平賀才人が、なんかやたら話しかけてくる (ぽぽりんご)
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第1話_気づいたら、サイトの頭を踏まされていた
Q:物語の世界に転生したとしたら、貴方ならどうする?
A:どうもしません。
方針、平穏が一番。
私は、余計なことをしない事に決めた。
原作通りなら、ハッピーエンドになるはずの
そんなものに関わって余計な苦労を背負うぐらいなら、見て見ぬふりをした方が良い。当然である。私と関係ない所で、勝手にハッピーエンドになっていろ。
まぁ原作通りにいかない可能性だってあるが、それこそ私の出る幕ではない。虚無だの伝説だの、よくわからん力が乱舞する場所に出張るような力を私は持っていない。だから、余計なことはしない。それが一番良い選択肢なのだ。そう決めた。
幸か不幸か、私はこの魔法学園において、平々凡々な外見と家柄である。
男性なら戦争に狩り出されたりもするのだろうが、女性である私の身には何も降りかかってこないはず。
自分から行動でもしないかぎり、物語のほうから私に絡んでくることはあるまい。
しいて挙げるとしたら、この魔法学園に襲撃を仕掛けてくる炎使い、白鯨の……白煙の? メ……メ……?
あと、たまにサイト達にちょっかいをかけてくるガリア王の使い魔、ミョ……ミョズ……?
そう。とにかく、コルベール先生に恋しちゃってる白面のメなんとかさんと、常に失敗しかしない神の頭脳、ミョズっち。
この二人さえ回避すれば、円満な学園生活が待っているはずなのだ。
ビバ! 平穏無事な貴族生活! やった、ハッピーエンドだ!
そんな事を考えながら自室のドアを開けると、外には異国の風貌をした少年の姿が!
「なぁ、ちょっといいか? 相談したいことがあるんだけど」
「ダメです」
私はドアを閉じた。
「ちょっとでいいんだよ。頼むよ」
「いや、ドア開けないでくださいよ。空気読めないんですか」
私に待っているのは、優雅で平穏な貴族生活のはず。
なのに、物語の主人公こと平賀才人君が、やたら私に話しかけてくる。
なぜ。
◇◇◇
強引に部屋の中に入ってくるサイトを見て、私は頭を抱えた。
なんやかんやで、彼はちょくちょく私と話をしに来る。
理由がまったくわからない。ギーシュ戦の前に、やむにやまれぬ事情で一言二言会話しただけなのだが。どういうわけか、たったそれだけの接触で目を付けられてしまった。勘弁して。
以前ならともかく、今の彼はそこまで周囲に煙たがられているというわけでもないはず。なにしろ、ギーシュに勝利したり、フーケを捕まえるという大手柄をあげたりしているのだ。特に使用人達の間では、彼は時の人である。塩対応する私に話しかけてくるぐらいなら、メイド達にチヤホヤされに行ったほうがよほど良いと思うのだが、どうか。
「相談っていうのは、ルイズの事なんだけど」
サイトが喋り始めたので、私は彼の言葉に耳を傾けた。
彼の態度を見るに、どうやら今日の彼は頭が沸いている日らしい。普通の話なら当たり障りのないようあしらえるのだが、こういう状態のサイトは危険だ。妄想力がエクスプロージョンしているので、突っ込みを入れざるを得ない。勢いでうっかり未来の情報でも話してしまおうものなら、原作崩壊の危機である。なんかの罠かこれは。
「俺、気づいちゃったんだよね」
「なんですか。また妄想ですか」
「ルイズ。あいつ、最近妙に俺に優しい」
「犬扱いされてるのに優しいとか、サイトさんの目は節穴なのでは」
塩対応にもめげず、ぐいぐいと来るサイト。
はて? 普通の人間なら、こんな対応をされて普通に会話などできないのではないか。
もしかすると、彼は度しがたい性癖の人間なのかもしれない。サイトは、マル……マルコ……リヌ……マリコルヌ……? と同種の存在。つまりは、ドMである。
なんということだ。
つまり彼は、メイド達にチヤホヤされるよりも、こうして塩対応されるほうが好きなのだろう。だから私の所に来るのだ。
彼が
そんなドM君は、"俺は、とんでもないことに気づいてしまった"みたいな真剣な表情をしながら、私に爆弾を放り投げてきた。
「あれ、たぶん俺に惚れてる」
……いや。
最終的には間違いでなくなるのだろうが。
鞭で叩いてきたり、三日間食事抜きにしてきたりする今のルイズを見てそう思うというのは、どうなのか。
脳みそが沸騰しているのでは?
「寝言は昼間から言う物ではありませんよ」
「いいや間違いない。俺には確信がある」
「その自信はいったいどこから」
サイトは、自信満々で妄言を口にした。
使い魔はご主人様に似てくるというが、サイトも例に漏れず、ご主人様に似てきたのかもしれない。
妄想力逞しい、エロの使い魔なのかもしれない。目を覚ました方がいいのでは?
「今日、俺はルイズに告白する」
「そうですか、頑張ってください……あ、これをどうぞ。たぶん必要になると思うので」
「水の秘薬? こんなものが何で必要になるのかはわからないけど、頂くよ。俺の、いや俺とルイズの新しい門出を祝う品として」
「はい。おめでとうございます」
三十分後。
隣の部屋から、サイトの断末魔が聞こえてきた。
私の部屋は、ルイズの隣なのである。
◇◇◇
「何をしているのですか」
使い魔の散歩から帰ってくると、私の部屋の前に異次元の世界が広がっていた。
サイトである。普段は向こうから声を掛けてくるのだが、今日は思わず私から話しかけてしまった。
それも仕方が無い。なにしろ今日のサイトは、半ケツの状態で地面にキスをし、ピクピク震えているのだ。
「なんですか、嫌がらせですか。それとも、新たな特殊性癖にでも開眼したのですか」
「ちがうのでしゅ……ごめんなしゃい……」
キモい。なんだそのしゃべり方。
新手のギャグか何かか。というか、そこに居られると、私が部屋に入れないのだが。
まぁサイトがキモくなるのはいつものことなので流すとして、いったいこの状況はどういうことだろう。
……ふむ、なるほど? これは、あのピンクの色ボケの仕業か。
冷静になれば、こんな事態を引き起こすのは情緒不安定なピンク頭しかいないと分かるが、目の前に酷い絵面が飛び込んでくると混乱してしまう。
見ると、サイトのケツには赤い跡が。鞭の跡だろう。人を鞭打つなど、常識的な人間としては考えられない。まさに悪魔の所業。
エルフ達が虚無の胸娘を指して「シャイターンの悪魔」と呼ぶのにも納得だ。奴はもはや人ではない。
私はため息をついて、サイトに治癒の魔法を掛けた。
こんなアホらしいことに魔法を使いたくは無いが、部屋の前で半ケツの男がピクピク震えているという状況は看過できない。
「それで、今度はどうしてこんな結末に?」
「ごめんなしゃい、話せば長くなりましゅ……」
サイトが語るには、食事を抜かれた仕返しをルイズにふっかけたらしい。
パンツのゴムに切れ目を入れてやったのだが、ちょうどピンク頭が窓から身を乗り出した時に切れてしまい、ずり落ちたパンツに足を取られた色ボケ娘は、そのままアイキャンフライしてしまったのだとか。
へぇー。
「それは、怒られて当然では?」
思ったより酷い話だった。
「んへぇぇ、ごめんなしゃい……全部ぼくが悪いんでしゅ……モグラでごめんなしゃい。土下座しましゅので、ぼくを踏みつけてくだしゃい。ぼくの罪を清めてくだしゃい。卑しいモグラのぼくを、そ、そ、そのおみ足でお仕置きしてくだしゃい」
「なんですか。マリコルヌの真似ですか」
「お尻を出した子、一等賞なんでしゅ」
なぜ唐突に日本昔話を。わけがわからない。
というか、土下座だったのかそれ。ギーシュと戦った時に「下げたくない頭は、下げられねぇ(キリッ!)」と叫んだ人物だとはとても思えない。どういうことなの。
「……んん? でも今の話、私の部屋の前で土下座している理由にならないのでは? 謝るのなら
「まだ続きがあるんでしゅ」
なんでもこの後、鞭で叩くだけでは気が収まらなかったルイズが、魔法でサイトを吹き飛ばそうとしたらしい。
そして案の定失敗し、とある場所を爆破してしまったと。
「……え? どこが爆発したとおっしゃいましたか」
「壁でしゅ。ルイズの部屋の壁が、木っ端微塵になったんでしゅ」
「もしかしてその壁は、私の部屋の壁でもあるのでは」
「そうでしゅ……ごめんなしゃい……」
なんだと。
謝って済むか、この野郎。
私は、サイトの頭を踏みつけた。
流れるように頭を踏ませるサイト。
おのれ策士め!
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第2話_サイトは人の心がわからない
「アルビオン土産はないのですか」
「いや、そんな状況じゃなかったから」
一週間ほど留守にしていたサイトが、私の部屋を訪れた。
どうやら、脳内お花畑姫の手紙回収に成功したらしい。
……いや待て。こいつ、今どこから入ってきた?
部屋に来るのは良いが、ドアから入ってきて欲しい。壁をめくって入ってくるのはやめろ。
少々憤慨してパンチを繰り出してしまったが、聖母のごとき慈愛を持つ私は、それだけで断罪を済ませた。私は優しいなぁ。
「で、褒美は貰えたのですか。具体的にはシュヴァリエの称号とか、壁の修理職人の手配とか」
「いや、金だけだったなぁ。なんか、アルビオン行きは秘密だから、公的な褒美は出せないらしくて……あれ、なんで俺がアルビオンに行ってたこと知ってんの?」
私は無言で、ルイズの部屋の方に目を向けた。
視線の先には、ペラい板が張られただけの壁。めくって行き来することすら可能である。以前はもっとマシな応急処置だったはずなのだが、気づけばこうなっていた。なんで劣化するの。
当然、ピンク頭と腹黒姫の寸劇もすべて耳に入っていた。「ああ……私はなんということをしてしまったのでしょう」「姫殿下! 私がなんとかします!」「ああっ、だめよだめよルイズ。危険すぎる。いけないわ、いけないことだわ!」「いいえ、私は姫殿下のためなら、たとえ火の中水の中!」「ありがとう。さすがは私の一番のお友達ね!」……確か、こんな感じだったか?
「なんか……ごめんな」
「悪いと思うのなら、早く修繕してほしいのですが」
「修繕は頼んでるんだけど、直すより壊すペースの方が早いんだよなぁ」
「どんだけルイズを怒らせているんですか」
サイトと淫乱ピンクは、あいも変わらずテロ活動に勤しんでいるらしい。
私の安寧の日々はいずこへ。このままでは、私の身が危ない。
アルビオンから帰ってきたということは、今は原作3巻が始まった頃だ。
とすると、今後も姫殿下はルイズの部屋を訪れるはず。
つまり、隣の部屋で物理的なエクスプロージョンだけでなく、国家機密的なエクスプロージョンも炸裂し始めるという事である。
姫殿下も魔法による監視などに対しては注意を払っていたようだが、どうやら壁が壁としての役割を果たしていないという発想は持っていなかったらしい。もっと周囲に気をつかえ馬鹿。
「サイトから、それとなく伝えて欲しいのですが……内緒話をするならサイレントを使うか、もっと機密性の高い場所でやるようにと」
「伝えはするけど、ルイズがそんなこと気にするかな」
いや、気にしろよ。一応公爵家令嬢だろうに。
◇◇◇
「なるほど。タルブでは大活躍だったのですね」
「ああ。もしかしたら、シュヴァリエ、だっけ? その称号も貰えるかもな!」
タルブにて、戦端が開かれた。トリステインとアルビオン、両国による戦争の開始である。
王政派が倒れて共和国制となったアルビオンは、勢いそのままにトリステインへの侵攻を開始した。
共和派アルビオンにとって、その選択肢は当然に思えた。時間が経てば経つほど、自身の優位性は失われていくのだ。すぐに攻める以外の選択肢は無い。
アルビオン一国で満足するだろうと上層部は考えたのかもしれないが、共和派が程々で満足する連中だったのなら、そもそも王政派を完全に打倒する必要など無かったのである。共和派が王政派との完全決着を望んだ時点で、トリステインは戦争に備えて具体的な行動を示さねばならなかった……と、思うのだが。これは、未来を知っているからこそ、そう思うのだろうか? それとも、秘密裏に動いていたが結局間に合わなかっただけだろうか?
まぁどうでもいい。
私も一応貴族ではあるが、国の運営に関わることなんて無いだろうし、上層部の考えとかどうでもいい。
いま考えなければならないのは、目の前のサイトをどうするかである。
サイトは、いつになく上機嫌に見えた。
彼は饒舌にタルブでの活躍を語っている。が、空元気だろう。いつものサイトではなかった。これは戦争だ。人の命が散っていく戦いだ。サイトが平気でいられるはずがない。
あまり、彼に深く関わるべきではない。ないが、辛そうな状態を放置するというのも心苦しい。少しぐらいは、緊張をほぐしてやってもいいだろう。
そう思った私は、ベッドにぽんぽんと手を置いた。
「お話の途中ですが、サイトさん。見たところ、ずいぶんお疲れの様子。水と土のラインメイジである私が直々にマッサージをしてあげましょう。水の回復を用いた施術に加えて、今なら錬金による秘薬を用いたリラックス施術もサービスで付けちゃいますよ」
「え、いや。女性のベッドに潜り込むのは気が引けるというか」
「毎日、
「シエスタとは寝てねぇよ」
あれ、まだ先の話だったか。いかんいかん、口を滑らせてしまった。気をつけねば。
まぁいい。単純馬鹿のサイトなんて簡単に言いくるめられる。
「
私のセリフに、サイトは目に見えて狼狽した。チョロい。彼を煙に巻くことなど、杖を振るうより簡単だ。
ささっと言いくるめて、私は彼をベッドの上に寝かせることに成功した。
「では、失礼します……ふむ、なるほど? やはりだいぶ疲れが溜まっていますね。特に首周りが死んでます。なんですかこれ。死ぬ気ですか」
「なんですかって言われても……あー、すげぇ気持ちいい」
「ここですか? ここが気持ちいいんですか? あ、言い忘れましたけど、秘密っぽい話を私に振るのは止めてくださいね。タルブの件も秘密なのでは?」
「お前は口が固いからまぁいいかなって……ルイズの部屋での会話も聞こえてただろうし」
「いや、ダメですよ。やめてくださいよ、私に変な情報を流すのは」
怒った私は、力の限りサイトのツボを押しまくる。悲鳴を上げてのたうち回るサイトを無理矢理押さえつけ、さらに押す。押して押して、押しまくる。
あれ、楽しい。
サイトを虐めるの、楽しい! なんだこれ。
ふは、ふははははは。
◇◇◇
「燃え上がれ、情熱のビート。湧き上がれ、望郷のハート。俺はここで、人類最高の萌えを錬成する」
「はぁ」
「お前、前に俺の服を修復してくれただろ? ってことは、ナイロンやポリエステル、錬成できるんだろ?」
「サイトさんの服の生地でしたら、まぁできますが」
「ブラボー! 素晴らしい」
なんだろう、このテンション。彼は今日も頭が沸いている。
脳が陽気にやられてしまった彼が言うには、セーラー服を作ってみたいのだとか。
上はアルビオンの水兵服を改造するが、下はどうにかしなければならない。
魔法学園の制服で代用する手もあるが、せっかくなので完璧を目指したいらしい。
変態やんけ。
元気になるのはいいが、そっち方面に元気になられても、その。なんだ。困る。
「では、その……ポリエステルにウールを混ぜた生地、とやらを用意すればいいのでしょうか」
「たのむよ。一生のお願い!」
一生のお願いを、こんな事で消費してしまうらしい。
というか、ポリエステルとウールとな。それが制服のスカート生地なのだろうか。なぜサイトはそんなことを知っているのだ。変態なのかな? 変態なんだろうな。まぁサイトなので仕方が無い。サイトがヤベー奴だというのは重々承知している。可哀想なので、用意してあげよう。
数日後。
私は、セーラー服を着たマリコルヌが魔女裁判にかけられているのを目撃した。
マリコルヌがはいているのは、私がサイトにあげた生地で作られたスカートである。
なんかムカついたので、サイトとマリコルヌを一発ずつ殴っておいた。
マリコルヌは犯罪。
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第3話_マッチョがホモ臭い理由
私は、なぜかサイトに人生相談をされていた。
どういう人選だろう。コルベール先生がいなくなってしまったから、私にお鉢が回ってきたのだろうか。
アルビオンとの戦争が終わって、既に一ヶ月。コルベール先生は戦争中、白炎のなんとかいう奴が魔法学園を襲撃した際に亡くなった……ということになっている。
心の支えだった恩師がいなくなって、サイトは意気消沈しているのだろう。
や、実は生きてるけど、コルベール先生。だが、それを言うわけにもいくまい。
私は、うなだれているサイトに目を向けた。
心をとらわれている。外に目を向けられていない。
こういう状態の時は、とにかく気を紛らわせるのが重要だ。それだけで心は回復する。適当に話をしているだけでもいい。
本音を言えば、こんな時こそピンクの色ボケに慰めて貰えば良いのでは、とも思ったが。きっとサイトは、ご主人様に弱みを見せたく無いのだろう。なら仕方が無い。私が相手をしてやろう。
さて、サイトと話す話題をどうするか。
考えてみると、話題もそう多くはない。
最近の話題は重い物が多いし、昔すぎるとそもそも話が弾まない。私とサイト、二人に共通することと言ったら、日本の話か魔法学園のゴシップぐらいだ。前者の話をする選択肢はない。となると……サイトが来る前の、魔法学園の話。これがベストだろうか?
小一時間ほど、話をしていただろうか。
サイトが最も興味を示したのはやはり妄想エクスプロージョン娘の話題で、彼女の失敗談を聞くたびに笑顔を取り戻し、今では普通に笑える状態になっていた。ピンク頭の話題は強い。ピンク頭の話題は……あれ、ちょっと待って。ルイズ、隣の部屋にいないよね? 壁が危篤状態なので、普通に聞こえてしまうような……考えないようにしておこう。許せ、破廉恥ピンクよ。
「
「中庭の像って……あの、潰れた奴のことか?」
「はい。潰れたサイトさん像です」
「あれ俺かよ! なんで潰れてんの!?」
「ギーシュが像を制作していたのですが。完成間近になって、
「……俺、またあの二人を怒らせるようなことしたっけか?」
「はい。サイトさんは、いつでもあの二人を怒り心頭にしています」
「マジかよ」
そんなこんなで、夜も更けていき。
お開きの時間になったので、サイトは私にお礼を告げて去って行った。
◇◇◇
「なぜ、そんな疲れた顔をしてるんですか」
「いや……俺、シュヴァリエになっただろ? だから、研修とか色々あるんだけど」
「サイトさんが疲れるほどの訓練があるとは思えませんが。研修でいびられたとかですか? 学園内にもいますよね。『この平民が! 地を這う虫けらごときが!』みたいな態度の人」
「さすがに虫けら扱いしてくる奴はいない……いな……あれ、ルイズに虫扱いされていたような……?」
自分の立ち位置について、真剣に悩み始めたサイト。
正直そんなどうでもいい事で悩まれても困るので、私は話の続きを催促した。
「で、いびられたんですか?」
「ん? いや、むしろ逆だよ。なんか、騎士団の人達がやたら好意的でさ。ちょっと距離感が近すぎるっていうか」
「そうですか。七万を止めた英雄ですからねサイトさんは。プライドバリバリのお坊っちゃま貴族ならともかく、本業の騎士になら好かれても不思議はないかと」
「そういうのじゃなくて……ああ、説明しにくいな」
「ふむ」
どうも、ニュアンスが異なるらしい。
先ほどのサイトの言葉を思い返しながら、少し考えてみる。
サイトの話を、脳内で具現化するのだ。
騎士達とサイト。むくつけきマッチョ共と少年。なるほど、ホモですね。
好意的。恋と言い換えてもいい。なるほど、ホモですね。
距離感が近すぎる。肉体的接触。それは、ホモですね。
「なるほど。サイトさんの言わんとしていることがわかりました」
「ほんとか? 今の説明で?」
「はい。つまりサイトさんはこう言いたいのでしょう? ホモ臭ぇから近寄るんじゃねぇよ、このマッチョどもが、と」
「誰もそんなことは言ってない」
サイトの言葉を無視して、私は高説を垂れ流した。
少し興奮しているのかもしれない。女子はみんなホモが大好きだから。
「サイトさん。なぜマッチョがホモ臭いか、理由を考えたことがおありですか」
「いや、だから誰もそんなことは言ってないと……え、理由あんの?」
「はい。この国で使われている筋力増強剤。騎士の方々がよく服用されるのですが、そこには男性ホルモンが含まれているのです!」
いや、知らんけど。
嘘八百だけど。
「筋力の増強にはいいのですが、とうぜん強い薬には副作用があります。薬で男性ホルモンを定期的に補給する彼らは、自身でホルモンを生成する機能が低下してしまうのです。その結果、外の男性ホルモンに惹かれてしまうことに……外の強い男性ホルモン。強い男性。つまりは、サイトさんですね」
「へぇ、なるほどなぁ」
サイトは、感心したような声を上げた。
話しながら適当に考えたデタラメなのだが、どうやらサイトはすっかり信じ込んでしまったらしい。
将来、詐欺に騙されたりしないか心配である。
「……あれ? それって大丈夫なの、俺」
「大丈夫なのでは? 女性達にキャーキャー言われるのと何ら変わりないでしょう。ただ、性別が違うだけで」
「変わるよ。一番変わっちゃいけない所が違ってるよ」
「別に恋愛感情というわけではないので、大丈夫でしょう。たぶん」
そうなのかなぁ、と悩むサイト。
いや、真剣に悩まれても困るのだが。
だって、嘘だし。
◇◇◇
「ゆうべはお楽しみだったようですね」
昨日から、シエスタがサイトの部屋に寝泊まりすることとなった。
おかげで夜遅くまでイチャイチャ、イチャイチャ……こちとら寝不足である。
「なんか……ごめんな」
「謝罪の言葉はいりません。行動で示して下さい」
「具体的には」
「壁の修繕を」
「すまん、いくら直してもまた壊れるんだ」
「そもそも壊さないで下さいよ」
もう、いい加減にしてほしい。
どうせ壊すなら、窓側や反対側の壁だってあるではないか。吹きすさぶ風とお友達になったり、反対側の部屋にいるキュルケとルームメイトになってしまってもいいではないか。なぜ私の部屋の壁だけ壊すのだ。
憤るが、どうにもならない。
サイトは責められる事に快感を覚えるドMだし、
本当に面倒くさい連中である。
ガルルと恨みがましい目を向けてみるが、サイトはどこ吹く風といった面持ちで、のんきに欠伸なんかしていらっしゃる。
こ、この野郎が。こ、こ、こ、この盛りのついた駄犬が。
「ずいぶんお疲れのようで」
「ああ、俺も寝不足なんだ。あんなん眠れねぇよ」
私の嫌みをスルーし、サイトは答えた。
まぁ、それもそうだろう。いつ爆発するか分からないボンバーマン娘に、除夜の鐘ですら浄化不能な煩悩メイド娘。そんな二人に挟まれているのだ。安眠などできようはずもない。
「……仕方ありませんね。そんな貴方に、素敵アイテムをプレゼントしましょう」
私は、最終手段をとることにした。
出費は控えたいが、仕方あるまい。いずれ慣れるとしても、私はいま辛いのだ。安眠させろ。
「眠りの秘薬。サイトさんには、睡眠導入剤と言ったほうがわかりやすいでしょうか? 騒がしい場所で眠り続けられるほど効果は長続きしませんし、お値段の都合もあるのでかなり薄めてあります。が、これで
薄いとはいえ、暗くしてベッドで横になっている状態ならば、よっぽど興奮でもしていない限り眠りにつくはず……興奮? あいつら、いっつも興奮してんな。大丈夫かな。たぶん大丈夫だろう。
「すげぇ……ありがとう! 恩にきるよ! これで安心して眠れる!」
サイトは、涙を流して感謝の気持ちを伝えてきた。
マジかよ。こんなに喜ばれるとは思わなかった。
サイト……思えば、不憫な奴なのかもしれない。
マッチョに対する熱い風評被害。
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第4話_風の剣士、ヒリーギル・サートーム
「タバサを助けられて、本当によかった。あいつには、いつも助けられてばっかりだったから」
サイト君、ガリアから帰って来るなり、真っ先に私の所に成果報告である。
どういうことなの。最近、距離感おかしくない?
「サイトさんは、恩を返すタイプなのですね。さながら鶴のように」
「いや、恩は返すべきだろ誰だって。てか、この世界にも鶴の恩返しってあるのな」
しまった。口を滑らせてしまった。
まぁ大丈夫だろう。サイトはおっぺけぺーなので、簡単に騙されてくれる。何かあったら、適当に法螺を吹いてごまかそう。
ぶぉぉぉー、ぶぉぉぉーと法螺を吹いてやる。
◇◇◇
「どうやったら、ルイズの心を震わせられるのかな」
学園に
サイトに、なんだかよくわからない相談を持ちかけられた。
なんだよ、心が震えるって。
震えるぞハート、燃え尽きるほどヒートとか言い出したりしないかなこいつ。
いや、原作を知っている私なら理解出来る話なのだが。
突然やってきて、「ルイズの心を震わせる手段について相談させてくれ」みたいな事を言われても、普通なら意味不明だろうに。それとも、私が全部知っている前提で話を持ちかけてきたのだろうか。隣の部屋の内緒話を、全部共有しているつもりなのだろうか。ハハハ、こやつめ。いい加減にしろ。
「一応確認ですが、ルイズは不在なんですよね?」
「ああ。俺がここに来るときは、部屋にルイズがいない時だよ」
なぜそんな密会のような真似を。
ピンク頭にバレたら殺されるのでは? おもにサイトが。まぁ、サイトなら大丈夫か。
「閃きました」
「早いな。聞かせてくれ」
「心は筋肉と同じです。負荷をかければ、そのぶんプルプル震えたり、強く復活したりすると思います」
「その考え方は脳筋すぎる気がするんだけど」
「大丈夫です。
「あっ、はい」
続いて、具体的な作戦をどうするか整える。
サイトの演技力はゴミカスレベルだが、ピンク頭を騙すぐらいはできるはず。あのボンバーマンを騙すなど、杖を転がすより簡単だ。
「では、詳細の説明に移ります」
頭の中に思い描いた流れを口に出す。我ながら、完璧な作戦と言える。
唯一問題があるとすれば、サイトの身の安全が保障できないという事ぐらいだが、大事の前の小事。些細な問題であろう。
「まず、サイトさんがこう言います。『あれ、ルイズ。服の向きが逆じゃないか? あっ、ごめん背中と胸を間違えた! なにしろペッタンコだから。大平原の小さな胸だから! テファとは大違いだから!』 ここでのポイントは、
「それ、俺が殺されない?」
「殺されます」
「殺されるのかよ」
だって、仕方が無いではないか。
サイトが犠牲にならないと、ルイズの心が震えないのである。
悪いのはルイズだ。
「まぁ、サイトさんなら半死半生で済むでしょう。ある程度
「そんな馬鹿っぽい作戦、通じるのかな……」
「通じます。
「あっ、はい」
後日サイトに話を聞いたところ、作戦はうまくいったらしい。
嘘だろ。
あのピンクは、どんだけ単純なのか。
◇◇◇
「……なぁ。これ、何?」
「ああ、それですか」
私の部屋を訪れたサイトが、机の上にあった台本を目にして問いかけてきた。
やべぇ、隠すのを忘れていた。
まぁ、別に秘密にするほどのことでも無いのだが。
「それは……風の剣士、ヒリーギル・サートームの伝説、第二章の下書きですね」
「なんだよそれ! なんでそんなもんがここに!?」
「第一章が大好評だったので、第二章の台本作成も頼まれたんです」
「も、って何!? 劇場で開かれてるアレ、お前の仕業だったの?」
「はい。実は私の仕業だったのです」
ばれてしまっては仕方が無い。事件の黒幕は、すべて私である。
悪いのは私ではない。悪いのは国民であり、私に金を回してくれない国そのもの。
サイトは時の人。トリステインで一番の大英雄。誰しもが、お金を払ってでも彼の英雄譚を聞きたがる。
そして、サイトの活躍をよく知る私にはお金が無い。こうなるのは必然であった。国民は英雄譚が聞けてハッピー、私はお金が貰えてハッピー。Win-Winの関係。誰も不幸にはならない、最高のハッピーエンドが、ここにはあった。
「大丈夫です、安心してください。国家機密的なアレは、フィクション的な物語に包んで隠しておりますので」
「いやいや!? 俺、表を歩けなくなるほど恥ずかしいんだけど! てか、風の剣士ヒリーギル・サートームって何。なんでそんな名前に」
「本名だと恥ずかしがると思ったので、ちょっと名前をいじりました。感謝してください」
「するはずがねぇよ。風の剣士も大概恥ずかしいよ」
「果たしてそうでしょうか?」
「そうだよ」
「あれでも、だいぶ控えさせたつもりなのですが……劇団の人は『この二つ名、瞬殺の美天使に変更できないか?』って言ってきましたよ。真顔で」
「マジかよ」
マジだよ。
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第5話_バイバイ、私のヒーロー
なんかもう、サイトが話しかけてくるのが日常になってしまった感がある。
毎日話しかけてくるし、今日に至っては出かける前の挨拶までしにきやがった。
なんでも、陛下より下賜された領地の見学に行くのだとか。
ほむ、領地とな。ド・オルニオールか。
となると、物語は終盤も終盤。
つまり、もうすぐサイトは日本に帰るということ。
この生活も終わりが近づいている。少し、名残惜しい。
「とうとう領地持ちですか……ガリアとの戦いで、大変な武勲をあげたんですものね。リネン川では百人抜き、虎街道ではゴーレム軍団を鎧袖一触。そして忘れてはいけません、タバサを救い出したのは英雄っぽいです。花丸をあげます。お姫様を救い出すのは、英雄の仕事ですものね」
「なんか、だいぶ誇張されてない?」
「大まかには合っているでしょう?」
「合ってるのかなぁ……止めてくれよ、新たなるヒリーギル・サートームの伝説を打ち立てるのは」
「それを止めるなんてとんでもない」
「まじでやめてくれ」
何を言うのか。
どれだけの人が、サイトの活躍に期待していると思ってるのだこの男は。
「今さら止めろと言われて、はいそうですかって事にはならないですよ。旅の思い出を赤裸々に語った過去の自分を恨むことですね。第三章の台本は、すでに八割方完成しています。期待していてください」
「まぁ、俺にどんな魔改造が施されるのか、楽しみではあるけど」
サイトはぶつくさ文句を交えながらも、まだ話をしていなかった前ガリア王ジョゼフとの戦いについて、少しだけ語ってくれた。
ふむふむ、なるほど? 聞けば聞くほど、サイトは頭のネジがぶっ飛んでるんじゃないかという気になってくる。というか、サイトはまた
「前にタバサを助けた時にも言いましたけど。サイトさん、どう考えてもヒーローみたいなことしてますよね。あれですか。女の子が泣いてたら命がけで助けにいっちゃうタイプの人なんですかサイトさんは」
「や、タバサは特別だろ。俺、どんだけタバサに助けられたことか」
「特別ねぇ……特別の範囲がとんでもなく広いような気もしますが。陛下も特別の範囲に入るんですか? じゃあ、たとえば私が泣いてたら、助けに来てくれます?」
「助けに行くよ。当たり前だろ?」
「真顔で即答とは……」
思わず赤面してしまう。
なぜ私の方が恥ずかしがらねばならんのだ? 理不尽極まりない。
◇◇◇
最近、平和すぎて寂しい。
や、平和なのは私の周辺だけだが。
これから、ハルケギニア全土を巻き込んだ聖戦とやらが始まるはず。
今後の流れはたしか、お悩みの
もう、サイトは最後の時までこの魔法学園に戻ってくることは無い。
最後の時。
物語のラストで、サイトはルイズと結婚式を挙げ。
そして、その翌日には日本に帰ってしまうのだ。
どうにも心がざわついた私は、机に向かって台本の作成に取りかかった。
サイトの物語。平賀才人の英雄譚。
物語に関わるつもりはない。
けれども、彼の物語が歴史に埋もれていってしまうのは寂しい。
それに、私は残しておきたかった。彼の生きた証を。
なぜ、そんなふうに思うのか。
理由はきっと単純な話なのだろうけれども、私は目をそらして気づかない振りをした。
ずっとそうやって生きてきたのだ。
今更、生き方は変えられない。
生き方を変えるのは、きっと苦しい。
だから私は、これでいい。
◇◇◇
「ずいぶんと久しぶりですね。お疲れ様でした」
「ああ。ほんとに疲れたよ」
聖地を巡る戦い。
そのすべてが終わった。サイト達が、終わらせた。
今日はパーティだ。
サイトとルイズの結婚式。物語の、最後の一幕。
魔法学園の広場は、二人を祝うために盛大に彩られていた。
鮮やかな花々が咲き誇り、空には花火が打ち上げられ、二人を祝うために多くの人がひしめき合っている。
みんなが思い思いに二人をお祝いして、場を盛り上げる出し物をして。
一番大がかりな出し物は、殿下がお呼びした劇団による演劇だった。英雄と聖女の物語。だいぶ脚色されているので、真実を知るものは大笑いしながら見学している。
豪華な食事に、大量の酒も用意された。あまりの量に、給仕の人達は悲鳴が聞こえてくるかのよう。
一番騒がしいのは、やはり水精霊騎士隊の面々だった。どこに消えていくのか不思議になるほどの量を飲み、今までのサイトの活躍を
もう、物語は終わりだ。
明日、ゼロの使い魔の物語が終わる。サイトとルイズが日本に帰って、それで終幕。
「ご結婚おめでとうございます。これからも大変だと思いますが、応援してますよ」
「ありがとう」
いつもは二人きりで話すことが多いが、今回は公の場だ。少し勝手が違って緊張する。
正装のサイトは、なんだかいつもより格好よく見えた。目を合わせるのが、なんだか恥ずかしい。馬子にも衣装とはこのことか。
「……なぁ、さっきの演劇って」
「はい、寝る間も惜しんで頑張って台本を作りました。なにしろ最終章ですからね、気合いも入ろうというものです。風の剣士の英雄譚、そのフィナーレを飾る物語『英雄ヒリーギル・サートームと聖女ルイズ』」
「最後までお前の仕業かよ」
「はい。貴方の物語を、歴史に残しておきたいなーと思いまして」
「歴史……に、残るのか? もう現実の俺とはかけ離れ過ぎてて、恥ずかしいとも思わなくなってきたけど」
「いえいえ、結構近いと思いますよ? サイトさんは、周りからどう見られているか御自覚なされたほうがよろしいかと」
「マジかよ。俺、そんなに格好いい?」
「はい。格好いいです」
私が褒めると、サイトはデヘヘと笑いながら照れはじめた。
さっきまでは格好よく見えていたが、今はちょっとキモい。キモいが、許そう。
落ち着いて話ができるのは、きっとこれが最後だし。
しばらく、そうして話した後。
サイトは急に気恥ずかしそうな顔をして、周囲を見渡した。
ルイズは、何故かタバサとグラスを取り合っている。シエスタは、ギーシュにお酒をついでいる。テファニアは、水精霊騎士隊の面々に囲まれている。コルベール先生は、キュルケにちょっかいを掛けられていた。こちらに注意を払っている人はいない。
「……その。いろいろと、ありがとな。お前にはいっぱい助けて貰ったから、お礼を言いたかった」
「助けましたっけ? 私が、サイトさんを?」
「助けて貰ったよ。ここに来たばっかりの頃に俺と対等に話してくれたのって、あとはコルベール先生ぐらいだったし……ほんと、助かった」
そう言って、サイトは頭を下げた。
はて、お礼を言われるような対応だっただろうか。むしろ最初の頃は、かなり塩対応をしていたはずなのだが。
まぁいい。お礼を言われているのだから、ありがたく受け取ろう。
「いえいえ、こちらこそ。騒がしくもありましたが、楽しかったですよ。ありがとうございました」
私も、頭を下げる。
社交辞令ではない。本心からの言葉だ。
サイトを相手に社交辞令なんて、いらないだろう?
そんなこんなで、夜も更けて。
席を外していたサイトが、始祖の円鏡を抱えて戻ってくるなり「俺、明日日本に帰ります!」と宣言し、水精霊騎士隊の面々が悲鳴を上げ、一晩中騒ぎに騒いで、夜も白み始めて、夜が明けて。
そして、その時がやってきた。
始祖の円鏡が作り出したゲート。キラキラ輝くそれはゆっくりと広がり、人が一人通り抜けられるほどの異空間を作り出す。その先にあるのは、サイトの故郷。
サイトの見送りには、魔法学園のほとんどの人が集まっている。成り上がりと揶揄する者もいたが、なんだかんだでみんなサイトを慕っていたのだ。泣いている者も多い。サイトは生徒ではなかったが、魔法学園の中心だった。
サイトが口を開く。
別れの言葉だ。周りの人達は、黙って耳を傾ける。
「……みんな、今までありがとう。色々バカな事もやったし、謝らなくちゃいけない事もやらかしたけど。みんなのおかげで、俺、楽しくやってこれたよ」
みな、サイトとの記憶を思い出しているのか。
感極まったように、彼の言葉に聞き入っている。
私も、少しだけ彼との思い出を振り返った。
サイトがこの世界に来たのは、一年と少し前。
この広場で、ルイズに召喚された異世界の少年。
公爵家令嬢の使い魔で平民という扱い辛い立場に、煙たがられる事も多かった。誰からも、見向きすらされなかった。
しかし今、サイトのためにこれだけの人が集まっている。
一年。たった一年だ。一人ぼっちだったサイトが仲間を増やしていき、今やこれだけ多くの人々から慕われている。
ここにいる人達だけではない。トリステインの城下町にいけば、サイトは民衆に囲まれて身動きすら取れなくなるだろう。
みんな、サイトの事が大好きなのだ。大好きに、なってしまったのだ。
「俺、みんなと出会えてよかった。故郷に戻っても、この世界のことは絶対に忘れない……本当に、ありがとう」
私の胸が、ズキリと痛む。私の傷口をえぐるような彼の言葉に、心がざわめいた。
彼は最後の言葉を残したあと、ゲートの中に身を躍らせる。
彼が消え去ろうという瞬間、ルイズが飛び出して彼に抱きついた。絶対に離さないと言わんばかりの抱擁。この世界の全てを捨ててでも、彼女はサイトと共にいる事を選んだ。サイトと共に、彼の世界で生きていく事を選んだ。この後のルイズは色々大変だろうが、強い彼女のことだ。きっと、どんな障害だってぶちのめして生きていくのだろう。
二人を飲み込んだ後。
あれほど強い光を放っていたゲートは急速に萎んでいき。最後に始祖の円鏡を飲み込んでから、あっさりと消滅した。
しばしの静寂を挟んで、徐々に周囲が騒がしくなっていく。
みんなが話しているのは、サイトの思い出話。ギーシュはひときわ大きな声で「僕らの英雄の旅立ちを祝おうじゃないか!」と叫び、また酒を飲み始めた。明らかに飲み過ぎだが、唯一のストッパーであるモンモランシーは顔を伏せて泣いているため、誰も彼を止められない。水精霊騎士隊の面々が騒ぎの輪を伝染させ、今や広場中で宴会が再会されている。
私は、彼らほど早く立ち直れなかった。心がざわめいたままだ。
心を落ち着かせるのに、もう少しだけ、時間が欲しい。
私は目を閉じて、サイトの事を思い浮かべる。
お馬鹿で、情けなくて、勇敢で。普通の男の子なのに周りの人を助け続け、しまいには世界まで救ってしまった勇者様。
たった一年だけれども、多くの思い出がある。
この気持ちも、いずれは忘れてしまうのだろう。大切なこの思い出も、私はただの記録に書き換えてしまうのだろう。
けれども、楽しかったのは事実だ。この一年は、本当に楽しかった。まるで、昔に戻ったみたいに。
「……バイバイ。私のヒーロー」
私は、どうにも収まらない感情を必死に抑えつけながら。
それだけ呟いて、その場を去った。
次話投稿は少し間があく予定。
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