終末ガラルで、ソーナンスと (すとらっぷ)
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バーとカフェと二人

かつて人の往来であったであろう道も、今となっては無人だ。道は整備されず石畳の隙間から疎らに雑草が生える。

人工物に溢れながらそこには一切の人間がいない。不気味ながらそれはもはや日常の一場面に過ぎない、ありふれた光景だ。

 

 

「ソウ、人の気配はするか?」

 

「…ソー……ナンス…」

 

廃れた往来に一輌のトゥクトゥク(屋根付き三輪バイク)が通りかかった。運転をするのは薄汚れたコートを羽織る青年、後部座席には大きな荷物とソーナンスが一匹。

 

ソウと呼ばれたのが肩をすくめて首を横に降るソーナンス。その頭にはちょこんとニット帽が被せられていた。

 

「この辺も無人かぁ」

 

運転する青年の顔には疲れの色が色濃く残っていた。

 

「いい加減風呂入りたいよなぁ」

 

「ソーナンス…」

 

やれやれといった雰囲気で景色を眺める。

 

「この時期に川で水浴びってのは辛かったよなぁ…寒い寒い。」

 

一昨日、流石の不潔さに痺れを切らし、近くの川で寒中水泳に挑んだ二人であったが、その数秒後にこの世の地獄を感じた。

 

「生きてるボイラー、あるといいなぁ。もしくは丁度いいドラム缶。」

 

「ナンス?」

 

「知らないか?ゴエモン風呂。ゴエモンってのが何を指す言葉なのかは知らないけど、巨大な鍋やら壺やらを火にかけて風呂にするらしい。」

 

朽ちて倒れた看板には『エンジンシティ 蒸気機関を利用して近代化を遂げた工業都市』と書かれている。ここならば生きているボイラーの1つや2つあるだろう。

 

「ソー………?ソォォォナンッス!」

 

「お、何かに気づいたか?」

 

突如叫んだソーナンスの視線の先にあったのは小さなバーのようであった。

 

「バーか…。食料品が残ってりゃいいけど。」

 

「ナンス!ナンス!」

 

「ま、見てみるか。」

 

トゥクトゥクを店の前に停め、リュックを背負う。まだ早朝な為心配はないと思うが、一応ロトム避けにアルミシートを被せておこう。

 

「おじゃましまーす。」

 

「ソォォナンス!」

 

古ぼけたドアはカランカランとお客の来店を告げる。そのドアベルの音に返事はない。

 

「そりゃ無人だよね。」

 

綺麗に整えられた店内だが全て埃を被っていて、ここ数年は使われた形跡はない。

 

「缶詰の1つや2つくらい残ってりゃいいけど…」

 

手早くカウンター裏に周り、そこまで期待せずに開けた冷蔵庫には案の定何も入っていなかった。

 

ふと見上げるとカウンターの上に棚がある。しめた、缶詰だ。

 

「…デボン製の合成肉スープか。」

 

なんというか、個性的なお味がする代物だ。ただし栄養バランスはバッチリである。タンパク質が不足するこの旅路には非常にありがたい。味はともかくとして。

 

「貰っていこう。3つある。」

 

ポイポイとリュックに放り込んだ。あとの成果は湿気たタバコが5本と、塩が少し、錆びていない包丁が一本手に入った。後で研いでおこう。

 

そして何より砂糖が手に入った。どうやらここはバー兼カフェだったらしい。何処かにコーヒー豆でもあれば旅の彩りになるといったところだが…。

 

「ソウさんー?首尾はどうだ?」

 

「ソォォォォォォォ…ナンス!」

 

「…随分声が響いてるな…何処に行ったんだアイツ。」

 

ソウさんの声はカウンター横のドアから聞こえる。奥は倉庫か事務所だろうか。

 

正解、倉庫だった。しかし目につくものは無い。もう2、3袋くらい塩が欲しいんだけど…。残っているのは紙のカップやナプキンなどで食料品は見当たらない。工具か何かも期待したがそれらしい物は見当たらなかった。

 

「ソウさーん?どこだー」 

 

「ソーナンスッ!」

 

棚の裏でしゃがみ込んでいるソウさんを発見。

 

「ナンスッ!」

 

「そこに何かあったのか?」

 

覗き込んでも特に変わった感じはない。ただの床だ。…いや、確かに怪しい。ほんの少しだが、この部分だけ汚れが少ない。

 

「なるほど、ソウさんお手柄かもな」

 

「ナンスぅ〜」

 

よく見ると確かに床に隙間がある。流石は一応エスパータイプのソウさん、カンが鋭い。

 

ウエストポーチからお手製ナイフ(ハサミをバラして持ち手にテープを巻いただけ)を取り出し、床の隙間に突き立てる。

 

「よいしょぉっと!」

 

僅かに突き刺さったナイフに体重を掛け、更に深くに差し込んだ。

 

そのままテコの原理で床を持ち上げる。結構硬い。僅かに床が浮き上がったところでナイフがボッキリ折れた。

 

「流石に元がハサミじゃそろそろ限界だったか…仕方ないね。」

 

折れたナイフは手を切らないように回収、後で何かに使うか処分するか決める。

 

浮いた板を素手で持ち上げてみると、そこは地下への階段になっていた。

 

「わーお、隠し部屋?」

 

「ソーナンスッ!」

 

侵入された形跡はない。1階は物資が少なかった為、誰かしらが漁った後だっただろうが、こちらは完全に手付かずだ。

 

「よし、行ってみようか」

 

「ソーナンス!」

 

 

 

 

照明の無い薄暗い階段をおっかなびっくり下る。ラジオ付きランプの明かりだけが頼りだ。

 

降りてみるとそこそこ広い空間のようだ。電車一輌分くらいの奥行きがある。

 

「はあ、なるほどワインセラーか」

 

「ソーナンス!」

 

「コーヒー豆も一緒に保存してあるな。これは中々…」

 

酒には詳しくないが、お高そうなワインの瓶がいくつかある。それにワイン樽もいくつか。ここの家主は相当な酒好きであったことが伺える。

 

「ナンスッ!!」

 

ソウさんが何か見つけたようだ。導かれるようにワインセラーの奥に進む。

 

「これは…机かね?こんなところに」

 

ワインセラー兼書斎といったところだろう。中々趣味がいい。壁際には控えめな本棚がいくつかある。お酒の図鑑やコーヒーについて語られている本、後はほんの少し文庫本の小説があった。

 

机の上にはノートと写真立て。床に落ちているのは壊れたインスタントカメラだ。

 

「ソー…」

 

「ここの主人、だろうな」

 

写真に映るのは真新しいこの店と、ペロッパフとマホミルだろうか。開店祝いのようで皆笑顔で記念撮影している。

 

「このノートは日記…じゃ無さそうだな。」

 

初めは日記のようだったがこの店主はどうも三日坊主だったようだ。3日目の日記のあとに美味しいコーヒーの淹れ方が書いてある。次のページからは…落書きだ。どうやらポケモン達のイタズラのようである。

 

「…幸せそうだね」

 

「ナンスッ」

 

これ以上個人の思い出をのぞき見するのも悪いと思い、ノートを閉じようとすると、最後のページに何か書いてあることに気づいた。

 

 

 

最初の日記と同じ筆跡だった。

 

『おめでとう、このノートはこの店の全品無料クーポンになっている。私達からのプレゼントだ。心のこもった接客が出来ないのは残念だがね。』

 

『カフェバー イチロウのダイダンエンだ。受け取ってくれ。』

 

 

 

挟み込まれていたのはインスタントカメラで撮られた小さな写真。ペロリームとマホイップと、先程の写真より少し髪の薄くなった店主だった。

 

美しい笑顔だった。

 

 

 

「…ダイダンエン、か。幸せ、だったのかな」

 

「ソーナンスッ!」

 

ソウさんが肯定する。

 

ノートを元に戻し、床のカメラを机に置いた。

 

このペロリームとマホイップは何処に行ったんだんだろうか。何処かに去っていったのか、死んだのか、それとも主人とともに消滅したのか。

 

それは誰にもわからない。でもきっと、それが彼らにとって一番幸せな最後だったのだろう。

 

ついこの間旅を始めたばかりだが、何度か人の消滅の痕を見てきた。その度に思う。死と消滅、どちらが残酷で、どちらが美しいんだろう。

 

答えはまだわからない。今はまだ。それがわかる日まで生きて、世界を見よう。

 

 

 

 

「でも、僕が消えるときはもっと見晴らしのいいところがいいなぁ。」

 

趣味のいい場所ではあるが、正直息が詰まる。

 

「ソウさん、折角だからコーヒーご馳走になっていこうか。」

 

「ナンスッ!」

 

コーヒー豆の袋を手に取り、地上に上がる。あまり専門的なことはわからないが、コーヒーの淹れ方くらいはわかる。

 

「臨時店員ってことでよろしく頼むよ」

 

カウンターの小さなコンロに火を灯す。ガスが生きている。

 

コーヒーミルで豆を砕き、コーヒーフィルターに適量入れる。良い匂いが香った。

 

沸騰しない程度に沸かしたお湯を上から注ぎ入れる。腕は良くないが、丁寧に。

 

フィルターから落ちるコーヒーの雫を眺める。焦らず眺める。

 

「はい、ソウさんお待たせ」

 

カップを2つ取り出し、コーヒーを注ぎ、カウンターに出す。ソウさんの前に一つ、その横に一つ。

 

自分は本来店員じゃない。コーヒーは客として、席で楽しむべきだろう。

 

「美味しいな」

 

「ソーナンスー」

 

二人並んでコーヒーを啜る。モーモーミルクが腐っていたので砂糖だけ少し入れた。ソウさんはブラック派か。

 

「いい店だ」

 

埃を被った店内も、何故か輝かしく見える。

 

店には客が溢れ、美味しいコーヒーとスイーツに舌鼓を打つ。夜になるとオシャレなおつまみと共にグラスを傾ける。もしかしたら酔っぱらいとケンカになってポケモンバトルしていたかも知れない。そんな光景に苦笑いしながら、カウンター越しに店主が小さな飴細工をくれた。

 

そんな光景が、確かに見えた。

 

 

 

「さて、そろそろ行くか!」

 

「ソーナンスッ!!」

 

席から立ち上がり、カップを返しておく。

 

「無料とは言われたけど、一応お礼ね。」

 

今や価値もないだろうが、コーヒー代分の小銭を置いておく。こういうのは気分だ。

 

 

 

 

カランカランとドアが鳴る。お客様がお帰りだ。

 

店主が消えた幸せな店は、こうして再び眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、まだまだ時間もあるし、もう少しこの街を見て回ろうか」

 

「ソーナンスッ!」

 

ロトム避けのシートを外し、店から拝借した物資を積み込む。

 

「…ソウさん、何だその巨大な荷物」

 

「ナンスッ」

 

空のワイン樽のようだった。そんな大きな物をしれっと持ってくるとは…。

 

「何に使うんだそれ…」

 

「ナーンス!」

 

「………ああ、風呂桶のつもりか!」

 

「ソォォナンスッ!」

 

「……持ち運べないから、先にボイラーを見つけような」

 

「…ナンスッ」

 

 




登場人物

カイ 人間 19歳 ♂
旅人
田舎町ハロンタウン出身の青年。体の悪い母を介護しながら生活していたが、母が消失(死亡?)。それを機に旅を始める。
ポケモントレーナーでは無いためモンスターボールは未所持。
ブラッシータウンで発見したトゥクトゥクと道中で出会ったソーナンスのソウと共に北を目指す。

無人だったダンテの生家からキャンプセットとトゥクトゥクを拝借。

ソウ ソーナンス ♂
相棒
トゥクトゥクが保存されていたガレージの暗闇に一人で住んでいたソーナンス。成り行きでカイと共に旅をするも基本的にサバイバルでは役に立たない。霊感が強い。

どうやらかなりレベルは高いらしく道中時々襲ってくるポケモンは返り討ちに出来る。

本当に信頼出来る相手だけにしっぽを触らせる。



書きたいエピソードを優先して書くため、多少時系列の前後が見られます。ご注意下さい。


追記
在りし日のガラル
今回登場した『カフェバー イチロウ』の元ネタはエンジンシティのスタジアムに続く中央通りに店を構えるバトルカフェです。店主はマスターのイチロウ。手持ちポケモンはミツハニー、もしくはマホミルとペロッパフ。

彼らはあのお店をスカベンジしていました。ゲーム内では入れない扉の向こうに秘密の地下室があったら素敵だなと思った次第です。実際にはバー設定はありませんがバータイムってロマンですやん。地下室もワインセラーもワインセラーの中にある書斎もロマンですやん。

そんなロマンに思いを馳せて今一度エンジンシティのバトルカフェを訪ねてみては如何でしょうか。





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お風呂と二人

前話の直後のお話です


上空には野良ロトムの群れが飛び交い、真っ暗な街をチカチカと不規則に照らす。人間の大半が消滅したことにより、今まで電化製品に入っていたロトムが一気に野生化した。

 

トゥクトゥク(屋根付き三輪バイク)にイタズラをされては堪らないのでロトム避けのアルミシートを再度かけ直しておく。

 

この辺りのロトムは機械類以外には興味がないようであるため、それにさえ気をつけていればただの照明だ。

 

ソウさんはロトムには全く興味がないようで、焚き火をぼんやりと眺めている。

 

ここはエンジンシティの中央通りど真ん中。往来にトゥクトゥクを駐車して焚き火までしても怒る人間も迷惑する人間もいない。

 

「さて、ソウさん」

 

「ナンス?」

 

完全にイベントについて忘れているようだ。

 

「風呂の時間だよ。久しぶりに温かいお湯に入れる」

 

「…ソォォォナンッス!!」

 

急に跳ね起きたソウさんが一直線に走り始める。先程確保しておいたワイン樽を取りに行ったようだ。その樽にお湯を張って風呂とする。それにしてもあの脚の形でよく走れるな。

 

桶はソウさんに任せてこっちはお湯の用意をしよう。トゥクトゥクに丸めて括り付けておいたホースを解く。流石は蒸気の街エンジンシティ、動くボイラーがいくつか残っていた。

 

赤錆だらけのボイラーからパイプを取り外し、ホースを繋げる。このタイプのボイラーはハロンタウンにもあった為扱いは慣れている。

 

試しにバルブを捻ってみるといい具合の熱湯が流れ出る。

 

「ソォォォォォォォナンスゥゥ!」

 

ワイン樽をゴロゴロと押し転がしながらソウさんが駆け寄ってくる。ナイスタイミング、早速桶にホースを突っ込みバルブを開け放つ。

 

 

じょぼぼぼぼぼぼぼぼぼ  

 

 

白い湯気が立ち上り、見る見るお湯が溜まっていく。樽に不備は無くしっかりとお湯を受け止めているようだ。

 

 

じょぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ

 

 

「さて、ソウさん」

 

「ソーナンス?」

 

「この樽に二人一緒に入るのは流石に狭い。順番に入ろうか」

 

「……ソーナンス」

 

了承してくれたようだ。

 

 

じょぼぼぼぼぼぼぼぼぼ

 

 

丁度良いお湯の量になった樽を間に置き向かい合う二人。その姿はまさにガンマンの決闘のようだ

 

 

じょぼぼぼぼぼぼぼ

 

じょぼぼぼぼ…

 

じょぼぼ…

 

 

ぼ…

 

 

……………

 

 

 

 

「ジャンケンポンッ!!」

 

「ナンスゥッ!!」

 

一瞬の攻防!

 

「俺の勝ち!なんで負けたか明日までに考えておいて下さい!ほなっ!一番風呂いただきますッ!!」

 

高らかにパーを掲げ樽に滑り込む!服は既に脱ぎ捨てた!

 

グーを掲げたソウさんは絶望する。それもそのはず、

 

 

 

▼ソーナンス は チョキ が だせない!

 

 

 

平べったい手の構造的に無理だ!

 

 

「ソーナンスゥゥゥゥ!!」

 

「ははは、いい湯だなぁ!いい湯だなぁ!」

 

ソウさんの熱烈な抗議には耳を向けず、久しぶりの湯船を楽しむ。

 

 

 

思えば、旅に出るまで落ち着いて夜空を見上げるなんてことは無かったかも知れない。ずっと同じ空の下にいたのに、初めて出会った気分だ。

 

きっと、誰も見ていなくても空はずっと美しくて、今僕が消えても変わらず、ずっと美しいのだろう。誰の為でもなく。

 

 

 

そんな夜空が、唐突に掻き消えた。

 

 

 

「ソォォォォォォォナンッスッ!!!」

 

「おいおいおいおいソウさんッ!?」

 

ソウさんが我慢出来ずに湯船に飛び込んてきた。アンタ図鑑じゃがまんポケモンって紹介されてただろ。

 

じょぼぉん!!

 

少ない隙間に体を捩じ込む形で、ソウさんが湯船に入り込んだ。

 

「ソーナンスッ!」

 

何処か満足げに湯船に浸かるソウさん。黒い尻尾もニヤけた顔をしているようだ。ちなみにソーナンスの尻尾には目があるが水中でも大丈夫なんだろうか。息とかはしないのだろうか。

 

入っちゃったなら仕方がない。狭いが観念しよう。入り込んてきたソウさんの頭に腕を乗せ、二人で夜空を見上げる。

 

「いい湯だなぁー」

 

「そぉなんすぅ〜」

 

 

 

仲睦まじい二人の姿を見ているのは夜空と野良ロトムだけだ。

 

ここは終末、エンジンシティのど真ん中。往来で焚き火をしようと、野宿をしようと、ましてや風呂に入ろうと、咎める人は誰もいない。

 

ふたりぼっちの町の王さまだ。




次回が旅の始まりの話になります。

追記
終末ガラルメモ
今後もちょくちょく登場する予定の野良ロトムとロトム対策について。ガラル地方では白物家電からカメラ、スマホ、自転車までロトムが入っています。もはや生活に密着どころの騒ぎではないロトム。しかしある日突然人類が消えたら彼らはどうなるんだろうという妄想から生まれたのが彼ら野良ロトムです。家電に住まう意味を失ったロトム達が夜な夜な群れて街を飛び回り、無人の街を照らす。大好きなイタズラをしようにも驚いてくれる人間はもう居ない。悲しみが深い。

ロトムが機械に乗り移るには特殊なモーターが必要との事ですが乗り移られはしなくても、強力な電磁波を使って機械にイタズラは出来るので対策は必須です。今回は電波を弾くアルミシートを被せることでロトムを近づけないという方法を取りました。他にも実用的なロトム避け対策のアイデアがございましたらご連絡下さい。もしかしたら旅人達が実践するかもしれません。


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母と一人

旅立ちの前のお話です。


ある日突然、人間が消えた。全員が一気に消えた訳じゃない。でも着実に、そして急速に人が消えていった。結局何人が消えたのかもよくわかっていない。統計すら取れないほど人間が減っているのだ。

 

僕はこの現象をシンプルに『消滅』と呼んでいる。

 

僕が初めて消滅を目の当たりにしたのは10歳を過ぎた頃だっただろうか。

 

些細なことで喧嘩をしていたと思う。僕が泣いて目を瞑ったとき、音もなく忽然と消えた。消滅の瞬間は見ていない。目を瞑り、目を開けたら消えていた。

 

あのとき僕は何故、父と喧嘩していたんだろうか。

 

あの日父を失い、それから友人を失い、そして今日、最後の一人を失う。

 

 

 

 

 

 

ガラル地方南部に位置する田舎町、ハロンタウン。住民僅か2名の超限界集落、そこが僕の故郷だった。

 

「母さん、例の行商人、最後に来たのはいつだっけ?」

 

『…一週間前くらい、でしたっけね』

 

床に臥すのは初老の女性。僕の母だ。ハロンタウン最後の住民の片割れ。痩せ細けたその体つきは否応なく彼女の先の無さを感じさせる。

 

「…消えたかな」

 

『…そうかもしれませんね。』

 

商売人という生き物は人間の中で最も逞しい生き物だと思っていた。何せ世界が終わろうとも商売をやめないのだ。金がこの世にある限り不滅だと、本人もそう言っていたが消滅には抗えなかったのだろうか。それとも消滅の先に金を見出したのか。

 

『歩けなくなったのが半年前、薬が切れたのが三ヶ月前、まあ長く生きたもんですねぇ』

 

「母さん…案外ボクはアンタが死ぬ様が全く想像出来ないんだ」

 

『そりゃねぇ、カイが産まれてから超低空飛行で安定して生きながらえてるからねぇ』

 

これまでも彼女は死ななかった。今にも死にそうな身体でありながらも、彼女はその命を灯し続けた。

 

最後の肉親が死のうとしているのに僕の目からは涙の一粒も出ない。覚悟とはこんなにも残酷なものだったのだろうか、それとも僕はもう泣けないのだろうか。どちらにしても残酷であることに変わりはない。

 

『カイ、消滅が始まってから、わたしはあなたに迷惑ばかりかけて来ました。働きもしないのに食料を消費し、水を飲み、あなたの時間を奪いました』

 

「…うん」

 

『私はそれについて、感謝はすれど、これっぽっちも悪いと思っていません』

 

「うん」 

 

『あなたも何とも思っていないのでしょう?』

 

「そうだね」

 

この質問はどっちの意味なんだろう。母の世話のことなのか、母が死ぬことについてなのか。

 

『母は誰よりも自分勝手に生きています。いやー、楽しい楽しい愉悦愉悦』

 

「ひどい母親だ」

 

冗談めかして言った。

 

『そう、ひどい母親です』

 

母は弱弱しくもニヤける。

 

「母さん、今更無理に悪人ぶらなくていいんだよ」

 

『…悪人ですよ、わたしは。私が生きる為に色んなものを犠牲にした』

 

「いいよ、今更。人間なんて多かれ少なかれ迷惑かけながら生きてるんだ。迷惑かかってる分他の奴よりはマシだよ、僕は生きてるんだもん」

 

『生きてるだけマシ、案外この時代を生きる上で重要かもしれないですね』

 

ふと窓の外を眺めると心配そうにスボミー達が張り付いていた。

 

「「「キュルゥゥゥ!」」」

 

窓を開けると庭にいたスボミーとロゼリアがなだれ込んでくる。ここまでポケモン達に愛される人間が悪人を名乗るというのもおかしな話だ。

 

『思えば、今の時代にあなた達に見守られて死ねるというのは幸せなのかもしれないですね』

 

父はなんの前触れもなく、誰かに見守られることも無く消えていった。満足に弔うことも出来なかった。

 

「消滅と死、どっちが幸せなんだろうな」

 

『それは貴方自身の答えを見つけなさい。少なくとも私はなんの因果か消滅を免れ、今死のうとしている。きっと何処かで、私が選んだのかもしれないね』

 

母の顔色がまた少し悪くなった気がする。

 

「…そろそろ時間か」

 

『ええ、少し眠くなってきました』

 

スボミー達が母に心配そうに寄り添う。

 

『私はこれでも自由に生きてきた。貴方も自由に生きなさい。』

 

 

 

 

『母は貴方と出会えて、貴方に見守られて、貴方達と共に生きて、最高に幸せでした』

 

 

 

その言葉を最後に母は息を引き取った。美しい、綺麗な顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

「ロトム、ありがとう。助かったよ。もう大丈夫だ」

 

『ロト……』

 

数分間、ただただ沈黙を続けた後、ロトムに声をかける。

 

母はもはや発声すらままならないほど衰弱していた。ロトムが母の視線から通訳してくれなければ最後まで会話なんて出来なかっただろう。

 

視線読み取り用のカメラから抜け出したロトムは母の顔を覗き込み、しばらくその周りを漂っていた。

 

スボミー達は泣きじゃくり、母にしがみついている。

 

そして、僕は…何故かこの期に及んで涙一つ流せなかった。なんて残酷で薄情なのか。

 

しかし、涙の代わりに母の残した言葉が頭の中で反響していた。

 

 

 

『母は貴方と出会えて、貴方に見守られて、貴方達と共に生きて、最高に幸せでした』

 

『思えば、今の時代にあなた達に見守られて死ねるというのは幸せなのかもしれないですね』

 

 

 

『私はこれでも自由に生きてきた。貴方も自由に生きなさい。』

 

 

 

「幸せって、なんなんだろうな」

 

 

 

この疑問に対する答えは、ここには無かった。

 

 

 

『私はこれでも自由に生きてきた。貴方も自由に生きなさい。』

 

 

 

自由に生きてみよう。

 

遅かれ早かれ、僕はこの世界からいなくなる。消滅だろうが死だろうが、形はどうであれこの世界から消えるんだ。なら、思いっきり自由に生きてみよう。自由に生きて、世界を見に行こう。

 

 

答えを見つけに行こう、幸せを探しに行こう。

 

 

 

 

 

 

僕の名前はカイ。

 

ただの田舎町の青年で、たった一人の住民だ。

 

そして今日から、僕は旅人になった。




次回は出会いと旅立ちのお話です。

軽トラで旅をするかトゥクトゥクにするかでかなり迷いました。

追記
終末ガラルメモ

母の病気にはモデルはありませんが、カメラを使ったロトムによる視線翻訳には元ネタがあります。脳性マヒや筋ジストロフィー、ALSなど体の自由が効かなくなってしまう難病患者がコミュニケーションを取るために開発された視線キーボードです。時々ニュースで取り上げられるので皆様もご存知では無いでしょうか。

その視線をロトムが読み取り出力することで従来より素早く正確に会話ができるというのが今回の視線翻訳ロトムです。

医療現場にポケモンがいれば様々な事が改善するのにと思う今日この頃。やはりロトムの可能性は無限大。


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旅立ちの一人

母は出来る限り丁重に弔った。不格好ではあるが棺桶を作り、花を添え、庭に埋めた。棺桶を彩る花はスボミー達が分けてくれた。専門家ではないので正しい方法では無いだろうが、出来る限りのことはした。

 

抱き上げた母の体はいつもよりずっと軽く感じた。

 

ただの岩ではあるが墓石を置いておく。僕はその墓前に座った。剥げた芝生の上はやはり冷たい。

 

「母さん、僕は旅に出ようと思うよ。旅なんかした事ないし、うまくは行かないだろうけど、行けるところまで行ってみようと思う」

 

庭ではスボミー達が日光浴をし、どこからか侵入したウールーが残った芝生を食んでいた。

 

「ほら、母さんはそんなに寂しくなさそうだし」

 

墓石の周りで野生のポケモン達が昼寝をしている。よく日が当たり暖かいのだ。

 

「まあ消滅が始まる前は10歳の子供でも旅してたんだ。そりゃ状況は今と昔じゃ全然違うけど」

 

傍らに置いたバッグから家に残っていた保存食を開封し、半分に分ける。半分墓前に供えた。デボンの登山兼非常用携帯食料ブロック。モソモソした何とも言い難いお味だが栄養バランスだけは完璧という代物。しかし母はこれを好んで食べていた。食が細くなってからもふやかして食べていた。一体この味のどこが母を駆り立てたのだろうか。

 

手に持った方の半分を口に含む。うむ、やはり何とも言い難い。嘘、不味い。

 

「やっぱり理解出来ないよ母さん」

 

そう墓石に笑いかけると包装を握って丸めてポケットに突っ込んだ。

 

「家にはもうほとんど何も残ってないし、旅に必要なものは道中の空き家から色々拝借する。褒められたことじゃないけど文句言われる相手もいないでしょ」

 

そう言って立ち上がり、バッグを背負った。丈夫なレザーボストンバッグ。昔、父が使っていた物だ。

 

「それじゃ、行ってくる」

 

振り返ると、ロゼリアがこちらを見て立っていた。

 

「どうした?」

 

するとトテトテと庭の端に駆け出す。ついてこいという意味だろうか。

 

「何かあるのかロゼリア?」

 

ロゼリアが手の花で指し示すのは昔花壇だった場所。今となってはスボミー達の寝床になっている場所だ。

 

そこに刺さっているのは園芸用の小さなシャベル。

 

「ロゼッ!」

 

「…持っていけってことか?」

 

「ロォゼッ!」

 

確かに、旅においてシャベルは実需品だ。主にトイレ用に。

 

このスコップは確か母が買ったものだった。まだ母が元気だった頃は共にガーデニングをしていた。そのときの良質な土に引き寄せられてやってきたのがロゼリア、あの頃はまだスボミーだった。

 

「ありがとう。…大切に使うよ」

 

シャベルの穴に紐を通し、バッグに引っ掛ける。

 

「ロゼリア、スボミー達とこの家を頼んでもいいか?」

 

「ロゼッ!」

 

言葉が通じているか通じていないかはわからないが頼もしく感じる。

 

ロゼリアの頭を撫でると、再びバッグを背負い直し、この人生の大半を過ごした家を一望する。

 

 

「お世話になりました」

 

 

行こう。答えを探しに。

 

 

 

僕は最初の一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

まずはハロンタウン内で何か使えるものを探そう。近所に無人の民家がある。有名なトレーナーの生家だ、表にはバトルフィールドまである。

 

「…お邪魔します」

 

一応挨拶してから民家の扉を開けた。

 

中は綺麗なままだ。この町は治安が悪化する間もなく大半の人間が消えた。家を荒らす者もいなかったのだろう。

 

「生きるためだ、すいませんね」

 

キャンプ道具でも残っていてくれれば大当たりだが、なければダンボールや新聞紙があるとありがたい。寝具にもなれば燃やすこともできる。火もほしい。家にマッチが2箱あったので持ってきたが、少し心細い。

 

火ポケモンでも捕まえられれば楽なんだろうが、そもそもモンスターボールがない。昔はありふれていてどこにでも売っていたボールだが今となっては貴重品だ。  

 

モンスターボールの販売元は主にシルフとデボンの2社が大手だ。しかしガラルにはこの2社の工場は存在しない。地元企業のマクロコスモスが一部ライセンス生産していたはずだが、あくまで一部でありボールの大半は他地方から買い付けるしかない。

 

ガラル内でモンスターボールの供給が無くなるが、需要は無くならなかった。残った人間は自分が生き残るために便利なポケモンを捕獲しようとした。

 

しかし焦って捕獲しようとしてもうまく行かないものでボールを浪費、なまじ捕獲してもその人間も消滅。

 

結果、かつて栄花を誇ったモンスターボールはどこにもなくなった。

 

 

 

そんな回想を交えつつ、ランプと携帯食料、水筒、何枚かタオルを拝借する。タオルは水のろ過に使える。

 

「流石にキャンプ道具までは見つからなかったか…」

 

取り敢えずは上々と判断し引き上げようと踵を返す。

 

「そういえば、この家ガレージのような物があったな。ガレージか倉庫かはわからないけど、何か使えるものがあるかもしれない。」

 

忘れ物がないか周囲を確認しつつ玄関まで進んだ。

 

「お邪魔しました」

 

一応の礼儀は大切だ。

 

 

 

 

「さて、開けてみるか」

 

外に出てガレージを確認する。重そうなシャッターだ。本腰を入れて開けなければならないだろう。荷物を傍らに置き、腰に力を入れ、シャッターを持ち上げる。

 

「ふんっ!!!」

 

ガラララララララララ!

 

勢いよくシャッター開ける!

 

 

 

 

目の前が水色に染まった

 

 

 

「ソォォォォォォォナンスッ!!!!?」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

 

 

 

何者かがシャッターの奥に立っていた!

 

「おおおおおおおお!!」

 

「ソォォォォォナンスっ!!」

 

「おおおお…お?」

 

「ソォ…ナンス?」

 

 

 

全く同じポーズで驚き、同じポーズで固まった。

 

 

 

 

こうして、ここから、一人と一匹は二人になった。




今までのエピソードのあとがきに「終末ガラルメモ」もしくは「在りし日のガラル」が追加されました。「終末ガラルメモ」にはこの作品のオリジナル要素の解説、「在りし日のガラル」には作中に出てきた原作要素の元ネタを紹介しております。ぜひともご一読下さい。

在りし日のガラル
今回登場するスボミーとロゼリアについて。ポケットモンスターソード・シールドの主人公の家の前にはスボミーがいます。今作のスボミーは彼らという設定です。ハロンタウン周辺にスボミーはいないので彼らは主人公のお母さんの手持ちなのかもしれないですね。是非原作主人公と生活を共にしてきたスボミー達を観察してみては
如何でしょうか。可愛いことは保証します。
ちなみに終末ナンスでは彼らは野生のポケモンという設定です。


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出会う二人

日刊ランキング40位いただきました。応援ありがとうございます。この旅の結末を見れるようにこれからも頑張ります!


ガレージのシャッターを開けたところ、僅か数センチ前に顔があった。

 

「びっくりした…ポケモン…?」

 

「ソーナンス」

 

相手のポケモンも落ち着いたようで脱力している。

 

コイツは…ソーナンスだ。直接は見たことがないが本で見たことがある。何故かこのソーナンスは青いキャップを被っていた。サイズは合っていないようである。

 

「ここはコイツの家だったのか…?」

 

独り言のように呟くと

 

「ソォォォナンス!」

 

元気の良い答えが返ってきた。

 

「…言葉が通じてる?」

 

「ソォォォナンス!」

 

このポケモンは確かソーナンスというポケモンだ。エスパータイプなのである程度考えが読めるのかもしれない。…まあこのポケモンの生態にエスパー要素はほぼ無いのだが。

 

「ええと…何か使える物資を探してるんだが、いらないものがあれば分けてもらいたいんだけど…。」

 

「ソーナンス!」

 

快く迎えてくれるソーナンス。遠慮なく中を覗かせてもらう。

 

「ソーナンスー♪ソーナンスー♪」

 

何だか楽しそうに歌っている。

 

この家から人が消えてから久しい。恐らくこの家のポケモンではなく勝手に住み着いたのだろう。そしてひとりぼっちだった。

 

元々ソーナンスは洞窟など暗い場所に群れを作って生活するポケモンだ。何かの拍子で本来の生息地から離れたところに現れることは多々あるが、群れるポケモンがひとりぼっちだったのは寂しかったのだろう。となるとこのガレージは洞窟代わりか。確かに暗闇。

 

「ソーナーンスー!」

 

それにしてもこのソーナンス、人懐っこい。まるで自慢するようにガレージを見せてくれる。中でも一番アピールしているのは真ん中に鎮座する車両だ。

 

ガレージに保管されているこれはバイクだろうか?しかし普通のバイクではない。前一輪、後二輪の三輪バイク。席も同じく前に一人、後ろに二人を載せられるようだ。

 

そして最大の特徴として、屋根がある。

 

雨や日光を凌げるバイクとは素晴らしい。三輪という点でも安定感があり素晴らしい。

 

問題はちゃんと動くかどうかだが…。

 

「ソーナンス、動かしてみてもいいか?」

 

「ソーーナンスッ!」

 

快諾してくれたようだ。

 

操作方法は原付バイクと同じく単純なものだ、僕でも運転出来そう。…今の時代に道路交通法など無いに等しい。無免許運転上等。

 

キーは既に刺さっていた。キーを捻り、ブレーキに手をかける。スタータースイッチを押した。

 

 

ブロロロォォォォォォン!

 

 

エンジンが唸りを上げる。

 

「燃料駆動の方が…電気式の方が便利だけど、燃料駆動のほうがパワー出るかな」

 

まだガラルに人が溢れていた頃、エネルギーは化石燃料から新エネルギーへの変化の過渡期だった。

 

当時の動力はバイオエネルギーか電気かの2択だったと思う。もしくは一部水素か。時々ポケモンの力も借りていた。

 

消滅当時、こういった車両は電気エネルギーへの完全移行を目指していたが、バイオ燃料機関の車両は多かった。途中大きな街に寄れれば燃料には困らないだろう。

 

ガレージ内には簡単な修理キットと「サルノリでも分かるバイク修理のやり方」という本があった。ありがたい、自分の知能がサルノリ以上であることを祈ろう。

 

予備の燃料缶も見つけた。

 

こうしてみると何者かが旅に出ようとしていたように見える。あまりにも準備が出来過ぎだ。

 

「誰かがこれで旅しようとしてたのか…?」

 

それともとんでもないお人好しがいつでもこれを動かせるようにしていた…?それはないか。

 

「何にしても、ここまで致せり尽くせりでこの車両に乗らない手はないだろう。むしろ乗らないと失礼だ」

 

「ソォォォナンス!」

 

ほら、ソーナンスも同意している。自分の中で正当化完了。

 

 

 

貰えるものは全て貰った。お礼も行った。若干罪悪感はあるがすぐに忘れよう。これは泥棒ではない。

 

 

出かける準備は出来た。取り敢えずの目標としてブラッシータウンを目指す。

 

「ソーナンス、ありがとう。これ…名前わからないけどこのバイク、貰ってもいいんだよね?」

 

「ソォォォナンスッ!!」

 

「…じゃあなんで俺に“かげふみ”してるんだ?」

 

全く逃げられない。見事なブロック、バイクに乗り込めない。これがポケモンの特性ってやつか。

 

「ソォォ……ナンスゥ……」

 

バイクはくれるけど出発はさせてくれない。…これはアレか……。アレなのか…。

 

「…君も一緒にくるのか?」

 

「ソォォォォォォナンスッ!!」

 

今日一番の肯定だ。

 

食料、水…その他いろいろ物資……うーん……。

 

 

 

 

まあいいか、どうせこの先僕は長くない。どうせ死ぬか消滅するなら誰かが一緒にいるのも悪くないだろう。食料はまあ何とかしよう。

 

「好きにしな。せっかく後部座席が空いてるんだ」

 

「ソーナンス!」

 

ソーナンスは素早く後部座席に乗り込んだ。なんという素早い動き。

 

「よし、行くかソーナンス!」

 

「……ソーナンス」

 

「不服?」

 

何故か険しい顔をするソーナンス。

 

自分の事を手で指して首を傾げる

 

「ソーナンス?」

 

その後僕の事を手で指す。

 

「…自己紹介…?」

 

「ソーナンス」

 

「ええと、僕の名前はカイ。」

 

「ソー…」

 

なんだかわからないけどよろしくみたいな事を言ってる気がする。

 

「…うん」

 

「…ソォォォナンス?」

 

なんだろう、『じゃあ俺は?』みたいな感じだろうか。

 

「ソーナンス!」

 

どうやら合ってそうだ。………ん?

 

「君の名前…を…つけろって意味?」

 

「ソーナンス!!」

 

強い肯定。名前か。確かに自分の事を「人間!」って呼ばれるのはちょっと違和感があるかもしれない。

 

「名前…名前か…。ソーナンス…ナンス…ソー…。カイ……カイと…ソーナンス」

 

なんだろう…僕とソーナンス…カイとソーナンス…カイとソー…海藻…蒼海…爽快…?ソウ?

 

 

 

「ソウ、なんてどうかな。安直かもだけど」

 

「…ソウ…ナンス?」

 

コイツの特性“テレパシー”なんじゃないか…?なんか『さんをつけろよデコ助野郎』みたいな気持ちが伝わってくる。

 

「ソウさん?」

 

「ソーナンス!!」

 

気に入ったようだ。さんをつけることで安直感が中和されたようである。

 

「ということは僕はカイさん?」

 

『ソーナンス!』

 

なるほど。何故さん付け…。というかソウさんは「ソーナンス!」しか言わないならさん付け意味ないんじゃないか…?

 

「まあいいか。それじゃ、これからよろしくな、ソウさん」

 

「ソーナンス!!」

 

 

 

時刻はまだ昼過ぎくらい、夕方にはブラッシータウンに到着するだろう。まずはそこで一泊、試運転にはちょうどいいだろう。

 

 

 

 

外には日の光が降りている。薄暗い倉庫とは真逆の日の光。

 

 

 

一匹は旅をしていた。しかし途中で力尽きて、とある男に拾われた。そうして、ほんの少しの時間だけともに同じ時間を過ごし、ほんの少しだけ共に旅をした。

 

最後に辿り着いたのがこのガレージだった。

 

男は一匹に言った。「ここにはもう商売相手がいない。俺は商売がしたいんだ、商売相手がいる場所に行ってくる。売れ残りはお前にやる。コイツはお前が売れ。そして取り立てろ。」

 

「いいか、もうこの世界には金なんてものは鼻をかむ紙にもなりはしない。だから金以外に、何か得をしろ。この世界に商売をする生物は人間しかいなかった。でも人間は滅んだ。でも、商売は無くしちゃいけない。金と欲と繋がり、それが商売で、それが人間だ。人間の生きた証だ。」

 

「勝手だが、それを継いでほしい」

 

 

 

一匹が返事をする前に、男は消滅した。

 

残ったのは一台の三輪バイク。男がガラクタから修理し、“商品”にしたもの。代金は…一匹の欲を満たすこと。

 

一匹は最後の商売人になった。

 

そしてその少しあと、一匹は旅人と出会った。

 

一匹はこの旅人から取り立てようと思った。自分が一匹では出来なかった旅をさせてもらおう。この旅人に見せてもらおう、自分の知らない景色を。

 

 

 

好奇心を取り立てよう。

 

 

 

 

 

一人と一匹は、二人になった。二匹になった。




ソウさん、カイさんのさん付けには特に深い意味はありません。ただ二人の旅というわけでほんのちょっと東海道中膝栗毛の弥次さん喜多さんからなんとなくです。名前もフィーリングでソウカイコンビに決定、数ある乗り物からトゥクトゥクを選んだのもフィーリング。フィーリングで書いてます。

在りし日のガラル
今回登場した民家とガレージはホップとダンデの生家です。
ガレージの中は完全に妄想ですが、地味にソウさんが被っているのはダンデの部屋に元ネタがあります。彼は帽子が好きらしく家には大量のキャップが飾ってあります。ソウさんはどうやらそこから気に入った帽子を拝借したようですね。一話ではニット帽を被っていましたがそこは気分で変えるそうです。


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電車の旅と二人

ブラッシータウンのポケモンセンターにて。

 

「…医薬品あんまりないなぁ」

 

「ソーナンス…」

 

医薬品は水と食料の次くらいに大事なものだと思う。終末に病院は無い。自分で治すしかないわけだ。

 

「きずぐすりが2、3回分…あと…やけどなおしが少し…どくけしが欲しかったんだけど…無いなぁ」

 

どくけしの有用性は素晴らしい。いつの時代も食あたりは怖い。食べ物の衛生が保証されていない今、こういう道具にはポケモンの状態異常だけでは無く様々な使い道があるのだ。

 

「まあしょうがない。もしものときはモモンの実を探そう…」

 

「ソーナンス!」

 

ソウさんは医務室を探りに行っている。抗生物質なども備えておきたかったが芳しく無さそうだ。

 

昨日、一日中ブラッシータウンの研究所に籠もり本を読み漁った。理解出来た本は少なかったが役に立つ物も多かった。

 

ポケモンの生態についてはもちろんフィールドワークのための知識が乗っていたのはありがたい。

 

多少はサバイバル知識がついただろう。もちろんガラルで一番の魔境ワイルドエリアに行くつもりはないが、こういった知識は身につけておいて損はないだろう。

 

平時でさえワイルドエリアは危険な場所だった。高レベルで凶暴なポケモンが彷徨いていて、天気の変わり方も異常だ。消滅が起こる前であれば強力なトレーナーやレンジャーが常駐していてある程度の安全は確保されていた。しかし彼らはもういない。詰まるところ危険も危険、超危険ということになる。近づきたくねぇ。

 

計画としては線路を通り、ワイルドエリアを迂回しながらエンジンシティに向かう予定だ。

 

今日一日、ブラッシータウンの民家を漁っていたので外は紅く染まっている。夕日が綺麗だ。わざわざ暗い中で活動するのは非効率であるため、今のうちに寝る準備をする。

 

ポケモンセンターには大抵自家発電が可能な設備があるため、宿泊するならここが一番向いているのだが、ここの発電施設は壊れていた。どうやら当時の住民が自分の使いやすいように改造しようとしていたらしい。電気を引っ張りすぎて焼け焦げた跡がある。

 

「ソォォォナンス!」

 

電気は無いが屋根があるなら泊まるのはここで良いだろうと思い夕飯の準備を始めようとすると、ソウさんが何か見つけたようだ。手に持っているのはチラシのようである。

 

「何かあったか?」

 

「ソーナンス!」

 

「これは…駅弁屋?」

 

「ソォォォナンス!」

 

駅に併設されている売店のチラシだ。なるほど食料が残されているかもしれない。ここから近いし暗くなる前に到着するだろう。

 

「よし、ソウさん。駅に行ってみようか。夕飯を探しつつそこで一泊しよう」

 

駅ならシャッターもあるだろうし三輪バイク―――トゥクトゥクと言うらしい―――も中に運べる。

 

「ソォォォナンス!」

 

早速ソウさんはトゥクトゥクに乗り込み、出発を待っている。

 

「食欲旺盛だなぁ…」

 

ソウさんは弁当のチラシを握りしめて上機嫌だ。

 

 

 

 

 

「…そぉぉぉなんすぅっ!」

 

不機嫌になった。すぐに不機嫌になった。

 

「そりゃそうだ、何年前のチラシだよ」

 

僕は弁当そのものには期待していなかった。食料品を取り扱っているなら他にも何かあるだろうと考えただけである。

 

しかしソウさんは駅弁が食べたかったらしい。

 

「そぉぉぉなんすぅぅぅ…」

 

ぶつくさ言いながら自販機の下を漁るソウさん。平べったい手がいい具合に隙間に入り小銭が取れる。

 

「…貨幣経済滅んでるから意味ないんだけどなぁ」

 

コーヒー2杯分ってところだろうか。ちょっとしたお小遣いだ。

 

「ソーナンス…」

 

お小遣いをくれるおばあちゃんみたいな笑顔で小銭をくれた。いやだからお金使えないんだって…。

 

「取り敢えず貰うよ…」

 

ポケットに突っ込んでおいた。一応金属だし何かしら使い道があるかもしれない。靴下の中に小銭を入れて振り回す武器もあることだし。

 

 

 

「…ここは…駅員室だな」

 

小銭の使い道を考えていると駅員室の扉を見つけた。何かあるといいんだが。

 

「…ソォーナンス!」

 

ソウさんが率先して扉を開ける。

 

複雑なダイヤがあるわけではないようで中身はシンプルだ。事務仕事のための机がいくつかと、ロッカー、棚、スケジュールが書かれた黒板。奥にはちょっとした給湯室があった。

 

当然のように無人だ。ソウさんは駅員帽を見つけて被っている。元々被っていたキャップは尻尾に引っ掛けているようだ。

 

 

 

「…旅行のパンフレットがいっぱいだな」

 

運行予定やよくわからない数字が書いてあるファイルばかりだがこれなら僕でも理解できる。

 

『全部ユキノオーのせいだ。GR SKISKI』

 

『そうだ、ジョウトに行こう』

 

『青春10きっぷ』

 

 

 

「……全部昔見たことあるな」

 

古い鉄道会社の旅行パックだ。今の僕くらいの齢の男女がスキーをするCMを思い出す。

 

「消滅なんて起こらなければ、僕もこんなことしてたのかなぁ」

 

ゲレンデでユキノオーに抱きつく美女の笑顔を見ながらため息をつく。キルクスタウン近くの山にスキー場があった気がする。もし近くに行くことがあれば行ってみようか。美女はいないだろうけど。

 

「…誰だっけこの女の人」

 

消滅前はかなり有名だったモデルだと思う。健康的な褐色肌が雪に映えている。

 

 

 

 

「ソウさーん…あれ、どこいった」

 

少し目を離した隙にソウさんがいなくなっていた。どこに行ったのだろう。

 

「部屋の奥か…?」 

 

給湯室近くに行ったがソウさんの姿はない。ついでにそこに残っていたカップ麺を拝借する。賞味期限はとっくに切れているが食べられないことはないだろう。

 

「…ん?ああ、仮眠室があったのか」

 

気づかなかったが給湯室の奥にもう一部屋、運転手用の仮眠室があった。

 

「お邪魔します…」

 

 

 

二段ベッドが一つと小さな机が置かれた、簡素な仮眠室だった。ベットはホコリを被っており長年使われていないことがわかる。

 

「……多分、ここで誰かが生活してたな」

 

かなり生活感がある。ゴミ箱の中には缶詰や保存食などのゴミが未だに残っていた。

 

「…なんだこのファイル」

 

広げてみると…どうやら電車の運行ダイヤだ。全て手書きで書かれている。

 

「…仕事熱心だねぇ………いや、なんかおかしいな」

 

知らない路線…いや、存在しない路線のダイヤが書かれている。存在しない駅も…。

 

「…ああ、これ全部妄想のダイヤだ」

 

ダイヤも、駅も、路線も。実在するのはこのガラル鉄道一つで、他は全て架空だ。

 

「…ここにいた人は…多分駅員を辞められなかったんだな。人がいなくなって鉄道が要らなくなっても認めたくなかった。せめて妄想の世界で…電車を走らせてた…のかもしれない」

 

もちろんただの趣味という可能性もある。でも、このファイルからはどこか執念のようなものを感じた。趣味ではない、本気の執念を感じた。

 

ページが進むに連れ、妄想電鉄の本数が減ってくる。駅も減ってくる。

 

そして最後にはダイヤは何も書かれていなかった。

 

 

 

ただ一言だけ、

 

 

『最後にもう一度、みんなを乗せて旅したかった』   

 

 

 

「運転手だったのかな…」

 

彼の旅はどんなものだったのだろう。毎日同じ場所を行ったり来たり。でも、彼にとってその旅は輝かしいものだったのだろう。多くの旅仲間を車両に乗せて、彼は毎日冒険した。その旅に同乗出来たならそれはどれほど素晴らしかっただろうか。

 

「…ソーナンス?」

 

いつの間にかソウさんが横にいた。

 

「…この路線図だとさ、ナックルシティから地下鉄でキルクスタウンまで行けてさ、そこから登山鉄道があるんだ。雪山を駆け抜ける登山鉄道…」

 

「ソーナンス?」

 

「行ってみたいな、電車に乗ってスキー旅行」

 

でもそれは叶わない夢、電車もなければ、今となってはスキー場も無いだろう。でも…

 

 

 

「ソウさん、今日は車両に泊まってみないか?」

 

 

 

 

外はもう真っ暗だった。旅人は夜中は行動しないと相場決まっているが、僕は旅人初心者だ、多少のルール違反は仕方がないだろう。

 

ブラッシータウン駅から線路を伝って数分、予想通り放置された車両を見つけた。動く気配は無いし、ところどころ錆びているが立派な車両だった。

 

対面式の座席に座り、頬杖を付きながら車窓から外を眺める。丸い月が僕たちを見下ろしていた。

 

「ナーンス?」

 

駅員の帽子を被ったソウさんが車両の後ろからやってくる。

 

「ソーナンス!」

 

「切符かな?」

 

流石に切符は持っていないので先程受け取った硬貨を差し出す。

 

「ナンス!」

 

満足した様子で硬貨を受け取ったソウさんは座席を通り過ぎ、車両の前の方まで行って、返ってきた。

 

ソウさんは僕の前に座る。

 

「それじゃ、飯にしようか」

 

「ナーンス」

 

バックの中からあるものを取り出す。

 

プラスチックの四角い弁当箱だった。

 

「…駅弁。入れ物は売店で拾ったそれっぽい箱だけど、中身は流石に保存食な」

 

せっかくの電車の旅だ、豪勢に行こう。

 

「ソォォォナンス!!」

 

気に入ったようで何よりだ。さて、僕も食べよう。弁当箱は一つしか無かったのでナナの実の葉を皿にして食事する。

 

 

 

 

月光に照らされて、電車が動き出す。座席は満員だ。皆パンフレット片手に行き先について楽しげに話している。

後ろの席に座る老夫婦はキルクスタウンの温泉に行くようだ。

 

「ソーナンス?」

 

僕らはどこに行くのかって?…そうだなぁ。やっぱスキーじゃないかな

 

夜行列車は夢を載せて走り出す。彼の書いたダイヤの通り、時間通りに。

 

 

 

「もちろん、妄想だけどさ」

 

実際には電車は動かないし、他に客もいない。でも、確かに僕はあのファイルを作った運転手の旅に同乗している。

 

彼の旅に、僕らは居る。




研究所でのお話は多分終盤に登場します。忘れてたらごめんなさい。

JRのパロディ、本当は行くぜ東北使いたかったんですけどまだ東北がモデルの地方出てないんですよねぇ…

追記
ポケモンレンジャー バトナージに登場するフィオレ地方には青森をモデルにした地域が登場するそうです。めっちゃ砂漠ですけど。

在りし日のガラル
ガラル鉄道について
ゲーム本編では主人公とホップ君が向かい合ってスマホロトムで遊んでいる姿が印象的でしたね。終末ナンスでは遺棄された同型の車両でソウさんとカイさんが駅弁を食べているという設定です。

ガラル地方の大きい駅にはレストランらしきお店がありますがブラッシータウンにはレストランが無いので、代わりに弁当屋があればいいなぁと思って登場させました。まあ食べてたのは保存食詰め合わせ弁当ですが。

原作ゲームでそらをとぶタクシーばかり使っている皆様もたまには鉄道に乗って、働いているだろう運転手さんの夢に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。


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魔境入門と二人

「ヤバイヤバイヤバイヤバイッ!!」

 

「ソォォォナンス!!」

 

原っぱを爆走してるのは一台のトゥクトゥク(屋根付き三輪バイク)。かなり焦っている様子だ。

 

 

その後ろから追いかけてくるのはイワーク。物凄いスピードで地上と地中を行き来しながらトゥクトゥクを追いかけ回す。

 

「クソッ!デカイ図体の癖に速い…!」

 

サイドミラーで後ろを確認しながら毒づく。

 

「ソォォォナンスッ!!」

 

その時イワークが地面に頭だけを突っ込んだ。そしてそのまま地面をめくり上げると次々と岩が隆起し始める!

 

「ストーンエッジ!?」

 

岩タイプの中でも高位に位置する強力な技だ。これを使えるイワークはそうそう居ない。つまりこのイワークはかなりの実力者、まともに戦える相手ではない!

 

「ソーナンス!!?」

 

「喰らえっ!!」

 

身を乗り出し、アンダースローでむしよけスプレーを投げつける!

 

パァン!

 

イワークの出した岩に運良く当たり、スプレー缶が破裂する!

 

「グガァァァァァァァァ!!」

 

「おお…ラッキー!」

 

「ソォォォナンス!」

 

かなり予想外だったようで驚きのたうち回る。

 

「…グガァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

そして前より更に凶暴そうな声を上げる!

 

「…ラッキーでは無さそうだな!!」

 

紫色の炎がイワークの口から溢れる…!

 

「ソォォォナンス!!?」

 

「逃げろぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

竜の息吹ッ!!!

 

 

 

 

ここはワイルドエリア前半、うららか草原。この光景のどこが麗らかなのか激しく問いただしたい場所。

 

 

 

 

 

物語は数時間前に遡る。

 

「これは…越えられないな…」

 

「ソーナンス…」

 

ブラッシータウンからガラル鉄道の線路に沿ってエンジンシティを目指していたが、生憎途中で土砂崩れが起こっていた。

 

それだけならまだ良かったが不運は続く。ヨクバリスとホシガリスの群れが襲いかかってきた。命に別状は無いが食料を軒並み持っていかれてしまった。

 

「ソウさん、これは死ねるな」

 

「ソォォナンスゥ!!」

 

土砂崩れを迂回し、どうにか山越え出来ないか考えたが現実的ではない。

 

そして早急に食料と飲み水を確保しなければならない。

 

「…行くか、ワイルドエリア」

 

ワイルドエリアには水も食料も豊富だ。過去にワイルドエリアを管理していた職員の詰所や遺物もあるだろうしサバイバルするにはもってこいではある。

 

しかしその多くの利点とは引き換えに危険が多い。

 

凶暴で強力なポケモンがそこら中にうろちょろしている。キテルグマの群れに囲われているなんてホラーも現実になるのだ。

 

そしてもう一つの危険要素として異常気象がある。

 

とにかく気候変動が激しい。さっきまで晴れていたのに数歩歩けば砂嵐、吹雪、大嵐。そんなことがあまり前に起こるのだ。油断すればすぐに遭難する。

 

だから極力迂回したかったのだが、背に腹は変えられない。

 

 

 

 

 

その結果がこれだ。

 

 

 

「ソウさん…生きてるか…」

 

「…ソーナンス」

 

先程の虫よけスプレーの目潰しが効いたようで直撃は免れた。しかし、2発目は避けられそうにない。

 

「グガァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

トゥクトゥクは横転しているが上手く転べたようで運転に支障は無さそうだ。不幸中の幸いか荷物はヨクバリス達にかなりの量を持って行かれたため影響は少ない。

 

立て直して走れるか…

 

「ソーナンス…!」

 

そこにソウさんが立ちはだかった。

 

「ソォォォナンス!!」

 

「ソウさん…跳ね返すつもりか!」

 

ソーナンスの代名詞、カウンターとミラーコート。確かに決まればこれだけ強力なイワークすら一撃で倒しかねない…。しかし耐えられなければ…

 

「…ソーナンス!」

 

『気にするな、やれ!』そんな事を言っているような気がした。

 

ソウさんが時間を稼いでいる間に策を考えなければ…

 

「ソーナンスッ!!!」

 

ソウさんが声を上げてイワークの視線を奪う。

 

「頼む!」

 

その間にトゥクトゥクを立て直す。火事場の馬鹿力なのか難なく立て直せる。

 

「ソォォォ……………」

 

「グガァァァァ!!!」

 

一触即発、先に動いたのはソウさんだった!

 

 

 

▼ ソウさん の あまえる!

 

 

 

「ソ〜ナンス♡」

 

「…………」

 

 

 

「ガ……グ…ガァァァァァ!!」

 

戸惑いながらもストーンエッジ仕掛けるイワーク!その攻撃に先程のキレは無い!威力が下がっている!

 

「ソウさん!!」

 

トゥクトゥクのエンジンを鳴らし、ソウさんの回収を目指す!が、間に合わない!

 

「ソォォォォォォォォォォォォ……!!」

 

鋭い岩がソウさんを貫こうと飛来する!

 

対するソウさんは全身をオレンジ色に輝かし…

 

「ナンスゥゥゥゥッ!!!」

 

ストーンエッジの鋭い岩を殴り返すッ!!

 

「グガァァァァァァァァァァァァ!」

 

そのままイワークの顔面に直撃!

 

「ソウさぁん!!」

 

運転席から手を伸ばす!

 

「ソーナンスッ!!」

 

ソウさんはその手を掴むッ!!

 

「うらぁっ!!!」

 

体重約28kgを片手で引っ張り上げる!!

 

「ソーナンスぅ……」

 

命に別状は無いだろうが、それでもかなりのダメージのようだ。

 

『あまえる』で攻撃力を軽減していなければただでは済まなかったかもしれない。

 

「逃げ切ったら治療しよう…僕も明日は壮絶な筋肉痛だ…」

 

ソウさんは後部座席に乗り込み、唯一残っていたオレンの実を食べている。焼け石に水だが少しは回復出来るだろう。

 

『グガァァァァァァァァァァァァッ!!!』

 

「生きて明日を迎えられればね…」

 

怒り狂ったイワークが追いかけてくる。こちらもフルスロットルで逃げるがジリ貧だ。これ以上ソウさんに無理させる訳にもいかない。

 

目指すは水辺、ワイルドエリアの湖なら奴がいる!

 

プァーーーーーーーー!!!

 

クラクションを掻き鳴らす!!

 

「ヤバイ奴にはヤバイ奴をぶつけるんだよぉ!!!」

 

音に反応し巨大な影が現れる!水の塊が大きく膨らむ!

 

「ギャァァオオオオオオオオ!!」

 

ギャラドスが現れた!!

 

「図鑑じゃギャラドスが現れるのは珍しいってことになってるのに、クラクション一つで出てくるってのが魔境かぁ!!」

 

ギャラドスの口には巨大な水のエネルギーが溢れる。

 

「来るぞ!ソウさんしっかり掴まっててよ!せーのっ!」

 

ハンドルを右に切り、体重を掛ける!!

 

一瞬前までトゥクトゥクがあった場所を強大な水の奔流が通り過ぎる。

 

 

 

ハイドロポンプ!

 

 

 

トゥクトゥクの真後ろにいたイワークにハイドロポンプが直撃!!

 

「グゴォォォォォォォォォ!!」

 

そのままフルスロットルで逃げる!!!

 

ギャラドスはイワークに怒りをぶつけたようでこちらに危害を加えるつもりは無さそうだ。

 

 

 

 

 

 

「とにかく今は逃げよう、安全なところに。食料は二の次だ」

 

「ソーナンス…」

 

これが魔境ワイルドエリアの洗礼。食料も水も満足になく、自分の居場所すらわからない。助けは無い、自分の力だけで生き延びねばならない。

 

 

生きろ。それがこの場所のルールだ。

 




私がワイルドエリアで初めて出会ってボコボコにされたのがイワークでした。

ワイルドエリア脱出編は時系列を無視しながらちょくちょく色んなエピソードに挟みながら進行したいと思っております。


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サバイバルと二人

前回イワークに襲われた後、ワイルドエリアでのサバイバル初日の話です。


取り敢えず持っている知識でやれることをやろう。

 

死なないための優先順位は『身を守る』、『水を得る』、『食料を得る』。この順番だ。本来なら『身も守る』の次に『救助される準備』が入るのだが、救助してくれる人間はいない。ポケモンの救助隊でもあればいいが、生憎そんなものはない。

 

第一段階である『身を守る』において重要なものにシェルターを作るというものがある。気温気候が馬鹿みたいに変わるワイルドエリアだが、このあたりの気温は秋くらいだろうか。少し肌寒い。シェルターは必須だろう。

 

こういった時に『ひみつのちから』を覚えているポケモンがいると非常にありがたい。もちろんどこでもいいという訳ではないが使えばすぐさま秘密基地が作れるというとんでも無い技だ。

 

まあそんなポケモンはいないんだが。もちろんソウさんも覚えない。

 

しかしながらシェルター、今回においてはありがたい事に簡単に作れる。トゥクトゥクが無事なのだ。初めから屋根があるというのは大きい。ひみつのちからなんて要らないのだ。

 

屋根の次は風よけのために側面をどうにかして塞がねばならない。

 

こういうとき『くさむすび』を覚えているポケモンがいると非常にありがたい。そこらへんに生えている草を編んで簡易的な壁を作れる。『つるのムチ』のツルを編むと更に強固だ。

 

もちろんそのどちらもソウさんは覚えない。

 

今回は岩陰を利用する。近くに丁度よく大きな岩があった。風を防ぐようにトゥクトゥクを置き、風を避ける。反対側は草と若木を折って簡易的な壁を作る。手元にある刃物はハサミを改造したものしかないが、どうにかしよう。田舎暮らしの実力を見せてやる。

 

 

 

ちなみにこれ全部トロピウスが居ると解決したりする。何なら食糧問題まで解決するトロピウスさんは素晴らしい。ぜひガラルにも足を伸ばしてほしいものである。

 

「ソウさん、大丈夫か?」

 

「ソーナンス…」

 

平時であればポケモンセンターにいけばすぐさま治療が出来た。そうでなくとも当時は便利な道具で溢れていて、性能の高いきずぐすりも簡単に手に入った。

 

だがそんなものは無い。すべて滅んだ。幸いポケモンの自然治癒力は人間を大幅に凌駕する。食って、安静にして、寝る。これが基本だ。

 

トゥクトゥクは上手く偽装出来ている。大抵のポケモンからは見つかることは無いだろう。

 

ソウさんはトゥクトゥクの後席に座って休んでいる。元々ソーナンスは打たれ強いポケモンだ。すぐさま命に危険があるわけではない。しかしダメージが大きいことに変わりはないのだ。

 

「ソウさん、取り敢えず当面の食料と水を探してくる。安静にね」

 

「ソーナンス…」

 

最重要目標はオボンの実、無ければオレン、その他回復効果の高いきのみだ。

 

水源は岩の縁に湧き水を見つけた。恐らくこの岩は相当前にポケモンの技で浮き出た物だろう。その際に水源を掘り当てたようだ。

 

ちなみに飲める湧き水の周りには大抵コケが生えている。毒性の無い綺麗な水の周りにしかコケは生えないため、湧き水の安全を確かめる場合はコケに注目するといいだろう。

 

もちろん生水は危険なのでろ過した上で煮沸してから飲むべきだ。

 

ワイルドエリアに限らずどこにいようと水には気をつけよう。

 

 

 

 

さて、ここからは自分でポケモンと戦わなければならない。味方のポケモンがいないからと言えど目の前がまっくらになっている場合では無いのだ。現実を直視しよう。

 

まず前提として、可能な限り戦いは避ける。理由は単純明快、勝てないからだ。どんなに自分より体格が小さかろうと相手はこの大自然を生き抜く野生の申し子、正面を切って戦える相手ではない。

 

とはいえ襲ってくるポケモンの対策は必須だ。この先ずっとソウさんに戦わせるわけにはいかないのだ。

 

他のポケモンであれば相手の攻撃を受けないように立ち回って無力化することも出来ない話ではないだろう。俗に特殊型、害悪型などと呼ばれるポケモンだ。前者は遠距離から攻撃して無力化するタイプ、後者は麻痺などの状態異常やその他絡めてを用いて相手を無力化するタイプだ。

 

ソウさんはそれが出来ない。ソーナンスの戦闘スタイルは常に専守防衛、相手の攻撃を受けることから始まる。

 

平時ならば相手の攻撃を受けてもすぐに回復すればいい。その手段はいくらでもあった。しかし先程も言った通り今は終末だ、そんな手段はない。もしその身に余る大ダメージを受けたら?瀕死などでは済まない、死だ。

 

もちろん大ダメージを受けたら死ぬのは僕だって同じだ。人間はいつか死ぬか消えるかするとは思っているが、最大限そんな事態は避けるべきだろう。

 

だから二人共死なないようにリスクは最小限にする。

 

話を戻す。ポケモン相手に僕が使える手は隠密、奇襲、罠の3つ。これ以外にはない。

 

 

 

「…あった、きのみが実る木」

 

流石はワイルドエリア、きのみは潤沢だ。見たところオレンが実っている、あれは欲しい。

 

周囲を確認し、安全を確保してから木を揺らして実を落とす。

 

あまり太い木ではない為よく揺れる。落ちてきたオレンを3つ拾い、ボストンに入れる。

 

更に揺らす。今度はオレン2つにモモン一つ、更に揺らす。モモンが2個、更に揺らす……

 

 

ボトッ!!

 

 

きのみとは明らかに重量が違う影が落下してきた。

 

「出たぁ!!」

 

その影を視認し、すぐさま影の尻尾に掴みかかる!!

 

太ましい尻尾を握りしめ、左右に揺らせば溜め込まれたきのみが大量に現れる。

 

言うまでもない、落ちてきたのはヨクバリスだ。

 

「ギリュリュリュリュッ!!」

 

落としたきのみを焦って拾おうとするヨクバリス、だがしかしそんなことはさせない。

 

「ザッケンナコラー!!!」

 

とにかく威嚇!大声で威嚇!

 

「ギリュリュリュ!!」

 

ヨクバリスも前歯を鳴らしながらこちらを威嚇する!

 

ヨクバリスの全長は約0.6m、こちらの方が圧倒的に大きい、僕は更に身体を大きく見せるため両手足を広げる。小さいクイタランが威嚇のときに見せるポーズに近い。

 

そして右手にはナイフ、左手にはシャベル。時々それらを打ち鳴らし金属音でも威嚇!

 

そしてにじり寄る!

 

「スッゾコラー!!」

 

ギャリンギャリン!

 

「ギリュ…ギリュリュ……」

 

「チタタプチタタプチタタプ…」

 

ギャリンギャリン…

 

昔本で読んだ古代のシンオウ地方に伝わるリスポケモンの料理を口ずさみながら更ににじり寄る。

 

一歩後ずさるヨクバリス。

 

僕は更ににじり寄る!

 

「ギリュリュリュリュ!!!」

 

ヨクバリスは手近にあったモモンを手早く2つ頬張ると走り去っていった。

 

「……ごめんね、でもこっちも死活問題なんだ」

 

ヨクバリスが落としていったきのみを拾い上げ、全てバッグに入れる。大漁だ。

 

ヨクバリスに襲われた直後に考えた奴らへの復讐方法が役立ってよかった。

 

しかし威嚇が上手くいって良かった。恐らくヨクバリス相手に正面から戦えば負けていただろう。本気で噛みつかれれば無事では済まないだろうしヨクバリスの身体能力は見た目以上だ。

 

 

 

この後、三回ほど同じ方法できのみを手に入れた。中々効率がいい。決してヨクバリスに恨みがあるわけではない。効率がいいからやっているだけだ。3割くらいしか恨みはない。

 

途中でヨクバリスのしっぽの付け根にロープを取り付け放置し、たっぷり尻尾にきのみを仕舞い込んだところでロープを引っ張り尻尾からきのみを削ぎ落とし根こそぎ奪うヨクバリス漁を思いついたが実行には移さなかった。

 

別にヨクバリスを餓死させたい訳じゃない。必要な分貰えればいい。

 

 

 

 

トゥクトゥクに戻る頃にはもう日が暮れていた。 

 

研究所で手に入れたランタンに明かりを灯し食事とする。

 

「ソウさん食べろ、オレンだ」

 

「ソーナンス…」

 

このあたりに自生しているきのみはオレン、クラボ、モモンだった。

 

オレンは普通に食べようとすると非常に硬いため磨り潰して食べる。イワークに襲われたときは緊急事態だったためソウさんにはそのまま食べてもらったが現状はある程度余裕がある。

 

クラボはそのまま食べると辛いのでモモンと共に食べる。果肉を上手く干せれば保存が効くのだが上手く行く確証はない、一応いくつかは試しておこう。

 

「ソーナンス!」

 

ソウさんがモモンを差し出した。僕も食べろと言っているのだろうか。事実僕も朝から何も食べていない。そのまま齧り付く。美味い。

 

クラボを食べ、煮沸消毒した水で喉を潤す。

 

「…コケ臭いな」

 

危険性は無いだろうが美味しい水ではない。

 

「…ソォォ……ナンス」

 

ソウさんは寝たようだ。仕方ない、僕は見張りをしよう。月明かりに照らされながら眠気覚ましにクラボの辛味を味わう。眠気覚ましにはカゴの実のほうが合っているが何も口にしないよりはマシだろう。

 

ナイフと木で武器を作りながら明日からの作戦を考える。

 

過酷なワイルドエリアサバイバルはまだまだ始まったばかりだ。




今回紹介したサバイバル知識は基本的に冒険家ベア・グリルス兄貴の著書『究極のサバイバルテクニック』を参考にしています。みんなも読んで終末に備えよう。

次回はまだ書いてないので未定ですが、恐らく1話と2話で描いたエンジンシティの次くらいのお話になるかと思っております。

終末ガラルメモ
今回は終末旅する際の相棒ポケモンについて。
完全にコメント稼ぎですが興味本位でこれだけは聞いてみたい。

皆さんが終末を旅するなら誰と旅したいですか?

自分が推すのは作中で挙げたトロピウスと、他にはガーディ、ヨクバリスあたりですね。

トロピウス先生は旅においてかなり役立つ秘伝技を数多く覚え、ひみつのちからを覚え、その他覚える技の汎用性も高い。そして顎から食料が生える。唯一の弱点として街中だとトロピウスの食べる物が極端に減りますが、そうなったら森の中でターザンとして生きる道を選びましょう。どうせ文明滅んでるし。

ガーディもかなり優秀です。どこでも火が出せ、忠誠心が高く、小型なので食料も少なくていい。見事。

ヨクバリスは作中で主人公のカイ君が実行しようとして結局やらなかったヨクバリス漁が出来ますね。でもあれってやってること日本の鵜飼いと大して変わらない、むしろ優しいですね。相棒との信頼関係に絶望的なヒビが入りそうですけど。

ちなみにカイ君の相棒にソーナンスを選んだ理由は単純にサバイバルでは役立たなそうだからです。駄目な子ってかわいいじゃん。


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ヤローの野菜と二人①

続き一切書いてないですが投稿します。




「久々に日の光を浴びた気がするわぁ…」

 

「ソォォナンス!」

 

ガラル鉱山の中を彷徨っていたせいで久々に見る日の光が嬉しくて仕方がない。完全に時間感覚が狂っていたが今ようやくリセットされた。ココガラがピヨピヨ鳴いている、朝の7時と行ったところだろう。

 

段差ガタガタで薄暗く、硬いポケモンだらけの鉱山内をトゥクトゥク(屋根付き三輪バイク)でやっとこさ切り抜けてきたため疲労困憊だ。

 

「もう今日一日はゆっくり休もう…町もすぐそこだし…」

 

「ソーナンス?」

 

「そりゃソウさんは元々生態的に洞窟住まいだから慣れてるだろうけどさ…」

 

朝飯代わりのエネルギーバーを二人で齧りながら4番道路を徐行する。

 

このあたりは段々畑になっていたようだ。流石に消滅が起こってからは手入れする人間がいないため荒れているが。

 

「…ん、おかしいな」

 

段々畑の一角が今もなお綺麗な畑の姿を留めている。その傍らには農具が置かれていた。

 

違和感は確信に変わる。

 

「…ソウさん、休みは無しだ。警戒しろ」

 

「…ソーナンス」

 

ソウさんは了承したようで後席から周囲を警戒する。

 

僕もいつでも動けるようにスコップを手元に引き寄せておく。ガラル鉱山で見つけた相当丈夫なものだ。…最悪戦える。

 

綺麗に整備された畑、間違いなくこの近くに整備した人間がいる。

 

平和的な人間ならいいが、そうでない場合が恐ろしい。銃でも使ってこられようものにはソウさんにカウンターしてもらうしかない。

 

「…罠はないな」

 

警戒しながらターフタウンに侵入する。進路上迂回するわけにはいかない。丁寧にクリアリングが必要だ。

 

トゥクトゥクのエンジンを止め、旧ポケモンセンターの建物の影に駐車した。最低限の荷物と武器となるスコップを構える。

 

「ソウさん、後ろ頼むよ」

 

「ソーナンスゥ…」

 

『任せとけよぉ』みたいなニュアンスを感じた。ソウさんの尻尾も左右に揺れながら警戒している。

 

流石に街全体から気配を読み取るなんて芸当は出来ないが、人のいた形跡には気を配る。

 

「…ソーナンスッ」

 

小声でソウさんがこちらに声をかける。…本当にこういう時のソウさんは頼りになる。ネコと呼ばれる農業用の一輪車がある。車輪の跡がある建物の前で終わっている。

 

「あそこが家か…?」

 

ターフタウンで一番大きい建物、ターフジムの前。

 

「…」

 

シャベルを握り直し、ジリジリとターフジムに近づく。

 

 

 

「何をしとるんじゃァァァァ!!!」

 

 

 

突然背後から野太い叫び声!

 

「ナンスッ!!?」

 

「後ろかっ!!」

 

民家の影から巨体の男が現れる!

 

僕はスコップを構えた。ソウさんは体を広げカウンターの用意。

 

相手と20mほど離れた状態で静止する。

 

「…何者じゃ」

 

巨体の男は丸腰だった。顔立ちも優しげで、無理やり怒り顔を作っているように感じる。と、言うがそもそもこの男の顔には見覚えがある。かなり有名人ではないか?

 

「…こちらに敵意はありません。今武器を置きます」

 

そっと、地面にスコップを置き、5歩下がる。

 

「ソウさんも、カウンターの構え、やめて」

 

「ナンス…」

 

武器を置いた瞬間、大男はズケズケと距離を詰めてくる…!!

 

「!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁー!良う来たなぁ!!」

 

気がつけばもてなされていた。近くの民家の一階でお茶が振る舞われる。

 

「すまんねぇ、人間を見るのが久しぶりで警戒してしまったんだわ」

 

「いえいえ、僕達が怪しい動きをしていたのが悪いので」

 

大男いわく、ジムは倉庫として利用しているとのことで、実際寝泊まりしているのはこの家だと言っていた。

 

「あの、この町のジムリーダーの方ですよね。ええと…名前は…」

 

「おお、自己紹介が遅れてごめん。元ターフジムのジムリーダー、ヤローじゃ」

 

昔、テレビで見かけたことがある。やはり有名なジムリーダーだ。

 

握手を求められる。その手は応じると大きくゴツゴツした手に力強く握り返された。

 

「カイと申します。ハロンタウンから来ました。こちらはソーナンスのソウさん」

 

「ソーナンス!!」

 

「いやー、人間を見るのは久しぶりじゃあ!」

 

「この町の住民は…やはり…?」

 

「うん、ぼくが最後の一人じゃ。他に人はいないんだわ。ハロンの方は?」

 

「…僕の故郷も僕が最後の一人でした」

 

「…こうして会えたのは何かの縁じゃ。旅で疲れただろう、ゆっくり休んでいくといい。ポケモンセンターなら比較的綺麗だし好きに使って。中のものも自由にしていいよ」

 

致せり尽くせりだ。ありがたい限りだが…

 

「ヤローさん、自分で言うのも難ですが僕達かなりの不審者なんですが…疑ったりはしないんですか?」

 

法も秩序もない終末において生きている人間は脅威だ。人を見たら泥棒と思え。泥棒で済んだならまだラッキーと思え。

 

「ポケモンは人間よりずっと素直だからね。君のソーナンスを見れば信用できるかどうかはわかるんじゃ。良く信頼しあってる」

 

「ソーナンスぅ?」

 

めちゃめちゃ懐疑的な声を上げるソウさん。ちょっと傷つくぞ。

 

まあいい、お言葉に甘えて休ませてもらおう。

 

「そうそう、観光地だった地上絵はまだきれいに残ってるから見に行ってみるのもいいかもよ」

 

「はい、明日にでも」

 

こちとらガラル鉱山で夜通し彷徨った上に先ほどの厳戒態勢だ。疲れた!寝る!

 

 

 

 

 

 

ヤローさんの家を去る際、ちらりと写真立てが見えた。光の反射でよく見えなかったが、女性の写真だったと思う。

 

その傍らに置いてあるのは古ぼけたカジッチュの置物だった。




本シリーズ初の続き物。

終末後にも生きてそうなキャラって誰だろうなと想像して真っ先に思い浮かべたヤローさんです。口調が難しい。


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ヤローの野菜と二人②

これを書いている時点でランキング16位いただきました。ここまで上がるのが初なので大変ビビリ倒しております。応援ありがとうございます!


ヤローさんのお言葉に甘えて昨日は一日中眠った。そして翌日の早朝、しっかり起きる。旅人は日の出と共に行動を始める生き物だ。どんだけ疲れていても起きてしまう。

 

それにしてもこのポケモンセンターは非常に綺麗な状態で残っている。壊れているのは精々治療装置くらいのものだ。消滅後の混乱から建物が荒れていることはザラだが、この町は相当治安が良かったように思える。

 

朝飯はフレンドリィショップに残っていた登山兼旅人用のエナジーバーを食べる。うん!不味い!相変わらずの味である。というか最近これしか食べてない。しかし現状持っている食料はこればかりだ。どうやらガラル鉱山の作業員も愛用していたらしく鉱山内多く残されていたのだ。

 

「栄養バランスは整ってるんだろうけど…ちゃんと美味しいもの食べたいなぁ…ヤローさんの野菜、分けてくれないかな。物々交換出来そうなものあったっけ?」

 

「ソーナンス!」

 

ソウさんが差し出すのはワイルドエリアで見つけたスパイスセットと、マメ缶。乾かしたクラボの実、後は…

 

「ああ、あのワインがあったな」

 

エンジンシティのカフェバーで頂いたワインである。2瓶が残っていた。

 

「ヤローさん酒飲むといいけどね」

 

荷物の整理を終わらせ、最低限の外出用の荷物をボストンバックに入れる。他の荷物はポケモンセンターのカウンターに置いておく。

 

「よし、ソウさん。観光しようか」

 

「ナンスッ!」

 

せっかくなので昨日おすすめされた地上絵というのを見に行こう。自分は見たことないが、消滅以前から観光地ではあったらしい。

 

 

 

 

「巨大なヒトと…渦…かな?それと小さいヒト」

 

「ソーナンスッ!」

 

ソウさんも概ね肯定か。この地上絵、実際何が書いてあるのかよくわからない。

 

ターフタウンの西の広場から地上絵を眺める。しかし何を表しているのかはよくわからない。

 

「説明書きのような物も…無いなぁ」

 

広場にあるのはベンチと朽ち果てた顔出し看板しかない。フレンドリィショップでガイドブックでも探してくればよかっただろうか。

 

「うーん、巨大なヒト…巨大…ダイマックス?」

 

ダイマックスについては以前から知っている。小さい頃にテレビでダイマックスしたポケモン同士のバトルを見たことがある。先日ワイルドエリアで実物も見た。地上絵になっているということは遠い昔に巨大なポケモンが暴れまわったのだろうか。だが、あの謎の渦は一体…。

 

ヤローさんなら何か知っているのだろうか。

 

「まあ、昔の人の考えることはよくわかんないな。後でヤローさんに話を聞こう」

 

「ソーナンス」

 

 

 

メェェェェェェェ!!!

 

正直地上絵を見ているのも飽きたのでヤローさんに会いに行こうとすると、突如ウールーの群れが現れた!

 

「ソォォォォォ!?ナンスゥゥゥウ!!?」

 

転がる群れを避けきれずソウさんが吹き飛ぶ。

 

「ソウさぁーん!」

 

何という高密度なウールーの群れ。ハロンにもウールーはいたがこんなに統制の取れた暴走をするウールーはいない。

 

僕は道を逸れて芝生に突っ込む事で回避した。

 

「すまんすまーん!怪我はないかー!?」

 

ウールー達の後方からヤローさんの声が聞こえる。

 

「イヌヌワン!!」

 

どうやらワンパチと共に逃げ出したウールー達を追っていたようだ。ウールー達は僕達が先程いた地上絵前の広場に追い込まれ、観念したのか呑気に昼寝をしている。

 

ヤローさんも一休みのようだ。首にかけたタオルで汗を拭き、水を飲んでいる。優しげな風景だ。

 

 

 

 

「……」

 

しかし、ヤローさんのその顔は酷く悲しげな顔をしていた。

 

地上絵について聞こうと思ったが、その悲しげな顔を見ると聞く気が失せる。その目はウールー達を見ていなかった。何か、もっと奥を見ているような気がした。

 

彼はウールーの先に何を見ているのだろう。

 

ふと、ヤローさんと目が合う。その顔には、やはり今までの笑顔はなかった。

 

バツが悪く、なにか話題が無いか探したところ、ソウさんが顔出し看板に顔を突っ込んだ状態で帰ってきた。ナイスタイミング。

 

「…ソウさん、それ抜けないの?」

 

「ソォォォォォナンスッ!!」

 

涙ながらに抜いてくれと訴えかけてくる。

 

「…なんというか、見事にハマったもんじゃのぉ」

 

顔の構造的に無理があるとしか思えないハマり方をしていた。

 

顔出し看板に描かれたヨクバリスの顔面が、見事にソウさんに入れ替わっている。

 

「あっ、これ全然抜けない…」

 

看板を抑えてソウさんの顔を押し出そうとするが全く抜けない。

 

「ソォォォォォォォ!!?」

 

顔がへこむ。

 

「よし!貸してみなさい!」

 

そこでヤローさんが立ち上がりソウさんの足を片手で鷲掴む。

 

「ソ、ソーナンス?」

 

ソウさんは嫌な予感を感じたようだ。

 

僕が看板を両手で掴み直すとヤローさんの全身の筋肉が隆起する。大胸筋が歩いてる!

 

「…ビルドアップ?」

 

完全に格闘タイプの技だ。

 

「おりゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 

気合の叫び声と共にソウさんを思いっきり引っ張る!

 

すぽぉん!!

 

「ソォォォォォ!!?」

 

見事にすっぽ抜けた。すっぽ抜けたはいいがソウさんの持ち方が完全にバットだ。

 

「ジ、ジムリーダーってすごい…」

 

「ナ、ナンスゥ…」

 

顔周りに跡が残っている。

 

「ハッハッハー!このくらいどんなもんじゃぁ!」

 

元気にその肉体をアピールするヤロー。

 

 

 

しかし、その元気さは痛々しく見えた。

 

 

 

 

 

 

その後、ヤローさんはウールー達を連れてジムに帰っていった。

 

その日は旅道具とトゥクトゥクの整備をして終える。

 

 

 

 

 

その日。ヤローは珍しく日が落ちたあとも起きていた。普段ならば日の入りと共に眠ってしまう。昨日も結局眠ることができなかった。

 

久々に人間と話したからだろうか。

 

「ぼくは…」

 

コンコンコン!

 

その時、家のドアがノックされた。

 

「…家に客が来るのは…何年ぶりだろうな」

 

扉を開けると、やはりカイがいた。

 

「こんばんは、せっかくなので、お話でもしませんか?」

 

その右手には高そうなワインボトルが握られていた。




次回、夜会。


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ヤローの野菜と二人③

あけましておめでとうございます。今年も頑張ってガラルを滅ぼしていきます。


今夜はよく星が見える。少し肌寒いがそれだけに焚き火の炎が暖かい。

 

「よし、こんなもんでいいですかね」

 

火にかけた鍋を外す。中身はワインだ。

 

鍋にワイン、砂糖、ワイルドエリアで見つけたスパイスセットを入れ、イアの実を絞る。それを沸騰しない程度に煮ればホットワインの完成だ。

 

「…はいどうぞ」

 

アルミのコップに注ぎ、ヤローさんに渡す。そしてソウさんにも。

 

旧ポケモンセンター前、焚き火を囲むのは3人。ソウさんとヤローさん、そして僕だ。

 

「ありがとう…」

 

ヤローさんはコップに口を付け一息つく。僕も飲もう。

 

それにしても贅沢なものだ。ワインには詳しくないが、中々高級ワインをホットワインにすることは無いだろう。

 

自分のコップにもワインを注ぎ、味見をする。うん、我ながら良く出来てる。適度に甘く、口当たりも良い。イアの果汁も爽やかだ。ソウさんもチビチビと飲み始めた。…ポケモンがアルコールを摂取して問題が無いのか甚だ疑問だが、本人が飲めると言うのだから仕方がない。熱しているのでアルコールもある程度飛んでいるだろう。

 

全員が少しずつワインに口をつけ、しばしの無言。

 

「今朝は、見苦しいものを見せたね」 

 

はじめに口を開いたのはヤローさんだった。

 

「…いえ、そんなことは。」

 

あの表情のことを言っているのだろう。

 

湿った木がパチリと弾ける。

 

「今朝、ぼくは逃げ出したウールー達を追いかけていただろう?」

 

「ええ」

 

また一口コップに口をつける。

 

「わざと逃してるんだ、あれ。しかも…毎日、毎日…」

 

「…」

 

「昔、消滅が起こる前はさ、ウールー達を追いかけると、町のみんながついてきてくれたりしたんだ。町の名物だなんて言われていた」

 

なるほど、彼がウールー達の奥に見ていたものは住民達だったのだ。

 

「未だに思うんだ。ウールー達を追っていれば、町のみんなが追いかけてきてくれんじゃないかって」

 

「…」

 

「自分でもおかしいとは思ってるんだよ。意味が無いとわかってるんだよ……。でもさ、やめられないんだわ」

 

ウールー達が妙に統制が取れていたのはそのためか。何度も決められたコースの脱走を繰り返す。もはやただの散歩だ。

 

それだけ、ウールー達が決められたコースを逸れることなく走り回るまで繰り返したのだ。何度も、何度も。

 

「もちろん、住民は誰一人帰ってこなかったよ。当たり前だ、消えてしまったからね」

 

「ええ」

 

消えた人間が帰ってくることは無い。死んだ人間が生き返らないように、形は違えど生命の終わりは依然として変わらないのだ。

 

「ごめんね、こんな湿っぽい話をして」

 

「…むしろもっと話してください。ヤローさんの話を聞ける人間は…多分あまり残っていません」

 

「…どれだけ減ったんだろうね」

 

ヤローさんの巨体は、今夜ばかりはとても小さく見えた。自身の無力さを思い知らされた、小さな男の姿だった。

 

 

 

「消滅が始まってすぐの頃を覚えてる?」

 

ヤローさんは2杯目のワインを注ぎながら訊ねる。

 

「…はい。始めて消滅を目の当たりにしたのは、父でした」

 

「消滅は初めに人が一気に消えた。数えた人がいるわけじゃ無いけど、恐らくその時点で人口の大半は消えただろうね」

 

最初の消滅の時点でガラルは完全に停止した。通信は途絶え、他地方の情報も一切途絶えた。

 

「そしてそこから少しずつ消えていった。初めの消滅が起こった時点で、既にターフタウンに残った住民は…10人に満たなかった」

 

この規模の町で10人。機能維持できる筈もない。

 

「でも、ぼくはリーダーだったから。皆を不安にさせる訳にはいかなかった。まあ、無理だったけどね」

 

自嘲するような口調、自分の無力さを嘆き嘲笑う。しかし、誰がそれを責めようと言うのか。

 

「何とか自分を騙して、その10人で頑張ろうと思った。まだ皆の死を確認した訳じゃないからってね。」

 

「…でも、人は消えた」

 

「ああ、消えたよ。さっきまで話していた人が、振り返るともういないんだわ」

 

僕の父と同じだ。

 

「それから、眠るのが怖くなった。目が覚めたら誰かが消えているんだ。周りに人がいると眠れない。最後まで一緒にいた子は…ぼくの腕の中で消えたよ。眠らないように、目を離さないように、お互い抱きしめ合いながら。それでも最後には眠ってしまった。温もりだけが残った感覚は…今でも忘れられない」

 

ヤローさんはワインを飲み干す。

 

「消滅というのは残酷だよ。最後を看取ってやることすら許してくれないんだわ」

 

誰も消滅の瞬間を見た者はいない。突然、気がつけば消えているのだ。最後の言葉も無く、ただ消える。

 

彼はそれを残酷と言った。

 

そのとき、僕はどう感じるだろうか。

 

 

 

 

 

ひとしきり、ヤローさんが話したとき、既にソウさんは眠っていた。

 

「君のポケモンは自由でいいな」

 

「ソウさんには人間の事情なんて関係ないので」

 

こんなところで寝ると風邪を引くので毛布を掛けておく。幸せそうな寝顔だ。

 

「なあ、カイ君。明日一日、ぼくに付き合ってくれないか?」

 

焚き火の片付けをしているとヤローさんが声をかけてきた。

 

 

 

 

 

「収穫祭をやりたいんだ。ターフタウン最後の収穫祭を。」




終末ガラルメモ
ヤローと住民達の関係は彼のリーグカードから考えました。ウールー達を追いかけるヤローを追いかける住民達。もしその住民達が消えたら彼はどうなるのか、それを想像しました。心優しい彼が負う傷は深いものだったでしょう。

ちなみにヤローと最後まで一緒にいた子はゲーム本編で地上絵を見る広場の石碑の近くにいる女の子です。


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ヤローの野菜と二人④

この作品、自分の気分が明るいときに書こうとすると全く筆が進まないのがつらいです。明るいとギャグを挟みたくなる。


「ソォォォォォナンスッ!!」

 

ソウさんが巨大なカボチャを2つ抱えて乱舞する。麦わら帽子を被るソウさんの姿はまるで農家のおばちゃんだ。僕も鍋をかき混ぜながら高らかに歌う。牧草ロールを転がすヤローさんの背後にはウールーの大群が転がっていた。

 

今日は収穫祭だ。ターフタウンは珍しく賑やかになる。

 

今日はジムに保管されていたバイオ燃料を盛大に使い発電機を回す。その恩恵を受けたスピーカーはご機嫌な音楽を奏で、場を盛り上げる。

 

しかし参加者が少ない祭りは面白くない。なら集めようじゃないか。ヤローさんの作った野菜やきのみ、民家から集めた具材やスパイスを大鍋で煮込む。そう、カレー作りだ。

 

巨大な鍋が放つ香りは周囲に生息するポケモンを呼び寄せた。

 

「ほら食べろ食べろ!」

 

カレーを盛った皿を、足元に来た野生のラクライとイーブイの前に置く。

 

「ブイッー!」

 

「そうかそうか美味いか」

 

野生の彼らもご満悦のようだ。

 

ふとソウさんを見るとカボチャと間違えてバケッチャを収穫していた。振り回されすぎたバケッチャは目が回り、ぐったりとしている。ゴーストタイプが苦手なソウさんの貴重な勝利シーンかもしれない。

 

空にはフワンテが飛び回り、祭りの空を彩る。そのうちの数匹はアドバルーンのように垂れ幕が吊り下げられていた。力強い筆書きで「ターフタウン 収穫祭 開催中」と書かれている。

 

「ヤローさんの野菜、大好評ですよー!」

 

引き続きポケモン達にカレーを振る舞いながらヤローさんを見る。きのみが満載のリアカーを引き、ポケモン達と戯れていた。荷台にはホシガリスが陣取ってきのみに齧り付いている。

 

「当たり前じゃあ!僕が丹精込めて育てた野菜が不味いわけ無いんだわ!!」

 

野生のポケモン達はお行儀良くカレーを受け取り、食している。

 

和気あいあいとした風景、平和そのものである。

 

「…ソォォォォォナンスッ!!?」

 

突然、その平穏を打ち破るかのようにソウさんが驚愕の声を上げる。その視線の先に居るのは…。

 

「マズいキテルグマは危険だ!!」

 

カレーの匂いに呼び寄せられたのかキテルグマが全速力で鍋に向かって突進してきている!

 

「……………ッ!!!」

 

無言で真顔の全力ダッシュ。恐ろしいことこの上ない。

 

「ソォォォォォォォ!!!」

 

ソウさんがカウンターで受け止めようとするも…

 

「ソォォォォォナンスッ!!?」

 

ソウさんが突進をもろに受け、吹き飛ぶ!

 

「ソォォォォォナンスッ!!!?」

 

顔から畑に突っ込んでジタバタしている。命に別状は無さそうだ。

 

「ソウさんじゃキテルグマは止められない。頼れるのは…」

 

同じく巨体のあの人に頼る他ない。期待の眼差しをヤローさんに向ける。

 

「僕でも無理じゃ」

 

ヤローさんは首を横に振り両手を上げた。無慈悲。

 

そうこうしている間にもキテルグマは鍋に近づく。こうなったら鍋守りの僕が止めるしか…。カレーを混ぜていた棒を構える。

 

「やっぱ無理だ逃げる!!」

 

やはり一切合切勝てる気がしない。あまりの迫力に逃げ出そうとするが脚がもつれて転んだ。不味い、襲われて死ぬ。

 

その姿を見たキテルグマは右腕を振りかぶり、渾身の右フックを叩き込む……

 

かと思いきや何かをカレーに叩き込んだ。僅かに甘い香りがする。

 

「…ミツハニーのあまいミツ?」

 

「…グマッ」

 

キテルグマは僕の混ぜ帽を強引に奪い取り混ぜ始める。

 

「グマー」

 

気づけば僕の足元にはヌイコグマの兄弟がいる。…母熊が料理をしに来たようだ。子持ちのキテルグマは気が立っていて警戒しろと聞いたが…。

 

ちなみにあまいミツ入りのカレーは非常に美味しかった。

 

「…でも僕の仕事無くなっちゃったんだけど」

 

母キテルグマが鍋から離れないせいですることが無くなってしまった。なんてことを…。

 

 

 

 

 

カレー騒ぎも一段落し、僕も落ち着いてカレーを楽しむ。娯楽の少ないこの世界で食事は大きな楽しみだ。

 

「美味いうまい」

 

「ソォーナンス!」

 

ソウさんも満足なようである。二人でしばらくカレーを食べているとヤローさんが近づいてきた。

 

「ありがとう、急な話だったのに色々手伝ってもらって」

 

「いえいえ、僕も楽しませて貰ってます」

 

まあ先程仕事は奪われたが。

 

「収穫祭のメインイベントがあるんだが、協力してもらっていい?」

 

「え、はい、出来ることなら」

 

「ソーナンスと一緒にジムに来てくれ」

 

それだけ言うとヤローさんはジムの中に消えていった。

 

その表情は少し険しいような印象を受ける。一体…祭りのメインイベントとはなんだろうか。

 

 

 

 

ジムに入ってすぐの所でヤローさんが待ち構えていた。

 

「ソーナンス?」

 

ジムにはほとんどの場合フレンドリィショップが併設されている。普段なら商品など殆ど揃っていないが、この店は十分すぎるほどの物資が入っていた。そのほとんどがきずぐすりなどの医薬品だ。

 

ユニフォーム姿のヤローさんが僕の目を見る。

 

「この収穫祭のメインイベントはジムチャレンジじゃ。もちろん、君がトレーナーでは無いことは知っている。だからこれは僕の勝手なワガママ」

 

彼の目を、どこかで見たような気がする。

 

「勝負させて欲しい。」

 

ああ、通りで。誰よりも優しくて、誰よりも美しくて、誰よりも自由だった、悪人の目。

 

「ぼくを、ジムリーダーとして終わらせてくれ」

 

 

 

 

 

母と同じ目だ。

 

 

 

 

僕はジムのフィールドに立つ。人生で初めてだ。トレーナーとして戦うのも初めてだ。

 

第一僕はソウさんをトレーニングしたことなど一度たりともない。

 

それでも今の僕はトレーナーだ。

 

「君はトレーナーでは無いと言っていたけど、今まで見てきたトレーナーの中でもトップクラスにポケモンのことを理解している。こりゃあ手強い勝負になる。試すような真似は出来ないわな!」

 

「お手柔らかに…」

 

勝負は一対一。

 

かつては超満員になっただろうスタジアムにはただの一人の観客もいない。

 

「ぼくはターフタウン最後のジムリーダー!草の使い手、ヤロー!」

 

人類最後のジムチャレンジャーとして、僕も気合を入れるのが礼儀というものだろう。

 

「ソウさん、頼むよ」

 

「ソォォォォォォォナンス!」

 

気合十分、ソウさんはフィールドに躍り出る。

 

 

 

▼ジムリーダーのヤローが勝負をしかけてきた!

 

 

 

「いけっ!タルップル!!」

 

「グバァァァァァァァァ!!」

 

鈍重な亀とも恐竜とも言えるような出で立ち。ジムチャレンジ用の手加減したポケモンでは無い。正真正銘、ヤローさんの切り札。本気ならば更にここから…。

 

ヤローさんは一度タルップルをボールに戻した。ヤローさんの右腕に赤い粒子が集まる。手首につけた腕輪から光の管がボールに集中し、その大きさを二倍、三倍へと膨れ上がらせる。

 

「さあキョダイマックスだ!根こそぎ刈り取ってやる!!」

 

膨れ上がったボールを愛おしそうに撫でると片手で放り投げる!

 

「ガグァァァァァァ!!!」

 

巨大なリンゴから顔を出す竜、先程までとは大きさと姿どちらも違う。そして、これまでとは比べ物にならないエネルギーを感じる。

 

僕はねがいぼしを持っていないし、たとえ持っていてもダイマックスしたところでソウさんの強みは生かせない。ならばこちらに戦略はない。ただあの巨体から繰り出される攻撃を受け、跳ね返すのみ。

 

 

 

「タルップル!キョダイカンロッ!!」

 

「ソウさん!ミラーコートッ!!」

 

緑色のエネルギーの奔流がソウさんに炸裂する!

 

「ソォォォォォォォ…ナンスッ!!」

 

絶大な威力、誇りあるジムリーダーの一撃。ヤローさんの持つ癒しと厳しさ、その両方を体現したような一撃。

 

それを受け止め、お返しを叩き込む!!

 

「ソォォォォォォォォォォナンス!!!!」

 

キョダイカンロを受けたソウさんは全身を緑色に光らせる。そのエネルギーは前方に集まり…

 

「ソォォォォォォォーーーナンスッ!!!」

 

 

放つ!!

 

 

 

「…やっぱり…強い!」

 

麦わら帽子から覗くヤローさんは、確かに笑っていた。

 

 

 

 

勝負は、決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、行くのかい?」

 

「はい、まだまだ旅を続けるので」

 

収穫祭の翌日、早朝。ターフタウンはすっかり普段の静けさを取り戻していた。

 

「ソーナンス!」

 

ソウさんの体調も良好。タルップルから少なからず受けたダメージはもう見られない。やはりきずぐすりって凄い。

 

「そうだ、昨日これを渡していなかった。受け取ってくれ」

 

手渡されたのは小さなバッチ。

 

「本来なら8つ集めて組み合わせると一つの大きなバッチになるんだけど、流石に今ジムチャレンジは開催されてないからただの記念品」

 

辞退する理由もない。せっかくのプレゼントだ、受け取っておこう。

 

「それと、これもワガママな頼みで悪いんだけど。これも渡したい」

 

小さな袋だった。中身は…植物の種だろうか。

 

「ウチの野菜の種。もしバウタウンに寄ることがあるならこの種をそこのジムまで届けてほしいんじゃ」

 

「種を届ける?次はバウタウンを目指してましたし、良いですけど…。他にも生存者が?」

 

「…さあね。多分もういないだろう」

 

懐かしむような目、バウに誰か知り合いがいたのだろうか。

 

「自称僕のライバルがね。まあ…一種の供養みたいなものだわ」

 

種をバックにしまう。明確な行き先を決めていない旅だ、こういうのも悪くない。

 

「…それでは」

 

「良い旅を」

 

ヤローさんに見送られ、トゥクトゥクが走り出す。

 

走り出して、少し経って、

 

「ソーー?」

 

「ソウさん、振り向いちゃ駄目だよ」

 

「…ソーナンス」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぼくは、またジムリーダーになれたかな」

 

何となく持ってきてしまったカジッチュの置物を見ながら呟く。

 

収穫祭は鎮魂祭だった。この町の住民が何より楽しみにしていた祭り。もし消滅が彼らの魂までは奪わないのであれば、この想いは彼らに届いたのだろうか。

 

この置物をくれた相手を思い出してみる。共に過ごした期間は短かったが楽しかった。

 

彼女はぼくと同じく責任ある立場だったから、最後の時間を共に過ごすことは出来なかった。でも、それで良いのかもしれない。

 

 

 

あれから…この町の住民を失ってから、ぼくはただ生きているだけだった。ただ生きて消えるだけだっただろう。

 

あの不思議な旅人が現れて、作った作物を一緒に食べて、僕は最後に農家になれた。最後に彼と戦えて、僕は最後にジムリーダーになれた。

 

そして何より、僕は最後に人間になれた。生きているだけの何者かじゃなくて、好きに生きることができる、人間になれた。

 

 

誰もいない芝生に、静かに腰を下ろす。 

 

「…ありがとう」

 

 

 

風が吹いた。誰かの麦わら帽子が吹き飛ぶ。

 

 

持ち主は既にいなかった。

 

 

 

 

大きな橋を渡りながら、僕は高らかに歌う。収穫祭で歌った歌だ。ソウさんもそれに合わせ手拍子をする。

 

「せっかく歌うなら、何か楽器が欲しいなぁ」

 

「ソーナンス!」

 

旅人は生きる。消えゆく世界でその旅に意味があるのかはわからない。ただ生きる。

 

その胸には控えめにきらめく、小さなバッチがあった。




在りし日のガラル
カジッチュの置物
原作では片思いの相手にカジッチュを送ると恋が成就するというおまじないが登場しました。しかし一般人がカジッチュをゲットするのは中々難易度が高いと思われます。すると企業はカジッチュグッズを作るのではないかなと妄想して出来上がりました。

本編でヤローにカジッチュの置物を送った相手は誰なんでしょうね。想定ではかなり具体的に誰かわかるシーンを書こうと思ったんですけど具体的に誰かわからないほうが良いかなと。そのほうが妄想に優しい。

原作でもトーナメントで戦うヤローの切り札はアップリューかタルップルですが、彼らの進化元になったカジッチュは誰かから貰ったものだったりするんですかね。誰かにもらったカジッチュが彼のエースになったとか妄想すると、なんかこう、いいですよね。


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不穏の林と二人

1話に収めようとしたけれどキリが悪くなった上に続きものになってしまった。

ワイルドエリア脱出編の続きです。


「今日から、本格的に動こうと思う」

 

「ソーナンス!」

 

ワイルドエリア突入から3日目、取り敢えずソウさんの怪我も治り、周辺のきのみも尽きてきた頃。

 

太陽の動きから大体の方位も把握し、飲み水も貯蓄できた。動くべきは今だろう。ワイルドエリアは方位さえ見失わなければ迷いにくい。基本的にワイルドエリア駅から出たのであれば北に向かえばエンジンシティに辿り着く。現在地も地形の特徴が大きいので見分けは比較的付きやすいのはありがたい。

 

そして最大の理由、本日のうららか草原の天気は砂嵐だ。早急にここから脱出しなければ身体が持たない。

 

草木で作ったシェルターは砂に切り裂かれボロボロになっている。

 

「本来なら北に向かって真っ直ぐ進むのが最短なんだけど…」

 

「グギャルガァァァァァァァ!!」

 

その先ではバンギラスとジュラルドンが大怪獣決戦中だ。その間を通り抜けることは不可能だろう。第一砂嵐から逃げるのにこの砂嵐の中心点に向かうことは無いだろう。

 

「急いでこもれび林に向かう。あそこなら防砂林になってくれるはずだから、その先は砂嵐になってないはず」

 

それにしてもポケモンというのは不思議なものだ。この草原には砂地など見当たらないのにこれだけ鋭い砂が吹き荒れている。バンギラスはどういった仕組みでこの砂を呼び寄せているのか。

 

僕とソウさんは体と目の保護のため頭から毛布を被る。トゥクトゥクにはフロントガラスがあるのでできる限りガラスに顔を近づけ、砂を避ける。今まではトゥクトゥクに風防があったため気にしてこなかったが、今はゴーグルが欲しい。

 

「ソウさん、目は大丈夫?砂入ってない?」

 

「ソーナンス!」

 

平気そうだ。そもそもソウさんは普段から細目だった。生態的には本来暗闇で過ごすポケモンなので目以外の器官で見てるのかもしれない。

 

砂嵐で視界が悪い。急がなければならないが、安全運転を心がけなければならない。

 

不幸中の幸いだが、この砂嵐では野生のボケモン達もあまり行動出来ないようだ。おかげさまで追突事故の心配はない。

 

「ソウさん!林が見えてきたっゲホッ!!ゴホッゲホッ!」

 

派手に砂を吸い込みむせる。油断した、非常に危険だ。

 

「ソーナンッ…スッ!」

 

ソウさんもむせている。

 

若干むせながら林の中に逃げ込んだ。

 

 

 

 

「ガラガラガラガラ…ぺっ!」

 

こもれび林に入った瞬間、嘘みたいに砂嵐が止んだ。やはりワイルドエリアは不思議だ。こんなにもくっきり天気が分かれるとは…。

 

取り敢えず落ち着いたため、うがいをしておく。

 

「さて、こもれび林か」

 

この場所はワイルドエリアの中でも実りが多いエリアだ。きのみがなる木の数も多く、食べられる植物やきのこも多く自生している。

 

その分危険もある。ここはキテルグマの主な生息地だ。あまり出会いたくない。

 

とはいえ、一般的にキテルグマ達は積極的に人間に危害を与えようとしている訳ではない。キテルグマが人間を襲うのは縄張りに侵入されたとき、子供に危害を加えられた、加えられそうな場合、もしくは逆に愛されすぎて手加減ない愛情表現(大抵ハグで背骨を折られる)の場合だ。

 

キテルグマ対策は多くある。例えば、キテルグマが住んでいる可能性がある場所で野宿する際は、全ての食料を匂いが出ないように密閉した上で、拠点から100m以上離れた場所に置く。木に吊るしておくのがベスト。

 

ヌイコグマを見かけたら近づかず逃げる。その近くに親キテルグマがいる。

 

もしキテルグマとまともに遭遇した場合は、目を合わせず服従している態度を見せる。背を見せない程度に体を横向きにして後ずさりながら逃げよう。正面を向くと攻撃的だとみなされ、反撃しようとしてくる。つまり死ぬ。

 

背を向けると本能的に獲物だと思われ、狩られる場合がある。

 

もし襲われたら死んだふりをする。死んだふりは悪手だとする場合もあるが、もう既に襲われている場合は話が違ってくる。襲われて応戦したらまず勝てない、逃げようとしても間違いなく追いつかれる。生存可能性を1%ほど上げるなら死んだふりをすべきだろう。

 

ちなみにゴロンダ対策にも応用可能だ。

 

「以上、わかったかソウさん」

 

「ソーナンス!」

 

わかったようなので食料を探しながら北上する。食料もあまり残っていない、早いところ食べ物を見つけなければ。

 

ふと見るとソウさんはタンポポを食べていた。ずるい、僕もほしい。

 

 

 

 

 

二人でタンポポを齧りながら林間を進んでいく。根っこは乾かして代用コーヒーにしてみようと思う。苔臭い水よりは美味しく飲めるだろう。どうにかして作り方を調べることが出来ればいいのだが。

 

それにしても森の中は走りにくい。いくらこのトゥクトゥクのサスペンションが優秀であって、3輪が安定性抜群であろうと、森を全力疾走出来るようには設計されていない。安全運転第一、ゆっくりいこう。

 

多分、それが理由だろう。森に紛れるあるものを見つけた。

 

「…あれは、なんだろう」

 

「ソーナンス?」

 

「建物…だよな」

 

プレハブ小屋だ。詳しく言えば植物の蔦に覆われた廃墟のように見える。

 

「もしかしたら、リーグスタッフの詰め所かも知れない。見てみようか」

 

ゆっくりとバイクを走らせると…

 

「ンッンッーー!!ガルルルア!!!」

 

上空から巨大な物体が降ってきた!

 

「なぁにっ!!?」

 

急ブレーキで停車する!

 

黒い巨体、緑色の癖のある髪のような体毛。

 

「ご、ゴリランダー!?」

 

本来ゴリランダーはその巨体に似合わず温厚な性格のはずだ。しかしその目は敵意に溢れている。

 

「マズい、逃げるぞソウさん!」

 

ゴリランダーは巨大な切り株のような物と木の棒を構える。高威力の固有技、ドラムアタックだ。

 

無理やり急発進させ、この場から退避する他ない。ここでトゥクトゥクを失うわけにはいかない。

 

「ソーナンスぅ…!」 

 

ソウさんはゴリランダーに『あまえる』を使用!

 

「ガルルル…ル…」

 

僅かに攻撃の手が緩む。元は温厚なポケモンであるため、おそらくはこの攻撃も本意ではないのだろう。

 

僕は気休めに道中拾ったボロボロのピッピ人形を投げつけた。何もしないよりはマシだ。しかし効果は無さそうである。

 

ゴリランダーは遂に切り株を叩き始める。その振動に呼応するように地面から鋭いツタが次々と現れる!

 

ツタはムチのようにしなりながらトゥクトゥクを狙い始めた!

 

「ッ!!」

 

危機的な状況で、周りの風景がゆっくりに見える。迫りくるツタがはっきりと見えた。

 

初撃はタイミングが合わずに回避、二撃目、三撃目のツタもスピードで振り切る。しかし側面から現れた四撃目がトゥクトゥクの芯を捉える!

 

「ソォォォォォォナンスッ!!」

 

車体から身を乗り出したソウさんがそのツタを頭突きの要領で迎撃!カウンターでの迎撃だ!

 

しかし五撃目、正面の地面が僅かに隆起する。間違いなくツタが生える前兆ソウさんの迎撃は間に合わない、そしてこの不安定な林間で急ハンドルを切ればクラッシュは免れない、万事休すか。

 

「…歯を食いしばって!!」

 

ここで更にスロットルを開け、僅かにハンドルを左に切る!

 

隆起する地面の僅か数メートル前にあるのは巨木、あえてその根に乗り上げる。車体が浮かび、ツタは予想と違う動きをした獲物を捉えきれず空を切る。

 

「ソォォォォォォ!!!」

 

木の根に乗り上げた影響で車体が大きく右に傾く。が、ソウさんが荷物を抱え、車体から大きく身を乗り出す!

 

「ソウさん良くやった!」

 

大きくバランスを崩したものの倒れることなく着地し走行を続ける。ゴリランダーの追撃は無い。

 

「撒いたか…」

 

気を抜いた瞬間、何かが木にぶつかる音と、激しく軋む音が鳴り響く。

 

「ソーナンスッ!!!」

 

安心する暇も無かった。今度は進路上の側面から木が倒れ始める!

 

「なんで!」

 

急ブレーキ!間一髪で倒木を回避した。

 

倒木には根本が何かに抉り取られたような、不自然な痕跡がある。まるで強力な銃弾で撃ち抜かれたような跡。

 

バシュウ!トゥクトゥクの真横の地面が陥没する。何かが着弾したような跡だ。これは…水…?

 

「ソォォォォォォナンスッ!!」

 

ソウさんの尻尾が震える。その瞬間トゥクトゥクから飛び降りたソウさんはミラーコートを発動、どこからか飛来した水弾を弾き返す!

 

ガサササッ!

 

水弾によりへし折れた木の枝、それとともに落ちて来たのは一匹のポケモン。

 

「インテレオン…?なんでこんな所に…」

 

インテレオンは難なく着地すると、その指先を僕に向ける。先程の高威力の水弾はあの指先から発射される。今僕は銃口を向けられているのだ。

 

「ソーナンスッ!!」

 

ソウさんはミラーコートを発動しようとする。

 

「やめて、ソウさん。これ以上攻撃を受けるのは危険だよ」

 

両手を上げて、トゥクトゥクを降りる。

 

「ソーナンス…」

 

ソウさんは既にゴリランダーのドラムアタックを受け、更にあの威力の水弾を受けた。これ以上の戦闘は危険だ。

 

インテレオンは指先を僕に向けたままトゥクトゥクに近づく。焦っている?何かを探している?そんな印象を受けた。続いて荷物を漁り始める。

 

「…何がしたい?」

 

トゥクトゥクからレザーボストンを持ち出し、僕の前に置く。そして指先を僕の背中に突きつけた。

 

「これを持って、一緒に来い…ってことか」

 

「ソーナンス…」

 

ソウさんは不安そうにこちらを見る。

 

「大丈夫、多分。」

 

指先を突き立てられたまま、来た道を戻る。ソウさんもインテレオンの視界に入りながらついてくる。

 

辿り着いたのは先程の小屋。

 

そこにドスドスと追いかけてくるのは先程のゴリランダー、腕を振り上げこちらに向かってくる。

 

「グルルルルァ!!!」

 

「…シャァ!」  

 

身構えたが、インテレオンがそれを片手で制した。ゴリランダーもそれを受け入れ、こちらに危害を加える気配はない。この二匹は仲間のようだ。

 

小屋の中に誘導される。崩れかけの小屋の中で見たものは、ぐったりと倒れる一匹のポケモン、エースバーンだ。

 

「…酷いな」

 

その顔色は悪く、脚からは出血が見て取れる。

 

「シャァァッ!」

 

話が読めた。このインテレオンはエースバーンを治療しろと言っているのだ。人間なら便利な道具を持っていると考え、僕をここに連れてきた。

 

僕は医者じゃない、やれることは限られている。だが、やらねばただではすまないだろう。持てる限りの知識で応急処置をしよう。

 

外傷は…。

 

「…間違いじゃ、無いよな」

 

矢だ。途中で折れていて気づかなかったが、エースバーンの足には矢が刺さっている。傷口は比較的新しい、上手く行けば間に合う…だろう。

 

これが示す事実は、今は考えない。先に治療する。

 

バックから包帯代わりに使う替えのシャツ、水、きずぐすりを取り出す。

 

鏃を確認する。…茶色く濡れていて、異臭がする。

 

「クソ、毒矢か」   

 

本来なら傷口を心臓より高い場所に上げ止血するのが正解だが、毒となれば話は違う。しかもポケモンの毒じゃない。不衛生な感染症を狙うヤツだ。

 

「インテレオン、今から相当エグいことをする。協力が必要だ」

 

多分、伝わっている。

 

インテレオンが出せるだろう無菌の水、ゴリランダーのパワーとツタ、そして…ナイフ、即席で作る松明、火ポケモン。

 

 

 

 

治療は上手く行った…と思う。エースバーンはかなり消耗しているが、絶対に安静しておけば死ぬことはないだろう。なんの影響もなく歩けるようになるかは…ポケモンの自然治癒力の高さに期待する他ない。

 

多分この三匹は元はトレーナーの手持ちポケモンだろう。それもかなり強力なトレーナーの手持ちだろう。ふと、小屋の隅を見ると、小さな写真立てがある。ブリーダーのような格好をした女性と、メッソン、ヒバニー、サルノリ。おそらくこの三匹の昔の姿だ。

 

さて、いい加減考えなければならない。あの毒矢はポケモンが作るものではない。そしてジワジワと殺すための毒。傷の新しさ。ゴリランダーが僕を襲った理由。

 

 

 

 

認めざるを得ない。恐らく近くに人間がいる。殺意ある、邪悪な人間がいる。




序盤のキテルグマ対策は現実のグリズリー対策を参考にしています。森の中で熊に出会った場合はお役立てください。

治療風景はあえて割愛しました。間違いなくR15タグをつけることになるからです。なるだけそれは避けたい。

在りし日のガラル
登場した御三家と詰所
ワイルドエリアに登場する御三家でピンときた方もいるかもしれません。彼らはワイルドエリアでバトルすることが出来るポケモンブリーダーのテツコさんの手持ちポケモンでした。殿堂入り後は全員がレベル60になるということで、かなり強いです。

詰所の小屋ですが、ワットショップやその他のリーグスタッフが常駐していたという設定です。永遠に野ざらしというのは流石に過酷すぎるだろ…という妄想から生まれました。テツコさんもこの詰所を利用していたのでしょう。

テツコの消滅後(もしくは死後)は、手持ちであった彼らも住処として利用しているようです。


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狂人と二人

前回の続きです


狩りの必要性は、まあ認めよう。生き物は少なからず他の生き物を犠牲にして生きるものだ。

 

だが、あの矢は違う。生きるための矢じゃない、殺すためだけの矢だ。

 

古代人が矢毒を得る際、大抵使われるものは麻痺毒だ。高い効果を発揮しながら自分が食べるときの処理が容易である。ポケモンから抽出していたらしい。

 

対してあの矢に使われていた毒、間違いなく糞だろう。人間が最古から使っていた毒だ。傷口から入る雑菌により感染症や破傷風を引き起こす。通常、狩猟目的の毒ではない。

 

恐らく狩りではない、殺すために矢を撃つ人間がいる。そして恐らく、その標的には人間が含まれている。

 

僕にできることはとにかくソウさんを連れてこの場を離れることだ。危険を排除するより、危険を避けることが重要、僕はヒーローじゃない。

 

そしていま一番怖いのはトゥクトゥクを奪われることだ。急いで車両に戻り、林を抜ける。

 

「ソウさん、ここから離れるぞ。立てるな」

 

「ソーナンス…」

 

ソウさんもかなり消耗している。今は林を抜けよう。

 

「インテレオン、じゃあ僕は行くから」

 

警戒しつつ小屋を出る。ゴリランダーもインテレオンもこちらを引き留めようとする意志はない。

 

消滅が始まってから何だかんだ器用に生きてきたため、多少は生きるための知識を得てきたつもりではあるが、流石に狙撃対策の知識はない。

 

せめて姿勢を低くして、なるだけ急ぐ。後は精々よく耳を澄ませることだ。

 

追跡の気配は無い、取りあえず。

 

木の間からトゥクトゥクを発見した。動かされた形跡はない。良かった。

 

さっさとこの林を脱出するために駆け寄る…

 

 

 

シュパッ!

 

 

 

何かが顔を掠めた。頬に鈍い痛みを感じる。

 

「ソウさん隠れろ!!」

 

僕は足を止めずに走る。スライディングしてトゥクトゥクの陰に隠れた。

 

待ち伏せだ。相手はトゥクトゥクを発見し、またここに戻ってくることを想定していた。

 

左手で頬を触り、出血を確認する。

 

鈍い刃物で切られたような痛み、恐らく石鏃だ。矢の製法も同じ、エースバーンを撃った奴と同一犯と見て間違いないだろう。

 

ボストンバッグから水とミツハニーのミツを取り出す。バッグは前に抱えて、矢避けに使う。何も無いよりは前に抱えたほうが怪我が少なくなるだろう。傷口を水で洗い流しベッタリとミツを塗っておく。

 

ここは森の中、地面には葉っぱと生木の枝…。環境的に褒められたことでは無いけど、策はある。やってみるしかない。

 

カバンで自分の体を隠しながらトゥクトゥクに載せておいた燃料缶を降ろす。矢が飛んでくるが外れた。頭を引っ込めて、ボストンバッグから瓶をいくつか出す。……落ち着いて、燃料を瓶に移す。漏斗や吸い上げポンプは無いため、零さないように慎重に…。

 

ガンッ!!

 

威嚇だろうか、トゥクトゥクに矢が飛来する。しかしフレームに穴を開けることは出来なかったようだ。威力を見るに相手が使っているのは手製の簡素な弓だろう。金属の車体を貫通できる威力はない。それでも人体に対しては十分驚異ではあるが。

 

何とか燃料を瓶に移し終わると、先程包帯代わりに使ったシャツの切れ端を瓶に詰め、導火線とする。見ての通り、火炎瓶だ。

 

マッチで火を付け、おそらく相手がいるだろう方向に放り投げる。とはいえこれで直接攻撃しようという訳ではない。狙撃犯の場所はわからないし、弓に投擲で対抗出来るほど僕の肩は強くない。

 

放物線を描いて地面に叩きつけられた火炎瓶は粉々に割れ、中の燃料は上手く引火し、燃え上がる。地面には木の葉や生木。木の葉は燃え、生木を燻すと慣れていない人には信じられないくらいの煙が出る。

 

連投して三本の火炎瓶が炎上、濃い煙のカーテンが出来上がった。即席の煙幕だ。

 

「ソウさん!来い!」

 

「ソーナンス!」

 

煙幕に紛れるようにしてソウさんが走り出す。

 

シュパッ!

 

ソウさんの頭上僅か数センチを矢が通り抜ける。

 

「ナンスッ!?」

 

ソウさんは怯えつつも足を止めない。何とかトゥクトゥクの陰まで辿り着いた。

 

「ここからどうにか脱出しないと…。火炎瓶もっと作って煙を炊く…?」

 

これ以上は大規模な森林火災になりそうだが、どうすべきか。

 

すると…

 

 

 

バシュウッ!!!

 

 

 

「あぐぁッ!!」

 

弓とは比べ物にならない発射音が森に響く。

 

それに男の悲鳴とドサリと何かが落ちる音。

 

それきり矢が飛んでくることはない。

 

「さっきの音、インテレオンの『ねらいうち』かな」

 

「…ソーナンス」

 

したたかなポケモンだ。恐らく僕達を囮にして狙撃手の場所を特定したのだろう。射点を観察し、狙撃仕返したと言う訳だ。

 

一応僕達、彼らの仲間の恩人と言われても過言じゃないと思うんだが、無言で命の危険に晒された。…なんというか、釈然としない。

 

インテレオンが大きな何かを引きずりながらこちらにやってくる。

 

引きずられているのは薄汚れたコートの小柄な男だ。使っていたであろう粗製の弓は無残に折られている。

 

濁った目の男だ。意識はあるようだが足は折れているように見える。

 

「…いやはや、まさか獣に撃ち返されるとはねぇ」

 

目の濁った男はこちらに焦点を合わさず話しかけてきた。

 

「これは君の手持ちかい?」

 

「いや、無関係」

 

これが先程まで僕の命を狙っていた人間か。あまりにも弱々しい。

 

「…純粋な興味で聞くけど、なんで僕を狙った?」

 

弓の他に武器を持っている気配は無い。

 

「さあ?強いて言うなら狙えたから狙った、かな?」

 

あまりにも無邪気、嘘をついている気配は無い。

 

「狂人だね」

 

「狂人?違うね、狂ってたのは消えていった連中さ」

 

「狂ってるやつほど自分は狂ってないって言うもんだ」

 

「消滅前は皆バカみたいに平和だった。甘っちょろいバカしかいなかった。おもしろいよな、犯罪組織ですらポケモンバトルして負けると引き下がるんだ」

 

「…」

 

この男はきっと、僕に話していない。狂気の中に見出した何かに話している。

 

「おかしいんだよ、みんなバカみたいに善人しかいないんだ、少しはみ出したことをするとすぐに白い目でみる」

 

「…」

 

「特にガラルは最悪だ。悪人やはみ出し者が行き着く場所もないんだ。じゃあ俺はどこに行けばいい?どうしようもなく悪人の俺はどこに行けばいい。多様性だろ?」

 

「…やめればいいんじゃないのか、悪事」

 

「…ソーナンス」

 

「ハハハ、君は悪を切り離せると思っているのかい?人の心は悪さから出来てるんだ。君だって心当たりはあるだろう?君の使っている道具は全て自分のものかい?そのバイクは元の持ち主から正式に譲り受けたものかい?」

 

「…今は僕のだ」

 

「窃盗だねぇ!でもこの世界には咎めるものは誰もいない。だから君はそのバイクを使うんだろう?他にも他人の家に侵入して食料を食らい、勝手に道具を持ち出す。ああそうさ誰にも迷惑はかかっていない、だって迷惑がかかる人間がもういないからねぇ!」

 

「…咎めるものもいないし、迷惑もかからないから殺す?僕にとっては大迷惑なんだけど」

 

「え?俺に迷惑かからないけど?」

 

まさに狂人の戯言、話していると気分が悪くなる。多分、この男には初めから倫理観などは無いのだろう。もしくは、どこかで失ったか。そして、そのまま狂った。

 

しかし、これだけ何もかもが消えた世界で、倫理を守る意味とは何だろうか。犯罪を犯さないということが倫理を守るということならば、僕はとっくに破っている。それに、人の法が倫理?それも何か違う気がする。

 

自由とは何だろうか。想像してみた。この狂人の自由を。

 

「この世界は最高に自由だ。咎めるものはいない、何をしても。何をしてもいい。最高の時代だ。俺の王国だ!」

 

狂人は笑う。まるでこの世を謳歌するように。

 

命を奪うという行為はそれほどまでに快楽となるのだろうか。無差別に命を奪う。僕にはその力がある。やりようはいくらでもある。人間の知識があればその程度の力なんてどうにでもなる。

 

「君はそれを許されている。誰も咎めやしないさ」

 

試してみたって誰も困らない。毒を試すのもいいだろう、凶悪な返しのついた槍や矢もいい、上手く行けば銃だって使えるかもしれない。ついでだ、ソイツの肉を喰らうのも悪くない。

 

 

 

ただ…

 

 

「…ソーナンス」

 

ソウさんは何故か、尻尾を僕にこすりつける。服の上からなのに、強くぬくもりを感じた。

 

その目はとても、悲しそうな目をしていた。

 

 

 

 

 

ただ…僕はきっと、たとえ誰に許されていても、そんな事はしないだろう。この青くて不思議な生物、僕の相棒はそのとき、今よりもずっと悲しい顔をする。

 

 

 

そんな顔は見たくないと、心から思った。

 

 

 

「結局は戯言だよ。僕は僕の自由を見つける」

 

踵を返す。もう用はない。あの男の処遇はこの林の住民が考えるだろう。部外者の僕がなにかする話じゃない。

 

 

 

ドゴンと一発、大きな音が鳴った。水が弾ける音も、共に聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

「ギュリルル…」

 

トゥクトゥクに乗り込み、出発をしようとしていると、インテレオンがやってきた。

 

その手には小さなリュックと薄汚れたコートがある。あの男の持ち物だろう。

 

それらに血の痕は無い。確かに水弾は放たれたのだろうが。

 

「消えたのか、逃したのか?」

 

インテレオンは答えない。ただもう、会うことはないだろう。なんとなくそう思った。

 

「ギリリル…」

 

その荷物を僕らに差し出す。お詫びの品のつもりだろうか。

 

そのコートは、中々高級なものに見える。汚れているが機能性としてはかなり優秀なものだろう。思えばだいぶ肌寒くなってきた。羽織ってみるとサイズは案外ピッタリと合う。

 

「…まあ、これからの季節必要だろうね」

 

僕はこのコートを彼から奪うことにした。貰うのではなく、借りるのではなく、奪った。彼のように。…あまり気分の良いものではなかった。

 

その姿を見ると、インテレオンはどこかに消えていった。

 

ソウさんが後席に座って出発を促す。

 

僕も運転席に座る。

 

「僕もまた、悪人だよ。でも、アンタとは違う」

 

薄汚れたコートをたなびかせながら、僕らは林を抜けていく。

 

 

 

 




終末ガラルの終末が北斗の拳的な終末だったらカイ君も彼と同じだったかもしれません。

この世界で生きてる人もみんないい人じゃないよってのを書きたかったけど、あんまりちゃんと書けなかった気がします。


在りし日のガラル
悪の組織について。

剣盾の舞台、ガラル地方にはこれまでのシリーズと違ってわかりやすい悪の組織というものは登場しませんでした。一応エール団がその立ち位置ではありますが彼らは応援団兼ジムトレーナーであり悪の組織ではありません。マクロコスモスも悪の組織としては微妙ですし。

過去の悪の組織として、ロケット団やスカル団ははみ出し者の居場所として描かれることがありました。有名な台詞で「悪には悪の救世主が必要なんだよ」もいう言葉がありますが、この組織はまさに救世主だったのかもしれません。

犯罪組織を養護するわけではありませんが、ガラルのはみ出し者の居場所ってどこにあるんですかね、と思った次第です。


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歌う街と二人

ターフタウンの次のお話です


ターフタウンでバイオ燃料を分けてもらい、僕らのトゥクトゥクは快調だ。最悪天ぷら油でも走ると言われる優秀なエンジンだが、やはり高オクタン価の燃料は良い。音が違う。第一天ぷら油でも走るは走るけどエンジンが弱る。

 

バウタウンへの道は開けており、比較的運転しやすい。人がいないため整備はされてはいないが、今通っている巨大な石橋は相当丈夫に作られたらしく機能に問題はない。

 

「この下がワイルドエリアか…」

 

遥か遠くに巨大な建物が見える。あれはナックルシティだろうか。ワイルドエリアの先にある街だ。…もし行くなら今度こそワイルドエリアを避けて線路沿いに進みたい…。

 

「ソーナンス…」

 

トゥクトゥクを停め、橋からワイルドエリアを覗き込む。懐かしきワイルドエリア…本当は懐かしいなんて言うほど前の話ではないが。

 

「戻りたくはないなぁ…」

 

覗き込んだ橋の下ではカビゴンの寝相が悪すぎて環境を破壊し尽くしている。寝返りで巨木が倒れた。この橋が丈夫なのも納得だ。生半可な橋ならばポケモンの攻撃を食らって崩れるだろう。

 

「よし、行こうか」

 

「ソーナンス!」

 

再びトゥクトゥクに乗り込み、エンジンを吹かす。次の目的地、バウタウンはもう目の前だ。

 

 

 

 

トンネルを抜けた先は港町だった。

 

朽ちて倒れた看板にはこう書かれている。『バウタウン 市場やレストランに多くの人が集まる港町』、皮肉にも代名詞だった多くの人はどこにもいない。無人だ。音一つない、寂しい街だ。

 

「丁度すぐそこにポケモンセンターがあるから、そこを漁ってから街を見に行こう。その後、おつかいをこなそう」

 

「ソーナンス!」

 

トゥクトゥクをポケモンセンターに停め、ロトム避けのシートを被せる。大きい街だけあって、この時間でも数匹ロトムが飛んでいる。夜になれば更に増えるだろう。

 

ポケモンセンターのドアを開けようとするとビリビリと強い静電気を感じた。痛い。背後ではケタケタとロトムが笑っている。コイツの仕業か。

 

「久々の人間でイタズラしたいのか…」

 

ソウさんもビリビリ痺れていた。大抵、野良ロトムは三種類に分かれる。人間と共に過ごしてきて、非常に友好的な個体、人間に興味の無い無関心な個体、消滅前に人間達に酷使され強い恨みを持つ個体だ。前に立ち寄ったエンジンシティの野良ロトムの群れは無関心な個体ばかりだった。今寄ってきたロトムは恐らく友好的なタイプだろう。

 

ちなみにどの個体であっても機械類には気をつけなければならない。友好的だろうが無関心だろうが機械類が大好きであることに代わりはないので、悪気はなくとも大事な機械を容赦なく破壊されたり持っていかれたりする。ロトム対策は必須だ。

 

電気で髪を逆立てながらポケモンセンターの中に入るが、あまり収穫は無いように見える。荒れるどころではなく、もぬけの殻だ。何も残っていない。

 

「酷いな、補給は見込めないか」

 

例のごとく医療機器は軒並み壊れている。医薬品類も残ってはいなさそうだ。

 

「フレンドリィショップの方も…まあ何も残ってないよね」

 

ターフタウンとはワケが違う。人口が違えば混乱も増えるだろう。

 

「ソーナンス!」

 

ふと見たソウさんは何故か残っていたナース帽を被っていた。

 

「ソウさん…それ被って怪我でも治してくれるのかな?」

 

「ソォナンスゥ…」

 

やたらあくどい顔で手をワナワナしている。なるほど、コンセプトは無免許の闇医者ならぬ闇ナースか。

 

「収穫は無いし、ジムにいこうか」

 

ヤローさんからのお使いを頼まれているのだ。

 

「ソーナンスッ!」

 

ソウさんは被っていたナース帽をカウンターに優しく置いてから着いてくる。

 

 

 

 

 

案の定、といったところだろうか。ジムは無人だった。かつてはジムチャレンジャーへの試練として使われただろう数々の配管も、錆に覆われている。このジムは大量の水を使った仕掛けが有名だったが、この様子ではもう水も通っていないだろう。

 

特に難なくスタジアムまで辿り着いた。もちろん無人だ。ヤローさんはジムに種を送ってほしいと言っていたが、誰もいない場合は置いておけば良いのだろうか。

 

取り敢えず種を取り出そうとバックを下ろし、袋を取り出す。

 

その瞬間目の前にオレンジ色の残像が映り、次の瞬間バックが消えていた。

 

「…泥棒かっ!?」

 

視界の端に見た姿は体表をスパークさせるオレンジ色の浮遊物体、恐らく何かの電化製品に入り込んだロトムだ。

 

『イシシシシシシシ!』

 

オレンジ色の箱のような姿をしたロトムだ。形だけならフロストロトムに見えなくもないが、おそらく違う。あの色と顔はロトムに違いない。

 

「ソウさん逃がすなッ!!」

 

「ソォォォォナンスッ!!!」

 

ソウさんの特性は『かげふみ』。相手は逃げることが出来ない!

 

「ソーナンス!?」

 

しかしその効果に反してロトムはものすごいスピードでソウさんの脇を通り抜ける。

 

「しまった!『ボルトチェンジ』だ!」

 

電流が流れる速さに等しい速度で移動するこの技はソーナンスの特性であっても捉えることが出来ない。

 

『イシシシシシシシ!』

 

僕の荷物を引っ掛けたロトムは笑い声を出しながらジムの外へと向かう。

 

「追うぞソウさん!」

 

「ソーナンス!!」

 

ロトムを追ってジムチャレンジの舞台を駆け戻る。ロトムはおちょくるように笑っている。あの姿はスピーカーに入り込んだ姿のようだ、笑い声がよく通る。

 

スピーカーロトムがジムから飛び出す。それを追って僕らも外に出た。

 

「ソウさん乗れ!」

 

「ソーナンス!」

 

脚ではあのロトムには追いつけない。トゥクトゥクで追う。静かな街に鳴り響くエンジン音。

 

「…駄目だあっちも加速してる!」

 

トゥクトゥクでも一向に距離が詰まらない。ワイルドエリアで追われることには慣れたが追う方には慣れていないのだ。足止めをしようにもソウさんは攻撃技を持たない。無論僕には運転以外何もできない。

 

しかし、トゥクトゥクでも追いつけないほど速いのなら、なぜ僕達を振り切らない?単純なイタズラだから?それとも…どこかに誘導しているから?

 

ロトムを追っていると灯台が見えてきた。そしてその下でロトムがピタリと止まる。

 

「おおおおおお!!?」

 

「ナンスッ!!?」

 

急に止まったためぶつかりそうになる。急ブレーキを踏みドリフト気味に停車した。

 

「危ない…」

 

ホッとしているのもつかの間、ロトムが急に浮上し、僕のバックを灯台の中腹、確実に手が届かない場所に置いて戻ってきた。

 

「迷惑な…。返してくれないか?」

 

ロトムはそれに答えるように視線を横に送る。置いてあるのは…楽器?

 

ロトムは再び浮遊すると、自分の身体と置かれていたエレキギターを接続する。

 

「…僕、ギターなんか弾けないぞ」

 

ギターには触れたこともない。旅の途中で時々歌う程度で音楽には全く詳しくない。

 

ロトムは弾いてみろと言わんばかりにエレキギターを差し出す。

 

「ソーナンス…」

 

そのギターを受け取ったのは、ソウさんだった。

 

「…ソウさん?」

 

いつもとは雰囲気が違う。まるでロックスターのような張り詰めていて、それでいて人を寄せ付けるような独特な緊張感

 

ギュイーーーン!!

 

素人でも一瞬でわかる、このほんの僅かな一音でわかる。弾き慣れている、この音は。

 

ソウさんは誘うような目付きで僕を見つめ、いつの間にかロトムに手渡されていたマイクを僕に投げつける。ロックな雰囲気を醸し出すガイコツマイクだ。

 

ソウさんがギターを掻き鳴らし始める。スピーカーロトムはソウさんの演奏を増幅すると共に、自ら音を合成し、ドラムやキーボードの音を奏でる。

 

そして僕は思う。ただ一つ思う。ソウさんはどこでギターを習ったのか、なぜ突然バンドみたいな事をし始めたのか、何故自然に僕がボーカルみたいなことになっているのか、そんなことは本当にどうでも良かった。

 

 

 

「ソウさん、その平べったい手でどうやってギターを演奏してるんだ…?」

 

それだけが気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ロトムは歌が好きだった。このバウタウンで産まれて、人間と共に生活し、ある日ポケモン達のロックバンド、マキシマイザズに出会った。その彼らの演奏に感動し、彼らがバウタウンに来るたびに演奏を聞きに行った。

 

いつしかロトムはその演奏を覚え、スピーカーを使えば電子音で再現出来る程になった。その能力を買われて、ロトムはジム戦のBGMを流すスピーカーに入り込むことを許された。バトルの状況に応じて曲を変える、それに合わせて観客が盛り上がる。ロトムはそれが嬉しくて仕方がなかった。

 

そして、消滅が起こった。

 

消滅後の混乱で、誰もロトムの流す曲に耳を傾けなかった。誰にも余裕が無かった。

 

あのロックバンドのように、ロトムは住民たちの心を震わすことが出来なかった。そして、バウタウンから人間は消えた。

 

 

 

ロトムは考えた、何故彼らの心を響かすことが出来なかったのか。そして、思いついた。

 

そうだ、バンドじゃなかったからだ!

 

そして…。

 

 

 

 

 

ソウさんがギターを掻き鳴らす、背中合わせで僕が歌い、叫ぶ。まるで決闘のように、ぶつかり合うように、それでいてまるで一つの生命体のように、融合するかのように息を合わせて歌を奏でる。

 

その戦いを押し上げるかのようにスピーカーロトムが音を加速させる。

 

音に導かれて野良ロトムや野生のポケモンが集まる。

 

本来僕はこんなに激しく歌うようなタイプでは無い、しかし今僕は衝動そのままに声を発している。まさに心を震わされたとしか言いようがない。

 

ソウさんのギターが加速する。まるで鍔迫り合いのようにマイクスタンドをぶつけ、歌う。

 

歓声が上がる。静かで活気のない無人の街は、確かに熱気に包まれている。収まることを知らず、青天井に盛り上がる。

 

突然始まったこのコンサートは収まることを知らず深夜まで続いた。

 

 

 

 

翌日、喉を枯らし疲れた体を引きずりながら物資を漁った。残念ながら大した収穫は無かった。レストランがあったので食料にきたいしたが、どうやらこの店は新鮮な素材にこだわっていたらしく、長持ちしそうな物はなかった。残っているものは腐敗したものだけだ。

 

水が豊富な上に、昨日のライブのおかげかロトムが協力的だったため洗濯や風呂など衛生面では非常に助かった。また、ウォッシュロトムのおかげでトゥクトゥクが未だかつて無いくらいにピカピカである。

 

そして三日目、そろそろ旅立とうとしたとき、ロトムに囲まれた。

 

「どうしたどうした!?」

 

「ソーナンス!?」

 

すると突然、5匹のロトムが現れる。スピーカーロトムがセンターで、彼を中心に並んでいる。と、思えば突如演奏が始まった。

 

なるほど、前代未聞のバンドロトムだ。人間には何を言っているか聞き取れないが、スピーカーロトムは確かに歌っている。

 

他のロトム達も電子楽器に入り込み音を奏でる。まるで僕たちを送り出すような、元気が出る明るい曲だった。

 

 

 

演奏が終わると、スピーカーロトムはソウさんにギターケースを渡した。中に入っていたのは古いアコースティックギターだ。

 

「くれるのか?」

 

『キシシシシシシシ!!』

 

一昨日のお礼のようだ。ソウさんも気に入っているようである。旅に無駄な荷物を持ち歩くことはあまり褒められたものでは無いが…

 

 

「ソーナンス〜」

 

「…まあ、いいだろう」

 

たまには無駄も良いものだ。効率化し過ぎても人間らしくない。

 

ギターを積み込み、エンジンを吹かす。

 

「よし、行こうか」

 

「ソーナンス!」

 

ジャラーンと、優しいギターの音が答える。

 

昨日の激しい音とはうってかわり、柔らかな音色だ。

 

奏でるのは、ターフタウンで歌ったあの歌。激しいロックも好きだが、自分にはこっちのほうが合っている。

 

歌う旅人達のその歌は、きっとこの街でも歌い継がれるだろう。ロトム達もその歌に聴き惚れた。

 

 

 

 

スピーカーロトムもまた、この歌を聴く。優しい歌だ。そして、すっかり忘れていた思い出を思い出した。

 

消滅後、自分の曲に、誰も振り向いてくれなかったあの頃、一人だけちゃんと聞いてくれた人がいた。褐色の肌が映える、よく知る綺麗な女性だった。

 

あの優しい女性を思い出す、優しい歌だった。

 

 

 

 

それから少し経って…

 

 

ここはバウタウン、多くの人が集まる港町だった場所。今となっては無人であるが、それでも活気が失われるわけではなかった。

 

歌うロトムの街、それが今の街の姿だ。

 

灯台の下で、今日もライブが開催される。街中のポケモンたちが集まって、この歌に聴き惚れる。

 

そのステージは花で彩られていた。潮風に強いローズマリーの花。旅人たちが持ち込んだ種はウォッシュロトムが手入れをし、カットロトムがステージに仕上げた。

 

ローズマリーに守られるように、控えめにネモフィラが咲く。青く美しい花に、彼女の姿を思い出しながら、今日も歌う。




ネモフィラはルリナの名前の由来と言われてます。

本当はヒートアップし過ぎたスピーカーロトムがオーバーヒートして大爆発、ソウさんもカイさんもアフロヘアーになるみたいな展開もありましたがカットしました。


終末ガラルメモ
ギター
ソウさんが貰ったギターは原作のエンディングムービーで演奏をしているマキシマイザズの練習用という設定です。彼らは原作だとバウタウンの灯台の下で演奏をしています。終末ガラルでは彼らの代わりにロトム達が日々演奏しています。もしかしたらこの2つのポケモンバンドはいつか出会うかもしれません。

せっかくなのでカイさんソウさんにも何か歌ってもらおうと思ったのですが、ピッタリな曲が思いつかなかったので曲に具体的なモデルはありません。せっかく歌詞使用機能あるのに勿体無い。


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体臭と二人

ワイルドエリアにて、サバイバル回


「臭い…」

 

「…ナンス」

 

ワイルドエリア、キバ湖西周辺を一輌のトゥクトゥク(屋根付き三輪バイク)が通りかかる。ジメジメとする霧が立ち込めている。不快指数が高い。ワイルドエリアに突入して5日目、初日にイワークに追いかけ回され土まみれ、その後汗だくになったり、泥まみれになったり、返り血浴びたり、汗だくになったり、汗だくになったりした。そして汗だくになった。

 

いい加減不潔で臭いのだ。ある程度の不快は我慢する、元より本来綺麗な旅人というものは創作上にしか存在しない。道中にはシャワーも風呂もないのだ。そして季節は秋、いくら天気が不安定で時々日照りが起こるワイルドエリアであろうとも基本的には肌寒い。湖の水は冷たい。水に飛び込むのはなかなか勇気がいる行為である。

 

だがしかし、それが理由で不潔であるのは避けなければならない。不潔であればあるほど感染症リスクがあがるのだ。それにシラミやダニは恐ろしい。病院のないこの時代、自身の衛生管理は匂いだけの問題ではない。

 

「と言うわけで、水浴びは必須だ」

 

「ソーナンス!」

 

ついでに洗濯もしておこう。体表の清潔さもそうだが衣服の洗濯も大事だ。ノミ、シラミ、ダニは基本的に体毛だけでなく衣服にも住み着く。痒い、かぶれる、感染する、出血する。汚れた服を着続けることには悪いことしかない。

 

仲間に水ポケモンがいればこの辺かなり楽なのだが、仕方ない。ここはキバ湖周辺、水ならばあるじゃないか。それに寒中水泳という言葉もある。そう思うとこのキレイな湖に飛び込みたくなってきた。

 

「よしソウさんいくぞ」

 

「ソーナンスッ!!」

 

 

 

 

 

 

「…さぶい………さぶい…」

 

「ナナナ…ソーナンス…ス…」

 

当然といえば当然だが、この時期の水温は非常に低い。体温を奪うこの行為はサバイバル的には不正解と言わねばならないだろう。実際寒くてろくに身体を洗えていない。

 

「…ソウさん、やり方を変えよう…これは無理だ」

 

「ソソソソーナンス…」

 

二人は焚き火を焚き、デボン製の合成肉スープを温めて飲む。これで少しは体温が回復した。

 

ちなみに衣服だけは気合で洗った。最近泥砂汗血と不潔の塊みたいなものだ。雑菌の温床だろう。こんなものずっと着ていたら感染症で死ぬ。

 

現在は着れる服が無いので取り敢えず毛布にくるまって焚き火に当たっておく。

 

「…これはマズイ…凍える…凍えて死ぬ…」

 

「ソォナンス…」

 

秋の水温を舐めていた。もちろん普段ならばこんな判断はしなかっただろう。しかしなんだかんだ水源豊富で体は常に清潔だったハロンタウン出身の僕にはこの不潔さは耐え難かった。そりゃ緊急事態なら文句も何も言わないだろうが…。

 

 

 

ふと見ると、北のほうがこの場所より明るく感じた。これは…他のエリアでは天気が変わっている。恐らく快晴なのだろう。しめた。

 

「ソウさんいくぞ!」

 

「ソーナンス!」

 

手早く焚き火の後始末を終えてトゥクトゥクを走らせる。恐らく快晴のエリアは見張り塔跡地周辺、ここからだとかなり近い。

 

日が強ければ洗濯物を乾かすにも、体温を戻すにも都合が良いのだ。

 

毛布に包まりながらトゥクトゥクを走らせる。そのまま一気にキバ湖西を突破し、見張り塔跡地に入る。事前情報ではゴーストタイプのポケモンが多く生息すると言われていたが、この快晴具合では彼らの動きも鈍いようだ。ゴースが日陰で寄り添って寝ている。ゴーストタイプに弱いソウさん的にも好都合だ。

 

 

 

さて、突然だが体の部位で一番感染症リスクがあるのはどこだろうか。答えは身体の湿ったところ、陰部だ。菌の繁殖に一番適している。常に身体を動かしている旅において、どうしても陰部を包むパンツは汚れるのである。今着ているコートなどは直接肌に触れるものでは無いので清潔さはそこまで求められないが、肌に触れる物はやはり清潔でなければならない。

 

が、ちなみにパンツを履かないという選択肢も無いわけではない。上の服を身体からの汚れから守り、体の保温、快適さ、加えて衛生を維持する目的でパンツは履かれる。しかし、パンツそのものが既に汚ければ履く必要はない。そもそもパンツを履かなくても死にはしない。

 

ならば旅における陰部の清潔さを保つ最適解はなんだろうか。

 

 

 

そう、全裸である。

 

 

 

「あー温まる…」

 

見張り塔跡地周辺、先程水で流しておいたロトム避けのアルミシートを裏返しにしてレジャーシート代わりにし、寝そべって日光浴を楽しむ。

 

全裸と聞くとまるでふざけているように聞こえるが、至って真面目だ。紫外線の力を侮ってはならない。乾燥と紫外線は雑菌に対して効果抜群、その恩恵を最大限受けるためには全裸しかないのだ。

 

「ソーナンス…」

 

ソウさんも全裸…というか常に全裸だが日光浴をしている。本来の生態では日光浴をするようなポケモンではないが、環境に適応する能力が高いのかもしれない。

 

 

 

こんな行動はおそらく平時では出来ないだろう。即刻通報だ。しかし誰も文句言う人もいない。ここはワイルドエリア、広がるのは大自然。文句を言う人間はいない。

 

 

 

「…いい加減風呂、入りたいな」

 

「…ナンス」

 

とはいえ、温かいお湯に浸かって温まりたいのも人情というもの。

 

「…早くここを突破して、お風呂でも探したいな」

 

「ソーナンス…」

 

特に意識せず、うわ言のように呟いた台詞。

 

 

 

 

「ソーナンス…」

 

そんな何気ない一言も、他の誰かは案外覚えていたりするものだった。

 

 

 

一話に続く




本来はパンツとか全裸とか低レベルな下ネタが大好きなんですが、最近は我慢してました。それがほんのちょっと出たお話。

サバイバル回は中々話が思い浮かばないときでもパッと書けるのが素晴らしい

そういえばちょっと前にDLCの情報出ましたね。サバイバル適正の塊トロピウス先生は登場するんでしょうか。あと服装に女装を開放して下さい。男主人公選んだせいでマリィごっこが出来ない…


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画家と巨蝶と二人

ワイルドエリアに踏み入れて7日目、現在地キバ湖東エリア。静かな草原を走るのは一台のトゥクトゥク(屋根付き三輪バイク)。

 

「…やっと…やっとたどり着いたな」

 

「…ソーナンス」

 

エンジンシティへの門がここからでも見える。間違いない、出口だ。

 

「過酷だったな…」

 

「ナンス…」

 

この一週間、片時も心が休まる瞬間はなかった。しかしゴールは目の前だ。

 

そして、そのゴールの前に人影が見えた。30代中盤といったところの男だ。スポーツウェアを羽織っているが、体格は細くスポーツマンの様な印象はない。スケッチブックとペンを持っている。絵描きだろうか。折りたたみ椅子に座りワイルドエリアの風景を眺めている。

 

「ソウさん、一応警戒して」

 

「ソーナンス…」

 

先日人間に襲われたばかりだ。警戒はすべきだろう。

 

すると、こちらのエンジン音に気づいたのか男がこちらを向き手を振った。

 

「こんにちわー!」

 

男の気の抜けた声だ、その挨拶に敵意は無いように見える。

 

「こんにちは」

 

「ソーナンス!」

 

僕らもトゥクトゥクを停め、降りて挨拶を返す。

 

「いやぁ、久しぶりに人間に会ったよ」

 

「あなたはこの辺りにお住みで?」

 

「ああ、エンジンシティに住んでいる。そして時々こうしてワイルドエリアで絵を描いているんだ」

 

草原と湖の絵だ。まだ描き途中だが、彼の絵の上手さは十分に伝わる。

 

「ああ、自己紹介が遅れたね。私の名前はクサカベ。この格好から分かると思うけど元リーグスタッフだった」

 

なるほど、あのスポーツウェアに見えたものはリーグスタッフの制服だったか。

 

「僕の名前はカイ、それでこっちがソウさん」

 

「ソーナンスッ!」

 

ソウさんは元気一杯に挨拶する。

 

「君達はどこから来たんだい?見張り塔側から来たようだけど…もしやワイルドエリア駅からここまで?」

 

「はい、本来はブラッシータウンから線路を通ってエンジンシティまで来る予定だったんですが、アクシデントがあって、今ワイルドエリアを突破して来ました」

 

「へぇ!たくましいもんだねぇ。リーグスタッフも働いてないから昔以上に過酷なはずだけど」

 

「まあ、過酷でしたよ…」

 

「…ソーナンス」

 

「お疲れ様だねぇ…そうだ、いいものをあげよう」

 

そう言うとクサカベさんは木の水筒とコップを取り出し僕らに差し出す。

 

「ハーブティーだよ。この辺りの水辺で取れるんだ」

 

そう言うとクサカベさんが自分のコップにそれを注ぎ、飲んで見せた。

 

「うん、我ながら美味しい」

 

それを確認して、僕とソウさんも口をつける。

 

「あ、美味しい」

 

「ソーナンス」

 

優しい、落ち着く味がする。

 

「平時と違って、水って煮沸してもどうしてもコケ臭いことがあるからさ、こうしてお茶にすると臭いが気にならないんだ。旅の途中で茶葉か何かを手に入れたら試すといいよ」

 

「なるほど…」

 

ここ数日僕たちはコケ臭い水しか飲んでいない。なるほどこういう方法もあるのか。エンジンシティに入ったら何か残されていないか探ってみよう。

 

「お茶、ご馳走になっちゃってすいません。僕から返せるものがないんですけど…」

 

「いいさいいさ、私が勝手に振る舞ったんだ。それより、道中の話を聞かせてくれないか?南から来たんだろ?」

 

「そんなことで良ければ…とはいえ旅を初めてまだまだ短いんですけど…」

 

 

 

 

 

「なるほど…ハロンもブラッシーも無人か…。それに狙撃手ねぇ…」

 

「エンジンシティの人口はどうなっているんですか?かなり大きい街だと思うんですけど」

 

「少し前までは住民がいたけど…多分もう誰もいないんじゃないかな」

 

「ソーナンス…」

 

クサカベさんと話している間、ソウさんは暇なようでタンポポを毟っている。そして食べた。食べることができる野草ではあるが、そんなに美味しいものだとは思えない。しかしソウさんは事あるごとにムシャムシャ食べている。

 

「タンポポの根っこも代用コーヒーになるんだよ」

 

「話は聞きますけど作り方はわからないですね…」

 

「後で教えてあげよう」

 

 

 

「カイ君は、キョダイマックスって見たことあるかい?」

 

クサカベさんは風景を描きながら僕に問いかける。

 

「小さい頃テレビで見たことはありますけど…生で見たことはないですね」

 

「元々キョダイマックス出来る個体が珍しいからね。僕も生では見たことがない」

 

おそらく相当長い期間このワイルドエリアを彷徨っていれば遭遇することもあるだろう。しかしこの魔境と化した今のワイルドエリアでの滞在は危険が多すぎる。そこまでするメリットがない。

 

「僕はね、待ってるんだよ。キョダイマックスをね。それを描きたい」

 

「…でも、キョダイマックスポケモンと接触するのは難しい。それに接触したとしても危険すぎる」

 

「そうだろうね。私にも味方はいるが…対抗は出来ないだろう」

 

懐からボールを放り出す。久々に見た、モンスターボールだ。

 

「クー!」

 

ピンク色の小熊。ヌイコグマだ。

 

「ま、可愛いがね」

 

ヌイコグマはクサカベさんの膝に丸まって昼寝を始める。撫でようとしたクサカベさんの手は払われた。痛そうだ。

 

「イテテ…でもね、今日は来るはずなんだ。よく晴れた花の咲く日、それに今日はガラル粒子が濃い。ほら、来るよ」

 

クサカベさんが視線を送った先、あれは巣穴か何かだろうか。その部分の空間はわずかに淀み、何かが穴から溢れ出る。

 

「紫の光…」

 

天まで届く紫の柱、圧倒的なエネルギーの奔流、これが、キョダイマックスの力。

 

「あまりに濃いガラル粒子は紫の光に見える。そしてそれに当てられたポケモンはダイマックスするんだ」

 

風が吹く。立っていられない程の突風が吹く。

 

「ソォナンス!?」

 

ソウさんが驚き、駆け寄って来た。

 

紫の光がほんの小さなポケモンを何倍にも膨らませていく。青白く眩く光るその翼は恐ろしい殺意を秘めながら、それでいて美しい。

 

「バタフリー…キョダイマックスの姿……娘が言っていた通りだ…」

 

クサカベさんはその姿を見て、立ち尽くし、そしてスケッチブックとペンを走らせ始める。

 

「クサカベさん、ここは危険だ!逃げよう!」

 

あの大きさは恐らく全長20mはあるだろう。あれほどの巨体の生物が無害なはず無い。しかしクサカベは聞き入れなかった。

 

「逃げようって…痛っ!」

 

力づくで引っ張るがヌイコグマが邪魔をする。

 

「ご主人様の邪魔はさせないってことか?」

 

キョダイバタフリーはこちらを見ている。…恐らく、力が有り余った暴走状態で。

 

「ソォォォォォォナンスッ!!!!」

 

ソウさんは不思議なベールを僕らの周りに展開する。『しんぴのまもり』だ。

 

ヌイコグマはクサカベさんの前で『まもる』。

 

僕は急いでトゥクトゥクのバックを探る。戦闘は避けられない、しかも

ソウさんは虫タイプが弱点だ。僕がカバーしなければ。

 

『ピィィィィギュゥゥゥゥ!!』

 

バタフリーは突風を起こし、鱗粉を撒き散らす。その鱗粉がまるで無数の蝶のような形を作り、僕らに殺到する。

 

「…キョダイコワク。美しい技だ」

 

クサカベさんはその技に感動している。美しさは理解できるが今はそんな場合ではない。

 

「ソウさん食べろ!」

 

ソウさんに投げつけたのは一種類だけ取っておいたレアなきのみ。タンガの実だ。

 

「ソーナンス!」

 

ソウさんは直接口でキャッチし、咀嚼する。相当辛いので顔は歪むが、仕方ない。

 

タンガの実はどういう理屈かは知らないが、むしタイプの攻撃を弱める効果があると言われている。

 

 

 

無数の蝶の鱗粉がソウさんに殺到する。

 

 

 

「ソォォォォォォナンスッ!!」

 

対するソウさんは『ミラーコート』。

 

鱗粉の蝶は神秘のベールを通りその色を変える。毒性が失われた。

 

しかし威力が弱まるわけではない。ソウさんが正面から鱗粉の蝶を受け止める。

 

「ソォォォォォォォ…」

 

タンガの実で威力を抑えているとはいえ、元が絶大な威力だ。ソウさんも苦悶に満ちた表情を見せる。

 

「ォォォォォナンスッ!!!」

 

しかし、耐えきる!

 

「お返しだ!」

 

ソウさんが受けたエネルギーを倍にして返す!

 

「ソォォォォォォォナンスッ!!」

 

鱗粉の色が残る黄緑のエネルギーが放出される。一直線に飛んだ園エネルギーはバタフリーに直撃!巨蝶を地に墜とす!

 

「ナンスッ!」

 

誇らしげなソウさんの口にオボンの実を突っ込む。

 

バタフリーはその身を縮め、通常の大きさに戻るとどこかに飛び去ったようだ。ソウさんが無意識にかげふみしてしまわない様に抑え込んでおく。

 

「…すまないね、我を失った。守ってくれてありがとう」

 

クサカベさんはスケッチブックを置き、頭を下げる。

 

「…詫びとして食料分けてください。あとトゥクトゥクをエンジンシティに入れると手伝って。この街階段登らないと入れないから」

 

「手厳しいなぁ」

 

「破格です」 

 

缶詰といくつかきのみを受け取った。このくらいは当然だろう。

 

 

 

 

「それで、そこまでして描いた絵はどうなったんですか?」

 

「ああ、いい感じに描けたよ」

 

覗き込むと、先程まで描いていた風景に巨大な蝶が描かれている。まるで実物をそのまま落とし込んだようなリアルさがありながら、本物よりも更に荘厳に、美しい姿だった。

 

描かれた巨蝶と立ちふさがるソウさん。頼りがいのある背中だ。それを眺めている人影は…誰だ?

 

人数が多い、僕以外に二人いる?

 

「見えるんだよ、未だに」

 

「…」

 

「娘がね、蝶が好きだったんだ。このワイルドエリアにも家族でよく来たよ。もちろん安全には気を使ってね」  

 

ああ、この人もまた、僕を見ていない。

 

「結局娘と共にあのキョダイバタフリーを見ることはなかったがね」

 

愛おしそうに絵の中の少女を撫でる。10歳くらいだろうか。その隣には優しそうな女性だ。

 

「カイ君にとっては、だからなんだと合う話だがね」

 

「いえ…」

 

「私がバタフリーを描くことで何かになるわけじゃないが、それでも私の生きがいだったわけだ。消えた家族と繋がれた気がしたからね」

 

だが、クサカベさんはもう描いてしまった。

 

「ああ、だから今のこの瞬間生きる目的がなくなってしまった」

 

「…」

 

「でも、まだ生きようと思う。どうせいつか消えるんだ。それまでに娘と妻が見れなかった景色を描いて、土産にするんだ。いっぱい絵を抱え込んで、それでいつか、消えるさ」

 

「いいと思います、凄く」

 

「ソーナンス!」

 

消滅と死、どちらが残酷か。母の死に目に僕は思った。

 

家族を消滅に奪われた父親はきっと、絶望の底に沈んだだろう。それは間違いなく残酷なこと。

 

それでも彼は立ち止まらず、生きようとしている。

 

「カイ君が生きる理由はなんだい?」

 

「…漠然としていて、上手くは言えないですけど。…誰よりも自由に生きたいと思って旅をしています」

 

「…この時代、生きる意味ってのは凄く重要だ。自分が何故生きているか、忘れちゃいけない、無くしちゃいけない。あまり参考にはならないかもしれないけどね」

 

「いえ、肝に銘じます」

 

「…ソーナンス」

 

「クー!」

 

ポケモン2匹が鳴いた。

 

「あらら、ほっといてごめんね」

 

風が吹いた。優しい風だ。

 

「さて、それじゃトゥクトゥク上げるの、手伝ってもらいましょうか!」

 

「…肉体が衰えてるから過度に期待はしないでね」

 

 

 

 

「さて、行こうかソウさん」

 

「ソーナンス!」

 

あたりはまだまだ明るい。街に入って探索が出来る。

 

ソウさんはいつの間にかニット帽を被っている。大きな街に入るためのオシャレだろうか。

 

「さて、今後の健やかな旅のために、茶葉でも探しに行こうかね。もしくはコーヒー」

 

「ソーナンスッ!!」

 

ワイルドエリア突入から7日、突破成功。まだまだ旅は始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

「さて、噂によればまどろみの森には凄く珍しいポケモンがいるらしい、描きに行ってみようかな」

 

「クー!」

 

「どこかに乗り物があれば便利だけど…当分は徒歩か」

 

ワイルドエリアの草原、その真ん中、男とヌイコグマは立っていた。

 

「まあいいさ、時間はまだまだ残ってる」

 

「クー!」

 

そしてこの日、また一人、旅人が生まれた。




時系列的にはキョダイマックスと初対面です。

終末ガラルメモ
キョダイマックス
キョダイマックスポケモンは終末ではかなりレアなポケモンのようです。原作ゲームでもキョダイマックス個体を見つけるために長時間レイドバトルを繰り返した方も多くいるでしょう。それだけ長時間ワイルドエリアを彷徨わなければ出会えないのならば、長時間彷徨うと命の危険がある終末ワイルドエリアでキョダイマックスに出会うのは至難の業なのではないかと思います。

ちなみに僕はキョダイマックスゲンガーに一切躊躇なくマスターボールを使いました。


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魔境帰還と二人

最近順風満帆なせいで筆が進まないけど投稿です。適度に心が追い詰められないとノスタルジックに書けない…


ワイルドエリア後半、ストーンズ原野にて。

 

「ソウさん…これどうする…」

 

「…ソーナンス」

 

諦めろと言わんばかりに肩を叩かれる。

 

おかしい、もう二度とワイルドエリアには踏み入れないと決めていたのに…。何故か僕たちはまたワイルドエリアにいる。しかも北側、後半、今までいた場所が可愛く見える程の、本当の魔境。

 

周囲には砕かれた岩石と土砂。そして土砂降りの雨。

 

「…さよなら…文明」

 

「…ソーナンス」

 

文明なんか元からさよならしてるだろと言わんばかりにソウさんに尻を叩かれる。

 

「はぁ…」

 

ため息は砂と共に消えていった。

 

 

 

 

話は数時間前に遡る。

 

僕たちはバウタウン駅のフレンドリィショップで物資を漁り、線路を通ってナックルシティを目指していた。

 

「あー、やっぱりこの沿線は景色が綺麗だね」

 

「ソーナンス!」

 

ガラル鉄道は観光列車としての側面もあったのだろう。線路を横は崖になっていて、ワイルドエリアの大自然が一望でき、いい景色だ。

 

ブラッシータウン駅で食べた駅弁を思い出す。駅弁と言っても今食べている食料と内容に変わりはないのだが。

 

ソウさんはエナジーバーを齧りながら景色を眺めている。懐かしむような目だ。

 

バウタウンのロトム達の協力があり、現在の僕達は絶好調。バウタウンに残っていた食料は以外にも多くお腹もいっぱい、蓄えもある。大きな街だったので燃料補給もバッチリだ。ウォッシュロトムがトゥクトゥクの車体もバッチリ洗ってくれた。ついでに僕らの身体も洗った。

 

清潔、健康、バッチリ尽くしで最高だ。

 

「そして天気もいい!」

 

「ソーナンス!」

 

絶好の旅日和である。

 

「…ソーナンス!」

 

そんなとき、景色を眺めていたソウさんが声を上げた。

 

「どうした、ソウさん?」

 

チラリとソウさんの様子を見ると、その視線の先には紫色の光柱が見えた。ワイルドエリア内だが、かなり近い。

 

「…ダイマックスだな」

 

「ソーナンス!」

 

ワイルドエリアにおいてダイマックスポケモンは驚異だ。とはいえ、光の発生源と今走っているガラル鉄道の線路はかなり高さの差がある。そう簡単にダイマックスの影響を受けていたのならば鉄道の運行に支障だらけ、まさかダイマックスしたポケモンが線路まで手を伸ばすことはないだろう。

 

「でも消滅起こる前からウールーに線路邪魔されたりすることよくあったよな…」

 

思い返せばガラル鉄道の経営は適当だった気がする。ポケモン第一で電車を止めまくっていた。電車が止まってもそらをとぶタクシーが発達しているため大した影響が出ないと思っていたフシがある。

 

いつかの鉄道職員が書いていた架空路線図に地下鉄が多かったのもそのあたりが理由だろうか。地下ならディグダなど一部ポケモンを除いて邪魔は少ない。

 

「…早いところこの場を離れよう、嫌な予感がする」

 

流石にどんなにポケモン第一の運営をしていても、人命に関わることまでは無いように対策しているだろう。例えばダイマックスしたポケモンが線路に侵入して破壊するような事態には対応していただろう。ガラル鉄道だって馬鹿ではない、ワイルドエリア内でダイマックスしても線路に接触出来ないくらいの場所に線路を敷設している…だろう。だろう尽くしで心配が絶えない。

 

 

 

その瞬間、視界の端に巨大な鼻が見えた。

 

 

 

「おわぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

ブルドーザーのような頑丈な鼻が先ほどまで走っていた橋に叩きつけられ、線路ごと破壊、土砂崩れを起こす!

 

「ソォナンス!!?」

 

「キョダイマックスダイオウドウだ!大きすぎるだろ!?」

 

通常のダイマックスなんかよりも遥かに大きいキョダイマックスダイオウドウだ。ガラル鉄道の想定の範囲を遥かに超える大きさである。

 

「捕まってろソウさん!!」

 

「ソーナンス!!」

 

スロットルを開ききり、全速力で逃げる!

 

ダイオウドウと目があった、完全にこちらを狙っている。野生のキョダイマックスポケモンはエネルギーを持て余し破壊衝動に駆られることが稀にあるが、ちょうど目の前にいた僕達を対象にするとは…。最近調子が良かったツケにしては大きすぎではないだろうか。

 

「ソウさん、あの攻撃カウンターで返せる?」

 

「ソォォォ!!!?」

 

無理なようだ。昔読んだ図鑑によるとダイオウドウが本気を出せば山一つ吹き飛ばせるエネルギーがあるらしい。流石のソウさんもそれは跳ね返せないだろう。

 

線路を地面ごと破壊した鼻が、

再び持ち上がり、鋼色のエネルギーがそこに集まる。

 

「噂をすれば…!」

 

例の山一つ吹き飛ばすキョダイマックスしたダイオウドウの技、『キョダイコウジン』だ。

 

「…ソーナンス」

 

穏やかな顔で手を合わせるソウさん。諦めの境地だろうか。

 

「死ぬべき場所はここじゃないと思うぞソウさん!」

 

振り上げられた鼻が、一気に振り落とされる!

 

「頼むッ!!!」

 

ブレーキを踏み切り、ハンドルを切る。祈りのスライドブレーキだ。

 

ガリガリと地面とタイヤを削り、土煙を吐きながら急停車。ダイオウドウは急減速に対応出来ず、先の線路を地面ごと破壊する!

 

「危ない…」

 

間一髪で攻撃を避けることが出来た。

 

その時、地面がメキメキと嫌な音を出す。まるで悲鳴のような音。その発生源は足元に大きく刻まれた亀裂が物語っている。

 

「ソーナンスッ!!?」

 

「マズい土砂崩れぇ!!!」

 

直撃こそしなかったものの地面には大きなダメージが蓄積していた。その亀裂は更に広がり、揺れが大きくなっていく。

 

「逃げッ…」

 

逃げる暇も無く景色が斜め上にスライドしていく。

 

「ソォォォォォォォ!!?」

 

「うわぁぁぁぁぁ!!!?」

 

崩れる地面、土砂の上に僕らはいる!

 

「舌噛まないでよソウさん!」

 

出来る出来ないじゃない、生きて旅を続けるならばやれることはやるしかない、スロットルを全開にし、流れる土砂の上でエンジンを吹かす!

 

遥か昔、ランセ地方辺りで崖を下ったポケモンとブショーがいたはずだ!ならバイクで崖を下れても不思議では無いはず!

 

「おおお、おおおおおおお!!」

 

土塊を踏み砕き、岩に乗り上げ、砂に巻かれる!奇跡的に体勢は崩れていない。ほぼ落下のような急斜面を勢いそのまま駆け落ちる!

 

いくら奇跡的に土砂を乗りこなしているとはいえこのままでは数秒後に地面に叩きつけられる!

 

「ソォォォォォォォナンスッ!!」

 

先程まで両手を合わせて来世の幸せを祈っていたソウさんが立ち上がる!

 

その瞬間、トゥクトゥクが一際大きい岩盤に乗り上げ、吹き飛ぶ! 

 

「おわわわわわわわ!!」

 

「ソォォォォォォォォ!!?」

 

投げ出されるトゥクトゥク、その方面にあるのは巨木、このままでは激突する!

 

「ソォォォォォォォナンス!!!」

 

ソウさんはトゥクトゥクから跳ね、全身をオレンジに輝かせる。カウンターの構えだ。

 

「ソウさん!?」

 

トゥクトゥクから半身を出し、激突する木に向かってカウンターを叩き込む!

 

その威力で勢いを殺す!木が粉々に砕け、ソウさんにも尋常でないダメージが返ってくる!

 

「ソォ…ナンス…」

 

投げ出された車体とソウさんはその場に落下!

 

 

 

 

『!!!???』

 

運悪く近くを通りがかったオニシズグモの脳天に直撃ッ!!

 

 

 

 

 

結果的には命は助かった。奇跡的な助かり方だ。

 

一定時間経ったおかげかダイオウドウの追撃はなく、どこかに消えていった。

 

最後の最後でクッションになってくれたオニシズグモには全力の治療を施す。相当高レベルの個体だったようで命に別状は無かった。こちらが殺されかけたがなんとか許してもらえた。

 

雷雨のストーンズ原野、ボロボロの旅人とボロボロのソーナンス、ボロボロのトゥクトゥクとボロボロの荷物。

 

奇跡的にボロボロになるだけで済んだ。

 

だが、全てがボロボロの状態で突然投げ出されたのはワイルドエリア後半、ストーンズ原野。これまでとは比べ物にならない化物がウヨウヨいる魔境。

 

そこらへんをほっつき歩いていたオニシズグモですら重量物の直撃を食らってピンピンしている魔獣じみたポケモン達、これまで以上に多様な天候、増えるキョダイマックスポケモン。

 

 

 

「ソウさん…これどうする…」

 

「…ソーナンス」

 

諦めろと言わんばかりに肩を叩かれる。生存率など考えたくもない。

 

おかしい、もう二度とワイルドエリアには踏み入れないと決めていたのに…。何故か僕たちはまたワイルドエリアにいる。しかも北側、後半、今までいた場所が可愛く見える程の、本当の魔境。

 

周囲には砕かれた岩石と土砂。そして土砂降りの雨

 

「…さよなら…文明」

 

「…ソーナンス」

 

ロトム文明の力で絶好調だったトゥクトゥクは砂にまみれボコボコになっている。綺麗だった僕らの身体もボロボロのボコボコだ。

 

フラリとソウさんが倒れた。すぐさま潰れたオボンの実を口に突っ込み、残り少ないきずぐすりを振りかける。

 

「……よし、生きるか!!」

 

「…ソォ…ナンス!」

 

ヤケクソ気味に天に向かって叫ぶ。

 

 

 

地獄のワイルドエリアサバイバルは、もう少し終わりそうにない。




前回ワイルドエリアから脱出しましたが結局後半もサバイバルします。

ちなみに次回は例のごとくワイルドエリア突破後の物語の予定です。


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水没都市と二人

ワイルドエリア突破後のお話です。


「これは…なんというか凄いな」

 

「ソーナンス…」

 

ここはナックルシティ、中世の城壁を活かした歴史ある街。しかしその堅牢さに面影は無い。

 

城の内部から水が溢れ、その水は街へと注がれる。城を囲む堀からは既に水が溢れていた。石畳の歩道はもはや水路のようにも見える。

 

サラサラと溢れ出る水はそのままワイルドエリアへと流れていった。僕達は流れと深い水たまりを避けつつトゥクトゥク(屋根付き三輪バイク)を走らせている。僅かばかりに残る道を探して走らねばならない。

 

「走る場所を考えないといけないな…」

 

街の一部は完全に水没しているように見える。進めない場所も多い。

 

「洪水…?いや、違うな。この近くに氾濫するような川はないはず」

 

ジャバジャバと巨大な水溜りを走りながらポケモンセンター跡地へと進む。

 

特徴的な屋根が見えた。しかしその建物の入り口も半分が水に浸かっている。少し離れた場所にある城壁の上にトゥクトゥクを停め、水を掻き分けながらポケモンセンターに侵入した。

 

「…ここまで水が来てるのか。これじゃ機械類は全滅だな。期待はしてなかったけど」

 

ポケモンセンター内は膝上くらいまで水が溜まっている。動きにくい。奥から壊れたモンスターボールが流れてきた。

 

「…ソーナンス」

 

ソウさんも水浸しの帽子を掴んでガッカリしているようだ。

 

「比較的綺麗な水なのが救いか…汚水だったら目も当てられない…」

 

「…ソォナンス!?」

 

ソウさんがコケに足を取られて派手に転んだ。バシャンと水が弾ける。

 

「…この街じゃ飲水には困らなそうだね」

 

適度に苔の生える水は飲める。

 

ボケモンセンター内の食料品は全滅していたが医薬品は少し残っていた。いいきずぐすりが数回分、抗生物質も手に入った。

 

しかしここでは休息出来そうもない、どこかに水の侵入していない休める場所はないだろうか。

 

街の中心には先程見た特徴的な城がある。かつての城を改装したジムであるそうだ。開け放たれた門から水が湧き出ているようだ。

 

「なんでそんな場所から水が」

 

「ソーナンス!」

 

水の流れを眺めているとソウさんがなにかに気づいたようだ。

 

「…そっちは水が少なそうか。わかった」

 

街の中心部が際も水が多い。この辺りに長居するのは得策でないだろう。ひとまず西のエリアに移動することにした。

 

「…まるで水の都だな」

 

昔テレビで見たが、ジョウト地方にはアルマトーレという街があるらしい。別名水の都と呼ばれており、街中に水路が張り巡らされているそうだ。

 

このナックルシティは水路があるわけではなく単に水没しているようであるが、雰囲気は似ていなくもない。太陽に反射する流水は美しい。

 

塀の上でトゥクトゥクを走らせながら、新たな水の都の景色を楽しむ。水中ではコイキングやサカシマスが泳ぎ回っている。

 

かつて人の往来であっただろう石畳の道路は今や水ポケモンの往来だ。人は道の橋を少し使わせてもらうことしか出来ない。人の街なんてもうどこにも存在しないのだ。

 

「ソーナンス!」

 

ソウさんの手を指す先にはまたポケモンセンターがあった。

 

「流石大きい街なだけある、ポケモンセンター2軒目だ」

 

しかもこの辺りには水も少ない。トゥクトゥクを停め、本日二回目のスカベンジだ。

 

「お邪魔しますー」

 

こちらのポケモンセンターに水没の気配はない。

 

「…おお、凄いぞソウさん!電気が通っている!」

 

「ソーナンス!」

 

ポケモンセンターに備え付けのパソコンが緑色のランプを灯している。これは今までに見られなかった光景だ。

 

「…凄いな、この水で水車を回して発電しているんだ」

 

道中、水路に手作りの木製水車があった。おそらく消滅後にこの街の住民が作ったのだろう。小規模な水力発電だ。

 

『…ロト?』

 

突然パソコンが起動する。

 

「ソーナンス!?」

 

「ロトムだな、パソコンの中で寝てたみたいだ」

 

「ソーナンス?」

 

パソコン画面からロトムが出現し、体表のスパークで暗い室内を照らす。

 

「あー、気に触ったなら出ていく、寝てるところを邪魔してごめんな」

 

『気にしちゃいないロト。久々の人だロト』

 

「ソーナンス!?」

 

「このロトムは話せるのか!凄いな」

 

ロトムが入り込む機械の一部には会話機能を組み込んでいるものがある。ロトム図鑑やロトムスマホなどには会話機能が実装されているようだ。

 

「えーと、ここにある物資を分けてもらってもいいかな?」

 

『好きにするといいロト。でもなーんにも残っちゃいないロト』

 

事実何も残っていなかった。ボロ布一枚も残らないすっからかんである。

 

『水に沈んでる街の中央ならまだ何か残ってるかもしれないロト』

 

「中央は…難しそうだな」

 

どこもかしこも水に沈み、トゥクトゥクでは移動できそうにない。探索するには生身で泳ぐしかないが、それほどの長時間泳ぎ続ける事ができる自信はない。

 

「ソウさんは泳げる?」

 

「…ソーナンス」

 

顔を横に振っている。何となく水に浮きそうな体なのでソウさんを浮袋代わりにしてやろうと考えたが無理そうだ。

 

「そもそもなんでこんなに水が溢れているんだ?」

 

『地下水だロト。ジムの地下から湧き出ているんだロト。人間がいた頃は毎日汲み出していたけど、人が消えてからは溢れているんだロト』

 

「ジムの地下…」

 

『機能停止したエネルギープラントがあったロト』

 

「…まあどっちにしても中央まで探索に行くのはちょっと厳しいな」

 

『しょうがないロト。取引ロト』

 

「取引?」

 

『そのバイクを載せられるボートがあるロト。それを使わせてやる代わりに、ジム内にある機械を取りに行くのを手伝うロト』

 

ロトムはパソコンから接続を切るとふよふよと外に飛んでいった。それを追いかける。

 

パソコンが切れるとロトムの声も消えた。

 

「ああ、そうか。ロトム自身には会話機能無いから、パソコンが無いと話せないのか」

 

「ソーナンス」

 

ソウさんは既にトゥクトゥクに乗り込み後部座席で準備をしていた。僕も運転席に乗りロトムの後を追う。

 

数分間走ったところで、ロトムが止まる。街の中央に近い地点だ。水の量も多い。

 

一度トゥクトゥクを停める。ロトムは浮遊しながら半分が水に沈んだ小屋の前で待っている。あの中にボートがあるようだ。

 

「ソウさんはトゥクトゥクで待ってて。ちょっと行ってくる」 

 

ズボンを捲って水に入る。尖ったものを踏むのは怖いので靴は脱がない。

 

「おお、冷たい冷たい」

 

寒さ深まってくるこの時期にこの水温は辛い。早くボートを出そう。

 

『ビリリリ…』

 

「このシャッターを開ければいいんだな」

 

水中でシャッターを掴み、持ち上げる。

 

「お……もっ!」

 

少しだけ持ち上げ、足で瓦礫を挟み込ませる。もうひと踏ん張りだ。腰を落とし、一気に持ち上げる。

 

「よいしょぉっ…とおばばばば!」

 

シャッターを開ききった途端、急に水が流てきた。

 

「痛っ!」

 

そして船が流されて僕にぶつかった。

 

「いてて…」

 

「ソーナンスー!?」

 

遠くからソウさんが僕の事を心配するような声を上げる。

 

「大丈夫、ちょっと頭ぶつけただけ!」

 

頭をさすりながらボートを見る。バイクなら3台くらい余裕で積めそうに見える。

 

小屋に取り付けられていたハシゴを登り、ボートに乗る。なるほど、船首は上陸とともにパタンと倒れるタイプだ、そのまま桟橋になるためトゥクトゥクなら容易に積み込めるだろう。

 

ボート後方に積まれたモーターが動き出す。ロトムが入り込んだようだ。僕はおそらく舵を操作するであろうレバーを掴んだ。

 

ババババとモーターが唸り、船が動く。快速な動き出し。

 

「ソウさんー!」

 

「ソーナンス!!」

 

ガリガリと波打ち際に乗り上げる。そのままパタリと船首が倒れた。予想通りの働きだ。

 

船首の桟橋を渡り、トゥクトゥクを動かす。エンジンを掛け、ゆっくりとボートに載せる。

 

「…ふー。これでオッケーだ」

 

ソウさんと二人で桟橋を引っ張り上げ、波打ち際を蹴飛ばす。ガリガリと耳障りな音を出しながら、船が動き出した。

 

すこし水深の深いところで船首の方向が反転する。ロトムのモーターも再び唸り始める。

 

時刻は昼下がり、太陽の光が水面に反射する。タマンタが跳ねる、ソウさんは船の縁に腰掛け、ギターを取り出した。

 

巨大な城が見える、これから目指す場所だ、迷いようがない。

 

波間を揺蕩うようなメロディ、アコースティックギターの音色と波音が心地良い。

 

「まあ、ゆっくり行こうか」

 

無人の水没都市を進む船が一隻、舟歌は、誰一人として聞くものはいない。

 

僕らと、歌と、水だけの世界だった。




終末ガラルメモ
地下水
ニューヨークの地下鉄では毎日ポンプで地下水を吸い上げているらしいです。もし人類が滅亡すればニューヨークの地下鉄は2日で水没するとか。同じく地下にぽっかり穴が空いているナックルシティも地下水に悩まされているのではないかなと妄想し、ナックルシティは水に沈みました。あの地下はエネルギープラントになっているので平時は冷却水にでも使っているんじゃないかなーって思います。


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歴史と小さな写真家と二人

前回の続きです。


改めて見ると見事な城だ。翼のような構造物の役割は全くわからないが。ナックルシティの城塞を下から眺めながらそんなことを考える。

 

歴史には疎いので断言は出来ないだろうが、おそらくこの城は平和な時期に建てられたのだろう。本来城というものは防衛の為の要塞である。戦いの為に機能的な構造を目指すだろう。ならあの構造物の意味はなんだろうか。恐らく、影響力や威圧感、城の主の力を示すものだろう。古来より巨大な翼というものには強い力を示すものであった。

 

「…その力を示す相手も、いないけどね」

 

僕たちはボートに揺られ、その城を目指している。いつも通り僕とソウさん、そしてこのボートを動かすロトムがいる。

 

ふと見た急な階段では水車が回っていた。小規模な水力発電だ。最近まで人間が住んでいたのだろうか。

 

ちゃぽんと、コイキングが跳ねた。昔のポケモントレーナーは釣り竿でポケモンを釣っていたそうだが、ここでなら入れ食いな気がする。釣りをする理由もないのでやらないが。

 

ソウさんは船尾でギターを奏でている。上機嫌なようだ。

 

美容室、喫茶店、ブティック、沈んだ店の横を通り過ぎる。エンジンシティの喫茶店を思い出す。また、コーヒーが飲みたくなった。後でこの光景を眺めながらコーヒーでも淹れよう。せっかくこれだけ綺麗な水があるんだ、きっと美味しいコーヒーが出来るだろう。

 

そうこう考えているうちに、気がつけば城の目の前だ。ロトムのモーターが力強く唸りを上げた。

 

「ソォ!?」

 

急加速に驚き、ソウさんが転んだ。ボートは流れに逆らって城の内部へと進んでいく。止まることなく場内から流れる地下水だが、急流という訳ではない、流れに逆らって進むのはさほど難しいものでは無さそうだ。

 

城門を抜け、城の内部に侵入する。石造りで良かった。木造ならばこのあたりはとっくに腐り落ちていただろう。

 

流れが安定した。水源は思ったより城の手前だったのだろう。

 

ガリリリ、と船底が鳴る。手頃な柱にもやい綱を結び、ボートを固定した。奥は暗くなっているため、トゥクトゥクからランプを取り出しておく。

 

ソウさんはライト付きのヘルメットを被っていた。暗闇で暮らすソーナンスにライトが必要なのかは甚だ疑問だが、恐らく本人は雰囲気で付けているのだろう。

 

モーターからロトムが飛び出し、先導してくれるようだ。バチバチと纏うプラズマが僅かに辺りを照らす。光源には困らなそうだ。

 

薄く水が広がった床に降りる。

 

「よし、このあたりから物資を見ていこうか」

 

「ソーナンス!!」

 

この城は元はジムだ、併設されていた店もあるだろう。その予想が当たり、早速缶詰を一つ見つけた。腐食も膨らみも見られない、問題なさそうだ。

 

「ソォォォナンス!」

 

ソウさんが何か騒いでいる。抱えているのは一斗缶のようだ。バイオ燃料だ、ありがたい。ロープを使ってソウさんに背負わせておこう。

 

そうこうしていると、ロトムが目の前でバチバチとスパークを起こしてきた。早くついてこいという意味だろうか。

 

『ジジジジ…』

 

「先にロトムの目的を果たせと…言いたげだな」

 

『ジジ…!』

 

正解のようだ。

 

「ソウさん、取り敢えずロトムについていこうか」

 

「ソーナンス!」

 

しかし油をロトムに近づけると爆発する恐れがあるため一度トゥクトゥクに戻って缶だけ置いてきた。ロトムはさらにバチバチとしていたが、無視した。

 

『ジジジジ…』

 

「悪かったって…」

 

平謝りしながらロトムに付いていく。ソウさんは道中見つけたビスケットを齧っていた。カビでも生えていないか心配である。

 

『ジジジジ…』

 

ロトムが止まる。その先にあるのは扉だ。スタジアムの控室だろうか。

 

『ジジジジ…』

 

「ここに入れってこと?」

 

『ジジ』

 

恐らく、この扉を開けるために僕をここへ連れてきたのだろう。ロトムはゴーストポケモンであるため、壁ならすり抜けられるように思われるが、彼らの本質は幽霊ではなく電気だ。電気を通さないものはすり抜けることができない。

 

「だからロトムだけじゃ入れなかったって訳か」

 

『ジジ…』

 

そのようだ。僕は扉に手をかける。ごく普通のドアだ。ロトムは機械を取りに行くと言っていたが、この部屋には何があるんだろうか。

 

ガチャリ、とごく普通にドアは開く。部屋の中もごく普通の部屋だ。

 

「お邪魔します…」

 

「ソーナンス」

 

普通のイス、普通の机、普通のロッカー。ごく普通の控室。

 

ただ一つ目についたのは、机の上に置かれたスマートフォンだった。

 

 

 

手に取ろうとすると、ロトムがそのスマホに入り込み起動させる。

 

「それが目当ての機械?」

 

『…そうだロト』

 

スマホに入り込んだロトムは机から少し浮遊し、目を瞑る。

 

『ご主人様の…スマホだロト』

 

「…そうか」

 

きっとロトムにとって大事なものだろう、あまり踏み込むのも良くない。そう考え、ソウさんと共に物資を漁ろうと振り返った。

 

『待つロト、お前にもこれを見て欲しいロト。きっとご主人様もそれを望んているロト』

 

ふよよ、とロトムが付いてくる。そのまますっぽりと僕の手のひらに収まった。使い込まれた感触だ。手に馴染むような感覚がある。

 

画面を覗くと自動で画面が映る。写真フォルダのようだ。最初に映ったのは、自撮りだろうか。オレンジ色のバンダナが似合う、褐色肌の青年だ。悔しそうな、無理やり作ったような笑顔が見て取れる。

 

ガラルでは有名人だ、ぼくでも知っている。ジムリーダーのキバナだ。

 

数枚スクロールしていくが、どれも悔しそうな表情をしている。隣に写っているのもどこか悔しそうなポケモンだ。ボロボロのフライゴンがカメラ目線で倒れている。

 

「負けたときの…自撮り?」

 

「ソーナンス」

 

いつの間にかソウさんも横から覗き込んでいた。

 

何枚かスクロールしていくと、ポケモンたちとともに写った写真も増える。こちらはとびきりの笑顔だ。ポケモン達もどこか嬉しそうだ。フライゴンに抱えられて空を飛び、キョダイマックスしたジュラルドンと自撮りしている。中々高度な技術だ。きっとバトルの後に撮影したのだろう。

 

途中からはオシャレな姿での自撮り、トレーニング中の自撮りが増えてくる。時々砂嵐しか見えない写真もあったが、ギリギリピースサインをする指先だけ見えた。もちろんバトル後やバトル中の写真も数多くある。

 

その後も笑顔の写真が多く続く。

 

「楽しそうだね」

 

「ソーナンス!」

 

そして、写真と共に表示される日付が、その日に近づく。10年前のあの日、消滅が起こった日。

 

その日の写真は無かった。次の写真は最後の笑顔の写真から何日か経った後の写真だった。映っていたのは、深刻なキバナの顔と子供の後ろ姿だった。

 

その次の日は、無理やり笑ったような笑顔だった。無理やり笑ったキバナと、その隣にいるのはきっと住民たちだろう。

 

一日も欠かすことのない自撮りが続く。そのどれもが、他の誰かと写った自撮りだった。

 

『みんな、この街の住民たちだロト』

 

溢れ出る水と住民たち、子供は水遊びをしている。その水に流される瞬間を切り取った一枚、救出される瞬間を切り取った一枚、水浸しになった状態を切り取った一枚。

 

みんな笑っている。楽しそうに遊んでいる。

 

次の写真は、僕がこの目で見たナックルシティの姿だ。水の都と化した街とそれを眺める住民たち。住民たちは愕然としているが、キバナはどこか楽しげだ。

 

引っ越し、水車作り、発電。ここに残っているのはこの街の歴史だった。消滅と、その恐怖の中で強く生きる、この街そのものの姿でのだった。

 

「…強いね、彼らは」

 

「ソーナンス」

 

人の力は繋がりの強さだ。だが、その繋がりを自ら絶ってしまうのも人だ。だが彼らは最後まで繋がりを保ち続けた。キバナを中心として、彼らは消滅と戦った。だからこその社会性、技術だろう。美しく、逞しい人々の姿だ。

 

しかし、消滅は平等に訪れる。自撮りからは住民の人数が減ってくる。それでも、彼は一日も自撮りを欠かさなかった。必ず誰かと共に証を残した。

 

そして、最後の一枚。彼の目元は腫れていた。それでも、一連の写真の中で彼は一度も涙を見せなかった。最後の一枚まで決して涙は見せなかった。

 

場所は、ここだ。この場所だ。

 

正真正銘、最後の、笑顔だった。彼はきっと、ある意味消滅に勝ったのだろう。消滅が奪うのは人だけではない。繋がりすら奪う。彼はそれを繋ぎ止めた。繋ぎ続けて、彼は生きた。それは勝利だったと、僕は思いたい。

 

 

 

 

 

『一度も、ご主人様は涙を見せなかった。ボクにも一度も。最後の瞬間もボクは別の場所にいたロト。きっと、そんな姿を見せたくなった…んだと思うロト』

 

「…立派だよ」

 

『…ご主人様のことを…この街のことを…ただ覚えていて欲しいロト。誰よりも優しくて強かったこの街のことを』

 

スマホから手を話す。

 

「わかった」

 

そして、あるものを探す。ここは控室だ。すぐに見つかる。

 

そして、それを手に取った。

 

「でも、まだこの街の歴史に写らなきゃいけないやつが残ってるからさ」

 

不思議そうにふよふよ浮かぶロトムの前に、僕とソウさんが並ぶ。

 

『ああ、お前たちも撮らなきゃロト』

 

「それもそうだけど、まだ足りないよ」

 

そうして、今見つけた手鏡をスマホのカメラに向ける。そこに写ったのは、この街を見つめ続けたオレンジ色のスマートフォンだった。

 

 

 

「この街の歴史は君の歴史だろう?」

 

 

 

 

 

写真フォルダに、久々に自撮りが追加された。薄汚れた格好の青年とソーナンス、そしてその真ん中には、この街を見守る、小さな写真家が写っていた。そして、これからもきっと続いていく。この街と、小さな機械の写真家の風変わりな自撮りは、続いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一通りの補給を終え、城を出るとき、僕は怪しい輝きを見た。

 

「なんだろ、アレ」

 

ボートを停め、水を掻き分け、水に流されるそれを拾う。

 

「骨…にしては綺麗な色だな」

 

薄く輝く、紫色の物体だ。骨のようにも爪のようにも見える。何か不思議なエネルギーを感じた。

 

「…研いだらナイフになりそうだな。拾っておこう」

 

服で水気を拭き取り、バッグに入れておく。

 

「さて、ソウさん。この街は3つの道に分かれている。東西南北どこにでも繫がっている」

 

再び、太陽の元に僕らは出た。

 

僕らもまた、歴史を紡ぐ。個人的な、旅を続けていく。

 

「さあ、明日はどこに行こうか」

 

「ソォォォォォナンス!!」




エネルギープラントが沈んでるならアイツも沈んでるんですかね。

終末ガラルメモ
キバナについて
終末ガラルを生きたジムリーダー二人目です。彼のトレーナーカードから着想を得て今回のエピソードが生まれました。ガラルに何が起こっても、彼は自撮りを続けてくれる。それがみんなの希望になってほしいと思います。

そしてこの作品何かとロトムが出てきますが、ロトムを出すなら彼のロトムも出したいなと思ったのもこの話を考えた理由の一つです。



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紫の欠片と二人

幕間、何にもない日常回です。


朽ちて倒れた標識には「07」と記されている。ここは七番道路、旅の分かれ道。東に進めばルートナイントンネル、その先のスパイクタウン、北に進めば8番道路、遺跡の迷宮。その先にはキルクスタウン。

 

道の端にはトゥクトゥク(屋根付き三輪バイク)が停車している。今日はどこにも進まない日だ。西の空に雲は無く、空気もカラッとしている。雨は降らないだろう。移動というものは知らず知らずの内に体力を使っているものである。旅において何もしない日というのは案外重要だったりするのだ。

 

とはいえ、本当に何もしないのは暇だ。荷物の整理、備品の記録、道具の修理、やることはいくらでもある。

 

「ソウさんもやるか?お裁縫」

 

僕は地べたに座り、穴の空いた服をチクチクと補修する。問いかけにソウさんはまったく興味を示していない。そのへんに生えていたタンポポを齧りながらギターを弾いている。

 

「ソウさん、こういうことには全く役立たないんだよなー」

 

「ソーーナンスーー」

 

歌うのに忙しいと言わんばかりに声のボリュームを上げやがった。ソウさんは妙に手先が器用なのだから料理やら裁縫やら手伝ってくれてもいいのだが、さらさらその気はないようである。

 

さて、今僕はボロ布を使ってシャツを適当に補修する。布同士で色も合わせていないし縫い方も適当だ、オシャレさはない露骨な継ぎ接ぎだが、着るのはどうせ自分なのであまり気にしない。それにこの旅においてファッション性なんて必要ないだろう。

 

「そろそろ厚手の服に替えたいな。だいぶ寒くなってきた」

 

今はワイルドエリアで奪ったコートを着ているが、本格的な冬が訪れる前には更に暖かい上着が必要になるだろう。

 

「…裏地に綿敷き詰めるのもアリかなぁ」

 

旅の荷物はできる限り増やしたくないため、既存の服を上手く使いたい所だ。このコートを冬用に上手く生まれ変わらせることが出来るならそれに越したことはない。ワタシラガの生息地ってどこだっただろうか。…ああ、ワイルドエリアだ、諦めよう。もう二度と戻りたくない。

 

コートにも穴が空いていたため補修をし、ふとソウさんを見ると曲に釣られたマーイーカやフォクスライに囲まれている。ソウさんはあくタイプ苦手なので困惑しているようだ。まあ敵意が無さそうなので放っておいていいだろう。

 

僕の方には野生のニャイキングが絡んで来ているが軽くいなす。どうやら胸についているターフバッチが気になるらしい。輝くものが気になるのはニャースタチと変わらないようだ。

 

「…流石にそれは渡せないよ。これで我慢して」

 

ナックルシティで見つけた瓶の王冠を渡しておく。満足してくれたようで何より。

 

軽くじゃれながら一息つく。太陽が頂上に登った。そろそろ昼時かな。

 

 

 

「…食料の整理を始めた途端にこれだよ」

 

「ソーナンスーー!」

 

裁縫を一段落させ、昼食がてら食糧の整理をしているとソウさんは器用に自分で缶詰を開けて食べ始めた。…僕も残量確認したら食べよう。ナックルシティで補給したため、食糧は豊富だ。それに、その辺りににきのみがなる木もあったため心配はなさそうだ。

 

「…ん?なんだこれ」

 

整理した食糧をリュックに戻そうとすると、奥底に見慣れないものを見つけた。取り出してみると紫色の鋭い欠片だった。

 

「ああ、これか」

 

先日ナックルシティのジムで見つけた謎の欠片、30cmくらいの、光を紫色に怪しく反射させるその欠片には不思議な力を感じる。石や金属ではなさそうだが、手触りから丈夫さと鋭さを感じる。綺麗だったし、後で使えそうだったためリュックに放り込んだのだった。今の今まで忘れていたが。

 

「研いでナイフにしようと思ってたんだった。ご飯食べたら他のナイフと一緒に研ごう」

 

缶詰パンと一緒にきのみを食べ、水を汲んだバケツに砥石を入れておく。包丁の研ぎ方は母と暮らしているときに学んだ。社会崩壊後の金属製品は貴重だ、長く大切に使うべきである。

 

「ソウさんも研ぐ?」

 

「ソーーナンスーー」

 

またギターに逃げやがった。仕方ない、音色に合わせてナイフを研ごう。

 

紫の欠片は生物の爪のように鋭い。軽く研ぐだけで立派なナイフになりそうだ。シャリシャリと研いでいく。

 

 

 

 

気がつけば日が暮れていた。紫の欠片は想定していたよりも遥かに硬かった。物凄い時間を使ってしまったようだ。手元の欠片はなんとなくだがより一層輝きが増したように思える。本格的な柄は作れないため、丈夫な布を研いでいない部分に巻いて完成にしておこう。

 

「…まあこんなもんでいいか」

 

形は包丁に近い。元の形が欠けた爪のようであったため、それとあまり形は変わらない。もしかしたら本当にポケモンの爪だったのかもしれない。

 

「ソーナンス?」

 

ソウさんが様子を見に来たようだ。

 

「ソウさんも見る?包丁」

 

「ソーナンス…」

 

その刀身は薄紫に発光しているかのように光を反射する。そこにはどこか美しさすらもあった。

 

「試し切りでもしてみようか」

 

夕食のためにとっておいたきのみをいくつかカットしてみることにする。ナナシのみが手元にあった。

 

「うおっ…」

 

ただ実の上に刃を乗せたくらいの力しか堕していない筈なのに真っ二つに切れる。

 

「…ナナシって硬いきのみの筈…だよな?」

 

「…ナンス」

 

ソウさんが半分に割れたナナシを齧りながら答える。

 

「カゴのみもイケるかな…」

 

手持ちのきのみの中では最上級に硬いカゴの実でも試してみる。スッパリ切れた。とてつもなく硬いきのみがスッパリと。

 

「…はえー」

 

「…ナンスー」

 

試しに缶詰に刃先を突き立ててみるとスルッと刺さった。そのまま缶切りの要領で開けてみる。難なく開く。刃こぼれもない。

 

「…とんでもないものを拾ってしまったかもしれない」

 

缶詰と実を食べ終わると、すぐに周りの木を使って簡易的な鞘を作った。他のナイフ以上にちゃんと保護しないと危険そうだ。

 

「…まあ、便利だからいいか」

 

ありえないくらいの不思議物体だが、気にしないことにした。何で切ろうと今日のご飯は美味しかったのだ。

 

 

 

焚き火に薪を放り込もうとするが、手元に丁度いいサイズのものがなかった。紫のナイフで薪を割ってみる。難なく割れてしまうのだから仕方ない。なんとなくだが紫のナイフは不本意そうだ。

 

見上げた夜空には星が浮かんでいる。ソウさんはギターを抱えたまま眠ってしまったようだ。吸い込まれそうな夜空寂しくも、暖かい。人ひとり居ない自然の中で、孤独な宇宙に思いを馳せるのも悪くないだろう。

 

「明日はどこにも進もうかな」

 

独り言は夜空に溶けていった。




前回の最後に手に入れた紫の欠片を加工したらとんでもない切れ味の刃物が生まれました。凄い重要なアイテムに見えますが前回の話を書いている途中に突発的に思いついたため、今後物語に大きく関わるかは完全に不明です。ただ旅は多少楽になりそうです。何かと使いそうです。

終末ガラルメモ
紫のナイフ(正式名称未定)

ナックルシティの地下から流れてきた謎の欠片をカイ君が加工したものです。美しく濃い紫色をしています。刀身はまるで夜空のようとも例えられます。作中では元はポケモンの爪だったのではないかと考察されていますが詳細は不明。金属より軽く、金属より鋭い、ただの爪とは思えない程の切れ味を持っています。カイ汲んだ曰く不思議な雰囲気を持っている、とのことですがナチュラルにナタ代わりに使ったりしています。包丁サイズでナタ以上の働きが出来る作中最高のチートアイテムといっても過言ではないでしょう。

その正体は…?


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修理工と二人

男主人公を選んでしまったがばかりにマリィの衣装が着れないんですが…女装機能の実装はいつですか、待ってます任天堂さん。


トンネルをくぐると、そこはシャッターだった。ここはスパイクタウン、多くの店が雑然と並ぶどこかパンクな雰囲気の町、とのことだが…

 

「そもそも街が開いてもいないや」

 

「ソーナンス!」

 

街の入り口はシャッターで固く閉ざされている。そんな固いシャッターの前に停まっているのは一台のトゥクトゥク(屋根付き三輪バイク)。そしてその持ち主の青年とソーナンスだ。

 

「外からじゃ開けられそうにないな。裏口でも探すか…」

 

街の周りを軽く走ると、別の入り口は案外すぐに見つかった。その奥にはポケモンセンターが見える。

 

「お邪魔しまーす…」

 

例のごとくポケモンセンターの治療機械は壊れていた。他の街と比べても壊れっぷりが凄い。大爆発したような吹き飛びっぷりだ。パンクである。

 

「ソウさんーなんか見つけたー?」

 

フレンドリィショップを漁りながらソウさんに話しかける。

 

「ソォォォォナンスッ!!」

 

かなり興奮しているようだ。何か発見したのだろう。急いでソウさんに駆け寄るとソウさんの頭にモヒカンが生えていた。肩なんてないのに肩パットも付いている。全体的にトゲトゲしている。

 

「ソォーーッナンッスー!」

 

テンションが上がっているのは伝わる。伝わるが役立つものを見つけてほしい。と思ったら妙にトゲトゲした革ジャンを見つけた。重いし手入れも大変そうなので旅には向かないだろう。元の場所に戻そうとするとソウさんに裾を引っ張られる。

 

「…ソーナンス?」 

 

「…そんな、えっ着ないんですか?みたいな顔されても」

 

「……」

 

「……」

 

「………ソーナンス?」

 

「わかったよ着るよ!」

 

根負けし、袖の無いトゲトゲした革ジャンを身につける。鏡を見るまでもない、絶対似合っていない。

 

「ソーナンスゥ…」

 

ソウさんは満足げ。絶対旅には持っていかないぞ。

 

 

 

トゥクトゥクを徐行させながら街を見渡す。街の殆どはシャッター街となっていた。この街には屋根があり光を通さない。代わりに街を照らしていたであろうネオンも死んでいる。昼でも暗い街だ。ヘッドライトをつけて散策する。

 

この街は一本道のような街だ。中央の通りと、それに隣接する建物。縦長の大きいアーケードのような形をしている。迷いようがないのはいいかもしれない。

 

道中の店で見つけたのはラム酒が数本。度数が高いので消毒にもなるだろう。それとマメ缶が2つだけ。これから実りの少ない冬を迎えようとしているため食糧は蓄えておきたいところだが、そう上手くはいかない。

 

「ソーナンス…?」

 

ソウさんが不思議そうな声をあげる。その視線の先にはバイクがあった。

 

「大きいバイクだな。クラシックな感じでカッコイイ。錆びてて動きそうにはないけど」

 

少し進むと寂れた屋台が多く残っていた。食糧は期待できないが、道具などは残っているかも。

 

「おお、ソウさん。車があるぞ」

 

白いバンのようだ。運搬能力は高そうである。そこに並ぶようにバイクに惹かれた台車、屋台のようだ。隣はトラックに牽かれた巨大な釜だ。

 

「凄いな、ここには乗り物がいっぱいだ。しかも旅に役立ちそうなものばかり」

 

更に車輌と屋台が増えてくる。奥の行き止まりが見えてきた。

 

「ここも、車輌ばかり。機械の街だな、これ」

 

街の奥のフェンスに囲まれたバトルフィールドにも、ところ狭しとバイクが並べられている。そして、ふと気づく。

 

「…不自然に状態が良い。動きそうだぞ…このバイク」

 

周りにあるものもそうだ。この広場にあるバイクはどれも状態が良い。まるで、

 

「…誰か、バイクを整備している人がいる?」

 

「…そりゃその通りですが、どちらさんですかい?」

 

「えっ…」

 

声のする方を向くと黒いバイクの上に座るジグザグマがこちらを見ていた。

 

「ソーナンス!?」

 

「違う違う、その下でさぁ」

 

ジグザグマが座っていたバイク、その陰から現れたのは油で顔を汚した女だった。ピンク髪のパンクな服装である。片手には重そうな道具箱を持っていた。

 

「アー、お客さん?」

 

「客?ここは店なんですか?」

 

「アー、自己紹介すると、アタシはエール団のコンポっていうんでさ。今はここで修理工やってる」

 

コンポと名乗った女性はジグザグマを抱きかかえながら軽く会釈する。

 

「僕はハロンタウンから来たカイといいます。こっちはソウさん」

 

「ソーナンス!!」

 

トゥクトゥクから降りて挨拶を返す。

 

「修理工ということは、ここにあるバイクは…コンポさんが?」

 

「アー、アタシが直しやした。この広場にあるモノは、燃料さえ入れれば大抵動きやす」

 

人間が消えて、技術というものはかなり消えた。そんな時代にこれだけ動くバイクがあるというのは凄いことである。僕も騙し騙し自分で整備しているが、それでも及ばないところがある。

 

「僕のトゥクトゥクの点検って出来ますか?」

 

プロがいるならば是非一度、しっかり点検して欲しい。

 

「アー、はい、食糧か何か分けてくだされば、喜んで」

 

お代は重要だ。干したきのみがいくつかあるため、それで手を打ってもらう。

 

 

 

 

「…そういえば、コンポさんはエール団って言ってましたけど、他にも貴方みたいな人がいるんですか?」

 

積まれたタイヤに腰掛け、エンジンを分解しているコンポさんに話しかけてみる。

 

「アー、はい。今この街にいるのはアタシ一人ですが、ちょっと前はアタシ以外にも何人かいました」

 

「…」

 

デリケートなことを聞いてしまったかもしれない。

 

「アー、消えた奴もいますけど、そうじゃないんでさ。旅に出たんです、お客さんみたいに」

 

コンポさんはこの街について話してくれた。

 

「消滅が起こった当時、このスパイクタウンも混乱したんですが、当時のジムリーダーがいい人でして、上手くまとめてくれました。それほど大きい混乱にはならなかったと思いまさ」

 

ソウさんは別のバイクに腰掛けているようだ、頭にはジグザグマを乗せている。

 

「元々シャッター街の廃れた田舎街だったんで何にもありませんでしたが、この街には気合の入った人間がいたんでさ。そんで街の若い子の一人が街を飛び出して旅に出た。そこから後を追うように色々理由をつけて旅に出始めた」

 

「このバイク達を使って?」

 

「そうでさ。みんな旅のアシにここのバイクやクルマを持っていった。だから何年走らせてもいいようにバッチリ整備して送り出してやるんでさ」

 

機械油に濡れるその手は、その腕の良さを雄弁に語る。

 

「お客さんが乗ってるのも、アタシが組んだ物だね。間違いない」

 

「このトゥクトゥクが?」

 

ハロンタウンのガレージで見つけたこのトゥクトゥク、出処はここだったのか。

 

「アー、アタシは自分の組んだエンジンには必ず魔法を掛けるからね、企業秘密でさ。それで一目瞭然。それに、こんな形のバイクはこれ以外見たことないからね」

 

懐かしむようにトゥクトゥクの車体を見る。

 

「ア、別にお客さんが前の持ち主から盗んだなんて思っちゃいないでさ。それはお客さんの顔を見てればわかりやす」

 

「…はい」

 

「元の持ち主は…珍しい男だった。人のいないこの世界で商売するんだって、色んなもの詰め込んで旅に出ましたわ」

 

「ソーナンス…」

 

珍しく、ソウさんが人の話を聞いている。ソウさんもまた、懐かしんでいるように見えた。そういえば、出会った当時のソウさんはこのトゥクトゥクを守るかのようにガレージで暮らしていた。

 

「前の…持ち主か…」

 

やはりソウさんは前の持ち主を知っているんだろうか。

 

「アタシは、飛び出していった奴らの帰りを待ってるんでさぁ…。帰って来ないやつも多い。だから嬉しいんでさ。バイクだけでも帰ってきてくれて」

 

顔は見えない。ただトゥクトゥクと向き合っている。

 

「コンポさんは、旅しないんですか?誰かと一緒に、とか」

 

「私は誰かを待ってるほうが性に合ってる。それに、家に帰ってきたのに誰もいなかったら、ちょっと寂しいじゃないですか」

 

そう言ってコンポさんはジグザグマを撫でる。ジグザグマも油まみれの手を気にせず撫でられている。

 

 

 

 

少し時間が経ち、

 

「…よし、取り敢えずおしまい!弱ってる部品は変えときやした。割れてるミラーも新しいものに変えておきやす!」

 

「ありがとうございます…あの…大事に乗ります、コレ」

 

コンポさんは朗らかに笑った。

 

「それがいい、それが一番、みんな喜ぶ」

 

コンポさんの笑顔は何処か寂しげだった。コンポさんは、一体どれだけの人を送り出してきたのだろうか。きっと両手では数えられない。そして彼女は修理することで人を送り出す準備をしている。

 

彼女はどんな気持ちで、この街で生きているのだろう。

 

それを寂しいと思うことは、彼女に失礼だろうか。

 

 

 

 

 

 

「お客さん、次はどこへ行くんですかい?」

 

一日、この街に泊まり、出発の準備をする。そんなとき、コンポさんが話しかけてきた。

 

「特に決めてないですが…」

 

「もし北に行くなら、このスパイクタイヤを持っていってください。雪道でも走れやす」

 

車体の後ろにタイヤをくっつけてくれた。付け替えは難しいものでは無いそうだ。

 

「このタイヤのお代はいりません、その代わりお客さん、一つだけお願いをしてもいいですかい?」

 

「はい、僕にできる事なら」

 

少し溜めて、彼女は言う。

 

「もし道中、エール団に会ったら、アタシのこと伝えといてもらえますか。まだ生きてるよって」

 

「はい、もちろん。必ず伝えます」

 

力強く頷く。

 

「それでは、僕は行きます。……お元気で」

 

「ご安全に、お客さん」

 

エンジンを掛ける。今までよりもずっと力強くて澄んだ音、絶好調だ。貰ったゴーグルを頭につける。これもオマケで貰った。好調だ。

 

 

 

ソウさんがギターを弾き出す。この曲は知っている。ターフで歌った歌、ソウさんのお気に入りの歌。この曲は僕も大好きだ。

 

 

 

 

 

 

アタシはこの曲を知っている。アイツの歌った歌、変わり者の商売人のお気に入りの歌。まだアイツがこの街にいた頃、よくギターを弾いていた。

 

ネズさんと一緒に演奏するんだって笑っていた。アタシはその曲じゃ優しすぎるって言ったけど。

 

アイツはまた、商売を続けているんだ。ソーナンスになって。

 

 

 

「馬鹿野郎、元気でな」

 

零れ落ちた涙を拭って、伸びをする。まだまだ直すバイクは残っている。今日は調子がいいのだ。まだまだ働ける。

 

 

 

 

 

そして、

 

場所は変わりエンジンシティ、中央通り。無人の道路に唸るエンジン音。

 

大きく黒いバイクに、フルフェイスヘルメットを被った小さな人影。

 

「うらら!」

 

「どげんしたと?モルペコ」

 

モルペコが見つけたのは一軒のカフェのようだ。

 

「…そげんやね、ちょっと休もうか」

 

ヘルメットを外し、バイクに引っ掛けておく。

 

「うら!」

 

スパイクタウンを飛び出してからどれだけ経っただろうか。数えていないため正確にはわからないが、かなり時間が経ったように思う。結局、消滅の原因や、それを探っている人には出会えなかった。

 

「もう少しガラルを巡ったら、帰ってみよかな…」

 

カランコロンと来客を告げるベルがなる。

 

「お邪魔します!」

 

久しぶりのお客様だ。




終末ガラルメモ
バイク
終末世界とバイクは切っても切り離せない関係にあります。静かな終末世界でもバイクで旅をしますし、ヒャッハーなお兄さんたちもバイクを愛用します。そんな終末世界にバイクを届ける修理工のお話でした。終末×バイクはロマンだからね、仕方ないね。

ソウさんカイさんコンビはまだ出会っていませんが、バイクに乗ったエール団はガラルの各地で旅をしています。理由は様々、消滅を止める方法を探すために旅する子、美味しいご飯を食べる奴、商売をするため旅する男、ワールドツアーで各地で歌う奴、様々理由を持って旅をしているらしいです。


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ゴルーグと技師の橋と二人

ミュウツーにボコられながら書きました。


スパイクタウンを旅立ちすぐ、浜辺にはトゥクトゥク(屋根付き三輪バイク)が停車している。その横には青年とソーナンスが立っていた。青年は地図を片手に景色を眺め、ソーナンスはエネルギーバーに齧り付いていた。

 

「なんだこれ、地図に載ってないぞ?」

 

地図と景色を見比べる。やはり違う。明らかに異質なものが存在した。

 

「ソーナンス?」

 

ソウさんは不思議そうに僕を眺めている。口元についた食べカスを拭き取りつつ、地図を畳んだ。

 

眺めた景色には、控えめに舞う粉雪と分厚い流氷、そしてそこに架かる石橋であった。

 

立派な石橋だ。幅はそれほど広いわけではない。乗用車ではすれ違うことは出来ないだろう。だがバイクで通ってもビクともしなさそうだ。しかしこれは…。

 

「この橋は最近出来たということかな?」

 

持っていた地図には橋など存在していない。在りし日のトレーナー達はこの水道を自転車で渡っていた、もしくはなみのりが使えるポケモンで渡っていたと聞くが、僕たちはそのどちらの手段も使えない。そのためこの場所を渡ることは諦めていたのだが。

 

「あまりにも長くて向こう岸が見えないけど…この橋でキルクスタウンまでいけるのかな」

 

「ソーナンス!」

 

ソウさんは鳴き声と共に水辺の向こうを指し示す。

 

「そうだね、とにかく行ってみようか」

 

橋が途中で途切れていたり、危なそうなら途中で引き返せばいい。見たところではかなり丈夫そうだ。すぐさま崩れることはないだろう。

 

「行こう」

 

エンジンを吹かす。ノロノロと徐行。

 

 

 

流氷が流れている。薄らと粉雪が降る。景色を眺めながらこの橋をゆっくりと渡る。このあたりはもう完全に冬のようだ。ガラル地方では地域によって気候が大きく変わることはあるが、この地域はとにかく冷える。このコートでは少し心もとない。

 

「キルクスの方は雪が積もっていたりするのかな」

 

ブラッシーの駅で見た鉄道会社のパンフレットを思い出す。スキーをするユキノオーと美女の写真だ。

 

「ソォ…ソォ…ナンスッ!!」

 

「クシャミか、それ」

 

「ソーナンス!」

 

トゥクトゥクの後席で、ソウさんはギターを抱えながら凍える。頭にちょこんと乗せただけのニット帽ではオシャレ以上の意味は無さそうである。マフラー代わりに布を首と思しき場所に巻いているようだ。

 

「…ん?」

 

僅かに違和感を感じた。揺れか?トゥクトゥクの揺れとは違うだろう、橋の揺れのようだ。

 

ふと橋の先を見る。途中で橋が途切れていた。向こう岸がすぐそこに見える。

 

「惜しいな…もう少しで向こうにつくのに…」

 

「ソーナンス…」

 

これは崩れたのか?いや、多分違う。この橋は作りかけだ。

 

そのとき、ゴゴゴゴと唸るような音が鳴った。

 

「ソーナンス!?」

 

「なんだ!?……水の中からだ!」

 

吹き上がる水柱、巨大な影。現れたのは……

 

「グォォォォォォォォ!!」

 

「ゴルーグ……?」

 

水の中から現れたのは巨大なゴルーグであった。通常のゴルーグより巨大に見える。そして、所々体が崩れているように見えた。

 

「なんでこんなところにゴルーグが?」

 

ゴルーグの生息地は本来このあたりではなかったはずだ。一応警戒するが、このゴルーグには僕達に敵意を持っているわけではないようだ。キョロキョロと辺りを見渡し、水に潜り、そしてまたキョロキョロしている。

 

「何かを探してる……のかな?」

 

「ソーナンス?」

 

妙な動きをするゴルーグをしばらく眺めていると前方から気配を感じた。

 

「…お?なんだアンタ?」

 

青いジャンパーを着た、細身の男だ。見たところでは武器のようなものは持っていない。向こうもさして警戒している様子は無さそうだ。

 

「すいません、橋があったもので勝手に通ってしまいました。僕はカイ、旅をしています。こっちはソウさん」

 

「ソーナンス!」

 

「……そか、悪いな。この橋は未完成だ」

 

男は橋の縁に腰掛け、ゴルーグを眺める。タバコを咥え、マッチを使い片手で器用に火を灯す。

 

「もしかしてこの橋は貴方とゴルーグが?」

 

「ん?ああ、そうだな。見るか?モンスターボール」

 

男がジャンパーのポケットから取り出したのは紛れもなくモンスターボールだ。今となっては超貴重品である。

 

「おお…凄い久しぶりに見た」

 

「ソーナンスー」

 

男はモンスターボールをしまう。

 

「俺はコイツと橋を作ってる」

 

「通る人はいるんですか?」

 

現在僕が通ってはいるが、それでもかなり珍しいはずだ。

 

「まあ、いないわな。ちょっと前まではスパイクから旅をするガキもいたんだがここ数年は見てない。ま、ライフワークみたいなもんよ」

 

煙を吐き出しながら橋を見る。

 

「あー、自分語りしていいか?人と会うのが久々でね、少し話したい」

 

「ええ、是非、お願いします。」

 

そう言うと彼は立ち上がり、タバコを投げ捨てた。

 

「ここじゃ寒いからな、場所変えよう。着いてきて」

 

このあたりではあまり心配無いだろうが、一応ロトム避けシートをトゥクトゥクに被せておく。それにしてもこの橋にはどこにも建造物のような物は見当たらなかった。一体どこに連れて行こうというのだろうか。

 

少しの間橋をさかのぼって歩くと、途中で足を止めた。

 

「ここだ、ここを降りる」

 

男が指した先にあったのは橋の縁に引っ掛けられた縄梯子だ。全く気づかなかった。

 

橋の影で気づかなかったが橋の下に船がある。

 

「ようこそ、我が家へ」

 

家をそのまま積んだような船。これは、

 

「屋形船?」

 

「そ、この時期に外で寝泊まりするのは過酷だからな。足元気をつけな」

 

木製の屋根の上にゆっくりと足を下ろす。

 

「ソォォォォォ!!?」

 

足を滑らせたソウさんが落ちてきて、屋根の上をバウンドする。水に落ちる前にキリギリでキャッチ。

 

「あっぶない…」

 

「ソーナンス…」

 

男が障子を開けると暖かい空気が外へ出てくる。ストーブだ。着いてきたゴルーグが室内を眺める。

 

「ああ、悪いなゴルーグ。戻って休みな」

 

ボールから赤い光が照射され、ポケモンがボールの中に収まる。改めて見ると不思議な光景だ。

 

「まあ適当に座ってくれ。」

 

置いてあった薄っぺらい座布団に腰を下ろす。ソウさんも隣にぺたんと座る。

 

ストーブの上においてあったヤカンからお茶を淹れてくれた。男が湯呑に口をつけるのを見て、僕も飲み始める。

 

「俺はねぇ、昔から橋作ってたんだわ。見たことある?ワイルドエリアの橋」

 

「もちろん、僕も通ってきました」

 

ワイルドエリアでは橋の柱の間近でカビゴンが暴れまわっていた。あの魔境でロクに整備もされない中、あの橋は姿を変えずに残っていた。彼があの橋を作った技師だというなら、彼の腕は確かなものだろう。

 

「まあそれはただの自慢だけどな。それに実際に働いていたのはゴルーグ達だ。」

 

懐のボールを撫でているようだ。

 

「ま、こんなふうに人間が消えちまったら新しく橋を作る必要も無い。依頼もない。することも無い。生きがいってもんが無くなっちまってよ。その時思い出したんだ、消滅で中止になった建設計画があったってな」

 

「それが、この橋ですか?」

 

「そそ。俺も残り少ないだろう人生楽しい事だけして消えてやろうと思ったんだけどな、やることなーんにも思いつかなかったんだ。それで唯一やってみたいって思ったのがこの橋だったんだ」

 

「ということはこの橋はおひとりで?」

 

「俺と、ゴルーグでな。あのゴルーグとずっと一緒に仕事して来た。あのゴルーグは老齢でな、体も所々崩れてる。一体アイツは何歳なんだろうな」

 

ゴルーグは古代人が作ったなど様々な伝説があるが、あのゴルーグはその中でも古いものだという。当時の学者が検証したそうだ。

 

「アイツは出会ったときから石を積むのが上手かった。もしかしたら古代の城壁でも作ってたのかもな」

 

ポケモンという生物は不思議なものだ。単体で人類の歴史すら超越しかねない寿命を持つ者もいる。かと思えば僕の隣でヨダレを垂らして寝ているポケモンもいるのだ。

 

「ナンスぅー……」

 

コートをかけて寝かせておく。

 

「ま、そんなわけでゴルーグと一緒に橋を作ってるって訳だ」

 

湯呑のお茶はすでに冷めていた。男は再びヤカンからお茶を淹れる。

 

「良ければ君の話も聞かせてくれ。」

 

僕の話…か。そういえばワイルドエリア前半を旅していた頃、画家のクサカベさんに道中の話をしたことはあった。しかし、彼が求めているのはそういうことじゃない。僕がなぜ旅をしているか。

 

お茶を一口含み、何をどう話すかを考える。

 

「僕は自由に生きようとした」

 

何故?

 

「幸せを見つけるために、幸せとは何かを見つけるために」

 

 

 

今までの旅で、僕は何人かの人間に会ってきた。旅の始まりは母だった。不自由な体でありながら、誰よりも自由に生きた人だった。

 

次にあった人間は射手だった。彼もきっと自由だった。自由に惑わされ、奪い、奪われた人だった。

 

クサカベさんはこれから自由に生きようとする人間だった。すべてを失った人間が、それでも生きようとする姿を見た。

 

ヤローさんは消える間際に何かを取り戻した。彼が自由に出会ったかはわからない。それでも彼は最後に幸せを取り戻した。その姿を僕は見た。

 

直接は会わなかったがキバナと出会った。誰よりも強かった彼と、弱かった部分を守った人の繋がりを見た。彼の生きた証に僕は強さを見た。

 

昨日、コンポさんに出会った。たった一人で待ち続ける人の強さを見た。送り出す強さを見た。僕はその強さに送り出された。

 

 

 

自由の形、幸せの形、強さの形、僕は見てきた。

 

 

 

彼らを見て、彼らの話を聞いて、僕は答えを見つけただろうか。僕は幸せを見つけただろうか。

 

 

 

今、僕は幸せだろうか。

 

 

 

 

 

多分、そんなことを話したと思う。

 

 

 

 

 

 

その日、僕は技師さんの屋形船に泊めてもらった。

 

その日、出会った彼らの夢を見た。

 

彼らと僕とを比べて幸せを語ってはいけないのだ。比べて見つけた幸せなんてものはきっと紛い物だ。

 

アイツよりは自分の方がマシだから幸せ。それは本当の幸せか?違う、絶対に違う。まだ僕は自分の幸せを語ることは出来ない。ただ、これまでの旅路のおかげで自身を持って否定出来る。

 

そんな腐った幸せは僕には不要だ。他者と比べて出来た幸せじゃない、自分の幸せを。自分の自由を。そして、その為の強さを。

 

 

 

「ソーナンス!」

 

「…寝言か」

 

そんな決意の夢はソウさんの寝言で打ち切られる。ヨダレを垂らしながら幸せそうな寝顔だ。

 

「…そうだな、振り返るのに大事な存在を忘れていた」

 

この旅で出会った存在は人間だけじゃない。ソウさんやロトム、あの強かな3匹にロゼリアやスボミー、他にも沢山いた。

 

「人の強さは繋がりの強さ…か。そうだな、僕は結局今まで、孤独じゃなかった」

 

僕の隣にはこの不思議な生物がいた。幸せと自由はまだはっきりと掴めない。でも、

 

「僕の強さは…ソウさんかもな」

 

何か、少しだけ答えを垣間見た、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

朝、僕は轟音で目を覚ます。

 

「ソォナンス!!?」

 

驚き飛び起きたソウさんがつまづき、僕の腹にダイブした。

 

「おえっ……ソウさんおはよう…そして何か言うことは?」

 

「ソナンス…」

 

スマンですみたいなイントネーションで手刀を切る。故意ではないので起こってもいない。それにしても今の音は?

 

音と共に揺れる船体に足を取られながら船の外に出ると、両手に何か巨大なものを持ち上げるゴルーグが目に入った。その白く大きい物は…

 

「流氷を持ち上げている?」

 

「正解。おはようさん」

 

「技師さん、これは?」

 

ふざけたような笑い顔で技師は答える。

 

「橋の開通さ、期間限定のね」

 

ゴルーグが持ち上げるその氷塊はまさに橋の足りない部分を埋めている。

 

「君が眠った後で、流氷を削ったのさ。上手くいってくれたよ」

 

氷塊を支えるゴルーグもどこか誇らしげに見える。

 

「旅人が橋を渡ろうとするなら、技師である俺は君を渡さなきゃいけない。それが俺の生きる意味で、それが俺の幸せだ」

 

タバコに火をつけ、煙を吐く。

 

「俺の橋を、その記憶を一緒に連れて行ってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

技師とゴルーグは旅人を送りだした。完璧な仕事だった。

 

老齢のゴルーグに、技師は寄り添う。その巨体から溢れる光は、他の個体と比べてあまりにも弱い。

 

技師は知っていた、ゴルーグ自身も知っていた。自分の体は限界に近いと。だからこの橋は我々の最後の仕事だと。

 

「なあゴルーグ、この橋、材料の岩が無くて途中で途切れちまったんだったな」

 

そうだね、とゴルーグは頷いた。

 

「でもな、さっきの方法を使えば、橋は完成するんだ。幸い、柱のことを考えなければ橋は完成する。ギリギリ、材料は足りるんだ」

 

そうだね、とゴルーグは頷いた。

 

「なあ、ゴルーグ。俺とお前で、この橋にならないか?永遠にさ」

 

 

 

 

「死に場所そのものに、なってみないか?」

 

そうだね、とゴルーグは微笑んだ。

 

旅人を送り出した彼らは、橋を作る。

 

自分の死に場所を、自分で作る。永遠に残る、繋がりとして。繋がりそのものとして。




おそらく旅の真ん中くらいのつもりで書きました。

終末ガラルメモ
ゴルーグ橋
ゲーム本編ではキルクスとスパイクを繋ぐ道は流氷と海のみです。ロトム自転車がなければ行き来することは出来ません。即ちトゥクトゥクしか無いカイさんソウさんはこの海域を通ることはできません。

ガラル地方はそらをとぶタクシーが発達しているためそれほど問題にしていないのかもしれませんが、結局陸路がなければ輸送など色々大変だろ!?と考え、アクアライン計画でもあったらいいなぁと考えて石橋が生まれました。

書きながらキノの旅のエピソードを思い出しました。あの話もある意味橋になった人の物語でしたが、彼らが橋になるとき、そこにある幸せは同種か全く異なるものか。そんなこと考えてました。


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