝転がる。

 

「隼人くんは強いですね。」

 

小さな声で呟くと愛子は少し胸がズキッと痛むのが感じる。

何故なら一番早くSOSを表していたのに愛子はそれを全くっていうほど気づかなかったのだ。

 

「……すいません。隼人くん。気づいてあげられませんでした。」

 

愛子自身よくよく考えたらこの世界に来て最初に愛子の部屋に隼人が潜り込んで来たのだが、理由がわかってしまった。先生を甘やかし、その初日夜遅くまで話寝落ちした隼人。あれこれ言い訳をしていたが本心では怖かったのだと愛子は悟ってしまう。

そしてよくよく考えたらおかしいのだ。隼人は約二週間で多くのものを街や私たちに有利になるようにしてくれていた。

でも何でそんな時間があったのだろうか?

屋台を開き、料理のレシピや保存食の開発、また遺書をほぼ全員分作りさらにはハジメと武器や機械の開発や愛子や雫の怖がっている人を裏で立て直せるようにフォローをしていた時間。明らかに二週間でできる量ではない

それならどうやって時間を作ったのか。

答えは簡単だ。寝る時間を削ったのだ。いや眠れなかったという言葉が恐らくあっているだろう。

隼人の両親から隼人のことを頼まれていたにも関わらず何もできない自分が愛子はとても嫌いだった。

 

隼人の両親から元々隼人は今みたいなリーダーシップをとるということは昔はなかったということを聞いていた。

中学一年くらいの時は大人しく少し子供っぽい性格であったのだ。笑ってどちらかと言えば感情が豊かな鈴の性格に近かったのだろう

しかしそれは隼人の妹である美穂が自殺未遂をしたということがきっかけですっかり変わった。

自殺未遂をした時、隼人の妹である美穂が最後に話したのは隼人だったらしい。

それは美穂が隼人の好きなオムライスを朝食で一緒に食べた時だった

隼人の好きな料理。あれは元々病弱であった美穂が唯一作れる料理だったからだ。恵里に一度だけ一番好きな料理を聞かれたことがある。ブラコンって言われるかもしれないけど隼人が今でも一番好きな料理と答えるのならば不恰好で味付けもバラバラだけど美穂が作ったオムライスと答えている。

朝早くから隼人に最後の料理になるだろうオムライスを食べたのだ。普通ならおかしいって思うのが普通だろう

しかし最後に食べたオムライス。恐らく隼人が二度と自分では作れないと思うくらいに美味しかったのだ。

あの時の味は忘れられない。

あれ以上美味しい料理には隼人は未だに出会っていない

だからその時の自然に笑顔が溢れた。料理とは不思議なもので美味しいと自然と笑顔になるのだ。

その時の美穂も満面な笑みで隼人に応えたのだと

自殺未遂をしたと隼人に連絡がされた時隼人はただ無表情になっていたらしい。

いやどういう感情を向けたらいけないのかわからないというより、そのこと真実だとは信じたくなかった。

だから手術室のランプがつけられたとき。意識が美穂を見た時崩れ落ちたと両親は愛子に告げていた、

多分隼人が一番悔しいんだと思う。一番近くで美穂を止められたはずなのに。家族なのに気づいていられなかったのが悔しいかったんだって。

あれから優しいのは変わらない。容赦はしなくなった。

いじめていた生徒に隼人何か何もしなかった。何も言わなかった。だから余計に少年たちは気分が重くなっていった。本当に許さないと目が訴えかけていたからだ。それがプレッシャーになることを隼人は知っていたから何もしないことがバツになった。

一度性的暴行DVってことで、恵里の両親が隼人によって警察に連行されたと聞いた愛子は知っている。

隼人は敵に関しては容赦はしない。大切な人たちのためなら何でもする

でも本質は違う。隼人の本質はリーダーシップを貼っている隼人ではない。

未だに子供っぽさを見せる時がある。それが本当の隼人なのだと。

恐らく本当の死と向き合ったのであろう隼人。

人を殺したという重さは隼人が一番知っているはずだ。

妹が自殺しかけて恵里という自殺をしようとした女の子を救った男の子。

だからこそその重みを一生背負い続けているのだろう

 

命の重さをしっているから。

 

私に何ができるんでしょうか

愛子は少しボーとしながら考えていたら

 

「……愛ちゃん聞いてますか?」

「えっ?」

「はぁやっと気づいた。てか気づくの遅すぎるでしょ。」

 

とそこにいたのはパジャマ姿の隼人であった。

 

「えっ?は、隼人くん?」

「言っとくけどノックもしたし何度も声かけたけど。ちょっと色々あってドアを施錠させたけどまぁ無事だったし適当におつまみ作ってきたから少し飲まないって思って。」

「…お酒ですか?」

 

隼人が持ってきたのはアルコール度数が低い愛子も王宮で飲んだことのあるお酒であった

 

「あぁ。俺以外酒弱いんだよ。俺のパーティー。ハジメは毒耐性持っているしどうせ今頃盛っているだろうからな。俺は毒耐性持っていてもほろ酔い程度になることは可能だし。」

「あの。園部さんとシアさんは?」

「寝てる。一応愛ちゃんのところに話にいくことは伝えてあったしな。一応俺が今回ウルに来た理由とかを話しておこうと思ってな。……それと先生が危険になるかもしれないけどこの世界の正体と元の世界に戻る方法も伝えておこうと思ってな。」

「えっ?」

 

そして隼人がお酒を継ぎおつまみがわりの塩エリゲン豆をつまみ話始める。

そしてまずこの世界の真実と俺たちが神を倒さないといけない理由について説明する。

この世界の真実を聞かされ呆然とする愛子。どう受け止めていいか分からないようだ。情報を咀嚼し、自らの考えを持つに至るには、まだ時間が掛かりそうである。

 

「これが俺たちが知っていることかな。一応帰る方法は本に記されていた神代魔法のその先にある魔法が怪しいと思っている。」

「……なるほど。」

 

コクリとうたた寝をし始める愛子。寝不足なのもありアルコールをとったらすぐに回ってきたのであろう

しかし会話をしばらく会話をしていたのだが愛子はついにスースーと寝息を立て始める。

 

「たく。」

 

と少し苦笑し隼人は愛子を持ち上げベットに運ぶ

さすがに寝不足でボーとしているよりもちゃんと寝させて元気な愛子でいた方がいいと考えたのだ。

そして帰ろうとした時に隼人の手が掴まれる

 

「……お母さん。」

 

そんな声が後ろから聞こえる

 

「……たく。少しは弱音くらい吐けよ。」

 

と隼人はベットの近くで座り込む

元々護衛ってことでステルスを使って守るつもりだったんだが

隼人は座りこむ

 

「ありがとうな。生きていると信じてくれて。」

 

聞こえないと思うが顔を見て話すのが恥ずかしいのでこのタイミングで感謝の気持ちを告げる

そしていつのまにか隼人も自然に寝息を立て始めたのであった

まるで家族であるような近い距離で二人はよく朝まで一度も目を覚まさなかった



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自己満足

夜が明けると誰よりも朝が早い隼人の念話石による通信により先生の部屋で一晩を過ごすことになり全く動けない状態になったと優花に連絡して愛子が起きるのを待っていた。

その間というと愛子にどういうことがあったのか説明すると。

 

「ってことだな。」

『あのね。確かに合理的だとは思うけど、やっていることが犯罪者みたいなんだけど。』

「うっせぇ。自覚はあるから」

 

だけど眠れないっていうのとあの寝言を聞いたらさすがに部屋に残る選択しかなかったのだ

 

「う、うぅ。」

 

と愛子が目が覚ます。そしてキョロキョロと首を振ると寝ぼけているのか隼人をみてボーとしている

 

「愛ちゃんおはよう。」

「……ふぇ?」

 

すると少しキョトンとした後

 

「…あ、あの。隼人くん?なんで?」

「……愛ちゃんの右手を見ればわかると思う。」

 

すると愛子は右手が隼人の服を掴んでいることを見ると

 

「あっ。ご、ごめんなさい!!私また。」

「とりあえず離そうな。そういえば朝飯食うか?材料あるし少しくらいなら作れるぞ。」

「えっ?はい?それなら私も手伝います。」

 

米は昨日のうちに買ってあるし今日の分の弁当も作るのでついでに朝食を作ろうと考えていた。

部屋には小さなキッチンがありそして優花たちにも連絡しながら料理を作るとすると興味深かそうに愛子が隼人を覗き込んでいた。

 

「……どうした?」

「い、いえ。前にだし巻き隼人くんみたいに作ろうとしたんですが形が崩れてしまって。料理についたら私は隼人くんみたいに上手くいきませんし。」

「あ〜。うん。それなら見ていていいぞ。技能の関係上俺も料理関連は圧倒的にアドバンテージを得ているからな。」

 

手際よく料理をする男子高校生とそれを見る小さな教師。

普通なら逆だと思うのだろうがこの二人にとってはこれが普通である。

 

「先生確か砂糖で作った卵焼きが好きだったよな?」

「よく覚えてますね。」

「そりゃ俺からしたら愛ちゃんもお客様であることには違いないしな。」

 

と軽く鼻歌を歌いながら料理をする隼人。実はかなり機嫌がいいことに違いなかった。

愛子も手伝いながら久しぶりに会えた隼人に話しかけコロコロと表情が変わりながら昨日聞いた重い話をまるで避けるかのように話しかけている

それを汲み取っている隼人もなるべく昨日の話をしないでいる

そして優花やハジメ達が来た時、隼人はともかく見たこともない表情をしている愛子におそらくクラスメイトその場にいた全員が思っていることだろう。

仲よすぎだろ。

 

 

「……俺たちもきて安全なのか?」

「安全だとは思うぞ。俺ら全員ステータスがぶっ壊れているから。」

 

とキャンピングカーに揺られながら隼人たちは北の山脈地帯を目指していた

ついでにいつもの通り愛子が睡魔に負け隼人に凭れながらよだれを垂らして寝息を立てている

 

「愛ちゃんって隼人と仲いいよね?」

「仲いいっていうよりも俺は愛ちゃんのことを大人で見ているからな。そのせいかな?」

「子供っぽいのに?」

「まぁな。理想と現実が見極められているか分からないけどそれでも俺は愛ちゃんは信用しているぞ。……てかそうでもなければさすがに愛ちゃんの部屋で一泊なんてさすがにしないだろ。」

「いや、それ自体おかしいからね。」

 

すると苦笑している優花と呆れているハジメ。でもシアはどこか二人を見ながら呟いた

 

「先生さんと隼人さんって似てますよね。」

「ん?」

「いえ。隼人さんって力があるから先生さんみたいになってませんけど。でも意志の強さや誰かを守る生き方は先生さんに似ているような。」

「……うん。私もそう思う。」

 

ユエも同じことを思っていたので頷く。奈々も同じことを思っていたので頷くがしかし優花とハジメ、幸利は苦い顔をする。

隼人と愛子は確かに似たように見える。でも

 

「俺はそんなに善意とかそんなことないんだよ。」

「えっ?」

「言っとくけど俺ってお人好しでもなんでもないんだよ。……ただ俺にあるのは自己満足だけ。…醜く嫌なことから目を逸らし続けているだけ。そこまでできた人間じゃないしそれに元々我儘だからな。」

 

冷たい声で隼人は否定する。善意や好意で愛ちゃんは動いているのに対し隼人は大切な人を守ると決めたら他の人や他人を切り捨てる。

それはシアの件でも明らかだった。容赦なく大切な人を守るのに力を使う。

それが隼人の生き方であり、愛子とは違いただの自己満足であることだった。



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竜人族

「ちょ、ちょっと隼人くん。」

「体力ない先生はこうしておいた方がいいだろ?」

「……お前なんちゅう魔法使っているんだよ。」

「…重力魔法の扱いがすごい。私はこの人数を自由に浮かせるなんて不可能」

 

隼人はクラスメイトを重力魔法で浮かせながら探索を行っていた。

 

「そんなに凄いの?」

「少し間違えたら普通なら潰れる。自分を操作するのなら難易度が下がるけど。……今の私では無理」

「ユエは敵を殺す魔法しか覚えてないだろ。こういう風に他人を助ける魔法を身につけておいた方がいいぞ。俺たちの世界に来るんだったら平和な世界だから殺傷力がある魔法なんか論外だからな」

「…そうなんだ」

「せめてユエは家事が少しできないと厳しいかもね。全部私たち任せでしょ?」

「ハジメの家は共働きだからな。俺も家事は基本的にやっているけど」

「……俺も帰ったら、母さんの手伝いくらいはやろうかな。」

「いや。お前は両親の仕事を手伝う方が両親にとっての親孝行になるんじゃないか?俺も仕事はしてたけど自由な時間もあったし。」

 

地球に戻った時の話をし始める三人。その時の姿はすでにシアやユエは自分じゃ入り込めないことを分かっていた。

ユエもシアも気づいているのだ。

この三人はおそらく私たちよりも三人のことを優先する。

奈落で過ごしてきた絆はおそらくこの先変わることがない。

それが三人にとって本物と呼べるものだと思うから。

ユエもシアもその三人のことは好きだから分かるし、それに自分たちにとって恩人の三人だ。

少し羨ましいと思うがそれでも二人は仕方がないと思ってしまう

 

「……てか気づいているか?」

「あぁ。さっきから魔物の戦闘後は残っているのに全くっていうほど死体がないな。」

「えぇ。……それも結構大規模な戦闘跡が見られるんだけど……。それに魔物の気配が一体もいないことが少し気になるわね。」

 

隼人は無人偵察機で空中を見るが全く反応はない

ハジメが〝無人偵察機〟と呼んだ鳥型の模型は、ライセンの大迷宮で遠隔操作されていたゴーレム騎士達を参考に、貰った材料から作り出したものだ。生成魔法により、そのままでは適性がないために使い物にならない重力魔法を鉱物に付与して、重力を中和して浮く鉱物:重力石を生成した。それに、ゴーレム騎士を操る元になっていた感応石を組み込み、更に、遠透石を頭部に組み込んだのだ。遠透石とは、ゴーレム騎士達の目の部分に使われていた鉱物で、感応石と同じように、同質の魔力を注ぐと遠隔にあっても片割れの鉱物に映る景色をもう片方の鉱物に映すことができるというものだ。ミレディは、これでハジメ達の細かい位置を把握していたらしい。ハジメは、魔眼石に、この遠透石を組み込み、〝無人偵察機〟の映す光景を魔眼で見ることが出来るようになったのである。

もっとも、人の脳の処理能力には限界があるので、単純に上空を旋回させるという用途でも四機の同時操作が限界である。神眼を持った隼人でさえ10体が限界である。一体、ミレディがどうやって五十騎ものゴーレムを操作していたのか全くもって不思議だ。

そんなやりとりをしている中ふと奈々は呟いた

 

「……隼人くん本当にこの世界に入ってからずっと頼もしいね。」

 

おそらくクラスの総意であろうこの世界の隼人についての見解を告げる。

そのことに否定することもなく幸利も頷く。ただ少し不思議に思っていることもあったのだ。

 

「弱さを普段から見せないからな。隼人以上にリーダーに向いている人は俺たちのクラスにはいないだろうけど……。」

「どうしたんですか?」

「……なんか隼人らしくないんだよなぁ。弱みを見せるって俺の前ではよくやってたし愚痴も吐くことも多かったんだけど。隼人自身弱みを隠すって俺から見たら隼人らしくないんだよ。どちらかというなら隼人って子供っぽいし。」

「子供っぽい?」

「あぁ。あいつ精神的に成長した子供みたいな奴なんだよ。あいつが料理をしている時なんかいつもあどけない笑顔で笑うだろ?」

「そうですね。私も子供っぽいっていう点では清水くんと同じ意見です。隼人くんって結構甘えん坊ですし。」

 

と愛子も同じ意見なのか頷くと奈々はキョトンとしてしまう。

隼人が子供っぽいって思うことは学校ではまずありえないことだ。

 

「……ダメだ全く見つからない。」

「……そっか。」

「私の方も引っかかりませんね。」

「やっぱり隼人の言っていた魔物の使役化だろう。」

 

そんな話をしているとは知らない隼人たちは一つの結論に達していた

と隼人たちは魔人族の仕業であると断言できていた。

王宮の話は基本的に真実であること、また神代魔法に魔物を変化させる魔法があることにより魔物の使役化は魔人族の仕業であることがほぼ確定的だ。

 

そしてしばらく歩いていたらようやく気配を掴んだのと同時に気になるものがあった。

 

「……ちょっと待って。これって。幸利。お前闇魔法について詳しかったよな?」

「あぁ。一応魔物を操れる程度にはできるけど。」

「お前死んだ魔物を操ることは可能か?」

「……いや。そうなると死霊術師か降霊術師がその本職だと思うが。」

「……なるほどな。……ちょっとまずいかもな。」

「どうした?」

 

隼人の不安げな顔にハジメは苦い顔をする。

 

「いや。……この気配なんだ?多分魔物なんだけど……明らかに強さのレベルが俺たち並みなんだが。」

「何?」

「えっ?」

「だから俺とハジメがちょっと偵察に行ってくる。」

「ちょ、ちょっと隼人!!」

「さすがにあの相手を対してさすがに守りながらは無理。優花たちは見張りしといてくれ。敵対するんだったら殺してくるから。」

 

と隼人はクラスメイトを地上に降ろした後、ハジメと共に少しだけ早足で向かう。というのもこの人選は仕方ない。この二人が気配遮断は圧倒的に優れているので的確な判断だといえる。

 

「……もう。勝手なんだから。」

「あはは。いつものことですね。」

「……ん。」

 

もはや、当たり前となった隼人の先行に苦笑してしまう優花たち。

そして隼人たちを信頼して待つことに決めたのであった

 

一方隼人たちは高速で気配をする方へ向かっていた。

ハンドサインで合図を送りながらも高速で進んでいく二人は軍人や暗殺者と言っても過言ではない。

 

そうした先で隼人たちが進むと大きな黒い竜が眠っていてそれを大勢の耳の尖った人が囲んでいる。

神眼で竜の解析をしていた隼人はつい声が漏れそうになった

 

ティオ・クラルス 563歳 女 レベル:89 竜人族の姫 

状態 精神汚染40%

天職:守護者

筋力:770  [+竜化状態4620]

体力:1100  [+竜化状態6600]

耐性:1100  [+竜化状態6600]

敏捷:580  [+竜化状態3480]

魔力:4590

魔耐:4220

技能:竜化[+竜鱗硬化][+魔力効率上昇][+身体能力上昇][+咆哮][+風纏][+痛覚変換]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]・火属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・複合魔法

 

『どうした?』

『竜人族だ。あの竜。」

『なっ!!』

 

ハジメに伝えるとハジメ自身驚いたらしく声を抑えていることはわかった。

竜人族はすでに数百年前に全滅した種族であることは文献からの情報ではそう記されていたのだが

……もしかしてユエみたいな隠れる方法を所持しているってことか?

しかし今はそんなことよりも魔人族と接していて精神汚染を受けているところをどうするかだ。

精神汚染が40%か。

隼人はその瞬間にリスクとリターンを考え決断する。

 

「……よし。ちょうどいいか。殺すか。」

「は?」

 

隼人自身から聞こえた言葉にハジメは訳が分からないみたいな顔をしているがすぐに何をしようとしているのかわかった

ライトニングを唱えていることから魔法で狙撃をするつもりなんだと判断する

 

そして無数の魔法を放つと高速でまっすぐにライトニングは魔人族を蹂躙していく。

 

「相変わらずエゲツないな。」

「エゲツないってこれでも初級魔法くらいのさじ加減なんだけど。」

「……魔法チートウゼェ。」

「一番料理がチートなんだけどなぁ。」

 

と軽口を叩きあう二人。

実際隼人にとってこれくらいの魔法は初級レベルなのだが複雑性や無詠唱など多くの複合技術で構成されており命中率や正確性を合わせると上級の蒼天以上であることはユエが真似できないことから明らかになっている

隼人の魔法における成長力はユエさえ驚かす。

しかもこいつはこの世界に来てまだ3ヶ月くらいしか経っていないはずなのに魔法適正はあるものの魔法の腕は今やユエ以上であること、また魔法の教師としたら誰よりも優れていることには変わりはなかった。

 

「……気配感知に引っかからないし。魔人族のレベルは低かったから全員殺しただろうな。恐らくあいつらは捨て駒。多分できればラッキーくらいの感じだろう。」

「……つーか。この竜どうする?」

「……とりあえず色々聞きたいことがあるし起こすか。あんまり使いたくない方法だけど。」

 

と隼人は宝物庫からとある小さな赤い果実を取り出す。

 

「なんだそれ。」

「カレーの時も使っていた香辛料の一つで悪魔の実って呼ばれるもの。俺は平気だけど普通の人ならば触っただけで刺激があって俺が使っているのもちゃんとした調理法を守って使っているもの。一度ユエが優花に正座で半日ずっと怒られていたことあっただろ?これが原因。」

「えっ?おまっ!」

 

その実の正体を知ったハジメは冷や汗が垂れる。

実はこの悪魔の実はこの世界でも調理をできる人は限られており、隼人によって調理されたものは辛いもの好きのハジメには欠かせないものであるのだが、辛いものが好きである優花が食べれないほどに辛いのだ。

一度料理を一緒に作っていた優花がガチで悪魔の実をちゃんとした調理法を行わずその料理を口にして3日間はずっとガラガラごえ&涙と鼻水でぐじゃぐじゃになったほか皮膚の炎症で隼人に顔を見られるのが嫌だと迷宮で引きこもってしまう事件が発生したことはハジメにも印象が残っている

 

「それって調理は?」

「してる訳ないだろ。でも魔法をかけられているにも関わらず熟睡しているこの竜を覚ますには味覚という刺激を与えるしかないだろ?」

 

鬼だと思いながらも他に方法が思い出せないのでハジメは少し黙ってしまう。

そして隼人は竜の口に悪魔の実を加えさらに咀嚼を手伝ってやる。

すると竜人族の竜は急に金色の目を開けると

 

『ギャー、い、痛い。く、口の中がものすごく痛いのじゃ!!」

 

と大きな声で悲鳴をあげる。

目論見は成功しただが竜がおとなしくなるまで時間がかかったのはいうまででもなかった。



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生きる意味

『ひ、ひどいのじゃ悪魔の実をそのまま食べさせるなんて。』

「こんなところで魔法をかけられているにも関わらず爆睡している方が悪いだろ。精神汚染もステータスを見る限り消えているな。」

「精神汚染が消えるだけの果実ってどんだけあの果実は辛いんだよ。」

 

涙目の竜に隼人が突っ込むと悪魔の実の威力を知ったハジメもさすがにいつも食べている実ながらそこまでからかったのか軽く恐怖を覚えている。

 

「つーか竜人族が生きているとはな。」

『そういえばお主ら妾が竜人族じゃといつ気づいたのじゃ?妾を起こしたということになると話せることを確信しておったのじゃろ?』

「俺の目だよ。神眼っていう技能が入っていてありとあらゆる情報を俺は目にすることができるからな。鑑定技能みたいなものだと思ってくれていい。」

 

隼人が眼帯をとり義眼を見せると竜は少し興味深かそうにしている

 

「そういえばこの辺りに冒険者が通らなかったか?五人組の冒険者なんだが。」

『いや。この辺りには来ていないと思うのじゃが。……そういえば魔人族が冒険者四人を殺したって言っておったかのう。一人は川に流せれて逃げられたと言っていたのじゃ。』

「……一人だけか。生存の可能性があるのは。」

 

隼人はとりあえず一人だけ生存の可能性があることをホッと息を吐き、ハジメも少し安心したようだ。

 

「そういえば竜人族って絶滅してなかったか?数百年前に。」

「あぁだからなんでここに竜人族がいるのか分からないが。」

『うむ。それはのう。』

 

と竜はここに来た経緯を話し始める。

 

この黒竜は、ある目的のために竜人族の隠れ里を飛び出して来たらしい。その目的とは、異世界からの来訪者について調べるというものだ。詳細は省かれたが、竜人族の中には魔力感知に優れた者がおり、数ヶ月前に大魔力の放出と何かがこの世界にやって来たことを感知したらしい。

 竜人族は表舞台には関わらないという種族の掟があるらしいのだが、流石に、この未知の来訪者の件を何も知らないまま放置するのは、自分達にとっても不味いのではないかと、議論の末、遂に調査の決定がなされたそうだ。

 目の前の黒竜は、その調査の目的で集落から出てきたらしい。本来なら、山脈を越えた後は人型で市井に紛れ込み、竜人族であることを秘匿して情報収集に励むつもりだったのだが、その前に一度しっかり休息をと思い、この一つ目の山脈と二つ目の山脈の中間辺りで休んでいたらしい。当然、周囲には魔物もいるので竜人族の代名詞たる固有魔法〝竜化〟により黒竜状態になって。

すなわち勇者という人間を探していたんだろう

 

「……つまり敵対することはないと。」

『うむ。今のところそのつもりじゃ。』

「なるほどな。」

 

まぁ嘘はついてなさそうだし放置でもいいかもな。と隼人は少し考える

 

「まぁそれならいいか。ハジメ戻ろうぜ。一応竜人族の立場的に知られたらまずそうだしな。」

「……ん?何にもしないのか?」

「わざわざ面倒ごとに巻き込まれる可能性を危惧しないといけないんだよ。敵対する可能性があったからこっちに来ただけだしな。収穫があっただけマシだろう。それに……なんとなく嫌な予感がする。魔人族の動きが活発すぎる。……明らかに愛ちゃんを殺しにきていると思っているからできるだけ早めにウルに戻って防衛対策を行いたい。」

 

隼人の胸騒ぎは恐らく当たっているだろう。ハジメ自身確かに大掛かりな作戦であることは確かだし、地球では何度もお世話になりずっと諦めずに探してくれた先生だ。愛子を見捨てるって判断はなかった。

 

「たく。了解。……川に流されたって言っていたよな。近く川ってあったか?」

「ある。ドローンが見つけているしちょうど優花たちもそこにいるらしい。ついでに弁当食っている。」

「遠足みたいだな。」

「まぁいいんじゃないのか?今は殺されかけているって気づかれない方が都合がいい。……多分生徒のためなら自分を犠牲にするって考えに行き着く可能性が愛ちゃんは高いから。」

 

隼人の言葉に否定はできないと思ったハジメは軽く苦笑し頷く。

 

『ほう。急ぎの用なら妾も手伝おうかのう。』

「……は?」

『お主らには洗脳をといてもらった恩があるからのう。助けてもらった恩に背いてしまえば竜人族の誇りを傷つけることと同義じゃ。』

 

隼人はまた考え始めそして決断する

 

「それなら背に乗っけてもらっていいか?空から隠れられそうな洞穴を探すから。」

『うむ。よかろう。』

「いいのか?」

「竜人族とも仲よくありたいからな。別に危険だとは思わないし別にいいだろ。」

 

と隼人はあっけらかんに答えるとその竜の背にのる。ハジメもそれに続くとあっ。っと隼人何か思い出したようにしていた

 

「ついでに俺は須藤隼人。そっちは南雲ハジメ。お前らがいう召喚されたものの一人だ。」

『ほう。妾はティオ・クラルス。最後の竜人族クラルス族の一人じゃ』

「悪いハジメ。ティオさん。気配感知をこの山全域にするからしばらく動けない。さっさと蹴りをつけるから優花たちを見にいってくれないか?北東の川にいるはずだから。」

「了解。」

『うむ。わかったのじゃ。』

 

と自己紹介が終わると隼人は気配感知を全開にしこの山全体を気配感知の範囲対象内にする。

するとしばらくたち気配感知が鮮明になると、反対の南西、川の下流地点で少し弱々しい気配が感じる。

確定だな。

 

ティオと呼ばれた竜人族は嘘をついていなかった。それならまだ生存している。

そうしながら確実に位置を判明させるためドローンを操作していると

 

「ドラゴン?なんでこんなところに。」

「敵襲ですか?」

「……あ〜。おい隼人。これ説明どうするんだよ。」

「あっ!そういえばこうなるよな」

 

すっかり迎えにいくとはいえ竜に乗った隼人は少しだけ苦笑してしまう。

その後隼人とハジメが顔を出したことで優花たちを安心させ、ティオの説明に時間を取られたことは言うまでもなかった。

 

 

「……まったくもう。念話石があるんだから先に連絡してくれないと。」

「マジで悪い。完全に忘れてた。」

 

と隼人たちは重力魔法で空中飛行をしながらシアとハジメの気配感知の元川辺の探索をしていた。

 

『ふむ。その魔法妾は見たことないのじゃが。風魔法の応用かのう?』

「風魔法でも同じことはできるけど。こっちは重力魔法っていうんだよ。神代魔法の一つだ。」

「……いいの?」

 

ユエがキョトンと聞いてくる。恐らく話してもいいのと聞きたいのだろうと思ったので隼人は頷く。

 

「いい。ここで竜人族が邪魔をしてくる方が俺たちにとって帰還できる可能性が下がるんだよ。いっとくけど防御力最大ほぼ8000あるんだぞ。ティオさん自体。それが大群で来られてみろ。迷宮よりもしんどい可能性があるしどれほどの損失があるかも分からない。」

「なるほど。確かに敵対するのは得策ではないな。」

『お主思ったよりも頭がキレるのう。』

「元々こういったことは好きだからな。作戦とか考えるのは。」

「お前が得意なのは暗躍だろ?教会の権力をたった二週間で崩したのは隼人だろう。中村の時だってお前が裏で手を引いて、俺を使ったこと未だに借りを返してもらってないんだけど。」

「……事実だからなんもいえねぇ〜。」

 

隼人が目をそらす。暗躍していることは誰の目からも明らかで隼人自身に黒いものがあることは全員が気づいている。

ただ誰も触れない。

隼人の怒りは誰もが一度は体験し、そして徹底的に追い込むことを全員が知っているのだから。

 

そうしながら歩く先には立派な滝に出くわした。ハジメ達は、軽快に滝横の崖をひょいひょいと降りていき滝壺付近に着地する。滝の傍特有の清涼な風が一日中行っていた探索に疲れた心身を優しく癒してくれる。と、そこでハジメの〝気配感知〟に反応が出た。

 

「! これは……」

「……ハジメ?」

 

 ユエが直ぐ様反応し問いかける。ハジメはしばらく、目を閉じて集中した。そして、おもむろに目を開けると、驚いたような声を上げた。

 

「おいおい、マジかよ。本当に気配感知に掛かった。感じから言って人間だと思う。場所は……あの滝壺の奥だ」

「生きてる人がいるってことですか!」

 

 シアの驚きを含んだ確認の言葉にハジメは頷いた。人数を問うユエに「一人だ」と答える。愛子達も一様に驚いているようだ。それも当然だろう。隼人が感知していたとはいえ、生存の可能性はゼロではないとは言え、実際には期待などしていなかった。本当に奇跡的といっていいだろう

 

「ユエ、頼む」

「……ん」

 

ハジメは滝壺を見ながら、ユエに声をかける。ユエは、それだけでハジメの意図を察し、魔法のトリガーと共に右手を振り払った。

 

「〝波城〟 〝風壁〟」

 

 すると、滝と滝壺の水が、紅海におけるモーセの伝説のように真っ二つに割れ始め、更に、飛び散る水滴は風の壁によって完璧に払われた。高圧縮した水の壁を作る水系魔法の〝波城〟と風系魔法の〝風壁〟である。ティオ自身少し目を開いたが、何も言わずにずっと我慢していた。

詠唱をせず陣もなしに、二つの属性の魔法を同時に、応用して行使したことに愛子達は、もう何度目かわからない驚愕に口をポカンと開けていた。そういえば同時発動は未だに見せていなかったと隼人は思いながらくしょうしていたら今度はティオが急に変化し始める。黒色の魔力で繭のように包み完全に体を覆うと、その大きさをスルスルと小さくしていく。そして、ちょうど人が一人入るくらいの大きさになると、一気に魔力が霧散すると、その場にうっとりと頬を染める黒髪金眼の美女がいた。腰まである長く艶やかなストレートの黒髪見た目は二十代前半くらいで、身長は百七十センチ近くあるだろう。見事なプロポーションを誇っており、衣服から覗く二つの双丘が激しく自己主張し、今にもこぼれ落ちそうになっている。

 

「すっげ。美人」

「どうでもいいから行くぞ」

「その反応はひどいのじゃ!!」

 

幸利がこうつぶやいたのも仕方がないことだろう。だけど人命救命を優先しようとしていた隼人はそれを無視し洞窟内に入っていく。

洞窟は入って直ぐに上方へ曲がっており、そこを抜けるとそれなりの広さがある空洞が出来ていた。天井からは水と光が降り注いでおり、落ちた水は下方の水溜りに流れ込んでいる。溢れないことから、きっと奥へと続いているのだろう。

 その空間の一番奥に横倒しになっている男を発見した。傍に寄って確認すると、二十歳くらいの青年とわかった。端正で育ちが良さそうな顔立ちだが、今は青ざめて死人のような顔色をしている。だが、大きな怪我はないし、鞄の中には未だ少量の食料も残っているので、単純に眠っているだけのようだ。

やっぱり貴族関係だったか。

隼人の予想が当たっていたのだ。恐らくギルドから貴族との繋がりを持たせてくれる後ろ身の安全を守るために使ったものだと考えられる。

気づかわしげに愛子が容態を見ているが、ハジメは手っ取り早く青年の正体を確認したいのでギリギリと力を込めた義手デコピンを眠る青年の額にぶち当てた。

 

バチコンッ!!

 

「ぐわっ!!」

 

 悲鳴を上げて目を覚まし、額を両手で抑えながらのたうつ青年。愛子達が、あまりに強力なデコピンと容赦のなさに戦慄の表情を浮かべた。ハジメは、そんな愛子達をスルーして、涙目になっている青年に近づくと端的に名前を確認する。

 

「お前が、ウィル・クデタか?」

「いっっ、えっ、君たちは一体、どうして」

 

 状況を把握出来ていないようで目を白黒させる青年に、ハジメは再びデコピンの形を作って額にゆっくり照準を定めていく。

 

「質問に答えろ。答え以外の言葉を話す度に威力を二割増で上げていくからな」

「えっ、えっ!?」

「お前は、ウィル・クデタか?」

「えっと、うわっ、はい! そうです! 私がウィル・クデタです! はい!」

 

 一瞬、青年が答えに詰まると、ハジメの眼がギラリと剣呑な光を帯び、ぬっと左手が掲げられ、それに慌てた青年が自らの名を名乗った。どうやら、本当に本人のようだ。奇跡的に生きていたらしい。

 

「そうか。俺はハジメだ。南雲ハジメ。フューレンのギルド支部長イルワ・チャングからの依頼で捜索に来た。生きていてよかった」

「イルワさんが!? そうですか。あの人が……また借りができてしまったようだ……あの、あなたも有難うございます。イルワさんから依頼を受けるなんてよほどの凄腕なのですね」

 

 尊敬を含んだ眼差しと共に礼を言うウィル。先程、有り得ない威力のデコピンを受けたことは気にしていないらしい。それから、自己紹介を簡潔に済ませると、何があったのかをウィルから聞いた。

 

 要約するとこうだ。

 

 ウィル達は五日前、隼人達と同じ山道に入り五合目の少し上辺りで、突然、十体のブルタールと遭遇したらしい。流石に、その数のブルタールと遭遇戦は勘弁だと、ウィル達は撤退に移ったらしいのだが、襲い来るブルタールを捌いているうちに数がどんどん増えていき、気がつけば六合目の川にいた。そこで、ブルタールの群れに囲まれ、包囲網を脱出するために、盾役と軽戦士の二人が犠牲になったのだという。それから、追い立てられながら大きな川に出たところで、前方に絶望が現れた。

数十人はいるだろう魔人族がそこにいたのだ。そして逃がすためにゲイルさんと呼ばれていた冒険者たちはウィルを滝壺に流したのだと答えた。

ウィルは、流されるまま滝壺に落ち、偶然見つけた洞窟に進み空洞に身を隠していたらしい。

 ウィルは、話している内に、感情が高ぶったようですすり泣きを始めた。無理を言って同行したのに、冒険者のノウハウを嫌な顔一つせず教えてくれた面倒見のいい先輩冒険者達、そんな彼等の安否を確認することもせず、恐怖に震えてただ助けが来るのを待つことしか出来なかった情けない自分、救助が来たことで仲間が死んだのに安堵している最低な自分、様々な思いが駆け巡り涙となって溢れ出す。

 

「わ、わだじはさいでいだ。うぅ、みんなじんでしまったのに、何のやぐにもただない、ひっく、わたじだけ生き残っで……それを、ぐす……よろごんでる……わたじはっ!」

 

 洞窟の中にウィルの慟哭が木霊する。誰も何も言えなかった。顔をぐしゃぐしゃにして、自分を責めるウィルに、どう声をかければいいのか見当がつかなかった。生徒達は悲痛そうな表情でウィルを見つめ、愛子はウィルの背中を優しくさする。ユエは何時もの無表情、シアは困ったような表情だ。優花やハジメは思うことがあったがどう話していいか分からない様子だった

だから隼人がまず反応するのは明らかだった

 

「……それが当たり前なんだよ」

「……えっ?」

「……俺にだって妹がいるんだよ。元々俺たちはこの世界の人間ではない。…戦争もなく魔物もいない。そんな平和な世界で暮らしてきた。俺の妹はなアルビノ個体っていう普通の人間とは少し違う。、肌の色や髪の毛が白い、瞳の色がグレーやモスグリーンなどになる、視力が弱い、まぶしい、紫外線に弱いなどの症状がある。また、水平眼振といって眼球が揺れてしまう症状が出るそんな体質。だから普通の学生とは違ったことによって虐められていたんだよ」

「……隼人くん」

「家族にも誰にも告げられなかったんだろうな。でも、ある日限界が来てしまったんだ。……美穂は遺書を残して……学校の屋上から飛び降りた」

「っ!」

 

奈々やハジメ、そしてシアやユエにとって始めて聞く話だった。

ハジメも隼人の妹のことは知っていた。とある事故下半身不全になっていることも。でも事故としか教えられてなくて、ひたすらにその出来事はずっと伏せていたのだ。

 

「俺も病院に駆けつけて数日間ずっと泊まりきりだった。学校を二週間ぐらいサボって。目が覚めるのが奇跡と言われていた美穂の手を握りしめていた。……ずっと目がさめることを祈り続けていた。……奇跡的に目が覚めた時。美穂がこういったんだよ。怖かったって」

 

その一言で隼人が少し苦々しく笑う。今にも泣き出しそうな笑顔に誰もがそのことが事実だと思っていた

 

「……死ぬっていうのは怖いものだよ。他の人を蹴落としてさえ生きようとする。人間ってそういう生き物なんだよ」

「だ、だが……私は……」

「それでも、死んだ奴らのことが気になるなら……生き続けばいい。これから先も足掻いて足掻いて死ぬ気で生き続けて、その人の分までずっと生き続ければいい。……苦しくても死にたいなんて思うな。生きることを望むのなら生き続けろ。それが逃した冒険者の願いだろう」

「……生き続ける」

 

涙を流しながらも、隼人の言葉を呆然と繰り返すウィル。

ずっと隼人はその様子をずっと見ているだけ。

ただ少しだけ目を瞑りとりあえず生存の記録を取ろうとした時に

優花に隼人は抱きしめられた。ぎゅっと暖かい体に包まれながら隼人の目が軽く見開く。

 

「どうしたんだよ。優花。急に」

「大丈夫だから」

「へ?」

「……私はどこにもいかないから。絶対に隼人を一人にさせないから」

「……」

 

その一言に隼人は少しどうしたらいいのか分からなくなる。

体が少し冷たくなっていることが分かっていた。無茶なこともほとんどは隼人が行い、危険を遠ざけていた。

分かっていた。自分の闇が、自分の身近な人がいなくなることだと

 

「……みんなで日本に帰るんでしょ。美穂ちゃんに会いに」

「……そうだな」

 

隼人は少しだけ体を優花に預ける。少し優花自身キョトンとしていたが体を支え少しだけ頭を撫でる。

隼人なりの甘え方なのだろう。時々隼人が体を預けてくることがあり基本的に体を預けている翌日は隼人は基本的に寝坊することが多い。

それに少しシアは迷ったが隼人の方に近づき頭を撫でる。

そんな甘々な雰囲気の中隼人たちはウィルが声をかけるまでずっと体を優花にずっと預けていた。



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大好きな先生

洞窟から出た直後急に隼人の神眼がとある映像を捉えた

 

「……っ!やっべ。ついに動き始めたか。」

「どうしたんですか?」

「ハジメ。魔人族が動き始めた。恐らく万は優に超えてくると思う。狙いはやっぱりウルだな」

「なっ!」

 

隼人の言葉にハジメは驚く。今やドローンは隼人の管轄であるので隼人の言葉に嘘ではないことは知っていたのが、愛子はその言葉を信じたくなかった。

 

「とりあえず戻るぞ。あんまり登山でこうしたくないんだけどな。ハジメ重力魔法で全員を運ぶから運転頼んでいいか?」

「あぁ。でも魔力に余裕はあるんじゃないか?」

「いや。後々のことを考えるとユエと俺、優花が主力だろ。単体の攻撃力はティオさんをおそらく使うつもりだったと思うし対応するにはその三人の魔力を温存しておいた方がいい。どうせ数はいても迷宮の魔物よりはだいぶ弱いだろうし範囲魔法で押し切る。弾丸は基本的奥の手として残しておきたい。最悪魔人族が敵だと判断されたときに対応できるように。」

「お前はどうするんだよ。」

「睡眠と高速魔力回復で強制的に回復させる。その分準備とかは俺は参加できなくなるけど。」

「十分だ。それくらいなら俺がやる。」

 

ハジメの言葉に助けるというと隼人は全員を浮かせる。

 

「悪いが話は後だ。……先に戻るぞ。」

「あ、あの。隼人くん?ティオさんは?」

「ティオも用があるのは俺たちなんだろ?せっかくだし八重樫や鈴たちに会いに行くついでにこいつも会わせる。それだけでちゃんとお礼はできるだろ?」

「ふむ。でもお主らの実力ってどれほどなのかの?妾はお主らの実力は知らないのじゃが。」

「俺はお前ぐらいだったら一瞬で殺せるぞ。重力魔法でベッシャンコにしてやれば一瞬で血の海になるだろうし。」

「……うわぁ。えげつな。」

「…よくそんなこと考えつくわね。」

 

と若干引き気味の優花とハジメ。でも隼人にとっての優先順位がある

 

「言っとくけど俺は容赦はしないぞ。敵は敵だからな。大切な人を失うよりはその前に処理する。過程は関係ない。」

「処理ってお前な。」

「……言っとくけど、俺ってそこまでいい人間じゃないぞ。業務的に人を殺すことになったり、人を使う時だってある。魔人族だって既にもう数人殺しているしな。」

 

事実という重たい言葉がのしかかる

 

「……殺しが悪いって答えるなら俺はもう悪だ。でも……この世界に来た時から殺すことはわかっていた。今でも少しためらうことだってある。でも……それよりも大切な誰かがいなくなるよりマシだから。」

 

隼人は既に覚悟を決めていた。既に人を殺すってことも

だから今回もこの世界のやり方で大切な人を守るって決めていた

 

「…それに俺にはちゃんと正しい道に進めるように導いてくれる先生もいるしな。」

「ほへ?」

 

急に振られた愛子はキョトンとしてしまう。

 

「先生はいつも生徒の味方なんだろ?酔っ払った時毎回のように言っているじゃん。それに壊れている俺を修復してくれたのは紛れもなく愛ちゃんなんだから。」

 

クラスメイトはキョトンとしていたが、幸利は少し納得した。

恐らく愛ちゃんに関しての感情は隼人は尊敬などではなく感謝なのだ。

大切な人を守るためならなんでもする隼人。

だけど、中学校に比べて比較的優しくなった。

優花も中学校の時と比べて、高校の時から比較的柔らかい態度をとるようになった。

そして子供っぽい、美穂と話している隼人のような表情を見せることを知っていた

 

「……なんかお前って本当に愛ちゃんのこと好きだよな。」

「まぁ。否定しねぇ。ドジっ子で少し面倒臭いところも愛ちゃんの魅力だからな。それでも。折れない気持ちっていうのは俺は先生から教わったから。それに無理して笑っているって指摘されたのも愛ちゃんが初めて指摘してくれたからな。」

 

隼人にとって恐らく、家族以外で大切な人と答えるなら一二が恐らくハジメと優花は当然として愛子は恐らく3番目に入るだろう。

シア以上に隼人のとって愛子は大切な人間であるのだ

 

「俺は先生には絶対にかなわない。だって俺の弱いところは先生にいつも見られていたし、それがどんなことであれ絶対に受け入れてくれる。だから甘えられるし助けたいって思う。だから俺は愛ちゃんのことは大好きなんだよ。」

 

純粋な言葉。誰もが隼人の真実だと言葉を受け入れる。

優花やシアですら見たことがないような子供っぽいわがままな子供みたいな表情。

須藤隼人の昔の姿と重なって見えたからだ。

 

「……てかさっさと戻ろうぜ。さすがに、やることが多いだろ。こんなところで道草くっている場合じゃないし。」

「そういっているけど照れ隠しを抑えるためだろ?」

「……」

「ちょ、ま、まじで痛いからやめろ!!」

 

ハジメがからかおうとしたところで隼人はハジメに軽く小突く。

しかし隼人の顔が真っ赤になっており、ハジメはさらにニヤニヤしていたのでしばらくの間お遊び程度の喧嘩が治るまで、誰もが隼人のことを微笑ましく思っていたのだった

なお、戻る最中こんな会話が含まれていた

 

「そういや甘えられるって優花やシアさんには甘えないのか?」

 

と空中で幸利が聞いてきたのを隼人が歯切れ悪くする

 

「あ〜。なんというか優花やシアの前だと頼られる存在になりたいって思うつーか。なんというか少しカッコつけたいつーか。」

「……分かる。」

「あ〜。なるほど。」

 

男子一同が納得したようにしている。男子は好きな女子からはカッコつけたいと思うのは男子であれば共感できるものであった。

女性陣はキョトンとしていた。女性にとっては頼られたいと思うのだが。

 

「でも、夜のハジメは甘えん坊。」

「ユエ!?」

「隼人さんは結構男らしいですよね〜。毎回のように。」

「シア、脳天ガンランスでぶっとばされたいか?」

「な、なんでもないです〜!!」

 

と夜の話をしている間に山の麓に降りてきたのであった。

なお、愛子はずっと黙ったまま降りてきたのだったがどこか隼人と目を合わせなかった



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特別視と策謀

「……隼人くん」

 

今はウルの街に戻って来ており隼人は回復に専念しているためずっと睡眠をとっており、今は優花たちが色々と準備をしている中で愛子と隼人だけは水妖精の宿に戻ってきていた。愛子は仕事を終わらせてからであるが隼人はまず休むことが仕事であry

 

「……」

「寝顔見るのも久しぶりのような気がします。」

 

いつも隼人が起きることが早すぎることもあり愛子自身、隼人の寝顔を見るのは久しぶりであった。

でも膝枕をされている隼人は本当に大きな子供みたいに安心して寝ている。

 

「…ふふ。大好きな先生ですか。」

 

少し浮かれてしまう愛子。だってそのはず

愛子自身は気づかない振りをしているが隼人を特別視していたからだ。

他の生徒よりも距離感が近く、何かと頼る生徒。

その関係はどこか先生と生徒というよりも姉弟と答えるのが正解であろう

そんな生徒に大好きな先生と言われたのなら愛子にとって先生としては最高の賛辞である

そしてちょうど三時間後

 

「ふぁ〜。」

「起きましたか?」

「……ん?」

 

寝ぼけ眼をこする隼人

 

「……あれ愛ちゃん?」

「あの、隼人くん。毎回思うんですけど愛ちゃんっていうのはやめてくれませんか?」

「ダメだ。愛ちゃんは〝愛ちゃん〟だから、愛ちゃんでなければダメ。これは生徒の総意です」

「ど、どうしよう、意味がわからない。しかも生徒達の共通認識?これが、ゆとり世代の思考なの?頑張れ私ぃ、威厳と頼りがいのある教師になるための試練よ!」

「……愛ちゃんは威厳のある先生ってタイプじゃないだろ。どちらかというなら親しみやすい、クラスと一緒に成長していくタイプだと思うんだけど。」

 

寝ぼけているのか直球すぎる隼人。威厳のある先生というよりクラス全員で盛り上がる先生と思っているのでつい本音が出てしまう

 

「先生になってまだ新人だろ?確かに威厳がある先生になるのが先生の夢っていうなら止めないけど俺は先生はみんなの支えになるってこと。馴染みやすい方が相談だってされやすいと思う。頼りやすいっていうのはそういう先生でもあるんだよ。」

「……。」

「なんだ?」

「それは隼人くんもですか?」

 

愛子は少し不安そうに答えた後、少し後悔する。

なんで隼人の意見を聴きたくなったのか

ふと気になったのだ。隼人がどう思っているのか。

だから声に出してしまった。隼人も特別視していることは愛子になっても認めたくないことだ。

先生なのに特別な生徒がいるっていうのは生徒の味方になるという先生の方針と異なる。

 

「ん〜。まぁ、俺は今の愛ちゃんが好きだしなぁ。少しドジで面倒くさいところもあるけど先生としてちゃんと俺を見てくれるのは愛ちゃんくらいだと思うし。正直近寄りにくい先生だっていることはいるしな。そういう愛ちゃんだからこそこんなに気を許しているんだと思う。」

「あの、それって貶しているんですか?」

「まぁな。でも完璧な人間なんていないんだよ。それに多少弱点があった方が俺は安心するかな。まぁもう少し理想と現実を見てほしいけど。」

「うぅ。南雲くんにも言われました。」

「だろうな。」

 

隼人は少し苦笑していると右目の神眼からの情報を少しだけ見る

まだ襲撃までの時間はありそうだと思うと膝枕の状態から立ち上がり座るとベットの隣に座り込む。

本当はもっと話したいと思ってしまう。

だけどもう時間はない。

愛ちゃんを狙ったということは次に狙うのは恐らくクラスメイトであると隼人は考えていた

だから思う存分愛ちゃんと話す

でもたった二ヶ月後二人の関係は大きく動くことになるとは思いもしてなかった

 

 

 

「へぇ。立派な外壁じゃん。」

「つーか人使い悪すぎるだろ。」

「別にいいだろ。今まで交渉とか色々やっていたんだから休養を加えて。それに魔力が半分使っていたからな。」

 

 町の住人達には、既に数万単位の魔物の大群が迫っている事が伝えられている。魔物の移動速度を考えると、夕方になる前くらいには先陣が到着するだろうと。当然、住人はパニックになった。

 だが、愛子が事情説明を受けた護衛騎士達を従えて、高台から声を張り上げる〝豊穣の女神〟。恐れるものなどないと言わんばかりの凛とした姿と、元から高かった知名度により、人々は一先ずの冷静さを取り戻した。

さすが愛ちゃんだと優花が胸を張るほどに

 冷静さを取り戻した人々は、二つに分かれた。すなわち、故郷は捨てられない、場合によっては町と運命を共にするという居残り組と、当初の予定通り、救援が駆けつけるまで逃げ延びる避難組だ。

まぁどっちにしろ問題はないだろうが隼人が本気でやるということにユエや、優花、ハジメは固まった。あれだけ魔法を連発していたにも関わらず魔力の半分も消費してない隼人の本気。二次災害が起こるんじゃないかと一瞬困惑していたが魔力の制御をミスると思うかという言葉で全員が納得した。

 

「でもいい街だと思わないか?結局俺たちと戦いたい。この街の為になんとかしたいっていう人がこの街の希望者が半分以上いるんだぞ?」

「あぁ。俺もここまで残るとは思っていなかったけどな。女性や子供を含めたら7割以上いたんだろ?」

「愛ちゃんがそう言っていたな。……まぁここまでやってもらったらあとは俺の仕事をやるだけだ。」

 

魔力の光を見せつける隼人。

 

「……まぁ。その心配はしてないけどな。自分のできないことはお前はしないから。」

「その信用がプレッシャーなんだけどな。」

「プレッシャーなんて跳ね返すのがお前だろ?」

「いや。さすがに緊張するって。街の命運が掛かっているんだぞ?」

 

少しだけ苦笑している隼人にハジメは呆れたようにしている。隼人は優花やハジメでさえステータス上はそこまで変わらない。だけど明らかに強い。

世界最強は恐らく隼人であると二人は信じていて、そして隼人にできないことは仕方ないって思っているくらいだ。

 

「まぁ一応撃ち漏らしだけ準備してくれると助かる。って噂をすれば。」

 

とすると息を呑む町の住人

 

「……状況は?」

「敵総勢三万弱ってとこだな。それも、魔人族が総勢500人近く。」

「500人?つまり。」

「それほど本気ってことだ。……まぁ精鋭ってことではないだろうな。数あれば生産職の一人くらい倒せると思っているんだろうな。」

 

そりゃ狙う相手が悪かったなとハジメは相手に同情をしてしまう

 

「そういえば次の狙いが白崎たちって本当か?」

「あぁ。確実にな。恐らく本気で潰しにきている。」

「……波状攻撃というわけか?」

「あぁ。一人一人が力があるのだったら分散させて強いところを狙うのが基本的だ。最初に強者を潰すことに敵の士気があがるしな。まぁそれはおまけみたいなものだろ。……こっちが恐らく本命か。それ以上の仕掛けを仕掛けるための陽動かのどちらかだな。」

「天之河たちが本命ってことはないのか?」

「絶対にない。」

 

言い切ることができた隼人。理由は単純にそれならば戦力を介入する必要性がない。

 

「個々の力が強いだけ。それに確実に落とせる駒を落とせないで何になる?俺なら囮を一人勇者側に引きつける。殺されてもいいやつか、それとも本当に最強格の一人を使ってな。時間稼ぎが目的だな。もう少し人間側に勇者がいた方が潰しやすい。」

「潰すことは確定かよ。」

「あぁ。確かにステータス上はかなり成長しているだろうさ。でもそれだけ。実戦が足りてない以上はそこらの兵士の方が役立つさ」

「辛辣だな。」

「事実だろ?」

 

そう答えると隼人はため息をつく。

 

「……まぁさっさと報告にいきますか。正直全体殺せばいいだけだからな。」

「本当に物騒だな。」

「生憎敵には俺には優しさってものが皆無だからな。」

「自分でいうか?」

「敵は敵って認識しておかなければ後悔するからな。もう後には引けないし。」

「あぁ。……少し飲んでろ。気分はそっちの方が楽になるだろ?」

 

とハジメは隼人お気に入りのワインを一つ宝物庫から取り出す。

時々ハジメと飲むのお酒は男子の楽しみになっていた

 

「ん。サンキュー。」

「お前は強いからいいけど他の奴に飲ませるなよ。面倒なことになるから。」

「あいさ。それなら扇動よろしくな。」

 

と言いながら隼人はボトルを開ける

愛子防衛戦まで後のこり30分

この物語も終わろうとしていた



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サクラ

「愛子様バンザーイ。」

「愛子様バンザーイ。」

「女神様、万歳!」

「女神様バンザーイ。」

「……どうしてこうなった。」

 

隼人が防壁の上に上がると扇動を頼んだとはいえ明らかに信仰対象を愛子に変えている町の住人に隼人は少し恐怖を覚える。

遠くで、愛子が顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。その瞳は真っ直ぐにハジメに向けられており、小さな口が「ど・う・い・う・こ・と・で・す・か!」と動いているのだが

 

「……まぁほっとくか。」

「お前も大概だな。どうせお前の仕業だろ?」

「正解。ってか幸利はここにいていいのか?」

「どうせ翌日から旅立つだろうし俺はここで隼人を見ておく。お前が調子に乗る時は大抵大事な人を守る時だからな。」

 

よく、わかっていると幸利に苦笑してしまう隼人。

隼人の癖は熟知している幸利は知っているはずだ。

そしてしばらく経ったうちに敵の大群が近づいてくる。

目を瞑りそして一瞬の間ができ緊張感が走るがたった一声でその状況は一変した。

 

「煉獄。」

 

一瞬のうちに目の前が業火に包まれる。一瞬のうちに焼け野原になっていき魔物は火の渦に巻き込まれる。一瞬蹴落とされたようにしていたが次に現れたのは氷でできた数百もの鳥の姿だったであった。

優花思案の魔法氷鳥

当たった瞬間炎ごと凍らせてしまう冷気に今度はユエと隼人が合わせる。

ユエの詠唱と同時に迫る魔物の頭上に、渦巻く闇色の球体が出現する。薄く薄く引き伸ばされていく球体は魔物達の頭上で四方五百メートルの正四角形を形作る。そして、太陽の光を遮る闇色の天井は、一瞬の間のあと眼下の魔物達目掛けて一気に落下した。

それと同時に発射されたのは隼人のレーザーと呼べるくらいに輝く熱線である。

ほんの数センチ一直線に飛んだと思うと白色の炎が全てを火に包み込む。

消費魔力を抑えながら戦うティオは特に隼人の魔法に驚きを隠せなかった。

500年以上生きていたが魔法構築に限っては吸血姫や妾よりもうまいじゃと?

魔法の操作にほとんど無駄がなく2000体以上巻き込んで殺しているユエの魔法よりも消費魔力が少ないにもかかわらず一度に損害を与えているのはおよそ4000体に及ぶ。優花と呼ばれた少女が足を止め、そして攻撃魔法が得意の隼人とユエがとどめをさす。迷宮内でも同じように戦ってきたのだ。

魔法構築時間が明らかに短い。それも無詠唱で明らかに破壊力が他よりも桁違いに高い。

 

「へぇ〜ティオさんもやるじゃん。」

「お主一体なにものじゃ?」

 

ティオの言葉に少し焦りが含まれているのだがそれに少し笑みを浮かべる隼人。

 

「俺は須藤隼人だって。何者かはお前が決めてくれ。」

 

隼人がそう言った途端

白い花がと淡い光が隼人の周りに浮かび出す

色は桃色ではないがサクラであることには幸利は分かっていた

それは隼人が一番好きな花であり一番妹の美帆と車椅子を押しながら二人で見に行く花だったからだ

 

桜風生夢(おうふうせいむ)

 

花びらがちり幻想的な光と共に敵に襲いかかる

一つ一つが緩やかな風に流され桜吹雪のように舞っている

これは隼人の水魔法で作った桜の細工である

当然それがただの景気でないことは分かっているが攻撃をしていた優花たちも相手も言葉を失ってしまう。

夜が近く灯が夜桜のように舞い光と共に幻想的な風景が広がっていたからである。

 

ただそこからが魔法の戦略の恐ろしさだ。

光や敵に触れた瞬間魔物が倒れていく。

魔人族の一人がその異常さに気づき声を出そうとするが既に遅かった。

目眩となぜか体が重くなっているのが感じている

下には煙が舞っていてさらにその煙に触れていたところは石化していたのだ。

するとその魔人族は気づいてしまう

この光景は石化魔法のため囮であると

事実このサクラの絵柄はただ魔法で作った風景でしかなく無害な魔法である

光に触れた瞬間何か急激に体から何かが抜けていくように感じる回復魔法応用魔法 生命吸収

生命力を吸い取り隼人の魔力に変換されていく

吸収する魔力よりも発動するための魔力の方が多いためあまり使いたがらないが威力は十分なので今回差を広げるためになった。

そして魔物や魔人族がまた一人また一人と倒れていき

一時間もかからずにそれも余力を残して全ての敵を蹴散らす結果になった。

 

 

「……ほい。おっしまいっと。」

「あっけないな。」

「相性の問題でしょ?私たちは元々広範囲攻撃で押し切る魔法型が多いしこういう少数対多は慣れているのよ。」

「幾ら何でも迷宮の魔物よりは格段に弱いからな。」

「……それを簡単に言える隼人たちの感覚が狂っているんだろ?」

 

まじかに見た幸利はわかってしまう。

もはや隼人たちは、別格だと。

天之河が何人いようが勝てることはない。

特に隼人が言うにはハジメの武器は個人戦に優れているものが多いと聞いている

即ち弱点が見つかることは少ないだろうな

 

「……無茶苦茶じゃのう。」

「伊達に迷宮攻略者名乗ってないさ。まぁ終わったことだし後は残党探しか。シア、ハジメ。残り全員殺しといて。」

「はい。分かりました!!」

「あぁ。了解。」

「それと優花。」

 

優花が隼人の方を向こうとした時隼人はギュッと優花に抱きしめる

 

「ちょ、は、隼人?」

「……怖かったか?」

 

すると優花は隼人の方をみる

どこか優しく、そして柔らかい表情を浮かべている

優花は少し文句を言いたかったが、それでもこういう時にすぐに気づく隼人に苦笑してしまう

 

「本当によく見ているね。」

「そりゃ彼氏だしな。つーか誰よりも優花のことを見ているから。」

「……はぁ。あんたも無茶しているんだから私も頑張るしかないでしょ。」

「サンキュー。助かった。」

 

すると優花はやっぱりと少し息を吐く。

精神的なプレッシャーはやはりあるのだ。

隼人の強さには支えが必要であることも。そしてその支えに優花に甘えていることも

 

「……久しぶりにオムライス作ってあげるわよ。」

「ん。楽しみにしている。」

 

すると少し笑顔を見せる隼人。優花も自分を頼ってくれるようになってきたので機嫌は良かった。

本当にオムライス好きだよなっと幸利がいうと全員が笑う。

そういえば全員に見られていることが分かって顔を真っ赤にしている優花とケロリとしている隼人。

結果的に人類側の大勝利という結末でウル攻防戦は決着したのであった

 

 

 

「あの、もう少しウルの街に残りませんか?」

 

翌日早朝に隼人たちは城門の前に集合していた。もちろんの出立の合図である。

 

「そうしたいのは山々だけど、一応依頼ついでだしな。ウィルの親御さんも心配しているし、今街中は静かだからな。このうちに出発しないとまた大騒ぎになるだろ?」

「そっか。でも結局優花のオムライス食べた以外は、ずっと料理作りっきりでしょ?大丈夫なの?」

「大丈夫かな。ってか俺一応料理人だぞ?あれだけ昼間休みもらっていたしな。」

 

夜中は街ぐるみで大きな宴会を行った

街の安全を確かめハジメとシアの監視の元魔人族を皆殺しにし夜中丸一日をかけて歌えや踊れやの大宴会になったのだ。

当然作るのは隼人であり街中の米を使った日本食を作り大騒ぎ。

ハジメや優花でさえ美味しい料理に舌鼓をうち、役数万人の料理を作り続けた隼人はその隙に女神の料理人と勝手に布教をしたのだ。

すなわち愛子に全部押し付けたのである。

まぁそれでも恥ずかしいことには違いないのだがそれでもだいぶマシである。

 

「それでもあの量はちょっと。」

「基本的に大丈夫だろ?こいつ少し魔法使っていたしな。恐らく自動調理か?」

「およ。ハジメ正解。店をやっていると偶然手に入れたからな。どうやら記憶を頼りにレシピの魔法陣を生成、そしてあとは自動で作ってくれたな。味にも問題はないと思う。お代わりしたシアとユエ全く気づいてなかったし。」

「えっ?あれって自動調理で作ったものなんですか?」

 

すると驚いたようにするシアとユエ。

隼人の料理だと気づかれないくらいの料理の技能があったからだ。

 

「まぁ色々覚えられたし十分だろう。技能の派生もどんどん増えていっているしな。」

 

恐らく技能の研究といい長時間訓練しているのは隼人だ。特に魔法関連と料理関連はこの世界に入ってからはかなりの実験と錯誤を続けている

 

「まぁ、とりあえずもう行くよ。んじゃ多分またすぐ会うことになるとは思うけど元気でな。それと一応これ日本食の調理方法のレシピをまとめたもの。水妖精の宿のオーナーのフォスさんに渡しておいてくれないか?」

「は、はい。」

「相変わらずだなお前。」

 

と普通にのんびりと別れの時を惜しむ

 

「それじゃあ。幸利。後は任せた。」

「あぁ。王都に戻ったら中村たちと連携すればいいんだろ?」

「あぁ。ついでにちょっくらオルクスの大迷宮に寄ってくるからな。その時に伝えておく。」

 

隼人はそう幸利に頼み軽くグータッチをする。

相変わらず変わりはないらしく信頼関係は崩れていない。

そして優花も友達である奈々と静かに別れの挨拶を済ませブリーゼに乗り込む

さて、旅の続きだ。




桜風生夢
隼人のオリジナル魔法であるがCLANNADの光の街を参考に作った魔法である
サクラの花と光の舞に集中させそのうちに足を石化させる魔法
花は装飾であるが光は回復魔法の応用で生命力と魔力の吸収機能を持っている。
光は数万個にも及び風の影響も受けやすいが隼人の使える魔法中でトップ10に入る殲滅力を持つ魔法でありながら自身の回復もできる応用力が高い魔法だが魔力の吸収が少なく要改良と言われている


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再びフューレンにて

「うげぇ。すげぇ人の数」

「……そういえば隼人って待つの嫌いよね?前に迷宮でもハチの唐揚げ買っていたし」

「せわしないよな?本当にこどもみたいな奴っていっていたけど……よくよく考えるとすぐにどこかに行くし、結構わがままなところもあるからな……」

「悪かったな。子供で」

 

今中立商業都市フューレンの活気があふれている外門で待っているという状況にうんざりしていた

 

「ウィル。やっぱり魔法を使って検問所とかできないのか?」

「難しいですね。街に何をしに来たのか聞かないと……それに犯罪者ギルドや魔人族が紛れ込む可能性もありますし」

「……少しだけ地球が懐かしくなった。改札機みたいなものがあれば便利なのに」

 

隼人の言葉にハジメは少しだけ苦笑してしまう。最近はアーティファクトのおかげで便利すぎる生活を送っていたのもあり、少し生活水準が良すぎるのも問題だった

 

「……つーかシア、いい加減その首輪外せば?もう隠すの面倒臭いし恐らく奴隷って方が今後絡まれるような気がするんだけど」

「えっ?」

「何残念そうにしているんだよ。というよりも奴隷って立場だったら俺が落ちつかねぇ」

「いえこれはこのままがいいなって。一応、隼人さんから初めて頂いたものですし……それに隼人さんのものという証でもありますし……」

 

もじもじしながら答えるシア。そう答えるシアは可憐な姿で問答無用の無差別攻撃で周辺の男性がノックアウト仕掛けているのに対し少しだけ複雑そうな顔を見せる隼人

それなら少しだけでも可愛らしいものにしてあげるかと決心し、前のデザインを変えようとしてみる

 

「……はぁ、ハジメほど上手くはできねぇぞ?ハジメ少しだけ装飾用の鉱石もらっていいか?」

「いいが……お前錬成使えるようになったのか?」

「少しだけな。銃みたい精密なものを作るのであればまだ特訓は必要だけどな」

 

と俺は鉱石を宝物庫から取り出すとシアに上に向かせる

魔力量を抑えながら錬成で形をイメージするけどなかなか錬成がうまくいかないことに少し疑問を覚えそして少しだけ

 

「……ん?もしかしてこれ神結晶か?」

「そうだが……前に図を見せてもらったときは神結晶が一番合うと思ったんだが」

「……悪い。俺神結晶錬成するのには技術が足りないんだよ。悪いけどハジメ手伝ってくれないか?」

「いいけど。神結晶の部分だけでいいか?」

「悪い。助かる」

 

そしてもう一度錬成を始める

結果、黒の生地に白と青の装飾が幾何学的に入っており、神結晶の欠片を加工した僅かに淡青色に発光する小さなクロスが取り付けられた地球でも売っていそうなファッション的なチョーカーが出来上がった

 

「……悪いなちゃんと作ってやりたかったが……実力不足で」

「い、いえ。でも隼人さんでもできないことはあるんですね」

「俺だって人間だぞ。できないことは結構多い方だぞ?」

「いや、何から何までお主がやっているように見えたんじゃが……」

「あ〜俺結構多いんだよなぁ。料理でも教えるのが苦手ですし。料理に限ったら感覚派っていうよりも自然と覚えたって感じがするので。調味料も感覚で入れているので料理に関してはちょっと参考にならないことが多いんですよ。盛り付けも妹の担当だったので正直妹や優花ほど綺麗に盛り付けることはできないので」

 

完全に料理においてはユエと同じ天才の域に達しているので完全に目指し味付けまでしている隼人。大体これくらい、で美味しい料理を作れるのは凄いことだが、飾り付けになると一般的な料理人と同じくらいになるのだ

 

「大雑把すぎるのよ。でも狙撃ができるって不思議なのよね」

「こいつサバゲーでスナイパーやっているんだよ」

「あぁ。そういうこと」

 

所謂得意な分野はとことん自然と覚えていく隼人に苦笑してしまうハジメに少し頭を掻いていたとき

 

「よぉ、レディ達。よかったら、俺と『何、勝手に触ろうとしてんだ? あぁ?』ヒィ!!」

 

チャラ男が実に気安い感じで女性陣に向けて声をかけた。それがただ声をかけるだけなら、ハジメに〝威圧〟でもされて気絶コースで済んだだろう。だが、事もあろうに、チャラ男はユエの肩へ触れようとしたのだ

後は死刑を実行するためなのでほっといてもいいだろうと少し距離を取る3人。慣れていない二人は少しジト目を送る

 

「お主らほっといてもいいのかのう?」

「大丈夫です。病気なんで」

「ユエさんに触る男性は全員ぶん殴って大事なところを消すんですよ。……股間あるといいですね」

「まぁ、関わりたくないっていうのが一番なんですけどね。それにこういうことは女性が対応するべきだと思ってますし、実力行為にならない限りは俺は介入しないんで」

「……お主ら常識外れなのわかっておるかのう」

「流石に俺はそこまで過保護じゃないと思いますけど」

「というより隼人を怒らせないようにしているのよ。……社会的地位が終わるから」

「隼人殿を怒らせない方がいいってことだけは分かるのじゃが」

 

と少し離れたところで見ていると門番がこちらに近づいている。するとしばらく事情聴取していた門番が隼人の顔に気付くと敬礼し始める

 

「は、隼人様。おい食神様だぞ。冒険者ギルドに急いでお通ししろ!!」

「えっ」

「おい。ご馳走とこの街一番のいい宿を用意しろ!!英雄様のお通りだぞ!!」

 

顔が羞恥で真っ赤になっている隼人に優花とシアが少しプルプルと震える。隼人の貴重な場面に笑いがこらえきれなくなったんだろう

そして隼人は心の中でもう勘弁してほしいと降参の合図を出したのであった

 

 

現在、隼人達は冒険者ギルドにある応接室に通されていた。

お菓子を食べながらこの街での予定を考えていたのだが少しだけ疲れている隼人

 

「隼人この世界でなにをしたのよ?」

「いや。食料改革だけだと思うんだけど……早く地球に戻りたい」

 

隼人の羞恥心がマッハである。食神がこのレベルで広がりかけたらガチで引きこもろうかと考えるほど悶えているのが二人にも珍しかったのか、からかいの的になっていた

待つこと5分

 

「ウィル! 無事かい!? 怪我はないかい!?」

 

ようやく依頼人の登場だ。部屋の扉を蹴破らん勢いで開け放ち飛び込んできたのは、ウィル救出の依頼をしたイルワだった

 

「イルワさん……すみません。私が無理を言ったせいで、色々迷惑を……」

「……何を言うんだ……私の方こそ、危険な依頼を紹介してしまった……本当によく無事で……ウィルに何かあったらグレイルやサリアに合わせる顔がなくなるところだよ……二人も随分心配していた。早く顔を見せて安心させてあげるといい。君の無事は既に連絡してある。数日前からフューレンに来ているんだ」

「父上とママが……わかりました。直ぐに会いに行きます。皆さんもありがとうございました。この恩は必ず」

「あんまり気にするな。これも俺たちの依頼だからな」

 

少し羞恥心に襲われながらも仕事モードに切り替える隼人に流石だなと感心する5人。

この後また挨拶にくると言われ、そこで別れを告げるとウィルが出て行った後、イルワとハジメが向き合う。イルワは、穏やかな表情で微笑むと、深々とハジメに頭を下げた。

 

「ハジメ君、今回は本当にありがとう。まさか、本当にウィルを生きて連れ戻してくれるとは思わなかった。感謝してもしきれないよ」

「まぁ、生き残っていたのはウィルの運が良かったからだろ」

「ふふ、そうかな? 確かに、それもあるだろうが……何万もの魔物の群れから守りきってくれたのは事実だろう? 女神の剣様?」

「ん?情報が早すぎないか?」

「そういうアーティファクトがあるんだよ。ギルドの幹部専用だけどね。長距離連絡用のアーティファクトがあるんだ」

「まぁ監視員もついていたから納得していたけどな。警戒心もかなり高かったし」

 

気づかれていたのかと苦笑するイルワ。隼人は気にしないでいいと言い、そして言葉を続ける

 

「それで単刀直入に取引の件なのだが」

「あぁ。準備してあるよ。それとそのお嬢さんは?」

「ティオさんステータスプレートは?」

「ないのじゃから妾のも作成してもよいかのう?」

 

イルワは、職員を呼んで真新しいステータスプレートを三枚持ってこさせる。

ユエ 323歳 女 レベル:75

天職:神子

筋力:120

体力:300

耐性:60

敏捷:120

魔力:13980

魔耐:7120

技能:自動再生[+痛覚操作]・全属性適性・複合魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]・血力変換[+身体強化][+魔力変換][+体力変換][+魔力強化][+血盟契約]・高速魔力回復・生成魔法・重力魔法

====================================

====================================

シア・ハウリア 16歳 女 レベル:40

天職:占術師

筋力:60 [+最大10100]

体力:80 [+最大10120]

耐性:60 [+最大10100]

敏捷:85 [+最大10125]

魔力:5020

魔耐:5180

技能:未来視[+自動発動][+仮定未来]・魔力操作[+身体強化][+部分強化][+変換効率上昇Ⅳ] [+集中強化]・重力魔法

====================================

====================================

ティオ・クラルス 563歳 女 レベル:89

天職:守護者

筋力:770  [+竜化状態4620]

体力:1100  [+竜化状態6600]

耐性:1100  [+竜化状態6600]

敏捷:580  [+竜化状態3480]

魔力:4590

魔耐:4220

技能:竜化[+竜鱗硬化][+魔力効率上昇][+身体能力上昇][+咆哮][+風纏][+痛覚変換]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]・火属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・複合魔法

 

魔法部分が高いのは完全に隼人のせいなのだが規格外のステータスと種族の常識を完全に無視しているステータスにイルワは絶句している

 

「いやはや……なにかあるとは思っていましたが、これほどとは……」


 冷や汗を流しながら、何時もの微笑みが引き攣っているイルワに、今まで話したことに添付でさらに詳細に話し始める隼人。普通に聞いただけなら、そんな馬鹿なと一笑に付しそうな内容でも、先にステータスプレートで裏付けるような数値や技能を見てしまっているので信じざるを得ないと考えたからだ。イルワは、疲れた表情でソファーに深く座り直した。

 

「私としては、約束通り可能な限り君達の後ろ盾になろうと思う。ギルド幹部としても、個人としてもね。まぁ、あれだけの力を見せたんだ。当分は、上の方も議論が紛糾して君達に下手なことはしないと思うよ。一応、後ろ盾になりやすいように、君達の冒険者ランクを全員〝金〟にしておく。普通は、〝金〟を付けるには色々面倒な手続きがいるのだけど……事後承諾でも何とかなるよ。キャサリン先生と僕の推薦、それに”食神”〝女神の剣〟という名声があるからね」

 

と後は簡単な雑談をして、今日はギルド直営の宿のVIPルームで休むことになった



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