幼馴染の嫁と住むことになった。 (ろんろま)
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扉を開けたら幼馴染が嫁とイチャついてた件。

「なあ……良いだろう……?」

『駄目よ、ここは友人の家なのでしょう。帰ってきた時にどう言い訳するの……』

「あいつなら受け入れてくれるって信じてる。だから、さ……」

 

「あーすんません部屋間違えましたわ」

 

 自室の扉を開けたら幼馴染みがイチャラブしてた件について。

 

 何を言っているんだこいつと思うだろう。大丈夫俺も全く意味が分からない。

 一年弱行方不明だった幼馴染が何故か自室で寛いでるかと思ったら、とんでもない美少女を侍らせてるんだぜ?

 そっと扉を閉じた俺は全く悪くない。

 

 ついでにドアノブを開かないようにしっかりと握りしめ、ガンガンと鳴らされる抗議の音を完全に無視する。

 なんか誤解だ、とか、女の子の怒鳴り声が部屋の中から聞こえてくるがそんなものは幻聴なのである。

 

 現実逃避がてら唐突だが自己紹介をしようと思う。

 

 俺はマコト。前世の記憶があるだけのごく一般的な日本人だ。

 前世の記憶がある奴をそう言っていいのかは分からないが、異世界転生も最強チートもない俺はきっと転生者というやつの中でも平凡オブ平凡のはずだ。

 明るい茶髪にブラウンの猫目が自慢な程度である。

 

 そんな俺には幼馴染みがいる。

 そいつは少し阿呆で、ちょっと間抜けで、褒めると調子に乗りやすく、結構な頻度で馬鹿やらかすが、根っからのお人よしである好青年だ。

 

 ……こう属性を羅列すると物語の主人公みたいだな我が幼馴染。

 しかし実際に物語の主人公なのだから仕方ない。

 

 そう。

 我が幼馴染は『ゼロの使い魔』ーー平賀才人というのだから。

 

 

 俺が前世の記憶を持ったのは小学生の頃。

 きっかけは親が持ち始めた携帯電話だった。

 二つ折りでとにかく分厚いそれがどうにも古臭くて、それを親に零したら最新機種だと怒られたのだった。

 

 そうしたら出るわ出るわ、2019年の最新型スマートフォンから始まる記憶の数々が。

 その時ばかりは健康優良児を自他共に認めるこの俺も知恵熱でぶっ倒れ親は大騒ぎ。すまんかったよパピー、でも不可抗力だ許しておくれ。

 

「いやあ、でもまさかここがゼロの使い魔の世界だったとはなあ……」

 

 さっき我が幼馴染は主人公だと格好つけたが確信を持ったのはたった今である。

 だって17年前に読んだきりのラノベの記憶とか細部まで覚えてるわけないだろう常識的に考えて。精々記憶にあるのはピンクの髪の美少女が可愛いくらいだ。

 

 転生した当時はてっきり逆行系小説の主人公にでもなったと思っていたのだが、俺は特に転生した意味がないモブ転生者。

 俺TUEEEEE!!系のチート転生者とかの踏み台にされない?大丈夫?とは思いつつもこれまで平穏無事に過ごしてきたのだからきっとこれからも何もない。

 

「いい加減開けてくれって!!」

 

 しかし現実逃避もそこまでのようだ。

 ノブを固定していた手がそろそろ限界を訴えている。具体的には幼馴染ぱぅあーに負ける。

 いやあ……日本で普通に暮らしていた学生に異世界生き抜いてきた奴を力づくで抑えることができると思うか?俺には無理です。確かゼロの使い魔って剣と魔法のファンタジーだったよな。

 やっぱり無理です。

 

 この俺の白く華奢な手首がねじ切れてしまいそうなのでそろそろ解放してやろう。

 そう思い、俺の手の次くらいに限界を訴えていたドアノブをパッと放す。

 

 どんがらがっしゃーん!!!

 

 実際にはこんな擬音ではないのだが、それ以上に的確な表現が思いつかない見事なコケっぷりを披露し、我が幼馴染は勢いよくフローリングに熱いベーゼを落とした。

 

 痛そう。

 

 オロオロしている美少女はとりあえず置いておき、俺は久しぶりに幼馴染の顔をじっくりと見つめた。

 ちょっと精悍になっただろうか。やんちゃな少年っぽい顔と雰囲気だったのに今の印象はさっぱりとした爽やかな青年だ。

 少々苛立ったので頬を引っ張り声をかける。

 

「やあ才人。久しぶりだね、一年間もどこへ行ってたんだい? これでも心配したんだけど」

「……ああ、真。お前の鬼畜っぷりが相変わらずで安心したぜ……心配かけた件についてはすまんかった」

 

 鬼畜とかそれほどでもない。

 幼馴染の恨みがましそうな視線を流し見、部屋で所在なさげにこちらを見つめる美少女に視線を向ける。

 

 改めて観ると、本当に絵画から出てきたような美少女だ。

 

 乱れてはいるが、それでも艶が美しく波打つピンクブロンドの長髪。

 職人が丹精込めた作品のような完璧な形をした鳶色を嵌め込んだ大きな目。

 

 少々小柄で触れてしまえば折れてしまいそうな儚さを感じるが、それ以上に力強くも凛とした佇まいが印象的な少女だった。

 

 見覚えはある。けれど名前はもう覚えていない。故に、俺は才人に尋ねた。

 

「では久しぶりに帰ってきた幼馴染に質問だ。俺の部屋でイチャついてたこの美少女は誰だい?」

「……あー。うー。なんて説明すればいいのか……」

「……!」

 

 説明しづらそうに頭を抱える才人の様子に、ピンクの彼女は怒ったように、しかしどこか不安そうな眼差しで才人のパーカーを引っ張った。

 うわ可愛い。

 そう思ったのは才人も同じようで、分かりやすく頰を赤く染めこほん、と咳払いした。

 

「ーー俺の彼女。恋人の、ルイズだ」

 

 見ているこちらが羨ましくなりそうな程、心底から蕩けた愛おしそうな表情と声色で。

 俺の幼馴染は知らない男の顔をしていた。

 

 

 リビングに場所を移し、お茶を出す。

 なんてことはない普通の緑茶だが、二人にとっては違うようで、才人は嬉しそうに、ルイズは不思議そうな表情で湯呑みを見つめていた。

 茶菓子を摘みながら才人のこれまでの話を聞く。

 

 なるほど。

 

「つまり異世界転移して美少女の使い魔として大冒険したというわけだ」

「そうなんだけど纏め方が雑すぎっ!?」

「いやまあ、とりあえず俺はキミが帰ってきてくれてとても嬉しいよ? 一年以上も音信不通で生存も絶望視されてた幼馴染が生きてたのだもの。

 なんで俺の部屋でイチャラブしてたのかはともかく」

 

 いや本当になんで俺の部屋に居たんですかねこの二人。

 才人よ、お前の帰るべきところは徒歩50秒の隣家ことお前の実家だろ。おばさま心配で超身体壊してたんだから真っ先に顔見せろよ親不孝ものめが。

 

 そう突っ込むと才人はものすごく落ち込んだ様子で部屋の隅でいじけだした。

 

「いや……だって……俺だって早く顔見せるべきだとは思うけど……行方不明だった息子が彼女連れて帰ってきたとか言ったら事件じゃん……」

 

 言い訳を聞くなら一番帰りたい場所として実家の前に送られたはいいものの、勇気が持てず俺の家に逃げ込んできたらしい。

 へタレかお前は。

 ついでにルイズのことをなんて説明すれば良いのか非常に困っていたと。

 

 しかし気持ちは分からないでもない。俺だって行方不明の身内が突然帰ってきて彼女紹介したら驚愕する。そして徹底的に身辺を調べる。そう考えると俺の家にきたのは英断だ。

 そんな幼馴染の信頼は非常に嬉しいものがある。

 

 それはそれとしておばさまへの心配の一ミリでも同じことを俺に思わなかったのだろうかこの野郎。

 

「真なら大丈夫だろ」

 

 ……。

 この幼馴染は一回締め落とした方が恋人であるルイズの為かもしれないな。

 

「なんでっ!?」

「そういうところだぞ。さて困った。話を聞くに彼女は住む場所どころか戸籍もないんだよね? そして日本語も喋れない、と」

 

 遭遇前の様子からすると才人とは意思疎通ができているようだが、それはきっと魔法というやつの効果なのだろう。

 便利だな魔法。

 俺も欲しいぞ魔法。無理? なら仕方ない。

 

 先ほどから不安そうな表情で黙って椅子に座っているルイズを見る。

 

「いいよ、彼女はウチで預かろう。その間に諸々済ませてこいよ」

「……いいのか!?」

「いいも何もそうするしかないだろう? 幸い父さんは仕事で暫く出張だ。帰ってきてもなんとか誤魔化す」

 

 おそらく才人にはこれから事情聴取やらマスコミやらがいっぱい押し寄せてくるんだろうなあ、と考えると、地球初心者のルイズを一緒にいさせるのは忍びない。

 言葉が通じないのは不便極まりないが、彼女は頭が良さそうだ。

 ボディランゲージとか頑張ればワンチャンくらいあるだろう。

 

 リビングテーブルの斜め左、俺の対角線に座っている少女にしっかり目を合わせる。

 

「そういうわけで、よろしくルイズちゃん。俺は真。柏木真。才人の幼馴染」

『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。よろしく、マコト。

 私の言葉は分からないと思うけど……こっちにもこんなのが居たなんて、聞いてないわよ才人……』

 

 ルイーズなんちゃらまでは分かったけどあとはうん、分からん!

 しかしルイズの表情を見る限り悪感情は抱かれていないと信じよう。

 

 これから長い付き合いになるのだ。仲良くしようぞ。

 

 

 これはそんな平凡な転生者と、異世界帰りの幼馴染。そして異世界から嫁に来た美少女の、なんてことは無い普通の日常の始まりだ。



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幼馴染の嫁は警戒している。

「真……頼んどいてなんだけど本当にいいのか?」

「まあねえ。色々言いたいことはあるし、急なことだから納得していない部分もあるけど……他ならぬ幼馴染の頼みだぜ?

 聞かないわけがないだろう」

「……。ほんっとごめん! とりあえず母さんに会って説明して落ち着いたらルイズを迎えにくるから、それまで頼むよ」

「ん、任せて。キミがいない間に高めた主夫力を披露するのがキミの彼女というのは変な感じだが、久しぶりのお客様だ。精一杯おもてなしさせてもらうよ」

 

『……………………』

 

 どこまでも心配そうにこちらを見つめてくる幼馴染の背を押す。

 早く帰っておばさまを安心させておやりよ、と耳打ちすると、才人はようやく納得したようだった。

 

「じゃあ本当、なるべく早めに迎えにくるから! なんなら隣だし窓からでも行くからな!」

「それはやめろ馬鹿」

 

 阿呆なことをのたまった幼馴染を玄関から蹴り出し施錠する。

 あーっと抗議の声が聞こえたが無視だ無視。

 

 俺はくるりと振り返って緊張した面持ちのルイズに向き直った。

 

「とりあえず、部屋を案内するよ」

 

 階段を登って角を曲がる。ノーネームのプレートの掛かったドアを開いたそこは、いまは誰も使っていない部屋だ。

 その閉じきっていたカーテンを開くと、南向きの窓から太陽の暖かな日差しが差し込む。

 シンプルなシングルベッドに、鏡台。そして小さなデスクが備えられたその部屋に人が住むのはいつ以来か。

 

 そんなことをのんびりと考えながらベッドにシーツを張っていく。

 後で布団も持ち込まねばなるまい。急なことだから何も準備ができていないが、その程度のことならすぐに終わるだろう。

 

『あ、ありがとう……。随分と良い部屋みたいだけれど、本当にいいのかしら……』

「んー。さっぱりわからん! でも気にしてそうなのは分かるよ。大丈夫、ここを使って良いのだからね」

 

 そう、お客様はきちんと持て成せと母さんには躾けられてるからな。何も問題はない。

 

 そう言ってばつが悪そうな表情を浮かべるルイズに胸を張る。

 空き部屋とて使われていないより使われることを喜ぶだろう。

 

 鼻歌交じりでさっとベッドメイクを終わらせると、俺はポケットからメモ帳とペンを取り出した。

 才人が実家に帰った以上俺とルイズは言語での会話はできない。

 

 けれどコミニュケーションを取る手段なんて割と色々あるものだ。

 

「ねえ、服を買いに行かないかな? 話を聞く限りそれ一着しかないのでだろう?」

『これは……シャツの絵? それと籠? 自分の服を指差して……ああ、なるほど。服を買いに行くのね。確かに必要だわ』

 

 メモ帳に描いた絵が通じたらしい。

 俺の絵心も捨てたものではなかった。やったぜ。

 

『……変な子。いくらサイトが幼馴染でそのよしみだとしても、私みたいな突然現れた人間を泊めてくれるなんて』

「んー? なに難しい顔をしているの。可愛い顔が台無しだよ」

『あっ頰に手を当てて何? ふあ、ぐにぐにってちょっと待ってんん……!』

 

 難しい表情を浮かべていたルイズの頰をもみもみと。

 素晴らしい、ぷるぷるでもちもちだ。これは非常に触り心地がいいぞ。

 

 感動のあまりぐにぐにもみもみしているとお怒り顔のルイズに手を叩かれた。ごめんなさい。

 

『全く。マコトはシエスタにちょっと似てるわ。遠慮のないところとか……サイトに近いところとか……むう』

「し……しすた? シスターなんてあっちにいたのかな。そりゃまた才人が好きそうな属性だなあ……」

『本当、あっちでのサイトは凄かったのよ! いろんな女の子にアプローチを掛けられてて大変だったんだから!

 ……で、でも最後に選ばれたのは私だけどねっ』

「ウンウン。大変そうなのはなんとなくわかった。もー本当に我が幼馴染はタラシだなあ」

 

 言葉は全くわからないがなんとなく女の子問題が大変だというのは身振り手振りで伝わって来た。

 これは後で幼馴染に説教するネタが増えそうだ。

 

 怒りも収まり、ルイズが納得してくれたようなので次は買い物をすることに決め、俺は改めて彼女の格好を見つめた。

 

「とりあえずその格好は目立つかなあ……いやでも制服っぽいしセーフ……うーん」

 

 ルイズの服は白いシャツに紺のしっとりとした光沢が綺麗なプリーツスカート、そしてハイソックスだ。

 その上には黒いマントを羽織っていたが、室内ということで今は脱いでもらっている。靴は才人が出る前に確認したが普通の革靴だった気がする。

 

 マントがなければどこかの制服に見えなくもないだろう。

 

 しかし今日は生憎と土曜日。学校はお休みだ。そんな日に制服のような格好をした彼女はその美貌も相まって非常に目立つに違いない。

 休日故、白のTシャツにジーンズというシンプルな格好だった俺は自分の格好を見やる。

 

 俺の身長は162センチ。対するルイズは恐らく150センチ台だろう。服を貸すにしても少しばかり丈が余る。

 

 仕方あるまい。

 

「ちょっと待ってて貰える?」

 

 

『へえ、それがこっちの学生の服なの? 可愛いじゃない!』

「いや、ちょっと、ルイズ。なんか恥ずかしいからそんなにまじまじと見つめないで欲しいかなー?」

『ふんふん……む、むむ胸……後身長は負けてるけど、他は負けてないし。

 そもそも私、サイトと結婚したんだし。大丈夫……大丈夫よルイズ、ここには油断ならないメイドも小さいのもいない……うん、大丈夫……』

 

 なんだかルイズの様子がおかしい気もするが、大丈夫だと信じよう。

 せっかく高校の制服に身を包んだのだ。異世界からの来訪者ではあるが、休日の学生デートと洒落込もうではないか。

 

「まあこんな美少女の隣が俺っていうのは釣り合わないだろうけど……」

 

 そう小さく呟いた言葉はルイズには聞こえなかったようで、内心安堵の溜息をつく。

 才人は本当に何を思って俺を頼ったのやら。

 

『……いつかシエスタに着せてた水兵服に似てるわね。

 ふーん。これがこの世界の……あいつの好きな格好……ふーん……』

「?」

 

 制服の襟を正しながら、キュッとネクタイを結ぶ。同級生に見られたら何をしているんだ、と言われそうだ。

 でもこういうのは堂々としてればいいのだ。

 幼馴染に頼られて何もしないほど器の小さい人間ではないのだ、俺は。

 

「さて、それでは楽しい学生デートと行きましょうか」

 

 家に施錠をして、隣家を一瞬見やる。

 女性の泣いているような声と、オロオロと狼狽しているような青年の声がぼんやりと聞こえ苦笑を浮かべる。

 

 それは隣にいるルイズも同じだったようで、複雑そうな表情を浮かべている。

 

『……』

「……行こう。おばさまがちょっと落ち着いたら、才人もルイズを紹介してくれると思うから、さ」

『……何か勘違いされてそうだけれど……いいわ。言葉が通じないのは不便ね。

 ええ、行きましょう。案内をお願い』

 

 どこか呆れたようなルイズの視線に首をかしげる。

 あれ、ニュアンス違ったのかな。

 

 身振り手振りと、若干の絵での会話は案外と楽しかった。

 特に才人の絵を描くとルイズは笑ってくれるし、俺もほんのり胸が暖かくなるというものだ。

 

 電車の途中でルイズに才人の絵を描いてもらった時はどこの美術の絵画かと思うくらいに美化されてはいたが。

 

 まあ恋する乙女にとって恋人はそういうものだ。

 気にしない方向で行こう。

 

 ……そう想うものの。

 

「……あっちで才人はそんなにカッコ良く見られるくらい活躍したんだなあ」

 

 我が幼馴染、遠くへ行ってしまったんだなあ。

 そう考えるととても寂しくなる。

 俺の知っている幼馴染は本当に高校生かと疑うくらい子供っぽくて、ちょっとスケベで同級生の女子達からはあんまり好かれていなかった。

 

 俺は幼馴染だし、この通り一人称からして男の意識が強いのであまり気にしていなかったのだが……置いて行かれたようで非常に寂しい。

 

『ねえどうしたの? 大丈夫?』

「……あ。ごめん、なんでもないよ」

 

 そんなことをしている間に降車駅の名前を聞こえる。誤魔化すようにルイズの袖を引くと、彼女は鳶色の目をまあるくこちらに向けた。

 何か言いたげな様子だけれどそろそろ目的地に到着する。

 また後で、と唇に手を当てた。

 

「降りるよ」

『え、ええ……』

 

 そういえば今気づいたが、周囲の視線を集めていたようだ。いくらルイズが美少女だからとはいえ不躾に見てくるのはどうかと思う。

 まだ空いている電車だから良かったが、これが満員電車だと考えたら恐ろしい。

 

 視線が全て野次馬のように思えて来て嫌な気分が浮かんでくる。

 しかしそれはいけない。切り替えだ。

 

「ショッピングモールにご到着〜」

 

 意識して明るい声を笑顔を浮かべる。

 改札口で少々のトラブルは起きたが、それ以外は特に問題なく俺たちは目的地ーーショッピングモールへと辿り着いた。

 休日だからか混雑しているが、まあどうってことはない。

 

 しかしそれは俺の感覚で、ルイズはそうではないらしい。人間の多さに驚いているようだ。

 

『ひ……人多いわね……。というかここ何……店? どこかのびっくり城とかびっくり屋敷じゃなくて……?』

「逸れたら大変だけど、慣れたらどうってことないよ。嫌かもしれないけど、手を繋いでいこう」

 

 人混みの中逸れたら少々面倒だ。

 俺はルイズの手をしっかり握りしめると、慣れた道のりを歩き始める。

 

 俺の手より小さくて柔らかな少女の手はじんわりと暖かい。

 

 ……。

 

「……あいつ、こんな可愛い子捕まえてほんとなんで俺を頼るんだよ……バーカ……」

『マコト?』

「ん! なんでもない。さあさあいこう。女の子のコーディネイトは任せろおー」

『……。

 この場にサイトがいなくて、ちょっとよかった……かも……』

 

 ごしごしと目に入ったゴミを取り除いている間にルイズが何か言っていた気がするが、よく聞こえなかった。

 まあ聞こえていてもわからないのだが。

 

 なんというかルイズの背後に猫が威嚇しているような姿を幻視する。

 

 ……流石にそれは失礼か。

 

『カシワギマコト……えっと、カシワギはファミリーネームだからマコト・カシワギ……!

 私、絶対譲らないからね!』

「……あの、ごめんね? そんな指を差して威嚇されても心当たりが……」

『絶対絶対、譲らないんだからねー!!』

 

 この後ルイズの説得にめちゃくちゃかかった。



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幼馴染は疲れ切っている。

「めっちゃ楽しかったー!!」

『何よこの人混み! 貴方なんでそんなに平然とできてるわけ!?』

 

 何を言ってるかはわからないけど怒ったルイズの顔も可愛い。

 

 ショッピングモールについた俺たちは早速買い物に行くことにした。

 目的は当面の着替え含む生活用品。

 いきなり同い年?か少し年下くらいの女の子が同居することになるのだ、いくら俺のものを貸したりしても限度がある。

 

 特に体格なんかは全然違うしね。

 

『何だか邪な思考を感じたわ』

 

 ジト目で見られたけれど彼女は心が読めるのだろうか。きっとなんか察してる気がする。

 

 気のせい気のせいとごまかしながら服、小物、そして今日の晩御飯の買い出しへと向かう。

 今日はお客様がいるのだ、少し張り切るぜ。

 

「今日のご飯は豪華にお肉〜」

 

 季節は春。

 と言っても少しばかり冬の残り香薫るほど寒い日だ。

 今日は豪華にお鍋としよう。

 

 ちょっといいお肉と普段買わない最近お高めなお野菜を買い物カゴに突っ込んで、困惑しているルイズに持たせてさっくり会計。

 

 はいあとは帰るだけ。

 

 両手いっぱいの買い物袋を抱えた休日の女学生二人はまあ目立つのだ。

 鬱陶しいナンパや私服のクラスメイトの追求をにっこり愛想笑いでかわしてショッピングモールから帰路へ着く。

 視線は凄まじかったけれど、ここは無関心王国日本。

 

 物珍しい目を向けて来ても入れ替え立ち替え、最終的には買い物に集中している内に気にならなくなる程度に減った。

 

 しかし、買った買った。

 

「これは後でサイトに請求しないと割に合わないなー」

『買いすぎなのよ。私、こっちのお金ほとんどないのに……楽しすぎるのもいけないわね』

 

 華奢なお嬢様にしか見えないルイズだったが、根性はあるらしく最低限の荷物運びをしている。

 最初は俺が全部持とうとしたのだが結構な勢いで奪われたのもある。

 どうやら彼女は負けず嫌いなのかもしれない。

 帰りの電車でさりげなく一つこっちで運ぼうとしたら凄い勢いで威嚇されたし。猫かな? 

 サイトは犬派だった気がしないでもないけど、猫もかわいいし仕方ない。

 そんな感じで楽しんで帰ったらサイトの家周りが凄いことになってた。

 

「人間の津波だ……」

 

 どこから湧いたのか、見知った顔から知らない大人やらが屯している。

 見知った顔はクラスメイトや去年の同級生に小中の友人に……って多い多い。知らない大人は単純に俺が知らない顔なのでサイトの親戚の可能性もあるが、カメラを構えている以上マスコミか何かだろう。

 そういえば才人のやつはずっと行方不明で、最初の頃はよくマスコミがお隣さんやうちにインタビューしに来ていたということを思い出す。

 それにしても聞き耳早くない? 盗聴器でもつけられているのだろうか。

 ちょっと不安になった。

 

 しっかし、人が集まりすぎて俺の家にすら辿り着けそうにないのだが。

 

『この人集りはなんなのかしら?』

「面倒臭いなこれ……近所迷惑が過ぎるし通報しちゃおうかな」

『マコト、マコト。怖い顔よ?』

 

 ひとまず通報を済ませ、さてどうしようか。

 正直荷物が重たいので帰りたいのだけれども、いま帰ったら絶対に面倒臭い。

 

「ここで待ってて」

 

 荷物をルイズに預け、人だかりと化した我が家へと向かう。

 

「──あっ柏木さん!」

「平賀くん帰って来たんだよね! ってなんでせーふく?」

「ちょっと所用があったんだよ。ねえこの人集りなに? 家に帰れなくて困ってるんだけど」

「それがねえ……」

 

 どうにも話を聞く限り、才人が実家に帰るのをたまたま目撃したクラスメイトがいたらしい。

 そこからあっという間に噂になって、まずは仲の良かった同級生たちが野次馬に。そして話を聞きつけたマスコミがそれを包囲しているそうな。

 

 行動が早すぎて怖い。

 

「それでウチまで迷惑かけられてたらキッツイんだけどなあ」

「えー。でも一年も行方不明だった幼馴染が突然の帰還だよ! 女の子的に根掘り葉掘り聞きたくなるものじゃないのー?」

「話は聞くけど先に周りがこんな大事にしてたら逆に引いちゃうよ」

 

「……こわー」

「うちらが言うのもなんだけどー、幼馴染に対してドライすぎなーい?」

 

「……」

 

「いいんだよ。一年以上も幼馴染に対してノーコメントだったくそやろーなんだから」

 

 ○

 

 サイレンの音がする。

 蜘蛛の子を散らすように人が離れていく──。

 

 ……時間にして数分だったはずなのに、酷く疲れた。気がする。

 

『マコト』

「……あー。ごーめん。お待たせっ」

『マコト』

「疲れたよねホントさ。勘弁しろっての。今日はもう才人のとこ行けなさそうだわ」

『マコト!!』

 

 ぐい、と腕を引っ張られ。端正な顔立ちが真正面にくる。

 そのままぽすん、と。情けない音を立てて、柔らかな……あたたかく頭が包み込まれる。

 

『ひどい顔よ』

「……あれ、ルイズ? ルイズさーん? 俺、なんで抱きしめられてるの?」

『うるさいばか。言葉は分からないけれど、貴女もばかよ。あいつと同じ』

「なんで怒ってるんでしょうか? そんなに待たせすぎたかなあ」

 

 あれよあれよと言う間に鍵をふんだくられ、家の扉を開けられた。

 おや? おかしいな、ルイズ強くない? 

 そのままぱっぱっぱーと荷物が放り込まれ、最後に俺に手が差し伸べられた。

 

『ほら』

 

「おかえりなさい」

 

『こっちの言葉ではこう言うのでしょう?』

 

「……あ」

 

 たどたどしくも紡がれた言葉に我に返る。

 俺は今、一体何をしていた? 

 

 惚けて惚けて、お客様を放って。心配をかけて。

 …………何してるんだ本当に。と、自分への怒りがこみ上げてくる。これでは母に、あいつに顔向けできなくなる。

 

 息を飲み込み、胸を下ろす。

 体の強張りが少しだけ解けて、ようやく上を向けた。

 

 ルイズを見る。

 

 堂々と、鮮やかに咲き誇る華のようだった。

 

「ただいま」

「ありがと」

『どういたしまして』

 

 やっぱり彼女、こっちの言葉を理解してない?

 ただ、今はそんなことはどうでもいい。俺は、この気を使ってくれたお客様を今度こそしっかりもてなさないとね。

 どうにも疲れているらしいけれど。任されたことはしっかりとする。

 

 それが母さんとの約束だもの。

 

 俺はまずお客様をもてなそう。

 それがきっと、一年経っても変わらない幼馴染からの信頼の証なのだろうから。

 

 ……。

 

 本当にムカつく幼馴染なことだ。全く。



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