大江山の下っ端転生者 (鬼怒藍落)
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一話

 夕暮れ時、朱色の光りに照らされる宮殿。

 酒の空き瓶がそこら中に散らばって、見渡せば巨大な髑髏に、大百足、足の生えた三味線にそれを追いかける二叉の猫、角の生えた大男や異様に首の長い女性といった多種多様の異形の者が集まっている。

 宮殿の中心には、頭のない朽ちた仏像が建てられており、本来頭部があったであろう場所に一人の鬼の少女が腰掛けていた。

 その少女の名は酒呑童子。

 御伽草子や大江山絵詞では丹波国境の大江山を支配し、茨木童子を筆頭に多くの鬼を部下に抱えていたと言われている鬼の首領。後の世に数多の悪名を轟かせた玉藻前や大獄丸と並ぶ日本三大妖怪の一匹である。

 

「なぁ土蛇、なんでうちの酒があらへんの?」

 

 彼女は聞けば蕩けるような甘い声で、仏像の掌の中にいる縛られた一匹の鬼に声をかけた。縛られたその鬼は、彼女の声を聞いただけで、怯えたように体を震わせたがまだ反抗の意思があるのか酒呑童子を睨み付けながら文句を言った。

 

「十分用意しただろ、全部アンタが飲んだけどな」

 

 彼の名は土蛇童子。酒呑童子に惚れ込んだ茨木童子が連れてきた鬼であり、鬼でありながら人間らしい生き方をする変わり者だ。自分の欲に素直で感情を出しやすい、その在り方を酒呑童子は気に入っており、今いる大江山に来る度に彼を揶揄い自分の玩具としている。

 

「あれぐらいじゃ足らへんさかい、もっと用意しといてや」

「無茶をいうなよ……最近都に出すぎて懸賞金まで掛かってるんだぞ」

「用意できへんの? ……そういえばうち、前から鬼の骨が欲しかったよ。丁度目の前におるけど、どないしよか?」 

 

 彼女の言葉が耳に届いた瞬間、土蛇童子は自分の骨が抜かれる未来を幻視して身震いした。その反応が面白いのか酒呑童子はクスクスと笑う。

 

「行けばいいんだろ……それでどこの酒を取ってくればいいんだよ?」

「うーん、そやね――――足柄山とかどうや?」

 

 

 

 

 

 

 なんでこんな事になったんだ。

 心の中でそう絶望しながら、俺は全速力で夜の山を駆けていた。

 

 転生してから数十年、どうして自分はこんな無茶な事をやらされているのだろうかと、本気で自問自答を繰り返す。

 前世で愛宕山にあった仏像に押しつぶされ圧死したかと思えば、いつの間にか平安時代の天徳元年に捨て子として転生し即妖怪に襲われて死にかけ。

 凄く偉そうな天狗に助けて貰ったかと思えば、誰かの心臓を移植させられ一回死んで。

 その後も地獄すら生ぬるいと言えるほどの修行をつけられ人間を止めて、一人前になったなと言われ、都に捨てられ。あまりにもムカついて暴れてたら鬼の少女にボコられ鬼にされ下っ端生活。

 住んでる山に来るスタイリッシュ痴女には虐められ、心安まる日なんてありはしない――――あぁ、やばい本当に泣けてきた。どうして俺はこんな目にあってるのだろうか? 

 今日も、頑張って酒を集めてきたのに全部飲まれて、さらに足りないからもっと持ってこいと言われたし……。

 

 もうやだ。現代日本に帰ってゴロゴロしたい。この時代にある娯楽はもう飽きたし、心ゆくまでゲームしたい。なんでこんな時代に俺は転生したんだよ、転生するなら未来が良かったんだが。よくあるラノベみたいにVRMMOがあるような世界に転生したかったのに、今世では働きっぱなしで本当にきつい。

 なんで妖怪というのは、自分勝手なやつばっかりなんだよ、という文句はもはや言い飽きた。食事に関しては、味噌汁とかには出汁ないし、何より醤油がない。唯一の楽しみである甘味は高いし、持って帰ると強請ってくる頭領にあげてしまうから結局食べれない……いや、最後のは俺が悪いか。

 ――――はぁ、少しすっきりした。心の中で文句を叫ぶのもたまには悪くないな。

 

 ともかく、足柄山に向かおう。今いる丹波から足柄山がある駿河・相模国境まで向かわないといけないから、急がなければならない。そういえば、酒呑様は俺が出る前、遅かったら肝と骨を抜くからとかいってたが、あれは冗談じゃないだろうな……あの鬼はやると言ったらやる鬼だし。

 そういえば、足柄山って現代でもなんか聞いたことあるんだけど、確か赤龍と山姥の子供がいるんだったか? 名前は忘れたが、親からしてその子供も妖怪だろうし、何より酒呑様の知り合いらしいから酒を譲ってくれるか交渉してみよう。

 

 

「あ、どうしてこの山に鬼がいるんだ?」

 

 五日後、足柄山に着いた俺が出会ったのは今の世界では珍しい金髪碧眼の青年。俺はこの男に心当たりがあった。いや、今の時代にこの男を知らぬ者はいないだろう。この男の名は――――坂田金時。妖怪殺しの達人だ。

  

 



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二話

 妖怪である俺にとって絶対的な絶望、坂田金時。

 噂では妖怪相手に容赦なく、生き残った者はいないと言われている。そんな相手に出会ってしまった俺は、きっと殺されてしまうだろうと――そう思ってたんだが……。

 

「はははっ、お前話分かるな。もっと飲んでくれよ!」

「アンタもな金時! そうだよな、酒呑様ってやばいよな」

 

 どういう訳か今俺達は、酒呑様の話題で盛り上がり取ってこいと言われた酒で宴を始めていた。なんでこうなったのか分からないが、酒が入ってあまり回らない頭は深く考えることを許さない。

 

「それにしても、よくあいつに付き合えるな。オレッちなら絶対無理だ!」

「聞いてくれよ金時、酒呑様酷いんだぜ? 大江山に花が足りないからって古椿の霊捕まえてこいっていったり、龍魚の酒蒸しが食べたいからって冬の滝に落とされたり……あ、思い出したらムカついてきた」

「龍魚って、何と戦ってるんだよ土蛇。そういえば、空に龍魚と炎が昇ったって噂を聞いたがオマエか?」

「噂になってたのか」

 

 あの時の龍魚やばかったな、魚のくせに雷纏って突撃してくるから一歩間違えたら感電死してたし。

 さてと、酒も確保できたし、そろそろ帰るか。金時って言う友も出来たし今日はいい日だな。いつか殺し合うかも知れないが、今は考えないようにしよう。

 

「そうだ土蛇、帰るのなら一つ伝言を頼んでもいいか?」

「別に構わないぞ、酒呑様にか?」

「そうだ、無駄かも知れないが暴れるのを少し自重してくれと伝えてくれや」

「了解した……まぁ、酒呑様はそんな事気にしないと思うんだがな」

「はは、違ぇねぇ。またな、土蛇」

 

 そんな風に笑った金時を背に俺は酒を背負って山を下りていった。暫く離れた後山の頂上を見てみると、墓のような場所に座る金時がいた。遠目からではその表情は見えないが、何かを嬉しそうに喋りかけているのが見える。

 ああいうのは見ない方がいいよなと、そう思った俺は今のを見なかったことにして山を駆け下りる速度を上げた。

 

 

 少し寄り道をしてしまったので急いで大江山に向かう。

 五日ほど休まず、走り続けているが鬼の体力のおかげかまだ疲れることはない。ここまで来る途中に山賊に襲われたが、特に怪我もなくむしろ酒や土産も増えたから良かったな。攫われていた人間もいたが、無事に都に送ったし、俺に関する良い噂でも流してくれれば助かるんだがどうだろうか。

 

「お前ら帰ったぞ、変わりないか?」

 

 大江山の番人を務めてくれている二人の鬼に挨拶してから、そう聞いてみたが特に変わったことはなかったようだ。宴が始まり頭領が酔い潰れて暴れるという、いつもと変わらない十日間だったようだ。

 

「土蛇帰ったか! 早速都に行くぞぉ!」

 

 山の宮殿に入ると、酔っ払った様子の頭領が俺の腕を掴みジャンプした。俺は、腕を鎖にへと変化させて柱を掴みそれを無理矢理止める。急に止められた事で、頭領は不機嫌そうな顔をしたが、今は持ってきた土産を酒呑様に渡さなければいけないのでなんとか説得しないといけない。

 

「む? にゃんだ土蛇、どうして抵抗する?」

「マジで待ってくれ頭領、先に荷物を置かせてくれ酒呑様に頼まれてるんだ」

「フハハハッ、おかしな事をいうな土蛇ィ! 酒呑なら汝が酒を取りに行ったときに帰ったぞ?」

 

 ふざけんなスタイリッシュ痴女、休まず走り続けた俺の頑張りは何だったんだよ。そんな事を考えながら、頭領が酒呑様用に用意した部屋に入り、今回持ってきた荷物を妖術で保存しておく。

 

「よし終わったな、では都にゆくぞ土蛇ぃ!」

「どうしてそんなにテンション高いんだ?」

「知らん!」

 

 あー、マジで酔ってるな頭領。多分だが酒呑様が悪戯で用意した酒でも飲んで酔ってるんだろう。酒呑様が用意する酒は、鬼でも酔う物ばっかりだからな。

 

「それより頭領、山で山賊狩りにでもいかないか? そっちの方が宝が集まると思うぞ」

「むぅ? それもそうだな土蛇。最近は吾ら以外の者どもが暴れているとよく聞く、それを全て滅ぼし再び吾らの名を上げようか!」

 

 よし、誘導成功。今都には、あの源頼光が帰ってきているらしいから、どうしても行きたくないんだよな。噂を聞く限り、本当にやばい人物らしいし、何より現代でも有名な武士だ。それに源頼光は、今より先の未来で酒呑様を倒した人間の一人、あの酒呑様を殺せる人間なんて絶対に戦いたくない。

 

「土蛇、まずは近くの山を虱潰しに探索だ―!」

 

 再び俺は腕を掴まれ、全力でジャンプをする頭領に空に連れて行かれた。空からは様々な山が見え、よく見れば大江山からかなり離れてた山の麓に山賊のアジトのような物が見えた。それを棟梁に伝えると、頭領はすぐに方向を変え、山賊のアジトらしき場所に一気に飛び込んだ。

 

「さぁ、面白可笑しく暴れようではないか」

「了解だ頭領、ただし手加減してくれよ、頭領が暴れすぎれば山が崩れる」

「分かっておる、吾も自然を破壊しようとは思っておらぬ」

 

 ここから先にあったのは蹂躙だった。

 抵抗する山賊は、俺の炎と頭領の爪で殺され、生き残った物は一人もいない。この山賊はまだ出来たばかりだったのか、特に宝を貯め込んでおらず、あった物と言えば安酒だけだった。

 

「では次に行くぞ、まだまだ暴れ足りぬ」

 

 その後、再びジャンプした頭領に連れられた俺だったんだが、四つ目の山賊団と戦っている内に頭領とはぐれてしまい山の中を彷徨う事になってしまった。

 

「しまった。このままでは帰れなくなるぞ、それに酔った頭領を放置するわけにも行かないし……どうしようか」

 

 近くには野営している人間がいるのか、ここまで届くような焼き魚の匂いがする。そこにいけば今いる場所がどこか聞けるが、この時代に野営している人間がただの人間だと思えないし、妖怪を討伐しに来た武士かもしれない。危険はあるが、迷ってばかりで無駄に時間を消費するより道を聞いた方がいいか。変化して、人間に化ければ多分大丈夫だろうし。

 

「あぁ、やっと出会うことが出来ました。私の名は源頼光、どうか一緒に来てくださいますか?」

 

 あ、詰んだ。



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三話

 源頼光には古い記憶がある。自分が今より幼い頃の寺に預けられた時の物だ。

 ある夏の日、自分が修行をしていた寺に妖怪達の群れが現れ、私の周りにいた僧達を次々と食い殺していった。まだ幼い私は力が足りず、自分も殺されてしまうと思った時に彼が現れたのだ――――紅蓮の炎を纏う一匹の鬼が。

 

『悪いな同族、ここの寺には恩がある。この寺を襲うとあらば、その命燃やし尽くすぞ』

 

 現れた彼は、私の前に立ち塞がりその力を解放した。見てるこっちの魂にまで恐怖を刻み込むような神性を含んだ炎に、虚空から無数の武器を作り出す奇妙な技、自然を操るような妖術。それらを使うその鬼は圧倒的なまでに強かった。

 

『悪いなそこの……名前を教えてくれ、どう呼べばいいか分からん』

 

 不器用に笑いながら、私の名前を尋ねる彼は、先程の姿からしたら別人のようで、少し面白いなと思ったのを今でも覚えている。

 

『丑御前……です』

『じゃあ丑御前って呼ばせて貰おう。悪いな丑御前、俺の同族がこの寺を襲ってしまって、足りるか分からないが、少し金を置いていく。どうか役に立ててくれ』

 

 私の手に余るほどの金を渡したその鬼は、私の頭にそのまま手を置いて撫で始めた。いや、少し違う。撫でるというより、頭をぐりぐりと回しているといった方が正しい。その撫で方はとても不器用だけど、私が今まで感じたことのない優しさが含まれていて、なんでか涙が溢れてしまった。

 

『何で泣くんだ!?』

 

 泣いてしまった私を慌てながら慰めるその鬼が可愛くてすぐに泣き止んだ。真っ直ぐ私に届くような優しさが、心地よかった。泣き止んだ私を見て安堵した姿が可愛くてもっと見たいと思った。この鬼と一緒にいたいと願った。初めての我が儘だったけど、会って間もないこの鬼はそれを聞いてくれて一年ほど一緒に暮らしてくれたのだ。

 

 一緒に暮らすうちに、私の魔の部分が囁いてきた。この鬼が欲しいと、私だけに気持ちを向けて欲しいと。だけど、その気持ちを自覚する頃には彼は去ってしまった。だから私は強くなることにして自分の中の魔を受け入れた。強い彼を手に入れるために、ずっと一緒に暮らすために、次出会った時に私に縛り付けるために――――。

 

 

 

 

 

 特級の絶望、源頼光。

 正史では男だったはずのその人物は、酒呑様のように女となって今俺の前にいる。どうしよう……枷をしている状態の俺じゃ絶対に勝てないぞ。というか、勝負になるのか? 俺って所詮下っ端だし、一点特化の性能してるから、全ての武術を極めたと言われている頼光に勝てる気がしないんだが。

 

「こんな下っ端の鬼に何のようだ?」

「いえ、ただちょっと付いてきてくれるだけで良いのです」

「それだけで付いていく馬鹿はいないと思うぞ。というかなんで天下の頼光殿がこんな変な場所にいるんだよ」

「それは、道に迷ってしまいまして」

 

 なんだか理由が可愛いな。まぁ、さっきから腰に差してある明らかな妖怪殺しの概念を持ってるであろう刀のせいで冷や汗が止まらなくて落ち着けないんだが。

 本当にどうするか、ここから逃げようとも追いつかれる可能性があるし、戦っても今のままじゃやられてしまう。

 

「それと、はやく変化を解いてくれませんか? せっかく貴方に会えたのに、そんな化けた姿など見たくありません」

 

 なんか気になるなその言い方、もしかして俺に会ったことあるのか? だとしたら変化も意味ないし、疲れるから解除するか。

 変化を解除すると、源頼光は何故か恍惚の表情を一瞬浮かべ、それを見た俺は酒呑様を前にする以上に悪寒を感じてしまった。

 

「やっぱり、貴方でしたね。私に付いてきてくれませんか、悪いようにはしませんので」

「嫌だよ、最強の神秘殺しと言われてるアンタに付いてく妖怪なんているわけないだろ」

「…………それなら、力尽くで連れて行きます。どうか、御覚悟を」

 

 その言葉と同時に俺に向かって、神速と言っても過言ではない矢が放たれた。認識する頃にはその矢は俺の眼前まで迫り、眼球を射貫きかけた。寸前で反応出来たからいいが、少しでも遅れていたのならば俺の視界は片方奪われていただろう。

 

「ッいきなりだなおい!」

「あらあら、視界を奪えば後は連れて行くだけだったのですが」

 

 優しい口調で怖いことを言いながら、何本もの矢を連続で放ち続けてくる源頼光。俺を貫くという目的を持った矢が、全て神速で迫ってくる。何十本もこの速度で矢を射るのは、最早人間業ではなく俺なんかより妖怪染みてる。

 

「ちょこまかと……いい加減当たってください!」

「嫌だわ!」

 

 なんとか体制を立て直しながら炎を纏い始め、木で出来た矢を燃やしていく。自分の矢が対処され始めた事で手札を変える事にしたのか、腰にある刀を抜き距離を詰めてきた。

 最初の一撃は腕を狙った物、おこりが見えないほどに鍛えられたその一撃は認識するより早く俺の腕を刎ね飛ばす。

 

「いッ――――アンタ本当に人間かよ!?」

 

 答えは返ってこず、次に足に向けて刀が振るわれたが、何故か先程より鈍ったその一撃は片腕で対処する事が出来て俺の足は無事だった。

 

「本当に容赦ないな、俺が腕とか治せなかったらもう負けてたぞ」

 

 炎で自分の腕を形作り、新たな腕を用意する。

 俺の体に移植されたある心臓のおかげで、こういう傷はすぐ治す事が出来るのだ。まぁ、治し過ぎると炎が溢れて自滅するが。それに心臓破壊されても死ぬし、本当に不便な体だよな。

 心の中で自分の体に悪態を吐きながらも、俺は腰に差してある刀を抜いた。たった二撃だが目は慣れた。これなら徐々に対処出来ていくだろう。

 夜の森に響き合うのは二つの鋼、刀と刀は火花を散らし綺麗な剣音を鳴り響かせる。

 彼女の技量を考えて、近づかせる事だけはさせてはいけないと分かってる。だから、絶対に懐に入らないように俺は守りに徹する事にした。

 間合いが離れる。

 埒が明かないと悟ったのか、彼女は俺から距離を取り近くに落ちていた槍を拾った。仕切り直しか……槍の相手って苦手なんだよな。そんな事を一瞬考えて、すぐにその思考を捨て今度は俺が攻めに回った。

 槍相手なら、懐に潜れば勝機があると考えたからだ。槍の連撃を防ぎながら距離を詰める。

 彼女の戦い方は、異様だった。先程の剣を使った時とは変わった体の使い方、得物を変えたからというのもあるだろうが別人のようになって、まるで彼女の中に二つの意志があるような感じがする。

 まぁ、やりにくいが俺がやる事は変わらないから問題無いか。

 

「取った!」

 

 懐に潜り込み刀を振るう。

 確実に獲れると絶対的な確信を持って刀を振るうと、どこからともなく矢が飛来してきた。視界の端に薄らと映ったそれは、俺の頭蓋を狙っていて当たれば頭を砕くであろう。

 本能がこの矢には当たるなと警告を出し、気付けば俺の体はその攻撃を避けていた。

 邪魔された。近くに気配は無いはずなのに、どこからだ? 距離を離しながら全力で探知の術を使い、敵の場所を探る。するとここから二キロ以上離れた場所に人のような気配を見付けた。

 

「援軍かよ……」

 

 やばいな、この距離から正確に俺を狙える化物に加え、頼光なんて相手にしてられないぞ? 二人以上いるだろうし、撤退は不可能。こう考えている内にも無数の矢がこの場所に放たれて――――。

 

「――――走れ、叢原火ィ!」

 




主人公のせいで色々変わった頼光さん。


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四話

 声が聞こえたその瞬間、森の一帯が鬼の炎に包まれた。

 その炎は俺に迫る矢を全て焼き、強制的に頼光との距離を離す。その後、森の中から影が飛び出し、俺を掴んでその場から跳んだ。

 

「無事か土蛇!?」

「なんとかな頭領――というかこれ逃げれんのか?」

「吾を侮るでないわ、すぐに大江山に戻ってやろう」

 

 安心したぜ、愛してる頭領と、心の底でそう叫ぶ。緊迫して絶体絶命な状況だが、生き残る事に対して頭領ほど安心できる鬼はいない。

 炎が晴れ、次に目にしたのは憤怒の表情を浮かべる頼光と未だ迫ってくる矢の雨だった。

 どこからともなく雷が走る。空間が震えるような重圧に目を向けると、そこには雷を纏う一人の女性の姿が頭領目掛けて構えている姿があった――――あれは、駄目だ。受けると妖怪は塵になる。

 そんな直感が過った途端、俺は頭領の腕から飛び出し、自らの体に掛けた一つ目の枷を解いた。

 

「起きろ火産霊(ほむすび)

 

 体から溢れるのは、神性を焼く呪いの炎。神を殺す事にだけ特化した俺の炎は、雷に含まれる神性を焼き尽くし、この場を焦土に変えた。この場に残るのは木の残骸、全てが炭に変わった時残った炎が俺達を包み込む。

 

「ッ――――ガ、ッゥ」

 

 体が熱い、臓腑全てを直火に当てられたかのような激痛が絶え間なく襲ってくる。本来抑えていた筈の炉は炎を出せた事に歓喜しているのか、残った枷を燃やそうと火力を上げていく。その炎に気を取られそうになったが、このチャンスを逃すわけにはいかないので、俺は跳び上がろうとする頭領に捕まった。

 

「今だ頭領、離脱するぞ!」

「応とも! やーい鬼斬り魔神、生き残ったので吾らの勝利だ!」

「このっ待ちなさい!」

 

 空中に逃げた俺達を追うように矢が迫ってくるが、今溢れそうになっている炎を使って俺はそれらを防いでいく。頭領が一度山に着地した頃には、もう追ってくる様子は無く、夜になる頃には大江山に俺達は辿り着けた。

 

「疲れた。今日は厄日だ……もう一歩も動きたくない、というか動けない」

「それは吾もだ。なんで汝はあの頼光と戦っておるのだ? 肝が冷えたぞ」

「頭領の肝を冷やすなんて、頼光やばいな。もう絶対会いたくない」

 

 と言っても、今回ので確実に目を付けられただろうし、嫌でも会うんだろうな。こういう勘は当たってる方が多いから本当に嫌になる。

 宮殿の仏像の上に横になりながら休んでいると、慌ただしい様子でこの山で暮らす鬼達が集まってきた。そいつらはボロボロな俺の事が心配なようで、回復を促す酒や鎌鼬の霊薬を用意してくれた。

 

「ありがとなお前ら――――だけど、ひっつくな重い! おい、付喪神とか絶対に乗るんじゃないぞ! 仏像の付喪神のお前らに乗られるとかトラウマが蘇るッ!」

「それはフリだって、酒呑様が言ってましたよ」

 

 仏像の付喪神の代表のような奴がそれだけ言い、飛び付いてきた。仏像が飛ぶと俺に引っ付いていた小さい妖怪達は全てその場から離れて、俺を憐れむような視線を送ってくる。

 

「薄情……も、の……」

 

 お前ら明日覚えとけ、そんな事を考えながら俺の意識は落ちていった。

 

 

 

 鬼の姿はもう見えないほどに小さくなり、完全に見えなくなってしまう。

 弓を置き、近くにやってくる気配に意識を送る。暫くすると、大弓を背負った背の低い武士が私の近くにやってきた。

 

「逃げられてしまいましたねー頼光様ー」

卜部(うらべの)そうですね、逃げられてしまいました」

「その割には嬉しそうですけど、何かありましたか? よければ僕に教えてください」

「いくら貴方でも教えられませんよ」

 

 逃げられてしまったが、あの虫……茨木童子を頭領と呼んでいた事から考えて、土蛇様はあの大江山にいるのだろう。それが知れただけでも今日は本当に良かった。

 長かった、数十年間怪異を殺し続けて本当に良かった。今日はそんな風に思える日だ。あぁ、どうしようか。彼に恥ずかしい姿を見せていなかったか? きっとそれは大丈夫、私は出会ったときの為に強くなったのだから。

 自然と笑みが溢れる。数年ぶりに見る彼の姿はあの思い出のまま変わってなくて、その事実がより私を喜ばせる。

 ――だけど、一緒にいたあの鬼は本当に許せない。彼を抱き締め、彼に慕われ、彼に頼られた。その役目は私の筈なのに……。

 至福の思考から一転して私は憎悪に染められる。許せない、あぁ許せない。あの鬼が、あの金髪の小柄の鬼、茨木童子が。彼女はよく酒呑童子と都を襲う筈だからその時に殺そう。

 

「頼光様、そろそろ都に帰らないと不味い気がします」

「それは貴方の勘ですか卜部?」

「ですねー、周期的に考えて酒呑童子が現れると思うので」

「今都には金時がいますから大丈夫です」

「えっと、頼光様。金時君は墓参りしに帰ってるのでいません。綱の奴も同様で碓井貞光と野良妖怪を狩りに行ってます。何でも、子供に頼まれたみたいで」

 

 ……という事は今都にいる部下は一人もいないのですか。

 

「今すぐ帰りますよ、卜部」

「了解しましたよ頼光様」

 

 

 



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五話

 

 夜道には当たり前だが誰もおらず、都はしんと静まり返っていた。

 そんな夜の都に突如として炎を纏った人影が現れ、ゆらりゆらりと揺れながら溶けるようにして、一つの屋敷に入って行った。屋敷の中には警備兵もいたようだが、その人影には気付かなかったようだ。

 暫くして人影は、一つの部屋に入り込んだ。その部屋は貴族の為に用意されていたのか、とても豪華でその中心部には桜色と赤を基調とした十二単を纏った一人の女性がいる。

 

「こんばんは香子、いい夜だな」

「そうでございますね土蛇様、今日はどんなご用ですか?」

「いつものだよ、ほら前に約束しただろ」

「そうでした。今日は約束の日でしたね、今日はどんなお話を聞かせてくれるのですか?」

 

 

 久しぶりに来た藤原の屋敷、そこで俺は妹分のような藤原香子に会いに来ていた。香子との出会いは今から少し前、都で酒を盗みに来ていたら道に迷って、彼女に助けられた事から始まる。初見で鬼と見抜かれた時は陰陽師などを呼ばれる! と焦ったが、お話を聞かせてくださいと頼まれてから、偶に大江山で起こった出来事や俺の実体験を伝えに来ている。

 香子の近くに俺は正座して、この間の事を話す事にした。

 

「今日はあの源頼光と戦った話でもするか」

「まぁ頼光様と戦ったのですね……土蛇様、何か悪い事でもしたのですか?」

「いや、あの時はしてない。偶然会ってしまってそれからって感じだ」

「強かったですか?」

「あぁ、凄い強かったぞ」

 

 うん、強かった。それも、頭領がいなければ殺されていたというレベルで。そう言えば、藤原家の娘である香子は頼光と会った事があるのか? それなら、俺がここに来ているという事は伝えないように釘を刺さなければ。

 

「どんな風に戦ってましたか?」

 

 そうだな、と相槌を打ち、前の戦闘の事を思い出していく。

 あの時に頼光が使っていたのは弓と刀に槍。その全てが達人級の腕前で、武器が変わる毎に別人のように戦い方も変化する。弓は神速、刀にはおこりが無く、槍には全く隙が無い。今思い出しても肝が冷えるし、なんで俺が今も生きているか分からない。

 それを伝えると、香子は次々と俺に伝えられた事をメモしていった。暗いこの室内で綺麗に文字を綴る姿は美しく、少し見惚れてしまい、語るのを一時的に止めてしまった。

 

「どうしたのですか?」

「……いや、何でもない続けるぞ」

「はい、お願いします。それで大江の御山の頭領様はどういう方なのでしょう? そう言えば、今まで聞いていませんでしたので教えてくれませんか?」

 

 頭領かー、頭領は享楽的な酒呑様とは反対で高圧的にして傲慢で攻撃的でまさしく鬼って感じなんだが……でも実際は伊達や酔狂に生きる事を良しとする鬼とは反対に律儀で真面目。そして保守的で臆病者なヘタレ。最初に説明したのも母親に言われたある言葉を元に律儀に演じ続けているだけの超可愛い鬼っ子なんだよな。

 それを伝えてしまえば、香子の頭領に対するイメージが超可愛い妖怪になってしまうから、前半部分だけ伝えるか。

 

「それは恐ろしい鬼でございますね。そうだ土蛇様、土蛇様はよほどその頭領様の事を気に入っているご様子ですが、良ければ慕う要因となった話を聞かせてくれませんか?」

 

 頭領を慕う事になった時の話かー――――やばいな、思い返してみるとめっちゃ恥ずかしい。でも香子になら言ってもいいか、その代わり誰にも言いふらさないという制約を付けて貰うが。

 

「誰にも言わないならいいぞ」

「約束します」

 

 

 あれは今から数十年前、俺がまだ鬼になる前の話だ。

 あの時の俺は荒れていて、都や様々な場所で愛宕天狗という名で恐れられていた。今ではあまり語られていないが、愛宕天狗という名前は結構有名だったんだぞ? 時には土地神や土着の神などとも戦ったりしたな、まぁここはあまり関係無いから割愛するが。

 ある夏の三日月が綺麗な夜だった。荒れていた俺は、今より幼い頭領に出会ったんだよ。

 

『愛宕天狗、吾と戦え』

 

 それは色んな奴から何度も聞いた言葉だった。俺を殺して名を上げるため、英雄になるため、名声を手に入れるため。そんな理由で喧嘩を売られていた俺にとって次に頭領から発せられた言葉は予想もしてない物だったんだよ。

 

『そして吾が勝ったら汝、吾の配下となれ』

 

 その後は簡単、本気の殺し合いをして俺は負けた。

 凄いんだぜ頭領は、何度致命傷を与えても立ち上がり俺に向かっている。生き残るという事を極限まで追求したあの戦い方は、俺の苛立ちと怒りをただ振るうだけの物とは違う、美しさがあったんだ。それで、本能的にこの鬼には勝てないと悟った俺は、自分で負けを認め、頭領の配下となった。

 

「つまんない話だったか?」

「いいえ、面白かったですよ。何より今のを語っている時の土蛇様は楽しそうで、こっちまで嬉しくなりました」

「ならよかった。これで、つまらないと言われたら羞恥で死んでしまう。もう夜が明けるな、そろそろ俺は帰るが満足出来たか?」

「はい、今日もありがとうございます。また部屋を開けておくので、暇な時に来てください」

「約束しよう、じゃあな香子」

 

 さて、そろそろ頭領が起きる時間だ。何か甘味でも買って帰るか。

 

 



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六話

「っ――――ぁ――――、ぅッ――――」

 

 アツイ。

 

「はあ――――あぎッ――――ガッ」

 

 体が熱い。

 体の底から湧き上がる熱に、俺は酷く苦しめられていた。筋肉に骨、そして血の一滴に至るまで熱を持ち、俺の体を焼き、パチパチと燃える炉の音が耳に届く。

 移植された心臓が脈動し、その度に内側が焼けていく。それだけではない、外に出ようとする炎が皮膚を食い破ろうと何度も蠢動する。

 こうなった原因は分かっている。数年ぶりに外した枷の所為だ。一週間前、寝ていた心臓を起こしてしまった自分が悪い。だから今は耐えるしかない。ただ、この痛みに耐えてこの地獄を乗り切るだけだ。

 

「ぐ――――ゥ」

 

 本当に今にでも焼死してしまいそうだ。

 今の俺の状況をもしも頭領に見られたら、きっと優しい彼女は自分を責めるだろう。それだけは駄目だからこそ、俺は声を殺して耐え続ける。

 夜風に当たろう、涼めば少しは楽になる筈だ。

 

「っ駄目だ、歩ける気がしないな」

 

 それでも燃える体にムチを打ち、俺は大江山の頂上自分の秘密基地に足を運んだ。ここならばバレる事は無いだろうと考えたからだ。

 

「おうおう我が息子よ、久しぶりだな」

 

 熱に意識を犯される中で、とても懐かしい声を聞いた。声の聞こえた空に視線を向けるとそこには、自分の羽がある癖に巨大な馬に跨がった異常な圧を放つ天狗がいた。

 その天狗は、にやにやと笑いながらその双眸で俺を射貫く。

 

「何の用だよ……太郎坊」

「用などは特に無いわ、ただ久方ぶりに我が息子の安否を確かめに来ただけの事よ」

「嘘つけ、どうせ俺の状況を知ったからだろ」

 

 今目の前にいる男の名は愛宕太郎坊天狗。かの有名な火之迦具土神の化身とされる大妖怪で、日本天狗を束ねる八天狗の一体。そして俺の育て親だ。

 

「ふん、まあそうだな。我の眷属に占わせたら、オマエが燃えてる姿が映り、揶揄いついでに火を消しに来てやったのだ」

「確かにアンタなら消せるだろうが、世話にはなりたくない」

「フハハハハ、それなら余計に消してやろう。オマエの嫌がる顔を見れるならな!」

 

 もういいや、任せよう。火消しの恩恵も持っている太郎坊なら、この炎も止められる。というか昔暴走した時とかはずっと止めて貰ってたからな、一応信頼は出来る。

 笑いながら太郎坊が俺の前に降りてくる。そのまま近付いてきた太郎坊は虚空から錫杖を取り出し、それを俺の体に突き立てた。

 

「ごっ――――」

「これはこれは、余程派手に使ったな? 二つ目の枷まで焼けかけておるわ」

 

 体中に痛みが走り、炉が沈静化していくのが分かる。奥で燃える炎が静かに消えていき、眠りについていく。そして炉を封じ込めるように枷が掛けられ、徐々に痛みが引いていった。

 

「愛宕……いや、今は土蛇だったか。オマエを生かしているそれは何の心臓か分かっておるな」

「火之迦具土神のだろ、知ってるよ」

「様を付けろ莫迦者――――まあ、分かっておるならいい」

 

 枷をかけ終わったのか、錫杖を抜き出した太郎坊は再び馬に跨がり去ろうとする。帰るのが早い気がしたのだが、いつも忙しい太郎坊の事を考えると、今日は無茶をしてきたのだろうと俺は勝手な予想をした。

 

「では我は帰るが、忠告だ半月はその枷を解くでないぞ」

「分かった」

 

 まあ、そう何度も枷を外す事なんて無いと思うし、そこは心配しなくていいだろう。世話になりたくないとさっき言ったが、俺は世話になり過ぎたのではないだろうか? こうなると後で何を請求されるか分からないが、今日は感謝をしておこう。

 あぁ、炉が静まった事で眠くなってきたな。まだ少しは動けるし、宮殿まで戻ろうか。

 

 

 翌朝目を覚ますと、とても強い日差しが俺の部屋を襲う。昨日の出来事があったものの目覚めは良い物で、かなり気分がいい。

 

「今日は俺がなんか作るか、この時間ならまだ誰も起きてないだろ」

 

 外に出ると、空は鬱陶しいほどに晴れていた。気温も秋にしては暖かく、庭は様々な落ち葉に彩られていた。それを見て綺麗だなと思いながら台所に移動する頃には眠気は完全に飛んでいた。

 今日は何も無いだろうし、どうせ山の妖怪達は毎日行われる宴会で疲れているだろうし、食事の準備はゆっくりやればいいだろう。

 朝食を作り終えた俺は、どうせ片付いてないだろう宮殿の中心部に足を運んだ。

 

「ん? 片付いているぞ、誰がやったんだ?」

 

 そんな独り言を漏らしてから周りを見渡してみると、そこには少し眠そうな頭領の姿があった。

 

「むぅ? 早いな土蛇」

「おはよう頭領、こんな時間に起きてるのは珍しいな」

「目が覚めたのだ。丁度良い、少し付き合え土蛇」

「了解した。どこに行くんだ?」

「京の都だ。もうすぐ酒呑が来るのでな、準備をしようと思ったのだ」

 

 まじか酒呑様来るのか、またいじられる事が確定してしまった。少しでも被害を抑えるために、都で酒を盗まなければ。香子に頼めば名酒でも分けて貰えるか? あ、いい案だな。今日頼みに行くか。

 

「そういえば頭領、今日は都で祭りがあるそうだぞ? ちょっと寄ってみるか?」

「それは良いな、祭りであれば酒呑が好きそうな物が手に入るであろう」

 

 

 

 

 



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七話

今回は短いです


「うわ――――」

 

 都に入るとそこにあったのは人の群れだった。見渡す限りの人人人、恐らく今都にいる貴族全員が集まってるんじゃないかと思う程の人込み。護衛の武士や陰陽師もいて、俺はこの場にいるだけで体が震えてきた。

 俺と頭領は貴族に見えるように変化しており、並の陰陽師では見抜けぬ程に術をかけている。それに加えて頭領は、かなり成長した姿に化けており、京一と言える美女になっている。その所為で余計に注目を浴びていて俺のメンタルがかなり削られてしまう。

 

「む、何故こうも注目を浴びるのだ? まあよい土蛇、この先に織物と陶磁器が売っているそうだ。買いにゆくぞ」

 

 メンタルを削られている俺とは違うようで元気一杯な頭領は、俺の手を引きながら人込みの中に入って行った。店に着くとそこは貴族達で賑わっていた。店を見渡せば美しい織物や妖怪を模したような模様が入れられた織物もある。それを見た頭領は、これなら酒呑が喜ぶぞとはしゃぎ、幾つもの織物を買い占めてしまった。恨めしげな視線を送られたが、それを一切気にしない頭領には意味が無い。

 

「さて土蛇、次はどこに行く? 吾はどこでもよいのでな、土蛇の行きたい場所に行ってやろう」

「急にそう言われても困るぞ頭領、俺は都で行きたい所などあまり無い」

「それは困ったな、吾も都で遊べる場所など知らん――ふむぅ、ならば適当に回るとしようではないか」

「帰らないのか? 用も済んだし帰って酒呑様の為の宴の準備をすると思ってたんだが」

「それもそうだが、久しぶりに汝と出掛けているのだ。少しぐらい遊んでもよかろう」

 

 困ったな。そう返されると断れない。でもどうするか、遊べる場所なんて俺は知らないぞ……あぁもう、こうなったら勘で回ってやろう。頭領の頼みだ。都を探索し尽くしてやる。

 まずは頭領の好きな甘味がある店からだ。そう考え、頭領の手を引いて前に香子と行った甘味処に俺はやってきた。

 

「頭領、好きなだけ食べてくれ」

「了解だ土蛇、食べ尽くしてやろう!」

 

 で、その遊び尽くした俺達は途中で藤原の屋敷に足を運び、いく幾つかの名酒を譲り受けた頭領と一緒に大江山に帰ってきた。大江の山に帰った後は宴の準備をする事になり、山の妖怪達と日が暮れるまで山中を走り回っていた。無事に宴の準備を終え、この後は何事もなく酒呑様を迎えると思っていた中、事件が起こる。

 数時間前に酒呑様を迎えに行っていた星熊童子が傷だらけで大江山に飛んできたのだ。

 大江山の中でも一二を争う強さを持つ星熊が、こんな状態で飛んでくるという異常事態に俺の思考は凍る。そんな状況で冷静な頭領は、星熊の傷の手当てをしながら何があったのか聞き出していた。

 

「酒呑が土蜘蛛に捕まっただと!? どういう事だ星熊!」

 

 頭領のその問いに、星熊は途切れ途切れの言葉だがなんとか俺達に事の詳細を伝えてくれた。酒呑様を迎えに行く為に越後の国に星熊が行くと、彼女の住む山に蜘蛛の群れが現れ、瞬く間にそこに巨大な蜘蛛の巣を作ってしまったらしい。圧倒的な強さを持つ酒呑様も増え続ける蜘蛛の群れに徐々に押されていき、加勢した星熊も毒にやられた所で酒呑様に逃がされて今に至るらしい。

 

 その話を伝え終えた星熊は今までの疲れか、その場で倒れてしまった。幸い息はあるようだが、軽く調べてみたところ星熊を蝕んでいるこの毒は呪いを含んでいるようで、土蜘蛛を倒さない限り癒せないようだ。

 

「――――なぁ土蛇、越後に行くぞ」

 

 頭領は静かに怒っていた。口調は穏やかだが、怒りに呼応するように炎が溢れ、殺意を周りに撒き散らしている。

 

「了解だ頭領」

 

 そして、それは俺も同じだ。

 怒りが溢れる。俺の悪友と、頭領の親友を害した蜘蛛の妖怪に殺意を抱く。あぁ、駄目だコレは。我慢出来ない。

 

「出陣だお前達。吾らに喧嘩を売ったらどうなるか、骨の髄まで教えてやるぞ」

 

 悪いな太郎坊。昨夜の忠告、守れそうにない。

 



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八話

 その日、とある陰陽師は百鬼夜行に出会ってしまった。

 いつものように都を見張りの任を受けたその男は、悍ましい数の妖の気配を感じ、急いでその場所に向かって行った。

 そこで見てしまったのだ。魑魅魍魎が列をなす、あの地獄のような時間に――――。

 

 今まで見た事の無いような大妖怪に、普段見るような小妖怪が叢原火を纏いながら行進して行く。それは大江山の方からやって来ており、直に京の都に入ってくるだろうとその陰陽師は予想した。誰かに知らせなければならない。だが、かなり離れたこの場所からでも分かる殺気がそれを許してくれる事は無かった。体が動かないのだ。動かなければいけないはずなのに、この群れを都に入れない為に仲間を呼ばなければならないのに――――そう考えても体は恐怖に支配され、一歩たりとも動けない。

 唯一動くのは自分の瞳のみ。恐怖に支配されながらも、その陰陽師は先頭を歩く一人の少女に目を付けた。美しい金色の髪を持つ小柄な少女、何故あんな幼い少女が先頭に? そう考えたのも束の間、その額にある角を見て、この少女が誰なのかを陰陽師は悟った。大江山を支配する大妖鬼、茨木童子だ。

 格が違う、あれは駄目だ。あの鬼に見付かったら殺される。いや、自分はもう死んでいるのではないか? とそう錯覚する程に濃密な殺意を放つ茨木童子を見て彼は身を隠した。

 

 怖い、恐ろしい、逃げたい。

 様々な思考が頭の中を高速で駆け巡る中、急に横から誰かの声が聞こえて来た。

 

「悪いな陰陽師、忘れてくれ」

 

 じゅっ、そんな音が一瞬だけ鳴ると、陰陽師である彼は抗えない程の睡魔に襲われて、その場で意識を失った。彼が最後に見たのは、二本の角を有する黒髪の鬼だった。

 

 

 遠くからこちらを監視していた陰陽師の意識を奪った俺は頭領の真後ろに戻り、遠出用の宝船を呼び出した。暫くすると雲の中から、鬼の顔が正面に付けられている巨大な船が現れてくる。数百人は乗れるであろうこの巨大船は昔、太郎坊から譲り受けた物。なんでも、七福神が乗っていた物らしい。

 

「土蛇、問題無く動くか?」

「大丈夫だ頭領、点検はしてある。この船なら越後まですぐだぞ」

「完璧だ――――お前達乗り込め、酒呑を救いに行くぞ」

 

 

 夜の空を船で駆ける。

 大江山の全戦力が集まったこの船は、例え安倍晴明が乗り込もうと落ちる事は無いだろう。俺は宝船に乗りながらそんな事を考える。今この船に乗っている妖怪達はみな殺気を滾らせている。それもそうだ。あの酒呑様が捕まったという事だけでも皆怒るのに、星熊童子までもがやられたのだ。これでキレない奴は大江山にはいない。

 

「貴様ら間も無く越後に着くが、皆準備はよいか? これから吾らが行うのは害虫駆除だ。一匹たりとも逃がす事は許さぬ」

 

 そう宣言する頭領の言葉を聞き、仲間達の士気は上がる。

 

「頭領、着いたぞ――――っ酷いな、越後の国が蜘蛛だらけだ」

 

 空から越後の国を見渡せば、至る所にいる蜘蛛が里や山で暴れ回っている。蜘蛛はどうやら、人間妖怪関係無く、無差別に襲っているようだ。単体では強い天狗なども数の暴力には勝てないようで、次々と蜘蛛の餌になっている。

 やりたい放題だな、まるで地獄のようだ。

 

「では、行くぞお前達、見たところ今暴れているのは子蜘蛛のようだ。囲まれないように、多数で行動しろ。百足、汝は暴れまくり数を減らせ。髑髏、汝は1カ所に集まった蜘蛛を処理しろ。熊達は自由に動け、汝らに作戦など無意味だ。指示は以上、大江山の力を見せてやるぞ!」

 

 その声を合図として、宝船で山に突っ込んだ俺達は各々頭領の指示に従い散らばった。俺は頭領に付いていくことになり、酒呑様の住居に向かうことになった。

 

「さあ開戦の狼煙を上げろ土蛇! 一発デカいのを打ち上げるがよい!」

 

 その声を聞いた俺は大地から炎を溢れさせ、蜘蛛の群れを焼き払う。炎に包まれた蜘蛛達は全てが炭に変わり、絶命していった。



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九話

 蜘蛛の巣に囲まれた巨大な宮殿は月明かりに照らされ、その全貌を顕わにした。雲の隙間から差し込む光が宵闇を薄めている。宮殿の中心には鳥籠のように糸で作られた牢獄が有り、その中には酒呑童子の姿が。

 窓という窓には糸による封が施されており、解放されている入り口は1カ所しかない。まるで、そこから入って来いと言っているようだ。

 宮殿は静寂に閉ざされ、闇の中にはひっそりと佇む蜘蛛の姿があった。巣を広げた彼女に死角は無い。越後の国全域に張り巡らされた蜘蛛の糸は、その全てが土蜘蛛の手足となっている。

 だが、圧倒的優位に立っている筈の蜘蛛は不機嫌だった。越後を支配する為に酒呑童子を捕らえたものの、敗れる寸前まで強者の余裕を崩さなかった酒呑童子が気に入らないのだ。それに鬼を逃がしてしまった自分にも腹が立つ。その不出来さに苛立ちながらも、土蜘蛛は自らの駒を増やしていく。

 

 どうやら、巣に獲物が掛かったようだ。

 恐らくあの鬼が仲間でも呼んだのだろう。その事を悟った土蜘蛛は、心の奥底で笑みを零した。恐らくかなりの数の駒がやられるだろうが、今巣にかかっている者達の事を考えればいくらでもお釣りが来る。

 それに、極上の気配を持つ者も何体かいる。その力を取り込めば私は負ける事がないだろう。そう思うと、先程までの苛立ちは自然と消えていた……だけど、それだけでは足りない。自分を不機嫌にさせた原因である酒呑童子を屈服させなければ腹の虫が収まらない。

 

「起きよ、妾の退屈を満たせ」

「ッ――もう、朝なん? ……えらい上機嫌やけど、どないしたの?」

 

 酒呑童子を糸で縛り、無理矢理上がらせた彼女は強固に作られた鳥籠に一度ぶつけ、その意識を覚醒させた。目覚めた酒呑は余裕そうに振る舞うが、糸で縛られている所為で時折、苦痛に耐えるような声を漏らす。その声はあまりにも弱々しく、それを聞くだけで土蜘蛛の嗜虐心は満たされていく。

 

「なぁに、貴様を救いに来た妾の餌達が楽しみなだけだ」

「土蜘蛛? アンタ趣味悪いなぁ――――くっうぅ――」

 

 酒呑童子の言葉に苛立った彼女はより強く酒呑童子を縛り、強制的に声を漏らさせた。本当にムカつく。何故この鬼はブレないのだ。考えるだけで怒りを覚え、徐々に糸の力は強まっていく。

 

「そうだ、貴様の理性を奪ってやろう。それで、仲間と争わせるというのも面白い」

「アンタほんまに趣味悪いなぁ。鬼でもそんな悪趣味な奴はいーひんで」

「精々吠えるがよい、一刻が経つ頃には貴様は私の駒となっているのだからな」

「……そら楽しみやなあ」

 

 

 蜘蛛が溢れる里の中心にその鬼は立っていた。眼前に広がるのは阿鼻叫喚胃の地獄絵図、妖怪人間等しく喰われていく中で、酒を飲みながらその場に佇むその女性は瓢箪の中の酒を飲み干す。

 

「――――ぷはぁー。全く、頭領も無茶言うねぇ」

 

 ひぃ、ふぅ、みぃそう数えながら。増え続ける蜘蛛を前に拳を構えた。彼女が構えると、その背に白虎が顕現する。

 

「さぁて、虎熊童子出陣だ。土蛇の奴が派手にやった手前、アタイも頑張らないとね」

 

 彼女の名は虎熊童子。数多の獣を束ねる大江山四天王の一柱だ。

 彼女の構えには一片の驕りはない。

 

「来なよ、アタイの事を喰いたいんだろう?」

 

 大地を砕き、挑発を兼ねて叫んだ虎熊に蜘蛛の群れが突撃した。

 血を滾らせる彼女に後退の二文字は無い。死地に飛び込みながらも一歩も引かず、ただ突撃する彼女の姿は戦車のようだ。

 敵を見据え、その拳をもって破壊する。ただの一撃が必殺となり、その拳を耐える事が出来る蜘蛛はいない。

 

「堅いねぇ。これじゃ器用貧乏の星熊の奴が苦戦したのも分かるよ――けどね、アタイには意味が無い。さぁ次はどいつだ? とっととかかってきな!」

 

 背に現れた白虎と共に虎熊童子は戦場を駆ける。

 

 

 地面が爆ぜ、山が崩れていく。

 吹き荒れるのは暴力の嵐、巨大な斧を担いだ大鬼が、次々と蜘蛛の群れを切り伏せていく。その鬼の背には小柄な少年がいて、適度に煽るような声援を大鬼にへと放っている。

 

「やっちゃえ熊ちゃん! もっともっと暴れろー!」

「Gaaaaaaaaaaaaaaaaaa」 

 

 理性を失い走り回る暴走列車の名は熊童子。それを止める術は無く、前に居る者から破壊されていく。やたらめったらに振る舞わされる斧に巻き込まれたが最後、蜘蛛たちは細切れより酷い様になり、その体を大地へと晒すのだ。

 

「殺す、殺す、殺す――殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅ!」

 

 そのあまりの気迫に仲間である筈の妖怪達ですら怯えており、意志が無い蜘蛛以外彼に近づく者は居ない。

 

「祭りだ祭りだ。蹴散らせ蹴散らせ!」

 

 彼の背に乗る鬼の言葉を受け、怒りのまま熊童子は蜘蛛の群れの中に飛び込んだ。

 

 

 後ろで聞こえる雄叫びや、楽しそうな虎熊童子の声を聞きながらも俺は頭領を背に乗せて酒呑様が住んでいる宮殿へと疾駆する。探知の術で探ってみたところ、酒呑様の近くに見た事の無い巨大な気配を持つ者が居たのだ。

 そいつが多分土蜘蛛だ。そう目星を付けた俺は頭領を背負い、宮殿の前にまでやって来たのだが――――そこで俺達を出迎えたのは、里では見掛けた事の無い巨大な蜘蛛だった。

 人の体に蜘蛛の顔を引っ付けたようなその妖怪は見るからに皮膚が硬く、一筋縄ではいきそうにない。

 

「デカいな、これは苦戦するか?」

「ふん、なわけなかろう。ここは吾に任せよ」

 

 背から降りた頭領は、こちらを威嚇する蜘蛛に向けて骨刀を構え、難なくその体を両断した。巨大蜘蛛は傷口から炎を溢れさせながら、地面に倒れそのまま絶命する。

 

「ほらな、余裕だったぞ」

「流石頭領」

「だがおかしいな、この程度の奴に酒呑がやられるとは思えん。まだ何かあるのか?」

 

 確かにそうだ。ここに来る途中に倒してきた蜘蛛も対した強さではなかったし、酒呑様やあの星熊がやられるとは思えない。土蜘蛛の奴が余程強いのか?

 

「考えても仕方ないか、突撃だ土蛇。酒呑の元に行くぞ」

 



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十話

 初めて来る酒呑様の宮殿、そこは蜘蛛の巣だらけとなっており至る所に蜘蛛の卵嚢が設置されている。いくつか卵嚢は開きかけており、その中からは新たな蜘蛛が生まれようしていた。

 

「燃やせ、ここを絶てばもう生まれぬ筈だ」

 

 頭領に言われるがままに俺は蜘蛛の巣と卵嚢を燃やす。生まれかけの蜘蛛が悲鳴を上げ、ぐじゅぐじゅと嫌な音を立てながら死んでいく。頭領はそれを見て不快そうに顔を顰めた。

 炎が消え、再び宮殿の中に静寂が訪れる。空から射し込む月の光が宮殿の中を照らし、宙に張り巡らされた蜘蛛の糸を怪しく照らす。

 

「弱々しいがこの先から酒呑の気配がする」

 

 その言葉に反応し探知の術を使ってみれば、確かにここから離れた場所から酒呑様の気配が感じられた。その近くには、何か術を使っている様子の蜘蛛の気配が――――。

 探知の術に引っ掛かった奴が使っている術に俺は覚えがあった。傀儡作りと呼ばれる。天狗の禁忌の技だ。どうして奴がそれを使えるかは分からないが、あの術を完成させられたら本当に不味い。

 

「頭領、ちょっと急ぐぞ!」

「なんだ急にどうした土蛇!」

 

 急に走り出した俺に頭領が声を掛けて来たがそれを無視して、酒呑様の気配がある部屋に突撃した。

 

「ほぉ、やっと来たか我が餌共よ」

 

 その部屋に突撃すると出迎えてきたのは背に八本の蜘蛛の足を持つ黒髪の妖怪だった。彼女は余裕ぶった態度で話しており、その近くには鳥籠に囚われた酒呑様の姿がある。

 土蜘蛛からは殺意や敵意を感じない。ここに来るまでにこいつの子供であろう蜘蛛達を殺したのにも拘わらず、こちらに対して何の悪感情も持っていないのだ。

 

「酒呑様をどうするつもりだ?」

 

 まるで凍ったように鳥籠の中で眠る酒呑様の姿を見ながら、俺は怒りを殺してそう聞いた。それを聞いた土蜘蛛は、何が可笑しいのかその場でパチパチと拍手をし、薄ら笑いを浮かべる。

 

「なに、ただ妾の駒にするだけよ。あの酒呑童子を駒にしたとあらば、妾の名も上がるだろう」

 

 それだけの為に酒呑様を襲ったのか――そう考えると、より俺の怒りは増していく。もうこれ以上の言葉はいらない。後は間合いを詰めてアイツを殺すだけだ。話を聞いていた頭領も、その傲慢な態度に怒りを覚えたのか戦闘態勢に移行した。

 

「それでは始めようとするか、精々妾を愉しませてみよ」

「害虫風情が大きく出たな」

「小娘が、殺すぞ」

「はっ、やってみるがよい!」

 

 それが合図だった

 頭領が土蜘蛛に飛び掛かり、俺は後ろに回り込みながら刀を抜く。だが、その俺の攻撃は意識外からの何かに阻まれる。

 

「ガッ――――!?」

 

 慌てて攻撃された方を見ると、そこに居たのは白い髪の少女だった。

 急に現れた第三者、突然の乱入者に思考は止まるが、体を止めれば死ぬという直感があった。ゆらり、少女の姿が揺れたかと思うと、次の瞬間には俺の真正面に現れ、顎に一撃を食らわされる。

 

「童、妾の娘の一撃は痛いであろう」

 

 その声に意識を割く余裕は無い。

 土蜘蛛の喋りの合間にも隙が無く攻撃してくるこの少女の攻撃を捌くのに精一杯だからだ。僅かな隙を見付けて攻撃するが、それも何故か避けられる。何なんだこいつは? それにコレは気の所為かも知れないが、この少女の攻撃は何故か既視感があった。鋭く確実に急所を抉るような戦い方。ゆらりゆらりと相手を翻弄するこの動きは――――。

 

「ッ――――早いなおい」

 

 頭上に現れた少女は、俺に向けて踵を落としてきた。反応が遅れた俺の頭に少女の一撃が突き刺さる。脳が揺れ、視界がブレる。落ちそうになる意識を俺は繋ぎ止め、少女に反撃として蹴りを食らわせた。

 次はどこから来る? そう思った時、腹に何かが突き刺さる感触があった。アツイ、何か異物を入れられたような感触に襲われる。

 

「今のは……酒呑様の技?」

 

 酒呑様の生まれ持った特技である骨抜き、それを少女は使用した。分からない、何故少女がこの技を使えるのかが。どうするか、こいつと俺は相性が悪いな。理由は分からないが、この少女は酒呑様の技を使う。それに俺の攻撃を完全に知っているかのような避け方……不味いなこれ、勝てないかもしれないぞ――――。

 

「――――は?」

 

 気付けば俺は宙を飛んでいた。

 途轍も無く重い攻撃が放たれたのか、俺はいつのまにか吹き飛んでおり、石造りの壁に激突する。呼吸がままならない。臓器にまで衝撃が行ったのか、肺に空気が届かず、手足が上手く動いてくれない。

 

 

「起きろ火産霊(ほむすび)ィ!」

 

 ――――このままでは負ける。そう悟った俺は、躊躇なく自分に掛けられている枷を外した。

 

 



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十一話

 土蜘蛛と茨木童子の戦いは熾烈を極めていた。

 実力差は殆ど無い。それを両者が把握しており、一歩も譲らない戦いが繰り広げられている。

 

蝿声(さばえ)

 

 土蜘蛛の背中から生える一本の腕が茨木童子に向けられ、そこから黒い風が放たれた。この技の名は蝿声、相手を狂気で満たし悪意で壊すという呪術だ。一度受ければ抵抗する術を持たぬ物は精神が壊され、何も出来ぬ廃人と化す。

 

「――――守れ、叢原火」

 

 その攻撃を彼女は、身に迫る直前まで回避せず直撃の寸前、自分の得意とする炎で身を守り、そのまま土蜘蛛に斬りかかるも――――。

 

「効かぬ」

 

 強靱な蜘蛛の足が地面から生えてきて、彼女の攻撃を完全に塞ぎ切った。自分の攻撃が完全に読まれた事に舌打ちをする茨木童子。そんな彼女に向けて蜘蛛の足は突きを放ったが足は受け止められ、地面から引っ張り出されて捨てられた。

 

「小娘、貴様の従僕は妾の娘にやられておるぞ? 気にしなくともよいのか」

「別に良い、吾は土蛇を信用している――だが、一つ聞かせろ。あの娘は何だ? 何故酒呑の気配を持っている」

「戯け、言う訳が無かろう」

 

 言い切る土蜘蛛に、茨木童子は次に来る蜘蛛の足に備えながら、自分の腕に力を入れたのだが――急に手に持っている骨刀が重くなり、そのまま地面に落としてしまった。

 

「そろそろ、効いてきおったか」

「何?」

 

 その言葉を聞き彼女は、自分の体に起こった異変の原因を探ると、何か細い物が体に纏わり付いている事に気付いた。目を凝らすとそこにあったのは、極めて細い糸のような物。それはこの空間の至る所から伸びており、意識を向ければ何かを吸われているような感覚が彼女の体にはあった。

 

「これが酒呑を破った仕掛けか。器用だな、害虫」

「はっ、強がるでない。この空間に張り巡らせた妾の糸は、今も貴様の力を奪っている。更に時間が経てば立つのも辛くなるだろう」

 

 茨木童子の力が弱まった事で優位に立った土蜘蛛は微笑を浮かべると、自分の糸を束ねて槍を作り出す。それには可視化出来る程の魔力が含まれており、バチバチと音を鳴らしている。

 十分な大きさになったその槍は、茨木童子に投げつけられ、凄まじい速度で命を刈り取ろうと疾走する。

 ――これで、終わり。力を今も奪われ続けている茨木童子にはもう動く力は残っておらず、避ける事は出来ない。だらりと茨木童子は諦めたように腕を垂らす。せめてもの抵抗に彼女は土蜘蛛を睨み付けるが、それがただの強がりである事は土蜘蛛は分かっている。

 

「諦めたか、つまらぬ戦であったな」

 

 畳み掛けるように小さいがもう一本の槍を作りだし、死刑宣告だとでも言いたいように彼女に向けて投げつけた。

 

「死ね、小娘」

 

 手向けとして投げられたその言葉、それが彼女の耳に届いたその直後――――離れた場所から、聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

『起きろ火産霊(ほむすび)ィ!』

 

 ――――その瞬間、茨木童子は土蜘蛛に向けて満面の笑みを浮かべた。

 彼女は待っていたのだ。彼が枷を外すその瞬間を。

 

「滾れ――叢原火!」

 

 宮殿中に聞こえるかのような声量で彼女はそう叫んだ。

 瞬間、彼女の体から紅蓮の炎が湧き出した。背中からは炎が溢れ、その炎が巨大な腕と阿修羅の顔を形作る。作り出されたその腕は、飛んで来る槍を完全に滅却し、遠くに居る土蜘蛛にそのまま殴り掛かった。 

 

「は――!?」

 

 とても綺麗に後ろに飛ばされていく。

 炎を纏った拳に殴られた土蜘蛛は、体を燃やしながら何回も地面にぶつかって跳ねていく。飛ばされていく土蜘蛛に、彼女の背にある阿修羅の顔が距離を詰め、全身を包むように噛み砕いた。

 噛み砕かれた土蜘蛛は、体中を焼き焦がされながら宙に投げ出され、作られた腕に何度も何度も殴り付けられる。

 

「――――――」

 

 悲鳴すら上げられず、地面に叩き付けられる土蜘蛛は受け止めてくれた大地を破壊し、背中から思いっ切り埋まってしまう。

 ――――これでもまだまだ終わらない。なんとか、その場から立ち上がった土蜘蛛に向けて、両端から腕が迫ってきて――――。

 

「潰れろぉ!」

 

 凄まじい勢いで土蜘蛛をプレスした。

 

「ごふっ――――」

「これは土蛇には言ってないのだがな、吾は彼奴が枷を外せば、その力を借りることが出来るのだ。おそらく、吾の血を与えた時に何かが繋がったのだろう」

 

 もう聞いておらぬか、そう言い捨てて止めを刺そうと刀を構えた。

 完全な勝利、これを覆す事は出来ず。土蜘蛛にはそれから逃れる術は無い。

 

「――――はい、そこまで」

 

 土蜘蛛に刀を振るう茨木童子の攻撃は小柄な影に止められた。

 

 

 

 

 

 枷を外した俺は、酒呑様の技を使う少女を殺さず倒す事が出来た。

 今、その少女は俺のすぐ側で倒れており、起きる様子は一切無い。念の為、動かないように炎の縄で拘束してある。

 そのまま俺は加勢しようと頭領の方を見ると、見た事の無い姿で土蜘蛛を圧倒する頭領の姿が――――。

 なんだあれ、二つの阿修羅に炎の腕? なんかどことなく、俺の炎の気配感じるし、何が起こってるんだよコレ。

 巨大な腕でプレスされた土蜘蛛は意識が無いようで、動く様子は無く瀕死のようだ。それに止めを刺そうと頭領が近付くと、何かが弾けるような音が宮殿の奥の方から響き、黒い影が頭領の前に立ち塞がった。

 

「あれは、酒呑様?」

 

 何故だ? 何故酒呑様が、頭領の攻撃を止める? そう考えたが、答えはすぐに出てきた。ここに俺達が来るまで酒呑様にかけられていた傀儡の術だ。不味い、酒呑様が操られた……ん、でもおかしいぞ。あの術は術者の意識がないと効果が無い筈――――。

 

「起きてや、土蜘蛛」

 

 そう言いながら、酒呑様は地面に倒れる土蜘蛛を立ち上がらさせ、その体から心臓を抜き出した。

 

「ご――――ふっ」

 

 そのまま酒呑様は土蜘蛛の心臓を一口で食べ、抜け殻となった死体を投げ捨てる。そのあまりの行動に、俺と頭領は動けないでいた。酒呑様の様子がおかしい、今酒呑様はどうなっている?

 

「そういえば、誰やアンタ達。そもそも、なんでウチはここにおるの?」

「おい酒呑、何を言っている」

「アンタ、うちを知ってるん?」

 

 話が噛み合わない。

 本当にこの場所、それに俺達を知らないのか、不思議そうに首を傾げる酒呑様は、近くにいる頭領に笑いかけながらそう聞いた。

 

「ウチを知ってるなら教えてくれへん? さっきから滾って滾って――――」

 

 思考が止まっているのか、全く動かない頭領に酒呑様が爪を構えた。

 

「避けろ頭領!」

「あんたらのこと殺したいの」

 

 



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十二話

「そぉれ」

 

 体を捕まれた俺は軽々しく頭領の方に投げられる。

 それを宙に浮かぶ腕で助けられた俺は、再度酒呑様に突撃した。酒呑様相手に手加減など出来ない。頭領も頭領でやりづらそうにしているが殺す気でやらなければ、こちらが殺されてしまうので全力で戦っている。

 

「……まさか、酒呑と戦う事になろうとはな」

 

 そう嗤う頭領の声は震えており、強がっているのは明らかだ。その気持ちは分かる。己の親友と戦わなければならないのだ――自分が惚れ込み憧れている親友と……。

 

「どうする頭領」

「酒呑は救う、だが最悪の場合は――」

 

 頭領はそこで言葉を切った。

 続く言葉は分かっている――最悪の場合は酒呑様を殺す。だがそれは本当に最後の手段だ。今は生き残り救う事だけを考える。

 

「なぁに、作戦会議でもしてるん? うちも混ぜてや」

 

 酒呑様がゆらりと現れて、俺達に向けて刀を振るった。

 それを避けた俺は酒呑様の体に一度触れ、彼女がどういう状態かを解析の術で確かめる。触れたのは一瞬だったが、なんとか俺は酒呑様の今の状態を知る事が出来た。

 今、酒呑様は変質した傀儡の術の所為で本能を刺激され、記憶を封じ込められた状態だ。恐らく、未完成の術が術者を失った事で暴走し、そうなっているのだと思う。勝手な憶測だが、間違えてはいないだろう――――これならば助ける事が出来る。

 

「嬉しそうやけど、どないしたん?」

「別に、ただ楽しいなと思っただけだ」

「そうやなあ、ほんまに楽しい。そやさかいもっと、うちを満足させてや」

 

 やる事は一つ、酒呑様に掛けられた術を燃やすこと。それが出来る力を俺の炎は持っている筈だ。神を殺せる炎だ。あの術から酒呑様を救うぐらいの力は見せてくれよ。

 体の炉は、それに答えるように炎の勢いを強め酒呑様を救う為の炎を作り始めた。ふと隣を見れば、頭領の炎も強くなっており、頼もしさが増したような感じがする。

 

「作戦はこれでいいか?」

「問題無い、信じてるぞ土蛇」

「じゃあ行くか、酒呑様を助けるぞ頭領!」

「応とも!」

 

 二人で同時に酒呑様の元へ走る。

 刀を繰り出し隙を作る。何度塞がれても構わない。何度こちらが攻撃を受けてもいい。俺達の勝利条件は、助ける為の炎を作る事だからだ。

 

「楽しい、楽しいなぁ!」

 

 その声と共に俺達は弾き飛ばされた。 

 踏み留まり、再び酒呑様に向かって行き、左と右から挟み込む攻撃。だが、それは先に辿り着いた頭領をこっちに投げる事で邪魔される。

 視界を頭領で遮られた刹那、俺の体に衝撃が走る。

 ――――骨抜き、本家のそれは骨だけでなく俺の内臓を幾つか抜き潰す。そのまま体の中に剣を突き立てられ、悲鳴を上げそうになる……。

 

「が――――っ……だが!」

「捕まえぞ酒呑!」

 

 体勢を立て直したらしい頭領が後ろから酒呑様を羽交い締めにし、俺から無理奴離させる。

 炎が出来るまで、あと四十秒――――俺は作られていく炎に集中し、その時間を早めた。頭領が動きを止めている間に、なんとしてでも完成させる。

 頭領に捕まえられている酒呑様は暴れて、その拘束を解こうとする。頭領と酒呑様は僅かだが、筋力の差がある。だから、長くは持たない。

 ――――あと五秒。

 完成間近のこの炎が俺の中から抜け出して、手の中に移動する

 

「しま――――なんのぉ!」

 

 酒呑様の拘束が外れそうになった瞬間、炎の腕で自分ごと掴ませ、再び動きを止めた。

 

「出来たようだな、吾ごとやれ土蛇!」

 

 出来た炎は蛇の姿へと変化して、酒呑様達に放たれた。

 炎の蛇が酒呑様達を飲み込み、炎に焼かれて苦しむ二人。だが火力は緩めない、頭領の覚悟を無駄にする訳にはいかないからだ。

 炎の中で何かが酒呑様の体から出てきた。それは蜘蛛の形をした影、その影からは鎖が伸びていて酒呑様の体を繋いでいる。

 見えたあれが原因だ。

 燃やせ。

 燃やし尽くせあの術を――――。

 

 

 

 

 だが、そんな俺の思いを他所に鎖は少しは溶けているようだが完全に消える様子は無い。足りない、この火力では焼き殺す事は出来ない――――ならば、無理矢理にでも火力を上げればいい!

 ここから先は俺も初めてやる事だ。無事で居られる保証は無い、だがやる価値は大いにある。

 

「廻れ――――火之夜藝速(ひのやぎはや)

 

 バチンッ、そう音を鳴らして豪快に二つ目の枷が外れたその瞬間、体の中で何か致命的な物が変わった気がした。

 今まで動いてなかった歯車が動き出したような感覚。自分の中の何かが燃料にされたような痛み――――だが、今は無視だ!

 

「燃え、尽きろぉ!」

 

 その言葉が最後だった。

 酒呑様に掛けられた蜘蛛の呪縛は焼き殺され、影が苦しみながら消えていき、酒呑様がその場に倒れた。

 

 



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十三話

 ――――炎が、消えていく。

 二人を包み込んでいた炎は、目的を達すると同時に最初から無かったかのよう溶けていった。

 自分の体を確かめると、まだ治っていない腹から内臓が飛び出ていて、とても酷い有様だ。俺の炎は部位の欠損とかなら早く治せるが、こうやって中途半端な傷を治すのが遅いから困るんだよな。 

 

「――――終わったか、土蛇」

「あぁ、頭領。完璧だ」

 

 所々焼けている頭領が、酒呑様を背負いながら近くにやって来た。酒呑様は寝ているようで、スースーと寝息を立てながら頭領に体を預けている。

 酒呑様の宮殿はボロボロだ。至る所に蜘蛛の巣があり、俺達の戦闘の所為で穴だらけ――――これ、治すの多分俺だよな……今は考えないようにしておこう。

 

 ……そういえば、あの少女は大丈夫だろうか? 酒呑様の技を使う、土蜘蛛の娘。俺が無力化し縛って放置したあの少女は、今どうなっているんだ。一応、隅の方に避難させておいたから無事だと思うが……。

 気になった俺が少女の居る方を見てみると、縛っていた炎を無理矢理解いたのか、傷だらけの彼女が死体になった土蜘蛛の前で無言で佇んでいた。

 

「…………」

 

 表情を変えないまま、土蜘蛛の前で座り込む。

 その様子は儚げで、今にも消えてしまいそうだった。

 

「…………さようなら」

 

 ぼそりと、そう呟いた少女は土蜘蛛の死体の前で一度手を合わせた後、俺達の元に近づいてきた。少女に対して身構える頭領と俺、だが何故か少女には敵意がなく無防備なまま俺の前で立ち止まる。

 そして、そのまま俺の服の裾を掴んで動かなくなってしまった――――どうすればいいんだこれ……。

 

「おい貴様、何をしている?」

「…………」

 

 頭領に睨まれても、少女の表情は変わらない。

 それどころか、俺の服をより強く掴みながら、感情の読み取れぬ顔で俺を見つめてきた。

 

「…………これから、よろしくお願いします」

 

 何が!?

 本当にどういう事なんだコレ? 俺ってさっきまで敵だったよな、なんでこうなってるんだ。

 

「頼む説明してくれ、どういう事だ」

「母は言いました。負ければ全てを奪われないといけないと、ですので負けた私は貴方の物にならなければなりません。それに貴方に負けた時、びびっときまして」

 

 そういう事らしい……言葉は足りないが、大体分かった。

 

「……いや、そんな事しなくていいぞ」

「なら死にます」

「いや死ぬなよ、生きてくれ。俺が殺したみたいになるからやめろ」

「自分の為に生きろと。そういう事ですね、分かりました」

 

 どう解釈したらそうなるんだ? 頼むから誰か教えてくれよ。

 このままだと、断り続けても永遠に続くやつだ。何故かそう悟った俺は、どうすればいいのか分からず頭領に助けを求めた。

 

「はぁ……土蛇、連れて帰るぞ。此奴には酒呑の技を持つ理由を聞かなければならぬ」

「頭領がそう言うなら、連れて帰るが……」

「ありがとうございます」

 

 こうして、敵だった少女は何故か俺達に付いて来る事になり、一緒に山を下山した。大江山の仲間達は、全員無事なようで宝船に乗って迎えに来てくれた。

 船から影のような物が飛び降りて来る。飛び降りて来たのは、虎熊童子で自分の眷属である白い虎に乗りながら、俺達の前に現れた。俺と頭領、そして酒呑様を見て安心したかのように笑う虎熊だったが、俺の服の裾を掴む少女の姿を見て、その笑顔を固まらせた。

 

「土蛇、そいつは誰だい?」

「土蜘蛛の娘だ」

「どうも、土蛇の所有物となった琴音と申します。以後お見知りおきを」

「…………敵だろう、なんで殺さないんだい?」

 

 今のを聞かなかった事にしたのか、少女を無視した虎熊は笑顔を固まらせながらそう聞いてきた……というか、こいつ琴音っていうのか。

 

「頭領が生かす事に決めた」

「そうかい、頭領が決めたのならいいけど……」

 

 納得はいっていないようだが、なんとかこの情報を飲み込んだ虎熊は俺達四人を虎に乗せて宝船まで運び込んだ。頭領は今回の件でとても疲れているのか、足早に用意された自分の部屋に酒呑様を連れて戻ったようだ。俺も自分の部屋に戻り、休息を取ろうとしたのだが――――。

 

「おい、いつまでいるんだ? 部屋は空いてるだろ」

「いえ、私は貴方の所有物ですので一緒にいますよ?」

 

 それが当然の様に言ってのける少女からは、何が何でもここから動かないという意思を感じた。何をする訳でもなく俺の前で正座するだけで、動かない少女に頭が痛くなった俺は一つ頼んで見る事にした。

 

「じゃあ頼む、隣の部屋に行ってくれ」

「それは命令ですか? なら行きますけど」

「あぁ、そうしてくれ」

「分かりました?」

 

 意外と聞き分けはいいのか、そう言った少女は部屋を出て行こうとしたのだが、扉を開ける直前に立ち止まりこちらに振り返ってきた。

 

「そうだ。良ければ、琴音と呼んでください。一応、母から貰った名ですので」

「分かった琴音、これでいいか?」

「はい、満足です」

 

 相も変わらず無表情だが、どこか満足げに頷いた琴音は俺の部屋から出て行き、隣の部屋に入ったようだ。一人残った俺は、地面に横になりながら今日の疲れを外に出すように息を吐き、この部屋に防音の術を施して――――。

 

 

 

 

 

「……よかった――バレてないようだ」

 

 

 震える声でそう吐き出した。

 気を抜いた瞬間、一気に俺に襲い掛かってくるのは今まで塞き止めていた枷の代償。それは痛みとなって全身を襲い、体と命を蝕んでいく。

 

「ッ――――」

 

 着ている着物を脱ぎ、心臓部分に視線を送るとそこから見た事の無い蛇の刺青のような物が左腕、そして首まで伸びていた。そこをなぞるように触れれば体の奥底、魂に痛みが走り必然的に息も荒くなる。

 あの二個目の枷を外した瞬間、俺の中で何かが変わったのは分かってる。だがそれは何なのかは分からない――――これからどうなるのか、そんな事を思いながら俺は意識を手放した。

 

 



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十四話

 不思議な場所に俺は居た。

 そこは紅蓮の炎に包まれていたが熱さは感じず、何故か落ち着ける場所だった。どうして自分がこんな場所に居るのかは分からない。ただ、初めて来る筈の場所なのに、ずっと自分がここに居たかのような錯覚を覚えてしまう。

 

 そんな場所を俺は、目的も無く歩いていた。

 どこに向かえばいいのか分からないし、何より景色が全く変わらないので、自分が今どこに居るのかすら分からない。意味も無く歩き続けた俺はある事を結論付けた。

 こんな場所が現実にある筈無いし、多分コレは夢だろうと……まあ、気付いたからといって何かが変わる訳でもなく、夢は覚めないままだ。

暫くすると、開けた場所にやって来た。そこの中心部には、四つの岩が周りに置かれた炉のような物があり、炉の中からは巨大な太刀が顔を出している。

 

「……遂にここまで来たか」

 

 その刀に何故か惹かれた俺に向かって誰かが話し掛けて来た。

 

「まだ……その刀を抜く資格は無い」

 

 話し掛けて来た何者かは、それだけを伝えたかと思うともう俺に声を掛けてくる事は無かった。そんな謎の出来事の中、急に周りの炎が俺に向かって伸びて来て俺の体を包み込んだ――――――。

 

 

「…………変な夢だったな」

 

 

 ――――拳が迫る。

 小柄な体から放たれたその拳は真っ直ぐ俺の体を捉え、そのまま打ち抜いた。次に流れるように足払いが行われ、俺は体勢を崩される。一瞬揺れる視界、その間にも相手は俺の後ろを取り、裏拳を叩き込んで来た。

 日に日に成長していく、対戦相手の容赦の無さを感じながらも、俺は琴音を組み伏せ意識を落としに掛かる――だがそれは誘われた物だったのか、反撃されて重い一撃を俺は喰らわされた。

 一撃を受けた事で俺は彼女から距離を取る。

 

 ゆらりと彼女の姿がブレる。

 離れた場所に姿があるのに、次の瞬間には離れている筈の俺の目の前に現れて俺の鳩尾を正確にその目で捉え、回避不能の攻撃を放って来た。

 流石にその攻撃を受けると不味いと思った俺は全神経を防御に回し、なんとか防ぐ事に成功する。

 今の移動法は、初めて彼女に出会った時にやられた物。琴音曰く、自分の魔力で実態と変わらない残像を作り出し、相手が残像の自分に気を取られている隙に地面を蹴って移動しているそうなのだが……俺はどうにもこの技が苦手で、いつも攻撃を食らっている気がする。

 だが、俺もやられっぱなしではいられない。

 先程、彼女にやられたように足払いを仕掛けて、その周りに不可視の炎を設置した。琴音は足払いを上に飛ぶ事で避けたようだが、避けた先には俺が設置した炎があり、着地した琴音に反応した炎に囲まれた。

 

「……あ、無理です。負けました」

 

 自分の周りでゆらゆらと回る炎に囲まれながら、琴音は降参の合図かその場で手を上げた。炎が消え、琴音の元に今の戦いを見ていた大江山の仲間達が集まってくる。彼女は周りから労いの言葉を受けながら、竹で出来た水筒を受け取り水を飲む。その後、彼女が最近友達になったと言っていた小妖怪達と楽しそうに喋り始めた。その姿を見ていると、この大江山に彼女も馴染んできたんだなと実感する。

 

「……そう言えば、最近琴音とばっかり戦っている気がするんだが」

「気の所為じゃないよ土蛇、アタイが知る限りここ二週間は毎日戦ってる」

 

 虎熊童子が呆れたようにそう言いながら竹水筒を手渡して来た。

 

「それにしても、あの子凄いね。まだまだ粗いけど、磨けばもっと強くなるよ」

 

 武人である虎熊童子にそう言われるなら、琴音が強くなるのは確実だろうな。

 俺もあれから鍛えたから、枷を掛けている状態でも、今はなんとか勝ち越しているが……いつ抜かされるか分からないので気が抜けない。

 それとこれは余談なのだが、酒呑様の技を琴音が使える理由は土蜘蛛にあったそうだ。なんでも大元は土蜘蛛が仕込んだもののようで、琴音はあの空間に張り巡らされていた糸から奪った力を自分のものにする力があったとのこと。酒呑様の技が使えるのは力の副産物的な恩恵として技術も同時に手に入るからだそうだ――本当に反則だよなこれ。頭領も土蜘蛛との戦いで、力を奪われていたって言うし、もしかしたら頭領の技まで琴音は手に入れていたかもしれないんだよな……この先は考えないようにしよう。

 

 それと土蜘蛛との戦いから約三ヶ月が経過した。その間、大江山では特に事件は起こらず、平和で変わらない日々が続いている――いや、ちょっと違うか。変わった事は少しある。あの土蜘蛛を倒した事で、大江山の茨木童子の名が有名になり、名を上げようと討伐しに来る人間が増えた事だろう。今日も朝来たようだが機嫌の悪かった星熊童子の八つ当たりに付き合わされ、全滅していた事を覚えている。

 

 

「なあ土蛇、最近暇だ構え」

「どうしたんだよ頭領」

 

 その日の宴が終わった後、ごろごろと寛ぐ頭領に俺はそう命じられた。とても気怠そうに、俺が持って来た甘味を貪る頭領の姿からは威厳は感じられない。

 

「頭領、せめて座って食べてくれ」

「面倒だ。このままでいいだろう」

「頭領がいいならいいんだが。あまり他の奴には見られないようにしてくれよ? せっかく保っていた威厳が無くなるぞ」

「そこは大丈夫だ。吾も弁えておる」

 

 ならいいけどさ。

 …………確かに暇だな、やる事が無い。

 酒の肴に用意した焼き魚を食べながら、暇を潰す方法を考えてみたが思い浮かぶ事は無かった。

 

「京に出向くか、そろそろ酒の在庫も切れるのでな。土蛇、準備しろ」

「……了解、頭領」

 

 ついでに香子の所に顔でも出すか、土蜘蛛の話を聞きたがってるだろうしな。

 

 



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十五話

「もっとはやくー!」

「はいはい、早くするから髪を引っ張らないでくれ」

 

 幼女を肩に背負いながら、俺は山の中を駆けていた。

 楽しそうに背中で遊ぶ幼女の声を聞きながら、俺はどうしてこんな事になってしまったのかを考える。事は数時間前に遡るのだが、俺は何故か太郎坊に呼び出され愛宕山にやって来ていた。

 

「我が息子よ、よく来たな」

「何の用だよ太郎坊……碌でもない物だったら帰るぞ?」

 

 愛宕山に久しぶりに帰って来たと言う事もあってか、俺は山の天狗達にもみくちゃにされたり質問攻めに合ったりしたのに加え、この山に来る前に酒呑様に振り回され続けた俺の機嫌は悪く、早々に大江山に帰りたかった。

 

「まあ我の話を聞け」

 

 そんな様子の俺を見て、愉快そうに笑う太郎坊は続けてこう言った。

 

「枷はどうだ? 外したのだろう?」

 

 その問いにはどこか確信めいた物が感じられる。

 どうやら太郎坊は、土蜘蛛との一件で俺が枷を外した事を知ってるらしい――そう言えば、今更だが太郎坊は、大江山に来た時には既に枷を外す事を知ってたんじゃないか? 大天狗である太郎坊は、天狗の中でも特に強い神通力を持っていて、その神通力の中に天眼通という未来や過去を見る力を持っていた筈だ。あの時の枷を外すなという忠告も、それを知っていたから俺に伝えたんじゃないか?

 

「あぁ知っておったぞ」

「心を読むなよ……というか、知ってたならあの時点で酒呑様が攫われるのを教えてくれても良かっただろ」

「莫迦か土蛇、それだと我がつまらないだろう?」

 

 そうだこいつはこういう奴だったな。

 そんな風に心の中で、こいつがどういう奴かを再確認する俺だった。そしてそれも読んでいるのか愉快そうに太郎坊は笑っている。

 

「それで調子はどうだ? 何か変わったことは……あったようだな」

 

 俺の前まで急に来た太郎坊が、何かを確かめるようにした後で満足そうに俺から離れていった。何がしたかったんだ? 太郎坊の意味不明な行動に、少しの間思考が止まっていると、

 

「上々上々、いい成長だな土蛇。これからは、二つ目の枷を外したままでも過ごせるぞ」

 

 そんな有り得ないような事を、何でもないかのように俺に伝えてきた。

 そういえば、あの土蜘蛛の一件で、枷の代償として一度死にかけたが、あの後は特に何もなかったんだよな。それどころか枷をしているせいか、逆に苦しかったし。

 って、そうじゃない。

 

「おい太郎坊、本当に外してもいいのか? これで死んだら一生呪うぞ」

「カカッ、我が嘘をついた事があったか?」

「あぁ、それはもう嫌というほどに付いただろ」

 

 これは食べていい山菜だと言われて毒草だった事なんてよくあったし、簡単に覚えられると言われた術が本当に難しい物だった事もあった――――他にも沢山あるし数えればキリがない。

 そんなこいつを簡単に信用していいのか? いやない。

 

「今回ばかりは本当だ。我を信じろ」

「本当だな?」

 

 最後にそう確認を取ってから俺は、二個の枷を一応外してみた。

 枷が外された瞬間、起きた炉の炎が体の中を巡り始めた。しかし、いつものように起こる痛みは来ず、むしろ体が軽くなったような気がする。ただ、前に体に浮き出た蛇の刺青の部分にだけは痛みが走り、一瞬だけだが俺の意識が飛びそうになる。

 

「……おい太郎坊」

 

 その事について恨みを込めて太郎坊を睨み付けたが、これは予想外だったのか、少し驚いた様な顔をしていた。

 

「すまんな土蛇、ちょっと見せてくれ」

 

 太郎坊は、いつも枷を掛けるときに使っている錫杖を取り出して、一言謝ってから俺に向かってそれを突き立てた。ずぶり、と異物を混入された痛みを感じる俺を無視して、何かを探る太郎坊。咄嗟な行動を不審に思いながらも、焦っているこいつの様子から俺は受け入れることにした。

 

「……杞憂だったか? 土蛇、問題はないが……その刺青に痛みが走ったらまたここに来い。少しの異変が起こったら、何を無視してでもな」

「分かったよ、だけど何がしたかったんだ? 教えてくれてもいいだろ」

「なに、ただの年寄りの心配性のような物だ。これでもオマエは息子だ。そのぐらいの心配はさせろ」

 

 やめろ気持ち悪い……こいつに心配されるとか、明日は天狗星でも落ちてきそうだ。

 これで用は終わりだったのか、もう帰れと言われ俺は山を下りる準備を始めた。帰る前に、珍しい物がないかと、そう太郎坊に聞いたところ、いくつかの土産を持たされ来る前の何十倍の荷物を持つことになってしまう。今度酒呑様が来るから聞いたんだが、この荷物量だと、割と面倒くさいぞ? 山の鴉天狗に運んで貰うか。

 

「愛宕様、久しぶりでございま――おい、やめろ私の髪を引っ張るな!」

 

 昔から世話になっている鴉天狗を呼んでみると、何やら背中に幼女を背負って彼はやってきた――なんで人間の子供が人里離れた愛宕山にいるんだ?

 その幼女は、無表情のままで鴉天狗の髪を引っ張りその後でどや顔を俺に向けてきた。何がしたいんだこの幼女……どことなく、琴音味を感じるぞ……。

 

「そいつはどうしたんだ? 攫ったのか鴉」

「冗談はよしてください愛宕様、山の麓で一人でいたから保護したんですよ。付近には親の姿はなく、聞いたところ、遊んでいたらここにやってきたそうで」

 

 どんな体力だよこの幼女、近くに村はあるがその村はこの愛宕山から半日はかかる場所にあるんだぞ? それに、この付近には危険な妖怪も数多く暮らしているし、よくここまで来れたな。

 

「鴉、その少女は俺が人里に届けておく。その代わり俺の荷物を頼めるか?」

「それぐらいなら構いません。むしろ、この子の相手をしてくれるならいくらでも持って行きましょう」

「……そういえば鴉、子供苦手だったよな」

「はい、どうにも人間の子供は元気すぎて駄目でして」

 

 その会話を最後にして、俺は幼女を連れて、山を下りだしたのだが。

 この少女は本当に元気すぎた。隣を歩いていたかと思えば、近くにいた首切れ馬を乗りこなし、一度目を離せば巡回中の天狗にちょっかいを出し、疲れたと言い俺の背に乗ったかと思うと、鴉にやったように髪を引っ張って遊ぶ。

 

「おい幼女、もうちょっと落ち着いてくれ」

「やだー」

 

 そんなこんなで色々ありながらも、人里に付いた俺だったが、タイミングが良かったのかこの幼女の事を探している奴がいると里の人間に教えて貰った。

 ラッキーと思いながらも、幼女を探している人物がいるという場所に向かった俺だったが、そこで俺は懐かしい奴に出会った。

 この時代では珍しい金の髪をした俺の友人、坂田金時に……なんでこんな場所にいるんだよ。

 懐かしさと戸惑いから俺は、声をかけようとしたのだが、話しかける直前俺の体は動かなくなった。なぜなら、俺の前にとても鋭い刃があったからだ。

 

「どうしたんだ綱、いきなり刀なんか出して?」

「おい鬼野郎、その少女を離せ。そうすれば楽に殺してやる」

 

 金時の話を聞いてない様子の目の前の男は、凄まじい殺気を放ちながら俺に刃を向けてくる。 

 

 

 拝啓、頭領並びに酒呑様へ。

 どうやら俺の鬼生はここで終わりを迎えるようです。なあ神様、俺はあと何度絶望に出会えばいいんだ?

 俺を威嚇しているのは、渡辺綱。頼光四天王の一人で、何度か頭領と戦ったことのあるらしい、明らかに人間を止めている会いたくなかった武士の一人だ。



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十六話

 殺気の籠もった双眸が俺を射貫き、返答次第では殺すと暗に語っている。その様子から説得は無理だと言う事が分かるし……暴れた場合の被害を考えると、炎なんか使えないし何より今の俺は人に化けてるから戦えない。

 ……なんでバレたんだよと愚痴りたいが、そんな事をしても意味が無い。前も源頼光に変化がバレたし、俺の術の完成度は低いのだろうか……。

 考えれば考えるほど悲しくなっていき、どう動けばいいか分からず俺が固まっていると、俺の後ろにいた幼女が、渡辺綱の元に近づいていった。

 

「兄様駄目、土蛇いい奴」

 

 それだけ簡潔に伝えた幼女の言葉を聞いた渡辺綱は、渋りながらも刀を収めた。やばいな、戦闘を回避してくれた幼女に後光が差している。この借りは大きいぞ、返せるか?

 幼女に感謝していると、何やら話し込んでいる幼女と渡辺綱の姿が目に入った。話しているときの幼女は、一緒にいたときには変わらなかった表情を色々変えながら今日合ったことを話している様だ。その様子を見ていると、金時が笑顔で俺の元にやって来た。

 

「久しぶりだな土蛇! オレッチの事覚えてるか?」

「あぁ、覚えてるぞ金時。元気してたか?」

「おうとも! この通りだぜ」

 

 金時はそう言いながら、腕をまくり筋肉を見せてきた。 元気そうで何よりだ。金時は数少ない酒呑様の愚痴を言える友だからな、怪我がなくて良かった。

 

「それにしてもよ土蛇、一瞬誰か分からなかったぞ」

「それはそうだろ、これでも一応変化してるからな。そんな簡単にバレたら困る」

「綱の奴にはバレてたけどな」

 

 悪気はなかっただろうが、今の言葉は刺さったぞ。昔どっかの妖怪が言ってたが、悪意ない言葉が一番効くらしいんだが、その通りだったな。

 そんなやりとりを金時と交わしていると、話し終わったらしい幼女が上機嫌で金時の肩に乗り、申し訳なさそうな様子の渡辺綱が俺の前で頭を下げた。

 

「悪かったな、妹を助けてくれたのによ」

「いいって、家族がいなくなったら俺もアンタのような反応するし」

「鬼だからって誤解したがオマエいい奴だな」

「そう思ってくれるなら助かる。改めて土蛇童子だ。よろしくな」

「……土蛇? どっかで聞いたことあるが……まぁいいか。俺は渡辺綱よろしく、でこっちが金時だ」

「オウ!」

 

 綱に紹介され、幼女と遊びながらこっちに笑いかけてくる金時。

 その後で俺は、礼がしたいと綱に言われこの里の茶屋にやってきた。初めて来る場所と言うこともあってか、珍しい物もあったので俺が土産用のを店の中でいくつか見繕っていると、誰かが来たのか畏まった様子の金時と綱の姿が。どうしたんだ? 結構偉い筈のあの二人があんなになるなんて。

 気になった俺は荷物をまとめながら店の外を見てみることにした。

 そこにいたのは、何処かで見た艶のある黒い髪を持った、凄まじいスタイルをした女性。その女性からは、どことなく雷神の気配が感じられ、妙に体が冷えてくる――――源頼光じゃん。

 なんで、こんな京から離れた場所に四天王二人と頼光がいるんだよ。これじゃあ後の二人もやってきそうだぞ。逃げるか? 幸い、今ならまだ彼女には俺の事バレてないし、逃げれるはず……そう思いながら俺がこっそりと茶屋から出ようとすると。

 

「店主、俺は帰ったと綱と金時に伝えてくれ」

「あら、どこへ行くのでしょう?」

 

 背中に凍りでも入れられたような寒気を感じて、俺はその場から後ずさった。急いで後ろを振り向けば、とても上機嫌な様子の彼女がそこにいて、その笑顔でだけで肝が冷えてくる。

 

「お久しぶりでございます。私の事、覚えているでしょうか?」

「……源頼光だろ、忘れるわけがない」

 

 忘れる訳がない、少し前のことだが土蜘蛛の時と同じようなインパクトで俺の中に残っている。あの雷に当たったら死ぬって思えた瞬間も、あの弓の腕も――今でも偶に夢に出てくるし、なんか考えてたらまた怖くなってきた。

 軽くトラウマが再来し、それに恐怖を感じていると、何故か頼光が体をびくりと震わせながら、恍惚とした表情を浮かべていた。

 

「……おい、大丈夫か?」

 

 見るからに大丈夫じゃなさそうだが、どうしたんだよ。

 天敵といっても、流石に目の前でこんなになられたら心配だ。そう思いながら近づいてみると、何かを堪えるように震えながら。

 

「んッ――ッ今のは、気にしないでください 」

「本当に大丈夫か?」

「……はい大丈夫です。それより、貴方はどうしたこんな所に?」

「ちょっとな、それより前みたいに襲ってこないのか?」

 

 俺としてはこのままの何事もなく終わってくれて、山に帰って休みたい。だが、それは叶う気がしないからせめて、何が起こるか聞いておこう。

 

「あの時の事は忘れてください、自分でも反省していますので――――そうだ。少し時間をいただけますか? あの時の事を含めて話したいことがあるのです」

 

 あれ、これってもしかしなくても詰んだか?

 今の戦力的にどう足掻いても逃げられないか断れないし、こないだの事って絶対碌な話じゃないよな。

 

 断ることが出来ないので、警戒しながらも俺はその話に乗ることにして、一先ずこの場を凌ぐことにした。返事を貰った頼光は、表情を崩しながら体を揺らし、少女のように喜んでいる。

 

「綱、別荘を借りられますか?」

「いいぜ姉御、だが何をするんだ?」

「気にしないでください、ちょっとしたことですので」

「まあいいか、こっちだ土蛇」

  

 そう言う綱に連れられて、別荘に俺は通された。いつも俺は、夜寝静まった頃に誰かの屋敷に侵入して酒などを盗んでいたから、こうやって正式に通されるのは珍しいな。そんな事を思いながら大広間に案内された俺は、頼光と二人きりにさせられた。

 暫く無言が続き、部屋の中は静まり返っていた。話があると言われた以上、こっちから切り出すことは出来ないので、どうしようかと考えていると。何かを決意したかのような頼光が、こう切り出してきた。 

 

「貴方は、丑御前という少女を覚えていますか?」

 

 



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十七話

 ――丑御前。

 源頼光の口から出てきたその少女の名は、とても久しい物だった。数年前、恩がある寺を救ったときに俺に懐いてくれた雷神の娘。迷い込んだ妖怪達に平等に優しさを与える彼女との思い出は今も覚えているし、俺の中でも大切な物ばっかりだ――だが、おかしい。どうして、源頼光からあの娘の名前が? 

 もう聞く事がないだろうと思っていた名前を聞かされた俺は、動揺しながらも、返事を返すために口を開いた。

 

「……あぁ、覚えているぞ。だが、なんでオマエがあの娘を――」

 

 なんであの娘を知っている? そう言葉を続けようとしたが、その言葉は急に抱きついてきた目の前の彼女に遮られた。凄まじい力で抱きつかれ、体が悲鳴上げなにやら骨が軋むような音が奥底から聞こえてくる。

 離そうと抵抗してみるが人間に化けてるとはいえ鬼の俺より力が強いのか、引き剥がすことは出来ず、無駄な時間が過ぎていく。

 

「覚えて……いるのですね」

 

 引き剥がすことに集中している俺だったが、頼光の泣く声を聞いてそっちに意識を持っていかれた。その言葉と共に弱まる力。俺に任せるように体を委ねてきた彼女を今度は支えながら、小さく零れていく彼女の言葉に耳を傾けた。

 

「よかった。貴方は忘れていなかったんですね。私を、覚えててくれていたのですね」

「私をって、源頼光……オマエは丑御前なのか?」

 

 改めて彼女の事を見る。

 よく見て気づく。彼女には、確かに当時の面影があったのだ。艶のある黒髪に、少し垂れ目の優しそうな眼差し。記憶の中の彼女と殆ど一致するその特徴に、彼女が丑御前だという答えを出す。

 ――――でも、一つ言わせて欲しい。これは気づかなくても無理はないだろう。だって、あの優しかった彼女が、妖怪絶対殺すウーマンになってるなんて分かるわけがない。

 

「なあ丑御前……いや、今は頼光か?」

「どちらの名前でも構いません、貴方の呼びやすい名前でお願いします」

「なら、丑御前。なんで最初に会った時に、自分の事を伝えてくれなかったんだ?」

 

 いや、伝えようとしてくれたのか? 一応付いてきてくれと言っていた気がするし……でも仕方ないだろう、最強の神秘殺しに付いてこいと言われて、付いていく馬鹿なんかいないし。

 

「…………あの時は、その、ですね。急に貴方の気配がしたので気が動転してしまいまして」

 

 いや、それもおかしい。あの時の俺は変化したし、気配なんか漏れる訳がない……と、思いたい。本当に漏れていたのならば、俺の変化って意味が無い物になってしまう――というか、本当に意味が無いかもしれない、だって渡辺綱にもバレていたし。

 

「あの……どうして落ち込んでいるのですか?」

「いや、ちょっと自分の変化の腕が低すぎて悲しくなっただけだ……なあ丑御前、俺の気配ってのはどんな物なんだ?」

「えっと、とても暖かくて、私の奥底が震えるような感じです」

 

 どんな気配なんだよそれは……暖かいのはよく分からないが、奥底が震えるようなっていうのは、多分火之迦具土神の心臓のせいだろう。雷神の娘で、神性を持っている彼女だからこそそんな事を感じられるんだろうが、それだと綱が謎だよな、アイツの気配はただの人間の物だったし。

 

「ありがとな、なんとなくだけど分かった。それで、丑御前。俺に何か用があるのか?」

「あ、忘れていました。あの出来ればでいいのですが、私達の仲間になってくれませんか?」

「悪いがそれは無理だ」

 

 丑御前の頼みに俺はそう即答した。

 俺には既に大江山に沢山の仲間がいる。彼奴らを裏切る事なんか出来ないし、俺も人間の世界で生きようとは思わない。彼女の仲間になってしまえば、数多くの同胞を殺すことになってしまうし、京の都の面倒くさい貴族達の相手をしなければならなくなる。まあ、それがなくても仲間になることなんかないがな……。

 

「……そうですか、なら、一週間だけでもいいので時間をくれませんか?」

「まぁ、それぐらいならいいが……」

 

 一週間ぐらいなら山を空けても問題ないだろう。普段から山の仲間達は好き勝手にどっかに遊びに行ってるし、偶には俺も出ても良いよな。久しぶりに会った丑御前の頼みだし、断るのは悪いし。

 俺の答えに満足したのか、一回断られて悲しそうな顔をした彼女は一転して満面の笑みを浮かべた。

 

「なら、早く京へ向かいましょう! さぁさぁ!」

 

 テンションが爆上がりしているのか、俺の事を引っ張りながら屋敷の外に連れて行こうとする丑御前。そういえば昔、寺でこんな事あったなぁ、とそんな事を思いながら俺は屋敷の外に出て行った。

 

 

 

 

 夜半の都にヒョーヒョーと気味の悪い、鳥のような声が響いている。

 空は雲に包まれて、雷鳴が轟き雲の影には巨大な獣の姿が浮かんでいる。その獣の尾は(くちな)であり、(ましら)の顔を持ち体は(むじな)の物。既存の生物を無茶苦茶に混ぜた容姿をしたその獣は、姿を度々揺らしながら、

 

「楽しめそうだ」

 

 そんな言葉を残して、空に霧散し消えていった。



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十八話

お久しぶりです。


「晴明様、どこですか晴明様!」

 

 真昼の院の廊下を、慌ただしく駆け回る角が生えている女性の姿があった。

 動きやすいように改造された衣装を身に纏ったその女性は、四神の一つであり富や恵みの雨を司ると言われている十二天将の一体である青龍だ。

 

「今日は、頼光様が帰ってくる、歓迎するから準備しろといったのは晴明様なのに、とうの本人がどっかにいくとかふざけてますよね!」

 

 文句をいいながら院の中を探し続けるが、目的の人物である晴明の姿はどこにもなく、徐々にだが確実に青龍の鬱憤がたまっていく、そんな青龍を見かねたのか、この院の中で働く女中の一人が声を掛けてきた。

 

「青龍様、晴明様なら庭の方におりましたよ」

「あ、ありがとうございます庭ですね」

 

 あの馬鹿は庭か……どうしてくれようか? と、そんな事を呟きながら庭に青龍は向かう。

 青龍が庭に通じる扉の前にやってくると、中からは太鼓や鈴の音が響いていた。彼女はそれを聞き、本当になにをしているんだあの馬鹿はと思いながらその扉を開いた。

 扉を開くと、そこに広がっていたのは月光に照らされた巨大な庭だった。奥には、季節外れの桜が咲き誇り、その周りには宙に浮かぶ提灯や縦横無尽に飛び回る紙で出来た鳥の姿がある。地面に意識を向けてみれば黄金の鱗を持った蛇や炎を纏った羽の生えた蛇もいた。

 

「青龍か? そんなに慌てて私に何の用があるんだ?」

「なんの用があるんだ? じゃないですよ、晴明様も準備手伝ってください。十二天将の皆さんも頑張ってるんです」

「皆ではないだろう、匂陳(こうちん)騰虵(とうしゃ)もそこで寝ている。それに、私は面倒くさいことはやりたくない」

 

 きっぱりとそう告げる晴明に、手を出しそうになった青龍だがなんとか持ちこたえた。

 

「それより青龍皆を集めろ、面白いやつが頼光と共に都に来るぞ」

「面白い奴……なんか嫌な予感がするのですが、その人と何をするんですか?」

「人ではない鬼だ」

「え、頼光様が鬼を連れてくる訳ないじゃないですか、妖怪とあらば絶対に殺す人ですよ」

 

 普段の頼光の人物像からそう晴明に伝えた青龍。だが晴明は、鬼が来るという事を確信しているのか、それ以上は何も言わなかった。

 

「はぁ、それで晴明様その鬼をどうするんです? まさか、式神にするなんて言いませんよね」

「安心しろ、そんなつもりはない。ただ――」

「ただ、なんですか?」

「なんでもない、ともかくもうすぐ鬼が来る準備をしろ」

 

 分かりましたよ、そういった青龍はその姿を龍へと変えて院の中に帰って行ってしまった。

 

「蛇を宿す鬼よ、お前なら私を楽しませてくれるか?」

 

 そんな言葉を残した晴明は、その場から姿を消してしまった。

 

 

「……あの、本当に貴方ですか?」

 

 都に向かう途中、空を飛ぶ俺の姿を見た丑御前は少し驚いた様な顔をしながらそう聞いてきた。下を見てみれば金時や、綱の奴も同じような顔をしている。

 まあ無理もない。今の俺は何年ぶりになるのか分からない、天狗の姿に戻っているからだ……いや、戻っているというのは少し違う、一時的に鬼の力を封じて、天狗の姿を取り戻していると言った方がいいだろう。

 なんで今、俺が天狗の姿に戻っているかというと、鬼の姿で都に入れば騒ぎになると思ったからだ。一応今まで通り変化を使って、都に入ればいいのだが、この短期間で何度も変化を暴かれ自信を無くした俺は、術関連が得意になる天狗の姿に戻ることにしたのだ。

 代償として鬼の腕力や攻撃的な術等々が全部使えなくなるが、その代わり使えなくなっていた天狗の神通力や風を操る力が戻っている。

 後は、少し体が縮んで角が消えたり、羽が生えたりするが他に変わることはないので、特に問題なく過ごせるだろう。

 

 

「まあ一応俺だ。背は変わったが顔とかは同じだろう」

「そうなのですが、どうにも違和感が……なんて言えばいいのでしょう、今まであった暖かさが消え、より荒々しい炎のような気配に変わったような感じがします」

「どんな気配だよそれ……」

 

 というか、そんな気配を放ってるなら天狗のまま変化しても意味ないじゃないか? いや、大丈夫なはずだ。愛宕天狗として恐れられてた時は、人間に化けて都に現れてもバレたことなんか一度もなかったし……だから大丈夫、というかそう信じないとわりとメンタルにダメージが……と、そんな事を考えているうちに都の門が見えてきたので、俺は一度地面に降りて変化の術を使う事にした。

 

「これでいいはずだろ」

 

 そう言ってから頼光達に確認を取ってみると、気配が完全に人間のものになっているらしく、妖怪特有の気配と俺の独特の気配は一切感じないらしい。

 都の門を抜けてみても何も言われなかったし、これなら余程の事がない限り鬼だという事はバレることはないとと思う。

 

「ちょっといいか頼光」

「なんですか?」

「これからどこに行くんだ? 都に来たのはいいが、何するか聞いてなかったからな」

「あ、そうですね。まずは私の屋敷で疲れを癒やして、その後は御仁や父様に挨拶をするぐらいでしょうか?」

 

 なんで、丑御前の父さんに挨拶する必要があるんだ? それと、御仁って誰だよ、丑御前程の地位の奴が御仁なんて呼ぶ奴は限られてるだろうし……心当たりはないが、かなり偉い奴なんだろうな。

 

「了解だ丑御前。だがその前に、ちょっと寄りたいところがあるんだがいいか?」

「いいですよ、都に来るのは初めてでしょうし、好きなだけ遊んでください。私の屋敷は誰かに聞けば分かると思うので先に行ってますね」

「土蛇、都を案内してやろうか? オレッちのおすすめの店に連れてってやるよ」

「大丈夫だ金時、都から山に来た妖怪におすすめの場所は聞いてるからな」

「そうか、迷うなよ?」

「多分……大丈夫だ」

 

 俺は、自分でも自覚している方向音痴だが何度も都には来ているし、迷うことはないはずだ。それに、用があると言っても香子に会うだけだしすぐ終わるだろう。

 



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十九話

 

「誰だよ、こんなの作ったの……」

 

 久方ぶりにやってきた香子の屋敷の前で俺は、そんな言葉を呟き項垂れた。

 家の中から感じるのは、どんな化物が作ったんだと言いたくなるような異常な結界。もしもこの中に入ろうとすれば弱い妖怪は滅され、ある程度強い妖怪であろうと本来の力を発揮できないといった効果を持っている物…… 

 こんな結界を維持するには、術者が中にいなければ維持できないだろうから、この中に入るのは自殺行為……かといってこのまま丑御前達の所に向かおうとも、嫌な予感がするし。

 いや戻るか、うだうだ考えても仕方ないし待ってくれているであろう皆に悪い。

 土産とか色々用意したが無駄になってしまったな。

 

「待ってくださいお客人、せっかく来たのですからもうちょっとゆっくりしてはどうですか?」

 

 振り返り、丑御前の屋敷に戻ろうとしたところを呼び止められる。

 それと同時に感じたのは、肩に手を置かれる感覚と、異常なまでの浮遊感。それは一瞬の出来事だったが、体が地についたと感じた時には見知らぬ夜の庭の中に俺はいた。

 転移の術、それも発動が分からぬほどの高位の物――――襲われると、そう思考を決め。俺はすぐさま変化を解除する。

 

「あれ、清明様? 敵意満々ですけどちゃんと連れてくるときに許可取りました?」

 

 晴明? その名でこんな事が出来るのは、一人しかいないだろう。安倍晴明……俺が知る限りでも最強の陰陽師で、本当に人間なのかと疑いたくなるような化物筆頭、確か十二体の神を式神として使役してるやべー奴。

 これ、天狗で生き残ることが出来るのか? 二つの枷を外してることで、火之迦具土神の炎をかなり使うことが出来るから、式神相手は問題ないとしてもだ。晴明の実力は未知数、あの結界を見た以上化物なのは決定として……。

 

「馬鹿なのか青龍、許可などとっている暇があれば攫った方が早いだろう」

「馬鹿は貴方ですよ、というか鬼じゃないし天狗じゃないですか! それも天魔級の!」

「ははっ些細な事を気にするな青龍」

「ははっじゃない、巫山戯ないでください戦うの私達なんですよ!」

 

 こんなぐだぐだしたのを見せられた俺はどうすればいいんだ。なんというか気が抜ける。これ、俺は殺されないんじゃないか? 

 

「儂は構わないぞ、青龍よ。それに晴明とは違う種類の美男子、味わってみたいのじゃ」

「貴女は気楽でいいですね大陰さん……」

 

 晴明と青龍と呼ばれた二人組の近くに、白い髪をした幼女が威厳を感じさせるような口調でそう言いながら、こっちを見て舌舐めずりをしてくる。

 それを見た俺の体は芯から冷える。おかしいな、俺は体の中に永遠に燃え続ける炉があるのに、冷えることなんか有り得ないんだが……。

 

「それはそうと鬼蛇よ、何故そんなに警戒する? 私に敵意はないだろう?」

「確かにないが、いきなりこんな所に連れてきた相手を信用するなんて事は出来ない」

「ふむ……それもそうか、なら戦おう――小手調べだ。行け、匂陳に騰虵」

 

 急にそう宣言され、現れたのは二匹の蛇。

 それは、好戦的な意志を俺に向けながら突撃してきて、翼が生えている方の騰虵と呼ばれた蛇が火を吐いてきた。

 燃え盛る炎は、意志を持つように俺に襲いかかってきて、全身を焼き尽くそうと体を包んでいく。だけど、何故かその炎は俺には通じる事はなく体の中に吸収されていった。いや、吸収したと言うより飲み込んだと言った方が正しいだろう。

 

「ふむ、効かないか……匂陳」

 

 次に匂陳と呼ばれた蛇の式神が、体の周りに金の塊を作りだしそれを飛ばしてきた。四方八方にそれは飛来し、俺を囲むがそれが飛んでくる前に金の塊を燃やし尽くした事で事なきを得る。

 

「おい、お前遊んでるだろ」

 

 実験するように俺に式神を仕掛けてくる晴明に、少し苛立ちを覚える。そんな俺に対して晴明は、侵害だと言わんばかりに首を振り、

 

「いや、私は真面目にやっているぞ?」

「本当かよ――って」

「余所見はいかんのう、儂と遊ばうではないか」

 

 大陰と呼ばれた幼女が、気づいたときには目の前にいて笑顔を浮かべながらそう言葉を投げてくる。幼女は、そのまま俺の服を掴みそのまま顔を近づけて――。

 

「ではいただくとするか――」

「は? ちょま、何をするやめ――んむ!?」

 

 口内に舌を入られ蹂躙される俺、そのまま、体の中から何かを抜かれさっき湧き出てきた力が全部抜けていく。

 

「ん……ぷはぁ――――これはこれは、どんな魔力をしてるのじゃ、美味すぎるのう……ふむどうじゃ、儂の眷属にならんか?」

「なるわけないだろ馬鹿野郎、というかいきなり何するんだ!」

「何って魔力補給じゃが? それに儂は野郎じゃないぞ、立派な乙女じゃ」

 

 乙女はいきなりこんな事はしねぇ、そう思いながらも振り払おうとしたが力が出ない俺はこの幼女を振り払うことは出来なかった。

 ――――あぁもういいか、逃げることは考えてたけど面倒くさい。元より俺は脳筋、全部ぶっ壊せば解決するよな。

 

「天昇せよ、我が神よ――数多の命を滅ぼすがため」

 

 天狗の時だけ使える術の一つ、見た限りこの場所に外界と隔離されている結界が張られてるんだ。ちょっとぐらい本気出しても被害は出ないだろう。

 

「原初の焔、始まりの火よ、命を作りし炎産霊よ、その神威を今、解き放たん」

 

 俺の背に太陽と間違えるほどの熱量を持った炎が生み出され、それは徐々に空に昇っていき上空で固定される。

 

「清明様あれ絶対不味いですって! 私じゃ消せませんよ!」

「ふむ、どうするか」

「なんでこんな時まで呑気なんですか馬鹿ぁ!」

「あれ、儂なんかやっちゃった? いきなり魔力補給は不味かったか……この年で学ぶとはのう、長生きしてみるもんじゃ」

「打ち抜けぇ!」

 

 炎の塊が、晴明達に狙いを定め、槍のように高速で極太の光線を発射した。俺の視界だけではなく、全てが炎に包まれて消えていく。

 炎が止んだ頃、視界に映る全てのものが燃え尽きており、この場には俺以外誰も残っていなかった。

 

「よし、逃げよう」

 

 そう確認するように呟いたとき……。

 ――パリン、と鏡が割れる様な音が辺りに響いたかと思うと庭の中心に大きな罅が入っていた。



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