やはり反恋愛主義青年同盟部は間違っている (田んぼ二キ)
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第一章-Ⅰ 恋愛という名の集団催眠と捻くれぼっちの邂逅

もしも出会っていたのが高砂ではなく八幡だったら……というifです。

とりあえずの一話ですがクロスオーバーの『やはり俺の青春ラブコメは間違っている』はともかく『いでおろーぐ』は知らない方も多いと思うので後で基本設定を紹介します。早く知りたいという方はググってください

 

それではどうぞよろしくお願いいたします。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その日、俺は世界から完全に見捨てられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマスイブの夜、我らが千葉駅は珍しい殺人的混雑だった。

とにかく歩きにくい。

折しも初雪。

それに……

 

 

「今日、一緒にいられてよかった」「僕もだよ……」

 

 

これである。ところ構わずいちゃつくカップルが周囲を気にしないものだから、余計に歩きづらいのだ。一瞬異世界に来てしまったと勘違いしてしまった。あれ? ここほんとに千葉?

 

 

『お兄ちゃん、チキン取りに行ってきてー。私クリスマス会に出てくるから……でもお夕飯には帰ってくるよ。クリスマスはお兄ちゃんと過ごしたいなとかなんとかテレテレ。あ、今の小町的にポイント高い!』

 

 

小町ホイホイであるところの俺はまんまとこんなところに来てしまった。

 

 

「まあこんなところに小町を連れてくるわけにもいかないか」

 

 

俺は自分にそう言い聞かせて目的の場所へと進む。

 

今年の入学式に事故に遭い、一か月後に登校する頃には既にグループが出来ていた。もともとは知り合いが誰もいない総部高校に進学したのだ、一人になることを選んだのだ。友人と呼べる存在が出来ないことを、いわゆる青春が出来ない理由を事故のせいにして俺は一人になった。事故が無くても多分一人だった。希望的観測は捨て孤独に慣れたつもりだったが、クリスマスに独りで歩いている俺をあざ笑うように幸福そうな顔をして誰もが手をつなぐ。そんな光景に心が折れかけていた。

 

これでも中学生の時分には、誰かを好きになり、アプローチをかけ、告白もした。結果は実ることはなくそれ以来青春そのものを毛嫌いするようになった。

 

早く帰って小町に癒されよう。

人の波を避けてケ〇タに向かっている、そんな時だった。

 

 

「えー、ご通行中のみなさまー」

 

 

拡声器を通した声が頭上から降ってきた。見上げると少し高い、オブジェの上に人影が仁王立ちしている。

 

ああ、宗教の勧誘か。この時期は多いしな――

 

そんなことを考えながら目をそらした俺は、視界の端で捉えた演説者の姿に、思わず二度見した。

 

制服姿の女の子だった。それもうちの高校の制服だ。リボンの色から彼女が俺と同じ一年生、同学年であることが知れた。

 

真っ白なヘルメット。顔の下半分がタオルで覆われて口元を伺うことはできない。しかし、その鋭さを感じさせる瞳がうごめく群衆を見下ろしていることは分かった。

 

俺はただ興味本位で近づいた。決して彼女の揺れ動くスカートに目を奪われたわけでない。

 

後から冷静になってみると俺はこの時考え違いをしていた。拡声器をしっかりと準備しているような女子高生はちょっとおかしい。いや完全に気が狂っている。

 

俺が人混みの中でもがいている最中、彼女の演説は始まった。

 

 

「えー、ご通行中の皆様。こんなくそ寒い雪の中、こんなくそ混雑の中、いちゃこらしくさってくれやがりまして、どうもご苦労様です! 悲しいことにキリスト教徒でもないのに『クリぼっち』を回避しようと行動している頭の弱い皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。

 我々、()()()()()()()()()()はただ一点の主張のために、こうして立っているのです。お前らは間違っている! 恋愛という癌を植え付けられ今日のクリスマスのために無駄な着飾り、強引なアプローチ、失笑モノの背伸び、空虚な妥協、そういった行動で、疲弊し必死でもがき『何か』を手にする。そしてそのあとの充実した生活を実現するため、さらに労力を費やし、また疲弊する。この負のスパイラルに自ら入っていこうとするその精神はマゾヒストと言わざるを得ない。

 もう一度言おう、いや何度でも言おうお前らは完全に間違っている!

 『雪……綺麗だね』『ん~まあまあかな』『え~すごい綺麗なのに』『お前と比べるとどんなものも霞んで見えるからな』『……バカ』などと言う輩や、降る雪を幸いとし相合傘をして『ホワイトクリスマスだね……』『ベットの上でもホワイトクリスマスしようね』などと囁く阿呆には鉄槌を下さなければならない。

 リア充爆発しろ! 爆発四散しろ! 貴様らが骨の髄まで浸かりきってしまっている恋愛至上主義は、儚い幻想にすぎないのだ」

 

 

彼女の演説を聞いて俺は―――頭を抱えてうずくまった。

 



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第一章-Ⅱ 恋愛という名の集団催眠と捻くれぼっちの邂逅

「……誰が得をするのか。『誰も得をしない』。一見すると、それが正しい答えに思える。もともとは単なる繁殖のための性欲が定住が進み文明が発展するにしたがって、ゴテゴテといろいろな修辞で飾られ始めた。孔雀の羽で自らを飾り立てるために、恋愛主義者は余剰時間を繁殖準備、つまり恋愛のために注ぎ始めた。それはいつしか商売になった商売人が得をするのか? 資本家が得をするのか? 否、彼らもこの泥沼にはまりこんでいるのだ! もっといい服、もっといいレストラン、いいホテル……そうして際限なく、自分自身で作り出した空虚な妄想に、我々のすべての生産性は回収されてしまう。

 我々は当初、この泥沼状態は人類が自らつくりだしてしまったものだと考えていた。しかしそれにしては出来過ぎている--まるであらかじめプログラムされていたかのように。

 環境を改変させ、自らにはそれとは気づかないように『恋愛』にはめ込んでいて、そして他の地球生物とともに絶滅させる。これは侵略に他ならない! 人類は、地球外生命体によってこの惑星に送り込まれた、ウイルスにほかならないのだ!

 

もう一度言おう!

 

繁殖衝動を克服せよ!自己解決の手法をもっと洗練させろ! 対象は異性だけじゃない!百合にときめけ! 動物にも器官はある! もっと奇抜な発散の手法を開拓せよ!

この呪われた人類という生物種を我々の世代で終わりにするために!」

 

 

 

俺が頭を抱えたその後も彼女は同様の内容を繰り返した。

 

通りすがりのカップルたちは、

 

 

「うわ、なんか変なことやってる」「かわいそうだね、こんな日に」

 

 

などといい、腕に巻きつき巻きつかれながら街へ、駅へ吸い込まれていった。

しかし彼女の演説に聞き入っている独り身の人たちも少なからず存在した。トンデモな内容ながら彼女の熱量にどこか人を惹きつけるものがあった。

最初は「女子高生が変なことをやっている」とスカートをのぞきに行った人たちもだんだんと彼女の声にひかれ最後には

 

「リア充爆発しろ!」

の大合唱まで起こり、神聖なはずのクリスマスイブの夜はあまりにも異様な熱狂に包まれていた。

 

しかしそんな状況に国家権力が黙っているはずもなく、すぐに制服警官がやってきた。彼らは拡声器を手にオブジェに立っている彼女に対し、言った。

 

 

「君、困るよ。公共の場でこんなことをやられたら。今すぐやめなさい!」

 

 

 それに対して彼女は憤然として、

 

 

「リア充の手先め! 必ずや全非リア充の怒りを込めた階級的鉄槌が振り下ろされるぞ!」

 

 

 そう絶叫するやいなや、彼女はひらりと客車の上から飛び降りた。

 

 

「おい、こら!」

 

 

 警官がすぐに追う。

 しかし、群衆の中に入り込んでしまった人間を、この混雑の中で追いかけるのは不可能だった。彼女は目立っていたが、制服の姿であったため果たして彼女は雑踏の中に消えてしまった。

 

 俺は持っていたケ〇タを持ち直して、踵を返した。平静を装ってとぼとぼと家路に着く。普段なら書店に寄って新刊を買いあさるところだが、そんな気分にもなれなかった。

 

 

「お兄ちゃんおかえりー」

 

 

 小町の声にハッとさせられる。いつの間にか帰り着いていた。

 

 

「ああ、ただいま」

 

 

 小町にケ〇タを渡し、部屋に戻りベットに横になった。

 俺の思考はあの狂騒と彼女の弁舌に支配されていた。頭の中では馬鹿なことだと分かっていた。だが彼女の言葉が俺の心にしこりとして残った。



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第一章-Ⅲ 恋愛という名の集団催眠と捻くれぼっちの邂逅

昨晩の光景が頭にこびりついたまま、次の朝を迎えた。

 

 

「うわぁお兄ちゃんいつにもましてひどい顔だよ」

 

「ひどい顔はデフォルトなのかよ」

 

「そーだよ。昨日だってせっかくのクリスマスなのにご飯食べてないし……何かあったの?」

 

 

言われて気づく。昨日のことが衝撃的すぎて飯を食っていなかったのだ。しかし小町に正直に話したところで病院に進められるのは目に見えていた。

 

 

「何もねえよ。ただクリスマスの存在意義についてだな……」

 

「あーもう分かった。ご飯食べよ」

 

 

そう言って小町は小言を繰り返す親戚の叔父のような扱いをして支度を始めた。

あの少女に共感できる部分はあった。確かにやれクリスマスだのハロウィンだのと騒ぐのはあまり理解できなかった。しかし彼女の掲げる「全人類非リア充計画」には賛同できなかった。だいたい何だよ心のATフィールドなくなったのかしらん? 加えて彼女は人類は、そして恋愛は宇宙人の仕業によるものだと言い出した。いくら関さんでもそこまでぶっ飛んでないよ。そもそも同じ高校にあんなやつがいるわけがない。つまりあれは人工知能が生み出した夢ってことなんだよね! つまり逃げられないってこと。

 

俺の心の関さんが陰謀論を唱えていると

 

 

「小町もう行ってくるね」

 

「おう」

 

 

いつの間にやら身支度を終えた小町が家を出た。

 

 

「俺も行きますかね」

 

 

今日が今年最後の登校だ。いつもより早めに行っても罰は当たらんだろう。俺は制服に着替えた。

 

 

 

 

そう思っていた時期が僕にもありました。

 

 

最初はこんな時間に選挙演説かと思ったが昨日見た少女が校門の上に立っていた。同じく手ぬぐいを巻き、頭にはヘルメット。そしてその手に握られたメガホンから獰猛な声が飛び出す。

 

 

「おい、そこの! 『昨日は楽しかったね』『冬休みはずっと二人で朝から晩まで部屋にこもっていようね♡』とか言って手繋いでいるそこのツガイ! 爆発しろ!」

 

 

特に会話もなかった手を繋いだカップルに向け彼女は被害妄想的罵声を浴びせる。二人は驚きつつもひそひそ、クスクスと話しながら校門を抜けた。

彼女の奇抜な行動に目が留まった人は俺以外にもいたのか。十数人の生徒が校門に詰め寄っていた。随分前からしていたようで彼女の熱も周りに伝播していく。やがて野次が飛び始め、昨日と同じく「リア充爆発しろ」という合唱が一つの声としてまとまりつつあった。

 

 

「おい、これやばいんじゃないのか」

 

 

昨日と違いここは学校の目の前だ。警察でもきたら……と考えていると校門の向こうから一つの集団がやって来た。

彼らは一糸乱れず彼女を囲い込んだ。やがてその中から腕に「生徒会」の腕章を付けた女が前に踏み出した。

 

 

「負け犬の恋愛否定論者さん? 今すぐその被害妄想の演説を止めて下さるかしら」

 

 

その生徒会のリーダー格の言葉を聞くや、彼女は

 

 

「リア充の手先、大性欲賛会の傀儡たる生徒会長・宮前(みやまえ)ではないか! 今に大衆の裁きが下るぞ‼」

 

 

大音声でそう叫ぶと、手に持っていた大量の紙束を上空に投げ上げた。それを隠れ蓑にいつの間にか姿を消していた。忍者みたいな女だ。

 

 

「学生生徒の皆さん、ビラを拾ってはなりません! 私たちの健やかで充実した高校生活を阻害しようとする悪逆に、そそのかされぬよう充分お気をつけ下さい!」

 

 

宮前が叫ぶと周りにいたメンバーがビラの回収を始めた。

俺は巻き込まれないように後ろ手でビラを掴みそれをズボンのポケットにねじ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

あとがきです。

 

最近寒くなって冬の残り香を感じますね。さて皆さんは『いでおろーぐ!』を読んだことは有るでしょうか? 私にとっては俺ガイルと並ぶ二大巨頭です。

登校頻度はちょくちょくUAを見ながらモチベーションを上げています。今回1000を超えていたので500毎に投稿しようかなと考えています。なんていいながら結局は気が向いた時にかくんだろうなぁ。

さてまた今度お会いしましょう



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第一章-Ⅳ 恋愛という名の集団催眠と捻くれぼっちの邂逅

クラスでは、今年最後の授業だったこともありかなり浮き足立っていた。耳に入るのは今日の予定や冬休みの旅行計画など授業には関係ない。かくゆう俺も違うことを考えていた。

 

その原因はもちろんあの演説だった。クラスでも最初はその話題で埋まっていたが、だんだんとそれていった。

 

初めて観たときに多少驚きつつも、今は冷静に彼女の演説内容にケチをつける余裕まで出てきた。リア充の爆発には賛成だが、そんなことは勝手にやってくれとさえ思う。

 

 

だが。

 

 

馬鹿馬鹿しい――そう一笑に付しながらも俺は何故か手にしていた。ズボンに手を伸ばしその存在を確認する。

 

きっと心の片隅で、俺は彼女の弁舌に惚れ入っていたのだ。

 

そして彼女のことを、羨ましく思った。あれだけストレートに自分の思ったこと、考えを大衆の前で言ってのけるあの豪胆さを。

 

ズボンのポケットからくしゃくしゃになったビラを取り出し、広げた。

内容はこうだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

立ち上がれ! 今こそ非リア充階級の革命の時である‼

 

昨今の恋愛至上主義は、もう取り返しのつかない段階まで進んでしまった。

それは非リア充諸君のみならず、その信奉者たるリア充自身、ひいては地球環境全体を破壊しかねない暴走を見せている。

 

我々にできることは、ただひとつ!

 

恋愛を否定せよ!

繁殖衝動を克服せよ‼

 

我々、反恋愛主義青年同盟部は、すべての恋愛感情を否定する!

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

昨日の演説内容と同じだ。やはり彼女はこの学校の生徒であり、そしてこの『反恋愛』運動をこの学校にも広めようとしているのだ。

 

しかし、彼女は一人で活動しているのだろうか……?

 

チラシ最下部に目線を移動させると、小さくこんな一文があった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

ここまで読んで、我々の活動に賛成し興味を持たれた同志もいるだろう。その中にはぜひ我が部に加わり、恋愛狂信者殲滅のため粉骨砕身する意志を固めた勇士も少なからず存在するに違いない。

では、どのようにして参加の意思を表明するのか? 我々はその活動の性質上、地下に潜行し、秘密主義的にならざるを得ない。入部窓口などというものが、存在しえないということは必然である。

意思表明の方法――それは、諸君らが我々の同志であるということを、まず行動を以て証明するのである。我々の思想に賛成であることを、諸君の行いによって示してほしい。

その行動こそが、同志たることの疑いようのない証拠となるのだ。

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「『まず行動を以て』ってどういうことだよ……」

 

 

そうつぶやいて、自分の()()の危うさに気づいた。

 

ダメだ、完全にやられている。

 

()()()()、と思っている。こんな活動意味もないそれどころか自分の身を滅ぼすだけだろう。

 

確かに彼女の弁舌には人を酔わせるだけの力があった。

 

しかし、その思想の先に何がある? ただの自滅願望、それも他人を巻き込む形の、一番やばいやつだ。

 

関わってはいけない。俺は開き直って馬鹿げた行動をとる前に、好きな人をつくったり、告白したり、デートしたりしてまっとうな青春を送るように努力すべきなのだ。

 

とそこまで考えて俺は自分で自分を嫌いそうになった。

 

そう俺は彼女の思想を否定する為だけに俺が()()()()()()()()()()を肯定しようとしていた。あるいは歩み寄ろうとしていた。諦めたはずなのに心の底ではまだその感情や思いが引きづっていた。

 

これ以上考えるのはよそう。俺はチラシをくしゃくしゃに丸め、ズボンの中に押し込めた。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

あとがき

 

コロナの影響で『俺ガイル完』が延期になってしまってとても残念ですが、原作者やスタッフ、声優さんのことを考えれば仕方がないのかなと自分で納得させております。

この機会にまた一巻から見直してみようかしらん。

また私は声優さんが好きでよくラジオを聞くんですけどその収録とかもなくなっていくと思うと悔やまれますね、まあバックにセブンがついたので安泰でしょう!(願望)

舞台設定が一応俺ガイルに沿っているので、そっちのキャラも出していけたらなあと考えております。

三話目でUA1500を突破したので、次は2000超えたら書きますね(宣言しないと書かない)

 



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第一章-Ⅴ 恋愛という名の集団催眠と捻くれぼっちの邂逅

考えないようにうつらうつらしていると、いつの間にやら昼休みになっていたようで俺はいつものようにベストプレイスへと向かった。

 

千葉市立総武高校の校舎は少し歪な形をしている。

 

上空から見下ろせば、ちょうど漢字の口、カタカナのロによく似ている。生徒たちは主に教室棟を利用しておりその向かい側は特別棟とよばれ、別名文化棟とも呼ばれている。それらを二階の渡り廊下で結んで、これが四角形を形成する。

 

総武高校は進学校だが生徒の自主性を大事にしている。そのため部活の数が多く教室棟とは別に新たに文化棟が建てられたという話が俗説である。たぶん? クラスメイトがそんな話をしていたから間違いないだろう。

 

教室棟の一階。保健室横、購買の斜め後ろが俺の定位置だ。位置関係でいえばちょうど、テニスコートをみることになる。

 

昼休みの間は女テニの女の子が自主練をしているようで、いつも壁に向かい、打っては帰ってくる球をかいがいしく追いまた打ち返している。

 

( ^ω^)

 

安らぐひと時だなぁ。

 

(´・ω・`)

 

イケメンそうな男が入ってきたので、女の子は自主練をやめてしまいました。あいつのせいです。

あ~あ。

 

俺は最後のひとかけらを口に入れ、それをコーヒーで流し込むとその場から離れた。

 

教室へは向かわず、真っすぐ階段を上がっていく。教室は俺の席ねえから状態なのでいたしかたない。居場所がないわけではない。げんに雨の日はいたたまれない空気の中自分の席で食べているからだ。急いで文科省に問い合わせなきゃ!

 

ちらりと自分の席を伺うと、やはり占領されていた。廊下にもまばらに人がいたが、ある少女は立ち止まって俺の席のほうを見ていた。その少女は、桃色の髪を結っておりその奇麗な鎖骨があらわになっていた。友達でも呼びに来たのだろうか、そう思ったが手元を見てある考えに行きつく。手には弁当を携えて、しきりに鏡をみては髪をいじったり、にこっと笑みを浮かべる。

 

 

「男と待ち合わせかよ」

 

 

リボンの色から俺と同じ学年であることが知れたが、そんなことはどうでもよかった。俺は小さく呟いて屋上へと向かった。一瞬その少女と目が合ったが、彼女は固まるだけで特に何も起きずに屋上へと着く。

 

基本かぎがかかっているとされる屋上は錆びついていて実は誰でも出入りが出来る。この時期は寒いのでおそらく誰もいないだろう。

 

予想通り、人影はない。

 

見上げると、雲が点々とあり快晴と言えた。そのおかげで陽が直接差し、思ったよりも暖かい。

 

少し横になろうと膝をつく。

 

喧騒の音は小さく居心地は悪くない。食べてすぐ寝そべるのは一般的に悪いという風に言われている。牛になると。しかしこんな天気のいい日に寝ないのはかえって悪いというか罪だ。外国ではシエスタとも呼ばれている。もし俺の国があれば真っ先に取り入れるだろう。もっとも、俺がトップではクーデターを起こされギロチンからの一家殲滅。小町のためにも俺は働かないという意思を固くする。

 

そんなことを考えていた俺の耳に声が入り込んできた。

 

 

「ほら、ワタル! そっちいったよ」

「おしきた! 行くぞ、ミホ、それ!」

「ちょ、アタシ!? ユ、ユミ!」

 

 

声のしたほうを見ると、男が一人、女が二人、校舎で四方を囲まれた空間のリア充どもの聖地・中庭でバトミントンをして遊んでいた。

 

さっ、と心が陰り、反射的に「クソッ」というつぶやきが漏れた。

 

後から思うにこの時の俺は平時とは違い、リア充の戯れを再三見ていた。イケメンに指導を乞う女テニ。男を待つ女学生。極めつけが眼前に広がるまるで絵に描いたようなまっとうな青春。

 

だからだろうこんな暴挙に出たのは。

 

俺は今まで努力してきた自負がある。

 

積極的にアプローチも行った。

 

話しかける努力も行った。

 

中二病も卒業した。

 

だが結果はどうだ。俺の一世一代の告白は晒され、優しい女の子に勘違いし、陰では馬鹿にされた。そして俺は理解した。誰も理解しないなら、そんな願望じみた希望は捨てようと。

 

 

「ワタル、ナイス!」

「ミホ、ケツ汚れてんぞ」

「うっさい!」

 

 

目の前が真っ暗になっていく。どうしようもないどす黒い感情が、俺の心臓を(おさ)えつける。

 

と、俺の手は知らずのうちに、ズボンのポケットに伸びていた。その中には、くしゃくしゃに丸められたアジビラ。

 

開いて眺める。

 

昨日の雪降りしきる中での大演説が、よみがえってくる。

 

 

「―――そうだ」

 

 

瞬間、スッ、と頭の中がクリアになった。

 

その後には、「どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだ」という自分への呆れと笑い転げたい衝動が同時に襲ってきた。

 

実際、俺は口の中で八ッと笑った。

 

自分にこんな発想ができることに、驚いた。ちょっと自分を褒めてやろう。そんな気分にすらなった。そして囁くのだ。

 

「やれ」と。

 

俺は屋上を見まわして適切な位置を見つけ、移動した。

 

本当にやってしまうのか? 自分の中で問うてみるも、その答えなどとうに決まっていた。

 

 

息を吐く。

 

 

息を吸う。

 

 

叫んだ!

 

 

()()()()()()()‼」

 

 

さっ、と物陰に隠れ彼らの動向を頭半分だして伺う。

 

彼ら彼女らは声の主を探してか、キョロキョロとしていた。先ほどまで小突かれて舞い上がっていたバトミントンの羽根は、ゆっくりと落下して、三人のつくる三角形の真ん中にポトリと落ちた。

 

空中を楽しそうに泳いでいたその羽根が、今や力を失って地面に倒れ伏し、ゴミクズ同然に転がっているのだ。

 

見事に調和がとれた、平和の崩壊だった。

 

ちょっとチャラメな女子、運動部っぽい女子、爽やか系男子。

 

三人の青春は、バトミントンの羽根を中心に奇妙なバランスを保って、抑止されたのだ。

 

その奇妙なストップモーションは、ひどく滑稽で、そしてそれがゆえに、ひどく(はかな)く、美しかった。

 

重く圧迫されていた心は、嘘のように晴れやかになった。こんな気分になったことは、高校に入ってから一度だってなかった。

 

「よしっ」

 

俺は珍しく前向きにそういうと、立ち上がって尻をはたいた。

 

 

「おい! お前‼」

 

 

ガッ、と肩を掴まれ、後ろに引かれた。

 

心臓が止まる。

 

勢いで体が半回転。

 

目の前には、目があった。

 

 

 

「今、叫んだのはお前だな」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

いい感じにモチベーションも上がっております今日この頃。

俺ガイル完が延期になり萎えていたんですが、opが配信されたということで早速聞いてみようと思います。

外出が出来ない分、書ける時間が増えたのでこれからも頑張りたいと思います。

挿絵むずいっすね(笑)

あとこっちの方でも更新しております。お見知りおきを

https://twitter.com/@1oRurJEWKFLjEnA

 



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第一章-Ⅵ 恋愛という名の集団催眠と捻くれぼっちの邂逅

「今、叫んだの、お前だな」

 

 

その声に、聞き覚えがあった。

昨日の演説で、今朝の校門で、ヘルメットをかぶってタオルを口元に巻き付けた姿。その中で唯一外に出ていた、その目は、あの時と同じように、まばたきをした。しなやかにまつげが揺れる――鳥肌が立った。

 

彼女だ。

 

俺は、コクコクと頭を下げ、彼女の問いに応える。すると彼女も、こくりと頷くと、言った。

 

 

「私の活動に、協力してくれないか?」

 

 

「もちろん」

 

 

俺は即答した。

 

彼女はその答えを聞くと、綺麗に笑った。

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

ヘルメットとタオルで覆われた顔は今全てあらわになっていた。

 

貯水タンクと機械類の隙間から吹いてくる風に吹かれて、彼女の長くしなやかな黒髪がたなびく。目にかかった前髪を、その長くて細い指が払った。透明感のある肌の白さ。唇はほのかに紅く、少しだけ横に引き伸ばされて笑みをつくっていた。

 

ともすれば深窓の令嬢を思わせるその印象を、彼女の目は一太刀のもとに両断していた。力強さ。笑顔で細められているというのに、その奥にくすぶる炯炯(けいけい)とした光はちっとも隠れていなかった。

 

美少女という言葉は彼女には似合わない。

 

それが似合うとしたら一年J組――雪ノ下雪乃。彼女だろう。交友関係の狭い俺でも知る有名人だ。何度か見かけたことがあるが彼女の目にも力強さを感じた。だが目の前にいるこいつはもっと獰猛(どうもう)で心に語り掛ける目をしている。

 

 

「胸がスカッとしたよ。廊下から聞こえてきたんだ、やつらが遊んでいる声が。覗いてみれば、これみよがしに『青春』している。行き場のない怒りに胸が詰まっていたところだった。叫びたかった。だけど周りにはたくさん人がいたんだ」

 

 

彼女は握りこぶしを作って俺の胸にトン、としずかに当て、続けた。

 

 

「そしたら、叫びが上から降ってきたんだ。君の叫びだった。そして私の叫びでもあった。我々の絶叫だったのだ。次の瞬間、私は屋上へ駆け出していたんだ。そして君を見たのだ」

 

「気づいたら、俺は叫んでいたんだ」

 

「君には革命戦士としての資質があるようだ。私なんかよりもよっぽど……」

 

 

と、彼女は急に真顔になり、口に人差し指をあてた。

 

耳を澄ますと、荒々しい足音が聞こえてくる。

 

 

「きっと奴ら三人だろう。()()()()()()()()()()を邪魔した君を締め上げに来たのだ。何とか、誤魔化さなくてはならない」

 

 

そう言って、彼女は周りを見渡した。

 

ドアを身体で抑えるか? 運動部相手には無理だろう。なんなら女子にも負けるレベル。

 

貯水タンクに隠れる? いや二人で上がるのには時間がかかり過ぎる。

 

俺は彼女を見る。屋上には俺たち二人だけ。男女がいればそこに何かしらの意味を見出してしまうのが人間だ。高校生ならなおさら。

 

まったくこんな方法しか思いつかない自分が嫌で、そして好きだ。

 

社会的制裁はまぬがれない。多分退学になるだろう。一人なら無視かあるいは先生に報告するだろう。しかしあいつの後ろには二人の女子がいる。必ず俺に立ち向かってくるはずだ。そして彼女は被害者となり決して()()()()ことはない。

 

時間がない。俺は意を決して彼女を見た。

 

彼女はうつむき、少し迷ったように目をつぶったあと、床を指さした。顔が少し朱に染まっているように見えた。

 

 

「ここに寝転ぶんだ。今すぐ」「えっ、ちょ」

 

 

俺の同意を得ることなく、彼女は俺の首を掴んで()()()()()()()()()

 

そして、倒れた俺の身体に馬乗りになると、ブレザーの前を無理やり引き開け、ワイシャツのボタンに手をかけた。

 

 

「時間がない。すまん」

 

 

突然のことに思考がまとまらない中、屋上のドアが勢いよく開かれた。

 

先ほどのリア充三人組だ。その先頭を行く男はものすごい剣幕で、タコのように顔を耳まで真っ赤に染めていた。

 

 

「おいどこのどいつだ、今馬鹿にしやがったのは! 出てこ……」

 

 

息を切らしながら威勢よく叫んだ男のその声は、急に尻すぼみになった。

 

それは今まさに行為に及ぼうとしているかに見える我々の姿を見たからだ。

 

「ひっ」という情けない声とともに後ずさるその男に追い打ちをかけるかのように、彼女は極めて冷静に、ゆっくりと言った。

 

 

「あら、こんなところに人が来るなんて珍しい……見学していく?」

 

 

男は何も言えず唾をごくりと飲み込んで顔どころか首まで真っ赤にしていた。くっついてきた女子二人は、彼女の姿に恐懼(きょうく)したのか何も言えずに、ただその男に連れられるようにして帰っていった。

 

それを見送ると彼女は俺の身体の上から立ち退くと、乱れていたスカートを手で払って直した。

 

彼女の尻が乗っかっていた部分が、ほのかに熱を持っていた。そしてようやく、俺は今まで自分がどうゆう状況に置かれていたのかを、はっきりと理解した。このやり方は今まさに()()()()()としていたことだった。もし俺がやっていたら、まさしく襲おうとしているケダモノ。即刻退学だ。ケモノはいてもノケモノはいないんだよなぁ。しかし彼女がやれば艶めいた女の子に早変わりだ。しかし一歩間違えれば二人とも危なかった。

 

俺はそれを咎めようと彼女に声を掛けた。

 

「お、おい」

 

「恥ずかしかった……」

 

 

俺はその声音と頬の色を見て、一瞬動けなくなった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

臨機応変にも対処した彼女、それは八幡がやろうとしていたことでもあった。しかし恥ずかしがって顔を真っ赤に染める彼女に一瞬たじろぐ。あんな演説をたくさんの人がいる街中でやる少女なのか疑問すら覚える。間違いないことは彼女があの反恋愛主義青年同盟部という集団に属していることだ。

 

ついに彼女の正体が明かされる

 

 

次回彼女の名前は領家薫。

 

 

デュエルスタンバイ!

 

 



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第一章-Ⅶ 恋愛という名の集団催眠と捻くれぼっちの邂逅

彼女は獰猛な目と、過激な内容をあんな大衆の前で発することが出来る数少ない人物だ。あんな対処の仕方を思いつき、そして瞬時に判断してのける頭の良さ。だがどうやら人並みの羞恥心はあるらしく顔を真っ赤にして言った。

 

 

「仕方なかったのだ。リア充を圧倒するには、更にその上を行ってやるのが最も効果的だから。奴らは身体の隅々まで恋愛カースト制が染み入っているからな、上級階級の人間に発言することはできない、哀れな生物なんだ」

 

 

俺に馬乗りになって彼女の姿を見てからのリア充の態度の豹変ぶりはまさに劇的で、一種の小気味よささえかんじるくらいだった。

 

 

「確かに一瞬で引き返していったな」「それが奴らの弱さだ」

 

 

うんうんと頷いてる彼女の耳はほんのり赤い。

 

俺は彼女に覆いかぶさり、リア充♂に正義面させて退治してもらうことが最善だと判断した。俺にはこんなやり方は思いつかなかった。性別の違い……もあるのだろうが彼女がこんな方法を思いついたのは(ひとえ)に反恋愛を掲げていたからだろう。いやむしろ常日頃奴らを観察し是正しようとした彼女にしか考えつかないとさえ思う。

 

それにしても、演説をしたあの豪胆さを持つ彼女と、後になって恥ずかしがって顔を真っ赤に染める彼女、その二つはどうやって彼女の中で共存しているのだろうか。

 

 

「そろそろ行こう、授業が始まる」

 

 

そう言うと、屋上の汚い床で仰向けで倒れている俺に、彼女は手を差し伸べた。何の考えもなしに、反射的にその手をとる。

 

柔らかく、温かかった。少し汗をかいているみたいだった。それは俺の汗と混じってほんのり湿り気を帯びる。俺が立ち上がって彼女と目線を合わせると頬をさらに赤くした。

 

 

「それじゃ放課後、フラワーアレンジメント研究部に来ること。いろいろ、説明しなくてはならないから」

 

「お、おう……」

 

 

それから収まりが悪くて、続きの言葉を探した。

 

 

「えっと、そうだな……名前、なんていう名前なんだ」

 

 

とっさに思いついた質問を投げかける。我ながらいい質問だと思う。今時は出オチキャラでも名前を名乗らせるからな。それに名前が分からんと今後呼びづらい。名前が分からないと指示語、そして最終的には『比企谷さんの……』ってなる。俺の妹が兄より存在が認知されているので、スローライフを楽しむことにした件について。

 

今までは学校に行き、授業を受け、あいつらが互いを牽制し合っているいる間も一人でもくもくと生きてきた。なんとなく今日で変わる。そんな予感があった。

 

彼女は急に目を細めてムスッとなってから、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

そう言って、ひとりですたすたと屋上から下る階段を降りて行ってしまった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

領家薫。

 

教室に戻ると彼女は確かにそこにいた。俺がクラスメイトに対してあまり興味を示せないのもあるが、彼女が極端に目立たない生徒であることも起因している。

 

教室の中では黒縁のメガネをかけ、ずっと本を読むか、勉強しているかのどちらだった。整った容姿を持つ彼女は自分を押し殺し、目立ったクラス内のポジションに立たないようにしているのかもしれない。

 

それなのに名前を知らなったことを怒られるというのは何とも理不尽な話……じゃないですね俺が悪いですはい。

 

なぜなら同様に目立たないという点で共通していた俺の名前を彼女は知っていたのだから。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

やってるねい。たんぼです

 

在宅勤務さらに伸びました。金使わないのはいいがそろそろ発狂しそう。

とりあえず小説書いてます。

なので更新頻度高くなります。対戦よろしくお願いします



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第一章-Ⅷ 恋愛という名の集団催眠と捻くれぼっちの邂逅

放課後、俺は領家に言われた通り、フラワーアレンジメント研究部の部室へと足を向けた。

 

といっても、それがどこにあるのか、はっきりいって分かっていない。俺の登校したころには既に仮入部が終わっており、運動部さえもなんとなくしか把握していない。それに文化部ともなれば、その実態を知らずに卒業する生徒も俺の他にもいるだろう。どちらにせよ部活に入るつもりはないのだが。

 

とりあえず文化棟に行けばいいか。

 

本校舎の向かい側。二階でつながれた文化棟は本校舎と同じく三階建てだ。二階は資料室や生物室や物置など一般の生徒はたまにしか行かない。

 

 

「一階から攻めてみるか」

 

 

部室棟の中は、雑多な音、匂い、ごちゃごちゃした配色の入り混じった、混沌とした場所だった。

部室に入りきらない機材などがはみ出ているから非常に歩きにくい。表札を頼りに歩いていたが、掲げられていない部屋がしばしばあったし、ぼんやりしているといま自分がどこにいるのかすら分からなくなりそうだった。

 

 

「よし、帰るか」

 

 

決断した後の行動は早かった。俺はすぐに二階に上る階段へと向かう。明日領家に会って改めて聞けばいいだろう。それに活動に協力するとは言ったが、反恋愛主義青年同盟部とやらに入るとは言っていない。俺は陰から見守らせてもらおう。比企谷八幡はクールに去るぜ……。

 

 

「何だ、早いな、もう来ていたのか」

 

 

登り切った先に領家が立っていた。

 

 

「ああ、もちろんだ。てっきりもう部室にいるのかと思った」

 

「そういえば君に場所を教えていなかったことを思い出してな、それでこうして迎えに来たというわけだ」

 

 

俺がしたり顔で言ってのけると、領家は何も気にしない様子で三階に足を向けた。俺が付いてきているのか確認もせず普通に進んでいく。このまま本校舎に帰ってもいいのだが、明日何を言われるのか分からない。とりあえず追いかけるか。

 

一階同様、三階も初めて踏み入れたわけだが踊り場まで上がると、階段の中ほどに「KEEP OUT」のビニールテープがX字にめぐらされていた。

 

『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』

 

こういった文言の張り紙や中身が黄色いペットボトルがずらりと並んでいる。さらには上階から「キョォォオロチュァァァァ‼」という奇声が聞こえてくる。世紀末だろうか。やばいやばい何がやばいって顔色一つ変えない領家が一番やばい。

 

 

「俺、階段を登ると死んでしまう病が」

 

「それでよく生きられてこれたな。そんなに危険なところじゃない。三階にはちょっと変な奴らが多いだけだ」

 

「ちょっとって……」

 

 

拡大解釈しすぎだと思う。日本語って素敵‼

 

後を追うと、三階は廃墟と呼んでしまってもいいような惨状だった。もう十年くらい掃除がされてないのでは、と思わせるような荒廃ぶり。

 

しかし、人の気配は感じられた。壁の内側、各部屋には多数の人間が蠢きひしめき合っている、そんな生活感が横溢している。

 

廊下には人が無造作に寝転がっている。

 

通路を行ったり来たりしながら、定期的に奇声を発する男子生徒。先ほどの声の主だろう。

 

 

「彼はこの学校の風紀委員なんだ。他の役員があまりにも仕事をしなさすぎて、彼にすべての労働が押しつけられた結果、狂ったのだ」

 

 

領家は淡々と言った。

 

それがあまりに自然だったから思わず見逃しそうになる。

 

 

「それは、大丈夫なのか、風紀委員の活動の方は……?」

 

「現状の活動など、教師陣の傀儡にすぎない。人員は必要ないくらいなんだが、偽りの達成感を与えるために仕事を割り振られている。なくても誰も困らないのに」

 

「なんだそれ……」

 

 

俺が驚愕しながら彼を眺めていると、領家は手を引いた。

 

 

「さ、ここだぞ。一応、尾行られてないかみておけ」

 

「尾行って……」

 

 

そう言いながら、俺は後ろを見る。寝袋にくるまっている男が廊下の脇にいるだけだ。

 

 

「よし、大丈夫だな」

 

 

彼女は廊下の両方を眺めて確認してから、カギを差し込んだ。表札には、確かに「フラワーアレンジメント研究部」と書かれている。

 

 

「しかし、そのなんでフラワーアレンジメントなんだ。領家は花が好きなのか?」

 

「……ただのダミーだよ。ここは反恋愛主義青年同盟部の表のアジトだ」

 

 

そう言うと、彼女はドアを押し開けた。

 

中からは、乾燥した、土埃の匂いが抜け出ていった。その空気にむせそうになりながら、俺は中を眺める。

 

そこには旧式の印刷機、大量の紙、インク、ヘルメット、そして角材と鉄パイプが……。

 

 

「おい、早く中に入れ!」

 

 

領家に言われ、俺は慌てて中に入り扉を閉めた。

 

部室の中はさらに埃臭い。窓から差し込む陽だけがただ一つの灯り。フラワーアレンジメントというだけあって本棚には一応花に関する書籍が並んでいるのだが、その棚にしても大体の書籍は『革命家のための兵学教程』『歴史に学ぶ武装蜂起』『拷問の基礎』など物騒なタイトルが並んでいる。

 

それ以外の場所には大量の角材に、べこべこにへこんだ金属バット、頭頂部がぽっかりと割れて謎の赤色色素でその周りが縁どられているヘルメット。

 

 

「そう固くなるな。これは大昔の名残だ」

 

 

この物騒な部屋に似つかわない笑顔。いや浮いているのかどちらにせよ、そのアンバランスさに俺の心は揺さぶられた。

 

 

「そういう時代もあったのだ。この文化部室棟自体が、そんな運動の置き土産だと伝えられている」

 

 

俺が絶句していると、領家は部屋の中央に据えられていた長机を回りこんで、一番奥に置かれていた椅子に座りこんだ。

 

 

「まあ、比企谷くん座りたまえ」

 

 

その促しに従って、俺は机の長机の真ん中付近にあった椅子に、腰かけた。

 

 

「ようこそ、反恋愛主義青年同盟部の公然アジトへ。君のこの運動への参加を、私は心から歓迎する」

 

「ちょっと待ってくれ、まだここがどういう組織なのかが全然わからないんだが……」

 

「何を言っているんだ、君は自らやって見せたじゃないか。あの憎くおぞましきリア充どもに『叫び』の鉄槌を振り下ろし、一挙にして奴らをその夢想的な幸福から引きずり下ろしたじゃないか」

 

「我々の組織は、恋愛信奉者たちが気づかぬうちに陥っている幻惑から目を覚まさせ、世界を正しい方向へと導くためにある。君は組織に身を置く前に、身を以て、その運動をやってみせたのだ。真の活動家と言って差し支えないだろう。私は君の勇気ある行動に、本当に感動した」

 

「ど、どうも……」

 

 

あまり褒められる人生ではなかったから、こうして素直に褒められるのは少し気分がいい。こいつのように別に大層な思想があったわけではない。ただ単に目の前のリア充に嫌気がさしただけなのだ。

 

それにしてもと思う。部室のこの惨状とこの組織を考えると、構成員は多いのだろうか。

 

 

「なあ領家、『我々』って言ってるけど、今日はまだ集まってないのか?」

 

 

その問いに領家はぐっと、苦い顔をした。

 

下を向き、ぼそぼそと答える。

 

 

「ま、まだ……その……」

 

「え?」

 

「……まだ、二人しかいない」

 

「お、おう」

 

 

俺も含め三人か……一度も見かけることはなかったから裏工作でもやっているのだろうか。

 

 

「なんだ、その、頑張っているな。領家と、もう一人は誰なんだ。同じクラスの奴か?」

 

 

領家は伏せていた顔を少し上げ、上目遣いになってこちらを見ながら、机の下にあった手を引き上げた。人差し指は俺の方を指していた。

 

 

「私と、比企谷、ふたり……」

 

「じゃ俺帰るわ」

 

 

そう言い残して荷物を引き上げ帰る。やはり比企谷八幡はクールに帰るぜ。

 

 

「比企谷くん、待ちたまえ、待て、待て! 待って……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

やってるねい。俺ガイル完七月に決まって完全に別作品に熱入れてたので久しぶりにこっちでした。

@1oRurJEWKFLjEnA

Twitterです

こっちでも更新してます



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第一章-Ⅸ 恋愛という名の集団催眠と捻くれぼっちの邂逅

「比企谷くん、待ちたまえ、待て、待て! 待って……」

 

 

無慈悲に足を進めようとする俺に抵抗しているうちに、領家の声が切実なものになっていく。最後には完全に哀願(あいがん)になっていた。

それを聞いて、なんだか子犬を見過ごしているような気分になったが、俺はなおも扉に向かって足を進めていく。

 

 

「こ、これからだから! これから着実に力をつけていって、ゆくゆくは世界同時革命を目指すんだ!」

 

「そうか頑張ってくれ」

 

「比企谷の力が必要なの! お願い!」

 

 

高圧的な態度から一変、彼女の口調は普通の、女子高生のそれになっていた。

 

 

「屋上では『もちろん』なんて言ったじゃないか。協力してくれるって信じてたのに、裏切るのか!」

 

 

言われて気づく。誰に言われたのでもなく、逃げるという選択肢もあったはずなのに俺は叫んでいたのだ。

ドアへと向かって進めていた足を止めた。

 

 

「そうだったな」

 

 

ノリというのもあるだろう。だが大部分は彼女の魅力が俺に叫びのきっかけを与えたのだと思う。

 

昨日までの俺ならば、こう考えていたのだろう。こんな活動上手くいくわけがない。現に構成員は、領家一人しかいないのだ。こんなことに時間を費やすだけ無駄だ。

だが今は違った。俺は叫んでしまっていたのだ。意味もなく、ともすれば袋叩きにあっていたであろうという状況で。しかしそれは、俺の中では必然の行為だった。

 

きょとんとした彼女をそのままに、俺は先ほどまで座っていた椅子に戻り、腰かけた。

条件反射で面倒くさそうなことを回避してきた自分を、俺は変革したいと思った。何よりも面白いことに片足を突っ込んでいる予感が、いま確信に変わった。

 

 

「まあ俺でいいなら……」

 

「信じていた! 君なら必ず、この活動の意義を理解することが出来ると!

共に、この地球上から恋愛という不合理を一掃しよう! 地球人類というこの美しい惑星に仇なす癌を駆逐するために、我々は今、果敢なる一歩を踏み出したのである」

 

 

正直、領家の唱えた恋愛がもたらす人類の洗脳教育、そして俺たち人類は良心的繁殖拒否によって絶滅するべきだという思想。これらの活動が正しいとは思っていない。だが事実叫んだのだ。青春を謳歌せし者たちを一語で麻痺させる言葉を。そして何より俺はそのことを爽快に思ったのだ。

 

 

 

 

 

その後、地下にあるもう一つのアジトでこれからの活動について話し合った。昼休みにはよくここに居るらしい。どおりで同じクラスである領家のことが分からなかったわけだ。まあ他のクラスメイトのことを知っているかと言われたら何も言えないのだが。

 

 

「我々の次なる目標――それは」

 

「バレンタインデー、だろ」

 

 

俺たちの利害が一致する。俺にとっては小町にチョコをもらう大事な日である。だが領家はその行為がいかに愚かであるかを熱弁を振るい語った。俺もそれに同調するがそも明確なプランなどない。ないなら俺が作ろう。彼女の扇動力を活かして。

 

 

「大性欲賛会?」

 

「ああ、そうだ我々の敵であるリア充を意図して操っている連中だ」

 

 

聞きなれない言葉だ、恐らく領家の造語だろう。敵というのは明文化したほうが打倒にもやる気が出るものだ、賢帝がラム、ココロモリハーティアそして……。いかんいかんついあの時の癖が出てしまった。

 

 

「そしてわが校の生徒会長の宮前は大性欲賛会の所属であることが判明した。文化祭におけるフォークダンス、男女が手を取り合って踊るなど軽佻浮薄(けいちょうふはく)、言語道断だ。私は血の涙を流し唇をかみしめながら立ち尽くした。それにいまどき臨界学習なんてやっているのはあそこでいい感じにさせて、(ただ)れた夏休みへの布石にするために他ならない。これらの活動はあいつが生徒会長になってからより活発したのだ」

 

「お、おう」

 

「いきなりこんなことを言われてもしょうがないとは思う。だがこれは真実なのだ比企谷同志。我々はまずこの大本から叩かなくてはならない! そのために、宮前によって調教されきったこの学園での闘争を介して、宮前を探り、敵の手法を見るのだ!」

 

「わかったわかったまずは宮前だな。そして打倒リア充だ」

 

「君も革命戦士姿が板についてきたな!」

 

 

きっと、俺はもう間違えたのだろう。

いやもとから間違えていたのだ、これ以上間違えたところで損はない。それにようやく俺の青春は面白い方向に転がり始めていた。

 

 

 

 

 

地下から出ると既に陽が暮れ始めていた。

領家は家が近いらしく徒歩ということなので、途中で別れる……はずだったのだが。

 

 

「先に帰ったんじゃ……」

 

 

「なんだかおさまりが悪くてな」

 

 

そういって彼女は校門で俺を呼び止めた。

 

 

「そうか」

 

 

俺は自転車から降り、彼女と歩行を合わせた。

 

 

「……冬休みだな」「う、うん……比企谷は、何か予定があるのか?」「特に……」「わ、私も」

 

 

俺も彼女もいわゆるコミュ障なので自然会話は発展しない。それに付き合ってはいないが仲は良く、休みの日には何かと理由を付けては出掛けその先に会った友人に「お前らほんと仲いいよな、付き合えよ」と言われ「うるせえ」「こんなバカと付き合うわけないじゃん!」とつい本心とは違うことを言ってしまう。それから会話は少なくなりお互い謝りたくても謝れず、そして冬休みを迎えようとしていた。もうこれ以上は……その気持ちだけが先行し「あのさ」と一言だけ、しかしその言葉は偶然にも重なってしまう、そのことが妙に可笑しくて久しぶりに互いの顔を見て苦笑する。そんなリア充予備軍が散見していた。

 

 

「わ、私たちもカップルに見られているのだろうか、今」「そうだろうな」「そ、そうか……」

 

 

彼女は急に小さくなると、うつむいてしまった。暗くてよくわからないが、やはり顔がが赤くなっているような気がする。

 

 

「あれだな、男と女が歩いていたらカップルと疑ってしまう。俺らはそんなふざけた世界観を、まず破壊しなくてはならない、そうだな?」

 

「そ、そうだ! 恋愛脳に侵されてきった類人類どもを、てっていてきに……」

 

 

その言葉は尻すぼみになってしまった。

前を見ると、校門を出たところで熱く抱擁(ほうよう)し合っている男女がいた。他所でやれ。

 

 

「実にけしからん」

 

「……ああいった空気を蔓延させてはならない! バレンタイン粉砕をもって、奴らの脆弱性をこんぽんから……」

 

 

前には別のカップルが長い接吻をしている。

 

右を見れば、なぜか倉庫から一緒に出てきた男女の着衣が乱れている。

 

左を見れば、草むらの陰からとっくに練習を終えたはずの陸上部の男女が一緒に出てきた。

 

 

うちの学校風紀乱れすぎてないか?いやこんな時間まで残ることはなかったから俺が知らなかっただけだろう。時節柄というのもあるだろうが、領家と出会っていなくてもリア充を憎んでいたに違いない。

 

 

「実にけしからん」

 

「そ、そうだな……」

 

 

領家は俯いたままで、止まってしまった。

 

 

「どうした」

 

 

先程から覇気がない領家の顔を覗き込む。すると目と目が、ばっちり合った。普段こんな風に人の顔を覗き込むなんてしないから、距離がつかめず、鼻先がくっつきそうなほど近くなってしまった。

 

「おっと、すまん」

 

俺が顔を逸らすのと同時に彼女も明後日の方向を向く。

耳まで真っ赤だった。俺も彼女につられて、身体が火照っていた。

 

 

「連絡っ! ……とれないと、困るから」

 

 

そう言って、彼女はポケットから取り出した携帯電話を、俺につきつきた。

俺らは互いのメールアドレスと番号を交換し合うと、変な空気のままその日は別れた。

 

 

 

 

家族以外の女性がそこに登録されたのはそれが初めてだった。その事実にひとり感慨にふけるがそれを超えるような出来事が昨日今日と起こった。

――しかしながらこれから起こる出来事こそが昨日今日にも増して衝撃になるなんて、ちっとも思っていなかった。

 

 

「疲れた……」

 

 

火照った身体をさますように自転車はそのままで歩いて帰っている。立ち尽くす人の波を避けるように家への道を辿る。繁華街を過ぎ、ようやく漕ぐことにして俺は閑静な住宅街を抜けた。

 

 

 

 

「待たれよ」

 

 

 

自分に充てられたものと思わず進んでいると、身体が硬直した。無論自然の摂理に従って俺の身体は空中に投げだされた、この感覚は懐かしく感じる。春の折似たようなことがあった、ただ違うことがあるとすれば地面に当たる前に()()()()()()ほとんど痛みはなかったからだ。

 

 

「すまない、慣性のことをすっかり失念していた。まあ私としては危害を加えるつもりはないからな、いまのところは。ぜひ君の英断に期待する()()()()()

 

 

明瞭で、しかもその言葉に敵意は感じられない。一瞬で起きた超常的現象はともかく、俺の身体は身動きがとれなかった。恐怖ではない、まるで金縛りのように指一本動かせないでいた。

俺の直感は今すぐ逃げろだった。敵意? 悪意? そんなものは彼女の前では些細なことだろう、ただ単に呼びかけているにすぎないのだから。

 

俺の後ろで、その所業をした人物が回り込んでくる。それを止めることが出来ればどんなに良かっただろうか、しかしながら俺に許されているのは、ただ息を吸って、吐く。それだけだった。

 

眼前に、その人影が映し出された。

ひどく小さな体躯。サイケデリックな黄一色に染められたつば広の帽子を浅めにかぶっている。その下からは緩やかにカールした髪が伸びて肩にかかり、不気味に吹いてくる風にその毛先が煽られる。背の大きいバックパックは、おぞましい鮮血の色に染め上げられていた。

 

 

女児だった。

黄色い帽子に真っ赤なランドセルを背負った、育ちのよさそうな()()がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第一章-Ⅹ 恋愛という名の集団催眠と捻くれぼっちの邂逅

「怖いか?」

 

 

どこかの私立小学校の制服を思わせる服装は、その神聖性、不可侵性を強調する。

彼女は俺が答えないのを――答えられないのを見ると、ぽん、と手を叩いた。

 

 

()()()()まで封じたら、答えられるはずもないか」

 

 

そう言って、微笑んでから、指をパチンと鳴らした。

 

 

「がっ……かはっ」

 

 

急に喉のあたりの自由が戻ってきて、むせた。俺の身体のすべての制御権は、いま彼女の手にあるらしい。とはいえ幾分か状況はマシになり、思考もようやく回り始める。

 

疑問はつきない。何故こんなことを成し遂げているのか、そして何故俺なのか。その疑問の氷解よりも先に俺はそもそも生きて帰れるのだろうか。

 

 

「何か聞きたそうな顔をしているな。質問を許そう」

 

 

ここで命乞いをせよと言われていたら俺はみっともらしく頭をこすりつけていたに違いない。しかし彼女が許したのは哀願ではなく質問。

 

 

「お前は何だ」

 

 

自分でもわかるほど、その声は怯え切っていた。高校生の俺が、小学校の女児の外見をした何かに怯えていた。

 

 

「実に良い質問だ。それが理解されればたちどころに、いくつか並列であがってきた疑問も氷解するだろう。そして本質を突いている。私が何か、なんであるか、ということは何よりもまず一番に、今、君が置かれている状況の根底にあるのだから。

 しかし君の質問に対する答えはシンプルで分かりやすいしかしそれを理解することは君にとって、君たちにとって不可能にも近い困難なのだ。

 だが私は敢えて、誠実に答えようと思う。不当に自由を拘束してしまった上に欺瞞で誤魔化すなどということは私の主義ではないし、君に対して礼を失するというものだ。

 それでは答えよう。

 一言で言ってしまえば、私はこの惑星の外から来た存在だ。そして、君たち人類というのは、私によってこの惑星の環境を改変する為に、その精神に自己矛盾プログラムをしたうえで創り出された生物種なのだ。君たちの辞書を借りれば『神』という存在に近いと言える。あるいは彼女の言葉を借りれば『地球外生命体』という側面もあるだろう

 どう呼ぶかは君の自由だが、私が君の想像の外にあるという真実は変わらない」

 

「彼……女……?」

 

「領家薫のことだ」

 

 

俺はこの女児の目的、そしてその存在意義をおぼろげながら掴みつつあった。

 

 

「領家薫は、私の存在に気づいた。もっとも彼女自身、自分の頭に浮かんだそんな考えを、冗談の延長のようにしか考えていないが。そしてそれだからこその危険人物なのだ。

 彼女は非常に危険だ。そして私が君を呼び止めたのも、彼女に対抗するためのある協力をしてほしいからにほかならない」

 

「……領家を俺に殺させるつもりか?」

 

 

俺がそういうと、女児はポカンとした表情を浮かべる。

 

 

「まあそういった考えに行きつくのは仕方がない……と言えるが……そうかだからこそ君なのか」

 

 

後半はほとんど独り言になっている。俺は一安心して、自然と息がこぼれた。女児は俺の反応を見てランドセルを背負いなおす。

 

 

「ついてきたまえ、立ち話もなんだから」

 

 

 

 

*****************************

 

 

 

 

コーヒーの香り漂う店内。そんな中、俺と女児は向かい合って座っていた。

俺の前には、ドリップコーヒーが、女児にはキャラメルアドリスストレットショットエクストラホイップダークモカチップクリームフラペチーノが置かれていた。

 

 

「地球は素晴らしいね。こんな文化が育ったのは、私の作品でもまれなケースだ」

 

 

高い椅子の上で女児は足をぶらぶらさせながら、なんだか食べ物か飲み物かよくわからないものを楽しみながら言う。傍から見れば、小さい子の微笑ましい絵空事。だが俺は知っている、その気になればこの店内の人間などどうにでもなることを。

 

 

「さて本題に入ろうか」

 

 

女児はそういうと、ランドセルを開き領家の顔写真と数枚の書類を取り出した。

 

 

「私の目的は地球の改変、とくに二酸化炭素を我々の過ごしやすいように改変しつつ、現在の生物を全て死滅させクリーンに掃除するということだ。私がこのタスクを全て一人で行っても良いのだが、それよりも代行者を立てて行わせ、一緒に自滅してくれるようにすれば手っ取り早い。それが人類だ。少々時間はかかったが、思い通りの結果が得られるのはもうすぐだろう。邪魔さえなければ、の話だが」

 

 

女児は領家の写真を眺める。

 

 

「端的に言ってしまおうか。彼女は世界を滅ぼす、つまりそれと同時に、救済することになる」

 

 

彼女はそう言って言葉を区切り、また得体のしれない飲み物にとりかかった。

 

 

「彼女のことで、君はどのように感じた?」

 

「世間的に見れば変な奴だと思います」

 

「そうではなく君から見た意見を聞いているのだよ」

 

「なんというか……滅茶苦茶な奴だと、そう思いました」

 

 

女児相手に高校生が、敬語だった。喫茶店で女児に奢られた挙句、かしこまりながら敬語で話す男子高校生が、そこには居た。

 

 

「それだけか?」

 

「領家には、魅力があります。はっきりとどういったものか指し示すことはできませんが……」

 

「それだよ」

 

 

彼女はご満悦そうにニッ、と目を細めて朗らかに笑った。

 

 

「彼女、領家薫には、人の心を引き付けて狂わせる、おかしな魅力がある。それも、その魅力というのは普通の人間には作用しにくく、ある一定の抑圧下にある人間に、暴力的に作用するのだ。ちょうど君みたいにね。

 別に避難しているわけではない。むしろ私は恐れているのだ。

 今までも彼女のように民衆を扇動できるような求心力を有した人物は存在していた。革命、改革、それらは常に前向きだった。つまり人類全体を『繁栄』させる方向への運動だったのだ。私はそれを黙認したし手助けすることすらあった。結果として私の目標に到達する為の時間を短縮することに成功した。

 君も分かるだろう。彼女は()()()なのだ。偶然、彼女は私の意図に気づいた――いや、思いついてしまった。彼女にはその力があった。そして運動を始めたのだ。これは私にとって、未曽有(みぞう)の危機なのだよ」

 

 

そう言いながら、女児の顔は溌剌(はつらつ)と笑っていた。そこには待ちわびていたおもちゃを買い与えられた子供に近い、無邪気さがあった。

 

 

「私はどうにしかして彼女を抑え込みたいのだ。今はまだ彼女の力は不完全にしか発揮されていない。そして彼女自身、まだ自分の思想を冗談に毛の生えた程度のものとしか思っていない。叩くなら今なのだ。

 道から外れそうになる人類を教導するために私が作り上げた地下組織、『大性欲賛会』ではもう彼女を恋愛狂信者へと修正することはできない。彼女はその活動にすら、半ば半信半疑ではあるが気づき始めてしまっている

 そこで私は君に目を付けたわけだ」

 

 

「俺、ですか」

 

 

「君は世界ではじめて彼女の思想に片足を突っ込んだ大馬鹿者、あるいは大人物だ。これまで傍観していた私を行動させるに至った張本人でもある。君の手を借りて、彼女の活動は飛躍的に拡大し、今に手がつけられなくなるだろう。

 だが逆に、間接的に働きかけるための窓口を得た、とも言う事ができる」

 

「俺に何をさせる気ですか」

 

「さっきも言っただろう何も『彼女を殺せ』ということではない。それにこの提案は君にとっても魅力的なものだと思うが」

 

 

彼女はにっこりと微笑み、領家の写真を俺の目の前に差し出した。

 

 

「比企谷くん、君には彼女を()()()()もらいたい」

 

「落とすというのは……?」

 

 

脈絡が理解できない俺が問いなおすと、彼女はポリポリ、と言いにくそうに頬をかいた。

 

 

「つまり、領家薫を、恋愛に夢中にさせてほしいのだ。君には領家と、恋人関係になってもらいたい」

 

「……は?」

 

「そもそも彼女の行動の機嫌は、自分自身の現実が充足されていない、という不足感から来ている。ならそれを満たしてしまえば、一度恋愛に嵌まり込んでしまえば、彼女がこういった活動をすることもなくなるだろう。それに領家薫と近しい男性は、父親と君しかいない。アドレス帳にもその二人の番号しか登録されていない」

 

「あっ……」

 

 

薄々気づいていたことが、白日の下に晒されてしまった瞬間だった。

 

 

「なに、私がアドバイスするさ。これでも人類に恋愛感情を植え付けたのはほかならぬ私なのだからね。君たちの情動など手に取るようにわかる。

 それに、君がもしミッションクリアしてくれたら、しかるべき礼をするつもりだ」

 

「……礼?」

 

「どうだい、特別に私の身体を、君の好きにしていい、というのは」

 

 

彼女はそう言って俺にだけ見せるように、上着をぺろりとめくった。

 

 

「いや、いいです……俺ロリコンじゃないので」

 

「ロリコン? 何言ってるんだ君は。私は人類のモデルだぞ。すべての男性は、私に欲情するようにプログラムされている」

 

「たぶんそれは既にバグりました。現在の世の中では、あなたのような少女に欲情する人間は、異常性癖者(いじょうせいへきしゃ)としてまれています」

 

 

それを聞くと、女児は首をかしげ、「おかしい……どこで間違ったんだ……」と自分のおなかをさすりながらぶつぶつと呟いていた。

 

 

「こほん、まあ礼は他に考えることにしよう。あっ当然のことだが、このことは他言無用だぞ。まあもっともこんなことを言っても、彼女にすら『狂った』と思われるに違いないが」

 

「ちょっと待ってください。俺に選択肢はないんですか。なんであなたの命令をきかなくちゃいけないんです」

 

「私は神だ。君のことなどどうにでもできる……ただ考えてもみたまえ」

 

 

女児はそう言うと、机に両肘をつけて、手のひらで頬をつつむように支えながら俺に囁いた。

 

 

「君にも彼女ができるのだぞ。リア充になるのだ。君が憧れ、妬んでいたリア充にな」

 

 

その言葉は、深く深く俺の中を貫いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二章-Ⅰ 年間行事寄生型の恋愛生物の解剖と面倒な足枷を持つ者達

あれから何もないまま翌日の終業式は過ぎ、気づくと冬休みになっていた。

考えないように一心不乱に課題をしていたが、もう三日前には終わらせていた。必然、考えてしまう。あれから特に領家からの電話やメールはなく、二十四日、二十五日にあったことは夢なんじゃないだろうか、と思ってしまう。

 

俺がこれからどう彼女と付き合っていくべきか、女児に()()()、そう言われたが俺は領家の顔や体形に惹かれたのではない。その独創的な思想、そしてそれを言語化し、発信して自分の信念を世の中に抗って伝えようとするその瞳に惹かれたのだ。今まで会ったどの人物よりも、ひときわ輝いて見えた。が、女児の言う事を無視することはできない。だからとりあえずこの二つに重きを置いて行動することにした。

 

一つは、革命を成し遂げるにはどうしたらいいのか。いかにして民衆を扇動すればよいのか、どういった戦術が有効なのか。

もう一つは、女の子を口説くためにはどうしたらいいのか。いかにして女子を扇動すればよいのか、どういった戦術が有効なのか。

だってほら恋愛は頭脳戦って言うし……最近は天才は関係なくなっているが。

 

そも、告白して惨敗したことはあるが、一度も成功したことない俺にあの女児は何を期待しているのだろうか。

「女性 口説き方 高校生」という、ディスプレイをぶん殴りたくなるような検索ワードを張り巡らせて、眺めて居る時だった。

俺以外誰もいないはずの部屋に――

 

 

「なかなか精が出るな」

 

 

そんな声が、湧いていた。

振り向く。そこには女児がいた。

 

 

「どうして、ここに、いるんですか」

 

 

緊張でカタコトの言葉で、そう言うと、女児は手のひらを上にして見せ、敵意がないことを示した。

 

 

「なに、君と領家薫の関係がどう進展しているのか、様子を見に来たのだよ」

 

 

「どうやってここに、入ってきたんですか。玄関は鍵が閉まっているはずだし」

 

「どうやってでも、入って来られるさ。君はまず私がどうやって系外惑星からやってきたのかを聞いたほうがいいだろうね。それで、首尾はどうなんだい」

 

「どうもこうも……終業式以来、全く接触がないです」

 

 

それを聞くと女児は。深くため息をついた。

 

 

「やはりね。ネットでそんなことを調べているような君が、上手くことを運んでいるわけもない。君、モテないだろう」

 

「いやいや、不特定多数に言い寄られる人生なんてごめんですよ。夜中泣きながら電話が来るような男にはなりません」

 

「はあ……君は恋愛のいろは以前にまずそのひねくれた感性を矯正する必要があるようだな。だからモテないんだ君は」

 

 

二度も言わなくてもいいじゃないんですかね……。

 

 

「そう落ち込む必要はない。ほれ、子よ、私の胸でたんと泣きなさい」「遠慮しておきます。無い胸には縋れない」「これがデフォルトなのだ。人類は私をモデルに作られた。あんな脂肪の塊はバグだ、目を覚ませ」

 

 

フルフラットな胸を隠しながら、俺を怒鳴りつける。

 

 

「……まあいい。今更、全人類の脳をいじるわけにもいかないしな。ところで、今日は何の日かわかっているだろうな?」

 

「大晦日、ですけど。なにか他にあるんですか?」

 

「そう、大晦日だ。大晦日の夜といえば何をするものだ?」

 

「ミカン食べて炬燵でゴロゴロして寝ます」「そうじゃないだろう!」

 

 

掛けてあったハエ叩きで、頭をペチン、とはたかれた。

 

 

「大晦日の夜から元日の早朝にかけて、真夜中、初詣に行くという習わしがある。それにかこつけて、若い男女がてを取り合って深夜デートとして利用するのだ」

 

「はぁ……」

 

「そんなことでどうする! ガツガツ行け!」

 

「ガツガツ、ですか」

 

「領家を初詣に誘うのだよ」

 

 

女児はそう言うと、ふふん、と得意げになって胸を反らした。まな板が強調されてしまう。

 

 

「誘うと言っても、領家はそういうチャラチャラしたのを破壊しようとしているんですよ。断られるに決まってる」

 

「それはどうとでもなる『宗教行事にかこつけて交尾機会へと持ち込もうとする恋愛狂信者たちの威力偵察』などとでも言っておけば、君たちの団体の活動目的とも合致するだろう」

 

 

なるほど、と素直に俺が感心していると、女児はベッドの上に放置されていた俺の携帯を投げてくる。

 

 

「分かったなら、さっさとメールなり電話なりで誘いたまえ」

 

「あのですね……」

 

意気揚々と言う女児に俺は論理的に述べる。

 

 

「まだ、領家とは一度もメールも電話もやり取りしたことないんですよ。なんというか、まだそういう段階じゃないというか。そういうのはもっと親しくなってからでもいいんじゃないんですかね」

 

 

俺が何とかひねり出して反論すると、女児は哀れみの視線をこちらに投げかけ、静かに言った。

 

 

「つべこべ言わずにやれ」

 

「はい」

 

 

こういわれてはするほかあるまい。俺は携帯から領家の電話番号を確認し、すぐに掛けた。

 

 

「ほう、随分と思い切った行動だな。感心感心」

 

 

嬉しそうに頷いているところ、申し訳ないがこれは俺なりの策である。まずメールを送れば、十中八九返ってくる。そうなれば送った手前断ることは出来ない。何より返信がない場合俺が辛い。それに引き換え電話ならまず出ることはないだろう。いきなり男から来た電話に彼女は最初疑うはずだ、何故この時間に何故私に……そうやって考えたすえ、少し経ってからかけなおして来る。もうその時には俺は寝ているわけだ。女児には寝ているんですよ、俺ももう寝ますとかなんとかいえば大丈夫だ。

五コール目で切るか……そう思っていたが、かけてすぐ一コール目で彼女は出た。

 

 

「もしもし」

 

 

ええ、なんでこいつ出るの? もしかして俺のこと好きなの?やばい何言うか全然考えていない。

 

 

「あの比企谷くんですか」

 

 

全然出ない俺を訝しんでか彼女は問いかけてくる。

 

 

「あ、あの」

 

 

徐々に涙声になる領家。

 

 

「はい、比企谷です」

 

「いたずら電話かと思ったぞ全く。大体かけてきたくせに黙り込むとはどんな精神をしているんだ、で用はなんだ」

 

 

早口でまくし立てる領家に俺は少し申し訳ない気持ちで、考えをまとめ彼女に応えた。

 

 

「ああ、今年は俺たち反恋愛主義青年同盟部も破竹の勢いで勢力を増し、来年はさらなる躍進に向け前進するいわば変革の年でもある。

さて、本日は三十一日大晦日なわけだが、領家同志もよくご存じのとおりこの宗教行事にかこつけて深夜に会合する男女が存在するらしい。これは許されざる大暴虐だ」

 

「その通りだ比企谷同志」

 

「ではこの恋愛狂信者をどうにかする必要があるが……本年構成員を倍増させたとはいえ、愚かな大衆を食い止めることが出来るなどと過信することは難しい。そこでだ現場に赴き、その肉眼で敵の姿をしっかりと目に焼き付けることで情報を得ると同時に、将来直面する『初詣中止』闘争への第一歩とすることが出来ると考えた。しかし若輩者である私が単身乗り込んだところでその成果はあまり期待できそうもない。もし、百戦錬磨の領家同志が付いてきてくれるのならこれほど心強いことはない。どうだろうか」

 

「もちろんだとも、やはり比企谷くん、君には革命運動家としての素質があるようだ。私は自分の人を見る目に自信が持てたよ」

 

「そうかありがとな、じゃ千葉駅に十一時半ぐらいでいいか?」「うん、大丈夫」

 

「それじゃな」「それじゃ」

 

 

電話を切る。

 

 

「はあ、素直にデートしないかと言えば済むだろうに」

 

「いえデートじゃないですよさっきも言った通りですね……」

 

「ああもういい、それじゃあ私は失礼するよ。初デート、陰から見守っているからね」

 

 

初デート。改めてそう言われると気恥ずかしい。俺はせめてもの抵抗を行うことにした。

 

 

「あ、その前にひとついいですか」

 

「なんだい? 君から自発的に発言があるなんて珍しいこともあるものだ」

 

「あのあなたの格好についてなんですが」「これかい?」

 

 

彼女は初めて会った時と同じ服装をしていた。かかとを上げてフフンと、得意げにした。

 

 

「似合っているだろう? 同じぐらいの少女の流行に合わせてみたのだがね」

 

「いや確かに似合いますけど……それ通学時の装いで、今冬休みなんでどこにもそんな格好している女の子、いませんよ」

 

 

俺の指摘に女児は一瞬カッ、と顔を赤くしたかと思うと、ふっと笑みを浮かべた。年相応の反応でますます神には見えなかった。負け惜しみでも言うのだろう。

そう思った矢先誰が戸を叩いた。

 

 

「お兄ちゃん、ソバ作るけど起きて……」

 

 

俺の返事を待つまでもなく、開けられた扉。小町は目をこすりながら目の前の光景を見る。部屋には目が腐った兄、そしてランドセルを背負い、黄色い帽子をかぶった女の子。

 

 

「……ごめんねお兄ちゃん。そこまで思い詰めていたなんて小町知らなかったよ。ちゃんと更生してね」

 

 

言いながら、携帯を取り出す。

 

 

「小町勘違いしているぞ、この子は神で、俺たち人類を……」

 

「うん分かっているから」

 

 

目じりに涙を浮かべ、よどみない手つきで携帯を耳に当てた。

 

 

「ちょ、何とかしてくださいよ」

 

 

俺はほとんど泣きながら女児に懇願した。

 

 

「なら今後の身のふるまいを考えることだね。それじゃ」

 

 

言って女児は消えた。

小町は一瞬ほへと首を傾げて、下に降りて行った。

 

 

「心臓に悪すぎる……」

 

 

俺は二度と女児をからかわないことを誓い、領家の待ち合わせに向けて服を身繕うことにした。

 

 

 

 

 

 



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第二章-Ⅱ 年間行事寄生型の恋愛生物の解剖と面倒な足枷を持つ者達

「とりあえずこれでいいか」

 

 

女子と、夜中にそれに初詣という俺史上初めてが盛りだくさんのイベントに着ていく服をようやく決めることができた。とはいえ、セーターの上に黒コート、それにジーパンというのはあまりぱっとしない服装ではある。色々考えすぎてむしろジャージが良いのではと思い、いざ外に出ようとした瞬間、小町の「お兄ちゃんコンビニ行くの?」の一言に我に返った。その後小町はリビングで炬燵に誘われてしまったわけだが、何も気にしていない辺りますます女児の能力というか人知を超えた力を実感させられた。

ならなぜ女児はその能力を領家に使わないのだろうか、彼女の力は一過性のものにすぎないのだろうか?疑問は尽きない。いくら考えてもしょうがないか。

俺は部屋の暖房を切り、リビングへと向かう。

 

 

「あれお兄ちゃん外行ってたんじゃないの?」

 

「ああこれからな」

 

「じゃ、ハーゲン〇ッツ買ってきてよ、お兄ちゃんのおごりでいいからさ」

 

「なんで高いものをしかもおにいちゃんが買ってくる前提なの? ていうかお兄ちゃんコンビニ行かないし」

 

「……じゃ初詣とか?」

 

「そうだけど」

 

 

一応小町のファッションチェックもかねてリビングに居るわけだが、それについて何も言ってこないということは問題ないのだろう。俺はこの会話に見切りをつけて、玄関に向かう。

すると小町はもそもそと炬燵から這い出てて来て、俺のコートに袖をつかんだ。

 

 

「お兄ちゃん、ニ十分待ってて」

 

「え、お前もくんの?」

 

「だって、お兄ちゃんが一人で初詣なんて小町の合格祈願のためでしょ? なら小町も行かないと」

 

「なんで一人で行く前提なのしかも行くなら来年行くし、待ち合わせ……」

 

「ぜーんぶ分かってるから。じゃ待ってて」

 

 

俺をリビングへ押し戻すと、手をひらひらさせながら、部屋に向かっていった。

 

 

「……どうしたもんかな」

 

 

時計を見れば十一時丁度。今から行けば余裕で間に合うが……。

俺は領家に遅れるとメールをして、炬燵にもぐりこんだ。

返ってきたのは「了解」の一言。

どったんばったんと、階下に響く音を聞きながらうつらうつらと船を漕いだ。

 

 

 

 

「お兄ちゃん、起きて」

 

「一瞬寝てたわ……今何時だ?」

 

「十一時半だけど」

 

 

最悪の事態になっていないことに安堵し、俺たちは千葉駅へと向かった。

 

 

「千葉神社に行くんじゃないの?」

 

「だから言ったろ待ち合わせしてるって」

 

「はあ」

 

 

小町の疑いの目を無視して、領家が待っているという場所へと向かう。

年の瀬ということもあり、千葉駅周辺は閑散としていた。いや、あのクリスマスのように人が多くても彼女の姿を見つけられたそんなことを思ってしまう。

彼女は一人そこに立っていた。白いニットのワンピースの上に紺色のチェスターコートを被り、白いニット帽を何度も被りなおしては、誰かを待っていた。

俺は彼女の姿を認めると、小町と二人近づいていく。やがて五メートルほどになると彼女も俺たちを見つけたようだった。最初に俺を、そして小町へ視線をずらす。花が咲いたように大きく開かれた口元が、段々と小さくなり心なしか目も細くなっているような気がする。

 

 

「領家遅れて……」

 

「私の待ち合わせ相手は女同伴で来るような不貞の輩ではない。しかし今日はもう来ないようだ私は帰ることにしよう」

 

 

言い終える前に、足早に去ろうとしていた。何だろうこいつ何か勘違いをしているのではなかろうか。

 

 

「領家あのな……」

 

「くどいぞ、私はもう帰る」

 

 

寒さのせいかそれとも怒っているせいか耳も真っ赤になっている。どうしたもんかな。

 

 

「もういいってお兄ちゃん私に見得はらなくて、ごめんなさい」

 

 

立ち去ろうとする領家に小町が頭を下げた。すると動きがぴたりと止まった。

 

 

「君今、比企谷くんのことをお兄ちゃんと呼んだな?」

 

「ええ、呼びましたけど……え? ほんとに待ち合わせしてたの?」

 

「見得はって、知らん人に声かける兄だと思ってたの? 完全に危ない奴なんですがそれは……」

 

 

どうやらうまい具合に誤解は解けたらしい。だが待ってほしい。何だろう二人とも近づくの辞めてもらっていいですか? 俺のひろゆきもむなしく、小町もプンプン丸になっている。ていうかこれヤバいやつだわ。

 

「お兄ちゃん?」

 

「比企谷君?」

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬の千葉駅で正座をしている男子高校生の姿があった。というかまたしても俺だった。

 

 

「ごめんなさい領家さんうちの愚兄がご迷惑をお掛けしまして」

 

「待ち合わせしてるって言った気が……」

 

「いやいや小町さん、私が勝手に勘違いして二人に迷惑を……」

 

「俺の話を聞いておけば……」

 

「お兄ちゃん?」 「比企谷くん?」

 

「ヒッ」

 

 

完全に悪くないとは思うのだが、何を言っても仕方あるまい。受け止めるのもお兄ちゃんの技量というものである。

 

 

「それで領家さんと兄はどのようなご関係で?」

 

「か、関係か……改めて問われるとそうだな」

 

 

ひとしきり自己紹介を終えた後、早速小町は世話焼きモードを発現させた。あまり見ない外向きの顔とその内にある興味を隠しきれていない様子はまだまだ子供なのだと感じる。

領家は視線を自分の手と俺の顔を何度も行き来させている。

そういう反応をされると困る。屋上でもそうだったが……こっちが素なのかもしれない。

関係か。

部活仲間、同志、知り合い。関係性をあてがう言葉はいくつかあるけれど、俺と彼女の関係性をどんな言葉で飾り立てるのが正解か俺はまだ知らない。そもそんな言葉は存在しないとさえ思う。とはいえここでだんまりを決め込んでは家に帰ってからの俺の身が危ない。

 

 

「普通にクラスメイト」

 

「ふーん」

 

「そうだ」

 

 

てっきり、烈火のごとき追及があるものかと思ったけれど一転してスマホを取り出しポチポチし始めた。

おお、すっかり空気の読める大人になったものだ。まあこの兄にして空気を読むスペシャリストである。昼休みはそそくさと立ち去り女子に席を譲り、またある時は、「ごめんえっと、ひ、ひきたくん、私これから部活だから変わって貰えないかな?」と掃除を申し出たこともある。女子によわよわなんだよなぁ。かといって男子にもよわよわ、ヒエラルキーとしては最下層。ということは伸びしろしかない、伸びしろの化け物。

ふいにスマホが振動を伝える。

 

 

「帰ったら、く・わ・し・く」

 

「り」

 

 

領家はなおも「悪い男ではないとは思う……私のために……活動も彼がいれば……」などと呟いていた。あまりに小さい声だったので幸いにも内容は聞こえていないみたいだが、動揺しすぎで色々漏れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千葉神社にてすぐお手洗いに向かった女子陣。着いた頃には領家も落ち着いたようで、小町とつたないながらも話ながら一緒に列に並んでいた。

女子はトイレと買い物が長いのがネックだよなぁ。

俺も済まして待っていると、周りの騒ぎ声で気づく。

 

 

「あ、年明けてるじゃん」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

俺ガイル終わってOVA発表とアニメ化の噂が立っていますね。というか年明けてもう一か月たったのか……。

楽しみが減らんなぁ



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第二章-Ⅲ 年間行事寄生型の恋愛生物の解剖と面倒な足枷を持つ者達

年が明けてからちょっとして、おびただしい群衆の中から領家の姿だけが見えた。心なしか少しやつれている。

 

 

「小町は一緒じゃないのか?」

 

「途中までは一緒だったのだが……中学の友達が来ているから一緒に回るそうだ」

 

「そうか」

 

「それにしても……んっ」

 

 

領家が周りに目を向けた一瞬、人に押され俺の胸に飛び込んだ形になってしまった。

誰かが誰かを押していくものだから、こうなってしまうのもしょうがない。うん、しかたあるまい。この場に小町がいないことが不幸中の幸いだ。

 

 

 

「あっ、すまん」

 

「いや別に」

 

 

布を通して伝わってくるほのかな熱。抱き合っていたのは一瞬で、領家は飛びのくように一歩下がった。

 

 

「なんだか、すごい混雑している予感がするのだが……」

 

 

領家が少し早口でつぶやいた。

 

 

「ここは毎年そうなんだよ。この近くじゃ一番混むんじゃないか」

 

 

俺が言うと、領家は顔をげっそりと青ざめさせて「うぐぅ……」とうめいた。

どう見ても人混みの中で活き活きできるタイプの人間じゃない。というか俺もそうだから、分かる。

 

 

「どうする? 帰る?」

 

 

ここで領家が帰ると言えば、女児に対する言い訳を得ることができる。なにより俺もこの人混みの中に行かずに済むのなら、という思惑で、彼女に尋ねた。決してほんとに帰りたいというわけではない。ハチマンウソツカナイ。

領家は、下を向けながら肩を震わせていた。目じりに涙を浮かべるほど笑っている。

 

 

「なんだよ」

 

「小町さんの言う通りだと思ってな。列に並んでいる間『兄はすぐ帰ろうとしますから後で小町にこっそり報告してください』と言っていたぞ」

 

「小町のやつ……というか連絡先交換したのか?」

 

「ああ、まあ、君の妹だし? 彼女もいずれ立派な革命戦士になることだろう」

 

 

とかなんとか言いながら、領家は三件になったアドレス帳を見て嬉しそうにしていた。クラスであえて目立たないようにしている領家が友人がいるとは思えない。同世代の女友達が出来ることは女児から言わせればいい変化を与えると言っていいだろう。

それにこんな顔を見せられて、革命運動家としての気構えが足りていないなんて野暮なことは言えない。

 

 

「小町は難しいと思うけどな……それで」

 

 

俺は視線を列の最後尾へ向けた。

除夜の鐘が響き渡る。年度が変わり、多くの人が初詣に臨もうと来た時よりも増して列が伸びていた。

暗に本当に行くか? と尋ねる。

しかし領家はゆっくり二、三秒は俺の顔を見つめた後、うつむき、「行く」と小さく答えた。そして「逸れるといけないから」と俺のコートの裾を掴む。

 

……うむ。もし逸れたら合流するのは難しいし、人混みの中で携帯がつながらなくなっているし、これは仕方がないことだ。ここで世のリア充のように腕を組むということも出来ただろう。しかし腕を組むのはリスクが高い。一人がつまづいた時、それにつられてももう一人も追従してしまうからだ。ここであえて裾を掴むというのは世のカップルに対するアンチテーゼともいえる。

俺の心の中の革命戦士が何か言いながら、俺たちは列の最後尾に並んだ。

 

しばらく歩くと、まだ境内に入ってすらいないというのに、行列で止まってしまっていた。想像していたよりもずっと列が長い。最後尾に並んだはずが、後から人がどんどん来るものだから、既に行列のまっただなかになっていた。

 

 

「もっと寄っとけ」「うん」

 

 

人混みの中で精神が弱り切っているのだろう。

だんだんと身体が熱くなっていく。これは人混みの熱なのか、寄り添った領家の熱なのか、あるいは彼女を意識してしまっている、俺の発熱なのか。

それにしても今の状況こいつ的に大丈夫なのだろうか? 完全にカップルの初詣にしか見えないと思うのだが。そも、初詣という行事自体おかしくないだろうか。願いを込めて祈ったとしてそれが叶えられたという話は聞かない。そんなことがまかり通っているのならオンラインサロンなんて流行らない。結局人は何かに縋りながら生きている証左だ。願いを込めて、あるいは思い浮かべることで目標とか希望とかを明確にする。初詣で意味があるといえばそんなところだ。

なんてことを思いつつ小町の受験の年には百度参りをしながらそこらじゅうの木々に五寸釘を打ちまくる未来が見える。五寸釘は呪術の類だったけ?

呪術といえば、高専が架空の学校だと思っていた人が浮き彫りになったという話を聞く。まあ実在するのも五年制なわけだし、俺も高校受験するまでは知らなかったしな。国立だし、学費は安いし、卒業したらすぐ就職できるしで俺の中学でも受けてたやついたっけな、サッカー部の永山は落ちたわけだが。

高専大会とかいう全国ネットのロボットの祭典は興味を惹かれるものがあったが、いかんせん卒業後は働くか、専攻科と呼ばれるもう二年の在学か、専門の大学に進むほかないので俺は諦めた。

ここでふと思う。俺の目標である専業主婦は俺を養ってくれる女性が必要だ。当然付き合うなり、籍を入れるなりするわけだが、そうなると俺の主義と領家の掲げる半恋愛主義は相反する。まさかここに来て女児と意見が合うとは考えもしなかった。

 

 

「まさかな……」

 

 

こうした俺の思惑まで、見通していたのなら本当に怖い。少し寒気がして、女児がついてきていないかあたりを見回した。ついでに後ろを振り返ると、領家の頬はのぼせたように桃色に上気していた。こちらの視線に気づくと、少し近づいて耳元に口を寄せてきた。つめたくなった耳にあたたかい吐息があたり、くすぐったい。

 

 

「フフ、人間というものは集まると、こうも虫けらのように見えるものだな」

 

「リアルムスカこえーよ」

 

「こんな大勢の前で演説できたら、さぞ心地よいことだろう」

 

「お前なぁ……」

 

 

なんだか酔っ払いのような口調になっている。本当に大丈夫なのだろうか?

領家は除夜の鐘が聞こえる方向を指さした。

 

 

「除夜の鐘のコンセプトは、実に良いと思わないか? 人間の数多ある煩悩がこれで搔き消えたら、それは私たちが目指す世界の実現に他ならないじゃないか?」

 

 

完全に目が据わっている。人混みに長居しすぎてあてられたのだろう。

狂ったように、領家は続ける。

 

 

「しかしどうだろう。除夜の鐘をきき、信心厚にして深夜に参拝する者たちの中には、信仰心などこれっぽちもなく、ただ恋人と夜出歩く口実に使っているだけの悪逆非道の徒が紛れ込んでいるのだ! これは悲劇だと思わないか? あるいは紙一重の喜劇か」

 

「それはあれだな、嘆かわしい限りだ」

 

「煩悩を消すこの百八の音を聞きながら、恋人たちは囁き交わす。

『新しい年に一番最初に目にしたのがミキでよかったよ』

『タッくん……わたしも♡』

『今夜は一緒に煩悩を霧散させような』

『やだ……もっと雑念ばっかになっちゃうよ……♡♡』

死ね! いや私が直々に刺す!」

 

 

誰だよタッくん。あと会話のセンスが昭和すぎる。こういうのおっさんが書いているコラムでよく見るもん。

唯一の救いは、領家の声が小さいままだということだった。こんな人混みの中で演説を始められてしまったら、初詣デートどころの騒ぎではなくなる。電話で言った『初詣中止』闘争を二人で始める気はさらさらない。

 

 

「ああ、怒っていたらさらに疲れた」

 

 

花も恥じらう女子高生としては、その醜態はあまりにも残念過ぎた。領家はグロッキー状態で俺にもたれかかってくる。表情も相まってなんだかエロい。

俺はなおも響きわたる除夜の鐘に煩悩をぶつけていると、領家が何か思い出したようにつぶやいた。

 

 

「あけましておべでとう」

 

「ああ、おめでとう」

 

 

舌がもつれている。

そういえば俺たちは初詣の中かなりの面積で触れ合っている。領家式に言えば『タッくん、私とひとつになりながらゆく年くる年しよ♡』『その前にミキ、お前に夜の歌合戦させてやるからな』という感じだろうか。

自分で考えていて吐き気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-―――――――――――――――――――――――――

半年ぶりですかね、ご無沙汰しております田んぼです(え? 待ってないですかそうですか……)

なんだかんだで俺ガイル完が終わり早くもBDも販売して名残惜しんでいたころに結が発表されましたっけ? 「いやいや結って物語シリーズかようれしいよ」と一人でツッコんだものです

結は終わりじゃなくて由比ヶ浜ルートだったりの可能性がありますが、九月発売予定の新作でわかりますね。

ではまた七月ごろにお会いください

 

【ネタバレ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや正直OVAの内容BDの特典小説のまんまな気が……ということは三十分どころではないんでしょうか?

しかも、特典小説で三年生編の内容やっているので、由比ヶ浜ルート濃厚説

 

 

 



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14話

そのうち領家がなんとか回復した頃合いになって、本格的に列が動き始めた。

 

 

「いよいよだな!」

 

 

回復した領家は、しっかりと俺のコートの背を掴みながら、うずうずと待ちきれない様子だった。

完全に活動の目的を忘れているなこいつ……。しかしそれも、無理のない話だ。

なにしろ、周りにはあまりカップルの姿は見受けられないのだ。家族だったり、夫婦だったり、老後のサークル活動の仲間内だったり、そんな感じの人が多かった。

むしろ俺たちが「若いっていいわねぇ……」的な目線で見られる立場だった。

 

本堂へ向かってゆっくりと進んでいく列の中で、俺たちはいくらか話をした。

他愛のない話だ。学校がどうだ、とか、来るまで見ていたテレビ番組の話だとか、そういった類だ。革命運動の話は、あんまりでなかった。

そういうとき、領家はいたって普通の女の子だ。いや、普通じゃない。可愛い。とびきり可愛い。俺はそう思う。

会話が途切れても、そのままで平気だった。妙な気詰まりは、領家との間では不思議と存在しなかった。なぜだろう、と考えていると、また会話が始まる。

 

長かったのか、短かったのか、よくわからない待ち時間の後、俺らは参拝を終えて帰路に入った。少し人と人との間に余裕ができ、やっと一息つける。

そんな時だった。

 

 

「あれ、比企谷君と領家さん……?」

 

 

心臓が飛び出るかと思った。声のした方向を見ると、たしかにそこには見知った顔――いつも昼休み男とテニスをしている女子の姿があった。

 

 

「戸塚くん」

 

 

領家が答えた。「こんばんは、明けましておめでとう」

領家の口調は革命家の時とも、俺と普通に会話している時とも違う。いたって事務的だった。

 

 

「あ、うん、あけましておめでとう」

 

 

「領家、知り合いか?」

 

「一応、同じクラスなんだけどな。……はは」

 

 

戸塚は固まったように笑う。

なんだか申し訳ない気がしてくるが、こいつは部活と称して俺の目の前でいつも男とイチャコラしていた。つまり俺たちの敵だ。

しばらくすると、目線が俺のコートに向いていることに気づく。

 

 

「領家さんたちってもしかして付き合っているの?」

 

 

戸塚が言う。純粋に興味があるように感じた。しかし領家は、それを受け流さず、突っかかろうとする。

 

 

「わ、我々は!」

 

 

まずい。このまま暴走した領家に喋らせていたら、いろいろと厄介なことになる――俺はぐっ、と恥ずかしさをこらえて、領家の継ごうとした言葉を、強制遮断した。彼女の後ろに回り込んで軽く抱きつき、その方に顎をのせた。領家は案の定、フリーズした。こちらも、脳が沸騰しそうなほど恥ずかしいが、さらにそれを上塗りしなくてはならない。

 

「べつに隠してたわけじゃないんだけどな」

 

「やっぱりそうなんだ⁉ おめでとう」

 

「戸塚は1人か?」

 

「いや、テニス部の何人かと来てるんだ。良かったら一緒に回らない?」

 

 

躊躇してはならない。優柔不断は必ず付け入る隙を与える。嘘でも盛大にデコレーションすれば、相手を威圧するには十分だ。息を吸い込む。

 

 

「遠慮するよ、今日は薫のこと独り占めにしたいんだわ。年のはじめだからな。また誘ってくれよ」

 

 

そう言いながら手を振って、俺は領家とぴったりくっついたまま動いていく。

 

 

「ははは、ごちそうさま」

 

 

戸塚の姿が見えなくなったのを確認してから、ホールドを解除する。

領家は真っ赤だった。ゆでだこのように、というのはまさにこういった状態のことを指すんだろう。俺は冗談みたいに冷静な顔で、そんなどうでもいいことを考えていた。

 

 

「おい領家、しっかりしろ。敵は過ぎ去ったぞ」

 

「……お前は……なんという」

 

 

ダメだ、放心状態になっている。しかし俺はだんだん、どうやって彼女を御せばよいのかコツをつかみ始めていた。

 

 

「領家同志、今の、クラスメイトに突っかかろうとした君の態度は、愚かしいぞ。自己批判を要求する!」

 

 

すると領家の目にはパッ、と光がもどる。しかしその目は鋭い眼光をたずさえて、俺を射抜いていた。

 

 

「何故だ! 我々は恋愛という蛮行をこの地上から追放するために結社したのだ! どうして逃げた! しかも自ら恋愛信奉者を装ったのは革命家として、羞恥の極みと言わざるを得ない! 貴様こそ自己批判せよ!」

 

「領家同志、お前には今、闘争をするための準備がととのっているのか? 特に顔を隠すヘルメット、布を巻いているのか?」

 

 

俺の問に、領家は押し黙った。

 

 

「『我々の活動は、秘密主義的にならざるを得ない』お前の配ったビラにはそんな文があった。これは偽りか? 我々の活動は、素性を知られていても構わず続けられるような、日和見主義的なものだったのか? しかもお前は議長だ。一時の感情で、同盟全体を危険に晒そうとしたのだ! そして恋愛狂信者を装ったことに関しては、彼女の上をいく恋愛発展段階を見せつけることが奴を退散させるための最も効果的な方法であると、領家同志自らが、あの屋上事件で示して見せたのではないか!」

 

 

それを聞くと、領家は悄然とうなだれた。

ちなみにやりとりは全部小声で行われている。

 

 

「はやる気持ちは俺にもよく分かる。しかし我々は、崇高なる『恋愛放棄・粉砕』という目標達成のために、むしろ一歩引く『勇気』も必要なのだ」

 

「……私が誤っていた。比企谷同志、窮地から私を救ってくれたこの恩、決して忘れない」

 

 

領家はそう言うと、手を差し伸べてきた。俺はそれを取り、硬く握手を結ぶ。

 

 

「……で、でも……めっちゃ恥ずかしかった」

 

 

さらに小声になって、震えた声で彼女は言った。

それを聞くと、俺は自分の行ったことが、ぶわっ、と脳裏によみがえり、凍っていた血が一気に沸騰したみたいに、身体が熱くなった。

ふたりして真っ赤になって、それでいて握手、はたから見れば手をつないだ状態になっている。そのことが追い打ちをかけるように、鼓動を速く打たせた。

ぱっ、とどちらからともなく手を離すと、同時にうつむいて、お互いの顔を見ることができなかった。

 

 



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15話

風に吹かれて、木々がざわめいた。普段ならおどろおどろしいはずの、夜の寺院のその光景は、ひしめく人と煌々と照る明かりのせいで、その印象を全く変えてしまっていた。熱くなった身体に夜風が心地いい。

暗闇を照らす明かりの中で人の波を眺めていると、どこか白昼夢のような不思議な感覚に襲われた。いつもなら普通にベッドに夢を見ている時間に白昼夢なんて、おかしな話だ。

 

 

「そろそろ、帰るか?」

 

 

俺が問う。領家は答えなかった。まだ、彼女の顔はまともに見られない。

屋台の軒先から漏れてくる、電球のオレンジ色の光が、玉砂利の地面に投げかけられ、飛沫のように散乱していた。綺麗だった。

 

 

「もう少し……なにか、見ていこう」

 

 

領家は言った。その手は俺のコートの背中を、まだしっかりと掴んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家に戻って自室に入ると、女児がベッドに寝転がりながらテレビを見ていた。寛ぎすぎだろ。

 

 

「おう、お帰り。どうだった?」「『陰から見守っている』とか言ってましたよね? 見てなかったんですか?」「ちょっと人が多すぎてね。私、人混みきらい」

 

 

適当すぎる。本当にこの人が人類を作ったのか? いや、むしろこういう人が作ったからこそ、色々変なバグが生じてしまうのかもしれな。そう考えるといろいろなことが納得できそうな気がした。

 

 

「なるほど、そんなことがあったか」

 

 

俺が今日あった出来事を、寝そべったままの女児に報告すると、彼女は感心したように頷いた。

 

 

「なかなかやるじゃないか、見なおしたぞ」

 

 

そう言って、俺の頭を撫でた。こちらが格下なのは理性でわかっているのだが、なんだかその仕草は背伸びをして大人の真似をする少女のようで微笑ましい。

 

 

「ふむ、何はともあれ初デートはこうして成功におわることができた。次は学校でのアプローチだな。君らにとっての日常生活の舞台である学校においても、彼女にとって『特別』になることができれば、親密度はぐっと向上するはずだ」

 

「はあ、具体的には、どんな感じで……」

 

「それくらい自分で考えたまえ! 全く、人間というのはちょっとほめるとすぐそうだからな……誰に似たんだか」

 

 

女児以外に居るわけがない。

 

 

「まあ、恋愛初心者の君に対して突き放してしまうのも少々酷な気もするもするな。アドバイスをやろう。簡単なことだ。彼女の活動を熱心に手助けしてやれば良いのだ」

 

 

女児はそういうと、俺が淹れてきたお茶をふーふーしてから飲んだ。

俺は、そのアドバイスに少し考え込んでしまう。なにしろ、領家の活動とは、女児の目的達成を阻害すること、いま彼女が俺を介して行っている工作は、領家のその活動を封殺するためのものだ。

それなのに、領家の活動を手伝え、とは。

 

 

「なに、そんな堅苦しく考える必要はない。ただ彼女との連帯行動を通じて親密になればいいのだ。どれだけ活動が活発になろうとも、頭の彼女が恋愛にメロメロになってしまえば、組織は一瞬で瓦解するからな」

 

 

肉を切らせて骨を断つ、というやつだ。俺はその方針に納得する。領家との親密度をあげるのに、活動の手助けをすること以上に有効な策というものはありそうにもない。

 

 

 

 

 

 

冬休み明け、昼休み。普段ならベストプレイスで、菓子パンをむしゃむしゃしているところだが、俺は人目を忍び、地下のアジトへと向かう。

 

 

「来たか」

 

 

やはり、領家はそこにいた。というか、チャイムが鳴って速攻で席を立っていたから嫌でも目についた。ここで一緒に行こうなんて言えるはずもなく、結果ストーカのような形で実際彼女が入ったのを確認して5分ほど待って入るという謎の時間を過ごすこととなった。

 

 

「はやいな」「身体がここへの道を覚えてしまっているからな」

 

 

謎の言い訳をいいながら、領家の手元に目をやる。領家は弁当を開いていた。領家の弁当の彩りをみて、腹が鳴った。彼女はぷっ、と噴きだした。

 

 

「比企谷は飯、食わないのか?」「いや食うけど」「そんな量じゃ腹が減るだろう」「満腹になれば眠くなるしこれぐらいでいい」「いつも寝てるじゃないか……少しいるか?」「いる」

 

 

そういって、差し出された卵焼きを、ぱくり、と頬張った。

 

 

「うまいな、母親が作っているのか?」

 

 

問うと、領家はちょっと困ったように眉根を寄せながら、笑った。

 

 

「……自分で作っている」「すごいな」

 

 

素直に感心してしまった。その弁当は、ちょっと高校生が作ったとは考え難いほどに完成度が高かった。冷凍食品が詰め込まれているようなものではない。栄養的に考えられているばかりでなく、彩りもよく、なにより、美味い。

 

領家は照れを隠すように頬をかいてから、また弁当に取り掛かった。

口にほうれん草のおひたしを放り込んだあと、ふと箸を見た。

 

 

「……」

 

 

彼女はしばらく無言のあとで、俺の方へと目線をスライドさせた。それから顔を下に向けると、尋常じゃない速度で残りをかきこむように片付けてしまった。

なんだ……? と考え、すぐに思い当たる。俺が彼女の箸から直接食ってしまったのだ。いわゆる「あーん」して食べさせてもらう状態である。領家も気付かなかったのだ。気づいたのは自分もその箸で食べた後、間接キスが成立した直後だった。

身体が熱くなる。なんだか悪いことをした。

しかし謝るとまた余計に意識されてしまいそうだったから、俺は黙って、棚の資料に目を通し始めた。

 



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16話

「そう言えば教室で、変なあだ名がついてしまったな」

 

 

ほとぼりが冷めてから、領家はそう切り出した。教室内での俺と領家のアダ名はそれぞれ、「リア充♂」「リア充♀」となっていたのだ。もちろん初詣の日に遭遇した彼らが俺たちの間柄をおもしろがって広めたのだろう。

直截的すぎんだろ。

 

 

「どうせ……戸塚だっけかあいつが広めたんだろ」

 

「いや、彼ではないだろう。テニス部も来ていたということだからその中のだれかだろうな」

 

「は? 彼ってあいつは女だろ」

 

「戸塚くんは男だぞ。まあ外見だけ見ればそう思うかもしれないが」

 

 

なん……だと。確かに学校でもジャージ姿しか見てないし、てっきり女かと思っていた。

 

 

「まあ、俺のせいだな。なんかすまん」

 

「いや、謝ることはない、むしろこれは我々ににとって好適な隠れ蓑となるだろう。恋人とともに青春を謳歌するものが、どうしてこんな活動に身をやつすだろうか? 表の我々とこの地下活動とを結びつける見方は、完全に 断たれたと言っても過言ではないだろう」

 

「でも、クラスの奴らと話しづらかったり……」

 

「大丈夫だ、クラスに友人などいない」

 

 

大丈夫……なのか?俺が言えたことではないが。

 

 

「とにかく、こうして活動の地盤は着々と整ってきている。バレンタイン粉砕闘争までに、この土台を更に固めるとともに、さらなる勢力拡大を図っていきたいものだ」

 

 

領家の言葉に、俺は乗る。女児に言われたアドバイスを、活かすのだ。

 

 

「そのことだが、新たなる部員を獲得するための作戦を考えたんだ。聞いてくれるか?」

 

 

俺の言葉に、彼女の目がグン、と力をました。

 

 

「もちろん。君が精力的に活動してくれていることを、私は心から評価する!」

 

 

領家の顔が、パッ、と明るくなり目が輝く。やはり女児が言った通り、効果はかなりあるみたいだ。

俺は息を吸い、朗々と作戦を説明し始めた。

 

 

「一言で言えば、『放送室ジャック』だ。領家によって校門前での宣伝等精力的に行われたものの、未だ我々の活動が周知されているとは言い難い状況である、というのは議論の余地がないことだろう。

これまでの活動には、限界があった。その限界とはひとえに、それが行き届く範囲が狭い、ということだ。トランジスタメガホンによる拡声では、たかだか数十メートルが限界だ。全校生徒がそんなに密集する機会など、そうそうない。これを回避するには、よく行き渡るように『大声で』宣伝するしかない。とはいえ、メガホンの音量をなんとかして上げる、などといった解決策では一定のところで限界が生じてしまう。しかし、学校にはこの目的に対してぴったりの設備がある。校内放送だ。我々は放送室 を、昼休みの時間に乗っ取る。普段、昼休みには放送委員によって音楽がかけられているが、そこで宣伝を行うのだ。昼休みに外出している生徒は、かなりの少数派だ。ほとんどの生徒が何らかの形 で放送を耳にしている。したがって、空前絶後のアジテーション効果が得られることは、もはや約束されていると言っていいだろう」

 

 

俺の口上に、領家は口元をほころばせた。が、すぐに引き結ぶと、きっちりと疑問を投げ返してくる。「素晴らしいコンセプトだ。だが問題点がひとつある。放送が途中で遮断されてしまわないか、ということだ。職員室にも生徒呼び出し用の放送設備がある。もしその権限が強いのであれば、すぐに我々の演説は止められてしまうことになるだろう」

 

 

もっともな指摘だった。俺はその疑問に、答えていく。

 

 

「それについては確認をとってある。この学校は放送室と職員室の放送が別系統になっている。職員は放送室の鍵すら所持していない。これは大昔の闘争時の名残らしい。我々の公然アジトたるフラワーアレンジメント研究部 に、職員室とは独立に印刷機が備えられているのと同様の理由だ」

 

 

もっともこれは聞き耳を立てていた中で勝手に入ってきた情報だ。領家は俺の回答に満足したのか、満面の笑みで頷いた。

 

 

「これは我々の運動史上、類を見ない大作戦になるな。全校生徒の脳内には必ず、『反恋愛主義青年同盟部』の名が刻まれることになるだろう」

 

「この宣伝の効果でたくさん入部希望の同志が集うはずだ。バレンタイン粉砕も机上の空論ではなくなってきた」

 

 

俺の希望的観測に、領家は何度も頷くが、ふと何かに気づいたようにその頭を止めると、下から窺うように俺の顔を見た。その後、ぶんぶん、と頭を横に振る。

 

 

「どうした」

 

「いや、なんでもない。私の心の弱さを、断ち切っていただけだ!」

 

 

よくわからんが、まあいつものことだ。俺は気にせず、話を進める。

 

 

 

「決行は明日、昼休みでいいか?」「応!」



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