ありふれた錬成師と空の少女で世界最強【完結】 (傘ンドラ)
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プロローグその1

白い部屋の中で私は目覚めた。

 

「あれ?」

 

(確か姉さんのソシャゲを見せて貰ってると突然轟音が響いて…)

 

「やっと死にましたか!」

 

いきなりの失礼な発言に顔を上げると、彼女の目の前には眼鏡をかけた妙齢の女性がいた。

女神を称するこの女性いわく。

 

「称しているのではありません、本物です」

 

失礼、なんでも私たち家族のいたビルがテロリストに爆破されたらしい

 

「ご家族含む他の死亡者はもう転生の手続きを終えられました、残りはあなただけです」

 

改めて聞くと私は植物状態で2ヶ月過ごし、つい先ほど息を引き取ったのだという。

 

「では早速手続きに入りましょうか?」

 

女神は事務的な口調で各種事項を読み上げていく。

なんでも不慮の事故で死んだ者にはささやかな特典が与えられるらしい。

美形に生まれたり勉強や仕事で成功したりといった感じの、

しかしいきなり決めろと言われても困る、何より言葉で説明されただけで、

ハイそーですかと死を受け入れるほど、こちとら人間出来てない。

 

「はやく決めていただけませんか?後が詰まっていて」

「まったくこの私がどうしてこんな閑職に追いやられてしまったのか」

 

イラついた口調でせかす女神。

 

「だからでしょ」

「何か言いましたか?」

「…いえ」

「どうせここでのことは忘れるんだからちゃっちゃと決めなさいよ」

 

顔だけは優秀そうな雰囲気を漂わせている女神はずいと私の方へと身を乗り出す。

 

「アドバイスしとくと女はお金や勉強や仕事よりも結局顔よ」

 

このご時世に言ってはならないことを平然と口にする女神。

 

「その方が処理が楽…」

「え?」

 

もういい…これは夢だと思うことにした。

どうせ忘れるって言ってるんだから、じゃあ手っ取り早く決めて早く目覚めよう。

どうか朝起きたら自分の部屋のベッドの上でありますように…私はスマホのバナーを思い出した。

 

「ええと…スマホありますか?…出来れば姉さんの」

 

女神はポイとスマホを投げ渡す、ケースに見覚えのあるキズがある…姉さんのだ。

私は渡されたスマホを操作して件の画像を表示させる。

 

「この絵の(みたいな)女の子にしてください」

「それでいいのね」

「じゃあ、あっち行って、次の人生の幸福を祈ってるわ」

 

書類か何かをガサコソと探しながら事務的な口調で幸福を祈られる。

全然ありがたくないし、幸せになれるとも思えなかった。

そして別に返せとも何とも言われなかったので姉さんのスマホを握ったまま、私は転生者用のゲートをくぐるのであった。

 

 

「ええと…この絵の女の子にして欲しいだっけ」

 

女神は金髪と青髪の少女のイラストを見て少しだけ頭を悩ませる。

 

「まぁいいや、両方イイとこ取りでどっちも可愛いからオッケーだよね」

「ええと決済用紙は…これしかないならこれね」

 

明らかに違うだろ?って言いたくなるやけに豪華な用紙に女神は決済事項を書き込んでいくのであった。

 

「顔を可愛くするだけなのに書き込むところ多いわねぇ」

 

 

 

 

 

月曜日。それは一週間の内で最も憂鬱な始まりの日。

きっと大多数の人がこれからの一週間に溜息を吐き、前日までの天国を想ってしまうだろう

もっとも廊下で軽く背中を伸ばす金髪の少女、蒼野ジータにとっては他に切実な問題がある様子だった。

 

「何がここでの事は忘れる…よ」

 

ここんところ毎日のように鮮明に甦る白い部屋での記憶を反芻しながらため息をつくジータ。

勿論幼い頃はキレイさっぱり忘れていたのだが…

これも年齢を経て精神が成長した証なのだろうか?

 

(とりあえず無事日本に生まれてよかったとは思う、ワケのわからない異世界じゃなくって)

 

とはいえど自分の前世の日本とは微妙に違うらしい。

その証拠にかつて住んでいた街は聞いたこともない地名の工業団地になっており。

この姿のモデルとなったキャラの登場するグラなんとかというゲームも影も形もなかった。

こんなことならもう少しマシなお願いをしておけばよかった。

ロクに確かめもせずにこれは夢だと死を認めず現実逃避した自分も悪いが…。

 

「これも悪くないけどね」

 

窓ガラスに自分の姿を写すジータ。

ふわりと風に舞う軽やかな金髪、青く大きな瞳、整った鼻筋、白い肌、

柔らかさを感じさせる肉体。

学園の三大女神に数えられるほどの美貌の金髪美少女の姿がそこにはあった。

(美人になって言うほど得をした経験もないけど…むしろ)

 

残りの二人が美しい、凛々しいという言葉が似うタイプなのに対して

ジータは近所の幼馴染といった感のある親しみやすい、頑張ればもしかして…

と思わせる容貌をしており、

さらに金髪ハーフの外見も手伝って愛らしさに満ちた、

まさしく妖精のような雰囲気を醸し出している。

そのため人気では残りの二人には及ばないものの、

告白される回数は二人より多かったりする。

 

(ま、兄さんに勝る男なんてきっとこの世界にはいないけどね)

 

ジータは今は飛び級で海外に留学している双子の兄、グランに思いを馳せる。

 

ともかくショートボブに整えられた豊かな髪を揺らしながらジータは教室へと急ぐ 。

すでに始業ベルまで数分を切っている。急がねば

スピードを上げて多角形コーナリング!てなノリで、廊下を曲がると、

まるで目覚めたてのゾンビのような雰囲気でフラフラ歩く一人の生徒に追突しそうになる。

 

「ととと…」

 

たたらを踏んで回避しようとするジータ、振り向いた男子生徒も身をよじり避けようとする、が…

踵を踏んで履いていたジータの上履きがするりと足からすっぽ抜ける。

 

「わぁ!」

 

バランスを崩し背中から廊下へと転倒しようとするジータ。

 

「危ない!」

 

男子生徒が慌ててジータの手を掴んでなんとか転倒を防ごうとするが

いかんせん小柄で非力ゆえにそれは叶わない。

勢いは殺せたもののジータは廊下に盛大に尻もちをついてしまう。

そして…ジータのめくれ上がったスカートの中に、男子生徒の頭がすっぽりと入っていた。

 

「白…あ…ごめんね」

 

数瞬だけ絶景を味わい、そこから慌ててスカートから頭を出す男子生徒。

 

「もーハジメちゃんったら、どこのラノベ主人公よ…」

「ゴメン、ジータちゃん」

 

ハジメちゃんと呼ばれた男子、

南雲ハジメは思わぬラッキースケベに照れながら指で頬を掻く。

ジータも窘めてはいるが、その口調に怒気はない。

 

そう、南雲ハジメと蒼野ジータは両親の仕事の関係で幼いころから家族ぐるみの付き合いを続けている。

その関係性は幼馴染というよりは親戚に近い感覚だ。

事実、ジータにとってハジメは弟のような存在だったし、ハジメもまたジータを姉のように慕っていた。

小学校低学年以来、久々に同じ学校に入れたことを知った時には、

二人は大いに喜び合ったものだ。

 

「お尻…大丈夫?」

 

申し訳なさそうにジータの顔を覗き込むハジメ。

 

「大丈夫大丈夫、ホラ早く行きなさい」

 

腰をさすりつつ乱れた髪を整えながらジータはハジメに先を急ぐように促すのだった。

 



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プロローグその2

朝から思わぬラッキースケベで気力充実!と行くほど人間の肉体は簡単ではない。

ハジメは徹夜でふらつく体でなんとか踏ん張り教室の扉を開けるのだが、

その瞬間、冷ややかな視線を教室の男子生徒の大半から浴びせかけられる。

 

 

「よぉキモオタ! また徹夜でゲームか? どうせエロゲでもしてたんだろ?」

「うわっ、キモ~。エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」

 

そんな微妙な空気の中で口火を切るかのようにハジメを嘲笑したのは檜山大介といい、

毎日飽きもせず日課のようにハジメに絡む生徒の筆頭だ。

近くでバカ笑いをしているのは斎藤良樹、近藤礼一、中野信治の三人で、

大体この四人が頻繁にハジメに絡む。

 

で、次はジータがハジメに続いて教室の扉を開ける。

その瞬間、今度は女子生徒の幾人かから舌打ちやら睨みやらを頂戴する。

 

「おはよう!檜山くん、斎藤くん、中野くん、近藤くん」

 

不快な嘲笑を掻き消すかのようにジータは大声で、

四人に挨拶をかけると後を追うように自分の席へと向かう。

 

「ああ…お、おはよう蒼野」

 

檜山と斉藤と中野は慌てて視線を逸らすが、近藤だけは、

ジロリとジータの顔を一瞥してから目を逸らす。

俺の顔見てたとか、バカかお前とかそういうヒソヒソ話が僅かに耳に入る。

 

「で、ホントに徹夜でゲーム?」

「まぁね」

「夜更かしはよくないよ、身長伸びなくなるよ、人生最後の成長期なのに……

で、宿題はちゃんとやってからだよね」

 

小声で隣の席のハジメに話しかけるジータ。

 

(檜山くんの言う通り、ハジメちゃんはオタクだよ…でも)

 

いわゆるキモオタとは違い、コミュニケーションもちゃんと取れるし、

身なりも清潔にしており、アニメとかゲームが好きなだけの大人しい少年だ。

 

確かに世間一般ではオタクに対する風当たりは強いといえば強いのだが、

かといって、ここまで敵愾心めいた隔意を持たれることはない。

では、何故そうなったのか?

 

理由はいくつかあるのだが、まずその一つはかつてのハジメ本人にある。

かつての彼は居眠りの常習犯であり、かつ実家が太いこともあって、

その態度と境遇に苛立ちと羨望を一手に集めていたというのがある。

もっとも、授業態度に関しては進級して同じクラスになったジータの忠告、

(一部暴力を伴った)もあって、かなり改善しており、

授業中の居眠りもジータがハジメの両親に、

仕事の手伝いを遅くまでさせないで欲しいと頼んだため、ほぼ無くなってはいる。

 

しかしゲームに関しては、やめられないらしく

時折こうしてフラフラと身体を引き摺るように登校してくるというわけだ。

むしろ休まないだけ立派というべきか、もちろん、予習復習も提出物も全て終えてからなので、

文句を言える立場でもないし、ましてやここは香〇県じゃないので如何せん止められない。

 

そして最大の理由が彼女である。

 

「南雲くんおはよう! 今日もギリギリだね、もっと早く来ようよ」

 

このクラス、いや学校でもハジメにフレンドリーに接してくれる数少ない例外であり、

この事態の原因でもある一人の女子生徒が、

弾けんばかりの笑顔でもってハジメのもとに歩み寄る。

 

その名は白崎香織、三大女神の筆頭にして男女問わず絶大な人気を誇る途轍もない美少女だ。

腰まで届く長く艶やかな黒髪、少し垂れ気味の大きな瞳はひどく優しげだ。

スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇。

ジータが妖精なら香織は姫君という表現が相応しいだろう。

 

「ああ…おはよう、白崎さん」

 

ハジメは鋭さを増す殺気に冷や汗を流しつつも挨拶を返す。

で、そんな、南雲ハジメ君のような生徒とは、普通に考えるとほぼ無縁の存在であるべき筈の、

白崎香織さんは、なぜかよく彼を構う、

生来の面倒見の良さ、という言葉では片づけることが出来ぬ程に。

 

前述の通り、授業態度こそ改善されてはいたが、

未だハジメを不真面目な生徒と思う者は、いや思いたい者はまだまだ多く、

つまりはそんなヤツがどうしてという侮りめいた嫉妬に満ちた空気が、

教室に蔓延しているというワケである。

 

これでハジメがスポーツ万能、ないしは成績優秀、あるいはイケメンなら、

話は別なのかもしれないが……。

 

(少しは押さえてって言ったんだけど…仕方ないか、恋は盲目って言うしね)

 

そんな二人の会話を微笑みながら見守るジータ、ちなみに彼女の存在もまた、

ハジメへの敵意の原因の一つであることは言うまでもない。

 

そんな中でジータもまた、自身のうなじのあたりに絡みつくような視線を感じていた。

例の四人の中の誰かだろう、まぁこういうのには慣れている。いや、慣れてしまった…。

美少女の宿命というやつだ。

と、時間を確認しようと時計に目をやろうとした時、三人の男女がハジメに近寄っていく。

 

「南雲くん、おはよう毎日大変ね、それからジータもおはよう」

「香織、また彼の世話を焼いているのか? 全く、本当に香織は優しいな」

「全くだぜ、進級して結構マシになったとはいえよ」

 

おはようと挨拶してくれた声の主にはジータは笑顔で応じたのだが、

もう二人の顔を見てジータはうんざりとした表情になる。

 

まずは先ほど二人に挨拶をした少女の名は、八重樫雫という。

百七十二センチメートルという女子にしては高い身長と引き締まった身体。

トレードマークである、ポニーテールにした黒い長髪は、

まさにクールビューティーにして、サムライガールといった印象である。

 

実際に彼女の実家は八重樫流という剣術道場を営んでおり

雫自身、小学生の頃から剣道の大会で負けなしという猛者である。

ちなみに、男子以上に女子に人気があるらしく、

後輩の女子生徒たちに"お姉さまと"慕われ囲まれ、困惑している光景はよく目撃されている。

 

彼女とジータ、そして香織を合わせた三人が学園の三大女神と呼ばれる女子生徒である。

 

(姫に妖精、女剣士と揃い踏みだぜ…俺このクラスに入れて良かった)

(あれ?遠藤くん今日休みだった気が…)

 

不意に聞こえた声に首をかしげるジータ。

 

お次は些か臭いセリフで香織に声を掛けた少年、その名は天之河光輝と言う。

そんないかにもなキラキラネームの彼は、その名に相応しいだけの、

容姿、成績、スポーツ、あらゆる分野で万能の、まさに完璧超人である。

そんな奴ならば、きっと嫌な奴に違いないと誰も思うかもしれないが、

おあいにく様、性格もまた誰にでも優しく、正義感も強いのである。

 

香織、雫の二人とは幼馴染であり、彼もまた小学生の頃から八重樫道場に通い、

剣の腕を磨いており、その剣腕は彼女と同じく全国クラスの猛者であり、

また当然のごとく女子にもモテモテであったりもする。

 

と、非の打ち所なき男ではあるのだが、しかしどこか演技じみた、造り物じみた何かを、

彼の内面から僅かながらも感じてしまうのは、穿ち過ぎなのであろうか?

 

最後にやや投げやりと言った風の挨拶を発したのは大男は坂上龍太郎といい、光輝の親友だ。

 

百九十センチオーバーの巨体に加え、鷹揚さを感じさせる瞳の持ち主であり、

その印象に反さず、細かいことは気にしない脳筋タイプである。

そういう男は得てして努力とか熱血とか根性とかを分かりやすい物を好むものであり、

従ってハジメのように目に見えてやる気を出さない人間は嫌いなタイプらしい……。

いや、もしかするとそれとは違う理由もあるのかもしれない。

 

「おはよう八重樫さん、天之河君、坂上君、はは、まぁ、自業自得とも言えるから仕方ないよ」

「それが分かっているなら直すべきじゃないか? いつまでも香織の優しさに

甘えるのはどうかと思うよ、香織だって君に構ってばかりはいられないんだから」

 

ハジメ自身もジータの忠告を聞き入れて以来、かなり態度を改善させている意識はある。

とはいえ、天之河光輝にとってはまだまだ不足らしい。

あるいは……態度が改善しているからこそ、なのかもしれないが。

 

(単に優しいってだけで香織ちゃんはハジメちゃんに構ってるわけじゃないよ…、

香織ちゃんはね)

 

そう声を大にして口を挟みたくなったジータだが、なんとか自重する。

ちなみにジータも兄の付き合いで中学卒業まで八重樫道場に出入りしており、

彼らとは深い親交がある、いやあったと言うべきか。

 

雫と香織に関しては現在でも良好な友人関係を維持しているが、

今やジータにとって天之河光輝は顔を見るのも嫌な男だったし、

天之河光輝にとってもジータの双子の兄、蒼野グランに係る確執があった。

 

「いや~あはは……」

 

ハジメは笑ってやり過ごそうとするのだが、だがそこに香織は核爆弾級の爆弾を無自覚に落とす。

 

「光輝くん何言ってるの? 私は南雲君と話したいから話してるだけだよ?」

「プッ!」

 

思わず吹き出すジータ、しかし笑ってばかりもいられない。

男子生徒達はギリッと歯を鳴らし呪い殺さんばかりにハジメを睨みつけ

檜山達四人組に至っては昼休みにハジメを連行する場所の検討を始めている。

 

(だから押さえてっていつも言ってるでしょ!香織ちゃん!)

 

香織から好きな男の子がいると相談を持ち掛けられた時には驚いたものだが、

相手を知って二度ビックリし、好きになった理由を聞いて大いに納得した。

可愛い可愛い弟分の良さを本質を、しっかり理解してくれている女の子がいたのだ、

それもこんなに近くに、これは香織の親友として、そしてハジメの姉貴分として、

恋の成就を願わずにはいられない。

 

以来、ジータは雫と共に香織に恋のアドバイスをしたり、

それとなくハジメに香織についてのアレコレを教えたりしているのだが、

もっとも生徒が悪いのか講師が悪いのか今のところ効果はサッパリだった。

 

「え? ……ああ、ホント、香織は優しいよな」

 

どうやら光輝の中で香織の発言はハジメに気を遣ったと解釈されたようだ。

彼は確かに完璧超人なのだが、そのせいか少々自分の正しさを疑わなさ過ぎるという欠点があり、

 

(そこが厄介なんだよなぁ~)

(厄介なのよね~)

 

と、ハジメとジータは現実逃避気味に教室の窓から青空を眺め、

それからしばらくする間もなく、始業のチャイムと共に教師が教室に入って来るのであった。

 




3/19
ハジメの授業態度に関する箇所を修正。


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プロローグその3、異世界へ

昼休憩――

なんとなしにジータが教室を見渡すと購買組は既に飛び出していったのか人数が減っている。

それでも彼女らの所属するクラスは弁当組が多いので三分の二くらいの生徒が残っており、

それに加えて四時間目の社会科教師である畑山愛子先生(二十五歳)が教壇で数人の生徒と談笑していた。

そして現在ジータの目にはハジメが十秒でチャージできる定番のお昼をゴソゴソと取り出す姿が映っている。

 

(あれ?まだ残ってるなんて珍しい)

 

普段のハジメは足早に校内のいずこかへと姿を消して昼寝としゃれこむのだ。

じゅるるる、きゅぽん! 

早速、午後のエネルギーを十秒でチャージしたハジメは

よほど疲れているのかそのまま机に突っ伏そうとした。

だが、そうはさせまいと女神が、ハジメにとってはある意味悪魔が、ニコニコとハジメの席に寄ってくる。

 

「南雲くん。珍しいね、教室にいるの。お弁当? よかったら一緒にどうかな?」

 

再び不穏な空気が教室を満たし始める中、ハジメは心の中で悲鳴を上げる。

 

それはハジメの隣の席のジータにとっても同じだった。

(ハリキリ過ぎだよ、濃い目のコーヒーを淹れてくるだけでいいって教えたでしょ!)

 

どうも過剰というか、香織はいつもやりすぎてしまうのだ。

 

(友達という麓から登らなきゃいけないのに…ヘリで彼女って頂上を狙っても墜落するだけだよ)

 

大体にして入学してから結構経つのにそもそも麓にすら辿り着けてないようにジータには思えて仕方なかった。

 

(こんな優秀なガイドがいるんだからさ…)

 

こうなるとハジメを教室の外に逃がすわけにもいかない

香織の気持ちも痛いほどわかるだけにジータに取ってはまさに板挟みの心境だ。

 

「あ~、誘ってくれてありがとう白崎さん。でももう食べ終わったから天之河君達と食べたらどうかな?」

「えっ! お昼それだけなの? ダメだよちゃんと食べないと! 私のお弁当分けてあげるね!」

 

(アカン)

 

ヘルプミージータちゃんと助けを求めるハジメの視線とこれでいいよねジータちゃんと、

押せ押せの香織の視線がジータの眼前で交叉する。

 

「香織。こっちで一緒に食べよう。南雲はまだ寝足りないみたいだしさ。

せっかくの香織の美味しい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」

 

意外なところから救世主現るかとハジメは安堵する、だがジータはさらなる厄介が増えたと、

内心頭を抱える。

爽やかに笑いながら気障なセリフを吐く光輝にキョトンとする香織。

少々鈍感というか天然が入っている彼女には光輝のイケメンスマイルやセリフも効果がないことをジータは良く知っていた。

 

「え? なんで光輝くんの許しがいるの?」

 

素で聞き返す香織に思わず雫とジータが「ブッ」と吹き出した。

 

(ある意味似た者同士なのよね…)

 

光輝は困ったように笑いながらあれこれ話しているが

結局、ハジメの席に学校一有名な五人組が集まっている事実に変わりはなく、

視線の圧力は弱まらない。

 

(こいつら異世界召喚とかされないかな?…もちろんジータちゃんは別ね)

 

現実逃避を始めるハジメ。

そしてハジメのみらずこの場から逃げ出したいのはジータも同じだった。

 

(アイツから逃げたい…けどハジメちゃんを残して逃げられないよ) 

 

ひたすら眼前の光景から目を背けるジータだったが、ついに件のアイツこと、

天之川光輝の顔がジータをロックオンする。

 

「さ、ジータもこっちに来るんだ、人の厚意を無にするような奴と一緒にいると、

キミの兄さんのような卑怯者になってしまうぞ」

 

さも当然とばかりにサラリととんでもない暴言を口にする光輝。

卑怯者…この学校で再会して以来何度も何度も突き付けられた言葉。

今すぐぶっ叩いてやりたい衝動を抑えながら必死で言葉を紡ぐジータ。

 

「何度も何度も…いい加減止めて欲しいな天之河くん、あと下の名前で呼ばないでよね」

「天之河か…寂しいな、中学の頃みたいに光輝って呼んでくれていいんだよ」

「誰が!」

 

そのやり取りを聞いたクラスの女子たちのジータへの目線が一層険しくなる。

言葉を交わすことさえ躊躇われる学園の貴公子を一顧するまでもなく袖にしたのだ。

まして嫉妬の対象たるジータ自身も自分たちなど到底及ばぬ妖精のごとき美少女なだけに、

余計に腹が立つ。

彼女が香織や雫と違って女子生徒からの人気が今一つなのはこういう理由があるのだった。

 

「俺が君に何をしたって言うんだい」

「兄さんを侮辱したわ」

「悪いのは君の兄さんじゃないか!」

 

何度となく繰り返された話だがそれでも言い返さずにはいられない自分の迂闊さをジータは恥じた。

それでも無視するにはあまりにも聞き捨てならない。

 

「ああ!言わせてもらう、君の兄さんは!蒼野グランは卑怯者だ!雫を悲しませただけでは飽き足らず俺たちからも逃げた!」

 

(悲しませた…ねぇ)

 

確かに彼女の双子の兄である蒼野グランが八重樫雫を悲しませたのは事実ではあるし、

その件に関して彼女の幼馴染二人が憤る理由もわからないわけではないので、

微妙に反論し辛いのが困り所だ。

だが彼らの憤りが半ば自爆に近い逆恨みが含まれていても、

毎度毎度言われ続ければいずれ真実になってしまう。

心から敬愛する兄が女たらしの恥知らずの嘘つき呼ばわりされることには、

妹として到底耐えられることではなかった。

 

「極寒の冬の夜!俺たちは待った!いくら君の兄さん、そして俺の好敵手でも雫を傷つけ泣かせる者には容赦はしない!決闘だと!」

 

他者の事情を考慮しないどこまでも自分本位な解釈で吠え猛る光輝。

その声音には悪意は一切無く、むしろ悲嘆と義憤に満ちている、それが厄介だ。

道を踏み外した好敵手、そしてその妹を自らの手で更生させようという余計なお世話、

いや失礼した、勝手な善意の志に酔っているのだから。

 

ジータの目には光輝と龍太郎の背後でゴメンネと両手を合わせる香織と、

悲痛な表情で光輝を止めようとする雫の姿が映っている。

 

(ねぇ?現在進行形でキミが雫ちゃん悲しませてるよ、なんでわからないかなあ)

 

「雫!そんな顔をする必要はない!」

 

(だからキミのせいだってば)

 

「恥ずかしいと思わないのか!君の頑な態度が雫をどれほど悲しませているのか!」

 

…ぷちり。

ジータの後頭部から何かが切れる音が響いたのをハジメは確かに聞いた。

 

「くだらない」

 

ゆらりと立ち上がるジータ、その目は怒りで爛々と光っている。

 

「ここじゃ物が壊れるから屋上に行こうよ…久々にキレちゃった…要は」

 

(ゴメン…雫ちゃん、ガマン出来ない)

 

「雫ママを兄さんに取られそうになって悔しかっただけでしょ!天之河坊やは

よかったでちゅねぇ~っ、ママンが兄さんに振られて」

 

結局ご自慢のオモチャを否定されてゴネてるだけなのだ、このジャリは。

 

「な!」

 

羞恥と屈辱で光輝の顔がみるみる紅潮していく。

 

「言い過ぎだぞ!ジータ!」

 

余りの暴言に思わず口を挟む龍太郎だが、

 

「で?何かな?坂上くん」

 

だが舐めるように自分を見上げるジータの瞳を見るとそれ以上何も言えなくなってしまう。

 

「南雲!彼女に何をしたんだ!」

 

ハジメの机を拳で叩いて問い詰める光輝。

 

「そこでどうしてハジメちゃんが出てくるの?」

 

半ば呆れ気味に言い返すジータ。

 

「この学校で南雲に出会う前のキミはそんなじゃなかった!南雲!優しかったジータを返せ!」

 

的外れにも程がある、ジータにとってハジメとの付き合いは光輝や雫らよりもずっと長いのだから

 

「あのね、ジータちゃんと南雲くんは」

 

割って入って説明に入ろうとする香織。

 

「口を挟まないでくれ香織、俺はただ俺たちの大切な幼馴染であるジータを誤った道に進ませたくないんだ!」

「だから下の名前で呼ぶのやめてよ!気持ち悪い!」

「やめなさい!」

 

ここで愛子先生が割り込んでくる。その時だった。

光輝の足元に純白に光り輝く円環と幾何学模様が現れる

その紋様はゲームに詳しい一部の生徒にはすぐに理解できた、魔法陣だ

 

「皆! 教室から出て!」と愛子先生の叫びを背に、

「ハジメちゃん!」

 

ジータはハジメの手を取ってとっさに窓から外に飛び出そうとする。

ここ何階だっけか?

これも不慮の事故になるのかな?もしなったらあの女神にまた会えるのだろうか?

そう思いながらジータの意識はホワイトアウトした。

 



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召喚~オルクス
ガナビーオーケー


この言葉を勇者(笑)に言わせたかっただけの話かも
アフターでの活躍を見てると、
最終的にはレディパーフェクトリーな勇者っぽく
成長しそうではありますが。


「さて、改めて挨拶させて頂こう」

「ようこそトータスへ、勇者様、そしてご同胞の皆様、歓迎致しますぞ。」

 

聖教教会にて教皇の地位に就いているとかいうイシュタル・ランゴバルドなるお爺さんが、

 

「以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

恭しく頭をこれ見よがしに下げる。

現在彼らは十メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に通されていた。

光輝や雫らいつもの四人組と愛子先生は最前列、ジータはハジメと共に最後尾に座っていた。

 

 

「…違う、あれは」

 

最初に召喚された大聖堂────その大理石の神殿に飾られた壁画の人物を思い出し、

ジータはその身を不快気に震わせる。

 

縦横十メートルはありそうなその壁画には後光を背負い長い金髪を靡かせ

うっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていた。

背景には草原や湖、山々が描かれそれらを包み込むかのように、

その人物は両手を広げている。

芸術的、文化的に考えるなら素晴らしい壁画だと言えただろう。

 

しかしこの世界の主神らしいが、その姿を思い起こすたびに、

ぞわっとした何かがジータの背中を走る、

一応本物の女神に会ったことがある身として感じる決定的な違和感が壁画から漂っていた。

 

全員が着席したタイミングでアニメやゲームでしかお目にかかれないような

正真正銘の美少女メイドたちが飲み物を配っていく。

クラスの男子ほぼ全員がメイドを凝視している、ハジメも例外ではない。

 

「何見てんのよ」

「あ…でもジータちゃんの方がずっときれいだよ」

 

きれいだよの言葉に頬を染めるジータ。

(たく、こういうことをサラリと言うから…)

 

「どうせなら香織ちゃんに言ってあげなさいよ」

「え?何?」

「…もういい」

 

メイドたちが飲み物を配り終わるのを確認してから、

好々爺とした笑顔でイシュタルは説明を開始する。

もっともジータには好々爺を演じる胡散臭い爺さんにしか思えなかった、

宗教家なんてみんなそんなものかもしれないが。

 

で、イシュタルのくどくどとした説明を要約するとこういうことらしい。

 

 この世界はトータスという異世界で、そして今この世界の人類は魔人族と戦争をしており

 最近魔人族の戦力が増大し、人類は窮地に立たされている。と。

 

「あなた方を召喚したのは"エヒト様"です。我々人間族が崇める守護神、そして聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神」

 

イシュタルは目を細め陶然と語る。

 

「おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう、このままでは人間族は滅ぶと

…それを回避するためにあなた方を喚ばれた。

あなた方の世界はこの世界より上位にあり例外なく強力な力を持っています、

召喚が実行される少し前にエヒト様から神託があったのですよ、

あなた方という"救い"を送るとあなた方には是非その力を発揮し

"エヒト様"の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

互いに困惑の表情でハジメと顔を見合わせるジータ。

どこの世界でも神様は実に勝手だとジータは思わずにはいられなかった。

何を考えてるのか知らないが、自分の世界の始末も着けられず、

他所の世界から子供たちを誘拐しておいて、

世界の為に戦えなどとは言語道断に過ぎる。

ましてや他所の世界に誘拐されてハイそーですか困ってるなら代わりに戦ってあげますよ。

なんてホザくバカがいたら屋上に連れ出してやりたい。

 

「ふざ…」

「ふざけないで下さい!」

 

ジータの叫びを掻き消すようにさらに大きな叫び声。

 

「結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! 

ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい!

きっとご家族も心配しているはずです!あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

愛子先生がぷりぷりとした仕草で怒りの声を上げる。

なんでも威厳ある教師を目指しているそうなのだが、低身長と童顔のお陰で

威厳よりも微笑ましさを感じずにはいられない。

実際、明らかに怒っているにも関わらず、その仕草は、

先に微笑ましさを見る者に覚えさせてならなかった。

……ちなみに今年で御年二十五歳である、とてもそうは思えないのであるが。

 

それから愛称は"愛ちゃん"だが、本人はそう呼ばれるとやはりというかすぐに怒る。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 場に静寂が満ちる。重く冷たい空気が全身に押しかかっているようだ。

 誰もが何を言われたのか分からないという表情でイシュタルを見やる。

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」

 

 愛子先生が叫ぶ。

 

「先ほど言ったようにあなた方を召喚したのはエヒト様です、

我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな

あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

「そ、そんな……」

 

硬直する愛子先生。

 

「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」

 

ざわざわと動揺が走る。

ハジメとジータとて例外ではない。

だが二度目の人生である分だけジータにはまだ多少の余裕がある。

一番の懸念であった奴隷の首輪でもつけられてムリヤリ戦場へという

パターンはどうやら避けられそうだ。

とりあえずここからは交渉の問題、結局戦場に赴くことになるとしても、

主導権がこちらにある間に出来る限りの好条件を引き出し、さらに自力での帰還の糸口を探る。

まずはその方向で行こうと愛子に伝えようとした時だった。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない!」

 

まさか…ジータの顔から血の気が引いていく。

 

「俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。

それを知って、放っておくなんて俺にはできない!

それに人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない

……イシュタルさん? どうですか?」

 

いたよバカが、ジータは光輝を屋上に連れ出したい衝動に駆られつつも、

で、屋上どこだろうと一瞬変な事を考えてしまう。

 

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を

持っていると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫!俺は戦う!人々を救い、皆が家に帰れるように、

『俺』が世界も皆も救ってみせる!!」

 

「待って!相手の正体も分からないのに!約束を守って貰える確証もないのに!

どうして易々と戦いを挑もうとするの!」

 

テーブルの最後尾から最前列の光輝へと大声で叫ぶジータ。

神も所詮は人間と変わらない、いい加減でやらかす奴もいるってことを彼女は知っている。

 

「俺は目の前の困難を避けて通る卑怯者にはなりたくない」

 

卑怯者という言葉に当てつけめいた響きをジータは感じた。

 

「どれほど相手が邪悪であっても!いや…だからこそだ、まして困ってる人が実際いるんだ!」

 

じゃあ天之河くん一人でやれば?『俺』が世界も皆も救ってくれるんでしょ?

そう言い返そうとしたジータだが、最悪の形で機先を制されてしまう。

 

「皆だってそうだろ!そして俺たちには力があるんだ!誰かを救える力が!」

 

歯を光らせ、握り拳を振り上げ力強く宣言する光輝。

責任は一切考慮せず、顔も知らない誰かのために命を捨てる覚悟もなく尽くそうとする、

上辺だけの美しさに満ちていたとしても、それはまさしく勇者そのものの姿だと

ジータも認めざるを得なかった。

 

そしてその薄っぺらい美辞麗句は彼が本来備え持つ天性のカリスマによって遺憾なく発揮される。

クラスメイト達の表情がみるみる活気を取り戻していく。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

「龍太郎……」

 

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

「雫……」

 

(ごめん…)

(いいよ、仕方ないよね)

 

ジータへと心から詫びるような視線を送ると雫も賛同する、立場上これは致し方ない。

 

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

「香織……」

 

いつものメンバーが賛同した時点で流れは決まった。

 

「Gonna be okay!なんとかなるさ!」

 

拳を振り上げ高らかに叫ぶ光輝。

おおおっ!愛子やハジメ、ジータ、雫ら一部を除く

ヒーロー願望を刺激されたクラスメイトが雄叫びを上げる。

その様は笛吹き男に躍らされる鼠の群れのようにジータには思えた。

ならばその行く末は…。

 

(……)

一個人の勝手な理想の巻き添えで溺死など断固としてゴメン被る。

いや、一度は死んだ身だ、だったらこの命…。

 

「大丈夫だよ、ハジメちゃん」

 

ジータは優しくハジメの手を握る、不安と恐怖を乗せた震えが掌を通じて伝わってくる。

 

(不思議…なんだかいつも以上にハジメちゃんの気持ち…伝わってくるよ)

 

それが不思議でも何でもなかったことを、そう遠くない日にジータは身をもって知ることになる。

 



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ステータスプレート

展開を早めるために王宮のシーンはバッサリカットさせて頂きました
それからハジメの初期ステータスはやはり原作通りで
とりあえず説明回って苦手です…




召喚、そして王宮での謁見やらきらびやかな晩餐会やら目まぐるしい一日が終わり

一夜明けた今日、さっそく訓練と座学が始まる。

 

そんな中、ジータとハジメは昨夜二人で話し合った内容を思い返していた。

あまりにもこの国家、いや世界は宗教と密接に関わりすぎている、危険だと、

ヘタを打てば昨日の勇者が今日の背教者になりかねない。

 

謁見の際のイシュタルへの国王の態度…。

差し出された手を恭しく取り、軽く触れない程度のキスをした仕草を鑑みるに

間違いなく王権よりも神権の方が上、さらにその神は異世界に干渉出来る

ほどの奇蹟を行使出来るのだ

そう、自分達の帰還の可能性のみならずこの世界の行く末は神の胸先三寸。

自分たちの衣食住の保障はしてくれるそうだが、

人間同士の保障や約束など神の御心の前には塵芥だろう。

最悪の場合はこの世界に根を降ろし、地道にやってく道も考えたのだが、ムリだ、

こんな世界には住めない。

 

まず、集まった生徒達に十二センチ×七センチ位の銀色のプレートが配られた。

不思議そうに配られたプレートを見る生徒達に、

騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始める。

 

騎士団長が訓練に付きっきりでいいのかとも思うのだが、

対外的にも対内的にも"勇者様一行"を半端な者に預けるわけにはいかないということらしい。

ありがたい話である、もっとも団長の仕事を押し付けられる誰かはありがたくないだろうが。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。

そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。

それで所持者が登録される "ステータスオープン"と言えば

表に自分のステータスが表示されるはずだ。

ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

 

アーティファクトとは、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだそうだ。

 

「アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、

これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

 

なるほど、と頷き生徒達は顔を顰めながら指先に針をチョンと刺し、

プクと浮き上がった血を魔法陣に擦りつけた。

すると、魔法陣が一瞬淡く輝いた。ジータとハジメも同じように血を擦りつけ表を見る。

 

蒼野ジータ 17歳 女 レベル:1

天職:星と空の御子

筋力:10+7

体力:10+7

耐性:10+7

敏捷:10+7

魔力:10+7

魔耐:10+7

技能:全属性適性 団員x1 召喚 星晶獣召喚(条件:同調者)同調(南雲ハジメ、同調率70%)

   剣術 統率  防壁Lv1 挑発 恩寵 背水 コスプレ サバイバル 言語理解

 

やたらと派手派手しい天職だ…というか意味が分からない。それからコスプレって何?

確かに趣味の一つだけど、ジータが小首を傾げていると…

 

「全員見れたか? 説明するぞ? まず、最初に"レベル"があるだろう?

それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。

つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。

レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。

そんな奴はそうそういない」

 

そこで一息ついて、またメルドは説明を続けて行く。

 

「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。

また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、

魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。

それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。

なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大開放だぞ!」

 

つまり、メルド団長の言葉から推測すると

どうやらゲームのようにレベルが上がるからステータスが上がる訳ではないらしく、

また、大物一匹倒したとかそういうことで、

ステータスが一気に上昇するということもないらしい。

結局はコツコツやって行くしかないようだ。

 

「次に"天職"ってのがあるだろう? それは言うなれば"才能"だ。

末尾にある"技能"と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。

天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、

戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。

非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。

十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

 

御子、これは一体戦闘職か生産職かどっちなのか…。

名前だけは中二めいたロマンを感じさせるが。

あと通常の召喚と星晶獣召喚との違いは何なのか?

それから同調者というのもやけに気になる。

 

「後は……各ステータスは見たままだ大体レベル1の平均は10くらいだな。

まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ!

あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ、訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

その瞬間ズン!としたプレッシャーめいた心のざわつきをジータは感じた。

確かに自分のステータスは低いが…これは自分の心に起因してる不安じゃない

(この感覚…まさか)

 

ジータは隣のハジメの顔をチラリと見やる。

周囲が顔を輝かせている中、ハジメは冷や汗を掻いている。

 

本当に不思議だ…この世界に来てからハジメの気持ちが手に取るように伝わるのだ。

まるで感情を共有しているかのように。

 

「ジータちゃん…これ」

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

天職:錬成師

筋力:10

体力:10

耐性:10

敏捷:10

魔力:10

魔耐:10

技能:錬成 言語理解 

 

「どう見ても平均だね」

「うん…どうしよう」

 

「ほお~、流石勇者様だな」

 

などとメルドの感嘆の声が聞こえる中、凍り付いた表情のハジメ。

ちなみに勇者こと天之河光輝のステータスはオール100である。

つまり3ケタあれば規格外中の規格外ということか。

 

そんな声を聞きながら二人は互いのプレートを確認しあう。

 

「ジータちゃんも数字は似たようなものだけど、でも僕と違って技能多いね

召喚とかあるし、天職もなんか凄いし、御子とか」

 

「この同調って何だろう?、それにコスプレってね~」

 

不安を掻き消すように口数が多くなるハジメ。

 

「さて次は君か」

 

規格外のステータスばかり確認してきたメルドの表情はホクホクしている。

だがその表情がハジメのプレートを見た瞬間「うん?」と笑顔のまま固まった

やはりそういうことなのだろう…色々と調べていたが、

やがてもの凄く微妙そうな表情でプレートをハジメに返す。

 

「ああ、その、なんだ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。

鍛冶するときに便利だとか…例えば武器を修繕したり…」

歯切れ悪くハジメの天職を説明するメルド。

 

「おいおい、南雲ォもしかしてお前非戦闘系か? 鍛治職でどうやって~」

「皆に武器とか一杯作ってね!ハジメちゃん!」

 

檜山どもの機先を制して用意していた文句を叫ぶジータ、

こいつらの醜い声を僅かでもハジメの耳に入れたくない、汚れる。

その勢いでメルドに問いかける、昂る心を抑えながら。

 

「確かに彼のステータスは低いかもしれません」

「ですが鍛冶に特別な筋力や魔力とかは必要ないですよね?あくまでも必要なのは

発想と精度です、違いますか?」

「それにかの教皇様がおっしゃられてました、私たちには例外なく

強力な力が秘められているという神託を受けたと、

つまりそれは生産や開発に於いても同じではないでしょうか?」

 

神の名を出されてはメルドも否定は出来ない、むしろ我が意を得たりと頷く。

 

「確かにその可能性はあるな、後で工房の使用について申請してみよう」

 

ジータは思う、きっと彼も檜山らの態度には目に余るものを、

感じ取っていたのだろう、

だから自分の無理筋の口車にあえて乗ってくれたに違いない、と

 

(ありがとうございます)

(いや、見事だった)

 

「…そういうお前さんはどうなんだ」

 

苦笑いでジータのプレートを確認するメルド

技能こそ多いが、彼女のステータスも今一つだ。

しかしそれでも卑屈さを微塵も見せない堂々とした態度に

メルドは感心せずにはいられなかった。

 

「しかし天職が分からぬのは困りものだな」

「え?」

 

その言葉に驚くジータ。

 

「あの御子って書いてませんか?」

 

「うん…御子?」

「あの…天職の」

「すまん、読めんぞ?砂嵐のような物が出ててな」

 

(ハジメちゃんには見えてる、なら)

ジータは近くにいた谷口鈴に自分のプレートを見てもらうよう頼む。

 

「ジータちゃん技能多いね?」

「鈴ちゃんそれはいいから、天職の所」

「え?なんかノイズみたいなのが出てて見えないよ」

「じゃあ技能は?」

「ええと全属性適性 団員x1 召喚 星晶獣召喚」

「それから剣術 統率 威圧 防壁Lv1 挑発 恩寵 背水 コスプレ サバイバル 言語理解かな」

 

(天職と同調って箇所は私とハジメちゃん以外には見えてないんだ…)

 

「ニートと鍛冶屋さんだって、ぷーくすくす」

 

そんな心ない嘲りが聞こえた方向をジータが睨み返すと、ひぃという悲鳴が聞こえた。

早速の威圧スキル行使といったところだ。

 

 

とりあえず召喚師、ひいては魔術師としての訓練をジータは受けることになった。

「ちょうどいい、これから引き続き魔法の行使方法についての講義も行おう、

手伝ってくれ、君は全属性に適性があるからな」

 

魔術行使の説明が一通り終わり、ジータはメルドが呼んできてくれた魔術師に、

この世界での召喚用の術式を教えて貰う。

ちなみにこの世界の召喚術は失伝を防ぐ継承目的のみの

今では廃れてしまった術の一つらしい。

言われたとおりに空に印を描くと魔法陣が展開される、そこに現れたのは見覚えのある…

 

(あ、これ前世の姉さんのスマホだ…)

 

『見て見て~ついにガチャキャラも石も十天も賢者もコンプしたよ~』

 

と、事故の直前、誇らしげにスマホの中の画面を見せる姉の記憶がジータの脳裏に過った。

 




姉さんが賢者コンプなんてホザいてるので、
多分ジータの前世の時間軸は我々よりも遙か未来なのでしょう
筆者はカイムのみ取得済で現在ニーア取得に向けて素材集め中…闇アストラァ

次回、いよいよ開闢の錬金術師登場予定


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正体判明と力づくの召喚

今回は長いです、その上かなり強引な展開。
またインターフェイスetcが都合により変化しています。


あれスマホじゃない?

なんで?

 

という周囲の戸惑いの声を背景にジータは懐かしの姉の形見?を

手に取ろうとする。

 

と、ケースが独り手に開き画面が宙に展開される。

 

近未来アニメでよく見る光景に何人かの生徒がおおと呟く。

 

ジータは印を結ぶような仕草でスマホのロックを解除する。

 

と、同時に画面に自分の姿が表示された。

 

(あ、自分がいる…)

 

促された状況だったとはいえ、望んでこの姿になったんだなあと、

妙な感慨を覚える。

 

でもこのキャラなんで…

 

(私と同じ制服着てるんだろ?)

 

さらに制服の若干の改造や着崩しまでも忠実に…少し暑いな。

ジータはブラウスの襟元のボタンを外す、すると画面の中のジータも…

 

襟元のボタンを外した状態で表示された。

 

「まさか!」

ギョッとした風なジータの声に周囲の注目が集まる。

「あ、ごめん、なんでもないから」

 

ジータは事態を直感した、あの女神への願い事は、

この画面に映ってる少女のような可愛い見た目の

女の子になりたいという意味だった。

それを何を勘違いしたのか…されたのか。

 

(見た目だけじゃない、多分私このキャラそのものになってる…)

 

なら…ジータは震える手で自身、いや画面の中の自分のプロフィールを

そして能力を確認しだす。

みるみる直感は実感、そして把握へと進んでいった。

 

全ジョブ取得済、全リミットボーナス取得済、全ジョブボーナス取得済etc

羅列するのもバカバカしい程の個々の数値へのプラスボーナスが表示される。

そしてもちろん基礎能力も異様な数値が並んでいる。

メルドにこれを見せれば卒倒するレベルの、せいぜいオール100の光輝が勇者なら

もはやジータは神といってもいい。

だが自分の背後にいるメルドにはどうやら理解できていないようだ。

 

(これも私にしか読めないのかな?)

 

(で、これがおそらく私本来の能力…けど)

 

ジータはプレートのステータスと画面のステータスを見比べる。

あまりにもその差が激しすぎる気がしてならない。

おそらく現実の肉体が脆弱すぎて仮想世界?にあるスキルや

ステータスを発揮できないのだ。

 

洞窟で巨大な金塊を見つけたけど、入口が狭すぎて取り出せない。

あるいは滝の水を汲もうにも、ショットグラスしか手元になくて溢れてしまう。

いわばそんな感じだろうか…

いや、嘆いても何も変わらない、入り口や器を広げる努力をしつつ、

今は自分のできることをやればいい。

 

すぅっと深呼吸するジータ。

ここまで実は数分もかかってない、自身が何者であるのかを把握した途端

"やり方"が脳の中にインプットされていったのだ。

なにせ自分なのだから。

 

 

とりあえず分かったことを整理しよう。

 

 

まず"召喚"とはこの世界に、スマホの中にインストールされている

グランブルーファンタジーなるゲームのキャラや

アイテムを呼び出すということ

いわゆる仮想の世界にある存在を現実に持っていくプロセスなのだ。

 

つまり一度召喚というステップを踏んでこのスマホの中のデータを、

自分自身にインストールし、それからそのデータを顕現・実体化させるのが

"星晶獣召喚"なのだろう。

 

そしてそのインストール方法は…。

 

(結局ソシャゲなのね…ガチャなのね)

 

とりあえず肝心の石やチケットといったリソースは余裕があるように見えた、

国家予算を頂戴出来れば実弾を投入する手も使えるかもしれない。

なにせこちとら勇者だ、出来れば青天井で行かせて欲しい。

ただし貨幣価値がジンバブエ並みだったり

交換レートが法外だったりするかもしれないが。

 

目の前にはキャラ確定ガチャと召喚石確定ガチャの

二つのボタンが表示されている。

 

ちなみに団員Lv1はキャラのグレードではなく

一人だけキャラクターを実際に仲間にすることができるという意味の様だ。

(でもキャラって言い方って失礼だよね…こうなってしまうと)

 

よし!まずは召喚石の方から試そう。

単発ではなく10連の方を選択しジータはボタンをタッチする。

 

巨大な虹色のクリスタルが現れ、それが光とともに

10の欠片へと分裂する。

 

青の欠片を纏った石はそのまま掻き消えてしまったが

最後に砕けた虹を纏っていた石だけがそのまま残る、

柔らかい輝きを放つ青い石だ。

石は手を伸ばすとそのままジータの身体の中に吸い込まれていき、

ジータのステータスプレートに水属性攻撃力が120%UPと表示され。

加護:ガブリエルとも表示されている。

 

他の召喚石が消滅したのを見るにいわゆるSSR級でなければ

現世に止めおくことはできない様だ。

では、今度はそのガブリエルを呼びだしてみよう。

 

ジョブを選択してくださいとメッセージが出る。

ジータの前にクラスⅠからEXⅡまでのジョブの一覧が表示される。

どうやらゲーム由来の能力を行使する際は、ゲーム内のジョブでなくてはならないようだ。

試しにエリュシオンというのを選んでみた、見た目が気に入ったので。

ジータの体が光に包まれ…ただけで終わった。

必要レベルを満たしていないというメッセージが表示されている。

 

次にやはり見た目が気に入ったグローリーを選んでみる。

やはり結果は同じ。

どうやらクラスⅣとEXは実際のレベルを上げないと選択できないようだ。

 

なら、今度はクラスⅡ、アルカナソードを選択する。

残りの中だとこれが一番ピンと来たのだ。

ジータの体が光に包まれ、まるで魔法少女のようなエフェクトが今度こそかかる。

残念なことに不自然な霧が肝心なところにかかっていたが。

 

そして赤を基調としたまるで鼓笛隊のように、

華やかな衣装を身にまとった姿でジータは現れる。

 

おおおおっ!男子からどよめきが上がる。

あ、コスプレってこういう…と同時になにやら心が高揚してくる。

華やかな衣装に引っ張られるかのごとく。

 

(不思議…まるでほんとにゲームのヒロインになったみたい)

 

ジータはレイピアをビッ!と構える、またまた大きな歓声。

今度は香織や雫までもノリノリで声を上げており、

メルドや光輝ですら身を乗り出すほどの魅力的なフォーム。

 

(あ、ほんとに今の私ゲームのヒロインなんだ)

 

と、自然に先ほど手に入れたばかりの青い石がその胸元に現れる。

危険がないことは直感で分かっていた、放たれるは暖かい慈愛の光。

レイピアを収めるとそのまま両手で包み込むように石を翳す。

ジータの掌が輝きだす。

 

「おい…南雲、それ」

「あ…」

 

南雲という言葉に反応したジータがハジメの方を見ると、

ハジメの掌も同じように輝いている。

 

「ハジメちゃん!手!」

 

差し出されたジータの手をためらうことなくハジメは握る。

二人は互いの右手をしっかりと握りしめそして宙に左手を翳す。

あ、いいなと香織が呟く。

 

そして光が疾って…

 

 

それだけで何も起こらずハジメは鼻血を吹いて倒れた。

 

 

「ハジメちゃん!」

 

「ははっ、見掛け倒しもいいところだな!南雲ぉ!」

「蒼野の足引っ張りやがってよ!無能が」

「ハハハ」

 

檜山らの嘲笑が飛ぶ、どうやらハジメのせいで失敗したことにしたいらしい。

言い返してやりたいが遠のく意識を保つのがやっとだ。

それに確かに自分たちの能力が足りなくてこのザマなのだから。

とはいえど分かったこともある。

 

(ハジメちゃんがいないと星晶獣は召べないみたいね)

 

今回は失敗したがこれでハジメの有用性を示せるかもという期待と

このことに拠って、いずれハジメは戦場に送られる。

あるいは自ら戦場に赴くかもしれないという不安が同時によぎる。

 

危ないことはしてほしくはない、愚かな選択ならば身を呈して止める。

だが、もしハジメが戦いたいと言うなら…。

自分はきっと止められない。

 

今日はもう星晶獣召喚は無理だ、自分も気絶してしまう。

だがとりあえずガチャを引かねば始まらない。

 

ジータは上着と帽子を脱いで(脱げる、よかった)またガチャを

次はキャラの方を開始する、今度は単発で。

 

すると青いクリスタルの中からもじゃもじゃとした天然パーマの男が姿を現す、

肩にかけてるのは巨大な棒?

なんかお箸のように見えるのは気のせいか?

そして片手にはまだ湯気の立つラーメンが抱えられている。 

「あの…アナタ誰です?」

「わたしは~ぁ」

と妙なイントネーションで男はジータの質問に応じようとしたが、

その間にも身体がどんどん薄くなっていく

男はジータにラーメンを手渡すとそのまま消えていった、

ラーメンもろとも。

 

これは予想できた、出て来た時点で向こう側が透けてたし影も無かった。

気を取り直して次だ次だ。

 

今度は琥珀色のクリスタル、次に現れたのは角の生えた幼い少女だった。

見た目の年齢の割に胸がやたらとでかい。

あと身体がやはり透けていて影もない。

「ヤイアのちゃーはん食べますか?」

少女はジータにチャーハンを手渡し、

やっぱりそのまま消えていった。

 

「出前呼んでどうすんの?ぷーくすくす」

「ざまぁ」

 

女子から嘲りの罵声が飛ぶ、あー確かにそうだ。

 

「これってソシャゲのガチャみたい」

「私もそう思った」

 

罵声に混じってそんな声も聞こえる。

えーそーですよ、そーですよと心の中でジータは毒づく。

 

ジータは今一度スマホの画面を確認する。

(石とチケットにはまだ余裕がある…けど)

この世界で果たして補充が利くのかやはりそれが不安だ、

トライはあと数回に留めておく方がいいだろう。

この様では国家予算獲得も望み薄だろうし。

 

(なんか来てよね、お願いだから)

 

ジータは先ほど講師役の魔術師に言われたことを今一度思い返す。

召喚は強く祈り、念じるのが肝要だと、

なぜ召喚術が廃れたのか、それは強力な存在を召び出すだけの

心の力がこの世界の住人には備わっていなかったからだとか

 

ジータの頭に過るのは先だっての講義で

魔術の適性もないことが判明し嘲りを受けるハジメの姿。

 

そのハジメはジータの傍らで悲し気に己の手を眺めていた。

 

(…情けないよ、僕…ジータちゃんのために何も出来てない)

 

その嘆きが心の痛みがジータの胸にも走る。

 

(ハジメちゃんを助けてくれる誰か…来て!)

 

深呼吸し実験感覚を捨てて今度こそジータは祈った。

すると先ほどの召喚石の時と同じく虹色の光を纏ったクリスタルが現れる。

 

「来たんじゃない?」

 

ハジメが呟く。

そして虹を纏ったクリスタルが大きく弾け、光に周囲は包まれる。

 

「なかなか楽しそうな所によくぞオレ様を呼んでくれたな、感謝するぜ」

 

光をバックにハジメとジータにだけ見えるよう八重歯を覗かせた笑顔でにぃと笑う少女。

先だっての二人とは違い、透き通ってないしちゃんと影もある。ようやく成功か?

しかし見た目こそフリルをあしらったミニスカートと魔術師めいたマントを羽織り

片手に書物を持った、まだ幼さが残る栗色の髪の美少女だったが、

その笑顔はサメを思わせる凶悪さに満ちていた。

 

「おっと、ヨソ行きに切り替えるか、じゃあこれからよろしく頼むぜ舎弟ども」

 

「はぁーい♪美少女錬金術師のぉカリオストロですっ」

 

光が晴れるやいなや、先ほどの禍々しさとは打って変わった愛らしい天使の笑顔で

カリオストロは周囲に媚を売りまくるのであった。

 

「よろしくねっ」




繰り返しになりますが
プロセスとしてはコンプ済みデータの中から
ガチャのシステムを使ってダウンロードしているという感じです。

ですからガチャでは取得できないキャラや召喚石、
十天衆や十賢者も呼び出すことが理論上は可能
ただしロベリアとかを呼んでしまうと大惨事確定


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なんでここに○○がっ

ハジメちゃんの出番少なくてすいません
オルクスにそろそろ向かわないと…ううう古戦場までに間に合うのか



なんだ?こんなじゃまっすぐ飛ばねぇぞ

オイ、敵じゃなくテメェの手を吹き飛ばしたいのか!

ハジメの作る試作品に次々とダメ出しをするカリオストロ、

夜更けの工房内で怒声が響く。

 

「カリオストロさんが作ればいいのに」

 

背後の声に言い返すカリオストロ。

 

「アホか?オレ自身今後どうなるのかわからねぇのにか?

最悪数秒後にこの世界からサヨナラバイバイするかもしれねぇんだぞ」

「もしオレがいなくなって、さぁ作れと言われて出来なきゃ

どうなると思ってる?だから!」

 

カリオストロはハジメの肩をポンと叩く。

 

「オレ様は教えるのみだ、作るのはあくまでも南雲ハジメでなきゃならねぇ」

「そもそもこういうのは基本専門外だ、ま、オレ様は天才だからなんでも出来るが」

 

「でもあの薬は…」

 

「ありゃ特別だ、それにあんなもん知ってて道具と材料がありゃ

誰でもつくれるわ、事実作ったのは」

 

コイツだとカリオストロはハジメの髪をもしゃもしゃと撫でる。

クククと不敵に笑うその顔は今にも唆るぜこれはと言い出しかねない。

 

 

 

色々あった講義初日が幕を閉じた夜。

ジータとハジメを前になるほどなるほどとカリオストロは頷く。

ちなみにポケットの中には皆から貰ったお菓子が大量に入っている。

そう、見事な擬態を以って目の前の錬金術師は、

完璧な美少女を演じて見せたのだった。

 

(女は顔…結局顔なの…ううう)

かの女神の言葉を思い出しジータは頭を抱える。

 

「ジータ、お前さんの願い、このカリオストロ様が確かに聞き届けてやるぜ

で、コイツを鍛えりゃいいんだな」

 

カリオストロはハジメの顔を見る。

 

(……)

 

ふと遠い目をするカリオストロ、自分がまだ正真正銘の人間だった頃をだろうか?

 

(やっぱり似てやがる、参ったな)

 

ポリポリと頭を掻くカリオストロ…こいつはなにか贈り物をしてやらないとな。

 

「南雲ハジメだったか、たった今からおめぇはこの天才美少女錬金術師カリオストロ様の弟子だ」

 

ハジメの顔が明るくなる、この地に降り立って初めて見せる顔に、ジータも胸を撫でおろす。

 

「でもね!与えるのは知識だけ!技は自分で磨こ!」

 

強く頷くハジメ。

 

「じゃあ!まずは鉱石からステキなものの作り方教えてあげる、

カリオストロちゃんからのお祝いだよっ♪」

 

何を?と聞き返すハジメにカリオストロは天使の笑顔で応じる。

 

「オクスリ♪」

 

え?石から?一瞬ハジメは耳を疑った、が、カリオストロは続ける。

 

「まずはこの石砕いてーそれからこことここの光ってるトコ

取り出してーくっつけてもらおっかなー」

 

カリオストロの懸念はここが、

石が泳いで木の葉が沈むようなことがまかり通る

法則そのものがワヤな世界である可能性だった。

 

もしそうならば自分は役にたたない。

ただ美少女の擬態が得意なユカイな生き物になりさがる。

だから美少女の外見を最大限利用した必殺ねぇねぇなぜなにビームで、

召喚されたこの一日、ありとあらゆる質問と観察を繰り返した。

幸いにもこの世界はどうやらそうではなさそうだ。

違うといえば違うが己の培った知識のその殆どは

適用・応用可能だと判断できた。

 

 

ともかくオクスリこと我々筆者の世界で言うサルファ剤にも似た万能薬は、

カリオストロの知識とハジメの技術で滞りなく完成した。

ありふれた鉱石から薬が生産できるということ、

そしてその一翼を担ったのが、無能と思われていた

錬成師というありふれた職業の少年だった、

これはインパクトが十分すぎる。

 

その功あってハジメたちは訓練を事実上免除され、

工房を一つ自由に使えるようになったのである。

 

そして口では厳しいがハジメの物造りの才能に、

カリオストロは内心舌を巻いていた。

 

「辿り着けるかもしれねぇな…お前なら」

「え?何が」

「うるせえ、ハジメ、おまえは集中しろ」

「と、しゃべりすぎたな、おい、喉乾いた…茶ァ貰ってこい」

 

え?おれが…とまた背後から声。

 

「お前以外ダレがいるんだ?」

「お願い、遠藤くん」

「はい♪」

 

ジータのお願いに先ほどの不満げな声はどこにやら

嬉々としてパシリを買って出る遠藤。

 

何故遠藤がここにいるのか…それは。

 

 

 

 

深夜の庭園。

 

「ウロボロス!」

 

カリオストロの叫びに呼応して魔法陣が傍らの空間に展開されるが数瞬で掻き消える。

 

「チッ…やはりダメか」

 

召喚モードに縛られるのは仕方がない、だが術者の力が弱すぎる。

せめて天之河、あるいは白崎レベルの魔力が、

あの二人に備わってさえいれば…

 

(暴れられるのはせいぜい数分、全力なら一分も持たねぇ、

戦力…としては難しいか)

 

だが力が無くとも知識でならいくらでも貢献は出来るのは実証済みだ。

しかし季節がいつなのかは知らないが夜は冷える、

もよおしてきた、ここからトイレは遠い…か、

カリオストロはキョロキョロと周囲を見回し、誰もいないことを確認する。

 

「生やすか…」

 

見た目は美少女、中身は悠久の時を生きるジジイ。

それがカリオストロ、通称カリおっさんの正体だった。

彼女…正確には彼はホムンクルスの肉体に己の魂を移植することで、

疑似的な不老不死を実現しているのだ。

もっとも千年以上に渡る封印の影響で全盛期の能力の殆どを喪失してはいたが。

 

木陰に入ると特製ボディの"ごく一部"を変化させ、

そのままスカートごとパンツを降ろして、

ちょろちょろと用を足すカリオストロだったが。

 

「あ…」

「……」

 

いつの間にだろうか、自分の隣に一人の少年が驚愕の表情で立ちすくんでいた。

まったく気配を感じさせることなく…。

そして少年の視界には、カリオストロの…女の子には決してあってはならない

"ごく一部"がはっきりと写っていた。

 

「見たな…」

「ひぃ!」

 

カリオストロの凶眼を目の当たりにして言葉も出ずに立ちすくむ少年。

逃げなきゃいけないのにまるで石になったように身体が動かない。

 

「みみみみ…見てっ、見て…ないっ」

 

必死で言葉を絞りだす少年。

その様が妙に新鮮に思えて少し楽しくなってくるカリオストロ。

 

「レディのお花摘みを覗くなんてぇ~お兄ちゃんのえっちぃ~」

「レディってアンタっ…おと…」

「やっぱり見てたじゃねぇか!」

 

少年の胸倉を掴んで凄むカリオストロ。

 

「おおお…俺眠れないから夜風に当たってたんだ!それをアンタが目の前で

自分からいきなりスカートを…」

「何テメェ人の事、痴女みたいに言ってるんだ、アァ!」

「まぁいいさ、オレ様があの天之河のガキにお兄ちゃん~カリオストロぉ、

このお兄ちゃんにお花摘みを覗かれちゃったのぉ、とでもチクりゃ

それでお前の人生は終わる…あばよ、名も知らぬガキよ」

 

酷い、酷すぎる、何が酷いかというとカリオストロ本人は別にバレても、

大して困らないと思っているところだ。

むしろ勇者がこの秘密を知ったら何を謳うか知りたい。

 

「隠れるつもりも覗くつもりも無かったんだよぉ、俺は普通に歩いてただけなんだよぉー」

「普通に歩いててオレ様が気がつかねぇ筈ないだろうが!嘘も休み休み言え!」

「ホントなんだよぉ、聞いてくれぇ」

 

遠藤浩介と名乗るその少年はいかに自分が影の薄い存在として

扱われていたかを切々と訴えかける。

 

「最近は自動ドアすら三回に一回しか開いてくれねぇんだよ

つまり俺はもうすぐ機械にまで見捨てられる男なんだぁ!ううううう」

 

遠藤の嘆きを聞きながらため息を付くカリオストロ。

 

「…難儀な人生だな、お前も」

 

それでもやっぱり覗きとか泥棒とかやり放題じゃないかと思ってしまう。

 

「あーもう」

 

分かった行けよと追い払おうとして考える。

(…待てよ)

この怯えようからして無罪放免にしてやると却って疑心暗鬼に陥りそうだ。

なら…

 

「このことをチクられたくなきゃ、オレ様の言うことを聞け」

「な…何を」

「簡単だ、ハジメとジータ、それからオレ様の手伝いをしろ」

「え…でも俺、訓練が」

「空き時間でいい…ちゃんと二人きりの時間作ってやるからよ

あーでも…ジータっていいよな」

 

強張った遠藤の表情が少し変化する。

カリオストロは続ける。

 

「あの白崎や八重樫と違って頑張ればワンチャンって思わせるオーラがあるよな」

遠藤の目がびくりと動く。

 

「でも…」

「ハジメとあいつの関係は家族みたいなもんだ…今んとこは」

 

逆を言えばジータとそういう仲になるということは、

ハジメとも深く関わることになるということだ。

ハジメが普段からどういう扱いを受けていたかはジータから聞いている。

事実、南雲が凄いんじゃねぇ、蒼野が呼んできたあのガキのお陰だろうがと

檜山とかいう連中が陰口を聞いているのを耳にしたことがある。

 

彼も関与こそしてなかったのだろうが、やはり蟠りがあるのだろう。

遠藤は俯き加減で唇を噛みしめている。

その表情は嫉妬や侮りもあったのかもしれないが、

見て見ぬ振りを心の中で恥じていた証とカリオストロは見て取った。

 

「……」

「オレ様に脅されて仕方なくやるんだ…それでいいだろ今は」

「それに仲直りのいい機会だよ!お兄ちゃんっ♪」

「プッ」

いきなりの口調の変化に思わず吹き出す遠藤。

 

決まりだな行くぜと右手を差し出すカリオストロだが、その手は空を切る。

 

「申し訳ないですけど、俺ここです」

 

自分の左側から遠藤の声がした。

 

「あ…テヘ♪カリオストロちゃん失敗しちゃった」

 

ともかく

 

「オイ、ハジメぇ、人手連れてきてやったぞ!」

 

こうして遠藤浩介が仲間に加わった。

 




サルファ剤のくだりを書くかどうかは悩みました
でも鉱物繋がりということでひとつ。

あと"ごく一部"はやはりやり過ぎでしょうか?


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穏やかな日常の急変

展開遅くて申し訳ありません…


(チッ!面倒なやつが来やがったな)

 

我らが勇者、天之河光輝の姿を窓から捉えてカリオストロは舌打ちする。

彼はやっぱりというか、ことあるごとに

ハジメやジータらとカリオストロを引き離そうとしている。

それはある意味カリオストロの擬態が成功している証でもあるのだが…。

時間を確認するカリオストロ、もうすぐジータが訓練から戻ってくる。

それまではハジメのことは遠藤に任せて大丈夫だろう。

 

「行ってくる…いつもの接待だ、しばらくかかる」

忌々しく呟いてカリオストロは工房から退出する。

 

『ねぇねぇまたカリオストロに聞かせて~おじいちゃんのお話』

『いいとも!さぁテラスで一緒にお茶を飲もうね』

 

「見事だな、毎度のことながら」

 

外からのそんな声を聞きながらポツリと遠藤が呟く。

 

「そういやなんであいつウチの学校に入ったんだ?あいつの学力なら

もっと上に行けたろ」

「受験シーズンに入院してたらしいよ」

「そりゃ不運だな」

 

作業しながらも口数が多くなるのは、彼らは数日後にはいよいよ

実地訓練としてオルクス大迷宮へ挑むことになっているからだ。

建前上武器を製作しているということで工房を使用してる以上、

ならば相手となる魔物を実地で知る必要があるという意見には逆らえず、

ハジメも参加することになっている。

 

(大丈夫かな…)

不安がよぎるハジメ。

そう、カリオストロはこの訓練には参加しないのだ。

 

 

(南雲!ジータ!何を考えているんだ!カリオストロちゃんを…

こんなに小さくて可愛い子を危険な目に合わせようというのか!俺は反対だぞ!)

 

実地訓練の日取りが決まった夜、工房に押しかけて叫ぶ光輝の顔と、

そして光輝には見えないように小さくて可愛いか…クククと

満足げに笑うカリオストロの顔を思い出すハジメ。

その時は騒ぎを聞きつけた香織と雫に引き摺られてお引き取り願ったが。

結局翌日、カリオストロ自らが不参加を光輝に伝えに行ったのだった。

もちろん極上の媚と擬態を纏って。

 

カリオストロとしても未だ自分の身に何が起きるか懐疑的な中で

訓練とはいえ実戦は避けたい思いがあった。

もしものことがあればハジメとジータに迷惑を掛けてしまう。

そして万が一…アイツに守られてしまうことになろうものなら

生涯の恥辱だぜ、と。

 

しかしそれ以来、光輝はわかってくれたんだね的な解釈で

より一層気安くカリオストロに接するようになったのである。

 

ガチャリと工房の扉が開く、遠藤が笑顔で振り向く。

(蒼野だけじゃなくって白崎と八重樫、谷口とかも良く訪ねてくるんだよな…実は♪)

 

さて…と…え?何でと思う間もなく横から殴り飛ばされる遠藤。

天才といえどミスもある、

カリオストロは迂闊にも扉の鍵を閉め忘れてしまっていたのだ。

 

檜山らが笑う。

「よぉ!稽古を付けに来てやったぜ、南雲ォ」

獲物にありつけた獣のような笑顔で。

 

 

 

一方その頃、ジータは訓練場にいた

 

現在のジータの姿は全身鎧を身に纏い、

かつ背中に巨大な盾を背負った騎士然としたスタイル、

その名もフォートレス、見た目通り防御に長けたクラスだ。

 

「え~もっと可愛いの~クンフーとかアルカナソードがいい~」

 

と、訓練のパートナーを務める鈴は不満げの様子。

 

「そ、そっかな…」

と、こちらは少し戸惑うジータだが、その仕草に男子の視線は釘付けになる。

 

(充分、充分ですって)

 

一応アルカナソードの姿でフォートレスの能力を行使するのも可能ではある。

しかしジータはジョブを状況に応じて切り換える必要があるため、

見た目と能力はなるべく合致させておいた方がいいという、

メルドの意見もあってのことだ。

 

姿を、ジョブを変えることで様々な能力を得ることが出来る。

この話を聞いたときはメルドもピンと来なかったが、

少し考えるだけでジータがいかに特殊かつ有用な人材なのかを理解した。

彼女はいわば天職を幾つも所持しているようなものなのだ。

ステータスこそ未だ低いが。

 

蒼野ジータ 17歳 女 レベル:1

天職:星と空の御子

筋力:12+8

体力:12+8

耐性:12+8

敏捷:12+8

魔力:12+8

魔耐:12+8

技能:全属性適性 団員x1 召喚 星晶獣召喚(条件:同調者)同調(南雲ハジメ、同調率85%)

   剣術 統率  防壁Lv1 挑発 恩寵 背水 コスプレ サバイバル 言語理解

 

多少はマシになったとはいえやはり見劣りする数字にため息をつくジータ。

変わったといえば同調率が上がったくらいだ、

あの思い出すのもイヤな勇者は全数値300を突破したらしい。

 

(カリオストロちゃん!この南雲は書店でいかがわしいマンガを買っていたんだぞ!

傍にいちゃいけない!ジータ!キミもだ!俺は君たちを心配して言っているんだ!)

 

もはや存在そのものがいかがわしい自称美少女錬金術師に件のごとく忠告する。

つい先日の光輝の姿を思い出してつい口元が綻ぶジータ。

光輝のいかがわしいがどれくらいのレベルなのかはよく知らないが。

 

(ハジメちゃんはいわゆるそういう本もゲームも一切買ってない、

私、香織ちゃんと調べてるもん)

 

さらりと割とマズイことをしていたジータ。

 

(ま、獣耳属性はあるみたいだけど)

 

ちなみにジータの基準ではゆ〇ぎ荘まではギリセーフである。

 

「じゃ!本気で行くよ!準備いい!」

雫の掛け声に構えで応じる鈴とジータ。

 

雫は大きく振りかぶるとあらかじめ張ってあった鈴の結界目掛け

渾身の一撃を見舞う。

 

「鈴ちゃん、ちゃんと見ないとダメだよ」

「で…でも」

 

一応八重樫道場で教えを受けてたジータとしては慣れているつもりだが、

やはり雫の剣は鋭い、鈴が恐怖感を覚えるのは無理もないことだ

 

「!」

やはり目を閉じる鈴、雫の一撃を受けて軋みだす結界だったが

 

『ファランクス!』

 

ジータが腕をかざすと鈴の結界ごと包むように空気の壁のようなものが現れ

「っと」

結果、雫の一撃を押し返した。

 

三人の様子を見てうんうんと頷くメルド。

鈴の結界は想定内のダメージは遮断するが、想定以上のダメージを受けると

ガラスの如くパリンと砕ける、つまり1000までは防ぐが1001だと砕け直撃する。

に対して、ジータのファランクスは割合でダメージを減らす、

1000の攻撃を500まで軽減するといった具合だ

 

また、ジータのファランクスは連発こそ出来ないが、

ジータ自身が認識している全てに対して有効だ。

誇張ではなくこの訓練場全ての人々に防御効果を与えることすら可能である。

即ち併用すればパーティの防御力は飛躍的に向上するだろう。

 

「よし!本日の午後の部の訓練は終了だ!後は各自それぞれの自主練に励むように!」

 

ジータはフォートレスを解除しいつものシンプルなシャツとスカート姿に戻る。

ここから先は自由時間だ。

 

「雫ちゃんどうする?」

「私も今日は上がろうかな、あ、あとで香織とそっちに行くって南雲君たちに伝えておいて」

 

二人で軽く身だしなみを整えて一旦雫と別れると

ハジメらの待つであろう工房へと向かうジータ、その時だった、

ジータの心と体に今まで感じたことのない衝撃が走る。

 

「あああああ!」

 

(こんなの知らない、こんなの)

 

救いを求める強烈な苦しみと悲しみを纏った何かがジータの心を抉る。

それだけじゃなく、その身体にまで複数から殴られているような鈍い衝撃が走る。

 

(ハジメちゃんが泣いてる、ハジメちゃんが苦しんでる、助けにいかないと)

 

誰もいない回廊でのたうつジータ、

自分の痛みでもないのに痛くて悲しくて悔しくてたまらない。

 

「ジータ!一体何を」

 

ジータの絶叫を聞きつけた雫が駆け寄る。

 

「雫ちゃんお願い!ハジメちゃんを探して!ハジメちゃん今酷い目にあってる!」

「分かったわかったから!落ち着いてジータ!ねぇ…え」

 

悶えるジータを抱きしめ落ち着かせようとする雫、

そのジータの腕、胸元、首筋といった具合に独りでに

微かに痣や傷のような物が浮かびあがり始めている。

「なに…これ」

 

 




次回 カリオストロ無双?


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開闢の錬金術師・吠える

…思ったより長くなってしまいました。
そしてそんなに無双してないカリおっさん


(わかったわかった、カリオストロちゃんは物知りなんだね、すごいね)

 

「このオレ様を物知り…か、ククク」

 

光輝に言われたことを思い出して邪悪に笑うカリオストロ。

最初からそう決めてかかっているのだろう、自分の中の真実だけが総てのタイプだ。

最初はカリオストロも抵抗しようとしたが、却って話が拗れるとすぐに思い直し、

 

それ以降は光輝が思い描く"ちょっと背伸びした物知りのよい子"を、

精一杯演じ続けている。

しかし話を聞く限りアイツの爺さんは人物だと思うんだが…。

なんで孫はああなんだろうか?。

 

「…たく」

 

今日も益体もない話に付き合わされて思ったよりも、

時間が掛かってしまった。

 

『カリオストロぉ何でも知ってるからハジメお兄ちゃんのお手伝いしてるのぉ、

みんなのお手伝いもぉ天之河お兄ちゃんのお手伝いもさせてぇ~』

『キミは危ないことをする必要はないんだよ、俺が守ってやるよ!(キラッ)

だから俺の事は光輝って呼んでくれないかな!(さらにキラッ)』

 

最初の頃の余りに不毛で悍ましい一幕を思い出して、

ブルブルと頭を振るカリオストロ。

 

「状況分かってんのか、あのバカ勇者は」

 

守るとか言っておきながらアイツには命を背負う重さが理解出来てない、

いや出来たつもりでいるだけだ。

ホントに誰かを守りたいなら藁にでも縋れといいたい。

 

結局、最後はたまたま近くにいた中村恵里に半ば強引に光輝の相手を任せ、

なんとか離席したのであった。

しかしあの娘、えりちと呼ばれることに激しい拒否反応を示したのはどういうことか?

(賢くって可愛い呼び名だと思うんだけどなー)

 

 

と、そこでカリオストロの表情が変わる、工房の様子が変だ…。

 

すると中からフラフラと遠藤が姿を現し、傷ついた身体を必死で動かしながら

カリオストロの方へと向かう。

 

「ご…ごめん、南雲が…あいつらに」

「檜山どもか?」

 

コクリと頷く遠藤。

全身傷だらけだが背中が特に酷い、覆いかぶさって必死でハジメを守ったんだろう。

半ば脅しで協力をさせていたにも関わらず…。

遠藤の傷を癒してやりながら心の中で呟く。

 

(やるじゃねえか…予想外だったぞ)

 

「結局…連れていかれて…多分あっち側の方の訓練場…」

「よくやった!よくやったぞコースケ!後は任せろ!」

 

鍵を掛け忘れていたのは迂闊だった、オレ様も緩んだか…。

「さーてガキども、オレ様のカワイイ舎弟どもに手を出しやがったんだ、ただじゃおかねえぞ」

 

 

見つけた…別棟の普段はあまり使われない訓練場の隅で、

例の四人に取り囲まれているハジメ。

その身体は殴打の痕のみならず、魔法による傷までもが刻まれていた。

 

噂の天才少女のお出ましだぜと誰かが言う。

天才はいいが、美が抜けてるなとカリオストロは思う。

 

「俺たちはただコイツに稽古つけてるだけだよ、ハハ」

 

また誰かに上ずった声を掛けられる。

無言ですでに失神しているハジメの傷を癒すカリオストロ。

 

「こんな石いじりしか出来ねぇ無能とは手ェ切ってオレたちと組まねえか」

「ホントはあの薬だって、おじょーちゃんが作ったんじゃねーの」

「このロリ無能のためによ」

「ハハハ」

 

「そっか、錬成師が無能か…武器と魔法がつかえりゃ有能か、

カリオストロちゃんそんなの初耳だよっ」

 

ハジメの傷の治療を終え、ゆっくりと振り向くカリオストロ。

 

「ねぇねぇ~じゃあ今からぁみんなにぃカリオストロちゃんが直々に

石いじりしか出来ない錬成師の戦い方を教えてあげるぅ♪」

 

ニコと笑うカリオストロ、何故かつられて笑う四人。

 

「授業料は」

 

天使の笑顔がサメの如き邪笑へと変わる。

 

「テメェらの命だ」

 

四人の足元に地割れが走る、その中には鋭い石の返しが付いている。

檜山は逃れたが、いやわざと逃した。

────近藤と中野と斉藤は地割れに飲み込まれ、

さらにそのまま挟み込まれる。

万力のごとく全身を締めあげられ舌を出して悶絶する三人。

 

「簡易版、いしのなかにいるってヤツ、どうかな?」

 

声も出せないのか、はひはひと呼吸音だけで答える三人。

 

 

ダンジョンに赴くことが決まった際、武器が無い、

錬成のスキルのみでどう戦う?とカリオストロはハジメに聞いたことがある、

果たしてその答えは。

 

「地面や外壁を加工し、陥穽etcを状況に応じて使うだったか…いいぞ正解だ」

 

 

「さてお次はぁ~」

「ひ…」

仲間たちを見捨て、背中を向け脱兎のごとく逃げ出そうとしていた檜山だったが。

 

バゴン!

 

「おっ…ご」

 

いきなり訓練場の壁から現れた杭に側頭部を思いきり強打し、思わず頭を抱える。

そこにカリオストロの拳が檜山の鳩尾へとつき込まれる。

くの字に腰を屈めた檜山の顔面にさらに膝が入る、前歯の何本かが飛び散った。

 

「ああスマねぇ、石いじりだけで戦うんだったか、わりぃな」

 

全然悪いと思ってないカリオストロ。

 

「鉱物、金属だけじゃねぇ、液体、気体、そして肉体…さらには生命、魂をも錬成、創造する」

 

ハジメに言い聞かせるようにカリオストロは続ける。

 

「つまり錬成師には~ハジメお兄ちゃんには無限の可能性があるの、わかるぅ♪」

「だから、武器振り回していい気になってるテメェらとはそもそもの格が違うんだよ!」

 

もちろんこれはもはや錬金術師、いやもはや神(つまりオレ様)の領域であり、

誇張が多分に含まれているが、これくらいフカしておいた方がいい。

それにハジメは必ずその領域に、世界の深奥に辿り着ける逸材だと、

カリオストロは確信していた。

 

たった一つだけ致命的な欠点があったが。

 

先ほどのハジメの姿を思いやる…きっとされるがままだったのだろう。

錬金術は渇望の学問だ、明日を掴みたい、真理をこの手にせんという、

その渇望が、生きたいという意思がハジメにはあまりに備わってない、

つまり希薄に思えるのだ。

それこそ他者の為ならあっさりと命を投げ出せる程に…。

 

それはそれで得難い美徳ではあるのだが。

生きたい…という、ただそれだけで地獄の日々から這い上がった、

カリオストロに取ってはそれだけが物足りなかった。

 

(オメェも地獄に落ちりゃ、ちったあ変わるかもしれねえがな…いや)

(そこまで一緒になる必要はねぇな)

 

胃の内容物を吐き出しうつ伏せに倒れる檜山、さらに。

「ぐぎゃあ!」

両手足の甲に地面から突き立った杭が突き刺さる。その鋭さはもはや刃と言ってもいい。

 

「好きなんだろぉ? こういう女の子がさぁ~もっとぉ~お稽古ぉしよしよ、ね」

 

カリオストロは地面に磔状態となった檜山の首筋を容赦なく踏みつける。

メキメキと骨が軋む。

 

「こ…これがテメェの本性か」

「あ?テメェ?」

 

カリオストロはさらに足に力を入れる

 

 

ジータに先行して第二訓練場にかけつけた雫が見た者は

まずは何人かのクラスメイトと一緒に呆然と立ち尽くすハジメ、

その身体に傷一つないことを確認し、

雫はホッと一息…つこうとして目の前の凄惨な光景に絶句する。

 

そこにあったのは畑のキャベツの如く頭だけを地面に出し、

白目を剥いてうめき声を上げる近藤、中野、斉藤の三人と、

 

「はひぃぃぃ」

 

と、カリオストロに鎖骨を踏み砕かれ、

情けない悲鳴を上げているズタボロ状態の檜山の姿だった。

 

皮膚呼吸が阻害されているのだろう、

生き埋め状態の三人の顔色が異様な色に変化していく。

野菜みたいだと不謹慎ながらも雫はそう思った。

 

助けないと…しかしカリオストロから放たれる余りの鬼気に、

雫といえど動けない。

只物ではないことは雫とて紹介された時点で悟っていた。

だがそれでもせいぜいちょっとワルぶった物知りの天才少女くらいの、

認識でしかなかったのである。

 

騒ぎを聞きつけさらに多くのクラスメイトらも集まる中、

カリオストロの檜山へのお稽古は続く。

 

「他に言う事あるんじゃないかなぁ♪カリオストロちゃん激おこプンプン状態だよっ♪」

「ゆ…ゆるして…八重樫ぃ…助けて」

 

血と泥と涙と吐瀉物に顔を汚しながらカリオストロに、

そして雫に助けを求める檜山。

 

「違う!そうじゃねえだろ!こっちだ!」

 

檜山の髪を掴んでそのまま地面に叩きつけ、ムリヤリ顔の向きを変えさせる

その先にはハジメの姿があった。

 

「な…南雲…」

「南雲?…良く聞こえなかったなもう一度だ」

 

八重歯を覗かせニィと笑うカリオストロ。

 

「次はね、ちゃんと"さん"を付けるんだよーでないと…檜山お兄ちゃんのことついうっかりぃ~♪」

「殺しちまうかもな」

「な…南雲…なぐ…」

 

 (チッ…やべぇな)

 

やはり今のジータとハジメの脆弱な魔力では十全に能力を発揮できない。

回復を短時間に2回も使ったために今にも意識が途切れそうだ、

身体が動く間に早くこいつの心を折らないといけない。

 

(言え!早く言え!折れちまえ!)

 

くらあ~

しかし眩暈に膝をつくカリオストロ。

 

(オレ様としたことが怒りで我を忘れちまった…クソッ)

 

さすがに殺しちゃならねぇと檜山への石杭と、石棺に閉じ込めた近藤ら

三人は解放してやる。

あとは雫がいかようにもしてくれるだろう、ジータも来るだろうし。

 

そこに。

 

「何をやってるんだ!」

 

と、我らの勇者が到着する、ある意味両者にとって絶妙のタイミングだった。

 

「天之河ぁ~助けてくれえ~あの子にころされる~ぅ」

 

恥も外聞も捨てて光輝にすがりつく檜山。

 

「俺たちは南雲を特訓してやろうとしてたんだよお~それを南雲がこの子をけしかけてぇ~」

「はぁ!ちょっと…」

 

言い返そうとする雫を手で制する光輝。

 

「南雲!多少やり過ぎはあったかもしれないが、檜山たちも君を思ってあえて、

厳しくしたのかもしれないのを…それを…こんな小さい子に頼るなんて最低だぞ!」

 

(え…な、何?)

 

その余りに見当違いな解釈に誰も理解が追いついてない。

ハジメもカリオストロも当の檜山ですらあんぐりと口を開けている。

雫は、いや光輝を除くこの場の全員がジータがまだここに到着してないことを心から安堵した。

もし今の言葉を聞いていれば、この訓練場は血の海と化すだろう。

それを止める自信は雫にはなかった。

 

「もうカリオストロちゃんをお前たちに預けて置くわけにはいかない!

このままだとカリオストロちゃんが不良になってしまう!」

 

いや…もう不良どころの話じゃないですやん、手遅れですやん。

 

「行こう!愛子先生に躾けて貰わないと」

 

果たして誰がどっちに躾けられることになるのやら…。

ともかく夕日を背景にカリオストロをお姫様抱っこする光輝、

その仕草は騎士物語のごとく実に美しく、故に却って非現実的に見えてしまう。

茶番劇とはまさしくこうであるべきだろう。

 

「さ、もう大丈夫だよ」

(…大丈夫じゃねぇよ、生涯の恥辱だ…)

 

結果的に守られてしまい、光輝の腕の中で憤懣やるかたないカリオストロ。

そしてようやく収穫、もとい救出される近藤ら三人。

 

「……くせに……くせに…フヒヒ」

 

未だ涙を流しつつもなにやら不穏な雰囲気を醸し出す檜山。

そしてそんな彼を見つめる周囲の微妙な視線。

 

 

 

こうして彼らはいよいよオルクス大迷宮に挑むのであった。

 

 




さて団イベまであと2日…


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確執の理由

オルクスの前にはホルアドがありましたね
ということで説明回です。


(カーディガンとネグリジェ一枚で男の子の…しかもハジメちゃんの部屋に行くなんて…)

 

(わお、香織ちゃん大胆すぎ…)

 

ハジメの部屋へと招き入れられた香織の後姿をサムズアップで見送ったジータ。

足早に歩くその姿を見かけた時にはいくら何でも急すぎぃと止めようと思ったのだが、

いや、むしろこれくらいの大胆さで迫れば。

 

(きっとハジメちゃんでも香織ちゃんの気持ち分かるよね)

 

と、思い直し静かに見守る方向に切り替えたのだった。

 

(あ、いけないいけない、日課忘れてた)

ジータは中庭で召喚の術式を用いスマホを喚び出す。

 

「ログインボーナスまであるなんてね」

 

多少面倒だが僅かずつでもリソースが貯まるのはありがたい。

ちなみにあれ以来何回かガチャをやってみたが、使えるものは出なかった。ちょっと渋くない?

 

それにしても…ジータは出発前、偶然顔を合わせた龍太郎とのやりとりを思い出す。

 

「な、なぁ戻ってこいよ!またあの頃のように皆でやろう!」

「光輝だってきっと謝れば許してくれるって」

 

そう呼びかける龍太郎にジータは冷たい眼差しで無言の返答を行う。

何故悪くもないことで謝らないといけないのか?

光輝光輝と連呼するしかあの男には何もないのか?

 

「何があの頃よ…何が俺たち…よ」

 

ジータは光輝との亀裂が決定的になったあの冬の出来事を思い出していた。

 

 

 

まだ、光輝、龍太郎、雫、香織、ジータ、そして彼女の兄グラン

彼らが揃っての友人でいられた頃、ただし。

 

「あいつの!グランの剣は邪道です!真剣勝負でなら、俺は必ず勝てます!」

 

もうすでにグランとジータの兄妹と光輝との間にはすき間風が吹きつつあった。

そんな中二の冬のある日。

 

「私、あなたのお兄さんが…グランが好き」

 

そんな風にジータは雫に打ち明けられた。

 

(香織ちゃんといい、雫ちゃんといい…どうして私に相談するのよ)

 

当時を思いため息をつくジータ。

しかも揃いも揃って自分の身内ばかり好きになってるのはどういうことか。

 

(でも兄さんにはすでに最愛の…将来を誓った恋人がいた────海外で療養生活を送っている)

 

恥ずかしいから皆には教えるなよ、ハジメくんにもな、と釘を差されていたが、

それでもジータは頬を染め瞳を輝かせる雫の顔を見ると耐えられなかった。

 

「あのね…兄さんには~」

 

(その時の雫ちゃんの顔はきっと一生忘れられない)

 

それからまた季節が流れ────。

受験も近くなった中三の冬。

 

グランが海外に留学する、という話が持ち上がった。

高校のみならずそのまま海外の大学に入学し、就職も現地でという方向で。

 

「決めたわ…私、グランに告白する」

「…でも、いいの?」

 

ジータの言葉にいいのと雫は応じる。

 

「グランはきっともう帰って来ない、海の向こうで愛する人と添い遂げる筈よ…だから」

 

そして冬の日の昼下がりの公園で己の想いに終止符を打つため、悔やまないため

雫はグランに己の想いのたけを全て伝えた。

 

「ゴメン」

 

雫は泣いた、おそらくこれまで生きていた中で最も涙を流したであろう程に。

 

勿論、想いが届かなかったという悲しみもあるが、

だがそれは自分の愛した人が自分の思っていた通りの…

愛したことに後悔はなかったと、

心から思える人間だったという喜びの涙に近かった。

 

しかし…折り悪くその一部始終を見ていた者がいた、そう天之河光輝だ。

 

自分の大切な幼馴染(自分に花を添えるべき存在)の一人である雫を奪われそうになった。

それも自分がどうしても勝てない目の上のたん瘤に。

しかもアイツは雫を振った、アイツのクセに…この俺の雫を大切な雫を俺の自慢の…。

 

彼は憤りのままグランに決闘を申し込んだ。

雫を傷つける者は俺が許さない覚悟しろこのまま海外になど逃がさない真の正義を見せてやる決着を~

などと、句続点も改行もなしのヒートアップしまくりのDMで。

 

(けど兄さんはもうそれどころじゃなかった)

 

その日、件の恋人の容態が急変したとの連絡が入ったのだ。

両親があらゆる伝手を使ってチケットを確保し、

グランが日本から愛する少女の待つ海の向こうへ飛び立った頃、

光輝と龍太郎はそんな事も知らずに律儀にも公園で待ち続けていた…。

雪がチラつく冬の夜にしかも夜明けまで。

 

当然のことながら彼らは体調を崩してしまう、この大事な時期に。

龍太郎こそ持ち前のバカ体力で数日で回復したが、

光輝は彼よりは繊細だったのだろう、風邪を拗らせ肺炎を起こしてしまう。

ようやく回復した頃には受験シーズンは、ほぼ幕を下ろしており

 

ほぼ手中にしていた名門校への推薦も、

地元一の進学校への入試機会もすべてフイにし

今の高校の二次募集にギリギリ間に合ったという次第だ。

 

そしてそれ以来。

アイツは卑怯者だ、雫を泣かせただけではなく男同士の決闘の約束も破り

親の力で海外に逃げた、と

光輝は声高に叫ぶ、いや嘆くようになったのである。

 

ジータは思う。今回の件…光輝自身はどこまで気がついているのか不明だが

彼は勇者として救済を成し遂げることで間接的に己の正当性を…

即ち兄に…グランに勝つことを望んでいるのだろうと。

 

 

香織が自室から去った後、ハジメはベッドに横になりながら思いを馳せていた、

 

『私が南雲くんを守るよ』

 

香織の言葉が何度も何度も脳内でリフレインする。

 

「これじゃヒロインだよね…でも僕だって」

ヒーローになりたい、そう、誰かを…

 

いつもそばで励ましてくれる姉同然の幼馴染。

 

「ジータちゃん」

 

自分には無限の可能性があると言ってくれた謎の天才錬金術師。

 

「カリオストロさん」

 

手伝うのは脅されてるからだと文句を言いつつも、自分を守って盾にまでなってくれた。

 

「遠藤君」

 

そして…。

 

「白崎さん」

 

ベッドから腕を宙に伸ばし、そして掌をギュッ!と握りしめるハジメ。

 

(あの薬だってカリオストロさんの力がなければ出来なかった、本当なら)

 

なんとしても自分に出来ることを自分だけの何かを見つけ出したい。

未だ燻る無能の汚名を返上しなければならない。

それが自分を守ると、そして期待してくれている人々に報いる道なのだと。

そう、ハジメは決意を新たにし眠りにつくのであった。

 

 

「クソッ!クソッ!」

 

宿屋の壁を蹴りつけ、廊下のカーペットに唾を吐く檜山、

勇者としてはあるまじき行為だが気にもならない。

 

「あのガキはここにはいねぇ、しかもアイツは一人部屋、チャンスなんだぜ!」

 

ハジメへの再度の襲撃を近藤らに持ち掛けた檜山。

治癒術と例の忌々しいハジメ謹製薬によって

数日前に受けた傷はほぼ回復していたが、

それでもまだ身体には傷跡が残っている。

やっぱりというか特に檜山の傷が酷いのは言うまでもない。

 

「……」

 

だが檜山を除く三人は明らかに乗り気ではない。

 

「なぁ信治、良樹ぃ」

「……」

「礼一、お前だって蒼野のことがよ…」

 

近藤の肩に手を回す檜山だったが。

 

「るせえよ」

 

だが、そんな檜山に不快感を隠しもせずその腕を振り払う近藤。

 

「…おい」

 

まさかの拒絶に目を剥く檜山、見ると中野と斉藤も同じような顔をしている。

 

「そんなに南雲をやりたきゃテメェ一人でやれや!

天之河に泣き入れたくせしやがって、うるせぇぞ!」

 

 

(アイツのせいだ…アイツさえ…)

 

あの日以来、周囲の自分への視線が微妙に変化していることに、

檜山は気が付いていた、このままだと…俺が。

 

そんな檜山の目に映ったのは、ネグリジェ姿の香織がハジメの部屋を出て

自室に戻っていくその背中…こんな深夜に!

 

 

檜山の中から何かがプツン…と切れた。

 

 

 




結局古戦場までにオルクスに辿り着けませんでした。
ある意味よかった…キャラもいるんじゃないかと思いますが。


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宴の開宴

長くなってしまいました
2話に分けようかなと思ったのですが、さっさと落とすこと優先

それからお気に入り100突破!ありがとうございます。


「あくまでも実地訓練と、メルドさんたちはおっしゃってましたが」

 

心細げにカリオストロに話しかける愛子、

その表情は憂鬱の一言だ、ハジメたちが王都を発って数日が経過している。

 

光輝にちゃんといい子にしてるんだよなどと、

強引に愛子に預けられてしまって以降。

仕方ない、少々窮屈な思いをしなけりゃなと覚悟していた、

カリオストロであったが。

 

光輝の足音が部屋から遠のくと。

 

「大丈夫ですよ、どうか自然になさって下さい」

 

そう愛子に切り出され、カリオストロは小首を傾げる。

ここ数日はちゃんとおとなしくカワイイ女の子を演じきれていた筈だ。

 

「なんでバレた?、おめぇの前では可愛くやれてた筈なんだがな」

 

どっかと地のままにクッションに座るカリオストロ。

 

「あなたが普段見せるカワイイ女の子像と時折見せる気配りや

洞察があまりに乖離しているように思えたんです」

「ですから失礼は承知でそれに注目して観察させて貰ってました」

「まぁ…これは趣味みてぇなもんだからな」

 

それに本当に可愛い女の子は自分で可愛いって言わないものですよ。

と、微笑む愛子。

 

「ひよっこ教師と思ってたが、ちゃんと見てるじゃねえか…ククク」

 

「でもそのクククは止めたほうがいいとは思いますけどね、地でも

天之河君にはちゃんと言っておきますよ、カリオストロちゃんはいい子だって

だからまた南雲君たちをお願いしますね」

 

無闇に豪華な天井を眺めながら、

そう言ってペコリと頭を下げる愛子の姿を思い出すカリオストロ。

 

ここ数日共に過ごしてみたが、確かに頼りなさも目立つ、

しかしそれを自覚しつつも、それでも教師としてこの状況でも

自分のすべきことを必死になって探し続けている。

その足掻きはカリオストロにとっては好ましく映った。

 

何よりどれほど至れり尽くせりの厚遇であっても、

自分たちが互いに人質であり、

この地は仮想敵国なのだという認識をしっかり持っているようだ。

 

「心配ねえよ、まぁ、あのメルドがついてるんだ、

何かあっても大事には至らんだろうぜ」

 

カリオストロの目にもメルドは好人物に映った、兄貴分としては申し分ない。

だが、軍人・上官としては少々厳しさが足りない気もする。

一応は国賓待遇の勇者たちに遠慮なく叱責しろというのも立場上難しいとは思うが。

 

それからまた他愛無い雑談をしながら過ごしていると、

外から大量の人物の気配、そして軍靴や鎧の音がする、ご帰還か。

と、カリオストロは窓から外に目をやるが…その表情が曇る。

様子が変だ…空気が沈んでいる。

 

(おい…なんであの二人が…バカ弟子どもがいねぇ!)

その上最後尾に担架に乗せられ包帯でグルグル巻きにされた

無残な怪我人がいるのが気になる。

 

と、カリオストロが眉を顰めると同時に、扉をドンドンと叩く音。

メイドの制止する声も聞こえてくる。

 

「あい…」

「開いてるぞ!入れ!」

 

愛子の声を掻き消すのように大声で応じるカリオストロ。

 

「聞いてくれ!…南雲が…蒼野が」

 

と部屋に駆け込むや否や、うううと…へたり込む遠藤。

 

「コースケ!落ちつけ、何があった!」

 

だが遠藤はうううと嗚咽を漏らすのみだ、ずっと我慢していたのだろう。

気持ちは分かるが…と思いつつも業を煮やしたカリオストロは、

花瓶の水を頭から遠藤にぶちまける。

 

はっ!とした風に周囲を見渡す遠藤、どうやら落ち着きを取り戻したようだ。

 

「話せ!最初から」

 

それでもやはり俯き加減でポツリポツリとしか話せないようだ。

 

「オルクスって屋台とか出ててさ…」

「そこはいい、飛ばせ」

 

遠藤の頭をはたくカリオストロ

 

「受付のお姉さんの…」

「それもいい、飛ばせ」

 

また頭をはたくカリオストロ

止めなきゃいけないと思いつつも、テープレコーダーみたいだなとも愛子は思った。

 

たどたどしく遠藤はようやく本題を…迷宮での様子を語っていく

ハジメが地割れで魔物を封じ込めたりといった感じで

確実にスコアを上げてメルドらに感心されてたこと。

光輝がいきなり大技を使って壁を壊して叱責されたこと。

 

「で、その向こうに緑色の石があって…それを檜山が…触ったら」

 

 

 

「団長!トラップです!」

 

その叫びと同時に鉱石を中心に魔法陣が広がる。

輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。

眩い光が。ハジメたちの視界を白一色に染めたかと思うと。

同時に一瞬の浮遊感の後、全身を包む空気が変わったなと思う間もなく、

スンという音と共に、ハジメは地面に叩きつけられた。

 

頭を打たなくってよかったなと思いつつも、尻をさすりながらハジメは周囲を見渡す。

クラスメイトのほとんどはハジメと同じように尻餅をついていたが、

メルド団長や騎士団員たち、さらに光輝やジータなど一部の前衛職の生徒は、

既に立ち上がって周囲の警戒をしている。

 

どうやら、先の魔法陣は。

 

「転移?」

 

キョロキョロと周囲を見回すハジメ

彼らが転移した場所は、巨大な石造りの橋の上、距離は────ざっと百メートルくらいか。

天井も高く二十メートルはある。

橋の下を覗き込むと、そこには全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。

まさに落ちれば────

 

「奈落」

 

声に出してゾッと背筋を震わすハジメ。

 

橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、

手すりも縁石すらなく、足を滑らせれば────

 

イヤなことばかり考えてしまう自分を呪うハジメ。

ともかく彼らはその巨大な橋の中間にいた、両サイドにはそれぞれ、

奥へと続く通路と上階への階段が見える。

 

それを確認したメルドが手早く指示を飛ばす。

 

「お前達、ボヤボヤするな!直ぐに立ち上がってあの階段の場所まで行け。急げ!」

 

これまでの楽勝モードを掻き消すかのような号令に、わたわたと動き出すひよっこ共。

だがしかし、そうは易々と迷宮の罠が突破できるはずもない、

その証拠とばかりに、階段側の入口に魔法陣が現れ、そこから大量の魔物が湧き出し始め。

彼らの撤退を阻んでいく。

 

そればかりか更に通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が……

 

いち早くその姿を捉えたハジメは妙な感想を持った。

なんかアレ図鑑で見たことあるな、あああれトリケラトプスみたいだと。

メルド団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。

 

――まさか……ベヒモス……なのか……

 

へーあの恐竜はベヒモスっていうんだあと、他人事のようにハジメは思った。

 

 

橋の両サイドに現れた赤黒い光を放つ魔法陣。

 

まずは階段側の方からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物、空洞の眼窩からは赤黒い光を輝かせた、

いわゆるスケルトン────この世界ではトラウムソルジャーと呼ぶらしい。

が、溢れるように出現した。

 

すでにその数は百体近くに達し…さらに増え続けているか?

 

しかし、何百体いようが所詮は雑魚、

訓練場での騎士たちの動き(手心あり)の方が遙かに鋭い、

むしろ…ジータは反対の通路側の方をチラと見る。

 

反対の通後側の魔法陣は直径十メートルはあるだろうか?

 

そこから姿を現したのは、やはりスケルトン同様瞳を赤黒く輝かせ、

なおかつ鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っている

恐竜のような四つん這いの巨大な魔物だった。

 

ベヒモス、というメルドの呟きはジータの耳にも入っていた。

 

 

(後の祭りだけど、ここまでお前は…)

 

 

ジータはここ数日の出来事を思い起こしていた。

 

「檜山くんたちは重傷よ、手は出さないで!」

「大丈夫、手は出さないよ♪足でやるから!どいて」

 

あの日────ズタボロの檜山らの姿を見て多少は留飲は下がったが、

勿論ガマンなど出来よう筈も無い。

ジータは病室に殴り、いや蹴り込もうとしたのだが、

 

「香織だってガマンしてるんだからっ、お願い!」

 

と、必死で制止する雫に免じて結局自重したのだった。

 

 

やはりあの時…奴らの足腰が立たない内に始末をつけて置くべきだった。

いや、檜山だけのせいじゃない、これは…と思い直すジータ。

要は順調すぎて緩んでいただけだ、全員が…。

魔物が落とす魔石がガチャのリソースになることがわかり、

ジータ自身も手ごたえを感じていたし、

 

何よりハジメが皆に認められつつある空気が心地よかった。

きっとハジメ本人も得る所が大いにあったのだろう。

その高揚する感覚がジータの胸にしっかりと届いていたのだから。

 

(この身体のこと…カリオストロさんに聞けなかったな)

 

 

 

ベヒモスの咆哮が響く。

 

「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! 

カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ!」

 

メルドの叫びが聞こえる。すぐ近くの筈なのにどこか遠くに聞こえる。

 

 

 

今回の最終目的地である二十階層へと向かう途中の事もジータは思いだす。

 

「大切なのは発想と精度か、いや恐れ入った」

 

ハジメの意外な活躍に目を細めるメルド。

 

「団長さん、ありがとうございます」

 

ペコリと頭を下げるジータ。

 

「彼の価値を分かって頂けたみたいで」

「いや、全てはあの時の…君の勇気ある行動あってのことだ」

 

ジータの肩にポンと手をやるメルド。

 

「彼には今後正式にその発想と精度を生産や開発に

遺憾なく発揮して貰うとしよう、あの天才少女殿と共にな」

「はい!」

「それからもう団長なんて他人行儀な呼び方は止せ、メルドでいい」

「光栄です!それなら私もジータと呼んでください」

 

笑顔で頷くジータ。

その輝きはメルドといえど思わず頬を染めるほどだ。

ジータの背後でカチャリと鎧の鳴る音が背後で響いたが、別段気にもならなかった。

 

「…兄妹揃って」

 

鎧の人物が無意識に放ったこの呟きも。

 

で、さらに会話は続く。

 

「お前さんも畏まった言い方は止めて貰いたいな、特に『彼』はないぞ ジータのXXなんだろ」

 

メルドの言葉に一瞬赤面し固まるジータ、その瞬間、ぶわと肌が総毛だつ。

流石にこの気配には気が付いた。

 

「え?え?」

 

キョロキョロと周囲を見回すジータ、案の定、香織が物凄い目でこっちを睨んでいる

 

(なんか般若みたいなの香織ちゃん纏ってるぅ~)

 

必死のパッチでジータは香織にアイコンタクトを送る。

 

(だ…大丈夫、裏切ったりしない、しないから)

(ホントねホントね、ジータちゃん)

 

香織から般若の気配が消えていくのを確認して一息つく。

 

(香織ちゃん…ヤンデレの気があるよね…)

 

 

 

「おい!」

「へ?」

「おい!なにボサッとしてる!」

 

メルドに肩を揺さぶられ正気に戻るジータ。

 

 

「ハジメちゃ…」

 

いた、さっきとそんなに位置は変わらず、

混乱を避けるように慎重に階段へと向かっている。

どうやら"飛んで"いたのはほんの少しだけだったようだ。

 

「色々報告は受けてたが、やっぱりたいしたタマだよ」

 

そういえば何か戦いの経験があるのかと訓練中に聞かれたことがある。

 

(そりゃ勿論ないけど、でも)

(経験以前に、私、ゲームの世界の女の子だしね。こういうのに、

耐性があるのかな?)

 

「ヤツを食い止めるぞ!ジータを残して、光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

「待って下さい、メルドさん! 何故ジータだけなんですか!

俺達もやります!あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺達も……」

「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ! 

ヤツは六十五階層の魔物、かつて、"最強"と言わしめた冒険者をして

歯が立たなかった化け物だ! さっさと行け! 私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

メルドの鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる光輝。

正義感が暴走しているのだ。

 

「だから何故俺じゃ…」

「ジータは守りに適している、攻めしか出来ない今のお前とは違って!」

 

どうにか撤退させようと、再度メルドが光輝に話そうとした瞬間、

ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、

撤退中の生徒達を全員轢殺してしまうだろう。

 

そうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、

ここは聖域なりて、神敵を通さず――〝聖絶〟!!」」」

 

二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、

さらに三人同時発動。一回こっきり一分だけの防御であるが、

何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。

純白に輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防ぐ、が…だが止まらない。

 

ベヒモスは障壁に向かって突進を繰り返す、何度も何度も。

障壁に衝突する度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、

石造りの橋が悲鳴を上げる。

障壁も既に全体に亀裂が入っており砕けるのは時間の問題だ。

既にメルド団長も障壁の展開に加わっているが焼け石に水だった。

 

「頼むぞジータ!お前さんの力を貸してくれ!」

「ファランクス!」

 

ジータの叫びに呼応し、その背中に背負った盾が宙に舞い、幾多にも分裂し

障壁を、いやそれのみならず橋を、生徒たちをも保護して行く。 

 

だが混乱は収まる気配を見せない、前門には先のラットマンやロックマウントとは

一線を隔する強さを持つ骸骨兵士が、さらに後ろからは恐竜モドキが突進してくるのである。

これでひよっこ共に統制ある動きを望むのは無理があろうというもの。

誰も彼もが隊列など、いや仲間でさえも無視して、

我先にと階段を目指してがむしゃらに進んでいくのみだ。

騎士団員の一人、アランが必死にパニックを抑えようとするが、

目前に迫る恐怖により耳を傾ける者はいない。

 

(優花ちゃん、危ない!)

 

その内、一人の女子生徒────園部優花が後ろから突き飛ばされ転倒してしまった。

「うっ」と呻きながら顔を上げると、

眼前で一体のトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。

 

「あ」

 

そんな一言と同時に優花の頭部目掛けて剣が振り下ろされる。

が、ジータの放った盾の効果で剣の軌道が逸れ、優花の鎧を叩くに終わり、

さらにその時、骸骨の足元が突然隆起し、バランスを崩したトラウムソルジャーは、

まるで滑り台のように数体纏まって奈落の底へと落ちて行く。

 

橋の縁から二メートルほど手前には、座り込みながら荒い息を吐くハジメの姿があった。

ハジメは連続で地面を錬成し、滑り台の要領で魔物達を橋の外へ滑らせて落としたのである。

カリオストロの特訓の効果もあり、ハジメは連続で錬成が出来るようになっていた。

錬成範囲も当初よりかなり広がっている。

 

もっとも、錬成は触れた場所から一定範囲にしか効果が発揮されないので、

トラウムソルジャーの剣の間合いで地面にしゃがまなければならないのだが、

ハジメの心にはまだ余裕があった。

 

(怖い…けどカリオストロさんの方がずっと怖いや)

 

「早く前へ、大丈夫、冷静になればあんな骨どうってことないよ。

うちのクラスは僕を除いて全員チートなんだから!」

 

優花を起き上がらせその背中をバシッと叩くハジメ。

 

「遠藤くん、早く園部さんを!」

 

先頭近くにいたにも拘わらず、何故か人込みをすり抜けるようにして、

最後尾まで戻ってきていた遠藤に優花を託す。

彼も何だかんだでカリオストロの薫陶を受けた身である、ハジメ同様余裕がある。

 

「南雲!お前はどうするんだよ!」

「もう少し粘るよ!早く逃げて!」

 

俺も…と言いかけたが自分がいると却って邪魔なのかもしれない。

 

「死ぬなよ!」

 

それだけを叫ぶと優花の手を引き階段へと走る遠藤、

遠藤に手を引かれる優花からの「ありがとう!」の声が聞こえる。

その後ろ姿を見送りながらハジメは自ら殿を務めるかのごとく

周囲のトラウムソルジャーの足元を崩して固定し、足止めをしていく。

 

(ハジメちゃん…助けに行きたいけど、頑張って!)

 

メルドの傍らでハジメの様子をチラチラと確認するジータ、

今すぐ駆け寄っていきたいが、こちらも一杯一杯だ。

だが心配はいらないのかもしれない。

ハジメの精神から恐怖よりもむしろ緊張感や充実感が伝わってくる。

 

(だよね!ハジメちゃんは)

 

自分の出来る仕事を、務めを果たしているだけだ。

だったら自分は自分の出来ること、やらねばならぬことに集中せねば。

……コイツとは違って。

 

「光輝、早く撤退しろ! ジータを残してお前達も早く行け!」

「嫌です! メルドさん達を置いていくわけには行きません! 

絶対、皆で生き残るんです!」

 

そんな教科書通りの美しく、現実味のない言葉をのたまう光輝の声。

ド派手なことが起きたので明らかに正義感が暴走している。

「いい加減にしてよ!光輝、迷惑かけてるの分からないの!」

 

必死で光輝の腕を引き、撤退を促す雫、わたわたとそれを見ているだけの香織。

この狭い場所であのベヒモスの巨体を回避することは不可能に近い

だから結界を張りながらラインを押し下げてゆるゆると撤退するのがセオリーなのだろう。

その為に結界の強度を補助出来るジータを残し下がるようにと

メルドは再三説明しているのだ、しかし

 

「俺は卑怯者にはなりたくない!」

 

この期に及んでまだ言うかと、傍らのジータは心底光輝を軽蔑する。

そう、正義感だけではない、光輝のその心の奥底には対抗意識がある。

自分を決して認めない守らせてくれない少女と、そしてどうしても届かなかった彼女の兄への。

 

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」

「龍太郎……ありがとな」

「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」

「雫ちゃん……」

「それにこの五人が揃ったんだ!

 

周囲を、そしてジータを見て微笑む龍太郎。

 

「もう何も怖くねぇぜ!」

 

自信に歓喜に満ちた龍太郎の声だったがジータにはまるで響かない。

自分の想いを仲間意識に転嫁するなとさえ思う。

ジータは龍太郎が自分に淡い想いを抱いているであろうことは知っていた。

だが、友を支えてるつもりでその実、支えられているそんな男など彼女の眼中にはなかった。

 

それは雫や香織にも言える。

結局彼らは天之河光輝という存在から精神的支柱から脱却出来てないのだ。

だから…。

 

(コイツに頼らないと…いけないとはね)

 

「いい加減にしてっ!雫ちゃんの言う通り早く下がってよ!」

「だから俺がっ!俺たちがベヒモスを倒すんだ!ジータはそうじゃないのか! 

まさか君はメルドさんを犠牲にしてまで生き残りたいと…そうかやはり…」

 

ジータ!君はあの男の…

と続ける筈だったが、ぱちんという音と頬の痛みで遮られる。

 

ジータが光輝の頬を張ったのだ、その目に涙を浮かべて。

驚愕の表情を浮かべる雫ら三人。

 

「私のことなんてどうでもいいでしょ!なんで自分のやるべきことをやらないの!

ハジメちゃんを見なさいよ!恥ずかしくないの!」

 

示した手の先には骸骨を食い止めるべく孤軍奮闘しているハジメの姿。

 

「だから俺はっ…」

「天之河くんのやることはあのデカブツを倒すことじゃない!皆を無事に逃がす!

そうじゃないの!」

 

「悔しいけど…アンタはこのクラスのリーダーよ…

みんながパニックになってるから」

 

その視線の先には訓練のことなど忘れ右往左往し

てんでバラバラの戦いを繰り広げるクラスメイトたちの姿。

 

「一撃で切り抜ける力が、皆の恐怖を吹き飛ばす力が!輝きが必要なの! 

それが出来るのは天之河くんだけでしょ、違うの!」

「――俺は」

 

光輝が何かを言おうとした瞬間、メルドの悲鳴と同時に

遂に障壁が砕け散った。

暴風のように荒れ狂う衝撃波がメルドらを襲う。

 

「ファランクス!」

 

ジータは叫ぶ、だが減衰は出来ても遮断は出来ない。

そして荒れ狂う衝撃がジータの身体を飲み込んでいった。

 

 

「う…ん…え!」

 

意識が戻ったジータが目にしたのは、

ただ一人橋の上に残りベヒモスを相手取るハジメの姿だった。

 

(なんで…なんでハジメちゃんが)

 

「どーして一人で戦ってるんですか!どういうことですかっ!」

傍らのメルドへと叫ぶジータ。

「ッ…最初から生贄にでもするつもりだったの!うまい事言って!」

「こういう事態を招いてしまったのは俺の責任だ…」

 

心から"すまない"という表情でメルドは頭を下げる。

傍らには大技を使ったのか、のびてる光輝とそれを治療する香織の姿。

 

「だがこれは坊主の…ハジメの提案だ」

 

錬成をもってベヒモスを封じ足止めをする、その間にソルジャーどもを突破し

安全地帯を作ったら魔法で一斉攻撃する作戦をメルドは説明する。

 

「もちろん坊主がある程度離脱してからだ!

 魔法で足止めしている間にハジメが帰還したら、上階に撤退だ!」

 

「なら私もっ!」

「ダメだ、そんなことをして坊主が喜ぶと思うか!」

 

ハジメの側へと駆け出そうとするジータをメルドが制止する。

ここでまたハジメの精神がジータの胸を打つ…それは

 

(そっか、そうなんだよね)

 

ジータの中に流れ込むハジメの感情、

それはやはり恐怖以上の充足感。

それはきっと誰かを"守る""守れている"という…。

 

橋の上には未だに数百体の骸骨どもが蠢いている。

騎士団員たちのフォローと優花と遠藤の呼びかけで

ギリギリ連携らしきものは取れているが

限界が近いように思える。

 

「動けるか?安全地帯を早く作らんとな、もう一踏ん張りしてくれよ」

「はい!」

 

 

 

 

「――天翔閃!」

回復した光輝の活躍もあり純白の斬撃が骸骨どもを切り裂いていく。

ようやく階段が…希望が見えた。

光輝が、雫が、龍太郎が、香織が、遠藤が、優花が、そしてジータも

一丸となって骸骨どもを蹴散らしていく、

そしてついに彼らは階段前を確保したのだった。

 

あとは…。

 

あの坊主を援護しろ!とメルドに言われるまでもなく

彼らはすでに援護射撃の準備を整えていた。

 

ジータもまたメルドのハジメへの援護の命令を聞くまでもなく、

すでにハジメへと駆け出していた。

 

(もう大丈夫だよ、それにね)

 

「南雲ってやるじゃねーか」

「すげえよな、見直したぜ」

 

クラスメイトたちのそんな声を思い起こしながらジータはハジメの元へと走る。

その後ろにさらに香織も続いていく、

 

((うん、凄い、ホントに凄いよ!))

 

だが彼らはまだ知らなかった、クラスメイトの中に

一人邪な意思を偲ばせている者がいることを

 

その邪悪なる者、檜山大介は憎しみを込めた目でハジメの奮闘を見やっていた。

先日の件以来、周囲の自分への目があきらかにこれまでと変わりつつあることを

彼は肌で感じていた。

昨夜…ハジメへの襲撃を仲間たちに拒絶されたのがその証拠だ。

 

そして…その直後、今まで見たことも、

誰にも見せたことのないであろう輝きに満ちた笑顔で

ハジメの部屋から出て来る香織を…大胆極まりないネグリジェ姿で出て来る姿を目撃した瞬間

檜山は何が起こったのを理解、いや誤解し。

 

一瞬すべてが白くなったかのような衝撃と全身の血液が沸騰するほどの憎悪にその身を焦がした。

 

(どうしてテメェなんだ!いつもいつも)

 

檜山は香織に好意を抱いている、ハジメを普段からいたぶるのもそれ故だ。

 

(オタクで不真面目で無能なアイツでいいなら…俺でもいいじゃねぇか!)

 

だから彼は自分でもやれるところを見せたかった。

あの緑色の、グランツ鉱石だったか?を採りにいったのもそのためだ。

 

だって…きれいと呟いた香織のその横顔があまりに美しくて、だからその顔を

自分の物にしたかったのだから。

 

その結果がこれだ…クラスメイトを危険に晒した挙句。

 

(あの無能を活躍させちまった!)

 

ハジメを救うため無数の攻撃魔法が流星の様に飛び交う、その様を何もせずに

(誰がアイツのために!)眺めていた檜山だが。

 

不意に悪魔の考えが頭に閃く。

 

(今なら…バレずに)

 

今度はそれと同時にあの忌々しいガキの…カリオストロの笑顔が檜山の頭を過ぎる。

 

(あのガキィ…)

 

あの笑顔を思い起こすたびに怒りがまた血液を巡る。

お前には何も出来ないだろうという…あの蔑みに満ちた顔を。

カリオストロは失敗していた、思考が愛弟子の恨みを晴らす方向に行き過ぎ

檜山に恐怖より苦しみを、痛みを与えることを優先しすぎたのである。

ともかく今の檜山の頭の中はカリオストロへの恐怖より憎悪の方が勝っていた。

 

ああ…やってやる、やってやるさ…。

 

(テメェの大切な弟子をブチ殺してやるぜ)

 

今ここでやらねば自分は一生あの無能の後姿を拝みながら、

過ごすことになるだろう。

さらにその無能の両の手には…。

ハジメへと駆けるジータと香織の姿をその目に捉える檜山。

 

――その無能の両の手には――二輪の美しき華がある。

 

(香織も蒼野も栄光もお前には何もやらねぇ!無能のままで死ねや!

喰われる側に回ったとしても、お前を喰うのは俺なんだよ!)

 

彼はまだこの時点では知らなかった、喰われる側の恐怖を

 

 

 

 

極彩色の流星のごとき魔法の雨の中をひたすら駆けるハジメ。

ただでさえ乏しい魔力はもうスッカラカンだ。

チラりと背後を振り返るハジメ、すでにベヒモスとの距離は数十メートルは離れている。

そしてハジメが見据える先には彼を出迎えるべくこちらに駆けるジータと香織の姿があった。

しかし。

 

「!」

 

ハジメを援護しているはずの魔法の一つ、赤い輝きを放つ火球がおかしな方向に曲がり

ハジメの方へと向かっていく。

その軌道は明らかに誘導された物の様にハジメは思えた。

 

(避けられない!)

 

だが、火球がハジメに着弾する瞬間。

 

「え」

 

瞬間移動してきたかのように、いやまさに瞬間移動でジータがハジメに覆い被さる。

 

 

『かばう』

 

 

シンプルなスキルだが文字通り自らを盾とし"攻撃"を受けた対象のダメージを

完全に防ぐことが出来る。

ただし…ファランクスと違い対象は単独でなければならず。

またその有効範囲も狭い。

なおかつそのダメージは…全て自分が負うこととなる。

 

ハジメのさらに後方へ吹き飛ばされ、石畳に思いっきり叩き付けられるジータ。

急所は避けたものの、着弾の衝撃は相当なものだ。

起き上がれない…這いずる様に上半身だけを起こし前方を睨みつける。

その視線の先は。

 

「檜山ぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

先ほどの一撃、ハジメの盾になった際に彼女ははっきりと

檜山の醜い笑顔を視界に捉えていた。

その叫びに、例え届いてなくとも、その修羅の形相に気圧されたか、

第二撃を放とうとしていた檜山は、慌ててその詠唱を中止する。

 

「南雲くん!ジータちゃん!」

「ジータちゃん!」

「早く…行って!ハジメちゃん!香織ちゃん!」

 

吹き飛ばされたジータへと駆け寄るハジメ、そして香織。

それを制するジータ。

 

その時…ズン!と一際大きな振動と衝撃、ついに橋が崩壊を始めた。

度重なる強大な攻撃にさらされ続けた石造りの橋は、遂に耐久限度を超えたのだ。

 

「グウァアアア!?」

 悲鳴を上げながら崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。

しかし、引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。

ベヒモスの断末魔が木霊する。

 

「ハジメちゃ…」

 

石畳に広がる亀裂、橋が彼らを分かつようにVの字に折れ曲がって崩壊し、

宙に投げ出されるハジメ、ジータは渾身の力でハジメへと跳躍しその身体を強く抱きしめる。

彼らの足元には暗闇しか無かった。

 

どうしてとハジメの口が動く、ずっと一緒だよと応じるジータ。

 

ハジメを強く深く抱きしめ、ジータはハジメと共に奈落の闇へと落ちていった。

限りない至福感を抱いて。

橋上に取り残された香織の絶叫が耳に届く、これって抜け駆けになるのかな?

もしそうでも別にいいやと薄れゆく意識の中で思った。

 




いよいよ奈落へ、気張れよハジメ


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奈落Ⅰ

『落ちて』しまったのはハジメたちだけではないようで



響き渡り消えゆくベヒモスの断末魔。

ガラガラと騒音を立てながら崩れ落ちてゆく石橋。

そして……瓦礫と共に折り重なるように奈落へと姿を消していく、ハジメとジータ。

 

(届いた…筈、なのに)

 

あの時、香織もまたハジメと共に落ちる覚悟だった、だが…。

飛ぼうとした瞬間、何者かに足首を掴まれそれは叶わなかったのである

 

「良かった…香織、ジータ…は?」

 

安堵の微笑を浮かべる光輝、気分はまさに勇者である。

自分の足首を掴む光輝の手を恨めし気に睨む香織。

 

「離して!南雲くんの所に行かないと!約束したのに!私がぁ、私が守るって!離してぇ!」

 

なおも飛び出そうとする香織を光輝と、さらに雫が覆い被さり必死に抑え込む。

細い体のどこにそんな力があるのかと、疑問に思うほど

香織は尋常ではない力で引き剥がそうとする。

 

このままでは香織の体の方が壊れるかもしれない。

しかし、だからといって、断じて離すわけにはいかない。

今の香織を離せば、そのまま暗闇の中へ飛び降りるだろう。

それくらい、普段の穏やかさが見る影もないほど必死の形相だった。

いや、悲痛というべきかもしれない。

 

「このままじゃジータちゃんに取られる!ジータちゃんに負ける!離してっ!はなせーっ!」

 

その叫びはいつの間にか別の意味を帯びていた。

光輝に罵声を浴びせ、雫の顔を引っ掻く香織

そんな騒ぎの中、異様な興奮の中。

 

「なぁ…蒼野があの時」

「ひ…やま、檜山って言ってたよな」

 

誰かの言葉に一同は一斉に檜山の方を見る。

恐らくジータが…学園のアイドルの一人である彼女が、

ハジメの盾にならなければ見落としていた筈だ。

それ故に彼らは明らかに誘導されたとしか思えない軌道でハジメ、

ひいてはジータに火球が直撃するのを見ていたのである。

 

「ち、ちが…俺っ火属性の魔法なんて」

 

誰も聞いてないことを口走る檜山。

 

「おい」

 

龍太郎が檜山の顔を睨む、その迫力に気押された彼は、

 

「あ、蒼野があんな…俺は南雲を…」

 

決定的な、致命的な一言を口にしてしまった。

 

その瞬間、憤怒の形相で龍太郎が跳躍する。

そして空中からの踵の一撃が治ったばかりの檜山の鎖骨をまた砕いた。

 

「ぐいぎゃあーっ!」

 

さらに隣にいた近藤の拳も生えたばかりの檜山の前歯を砕く。

 

その悲鳴で生徒たちの緊張の糸がプツン…と切れた。

そしてこの一戦でのストレスを晴らさんとばかりに、

生徒たちの何人かが一斉に檜山へと襲い掛かる。

 

当たり前だが元々良くは思われてはなかったのだ、その上。

いつもつるんでいた仲間を見捨てて逃げ出したこと、

光輝に縋りつき泣きを入れたこと、そして仲間殺しという、

明確な排除への大義名分を彼自ら作ってしまったのだ。

こうなるともう騎士たちや光輝らの制止の声も届かない。

 

先日までの仲間たちまで加わった凄惨なリンチを受けながら、

檜山は香織へと手を伸ばす…。

 

「た…たす」

 

だが僅かに反応した香織の目を見て檜山は絶句する。

その目には虚ろとしか表現出来ないほどの闇と、

汚物を見るかの如き冷たさが映っているだけだったのだから。

 

「~~~~~~ッ!」

 

その絶叫は傷の痛みか、己が手を汚してまで手に入れたかったモノの、

正体を悟ったがゆえか。

そしてメルドが尚も泣き叫ぶ香織の首筋に手刀を入れ意識を刈り取ると

ようやく事態は沈静化に向かったのであった。

 

 

「と、いうワケ…だよ」

「……」

 

途切れ途切れながらもどうにか語り終わった遠藤、その正面には渋面のカリオストロ、

うなだれた愛子の表情は彼からは見えない。

 

「気を落とすな、オレ様がまだここに存在出来てるってことは多分アイツらも無事だから」

 

本当にそうなのかは分からないが…今はそう言って安心させるのが先決だろう

と、愛子に言い聞かせようとしたカリオストロだが、その愛子の反応が無い。

 

「?」

 

愛子の顔を覗き込んで、一瞬飛び退くカリオストロ。

あまりのことに精神が耐えられなかったのだろう、愛子は座ったまま気絶していた。

その頬を涙で濡らして。

 

「そういや、やけに静かだなーって思ってたんだよな」

「どっから気絶してたんだろ?」

「途中で泣き喚いても面倒だったからな…って、テメェ愛子の前で

何ショッキングな事言ってるんだ!」

 

遠藤の襟首をつかみチョークスリーパーをかけるカリオストロ。

 

「あんたがここで話せって言ったんじゃないかよおぉ」

 

ぱんぱんぱんとギブアップのサインを必死で送る遠藤。

 

「じゃあ…あのミイラみてぇなのは」

 

檜山だよと遠藤は答える。

当然の報いなので互いにそれ以上は気にしない。

とりあえず二人でのびたままの愛子をベッドに運んでやる。

 

「あとは慈愛の天司様に頼るしかないだろうな」

「あんたでも…神頼みなのか」

「あれでなかなか頼りになるんだぜ」

 

まるでかつて共に戦ったことがあるかのような口調で、

ククク…とカリオストロは笑う。

それは相も変わらずの邪悪な笑みだったが、

遠藤にはそれがいつも以上に、不思議に頼もしく見えたのだった。

 

 

 

そして舞台はまた移る、いよいよ地の底へと。

 

 

 

ザァーと水の流れる音がする。

 

冷たい微風が頬を撫て、時折ポタポタと雫が落ちる、が、それにしては後頭部がやけに暖かい。

その温もりはどこか懐かしい感じがした。

薄目を開けるハジメ、そこには。

 

「ハジメちゃん…よかった。」

 

泣き笑いの幼馴染の顔があった。

 

「ジータ…ちゃん、どうして」

 

未だはっきりしない頭、ズキズキと痛む全身に眉根を寄せながらも、

両腕に力を入れて上体を起こす。

 

「痛っ~ここは……僕は確か……」

 

ふらつく頭を片手で押さえながら、記憶を辿りつつ辺りを見回す。

周りは薄暗いが緑光石の発光のおかげで何も見えないほどではない。

視線の先には幅五メートル程の川がある。

 

「そうだ……確か、橋が壊れて落ちたんだ。……それで……」

 

ジータの説明によると、二人が奈落に落ちていながら助かったのは

全くの幸運だったのだという。

落下途中の崖の壁に穴があいており、

そこから鉄砲水の如く水が噴き出していて、

 

「ウォータースライダーみたいに流されたみたい…」

 

そこから先は私も覚えてないけどね、と、ジータは付け加える。

 

「奇跡…だよね」

 

確かにとてつもない奇跡だ。

 

「でも良かった、頭も打ってなさそうだったし、ここで温まりながら今後の事を考えよ」

 

彼らの傍らにはジータがあらかじめ起こしていたのだろう、ささやかながらも火種があり

その周りには自分の服が全てロープで近くにぶら下げられている。

ん?って…つまりそこから導き出される結論は…。

 

そこで初めて自分が今、全裸だということに気が付くハジメ。

 

「あの…その…」

 

もじもじと俯き加減のハジメに。

 

「気にしなくっていいよ、あのままじゃ風邪ひいちゃうし」

 

ジータはちょっと意地悪い笑顔で答える。

 

「それに六つの時まで一緒にお風呂入ってたじゃない」

「ああああああっ!」

 

赤面し頭を抱えるハジメちゃんなのであった。

 

(ちなみにジータはジョブを一度解除することで着替えてます!残念)

 

 

未だもじもじと赤面しているハジメ、ジータの顔を上手く見ることが出来ない。

 

「ねぇ…ガチャやってみる?リソースも大分貯まってるんでしょ」

 

絞りだすように声を出してから、やっと話しかけることが出来たとホッとする。

 

「じゃ…じゃあ…久々に10連行く?」

 

やっと話しかけてくれたと、ちょっとドキドキしながらも応じるジータ。

 

(そーゆー態度取るから…こっちまで)

 

こういう時に団員を…仲間を呼べればいいのだが、団員Lvは未だ1のままだ。

たまには10連やってみるか。

10連はリソースは喰うが、その代わりSR以上が最低一つは確定で登場することになっている。

やはりこういう時にこそリソースは費やすべきだ。

 

ジータはスマホを召び出し、コンソールを開き召喚石ガチャを選択し。

一つ深呼吸してから10連のボタンを押す…と。

 

「あ…ああっ!」

 

二人の眼前に虹色のクリスタルが出現する、あの日以来の久々のSSRだ!

 

「き…来たっ!来たよハジメちゃん!」

「やったね、ジータちゃん!」

 

手に手を取り合いぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる二人

だが、あまりに喜び虹を凝視し過ぎたか、

弾ける際の閃光をモロに目に入れてしまい、彼らは思わず目を逸らす。

 

(あれ?今…)

 

閃光が晴れると黒い輝きを放つ石が一つだけ残っている。

魅入られるようにハジメが手を伸ばすと、

石はそのままハジメの身体に吸い込まれていった。

 

「あ…いいのかな?」

 

「いいよ、二つ目はハジメちゃんにあげようと思ってたから」

 

(そのまま身体の中に入っていくとは思ってなかったけどね)

 

戻ったら香織ちゃんや雫ちゃんにも出来るか、試してみよう、

そんなことを考えながら火種に向かい身体を丸めるジータ。

 

一方のハジメは期待に胸を膨らませつつ、

いそいそとステータスプレートを確認している。

 

加護:黒麒麟 全属性攻撃力50%UP/アビリティダメージ50%UP/アビリティダメージ上限25%UP

 

頬が緩むのを感じながら何度も何度も見返す、

いわゆるソシャゲは殆ど手を出さないハジメだが

ガチャにハマる人間の気持ちが少しだけ理解出来た気がした。

 

あ、そういえば虹が弾ける時に…とハジメが尋ねようとした時だった。

 

「ハジメちゃんもあったまろー」

 

ジータに促されハジメもまた再び火種に手をかざす。

 

「…ま、いいか」

 

一瞬だがハジメには見えたのだ、石の他に何かカードのような物が、

闇に消えていったのを、しかしささやかな温もりの前に、

その疑問は気のせいということで終わってしまった。

 

 




グラブルにはフレ石召喚というものがございまして…
そして災厄がひっそりと解き放たれてもいます。


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奈落Ⅱ

今回はいわゆる繋ぎ回です。


二十分ほど暖を取った後、二人は出発した。

どこにいるのかは分からないが、動き出さなければ何も始まらないだろうと。

 

「やるしかない、なんとか地上に戻ろう」

「うん!大丈夫、きっと大丈夫だよ」

 

それは自分に、お互いに言い聞かせるような響きがあった。

 

慎重に慎重を重ねて奥へと続く巨大な通路に歩を進める。

彼らが進む通路は正しく洞窟といった感じだった。

低層のついこの前まで自分たちが進んでいたいかにもな四角い通路ではなく

岩や壁があちこちからせり出している。

 

通路の幅は優に二十メートルはあり、

狭い所でも十メートル程はあるのだから相当な大きさだ。

歩き難くはあるが、逆に言えば隠れる場所も豊富であり、

彼らは物陰から物陰に隠れつつ慎重に進んでいった。

 

そうやってどれくらい歩いただろうか。

ハジメが肩で息を始めたのをジータが感づいた頃

ようやく巨大な四辻に差し掛かる、初めての分かれ道である。

 

「ここでちょっと休も、ね」

 

二人は岩陰に隠れひとまず腰を下ろし、

どの道に進むべきかを小声で相談しあう。

 

「せっかくだから赤の…」

扉を~とジータが冗談めかした事を口にしようとした時、

視界の端で何かが動いた気がして慌てて岩陰に身を潜める。

 

そっと顔だけ出して様子を窺うと正面の方向に

白い毛玉と長い耳が動いているのが見える。

見た目はまんまウサギだった……のだが、

 

しかしその大きさは中型犬サイズにも及び、

後ろ足もそれに比例し大きく発達しており、

そして何より赤黒いラインがまるで血管のように

幾本も体を走っており、しかも心臓のように脈打っている。

その禍々しさといったらない。

 

(あれ…やばいよね)

(クリティカルしそう…)

 

ハジメとジータはコクリと頷くと、直進は避けて右か左の道に進もうと決める。

ウサギの位置からして右の通路に入るほうが安全か?

 

ウサギが後ろを向き地面に鼻を付けてフンフンと嗅ぎ出す。

 

(行くよ)

 

ジータがハジメを促した時だった。

 

その瞬間、ウサギがピクッと反応したかと思うとスクリと立ち上がった。

耳が忙しなくあちこちに向いている、その仕草はまさしく警戒そのものだった。

 

(やばい! み、見つかった?)

(だ、大丈夫だよね?)

 

だが、ウサギが警戒したのは彼らではなく、別の理由だったことが

すぐに分かった。

 

 

「グルゥア!!」

 

 

獣の唸り声と共に、これまた白い狼のような魔物が

ウサギ目掛けて岩陰から飛び出してきた。

その白い狼はウサギよりも大きく、大型犬くらいに見え、

また尻尾が二本あり、やはりウサギと同じように赤黒い線が

体に走って脈打っている。

 

さらに一体目が飛びかかった瞬間、

別の岩陰からそれに呼応するかのように二体の二尾狼が飛び出す。

その様子を岩陰で観察しながら、

色は違うけどジェットストリームアタックみたいだとジータは思った。

 

ともかく二人はこのドサクサに紛れて移動しようと頷きあう。

捕食されるであろう哀れなウサギのことは一先ず置いといて。

 

だがしかし……

 

二尾狼よりもウサギの方が速い。

 

ウサギは飛び上がるや否や、その太く長い足で一体目の二尾狼に空中回し蹴りを炸裂させ。

狼の首をゴギャ!と一撃でへし折ってしまう。

ドバンッ!という衝撃波と同時にキュウ!と可愛らしい鳴き声も聞こえたが、

そのギャップがまたハジメたちの恐怖を煽る。

 

さらに二匹、三匹と次々とウサギのブレイクダンスのごとき、

高速回転キックの犠牲となっていく狼たち。

その惨劇に……二人は逃げることも忘れ、ただ硬直するしかなかった

 

と、二尾狼の最後の生き残りが唸りをあげて尻尾を逆立てると

なにやら尻尾の周囲にバチバチと火花が散り始める。どうやら二尾狼の固有魔法のようだ。

 

ジータは固有魔法についての説明を思い出す。

固有魔法とは詠唱や魔法陣を使えないため

魔力はあっても多彩な魔法を使えない魔物が使う唯一の魔法である。

一種類しか使えない代わりに詠唱も魔法陣もなしに放つことができる。

魔物が油断ならない最大の理由だ。

 

「グルゥア!!」

 

咆哮と共に電撃がウサギ目掛けて放たれる。

しかし、高速で迫る雷撃をウサギは軽やかなステップで右に左にと回避し、そして電撃が途切れた瞬間、回転蹴りを叩き込まれ、

やはり一撃で首をへし折られる二尾狼……。

 

(うっそおぉぉぉぉ!)

 

蹴りウサギは、

 

「キュ!」

 

と、そんな二人の内心での恐怖の叫びには一切構うことなく、

と、勝利の雄叫び? を上げつつ、耳をファサと前足で払い

勝利のポーズを決める。

 

(……嘘だと言ってよママン……)

(リ…リアルポーパルバニー)

 

顔に貼りついたような乾いた笑みを浮かべ未だ硬直が解けないハジメとジータ。

ヤバイ……これはヤバイ。

散々苦労したトラウムソルジャーは一体何だったのか?

もしかしたら力押ししかしてこなかったベヒモスよりも、ずっと強いかもしれない。

 

 

彼らは、「気がつかれたら絶対に死ぬ」と、

震えを止めることも出来ずとにかく後退る。

それが失敗だった。

 

カラン

 

 

あまりにベタなミスだが、彼らは下がった拍子に足元の小石を蹴ってしまったのだ。痛恨のミスである。互いの額から冷や汗が噴き出る。

祈るような気分で振り返り……蹴りウサギを確認する。

 

案の定、蹴りウサギの赤黒いルビーのような瞳が細められている。

二人を、獲物を捉えたという証である。

しかし、全力で逃げねばならないと分かっていても、

二人の身体は神経が切れたように動かない。

 

蛇に睨まれたカエル……その例えを否応なしに思い知る二人。

 

そしてついに蹴りウサギは体ごと彼らへと向き直る、その足に力を溜めて。

 

(来る!)

 

ハジメの本能が危機を悟った瞬間、蹴りウサギの足元が爆発し。

後ろに残像を纏わせ、信じられない速度で突撃してくる。

ハジメは、全力で横っ飛びをしてかろうじて回避するが。

今しがた自分が立っていた場所の陥没した地面の有様に顔面が蒼白になる。

そして蹴りウサギは、まさしく余裕といった風に再度ハジメに突撃する。

 

(間に合わない!)

 

ハジメは咄嗟に地面を錬成して石壁を構築する。

 

『ファランクス!』

 

ジータの叫びと共に石壁に障壁が展開される。

さらに、

 

『かばう』

 

自身へも障壁が展開される。

しかしその幾重もの守りを貫いて蹴りウサギの蹴りがジータへ炸裂する。

大きく後方に吹き飛ばされ外壁に叩き付けられるジータ。

石壁とファランクスで相殺してなおこの威力、直撃していれば今頃粉々だろう。

 

「ぐっ…は」

 

衝撃に一瞬意識を刈り取られたが、

内臓や骨に異常はないようだ。

それでもフラフラと起き上がるジータ、ハジメの姿を探す。

 

と…いた。自分の前方で呆然と明後日の方向を見ている。

 

「早く~」

 

逃げて、と言おうとしてジータもただ呆然と絶句する。

 

二人の視線のその先には巨大な魔物がいた。

その巨躯は二メートルはあるだろう、白い毛皮に赤黒い線を幾本も体を走らせた熊。

その足元まで伸びた太く長い腕には、三十センチはありそうな

鋭い爪が三本生えている。

 

その爪熊がただの一撃で蹴りウサギを粉砕していた。

 

(何…あれ)

 

ガタガタと歯の根を震わせるジータ。

いかに時折見せる強靭な精神を以てしても、

この光景は受け入れ難いものがあった。

爪熊はのしのしと悠然と蹴りウサギの死骸に歩み寄ると、

その鋭い爪で死骸を突き刺しバリッボリッグチャと音を立てながら喰らってゆく。

 

ハジメもジータも動けなかった。あまりの連続した恐怖に、

何より蹴りウサギだったものを咀嚼しながらも、

爪熊の鋭い瞳はずっと彼らを見据えていたのだから。

 

爪熊は三口ほどで蹴りウサギを全て腹に収め、

グルッと唸りながらハジメの方へ、次の食料へと体を向けた。

捕食者の目を向けながら。

 

恐怖に藻掻きながらも、叫び声を上げながらも

ハジメはなんとか捕食者から逃げようとする、だが…。

 

"無能"が、爪熊の斬撃からは逃れうる筈がない。

風がうなる音が聞こえると同時に強烈な衝撃がハジメの左側面を襲った。

そして、そのまま壁に叩きつけられ…なかった。

 

間一髪で気を取り直したジータが空中でハジメの身体をキャッチしたのだ。

その様はバレーボールみたいだなとジータは自分でふと思った。

だが勢い余ってジータもまた壁に衝突する。

 

「てっ」

 

頭を振りながらもハジメを抱えたまま立ち上がるジータ。

爪熊は…追ってはこない、何かを食べている。

なにあれ?人の腕みたい…。

 

チラリと視線を下に向けると…ハジメの左腕の肘から先が無くなっていた。

 

そして激痛とそれ以上の恐怖と現実に絶叫する二人

 

「「あ、あ、あがぁぁぁあああーーー!!!」」

「僕の腕をたべたああああああ!」

「ハジメちゃんの腕をたべてるううううう!」

 

さらにジータの左腕に紫色の痣が走る。

それは寸分違わずハジメの切断された個所と一致していた。

 

「な、なんでなんでなの!」

「知らないっ!しらないよぉ!…あああああああっ!」

 

自分のモノでありながら自分のモノではない

そんな痛みに悲鳴を上げ、自分からハジメに抱きつきのたうち回るジータ。

 

やっぱりもっと早くカリオストロさんに聞いておくべきだったと

ジータは後悔したがもう遅い。

ハジメの腕を咀嚼し終わった爪熊が悠然と二人に歩み寄る。

その目には彼らは食料としか映ってないのだろう。

自分たちが食物連鎖の最下層に落ちてしまったことを恐怖を以って認識する二人。

 

「あ、あ、ぐぅうう、れ、錬成ぇ!」

 

己がただ一つ使える武器をハジメは無意識に頼り、それ故に活路が開けた。

 

背後の壁に穴が空く。

ハジメは爪熊の前足が届くという間一髪のところで、

ジータに抱き付かれた状態のまま穴の中へ体を潜り込ませた。

爪熊は咆哮を上げながら二人が潜り込んだ穴目掛けて爪を振るう。

凄まじい破壊音を響かせながら壁がガリガリと削られていく。

 

「うぁあああーー!錬成!錬成!錬成ぇ!」

 

自分にしがみつくジータを引きずりながらひたすら穴を掘り進むハジメ。

爪熊の咆哮と壁が削られる破壊音に半ばパニックになりながら

ハジメは少しでもあの化け物から離れようと連続して錬成を行い

奥へ奥へと進んでいく。

 

後ろは振り返らない。ただがむしゃらに錬成を繰り返しす。

地面を這いずっていく。

既に左腕の痛みのことは頭から消え去り、

生存本能の命ずるままに唯一の力を振るい続ける。

 

 

どれくらいそうやって進んだのか。

彼らにはわからなかったが、破壊音も咆哮ももう聞こえなかった。

 

「もう…大丈夫、大丈夫だから…これ以上は…」

 

そこでジータはハジメがすでに意識を失っていることに気が付く。

 

「~~」

 

しかしまた"ガリッ"と爪熊が壁を引っ掻いたような音がしたような気がして

ジータは口を塞ぎ身を竦めた。

叫ぶことすら、嘆くことすらままならない…。

まだ彼らの地獄は始まったばかりだった。

 

 




今回は叫んでばかりのジータちゃんでした。


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慈愛の天司

ガブリエル様、動く


どれくらいそうしているのだろう?

(今日は…いつ?何日?)

 

ハジメは、現在、横倒しになりギュッと手足を縮めて、

まるで胎児のように丸まっていた。

 

時折何かを思い出したかのように、同じように隣で丸まっている、

ジータの胸が上下に動き、微かに呼吸の音がすることを確認して安堵する。

二人が奈落に落ちた日から既に四日が経っている。

 

彼らがなぜ生き長らえているのか?

ハジメは微かに首を動かし、地に滴る水滴を啜る。

 

 

(起きて!起きて!…ちゃん)

 

 

水滴が頬ほおに当たり口の中に流れ込む感触に、

ハジメは意識が徐々に覚醒していくのを感じた。

ついさっきもこんなシチュエーションだったなと思いながら、

ハジメは瞳を開き…、

左腕を伸ばそうとしてその先が無いことに愕然とする。

 

だが、傷が塞がっているのはどういうことか?

通常なら助からない出血量なのは周囲の様子を見ればわかる。

 

「この水がハジメちゃんの口の中に入ったら傷が塞がったの」

 

ホラ私も、と、ジータは自分の左腕を見せる、確かに痣が消えていた。

 

再びハジメの口元にぴちょんと水滴が落ちてきた。

それが口に入った瞬間、また少し体に活力が戻った気がした。

ハジメは駆られるように錬成を繰り返し水源を辿って奥へ奥へと掘り進んでいく

不思議なことに岩の間からにじみ出るこの液体を飲むと魔力も回復するようで、

いくら錬成しても魔力が尽きない。

 

そしてようやく辿りついた水源、そこには見るからに神秘的な輝きを放つ石があり、

癒しの水はそこから滴り落ちていた。

こうしてハジメらはほとんど動かず、滴り落ちる癒しの、正式には神水という

のみを口にして生きながらえていた。

 

しかし、神水はただ命を長らえさせるだけのものに過ぎず

苦しみまで消してくれるものではなかった。

現在、ハジメは壮絶な飢餓感と幻肢痛に苦しんでいた。

 

(どうして僕が…僕らがこんな目に?)

 

ここ数日何度も頭を巡る疑問。

痛みと空腹で碌に眠れていない頭は神水を飲めば回復するものの、

クリアになったがためにより鮮明に苦痛を感じさせる。

 

それはジータも同じだった。

"サバイバル"技能ゆえか、飢餓感にこそなんとか耐えられたが。

己の苦しみではなくハジメの苦しみ、悲しみ、痛みがジータの心を苛み続けている。

 

(い…痛い…)

 

自分の腕はちゃんと繋がっているにも関わらず、

ありえない幻肢痛に顔をしかめるジータ。

脳が混乱してマトモに考えることすらままならない。

 

(でも私より…もっと苦しいんだね…ハジメちゃん)

 

苦しい、苦しい…だがそれでもハジメは神水を啜るのを止めない。

 

「ジータちゃん…だけは…それに」

 

(死にたい…でも、死にたくない、僕が死んだらジータちゃんが泣く)

 

それから更に三日が経った。

飢餓感は一層強くなり、幻肢痛も一向に治まらない、

それでもハジメは掌に水を集めてジータに与える。

己の救済を求める以外の何かをしなければ、肉体はともかく精神が持たない。

 

「ねぇ…起きてよ…」

 

ハジメがジータを救いたいのと同様、ジータとてハジメを救いたい。

…だが押し寄せるハジメの精神の悲鳴から、

"防壁"技能による眠りという手段で己の心を守るのに精一杯なのだ。

眠りから覚めれば自分のモノではない、

ありえない苦痛に精神を潰されてしまっていただろう。

 

そして八日目辺りからハジメの精神に異常が現れ始めていた。

己の死と生を交互に願っては、それを隣で眠る幼馴染の顔を見ることで、

生の方向に自分の精神の天秤を傾け、それでなんとか安定を保っていたハジメの心に、

ふつふつと何か暗く澱んだものが湧き上がってきたのだ。

 

それはヘドロのように、恐怖と苦痛でひび割れた心の隙間にこびりつき、

少しずつ、少しずつ、ハジメの奥深くを侵食していった。

 

(なぜ僕らが苦しまなきゃならない……僕らが何をした……)

 

(なぜこんな目にあってる……なにが原因だ……)

 

(神は理不尽に誘拐した……)

 

(クラスメイトは僕を裏切った……)

 

(ウサギは僕らを見下した……)

 

(アイツは僕を喰った……)

 

次第にハジメの思考が黒く黒く染まっていく。

白紙のキャンバスに黒インクが落ちたように、

ジワリジワリとハジメの中の美しかったものが汚れていく。

 

そしてその闇はジータの心まで侵し始めようとする。

その闇から無意識に逃れるために、彼女はより深い眠りへと沈む。

 

誰が悪いのか、誰が自分たちに理不尽を強いているのか、誰が自分を傷つけたのか……

無意識に敵を探し求める。激しい痛みと飢餓感、

そして暗い密閉空間がハジメの精神を蝕む。暗い感情を加速させる。

 

九日目には、ハジメの思考は現状の打開を無意識に考え始めていた。

激しい苦痛からの解放を望む心が、

湧き上がっていた怒りや憎しみといった感情すら不要なものと切り捨て始める。

 

憤怒と憎悪に心を染めている時ではない。

どれだけ心を黒く染めても苦痛は少しもやわらがない。

この理不尽に過ぎる状況を打開するには、

生き残るためには、余計なものは削ぎ落とさなくてはならない。

 

(僕は何を望んでる?)

 

(僕は生を、そして…)

 

(じゃあそれを邪魔するのは誰?)

 

ベヒモス、蹴りウサギ、爪熊、いやそれに限らず様々な何かが浮かんで消える

いや、そんなのは些末事だ、要は。

 

(僕の邪魔をするもの、理不尽を強いる全て、幸せを、大切を奪うものは

……全部敵だ、そいつが強いか正しいかなんて関係がない)

 

(では僕は何をすべきだ?)

 

(僕は、俺は……)

 

 

 

 

「……なさい、起きなさい」

 

聞き覚えこそないが、その優しい呼びかけにふと目を覚ますジータ。

心を蝕み続けた絶望も、体を苛み続けた幻肢痛もすっかり消えている。

 

そんな彼女の目の前には"女神"または"天使"としか形容できない程の美しい女性がいた。

事実、その背中には幾枚もの翼を広げ、髪の色も安らぎを感じさせる淡い桃色だ。

何故かナース服なのがとても気になったが…。

 

「あれ…また死んだんですか?私」

 

ぼんやりとそう問いかける。

まぁ死ぬわなと思う、でもハジメちゃんの隣で眠れたならそれもいいやと少しだけ思う。

 

「今度の担当はあなた…って!あの駄女神呼んで下さいよ!

おかげでこんな酷い目にあったんですから!」

 

と、言ったところで冷水をぶっかけられる。

 

「な!」

「目は覚めたかしら?」

 

微笑を絶やさぬままに天使は光を放つ。

この光には覚えがある、あの日…召喚の実験をして失敗した時の。

 

「ガブリエル…?」

 

きょとんとした声を上げるジータ。

 

「あなたの大切な男の子が魔道へと堕ちようとしているわ!

女の子なら早く起きなさい!」

「魔道って…あああっ」

 

不意に心を襲う黒い何かにのたうつジータ。

絶望?いやそんなマトモなものではない、絶望すら通り越した、

漆黒の闇がハジメの心に満ちてこようとしている。

なぜこんなになるまで自分は眠りこけていたのだと自分を責めるジータ。

こんな風になるなら…いっそ。

 

「しっかりなさい!」

 

今度は頬を打たれる、見た目によらず乱暴だ。

 

「こんなことで取り乱していたら、これからには耐えられないわよ」

「これ…から?」

「ご覧なさい」

 

ガブリエルが示した指の先には何かの映像が映し出されている、

そこには武器を振るう一人の少年がいた。

 

「え?」

 

それはジータですら一目では分からないほどに変貌したハジメの姿。

何より違っていたのは、嬉々として戦いに身を投じるその獰猛な笑顔だった。

 

生き延びるためにハジメが選ぼうとしている、いや選んだ道は、

人が踏み込んでならぬ魔界への道だった。

ただただ立ち塞がるモノを守護と生存を理由に、いや言い訳にして

ひたすらに屠る姿は…強さと引き換えに優しさを、人の心を捨てたそれは、

もはや人ではなく。

 

「ケダモノ」

 

ポツリとジータは呟く。

 

獣がその力を振るうたびに、誰も彼もが彼を畏怖し離れていく、

その中には香織がいた、雫もいた。

そして彼の両親である愁と菫の姿もあった。

 

かくして誰かを守りたいと願った少年はその力ゆえに誰も守れず

ただ孤独を友に流離うことになる。

そしてその足跡には地獄ですらない虚無がただ広がるのみだ。

紅に染まる空を背景に抜け殻のように佇む一人の少年。

その姿には悲しみよりもむしろ寂しさを感じずにはいられなかった。

 

あまりにも過酷な光景を目の当たりにし、へたり込むジータ。

 

「冗談…です…よね?」

「冗談じゃないわ、これがあの子の、南雲ハジメの辿る未来よ」

「これ…決まってるん…ですか?」

「ほぼ…ね」

 

曖昧な回答を口にするガブリエル。

 

「どうしたら!どうしたらハジメちゃんを助けることが出来るんですか!」

 

ガブリエルに縋りつくジータ。

 

「ほぼってことはまだ手はあるんでしょう!だから私…起こして…ひっぐう」

 

またガブリエルはジータの頬を打つ。

 

「方法は一つだけよ…でも」

 

今度は優しくジータの頬を両手で包み、抱き寄せるガブリエル。

その青く澄み切った瞳を見ると悲しみに荒ぶった心が鎮まっていくのを感じる。

 

「泣き止まないと教えないわ…」

「意気地なしの泣き虫の女の子には教えられないのよ、これはね」

 

意気地なし、泣き虫と言われゴシゴシと必死になって涙を拭くジータ。

そうだ、泣いてなどいられない、自分を信じてチャンスを与えてくれてるであろうガブリエル、

そしてなによりハジメのために。

 

「女の子なのね、素敵」

 

まだジータの瞳からは涙が溢れていたが、大切なのはそんなことではない。

要は覚悟があるかどうかだ。

ガブリエルはジータの覚悟が定まったのをその顔を見てしかと確認すると、

説明を始める。

 

「あなたとハジメくんの魂は繋がってるの、いびつで不完全な形だけどね」

 

とんでもないことをサラリと言われたが、

ああ、と納得するジータ、だからハジメちゃんの気持ちや身体の傷までもが

自分へとフィードバックしていたのかぁと、でも何故?

 

「多分、あなた本来の持つ力への辻褄合わせね」

 

今の彼女がいわば自分の知らぬ何かによって造られた存在と仮定するなら、

ひどく急ごしらえでいい加減なやり方で造り上げたものだとガブリエルは思う。

 

そう、件の駄女神は能力の再現や整合性ばかりに気を取られて、

機能性や利便性を全く無視していたのだ。

だが…今回に関してはそれが幸いし、二人は未だ個を保つことが出来ている。

そのいびつで不完全な繋がりのおかげで、こういう手段を取ることも出来る。

 

「だからそれを利用して、あなたとハジメくんの精神を一度完全に繋げるわね、

あなたが闇の中に沈んで行こうとしているハジメくんを救うの」

 

ジータの両肩を掴み寄せ、もう一度その顔をその瞳を覗くガブリエル。

 

「あなた自身も闇に飲み込まれ、戻ってくることは叶わないかもしれない

…それでもいいよね?」

 

答えなんて聞かなくても分ってる、そんな風にガブリエルは問う。

そしてジータは無言で強く頷き、ガブリエルへと促すようにその手を差し出す。

 

(一人じゃないよ!ハジメちゃん!…だからぼっちになんかなっちゃダメ!)

 




頑張れジータちゃん。


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アルビレオ(二重星)

ようやく方向性が定まったかな。


ガブリエルに手を引かれ導かれるままに空間を渡るジータ、そしてその先に

 

「これが…今のハジメちゃんの…」

 

ジータの前には何者をも拒むかのように荒れ狂う闇の渦がある。

 

「怖くなった?」

 

悪戯っぽく微笑みながらジータの顔を覗き込むガブリエル。

無言でキッとガブリエルを睨み返すジータ。

 

「そうじゃないと、ね」

 

鋭い視線をあっさりと受け流しながらガブリエルは続ける。

 

「チャンスは一度だけ、それもほんの少しだけよ、でないとあなたの心が保たないわ」

 

ジータが強く頷くとガブリエルはポンとその背中を叩く。

それを合図に荒れ狂う黒い渦の中に迷うことなく身を投じるジータだった。

 

 

渦の中は恐ろしいくらいに静かだった。

 

その静寂さは例えるなら海の底…いやもっと原初的な何か

勿論、海の底になんかもちろん潜ったこともないし、

その原初の何かも知る由もないジータだったが、

なんとなくそうなんじゃないかと思わせる、そんな静けさと暗さだった。

 

ともかく目印のない闇をもがくように進んでいく、

 

「ハジメちゃん!どこ!」

 

助けにきたよ!と続けようとして自分の声がまるで聞こえてないことに気が付く。

 

(それでもっ!)

 

届かないと思ってもそれでも叫ばずにはいられない。

声を限りに叫びながら闇の中をもがくように進んでいくジータ。

と、闇が少しづつ薄くなっていくのを感じる。

 

そろそろ終着駅だろうか?とジータが思った刹那

まるでカーテンが開け放たれたかのごとく、闇が晴れる。

 

「え…あ」

 

突然のことでふっと意識が一瞬飛んで、

そして眼前に展開されている光景にまた意識が飛びそうになる。

 

ジータの前にあったそれは、幾重もの鎖に縛られた影を纏った巨大な獣の姿だった。

獣は今鎖を断ち切り自由になろうとしている。

その獣の姿がジータにはハジメに見えて仕方がなかった。

 

「ダメだよ!獣になんかなっちゃダメ!」

 

ジータは断ち切られようとする鎖に手をやろうとするが。

 

「ジータちゃん!やめてよ」

 

不意に背中から掛けられた声にはっと振り向く。

そこにはハジメがいた、身体こそ透けてはいるものの、彼女のよく知る姿の。

その幻影のハジメは獣をジータから守ろうと、通せんぼをするように立ちはだかる。

 

「どうしたの?ハジメちゃん…帰ろうよ」

 

いつも通りの姿なのに、何かが違う…そんな雰囲気に戸惑いつつも、

ジータはハジメへと手を差し出す。

 

「ごめん…僕はもう帰れない」

 

「気が付いてしまったんだ…今の僕の優しさでは誰も守れないって」

「だから…」

 

だったら私がっ!と叫ぼうとして声が出ないことに気が付くジータ。

今それだけは絶対に言ってはならないと精神が警告を放っているかのように。

 

ハジメの背後の獣が咆哮し、鎖がピシピシと軋みだす。

だが、その咆哮の雄々しさに比べて、ハジメの身体は小刻みに震えている。

今ここで変わらねば未来がない、だがささやかなあの日々を、思い出を捨てる

踏ん切りがつかないのだ。

 

その小さな姿をジータを通して見つめるガブリエル。

ああ…この少年は本当に優しいのだ、だがその優しさが彼を縛る鎖になっている、

だからこそ優しさを強さに変えたいと今まさに彼は願っているのだ、

そのためには…。

 

(さぁ、頑張りなさい女の子)

 

しかしガブリエルは余裕の表情だ、まるで答えなんか分かってるかのように。

そう、慈愛の天司は決して乗り越えられない試練を課すことなどないのだから。

 

 

「ジータちゃん…憶えてるかな、僕が不良たちに絡まれて…土下座した話」

「憶えてるよ」

 

忘れる筈がない、あの日たまたま南雲家を兄と共に訪れていたのだから、

ボロボロの姿で戻って来たハジメ、事情を聞いている兄の表情が

みるみる変わっていったのもついでに思いだす。

その後、その不良たちがどうなったのかはここでは割愛しよう。

 

「じつはあれ…白崎さんも見てたって言ってた」

 

それについても知ってるよ、とは言わなかった。

 

「そんな僕を白崎さんは強いって言ってくれた、強い人が暴力で解決するのは簡単だよねって」

「でも…僕はあの時心の中で少しだけこうも願ってもいたんだ…もっと力が欲しいって」

「きっと今必要なのは尊さじゃない…尊さだけじゃ僕も君も助からない」

 

その身体はやはり小刻みに震え、目には涙が光っている。

それでもその声には明確な決意が籠っていた、いや籠っていることにジータは気が付いてしまった。

そして同時にこうも思う、自分も香織も優しい南雲ハジメを求め、愛でるがあまりに、

彼の心を縛り付けていたのではなかったのだろうか?とも。

 

「優しさを捨てるんじゃない、生きることを諦めたくないから変わろうとしてる

だよね?」

 

「ホントはずっと優しいハジメちゃんでいて欲しかったよ…」

「でも決めてたんだよ、ハジメちゃんがもし戦うなら

ちゃんと自分で決めたことなら、私応援するって」

 

(優しいからだけじゃない、例え迷っても止まっても決して折れない挫けないそんな強さ

だから私も香織ちゃんもそんなハジメちゃんに惹かれたんだよ)

 

(だから変わりたいと願う心を、今までの自分を変えてでも誰かを守りたいと願う心を)

 

「止められるわけがないじゃない!」

 

突然の大声にハジメも獣もギョッとした表情でこちらを見ている。

 

「わかってる…僕は、いや俺は一人じゃないから」

 

ハジメの声と獣の声が重なり始める。

 

「だから」

 

「うん…」

 

滲む視界の中で上手く笑えてるだろうかと思いながらジータはくしゃくしゃの顔で頷く。

 

 

(きっとガブリエルさんが私をここに連れて来たのはハジメちゃんを止めるためじゃない。)

 

 

『もう時間がないわ!限界よ!』

 

脳裏に響くガブリエルの声。

 

「大丈夫」「僕は」「俺は」「絶対に」

 

そのハジメの声を最後に今まで静かだった闇がまた荒れ狂いだす。

異物を弾き出すかのごとく。

 

その渦の中でジータはガブリエルへと叫ぶ、声を限りに。

 

「大丈夫です、私があんなイキリぼっちになんかさせません

ハジメちゃんの心の中から優しさや思いやりを消えさせたりなんかさせません」

 

「たとえ世界中がハジメちゃんの敵になっても」

 

そんなこと私が許さないとジータは思うが続ける。

 

「私だけはハジメちゃんの隣に立ち続けて、ハジメちゃんの生きる標になります!」

 

 

(私がハジメちゃんをあきらめずに支えられるかを試すためだったんだ。)

 

 

「渾沌に身を賭す覚悟、、女の子の心意気、確かに見せてもらったわ」

 

薄れゆく意識の中でガブリエルのそんな声を確かにジータは聞いた気がした。

 

 

こうして『僕』と『俺』二人のハジメの意思は

ただ一つに固められる。鍛錬を経た刀のように。鋭く強く、万物の尽くを斬り裂くが如く。

苦痛と本能、そして願いを以って焼き直され、鍛え直された新しい強靭な心と共に。

 

生きる、今度こそ守ってくれた、守るって言ってくれた人たちのために

共に罪を傷を背負うと、支えてくれると言ってくれた

大切な幼馴染…いや相棒のために。

 

俺を愛してくれた信じてくれた全てに報いるために俺は喜んで汚れよう。

もう絶対に失わない、己の大切は必ず守り抜いてみせる。

そして帰ろう…あのささやかで平凡な日常に。

そのためなら立ち塞がるモノは全て…。

 

こうして新たなる魔王は産声を上げた。

 

ガブリエルの目に映るは、

凄惨な笑顔を浮かべながら石壁に狼を閉じ込め、

ゴリゴリとその頭部を貫こうとするハジメの姿

 

「カリオストロ…あなたはきっと私を責めるわね」

 

かつて共に世界を守るために戦った同志の名を口にするガブリエル。

 

「でも、あの子が昔のあなたにそっくりだったから、あなたもそう思ったから

だから弟子になんかしたんでしょ」

 

 

戦いが終わり、ハジメは爛々と目を輝かせ狼の肉に喰らいつこうとしている。

傍目から見れば陰惨な風景なのかもしれない。

しかし…ガブリエルはそんな彼の選択に、

人の持つ心の強さと美しさを確かに見出していた。

守るべき、愛する者の為に己が変わることを厭わぬその精神を。

 

「勇敢なのね、そして何より男の子なのね、素敵」

 

そして、よく頑張ったわねとジータの寝顔に話しかけるガブリエル。

 

(でもね、男の子の身勝手さはこんなもんじゃないのよ♪)

 

天司といえども全ての未来を見通す力はない、

あの光景はジータを焚きつけるための、いわばフカシである。

それでもそう遠くない未来、いやもうすぐ南雲ハジメにとって、

運命の出会いがあることを、ガブリエルは感じ取っていたのであった。

 

 




そして作者はヒロインタグをこの作品についに付けるのであった。


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師に捧ぐ一撃

いよいよ反撃開始


それは突然だった。

 

「う…うぐっ」

全身を貫く痺れのような鈍痛と。

 

「ひぃぐがぁぁ!! なんで……なおらなぁ、あがぁぁ!」

 

ハジメの絶叫でジータは覚醒する。

 

よろよろと悲鳴の方向へと穴を這い出していくと、

そこには絶叫を上げて地をのたうつハジメの姿があった。

 

(な…何で)

 

ガブリエルさんは結局何もしてくれなかったのか?

痺れと痛みに顔をしかめ、そんな不敬なことを頭に思い浮かべたジータだったが

叫びに呼応するかのようにハジメの身体が大きく変化し始めたことに目を奪われてしまう。

 

(変わるって…こういうこと?)

 

その髪は白く、体格はより大きく逞しく、そして肌には魔物のような

赤いラインが走り出す。

やがて叫びも変化も終わり、荒い息を整えながらゆっくりと周囲と、

そして自分の身体を見渡すハジメ。

 

「それにしても…」

「ラノベ主人公みたいになっちゃったね」

 

そんな背後の声に振り向くハジメ、そこには夢の中で自分を励まし

背中を押してくれた幼馴染、そして相棒の姿があった。

 

「おはよう…ジータちゃ…いや、ジータ」

 

その身体も口調も眼差しも変わってはいた、

しかしそんな程度の差は些末事、鋭くなった眼差しの奥には

紛れもなくジータの知るハジメだと言える何かがちゃんと残っていた。

 

「おはよう、ハジメちゃん」 

 

二人はそれだけを口にすると、どちらかともなくしっかりと抱擁し合うのであった。

 

 

 

 

「…そういや、魔物って喰っちゃダメだったか…アホか俺は…

まぁ、喰わずにはいられなかっただろうけど……」

 

秘密を分かち合うかの様に互いの背中にもたれ合いながら話し合う二人。

 

「毒でしょ?なんか魔力が人間には害になるって」

「でもさっきから妙に身体が軽いんだよな」

「ステータス見てみない?」

 

ハジメとジータはいそいそとステータスプレートをポケットから取り出す。

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:8

天職:錬成師

筋力:100

体力:300

耐性:100

敏捷:200

魔力:300

魔耐:300

技能:錬成 魔力操作 胃酸強化 纏雷 言語理解

 

 

 

蒼野ジータ 17歳 女 レベル:5

天職:星と空の御子

筋力:12+70

体力:12+210

耐性:12+70

敏捷:12+140

魔力:12+210

魔耐:12+210

技能:全属性適性 団員x1 召喚 星晶獣召喚(条件:同調者)同調(南雲ハジメ、同調率70%)

   剣術 統率  防壁Lv5 挑発 恩寵 背水 コスプレ サバイバル 

   魔力操作 胃酸強化 纏雷 言語理解

 

「「……なんでやねん」」

 

どの数値も飛躍的に向上している、その上技能まで増えている

魔力操作とか纏雷とか一体何なのか?

 

「魔物の肉を食べたからその特性を手に入れたみたいだね?」

「ちょっと試してみる」

「やり方掴めたら私にも教えてね」

 

背後でパチパチと火花が走る音を聞きながら

ジータはステータスプレートと再びにらめっこを開始する。

 

同調率の通り、レベルもステータスもきっかりハジメの7割を頂戴してしまっている。

天職に関係する以外の後天的な技能も、そのまま手に入るようだが、

これがガブリエルがいう、魂の繋がりという物なのだろうか?

 

そして防壁というのが、精神や肉体を保護するための技能なのだろう。

防壁レベルを操作することで、同調率を操作することも可能なようだ。

多分80%を超えたあたりから感情の、90%で肉体のフィードバックが始まるという感じか。

しかしながらLV5で70%ということは、

実際の同調率はおそらく100%を超えているのかもしれない。

 

今までは知らなかったので仕方がないことだが、

心や気持ちを意図的に覗き見するのは望まないし、

痛みを分け合うのも何か違うと思うので、だから同調率は7割程度に抑えて置こう、

非常時は別として。

 

非常時…という言葉と共に思いだしたかのように、強烈な飢餓感がジータを襲う。

サバイバル技能で強引に抑え込んでいたのが、安心感でうっかり手放してしまったようだ。

 

「何か食べるもの…」

 

心から申し訳ないといった表情でハジメは二尾狼の肉を差し示す。

 

(ハジメちゃんが食べてる時に同調率を上げれば…)

 

ふと芽生えた邪な考えをぶんぶんと頭を振って彼方に追いやるジータ。

自身の根幹に関わる箇所をそんな理由で操作するわけにはいかない。

 

ともかく7割でも全身が痺れるような鈍痛が走ったのである

実際は相当な激痛だったのだろうと想像がつく。

ましてそのラノベ主人公を思わせる変貌ぶり…。

さしものジータもキューッとお腹が絞られるような感覚を覚えてしまう。

これは飢餓感のためではない。

 

「とりあえず準備するね」

 

クレリックにジョブチェンジし、魔物の肉にクリアオールをかける。

魔物の肉が毒だというのならば、これで毒素を除去できるかもしれない。

以前、回復役にチャレンジした時はそのパラメータの低さゆえ、

 

(香織ちゃんはおろか辻さんにも及ばなかったんだよね)

 

結局、回復役は香織一人でほぼ賄えるということで、

最も層が薄い盾役担当になったわけだが、勇者並みの能力を得た今ならば!

 

以前試した時は豆電球程度の明るさだった緑を帯びた浄化の光が

今度は柔らかでそれでいて鮮やかに、ほの暗い洞窟の中に満ち。

どず黒かった肉の色が明らかに瑞々しくなる。

何となくだが毒の効果を消したというより、毒という概念を消したような感じがした。

 

「じゃあ…行くよ」

「痛くなったらすぐ飲むんだぞ」

 

と、ハジメはジータに神水の入った試験管を手渡す。

すはーと深呼吸してからジータは二尾狼の肉にかぶりつく。

 

「マズイだろ?」

「あれ?…でも」

 

首を傾げるジータ。

 

「マズイ…というか?何の味もしないよ」

 

もごもごと生臭いちくわぶのような食感の肉をゴクリと飲み込み

試験管を手にする…大体10秒後くらいに来たと聞いている。

 

10秒…1分…10分……。

何事も起こらない。

 

「あれ?」

 

痛みも何も走らない、当然身体も変わらなかった。

それからステータスもスキルも変化なし。

胃酸強化の効果もあるのだろうが、

おそらく浄化されることで魔物の肉の持つ効果も消えてしまうようだ。

 

「なんかごめんね、ハジメちゃんだけ痛い思いさせちゃって」

「でも良かったよ、俺みたいにならなくってさ」

 

それについては同感だ、これ以上妙な属性やそれに関わる柵を増やしたくはない。

 

(ただでさえゲームの主人公なんだもんね、私)

 

「でも俺はとりあえず処理なしで肉を食べないとならねぇんだよな

でないと魔物の能力や固有魔法を入手できなくなるからな」

「重ね重ね申し訳ごさいません」

「気にすんなよ、相棒だろ、俺たちは」

 

 

と、もう一つ大事なことを思い出した、これも今ならば出来る筈だ。

 

「ハジメちゃん、召喚行くよ!」

 

あの苦い失敗を払拭したかったし、それに何より

 

(ガブリエル様にお礼を言わないと)

 

呼吸を整え意識を集中すると、あの時と同様に青い石がその胸元に現れる。

慈愛の感覚を覚えながらそのまま両手で包み込むように石を翳す。

ジータの掌とそしてハジメの掌が輝きだす。

二人が互いの右手を翳すと、その中心の空間から魔法陣が展開され、

そして光が疾って…慈愛の天司ガブリエルが微笑を湛えて出現────。

 

ガン!

 

「うぷ」

 

したかと思うと、狭い天井に思いきり頭をぶつけてうずくまるのであった。

 

「ああそういやこの穴、俺らが座れる程度の高さしかなかったわ」

 

わりぃわりぃとさほど悪いと思ってない口調で詫びを入れるハジメ。

てて…と頭頂部をさすりながら、立ち上がろうとするガブリエルだが。

またぶつけますよとジータに言われて身を竦め中腰になる。

 

「で、…今度は何かしら」

 

余程痛かったのだろう、涙目になっている。

 

「さっきのお礼が言いたくって」

 

ペコリと今一つ状況を理解していないハジメの頭を、ひっつかんで一礼するジータ。

 

「私は何もしていないわ、ただほんの少し手を差し伸べただけ」

「ですが…」

「それはあなたたちの魂がそうさせたこと、その神水もそう、

決して諦めなかったからこそ、奇跡に辿り着いたの」

 

ジータと、そしてハジメの肩に手をやるガブリエル。

 

「そして、これからはこの程度のことでもう私を呼んではなりません」

 

その言葉は先ほどまでの砕けた口調とは違い、まさに天司と呼ぶに相応しい

厳かさに満ちていた。

 

(その通り無礼であろう、人の子の分際で)

 

ガブリエルの背後から美しいが、どこか感情の希薄な声が聞こえる。

口調こそ静かで丁寧だが、その声音には明らかに人間への侮りが含まれていた。

ああ、きっとこの声の主とは仲良くなれないんだろうなと、

朧気ながらジータは思った。

 

ともかくガブリエルは帰っていった、帰り際にジータに頑張ってねと耳打ちして。

 

 

それからまた幾日かが経過した。

 

 

ハジメは拠点にて、ひたすら錬成を含む技能の鍛錬を行っている。

なんでも鉱物の鑑定が出来るようになったらしい。

拠点をたまに離れては、色々と鉱石を採取して戻って来る。

ジータはそんなハジメの身の回りの世話をしつつも、やはり自身の鍛錬に励む。

そして…

 

「出来た」

 

ハジメはついに完成した己の"牙"を手に取りしげしげと眺めまわす。

 

迷宮で発見した素材を――

この辺りでは最高の硬度を持つタウル鉱石と、

火薬と同等の性質を持つ燃焼石を利用して製作した

全長約三十五センチにもなる、大型のリボルバー式拳銃だ。

しかも、弾丸は燃焼石の爆発力だけでなく、

ハジメの固有魔法"纏雷"により電磁加速されるという小型のレールガン化している。

その威力は最大で対物ライフルの十倍である。

ドンナーと名付けた。なんとなく相棒には名が必要と思ったからだ。

 

本来ならば数千回にも及ぶトライアンドエラーが必要だったに違いない。

だが、驚くほどすんなりそれは完成した。

 

ハジメの脳裏に甦るのはあの工房でのカリオストロの怒声だ。

 

(バカ野郎!こんなんで弾が飛ぶか!)

(この精度は何だ!斬る前に折れるぞ!)

(見てわからねぇのか、歪んでる!やり直しだ!)

 

同じ失敗は二度までは許して貰えたが、三度目からは容赦ない叱責が

場合によっては拳も飛んだ。

専門外だと毒づきながらも数々の武器、兵器製作のノウハウを叩き込んでくれた

カリオストロの、いや師匠の怒声が耳に蘇る。

 

 

そして二人の眼前にはあの時見下された蹴りウサギがいる。

ウサギは彼らの姿を認めると、あの時と同じように後ろ脚に力を貯めて爆発的に跳躍する。

だが、かつて速いと思ったその動きは今となっては酷くスローモーに見えた。

 

『ブラインド!』

 

魔術師、いやシャーマンを思わせる扮装のジータが持った杖から

黒い幕が放たれウサギの視界を遮るように覆い被さる。

ご自慢の脚が空を切る。

その僅かなスキだけで充分だった。

ドンナーから放たれた電磁加速された弾丸が一瞬でウサギの頭を粉砕した。

 

それは反撃の烽火にして、そして師に捧ぐ一撃だった。

 

 




次回は爪熊戦+地上の様子を少しだけ


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喰われるモノたち

爪熊戦と地上の様子を少しだけ


「ウサギっても所詮魔物だからマズイのには変わりないのな」

「肉は食べ手はあるのにね、せめて」

 

調味料でもあれば毒抜きした肉を漬け込んで、

それなりの保存食みたいな物を作れるかもしれないが…。

二人で色々と手を尽くしたが、結局薄い岩塩程度のものしかここでは手に入らないようだ。

 

「さて、行きますか、お待ちかねの」

「ステータスオープーン♪」

 

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:12

 

天職:錬成師

筋力:200

体力:300

耐性:200

敏捷:400

魔力:350

魔耐:350

 

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査] 魔力操作 胃酸強化 纏雷 

天歩[+空力][+縮地] 言語理解

 

 

蒼野ジータ 17歳 女 レベル:12

天職:星と空の御子

筋力:15+140

体力:15+210

耐性:15+140

敏捷:15+280

魔力:15+245

魔耐:15+245

技能:全属性適性 団員x1 召喚 星晶獣召喚(条件:同調者)同調(南雲ハジメ、同調率70%)

   剣術 統率  防壁Lv5 挑発 恩寵 背水 コスプレ サバイバル 

   魔力操作 胃酸強化 纏雷 天歩[+空力][+縮地] 言語理解

  

 

伸びかかなり大きい、どうやら食べたことのない魔物を食べると

ステータスが大きく上昇するらしい。

 

素直に喜ぶハジメとは裏腹にジータは少し首を傾げる。

どうも経験の割りにはレベルの伸びが低い。

ハジメがドンナーを製作している間は、代わりにジータが狩りをしていたのだが…

ハジメの分と自分の分でむしろ今頃はハジメを追い越してないとならない筈だ。

 

いや…これも同調とやらに関係があるのかもしれない。

 

(ハジメちゃん以上にはなれないみたいね)

 

恐らく新しい技能、"天歩"を試しているのだろう、

ガンガンと何かをぶつけるような音を聞きながら、

ジータは隠された本来のステータスをスマホを呼び出して確認する。

 

 

【クラスⅢが解放されました】【プライマルシリーズが解放されました】

 

「しゃあ!」

「わあ!」

 

ジータの叫びに集中を解いてしまったハジメが空中から落下し、尻餅をつく。

 

「ッ!いきなりなんだよ」

「ご…ごめん」

 

ジータはソーサラーから、クラスⅢ、

漆黒の鎧を纏いし暗黒剣士、ダークフェンサーへとジョブチェンジする。

ジータがとりあえずの目標としていたジョブだ。

手に握られるは火属性の剣エッケザックス、あの爪熊の斬撃はおそらく風属性、

ならばということで用意した。

 

 

バハムートやオメガ、天司や虚空や終末といった冠がつく特別な武器以外は、

クラスを解放することで直接装備出来ることをジータはあらかじめ確認していた。

クラスⅣやEXを解放できればより強い…。

火属性で言うならウシュムガルやクリムゾンフィンガー、夏ノ陽炎といった武器も、

装備できるようになる。

もっとも本来の力を得るためには召喚石の加護が必要なのだが。

 

ともかく準備は整った、いよいよあの爪熊へのリベンジを果たす時が来たのだ!

 

「けど…ちょっと休憩」

 

この黒い鎧姿だとなんか色々と面倒臭くてやる気がなくなる感じがする。

 

「服装で性格変わるクセ…治ったんじゃなかったのか?」

 

座り込んだジータの手を引いて立ち上がらせようとするハジメ。

その頭はコブだらけだ。

 

「なんかこれが特別っぽい」

 

こういうクセの強いコスチュームだと再発するらしい、

アルカナソードの時もそうだった…後で思いだして死にたくなった。

もっとも何度か着用すると耐性がつくのだが。

 

「とにかく天歩の習得だ、行くぞ!」

「えー、巣に帰って寝よーよ、今日はもう充分だよ」

「巣とか言うなよ!オラ立て!」

 

 

 

迷宮の通路を、姿を霞ませながら高速で移動する二つの影があった。

 

言わずと知れたハジメとジータである。

"天歩"を完全にマスターした二人は、"縮地"で地面や壁、時には"空力"で足場を作って

高速移動を繰り返し宿敵たる爪熊を探していた。

本来なら脱出口を探すのを優先すべきなのだが。二人はどうしても爪熊と決着を着けたかった。

一度砕かれた心を取り戻すために、左腕の仇を取るために。

 

途中で二尾狼の群れや蹴りウサギに遭遇するが、ことごとくハジメの弾丸と

ジータの刃によって瞬殺されていく、そして。

 

宿敵発見、爪熊はクチャクチャと蹴りウサギを咀嚼している。

その様は巨体と相まって悠然さに満ちていた、知っているのだ

自分がこの階層の王であることを。

 

「よぉ、爪熊。久しぶりだな」

 

爪熊はその鋭い眼光を訝し気に細める。

何故王たる我に背を向けぬ?何故恐怖しないと言わんばかりに

 

「ハジメちゃんの腕…美味しかった?」

「リベンジマッチだ、まずは俺達が獲物ではなく敵だと理解させてやるよ」

 

ハジメはドンナーを抜き銃口を真っ直ぐに爪熊へ向ける。

もう二人の心に恐怖はない、あるのは生きるという渇望と、

それを阻むものは全て屠るという強靭な意思のみ。

 

「俺たちの」「私たちの」

「「糧になれ」」

 

その宣言と同時にハジメはドンナーを発砲する。

ドパンッ! と炸裂音を響かせ、超速の牙、もとい弾丸が爪熊に迫る。

 

「グゥウ!?」

 

爪熊は咄嗟に崩れ落ちるように地面に身を投げ出し回避する。

弾を見切ったわけではなさそうだ、発砲よりほんの僅かに回避行動の方が早かった、

おそらくハジメの殺気に反応した結果か?流石は階層最強の王である。

パワーのみならずスピードにも優れている、といったところか?

だが、完全に避け切れたわけではなく

肩の一部が抉れて白い毛皮を鮮血で汚している。

爪熊の瞳に怒りが宿る。どうやらハジメたちを"敵"として認識したらしい。

 

「今のがゴングだ!さぁ来い!」

「ガァアア!!」

 

爪熊は咆哮を上げながら物凄い速度で突進する。

二メートルの巨躯と広げた太く長い豪腕が地響きを立てながら迫る姿は途轍もない迫力だ。

しかし、ここでハジメの背後に控えていたジータが動く。

初撃は俺にやらせろと言われていたのだ。

 

『ミゼラブルミスト』

 

黒い霧が爪熊の身体に纏わりつく、爪熊は明らかに集中を乱し

その剛腕は空しく空を切る。

 

『グラビティ』

 

さらに爪熊の動きが一段と重くなる、

魔物の固有魔法の発動を遅らせる効果があることは確認済みだ。

 

初撃こそ不発だったものの、今度こそと言わんばかりに

再び爪熊が突進を開始する。

その眉間目掛けハジメはドンナーを発砲するが、

爪熊は突進しながら側宙をして回避する、霧と重力に苛まれながらもこの身軽さである。

 

侮れぬ強敵であることを再度認識し頷きあう二人、

しかしその表情は"こうでないと"という充実した笑顔である。

 

自分の間合いに入った爪熊は突進力そのままに爪腕を振るう。

固有魔法が発動しているのか三本の爪が僅かに歪んで見える、だが。

 

『ディレイ』

 

ジータの握った枯れ枝のような二又の剣から放たれる炎が、

風を纏った爪に纏わりつき、結果ただの力任せの一撃へとそれは変化する。

いわゆるフィズったという奴だ。

 

本来放たれる筈の一撃が発動しない、そのことに明らかに戸惑いながら爪を振るうが、

そんな攻撃が今の二人に通用するはずもない。

 

盛大に空ぶった爪の一撃を余裕ですり抜けると、ハジメは熊の側面やや後方へとその位置を変え。

ドンナーを構えてすかさず発砲する、電磁加速された絶大な威力の弾丸が、

熊の左肩に命中し、根元から吹き飛ばした。

 

「グルゥアアアアア!!!」

 

その生涯でただの一度も感じたことのない激烈な痛みに凄まじい悲鳴を上げる爪熊。

その肩からはおびただしい量の血が噴水のように噴き出している。

吹き飛ばされた左腕がくるくると空中を躍り、ドサッと地面に落ちる。

 

「お返しだよ」

 

さらに縮地で斬り込んだジータの真一文字の炎の斬撃が爪熊の右腕をも斬り飛ばす。

 

「倍返し、ちょっと古いかな」

 

自慢の爪を失った爪熊、いやもはやただの熊はそれでも残った両足を使い、

ハジメのさらなる銃撃を辛くも回避するが、両腕を失った影響でぐらりとあからさまにバランスを崩す。

そしてそれを見逃すジータではなかった。

すでに縮地で地を這うように着地場所へと先回りしている。

 

己に纏わりつく少女へとふらつきながらも蹴りを放つ熊だが、

それは蹴りウサギのそれに比べると遥かに遅かった。

僅かに頭を動かすだけで蹴りを回避すると、ジータはそのまま掬い上げる様に

地面スレスレから二又の刃を一閃し、蹴りを放ってない側の脚、

つまり熊の左足を切断していた。

 

この間、僅か数秒。

 

その僅かな時間で両腕と片足を失った熊……もとい元爪熊は、

地響きを立ててそのまま仰向けに地に臥す。

それは今まで食物連鎖の頂点に立っていたものが、最下層へと転落した瞬間だった。

 

元爪熊はなおも咆哮し、のたうち回っていたが、やがてその血の匂いに誘われた二尾狼や

蹴りウサギの大群に己が取り囲まれていることを察知すると、

その咆哮はまるで許しを請うような響きへと変わる。

恐る恐る巨体へと近づいた一匹の二尾狼が元爪熊の傷口へと牙を立てる。

 

「キュウウウウウウッ!」

 

明らかに悲鳴だった。

それを合図にその場全ての魔物たちが元爪熊へと殺到し、

その牙を突き立て、生きた肉を喰い始める。

 

その様を空中の足場から冷たい目で眺めるハジメとジータ。

元爪熊と目が合う、その目はかつての捕食者の目ではなく、救いを求める被食者の目だった。

 

「生き残れるか試してあげる」

「ま、お前には無理だろうけどな」

 

この隙に本来の目的である、脱出口の探索を少しでも進めて置きたい。

元爪熊が完全に、ただの肉塊と化したことを確認すると、

戦利品の熊の腕を抱え、二人は足早にその場を去るのであった。

 

 

 

ここで時間は遡る、ハジメが初めて魔物肉を口にした頃に。

 

 

王宮の一室にて。

 

 

「もうこんな時間かよ…」

 

遠藤に借りてきてもらった膨大な書籍に囲まれ、うたた寝をしていたカリオストロ。

ちなみにここは愛子の部屋だ。

愛子はあれ以来元気を無くしてしまって、目を離せないのもあるし、

迂闊に外に出ると、光輝に何を言われるか分かったものではない。

 

とはいえど、いつまでも萎れて貰っていては困る、

もう事故から十日、発覚から一週間だ、そろそろ教会の連中が動き出す頃だ。

 

「生徒たちを守るんだろ?愛子」

 

同じく自分の隣で本を枕に眠りこけている、愛子の背中に毛布をかけてやる。

生徒たちを守るには、まずは状況を、ひいてはこの世界のことを知らねばと、

未だ癒えぬ悲しみを抱えつつも、愛子は気丈にも各種の文献にあたっていた。

 

「?」

 

不意に身体を走る何かにキョロキョロとまずは周囲を見渡すカリオストロ、

ゆっくりと両掌の開閉を繰り返し、トントンとその場で軽くジャンプを繰り返す。

どうやら確証を得たらしい、キュウと口元が三日月状に開き、例の凶悪な笑顔が浮かぶ。

 

「アイツらやりやがったな!ククク」

「愛子喜べ!アイツらは無事だ!」

 

歓喜の声を上げながらカリオストロは愛子の頬をぺちぺちと叩いて起こしてやる。

 

「南雲君と蒼野さんがですか!あ、痛った!」

 

急に起き上がったものだから山積みの本がドサドサと頭上に降り注ぐ。

 

「ああ、間違いねえ!オレ様の身体にアイツらからの力が確実に流れ込んでいる…しかも」

 

この漲る充実感、おそらく光輝らよりも彼らの力は今や上だろう。

奈落の底とやらで、きっと何かを掴んだに違いない。

 

(動いてくれたか、ガブリエル)

 

「ウロボロス!」

 

カリオストロの叫びと共に魔法陣が展開され、そこから金属の肉体を持つ巨大な蛇が姿を現す。

その口元は剣で縫い付けられて、かつ頬に申し訳程度の翼が生えている。

それが口髭に見えて、蛇というよりナマズみたいだなと愛子は少しだけ思ったが。

 

「紹介するねっ、この子のぉー名前はウロボロス、カリオストロのぉかわいー相棒なの♪」

 

錬金術の粋を集めて産み出した、相棒にして生体兵器である大蛇の喉を

愛おし気に撫でてやるカリオストロ。

 

「生きてるんですか…それ」

 

見た目こそ機械だが確かな呼吸の息遣いを、愛子はウロボロスから感じとっていた。

 

「ああ、生きてるからには餌が必要だよなあ、新鮮な生餌が」

 

ニィと笑って視線を外へと移すカリオストロ…その先は。

 

「まさか…」

「さーて」

 

わざとらしくゆっくりとカリオストロはクッションから腰を上げる。

 

「檜山君を殺しに行くつもりですね!やめてください!」

「殺したりなんかしねぇよ」

 

縋りつく愛子へとニヤと笑いかけるカリオストロ。

 

「身体を消しに行くだけだ」

「それを殺すって言うんです!」

「じゃあ止めてみろよ、センセ」

 

その声音には明らかな挑発が混じっている。

 

「言っとくが安っぽい感情論じゃ愛弟子を殺られたオレ様は止められないぜ…ククク」

 

愛子は必死になって頭をフル回転させ、自分たちの状況とそれを鑑みた上での、

今度の方針をカリオストロへと、訴えかけるように説いていく。

何度も同じ言葉を繰り返しては、言い換えて。

 

「~と、いう風に私は思ってます」

「…ま、優はやれねぇが、良はつけてやるよ」

 

またクッションに腰を下ろすカリオストロ、その姿を見て胸を撫でおろす愛子。

とはいえ途中から愛子にも気が付いていた、目の前の少女が本気で動けば、

自分程度に止められるはずもない、要は試されていたのだ。

 

「カリオストロさんには確かに檜山君を裁く権利はあります、ですが…まずは

南雲君と蒼野さんの意見を聞いてからでもいいのではないでしょうか?」

 

これは問題の先送りに過ぎないと愛子にも分かっている。

 

(南雲君はともかく蒼野さんは間違いなく檜山君を殺すことを主張するでしょうから)

 

「それにカリオストロさんは、まずは白崎さんや八重樫さん、遠藤君たちに

南雲君と蒼野さんが生きていることを伝えないといけないのでは?」

 

「だよな」

 

ため息をつくカリオストロ。

あの勇者コンビ、光輝と龍太郎が香織と雫にはピッタリと張り付いている。

ハナからハジメが死んだと決めつけている上、

公言こそしていないが、ハジメがジータを巻き添えにしたとさえ思っている節がある彼らには、

詳細を教える気にはなれなかった。

 

「天之河君たちには、やはり……」

「ああ、教えない方がいいだろうな」

 

二人は生徒たちを戦いから引き離すには、戦いの現実を知った今しかないと考えていた。

もしも光輝と龍太郎にハジメとジータの生存を伝えれば、

間違いなく声高にその救出を叫び、皆を焚きつけるはず、そしてそれが教会の耳に届けば、

迷宮の闇に囚われた仲間を救出という大義名分を成立させ、

さらなる戦いに生徒たちを駆り立てるに違いない、そうなればもう手遅れだ。

 

勿論、生きているに違いないと勝手に信じてるだけだと、

思われてる現状なら全然構わないのだが。

 

香織についてはもしも暴発しようとしても、雫が押さえてくれる。

それにハジメに関してのことになると、周囲が見えなくなりがちな彼女だが、

本来は聡明なのだから、言葉を尽くせば理解してくれるはずだ。

 

まぁ、檜山の件は預けておいてもいいだろう。

 

(…それにあいつはもう)

 

「ところでこの子さっきから私の頭を甘噛みしてるんですけど、止めさせて貰えませんか?

ホントに食べられそうで怖くって」

 

自分の頭上の空間でとぐろを巻くウロボロスを指で示す愛子、

敵意は無いのは雰囲気で分かるが、それでも怖いものは怖い。

 

「獅子舞とでも思ったらいい、少なくとも今年中は無病息災でいられるぞ」

「獅子舞ですか…」

 

この少女が一体どういう文化圏で育ったのか、時折愛子は疑問に思う。

少なくとも自分たちの元居た…地球に存在していた物の大半は、

彼女の世界にも存在していたのではないのかと。

とはいえこの件で深く考えるのは止そう、話が早くて助かるくらいに思っていればいい。

 

「愛子はエサじゃねぇ、喰うな」

 

ともかく主に制されたウロボロスはキューと声を上げて、今度は愛子の膝の上に頭を乗せる。

喉を撫でてやりつつ、ガマ口の様な巨大な口元を見て、

やっぱりナマズだなと愛子は思った。

 

 

 

オルクス大迷宮における内紛めいた惨劇は、公式には事故として扱われることとなった。

 

帝国が謁見の使者をこちらに送るのではないかと噂されており

そういう微妙な時期に、勇者同士の内紛を明るみに出すわけにはいかないという判断だ。

 

もちろんその裁定について、各人思うところはあったのだが、

それはまた別の機会に記されることになるだろう。

 

で、表向きには無罪となった檜山だが、

もちろん、公の罪は消えても遺恨まで消えるわけではない。

ケガの治療こそ施されたものの、檜山はかつての仲間である近藤を中心とした、

一部のクラスメイトたちから執拗な暴行を受け続けていた。

それは実に巧妙であり、光輝やメルドらの目をすり抜けるように行われており、

 

また技術者として異世界の知識をもたらす片鱗を見せていたハジメと、

複数の天職を扱い、ステータスに拠らず活躍が期待されていたジータ。

この二人を失わせた事実は、王宮や教会の人々も知るところであり、

それゆえに彼に救いの手を差し伸べるものは誰もいなかった。

 

こうして彼は自室に引きこもり、一歩も外に出なくなった。

外に出て近藤らに出会えば暴行が待っているし、

たとえ逃れられても、次は突き刺さるような非難と侮蔑の視線に晒される。

 

何より香織の顔を見るのが恐ろしかった。

あの美しい顔と、闇と冷たさを纏った虚ろな瞳が檜山の脳内で交互に重なり合うと

思慕と恐怖が入り混じり、それだけで気が狂いそうになってしまう。

 

さらに…傷つき追い詰められた今になって、

ようやくカリオストロが刻んだ心の傷が顕在化した。

 

(出て行けばあのガキに殺される…)

 

毛布を被りベッドの上でその身を震わせる檜山。

幸い、食事や部屋のゴミはメイドが何とかしてくれる。

ここでしばらくやり過ごせば…。

 

ところがである。

 

数日前からメイドが部屋を訪れなくなり、同時に食事も届けられなくなったのだ。

水も食料も供給がストップし、檜山もまた飢餓地獄に苦しんでいた。

 

(なぜ俺が苦しまなきゃならない……俺が何をした……)

 

(なぜこんな目にあってる……なにが原因だ……)

 

(どうして誰も助けてくれない……)

 

(誰も助けてくれないならどうすればいい?)

 

などと、主人公でもないのに、飢餓感に苦しみながら考えていた時だった。

 

「?」

 

空腹で敏感になった嗅覚が何かをキャッチする。

スンスンと鼻を鳴らしながら、フラフラと吸い寄せられるようにドアへと向かう。

ドアのすき間から漂う匂いを確かめる…メシの匂いだ

 

もうこれが誰かの誘い出す罠であっても構わない

駆られるようにドアのノブを捻る檜山。

 

そこにいたのは意外な人物だった。

クラスこそ同じだが、殆ど会話を交わしたこともない

とにかくその人物は手にパンと、まだ湯気が残るスープを持っていた。

 

「そ…そっ…それえ」

 

檜山はその人物が持つパンへとふらふらと手を伸ばすが

パンは彼の手の届かない場所へとひょいと移動し。

そして床へ、正確には彼の足元へと投げ落とされる。

 

「あ…」

 

檜山が間の抜けた声を上げているうちにも、

その人物はパンを土足で踏みつけ、さらにスープを床にぶちまける

そしてさあ喰えと言わんばかりに微笑む。

 

「……」

 

檜山の顔に一瞬だけ躊躇の色が浮かぶが、次の瞬間にはもう彼は床に這いつくばっていた。

 

(人はお金で飼えるっていうけど、エサでも飼えるもんだね)

 

床に這いつくばりパンとスープを啜る檜山の姿は、人ではなくゴキブリのように

その人物には映った。

 

(ま、ゴキブリでも生きてりゃ立派なもんか)

 

 

 




ちょっとジータちゃん強くし過ぎかなと思ったのですが
原作だとハジメの戦力ってオルクス突破時でほぼ完成してるんですよね。
ということでクラスⅢ習得を早めました。


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脱出行~封印部屋へ

ちょっと駆け足かも


「もういい加減覚悟を決めようよ」

「ちくしょう、なんで無いんだ…」

 

爪熊を殺してから三日、ハジメたちは上階へと続く道を探し続けていた。

既にこの階層の八割は探索を終え階下への道はすでに発見済だ。

 

爪熊を喰らってから~

―――あれは魔物の中でも別格だったらしく、ハジメは膝をつくほどの激痛に襲われ      

ジータもまた胸を押さえて、ハジメが神水を服用するまで痺れに耐えなければならなった。

 

ともかく痛みを乗り越えた甲斐あって、ステータスがまた跳ね上がり、

今や、この階層で彼らにとって脅威となる存在はおらず、

探索は急ピッチで進められていたにもかかわらず、いくら探してもは上階への道が

脱出口が見つからないのだ。

 

自分たちが流されてきた水路を遡るというのも考えたが、

水量が思った以上に多く、断念せざるを得なかった。

ちなみにハジメの手を逃れるように一枚のカードが、

水路の上流へと消えていったこともついでに記して置く。

 

なお、錬成で直接天井を開けて移動するという、最も手っ取り早い方法は既に試した後だ。

その結果は、上だろうと下だろうと一定の範囲を進むと、どうやら上下になんらかの

プロテクトがかかっているかのように、何故か壁が錬成に反応しなくなるのだ。

その階層内ならいくらでも錬成できるのだが……。

 

この【オルクス大迷宮】は、神代に作られた謎の多い迷宮なのだ。

 

「何があっても不思議じゃないか……仕方ない」

 

上に逃れることが出来ないなら、下に潜るしかない。

この大迷宮の更に深部へと……。

 

「ここは隠しダンジョンみたいなもんなんだよ、きっとね」

「……仕方ないか」

 

はぁ~と深い溜息を吐きながら、二人は階下への階段がある部屋へと赴く。

その階段、いや造りが雑なので凸凹した坂道と言った方が正しいだろう。

 

そしてその先は、真っ暗な闇に閉ざされ、

、巨大な怪物の口内のような不気味な雰囲気を醸し出している。

一度進めばもう二度と戻れない、そんな不安をどうしても拭いきれなかったがゆえに、

彼らは一縷の望みを求めて上への通路を探していたのだった。

 

「ハッ! 上等だ、なんだろうと邪魔するってんなら」

「殺して喰ってやる、でしょ」

 

ハジメの豹変を受け入れ、その道を支えると誓ったジータではあるが。

それでも殺すとかそういうのはあまり言ってほしくはなかった。

支えるだけではなく、時には正すのも自分の役目だ。

 

ともかく彼らは自分らのそんな弱気な考えを鼻で笑うと、

ニィと不敵に笑いってハイタッチを交わす、そして躊躇う事なく暗闇へと踏み込んだ。

 

 

 

それからどれだけの時間、いや日数が経過したか。

彼らは今や爪熊の階層からさらに下ること五十階層にも到達していた。

 

 

 

今のジータの姿は、緑を基調とした軍服風のコスチュームだ。

彼女の現在のジョブはホークアイ、偵察と強襲に長けた盗賊系のジョブである

ジョブの切り替えには時間がかかる、例えば毒を受けてから慌てて回復系のジョブに

チェンジしても間に合わない。

 

これは爪熊の階層から、いざ!と降りた途端。

バジリスクの石化の洗礼を受けてしまったことによる反省だ。

 

従ってまずは彼女が先行し、周囲の様子や敵を確認し、

その上で最適なジョブを選択し、改めて攻略に向かうというスタンスで

ここまで進んできた。

 

どうやらこの迷宮は階層ごとにテーマがあるようだ。

火気厳禁のタールの海の中でサメと戦ったかと思えば、

階層全体が毒霧で満ちていたりといった風に。

 

毒階層ではジータのジョブの一つである、ビショップの力が大いに役立った。

 

『ベール』

 

ジータが頭上に杖を構えると、緑色のカーテンのような物が二人を包み込んだ、

事前に張っておきさえすれば状態異常を防いでくれるバリアのような物

(正確にはマウントという)らしい。

もっとも強力な毒などを受ければ破れてしまうらしく、

毒霧や蛾のばら撒く毒鱗粉はシャットアウト出来たが、

虹色のカエルの吐き出した毒液とは相殺しあって破れてしまった。

 

もしベールがなければ神水を大量に消費することになっていただろうとは、ハジメの言葉だ。

 

 

また地下迷宮なのに密林みたいな階層に出たこともあった。

そこは物凄く蒸し暑い上、鬱蒼としていて、

樹上では巨大なムカデがカサカサと這いまわっていた。

ここまでで一番不快な場所だったとジータは思う。

 

その上、ただでさえ不快感溢れる外見のその巨大ムカデは、

いきなり頭上から降ってきたかと思うと、

体の節ごとに分離してバラバラになって襲ってきたのだからたまらない。

その光景を頭から消し去るのにはかなりの時間がかかった。

 

ここで活躍したジータのジョブはハーミットである。

 

『チョーク』

 

数十体、いや数十片に分離し迫るムカデの群れにも動じず、

キノコのようなフード姿のジータは、短剣を翳しアビリティを使用する。

ハジメの持つドンナーに光が宿り、

そのままハジメは無造作にムカデどもに向かってトリガーを引く

放たれた弾丸はなんと数十個に分裂し、数十片全てのムカデのパーツを破壊しつくす。

 

そう、このチョークというアビリティは攻撃を全体化する効果があるのだ。

勿論、強力な分だけ効果は短く、使用間隔も長く、全体化はあくまでも、

分かる範囲、届く範囲に存在する敵の個体分だけという感じで決して万能ではない。

 

またあまり強力な攻撃は全体化出来ない様だ。

例えばいずれハジメが製作する予定の対物ライフルやミサイルランチャーといった類の…

ともかく、この時以来ハジメはリロードの技法や格闘技の研究にも励むようになる。

 

 

他には密林の樹木に擬態して襲ってくる樹の魔物がいた。

いわゆるトレントという奴だ。

このトレントモドキ、ピンチになると頭部をわっさわっさと振り

赤い果物を投げつけて来たのだが、これには全く攻撃力はなく、二人は試しに食べてみたのだが、

これが、血生臭い魔物肉に慣れた舌にはめちゃくちゃ美味かったのだ。

我を忘れて数十分硬直してしまう程に、ちなみに見た目はリンゴだったが味はスイカによく似ていた。

 

実に、何十日ぶりかの新鮮な肉以外の食い物、ましてそれは瑞々しい天上の果実である。

完全に狩人と化した二人は、トレントモドキを狩り尽くす勢いで襲いかかり

存分に収穫を、果実の実りを満喫する、迷宮攻略を再開した時には、

既にトレントモドキはほぼ全滅していた。

 

 

そんな感じで階層を突き進み、気がつけばここまでやって来ていた。

ちなみに、現在の彼らのステータスはこうである

 

 

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:49

天職:錬成師

筋力:880

体力:970

耐性:860

敏捷:1040

魔力:760

魔耐:760

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]

   魔力操作 胃酸強化 纏雷 天歩[+空力][+縮地][+豪脚] 風爪 夜目 遠見

   気配感知 魔力感知 気配遮断 毒耐性 麻痺耐性 石化耐性 言語理解

 

 

蒼野ジータ 17歳 女 レベル:49

天職:星と空の御子

筋力:100+616

体力:100+679

耐性:100+602

敏捷:100+728

魔力:100+532

魔耐:100+532

技能:全属性適性 団員x1 召喚 星晶獣召喚(条件:同調者)同調(南雲ハジメ、同調率70%)

   剣術 統率  防壁Lv5 挑発 恩寵 背水 コスプレ サバイバル 

   魔力操作 胃酸強化 纏雷 天歩[+空力][+縮地][+豪脚] 風爪 夜目 遠見

   気配感知 魔力感知 気配遮断 毒耐性 麻痺耐性 石化耐性 言語理解

 

 

そして現在、階下への階段を発見した時点で、

二人はこの五十層で作った拠点にて鍛錬を積みながら、少し足踏みをしていた。

ここまで駆け足、特に直上の四十九階層でかなりの激戦が展開されたので、

休息したいというのもあったのと、

それにこの五十層は他の階層と比べると明らかに異質だったからだ。

 

というのも、まずこの階層には魔物が一体も存在せず。

脇道の突き当りにある空けた場所に荘厳な両開きの巨大な扉が有り、

その扉の脇には二対のサイクロプスのレリーフが半分壁に埋め込まれるように鎮座していたのだ。

 

「いるね…中に」

「多分な」

 

ゲーム的なセオリー通りならおそらくボスが中にいる。

あるいは今にも動き出しそうな、いや絶対動くだろうと思う、

このサイクロプスくんたちがボスなのかもしれないが。

 

ともかく二人はその空間に足を踏み入れた瞬間、全身に悪寒が走るのを感じていた。

某天乃河ならガナビーオーケーとばかりに突っ込むのだろうが。

レディ・パーフェクトリーとまではいかないものの、これはそれなりの準備はして臨みたい。

 

何しろこの先の見えない探索にようやく現れた"変化"なのだ。

調べないわけにはいかない。

 

あの扉を開けば確実になんらかのトラブルに見舞われることになるだろう。

だがそれでも避けるわけにはいかない。

そう、休息や装備云々よりも彼らは変化への期待を、

逸る気持ちを抑え、冷静に先に進むためにここでキャンプをしていたのだ。

 

「さながらパンドラの箱だな……さて、どんな希望が入っているんだろうな?」

「パンドラの箱なら希望の前に絶望が飛び出してくるんだよ」

 

二人はゆっくりと扉へと向かう。

 

ハジメはドンナーをゆっくりと構え。

ジータは新たな召喚石の感覚を確かめる。

このキャンプ中に手に入れたのは幾つかのカーバンクル、

それからガルーダとセレスト・マグナ、そしてサジタリウスだ。

 

 

『トレジャーハンティングⅢ』

 

 

扉まで約十メートルの地点でジータの目が光り、

まるでスカウターのように視界内がスキャニングされる。

本来は文字通り宝物を探すアビリティだが、

このように周囲の偵察や罠探知、敵の弱点看破にも使用することが出来る。

 

「罠はないね…あ、あの二体やっぱり動くみたい」

「どうする?拠点でハーミットに変わってからやるか?」

「二体でしょ?非効率だよ…それにね」

 

闇色の短剣、コルタナを構えるジータ。

 

「多分あれは前座だよ」

 

あらかじめ壊すのも手と言えば手だが…スルー出来るならそれに越したことはない。

 

(まだまだ甘いかな?)

 

「もし動いたら…右はハジメちゃん、左は私が行くね。」

 

扉には見事な装飾が施されており、中央に二つの窪みのある魔法陣が描かれている。

 

「見たことあるか?こんなの」

「全然、まあ、あの程度じゃ仕方ないけど…」

 

ハジメがカリオストロにシゴかれている間、

ジータはその手伝いだけをやっていたわけではない。

いかに複数の天職を駆使できるからと言って、

自身の低能力をそれだけで払拭できるわけではないのだから…。

したがって彼女は睡眠時間を削って座学に力を入れていた。

 

もちろんあの短期間で全ての学習を終えることは不可能なのだが、

それでも魔法陣の式を全く読み取れないということは無い筈。

 

「記録に無いほど古いってことかな?多分」

「なら練成で普通に開けりゃいいか、罠は無いんだよな」

 

ジータが再度頷くのを見て、ハジメは扉に触れて練成を開始するのだが…。

瞬間、火花が散ってその手を弾き飛ばす。

 

「わっ!」

 

それと同時に左右の頭上から雄叫び、予想通り扉の両側に彫られていた二体のサイクロプスが、

周囲の壁をバラバラと砕きつつ現れた。

 

「左は任せた」

 

神水を口に含みながらドンナーの一撃で右側のサイクロプスの眼を撃ち抜き瞬殺するハジメ。

そして縮地と豪脚で一気に跳躍したジータは左のサイクロプスの喉元へと、

闇の刃を閃かせる。

だが、サイクロプスの体が一瞬発光したかと思うとその刃は弾かれる、

 

(固有魔法!?)

 

どうやらサイクロプスの固有魔法は防御力を著しく強化させるもののようだ。

 

「けどね!」

 

続けざまに斬撃を行うジータ、その攻撃速度はハジメの銃撃と同等だった。

彼女が現在装備しているコルタナという短剣は生命力を下げる代わりに

攻撃力と攻撃速度を大幅に増幅させる効果があるのだ、そしてさらに。

 

『フォーススナッチ』

 

ジータの刃を跳ね返し、小馬鹿にしたように歪んでいた、

サイクロプスの口元が今度は驚愕に歪む。

何故か固有魔法が…守りが自分の意思とは関係なく強制的に解除されてしまったのだ。

そしてジータの二撃目の刃がサイクロプスの喉を易々と切り裂き、

トドメの三撃目が半ば繋がっていた状態の首を完全に切断した。

 

ぐらあと倒れるサイプロプスの巨体を背にとんと軽やかに着地するジータ。

ハジメはもうすでに扉の前で思案中だ。

扉の二つの窪みと二体のサイクロプス…

 

思いついたようにハジメはサイクロプスの死体を切り裂き

その身体から採取した魔石を窪みに嵌めこもうとするが…。

 

「待って、ここでジョブ変えるね」

 

ジータの声にその手を止める。

サイクロプスを排除し、この周囲には危険が存在しない。

ならば扉の中の危険に対処出来るジョブに変更しておこう…ということか。

 

ジータの身体が光に包まれ幾重もの魔法陣や文字や記号が光の後を追いかけるように

さらにその身体に表示されていく。

緑の軍服が黒の鎧姿に変わるまで、その間、なんと数分。

乱戦ではとてもじゃないが中途でのジョブチェンジなど出来ようはずもない。

ちなみにこの状態で攻撃を受けても、ジョブの変更がキャンセルされるだけなので

対処は可能である。

 

「お待たせ」

 

ダークフェンサーへと姿を変えたジータがハジメへと向き直る

やはり強敵を想定した場合、ダークフェンサーの行動阻害能力は頼りになる。

 

ハジメは改めて魔石を窪みに嵌めこむ。

すると魔石から扉の魔法陣に魔力が注ぎ込まれていき。

それに合わせて部屋が光に満たされる。

 

「中にあるのは希望かな?」

「それとも絶望か」

 

二人は警戒しながらも同時にそっと扉を開いた。

 

暗闇の中に外の光が差し込み、部屋の全貌が明らかになっていく、

と、そこは部屋の中央付近に立方体の石が設置され、

幾本もの太い柱が規則正しく立てられた、

いわば神殿のような造りになっていることが見て取れた。

 

その立方体の石は、まるで御神体のようにハジメには思えてならなかった。

とはいえ、聖域であろうとここまでくれば侵すのみだ。

ハジメはジータに背後の、主に扉の警戒を任せ、

自分はゆっくりと立方体へと近寄ろうとした時だった。

 

「……だれ?」

 

かすれた、弱々しい女の子の声だ。

ビクリッとしてハジメは慌てて部屋の中央を凝視する。

よく見ると立方体から何かが生えている、差し込んだ光がその正体を暴く。

 

「人……なのか?」

 

その立方体には両腕と下半身を埋め込まれ封じられた、金髪の少女の姿があった。

垂れ下がった長い髪は、金髪と黒髪の違いはあれど、某ホラー映画の女幽霊を髣髴とさせ、

そして、その髪の隙間から紅の瞳が覗いている。

その紅は、たまに夜空に浮かぶ赤い月みたいだなと、ハジメは直感的に思った。

 

年の頃は十二、三歳くらいだろうか?

随分やつれているし、垂れ下がった髪でその表情はわかりづらいが、

それでも美しい容姿をしていることは確かだろうと思えた。

 

「誰か……居るの?」




いよいよ動き出す運命


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奈落の底の吸血姫

お気に入り200人達成!ありがとうございます!


 

 

流石に予想外の事態にハジメは硬直し、紅の瞳の女の子もハジメをジッと見つめている。

緊張のあまりゴクリとハジメが唾を飲み込む音が、背後のジータにも聞こえたような気がした。

 

「……」

 

ひとまず無言でそっと後ず去ろうとしたハジメだったが。

 

「ま、待って!……お願い!……助けて……」

 

それを金髪紅眼の少女が慌てたように引き止める。

その声はもう何年も出していなかったように掠れ、

まるで呟きのようにしか聞こえなかったが。

 

それでも少女の言葉に、とりあえずは足を止めるハジメ。

そこに扉を固定し終わったジータが歩み寄る。

 

「どうする?」

「…ハジメちゃんはどうしたい?」

「俺は……少なくとも話くらいは聞いてやりたい気持ちはある、けどな…」

 

眉間に指を当てて考え込む仕草をするハジメ。

 

「こんな奈落の底の更に底で、明らかに封印されているような奴に

迂闊に関わっていいものかどうかってな」

 

美少女に擬態する魔物は、マンガやゲームではお馴染みである。

実は中身がおっさんという生きた実例も経験済みだ。

可愛いから許すという思考は、ここでは命取りなのである。

ましてや、こんな場所に封印されている以上、相応の理由があるに決まっているのだ

 

一方、話を聞くという言葉を聞いて内心ホッとするジータ。

ここまでの容赦も躊躇もない戦いの渦中にあっても、

ハジメの中には優しさや思いやりがまだ残っているのだと。

 

「助けて……なんでもする……だから……」

 

少女はもう泣きそうな表情で必死に乏しい声を張り上げ、

ここから先はと、ジータがハジメに変わって応じてやる。

 

「ねぇ?ここから…この迷宮から出られる方法知ってる?」

 

とりあえず試しに聞いてみる。

 

「それは…知らない、だってっ!だって…ううう」

 

(あ、ホントに泣いちゃった、けど)

 

試しに聞いただけだったが、これである程度の確証は得られた。

目の前の少女は知らないと素直に言った。

ここから抜け出したいだけの邪悪な存在なら、知っているから出して、

ないしは、出してくれたら教えるとでも言うだろう。

 

(少なくとも騙すつもりはないみたい)

 

「ケホッ……私、悪くない!…お願い」

 

紅の瞳から涙を零しながら懇願する少女。

 

「私……裏切られただけ!」

 

裏切り、その言葉にハジメの肩がピクリと動く。

恨みか妬みか、檜山の放った裏切りの火球のせいでハジメとジータは

この奈落の底で地獄の苦しみを味わったのだ。

同じ境遇ならば、話を聞かないわけにはいかない。

 

「裏切られたと言ったな? だがそれだけだと、

お前が封印された理由になっていない気がする、その話が本当だとして、

裏切った奴はどうしてお前をここに封印したんだ?」

 

「私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。

でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……

これからは自分が王だって……私……それでもよかった……

でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……

それで、ここに……」

 

訴えかけるように、枯れた喉で必死に語る少女。

 

そのたどたどしい訴えを耳にしながら、ジータは思いだす。

無能と思われていたハジメが、カリオストロの助力で薬を造り出し、皆に配る姿や

少しでも戦いを楽にしようと、必死で武器や兵器の研究に取り組んでいた姿や

ベヒモスを相手にただ一人足止めをしていた姿、そして…。

 

(やっぱり似てる…おんなじだ)

 

少女がその波乱万丈な境遇を語り終わって一息つくのを見てから。

二人はいくつかの気になるワードを尋ねていく。

 

「お前、どっかの国の王族だったのか?」

「……(コクコク)」

「殺せないって何?不死身ってこと?」

「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」

「……そ、そいつは凄まじいな。……すごい力ってそれか?」

「これもだけど……魔力、直接操れる……陣もいらない」

 

なるほど。

 

ハジメも魔物を喰ってから、魔力操作を使えるようになり

身体強化や他の錬成などに関しては詠唱も魔法陣も必要ないのだが。

ただし彼の場合、魔法適性がゼロなために、魔力を直接操れても、

巨大な魔法陣は当然必要となり、やや宝の持ち腐れ気味なのは否めない。

 

だが、この少女のように魔法適性があればノータイムで魔法を乱発できるわけなのだから

正しく反則的な力を持っていると言ってもいい。

さらに不死身、おそらく絶対的なものではないにせよ、

それでも勇者以上のチートであることは間違いない。

危険視されるのも無理はないということか。

 

「……助けて……」

 

ポツリと女の子が懇願する。

 

ハジメは一瞬視線を泳がした後、少女が埋まった立方体に手を置き、

そして確認するようにジータの顔を見る。

 

「そこで迷う必要ある?ささっと決めちゃいなさい」

 

バシと背中を叩き、ハジメを促すジータ。

その顔は心からの笑顔に満ちている。

もしハジメが動かないなら説得するつもりだったが、その必要はなさそうだ。

 

もう優しい南雲ハジメを求めて縛るつもりはないが。

それでも生きること、守ることを理由に優しさを忘れてほしくはなかった。

その先に待っているのは、誰からも顧みられない獣の道なのだから。

過酷な戦いの中で、ハジメの心から優しさの灯を守り続けること、

そしてハジメを一人ぼっちにしないこと、それがジータの戦う理由なのだから。

 

(ガブリエル様に誓ったから…ハジメちゃんの心を守るって)

 

「あっ」

 

 

少女がハジメの行為に、自身を救い出そうとしていることに気がついたのか大きく目を見開く。

だが、ハジメはそれに応じる余裕はなかった。

ハジメの魔物を喰って以来変質した、色濃い紅色の魔力が立方体に迸るのだが、

しかし立方体は迷宮の上下の岩盤のように、ハジメの錬成を拒んで行く、

 

「ぐっ、抵抗が強い!……だが、今の俺なら!」

 

ハジメは更に魔力をつぎ込む、ここまでの探索の中でも使ったことがない程の魔力量だ。

周囲がハジメの放つ魔力光により濃い紅色に煌々と輝き出す。

そこまでやってようやく魔力が立方体に浸透し始め、徐々に震え出す。

 

「まだまだぁ!」

 

ハジメは気合を入れながらさらに魔力を注ぎ込む。

どんどん輝きを増す紅い光に、女の子は目を見開き、

初めて使う大規模な魔力にハジメの額に脂汗が滲む。

それは、少しでも制御を誤れば暴走する危険を孕んだ行為でもあるという証だ。

 

そんな僅かでも均衡を崩せば全てが台無しになってしまいそうな緊張感の中、

ジータはハジメの傍らでハラハラしながら見守るしか出来ない、

そしてそんな相棒の姿は、今の俺には完全に埒外とばかりに、

ハジメの眦が吊り上がり、勢いのままに彼は己の魔力を全放出する。

 

(何やってるんだろうな……俺)

 

なぜ、この初対面の少女のためにここまでしているのか、ここまで出来るのか?

ただ人助けという言葉だけでは片付けられないだろうという疑問が、

不意にハジメの中に浮かんでくる。

だが、とにかく放っておけないのだから仕方ない。

 

そんなハジメの感情の昂りは防壁を超えてジータの心に届いていく。

その昂りは不思議な温もりがあった、そうこれは…。

 

そしてハジメ自身が深紅の輝きを放ちだし、立方体がようやく崩れ出し。

少しづつ少女の身体が露になっていく。

そして全ての戒めを解かれた少女は地面にペタリと座り込む。

一糸纏わぬその裸体はやせ衰えていたが、それを感じさせないほど神秘的な輝きに満ちていた。

 

肩で息をするハジメに神水を手渡たそうとしたジータだが。

 

未だ震えるハジメのその手を少女が弱弱しくもギュッと握り、

その深紅の瞳で真っ直ぐに、ハジメの顔を見つめているのを目の当たりにし

身体が固まってしまうような感覚に襲われる。

 

「……ありがとう」

 

その言葉を贈られた時の心情をどう表現すればいいのか、ハジメには分からなかった。

ただ、今まで感じたことが無い、そして忘れることも消えることのない何かが

まるで夜空に月の光が差したように心の中を満たしていく、そんな気がした。

 

それもまた防壁を超えてジータにも伝わる。

例えるならば確かな温もりを帯びた、夜空を照らす月のような柔らかく暖かい光だろうか。

 

(まさか…でもこの気持ちは…)

 

もしそうならば、少し寂しい気分も勿論あるが、

ハジメの中には誰かを好きになれる、愛する心もちゃんと残っているということ、

残すことが出来たということに、ジータは喜びを覚えていた。

 

ガブリエルにハジメを一人にはしないと大見得を切って叫んだが、

やはり本当は不安だったのだから。

だからこそ、ハジメにはたくさんの大切なものを得て欲しい、得ようとして欲しい。

 

しかし、恋の指南役としては般若、もとい香織には詫びなければならなくなるかもしれない。

そんなジータの心境を知ってか知らずか、ハジメと少女はいい感じになっている。

 

「……名前、なに?」

 

少女が囁くような声でハジメに尋ねる。

そういえばお互い名乗っていなかったと苦笑いをしながらハジメは答える。

 

「俺は南雲ハジメ、んでこいつは蒼野ジータ」

「ジータでいいよ、よろしくね」

 

少女は「ハジメ、ハジメ」と、さも大事なものを内に刻み込むように繰り返し呟いた。

ハジメちゃんだけじゃなくって、私の名前も…と言いかけて

少女の表情が全く動いていないことに気が付くジータ。

 

それは、表情の出し方を忘れるほど長い間、

たった一人でこの暗闇で孤独な時間を過ごしたという証だ。

しかも、信じていた相手に裏切られて。

 

状況は違えど、僅か十日ほどですら、気が狂いそうなほどの苦しみを味わったのだ。

もしも一人きりならばとっくに狂っていただろう。

例え狂うことはなくとも、その心は完全に凍っていたに違いない。

 

ハジメもそのことに気が付いたのだろう、二人は心から互いの存在に感謝し、

そして、改めて思う、目の前の少女を助けたことはやはり間違いではなかったと。

 

「そういうお前の名前は?」

 

少女は問われた名前を答えようとして、思い直したようにハジメにお願いをした。

 

「……名前、付けて」

「は? 付けるってなんだ。まさか忘れたとか?」

「もう、前の名前はいらない。……ハジメの付けた名前がいい」

 

(こっ…この子やりおる、平然と境界線を踏み越えよった)

 

そう、これは遠回しだが、明らかな告白の響きである。

 

(この押しの強さ、香織ちゃんに匹敵するかも…)

 

「……はぁ、そうは言ってもなぁ」

 

助けを求めるようにジータの顔を見るハジメだが、

勿論ジータは笑顔のカーテンでSOSを遮断する。

 

(こういうところも変わってないね)

 

ジータはGOGO!といったそぶりでハジメを促す。

きっとこの子もハジメと同じ、新しい自分と新しい価値観で生きるために、

新しい名前が欲しいのだろう。

 

(ホラ、迷ってないでキメなさい)

 

「そうだな……そうだな」

 

相棒の協力が得られないのがわかり、必死で頭を働かせるハジメ。

 

「"ユエ"なんてどうだ?、ネーミングセンスないから気に入らないなら別のを考えるが……」

「ユエ? ……ユエ……ユエ……」

「ああ、ユエって言うのはな、俺の故郷で"月"を表すんだよ。最初、この部屋に入ったとき、

お前のその金色の髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月みたいに見えたんでな……どうだ?」

 

相変わらず無表情ではあるが、少女はどことなく嬉しそうに瞳を輝かせ、

それを少し複雑な気分で眺めるジータ。

普段は鈍感なクセに、それでいてサラリと急所を抉ってくる。

全くもって油断ならない、だからこちらとしては気が気でない。

もしかするとそっちの方面でも開花してしまったのかもしれない。

 

「……んっ。今日からユエ。ありがとう」

「おう、取り敢えずだ……」

「?」

 

ハジメは着ていた外套を脱ぎいで、ユエに手渡す。

 

「これ着とけ。いつまでも素っ裸じゃあなぁ」

「……」

 

そう言われて差し出された服を反射的に受け取りながら自分を見下ろすユエ。

そこで初めて自分が生まれたままの姿、平たく言えばすっぽんぽんなことに気が付く

ユエは一瞬で頬を染めると、ハジメの外套をギュッと抱き寄せ上目遣いでポツリと呟いた。

 

「ハジメのエッチ」

「……」

 

まるでよくあるラブコメのような典型的ボーイ・ミーツ・ガールの姿がそこにはあった。

ジータにしてみれば、疑似家族的展開にすんなり進むかと思いきや、

お父さんを娘に取られてしまった気分だ、だったら私の役は小姑で、

香織ちゃんの役はお父さんの…不…。

 

「わぁ!」

「?」

 

いきなりのジータの叫びに、こちらへと視線を移すハジメと少女。

 

「な…何でもないから」

 

取り繕うジータ、何故か自分の背後に般若が立っているように思えたのだ。

 

(ハジメちゃんが幸せなら、私も幸せだからいいけど)

 

これは強がりではなく、本当の気持ちだ。

こちとら十年選手だ、ましてあの地獄を共に超えたのだから、

もう恋だの愛だのは超越している自負はある……まぁちょっとは寂しいが。

 

ユエについてもまた同じだ、彼女もまた裏切りとそして孤独という地獄に苛まれてきた。

いわば同志といってもいい、何よりハジメの本当の……ごくありふれた意味での、

特別な一人になってくれるかもしれないのだから。

 

(でも、香織ちゃんはどうなんだろう?)

 

そんなことをふとジータが考え始めた時だった。

 

「上っ!」

 

ハジメの叫びとほぼ同時に天井から何かが降って来る。

ハジメはユエを抱きかかえ、ジータと共に縮地で咄嗟に回避する。

そして土煙が晴れた後には、二本の尻尾と四本のハサミを持つ巨大なサソリの姿があった。




難産でした、三人の関係がこれからどう進展していくのか
作者もある意味楽しみです。


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封印部屋の化物

団イベ中ですが、ちょろっと……フルオートって便利


 

ドパンッ!

サソリから放たれた紫色の液体を回避しながらハジメはドンナーを発砲する。

最大威力の弾丸がサソリモドキの頭部に炸裂する。

 

ハジメの背中越しにユエの驚愕が伝わって来る、無理もない話だ。

見たこともない武器で、見たこともない……例えるならば閃光のような攻撃を放ったのだ。

しかも魔法の気配もなく、若干、右手に電撃を帯びたような気もするが、

それならば魔法陣や詠唱を使用するはずだ。

 

そして自分の隣にいるジータも魔法陣や詠唱を使用せずに宙を舞っている。

つまり、ハジメとジータは自分と同じ存在、魔力を直接操作する術を持ち

そして、何故かこの奈落にいる。

そのことに気が付いたユエはハジメたちを意識せずにはいられなかった。

そんな場合ではないとわかっていながらも。

 

しかし一方でハジメたちの表情は渋い。

ここまで全ての敵を屠って来たドンナーが初めて阻まれたのだ。

 

 

効いてないことを証明するかのように、サソリのもう一本の尻尾の針がハジメに照準を合わせた。

 

『ミゼラブルミスト』

 

しかしその前にサソリの周囲にジータの短剣から放たれた黒霧が立ち込め、

その動きが明らかに集中を欠いていく。

サソリも尻尾の先端から散弾のように広範囲を襲う針を放つのだが。

 

『アローレインⅢ』

 

ジータが短剣を頭上に掲げると、そこから彼らを守るように矢の雨が降り注ぎ

散弾針を次々と阻んでいく。

サソリの身体にも矢が当たりカンカンカンカンと乾いた金属音が響く。

 

その音を聞きながら二人は余裕で矢の雨から逃れた針を撃ち落とし切り払う。

ハジメはジータに防御を任せるとサソリめがけて手榴弾を投げつける。

その手榴弾は爆発と同時に中から燃える黒い泥を撒き散らし

摂氏三千度の炎となってサソリへと付着した。

 

火気厳禁のタールの階層で手に入れたフラム鉱石を利用したもので、

摂氏三千度の付着する炎を撒き散らすいわば焼夷手榴弾だ。

 

流石にこれは効いているようでサソリは付着した炎を引き剥がそうと大暴れしている。

その隙にハジメは地面に着地しドンナーを素早くリロードする。

 

リロードが終るのと身体のあちこちから煙を燻らせてサソリが突撃するのはほぼ同時。

だが"霧"の効果かやはり動きが鈍い。

振り上げられた四本の大バサミをハジメは軽々と躱すと、その背中に着地し

外殻に銃口を押し付けゼロ距離でドンナーを撃ち放った。

 

凄まじい炸裂音が響き、サソリの胴体がぺしゃりと衝撃で地面に叩きつけられる

だがハジメは渋い顔だ、その表情がゼロ距離でもダメージを与えられなかったことを証明していた。

 

そんなハジメへとまた尻尾が照準を定める、その気配を察知し

焼夷手榴弾を投げつけ、後方へと飛び退くハジメ。

 

その時、纏わりつく炎にも構わず、サソリが今までにない叫びを響かせる。

 

「キィィィィィイイ!!」

 

絶叫が空間に響き渡ると同時に、突如、周囲の地面がうねり、

轟音を響かせながら円錐状のトゲが無数に突き出してきたのだ。

しかもサソリの尻尾の照準はハジメに向けられたままだ。

 

顔が引き攣るハジメ、だが。

 

『ディレイ』

 

棘の動きが止まる、そのスキに豪脚で離脱するハジメ。

あの後を追尾するかのように、サソリの両尻尾から放たれた溶解液と針が

地面に突き立っていく。

ジータがタイミングをズラしてくれなければ、今頃は串刺しにされていただろう。

 

「お返しだ!喰らいなッ!」

 

ハジメはポーチから閃光手榴弾を取り出しサソリに投げつける。

「キィシャァァアア!!」

 

眼前で炸裂した強烈な閃光に悲鳴を上げて後退するサソリ。

 

「やっぱり目で見てやがったか……」

 

自分の動きを視認するような挙動だったので、いけると踏んだのだが

その推測は間違っていなかったらしい。

 

 

「ハジメ!」

背中から不安げな叫びをあげるユエ、その顔は無表情が崩れ今にも泣き出しそうだ。

 

「大丈夫だ。それよりアイツ硬すぎだろ? 攻略法が見つからねぇ」

「ドンナーを弾く相手がいるなんてね」

 

なら自分のコルタナも恐らく通用しまい、自分が行動を阻害し

そしてハジメが止めを差す、これまでのセオリーが初めて阻まれてしまった。

じたばたと暴れるサソリの様子を観察するジータ

今は霧の効果で動きが鈍重だが、だが己を縛る霧が晴れればまた攻勢に転じるだろう。

その前になんとかしたい。

 

「……どうして?」

「あ?」

「どうして二人とも逃げないの?」

 

自分を置いて逃げれば助かるかもしれない、

その可能性を理解しているはずだと言外に訴えるユエ。

それに対して、二人はユエの不安を打ち消すかのように笑顔を向ける。

 

「何を今更。ちっとばっかし強い敵が現れたぐらいで見放すほど落ちてねぇよ」

 

二人は生きるための障害を排除するためなら、

殺意を持った相手を討つのならば、あらゆる方法、手段を使う覚悟があった。

それがどれほど卑劣で汚い手であったとしても、正々堂々で死んでしまえば

元も子もない、卑怯上等である。唯一の例外は爪熊との戦いくらいだろう。

地獄を潜り抜け、熾烈な生存を賭けた戦いを繰り返すうちにそう変わってしまった。

好き好んでそうなったわけではない、ただ生きる為に変わらざるを得なかっただけだ。

 

それでも、ハジメは生存を理由に仁義を捨てて外道に落ちたい等と思ってはいない。

ジータもハジメを外道へ落ちさせようとは思わない。

 

ハジメは、自分を人の道に踏みとどまらせてくれたジータの顔を、

ジータはハジメに人の心を呼び戻してくれたユエの顔を見る。

 

「見捨てるくらいなら最初から助けたりなんかしないから!」

 

ユエはジータの言葉に弾けるように一瞬顔色を変えるが、

すぐに納得したように頷くと、いきなりハジメに抱きついた。

 

「お、おう? どうした?」

 

状況が状況だけに、動揺を隠せないハジメ。

いや、むしろジータの方が動揺が大きいようだ。

 

「そろそろサソリが戻って来るよ、そんなことしてないで!…早く」

 

だが、そんなことはお構いなしにユエはハジメの首に手を回し。

 

「ハジメ……信じて」

 

そう言ってユエは、ハジメの首筋に牙を立てた。。

 

「ッ!?」

 

ハジメは、首筋にチクリと痛みを感じると同時に、、

体から力が抜き取られているような感覚に襲われる。

その違和感にユエを一瞬振りほどこうとしたハジメだったが、

ユエが自分は吸血鬼だと名乗っていたことを思い出すと、ジータに心配ないと身振りで示す。

 

(そっか、吸血鬼だもんね、納得)

 

ハジメはしがみつくユエの体を抱き締める。

ユエも身体を震わせ、更にギュッと抱きつき首筋に顔を埋める。

どことなく嬉しそうに見えるのは、ジータの気のせいなんかじゃない。

 

(う…羨ましい)

 

やはり心の次は身体の繋がりも欲しい、そう思ってしまうジータ。

 

「時間、稼いでみるね」

 

いそいそとサソリに向きなおるジータ。

このまま二人の姿を見ていると変な気分になってくる、これは決して嫉妬ではない、

純粋に仲間に入りたくなる感じの類のものだ。

戦いに集中せねば。

 

ジータの掌が輝く、ハジメもそれに合わせるように掌を翳すと、

展開された魔法陣からメカニカルな鎧を纏った人馬騎士、サジタリウスが姿を現し。

手にした弓矢から放たれた風の防壁が、ハジメたちを包み。

さらにハジメが造り出した石壁が、彼とユエを囲うようにそそり立つ。

これで地面からの棘はなんとかなる筈だ。

 

『ミゼラブルミスト』

 

再度の黒霧がサソリを包み、ようやく機敏さを取り戻したかに見える、

その動きがまた鈍重になる。

狙ってはいるのだろうが、どこか散漫に放たれる散弾針や溶解液を掻い潜りながら

ジータは比較的柔らかいと思われる関節箇所などに刃を突き込んでは行くが…。

 

「やっぱこいつ…硬すぎっ!」

 

こんなことならアーマーブレイクを積んでおけばよかったと、

今更後悔するジータ。

この守りを、装甲さえ突破できれば切り札を使えるというのに。

 

舌打ちしつつもチラリと背後を確認すると、ユエがハジメから口を離し立ち上がる姿が目に入った。

うっとりと熱に浮かされたような表情でペロリと唇を舐めるその仕草は、

まさしく妖艶と呼ぶにふさわしいとジータには思えた。

事実、肌も頬も瞳も溢れんばかりの美しい輝きに満ちているのだから。

 

「……ごちそうさま」

 

その言葉の響きも少女というよりも女のそれに近く聞こえる。

 

「ジータ…下がって」

 

ジータがサソリから飛び退くのを確認しながら、ユエは片手をサソリへと掲げる。

同時に、その華奢な身からは想像もできない莫大な魔力と共に、

黄金色の魔力光が暗闇を切り払う。

 

そして魔力光となびく金髪、まさしく黄金に輝きに彩られたユエは、

ただ一言だけ呟いた。

 

「"蒼天"」

 

その瞬間、サソリの頭上に直径六、七メートルはありそうな青白い炎の球体が出来上がる。

悲鳴を上げて離脱しようとするサソリだが、吸血姫は狙った獲物を逃がさない。

タクトのように優雅に振られた姫の指先に応じるように青白い炎は、

逃げるサソリモドキを追尾し……その巨体に炸裂した。

 

「グゥギィヤァァァアアア!?」

 

サソリが苦悶の絶叫を上げる。

着弾と同時に青白い閃光が辺りを満たしていく。

ハジメとジータは腕で目を庇いながら、その壮絶な魔法を…

あの摂氏三千度の"焼夷手榴弾"でも溶けず、

ゼロ距離からレールガンを撃ち込まれても、ビクともしなかった

サソリの外殻を溶かしつつある――を呆然と眺めた。

 

 

しかしそれでも青白い炎が消滅した跡には、背中の外殻を赤熱化させ、

表面をドロリと融解させて悶え苦しみながらも、未だ健在なサソリの姿があった。

ユエの魔法もさることながら、あれだけの高温の直撃を受けて表面が溶けただけで済んでいる

サソリの耐久力、まさしく恐るべきだ。

だが…ようやく突破口が見えた。

 

「ありがとう、あとは任せて!行くよ!」

「おう!」

 

おそらく今の彼女が扱える最大の大技だったのだろう、

肩で息をしながらへたり込むユエに一声かけると、

そこから二人は縮地で一気に間合いを詰めながら、また互いの手を翳す。

 

光と共に、今度は厄災を司る喪服の貴婦人、セレストが現れ。

サソリの視界…いや全ての感覚が一切の光を通さぬ闇の檻に囲まれる。

 

「シャァアアアア!」

 

サソリは慌てふためいたかのように散弾針や溶解液を発射するが、

そんな攻撃が二人に通用する筈がない。すでに彼らは易々と頭上を取っており、

まずはハジメが空中からドンナーを斉射しながらサソリの背中に着地し

熱さに顔をしかめながらも、溶解した外殻に銃口を押しあてさらなる連射を行い

ついにその装甲に穴を穿つ。

 

サソリは二本の尻尾を振りまわし、必死で身体に纏わりつく何かを追い払おうとするが。

 

その前にジータの刃がサソリの背中の穴に突き刺さる。

己の腕が焼け爛れていく感覚に耐えながら、

その一方で武器に力が充填されているのを確認するジータ

彼女の扱う武器は、一定回数の攻撃を行うことで力を蓄えさせ、

それを解放することでより、強力な効果の攻撃を繰り出すことが出来る。

いわゆる"奥義"というものである。

 

そしてジータは満を持して握った短剣に充填されていた魔力を全て解放し、切り札を放つ。

 

「ガウムディー!」

 

黒刃から闇を纏った烈風がサソリの身体の内部をズタズタに切り裂いていく、

触角が、尻尾の先端が、鋏が、次々と弾け飛びそこから噴水の様に体液が噴き出す。

 

そして腹部の装甲が内側から弾け、びちゃりと水音が聞こえたかと思うと

サソリは力なくその場に崩れ落ちた。

 

さらにハジメがサソリの口内にドンナーを数発撃ち込み、納得したかのように

ジータへと頷く。

 

そして彼らの背後では女の子座りで相変わらずの無表情ではあるがそれでも、

優しさと喜びを感じさせる眼差しで、彼らを見つめているユエがいる。

 

そんな彼女に笑顔で手を振るジータ、それに応えて口元を綻ばせ手を振り返すユエ。

 

「絶望もあったけど……」

 

サソリの亡骸を見つめながらジータは言葉を続ける。

 

「希望もあったよね」

 

絶望、すなわちサソリとの戦いを乗り越えた後に、ユエという仲間、

いや家族という希望を得ることが出来たのだから。

そんなことを互いに思いながら、二人はゆっくりとユエのもとへ歩き出した。

 

 




やっぱり一人増えると戦闘も多少は楽になるかな、と書いてて思いました。


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ゆっくり語らい

女の子がいるとやっぱり生活面は充実するよね。


ハジメ達は、サソリとサイクロプスの素材やら肉やらを

えっちらおっちらと先立ってハジメらが作っていた拠点に持ち帰った。

ここでもユエの力が役にたった、最上級魔法の行使により、へばったユエに再度血を飲ませると

瞬く間に復活し見事な身体強化で怪力を発揮してくれたのだ。

 

そのまま封印の部屋を使うという手もあったのだが。

 

「何年も閉じ込められてた部屋なんて一刻も早く離れたいに決まってるでしょ!」

(コクコク)

 

と、ジータとユエが断固拒否したためその案は没となった。

そんな訳で現在彼らは消耗品を補充しながら、改めてお互いのことを話し合っていた。

 

 

「吸血鬼族って確か三百年前に滅んだって聞いてるけど?」

「そうすると、ユエって少なくとも三百歳以上なわけか?」

「「……マナー違反」」

 

ジータとユエは息ピッタリの非難の視線でハジメを見る。

女性にそれは聞かない約束である。

 

「吸血鬼って、皆そんなに長生きするのか?」

「……私が特別。"再生"で歳もとらない……」

 

それっていいなあと思いつつ、

ジータはユエが初めてハジメの血を吸った時の妖艶な仕草を思い出す。

幼き少女の肉体に、大人の精神…まさしく魔性の美だった。

 

(ロリBBAって最強…)

 

聞けば十二歳の時、魔力の直接操作や"自動再生"の固有魔法に目覚めて以来、

老いることがないらしい。普通の吸血鬼族も血を吸うことで他の種族より長く生きるらしいが、

それでも二百年くらいが限度なのだそうだ。

 

ちなみに、人間族の平均寿命は七十歳、魔人族は百二十歳、

亜人族は種族によるらしいが、エルフの中には何百年も生きている者がいるとか。

 

ユエは先祖返りで力に目覚めてから僅か数年で当時最強の一角に昇りつめ、

十七歳の時に吸血鬼族の王位に就いたという。

 

ハジメたちは改めて思う。

あの巨大サソリの装甲を融解させるような魔法を行使出来て、かつほぼ不死身の肉体。

その行く末は神として崇められるか、化け物として排斥されるかどちらかだ。

そして不幸にもユエは後者の運命を辿ったのだと。

欲に目が眩んだ叔父がユエをバケモノ、いわばイレギュラーとして、

その大義名分のもと殺そうとしたが"自動再生"により殺しきれず、

やむを得ずあの地下に封印したのだという。

 

ユエ自身、突然の裏切りにショックを受け、反撃も出来ずになんらかの封印術を掛けられ、

気がつけば、あの封印部屋にいたらしい。

 

 

「じゃあ…やっぱり」

「最初に言ったとおり…ここがどこでどうやったら出られるのかは分からない…でも」

 

そんなことを期待して助けたわけではないが、やはり肩を落としてしまう二人に、

ユエは話を続ける。

 

「……この迷宮は反逆者の一人が作ったと言われてる」

「反逆者?」

「反逆者……神代に神に挑んだ神の眷属のこと……世界を滅ぼそうとしたと伝わってる」

 

ユエ曰く、神代に、神に反逆し世界を滅ぼそうと画策した七人の眷属がいたそうだ。

しかし、彼らは戦いに敗れ。世界の果てへと逃走し身を隠したとされている。

その果てというのが、現在の七大迷宮といわれているらしい。

この【オルクス大迷宮】もその一つで、

奈落の底の最深部には反逆者の住まう場所があると言われているのだとか。

 

「……そこなら、地上への道があるかも……」

「確かに隠れ家っていっても地上への行き来は必要だし、もしもの時の脱出口を、

つくっておかないとね」

 

奈落の底からえっちらおっちら迷宮を上がってくる反逆者の姿を想像して

プッと吹き出すジータ。

 

「?」

 

何か自分はおかしなことを言ったのだろうか?

そんな疑問を感じたか、上目遣いでジータの顔を覗き込むユエ。

その端正な容姿も相まって思わず、抱き締めたくなる可愛らしさに、

目を逸らしてしまうジータ。

 

(やっぱズルイ…)

 

 

それから暫くは沈黙の時間が続く。

ジータがサソリとサイクロプスの肉をさばく音と、

ハジメが銃弾を補充している音だけが、薄闇の迷宮に響く。

 

「二人とも……どうしてここにいる?」

 

当然の疑問だろう、ここは奈落の底。

正真正銘の魔境だ、魔物以外の生き物がいていい場所ではないのだ。

他にもたくさん聞きたいことがあるのだろう。

たどたどしくも途切れることなく様々な質問をぶつけてくるユエ。

 

それについて二人は作業の手を時折止めては丁寧に一つずつ答えていく。

 

いきなりこの世界に召喚されたこと、無能と思われていたハジメが懸命に努力し

皆に認められそうになった矢先、卑劣な騙し討ちを受けジータと共に奈落に落ちたこと、

そしてここまでの戦いの軌跡を。

 

「ずずっ…ひっく……」

 

鼻を啜るような音を耳にし、二人がユエを見るとハラハラと涙をこぼしている。

 

「……ぐす……ハジメも……ジータも…つらい……私もつらい……」

 

どうやら自分たちの為に泣いてくれているらしい。

ジータが促すより先にハジメが動き、その涙を拭ってやる。

 

「気にするなよ、ジータが俺のそばにいてくれたお陰でそこまで寂しくもなかったし」

 

ハジメは苦笑いを浮かべつつもユエの頭を撫でる。

 

「もちろんここから出られたらちゃんとクラスメイトや師匠の所へ戻って、

あいつへの落とし前は付けるつもりだが…」

 

ジータがいたおかげで、今のハジメはまだ人間的な…おそらく一人ぼっちだと

生存のために切り捨ててしまっていたであろう箇所が、まだ色濃く残っている。

香織や雫、遠藤やカリオストロらへの感謝の心や、

すなわち自分のみではなく、ジータをも奈落へと叩き落した原因である、

檜山への復讐心もまだ残っていた。

 

 

「そのためにも今は生き残る術を磨くこと、

そして故郷に帰る方法を探すこと、それに全力を注がねぇとな」

 

撫でられるのが気持ちいいのか、猫のように目を細めていたユエが、

故郷に帰るというハジメの言葉にピクリと反応する。

 

「……帰るの?」

 

「うん? 元の世界にか? そりゃあ帰るさ。帰りたいよ、

……色々変わっちまったけど……故郷に……家に帰りたい……」

 

父や母、やりかけのゲームやアニメやコミックの続き、そんな些細なことが、

もう遙か昔に失った宝石のようにハジメの瞼に甦る。

 

「私も……父さんや母さん……それにまた兄さんに会いたいよ…」

「……そう」

 

ユエは沈んだ表情で顔を俯かせ、ポツリと呟く。

 

「……私にはもう、帰る場所……ない……」

「なんならユエも来るか?」

 

間髪入れずに応じるハジメ、その言葉には一切の迷いはない、

居場所を、新しい名前まで与えて置いて、

自分の都合で取り上げるような真似など出来よう筈もない。

だからこそ、もしもユエにもう故郷が、帰る場所がないのならば、

連れて帰ろうと二人は互いに相談することもなくすでに決めていた。

 

「え?」

「いや、だからさ、俺の故郷にだよ。まぁ、普通の人間しかいない世界だし、

戸籍やらなんやら面倒なことはジータの両親がなんとかしてくれるだろうし」

 

ハジメの言葉に頷きながらジータも続ける。

 

「色々窮屈な世界かもしれないけど……でも私もハジメちゃんも

今じゃ似たようなもんだしね、どうとでもなると思うし……

あくまでユエちゃんが望むなら、だけど?」

 

「いいの?」

 

口調こそ遠慮がちだが、その瞳を期待に輝かせながら尋ねるユエ。

 

「いいに決まって…あ」

 

そこで何かに気が付いたかのようにジータは少しバツが悪そうに頭を掻く。

 

「ゴメンね…ユエちゃ…ユエさんは私たちよりずっと年上なんだよね」

「いい…ユエちゃんでいい…ジータにそう呼ばれると温かい気持ちになれるから」

 

今までの無表情が嘘のように、ユエは輝かんばかりに微笑み、

ジータの背中にその身体を預かるかのように、もたれかかる。

そんな二人があまりに眩しく思えて、ハジメはブンブンと何度か頭を振ると、

改めて作業に没頭することにした。

 

 

「……これ、なに?」

 

ほとんど密着しながらハジメの作業を覗き込んでいたユエが、

興味津々といった体で問いかける。

 

 

「これはな……対物ライフルのレールガンバージョンだ。

要するに、俺の銃は見せたろ? あれの強力版だよ。弾丸も特製だ」

 

 

「銃の威力を上げるにはどうしたらいいかを俺は考えたんだ、炸薬量や電磁加速が、

限界値にあるドンナーでは、これ以上の大幅な威力上昇は望めない、

だから新たな銃を作ることにしたんだ」

 

「まぁ元々構想にはあったが、妥当な素材がなかったんだ、ところがだな」

 

ハジメはサソリの残骸を指で示す。

 

そう、素材はなんとあのサソリだ。

ハジメが、あの硬さの秘密を探ろうとサソリの外殻を調べてみたところ、

"鉱物系鑑定"が出来たのである。

 

「つまり錬成であの装甲は簡単に破れたんだよなあ…で、その時思ったんだ」

「こいつでならより強力な銃を造れると」

「当然、威力を上げるには口径を大きくして、加速領域を長くしてやる必要がある

そこで俺が考えたのがこの対物ライフルだ、装弾数は一発と少なくて持ち運びが大変だが、

理屈上の威力は絶大だぞ」

 

熱に浮かされたように口を動かすハジメ。

 

「何せ、ドンナーで最大出力なら、通常の対物ライフルの十倍近い破壊力を持っているんだからな」

 

この新たな対物ライフル――シュラーゲンは、理屈上、

最大威力でドンナーの更に十倍の威力が出る……はずである。

 

「当然、弾丸にもこだわるぞ、タウル鉱石の弾丸をシュタル鉱石でコーティングしてな

いわゆる、フルメタルジャケット……モドキというやつ…」

 

そこでハジメの頭に拳骨が振り下ろされる。

視線を頭上に移すとそこには呆れ顔のジータがいた。

 

「いいかげんにしなさい!まったくオタクという生き物はこれだから…」

「……ハイ」

 

とりあえず作業も一段落したので食事にすることにした。

 

メニューはサソリとサイクロプスの肉の丸焼き

さらにデザートにトレントの実を使ったドライフルーツが加わる。

これもジータがいなければ思いつかなかったことだ。

 

ハジメがお皿やナイフ、お箸といった食器、それからテーブル等を錬成していく、

本来ならば誰を憚ることなく地べたで、手掴みでも構わないのだが

これもまたジータの方針だ、出来うる限り人間らしくあろうという。

 

「ユエ、メシだぞ……って、ユエが食うのはマズイよな? 

あんな痛み味わわせる訳にはいかんし……いや、吸血鬼なら大丈夫なのか?」

「ユエちゃんには私と同じで毒消したの用意してるけど?」

 

二人とも当たり前のように魔物肉を食べてはいるが、本来はタブーなことを

今更のように思いだす。

 

「三百年も封印されて生きてるんだから食べなくても大丈夫なんだろうけど……

お腹空いたりとかしないの?」

「感じる……でも、もう大丈夫」

「大丈夫?何か食ったのか?」

 

ユエはハジメを指差して微笑む、その笑顔はやけに妖艶に思えた。

 

「ハジメの血」

「ああ、俺の血ってことは、吸血鬼は血が飲めれば特に食事は不要ってことか?」

「……食事でも栄養はとれる……でも血の方が効率的」

 

吸血鬼は血さえあれば平気らしい。ハジメから吸血したので、今は満たされているようだ。

なるほど、と納得しているハジメを見つめながら、何故かユエがペロリと舌舐りした。

 

「……何故、舌舐りする」

「……ハジメ……美味……」

「び、美味ってお前な、俺の体なんて魔物の血肉を取り込みすぎて不味そうな印象だが……」

「……熟成の味……」

 

まだ舌に残っているのか、その味を思い出し、恍惚とした表情を浮かべるユエ。

曰く、何種類もの野菜や肉をじっくりコトコト煮込んだスープのような、

濃厚で深い味わいらしい。

 

「あとで私の血も飲む?」

「うん…ジータの血も飲みたい」

「でもその前に」

 

ジータは短冊状に切ったドライフルーツをユエの前に差し出す。

 

「こっちは食べるよね?」

 

コクリとユエは頷くのであった。




次回は地上パートです。


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乗り越える者、縛られる者

地上編です。
光輝くんは書いてて面白いけど、難しいキャラですね。



ガナビーオーケーと、高らかに宣言する天乃河光輝の姿を見た時は全て上手くいくと本気で思えた。

 

ここはあの日以来、主のいなくなった工房、遠藤は仰向けに横たわったまま、

換気用の天窓から覗く星を眺め……己の迂闊さにため息をつく。

鐘と共に魔法が解けたお姫様のような気分だった。

 

愛子に付きっきりのカリオストロに、留守を守るよう言い遣ったのもあるが。

天蓋付きのふかふかのベッドも、やたらと広い部屋も、小市民の彼には元々性に合わなかった。

 

(だから毎晩寝れなくって…外歩いてたら)

 

あの出会いがあってから、毎晩よく眠れるようになったのは、

決して、こき使われてただけではないんだろうな。

そう思いながら、夜風に当たろうと開けっ放しの天窓まで跳躍した時だった。

 

「!」

 

天窓から不意に姿を現したカリオストロに驚き、空中でバランスを崩してしまう。

 

「と」

 

あわや転落…寸前に胸元を掴まれぐいと屋根まで引き上げられる。

 

「だからなんでテメェはいつも突然目の前に現れるんだ!」

「アンタこそどうして普通に入り口から入らないんだよ!…って」

 

キョロキョロと周囲を伺う遠藤、カリオストロの雰囲気から何かを察したかのように。

 

「アンタがここに来たってことは、何かあったとか?」

 

小声で尋ねる遠藤。

 

「ああ、何かも何かだ、よく聞けよ」

 

カリオストロは遠藤にハジメとジータの生存を伝える、自分が知りえたことを包み隠さずに。

 

「~だからきっと大丈夫だ」

「本当に……良かった、良かった」

 

俯き加減でコクコクと頷く遠藤、その目には光る物がある。

 

「愛ちゃんも知ってるんだよな、じゃあ後は白崎と八重樫に、あ、でも…」

 

またここで人目を憚るような口調になる遠藤。

 

「天之河と坂上には…」

「分ってる教えりゃしねぇよ」

 

あの二人に教えればノリノリでまたクラスメイトを戦いに巻き込みかねないのは、

遠藤にも十分理解出来た、しかも今度は救出という明確な大義名分があるのだ、例えば。

 

『君は命惜しさにジータと南雲を見捨てるのか!』

 

と言われて、ハイ死ぬの怖いです、別に友達じゃないから見捨てますとは、

思ってても誰も口には出せない。

無論、遠藤個人は俄然ファイトが湧いてきたし、自分に出来ることがあるなら喜んで協力するつもりだが、

それはあくまでも個人の決断であって、親友の永山や野村にまで協力を願うつもりはない。

 

幸いと言うべきかは迷うが、あの日以来、光輝もだが、

鬼気迫る雰囲気で訓練に励む龍太郎の姿を度々見かけている。

それと何故か檜山のツレの近藤の姿も。

 

(蒼野にホレてたってのはマジだったんだな…)

 

まぁ、彼らはどの道教えなくてもこれまで通りに動くはずだ、なら彼らに同行すればいい。

 

「でも、どうするんだよ、白崎と八重樫にはあの二人がピッタリ張り付いてるぜ

アンタが出張っても、ややこしくなるだろうし」

「そこでテメェに協力して貰いたいんだよなぁ、ククク」

 

八重歯を剥き出し、例の笑顔でポンと遠藤の肩を叩くカリオストロだった。

 

 

 

 

医者の話ではあれから五日ほど眠っていたらしい。

 

多少は整理はついたとはいえ、目覚めた折の―――その時の自分の荒れ狂いぶりは、

今も生々しく己の記憶の中に残っている。

 

そしてさらに数日…香織はベッドからその身を起こしてはいたものの、

唇を真一文字に結んだまま、じっと窓にかかったカーテンの模様を見つめている。

もう何日目だろうか?

 

届いたはず…だった、あと数秒、あと数十センチ…だが。

ハジメを固く抱きしめ闇へと消える、ジータの姿が瞼に焼き付いて離れない。

 

思ってはいけないことだと分かっていても、どうして自分じゃないのかとの思いが湧き出しては、

必死でそれを否定する……それでも。

 

「ズルイよ」

 

と、誰にも聞こえないようにだが、何度も呟いてしまう。

そもそもどうしてこうなったのだ…ああそうだ。

 

「香織……君の優しさは俺も認める。でも、クラスメイトの死に、

いつまでも囚われていちゃいけない! 前へ進むんだ。きっと、南雲もそれを望んでる」

 

感情の籠らない視線で、先ほどから光輝を眺める香織。

勿論、彼が自分を助けようと身を呈してくれたことは理解している。

そして現在、彼が自分を心配して時間の許す限り付き添っていることもだ。

 

「出てってよ…」

 

だから、感謝こそすれ恨むのは筋違いだ……それでも。

 

「いや、俺は出て行かないぞ! 君をこのままにして出ていくわけにはいかない」

 

香織の肩を両手で抱き寄せる光輝、かつては頼もしいと思えたその言葉が温もりが、

今はひどく煩わしく思える。

 

「香織、大丈夫だ。俺が傍にいる」

 

何の疑いもなく、まっすぐに幼馴染の、

守るべき存在だと勝手に思い込んでいる――――瞳を見つめる光輝。

 

「俺は死んだりしない。もう誰も死なせはしない、香織を悲しませたりしない

ジータも必ず助け出すと約束するよ!」

 

「やめて…」

 

「辛いかもしれないが、現実を直視して乗り越えるんだ!

この世界には俺たちの救いを待っている人々がたくさんいるんだ!立ち止まってはいけない!」

 

じゃあ、私が苦しんでるこの現実を直視してよ、と香織は思ってから、

まるで今の私ってジータちゃんみたいだなとも思う……ジータもこんな気持ちだったのだろうか?

だが同時に香織はこうも思う、光輝もまた無意識だろうが、苦しんでいるのだと、

 

何故なら、彼の言葉は己に対して言い聞かせるような響きがあることに気が付いてしまったから。

だからこそ使命感に、誰かを救うという行為に縋ることで、無意識に精神の均衡を保とうとしている。

しかしそれでも縋られる余裕はこちらにもないのだ。

 

必死で光輝から目を逸らす香織、これ以上はいけない。

これ以上彼の言葉を聞いていたら、きっともう……友達には、幼馴染には戻れなくなってしまう。

 

「だからっ!」

「いい加減にしなさい!」

 

光輝の言葉を遮るように雫の叱責が飛ぶ。

背後からの怒気にポカンとした表情を浮かべる光輝と龍太郎。

 

「雫……俺たちは」

 

なおも言い返そうとする光輝を制する雫。

 

「あなたたちが香織の事を思ってくれてるのはよく分ってるわ、でもね、

これはやっぱり時間が必要なのよ」

「大丈夫よ、こういうことは同じ女の私に任せて、今日は恵里ちゃんもいるし」

 

雫の背中からペコリと中村恵里が顔を出し、光輝らに頭を下げる。

 

「あ…ああ」

「隣にいるから、何かあったらいつでも言うんだぞ」

 

納得いかない表情を見せつつも、二人はひとまず部屋から退散する。

背後でパタリと扉が閉まる音がした。

 

 

 

「南雲君とジータがあんなことになって、焦ってるのは分るけど……もう少しさ」

 

話しながら雫は、香織のほつれた髪を梳かしてやる。

 

「光輝くん、ジータちゃんのことばかり言ってるの、酷いよね、南雲くんも一緒に落ちたのに」

 

ポツリと呟く香織。

それについては何か思うところがあるのか表情を曇らせる雫。

 

「雫ちゃん、私、信じないよ。南雲くんは生きてる。死んだなんて信じない」

「香織、それは……」

 

香織の言葉に悲痛そうな表情で諭そうとする雫。

しかし、香織は両手で雫の両頬を包むと、微笑みながら言葉を紡ぐ。

 

「わかってる。あそこに落ちて生きていると思う方がおかしいって、……でもね、

確認したわけじゃない、可能性は一パーセントより低いけど、

確認していないならゼロじゃない。……私、信じたいの」

 

「それにジータちゃんがいる、ジータちゃんならきっと南雲くんを守ってくれてるはず」

 

ここでニコと笑う香織、その目には狂気や現実逃避の色は見えない。

 

「光輝くんがジータちゃんが生きてるって思い込むなら、私も南雲くんが生きてるって

思い込んだって別にいいよね」

「でも…やっぱり…このままじゃ、天之河くんのいう事にも私、一理あると思う」

 

どことなく板挟み…そんな雰囲気で恵里が話に割って入ろうとしたその時。

窓がコンコンとノックされた―――四階の。

 

 

 

 

 

「やっぱり雫や恵里だけには任せておけない、行くぞ龍太郎」

「ああ」

 

さも当然といった風に二人は部屋を出、隣室に向かおうとするが。

 

「あ、ちょうどよかった」

「?」

 

不意に掛けられた声にキョロキョロと周囲を見回すが、

気のせいかと思い直し―――。

 

「気のせいちゃうわ!」

 

この大声には流石に気が付く。

 

「なんだ遠藤か、いきなり出てくるな」

「正面からちゃんと声掛けただろうが!」

 

憤懣やるかたないといった体で言い返す遠藤だが、本題はそんなことではない。

 

「ちょっと頼みがあるんだ、新しい技思いついてさ、お前らで試したいんだ」

「永山や野村がいるだろう」

 

鬱陶し気に言葉を返す光輝、こいつは南雲の使っていた工房に出入りしている、

それが自分に取って当てつけのように思えてならなかった。

 

「いや…アイツらじゃなくってお前ら相手でも通用するかどうかをだな」

「俺たちは今大事な用事があるんだ、後にしてくれ」

「インスピレーションって大事だろ、な」

 

光輝のみならず、龍太郎の眼も剣呑な雰囲気を帯びてくるが、遠藤は退かない。

彼らよりもカリオストロの方がずっと怖いのだから、

とはいえど、あまり口が達者な方じゃないので、かなり苦しい。

 

(おい、しっかりしやがれ)

(わかってるよ、でも)

(あんまりこっち見るんじゃねぇ)

 

遠藤から見て正面、光輝と龍太郎の背後の窓にはカリオストロが貼りついていて、

香織の部屋へと訪れる機会をうかがっている、ちなみにここは四階だ。

 

「?」

 

遠藤の視線に何かを感じたか、振り向く仕草を見せる光輝、

慌てて身を隠そうとするカリオストロ―――そこに。

 

 

「私も皆さんの訓練にとても興味があります」

「愛子先生!もうお身体はいいんですか」

 

思わぬ人物、畑山愛子が助け舟を出した。

意外な人物の来訪に声を弾ませる光輝、それをジト目で眺める遠藤。

 

「ええ、教師足るもの、こういう時こそ動かないと……それに

天之河君と坂上君には今後のことについてお話を聞きたいと思ってますので」

 

彼らも愛子が自分たちの戦いを快く思っていないことは知っている。

それに加えて此度の件で、彼女に関してはバツの悪い思いを抱えていたのだ。

この来訪を光輝は例の如く、ご都合主義で自分たちがようやく認められたと解釈した。

 

「愛子先生がそういうなら喜んで!なぁ」

「あ…ああ」

 

愛子と遠藤を伴い、階下へと消えていく光輝と龍太郎。

その際、そっと愛子がカリオストロへと微笑んだのを彼女は見逃さなかった。

 

(愛子、ナイスアシスト!)

 

とはいえど、結果的に生徒を騙そうとしているのだ、

全体の利益のために―――教師ではなく大人の判断を以って、

日々常に生徒のために教師たらんと努めている姿を知るだけに、カリオストロにとって、

愛子のその心中は察して余りあった。

 

 

 

 

「これノック……だよね」

 

窓を叩くコンコンコンコンと規則正しく響く音に怪訝な顔をする恵里。

 

「でも、ここ四階」

 

木刀を握り、そっと窓際に立ち気配を探る雫、その耳に。

 

「雫…雫だな、オレ様だよ」

「カリオストロちゃん!」

「え!」

 

カリオストロという言葉に反応し、ベッドから飛び跳ねるように立ち上がる香織、

だが十日以上ベッドの上で過ごした足は震え、ふらふらとその場に頽れる。

 

「おひさしぶりっ!雫お姉ちゃんにカオリン!」

 

雫に窓を開けて貰い手早く部屋に入りながら周囲を見渡すカリオストロ…、

余計な奴らは…あれは。

 

(……恵里とか言ったな、まぁいいだろう)

 

「えりちもお久しぶりっ!」

「もう!えりちって言うの止めて下さい!」

 

顔を真っ赤にしてプンプンと抗議する恵里。

 

「かしこくってかわいーと思うんだけどなー」

「だからそれ以上はホント止めて…」

 

彼女のことはそれほどよく知らないが、

香織と雫、この二人の不利益になるようなことはしないだろうとは、

雰囲気や二人の彼女への態度で理解出来た。

 

「カリオストロちゃん!」

「挨拶はいいよっ!、本題から入るからっ」

 

声を弾ませる香織を手で制しながら、カリオストロはいきなり核心に入る。

 

「三人とも喜んでっ!ハジメお兄ちゃんとジータお姉ちゃんはちゃんと生きてるよっ」

 

生きている、この単語を耳にした香織の瞳から涙が溢れだす。 

この少女がどこの何者なのか、正直未だに得体が知れないのは事実だ。

だが、ハジメとジータのために彼女が尽力している姿を何度も見ている二人にとっては、

長年の幼馴染の"生きている"よりも、彼女の"生きている"の方が信じるに足ると、

正直にそう思った。

 

「生きて…生きているの!南雲くんもジータちゃんも!」

 

嗚咽交じりで身体を震わせる香織の背中を、同じく目を潤ませながらさすってやる雫。

良かったねと恵里も香織の肩に手をやる。

 

「うんっ!天才のこのカリオストロちゃんが言うことに間違いはないよっ!」

「しかも二人ともすっごく強くなってるんだからっ!でもね!

 安心してもいいけど、気を緩めちゃダメ」

 

「そうだよね」

 

確かにその通りだ、今は生きていることが確かだとしても、

奈落の底がどんなところなのか、誰も知らないのだから。

 

二人は未知の領域で手を取り合い、今も共に戦っているのだろう。

香織の胸がチクリと傷んだが、それは決して嫉妬だけではない。

むしろ自分の代わりに、ジータはハジメを守ってくれているのだ。

それをズルイだなんて思っていた、自分が恥ずかしくてならない。

 

だから自分のやるべきことは…。

 

「だから元気出して、二人が帰って来る時まで頑張らないとね!」

 

もう涙は止まっていた、カリオストロの言葉に強く頷く香織。

 

「私、頑張るよ、ジータちゃんに負けないくらい、でないと、

あの二人の隣に立つ資格すらなくなるよね」

 

朧げな希望が確信に変わった、もう香織に迷いはない、

もはや光輝に何を言われようとも、揺らぐことはないだろう。

その決意に満ちた顔を見て、安堵の笑みを浮かべる雫。

これなら安心して香織を送り出すことが出来る。

 

 

雫は聞いてしまったのだ、訓練場の片隅で龍太郎に話しかける光輝の言葉を。

 

「南雲は確かに立派だった、惜しいことをした、だが遅すぎた、

あいつのこれまでの誰かの好意に甘えてばかりの生き方を認めるわけにはいかない!」

「ジータはあいつの見せかけの優しさに惑わされて見誤ったんだ、だから俺たちが」

「で…でもよ」

 

明らかな戸惑いの色を見せる龍太郎……あの決闘の夜以来、光輝は変わってしまった。

確かに、元々人の言うことに耳を貸さないところはあった。

だが……ここまで己の正義に拘る、独善的な男だっただろうか?

あの兄妹が……ジータが絡んでしまうと、あからさまに彼は心の平衡を失ってしまう。

さらにこの異世界召喚という異常な日々がそれに拍車を掛けている

 

そこで光輝は何か逡巡しているような表情の龍太郎の肩を掴む。

 

「龍太郎、俺の言ったことに今まで間違ったことがあったか?」

 

流石に龍太郎とて、あの状況で二人が生きているとは考え難い。しかし

光輝の言葉を聞くと、自然となんだか信じられてしまう、そんな気がしてしまうのだ。

それは幼き日々からの"刷り込み"のようなものなのかもしれない。

 

「お前になら(俺の)ジータを託せる、お前にはその資格がある、俺の一番の親友だからな」

「ああ!必ず助け出そう!」

 

光輝の言葉に違和感を覚えつつも、今はこう答えることしかできない龍太郎、

彼もまたジータに想いを寄せているのは事実なのだから。

生きていれば当然嬉しい、だから今は余計なことを考えず、

鍛錬に励めばいい、それだけだ。

 

(ジータさえ救い出すことが出来れば)

 

そうすればきっとあの頃の、少し困ったところもあるが、いつも光り輝いていた

自慢の親友、天之河光輝が戻ってきてくれるに違いないのだから。

坂上龍太郎にとって、まだ世の中は単純な構造で出来ていた。

 

 

目に見える努力、分かりやすい強さ、正しさを求め、それを実際手にしてきた光輝にとって、

南雲ハジメはそういう人間にしか映ってなかった。

そしてそんな彼を止められない龍太郎。

 

いや、ハジメに限らず天之河光輝にとって殆どの人間は"その他大勢"なのだろう。

理想郷の王たる自分に称賛と名誉を贈るためだけの、だからこそ、

理想郷の住人たる資格を与えてやっているにも関わらず、

正しい筈の自分を決して認めないジータに執着し、自分の王国に踏み込み、

宝物を奪おうとしていたハジメを許せないのだろう。

 

悲しみと憤りで視界が滲み、呼吸が乱れていく、そして何より腹が立つのは、

こんなことを聞かされてなお、光輝を見捨てることが出来ない、

離れることが出来ない、中途半端な自分たちの弱さだった。

 

ともかくこんなことを先程までの状態の香織に聞かせるわけには行かなかった。

 

「あ、でもあの二人には」

「わかってる、だから遠藤くんたちを使って遠ざけたんだよね」

 

彼らの話し声はドアの向こうからでも聞こえていた。

 

「恵里もお願い、このことはみんなには…光輝と龍太郎には内緒にしてて、

鈴にも言っちゃダメよ」

 

雫の頼みにコクリと頷く恵里。

 

その様子を見て、ククク、じゃあなと例の笑顔を見せるとカリオストロは帰っていく。

メカニカルな大蛇の背に乗るその姿は、某昔ばなしのOPみたいだと三人は思った。

 

 

そしてハジメたちがユエと出会い、サソリモドキとの死闘を生き抜いた日。

 

光輝たち勇者一行は、再び【オルクス大迷宮】にやって来ていた。

但し、訪れているのは光輝達勇者パーティーと、

近藤を中心とした檜山を除く、中野、斉藤の小悪党組、

それに永山重吾という大柄な柔道部の男子生徒が率いる、遠藤含む男女五人のパーティーだけだった。

 

しかし、光輝達は現在、立ち往生していた。正確には先へ行けないのではなく、

何時かの悪夢を思い出して思わず立ち止まってしまったのだ。

 

そう、彼らの目の前には何時かのものとは異なるが同じような断崖絶壁が広がっていたのである。

次の階層へ行くには崖にかかった吊り橋を進まなければならない。

それ自体は問題ないが、やはり思い出してしまうのだろう。

皆、奈落へと続いているかのような崖下の闇をジッと見つめたまま動かなかった。

 

「香織……」

「大丈夫だよ」

 

雫の心配そうな呼び掛けに、強い眼差しで眼下を眺めていた香織は、

ゆっくりと頭を振ると雫に微笑んだ。

こんなところで躊躇している暇はない、ここを超えないとハジメたちの元には、

辿り着けないのだから。

 

「行くよ、みんな」

 

力強く宣言し自ら先頭に立とうとする香織。

それをようやくわかってくれたという表情で頷く光輝。

 

「香織の言う通りだ!そして死んだ南雲のためにも、今も暗闇の中で一人俺たちを待っている

ジータを早く救い出そう!

 

彼の中では、南雲ハジメという異分子はすでに過去の存在でしかなかった。

 

 

 

 

一方でハジメの存在をどうしても過去に出来ない男もいた。

 

荒れ果てた部屋のベッドの上で、屈辱にのたうちまわるのは檜山大介、

その目には憎しみが爛々と燃えていた。

数日に一度の食事、いやエサの時間。

彼の飼い主は信じられない、信じたくないことを彼に教えたのだ。

 

「南雲くんたち、生きてるんだって、それも、すっごく強くなってるみたいだよ」

 

床のパンを拾う檜山の手が止まる。

 

「二人が戻ってきたら…そしたらキミどうなっちゃうんだろうね?」

 

ひいと檜山は怯えるような―――いや実際怯えの声を上げる。

その声を満足げに聞きながら、床にスープをブチ撒け、嘲るような口調でさらに続ける。

 

「そして香織姫は南雲王子の物だね、いいのかな?」

「い……けねぇだ……!」

 

可能な限り大声を出したつもりだが、空腹で衰えた身体では掠れるような音しか出なかった。

 

「じゃあ、ボクに従ってくれるよね?」

「あ…がっ…」

「あの怖い天才少女もボクが何とかしてあげるよ、逆を言えば」

 

出方次第では何とかしないという意味だ。

 

「ね」

 

コクコクと頷くしかなかった檜山、こうして命とパンの一片と、ぬるいスープで彼は魂を売った。

 

「じゃあボクはこれから訓練に出かけるから、それまで死なずに待ってるんだよ」

「もちろんそのまま死んでもらってもいいけどさ、ハハハ」

 

その癪に障る笑い声が耳に残って離れない、いやそれよりも。

 

(南雲のくせに俺をこんな目にあわせて、その上お前は蒼野と二人でのうのうと生きているのか!

渡さねえ…香織だけは絶対に)

 

 

 

しかし、ハジメとジータの生存を知らされているのは、カリオストロ以外では、

畑山愛子、白崎香織、八重樫雫、中村恵里、遠藤浩介の五人だけだ。

彼らの中に人面獣心の輩がいるとでもいうのであろうか?

だとすれは、それは一体何者なのだろうか?

 

 

 

 




檜山くんは南雲絶対殺すマンにクラスチェンジしました
ある意味彼は魔王の生みの親でもあるので、
ただのやられ役で終わらせるのは少し惜しいなと思ってます。

3/23 光輝と龍太郎の描写を若干ソフトに修正
光輝はともかく、龍太郎については少し酷く書き過ぎと感じたので


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最奥のガーディアン

アルラウネ戦はショートカットさせて頂きました。




遂に、次の階層でハジメらが最初にいた階層から百階目になるところまで来た。

ここまでの道中、ひと悶着がなかったわけでもないが、概ね順調ではあった。

 

「私に構わず撃ってって言われてホントに撃つかなあ」

「返す返すも申し訳ございません」

 

概ね順調であった、ホントだぞ、何があったか調べるなよ。

 

 

で、現在彼らは第百階層の一歩手前の階層にて、装備の確認と補充にあたっていた。

 

ユエは安らかな…というよりは弛緩した表情でハジメたちの作業を見つめている

まるでここが迷宮の最下層ということを忘れさせるほどに。

 

ユエと出会ってからどれくらい日数が経ったのか時間感覚がないためわからないが、

最近、ユエはよくこういう柔らかく安らかな顔を見せる。

露骨にハジメたちに甘えてくるようにもなった。

 

そんな彼女を微笑ましく見つめるジータ、いい傾向だと素直に思う。

多少は嫉妬もあるが、もとより庇護の感情の方が強い。

恋敵……ではあるのだろうが、やっぱり妹のような感情を抱いてしまう。

それでいて時折見せる妖艶な表情には、やはり危険信号を感じずにはいられない。

 

(ハジメちゃんだって男の子なんだよ)

 

特に拠点で休んでいる時には必ず密着している。

就寝時もハジメとジータの腕を掴んで決して離れようとはせず、

座っていれば背中から、吸血時は正面から抱きつき、

終わった後も中々離れようとはせすに、ハジメの胸元に顔を埋め、

安らかな表情でくつろぐのだ。

 

勿論、邪魔をするような無粋な真似はしない。

羨ましいと思うよりも、なんとなくそれが実に当然の風景に思えて。

それでジータもまた背中から、時には正面からハジメに抱き着き、

そんな時に私とハジメちゃんにもし女の子が……と、一瞬そんな考えが頭をよぎり

ブンブンと頭を振ってそれを打ち消すのが、彼女に取ってここ最近の常であった。

 

(最近変だな、私)

 

「ハジメもジータも……いつもより慎重……」

 

「うん? ああ、次で百階だからな。もしかしたら何かあるかもしれないと思ってな。

一般に認識されている上の迷宮も百階だと言われてたし」

「ちょっと覗いてみたんだけど、やっぱり他と雰囲気が違うから……そう、

ユエちゃんが封じられてた階と雰囲気が似ているの」

 

その言葉を聞いたユエの顔が一気に引き締まる。

一瞬で戦闘モードに切り替わったユエの美しい横顔に感嘆めいた吐息を漏らすジータ。

 

(ギャップ萌えってこんなのかな?)

 

これまで二人、途中から三人は数々の困難、強敵を潜り抜け

その技に磨きをかけてきている、その自負はある。

ハジメとジータはまるで示し合わせたかのように、同時にステータスプレートを手にする。

そのシンクロするかのような動きを見て、何故か嬉しそうに微笑むユエ。

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:76

天職:錬成師

筋力:1980

体力:2090

耐性:2070

敏捷:2450

魔力:1780

魔耐:1780

 

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]

魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作] 胃酸強化 纏雷 天歩[+空力][+縮地][+豪脚]

風爪 夜目 遠見 気配感知 魔力感知 熱源感知 気配遮断 毒耐性 麻痺耐性 石化耐性 

金剛 威圧 念話 言語理解

 

 

 

蒼野ジータ 17歳 女 レベル:76

天職:星と空の御子

筋力:200+1386

体力:220+1463

耐性:220+1449

敏捷:210+1715

魔力:200+1246

魔耐:200+1246

 

技能:全属性適性 団員x1 召喚 星晶獣召喚(条件:同調者)同調(南雲ハジメ、同調率70%)

   剣術 統率  防壁Lv8 挑発 威圧 恩寵 背水 コスプレ サバイバル

   魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作] 胃酸強化 纏雷

   天歩[+空力][+縮地][+豪脚] 風爪 夜目 遠見 気配感知 

   魔力感知 熱源感知 気配遮断 毒耐性 麻痺耐性 

   石化耐性 金剛 念話 言語理解

 

 

思えば遠くに来たものだと互いに思う。

 

「……きっと懐かしいって、また会いたいって思える気持ちなんて

もう残ってなかったんだろうな」

 

ジータの顔を見て呟くハジメ。

 

「まだ終わったわけじゃないよ、おにーさん」

「おに…やめろよ」

 

やはりハジメもこの疑似家族的な雰囲気を多少は意識していたのか、少し照れながら言い返す。

 

「それに俺は」

「?」

「何でもない」

 

(俺の命のためだけに戦っているんじゃない……)

 

忘れるわけにはいかない、爪熊に片腕を奪われた時、

ジータの身体にも同じ傷跡が刻まれたことを。

魔物肉を食べ、痛みに耐えている最中、僅かだがジータも顔を顰めていることを。

 

(もしかすると俺が死んだら……ジータも)

 

聞いたことはない、どうせ聞いても否定するし、こればかりは試せない。

心の中にだけその言葉を刻むと、ハジメはまた準備の手を早めるのであった。

 

 

「凄いでしょ、ここ」

「凄い」

「ああ」

 

ジータの案内で第百階層に降り立ったハジメとユエは、

眼前に広がるその荘厳な、その階層は、直径五メートルにもなる、

優美な彫刻が象られた無数の巨大な柱が等間隔にそびえ立つ、

まさしく太古の大神殿としか形容できぬ空間に感嘆の声を漏らす。

 

警戒しつつも、その芸術的な風景を堪能しながら奥へと進むと、

全長十メートルはある美しい彫刻が彫られた巨大な両開きの扉が現れる。

特に、七角形の頂点に描かれた何らかの文様が印象的だ。

 

「……これはまた凄いな、もしかして……」

「……反逆者の住処?」

 

いかにもラスボスの部屋といった感じだ、実際、感知系技能には反応がなくとも

ハジメの本能が警鐘を鳴らしていた。

この先はマズイと、それはジータもユエも感じているのか、うっすらと額に汗をかいている。

しかしそれでも。

 

「ハッ、だったら最高じゃねぇか。ようやくゴールにたどり着いたってことだろ?」

 

自身を鼓舞するような口調のハジメ。

 

「例え、この先に何があろうとやるしかないよね」

「……んっ!」

「ジョブは変えなくっていいのか?」

「いいよ、このままダークフェンサーで行く」

 

クラスⅣやEXⅡを解放出来れば自分も二人と同等の戦力を得られるのだが、

現状ではやはり支援役が妥当だろう。

そしてハジメとユエ、二人の絶大な攻撃能力を生かすには、やはり防御よりも攻撃だ。

この先に待つ相手が例の大サソリよりもさらに頑丈な存在だと仮定すると、

結局、攻撃が通らなければジリ貧なわけなのだから。

だが……あの大サソリはここまでを鑑みても余りにも異質な存在だった、まるで、

 

(ユエちゃんを逃がさないためじゃなく、むしろ守ってるみたいな……)

 

もしかすると、あれを基準にしてはいけないのかもしれない。

 

守りは行使中は動けなくなるものの"金剛"がある。

回復は神水を使えばいい、本来おそらく大量に消費したであろう毒霧階層を、

ほぼ無消費で切り抜けることが出来たおかげか、ストックはまだ十分だ。

 

三人は互いの顔を見て強く頷くと、最後の柱の間を超えた。

 

その瞬間、扉とハジメ達の間三十メートル程の空間に巨大な魔法陣が現れた。

赤黒い光を放ち、脈打つようにドクンドクンと音を響かせる。

 

「あれはベヒモスのっ!」

「いやあれよりうんとデケェ!マジでラスボスだぞ!こりゃ!」

「……大丈夫……私達、負けない……」

 

一瞬、後退こうとしたハジメとジータの腕を、ユエがぎゅっと掴む。

 

「だよね」

 

魔方陣がより一層強く輝き、光と共に巨大な影が現れる。

光が消えた時、そこにあったのは、体長三十メートル、六つの頭と長い首、

鋭い牙と赤黒い眼の化け物、例えるなら、神話の怪物。

 

「ヒュドラ」

 

ハジメとジータはどちらともなく呟いた。

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

六つの頭が同時に咆哮し、凄まじい殺気がその場に満ちる。

しかしそれよりも早く、ジータのアビリティが発動する。

 

『ミゼラブルミスト』『グラビティ』『アローレインⅢ』

 

霧が、重力が、弾幕が、みるみるヒュドラを戒めていく。

 

赤い紋様が刻まれた頭がガパッと口を開き火炎放射を放った。

が、その動きは散漫で、かつ弾幕に阻まれ、本来の威力とは程遠い様に見える。

無造作にハジメはドンナーを構えトリガーを引く、電磁加速された弾丸が赤頭を吹き飛ばした。

 

まず一つ、少々拍子抜けしつつもハジメが内心ガッツポーズを決めた時

白い文様の入った頭が「クルゥアン!」と叫び、白い光が吹き飛んだ赤頭を包み込んだ。

すると、まるで逆再生でもしているかのように赤頭が元に戻った。

どうやら白頭は回復魔法を使えるらしい。

ハジメに少し遅れてユエの氷弾も緑頭を吹き飛ばしたが、

同じように白頭が回復させてしまう。

 

ジータは"念話"でハジメとユエに作戦を伝える。

 

"白いのを狙って!キリがなくなる!"

"オッケー!"

"うんっ!"

 

白頭を狙い出したのを察知したか、青い文様の頭が口から、

散弾のように氷の礫を吐き出し、さらに赤頭も火炎弾を発射する。

その狙いはともかく攻撃の密度が高く、ハジメとユエを以ってしても容易に射線を取らせない。

 

「召喚行くよ!ハジメちゃん」

 

頷くハジメ、魔力が上がり、特訓を重ねたからなのか、

互いに手を翳す動作は必要なくなった。

どうやら両者の意思が確実に重りあえばそれで充分なようだ。

 

「セレスト!」

 

ジータの求めに呼応して顕現したセレストが、闇のベールにヒュドラを包む…が。

ヒュドラたちは一切動じない―――暗闇が効かない!

 

「蛇だから匂いや体温で感知してますってこと!」

 

「緋槍!」

 

ユエから放たれた炎の槍が白頭に迫る、が、直撃かと思われた瞬間、

黄色の文様の頭がサッと射線に入りその頭を一瞬で肥大化させ、

そして淡く黄色に輝き、ユエの魔法を受け止めてしまった。

 

そこに空力を使い跳躍したジータが白頭に斬り込むが……。

やはり黄頭がすかさずカバーに入り。

 

ぼよおぉぉぉんん~。

 

大サソリとはまた違うタイプの硬さで防御しているのだろう、

まるでゴムボールを叩いたような真の抜けた音と共に、ジータは大きく弾んで

後方の壁へと叩きつけられそうになる。

剣が当たった際の感触の気持ち悪さに顔をしかめつつも、空中で体勢を整えるジータ。 

さらにハジメのドンナーをも黄頭は受け止め、平然とこれで終わりかとばかりに、

ハジメ達を睥睨している。

 

「ちっ! 盾役か、攻撃に盾に回復にと実にバランスのいいことだな!」

 

焼夷手榴弾を投げながら毒づくハジメ。

 

「一体で一つのパーティってことなのね」

 

手榴弾の爆発に巻き込まれないように距離を取りつつ、作戦を練るジータ。

あの白頭の回復能力は回復なんて生易しいものではない、復活に近い。

一時的に止めてその間に……という手は有効だとは思えない。

 

やはり何とかして白頭を落とすしかない。

もう一つの方法としては、ハジメのシュラーゲンと、

ユエの蒼天で六つの頭を同時に潰すというもの。

だが、これは仕留めきれない場合、後が無くなる。

ジータがそこまで考えた所だった。

 

「クルゥアン!」

「いやぁああああ!!!」

 

ヒュドラとユエ、二つの叫びと悲鳴が同時に耳に届く。

咄嗟にユエの方を見ると、何かに酷く怯え悶えている。

さらにそんなユエを大口を開けて狙う青頭、ユエをその目に捉えて動かない黒頭。

 

「ハジメちゃん!黒頭っ!」

 

縮地で一気に接近するとその勢いのままに剣を振るい、青頭の首を切断しつつ、

ハジメに指示を飛ばすジータ、返事代わりのドンナーの発射音と同時に黒頭が弾け飛ぶ。

さらに赤頭もユエを狙おうとするが、ハジメの投げた閃光手榴弾と音響手榴弾に怯んだか、

慌てて首を引っ込める。

 

その隙に二人はユエを抱えて柱の陰に隠れた。

 

「おい! ユエ! しっかりしろ!」

「ユエちゃん!何されたの!」

 

きょとんと二人の顔を眺めるユエ、その瞳はしっかりとしていたが、震えが止まっていない。

 

「…よかった……見捨てられたと……また暗闇に一人で……」

 

ギュと二人の身体に抱き着くユエ。

 

彼女曰く、突然、強烈な不安感に襲われ気がつけば、一人ぼっちで、

再び封印される光景が頭いっぱいに広がり

恐怖と動揺で何も出来なくなってしまったのだという。

 

「トラウマを呼び起こすってわけか、あの黒頭は」

「バッドステータス系の魔法ね、タチが悪いよ、どこまでも」

 

そもそもこんな少人数で挑むこと自体間違いなのだろう、

ヒュドラが正気を取り戻しつつある気配が届き、身構える二人、だが。

 

「……ハジメ、ジータ」

 

こんなことをしている場合ではないと分かっていても、ユエは二人の服の裾を掴んで離さない、

いや、離せない。

 

「大丈夫、みんなで日本に…私たちの故郷に帰るの」

 

ギュッとユエを抱きしめるジータ。

 

「もう私たちは家族だから、一緒だから」

「ヤツを殺…倒して生き残る。そして、地上に出て故郷に帰るんだ……一緒にな、だから」

 

ハジメもまたユエの頭を撫でてやる、本当ならキスの一つでもすべきなのだろうが、

流石に余裕はない。

 

「一緒に乗り越えよう、アイツを!」

 

上手く笑えているだろうか?と思いつつ自分で思った最高の笑顔をユエに向けるハジメ。

少なくとも、かつての、ただ厄介事を避けるだけの愛想笑いではないことだけは確かだ。

 

「んっ!」

 

ユエも負けじと綺麗な笑顔で応じる。

 

「ジータ、ユエ、シュラーゲンを使う、連発できないから援護頼む」

「「任せて!」」

 

ジータはともかく、一段とやる気に溢れた口調のユエ。

もう先程までの不安や恐れはその声からは一切感じられない。

 

三人は作戦を確認すると一気に柱の陰を飛び出し、今度こそ反撃に出る。

 

「"緋槍"!"砲皇"!"凍雨"!」

『アローレインⅢ 』

 

ジータの呼んだ矢の弾幕を縫うように、ユエの魔法が立て続けにヒュドラに炸裂する。

黄頭がカバーに入ろうとするが、白頭を狙うハジメの動きを察知し、

その場で咆哮を上げる。

 

「クルゥアン!」

 

すると近くの柱が波打ち、変形して即席の盾になろうとしたが。

 

『ディレイ』

 

ここぞと時に温存しておいたアビリティを使うジータ。

柱の変形が一拍遅れ、ユエの魔法がそのままヒュドラの頭に直撃する。

黒赤青緑の頭が悲鳴にのたうつ。

 

その隙にハジメは空中にてシュラーゲンを構えるが、それよりもヒュドラの回復が早く

黒頭の瞳が今度はユエではなくハジメを捉える。

一瞬動きが止まるが、歯を喰いしばり悪夢を振り払う。

そこに今度は赤青が一斉射撃を仕掛けるが。

 

「召ぶよ!ハジメちゃん!」

「ガルーダ!」

 

ジータの叫びと共に翼を生やしたワイルドな外見の少女が幻影でハジメたちを包み、

ヒュドラの感覚を狂わせる。

ハジメは炎と氷をすり抜けるように、空中の足場に立ったまま、狙いを定める。

その姿は風の幻影に包まれブレている。

黄頭が白頭を守るように立ち塞がるが、そんな事は想定済みだ。

 

「まとめて砕く!」

 

気合いと同時にトリガーを引く。

 

大砲でも撃ったかのような凄まじい炸裂音と同時に、

約一・五メートルのバレルにより電磁加速を加えられた、赤い弾丸が射出される。

その威力はドンナーの最大威力の更に十倍を誇る。

その発射の光景は極太のレーザーのようにジータには見えた。

 

衝撃でシュラーゲンのベルトがちぎれ、銃身ごと後方に吹っ飛ぶ。

しかし、それでも射出された弾丸は真っ直ぐ周囲の空気を焼きながら黄頭に直撃し。

さらにその背後の白頭をも粉々に粉砕しながら貫通し、最後は背後の壁に当たって大爆発する。

 

いつぞやの相方を速攻で殺られたサイクロプスのような感じで、ヒュドラの動きが止まる、

そこへ。

 

「"天灼"」

 

残る四つの頭の周囲に六つの放電する雷球が取り囲み、次の瞬間、

それぞれの球体が結びつくように放電を互いに伸ばしてつながり、

その中央に巨大な雷球が現れたかと思うと、

範囲内に絶大な威力の雷撃を注ぎ込んでいく。

 

雷の轟音とヒュドラの悲鳴が重なりあい、やがてその音と光が消えた跡には

六つ全ての首を失ったヒュドラの亡骸が残るのみだった。

 

全力を出し切ったユエがその場にへたり込む。ジータが二人へと笑顔で手を振る。

ハジメもまた笑顔を見せると、シュラーゲンを拾うべくヒュドラの残骸から背を向ける。

 

が!

 

「ハジメ!」

 

ユエの叫びに振り向くと、そこには七つ目の頭が胴体から生えようとしていた。

その口内には先程のシュラーゲンを思わせる光。

 

ガルーダはもう使ってしまった、ディレイやミゼラブルミストetcも、

まだ待機時間中だ。間に合わない、いや、まだ手はある!

 

「ジータ!」

 

召喚を―――のハジメの叫びを聞く前に、すでに彼女は動いていた。

 

「黒麒麟!」

 

ハジメの頭上の空間から漆黒の装甲を纏った悍馬がいななき、銀色の頭に吶喊する。

銀頭は小煩げにプイと頭を振るだけで麒麟は消えてしまったが、その一瞬で十分だった。

 

『ディレイ』

 

ユエを焼き尽くすはずの極光が放たれる前に一度掻き消える、

その隙にユエを抱きかかえ、縮地で飛びのくハジメ、その数瞬後に、

ユエの立っていた場所を光が焼き尽くす。

そして、後方の床に転がってるシュラーゲンからカチャリとリロードの音。

 

そう、この黒麒麟は召喚することにより、

ジータのアビリティおよびユエの特殊技の即時使用、さらにはハジメの特殊武器のリロードをも、

自動的に行ってくれる。

ただしその召喚間隔の長さから、戦闘中使えるのはおそらく一度が限度ではあるが。

 

ユエをジータへと投げ渡すとハジメはそのままシュラーゲンの元へと走る。

それを援護するように黒霧と重力、そして矢の雨の弾幕が銀頭を戒める。

 

黒霧で精度を半ば失なわせ、矢の雨で攻撃を相殺させているとはいえ、

元々の精度も攻撃力も半端ないのか、次々と光弾がハジメの身体を掠めていく、

だがそれだけだ、決して当たらない。

"天歩"の最終派生技能[+瞬光]。知覚機能を拡大し、

合わせて"天歩"の各技能を格段に上昇させる。

この死闘の中でハジメはまた一つ、"壁を超えた"のだ。

 

ユエもまたさらなる魔法攻撃でハジメを援護しようとするが、

 

「ダメ!魔力は蒼天に取っておいて!」

 

彼女の操る技は威力も甚大なら、消費する魔力も甚大なのだろう、

明らかに燃料そのものが足りてないのが見て取れる。

今度こそシュラーゲンと蒼天の同時攻撃で確実に止めを差したい。

 

「ジータの血……飲ませて」

「いいの?」

 

いつものことなのに、何故か今回に関しては聞き返してしまった。

 

「いい、私はハジメを守りたい、ジータもハジメを守りたい、同じ、それに」

「ハジメちゃんも私たちを」

「「守りたい」」

 

ジータの喉に牙を立てるユエ。

 

そんな二人を彼らを狙う光弾が花火のように照らすが、

ハジメ同様瞬光に目覚めたジータはユエを抱いたまま、全てが減速された―――

いわゆるゾーンに入った、そんな感覚でステップを踏むかのように、

一つ一つが致命の威力であろう、死の光を避けていく。

まるで花火のように瞬く光弾に包まれる二人の姿は、死闘の最中とは思えぬほどに

幻想的な光景だったと後にハジメは語った。

 

心を奪われたのは一瞬、ハジメはシュラーゲンを拾い上げ、そのまま空力と縮地を使用し

宙へと跳躍する。

 

銀頭がそれに反応し極光を放つ、しかし。

 

「遅せえよ」

 

ハジメはそのまま硬直中の銀頭の直上から、半ば勝利を確信しつつ、シュラーゲンを発射する。

それでも避けた筈の極光が己の身体を僅かに掠め、それだけで半身が灼けていく。

さらに、先程の発射に加えて落下の影響か、僅かだが弾道がブレ、

頭を吹き飛ばさんとした一撃は銀頭の下顎のみを砕き、そのまま本体に大穴を穿つ。

銀頭は穴を穿かれた本体から盛大に吹き飛ぶ、いや自らパージしたか?

ともかく最後のあがきとばかりに、跳躍した銀頭はその鋭い牙を、

ジータとユエへと突き立てんとする。

しかしジータの剣が翻って銀頭の牙を斬り落とし、返す刃で奥義を放つ。

 

「黒召刃」

 

降り下ろされた剣から黒い球体状の魔力の塊が放たれ、銀頭の上顎から尻尾に至るまでを、

グシャグシャと潰していき。

 

「蒼天」

 

そして魔力十分のユエの放った青白き炎が、未だのたうつヒュドラの胴体を焼いていく。

 

「いつ見てもすげぇな」

 

地上の星のような輝きを眺めながら、神水を口にするハジメ。

そして感知系技能からヒュドラの反応が消えるのを確認し、

ハジメはふぅーとため息を付くと、そのまま床に倒れ込む。

 

「流石に……もうムリ……」

 

自分を抱きかかえる少女たちの温もりを感じながら、ハジメは意識を手放すのであった。

 




もう少し楽に勝っても良かったかなと思ったのですが、やはり
瞬光こそハジメの強さの根幹なので、そこは外せないなと
ともかく、一人増えたおかげでハジメは片目を失わずに済みました。


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反逆者の真実

少し長くなりましたが、オルクス編も残り数話です。


(疲れちゃったんだね、ハジメちゃん)

 

ジータの身体にその身を預け寝息を立て始めるハジメ、そんな彼の髪を、

彼女は優しく撫でてやる

傷の治りがいつもより遅い気もするが、彼の半身を覆う火傷も少しずつ回復しつつあった。

その証拠に彼女の肌を包む僅かなヒリヒリ感も収まりつつある。

 

そんな二人の様子を目にしたユエがおねだりをするようにジータの身体にもたれ掛かる。

ジータは笑顔でユエの頭も撫でてやる。

 

「ふぁ……」

 

猫の様に目を細めるユエ、その仕草は実に自然で、まるでこれまでも、

そしてこれからも続いていく、当たり前の光景のようにジータには思えた。

自然と言えば、いつのまにやら撫でられるだけでは足りないのか、

ユエはハジメの頬にスリスリと頬ずりをしている。

 

(やっぱりこの子抜け目ないなぁ)

(私も、もう少し欲張りになってもいいのかも……)

 

苦笑しつつも、ジータは本格的なハジメの治療のために、

ビショップにジョブチェンジしようとするのだが、

ズズっという目の前の扉から響く轟音を耳にし、その手を止める。

 

(中に気配はない…けど)

 

「ユエちゃん!」

 

ユエの口元に自分の手首を持っていくジータ。

 

「ダメ…ジータの身体が持たなくなる」

「いいの…もしも新手が現れたら、ハジメちゃんを連れて逃げて欲しいから」

 

それは、自分が足止め役を務めるという意味だ。

ふるふると首を振るユエ、その眼には涙が溜まりつつある。

背中にハジメとユエを隠すように身構えるジータ―――しかし。

 

扉からはいつまで経っても何も出て来ることはなかった。

 

「?」

 

二人は意を決して中を覗いてみる、そこには。

 

「これが…反逆者の住処」

「凄い」

 

まず、目に入ったのは天井高く浮く円錐状の物体、

その底面には煌々と輝く球体がふよふよと浮いている。

 

その輝きは蛍光灯のような無機質な物とは違い、自然そのものの温もりを確かに感じる

そうまるで。

 

「「太陽」」

 

ポツリと二人は同時に呟いた。

 

 

それから天井から床、そして壁へと視線を移していく。

 

耳に心地よい水音が聞こえる。

扉の奥のこの部屋はちょっとした公園といってもいいほどの広さがあり、

奥の壁一面には巨大な滝がある。

滝の傍に寄ればマイナスイオンを含む、清涼な……滝の傍特有の空気が

二人の鼻腔をくすぐる、滝壺を見ると魚も泳いでいるようだ、

もしかすると地上に繋がっているのかもしれないと、

奥の洞窟へと流れ込む大量の水を眺めながら考えるジータ。

 

じゅるりと口から涎を溢れさせそうになってるのに気が付き慌てて飲み込むジータ。

なにせあの日以来、基本魔物肉以外口にしていないのだから。

ともあれ今夜?は、魚料理で決まりだ。

 

しかも川から少し離れたところには大きな畑もあるようである。

野菜っ!と一瞬思ったが、何も植えられていない様子なのを見て落胆する

……その周囲に広がっているのは、もしかしなくても家畜小屋である。

 

さすがは反逆者のアジトだ、ここに何日、いや何年でも引き籠…いやいや立て籠れそうだ。

 

そう思ったところでジータの胸にチクリと不安が過る。

もしかすると脱出口は無いのではないのか?

反逆者はここを終の棲家にする覚悟だったのではないのかと。

そう思うと地下深くとは思えないほど、豊かな自然が逆に不気味にも思えてくる。

 

ジータはとりあえず周辺に危険がないことを再度確認すると、

ホークアイにジョブチェンジし、

未だに寝息を立てるハジメを起こさないようにそっと担ぐと、

今度は岸壁を加工してして作ったであろう、住居と神殿の方へと足を向ける。

 

期待と不安とで胸の鼓動が早くなる、これは決してハジメの温もりを感じているからじゃない。

で、まず最初に入ってみた神殿はただの寝室だった、少し拍子抜けしつつも

ハジメをベッドに寝かせ、ユエにハジメを見てるよう頼み、

 

今度は住居の探索を開始する。

白く清潔感のある外観は、コンクリ打ちっぱなしのこじゃれた前衛住宅みたいな印象だ。

しかも吹き抜け三階建て、ともかくリビング、台所、トイレ…とくに異常は無い。

 

外に出ると、水の枯れたプールのような円形の穴があり、その淵にはライオンぽい動物の彫刻が

口を開いた状態で鎮座しており、その脇には魔法陣が刻まれている。

試しに魔力を注いでみると、ライオンモドキの口から勢いよく温水が溢れ出した。

どこの世界でも水を吐くのはライオンというのがお約束らしい。

 

「お風呂っ!」

 

ジータが思わず声を弾ませたのも無理はない。

例え迷宮でも出来るだけ人間らしい暮らしを!

その掛け声通り、余裕がある限りは水を出し、お湯を沸かし、

さらにバスタブを錬成で作って貰い、ちゃんと入浴はしていたのだが。

殆どが代り映えのしない薄闇を眺めての入浴では、単に汚れを落とすだけの作業に過ぎない。

 

露天風呂とは思わぬ収穫だ、あとで皆で……と自然に考えてしまい。

ブンブンと頭を振るジータ。

 

それから、二階で書斎や工房らしき部屋を発見した。

しかし、書棚も工房の中の扉も封印がされているらしく開けることはできなかった。

後でハジメに錬成で開けてもらえばいいと思いなおし、ジータは探索を続ける。

 

最後に三階の奥の部屋に向かった。

三階は一部屋しかないようだ。奥の扉を開けると、そこには直径七、八メートルの、

今まで見たこともないほど精緻で繊細な、まさに一つの芸術品とも思える、

見事な幾何学模様の魔法陣が部屋の中央の床に刻まれていた。

 

しかし、それよりもジータが注目したのは、その魔法陣の向こう側、

豪奢な椅子にもたれかかり、黒に金の刺繍が施された見事なローブを羽織った、

白骨化した人物の亡骸であった。

 

アイ〇ズ様みたいだなとジータは少し思った。

おそらく反逆者と言われる者達の一人なのだろうが…。

だが、寝室やリビングではなく、この場所を選んで果てた意図は何ゆえか……。

 

「過労死…?」

 

これほどの魔法陣を記すには相当な労力が必要だったに違いないという、

第一印象から来たイマイチ情緒に欠ける感想をジータはつい漏らしてしまう。

それは冗談として、その静謐さすら感じさせる姿は、まるで誰かを待っているかの如くである。

招きならば……応じるまでだ。

 

「なむさんっ!」

 

金髪碧眼の外見に似合わぬ掛け声と共にジータは魔法陣へと踏み込んだ。

その瞬間、カッと純白の光が爆ぜ部屋を真っ白に染め上げる。

 

まぶしさに目を閉じるジータ。直後、何かが頭の中に侵入し、

まるで走馬灯のように、いや頭の中を覗かれているかのように、

奈落に落ちてからのことが駆け巡る。

やがて光が収まり、目を開けたジータの目の前には、黒衣の青年が立っていた。

 

 

ハジメは、体全体が何か温かで柔らかな物に包まれているのを感じた。

随分と懐かしい……まるで自分の部屋のベッドのような感触だ。

そう思ってから、自分が本当にベッドで眠っていることを認識する。

 

(何だ? ここは迷宮のはずじゃ……何でベッドに……)

 

混乱する意識を覚醒させるべく、まどろみの誘惑に耐えて

一気に両目を開く、そこには見慣れた少女の寝顔があった。

 

「ユエ?」

 

その声は安心と同時にほんの少しだが落胆した響きもあった。

これは……ここまではやっぱり夢じゃなかったのだと。

 

そんなハジメの心境を知ってか知らずか、やや寝苦しそうに寝返りをうつユエ

そんな彼女の頬をぷにぷにと指で触れるハジメ。

 

「大丈夫、心配ないぜ」

 

そう、夢である筈がない、夢であっていい筈がない。

 

しかし目の前の光景はやっぱりこれは夢か天国か?と思わせる荘厳なものだった。

純白のシーツに豪奢な天蓋付きの高級感溢れるベッド、吹き抜けのテラスに

緑の空気を含む爽やかな風、神殿を思わせる太い柱と薄いカーテン。

 

(夢じゃないなら……ここは天国か、いやいやまさか)

 

「おはよう、やっと起きてくれたね」

 

ハジメがベッドから半身を起こしたところに、ジータが部屋へと入って来る。

ハジメはユエを起こさないようにそっとベッドを降りてジータへと歩み寄る。

神水と、おそらくジータの治癒のお陰もあったのか、光に焼かれた身体はすっかり元通りだ。

 

「ここは?まさか天国とか言うなよな」

「反逆者の住処だよ、まさにアジトだね」

 

冗談めかした口調のジータだが、彼女の表情がやや固いことにハジメはすぐに気が付く。

 

「何か……あったのか?」

「うん……ちょっと見てもらいたいものがあるんだ、ユエちゃんにも見て貰いたいから

起こして貰ってもいいかな?」

 

 

これまでのことを簡潔にハジメとユエへと語りながら、住居を案内するジータ。

そして目的地である三階の大広間へ到着する。

 

「ア〇ンズ様?」

「あ、私と同じこと思った」

 

巨大な魔法陣の向こう側、豪華な椅子に腰かけた人骨を見て、

奇しくもジータと同じ感想を漏らすハジメ。

 

「じゃ、二人ともそこの魔法陣の中に入って」

「大丈夫か?」

 

少しジータの表情が微妙な気がしたが、ともかくハジメはユエの手を引き

魔法陣の中央へと足を進める。

 

カッと純白の光が爆ぜ部屋を真っ白に染め上げる。

直後、何かが頭の中に侵入し、まるで走馬灯のように奈落に落ちてからのことが駆け巡った。

やがて光が収まり、目を開けた彼らの目の前には、黒衣の青年が立っていた。

 

その衣は後ろの躯と同じローブだった。

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。

この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?」

 

話し始めた彼はオスカー・オルクスというらしい。

【オルクス大迷宮】の創造者のようだ。驚きながら彼の話を聞く。

 

「ああ、質問は許して欲しい。これはただの記録映像のようなものでね、

生憎君の質問には答えられない。

だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、

我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね。

このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい。

……我々は反逆者であって反逆者ではないということを」

 

そうして始まったオスカーの話は、ハジメとジータが聖教教会で教わった歴史や

ユエに聞かされた反逆者の話とは大きく異なった驚愕すべきものだった。

 

神代の少し後の時代、今よりもずっと種族も国も細かく分かれていた時代、

世界は争いで満たされていた、争う理由は様々だったが、その一番は"神敵"だから、

それぞれの種族、国がそれぞれに神を祭っており、

その神からの神託で人々は争い続けていたのだ。

 

だが、ある時、偶然にも神々の真意を、自分たちの戦争が神々を楽しませる為の、

遊戯であったことを知ってしまった者たちがいた。

そして彼らは同志を集め、人々を巧みに操り戦争へと駆り立てる神々に戦いを挑もうとした

それが当時、"解放者"と呼ばれた、神代から続く神々の直系の子孫たちの集団であった。

 

しかし、その目論見は戦う前に破綻してしまう。

ついに世界を弄ぶ神々の本拠を突き止めたのは良かったが、

それ故に彼らは相手に、神々に時間を与えすぎてしまったのだ。

神々は人々を巧みに操り"解放者"たちに神敵、そして"反逆者"のレッテルを貼り、

守るべき人々に相手をさせたのである。

 

守るべき人々の手で次々と討たれていく"解放者"たち。

最後まで残ったのは"解放者"のメンバーでも先祖返りと言われる、

強力な力を持った七人だけだった。

 

彼らはもはや自分たちでは神を討つことはできないと、

自分たちは、神の奸計の前に敗れたのだと認めざるを得なかった。

そして、バラバラに大陸の果てに潜伏すると同時に迷宮を造ったのだ。

試練を用意し、それを突破した強者に自分たちの力を譲り、

いつの日か自分たちの遺志である、神の遊戯を終わらせる者が現れることを願って。

 

 

長い話が終わり、オスカーは穏やかに微笑む。

 

「君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。

君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。

我々が何のために立ち上がったのか。……君に私の力を授ける。

どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。

話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」

 

 そう話を締めくくり、オスカーの記録映像はスっと消えた。

同時に、ハジメの脳裏に何かが侵入してくる。ズキズキと痛むが、

それがとある魔法を刷り込んでいたためと理解できたので大人しく耐えた。

 

やがて、痛みも収まり魔法陣の光も収まる。ハジメはゆっくり息を吐いた。

 

「とんでもないことを聞いちまったな」

「うん…それでね」

 

ハジメはジータが何を聞かんとしているかを察し、皆まで言うなと

先に口を開く。

 

「許せない気持ちはある……けど正直、関わりたくはない、関わるべきじゃないな…」

「うん、所詮は自分たちはよそ者だもんね」

 

過酷な戦いを経てなお優しさが残っている証か、二人の言葉には揺らぎがある。

それでも、この世界のあり方に、不必要な干渉は望ましくはない、

あくまでもこの世界の行く末はこの世界の住人に任せるべきだ。

この世界の住人…そういえば一人いたな。

 

「ユエちゃんはどうしたい?」

 

狡いようだが、彼らはユエに決断を託した、

もしもユエが神と戦うことを望むのならば……考えてもいい、と。

解放者たちの無念を晴らしてやりたい、神に一泡吹かせてやりたい気分は勿論あるのだから。

 

「私の居場所はここ……他は知らない」

 

即答し、ギュッと二人の手を握るユエ。

 

「決まりだな」

「だね、オスカーさんも強要しないって言ってるし……だからせめて」

 

彼らはオスカーの亡骸にチラと目をやり、黙祷を捧げる。

偉大なる先駆者への敬意を込めて。

 

「あとでオスカーさんのお墓作ってあげようよ」

「そうだな」

「うん」

 




ジータの苦労の甲斐あって、ハジメの思考はかなりマイルドになってます。
とはいえど、あまりゆるくなり過ぎないようにはしたいですが。

そしてジータもユエに意識が引き摺られてきてますね、
これはもしかして次回……


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初体験と新たな仲間

ニーア取れました、これで賢者2人目ゲットだぜ!



オスカーの弔いを済ます前にやらねばならぬことがある。

 

三人は封印されている書斎や工房の調査へと向かう、

扉はハジメの錬成でも開くことは無かったが、

もしやと思いオスカーの嵌めていた指輪を拝借し、それを扉に翳すと無事封印を解くことが出来た。

指輪の文様と封印の文様が同じだったのだ。

 

まずは書斎だ。

 

一番の目的である地上への道を探らなければならない。

ハジメたちは書棚にかけられた封印を解き、めぼしいものを調べていく。

何だか刑事か探偵になった気分で少し興奮する。

 

「もしも何も出てこなかったらオスカーさん、恨むよ」

 

祈るような気分で書類をパラパラとめくるジータ。

 

「そしたらオスカーは……畑の肥料」

 

ユエも辛辣な意見を口にする、と、そこに。

 

「ビンゴ!あったぞ、二人とも」

 

ハジメから歓喜の声が上がる、この住居の施設設計図らしきものを見つけたらしい。

 

設計図によれば、どうやら先ほどの三階にある魔法陣が、

そのまま地上に施した魔法陣と繋がっているらしい。

これもオスカーの指輪を持っていないと起動しないようだ

 

(畑の肥料にしようだなんて思って申し訳ありません)

 

心の中でオスカーに詫びるジータ。

 

「お墓、立派なの作ってあげようね」

「そうだな」

 

さらに二人が設計図や書物を調べていると、

ユエが一冊の本を持ってきた。どうやらオスカーの手記のようだ。

その中身の殆どは他愛ない日常が綴られているのみだったが、

 

その内の一節に、他の六人の迷宮に関することが書かれていた。

 

「……つまり、あれか? 他の迷宮も攻略すると、創設者の神代魔法が手に入るということか?」

「でしょうね」

 

いよいよRPGめいて来たなとふと思うジータ。

手記によれば、オスカーと同様に六人の解放者達も迷宮の最深部で、

攻略者に神代魔法を教授する用意をしているようだ。

生憎とどんな魔法かまでは書かれていなかったが……

 

「……帰る方法見つかるかも」

「長い旅になりそうだね」

「だな、これで今後の指針ができた、地上に出たら七大迷宮攻略を目指そう」

 

それからしばらく探したが、正確な迷宮の場所を示すような資料は発見できなかった。

現在、確認されている【グリューエン大砂漠の大火山】【ハルツィナ樹海】

目星をつけられている【ライセン大峡谷】【シュネー雪原の氷雪洞窟】

辺りから調べていくしかないだろう。

 

工房には小部屋が幾つもあり、その全てをオルクスの指輪で開くことができた。

中には、様々な鉱石や見たこともない作業道具、理論書などが所狭しと保管されており、

錬成師にとっては楽園かと見紛うほどである。

 

調査に夢中になっている間に、部屋には赤い光が差していた、日没が近いようだ。

 

「今日はこれくらいにしておいて、オスカーさんのお墓作ろ」

「ヒュドラの肉……取らないと」

「そうだな、じゃあ残りは明日で」

 

 

滝の畔の高台をザクザクと掘りながら、ハジメとジータの二人はこれからの事を話し合う。

ユエはヒュドラの肉を回収しに向かっている。

 

「暫くみんなの元には帰れなくなったね」

「まぁ、どの道、吸血族のユエを連れて王都に入るわけにもいかなかっただろうしな」

 

迂闊にクラスメイトの元に戻れば、また出ていくのは困難に思えた。

それに教会の総本山がある王都は、ある意味では敵の本拠ともいえる。

こういう時こそカリオストロの力を借りたいところではあるが……。

 

「この程度のことでノコノコ帰って来やがって、情報が足りないって逆に怒られるね」

「地理的にはハルツィナ……と、ライセンが近いか」

 

地図を思い出しながら考え込むハジメ。

 

「その二つを攻略してから一度王都に戻らない?」

「オスカーの言葉が全て真実だとも限らないしな……心配かけて申し訳ない」

「香織ちゃん、雫ちゃん、元気でいてね」

 

王都の方向っぽい向きに手を合わせる二人。

 

「でも、こんなこと皆に話したって……ねぇ」

 

基本的には皆、教会や王宮の人々の言葉のまま、従えば帰れると信じて戦っているのだ

根っからの善意で戦ってるのは某天之河くらいのものだろう。

 

「アイツに話したところで信じて貰えないだろうな」

「わかってないよハジメちゃん、信じて貰えないのならまだマシだよ…」

 

こんな話を聞こうものなら、あのバカはヒーロー願望を爆発させて、教会のお膝元で、

この世界の人々を弄ぶ悪しき神と戦うぞ!などとホザきかねない、いやホザく。

 

「確かに」

 

その上、クラスメイトだからとかそういう理由で神と戦うのに力を貸せとか、

当然のように要求してくるに違いない。

 

「心意気だけで悪を倒せるなら……」

「オスカーさんはこんなことにはならなかったよね」

 

その心意気も、光輝の場合は怪しいものだが、

フワフワとただ都合のいい綺麗なものに縋っているようにジータには思えてならなかった。

 

「なぁ、ところで提案があるんだが、しばらくここに留まらないか?

さっさと地上に出たいのは俺も山々なんだが……書庫や宝物庫とか色々調べたいし

学べるものも多いし、ここは拠点としては最高だ

他の迷宮攻略のことを考えても、ここで可能な限り準備しておきたい。どうだ?」

 

「さっき、オスカーさんの指輪で書庫の扉を開けた時、ユエちゃんと少し話してたのもそのことだね」

「ああ、三百年も地下にいたんだ、一刻も早く外に出たいだろうなって思うとな」

「で?」

「俺たちと一緒ならどこでもいいってさ」

 

(私もそれは同じだよ)

 

とは、口に出さずにジータは頷いた、その表情には何やら決意めいたものがあった。

 

「さ、早くお墓作ってユエちゃんの手伝いに行こ」

 

こうして彼らは、ここで可能な限りの鍛錬と装備の充実を図ることになった。

 

 

その夜。

 

ジータお手製の魚料理と露天風呂を堪能したハジメは、

心身ともにほっかほかでベッドルームへと向かう。

 

「はふぅ~、最高だぁ~」

 

美味しい食事にお風呂とくれば後はベッドで眠るだけだ。

久々に人の暮らしを文化を味わった気がする。

やっぱり生きるっていいもんだなとスキップしながらベッドルームに向かい。

ふわふわのマットへとダイブを決めるハジメ。

 

ふにゅ?

 

ベッドとは違うそれでいて心地よい感触に、少し違和感を覚える。

 

(何だこれ)

 

自分の顔を挟み込む、ぷにぷにした何か、この感触はクセになるような、

それで懐かしいような何かだ。

 

(これ気持ちいいな)

 

その感触をもっと味わいたく、顔を夢中になって動かす―――と。

 

「……ぁん……」

(!?)

 

艶めかしい喘ぎ声が聞こえる、しかもその声には聞き覚えがあった。

慌てて身体を起こすと、そこにはシーツ一枚のみを身にまとったジータの姿があった。

 

「あ…ああ、あのー」

「ホントはお風呂で仕掛けてもよかったんだけど…初めてがお風呂場……って言うのも

お互いにちょっとね」

 

ファサとシーツを外し、一糸纏わぬ裸身を晒すジータ、

さっきは気が付かなかったシャンプーの香りが一面に漂い、

そしてハジメはジータの二つの胸の膨らみに目を奪われる。

 

思わず後ず去るハジメだが、さらに背中に慎ましやかだか、

それでいて確かな感覚。

 

「……えい」

「……あ、当たってるんだが?」

「当ててんのよ」

「何でそのネタを知ってんだ!」

 

振り向くと、ユエもジータと同じく生まれたままの姿だ。

 

「私はハジメの一番になりたい、けどハジメの特別はジータ……だから

ハジメの初めてはジータのもの、ジータの初めてもハジメのもの」

 

ユエの中では一番と特別は両立できるものらしい、

もしかすると王族としての育ちも影響しているのかもしれない。

 

「二人で決めたんだもんね」

「ジータさんや…ユ…ユエさんや」

 

魔物相手の雄々しさはどこにやら、泡食って救いを求めるハジメ。

いや、口調こそ救いを求めてはいるが、己の武器は今こそ!とばかりに

臨戦態勢に入っている。

 

「悲しいな……男のメカニズムって」

「ハジメとジータは初めて同士、変なクセがつくと困るから、最初は私が教えてあげる」

 

ニヤリと笑うユエの姿に、大奥という言葉が何故かハジメの頭に浮かんだ。

 

「天井のシミを数える間に終わるから……」

「それ男のっ……んっ!」

 

なおもグダグダと反論しようとするハジメをジータが押し倒す。

その後、何があったのかはご想像の通りである。

 

 

 

 

そしてあっという間に一か月が経過する、

窓から差し込む朝の光と、シーツに残る行為の跡を見て、神妙な顔をするハジメ。

 

「……選ばなきゃならないんだろうな」

 

その言葉にはまだ戸惑いがある、このまま流されるべきか、それとも抗うか。

……どうせ流されるんだろうが、いや事実流されっぱなしだ

 

実際、彼らは傍から見れば「リア充爆発しろ!」と叫ばれるような日々を送っていた。

時折ジータが何かに怯えるように背後を気にしてたり、

ごめんねぇ~薙刀はやめてぇ~と寝言を口にしていたりはあったが。

 

まぁでもとりあえず今は雰囲気に浸りたい、おもっくそ濃いブラックのコーヒーを

ホットで香りを楽しみながらチビチビやりたい、そんな気分に。

 

で、そんな気分の折に。

 

「ハジメちゃん!来て来てハジメちゃーん、はやくー」

 

なんて声が聞こえると余韻ブチ壊しなのである。

 

ポリポリとヘソの周りを掻きながら、パンツ一枚で食堂へと向かうハジメ。

戸惑ってるくせに、態度はかなり慣れた風に見える。

 

「ねぇねぇ見て見て!」

 

かなり興奮した様子でステータスプレートを指で示すジータ。

とりあえず指先で示された個所に注目すると―――。

 

"団員Lv2"

 

「おおおっ!」

 

これには興奮を隠せずにハジメも叫ぶ、気だるい余韻など一気に吹き飛んだ。

 

「仲間がまた増えるの!やったねユエちゃ…イタタ」

 

状況を今一つ飲み込めてないユエの手を握りながら、

やや危険なネタを口走りそうになったジータの頭をハジメがはたく。

 

「じゃ、じゃあ早速ガチャを―――」

「でもハジメ……その前に着替え」

 

ユエの指摘に自分がパンツ一枚だったことを思い出すハジメ。

ジータとユエの視線が突き刺さる。

 

「……着替えてくる」

 

スゴスゴと寝室にUターンするハジメだった。

 

朝食を取り、ついでにユエのアドバイスで滝の水で身体を清め――。

 

「そこまでする必要はなかったんじゃ?」

「……気分の問題」

 

正座で居住いを正すハジメ、ユエも真似て正座をしていたが、

すぐに足が痺れてしまったか、今は床で足を投げ出している。

 

「ついにこの時が来たか、長かったな」

「もう少し早く呼べたらよかったのにね」

 

苦難の道中を思い起こす二人。

 

「でも、アル〇ドやシャル〇ィアみたいなのが来ると困るな」

 

冗談めかしたハジメの言葉に、ジータもアイ〇ズ様チックな、

オスカーの亡骸を思いだして苦笑する。

 

ともかくジータは意識を集中させつつ、スマホを召喚し、ガチャを回していく。

いわゆるケツアゴの軍服姿の青年や、妙にチャラい三人組、

やけに言葉遣いが乱暴な幼女などを経て、ついに虹色の光に周囲が包まれる。

 

虹と共に現れたのは肩に巨大な銃を担いだ美貌の女性だった。

青みを帯びた銀髪を靡かせ、ロングコートの下のタンクトップ風のシャツからは

豊かな胸の谷間が覗き、青のミニスカートからはスラリとした足が生えている。

 

自分のスタイルに自信がなければ絶対に手を出さない、いや出せないコーディネイトだ。

スタイルだけではない、凛とした鋭い視線と、それでいて余裕を感じさせる柔らかな口元。

大当たりを引き当てたであろう確信と興奮で拳を握りしめるジータへと、

女性は想像通りの涼やかな声でまずは挨拶する。

 

「私は狙撃手のシルヴァ、このライフルは伊達ではない、必ず君の力となろう」

 

 




二人目を選んだ基準として

強すぎて呪いの装備になりかねないキャラ 例 ニオ、ブローディア、レイetc
正義感が強くてハジメらの行動の妨げになるキャラ 例 シャルロッテ、アテナ、ヘルエスetc
口調や役割が被りそうなキャラ 例 スカーサハ、ゼタ、etc
などを今回除外した結果、シルヴァさんに出張っていただくことになりました。 

ハジメパーティにいなかった超遠距離攻撃キャラで、
かつ普段は出しゃばらずに、時折大人の判断を見せて頂ければなと


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旅立つ者と目覚めるモノ

ようやくオルクス脱出……長かった。




迷宮の一角。

 

ハジメを取り囲むように各々の武器を構える、ジータ、ユエ、そしてシルヴァの三人。

ハジメの緊張を示すかのように彼が近頃開発し、失った左腕の代わりに装着している

義手が小刻みに震えている。

 

まず動いたのはユエだ

 

『凍雨』

 

針のような氷の雨がハジメの頭上へと降り注ぐ、

 

『砲皇』

 

回避したハジメを追尾するかのように風の刃も迫る、さらに、

烈風を背に、地を這うようなジータの刃もまたハジメに襲い掛かる。

 

だが、ハジメはくるりとジータにあえて背を向けるような形でその場で回転し、

追撃の刃をいなす、逆に今度はジータの背中がハジメにとってはガラ空きとなる。

すかさず彼は両腕に握られた二丁拳銃のトリガーを引く。

 

訓練用の模擬弾がジータとユエの身体に装着した的に命中する。

しかしここで弾が尽きる、そのままハジメはシルヴァの狙撃の的にならぬよう、

全力で走る、右前方から閃光が走り、足元に着弾。

 

どこからかともなく空中に弾丸が現れる、ハジメはそれが分かっていたかのように

ドンナーの弾倉を解放する、と、なんと自動的としか言えないような正確さで

弾丸は弾倉へと吸い込まれ、装着される。

そしてそのまま閃光の方向へ斉射、命中を知らせるブザー音が迷宮に響いた。

 

「で……出来た…できたああぁぁぁぁ」

 

安堵と歓喜の叫びを上げるハジメ、そこに喜色満面のジータとユエが抱き着いてくる。

 

「ここまで一ヶ月、見事だ」

 

シルヴァも拍手でハジメを祝福する。

ついにハジメは空中リロードを会得したのだった。

 

 

「……ハジメ、気持ちいい?」

「ん~、気持ちいいぞ~」

「……ふふ。じゃあ、こっちは?」

「あ~、それもいいな~」

「……ん、もっと気持ちよくしてあげる……」

 

訓練終了後、ハジメはユエに義手の接合部分が馴染むように、

マッサージをしてもらっている。

 

彼らのすぐ隣には竪琴を手に癒しの曲を奏でるジータの姿がある。

胸元が若干開いてはいるものの、清楚な印象を与える歌姫の如き、

白いロングドレスを纏ったその姿は念願のクラスⅣ エリュシオンだ。

 

そしてシルヴァも濡れ縁でズズズとお茶を啜っている。

 

「……平和だなあ」

「……平和ねぇ」

 

ポツリと呟くハジメとジータ、ユエはジータの奏でる音色のせいか

マッサージの手を止め、ハジメの背中で船を漕ぎ出し始めている。

 

カチャリとユエの手から離れた義手が音を立てる。

無論、この義手はアーティファクトであり、本物の腕と変わらぬ動作が可能な上

数々のギミックが仕込まれている。

所々に魔法陣や文様が刻まれているのがその証拠だ。

 

(義手の他にも、いろいろ装備つくったんだよね、ハジメちゃん)

 

まずはこれが無くては始まらないと着手したのが、

長距離移動用の魔力駆動二輪と四輪だ。

 

「最初は居住性がどうとか言っちゃってさ、ミニバンなんか作ろうとして…たく」

「いやそれはさ、はっちゃけられない気恥しさというか…」

 

白髪に加えて義手、しかも黒のベストにダークスーツという、

まるで黒執〇かはたまた賭郎立〇人かと、変わり果てた我が身を顧みながら言い返すハジメ。

 

「もう、見た目"なろう系"なんだから気取っちゃだめだよ、

そもそもミニバンで異世界冒険なんて様にならないし」

 

そういう恥じらいもハジメの中にまだ帰るべき日常が根付いている証だと

ジータは思っているのだが……それでもミニバンはありえないと、

彼女は却下を宣言したのであった。

 

と、まぁデザインについては、このように一悶着あったが。

結局、二輪の方は無骨なアメリカンタイプと、近未来的なトライクタイプの二台

四輪は軍用車両のハマータイプに落ち着いた。

無論、様々な武装が内蔵されていることは言うまでもない。

 

その他、各種新兵器。

 

ドンナーと対を成す、リボルバー式電磁加速銃:シュラーク

電磁加速式機関砲:メツェライ

ロケット&ミサイルランチャー:オルカン

 

もちろんドンナーとシュラーゲンも、シルヴァのアドバイスによる、

改良・強化が加えられている。

特にシュラーゲンはアザンチウム鉱石を使い、強度を増し

バレルに関しては全長三メートルにも至り、

ライフルというよりバスターランチャーに近い代物になっている。

 

だが、やはり最大の装備、いや発見と言えば"宝物庫"だろう。

 

これはオスカーが保管していた指輪型アーティファクトで、

指輪に取り付けられている一センチ程の紅い宝石の中に創られた空間に、

物を保管して置けるというものだ。

空間の大きさは相当なもの、恐らく指輪の中というより、

別の何処かへと転移させているのだろうとハジメは考えてはいたが、

ともかく、何せあらゆる装備や道具、素材を、片っ端から収納出来るのだから、

便利なことこの上ない。

 

そして、この指輪にはもう一つ大きな、それこそ収納力以上の利点がある。

それは刻まれた魔法陣に魔力を流し込むだけで、半径一メートル以内なら任意の場所に

収納した物体を出すことができるのだ。

 

そう、先ほどの空中リロードはこれと、使用者の知覚を大幅に引き上げる"瞬光"を組み合わせ、

応用した合わせ技だ。

 

他にも様々な装備・道具を開発してはいたが。しかし、その反面残念なこともあった、

神結晶に蓄えられた魔力が潰えてしまい、

神水だけは遂に試験管型保管容器二四本を残して、ついに枯渇してしまったのだ。

 

試しに神結晶に再び魔力を込めてみたのだが、ハジメたちの魔力を以ってしても、

神水は抽出できず、やはり長い年月があっての奇跡の産物であったことを、

再認識する結果となってしまった。

 

だが、神結晶を捨てるには勿体無い、素材は最後まで使い切るのがモットーである。

何より幸運に幸運が重なって、この結晶にたどり着かなければ確実に死んでいたのだから。

自分たちの命の恩人ならぬ恩石であることは間違いない。

そこでハジメは、神結晶の膨大な魔力を内包するという特性を利用し、

何か有用な装備を作れないかと模索を始め、

そして魔力ストック用のアクササリーを造ることを思いついた。

 

特に大技を扱うユエの場合、魔力を外部にストック出来れば

サソリ戦やヒュドラ戦のように魔力枯渇に追い込まれることなく

最上級魔法でも連発出来る筈。

 

そう思ってハジメは二人に神結晶を加工した

ネックレスやイヤリング、指輪などを贈ったのだが……。

因みに形については特に含むことはない、携帯に便利で

贈る相手が女の子だから、こういうのがいいんじゃないかな程度の考えだった。

 

……しかし。

 

二人は明らかに別の意図を感じ取っていた、勝手に。

 

「「……プロポーズ?」」

「なんでやねん」

 

二人の第一声に思わず関西弁でハジメは突っ込む。

 

「……やっぱりプロポーズ」

「いや、違ぇから。唯の新装備だから」

「ハジメちゃん照れてる」

「……最近、お前ら人の話聞かないよな?」

「……ベッドの上でも照れ屋」

「止めてくれます!? そういうのマジで!」

 

そこでお茶を吹き出す音が聞こえ、間髪入れずに叱責の声が飛ぶ。

 

「大人のいる前で調子にのるなっ!三人ともいいからそこに座れ!」

 

リア充爆発しろ!と言わんばかりの空気が醸し出されたせいで

シルヴァに少し説教されてしまう三人だった。

 

 

魔眼石というものも開発した。

 

これはシルヴァにも何かお礼の品を造れないかと、

神結晶で狙撃用のスコープを作ってる際の副産物だ。

 

"魔力感知"と"先読"を付与したレンズを作り、

なるほど、こうすると魔力の流れや強弱、属性を色で認識できるようになるのかと、

ハジメが何気なくユエとジータの訓練風景を眺めていると、なにやらユエの放つ魔法に、

ラインのような物が見えたのだ。

どうやら魔法の発動を維持・操作するためのもののようだ。

 

発動した後の魔法の操作は魔法陣の式によるということは知っていたが、

では、その式は遠隔の魔法とどうやってリンクしているのかは考えたこともなかった。

魔法のエキスパートたるユエに聞いても、知らないという解答が返って来たので、

おそらく新発見なのだろう、とりあえずの所は"魔法の核"と名付ることとした。

 

要するにこのレンズを使えば、相手がどんな魔法を、どれくらいの威力で放つかを、

ラインの太さや色で事前に察知できるということになる。

漠然とどれくらいの位置に何体いるかという事しかわからず、

気配を隠せる魔物に有効といった程度だった、従来の魔力感知や気配感知に比べ、

これがどれほどのアドバンテージになるのかは、すぐに理解出来た。

 

その上、発動されても核を撃ち抜くことで、魔法を打ち消すことが出来ることも判明した。

もっとも、核を狙い撃つのは針の穴を通すような精密射撃が必要ではあるが。

そこは師匠が優秀なこともあり、いずれは解決できる筈だ。

 

「相当な死線を掻い潜ってきたであろう君たちに、教えることなど殆どなかったが

…多少なりとも役に立てたのなら嬉しい限りだ」

 

寝息を立てるユエを横にしてやりながらシルヴァが微笑む。

 

「そんなこと!……ないです」

 

過ぎる謙遜につい大声で言い返してしまいそうになり、

ユエを起こしちゃいけないと、慌てて音量を下げるジータ。

 

「そうだよ、俺たちの自己流の射撃や体術をちゃんと矯正してくれたし」

 

シルヴァの狙撃術はまさに神業と呼ぶに相応しいものだった。

まずはどこまで出来るのか見せて欲しいと、ユエが止めるのも聞かずに、

実際に魔物を相手にして貰ったのだが。

その数分後にハジメとジータは、これほどの力の持ち主を試そうとしたことに、

バツの悪さをひどく感じることとなった。

 

「ゴ〇ゴや……ゴル〇がおる」

 

乾いた口調で虚ろに呟くハジメの姿を思い出すジータ。

 

「……シルヴァに失礼」

 

ハジメを咎めつつも胸を張っていたユエ、さすが王族、人を見る目は確かなようだった。

 

ともかく三人はこの一ヶ月シルヴァによってみっちりと、

射撃と体術を中心とした、体系だった戦闘術を教え込まれた。

もともと戦闘経験が豊富なユエや、八重樫流の心得があるジータと違い、

奈落に落ちるまで、武術のぶの字も知らなかったハジメにとっては、

ステータスの高さを生かしてのゴリ押し戦法から脱却し、

ガン=カタスタイルを確立するのに、かなり苦心したようだが。

 

と、話は逸れたが、とりあえず魔眼石は戦闘用ゴーグルとして加工することにした。

もちろん魔力のONOFFで、瞬時に通常の視界と戦闘用の視界を切り替えることも可能だ。

 

ちなみにこのレンズ、神結晶を使用しているだけあって常にぼんやりとではあるが

青白い光を放っている、眩しい上に目立って仕方なく、どうしようか?アイデア倒れかと

ハジメが頭を悩ませていた際、ジータのアイデアにより保護色を使う魔物の体組織

(調べたら金属扱いだった)を応用し、光を消すことに成功した。

 

ジータとユエ、それからシルヴァにも同じものを作るつもりだったが、

彼女らはスコープなど要所で使うにはいいが、常用すると眩暈や耳鳴りがし、

装着して戦闘など考えられないと一様に訴えてきた。

どうやら飛び抜けた数値を誇るハジメの魔力と魔耐がなければ扱えない代物のようだ。

 

 

「平和だけど……そろそろな」

 

彼らは、各々のステータスプレートを取り出し眺める

 

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:???

 

天職:錬成師

筋力:10950

体力:13190

耐性:10670

敏捷:13450

魔力:14780

魔耐:14780

 

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]

     [+圧縮錬成]魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷

     天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+瞬光] 風爪・夜目・遠見・気配感知[+特定感知]

     魔力感知[+特定感知]熱源感知[+特定感知]・気配遮断[+幻踏]・毒耐性・麻痺耐性

     石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・先読・金剛・豪腕・威圧・念話・追跡

     高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力]・限界突破・生成魔法・言語理解

 

 

蒼野ジータ 17歳 女 レベル:???

天職:星と空の御子

筋力:250+7665

体力:250+9737

耐性:250+7469

敏捷:250+9415

魔力:300+10346

魔耐:250+10346

 

技能:全属性適性・団員x2・召喚・星晶獣召喚(条件:同調者)

   同調(南雲ハジメ、同調率70%)・剣術・統率・ 防壁Lv10・挑発・恩寵[+確率上昇]

   背水・コスプレ・サバイバル[+料理]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]

   胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+瞬光]・風爪

   夜目・遠見・気配感知[+特定感知]魔力感知[+特定感知]・熱源感知[+特定感知]

   気配遮断[+幻踏]・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性

   先読・金剛・豪腕・威圧・念話・追跡・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力]

   限界突破・生成魔法・言語理解

 

 

もはやヒュドラ戦の時の感慨を通り越して、溜息しか出ない。

ある時期からステータスは上がれどレベルは変動しなくなり、

遂には非表示になってしまったし、

数値については通常の人族の限界が100から200、天職持ちで300から400

魔人族や亜人族は種族特性から一部のステータスで300から600辺りが限度だそうだ。

 

 

「これで終われるって思ったんだけど、これが始まりだったなんてね」

 

この二ヶ月でハジメ同様、ジータの戦力もかなり上昇している。

"確率上昇"によりガチャの引きが若干良くなり、有用な召喚石も幾つか入手出来た。

ただし一度に自身に装備できるのは五つで、さらにハジメとユエに預けた一つを含め、

合計六つしか使用出来ないので、これもジョブ同様、状況に合わせて考慮する必要がある。

 

ジョブについてはレベルが文字化けしたあたりでついにクラスⅣとEXⅡが解放された。

これでより戦術の幅が広がる。

 

当面は支援と攻撃を高いレベルで両立できるエリュシオンで行くつもりではあるが。

ベルセルクやライジングフォース、ドクターやスパルタといったジョブも、

いずれ出番はある筈だ。

 

秋の空気を含みつつある風が彼らの頬を撫でる、

この拠点は季節すらも地上同様に再現するようだ……もう行かないと。

 

それから十日後、遂に彼らは地上へ出る。

 

"偉大なる先駆者にして解放者が一柱 オスカー・オルクスよ安らかに"

そう刻まれた、オスカーの墓碑に祈りを捧げると、彼らは三階の魔法陣を起動させる。

 

「俺の武器や俺たちの力は、地上では異端だ。聖教教会や各国が黙っているということはないだろう」

「ん……」

「オーバーテクノロジーだもんね」

 

「兵器類やアーティファクトを要求されたり、戦争参加を強制される可能性も極めて大きい」

「ん……」

「考えたくないけど、あり得るよね」

 

「教会や国だけならまだしも、バックの神を自称する狂人共も敵対するかもしれねぇ」

「ん……」

「もしそうなれば……命がいくつあっても足りないぐらいの戦いになるね」

「神だの世界だのは良く分からない、だが案ずるな、私が付いている」

 

力強く決意を固める三人の姿を目を細めて見つめるシルヴァ。

 

ハジメの力は歴戦のスナイパーであるシルヴァに取っても、驚愕すべきものだった。

もちろんジータやユエも凄まじい力と素質の持ち主であったが。

今はまだ粗削りそのものの彼が、このまま経験を積んでいけば、

恐らく後世に置いて彼は"魔王"と称されることになるだろう。

 

かつてあまりに強すぎる力と才能を持って生まれたが故に、

孤独に追いやられ、道を踏み外しかけた友の姿が浮かぶ。

そして自分はそんな友を支え切ることが出来なかったことも…。

 

(分かっているよ……ソーン、けれど)

 

そこでシルヴァはハジメを囲む、ジータとユエの姿を見る。

自分の心配などきっと取り越し苦労に終わることは、

この一月で充分実感出来た、ならば、自分は己の役目を果たすまでだ。

 

(彼なら、彼らならきっと大丈夫だ)

 

「一人が皆を、皆が一人を守る、そうすれば何も恐れる物はない」

「……全部なぎ倒して」

「世界を超えよう!」

「明日へと進む、君たちの背中は私が守ろう」

 

四人は円陣を組み、片手を重ねあう。

 

そして魔法陣の光が部屋を包んだ。

 

 

 

やがて光が収まり目を開けた彼らの視界に写ったものは……

洞窟だった。

 

「なんでやねん」

 

思わずツッコミを入れるハジメ。

ジータもユエも固まった表情をしているのを見て、溜息をつくシルヴァ。

 

「いやよく考えるんだ、隠れ家の入り口ならば偽装されていて然るべきだ」

「た、確かに」

 

期待のあまり三人とも頭が回っていなかった。

ともかく三人は前に進む、いくつかトラップもあったようだが、

その度、オルクスの指輪がその発動をキャンセルしていく。

 

「【ライセン大峡谷】に出るんだったか?確かあそこは」

「魔法が使えなかった筈だよね」

「……分解される、でも力づくでいく」

 

地上への道をてくてくと歩きながら会話を続ける一行。

 

ライセン大峡谷で魔法が使えない理由は、発動した魔法に込められた魔力が分解され、

発散してしまうと書物には記されていた。もちろん、ユエの魔法も例外ではない筈。

しかし、お構いなしとばかりに、ユエは自信気な表情だ。

もともと莫大な魔力を誇っている上、今は……。

ハジメに贈られた外付け魔力タンクである魔晶石の指輪に頬を寄せるユエ。

つまり分解される前に大威力を持って相手を殲滅するということだろう。

 

「力づくって……効率は?」

「……十倍くらい」

「初級魔法を放つのに上級レベルの魔力が必要ってことね」

 

しかも射程もかなり短くなるようだ。

 

「だったら私たちがやるからユエちゃんは身を守ってて」

「うっ……でも」

「いずれ君の力が必要な時が来る、適材適所だ、魔法使いにとって鬼門ならば任せて欲しい」

「ん……わかった」

 

ユエが渋々といった感じで引き下がる、拗ねた表情のユエにジータが素早くフォローを入れる。

 

「もしもの時はお願いするから、ムチャ出来る余裕は残して置いて」

「うんっ!」

「それに二人で技開発したもんね」

 

そんな事を話している間に……遂に光を見つけた。外の光だ。

ハジメとジータはこの数ヶ月、ユエに至っては三百年間、求めてやまなかった光。

三人は光に向かい一斉に走り出す。

途中で転んだジータがシルヴァに起こしてもらったりもしながら、

三人は光の手前で一旦立ち止まり、外の清涼な空気を吸い込むと互いの手を繋ぎ

同時に光の中へと飛び込み……待望の地上に出た。

 

 

ここは【ライセン大峡谷】

 

断崖の下はほとんど魔法が使えず、にもかかわらず多数の強力にして凶悪な魔物が生息する。

深さの平均は一・二キロメートル、幅は九百メートルから最大八キロメートル、

地上の人間にしてみればまさに地獄だろう、

事実、かつて処刑場として使われていたという歴史もあるらしい。

 

彼らが立っているのはそんな地獄の谷底だった。

それでもそこは確かに地上だった。

青い空と白い雲と燦々と作り物ではない太陽の光が、それを確かに証明していた。

 

「戻ってきたんだね……ハジメちゃん」

「ああ」

 

ジータが青空を眺めながらハジメへと呟く。

 

「……戻って来たんだな……」

「……んっ」

 

ハジメも空を見上げて呟く、ユエが感慨と呆然が混じったような返事を返す。

そして三人の表情が少しずつ笑顔へと変わっていく。

 

「よっしゃぁああーー!!」

「戻ってきた!帰ってこれたよー!!」

「んっーー!!」

 

三人は抱き合ってクルクルと満面の笑顔で回転する、

まるで幻の空中都市を発見した少年少女のごとくだった。

そんな三人の姿を微笑ましく見つめるシルヴァ。

 

「シルヴァさん、シルヴァさんもっ!」

 

ぐいとシルヴァを引き寄せるジータ。

彼女も何だかんだで一か月も地下に籠っていたことには変わりない。

 

「そ……そうか、な、なら」

 

戸惑いながらもクルクルと回転に加わるシルヴァだった。

 

 

ここで話は変わる。

 

それはちょうどハジメたち一行が久方ぶりに本物の太陽の光を浴びた頃だった。

 

「星ト空ノ力を持ちし者ヨ」

 

このトータスの地において蠢く蛇のような存在が呟いた。

 

赤き地平……地の底にありて全ての次元と繋がっているとされる混沌の地。

 

例え地の底にあろうとも、その混沌の影響は空の世界にまで及び。

ガチャ〇ンやカード〇ャプターやスクール〇イドル、3〇6プロ、帝国〇撃団、プリ〇ュア、

果ては神聖ブ〇タニア帝国第三皇子とその一行までもが、空の世界へと導かれて行った。

 

導くことが出来るならば、導かれることもある。

その赤き地の底に蠢く存在たちもまた……その者たちは、幽世の者と総称される。

そう、彼らはこのトータスの地に召され降り立っていたのだ。

それがいつの時かは分からないが、遙かな過去であったことは確かだろう。

 

それ故に、もはや彼らは残滓と成り果て早晩消滅する運命であった、しかし。

幸か不幸かまた再び、空の世界とこのトータスの地が繋がった、

ガチャ―――もとい召喚というささいな繋がりではあったが。

 

その僅かな繋がりでも彼らには十分だった。

さらにその残滓たちがジータの―――御子としての力に呼応し目覚めつつあった。

 

残滓たちは集合し、幾つかの群体となりつつある。

その斑色の蛇を思わせる肉体は、一目で邪悪な存在と理解出来る。

彼らが欲するものは憎しみ、恨み、妬みといった負の感情だ。

 

「ぱンデもニウむ」

 

しかしあまりに長き時を、この彼らにとっての異界で過ごした代償か、

彼らにもはや正常な記憶は残ってはいなかった。

ただあるのは空の世界への渇望と帰還、そしてその為の手段。

 

すなわち星の民たちに反逆せし者たちの監獄にして、地と空を繋ぐ塔、パンデモニウムの顕現。

そのためにはこのトータスの地を、争いと憎しみで染めなければならない。

そう、この地は彼らにとっては苗床だった。

そして蛇たちは動き出す、人々の邪な願いに吸い寄せられるように。




グラブルサイドからもやっぱ敵を出さないとね!
というわけで幽世の住人たちにお越しいただきました。
連中、そんなに強くないけど、どこにでも湧いて来て
色々悪さをするんですよね。
もっとも幽世自体、本編でも設定が不明瞭な点がまだ多いわけではありますが

次回はクラスメイト編です。


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旅立つ者と目覚めるモノ クラスメイト編

クラスメイトsideです。


「ほほう、もうすでにそこまで攻略が進んでおりますか」

 

眦を下げ、ほくほく顔の好々爺と言った体でイシュタルは光輝へと話しかける。

ここはごく限られた者しか立ち入りを許されない、神山の最深部だ。

実際香織や雫、龍太郎らが報告に同行する際も、彼らは別室で待たされるのが常だ。

 

「ええ!任せてくださいイシュタルさん、きっと魔人族は俺たちの手で倒して

この世界に平和を取り戻してみせます!」

「それは心強い」

「それにあの場所には……俺の大切な仲間が助けを待っているんです!」

 

その言葉を聞き、悲し気に表情を曇らせるイシュタル。

 

「勇者様、お気持ちは分かりまするが……」

 

「いいえ、確かにあそこに落ちて生きていると思う方がおかしいという

イシュタルさんの気持ちは分かります、ですが、俺には分かるんです

あいつは……ジータはきっと"俺"が助けに来るのを待っている」

 

もう一人死亡…いや、行方不明者がいるということはイシュタルも当然知ってはいるが、

ここでそれを口にすることはない。

 

「それがきっと死んだ南雲の願いだから…そうだろ」

 

バルコニーから覗く青空へと拳を握り、決意を誓うかのように呟く光輝。

 

「だからイシュタルさんも祈って下さるとありがたいです、南雲のために」

「……」

 

その言葉に邪心はない、ただ純粋にそうだとこの目の前の少年は信じているのだ。

きっとそうやってこれまでも自分の理想にそぐわぬ存在は"消して"来たのだろう。

つくづく欺瞞に満ちた空虚な男だとイシュタルは思った。

 

イシュタルの沈黙をどう解釈したのかは知らないが、また光輝は力強く宣言する。

 

「大丈夫です、もう誰も死なせません!だから安心してください」

 

これ以上は時間の無駄だろう、せいぜい気持ちよく戦って貰えれば、

こちらとしてはそれで構わない。

 

「さて、私はそろそろ日課の礼拝の時間ですのでな、このへんで席を外させて頂きましょうかの」

「あ、すいません、長々と話し込んでしまって」

 

恐縮して退出する光輝を、イシュタルはわざわざ見送りに出る。

 

「帝国のご使者との謁見の日も近いと聞いております……頼みますぞ、勇者様」

 

光輝の姿が見えなくなると、聖職者にあるまじき行為だがイシュタルは床に唾を吐き捨てる。

 

「何故……何故なのです、エヒト様」

 

そして誰も近くにいないことを確認すると、エヒトの神像へと跪く。

 

「何故あのような愚かな若造に力を与え、このイシュタルめに救世を、

濁世を払う力を与えてくれなんだか……」

 

それは血を吐くような呪いと嫉妬の言葉だった。

 

「妬ましや…天之河光輝、その力が……若さが」

 

 

 

……まただ。

 

食堂にて生徒の何人かと軽食を取りつつ、

カリオストロは自分の背中を伺うような視線に、気が付きつつも知らないふりをする。

 

「どしたの?カリオストロちゃん」

「ううん、なんでもないよっ」

 

微妙な表情の変化を見て取られたか、

優花の怪訝な声にカリオストロは、ことさら元気な声で応じる。

タダ飯喰らいは性に合わない。

請われればいつでも自分の知識を授けるつもりはあるのだが、

この所、自分を明らかに監視しているであろう視線のせいで、

他愛ない相談に乗りつつ、昼行燈を決め込む以外、

今のところやることはなかった。

 

背中から視線が去ったことをようやく確認し、一息つくカリオストロ。

力で以って気に入らない連中を悉く粉砕してきた彼女にとって、

この刃を交えぬ静かな戦はストレスが貯まることこの上ない。

 

(いっそ……いや、ダメだな)

 

戦えば勝てるかもしれない、しかし勝ったところで次が必ずやって来る。

そんな愚かしい堂々巡りに付き合うつもりはない。

だがこんなギリギリのせめぎ合いを続けていれば、こちらの神経が参ってしまう。

 

(しかしこの世界はまるで箱庭、いや牢獄だな)

 

色々と文献を漁ってみたが、結局いつもエヒト様のお恵みだの

エヒト様の知恵だのそんなことばかりで結ばれている。

 

つまりこの世界の住人は腐った神に飼われる家畜。

エヒトとやらにただ与えられた物を享受しているだけの停滞した世界。

という結論を、カリオストロは下さざるを得なかった。

飼犬でも何年か過ごせば首輪を外す方法を編み出すものだというのに。

 

それでも僅かながらも世界に新しい風が吹こうとしてた兆しや形跡は

幾つかの年表を照らし合わせることで推測することは出来た、

しかし何故かその度に災害や大乱が起きてリセットされている。

 

(どうやら介入してやがるな…それもかなり露骨に)

 

ならばあの視線の主は、この王宮内に配置した神の目なのだろう。

 

優花らと別れてさてどうするかと、暫し考える。

そろそろここを離れようと思ってはいるが、しかし…。

と、壁にもたれかかったところだった。

 

「カリオストロさん」

「浩介か」

 

右方向へと振り向くが、その姿は左側にあった。

……コホン。

カリオストロはここ最近、彼を訓練と称して王宮のあちこちに潜入させ、

色々と情報を収集させている、何やら耳寄りなネタが入ったようだ。

 

「わざわざそっちから訪ねてくるってことは結構デカイネタか?」

「……実はカリオストロさんについてのことなんだ」

 

キョロキョロと彼女は一旦周囲をまた伺う。

 

「愛子の部屋で話せ」

 

浩介いわく最近、一部の貴族や聖職者たちの間で密かな会合が開かれており、

その内容は、"勇者"天之河光輝の手前、手荒な手段はここまで取らずにいたが、

そろそろあの少女、カリオストロから異界の知識を技術を聞き出さねばならない。

場合によっては……と。

 

「……ほう、これは大変だなァ」

 

その口調は、まったく大変そうに思っていない、むしろ楽しんでいるかの如きだった。

 

「おもしれえ!この身体に場合によってはが通じるか試させてやろうじゃねーか

無論、代償は払って貰うぜ、連中の命でなあ」

 

クククと笑うカリオストロ、その声音には挑発の響きがあった。

そしてチラと愛子の様子を確認するが。

 

「あ…あれ?」

 

いつもの"やめて下さい!"が飛んでこないことに、やりにくさを覚えるカリオストロ。

 

「愛ちゃん止めないの?ねぇねぇ……ホントにカリオストロ血の雨降らせちゃうよ」

 

代わりに聞こえてきたのは微かな嗚咽だった。

 

「……この国がカリオストロさんにそこまでの事をするというのなら、

もう止める言葉は思いつきません……ですが、どうかリリアーナ姫と

ランデル殿下にだけは…ご慈悲を」

 

オヨヨと泣き崩れる愛子。

 

「わ…わかった、わかったよ愛子、だから泣くなよ」

「あ、あくまで一部がこっそり言ってるだけだから、ね、先生心配しないで」

 

慌てて愛子を慰めるカリオストロと浩介。

しかし、これで本格的に長居は出来なくなった。

何をされるのか確かめてみたい気もするが……。

 

(少しあざといが……あの手で行くか)

 

「コースケ、お前さんの影の薄さを見込んで頼みがあるんだが……」

 

そして数日後、王宮において一つの噂が囁かれることになる。

 

勇者の一人が愛子とカリオストロが荒野を歩いていると、その足跡から稲穂が生え

一面の金色の野となった夢を見たというのだ。

これぞエヒト神からの神託、豊穣の瑞兆だと信じない者はいなかった。

古の聖人の御霊が勇者に宿り、神託を下されたのだと。

 

もっとも不思議なことにその夢を見たという勇者や、そもそも誰が誰に聞いたのか

そういう具体的な話は一切聞こえてこなかったが……。

 

こうして、それまでも作農師という天職の関係上、農業指導として

各地に派遣されることが多かった愛子だが、この件を受け、本格的にカリオストロを伴い、

王国各地を農業指導も兼ねて、歴訪することが早々に決定されたのであった。

その決定の裏には、非協力的とまではいかないものの、

色々と耳に痛い意見を口にする愛子を、勇者たちから引き離すという目的もあった。

 

(ククク……大義名分に食いついて来やがったな、せいぜい厄介払いさせて貰うぜ)

 

 

 

(さてと、ゴキブリは元気にしてるかな)

 

エサを手にしてゴキブリこと檜山の元へ向かう人物。

何かいいことがあったのか、足取りは軽やかだ。

 

「さ、エサの時間だよ」

 

教えておいたリズムで扉をノックするが、何時ものように這い出してこない。

 

「生意気だな、それとも」

 

死んだかな?別にいいけど、と思いながらノブを捻る、鍵が開いている。

 

「?」

 

特に疑うこともなく部屋へと足を踏み入れる、と、ここでようやく

部屋を包む異様な雰囲気を察知するが、もう遅い。

 

そこに立っていたのは、どこか禍々しいフォルムの鎧を身に纏った檜山の姿。

憔悴しきった先日までの彼とは違い、その身体は精力に満ちている。

その隣にはどこか作り物めいた微笑みを称えたシスターがいる。

そのシスターの背には……翼が生えていた。

 

「神様ってホントにいるもんだなあ、ヘヘヘ」

「へぇ…随分と小奇麗になったもんだね」

 

目の前の人物が、自分の言葉に一切動じないことに若干イラつきながらも、

檜山は続ける。

 

「ああ、この人が……力をくれたんだ、天之河より俺の方が素質があるってよ」

 

ニヤニヤと下卑た笑みを見せる檜山、その笑顔はハジメをいたぶっていた頃の

教室での笑顔と同じだった。

 

「これで立場は逆転だなあ!中村恵里さんよぉ!」

 

フルネームを呼ばれ、少し眉を顰める恵里。

そう、彼女だったのだ、南雲たちの生存を檜山に伝えた人面獣心の輩は。

久方ぶりに戦闘職チートの本領発揮とばかりに、恵里の首根っこを掴んで

床に押し倒す檜山。

 

「よくも今までやってくれたなあ!死にたくなかったら俺の靴舐めろや、オラァ」

「いいよ」

 

恵里はまるで動じることもなく、むしろ拍子抜けしたような口調で、

突き出した檜山の靴の爪先に舌を這わせる。

 

「お…おい」

「それとも……こっちも欲しいかな?」

 

恵里はパンツを脱ぎ捨て、スカートをめくり檜山へと秘所を晒す。

 

「や…やめ、わ、わかった」

 

力を得たとか言いつつ、小悪党のメンタリティは変わらないようだ。

それも最初から承知の上だったのだろう、蔑みの笑みを浮かべたシスターへと、

恵里は"わかってるよね"とばかりに目配せをする、シスターも頷く、

どうやら上下関係は成立したようだ。

 

「折角だから、ボクも君たちの仲間にして貰えるかな?」

「いいのか?」

 

恵里からの意外な申し出に戸惑う檜山。

 

「ああ、キミたちに従う方が、ボクが欲しいものを手に入れられそうだからね」

「けどよ!わかってるよな、俺の方が上なんだからな!」

「ああ、分かってるよ」

 

(君は立場を分かってなさそうだけどね)

 

「とりあえずあのガキに思い知らせてやらないとな」

 

得意げに口にする檜山、つい先日までカリオストロの姿を思い出すだけで、

怯えていたにも関わらず現金なものだ。

 

「あの子ね、アハハ、まさか自分たちから出て行ってくれるなんて手間が省けたよ」

 

 

 

「ええと、同行するのは園部優花、菅原妙子、宮崎奈々、相川昇、仁村明人、玉井淳史」

 

募集に応じた生徒たちのチェックを行うカリオストロ。

ここまではいつも通りだ、ちなみに今回は護衛という名目で、

教会から派遣された神殿騎士が数名参加するそうだ、

あくまでも神事であることを内外に強調したいのだろう。

 

「清水幸利?誰だコイツは」

 

新しい名前を発見したカリオストロ、聞かない名だ……、

荷物の積み込みを手伝っている遠藤に尋ねるも。

 

「俺も話したことないから……何とも」

「天職は闇術師か、確か」

 

この世界の闇術とは相手の精神を操ることに長けているらしい、

魔物でも操れれば……。

 

(むしろ光輝より役に立つかもしれねぇな)

 

「カリオストロさん、俺……」

 

何か言いたげな遠藤を制するカリオストロ。

 

「言ったろ、お前は残ってハジメたちの帰りを待て」

 

もっとも、彼が残ることを選ぶのはカリオストロも承知していた。

ただやはり少し迷いがあるようなので先に言っておいたのだ。

それに現在、迷宮の踏破に臨んでいるグループの中で、

何か変事が起きた際に動けるのは、やはり彼しかいないように思えるのもあった。

 

「ま、タダでとは言わねぇさ」

 

カリオストロは遠藤の手に何かを乗せる。

 

「これ…」

「ああ、コイツは餞別だ、ホントは拳銃の方なんだろうが、お前

銃撃ったことないだろ」

 

遠藤が手渡されたそれは、艶を消された黒い短刀と、

肘に装着する収納用のレールだった。

 

作業中、ハジメととある映画の話題になった時。

主役が使っていたギミック付きの拳銃がカッコよかったという話になって

ああいうの欲しいなと、それとなくハジメに頼んでいたのだ。

 

(主役は鏡に向かって俺に言ってんのかと拳銃を構える最低のバカ野郎だったが)

 

「まぁ、お守り程度にはなるぜ、拳銃の方は落ち着いたらハジメに造ってもらえ」

 

そして優花たちが集合場所へと集まって来る。

 

「あれだよ、あれが清水幸利」

 

遠藤が示す先に黒いローブを纏った、伏目がちの少年がトボトボと、

こちらに向かってくる。

 

「あ…あの」

「闇術師の清水幸利クンだよねっ」

 

挨拶しようとして口ごもる清水に、カリオストロは笑顔で応じる。

 

「頼りにしてるね、ゆっきー」

「頼……俺を」

 

カリオストロから慌てて顔を逸らし、そそくさと馬車に乗り込む清水、

自分の頬が赤くなっているのを感じながら……。

 

そして"神託"に拠って愛子やカリオストロを中心とした一行が、

王都を旅立ってから、数日後、檜山大介はいずこかへと姿を消した。

一応の捜索は行なわれたが、もともと腫れ物に触るような扱いを受けていたこともあり、

早々にその捜索は密かに打ち切られた。

 




清水くんは誰か一人でも顧みてくれる人がいれば、
ああいうことにならなかったんじゃないかなと思ってます。

次回からいよいよフェアベルゲン編、
オルクス編が思いのほか長くなってしまったので、
ライセン攻略まで合計十話前後を目標に考えております


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フェアベルゲン~ライセン
その名はシア・ハウリア


いよいよフェアベルゲン~ライセン編スタートです!


周囲には魔物の死体の山が築かれている。その中心に立っているのは

言わずと知れた南雲ハジメだ。 

動くものがいなくなったのを確認し、少し腑に落ちない表情でガン=カタの構えを解くハジメ

 

「……どうしたの?」

 

ユエがハジメの表情の理由を問いかける。

 

「いや、あまりにあっけなかったんでな……ライセン大峡谷の魔物といやぁ

相当凶悪って話だったから、もしや別の場所かと思って」

「ハジメちゃんが強すぎるってのもあると思うけど、あのレベルの魔物が闊歩してたら

皆安心して暮らせないよ」

「それもそうか」

 

ポロロンと竪琴を鳴らしながらジータが答える、しかし彼女の表情も少し渋い。

 

「お前こそどうしたんだよ」

「魔石の効率が悪いの、ここから先はあんまりガチャ引けないかも」

 

実際はまだ石に余裕はあるのだが、これはまた仲間を呼べるようになった時に置いておきたい。

 

「じゃあやっぱりあそこの魔物が強すぎたってことか」

 

肩を竦めるハジメ。

 

「さて、この絶壁、登ろうと思えば登れるだろうが……どうする?

ライセン大峡谷と言えば、七大迷宮があると考えられている場所だ。せっかくだし、

樹海側に向けて探索でもしながら進むか?」

 

「……なぜ、樹海側?」

 

砂漠にも大迷宮があった筈だと問いかけるユエにシルヴァが応じる。

 

「砂漠を往くなら相応の装備も必要になるだろう」

「相応の装備ねぇ……」

 

シルヴァの引き締まった腹部を、羨望の眼差しで見つめるジータとユエ。

 

「日焼け止めとかね」

「……うんっ」

「だから大人をからかうな」

 

そんな三人のやりとりを見ながら宝物庫から、魔力駆動二輪を二台取り出すハジメ。

四輪の方がいいかなと一瞬思ったが、今後、道連れが増えた場合、

自然と四輪が中心となるだろうと思ったことと、それに何より男子としてこういう大自然の中で、

思いきりバイクを飛ばしてみたかった。

決して、ユエのささやかながらも、確かなふくらみを背中に感じたかったわけではない、

そう決して。

 

「ユエちゃんはこうやって横乗りしようね」

「……」

 

そんなハジメの少し邪な気持ちを察知したか、ユエに座り方指導をするジータだった。

 

ともかくクラシックなアメリカンスタイルの方にはハジメとユエが、

近未来三輪スタイルの方にはジータとシルヴァが乗り込み、二台の鋼鉄のバイクが

ほぼ一本道のライセン大峡谷を疾駆していく。

 

車体底部の錬成機構が谷底の悪路を整地してくれる上、往く手を遮る魔物の群れは、

ハジメとシルヴァが確実にスナイプしていくので実に快適だ。

 

しばらく魔力駆動二輪を走らせていると、ジータの背中越しにシルヴァの声がする。

 

「二時の方角に敵影、会敵まで約一分程だ」

 

この人の眼は一体どうなっているのだろう?と思わざるを得ないジータ。

 

(さっきも豆粒みたいにしか見えてなかったロック鳥モドキを一発で撃ち落としていたし)

 

標的が脇道にでも入ってしまったらしく銃を降ろす仕草が、

地面の影となってジータの眼に映る、と、それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。

中々の威圧である。少なくとも今まで相対した谷底の魔物とは一線を画すようだ。

もう三十秒もしない内に会敵するだろう。

改めてライフルを構えなおそうとするシルヴァを今度はハジメが制する。

 

「この距離なら俺の方が適切だろ、シルヴァ」

 

バイクのハンドルを切り、脇道の方へと突き出した崖を回り込むと

その向こう側に大型恐竜型の魔物が現れた、迷宮にもこんなのいたなとふと思うジータ、

違いがあるとすれば頭が二つあることか、双頭のティラノサウルスモドキだ。

 

だが、真に注目すべきは双頭ティラノではなく、

その足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女だろう。

 

「何あれ?」

「……兎人族?」

「……確かここって、処刑場だったよな」

 

リアルケモミミを見て、すこし上ずった声のハジメ。

 

「大昔は、だけどね」

「いや、今でも風習として残ってる地域もあるらしいぞ」

「……悪ウサギ?」

「三人ともどうする?私としては、たとえ犯罪者だったとしても一先ず助けて、

それから事情を聴いたうえで、改めて見捨てても構わないと思うが」

「改めて見捨てるって、シルヴァさんも割とヒドイこというね」

 

などと四人で、岩場を駆け回る恐竜とウサミミ少女という、

まるでカートゥーンアニメのような光景を暫し観察していると。

 

「だずげでぐだざ~い!ひっーー死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、

おねがいじますぅ~!」

 

ウサミミ少女は滂沱の涙を流し顔をぐしゃぐしゃにして、こちらへと必死に駆けてくる。

そのすぐ後ろには双頭ティラノが迫っていて、今にもウサミミ少女に食らいつこうとしていた。

このままでは、ハジメ達の下にたどり着く前に、ウサミミ少女は喰われてしまうだろう。

 

「決まりだな」

 

なんだかんだ言って見捨てるつもりは最初から無かったらしい、

ハジメがドンナーとシュラークを抜くと、そのまま無造作に一斉射。

電磁加速された二発の弾丸は大口を広げた双頭ティラノの口内に吸い込まれ、

そのまま二つの頭部を粉々に粉砕した。

 

ウサミミ少女が思わず「へっ?」と間抜けな声を出し、恐る恐る振り返って

ティラノの末路を確認する。

 

「し、死んでます…そんなダイヘドアが一撃なんて…」

 

ウサミミ少女は驚愕もあらわに目を見開いている。

そしてジータはそのダイヘドアから魔石を回収しに、てくてくと死骸の方に向かうのだが

彼女が未だ金縛りにでもあったかのように、立ち尽くすウサミミ少女とすれ違った時だった。

 

「先程は助けて頂きありがとうございました!」

「!」

 

不意の大声に飛び退くジータ、それを逃がすまいとしがみつこうとするウサミミ少女。

しかししがみつこうとした際、彼女はジータのロングドレスの裾を踏んづけてしまい

結果としてジータは盛大に頭から地面に突っ込むことになってしまう。

 

「ああああ、申し訳な…大丈夫で!あっ」

 

慌てて謝罪しようと屈みこもうとしたウサミミ少女だが、そこに今度は起き上がったジータの頭が

その顔面にスマッシュヒットする。

 

「うぷっ!」

 

一瞬仰け反るがなんのっ!とばかりに体勢を立て直すウサミミ少女。

なかなかの打たれ強さだ。

 

「私は兎人族ハウリアの一人、シアといいますです! 取り敢えず私の仲間も助けてください!」

 

鼻血をダラダラと流しながら、ジータにしがみつき図々しく頼み込むシア。

ジータは、しがみついて離れないシアを横目に見ながら、これからの展開を想像し

溜息を落とす、だが今のところ目下の心配事は。

 

(ドレス、鼻血で汚さないでよ~~お気に入りなのに)

 

「わ、わかったわかったから…離してっ、服が汚れちゃうよ」

「離したら言う事聞いてくれますかっ!」

 

離してとジータが訴えているのにも関わらず、

シアは必死のパッチで一層強くジータへとしがみつく。

 

「もう!」

 

確かに必死さは伝わるのだが、このままでは埒が開かない。

ジータは仕方なく……"纏雷"でシアに電撃を食らわせる。

 

「アババババババババババアバババ!?」

 

勿論、威力は調整してしてあるので死にはしない筈だが。

 

「どう?落ち着いた」

「はひぃ~」

 

ひくひくとウサミミを痙攣させながらも頷くシア。

 

「だったら私のドレスで顔拭くの止めてくれないかな?次やったら…」

 

懐から短剣をシアに見えるように覗かせるジータ。

ウサミミの痙攣がさらに激しくなった様に思えたが、これは電撃のせいではなさそうだ。

やれやれと思いつつ、ジータはシアへとハンカチを渡してやる。

 

「まずはこれで顔拭いて、それからお話聞かせて貰えるかな」

 

 

「改めまして、私は兎人族ハウリアの長の娘シア・ハウリアと言います。実は……」

 

 

語り始めたシアの話を要約するとこうだ。

シアたち、兎人族は聴覚や隠密行動に優れているものの、

他の亜人族に比べスペックは低く、また温厚で争いを嫌う性質もあり、

亜人族の中でも格下と見られており、そのこともあって、

【ハルツィナ樹海】にて数百人規模の集落を作り

ひっそりと暮らしていたのだという、だが。

 

そんな兎人族の一つ、ハウリア族に、ある日異常な女の子が生まれた。

明らかに一族のそれとは違う、青みがかった白髪もそうだが

亜人族には無いはずの魔力まで有しており、直接魔力を操るすべと、

とある固有魔法まで使えたのだ。

 

本来ならば樹海深部に存在する亜人族の国【フェアベルゲン】の掟に従い、

忌み子として抹殺すべき存在である。

しかしそんな女の子を一族は秘匿し、十六年もの間ひっそりと育ててきた。

それがどれほど危険な行為であるかは承知の上で。

 

だが、先日とうとう彼女の存在がばれてしまった。

しかし兎人族は亜人族一、家族の情が深く、

一族郎党百数十人全員を一つの家族と称する種族なのだ。

ゆえに、ハウリア族は女の子を見捨てるという選択肢を持たなかった。

その為、彼らは掟に背く代償として、故郷を捨てる道を選んだのであった。

 

「それで私たち……北の山脈地帯を目指すことにしたんです……

山なら食べ物もあるって思って、それに……」

 

もしも帝国や奴隷商に捕まってしまえば奴隷に堕とされてしまう危険がある以上、

他に選択肢は無かった。

そして奴隷に堕ちた場合……その運命はと。

シアの可憐な容姿が全てを語っているとハジメたちには思えた。

シアに限らず、兎人族は総じて容姿に優れているのだろう。

愛玩奴隷として持って来いの……。

 

しかし、不運なことに彼らは樹海を出て直ぐに、

恐らく奴隷狩りに来たのであろう帝国兵に見つかってしまったのだ。

半数以上が帝国兵に捕らえられてしまい、全滅を避けるために必死に逃げ続け

ライセン大峡谷にたどり着いた彼らは、

危険を承知で峡谷へと逃げ込むより他に道は無く、

そして現在に至るということらしい。

 

 

「……気がつけば、六十人はいた家族も、今は四十人程しかいません。

このままでは全滅です。どうか助けて下さい!」

 

「……」

 

わなわなと拳を握りしめるジータ。

女として、いや文明社会に生きる人間としてこれは許せない、だが……。

ここで義憤のまま行動するのは某天之河と同じだ。

 

それにこのトータスの地で奴隷制が成立しているというのならば、

腹立たしいが帝国兵を止める根拠が乏しくなる。

彼らは彼らの法や慣習に則った上で、奴隷狩りを行っているのだから。

 

ジータは王宮でのゴージャスな生活を思い出す……

あの暮らしも、おそらく奴隷制があって成り立っているのかもと。

 

敵は殺してでも排除する覚悟はあるが、気に入らないから殺すはただの外道だ。

そんなことをすればたちまち世界が敵に回る。

必要なら世界を相手に戦うと誓ったが、必要もないのに敵を作ることもない。

もちろん自分たちが生涯この地において奴隷解放のため、

社会制度の改革に尽くすというなら話は別だが。

 

「ゴメン被るわ…そんなの」

「ええっ!」

「あ……違」

 

つい口から飛び出したジータの呟きを否定と取ったのだろう。

今度はなんだなんだとやって来た、ハジメの足元へとシアはしがみつく。

上目遣いに大きな胸がハジメの視界に入りそうになり、彼は気付かれないように視線を逸らす。

 

「あ、あなたからも言って下さいよ、ホラ!『何て可哀想なんだ!安心しろ!!

俺が何とかしてやる!』とか言って爽やかに微笑んで、ねね、ね!

 

何て可哀想~からの下りが某天之河を連想させたので、思わずジータはシアの頭をひっぱたく。

 

「な、殴りましたね!」

 

そこでまたシアがハジメに縋るようなそぶりを見せたので、

さらにジータは彼女の頭をひっぱたく、半分は興味本位だが。

 

(……言うかな?)

 

「二度もぶちましたね! 父様にもぶたれたことないのに!

 

(あ、言った)

 

少し悪いなと思いつつ、ジータは小さく片手でガッツポーズを見せ、

ハジメはそれを見て呆れたそぶりを見せつつも話を続けて行く。

 

「ジータはいいとしてお前まで何でそのネタ知ってんだよ……ともかく、

お前等助けて、俺たちに何のメリットがあるんだよ」




ここからは奈落ではなく人の住む社会、彼らはどう動くのか


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ハウリア族と帝国兵

4万UA達成! ありがとうございます!


「メ、メリット?」

「……あのね」

 

口を挟もうとしたジータだったが、ひとまずハジメの交渉を見守ることにする。

この世界の人間に必要以上に心を砕くような真似をする気もさせる気はなかったが。

かといって無関心であって欲しくはなかった、それは……とても"寂しい"生き方なのだから。

 

「だったら教えてやるよ、まず一つ目は帝国から追われている、

そいでもって二つ目は、樹海から追放されている身の上だってことな、、

そして三つ目はその原因であるお前さん自身の存在、つまり何が言いたいか、

こんな厄介事幾つも抱えていられないってことだよ」

「うっ、そ、それは……で、でも!」

 

口籠るシアへと、ハジメはさらに過酷なリアルを突き付けて行く。

 

「それに峡谷から脱出出来たとして、その後はどうするんだよ? 

今度は、帝国兵から守りながら北の山脈地帯まで連れて行けってまた頼むのか?」

「そんな……でも、守ってくれるって見えましたのに!」

「どういう意味だ?……お前の固有魔法と関係あるのか?」

 

「え? あ、はい。"未来視"といいまして、仮定した未来が見えます。

もしこれを選択したら、その先どうなるか? みたいな……

あと、危険が迫っているときは勝手に見えたりします。

まぁ、見えた未来が絶対というわけではないですけど……

そ、そうです。私、役に立ちますよ! "未来視"があれば危険とかも分かりやすいですし!

 少し前に見たんです! 貴方が私達を助けてくれている姿が! 

実際、ちゃんと貴方に会えて助けられました!」

 

「そんなすごい固有魔法持ってて、何でバレたんだよ。

危険を察知できるならフェアベルゲンの連中にもバレなかったんじゃないか?」

 

ハジメの指摘に「うっ」と唸った後、シアは目を泳がせてポツリと零した。

 

「じ、自分で使った場合はしばらく使えなくて……」

「バレた時、既に使った後だったと……何に使ったんだよ?」

「ちょ~とですね、友人の恋路が気になりまして……」

「ただの出歯亀じゃねぇか! 貴重な魔法何に使ってんだよ」

「うぅ~猛省しておりますぅ~」

「やっぱ、ダメだな、何がダメって、お前がダメだわ。この残念ウサギが」

 

「私のような美少女の頼みをどうしてそう易々と断れるんですかっ!

……もしや殿方同士の恋愛にご興味が……だから先も私の誘惑をあっさりと拒否したんですね! 

そうでッあふんッ!?」

 

傍で聞いていたジータがシアの頭をまた叩いた。

 

「誘いに乗らないのは、お前より遥かにレベルの高い美少女がすぐ隣にいるからだ。

ジータとユエを見て堂々と誘惑できるお前の神経がわからん」

 

うんうんと頷くジータ、ユエに至ってはハジメの言葉に赤く染まった頬を両手で挟み、

ゆるふわの金髪を輝かせ、体をくねらせてイヤンイヤンしている。

 

そんな二人の服装についてだが、まずユエは清楚さを押し出した、

フリルのあしらわれた純白のドレスシャツに、これまたフリル付きの黒色ミニスカート、

その上から純白に青のラインが入ったロングコートを羽織っており、

一方のジータはといえば、白を基調としたロングドレスにワンポイントの青をあしらい

袖や髪には大きなレースのリボンがあしらわれた、

スタンダードなエリュシオンのコスチュームを纏っている。

もっともシアが鼻血やら涙やらを擦り付けてくれたおかげで若干汚れてはいるが。

 

ただし、シアもまた彼女らに負けず劣らずの美少女であることは間違いない。

少し青みがかったロングストレートの白髪に青い瞳、白い肌、スラリと長い手足

さらにはふりふりと揺れるウサミミやウサ尻尾。

 

そして何より、ぶるんぶるんと揺れる豊かな胸。

かつてのハジメならばル〇ンダイブを決めていても不思議ではなかった

いや、今でもうずうずしているのだ、しかし

 

(今のハジメちゃんにケモミミ攻勢は通じないよ、だって……)

 

何やら意味深なことを思い浮かべるジータ、興味があれば各自で調べるように。

 

そして二人の美貌に一瞬怯んだシアは焦りのあまり、

言ってはならない言葉を口にしてしまう……。

 

「で、でも! 胸なら私が勝ってます! そっちの女の子はペッタンコじゃないですか!」

 

"ペッタンコじゃないですか"

"ペッタンコじゃないですか"

"ペッタンコじゃないですか"

 

峡谷に命知らずなシアの叫びが木霊し、その瞬間、表情こそ前髪で隠れてはいたが、

ユラリとシアへと向き直ったユエの身体から、おびただしいまでの鬼気が発せられる。

 

「……お祈りは済ませた?」

「……謝ったら許してくれたり……」

「…………」(ニコ)

「死にたっ…」

 

「"嵐帝"」

 

「―――― アッーーーー!!」

 

突如発生した竜巻に巻き上げられ、錐揉みしながら吹き飛ばされるシアだった。

 

で、地面に叩きつけられボロボロになりながらも、まだ何か言いたげなシアだったが、

最終兵器と称してユエが連れて来た、シルヴァの完璧極まりない美貌を目の当たりにして、

シアはうううと敗北の唸りを上げ地面に突っ伏すのであった。

 

「で、話は終わったのか?」

 

背後の警戒に当たっていたシルヴァに、ここまでの事情を説明するジータ。

 

「こういう場合は互いに納得できる範囲での善意と責任に従って動いてもいいとは思うが」

「ですが、それでは」

 

「君は天之河光輝なる男と何やら確執があるようだが、私にしてみれば

君もまたその彼に縛られているように思えるぞ、殊更に彼と違う道や、

やり方を選ばなくてもいいのではないか?時に素直に己の心情や正義感に従うことは

決して悪ではないぞ」

 

「そんなことは……」

 

あるかもしれない、社会制度だの何だのと理屈をつけていても

やっぱりハウリア族は哀れだし、帝国兵がムカツクことには変わりはない。

確かに光輝に拘るあまりに考えすぎていたのかもしれない。

 

("家族"を守りたい気持ちはおんなじだもんね)

 

「必要以上に深入りしろとは言うつもりはない、しかし君たちは仲間と共に

故郷に帰るのだろう?ベストな道が目の前にあるのにこの程度の厄介事を避けてどうする」

 

あまり考えたくはない事だが、もしも神と本当に一戦交えることになるなら

その際、厭が負うにも先頭に立たねばならないのは自分たちになるだろう。

いかにクラスメイトたちもチート揃いだとはいえ、

今の自分たちに比べれば、一部を除き、神相手ではほぼ烏合の衆に等しいに違いない。

 

(こういう状況もありえるかもしれないしね)

 

「受けようよ、この話」

「……ジータ」

「これから先、樹海には何度も訪れることになるかもしれないし、それに…」

「樹海は君たち亜人族以外は基本足を踏み入れられないと聞いたが」

 

助け舟を出すかのようにシルヴァがシアへと問いかける。

 

「そ、そうなんです!私たちがいないと皆さん樹海で迷子になっちゃいますよ!」

「じゃあ、樹海の案内をしてもらえる?報酬はあなたの一族の命ってことで」

 

ハジメが色々と対策をしていた筈だが、やはり案内人を雇うのが確実だ。

場合によっては手荒な手段もやむを得ないと考えていただけに。

 

一方のハジメはまだ思案気な表情だったが、

そんな彼に、ユエは真っ直ぐな瞳を向けて逡巡を断ち切るように告げる。

 

「……大丈夫、私達は最強、それにあの時誓った、全部なぎ倒して世界を超えようって」

「そうだな」

 

頷くハジメ、これで決まった。

 

「言っとくがあくまでも樹海を抜けるまでだ、北の山脈とやらへは自分らで行けよ」

「多分短い付き合いになるだろうけど、よろしくねシアちゃん」

「あ、ありがとうございます! うぅ~、よがっだよぉ~ほんどによがったよぉ~」

 

で、人数も増えたこともあって、彼ら五人は四輪に乗り換えて峡谷を走る。

車内では当然の事ながら自己紹介諸々で話の華が咲く。

 

「え、それじゃあ、皆さんも魔力を直接操れたり、固有魔法が使えると……」

「ああ、そうなるな」

「……ん」

 

シアの方からグスグスと鼻をすするような音が聞こえる。

心配げに顔を覗き込むジータにシアは答える。

 

「すいません…一人じゃなかったんだなって思ったら……何だか嬉しくなってしまって……」

 

そんな彼女の目には光る物があった。

ともかくそうこうしてるうちに、目的地が近くなってきたが、シアの視線が険しくなる。

 

「…あれは父様達がいるあたり、急いで頂けませんか!」

 

シアの指が差し示す先には数匹の鳥か竜か、ともかくそういう魔物が旋回しているように見えた。

ハジメたちにはまだ点のようにしか見えなかったが。

 

「案ずるな、大事ない」

 

シルヴァがサンルーフから頭を出し、ライフルのトリガーを引くたびに

その上空を舞う点の数が少なくなっていく。

こうして彼らは突然撃ち落とされたハイベリアなる飛竜の死体に囲まれ

呆然としているハウリア族の元に到着する。

 

余談だが、シルヴァの撃った弾は全て計ったようにハイベリアの眉間に命中していた。

 

その後、カムと名乗るシアの父親、すなわち族長から正式に挨拶と契約を交わし

彼らは大峡谷の出口へと足を進ませる。

 

「帝国兵はまだいるかな?」

「どうだろうな、流石に全滅したと思って帰ったんじゃないか」

 

ハジメとジータ、そしてシアが先行し、中衛に残りのハウリア族

そして後衛にユエとシルヴァ。

この陣形で岩壁を削って作ったであろう階段を上っていく。

 

「そ、その、もし、まだ帝国兵がいたら……ハジメさんたちは……どうするのですか?」

「どうするって何が?」

「シアちゃんが聞きたいのは……私たちが同族を…人を殺せるかってことだよね」

 

それについて何かを言おうとしたハジメを制するジータ。

 

「ダメだよ、ハジメちゃん」

「武器の威力がどうとかそういうの言ってたけど、試し撃ちで人を殺すなんて許さない」

 

避けられないであろうことは分かっていても、

命を奪う重さは忘れて欲しくないし、忘れるわけにはいかない。

それにハジメだけに十字架を背負わせるつもりはない、罪を犯すなら共にだ。

 

「敵は明確に害意を以って道を阻むもの、だったな」

 

そもそも対人に関しての威力の調整は銃の専門家であるシルヴァの指導を受けている。

わざわざ試す必要はないのだ。

 

ジータは抱えた竪琴、"ダンテ・アリギエーリ"にそっと手をやる。

 

(『ひつじのうた』……を使って帝国兵を眠らせることができれば…でも)

 

あれは効果時間が短い上、成功率もそれほど高くない。

ジータの逡巡も知らず、彼らは遂に階段を上りきりライセン大峡谷からの脱出を果たす。

 

登りきった崖の上、そこには……。

 

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから、

仕方なく残ってただけなんだがなぁ~こりゃあ、いい土産ができそうだ」

 

三十人の帝国兵がたむろしていた。

 

帝国兵は、兎人族達を完全に獲物としてしか見ていないのか、戦闘態勢をとる事もなく、

下卑た笑みを浮かべ舐めるような視線を兎人族の女性達に向けている。

兎人族は、その視線にただ怯えて震えるばかりだ。

ちょっとくらい味見してもいいっすよねぇ?だの、二、三人なら好きにしろだのと

声が聞こえる。 

 

「あぁ? お前誰だ? 兎人族……じゃあねぇよな?」

 

小隊長とか呼ばれていた男がようやくハジメの存在に気がついたようだ。

ハジメは、帝国兵の態度から素通りは無理だろうなと思いながら、一応会話に応じる。

 

「ハ…ハイ!人間です」

「て、こたぁ、奴隷商か?まだ若けぇのにまたずいぶん商魂がたくましいねぇ

まぁ、いいや、そいつら皆、国で引き取るから置いていけ」

 

小隊長の言葉に、兎人族たちの怯えが、震えが一層強くなり、ジータの背中へと伝わってくる。

試し撃ちで人を殺すなんて許さないと自分で言っておきながら、

早くこいつら敵対してくれないかなあ、と思っている自分がいることに、

嫌悪感を覚えるジータ。

 

「こ……断わります、こいつらは先に僕が貰ったんです、帝国の慣例上、

奴隷の占有権はこちらにあるんじゃないんですか!」

 

ハジメの擬態にふと昔を思い出すジータ、昔と言えるほどの時間が経過してるわけでもないが。

 

小隊長の唇が侮りに歪む。

 

「……小僧、口の利き方は分かってるようだな、だが俺達が誰かはわからないみたいだが?」

「僕はこちらの権利を主張しただけです、それにあなたたちが軍属だってのも理解してます

帝国軍人ならどうか帝国の法に従ってください!」

 

「……ぷぷ」

 

顔を伏せ、笑いをこらえるのに必死のジータ、ユエもなんだか新鮮な気分でハジメを眺めている。

 

(ハジメちゃん、楽しんでない?)

 

「勿論タダで……とはいいませんっ!」

 

ハジメは小隊長の掌にグランツ鉱石の欠片を握らせる、

欠片といってもここにいる全員で一晩豪遊できる程度の価値はあるだろう。

 

「これで皆さんでお酒でも飲んでください」

「なかなかいい心がけじゃねぇか、唯の世間知らずの坊やだって思ってたがな

 けど最近はよう~帝国の御法が及ばない辺境の地もあるって話だぜ、なぁ皆!」

「「ハイ!小隊長殿の仰せの通りでありますッ!」」

 

小隊長の呼びかけに残りの兵士共がゲラゲラと笑い囃し、

その視線がジータとユエに集中する。

 

「ちょいと世の中の厳しさってヤツを教えてやる、くっくっく、

そっちの嬢ちゃんたち、えらい別嬪じゃねぇか、てめぇの四肢を切り落とした後、

目の前で犯して、奴隷商に売っぱらってやるよ」

 

その言葉にハジメは眉をピクリと動かし、ジータは怒りに歯を軋ませ。

ユエも無表情でありながら誰でも分かるほど嫌悪感を丸出しにしている

 

「そっか」

「つまり敵ってことでいいよな?」

「あぁ~~渡る世間は敵ばかりってな、世の中は親切なおじさんばかりじゃないんだよぉ~~

まずは震えながら許しをこッ!?」

 

ドパンッ!!

 

一発の破裂音と共に、小隊長の頭部が砕け散る。

こうして殺戮のホイッスルは鳴った。

 

間髪入れずハジメはすかさず六斉射、六人の帝国兵の頭が弾け飛ぶ。

突然、小隊長を含め仲間の頭部が弾け吹き飛ぶという異常事態に、

兵士達が半ばパニックになりながらも武器を構え、帝国兵の前衛が飛び出したのだが

その前衛たちもハジメの銃撃によって頭部を粉砕される。

 

さらに魔法の詠唱を開始しようとした、後衛組の足元にハジメ謹製の破片手榴弾が炸裂する。

地球のものと比べても威力が段違いの自慢の逸品である、

この一撃で密集状態だった帝国軍の後衛は全滅し、

残ったのはちょうど前衛と後衛の真ん中にいたナンバー2っぽい兵士のみだった。

 

「うん、シルヴァの言う通り人間相手だったら"纏雷"はいらないな、通常弾と炸薬だけで十分だ。

燃焼石ってホント便利だわ」

 

(あああ……結局試し撃ちみたいになっちゃった)

 

飄々とした声と仕草で、ドンナーで肩をトントンと叩くハジメの姿を目にし、

頭を抱えて煩悶するジータ、敵であれば容赦しないという価値観は、

ハジメの心に完全に定着してしまっているようだ。

 

(こんなんで普通の高校生に戻れるのかなあ……私もだけど)

 

で、唯一の生き残り兵士くんは、命乞いをしながら這いずるように後退している。

その顔は恐怖に歪み、股間からは液体が漏れてしまっている。

ジータはその兵士が"ちょっとくらい味見してもいいっすよねぇ"と言っていたのを思い出す。

 

「ねぇ」

 

身を屈め、目線を兵士へと合わせ、あくまでもにこやかに

まるで幼子を相手にするように話しかけるジータ。

 

「た、頼む! 殺さないでくれ! な、何でもするから! 頼む!」

「じゃあ、他の兎人族がどうなったか教えてもらおうかな、

結構な数が居たはずなんだけど……全部、帝国に移送済み?」

 

百人以上居たはずの兎人族の移送にはそれなりに時間がかかるだろうから、

まだ近くにいて道中でかち合うようなら、ついでに助けてあげたい。

それくらいならハジメも賛成するだろう。

 

「……は、話せば殺さないか?」

「自分が条件を付けられる立場にあると思ってる? 

別にどうしても欲しい情報じゃないしね」

「ま、待ってくれ! 話す! 話すから!……多分、全部移送済みだと思う」

 

なら、残念だが仕方ない、と、ジータが思った刹那、

信じられない、信じたくなかった言葉がその耳へと届く。

 

「人数は絞ったから……」

 

兵士の言葉に、悲痛な表情を浮かべる兎人族達。

 

「……間引きしたんだ……人を…命を…何だと」

 

ハジメですらゾッとするような声音で兵士を見下ろすジータ、その瞳に殺意が満ちていく。

先程までの自身の煩悶がバカバカしくなってくる、こいつらにとって、この世界にとって、

命とはかくも軽いものであったか……。

 

「待て! 待ってくれ! 他にも何でも話すから! 帝国のでも何でも! だから!」

 

兵士が再び必死に命乞いする、しかし、琴の音と共にその首は斬り飛ばされた。

 

「彼らは彼らの法や慣習に則った上で、奴隷狩りを行っている、そうじゃなかったのか?」

 

ハァハァと未だ収まらぬ怒りと、命を理由に命を奪った自身の矛盾に満ちた思考に、

息を荒げているジータに自分が加わるまでもないと静観していたシルヴァが声を掛ける。

 

「渡る世間は敵ばかり、ここは帝国の御法が及ばない辺境の地、でしょ」

 

ジータは小隊長らしき死体へと嘲り口調で一礼する。

 

「わざわざ教えてくれてありがとう」

 




色々思うところがあったのですが、結局ほぼ原作をなぞる形に、
最初は帝国兵全員眠らせてさっさと通過させる予定でしたが……。
こういう状況だとやっぱりニオがいて欲しいですよね。



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ジーク・ハウリア

今回はかなりショートカットしてます。


 

「十日ねぇ……」

 

未だ深く垂れこめる樹海の霧を溜息交じりに見つめるハジメ。

カムのうっかりによって樹海内にて予期せぬ足止めを食らった一行は、

族長アルフレリックの厚意により、フェアベルゲン本国や集落への立ち入りこそ

許されなかったが、樹海への滞在を特別に許可されていた。

もっとも虎族や熊族の連中と一悶着はあり、トントン拍子とまではいかなかったが。

 

ジータはハウリア族に稽古を付けてやっている。

十日後には彼らは自分たちの手を離れるのだ、それまでに何とか自分たちだけで

戦える力をということだ。

 

最初はハジメも稽古に参加するつもりだったが、ジータに止められた。

 

(大丈夫、こー見えて雫ちゃんの道場に通ってたころは、小さい子の稽古相手とか

やってたんだから)

 

あの、凡そ戦いに向いてないということが明白なハウリア族は、

八重樫道場の"小さな子"よりも、遙かに厄介な生徒のようにハジメには思えた。

 

(向いてない……といえば)

 

ハジメはシアのことを思い出す。

樹海に向かう途中で、これまでの経緯をシアに話したのだが

それ以来彼女は、自分も旅について行くと言って聞かない。

 

「ハジメさん! ジータさん!ユエさん!私、決めました!皆さんの旅に着いていきます!

これからは、このシア・ハウリアが陰に日向に皆さんを助けて差し上げます!

遠慮なんて必要ありませんよ。私達はこれから仲間!共に苦難を乗り越え、

望みを果たしましょう!」

 

その芝居がかった態度の裏にある決意と悲しみをハジメは察している。

同じ"はぐれ者"として……。

だからこそシアはハジメたちに同行を申し入れたのだろう。

忌み子の自分がいる限り、一族は常に危険にさらされる、

事実今回、多くの同胞を失っているのだ。

 

……まぁ、気持ちは分かっても、その図々しい態度と言動にはイラっと来るが。

 

「例え忌み子であったとしても、家族や故郷で暮らすのが一番だろうに…」

 

 

現在、ハジメとシルヴァは熊人族のコロニーの近くに密かに陣取り、

彼らの動向を観察している。

アルフレリックの詭弁めいた温情により、ハウリア族の処遇は宙には浮いているが。

遺恨はどうあっても残る。

特に、熊人族は族長がハジメの手により再起不能にされている。

自分たちが立ち去った後、意趣返しとばかりにハウリア族を殲滅されようものなら、

それは流石に目覚めが悪い。

 

と、そこにユエとシアが帰りを促すべくやって来る。

ユエはいつも通りだったが、シアの姿がやけに汚れているのがハジメには少し気になった。

 

「一度戻るか、この分だと襲撃があるとしても数日先だろう」

 

ジータのハウリア族への稽古が終了する前に、熊人族が襲撃を仕掛けて来た場合は

ここで迎え撃つつもりだったが……。

 

ともかくシルヴァの言に頷くと、ハジメはジータらの所へと引き上げる。

仮住まいの拠点の手前で、ハジメたちの戻りを待っていたのか、

ジータがポツンと立っている。

 

今の彼女は、頭に額帯鏡を付け、緑のノースリープのシャツとタイトスカートに白衣を纏った

EXⅡジョブの一つであるドクターの姿をしている。

名前と見た目通り、回復と耐久に優れたジョブである……一応は。

 

「誰かケガでもしたか?」

「ま、まあ…ね」

 

妙に空々しい態度のジータ。

ケガ人や病人ならクラスⅣのセージにジョブチェンジして治療する方が確実なのだが……。

セージ姿のジータを思いだし、ついでにその姿のジータと何をしていたのかも思いだし

やや伏目がちになるハジメ。

 

「まずはあそこの小川で身体洗おうよ、シアちゃんとかこんなに汚れてるし」

「……なんかお前俺に隠してるだろ?」

 

ギクッ!

そんな音がジータの後頭部から発したのをハジメは確かに聞いた。

 

「……」

 

無言で、拠点代わりの結界の中に足早に入るハジメたち、制止するジータの声が

背後から聞こえるが、それに関しては無視する。

 

と、そこには。

 

「オレサマオマエマルカジリ」

「かゆうま」

 

ガジガジと歯を剥き出しにし、ギロリと血走った眼を見開き

野原を走り回る、ハウリア族たちの姿があった。

 

ハジメの危惧した通り、ハウリア族への戦闘訓練は困難を極めた。

 

武器を持たせて魔物を討たせてみれば。

罪深い私を許してくれだの、私はやるしかないのだの、くだらない小芝居を連発し、

それについてジータが窘めようものなら、だっていくら魔物でも可哀想で…とか

ブツブツ小声で口答えをされる。

 

挙句、やけにぴょんぴょんぴょんぴょん何かを避けるように皆動いてるので

何かその動きに意味があるのと聞いてみたら、

このお花さんを踏みそうになって……潰しちゃうところだったよ

などと口にされた時には―――。

 

「それで……まずはその精神性から改造しなきゃと思って……その」

「ど、どういうことですか!? ジータさん! 父様達に一体何をっ!?」

「平たくいえばドーピングというか…洗脳かな」

「なにーっ!」

 

その瞬間、どうしてジータがドクターの姿になっていたのかを、

立ちどころに理解するハジメ。

 

「まさか……マッドバイタリティを投与したとか」

「……そ、そのお、それだけじゃ足りないって思って…」

「アドレナリンラッシュもか!」

 

マッドバイタリティ、アドレナリンラッシュ、どちらもドクターのアビリティで精製する薬品で

投与された者の精神と肉体の限界を大幅に引き上げる効果がある。

そう、ドクターの本質は治療ではなく、強化と継戦能力を重視したガチ戦闘系のジョブなのである。

 

しかし異世界人でもなければ、魔力も持たない兎人族にはあまりにも刺激が強すぎたらしい、

薬の効果により精神と肉体の枷が外れてしまった彼らは、

もはや無秩序な暴徒と化しつつあった、いや、化している。

 

「もももっ、元に戻るんですか!戻りますよね!、どーなんですかっ!」

 

必死の形相でジータの襟首を掴んで揺さぶるシア。

 

「まぁ……元には戻るよ、常習性もないし…大丈夫」

 

揺り返しはあるだろうけど、と心の中でだけ呟くジータ。

ガジガジとユエの腕に噛みつこうとして、蹴り飛ばされてるのはパルとか言ったか?

少なくとも花や虫を気にすることはもう無いだろうと、その足元を見て思うジータ。

 

「要はこれを秩序ある暴徒に仕立てあげればいいんだな」

 

溜息交じりのハジメに、心から申し訳ない表情を見せるジータ。

自分でこの事態を巻き起こしてしまって何だが、

もはやこれは猛獣使いの範疇のように彼女には思えた。

 

「むしろ獣なら簡単だ、死にたくないと本能に刻めばいい」

 

そんな彼女の心情をあらかじめ理解してたかのような言葉を放つシルヴァ。

 

ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!

 

まずは空中に向かって威嚇射撃。

轟音に反応したのかピタリとハウリア族の動きが止まる。

 

ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!

 

今度は立ち尽くす彼らの足元へとドンナーを斉射するハジメ。

人事不省の混乱状態でも、やはり本能に根差した恐怖は感じるのか、

蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うハウリア族一同。

 

「貴様らは薄汚い"ピー"共だ。この先、"ピー"されたくなかったら死に物狂いで(以下略)」

 

とてもここでは記せないようなピー音だらけの叫びを口にしながら

空に向かってドンナーを乱射しながらハウリア族を追い掛け回すハジメ。

その動きは某ギャグアニメに出て来る目ん玉繋がりのお巡りさんのようだった。

 

「フフ……イルザがいればハジメは"組織"にスカウトされるだろうな、

尤も私は、彼らのことはあまり好きではないのだが」

 

妙に訳知り顔のシルヴァ、自分が何かしたわけでもないのにそのドヤ顔チックな横顔が、

なんかイヤだなとジータが思った刹那。

 

「元はと言えばお前のせいだろーが!お前も動け!俺に続いて叫べ!」

 

ハジメに首根っこを掴まれ、追いかけっこに強制参加させられるジータ。

それをドヤ顔で頷きながら見つめるシルヴァ、

その傍らでは寂しげに地面にのの字を刻むユエの姿。

 

「……つまんない」

 

本当に彼らに付いていっていいものか、少し心配になるシアだった。

 

 

 

 

そして、途中揺り返し期間を経てついにハウリア族は覚醒した。

―――秩序ある暴徒へと。

 

「落ちろカトンボ」

「絶好調である!」

「怖かろう」

 

温和で平和的といわれる兎人族の面影はもはや彼らには微塵もなかった。

ちなみに揺り返し期間に置いて。

 

「ああ…刻が見えるよ…」

「何か光ったよ、彗星かな?」

「開けてくださいよー」

 

などと、ハウリア族たちは譫言を口にしていたことを追記しておく。

そんな感じで今の彼らはワイルドさに加えて、

キュピーンと何かを感知できそうな雰囲気に満ちている。

 

「素晴らしい…まるでハウリアの精神が形になったようだ!」

 

挙句はナイフに頬ずりする者までいる始末。

 

「どどど、どういうことですか!? ハジメさん!ジータさん! 父様達に一体何がっ!?」

「「……訓練の賜物……」」

「どうしてこっちの目を見て言ってくれないんですか!二人とも!」

 

自分もユエやシルヴァと共に樹海の奥で修業を重ね、ついにハジメへと

一大告白をしようとしていた矢先だったのに……、

ふらあとその場に力なくへたり込もうとするシアを支える小さな影。

 

「あっ、ありがとうございます」

「いや、気にしないでくれ、シアの姐御、男として当然のことをしたまでさ」

「あ、姐御?、パル君…一体」

「フフフ……パルとは違うのだよ、パルとは」

 

ニヒルな笑みを浮かべるパル少年、御年十一歳である。

 

「俺は過去と一緒に前の軟弱な名前も捨てました、今はバルトフェルドです。

"必滅のバルトフェルド"これからはそう呼んでくだせぇ」

 

頭脳が事態に追いつかず呆然とするシア、そんな彼女を尻目に、

パルはスタスタとハジメの前まで歩み寄ると、ビシッと見事な敬礼を披露する。

 

「御大将ォ!完全武装した熊人族の集団を発見しました。

大樹へのルートにて、おそらく我々に対する待ち伏せかと愚考します!

この件!我らハウリアの初陣とさせて頂きたく進言申し上げます!」

「カムはどうだ? こいつはこう言ってるけど?」

 

話を振られたカムは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると願ってもないと言わんばかりに頷く、

先日までのうっかり族長の面影は無かった。

 

「怨恨のみで戦いを支える者に我らは倒せん!我らは義によって立っているからな!!」

「我らハウリア族は十日待ったのだッ!十日……生き恥をさらし、この時を待ったッ!」

 

南〇条約を思いっきり違反しそうな雰囲気で拳を振り上げるカム。

 

「族長(オサ)!族長(オサ)!族長(オサ)!族長(オサ)!族長(オサ)!」

 

その号令に凄まじい気迫を以て返すハウリア族たち。

あまりにも変わり果てた一族の姿にシクシクと涙を流すシア。

それを見ながら責任を押し付け合うハジメとジータ。

 

 

こうして新生ハウリア族と熊人族は激突する、勝敗は火を見るより明らかなので

ここでは書かない。

 

 

完膚無きまでに叩き潰された熊人族に恫喝めいた約定を結ばせた後、

ハジメたちはついに大樹の前に辿り着く。

周りの木々が青々とした葉を盛大に広げているのにもかかわらず、

大樹だけが枯れ木となっていたのですぐにわかった。

 

いわゆる世界樹のような錚々たる大樹を想像していたのだが……。

少々拍子抜けしつつも、彼らはアルフレリックの言葉にあった七つの紋章が刻まれた石碑を探す。

簡単に見つかる、七角形の石碑の頂点の位置に七つの文様が刻まれていた。

 

「これは……オルクスの扉の……」

「同じ文様だね」

「ハジメ……これ見て」

 

石碑の裏側からユエの声がする。

そこには、表の七つの文様に対応する様に小さな窪みが開いていた。

オルクスの指輪を表のオルクスの文様に対応している窪みに嵌めてみる。

 

すると……石板が淡く輝きだし、何やら文字が浮き出始める。

 

"四つの証"

"再生の力"

"紡がれた絆の道標"

"全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう"

 

「四つの証っていうのはつまり七大迷宮のうち四つをクリアしないと入れないってことかな?」

 

少し拍子抜けした口調のジータ。

 

「再生の力ってのはユエの力のことじゃなさそうだしな、

つまり再生に関する神代魔法があるということか?」

「あとは……紡がれた絆の道標ってのは何だ?」

「口伝の事じゃないかな?ホラ、アルフレリックさんが言ってた

"その者を気に入ったのなら望む場所に連れて行くこと"つまりは……」

「亜人族の信頼を得られるかどうか……か」

 

神から魔法を授からなかった、それだけの理由で人間から差別・迫害を受ける亜人族。

 

(その協力、信頼を得ずして神殺しなどもっての外ってことだよね)

 

ジータはやや離れた位置にて控えるハウリア族の面々を眺める。

思ってたのとは随分と違う感じになってしまったが、"信頼"は得られたと思う。

なら、ここを訪れたことは無意味ではなかった。

 

信頼と言えばもう一つ。

ジータはユエと共にシアの背中をポンと押す。

ゴクリ……と喉を鳴らすような音を立てるシアだが、ユエとジータの頷きに

自分もコクリと頷きを返し、ハジメへと向き直る。

 

「ハジメさん。私をあなたの旅に連れて行って下さい。お願いします!」

「断る……俺はお前の一番の幸せは家族と共に、この故郷で暮らすことだと思ってる」

「カムたちだってそうだ、シアを…大切な家族を守りたいから、共にいたいからこそ変わったんだ」

 

やはりハウリアの境遇を自分の境遇と重ねていたのかとジータは思った。

だからこそ手を差し伸べたのだとも。

 

(少し変わりすぎだけどね、どっちも)

 

泣き出しそうなシアの頬にそっと自らの掌を重ねるハジメ。

その自然な仕草にムッとなるユエとジータ。

 

「あいつらは強くなった、それにお前もユエから一本取ったんだろ?……なら」

「ハジメさんの傍に居たいからですぅ! しゅきなのでぇ!」

「……は?」

 

(あ、噛んだ)

 

ジータがついクスリと笑ってしまったのを感づいたか、シアがふくれっ面を見せる。

 

「いやいやいや、おかしいだろ? 一体、どこでフラグなんて立ったんだよ?」

 

かなり雑な扱いをしていた意識はある、本気で首を傾げるハジメ。

これは決して鈍感力のせいではない。

そして様子を伺うようにジータとユエの顔を見て……。

 

 

外堀が完全に埋められているのを悟った。

 

 

ユエから一本というのはそういうことだったか……、

そしてその提案を持ち掛けたのはジータだ。

想いの強さと戦闘能力、その双方を確かめるために。

 

シアの戦闘能力はユエから聞いている、

身体能力に関してはジータに匹敵するレベルらしい。

 

「私……命懸けで頑張ったんです」

 

確かに生半可な気持ちであの二人を納得させることは出来ないだろう。

十日間死に物狂いでユエに挑み続けたに違いない。

 

「お前の想いには応じられないかもしれない……けれど仲間として、友としてでいいのなら」

 

仲間、友……という言葉が自然と出て来たことに、内心驚くハジメ。

 

「知らないんですか? 未来は絶対じゃあないんですよ?」

 

未来は覚悟と行動で変えられるとシアは信じている。

それは自分たちもそうではなかったのか?

 

(分かるよね、ハジメちゃん)

 

ジータはシアの中に、かつて自分たちが地の底で振り絞った勇気と覚悟を見た。

だからこそハジメへの挑戦権を与えたのだ。

 

「危険だらけの旅だ、そして俺の望みは故郷に帰ることだ……それは」

「もう家族とは会えないかもしれないということですよね、"それでも"です。

父様達もわかってくれました」

 

「俺の故郷は、お前には住み難いところだ」

「何度でも言いましょう。"それでも"です」

 

言葉では止まらない覚悟をハジメはシアの瞳に見た。

 

「……私も連れて行って下さい」

「はぁ~勝手にしろ、物好きめ」

 

クルリと踵を返すハジメ、ニヤニヤ笑顔のジータと目が合う。

 

「ふん!料理上手が多いと便利だなって思っただけだ!」

「ハイハイ」

 

その後、御大将!我らも共にィ!と口々に叫ぶハウリア族一同を振り切り

彼らは次なる目的地を目指すのであった。




ハウリア族の方向性が作者の趣味で少し変わりました。 


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ブルックの愉快な人々

二話に分けようかなと思いましたが、結局一話に纏めることに
少し長めかもしれませんが……。

ところで奥サマ、アニメのジータちゃんご覧になりました?
たゆんたゆんでしたね。


 

「皆さん、そう言えば聞いていませんでしたが目的地は何処ですか?」

「次の目的地なぁ、実はライセン大峡谷に戻ろうと思ってるんだ」

「ライセン大峡谷ですか…って、ええっ!」

 

頬を引きつらせるシア、ライセン大峡谷は地獄にして処刑場というのが一般的な認識であり、

しかもつい最近、一族が全滅しかけた場所でもあるのだ。

 

そんなシアの動揺を見て取ったジータが、震えるその膝にそっと掌を落とす。

 

「大丈夫、今のシアちゃんなら谷底の魔物だって怖くないはず、それにライセンは

放出された魔力を分解しちゃうから、それにシアちゃん身体強化得意でしょ?むしろ」

 

チラとバックミラーに写るハジメの眼を見て、それからそっとシアに耳打ちするジータ。

 

「チャンスなんじゃないの?」

 

チャンス……、その言葉を聞いたシアは一瞬強張った身体をピクリと動かすと

次第にその表情が緩んでいく。

 

きっと今、彼女の脳内では魔力切れで動けなくなったハジメをその背に守り、

迫りくる敵を大槌で薙ぎ払う自分の姿を描いてでもいるのだろう。

勿論、キメポーズはガ〇ダムパースだ。

 

「でへでへでへ」

 

だらしないニヤケ顔を晒しながら車の天井を見つめるシア、その横顔を眺めながら。

ユエがジータへと溜息交じりに囁く。

 

「ジータ……塩送りすぎ、それともハンデ?」

「どうかな♪」

 

さらに数時間ほど走り、日暮れ近くになってようやく、前方に町が見えてきた。

周囲を堀と柵で囲まれた小規模な町だったが、

"生活"の匂いに頬を綻ばせるハジメたち、四輪を宝物庫に収納し、徒歩に切り替え町へ向かう、

退屈気な門番の姿が見えて来たあたりで、ジータが懐の何かを探り始める。

 

「ハジメちゃん、ステータスプレート」

「あ、そうだった悪りぃ」

 

ジータに促され、プレートの数値や技能を隠蔽するハジメ。

何せ二人ともステータスは五桁を超えている。

 

「こんなの見せたらあの門番さん倒れちゃうよ」

「ねぇ、それよりそろそろこの首輪取ってくれませんか?」」

 

憮然とした口調でシアが己の首にピッタリ嵌った黒い首輪を指さす。

車内であまりにも騒ぐのでハジメが罰として取り付けたものだ。

そうこうしてる間に、一行は町の門までたどり着く、

と、詰所から、武装した男が出てきた

 

「止まってくれ、ステータスプレートを見せて貰おうか、あと、町に来た目的は?」

「装備と食料の補給がメインだ、旅の途中で魔物に襲われてな、ホラ」

 

身振りで手ぶらっぷりをアピールするハジメ。

 

「そいつは大変だったな……ええと南雲ハジメと、ほい確かに」

 

流れ作業のようにハジメにプレートを返す門番、その滑らかな手つきは熟練さよりも

むしろ手抜き感が漂っており、門番としての職務意識に少し不安を覚えるジータ。

 

「そっちの四人は?」

 

門番がジータたちにもステータスプレートの提出を求めようとして、

四人に視線を向け……頬を染めて硬直した。

無理もない、精巧なビスクドールと見紛う程の美少女であるユエ。

そして、シアも喋らなければ神秘性溢れる美少女で、

さらにシルヴァも、優雅さと鋭利さを併せ持つ美女である。

 

「あの~」

 

彼女ら見惚れて正気を失っている門番に問いかけるジータ。

もちろん、彼女も妖精のごとき美少女である。

 

「さっき言った魔物の襲撃のせいで、こっちの二人のは失くしちゃったんです、

私のはこれです」

 

ジータの声にハッとなって、手渡されたプレートに視線を移す門番。

 

「こっちの兎人族は……わかるだろ?」

 

プレートをジータに返しながら、なるほどとハジメへと頷く門番。

 

「それにしても随分な綺麗どころを手に入れたな、白髪の兎人族なんて相当レアだろ?

あんたって意外に金持ち?」

 

羨望と嫉妬の入り交じった表情で門番がハジメに尋ねる、ハジメは肩を竦めるだけで何も答えない。

 

「まぁいい、通っていいぞ、町についての詳しいことは冒険者ギルドで聞け」

 

門番から情報を得て、ハジメたちは町へと入る。

この町の名前はブルックと言うらしい、町の規模はそれほどでもないが、

露店の呼び込みや、生活の喧騒がハジメたちの心を高揚させる。

 

ハジメだけではなく、ジータもユエもシルヴァも楽し気に、

風景や道行く人々を眺めているのだが、しかしシアだけはやはり首輪が気に入らないらしく、

不満げな表情を見せている。

 

「この首輪のせいで奴隷と勘違いされたじゃないですかぁ~」 

「あのね、奴隷でもない亜人族、それも愛玩用として人気の高い兎人族が

普通に町を歩いてたらどうなると思う?」

「あ…」

「つまりハジメは君を守るために、その首輪を与えたということでもあるな」

 

ジータとシルヴァの説明に少し合点がいったような顔をするシア。

 

「まして、シアちゃんは白髪の兎人族で物珍しい上、かわいくってもスタイルも抜群

誰かの奴隷だと示してなかったら、町に入って十分も経たず目をつけられて、

絶え間無く人攫いに狙われて……って」

 

シアはいつの間にか頬を染めて、クネクネとしなを作っている。

 

「もーそれならそうだって早く言ってくださいよぉ~

ハジメさんってばホント照れ屋さんなんだから、そんな、容姿もスタイルも性格も抜群で、

世界一可愛くて魅力的だなんてぇ、もうっ! 恥かしいでっぶげら!?」

 

調子に乗って話を盛るシアの頭頂部にジータのチョップが、

さらに頬にユエのパンチが突き刺さる。

 

「「……調子に乗っちゃだめ」」

「……ずびばぜん、お二人とも」

 

「あれだな、ギルドは」

 

大通りの突き当りにある、ひときわ大きな建物を見やるハジメ。

なんとなく銀行のような雰囲気を醸し出している。

 

「思ったよりもきれいだね、外観は」

 

などと話しながら入り口をくぐると、中も清潔な事務所然とした―――

まさに自分たちの世界での銀行に近い空間だった。

正面には受付カウンター、左手にはフードコートっぽい飲食コーナーがある。

 

荒くれもの達が肩組んで真っ昼間からエールを煽ってるような、

猥雑なイメージを抱いていたのだが……オルクスといい、ここといい、

どうも中途半端だ。

 

とりあえずカウンターに目をやると恰幅のいいおばちゃんがいた。

 

「残念だったね、美人の受付じゃなくて」

「いや、そんなこと考えてないから」

「ま、こんな綺麗な花を四輪も持ってりゃ、足りないってことはないよねえ、さて、じゃあ改めて冒険者ギルド、ブルック支部にようこそ、ご用件は何かしら?」

 

ハジメたちはキャサリンと名乗るおばちゃんから冒険者ランクの説明を受けたり、

趣味で作ってるとかいう町のマップを貰い、そのままギルドを……いやいや。

 

「ちょっとアンタ!買取やんなくっていいの!?」

「おっと……」

 

肝心なことを忘れてた、バツの悪い思いでハジメはカウンターに戻る。

 

「持ち合わせが全くないとか言っておいてそれかい……たく」

 

今度はキャサリンはジータたちの方を見る。

 

「アンタたちホントにこんな宿六でいいの?苦労するよ」

「いいんですよ、苦労なんて」

 

カウンターの椅子にまた腰かけたハジメの肩を労わるように上から掴むジータ。

 

(もう一生分の苦労は済ませたような気がするしね)

 

「買取もここでいいのか?」

「構わないよ、あたしは査定資格も持ってるから見せてちょうだい」

 

樹海の魔物から取れた素材を査定している時のキャサリンの表情が少し気になったが、

ともかく買取も全て終わり、一行は宿を取る。

部屋が二人部屋と三人部屋しかなく、部屋割りでシアが少し騒いだのだが。

結局、ハジメとジータとユエが三人部屋、

そしてシアとシルヴァが二人部屋の方で落ち着く。

ハジメに従い三階にある客室への階段を上る、ユエの勝ち誇った表情、

ジータの濡れた瞳を見て、ぷーと頬を膨らませるシアだった。

 

食事が終ると、またそそくさと自分たちの部屋へと戻っていくハジメたち三人。

その後ろ姿にがるると牙を向けるシア。

 

 

「どうしたらいいと思います?シルヴァさん」

「?」

「ですから、ハジメさんに私の処女を貰って頂く方法ですよ」

「へ?」

まさかこういう話題をここで振られるとは思わなかったシルヴァ、

普段の彼女とは思えない、間の抜けた返事を返してしまう。

 

「こ、こういうところでそういう話はだな……ひとまず部屋に」

 

戻らないか?と促そうとして、

シアのテーブルの前にいつの間にか空のグラスが置いてあることに気が付く。

 

「ハジメさん、ぜぇ~~ったいウサミミが好きだとおもうんですよねえ」

 

白い肌を紅潮させてシルヴァに絡むシア、吐息からはアルコールの匂いが漂う。

 

「飲んだな、いつの間に」

「え、なんれすか、あっちのテーブルの人が飲んでるのを頼んだだけれすよ

色らきれーだったれすし」

 

「で、話のつづきーぃ、ハジメさんはウサミミを好きなんれすよ」

「それでは、君のことじゃなく君の耳が好きなように聞こえるんだが?」

 

こんな時にまで真面目に突っ込みを入れてしまう、自分の律儀さを恨めしく思うシルヴァ。

 

「ちがいますぅーおっぱいだって、こんなにあるんですよ!」

「こっこら、やめろっ!」

 

両手に余る大きさの乳を掴んでゆさゆさと揺らすシアの姿を、ジャケットで隠すシルヴァ。

どのテーブルも盛り上がっているらしく、

幸いにも彼女らの奇行に気が付くものはいなかったが

 

いっそぶん殴って部屋に持ち帰ろうかと思ったが、一撃で気絶させられる保証はなく、

しくじれば騒ぎが大きくなる、かといって放って帰るわけにいかない。

 

「やっぱりこれってあの二人にはない、おっきな武器だと思うんですよ~」

「あ…ああ、そうだな」

「それでですね、こうやって迫ってですね」

 

ぐいと谷間を造るようなポーズを見せるシア。

 

「い…いいんじゃないかな」

「シルヴァさんならどうします、そこを聞きたいんですよ」

「まぁ、頑張ってだな…そこは」

 

銃を手にした凛々しい姿とは打って変わったたどたどしい態度に終始するシルヴァ。

腑に落ちない表情のシアだったが、アルコールで若干鈍った頭でも容易に思いつく

一つの結論に達した、半ば信じられないことではあるが。

 

「あの……シルヴァさん?」

「ん」

「二十七歳でしたよね……まさか…その歳で」

 

シルヴァは立ち上がるとカウンターのグラスを一気に飲み干した……他の客の、

 

「あ、それ俺の」

「ああ、そうだ!シア……私はまだ処女なんだッ!」

 

その瞬間、喧騒に包まれていた食堂が一瞬にして静寂に包まれ。

シルヴァに注目の視線が集まる、皆一様に信じられないような顔をして。

 

「見世物じゃないッ!行くぞ!」

 

シルヴァはカウンターにお金を置くと、シアの手を引いて強引に食堂を出る。

 

「あ…あの、お釣り」

「取っとけ!」

 

二人の姿が食堂から消えたあと、また喧騒が戻るが。

 

あの美人が……二十七歳……きっとよほど性格に問題が……

 

そんな囁きが随所に聞かれるようになる。

 

性格じゃなくてよ、肉体に問題が……

実は生え……

 

ヒュバッ!

どこからともなく飛来した鎮圧用のゴム弾が不埒な酔客の額に命中した。

 

「人を"検閲削除"みたいに言うな!」

「何の話です?」

「何でもないッ!」

 

翌日、シルヴァは外に出たくないと外出を拒否し、ハジメは作業があるからと

ジータたち三人に食料や薬の買い出しを頼んだ。

 

二日酔いに悩ませられながら、よろよろと身体を引きずるように歩くシア。

 

「ううう…頭イタイですう」

「ホラ、しゃんとして、先にシアちゃんの服買うからね」

「宿はお昼までしか取ってない、急ごう」

 

キャサリンおばちゃんの地図には、きちんと普段着用の店、

高級な礼服等の専門店、冒険者や旅人用の店と分けてオススメの店が記載されている。

まずは冒険者向きの店に足を運ぶ、この店は普段着もまとめて購入できるらしい。

 

ただ、そこには……。

 

「あら~ん、いらっしゃい?可愛い子達ねぇん。

来てくれて、おねぇさん嬉しいぃわぁ~、た~ぷりサービスしちゃうわよぉ~ん?」

 

化け物がいた。身長二メートル強、全身に筋肉という天然の鎧を纏い、

劇画かと思うほど濃ゆい顔、禿頭の天辺にはチョコンと一房の長い髪が生えており

三つ編みに結われて先端をピンクのリボンで纏めている。

服もやけに露出度が高く、動く度に全身の筋肉がピクピクと動きギシミシと音を立てている、

 

「……シアちゃんの服は私が作ってあげるから」

 

化け物を一瞥するなり、ジータはユエとシアの手を引いて踵を返す。

 

「ちょ、ちょっと~~ぉ、待ちなさいよぉ~~」

「間に合っております」

「ウチは品揃えには自信あるのよ!キャサリンさんの地図にだって載せて貰ってるんだからッ!」

 

"物凄い"としか形容できない笑顔を浮かべ、両手を頬の隣で組み、

身体をくねらせながら迫る化け物、ついこらえきれずユエは呟いてしまった。

 

「……人間?」

 

その瞬間、化物が怒りの咆哮を上げた。

 

「だぁ~れが、伝説級の魔物すら裸足で逃げ出す、

見ただけで正気度がゼロを通り越してマイナスに突入するような化物だゴラァァアア!!」

 

「あ、意識あ……むぐぐ」

「ご、ごめんなさい……」

 

煽ろうとしたジータの口をユエが慌てて塞いで謝る。

化物は再び笑顔らしきものを取り戻し接客に勤しむ。

 

「いいのよ~ん。それでぇ? 今日は、どんな商品をお求めかしらぁ~ん?」

「彼女の服を見たてて頂きたくって」

 

化け物の一喝を浴び、腰を抜かしてしまったシアを手で示すジータ。

シアはもう帰りたいのか、ユエの服の裾を掴みふるふると首を振っているが

化物は「任せてぇ~ん」と言うやいなやシアを担いで店の奥へと入っていってしまった。

で、結論から言うと、化け物改め店長のクリスタベルさんの見立ては見事の一言であり、

店を出るころにはすっかり三人は店長と仲良くなっていた。

 

「意外にいい人でしたね、店長さん」

「ん……人は見た目によらない」

 

ベンチに座って荷物を整理するジータ、ユエは串焼き露店が肉を回す様子を面白気に見ている。

シアはくんかくんかと香ばしい匂いに鼻を動かすも、胃が受け付けてくれないらしく

拷問ですぅ~~と涙目になっている。

 

じゃあ、次は道具屋へ……と口にしようとしたところで、

周囲から複数の気配を感じる、それも数十人単位の……。

ジータが一瞬で戦士の表情になり、ベンチから立ち上がると、

物陰からわらわらと冒険者風の男たちが現れる。

 

その内の一人が前に進み出る。

 

(あ……この人)

 

ジータには見覚えがあった、ハジメたちがキャサリンと話しているとき冒険者ギルドにいた男だ

 

「ジータちゃんとユエちゃんとシアちゃんで名前あってるよな?」

 

「「「ジータちゃん!俺と付きあってくれええっ!」」」

「「「ユエちゃん!俺と付きあってくれええっ!」」」

「「「シアちゃん!俺の奴隷になれ!」」」

 

大の大人たちが奴隷という言葉を大声で口にしながら、

古の告白タイムよろしく右手を差し出す姿に、かなりの違和感を覚えてから

ああ、そういう世界だったかと再認識するジータ。

 

ともかく告白を受けた三人だが、

 

「……シア、道具屋はこっち」

「あ、はい。一軒で全部揃うといいですね」

 

ユエとシアは何事もなかったように、通りへと歩き出し。

 

「ごめんなさい」

 

告白には慣れっこのジータは、いつもの通りあっさりと受け流す、笑顔を添えて。

しかしその笑顔は、名刀の如き斬れ味で男たちの心を一刀両断した。

 

「「「ぐぅ……」」」

 

まさに眼中にないという態度に男たちは呻き、

何人かは膝を折って四つん這い状態に崩れ落ちた。

そう、禍根を残さず斬るのが刺客道ならば、彼女はまさに一流の刺客と言えた。

―――しかし。

 

彼女ら三人の美貌は、他から隔絶したレベルだ。

このまま行かせてなるものかと、一人の男が雄叫びを上げる。

 

「なら、なら力づくでも俺のものにしてやるぅ!」

 

その無謀かつ蛮勇な叫びに、膝を付いていた男たちの眼に光が宿り始める。

 

「二手に分かれるよ!用事が終ったらそのまま宿屋でね!」

 

完全に取り囲まれる前に脱兎の如く、その場から逃げ出すジータたち、

逃げながらジータがチラと後ろを見ると、なんと半分以上が自分の方へと付いてきている。

頑張れば何とかなりそうな近所の幼馴染オーラは、このトータスの地でも有効なようだ。

 

最初に声を掛けてきた男が、雄叫びを上げながらル〇ンダイブするが、

流石にそれはやり過ぎだろうと、何人かが止めに入り、結果男の服が大きくはだけ、

そして思わず身を屈めたジータの頭上を通り抜け、そのまま対面の店の玄関へと吸い込まれる、

……クリスタベルさんの店の。

 

「あらあん、いらっしゃい~~」

「たっ……助けッ」

 

ほぼ全裸の状態で飛び込んだ場所がどこで、自分がこれからどうなるのか察した男は、

慌てて逃げ出そうとするが。

 

「いいのかしら、ホイホイ入って来て」

 

―――遅い、逃げ出す背中にクリスタベルの丸太のような腕が伸び、

そのまま男は店の中へと引き戻され、そして扉には鍵がかけられ"準備中"の札が

ノブに取りつけられる。

 

「き……きっと服を仕立ててくれるんですよ、ね…そうでしょ、でしょ」

 

只ならぬ雰囲気に、たまらず周囲の人々に聞いて回るジータだが、

男たちはただ心から気の毒そうな、無事を祈るかのような目で沈黙を返すのみだ。

 

(ゴメンなさい……)

 

ペコリと頭を下げるジータ、時折小刻みに建物が揺れるのがなんだかとても嫌で、

一刻もこの場を離れたかったのだが、それでも気の毒な男の無事を……

正確には無事ではいられないであろうことを承知の上で、

祈らずにいられないジータだった。

 

「通していただけますか」

「あ……はい」

 

狂騒を脱した男たちの人混みがジータのためにさぁっと左右に分かれる、

上から見るとモーゼみたいだろうなと思いながらジータはまた買い物の続きに戻る、

道中でユエが行き過ぎた男の股間を破壊する場面に出くわしたが、

スルーしたのは言うまでもない。

 

 

「……出てこなければやられなかったのに」

 

 

買い物を終え、三人が宿に戻ると、ハジメもちょうど作業を終えたところのようだった。

 

「お疲れさん、必要なものは全部揃ったか?」

「大丈夫、食料も沢山揃えたから」

 

ジータは預かっていた宝物庫をハジメへと投げ渡す。

 

「そういや、町中が何か騒がしく思えたんだが」

「……問題ない」

「あ~、うん、そうですね。問題ないですよ」

 

ハジメはユエとシアの態度に、少し訝し気な表情をするが

 

「まぁいいや、さて…シア、こいつはお前にだ」

 

ハジメはシアに直径四十センチ長さ五十センチ程の円柱状の物体を渡す。

 

「こいつの名はドリュッケン、シア、俺がお前の力を最大限生かせるように考えて作った

お前だけの牙だ……とりあえず魔力流してみろ」

 

「えっと、こうですか? ッ!?」

 

言われた通り、槌モドキに魔力を流すと、カシュン! カシュン! と

機械音を響かせながら取っ手が伸長し、槌として振るうのに丁度いい長さになった。

 

「いいだろ、魔力を特定の場所に流すことで変形したり内蔵の武器が作動したりするんだぞ

使いこなしてくれよ?」

 

シアは嬉しそうにドリュッケンを胸に抱く。

あまりに嬉しそうなその姿を見て、

 

(大槌のプレゼントなんて……香織ちゃんが聞いたらどんな顔するかな)

 

ジータは少し変な感想を抱いてしまう、ハジメも同じ気分なのか

ジータと顔を見合わせ苦笑いだ。

ちょっと不機嫌だったユエもジータに肩を叩かれると、仕方ないなと肩を竦め微笑む。

 

「じゃ、シルヴァさん呼んでくるね」

 

一方のシルヴァだが…。

 

「……私にはそんなに魅力がないのだろうか」

 

一人鏡を見つめ悩まし気にため息をつく……確かに"帝国"に故郷を封鎖されて以来、

戦いに明け暮れていた感はあったが、相応に身嗜みは整えてきた意識はある。

しかしそれでも、自分が女としての何か大切な物を失いつつあるのではと、

つい思ってしまう。

 

「ふ……イルザじゃあるまいし…何を私は考えている」

 

やたらと婚期を気にする"組織"の女教官の姿を思い浮かべるシルヴァ。

しかしジータやユエ、そしてシアの輝かんばかりの若さを目の当たりにすると

彼女の焦りも少しは理解できるのである。

 

(私だってまだまだ負けてないぞ)

 

髪型をツインテールにし、頬に手を当て鏡の前でポーズを取るシルヴァ、

そのポーズは奇しくもクリスタベル店長のそれと酷似していた。

 

「そろそろ出」

「しんしんし~~ん!シルヴァで~~っす♪」

「発……」

 

鏡越しにジータと目が合う。

 

「……」

「……見たな」

「ま…待って、話せばわか……」

 

自分に飛び掛かるシルヴァの姿を確認したかせぬ間に、ジータの意識は途切れた。

 

「あれ?」

 

確かさっきまで……きょろきょろと訝し気に周囲を見回すジータ。

ロビーではすでにシルヴァがお茶を啜りながら待っていた。

 

「ジータ、そろそろ出発の時刻ではないのかな?」

 

何かとても凄いものを見てしまったような気がするが思い出せない。

 

「あ~、ハジメちゃんたち呼んできます」

 

まぁいいかと階段を駆け上がる彼女の後姿を見送りながら、

オーバー☆ホール成功と、胸を撫でおろすシルヴァ。

ともかくはしゃぐシアを連れながら、宿のチェックアウトを済ませ、

彼らは扉を勢いよく開く、そこには太陽が燦々とこれからの彼らの旅路を照らしていた。

 

「旅の再開だね」

「ああ、目指すはライセン大迷宮だ」

 

 




『るっ!』ネタをここで捻じ込んでみました。


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ライセン大迷宮その1


今回はほぼ原作通りです。



 

 

「一撃必殺ですぅ!」

 

ゴキゲンなシアの声が、この世の地獄、処刑場と人々に恐れられるライセン大峡谷に響き渡る。

シアの手に握られた大槌が絶大な膂力をもって振るわれる度に、魔物たちは吹き飛ばされ、

あるいはペシャンコにされていく。

確かにここは地獄なのかもしれない、魔物たちにとっての。

 

もちろんハジメたちも負けてはいない。

魔力駆動二輪を走らせながらドンナーで魔物の頭部を狙い撃つハジメ

莫大な魔力にものを言わせ、強引に魔物たちを焼き尽くすユエ

空中の魔物はすべてシルヴァが撃ち落としていく。

そしてジータは手にした琴から魔曲を奏で、彼らを援護する。

 

『ソングオブグランデ』

 

パーティ全体の攻撃回数・速度を増加させるアビリティだ。

これによりさらに効率よく、谷底の魔物たちは駆逐されていく。

 

「でも、魔物退治に来たわけじゃないんだけどね」

 

死屍累々の周囲を見渡し、溜息をつくジータ。

 

「ライセンの何処かにあるってだけじゃあ、やっぱ大雑把過ぎるよなぁ」

 

注意深く観察はしているのだが、それらしき場所は一向に見つからない。

ついつい愚痴をこぼしてしまうハジメ。

 

「もう三日か……」

 

食料等はまだまだ余裕があるが、

とりあえず一週間ほど探索して手がかりが無いなら……。

 

「ま、今日はこれくらいにして野営するか」

 

すでに日は沈み、薄暮が谷を包もうとしていた。

ハジメ謹製の野営テント―――冷暖房完備にして、調理器具も勢ぞろい

しかも気配遮断機能まであるという優れモノ、にてシアの料理に舌鼓を打ち、

また明日頑張ろうと床につこうとした時だった。

 

 

「ハ、ハジメさ~ん! 皆さぁ~ん、大変ですぅ! こっちに来てくださぁ~い!」

 

シアの大声に一同は訝し気にテントを飛び出し、声の方へと向かうと、

そこには月明かりに照らされ、ブンブンと腕を振るシアの姿があった。

 

「こっち、こっちですぅ! 見つけたんですよぉ!」

 

シアの背後には巨大な一枚岩があり、壁面との間に隙間が出来ている。

手招きしつつも指で隙間の空間を示すシア、導かれるままに岩の隙間に入ると

そこには。

 

"おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪"

 

などと丸っこい字で記された看板があった、

 

「ジータ……信じられると思うか?」

「ミレディって書いてるよね」

「それくらい……しかないよな、判断材料は」

 

ちなみに看板に見事な装飾が施されていたのだが、

ダンジョンと言うよりなんか夜の店のような印象を与えてしまう。

 

「……確かに地獄の底にしては少しフザけ過ぎではあるな」

「………ん」

 

ハジメたちが微妙な感情を抱いている最中でも、シアは上機嫌だ。

 

「いや~、ホントにあったんですねぇ、ライセン大峡谷に大迷宮って

でも、入口らしい場所は見当たりませんね? 奥も行き止まりですし……」

 

シアは入口を探して辺りをキョロキョロ見渡したり、

壁を手当たり次第に触わったりしている。

 

「シアちゃんあんまり……」

 

あちこち不用意に触らない方が……と言おうとしたジータの眼前で

シアの触っていた窪みの奥の壁が突如グルンッと回転し、

巻き込まれたシアはそのまま壁の向こう側へ姿を消した。

 

(忍者屋敷!?)

 

「やっぱりここみたいだね、不本意だけど」

なんか虚を突かれてしまった気分が、一行に広がる、ダンジョンというよりも

遊園地のお化け屋敷に挑むような、そんな雰囲気で彼らはシアに続いて

回転扉に手をかけ、ダンジョンへと侵入する。

 

と、その瞬間

風切り音と共に無数の漆黒の矢が飛来する、もちろんこの程度今の彼らには

全く問題はない……ただしシアについては、少し気の毒なことになってしまったが。

 

「パンツあるから……ホラ着替えよ」

「は……はい、ぐすっ、ひっく」

 

ギリギリでなんとか弓矢を回避したシアの足元には、湯気がたつ水溜りがあった。

ジータに矢を抜いて貰いながら頷くシア、

そんな中、周囲の壁がぼんやりと光りだし辺りを照らし出す、

彼らの目の前には石版があり、看板と同じ丸っこい女の子文字でとある言葉が掘られていた。

 

"ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ"

"それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ"

 

「なかなか素敵な感性の持ち主だな、幸い全員無事だったからよかったものの」

 

憤懣やるかたないといった風に吐き捨てるシルヴァ、

誰かが死んでいたら怒りは怒髪天といった所だろう。

 

「無事じゃありませんよお」

 

奥の暗がりでパンツを履き替え、戻ってきたシアが石板に気が付く。

シアの顔から表情が消え、おもむろにドリュッケンを取り出すと一瞬で展開し、

渾身の一撃を石板に叩き込んだ、何度も何度も。

 

石板が完全に粉々になったことを確認し、ぜぇぜぇと肩で息をするシア。

下に目線をやると、地面の部分に何やら文字が彫ってあるのに気が付く。

 

"ざんね~ん♪ この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~プークスクス!!"

 

「ムキィーー!!」

 

シアが遂にマジギレして更に激しくドリュッケンを振い始める。

部屋全体がグラグラと揺れる中、ハジメとジータは目を見合わせ、溜息をつく。

 

「先が思いやられるな」

「オルクスとは別の意味で一筋縄ではいかない場所みたいだね」

 

 

先に進めば進むほど、このライセン大迷宮が想像以上に厄介な場所だということを

思い知る一行。

 

まず、魔法がまともに使えない。谷底より遥かに強力な分解作用が働いているためだ。

魔法特化のユエにとっては相当負担のかかる場所である

 

それはハジメに取っても同じである、固有魔法の類はほぼ使用不可で

従って"纏雷"を使用することにより絶大な威力を発揮するドンナーやシュラークも

その威力は従来の半分程度であり、シュラーゲンも普段のドンナー・シュラークの、

最大威力レベル程度の威力しか出せないだろう。

 

よってこの大迷宮では純粋なフィジカルが何より重要、

つまりはシアの独壇場となる筈なのだが……

 

「殺ルですよぉ……絶対、住処を見つけてめちゃくちゃに荒らして殺ルですよぉ」

 

がるると唸るシア、明らかに平静さを欠いている。

 

「大丈夫かな?ところでお前らの方はどうなんだ」

 

シアの背中にステイステイとペットをあやすような仕草をしつつ、

ジータとシルヴァに尋ねるハジメ。

 

「アビリティは問題なく使えてるよ、でも召喚は使えて二回、いや一回だね」

「奥義もおそらく問題ない筈だ」

 

現在一行はレゴブロックを無造作に組み合わせてできたような、

無秩序な空間を一歩一歩先へと進んでいる。

 

『トレジャーハンティングⅣ』

 

軍服姿のジータの眼が光り周囲をスキャニングしていく。

現在のジョブはクラスⅣの"義賊"なのだが、義賊のコスチュームは

なんと花魁を思わせる振袖姿であちこち引き摺り引っ掻ける恐れがあったので

同系統のジョブであるホークアイの姿に変更している。

 

「トラップの一つはあの床にあるよ」

 

若干ダレ気味にハジメたちに伝えるジータ。

ここまで来るにも様々な嫌がらせめいたトラップに、その都度その都度足止めを食らっている。

ジータの解析によりある程度は避けられるのだが……。

回転ノコギリの罠を看破したと思ったら、自分の立っていた場所にギロチンがストーンと

落ちてくる、一事が万事そんな調子で全く油断が出来ないのだ。

 

とりあえずジータは罠の位置に、ハジメは通過箇所にそれぞれ固有魔法である"追跡"を

応用したマーキングを行うとまた慎重に先に進む。

毒矢、釣り天井、溶解液、砂地獄……潜り抜けた先にはウザイ煽り文句、

見えない敵の存在にハジメたちのストレスはマッハである。

ストレスをぶつけようにも魔物一匹現れない、静寂の世界というのが、

また彼らの精神をキリキリと締めあげていく。

 

そして彼らはこの迷宮に入って以来、一番大きな通路に出た。

幅は六、七メートルの螺旋状に下るスロープ状の通路だ。

 

「ゴメン……分からない」

 

悩まし気に頭を振るジータ、トレハンを何度か繰り返したが、この通路の仕掛けは分からなかった。

しかしこんな思わせぶりな通路で何のトラップも無いとは思えない。

と、そこでここまで嫌というほど聞いてきたトラップの作動音が彼らの耳に届く。

そして程なくしてゴロゴロゴロゴロと明らかに何か重たいものが転がってくる音。

 

「大玉かな?」

「まぁ……定番だね」

 

自分でも声がゲンナリとしているのが分かる、

さて逃げなきゃと階下へと走ろうとするジータだが

 

「ハジメちゃん逃げないの!」

「いつもいつも、やられっぱなしじゃあなぁ! 性に合わねぇんだよぉ!」

 

ハジメはその場で迎撃の構えを取る、義手からは「キィイイイイ!!」という

獰猛な機械音が発せられている。

そして……凄まじい破壊音を響かせながら大玉とハジメの義手による一撃が激突し

気合一閃、ハジメの拳は見事に大玉を粉みじんに砕く。

義手の負担が大きいため、本来切り札として使うべき技なのだが

どうにも我慢ができなかった。

 

「やったね!ハジメちゃん!」

「流石ですぅ! カッコイイですぅ!」

「……ん、すっきり」

 

三人の歓喜の声に手を振り応えるハジメ、さてこれでゆっくりと…と思った矢先だった。

 

ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ

 

「うそん」

 

いやいやながら振り向いたハジメの眼に映ったのは明らかに先程のより硬そうな輝きを放つ大玉だ、

その上何か液体のようなものをまき散らしている。シュワーという実にヤバイ音を響かせながら。

 

「逃げ…」

 

その時ハジメの頬を何かが掠め、そして背後で爆発音。

 

「我慢比べなら負ける気はしないな…行くぞ、どうせ次もあるだろうしな」

 

二つ目の大玉をシルヴァが一撃で粉砕していた、そしてそれを誇るまでもなく、

当然の結果とばかりに、彼女はスロープを駆け下りていく、

……少し劣等感を感じながら義手の掌を握っては開くハジメの背中に、

ユエがポンと手をやるのであった。

 

そしてスロープの先の大仰な扉を開いたハジメたちが見たもの、それは

 

「……何か見覚えないか? この部屋。」

「……物凄くある、特にあの石板」

「最初の部屋……みたいですね?」

 

シアが、思っていても口に出したくなかった事を言ってしまう。

その言葉と同時に床に文字が浮かび上がる。

 

"ねぇ、今、どんな気持ち?"

"苦労して進んだのに、行き着いた先がスタート地点と知った時って、どんな気持ち?"

"ねぇ、ねぇ、どんな気持ち? どんな気持ちなの? ねぇ、ねぇ"

 

自分の顔から表情というものが消えていくのを感じるジータ。

ハジメたちもきっと同じ気分に違いない。

 

"あっ、言い忘れてたけど、この迷宮は一定時間ごとに変化します"

"いつでも、新鮮な気持ちで迷宮を楽しんでもらおうというミレディちゃんの心遣いです"

"嬉しい? 嬉しいよね? お礼なんていいよぉ! 好きでやってるだけだからぁ!"

"ちなみに、常に変化するのでマッピングは無駄です"

"ひょっとして作ちゃった? 苦労しちゃった? 残念! プギャァー"

 

「は、ははは」

「フフフフ」

「フヒ、フヒヒヒ」

「アハハハ」

 

ハジメたちの壊れた笑い声が辺りに響く中、シルヴァがパンパンと手を叩き

気分を切り替えるように彼らに促す。

 

「さて、なら今夜はもう休んで明日から本格的なアタックだな」

 

 

 





るっ!アニメ化だとぅ!


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ライセン大迷宮その2


ブレグラのBGMがソイヤ!で少しテンションが上がっている作者。 


 

 

「疲れちゃった?ハジメちゃん」

 

壁にもたれ掛かり休憩中のハジメに声をかけるジータ。

フリフリとジータのスカートのフリルがハジメの眼前で動く、

頭には魔女の三角帽子、そしてセーラー服を基調としたコスチュームは

魔法少女を連想させずにはいられない。

今のジータのジョブはウォーロック、先のオルクスでムカデ相手に活躍した

ハーミットの上位職、したがってこのジョブも対集団攻撃に長けている。

 

殆どのトラップを発見したのと、

また騎士型のゴーレムが大量発生する部屋を発見したこともあり、

本来の攻撃力を発揮出来ないハジメたちを手数で補うべく、

彼女は攻撃型のジョブに切り替えたのだ

 

「遊園地みたいなものだと思えばいいんだよ」

「……」

「ホラ、私たち簡単には死なないしさ」

 

あれから数日、初手こそムカついたが、もともとローグライクゲームが好きなこともあり、

ジータは大迷宮の攻略にかなりのめり込んでいる、しかし。

 

「つまりトル〇コやシ〇ンと思えって?」

「そそ」

 

ハジメはそこまで熱心ではない、声からしてかなり苛立っているのが分かる。

 

「あっちと違って宝物一切出ねぇし、セーブも出来ないけどな」

「ハジメちゃんは速解き派だもんね」

「そういうジータはやり込み派なんだよな……おっとと」

 

ハジメの右肩にもたれ掛かって眠るユエが寝返りを打とうとし、

ハジメはそっと腕を伸ばして、起こさないようにユエを支えてやる。

ちなみに左肩ではシアがだらしなく口元から、よだれを垂しながら眠っている。

 

「気持ちよさそうに寝やがって……ここは大迷宮だぞ?」

「それもハジメちゃんが頑張ってくれてるから、だからみんな安心できるの」

 

(そう、どんな姿になっても、ハジメちゃんはハジメちゃんだよ)

 

「まったく、俺みたいなヤツの何処がいいんだか……」

「それはまだ内緒、だよ」

 

ムギュとハジメの胸に飛び込むジータ。

 

「こんなところで…おい、シルヴァだって…」

 

「いいんだよ、私たちはまだこんなに余裕だーってのを見せつけてあげたらいいの、

きっと私たちがアタフタしてるのを、ミレディ・ライセンはあの世で高みの見物……あ!」

「七大迷宮は神と戦う力に試練を与え、乗り越えた者に力を授けるという、ならば

どうやらこの大迷宮は神の気まぐれというものを私たちに体験させているようだな」

 

コッヘルで沸かしたお茶を、各人愛用のティーカップへと注いで行くシルヴァ。

床には無駄だと石板に煽られつつも、根気よく記した大量のマップが並んでいる。

 

「それを乗り越えるには果てしなき忍耐……あるいは…あちち」

 

我慢比べは得意といいつつも、やはり疲労が溜まっているのだろう

珍しく手元が狂ったか、床に広げられたマップの上にお湯を零してしまう。

 

「すまない」

 

濡れたマップを取り上げ水気を切るようにバサバサと振るシルヴァだったが…。

何かに気が付いたようだ、水に透けたマップ用紙を重ね始める。

 

「……見ろ、ここまでのマップを」

 

どのブロックがどの位置に移動したのかを確かめる地道なマーキング作業によって、

この大迷宮の構造変化には一定のパターンがあるらしいことはすでに解明済みだ。

で、今回マップを重ね合わせ、三次元的に迷宮の構造を捉えた場合、

どのパターンにおいても必ず同じY軸上の位置に配置されているブロックがある。

そしてその最深部に位置するブロックのみ、まだマーキングがなされていなかった。

 

「でも……それだけじゃ」

「いや、証拠らしきものはある、その周囲のブロックの配置を真上から見るとだな」

 

シルヴァに促されて立ち上がって重なり合ったマップを上から見るジータ。

マーキングによって色分けしたブロックの形が

 

 

       ( ̄∀ ̄)

 

 

となっていた。

 

「随分とまた小ネタを仕込んでくれたもんだね…」

 

「むにゃ……あぅ……ハジメしゃん、大胆ですぅ~

お外でなんてぇ~、……皆見てますよぉ~」

 

話の腰を折るようなシアの寝言に憮然とした視線を向けるジータ。

ハジメはおやさしいことに二人を起こさないよう壁にもたれたままだ、

ジータはそんな彼を制すると、不埒な寝言を口にしたシアの鼻を摘まんでやる。

穏やか…というよりだらしないシアの表情が徐々に苦しげなものに変わっていくが、

気にせず塞ぎ続ける。

 

「ん~、ん? んぅ~!? んんーー!! んーー!! ぷはっ! 

はぁ、はぁ、な、何するんですか! 寝込みを襲うにしても意味が違いますでしょう!」

 

ぜはぜはと荒い呼吸をしながら目を覚まし猛然と抗議するシア。

 

「ハジメちゃんにお外で何をさせちゃうのかな?お話聞かせてもらおっか?

「えっ? ……はっ、あれは夢!? そんなぁ~、せっかくハジメさんがデレた挙句、

その迸るパトスを抑えきれなくなって、羞恥に悶える私を更に言葉責めしながら、

遂には公衆の面前であッへぶっ!?」

 

聞くに堪えなくなって、シアの頭をひっぱたくジータ。

一方でハジメはユエを優しく揺さぶって起こしてやっている。

ユエは「……んぅ……あぅ?」と可愛らしい声を出しながら、

ボーとした瞳で上目遣いにハジメを見つめている。

 

「見習うようにね」

「……ふぁい」

 

そして彼らは小休止を終え、また探索を開始する。

今度は一応の目的地が分かっているので、まだ気が楽だ。

 

「でも、今回のパターンだと、真上のブロックまでは辿り着けるけど、

その先は回避不可のトラップで、軸を挟んで反対側の方向に強制移動されちゃうよ」

 

ジータの疑問にハジメはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「神の気まぐれを打ち破るには果てしなき忍耐と」

 

ハジメは"宝物庫"から全長二メートル半程の縦長の大筒を取り出し、

中程に空いている機構にハジメが義手をはめ込むとそれは連動して動き出した。

凶悪なフォルムのそいつは、義手の外付け兵器"パイルバンカー"

"圧縮錬成"により、四トン分の質量を直径二十センチ長さ一・二メートルの杭に圧縮し、

表面をアザンチウム鉱石でコーティングした、世界最高重量かつ硬度の杭。

それを大筒の上方に設置した大量の圧縮燃焼粉と電磁加速で射出する、

必殺の近接兵器である。

 

ゴウンゴウンと周囲が鳴動を始める、一定時間を過ぎると内部構造が変化し、

強制的に入り口に戻されてしまうのだが、少し早すぎる。

制限時間も気まぐれなのか?それとも……。

 

そんなジータの不安げな顔を見て、ハジメは心配するなといわんばかりに微笑む。

まずは万一を考え、自分たちの身体をアンカーとロープで壁に固定すると、

パイルバンカーからアームを射出し、周囲の地面に深々と突き刺し、大筒をしっかりと固定させる。

 

「ガマンだけじゃなくってそれを上回る力を持てってことだな!」

 

ドォゴオオン!!

 

大迷宮の床にマジメの紅い魔力光を帯びた漆黒の杭が打ち込まれ、

床にピシピシとヒビが入っていく。

 

「貫けええええっ!」

 

ハジメの叫びと共についに床が砕け階下への道が開ける。

穴から覗くそこは超巨大な空間だった。直径数キロメートル以上ありそうである

空間内は様々な形、大きさの鉱石で出来たブロックが浮遊してスィーと不規則に移動をしている。

まるで一昔前のアクションゲームのような光景である。

 

五人はロープを伸ばし、慎重に空間へと侵入しようとすると

彼らの足元にスーとブロックが乗れといわんばかりにやってくる。

そのまま招待に応じんとばかりに一行が飛び乗ると、

ブロックはそのままゆっくりと底へと向かい下っていく。

 

「この部屋は球体?」

「直径は数キロほどありそうだね…」

 

ジータの体感としては、この大迷宮は行ったり来たりの登ったり下ったりの

繰り返しを強要されるだけで、実際はそれほどの規模ではない、

せいぜいオルクス数階層程度の物だと認識している。

ならばこの広大な空間は何か?

 

「まるで……宝物庫」

 

青狸のポッケの如くなんでも収納出来て取り出せる、オスカーの指輪を思い出すジータ

 

(なら……ここで得られるのは空間を操る神代魔法?…だったら)

 

帰れるかも、と考えてる間にブロックは床へと到着する。

見上げると遙か上空からゴーレム騎士たちがこちらに向かってくるのが見える。

さらに前方からは、巨大な何かも向かってくる。

武器を構えつつも、ハジメは何かを考えるような表情で、

トントンと床の上で軽く飛び跳ねている。

 

「ジータ、分かったぞ、ここで得られる神代魔法が」

「じゃあ、せーので言ってみない?」

「せーの!空間!」「重力!」

 

顔を見合わせ苦笑する二人、まさしく十年選手の為せる阿吽の空気である。

勿論その間にも騎士たちは地表へと近づいてるし、巨大な影も大きくなってゆく。

 

そして彼らの目の前に出現したのは、宙に浮く超巨大なゴーレム騎士だった。

全長は約二十メートル、右手は赤熱化しており、

左手にはモーニングスターを装備している。

着地したゴーレム騎士達も、大剣を胸に垂直に構え整列していく。

ハジメの眼が剣呑な光を帯び始めるが。

 

「あれはおそらく歓迎の儀礼だ……落ち着け」

 

ハジメの逸る気持ちを見透かしたシルヴァが窘める。

見ると、確かにどの騎士たちも刃を内側、つまり身体の方向に向けている。

今、この時に関しては害意はないという証だ、そして。

 

「チミたち仲いいねぇ~ミレディ妬けちゃうなっ!」

 

巨大ゴーレムから女の子の声が発せられた。

 

「「「「「……は?」」」」」

 

「さーて私は誰でしょう!はっはっは、答えはクイズだぁーっ!」

「いや、アンタさっき自分でミレディって名乗ったろ」

「くっ……言ってはならんことを…まぁいいや」

 

くるりんと巨大ゴーレムはその場で回転し、

魔法少女っぽいポーズを決めようとして、左手の鉄球がゴチンと頭にぶつかる。

 

「おとと…コホン、やほ~、はじめまして~、みんな大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

 

「おい…お前」

「初めまして蒼野ジータといいます、解放者が一柱、ミレディ・ライセン様にお目通りが叶い

光栄の至りでございます」

 

いきなり喧嘩腰のハジメの昂りと苛立ちを察知し、機先を制するジータ、

ぐいとハジメの頭をひっつかみムリヤリ頭を下げさせることも忘れない。

ユエも同じように何が何だかのシアの頭をひっつかんでいる。

シルヴァはそつ無く捧げ銃の姿勢で直立不動だ。

 

「そこは解放者が主柱と言って欲しかったなぁ、ともかく

ようこそライセン大迷宮、最後のステージへ」

 

またポーズを決めようとしたが、先程の失敗を思い出したか

途中で止めるミレディゴーレム。

 

「御存命とは存じませんでしたが…御両所様は何処の工房?」

「あれは~遙か昔…溶鉱炉の胎内で私は目覚め~って、なわけないじゃん!」

 

両手を組んでプンスカとしている……ようなミレディゴーレム、

何せゴーレムなので表情が分からないのだ。

 

「少しはさぁ……ミレディ・ライセンは人間の女の子じゃなくゴーレムだったのかっ!

とか、気遣いが無いの気遣いが」

「オスカーさんの手記にちゃんと書いてましたから」

「え!どんな風に!どんな風に、ねぇねぇ」

「ミレディ・ライセンは女の子などではなく、ゴーレムだったと」

「……キミさ、嘘つきってよく皆から言われない?」

 

溜息をついたようなミレディゴーレム、やっぱりゴーレムなのでホントかどうかは分からない。

 

「でもいいさ、久しぶりの会話にこれでも内心ウキウキしてるんだよ、

っていうか、オーちゃんの迷宮の攻略者?」

 

「はい、オルクスさんの迷宮ならクリアしました、

次はハルツィナに行こうと思ったのですが、証が足りなくて」

「ここに来たと……で」

 

ミレディゴーレムの口調が変わる。

 

「何の為に大迷宮を攻略するの?まぁ神代魔法が目的なんだろうけど…何の為に

神代魔法を欲するのかな?」

 

その声音はまさに解放者の主柱を自負するだけの威厳に満ちていた、

嘘偽りは許さないという意思が込められた。

 

「元の世界、私たちの故郷への帰還です、解放者の皆さんが"神殺し"を願っていることは

承知しております、それでも……」

 

ジータはこれまでの経緯をミレディゴーレムに説明する。

 

「あのクソ野郎どもは他所の世界にまで手を伸ばし始めたか……だったら」

 

そこでミレディゴーレムは言葉を一度切る。

 

「……奪いなよ、欲しかったら」

 

「ジータちゃんだったかな、キミはこの世界の問題はこの世界の住人が解決すべきだって

言ったよね、なら私はこの世界の住人としてキミたちに立ちはだかることにするよ

神と戦わない者に神代魔法は渡せない、けど」

 

ミレディゴーレムはぐっ、と胸を張る。

 

「負けたらどうしようもないからね、私の神代魔法はキミたちのものだよ」

 

そこで初めてハジメへと視線を動かす、ミレディゴーレム。

 

「ね、そこのボク、スイッチ入った?」

「正直、アンタとはあまり戦いたくないんだが…俺たちが欲しているのは

あくまで帰還に必要な魔法のみだ、無駄な争いはしたくない、

アンタが持つ神代魔法は何だ?空間か、重力か、それとも霊魂か何かか?」

 

無駄な戦いは避けたいのも本心だが、

何百年…いやもしかすると数千年もの間、意識を保ち続け迷宮の奥深くで

挑戦者を待ち続けた彼女の凄まじい程の忍耐と意志、そして責任感に

彼らは畏敬の念すら持ち始めていた。

 

(少ししゃべりすぎたみたいだね、これ以上は……いやいや)

 

「……ゴーレムたちが増えていってるぞ、物陰に潜ませて一気にケリをつける気だろう

まったくもって抜け目がないな」

 

ジータに耳打ちするシルヴァ、彼女がいなければなんとなくいいムードのまま

戦闘に突入した挙句、初手でかなりの不利を被ったに相違ない。

 

「大丈夫、対策はあるよ」

 

五人は死角を作らないように円陣を組む。

 

「言ったでしょ、そっから先は……」

 

ミレディゴーレムの指がスッと動いた瞬間、すでに包囲が完了していた

無数のゴーレムたちがハジメらへ襲い掛かる…が

 

『チョーク』

 

ジータが短剣を翳すと、円陣を組んだハジメたちの放った弾丸が、魔法が、大槌が

無数に分裂し、ゴーレムたちを一瞬で屠る、さらに

 

『チェイサー』

 

質量を伴った残像が再生しようとしていたゴーレムを再度粉砕していく、

これにより数の優位はなくなった。

 

「私を倒し…えっ!えー?えええええっ!?」

 

『ブラックヘイズ』

 

さらにミレディゴーレムの身体と視界が闇で包まれ、

そこにハジメのロケットランチャーが、棒立ち状態のその腹部に炸裂する。

 

「ミレディさんの大嫌いな神様に誓っていいよ」

「先に抜いたのはテメェだ、覚悟しろ」

「やってくれるねぇ~私の神代魔法が君のお目当てのものかもしれないよぉ~

私は強いけどぉ~、死なないように頑張ってねぇ~」

 

(出力25%ダウン……各種センサー異常…ホントにやるね、でも)

 

腹部に大穴を穿かれ、若干ヨタりながらも、ブロックを吸収し穴を塞ぎつつ

鎧に包まれたミレディゴーレムの顔の奥底の目が光り、

左手のモーニングスターから放たれた鉄球がハジメたちに向かって射出される、

明らかに狙っての動きだ、何をしたのかは不明だが、

どうやら"暗闇"状態は脱したようだ。

 

「ゴーレムたちが再生するまで二分くらいだと思う、それまでにケリをつけるよ!」

 

粉々に砕かれた騎士ゴーレムがカチャカチャと再生しようとしている様子を見て

ハジメたちに指示を飛ばすジータ。

 

「やるぞ! ユエ、シア、シルヴァ、ミレディを破壊する!」

「んっ!」

「了解ですぅ!」

「私の力、上手く使ってくれ」

 

こうして七大迷宮が一つ、ライセン大迷宮最後の戦いが始った。

 

 





チョクチェやるならここしかないなと思った次第。


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決着!ライセン大迷宮


今回は短めです。その上ムッチャ強引なやり方で攻略しています。
お許しあれ。


 

 

ミレディゴーレムがモーニングスターの鉄球を振り回しながら。

滑るようにブロックを縫い、移動していく

やはり黒霧に蝕まれた影響か、その動きは本来の物と程遠く思えたが。

 

「慣性を無視してるよね、あの動き」

「やっぱりアイツは重力に関する魔法の使い手みたいだな、賭けは俺の勝ちな」

「いつ賭けたのよ、いい加減なこと言わないで欲しいな」

 

背中合わせで互いの得物を構えつつも、妙な口論を始める二人に

ミレディゴーレムが突っ込みを入れる。

 

「そこぉ!余裕見せつけすぎぃ!」

「こっちに気を取られてていいの?」

「!」

 

「頭上!取ったですう!」

 

すでに上方に移動していたシアがミレディゴーレムの脳天へとドリュッケンを振り下ろす。

ミレディゴーレムもそうはさせじと横へと回避するが、やはり鈍い。

 

「まだです!」

 

若干目測は狂ったもののシアは手元のトリガーを引き、

ドリュッケンの打撃部分を空撃ちすることで軌道を修正し、遠心力と反動を乗せた一撃を

ミレディゴーレムへと叩き込む。

 

「くっ!」

 

左腕でガードするミレディゴーレム、衝突音と同時に左腕が軋む音も聞こえるが

お構いなしとばかりに、左腕を振るいそのままシアの身体を弾き飛ばそうとするが。

 

『エーテルブラスト!』

 

ジータの持つ薔薇をあしらった風属性の短剣、エターナル・ラブから

地火風水光闇、全ての属性が内包された光が放たれ、

一陣の烈風がミレディの左腕を肘から砕き落とし、

結果、ノーガードとなった左肩にシアのさらなる一撃が叩き込まれる。

 

「腕は二本あるんだい!」

「そんなものっ!」

 

体勢が崩れることも厭わず、ミレディゴーレムは右の拳で強引にシアを潰しにかかるが

すでにシアはその攻撃範囲から逃れている。

 

「ほう」

 

感嘆の息を漏らすハジメ、樹海でユエとシルヴァに相当追い込まれたことは

自身の口から聞いているが、ここまでやれるとは。

そういえばシルヴァは?と彼女の姿を探そうとした刹那。

 

ミレディゴーレムが指を翳すと中空に浮かぶ無数のブロックが一斉に落下を開始し、

その隙に距離を取ろうとする姿が目に入る。

ハジメは宝物庫からガトリング砲:メツェライを取り出す。

そして上空のブロックの群れへと、六砲身のバレルから毎分一万二千発の弾丸をバラ撒き、

細断されたブロックの雨が降り注ぐ。

 

そんな中でもジータたちはミレディゴーレムへの追走を止めることは無い。

ブロックの破片はユエがぶら下げた水筒から振りまいた水を、

ウォーターカッターとして放つことで回避している。

 

(しつっこ…いっ!、でも!)

 

なんとか振り切りたいミレディゴーレムだが鈍重な身体は如何ともし難い。

しかし騎士ゴーレムが復活するまであと数秒だ、ここを凌げばまたリスタートできる。

だが、ミレディもジータらの異質な力に慎重になり過ぎていた、

勝ちたいならば、なりふり構わず天井でも落としていればよかったのだ。

 

(よん、さん、に……)

 

ブロックの雨の中でも自分にヒットアンドアウェイで、

攻撃を繰り返すシアを追い払いながら、

頭の中でカウントダウンを行うミレディゴーレム、だから気が付かなかった。

 

ジータが関節の継ぎ目に黒光りする短剣を突き刺していたことを。

 

ユエの右手が光って唸り出す、ミレディを倒せと輝き叫ぶかのように。

その光はこのライセン大迷宮にあって決してあってはならない光。

 

「最上級魔法!そんなっ!」

 

ミレディゴーレムの驚きの声に構わず、ユエは床に雷を纏った拳を叩きつける。

床は濡れていた、先ほどのウォーターカッターによって、さらにその水は

ジータが突き刺したハジメによってアザンチウムコーティングされ、

帯電率を限界まで高められた短剣へと繋がっていた。

 

サソリモドキ、そしてヒュドラ戦を鑑み、二人は相手の強靭な装甲を、

突破するにはどうすればいいかを、オルクスの工房内にて試行錯誤を繰り返していた。

そしてその答えの一つが、威力を集中させることによる一点突破と、

触媒を用いることによる内部への浸透攻撃だ。

 

「……だけどここは最深部っ!」

「それだけじゃない!行くよ!」

 

ジータの求めの声にハジメの視線が交差する。

 

『黄龍!』

 

ユエの頭上に魔法陣が輝き、そこから金色の神獣が求めに応じ顕現する。

その名は黄龍、ハジメの黒麒麟と対を為す星晶獣だ。

そしてその効果は黒麒麟が武器の完全充填ならば、黄龍は魔力の完全充填。

つまり召喚によって強引にユエは十全の威力で最上級魔法を放つことを

可能にしたのだ。

 

もっともここは、ライセン大迷宮最深部、放たれる電流は次々と霧散していく

ユエが本来放つ筈の魔法を、己の拳に纏わせているのも僅かでも減衰を避けるためだ。

しかし、逆を言えば魔法攻撃への備えは薄い、さらに……。

 

『ブルー・ローゼス』

 

ジータの握る短剣が翻り、追撃の奥義が放たれる、舞い散る青薔薇の花弁を伴った

烈風が、ミレディゴーレムの装甲を砕く。

そしてゴーレムの表面装甲を含む外骨格が雷撃によりすべて吹き飛び、

内部構造が完全に露になる。

 

「んっ!」

「やったね!……チチッ!」

 

会心の笑みでユエとハイタッチを交わすジータ。

少し痺れて顔を顰めるハプニングもあったが。

 

「ぎゃ…ふぎゃあああああああああ」

 

そして洗濯機の中で眠っていてそれと知らずに回された猫のような悲鳴が、

骨組みだけとなったミレディゴーレムから発せられる。

不思議なことに、その悲鳴はゴーレムとはまるで見当違いの空中からも響いてきた。

 

迷宮全体をコントロールする管理室の中で、激痛にのたうつニコちゃん顔のゴーレム

そう、このふざけた姿のゴーレムこそ、ミレディ・ライセンその人である。

 

遠隔操作だけでは対処できない―――ミレディは自身の魂魄をゴーレムに繋ぎ

直接操縦に切り替えたのだ。

もちろんリスクもある、この方法の場合、

カット機能があるとはいえ、ゴーレムの受けたダメージが、

自身へとフィードバックされてしまうのだ。

 

そして全身を貫く雷撃の痛みに絶叫するミレディ

 

(い…いたみ……いつぶり…だろ……はは)

 

苦しい、確かに苦しいが、なぜか久方忘れていた生の実感が戻って来る。

これは決して彼女がMだというわけではない。

 

(けど……こっちも)

 

今度は繋げて置いた天井、遙か彼方の空間から直接仕返しをしてやろうと、

動くミレディ…しかし動けない。

 

(ま…麻痺ってる…)

 

どうやらこの、まだ名もなき技は相手を麻痺させる効果があるようだ

 

さらに…ミレディがこの迷宮のどこぞかでピクピクと麻痺ってるのも

お構いなしについに動き出した者がいる。

遙か上空の空間に浮かぶ僅かなひずみを察知したのは、必殺の一撃を見舞うべく

潜伏状態になっていたシルヴァだ。

 

即座に狙撃体勢に入るシルヴァ、彼女に取って距離は問題ではない、

ただ見えて届きさえすれば―――。

 

「準備完了、行くぞ!祈る余裕は与えん! バリー・ブリット!」

 

即ち必中である。

 

針の穴ほどの僅かな空間の歪みへ裂帛の気合いと共に愛銃のトリガーを引くシルヴァ

 

「我が銃弾、過たず敵を穿つ!」

 

糸を引くような極光を放つ弾丸が歪みの中に吸い込まれていく……そして

凄まじい爆発音と共に。

 

「くぁwせdrftgyふじこlpィィィィィ!」

 

空間にヒビが入り、そこからニコちゃん顔の子供サイズのゴーレムが、

こちら側へと吹っ飛ばされる。

 

「な…なんでなんでなんでぇ!どーしてそんなコトできるの!」

 

いざという時は直接ちょっかいを出せるようしてたのが、

完全に裏目に出た―――いや、そもそも距離にして数キロは離れていたのだ……それを。

 

さらに理不尽は続く。

高密度の攻撃が続いたことにより充填された魔力とまた違う異質な力が、

ライセン大迷宮の最深部に嵐を呼ぶ。

 

『チェインバースト、乱壊のテンペスト』

 

骨格だけになったとはいえ、まだまだ巨体といえるミレディゴーレムの身体が

浮き上がる程の暴風が迷宮内に吹き荒れ、腰の部分から真っ二つに折れ、

上半身が吹き飛んでしまう、暴風の渦の中に再生を終えたばかりの騎士ゴーレムも、

すべて吸い込まれ、また粉々に粉砕される、さらに。

 

『デットスペシメン』

 

シルヴァのさらなる一撃の準備が整う。

ミレディは咄嗟にすでにほぼ全壊状態のゴーレムから核の部分をパージする。

パージされた核のあったすなわち心臓の位置を寸分違わず光線が通過するのは、ほぼ同時、

回収した核のパーツに周囲のブロックを組み合わせて即席の脚を造ると、

そのままその上に乗り、しゃかしゃかとカニのように、彼女は逃走を図るが。

 

その行く手にはシアがいた……嗜虐心に満ちた笑顔を浮かべて。

 

「……あ」

 

シアはぶんとドリュッケンをミレディへと振り下ろす、大槌がフードを掠める

もちろんわざと外した。

 

「ビビりましたかぁ? ねぇ、ビビっちゃいましたかぁ? チビってたりしましたかぁ」

「ひぃぃ」

 

思わず後去るミレディだが、今度はハジメのパイルバンカーがその行く手を阻む。

 

「そんなビビんなよ、ダセぇな」

「……あ、あああ」

 

左右からはジータとユエが向かって来るのが見える。

そしてハジメがおもむろにドンナーを取り出した時だった。

 

「もうそれくらいにしときなよ、ハジメちゃん」

「だよな」

 

最初から撃つつもりはなかったようだ、やれやれといった風に

ハジメはドンナーを収納する。

 

「というわけでミレディさんの魔法、奪わせて頂きますね」

「いいよ、重力魔法、もってけドロボーだよ」

 

敗北を認めるミレディ、項垂れつつもその声にはどこか充実感があった、しかし。

 

「状況終了か、皆、大事ないか」

「ヒィィィィィィ!」

 

ライフルを担ぎ、歩み寄るシルヴァの姿を見るや否や、

悲鳴を上げてジータの背中に隠れるミレディ、

そしてそんな彼女の姿を見て、やはり自分は女性としての魅力に乏しいのかと

また悩みだすシルヴァだった。

 





……シアにはどこかで活躍の場を作ってあげないと、
と少し罪悪感。


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おかわりっ!ライセン大迷宮

というわけでライセン攻略終了
キリのいいところで、来週からの団イベに取り組めます。


 

「一応、最難関として設定してるオーちゃんの迷宮をクリアした

チミたちの実力をまずは計りたくてね」

 

瓦礫の山の中でがっくりと肩を(あるのか?)落とすニコちゃん顔のゴーレム、

ことミレディ(本物)。

 

「まぁ、最初から全力を出さなかった時点で、目の前の相手の力量を

見誤った時点で……すべては負け惜しみだよ」

 

その声音には忸怩たる思いが滲んでいた、分かっていた筈だった。

戦いに次は元来ありえない、敗れれば……それきりだということを。

 

お前をスクラップにしてやるだの、先にこちらの質問に答えろだの、

のっけから不遜な態度を取ってくれれば、思う存分蹂躙できる気分になれたものを、

初めましてだの、お目通りだのと、礼を尽くして持ち上げられると、

やはり自分とて悪い気はしなかった……だから、試練と言いつつ

出来るだけ長くこの戦いを楽しみたかった、そんな浮ついた気分が、

心の奥底にあったのは否めない。

 

「それにしても」

 

ミレディは、すっかり色素を無くしたハジメの姿をまじまじと眺める。

 

「魔物肉ねぇ……私たちの時代でもそんなの思いつかなかったな」

「やらなかったんですか?」

「やらないよ、そんなの」

 

何を考えてるんだと言わんばかりのミレディ。

 

「まぁ……私たちも分かっててフグの肝食べたりしませんしね」

 

たまにいるみたいだが……。

この世界にフグがいるのか知らないので、今の例え通じるかなと思うジータ。

 

「とりあえず、元の世界に戻りたいなら、必ず私たち全員の神代魔法を手に入れること

君たちの願いのために必要だから……」

「全部ですか……なら他の迷宮の場所を教えて貰えませんか?殆ど失伝していて

私たちでは調べようがないんです」

 

「あぁ、そうなんだ……そっか、迷宮の場所がわからなくなるほど……

長い時が経ったんだね……うん、場所……場所はね……」

 

嘆息しつつも残りの七大迷宮の所在を語っていくミレディ。

 

「もし、魔人領に入れるのならシュネー雪原…と言いたいところだけど

次はクリューエン、ナッちゃんの所がいいんじゃないかな?」

 

「先にその二つって何か意味はあるんですか」

「それは教えてあげられないよ……特に氷雪洞窟についてはね…っとさて、

ここでこうしてても何だし」

 

ミレディが腕を上げると浮遊ブロックの一つがすーっと降りてくる、

まるでタクシーみたいだと思うジータ。

 

「来なよ、重力魔法授けたげるから」

 

ブロックにひょいと飛び乗るミレディ。

 

「そうですね、ゴミだらけですし」

「誰のせいかなァ、誰の」

 

見渡す限りの破壊の痕を見やり恨めし気に声を上げるミレディだった。

 

(色々演出用意してたのにぃ~)

 

 

 

そしてミレディの住居に案内された彼らが見たものは、

迷宮と同じく瓦礫の山だった、特に神代魔法の習得に必要不可欠という

専用の魔法陣が瓦礫の山の最下層に埋まっていた。

 

「ハジメも手伝う」

「ちゃんと整理しとけよ、もしかして片付けられない系か?」

 

うんしょっとと柱を持ち上げながら、憤懣やるかたないという感じで文句を言うハジメ。

 

「そこのお姉さんが盛大なのぶっぱなしてくれたおかげです……」

 

ジータの背中に隠れながらおずおずとシルヴァへと恨み言を呟くミレディ。

 

「その……なんかすまない」

 

頭を下げる仕草を見せるシルヴァだったが、その動きに反応して

またミレディの肩がピクピクと跳ね上がる。

しかしシルヴァの奥義をマトモに受けてむしろ住居半壊程度で済んだのは

全くもって幸運と言わざるを得ない。

ミレディいわく麻痺から回復して、起き上がろうとした瞬間、

目の前を光線が通過したのだという。

 

「それはラッキーでしたね……」

 

ミレディは震えながらコクコクと頷いている、

あと一秒起き上がるのが早かったら、自分はきっと消滅していただろう…。

 

とにかく瓦礫の山を何とかしないと始まらない。

彼らはえっちらおっちらと瓦礫をミレディが何かの装置で開けた穴の中、

―――大迷宮の底に投げ込んでいく。

 

「これがねーメル姉ね、で、これが」

「ナイズ・クリューエンで、ナッちゃんなんですね」

 

そんな中、ミレディとジータはアルバムを開き、

いつの間にか大掃除あるあるな光景を展開していた。

 

「お前らも手伝え!」

 

ハジメの怒号が飛んだことは言うまでもない。

 

 

「いやぁ~スッカリ片付いたねぇ~感謝感謝だよ」

 

壁の大穴もハジメが錬成で塞ぎ、元通りとまでは行かないものの

小ざっぱりとした部屋の風景が彼らの前には広がっている。

……もしかすると最初からこういう目的でここに連れて来たのかもしれない。

 

「なぁ…神代魔法習得のためにここに来てるんだよな、コイツの断捨離に

付き合わされたワケじゃないよな」

「……それは考えないでおこうよ」

 

不穏な雰囲気を察知したか、ミレディはとっとと話を進めていく。

 

「さてと、じゃあその魔法陣の中に入ってよ」

 

 

 

習得の儀が終り、攻略の証をミレディはハジメへと手渡す。

 

「欲しいのは何でも持ってっていいから」

 

自身の宝物庫から、次々と素材を出して行くミレディ。

 

「欲しい…というのとは別ですけど、ミレディさんも私たちと一緒に来ませんか?」

 

嬉々として鉱物の吟味を始めるハジメを横目に見ながらミレディに問いかけるジータ。

 

「こんなユカイな姿を衆目の元に晒せと」

「ホラ、腹話術の人形とかそういうので」

「ヤアミレディダヨ、ヲトモダチニナロ…って何言わせんじゃい!」

 

ジータにノリツッコミを入れるミレディ。

 

「ま、冗談は置いといて、もう私は終わった存在、試練を乗り越えられてしまった以上

後は君たちに託すのが道理さ、それに……引き際を誤った老いたる者ほど、

醜い者はないって個人的には思ってるんだ」

 

身体を乗り換えてまで生涯現役を貫く、

自称天才美少女錬金術師の姿を思い浮かべるハジメとジータ、そうだ、彼女に伝えなければ。

 

「会って欲しい人がいるんだ、きっと力になってくれる」

 

会わせちゃいけない気もしないでもないが……。

しかしミレディはハジメの言葉にはっきりと首を横に振る。

 

「……私がついていけばきっと神殺しを強いてしまうことになるよ、それはフェアじゃない

オーちゃんや私が授けた力はもう、君たちの物なんだ、だから君たちは

君たちの思った通りに生きればいい」

 

きっぱりとした口調で告げるミレディ。

 

「君たちの選択がきっとこの世界にとっての最良だから」

 

(それに…ね)

 

ミレディはジータの顔をまじまじと眺める、正直、似ても似つかない……それでも。

 

(君と話していると、とても懐かしい、大切な人のことを思い出してしまうから)

 

「でも、とりあえずもしその人に会えたなら……」

 

ポイとジータへともう一つ攻略の証を投げ渡そうとしたその時だった。

ミレディは、いつの間にか天井からぶら下がっていた紐を掴みグイっと下に引っ張っ……。

しかし銃声が響き、引くより先に紐が切断される、ミレディの手元数センチのところで

 

「余計な真似はせぬことだな…」

 

シルヴァの袖口から覗く小型拳銃が硝煙を放っていた。

 

「は…はひぃ」

 

(もうこのお姉さん嫌ぁ!)

 

「しかし、君は彼らにいいことを教えてくれたぞ、相手に義侠心を期待するなという」

「そ……そうだよ、いい勝負が通用するのは試合までだよ」

 

自分が暗に卑怯者だと言われてる気がして、もやっとした気分になってしまったが、

それも仕方ないやと思うしかないミレディだった。

 

そしてミレディは結局、自らハジメたちを脱出口まで案内する羽目になる、

逃走阻止用のワイヤーで縛られたその身体は、まるで犯罪者の実況見分に見えて

仕方が無かった。

 

こうして彼らは数日振り、ミレディに取っては幾年月振りかの外の空気に触れる。

綺麗な満月が彼らを出迎えてくれていた。

 

「ここからブルック?だっけか……は、一旦東に出て、そこから外壁沿いに進めば早いから」

 

流刑地に街が出来てるなんてと、ミレディはしみじみと時の流れを実感する。

 

「色々最後までありがとうございます、で、この指輪を」

 

刻まれた紋章こそ同じだが、ハジメが貰ったのとはまた違うサイズの指輪を

夜空に翳すジータ。

 

「そのカリオストロって人に渡して貰えればいいから、勿論、

迷宮には挑んで貰うよ、せめてあの部屋まで辿りつけるくらいじゃないと

話にならないから、あ、君たちが連れてきてくれるなら、ココ使って貰ってもいいよ」

 

足元の脱出口を示すミレディ、ここから入ればあの試練の間へと一直線だ。

 

そして彼らはそれぞれの目的と使命を果たすべく、それぞれの道へ戻ることとなる。

ハジメたちは帰還のため、そしてミレディは解放者の責務を守るため。

 

 

しかし。

 

 

転んでもタダじゃ起きないのがミレディ・ライセンの哲学だ。

彼女の口には痺れ薬を塗った含み針が咥えられていた、え?その口でどうやって?

 

(フフフ…そこはミレディ脅威のメカニズムだよ)

 

去り行くハジメたちの背中に照準を合わせるミレディ。

行為の是非はともかく、この決して諦めないファイティングスピリットめいた

執念こそ、彼女を解放者たらしめているのかもしれない。

 

(しばらく魚市場のエビのようにひくひくと丸まるがいいさ!

そして魔物のエサになるかもという恐怖を味わうがいい!)

 

ちなみにこの周囲は魔物封じの結界で守られている、生息するのは無害な小型動物程度だ。

と、ミレディが未だ衰えぬ執念を漲らせてる中。

 

「やっぱりさ……悪いと思うんだ、ミレディさん、寂しかったんだと思う、

だからきっと構って欲しかったんだよ」

「そうだな……」

「そういわれるとなんだか可哀そうになっちゃうです」

 

ミレディは遥かな時を孤独とともに過ごして来たのだ、思い出だけを友にして。

そりゃ、少しはハシャぎたくなるというものだ、度が過ぎてた気もするが。

 

「もう一度、ちゃんとお別れを言おうよ」

「んっ」

「では偉大なる解放者!ミレディ・ライセンに一礼!」

 

シルヴァの号令と共に一斉に振り向き深々と頭を下げるハジメたち。

 

「ぶっ!」

 

ハジメたちの意外な行動に発射寸前の含み針を思わず逸らしてしまうミレディ、

そして針はあろうことか己の脚部に突き刺さった。

 

(あ……)

 

深々と一礼したハジメたちが頭を上げると、そこには痙攣し地面に突っ伏すミレディの姿。

仮にもゴーレムであるミレディの動きを止めるとは恐るべき痺れ薬だった。

(そんなもん使うな)

 

「なんか魚市場のエビみたいに丸まっちゃってる…」

「ミレディ……泣いてる、きっと」

「そっとしておいてやろう…道化の仮面の下には解放者の誇りがあることを、

私たちは知ってしまった、きっと涙は見せたくないだろうから」

「そうだな」

「そうですね」

 

そして彼らは次の目的地、ひいては未来へと歩を進める、もう振り返ることなく。

 

(しょんな~~~もう一度振り返ってよぉ)

 

そして哀れミレディは魚市場のエビのごとき様相で、この谷底に放置されることとなる。

しかも群がってきた小動物たちが彼女の微妙な個所に鼻や舌を這わせ始める。

 

(や、やめてえ、そんなトコ舐めちゃらーめぇらーめぇ~~~)

 

身動き一つ取れないその身体が、動物たちの唾液に染まっていく中、

 

(おにょれぇ!絶対仕返ししてやるぅ!)

 

憎たらしいほど綺麗な月に向かってミレディは誓うのであった。

 




来週は団イベのため、投稿はお休みの予定です。
ちょこちょこと各話の手直しはするかもしれませんが 


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ブルック、また来る日まで


ウルに辿り着くまでは、状況説明が暫く続きます。



 

 

「はぁ~屋根から降りてくるわ、シュノーケルでバスタブの底に貼り込むわ

あの子は忍者か何かかよ」

「ふふふ、きっと私達の関係がソーナちゃんの女の子な部分に火を付けちゃったんだよ」

 

ライセン攻略後、彼らは再びブルックに戻り、骨休みも兼ねつつ

次なる目的地グリューエン大火山攻略のための準備を行っていた。

そんな彼らの目下の悩み事は、ここブルックでの定宿であるマサカの宿の看板娘

ソーナちゃんのピーピング行為の数々だった。

 

「ふふ」

 

ハジメの腕に絡みつき身体を預けるジータ、さらに小声で囁く。

 

「ねぇ……仲間にいれてあげよっか」

「冗談だろ」

 

上目遣いのジータのトロンとした瞳に言葉を詰まらせるハジメ。

 

「ジータがいやらしいウサギさんだってこと知ったら、ソーナきっと驚く」

 

横からのユエの反撃に頬を染めるジータ。

 

「ユエちゃんだって…」

「もうそのへんにしとけ……あそこはメシが旨いからな、お手付きにして出禁になるのヤだし」

 

往来でのピロートークノリに耐えられなくなり、強引に会話を打ち切ろうとするハジメ、

少し離れたその背後では。

 

「もぐもぐ…何話ひてるんでほょうかね?」

「私に聞かれても協力できんぞ」

 

屋台の串焼きを頬張りながらシルヴァへと尋ねるシア。

色気よりも食い気なのをどうにかしないと、"仲間"に入るのはまだまだ先になりそうだ。

 

「ですよねぇ」

「オイ、ですよねぇとはどういう意味だ!シア」

「あ、ギルドに着きましたよ」

 

冒険者ギルドの扉を開くと、顔見知りとなった冒険者たちが片手を上げて挨拶してくる。

一行も軽く手を上げ挨拶を返すと、そのままカウンターのキャサリンおばさんの元へ向かう。

 

「おや、今日は皆お揃いで」

「ああ、明日にでも町を出るんで、あんたには色々世話になったし、一応挨拶をとな

ついでに、目的地関連で依頼があれば受けておこうと思ってな」

 

重力魔法の修業と研究用に広い部屋が欲しいとハジメが頼み込んだところ、

キャサリンの厚意でギルドの一室を提供してくれたのだ。

 

「そうかい行っちまうのかい、そりゃあ、寂しくなるねぇ、

あんた達が戻ってから賑やかで良かったんだけどねぇ~」

「勘弁してくれよ、そりゃ賑やかなのは認めるけどよ」

 

ソーナといいクリスタベルといい、妙な連中がこの街にはやけに多い、

しかも町中に妙な派閥が幾つか出来ていて、日々下らない優劣を競いあっている。

ちなみに最大派閥は"シルヴァさんとお茶し隊"だそうだ。

 

「まぁまぁ、何だかんで活気があったのは事実さね、で、何処に行くんだい」

「フューレンだ」

 

中立商業都市フューレン。

文字通りどの国にも依らない中立の商業都市。

 

本来はここで準備を整え、すぐさまグリューエンにアタックを掛ける予定だったのだが、

神殺しを為すにせよ、トンズラこくにせよ、長い戦いになる筈

そのためにはこの世界のことを、人々をもっとよく知る必要がある、

というジータの言に従い、大陸の西側に向かう行程の途上にあるフューレン、

大陸一の商業都市に立ち寄ろうということになったのだ。

 

依頼を受けるのも、一つはお世話になったキャサリンへのお礼と、

冒険者としてのノウハウを今後に備えて会得するのも悪くはないという考えあってのものだ。

本来わざわざ依頼など受けずとも、魔力駆動車があればヒューレンまではすぐなのだから。

 

「う~ん、おや。ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼、

ちょうど空きが後二人分あるよ……どうだい? 受けるかい?」

「連れを同伴するのはOKなのか?」

「ああ、問題ないよ、荷物持ちや奴隷を連れてる冒険者もいるからね」

 

「どうするジータ?」

 

ジータに意見を求めるハジメ。

 

「いいよ、問題ない、折角冒険者登録してるんだし、こういうことも少しは体験しないとね」

 

自分たちの戦いは王宮や教会には一切頼れない、つまり冒険者ギルドとの関係が生命線になる。

だから出来るだけ良好な関係を築いておきたい。

 

「皆もいいよね?」

 

ユエもシアもシルヴァも一様に頷く、これで決まりだ。

 

「あいよ。先方には伝えとくから、明日の朝一で正門に行っとくれ」

「わかりました」

 

ペコリと頭を下げるジータ。

 

「あんた達も体に気をつけて元気でおやりよ、この子に」

 

ハジメに依頼書を渡しながら言葉を続けるキャサリン

 

「泣かされたら何時でも家においで。あたしがぶん殴ってやるからね」

「……ん、お世話になった。ありがとう」

「はい、キャサリンさん。良くしてくれて有難うございました!」

 

嬉しそうに笑うシア、この町は樹海の外とは思えぬほどに、

温かく居心地のいい街に思えた。

キャサリンにソーナやクリスタベル、それに少し引いてしまうがファンだという人達は、

シアを亜人族という点で差別的扱いをしなかった。

土地柄かそれともそう言う人達が、自然と流れ着く街なのかもしれない。

 

―――優しさゆえに、どこかはぐれてしまった人々の。

 

「あんたもこんないい子たち泣かせんじゃないよ? 精一杯大事にしないと罰が当たるからね?」

「……ったく、世話焼きな人だな、言われなくても承知してるよ」

「そんなこと私が許しませんから!ね、皆大事にしてくれるよね、ハジメちゃん」

 

キャサリンとジータの言葉に苦笑いで返すハジメ。

そんなハジメへと、キャサリンが一通の手紙を差し出す。

 

「これは?」

「あんた達、色々厄介なもの抱えてそうだからね、

町の連中が迷惑かけた詫びのようなものだよ。他の町でギルドと揉めた時は、

その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」

 

マンガやゲームの中の登場人物でも見るような目で、

キャサリンを見てしまうハジメとジータ。

たしかにここはマンガやゲームの中のような世界ではあるのだが……。

 

「おや、詮索はなしだよ? いい女に秘密はつきものさね」

「……はぁ、わーたよ。これは有り難く貰っとく」

「素直でよろしい! 色々あるだろうけど、死なないようにね」

 

ハジメたちは、キャサリンの愛嬌のある魅力的な笑みに見送られながら

ギルドから退出する。

 

「つくづく謎の人だよな」

「一体、何者なんだろう」

 

その後ハジメたちは、クリスタベルの店にも寄ったのだが、

だが、町を出ると聞いた瞬間、クリスタベルは最後のチャンスとばかりに、

巨漢の化物と化しハジメへと襲いかかった。

 

「クリスタベルに五十!」

「ハジメに八十!」

 

追いかけっこを続ける二人を野次馬が囲み、オッズが書かれた黒板に掛け金が記されていく。

 

「……」

 

ジータが神殺しを厭う本当の理由、それは―――。

 

(きっと神の鉄槌は私たちじゃなく、このただ平凡に生きる人々の頭上にこそ振われる)

 

ミレディたちもきっとそう思っていたのだろう、だからこそ彼らは人々の意思を統一させ

神々vs人間の図式に持っていこうとした、しかし……時間を掛け過ぎ、

足元を掬われた。

 

とあるマンガで勇者の事を刺客と称した魔王がいたが、あれはある意味理にかなっている。

居場所を掴めば、そのまま精鋭で四の五の言わずに殴り込めば良かったのだ。

そこでジータは全ての神代魔法を集めるべしというミレディの言葉を思い出す。

 

(それとも……神代魔法を全て扱える誰かが必要だった……つまり八人目が居なかったから)

(……だとすると)

 

いや、止そう、今はそんなことを考えるべき時ではない。

 

 

そして翌朝。

最後の晩と聞き、堂々と風呂場に乱入した上、さらに部屋に突撃を敢行するという

宿泊業にあるまじき暴挙を犯し、母親に亀甲縛りをされて

一晩中、宿の正面に吊るされたままのソーナちゃんにお別れの挨拶をして、

一行は集合場所へと向かう。

明らかに何か新しい世界に開眼したかのように、ひくひくと身体をくねらせている。

ソーナの姿を思い起こすハジメ。

 

「なんか悪いこと……したような」

 

ハジメたちの姿を認めるや否や、ざわっと周囲の冒険者たちが色めき出す。

あれが噂のだの、嬉しいけど怖いだのとそういう声が耳に届く。

少々気分を害された感のあるハジメに、商隊のまとめ役らしき人物が声をかけた。

 

 

「君達が最後の護衛かね?」

「ああ、これが依頼書だ」

 

「私の名はモットー・ユンケル、この商隊のリーダーをしている、

君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている

道中の護衛は期待させてもらうよ」

 

「なんか大変というか、元気の出そうな名前といいますか……よろしくお願いします」

「まぁ、仕事は元気でやらないとね」

ジータの言葉にどういう意味だろうと怪訝な顔をしつつも、無難な言葉で返すモットー。

 

(確か冒険者ランクって……)

 

いつぞやのキャサリンの説明を思い出すジータ、

青から始まり、上昇するに連れて赤、黄、紫、白、黒、銀、金と変化する、

それはそのまま通貨価値に当てはめることが出来る。

 

(つまり私たちの価値は1ルタ……一円ってことね)

 

「まぁ、期待は裏切らないと思うぞ、俺はハジメでこっちはジータ、

それからユエとシアにシルヴァだ」

「それは頼もしいな……ところでこの兎人族……売るつもりはないかね?

それなりの値段を付けさせてもらうが」

 

モットーの視線に怯えるようにシアはジータの背中に隠れる。

 

「ほぉ、随分と懐かれていますな…中々、大事にされているようだ。

ならば、私の方もそれなりに勉強させてもらいますが、いかがです?」

 

「例え神様が欲しても手放す気はありません、ご理解を」

 

にこやかに、そして怜悧な刃の如き笑顔で断固たる拒絶の意思を示すジータ。

冒険者たちの間からゴクリと固唾を飲み込むような音が聞こえる。

 

「…………えぇ、それはもう仕方ありませんな、ここは引き下がりましょう。

ですが、その気になったときは是非、我がユンケル商会をご贔屓に願いますよ。

それと、もう間も無く出発です。護衛の詳細は、そちらのリーダーとお願いします」

やや肩を落としながら去っていく、モットーの背中を見送るジータ。

 

(少し危なかった……かも)

 

この世界では軽々しく神の名を使ってはならないと肝に銘じていた筈なのだが、

ついつい勢い任せで言ってしまった。

彼女のそんな内心の動揺を感じ取ったのか、ジータのその背中を抱きしめるシア。

 

「大丈夫、ジータさんも言ってたじゃないですか、私たちは仲間で、家族って」

「シアちゃん……」

「まぁ、俺も同じこと言ってたと思うぞ」

 

ジータとシアの髪を撫でてやるハジメ、自分ならもっと喧嘩腰になって

最悪トラブルの種を蒔いていたかもしれないなと思いつつ。

 

「でも、カッコよかったジータ、シルヴァもきっとそう思ってる」

「ふ、ユエの言うとおりだ、見事だったぞジータ」

 

飛びきりの美少女と美女に囲まれるハジメへと、

商隊の女性陣からは生暖く、男性陣からは死んだ魚のような眼差しが突き刺さる。

 

「いやーしかし何だろこの視線、凄く居心地悪いんだが」

「教室でもこんなんだったよね」

 

少し意地悪いジータの言葉に、ハジメはぶるると背中を震わせるのであった。

 

「カンベンして」

 

 





一話くらいは……と思いつつも
ボーダーダダ上がりで結局貼りつく羽目になってしまってました。


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フューレンⅠ


少し長くなったので二話に分割します。


 

 

道中、一度だけ魔物の大群に襲われる事態があったが、

そこはユエの大規模魔法で蹴散らし、こうして彼らは六日間の行程を終え、

遂に中立商業都市フューレンに到着した。

高さ二十メートル、長さ二百キロメートルの外壁で囲まれた大陸一の商業都市だ。

 

現在は彼らは車の屋根でゆったりと寛ぎ、人波を眺めながら、

フューレンの東門前で検問の順番を待っている最中である。

 

「まったく豪胆ですな。周囲の目が気になりませんかな?」

 

呆れ気味にハジメに声を掛けるモットー。

なにせ飛びきりの美少女と美女たちを、大都市の玄関口にて見せつけるように、

侍らせているのだ。

ハジメへの嫉妬と羨望、ジータやユエたちへの感嘆と下心、そして何より

利益を含んだ注目が集まっている。

 

「まぁ煩わしいけど、仕方ないだろ、気にするだけ無駄だ」

「フューレンに入れば更に問題が増えそうですな。やはり、彼女を売る気は……」

 

まだ諦めていなかったのか、改めてシアの売買交渉を申し出るモットーだったが、

ハジメと、そしてジータの無言の圧力に手を上げて降参のポーズをとる。

 

「すでに終わった話をわざわざ蒸し返すような人ではないと思ってましたが、

それとも目当ては"宝物庫"ですか?」

 

「ええ、公証人立会の下、一生遊んで暮らせるだけの金額をお支払いしますよ

"宝物庫"は商人にとっては喉から手が出るほど手に入れたいものですからな」

 

(喉から手が出るほど、か……殺してでもの間違いじゃないかな)

 

野営中に"宝物庫"から色々取り出している光景を見たときの、

モットーの表情を思い出すジータ。

 

「言葉飾るの止めようよ、おじさん」

「おじ…ッ!」

「何度言われようと何一つ譲る気はない、諦めてくれ」

 

「しかし、そのアーティファクトは一個人が持つにはあまりに有用過ぎる、

その価値を知った者は理性を効かせられないかもしれませんぞ?」

 

そうだね、今のモットーさんみたいにねと思うジータ、

本人は冷静に交渉しているつもりなのかもしれないが、

その眼差しは明らかに正気を逸脱している。

 

「そうなれば、かなり面倒なことになるでしょうなぁ……例えば、彼女達の身にッ!?」

 

モットーがその狂気を帯びた眼差しでチラリと脅すように、

屋根の上にいるユエとシアに視線を向けた瞬間。

 

「それは、宣戦布告と受け取っていいのか?」

 

ハジメが殺気と共に銃口をモットーの額に押し当てる。

それは湖面のさざ波のように穏やかな口調だったが、

それ故に逃れえぬ死への予感を、殺意をモットーへと伝えていた。

 

「ち、違います。どうか……私は、ぐっ……あなた方が……

あまり隠そうとしておられない……ので、そういうこともある……と、

ただ、それだけで……うっ」

「そっか、ならそういうことにしておこうか」

 

そう言って殺気を解くハジメ。

モットーはその場に崩れ落ちた。大量の汗を流し肩で息をしている。

そんな狼狽するオットーの姿を眺めるユエの口元が僅かに綻ぶ、

きっと自分も同じような顔をしてるんだろうなと思うジータ。

 

「別に、お前が何をしようとお前の勝手だ、誰に言いふらしても、

そいつらがどんな行動を取っても構わない、ただ、敵意をもって俺たちの前に

立ちはだかったなら……生き残れると思うな?国だろうが世界だろうが関係ない

全て血の海に沈め……ッ!」

 

流石にやり過ぎと思ったジータがハジメの頭を叩いて制止する。

 

「そこまでにしときなさい……たく、モットーさん怖がってるでしょ」

 

へたり込んだままのモットーの顔を覗き込むように、

ジータは前屈みの姿勢で、にこやかにフォローを入れる。

 

「大丈夫です、もうそうなっても私たちは狂犬じゃないので、

ちゃんと相手は"選び"ますから、"賢明"な判断をモットーさんがされる"限り"は

"選ばれる"ことはないとは思います」

 

屋根から聞いていて頭を抱えるシルヴァ、

図らずもこれはまるで脅し役と宥め役、その筋の者の交渉だ。

 

「……はぁはぁ、なるほど、割に合わない取引でしたな……」

 

未だ青ざめた表情ではあるものの、気丈に返すモットーは優秀な商人なのだろう。

道中の商隊員とのやりとりから見て人望もあるようだ。

事実、ハジメたちはオットーを、この世界において信頼出来る人物の一人だと見なしている。

 

それほどの人物でも、判断を狂わせる魅力がハジメのアーティファクトにはあるのだろう。

 

「あんまり目立つべきじゃないね、これからは少し考えよ」

「……そうだな、ま、今回のは忠告と受け取っておくよ」

「いやぁ、私も耄碌したものだ。欲に目がくらんで竜の尻を蹴り飛ばすとは……」

 

"竜の尻を蹴り飛ばす"とは、この世界の諺で

手を出さなければ無害な相手にわざわざ手を出して返り討ちに遭う愚か者という

意味なのだそうだ。

 

ちなみに竜とは竜人族の事を指す。

彼らはその全身を覆うウロコで鉄壁の防御力を誇るが、

目や口内を除けば唯一、尻の付近にウロコがなく弱点となっている。

防御力の高さ故に、眠りが深く、一度眠ると余程のことがない限り起きないのだが、

弱点の尻を刺激されると一発で目を覚まし烈火の如く怒り狂うという。

 

「で、昔、何を思ったのか、それを実行して叩き潰されたバカな人がいたそうですぅ」

「……竜人族はすでに滅んだって聞いてる」

「なるほどね」

 

シアとユエが解説を入れてくれる。

 

「ええ、人にも魔物にも成れる半端者、なのに恐ろしく強かったそうで、

恐らく魔と人の合いの子と差別され、最終的には神の手により淘汰されたのでしょうな」

 

ぱんぱんと服の乱れを直しながら何とか立ち上がるモットー。

 

「ま、とんだ失態を晒しましたが、ご入り用の際は、我が商会を是非ご贔屓に、

あなたは普通の冒険者とは違う、特異な人間とは繋がりを持っておきたいので、

それなりに勉強させてもらいますよ」

 

たった今殺されそうになった相手に、さらなる営業を仕掛けるあたり

なかなか出来ることではない。

では、失礼しましたと一礼し、踵を返すと前列へ戻っていくモットー。

 

「商魂が逞しいというか、何というか」

 

その後ろ姿を眺めながらポツリとハジメは呟くのだった。

 

 

「そういうわけなので、一先ず宿をお取りになりたいのでしたら

観光区へ行くことをオススメしますわ。中央区にも宿はありますが、

やはり中央区で働く方々の仮眠場所という傾向が強いので、

サービスは観光区のそれとは比べ物になりませんから」

 

「中央区はビジネスホテルとかカプセルホテルって感じかな」

 

リシーと名乗る案内人の言葉を吟味しつつ、グラスを口にするジータ。

 

その後、ハジメたちは王都を凌ぐのではないかと思われるほどの都市の繁栄に驚きつつも

冒険者ギルドで依頼の完遂を報告し、ついでに宿を探そうと

ガイドブックを貰おうとしたところ、こちらの方が確実ということで、

案内人の存在を教えられたのだ。

 

(ツアコン……みたいなものかな?)

 

そして現在、軽食を共にしながらこの都市の―――フューレンの

基本情報を聞いていたのである。

 

「なら観光区だ、金ならあるしな、どこがオススメなんだ?」

「お客様のご要望次第ですわ。様々な種類の宿が数多くございますから」

「そりゃそうか、そうだな、まずは飯が上手くて」

「お風呂!広いのがいい」

 

すっかり観光モードに入っているハジメとジータ。

 

「あ、立地とかは考慮しなくていい!あと責任の所在が明確な場所がいいな」

「責任の所在?……ですか」

 

飯だの風呂だのは勿論よくある話だが、こういう要望は初めてだ。

 

「ああ、例えば、何らかの争いごとに巻き込まれたとして、

こちらが完全に被害者だった時に、宿内での損害について

誰が責任を持つのかということだな。

どうせならいい宿に泊りたいが、そうすると備品なんか高そうだし、

あとで賠償額をふっかけられても面倒だろ」

「え~と、そうそう巻き込まれることはないと思いますが……」

 

この少年は一体何を言っているのだろうか?困惑するリシーにハジメは苦笑いする。

 

「まぁ、普通はそうなんだろうが、連れが目立つんでな。

観光区なんてハメ外すヤツも多そうだし、

商魂逞しいヤツなんか強行に出ないとも限らないしな。

まぁ、あくまで出来ればの話だ、難しければ考慮しなくていい」

 

ハジメの言葉にリシーは、ハジメの傍らのジータと、

その脇で遠慮なしに軽食を食べるユエとシアに視線をやる。

確かにこの美少女たちは目立つ、現に今でも周囲の視線をかなり集めている。

特にシアの方は兎人族だ、他人の奴隷に手を出すのは犯罪だが、

しつこい交渉を持ちかける商人や、ハメを外す輩がいないとは言えない。

……しかし。

 

リシーはお茶を静かに味わうシルヴァの姿を見る。

この眼光鋭き美女がいる限りは、そういう心配など無用な気もするが。

 

「た、たしかにそういう事に気を使われる方もいらっしゃることはいらっしゃいます

警備が厳重な宿もございますし」

「ああ、それでもいいけど、欲望に目が眩んだヤツってのは時々とんでもないことをするからな」

 

ジータの胸がチクリと傷む、欲望に目が眩んだヤツに、

自分たちがとんでもないことをされてしまったのを改めて思いだしてしまったのだ。

 

「警備も絶対でない以上は最初から物理的説得、つまりは、その…実力行使をだな……

考慮した方が早い」

 

ハジメの口調もどことなく重い、やはりあの時の記憶は今もハジメを苛んでいるのだろう。

逆にいえばそれもまた人間らしさ、なのかもしれないが。

 

「……なるほど、それで責任の所在なわけですか、なんとかして見ましょう

で、そちらの皆様のご要望は?」

 

「「「あの~」」」

 

口々にそれぞれの要望を伝えようとするジータたち

勿論そこにはある種の意図がある、しかし。

 

「五人部屋、大きな部屋がいいな、ベッドも五つ欲しい、お風呂は男女別か

部屋に据え付けがいい」

 

そこでシルヴァが動く、ここまで出来る限り少年少女の青き性には、

口を挟まぬ方針であったが、ここ最近、流石に目に余るように思える。

それに、年下の女の子たちとの付き合い方は心得ているシルヴァとて、

毎晩シアの愚痴に付き合わされたくはないのだ。

 

「文句はないな、君たち」

「……修学旅行」

「何か言ったか、ハジメ?」

「いいえ」

 

ハジメらといえども、シルヴァの鷹の眼の如き眼光に抗しうるのは難しい。

しかも確かに下心があったのも事実なのだから。

 

ちなみにすぐ近くのテーブルでたむろしていた男連中が、

例によってハジメに嫉妬と羨望の視線を向けていたが、

シルヴァへのハジメの態度を見て以降は、引率付きかよ坊や、と、

バカにしたような視線へと変わっていった。

 

そういえば愛ちゃんは元気だろうか?とジータが考えた時。

その項に、ねっとりとした粘着質な視線が向けられているのを感じる。

あの四人組の誰かが教室で自分に向けていた視線とよく似た。

 

 

チラリとその視線の先を辿ると……ブタがいた。

でっぷりと肥えた身体に脂ぎった顔、豚鼻と頭部にちょこんと乗っているベットリした金髪

そのくせやけに身なりがいい、典型的な貴族か何かのボンボンだった。

そのブタ男が自分たちを欲望に濁った瞳で凝視しながら、

ゆさゆさとこちらに近寄って来る。

 

「お、おい、ガキ。ひゃ、百万ルタやる。この兎を、わ、渡せ。

それとそっちの金髪二人は、わ、私の妾にしてやる。い、一緒に来い」

 

(百万ルタ、百万円かぁ…うわっ、値段低すぎ…)

 

口元を抑えてどこぞの広告のようなポーズを取るジータ。

神様相手でも手放す気は無いが、それでも勘定は欠かさない。

 

彼の中では既にユエは自分のものになっているようだ、

ブタ男は仔細構わずにユエに触れようとする…が。

その瞬間、ブタ男はその顔を恐怖に引き攣らせ、情けない悲鳴を上げると

その場に尻餅をつき、さらに情けないことに失禁までする有様。

 

「ハジメちゃ……」

 

俺じゃない、ジータじゃなかったのか?と、不思議そうな顔をするハジメ。

なら、この殺気の主は……。

 

「……私を無視するとはどういう了見だ、二十七ではもう手遅れとでもいうのか」

 

彼らの視線の先には、なんだかあまり深く考えたくない理由で憤ってる、

シルヴァの姿があった。

 

「え…っと、じゃあリシーさん、場所変えましょうか」

 

何が何だか状態のリシーを促し、一行はギルドを出ようとしたのだが、

そこに筋骨隆々の大男が立ちはだかる。

その腰には長剣を差しており、歴戦の戦士という感がある。

 

「そ、そうだ、レガニド! そのクソガキを殺せ! わ、私を殺そうとしたのだ! 嬲り殺せぇ!」

 

さっきのは俺じゃないのにと、不満げなハジメ。

 

「坊ちゃん、流石に殺すのはヤバイですぜ。半殺し位にしときましょうや」

「やれぇ! い、いいからやれぇ! お、女は、傷つけるな! 私のだぁ!」

「了解ですぜ。報酬は弾んで下さいよ」

「い、いくらでもやる! さっさとやれぇ!」

 

どうやらレガニドと呼ばれたこの巨漢は、ブタ男の雇われ護衛らしい。

 

「お、おい、レガニドって"黒"のレガニドか?」

「"暴風"のレガニド!? 何で、あんなヤツの護衛なんて……」

「金払いがいいんだろ?"金好き"のレガニドだし?」

 

随分と職務熱心なようだ。

 

「おう坊主、わりぃな。俺の金のためにちょっと半殺しになってくれや、

なぁに殺しはしねぇよ、まぁ、嬢ちゃん達の方は……諦めてくれ」

 

ハジメの眼に危険な光が帯び始めるのを察知し、先にジータが動く。

 

「私たちが相手をするよ、行くよ、ユエちゃん、シアちゃん」

「……んっ」

「え、ジータさん、ユエさん、私もですか!」

 

ハジメに任せると被害が大きくなりすぎる気がしたし、

ここで自分たちの実力を周知させ、守られるだけのかよわい女の子じゃないことを

思い知らせるいい機会だと、彼女は考えたのだ。

 

「ガッハハハハ、嬢ちゃん達が相手をするだって?何が出来るってんだ?

雇い主の意向もあるんでね。大人しくしていて欲しいんだが?」

 

豪快に大笑するレガニド、その数瞬後―――彼のみならず、

この場に居合わせた全ての人々が、ありえない光景に凍り付くこととなる。

 

 



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フューレンⅡ

これにてフェアベルゲン~ライセン編は完となります



 

「実は君達の腕を見込んで、一つ依頼を受けて欲しいと思っている」

「お断わりする、もう身分証明の件は終わってる筈だ」

 

ハジメたちの目の前にいるのは、金髪にオールバックの整った容貌の男性、

冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。

 

「キャサリンさんって、すごい人だったんだね」

「んっ」

 

ブーム・ミンとかいう貴族のボンボン豚とレガニドを散々に叩きのめした後

彼らは事情聴取の為にギルド内に留め置かれていた。

その際、身分証明云々で実は少々揉めてしまい、何か困ったことがあったらと

キャサリンから貰った手紙を秘書長のドットに渡した所、とんとん拍子で話が進み、

現在こうして応接室にてギルド長と差し向いで、会談をしている次第だ。

 

イルワの説明によると、彼女は王都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていたそうだ。

その後、ギルド運営に関する教育係に就任し、今、各地に派遣されている、

支部長の約半数は彼女の教え子なのだそうだ。

 

「ふむ、取り敢えず話を聞いて貰えないかな? 聞いてくれるなら、

今回の件は不問とするのだが……」

「……」

 

それは話を聞かなければ色々面倒なことになるぞ、ということだ。

もちろん、先に手を出したのはブームたちであることは明白なので

ハジメたちが罪に問われることはないにせよ、その裁定については、

正規の手続きに則り、ギルドが行うこととなる、

ということは結果が分かりきったことであるにも関わらず、自分たちは

このフューレンで足止めを食うことになる、もちろん力づくで逃走を図ろう物なら…。

 

頭を抱えるハジメに耳打ちするジータ。

 

「話、聞こうよ、ハジメちゃん」

「でもよ」

「ユエちゃんたちのステータスプレートとかどうするの?

それにブラックリストの話とか聞いたでしょ」

 

自分たちの戦いはただでさえ敵だらけなのに、さらに敵を増やすのは得策ではない。

ハジメは話を聞くことで抱え込む厄介と、話を聞かないことで抱える厄介を天秤にかける

そして、観念したかのようにより深くソファへと座りなおす。

これ見よがしに足を組んだのはせめてもの抵抗か?

もっともそれもジータに叩かれて、すぐに姿勢を正したが。

 

「聞いてくれるようだね。ありがとう」

「……流石、大都市のギルド支部長、いい性格してるよ」

「君たちも大概と思うけどね、さて~」

 

イルワの話を掻い摘んで説明すると、つまりこういうことだ。

 

冒険者に憧れるあまり、家出同然でパーティに参加した

クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタなる人物が、北の山脈地帯で

パーティごと消息を絶ち、捜索願が出ている。

北の山脈地帯は、一つ山を超えるとほとんど未開の地域となっており

高ランクの冒険者でなければ、到底依頼を任せることなどできないという。

 

「つまりお願いしたいのは彼らの消息の調査と、もし可能ならば救出をお願いしたい

ということさ、レガニドを倒し、あのライセン大峡谷での探索が可能な君たちにね」

 

「! 何故知って……手紙か? だが、彼女にそんな話は……」

 

そこでハジメはギギギとジータたちへと目を向ける。

 

「キャサリンさんって話上手で…ゴメン!ハジメちゃん」

「ついお話が弾んじゃったんですよねー」

「ごめんね、ハジメ」

「そもそも話してはいけなかったのか?」

 

やれやれだぜとばかりに頭を掻きむしるハジメ、

思えば素材交換の時から、目を付けられていたのかもしれない。

 

「先にも言った通り、生存はほぼ絶望的と見られている、しかし伯爵は個人的にも友人でね、

できる限り早く捜索したいと考えている、どうかな、今は君達しかいないんだ

引き受けてはもらえないだろうか?」

 

ハジメはポンとジータの背中を軽く叩く、ここから先は任せたということだ。

それはオマエが撒いた種だろう的な意味も含まれている。

 

(口は災いの元だね、参ったな)

 

「報酬は弾ませてもらうよ? 依頼書の金額はもちろんだが、私からも色をつけよう。

ギルドランクの昇格も約束する、君達の実力なら一気に"黒"にしてもいい」

「そう言われても……」

 

ジータはここであえて勿体ぶってみせる。

 

「私たちにも旅の目的があるんです、ここはあくまでも通り道だったから

寄ってみただけです、北の山脈地帯になんて……」

 

一泊置いて、イルワの出方を見るジータ。

 

「なら、今後、ギルド関連で揉め事が起きたときは私が直接、

君たちの後ろ盾になるというのはどうかな?フューレンのギルド支部長の後ろ盾だ、

ギルド内でも相当の影響力はあると自負しているよ? 

君達はトラブル体質だとキャサリン先生の手紙にもあったからね、悪くない報酬ではないかな?」

 

「あの、お言葉はありがたいのですが、少し入れ込み過ぎな気がして……

差し障らない範囲でいいので、もう少し事情を教えて頂けませんか?」

 

ジータの言葉に、イルワは後悔を隠さずに応じる。

 

「彼に……ウィルにあの依頼を薦めたのは私なんだ」

 

ポーカーフェイスがやや崩れ、視線を床に落としながらイルワは続ける。

 

「調査依頼を引き受けたパーティーにも私が話を通した。

異変の調査といっても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思ったんだ、

実害もまだ出ていなかったしね。ウィルは、貴族は肌に合わないと、

昔から冒険者に憧れていてね……だが、その資質はなかった。だから、

強力な冒険者の傍で、そこそこ危険な場所へ行って、悟って欲しかった

冒険者は無理だと。昔から私には懐いてくれていて……

だからこそ、今回の依頼で諦めさせたかったのに……」

 

「……イルワさん」

 

自分たちが思っていた以上に、イルワとウィルの繋がりは濃いらしい。

すまし顔で話してこそいたが、イルワの内心はまさに藁にもすがる思いなのだろう。

生存の可能性は時間が経てば経つほどゼロに近づいていく。

法外ともいえる報酬を提案したのも、イルワが相当焦っている証拠なのだろう。

 

……その気持ちは分かるだけに、少々良心が痛むが。

 

「分かりました、ではこちらの条件をお伝えします」

「条件?」

「はい、まず一つはユエちゃんとシアちゃん、それからシルヴァさんにステータスプレートを

作って頂きたいのと、そこに表記された内容について他言無用を確約することです」

 

今後も街に辿り着く度に、彼女らの身分証明について言い訳するのは

かなり面倒なことのように思える、それに秘密を確約して貰えるであろう、

このタイミングを逃すわけにはいかない。

 

「それは、その程度でいいのなら今からでも用意させよう、で、もう一つは?」

 

「更にギルド関連に関わらず、イルワさんの持つコネクションの全てを使って、

私たちの要望に応え便宜を図って頂くこと、この二つです」

 

何せ相手は神だ、いつ異端の誹りを受けるか分からない。

せめて食料と隠れ家くらいの保証は欲しい。

 

「その要望とは……具体的にはどのような?」

 

流石にイルワの顔に苦悩の色が浮かぶ。

 

「大丈夫です、無茶な要求はしません、ただ私たちは……」

 

ここでノックの音がする、秘書長のドットがユエたちのステータスプレートを、

用意してくれたようだ。

 

「ちょうどいいですね、ご覧になって頂ければ、理由が分かると思います」

 

「これはこれは……」

 

ユエたちのステータスを確認し絶句するイルワ。

 

「確かにシア君は怪力、ユエ君は見たこともない魔法を使ったと報告があったな……

確かにいずれは……そういえばハイリヒ王国の勇者一行の中に…」

 

その瞬間、凄まじい"圧"がイルワを撃った、詮索無用でしょう、という。

 

「わ…わかった、約束は守る」

 

にこやかに頷くジータ。

 

「ご覧の通り、少々特異な存在なので、教会あたりに目をつけられると……

いや、これから先、ほぼ確実に目をつけられると思うんです、

その時、伝手があった方が便利だなっと……面倒事が起きた時の味方がほしーなと。

ほら、指名手配とかされても施設の利用を拒まないとか……」

 

イルワはしばらく考え込んだあと、大きく息を吐き、

意を決したようにジータに視線を合わせた。

 

「犯罪に加担するような倫理にもとる行為・要望には絶対に応えられない。

君達が要望を伝える度に詳細を聞かせてもらい、私自身が判断する。

だが、できる限り君達の味方になることは約束しよう……

何よりキャサリン先生が認めた君たちだ、間違いは犯すまい、しかし

これ以上は譲歩できない、どうかな」

 

イルワのその言葉からは、高い職業意識とギルドの長という誇りが確かに伝わってくる。

この人ならば大丈夫だろうとジータは思えた。

 

「それでかまいません、それからステータスプレート以外の報酬は

依頼が達成されてからで構いません、達成条件はウィルさん自身か、

あるいは遺品の回収ということで大丈夫でしょうか?

もちろん僅かでも生存の可能性がある限りは全力を尽くさせて頂きます」

 

「本当に、君達の秘密が気になってきたが……いや、それは問うまい

どんな形であれ、ウィル達の痕跡を見つけてもらいたい……

ハジメ君、ジータ君、ユエ君、シア君、シルヴァ君……宜しく頼む」

 

イルワは最後に真剣な眼差しでハジメたちを見つめた後、ゆっくりと頭を下げた。

大都市のギルド支部長が一冒険者に頭を下げる。そうそう出来ることではない筈。

キャサリンの教え子というだけあって、人の良さがにじみ出ている。

 

その後、支度金や北の山脈地帯の麓にある湖畔の町ウルへの紹介状、

件の冒険者達が引き受けた調査依頼の資料を受け取り、彼らは一路北へと向かう。

 

そこに思わぬ出会いがあることを、まだ彼らは知る由もなかった。

 

 

 

 




舞台はいよいよウルに移ります。


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ウル~オルクスⅡ
一向に締まらない再会


ウル編開幕です!


 

広大な平原のど真ん中に、北へ向けて真っ直ぐに伸びる街道がある。

街道と言っても、何度も踏みしめられることで自然と雑草が禿げて道となっただけのもので

まぁ、荒野と言っても差し障りない。

 

そんな荒野を、この世界では有り得ない速度で爆走するのはハジメの魔導四輪駆動車だ。

魔力分解作用があったライセン大峡谷とは違い、魔力駆動車はそのスペックを

十全に発揮している。

 

「日本じゃ」

「え?なんだって?

「日本じゃこんなこと出来ないよね!」

 

サンルーフから顔を覗かせ、陽光と風を感じながら、

ハンドルを握るハジメへと叫ぶジータ。

後部座席ではシアがはぅ~気持ちいいですぅ~と微睡んでいる、

半目を開けているので、少し微妙な表情ではあるが。

 

「ユエ、お前も寝ていいんだぞ」

「んっ」

 

助手席でハジメの肩に身体を預けるユエ。

 

「まぁ、このペースなら後半日ってところだな、ノンストップで行くし、

休める内に休ませておこう!」

「今夜は一泊して明日からさっそく捜索だね!けど」

「けどなんだ?」

 

ハジメは車の屋根を目線を向けて、ジータの顔があるあたりへと聞き返す。

 

「ずいぶん積極的だなって!最初は嫌がってたのに」

「ああ、生きているに越したことはないからな、その方が恩を感じてくれるだろうし

これから先、国やら教会やらとの面倒事は嫌ってくらい待ってそうだからな。

盾は多いほうがいいだろう?」

「うん!いちいちまともに相手なんかしたくないしね!」

「それに信じて送り出してくれたんだ、だったら応じないわけにはいかないだろう!」

「……っ」

 

信じるという言葉を聞いて、ジータの声が一瞬詰まらせる、

ハジメもまた不思議な気分だった、あれだけの裏切りを受けてなお、

誰かを信じられる心が残っていることに……それはきっと。

 

(きっと一人きりなら俺はあの闇の中で……)

 

「に…日本っていえば、これから行くあたりって稲作が豊富なんだってな!」

「道理で北に向かってるにしてはなんか暖かいなって思ったんだよね!」

 

心の内を悟られまいと話題を変えるハジメに、期待を隠せない口調で応じるジータ。

 

「……稲作?」

 

ハジメの耳元で興味深々、といった表情で尋ねるユエ、

ハジメの身体に腕を絡めることも忘れない。

ちなみにシアは後部座席ですっかり寝息を立てている、その寝顔を見て

やれやれと微笑むシルヴァ。

 

「おう、つまり米だ米、わかるか?俺たちの故郷、日本の主食だ、

こっち来てから一度も食べてないからな」

「ハジメとジータの故郷の味……ん、私も食べたい」

 

懐かしい日本の風景が彼らの脳裏に甦る、お米、水田とくれば……。

 

「じゃあ、今夜は皆でアレ着ようか、クリスタベルさんに仕立てて貰ったの」

「ここでアイツの名前は出すなよ!」

 

クリスタベルの名前を聞いてうんざりするハジメを取りなすように、

ジータはハジメの髪を撫でる。

 

「まぁまぁ、ハジメちゃんのもちゃんと作って貰ってるから」

 

 

「はぁ、今日も手掛かりはなしですか……清水君、一体どこに行ってしまったんですか……」

「どこ行っちまったんだよ、幸利」

 

肩を落とし夕暮れのウルの街の表通りをトボトボと歩く二人の少女、

いや正確には二人とも少女ではない、一人は畑山愛子(二十五歳)で、

もう一人はカリオストロ(自称一千歳)だ。

 

「愛子、あまり気を落とすな。まだ、何も分かっていないんだ。

無事という可能性は十分にある。お前が信じなくてどうするんだ」

「そうですよ、愛ちゃん先生。清水君の部屋だって荒らされた様子はなかったんです、

自分で何処かに行った可能性だって高いんですよ? 悪い方にばかり考えないでください」

 

元気のない愛子に声をかけたのは愛子専属護衛隊隊長のデビッドと

愛ちゃん護衛隊のリーダーを自負する園部優花だ。

周囲には他にもデビッド麾下の騎士たち、チェイス、クリス、ジェイドの三名

それから宮崎奈々や菅原妙子、玉井淳史たち、護衛隊のメンバーが揃っている、

………一人を除いて。

 

その一人、清水幸利が突如失踪して以来、愛子達は懸命の捜索を続けていたが、

その行方はようとして知れなかった。

 

「ウロボロスにさ、清水の臭いとか辿らせるのってムリなのか?」

「犬じゃねぇんだ、それに常時展開させんのも手間がかかんだよ」

 

カリオストロは今は杖状の姿になり、自らの右手に握られた相棒をくるくると振り回す。

 

(自分で何処かに……か)

 

愛子の隣で心配げに薄暮の空に目を向けるカリオストロ、その先には北の山脈地帯がある。

 

(まさかな…アイツ誰にも言わずに一人で魔物を仕込みにでも行ったのか)

 

この状況で、それはあまりにも空気が読めてないように思えた。

実際、話していて清水にはそういう能力が少し欠けている……。

確かにそんな気もしたのも事実だが、

だとしたら、これは確かに自分の責任のような気がする。

 

(アイツの抱えてる闇はちと気がかりでな……だから、方向性を変えてやろうと

思ったんだが…)

 

「教会や王宮からの捜索隊が到着するまであと数日、それまでに何とか見つけ出したい」

 

デビッドは歯噛みしながら続ける。

 

「このままではイシュタルどもの思う壺というもの、

奴らは豊穣の女神と愛子を称えたその裏で己が地位を守らんがゆえに、

その人気を妬み、失墜を目論んでいるに相違ない」

 

そこでデビッドはカリオストロの方に目をやる。

 

「ありがとう、キミの素朴な言葉の数々で俺たちは真に守るべき存在、

そして廃せねばならぬ悪を知ることができた」

「どぉいたしまして!カリオストロちゃん褒められてうれしーなっ!」

 

(ここまで上手く行くたぁ、まったくオレ様もありがとうだぜ……ククク)

 

彼女の本性を知る愛子や優花たちはうわぁという表情を見せる、

特に愛子はカリオストロと共に過ごすようになって以来、

ずっとこういう顔をしているように思えてならない。

 

「安心しろ、教会上層部、そしてその首魁たるイシュタル・ラングバウト!

野心と保身の為に信仰を捻じ曲げる巨悪どもに決して愛子も、

そして君たちも渡さないッ!」

「隊長、声が大きいです」

 

いきり立つデビッドを副隊長のチェイスが窘める。

カリオストロはお目付け役として送り込まれた騎士たちに、

素朴な質問という形を借りて、教会上層部、引いては神への疑問という毒を、

じわじわと打ち込んだのだ。

 

要約すると教会の偉い人はきっと愛子や自分たちを嫌っている、

だから理由をつけて追い出した……用済みになれば……と。

 

デビッドやチェイスたちが、ただ単に武芸とルックスのみに秀でた男たちなら

信仰よりも世俗や功名を取る男たちなら、却ってカリオストロも苦心したかもしれない、

 

しかし彼らは若くして神殿・そして王宮騎士という要職に就いている、

いわばエリートたちである、その誇りと敬虔さ故に見過ごせない、

気付いていながらも見て見ぬ振りをしていた信仰上の齟齬を、

カリオストロは的確に突いていった、極上の笑顔を添えて。

 

だから、狡猾な自称天才美少女錬金術師の術中にいとも容易く彼らは陥った。

今やすっかり彼らはエヒト教愛子派、引いては反イシュタル派と化している。

 

(ま、真の愛子教信者誕生までには、まだもうちょいかかるか)

 

いかに愛子は俺の全てだ、だの、彼女のためなら信仰すら捨てる、だのと

口では威勢のいいことを言えても、

やはり産声を挙げた時よりの彼らのエヒト信仰は根強い、その証拠に……。

 

「とにかく今は清水くんの事をまずは考えましょう」

「よもや教会側が直接刺客を……」

「それはないよっ!ゆっきーを狙う位なら直接愛ちゃんを狙う方が早いもん」

 

カリオストロの言う通り、清水は闇術のみならず、各種魔法に高い適性を持っている。

精神性さえ克服できれば、光輝らとも渡り合える程の、そんな相手を襲う位なら

戦闘力皆無の愛子を直接狙う方が楽だろう、護衛込みであっても。

事実、私物の幾つかは消えていたものの、清水の部屋自体は荒らされた痕跡もなく、

今では自発的な失踪と考える者が多かった。

 

「だからぁ、今日の所は……」

 

暗くなりかけた雰囲気を払拭させようとしたカリオストロの声に、

愛子の声が重なる。

 

「皆さん、心配かけてごめんなさい。そうですよね。悩んでばかりいても解決しません。

清水君は優秀な魔法使いです。きっと大丈夫。今は、無事を信じて出来ることをしましょう。

取り敢えずは、本日の晩御飯です!お腹いっぱい食べて、明日に備えましょう!」

 

(ほう、やるようになったじゃねぇか)

 

無理をしてるのは承知だが、それでも教え子を不安にさせまいと

自身の不安を悟られまいとする、気合いの入った掛け声を聞き、

これまで空回り気味だったやる気が、上手く噛み合い始めているなと、

ニヤリと笑うカリオストロ。

 

(後は……幸利もだが、ハジメにジータよぉ、お前ら何やってやがるんだ

早くツラ見せて愛子や香織を安心させてやれ)

 

 

 

イルワに紹介された"水妖精の宿"なんでもこの街で一番の高級宿らしいの前で

複雑な表情で立ち尽くすハジメたち―――彼らの目の前には、

豊穣の女神畑山愛子様ご一行、ご宿泊中とでかでかと記された垂幕がはためいていた。

 

「どーする?」

「どうするってもな……うーん」

 

ご一行ってことは愛子だけではなく複数の護衛や、

もしかするとクラスメイトたちも何人かは行動を共にしているのだろう。

 

「他の宿にするか?」

「うーん、それもイルワさんに悪いし、それにそもそも別に悪い事してて、

逃げてるわけじゃないしね」

 

とはいえど、あの転落からはや数ヶ月が経過してる、

何と言って顔を合わせればいいのか。

 

「……愛子って、誰?」

 

ユエがきょとんと小首を傾げながら二人に問いかける。

 

「ああ、俺たちの学校の先生だよ」

「……先生?ハジメの?どんな」

「ちっちゃくって可愛いの、でもいつも一生懸命で皆のこと考えてくれる人だよ」

 

それはこの異郷の地においても変わることはなかった……だったら。

 

「やっぱりさ、ちゃんと挨拶して説明できるところは説明した方がいいと思うな

それにどの道、クリューエンを攻略した後、ホルアドに立ち寄るつもりだったし」

「天之河がいたらどうする」

「それは……しょうがないよ、けどアイツがいるってことは香織ちゃんや雫ちゃんも

来てるってことだしね」

「……ちっちゃくて可愛いハジメの先生、私も会いたい」

 

興味津々のユエ、ちっちゃくて可愛いって所が妙に強調されてる気もするが……。

まぁ無理もないなと、出るトコ出てるジータたちの身体をチラと見てつい頷くハジメ

向う脛にユエの爪先が入ったのは言うまでもない。

 

「じゃあ着替えてお食事済ませたら、みんなで挨拶に行こうか」

 

説明するならちゃんと説明のための言い訳も擦り合わせて置かないといけない。

まず落ちてからのことについて……。

そこでユエが自分の袖を引いているのに気が付くジータ。

 

「何かな?」

「ちっちゃくって可愛いって……あんなの?」

 

ユエの視線の先には優花たちと共に宿へと戻る、

つまりこちら側に向かって歩く、愛子ご本人の姿があった。

 

「そそ、あれだよ、あれが愛ちゃん先……生」

 

やばと慌てて視線を逸らすが。

 

「蒼野……さん?」

 

遅かった。

 

「南雲?」

 

さらに優花がハジメの存在にも気が付く、確かに髪の色や体格こそ変わったが

その眼差しは鋭さが加わりつつも、彼本来の優しさや柔和さがちゃんと残っており。

幸か不幸か言われなければ分からない、という程の変化は呈していない。

 

「い、今のは方言で"チッコイ"て意味だ!」

 

咄嗟に頭に浮かんだ言い訳を叫び、ジータの首根っこを掴んで、

ハジメは裏通りに飛び込もうとするが。

 

「!」

 

その足に土の鎖が絡みつき、彼らの動きを封じようとする、

こんなことが出来るのは……ハジメが知る限りただ一人しかいない。

 

「テメェら!今までどこほっつき歩いてやがった!」

 

そこには口調こそ厳しいが、懐かしの笑顔を見せる、カリオストロの姿があった。

 

「ハハ……師匠、ご無沙汰してました」

「師匠か、いっちょまえの口を利けるようになったか、コイツ」

 

再び会えた時には、と頭の中で何度も反芻していた言葉は、すでに忘却の彼方だ。

 

「愛子、ホントにちっちゃくって可愛い」

 

その一方で失礼にもユエはいきなり自分と愛子の身長を比べ出すという暴挙に出ていた。

 

「愛子の方が高い……」

 

さらに失礼にもぷくーとふくれっ面を見せるユエ。

 

「蒼野さん!なんなんですかこの子はいきなり!」

「ちゃんと言って聞かせますから」

 

(ホントに何なのよぉ~)

 

互いに心の準備がまるで出来てない中でのエンカウントであることを差し引いても

これは酷い気がしてならない。

 

「南雲!あたしアンタにずっとお礼が言いたくって」

「すまねぇ!皆を助ける為に残っててくれてたのによぉ」

「ずっと謝りたかったんだ!」

 

さらに優花たちが口々に叫びながら、ハジメたちの方へと殺到しつつあったが……。

 

「こんな情けないナリになっちまいやがって……こんなところまで

オレ様に似ることはなかったんだ!……この、バカ野郎が!」

 

カリオストロの……天真爛漫にして傲岸不遜、天才を自任する少女が初めて見せる、

ハジメの胸に拳をぶつけながらの、嘆きと憤りの声に静まりかえる一同。

 

「すいません」

 

南雲ハジメが、後に魔王と呼ばれる少年が、家族以外に自ら頭を下げ、

謝意を明らかにするのは、後にも先にもこの目の前の、

天才美少女錬金術師くらいのものだろう。

 

「ガブリエルは一体何をしてやがった……けどよ、まぁ会えて嬉しいぜ、ホラ」

 

ハジメに愛子の方を向くよう促すカリオストロ、涙目の愛子と視線が絡み合う。

 

「元気で生きてるって……カリオストロさんから聞いてはいました、けど…

本当に元気そうで、先生は……喜ぶべきか怒るべきか分かりません!」

 

正直に自分の心情を吐露する愛子、帰ってこないのは何か理由がある筈だと、

再三にわたってカリオストロから言い含められていても、無事を喜ぶ気持ちと

連絡もよこさず、のうのうと何してたんですか!と、怒鳴りたくなる気持ちとが

ないまぜになってしまっている。

 

「本当だよ!元気過ぎるよ……二人とも……あたしがどんな気持ちで……」

 

こちらは素直に泣き崩れる優花、オルクスでの出来事が頭を過り、

少し表情を曇らせるハジメだが、それを窘めるようなジータの目線に

大丈夫だと苦笑するハジメ―――その二人の様子を涙に濡れた目であっても

しかと捉える優花。

 

(この二人……もしかして)

 

ともかくこれはもう兜を脱ぐしかなさそうだ、

どの道、数時間予定が早まっただけと思えば。

 

ハジメとジータは二人並ぶと改めて愛子へと頭を下げる。

 

「「お久しぶりです、先生、ただいま」」

「おかえりなさい、南雲君、蒼野さん」

 

こうして、双方にとって予定外の再会は、何とか形を取り繕うことが出来たようだった。

 

 




やっぱり人手が多いと、色々出来ちゃいますね 

ちなみにハジメの容姿は原作よりも柔和な感じをイメージして
頂ければと思います
グラブルキャラで例えるならアイルとノアを足したような感じです


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無事と再会を祝して


手放しで無事と言えるかは少し疑問
とはいえど、祝ってくれるのを拒絶する必要もないと思います。


 

 

「橋から落ちた後、どうしたの?」

 

人数が増えたこともあり、改めて席を準備するとのことで現在ハジメたちは

ロビーで愛子や優花たちから質問攻めにあっている。

 

「下に温泉が湧いてて……そこを拠点に何とか生き延びました」

「お…おんせ……いてて」

 

ツッコミをいれようとしたハジメの尻をつねるジータ。

 

「なんで白髪になっちまったんだよ、南雲」

 

「……それは」

「魔物の毒液を浴びてそれで慌てて温泉に浸かりに戻ったんだけど、

髪の色だけは戻らなかったの!」

 

ハジメの声を遮るようにジータが代わりに答える。

俺、南雲に聞いたんだけど……と、いった体で首を傾げる明人。

 

「南雲君、そんなに背高かったっけ?」

「互いに頭を打って記憶の無い時期があって……気が付いたらこんな風になってたの!

ね、そうでしょ?」

「記憶失ってるせって……いてて」

 

固まった笑顔のままで、余計な口を利きたがるハジメの脚を踏みつけるジータ。

 

(設定とか、余計な口利いちゃダメ)

(ハイ)

 

「この無礼なガキはどこで拾った?温泉で釣り上げでもしたか」

 

スカスカとカリオストロの頭上で掌を動かし、勝ち誇った表情のユエ。

ユエはあろうことか、カリオストロにまで身長比べを仕掛けていた。

 

「いや、ガキじゃねぇな……オレ様に比べりゃ充分ガキだが」

 

さらに胸のサイズまで比べようとするユエを追い払いながらも、

ユエの何かを一瞥しただけで悟ったのか、例のククク笑いを浮かべるカリオストロ。

 

そんな中で、優花はやや訝し気にハジメたちを先程から観察するように見つめている。

彼女の家は洋食店で、客の多い日は彼女もホールを手伝うことがあり、

したがって自然と観察眼が養われる。

 

「ねぇ…ジータ?……その」

 

それ故に、彼女はハジメとジータの間に流れるカップルが一線を越えた際の、

独特の空気を感じ取っていた。

 

「?」

「南雲と……?」

 

微かな吐息のような、不意に口に出てしまった微かな呟きではあったが、

その瞬間、ロビーが静まり返り、そして生暖かい微妙な空気が漂いだす。

言ってしまってからしまったという表情を見せる優花、

幾ら突然の再会でテンションが妙な方向に向いてしまっているとしても、

我ながら今のはデリカシーが無さ過ぎた。

 

「南雲君……蒼野さん、連絡一つよこさずにいたのはそういうこと、だったのですね」

 

愛子の顔が困惑と、そして憤りに満ちていく。

 

「私たちの苦労や心配をよそに……新婚感覚でこの世界をエンジョイしてたんですね」

 

「い、いやあ……そこまで、いてて」

 

ハジメの脇腹にジータの肘が突き刺さる。

 

『あの~』

 

「あ…あのあのあの地獄の闇の中では……互いの身体を重ね合い、温もりを確かめ合う以外に、

恐怖から逃れる術はなかったんです!」

 

……実際は地獄の闇を抜けた先の解放感に任せて、なのだが、そこは誤差のようなものだ。

 

地獄の闇、という言葉にあの橋の底の奈落を思い出す優花たち、

温泉だの記憶喪失だのと、色々と誤魔化してはいるが、

それは自分たちに余計な心配を掛けさせたくないからという、

思いやりの言い訳であることくらいは、彼らでも気が付く。

 

そりゃ温泉もあったのかもしれないが、自分たちの想像を超えた困難を乗り越えて

二人はここに今辿り着いたのだろう、互いの存在を支えにして、ならそれでいいじゃないか。

むしろこれは咎めるべきことではなく、祝福すべきことだ。

 

「白崎さんには……」

「悪いけどね」

 

ただハジメを求め、今も迷宮に挑み続けているであろう香織のことを思い出すと、

少し気の毒な気もするが。

と、まぁちょっと怪しいけどそういうこともあるよなと、わかるよと

半ば二人を祝福するかのような雰囲気が出来上がりつつあったわけだが。

 

「んっ、私もハジメの温もり確かめた」

「ちょ……おま」

 

一切空気を読まないユエのやらなくてもいいアピールで、

そんなロビーの雰囲気が一気に凍り付く。

 

「私も?……よく聞こえませんでしたが」

 

困惑を超えて明らかに怒気を孕んだ愛子の声には、

いかにハジメといえども目を逸らさずにはいられない。

 

「んっ、ハジメの特別はジータ、だから私はハジメの一番になるって決めた」

 

そのままユエは愛子の目の前でギュとハジメの腕に自らの腕を絡め、

その様子にジータはあちゃーと天を仰いで顔を掌で覆う。

 

『お取込み中とは思いますが~』 

 

「つまり側室、お妾さんってコトか、やるじゃねぇか…ハジメ」

「そくし…おめ…かけ」

 

実に楽しそうな笑顔のカリオストロに対して愛子は理解が追いつかないのか、

今にも崩れ落ちそうな身体をふらあと揺らしている。

 

「…南雲君が……あの南雲君が……二股……っ、南雲君!蒼野さん!……それから」

「ユエ」

「あ……ユ、ユエさん!三人ともそこに座りなさいっ!ここが日本の法律が及ばない

異世界だからといって、それをいいことにアバンチュールだなんてっ!

先生は許しませんよ!」

 

「先生、先生」

「何ですか、菅原さん、今から先生は大事な話を……」

「オーナーさん、困ってます」

「……あ」

 

いつからいたのだろうか?自分たちの傍らには

この水妖精の宿のオーナーである、フォス・セルオの姿があった。

 

「席の準備がもうすぐ整いますので、そろそろ宜しければお召替えを」

「あ…そ、そうですね、では、皆さんまずはお食事としましょうか

お風呂や着替えを先に済ませる人は急いで下さいね」

 

ポンと手を叩き、場の空気を切り替える愛子。

やはり彼女とて教え子の不貞の怒りよりも再会の喜びの方が大きいのだろう。

今夜はいつも以上にご馳走をと、フォスにその場で頼み込むことも忘れない。

 

「ま、連絡出来ない理由があったんだろうよ、新婚気分もあったかもしれねぇが」

「そうですよね……あの二人に限って」

 

柔和でいてその実、芯の強さを垣間見せていたハジメと、

窮地においても流されることなく自分を保っていたジータ、そんな二人である。

きっと相応の理由があるに相違ない。

 

(後でちゃんと説明しろよな)

 

ハジメに耳打ちするカリオストロに強く頷くと、

ハジメたちも着替えの為に、自室に向かうのであった。

三十分後にロビーに集合ですよという愛子の声を聞きながら。

 

 

そして三十分後、入浴や着替えを済ませた一同は、

フォスが用意してくれたVIP席へと向かうのだが、案の定そこで一悶着起きてしまう。

 

「おい!亜人、お前はここまでだ!」

「へっ?」

 

護衛隊隊長のデビットがテーブルに付こうとしたシアの行く手を阻み、

一喝したのだ。

 

「薄汚い獣風情が愛子と食事を共にしようなどとは勘違いも甚だしいぞ」

 

その侮蔑に満ちた言葉と視線を浴びたシアの身体がふるふると震え出す。

無理もない、覚悟こそしていたとはいえ、

初めて直接的な亜人族への差別を実感させる、言葉の暴力を受けたのである

 

ましてブルックやヒューレンでは、土地柄やハジメたちの立ち回りもあって

こういう侮蔑の言葉を浴びせかけられる事はなかっただけに

その衝撃は大きい。

 

「これが……外の……世界」

 

項垂れるシア、しかしこれを乗り越えなければ、ハジメたちと共に

歩む資格はない、俯きつつもその眼は死んではいない。

 

見るとデビッドのみならず、チェイス達他の騎士達も同じような目でシアを見ている。

そう、デビッドらの懐柔は順調ではあったが、この骨の髄まで染み込んだ、

彼らの信仰に根差した亜人への差別意識だけは、カリオストロであっても、

どうにも解決させることが出来なかったのだ。

 

シアへの侮辱に、肩を怒らせ始めるハジメだったが、しかしそれをいち早く制するジータ。

 

(なんでだよ?)

(ダメだよ、相手は神殿騎士……下手に動くと厄介なことになるから)

(先に手を出させるってことか)

(そ、目撃者もここにはたくさんいるしね)

 

「どうしても、というのならばその醜い耳を切り落としたらどうだ? 

それなら少しは人間らしくな……」

「やめてください!」

 

さらなる侮蔑の言葉を吐こうとしたデビッドだったが、意外な人物の叫びにその先を遮られる。

 

「あ…愛子」

 

ただ名前を言い返すことしか出来ないデビッド、悪いことをしているという感覚が

本当に無いのだろう、つまり彼のシアへの言動や行動は、

この世界では本当に当たり前のことなのだと、愛子たちは再認識する。

しかし……それでも。

 

「確かに亜人族はこの世界においては奴隷とみなされるのでしょう

この世界の原理原則やそれに基づく主義主張に私は口を出すつもりはありません……

ですが、今この場において、彼女は……私の友人です!」

 

上ずった口調だが、それでも確固たる意志を持って愛子はデビッドへとさらに続ける。

 

「私たちの友人を公然と侮辱するような方に、女神などと呼んでほしくはありませんっ!」

「そうだよ!デビッドさんひどいよ!こんなに可愛いのに!」

 

さらに優花が愛子の援護にまわり、シアの耳を優しく撫でる。

 

「うん!シアちゃんのウサミミはとっても可愛いよ!」

「ジータさん……そうでしょうか?」

「何度も言ってるでしょ、ホントにモフモフしてて可愛い耳じゃないの」

 

ジータもシアのウサミミをモフモフと撫でる。

 

「……シアのウサミミは可愛い」

「ユエさん」

「そう……でしょうか……あ、あの、ちなみにハジメさんは……

その……どう思いますか……私のウサミミ」

 

頬を染め、上目遣いでハジメに尋ねるシア、ペタリと垂れたウサミミが

その複雑な心境を物語っているように見える。

 

「別に……」

「……ハジメのお気に入り。シアが寝てる時にモフモフしてる」

「オイ!それをここで言うか!」

 

シアのウサミミが喜びを表現するかのようにピョコンと跳ね上がる。

 

「おい!オーナー!」

 

形勢不利を悟ったか、デビッドはこの宿のオーナーであるフォスに、

シアの退席を申し付けようとしたのだが。

 

「騎士様、我が宿は料金さえ支払って頂ければどなたにでもサービスを提供致します」

 

と、やんわりと拒否され、その眦が吊り上がっていく。

 

チェイスやクリスたちもそろそろ止めないと、と、口々に囁くが、

何故かその腰は重い。

彼らは決して視野の狭い男たちではない。それ故に、

愛子やカリオストロたちと過ごす日々の中で、自身のエヒトへの信仰が揺らいでゆき、

むしろ疑問ばかりが増えていくことを敏感に感じ取っていた。

 

そしてそれはすなわちこの世界と、そしてこれまでの自分自身への

否定に繋がるであろうことも。

だから縋る、自身のこれまで形成していた価値観に―――それ故に。

 

「……小さい男」

 

ユエの嘲りはクリティカルとなって、彼らのプライドを粉砕せしめた。

 

「な!……聞き捨てならんぞ!小娘がっ!

神の使徒でもないのに神殿騎士に逆らうのか!」

 

自分らの煩悶を知らずに好き勝手言ってくれる……。

どうやら完全にキレてしまったようだ、デビッドは場所も忘れて抜剣し

さらに彼のみならず、クリスとジェイドもずいと進みでる。

チェイスはどうしていいのか分からないのかオロオロとしている。

 

「おいおい、憩いの場で抜剣か?この世界の騎士って行儀作法は習わないのか」

 

さらにハジメの挑発が彼らの怒りに火を注ぐ。

教室でのハジメしか知らない愛子たちは、その猛々しい口調に驚きを隠せない。

シルヴァが他の客に迷惑をかけるなよと、ハジメとジータに耳打ちする。

二人が笑顔で頷くのと。

 

「抜かせっ!まずは貴様だっ!もう一度オルクスの闇の中に我が剣で送り帰してくれるわ!」

 

デビッドがハジメの頭上へと大上段から剣を振り下ろそうとして、

逆にハジメの袖口から突如現れた拳銃から放たれた、

鎮圧用ゴム弾によって後方の壁に吹き飛ばされるのは、ほぼ同時だった。

ゴム弾とはいえ直撃を受けたデビッドの額には青あざが出来ている、

どうやら眼を回してしまってるようだ。

 

「ほう、自力で完成させやがったか……ククク」

 

愉快そうに笑うカリオストロ、

奈落から自力で戻って来た二人のその実力を試すには、

連中はちょうどいい相手だとあえて放っておいたのだが、これは予想以上だ。

 

「くっ!隊長」

 

泡を喰った叫びを漏らす、クリスとジェイド、

何が起こったのか、まるで理解出来ないにも関わらず

なんとか抜剣しようとしたのは流石だが、

しかしその手は空しく空を切る、無い!騎士の証たる剣があるべき所に。

 

「これかな?お探しの品は」

 

舐めるような上目遣いで二人を見上げるジータ、その両手には彼らの愛剣が握られていた。

"縮地"と"瞬歩"、さらに"瞬光"を使って、彼らより先に彼ら自身の剣を奪う。

大道芸に近い魅せ技だが、それ故に効果は絶大だった。

弁解し得ない敗北感に打ちひしがれる二人。

 

「……さて」

 

不幸にも独り取り残されてしまっている、チェイスへと迫るハジメ。

 

「あ…あの…あのですね」

 

救いを求めるように同僚たちに目を向けるが、デビッドは気絶中で、

クリスとジェイドはへたり込み、項垂れたままだ。

 

「わ、私たちは……別のテーブルにて食事を摂らせていただくことにしましょう

積る話もあるでしょうし……ッ」

 

吐き出すようにやっとの思いで声を絞り出すチェイス。

ハジメたちの沈黙を肯定と受け取ったか、クリスらを促しデビッドを抱えると

別のテーブルへとそそくさと移動していく、

そんな彼の、完成して……いたのか、という呟きがハジメの耳に入る。

 

ああそういや銃とか色々と、武器開発って名目で工房提供されてた関係で

一応お偉いさんらにコンセプトだけは説明したことあったなあと、

召喚されたての日々を思い出すハジメだった。

 

 

ともかく、カーテンで仕切られたVIP席に改めて着席する一同

やっとお米が、カレーが食べられるぞと期待に満ちた表情のハジメ、

その年相応の姿を見て、安堵の息を漏らす愛子。

 

「見事でした、聖職者たるものかくあらねば」

「……そうですか」

 

シルヴァの称賛を聞いて、改めてデビッドへの啖呵を思い出し、赤面する愛子。

自分でもどうしてあんなことが出来たのか、正直自分でも分からない。

だが……一つだけはっきりとしていることがある。

 

愛子はカンカンと食器を鳴らすカリオストロを見る、

もしもこの傲岸不遜な天才少女に出会わなければ自分はきっと

何も言い出せず、動くことも出来ずわたわたと手をこまねいていただけだっただろう。

 

もっとも赤面の主だった理由は、目の前の銀髪の美女にある、

常に威厳ある教師像を求めて止まぬ愛子にとって、シルヴァはまさに、

理想の存在のように思えてならないのだから。

 

そして数々の料理や飲み物が運ばれ、彼らの目の前のテーブルを埋め尽くしていく。

 

「では、南雲君とジータちゃんの無事と再会を祝して!」

「「「「カンパーイ!」」」」

 

優花の音頭と共に、グラスが触れ合う音がテーブルに響く。

 

「ああ、相変わらず美味しいぃ~異世界に来てカレーが食べれるとは思わなかったよ」

「まぁ、見た目はシチューなんだけどな……いや、ホワイトカレーってあったっけ?」

「いや、それよりも天丼だろ? このタレとか絶品だぞ? 日本負けてんじゃない?」

「それは、玉井君がちゃんとした天丼食べたことないからでしょ? 

ホカ弁の天丼と比べちゃだめだよ」

「いや、チャーハンモドキ一択で、これやめられないよ」

 

「ホラホラ、南雲君もジータも食べなよ」

 

ハジメとジータに水を向ける優花。

 

「食べてる食べてるよ」

「あーカレーがお腹に染みるねぇ」

 

懐かしの日本の、故郷の味を二人は存分に味わい噛みしめる。

見た目や微妙な味の違いこそあるものの、料理の発想自体は非常に酷似している。

急ぐ旅でなければ数日滞在して、もっとこの懐かしの味を楽しみたいところだ。

 

「でもさっきフォスさん言ってたけど、このニルシッシルもう食べられなくなるんだって」

「えっ」

 

奈々の言葉に思わず聞き返す優花、彼女はカレーが大好物なのだ。

カーテンから顔を出してフォスの姿を探す優花、彼女の視線に気が付いたか

やや急ぎ足でこちらへと向かってくる。

 

「はい、大変申し訳ないのですが……香辛料を使った料理は今日限りとなります」

 

表情を曇らせながら申し訳なさそうに一同に詫びるフォス。

彼の説明によると、香辛料の原産地である北部山脈地帯が不穏な状況となっており

採取どころの状況ではなく、先日調査に来た高ランク冒険者も消息を絶ったのだという。

 

(高ランク冒険者?)

(ウィルさんたちのことだね)

 

ヒソヒソと言葉を交わし合うハジメとジータ。

 

「何でもこの周辺では見かけない、奥地に生息している筈の魔物を目撃したとか

ですが、詳しい話はそちらの方々もご存知ではないでしょうか?」

 

「えっ!?」

 

フォスの視線の先にはハジメたちの姿がある、驚きの声を隠せない愛子たち。

 

「は、こちらの方々は先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるという、

フューレンの冒険者ギルド支部長様の指名依頼ということで

特別にお部屋の方を用意させて頂いた次第なのですが?

 

「南雲、お前ら冒険者になっていたのかよ」

「行きがかり上な」

 

明人にそれだけを答えるとまた異世界風カレー、ニルシッシルへと匙を伸ばすハジメ。

その頬の飯粒をジータが摘まんで自らの口に運ぶ。

その自然な仕草に昇や明人、淳史ら男子たちの眼は釘付けになる。

ついでに言えばユエとシア、シルヴァの姿にも。

 

「あー、ちくしょう異世界ライフ満喫してるなあ、南雲の奴」

「蒼野のことはもう仕方ないにせよ、異世界の女の子と仲良くなる術だけは……

なんとか聞き出したいよな」

 

昇と明人が顔を見合わせヒソヒソと何やら言葉を交わしている、

そんな二人の肩を抱える様にしてカリオストロが悪戯っぽく囁く。

 

「も~こんな近くの美少女をムザムザ見逃すつもりかなぁ~カリオストロぉ、

ちょっと悲しいな、ぷんぷんっ♪」

 

「カリオストロさんは……」

「その、そういうのじゃないというか……」

 

遠慮がちに応じる二人、本性を知る前ならきっと素直にラッキーと思えたに

相違ないのだが……。

 

「お前らいい反応だな、オイ、ウロボロス……餌の時間だぞ」

 

まさに"つまらない"そんな表情のカリオストロの言葉と同時に、

壁の傍らに立掛けていた杖がカタカタと震えだす。

 

「俺、トイレ行ってくる」

「淳、お前だけ逃げるんじゃねぇ!」

 

抜け目なくこの場からの逃走を図る淳史に、それは許さじと二人がすがりつく。

 

「カリオストロさんもいいかげんに止めてよ、狭いんだから」

 

慣れた口調でカリオストロを嗜める奈々、もうお馴染みの風景になっているのだろう。

そんな彼らの様子をジータは複雑な気分で眺める。

伝わる……ハジメもまた自分と同じことを考えている。

 

 

もしかしたら自分たちにもこういう未来があったのかもしれない、と

 

 

でも……オスカーの、ミレディの願いを、叫びを自分たちは知ってしまった、

知りすぎてしまった。

そして、ユエたち掛け替えのない同胞に出会ってしまった。

だから、この暖かな場所にはまだ戻れない、戻るわけにはいかない。

 

「まぁ、そういうことで悪いんだけど、また当分別行動ってことになるわ」

「そんな!」

 

パエリアモドキに視線を移しながら事も無げにサラリと、

重要なことを口にしたハジメへと思わず立ち上がり

不満げな叫びをぶつける優花。

 

「優花ちゃん、会えて嬉しかったけど、ゴメンね」

 

食べるのに夢中なハジメの代わりに、ジータがペコリと頭を下げる。

 

「大体なんだって冒険者なのよ!普通に帰ってくればいいじゃない!」

 

尚も不満を漏らす優花の声を聞きながら、愛子もまた困惑の表情を隠せない。

 

(……もしかして)

 

「王宮や教会には頼れない何か……」

「バカッ!ここで口にしていいことじゃない!」

 

あまりにフェイタルな事を口走ろうとした愛子の口を慌てて塞ぐカリオストロだが

―――遅い。

 

カーテンが開き、チェイスに肩を借りた状態のデビッドが姿を見せる。

 

「その話、詳しく聞かせて貰いたい、騎士としてではなくこの世界の住人として」

 

ジータはそんな騎士たちの姿を眺めながら、これまで、そしてこれからのことに想いを巡らす。

自分は今までハジメを孤独にさせないために心を砕いてきた

だが、それは逆を言えば余計なしがらみをも同時に引き寄せることになる。

そのしがらみは、もしかすると致命的な何かとなって、

自分たちの未来を阻むことになるのかもしれない。

 

「後悔しても……知らないから」

 

それは、果たして誰に対しての言葉だったのだろうか?

 





関わりが増えるってはメリットであると同時にデメリットを
連れてくる可能性もあるんですよね。


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繋がるモノたち

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食事を終えると、一同は愛子の部屋へと集合し、

そこでハジメとジータは、自分たちが掴んだ情報の殆どを、

オブラートに包みつつも語っていった……

 

この世界の戦乱は全て出来レースであり、自分たちが神々の駒、玩具として召喚されたことを。

 

「どうせそんなこったろうと思ってたぜ、ククク」

 

カリオストロは予想通り、我が意を得たりと凶悪な笑みを見せているが、

残りの……愛子や優花たちは二の句が継げず、ただ茫然と視線を宙に泳がしている。

そんな中でジータはデビッドら、神殿騎士たちの様子を伺うのだが。

彼らもまた俯いたまま、微動だにしない。

 

「あのー?」

 

どうにも腑に落ちぬ表情のまま、ジータはデビッドに問いかける。

 

「こーゆー場合って、罰当たりめ!とか言って斬りかかるモノじゃないんですか?」

 

(その無駄に煽るクセ、直ってないよね……)

 

溜息をつく優花。

 

「そうしたいのは……山々ですよ、けど」

 

絞り出すような声でデビッドに変わりチェイスが応じる。

 

「憤り以上に……理解と納得の方が上回っているんです、分かりますか?この気持ちが」

 

タダでさえカリオストロに"毒"を吹き込まれ、揺らぎつつあったエヒトへの信仰が、

ハジメたちのもたらした"真実"により瓦解していく感覚を四人は明確に意識していた。

それは自分たちのこれまでのみならず、この世界のこれまでが、

ひっくり返るような……怒りを通り越した喪失感だった。

 

さらに言葉を続けようとしたチェイスをデビッドが手で制する。

 

「確かにとんでもないことを聞いてしまった……だがな、俺たちはきっと、

心のどこかでこういう結論を望んでいたんじゃないのか?」

「……」

「むしろ、神の枷から逃れ、一己の人間としてこれで堂々と愛子を、そして

君たちを守れるようになったことを俺たちは喜ばないといけない

……だから」

 

デビッドら四人は頷きあうと、改めて愛子の前に進み出、恭しく跪く。

 

「例え世界の常識が覆ろうとも我々は何も変わりはしません、

これまで通り愛子と、そして愛子の愛するもの、守りたいと願ったものを

守り抜く所存です……いつか」

 

「愛子が……もとの世界に帰還するその日…まで」

 

決意を新たにする騎士たち、最後の方は言葉が途切れ途切れになっていたあたり、

本気で愛子に想いを寄せているのだろう。

 

「はっ!はい!よろしくお願いします!」

 

しかしペコリと小さい身体をさらに小さくして、デビッドらに頭を下げる様子を見る限り

……当の愛子にはまるで伝わっていないようだったが。

 

 

「じゃあ、南雲たちは、独自で地球に帰る方法を探ってるってことなの?」

「ああ、こうなってしまうと単独で動く方がやり易いからな、事が事だけに

王宮や教会には頼れない」

 

決意に満ちたハジメの表情を覗き込むように眺める、昇たち男子トリオ。

 

「なんだよ?」

「……いや、別に」

 

彼らのその表情には、心なしか敗北感と劣等感が漂っているように思える。

俺たちが観光気分で浮ついている間に、かつて無能と蔑まれた筈のクラスメイトは、

ここまで考えて、動いていたのかという。

そんな彼らへ一旦視線を移し、フォローを入れるかのように微笑む愛子。

 

「天之河君たちにも、このことを……」

「それは愛子先生にお任せします、いかに彼でも先生の言葉なら

耳を多少は傾ける、と……思いますから」

 

せめて、そうであって欲しいと思うジータ。

 

「しかし、今のままでは……難しいでしょうな」

「何度か顔を合わせたことはありますが、彼はイシュタルらに完全に

取り込まれてしまっているように思えます」

 

ややうんざりといった感じのデビッドら。

 

「姫様とも仲いいしねー」

 

奈々がやや苛立ってる様な口調で、いかに光輝とリリアーナ姫が、

仲睦まじく過ごしているかをハジメたちに教える。

リリアーナの姿を思い出すジータ、ついでにリリィって呼んでもいいかな?、と、

いきなり初対面から誤解をされかねないアプローチを行っていた光輝の姿も思いだし、

うへぇとなる。

 

「天之河君……前はあんなじゃなかった」

「菅原さん……」

 

彼女も光輝に仄かな慕情を抱く者の一人だったのだろう、

ジータに遠慮しつつも悲し気な呟きを漏らす。

 

「蒼野さんのお兄さんとの事があってから……あんなに頑なに」

 

確かに、以前から多少行き過ぎた行動は見受けられたとはいえ、

それでもちょっと困った奴の一言で済ませることが出来たのだ……。

あの出来事があって以来、光輝は異様なまでに正しさに、正しくあらんとする事に

正しさを認められる事に拘るようになっていった……対抗意識剥き出しで。

 

「そういえば、俺たちが生きているってことを先生は知ってたけど

他にこのことを知ってるのは?」

「ああ、伝えたのは香織に雫、それからコースケと恵里だ」

 

カリオストロの答えにその四人ならと、納得する二人、

ただしジータには少し思うところが……気になることがあった。

 

(恵里ちゃん……工房に一度も遊びに来なかったんだよね、鈴ちゃんはよく来たのに)

 

「だから、すぐにというのは難しいかもしれませんが、

他の皆さんにも早く会ってあげて下さい、特に白崎さんは……南雲君のことを

一途に想って頑張っていましたから」

「ええ、一段落すればホルアドに立ち寄るつもりでした」

 

香織や雫が今も自分やハジメの生存を信じてくれていることに

喜びを隠せないジータ、とはいえど……。

 

(結局、抜け駆けしちゃったんだよね)

 

反面、大いに後ろめたさを感じてはいたが。

 

それからまた他愛ない話が続き、そろそろお開きか、という雰囲気の中。

一つだけ、誰もが意図的に触れない話題があった。

 

「檜山は……どうなりました?」

 

意を決して、タブーを口にするジータ、カリオストロが答える。

 

「あいつは、王都から逃走を図って行方不明って話だ……多分

ロクに捜索も行われちゃいねぇ」

 

何故そうなったかについては、詳しく聞くことは……

特に愛子の前では躊躇われた。

ただ少なくとも相応の報いは受けてはいたのだろうということは、

クラスメイトたちの表情から見て取れる。

彼らが檜山を断罪してくれていたことについては留飲が下がる思いがしたが、

反面もやもやした気持ちを二人は抱えてしまっていた。

これは結局イジメの対象がハジメから檜山へとスライドしたに過ぎないのではないかと。

 

(気分のいい……話じゃないよね)

 

とはいえ裁きを容赦するつもりは一切ないが。

 

「やはり…二人とも檜山君のことを……」

「ハジメちゃんの髪もそうですけど、見て下さいよ、これ」

「お……おい」

 

ジータはハジメに構うことなく、彼の左手の義手を外し、

肘から先が切断された様を愛子たちに晒す、何人かの息を呑む音が聞こえる。

 

「せめて腕一本くらいは貰ってもバチはあたりませんよね?」

 

その口調はどう考えても腕一本で済ますつもりは無いように思えた。

 

「……檜山君を許せ、とは……先生でも言えません」

 

ポツリポツリと言葉を続ける愛子。

ちなみに檜山の処遇についてだが、遺恨を残さぬために断固厳罰を!と、

主張したのは他ならぬ愛子だ……しかし。

 

「ならば、死刑以外ありませぬな、私怨で味方を二人も殺しておりますからな」

「死刑って……そんな」

 

イシュタルの言葉に絶句する愛子、確かに厳罰こそ望んだが、いくら何でも教師の立場として

極刑までは求められない、そもそもこのまま有耶無耶にしてしまえば、

クラスの風紀を保てないというのも、彼女が厳罰を求める理由の一つだ、

しかしクラスメイトが死刑などということになれば、却って逆効果だ、

もはや学級崩壊は避けられない。

 

「先生、南雲は決して復讐なんか望んでいません」

 

模範解答の如き、正しい言葉を実に正しい姿で光輝は愛子へ、

そしてイシュタルへと訴えかける。

 

「俺たちがやらないといけないことは、この世界を救い日本に帰ること、

もうこれ以上誰一人欠くことなく……それがきっと南雲の望んでいることに、

違いありません」

「流石は勇者様だ、その決意、その慈悲、必ずやエヒト様の御許に届くであろう!」

 

おおと賛同する声が、周囲の貴族や騎士、神官らから次々と発せられる。

勝負あった……その時のイシュタルの顔を生涯愛子は忘れることはないだろう。

そして無力感と敗北感を抱え……スゴスゴと部屋に戻って来た後、

カリオストロに大目玉を食らったのも言うまでもない。

 

「ですが…もしも生きて檜山君に出会えたなら、せめて理由は聞いて下さい

自分が何故殺されそうになったのか、それは知って置く必要がある筈ですよ」

 

恐らく取るに足らない理由だろうというのは、愛子でも想像がつく。

この二人を止められないのならば、言い方は悪いが、殺す価値もない、

殺しても仕方がないと。瑕疵を背負うだけ損だと、諦めさせる他ないと考えたのだ。

 

しかし彼女は思い違いをしていた……確かに殺す価値を感じることはないかもしれないが、

だからといって生かしておく価値も感じることもないだろうということを。

そして、生かす価値の無い命を"必要"とあらば摘み取れる程に、

目の前の彼らは変わってしまっていたということにも……。

 

ちなみにどういう経路でそうなってしまったのかは不明だが、

愛子先生が自分を死刑にしろと言ったと、何故か真実とは反対の話が、

檜山には伝わっていた。

そのためか愛子自身も時間が取れれば、何度となく檜山の姿を探し、

事あるごとに部屋を尋ねたが、姿を見かけても避けられ、

部屋の扉をノックしても返事は無かったということを追記しておく。

 

 

 

 

ハジメたちと愛子たちが再会を果たした、数日前、北の山脈地帯では。

 

「なぁ……もういいだろ?」

「誰にも言わねぇから、俺を解放してくれよ」

 

「あ?お前俺のこと嫌いか?、なぁ、俺のこと嫌いか?あぁ?」

 

黒フード姿の少年、彼こそ件の清水幸利くんなのだが、に

問いかける仮面姿の男、その言葉尻には生来の底意地の悪さが籠っている。

 

「むしろ俺に感謝したほうがいいぜ、愛子もあの忌々しいクソガキも、

園部も玉井も相川もみんなもうすぐ死ぬんだからなあ」

 

そこで仮面の男はポンと何かを思い出したように手を叩く。

 

「ああ、殺すのは俺じゃないな、お前が操った魔物で殺すんだよな」

 

殺すという言葉に清水は怯えた目を向ける。

 

「人殺しなんて悪い奴だなあ、お前はよ、だから俺がオシオキしてやるぜ」

 

仮面の男は嘲りながら少年の頬を殴りつける。

 

「……」

「あ?なんだ?ハッキリと言えや、コラ、お前も南雲と同じか?」

 

南雲と同じ、という仮面の男の言葉で、清水は僅かに肩を震わせる。

そう、必死で隠蔽してはいたが、清水幸利は真性のオタクである、

それも異世界召喚に憧れを抱く……。

 

そんな彼であるから、異世界召喚の事実を理解したときの気分は、

推して知るべしだろう、その後の挫折もまた推して知るべしで、

"勇者"の役目は例によって天之河光輝に奪われ、そしてアイツよりはマシだ、と

内心見下していた南雲ハジメが周囲の助力により、

メキメキと力を着けて行った矢先に、出る杭は打たれるの例え通り、

邪な妬みによって奈落の底に落とされる始末。

 

こうして、何処にいようと結局ままならない己の境遇を呪いながら

彼は異世界であっても引き籠るようになる。

半端者がやる気になるからこうなるんだ、ざまあみろという気持ちと、

やっぱりどうせ俺なんかという気持ちに苛まれながら。

 

……しかし。

 

『頼りにしてるね、ゆっきー』

 

清水が真に"狂"を抱えていれば、誰の言葉にも耳を貸すことはなかっだろう

だが清水の"狂"はそこまでではない。

 

だから、一人の少女?の他愛ない一言が清水の心を捉えてしまった。

それが、ありきたりの優しさに過ぎないと自分でも分かっていながら。

 

もしも清水が孤独を闇を抱えたままの男であったならば、

目の前の仮面の男をも凌駕する闇を以って、逆に彼を支配していたかもしれない。

だが彼は、清水幸利はもう一人では……孤独ではなかった。

 

 

『もしドラゴンとか見つけてゆっきーの力で味方に出来たら皆きっと驚くよっ!

あの天之河のガキより、テメェの方がずっと使えるってなぁ……ククク』

 

 

しかし、自身の中でカリオストロの存在が大きくなればなるほど、

言葉を交わせば交わすほどに、彼は、恐怖を覚えるようになった。

何故なら、大切にされたことがないから、大切な仲間だと言われても

頼りにしてると言われても彼にとってそれは実感も信用も出来ないのだ。

ましてや中学時代引き籠っていたこともあり、

家族からも彼は邪険に扱われていたのだ。

 

だから、彼は逃げた。

自身が裏切られる恐怖から、そして自身が裏切る恐怖からも。

 

この人も滅多に分け入らぬという山脈の奥地で、

魔物を使役し鵜飼いのようなことをして、ほとぼりが冷めるまで日々の糧を得ていけばいい。

そうすれば、誰にも迷惑を掛けずに済む。

自分の中にあるドス黒いモノから目を背けて生きていける。

 

 

はず、だったのに。

 

 

「おい、清水ぅ俺の名を言ってみろ…さっさとホラ言えよ、オラ!」

 

仮面の男は清水の襟首を軽々と掴み持ち上げる、

黒い鎧を纏ったその膂力は"勇者"天之河光輝を凌駕しているように思えた。

 

「ひ…ひや」

「良く聞こえなかったな……まさかお前俺のこと檜山だと思ってるんじゃないだろうな

ちゃんと教えた通り言えや」

 

男の指が清水のこめかみに食い込み、ミシミシと頭蓋が軋む音がする。

 

「な……ぐも、南雲っ…ハジメ」

 

喉の奥から絞り出すような声で応じるしかない清水。

その苦悶の声を耳にし、仮面の男は満足気に叫ぶ。

 

「ひゃはは、そうさ俺の名前は南雲ハジメ!復讐の為に魔人族と手を結んだ、

人類の裏切り者南雲ハジメだぁ、ハハハ」

 

ああ、何ということだろうか、我らが主人公南雲ハジメは連載四十一話でもって

魔人族に寝返ったのか?ジータはどうした?ユエは?シアは?

 

いやいやそれは無いのであります。

 

(南雲ォ、助かった祝いといっちゃ何だが、俺が先に歓迎の準備を整えておいてやるぜ

お前の居場所を奪ってやる、お前が俺にしたように)

 

そう狡猾にもこの男、檜山大介は自らの手を汚すことなく、

ハジメを始末する策を実行に移そうとしていた。

自らがハジメに成りすまし、悪事を行うことで、

ハジメを人類の裏切り者に仕立てあげるという……。

先の迷宮での失敗を生かしたか、誰かの入れ知恵なのかは知らないが。

 

(お前が終われば次は近藤どもの番だ、いや、逆にお前を最後に回して

蒼野と白崎を目の前で犯してやるのもいいかもしれねぇな)

 

「なんたって今の俺にはフリードさんが付いているんだからな、

だから天之河も坂上も八重樫もあのガキも怖かねぇぜ」

 

魔人族の誰かの名を口にする檜山、自分の手でとは言わないのが、

この男の限界か。

 

檜山があの事件以降、近藤らかつての悪友たちを中心とした何人かから、

凄惨なリンチを受け続けていたのを、清水は知っている、

逃走を図り、行方不明と聞いた時には、魔人族に寝返ったのかもと、

一行の間でそういう話題になったこともある。

 

しかし、いくら何でも早すぎないか?

王都から魔人領までの距離にしても、この山脈地帯にしても、

いかにチートであっても、土地カンも何もないよそ者一人に踏破できる距離ではない。

しかも、もうすでに魔人族のトップらと顔合わせも済んでいるような口ぶりだ。

 

(まさか……裏切り者がいるのかよ、だったら)

 

「働いて貰うぜ清水、俺の為にな、同じクラスメイトじゃないか、会えて嬉しかったんだぜぇ」

 

檜山は馴れ馴れしく左手で清水の肩を組む、空いた右手でその脇腹を痛めつけるのは忘れない。

口ぶりこそ余裕だが、その仕草からは内心の焦りが伝わってくる。

もう自分に後がない事など檜山とて理解している、

だからこそ己の価値を示さねばならない、魔人族に、フリードに。

 

「あ、それからあの竜は俺が貰うからな」

 

 

 




今回は判断が吉と出たハジメたち

それから檜山君のメンタリティってジャギのそれに近いと思うんですよ
で、こうなりました、ハジメ生存を早い段階で掴んでれば
やっぱり抹殺に動くでしょうし。
でもそのお陰で清水君に一度はムリかなと思われた生存の目が出て来たんですよね。

ともかく檜山君については最終的には尸良レベルまで持っていけたらと


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北の山脈地帯へ


原作よりも情報交換がスムーズです、
ちょっとイージー過ぎかもしれませんが……。


 

 

夜明けと共に、ハジメたち一行と愛子たち一行はロビーに集合すると、

フォスから握り飯を受け取り、ウィル及び清水の捜索へと出発する準備を整え始める。

これも昨晩、決めたことだ、ウィルの捜索のついでに清水も探すということを。

 

「ハジメ……いいの?連れてきて」

「清水の件が無いなら、連れていく気はなかったんだが……」

「けど、断る理由もないよね」

 

やや溜息交じりの声を漏らすが、それでもハジメの表情は明るい

愛子の行動力はハジメもジータも理解している。

生徒のためならばどこまでも、である、半端に同行を拒否すれば

単独でいまや危険地帯と化しつつある、北の山脈地帯へと足を踏み入れかねない。

何よりこの変わり果てた身体と心を晒してなお、

自分のことを生徒だと思ってくれていることを、ハジメは正直に嬉しいと思っていた。

 

「どこまでも"教師"ということか」

「生徒思いなんですね」

 

シルヴァとシアも感心したように愛子を見る。特にシアは昨日のデビッドへの一喝もあり、

愛子を見つめる視線は、感謝と尊敬の気持ちが多分に含まれていた。

 

わざわざ見送りに出てくれたフォスやデビッドたちに手を振ると、

まだ朝靄煙るウルの街の北門へと彼らは向かう。

そこから北の山脈地帯に続く街道が伸びており、距離は馬で丸一日くらいだそうだから、

魔力駆動四輪で飛ばせば三、四時間くらいで着く筈だ。

 

「晴れて良かったな」

「うん、絶好の捜索日和だね」

 

ウィル達パーティが、北の山脈地帯に調査に入り消息を絶ってから既に五日

普通に考えれば生存は絶望的だろう。

それでも万一という可能性はある、それに生きて帰せば

イルワのハジメ達に対する心象や評価も限りなく高くなるだろうから

出来るだけ急いで捜索するつもりだ。

 

「と、いうわけであくまでも仕事を最優先にさせて下さい」

「構いませんよ、無理を言っているのはこちらですから……その

ウィルさんでしたっけ?の消息が掴め次第、こちらは構わずにお仕事の報告に

向かって下さい」

 

申し訳なさげに愛子へと頭を下げるジータ、愛子はそんな彼女に微笑みつつ応じる。

生徒のためという名目で強引にハジメたちを自身の目的のために協力させる

つもりなど、元より愛子の中にはないのだから。

 

「ところで清水君のこと、ハジメちゃん知ってる?」

「いや……あんまり知らないな」

 

ハジメは教室での清水の様子を思い出す。

 

「なんか俺嫌われている、というより、避けられているって感じだったな

なんでかは知らないけど」

 

などと話している間に、朝靄の中に北門が見えてくる。

 

「馬の手配は……?」

 

訝し気に周囲を見渡す愛子、北の山脈地帯までは街道沿いに進んでも

馬で丸一日かかると聞いている。

 

ハジメとジータはそんな愛子の疑問に、むしろ我が意を得たりとばかりに頷きあうと、

パチンと宙に伸ばした指を鳴らす。

すると空から大型の四輪駆動車が出現し、愛子たちの度肝を抜く。

 

「ほう……武器だけじゃなく、移動手段も開発済みか、やるな」

 

もっともカリオストロだけは不敵な笑みを浮かべてはいたが……。

早速、興味津々といった風で四輪駆動車のあちこちを調べて回るカリオストロ。

 

「しかし、コイツの動力機関は地上でしか使えないな、空や宇宙に行くには、

また別の方法や装置が必要か……」

「カリオストロさんの世界には車とか無かったんですか?」

「ああ、オレ様たちの世界は空から空、だからな、地上限定の交通や動力機関は

それほど発展しちゃいない、させる必要が無かったというところかな」

 

「なぁ……バイクとかもあるのか?」

 

興奮気味に声を上げる昇、そういえば相川君バイク好きだったっけと思いだすジータ。

 

「後で見せてやるよ、とりあえず乗れない奴は荷台な」

 

一方のハジメは昇の驚きには殆ど興味を示さずに、ぶっきらぼうに告げると

そのまま運転席へと乗り込んでいく。

だが、愛子や優花たちの羨望交じりの視線を受けるハジメの心が

それなりに弾んでいることを、ジータは確かに感じ取っていた。

 

(ホントは凄いって思われるのって気持ちいいよね)

 

 

前方に山脈地帯を見据えて真っ直ぐに伸びた道を魔力駆動四輪が爆走する。

街道とは名ばかりの酷い道ではあったが、サスペンションと整地機能によって

その道中には特に不自由さを感じる者はいないようだった。

 

「しかし、ミレディ・ライセンか、会ってみてぇな」

 

どっかとシートに腰を下ろすカリオストロ。

いくら何でも"反逆者"が未だに健在で迷宮の奥に潜んでいるかもしれないとは

デビッドたちの前で口にするわけにいかなかった。

もしかすると彼らが快く街に残ることを承知してくれたのは、

自分たちに気を遣ってくれたからかもしれない。

 

「こちらでの依頼が終わり次第、フューレンに戻りますので、そこから

ライセンに立ち寄ることも出来ますけど」

 

なんか会わせちゃいけない気もするのだが……。

 

「いや、今のオレ様の役目はアイツらの御守だ」

 

チラと背後を見やるカリオストロ、その視界には荷台で警戒に当たっている、

シルヴァが昇や明人たちの質問攻めにあっている姿がある。

どの表情も明るい、子供のあしらい方には慣れているというのは本当のようだ。

 

「解放者については一先ずお前らに任せるぜ」

 

それからジータはミレディから預かっていた指輪をカリオストロに渡す。

 

「最深部までは自力で辿り着いてってことなので……あと魔法使えないので

誰か前衛を用意してそれから挑んでください」

「それからこれも見ておいて貰った方がいいかなと」

 

ハジメは神水をカリオストロへと手渡す。

 

「こいつが噂の温泉水ってヤツだな……ほう?」

 

カリオストロの眼が細まり、表情が研究者のそれへと変わる。

 

「複製とか……出来ますか?」

「いや、オレ様でも時の流れにゃ逆らえねぇよ……天然のエリクシールか

どえらい幸運だったな」

 

試験管の中の液体を揺らしながら、ハジメに答えるカリオストロ。

 

「ま、それなりの研究施設さえあれば、ちょいと似たような物ならなんとかな」

「あ、一応心当たりならありますよ、きっと満足して貰える筈です」

 

オルクスの工房にもいずれ案内しないといけないなと、ハジメが思ったところで

愛子の声が耳に届く。

 

「それで……南雲君たちは"神"をどうするつもりなのですか?」

 

これもデビッドらの前では話すわけにはいかないことの一つだった。

 

「それは昨日話した通りです、あくまでも私たちは地球に帰るのが目的」

 

一旦、言葉を切るジータ。

 

「神についての対処は二の次です」

「ま、間違いなく邪魔は入れてくるだろうがな……ククク」

 

カリオストロは王宮で己を監視していた何者かの視線を思い出し、

含み笑いを漏らす……それはまるで未来を予測しているかのように。

 

「そしたら殺すしかないだろう……ただその為には俺たちには力がまだまだ足りない

だから大迷宮を攻略する必要があるってわけだ」

 

「大迷宮……あのさ」

「ダメだよ、オルクスの表層ですら怖気づいてこんな所にいる優花ちゃんたちじゃ

真の大迷宮の攻略なんてムリだよ……それに」

 

何かを言いだしそうになった優花をジータが制する、あえて厳しめの言葉で。

 

「……今のハジメちゃんを見て、それでもそういう事が言えるの?」

 

あ、と、隻腕白髪のハジメの姿をまじまじと背後から眺める優花。

自分たちの想像を絶する何かの果てにハジメが変わってしまったのは、

頭では理解できる、だが、やはりまだ教室でのハジメの姿が重なるのだろう。

だから、もしかして自分でも……と、思ってしまうのは無理もないことなのかもしれない。

 

北の山脈地帯は魔物が多いと聞く、ハジメとジータが愛子たちの同行を許したのは、

ここで自分たちの実力を見せつけて置けば、

今後、半端に首を突っ込むこともないだろうという判断もあった。

 

(先生もだけど、優花ちゃんも言い出したら聞かないところあるもんね)

 

「ねぇ、ところでぇ~そろそろぉ、皆に改めてこの子について教えて貰えるかなぁ~」

「!!」

 

いきなりのカリオストロの猫なで声に思わず飛びのくユエ。

そんなユエの反応を楽しみながらも、カリオストロはユエの身体に腕を絡めていく。

むずがるユエだが、吸血族の膂力を以ってしても、何故か振り払うことが出来ないようだ。

 

「昨日はコイツのコトについちゃロクなコト聞いてねぇからな、どうせデビッドたちには

聞かせたくない素性があんだろ?」

 

「だからぁ~ユエちゃんの自己紹介、カリオストロ聞きたいなっ♪」

「……」

カリオストロの擬態を醒めた目で見つめるユエ、そのまま問いかけるようにハジメへと

視線を移す。

 

「いいぞ、前に話したろ、その人は俺たちの恩人、師匠だからな」

 

頷くとユエは自分の素性をカリオストロや愛子へと語っていった。

裏切られ地の底に封印されたこと、

ハジメたちに救い出されるまで孤独の時を過ごしていたことも。

 

「南雲君や蒼野さんに見つけて貰えなかったら、ずっとひとりぼっちだったんですね」

「……かわいそうだよ、ユエちゃん」

 

愛子や優花のすすり泣く声が聞こえる。

しかしカリオストロだけは怪訝な顔をしている。

 

「……いや、ユエ、オマエ殺しきれないって理由で封印されたって言ったな

実際何かされたのか?」

「……ううん、叔父さんは私が不死身ってこと知ってたから、無駄な事は

しなかっただけだと……」

「……」

 

(ホントにそうか?)

 

車窓から流れる景色を見ながらカリオストロは考える、

ユエの身体は確かに限りなく不死身に近いのかもしれない、

しかし……精神や魂魄は必ずしもそうではないとしたら。

 

(オレ様が、その叔父さんなら身体はダメでも心を殺す方法を考えるだろうな

単に王位が欲しいならデクノボーにしちまう方がまだ楽だろうに……)

 

 

「ここが北の山脈地帯か」

「なんか凄い景色だね」

 

車を収納し、目の前に広がる風景に何とも言えない感想を漏らすハジメとジータの二人。

 

生えてる木々もバラバラなら、紅葉に彩られた山があるかと思えば

枯れ木に覆われた山があったりと、季節感もバラバラで、

さらに山の標高も千メートルから八千メートルとデコボコで

様々なバラエティに富んでいる。

 

「この季節感の無さが、四季ないまぜの風景こそ、ウルの街の恵みの理由の一つなのですね

そしてこの山脈の端に"神山"があるそうです、ここから……約千六百キロほど離れている

らしいですね」

 

こちらは社会科の教師らしい感想の愛子、なんだか捜索というより、

野外学習の雰囲気が漂いだす。

ちなみに彼女の実家は果樹園らしいと聞いたこともある。

 

ハジメとジータは小さな指輪を取り出し、自らの指に嵌めると

さらに鳥型の模型を四機ずつ、合計八機を宝物庫から取り出して、

飛び立たせる。

 

機械の鳥が旋回しながら八方向に散っていくのを、各自それぞれに眺めながら

あれは何だとカリオストロが口にする。

 

「無人偵察機」

「なかなか面白いモノ作るな、オマエは」

「ちょうど参考に出来るモノがあったんでね」

 

ハジメが参考にしたのは、ライセン大迷宮での騎士ゴーレムたちだ。

実際はその真価を発揮することなく、一方的に屠られてしまった彼らではあるが。

後からミレディに聞いてみると、遠透石といういわばカメラのレンズの

役割を果たす鉱物をゴーレムたちの頭部に仕込んでおり、それでもって

ハジメたちの細かい位置を把握する作戦だったそうだ。

 

『視覚を全部闇で閉ざされた時には焦ったよ…』

 

そう、しみじみと敗戦の弁を語っていたミレディを思い出す二人。

 

「「しかも脳波コントロール出来る!」」

「ん、だよね」

「急に叫ぶな」

 

とはいえ、人間の脳の処理能力の問題で、

単純に飛ばすだけでも同時に動かせるのは四機までだが

"瞬光"を使えば時間制限つきではあるが、七機まで同時・精密操作することが可能だ。

 

「まぁ今回はそこまでする必要はないだろ"瞬光"は疲れるからな」

「私のと合わせて合計八機あれば空からの探査は十分だと思うしね

……映像はそっちに送るね、っと」

 

そこまで話すと、くるりと身を翻すジータ。

 

「今のうちにジョブチェンジしとくね」

 

ジョブチェンジと聞いて、思わずジータへと視線を集中させる男子トリオ。

ジータの身体が光に包まれて数分……。

 

一瞬、アッティカ式の兜とマント……そしてビキニアーマーを纏ったジータが

光の中から姿を現したかと思うと、また再び光に包まれ、

そしてようやく完全に光が晴れたその跡には。

 

「わぁ!浴衣」

「棚田を見てたら日本が懐かしくなっちゃってね」

「わかるわかる」

 

桃色を基調とした花柄の浴衣を身に纏ったジータに、

歓声をあげる女性陣、一瞬ビキニアーマーに目を奪われた男子トリオも、

和装に合わせてアップ気味に結い上げられた後ろ髪から覗く

そのうなじに、これはこれでと視線が釘付けだ。

ただしその腰には大剣の鞘がしっかりと挿されているあたり、

決して浮かれているわけではないのがわかる。

 

ちなみに今回ジータが選択したジョブは、かつてメインに使用していた

フォートレスの上位ジョブである、"スパルタ"である。

フォートレス以上に防御に優れ、かつ攻撃遅延能力までも併せ持つ、

まさに古のスパルタ歩兵の如く、粘り強く戦い抜くことが可能なジョブだ。

 

ただし、基本コスチュームがアッティカ兜とマントに加え、ビキニアーマーと、

露出がやや高いのが悩みどころではあったが。

 

「ええと、魔物の目撃証言って六合目くらいだったっけ?」

「じゃあまずは、そこを目指すぞ」

 

 





連休明けまでにティオ戦をお届けできればと考えてます。 


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ピクニック&黒竜討伐


基本は原作通りですが、少し展開を変えてます。


 

 

「休憩したほうがいいんじゃない?そろそろ」

「たくだらしねーぞ、テメェら」

「ウロボロスに乗っかってるだけだろう、カリオストロ」

 

一時間後……六合目に到着したハジメたちは、ここで小休止を取ることになる

ウィルたちの痕跡をそろそろ調べる必要もあったが……最大の理由は。

 

「はぁはぁ、きゅ、休憩ですか……けほっ、はぁはぁ」

「ぜぇー、ぜぇー、大丈夫ですか……愛ちゃん先生、ぜぇーぜぇー」

「うぇっぷ、もう休んでいいのか? はぁはぁ、いいよな? 休むぞ?」

「……ひゅぅーひゅぅー」

「ゲホゲホ、南雲達は化け物か……」

 

背後の惨状にため息をつきつつも立ち止まるハジメ、少し優越感を感じてしまうのは、

彼がまだ人の心を残している証だろうか?

 

愛子たちとて、この世界の常人の数倍のステータスを誇ってはいるのだが

それでもハジメたちの常軌を逸したステータスでの登山にまともに付き合ってしまい

結果、完全にヘバってしまっていた。

 

「ホラ……みんな、近くに川あるからそこで休も」

 

ジータに促され、フラつきつつも動かない足を無理くり動かし

山道を歩む愛子たち、そんな彼女たちの耳にもせせらぎの音が聞こえて来る。

その心地よい音にシアの耳がピコピコと跳ねているのを見て、

ずっしりとした疲労の中でも、少し癒される一同だった。

 

安全を確認した後、ハジメたち一行は川岸の岩に腰かけ小休止を取る。

ユエとシアが水辺で素足を晒す姿に歓声をあげる男子トリオ。

もっとも女子たちの窘めるような視線を感じると、すぐに黙り込んでしまったが。

 

「ふふっ、南雲君はホントにユエさんたちを大事になさっているんですね」

 

愛子が嬉しそうに、同じく嬉しそうにハジメたちを見つめているジータに話しかける。

 

「二股は許さないんじゃなかったんですか?」

「それは……ですが、ユエさんの境遇を聞いてしまいますと」

 

見ると、ユエがハジメの膝の上に腰を下ろして座り込んでいる。

負けじとシアもハジメの背後からヒシっと抱き着く。

その体重を完全に預けている姿は、ハジメのことを心から信頼している証だろう。

素直に自分の教え子が、誰かにそういう安らぎを与えられる存在へと、

成長したことを、愛子は教師として喜ばずにはいられなかった。

もちろん、そこに至るまでの苦難については心を痛めざるを得なかったが……。

 

「しかし自動再生か……オレ様のボディにも似たような機能があるんだが」

 

そんな中で、ユエのその美しい身体をまじまじと眺めるカリオストロ、

錬金術とカワイイの粋を集めたと自負するボディではあったが、

やはり天然の美には僅かながらも及ばないなと認めざるを得ない。

 

「次に身体を造る時は参考に……」

 

そこでハッ!と何かに一瞬思い当たったかのような表情を見せるカリオストロだったが。

 

「……これは」

「ん……何か見つけた?」

「川の上流に……これは盾か?それに、鞄も……まだ新しいみたいだ

当たりかもしれない、皆行くぞ」

 

ハジメの言葉にスッと立ち上がり、迅速な動きを見せるユエたち

それに対して、愛子たちはまだ疲労が抜けきってないようで、

こちらの動きは、相変わらずヨタ付いたままだ

 

それでも猛スピードで上流へと遡っていくハジメたちに必死になって追いすがる。

それを最後尾で、もたもたすんじゃねぇと督戦するカリオストロだが、

こちらはなにやら狐につままれたような表情だ。

 

(なんかオレ様、さっきとても重要な何かに気が付いたような……)

 

上流に進むにつれて、折れた剣やひしゃげた盾、引き裂かれた樹木といった、

争いの形跡がまざまざと彼らの前に姿を現す。

 

「蒼野さん、これ、ペンダントでしょうか?」

「遺留品かもしれないですね」

 

愛子からペンダントを受け取り、汚れを拭きとると、このペンダントが

ロケットだということに気が付くジータ。

こんなのテレビとかでしか見たことないやと思いつつも、留め金を開くと、

中には女性の写真が入っていた。

 

「誰かの奥さんか、彼女かな?」

「見た感じ、写真はともかくペンダントはまだ新しいな、一応回収しとけ」

 

その後も遺品らしき物を回収しながら、彼らは無人偵察機が異常を検知した場所へと辿り着く。

時刻はもう夕方だ、そろそろ野営の事も考えないといけないと思いつつも、

ハジメたちは無惨になぎ倒された木々や、巨大な足跡を検分する、

どうやらここで本格的な戦闘があったに相違ない。

 

「大型で二足歩行する魔物……確か、山二つ向こうにはブルタールって魔物がいたな

だが、この抉れた地面は……」

 

レーザーで抉られたような川辺を一瞥するハジメ、自分の調べた限り

ブルタールはこんな攻撃手段は持ってない筈だ。

 

「さて……上流か、下流か」

「逃げるなら下流じゃないかな?少しでも街の方へ、麓へと近づきたいと思うし」

「それに魔物の足跡は川縁にある……ということは彼らは川に逃げ込んだはいいが

そこで力尽き流された可能性が高いな」

 

ジータとシルヴァの言を取り入れたハジメ一行は下流に向かう、

と、轟音と共に巨大な滝が一行の行く手に現れる。

 

「あの滝壺の奥…」

「ああ、気配感知にかかったな、ユエ」

「……ん"波城" "風壁"」

 

ハジメの意図を察したユエが、魔法の名と共に右手を振り払う。

それだけで豊かな水量を誇っていた滝と滝壺の水が、まるでモーゼの如く

真っ二つに割れ、滝壺の裏の洞窟が姿を見せる。

 

ユエの魔法にポカンと口を開けたままの愛子らを促し、

ハジメたちは洞窟へと踏み込んでいく、すると奥の突き当りの空洞の中に

二十歳くらいの青年が倒れているのを発見する、

様子を見るに顔色こそ悪いが、大きなケガはしていない……。

単純に睡眠を取っているだけのようだ。

 

「……ええと」

 

とりあえず揺さぶって起こそうとしたジータだったが、

それを遮るようにハジメは、容赦なく青年の額にデコピンをかます。

 

「ぐわっ!」

「お前が、ウィル・クデタか? クデタ伯爵家三男の」

「いっっ、えっ、君達は一体、どうしてここに……」

 

額を両手で抑えながらのたうつ青年に、さらに容赦なく

矢継ぎ早に質問をぶつけていくハジメ、勿論デコピンの構えは解かないままだ。

 

「質問に答えろ、答え以外の言葉を話す度に威力を二割増で上げていくからな」

「えっ、えっ!?」

「お前は、ウィル・クデタか?」

「えっと、うわっ、はい! そうです! 私がウィル・クデタです! はい!」

 

痛みと恐怖を堪えながらもなんとか名乗るウィル、この五日間、

奇跡的にも何とか生き延びていたらしい。

 

「そうか……俺は」

「ジータ、蒼野ジータ、フューレンのギルド支部長イルワ・チャング氏からの依頼で

ウィルさんたちの捜索に来ました、生きていてよかったですね」

 

何とか名前こそ名乗れたものの、怯えを隠せないウィルへと

ハジメに代わってジータが状況を説明する。

 

「イルワさんが!? そうですか、あの人が……また借りができてしまったようだ……

あの、あなたも有難うございますイルワさんから依頼を受けるなんてよほどの凄腕なのですね」

 

デコピンを受けたにも関わらず、尊敬を含んだ眼差しと共に礼を言うウィル。

余程の人格者かお人よしかのどちらかだろう。

ともかくウィルはポツリポツリと五日前の出来事を語っていく。

 

ウィルたちパーティは五日前、ハジメ達と同じ山道に入り五合目の少し上辺りで

突然、十体のブルタールと遭遇し、すぐさま撤退に移ったのだそうだ。

 

「私たちは逃げました……追われながら逃げて、逃げて大きな川に

でも…そこで……ああああ」

 

装備の幾つかを失いつつも、何とか振り切れた……と思った時。

そこには漆黒の龍が待ち構えていたらしい。

黒竜は、ウィル達が川沿いに出てくるや否や、特大のブレスを吐き、

その攻撃でウィルは吹き飛ばされ川に転落。

そのブレスで三人が跡形もなく消え去り、残り二人も新手のブルタールと竜に

挟撃されていたという。

 

「そして…私はそれを見ていることしか出来なかった!わ、わだじはさいでいだ、

うぅ、みんなじんでしまったのに、何のやぐにもただない、

ひっく、わたじだけ生き残っで……それを、ぐす……よろごんでる……わたじはっ!」」

 

ウィルの慟哭に誰も答えられない。誰もが悲痛な表情でウィルを見つめている。

が、そんな雰囲気の中でハジメは。

 

「それが当たり前だろ、人間なんだから、生きてることを素直に喜んでいいんじゃないのか?

それが悪いことだなんて、俺には思えないな、誰だって死にたくないし

生きてりゃそれだけでめっけもんだ」

 

その言葉には自らに言い聞かせるような響きがあるのを、ジータは感じ取っていた。

 

(重ねているんだね……ウィルさんと自分を)

 

「だ、だが……私は……」

「それでも、死んだ奴らのことが気になるんなら……せめて生き続けろ

これから先もさ、そうすりゃ、いつかは……今日、生き残った意味があったって、

無駄じゃなかったって、そう思える日が来るだろう」

「……生き続ける」

 

ハジメの言葉を呆然と繰り返すウィル、一方のハジメもまた苛立ちを隠していない。

ウィルが自らの生を後悔している姿が、まるで自分の生存すら間違いと、

言われているような気がして、つい熱くなってしまった―――。

そんな彼を抱きしめるジータ。

 

「お…おい」

「大丈夫……私が、私たちが与えるよ、ハジメちゃんが生き残った意味を」

 

ユエもギュッとハジメの手を握る。

 

「……全力で生きて、生き続けて…」

 

シアも両手を広げその豊かな胸へとハジメたちを掻き誘う。

 

「みんなでずっと一緒にいるですぅ!」

 

(……そうだな、俺にはこんなにも大切な家族が……仲間がいるんだから)

 

「……ははっ、ああ当然だ、何が何でも生き残ってやるさ……皆で一緒に地球に

故郷に帰るんだ」

 

「アイツめ、ホント変わっちまったもんだぜ」

「ええ、ホントですよ」

 

生徒の成長に目を細めるカリオストロと愛子。

 

「昔は違ったのか……私はあのハジメしか知らないのだが?」

「シルヴァさんにも後で教えてあげますよ」

 

首を傾げるシルヴァに愛子が微笑みながら応じる。

 

ともかく彼らはさっそく下山し街への帰路へと就く。

黒竜やブルタールも確かに気にはなるが、まずはウィルの保護が先決だ。

 

「後は清水君だけど……どうします?」

「それは私たちで何とかします、そういう約束ですから」

 

即答する愛子、頼みたい気持ちもあったが

彼らには彼らの目的があるのだ、"ついで"で頼んでいい事柄ではない。

それに大人として教師として約束は守らなければならない。

 

ユエが再び魔法で滝壺の水を割り、彼らは洞窟の外へ出る。

と、そこで先頭に立っていたハジメが不意に立ち止まり、

ジータも異変を察知したのか、ハジメの隣へと進み出る。

 

「グゥルルルル」

 

そこには西日を背にした漆黒の竜が金色の瞳を光らせながら、翼をはためかせていた。

 

 

その竜の体長は七メートル程、その背中からは大きな翼が生えており、

全身を覆う漆黒の鱗は魔力を帯びているのか薄らと輝いて見え、

長い前足には五本の鋭い爪を備えている。

 

翼がはためく度に風が渦巻き、獰猛な唸り声がその風に乗って

ハジメたちの耳へと届く。

 

さらに加えて、ひぃと愛子たちグループの誰かの悲鳴も耳に届く。

ジータが振り向くと、まず襲われた記憶が甦ったか、ガタガタ震えている、

ウィルの青い顔が目に入る。

 

黒竜に視線を戻すジータ、金色の鋭い瞳と冷静さを失わない青い瞳からの

視線と視線がぶつかり合い火花を散らす。

 

「ヒュドラよりは……ずっと落ちるかな?

「あの戦いの痕跡から見て、相当の奴とは思ってたが……」

 

西日がマトモに目に入り眩しさに目を細めるハジメ。

それでも黒竜の顎が吐息のような唸りを響かせながら大きく開き

その奥から光が満ちていくのは見逃さない。

 

「ブレスが来るぞ!お前ら逃げっ……」

 

しかし愛子たちやウィルは完全に身体が硬直しているのか、まるで動けていない。 

 

『シールドワイア!』

 

ジータが浴衣の袖を翻すとそこから放たれた巨大な盾が竜に直撃し、

ブレスの光が消えていく。

『ディレイ』と同じくこのアビリティも相手の特殊技を遅延させる効果がある。

 

「ちと勿体ねぇがくれてやる!『リーンフォース』」

 

恐慌状態の愛子たちへ気付けのアビリティを付与するカリオストロ、

はっ!と夢から醒めたように周囲を見渡し、状況を理解する愛子たち。

 

「テメェらボサっとすんじゃねぇ!広い場所に出るぞ!」

「は……はい!」

 

カリオストロに叱咤され、突然技のタイミングをズラされ、

何が起きたのか理解してないかのような黒竜の足元を、

潜り抜けるようにハジメたちに続いて、愛子たちも滝壺の入り口から、

やや開けた河原へとなんとか退避し、そんな彼らが先ほどまで立っていた辺りを

光線が薙ぎ払っていき、豊かな水量を誇っていた滝が蒸発するような音が

背後から聞こえてくる。

 

『ミゼラブルミスト』

 

ジータはすでにお決まりとなった黒霧でもって黒竜の行動を制限しようとする、

しかし……気を取り直した黒竜は、まるで何事も無かったかのように

そのまま機敏な動きでハジメらを阻もうとする。

 

「ミストを弾いたっ!この竜、弱体防御も高そう!」

「だったらオレ様のコイツはどうだ!『コラプス!』」

 

カリオストロの杖から放たれた、重力の渦が黒竜の動きを戒める。

 

「お前ら早く後ろに下がれ」

「カリオストロさんはどうするんですかっ!」

 

愛子の上ずった問いかけにカリオストロは、いつもの斜に構えた邪悪な笑みではなく

にっこりと真っ当な美少女の笑顔で答える。

 

「カリオストロちゃんもぉ~久々に暴れたくなっちゃったのぉ~」

 

ただしすぐに真顔に戻り、矢継ぎ早に指示を飛ばすが。

 

「シルヴァ、ガキどもの守りを頼むぜ、オマエの銃の腕前なら、

安全圏からでもヤツに届くはずだ」

「承知した」

「ユエちゃんも念のために愛ちゃんたちについていて!」

「んっ」

 

ジータの声に強く頷くとユエもシルヴァに続いて愛子らを引き連れ、

後方へと下がっていく。

そしてハジメ、ジータ、シア、カリオストロの四人が黒竜と対峙することとなる。

まずはシアの身体が身体強化によって輝きを帯びていく。

ほう……と、面白げにその様子を見やるカリオストロ。

 

「ま、オレ様が世界で一番カワイイに決まってるが……コイツをくれてやるぜ」

 

『ファンタズマゴリア』

 

カリオストロが指を鳴らすとシアの身体がさらなる輝きを増す、

いやシアのみならずハジメやジータ、そして

当のカリオストロの身体も活性に満ちた光で満たされていく。

 

「み、みなぎってきたです~ぅ!」

 

気合いの籠った叫びと共にドリュッケンを構え跳躍するシア

自らの強化+カリオストロの強化によって、その跳躍は普段の二倍にも昇っている。

くるくるくるくるとさらに跳躍の頂点で回転を加え、落下の勢いを増そうとするシア

そのまま勢いに任せ落下しつつ、ドリュッケンへ魔力を注ぎ込み、

ハンマーの重量を加算させることも忘れない。

 

「後頭部取ったですぅ!」

 

だが、ここで外すのが残念ウサギクオリティである。

あまりにも強化されすぎた肉体に感覚が追いつかず、結局シアの一撃は、

わずかに黒竜から外れ、その翼を掠めたに過ぎなかった。

しかしそれでもその衝撃によって地に叩きつけられる黒竜。

 

「グルァアア!!」

 

しかし黒竜も黙ってやられているだけではない。

濛々と舞う土煙に紛れ、唸りを上げながら無数の火炎弾を周囲にバラ撒いていく。

 

『ファランクスⅡ』

 

ジータが再び浴衣の袖を翻し、腕を振るとやはりそこから無数の盾が宙を舞い、

ハジメや愛子たちを火炎弾から守るべく、彼らの身体を保護していく。

かつてのファランクスとは違い、このファランクスⅡのダメージカット効果は、

なんと七割にも及ぶ。

さらにユエとシルヴァが次々と火炎弾を後方から撃ち落としていく。

 

「……凄い」

 

ウィルが呆然と呟く。

 

そしてドリュッケンを軽々と背負い、第二撃を放つシア。

今度は黒竜は尻尾でもって応戦しようとするが。

 

「今度はこっちの番ですぅ」

 

その挙動を読んで後方へと飛び退ったシアによって、振り下ろした尻尾は空しく空を切る。

そのままシアは後方の崖を蹴って地を這うように跳躍し、加速をつけて

引き摺るように構えたドリュッケンを、下手から掬い上げるように、

今度こそ黒竜へと叩きつけることに成功する。

その威力は凄まじくまるでレシーブされたバレーボールのように黒竜の巨体が

錐もみしながら宙へと浮き上がる。

 

さらにレールガンでは効果薄と見たハジメの義手が唸りを上げ、

縮地と空力でもってして空中高く舞い上がり、黒竜の腹部へと

穿つようなアッパーを叩き込む。しかし手応えこそあったが、

砕けるのは鱗のみで本体にダメージがさほど届いているとは言い難い様子に、

ハジメは苦い表情を見せる。

 

「ならこいつで直接穴を開けてやるぜ……」

 

しかめっ面をすぐに獰猛な笑顔に塗り変えると、

宝物庫からパイルバンカーを取り出し、義手に装着するハジメ。

弾がダメなら杭で、ということか。

しかしこの判断をハジメは深く後悔することになる……それもわりかし近い間に。

 

盛大に打ち上げられ錐もみしつつも、空中で体勢を整えだす黒竜。

あれだけの一撃を与えられておきながら、さしたるダメージは受けていないようだ。

その証拠に、先ほどは良く分からない何かによって放つのを妨害された

ブレスの光がまた黒竜の口内を満たし始める……だが。

 

「やっとこの身体にも慣れて来たですぅ!」

 

笑顔でホバリングする黒竜の頭上で宙返りを見せるシア、

もちろんその両手にはドリュッケンが握られたままだ。

そして今まさにブレスを放とうとする黒竜の横っ面へと、

加速と荷重をかけた一撃を炸裂させる。

 

「~~~~!」

 

空気の抜けたような音と共に明後日の方向へとブレスを吐きながら

またしても吹き飛ぶ黒竜、それを見てパイルバンカーを構え

慎重に追撃のタイミングを図るハジメ……しかし。

 

調子に乗ったシアがさらにオマケとばかりに、黒竜が吹き飛ぶ方向へと先回りし

さらなる一撃を黒竜の身体へと叩きつける。

今度は野球のボールのようなライナーでもってまたしても吹っ飛ぶ黒竜、

その瞳に鋭さはない、さすがに意識が飛んでしまっているようだ。

そしてその先には―――今まさに地面を蹴り、

勢いのままにパイルバンカーをお見舞いしようとしていたハジメの姿があった……。

 

「おい!シアこっちめがけて打つんじゃねぇ!」

 

竜の巨体が自らの方向へと吹っ飛んでくるのが目に入り

慌ててブレーキを掛けようとするハジメだが、もちろん急には止まれない。

しかもその身体能力はカリオストロのバフによって増強されており、普段と勝手が違う。

ブレーキを掛けつつ、パイルバンカーをあえて空中でカラ撃ちすることで、

強引に方向転換を図ろうとするが、逆に身体のバランスを崩してしまう。

 

「と……とと」

 

そしてカラ撃ちされ、露出したパイルバンカーの杭が、

何か柔らかいものにズブズブと刺さっていく、勢いのままに……。

 

"アッーーーーーなのじゃああああーーーーー!!!"

 

妙に艶の入った悲鳴と共に……。

 

 





というわけであっさりと攻略完了
やっぱり攻防30%+クリティカル発動50%UPのバフは破格。


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その名はティオ・クラルス


原作とは若干シチュエーションが変わってます。 


 

 

 

"ぬ、抜いてたもぉ~、お尻のそれ抜いてたもぉ~"

 

不可抗力とはいえ、ハジメのパイルバンカーをあろうことか

尻穴に挿入してしまうという壮絶な自爆を遂げた黒竜。

自ら抜こうとしているのか、それともさらなる奥へと杭を導こうとしているのか、

身体を揺すらせる度に、何とも情けなくも哀願するような女の声が響き渡る、

しかも直接脳内に。

 

(確か……人語を話せる……意思疎通が可能な魔物は一種類しかいなかった筈、

それも確か……)

 

考え込むジータ、いかに北の山脈地帯が未踏・未開の地が未だ多くとも

ここまで強大かつ目立つ魔物がこんな所に存在しているのであろうか?

可能性としては二つ、文字通りの未開の地から現れ出でた未知の魔物

しかし……だとすればこんなに流暢に人語を扱えるだろうか……。

 

そして、もう一つの可能性。

ジータは、義手からパイルバンカーを一先ず取り外そうとしてるハジメを眺めつつ

黒竜へと問いかける。

 

「ねぇ?あなたって竜人族?」

 

"む? いかにも。妾は誇り高き竜人族の一人じゃ、偉いんじゃぞ? 凄いんじゃぞ?" 

 

「自分で自分を偉いって言うかなあ」

 

溜息をつくジータ。

 

"だからの、いい加減お尻のそれ抜いて欲しいんじゃが……"

 

「だったらそんなに身体を揺するなよ!」

 

呆れ声で叫ぶハジメ、言葉では抜いて欲しいと願いつつも、

身体はそれとは逆の路線へと導かれているようだ。

 

"か……悲しいのぉ……性(サガ)というものは"

 

ジータや愛子を始めとする女性陣が一様に嫌な顔をする。

 

「竜人族……滅んだって聞いてる、どうしてこんなところに?」

「ユエが聞いてるんだぞ、悶えてないでキリキリ答えろ!」

 

ハジメは容赦なくグリグリツンツンと黒竜の尻に突き立った杭に刺激を与える。

その旅に巨体をくねらせ悶え声を発する黒竜。

 

「もうやめてあげなよ~ハジメちゃん、このまま悶えられても不愉快なだけだしさ」

 

たまらずジータが止めに入る、その顔色は妙に上気しているように見える、

たしかにこのままでは埒が明かないので、グリグリは止めてやるハジメ。

もちろん片手は杭に添えたままではあったが。

 

"妾は、操られておったのじゃ。お主等を襲ったのも本意ではない。

仮初の主、あの男どもにそこの青年を捕らえろと命じられたのじゃ"

 

「どういうことだ?」

 

"うむ、順番に話す、妾は……"

 

黒竜はやや急ぎ足で事情を語ってゆく。

 

竜人族は山脈の奥地でひっそりと暮らしていたのだが。

そんなある日、大魔力の放出と同時に、何かがこの世界にやって来たことを感知した

者がいたらしい。

 

"数ヶ月ほど……前のことじゃ "

 

「私たちが呼ばれた時だね、で、それから?」

 

"妾たちはあまり表舞台には関わらぬ掟があるのじゃが、事が事じゃ

それで調査することになった、それで……"

 

「あなたが選ばれたと、で?」

 

黒竜はジータに促されるままにさらに言葉を続ける。

 

"ひ……人里に紛れる前に休息をと思ってのぉ~~ひと眠りしとったんじゃ

そうしたら黒いローブと黒い鎧の二人組が現れて、妾の心を蝕んでいきおったのじゃ"

 

「何が"いきおった"だ!分かってるなら反撃くらいしろや!」

 

憤りのままにまた杭を揺すり始めるハジメ、あああとまた悶え声を上げ始める黒竜。

 

「だから止めたげてよ、ほら、モットーさんが言ってたでしょ、あの諺」

 

"そ、そうじゃ、我々竜人族はひとたび竜化し眠りにつけば……このような目にでも

逢わぬ限り、満足するまで目覚めることは無いのじゃ……"

 

「そもそも大事な調査の前に、居眠りするのが間違いだと思うんですけど」

 

愛子のツッコミに頷く一同……流石に気まずいのかここで言葉を切る黒竜。

 

「……竜人族は肉体のみならず精神や魔法に対しても高い防御力を誇ってるって

聞いたことがある……そんなあなたがどうして?」

 

ユエの疑問はジータにとっても思うところである。

ミゼラブルミストを弾くほどの耐性をもって置きながらなぜむざむざと……と。

 

"あ、相手は恐ろしい男じゃった、そりゃあもう、闇系統の魔法に関しては

天才と言っていいレベルじゃろうな……そんな男に丸一日かけて間断なく

魔法を行使されたのじゃ、いくら妾と言えど、流石に耐えられんかった……"

 

口調こそ悲痛ではあったが、どこか言い訳じみた風に聞こえてならない、

しかしカリオストロと愛子は、闇系統という言葉を聞いて明らかに眉を顰めている。

その表情には明らかに焦燥の色があった。

 

(幸利……まさか)

 

「オイ、その黒いローブの男についてもう少し詳しく教えろ」

 

ずいと身を乗り出すカリオストロ。

 

"何やら脅されているような感じじゃったの、妾を洗脳しておる間も

もういいだろう?とか、相方の黒い鎧の男をしきりに気にしておったな"

ああ、丸一日もかかりやがってと怒られておったな……。

 

その後は黒い鎧の男に従わされ、男を背に乗せ、

山脈のあちこちをひたすら飛び回らされたそうだ。

そして、ウィルたちを殺せと命令を受け……。

 

「ここに差し向けられて、私たちに遭遇したと」

 

"ああ、ただ妙な事を言っておったな、一人だけは生け捕って連れて来いと"

 

生け捕りという言葉を聞いて、少し納得するジータ、何故なら黒竜の戦い方には

少し加減のようなものを感じていたからだ、全員殲滅するつもりで暴れられていれば

もっと手こずっていたに相違ない。

 

「……ふざけるな」

 

ウィルの怒声が飛ぶ、落ち着きを取り戻すと同時に、仲間たちを殺されたことへの

怒りが湧き上がったようだ。

 

「……操られていたから…ゲイルさんを、ナバルさんを、レントさんを、

ワスリーさんをクルトさんを! 殺したのは仕方ないとでも言うつもりかっ!」

 

黒竜はただ沈黙を守るのみだ、それがさらに気に障るらしい。

 

「大体、今の話だって、本当かどうかなんてわからないだろう! 

大方、死にたくなくて適当にでっち上げたに決まってる!」

 

"……今話したのは真実じゃ。竜人族の誇りにかけて嘘偽りではない"

 

「そんなっ……」

「……きっと、嘘じゃない」

「っ、一体何の根拠があってそんな事を……」

 

なおも言い募ろうとするウィルだったが、ユエに口を挟まれる。

 

「……竜人族は高潔で清廉」

 

一瞬、ホントかよと目の前の黒竜へと腑に落ちない視線を落とす一同。

その疑いの視線に晒され、ぶるると身を震わせる黒竜。

 

「私は皆よりずっと昔を生きた……竜人族の伝説もより身近なもの、

彼女は"己の誇りにかけて"と言った、なら、きっと嘘じゃない…それに……」

 

ユエは遠くを見るような寂しげな表情で続ける。

 

「嘘つきの目がどういうものか私はよく知っている」

「……」

 

寂しげで、それでいて怯えるような表情のユエ、

ハジメとジータはそんな彼女を救い出したこと、そして今、

こうして彼女の信頼を得られていることを心から安堵していた。

 

"ふむ、この時代にも竜人族のあり方を知るものが未だいたとは……

いや、昔と言ったかの?"

 

「……ん。私は、吸血鬼族の生き残り、三百年前はよく王族のあり方の見本に、

竜人族の話を聞かされた」

 

"何と、吸血鬼族の……しかも三百年とは……なるほど死んだと聞いていたが、

主がかつての吸血姫か、確か名は……"

 

「ユエ……それが今の私の名前、新しい家族に貰った新しい名前、そう呼んで欲しい」

 

ユエが、薄らと頬を染めながらハジメとジータへと視線を移し、

二人もまたそんな彼女へと少し照れながらも微笑んで頷く。

 

道中、すでにユエの素性を聞いている愛子や優花ら女性陣らからも、

よかったねと祝福する声が漏れる、昇ら男性陣も頬を染め、妖艶な魅力に溢れる

ユエに見とれつつも、その温かい雰囲気にほっこりとした表情を見せる。

それはウィルも例外ではないのだが……。

 

「……それでも、殺した事に変わりないじゃないですか……

どうしようもなかったってわかってはいますけど……それでもっ! 

ゲイルさんは、この仕事が終わったらプロポーズするんだって……

彼らの無念はどうすれば……」

 

それでも親切にしてくれた先輩冒険者達の無念は拭いされない様だ。

黒竜の言葉が嘘でないと分かっていても……。

 

「あああああああ!」

 

叫びながらやり場のない怒りに拳を地面に叩きつけるウィル、

そんな彼の背中越しにジータは話しかける。

 

「あの……これ、ゲイルって人の持ち物じゃないでしょうか?」

 

そう言ってロケットペンダントをウィルの目の前に垂らしてやる、と

次の瞬間にはウィルはペンダントをひったくる様に握りしめ、その胸に掻き抱く。

 

「ああ!ママン!」

「ママぁ!?」

「あ……すいません」

 

貴族にあるまじき振る舞いに、まずはジータへと一言謝ると、

何が何やらのハジメたちに、説明を始めるウィル

 

「これ僕のロケットです!無くしたと思っていたのに!

見つけてくれてありがとうございます!」

「これゲイルさんって人の恋人じゃないの?」

「ああ、あり得ませんよ、あの人男の方が好みですから」

「聞くんじゃなかった」

 

「お母様にしては随分若いように思えますけど?」

 

それでも首を傾げる愛子、確かに写真の女性は二十代前半と言ったところに見える。

 

「せっかくのママの写真なんですから、若い頃の一番写りのいいものがいいじゃないですか」

「ああ…」

 

ジータ同様、聞くんじゃなかったという顔の愛子、そして話は

いよいよ黒竜の措置へと本格的に移行する。

殺すべきだと主張するウィル、色々と理屈を並べてはいるが

その主だった理由が復讐なのは明白だ。

 

黒竜がゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

"操られていたとはいえ、妾が罪なき人々の尊き命を摘み取ってしまったのは事実

償えというなら、大人しく裁きを受けよう……だが、それには今しばらく猶予をくれまいか

せめて、あの危険な男を止めるまで、あの連中は、魔物の大群を作ろうとしておる、

竜人族は大陸の運命に干渉せぬと掟を立てたが、今回は妾の責任もある

放置はできんのじゃ……勝手は重々承知しておる。だが、どうかこの場は見逃してくれんか"

 

「……大群ねぇ」

 

首をクキクキと鳴らすハジメ、お前の都合なんざ知ったことじゃないと

見捨てることが出来れば楽なのだろうが……。

 

(そんな生き方を俺は……)

 

チラとジータやユエ、シアらを見るハジメ。

 

(まいったな)

 

一方のジータもまた何やら考えている風だ。

 

"迷ってるようなら、取り敢えずお尻の杭だけでも抜いてくれんかの?

このままでは妾、どっちにしろ死んでしまうのじゃ"

 

「ん? どういうことだ?」

 

"あくまでも妾たちは"竜人族"じゃ、本来は人間の姿をしておる……

そして竜化状態で受けた外的要因は、元に戻ったとき、そのまま肉体に反映されるのじゃ

つまりこのままだと……妾は串刺しじゃ"

 

あまり考えたくない光景だが、それでも考えてしまい、顔を顰める一同。

 

"でじゃ、その竜化は魔力で維持しておるんじゃが、もう魔力が尽きる

あと一分ももたないのじゃ……新しい世界が開けたのは悪くないのじゃが

流石にそんな方法で……っ"

 

「あと一分!それをもっと早く言えよ!」

 

ハジメが慌てて黒竜の尻に突き刺さっている杭を掴み、力を込めて引き抜いてゆく。

 

"はぁあん! ゆ、ゆっくり頼むのじゃ。まだ慣れておらっあふぅうん

やっ、激しいのじゃ! こんな、ああんっ! きちゃうう、何かきちゃうのじゃ~"

 

聞くに堪えない喘ぎと悶えが直接脳内に響く、その気持ち悪さといったらない。

しかもシアのパワー+ハジメのスピード+黒竜の体重+重力でかなり奥の方まで

杭は埋まっており、急ぎつつも場所が場所だけに捻ったり上下にくねらせたりしながら

あくまでも慎重に杭を抜いていくハジメ……しかし。

 

「どいて!私も手伝うから」

 

業を煮やしたジータがハジメと共に杭を引き抜こうと駆け寄り、手を伸ばすのだが、

慌てていたのか足首を捻り、そのままつんのめり、結果、よりにもよって

さらに奥へと抉る様に杭を突き込んでしまう。

 

"あひぃいーーー!!"

 

絶叫する黒竜、そして根元まで一度埋まった杭が、その反動でメリメリと音を立てながら

一息に吐き出された。

 

" す、すごいのじゃ……優しくってお願いしたのに、

容赦のかけらもなかったのじゃ……こんなの初めて……"

 

息を荒げる黒竜は、その身と同じ黒い魔力に身体を包み、

その大きさをするすると縮めていく、そして黒い魔力が晴れた跡には……。

 

はぁはぁと息を荒げ、うっとりと頬を染めながら、お尻をさする黒髪金眼の美女がいた。

長く豊かな黒髪は乱れて、頬と白い肌に貼りつき、

大きくはだけた着物からはまるでスイカのような双丘がこぼれんばかりに

呼吸にあわせて波打っていた。

 

おお……と前のめりにならざるを得ない男子トリオ。

ハジメも例外ではないらしく、一瞬谷間に目を奪われ……

ジト目のユエに気が付き、咳払いしつつ視線を宙に泳がせる。

 

「ハァハァ、うむぅ、助かったのじゃ……まだお尻に違和感があるが……

それより全身あちこち痛いのじゃ……ハァハァ……

痛みというものがここまで甘美なものとは……」

 

未だ身体をくねらせ、なにやら危ない言葉を口走っていた黒竜ではあったが、

なんとか姿勢を正すと改めて名乗りをあげる。

 

「面倒をかけた、本当に申し訳ない妾の名はティオ・クラルス

最後の竜人族クラルス族の一人じゃ」

 

かしこまって正座し頭を深々と下げると、そのまま先程の続き―――。

魔物の大群がウルの街へと迫りつつあることをハジメたちに改めて語る。

その数はおおよそ数千、

 

「鎧の男が指示を出し、ローブの男がそれに従うという風だったのぉ

見た感じは、それで群れの主を洗脳させて効率よく群れを配下に収めておったぞ」

「魔人族か?……魔物を傘下に収めることに成功したと聞いてはいるが」

「うむ……確かに魔人族も何人かはおったな、しかし黒ローブは人間族のようじゃったぞ

黒髪で黒目の小柄な……ちょうどお主らと同じ年頃の……鎧の男は鎧に加えて

仮面を被っていたのでよく分からぬが……ただ、誰かを激しく憎んでおるようじゃったな、

今度こそ殺してやるとか、我が背で喚いておったわ」

 

黒髪黒目の人間族の少年で、闇系統魔法に天賦の才がある者

彼らの知る限り、それに該当する人物は一人だけだ。

 

「清水君……どうして」

 

愛子の声音には何故そんな危険な場所に一人で向かったのか?という疑問の響きがある。

ティオの言葉が確かなら、自発的に協力しているわけではなく、

魔人族に捕らえられ悪事に加担させられているということなのだろうから……。

その時、話を聞きながらも無人探査機を回していたハジメが叫びを上げる、

ついに魔物の大群を発見したようだった。

 

「おい、数千なんてもんじゃねぇ!数万はいるぞ……こいつぁ」

 

その声に全員の注目が集まる。

 

「一直線にウルに向かってる、多分……一日あれば街に到着するぞ」

「南雲君、黒いローブの男というのは見つかりませんか?」

「いや……それらしいのは今のところ見えないな」

 

思いつめたような表情の愛子の顔を見つめるジータ。

 

「先生、まさか残るだなんていうんじゃないでしょうね」

「……」

 

愛子の縋るような眼が刺さる。

 

「忘れたわけではありませんよね、私たちは仕事でここに来ているんです

その目的はウィルさんの保護です」

「あの~」

 

ここで自分の名前が出て来たことに乗じて何かを言おうとしたウィルだが

ジータに睨まれ口をつぐんでしまう。

ここで私のことはいいからとか、何とかしてくださいとか言われると

また話が拗れる。

 

「とにかく一度街に帰ってピンチを知らせましょう、それからでも間に合います」

「ああ、こんな山中じゃどの道、戦いにくくて仕方ないしな、急ぐぞ」

 

ハジメに急かされるように一行は山を下っていく。

魔力切れで動けないとかホザくティオは、ハジメに首根っこを掴まれ

引き摺られながらの下山だ、ぞんざいな扱いにも関わらずなぜか恍惚の表情を浮かべている。

 

そして、すでに薄暮が包む山中でジータは足は止めずとも考えずにはいられなかった。

ハジメがここでどんな選択をするかで、自分が心砕いたここまでが

あの悲惨な未来を回避できるか、ハジメが人の道に踏みとどまることが

出来るか出来ないかが決まる……そんなことを。

 





次回、ハジメの決断はいかに


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開戦前夜


そこの奥サマ、石油武器の詳細聞きました?
このままじゃグラブルが札束ゲーになっちゃいましてよ。


 

 

ウルの街へ到着と同時に愛子たちは転がるように町役場へと駆けていった。

その背中を見送りながら、ハジメたちは一先ず腹ごしらえを優先させることにする。

 

活気に満ちた市場の広場のベンチに腰掛け、頭から炙った魚の干物を齧るハジメ。

その表情だけでは何を考えているのかは読み取れない。

しかしジータだけは、ハジメがもう"決めて"いることを察知していた。

 

(どんな結論であっても……私はそれを受け入れる、けど)

 

願わくば……自分の望んだ結論であることを望まずにはいられなかった。

 

「信じられん」

「我がウルは最前線からも遠く離れている、何故」

「女神様!嘘だといってくれぇ~」

 

おっとり刀でようやく役場に顔を出すハジメたち

案の定、会議室では愛子らのもたらした凶報を巡って、

街の幹部たちが喧々諤々と、怒号交じりに討議を重ねている最中だった。

 

誰も彼もが信じられない、いや、信じたくないという顔をしている、

実際、この情報が"神の使徒"にして"豊穣の女神"たる愛子の口から出なければ

皆、一笑に付してたに相違ない。

また最近、魔人族が魔物を操り始めたというのは公然の事実であることからも、

無視などできようはずもなかった。

 

ただし、清水やティオについては流石に口にすることはなかったが。

 

そして埒が明かぬまま、一旦、会議は休憩となり、

幹部たちは会議室からひとまず去っていく。

残されたのはハジメや愛子たち地球組とウィルのみだ。

 

「さて……ウィル、話はすんだか?すんだなら巻き込まれない間にフューレンに帰るぞ」

 

ハジメはぐいとウィルの腕を掴み、強引に立ち上がらせようとする、

もちろんウィルは捲し立てる様に食ってかかる。

 

「な、何を言っているのですか?ハジメ殿、今は危急の時なのですよ? 

まさか、この町を見捨てて行くつもりでは……」

 

見捨てるという言葉に反応したかのように、愛子はハジメの顔をチラと眺め、

それからジータの方にも視線を移す……目が合う。

何かを試す、確認するかのような神妙な目に

 

「見捨てるもなにも、どの道、町は放棄して救援が来るまで避難するしかないだろ? 

こんな観光地の防備なんてたかが知れているんだから……」

「そんな!皆さんは私たちよりもずっと強いじゃないですか……だったら」

 

夢から醒めたかのような表情を見せるウィル、無理もない。

彼は黒竜を圧倒したハジメたちに憧れの感情を抱いていたのだから、

事実、その険しい表情には、もしも私ならという気持ちが含まれているのは明白だ。

 

「これは俺たちが請け負った仕事だ、お前を連れて帰れと、お前の意見なんぞ問題じゃない、

どうしても帰らないというなら、手足を砕いて引き摺ってでも連れて行く、それが嫌なら」

 

ハジメはわざと大きな音を立てて椅子から立ち上がり、彼もまた会議室を後にする。

 

「時間をやる、よく考えておくんだな」

 

街の中心に位置する役場の屋上から、喧騒溢れる市場の様子を見下ろすハジメ。

誰も彼も、明日には魔物の大群にこの街が蹂躙されることなど

夢にも思ってないだろう。

 

「ウィルさんへの厳しい態度はわざとですね」

「……ああ、一度頼られてしまうと、また次ってことになりかねない

それにアイツ自身の勘違いも拗れるだろうしな」

 

背後からの愛子の声に振り向くハジメ、そのまま皮肉気な声で続ける。

 

「天之河とちがって、ヒーローごっこやってるヒマはないんだ」

「それでも南雲君は最初から街を救うつもりだったのでしょう?」

 

お見通しと言わんばかりの愛子の言葉に、肩を竦めるハジメ。

 

「先生はどうなんだ?……あの召喚の日、これは誘拐だ、

今すぐ帰せと叫んだ、愛ちゃん先生としては」

「南雲君は意地悪なことを聞きますね」

「この世界は俺たちにとっては、ムリヤリブチ込まれた旨い飯が出るだけの

檻みたいなもんなんだぞ……先生もわかってる筈だ」

 

苦笑しつつ、愛子は答える。

 

「最初は私もそう思っていました、今でもその気持ちはあまり変わっていません

もしも、ここに日本行きのバスが止まったら皆で逃げ出さない……とは

言いきれません、それでも……私は、私たちはすでに触れ合い、そして知ってしまった

この世界の人々も私たちと同じく喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、

懸命に今日を生きているということに……きっと、それは南雲君も同じではないのですか?」

 

「……ジータが夢を見たって言うんだ」

 

賑わう市場を眺めながらポツリと呟くハジメ。

 

「その夢の中の俺は自分の大切に固執するあまり、それを理由に破壊と殺戮を繰り返す

……獣のような存在になっていたそうだ」

 

今では理解できる、それはもしかすると己が本来歩む筈の未来だったのではないのかと。

 

「でも、それをジータが止めてくれた、あいつが俺の中の……決して無くしちゃいけない

大切な物を守ってくれた……だから俺はユエやシアにも巡り合えた」

 

夜風を頬に受けながらハジメは続ける。

 

「だから……そんな寂しい生き方を、誰かを思いやれない生き方を、

俺の大切な仲間たちに、家族に見せるわけにはいかないなって」

「……南雲君」

「俺は……俺たちは絶対に日本に帰る……そう、日本にだ

理不尽を理不尽で砕いてまかり通るような生き方を……

邪魔者は皆排除するなんてことは、当たり前だけど許されない世界に」

 

その言葉は自分に言い聞かせるような響きがあった。

戦うことに慣れ過ぎて、日本に戻ってからでも闘争本能、生存本能の赴くままに

自分の宝物を守るために、破壊を繰り返していくのか、

それは獣ですらない、獣以下のそう、虫、昆虫の生だとハジメは思った。

 

「神と戦う道、神から逃れる道、どちらを選ぼうともそれはきっと血塗られた道だ

力を振うことは避けられない、自分の、仲間の未来を掴むために誰かの未来を、

誰かの命を奪うことになったとしてもだ」

 

一瞬、かつての帝国兵の姿が脳裏に浮かぶ。

 

「だったらせめて、例え血塗れでも……それでも胸を張って

父さんや母さんにただいまって言えるようにしようってな」

 

ハジメにとってこの世界が牢獄であることには変わりはない、

ゆえに、この世界の人や物事に不必要に関わることは出来れば避けたい。

だがそれでも……。

 

「先生は、いや先生だけじゃない、園部や玉井たちもこんな姿の俺を迎えてくれた……

そしてシアのことを庇ってくれた、ユエのために泣いてくれた、

デビッドたちも俺たちの話を信じてくれた、この街は故郷を、日本を思い出させてくれた」

 

報いねばならない、自分のことを大切に思ってくれている人々へと、

それがきっと人と魔を隔てる境界なのだろうから。

 

「……これから俺たちは様々な選択、決断を強いられることになるだろう

その選択は他から見ると不可解で矛盾したものもあるかもしれない」

 

それでも自分たちはヒーローじゃない、だから味方したい、助けたい対象はちゃんと選ぶ。

強いから、力があるから全てを救い守る、なんてことは只の呪いだ。

 

「その結果、どんなに俺が、俺たちが血と罪に塗れようとも、

俺の、俺たちの先生でいてくれるか?」

「当然です!」

 

即答する愛子、その声には一切の迷いが無い。

 

「先生の役目は、生徒の未来を決めることではありません、

より良い決断ができるようお手伝いすることです

南雲君が先生の話を聞いて、なお決断したことなら否定したりしません」

 

ただ無言で安堵の息を漏らすハジメ、わざわざ聞くまでもなかったことだが

それでも一応の言質は取っておきたかった。

 

「話は終わったかな?」

 

そこで戻りを促すようなジータの声が耳に届き、振り返る二人。

彼らの目に映ったジータの顔は相変わらずの笑顔ではあったが、

その頬には涙の跡がある。

 

「……ジータ」

「よかった……ハジメちゃん、あんなケダモノに……魔王にならなくって」

 

耐えきれずに嗚咽を漏らし始めるジータ、その背中を愛子が優しく撫でてやる。

 

(ガブリエル様……私、やったよ)

 

「いいじゃねぇか、魔王になっちまえ、そしたらオレ様は大魔王だな」

 

こちらも相変わらず余裕綽綽に見えるカリオストロだ。

いや……何やら思うところはあるようだが。

 

「カリオストロさん!」

「いーじゃねぇか、後々講演で稼げるぞ、魔王は私が育てたってな」

 

一瞬、満員の講演会場を想像し、愛子はぶるんぶるんと頭を振って

煩悩を消し去りながら、再び会議場へと足を向かわせる。

そんな彼女の背中へとハジメの声がかかる。

 

「さて、相手は数万だ、色々準備があるから話し合いは任せるわ」

 

 

そしてその頃、北の山脈地帯では。

 

「オイ!あの俺の竜は何処に行った!てめぇ手ぇ抜きやがったな!」

 

清水の胸倉を掴んで凄む檜山。

 

「フリードさんの白竜とおそろで飛ぼうって思ってたんだぞ」

「し……知らねぇよ」

 

気道を締め上げられる苦しさと、仮面越しでもわかる息の臭さに、

顔をしかめつつ、何とか言い返す清水。

しかし実際、彼にも腑に落ちないところがあった。

 

(……洗脳は完璧だった筈なのに)

 

代わりを用意しとけと吐き捨て、テントから外に出ていく檜山、

その後をゾロゾロと何人かの魔人族が続く、

彼らは名目上は檜山の配下ということにはなってはいたが、実際はお目付け役だった。

残ったのは清水と、一人の魔人族のみだった。

 

その一人……レイスとか言ったか?が、清水に嘯く。

 

「ご安心ください、彼よりも貴方の方を我々は買っているのですよ」

「俺を?」

 

意外な言葉に目を丸くする清水、レイスは続ける。

 

「ええ、此度の件、上手くことが運べば魔人族、ガーランド軍の正式な一員として

迎え入れることを推挙いたしましょう」

 

思いもよらぬ提案だった、もちろん断るべきだと清水は思う、しかし、

 

(どうして俺……黙って話を聞いてるんだ?)

 

「ああ、彼のことを気にしてらっしゃる、いかにアルヴ様の使徒たれど、

彼はフリード様の客将に過ぎませんよ……それも、そう長い話ではない」

 

別のテントからは虚勢をはるような檜山の声が聞こえてくる。

その背中へと、レイスは狙い撃つような仕草を見せる、

叛意と取られかねないその行為に驚く清水の手を彼は引いてテントの外へと連れ出す、そこには。

 

「ご覧なさい!貴方の造り出したるこの堂々たる軍勢を!あのような仮面も外せぬ小物一人

何を恐れる必要があるのか!」

 

まさに黒山の如き魔物たちの大群がいた。

どくり……と、自らの鼓動が高鳴っていくのを清水は感じていた。

無理もない、負けっぱなしの人生で、初めて掴んだ自分の成果なのだ。

それは……愛や友情や正義や信頼よりも、信じるに足らないそんな形なき物よりも

ずっと確かなもののように思えた。

 

「貴方が我らの陣営に加われば、私は貴方の直属の配下になりたいと思ってます

そうすれば……分かりますか」

 

へり下りつつも会話の主導権を握って離さないレイス、さらに続ける。

 

「ま、どの道、貴方に選択の余地はない、このまま生きて戻れても……

魔人族に与した人間は理由の如何を問わず死刑と決まっているのですから」

「ッ!」

 

清水は死刑という言葉に思わず息を飲んでしまう、それを見て、

内心"かかった"と呟くレイス、もちろん手は緩めない。

 

「ああ、脅されていたからということなら無駄ですよ、何故自ら死を選ばなかったと

言い返されるだけですから」

「……」

「ま、賢明な判断を期待しておりますよ」

 

勝ち誇ったような声でレイスもまたその場を後にする、残されたのは

俯いたままの清水ただ一人、しかし、彼とてただ手玉に取られているだけではなかった。

彼もまた薄々ではあるが、この世界の、この戦争のカラクリに気が付いていたのだから。

 

(エヒトとアルヴがいて……)

 

よくある話じゃないか、神々が人々をゲームの駒として弄ぶなんてことは、

それに気が付いたことは大きなアドバンテージのように清水には思えていた。

ル〇ーシュやマフ〇ート、イ〇タやマ〇ロに御〇神司……憧れのキャラたちと

自分の姿が重なり始める。

 

(人間族と魔人族、この両陣営を上手く泳ぎきり、自在に舵を取ることが出来れば……)

 

一度は砕かれた野心が再びむくむくと頭をもたげていく、

危険で、そして何より身の程知らずの考えが清水の脳内を支配していく。

 

しかし、それは決して邪なだけではない、彼もまた皆を救いたい、

神々の思惑に翻弄されるであろう、クラスメイトを救えるのではないかという

思いは確かにあったのだから……。

それに英雄には賛辞を贈るべき聴衆がいなければ話にならない。

 

香織が雫が鈴が恵里が優花が愛子が口々に自分を称え祝福する姿を

夢想する清水、そしてその奥には、あの人の……カリオストロの笑顔があった。

 

(そしたらきっと俺は……)

 

あの人の言葉を、笑顔を、心から受け止められる自分になれるのかもしれない、と。

だから彼は動く、それが例え蛮勇であっても……しかし、

彼をその蛮勇に駆り立てる、心の奥底の昏い何かにはまだ彼は気が付いていなかった。

 

「あのさ……聞いて欲しいことがあるんだ」

 





というわけでハジメちゃんは原作に比べるとかなりマイルドな感じに
仕上がりつつあります。
で、清水もちょいとばかり変な方向に進みつつあります。


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決戦直前!


楓さん、コッコロとユリウスを足して割ったような性能でしたね。


 

 

時は正午、ハジメたちはカリオストロが一晩で作った外壁の上で

魔軍の襲来を今か今かと待ち受けている。

 

それにしても……と、カツンカツンと足元から響く乾いた音に耳を澄ませるハジメ。

カリオストロが築いた外壁は、一晩で造り上げたとは思えぬほど高く堅牢にして長大なものだった。

武器の製造に関しては、そこそこの自負があるハジメだったが、

しかし純粋な錬成に関しては、自分は未だ及ぶところではないなと再認識せざるを得ない。

 

(俺は……とんでもない人に教えを乞うことが出来たんだな)

 

「……ハジメのお師匠、凄い」

「とんでもない方ですね」

「ああ、ホントにな」

 

傍らのユエとシアに応じながらハジメは相棒の姿を探す。

 

「そういやジータは」

 

外壁から街中へと視線を巡らせると、何やら縋りつくティオを振り払おうとする

ジータの姿を見つけることが出来た。

 

「だから……妾も同行させてほしいと…あの者に、ご主人様に頼んでは頂けぬのか!」

「断ります!」

「そっ、その氷の如き拒絶……堪えられぬ!やはりそなたには一流の素質がある!」

「そんな素質いらないよ!それにどうして私に」

「そなた、ご主人様の御台様であろう」

 

御台様という聞きなれぬ言葉に、一瞬きょとんとするジータだが、

すぐにティオの言わんとしていることを理解し、頬が桜色に染まる。

 

「わ……わかる人にはわかるんですねぇ……」

 

テレテレクネクネと身体をしならせるジータ、なんだかんだで、

こうして他人から改めて言われると、嬉しいに決まってる。

そこでハジメたちも外壁を降りてこちらへと向かってくる。

 

「おお、ご主人様、やはり妾も~」

「だから、今朝その話は断ったろ、だから今度はジータに頼んだのか」

 

呆れ顔のハジメ、しかしそれが却ってティオの心に火をつけてしまったようだ。

己の肩を抱きしめ、歓喜に打ち震えている

 

「……ハァハァ、その視線、堪らぬ、あ、改めて申すぞ、タダでとは言わぬ!

お主たちに妾の全てを捧げよう! 身も心も全てじゃ! どうじゃ!」

「帰れ!むしろ土に還れ」

「不潔だよ!」

 

両手を広げ、恍惚の表情で奴隷宣言をするティオに、

彼らは汚物を見るような眼差しを向け、ばっさりと切り捨てた。

 

「と、ともかく妾をこんな体にしたのはご主人様たちじゃろうに……

責任とって欲しいのじゃ!」

「それにさっきから"達"って言ってるけど、私関係ないからね!」

「な、なにを申すか!我が魂を新たな世界へと導く、最後の扉を開いたのは

そなたの一撃ではないか!」

 

(もしかして……あの転んだ時の)

 

今も掌に残る感触を思い出し、眉を顰めるジータ。

 

「よりにもよってあの場面で転ぶ、天性のセンス」

「礼を尽くしているように見えて、その実、抑えきれぬ嗜虐心」

 

褒めてるんだか悪口を言っているのか全然分からない……ティオ本人は

間違いなく賛辞のつもりなのだろうが。

 

「ゆえにそなたの事も……奥方様、若しくはお姉様と呼ばせて貰ってもよいかの」

「却下!」

 

「それにの……」

 

ここで真顔になるティオ。

 

「我が一族の事情は察いておろう……我らは半端者と教会に疎まれ北の果てに

追いやられておる、今やその血脈も風前の灯じゃ、ゆえに」

 

遠い目をしながら続けるティオ。

 

「……強き男の種が欲しいのじゃ、里を出る際、それも我が族長に言い含められておる」

「……」

 

種と言うことはつまり……なのだが、不思議とジータは咎めることは出来なかった。

 

(この人たちも神の理不尽な仕打ちに苦しめられているんだ……)

 

「妾、自分より強い男しか伴侶として認めないと決めておったのじゃ……

じゃが、里にはそんな相手おらんしの……それにご主人様たちの傍にいた方が

情報収集も捗るというもの、勿論、色々と役に立てると思うぞ……

夜のストレス発散などにじゃな……」

「うるせぇよ!」

 

そこでジータが二人を取り持つように間に割って入る、

え?まさかといった表情を見せるハジメ。

 

「この人、多分どんなに断っても付いて来るよ……それに私たちの目的のためには

竜人族の協力も必要になってくると思う……だから」

「万が一……おそらく確実に訪れる万が一のため……だな」

 

確かに一理あると思うハジメ、ティオの戦闘力は折り紙付きだということは

実際戦った身として実感できる、そんな彼女と同等の能力を持つ者たちが

戦列に加わってくれるのなら、心強いことこの上ない。

 

万が一?なんのことじゃろといった体できょとんとしてるティオへと

ジータは問いかける。

 

「条件は一つ、竜人族の総代として、私たちの要望に応じて竜人族の協力を、

得られるようにして欲しい」

「ふむ……それくらいなら別に、じゃが何の為に?」

 

周囲の目を確認した後、ジータはティオへと耳打ちする。

と、ティオの顔色が明らかに変わり、驚愕に目が大きく見開かれる。

 

「お主たち本気なのかッ!天に背くと」

「出来れば避けたいんだけどね、でもどうやら無理っぽいし、で、どうするの?」

「それは……妾の一存では……」

 

俯き、絞り出すような声を出すティオ、無理もない……自分の言葉一つで

一族を窮地に追い込むことになるかもしれないのだ、

その逡巡する姿を見て、一息つくジータ、むしろここで即答されるような、

定見の無い存在を道連れには出来なかっただけに、一安心だ。

 

「それにね、ハジメちゃん一人の子種を貰ってどうするの?

このまま北の果てに籠って、それでその先どうなるの?」

 

しかしそれでもどの道、このままではお前たちに未来などないと……

残酷な現実をジータは容赦なく突き付ける。

 

「んっ、竜人族はまだ間に合う、私たちと同じ運命は辿って欲しくない」

 

さらにユエも続く、暫しの沈黙の後。

 

「……いいじゃろう、我ら竜人族、神には恨みこそあれ恩など無い、

神を討てる機会が訪れるのならば、皆も賛同してくれる筈じゃ……

じゃが、もしもの時は……期待に添えぬ時は」

 

ティオはその場に座り込み深々と頭を下げる。

 

「どうか、この身命一つ、一死を以って許しては下さらぬか」

 

様々な物を天秤にかけた結果の結論を口にするティオ、どうするとハジメへと

ジータは問いかけるような視線を送る。

 

「そこまでの覚悟を見せられたんじゃ断れねぇだろ、好きにしろよ」

「お? おぉ~、そうかそうか! うむ、では、これから宜しく頼むぞ、

妾のことはティオで良いからの! ふふふ、楽しい旅になりそうじゃ……」

 

喜色満面のティオ、これでまた一人心強い仲間が増えた……筈なのに

どこか素直に喜べないのは断じて気のせいではない。

 

その時、オルニスからの情報チェックを任せていたシルヴァの声が飛ぶ。

 

「皆、来てくれ敵軍に動きがあったぞ」

 

モニターに映し出される情報を元にし、地図に時間ごとの魔物軍団の動きを示す、

ピンを刺していくシルヴァ、

予想では山脈を出てまっすぐにウルに吶喊するであろうとのことであったが。

現在魔物軍団はぐるりと遠巻きに迂回を始めていた。

 

 

 

「おい!まっすぐウルを踏みつぶすんじゃなかったのかよ!」

 

同時刻、魔人族本営にてドンとテーブルを拳で叩く檜山。

 

「なんで包囲なんて手を使うんだ!」

「愛ちゃんの天職は作農師、それもこの世界の食糧事情を一変させる程のものって

聞いてる、殺すのは得策じゃないってことだ」

 

魔人族の食糧事情は囚われの身になって以来、伺い知ることが出来た、

……だが、そこにこそ、付け入る隙があるとも清水は睨んでいた。

世の中の問題の多くは腹が膨れれば解決するのだから。

 

「だからって勝手に!なぁいいのか、オイお前ら!」

 

叫ぶ檜山、しかし仮面越しに己を見る魔人族たちの目は冷ややかだった。

確かに焦りもあったが、必要以上にフリードの威を借りる彼のその姿に、

正直な話、皆、辟易していたのである。

 

「すでにレイスさんたちの了解は得ている」

 

ウルを包囲し、住民の命と財産とを引き換えに愛子とカリオストロ、

そして優花らの身柄を要求、確保する、そう魔人族たちに改めて説明する清水。

当然のことながら檜山は反発する。

 

「あぁ!あのガキも助けるのか!」

「あの人の……カリオストロの知恵もこの世界を変えうるものだと、俺は思う

それに……俺たちだってあの人だって、この世界に特別思い入れなんてない」

 

ここで魔人族の一人が意見を口にする。

 

「時間を稼がれると援軍が来ますぞ」

「それこそ望むところじゃないのか?」

 

最前線から遠く離れたこんな観光地に五万という無視できぬ軍勢が突如出現するのだ。

当然、王国側は戦線の再構築や再編成が必要となる。

つまり自分たちは、無理をせずともただ存在しているだけでいいのだ。

まして虎の子の自分の軍隊である、出来れば使い減らしたくはない……

包囲を選んだのはそういう考えもある、それに何より無意味な殺しはしたくはなかった。

……そんなことをすればあの人に顔向けが出来ない。

 

あのパーティにしてもだ、折角、川の方に追い詰めて逃げられるように誘導した

にも関わらず、それを檜山が手に入れたオモチャを自慢するかのようなノリで

黒竜に攻撃を仕掛けさせてしまった……そのくせ人死を、責任を負うのがイヤで、

殺せと命令だけを与えて、引っ込んでしまったのは実にコイツらしかったと

清水は思う。

 

そういえば何故か一人だけ生かして連れてくるようにとも、あの黒竜に命令していたが、

おそらく"南雲ハジメ"の名を教えた上で解放する腹積もりだったのだろう。

 

ともかく自分がこうして話せているのも、

魔物軍団というバックボーンあったればのこと、

"力"が無ければ意見など通らないことを清水は身をもって学んでいた。

 

「それに、豊穣の女神が魔人族に与することになったってことになれば、

……人類に与える衝撃は大きい、絶好の喧伝材料とは思わないのか?」

「だからって説得できんのかよ!」

「出来る……俺なら」

 

自分の掴んだこの世界の真実を愛子、そしてカリオストロに伝えた上で、

協力を願えばいい、自分の知る彼女らならば、きっと頷くに違いないという確信が、

清水にはあった、さらに俺のこの軍勢、そしてあの人の知恵があれば……。

 

(天之河よりも上手くやれる、皆を救える、そして俺は英雄になれる)

 

出来れば、事前に何らかの手段で愛子やカリオストロに、

自分の計画を伝えたいところであったが、相変わらず囚われの身であることには変わりなく

常に監視の目が光っている。だが、それに関しては包囲が完了すれば、

改めて交渉のテーブルを用意して貰えばいい話だ。

 

「失敗したらフリードさんに言いつけてやるからな!」

 

憎々し気に吐き捨てると檜山は本営を後にする、取り巻きたちもぞろぞろと続く。

それを勝ち誇ったような気分で眺める清水、

しかし仮面の中の檜山の本当の表情を……彼が憎々し気な口調と相反するような

含み笑いを浮かべていたことを察知することは出来なかった。

 

(もしかすると、俺は本当にこの戦いを終わらせることが……)

 

自分が軍事力を、カリオストロが技術力を、そして愛子が食糧を司り、

この世界にレボリューションを起こす―――己の心の奥底の昏い何かには目を背け、

そんなイージーで甘い夢を彼は思い描いていた。

 

(資金は……マヨネーズでも作って売るか)

 

しかし、彼は一つ大きな思い違いをしていた、

魔人族は彼の想像しえない程の選民思想に満ちた種族であり、

ゆえに人間族の価値観による女神や賢者の存在など塵芥であり、

それによってもたらされる文化や技術など蚊ほどにも思っていなかったということを。

 

 

「これは……包囲?」

「蹂躙よりも理には適ってるだろうな」

 

一方、こちらもテーブルに地図を広げ、軍議の真っ最中のハジメたち。

 

「で、この世界の住人としての見解はどうなのかな?」

「……正直、これまでの魔人族の戦のやり方とは違う気がするな」

 

ジータの質問にまずはデビッドが答え、さらにウィルが補足する。

 

「皆さんは何故、魔人族がこれほどまでに恐れられているのかご存じでしょうか?

彼らは基本的に捕虜を取りません、人間は滅ぼすべき、殺戮すべき存在だと、

骨の髄まで刷り込まれているんです」

「それでも奴隷にするとか……」

「彼らの本国は遙か先です、とてもじゃないですが連れてはいけませんよ」

 

「つまり、魔人族ではない何者かが介在している可能性があると」

 

噛みしめるような口調のカリオストロ、どうも昨日から態度がおかしい。

 

「ということは、やはり清水君が」

「ああ、何らかの形で関わってるのは、もう疑いのないことだな」

「……どうして」

「……それは、もしかするとオレ様の責任だ」

「カリオストロさん」

 

意外な人物の意外な言葉に思わず聞き返す愛子。

 

「あいつに言ってしまったのさ、テメェの力でドラゴンでも仲間に出来れば

天之河なんぞ目じゃねぇって……だからってよ」

 

もちろん清水は本気でドラゴンを手懐けようと単身山脈に向かったわけではなく、

切実な煩悶を抱えた上の行為なのだが……、

それを知る者は流石にここには存在しなかった。

 

「オレ様の……ミスだ、ガキだからって甘く見てた」

「清水君は決して軽率な生徒ではありません、きっと他に理由があったのでしょう」

 

拳を震わせるカリオストロ、愛子はその小さな拳を両の掌で優しく包み込む。

 

「いつもと立場が逆じゃねぇか」

「ああ……これでカリオストロさんにもやっと先生らしいことが出来ました」

 

「いずれにせよ清水が脅されているのか」

「それとも自分の意思でやっているのかは、直接聞き出さないと分からないよね」

 

北の方角を眺めるハジメとジータ、まだ肉眼で敵影を捉えることは出来ないが

データは刻一刻とリアルタイムで戦況を伝えてくる。

 

「平野部に相手が完全に展開し終わった頃合いに攻撃を仕掛けるぞ」

「あと二時間ほどだね、じゃあ最後の一押しやっちゃう?」

 

チラと愛子を見て、何やら含み笑いを見せるジータ。

 

 

「あの……どうしてもやらないとダメですか?」

「何言ってるんですか、せっかく皆で考えたんですから」

 

ジータは愛子の手を引き、役場前に造られたステージへと誘っていく。

 

「しかし……この"敢えて言おうカスであると!"とは…やはり過激な気もするが……

その後の、"軟弱の集団がこのウルを抜くことは出来ないと私は断言する"はともかく」

 

演説の内容にやや不満気なデビッド、しかし。

 

「愛ちゃんがカスなんて言うレアなところ、今後聞ける機会無いかもしれませんよ」

 

と、ジータに言い返されると、うむむと考え込んでしまった、まだまだ悟れてないようだ。

 

ハジメが錬成で造り上げた即席のステージ、そこには巨大な剥き出しの鉄骨と

そしてスピーカーが鎮座している、まるでちょっとした野外ライブ会場のようだ。

神に祈る者、武器を構える者たちそんな大わらわの人々も、この見慣れぬ建造物には、

つい足を止めずにはいられない、そんな中。

 

スモークと共に、聞いたことも無いような重低音の轟音が町中に突如として響いた。

煙が晴れた跡には、漆黒のゴスメタルな衣装と化粧に身を包み、

ダブルネックのギターを構えたジータの姿があった。

そんな攻撃性あふれるコスチュームに引き摺られるようにジータは叫ぶ。

 

「テメェら!聞きやがれッ!」

 

シャウトと共にギターから引き裂くような金属音が奏でられる。

今の彼女のジョブはライジングフォース、エリュシオン同様、音を操るジョブだが

こちらは見た目からしてより激しく、一撃必殺のパトスをぶつける攻撃的な性格が強い。

 

「いいかッ!市民(オーディエンス)諸君ッ!これから豊穣の女神愛子様が

テメェらに有難いお言葉を授けて下さる!耳ィかっぽじってよく聞きなッ!」

 

そして聴衆たちに煽りを入れつつ、中指を立てて挑発する。

 

「さぁ愛子ッ!ファッ〇ンな魔物連中なんてメじゃねぇ!ってことを

子羊(シティズン)どもに聞かせてやりなッ!」

 

カクテルライトが乱舞し、奥のせりあがりからデビットらを従えた愛子が

おずおずと姿を現す、おおおと湧き上がる市民たち、

誰もが注目している、豊穣の女神が戦女神へと変わる瞬間を……しかし。

 

「こんにちは、畑山愛子です」

 

それは、戦いの訪れを告げるにはあまりにも平凡な……間の抜けた言葉だった。

唖然とするハジメ、盛大にコケるジータ、何がなにやらの市民。

 

(昨日の凛々しさは何処に行ったのよぉ~)

 

昨夜、右往左往する市民たちを見事なまでの弁舌でもって鎮めた姿は、

某天之河よりも勇者していたとジータは思った、従ってこの正念場に於いて、

さらなる奮起督励を促して貰おうと思っていたのだが……、

今の愛子は完全にカチンコチンに……パクパクと口を動かすだけの、

酸欠の金魚のようになってしまっている。

 

(あれだけ打ち合わせしたのに……もしかして意識しちゃうとダメなタイプ?)

 

慌ててハジメが舞台の袖から飛び出し、マイクを愛子からひったくる、

そして、講演で稼ぐのは自分にはムリそうだと愛子は確信するのだった。

 

かくして女神にあるまじき失態は、何とかハジメのアジ演説により取り繕われ、

そんなこんなで二時間後。

未だ赤面し、ふるふるとへたり込んで優花たちに慰められている愛子を尻目に

外壁に立つはハジメ、ジータ、ユエ、シア、ティオ、カリオストロ、シルヴァの七人

彼らの目にはとぐろを巻く蛇のような魔物たちの大群がくっきりと映っている。

 

「薄い陣だな、包囲を急ぐあまり大群を生かしきれてない」

 

スコープから一旦目を離すシルヴァ、彼女は外壁からの全体の管制、狙撃および、

空中の魔物たちを主敵とする。

 

「つまり、反撃は考慮してないってことだね」

 

バイクに跨り水属性のライフル、クラリオンを構えるジータ、

その身に纏う赤い乗馬服は、支援と機動力に長けたジョブ、キャバルリーの証だ。

彼女は遊軍として各人のフォローに回る。

 

「中央はハジメ、お前がやれ、オレ様は右翼を引き受けた」

 

くるくると杖を、ウロボロスを振り翳すカリオストロ。

 

「じゃあユエとシアの二人は左だ、ティオは撃ち漏らしを始末してくれ」

 

メツェライ二門を担ぐハジメ。

 

「んっ」

「了解なのですぅ」

「承知したぞ」

 

静かに頷くユエ、ウサミミをピシッと伸ばすシア、

ティオもなんだかんだで気合いが入っている、ウィルと何やら話していたようだが……。

そして魔物たちのおそらく最後尾が平野に出たのを確認し、一同は頷きあう

 

「さて、やるか」

 





清水とハジメたち、どことなくボタンを掛け違えたままで戦闘突入です。


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悲しみの清水くんだけど


いよいよご対面。


 

 

 

(何だよ、これは……何なんだよ、これは!!)

 

ウルを囲むべく進撃している魔物の大群の遙か後方、

清水は即席の塹壕を堀り、出来る限りの結界を張って必死に身を縮めていた。

 

(消えていく……俺の軍隊が、俺の力が……)

 

その耳にマシンガンのような銃声が届く。

 

(エヒトは新しく、別の世界の勇者でも呼んだのか!ス〇クでも呼んできたのか!

戦略が戦術に圧倒されるだなんて)

 

戦端を切ったのは、ウルから見て右翼、魔物軍最先端からだった。

 

地響きを立てながら所定の位置へと向かうべく行進を行っている魔物たち

その先頭にいたイノシシのような魔物が、自分たちの行く手を阻むかのような

一人の少女の姿を視界に捉える。

 

「さぁ、蹂躙してやるよ」

 

少女は八重歯を覗かせ、三日月のような笑みを浮かべて挑発する。

魔物の知能でもそれは十分に伝わる……戦闘を避けろとは命じられてはいない、

ゆえに彼らは本能の赴くままに少女へ、カリオストロへと襲い掛かった。

 

が。

 

「ちょっとだけ、遊んであげるっ」

 

カリオストロが軽く足を踏み出し、爪先で半円を描いた刹那。

彼らの足元が一瞬で消滅した、即席で造られたとは思えない

全長数百メートルにも達する、巨大な溝の中に次々と魔物たちが転落していく。

そして溝の底にも壁面にも魔物の肉体を貫くには充分な鋭さを誇る棘が

無数に生えていた。

 

「ギャアアアアアッ!」

 

千体近くの魔物が串刺しにされ、その凄惨な悲鳴は風に乗ってウルの街へをも届く。

しかし魔物たちはその数と勢いに任せ、溝に埋まった同胞の屍を踏みつぶしながら

さらなる前進を止めようとはしない。

 

だが、不敵なる天才は一切動じない、むしろそうでなければ面白くないとばかりに

ニィと笑みを漏らす。

 

「これが錬金術ってやつだ!」

 

カリオストロが指を軽く振るだけで、今度はやはり棘を生やした柵が地面から生え

魔物たちを刺し貫きその行く手を阻む。

何匹かの魔物が跳躍し、直接柵の向こうのカリオストロを狙うが……。

 

彼女が手にした杖を翻すだけで、悉くが両断されていく。

 

「けっ…雑魚じゃ相手にならねぇな!」

 

そこで、カタカタと杖が光を放ち鳴動しているのに気が付くカリオストロ。

 

「お前も暴れたいよな……いいぜ、存分に暴れな!」

 

カリオストロの足元に巨大な魔法陣が現れ、カリオストロの手から離れた杖が宙に浮き

巨大な機械仕掛けの大蛇、ウロボロスへと変形する。

しかし、今回はそれだけではない、生体金属のボディがパージされ、そこから

双頭の龍が姿を現す。

 

「これが真理の一撃だ!アルス・マグナ!」

 

互いの身体を絡ませ合う双頭の龍は雄々しき叫びを上げ、次々と魔物たちを

その牙で爪で切り裂き、ブレスでもって焼き尽くしていく。

満足したのか、双頭の龍が姿を消した後に残っていたのは、

幾千の魔物たちの骸のみだった。

 

肉の焦げる匂いに辟易しつつも、魔物の第二波に備え戦線を押し上げるべく

前進を開始しようとするカリオストロの耳に、救いを求めるような

か細い魔物の鳴き声が届く。

 

「ダメだな……オマエら素材にもなりゃしねぇ、そのまま死ね」

 

容赦なく魔物の頭蓋を踏み潰すと、目障りな屍を全て地中深くに埋葬し

一帯を更地に戻すと、とてとてと轟音鳴り響く方向へと駆けていくカリオストロ。

僅か数分の出来事だった。

 

それを外壁の上から呆然と見下ろす愛子たち。

 

「カリオストロさん……こんなに強かったんだ」

 

そう呟いたのは誰の声であろうか?しかしそれに応じる者はいなかった。

 

 

そして中央では二門のメツェライから、毎分一万二千発の弾丸を

いや死をバラ撒くハジメ。

左ではわーわーと騒がしく叫びながらロケットランチャーをぶっぱなすシアと

それとは対照的に淡々と超特大魔法でもって魔物たちを叩き潰すユエの姿がある。

 

圧倒的な破壊から逃れようと隊列から離れた魔物たちは、

ことごとくティオの炎の竜巻によって灰にされていき、

空の魔物はシルヴァによって一匹一匹と撃ち落とされていった。

 

「くうっ……動けん」

 

ペース配分を間違えたか、まだ半数近くの魔物が健在だというのに、

膝を折るティオ、そこへ。

 

「ほらっ!貸したげるよ」

 

魔晶石の指輪をティオへと投げ渡すジータ。

何故に?と、疑問顔のティオだったが、それが神結晶を加工した魔力タンクと理解すると

我が意を得たりと頷く。

 

「ティオさん、随分飛ばしてるね」

「ああ、ウィル坊に言われての、妾がこの街を守りきれたならば、冒険者たちの件

許してくれると申しての、それにこの件をお主らに持ち込んだのは元々妾、

先頭に立たぬわけにはいかぬわい」

 

指輪に口づけし、魔力を回復させたティオは両手に光を灯すと、

それをそのまま大群へと薙ぎ払うような仕草で叩きつける、

両手から放たれた漆黒の光が、みるみる魔物たちを消滅させていく。

 

「頑張りすぎてまたバテないようにしてね!」

 

それだけを口にし、再びバイクを操り戦場を駆けるジータ、彼女は遊軍であると当時に

清水の探索も受け持っていた。

 

 

魔物たちの気配と咆哮がみるみる小さくなっていく、

そして銃声がそれに反比例してどんどん大きく近づいていく……。

 

(き……近代兵器なんて反則だろう、どっかに門でも開いたのか?)

 

塹壕の底でさらに縮こまる清水……だが、彼は心のどこかで

これでよかったとも思っていた、もちろん喪失感と敗北感と屈辱の方が

遙かに大きいが……。

そんな彼の耳に、銃声に混じって自らを呼ぶ声も届き始める。

 

『清水さーん、どちらにいらっしゃるんですかー』

 

『清水とやら!いたら返事せい!』

 

『ねーゆっきぃーどこぉ』

 

『清水君!出てきてよ!』

 

その中に、聞き覚えのある声が混じっていたのに気が付いた瞬間、

清水はバネ仕掛けのオモチャのように塹壕から飛び出し、そのまま移動用として

レイスに与えられていた、白いイタチのような騎乗用の魔物へと飛び乗って

逃走を始める。

 

(俺はまだ何も成しちゃいねぇ、何者にもなれちゃいねぇんだ!)

 

彼は逃げた、今ここで戻ってしまえば、またあの頃の……何も出来ない

ただ怯え、呪うだけの無為な自分に戻ってしまう。

俺はこんなところで終われない、こんな終わり方は認められない

俺の終わり方は……。

 

そこで自分が生きる事よりも終わる事を望んでいることに気が付く清水。

その脳裏には、つい数ヶ月前のある出来事、清水のみならず多くのクラスメイトに

癒えぬ衝撃を与えたあのオルクスでの惨事が蘇る。

 

『南雲、ありがとう』

『ゴメンな、今まで』 

『凄かったよ、ホントに』

 

(本当に俺が望んでいたのは……)

 

その時、自分の首根っこがぐいと背後から掴まれ、視界がぐらりと揺れ

自分を置いて、とててと走り去る白イタチの姿が入る。

 

(え……今、俺?)

 

何を考えていたっけ?と思いながら、慌てて首を振ると

そこには、クラスでほのかな慕情を抱いていた……あの日死んだはずの

金髪美少女の顔があった。

 

「あ……蒼……野」

「久しぶり、清水君」

「生きて……たのか?」

 

そして、金髪美少女の、ジータの背後は全て魔物たちの亡骸で埋め尽くされていた。

こうして清水は己の完全敗北を悟る。

 

「あっ……ああああ、放せぇー放してくれぇー」

「放したら逃げるつもりでしょ?手間とらせないでね」

 

ジータはバイクの荷台にワイヤーで、悲鳴を上げる清水を括り付け、

 

(申し訳ないけどタンデムは……)

 

そのままハジメたちの元へと向かう……全速で。

 

「俺は裏切者じゃない、俺は裏切ったんじゃない!俺はっ俺はぁ~皆のためにぃ」

「わかった、わかったから、話は後ね」

 

 

「やはり容赦ないのう、流石は」

 

清水をバイクに括り付けハジメらの元へと戻るジータ、ティオが頬を染めて

こちら側を見ているのに半ば呆れつつも、清水の拘束を解き、

愛子たちの元へと連れていく。

 

十数日ぶりの知己たちの姿を見て、悲鳴を上げる清水、そんな彼へと

愛子とカリオストロは、まずは優しく問いかける。

 

「清水君、落ち着いて下さい、誰もあなたに危害を加えるつもりはありません……

先生は、清水君とお話がしたいのです、どうして、こんなことをしたのか……

どんな事でも構いません。先生に、清水君の気持ちを聞かせてくれませんか?」

 

「それともドラゴン……捕まえにいったの?でもでもみんなに内緒はよくないなぁ

カリオストロぉ、今ちょっとプンプンしちゃってるぞっ!」

 

カリオストロの言葉に少し落ち着きを取り戻したか、

泣きながらも首を横に振る清水。 

 

「俺、嬉しかった……何にも出来ない、出来なかった俺に……」

 

馬車に乗り込むときの、あの笑顔は忘れようとしても忘れられない。

 

「頼りにしてるって言ってくれてさ」

「……だったら」

「でも、俺……怖かったアンタが、何にもない俺へと笑ってくれるアンタが……

だから、俺……逃げたんだ、誰もいない山奥へ、そしたら誰にも」

 

それは恐らく発作的な物だったのだろう、おそらく何事もなければ数日で

帰ってくる程度の……ありふれた家出のような。

 

「そこで、連中に出会ったと」

「俺、怖かった……けど、あいつらは俺を……認めてくれた、俺の"力"を」

「それはテメェの力を利用してただけだ」

「それでよかったんだッ!」

 

清水はカリオストロに嗚咽交じりの大声で反論する。

 

「俺の集めた魔物の大群をアイツは素直に凄いって言ってくれたんだ!」

「……そんな、理由で」

 

俯き、ぎゅっとスカートの裾を握りしめる愛子。

 

「それでも……俺は嬉しかった、初めて、自分の出来ることを形に出来た、

だからやれるって思ったんだ」

 

「だからって……一歩間違えれば大惨事だったんだぞ!」

「愛ちゃんがどんだけ心配したって思ってるのよ!」

「心配?ハ!ふざけんなよ!どうせ点数が、評価が下がるから俺を探していただけだろ!

俺が行方不明にでもなったら、あのイシュタルに何言われるかわからねぇもんな!」

 

淳史や優花たちの言葉をせせら笑いながら清水は言い返す。

 

「愛とか正義とか友情とか信頼とかそんな形の無いモノなんざ

クソ喰らえなんだよッ!」

 

だからこそ、欲しかった……クソ喰らえとと言いつつも、

愛を友情を信頼を……その為に、何者にも左右されない己だけの

確固たる何かを手に入れたかった、でないと……

本当に信じたいものを信じることが出来ないから。

 

「だから……この街を攻めようとしたんですね、けど、そんなことをしても」

「ああ、俺は本気で魔人族につくつもりはなかった、本気で街を襲って

それで沢山の人が死んじまったら価値を示すも何もないからな」

 

愛子の指摘に清水はややふてくされたかのように答えた。

 

「それで、蹂躙から包囲へと切り替えたんですね」

 

それは確かに真実なのだろうと愛子には思えた。

しかし、それは少なくとも彼がこの一連の騒動に自発的に関わったという証でもある。

 

もっとも清水にとっては己を称えるべき存在を殺してしまえば元も子もない。

という感情や計算の方が大きかった、

実際、このウルに知り合いが誰もいなければ果たしてどうだったか?

そんなことを思ってしまう自分を、清水は心底嫌悪していた。

 

「あいつら……多分ロクなもの食べてねぇんだ、だから、愛ちゃんを引き抜いて

それで作物とかちゃんと獲れるようにしたら、戦争とか終わるかなって…さ」

「清水君は清水君なりの考えで何とかしようとしていたんですね」

 

(ですが、社会科の教師として言わせてもらえるなら、清水君の考えは……)

 

流石に口にするわけにはいかなかったが、甘いとしか言いようがない。

実りだけではダメなのだ、その実りを分配・流通できるシステムが無ければ

飢えは解決しない。

まして利害のみで戦争は起こるわけでも、解決するわけではないのだ。

 

「南雲ォ、お前がお前らが全部叩き潰しやがった!もうすぐ……もうすぐ

手に入る筈だったのにぃ」

 

白髪の少年を睨みつけ、地面を拳で殴りつけ、また再び慟哭する清水。

 

「……」

 

もしも、清水が完全に闇に堕ちていたのならば、如何なる理由や命乞い如何に関わらず

後顧の憂いを絶つ目的も込めて、ハジメは清水を殺すつもりでいた。

愛子に言質を取ったのも、その可能性を考慮してのことだ。

しかし、この目の前で泣き叫ぶクラスメイトは、ハジメにとって"敵"だとは

どうしても思えなかった。

 

「お前だって俺と似たようなもんだろうが!……俺だって……俺だって」

 

ハジメを囲む、ジータやユエ、シア、ティオらの姿を、清水は涙に濡れた瞳で眺め

その羨望を隠すことなく叫ぶ。

 

「何だよぉ~~死んだと思ったらパワーアップしてハーレム作ってましたって

どこのなろうでハーメルンなんだよぉ~~俺はっ俺もっ……天之河や

お前みたいになりたかったんだよぉ~それで世界を皆を救って、

美少女にチヤホヤされるヒーローになりたかったんだよぉ~」

 

「人の苦労も知らずに好き放題言ってんじゃねぇよ……」

 

小声で吐き捨てるハジメ、だが……あのステータスプレートを、

初めて手にした時の高揚感とその後の惨めな気分はどうしたって忘れられない、

だから今の清水も、きっとそんな気持ちなのだろう。

 

「世界?」

 

しかし、ここで思わぬ言葉が出て来た、カリオストロは清水に聞き返す。

 

「ああ、この世界は神々のオモチャ箱なんだよ!その証拠に……」

 

(見つけたぞ、三時の方角……)

(殺れ)

 

念話石からのカリオストロの指示に無言でスコープの中の標的へと目を凝らすシルヴァ、

そこには幾重にも迷彩を施したオールバックの男、レイスがいた。

中々の擬態だったが、しかし惜しむらくはその指先に灯る光は

遠距離からの反撃を考慮していないのがありありと分る。

 

「気の毒だが、私が相手だったことを不運に思うがいい」

 

シルヴァはそれだけを口にすると、特に何の感情も抱かぬままにトリガーを引く。

自分に何が起こったのか分からぬままレイスは眉間を撃ち抜かれ死に、

彼の忘れ形見の……清水にとっては見覚えのある光が明後日の方向に放たれ煌めく、

その光景は彼らの眼にも届き、それを清水は愕然とした風に眺めている

 

光の規模からみて、自分を含む何人かを纏めて殺すつもりだったのは明白だった。

 

「ま、勝って戻れても、すぐにこういう運命だったろうよ……

世界どころかお前は用済みになりゃ殺され、オレ様と愛子はアルヴ様とやらへの生贄かな」

 

「で、世界を救うはいいとしてさ、それで……どうやって帰るつもりだったの?」

「……帰らねえよ」

「は?」

 

ジータの指摘に即答する清水、何をいまさらと言わんばかりの態度が

彼女にはどうにも気に障って仕方がない、清水にしても

ねぇ、ボクゥ?どーして?と言わんばかりに見下ろす、

ジータの視線が気にくわないので、おあいこである。

 

「人間と魔人、エヒトとアルヴ、両方の陣営の隙を突いて、

このトータスに俺たちの国を作って、それから戦争を終わらせるつもりだったんだ」

 

「「「「「!?」」」」」」

 

とんでもない誇大妄想に絶句する一同、だが、戦争を止めることはともかく

建国については、あながち不可能なわけでもないことに気が付いた者もいた。

北の山脈地帯奥地を根拠地に据え、国防は魔獣たち、場合によっては竜人族に任せ、

あとは食糧etcの問題を解決出来れば……そしてそれら諸問題を解決できる存在は

すぐ傍に何人もいるのだ……しかし。

 

「いや……テメェ、それ嘘だろ?」

「嘘ですね」

 

カリオストロと愛子は見抜いていた、夢物語と分かっていて、

それでもそれが可能だと信じ込むことで

この少年は後昏い何かから目を逸らしていると。

 

「俺……嘘なんかじゃ」

「確かに、嘘ではないでしょう、自分の価値を認めさせたいことも

自分の国を作って世界を救って、英雄になりたいのも真実でしょう、ですが……」

 

静かに、そして優し気に愛子は清水へと話しかける。

 

「清水君はそういう分かりやすい願いを表に出すことで自分を騙しています

誰にも言えない、本当の願いを清水君自身が認めて、それを乗り越えない限り、

きっと清水君の問題は解決しません」

 

口調こそ優しいが、言葉の内容は厳しかった、何よりそれは正鵠を得ていた。

後ずさる清水……そこへ。

 

まるで予測してない場所、距離から二つ目の極光が彼らへと迫っていた。

 

「!!」

 

硬直する一同、しかしいち早く外壁から警戒に当たっていたシルヴァが、

落ち着き払って極光の核を撃ち抜き、霧散させることに成功する。

 

一瞬の光が晴れた後、そこに立っていたのは……。

引き攣った表情で、愛子たちの盾になろうとしていた清水の姿だった。

その行為が、勇気に拠るものではないということは、

清水の表情からして明白だった。

 

「幸利……おまえ」

「清水君の……願いは……」

「あ…ひゃ…」

 

自分でも信じられない、いや、信じたくない……そんな掠れ声をあげてへたり込む清水。

 

「檜山……南雲の次は俺かよ……らしいな」

 

実際はどうだか知らないが、レイスが死んだ今、こんなことをしでかすのは奴しかいないと、

絶望感と放心状態の中でも清水は確信していた。

 

「ひ……やま?檜山がいるの?」

 

ティオをして"一流の素質"と言わしめた鬼気がジータから放たれる。

 

「あ、ああ……アイツ、魔人族に寝返って仮面被って南雲ハジメって名乗って……」

 

その言葉を聞くか聞かぬかの間にすでにジータはバイクを駆って、

光線が放たれた方角へと走り出していた、後を追うように、ハジメ、シア、ティオと続き、

身体能力の関係で一拍遅れてユエが……。

 

しかし、その足が踏み出そうとして止まった、彼女の並外れた魔法能力が

この地に起こりつつある異変を察知したのだ。

 

「アイツ、俺たちより遅く行方眩ましたのに、もう魔人族のお偉方に出会って

装備とか貰えてた……だからさ、俺さ、気が付いたんだ」

 

ハジメたちにはまるで気付かず、ブツブツと話を続ける清水。

 

ユエとほぼ同時にカリオストロも異変を察知する。

 

「オイ!皆……逃げ、いやオレ様の傍に集まれ!」

 

カリオストロの周囲に集まる愛子たち、しかし、清水だけは、

皮肉気な笑顔を浮かべたまま、その場から動こうとはしない、

そんな彼らの頬を死を纏った風が撫でる。

そう、彼らの周囲には見渡す限りの魔獣たちの屍が放置されたままだ。

 

魔獣とは基本的に人々に害を為し、忌まれ討たれる存在である、

しかし、そんな魔獣にも、彼らにも心が魂がある、

魔人族と彼らに躍らされた一人の少年の野心によって、

半ば強引に戦場へ駆り出され、挙句、野に屍を晒すことになった彼らの

怒り、恨み、憎しみはいかばかりであろうか?

 

ウルの平野には瘴気が満ちていた……そしてその有様に歓喜の声を上げる

存在が……幽世の蛇たちがいた。

 

「オオオ……死ガ憎シミガ満チテユク、我ガ故郷ヨ、パンデモニウムヨ」

 

 





そしていよいよ蛇たちが悪さを始めました。


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遁走曲

まずはこちら側を先に処理。


時間は少し遡る。

 

(清水ぅ、今はテメーに天下を預けておいてやるぜ)

 

主戦場から遙かに離れた森林の中、苛立ちつつもほくそ笑む檜山。

すでに戦闘は始まっているというのに……。

ウィルたちの件もそうだが、彼は己の手を汚すのは最小限と定めていた。

 

なぜならば、ハジメを殺し、光輝を殺し、香織を雫をジータを犯し殺し、

自分を弄んだ恵里と自分を死刑にしようとした愛子とあの忌々しいカリオストロも

魔物のエサにし、そして自分を煩わせる者全てをこの世界から消した後、

彼はまた檜山大介として、しれっと人の世界に戻って来るつもりなのだ。

 

(下らねぇリスクは負っちゃいられねぇんだよ)

 

それに、すでにレイスとかいう魔人族からも確約は貰っている、

事を達すればあの魔物は全て貴方の物、清水は処分すると。

さて、そろそろ包囲は完了したかなと、檜山は一旦森を抜ける。

……そこに広がっていたのは、地獄絵図だった……魔物たちにとっての。

(な、なんで……なんでなんだありえねぇ!)

 

竜巻が、炎が、雷が、檜山の視界彼方で乱舞し、その度に魔物たちがみるみる算を乱し

散り散りになっていく、その上、この世界ではあり得ない音、銃声までもが聞こえてくる。

 

(エヒトの奴、軍隊でも呼んで来やがったのか!)

 

奇しくも清水と同じような感想を抱く檜山。

取り巻きたちに己の周辺を固めさせつつ、森の中を縫うようにして

戦場へと檜山は近づき、様子を伺う……すでに戦いは決し、音は聞こえなくなっていた。

 

(……あれは)

 

"鎧"の効果か、強化された知覚を使い、遙か彼方の景色を確認する。

全員の顔は流石に距離的に判別できなかったが、

そこには清水と愛子、カリオストロ他、何人かの見知った顔があった。

 

(レイスの奴は何をしてた!)

 

清水が何かおかしい動きをすればすぐに殺すと、そう話はついていたはずだ。

もしも……自分の事を愛子たちに知られれば……。

仮面の下で顔面蒼白の檜山、そこまで心配なら他に手の打ちようはあった筈なのだが

清水がこれほどあっさりと愛子らの手に落ちたこと、そしてそもそもの話、

五万の魔物がいともたやすく壊滅すること自体想定外だ。

 

(何とか……何とかしねぇと、そうだ)

 

檜山は一本の杖を取り出す、例のシスターから貰ったものだ。

一度放つと再度の使用に時間はかかるが、その威力は光輝の"神威"をも遙かに凌ぐ。

アルヴ神の使徒という触れ込みこそあったが、最初は訝し気だったフリードら、

魔人軍の重鎮らも、この一撃を見た瞬間、態度が変わった。

 

杖に魔力を送り込む檜山、装備によってパンプアップされた魔力は

今や光輝と同等か、それ以上かもしれない。

しかし、自身の不都合から徹底的に逃げ回るその行動論理は、

日本でもこちらでもまるで変わらない。

 

(死ねや、お前ら俺のために)

 

不意打ち、騙し討ち上等の精神もまた変わらない。

勝利を確信しながら、檜山は両腕で構えた杖から極太の光を撃ち放つ。

だが……その必殺の光は、清水らに届くことなく、いとも容易く霧散する。

それが魔法の核を撃ち抜かれたからだということは、もちろん檜山は知る由もない。

 

ただ、これで自分の潜んでいる場所が連中にバレてしまったということは

理解出来た、そして今、騎乗用の白イタチに跨り、全速力で退却する檜山とその取り巻き。

しかし、その耳にバイクのエンジン音が少しずつ近くなっていく。

 

「バイクなんて反則だろうがよぉぉ!」

 

誰だ、誰が作りやがった、あのガキか?それともまた別の世界から呼ばれた誰かか?

一瞬、ハジメの顔が脳裏に映ったが、あの無能にバイクなんぞ作れねぇと即座に

その可能性を却下する。

 

「あの竜がいりゃあ、もっと早く逃げられたんだ!清水の野郎!」

 

檜山は一切振り返ることなく、さらに白イタチにムチを入れる。

だから気が付かなかった、いつの間にか自分の取り巻きたちが

周囲から姿を消していたことに……。

 

 

「我ら魔人族特殺部隊、"猛虎"、ここを死地と心得たり」

 

檜山の後姿が完全に消えたのを確認すると、数人の魔人族が

ハジメたちの追撃を絶つべく、迎撃の構えを見せ始める

 

あの蹂躙劇を見て、勝ち目はないことは分かっている、しかし…

 

「お前ら、彼の事嫌っていたんじゃないのか?」

「ええ、嫌いですよ、ですがそれでも彼はアルヴ神の使徒にして

フリード様のご客将、このままエヒトの走狗の餌食にさせるわけに参りません」

 

彼らにとって聞きなれぬ轟音、すなわちバイクのエンジン音は

もう間近へと迫っていた。

 

 

(アイツら!俺を置いてドコ行きやがった!)

 

白イタチを乗り捨て、道なき山野を身体能力に任せて飛び跳ねる様に、

逃走を続ける檜山。

 

いつの間にか自分の周囲から消えた取り巻きたちについて

彼は自分を見捨てて逃げたと解釈した、実際は真逆であるにも関わらず。

この男には自己犠牲とか献身とか、そういう殊勝な精神は備わっていないのだ。

 

(帰ったらフリードさんに言いつけてやる)

 

ともかく檜山はハァハァと荒い息を吐き出しつつも、木々を掻き分け川を越え、岩を飛ぶ

その血走った眼は、自分が逃げることよりも、自分を見捨てた連中が、

フリードにどんな罰を与えられるかを楽しみにしている眼だ。

だから、逃げるどころか自分が同じ個所をグルグル回っていたことにも、

そしてあろうことか大回りでUターンさえしていることにも、まるで気が付いていない。

 

暑さと息苦しさに仮面を外す、と、明敏になった嗅覚が血の匂いを察知し、

ようやく檜山は正気に戻る、ここ前にも通ったような……などと考えつつも、

今度は慎重に木々に隠れながら獣道を進む……。

そこには頭を撃ち抜かれた取り巻きの一人の姿があった。

 

「ひっ!」

 

初めて見る死体、それも射殺された……に、一瞬驚きを隠せない檜山。

それでも何故か口元が歪んでいく。

 

(ざまぁ見やがれ、バチィ当たりやがった)

 

この魔人族の戦士が自分の為に死んだなどとは、彼は露ほどにも思えないらしい。

その時、聞き覚えのある声が彼の耳に届いた。

 

「ハジメちゃん、どこ~」

 

(あ、蒼野……)

 

檜山は一瞬息を呑み、仮面を装着しようとして手元にない事に気が付き

迂闊にも繁みから腕を伸ばし、仮面を手元に手繰り寄せる……その瞬間。

 

クラリオンから放たれた弾丸が檜山の左肘に命中し、そこから先が吹き飛ぶ。

 

「ぎゃあああああああ!」

「自分からハジメちゃんを名乗るくらい、ハジメちゃんがお気に入りなんでしょ?

だから、もっとハジメちゃんに近づけてあげるね、檜山君」

「お…お前……気が付いて…」

 

あれはハジメを探している声ではなかった、とっくに檜山を発見していたジータは

獲物を見つけたとハジメを呼んでいた……。

 

「あっ、ああああああ!」

 

そのことを察知した檜山は左腕を失い、バランスをうまく取れないのか、

まるでピンボールの球のように、岩や木々に身体をぶつけながらも、

必死の逃走を試みる。

その滑稽な有様を、ああ、ハジメちゃんも慣れるまでしばらくかかったっけ?と

冷ややかに眺めるジータだった。

 

どれくらい走っただろうか?森を抜けた檜山の眼前に、採石場のような

荒涼とした風景が姿を現す、それでも身を隠せる場所はないかと

眼を凝らし、小高い石山を越えていく、そしてその先は……何にもなかった、

ただ高さ数百メートルにも及ぼうかという断崖絶壁が檜山の眼下に広がる、

かつての奈落を思い出さずにはいられず、きゅうっと胸が縮む感覚を彼は避けられない

 

戻らないと……踵を返し、また走り出した檜山の足元に何かが投げ落とされる。

 

「忘れ物だよっ!檜山君」

 

忘れ物?一瞬訝し気に足元に視線を落とすが、それが先刻吹き飛ばされた

己の左腕だということに気が付くと、再び絶叫する檜山、

いや、それよりも……。

 

(なんで今の俺に追いつけるんだ)

 

強くなっている……とは事前に聞いてはいた、しかし元はコイツも、

ステータスに関してはこの世界の一般人並みの力しかなかった筈だ。

今の自分は勇者よりも……あの天之河をも凌ぐステータスとなっているというのに。

 

ともかくライフルを肩に担ぎ、スキップをするような足取りでこちらへと迫る、

ジータの姿を見ながら、檜山は必死で助かるためにその頭脳をフル回転させる。

ちなみに彼もこの世界のカラクリには気が付いている一人だ。

 

「な……な、俺が神様に頼んでやる、許してくれるなら俺とお前……南雲も

特別扱いしてくれるようにお願いしてやる」

 

檜山は必死でジータへと訴える、この世界が神々の遊戯盤で、

自分たちはその駒に過ぎないのだと。

 

「俺たちは被害者なんだよ、だから一緒にだな~」

「うん、そうだね」

 

分かってくれた!?俺助かる……と、一瞬思った檜山の耳元で

バスンと破裂音、視界に何か赤い物が飛び散ったかと思うと

自分の足元に左耳がポトリと落ちる。

"風爪"でジータが檜山の耳を斬り飛ばしたのだった。

 

「でも、それが檜山君を許す理由にはならないと思うの」

 

必要以上に標的をいたぶる趣味も必要もない、だがコイツにだけは……

ハジメの、そして自分の味わった以上の恐怖と苦痛を与えてやらねば気が済まない。

きっとカチカチ山のウサギもこんな気分だったのではないか。

ああ、そうだ……一応約束だ、聞いておかないと。

 

「ねぇ?どーしてハジメちゃん殺そうとしたの?」

「おおお教えたらっゆ許してくくくれるか?」

 

銃声と共に檜山の右足甲に弾痕が穿れる。

 

「ぎゃああああっ!」

「お願いしてるんじゃないの、早く言わないと、どんどん身体に穴が増えたり

耳とか指とか無くなっていっちゃうよ」

 

天使の笑顔で、悪魔の言葉を口にする少女に檜山は心底恐怖した。

 

「お……俺、アイツが自分より上に行くのがガマンできなく、ぎゃあ!まだ話してる途中」

 

ジータに右膝の皿を撃ち抜かれ、さらにのたうつ檜山。

逃れようにも背後は落差数百メートルもあろうかという断崖だ。

 

「まだ何処に落ちるのか分かるだけ、檜山君は運がいいよ」

 

ああ、コイツ……俺を蹴落とすつもりだ、そう思った檜山のすぐ傍にまた着弾、

自分で落ちろということか。

 

「お前……お前何しようと……お前のやってることは、ひひひ人殺しだぞ!」

 

自分のしたことについては、徹底的に棚に上げるのも檜山クオリティである。

 

「俺はまだ誰も殺しちゃいねぇ!だから俺の方が正しいんだ!」

 

確かにそうだ、殺し損ねた、だから自分はまだ人殺しではない。

あの冒険者たち?確かに殺せと言ったかもしれないが、実際殺したのはあの竜だ、

それにあの竜も元々は清水が調達したものだ、だから俺の責任は贔屓目に見ても、

三分の一くらいだろう……などと半ば本気でこの男は思っていた。

 

「そうだよー檜山君のせいで私、人殺し平気になっちゃった」

「こっ……この悪魔」

 

何を今更と小首を傾げるジータ、その仕草が天使の如く実に愛らしいのが、

檜山には却って恐ろしく思えてならない。

左手を抱え、彼は這いずる様に撥ねる様に後ずさるのだが、ついにその頬に高所特有の

吹き上げるような風を感じる……もう逃げ場はない。

 

「生き残れるか試してあげる、檜山君には無理だと思うけどね」

 

ずいと檜山へと一歩一歩近づくジータ、彼女は怒りと復讐の高揚感で完全に我を忘れている。

檜山はもう悲鳴すら発することが出来ず、眼下の地獄と眼前の地獄とを歯を鳴らしながら、

交互に見比べることしか出来ない。

 

そして、ジータと檜山の距離があと十歩ほどの所まで来た時だった。

 

「!!」

 

彼方からのどれほど怒りに酔っていても見逃すべくもない、

大規模な魔力を感知したジータが瞬時に飛び退くと、

たった今彼女が立っていた付近を極光が薙ぐ。

そしてその光に紛れ、檜山を抱え飛び去る何者かの姿を彼女ははっきりと捉える。

 

「くっ!」

 

逃がしてなるものかとライフルを構えるジータだったが……。

 

『お馬鹿!』

 

脳内に、いや精神に直接響く怒声に一瞬構えを解いてしまう……。

何故なら怒声の主は、彼女にとって懐かしくも、

常に己と共にあった、あの慈愛の天司のものだったのだから。

 

ともかくその隙に檜山を抱えた何かは彼方へと飛び去ってしまう。

 

「ガブリエル……様?」

 

どうしてと……いわんばかりのジータへと畳みかけるようにガブリエルは続ける。

 

『そんな小物一人どうにでもなるわ!そんなことよりもアレを見なさい!』

 

背後……彼方の異様な気配に背中を凍らせるジータ、怒りに気を取られていたとはいえ

どうして気が付かなかったのか……おそらくハジメたちもすでに向かっているのだろう

その異様な気配の発信源、ウルの平原に血のような赤い光が満ちていた。

 

 

「オイ!何してんだジータ!早く来い!」

「シアもティオもとうに到着済みだぞ」

 

バイクを飛ばすジータ、念話石からハジメとシルヴァの怒声が、

ようやくクリアに耳に届き始める。

檜山を見つけたよと、どれほど呼んでも反応がなかったわけだ、

どうやら最初から通じてなかったらしい。

 

(この赤い光のせい?)

 

そんな中でも、ジータの精神へとガブリエルは語り掛けることを止めようとはしない。

 

『恨みを憎しみを晴らすことは否定しないわ、それでも……酷い顔だったわよ、さっきのあなた』

 

「……」

 

『ハジメくんを大事に思うあまり、自分が獣の道に堕ちてしまったら、意味ないわよね』

 

その言葉は、この地で味わったどんな傷よりも痛かった。

 

 

 

「なんでもっと早く来なかったんだよぉ!」

 

あの日、自分をスカウトしたシスターの腕の中で、命を救われた感謝よりも

救援が遅いことを罵倒する檜山、流石に無表情ながらもカチンと来たのか、

まだ地表まで数メートルあるにも関わらず、彼女は檜山を無造作に投げ落とす。

 

「テメェ!」

 

誘われたのは自分、つまり目の前のシスターより自分の方が立場が上だということ

その認識……いや誤解のままに抗議の声を上げる檜山だったが、

シスターが軽く指を鳴らすと、己の力の源である鎧が、独りでに剥がされていく

……途端に檜山は倦怠感に襲われ膝を衝いてしまい。

そこまでされて、自分の力が借りものに過ぎないということをやっと思い出す。

 

「ひ……あああ……」

 

頭を一撃で撃たれ絶命した魔人族の姿がフラッシュバックし、それが自分の姿と重なり始める。

 

「あんな風に俺はなりたくねぇ~~~たのむぅ」

 

動かぬ身体を引き摺り、シスターの足元に縋りつく檜山。

 

「何でもするから見捨てないでくれぇ~~~」

 

シスターは無言で檜山の口元に爪先を差し出す、一瞬の逡巡の後……、

檜山は情けなくもレロレロレロレロとシスターの靴を舐め始める。

 

(俺が……俺が、どうしてこんな目に)

 

何が!何が!悪かった!恐怖と屈辱感に苛まれながらも、

必死で檜山は自分がなぜここまで落ちぶれたのか、その原因を考える……

いや、考えるまでもない。

 

(何もかも南雲が……あの無能が……)

 

「頼む!俺にもう一度チャンスをくれ!今度こそアイツを南雲を殺して見せるからよぉ~

その為なら何でもするッ!それで死んでも構わねぇ、俺の心臓が

アイツよりも一回でも多く動けば、それで俺の勝ちで構わねぇからよぉぉぉぉ」

 

威勢だけはいい、負け犬の遠吠えが谷間に響いた。

 

「だからだから、フリードさんにはこのことは内緒にしてくれぇ~~~」

 

 




いかに復讐という正当な理由があるにしろ、むしろ理由があるからこそ
あんまり必要以上にいたぶるのはどうかと書いていて思ったりもしてました。

というわけで、しぶとく生き残った檜山君でした。


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愛ちゃん護衛隊in古戦場

清水編クライマックス!

ところでバブさんですが、ルシよりは持ち物検査緩そうで一安心


すでに平原は血のように赤い光に覆われていた、そしてその源には

幾百……いや、幾千もの魔物たちの屍が歪に組み合わされた

新たなる巨大な魔物と、それに応戦するハジメたちの姿があった。

 

「オラァァッ!」

 

裂帛の気合いと共にガンカタスタイルで魔物へと挑みかかるハジメ、

しかしどこかその攻撃は空回り気味だ、いつもの冷静さを失っている

その蜘蛛と蛇を合わせたかのような魔物の本体に弾丸は一切届いておらず

粉砕されていくのは周囲の触手ばかり、しかもその触手は周囲の屍を取り込み

次々と再生していくのだ……きりがない、にもかかわらず。

 

ここでジータはユエの姿がない事に気が付く。

 

(まさか……)

 

ユエの身に何かあったのか?ならばあのハジメの荒ぶりも理解は出来る。

ジータの胸もまさかの事態を想像し、キリキリと痛みだすが

前方ばかりに気を取られ、側面背後が御留守のハジメの姿が目に入ると

考えるより先にバイクを駆っていた。

 

『ホースマンズデューティ』

 

バイクのエンジンが唸りを上げ、その耳障りな轟音に怯んだか

触手が一瞬動きを止め、その隙にジータはハジメの襟首を引っ掴んで

半ば強引に後部座席へと座らせる―――その数瞬後ハジメの立っていた場所を

無数の触手が切り裂いていた。

 

「……」

 

あり得たかもしれない自分の最期が脳裏に走ったか、ようやく落ち着きを取り戻すハジメ

 

「落ち着いて!ユエちゃんに何があったの!」

「……消えたって、赤い光が出現したと同時に、先生たちと一緒に……」

 

悔し気に呟くハジメ、ギリッと歯軋りの音も同時に聞こえる。

それでもまだ消え去る場面を直接見ていないだけマシだったとハジメは思う

もしもその時、傍にいて、それで何も出来なかった、届かなかった時は

きっと自分は……。

 

「……お笑いだよ、撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだって勝手に思って、

いざ、自分が奪われる側に回ると……な」

 

力を得て、武器を得て、仲間を得て、きっと心のどこかで万能感に酔っていた。

自分がまだありふれたオタク少年だった時のことを、

心の片隅に追いやろうとしていた……日常に戻ると口では言っておきながら。

 

そこへ念話石からシルヴァの声が届く。

 

「あの魔物は複数の核を持っているようだ、私が一つずつ壊していくので

援護を頼む」

 

見るとシアやティオもシルヴァの指示に従い、本体から触手を遠ざけるかのような

行動をすでに開始している。

彼女らに遅れじとジータがバイクのエンジンを勢いよくふかす。

 

「だから帰ろう、みんなで私たちの世界へ、こんなことが起きない世界へ」

「ああ、その前にあのデカブツを何とかしないとな」

 

 

そしてその頃忽然とウルの平原から消えた優花たちは、空の一点を心配げに眺めていた

そこには巨大な斑色の蜘蛛蛇と戦うハジメらの姿が映っていた。

 

「また私たち、だれかに召喚されちゃったの?」

 

やや興奮気味ではあるが、不安げに呟く妙子にカリオストロが応じる。

 

「いや、こいつは巻き込まれた貰い事故だな、試しに自分の手を見てみろ」

 

優花たちは各人、己の掌をじっと見る、その形は映りの悪いモニターのように少しブレていた。

 

「今のテメェたちはこの世界の異分子、召喚が不完全な証拠だ、このまま暫く待ってるか、

ハジメがあの蛇を倒すかすりゃ自然と戻れるだろうぜ……しかし幽世の徒が、

あの世界にいやがるとはな」

「幽世の徒?そういえばカリオストロさんの身体はブレてない」

「ああ、ここがオレ様たちの世界だからな」

 

オレ様たちの世界、という言葉に目を見開く一同。

世界を渡った瞬き幾つか程度の時間……それでも彼らは様々な物を目にした。

 

何処までも続く果て無き蒼穹の空に浮かぶ島々……島といっても一つ一つが

大陸の如き大きさをしているのだが……そしてその島々を行き交う、

大小様々な空駆ける巨大船、騎空艇。

最新科学とファンタジーが融合したかのような都市の数々。

 

「これが……ここが、カリオストロさんやシルヴァさんのいた世界、空の世界」

「凄かったよな、船が空飛んでて……ジ〇リアニメみたいで」

「ラピ〇タはホントにあったのね」

 

口々に呟く愛子たち、ユエも例外ではないらしくハジメらを気遣いつつも

未知の世界に感慨深げな表情を見せている。

 

「……で、ここは正確にはどこ?」

「古戦場だ、妙なトコに出ちまったな」

 

古戦場、かつて星の民と空の民が激突した覇空戦争における激戦地の一つだ。

戦いのステージが変わり、戦略的に全く意味を為さなくなって尚、

彼らはこの小さな島を巡り数百年にも渡り死闘を繰り広げた。

そして戦いが終結した後も、周期的にこの島に眠る幾億の星晶獣が目覚め

蠢動を始めるのだという。

 

「ちょ……そんなの危ないじゃない!」

 

怯えたような叫びを上げて、周囲をキョロキョロと見回す優花に、

カリオストロは説明を補足する。

 

「人間ってのは罪深いぜ、今じゃ討伐数を競わせる一大イベントになっててな

その時期になると、島を挙げてのお祭り騒ぎ、以前はブックメーカーもあって

色々稼げたりもしてな……」

 

「じゃあ」

「ああ、今は休眠期だ」

 

ひとまず胸を撫でおろす優花……ちなみに触れてはいないが、

彼らは決して清水の事を忘れているのではない。

事実、ここに降り立って以来、異質な気配が常に彼らの周囲を包んでいるのだ。

その証拠に彼らは円陣を組み、警戒を怠ってはいない。

 

(あの蛇どもは死や絶望、邪悪な欲望を好む……だとすれば)

 

今のアイツはおそらく……と、険し気な表情のカリオストロ、そこへ。

 

「おいでなすったな」

 

彼らの眼前に、とぐろを巻く斑色の蛇に取り込まれつつある清水が、

その無残な姿を現した。

 

(チッ!やっぱりか……)

 

「オオオ…絶望、破壊……挫折…オマエラ…」

 

清水の身体を取り込んだ蛇の呟くような呪詛と共に、休眠期の筈の島に

アーフラー、シアエガ、ティモルフォドン、ヨグ・ソトース……。

邪神たちの名を冠せられた、星晶獣……生体兵器たちの亡霊が彷徨い出でる、

一見すると、どれも巨大な目玉の化け物に見えるのだが、よく見るとそれぞれに

差異がしっかりと存在しており、それが却って優花には不気味に思えた。

 

「ここはな!空の民と星の民がその意地と誇りを賭けて戦った神聖な戦場だ

テメェら、薄汚い蛇どもが土足で踏み込んでいい場所じゃねぇ!」

 

叫びつつも策を練るカリオストロ。

 

(幸利を殺さずに蛇だけを何とかする手は…)

 

「ユエ……サポート頼めるか?」

 

(あのベルゼバブを封じた術式を応用すれば……)

 

カリオストロは記憶を頼りに即興で魔法術式を組み上げ、傍らのユエへと提示する。

僅かの時間で組まれたとは思えぬほどのその精緻さに、

ユエは感嘆の声を漏らさずにはいられない。

 

「凄く複雑……でも、大丈夫」

「愛子、オマエもだ、オマエさんの内包している上質な魔力がどうしても必要だ」

 

矢継ぎ早に指示を飛ばすカリオストロ。

 

「オイ、優花……暫くオレ様たちは手が離せねぇ、だからお前らが

オレ様たちを、幸利を守れ」

「あんなの……」

 

絶句する優花、魔物というよりあれは生き物の姿をした兵器だ、

それ故にあのベヒモスよりも遙かに悍ましく思えてならない。

 

「テメェら護衛隊だろ!……ダチの一人も守れなくって何が護衛隊だ!」

「んっ……ここで、彼を見捨てたら、きっと皆、一生後悔する」

 

もしもの時は自らが恨まれても、清水を殺す決断をユエは下していた。

それでも……ハジメ同様、ユエにとっても、清水はどうしても"敵"には思えなかった。

 

「いいか、お前ら絶対にくたばるなよ!お前らが死ぬってことはなぁ」

「……彼を人殺しにしちゃだめ」

 

カリオストロとユエの激に応じる様に優花、奈々、妙子、淳史の四人が、

目玉たちを迎え撃つべく、それぞれの武器を取る。

 

「相川と仁科は愛ちゃんたちについてて!」

 

戦闘力がやや前衛四人に比べて落ちる二人が直接カリオストロらの護衛に回る。

カリオストロらの企みに気が付いたか、蛇に促されるかのように、

目玉らが彼女らに迫るが。

優花のナイフと淳史の曲刀でその殆どが切り裂かれ。

遠距離からの火球や石礫は奈々の作り出した氷塊と、

妙子の鞭の先端から放たれる旋風によって相殺される。

 

「大丈夫、こいつら」

「俺たちでもいける」

 

しかし切り裂かれ霧散した筈の目玉どもはその都度蘇り、続々と数を増やしていく。

しかも倒され霧となる度に、また瘴気が少しづつ満ちていく。

 

それを息を呑んで見守ることしか出来ない愛子、動こうにもその片手は、

カリオストロが固く握って離さない。

自分の身体を流れる力がカリオストロへと、そして彼女が構築しつつある魔法陣へと

流れていくのを愛子は感じていた。

 

ユエもまた優花たちの奮戦を横目でチラチラと眺めることしか出来ない、

いかに数が多くとも指先一つで一掃できる程度の相手、しかし

彼女は術式のサポートで手一杯だ、

相殺しきれない火球が礫が雹が少しずつ増えていき、

自分たちの直援役の昇と明人も肩で息を始めている。

 

そんな時……全身を斑に染めた清水の口が初めて開いた。

 

「もう……いいだろ!……もう俺を放っておいてくれよ、もう俺には何もないんだよ!」

 

悲痛な叫びが慟哭がその口から洩れる。

 

「死なせて……くれよ」

 

嘘だ、生きたい……でも死にたい、どっちなのか叫ぶ清水にも、

もう分かっていない。

 

「ホントは俺だって死にたくねぇよ!でもそれ以上に死にてぇんだよ!

かっこよく生きるのがムリなら……せめてかっこよく死ぬしかないだろ!

オレのどうしようもないこれまでも……どうせロクなことにならないこれからも

全部チャラにしてぇんだよ!」

 

建国などという無謀な夢に縋ったのも、その途上でならば死んでもいいと思えたから、

強烈な英雄願望の裏側にあったのは、強烈な破滅願望だった。

しかしそれは決して認めたくない、認めるわけにはいかない願いだった。

もう自分には本当に何もない、何も出来なかったということを、

自ら認めてしまうことになるのだから。

 

「こんな……何やっても半端で……誰からも顧みられない、こんな俺でも……

死んだらだれかが悲しんでくれるだろう!南雲みたいによぉ」

 

ああ……と、愛子は思う、この子はただ、話を聞いて欲しかっただけなのだ。

分からなかった……それはあまりにも、当たり前でささやかな……そんな願いだったから……。

 

声を震わせる愛子、その震えは、目の前の小さな叫びを聞き逃した、自分への怒りか哀しみか、

もしかすると両方かもしれないが。

 

「……ごめんなさい、私はずっと、清水君の叫びを聞き逃していました、教室でもここでも

今更、謝って済む話ではないかもしれません……それでも、今からでも間に合うのならば

清水君の言いたいことをちゃんと聞かせてください」

 

ここで愛子は、一度言葉を切る。

 

「皆で生き残った後で」

「生き残……ううう」

「こんな蛇に身体を乗っ取られるのが……それが清水君の考えるかっこいい死に方……

だとは、とても先生には思えませんから」

「しょうがねぇだろう!わかってんのか俺に構ってたら園部とか死ぬだろうが!」

 

「るせぇよ!」

 

曲刀を両の手に振いながら淳史は叫ぶ。

 

「確かにあの時の南雲は凄かったよ!だから死んだと思った時は

俺たちのためにごめんな、ありがとうって思ったよ!悪かったと思ったよ、けどなぁ」

「生きてて戻ってきてくれた時の方がずっと嬉しかったんだよ!」

「そうだぜ、しかもあんなハーレムまで作っちまってよ!」

 

昇と明人も叫ぶ。

 

すでに視界を埋め尽くさんとばかりに増殖した目玉たちを、

ナイフでひたすら貫き続けながら優花もまた清水へと叫ぶ。

 

「清水が死にたいなら後で好きにすりゃいい、でもね私たちはアンタを助ける

助けたいから助ける!余計なお世話でも助ける!確かにアンタが死ねば

丸く収まるのかもしれない、けど……自分の命も大切に出来ないヤツに……」

 

泣きながら優花は叫ぶ。

 

「助けられたって嬉しくなんかないわよ!」

 

さらに言葉を続けようとした優花だったが、明らかに目玉どもとは違う何かの気配に、

顔色を変えて言葉を飲み込む。

 

(チィ!あと少しだってのに)

 

カリオストロの眉が歪み、その顔色が変わっていく。

目玉だけなら何匹いようが優花たちでも何とか対処できる、

その確信があったからこそ、彼女たちに守りを任せたのだ……しかし。

 

目玉たちを踏みつぶし、その瘴気を吸収するかのように

あのベヒモスを思い出させる四つ足の巨獣が次々と姿を現してゆく。

そして奇しくもその星晶獣の名は……やはりベヒモスと言った。

もっともこの空の世界では犬という隠語で呼ばれることが多いが。

 

「あ……あ」

 

力なく立ち尽くす優花、奈々も妙子も淳史も同じような顔をして、ただ為すすべもなく、

その巨体を呆然と眺める、カランと誰かの武器が地に落ち、音を立てる。

 

その音に呼応するかのような咆哮と共に、ベヒモスの角が輝きを増していく、

あの時と同じだと誰もが思った…。

しかしここには道を切り開いた勇者も、最後まで殿を務めてくれた錬成師もいない。

いるのは……。

 

「!!」

 

心が掻き毟られるようなプレッシャーが突如周囲を包み、跪く優花たち。

ベヒモスたちの咆哮の調子が変わり、その足取りがふらつき出す。

 

「へっ……こんなデカイだけの犬ごとき、俺にかかっちゃーな」

 

放たれるプレッシャーの中心には清水がいた、そう、彼は囚われの身であるにも、

関わらず強引に闇術を使ったのだ。

一晩がかりだったとはいえ竜人をも従え、そして五万の大軍団を造り上げた

その力は伊達ではない、感覚を狂わされた犬どもはそのまま同士討ちを始める。

 

しかし只でさえ肉体を、そして精神をも侵食された状態なのだ、

そんな身体で闇術など行使しようものなら……。

強烈な苦痛が清水の全身を蝕む、心が砕ける、魂が軋む、制止の言葉が耳に届く。

しかしそれでも彼は術の行使を止めはしない。

 

「ハハ……助けてみやがれ……見捨てて……殺してくれねぇ、俺……」

 

どうでもいい……筈なのに、なんで俺……。

何を……。

 

 

「おはよう清水」

「よ、ゆっきー」

 

教室の扉をくぐった清水へとクラスメイトらが声を掛ける。

それはいつもの朝の風景。

 

「ああ、皆おはよう」

 

それだけを口にし、清水はいつも通り自分の席へ向かう。

右隣の席のあいつが話しかけてくる。

 

「なぁ、昨日のアニメ見たか」

「ああ、見た見た」

「それから、こないだ貸してくれたあれ、秋にアニメやるらしいな」

 

そこで後の席の女子が話に加わる。

 

「清水君もアレ見てるの?私も見てるんだ」

 

そこで始業のチャイムが鳴り、担任の先生が入って来、

また休憩時間にねと、背中に声がかかる。

 

それは、本当にどこにでもある普通の、ごくありふれた教室の朝の風景に

過ぎなかった。

 

そしてそれは狂おしいまでに勇者に、英雄になることを特別になることを求めた男が

本当に、最後に求めた物だった。

 

 

喪失感と敗北感……そして何故か不思議なことに充実感に抱かれ。

清水は束の間の夢から覚醒する。

 

(へっ、こんなありふれた当たり前の何かが欲しくって……

ここまでやらないといけなかったなんてな)

 

不器用だ、あまりに不器用すぎる。

 

痛みも何ももう感じない、自分はもうすぐ死ぬのだと清水は自覚していた。

あれほど死にたいと願っていたのに、何故か今はこう思える。

 

(たく……ねぇ、やっぱり……俺……)

 

「……」

 

誰かが自分を呼ぶ声が聞こえる、微かに遠くに、

何か言わないと、だったら、今自分が本当に願っていることを言おう。

 

「生きたい…………今度こそ自分らしく」

 

その唇に暖かく柔らかい感触と、喉を流れる水の感触を覚えながら、

清水幸利は意識を手放した。

 

 

 

最後の核が撃ち抜かれ蜘蛛蛇はハジメらの前で自壊を始めていく。

 

「タネが分ると簡単だったね」

「ああ」

 

ジータに応じつつもハジメの表情は険しい、これで果たしてユエたちは……

蜘蛛蛇が消えていくに従い、赤い光が霧散していき、そして血の赤とは違う

夕暮れの赤が平原を包んでいく。

そして血の光が消えた跡には、清水を抱えたカリオストロらが何事もなく……

いや、絶対何事かはあったのだろうと思わせる姿で立っていた。

 

まずボロボロの優花たちの姿に驚き、それからユエの無事な姿があることに

胸を撫で下ろすハジメたち。

ユエはユエでそんなことくらいでと言わんばかりに、偉そうに胸を張っているのが、

なんだか微笑ましい。

 

「清水!」

「生きているの?」

 

カリオストロと愛子に抱えられ、ぐったりとした清水へと視線を移す二人。

 

「あの温泉水のおかげだ、でもな身体はともかくこのままじゃ精神が持たねぇ、

ヘタすりゃ一生眠りの王子様だ」

 

(神水飲んでもハジメちゃんグレちゃったしねぇ)

 

この緊迫した状況の中で、また妙にズレたことを考えてしまうジータ

そんな彼女にまた声が聞こえる、例によって直接脳内に。

 

『呼びなさい!私を!』

 

ああ、そういえばコレを皆の前でちゃんと披露しとくの忘れてたなと。

アイコンタクトでジータはハジメに召喚の合図を送る。

もう必要なくなった動作ではあるが、二人はあえてあの時と同じように

互いの右手を繋ぎ合わせ左手を宙に翳す。

青く清浄な光が彼らを中心に満ちてゆき、愛子たちのみならず、

おおとデビッドらからも声が上がり、そしてピンク髪の女神が天から舞い降りる。

……ナース服を身に着けて。

 

「来てくれたか!ガブリエル」

 

ガブリエルはカリオストロの呼びかけに、笑顔で頷くと、

そのままテキパキと二人で処置を始めていく、旧知の仲というのは本当のようだ。

もちろん見守る一同の不安を打ち消すことも忘れない。

 

「大丈夫、試練を越えた者を決して見放したりはしないわ!慈愛の天司の名にかけて!」

 

 

 

 

 

 

カリオストロや愛子たちが何とかトータスへひとまずの帰還を果たす、数分前。

 

カリオストロの封印の術式により、清水から切り離されユエの手で討たれた筈の"蛇"

しかししぶとくも討ち漏らされた一体が、彼らからやや離れた繁みの中で、

うねうねと身体をくねらせのたうっている、

それは帰還を祝う歓喜の舞か、あるいは地の底の本隊を呼んでいるのかもしれない……しかし。

 

「この神聖な島をアンタたち薄汚い蛇どもに荒らされるわけにはいかないのよ」

 

声の主は上半身は黄金の鎧で覆い、下半身をピッタリとしたボディースーツに身を包んだ、

小柄な少女だ、ちなみにそういう少女の紫がかった銀髪も蛇のようにうねうねと動いており、

しかも……よく見るとこの少女、尻尾が生えている。

 

「!」

 

振り向く間も無く蛇は石と化し、粉々に砕け散る。

 

「べっ……別にこの島に住んでる人間たちの為じゃないんだからね!

勘違いしないでよね!サテュロスやナタクがうるさいからよ」

 

誰も聞いていないにも関わらず、言い訳じみた言葉を口にする少女

そんな彼女の目に、光に包まれつつあるカリオストロや愛子ら一行の姿が映る。

 

「ふーん♪」

 

少女はいかにも面白そうなものを見つけた、という感じの

悪戯っぽい笑みを浮かべるのであった。




清水君って原作だとハジメの非情さを強調するための舞台装置として、
殺された感もあるんですよね……。
(ただし、自分がハジメの立場でもやっぱり捨て置くことが出来なったとは思います)

だからなんとかしてあげたいな、と思ったのも
本作を書く動機の一つだったりもします。
そして彼を何とかするのは彼自身であり、やっぱり愛ちゃんとその面々でなければならないとも。

というわけで、次回はエピローグです。


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託されしバトン

ウル編エピローグです、長くなりましたが、編の完結プラス五十話と
区切りが二つも重なりましたので、そのまま掲載させていただきます。


 

救護院の一室で清水は眼を覚ます。

 

ここが何処なのか?を自分はどうなったのか?を、確かめる前に、

彼は指で自分の唇をさすり、その感触を確かめる。

蛍光色の時計の文字盤が夜の十時を示していた。

確かあれは……夕方四時くらいからだったんじゃなかったか?

だとすればこれまでの一生分の六時間だった気がする。

 

「起きたのね」

 

声の方向に目を向けると、そこにはピンク髪の美女がいた、ナース服姿の。

 

「アンタが俺を助けてくれたのか?」

「私はほんの少し最後を手伝っただけよ、カリオストロや先生たち、そして何より

あなたの生きたいという意思があなたを救ったのよ」

 

清水の額に手を当てるガブリエル、その感触に夢見心地の彼の耳に、

もう身体は大丈夫みたいねと声が届く。

 

「男の子はムチャだと思われるくらいが、女の子にはちょうどいいの、

だけど、ちょっとムチャし過ぎね」

 

ガブリエルは少しバツの悪そうな顔で、清水へとステータスプレートを手渡す。

そこに記されていた数字は、スキルは……。

 

「ひでぇ数字だ」

 

数値はこの世界の一般人よりは上だが、スキルの殆どは失われており、

そして何より自分の根幹である筈の闇の力をもう己の中から殆ど感じることが、

出来なかった。

 

「ごめんなさいね、私とカリオストロの力でも、あなたの粉々になりかけた心を

修復するのが精一杯だったの」

「……弱く、なっちまった」

 

しかし不思議とそれでいいと思えている自分がいる、失ったんじゃない、

きっともう自分には必要なくなったからだと……こんな気分はいつ以来だろうか?

 

(ちゃんと乗り越えられたみたいね、試練を……いえ、自分を)

 

そんな清水の顔を見て、微笑むガブリエル、と、

そこに複数の足音が近づいてくるのが聞こえる。

 

「清水君」

「清水」

 

病室に入るなり、口々に自分の名を呼ぶ愛子たちに、清水はただ無言で

伏し目がちな仕草を一旦見せ……、それからポツリと

 

「みんな、ありがとう」

 

感謝の言葉を口にしてから驚く、これもいつ以来だろうか?

こんなに素直にありがとうを言えたのは。

 

「あのねっ……」

 

何かを矢継ぎ早に口にしようとする優花を、彼は無言で制する。

やらねばならないことがある……多分、話を聞いてしまうと決心が鈍る。

 

「なぁ……魔人族についた人間は死刑になるんだってな……」

 

震える声で、しかし覚悟の籠った響きでデビッドや市長たち、

このトータスの地に住まう人々へと、清水は静かに問いかける。

 

「そういえば、街を救った報酬についてまだお話させて頂いておりませんでしたね」

「女神様の仰せならば如何様にも」

 

ポンと手を叩き(少しわざとらしく思えたが)何かを思いついたかのような

愛子の言葉に、恭しく頭を下げる町長。

 

「ならば、豊穣の女神の名において、清水幸利君の恩赦をよっきっ」

(あ……噛んだ)

「要求します!」

 

多少噛んでしまったとはいえ、凛とした愛子の声が病室に響く、

しばしの間を置いて。

 

「魔人族に与せし者は理由如何を問わず死刑!しかし!豊穣の女神の慈悲ならば、

その罪免ずること致し方あるまい」

 

愛子へと剣を捧げるような仕草をしてから宣言するデビット。

 

「元より女神に仕えし我ら、この事実曲げることは出来ぬ、このようなケースは珍しいが」

「騎士級三名以上の了承があれば、行政・司法上の手続きは簡略、ないしは

後日の提出が認められることであるし、宜しいか?市長殿」

 

チェイス、クリスらもデビット同様、快く愛子に従う意思を示す。

 

「は、女神様に加え騎士様からも仰せられたとなると、何ら異存はございませぬ」

 

愛子らへと再び恭しく頭を下げる市長。

 

「良かったね!皆清水のこと許してくれるって!」

 

しかし、優花の言葉を聞いてなお、清水は眼に涙を浮かべながらも首を横に振る。

 

「いいんだ……俺が裏切りに心を引かれたのも事実、無謀な夢に突き進んで、

皆を危険な目に合わせたのも事実、どんな形であれ、そのケジメはちゃんとつけたい……

つけさせて欲しいんだ」

 

それが自分らしく生きるための禊……、もう一度生きなおす為の。

 

「世の中にはこういうめんどくさいコトをこなさなきゃ前へ進めない奴もいるってことだ

汲んでやれよ、オマエら」

 

カリオストロの言葉に苦笑するデビット。

 

「ならば、然るべき機関に出頭の上、尋問・処分を待つ形になるが……

それから身元引受人も必要となるだろうな」

「身元引受人ならば私が、我がクデタ家は少々知られた家柄です、不足はない筈」

 

ウィルが間髪入れずに申し入れる。

 

「おお、伯爵家のご令息が身元引受人となられるのならば心強い」

「フューレンの冒険者ギルド長、イルワ・チャング氏とも懇意にさせて頂いております

彼の処遇、悪いようにはしないと約束します」

「そういえば、南雲君たちはフューレンへ明朝出立するって話でしたね、清水君のこと

お願いしても構いませんね」

 

ここで愛子がハジメに話を振る。

 

「ま……まぁ、ウィルの奴を送り届けるついでだし、ここよりフューレンの方が

取り調べとか色々融通効くだろうしな」

 

少し驚きつつもハジメは承諾する……ここまでとんとん拍子だ、

おそらく最初からそうすることで話はついていたのだろう。

大人は大人でちゃんと考えて、動いていたのだ。

 

「愛とかぁ正義とかぁ友情とかぁ信頼とかぁ、そーゆー形の無いモノも、

いいもんでしょ?これからはそーゆーモノも、大事にしないとねっ、ゆっきー」

 

カリオストロの言葉に無言で……ただ頷く清水、その頬に涙が伝う。

今ならわかる、それは形の無いモノなんかじゃないということを。

 

「バツが悪ぃか?けどそれくらいは飲み込んで生きろ、皆大変だったんだ

……生きたいと願ったなら、なおの事な」

「……ああ」

 

自分のためにそこまでしてくれるのだ、ここまでされて片意地を張るような、

みっともない真似は出来ない。

 

そういえば……あの暖かい唇の感触は……清水は尋ねようとして思いとどまる

きっと聞いたって教えてはくれないだろう。

そして、目を逸らさずに正面からカリオストロの笑顔を受け止められている自分に気が付く

もう、これで……これだけでいいと彼は思った……あとは。

 

「なぁ、愛ちゃん……あの時、言ってたよな、話聞いてくれるって」

 

その言葉を待っていた、とばかりに静かに頷く愛子。

 

「長く……なるけど、いいかな?」

 

月とランプの光だけが灯る、二人きりの病室で清水は己の胸の内を愛子へと語っていく。

それを愛子はただ黙って話を聞いていた、それはいままで誰も、

家族ですら彼にしてやらなかったことだった。

 

……ちなみに、

魔人族に与せし者は理由如何を問わず死刑というのは、大昔の話だということを

ここに追記しておく。

 

 

 

こうして清水の処遇についてはひと段落したが、今度は自分たちの今後を定めねばならない。

 

朝もや煙るウルの正門前にて。

 

「すでに王都は……神山は我らにとっては敵地、いわば伏魔殿だ、

出来れば帰還はギリギリまで引き伸ばしたいが……」

 

渋面のデビットにチェイスが提案する。

 

「では、一先ずは予定通り辺境の開拓地を巡察しつつ、アンカジを目指しましょう

あの国は近年砂漠化と水不足に悩んでおります、ゆえに我々が訪問する名目は立ちます」

「そういえば確か領主一族は聖光教会の敬虔な信者と聞く、悪い扱いは……

少なくとも門前払いはせぬ筈……今となっては利用する様で心苦しいが」

 

(アンカジならクリューエン大迷宮が近くにあったな……

その先のメルジーネも回ることが出来れば)

 

「じゃあ、俺たちもそこで合流しよう」

 

合流後、いよいよ王都に、神山に乗り込むことになるのだろう、

大迷宮の一つが神山にあるということもすでに掴んでいる。

 

「やっぱり……一緒には行ってくれないのか?」

 

昇が心細げに呟く、明人も同じような顔でハジメたちを見つめている。

二人は目玉との戦いで、殆ど何も出来なかったことを気に病むと同時に

実力不足を痛感しているのだろう。

 

「……生きるか死ぬかの戦いなんだ、こちらが先に脱出の方法を見つけるか

それとも先に神が魔手を伸ばすかの、だからすまない」

 

言葉こそ選んではいるが、ハジメは、はっきりと拒絶する。

檜山が魔人族側にすんなりと寝返ったことを考えると、すでに神は動き出している。

焦りは禁物だが、猶予は少ないと考えるべきだろう。

 

「けど……また、あんなのがよ」

 

淳史も不安さを隠せないように、二人に同意する。

一方そんな男子トリオとは対照的に、優花たち女子は皆、肝が据わったような表情だ。

そういう意味でも彼らは居心地が悪いのかもしれない。

 

「ならば、私がそちらに加わろう」

「え?」

 

シルヴァの意外?な申し出に目を丸くしてジータは聞き返す。

 

「君たちは私が居なくても十分に強い、さらに加えてティオも加わった

戦力の薄い方をカバーするのは当然のことだ」

 

ジータに説明しつつも、シルヴァは愛子の手を取り自ら同行を申し出る。

 

「先生、私で良ければ皆の力になりたい」

「は……はい」

 

銀髪の美女の申し出に頬を染め、ただ首を縦に振る愛子、

涼やかなるこの美貌に、誰が抗しえるというのか。

これには男子トリオのみならず優花たちも歓声を上げ、歓迎の意思を示す。

 

「これは心強い」

 

デビッドたちも諸手を上げて賛成する。

彼女が一介の戦士のみならず、指揮官としても頼れる女傑であることは、

昨日の戦闘で確認済みだ。

 

「というわけでシルヴァがこっちに来るってことは、だ」

 

キュッと三日月の如き笑顔を浮かべるカリオストロ、こういう笑顔の時の

彼女はまったくもって油断できない、思わず身構える愛子たち。

 

「愛子の護衛は一人でお釣りが来る!だからこれからはオレ様直々に

ビシビシお前らを鍛えてやるからな!」

「ふむ、悪くないな、聞けば犬如きに君たちは金縛りにあったそうではないか

この際徹底的にカリオストロに鍛えなおして貰え」

 

ビシビシ鍛えるの一言に凍り付く優花たち、普段の言動からしてムチャクチャなのだ、

どんな非人道な特訓を課せられるかは想像に難くない。

 

「お前ら良かったな、強くして貰えるぞ」

「うるせー、てめぇこそ早くお勤め済ますんだぞ」

 

清水の軽口に少々際どい言葉で言い返す淳史。

その言葉を聞いた清水は、"そろそろ"とハジメを促すようにポンとその腕を軽く叩く。

 

「じゃあ、先生……行ってくるよ」

「待ってます、清水君が私たちの元に戻れる日を」

「ありがとう、先生、みんな」

 

「南雲君たちも身体に気を付けて、無理はしないでくださいね」

 

彼らが無理を重ね、無法を貫かねば辿り着けぬ領域に

向かわねばならぬと知っていても、それでも人として言わねばならない。

 

「ま、善処するよ、じゃアンカジで会おう」

 

それだけを口にし、ハジメは運転席に乗り込もうとした時だった、

 

「待って!」

 

妙子がハジメたちを呼び止める、少し意外そうな顔のジータ。

彼女とは仲が悪いわけではないが、教室では接点は殆ど無かった。

 

「ホルアドに行って皆に会うっていったでしょ、だったら……

もし白崎さんが付いていくことを望んだら、一緒に連れていってあげて欲しいの」

 

彼女の話を聞くに、鬼気迫る……まさにそんな言葉でしか表現できない程の修練を、

香織は己に課し、ひたすらにハジメの姿を求め続けており、

そしてその回復魔法の冴えたるや、彼女の指導にあたっていた治癒術師らいわく、

もはや言外の域へと到達しているのだそうだ。

 

「それに、そんな白崎さんを見てる天之河君……とても怖い顔をしている時があるの

二人とも……とても見て居られなくって……」

 

(雫ちゃん……ごめんね)

 

妙子の話を聞きながら、そんな二人の板挟みになっているであろう、親友の身を案じるジータ。

ともかく、そういう事態になっているのならば、少し考えなければならないだろう。

このままでは雫のストレスがマッハである。

 

「分かった、出来る限りのことはするから、菅原さんは心配しないで」

 

悲し気に呟く妙子の肩に元気づける様に手をやると、改めてハジメの後に続き、

ジータたちも愛子に一礼し、続々と車に乗り込んでいく。

やや名残を惜しむような響きのエンジン音と共に、こうして彼らはウルの街から旅立つ。

その車体が見えなくなるまで、愛子たちは手を振り続けた。

 

 

車に揺られながらジータは香織のことを考える、成り行き上こうなったとはいえど、

元々自分は彼女とハジメの恋を応援する立場だったのだ。

だから、香織を仲間に加えることに関しては何ら異存はない、

しかしそれでも、一応は断る口実は考えて置くべきかもしれない……なにより。

 

ジータの目に映るは、ずらりと車のシートに並んだ、美女・美少女の姿、

……この件についても釈明する必要がありそうだと、今後を思い、

ジータは溜息をつくのであった。

 

 

車内の中でも清水はポツリポツリながらも、途切れるなく

色々な事をハジメたちに語って聞かせた。

 

「俺……お前が嫌いだった……俺の欲しかった物をお前は全部持っていたから……」

「きっと皆も……檜山とかも、同じような気持ちだったんだと……思う」

「……」

 

誰も何も答えない、清水も答えを求めない。

ただ話し、だた聞く、それで充分だった。

 

ウルからフューレンまではそれなりの距離がある、いかに車で荒野を爆走しても

車中泊は避けられない。

 

ひとまず夕食にしようと、車から降り夕日を浴びながら伸びをするハジメ一行、

そこでジータが何かに気が付いたようなそぶりを見せる。

 

「なんか……車のトランクから、寝息みたいな音するんだけど?」

「猫バンバンしとくか?一応」

 

特に考えることなく無造作にバンバンとトランクを叩くハジメ、すると。

 

「ふぎゃっ!」

 

猫のような叫び声と共にトランクが開け放たれ、ハジメは勢いよく跳ね上がったトランクの扉に、

もろに顔面を強打してしまう。

 

「うぷ……」

「ちょ……何?ここ!……てか、なんてことすんのよ!」

「テメェいい度胸してんな、聞きてぇのはこっちだ」

 

涙目で鼻頭を抑えながらも即座にドンナーを構えるハジメ。

 

「ちょ……止めなさい、こんな女の子に」

 

女の子?ジータにそう言われて、改めて視線をトランクに移すと、

そこには鎧を着けた、紫がかった銀髪の少女がちょこんと座っていた。

 

「で、ここどこよ?」

「そっちこそ誰だ!」

「あ?アンタ質問を質問で返すの?朝は街の中だったのに、どーしてこんな草っぱらの

ど真ん中にいんのよ」

「え?朝からこの中で寝てたの?」

 

少女の言葉に驚くジータ、十時間以上ほぼノンストップで走り、

かつ、その間当然だがトランクは一切触っていない。

普通なら酸欠でえらいことになっている筈だ、ということは……

 

……魔物か、いや、ジータは檜山との一戦の最中、攻撃を加えて来た影を思い出す。

あるいは神の手の者か、しかし。

 

「いや、その子は魔物とかじゃない、なんていうか特定の波長が無いんだ……強いて言うなら

ガブリエルさんと良く似ているというか」

 

ジータは清水の声に一旦考えるのを止める、ここは専門家の言うことを信じよう。

ともかくガブリエルに似ているというのならば―――ハジメとジータは、

宙に手を翳し、ガブリエルを呼び出す。

すげぇ……本当に召喚とか出来るようになったんだ、という清水の嘆息が聞こえる。

 

「で、この子誰なんですか?ガブリエル様?」

 

ガブリエルは呆れ顔を浮かべながら、うねうねと髪を蛇のように動かす少女について説明する。

 

「この子はメドゥーサ、全天を荒らしまわったかの悪名高きゴルゴーン三姉妹の末妹よ」

「全天に勇名を馳せた!の間違いでしょ!天司だからってデカイ顔しないでよね!ガブリエル」

「うっそだーメドゥーサって」

「うん、違うよね」

 

ガブリエルの言葉に同時に抗議の言葉を口にする清水とジータ、

彼らの頭の中には鎖短剣を手に天馬に跨る眼帯姿の美女の姿があったに違いない。

まぁそれは置いといて……。

 

「でも、私たち最近ガチャ引いてないんですよ」

「勝手にやって来たのね」

「へ?」

 

ガブリエルの嘆息に一瞬固まるジータ、そんなことが許されていいのだろうか?

 

「なんか、面白そうな感じがしたから……カリオストロたちの後をついていったのよ」

「で、どうしてこんな狭いトコにいたですかぁ?」

 

コンコンとトランクを指で叩くシア。

 

「そしたらカリオストロだけじゃなくってシルヴァまでいて……

お説教されるのイヤだったから、その……」

「それで車のトランクに隠れたら、いつの間にか出発してってことか」

 

頭を抱えるハジメ。

 

「たく……人間だったらヘタすりゃ死ぬトコだったんだぞ」

「どう、恐れ入った?」

 

エヘン!と薄い胸を張るメドゥーサ、話の流れをイマイチ理解していない。

 

「ごめんなさいね……暫くこの子のこと、お願い出来るかしら?」

「ガブリエル様が謝ることじゃないですよ」

 

納得したような口ぶりのジータだが、ガブリエルの顔色や口調からして、

相当扱いにくい子なのだろう……今後を思うと少し眩暈がして来た。

 

「ホントはいい子なのよ」

「……ああ」

 

そう人から言われる子が、実際いい子であった試しはあまり聞かない。

 

「で、メドゥーサってことはさ、見た物を石に変えるとかやっぱ出来るのか?」

 

おずおずと、それでいて興味を隠し切れない、そんな口ぶりで清水はメドゥーサに話しかける。

 

「もっちろん!よその世界でも私の名前が知られてるなんて光栄だわ、ご覧なさい」

 

『イービル・アイ』

 

メドゥーサの瞳が紫に輝くと、その瞬間頭上を飛んでいた鳥がカチンと固まり

そのまま地面へと落下する。

おお……と、ハジメたちが声を上げるのを尻目に、彼女は手にしたハンマーで、

軽く鳥の身体を叩いてやる、すると砕けた石の中から何事も無かったかのように

鳥は羽ばたき、一声啼いて飛び去って行くのであった。

 

「……表面だけ石に」

「なんと器用な」

 

驚くユエとティオへとまた自慢げにメドゥーサは薄い胸を張る。

 

「へっへーん、どうよ、ま、どうしてもって言うなら力を貸してあげる」

「……」

「か、勘違いしないでよね!……別にやって来たはいいけど、ホントは心細かったからとか

そうゆうんじゃないんだからね!

 

(ツンデレだ…)

(ツンデレだね)

 

メドゥーサのあまりにもスタンダードなツンデレっぷりに、

何か歴史的な発見をしたかのような目を向けるハジメとジータ、ともかく

彼女をどうするかについて、額を寄せて話し合う。

 

「で、どうする?」

「これ、野放しにすると絶対マズいタイプだよ」

「だよなぁ……けど」

「え、何々?誇り高き星晶獣たるこのアタシが仲間になるのがそんなに嬉しいの?」

 

フリフリと腰を、尻尾を振りながら、そのくせチラチラと様子を伺う仕草を見せるメドゥーサ。

二人としては、その媚びた姿が少しカチンと来るのだが……。

ここまで、そしてこれからも世話になるであろうガブリエルの、

心から申し訳なさそうな顔を見てしまうと、無下にも出来ない。

 

「勝手に悪さをしたら追い出すからな」

 

ハジメはそれだけを口にして、シートに座るようメドゥーサを促す。

 

「ま、まぁ当然の結果よね!別に置いて行かれるかもなんて考えてなかったんだからねっ!」

 

実際はかなり心細かったのだろう、もう降りないからねといわんばかりに、

彼女は車内に飛び込み、シートにしがみつく。

 

「ああ、あとメドゥーサって呼びにくいから、お前今からメド子な」

「はぁ!ゴルゴーン三姉妹の三女たるこの誇り高きアタシの名をそんな風に

省略するなんて!ちょっと言ってあげてよ、ガブリエル」

 

分かってない、そんな表情でメド子……もといメドゥーサはガブリエルに訴えるのだが。

 

「じゃあ、ハジメくんたちの言うことをちゃんと聞いていい子にしてるのよ、メド子ちゃん」

「ちょっと……」

 

なおも言い募ろうとするメドゥーサ、しかし。

 

「い・い・こ・に・し・て・る・の・よ・メ・ド・子・ちゃん」

「……わかったわよ」

 

これ以上世話を焼かせるなと言わんばかりのガブリエルの態度にしゅんと頭を下げる、

勝負ありのようだ、そしてガブリエルを見送ると、

ようやく遅めの夕食の準備を整え出すハジメたち。

 

「アンタ今日からアタシの妹にしてあげる!光栄に思うのね」

「……却下」

 

馴れ馴れしくもいきなりユエへと宣言するメドゥーサ、

しかし威勢のいい口調の割りに身体はおずおずと距離を取ろうとしている。

 

(人見知りなんだ……)

 

「じゃあ、特別にアタシがアンタのお姉ちゃんになったげる」

「……それも却下、それよりメド子も手伝って」

 

お姉ちゃん呼びこそ拒否したが、一定の礼儀をもって接するユエ、

魔力の質から彼女の方が年上なのを察したようだ、

しかしユエは思わざるをえない、カリオストロといいこの子といい一体全体

空の世界とやらはどうなっているのだ?と。

 

「で、メド子、お前何食べるんだ?ヘビだからカエルが主食か?」

「メド子じゃないわっ!それ以前にヘビじゃないわよっ!アタシはねぇ~誇り高き……」

 

 

と、道中色々ありつつも彼らはフューレンへと辿り着く。

 

その頃には清水とハジメたちもすっかり打ち解けており、色々アニメやゲームの

雑談も楽しむ関係になっていた、入場検査の待ち時間も楽し、というところだ。

もっともイルワからの連絡が行き届いており、チャラ男のとのトラブルを除けば

今回はすんなりと街に入ることが出来た。

 

「ウィル! 無事かい!? 怪我はないかい!?」

「イルワさん……すみません、私が無理を言ったせいで、色々迷惑を……」

 

ギルドの応接室にて、ウィルの手を取るイルワ、余程心配だったのだろう、

冷静さをかなぐり捨てた、震える声がその証拠だ。

 

「……何を言うんだ……私の方こそ、危険な依頼を紹介してしまった……本当によく無事で

……ウィルに何かあったらグレイルやサリアに合わせる顔がなくなるところだよ……

二人も随分心配していた、早く顔を見せて安心させてあげるといい、

君の無事は既に連絡してある。数日前からフューレンに来ているんだ」

 

「父上とママが……わかりました、すぐに会いに行きます……ですが」

 

彼にはまだやらねばならないことがある、身元引受人として。

 

「君が件の……清水幸利くんだね」

「……はい」

 

イルワの問いに、やや言葉こそ震えてはいたがそれでもはっきりと目を見て答える清水。

 

「君の取り調べは、ここ冒険者ギルドの庇護の元で行うこととなっている、

まずはその間、君に滞在してもらう部屋に案内させて貰おう」

 

チリンと手元の鈴を鳴らすと、秘書長のドットが姿を現す。

ウィルは書類にサインをし、愛子やデビットらが事前に作成した供述書や、

ウルの人々らからの減刑嘆願書をドットへと手渡す。

 

これで、一応の引継ぎは終わり、

ひとまずこの場での身元引受人としての役目は終わったのだが、

それでも責任感の為せる業か、清水と共に部屋へと向かおうとする、しかし。

 

「……ここからは一人で行く」

 

清水の言葉に、ほう、とイルワが感心めいた息を漏らす。

 

「重い罪にはならないって皆言ってる、心配しないで」

 

震える清水の肩に手をやり、耳打ちするジータ。

してねぇよ心配なんて、と言い返して清水は微笑み、ドットの後に続く。

そして応接室から廊下へと一歩を踏み出そうとしたところで、彼は立ち止まり振り返ると

未練を断ち切るように、自分が叶えられなかった野望のバトンを託すかのように叫んだ。

 

「俺の代わりに見せてやれよ、天之河たちに強くなったとこを……そして!」

「なっちまえ!"ありふれた職業で世界最強"に!」

 

 




というわけで、ウル編はこれで終了です。
拙いながらも、何とか清水君を書ききれたとは思います。
闇術の力まで奪うのはどうかな、と思ったりもしましたが、
過去を清算するという意味合いでも、一度リセットするのがやっぱり妥当かなと考えた上で
そうさせて頂きました。

恩赦については、愛子を始めとする大人たちにも頑張って欲しかったということで、
それに原作でも報酬貰った形跡ないですしね

メドゥーサについては、原作ハーレムにいなかった正統派のツンデレキャラということで
今回メンバー入りと相成りました。
能力も、成功率はアレですが色々と出来る子なので、その分ジータにしてもらう
コスプレ、いやいやジョブの幅も増えるのではないかなと

ともかく清水君はこれで救われることが出来たでしょうか?
ご意見、ご感想お待ちしております。


PS この世界の天職というのは、その人間の生い立ちや望みに関連してるようなので、
だからもしも清水や恵里が幸せな環境で育っていれば、
恐らく闇術師や降霊術師にはならなかったのではないかなと、あくまでも私見ではありますが。


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フューレン再び(修学旅行風味)


サッちゃん、プレイアブル化だとう


 

 

「ハジメ君、ジータ君、今回は本当にありがとう、まさか、本当にウィルを生きて

連れ戻してくれるとは、思わなかった、感謝してもしきれないよ」

 

ウィルと清水が部屋から去った後、イルワは深々とハジメたちに頭を下げる

 

「まぁ、生き残っていたのはウィルの運が良かったからだろ」

 

あくまでも素っ気ないハジメだったが……。

 

「ふふ、そうかな? 確かに、それもあるだろうが……

何万もの魔物の群れから守りきってくれたのは事実だろう? 女神の剣様?」

 

イルワの言葉には眼を剥かずにはいられない―――女神の剣。

愛子のフォローで急遽行った、ウルでのアジ演説で使った言葉だ……しかし何故?

 

「舐めてもらっちゃ困るよ、ギルドの幹部たる者、情報収集に手抜かりがあってはならないからね」

 

詳しく聞くと、諜報員を付けた上で、長距離連絡用のアーティファクトで、

定期連絡を受けていたらしい。

 

「君たちの力なら何とかしてくれるとは思っていたが、まさか……

数万の大群を壊滅させてしまうとはね、道理でキャサリン先生の目に留まるわけだ

ということで」

 

イルワは姿勢を正すと、改まった口調でハジメらに言葉をかける。

 

「こちらから約束させてほしい、可能な限り君たちの後ろ盾になることを

あれだけの力を見せて、ウルの街を救ってくれたこと、そして何より君たちは

私の恩人なのだから、とりあえず君たちの冒険者ランクを全員"金"にさせて貰うよ

それから~」

 

 

こうして現在、彼らはギルド直営の宿のVIPルームでくつろいでいた。

フューレンに滞在する際は自由に使っていいらしい。

 

「大盤振る舞いじゃないか」

 

ポンポンとフカフカのベッドの上で飛び跳ね、その感触を楽しむハジメ。

 

「それだけ私たちの力を買ってくれたんだよ」

 

ベッドに腰かけ、パタパタと足を動かしながらハジメに応じるジータ。

もちろん、力だけで、この待遇を得たわけではないことを彼らは承知している。

……単に力だけで得たものは、それ以上の力によって容易く覆されることを、

彼らは清水の一件で痛感していた。

 

「こんだけ厚遇されると、もうちょっと何かしたくなるよな」

「懐柔は徹底的に……かな、けどイルワさんに一番効いたのは、多分ね」

 

シルヴァが別行動を取っているということを聞かされた、イルワの落胆した顔を思い出し、

惜しいことをしたかなと、ジータは口元を綻ばせる。

ちなみにイルワ・チャング、独身であった。

 

それにしてもこのVIPルーム、実に広い。

お風呂は備え付けだし、何といってもフカフカのベッドが六つもある。

そう、六つも……つまり。

 

「しかし……どうして六人部屋なんだっ!」

 

叫ぶハジメの後頭部にメドゥーサの投げた枕が命中し、

 

「修学旅行じゃないんだぞ」

 

と、振り向いたハジメの顔面にさらにティオの投げた枕がめり込む。

 

「オラぁ!いい度胸だ!」

 

ハジメは傍らの枕を鷲掴むと、勢いのままにティオめがけて枕を投げつけるのだが、

しかしその手元が狂い、我関せずとジュースを飲んでいたユエの顔面に命中する。

 

「……宣戦布告と判断、当方に迎撃の用意あり」

 

飛び散ったジュースで顔を白く汚したまま(あくまでもジュースです)覚悟完了したユエは、

電光石化の早業でハジメへと狙いを定め枕を投げ放つが。

 

「も~皆子供じゃないんだからさ、っ!」

 

当たってなるかと首を竦めたハジメの頭上を通過した枕は、そのまま背後にいたジータの

やはり顔面へとスマッシュヒットする。

 

「やったねユエちゃん」

 

不意討ちに憤るジータへと、ユエはカモンと挑発するような仕草を見せる。

 

「油断禁物よ!」

 

さらにそこへメドゥーサの投げた枕が横っ面にヒットする。

ジータは無言でベッドの掛け布団をくるくると束ねて小脇に抱えると、

ぶおんとそのままユエとメドゥーサ、いや、特に誰とは狙いは定めずに

無差別に振り回していく。

 

「ちょ……それ反則」

「これが新しいスポーツ!マット・フェンシングっていうのよ!」

 

逃げ回る二人をブンブンと布団を振り回しながら追いかけるジータ。

 

「お前ら俺を無視すんじゃねぇ!」

 

空中から速射砲のように枕やクッションをやはり無差別に投げまくるハジメ。

 

「狙うなら妾じゃろ、はよ枕を」

 

ルールを理解しているのかいないのか、自ら枕やマットの一撃を求めるティオ。

こうして枕投げは大乱戦と化していった。

ちょうど真ん中のベッドでカーカーと眠るシアを除いて……。

 

そしてその頃、執務室でイルワは書類の決済を淡々と続けていた、当然その中には

ウルの街からの物もある。

 

「子供たちにあまりハメを外させないように……特に異性交遊に関しては考慮致したく、か」

 

各種書類に混じった愛子とシルヴァからの書付を苦笑しながら眺めるイルワだった。

 

 

そして翌朝。

 

「甚だ不本意だけどお前だけだよ……今の俺に安らぎを与えてくれるのは」

 

軽やかにステップを踏みながら歩くシアの後姿を苦笑しながら眺めるハジメ。

今のシアの服装はシンプルな白いワンピースだ、やや胸元が開き気味ではあるが。

ともかく、今こそハジメにアピールせんと、弾けるような笑顔で

くるりと進んでは振り返りハジメが追いつくのを待つシア、そんな彼女の仕草に目を細めるハジメ

決して、ふるふると揺れる胸や、その谷間に心奪われただけではない。

 

「ホントにどこでも連れてってくれるんですかぁ~」

「ああ、どこにでも連れてってやるぞ」

 

ハジメの眼には隈が出来ている、いや、ハジメだけではなく、ジータもユエもティオもメドゥーサも

今朝は妙に疲れたような顔をしていた、若干荒れた室内と何か関係があったのだろうか?

と、少し考え込むシア、まさか一晩中互いの秘術を駆使した"枕投げ"をしていたなどとは、

露にも思わない。

 

で、そんなシアの目の前には分かれ道がある、左に行けば観光区、

右に進めば……ホテル街がある、ただし宿泊よりもいわゆる休憩メインの。

 

フラフラと右の方へと……誘われるように自然と足が向くシアだったが、

ハジメの咳払いに我を取り戻す。

 

(やっぱり抜け駆けはいけませんですねぇ)

 

「じゃ…じゃあハジメさん、ハジメさん! まずはメアシュタットに行きましょう! 

私、一度も生きている海の生き物って見たことないんです!」

「メアシュタット……水族館か?いいぞ」

 

 

一方のジータたちは、買い出しという名目で商業区をブラブラと散策していた。

……やはりハジメ同様、重い足取りで。

あくびを堪えながらジータは先刻訪ねた冒険者ギルドでの件を思い起こしていた。

 

現在清水は、冒険者ギルド内に一室を与えられ、そこで様々な取り調べを受けているそうだ。

魔人族に与したことこそ事実であったが、ウルの街で起きていたであろう惨事を、

避けられたのは彼の一助もあったことも事実であり、また彼の証言によって、

魔人族陣営について、いくつかの貴重な情報を得たこともあり、

その罪はほぼ相殺されたと言ってよく、おそらく刑を課せられるとしても、

ごく短期かつ軽度の労務刑程度になるだろうというのが、専らの見方だ。

 

そして、檜山については人間族の裏切り者として全国指名手配となることが確実視されている。

もはやこのトータスにおける人間族の生存圏に彼の帰る場所はなく、

さらに非公式ではあるが、その首には高額な賞金が掛けられることになるらしい。

 

仲間殺しを画策し、王都から脱走した神の使徒が、さらによりにもよって魔人族に与した。

この事実は教会にとって拭い難き汚点となり、以後、教会は

冒険者ギルドに対して多大な譲歩を強いられることとなるだろう。

 

「彼のお陰で教会に大きな貸しを作ることが出来そうだよ」

 

そうホクホク顔で語るイルワの顔も思い出すジータ、恐らく世の常だが

相当な圧力を普段から掛けられていたのは想像に難くない。

 

「……あそこで休もう」

 

ユエに促され、日差しを避ける様にカフェに入ると、昨夜のことを思い出す一同。

 

「なんであんなコトしたんだろうーね」

「……分からぬわ」

「とりあえず、今夜からは……カードゲームか何かで決めよう」

「……んっ」

 

どの顔もどうしてあんなバカなことをという後悔に満ちていた。

そう、単なるノリで始まった枕投げ?は、いつの間にか暗黙の了解で誰がハジメの隣で寝るか、

という女と女の意地を賭けた退くに退けない勝負へと変化していた。

 

「それで結局あのウサギ女にいいトコ取られてちゃ世話ないわよね」

「まんまと漁夫の利を持ってかれたね」

 

メドゥーサの皮肉に苦笑するしかないジータ。

俺は今日は一日シアと過ごす!と、言い放った寝不足と苛立ちに満ちたハジメの顔と

何が何だかながら、勝ち誇った表情のシアの顔を思い出し、してやられたなと

改めて思ってしまう。

 

「で、何?アンタたちハジメと交尾したいの?」

「こっ……」

 

露骨かつ核心を突いたメドゥーサの一言に、ジータは一瞬息を詰まらせてしまう。

 

「人間って子孫を増やす以外でなんでそんなに交尾やりたがるのかわかんないのよねー」

 

唐揚げを頬張りながら、何やら深いことを口にするメドゥーサ、今の彼女の服装は、

魔法少女を思わせる、フリフリヒラヒラのドレス姿だ。

これは本来クリスタベルがユエの為に仕立てた物だが、甘すぎるという理由で

お蔵入りにしていたものだ。

 

「別に遠慮せずにヤればいいのに」

「……あんな相互監視の環境で出来るわけないよ」

「妾も見られながら……という趣味はないのう」

「ふーん、人間って面倒くさいのね」

 

メドゥーサの幼い容姿でこういう深いことを言われてしまうと何やら変な気分がする、

幼い姿で、長き時を生きていることは同じでも、

幾多の修羅場をくぐって来てるカリオストロや、隠し切れない大人の妖艶さを

垣間見せるユエとは違い、彼女の言葉は良くも悪くも純粋だからなのだろう、

いや深く思えるのはきっと自分たちの心がやましいからなのかもしれない。

 

ちなみに彼女がうまうまと頬張るその唐揚げの材料は、

近くの沼地で取れる巨大カエルだということは、内緒にしておいた方がいいだろう。

 

「……やっぱり主食カエル」

「しっ!」

 

ジータがユエを笑いながらも窘めた時だった。

 

ドガシャン!!

 

「ぐへっ!!」

「ぷぎゃあ!!」

 

彼女らが現在軽食を摂っているカフェの向かいの建物から凄絶な破壊音が響いたかと思えば

その壁が砕け、そこから二人の男が顔面で地面を削りながら悲鳴を上げて転がり出てきた、

さらに窓から数人の男が悲鳴を上げながら外へとふっ飛ばされ、

盛大にその身体を地面にバウンドさせる。

 

そして十数人の男がズタボロの姿で路上に晒し物になった頃、ついに建物自体も

轟音と共に崩壊した。

野次馬が悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う中にあって、

ジータたちはその轟音の中に聞きなれた声と気配を確かに察知していた。

 

「ああ、やっぱり皆の気配だったか……」

「あれ、ジータさんにユエさんにティオさんにメド子さん、妙な所で会いますね」

「それはこっちのセリフだよ!」

「んっ……デートにしては過激すぎ」

「全くじゃのぉ~、で? ご主人様よ、今度はどんなトラブルに巻き込まれたのじゃ?」

 

「ま、成り行きってやつだな」

 

ハジメはそこまで言って一旦言葉を止めると、喉が乾いているのか、

ジータの飲みかけのジュースを一息でくびりと飲み干す。

 

「成り行きで破壊活動?なんでよ」

「あはは、私もこんなデートは想定していなかったんですが……成り行きで……

ちょっと人身売買している組織の関連施設を潰し回っていまして……」

「……成り行きで裏の組織と喧嘩?」

「まぁ、ちょうど人手が足りなかったところだ、説明すっから手伝ってくれないか?」

 

呆れ顔のジータとユエに、無理もないよなという視線を向け、

ハジメは事の次第を彼女らに向け、改めて説明を始めた。

 

「あれは、水族館を出て昼食を食べた後だったな……」

 

 

ハジメとシアの二人は腕を組んで、大道芸を横目に見ながら通りを散策していた。

 

「リーマンさん、どうします?」

「なんとか逃がしてやりたいけどな」

 

そんな二人の話題は水族館で出会った念話を使う不思議な魚……いや魚型の魔物のことだ

なんでもその魔物―――リーマンというらしいは、地下水脈を泳いでいたら、

いきなり地上に吹き飛ばされ。草むらで助けを求めたら水族館に連れて来られて、

現在に至るということらしい。

 

ちなみに捕まってからの日数も把握しており、

その日は自分たちがライセン大迷宮でひと暴れした日だったりする、そういえば

君たちのせいで地下水脈が云々とかミレディがボヤいてたような……。

 

「こればかりは強引に奪い取るわけにもいかないしな、引き取りに幾らかかんだろ?」

 

魔物とはいえど友好的、かつ明確な意思疎通に加え人語まで解する、そんな存在を、

いわば見世物にすることに対して、ハジメは多少なりとも抵抗を感じていた。

これもまた地球での倫理観がまだ自分の中で残っている証だろうか?

と、大いに責任を感じつつも、頭を悩ませるハジメ……そんな刹那。

 

「?」

 

訝し気な表情を見せると、彼は何かを確認するかのように足元を見下ろす。

 

「どうかしましたか、ハジメさん?」

「んー? いやな、気配感知で人の気配を感知したんだが……」

「気配探知、いつも使ってたんですか?」

「いや、いつもじゃないんだが、メド子の件があったからな」

「……ああ、でも人なんて」

 

ここには一杯いるじゃないですかと言いかけたシア、

しかし足元をじっと見つめるハジメの様子に気配の主が何処にいるのかをすぐに察する。

 

「下水道ですか? えっと、なら管理施設の職員とか?」

「だったら、気にしないんだがな。何か、気配がやたらと小さい上に弱い……

多分、これ子供だぞ? しかも、弱っているな」

「ッ!? た、大変じゃないですか!!」

 

シアの言葉を聞くまでもなく、ハジメは気配を追うように地上から先回りすると

そのまま錬成で道路に穴を開けてそのまま下水道へと飛び込むと、

そのまま義手を伸ばして子供を掴み引き上げた。

 

「で、よくよく見ると海人族の子供だったんだよ」

「海人族?もっと西の方の海で暮らしてる種族じゃぞ」

 

ハジメの説明を聞きながら不審げな表情のティオへ、ハジメはさらに説明を続ける。

 

「ああ、その子の名前はミュウって言ってな、海で迷子になったところを人間に捕まって

牢の中に入れられていたそうだ、そこにはな……他の子どもたちも大勢いて」

「ちょ!人身売買じゃないの!」

 

ハジメの説明を遮るように大声を出すジータ。

 

「話の途中だ……で、自分が売りに出される番が来た日、隙を見て下水に飛び込んで、

力尽きそうになっていた所を」

「ハジメさんが助けたというわけです」

 

「で、肝心のそのミュウって子はどこにいんのよ?」

「……それなんだけどな」

 

苦渋の表情でさらに説明を続けるハジメ、シアと話し合った結果

海人族は王国で保護されていることもあり、また不用意に連れて歩けば自分たちに

誘拐の疑いかかかる危険もあったことからひとまず保安署に預けたのだが……。

 

『お兄ちゃんとお姉ちゃんがいいの! お兄ちゃん達といるの!』

 

涙を浮かべ、悲し気に自分たちを呼ぶミュウの声を思い出し、また表情を曇らせるハジメ。

 

「じゃあ、それで話はオシマイでしょ?」

「だから黙って聞けよメド子、いいかそしたらすぐに保安署が爆破されてな」

 

ハジメはジータたちに一枚の紙を見せる。

 

"海人族の子を死なせたくなければ、白髪の兎人族を連れて○○に来い"

 

「で、だ。指定された場所に行ってみれば、そこには武装したチンピラがうじゃうじゃいて、

ミュウ自身はいなかったんだよ、多分、最初から俺を殺してシアだけ頂く気だったんだろうな

取り敢えず全員ブチのめした後、ミュウがどこか聞いてみたんだが……

知らないらしくてな、拷問して他のアジトを聞き出して……それを繰り返しているところだ」

「どうも、私だけじゃなくて、ジータさんたちにも誘拐計画があったみたいですよ

それで、いっそのこと見せしめに今回関わった組織と、その関連組織の全てを、

潰してしまおうということになりまして……」

 

「普通にデートに行ってどうしてそうなるのよ」

 

頭を抱えるジータ、トラブル体質極まれりだ、

しかしそれもハジメがミュウを見捨てなかったからこその結果である、

その事を思えば、ここはやはり仕方ないなと飲み込むしかない。

 

「……それで、ミュウっていう子を探せばいいの?」

「ああ、聞き出したところによると、結構大きな組織みたいでな……関連施設の数も半端ないんだ

イルワの許可も取り付けている、手伝ってくれるか?」

 

ハジメの言葉にジータを始めとする彼女らが躊躇うことなく頷いたのは言うまでもない。

 

 





次回は街のドブさらい


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街はきれいに


フューレン後半戦です。さくっと


 

淀んだ雰囲気を漂わせる商業区の外れの一角にある七階建ての大きな建物、

表向きは人材派遣を商いとしているが、裏では人身売買の総元締をしている、

そうここが裏組織"フリートホーフ"の本拠地である。

 

で、いつもは堅気の商売を擬態し、ただ静かに不気味に佇むだけの建物に過ぎないのだが、

今は普段と打って変わった騒然とした雰囲気を醸し出している。

 

その最上階、今や荒れ果てた、かつてはそれなりに豪華であったろう室内にて

構成員総崩れの恥を晒し、床に這いつくばり許しを乞いているのは、

フリートホーフの頭、ハンセンである。

 

「オークション会場の場所は、うん、言った通り……早く助けてあげて」

 

ジータは念話でハジメたちに連絡を取ると、自らの足元で

車に轢かれたカエルのような姿のハンセンに改めて目を向ける。

 

「たのむ、助けてくれぇ! 金なら好きに持っていっていい! 

もう、お前らに関わったりもしない! だからッゲフ!?」

「ああ、それから……さっき言ってましたよね?連れてきたヤツには報酬に

ええと、五百万ルタを即金で出してやる!一人につきって」

 

ハンセンの首を踏みつけるジータ、ギシギシと頸骨が軋む音がする。

 

「こうして自分でやってきてあげたんだから、当然報酬は私たちのものですよね?

……私と、いま外にいるシアちゃんとティオさんで三人いるので、合計で千五百万ルタ、

お支払いお願いします」

「だからっ、も……もってけ、その代わり助けてくれぇっ!」

「それじゃ私たち強盗じゃないですか?あくまでも自発的にお支払いお願いしたいんです、

領収書もちゃんと切りますから」

「わ……わかった、金庫を開けるから待っててくれ」

 

その言葉を聞いて足をどけてやるジータ、すかさずピョンピョンと跳ねる様に

壁に据え付けられた金庫の向かうハンセンの姿は、まさにカエルそのものだった。

ともかく彼はほうほうの体で金庫に辿り着き、震える腕でダイヤルを回し始める。

番号なにかなーとジータが後ろからその様子を伺おうとした時だった。

 

油断したな喰らえっ!と、ばかりにハンセンの右腕が閃き、スーツの下に隠し持っていた

グルカナイフを思わせる、独特の形状のナイフがぶおんとジータの顔面へと投げ放たれる。

 

狙いも威力も申し分なし、それなりの腕はあるのだろう、が……。

唸りを上げて向かってきたナイフの一撃はジータの人差し指と中指、

僅か二本の指によって挟み込むように軽々とキャッチされ、

そのまま投げ主、すなわちハンセンへと寸分たがわぬ軌道で投げ返される。

 

え、どしてそんなことできんの?凄い、と、何故か感心してるような表情を浮かべたまま

己のナイフに顔面を断ち割られ、絶命するハンセン。

どうせなら金庫開けてから攻撃して欲しかったなと、溜息をつくジータだった。

 

 

「ここか」

 

ユエとメドゥーサを従え、オークション会場である美術館へと到着したハジメ。

会場の入り口には見るからに屈強な黒服を身に着けた二人の男が

招待客らしき見るからに身なりの良さそうな老人のボディチェックを行っている。

 

その様子を見てふとハジメは思う、

どうしてこういうトコにいる奴はお決まりで黒服なんだろうなと。

 

「……ハジメ、変なこと考えてる」

 

ユエのジト目に気が付いたか、ハジメはまた様子を、気配を感知することに集中する

地下に子供の気配が複数……。

 

「騒ぎ起こしたらまた逃げられちゃうかもよ」

「分かってるよ」

 

メドゥーサに言われるまでもないと、ハジメは二人を連れて一旦裏通りに入ると

錬成で道に穴を開け、地下へと潜る。

 

「メド子、お前はさっきの場所で待ってろ、で、合図をしたらだ……」

「打ち合わせ通りにね、オッケー……って、勘違いしないでよね!

悪党どもをやっつけるためであって別にアンタに……」

「わかった、協力感謝してるぜ」

 

その言葉を置き土産に、そのまま二人は穴から地下へとその身を躍らせる。

 

「……ふぅん素直じゃない」

 

一人残されたメドゥーサ、少しばかりの物足りなさを彼女は感じていた。

 

「ちっ、ずいぶん深いな」

 

気配を遮断しながらハジメたちは地下深くへと階段伝いに降りていく。

と、その耳に誰かのいびきが届く……。

ハジメはユエと頷きあうと、一層細心の注意を払いながら先へと進む……。

 

仄かな明りが見えてくる、と、そこには無数の牢獄がずらりと並んでおり

入り口には監視らしき一人の男が寝息を立てていた。

起こさないようにそっと中に入ると、そこには人間の子供達が十人ほどいて、

冷たい石畳の上で身を寄せ合って蹲っていた。

ミュウの姿がそこにはないのを確認し、少し落胆しつつも

ハジメは鉄格子越しに子供たちに尋ねる。

 

「ここに、海人族の女の子はこなかったか?」

 

七、八歳くらいの少年がおずおずとハジメの質問に答えた。

 

「えっと、海人族の子なら少し前に連れて行かれたよ……お兄さん達は誰なの?」

 

遅かったかと舌打ちしつつも、不安そうな少年へと元気づける様にハジメは囁く。

 

「助けに来たんだよ」

「えっ!? 助けてくれるの!」

 

ハジメの言葉に大声を出してしまう少年、その声を聞きつけたか見張りが起きてくる、

見張りはハジメたちの姿に一瞬戸惑うが、

ユエの姿を見つけるやすぐに好色そうな笑顔を浮かべ、両の手にナイフを持ち。

片方の切っ先をユエに向けつつ、もう片方をハジメの喉へと投げ放った。

子供達は、首筋を貫かれるハジメの姿を思い浮かべ悲鳴を上げる。

 

が……。

 

電光のように鋭いナイフの一撃はハジメの人差し指と中指、

僅か二本の指によって挟み込むように軽々とキャッチされ、

そのまま投げた見張りの眉間へと投げ返された。

 

それどうやってやんの?おせーて、そんな表情を浮かべたまま

見張りは眉間を自らのナイフに貫かれ絶命する。

 

「……出て来なければやられなかったのに」

 

ハジメは鉄格子を易々と分解し、そんな呟きを漏らすユエへと子供たちを託す。

 

「ユエ、悪いが、こいつ等を頼めるか?俺はどうやらもうひと暴れしなきゃならないみたいだ」

「ん……任せて」

「もうすぐ保安署の連中も駆けつけるだろうしな。そいつらに預ければいいだろう

……細かい事は、あの人に丸投げってことで」

 

執務室で真っ白になっているであろう、イルワの顔を想像し

少し申し訳なさそうな顔を見せるユエ、実際その通りイルワは執務室で真っ白な顔で

頭を抱えていたりする。

 

ともかくオークション会場へと急ぐハジメ、その背中に先程の少年の声が届く。

 

「兄ちゃん!助けてくれてありがとう!あの子も絶対助けてやってくれよ!

すっげー怯えてたんだ。俺、なんも出来なくて……」

「ミュウを励ましてくれてたんだな、根性あるぞお前」

 

自分の無力に悔しそうに俯く少年の頭を、ハジメはわしゃわしゃと撫で回してやる。

 

「わっ、な、なに?」

「ま、悔しいなら強くなればいい、つか、それしかないしな、今回は俺がやっとくさ、

次、何かあればお前がやればいい」

 

それだけ言うと、ハジメはさっさと踵を返して地下牢を出て行く、

少年はその後ろ姿を見つめながら決意に満ちた表情でグッ!と拳を握りしめる。

そんな少年の姿に微笑まし気な視線を送るユエだった。

 

 

オークション会場は、一種異様な雰囲気に包まれていた。

 

 

静寂に包まれた中、仮面をつけた百人ほどの客が目当ての標品が出るたびに、

ただ無言で値札を静かに上げるのだ。

しかしただ札の上げ下げだけが延々と続いているだけなのに、

妙に気品に満ちた雰囲気が会場には漂っている、恐らく仮面の下は

相応の身分ある人々なのだろう。

 

ともかく素性バレには細心の注意を払っているはずの彼らだったが、

その商品が出てきた瞬間、思わず驚愕の声を漏らした。

 

出てきたのは二メートル四方の水槽に入れられた海人族の幼女ミュウだ。

衣服は哀れにも剥ぎ取られ裸で入れられており、水槽の隅で膝を抱えて縮こまっている。

海人族は水中でも呼吸出来るので、本物の海人族であると証明するために

水槽に入れられているのだろう、しかも手足には逃走防止用の枷が嵌められていた。

 

ざわめきの中、物凄い勢いで値段が上がっていく、仮面越しの欲望に満ちた

視線を避ける様に客席に背を向け蹲るミュウ、その手にはカフスボタンがあった。

別れ際にハジメの袖口を握って離さず、その時に図らずも毟り取ってしまったものだ。

 

目を閉じ、ボタンを握りしめるミュウ、その脳裏に甦るは汚水の中から

救い上げてくれた白髪の少年、温かいお風呂、身体を洗ってくれたウサギのお姉ちゃん

抱っこして貰いながら食べた串焼きの味、買ってもらった可愛い服。

髪を梳いてもらうこそばゆい感覚、母親から引き離され、

ずっと孤独と恐怖に耐えてきたミュウにとってそれはどれほど心強かったろうか?

 

だから……お別れはいやだった。また一人になるのはいやだった。

だから保安署でミュウは全力で抵抗した、ハジメの髪を引っ張り、頬を叩き

袖口にしがみ付きボタンを毟り取った、けれど……。

 

ボタンをちぎってしまったから、怒って置いていってしまったのだろうか?

自分は、お兄ちゃんとお姉ちゃんに嫌われてしまったのだろうか?

 

「お兄ちゃん……お姉ちゃん……」

 

ちゃんといい子にするから……と、そこまでミュウが考えた時、水槽に衝撃が走った。

 

「全く、辛気臭いガキですね、人間様の手を煩わせているんじゃありませんよ、

半端者の能無しのごときが!」

 

あまりに動かないミュウに業を煮やしたのだろう、その手には棒がある。

それで直接突いて動かそうというのか?

サディスティックな笑顔を浮かべながら司会の男は脚立に登り、

上から棒をミュウ目掛けて突き降ろそうとする、ミュウが観念したかのように

目を瞑った時だった。

 

「そのセリフ、そっくりそのまま返すぞ? クソ野郎」

 

その声は何故かとても懐かしく……そして頼もしく思えた

だって一番聞きたかった人の声だから。

 

へ?と司会の男は思う間もなく天井から舞い降りた人影に蹴り飛ばされ水槽に叩きつけられる。

客席から僅かなざわめきが聞こえるが、それには構わず砕かれた水槽から流れ出た、

ミュウを、またあの時と同じように優しく抱きかかえる。

 

「よぉ、ミュウ。お前、会うたびにびしょ濡れだな?」

「……お兄ちゃん?」

「お兄ちゃんかどうかは別として、お前に髪を引っ張られ、頬を引っ掻かれた挙句、

ボタンを取られたハジメさんなら確かに俺だな」

「お兄ちゃん!!」

 

苦笑いを浮かべるハジメへとミュウは力いっぱいに抱きつき嗚咽を漏らし始める。

背後から響くドタドタという足音を無粋だなと思いながら、生まれたまんまの、

ミュウの身体を毛布でくるんでやる。

 

「クソガキ、フリートホーフに手を出すとは相当頭が悪いようだな、

その商品を置いていくなら、苦しまずに殺してやるぞ?」

 

二十人近くの屈強そうな黒服の男にハジメたちは取り囲まれてしまう、

客席をチラと見るハジメ、どうやら皆逃げる気配はない。

むしろこれから面白いショーが、身の程知らずがリンチに掛けられるという―――

が、見れるぞという、邪な期待に満ちた気配すら感じる。

 

「み……皆さまエキシビジョンでございます……我らフリートホーフに逆らいし

愚か者への公開処刑をこれより開催させて頂き……ますっ」

 

ずぶ濡れになりながらも咄嗟にアドリブを入れる司会、なかなか見上げたプロ根性である。

 

「もういいぞ、メド子」

 

震えるミュウの背中をポンポンと叩いてあやしながら、

ハジメはメドゥーサへと念話で指示を送る、と。

 

「ふふ、やっぱりアタシの力が必要なのね!」

 

天窓から夕焼けを背に待ってましたとばかりにポーズを決めるメドゥーサ。

フリフリヒラヒラの服装と相まって、確かにまるで魔法少女のようだとハジメは思った。

 

『ラスト・メドゥシアナ』

 

彼女の声に呼応するかのように、美術館の天井に巨大な魔法陣が展開され

そこから全長数十メートルにも達する大蛇が姿を現す。

魔蛇メドゥシアナ、その姿はかのヒュドラを髣髴とさせた。

強さはともかく、格はこっちの方が比べ物にならぬほど高いだろうが。

 

その威容を目の当たりにして、ようやく自分たちの置かれた状況を悟ったか

仮面の人々は悲鳴をあげて出口へと殺到する。

しかし扉は開かない、まるで石になってしまったかのようだ。

 

「謝ったってもう遅いわよ! やっちゃいなさい、メドゥシアナ!」

 

メドゥシアナの眼が輝き、そこから放たれた無数の光線が美術館内に乱舞する。

その乱舞が収まった時、そこにあったのはズボンや靴を石に変えられ床や壁に縫い付けられた

フリートホープ構成員及び、仮面の人々の姿だった。

 

討ち漏らした何人かの黒服が無謀にもハジメへと襲い掛かるが、

先頭の一人が発砲音と共に頭部を爆ぜさせ死体と化すと、

残りは全員大人しく武器を捨てた。

 

「えっと……あの司会は……」

 

なかなか面白いコトほざいてくれたからさてどうしてくれようか……。

 

 

石化光線からなんとか逃れた、司会の男はハァハァと息を荒げながら

隣の建物へと逃げ込む、この近辺はすべてフリートホーフの関連施設だ

今から人手を集めて……このことが頭に知られれば、自分はカラスのエサである。

その頭がすでに地獄に行っていることも知らず、男は事務所のドアを開ける

―――そこに展開されていたのは、幾人かの石像だった。

 

その石像は全て見知った顔、すなわち自分の仲間たちだということに

悲鳴を上げて飛び退く男、その衝撃で石像の幾つかは粉々に砕けて、只の石くれと化してしまう。

そういえば、あれだけの騒ぎがあったにも関わらずやけに静かだ……。

 

男は駆られるように次々と事務所のドアを開け、

そして建物から建物へと転がるように走る、そこにあったのはやはり全て石像だった、

仲間たちの。

 

「ハ……ハハハ……ハ」

 

全ての部屋を回り終え、生きている者が誰一人いないことを確認すると

男はフラつきながら屋上へと昇る……。

保安署の連中が美術館に突入しているのが見える、見知った幹部の何人かが

お縄を頂戴しているのが見える……あれは何だ?龍?

通り幾つかを挟んだ所にあるアジトのビルに雷の龍が突っ込み、

瞬く間にビルが炎に包まれていく、その中でゴミのように人が燃えていくのが分かる。

 

……そして男は。

 

「フューレン市民の皆様、フリートホーフ最後の日でございます、ご覧あれ」

 

そう静かに宣言し、地上へとその身を躍らせる……根性はなく、

情けなくもそのまま出頭するのであった。

 

 

「倒壊した建物二十二棟、半壊した建物四十四棟、消滅した建物五棟、

死亡が確認されたフリートホーフの構成員四十三名、再起不能五十五名、

重傷百二十一名、行方不明者三十七名、投降者四十六名……で? 何か言い訳はあるかい?」

 

数字を羅列するイルワの声を聞きながら、

ジータは某中華料理チェーンのCMを思い出していた。

 

(餃子食べたい……)

 

「カッとなったので計画的にやった。反省も後悔もない」

 

ハジメの言葉にため息交じりで胃のあたりを押さえるイルワ。

 

「……ミュウ、これも美味いぞ? 食ってみろ」

「あ~ん」

 

ハジメは我関せずと膝の上に乗せたミュウにお菓子を食べさせてあげている。

 

「まぁ、やりすぎ感は否めないけど、私達も裏組織に関しては手を焼いていたからね

……今回の件は正直助かったといえば助かったとも言える、彼等は明確な証拠を残さず、

表向きはまっとうな商売をしているし、仮に違法な現場を検挙してもトカゲの尻尾切りでね

……はっきりいって彼等の根絶なんて夢物語というのが現状だった……

ただ、これで裏世界の均衡が大きく崩れたからね……はぁ、保安局と連携して、

冒険者も色々大変になりそうだよ」

 

「まぁ、元々、其の辺はフューレンの行政が何とかするところだろ

今回はたまたま身内にまで手を出されそうだったから、反撃したまでだし……」

「唯の反撃で、フューレンにおける裏世界三大組織の一つを半日で殲滅かい?

ホント、洒落にならないね」

「一応、そういう犯罪者集団が二度と俺達に手を出さないように、見せしめを兼ねて

盛大にやったんだ」

 

見せしめ……それは自分たちにもという意味もあるのだろう、

背中が凍る感覚をイルワは覚える、と、ここでジータが提案する。

 

「でもここは持ちつ持たれつというやつで、ですから支部長も抑止力という形で

私たちの名前使って下さい、いいよね?ハジメちゃん」

「ま、まぁ俺らのせいで街中でドンパチとか気分悪いしな」

「ならば、お言葉に甘えさせて貰うことにしようか、あ、そうそう」

 

イルワは自分も茶菓子を一摘みして、話を続ける。

 

「メドゥーサ君が生け捕ったオークションの客の中にはかなりの大物たちも、

混ざっていてね、お陰でこの街の政財界はちょっとした騒ぎになってるよ」

「で、その混乱を最小限に食い止めるためには冒険者ギルドの力がますます不可欠である、と」

「なかなか面白いところを突いて来るね、だが」

 

ジータを見るイルワの眼がすっと細くなる。

 

「一つ忠告しておこう、キミはいささか小賢しい感がある……賢者の振る舞いは、

まずは慎みからだよ、心して欲しい」

 

まぁ、そうならざるも得ないかと、続いてハジメらのいでたちを見回し、

イルワは苦笑する。

 

「ま、混乱を最小限にという観点では、相応の保釈金を支払って貰うということで

妥協せざるを得ないね、正義と経済、どちらも欠くべからぬ物だけにね」

 

中には保釈よりも自決用の毒が必要な者もいるかもだけど、と、

やや物騒なことを口にしつつ、話題は報酬の件へと移る。

 

「一人五百万ルタX六の三千万ルタでどうだい?」

「そんなに!いいんですか!」

 

思わずソファから立ち上がるジータ。

 

「ハンセンから取りはぐれたんだろ?聞いてるよ、それに君たちの名を

使わせて貰えるんだ、これくらいはね」

 

その言葉は五百万じゃむしろ安いくらい、という響きがあることに気が付く

ジータだったが、いや、止そう……お金の件では揉めたくはない。

 

「ねね、五百万ルタだって、何に使う?ハジメちゃん」

「ああ……それなら」

 

 

街を流れる水路の畔に立つハジメたち、彼らの視線の先には嬉し気に飛び跳ねる

リーマンの姿がある、そう、先の報酬を使いメアシュタット水族館から、

正式に買い取ったのだった。

 

「もう捕まるなよ~」

 

手を振るハジメにまたもう一度飛び跳ねるともうリーマンは姿を現すことはなかった。

 

「この恩は必ずだってさ」

「うん、リーマンは嘘は言わないってママ言ってた」

「ま、期待しないで待ってるさ」

 

ハジメの手を固く握りしめるミュウ。

 

「結局、この子も連れてくことになっちゃったね」

「依頼……だしな」

「嘘でしょ?」

 

この幼馴染はなんでもお見通しのようだ、ハジメはポリポリと照れ隠しで

頬を指で掻く。

 

「まぁ、最初からそうするつもりで助けたからな……ここまでやっといて

放り出すなんて真似はできねぇよ」

「お兄ちゃん!」

 

笑顔でハジメにギュと抱き着くミュウ、彼女の故郷であるエリセンに向かう前に

大火山を攻略せねばならないのだが、連れて行くと覚悟を決めたのならば

何とかしてやるとハジメは密かに決意を固める。

 

「ただな、ミュウ。そのお兄ちゃんってのは止めてくれないか?普通にハジメでいい、

何というかむず痒いんだよ、その呼び方」

 

嬉し恥ずかしという顔のハジメ、嬉しいけど受け入れ難い戸惑いがそこにはあった。

 

「じゃあパパ」

「……」

 

即答するミュウ、固まる一同。

 

「………………な、何だって?悪い、ミュウ、よく聞こえなかったんだ、もう一度頼む」

「パパ」

「……そ、それはあれか?海人族の言葉で"お兄ちゃん"とか"ハジメ"という意味か?」

「ううん。パパはパパなの、あのね」

 

ミュウは語る。

 

「ミュウね、パパいないの……ミュウが生まれる前に神様のところにいっちゃったの……

キーちゃんにもルーちゃんにもミーちゃんにもいるのにミュウにはいないの……

だからお兄ちゃんがパパなの」

 

ポン!と、ジータがハジメの肩に手をやる、わかってんでしょうねという意味である。

 

「けどなぁ……俺まだ十七なんだぞ」

 

煩悶するハジメだが、まぁエリセンまでの付き合いだと思えばと

すんなりと引き下がる。

ちなみにママは本物のママしかダメらしく、女性陣は全員お姉ちゃんで落ち着いた。

 

「メドゥーサお姉ちゃん」

「うん!うんうん!も一回!」

「メドゥーサお姉ちゃん」

「でも勘違いしないでよね、これはあくまでも幼い内から上下関係を~」

 

疑似的にとはいえ、ついに末妹の座から抜け出すことが出来、ご満悦のメドゥーサ、

さぁこの勢いでアンタもお姉ちゃんって呼んでもいいのよとユエにチラチラと視線を送るが

 

「メド子……鬱陶しい」

 

やはりというかユエはつれない、しかし自分をも凌ぐ巨大な魔力の持ち主である

彼女への尊敬の念は欠かさない。

 

「……このおかず……あげる」

「え!ホントホント!?もう返してあげないもんねー」

 

尊敬……してるのである。

 

 





本作のハジメは片目を失っていないので、眼帯の代わりに
袖口のカフスボタンということにさせて頂きました。

死亡者が減っていたり、リーマンを強奪ではなく買い取ったりしているのも、ハジメの変化の表れと思って頂ければ

次回からいよいよ勇者編です。 


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遭遇


いよいよ勇者編スタート


 

 

ここはオルクス大迷宮八十九層。

 

現在、光輝たちは互いの健闘を称えつつ、小休止を取っていた。

彼らの背後には切り裂かれ黒焦げになった魔物たちの亡骸が転がっている

そしてその目の前には九十層へと続く階段があった。

 

「ふぅ、次で九十層か……この階層の魔物も難なく倒せるようになったし……

迷宮での実戦訓練ももう直ぐ終わりだな」

「だからって、気を抜いちゃダメよ、この先にどんな魔物やトラップがあるか、

わかったものじゃないんだから」

「雫は心配しすぎってぇもんだろ?俺等ぁ、今まで誰も到達したことのない階層で、

余裕持って戦えてんだぜ?何が来たって蹴散らしてやんよ!それこそ魔人族が来てもな!」

 

慢心を戒めるような雫の言葉にも関わらず、光輝と龍太郎は拳を付き合わせ

不敵な笑みを浮かべ合っている。

 

「坂上の言うとおりだぜ!八重樫は心配性なんだよ!」

 

さらに近藤までもが二人に同調する、彼ら―――ハジメ命名"小悪党組"のリーダー格であった

檜山を仲間殺しの名目でリンチに掛け続け、挙句脱走に追いやって以来、

彼はまるで最初から自分たちの仲間であったかのように

我が物顔でパーティに入り浸っている。

 

「これで後はよ!」

「ああ、蒼野さえ無事に助けることが出来れば」

「もう、俺たちに怖いモノなんてねぇぜ!なぁ」

 

香織と龍太郎は続けようとして、一瞬言葉を詰まらせる。

 

「……南雲君」

 

香織は鬼気迫るかのような表情で階下へと繋がる階段を見据え、ポツリと呟く。

その手に握られているのはハジメの制服のネクタイだ。

 

「香織……南雲はもう」

 

その姿を見て、何かを言おうとした光輝だったが、

 

「香織、辻さんを手伝ってあげて」

「うん」

 

光輝の動きを察知した雫が素早く割り込みに入る。

 

「……」

 

光輝の表情が険しいものへと変わる。

いつからだろうか?二人の間に、特に香織との間に距離を感じる様になったのは……。

自分はこれほど頑張っているというのに、努力しているというのに

光の刃で大量のコウモリたちを切り裂いた先程の戦いを思い出す光輝、

確かに自分は強くなったという、手応えはある。

自分が皆を引っ張り、ここまでの道を切り開いてきたという自負もある。

なのに何故?自分では駄目なのか?まだ足りないのか?。

 

「俺は……こんなにも」

 

香織だけじゃない、きっと今ならば彼女も自分を認めてくれるはずだ、

決して己を認めてくれなかった、守らせてくれなかった彼女も……そして。

 

(グラン、俺はお前には負けない、絶対に……)

 

必ず魔人族を倒し、この世界に平和を取り戻しそしてお前の妹を、ジータを連れて

日本へ帰ろう、そうすればきっと誰が正しいのか、誰が間違っていたのかを

皆が理解する筈だ。

 

そんな事を考えつつも、光輝は階段の中に広がる闇と、香織の背中を交互に見つめる。

急がねばならない、一刻も早く香織に南雲が死んだという証を見つけ出し、

彼女の眼を醒まさせてやらないと、哀しみに囚われた彼女の心を解放してやらねばならないと、

そうすればきっと元の彼女に"俺"の知る優しかった白崎香織に戻ってくれる筈だ。

それが幼馴染としてやらなければならない、自分の責務なのだから。

 

そんな光輝の―――幼馴染の考えを知ってか知らずか、雫もまた香織の変化に、

頭を悩ませていた。

香織のハジメへの想いは、時が経つにつれ少しづつ、静かに狂気を帯び始めているように

彼女には感じてならなかったのだから。

 

"生きているかもしれない"なら彼女もここまでのめり込むことはなかっただろう。

しかし、カリオストロが彼女に希望を与えてしまった。

希望というものは、場合によっては絶望よりも性質が悪い……ということを

鬼気迫る表情で訓練や探索を行う彼女の姿を目の当たりにして、

雫は痛感せずにはいられかった。

 

勿論、カリオストロに取っては香織や雫たちを安心させるために言ったことであり、

事実すぐにとは行かないまでも、そう遠くない時期にハジメたちは戻ってくると、

踏んでのことでもあったのだが。

 

「ねぇ……雫ちゃん」

「何?」

 

何度なく繰り返された問いかけに、それでも律儀に雫は応じる。

 

「南雲君もジータちゃんも次の階にいるよね?絶対いるよね?」

「大丈夫だから、香織がそんな顔してちゃだめ」

 

いつも通りに答え、いつも通りに雫は香織を抱きしめてやる。

 

「……私たち、強くなれたかな?」

「そうね……あの頃とは違うもの、ベヒモスだって倒せたもの、大丈夫」

 

初めての問いかけに、雫は少し驚きつつも丁寧に応じることは忘れない。

 

「今なら……きっと」

 

香織は、かつての……宿舎での自分の言葉を思い出す。

 

『私が南雲君を守るよ』

 

その言葉通り、香織は努力を重ねて来た、光輝やメルドが時に止めに入るほどの

苛烈な鍛錬を経て……しかし。

カリオストロの言葉通りならば、ハジメとジータは凄く強くなっているらしい。

あの彼女がいう事なのだ、おそらく光輝をも凌ぐ強さを得ているであろうことは、

想像に難くない、それにジータが傍にいるのだ。

もう……自分の居場所は何処にもないのかもしれないという思いが、

香織の心の中に広がっていく。

 

いや……守る、守られるはそんなのは些細な話だ。

 

(ただ私は、南雲君の傍で共に在りたいだけだから……きっとそれだけだから)

 

「だからもっと頑張らないとね、私たち」

「そうね」

 

香織の言葉にギュとより強く身体を抱きしめることで応じる雫……、

しかし、そんな雫の身体もまたストレスで小刻みに震えている。

彼女は香織や光輝ほど盲目的に何かに邁進することは出来なかったし、

かといって龍太郎のようにバカになることも出来なかったのだから……。

 

故に彼女は願わずにはいられない。

 

(ジータ……南雲君、何やってるのよ、生きてるなら早く帰って来て……私も、

もう限界かもしれないから……)

 

「斉藤も中野ももう動けるな!よし!休憩終了だ、行くぞ!」

 

そんな雫の耳に光輝の号令が届く。

 

「待って光輝、今日の予定はここまでの筈よ」

 

予定では先行している遠藤の戻りを待って、帰投する手筈になっている、

予定外の行動は避けるべきだと反論する雫に、光輝は笑顔で応じる。

 

「いや、戻りまでにはまだ時間がある、もう一階層は攻略できるはずだ

それに今の俺たちは調子がいい、だったら出来る所まで進むべきだろ」

「そうだぜ八重樫ィ、切り込み隊長のお前がそんなでどうするんだよ」

 

近藤までも光輝に同意の声を上げる。

 

「おい待て、遠藤がまだ戻って来てないぞ、ここは八重樫の言うとおりにしてだな……」

 

そこで永山重吾が巨体を揺らしながら光輝たちを止めに入る。

彼は、龍太郎と並ぶクラスの二大巨漢ではあるが、

龍太郎と違って非常に思慮深い性格をしている……が。

 

どうも、ここ最近慎重を通り越して消極的と言われかねない言動が多々見られる、

……実際こうして訓練にも参加しているし、戦闘もこなしてはいるのだが。

 

「永山!お前も柔道やってるなら分かるだろ、勝負には勢いってのが大事なんだぜ」

「龍太郎!戦いはスポーツなんかじゃ……」

「そうだよ!早く行こう!」

 

生きるか死ぬかの戦いをスポーツと同等に考えているかのような龍太郎の言葉に、

たまらず言い返そうとした雫だが、そこに横から香織が口を挟む。

 

「香織の言う通りだ、まして俺たちには……救わなきゃいけない仲間がいるんだ」

「そうだよ!光輝君の言うとおりだよ」

 

その救わなきゃならない仲間については両者の間で微妙な齟齬があるのだが、

少なくともこの状況下においては彼らの意思は一致していた。

 

それでも雫と永山は不満げな表情を見せていたが……。

 

「カオリンが行くなら鈴も付き合うよ」

「だったら私も……」

 

と、鈴と恵里が光輝たちに同意する姿勢を見せると、そのままなし崩しで先に進むことが

決まってしまった。

 

(こんな時、あの子なら……ジータならきっと……)

 

彼らに従い螺旋階段を下りつつ内心歯噛みする雫、どうして自分はこうなのだろうか?

肝心な時になると、いつも光輝たちに押し切られてしまう。

事実、こういう事は……光輝たちの熱気に押し切られ、探索の予定を変更するのは、

これが初めてではない、これまでは上手く行ってはいるが、

こんな力任せの行き当たりばったりなやり方を続けていればいずれまた……。

 

(皆、忘れてしまったの……)

 

奈落の闇に落ちるハジメとジータの姿を思い出し、表情を曇らせる雫。

そんな自分の顔を光輝が隣で見ていることに彼女は気が付いておらず、

そしてその光輝の顔が焦りと屈辱に歪んでいることにも気が付いていなかった。

 

(お前はまだアイツを……グランを忘れられないのか?アイツと俺を比べているのか)

 

勇者にあるまじき考えだと我ながら思っていても、

それでも、どうしても届かなかったかつての友への劣等感は止めどなく溢れて止まらなかった。

 

 

おかしい……。

 

九十層にて遠藤浩介は一人首を傾げている。

 

元々影の薄い彼の隠形は、ここ迷宮の深層においても十二分に効果を発揮する。

そんな自身の特性を生かすと同時に、前のめりになりがちな光輝たちを押さえるために、

自ら彼はポイントマン、すなわち斥候の役目を受け持っていた。

先行し状況をある程度把握してから光輝ら本隊へと報告するのが、

今の彼の役割であるのだが……。

 

「……何で、唯の一体も魔物がいないんだ?」

 

すでにこの階層に降り立って数十分ほどが経過しているにも関わらず

一体の魔物にも遭遇していない。

今までなら降りて数分以内に何らかの痕跡、ないしは直接遭遇することが常だったというのに。

 

(……やっぱり戻るべきだって言わないと)

 

ともかく報告に戻ろうと踵を返したその時だった、耳に届いたのは複数の話し声。

そう、光輝たちは遠藤の報告を待たずにこの九十層へと降りてしまっていたのだ。

 

(八重樫も永山もなにやってんだ……いつもいつも)

 

自分の報告を待たずに光輝たちが突入するのはこれが初めてではない。

とはいえど、今日の探索は本来八十九層で終了予定なのだ。

自分の偵察は単に時間が余ってるが故の先乗りに過ぎない。

ともかく、内心舌打ちしつつ、遠藤も光輝たちに大急ぎで合流する、

以前、気付いてもらえないまま戦闘に巻き込まれ、酷い目にあったことを思い出しながら。

 

「マジでいねぇな……魔物」

「ああ、探知系のスキルや魔法にもまるで手応え無しだ」

 

既に探索は、細かい分かれ道を除けば半分近く済んでしまっている。

一同はまるで狐に包まれたかのような気分で引き続き探索を続けるが……

やはり魔物は影も形も見えない。

 

「……光輝、やっぱり一度、戻らない? 何だか嫌な予感がするわ、メルド団長達なら、

こういう事態も何か知っているかもしれないし」

 

雫の言葉にチラと時計を見る光輝、まだ時間は十分にある。

 

「雫……どの道敵がいたとしても打ち破らないと先には進めない、それに

今の俺……いや、俺たちなら大丈夫だ」

 

光輝のその言葉の響きは、どこか自分自身に言い聞かせるように雫には聞こえた。

 

「光輝、分かってるの……リーダーのあなたがしっかりしないと、

皆を危険に晒すことになるのよ、僅かでも不安を感じてるなら帰りましょ

帰ればまた来れるんだから」

 

光輝の内心の不安を衝くように重ねて撤退を進言する雫、自分の内心を見透かされ

彼が若干ムッとしたような表情を見せた時だった。

 

「これ……血……だよな?」

「薄暗いし壁の色と同化してるから分かりづらいけど……あちこち付いているよ」

「おいおい……これ……結構な量なんじゃ……」

 

永山が血と思しき液体に指を這わせ、その血を指ですり合わせたり、

臭いを嗅いだりして詳しく確認していく。

 

「天之河……八重樫の提案に従った方がいい……これは魔物の血だ、それも真新しい」

「そりゃあ、魔物の血があるってことは、この辺りの魔物は全て殺されたって事だろうし、

それだけ強力な魔物がいるって事だろうけど……いずれにしろ倒さなきゃ前に進めないだろ?」

「俺も八重樫や永山の意見に賛成だ、早く帰ろう、いや逃げよう」

 

ここで遠藤が何かに気が付いたような……いや、

どうしてもっと早く気が付かなかったのかという苦渋の表情で全員に撤退を促していく。

 

「それはどういうことだ」

 

まだ戦ってもいないのに逃げるという行為が、言葉が少し気に障ったか

やや声を荒げて遠藤へと言い返す光輝。

 

「魔物は何もこの部屋だけに出るわけじゃない、今まで通ってきた通路や部屋にも

普通にいたんだよ!きっと、でも俺たちが見つけた痕跡はここが最初、つまり」

「……残していたんだよ、俺たちをこの先にあるだろう罠に誘い込むために」

 

ハッとする光輝たち、すかさず円陣を組み撤収の構えに入るが。

 

「終着駅はもう少し先だったんだけどね、なかなか勘のいいボウヤもいるじゃないか」

 

突如、男口調のハスキーな、聞いたことのない女の声が響き渡った。

光輝たちが声の主の姿を求め視線を巡らすと、コツコツと足音を響かせながら

燃えるような赤い髪をした妙齢の女が、奥の闇からゆらりと姿を現した。

その女の耳は僅かに尖っており、肌は浅黒かった、

 

「……魔人族」

 

その身体の特徴はイシュタルたちに何度も教え込まれた、

聖教教会の掲げる神敵にして、人間族の宿敵のそれと一致していた。

 

「勇者はあんたでいいんだよね?そこのアホみたいにキラキラした鎧着ているあんたで」

 

ライダースーツから豊かな谷間を覗かせ、艶めかしい仕草を見せながら、

やや小馬鹿にしたような口調で光輝へと問いかける女魔人族

 

「あ、アホ……う、煩い!魔人族なんかにアホ呼ばわりされるいわれはないぞ!

それより、なぜ魔人族がこんな所にいる!」

 

あからさまな挑発にいとも容易く乗ってしまう光輝に、

やや呆れた顔を見せつつも続ける女魔人族。

 

「はぁ~、こんなの絶対いらないだろうに……まぁ、命令だし仕方ないか……

あんた、そう無闇にキラキラしたあんた、一応聞いておく、あたしらの側に来ないかい?」

「な、なに? 来ないかって……どう言う意味だ!」

「呑み込みが悪いね、そのまんまの意味だよ、勇者君を勧誘してんの、

あたしら魔人族側に来ないかって、色々、優遇するよ?」

 

「それって……裏切れってことですか?」

 

恵里が図らずも口にした言葉に、ハッと香織や雫、永山たちは、

一斉に光輝へと視線を移す。

 

「断る!人間族を……仲間達を……王国の人達を……裏切れなんて、

よくもそんなことが言えたな!やはり、お前達魔人族は聞いていた通り邪悪な存在だ!

わざわざ俺を勧誘しに来たようだが、一人でやって来るなんて愚かだったな!

多勢に無勢だ、投降しろ!」

 

勇ましく吠えつつも、仲間へのフォローも忘れない光輝、すかさず恵里へと声を掛ける。

 

「大丈夫だよ、恵里……俺が守ってやる、だからそんな顔をしてはダメだ」

「……うん、ありがとう光輝君」

 

俯き加減で答える恵里、しかし、俯いた彼女が何故か凄惨な笑みを浮かべていることに、

気が付く者はいなかった……つまりそんな顔と言いつつ、

光輝は恵里の顔を大して見ていなかったことになる。

 

「一応、お仲間も一緒でいいって上からは言われてるけど? それでも」

「答えは同じだ! 何度言われても、裏切るつもりなんて一切ない!」

 

(……相談もしないのかい、聞いた通りつくづく勝手な男だよ)

 

明らかに期待外れ……という失望感を湛えた表情で溜息をつく女魔人族、

その仕草がまた光輝のカンに障ったらしく、ぐぬぬと端正な顔を崩して歯噛みを始めている。

 

「そう、ならもう用はないよ、あと一応言っておくけど……

あんたの勧誘は最優先事項ってわけじゃないから殺されないなんて甘いことは、

考えないことだね―――ルトス、ハベル、エンキ!餌の時間だよ!」

 

女魔人族が三つの名を呼ぶのと、雫と永山が苦悶の声を上げて吹き飛ぶのは同時だった。

回避型のスピードファイターたる侍の雫はともかく、"金剛"すら習得している

重格闘家の永山すらも吹き飛ばされた……ありえない現実に彼らは一瞬思考を停止させてしまうが

 

「光の恩寵と加護をここに! "回天""周天""天絶"!」

 

香織がほとんど無詠唱かと思うほどの詠唱省略で同時に三つの光系魔法を発動し、

仲間たちのフォローに入る。

 

こうしてなし崩し的に魔人族と勇者たちの戦いは火蓋を切った。

 

 





少し日常ネタを混ぜてみました、制服は持ち込んでないけどキープはしてます。

次回は遠藤君の奮戦の巻。


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遠藤君の奮闘


さぁ、頑張れ


 

 

 

全く歯が立たなかった……。

 

傷ついた身体を引きずりながら現実に歯噛みする雫、

現在彼らは八十九層に向けて撤退の真っ最中である。

 

「何とか……撒いたか」

 

彼女の傍らの光輝も疲労の色が濃い、退路を切り開くため使った"限界突破"の代償だ。

光輝だけではない、龍太郎も永山も憔悴しきった表情を浮かべ、肩で息をしている。

そこに殿を務めていた野村と遠藤が戻って来る。

 

「これで全員か」

 

壁にもたれ掛かり、僅かに安堵するような呟きを漏らすと、そのまま光輝は

その身を崩してしまう。

 

「良かった……野村君」

「ああ、あいつらやっぱり石化魔法の威力は知ってたみたいだ

ビビッて逃げ出しやがったぜ」

 

綾子の言葉に、彼自身もかなりのダメージを負っているにも関わらず

彼女を心配させたくないがゆえに、空元気で野村は応じる。

 

そう、現在彼らは手放しで逃げ切ったと喜べる状況ではない。

相手の戦力は未だ健在、それに引き換えこちらは満身創痍といってもいい。

今までの……迷宮内の魔物とは段違いのレベルの魔物たちに加え、

女魔人族が放った石化魔法という想定外の攻撃を受け、斎藤と中野が全身を

鈴が重傷を負った上で下半身を石化され、未だ身動きが取れない状態だ。

 

「どこかで回復に専念しないと、このままじゃ鈴ちゃんがもたないよ」

 

悲鳴のような香織の声を聞きながら、雫は必死で思案を巡らせる。

 

(こんなとき……)

 

雫は今はこの場にいない、もう一人の幼馴染の……親友の姿を思い浮かべずにはいられなかった。

彼女なら……ジータならどうするだろうかと?

ホラ言わないこっちゃない、と、今の状況を笑うだろうか?

 

(笑うでしょうね……それでも)

 

転んでもただでは起きない、彼女のしぶとさを、笑顔の裏の強靭な意思を、

雫はよく知っている、こんな時でも、いやこんな時だからこそ

やれるであろう何かをきっと彼女なら考えつく筈だ。

 

「ここで諦めたら……きっと笑ってもくれないわね」

 

パン!と気合を入れなおす為に自らの頬を叩く、存外に大きな音が響き、

何事かとクラスメイトたちの視線が雫に集まる。

 

「ねぇ……遠藤」

「なぁ、八重樫」

 

遠藤と雫の言葉が重なり、一瞬言葉を両者ともに詰まらせる。

 

「……あ」

「いいよ、遠藤君から言って」

 

「今回の状況なんだけどよ、明らかに俺たちがメルドさんやイシュタルさんから

聞いていたのと違う気がするんだ」

 

どうやら遠藤も自分と同じことを考えていたらしい、

そこから先は雫が引き継いで説明する。

 

「確かに魔人族が率いる魔物は個体の強さではなく、数が脅威だって話だったしね

このことはちゃんと伝えておかないと、だから……」

 

「遠藤君、お願い、このことをメルドさんたちに伝えてきて、

これはあなたにしか頼めないことなの」

 

自分から言い出そうとした遠藤に代わり、雫が先に彼へと頼む形を取った。

一応、勇者パーティの中核を担っている自分の言葉なら異存も出ないだろうと踏んだのだ。

 

「ああ?テメェ一人だけ逃げようってんじゃねぇだろうな!」

「例えそうだとしても誰も責められないだろう、状況をよく考えろ」

「そうよ、それにこれは私が遠藤君に頼んだこと、文句があるなら、

私に言ってくれる?近藤君」

 

永山と雫に窘められ、近藤はスゴスゴと引き下がる。

 

「光輝、いいわよね?」

「ああ……頼む、遠藤……このことを……」

 

悲痛な表情で遠藤を見上げる光輝、その眼には悔しさと至らなさが籠っている。

いかに遠藤が、彼が自動ドアすら開かないほどの影の薄さを誇っており、

隠密系のスキルを遺憾なく使いこなせているにしても、彼一人で、

未だ魔物たちが徘徊する八十層台を単独で突破せねばならないのだ。

 

それに、この地に降りて以来、南雲やジータらと行動を共にしていた彼について、

光輝はあまりいい感情を持ってはいなかった。

そんな彼に自分たちの命運を託さねばならないバツの悪さも、

その顔にはありありと浮かんでいた。

 

「……すまない、俺は」

「もうしゃべるな、天之河」

 

それだけを口にし、遠藤は外していたフードを再び被りなおすと、

細かな打ち合わせを交えつつ、仲間たちに血の付いた布や壊れた武具の欠片etcを、

自分に渡してくれるように頼み込む、一部の者はどうしてそんな物を?と、

怪訝な顔をしていたが改めて説明を受けると、納得いったとばかりに、

次々と遠藤にそういったガラクタ類を手渡していく。

 

こうして準備を整えると、彼はスカーフを口元に挙げ振り返ることなく

メルドが待つ七十層へと走り去っていった。

 

その姿を見送る間もなく、雫はさらに矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「野村君、悪いんだけどもうひと働きしてくれるかな?、さっき言ったとおりの~」

 

 

魔物たちを確実にやり過ごしながら、一歩一歩目的地へと進んでいく遠藤。

迷宮の胡乱な魔物どもより、余程目鼻が利く王宮や神殿の警備員たちを、

再三欺いてきたのである、今の自分にとって魔物の眼を欺くことなど、

さして問題ではなかった。

 

天井に貼りつきのしのしと歩くワニのような魔物をやり過ごすと

そのまま彼は床に降り、分岐路へとわざと足跡を残しながら歩き、

そこに血の付いた包帯を投げ込むと、そのまま今度は先程の魔物の足跡を、

慎重に踏みながらある程度進み、そしてまた天井伝いに移動を開始する。

 

(相手の立場に……相手の狙いを考えろ、だったな)

 

本来ならばいち早くメルドらの元へと向かおうとすべきなのだろうが……。

もしも光輝たちが見つからなければ自分ならどうするか?を考えた場合、

あの魔人族たちは間違いなく転移陣がある七十階層を目指してやってくると、

遠藤は踏んでいた。

 

ゆえに彼は時間を稼ぐ意味合いと、七十層への最短コースを悟られないために、

彼はあえて遠回りをしたり、その都度要所で皆から預かったガラクタ―――

壊れた武具、あるいはサイズの違う複数の足跡などの痕跡を、

半端に残すといった徹底的な欺瞞行動を取り続けていた。

もちろん血の付いた包帯で、足止め用の魔物を誘いだすことも忘れない。

 

これもカリオストロに散々ドヤされたお陰だ、半ばパワハラめいた課題をこなす中で、

彼は困難な状況にあっても、平常心と余裕を失わずに行動することが可能となっていた、

これは密偵、斥候としてはどんな隠密スキルよりも得難い力のように彼は思えている。

 

ともかくそんな薄氷の上を踏むような慎重な行程を重ねて、彼はようやく

目的の七十層へと到達する。メルドたちの気配も感じられる、

唯一の懸念だったすでに追い抜かれているという事態は避けられたようだ。

 

安堵の息を吐く遠藤、あとは……と、

そこで自分が危険な思考に陥りつつあることに気が付く。

 

(勝ったと思った間は、勝ったわけじゃない……だったな)

 

逸る気持ちを抑えつつ、転移部屋への分岐箇所に最後の罠を仕掛けると

そこでようやく隠形を解き、通路を足早に駆け抜け転移部屋へと飛び込んで行った。

 

 

「浩介、お前はお前にしか出来ないことをやり遂げたんだ、他の誰がそんな短時間で、

一度も戦わずに二十層も走破できる?お前はよくやった、よく伝えてくれた」

 

項垂れる遠藤の口から全てを聞き終えたメルドは、労いの言葉を掛けると同時に、

彼を元気づけるかのように頭をグシャグシャと撫で回した。

 

「団長……俺、俺はこのまま戻ります、あいつらは自力で戻るっていってたけど……

今度は負けないっていってたけど……」

 

皆の状況から考えてそれが望み薄だとはわかってる、それでも戻らねばならない……。

例えこのまま地上に逃れて生き延びたとしても生涯己を責めながら生きることになるだろう。

 

「だからメルドさんたちは先に地上に戻って、このことを伝えて下さい」

 

それにメルドらが全員地上に戻ったのを確認してから、

この転移陣を破壊する役目も残っている。

 

メルドたちは自分たちの持つ最高級の回復薬全てを、

それの入った道具袋ごと遠藤に手渡していく。彼らのどの顔も

無力感に打ちひしがれ悔しそうに唇を噛みしめている。

 

「すまないな浩介、一緒に助けに行きたいのは山々だが……私達じゃあ、

足手纏いにしかならない……」

「あ、いや、気にしないで下さいよ、大分、薬系も少なくなってるだろうし、

これだけでも助かります」

 

彼らの申し訳なさを僅かでも和らげたく、無理に笑おうとする遠藤。

そんな彼へとメルドはむしろ苦渋の表情を浮かべて行く。

 

「……浩介、私は今から最低なことを言う、軽蔑してくれて構わないし、

それが当然だ。だが、どうか聞いて欲しい」

「えっ?いきなり何を……」

「……何があっても、光輝だけは連れ帰ってくれ」

「え?」

 

「浩介、今のお前達ですら窮地に追い込まれるほど魔物が強力になっているというのなら…

光輝を失った人間族に未来はない、もちろん、お前達全員が切り抜けて再会できると、

信じているし、そうあって欲しい……だが、それでも私は、ハイリヒ王国騎士団団長として、

言わねばならない。万一の時は、光輝を生かしてくれ」

 

「俺たちは……天之河のおまけですか?」

 

わかっていたことだった、王宮や教会の重要な人物は全て光輝としか話さない、

イシュタル様に褒めて貰えただのと、誇らし気に語る光輝の姿を彼は思い起こす。

しかし、それでも良き兄貴分であったメルドから、こんな言葉を聞かされて

平静を保つことは流石に難しかった。

 

いや……メルドとて全員に生き残って欲しいと思っているはずなのだ。

その彼に……こんな過酷な選択を強いた今の状況を、そして己の力不足を

遠藤は心から憎み、恥じていた。

 

暫しの沈黙の後、またメルドが口を開こうとした時、けたたましいブザー音が鳴り響いた。

 

 

「チッ!味な真似をしてくれるね!」

 

また"外れ"を引かされ床に唾を吐き捨てる女魔人族、本来一目散に、

この転移陣のある階層を目指すはずが……。

そう彼女は幾度となく遠藤の仕掛けた欺瞞行動に引っかかっていたのだった。

しかし、それももう終わりだ、この七十階層に転移陣があることは承知している。

分かれ道に真新しい血痕を見つけるが、もう構いはしない。

そのまま転移陣のある部屋へと足を踏み出すと、その足元に何かが引っ掛かる感触、

そして同時にブザー音が鳴り響いた。

 

「くっ!」

 

女魔人族が足元を探ると、そこから鳴き声をあげるオモチャが現れる。

糸を引っ張れば音が鳴る、単にそれだけの子供のオモチャに過ぎないが、

闇と静寂に支配されたこの迷宮内では、警報音としては充分だった。

 

「連中はこの近くにいる!急ぐよ!」

 

 

「奴らが来ます!早く逃げて下さい!まだ間に合います!」

「いや、我々はここで奴らを食い止める、地上に逃げるのは浩介、お前……」

「アンタたちが何人いたって死体が増えるだけだっ!」

 

メルドたちに叫ぶ遠藤、先程の言葉への意趣返しが混ざってないといえば嘘になるだろう。

 

「イヤなんだよ!迷惑なんだよ!俺のために誰かが死ぬのはっ!」

「そうか……」

 

半泣きの遠藤の頭を撫でてやりながら、メルドは優しく彼へと諭す。

 

「でもな、これは誰かがやらないといけないことだ、そして我々はそのために

国から俸給を頂いている……それにな」

 

メルドは力強く、そしてはっきりと遠藤へと明言する。

 

「この戦争は俺たちの戦争だ、だから真っ先に命を捨てるのは俺たちの役目なんだ」

 

凡そ戦いを知ることなく育って来たであろう少年少女を、自分たちの都合で、

戦争に巻き込んでしまったことを、彼なりにずっと心を痛めていたのだろう、

そしてそんな子供たちを頼りにせねばならぬ、自分らの不甲斐なさにも。

そんな拭いきれぬ悔恨が籠ったメルドの言葉に、遠藤はもう何も言う事が出来なかった。

 

「いいか、皆円陣を~」

 

兄貴の顔から騎士の顔に戻ると、メルドはすかさず部下たちに指示を飛ばそうとする、が。

 

「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、

ここは聖域なりて、神敵を通さず――〝聖絶〟!!」

「カイル、イヴァン!」

 

その声を待つことなくカイルとイヴァンが通路に障壁を張る。

その障壁はベヒモス戦で使った、絶対の防御を誇るが、

使い捨てで破られれば後が無くなるという―――すなわちそれを今ここで使うということは

自ら死地に立つという意味を示していた。

 

「光輝と同様、団長!あなたもまた我が騎士団に、そして王国にとって無くてはならぬ人!」

ここは俺たちが食い止めます!行って下さい」

「短い間でしたが、お仕え出来たこと心から光栄でした、さぁ早く」

 

過酷な選択の連続にメルドの握りしめた拳が震える、しかし、

すでに魔物たちの先陣が到達し、障壁から激しい音が響き出している。

 

「俺たちの死を無駄にする気ですかっ!」

 

その言葉にメルドは悲痛な表情を浮かべつつ頷くと、手早く陣を起動させ、

まずは傍らのアランとニートに脱出を促し、そして次はベイルを送り出そうとした時だった。

彼は渾身の力を込めてメルドと遠藤をそのまま転移陣の中へと押しやった。

 

「!!」

 

ベイルの笑顔とそして今まさに破られようとしている障壁を必死で支える

カイルとイヴァンの後ろ姿は、生涯忘れることは出来ないだろうと遠藤は思った。

 

 

かくして悲鳴とも雄叫びとも付かない叫び声を上げながら、メルドと遠藤は

【オルクス大迷宮】三十層の転移陣から姿を現す。

 

先に転移していたアランとニートが二人を出迎える。

 

「ベイルは?」

「……すまん」

 

メルドの言葉に全てを察したのだろう、アランたちはすかさず剣を振りかぶり、

転移陣の破壊を始める。

 

しかし状況を今一つ理解出来てない騎士たちが彼らを止めに入って来る。

 

「な、何をするんですか!団長止めて下さい!」

「非常時だ!静まれ!」

 

しかしここはメルドの一喝で場は収まる、流石は団長といった所か。

ともかく彼らは転移陣に次々と剣の一撃を加えていく、そしてあと一発で破壊が完了するかと

思われた矢先だった。

 

魔法陣が輝きを帯びたかと思うと、次の瞬間には遠藤やメルドたちへと揺らめく空間が襲いかかった。

騎士の一人が回避する間もなく首を刎ねられてしまう、さらに揺らぎは魔法陣の周囲に固まる

騎士たちへと容赦なく爪を振るう、また一人の騎士が鎧ごと胴を切り裂かれる、

そしてまた一人……が、そこでニートが割り込みに入りキメラの爪を何とか受け止める。

 

「俺に構うな!早く魔法陣を破壊しろっ!」

 

力勝負で爪を受け止めきれないと見るや、あえて剣を手放し、

自ら吹き飛ばされ距離を置こうとするニート、

しかし獲物が逃げることをキメラは許さず、さらに彼へと追撃の爪を振るおうとする、

……だが。

 

ニートが作ってくれた僅かな時間を利用して、遠藤はキメラの頭上へと跳躍していた。

その目にはただのゆらぎにしか見えずとも、キメラが己に向かい牙を剥き、

大口を上げている姿が、彼にはまざまざと分かるようだった。

 

「残念だな!」

 

遠藤は右腕に仕込んでいた、カリオストロに貰ったナイフを僅かにブレた空間の

中心へと射出した。

魔法仕掛けで撃ち出されたそれは恐るべき速度でキメラの口内を貫き、

そのまま後頭部をも貫通し、さらに床の魔法陣まで達して深々と突き立つ。

魔法陣が破壊された音と、キメラの悲鳴が重なって彼の耳に届く。

 

「しかも魔力コントロール出来る!」

 

射出されたナイフに繋がったワイヤーには微細な魔法陣が組み込まれており

遠藤の詠唱によって自由自在に動かすことが可能となる。

 

彼はワイヤーを操作することでキメラを岩に巻きつけ固定する、

こうしてしまえばいかに擬態や保護色があろうと関係ない。

 

「皆さんお願いします!このワイヤーに魔力を込めて思いっきり引っ張って下さい!」

 

遠藤の呼びかけに騎士たちがワイヤーを掴んで綱引きの要領で魔力と力を込めていく。

後頭部を撃ち抜かれてなお、拘束を解こうとするキメラと、

そうはさせじとあらん限りの魔力と力を籠める、遠藤たちとのせめぎ合いが続く、

ワイヤーが彼らの魔力を受け、キシキシと輝きながら鳴り響く、そして。

 

ぶちゅりという音と共にキメラの身体はワイヤーで寸断され、

コマ切れとなり、同時に擬態が切れてその禍々しい姿を騎士たちに曝け出す。

 

「……よくも」

 

一人の、まだ見るからに新米であろう騎士がそのキメラの骸を足蹴にしようとした時だった。

 

「危ない!」

 

まだ命の灯が残っていたのかキメラの背中に生えた蛇の尾が、

突如として牙を剥き、新米へと毒液を浴びせかける。

それを身を呈して庇うメルド……断末魔の魔物の毒液を浴びた彼の鎧が溶け、

肌が焼けただれていく。

 

「ぐおっ、ぐおおおっ!」

 

地面に転がりのたうつメルド、治癒術の心得のある何人かが集まり、

治療を開始していく。

 

「薬を」

「だ……大丈夫だ、浩介、オマエは早く行け!」

 

先程自分が渡した最高級の傷薬を返して貰い、それを服用すると

メルドは先を急ぐよう遠藤を叱咤する、しかしここに来て緊張が解けてしまったのだろう。

遠藤はうううと一声唸ると、そのまま呆然とその場に立ちすくんでしまう。

 

「浩介……頼む!」

 

声を出すのも辛い状態であるにも関わらず、メルドは遠藤へとあらん限りの声で叫ぶ。

 

「……こんな体たらくを晒してる俺が言っていいことなのかは分からん

だが、今お前が動かなければ皆死ぬんだ!……辛いだろう、苦しいだろう……

それでも自分の、自分の託された役目を果た……せっ!ぐっ!」

 

メルドの傍らのアランも無言で遠藤に動くよう促す……やはりメルド同様に

悲痛な表情を、本来自分たちの役目を子供たちに託さざるを得ない……、

そんな忸怩たる思いを抱えているに違いない。

 

(そんな顔されたら……行くしかないだろ)

 

遠藤の顔に生気がまた宿ったのを確認すると、メルドは生き残った騎士の一人に

彼と共に地上に上がり、王都へ状況を報告せよと苦しい息の中命じ、遠藤には。

 

「ホルアドに駐屯している騎士たちは動かせん、かといって王都からの救援を、

待っていたら間に合わん、冒険者ギルドの助力を仰げ……ただし"銀"ランク以上でないと、

おそらく役には立たんぞ……以上だ、さぁ行け!」

 

 

そしてホルアドの街の中心の広場に遠藤はいた。

冒険者ギルドはもう目と鼻の先だ、しかし……彼はここまで来て、どうしても

その門をくぐることが出来なかった。

 

"アンタたちが何人いたって死体が増えるだけだっ!"

 

勢いのままに放ってしまった言ってはならぬ言葉……その言葉を聞いたメルドらの心中や

如何ばかりだったろうか?そしてその言葉は彼自身をも深く傷つけ、

その行動を縛り付けてしまっていた。

 

王国の……おそらくこの世界の人類の最高戦力であろう彼らですら、

歯が立たない相手である、冒険者を何人雇ったところで無意味なのではないか?

徒に被害を大きくするだけではないのか?

かといって手ぶらで戻るわけにいかない、そんなことをすればメルドに合わせる顔が無い。

 

彼は力なく広場の噴水の縁石に座り込み、両の手で顔を覆う。

 

希望が無いわけではない……。

キメラやブルタール、黒猫モドキに囲まれる中、"限界突破"で血路を切り開いた光輝の一撃。

……せめて彼と同等の力の持ち主があと一人いれば……しかし……。

 

「そんなの、この世界の何処にいるってんだよ」

 

それは希望などとは到底呼べない、ただの無いものねだり……いや……いる。

だが……。

 

「何やってるんだよ、生きてるんなら早く帰って来てくれよ……

お前ら天之河より強くなってるんだろ?」

 

呟きはいつしか音量が上がり、嗚咽交じりの鼻声となる。

 

「南雲ぉ……蒼野ぉ……ううう」

「あれ?遠藤君」

「!!」

 

数ヶ月ぶりの、懐かしい声が耳元に届き、彼は雷に撃たれたかのように飛び上がり

キョロキョロと周囲を見渡す、いた……しかもすぐ隣に。

涙で歪んだその視界の中に、確かに彼女は、蒼野ジータは存在していた。

その手に何故か大量のチラシを抱えて。

 

「相変わらず影薄いね、すぐ隣にいたのに名前呼ばれるまで気が付かなかったよ

さすが影の薄さランキング生涯世界一位…て、いうか……皆の戻りはいつ~」

「う……うわあああん、うわわあああん~」

 

あまりにもいつも通りの彼女の姿に、ついにここまで堪えて来た遠藤の精神は決壊した。

恥も外聞もなく、彼はジータに縋りつきあらんばかりの大声で泣きじゃくる。

 

「皆をみんなを助けてくれぇ~ううう、お願いだあ~」

「よっぽど辛いことがあったんだね……」

 

騒ぎを聞きつけ、やはりチラシを抱えたハジメやユエたちもジータの元へと集まって来る。

遠藤の様子を見る限り、かなりの異常事態が起きているのは間違いないだろう。

どうもすんなり再会とは行かないようだ。

 





というわけで、原作と違い被害者をかなり少なく抑えることが出来ました。


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救出開始

ギスブル、はっじまるよ~~


遠藤を送り出した後、光輝たちは八十九層の最奥付近に隠し部屋を造り

彼らはそこで休息を取っていた。

その表情は一様に暗い、深く沈んだ表情で顔を俯かせる者ばかりだ。

 

クラスのリーダーたる光輝は、未だ"限界突破"の代償が癒えず、壁に背を預けたままであり、

クラス一のムードメイカーたる谷口鈴も石化に加えて出血多量のダメージが癒えず

香織の治療を受けながら苦痛に眉根を寄せながら、荒い息を吐いて眠ったままだ。

 

そんな中、闇に眼を凝らしながら雫は考え事をしていた。

実は女魔人族から逃げる際、野村の土魔法に加え、恵里の降霊術が大いに役立ったのだが、

その時彼女は聞いたのだ、女魔人族が小声で……。

 

"使えないって聞いていたのに"と。

 

本来ならばこれも遠藤を介してメルドに伝えなくてはならないことの一つだ。

しかし、確証もなしに言っていいことではない。

それに今ここで裏切者の可能性を口にすれば皆戦えなくなる、

自分も含め、ギリギリのところで崩れそうな心を支えているのだ。

 

「ふぅ、何とか上手くカモフラージュ出来たと思う、流石に、

あんな繊細な魔法行使なんてしたことないから疲れたよ……もう限界」

 

龍太郎のいびきに眉を潜めつつも、自分も少し眠ろうと雫が膝に頭を埋めようとした時、

通路の奥から野村健太郎、辻綾子が話をしながら現れた。

 

「壁を違和感なく変形させるなんて領分違いだものね……

一から魔法陣を構築してやったんだから無理もないよ、お疲れ様」

「っと、そっちこそ俺の石化を完全に解くのは骨が折れたろ? お疲れ」

 

なんとなくいい雰囲気を醸し出す二人を見て、少しだけ癒された気分になる雫。

 

「お疲れ様、野村君、辻さん、これで少しは時間が稼げそうね」

「ああ、でもこれもあの人に……カリオストロさんに教わったお陰さ」

 

あの日、彼女が鮮やかな手並みで土や石を操り、檜山たちを叩きのめす姿を、

野村は見ていた、それ以来遠藤を介し、彼は何度か密かに、

彼女に教えを乞うことが出来ていたのだ。

もちろん、先のベヒモス戦でのハジメの奮闘も大いに参考となっている。

 

「南雲なら……もっと上手くやれたんだろうけどな」

 

寂しげに呟きつつ、肘の裂傷に例のハジメ謹製薬を野村は塗り付ける。

この薬、効果こそ治癒魔法に譲るが、それでも材料・器具さえ揃えば、

作り方そのものは単純で、かつコスパも高いこともあり、

王国の兵士らにも十分な数が行き渡るようになっていた。

何といってもこういった魔法を行使するまでもない傷に対して、

遠慮なく使える所が大きい。

 

「こんな時、カリオストロさんがいてくれたら……」

「ダメだ、お前はあんな小さな子を戦いに巻き込もうっていうのか?南雲のように」

 

野村の言葉にはっきりと拒絶の意を示す光輝、彼に取ってカリオストロは、

守るべき存在であって、共に戦う存在ではなかった。

 

実際、彼にとどまらず、何度かカリオストロを戦列に加えようという意見はあったのだが、

そのことごとくを光輝は却下していた。

その内、例の監視の目によってカリオストロ自身が積極的な動きを取れなくなり、

自然とその話は下火になったが……。

 

「大丈夫だ、俺たちは正しい、世の中はな、正しい者が必ず勝つんだ……例えそれが」

 

光輝は苦しい息の下で、それでも己を鼓舞するかのようにはっきりと声を出す。

 

「異世界であっても」

 

じゃあ何で今こんなことになってるんだよと、何人かは思ったが、

今のところ誰もそれを口にする元気はなかった、ただ。

 

「こんな時…蒼野がいたら」

 

ポツリと近藤が呟く、その言葉はここにいる誰もが心の片隅で思っていたことを

代弁しているかのようだった。

 

「止せ……ここにいない奴を頼りにするのは」

「永山ぁ、お前はいいよなぁ……御付きのメイドとよろしくやってんだろ

死ぬのは怖いから戦いませんってか」

 

確かに、ある時期から永山が戦いに積極性を欠くようになったのも事実だが、

だからといってこの場でそういうことを暴露して何の得があるのか?

 

「おい」

「まぁ、いいってこったな、死にたくねぇのは皆同……」

 

近藤はそれ以上口を利くことが出来なかった、激昂した永山の送り襟絞めを受けて、

失神してしまったからだ。

 

「すまん」

 

言葉だけは平静を取り繕う永山だったが、今度はそんな彼に、いつの間にか起きていたのか、

龍太郎が肩を震わせ噛みついてくる。

 

「永山、おまえもだ、アイツを……ジータをいないだなんて言わないでくれ」

 

それは憤りではなく願いだった。

 

「だからといって……」

「だからなんなんだよ」

 

珍しく引き下がらない永山に、こちらも珍しく声を荒げ食い下がる龍太郎。

 

「大声出さないで、気付かれるわよ」

 

雫の言葉にハッ!と我を取り戻し鉾を収める龍太郎たち、ひとまず彼女は胸を撫でおろす、

この状況で、この二人が暴れ出したら誰も止められないのだから。

 

しかし、あらかじめハジメとジータの生存を聞かされている自分にとっても、

どこまで潜ろうとも闇と砂と岩の殺風景な風景の繰り返しに、

心が揺らぎそうになるのも事実だ。

それでも―――雫は思う。

もしかして、と思わせる何かが、ジータには彼女には備わっているのだ、

だからきっと……と。

 

 

一方、ひとまず泣きじゃくる遠藤を連れて冒険者ギルドの門を叩くハジメたち。

なんだまた来たのかと、首を傾げる冒険者たちを尻目に彼らは二階へと上がっていく。

そう、彼らはつい小一時間ほど前に、ここホルアドに到着していたのだった、

イルワからの手紙と、そしてめでたく人間族の裏切者として、

全国指名手配となった檜山の手配書を携えて。

 

ギルド幹部との面通しが終った後、光輝たちの予定を聞いた所、幸いにも

ダンジョンアタック中で、おそらく数日中には戻るだろうという。

とはいえど、わざわざ迷宮まで訪ねていくのも憚られたし、

かといって、何もせずに宿屋でゴロゴロしてるのも何だということで、

彼らは大量に刷られた手配書を道行く人々に配っていたのだった。

 

支部長室の扉をノックすると、開いているぞ入れと中からしわがれた声がする。

言われるまま部屋に入ると、そこには六十歳過ぎくらいのガタイのいい、

左目に大きな傷が入った迫力のある男が椅子にふん取り返っていた、

この男が冒険者ギルドホルアド支部長ロア・バワビスその人だった。

 

「何だ、もうチラシは配り終わったのか?」

「いや、チラシの件は置いといて、ちょいとばかり厄介なことが起きてるみたいなんだ

……ホラ」

 

ハジメに促され、遠藤は堰を切ったように迷宮で起こったことをロアやハジメたちへと、

語り始めた。

 

「……魔人族、ね」

 

遠藤から事の次第を聞き終え、ポツリと呟くハジメ。

 

「あったかいものどうぞ」

「はぁ、あったかいものどうも」

 

泣きじゃくっていた遠藤も話している間に一息つくことが出来たようだ。

今は秘書の女の人から貰ったお茶をふーふーと冷ましている。

重苦しい雰囲気で満たされた室内では、ハジメの膝の上でミュウが

モシャモシャとお菓子を頬張る、どうにもミズマッチな音だけが響いていた。

 

「その……すまん」

「ん?」

「その子はどっかにやってくれないか……なんか、八つ当たりしちまいそうなんだ」

 

遠藤の言葉に確かにという表情を浮かべるハジメ、リスのようにお菓子を頬張る姿を

見る限りあまり話の意味は理解していないようだが、それでもあまり子供に聞かせるべき

話ではないのも確かだ。

 

「メド子ちゃん、ミュウちゃんをお願い」

 

ジータはメドゥーサにミュウを預けて一先ず別室へ下がって貰うように頼む、

ハジメから離れることにやや抵抗を見せたミュウだが、部屋の扉を

開け放して、ミュウからハジメたちの姿をいつでも見えるようにすることで

一先ず納得させ、ようやく話の続きに入る。

 

「さて、ハジメにジータ、イルワからの手紙を読ませて貰ったが、随分と大暴れしたようだな?」

「まぁ、全部成り行きだけどな」

「手紙には、お前たちの"金"ランクへの昇格に対する賛同要請と、

できる限り便宜を図ってやって欲しいという内容が書かれていた。

一応、事の概要くらいは俺も掴んではいるんだがな……たった数人で五万近い魔物の殲滅、

半日でフューレンに巣食う裏組織の壊滅……にわかには信じられんことばかりだが、

イルワの奴が適当なことをわざわざ手紙まで寄越して伝えるとは思えん……

もう、お前らが実は魔王だと言われても俺は不思議に思わんぞ」

 

「バカ言わないでくれ……魔王だなんて、俺たちが目指しているのは、

託されているのは世界最強だぞ……そんなのはただの通過点だ」

「しかもありふれた職業でね」

 

不敵な姿勢を見せる二人、その大言が気に入ったのか、

ロアは目を細めてハジメを見つめる。

 

「ふっ、魔王を通過点扱いか? 随分な大言を吐くやつだ……だが、それが本当なら、

俺からの、冒険者ギルドホルアド支部長からの指名依頼を受けて欲しい」

「……勇者たちの救出だな?」

 

無論、ロアに言われるまでもなく二人は救出に向かう意思を固めてはいた……。

実際、あの場ですぐにでも迷宮に突入してもよかったのだ、

しかし、こういう少し回りくどい形に、あくまでもギルドの依頼という事に

しておかなければ、今後、無条件で頼られてしまう事態にもなりかねない。

 

それにしても……と、ハジメは思う。

もしも独りであの闇の中に放り出されていればどうだっただろうか?と。

こんな風に素直にクラスメイトたちを助けに向かおうと思えていただろうか?

 

(ただの"同郷"の人間程度の他人と切り捨てて先に進んでいたかもしれないな)

 

まぁ、そこまではしないだろうが……、そういう他者への関心の殆どを、

例えば……強くなった自分たちを披露したいという下心etcなどという

気持ちなんてきっと生きる為に捨て去ってしまっていたに違いない。

 

だから……ハジメはジータの顔を見る、その表情が心なしか強張っているのを見て、

ああ……と、ハジメは思う、彼にとっては、今救いを求めている存在の大半は、

只のクラスメイトなのかもしれない、しかし彼女にとって、

恐らく光輝と行動を共にしているであろう、香織や雫は親友なのだ。

そして……自分に取っても香織は、まだ何者でもなかった自分を、南雲ハジメを

守ると言ってくれた女の子なのだ。

 

「……」

 

ソファから立ち上がり、救出の段取りについて発言しようとした、

ハジメの耳に遠藤の呟きが届く。

 

「だよな……今更」

 

どうやら彼は、ハジメが立ち上がったのを正反対の……否定の意味と取ったようだ。

 

「生きてるの知ってて……ずっと助けにいけないまま、暗闇の中に放置してよ……」

 

面影はちゃんと残ってはいるが、"変わり果てた"と言ってよいハジメの姿。

想像を絶する何かの果てにそうなったことくらいは分かる、傍らに控える

ジータの助力があってなお。

 

「でもな……お前たちが生きてるってことを大々的に教えてしまったら

もう皆が戦いから逃げられずに、お前らを助けるって名目で巻き込まれてしまう

天之河と坂上が巻き込んじまう!だから……秘密にしとくしか無かったんだ!」

 

それは知ってるし、むしろそうしてくれて良かったとさえ思っている。

 

「お前が檜山たちに酷い目にあわされて止めなきゃと思いながら、心のどこかで

ザマァと思ってた!他にも蒼野や白崎に構って貰えてるのを悔しいと思ってたり、

家が金持ちなのを羨ましいと思ってたり、なんで俺じゃないんだと蒼野を見てて

思ってたのも事実だ!」

 

ずっとずっと言えずにいた、心の中の蟠りを遠藤は吐き出して行く。

 

「それでも頼む!俺と一緒に来てくれ!一生のお願いだ!アイツらを助けてやってくれ

このままじゃ死んじまったカイルさんやイヴァンさんたちに申し訳が立たない!

大怪我をしてるメルド団長も待ってる!……俺じゃ俺じゃ無理なんだよぉ」

 

額を床に擦り付けんばかりに土下座し、泣き叫ぶ遠藤、

仲間とは言え、何処まで行っても他人……その他人の為に、

ここまで叫べるこの少年を羨ましいとハジメは思った。

 

「白崎さんも八重樫さんも中村さんもお前らが無事帰ってくるって信じて頑張ってたんだ!

俺だってそうだ!……だからっ…けほっけほ」

 

言葉を詰まらせむせる遠藤の背中を、ティオが撫でてやる。

 

「……あまり焦らすでないぞ、もし、ご主人様たちに思うところがあるのなら

妾一人で赴いてもよいのじゃが」

 

どうやら遠藤の叫びは彼女の胸に届いたようだ。

だが、ひとまずそれは置いといてハジメは遠藤に問い正す。

 

「白崎は……彼女はまだ、無事だったか?」

「あ、ああ。白崎さんは無事だ、っていうか、彼女がいなきゃ俺達が無事じゃなかった

最初の襲撃で重吾も八重樫さんも死んでたと思うし……白崎さん、マジですげぇんだ、

回復魔法がとんでもないっていうか……お前たちが生きてるって教えて貰ったその日から、

何ていうか鬼気迫るっていうのかな?こっちが止めたくなるくらい訓練に打ち込んでいて、

……雰囲気も少し変わったかな?ちょっと大人っぽくなったっていうか、

いつも何か考えてるみたいで、ぽわぽわした雰囲気がなくなったっていうか……」

 

優花や妙子から聞かされていた通りだと、横から聞いててジータは思う。

 

「まぁ、お前らを安心させてやれって愛子先生や師匠にも言われてることだしな」

「そこでどうして勿体ぶるの!」

 

パン!とジータはハジメの背中を叩く、本当は真っ先に飛び出したかったで

あろうにも関わらず、きっと自分を待っていてくれていたであろう彼女へと

ハジメは笑顔で応じる。

 

「だよな、天之河は気に入らねぇが、白崎や八重樫まで見捨てるわけにはいかないもんな」

「うん!香織ちゃんや雫ちゃん、恵里ちゃんや鈴ちゃんもきっと待ってる!」

「ユエたちもそれでいいか?」

 

「……ハジメのしたいように、私はどこでも付いて行く」

 

ハジメの手を取りながら、静かにしかしはっきりと宣言するユエ。

 

「わ、私も!どこまでも付いて行きますよ!ハジメさん!」

「ふむ、妾ももちろんついて行くぞ、ご主人様」

「ふぇ、えっと、えっと、ミュウもなの!」

 

ジータとユエに遅れてなるものかと、シアたちもアピールを開始する。

もっともミュウは、よくわかっていないようだったが……。

 

ともかく救出に向けて、いくつか打ち合わせをするハジメたち。

魔物の危険度に関しては、遠藤の話を聞く限り特に問題はないだろう。

ウルでも見かけた四つ目狼がいるようだが。

 

それから流石に迷宮の深層まで子連れで行くわけにも行かないので、

ミュウはギルドに預けていく事にし、いざと立ち上がるハジメたちであったが……。

 

「ちょっと!どうしてこのアタシを無視すんのよ!」

 

ここで蛇娘が吠える。

 

「すぐ終わるからな、ミュウと大人しくしとくんだぞ」

「ふ、素直じゃないわね、まぁでも分かるわ、このゴルゴーン三姉妹が三女

メドゥーサ様の助力を人間風情が願おうだなんておこがましいにも程があるわ」

 

相変わらず回りくどい口上をのたまうメドゥーサ。

 

「でもね、特別に今日は気分がいいから、力を貸してあげるわ!でも勘違いしないでよね!

あくまでも、今日は気分がいいからなんだからね!」

「ミュウ……一人でお留守番出来るから、メド子お姉ちゃん連れてってあげて」

「お前恥ずかしくないのか……こんな小さな子に気を遣わせて」

 

五百年生きてると標榜してるくせに、メンタリティが幼女のそれと大差ない……。

ともかく、ハジメは溜息交じりで子守役兼護衛役をメドゥーサからティオに変更すると、

ようやく彼らは救出に向けて出発する。

 

「おら、さっさと案内しやがれ、遠藤」

「うわっ、ケツを蹴るなよ!っていうかお前いろいろ変わりすぎだろ!」

「ごめんね遠藤君、でも出来るだけ早く……半日くらいで終わらせたいの、

ミュウちゃんを置いていくんだし」

 

二人に追い立てられつつも、ハジメとジータ、そしてユエたちの様子を見ていると

どことなく微笑ましい気分になってくるのに気が付く遠藤、そうまるで……。

 

(なんか……お前ら、家族みたいだな)

 

「ん?なんか言った?」

「いや何も」

 

口に出してたか?必死に走りながら思わず彼は口を塞ぐ。

敏捷値の高さには自信があったのだが、自身は全力で走っているにも関わらず

背後のハジメたちは余裕綽綽で後を付いてくる。

 

「敏捷は俺一番高いんだけどな……」

 

溜息をつく遠藤へと、白いマントとウサ耳を揺らしながらジータが声を掛ける。

 

「まずは三十層だったっけ?で、メルドさんたちのケガを治すよ!」

 

 

「ジータ!?それに……ハジメ!ハジメかっ!生きていたか!」

 

光輝の救出に向かう前に、彼らはまずメルドたちの怪我を治療しに三十層へと立ち寄る。

彼らの姿を見るなり、メルドは重傷であるにも関わらず立ち上がると、二人の肩を抱き寄せる。

 

「すまなかった……自ら殿を引き受けてくれたお前を!

絶対助けてやると言っておいてあんなことに……けどな!

決して囮にしようだなんて思っていなかったんだ!許してくれ……」

 

声を詰まらせながらハジメへと頭を下げるメルドの眼には光るものがあった。

 

「いえ、あの時はただ自分の出来ることを全うしようとしてただけだから……

その、気にしないで貰えるとありがたいというか」

 

少し照れつつも、バツの悪い表情のハジメ……。

 

これほどまでに目の前の男が、自分たちの死について心を痛めて……、

責任を感じていたのかと思うと、仕方ない事だったとはいえど、

やはりここまで無事を知らせることが出来なかった事に、

ハジメとしても少し責任を感じてしまう。

 

「それに随分と可愛らしいお供も沢山増えたじゃないか、いいのかい?嬢ちゃん」

「旅は賑やかな方がいいというか……でも、その、まぁ……良くはないのかもですけど」

 

ユエやシアたちを見てニヤニヤとメルドはジータへと水を向ける。

デビッドたちのことが先にあったので、少し離れた場所で待っていて貰うべきかも、と、

考えてもいたのだが、どうやら彼は亜人への偏見が無いというわけではないだろうが、

極めて薄いタイプなのだろう。

 

そんなジータらのやりとりに目を細めていたメルドだが、ここで気のいい兄貴から、

騎士団長の顔へと戻る。

 

「しかし……二人とも悪いが、ここから先には……その」

 

彼らの……行方不明となる前のステータスを考慮すると、

せいぜいこの三十層の転移陣を守って貰うくらいしか、仕事を与えるわけにはいかない。

白髪にして精悍さを見るからに増したハジメの姿を見るに、この数ヶ月で、

想像以上の経験を積み、力を得ていることには相違ないだろうが、それでもたかが数ヶ月である。

それにやはり彼は生産職、錬成師なのだから。

 

「大丈夫ですメルドさん、二人の力は俺が保証しますよ、頼む」

 

遠藤の言葉に呼応するかのように、ハジメが瞬時にメルドらの傷ついた鎧や武器を修復し、

そしてジータが独特の形状の節くれだった光属性の槍、エデンを高々と宙に掲げる。

 

『ヒールオールⅢ』

 

槍の先端から放たれた癒しの光がメルドらの身体を包んでいき、

熱傷でボロボロの皮膚がみるみる再生し。

 

『クリアオール』

 

さらに彼の身体を蝕んでいた毒の効果も瞬時に消え去っていた。

 

「すげぇ……白崎さんより」

 

思わず呟く遠藤、いや治癒魔法そのものの技量は香織の方が上だろう、

これはあくまでもジータの持つ図抜けたステータスによる力業だ、

さらにジョブの効果により、いわばベホイミを、それこそベホマズン並みの効果へと、

引き上げているのだ。

 

不思議な面持ちで自分の身体の感触を確かめるメルド、先程までの激痛と倦怠感が

完全に消えている、これなら。

彼はハジメが修復した鎧と武器を装着し、麾下の団員たちに指示を飛ばしていく、

鎧はより堅く軽く、そして剣はより鋭くなっているように思えるのは気のせいではない。

 

「~以上だ!そしてアランは引き続きここで待機、俺はこれからハジメたちと下に向かう!」

 

 

遠藤と、そしてメルドを伴い迷宮内を疾駆するハジメたち。

説明が遅れたが、今のジータのジョブは"セージ"である、

回復系とは名ばかりの強化マシマシの戦闘系ジョブである"ドクター"とは違い、

こちらは正真正銘、回復と治療そして戦闘補助に長けたジョブである……のだが。

 

(ちょっとコスチュームがね)

 

ひょこと頭のウサ耳バンドが揺れる、そう、このセージのコスチュームは

ウサ耳にマントにお尻に尻尾が付いたレオタードにニーハイブーツと

何故かバニーガール仕様なのである。

 

この白地に金糸で豪奢な刺繍が施されたマントに加え、レオタードという姿は、

ビキニアーマーであるスパルタや法被に晒しに褌姿のドラムマスターなどと比べると、

露出そのものは少ないのだが……何故かそれらのコスチュームよりも、

遙かにいやらしく思えてならない……。

いや、事実この姿でハジメとユエと三人で真夜中色々楽しんでいたりもしたのだから、

尚更である。

 

「もう……!ハジメちゃんも遠藤君ももっと速く走れるよね!」

「い、いや……俺たちはその」

「メ!メルドさんに合わせてだな」

「コラコラ、俺のせいにするんじゃない」

 

しかしどうしても翻るマントからチラリと除くレオタードを半ば喰いこませたお尻に、

目が行ってしまうのは、仕方ないことなのだろう。

 

「そうですよぉ!そんなに尻尾と耳がお好きなら私が後で一杯触らせてあげますよぉ~」

 

ドサクサに紛れてアピールを開始するシア、そんな彼女の頭をユエが無言ではたき、

それから振り返るとジト目でハジメたちを睨む。

 

「ま、マジメにやらないとな」

 

氷の視線に冷や汗を隠せない男性陣であった。

 

 




次回、いよいよ再会予定。


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紅い雷と共に~メルド団長の憂鬱を添えて


お気に入り500突破!ありがとうございます!


 

 

光輝たちの救出へと走るハジメたち一行。

途中、七十層で転移陣を守るように折り重なって息絶えた、カイルたちの遺体を発見する、

どの遺体も損傷が激しい……死の瞬間まで転移陣に覆い被さり、必死の抵抗を続けた証だろう。

 

「皆、すまない……この弔いは必ず」

 

苦渋に満ちた言葉のみを口にし、足早に先に進もうとしたメルドをユエが呼び止める。

 

「……祈ってあげて、この人たちは立派な勇者」

「ありがとう」

 

ユエの言葉に、心からの感謝の言葉を口にするメルド、しかし彼女の顔を見ていると

不思議な気分になる、姿こそ幼いがまるで自分よりも遙かに年上で

多くの経験を積んでいるかのような……。

 

(ああ、カリオストロの嬢ちゃんとなんか似ているんだな)

 

こうして暫しの黙祷を済ませると、また彼らは下へ下へと進んでいく。

そして……目的の八十九層まであと少しというところまで差し掛かった時だった。

足下から莫大な魔力の奔流が、それこそ遠藤やメルドですら察知することが出来る程の、が、

湧き上がっていくのを感じる

 

「この魔力は魔人族や魔物のじゃないね」

「じゃあ……」

 

頷きあうハジメとジータ。

これほどの魔力を一度に出力出来る存在は、彼らの知る限り一人しかいない。

ともかく暫し足を止め、ハジメたちは足下の気配を探っていく。

 

「やったか?」

「ハジメちゃんそれフラグ」

 

とはいえど探知している魔物の数、その魔力の質からいって、

間違いなく壊滅状態に追い込める筈の力だ、なら、ここで慌てず、

彼らの戻りを出迎えるのも悪くはない。

と、ハジメが思った矢先だった……魔力が明らかに異質なタイミングで、

急速に萎んでいくのを感知したのは。

 

「なぁ……終わったのか?」

 

終ってないことなんてわかってる、が、それでも遠藤はハジメへと問いかける。

 

「いや……魔物の数は殆ど減ってない」

 

不思議そうにハジメとジータは顔を見合わせる。

奈落の底で培い、焼き付いた彼らの常識、価値観からしてあり得ないことだ。

そんな彼らの中でメルドだけは、心当たりがあるのだろう、

歯を喰いしばり、両の拳を握りしめ震わせている、

それは戦場に立つ者として最も大事なことを、今日まで教えることを躊躇していた、

己への怒りだ。

 

「浩介……率いているのは魔人族の若い女だって言ったな」

「あ……そうです、女が一人」

 

やはり……自分の懸念していたことが起きてしまったのだろう、それも最悪のタイミングで。

 

ハジメはパイルバンカーを用意し、床に突き立て魔力を込めていく

深紅の魔力光が周囲に満ちる、もはや一刻の猶予もない、

悠長に階段を下るより床を撃ち抜く方が速いと踏んだのだ。

真下には巨大な魔物……ブルタール級か?の気配、

さらにその傍に何かくっついてるような人間の気配を感じる、さっきのスキに人質まで取られたか?

 

「遠くない?この距離」

「いや、近すぎると軌道を修正出来ないからな」

 

"瞬光"を使えば目前の位置であっても人質に傷一つ着けず鉄杭を射抜く自信はあるが、

念には念をだ。

 

「メド子ちゃんはメルドさんに付いて、後から向かって」

 

この高さは、最強クラスとはいえ、流石にこの世界の人間であるメルドにはムリだ。

それに後ろをほぼ気にせず一気に駆け抜けたせいもあって、

彼らの背後に大量の魔物たちが迫ってきている。

 

「ついでにアレも頼めるかな?」

 

ジータは視線で背後の闇をメドゥーサへと示す。

 

「頼まれたんじゃ仕方ないわね!任せなさい!」

 

魔力の充填が完了し、パイルバンカーで血路を開かんと構えるハジメの後にジータたちが続く。

遠藤も何だか自分も行かないといけない気がしてそのままハジメの横につく。

そんな彼らへとメルドが声を掛ける。

 

「俺も頼みがある……無理だと思ったら無視してくれて構わない―――」

 

どうしても光輝たちに教えねばならないことがある、これだけは誰かに任せてはならない、

せめて己の手で……そんなメルドの"頼み"にハジメとジータは強く頷いた。

 

 

「……は、話し合おう……は、話せばきっと……」

 

光輝が虚ろな目で聖剣を下げてそんな事をいう。

 

"限界突破"終の派生技能[+覇潰]、"限界突破"のさらなる上位技能にして最終形態。

制限時間の縛りはあるとはいえど、基本ステータスの五倍の力をも得ることが出来る

まさしく勇者の特権ともいえる最後の必殺技だ。

 

しかし……光輝の未熟な精神はそれを振るうのにはあまりにも不適格だった。

まさに聖剣を女魔人族の脳天へと振り下ろさんとした時、彼女は呟いた。

 

「ごめん……先に逝く……愛してるよ、ミハイル……」

 

その瞬間、彼は気が付いてしまった。

自分が今、手にかけようとした相手が魔物などでなく、紛れもなく自分達と同じ

"人"だと気がついてしまった、自分達と同じように、誰かを愛し、誰かに愛され、

何かの為に必死に生きていることに……そして、自分のしようとしていることが、

"人殺し"であると否応なしに認識してしまったのだ。

 

「お……俺は知らなかった、知らなかったんだ……い、いやきっとイシュタルさんだって

知らないに決まっている、だから……俺」

 

「随分と甘ったれの坊ちゃんだ……私達は"戦争"をしてるんだよ、

未熟な精神に巨大な力、あんたは危険過ぎる……」

 

そんな光輝に、女魔人族は心底軽蔑したような目を向ける。

 

「とはいえ、最近仲間になった奴が何故だか随分とアンタらにご執心らしくてさ、

アタシとしては後腐れなく、ここで殺した方がいいと思うんだけど、

もう一度チャンスをあげるよ、大事なお姫様をキズ物にされたくなきゃ、よく考えるんだね」

 

雫は背中に傷を受け倒れ伏している、恐らく彼女に庇われたのだろう吉野真央も

震えながらその傍でへたり込んでいる。

香織は巨大な魔物に頭を掴まれ、宙釣りにされてしまっている。

 

「大丈夫、カオリとシズクだっけ?アンタたちだけは殺すなってことらしいからさ

もっとも抵抗するなら手足は全部斬り落として構わないって話みたいだけど」

「な!何故二人の名前をっ!」

 

驚く光輝を尻目に、恵里が口の軽い"同志"に対して心の中で悪態をつく。

 

(随分調子に乗ってるなあ、あいつ……やっぱり厄介払いしといて正解だったよ)

 

女魔人族は率いてる中でもひと際巨大な魔物、おそらく切り札的存在であろう……、

アハトドに命じる、と、香織を掴んだ腕に力が入り、彼女の頭蓋骨が軋みだす。

 

「あっ……や……助けっ……て」

「香織ッ待ってろ!俺が必ずッ!」

 

動くことすら儘ならない身体で、それでも声を限りに光輝は叫ぶ……しかし。

 

「ハ…ジメ……くん」

 

掠れるような、それでもはっきりと耳に届いたその声は、どんな身体の傷よりも、

深く、重く光輝の胸の奥へと突き刺さった。

 

(どうして……香織、どうしてなんだ!どうして俺じゃないんだ!何故いつまでも

死んだ南雲に頼る!)

 

「ホラホラ……アンタの可愛いお姫様がこのままじゃダルマになっちゃうよ」

 

この世界にもダルマってあるんだと妙なことを思う恵里、殺されさえしなければ

どう転んでも自分には損はないので、割と余裕だ、それに……。

 

(どうせボクなんて……)

 

一方の光輝は嘲り口調の女魔人族へと唇を噛みしめることしか出来ない。

 

「どうすんだよ!どうすんだよぉ!光輝」

 

悲鳴のような龍太郎の叫びが耳に届く、まさしく絶対絶命、

しかしそれでも……彼は、天之河光輝は、折れそうな心の中で信じていた。

世の中は正しい者がいつも勝つ、清く正しく生きてさえいれば必ず救いは訪れる、

だから……大丈夫だと。

 

(香織が……捕まって、光輝はもう動けない、そして私も)

 

雫は虚ろな目で仲間たちの惨状をぼんやりと眺めている、

切り裂かれた背中はすでに痛みすら感じず、

そこから全身へと冷たさが広がって行ってるようにさえ思える。

 

恐怖……というより困惑に震えているように見える光輝の背中、

かつて頼もしいと思えたその背中も、今ではやけに小さく見える。

 

(ごめんね……あなたは本当に頑張って、ここまで私たちを引っ張ってきてくれたわ

最後にちょっとしくじっちゃったけど)

 

真央を庇って背中に傷を受けた時、光輝の身体から眩いばかりの白銀の光が

発せられたのを雫は確かに見ていた、それは……あの互いに初めて出会った頃の、

自分にとっての"王子様"だった頃の光輝の姿を思い起こすには十分だった。

 

(ごめんね……ジータ、南雲君……私たちが先に逝くことになるなんてね)

 

心の中で雫は親友へと詫びる……魔人族の慰み者になるくらいならば、

余力の残っている間に舌を噛み切ろう。

死ぬのは怖いが……それでもこの身体をいいように弄ばれるよりはマシだ。

香織も同じ気持ちなのだろう、雫と視線が合わさると悲し気に頷く。

 

(さよなら……)

(雫ちゃんだけ死なせないよ……私も一緒に)

 

香織もまた覚悟を決めていた、この身を汚されるくらいならば……。

この身体を心を捧げるべき相手は香織にとってただ一人だけなのだから……。

 

「さぁて、一本行こうかい」

 

女魔人族の声が聞こえ、アハトドに頭蓋を握られたまま、今度は足を取られる香織。

 

「最初は右か左か選ばせてやるよ」

 

サディスティックな笑みを浮かべ、香織の耳元で嘯く女魔人族、その顔へと

香織は唾を吐きかける。

 

「へぇ……」

 

口調こそ余裕であったが、思わぬ反撃にトサカに来たのか女魔人族の眦が吊り上がる。

 

「決めたよ、両手両足ちぎり取って、ついでに穴も増やしてやるよ、相手しやすいようにね」

 

それだけを口にし、余裕綽綽で背後へと彼女は下がっていく。

天井を仰ぎ見る香織、相も変わらず石と闇との殺風景な景色だ。

これが自分の生涯最後に見る光景かと思うと、やはり悲しくって仕方なかった。

 

やめろぉ!と光輝の叫びが聞こえる、ひどく遠くに……。

それは魔人族への言葉か、今から死を選ぼうとしている自分への言葉

どちらなのだろうか?と思った刹那だった。

 

 

その時紅い稲妻が彼らの眼前で疾った。

 

 

突如として天井が砕け、稲妻のような眩い光が周囲を包む。

その赤い閃光の中、彼女は……香織は確かに見たのだ。

この世界で最も求め、そして願った存在……南雲ハジメの姿を。

実際には一秒にも満たぬほどの僅かな時間、しかし香織の中では

ひどくそれはゆっくりと、まるで世界が止まったような感覚すら覚えていた。

 

そんな全てが止まった世界の中で、ハジメは魔物を一撃で叩き潰し

そして香織へと手を伸ばす、躊躇うことなく香織はその手を握りしめ、

そしてハジメの胸の中へと飛び込んでいった。

 

 

閃光が晴れた跡には純白の衣装に身を包んだ金髪美少女が立っていた。

 

光輝が、龍太郎が、そして雫が……いや彼らだけではない

ここにいるクラスメイトたち全てが心のどこかで求め、待ち望んでいた少女が

ジータが……戻って来た、あの日奈落に消えた彼女が舞い戻って来たのだ

自分たちを助けに。

 

『シャイニングⅢ』

 

間髪入れず、ジータを中心として放たれた聖光が魔物たちを焼いていく。

 

さらにジータは光輝たちへと何やら薬の入ったビンを投げる。

投げられたビンは彼らの頭上で砕け霧状となって彼らの傷を癒していく。

オールポーション、カリオストロがウルでの短い時間の中で、

部分的にだが神水を解析し、そのレシピを元に作った回復薬だ。

 

直接服用してもいいが、こうして霧状に散布することでパーティー全体を

一気に回復させることも可能だ。

その代わり何故か一定量以上を所持すると、ただの水になってしまうという欠点もあったが。

 

『ヒールオールⅢ』

『クリアオール』

 

さらに回復アビリティを間髪入れずに使用することで、みるみる光輝たちの状態は

ベストのそれへと近くなっていく。

 

「ジータ!ジータなの!ホントに帰ってきて……ううっ」

「まったく、皆、自分で考えず口車に乗るからよ、ホラ見たことか」

 

数ヶ月ぶりの親友の姿に声を詰まらせ涙する雫、そしてそんな彼女へと

やはり予想した通りの言葉で切って返すジータ。

 

「ジータが!ジータが帰ってきてくれたぞ!俺たちを助けに!」

 

元気とやる気を取り戻した龍太郎の叫びに、おおと呼応するクラスメイトたち。

しかしそんな中で、やや複雑な表情を見せる光輝。

 

(また俺は……お前たち兄妹に)

 

今度こそ自分の力を、正しさを証明すべき……最も自分の価値を認めさせたかった少女に、

事もあろうに命を救われてしまった、これは自分の望む形と全く逆ではないか。

それでもやはり徐々に嬉しさが、達成感が込み上げてくるのを抑えきれない。

やはり間違ってなかった、正しいことをしていればきっと必ず勝てる、救われる

お祖父さんの言ったとおりだ。

それが自分の最大の欠点であり、数多い美点を全て帳消しにしてしまう程の、

"ご都合主義"の為せる業であることには、彼はまだ気が付いてない。

 

("俺の傍"に"俺のジータ"が戻ってきてくれた)

 

「生きているって信じてたよ、ジータ」

 

光輝はすかさず立ち上がり聖剣を構えるとジータの背後を守るように立ち、

いつもの口調で気安く話しかける、さっきまで死にかけていたとは思えない……。

 

「だから下の名前で呼ばないでよ!天之河くん、坂上くんもだけど」

「ああ、その強気な言葉、やっぱりジータだ」

 

ジータの明確な拒絶の言葉を、どうやら久しぶりの再会による照れだと

彼は思い込んでいるらしい……。

さらにジータに続いてユエとシアが戦場へと降り立つ。

 

「こんな素敵な仲間たちまで連れてきてくれたのかい?」

 

香織や雫やジータにも劣らぬ、飛びきりの美少女たちの姿を見て、心躍らせる光輝。

それとは対照的にぶわと鳥肌が立つのを感じるジータ、優花たちからの話を聞く限り、

この数ヶ月マトモになるどころか、さらに悪化していると踏んではいたのだが……。

そーいえばハジメは、そして香織は一体どこに消えたのか?

 

(何やってるのよ、ハジメちゃん)

 

 

そのハジメちゃんが何をやってたかというと……、

勢い余ってさらに下の階層まで突き抜けてしまっていた。

 

「まぁ……蒼野たちだけで大丈夫そうだから、こっちは宜しくやってればいいんじゃないかな?」

 

階上の様子を鑑みつつ呆れ声の遠藤、無理もない。

 

「ああああ!ハジメくん!ハジメくん!」

「温かいよあったかいよぉ、生きてるやっぱり生きてたハジメくぅ~ん」

 

己の身体に抱き着いたまま、離れようとしない香織を抱えたまま、

ハジメは粘土質の岩盤に突き立ったパイルバンカーを引き抜こうと難儀していた。

 

そして遠藤の目など(そもそも気が付かれていない)まるで気にせず、

香織はハジメの身体にスリスリと頬ずりを続けている。

 

しかし、その刹那、何かに気が付いたのか、香織はスンスンと鼻を鳴らし、

ハジメの身体を……正確にはその身体に、服に染みついた女たちの"匂い"を嗅ぎ取っていく。

しかもその匂いの中には、自分のよく知る"ジータ"の"匂い"とは明らかに違うものが

含まれている気がしてならない。

 

(ジータちゃん……何やって、ひゃっ!)

 

このままでは埒が開かないのでハジメは構うことなく香織の頭からポーションをぶっかける。

いきなりの冷たさと、そして身体から湧き出る充実感が、

香織から彼女本来の落ち着きを取り戻させていく。

 

「あ……その、ゴメン、感極まっちゃって……でも」

 

香織はハジメの胸に顔を埋め、ガンガンとその身体を叩く。

 

「ハジメぐん……生きででくれで、ぐすっ、ありがどうっ、あの時、守れなぐて……ひっく

……ゴメンねっ……ぐすっ、でもでもでもカリオストロさんが生きてるって教えてくれて……

ずずっ、ずっとずっと待ってたんだからね、もぉ……ぐすっ……会えないかもって……

思ってたんだからね」

 

「あ~何というかその、遅くなってゴメンな、ずっと俺たちの事生きてるって信じていて

くれてたんだよな……何つーか、心配かけたようだな、直ぐに連絡しなくて悪かったよ。

まぁ、この通り、しっかり生きてっから……謝る必要はないし……その、何だ、

泣かないでくれ」

 

何故か香織の顔を直視することが出来ず、明後日の方向に視線を移してしまうハジメ

階上ではユエとシアも到着したのか、激しくも一方的な破壊と殺戮の音が騒がしい。

 

ようやく回収し終わったパイルバンカーを収納すると、

いざ自分もとハジメはドンナーとシュラークを構え、クロスビットを展開させる。

 

「ジータちゃんも無事なんだよね!もちろん一緒なんだよね!」

 

未だ抱き着いたままの香織の問いかけに頭上を示すハジメ、見るとジータが

なにやってんのよとばかりにこちらを見下ろしていた。

 

「じゃあ行くぞ……って独りで動けるだろ?」

 

しかし香織は悪戯っぽくイヤイヤをするような仕草でやはりハジメにしがみ付いて離れない。

仕方なくお姫様抱っこのような体勢で、宙を舞い階上での戦いへと参戦するハジメ。

その腕の中の香織の顔は、今の自分の姿を誰かに見せつけたいような、

そんな無邪気な優越感に満ちていた。

 

そして……天井の大穴を悲しみに満ちた表情で見やる一人の少年。

 

「俺……忘れ去られてない?」

 

置いてけぼりを喰らってしまった遠藤君なのであった。

 






光輝君&香織ちゃん、束の間のヘヴン状態です。

原作を読んでいて思ったこととして、光輝は最適解では無いにせよ、
間違ったことはやってないんですよ。
むしろ、いきなり人を殺せる方が異常なのであって、あの状況であれば躊躇するのも
例え傀儡でも親しき者であれば刃を止めるのも、
一七歳の少年としては、人としては当然ではないかと思うのです。

彼が責められるべき点は、イージーモードで育ったが故に、
全ての判断が甘すぎるのと、地球での常識、行動論理に縛られて
現状を理解できずにいたところでしょうね。


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修羅

いよいよ無双回、あっさり風味ではありますが。
それからちょっとしたゲストキャラ出演、蛇足を感じましたら申し訳ないです。




 

「何?この半端な固有魔法?大道芸?」

 

ジータは空間を揺らめかしながら己の左側面から襲い掛かって来たキメラを意にも介さず

右手に持った槍でその頭部を串刺しにすると苦もなく宙に持ち上げた。

 

気配や姿を消す固有魔法だろうに動いたら空間が揺らめいてしまうなど、

意味がないにも程がある、奈落の魔物にも気配や姿を消せる魔物はいたが、

どいつもこいつも厄介極まりない隠蔽能力だったのだ。

それらに比べれば、動くだけで崩れる隠蔽など余りに稚拙に思えてならなかった。

 

数百キロはある巨体を片手、加えて槍一本で持ち上げ、

キメラ自身も空中で身を捻り大暴れしているというのに

微動だにしないジータに、女魔人族や雫たちも唖然とした表情を見せる。

 

「どうだ!形勢逆転だ!さぁ降伏してください!」

 

そんな中、威勢のいい光輝の声だけが洞窟内に響く。

事実、彼の心の中は達成感と幸福感に満ちていた、

香織が雫がジータが龍太郎がそして……残敵を瞬く間に瞬殺したユエとシア。

これだけのメンバーが揃えば成し遂げられる、思い描いた理想を。

 

そこで光輝はその理想郷の、最も重要な住人の一人がこの場に欠けていることを

僅かな時間ではあったが失念していたのを思いだす、そういえば香織は?

 

光輝の降伏宣告を黙殺するかのように、無言でさらなる手勢を繰り出す女魔人族、

魔物たちが咆哮を上げるのと、上空からの銃声はほぼ同時だった。

弾丸を受け見る間に砕け散る魔物たち、そして光輝が空中に目を向けると……。

 

そこには漆黒の衣に身を纏い宙を舞う、白髪の死神がいた、いや……

その髪の色、体躯、全てが変わっていても、雰囲気と眼差しには覚えがあった。

 

「南雲……」

 

誰かが呟く。ハッ!と何かに撃たれるような感覚を覚える光輝。

確かにそこには、あの日死んだはずの南雲ハジメが、

彼の中では死んでいるはずの南雲ハジメがいた。

そしてその腕の中には……今まで自分が見たことがない、

見せてくれたこともない至福の笑顔を浮かべた香織がいた。

 

ジータはハジメへと槍の穂先に引っ掛かったままのキメラを、

無造作にまるでパスを送るかのように投げ渡す、頭部を刺し貫かれているにも関わらず、

未だ強靭な生命力でもってじたばたと暴れていたキメラは、新たな獲物とばかりに

ハジメへとその牙を向けるが、彼の両手に構えられた拳銃の一撃によって

頭部と胸部を粉砕され、四散する。

 

おおと、またクラスメイト達からざわめきが起きる。

そしてジータは香織に抱き着かれたまま着地したハジメの傍へと、

とててと足音を弾ませて寄り添っていく、まるで光輝と龍太郎に見せつけるかの様に。

 

そこに黒猫と四つ目狼が牙を剥き襲い掛かる、しかし、

ハジメの周囲に展開された、浮遊する十字架"クロスビット"

無人偵察機オルニスと同じ原理で動く―――ただしこちらはライフルや散弾を装備した、

攻撃特化タイプだ、からの掃射によって次々と屠られていく。

 

「ホラ、香織ちゃん離れて」

 

いかに弾幕を展開させているとはいえ、やはり女の子を抱いたままでは、

戦いに支障を来たすことは間違いない、何とかハジメから香織を引き剥がそうとする、

ジータだが、しかし駄々っ子のように未だ香織はハジメから離れることに抵抗を見せる。

 

「ミュウちゃんみたい……」

 

その様にボソリと呟くジータ。

 

「ミュウ?ミュウって誰?え?誰なのっ!まさかっジータちゃんがついていながら

あばばばばばばっ!」

 

業を煮やしたユエが香織の腕を引っ掴んで電気ショックを与える。

それを見たシアが、ハジメたちとの出会いを思い出したのか、少し懐かしい表情を見せた。

 

「……ハジメ、左側の弾幕薄くなってた、何やってたの」

「そーいやシルヴァにもよく注意されてたっけな……左側が疎かになりがちだって」

「また……違う女の人の名前……」

「いーかげんにしなさい!」

 

シルヴァの名前に反応しようとした香織の側頭部にチョップを入れるジータ。

ともかくこれで両手が自由になったハジメは思うさまドンナーとシュラークを駆使し

魔物たちを積極的に狩っていく。

 

「……アンタたち、何者だい」

 

ハジメたちのコントめいたやり取りと、そんな状況下にあっても殲滅された

麾下の魔物たちの骸を眺め、溜息交じりの女魔人族。

とはいえど、まだ戦力は健在といってもいい。

 

「答える必要はない、こっちこそ聞きたいことがある、今すぐ去るなら追いはしない、

死にたくなければ、さっさと逃げるんだな」

「……何だって?」

 

思わず聞き返す女魔人族、それに対してハジメは呆れた表情で繰り返した。

 

「そこの勇者も言ってたろ、投降するなり逃げるなりとっとと決めてくれ、

戦場での判断は迅速にな」

 

やや強い口調で相手に逃走を促すハジメ、こちらの戦闘力は十分に示した筈だ。

メルドの"頼み"には沿わない結果になるが、それでもその方がいい、

知らずに済むなら、関わらずに済むなら……しかし。

 

「……こっちもタダじゃ戻れないのさ」

 

敬愛する上官から賜ったアハドドを失った挙句、何の戦果も挙げられぬまま

ムザムザ帰還するわけにもいかない、そんなことになれば最近その麾下に加わった

アルヴ様の使徒を称する、あの忌々しい腰巾着に何を言われるか…。

そういえばあの仮面の腰巾着は確か……。

 

いや……いい、ともかく退くという選択肢はない。

数はまだこちらが断然有利だ、結果的に退くことになるとしても、

せめて一人は殺すか拉致しておかねば。

 

「殺れ」

 

女魔人族は現在麾下にある魔物たちを全て投入する決意を固めた。

この階層全ての魔物たちが女魔人族の指先に躍らされるようにハジメたちへと殺到する。

 

ハジメの肩の空間が揺らめいたのを見て香織が悲鳴を上げる。

あの姿を隠すキメラによって自分たちは散々苦しめられたのだ、しかし。

 

「おいおい、何だ? この半端な固有魔法は。大道芸か?」

 

奇しくもジータと同じ感想を口にすると、そのまま何もない空中へと

ドンナーを斉射する、するとそこから頭部を撃ち抜かれたキメラと

ブルタールモドキたちが屍を晒し、次々と地面に崩れ落ちる。

 

そこから先は一方的な処刑、いや屠殺だった。

黒猫が、四つ目狼が、キメラがブルタールモドキが、ハジメとジータの手により

次々と、まるで無人の野を往くが如く無造作に狩られていく。

 

と、「キュワァアア!」という奇怪な鳴き声が突如戦場に鳴り響く。

ハジメの手により肉塊と化した馬頭、アハドドと並ぶもう一匹の切り札。

その名もアブソドに女魔人族は攻撃を命令したのである。

 

その口中から火属性の魔力を探知したジータ。

 

「香織ちゃん!お願い」

「え……でも」

 

自分も障壁は張れるが、あの口中の凶悪な輝きはとてもではないが、

防ぎきれないように思えた。

 

「大丈夫だから、行くよハジメちゃん!」

 

「"天絶!"」

 

香織が恐る恐るながらも障壁を張ると同時にハジメとジータのちょうど間の空間に

魔法陣が展開され。

 

「やっと本来の目的で私を呼んでくれたわね」

 

召喚に応じ、ガブリエルがその姿を顕現させる、

今回の彼女はナース服ではなく、六枚の翼を広げた天使の姿だ、

しかもその背後には侍女だろうか?やはり絶世の金髪美少女を控えさせている。

異世界の天司の美しさに、クラスメイトのみならず、

女魔人族ですらも息を呑まずにいられない中、

アブソドの口から猛烈な炎のレーザーが放射される、しかし。

 

「あれ、お願いできます?」

「任せなさい、ちょっぴり本気になってもいいかしら?」

 

悪戯っぽく微笑むとガブリエルは指先を軽く動かす、すると香織の張った障壁の上から

さらに浄化と慈愛の力を纏った雨が降り注ぎ、アハドドの熱線は障壁に届くと同時に

立ち消えてしまった。

 

「でも、今のは貴方たちだけでも対処出来たのではなくって?」

 

笑顔ではあったが、少々咎めるような口調のガブリエル。

その耳に、近藤たちの、"あの時の""呼べるようになったんだ"などといった

囁きが届いてくる、チラと声の方に顔を向けると予想通り驚愕と羨望の表情を

浮かべた彼らの姿が目に入る。

 

「ま、この顔が見たかったのは否定しないけど、程々にね」

「その通り、神聖な召喚を見世物のように使うなど、言語道断、

ガブリエル様の慈悲に感謝し、今後は慎むように」

 

(この声……)

 

聞き覚えがある、確かあの奈落で聞いた……。

ジータは薄れゆくガブリエルの背後でドレスの裾を捧げ持つ金髪の侍女へと視線を向ける。

侍女もまたジータの視線に気が付いたのだろう。

 

「我が名はガブリエル様の使徒にして筆頭侍女エウロペ、先刻の言、人の子よ

努々忘れること無きよう……さもなくばその希望儚く砕き、絶望を教えよう」

 

去り際の挨拶の声もまた、あの時と同じくまるで苛烈極まりない、冷酷非情な声だった。

 

(何か恨まれるようなことしたかな?私)

 

挨拶というより、何か宣戦布告めいた彼女の言葉に、首を傾げるジータだった。

 

(嫉妬してるのかしら……ジータちゃんに)

 

一方で、これまで感情らしきものを殆ど見せなかった侍女の変化に、

ガブリエルは、少し興味を湧かせていた。

機会があればこの少女をジータたちへと遣わし、その成長を託したい、

そんな考えがふと浮かんだ。

 

 

一方の女魔人族は冷や汗をダラダラと流し、身体を震わせ立ちすくんでいる。

頼みの綱のアブソドはジータとガブリエルが話している間に

ハジメの手により葬られ、そしてその肩に乗せていた白鴉もまた

先程、ハジメの放った弾丸を受け四散していた。

 

こいつは何だ、あの武器は何だ……あの腰巾着は、

そういう事を何一つ教えなかったではないか……何か手はないのか。

刻々と数を減らしていく魔物たちの姿を見ながら、彼女は必死で考える。

ならば、この手はどうだ!。

魔物が数体、向きを変えると光輝たちへ襲いかかっていく、マトモにやっても勝てないのならば

人質を使わせて貰う!。

 

「ひっ……」

 

鈴が悲鳴のような息を吐く、その身体や魔力こそ全快に近いが……

惨敗の恐怖が未だに残っているのだろう、それでも何とか障壁を展開させようとするが……。

 

(間に合わな……)

「……大丈夫」

 

ユエはただ一言そう呟き、鈴の頭を撫でてやる。

自分の心の中から恐怖や焦りが消えていくのを鈴は確かに感じていた。

まるで頼りになる姉に守られているような……。

 

「"蒼龍"」

 

その瞬間、ユエ達の頭上に直径一メートル程の青白い球体が発生した。

それは、炎系の魔法を扱うものなら知っている最上級魔法の一つ、

あらゆる物を焼滅させる蒼炎の魔法。

 

「……蒼天」

 

誰かがまた呟いた。

 

「詠唱も無しに……なんて」

 

さらにその呟きに光輝の呟きが重なる、しかし、彼らが真に驚くべきはここからだった。

燦然と燃え盛る蒼炎は宙を泳ぐように形を変え、蒼く燃え盛る龍の姿へと変じる。

全長三十メートル程の蒼龍はユエを中心に光輝達を守りつつ、

とぐろを巻いて鎌首をもたげた、そして蒼き業火に阻まれ接近すら出来ずに、

立ち往生していた魔物達に向かって、その顎門をガバッっと開く。

 

と、咆哮と同時に魔物たちの身体が次々に蒼龍の顎門へ吸い込まれ焼き尽くされていく。

これぞ炎系最上級魔法"蒼天"と、神代魔法の一つ重力魔法との複合により産み出された

ユエのオリジナル魔法、"蒼龍"であった。

 

 

(もはや……ここまで…か)

 

最後の手駒であった四つ目狼の一団も、たった今、シアのドリュッケンで一掃された。

もう自分に残された戦力は皆無だ。

 

彼女は最後の望み!と、逃走のために温存しておいた魔法を、

光輝たちを壊滅の危機に追い込んだ石化魔法"落牢"をハジメへと放つ、

石化の煙がハジメとジータを包み込み、光輝たちが悲鳴を上げる中、

彼女は全力で四つある出口の一つに向かって走った、しかし

 

「はは……既に詰みだったわけだ」

「その通り」

 

女魔人族の行く手を阻むかのように十字架がその銃口を彼女へと突きつける。

そしてハジメの身体は見えないバリアのような何かに纏われている。

 

『ベール』、かつてオルクスの毒階層で使用した、状態異常を防ぐバリアである。

遠藤から事前に相手の決め技が石化魔法と聞いていた彼らは、事前に準備していたのであった。

 

「……この化け物め、上級魔法が意味をなさないなんて、あんたら本当に人間?」

「出来る限りは人間で在りたいって思ってはいるんだけどな、それでも最近疑わしいんだ」

 

ハジメの軽口を聞きながら、ジータは女魔人族の喉元に槍の切っ先を突きつける。

死を間近に控え、それでも微動だにしない彼女の様子を見て、

ジータは投降させることは不可能だと結論づける。

 

(なら……後は)

 

「ねぇ?」

 

舐める様な上目遣いでジータは女魔人族へと問いかけていく。

 

「こんな場所で何をしていたのか……それと、あの魔物を何処で手に入れたのか……

教えてくれないかな?」

「あたしが話すと思うのかい?人間族の有利になるかもしれないのに?バカにされたもんだね」

 

嘲笑するように鼻を鳴らした女魔人族へと、まるで計ったような同じタイミングで

ハジメのドンナーが、ジータのエデンが女の両足を撃ち抜き、刺し貫いた。

 

「あがぁあ!!」

 

静寂の迷宮に女の悲鳴が響き渡る。

この女は香織と雫を傷つけ、死の淵へと追いやった……他にもカイルたちを惨殺した、

これくらいの報いは与えてもいいだろう。

 

「な……何をしてるんだジータ、君はそんな……無抵抗の者を傷つけるような……

早く南雲から離れるんだ、このままでは君はダメになってしまう!」

 

光輝の譫言が聞こえてくるが無視して続ける。

 

「じゃあ質問変えよっか?」

 

痛みを堪える女魔人族に、今度は上から舐めるような目でまた話しかける。

 

「フリードって人、知ってる?」

「その名をっ!あのお方の名をどうしてっ!」

 

女魔人族はフリードの名を聞き、一瞬血相を変えたが、すぐにその理由に思い当たる。

 

「そうかい……ただの腰巾着だと思ってたらとんだ疫病神だったんだね、あいつは」

 

二重スパイだとかは思わない、そんな器用な真似ができるタマには見えなかった。

 

「あいつもアンタたちが殺したのかい?」

「そうしたいのは山々だったけど、取り逃がしちゃった」

「詰めが甘いねぇ」

 

ジータへと笑みを漏らす、女魔人族。

 

「ま、お前らがここに来たのは勇者の勧誘と、そして"迷宮"の攻略といったところか」

「そしてあなたが率いていた魔物は、神代魔法の産物ってことかな、で、その魔法の習得者が」

「あのお方……そう、フリード様だよ、神代魔法のことを知ってるのならアンタたちの

その強さも頷ける」

 

そこまで言うと女魔人族は首をハジメたちの方へと傾ける。

 

「もう話すことはないし、知りたいこともないだろ?一思いに殺りなよ……でもね」

 

「いつか、あたしの恋人がアンタたちを殺すよ」

「そりゃ困るな、殺されたら長生き出来ない」

「……どこまでもふざけてるよ、アンタたち」

 

女魔人族は苦笑すると目を閉じ、ただその時を待ち始めた、そしてハジメは

改めてドンナーの銃口を女魔人族へと向ける、しかしその最中背後から大声で制止がかかる。

 

「待て!待つんだ、南雲!彼女はもう戦えないんだぞ!殺す必要はないだろ!」

「……」

 

無言で顔を見合わせるハジメとジータ。

 

「捕虜に、そうだ、捕虜にすればいい、無抵抗の人を殺すなんて、絶対ダメだ、

そうだろジータ、優しい君がそんなことを許してはだめだ!

それに俺は勇者だ、南雲も仲間なんだからここは俺に免じて引いてくれ」

 

 余りにツッコミどころ満載の言い分に二人はまるでシンクロしたかのように溜息をつく。

そして無言のままハジメはトリガーを……

 

「やめろぉぉぉぉぉ!」

「やめてやるよ」

 

静かなハジメの言葉と共に、女魔人族の身体が液体に包まれたかと思うと

大気に触れた個所から固まり、女の身体を壁に縫い付ける様に封じていく。

メドゥーサの石化にヒントを得て製作した拘束硬化弾だ。

ただし弾速が極めて遅いため、文字通り戦闘力を完全に奪った相手を

拘束することにしか使えない。

 

「くっ!話が違っ……」

 

舌を噛み切ろうとした女魔人族の口に泥を噛ませながら、ジータは彼女の耳に何かを囁く。

何やら合点がいったのか、彼女は何かを待つような雰囲気で黙り込む。

 

「あ……ありがとう、彼女を許してくれて」

「別にお前の為じゃない」

 

彼らは決して魔人族の女を許したわけではない。

これはお前たちの戦いには関わらないという意思表示であると同時に、

裁きを与えるに相応しい立場の人物へとバトンを渡しただけに過ぎない。

そしてその人物はもうすぐここに到着する筈だ。

 




原作を読んでいて人殺し人殺しと事あるごとに口にする光輝君が
ちょっと何だと思ったので、今回は殺しませんでした。

まぁ、彼にとっては、その方がもっと困ることになりそうですが。


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ノーサイド?

あんまり光輝君変わりませんね、少なくとも今回は


 

「ぐすっ……あ、ありがと、ありがとね……皆を助けてくれて、生きていてくれて」

 

ひとまず戦いが終わり、また感極まったのだろう、香織はハジメの胸の中でまた泣きじゃくっている。

ハジメは遠慮気味に、少し困ったようなそんな表情でジータに救いを求める。

 

(何やってんのよ、ハジメちゃん)

(私の親友が泣いているのよ!抱きしめてあげてよぉ!)

 

ジータのみならず雫までもが、訴えかけるようにハジメへと目で合図を送るの見、

そこでようやく、参ったなと頭を掻きつつ、ハジメは香織を抱きしめてやる、そして……。

 

「嬉しかった、あの夜、まだ何者でもなかった俺を守るって言ってくれて……

見ての通りになっちまったけど、今、俺の周りにいる仲間たちだけじゃない、

あの言葉も、あの夜があったから、俺はまたここに戻ることが出来た……

俺の方こそありがとう、しらさ……」

 

言いたくて、ずっと言えなかったあの夜のお礼を口にするハジメへと、香織は、

悪戯っぽく、そして少し咎めるようにその言葉を遮る。

 

「これからは下の名前で、香織って呼んで欲しいな」

「え……あ」

 

ここぞとばかりに攻勢に出る香織、虚を突かれ、またきょとんとした後

やはりジータらにどうしようと対処を問うような視線をハジメは送る。

この地で出会ったユエたちとは違い、やはり旧知の仲であり、

また教室で散々あしらって置いて今更という、躊躇いも遠慮もある。

 

(ホント、攻めるなぁ)

 

ホラホラ呼んだげなさいと、微笑みつつも少し呆れた表情のジータ、

香織の……彼女の思い込んだら一直線の積極性は、地球でもトータスでも変わらないようだ、

優花や妙子の話を聞いた時には、かなり心配にはなったのだが。

 

「……じゃあ、香織……で、いいのかな?」

「うんっ!それでいいよっ!ハジメくんっ」

 

いつになく照れるハジメ、しかしその後頭部に何やら突き刺さるような視線を感じる。

 

(ユエ?)

 

振り向くと確かに少し険しい表情のユエ……明らかにシアやティオに向ける顔とは違うような。

新たなライバル登場かと、明確なふくれっ面を見せているシアはさておいて。

 

「雫ちゃんも大変だったね」

「ホントよ、いつ帰ってきてくれるのか、ホントに……もう」

 

そこで、雫の中で張りつめていた緊張の糸がが切れてしまったのだろう、

堰を切ったようにその瞳から涙が溢れだし、彼女もまた香織と同じように、

ジータの胸の中で泣きじゃくり出す。

 

「バカッバカッバカッ……もっと早く帰ってきてよぉ」

「ゴメンね……ホント、ごめん」

「ずっと信じてたけど、それでも大変だったんだからね!私一人に押し付けて

ホント……ひどいっ!ひどいよっ!」

 

バンバンとジータの胸を叩きながら嗚咽を漏らす雫、気持ちは分かるけど、

もう少し力加減してくれないかな、痛いよと、ジータが思っていると。

 

「良かった、本当に良かった、ジータ……ホントに生きてた……

光輝の言ったとおりだ、やっぱり凄ぇよ」

 

龍太郎も大きな身体を揺らし、感涙に咽びながら雫ごとジータを抱きしめる。

こちらもまた手加減なしの抱擁だ、ぱんぱんと龍太郎の二の腕を叩いて、

ジータは思わずギブアップのサインを送る。

 

「あ、悪りぃ……へへ、それから南雲も無事でよかったよ、ホントに」

 

慌てて腕の力を抜く龍太郎、涙を拭いつつも微笑む雫、

そんな様子に強張っていた光輝の表情も、ようやく柔らかくなっていく。

帰って来てくれた、あの日常が、自分たちが一番幸せだった頃のあの日々が

だからきっと何でも出来る……しかし、そこで彼はその日常には、

本来含まれてはいない異分子を見咎めずにはいられなかった。

 

「ああ、南雲、生きて帰って来てくれたのは嬉しいが、まずはその武器をこちらに

渡してもらおうか、君のような危険な男には預けておけない」

 

嬉しいと言っておきながら、その割にさして興味の無さそうな口調の光輝、

どうやら彼も、またいつもの調子に戻ったようだ。

 

そんな光輝とは対照的にハジメとジータは互いに顔を見合わせるのみだ。

―――もっともメルドと遠藤から事前に頭を下げられていたこともあるが。

 

(光輝たちに言いたいことも色々あるだろうが、とりあえず俺の仕事が済むまでは控えてくれ

事情が事情だがそれでも半年も留守にしていた者にあれこれ言われるのは面白くなかろう)

(俺からも頼む、みんなの頑張りだけは認めてやってくれ)

 

確かに……と、二人は光輝らの酷い有様をチラと横目で見やりつつ小さく頷く。

彼らの泥まみれにして傷だらけの姿は例え一敗地に塗れたとはいえ、

間違いなく各自が己の役目を全うした証だ。

その奮闘は認めるべきことであり、責めを負わせるような類の物では決してない。

無論リーダーとしての責任論や集団としての判断ミス、

そこから導き出された敗戦の責については、叱責を受けるべきではあるが、

それは自分らの役目ではなく然るべき者に任せればいい。

 

だから殊勝に項垂れでもしてくれてればいいのに……。

 

ジータは光輝へと半ば呆れた視線を向ける。

どうしてこの男は大人しくしていられないのか……。

 

「ちょっと!南雲君は私たちを助けてくれたのよ!今のはないんじゃないの!」

 

ともかく言い返すわけにも気にもならない二人に代って、

雫が反論するのだが。

 

「皆を回復させてくれたのはジータだ、そして魔物たちを倒してくれたのは」

 

目を細めて新たなる"仲間"そして自らが頂点に立つ理想郷の住人へと視線を向ける光輝。

 

「彼女たちだ、名前は何ていうのかな?……ああ、いや、地上に戻ったら

リリィにお願いして、君たちの歓迎パーティーを開いて貰おう、その時、

改めて君たちの名前を教えて貰うよ」

「……」

 

その無言を受けて何故か微笑む光輝、どうやら肯定の意味と受け取ったらしい。

もちろん真実は違い、ユエとシアの二人は単に絶句しているのだ……、

今まで出会ったことのない存在に。

 

「南雲も活躍はしてた様だが、それよりも無抵抗の人間を傷つけた罪の方が

遙かに大きい、そうじゃないのか?」

 

確かに穴の底でやや手間取って、ハジメが戦線に加わったのは中盤戦からだ。

人目に付く兎人族のシアや、ド派手な魔法をぶっ放したユエに比べると

少しインパクトは弱かったかもしれない。

 

チラとジータは女魔人族の姿を見る、もしもこの場で彼女を殺したら、

光輝はどんな顔をするだろうかと。

 

「……そいつはお前だけじゃなく、お前の仲間たちをも傷つけた、許していいの?」

「そうですよ!腹は立たないんですかぁ!」

「ああ、確かにこの人のために俺たちは大ピンチに陥った、けど、

もうそれはジータや君たちのおかげで解決した、つまり終わったことさ」

 

香織や雫が、そして自身をもが殺されかけたことを、終わったこと、

の、一言で切って捨てる光輝。

 

「どんなに激しい戦いも終ってしまえば、そこに恨みも憎しみもあってはならない、

決着が着いた後は、分かりあうための対話が必要なのさ……そう」

 

ハジメへと、さも汚らわしい存在を見るかのような視線を向ける光輝。

 

「もう勝負はついていたんだ、痛めつける必要はなかった、

さ、ジータも、そして君たちも南雲から離れるんだ、せっかく生きて帰って来たのに、

無抵抗の人間を傷つけるような卑怯者の傍にいつまでもいてはいけない」

 

さらに光輝は囚われの女魔人族にも、丁重な、傍から見れば慇懃な姿勢を取る、

敗者への労わりこそ勇者の義務だと言わんばかりに。

 

「失礼なことをしました、あなたの身柄はこの俺が保証します、もちろん

必要以上にあなたを傷つけたあの南雲には、厳しく叱って貰うよう、

俺が言っておきます」

「そりゃどうも」

 

興味なさげに吐き捨てる女魔人族、とはいえど死ぬのは暫く待って欲しい、

万一の時は私たちが責任を持って……と、あの白いマントの少女に言われた時は、

半信半疑だったが、確かにあのまま舌を噛むよりも、冥土の土産に面白いモノが見れそうだ。

 

(しかし、あたしが髭面の大男だったりしても同じこと言うんだろうか?このガキは)

 

で、ハジメはというと、さして光輝には興味を示さず天井を見つめている、

そんな所に何を~と光輝らも視線を移すと、何やら埃のような物が、

舞い落ちていってるのが見える。

 

まさか落盤か!顔を引き締める一同、その瞬間。

 

「待たせたわね!……ってもう終わってるじゃないの!」

「いやいや嬢ちゃん、終わってないと俺が困るんだが」

 

天井をブチ破り巨大な大蛇が姿を現す、その頭の上にメドゥーサとメルドを乗せて。

メドゥシアナの上から戦場を見下ろすメルドの目に、拘束された魔人族の女の姿が目に入る。

 

(……そうか、頼みを聞いてくれたか)

 

しかしそれは彼にとって避けてはならぬと知りながら避け続けてきたことを

ついに教えねばならないという、決断の時が訪れたことでもある。

そんな彼の目に映るハジメとジータの顔は、逃げるなと言っているかのように思えた。

 

「聞いてくださいメルドさん、南雲は無抵抗の人間に~」

 

大蛇から降り立ったメルドへと駆け寄る光輝だったが、

 

「メルド……さん」

 

その普段とは全く違う鋭く険しき表情を目の当たりにし、言葉を詰まらせてしまう。

 

「これからお前たちに……特別授業を行う、心して聞け」

 

そう、出来れば教えたく、知って欲しくなかったこと、

ある意味では最初に知って貰わねばならなかったことを教えねばならない……。

 

「戦に勝利した者の責務と、そして敗れし者の運命を」

 

メルドはそんな自身の逡巡を断ち切るかのように、あえて大きな音を立てて、

鞘から剣を抜き放つ。

 

「や……やめてくださいメルドさん」

 

メルドがこれから何をしようとしているのかを察知した光輝が、その行く手に立ち塞がる。

 

「そこをどけ、光輝」

「どきませんっ!あなたにそんなことはさせられない!」

「分を弁えろっ!」

 

メルドの一喝は、ステータスに倍ほどの差があるにも関わらず、

十七歳の少年を怯ませるには充分過ぎる威厳を備えていた。

 

「お前たちは神に遣わされし使徒、我が王国の賓客であることには違いない!しかしっ!

戦場に於いては、王国の、ひいては我が騎士団の指揮下に入ることとなっている!」

 

あえて高圧的な態度でメルドは事に処する、彼らに取って見知った兄貴の顔は何処にもない。

 

「分かったら速やかにそこをどけ!命令だ!」

「どきません、どけないっ!同じ人間の命を奪うなんて許されない!」

「その許されないことを行うのが戦争だ、そしてこれからお前たちが否応なく直面する、な」

 

否応なく直面する……という言葉を聞いて顔面蒼白となるクラスメイトたち。

ある程度平静を保てているのは雫くらいの……。

 

(恵里ちゃん、どうして?)

 

そんなクラスメイトの様子を観察していたジータだったが、

何故か恵里が、争いごととは凡そ無縁であろう外見のメガネ少女が、

ひどく落ち着き払った表情を見せていることに、腑に落ちないものを感じてしまう。

 

「違うっ!俺たちはそんなことをするために、力を貸そうとしてるわけじゃない!」

「力を貸す……か、随分と思い上がりが過ぎることだな」

 

イシュタルの……あの怪人とまで称される狡猾極まりない老人の術中に嵌ったにせよ

使命感と万能感に酔った挙句がこのザマだ。

彼の仲間たち……クラスメイトの大半も多かれ少なかれ、そういう、

"力を貸してやっている"気分が抜けていなかったのだろう、己を鑑みてるのか俯く者が多い。

 

―――もっとも、力を貸してもらっているという事実は拭いようがないが。

 

「俺たちはこの前人未到のオルクス大迷宮を攻略寸前まで踏破した!せめてそれに免じて」

「それはただの訓練だ!」

 

なおも言い募る光輝をメルドは一蹴する。

それも勇者たちによる大迷宮攻略という喧伝効果を狙った、

いわば政治的意図を多分に含んだ物であることを彼は知っていた。

 

「人と人はっ……必ず分かりあえる筈なんだ」

 

ハジメに対しては分かりあう素振りも見せなかったくせに、

妙に確信めいた声をあげ、光輝は聖剣をメルドへと構える。

 

「俺が勝ったら……この人を助けてください」

 

ステータスの差から見て、勝負は見えている、そのことを半ば承知で

光輝はメルドへと挑んだ、"覚悟"を示せばこの人なら退いてくれると。

 

「お前は今、何をしようとしているのかわかっているのか?」

「勇者として、いえ人間として失われる命を守ろうとしています!もう勝負はついたんです!」

「……勝負か」

 

やはりこの目の前の少年は根本的な思い違いをしている。

ちなみに光輝が守ろうとしているその女が、自分の同僚であり、

光輝らとも親しかったカイルたち三名を殺していることを、メルドはあえて口にはしない、

もはや、同僚を殺したから殺すのは仕方ないで済ませていい問題ではない、

正確には光輝がゴネたせいで、そういう問題ではなくなってしまった。

 

「ならば……」

 

メルドもまた白刃を光輝へと構える。

 

「いいだろう、その勝負受けてやる!」

 




次回、勇者vs騎士団長


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勇者vs騎士団長


やりたかったことの一つを滞りなく書けて、まずは一安心
ということで、今回初めてアンケートを設置してみました。


 

信じ難き、いや……むしろ遠慮すらしているような目で光輝は自らに向け、

剣を構えるメルドを見る。

 

「本気……ですか?」

 

その声音には僅かながらも、明確な侮りと困惑があった、事実、稽古場に置いては

すでに彼はメルドらを圧倒していたのだから……しかし、

今、目の前に立つ男から放たれる"気"は、いつものそれとは明らかに違っていた。

 

「待ってください、別にメルドさんとは……」

「今、ここで剣を収めれば、お前はお前自身が信奉して止まぬ"正しさ"を、

自分で否定することになるぞ!」

 

その言葉は強烈に光輝の自尊心を抉った。

 

「おおおおおおっ!」

 

雄叫びと共に光輝は聖剣をメルドへと振り下ろす。

 

「そうだ!来い、俺を止めてみせろ!」

 

メルドもまた白刃を振るい、容赦なく光輝へと打ち掛かる。

 

「そういえば、真剣でやりあうのはこれが初めて、か」

「止めて下さいメルドさん!あなたのステータスでは俺には勝てない」

「勝負は数値のみで決まるモノではないっ!その増長砕かせて貰う!」

 

確かにステータスの差ゆえか、光輝はメルドから繰り出される攻撃を

余裕を持って見切ってはいる、が。

 

「なるほど……美しい剣だ、だがっ!」

 

光輝の剣もまた悉く空を切る、いやどちらかといえば光輝の剛剣が、

メルドの柔剣に完全に翻弄されているようにすら見える。

 

「信念なき、覚悟なき、その場凌ぎの見てくれだけの剣でこの俺は止められんっ」

「俺に信念が無いと、覚悟が無いというのですかっ!メルドさん!」

 

信念、覚悟……それを口にしていい段階にすら彼は届いていない、

目の前で不都合な、見たくない物を見たくない、ただそれだけの都合のいい逃避に過ぎない。

と、メルドは思わざるを得ない。

事実、"神威"や"天翔閃"それから限界突破、一撃で自分を屠れるであろう技の数々を、

光輝は放つ素振りも見せていないのだから。

 

(討つべき相手に、勝手な期待を抱いているのか……)

 

純粋に力で、技量で圧倒することで、おそらく降参を促すつもりなのだろう。

それは傍から見れば、美しい行為だと思えなくもない。

まるで絵物語の英雄譚のような……。

 

(その英雄物語の作者も演者も観客もお前さん自身ということか)

 

メルドは己の鎧を掠める聖剣に少し肝を冷やしつつも心の中で呟く、

だとすれば天之河光輝は、現実ではなく、鏡の世界で生きる存在なのだろう。

 

そしてそんな未熟な少年に自分たちの未来を託さねばならぬことに、

メルドは忸怩たる思いを、天之河光輝が生来持つ輝きに惑わされ、

彼の本質を理解出来ていなかったという後悔の念を、抱かずにはいられなかった。

もっとも十七歳の、つい最近まで平和を謳歌していた少年にとって、

僅か数ヶ月で信念や覚悟を抱けと言われても、それもまた酷な話ではあるのだが。

 

互いを捉えることの出来ない、付かず離れずの攻防が暫く続いていたが、

ようやく光輝がメルドを捉え、鍔迫り合いに持ち込む、

こうなると膂力の差でメルドは著しく不利になる。

 

互いの吐息が顔に感じられるほどの距離の中、呼吸を荒げつつも光輝は、

汗だくのメルドへと勝ち誇ったかのように宣言する。

 

「降参して下さい、これで俺の勝ちです」

「そうか……」

 

分かってくれた、光輝の顔が綻びだす。

八重樫道場の門下に入って以来、光輝は様々な相手と剣を交えて来た。

中にはイヤな奴もいた、怖そうな奴もいた、それでも試合を通じ、

その全てと解りあい、友になれたと彼は思っている。

今は残念ながら道を踏み外しているが、アイツだってきっとそう。

 

だからメルドさんも分かってくれる。

あの魔人族の女の人もきっとそうだ、勇者として平和を望んでいることを伝えて

帰してあげよう、俺からもイシュタルさんに魔人族は人と変わりないと教えてあげれば、

必ず分ってくれる……そして、アイツも。

 

剣を握るメルドの腕から力が抜けていく、これで……と光輝が思った時だった。

メルドが勢いを付けて口から唾を吐き出した、光輝の眼をめがけて。

 

「うッ!」

 

予想外の、メルドにとっては計算通りの奇襲に怯む光輝、その隙を見逃すメルドではない。

右手を剣から一旦離すとそのまま拳で思いきり光輝の顎を殴りつける。

浮き上がった光輝の顔へとさらに肘を振るい頬を打つ。

 

「か……っ」

 

肘を振り下ろすと同時に剣を右手に持ち替え、今度は左の手刀が光輝の首筋を打つ、

そして前屈みになった彼の背中へと、剣の平を、要するに峰打ちで

しかし渾身の力で、メルドは剣を振り下ろした。

 

「おっ……ごっ」

 

そのまま前のめりで地に倒れ伏す光輝、鮮やかなメルドの逆転、

いや最初から計算通りの勝利であった。

 

「ひ……卑怯……どうして……こんな」

 

光輝にとってメルドは年齢こそ離れてはいたが、兄にも等しい思いを抱く、

心から敬愛出来る存在だった、それが故にメルドの取った行動は、

彼にとって理解しえない行為だった。

 

「ああ、卑怯上等、これが戦の剣法だ……道場や試合ではなくな、これが、

お前たちが今後赴く戦場ならば、お前は今死んだ」

 

もはや光輝には構わず、歩を進めるメルド。

 

「ステータス、スキルに於いて今やお前と俺では雲泥の差がある、にもかかわらず

地に這ったのはお前の方、そのことをよく考えろ……甘さを……試合気分を、

捨てきれなかったお前にとって、このオルクス大迷宮、ただの時間の浪費だったようだな」

 

無論、本心ではない、しかしメルドは今この時だけは鬼となることに徹していた、

光輝の、そしてその背後のクラスメイトたちの恐れや憎しみ、憤りを己が一身に背負うために。

 

「随分と待たせたな」

「あのメルド・ロギンスが子守りとはね、しかも……心中察するよ」

 

メルドは女魔人族の首筋へと刃をあてる。

 

「やめて……頼む……ジータ、南雲……メルドさんを止めて……」

 

なおも光輝は食い下がるが、経穴か何かを突かれたのか、身体に力が入らない。

 

「その人に……約束……したんですっ、このままだと俺はっ……うそっ……つきに」

「元よりお前にそんな権利はない、誰に吹き込まれたか、勘違いしたかは知らんが」

 

一蹴するメルド、その顔は苦々しさに満ちている。

イシュタルめが……特権意識という毒までも吹き込んでいたか……。

 

「香織……雫……龍太郎……皆も……メルドさんに頼んで……」

 

「目を閉じるな!よく見て置け!これが戦いに勝つということ!」

「そして戦いに敗れるってことだよ!」

 

その叫びを最後に、女魔人族の頸動脈は断ち切られ血飛沫が周囲を染めた。

斬首という屈辱を与えなかったのはせめてもの敬意であった。

 

 

「なぜ、なぜ殺したんですか、殺す必要があったのか……」

 

呆然と、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながらメルドへと訴えかける光輝。

ここでメルドはようやく隠していた事実を伝える。

 

「この女はな、カイルとイヴァン、そしてベイルの三人を殺したんだ、

他にも二人死んでいる……それでも許せと言いたいか?」

「……」

「ならば仕方ないと思ったのか……もしかして」

 

虚ろな光輝の瞳の中に、メルドは答えを読み取った。

 

「だったらお前の命への拘りもまたその程度だったということだ」

 

光輝の迷い、苦しみを十二分に理解していながらも、あえて突き放すメルド。

その拳が僅かに震える、光輝が彼を兄と慕うのと同様、また彼も光輝を

弟のように思っていたのだから……だからこそ、その甘さ、浅さをあえて衝いた、

衝かざるを得なかった。

 

「違う……違う……こんなの……」

 

しかし、そんなメルドの想いとは裏腹に、光輝は未だ優しい理想郷の中にいた、

排除せねばならない、自分の理想郷を侵す者は……そしてその矛先は……

 

「……何故だ、何故……俺と一緒にメルドさんを止めてくれなかった!ジータっ!」

「勇者と騎士団長の決闘に水を差すような"卑怯"な真似出来るわけないでしょ、

あとそれから下の名前で呼ばないでよね」

 

光輝の叫び、いや駄々などジータは歯牙にも掛けない。

 

「それに私たちはこの世界の法に従って、その遂行に最もふさわしい人物に

その判断を委ねた、それだけなの」

 

実際、メルドが尋問の為に捕虜にしたいと頼んでいれば、彼らは―――

万が一香織たちが殺されでもしていない限りは、その通りにしていただろう、

そのことでこの女魔人族がどんな悲惨な運命を辿ろうが、

そんなことは知ったことではないし、興味もない。

 

何より好んで処刑人になるつもりもなかったし、ハジメに必要のない殺しを、

させたくもなかった、そんなことをしたところで自分たちの戻るべき日常が遠のくだけだ。

そのことをこの男は、天之河光輝は果たして気が付いているのだろうか?

自分がメルドに"守られた"ということに。

 

「それでもっ、クラスメイトである限りは、リーダーであるこの俺の言葉に、

従うべきだっ!少なくとも戦闘中は」

「残念だが光輝、もう彼らはお前の手の中にはない」

 

メルドの言葉に驚愕の表情を浮かべる光輝。

 

「お前たちの担任教師、愛子先生からの頼みでな、南雲ハジメ、蒼野ジータおよび

その仲間たちの独立行動、および最大限の裁量権を認めて欲しいとのことだ」

 

メルドは懐の書面をペラリと光輝へと広げて見せる。

 

「それに神殿騎士団所属、デビット・ザーラー以下四名による署名、

および推薦状も添えられている」

「まさか……メルドさん、認めたわけじゃ」

「もちろん認可した、口頭ではあるがな、もし必要ならば後で文書として正式に渡すが」

「お願いします」

 

ペコリと頭を下げるジータ、ここはいわば中世、どこまで法が有効なのかは未知数だが、

それでも行動の自由に関しての担保は欲しかった。

 

「しかしあの若い割には石頭のデビットに、ここまでの文を書かせるとはやはり流石だな」

「それは~そこに書かれてある以上のことは~そのぉ~」

 

そのまま談笑を始めるメルドとジータを横目に、口惜しさに唇を噛みしめる光輝。

もしもハジメが女魔人族を殺していれば、彼はそれを理由にハジメを責め、

逆にそのことにより精神の安定、ひいては逃げ道を作り、

自身の抱える根本の問題に、いつまでも向き合うことはなかっただろう。

 

しかし、ハジメたちは女魔人族を、意趣返しこそしたが、殺すことは無く

その生殺与奪を、この世界の住人であり、この戦争の当事者である

メルドに委ね、そしてメルドは己の権限に基づき、彼女を斬った。

 

そこに何の問題があるのか?そこに自分が口を挟む余地があるのか?

つまり彼は、天之河光輝は、自身が信奉する"正しさ"によって敗れたのであった。

 

ジータとの話が一区切りしたところで、次いでメルドは遠藤を捜すのだが。

 

「ところでお前なんで服が焦げてるんだ」

「あのユエって子が……俺に気が付かずにどでかい魔法かまして……怖かった」

 

思いだすのも怖いのだろう、ぶるると身を震わせる。

 

「それでずっと穴の中に隠れてて、終わったかなって思ったら団長と天之河が

俺の目の前で斬り合い始めてて……」

「つくづく難儀な体質だな……その難儀な体質を見込んで、請けて欲しいことがある」

 

メルドは遠藤へとそっと耳打ちする。

 

「……それは」

「俺はどうしてもアイツらの本音を知る必要が出て来た、事此処に至ってようやくな

嫌な仕事だろうが、お前も含め皆の命が掛かっている、今回限りだ、請けてくれるな」

 

否応なしに頷くしかなかった。

 

「光輝……皆地上に戻るってよ」

 

龍太郎に促されようやく立ち上がる光輝、その目に女魔人族の亡骸に

祈りを捧げているような恵里の姿が目に入る。

 

「優しいな、恵里は」

 

いつもの調子で、あまりにもいつも通りに恵里の肩を叩き、労いの言葉を掛ける光輝、

しかしその恵里の表情までは彼は見ることはなかった、これもいつも通りに。

だから、その背中へと発せられた、歯軋りのような音にも気が付くことはなかった。

 

こうして彼らは地上へ向かう、その道中、邪魔くさそうに魔物の尽くを軽く瞬殺していくハジメに

改めてその呆れるほどの強さを実感して、これがかつて"無能"と呼ばれていた奴なのかと

様々な表情をするクラスメイト達。

 

「所で、色々あったんだろうとは思うんが、どうしてそんなに強くなったんだ」

「精神と時の部屋……みたいなものかな」

 

メルドの言葉にさして考えなしに、そう、考えなしの戯言のようにハジメは答える。

 

 

……しかしそれを戯言だと思わなかった者がいた、かくして、

図らずも悲劇の種はまたもや蒔かれてしまう、当事者の与り知らぬ処で。

 

 

そして帰路も半ばを超え……残すは地上まであと十数階、クラスメイト達に

ようやく安堵の息が漏れ始めた頃だった。

 

「騎士団の慣例に従い、この地において先にカイルたち騎士団員五名の弔いの儀式を

行わねばならん、ここからはお前たちだけで先に向かってくれるか?」

 

やや唐突にメルドが一行へと申し入れる、カイルさんたちのことなら

俺たちも祈りを~と光輝がメルドへと頼み込むが。

 

「これは我々騎士団員のみで行うこととなっている、気持ちだけ受け取ろう

きっとあいつらも喜んでくれる筈だ」

 

それでも彼らの死に責任を感じているのか、それとも単にそうしなければならないと

思っているだけなのか、やや気にするような表情の光輝だったが、

祈りは本葬の時に頼むと言われ、ようやく引き下がった。

 

そして暫しの休憩の後、メルドらを迷宮に残し、ハジメたちはまた地上を目指し進み始める。

大人を欠いた、少年少女だけの状態で。

 

最後尾の光輝の目には、相変わらずの表情で先頭に立ち、

少し懐かしさを覚えつつ、ラットマンやロックマウントといった魔物たちを、

次々と瞬殺していくハジメと……そして、その傍らに寄り添う美少女たちの姿。

 

今まで感じたことのない、ドス黒い何かが光輝の心の中に染みだし始めていた。

 

排除せねばならない……自分の正義を理想を汚し、宝物を奪おうとする者は、

かくして光輝の憤りの矛先は、漆黒の衣を身に纏った少年、

南雲ハジメへと向けられつつあった。

 

そして彼らは久方ぶりの太陽の光に目を細めながら【オルクス大迷宮】の入場ゲートを出た、

その瞬間だった。

 

「ハジメパパぁー!! おかえりなのー!!」

 

広場に、そんな幼女の元気な声が響き渡る。

 

「ハジメ……」

「パパぁ~~~っ!」

 

ざわとクラスメイトの間にどよめきが走る。

 

ハジメはミュウに手を振ることも、返事をすることも忘れ、その場に立ち尽くす。

そしてそれはジータも同じだった……もっともそれは背後から、突如湧き立った、

異様な気配によるものだが。

しかしそんなことはお構いなしの、天真爛漫の幼女パワーでミュウは

ハジメとジータへとしがみつく。

 

「ミュウいい子でお留守番してたよー、パパぁ~ジータぁ~」

 

それは実に仲睦まじい親子のあるべき姿だった、両親がやや若すぎる感じもしたが。

 

「そ……そそそそ…そう?」

 

ギギギと身体を震わせながら振り向くジータ。

 

そこには案の定香織がいた、背後に般若のスタンドを纏わせて、

そして彼女は某魔法少女アニメのキャラのように、首を奇妙な角度で傾けて。

目を剥き出しながら、ジータへと呻くような言葉を宣うのであった。

 

「裏切り……ものぉ~」

 

ハジメとジータが、いわゆるそういう仲になってしまっていたとしても、

もうそれは仕方がないことだと香織は思っていた。

悲しいけどコレ恋愛なのよね、むしろそれは極めて自然で当たり前のことだとも。

しかしまさか子供まで作っていたなんて……これは断固受け入れ難い。

そして当のジータはというと。

 

「本当に申し訳ございませんでしたぁ!」

 

と、香織から放たれる禍々しいまでの鬼気の前に、これまでの後ろめたさも手伝い、

一切の弁解もなく、反射的に土下座をするのであった。

 




香織のサポアビは、ハジメくんハジメくんハジメくんで決まり


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同盟締結と宣戦布告

10万UAありがとうございます!
アンケート結果……まさか擁護意見ゼロとは思わなかった。



古戦場ですが、いやぁ、エッリル強かったですねぇ、95まではザコでしたが
100以降はスパロボのオーラバトラーみたくなってて、鬱陶しいことこの上ありませんでした。
次回の相手らしい竜吉公主もかなり手強そうな予感。
古戦場の相手はスルトくらいのがちょうどいいかな。



 

首を奇妙な角度に傾けてジータを睨みつける香織。

 

「どういうこと、なのかな?」

 

(反射的にとはいえ、なんで私土下座しちゃったんだろ)

 

確かに、香織への申し訳なさはずっと持ち続けていた、あの日、ハジメを抱きしめ

奈落へと落ちた時から……。

でも、言い訳をさせて貰えるなら、本当に色々あったのだ。

確かに恋の指南役を請け負って置きながら、ご覧の有様だ、香織が怒るのも無理はない。

そういえば某アニメでこういう展開があった気がする……確か結末は。

青い顔で、ジータはついお腹のあたりを押さえてしまう。

 

「中に誰もいない、いないからぁ、ノコギリはやめてぇ」

 

怯えた風に呟くジータであったが。

 

「いや、別に何も後ろ暗いことなんてないだろ」

 

クラスメイトの前でパパと呼ばれ、少し面食らったものの、先に落ち着きを取り戻した、

ハジメが見かねて声を掛ける。

 

「ああ、紹介するよ、この子はミュウ、母親と逸れて人攫いに売り飛ばされそうになってたのを

俺たちが助けたんだ」

「母親って……じゃあ、ジータちゃんはママじゃないの?」

「うん、ミュウのホントのママはね、エリセンにいるのぉ」

「そもそも考えろよ、たったの四か月とちょっとで子供が産めるわけないだろ」

 

そうなのだ、考えてみれば。

冷静さを取り戻した香織が、羞恥と申し訳なさで顔を真っ赤にしてジータに詫びているのを

横目に、そういえばティオは?とミュウに聞くハジメ。

 

「妾は、ここじゃよ」

 

人混みをかき分けて、妙齢の黒髪金眼の美女が現れる、しかも巨乳。

え?また美女登場!?と、香織のみならず、クラスメイトたちがまたも色めき立つ。

 

「おいおい、ティオ、こんな場所でミュウから離れるなよ」

「目の届く所にはおったよ、ただ、ちょっと不埒な輩がいての、

凄惨な光景はミュウには見せられんじゃろ」

「なるほど、それならしゃあないか……で? その命知らずは何処だ?」

「いや、ご主人様よ、妾がきっちりシメておいたから落ち着くのじゃ」

 

「ごしゅ……じん……さまぁ」

「いちいち驚いてたらこれから持たないよ」

 

吐息のような譫言を口にした香織に応じつつ、でも仕方ないなと思うジータ。

香織が望めば旅に連れていくことは、事前に決めているのだが……。

ホントに連れて行って大丈夫なのだろうか?

この分だと同行を望むのは明白なだけに、少し不安になってくる。

 

「おお、ジータもユエもシアも無事で何よりじゃ、一仕事お疲れさまというところじゃの」

 

ティオの労いの言葉を聞きながら、奥方様呼びを却下しといてよかったと、

ジータはつくづく思う、もし、今の状態の香織に聞かれでもしたらと、

彼女は自身の判断に胸を撫でおろすのであった。

 

そしてハジメたちは、ロア支部長の下へ依頼達成報告をした後、

書類の受け取りのため、広場でメルドの戻りを待っている。

聞いていた時間通りだと、儀式はそろそろ終わる筈。

ティオの話によると、件の連中はミュウを誘拐しようとしたのではないかとのことだ。

面倒なことになる前に、出来るだけ早く街を離れたいところなのだが……。

 

しかし、早いとこ宿屋で休みたいだろうに、どうしてこいつらはいつまでも

自分たちの後ろに付いて来てるのだろうかと、ハジメは雁首揃えて広場まで付いて来た

クラスメイトたちを見て、小さく溜息をつく。

 

まぁ、理由は分かる、香織が自分たちから離れようとしないのと、

それから光輝が訝し気な目でずっとこっちを睨んでおり、その為

俺、先に上がらせて貰うわと言い出せない雰囲気が出来上がっているのだ。

 

(ジータが言ってたけどホント笛吹きに操られるネズミだわ)

 

もっとも何人かは笛の音の呪縛から逃れつつあるようだが……。

露店で何か買うか……と、ハジメがベンチから腰を上げた時だった。

 

 

十人ほどの男たちがこちらへと向かってくる。

 

「おいおい、どこ行こうってんだ?俺らの仲間ボロ雑巾みたいにしておいて、

詫びの一つもないってのか? ア゛ァ゛!?」

 

その先頭の薄汚い格好の武装した男が、いやらしく頬を歪めながらティオを見て、

そんな事をいう、どうやら先程ミュウを誘拐しようとした連中のお仲間らしい、

さしづめ賊紛いの傭兵と言ったところだろうか?

 

ハジメたちが噛ませ犬的なゲス野郎どもに因縁を付けられるというテンプレな状況に、

呆れているだけなのを何か怯えているとでも勘違いしたか、

傭兵崩れ達は、更に調子に乗り始め、その嫌らしい視線がユエやシアにも向いていく。

 

「ガキィ!わかってんだろ?死にたくなかったら、女置いてさっさと消えろ!

なぁ~に、きっちりわび入れてもらったら返してやるよ!」

「まぁ、そん時には、既に壊れてるだろうけどな~」

 

あまり思いだしたくない過去が……帝国兵との一件が記憶の中にまざまざと甦り始める。

さらに男たちがミュウに目を向けた時だった。

 

その瞬間、涼やかな……それでいて絶対に逃れられなき死の気配を纏った

濃密かつ巨大なプレッシャーが傭兵紛いの男たちに叩きつけられる。

ハジメの正体に今更気が付いたか、傭兵紛いどもは必死で命乞いをしようとするが、

プレッシャーのせいで肝心の口が開かない。

 

やれやれといった感じでハジメは、少しプレッシャーを緩めてやる。

 

「おい、今、この子を睨んだやつ」

「……わ、悪かった……命だけは」

「そんなこと聞いてねぇよ……笑え」

「「「「「「「え?」」」」」」」

 

手近な奴に喉輪を掛けてやりながら、さらにハジメは言葉を続ける。

 

「聞こえなかったか?笑えと言ったんだ、にっこりとな、怖くないアピールだ、

ついでに手も振れ、お前らのせいでウチの子が怯えちまったんだ、

トラウマになったらどうする気だ?ア゛ァ゛?責任とれや」

 

教室でのハジメとはまるで違う、性格が反転したとしか思えないような恫喝に

唖然とするクラスメイトら……。

 

「聞こえなかったか?五つ数える間に笑え……いーち、にぃー」

 

傭兵紛いどもは頬を盛大に引き攣らせながらも必死に笑顔を作ろうとする、

股間に生暖かい液体の感覚を覚えながら。

 

「ちゃんと手も振れよ」

 

空気が漏れるような音を一様に唇から漏らし、ガタガタと歯を鳴らしながら

何とか手を振ろうとするが……、そこまでが彼らの限界だったのだろう、

全員そのままの姿勢で白目を剥いて失神してしまった。

すかさずメドゥーサが傭兵紛いどものズボンを石にして動きを封じていく、

いい晒し物だ、これでもうこの界隈で、でかい顔は出来ないだろう。

 

ちなみにこの程度かと、醒めた目で連中を眺めるハジメの視界に、

何故か息を荒げている光輝の姿が入る、大方首を突っ込もうとでもして、

巻き込まれてしまったか?

 

「……漢女にしてやればよかったのに」

「そんな残酷ショー、ミュウの前で見せられるか……それに」

 

ハジメの様子に何かを感じ取ったか、またユエの表情が少し険しくなる。

そんな彼女の視線の先には……香織がいた。

 

 

「今のハジメちゃん、怖いと思った?……でもね、これが今の私たち、

戦うために生きるために変わらざるを得なかった」

 

香織へと問いかけるジータ、香織はユエやシアやティオやメドゥーサに囲まれ、

そしてミュウをあやすハジメの姿を見つめながら、静かにしかしはっきりと首を横に振る。

 

「ううん」

 

凄惨な数ヶ月であったことは、面影を多分には残しつつも、変わってしまった外見を見ても、

想像がつく、それでも……。

 

「ハジメちゃんね、嬉しかったって言ってたよ、香織ちゃんが"強い"って言ってくれたこと

強い人が暴力で解決するのは簡単だよねって言ってくれたことを」

「……覚えていてくれてたんだ」

「だからこそ……変わらないと、守ってくれた、守るって言ってくれた人たちの為にって

……それで」

 

言葉を詰まらせるジータ、彼女もまたハジメと同じ闇の中で手を取り合い、

生を掴み取るための戦いに身を投じていたのだ、いや真に彼女が守っていたのは……。

 

「あの人たちだって、本当ならもっと酷い目に合わせることだって出来た筈だよね

けど、ハジメくんはそうしなかった」

 

ギュと香織はジータの手を握る、その目に涙を浮かべて。

 

「ジータちゃん、ありがとう、ハジメくんを、ハジメくんの中の大切なものを守ってくれて」

 

香織の言葉にジータの目から涙が溢れ出す、それは彼女が最も言って欲しかった言葉

いや、そんな言葉のためにここまで来たわけでは決してない、それでも嬉しくって

仕方が無かった。

 

「ジータちゃん、お願いがあるの、私も皆の旅に連れて行って!」

 

それもまた待ち望んでいた言葉だった……正直、不安もあったが、

そこはもう飲み込もう。

 

「私からもお願いするよ、二人で……ううん、皆でハジメちゃんを人の世界に繋ぎ止めよう

そして、皆で生きて帰って笑顔でただいまって言おう」

「ね、雫ちゃんもそれでいいよね」

「いっそ雫ちゃんも一緒に……」

 

そこまで言いかけて、翳りを含んだ雫の表情に二人は気が付く。

 

「私は……行けないよ、だって」

 

雫の視線の先には、光輝とそれを介抱する龍太郎の姿があった。

 

「あの二人は放っておけないから……それに」

 

雫が思い浮かべるは、あの大聖堂での一幕。

分かっていた、あの時、二人を止めることが出来たのは自分だけだったのだ、にもかかわらず、

なぜやめなさいと言えなかったのか、なぜ流されてしまったのか……。

 

もちろん、二人だけで勝手にやらせるわけにもいかなかったのも事実だが、

自分もまた、誰かの為に何かが出来るという万能感と使命感に酔ってしまっていたことは、

心の奥底で八重樫の剣を実戦で試したいと思っていたことは、

否めない気がする。

 

(……その結果が)

 

ぶるると雫は身を震わせる、ジータたちが助けに来なければ今頃どうなっていたか……と。

救いの手が差し伸べられたことをさも当然と思っているのは、光輝くらいのものだろう。

 

(光輝だけのせいじゃない、この責任は私にもあるんだ)

 

だから自分はまだここを離れるわけにはいかない。

雫は香織の背中をバシンと叩く。

 

「行ってきなさい!面倒ごとは全部この八重樫雫が引き受けてあげるからっ」

 

少し迷いの表情を見せる香織だが、ここで遠慮は却ってこの親友の誇り高き心遣いを、

無にしてしまうように思えた……力強く頷くと、香織はハジメの元へと駆け寄っていく。

 

「ハジメくん、私もハジメくんに付いて行かせてくれないかな?

……ううん、絶対、付いて行くから、よろしくね!」

 

息を切らしながら、それでも勢いのままにハジメへと力強く思いのたけを打ち明ける香織。

 

「だって、あなたのことが……ハジメくんが好きだから」

「……お前にそんな資格はない」

 

ハジメが答えるより先にユエが割って入る、いつにないその自己主張に、

驚きを隠せないハジメたち。

 

「資格って何かな?ハジメくんをどれだけ想っているかってこと?

だったら、誰にも負けないよ?」

「……抜け抜けと」

 

香織や雫たち、クラスメイトのことは度々聞いていた、実はその時から

ユエは香織に並々ならぬ警戒心を抱いていた。

 

実際、やはりこの女は違う、シアやティオがあくまでも仲間という裾野から始めているのに対して、

さも当然のようにいきなり頂上を獲りに来ている、危険だ。

ジータだけではない、自分もハジメの心を、優しさを戦いの中で守り続けていたという

自負もある、そして何よりハジメは自分を、あの孤独と暗闇の中から、

救い出してくれた男なのだ。

―――易々とは渡せない、いかにジータの親友であろうとも、この女にだけはハジメを。

と、釘を差したところでユエはハジメへと会話のバトンを渡す。

 

「覚えてるか?あの夜の……宿屋でのこと」

「うん」

 

忘れる筈がない。

 

「あの時の香織の言葉があったから、俺は自分だけの何かを手に入れたい、

見つけ出したいって思えた、それも生か死かの土壇場で俺を支えてくれた中の一つなんだ

……だから」

 

一息置いてから、ハジメは続ける。

 

「もしも今の俺と、お前の中の南雲ハジメが僅かでも重なるのなら……また、

俺に力を与えて欲しい」

 

それは恋人ではなく、友としてでも仲間としてでもなく、

そう、まるで恩人に対するような返事だった。

警戒しているような、それでいて安堵しているようなユエの顔が目に入る。

 

「……なら付いて来るといい、そこで教えてあげる、私とお前の差を」

「お前じゃなくて、香織だよ」

「……なら、私はユエでいい、香織の挑戦、受けて立つ」

「ふふ、ユエ、負けても泣かないでね?」

「……ふ、ふふふふふ」

「あは、あははははは」

 

二人は互いに表面上は爽やかに笑いあう、その背中に龍と般若を纏わせて。

どうしたものかと、ハジメパーティーの面々が顔を見合わせる。

 

そしてそんな彼らへと光輝は鋭い視線を向けるのであった。

 

 




次回、勇者決壊。


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怒りの光輝くんだけど


この作品に登場するグランなる存在は、いわゆる理想的な主人公として
考えて頂ければと思います。
天之河光輝ですら認めざるを得ない程の。


 

 

力なき正義は無力、正義なき力は暴力。

天之河光輝は常に正しくあらんと、清くあらんと強くあらんとして努力を重ねて来た。

そしてそれによって得た力は、正しく人々に還元せねばならない。

だからこそ、自分は多くの栄光と、そして多くの友に……宝物に恵まれたのだと信じている。

即ち、正しい者が報われるのは当然のことなのだ、だからこそ常に自分は……。

 

いや……いた、今まで一人だけどうしても超えられなかった男が、かつての親友にして、

裏切者が。

 

(……グラン)

 

勉学、剣術、人望、全てにおいて彼は自分の上を行った、だから光輝は彼を憎んだ、嫉妬した、

その才に憧れたからこそ。

稽古に敗れては邪道と憤り、邪剣と蔑みつつ、その剣筋に魅せられた。

そんな彼を意識することが、負けたくないと思うことが、いつか蟠りを抱えることなく、

その隣に立ちたいと思うことが、光輝の向上心の、そして努力の源の一つだった。

 

だからこそ……あの冬の日、雫の涙と、そしてその涙の中にある笑顔を見た瞬間、

自身の敗北とそして受け入れ難き屈辱が全身を走った。

 

(なぜ雫はお前をっ!お前と俺の差が何処にある!)

 

だから光輝は決闘を挑んだ、自身の正義を示すために、そして何より自身の大切な存在である

雫を拒否したことが許せなかった、それは自身の価値をも否定されたに等しい

……そんな憤りのままに。

 

(しかしアイツは俺を無視した、俺など眼中にないとばかりに海外へと飛び立ち

そして未だに帰って来ることはない……どうやらアイツにとって俺は、

その程度の存在だったらしい)

 

その日以来、蒼野グランは天之河光輝に取って許しがたき裏切者、卑怯者となり、

単なるライバルではなく、絶対に越えねばならぬ存在となった。

それが彼を今まで以上に頑なまでに正しさに、そして力に拘らせることとなる。

無論、表面的には彼は誰にでも優しく、親切な好青年のままだ、

しかし、彼をよく知る者はその内面の変化を悉に感じ取っていた。

誰かの為になりその正しさを認められる、その正しさによって選ばれたい……という渇望に。

 

そして幸か不幸か、そのジャッジに最もふさわしき存在が彼のすぐ傍にいた。

そう、蒼野グランの双子の妹にして、アイツのような卑怯な裏切りをするような

人間になって欲しくないと再三忠告を行っているにも関わらず、何故か悉く自分に逆らい、

敵意を燃やしてくる少女、蒼野ジータである。

 

ともかく、そんな満たされない思いを常に燻らせて来た天之河光輝に、

転機が訪れる、異世界、トータスへの召喚である、そこで自分たちには大いなる力があると、

知らされたことよりも、"選ばれた"ことに何より彼は狂喜した。

自分のこれまでを生かす絶好のチャンスだと、自分の正しさを証明するチャンスだと。

 

そんな自身の努力の、己を支える根源がたったの数ヶ月で覆るようなことが、

あっていい筈がない。

だってそうだろう?テストでいつも零点の奴が、いきなり百点を取れば

誰だってカンニングを疑うものだ。

 

光輝のハジメを見る目が、場違いな闖入者を見る目が、鋭さを増していく、その耳に……。

 

「ハジメくん、私もハジメくんに付いて行かせてくれないかな?

……ううん、絶対、付いて行くから、よろしくね!」

「だって、あなたのことが……ハジメくんが好きだから」

 

今までもそしてこれからもずっと共にあるべき筈の大切な幼馴染の、"俺の香織"の

信じ難い、信じられない言葉が届いた……そして。

 

ありえない、あっていいはずのない事態に、ついに彼は決壊した。

 

「南雲!ジータやカリオストロちゃんだけでは飽き足らず、今度は香織にまで、

その魔手を伸ばすのか!」

 

「ま……マシュ?」

「キリエライト?」

 

この目の前の勇者は何を言っているのか?さっぱり全然分からないので、

とりあえずボケてみたハジメとジータ。

 

「そもそも意味がわからない!香織が南雲を好き?付いていく?どういう事なんだ?

ありえない、さっぱりわからない!」

 

まるで推理ドラマの物理学者か何かのように、オーバーアクションで叫ぶ光輝。

 

ただでさえ疑念を抱いている最中に、受け入れ難い、認められない現実を、

矢継ぎ早に突きつけられてしまったのだ、光輝の未熟な精神は逃げ場所を、

持ち前のご都合主義による、自分にとって都合のいい"正しさ"を"真実"を、

求めて迷走を始める。

 

「光輝、南雲君が何かするわけないでしょ?冷静に考えなさい、

あんたは気がついてなかったみたいだけど、香織は、もうずっと前から彼を想っているのよ

それこそ、日本にいるときからね。どうして香織があんなに頻繁に話しかけていたと思うのよ」

 

「雫……何を言っているんだ……あれは香織が、そしてジータが優しいから、

南雲が一人でいるのを可哀想に思ってしてたことだろ?

協調性もやる気もない、オタクな南雲を二人が好きになるわけないじゃないか」

 

さも当然とまるで諭すような口調で、雫に言い返す光輝、

ハジメの頬がピクピクと引き攣り始める。

 

「嘘だろ?だって、おかしいじゃないか、香織は、ずっと俺の傍にいたし……

これからも同じだろ?香織は、俺の幼馴染で……だから……俺と一緒にいるのが当然だ

ジータだってせっかく帰って来たんだ、何もかも元通りじゃないか?そうだろ、香織」

 

「えっと……光輝くん。確かに私達は幼馴染だけど……だからって、

ずっと一緒にいるわけじゃないよ?それこそ、当然だと思うのだけど……」

「そうよ、光輝、香織は、別にあんたのものじゃないんだから、

何をどうしようと決めるのは香織自身よ、それにね……」

 

不意にグランの顔が頭を過り、雫の表情に憂いの色が入る。

 

「変わらない物なんて……何処の世界にも存在しないわ、いい加減にしなさい」

 

幼馴染の二人にそう言われ、呆然とする光輝。

 

その視線が、スッとハジメへと向く、そのハジメの周りには美女、美少女が侍っている

その中に自分の香織と、そしてジータが入るのかと思うと、

多少しくじったとはいえ、皆の為に世界の為に、日夜努力し戦っている自分より、

何故、本来取るに足らないこいつなのだという、ドロドロとした黒い感情が湧き上がってくる。

その思考は、かの檜山大介のそれと良く似ていた。

 

「香織、行ってはダメだ、これは香織のために言っているんだ、見てくれあの南雲を、

女の子を何人も侍らして、あんな小さな子まで……しかも兎人族の女の子は、

奴隷の首輪まで付けさせられている、黒髪の女性もさっき南雲のことを、

『ご主人様』って呼んでいた、きっとそう呼ぶように強制されたんだ」

 

「むしろ止める側だったわ!」

 

パパといい、ご主人様といい、こういう誤解が生まれるから、

何が何でも止めさせるべきだったとハジメは思うが、ヒートアップした光輝の耳に、

その抗議は届かない。

 

「南雲は女性をコレクションか何かと勘違いしている、まさに最低の男だ、

無抵抗な人を傷つけ、しかも銃なんて強力な武器を持っている!危険すぎる!

香織、あいつに付いて行っても不幸になるだけだ、だからここに残った方がいい」

 

「ジータ、君もだ、せっかく俺たちの元に帰ってきてくれたんだ、

そんな危険な男といつまでも一緒にいてはいけない、そして」

 

「君達もだ!これ以上、その男の元にいるべきじゃない、俺と一緒に行こう!

君達ほどの実力なら歓迎するよ、共に人々を救うんだ、シアだったかな? 

安心してくれ、俺と共に来てくれるなら直ぐに奴隷から解放する、

ティオも、もうご主人様なんて呼ばなくていいんだ」

 

そんな事を言って爽やかな笑顔を浮かべながら、ユエ達に手を差し伸べる光輝。

雫は顔を手で覆いながら天を仰ぎ、香織は開いた口が塞がらない。

 

そして、光輝に笑顔と共に誘いを受けたユエ達はというと……

 

 「「「……」」」

 

迷宮の中でも思ったが、これは触ってはいけない生き物だという認識の元

沈黙を貫いていた……、一人を除いて。

 

「バカじゃないの?」

「バ……失礼だな、まぁいい君も南雲の元を離れれば……」

 

メドゥーサに面罵され、鼻白む光輝。

 

「だってアンタ、ハジメは女性をコレクションか何かと勘違いしているとか言っといてさ

自分だってそうでしょ?」

「お……俺は君たちをそんな風には扱ったりしない、ちゃんと君たちの意思を尊重するさ

必ず、そう、誓う、誓うさ!約束したっていい」

 

心の奥底の願望を、図星を突かれやや言葉を濁す光輝に、へーとメドゥーサが意地悪く笑う。

 

「ねー香織って言ったっけ、こいつ、アンタの意思を尊重してくれるって」

「光輝くん、みんな、ごめんね、自分勝手だってわかってるけど……

私、どうしてもハジメくんと行きたいの、だからパーティーは抜ける、本当にごめんなさい」

「「「「プッ」」」」

 

あまりに見え見えの落とし噺のような展開に、周囲から失笑が漏れる。

 

「ち……違うっ、今のはっ!……くっ!」

 

光輝は聖剣をハジメへと突きつける。

……どうやらメルドに言われたことはもう忘れてしまったようだ。

 

「南雲ハジメ!俺と決闘しろ!」 

「断る、それにお前、自分が何やってんのか、わかってるんだろうな?」

「メルドさんに言われたこと、もう忘れたの?」

 

そんな彼へと冷ややかな目を向けるハジメとジータ。

寄り添う二人の姿が、また抜群に収まりがいいのが、光輝のさらなる苛立ちを誘う。

 

「違うっ!お前はっ……」

 

そこまで言ったが、後が続かない……。

考えろ、考えるんだ……何かおかしなことは、きっと証拠が、

何かおかしなことがある筈だ。

必死で今日一日の事を思い起こす光輝、そういえばあの女魔人族……。

 

 

『大丈夫、カオリとシズクだっけ?アンタたちだけは殺すなってことらしいからさ』

 

 

そうだ、何故彼女は香織と雫の名前を知っていたんだ。

誰かが教えでもしない限り、分かる筈がないじゃないか。

あの銃だってそうだ、正しく努力を積み重ねてない者にそんな物が、作れるはずがない、

他にもおかしなことがたくさんある、そう……きっと。

 

思い込み以外の証拠を全て"おかしなこと"と"きっと"であっさりと片付け

光輝はハジメを裏切り者だと断定した。

死せる(死んでないけど)檜山、生ける光輝を走らす、

彼の策略は全く彼の予期せぬ方向で一応成功していた。

 

「お前はっ……裏切り者だ!誰かの優しさにまんまと付け込み、そうやってお前は

誰かの好意に縋っては利用して、挙句食いつぶして肥え太る!許せる所業じゃない!」

 

そんな奴いたら確かに酷い奴だなと、他人事のようにハジメは思う。

そしてハジメが黙っているのをいいことにさらに光輝は畳みかける。

 

「そこまで堕ちたか、まさか魔人族と手を組み、用済みとなれば

自らの手を汚すことなく、メルドさんまでをも利用し……この卑怯者……いや、

卑怯者を通り越した、呆れた寄生ちゅ……」

 

光輝が明らかに言ってはならない言葉を半ば口走ろうとした所で、

 

「見てられねぇよ、今のお前……」

 

そんな言葉と同時に意外な人物、坂上龍太郎が動き、背後から光輝を裸絞めに固める。

どうして?という間も無く強制的に意識を落とされ、地に倒れ伏す光輝。

 

そんな彼の姿を、悲し気に見つめる龍太郎、親友として、

これ以上光輝に無様を晒させたくはなかったのだ。

彼の中での天之河光輝はいつでも光り、そして輝いていて欲しかったのだから。

 

そんな龍太郎の目が今度はハジメを捉える。

 

「お前とやるのは俺だ、俺と戦ってくれ、南雲」

「断る、お前とも戦う理由はない」

「こっちにはある、このまま……」

 

気付かれないように龍太郎はチラとジータの顔を見る。

 

「黙ってお前たちを行かせるわけにはいかないんだ、というかさ」

 

屈託なくニコリと微笑む龍太郎。

 

「それによ、昔のゲームにあったじゃねぇか、俺より強い奴に会いに行くって」

 

蟠りが無いわけではない、しかしそれ以上に彼はただ純粋に戦ってみたくなったのだ、

南雲ハジメと、そしてまた確かめたいのだ、ハジメの得た強さが本物かどうかを、

それは冷静さを欠いた、今の光輝には任せられないことだった。

 

それなら仕方ない……と、苦笑するハジメ。

 

「俺はいつでも素手ゴロ一本勝負だ、そっちはどうなんだ?」

 

ハジメは彼らに見える位置にドンナーとシュラークを置き、義手も外す。

クラスメイトの中から息を呑むような声が漏れる。

そしてコートと上着も傍らのユエに預ける。

 

「応じてくれて嬉しいぜ、っと俺もだな」

 

龍太郎もアーティファクトのグローブと、そしてブーツを外す。

 

「じゃあどうやって始める?」

「あの時計台の秒針が十二時を差した時ってのはどうだ」

 

時計台を指さす龍太郎、ちなみに今、針は九時を指している、

 

「早えな、おい」

 

ボヤキながらハジメは頭の中でカウントを始める、三…二…一。

 

「「ゼロ」」

 





これも先のメルドさん同様、ありそうで無かったシチュエーションだと思います。
龍太郎って、本編でも少し光輝たちに食われてしまって、最後まで
温厚篤実な友人ポジのままで終わってしまった感じがするんですよね。
ですから、今作では少し見せ場を作ってあげたいかなと……。

必ずしもそれが幸せに繋がるとは限らないのがトータスの闇ですが。


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産声

ハジメvs龍太郎。
そして御伽の国の王子は理想郷から追われ、ままならぬ現実へと
足を踏み出す。


時計台の秒針が一二時を差した瞬間、先に動いた、いや飛んだのは龍太郎だった。

身体能力をフルに生かし、まるで空中で数歩歩くようなステップを踏むと、

雄叫びと同時に、そのまま遠心力たっぷりの空中回し蹴りをハジメへと見舞う。

 

しかしそんな大振りの打撃がハジメに通じる筈もない、数歩後ずさって

簡単に避ける。

 

「その歩法、八重樫流だな」

 

避ける際のハジメのステップを目敏く龍太郎は指摘する。

 

「ああ、ジータと毎日のように組手やっててな」

 

ジータと毎日のように……という言葉にまた龍太郎の胸がチク、と痛むが、

それを振り払うかのように、彼はハジメの左側面、すなわち失った左腕の方へと

執拗に回り込もうとする。

それを卑怯だとは思わない、互いに了解した上で戦いの場に立った以上は全てが平等だ。

 

無論それを許すハジメでなく、龍太郎の動きとシンクロするかのように、

自らの正中線に彼の姿を捉えて離さない。

龍太郎の口から焦れたような息が漏れ、今度は無言で滑るように体重を移動させ、

ハジメの胸元へと肘を叩き込もうとする、が、それもハジメは触れることなくいなす。

 

(参ったな……)

 

心の中で舌を巻く龍太郎、今のを避けられるとは思わなかった。

 

「今の動きはどこで教わった?八重樫の動きじゃないぜ」

「ああ、他にも師匠がいたんだ、これが凄くてな、ここに連れて来たかったんだが」

 

雫に活を入れて貰っている光輝を視界の隅に入れながら、

シルヴァのことを思い出すハジメ、彼女ならば……。

 

(アイツのことも、もっと上手く扱えるんだろうな)

 

「じゃあ次はお前の番だ、来い」

 

防御の構えを取る龍太郎、その肉体が輝きを帯びる、"金剛"を使用したようだ。

 

(カウンター狙いか……いや)

 

右腕がブラブラとリズムを取るように揺れている、一瞬警戒するハジメだが、

考えを改める、狙いが何であれ全力でぶつかるのみだ。

これは決して驕りではない……礼儀だ。

 

「う……龍太郎……どうして」

 

そこで回復した光輝の目に映ったのはハジメと対峙する龍太郎の姿。

龍太郎の構えは迷宮で良く見せるカウンターの型だ。

そしてハジメはそれを知らずに、龍太郎の術中へと飛び込……。

 

そう思った瞬間、ハジメの姿が光輝の視界から消えた。

そして、衝撃音と同時に龍太郎の鳩尾に膝を突き立てているハジメの姿があった。

 

(見えなかった、バカなっ!俺は仲間の中で一番速い雫の動きでも追えるんだぞ)

 

ハジメの恐るべき戦闘力を、今度こそ否応なしに思い知らされ、

光輝はその整った顔面を驚愕に歪ませる。

 

「……こんだけ速けりゃカウンターもヘチマもないな……参ったぜ」

 

苦しい息を吐く龍太郎。

いかに戦いは数値ではないといっても、そもそもの数字が違い過ぎる、

恐らく体感ではケタ二つは違うような気がした。

 

「ずりぃぞ……あっちゅう間に追い越し……やがって」

「言う程簡単じゃなかったんだな……それが」

 

軽口を叩きつつも龍太郎の目は、ただ一点、ジータを捉えて離さなかった。

そのジータがハジメの勝利を確信した時の笑顔も……。

 

「きしょう……め」

 

崩れ落ちそうな身体をムリヤリ動かし、ハジメの身体を引き離す。

恋敵の胸の中なんぞで気絶など、まっぴらゴメンだ。

 

「龍太郎!オイ!大丈夫か!」

 

駆け寄る光輝へと心配ないと仕草を送ると、ゆっくりとその身体を

ちょっと困ったところもあるけれど、それでも自慢の親友へと預ける。

 

「オイ!どうして……オイ!」

「光輝……アイツは卑怯者でも、まして寄生虫でもねぇ、間違いなくあの強さは……

アイツ自身が得たものだ」

「……」

「認めろ、お前の、そして俺たちの……負けだ」

「ツッ……」

 

しかし、まだ光輝は負けを認められなかった。

どうしても行ってしまうのか……と、縋るように香織へと目を向ける。

 

「じゃあ……はっきりと言うよ」

 

少し躊躇いながらも、香織は光輝に向き合い話し始める。

 

「私は生き延びたいの、長生きしたいの、好きな人と結婚して子供たくさん産んで

孫に囲まれて大往生したいの、もしそれが叶わないならせめて……」

 

頬を赤く染めながら、香織はハジメの方を向き、力強く宣言する。

 

「最後は好きな人の傍で死にたいの、だから私はハジメくんに賭ける、

例えそれが光輝くんの言う正しさにそぐわなくっても、間違っていても私は

可能性の高い方に賭ける……ううん」

 

慎重に言葉を選びながら、続ける香織。

 

「少なくともこの気持ちだけは間違いだなんて言わせない、だから光輝くんとは

ここで暫くお別れ……ありがとう、あの時私が地の底に落ちそうになった時助けてくれて、

ごめんね、離せとかいって暴れたりして」

 

しかし、その丁寧な言葉は光輝には却って壁を、拒絶を感じさせる結果となった。

 

「それは……俺が弱いから、賭けるに値しないからってことか」

 

今日はどうして何もかも上手くいかない、おかしい……そんな憤りに拳を震わせる光輝。

 

「俺が弱いから……俺が正しくないからっ!俺の傍を離れるのか、俺を……」

(見捨てるのか)

 

「違うよ」

 

それについてははっきりと即答する香織。

 

「光輝くんはちゃんと頑張ってるよ、この世界の人々を救おうと

本気で願っていることは認めているよ、さっきはさ……

上手く行かなかったけど……でもね」

 

光輝の凍りついたかのような表情に一瞬逡巡するが、それでも香織は言葉を続けて行く。

 

「でも、それって私が一人離れただけで叶えられなくなったり、する気が無くなる願いなの?

世界を救うってそんなにぬるいことじゃないよね?」

「……」

「だからね、今度会った時は私がいなくってもちゃんと大丈夫な光輝くんを見せて欲しいな」

 

辛辣ではあっても暖かさを感じさせる香織の言葉であったが、

それはむしろ不安という名の錐となって深く光輝の胸を抉った。

 

消えていく……正しさが、去っていく……自信が、

天之河光輝の根幹を為したる物が己の中から離れて行く……。

このままではいけない、もっと、もっと正しくなければ……。

色々な何かが光輝の頭の中を過ってゆく、そして恐らく生きている限り、

忘れることは出来ないであろう、あのメルドによる処刑シーンが再生された時……。

光輝に、文字通りの電流が走った。

あるじゃないか……この世界の誰もまだやってない、この俺に、

勇者にこそ相応しい正しさを立証できる方法が。

 

「だったら俺がっ!俺がこの戦いを止めてみせるっ!」

「なっ……」

 

どうも脈絡を欠いているような光輝の叫びであったが、それでもジータは言葉を詰まらせる。

 

「俺が勇者なのはきっと何かの意味がある、それは……人間族と魔人族の手を取りあわせ、

この悲惨な戦争を終わらせることだっ!」

 

光輝は熱に浮かされたように叫びを続ける。

 

「俺なら、俺たちなら出来る!一緒に人間族と魔人族が手を取りあえる時まで、

共に平和を訴えよう!……皆でリリィやイシュタルさんにお願いに行こう!」

 

あまりにも現実を無視した、そんな理想論を宣い始める光輝、いや、それは理想ですらない。

ただ彼は自分にとって都合のいい綺麗な物だけを見つめて暮らしていたいだけなのだ。

 

「くだらない男、いこ」

 

清水や遠藤の慟哭に比べ何と薄っぺらい叫びなのだろうか?と、

汚物を見るような冷たい目でユエは光輝を一瞥し、ハジメたちにここを一刻も早く

立ち去るように促す、それもそうだなと彼らが頷きあった時だった。

無視出来ぬ言葉を光輝が放った。

 

「それに……そもそもこんなに長い間戦争が続くこと自体おかしい、いや、きっと、

この戦争を影で操る黒幕がどこかにいるんだ!」

 

やはりこの男、未熟だが鋭い、勇者に選ばれるわけだと、驚きつつ半ば感心するジータ。

苦し紛れの妄言に過ぎなくても、この世界の正鵠を図らずも射抜くのだから。

光輝の顔が妙な確信を得たような、そんな不気味な表情へと変わっていく。

とびきりのイケメンであるがゆえに、それが余計に異様さを覚えてならない。

 

「だから一緒に戦おう、この間違った世界を正し人々を戦乱から救お……」

 

そこで光輝の頬が鳴った。

 

「ふざけないで!」

「ジ……ジータ」

「こっちはねぇ!一杯一杯なのよ!これ以上面倒を起こさないで」

「め……面倒とは何だ!ジータ!君は俺よりもずっと強いじゃないか!なら……」

「顔も知らない誰かの為に力を振るう余裕なんてないわ!それから下の名前で呼ばないで」

「な!自分さえ、自分たちさえよければいいのか!」

 

また頬が鳴る。

 

「天之河くんがこの世界の平和を目指すならそうすればいい、けど私たちの目的は違う

私たちの目的はあくまでも皆といっしょに無事に一日でも早く故郷に、地球に帰ることだから」

 

ただいまは何も自分たちだけの話ではない、この目の前の男にだって、

誰にだって当然、それを言う権利はあるのだ、いかに確執を抱えていようが、

それだけで見捨てるという話はない……残念ながら自らその権利を放棄した奴もいるが。

 

「お父さんやお母さんの所に帰りたくないの?それに美月ちゃんのことはどうするのよ!」

「も……もちろん帰るさ、この世界も救って、そして……」

 

口籠りつつ目を泳がせ、ハジメの姿をまた探そうとする光輝、未だ変わらずの彼へと、

ジータはすかさず釘を刺す。

 

「ハジメちゃんのせいにしようとしてもムダだから、これは私が、私自身で決めたことだから」

 

ジータは、視線を逸らさせない様に、ぐいと光輝の襟首を掴んで引き寄せる。

決して教室では見られなかった光景に、クラスメイトたちからどよめきの声が漏れる。

 

「私たちは私たちの道を選んだ、それが天之河くんが私たちに勝てないことに、

繋がったとしても、それはもう仕方ないことなのよ、どうしようもなく現実的よ!」

 

尚も言い募ろうとした光輝だが……ジータの目に涙が浮かんでいるのを見て、

何も言えなくなってしまう。

 

「どうして……」

 

ジータは光輝を突き放し、ドンとその胸を拳で叩く。

 

「そんなやり方で私たちと張り合おうとするのよ!どうせ兄さんに勝ちたいだけのくせにっ!

そんなしみったれた心根で平和を説くなんて、それこそ……」

 

オスカーやミレディの言葉が、願いが、ブルックやウル、フューレンの人々の姿が頭を過る。

 

「この世界の人たちに……迷惑よ!」

 

そう言い捨てて踵を返すジータ、もうこれ以上話すことは何もない、

話すだけ時間の無駄だし、何より苛立って仕方がない。

ハジメらも同じ気分なのか、ジータの後ろに続いていく、

さらに何人かの……おそらく光輝に見切りをつけたであろうクラスメイトが、

フザけたことに近藤ら、小悪党組を先頭にして続こうとするが。

 

「駄目だよ」

 

意外な人物の、中村恵里の声に、彼らは、そしてハジメたちさえ足を止めてしまう。

 

「光輝くんに今まで散々頼っておいて失敗したらすぐに見捨てるの?

それにみんな教室で、そしてここで南雲君のことをどう思っていたの?

強くなったからこれまでは水に流して助けて下さいなんて……虫が良すぎるよ」

 

自分の表情を見られたくないのか、恵里は顔を伏せながら続ける。

それはまるで自分自身に言い聞かせているような、そんな印象があった。

 

「南雲君たちの所に行っていいのは……香織ちゃんと……」

「シズシズだけだよっ!」

 

横合いから口を挟む鈴、恵里の肩がピクンと跳ね上がる。

ともかく二人の言葉を受け、クラスメイトの目が雫に集まる、しかし……。

やはり雫は静かに首を横に振った。

 

(やっぱり私は……)

 

ここで光輝を見放せば彼は間違いなく壊れる、そういう危うさを雫は感じ取っていた。

 

(そして舵を取る者がだれもいなくなった船は……)

 

それに彼女もどうしていいのか分からないのだ、何しろ……。

こんな天之河光輝を見るのは初めてなのだから。

そう……まるで産声を上げる赤子を見てる様な感覚を、彼女は光輝に対して覚えていた。

 

雫はジータと香織にも、私に構わずに……と、今度は力強く首を横に振る。

 

(やっぱり私は光輝を……ううん、皆を放っておけない、だから……)

 

それは自分の目的を、戦場を定めたという意思表示だった。

決意を込めたその瞳を見てしまうと、もう二人は何も言うことが出来なかった。

だから……っと、大事な事を忘れるところだった。

 

「ハジメちゃん、あの刀」

 

ジータに促され、ハジメは"宝物庫"から黄金の鞘に入った刀、いや太刀を取り出し

ジータに手渡す、それを両手に抱えてジータは雫へと駆け寄り、太刀を彼女の掌に置いた。

 

「これは?」

「雫ちゃん、訓練の時から刀が欲しいって言ってたでしょ?だからハジメちゃんに、

作って置いて貰ってたんだ、それにさっきの戦いで剣折れちゃってたし」

 

「香織ちゃんもこっちに来ることになったしね……それから……

 

がるると今にも吠えだしそうな顔をしている光輝に、横目でステイステイと、

子犬をあやす様な、傍から見ると煽ってるとしか思えない仕草を見せつつ、ジータは続ける。

 

「アイツのお守の、せめてものお礼というか、ああでも刀というより太刀に近いけどね」

 

ウルでの戦いがあったあの日、空の世界とトータスが僅かな時間ではあったが繋がって以降、

ジータらにとっても、いくつかの変化があった、その一つが天星器の解放である。

 

本来、ジータらの扱う武器に関しては、メンテナンスはともかく、

ハジメの能力を以てしても、その完全な解析は不可能であり、

従って銃弾などのごく一般的な消耗品(それも互換品レベルだが)を除いて、

生産も当然不可能であり、またジータたち空の世界の力を宿す者以外が

装備しても、その能力を発揮することは無かった。

 

しかしこの天星器、"依代"と称される朽ち果てた武器に力を宿し錬成を重ねることで

完成し、ようやく本来の力を発揮させることが出来るようになるのだが、

この実体化され、完成した天星器、なんとハジメたちにも装備が可能だったのだ。

 

ただし、この天星器、またの名を十天武器、

十天というだけあって、槍・弓・斧・短剣・杖・拳・剣・刀・琴・銃と十種類があるのだが、

要求される工程、そして錬成するのに必要な素材・何より魔力が甚大なため、

完成させられるのはおそらく各種それぞれ一本が限界だった。

 

実際、錬成を終えたハジメは丸一日ベッドの上から起き上がることが、

出来なかったのだから。

 

「そんな貴重なものを……ありがとう大事に使わせて貰うね」

「正式な名前は八命切・蒼天って銘みたい、抜いてみて」

 

雫が、ジータに手渡された太刀を黄金の鞘からゆっくり抜刀すると、

蒼天の銘の通り、蒼く輝く刀身が現れた、その澄み切った光は文字通り

澄み切った曇りなき青空を彷彿とさせた。

 

すぅと息を吐き、雫は彼らの前で受け取った太刀を一振りしてみる、

それだけでも全体のバランスの良さと、風すら切り裂きそうな手応えを感じ取ることが出来た。

……まさしく驚嘆すべき業物である。

 

「凄い……それに」

「?」

「……感じるの、この太刀から……ううん、この刀本来の主の何かというか

そんな意思を」

 

そういえばハジメも似たようなことを口にしていた、この太刀を完成させた夜、

角を生やし、歌舞伎役者のような隈取を顔に付け、漆黒の陣羽織を纏った、

獅子の如き白髪の巨漢が現れ、天晴れ也、善き哉と褒められる夢を見たと。

 

「きっと雫ちゃんの……ううん、皆の守り神になってくれるよ」

 

宝物を手にするように笑顔で太刀を両腕に抱え持つ雫、その笑顔とそして決意が、

どれほどの業物であったとしても、たかが武器一本、釣り合うとは思えない。

しかしせめて託させて欲しい。

 

そして相も変わらずの険しい顔の光輝へ、いや、彼のみならず居並ぶ全員へと

ジータは叫ぶ。

 

「雫ちゃんを悲しませたら、今度こそ許さないからっ!」

 

それだけを口にして、ジータはハジメらを伴い足早に光輝らを置いて、

騎士団の詰め所へと向かう。本当に今度こそこんな所に長居は無用だとばかりに、

 

その背中に光輝の叫びが木霊する、誰も悪くないが故の行き場を失った、

正しさの残りカスが彼を叫ばせる、その響きは母の胎内という理想郷から、

ままならぬ現実へと生まれ出でた、まさに赤子の産声だった。

ただ、この世界の現実は、生まれたての赤子に取っては、あまりに残酷だった。

その事をそう遠くない日に彼は思い知ることになる。

 

「認めない……南雲、俺はお前を……」

 

光輝はハジメの背中を睨みつける、この叫びが生まれて初めての八つ当たりなのは、

流石の彼とて百も承知だ。

 

「俺はッ!俺の正義で必ずこの世界の戦争を止めて見せる、そして

お前から香織を!そしてジータを必ず取り戻す!」

「やめろ!お前の……俺たちの負けだ!まだわからねぇのか光輝」

「やめなさいっ、もう止めて」

 

ああ、無様だ、情けないと自分で思いながらも、何故か言葉が止まらない、

勇者としてリーダーとしてあるまじきことだと自覚していても、

生まれて初めての荒れ狂う感情の波に翻弄され、抗うことはままならない。

制止する龍太郎と雫に構わず、さらに光輝はユエたちにまでも言及する。

 

「君たちもだ!誰が正しいのか、その目で確かめさせてやるっ!」

 

ユエがメドゥーサの肩をポンと叩き、それを受けた彼女の目が輝きを放つ。

 

「ウッ!」

「ム……ムムムッ」

「うぐぐぐぐぐっ!」

 

光輝一人だけを固めるつもりだったが、少しやり過ぎてしまった。

龍太郎と雫までも石に包まれ、三人は呼吸が出来ずに三者三様の呻き声を上げる。

仕方ないなとメドゥーサは、ハンマーで三人の顔に空気穴を作ってやり、

 

「時間たったら元に戻るけど、あんまり苦しそうだったら砕いたげて

あんまり強く叩くとケガしちゃうかもだから、そっとね」

 

恵里にそれだけを伝えて、そしてまたハジメたちを追ってその場を去っていく。

 

そんな彼らの背中と、そしてぜーぜーと石の中で息を荒げている光輝を見比べる恵里、

顔を伏せたままの表情は未だ伺いしれなかったが、その手は小刻みに震えていた。

 

(ボクだって……ホントは)

 

 

騎士団詰所、その執務室内にてメルドは件の書類にサインをし、ジータへと手渡す。

彼の要望でハジメたちは外で控えている、つまり現在部屋にいるのは、

ジータとメルドの二人だけだ。

 

「これでもうお前らは騎士団の、引いては俺の下から完全に離れるわけだ

さて、その上で最初に頼みたいことがある」

 

一呼吸置いて、メルドはジータへと机越しに頭を下げた。

 

「頼む!お前さんだけでも残ってくれないか、光輝はもう……無理だ!」

 

その言葉は騎士団団長のそれではなく、弟を思う兄の叫びだった。

 




とりあえず残留を決めた雫ちゃんにちょっとしたプレゼント。

感想でも度々書いてはいるのですが。
光輝の原作終盤での数々の失態は、南雲は人殺しだから俺の方が正しいで
半ば思考停止してしまったのが遠因だと考えてます。

ですから本作では強制的に自身と向き合わせることにしました。
その結果、氷雪迷宮を先取りしてるかのような展開になっているようにも思えますが。


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ラ・ピュセル

ここで新キャラ登場。
この出会い、必然か偶然か。


「今のあいつには、命を背負う重さに耐えられない……若者に試練を与えるだけが、

大人じゃない、重荷を取り除いてやるのも大人の義務だ」

「今、彼から責任を奪えば……彼は暴発しますよ、間違いなく」

 

正義だの努力だのと言っていても、結局は誰かに認められること、

必要とされること、そしてその期待に応えること、

それが天之河光輝のアイデンティティだとジータは思う、

一日にしてそれを剥奪されれば、どうなるか。

 

「無論、あいつから全てを奪いはしない、しかし云わば張子の虎になって貰うことを

素直に受け入れるとは思えんのでな、そして」

 

あくまでも"象徴"として扱うということか、しかし。

 

「神の使徒そのものが張子の虎の集団であってはならない……そういうことですね」

 

確かにクラスメイトたちは、あまりにも天之河光輝という存在に依存しすぎている、

その旗をいきなり降ろされればどうなるかは想像がつく。

 

「もちろん、勝手な話だとは分かっている、しかしこのままあいつらが空中分解していく

様を見過ごすわけにはいかんのだ……お前と光輝が確執を抱えていることは承知している!

それでも」

 

また改めてメルドはジータへと頭を深々と下げる。

 

「あいつらの旗印になってくれ、せめて浩介のように……誰かに左右されることなく

一人で判断できるようになるまでは」

 

渋面のメルド、その表情は中間管理職のそれを髣髴とさせた。

わざわざ自らの指揮下から離れることを了承しておいて、それからあえて

対等の立場で頼みごとをするあたり、生来の人の好さが滲み出ている、

そんな男である、団長というのはやはり彼にとって枷のようなものなのだろう。

 

「いっそ、彼の言うとおりに……神の使徒の言に従って平和を模索してもいいのでは?」

「誰だって理屈では分かっているさ、これ以上戦争を続けても何の益にもならぬことくらい」

 

ジータの問いにメルドは溜息交じりに応じる。

 

「だが……この国には親を子を友を魔人族に殺された者がどれだけいると思っている?

かくいう俺もついさっき部下を殺された」

 

メルドの語気が強くなっていく、その胸中はいかばかりだろうか?

 

「そんな時に神の使徒が、勇者が現れた、皆が何を思ったかはわかる筈だ」

「これでやっと、魔人族に復讐が出来る……と」

 

メルドに応じつつも、自分の声が震えているのを自覚するジータ。

 

「恨みや憎しみは理屈では解決できない……お前たちも檜山を許すつもりはないのだろう?」

「……」

「理不尽に大切を失った者は、それ以上の大切を失った者の言葉にしか耳を貸さん

もしもアイツの願いが叶うとすれば……それは」

 

床に視線を落とすメルド。

 

「誰よりも多くの魔人族を殺し、誰よりも多くの友を失った時だけだ、俺はアイツに

……いや、アイツだけじゃない、雫にも、龍太郎にも、浩介にも、

誰にもそんな風になって欲しくはない、お前だってそうじゃないのか?」

 

返す言葉が出ない、自分とて、ハジメがそうならないように心を砕いてきたのだから。

いや、ハジメだけじゃなく、クラスメイトの皆がそうなっていい筈などない。

それに……きっと魔人族を滅ぼすことは、

この国の国是であり、聖光教会の教義でもあるのだろう。

自身の良心と国家への忠誠の間で揺れ動くメルドの心中は察するに余りあった。

 

「まして教会からも迫られているんだ、彼らの初陣はまだかと」

「あ、教会なら、問題ないと思いますよ」

 

ジータは檜山の手配書をメルドへと手渡す、その内容に複雑な表情を見せるメルド。

 

「騎士団としても厳罰を主張したんだがな、連中め、思わぬ形でツケを払うことになったか」

 

檜山を事実上不問に付したのは、体裁を重視した教会や王宮の意向によるものだ。

その結果が、脱走、ひいては裏切者を生み出すこととなった、

この不名誉は拭い難きものである。

瓢箪から駒、確かに今後、教会も王宮も騎士団について口出しは控えるだろう。

 

ジータもジータでまた考えを巡らせる、このままパーティを二手に分け、

こちらは神山にあるバーン大迷宮に臨むというのも手の一つだからだ。

 

……しかし、ウルで再会した際のカリオストロの言葉が頭を過る。

 

『テメェらの繋がりが元々の物なのか、それともこっちに来てからなのかは

判断がつかねぇが……まぁ離れないことが一番だろうぜ』

 

実際地球にいた頃、暫く彼女はハジメのいる日本を離れ、

海外で生活していたことがあったのだが、特に問題はなかったのも事実である。

ここトータスに於いても、一応フューレンにいた際、ソ〇ルジェムのように一定距離離れると

お互いにポックリというのは絶対に避けたいとのことで、何度か距離的な実験は行っており、

単純に離れることに関しては、おそらく問題はなさそうという実感はあるのだが。

 

(少し勿体ないかもだけど、仕方ないよね)

 

一つだけ手はあった、ここで切るのはやや惜しいが、ある意味天の配剤だったのかもしれない。

ジータはステータスプレートに視線を落とす、その先には、"団員LV3"と記されていた。

ハジメたちにはまだ知らせていない、街を出て落ち着いた所で改めて伝えるつもりだった。

とりあえずメルドの頼みの件も含めて、了承を得なければならない、

一旦部屋を出、ハジメらの元へと向かうジータだった。

 

 

ハジメらの承諾を得、改めて召喚、もといガチャに臨むジータ。

その承諾の中には、万が一の時はパーティーを二手に分ける、ということも含まれている。

その万が一とはメドゥーサのようなワガママ娘や、あのいけ好かないエウロペのようなのが、

来てしまったら、ということだ。

とはいえど、多分そんなことにはならないだろうという、確信めいたものを

ジータは感じていたのではあるが。

 

メルドのみならず、ハジメらも見守る中でジータはガチャを回していく。

 

(カリオストロさん、シルヴァさん、今まで私たちが望んだ通りの人が来てる

だから今度も……お願いっ!)

 

何度かのトライの後、部屋が虹色の光で満たされた。

 

 

「ぐはっ!ぜーぜー」

 

クラスメイトたちがハンマー片手に、雫と龍太郎の発掘ならぬ救出を行ってる中、

また面倒を起こすだろうと、後回しにされていた光輝が自力で石像の中から脱出する。

その壮絶な様に愕然とする一同、やはりこの男の能力はズバ抜けている。

 

「ジ、ジータ?ジータたちは?」

「騎士団の詰所に向かったけど……待って……」

 

自分が今回勇者として有り得べからざる失態を演じたことは流石に理解できる。

もしも先程の件がメルドの耳に入れば……。

弁解のために光輝は綾子の言葉を最後まで聞くことなく、詰所へと足を走らせる。

 

今度こそ上手くやれる、だから俺から勇者を取り上げないで欲しいと、

心の中で叫びながら駆ける光輝、やはりこの少年、問題の本質を未だ理解していなかった。

勝手知ったる何とやら、光輝は詰所に駆け込むと、そのまま真っすぐ奥の執務室へと向かう。

 

「メルドさ……」

「開いているぞ、入れ」

 

まるで来るのが分かっていたかのような、そんな声がドアの向こうから聞こえてくる。

光輝が恐る恐るドアを開けると、そこには机の上に両手を組み、黙然と座る、

メルドの姿があった。

 

「光輝……わかっているな」

「お……」

 

その言葉には何者をも沈黙させるに足る迫力があった、何よりその鋭き眼光に、

弁解の言葉など吹き飛んでしまう。

 

「お前の此度の一件、勇者、ひいては人間族の旗手として到底弁解しえぬ物だということを」

「しかっ……」

 

反射的に反駁しようとする光輝であったが、

再びメルドの眼光に射すくめられると何も言えなくなる。

 

(ほう、怖れを知るようになったか)

 

昨日までの光輝ならば、仔細構わずに思ったままのことを叫んでいたに違いない。

そういう意味では、やはり敗けを知ることは無駄ではなかったのだなと思いつつも

メルドは続ける。

 

「俺は正直、今のお前には友の命を、王国の、人間族の運命を背負う資格が無いと思っている

ゆえに、勇者としての責務から、解放してやりたいとも」

「それはっ……俺がもう用済みということですかっ!」

 

メルドへの怖れよりも、自身が見捨てられるという未知の恐怖の方が勝ったか、

結局、いつものように食ってかかる光輝。

これも予想していたか、やれやれといった風に光輝を見やるメルド。

 

「口を慎め光輝、言葉が過ぎるぞ!」

 

メルドの一喝に、縋るような目を向けてくる光輝、

そんな彼の仕草に、メルドは明らかな違和感を覚えていた。

 

(なんだこの反応は?これではまるで……玩具を取り上げられた幼子ではないか)

 

これは怖れを知ったとか、単にそういう話ではないように思えた。

しかし、だからこそ、この未熟者をもう一度鍛えなおす絶好の機会のように、

メルドには思えてならないのも事実だった。

だが、それは自分の役目ではない、自分よりそれに相応しい存在が、すでにこの地に

降り立っているのだから。

 

「だが……彼女がお前にもう一度チャンスを与えて欲しいと言ってきたのでな、

今回だけだ、もう期待を裏切るなよ」

 

メルドは自ら執務室の隣の応接室のドアを開ける、そこから姿を現したのは……。

 

 

百合の髪飾りをあしらった豊かな黄金の髪に豪奢な白いドレス、

そして左手に剣、右手に旗を掲げた、まさに姫騎士……いや、聖乙女、

そんな言葉が相応しい麗しき美少女だった。

 

 

「ジータが喚び出してくれた、新たな仲間だ、名は」

 

メルドの紹介を少女は手で制する。

 

「私の名はジャンヌダルク、かつて君と同じく世界を救えと啓示を受けた者だ」

「ジャンヌ……ダルク」

 

その名には聞き覚えがあった、祖国を、人々を救わんと戦い続けた果てに、

最期はその愛し守ろうとした人々らの手により、火刑台へと追いやられた、悲劇の聖女。

彼女の伝記を読んだ幼き日、憤りのあまり眠れなかったのを光輝は今でも覚えている。

自分がその時傍にいたらきっと、必ず助け出すのにと。

 

その聖女と、同じ名前を冠する少女が自分の目の前に存在している。

しかも、自分が思い描いた理想の姿をして、声は思ったよりも野太かったが……。

 

「勇者よ、君の話はジータから聞いている、共に世界の救い手となりましょう」

「あ……あ……」

「今後は許可なく王宮、そして神山への出入りは禁止とする!精々鍛え直して貰え」

 

伝説の聖乙女を前に、溜息しか漏らすことの出来ない光輝、

メルドの言葉も耳には入っていたが、自分の頬が熱くなっていく感触を覚えながら、

ただ上の空で頷くのみだ。

白崎香織にも八重樫雫にも蒼野ジータにも感じることの無かった何かが、熱い高鳴りが、

自分の胸の中から溢れ出ようとしていた。

 

(まだ俺の……俺の正義は終わっちゃいない、今度こそ必ず、ジャンヌさんと共に!)

 

「こちらこそ頼む!共にこの世界を救おう、そして願わくば君も俺に救わせて欲しい!」

 

高らかに叫ぶ光輝、自分の放った最後の言葉に、

ジャンヌが悲痛な表情を垣間見せたことにも気づかず。

 

(やはり……似ている、"闇"を知らなかったかつての私と)

 

 

すでに西に沈みつつある夕日を追いかける様に、ホルアドを抜け、砂漠地帯へと向かう

ハジメら一行。

 

「ヒャッハー!ですぅ!」

 

魔力駆動二輪を自在に操り、ご機嫌な声を上げるシア。

 

奇声を発しながら右に左にと走り回り、ドリフトしてみたりウイリーをしてみたり、

その他にもジャックナイフやバックライドなど、

プロのエクストリームバイクスタント顔負けの技を披露している。

 

「こっちも負けてらんないわよ!メドゥシアナ!」

 

シアの後を追うように、相棒の大蛇を操り地を駆けるメドゥーサ。

地響きを上げ、砂塵を巻き上げながら進む巨大な姿は、軽快さよりも、

重厚さで対抗といった所か。

 

「風が語り掛けてるみたいですぅ」

「うまいっ!うますぎるっ!」

 

四輪のハンドルを握りながらシアの言葉に、思わず合いの手を入れてしまうハジメ、

そんな彼の姿に、クスリと笑いながらもジータらに話しかける香織。

 

「きれいな人だったね、ジャンヌさん」

「うむ!あれぞまさしく勇者、英傑じゃ、かの天之河のよき模範となるであろう、それに」

 

少し気持ち悪い……いや、翳りのある笑顔を浮かべるティオ。

 

「全裸でひれ伏し、駄竜に堕ちたこの身を謝れば、その美しき裸足で踏んで貰えたかも

……いやいや妾が躰を許すはご主人様のみ」

「やっぱり、天之河くんのお守にはちょっと勿体なかったかもね」

 

しかしそれは他ならぬジャンヌ自身が望んだことだ、悩める勇者の導き手になりたい

そういう男ならば尚の事放ってはおけないと。

……そう語る彼女の少し寂しげな目が気にはなったが。

 

「俺たちの世界のジャンヌ・ダルクもきっとあんなんだったんだろうな」

「天之河くんだけじゃなくって、雫ちゃんの助けにもきっとなってくれるよ」

 

ハジメとジータも手放しでジャンヌを称賛する、

しかし、そんな中、シアは何やら思うところがあるようだ。

 

「そう……でしょうか?」

「そうよ!あの子はねぇ、人の身でありながら光の天司メタトロンの使徒に

選ばれる程なんだからねっ!」

「……心配いらない、んっ、彼女は本物」

 

メドゥーサのみならずユエまでもが、それこそ光輝などとは比べ物にならぬほどの、

ジャンヌの"カリスマ"にあてられたのか、彼女を称える言葉を口にする中、

やはりシアは少し腑に落ちない表情のままだ。

 

(あれは気のせい……だったでしょうか?)

 

未来視を持つシアだからこそ気が付いた、見えてしまった。

ほんの一瞬ではあるが、ジャンヌの背後に、悲しみに満ちた深い闇が広がっていたのを。

 

そして、その未来は遠からず的中することとなる。




光輝君に誰を付けるのかというのはかなり悩みました。
ですが、やっぱり似た者同士って印象もあるので、ジャンヌかなと

次回、聖女と勇者、刀神とサムライガール



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勇者と聖女

勇者が名も無き者の為に戦う存在ならば、それを動かすのは
やはり名も無き者の声。

サムライガールと刀神の話は次回に。




宿場町ホルアド。

 

束の間の自由時間、光輝はジャンヌを誘い、薄暮の街を案内していた。

本当は雫や龍太郎も誘いたかったのだが、雫は夕食を済ませるや早々に床に就き、

龍太郎は、あんなことがあったにも関わらず、いやあんなことがあったからこそだろうか?

相も変わらず自主トレを続けていた。

 

水路に架けられた小さなアーチを描く橋の上で、夕闇に薄く染まる水面と、

そして隣で物珍しそうに異世界の街並みを眺める少女の美しい横顔を、

交互に見つめながら、光輝はポツリポツリとジャンヌへと語っていく。

 

「君はそっくりなんだ……」

 

もちろん遙か昔の人物、会ったことなどある筈もない、

しかし目の前の少女は、まさしく光輝の思い描くジャンヌ・ダルク、

救国の勇者、伝説の聖女そのものの姿だと確信を持っていた。

 

「俺たちの世界にもジャンヌ・ダルクって女の子がいてさ」

 

光輝は幼き日の記憶を手繰り、ジャンヌ・ダルクの半生を、悲劇の聖女の物語を、

ジャンヌへと語って聞かせる。

平凡な村娘が、祖国を人々を救えと啓示を受け、神聖な戦いへと身を投じる。

語りながらその姿は何となく今の自分にも似ていると光輝は思った。

 

そして少女は見事に人々と共に戦いに勝利し祖国に平和をもたらしたのだが、

しかしその平和は仮初のもの、だが、戦いに倦み疲れた人々は、

真の平和の為に尚も戦わんとするジャンヌの存在を今度は忌み嫌うようになっていく、

そして……。

 

「……一晩中、眠れなかったさ、悔しくって」

 

裏切者の、魔女の烙印を押された少女は愛し守ろうとした民衆たちの手により、

火刑台へと送られる、国のため、人々のため戦い続けた少女が、

何も報われることなく、言われなき罪を着せられ処刑される、

こんなことが許されていい筈がない。

 

「だから俺は……正しい者がちゃんと報われる、そんな世界を……」

 

声を詰まらせる光輝の頬へと、ジャンヌはそっと手をやる。

いつもの光輝ならば、こんな時、笑顔と共に、ありがとうの一言を添えるのだが。

何故かジャンヌの顔が目に入ると、髪の香りが鼻腔を擽ると、

それだけで頬が熱くなり、そこで何も言えなくなってしまう。

 

「きっとその彼女は……私と同じ名を持つ彼女は……」

 

静かに、しかし口元に柔らかな微笑を湛えながら、ジャンヌは続ける。

光輝にとってあまりに予想外な言葉を。

 

「満足していたのでしょう」

「どうしてですかっ!」

 

流石に声を荒げる光輝へとジャンヌは諭すようにまた微笑む、

その微笑みがあまりに眩しく思え、また光輝は眼を逸らしてしまう。

 

「世界によって選ばれた者は世界によって棄てられる、当たり前のことです、そして」

 

ジャンヌは光輝が腰に差した聖剣へと視線を移す。

 

「私も、君も……選ばれてしまった」

「だからこそっ!」

 

義務を果たした者には、それに相応しい感謝と栄光があって当然、

そんな思いを隠さない光輝へと、ジャンヌは静かに首を横に振る。

 

「……選ばれし者の責務とは……名も知らぬ者の大切を守るために、

名も知らぬ者の大切を奪い、奪われた者の怨念を背中に背負い、

いつか訪れるであろう終焉を待ち望む存在」

 

ただ静かに、淡々と光輝の思い描く勇者道とはあまりにも乖離した、

残酷な事実を、自らが思い描いた勇者そのものの姿で告げていくジャンヌ。

 

「他ならぬ愛した国から民から必要なき者と見做されることで、

ようやく彼女の魂は救われ、自由を得たのです」

「嘘だ……そんな……嘘だっ!」

 

喘ぐように視線を宙に泳がせる光輝。

それは……人の歩んでいい生ではない、それはただの都合のいい使い捨ての道具だ。

 

「俺も、それに君だって道具なんかじゃない!そんな悲しい生き方があっていい筈がない!」

 

ジャンヌの肩を抱き寄せる光輝、その勢いのままに言葉を紡ぐ。

 

「君だってそうじゃないか!俺は……君がさっきバターたっぷりの甘いクッキーを

美味しそうに食べているのを見た、あれがきっと君の本当の姿だ……だからっ」

「ありがとう光輝……君は優しい人だ」

 

肩に乗せられた光輝の掌にジャンヌは自らの掌を重ねる。

 

「ですが、この身体はもはや血と怨嗟に染まり切っている……」

 

穢れとは一切無縁に思える純白のドレスを翻すジャンヌ。

しかしその瞳はいずれ自分もと問うているように、光輝には思えてならなかった。

 

「それでも……あらゆる世界に生きる人間は皆等しく幸せになれる権利がっ……ある筈なんだ!」

 

だからきっと……それでもジャンヌは悲し気に頭を振る。

 

「そう、だがその範疇に私たちは決して含まれない、含まれてはならないのです

大切を守るために大切を奪わねばならぬ、私たちは決して」

「ジャンヌさんは……それでいいんですかっ!そんな悲しい最期を迎えることになったとしても」

「私が逃げても……誰かが代わりをやらされるだけです」

 

いや、違う……渡したくはないのだ、その果てにどれほど残酷な最期が待っていたとしても、

自分もまた大いなる神に啓示を受けたことに、"選ばれた"ということに、限りなき使命感と、

そして棄てられぬ誇りを抱いているのだから。

 

"選ばれる"という、決して手放せぬ無意味な誇りに躍らされる、そういう意味でも、

自分とこの目の前の少年は似ているとジャンヌは思っていた、そしてその一方で、

こうも思っていた、まだ間に合うと。

 

「君には……私のようにはなって欲しくはない、地を這い、泥を啜り、

希望という名の決して届かぬ一縷の光に手を伸ばしつづけるような生き方は

して欲しくない」

 

何も言い返せない光輝。

いつもの彼ならば、俺が何とかしてやる、俺が守ってやる、だのと

威勢のいい言葉を飛ばすのだが、まるで喉から言葉が出ない。

 

ただ圧倒されているのだ、自分と殆ど年齢も変わらないであろうこの少女の

抱える苦しみ、そしてその苦しみすらも背負う覚悟、そして苦しみを一身に背負って尚、

眩いばかりに輝くその姿、その精神を目の当たりにして。

 

それは只の大人に過ぎないメルド・ロギンスや、同級生であり友人に過ぎない

南雲ハジメや蒼野ジータには決して感じることがなかったものである。

 

(俺には何も出来ないのか?俺に出来ることは本当にないのか)

 

必死で頭を、いや心を巡らせる光輝。

それはいつもの単なる義務感や道徳感から来るものでは、決してなかった。

 

ここで街中に鐘が鳴り響く、どうやら時間のようだ、

王宮や神山への出禁に加え、今後は全ての行動に制限と監視を付けると言い渡されている。

ましてああいう事をやらかしておいて門限破りなど、言語道断だ。

 

「帰りましょう、ジャンヌさん」

 

それも仕方ないことだ、自分はそれだけのことをしてしまったのだからと、

光輝は思いつつ、少し助かったと大きく息を吐く。

 

「ありがとう、だが私はもう少しこの世界の空気を味わっておきたい」

「……しかし」

「大丈夫、あの大きな建物でしょう?道くらいはわかります」

 

刻々と深くなる宵闇に促されるように、橋を降りる光輝、最後にもう一度ジャンヌへと

声を掛ける。

 

「俺は……君、いやあなたに何が出来るかは今は思いつきません……それでも」

 

今の自分にはあまりにおこがましい事かもしれない、それでも。

言わずには、願わずにはいられなかった。

 

「あなたの……なんでもいい、何かをいつか俺に守らせて欲しい」

 

そのために何をどうすればいいのかは、分からないし、言葉も続かない、

それでもいつかジャンヌが戦いの責務から解放され、

口一杯にクッキーを頬張る姿を見たいと、光輝は思った。

 

 

ジャンヌと別れ、急激に暗さを増す街の中を足早に宿舎へと向かう光輝。

その足に何かがぶつかる。

 

「イテっ」

 

見ると、まだ幼い少年が膝を摩りながら、涙目になっている。

 

「ごめんね、大丈夫かい」

 

光輝が少年を優しく助け起こすと、少年も強がるような目で彼を見つめ返す。

何となく幼き頃の自分を思い出し、少しこそばゆい気分を覚えたところで、

光輝を見つめる少年の瞳が熱を帯びていく。

 

「ねぇねぇ!お兄ちゃんゆーしゃ様でしょ!司祭様とお話してるのオイラ見たんだ!」

 

確かに何度かホルアドの聖堂に足を運んだことはあったが、こんな子供はいただろうか?

 

「ああ、そうだよ」

 

ともあれ別に隠すような事でもない、道場の子供たちに接するように、

微笑みを浮かべながら、ポンポンと少年の背中を軽く叩いてやる。

 

「でも、子供はもう遅いから早くパパやママの所に帰るんだよ」

「パパもママもいないんだ」

「お仕事かい?こんな遅くまで偉いね」

「……ううん」

 

寂しげに少年は頭を振る。

 

「殺されちゃったんだ、魔人族に」

「!!」

 

まるで予想外の、いや戦乱の世界ならば予想出来て然るべきな言葉に絶句する光輝、

さらに少年は屈託のない、まさしく憧れのヒーローを見る瞳で、

戦慄すべき無邪気な願いを口にする。

 

「だから早く魔人族ブッ殺してよ!ゆーしゃ様!父ちゃんと母ちゃんのカタキを取ってよ!」

 

足がふらつくのを感じる、立っていられない。

 

「ねーオイラと約束してよ!ゆーしゃ様!指切りしようよ!」

 

歯の根が震えて止まらない。

何も言葉が出て来ない、何も話せない理由は、自分でも分かっている。

この少年は、天之河光輝の言葉など求めてはいなかった、自分の代わりに、

復讐を果たしてくれる勇者という記号の存在に、約束を求めているのだから。

 

それが道具の生でなくて何だというのだ。

 

膝を衝いてしまった光輝の顔をきょとんと覗き込む少年。

 

「ねーおなかいたいのー?あ、おねーちゃんーゆーしゃさまがねー」

 

新たな人物の気配に視線を上げると、修道服を身に纏った少女が、

少年に手招きされて、此方へと足早に向かってくるのが見えた。

 

 

聞けば町外れにある孤児院の子供たちなのだという。

 

「ごめんなさい、聖堂には私たちは立ち入ってはならない決まりなんです、なのに

あの子ったら」

「いえ、いいんですよ」

 

少し妹に、美月に似ているなと、シスターの姿を見て思いながら、

ようやく落ち着きを取り戻す光輝。

 

「どうか、この件はご内密に、私たちのみならず勇者様もお叱りを受けてしまうことに

なっては申し訳が立ちません」

 

常に三十分前行動を心がけている光輝である、まだ時間に余裕はあるのだが、

それでもお叱りという言葉に、少し門限が頭にチラ付き出す。

そんな彼の心中を知るや知らざるか、シスターは少年を背中にしがみ付かせたままで話を続ける。

 

「この子は……いいえ、この子だけじゃなく皆、魔人族に家族を殺されているんです」

 

その"皆"には自分も含まれているのだろう。

 

「ですから早く、あんな可哀想な子供たちがいなくなるように」

 

美月と、自分の妹とそう変わらぬ年頃であろうシスターは跪き、光輝へと祈りを捧げる。

 

「偉大なるエヒト様の加護の下に、どうか憎っくき魔人族を一人残らず

皆殺しにして下さいね、勇者様」

「!!」

「約束だよっ!」

「これっ!勇者様に失礼でしょ!帰るわよっ!」

 

へたり込む光輝、町外れへと去り行く彼らの背中を直視することは、

さしもの彼にも出来なかった。

そして喉の奥から、生臭くそして酸っぱい何かが込み上げてくる。

 

「俺は……俺たちは……道具じゃ……記号なんかじゃ……ない」

 

腰に下げた聖剣がカランと石畳の上に転がる。

自身の誇りと、そして正しさに拠って選ばれた証だったその剣が、

今や自分に取っては酷く禍々しい呪いの象徴に思えてならなかった。

 

「何が……平和だ……何がっ!勇者だっ!……うぷっ」

 

失った者の剥き出しの憎しみをマトモにぶつけられ、自分の甘さをまたも思い知らされ。

つい先頃食べたばかりの夕食の中身を全てぶちまけてしまう光輝。

 

(ジャンヌさんは……こんな地獄とそして悲しみの中で……そんな俺は)

 

彼女に何を言った!決して救われないと知って尚、未来へと進む誇り高き少女へと

守らせて欲しいだと!何たる思い上がりだ!恥知らずにも程がある!そして何より……。

 

(俺はいつまでこのままでいるんだ!)

 

このトータスに来て、誰もが嫌が応にも変わっていった、変わらざるを得なかった。

その間、自分は一体何をしていた?

そのそも救おうとしているこの世界の、そしてそこに住まう人々の、

何を自分は知っているのか?理解しているのか?

 

己こそが善であり正義であるという考えを、彼が抱き続けていたままならば、

ここまで辿り着くことは出来なかっただろう、しかし、

己の権限、そしてこの世界のルールに従いあの魔人族の女を斬ったメルドは悪か?否である。

クラスメイト達が一刻も早く日本へ、家族の元に帰れる方法を求めているハジメやジータは悪か?それも、もちろん否である。

 

彼らの正しさに打ちのめされ、さらに自分が思い抱いた真なる正しさの象徴たる、

ジャンヌとの出会いによって、根本的には変わってないにせよ、僅かながらではあったが、

自身に疑いを抱くことが、今の光輝には可能となっていた。

 

水のせせらぎが耳に届く、光輝は反射的に聖剣を川へと投げ込もうとするのだが。

 

(出来ない……ッ)

 

ここでこの剣を棄ててしまえば、もう自分は二度と立ちあがる資格を……

脳裏に過る男たちの隣に、何よりジャンヌの隣に立つ資格を、失ってしまう。

 

「なら俺の……為すべきことは、立ち向かうべきは」

 

心は未だ柵に縛られ、身体は吐瀉物に塗れていても、

その目は輝きを失ってはいなかった。

 

 

そして橋の上には一人佇むジャンヌ。

 

「ありがとう……光輝、だが君はまだ知らない、正義の、そして選ばれることの残酷さを」

 

月光に照らされたジャンヌの身体が少しずつ変化していく。

豪奢な金髪は煤けた白髪に、純白のドレスは煽情的なキャミソールへ、

手にした剣は血のような赤に染まり、そしてその背中には魔を思わせる翼が生えていた。

 

「私のこの姿を……光を求めた果ての姿を君が知れば、

きっと君が守りたいと言ってくれた、ジャンヌダルクは死ぬのだろう……しかし」

 

星空を見つめながら、まだ光輝の温もりが残る掌を、悲し気にジャンヌは撫でる。

 

「それでもきっと君は歩み続けることを止められない……恐らくは」




後半のパートは少しあざとかったかもしれません。
プロットでは実際に孤児院に皆で訪ねていく予定だったのですが、
あまりのグロ展開に、考えてるだけで吐き気を催してしまったのでナシに。

ともかく勇者からは逃げられない、という話。
今回の話はどちらかというと型月の世界の勇者・英雄観に近いかもしれません。


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サムライガールと刀神


今回は短めです。


 

「真剣を枕元に置いて寝るなんてね」

 

いつの時代のお姫様なんだろうかと雫は思う。

だが、八命切なる太刀から放たれる光を見た時から、その輝きに雫は魅せられてしまっていた、

そう……まるで。

 

(サンタさんを待ち望む子供みたいね、今の私)

 

そう思うと、また胸が躍るのを抑えられない。

雫は姿見へと向かい、また八命切を構え、その輝く刀身を抜き放つ、

普段の彼女を知る者にとっては信じがたい姿である。

八重樫雫という少女は、徒に力を奮うことを何よりも厭っているのであるのだから。

 

そう、刃を、武器をただ徒に弄ぶなど以ての外、固く父親や祖父から、

言い渡されていることである、しかし、その言いつけを半ば無視せざるを得ない、

抗えない妖しい魅力が、その太刀には秘められていた。

 

(……この刀があれば)

 

雫は夢想する、あのオルクス大迷宮での出来事を、

……この太刀を自在に振るい、魔物たちを斬り裂き、活路を開く己の姿を。

いや、斬るのは魔物だけではない、そうだ……あの魔人族も斬ろう。

そうすればメルド団長の手を煩わせる事も、光輝がゴネることもなかった。

南雲君とジータと光輝が仲違いすることだってきっとなかった。

 

そもそも、みんな家に帰りたいのは同じなのに、どうしてケンカばかりするんだろうか?

どうして普通に出来ないんだろうか?

 

そうだ、言うことを聞かない奴は、皆斬ってしまえばいい。

いや、皆は良くない、斬るならもっと強い奴だ、そうだ、いるじゃないか。

 

雫の頭に過るは、漆黒の、そして片や純白の衣を纏い、舞うように魔物を仕留めていく、

少年と少女の姿。

そう、八重樫の武を試したい相手は、本当に私が斬りたい……。

 

"いかん!"

「駄目ッ!」

 

咄嗟に八命切を手放す雫、その瞬間、彼女の意識は、一旦闇に包まれた。

 

 

「ほう……女子の身で、試しとはいえど、天星器の誘惑に耐えるか、

これはまた愉快な物を見せてもろうた」

 

どれくらいの時間が経過したのか……。

堂々たる、まるで一国の総帥を思わせる声に雫は意識を覚醒させる。

そこはまるで道場、いや茶室を思わせる、静謐なる千畳敷の空間だった。

だが、これが夢の中であることは雫にも理解出来た。

 

(明晰夢……ってやつかしら)

 

頬でも捻ったら目が覚めるだろうか?と、ベタな事を思いつつも、

声のした方向へと歩を進ませる雫、前方に何か小山のような影が見える。

いや……違う、人だ、しかし。

その風貌が明らかになるにつれて、雫の歩みは戦慄の表情と共に遅くなる。

 

何故ならば、彼女の前に姿を現したは、

頭には角、顔は白塗りに隈取、そして纏うは陣羽織と、

まるで歌舞伎の獅子を思わせる白髪の巨漢だったのだから。

 

「あなたがこの太刀の、八命切の持ち主……なのでしょうか?」

 

左様、と小山の如き巨漢は頷く、白塗りの顔に無数の皴が刻まれていることに

気が付く雫。

 

「まずは詫びねばならぬ、強すぎる武器は時として悪さをしでかすゆえに」

 

しかし、逆を言えばそれは八命切が、天星器がこの目の前の少女に、

何らかの興味を認めたという証でもある。

 

「うぬのような小娘にのう、してうぬの名は?」

 

人は見かけによらぬことなど、百も承知だが、それでも巨躯を傾げ

興味深げに雫をまじまじと巨漢の老人は見つめる。

 

「私の名は八重樫雫!うぬではありません、それよりも先に名乗るのは

貴方の方ではありませんか」

 

その視線が勘に触ったか、まさに赫奕という言葉が相応しいこの老獅子に、言い返す雫。

 

「ほう、我を前にして、尚、己を誇るか……がはははは!面白い!

そして何よりその眼差し、心地良し!」

 

ピシリ!と手にした扇子を老獅子は勢いよく閉じる。

 

「我が名聞きたくば、刃にて聞き出すがよかろう!」

 

分かっていたといった素振りの雫、父といい祖父といい、

どうしてこうなってしまうのか、いや違う、乗せられてしまったのだと

すぐに気が付く雫。

 

(まぁ、こっちの方が分かりやすいよね)

 

何処からともなく投げ渡された刀を構える雫、老獅子から善き哉と呟きが漏れ、

その両の手にそれぞれ刀が抜き放たれる。

 

「だが、雉も鳴かずば撃たれまいという賢人の言葉もあるが故に、心せよ」

 

 

「なかなかの才よの、その才に免じ、我が名教えよう、我の名はオクトー

もっともこれは浮世を生きんが為の通名に過ぎぬ、真名はすでに忘却の彼方よ」

 

「……オクトー」

 

膝を衝き、荒い息の中でその名を唱える雫、完膚無きまでに叩きのめされた、

その身体を引きずりながら彼女はオクトーの前に跪く。

 

「オクトーさんお願いします!先程の無礼はどうかご容赦を!

私にあなたの剣をどうか授けてください!」

「我とて刀の道、未だ至らず……の、未熟者よ」

 

やや勿体ぶった口調のオクトー。

 

「何より八命の太刀、うぬに御せるかの……先刻のアレは戯れに、試しに過ぎぬ、

うぬが刀の真奥に近づけば近づく程に、彼奴めは確実にうぬの心を蝕んで来ようぞ」

 

そして主を惑わし、意志を乗っ取った天星器のその目的は、ほぼ例外なく殺戮である。

 

しかしそれは当然のことだ、天星器は―――いや、この世に産み出された武器は、

すべからく命を奪うために存在しているのだから、長き年月を経て意思を宿らせた武器は、

その本来の目的に沿って動いているに過ぎない。

 

「案ずるな、それはうぬが刀に全てを捧げ、なお髪の色が全て白く染まる程の時が

過ぎての頃よ……しかしながら、あの童をどうか責めずにやってくれぬか」

「童……南雲君のことですか」

 

童という言葉と、今のハジメの外見を思い浮かべ、そのミスマッチぷりに

少し口元を綻ばす雫。

 

「いかに神の手を持ちたる名工たれど、相手は幾百幾千の時を経た古狸よ、

そう易々と調伏はの」

 

いや、本来目覚める筈がないのだ、もしも僅かでも兆しがあれば気づかぬ筈がない。

 

(察した瞬間、あの童は即座に躊躇うことなく叩き折ったであろうな)

 

あるいは己が匠の技に奢ったか……。

 

(しかしそれでも恐るべしよ、武器のみならずその宿りし意思すらをも再現するとは)

 

ともかくこの目の前の少女に剣士としての抗えぬ業を察知したがゆえに、

八命切は試しを行ったに相違ない。

 

扇子を弄びながらも続けるオクトー。

 

「力を求めんとするも良し、力を危険と退けるも良し、うぬの心に従うが良かろう

……それとも」

 

己を見つめて離さない雫の眼差しに、オクトーは答えを読み取った。

 

「ほう……廻り廻った八命の際に見果てぬ境地を求めるか!良かろうて!」

 

理由は聞かない、胡坐を解き、オクトーは雫を促すように立ち上がる。

 

「但し我が身はこの地より遙か遠き、空の果てに在る、今、うぬと話しているのは

太刀に宿りし残留思念、残り香に過ぎぬ、故にこの出会い、再度はなき一期一会と心得よ!」

 

 

「最後までオクトーさん、名前呼んでくれなかったな」

 

ベッドから半身を起こし、窓から差し込む朝日に目を細める雫、

だが心地よい目覚めの感触に身を任せてはいられない。

 

姿見へと向かい、太刀を、八命切を構える雫。

 

うぬにはうぬの培った技がある、さらに加えるならば我が刀術、

うぬの体躯では扱うに余りあるよの、と、

オクトーが見せてくれた空の世界の剣士たちの様々な技の数々。

 

"世には数多の道があれども、己が足で歩める道は一つよ、

惑うも迷うもそれはそれで一興、我を持ち自ら選ぶのであれば、な。"

 

別れ際のオクトーの言葉が胸に蘇る、しかし惑う時間も迷う時間はない、

感触が残っている間に技を身体に焼きつけねばならない。

一期一会の刀神の貴重な教えの数々、一片たりとも無駄には出来ない。

 

「私の、私の選ぶべき剣は」

 

そしてそんな雫の姿を見守るかのように、金色の鞘が朝日を受けて輝くのであった。

 

"この世は万華よ、さて…うぬが何を見出すか、見守らせて貰うとしよう"

と、語るかのように。





光輝だけではなく、雫もまた原作とは少しばかり別の道に向かい始めました。


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歪むモノたち



来ましたね、水着ルシオ、しかもサンダルフォンと一緒に並べなさいと言わんばかりの水属性。
ウチの団の女性陣も、こぞって天井だーなんて言ってます。


 

 

苦虫を噛み潰したような表情でウルの街からの報告書にイシュタルは眼を通す。

そこには豊穣の女神、畑山愛子とその御使いを名乗る女神の剣なる一党によって、

五万の魔物が蹴散らされたこと、そして王都から脱走した檜山大介が、事もあろうに、

魔人族に与していたという報告が記されていた。

 

「檜山の処遇については王宮、および教会が責任を取るとの認識で、

我々は動いておりましたが、いやはや、まさかこのような事になろうとは」

 

白々しいことを……と、書面から目を離し、眼前の、一応表面だけは恭しい姿勢を見せる、

メルドを見やるイシュタル、表情こそ平静を保っているが、

机の下の拳は怒りと屈辱でわなわなと震えている。

 

「今後は我ら騎士団への干渉は控えて頂きとうございますれば」

 

メルドの目がギラリと輝く、その輝きは騎士というより狩人のそれを思い起こさせた、

教会からの度重なる圧力、干渉にようやく反撃できる機会を逃すまいと……、

やはり坊主と軍人は、どこの世界でも相性が悪いようだ。

 

「魔人族につきましても斯くの如くにございますれば、正確な情報を収集することが、

まずは先決!ゆえに暫し攻勢は控える所存」

「しかし……それでは」

「無論、天上におわすエヒト様の威光を世にあまねく知らしめることに、

なんら異存はございませぬ!」

 

イシュタルの背後に描かれたエヒトの絵を大仰な仕草で仰ぎ見るメルド。

 

「しかしながら、地上に生きる人間の命をまずは我々は考えねばなりませんからな」

 

歴代の騎士団長が悩まされていた教会命令による無謀な攻撃、そして死守命令

これによりどれほどの救える命が無為に失われていったか……。

拝礼を崩さぬまま、イシュタルの顔を見上げるメルド、

髭と白髪に隠れたその表情は伺い知れない、さして知りたいとも思わないが。

 

(阿呆と煙は高きを好むと言うが、こ奴らに命の重さは分かるまい)

 

「従って天之河光輝を筆頭とする勇者一団も、万全の体勢で送り出したく、今暫し

初陣への猶予を了解致したく存じまする」

 

お願いではなく了解ときたかと、髭に覆われたイシュタルの口元が僅かに歪む。

 

「おお、そういえば勇者様は魔人族との戦いで手傷を負われたとか、このイシュタルめが

心配していたと、どうかよろしくお伝えくだされい」

「光輝も喜ぶでしょう、今後訓練はより本格化させる意向につきまして、当分彼も

聖堂に参る暇もないでしょうからな」

 

張子の虎に過ぎずとも、天之河光輝という存在はやはり無視はできない。

この切り札を握る側が、主導権を握るという認識は、騎士団と教会との間で一致していた。

ただしまだイシュタルは、もう一方のキーパーソンである南雲ハジメらの生存を、

この時点では正確には把握していなかった。

 

ともかく多少なりとも溜飲が下がる思いを胸に、メルドは神山から、

彼の主戦場たる不浄な下界へと舞い戻る。

 

(俺はあいつらを……光輝たちを一日でも長く戦場から遠ざけてみせる)

 

それは王宮の、そして教会の意に反する行為であることは承知している。

しかし彼は結局、己の任務よりも、良心に従うことにしたのであった。

それに、あの魔人族の女を斬った際の全員の反応を、メルドはしっかりと見極めていた。

 

(あいつらには……やはり出来ない、やらせるわけにはいかない……だから、

坊主、嬢ちゃん、早く皆で元の世界に帰れる方法を見つけ出してくれ)

 

「責任はこの俺が取る」

 

誰の耳にも届かぬ小声であったが、それでもその口調には迷いは無かった。

 

 

退席したメルドの背中が見えなくなってから、イシュタルはようやく堪えていた怒りを

発散するかの如く、机に拳を叩きつける。

 

「忌々しい……卑しき騎士の分際で……」

 

メルドの去り際の言葉が耳に残って離れない。

 

"ま、地上の些末事は我らにお任せあれ、総大主教殿は天に近きこの地にて

世の安寧に心を尽くされるが宜しいと存じまする"

 

坊主は口を出さずに祈っていろということである。

貴様らこそ大人しくこちらに従い、魔人族を殺して殺して殺しまくればいいのだ、

それだけの楽な仕事じゃないか、何故従えない。

 

聖職者にあるまじき思いを巡らせるイシュタル。

 

(それもこれも……)

 

神に選ばれるという、至上の栄誉を手にして置きながら、一向に自分の思った通りに

動かない勇者一行、特に天之河光輝へとやがてその憤りは向けられる。

 

(何が手傷じゃ……)

 

あろうことか魔人族相手に彼が止めを躊躇ったという事実は当に把握済だ、

勇者どころかとんだ鈍らだ、しかし勇者でなければ、奴は何者だというのだろう?

あれではまるで……。

 

「詐欺師めが」

 

言ってはならぬ言葉を吐き捨てるイシュタル、

そうだ、詐欺師こそ奴の天職に相応しい、それも偽りの希望の光を身に纏い、

散々自分たちを誑かした、世界を股に掛けたクソ詐欺師だ。

 

勝手に呼び寄せただけでは飽き足らず、勝手な期待まで寄せて置いて、

思い通りにならなければ、ボロカスに詰るイシュタルのその姿は、

まさに身勝手ここに極まれりといった風だった。

 

(……せめて錆びくらいは落としてやることだな、メルドよ)

 

そこで自分の拳から血が滲んでいるのに気が付き、

引き出しから薬を取り出し塗りようとしたのだが、

年輪を重ねた皴だらけの己の手が目に入ると、

不意に光輝の若さと凛々しさに満ちた顔が浮かび上がる。

慌てて目を逸らすと、そこにはエヒトの像があった。

 

「儂ならば……儂ならば……」

 

もう何度目だろうか、イシュタルはエヒトの像の前に跪く。

 

「エヒト様の教義に従い!卑しく醜き異教徒を!魔人族を!今すぐにでも老若男女悉く

滅殺せしめる覚悟があるというのに!」

 

それは願いというよりは怨嗟の呻きだった。

 

「何故……どうして……答えて下さらぬかエヒト様!」

「石像に答えを求めても無駄ですよ」

「!!」

 

人払いをしている筈のこの部屋に何故?

聞かれて困るようなことは別段言った覚えはないが、それでも部屋の扉の鍵を確認し、

内側からかかっていることに、イシュタルは怪訝な表情を浮かべる。

 

「こっち、こっちですよ」

 

なにやら囃し立てるような余裕ぶった声に促されるまま振り向くと、そこには。

 

全身に蛇を纏わりつかせた、斑色の異形の男、いや存在がいた。

 

「貴様っ!何者っ……出会えっ」

 

警護の者を呼び寄せるべくまた扉へと走るイシュタルだが、おかしい、

すぐ傍にある筈の扉に、何時まで経っても届かないのだ。

 

「ああ、無駄ですよ、ここは狭間のような所ですから」

 

蛇は等々と語る、あのウルの時とは比べ物にならぬ程の饒舌さだ。

 

「彼らには感謝しないといけませんね、あれだけ殺してくれたおかげで、

こうして私が動けるようになりましたから」

 

勿論犠牲となってくれた同胞たちにもと、蛇男、もとい幽世の徒は

エヒト像に祈りを捧げる仕草をし、それから必死の形相でバタバタとその場で手足を動かす

イシュタルへとまた話しかける。

 

「いい加減になさったら如何かと、ご老体にはキツイでしょう」

「ひぃ……だから、何者か?まさかっ……アアアアルヴめの手先かっ!」

「まさかとんでもない」

 

勿体ぶった口調で蛇男は話を続ける。

 

「貴方の望み、貴方の願いを叶えにやって来たに決まっているでしょう」

「フ……フン!悪魔の誘いになぞ乗らぬぞ」

「いけないなぁ、神のことを悪く言っては」

 

眦を吊り上げ、唾を飛ばすイシュタルに対し、蛇男は余裕綽綽、

まるでこうでなくてはという態度そのものだ。

 

「それに悪魔だなんてとんでもない、私はほんの少しだけこの世界にご不満をお持ちで、

なおかつそれを変革しようと志される方々を、ささやかながらお手伝いさせて

頂きたいと願っているだけですよ」

 

その慇懃な態度と、そして心の奥底に秘めた願望を見透かされ息詰まるイシュタル。

 

「ふ……不満など」

「猊下の願いは一つ、御身の力で、地上に神の正義を実現させることではないのですか?」

「悪魔がっ、蛇がっ!神を騙るかっ」

 

蛇男はイシュタルの怒声に構わず続ける。

 

「このまま老いに身を任せ朽ちていかれますか?」

「思い描いた理想を、ただ若いというだけの他者が叶える様をその目で見るのは

お辛いのではないのですかな?」

 

おお……と、老いさらばえた我が身を鑑みるイシュタル。

 

「何より貴方は祈った、願った、そして私がここにいる、

それだけで十分なのではないのですか?……ましてここは」

 

そうだ、この地は地上にて最も神の座に近くそして神聖なる地、確かにここに、

アルヴの手先など入り込めよう筈も無い。

 

「と、そろそろ時間のようですね、よくご熟考を、ご自身の残り時間とご一緒に」

 

その言葉と共に、蛇はその気配と共に姿を消す、外でシスターだろうか?の、

気配を感じながら……イシュタルは蛇男の姿を思い起こす。

その姿は余りに禍々しく、神話に語られる神や天使の姿とはかけ離れているように思えた。

だが、幾多の伝承にあるではないか、神は時に醜き物にその姿を変えて顕現し信仰を試し、

悪魔は逆に美しき物に化け、人々を堕落させると。

 

(よもや……届いたのか……我が…思いが、祈りが)

 

その考えは、彼が忌み嫌う天之河光輝お得意の"ご都合主義"に近いものを感じさせた。

 

 

「俺が守ってやる……か」

 

王宮の中庭をトボトボと歩きながら独りごちる恵里。

 

「君はこれまでどれだけの女の子に同じ言葉を言って来たのかな?」

 

その視線の先には光輝の部屋の窓があった。

もっとも部屋の主は、王宮の外、騎士団官舎の方に今は住を移していたが。

 

「そしてどれだけの女の子を泣かせて来たんだろうね」

 

……それでも、好きだった。

自分が天之河光輝にとって、その他大勢に毛が生えた程度の存在に過ぎずと知って尚、

どうしても諦めることが出来なかった。

だって、それが……例え彼にとって軽い親切程度のものであっても、

あの時、死を選ぼうとした自分に希望を与えてくれたのだから。

 

そしてこの地に降り立ち、己の力を、出来ることを悟った時、

恵里の中で狂気の歯車が回転し始めた。

 

(君が全てを守るなら、その全てをボクが奪ってあげるよ、そうすれば)

 

法や命が明らかに軽いこの世界で、天之河光輝の大切な存在を全て亡き者にし、

自分だけがその座を独占する、それが中村恵里の望みだった。

だが……しかし。

 

「所詮、結局君にとって一番大事なのは……いつでも君自身なんだね、何があっても」

 

あの迷宮で、あの期に及んでも、まるでいつも通りだった光輝の姿に、

己が裏切りに手を染めてまで愛した者の正体を知ってしまった……

いや、正確には知ってしまったと思い込んだに過ぎないのだが、

ともかく恵里は深い失望を覚えていた。

 

愛されるのが無理なら、手に入れるのが無理なら、せめて敵として憎んで欲しかった。

そうすることで中村恵里の存在を天之河光輝の心の中に刻み込ませたかった、だが。

 

おそらくあの男は、誰かを本当に愛することも憎むことも出来ないのだろう、

アレはただ人間のふりをしているか、もしくは自分が人間だと思い込んでいるだけの

プログラムされた模範解答に従って動くロボットのように、恵里には思えてならなかった。

 

だが、皮肉なことに恵里は知らなかった、彼女がロボットと断じた天之河光輝が、

今、まさにロボットから人への道を歩み始めていたことを。

 

つまり、"憧れ"という理解から最も遠いであろう感情に支配された恵里もまた、

光輝の美しい虚像だけを愛で、いわば実像を捉えてなかったのである。

ともかく幾重にもこんがらがった誤解の元に、恵里は思考を踊らせ続ける。

 

(そんな存在のために……ボクは)

 

今なら檜山の気持ちが、白崎香織の中の深淵を垣間見てしまったがゆえの絶望が、

恵里には手に取るようにわかった。

 

「それでも君はまだ幸せだよ、心から憎める誰かがいてさ」

 

自分にはもう何もない……あるとすれば、それは……。

 

(鈴ちゃんだけは……でも)

 

「わかってるよ」

 

そこで背後の気配に振り向くことなく応じる恵里、もはや賽は投げられ、

覆水は盆に帰らずである。

 

「……どうせ誰も助かりやしないんだ、何処にも逃げられやしないんだ」

 

世の中はルールを握ってる側が勝つのだ、例えどれほど賢かろうが、強かろうが。

一人の少年を手に入れたい、ただそれだけの為に巡らせた奸計は、

今や世界中を、あらゆる全てを巻き込んだ心中劇へと、

己の全てを無為にした世界への復讐劇へと、その目的を変化させていた。

 

「光輝くん、君は一番最後だよ、自分の無責任さと、そして誰も守れやしなかったという

無力さを教えてあげるよ……君には分からないと思うけどね……でももし」

 

殺されるならやっぱりそれは君がいいと思う恵里……そんな彼女の目に。

 

(あれは龍太郎君と、近藤?)

 

 

ここが教室ならば、殆どの者が妙な取り合わせだなあと首を傾げるところであったが、

ここトータスにおいては、それほど珍しいことではなかった。

あの日以来、同じ少女に想いを寄せる同志として、

彼らは訓練を共に(ただし近藤が勝手に龍太郎に寄りついているのが殆ど)することが、

多かったのだから。

 

「なぁ、お前も聞いたろ、坂上ィ」

 

足早に廊下を歩く龍太郎を追いかけながら、近藤は息をやや切らせて話しかける。

 

「ホントにあの底に精神と時の部屋があんだったらよ」

「あったら何なんだ」

 

不意に立ち止まり、近藤を睨むように見つめる龍太郎、その表情には苛立ちの色が隠せない。

 

「あのオタクがあんだけ強くなってたんだぜ、俺たちならよ……」

 

もっと強くなれると言いたげな目で龍太郎の顔を訴えるように見る近藤……、

ただし龍太郎が目線の圧を高めると、すぐに視線を逸らしてしまうが。

 

「お前だって悔しいって思わねぇのか!……南雲によ」

 

声が荒くなっていく近藤、どうやら彼に取ってはハジメに命を救われた感謝よりも、

むしろ無能に救われた屈辱の方が大きいようだ。

 

「なぁ、同じ女にホレた仲だろ、俺とお前は、取り返したいって思わねぇ……」

 

そのくせ一人で動こうという気概は無いらしく、クラスきっての強者である龍太郎に、

縋るあたりもまた"らしい"のだが、そんなことは龍太郎とて百も承知だ。

その言葉を聞いて一層険しくなった龍太郎の視線を目の当たりにし、

近藤は怯えたように語尾を絞り出す。

 

「……のかよぉ」

 

もちろん、坂上龍太郎はそんな矮小な、一度認めた相手への侮辱を許すような男ではない。

ましてやそうそう容易く、消えたばかりの焼け棒杭に火を付けるような、

さもしい男では決してない。

 

それでも彼は揺れている、何故なら……、

"行きたいなら一人で行け"、と言い返すことが出来ずに黙ったままなのだから。

奈落の底にあるであろう、何かに惹かれるものを感じているのも事実なのだから。

彼もまた確かめたいのだ、南雲ハジメが得た強さの源を、

それがあの奈落の底にあるというのならば……そして強さを手に出来れば……。

 

こうして悲劇の種が再び芽吹こうとしていた。

 

 

 

そして章の締めくくりとして、やはりこの男の動向にも触れておかねばなるまい。

 

魔人族本拠地、魔国ガーランド地下。

 

「ぎゃああああ、いででででで~ぎゃああああ」

 

実験室を思わせる広々としているが、どこか寒々しい室内にて檜山の絶叫が木霊する。

寝台に寝かされ、いやベルトで固定された、彼のその身体に、

今まさに明らかに人間とは違う魔物の腕が取り付けられようとしており、

その周囲には幾多の死体、それも皆全身を崩壊させた無残極まりないものが

転がっていた。

 

「あっあああああっ~あがあ~っ!」

 

檜山の悲鳴には一切構わず、施術を施していく赤髪で浅黒い肌、僅かに尖った耳を持つ、

魔人族の男、その顔は整ってはいたが、それが却って内面の酷薄さを現しているかの様だった。

彼こそがフリードさんこと、フリード・バグアー、その人にして、

神代魔法の一つ、変成魔法の保有者である。

 

変成魔法。

神代魔法の一つにして、生体に干渉することで普通の生物を魔物へと造り変える魔法である、

あのオルクス大迷宮で、魔人族の女―――カトレアが率いていたのも

この変成魔法による産物である。

 

この魔法を応用し、手足を失った戦士たちに魔物の肉体を移植させるという試みは、

これまで何度か挑戦してみたものの、どれも不首尾に終わっていた。

このトータスの人間の肉体では、変成魔法に耐えうることが出来なかったのだ。

 

しかし異世界人という、このトータスの住人たちよりも強靭な肉体を持つ者が

対象ならばどうだろうか?

そしてたまたま打ってつけの被験者もいた、そう片耳と片腕を失い、

スゴスゴと逃げ帰って来た、この男である。

 

檜山がフリードを"さん"付けで呼び、めいっぱいの媚びを売るのに対して、

フリードは檜山の事を、当然だがさして信用してなかった。

あのにっくきエヒト神の使徒としてこの地に降り立ったというだけでも、

唾棄すべき存在だというのに、さらに平然と裏切った挙句、

今後はアルヴ神の使徒として忠誠と信仰を誓うと言ってのける、その図々しさと言ったらない。

 

なにか有益な情報でも手土産にしてるかと思えば、出て来るのは殆どがかつての仲間への、

恨み言程度で、とりあえずスパイ活動でもやらせてみるかと、送り出してみれば、

付けてやった腕っこきの部下を全て失ったあげく、ロクな情報も掴めずじまい。

 

真の“神の使徒”の言ゆえに、一応は重用してやってはいるが、

それが無ければとっとと殺すか放逐している所だ。

 

「があっ!殺すっ!南雲ころすっころすぅ~ころしてやるう~」

「黙れ、死にたくなければ静かにしていろ」

 

耳障りな悲鳴に眉を顰めるフリード。

どうやらこの男、相当この"ナグモ"なる人物を憎んでいるらしい。

他にも"アオノ"だの"カオリ"だの、"カリオストロ"だの"アマノカワ"だのという名も出て来るが、

やはり登場回数は"ナグモ"が断トツで多い。

 

(……その憎しみだけは買ってやってもいいがな)

 

やがて魔法行使の証である魔力光が消え、

周囲はジジジと音を立てる古ぼけたランプの光だけとなる、

どうやら施術は終了したようだ。

 

「黙ってないで生きて居るならなんとか言え」

 

黙っていろと自分で言っておいて、我ながら勝手な言い草に、フリードは唇の端を歪ませる。

 

「な……なじむ、なじむぜぇ、そ、それにぃ、脳がはちきれそうだぜぇ」

 

そんなフリードの問いに己の左手のハサミをカチカチと鳴らし、満足げに呟く檜山。

その身体のフォルムは、なんだかシオマネキを連想させた。

 

(……ほう)

 

施術の成功を喜ぶ反面、腑に落ちない表情を浮かべるフリード。

変成魔法の対象となった者の特徴として、魔法の行使者に対して、

絶対の忠誠を誓うというのがある。

しかし、檜山があのシスターに与えられた黒き鎧によるブースト効果か、

それとも異世界人ゆえの何かの作用かにより、彼は未だに自我を保ったままでいた。

 

まるで最初から生えてたかのごとく、器用に己を固定するベルトを切断していく檜山。

その身体はげっそりと痩せこけ、かつ髪の色もハジメと同じく真っ白に変わっている。

これは魔物の魔力を取り込んだことよりも、施術による苦痛に拠るものの方が、

大きいように思えたが……ともかく目を爛々と光らせ、ゆらりと寝台から起き上がったその姿は、

まさしく幽鬼そのものだった。

 

「あっああ……ありがとうっス、フフフリードさぁん、さぁ一緒に南雲を殺しに行くっスよぉ」

 

上目遣いで媚びつつ、一応は感謝の言葉を口にする檜山。

その下卑た表情が、フリードに取っては勘に触って仕方がない。

 

(このような者がエヒトの使徒だとは?いや、このような者だからこそ……なのかもしれんな)

 

含み笑いを浮かべるフリードの目の前で、大仰にハサミを振りかざす檜山。

彼の天職は"軽戦士"あらゆる武器に対応できる、いわば戦場のオールラウンダーだ。

その反面、ステータスや魔法適性も低く、習得技能も専門職に比べると物足りないのではあったが。

ともかく、新たな左手を振り回すその姿は、それなりに様にはなっていた。

 

「それだけ動けるならもう大丈夫だろう、来い」

「あ、新しい魔法、取りに行くんっスよねぇ?お、俺も連れてって下さい

きっと役に立つっスよぉ、お願いしますよぉ~フリードさぁん~~」

 

一応は頷いてやるフリード、肉壁程度にはなるかと思いながら。

 

(壊れればまた直せばいいだけだからな)





不穏さを抱かせつつ、本章はこれにて幕です。
檜山君、某ロボットアニメの悪役みたくなってきてます。
恵里の走狗に成り果てた末に、生きたまま喰われる本編と、
どちらが彼にとってよりマシな状態なのか、作者も迷うところではあります。

で、今回の投稿をもって少しお休みを頂きます、理由は活動報告にて。




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クリューエン~メルジーネ
大砂漠でトラブル!




鉄の棺の蓋が開いたか、ハジメたちは再び戦いの地へ
ということで再開です、懐かしやこの匂い。



 

 

「まだだ!まだ終らな……ん?」

 

ジータは自らの寝言の大きさに思わずシートから跳ね起きてしまう。

眼前に広がるはどこまでも続く赤錆色の世界、その代り映えのない光景は、

眠気を誘って仕方がない。

事実、ジータだけではなく、ユエやシアたちもシートですうすうと寝息を立てている。

 

「どうした、宇宙にでも旅立ってたか?」

「ごめんね、もう少ししたら運転変わるよ、ハジメちゃん」

「せめてサボテンの花くらい咲いてりゃ、少しは違うんだろうけどな、砂漠なんだし」

 

そう、ここはグリューエン大砂漠。

 

彼らがこうして快適な旅を続けて居られるのも、空調完備の魔力駆動四輪ゆえのこと。

外に一歩でも出ようものなら、照りつける太陽と、その太陽からの熱を余さず溜め込む

砂の大地からの強烈な熱気の洗礼をたちまち受けてしまうだろう。

冗談で気温を計ってみたのだが、四十度を軽く超えていた、まさに灼熱の地だ。

 

「……サボテンもこれじゃ逃げ出すよね」

ジータがピーカンの空と赤い大地から目を離すと、

やはり香織の膝の上で気持ちよさそうに目を閉じているミュウの姿が目に入る。

 

「こんな熱い中を……」

 

海人族であるミュウにとって砂漠の横断は、どれほど過酷なものだったか。

四歳という幼さを考えれば、むしろ衰弱死しなかったことが不思議なくらいだ

ジータがミュウの頬に手をやろうとした刹那、パチリとミュウの目が開く。

どうやら眠ってはいなかったようだ。

 

「前に来たときとぜんぜん違うの!とっても涼しいし、目も痛くないの!パパはすごいの!」

「そうだね~ハジメパパはすごいね~ミュウちゃん、冷たいお水飲む?」

「ぶっ!」

 

香織の口から発せられたハジメパパの一言に思わず急ブレーキをかけてしまうハジメ。

 

「飲むぅ~香織お姉ちゃん、ありがとうなの~」

 

もっともミュウはどこ吹く風で香織から手渡された冷水を喉を鳴らして飲んでいる。

 

「ね?意識してる?もしかして」

「ああ、同級生からパパって言われるのはな」

 

耳打ちするジータに、同じく小声で応じるハジメ。

旅の仲間に加わって以来、香織はミュウが傍にいる時は、

まるで殊更強調するかのように、ハジメをハジメパパと呼ぶことが多い。

 

その割にこうして車での移動や食事の際は、彼女はややハジメとは離れた席に就くことが多く、

もしかして自分たちに遠慮しているのか?と、ユエが聞いてみた所、

まずは自然体のハジメくんの姿を観察したいとの答が返ってきたらしい。

 

(つくづくストーカー気質だよね)

 

だったら教室でもそれくらい大人しくしといてくれたらよかったのに、と

今度は香織たちからユエの方へとジータは視線を移す。

こちらはハジメの肩にもたれ掛かり、すっかり安心しきった表情で熟睡している。

 

(こうして眠っててくれるのは少し有難いかな)

 

何しろユエと香織の二人は暇さえあればハジメを巡ってマウント合戦を、

日夜繰り広げているのだ。

 

 

「わ、私は、ユエの知らないハジメくんを沢山知ってるよ!

例えば、ハジメくんの将来の夢とか趣味とか、その中でも特に好きなジャンルとか!

ユエは、ハジメくんが好きなアニメとか漫画とか知ってる?」

「むっ……それは……でも、今は、関係ない。ここには、そういうのはない。

日本に行ってから教えてもらえば……」

「甘いよ。今のハジメくんを見て。どう見てもアニメキャラでしょ?」

「グフッ!?」

 

 

何気に失礼な香織の言葉にダメージを受けたハジメの姿を思い出し、口元を綻ばせるジータ。

まぁ、そういう他愛ない話の間はまだ笑って聞いていられるのだが、

事が"夜"の方へと至ると流石にそうも言っていられない。

 

何しろ"ジータだってベッドの上のハジメを知っている"となどとユエは平然と口にし、

赤裸々トークへとこちらを巻き込もうとするのだから。

そしてそういう時、香織は縋るように、ユエは勝ち誇ったように必ずこちらを見つめるのだ。

まるで……。

 

『どっち?』

 

と、問いかける様に。

 

(なんでこっちに振ってくるのよぉ~)

 

そりゃ香織は幼馴染で親友だし、ユエも今や妹同然にして戦友である。

だからといってこれは安易にこっちと決めてしまっていい問題ではないのだ。

まして自分だってどっち?と直接ハジメに問いただしたい気分なのだから、

もっとも、そのどっち?の中には自分も含まれてしまうのが、不純に思えて仕方ないのだが。

 

ともかくそんな不純な気持ちを抱えたまま、交代の時間までもう少し眠ろうかと。

ドアにもたれ掛かったジータの耳に。

 

「ねーねーねー、あれ何?」

 

物珍し気な叫び声が届き、また窓の外へと視線を移す。

 

そこにはこの灼熱の環境を物ともせず、大蛇メドゥシアナを操るメドゥーサの姿があった。

熱いには熱いらしいが、それ以上に大地の力が満ちたこの砂漠の環境は、

土属性の彼女には心地良いらしく、いつも以上に元気な姿を見せている。

 

そんなメドゥーサが指し示す方向を見ると、右手にある大きな砂丘の向こう側に、

いわゆる巨大なミミズ型の魔物が相当数集まっているようだった。

砂丘の頂上から無数の頭が見えている。

 

「ティオが言ってたやつかな?」

「サンドワームだっけ?」

 

ハジメとジータは、この砂漠に本格的に足を踏み入れる前のティオとのやりとりを思い出す。

 

 

「このグリューエン大砂漠にはサンドワームって魔物が住んでおっての、普段は地中に

潜んでおるのじゃが、獲物が真下を通るとじゃ、こうガブリとの」

 

口に見立てた両手を広げて、閉じる仕草を見せるティオ。

色々あった末に、ドMの変態となったティオだが、ユエ以上に長生きな上、

ユエと異なり幽閉されていたわけでもないので知識は結構深い。

なので、こういった土地や魔物に関する情報などでは頼りになる。

 

「何せ平均二十メートル、大きいものでは百メートルはあるそうじゃ、狙われれば

普通命はあるまいて」

「ひぃぃ……怖いですぅ」

 

ブルブルと震えながら、ひしとハジメにしがみつくシア。

その抜け目なさに一同がやれやれといった視線を向ける中、

ティオはシアを安心させるかのように、ウサ耳を撫でてやりながら続ける。

 

「まぁ、奴らは鈍いでの、たまたま真下を通らぬ限りそうそう恐れることもあるまい」

 

 

「じゃあ。あそこにいるのはたまたま真下を通った奴かな?」

「んー」

 

メドゥシアナが唸り声のように喉を鳴らし、何かを主の少女へと伝える。

 

「メドゥシアナが教えてくれたわ、人がいるって」

「じゃあ……」

 

ジータの言葉を待つことなく無言でハンドルを切り、砂丘へと四輪を急旋回させるハジメ。

それがまるで当たり前のことのように。

 

「しかしあのミミズ共、まるで、食うべきか食わざるべきか迷っているようじゃのう?」

「まぁ、そう見えるな、そんな事あんのか?」

「妾の知識にはないのじゃ、奴等は悪食じゃからの、獲物を前にして躊躇うということは、

ないはずじゃが……」

 

「っ!?掴まれ!」

 

ハジメの叫びと同時に、砂色の巨体が後方より飛び出してきた。

加速があと僅かでも遅れていれば、厄介なことになっていたに相違ない。

どうやらここは奴らの巣だったらしい、高速で砂地を駆ける四輪の真下から、

影を追うように二体目、三体目と、サンドワームが飛び出して来る。

 

「きゃぁあ!」

「ひぅ!」

「わわわ!」

 

急激な加速と回避運動により、車内の香織、ミュウ、シアの順に悲鳴が上がる。

 

「メド子っ!」

「任せなさいっ!」

 

ハジメの叫びに呼応するかのように、大蛇を駆り並走するメドゥーサの紫の瞳が光を放つと、

その視界に捉えられたサンドワームたちは次々と物言わぬ石像へと変わり果てていく。

 

不格好なオブジェと化したサンドワームを後ろに砂丘の麓へと四輪を走らせるハジメ。

 

「当てちゃだめだよ!」

「誰に言ってるんだ誰に!」

 

魔眼石ゴーグルを装着し、慎重に狙いを定めるハジメ、その視界には

サンドワームたちに取り囲まれた人影がはっきりと映っていた。

 

「なら、まずはコイツだな、連中は音を探知するんだったよな!ティオ」

「そうじゃが……一体何を」

 

ハジメはティオの問いに答える代わりに、音響手榴弾を取り出し、

石切りのようなフォームでサンドワームの群れへと投擲する。

長い滞空時間を置いて、地表すれすれの位置で手榴弾は炸裂し、

それを呼び水にサンドワームは新たな獲物へと踵を返していく。

 

それを待ち受けるハジメは四輪の特定部位に魔力を流し込み、内蔵された機能を稼働させる。

ボンネットの中央が縦に割れて、そこから長方形型の機械がせり出てくる。

そして、長方形型の箱は、カシュン! と音を立てながら銃身を伸ばしていき、

最終的にシュラーゲンに酷似したライフル銃となった。

 

「見え見え……だぜ」

 

ここまでくればもう慎重に狙いを定める必要はない、

モコモコと盛り上がりこちらへと進んでいく、サンドワームたちの痕跡へと、

ハジメは無造作にトリガーを引いていく。

 

一条の閃光が赤銅色の世界を切り裂くたびに、砂柱と肉片が噴火のように舞い上がる。

サンドワームの尽くが、不毛の大地の肥やしとなるまで数分とかからなかった。

生き残りがいないことを確認すると、ハジメたちは改めて砂丘の頂上へと、

四輪を進めていく。

 

そこには砂漠の民が着用する、フードのついた外套を羽織った人物が倒れていた。

 

「もう降りて大丈夫?」

 

四輪から降りた香織が、小走りで倒れる人物に駆け寄って行き、

その背中を見ながらメドゥーサがポツリと、妙な呟きを漏らす。

 

「なーんか、あの子の……香織の声聞いてると不遇な感じがしてたまらないのよねー」

「メドゥーサお姉ちゃんも……」

「ん?」

「……」

 

メドゥーサの声に、ミュウは口を噤む。

何故かその視線はメドゥーサの首の辺りに留まっていたが。

 

「!……これって……」

 

フードを取りあらわになった男の顔は、まだ若い二十歳半ばくらいの青年だった。

苦しそうに歪められた顔には大量の汗が浮かび、呼吸は荒く、脈も早い。

服越しでもわかるほど全身から高熱を発している。

しかも、その皮膚には血管が浮き出ており、目や鼻といった粘膜から血が滲みだしていた。

 

香織は険しい表情のまま、"浸透看破"を行使する。

これは魔力を相手に浸透させることで対象の状態を診察し、

その結果を自らのステータスプレートに表示する技能である。

 

「……魔力暴走? 摂取した毒物で体内の魔力が暴走しているの?」

「香織? 何がわかったんだ?」

「う、うん、これなんだけど……」

 

そう言って香織が見せたステータスプレートにはこう表示されていた。

 

 

状態:魔力の過剰活性 体外への排出不可

症状:発熱 意識混濁 全身の疼痛 毛細血管の破裂とそれに伴う出血

原因:体内の水分に異常あり 

 

 

「おそらくだけど、何かよくない飲み物を摂取して、それが原因で魔力暴走状態になっているみたい……

しかも外に排出することもできないっぽい、このままじゃ」

「内側から充満した魔力で……ボン!か」

 

香織は、"万天"や"廻聖"といった上級回復魔法を青年へと行使したのだが

今一つ効果が薄いようだ。

ただしこれは、彼女の技量が低いわけでは決してない、むしろ本来十小節は必要な詠唱を、

僅か三小節まで省略し、乱戦の中でも使用できるまでに仕上げているのだから。

これにはユエやティオら、魔法に精通する者にとっては感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。

 

「じゃあ、今度は私がやってみるよ」

 

"ドクター"にジョブチェンジしたジータが白衣をはためかせながら、

青年の腕から手早く採血すると、それを試薬を満たした何本かの試験管の中へと、

数滴ずつ落としていく。

 

「これかな?」

 

その中から最も色鮮やかに変化した試薬を、先に生成しておいたポーションと

混ぜ合わせ、再び青年の腕へと注入していく。

 

"ポーションリファイン"

 

回復薬と同時にワクチンを製造、投与し、体力と同時に対象の状態異常をも、

全て回復させるアビリティである。

どうやら効果はあったようだ、青年の肌に浮き出た血管が少しずつ消えていき、

息遣いも穏やかになっていく。

 

「この人、治ったの?」

 

無邪気なミュウの問いにジータと香織は申し訳なさげに首を横に振る。

 

「どうなんだ?」

 

雰囲気を察知したハジメがすかさず間に割って入る。

 

「ダメ……症状は緩和できても、根本の原因はこれじゃ除去できないみたい」

 

ワクチンの効果はあくまで一定期間のみ有効であり、原因を除去できぬまま効果が切れると、

その都度新しいワクチンをまた一から作り直さねばならない。

 

「うん、今は落ち着いているけど、日にちが立つとまた再発するね」

「じゃあこの人死んじゃうの?」

 

悲し気な声を漏らすミュウをすかさずハジメが元気づける。

 

「大丈夫、ジータの作ったワクチンがあれば暫くは症状は出ない筈だ、

その間に原因を突き止めれば、この人は助かる」

 

ハジメはそれがさも当然のことのように判断を下す。

この、たまたま出会っただけの不幸な旅人を助けるということを。

いや、それは判断とかそういう大袈裟なものではない。

ごくありふれた、普通の感性を持つ人間としての行動に過ぎない。

 

「……いいの?」

「いいって何がだ?」

 

ユエの問いにハジメは特に考える風でもなく言い返す。

 

「んっ、ならいい」

 

そのままもうすぐ目を覚ますであろう青年のために、冷水を取りに車へと戻るユエ、

その足取りはまるでステップを踏むかのように軽やかだった。

 






殊更に無頼を気取る必要はないと思うんですよね。
普通に助けることが出来る人は普通に助ければいいだけなんじゃないかなと
女の子たちだってその方がきっと嬉しいと思います。




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アンカジ公国


ほぼ原作通りですが、ハジメの変化を描くという目的上、略せないかなと
まだまだ些細なものではありますが。


 

 

「まず、助けてくれた事に礼を言う。本当にありがとう。あのまま死んでいたらと思うと……

アンカジまで終わってしまうところだった、私の名は、ビィズ・フォウワード・ゼンゲン、

アンカジ公国の領主ランズィ・フォウワード・ゼンゲン公の息子だ」

 

青年は車内の快適さと何より未知のテクノロジーに彩られた内部の様子に、

暫し驚嘆の表情を浮かべていたが、驚いている場合ではないと気を取り直し、

自身の紹介と、そして何故あんな砂漠のど真ん中で倒れていたのかを、ハジメらへと説明していく。

 

「アンカジって」

「先生たちと合流……いてて」

 

青年を前にしながら、ひそひそと隣に座るシアと言葉を交わし始めたハジメの尻を、

ジータは捻って黙らせる。

 

「ええと……」

「ビィズと呼んで頂いて結構」

 

領主の一族と聞いて、襟を正そうとするジータをひとまず制し、ビィズは続ける。

 

 

四日前、アンカジにおいて原因不明の高熱を発し倒れる人が続出した。

それは本当に突然のことで、初日だけで人口二十七万人のうち三千人近くが意識不明に陥り、

症状を訴える人が二万人に上ったのだという。

当然、医療機関はパンク状態となり、医療関係者も不眠不休で治療と原因究明に当たったのだが、

 

「……対症療法のみで、完治させることは叶わず、挙句には医療関係者の中にまで患者が……」

 

恐怖と混乱の中、ついに処置を受けられなかった人々の中から死者が出始めた。

 

「何の処置も取らなければ発症してから僅か二日で、全身から血を溢れさせて……

最後は風船のように……ううっ」

 

蹲り両手で顔を覆うビィズの背中をジータはさすってやる。

 

「お辛いのなら……もう」

「いいえ、お気遣いは無用に願います」

 

悲痛な表情のまま、ビィズはさらに話を続ける。

 

そんな中一人の薬師が、ひょんなことから飲み水に"液体鑑定"をかけた。

これにより事態が動く、その結果、その水には魔力の暴走を促す毒素が、

含まれていることがわかったのだ。

直ちに調査チームが組まれ、最悪の事態を想定しながら,

アンカジのオアシスが調べられたのだが、案の定、オアシスそのものが汚染されていた。

 

「ご存知かとは思いますが、我がアンカジは砂漠の国、オアシスは生命線です」

 

ゆえにオアシス、ひいては水源の警備・管理は厳重に厳重を重ねてある。

普通に考えれば、オアシスに毒素を流し込むなど不可能に近いと言っても過言ではないほどに

あらゆる対策が施されていたのだ、しかし……。

 

「しかしあらゆる角度から調査を進めても、これといった結論は出ず、そうこうしてる間に

ついに水の備蓄が底を尽き……」

「……」

 

ビィズの悲痛な声に、車内はいたたまれない空気に包まれる。

 

「じゃあ……もう打つ手は」

「あるんです、ですが……」

 

魔法の研究に従事する者が、魔力調整や暴走の予防に服用することが多い、

"静因石"という魔力の活性を鎮める効果を持っている特殊な鉱石を用いれば、

おそらく体内の魔力を鎮めることが出来るだろうという目星は付けることは出来た。

 

しかし静因石自体が希少な鉱石な上、その主だった産地である、北方の岩石地帯は遠すぎて、

往復に少なくとも一ヶ月以上はかかってしまう。

もう一つの産地である、【グリューエン大火山】についても、

大火山の周囲は常に砂嵐が吹き荒れ、生半可な冒険者では麓に辿り着くことさえ不可能であり、

迷宮に入って"静因石"を採取し戻ってこられる程の者は、

既に病に倒れてしまっているという状況だった。

 

「それで救援を要請しに砂漠を……」

 

ジータの言葉に首を縦に揺らすビィズ。

 

「父上や母上、妹も既に感染していて、アンカジにストックしてあった静因石を服用することで、

何とか持ち直したが、衰弱も激しく、とても王国や近隣の町まで救援に赴くことなど

出来そうもなかった。だから、私が一日前に護衛隊と共にアンカジを出発したのだ」

 

その時は症状は出ていなかったが……感染していたのだろうな、とビィズは悔し気に呟く。

おそらく、発症までには個人差があるのだろう。

 

「家族が倒れ、国が混乱し、救援は一刻を争うという状況に……動揺していたようだ、

万全を期して静因石を服用しておくべきだった、病に倒れた私のために迅速な移動が出来ず

護衛たちは皆サンドワームに一呑みに、いや、それだけじゃない、

今、こうしている間にも、アンカジの民は命を落としていっているというのに……情けない!」

 

力の入らない体に、それでもあらん限りの力を込めて拳を己の膝に叩きつけるビィズ。

その姿を見ただけで、いかに彼が責任感が強く、民を思う人物かは充分に理解出来た。

 

「しかしワームどもめ……病に侵されたこの身は口に合わぬと見えて、食べるのを躊躇いおった

お陰で命拾いし、君たちに出会うことが出来た、人生何が起こるかわからんな」

 

やや自嘲を含んだ言葉で説明を締めくくると、そのままビィズはハジメたちに深々と頭を下げる。

 

「……君たちに、いや、貴殿たちにアンカジ公国領主代理として正式に依頼したい、

どうか、私に力を貸して欲しい」

「香織殿のことは風の噂で聞いている、ハイリヒ王国に降り立った神の使徒の中に

治癒魔法の天才がいるということを、そしてハジメ殿とジータ殿は金ランク、

しかも、かの高名なメルド・ロギンス殿とも懇意にされている間柄とお見受けする」

 

今のハジメたちの表向きの立場としては、ハイリヒ王国騎士団長、

メルド・ロギンスからの内諾の元、各地の情勢を調査するために、

冒険者ギルドより派遣されているということになっている。

 

(軋轢を減らしたいなら建前や名分は必要だぞ、あるかないかで周囲の見る目はまるで変わる)

 

そう言いながら、紹介状をしたためてくれたメルドの姿を思いだすジータ、

その大人の配慮には、頭が下がる思いを抱かずにはいられない。

 

「パパー、たすけてあげないの?」

 

ミュウの無邪気な声が車内に響く、その眼差しはどこまでも純真だ、

ハジメなら、何だって出来ると無条件に信じているかのように。

 

ジータたちは何も言わない、何も言わずともハジメが下す断はすでに分かりきっているからだ。

 

「俺たちに取ってもこれは未知の病、必ず助けられるとは言い切れない」

 

言葉を選びつつも、ハジメはビィズへと了解の意を伝えていく。

 

「それでも出来ることは……やってみる、それで良ければ」

「勿論です!ありがとうございます!この恩は必ず!」

 

無論、善意や義侠心もあったが、天之河光輝と違い、ただそれのみで動く程、

南雲ハジメは純粋ではない。

例え病の原因を突き止めることは出来ずとも、当面の水源と静因石を確保するところまでは、

自分たちでも出来る筈という、計算、いや勝算がまずあってのことだ。

 

それに成り行き上とはいえど、関わったからにはせめてそれくらいはやっておかなければ、

いずれアンカジに到着するであろう、カリオストロや愛子らに合わせる顔がないという

思いもあった、何より……。

自分を慕い、信じて付いてきてくれた仲間たちに、自身の目的以外は全て埒外などという、

そんな"寂しい"生き方を見せたくはなかった。

 

「ではまずは水の確保のために王国へ~」

「いや、その必要はない、水の確保はどうにか出来るだろうから、

一先ずアンカジに向かわせて貰いたいんだが?」

 

数十万人分の水を確保できるという言葉に、訝しむビィズを尻目に

アンカジへとハンドルを切るハジメだった。

 

 

「……これがアンカジ」

「フューレンより大きいかもですぅ」

 

赤銅色の砂漠の中にそびえ立つ、美しき乳白色の都の威容に感嘆の声を漏らす、ユエとシア。

 

「流石に繁栄ではフューレンには及びませんが、ですが美しさにかけては……

まずはあれをご覧に」

 

お国自慢を始めるビィズの指先には外壁の各所から天へと立ち登ぼる光の柱があった、

その光は上空で一つに交わり、アンカジ全体を覆う強大なドームへと形成される。

 

「この光のドームのお陰で、砂嵐に見舞われずに済むのですよ」

 

ハジメたちはビィズの案内でアンカジへと入国する。

入場門は高台にあった。ここに訪れた者が、アンカジの美しさを最初に一望出来るようにという、

心遣いらしい。

 

門を潜った先の眼前の光景に感嘆の声をあげるハジメたち。

まず彼らが目を奪われたのは街の東側だ、そこは緑豊かなオアシスが広がり、

その豊かな水は幾筋もの川となって町中に流れ込み、

砂漠のど真ん中だというのに小船があちこちに停泊している。

それはまるで美術館の名画のような風景だった。

 

そして北にはその豊かな水を十二分に利用しているのであろう農業地帯が、

西側には荘厳な宮殿と行政区域が広がっていた。

 

「砂漠なのに……凄い」

「これでも近年は水不足に悩まされてまして……それにも増して」

 

先程までの誇らしげな口調を沈ませるビィズ。

 

アンカジはエリセンより運送される海産物の鮮度を極力落とさないまま運ぶための要所で、

その海産物の産出量は北大陸の八割を占めている。

当然のことながら交易、そしてこの美しい街並みを見るに観光も盛んであって然るべきなのだろうが?

病禍に蝕まれた街は、人通りもまばらで、暗く陰気な雰囲気に覆われていた。

 

「……皆様にも活気に満ちた我が国をお見せしたかった、すまないが、今は時間がない。

都の案内は全てが解決した後にでも私自らさせていただこう。

一先ずは、父上のもとへ。あの宮殿だ」

 

 

ビィズの口添えとそしてメルドが預けてくれた紹介状のお陰で、

領主であるランズィへの話は実にスムーズに纏まった。

それにしても領主自らが病を押して執務を行っていたのには、ハジメら一同も、

驚きと、そして好感を隠せなかった、責任感が強いのはどうやら遺伝のようだ。

 

「じゃあ、ランズィさん、そろそろ始めさせていただきますね、

私と香織ちゃんとシアちゃんは医療院と患者が収容されている施設へ行くね、

魔晶石も持ってくから、あとポーションメイカーもお願い」

 

ポーションメイカー、これもカリオストロのアドバイスによって、

ハジメが制作したポーション自動生成装置だ。

 

「じゃあ俺たちは水の確保だな、領主さん、最低でも二百メートル四方の開けた場所を

用意して貰えるとありがたいんだが……」

「む?うむ、農業地帯に行けばいくらでもあるが……」

「なら、残りはこっちで、シアは魔晶石がたまったらユエに持って来てやってくれ」

 

ハジメとジータはテキパキと指示を飛ばしていく。とはいえやることは単純だ。

香織がビィズにやったのと同じように、"廻聖"と"万天"で

患者たちから魔力を少しずつ抜きつつ、病の進行を遅らせ、

ジータはそれと並行してワクチンを作っていく。

香織が患者から取り出した魔力は魔晶石にストックし、

貯まったらそれをユエに渡して水を作る魔力の足しにする。

 

ハジメは貯水池を作るユエに協力したあと、そのままオアシスに向かい、

一応、原因の調査をする、分かれば解決してもいいし。

 

「分からなければそのまま【グリューエン大火山】に向かう、そういうプランで行くぞ」

 





原作よりも穏やかで親切なハジメちゃん、
もちろん、それなりの計算はありますが。


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人と魔を隔てるもの



必要の無いところで、無闇に暴れたり、悪態をついたりとかする必要は
ないと思うのです。


 

 

まずは当面の飲料水の確保である。

ハジメ一行はランズィとその護衛らの案内でアンカジ北部にある農業地帯の一角に来ていた。

二百メートル四方どころかその三倍はありそうな平地が広がっている。

 

「今は休耕地だ、使って貰って構わぬが……」

 

やはり疑念は消せないのだろう、半信半疑といった態度を隠せないランズィ。

そもそもが常識的に考えて不可能な話だ、無理もない。

メルドの紹介状がなければ、もっと剣呑な態度になっていたに相違ない。

 

もっとも、その疑いと不安を孕んだ眼差しは、ユエが魔法を行使した瞬間、

驚愕一色に染まるのだが。

 

「"壊劫"」

 

まずはユエの重力魔法によって大地が沈み抉られ、休耕地はあっという間に、

二百メートル四方、深さ五メートルの巨大な貯水池となる。

 

"どんなもんだい"と言わんばかりに、ユエは先程までハジメへと疑念の目を向けていた

ランズィたちが、大口を開け目も飛び出さんばかりに見開いているのを、

優越感が籠った眼で一瞥すると、さらに自分たちの仲を徹底的に見せつけんとばかりに、

自分からハジメに抱きつき。

 

「お……おい、こんなとこで」

「いただきます」

 

そのまま、その首筋に噛みつくのだった。

 

 

「……妙なとこ見せちゃって」

「そういうことではないというか……と、とにかくだな、その」

 

妖艶極まりなき吸血の儀が終り、互いにややバツの悪さを感じつつ、

ランズィと一言交わすと、ハジメは四輪で貯水池を整地し、同時に舗装していく。

舗装を終えたハジメが地上に上がると、今度はユエが水系魔法を行使する。

 

「"虚波"」

 

ユエの桁外れの魔力によって虚空に産み出された、膨大な量の水塊が、

一気に貯水池へと流れ込む、途中ハジメから吸血し、

シアから魔晶石の補給を受けながらも、ユエは魔法を連発し、

そして二百メートル四方の貯水池は、汚染されていない新鮮な水でなみなみと満たされた。

 

「……こんなことが……」

「取り敢えず、これで当分は保つだろう……」

 

ユエに血を抜かれすぎ、はぁはぁと息を荒げつつもランズィに応じるハジメ。

 

「あとは、オアシスを調べてみて……何も分からなければ、稼いだ時間で水については

救援要請すればいいんじゃないか……」

「あ、ああ、いや、聞きたい事は色々あるが……ありがとう、心から感謝する、

これで我が国民を干上がらせずに済む、オアシスの方も私が案内しよう」

 

 

ハジメたちはランズィに従い、今度はオアシスの方へと移動する。

 

一見するととても毒など含んで無さそうな、美しき水面が一面に広がってはいるが、

ハジメは魔眼石ゴーグルを装着し、オアシスをスキャンしていく。

 

「……ん?」

「……ハジメ?」

「中央の底……何かある……領主さん、調査チームだけどオアシスの底について

何か言ってなかったか?」

 

ハジメの疑問にランズィが答えていく。

 

「いや、オアシスの底まではまだ手が回っていない……地下水脈については

異常は見つからなかったそうだが」

「じゃあオアシスの底に、何かアーティファクトでも沈めてあるとか?

警備とか管理のためとかで」

「いや、この光のドーム、正式名は"真意の裁断"と呼ぶのだが……には警備機能も

備わっている、これまではそれで事足りていたのだ」

 

「……だとすれば」

 

ハジメは、オアシスのすぐ近くまで来ると"宝物庫"から、

五百ミリリットルのペットボトルのような形の金属塊を取り出し直接魔力を注ぎ込むと、

それを無造作にオアシスへと投げ込み、暫く待って踵を返した刹那。

 

ハジメの背後で凄まじい爆発音と共に巨大な水柱が噴き上がった。

 

「やったか……いや」

 

ハジメは口惜し気に呟くと、今度は十個くらい同じものを取り出し、

ポイポイとオアシスに投げ込もうとして……先にランズィに了解を取る。

 

「オアシスの底に魔物が潜んでる、燻り出すのにさっきのようなかなり手荒な方法を

取らないといけない……構わないか?」

「魔物だと!そのような……」

「この光のバリア、多分地下まではカバーできないんじゃないのか?

それよりどうする?もし他の手を使うなら暫く考える時間が欲しいが」

 

この美しきオアシスの環境や景観を出来る事なら壊したくはない。

ハジメとてそういう思いはある、一瞬沈黙するランズィだったが。

 

「事は一刻を争う……背に腹は代えられん……許可しよう」

 

呻くような口調でハジメに許可を出す。

そしてそんな領主の判断にハジメはペコリと頭を軽く下げると、そこからは躊躇うことなく、

次々とペットボトルを、【メルジーネ海底遺跡】攻略用に開発した魚雷を投下していく。

 

「あぁ! 桟橋が吹き飛んだぞ! 魚達の肉片がぁ! オアシスが赤く染まっていくぅ!」

「威力はこんなもんとして、追尾性と速度は要改良か……」

 

ランズィの悲鳴を尻目に、ごく冷静に赤く染まった水面を見つめるハジメ。

ハジメとて少しは心が痛んでいるのだ、しかし許可が下りた以上はテッテーテキにやるだけだ。

 

「よし、さらに五十個追加だ」

 

そんなハジメの独り言が聞こえたか聞こえないか、ランズィがさらなる悲鳴を上げた時だった。

 

シュバ!

 

風を切り裂く勢いで無数の水が触手となってハジメ達に襲いかかった。

咄嗟に、ハジメはドンナー・シュラークで迎撃し水の触手を弾き飛ばす。

ユエは氷結させて、ティオは炎で即座に蒸発させて防ぐ。

 

そして彼らの目前で、水面が突如盛り上がったかと思うと、

重力に逆らってそのまませり上がっていく。

 

「散々環境破壊させやがって、覚悟しろ」

 

オアシスに潜む魔物の正体、それは無数の触手をくねらせ、赤く輝く魔石を持つ、

十メートル近い小山のごときスライムだった。

 

「なんだ……この魔物は一体何なんだ?バチェラム……なのか?」

「なんでもいいさ、それよりあんまりこっち来ないほうがいい」

 

怒り心頭、といった風に、触手攻撃をしてくるオアシスバチュラム。

ハジメ。ユエ、ティオはそれぞれのやり方で対処しつつ、

核と思われる赤い魔石を狙うが、魔石はまるで意思を持っているかのように、

縦横無尽に体内を動き回り、中々狙いをつけさせない。

 

「めんどいな……おい」

「待ってました!私にまかせて!石になっちゃいなさい!」

 

メドゥーサの瞳が輝く、と、バチュラムは抵抗の余地すら許されず、

あっという間に石と化してしまう。

そしてハジメは悠々と巨大な漬物石を思わせるバチュラムの中心に位置する

魔石を撃ち抜くのであった。

 

魔石を砕かれ、完全にその構成する魔力が失われたことを確認すると、

メドゥーサは、かつてバチュラムだった漬物石の石化を解いてやる。

と、同時にドザァー! と大量の水が周囲に降り注ぎ、オアシスは激しく波立っていく。

 

「……終わったのかね?」

 

まるで狐につままれたような表情でランズィはハジメへと尋ねる。

 

「ああ、もう、オアシスに魔力反応はないな、ただ原因を排除した事イコール

浄化と言えるのかは、まだ分からないが」

 

慌ててランズィの部下の一人が水質の鑑定を行う。

 

「……どうだ?」

「……いえ、汚染されたままです」

 

やはり元凶である、オアシスバチュラムを倒しても一度汚染された水は残るという事実に

部下は落胆した様子で首を振った、もっとも予想自体は出来ていたのかもしれないが。

 

「まぁ、そう気を落とすでない、元凶がいなくなった以上、これ以上汚染が進むことはない、

新鮮な水は地下水脈からいくらでも湧き出るのじゃから、上手く汚染水を排出してやれば、

そう遠くないうちに元のオアシスを取り戻せよう」

 

そんなティオの言葉に、ランズィら元気を取り戻し、やるぞ諸君!やりましょう領主様!

などと威勢のいい声が聞こえ始める、そんな彼らの姿からは、領主一族への忠誠心と、

そして揺ぎ無き愛国心が伝わってくる。

 

「……しかし、あのバチュラムらしき魔物は一体なんだったのか……

新種の魔物が地下水脈から流れ込みでもしたのだろうか?」

「おそらくだが……魔人族の仕業じゃないかと俺は思う」

 

ハジメは、その特異性から見て、オアシスバチュラムが魔人族の神代魔法によって

造り出された新たな魔物だと推測していた。

 

「!?魔人族だと?ハジメ殿、貴殿がそう言うからには思い当たる事があるのだな?」

「ああ、色々あってな」

 

ハジメはウルの街とオルクスで起きた出来事をかいつまんでランズィに語る。

 

「かの豊穣の女神様までも狙われるとは……」

「ここアンカジは交易と食料供給の要所だ、魔人族としては潰しておきたい拠点だろうな」

 

ハジメの言葉に苦り切った表情を見せるランズィ。

 

「魔人族が近年攻勢を強めていること、そして新種の魔物のことは聞き及んでいる、

こちらでも独自に調査はしていたが……よもや、あんなものまで使役できるようになっているとは

……見通しが甘かったか」

「それは仕方ないんじゃないか? 王都でも新種の魔物なんて情報は

"いるだろう"程度の話だったしな、なにせ、勇者一行が襲われたのも、つい最近だ

今頃、あちこちで大騒ぎだろうよ」

「いよいよ、本格的に動き出したということか……」

 

遠い目をして考え込むランズィ、しかしその眼光は領主として国民を、

迫る困難から何としてでも守るという決意の光に満ちていた、しかしそれよりも今は。

 

「ハジメ殿、ユエ殿、ティオ殿、メドゥーサ殿、

アンカジ公国領主ランズィ・フォウワード・ゼンゲンは、国を代表して礼を言う、

この国は貴殿等に救われた」

 

そう言うと、ランズィを含め彼等の部下達も深々と頭を下げた。

まさかここまで一国の長に、ストレートに感謝の意を見せられるとは思わず、

また、普段から感謝された経験が少ないがゆえに、何と返していいものかと、

言葉をぐるぐると巡らせるハジメだったが。

 

「へっへーん!どう!たっぷり感謝して恩に着なさいよね!」

「コラッ!失礼だぞメド子!」

 

必死で考えてる最中に耳に飛び込んできた、清々しいまでに恩着せがましい言葉に、

慌ててメドゥーサを嗜めるハジメだが、一方のランズィは愉快そうな笑いを浮かべ頷く。

 

「ああ、もちろんだ、末代まで覚えているとも」

 

政治家として、あるいは貴族として、腹の探り合いが日常であるランズィに取っては、

むしろメドゥーサの率直な態度が却って意に沿ったのかもしれない。

しかしハジメにとっては、そういう人情の機敏という物について、まだまだ疎いようだった。

 

(考えるだけ……だったのか?難しいよな……色々と)

 

「……だが、アンカジには未だ苦しんでいる患者達が大勢いる……それも、頼めるかね?」

 

 

一方の医療院では香織を中心としたメンバーたちが、獅子奮迅の活躍を見せていた。

まずは香織が重症患者から魔力を一斉に抜き取っては、その魔力を魔晶石にストックし、

半径十メートル以内に集めた患者の病の進行を一斉に遅らせ、

同時に衰弱を回復させるよう回復魔法も行使する。

症状が治まったところでジータが経口ワクチンを接種させ、再発を防ぐという段取りだ。

 

ジータは順調に稼働するポーションメイカーの前で用意して貰った小型の盃に、

試験管の液体を注いでいく、試験管一本で数十人分の経口ワクチンを賄える計算だ。

とはいえど、アンカジの国民全体に行き渡るようになるまでは、相応の時間が必要だ。

 

「重症者の後は、ワクチンの接種は医療関係者を最優先とさせて頂きますね」

 

さらにワクチンの効果には限りがある。

試薬の色の感じを見る限り、二月ほどは持ちそうだが……。

 

そして医療院の外では本来非力な筈の兎人族の少女であるシアが、各収容施設を巡っては、

馬車に詰めた患者たちをその強力で以って馬車ごと持ち上げて、

香織らの元へと運んでくるという、豪快にしてありえない光景が展開されていた。

 

医療院の職員達も上級魔法を連発したり、複数の回復魔法を当たり前のように、

同時行使する香織や、治療薬を次々と生産していくジータの姿に、

驚愕を通り越すと同時に、深い尊敬の念を抱いたようで、

今や、全員が一丸となって患者達の治療に当たっていた。

 

そして彼らの元にハジメらを伴って現れたランズィの口から、

水の確保と元凶の排除がなされた事が大声で伝えられると、一斉に歓声が上がった。

多くの人が亡くなり、砂漠の真ん中で安全な水も確保できず、

絶望に包まれていた人達が笑顔を取り戻し始め、感極まった何人かがハジメに握手を求めてくる。

 

そして、戸惑いつつも握手に応じるハジメの姿を、

ジータは微笑ましくも誇らしい思いを抱きながら見つめていた。

 

(怖がられるより感謝される方がずっといいもんね)

 

「香織、これから【グリューエン大火山】に挑もうと思うんだが、ここにいる患者たちは

どれくらい持ちそうだ?」

「うん、ジータちゃんのお薬もあるし、ハジメくんたちが行って帰って来れるだけの

時間は充分にあるよ、それでも……」

 

香織はハジメへと明確な決意をもって伝える。

 

「やっぱり私はここに残って患者さんたちの治療をするよ、静因石をお願い

貴重な鉱物らしいけど……大量に必要だからハジメくんじゃなきゃだめだと思う」

「分かってる、ここまでやったんだ、だったらな」

 

あくまでも自分たちの目的はクラスの皆で故郷に帰る方法を見つけること、

それは変わりはないが、目的に固執し、結果、救えるものも救わなかったのなら、

例え無事帰れたとしても、生涯釈然としないモヤモヤを抱えて生きることになるだろう。

 

(出来る時に"良いこと"をやっておかないとな)

 

後悔覚悟で救える何かを見捨てる……そんな時も訪れるかもしれないのだ、だったら。

 

「ジータちゃん、ミュウちゃんも私が見て置くから、ハジメくんをお願い」

「う……うん」

 

しかし……ジータはすでに香織の足元がふらつきつつあるのを見逃さなかった。

何事にも一途で懸命な彼女の性格をジータは良く知っている。

このままここに残して置けば、逆に香織の方が倒れてしまうだろう。

そんなことになってしまえば自分たちだけではなく、アンカジの人々にとっても、

後味の悪い思いを残してしまうことになりかねない。

 

いっそ自分が……と、ジータが思いを巡らした所で、精神に直接呼びかける声が届く。

 

『皆よく頑張ったわ、ここから先は任せなさい』

「いいんですか?」

『ほんのご褒美みたいなものよ、気にしないで』

 

その言葉を聞き終わるか終わらないかの間に光が走り、ガブリエルが姿を現す、

例によってクラシカルなナース服の姿で。

 

「ですけど……」

 

やや戸惑い気味のジータ、次の目的地【グリューエン大火山】は灼熱の地だ、

出来れば彼女の加護を受けたい所だが。

 

「大丈夫よ、これはあくまでも写し身、本当に危ないと思ったらいつでも呼びなさい」

 

確かに、いつもの彼女が纏う圧倒的なまでの神聖な気が、今のその身体からはあまり感じられない。

 

「ミュウちゃんの面倒も私が見て置いてあげるわ」

 

そのミュウはママとおんなじ匂いがすると、早くもガブリエルの豊かな胸に顔を埋めている。

そんなミュウを抱いたまま、追いつかなきゃねと、香織の耳元で囁きその肩を叩くのも忘れない。

どうやらそれも目的の一つだったようだ。

 

「アンタ、理由を付けてナース服着たいだけなんじゃないの……」

 

という、メドゥーサの声は笑って無視して、次いでガブリエルは、

まだ歓喜の輪の中にいる、ハジメの姿をジータと共に目を細め見つめる。

 

「まだまだ荒っぽくって……すいません」

 

あのオアシスでの雷撃の音はここまで聞こえてきていた。

 

「それでもきっとハジメちゃんの未来は変わりつつあるって、私は信じてます」

 

確かに今の彼の、南雲ハジメの生き方は、彼本来の進む筈の未来とは少し異なりつつある。

しかしその結果、戦って勝つほどに、より大きく深刻な壁が、

立ち塞がることになるのかもしれない、と、ガブリエルは思わずにはいられない、

それでも。

 

(魔王と畏れられるよりずっといい筈よ)

 

そう、平和的なインテリジェンスを喪失した人間は、どれほど強く賢くとも、

いずれ大切な何かを失ってしまうのが常なのだから。

 

 





次回から大火山編、香織が同行することで展開がどう変わるか…… 


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灼熱の因縁

グリューエンに突入開始です。


【グリューエン大火山】

 

それは、アンカジ公国より北方に進んだ先、約百キロメートルの位置に存在している。

見た目は、直径約五キロメートル、標高三千メートル程の巨石だ。

普通の成層火山のような円錐状の山ではなく、

いわゆる溶岩円頂丘のように平べったい形をしており、

 

「山というより巨大な丘?エアーズロックみたいだったかな?」

 

王宮の図書館にあった絵を思い出すジータ。

 

「あっちよりずっとバカでかいけどな!」

 

この【グリューエン大火山】は、七大迷宮の一つとして周知されているが、

【オルクス大迷宮】のように、冒険者が頻繁に訪れるということはない。

それは人里から隔絶された砂漠の奥地にあるということや、【オルクス大迷宮】の魔物と違い、

内部の危険性の割りに、良質な魔石を回収できないということもあるが。

一番の理由は……。

 

「まるで竜の巣、ラ〇ュタみたいだね、ハジメくん」

「……ラピュタ?」

 

得意げな香織と、自分の知らないことをまた……と、不満気なユエの顔を、

交互に見比べ、肩を竦ませるハジメ。

 

そう、【グリューエン大火山】は、壁の如く渦巻く巨大な砂嵐に包まれているのだ。

まさしく天空の城を包み込む巨大積乱雲のように。

 

「風の魔力が満ちているわ……ナマイキ」

 

砂嵐を一瞥し、吐き捨てるとメドゥーサは車内の奥で縮こまる。

土属性の彼女にとって風属性は苦手……失礼、あまり相手にしたくない属性なのだそうだ。

 

「ここを歩きで抜けてく人もいるんですねぇ」

「流石の妾もためらうの」

 

そんなシアとティオの声を聞き流しつつ、ハジメはそれじゃ行くかと

四輪のアクセルを勢いよく踏み込む。

四輪備え付けの魔眼石カーナビが、障害物の有無を教えてくれる。

このまま真っすぐ突っ切れば、火山までは何の障害もなく辿り着ける筈だ。

 

「急ごう、アンカジの人たちが待ってる」

 

所詮行きずりだろう?どうしてそこまでやる?という気持ちがないわけではない。

だが、背負うと決めたからには途中で投げ出したくはなかった。

 

「それだけだよ」

 

そんなハジメの声は、すぐに嵐の轟音に掻き消され、少女たちに耳に届くことはなかった。

 

 

砂嵐のみならず、大量の魔物たちの襲撃をも受けつつ、これを一蹴し

なんとか火山内部へと突入したハジメたちだったが。

その内部はマグマの赤に彩られたまさに灼熱地獄だった。

 

しかもそのマグマに紛れ、魔物たちが次々と間断なく奇襲を仕掛けてくる。

そして、なにより厄介なのは、刻一刻と増していき、否応なく集中力を削っていく暑さだ。

 

「流石にこの暑さはヤバイ、もっといい冷房系のアーティファクトを揃えておくんだった……」

「そんな黒い服着てるからよ」

 

魔法少女を思わせる、ウォーロック姿のジータが帽子を脱いで額の汗を拭う。

 

「ホラ暫く休みなさい……アタシとティオが見といてあげるから」

「ああ……すまない」

 

暑さには強いと豪語していたティオ程ではないが、

灼熱の砂漠の中でも平然としていただけあって、メドゥーサもハジメらに比べると

まだまだ余裕といった風だ。

 

ともかく、ハジメらは錬成で横穴を作り、その中に避難すると、

ユエに氷塊を作って貰って、その中で暫しの休息を取る。

 

「バルツ公国みたいね」

 

天井付近を流れるマグマを眺めながら誰ともなしに話し出すメドゥーサ。

 

「そのバルツって?どんなところなの」

「炎と鋼の国よ……火山の炎を利用した製鉄、製鋼が盛んなの」

 

それは理に適ってる、と思う一同。

 

「きっとハジメなら気に入ると思うわ、工廠が一杯あってね、巨大ロボみたいの

だって作ってるトコ……か……勘違いしないでよね!同じ景色ばっかりでっ、

退屈してただけなんだから!」

「はいはい」

 

ジータは微笑みながら、うねうね動くメドゥーサの髪を梳いてやる。

 

「同じ景色……ねぇ、ん?」

 

怪訝な目付きで周囲に目を凝らすハジメ、同じ景色と言われて意識することで、

マグマの流れに違和感があることに気が付いたのだ。

具体的には、岩などで流れを邪魔されているわけでもないのに、

大きく流れが変わっていたり、何もないのに流れが急激に遅くなっていたりといった……。

 

ささいなこととはいえど、暑さと奇襲の対応に追われ、全く気にも留めてなかった。

やや反省しつつ、ハジメはその不自然なマグマの流れの辺りに"鉱物系探査"を

行ってみる、何気なく、すると。

 

「お宝発見、だぜ」

 

変わり映えしない景色の中、マグマに紛れ大量の静因石が埋蔵されている箇所を、

ハジメの瞳はしっかりと捉えていた。

 

 

そして暫し時間は経過し、彼らは大火山のさらなる深層、おそらく五十層くらいか?

の、マグマの大河の上を、赤銅色の岩石で出来た小舟に乗って漂流する憂き目にあっていた。

 

「少し欲張り過ぎたね」

「全くだ、申し訳ない」

 

ペコリと頭を下げるハジメ、ジータの言う通り、静因石の回収に夢中になりすぎて、

周囲の環境への注意が散漫になっていた。

大量の静因石が埋まった鉱脈を見つけ出したはいいが、静因石がマグマの流れを、

阻む作用があるという、肝心なことをすっかり失念してしまっており。

結果、鉱脈の中の静因石を全て取り除いた瞬間、

間欠泉の如くマグマが勢いよくハジメの足元から噴き出したのだった。

 

咄嗟に飛び退いたハジメだったが、噴き出すマグマの勢いは激しく、

まさしく濁流のごとく、唸りを上げてハジメたちを取り囲んでいく。

 

ユエが障壁を張って凌いでいる間に、ハジメが錬成で小舟を作り出し、

それに乗って一同は泡を喰いつつも何とか脱出する。

小舟は、直ぐに灼熱のマグマに熱せられたが、ハジメが"金剛"の派生"付与強化"により,

小舟に金剛をかけたので問題はなかった。

 

こうしてマグマの激流の中を時に必死で舵を取り、また時には魔物の襲撃を退け、

なんとか現在一息を着けている、といった状況だった。

 

「そろそろ、標高的には麓辺りじゃ、何かあるかもしれんぞ?」

「ああ……マグマの流れも怪しくなってきてるしな」

 

ティオの言葉を裏付けるかのように、今まで下り続けていたマグマが、

突然上方へと向かい始める、ここまでの熱気とは別の空気が混じりつつあるのを

幾人かは敏感に感じ取る。

 

「「「「掴まれ!」」」」

 

誰彼ともなく叫んだ号令に、小舟にしがみつくハジメたち。

小舟は、まるでブランコから勢いよく飛び降りた子供のように、

放物線を描いて、洞窟の外へと放り出された。

 

少し懐かしい感覚を覚えながら、ハジメは素早く周囲の状況を把握する。

そこはさらなる深紅に彩られたマグマの大海だった。

何とか落ち着ける足場はないか……なおも周囲を見渡すハジメの視界に、

マグマの海のほぼ中央、小さな島が映る―――マグマのドームで覆われた。

 

「……あそこが住処?」

 

小舟の姿勢を魔法で調整しながらユエが呟く。

 

「階層の深さ的にも、そう考えるのが妥当だろうな……だが、そうなると……」

「最後のガーディアンがいるはず……じゃな? ご主人様よ」

「ショートカットして来たっぽいですし、とっくに通り過ぎたと考えてはダメですか?」

「本気で言ってる?シアちゃん」

 

大迷宮の最終試練までショートカット出来たと考えるのは虫が良すぎるというもの。

ジータの言葉に、シアは鋭い視線で答えを返す、

ライセンで散々な目にあったことを忘れていない目だ。

 

「来たよ!ハジメくんっ!」

 

香織の叫びと時を同じくして、マグマの海や頭上のマグマの川から、

マシンガンのごとく炎塊が撃ち放たれる。

 

「みんな逃げろっ!」

 

ハジメの声と同時に小舟から飛びのく一同、やや反応が遅れた香織の襟元を掴んで

ジータが飛んだ瞬間、凄まじい物量の炎塊が一瞬前までハジメ達がいた小舟を

粉砕し、マグマの海へと沈めていく。

 

「ごめんね、ジータちゃん、みんな」

「いいのよ」

 

ジータの背中にしがみ付いたまま、バツの悪い表情を見せる香織、

やはりステータスが他のメンバーに比べて低いことを、気にしているのだろう。

アンカジに残るといったのも、もしかするとそれも理由だったのかもしれない。

 

「今更気にするなんて、香織ちゃんらしくないよ」

「だよね、ゴメン」

 

その一方で炎塊を迎撃しつつ、メドゥーサがその場で即席の足場を作っていくが、

それもすぐにマグマによって埋没してしまう。

 

「キリがないわね、たく……」

「ユエ、あの場所だ、何とか出来るよな」

 

マグマのドームに囲まれた小島を示すハジメ。

 

「……んっ!"絶禍"」

 

炎塊を縫いつつ、一瞬出来た隙をついてユエは重力魔法を発動させる。

響き渡る魔法名と共にハジメたち六人の中間地点に黒く渦巻く球体が出現し、

飛び交うマグマの塊を次々と引き寄せ、呑み込んでいった。

 

「これってブラックホール?凄い」

 

ジータの背中で呟く香織、そして勝ち誇ったようなユエの顔が脳裏に過り

そんなこと考えてる場合じゃないと、慌ててぶんぶんと頭を振り、

恋敵の幻影を頭の中から消し去っていく。

 

そんな忸怩たる思いを香織が抱いているのを知ってか知らずか、

ハジメはマグマを除去され剥き出しになった中央の島へと乗り込もうとする、が、

 

"空力"で宙を走るハジメの直下から大口を開けた巨大なマグマの蛇が襲いかかる。

不意打ちを受けるような形になったが、ハジメはなんとかその顎門による攻撃を回避すると、

お返しとばかりに、ドンナーでもってマグマ蛇の頭を吹き飛ばす。

 

しかしマグマ蛇はまるでハジメの足跡を追うように次々と飛び出し、

聖域への侵入者を喰いちぎらんとばかりに牙を剥いてくる。

マグマの海から長い蛇身が生えてくる様は、どこぞの水族館のアナゴのようだと、

真上から避けながら少しだけハジメは思った。

 

(無事に帰れたら、皆で行きたいな……水族館)

 

「……ハジメ、無事?」

「ああ、問題ない、それよりようやく本命が現れたようだ」

 

それなりの広さの足場に集結したハジメら七人、彼らの眼前には、

中央の島への道を阻むかの如く、二十匹のマグマ蛇がその鎌首をもたげ、睨みつけている。

 

「やはり、中央の島が終着点のようじゃの、通りたければ我らを倒していけと

言わんばかりじゃ」

「でも、さっきハジメさんが撃った相手、普通に再生してますよ?倒せるんでしょうか?」

 

ハジメは汗でやや曇ったゴーグルを磨きながらシアに答える。

 

「おそらくマグマを形成するための核、魔石があるんだろう、

マグマが邪魔でゴーグルでも位置を特定出来ないが……それをぶち壊すしかない」

 

「単純でいいね、だったら!」

 

ジータの声と同時にマグマの海を滑るようにマグマ蛇が一斉に襲いかかる。

 

『エーテルブラスト!』

 

ジータが握る、花を模した短剣、クリスタルベルフラワーから放たれた、

地下風水光闇、六属性の閃光がマグマ蛇の頭部を次々と砕いていく。

 

「久しぶりの一撃じゃ! 存分に味わうが良い!」

 

ジータに続き、ティオもまた膨大な魔力を込めた黒色のブレスを両の手から放ち、

蛇たちを一気に消滅させる。

 

「よし!やったぞ魔石らしきものが砕けたのを確認した……?」

 

しかし、そんなハジメの言葉とは裏腹に、一度はマグマの海に散った蛇たちが

また鎌首をもたげ再生する、しかも数も二十体きっかりだ。

 

「倒すことがクリア条件じゃないのか?、だとすれば厄介だな」

 

この【グリューエン大火山】、ミレディが言うところの攻略順序では、

シュネー雪原と並び、最初の方に挙げられていた。

だからこそ、そうそう難題を課せられることはないと踏んでいたが……。

 

「ハジメさん!見て下さい!岩壁が光ってますぅ!」

「なに?」

 

中央の島に視線をやると、確かに岩壁の一部が拳大の光を放っている。

さらに"遠見"で確認すると、かなりの数の鉱石が規則正しく中央の島の岩壁に埋め込まれている。

 

(島の広さからいって鉱石は百個ほどか……そして)

 

現在、光を放っている鉱石は……先程、ジータとティオが消滅させたマグマ蛇と同数だった。

 

「なるほど……このマグマ蛇を百体倒すってのがクリア条件ってところか」

「……この暑さで、あれを百体相手にする……迷宮のコンセプトにも合ってる」

「暑さによる集中力の阻害と、その状況下での奇襲への対応……ってとこか」

 

そこから先は早かった、すでにオルクス、ライセンと、ここクリューエン以上の難所を

彼らは潜り抜けてきているのである。

事実、マグマ蛇はみるみる間にその数を減らしていく、そして。

 

「これでラスト」

 

ハジメがドンナーを構え、ユエやジータたちが試練の完遂を祝福するかのように

その雄姿を見守る中、トリガーを引き終わった瞬間だった。

 

「!!」

 

自分の背後に感じた異質な魔力に咄嗟に身を屈めると、

その肩のあたりがあった箇所を横薙ぎの刃のような一撃が通過する。

 

「上じゃっ!」

 

ハジメは何も見ず、声のする方へ全速で飛びのく、と、同時に

眩いばかりの極光が、ハジメの背後に着弾する。

あと僅かでも挙動が遅れていれば、マトモに喰らっていたに相違ない。

 

そして、その光が晴れた跡地には……。

 

「なぁ~~ぐ~~もぉ~~~久しぶりだなぁ~~へへへへ」

 

そこには黒き鎧を纏い、異形の左腕をぶら下げた男が立っていた。

ガリガリにやせ細り、その髪は白く染まっていても、

かつて教室で散々目の当たりにした下卑た眼光は、自分の方が上だと信じ切ってる、

捕食者の笑いは忘れようとしても忘れられる筈もなかった。

 

「ここで会ったが百年目、てなっ」

「檜山……ッ!」

 

思わぬ再会にハジメといえど、驚きの声を上げずにはいられない、

その後頭部にティオの豊満な乳房の感覚を味わいつつも。




ここでまさかの檜山登場。


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勝利の栄光を君に


ジータ流交渉術な話。



 

 

 

「そこのウサギィ~~きれーな耳してんなぁ、俺こっちねぇんだぜぇ」

 

檜山は大仰な仕草で、かつてジータに斬り飛ばされた左耳の付近を指さす。

ボサボサの前髪からギョロリと覗く、血走った目玉の不気味さに、

ひぃとシアの口から悲鳴が漏れる。

 

「そこの女にバサーッ!なぁ、あおのぉ~~~痛かったぜぇ、

お前に撃たれた左手もだけどよぉ~~何より心がよぉ」

 

そこまで言い終えると、檜山はこれ見よがしに頭上に指を掲げる、と。

 

「さっきのだけで終わりじゃないぜぇ~ねぇ、フリードさぁん」

「……上、来る」

 

ユエの呟きと共に無数の閃光が豪雨の如く降り注いだ、先ほどの一撃に比べれば

威力はせいぜい1/10程度か?しかし受ければ致命傷であることには違いない。

 

だが、これは予測の範囲内だった。

ユエとティオは慌てることなく防御魔法を使い、圧縮された光と空気の壁をもって

光線の乱舞を受け止める。

 

「ハジメちゃん、その恰好……ぷぷっ」

「貧ぼっちゃまみたいだって言いたいんだろ!」

 

神水を服用しながら、ハジメは不満げに言い返す。

そう、ハジメの背中は極光が掠めたことにより、服だけが綺麗に焼け焦げ、

背中からお尻まで、きれいに素肌が剥き出しになってしまっている。

しかも正面から見ると重厚なダークスーツ姿のままなため、背中側とのギャップがより著しく、

緊迫した状況であるにも関わらず、どこか見る者の笑いを誘ってしまう。

 

(ヒュドラの時と同じ……軽く焼かれただけなのに)

 

笑いつつも顔を顰めるジータ。

すでに背中の熱傷は神水の効果により、回復しつつあったが。

それでもじくじくと内側から浸食されるような痛みが、ハジメのみならず、

彼女の背中にも走っている、直撃すればタダでは済まなかったに違いない、

……ともかく。

 

「受けるだけじゃ芸がないよ……ねっ!」

「そうじゃの……っ!」

 

背中の痛みが徐々に治まりつつあることを確認し、反撃の口火を切ろうとするジータに、

いち早くティオが応じる。

 

短めの指示を受けると、ティオはジータに向かって頷くと黒竜の姿に変じ、

灰竜たちに埋め尽くされた空間へと飛翔する。

それが掟破りの行為であることは承知していたが、それでも今ここで動かずして、

いつ動くというのか?何よりいかにハジメたちが無敵であったとしても、

あの日、神と戦う覚悟も辞さぬと口にした、ジータの前で"出し惜しみ"はしたくなかった。

 

「黒竜だと!?……くっ」

 

灰竜の群れの中の、ひと際目立つ白竜に騎乗する魔人族の男が驚愕の表情を浮かべつつも

腕を振り、灰竜たちの光線をティオへと集中させようとする、が……。

 

ハジメとジータが腕を天に翳すと、その頭上に深紅の魔法陣が展開され、

やや露出度の高い深紅の鎧を纏った、守護と防衛の女神アテナが、彼らの前に降臨する。

 

「神盾アイギス!」

 

効果量こそ30%と他の防御系召喚効果に比べれば低いが、

その代わりこの神盾は、あらゆる属性の攻撃をカットする。

つまりファランクスⅡと組み合わせれば、合計で100%カット、

星すらも砕くと言われている、"完全なる破局"すら封殺することが可能である。

 

自らの堅牢な鱗と、風と光の守り、さらに女神の盾の加護すら受けたティオにとって、

自身らの姿を模したに過ぎない紛い物の攻撃など、束になっても恐るるに足らない。

 

とはいえどやはり、空間を埋め尽くさんとばかりの灰竜の群れに、

ただ一騎で立ち向かうのは余りに無謀な行為に思える、しかしそこでジータの短剣が閃く、

この少女が何の謀も無く、芸の無い攻撃をさせる筈がないのだ。

 

『チョーク!』

 

迎撃に向かうティオの身体が幾重にも、標的の灰竜の数に合わせて分身し、

 

"若いのぉ! 覚えておくのじゃな! これが"竜"の一撃よぉ!"

 

その口から一斉に黒き火球が放たれる。

 

『チェイサー』

 

そしてかのライセン大迷宮でゴーレムの大軍を一瞬で屠った、質量を伴った残像が、

すでに黒炎に貫かれた灰竜たちを、トドメとばかりに焼き尽くす。

 

「ば……馬鹿な」

 

瞬き数度にも満たぬ時間で、七割強の灰竜をマグマの海に叩き落とされ、

魔人族の男、フリードさんは、そのあり得ない光景に暫し息を呑む。

 

「やはり一筋縄ではいかぬということか……」

 

呻くような呟きは魔人族の将としての矜持か。

 

(それにしても……)

 

檜山の媚びを含んだ得意げな顔を思い出すフリード、さらなる忌々しさにその顔が歪む。

あのバカがしゃしゃり出なければ、奇襲は成功し、今頃連中を黒焦げに出来ていたものを……。

いや、欲張ったのがいけなかったかと、生き残りの灰竜を盾にし、

ティオの追撃を躱しつつ、フリードは独りごちる。

仮にもアルヴ神の使徒である、排するのにもそれなりの手間が必要だ、

異教徒もろとも誤射という名目なら、申し訳が立つというもの。

 

(そういえばアイツはどこだ?)

 

巻き添えを喰って死んでいれば手間が省けるものをと、

一度、地上にチラと目を落とすと、ティオの追撃を振り切るべく自身の白竜を操り、

かつ、生き残りの灰竜たちを自身の守りではなく、地上のハジメたちへの攻撃に投入する。

 

大半はティオの手により撃墜されたものの、まだまだ侮れぬ数を誇る灰竜の群れが

再び攻撃体勢を整え始めたのを見て、ティオは深追いを避けハジメらの元へと舞い戻る。

勿論、いらぬ手出しはさせないよう、充分に牽制の構えは見せつつ……だが。

 

(今の私に距離は関係ない、見せてやろう、私が手にしたもう一つの力を、神代の力を!)

 

 

一方地上では再び光線の雨が、ハジメらの頭上へと降り注いでいく。

しかし、明らかにその密度は低く、多少注意する必要はあれど、

もはや脅威とは言い難く、余裕を持って対処していくハジメたちだったが。

 

「おらおらぁ!こっちがお留守だぜ!南雲ォ!」

「危ないですっ!」

 

咄嗟にシアが香織を突き飛ばすと、香織が立っていた付近の背後から、

突如、檜山の腕が伸び空を切る、躊躇いなく檜山へと銃口を構えるハジメ、しかし。

 

「"界穿"!」

「今度はハジメさんの後ろッ!」

 

シアの叫びと同時に振り返るハジメ、そこには眼前で大口を開けた白竜と、

その背に乗ってハジメを睨むフリードがいた。

白竜の口内には、すでに既に膨大な熱量と魔力が籠った光が覗いている。

 

ハジメが"宝物庫"から大盾を取り出し、杭でもって地面に固定させるのと、

ゼロ距離で極光が放たれるのは同時だった。

 

轟音と共に大盾に極光が直撃するが、タウル鉱石を主材にシュタル鉱石を挟んで、

さらにアザンチウムで外側をコーティングした自慢の一品はそれすらも防ぐ。

もっとも純粋な衝撃までは防ぎきれず、外観に傷一つないまま、

大盾は吹き飛ばされるが、もはやハジメたちはいつまでもその場所にはいない。

大盾が光線を防いでいる僅かな間に、フリードの間合いから悠々と逃れていた。

 

「何というしぶとさだ!」

 

必殺の筈の一撃を凌がれた上、自身の間合いから逃してしまった。

それでもフリードはなおも白竜でハジメらに追いすがり、また何やら詠唱を始めようとするが。

 

『ブラックヘイズ!』

 

ジータがまた短剣を構えると、フリードの身体が突如として闇に包まれ、

その闇が晴れた時には、彼の魔人族特有の浅黒い肌に不気味な発疹が広がっていた。

 

(毒かっ……くっ)

 

自身の身体にのしかかるような悪寒と疼痛、そして何より口惜しさに顔を顰め、

ひとまずフリードは追撃の手を休めざるを得ない。

 

「……看過できない実力だ、万全を期した筈だったのにな、ナグモとか言ったか?

お前の持つ武器……それがジュウというものか?」

 

痛みに加え痒みまで襲ってきた、ますますもって口惜しさに拍車がかかるが、

毒が抜けるまでの時間稼ぎも兼ねて、フリードはハジメらに話しかける。

 

「俺たちのこと、檜山から聞いたのか?」

「ああ……もっとも何も出来ない、生きる資格の無い無能と聞いてはいたが……

なかなかどうして」

 

素直にハジメらの奮闘に賛辞を贈りつつ、

いつの間にか、自身の隣に戻ってきている檜山をチラと見やるフリード、

その視線を見て、ジータは二人の関係を察する。

 

(上手く行ってないみたい、当たり前だけど)

 

フリードの態度、物言いといい、相当プライドの高い人物なのは予想がつく、

そんな男にとって、檜山のようなタイプは我慢ならないであろうことも。

 

「フリードさぁん、ホントですって何かズルしたに違いないんスよぉ、なぁ南雲ォ」

「話していいとは言っていないぞ」

 

ボリボリと首筋を掻き毟りながら、フリードは檜山を睨みつける、

あからさまな侮蔑感を隠そうともせずに。

 

(ま、ズルっちゃズルしたようなもんだが……で、どうする?)

(無駄とは思うけど話してみるね)

 

小声で相談を交わすと、ハジメはジータへと会話のバトンを渡す。

クラスメイトの命が掛かっていたオルクスの時とは違い、ここは無理に戦う必要はない。

なら、自分よりもジータが適任だろう。

もちろん、相手に退くつもりがなければ、目の前のフリードなる男は、

あの女魔人族と同じ運命を辿ることになるだろうが。

 

「私の名はフリード・バグアー、異教徒共に神罰を下す忠実なる神の使徒である

神代の力を……魔物たちを使役する力を手に入れた私に"アルヴ様"は、

直接語りかけて下さった、"我が使徒"と」

 

うっとりと中空に視線を泳がせ、熱のこもった口調で語り出すフリード、

その様はイシュタルを彷彿とさせ、まだ若いのに残念だなあと思うジータ。

 

「故に、私は、己の全てを賭けて主の望みを叶える、その障碍と成りうる

貴様らの存在を……」

「待ってください!」

 

苛烈な宣戦布告を行おうとしたフリードだったが、ジータに機先を制され、

その表情がやや怪訝な物となる。

 

「少なくとも私たちは人間族と魔人族の戦争に、必要以上に介入するつもりはありません」

 

自分たちの目的はあくまでも神代魔法を入手し、クラスメイトらと共に、

この世界から脱出すること、そのために立ち塞がるモノは全て倒すが、

だからといって、あらゆる全てを敵に回すつもりはない。

売られた喧嘩は買わねばならぬという言葉もあるが、言い値で全部買ってれば、

いずれは破産しないとも限らない。

 

これは人間族の"勇者"救出という名目があった、オルクスの時には使えなかった方法だ。

下手にあの状況で勝手に譲歩すれば、最悪、自分たちのみならず、

クラスメイト全員が、異端・ないしは背信者の烙印を押される危険すらあったからだ。

 

(降伏するなり、逃げろとはちゃんと言ったけどね)

 

それに獣ですら牙を剥く相手は選ぶのだ、人でありたいなら尚の事、である。

 

そんなジータの意外とも思える申し出に、やや怪訝な視線を向けるフリード、

しかし彼とて一軍の将、判断論理こそ信仰に歪んでいても、計算くらいは出来る。

 

(手持ちの戦力はあの黒竜一匹に蹴散らされたようなもの……)

 

火口付近に待機させている別動隊を呼び寄せても、おそらく勝機は薄いだろう。

奥の手の用意はあるが、今後を考えると出来れば使いたくはない。

 

「貴様らは、かのエヒトめの招きに応じ、この地に降り立ったと聞いているが」

「自分から望んだわけではありません、それに私たちは所詮は異世界人です、

この世界の信仰についても、何ら思う所はありません」

「なるほど……理屈は分かる、して」

 

そこで背後の気配に振り向くフリード、そこには灰竜に跨り、憤怒の表情を浮かべる男がいた。

 

「貴様らが……カトレアを……よくも」

「カトレア?」

 

聞き覚えのない名にきょとんとした顔を見せるジータ、その仕草がまた男の癪に触ったらしく、

眦はますます吊り上がり、噛みしめた唇から一筋の血が流れだす。

 

「赤髪の魔人族の女だ!貴様等が、【オルクス大迷宮】で殺した女だぁ!」

「ああ、あの人!」

 

殺したのは私たちじゃなくってメルドさんですよと、抗議したくなったが、

話がまたややこしくなりそうなので、黙って話を聞くことにする。

 

「カトレアは、お前らが殺した女は……俺の婚約者だ!……愛していた!

よくも、カトレアを……優しく聡明で、いつも国を思っていたアイツを……」

「控えろミハイル!」

 

フリードの一喝に何故……という顔を見せるミハイル。

 

「カトレアほどの豪の者を討ったのだ、お前の勝てる相手ではないわ!」

「しかしっ……」

「お前の命は近く来たる義挙の時に捨ててくれ、それまで死ぬことまかりならぬ」

 

フリードの言葉に納得したのか、不精不精な仕草を見せつつも、

ミハイルは大人しく下がっていく、その姿は噴出するマグマに紛れ

すぐに見えなくなってしまったが。

 

ともかく、話の腰を若干折られてしまった感はあったが、

改めてジータへと問いかけるフリード。

 

「して、こうやってわざわざ話しているのだ、そちらも何か望むところがあるのだろう」

「単刀直入に言います、ここは退いてはいただけませんか?勿論タダでとは言いません

フリード・バウアー、そこの檜山大介君と、ここにいる南雲ハジメ君との因縁は

聞いているはず、なれば彼ら同士での一対一での決闘を所望します」

「なっ!」

 

ここまで高みの見物を決め込んでいた檜山だが、突如話題の俎上に上がり、

思わず驚愕の声を上げてしまう。

 

「ほう、してそのココロは?」

「魔人族のリーダーたる男が、こんな奴と同等の存在とは思いたくないのです」

 

あの極光の一撃は、ハジメもろとも檜山をも葬るつもりだったと、ジータは睨んでいた、

ならば必ず乗って来ると。

 

「こんな奴だとぉ!あ"あ"」

 

こんな奴呼ばわりに歯を剥いて言い返す檜山の顔を、冷ややかに見つめるフリード、

その胸中は考えるまでもなく定まっていた。

 

今の戦力で、これ以上戦うことは難しい、しかしこのまま退くことは、

自身の誇りと、ひいては魔人族の沽券に関わる問題だ、だが……。

この愚物一人の命で、この場を手打ちに出来るのならば悪くはない、と。

それに、彼らの知らぬ切り札も、まだこちらの手の内にある。

 

「面白い……その提案乗ったぞ、そちらが勝てば一先ずこの場は退くこととしよう

但し、その厄介な飛び道具は使わずにおいて貰うぞ、先にこちらを撃たれでもしたらたまらん」

 

フリードの言葉を聞き、悟られないように安堵の息を吐くジータ。

 

フリードが考えているほど、ジータたちも自分らが有利であるとは思っていなかった。

ほぼ相手の戦力を把握できていたオルクスの時とは違い、

相手の予備戦力がどれほどの物かは、今の彼女らには知るべくもなく、

さらに、フリード本人が操る白竜に関していえば、あの極光の威力を見る限り、

ヒュドラ並みの戦力を有していると考えるべきだろう。

まして場所が場所だ、捨て身で来られれば負けることはなくとも、間違いなく被害が出る。

 

つまり―――ジータの目は、驚きと怯えに歪んだ檜山の顔をはっきりと捉える。

この男が犠牲となることにより、魔人族はこの場を退く口実が与えられる、というわけだ。

 

逃げたいフリードと、逃がしたいジータ、互いの根拠に齟齬はあれど、

この両者の思惑はこうして奇しくも一致し、

哀れ、檜山大介は生贄となることが決定づけられたのであった。

 

「な…な、何言ってるんスか?フリードさん……俺なんかじゃなく、

フリードさんの力があれば……南雲なんか」

 

ごにょごにょと縋るような眼でフリードへと言い募る檜山。

 

「あのナグモとやらは、日頃貴様が殺したいと、のべつ幕なく口にしていた男だぞ、

絶好の機会ではないか」

 

そんな檜山の表情とは裏腹に、フリードの表情は愉快でたまらない、といった風だ。

あのナグモとやらの先程までの動きを見る限り、檜山の勝機は万に一つも無い、

つまりこの目障りな男を、ようやく公然と始末する機会が訪れたのだ、

これが笑わずにいられるか。

 

「それとも自信がないのか?それはつまり」

 

フリードの目がすぅっ……と、細くなる。

 

「……私が与え、何よりアルヴ様に頂いた力では、異教徒共に勝つには不足だと、

……つまりそう言いたいわけだな」

「ち、違……ううう」

 

日本における檜山大介という男は、常に自身は安全圏に身を置き、

一切反撃を受けることなく、一方的に相手をいたぶりたい、そういう男だった。

その安全の根拠は腕力であり、数であった。

だが、すでに腕力と数の優位は失われ、そしてフリードという虎の威も、

今、ここに於いて、剥ぎ取られようとしていた。

 

「勝利の栄光を君に」

 

まるで餞別のようにポンと檜山の肩に手をやるフリード、その声音で檜山は悟る。

ああ、知っている、こいつは俺がどうあがいてもヤツに、南雲に勝てないことを知っている。

いや、こいつだけじゃない、ここにいる誰もが。

 

虚ろな目で周囲を見渡す檜山、下を踏みつけることでしか、自分の存在を、

そして優位を確かめることが出来なかった男は、この場において最下層に堕ちていた。





檜山君、まさかの空間魔法習得
そして次回、果たして因縁に終止符が打たれるのか?


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正体発覚


バブ・イールの塔ってシャレですよね。

それはともかくハジメvs檜山
二人の温度差は埋まるのか?



 

 

「任せて貰ったとはいえ、ごめんね、こんな話にしちゃって」

「いいんだ、どの道アイツとはケリを付けとかないとと思ってた」

 

ハジメが脱ぎ捨てた衣服を片しながら詫びるジータ。

 

「でも、あいつ、多分神代魔法を習得してる、一応気を付けて」

「ああ、どうやらここでゲットできるのは空間に関する魔法みたいだな」

 

そんな二人の様子を、数歩ほど離れた所で見守る香織の胸がなぜか痛む。

叶わなくても、届かなくても仕方ないと、何度も自分に言い聞かせていても、

それでも、二人の互いへの揺ぎ無き信頼をこうして目にすると、

耐え難き黒い苦しみが、胸の中に広がっていくのを感じずにはいられない。

 

(もしも……私が、ハジメくんと一緒に……ッ!)

 

しかしそこで頬に走る軽い痛みが、香織を現実へと引き戻す。

 

「……今の香織、悪い事考えてた」

 

いつの間にかユエが自分の目の前に立っていた、いつもよりも一層険しい表情で、

黒い想いに引き摺られそうになっていた香織を察してか、いささか乱暴ながら、

彼女の頬を抓ることで、強引に現実に引き戻したようだ。

 

「ユエちゃんはいいの?ユエちゃんだって」

 

ハジメくんのことが……と、言いかけた香織を静かに首を振ることで制するユエ。

 

「……在り方は一つじゃない」

「在り方……」

 

ユエの言葉を香織は口中で繰り返す、複雑な想いを抱えて。

 

(私の望むハジメくんとの在り方は……)

 

 

(畜生……なんでこんな目に)

 

フリードを担ぎ上げ、そしていずれ牛耳った魔人族の力でもって、

ハジメたちを皆殺しにする、いや、してもらう計画だった筈が……。

 

歯の根をガタガタと震わせながら、檜山は救いを求める様にまた周囲を見渡すが、

もちろん、応じる者は誰もいない。

 

一方のハジメは、流石に貧ぼっちゃまめいた姿では戦いたくないのか、

諸肌脱いで、引き締まった上半身を露にし、腰にシャツを巻き付けている。

表情こそ以前の柔和さを残してはいるが、その精悍といっていい姿は、

もはや檜山大介の知る南雲ハジメではなかった。

 

……いや、変わってないものが一つだけあった。

 

(その目だ……ここでも教室と同じ目で俺を見るのか……)

 

どれほど痛めつけても、悲鳴一つ上げることなく自分には関係ない、

将来が約束されている自分と、お前らとではそもそものステージが違うと、

言わんばかりの……。

 

檜山の目の色が、怯えから憎しみ、そして侮りへとシフトしていく。

そう、今の自分とて、あの時の自分ではない、檜山は自身の纏う黒鎧に掌を這わせる。

そして何よりも神代魔法だ。

 

そんな檜山の目がまたハジメの姿を捉える、自分のことなどまるで眼中になしとばかりに、

何やらジータと言葉を交わしている姿を。

 

「俺を、俺を無視するなぁっ!」

 

叫びと共に、魔法は完成され檜山の姿が一瞬掻き消えたかと思うと、

また再び出現する、ハジメの頭上へと。

 

「死ねや!」

 

檜山は異形と化した左腕のハサミを空中で振りかぶり、落下の勢いのまま、

ハジメの頭目掛け振り下ろそうとしたのだが、そのハサミはハジメに届くことなく、

空を切り、あろうことか逆にハジメに襟首を掴まれ、

そのまま地面に思いきり叩き付けられた上に、バウンドしたところを、

さらに追撃の蹴りを受け、まるでカンフー映画のように盛大に転げ飛ばされる。

 

「不意打ちが魔人族の決闘の流儀か?」

「そやつも元はお前たちと同郷の出であろう?心外だな」

 

鼻白んだ口調でハジメに言い返すフリード、

半ば本気でそう思っているのが、表情から見て取れる。

 

「ま、あまり奇襲目的で使う類の魔法ではなさそうだな」

 

ゴーグル越しに檜山が出現したあたりの空間を眺めるハジメ、

知らなければ、確かに先程のように面喰らうかもしれないが……。

 

「基本は移動、そして収納だね」

 

ジータは、地を這いずりその場から逃れようとしている、檜山の姿を冷ややかに見つめる。

黒い鎧と相まってその無様さは、まさしくゴキブリを連想させた。

 

「使い手にもよるみたいだけど……で、どうする?」

 

思った通り、力の差は歴然としている、

やろうと思えば簡単に、檜山のその命は摘み取れるだろう……だが、

いかに正当な復讐であったとしても、恨みや憎しみに酔うハジメの姿を見たくはなかった。

ウルでの件を思い出すジータ、あの時の自分の姿を、もしハジメが見たら、

一体、何と思っただろうか?

 

「必要以上にいたぶる趣味はねぇよ」

 

ジータの内心を慮るまでもなく、即答するハジメ、

もとよりそんなことをするために強くなったわけではないのだ、だが……。

やられた分はきっちりと返す、そう、これは復讐にあらず、制裁だ。

 

(俺の分はジータが先に晴らしてくれた)

 

ひぃひぃと口にしながら、ようやく起き上がろうとしている檜山の、

おそらく、ムリヤリ魔物の腕を繋げたのであろう左腕と、

自身の義手を交互に眺めながら、ハジメは思う。

 

(なら、俺はジータの分を晴らす……それだけだ)

 

「なぁ?檜山……火属性魔法の腕前も上がったんだろう?」

「おっ……俺、風属性……」

 

間の抜けた返答を返す檜山の顔色は、マグマの赤い炎に照らされてなお分かるほどに、

蒼白となっている。

 

「いいから撃ってみろよ、あの時と同じように」

 

あの時……ジータが自分を庇い、火球の餌食になる姿をまざまざと思い起こすハジメ。

その光景は、未だハジメの心に傷となって刻まれている。

 

「今度はちゃんと狙えよ」

 

ハジメは挑発するかのように、自身の心臓の位置を指さす。

 

「ここをな」

「ナメ……やがって、無能がっ!」

 

人間、下と見做していた存在に、追い越されることに勝る屈辱はない。

檜山の顔が恐怖から怒りへと、再び変わっていく。

 

(……コイツには魔法の才能は無かった筈だ)

 

「ああ……やってやるさ、今度こそテメェの息の根止めてやる」

 

詠唱と共に火の魔力を帯びた術式が展開されていく、その規模は

あのオルクスや、訓練名目のリンチで見た時よりも遙かに大きかった。

 

「天之河よりすげぇーだろ!なぁ無能!」

 

ボサボサの前髪を振り乱し喚き散らす檜山、その目は真っ当な判断を下せるような目ではない、

これは屈辱による怒りが、単に恐怖を凌駕したにすぎないのだろう。

 

「テメェのお陰で俺は地獄を見たんだよ!」

 

近藤らかつての悪友たちからの執拗なリンチ、恵里からは家畜同然に扱われ、

ジータに片腕と片耳を奪われ、生き延びたい一心であのシスターの靴を舐め、

そして半ば魔物と化した己の身体。

 

「へ……へへへ、見ろよこの腕」

 

威嚇するかの如く、魔物の左腕を振り上げる檜山、その姿はカニのようにハジメには思えた。

 

「この身体、この髪、メチャクチャ痛かったんだぞぉ」

 

さらにボサボサの前髪を、これ見よがしに振り乱す。

 

「テメェさえ大人しく死んでりゃ、こんなことにはならなかったんだぁ!」

 

叫びと共に特大の火球を放つ檜山、しかし。

 

「忘れるなよ、撃ったのはお前が先だ」

 

ハジメの放った風の一撃は、その火球を容易く掻き消し、

さらにその勢いを減衰させることなく、檜山の身体に直撃する。

吹き飛ばされたその身体は石切りのごとくマグマの海を、

何度もバウンドした挙句、岩礁に衝突し、半ばめり込むまで止まらなかった。

 

そして、前のめりにゆらりと倒れ伏した檜山の口から大量の吐血が溢れ出し、

その様を上空で観察していたフリードの唇が皮肉気に歪む、勝負ありだった。

 

「なぁ?そんなに俺が憎かったか?殺したかったか?檜山」

 

愛子に約束した、ちゃんと理由は聞くと、

未だ起き上がれぬ、檜山を遠目に見下ろしながら、ゆっくりと問いかけるハジメ。

ただ何を言われても、おそらく理解も共感も出来ないだろうなと思いながら。

 

つまり南雲ハジメにとって、檜山大介はその程度の関心しかない男だったのだ。

少なくともあの日までは……。

だからこそ、それくらい不可解な、理解し難い何かを、

ハジメは未だ檜山に対して抱え続けていた。

 

そしてそんな戸惑いの感情は視線を介して檜山へも伝わる。

 

(お前……まさか)

 

自分のこれまでの憎しみが、殺意が、まるで目の前の男には届いていなかったということに、

自分より格下であるべき存在に、"どうでもいい"と、半ば思われていたことに、

ただ単に自分にやられたことを、やり返したに過ぎないのだということに、

そして本当に自分が南雲ハジメにとって"どうでもいい"存在に落ちてしまったことに気が付き、

激痛の中で、その痛み以上の屈辱に、せめて、自身の抱えた憎しみに相応しいだけの何かを、

返して欲しかったという口惜しさに檜山は歯噛みしていた。

 

(俺はこんな目にあったってのに!)

 

だからだろうか?ハジメの問いに、命乞いすら忘れ口を噤んだのは、

ならばと、ハジメの目が冷たさを帯び始めていく。

 

「……答えたくないならいい、ならここからは裁きの時間だ、だが、

お前を裁く資格があるのは、俺たちだけじゃない」

 

この男は単に自分たちのみならず、多くの人々を犠牲に、巻き添えにしようとした、

その報いは受けねばならない。

檜山にもその意識はあるのだろう、裁く、という言葉が耳に入った瞬間、

自身の心臓が鷲掴みにされたような感覚を、彼は覚えていた。

さらにその耳に女の声が届く、冷厳な響きの。

 

「ここからは裁き……と、言うのであれば、次は妾の番じゃの」

 

ハジメが後ろに目をやると、すでにティオがずいと仲間たちの輪から、

進み出ようとしていた。

声同様の、その冷厳な表情は普段のヘラヘラとした、どこか締まりのない顔とは、

明らかに違っていた。

 

「そやつは戯れに幸利めを脅し、魔道へと堕とそうとしただけでは飽き足らず、

自らは手を汚すことなく、多くの人々を犠牲にしようとした」

 

ああ、清水の分も追加で殴っておくべきだったなと、今更のように思うハジメ。

 

「さらに罪なき冒険者たちを、幾人も我が手に掛けさせた挙句、

赦しもなく我が背に跨り、竜人族の誇りを穢した、充分な理由であろ?」

「お前……あの時の竜か……」

 

ティオの正体を悟り、思わず後去る檜山、そんな彼の顔をハジメは冷ややかに見つめる。

 

「聞いたか檜山、ティオにもお前を裁く理由は充分にあると俺は思う、

だが、お前にだって言い分が、生きていくために止むなく犯した罪だという、

それなりの理があるというのなら、全力で抗い、立ち向かえばいい」

 

その言葉には、檜山のみならず、自分への戒めのような響きもあった。

 

「構わぬかの?フリードとやら」

「構わん、先程のそやつの非礼の詫びだ」

 

一応、名目上は決闘である、介入の許可を求めるティオに、やや焦れた口調で、

許可を出すフリード、それを聞いた檜山の顔が、さらなる絶望に歪む。

 

「た……助け……」

 

ハジメ相手には決して行おうとしなかった命乞いを、何とか口にしようとするが、

ティオの鬼気に気圧され、口が開かない。

死の気配を纏ったティオの姿を直視できず、檜山はたまらず視線を逸らし泳がせる、

その視界に香織の姿が入る、炎の赤に照らされたその白い顔と、豊かな黒髪は、

やはり美しいと、死の恐怖の中でさえ彼は一瞬心を奪われる。

 

だが、何故そもそも自分はこんなことになっている?

何故、手を汚すこととなった?

香織の顔を凝視する檜山、この少女の美しさに、いや、魔性に魅入られたからではないのか?

 

(この……魔女めっ)

 

もはや檜山大介にとって白崎香織は南雲ハジメ同様、憎悪の対象でしかなかった。

ゆえに、ハジメに香織を渡したくないのと同様に、香織にもハジメを渡したくはなかった。

感情のままに彼は左手のハサミを振り上げ、香織目掛け振り下ろした。

それがどういう結果を呼ぶかも考えずに。

 

檜山の左手から放たれた衝撃波が、一直線に香織へと向かう。

その余りにも予想外の足掻きに、ハジメらも一瞬動きが止まる。

 

「香織っ!避け……っ」

「へ?……あっ!」

 

だが当の香織の察知が遅れていた、自身への一撃に、

気が付いた時には、すでに自分の目前にまで衝撃波が迫って来ていた。

 

「~~~~ッ!」

 

障壁も回避も、もう間に合わない、痛みと衝撃に備え身を縮める香織だったが、

その瞬間は訪れず、代わりに視界が赤に染まった、炎の赤ではなく、血の赤に。

 

「ジータ……ちゃん?」

「へいき……へっちゃら」

 

咄嗟に香織を庇ったジータの肩口から脇腹までが斬り裂かれ、鮮血が飛び散っていた。

無論、ジータの圧倒的なステータスに加え、強化魔法も使っているため、

傷口こそ派手だが、致命傷にはなり得ない。

 

だが、檜山は見逃さなかった、ハジメの体勢が僅かにぐらつき、

その身体の、ジータの傷口と寸分たがわぬ位置に薄く傷跡が刻まれたところを。

 

「ハ……ハハ……ハハハハ!……見…」

「檜山ァァァァァァァァァッ!」

 

マグマの熱気すら一瞬で凍り付く程の、凄まじいまでの威圧感が周囲を支配し、

檜山を睨むハジメの視線が一気に憤怒に染まり、致命の気を纏い、

マグマの海を跳躍しようとした時だった。

 

二人の間を分かつかのように、突如として巨大な火柱が噴出した。

 

「ハジメさんっ、マグマがっ!」

 

シアの言葉に、辛くも火柱の直撃を避けたハジメが下に目線をやると、

確かにマグマの海がせり上がってきていた、しかもこの火山全体に激震が走っているようだ。

 

「要石が壊れたかっ!しかし何故だっ!」

「要石?」

 

明らかに狼狽しているフリードに、大声で問いかけるジータ、

すでにその傷は香織の回復魔法により全快している。

 

「そうだ。このマグマを見て、おかしいとは思わなかったのか?

【グリューエン大火山】は明らかに活火山だ。にもかかわらず、

今まで一度も噴火したという記録がない、それはつまり、

地下のマグマ溜まりからの噴出をコントロールしている要因があるということ」

 

「それが"要石"……じゃあまさかっ!?」

 

ここで時間は少し遡る。

 

 

「フリード様……ご命令に背くことお赦し下さい、どうしても我が怒りを

抑えることが出来ませぬ」

 

ここは大火山の最深部、要石を前に自身の不忠を詫びるミハイル。

 

「それにあの者たちは、必ずや我ら魔人族の悲願への障害となりうる存在、

今ここで一網打尽にすることこそ、御心に適うことだと存じ上げる次第」

 

身振り手振りを交えながら叫ぶミハイル。

どこか芝居がかったその姿と、その目の輝きは、すでに尋常ではなかった、

おそらく何らかの薬物を摂取しているのだろう。

 

ミハイルは要石に魔力を込めていく、そもそも万が一の時は、

破壊する手筈だったのだ、さしたる時間も要さず要石は簡単に壊れ、

そしてその跡から大量のマグマと炎が噴出し、ミハイルの身体を焼いていくが、

もはや彼は何の苦痛も感じていなかった、いやむしろ感じているのは喜びだった。

 

「凄くきれいだよ、カトレア……」

 

薬物で鈍った思考と感覚が産んだ幻へと手を伸ばすミハイル、

その身体を一気に炎が焼いていく。

 

「けど、キミにはやはり純白のドレスこそが相応しいな……さぁ行こう、

アルヴ様の御許で我ら魔人族の勝利を見届けよう」

 

こうしてミハイルは限りなき幸福感に包まれたまま、灰となった。

後に残る者の困惑を一切承知せず。

 

 

「そうだ、マグマ溜まりを鎮めている巨大な要石が壊れたのだろう、しかし何故だ?

手筈では……」

 

"手筈"という言葉に敏感に反応するジータ。

 

「裏でそんなこと考えてたんですかっ!」

「謀り事はお互い様ではないのかっ!」

 

言い返しつつもフリードは、首に下げたペンダントを天井に掲げた。

すると、天井に亀裂が走り、左右に開き始め、円形に開かれた天井の穴が、

そのまま頂上までいくつかの扉を開いて直通した。

 

「間も無くこの大迷宮は破壊される、私は先に逃げさせて貰おう、

神代魔法を同胞にも授けられないのは痛恨だが……お前らも逃げるなら早く逃げるがいい、

もっとも、大迷宮もろとも果てるというなら、後々の手間が省けて好都合だが」

 

「フリードさん、俺もッ……お願い置いてかないでっ!」

 

先に逃げる……という言葉に、檜山が縋るような目でフリードへと叫ぶが。

 

「アルヴ様の面汚しめ!貴様が何者であろうと、もはや構わぬわ!」

 

その言葉には、最初からこうしていればよかったという思いが込められていた。

 

「おっ……おっおっ俺分かったんだっ、だから今度こそっ……役にたっ、なななっ、だからっ」

「貴様如きが"役に立つ"だと?そんな時がもし来るとしたら、

それは貴様が死体になった時だけだ!」

 

フリードの指先に魔力とそれ以上の憤懣が充填されていく……その行先はもちろん。

 

「全身の血液が沸騰する音を聞きながら死んでゆけ!」

 

そんな叫びと同時に放たれた魔法によって、檜山は悲鳴すら上げられずに、

地割れの中へと落ちてゆく、ハジメが銃口を構えるが、

地割れはすぐに落石によって塞がれてしまった。

 

「……」

「構っちゃダメ!私たちの目的は何!」

 

ジータの言葉に我を取り戻すハジメ、振り向くと炎と烈風と激震の中、

すでに中央の島にポツンと残った建造物へと向かっている仲間らの姿がある、

その背中を、彼は慌てて追うのだった。





ハジメの目的は復讐ではありませんが、かといって空々しく
関係ないぜって風にもしたくありませんでした。
ともかく原作では混乱と錯乱の中でなし崩し感があった二人の関係ですが。
だからこそちゃんとタイマンでケリを付けさせてあげたいってのも
この作品の書く上での構想の一つでした。

ということで、二人の身体の秘密が檜山にバレました。
彼が生きていれば何かあるかもしれません。


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炎と水の脱出行

これにてグリューエン大火山、クリアです。

おや!?香織のようすが……。


 

「……えらい目にあったな」

 

ごろりと寝転び、【グリューエン大火山】攻略の証であるペンダントを、

自身の目の前で揺らすハジメ。

 

「人の未来が、自由な意思のもとにあらんことを切に願う……か」

 

習得のための魔法陣以外、一切の生活感のない部屋に唯一刻まれた。

遺言めいた言葉を思い起こすハジメ。

 

「すっごく寡黙な人だったってミレディさん言ってたね」

「オスカーの手記にもそう書いてたしな」

 

ミレディのアルバムのなかで、唯一笑ってる写真が一枚もなかった、

ツンツンヘアの青年の姿を思い出すジータ。

 

そこで、キッチンタイマー風の小物がアラームを鳴らす。

 

「休憩終わりっと」

 

うーんと猫のように大きく伸びをし、起き上がるハジメ、

 

空は地平の彼方まで晴れ渡り、太陽の光は燦々と降り注ぎ、

優しく頬を撫でるそよ風は何とも心地よく、そして、その目に見渡す限りの青が飛び込む。

そう、ここは大海原のど真ん中だった。

 

火山の奥底にいた筈の彼らが何故こんなところにいるのか?

 

 

要石が何者かによって破壊され、留まることを知らずに荒れ狂う炎とマグマと溶岩の中、

中央の島にあった、解放者の住居にて空間魔法を入手したものの、

すでに外は炎の海と化していることは明白だった。

この住居の中こそ炎と熱を遮断する効果があるようだが、

いつまでもこんな所に籠ってはいられない。

 

「メド子ちゃん、炎を石に出来ない?」

「出来るけど、多分勢いが違い過ぎるわ、アタシの力でも間に合わない」

「いや……その僅かの時間でいい、頼めるか」

「なんか考えあんの?」

 

ハジメに問い返すメドゥーサ、その声には怪訝さだけではなく、

期待も籠っているように思えた。

 

「ああ、マグマの中を泳いで進む」

 

「「「「「「はい!?」」」」」」

 

余りにも突拍子のないハジメの言葉に、一瞬耳を疑う一同。

ビームが掠った時にきっと……ううん、頭にダメージはなかったはずだよとか

心配しているのか、疑っているのか判断に苦しむ失礼な声を咳払いで遮ると

ハジメは改めて説明を始める。

 

「いや、ちゃんと説明するからそんな風に言わないでくれ、えっとな、実は

次のメルジーネ海底遺跡で必要になるだろうと思って作っておいた潜水艇があるんだ

金剛で覆っただけの小舟でも大丈夫だったから、マグマの中でも耐えられる筈だ

……ただ問題は」

 

部屋を見渡すハジメ。

 

「ここじゃ狭すぎてな、外じゃないと展開出来ないんだ、で」

「じゃあその潜水艇に乗り込む時間をアタシが稼げばいいのね!」

 

メドゥーサが声を弾ませる、もちろんいつもの言い訳もセットで。

 

「勘違いしないでよね!流石ハジメ!なんて思ったりなんかしてないんだからねっ!」

「はいはい、じゃあお願いね」

 

メドゥーサの髪を撫でてやりながら、ジータはハジメと視線を交わす、

と、その一瞬だけで二人は意思を疎通させ、互いに頷きあう。

その様を垣間見た香織が拳を僅かに震わせる。

 

ユエが"聖絶"を三重に重ね掛けし、七人は小声で数字をカウントし、

タイミングを合わせ。

 

「さん、に…いち、行くぞ!」

 

煮えたぎるマグマで満たされているであろう、外界への扉を開く。

瞬間、まずはジータが右手を掲げガブリエルを召喚する。

 

「チャンスは一瞬よ」

 

そんな声が聞こえたかと思うと、ガブリエルの力によりハジメたちの、

周囲のマグマが完全に収まり、その間に宝物庫からハジメは潜水艇を取り出す。

 

「ユエ!金剛を」

「……んっ」

 

強度は十分のように思えたが、念には念をと潜水艇へと出来うる限りの強化魔法を

かけていくユエ。

 

「まだ!早くしなさいよ!」

 

メドゥーサの瞳が紫の光を放つ度に、マグマや溶岩が次々と石と化していくが

その上を乗り越えるようにマグマは次々と溢れ出していく。

 

「OKだ!皆急ぐぞ!」

 

ハジメの号令に従い、次々と潜水艇の中へと乗り込んでいく仲間たち。

誰一人欠けていないことを確認し、ハジメが一息ついた時だった。

 

ドォゴォオオオ!!!

 

今までの比ではない激震が空間全体を襲った。

そして、突如、マグマが一定方向へと猛烈な勢いで流れ始める。

潜水艇は、その激流に翻弄され、中のハジメたちはミキサーにかけられたように、

上に下に右に左にと転げまわる事になった。

 

「天井に行くのは……ムリか」

 

ショートカットを利用し、脱出を目論んでいたハジメは、

なんとか操縦桿を手放さないようにしながら、苦虫を噛み潰したかのような表情で呟く。

 

「外に……出れないですかぁ!」

 

潜水艇内部の揺れはユエが"絶禍"を使うことにより収まったようだ。

早速、頭のたん瘤を摩りながら、悲鳴めいた声をシアが上げる。

 

「ああ、出口から遠ざかってやがる……どうやらすぐには外には出れないようだが

こんな所でくたばってたまるか、だからお前もそんな声あげんな」

 

それは決して気休めではない、力強いハジメの言葉に笑顔で頷くシア。

いや、シアだけではない、誰もがいかなる状況、困難であろうが

必ず活路は開ける、開いてみせるという強い意思の籠った笑顔で一様に頷く。

 

「"どこまでも"ですよ!」

 

シアの決意の声が響く中にあっても、潜水艇は灼熱の奔流に流されていく、

そして、重力石で座席を作ったり、緑光石で室内灯を改良したりと、

荒れる船内で試行錯誤しつつ、丸一日が経過した頃だった。

 

これまでで最大の衝撃が潜水艇に走る。その衝撃は凄まじく"金剛"の防御をも

貫き、潜水艇の計器が一斉にアラームを鳴らし始める。

そして、その衝撃と共に、潜水艇は猛烈な勢いで吹き飛ばされた。

 

激しい衝撃に、急いで"金剛"を張り直し、ハジメはモニターで周囲を確認する。

 

「……」

「どしたの?」

 

ジータは、やや言葉を失ったかのようなハジメの顔を覗き込む。

 

「……ここ、海の中だ」

「へ?」

 

やや間の抜けたような声をあげ、ジータはハジメを押しのける様にモニターを覗く、

彼女の目に入った光景は、マグマの赤とは正反対の、

猛烈な勢いで湧き上がる気泡で荒れ狂った"海"だった。

 

「水蒸気爆発ってやつだな」

「水漏れとか……大丈夫?」

「水漏れは今んとこ大丈夫だが、動力をやられちまった……魔力による直接操作に

切り替える、また噴火に巻き込まれない内に逃げるぞ」

 

その後、全長三十メートルはあると思われるクラーケンや、サメ型の魔物の大群を

何とか撃退し、一行はようやく海面へと浮上する。

そこは激闘の痕跡すら感じられない、一八〇度見渡す限りの穏やかな大海原だった。

 

「すっごい大冒険だったね」

「私、もうどんなジェットコースター乗っても泣かない自信出来た」

 

そんな言葉を漏らしながら、死屍累々と言った感の船内を振り返るジータと香織。

潜水艇の武装が尽きて以降、攻撃を一手に引き受けたユエは、

魔晶石にストックした分の魔力すら使いきり、ハジメやシアからの吸血で

なんとか凌いだものの、やはり無理がたたったか、安全圏に脱出したのを確認するや否や、

ばたんきゅーとばかりに倒れ込み、そんな彼女に限界ギリギリまで血液を提供した、

ハジメとシアも完全にダウンしており、推進のための魔力を担当したメドゥーサも、

床にへたり込んでしまっている。

 

ともかく、ジータはハッチを開けて海面に出ると、現在位置を確認すべく、

オルニスを飛ばす。

 

(確かこういう場合での陸への最短距離は4.5kmくらいだったかな?)

 

そこまで都合よくはいかないだろうが……ともかくオルニスからのデータを、

モニターで確認すると、かなりの遠方ではあるが、東に陸地が存在することが確認出来た。

 

「ここからアンカジまで飛べる?ティオさん」

 

インストールしてあったトータスの地図と、海岸線のデータを重ねながら

ジータはティオに問う。

 

「静因石と、それからミュウのことじゃな」

 

待っていた、といった口調で応じるティオ、

この役目があったがゆえに、窮地であっても彼女には待機して貰っていた。

 

「ああ、当分心配はいらないとしても、荷物は早く降ろしておきたいからな」

「そこは早く安心させてやらないとな、でしょ」

 

起きて来たハジメの背中をバシと叩くジータ。

 

「じゃあ、私もティオさんに付いていきたんだけど……」

 

その口調と表情には、少し思いつめたような、そんな雰囲気があった。

それは単にアンカジでのやり残した仕事を気にしているだけでは無さそうに思えた。

 

「さっきのことなら本当に気にしないで」

 

全快をアピールするかの如く、ぱんと自身の胸をジータは叩く。

香織の防御・回復魔法があったればこそ、ジータは超攻撃的ジョブである、

ウォーロックを担当することが出来、それが迷宮攻略、

そしてフリード戦での優位に繋がったのだ。

 

もしも香織を欠いた状況で迷宮に突入した場合、自身が防御・回復ジョブの、

スパルタ、ないしはセージを受け持つこととなり、火力面でかなりの不利を、

被ることになったのは間違いない。

 

(気にするよ……だって)

 

だが、香織が気にしているのは決して自身の戦力だけではなかった。

 

 

そしてエリセンで合流することを約束し、アンカジへと飛んだティオと香織を見送り、

暫しの日向ぼっこを楽しんだ後、ハジメは、度重なる無理を重ねた結果、

ボロボロになってしまった潜水艇の修理を再開していた。

 

そんなハジメの横顔を見守りながら、土属性の竪琴、裁考天の鳴弦を爪弾くジータは、

現在、機能優先のプロテクターに、少し野暮ったいチェックの作業服を身に纏っている。

どこか樵を思わせるその姿は、ランバージャック、

動植物の力を借りて戦うジョブの証だ。

 

その証拠に、ジータの奏でる音色に魅せられたか、イルカを思わせる海獣や、

海鳥たちが、潜水艇を守るように囲んでいる。

 

「魔物が来たら皆が教えてくれるって」

 

こうして、ぎゃあぎゃあと少々煩い海鳥たちの鳴き声をバックに、

二人は潜水艇の修理を進めていく。

思ったよりも損傷は軽く、これならば日没までには運行が可能になりそうだ。

 

「フリード・バウアーって言ったか、どう思った?」

「……あんまり話が出来る相手じゃなさそう、残念だけど次は戦うしかないね」

 

修理の手は休めずに、大火山での出来事を語り合う二人、

檜山が魔人族の中で、客人として相応の扱いを受けていたことは、

清水から聞いている。

 

(それを……あんなに簡単に)

 

やはりイシュタル同様、根底にあるのは狂信じみた信仰と、

そして選民思想なのだろうと、ジータは判断せざるを得なかった。

 

「そういや死んだかな……檜山」

「でなきゃ却ってマズイね、こうなってしまうと」

「次に会う時は……敵か」

 

檜山は空間魔法を習得している、もしも十全に使いこなせるようになったとしたら、

難敵となる可能性も考慮しないとならない。

それに……ハジメはあの時、檜山が見せた笑顔が気になってならなかった。

狂気と恐怖に歪んだ中の、何やら確信めいた笑顔を。

 

 

そう、二人の危惧した通り檜山大介は生きていた。

ただし、炎の洗礼を受けた身体は無残に焼け爛れており、

咄嗟に空間魔法を行使し、自身の灰竜の元に辿り着けなければ、

溶岩の中に生き埋めか、骨まで残らず焼き尽くされ、灰となっていただろう。

 

「ひゃ…は、はははははっ」

 

しかしながら火傷の痛みよりも、生存の、いや"秘密"を掴んだ喜びの方が大きいのだろう、

檜山は熱砂の中を転がりまわって、歓喜の哄笑をあげる。

その歪んだ笑顔はドス赤く爛れた顔と相まって、まるで猿のようだった。

 

「なぁ!天使さまよぉ!どうせ見てるんだろうぉ!」

 

硫黄の臭いが立ち込める空に向かい、檜山は叫ぶ。

 

「いーこと教えてやるぜ!ハハハ、どうもおかしいと思ってたんだ、

あの無能め、蒼野に寄生していやがった」

 

事実は真逆に近いが、今さら真実を究明する気など毛頭ない。

 

「だからよ!どっちか片方をブッ殺せば、残った方もオッ死ぬって寸法よ!

ヒャハハハ、ヒーヒーヒー、ザマァ」

 

ようやく掴んだ反撃の糸口を決して忘れまいと、何度も何度も頭の中で

ハジメとジータの身体に同時に傷が刻まれた光景をリピートさせる。

その映像に、クラスメイトらの姿も重なっていく。

そう、復讐せねばならないのはあの二人だけではない。

 

「白崎も中村も天之河も八重樫も坂上も近藤も畑山もフリードもクソガキも、みんな死んじまえ……ヒャハ」

 

猿の笑顔で叫ぶ檜山、しかしその声音は何処か自嘲的な響きを帯びていた。

所詮、自分たちは駒だ、駒が指し手に逆らえる筈もない、という。

 

(クソ神が、だったらせめて暴れてやる、テメーらの望む通り)

 

だからこそ、こうして今も自分は生きていられる、

生かして貰えてるのだと檜山は思う、

そしてそれがもしも"神"の意に沿うことがあれば……。

 

「だからよぉ!聞こえたら俺だけ助けてくれぇ!汚名は必ず"挽回"すっからよぉ

……ハ、ハハハ……ちくしょう!」

 

哄笑はいつの間にか嗚咽へと変わっていた、こんな身体で生き永らえて、

もはや何になるのか?

しかしそれでも、例えこんなバケモノじみた身体でも、彼は死にたくはなかった。

……少なくとも。

 

「南雲ぉ!お前のせいだからなぁ~テメェがくたばるまで俺は絶対に死なねぇぞぉ~~」

 

 

「香織……気持ちは分かる」

 

一方、ティオの背に乗り、アンカジへと向かう香織。

砂漠を照らす夕日はその殆どを地平線の彼方に隠し、薄闇が二人を包み込もうとしている。

 

「お主は今よりも強くなって、ご主人様の役にたちたいのじゃろ」

「……」

 

それだけではない。

香織もまた見ていた、ジータとハジメの身体に同じ傷が刻まれるところを。

そして、そのことに嫉妬と敗北感を抱いていることに。

 

「方法はある……が、じゃが、お主の望む形では、おそらくご主人様の傍には

いられなくなるぞ」

 

ハジメが魔物肉を喰らい、強くなったということはティオも聞いている。

聞いた時には、そのあまりの無謀さに耳を疑った。

ハジメ自身も力と引き換えに、痛みと苦しみの果てに半ば肉体が崩壊し、

現在の姿になったと聞いている。

 

それだけの重い事を、自身に想いを寄せている女が行えば、

果たして相手の男はどう思うだろうか?

 

それに少なくともティオには、ハジメが人の評価を戦力のみで判断するような男には、

思えなかった。

 

「どの道、妾の一存では決められぬ……」

「私は……ハジメくんのお嫁さんになりたい、ハジメくんの子供を産みたい

……けど」

 

このままでは戦わずして負けを認めることになってしまう。

逡巡を抱えた香織の頭の中に、ユエの言葉が甦る。

 

(在り方は一つじゃない)

 

「……なら」

 

そんな二人の目にアンカジの街の灯が近づいていくのであった。

 




色々考えましたが、当初の構想通り檜山はまだ生存させることにしました、
彼にはまだやって貰いたいことがあるので。


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ちょっとだけ水着回

一気に母娘再会まで持って行きたかったのですが、
思いのほか長くなったので、再会は次回に持ち越しです。


 

修理を終えたハジメたちの乗った潜水艇は、海獣や海鳥たちの先導を受け、

順調に大海原を滑るように進んでいく。

勝手知ったる何とやらか、水先案内が優秀なお陰で一度も魔物に遭遇することなく、

彼らは潜水艇の甲板にて、満天の星空を堪能していた。

もっともファンタジー世界の住人である、ユエやシアたちに取っては、

星なんて何が珍しいのかといった風であったが。

 

「こんなの日本じゃなかなか見れないよねぇ」

 

高密度に折り重なり、空自体が光ってさえ見える程の星々を、

背を逸らし仰ぎ見るジータ。

 

「そ、そうだな」

 

もっともハジメにとっての注目は星空以上に、ジータの姿にあった。

 

今のジータは折角の海なんだからと、スカート付きのワンピース水着姿になっている。

スカート付きワンピースといっても、かといって露出が控えめなわけではなく、

むしろ大きく開いたお腹と、そしてティオやシアには及ばないものの、

水準以上のボリュームを誇る双丘が、水着の中で窮屈気に谷間を造り、

さらにそれがハジメの目の前でたゆんと揺れ、そのたびにハジメは目を奪われては、

慌てて目を逸らし、そして傍らのユエの表情はどんどん不機嫌なものになっていく。

 

「ねぇ、あれ私たちの世界の星座みたいに見えるよね」

 

ごろんと仰向けに寝転がったハジメに覆い被さるジータ、

いや、そんなことされたら、むしろ星が見えなくなりますやん、と、

ハジメは内心でツッコミを入れるが、またジータの胸が、たゆんと、

しかも、さっきより近くで揺れるのが目に入ると、どうにも抑えきれない何かが、

色々と込み上げてくる。

 

「……」

 

常夜灯に照らされた互いの顔を見つめあう二人。

やや置いてけぼりの感がある残りの一人も、のそのそと仲間に加わろうとした時だった。

 

べちゃり、どさどさ。

 

何かが大量に落ちる音と、同時に甲板が魚特有の生臭さに覆われる。

三人が目を向けると、そこには喉に収めた魚を、獲ったどーとばかりに、

目の前で自慢げに吐き戻す、海鳥たちの姿があった。

 

(お、おのれー)

 

 

「ちょ……ちょっと盛り上がっちゃったね」

「あ……ああ、まぁ」

 

朝食の分を残し、海鳥や海獣たちに残った魚を与えてやりながら、

言葉を交わすジータとハジメ。

互いにチラチラと様子を伺おうとはするものの、目線は決して合わせようとはしない。

とっくに一線を越えているのも関わらず、

その様子はまるでお付き合いを始めて間もない中学生の様だった。

 

「……ヘタレ」

 

そんな二人に呆れたように小声で呟くと、魚の匂いに辟易したような表情で、

ユエは船内へと引き上げようとしたのだが。

 

「休憩休憩っと、うわっ魚くさっ!」

 

その時足元のハッチが急に開き、メドゥーサが姿を現す。

 

「メド子……ノック」

 

バランスを崩し、魚の体液でぬらつく甲板に思いっきりダイブしそうになったユエが、

一層不機嫌な顔で、また呟くような文句を漏らす。

そんなユエを尻目にメドゥーサは何かを察したか、悪戯っぽく笑みを漏らす。

 

「アンタたち、まだやってないの?交尾」

「だから交尾とか言うの止めてよ」

 

仲間が増えてからこのかた、ジータに取っては連帯感、ユエに取っては遠慮、

ハジメにとっては気恥しさ、何より自分以外への後ろめたさが手伝い、さらに宿屋であっても、

車中泊であっても、相互監視環境が成立しているのもあり、

結果、彼らはブルック以降、青い性を持て余す夜を送っていた。

 

「ティオも香織もいないんだから、チャンスなのに」

「むしろ……いないからこそというか……え?」

 

一瞬目を疑うジータ、メドゥーサの身体が大きくブレたように見えたのだ。

まるで映りの悪いテレビのように。

 

「じゃあシアが気になるなら……アタシが楽しませてあげよっか」

 

そんなことは露知らず、メドゥーサの髪と尻尾がうねうねと動き出す、

その様にこれからシアの身に起こるであろうことを、察しざるを得ないハジメとジータ。

 

「大丈夫、シアに取っても忘れられない夜になる筈よ」

「待ちなさい!女の子の初めてが触手プレイだなんて、絶対ダメーっ!」

 

こうして、またしてもハジメたちは自重する一夜を過ごすことになるのであった。

人間の交尾ってどんなの?と言わんばかりの獣や鳥たちに囲まれながら。

 

 

「うーん!いい朝ですねぇ~」

 

昇りくる朝日に向かって大きく伸びをするシア、

そして少しげんなりとした表情のハジメたち、どこかであったような光景だ。

 

「陸だ……計算通りだな」

 

ともかく、朝日に目を細めながら、現在位置が凡その計算通り、

エリセンの北沖合であることを、確認するハジメ。

 

「なら、あとは陸地を左手側に南下すれば……」

 

エリセンと【グリューエン大砂漠】を、連結する港が見えてくるはず、

 

こうしてさらに二日間、ハジメたちは潜水艇を南へと進ませる。

水は自力で補給出来るし、食料は豊富過ぎるくらい海鳥たちが運んでくれる、

宝物庫こそティオに預けている状況だが、武器や生活用品などは

事前に艇内に残してある。

ティオたちに先を越されてたら怒られるかも?という思いこそあったが、

基本のんびりと船旅を続ける一同。

 

そして二日目の正午、シアの作った魚料理にハジメたちが舌鼓を打っている時だった。

鍋をかき混ぜていたシアの耳が跳ね上がり、かつ、警戒に当たっていた鳥や獣たちが

威嚇するような鳴き声を、前方へと向かって放つと。

 

直後、三股槍を突き出した二十人程の男たちが、ザバッ!と音を立てて海の中から一斉に現れた。

全員がエメラルドグリーンの髪と扇状のヒレのような耳を付けており、

かつ、彼らの目はいずれも、警戒心に溢れ剣呑に細められている。

 

「海鳥や獣たちが、やけに群れてると思えば、お前達は何者だ?

なぜ、ここにいる?その乗っているものは何だ?」

 

(海人族か!)

(は……早く呑み込んで、説明しないと)

 

ハジメとジータは必死で口の中の魚を咀嚼し、喉に流し込もうとするのだが、

如何せん、今食べている魚は弾力があってずっしりとボリュームがあり、

今しばらく飲み込むのに時間がかかる。

 

その様を見ている、尋問した男の額に青筋が浮かぶ、

ただ海にいる人間を見つけたにしては、どうも殺気に満ち満ちているようにジータには思えた。

 

(なんかこの人たち凄く怒ってる、どうして?……もごご)

 

魚が喉に痞えてしまったジータの背中をユエがさする、

そんな彼女の代わりにシアが答えようとした。

 

「あ、あの、落ち着いて下さい。私たちはですね……」

「黙れ!兎人族如きが勝手に口を開くな!」

 

槍の矛先がシアの方を向いた時だった。

一瞬にしてハジメを中心にして、巨大な殺気とプレッシャーが広がり、

海面が波紋を広げたように波立ち、そしてまるで極寒の海に放り出されたかのように、

狼狽し硬直する海人族。

 

恐らくではあるが、本来自分が歩む未来よりは、

きっと穏やかな道を歩めているのだろうという自覚はハジメにもある。

だが、やるべきときにはやらねばならない、仲間を友を傷つけられそうになるのなら。

 

「ごほっごほっ……うぐ」

 

とはいえ、咀嚼中にムリヤリ威圧スキルを使ったせいか、ジータ同様、

やはり喉に魚を痞えさせるハジメ。

こっちもかと内心思いながら、ハジメの背中をさすってやるユエであった。

 

その後、ジータの説明もあって何とか誤解も解け、

彼らは海人族の案内でエリセンへと辿り着いたのだが、そこでもまたトラブルが待っていた。

 

 

「慣例に従い、事の真偽がはっきりするまで、お前達を拘束させてもらう」

「おいおい、話はちゃんと聞いたのか?」

「もちろんだ、確認には我々の人員を行かせればいい。お前たちが行く必要はない」

 

目の前の警備隊長らしき男は、いかにも杓子定規かつ居丈高な態度で

にべもない態度と言葉でハジメたちに接する。

 

(どうして依頼書とか紹介状とか入れっぱなしでティオさんに宝物庫渡したのよ、

しかもステータスプレートまで)

(ジータが持ってると思ってて……)

(私だってハジメちゃんが持ってるってばかり……)

 

などと念話で言葉を交わす、二人に焦れた視線を向ける隊長。

 

「だから勘違いだって何度も」

「……攫われた子がアンカジにいなければ、エリセンの管轄内で正体不明の船に乗って、

うろついていた不審者ということになる、道中で逃げ出さないとも限らないだろう?」

「どんなタイミングだよ!逃げ出すなら、わざわざ港くんだりまで来やしないよ!

こいつらを全滅させてスタコラサッサするぜ、普通なら」

 

「ともかくだ!少し署で話を聞かせて貰うとするか」

 

彼の胸元のワッペンにはハイリヒ王国の紋章が入っており、

国が保護の名目で送り込んでいる、駐在部隊の隊長格であると推測できる。

そのワッペンをこれ見よがしに揺らしながら、隊長が傍らの兵士たちに、

拘束の指示を飛ばそうとした時だった。

 

「ん? 今なにか……」

 

シアが、ウサミミをピコピコと動かしながらキョロキョロと空を見渡し始め、

僅かに遅れて、ハジメたちにも声と気配が感じられた。

 

「空か!」

「――パパぁー!!」

 

ハジメが慌てて空を見上げると、何と、遥か上空から、小さな人影が落ちてきているところだった。

しかも満面の笑みで両手を広げて。

 

「ミュウッ!?」

「ミュウちゃん!?嘘でしょ!」

 

そう、確かにミュウだ、満面の笑みでスカイダイブする背後には、

慌てたように後を追う黒竜姿のティオと、その背に乗った、やはり焦り顔の香織の姿が見えた。

 

「どんだけ自由奔放なんだ!たく、後でオシオキだ!」

 

そう叫ぶなり、ミュウを受け止めるべく空高く跳躍するハジメ、その必死な姿を見ながら、

オシオキ?出来るのかなハジメパパに、と思うジータだった。

 

 

「ひっぐ、ぐすっ、ひぅ」

 

ハジメの跳躍の衝撃で崩壊した桟橋を背景に、幼い少女のすすり泣く音が響く。

 

「ぐすっ、パパ、ごめんなしゃい……」

「もうあんな危ない事しないって約束できるか?」

「うん、しゅる」

「ほら、みんなにも謝るんだ」

「うん、お姉ちゃんたち、ごめんなさい」

 

ベソをかきつつ、頭を下げるミュウの髪を撫でてやりながら、

ハジメのパパ役も板についてきたなあと思うジータ。

片膝立ちで幼子にしっかり言い聞かせるハジメの姿と、

許されてハジメの胸元に飛び込むミュウの姿は、普通に親子そのものに見えて仕方なかった。

 

さらに言うなら、攫われたはずの海人族の幼子が、人間の少年を父親扱いしている事態は

エリセンの住人たちにとっては、余程理解し難いことなのだろう。

皆、唖然としている、「これ、どうなってんの?」と言わんばかりに。

 

そんな彼らはひとまず置いといて、ミュウを抱き上げながら、

ハジメは香織とティオに礼を言う。

 

「二人ともミュウを無事に連れてきてくれてご苦労さん、それから、アンカジはどうだった?」

「うん、あれだけの静因石があれば当面は大丈夫だって……けど」

「水が元に戻るのはまだまだ時間がかかるとの事じゃ」

「……そうか」

 

ハジメらの耳にようやく我に返った住人たちの、困惑に満ちた喧騒が届き始める。

これ以上面倒に巻き込まれる前に……いやいや先に桟橋を直した方が……と、

考えを巡らし始めたハジメだったが。

 

「貴様ら……一度ならず、二度までも……王国兵士に対する公務妨害で逮捕してやる!

それにあの跳躍、あの船、あの竜のこと、洗いざらい話して貰うぞ、当分出れないと思え」

 

再び桟橋から這い上がってきた隊長らしき人物が、怒りの形相でハジメたちを睨む、

手には武器を抜き放っている。

ここまで話が拗れてしまった自身の迂闊さを反省しながら、

ハジメは、ティオから宝物庫を返してもらうと、中から諸々の書類を取り出し、

隊長に提示した。

 

「……なになに……"金"ランクだとっ!? しかも、フューレン支部長の指名依頼!?」

 

イルワの依頼書の他、事の経緯が書かれた手紙も提出し、さらにトドメとばかりに、

メルドからの紹介状も見せてやる。

 

「あ、貴方様たちが、まさかメルド団長殿と個人的な知己であらせられましたとは……」

 

サルゼと名乗ったこのエリセンの街の警備隊長は、

車に轢かれたカエルのごとく、ハジメらに平伏する。

さすが中世風ファンタジー世界、地球をも凌ぐコネ社会である。

 

「知らぬこととはいえ!この件はどうかご内密にぃぃぃぃぃっ!」

 

これだけ騒いだら内密もヘッタクレもないだろうにと思いつつ、

余りの効果の劇的さに、こちらはこちらで目を丸くするハジメたち。

 

「水戸〇門もこんな気持ちだったのかな?」

「シチュ的には浅見〇彦だろ?どちらかというと」

 

まぁ、ともかく手落ちがあったのはむしろこちらなのだ、半ば恐縮しつつ、

まずは依頼通り、ミュウを早く母親の元に帰してやりたいので、

ここを離れたいと平伏したままの隊長に伝えると。

 

「も、勿論でございます、依頼の完了も承認いたします!ですから先程の失礼は何卒……」

 

今度はまるでバネ仕掛けのように立ち上がり、直立不動で敬礼する。

 

「でも竜とか船のこととか聞きたいって……」

「見てません見てません見てません!何も見ておりません!

エリセンは本日も平和そのものであります!」

「平和……ねぇ」

 

立ち上がったかと思うと、また平伏し叫ぶ隊長、

まるで何かの体力測定を見ているような気分になるハジメたち、

かくも宮仕えとは、過酷で理不尽な物なのかと思わざるを得ない。

 

「大変だな、働くのはどこでも」

「タテ社会の闇を見たね」

 

ともかく、この人は行き違いはあれど、職務に忠実であっただけだ。

だから二人は頷きあう、今度メルドさんに会った時は、

この隊長さんの昇進と昇給を、必ず約束して貰おうと。

 





浅見光彦シリーズを読む機会があったので、取り入れてみました。


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母娘再会


分けた分の続きです。
ところでガマンって大事だと思います、し過ぎてもいけませんが。




 

 

「パパ、パパ、お家に帰るの!ママが待ってるの! ママに会いたいの」

「そうだな……早く、会いに行こう」

 

声弾ませるミュウとは対照的にハジメの表情はやや居心地悪げに沈んでいる。

ハジメたちは現在馬車に乗せられ、かつ、騎士たちの先導のもと、

ミュウの家へと向かっている。

ミュウいわく、ここからすぐ近くとのことだったので、

何もそこまではと、一度は断ろうとしたのだが、こちらが何か言うたびに、

信号機のように顔色を変えるサルゼ隊長を見ていると、どうにも断ることが出来なかった。

 

―――流石に楽隊に関しては丁重に断ったが。

 

「浅見〇彦の気分が少し分かったというか……」

 

その身をさらに小さく屈めるハジメ、自分が偉くないのに過剰に歓待されることが、

これほど居心地が悪いとは思わなかった。

 

(せめて桟橋くらいは、立派なのを作り直してやらないとな)

 

「ジータちゃん、さっきの兵隊さんとの話って……」

 

香織が、不安そうな小声でジータに尋ねる、その視線の先は

早くママに会いたいのぉ~と、ハジメの膝の上で大ハシャギするミュウに向けられている。

 

「うん、命に関わるようなものじゃないらしいんだけどね」

 

ジータは海人族の青年たちやサルゼらから聞いた話を、かいつまんで香織へと説明する。

 

ミュウの母親であるレミアは、はぐれたミュウを捜している途中、

怪しげな男たちに暴行を受け、一命は取り留めたものの、足の神経をやられ

歩くことも泳ぐことも出来ない状態になってしまっているのだそうだ。

 

「精神の方もかなり参ってしまっているみたい、でも、そっちは

ミュウちゃんが戻れば大丈夫なはずだから、後はケガの方を~」

「私にやらせて!ジータちゃん」

「え……あ、うん、お願い」

 

やはり大火山の時から、香織は少し変わったような気がする。

普段から前のめりなのは、よく知ってるが……。

 

(何か焦ってる?香織ちゃん)

 

そんな会話をしていると、通りの先で数人の男女が何やら騒いでる声が聞こえてくる。

 

「レミア、落ち着くんだ!その足じゃ無理だ!」

「そうだよ、レミアちゃん、ミュウちゃんならもうこっちに向かってるって兵隊さんたちが」

「いやよ!ミュウが帰ってきたのでしょう!?なら、私が行かないと!

迎えに行ってあげないと!」

 

どうやら、家を飛び出そうとしている女性を、数人の男女が抑えているようである。

おそらく、知り合いがミュウの帰還を母親に伝えたのだろう。

 

そのレミアと呼ばれた女性の必死な声が響くと、ミュウが顔をパァア!と輝かせた。

そして、玄関口で倒れ込んでいる二十代半ば程の女性に向かって、

馬車から飛び出……そうとする前に、ハジメがその襟元を掴む。

 

「さっき怒られたこと、もう忘れたのか?」

「あ……ごめんなさい」

 

今度はちゃんと馬車が完全に止まったのを確認してから、飛び降りると、

ミュウは精一杯大きな声で呼びかけながら駆け出し。

 

「ママーー!!」

「ッ!?ミュウ!?ミュウ!」

 

未だ倒れ込んだままのレミアの胸元へ満面の笑顔で飛び込んだのであった。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……ミュウ」

「大丈夫なの、ママ、ミュウはここにいるの……だから、大丈夫なの」

「ミュウ……」

 

互いの身体を固く抱きしめ合う母娘。

レミアの目から涙が零れ落ちる、それは娘が無事だった事に対する安堵か

それとも母として娘を守れなかった事に対する不甲斐なさか。

そんな母の頭をミュウは優しく撫でる。

 

自分よりも遙かに辛い思いをしたに違いないのに、自分よりも、

母親の身を案じている、まだ四歳に過ぎないというのに。

そんな娘の確かな成長を実感すると共に、また大きく見開いた瞳から

涙を流す、もちろんこれは嬉し涙だ。

 

「これでパパ稼業からも卒業だね」

「ああ、荷物は軽いに限るってな」

「……ハジメ、もしかして少し寂しい?」

 

周囲からの温かい視線と、そして時折すすり泣く声に包まれた母娘を、

感慨深げに見守るハジメたち、とはいえまだ解決せねばならぬことがある。

 

「ママ!あし!どうしたの!」

 

ミュウがレミアの包帯でぐるぐる巻きにされた両足を見咎める。

 

「けがしたの!?いたいの!?」

 

どうやらレミアがあんまり泣くのは傷が痛むのだと、ミュウは勘違いしたようだ。

香織が待ってましたとばかりに、ミュウに微笑みかける。

 

「ミュウちゃん、大丈……」

「パパぁ!ママを助けて!ママの足が痛いの!」

 

「「「「「パパぁ!」」」」」

 

ミュウの声にあらあらと困惑を隠せないレミア、周囲の人々もザワザワと騒ぎ出す。

特に海人族、兵士問わず、男たちの様子が尋常ではない。

そして天を仰ぎ頭を抱えるハジメ、パパ稼業、留年決定の瞬間だった。

 

「じゃあ……」

「ハジメくん、私に任せて」

 

ハジメが動くより先にやはり香織が動き、今にも泣きそうなミュウへと微笑みかける。

 

「大丈夫だから、ミュウちゃん……ちゃんと治してあげるから」

「……香織お姉ちゃん」

 

ミュウの頬の涙をハンカチで拭いてやりながら、香織はレミアを家の中に入れる様、

周囲へと呼びかける。その結果男たちが俺が俺がとレミアへと殺到しそうになり、

結局ハジメがお姫様抱っこで、レミアを家へと運び入れるのであった。

 

「では見てみますね……レミアさん、足に触れますね。痛かったら言って下さい」

「は、はい?えっと、どういう状況なのかしら?」

 

レミアは治療を受けつつも、未だ混乱冷めやらぬといった風に、

キョロキョロと周囲を見渡している……無理もない話ではあるが。

 

「香織、どうだ?」

「……大丈夫、治るよ、三日ほどあれば」

 

香織の力強い言葉に、流れで家に上がり込んだ周囲の人々から安堵の息が漏れる。

 

「もう、歩けないと思っていましたのに……何とお礼を言えばいいか……」

 

今にも漏れそうな嗚咽を抑えるように、手で口を押さえつつも香織に礼を言うレミア。

 

「と、ところで皆さんは、ミュウとはどのような……それに、その……どうして、

ミュウは、貴方のことを"パパ"と……」

 

香織がレミアの足を治療している間、ハジメたちは事の経緯を説明していく。

無論、オークションのことなど刺激が強いであろう箇所は適当にぼやかして。

 

「本当に、何とお礼を言えばいいか……娘とこうして再会できたのは、全て皆さんのおかげです、

このご恩は一生かけてもお返しします、私に出来ることでしたら、どんなことでも……

そ、そうですわ!この街にいらっしゃる間は、どうか私どもの家をご自由にお使い下さい!」

 

この提案には流石のハジメも意表を突かれたか、しどろもどろでレミアへと聞き返す。

 

「え、い、いや、やっぱり母娘二人で水入らずの団欒が……」

 

パパ卒業を未だに諦めないハジメ、この提案に乗ってしまうと、

数日かけてゆっくりと距離を取って、バイバイするプランが頓挫してしまう。

 

「?、パパ、どこかに行くの?」

 

何かを察したかミュウがハジメのシャツの襟を掴み、上目遣いで不安気にハジメを見上げる。

その瞳を潤ませて。

 

「いずれ、旅立たれることは承知しています、ですが、だからこそ、

お別れの日までこの子のパパでいてあげて下さい、母親の身勝手な願いとは存じております

ですがどうか」

 

そんな母娘の様子を眺めていたジータだが、何か決心したかのように小さく頷く。

 

「折角だからご厚意に甘えなよ、ハジメちゃん」

「え?お……おい」

 

ジータからの思わぬ言葉に、口を詰まらせるハジメ、確か予定では……。

 

「隊長さんに用意して貰った宿は私たちが泊まるから、ね」

 

『このエリセンの街一番の宿をご用意させて頂きますっ!』

 

そう直立不動で叫ぶ隊長の顔を思いだすハジメ。

 

「それに、ちゃんとさようならしないとね、パ・パ」

 

パパの部分をジータに強調され、よせやいといった風に苦笑するハジメ。

大体、別れが名残惜しいのは自分だって否定できない。

 

「……まぁ、それもそうか……」

「うふふ、別に、お別れの日までと言わず、私たちの本当のパパになって

貰ってもいいのですよ? 先程、"一生かけて"と言ってしまいましたし……」

 

その言葉に場の空気が一変する、しかしそんなことはお構いなしに、

あらあらまあまあ的に、少し赤く染まった頬に片手を当てながら、

おっとりとした微笑みをこぼすレミア。

助けを求めるかの様に、ハジメは仲間の少女たちに目で訴えるが。

 

「!!」

 

少女たちの背後に浮かぶ般若やら竜やらの幻影?を垣間見てしまい

慌てて視線を逸らしてしまうのであった。

 

 

「いい、未亡人とだなんていくら何でも絶対ダメだからね」

「……分かってるよ」

「あとそれから……暴力禁止、ね、隠してもスグに分かるんだから」

 

確かにこの目の前の少女に隠しごとは出来ない。

 

(俺、もしかして何か試されてる?)

 

かくして、ハジメは一人残されることとなった、完全アウェーの地に。

 

 

「ところでご客人、で、ホントにパパになる気かや」

 

早速、海人族の若い衆らが、ハジメを囲むようにして腰を下ろす。

 

「定時過ぎたけぇ、じっくりナシ聞かして貰うけんのう、隊長がナンボのもんじゃい」

 

さらに兵士たちも鎧を脱ぐと、穏やかならざる視線をハジメに向けてくる。

人間族である彼らに取っても、レミアたち母娘はアイドル的な存在なのだろう。

 

ともかくそんな彼らに絡まれた、ハジメの奥歯がギリッ!と鳴るが、

良かったねミュウちゃんと、男たちに変わる変わる抱っこされるミュウ。

レミアさんお祝いですと、獲れたての山海の幸を持って訪ねる者。

そんな平和な風景が目に入ってしまうと、自重せざるを得ない。

もちろん、ミュウとレミアがいなければ、暴力禁止と言い含められてなければ、

瞬き一つで制圧出来るのである。

 

救いを求める様にジータの姿を探し……あ、ここにはいないんだっけな、

と、思った刹那、そこで、自分がジータやユエを介さない限り

未だ暴力を背景にした以外のコミュニケーションツールを、

殆ど持ち合わせていないことに、ハジメは気が付いてしまう。

 

 

『俺は……俺たちは絶対に日本に帰る……そう、日本にだ

理不尽を理不尽で砕いてまかり通るような生き方を……

邪魔者は皆排除するなんてことは、当たり前だけど許されない世界に』

 

 

ウルでの夜、愛子へ言った自らの言葉を思い出すハジメ。

そしてジータが何故、自分をここに一人で残したのかを、彼はようやく理解する。

要は不必要に力に頼るなということなのだ。

力があるのだからこそ、普通に過ごしてみせろと。

 

(だよな、俺たちが帰るのは……)

 

かくしてご町内の人々総出の宴が始まるなり、ハジメは上座に強引に座らされ、

今度は母娘の過剰なまでの接待を受けることとなる。

 

「パパァ、あーんしてあーん」

「ご飯粒ほっぺに付いてますよ、ほらっ、お口もふきふきしましょうね」

 

ミュウの差し出す匙に、戸惑いつつ口を付ける度、レミアの指がハジメの頬に触れる度に、

男たちの険しい視線がハジメの顔に集中し、

こっちの方は果たして誘惑に耐えられるのかと、ハジメはついつい股間に目を落としてしまう。

 

(こりゃ……今夜は徹夜で桟橋修復だな)

 

ここにいると危ない、と、思ったところでドンと目の前に酒瓶が置かれる。

 

「わりゃあ、こっちはイケる口け?のう」

「ナマ白い顔しおってに、ひっくり返ってまうで、ハハハ」

「……未成年ですから、どうかお構いなく」

 

そんな声にギクシャクとしながらも、何とか笑顔を向けるハジメ。

我慢するのも出来るのもきっと人の証なんだろうな、と思いながら。

 

 

そして、その夜。

 

「何考えてるの香織ちゃん!絶対ダメーっ!」

 

ジータの叫びが宿に響き渡った。





ハジメ抜きの女子会で何が起きたのかは次回。


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Metamorphose

女子会の続き、今回は賛否両論あるかもと書いてて思いました。
ところでGBVSのベリアルいいですよね、
今日を世界の終末記念日としようだなんて言ってみてえ。



怒気を孕んだジータの顔を真っすぐに見据える香織。

 

たまにはハジメ抜きで、女の子だけで美味しい物食べようと、

当初はそんな和やかムードな女子会だったのだが。

不意に香織が魔物肉を食べさせて欲しいとジータに頼んでから、その雰囲気は一変し、

現在、そら見たことかと香織を心配げに見るティオ、怯えたようにジータの横顔を見るシア、

沈黙を貫くユエ、そんな三者三様の表情に囲まれる中で、二人は睨み合っていた

ちなみにメドゥーサは興味ないと言いたげに、もくもくと舟盛りになった刺身を食べている。

 

「ハジメちゃんの身体見たでしょ!あんなに変わってしまって!……それに」

 

あの、初めて魔物肉を口にした時のハジメの苦悶の叫びは、

己の身体にまで伝わったその痛みは、決して忘れられぬ傷として刻まれている。

あんな苦痛を"親友"に味わせるわけにはいかない。

 

「許せるわけないじゃないの!」

「だからだよ!ジータちゃん、私もハジメくんと同じに……」

 

それ以上は言わせないとばかりにジータは香織の頬を平手でぶつ。

そうなんだ……やっぱり…と呟く、香織の唇の端から血が流れる。

 

「気安く言わないでよ!」

 

香織がずっとずっとハジメを想っていたことは承知している、"同じ"になりたい、

という気持ちも理解できないわけでは決してない、いや、むしろ理解できる。

だが、愛というものが、そこまで刹那的な物であっていい筈がない、

愛しているからと言って愛する者と同じ傷を、枷を背負う必要はないのだから。

 

まして彼女の父親が香織を溺愛していることは、ジータとて承知している。

例え無事に帰還したとしても、魔と変じた娘の姿を目の当たりにしようものなら……。

 

「だってだって!ズルいよ!」

 

香織の大きな瞳から涙が零れ落ちる。

 

「ハジメちゃんとジータちゃんは、心も痛みも共有しあってる、だったら私だって

ハジメくんの痛みを分かち合いたい!」

 

「それにあの時……」

 

自分だけが檜山の放った一撃を察知することが出来なかった。

もしもジータが盾になってくれなければ、間違いなく致命の一撃となっていただろう。

 

「大火山でのことを気にしてるんだったら、それはもう別に……」

「そんなの耐えられるわけないじゃない!」

 

今度は香織がジータの言葉を遮る。

 

「私はっ……一緒に戦うためにここに来たの、守って貰うためじゃない!

帰りを待つためじゃない!」

「けど……家族って、仲間って強いとか弱いとか、きっとそんなじゃないと思う」

 

何故か強く言い返すことが出来ないことに、ジータは内心戸惑いを覚えていた。

 

確かに指標としての成績や数字は大切だし、それを無視することは出来ない。

自分だってステータスが上がれば嬉しかったのだから。

だからといって、それがハジメたちとの全てだとは思わないし、思いたくはない。

中身の無い人間ほど数字に拘るのだから。

 

「香織ちゃんだって、ハジメちゃんの表面的な強さに惹かれたわけじゃないよね?」

「……私は」

 

言葉を詰まらせる香織、しかし引き下がるつもりはないのは明白だ。

 

「戦う必要のない人が、無理に戦う……誰かを傷つける道を選ぶ必要なんてないの」

 

正しいことを言っているつもりなのに、どうにも詭弁めいた気分を拭えない。

そんなモヤモヤを抱えつつ、ジータがそっと香織の掌に自分の掌を重ねた時だった。

 

「ジータは……香織が怖い?」

 

ユエの言葉に身じろぐジータ、これは決して不意を打たれたからではない、

心の中の蟠りを、香織の想いをずっと知っていながら……という。

裏切りに似た後ろ暗さを未だ抱えていることを、思い知らされる一言だったからだ。

 

(順番が……違うよね、本当なら)

 

「ハジメの特別はジータ、それは間違いない、けど香織は……それでも、

あえて挑むと言っている、だから」

 

真にハジメの特別ならばお前も受けて立てと、ユエは言っているのだ。

香織の決意とその挑戦を、何より一度は資格はないと切って捨てたユエも、

また香織の、人を捨ててでもハジメと共にありたいと願う心を、

受け止める決意を固めていたのだから。

 

「私は……ハジメくんのお嫁さんになりたい、ハジメくんの子供を産みたい

……けど、それ以上に」

 

ジータの目を正面から見据える香織、その瞳の光に迷いはない。

 

「私は、ハジメくんの……ううん、みんなの仲間として胸を張って戦いたい、

そしていつか全てが終った時に、みんなで一緒に頑張ることが出来たんだって、

心からそう思いたい」

 

例え、それが自分の本当に望む形での特別ではなくとも……。

 

(そんな目で見られたら……もう)

 

ハジメが獣に……思いだすのも身の毛がよだつ、あんなおぞましい未来を変えれるのならば、

ハジメを真に愛し想い、人の世界に繋ぎとめて貰えるのならば、

それが自分でなくても構わないとさえ思っていた、だがそれは。

 

(逃げだよね)

 

ジータは香織の肩を掴み、まっすぐにその目を見つめる。

 

「受けるよ、その想い……でもそのかわり、私も、もう遠慮はしない、

ハジメちゃんの特別は私だから、譲らないから」

「……んっ、それでこそジータ」

 

ユエもまたジータの肩を背中から抱きしめる。

 

「望むところだよ、これで私たちは友達だけじゃなくライバルになったんだね」

 

香織も負けじとジータの視線に、それ以上の熱視線をもって返礼する。

 

「わ、私たちだって負けてないですぅ、ほらティオさんも!」

「うーん、塩を送ってしまったかの、ま、妾は別に二号さんでも……」

 

遅れてならじと、こちらもアピールの声を上げるシアとティオ。

 

そしてそんな彼女らを横目に、メドゥーサは一人四本ずつと決めていたカニの脚を、

独りで全部食べてしまい、後で全員から激しく怒られることになるのだった。

 

 

そして数日後、ミュウとレミアに行ってきますと告げ、

メルジーネへと向かい出立したその夜、香織は意を決して魔物肉を食べさせて欲しいと、

ハジメに頼み込んだのであった。

 

「ダメに決まってるだろう!」

 

口調こそ厳しかったが、ここにきてジータが反対しないのを鑑みるに、

もう外堀はやはり埋められているのであろうと、ハジメはすでに悟っていた。

これだから女の友情というものは、男にとって時に厄介で始末に負えないのだ。

 

「……なんでさ」

 

例え今のままであったとしても、ハジメにとって香織は、

ジータらとベクトルが違ってはいても、特別な存在であることは間違いない。

それでも何故か聞き返す語気は弱く、かつ真っすぐに自分を見据える香織の目を、

ハジメは直視することが出来なかった。

 

香織は宿屋でジータへと訴えかけたままの言葉を、ハジメにもぶつける。

それは香織にとって原初の願いだった、南雲ハジメを守りたいという。

 

「私はハジメくんと共に戦いたいの、例えそれが……」

 

自分の本当に望む形ではなくなったとしてでも。

 

そして香織のその必死な姿は、ハジメにとってはいつかの教室での、

あの過剰なまでの自らへのアピールと重なりつつあった。

 

(あの時の俺は……)

 

何故、自分をここまで素直に想う少女の気持ちを受け止めることが、

出来なかったのだろうか?

そこで、どうして清水を撃たなかったのか、"敵"と思えなかったのか、

ハジメは改めて理解する。

 

(俺もアイツも同じなんだ、好意を受け止められる自信がなかった

大切に想われることに、疑問を持ってしまっていたんだ……)

 

「後悔、しないんだな」

 

一切の迷いなき香織の瞳を、ハジメは今度は真っ向から覗き込む。

 

「例え……お前が望むような関係になれないとしても」

「後悔しない、なんてことは言いきれないよ……私だって、正直ちょっと怖いから」

 

今度は香織の方がハジメから視線を一旦外す、バツの悪さを隠すかのような、

少し照れたような仕草と共に。

 

「けど、この想いが間違いじゃないってことだけは、どんなに時が経ったって絶対だから」

 

もし、後悔しないと、何らの躊躇もなく香織が口にすれば、

ハジメは香織の願いを却下するつもりだった、人の身体を捨てるということが、

そんなに軽いことであってはならない。

だが、香織は、揺れる自分を理解しつつ、それでも変わることを恐れずに

先に進もうとしている、覚悟をもって、だからこそ。

 

「ハジメちゃんも……ちゃんと受け止めてあげて」

 

ジータの言葉に頷くハジメ、ここまで言われて揺れるわけにはいかない、男なら。

 

「本当にお前が望んだような関係にはなれないかもしれない……俺とお前とは、それでも」

 

ハジメは香織の肩に手をやると、はっきりと力強く宣言する。

 

「お前の覚悟と決断だけは決して後悔させない、そんな南雲ハジメになって見せる」

 

もちろん今は、この異郷の地で生き抜くことを、皆で日本に帰ることを、

最優先しなければならない、そのため必要ならば、いかなる非道でも行う覚悟はある、

……だが、それだけを理由に、ただ生きること、守ることを理由に力を際限なく奮う、

獣や蟲に落ちぶれるつもりはない、例え、奪うことに躊躇は無くとも、

奪った命の重さを忘れてはならない、これでまた、そういうわけにはいかなくなった。

 

「俺は錬成師だ、魔王じゃない、魔王になんかならない」

 

そう小声でしかしはっきりと呟くハジメ、

だって、こんなに自分のことを信じてくれる仲間たちが、

これまでの旅で出会った多くの人々が、

そしてあの夜の誓いをずっと抱き続けていてくれた少女がいるのだから。

 

(今でも守ってくれてるよ、ちゃんと俺を)

 

そんな二人の様子を見守るジータの胸には不意に痛みが走る。

しかしこれは決して嫉妬ではなく、かといって焦りでもない。

この胸の痛みは……きっと。

 

(罪悪感)

 

ハジメを孤独な魔王の運命から救い出す、

これは言うまでもなくジータの決して変わる事のない誓いである。

だが……同時にこうも思う、もしかすると自分は運命を変えるという名目で、

ハジメの未来を可能性を奪ってしまっているのではないのか?

絆という鎖で縛り上げその翼を手折ろうとしているのではないか?

自分に取って都合のいい存在へと貶めようとしているのではないか?

そんな自身の揺れを近い内に、かつ意外な形で、

彼女は突き付けられることになるのだが、それはまだ別の話である。

 

 

そして、香織の眼前には魔物肉と、そして神水が用意されていた。

 

(これ……食べるんだ)

 

ギラリと光沢を放つ肉を前に、さすがに身じろぎを見せつつも、肉に手を伸ばそうとする香織。

 

「怖かったらやめても全然いいんだからね」

 

そんな香織へと耳打ちするジータ、このまま諦めてくれたらいいのにとの思いも、

まだ少しだけ残っていた。

 

そんな思いが籠ったジータの声で、伸ばした香織の手が一旦止まる、だが……。

香織の胸の中に、あの忘れ得ぬ傷が、オルクスで奈落へと消えていくハジメの姿が

ありありと甦る。

 

(自分がもう少し高く飛べたら、もう少し早く走れたら……きっと、だから私は)

 

そして、逡巡を断ち切るかのように神水と共に肉を喉へと流し込んだ。

 

(望んだ自分になるんだ!……だああ、ああああああああああ!)

 

「うぎゃああああああああああ!いだいいいいいいいい~」

 

変化は劇的だった、咀嚼とほぼ同時に衣服もろとも香織の全身が弾け、

水風船が破裂するかのように鮮血が噴き出したかと思うと、

即座に再生し、またまるで逆再生を見てるかのように肉体が崩壊していく。

 

「ああああああっ~~ああっ~~~ぎゃあああああああ~」

 

繰り返される破壊と再生、その度に苦悶の叫びを上げ、地を這い、のたうち回る香織、

その凄惨さに、目を背けることこそないが、

激痛に苛まれる香織を、ただ悲痛な表情で見守ることしかできないハジメたち。

 

唯一、ティオだけがその目を爛々と輝かせ、苦悶の絶叫を上げながら破壊と再生を繰り返し、

少しずつ変貌していく香織の姿をうっとりと見つめていた。

 

「……美しい」

 

 

そして激痛に苛まれる中で、香織は自分の肉体が変化していく奇妙な充実感を

何より幸福感を確かに覚えていた。

 

(嬉しい、嬉しいよ、私、ハジメくんとおんなじに、同じ痛みを分かち合ってるんだ)

 

そして身体だけではなく、精神もまた魔の洗礼を受けようとしていた。

 

痛みはすでに遠のきつつあるが、代わりに今度は意識が深い闇の中へと、

引きずり込まれるようなそんな感覚が全身に広がっていく、それは眠りにも似ていた。

そして次に目覚める時は、もう自分は今までの白崎香織では、

なくなってしまっているであろうということも。

 

つまり自分の、白崎香織の根幹を為していた中の何かが、

自分の中から消えて行こうとしているのを、香織ははっきりと自覚していた。

 

(さようなら……私)

 

そして一筋の涙がその瞳から零れ落ち、香織は精神を作り変えるべく、

眠りの世界へと誘われる。

先程までの狂乱がまるで嘘のように思える程の安らかな笑みを浮かべながら。

 

 

どれくらい時間が経ったのか?毛布に包まれ浜辺に寝かされた状態で

目を覚ます香織。

 

「長い夢から……醒めたみたい」

 

文字通り、そんな感覚だった。

それはもはや自覚できないが、自分の中の何かが消えてしまった証でもある。

しかし、それにも勝る充実感が喪失感を遙かに上回っていた。

 

「大丈夫?」

 

看病をしてくれていたのだろう、白衣を纏ったジータが顔を覗き込むが。

大丈夫と立ち上がる香織、毛布がするりと解け、一糸纏わぬ裸身が月明かりに晒され、

感嘆の息を漏らすジータたち。

 

香織の豊かな黒髪は銀の輝きを放つ白髪に変じ、そして黒真珠の瞳はルビーの瞳となり、

その体つきも、より女性らしく変化していた。

だが、付き合いの長いジータにはわかった、変化したのは身体だけではないことに。

 

そう、その証拠にハジメの姿を見つけるなり、口元を綻ばせ、

全裸であるにも関わらず縋りつく香織。

全てが白に染まった肉体を艶めかしくくねらせ絡みつくその姿は、

まさに白蛇を彷彿とさせ、明らかに今までの白崎香織とは微妙に何かが異なっていた。

 

そんな妖女の如き充足の笑みを浮かべる香織の姿とは対照的に、ジータの表情は苦い。

やはり止めるべきだったのではないだろうか……との思いが一瞬頭を過る。

 

「あ……アンカジの人たちどうしよう、これじゃ私って気が付いて貰えないかも」

「染髪料とカラコン用意しないとね」

 

もっとも、そんな香織の普段と変わらない、ややズレた心配の声を聞くことで、

不安は消えていったが。

 

(大丈夫……だよね)

 




というわけで、香織ちゃんが魔物肉を口にしました。

そして、この作品を書く上で目標としてきた、辛すぎず、かといって甘すぎない、
そんな南雲ハジメですが、今回で一応の結果は得られたかなという感じです。少なくとも原作とはまた違った道を歩むかと思います。

次回はクラスメイト回です。


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Change Myself

休みなのをいいことに一日中書いてしまいました、また冷却期間置かないと
ウーバーイーツ初めて頼んだよ。

で、ハジメに続き、光輝もようやく折り返し点まではもってこれました。



ハジメたちが大火山に向かっていた頃へと時間は遡る。

 

王宮内、クラスメイト達に用意された宿舎にて、深夜。

まるで山籠もりでもするかのような、重装備に身を包んだ坂上龍太郎は、

自分に言い聞かせるかのように、最後の決意を固めようとしていた。

 

(俺は強くなりたい……今よりも、そうすれば)

 

一人で六十五層まで辿り着けるかは、やや不安ではあったが、

光輝や雫にこればかりは頼ることはできない、それに……。

 

 

『龍太郎、悪い、今日中にこの本を読んでおきたいんだ』

『ゴメンね、新しい構えをもっと練習したいの、また後でね』

 

 

(あいつらはあいつらで自分のやるべきことに懸命なんだ……けど)

 

俺にはこれしかないんだと、握りしめた両の拳を震わせる龍太郎。

その震えには、自分の道を見つけ出しつつある幼馴染たちに、

置いて行かれる不安が籠っていないかといえば、嘘になる。

 

(俺はただ、皆で仲良くやって行きたいだけなんだ……それだけじゃいけないのか)

 

それが今までシンプルな行動論理の中で、天之河光輝という太陽の下で、

生きて来た、坂上龍太郎にとっての限界だった。

 

しばらく単独で修行に出る旨の書置きを机の上に置き、そっとドアのノブを捻る。

これまでもこういうことは何度かやっている、出ていく姿さえ、

見とがめられなければ、疑われることはないだろう……しかし。

 

「へへ、行くんだろ、オルクスの底へよ」

「付き合うぜ」

 

食料や装備を用意していた所を見られていたか?

部屋の外には、まるで待ち構えてたかのような、近藤、中野、斎藤ら三人の姿があった。

 

「おい……」

 

いくら単独行が不安であっても、こんな奴らと行動を共にする気は一切ない。

何せ彼らは命を救われたにも関わらず、未だにハジメのことを認めないような連中である、

三人を半ば無視し、足早に宿舎を出ようとした龍太郎だが、

そうくるだろうと思ってたとばかりに、その背中に中野の声がかかる。

 

「おっと、でかい声出すぜ、俺たちゃいいんだぜ……

どの道、期待なんてされてねぇんだからよ」

 

檜山が全国指名手配となって以降、かつての友人ということで、

彼らもまた王宮の人々から白眼視されるようになっており、

したがって三人もまた何とか浮かび上がろうと、それなりに焦っていた、

自分たちがハジメや檜山に対して行っていたことが、己の身に降りかかることだけは、

避けたかったのだから。

 

「けどよ、天之河や八重樫はどうなるんだろうな」

 

これまでも修行と称して、数日間郊外で一人キャンプを張ったり、

オルクスのごく表層で魔物たちを狩って過ごしたことはある。

だが、今回はそれとは勝手が違う、ここで揉めれば間違いなく、

色々と調べを受けねばならなくなり、そしてそれを交わす自信は龍太郎にはなかった。

 

「ま、旅は道連れって言うだろ?」

 

こうして第二の悲劇の幕は開き、そして時間はまた少し遡り、その日の昼下がり。

 

 

(また眠ってしまってたか……)

 

光輝は寝ぐせの付いた髪を手で押さえながら、

突っ伏した机の上から、ゆっくりと上半身を起こしていき、両腕を伸ばすと、

身体の節々が解放されたような心地よさが全身を走る。

身体をほぐすついでに、少しランニングでもしたいところであったが、

 

(今の俺は……)

 

たらいに汲んだ水で目を濯ぐと、また光輝は書物へと目を走らせる。

ここは王宮から遠く離れ、王都の外れにある一般兵用の兵舎の中だ、先のオルクスでの一件以来、

天之河光輝はその一室にて、勇者にはあまりに似つかわしくない、

簡易ベッドと机が置いてあるだけの、六畳ほどの簡素な部屋で、

謹慎生活を送っていた。

 

もっとも謹慎と言っても、半ば自分から志願したことではあったが。

そうでもしなければ、あの時の自分は誰彼構わず傷つけてしまいかねない程に、

荒れ狂っていたのだから、この世界に蔓延する"憎しみ"という余りにも巨大で、

形なき物に立ち向かうには、余りにもか細過ぎる己の力に拭い難き敗北感を抱えて。

 

こうして光輝はジャンヌとの午前中の訓練の他は、ほぼ他者から隔絶された部屋の中で、

ひたすら書物を読み漁る生活を送っていた。

その他者の中には、級友たち、もちろん雫や龍太郎も含まれている、

唯一例外がいないわけではないが…。

 

 

「メルドさん……転属になるかもだって」

「そうか……」

 

図書館から借りて、一部は無断で拝借した書物を、床の上に大きさごとに並べていきながら、

光輝へと話しかける遠藤、書物についてもそうだが、こうして彼は遠藤を通じ、

時折クラスメイトや王宮の様子を小耳に挟んでいた。

これは心情的にも能力的にも龍太郎と雫には頼めないことだった。

 

「遠藤は……悔しくないのか?」

「そりゃ悔しいさ、神の使徒だの何だのと持ち上げておいて、

結局は傭兵だったってことだろ」

 

遠藤は小雨がぱらつく屋外へと目を向ける。

 

「でもさ、俺たちは王国の金でこうして養って貰えてる、だから雨にも濡れずに済むし」

 

次いで王宮でのフカフカなベッドとはあまりにも違う、カチカチのベッドに腰を下ろす。

 

「足を伸ばして眠ることも出来るわけだ、だからやっぱりまずは、

王国の為に何かをするべきなんじゃないかって思うんだ」

 

もっとも勝手にこんな世界にムリヤリ連れ込んだ以上、

それくらいはして貰って当然だし、意趣返しだってやりたくないわけではない。

だが、自分たちは未だ籠の鳥だ、だからそう自らに言い聞かせるくらいしか、

今の遠藤には出来なかった。

 

(仕返しは南雲と蒼野が千倍にして返してくれるだろうしな)

 

「……だったら、そういうの抜きにしたら、お前は何のために戦う?」

「生き残るためかな」

 

それについては即答する遠藤。

 

「俺は……生きて家に帰りたい、でも、そのために誰かを裏切ったりはしたくない……、

だから自分に出来ることはちゃんとやっとかないと、

信じられるものは何かを、ちゃんと知っておかないとな」

 

だからスパイ紛いのことでも買って出る、生き残るために、

生か死かのギリギリの状況で、見誤らないために。

 

「そうか……強いな、遠藤は」

「え?強い?俺が」

 

光輝からの意外な言葉に目を丸くする遠藤。

 

「強いだろう、自分で考えて、自分のやるべき事をちゃんと見つけているんだから」

 

日本にいた頃は、光輝と遠藤はさほど交流がなかった、

しかしそれが今となっては却って幸いし、二人はいわばフラットな関係を築けていた。

クラス替え直後のようなムズ痒い気分を覚えつつ。

 

 

「あと、それとあの時は……悪かった」

「あの時?」

 

別に遠藤に謝られるようなことは……と、首を傾げる光輝だったが。

 

「あの、最初のさ……全部お前に背負わせてしまって」

「ああ」

 

ガナビーオーケーの宣言を思い出し、気恥しさと何より申し訳なさに赤面する光輝。

一方の遠藤も、あれは乗せられたのではない、自分たちが乗ってしまった、

これ幸いと、目の前の男に背負わせてしまったのだと、やはり申し訳なさを覚えていた。

 

「いずれ皆にも謝るけど、こんなことに巻き込んでしまって本当にすまない」

「それについてはいいんだ、どの道従ってなかったら、

もっとヤバイことになってただろうからさ」

 

それでも答えは変わらずとも、全員で結論を出したという事実は必要ではなかったかと、

今更ながら光輝は思い返す、ジータもきっとそれを怒っていたのだろう。

そんなストレートな謝罪を受けて、少し面食らった感を覚える遠藤。

それでも、一頃の頑なさが影を潜めつつある、

光輝の変化は、彼にとって好ましいものに思えていた。

 

「じゃあ、もう行くからな、あ、その赤い表紙のやつは最優先で読んでくれ

なんか重要っぽい棚のだから、出来れば早く戻しに行きたいんだ」

 

 

書物を紐解きながら、午前中の訓練を思い出す光輝。

 

(今日も……歯が立たなかったな)

 

 

「痛みを恐れず尚も前進し、決して諦めない姿勢は評価します、しかし」

 

ジャンヌの声と共に、光輝の視界は横転する。

足払いを仕掛けられたと思った時にはすでに彼の身体は地に転がり、

そして槍の切っ先が、眼前に突き付けられる。

 

「足元を顧みれぬ者はこうなる!……何度目ですか」

 

ジャンヌダルクは、今日も容赦なく光輝を叩きのめしていた。

ああいうことがあったとはいえど、今の光輝の剣技はメルドやアランといった、

騎士団の猛者たちにも、決して引けは取らない。

しかしジャンヌの操る右手に剣、そして利き腕である左手に槍を構える変則的な二刀流は、

ステータスを差し引いたとしても、その遙か上を行っていた。

 

「才能だけで勝てるのは試合までです、戦場はすべてにおいて平等、

聖も邪もなく、勝者の正義のみがまかり通る場所なのですから」

「……だからこそ、仲間の命を預かるべき者は常に勝利が求められる」

 

ジャンヌの方には顔を向けないまま、悔し気に呟く光輝。

しかし、その声音にはやはり納得できない思いが込められていた。

 

「それは違う、光輝、覚悟を知る者は相手の覚悟の有無を容易に悟ります、そう」

 

そんな光輝の思いを汲んだか、彼が口を開く前にジャンヌが答える。

突きつけた槍の穂先は離さぬままに。

 

「命を摘み取る覚悟のある者だけが、戦に於いて命を守ることが出来るのです

……己だけではなく、誰かの」

 

女魔人族の最期を思い浮かべる光輝、あの時自分にもっと力があれば……

いや、違う、本当に覚悟が必要だったのはあの時じゃない……。

 

「避けられないのですか……どうしても」

 

自らの声が震えていることを自覚しつつ、ジャンヌに問い返す光輝、

やはりジャンヌの顔は見ないまま。

 

「もしも辛いのならば……その剣を返上すべきです、いかなる時代、世界に於いても

戦とは人の行う愚行の中でも最低の禁忌、逃げることは決して恥ではない

私だって……」

「それでも、誰かがやらなければ、他の誰かがやらされるんでしょう」

 

慌てて光輝はジャンヌの言葉を遮る、そこから先は聞いてはいけない気がしたのだ。

光輝は思いだす、自らにぶつけられた孤児たちの無邪気な願いにも似た殺意を、

あんな純粋な憎しみを雫たちが知っていいはずがない……それに。

 

「戦争は怖いです、人を殺すのも……怖いです、けど、自分の課せられた役目から、

逃げることはもっと……怖いんです、でなければ、俺が俺でなくなる気がして」

 

声は未だ震えてはいるが、それでも何とか笑顔を作り、

ようやく光輝はジャンヌの顔をその目に写す、やはり頬が熱くなっていく感覚を覚えながら。

 

そんな戸惑いの表情を垣間見せる光輝を、ジャンヌは微笑みつつも少し寂しげに見つめ返す。

 

きっとこの少年は幼き頃から特別な存在だったのだろう、

それゆえに余りにも多くの期待を役目を課せられてきており、そして皮肉なことに、

それら全てに応えられるだけの才を持ち合わせていた。

だからこそ分からないのだ、普通の少年として生きる術が――― 。

 

「だから、俺は勝ち続けないと、正しく在り続けないといけないんです!正しくないと……」

 

―――本当の自分が何者であるのかを知る術が。

 

「光輝、確かに勝利すること正しいこと、それも勇者、ひいては将の責務の一つです

ですが……永遠に勝利するなど、まして不変の正しさなど決してあり得ない……」

 

地に跪いたままの光輝へと手を差し伸べるジャンヌ。

 

「いずれ君は必ず躓く時が来る、その時こそ君は真に選ばねばならない」

 

(人としての幸福か、勇者としての栄光かを……)

 

もう今だって躓いてますよとジャンヌの手を取りつつ苦笑する光輝、

しかしその口調には未だ心の何処かに、それでもきっと上手く行くだろうという、

これまでの自分の成功体験のみを根拠とした、朧げな自信が宿っているように、

ジャンヌには思えた、そしてその姿はかつての自分と……。

 

 

『世界を救う…その使命のためなら、私は命をも投げ出そう』

『自らの信念を放棄して生きることは、若くして死ぬよりも悲しいことだ』

 

 

「光輝、君の手は暖かいな…生きている者の温度だ」

「ジャンヌさんだって生きているじゃないですか」

 

ジャンヌの言葉に特に何も感じることなく答える光輝。

……後にその言葉の意味するところを知り、彼は深く煩悶することになるのだが、

それはまた別の機会に語ることになるだろう。

 

ただ、それでも、まさに自分の思い描いた夢の世界から現れたかのような、

理想の英雄にして勇者の姿をした少女が、凛々しい中にも時折見せる、

寂しげな瞳が意味する、深く刻まれた戦いの悲しみだけは今の光輝にも理解出来た。

 

(……いつか俺は君を……まだ俺にはそんな資格は……っ)

 

「君が揺れているのは、覚悟以前に、君自身の正義を見つけ出せていないからです」

「前にも話したと思う、俺はお祖父さんのように……」

 

胸が締め付けられる思いを悟られぬよう、幾度か話したことを繰り返そうとする光輝。

しかしジャンヌはそれには及ばぬとばかりに続ける。

 

「そう、しかしそれは君のお爺様の正義だ、光輝、君の正義ではない、

君がお爺様のようになりたいと思っている間は、決して君はお爺様のようにはなれない

ただ、誰かの正義をなぞっているだけなら」

「俺は憧れた人になりたい、俺に正義を教えてくれたお祖父さんのように、

それがいけないことなのですか?」

 

やや鼻白んだような光輝へ、まるで慈しむような笑顔をジャンヌは向ける。

たった二つしか年齢が離れていないとは思えぬ、その大人びた輝きに満ちた笑顔を、

光輝はただ呆けたように見惚れてしまう他なかった。

 

「志を受け継ぎ、さらなる次代に紡ぐことも大切です、ですが君は天之河光輝だ、

決して、お爺様ではない」

「!」

 

当たり前のことなのに、何故か初めて教えてもらったような……。

自分がずっと言って欲しかったことを、ようやく言って貰えたような

そんな感覚を光輝は覚えていた。

 

「次代に紡ぐべき、誰にも譲れない君自身の正義を見つけるのです、

ただし平和や愛や友情、それらごくごく普遍的なありふれたものをただ守るだけでは、

勇者の正義足りえない」

「勇者の……正義」

「そう、勇者とは願う者ではなく、名もなき者の願いを背負い、

叶える者であるべきなのですから」

 

それがいかに過酷で、険しいことなのかは光輝にも理解出来た。

 

「もちろん急ぐ必要はありません、君はまだ多くを……多くのことを、

知らねばならぬのですから……」

 

その言葉の裏側には、知らずに、知らなければ……人としての幸福を求めるのならば、

決して知るべきではないことも含まれていることに、まだ光輝は気が付いていなかった。

 

「ただしこれだけは胸に留めて置いて欲しい、例えどれほど尊き愛や正義の元に

始めた行為でも、その結果、人々を地獄に導いたのなら……裁かれずとも、

それはもはや悪だということを」

 

およそこれまで戦いを経験したことがなかったであろう、十七歳の少年には、

あまりにも厳しすぎる言葉をジャンヌは投げかける。

しかしそれはこの天之河光輝という少年の、巨大な才を認めているからに他ならない。

だからこそ聖女は勇者へと、"背負う者"へと妥協をすることはない。

 

いや、もしかすると彼女も、才能以上の何かをこの少年に感じているのかもしれない。

 

 

「誰かに教えられ、受け継ぐだけの正義ではなく、俺自身の理想を、正義を……」

 

書物を開きながら、口癖のように独り言ちる光輝、

そんな彼の頭を過るのは、書物の内容よりも、また孤児たちの笑顔。

 

(家族を奪われたあの子たちにとっては、魔人族を殺すことが正義なんだ

そういう正義しか教えられてこなかった……いや)

 

それは別に不思議でも何でもない、奪われた者は奪い返すことでしか、その怒りを、

悲しみを鎮めることは出来ない、心では間違っていると分かっていたとしても。

 

(俺だって……もしもあの時、香織と雫が殺されていたら、同じように思ったに違いない

香織とジータを俺から引き離した南雲に……納得できない気持ちを今でも抱えているんだから)

 

その納得できない気持ちは、笑顔でその背中を見送ることが出来なかった後ろめたさは、

己の正義が定まっていないことによるものだということも、今の光輝には理解出来ていた。

そして己の正義を定めるということは、他人の定めた正義を認めねばならないということも。

 

『私たちは私たちの道を選んだ!』

 

ジータの叫びが、涙が、胸に甦る。

 

(自分の確固たる何かを抱えていないから、俺は南雲たちに悔し紛れの八つ当たりを

するしかなかった、あの子供たちに何も言えなかった、そんな無責任なことは……)

 

 

『俺はッ!俺の正義で必ずこの世界の戦争を止めて見せる、

そしてお前から香織を!そしてジータを必ず取り戻す!』

 

 

「何が俺の正義だっ!くそっ!」

 

乱暴に本を閉じ、頭を抱え込む光輝、思えば自分自身の確固たる考えのもとに、

事を為したことが、これまでの自分にはあっただろうか?

ただ、その場にとって都合のいい、耳触りのいい回答を弾き出していただけではなかったのか?

(皮肉なことにそれらを弾き出せてしまうだけの能力が彼には備わっていた)

そんな浮ついた心根で、正義を口にし、命を背負う資格があったのだろうか?

あいつに……かつての親友に、届くことが出来……。

 

「違う!」

 

自分の目指すべき正義は勝ち負けや、まして競争などでは決してない、

また自分が危険な考えに引き摺られそうになったのを悟り、

頭を振って必死でそれを打ち消そうとすると、今度はジャンヌの戒めの言葉が浮かんでくる。

 

『例え、どれほど尊き愛や正義の元に始めた行為でも、その結果、

人々を地獄に導いたのなら……裁かれずともそれはもはや悪だということを』

 

聖堂で万能感と使命感に狂喜しつつ、拳を振り上げ高らかに宣言した在りし日の姿と、

魔人族の女に追い詰められた、つい先ごろの哀れな姿が、自分の中で重なっていく。

 

そしてまたその頭の中に巡るのはもう何度思い起こしたか分からない

あの場面、メルドが女魔人族の首筋へと刃を疾らせるシーンだ。

 

確かにあの瞬間に関してだけは光輝はメルドを恨み憤った。

しかし今ならばメルドの行動の意味も朧気ではあるが理解出来る。

 

(きっとこの世界の歴史の重さがメルドさんに刃を取らせた……

そしてあの人もそれを受け入れた)

 

どうして先に教えてくれなかった!とは思わない

これは自らが率先し己の意志で調べ学ぶことだ。

ただ考えることなく剣としての役割に甘んじるのならばともかく。

 

(それをきっとこの国の人たちは望んでいる、そしてそれを勤めあげる事こそが

"勇者"の正しい在り方なのだろう、けれど……)

 

そこで思考を止めざるを得ない光輝、ここから先へはまだ進めない。

自分たちは剣でも道具でもないという感情以外の理由で

けれど……のその先を見出すことの出来ぬ自分では。

 

そこで唐突にドアをノックする音が耳に届き、こんな時間に珍しいなと、

ドアを開くと、そこには彼のもっとも身近な親友の姿があった。

 

「龍太郎」

「よ、よう……」

 




天之河光輝という少年の本質は不器用で愚直な男なんだと自分は思います。
ただその抜きんでた能力ゆえに、誰かに頼られ、持ち上げられる関係が、
当たり前になってしまって、それが使命感の暴走に繋がっていったのかなと。
ともかく原作の彼は善意や使命感が前面に出過ぎて、肝心の自我が希薄過ぎるので、
解釈に各自ズレが出るのは仕方がない部分もあるのかなと思います。

但し、そんな彼を再会後に叩きのめすのも、
ありふれた職業で世界最強という作品のお約束の一つだと思ってますので、
容赦はしたつもりですが、妥協はしませんでした。

で、光輝君の最終的な勇者像なのですが、一応想定しているモチーフはあります。
えみやんにはならない筈です、多分。
いずれにせよ、原作以上にストイック&ハードボイルドな男になるとは思います、
順調なら。


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落ちる龍

通算15万UA!ありがとうございます。

前回書いてて思いました、遠藤君って半沢直樹の渡真利さんみたいな
立ち位置だなと、だからもしかすると彼はハジメや光輝らの心の中にだけに住む
妖精なのかもしれないと……シャレになりませんね、ハイ。


 

「龍太郎」

「よ、よう……」

 

あの日のことがあって以来、彼は親しき友人たちとも、ほぼ接触を絶っていた。

顔を合わせるのは、時折書物を持ってきてくれる遠藤くらいのものだ。

それはもちろん、自身の暴走で迷惑を掛けてしまったというバツの悪さと、

自分で納得が行くまで考えたいとの思い故だ。

 

「珍しいな、お前が本なんか読むなんて」

 

王宮で与えられた部屋とはあまりにも違う、簡素で狭い部屋の中に、

所狭しと並べられた書物の山に目を丸くする龍太郎。

彼にとって光輝は、いわば一を聞いて十を知るような男だった。

事実、朝晩の予習と復習のみでトップクラスの成績を収めているのだから。

したがって、こうして机や床にまで本を積むような状況には、お目にかかったことはなかった。

 

「珍しいとは何だよ、俺だって本くらい読むぞ」

 

まぁ、無理もないなと思いつつも、少しムッとした表情の光輝。

それでもやはり親友の思わぬ来訪に喜びを隠すことなく、相好を崩そうとしたが。

 

(……悪い、今の俺はまだお前たちに合わせる顔がない)

 

彼は気が付いていた、自分が今まで"天之河光輝"で、理想郷の王子様でいられたのは、

龍太郎を始めとする親友たちが、世の不都合や不条理から己を守る、

いわば傘となっていてくれたからなのだと。

そう、自分は守っていたつもりで、実は守られていたのだということに。

 

(今までの俺ではなく、これからの……今度こそ本当に誰かを守る資格のある

俺になるために)

 

今、親友たちの顔を見てしまえば、きっとまた甘えてしまう、頼ってしまう。

理想郷を捨て、現実と向き合わねばならないなら、感謝の言葉を口にするのはまだ早い。

お分かりだろうか?この天之河光輝という少年は、いささか極端で、

かつ純粋すぎるのだ、良くも悪くも。

 

「大事な用じゃないなら後にしてくれ」

「……え」

 

親友の思いがけない言葉に、声を詰まらせる龍太郎。

もちろんこれまでも、日本にいた時でもこういうことは珍しいことでも何でもなかった。

しかし、この地での、この時の光輝の言葉は、龍太郎の胸に何故か重く圧し掛かった。

 

「折角訪ねてきてくれて悪い、今日中にこの本を読んでおきたいんだ」

「そっか、悪いな」

 

日本にいた時と変わらぬやり取りを交わすと、光輝はドアを閉め、

また思考と読書に没頭しだす。

去り際の龍太郎の声が、普段より沈んでいたことにも気が付かないままに、ただ。

 

「ありがとう」

 

という小さくはあったが、限りない感謝と親愛を込めた声が、

静寂に支配された部屋の中に響いた。

 

 

(大事な用じゃなきゃ……ダメなのかよ)

 

つい数か月前、日本にいた頃には決して考えなかったことを、

いつも通りなのになぜかいつもと違う、そんな思いを巡らしながら、

あてもなく兵舎の中を龍太郎はぶらついていた。

 

「龍太郎?あんたもこっちに来てたの?」

 

不意にかけられた声に振り向くと、そこには彼のもう一人の親友の姿があった。

 

「な……なぁ雫」

 

後でお前も光輝の部屋へ……と言おうとした所で雫の声が重なる。

 

「光輝の邪魔しちゃダメよ」

 

それもまたいつも通りの、教室でも道場でも何度でも聞いた言葉だった。

しかし、今の龍太郎にとってその言葉は錐のように心に突き立った。

 

(邪魔……邪魔か、俺……)

 

「光輝は今、何かを掴もうとしてるんだから」

 

彼が自ら王宮を、クラスメイトたちの元を離れ、この兵舎で謹慎すると聞いた時には

雫とて驚いた、何もそこまですることは、と。

とはいえど、光輝が自分らの元を離れることを不安がる何人か、

(その何人かの中には、光輝をジャンヌから引き離したいという考えの者もいた)に、

引き留めを頼まれ、彼の元に向かった雫だったが、無言で私物の整理を続ける、

その背中を見ると、彼女もまた、待ってるから……頑張ってね、

としか、口にすることが出来なかった。

 

そして何より、恐らくは誰にも聞かせるつもりではなかった、

きっと不意に、心の蟠りが言わせたであろう、別れ際のか細い呟きを、

雫は耳に入れてしまったのだから。

 

「ごめん……今まで何も知ろうとしなくて」

 

その"今まで"は、きっと日本での日々も含まれているのだろうと雫には思えた。

 

実際、今の独りで悩みつつも、己の殻を破ろうとしている光輝の姿は、

雫に取って好ましい変化に思えた。

だから今は見守るだけでいい、そして自分もまた鍛えねばならない。

いつか彼が立ち上がった時に備えて、そして……八重樫の武を試すに相応しき、

暴を纏ったあの二人に挑むに相応しい力を得るために。

 

「あ……ああ、わかってるよ」

 

だったら久々にお前と組手……と、龍太郎が言おうとしたところで、

また雫が先に口を開く。

 

「それじゃ私も行くわね、ジャンヌさんと約束してるから」

 

カチャリと腰に下げた太刀の鞘が鳴る。

 

「ゴメンね、新しい構えをもっと練習したいの、また後でね」

「ああ……またな」

 

笑顔で龍太郎に手を振ると足早に練習場へと駆けて行く雫、

その笑顔は新たな力を早く会得したいという、意欲と期待感に満ちていた。

だからだろうか?彼女もまた龍太郎の笑顔がどこかぎこちないことには、

気が付かぬままだった。

 

そして新しい道を探り、選びつつある友人たち、その中で、

一人だけ置いて行かれているような疎外感を、思春期の若者ならば誰もが抱える、

ごくありふれた焦燥感を龍太郎は覚えていた、だからだろうか?

俺も一緒に……とは、なぜか言えずに、雫の背中を見送ることしか出来なかったのは。

 

 

"朝の訓練……見たか?"

"ああ、勇者様とジャンヌ様だろ、凄かったよな"

"なんか、勇と智と美とが完璧に調和してるっていうかさ、憧れるよなあ"

 

 

この兵舎は志願・徴募されて間もない新兵らが多い。

ジャンヌは光輝の教育係を兼ねつつ、メルドからそんな彼らの基礎訓練も任されていた。

 

『しかし私はまだこの国の軍法については何も……』

『なあに、こんなむさくるしい男どもにドヤされるより、お前さんのような

別嬪に鍛えて貰う方が、ひよっ子連中もやる気が出るってもんだ』 

 

一旦は断ったジャンヌではあったが、

豪放磊落に笑うメルドに結局は押し切られる形で、引き受ける羽目になってしまった。

面倒くさけりゃ一日中走らせるか、草むしりでもさせときゃいいと言われた時には、

流石に戸惑ったが、その鷹揚さが彼の将としての力なのだろう。

 

「光輝、本当の躓きは……君が今思っているようなものではない」

 

練習場に一人佇み、光輝の部屋の窓の方角を見つめるジャンヌ、彼女の脳裏に甦るは、

手酷い裏切りの末に、生きながら焼かれていくオルレアンの村人たちの姿、

自身の決して償えぬ罪の源。

 

「例え愛や正義の元に始まった行為でも、その結果が地獄なら……」

 

 

"ジャンヌお姉ちゃん熱いよー、パパが燃えちゃうよー"

"ジャンヌ様、助けて下さい、死にたくない、死にたくない!"

"何で俺たちがこんな目に合うのですか!聖女様!"

"ずっとあなたを信じて、ここまで来たのに!"

"この……嘘つきっ!偽聖女め!"

 

 

(私は……もしかすると彼に私が失ってしまった物を求めているのかもしれない

それがいかに苦難に満ちた道程だと知っていながら)

 

だとすれば。

 

「ああ……私はなんて卑怯な女なのだ」

 

あまりにもかつての自分に似すぎている少年の姿に想いを巡らせ、

苦悩に頭を抱えるジャンヌ、しかし自身を見つめる視線に気が付き振り返ると、

そこには雫の姿があった。

 

「雫……」

「午後から稽古に付き合って頂けるって聞いてたので」

「あ、そうでしたね」

 

ドレスの埃を払いながら、ジャンヌは雫へと話しかける。

 

「光輝には会ったのですか?」

 

彼は外出を自ら禁じ、かつクラスメイトたちとも半ば接触を絶っている状態と聞いている。

 

「光輝は、今は一人で自分と向き合うべき時だと思うの、だから……

そっとして置こうと思って」

 

ドレスの埃を払いつつも、右手に剣を握ったまま離さない、

どこか促されるような、そんなジャンヌの仕草に誘われ、

話もそこそこに、雫は刀を構える、内心に微かな疑問を抱えつつも。

 

雫が現在、会得しようとしている刀術は、相手の状況に合わせ、

戦いの最中に何度も構えを変更することが必要不可欠となっている。

 

したがって目まぐるしいまでの戦況の変化を常に見極めなければならず。

なおかつ相手の行動も先読みで予測しなければ、使いこなせているとは到底言えない、

お粗末な術となってしまう。

 

何しろ、構えてからその構えに応じた技を放つのに、僅かとはいえ

タイムラグが乗じるため、読みが外れれば戦機を逃すことに成り兼ねず、

また構えの切り替えにもそれなりの時間が必要だ。

それに、構えを変更するたびに攻撃力が上がる半面、

防御力が下がるという、いわば諸刃の刀術でもあるのだから。

 

(基本はこの"源氏の構え"で戦って……)

 

雫は腰溜めに居合にも似た構えを取り、時折牽制を行いながら、ジャンヌの動きを観察する。

 

ちなみに雫が使っている刀は、もちろん"八命切"ではない、

王宮の錬成師に作ってもらった、八命切を模した練習用のものだ。

 

ジャンヌが左手の槍に力を込めていくのを察知すると、雫はジャンヌの、

その槍の穂先を見据えながら、抜き放った刀を、自分の胸元に片手で掲げる様にして構える。

 

(この"神楽の構え"で、相手の後の先を取る……オクトーさんが言っていた)

 

相手が大技を繰り出そうとした瞬間に、この構えで技を放った際、威力が数倍になると。

 

「どうしたのですか雫、気もそぞろですよ!」

 

しかし、雫の動きはジャンヌの指摘通り、どこか精彩を欠いているように見えた。

 

(ジャンヌさん……さっき)

 

光輝に限らず、雫に取ってもジャンヌは夢の世界から、物語の世界から、

抜け出してきたような、そんな美少女に、まさしく理想の戦乙女に、

救国の聖少女ジャンヌ・ダルクそのものに思えてならなかった。

それゆえに、雫は引っ掛かりを覚えていたのだ、自分が一瞬ではあったが垣間見た、

信じ難き、あってはならない何かを……。

 

(一瞬、悪魔みたいな姿になってたような……)

 

 

そんなことがあってから数日後。

 

 

半ば観光地と化しているとはいえ、オルクス大迷宮に入るには、

正門ゲートでパスの交付を行わなければならない、

これはアタック中の冒険者らの身元や人数の把握、何より遭難者を防ぐために、

なくてはならない規則だ。

 

しかし、今回は場合が場合だ、龍太郎たちは裏技を使った。

彼らは冒険者たちに迷宮内でアイテムを売りさばく、行商人たち用の搬入口が、

ほぼフリーパスとなっていることを知っていたのだ。

 

(登山カードはちゃんと出そうね!作者からのお願い♪)

 

そして整備されたショートカットを駆使し、六十五層へと向かっていく。

 

「おかしいな、警備の騎士が何人かは必ず詰めているのに」

 

交代の時間を見計らい、こっそりと使わせて貰うつもりだったが……。

やや腑に落ちない表情の龍太郎だが、近藤らは特に疑問は感じてない様だ。

 

「騎士でもよ、そりゃサボりたくなる日もあるだろうがよ」

「お前らみたいにか?」

「んだと、コラァ!」

 

やはり内心苛立っているのだろう、らしからぬ辛辣な口を利く龍太郎。

挑発されたと感じたか、掴みかかろうとする中野と斎藤を、近藤が制する。

 

「止せよ、お前ら二人、いや俺入れて三人でも坂上にゃ勝てねぇよ」

 

近藤の指摘に、不精不精な態度で引き下がる二人。

 

「文句があるなら、今からでも引き返せ」

 

そう厳しく言い放つと、鉱石の元へと向かう龍太郎、その後を近藤が追いかける。

彼の丸まった背中は、どうにも媚びを売っているように見えて仕方がなく、

 

(……強くなったら)

(最初はよ……)

 

そんな悪友の姿を眺めながら、中野ら二人は不穏な囁きを漏らすのだった。

 

そして彼らは件の六十五層に降り立つ。

ここも一応の整備はされてはおり、崩壊した橋の再建予定もあるようだが、

現在は、単に侵入禁止のロープが張られているだけだ 

 

試しに瓦礫を落としてみる……いつまで待っても底に届いた音がしない。

ライトを翳してみる……光が底を照らすことは無かった。

 

さらに、地の底から吹き上げる烈風が彼らの頬を撫で、

まさしく虎落笛という表現が相応しい風の音が耳を襲う。 

 

「……」

 

この奈落の底には、確かに力を、強さを与えてくれる精神と時の部屋があるのかもしれない。

しかしその場所に辿り着くのは……宝くじに当たるよりも遙かに低い確率のように、

彼らには思えてならなかった。

 

とりあえず互いの体をザイルとハーネスで繋いではいたものの、そこから先へ進む、

いや、落ちる勇気など、さすがに彼らは持ち合わせてはいなかった。

 

「なぁ……精神と時の部屋と、宝くじ一等とどっち選ぶ?」

「……宝くじ」

 

声が震えていることを自覚しながら、龍太郎たちは顔を見合わせる。

 

「帰るか……」

「ああ」

 

勇気だけでは越えられないことも、越えてはならないこともあるのだ。

安堵と若干の敗北感を抱え、彼らが帰路に就こうとした時だった。

 

突如として迷宮内を、いやホルアド一帯に強い揺れが襲った。

それは奇しくもグリューエン大火山噴火と時を同じくしてのことだったのだが、

そのことを知る者は当たり前だが誰もいない。

 

そして復旧途上で放置されていた橋は、その揺れに耐えられず、

脆くも崩れてしまい、龍太郎たちは闇に宙づりとなってしまう、しかも、

 

(ザイルが……)

 

生来の雑さが災いした、ザイルの長さばかりを気にして、強度にまで頭が回らなかったのだ。

わぁわぁと泡を喰ったように叫ぶのみの近藤らと違い、ザイルが四人の重さに耐えきれずに

少しずつ裂けていく様子を、龍太郎ははっきりとその目に捉えていた。

 

(このままだと全員が落ちて……)

 

「お……おいロープが」

「やべぇってやべぇって」

「先に上に行けっておい」

 

三人も気が付いたのだろう、龍太郎の頭上が騒がしくなる。

 

「動くな、動くと余計にザイルに負荷がかかっまうぞ!」

 

しかし冷静さを欠いた三人の耳にその忠告が届くはずもない。

そうしている間にもザイルはミシミシと軋みの音を上げながら、

裂けていくのを止めようとはしない。

 

(このままだと全員……)

 

頭上と奈落を交互に見比べる龍太郎。

 

「仕方ねぇ……な」

 

そう呟くと龍太郎は懐からナイフを取り出す。

 

「お……おい」

 

龍太郎が何をしようとするのか気が付いたのか、近藤の顔が驚愕に歪む。

 

「このままじゃ全員真っ逆さま……だろ、なぁ近藤よぉ」

 

震える声で、それでも何とか笑顔を作る龍太郎。

 

「もう諦めろ、ジータはそんな……ただ強いだけの男に振り向いたりしねぇよ、

あと、南雲をいい加減認めてやれ、見苦しい…ぜ」

 

龍太郎は全身を恐怖で震わせながら、ナイフをザイルへと押しあてる。

近藤はそれをただ無言で止めることも出来ずに眺めることしか出来ない。

 

が、龍太郎の手はそこで止まる、戦場に於いて恐れ知らずの彼であっても、

奈落の底はこれまで相対した、全ての魔物の牙や爪よりも遙かに得体のしれぬ

獰猛な顎に思えて仕方がなかったのだから。

 

(き……切れない、俺には……無理だ)

 

縋るように祈るように、奈落から頭上へと視線を移したその時だった。

そこで乾いた音と共に、ザイルを結わえていた胸元の金具が砕け、

龍太郎は闇へと投げ出される。

ロープはいい加減な確認しかしてなかったが、反面、金具の確認は入念に行った。

いや、行い過ぎた、結果、石橋を叩きすぎて渡る前に壊してしまったのだ。

 

「いいか……生」

 

そこから先の叫びは近藤らの耳に届くことは無く、

そして、ザイルの軋みも収まったのであった。

 

「な、なぁ、俺が落としたんじゃないよな!アイツが勝手に落ちたんだ!」

「だよなぁ!お前もそう思うだろ!」

 

命からがら何とか橋の上に逃れ、言い訳じみた叫びを口にする中野と斎藤、

しかし近藤はそれには応じることなく、ただ奈落の底を見つめ続けていた。 

自ら巨獣の足止めを引き受け、闇に消えたハジメ、そして自らザイルを断とうとし、

闇に消えた龍太郎、その崇高な姿を二度も目の当たりにし、

この粗暴な男にも何か感じる所があったのかもしれない。

 

「……俺、一体何をしてたんだろうな」

 

しかし、そんな彼の神妙な横顔を、訝し気な目で見つめる中野たち。

いかに悔悛の切欠を掴もうとも、悔恨の思いを芽生えさせようとも、

彼が教室でハジメを、そしてこの地で檜山を生贄に捧げ、自分の立場を保っていたという、

事実は決して消えることは無い、ゆえに今度は自分が贄の立場に落ちつつあったことは、

いわば必然であった。

 

 

ちなみに坂上龍太郎くんについて君たちはどうお考えでしょうか?

と、天之河光輝、八重樫雫両名に質問したとした場合の回答を以下に記す。

 

 

『俺の一番の親友さ、そりゃさ、いつも力任せで雑なところもあるけど

でも、あいつのそういうところに、なんていうか……ホッとしてしまうんだよ

ああ、そんなこと言ったら、あいつ怒るか?でもさ、あいつの真っすぐさを見てると

いつも安心できるっていうかさ、あいつなら大丈夫って思わせるそんな力があるんだよ』

 

 

『龍太郎?そりゃあバカで雑だけど、でもだからこそ……ああ、ゴメンね

そういう意味じゃなくって、とにかく安心できるのよ。

無心っていうか、私たちの背中をいつも押してくれる、率直な純粋さっていうかね

だから……こんなことになってしまって、色々なことや物が変わっていく中であっても、

龍太郎だけは変わらずにいて欲しいって思うの』

 

 

そう、彼らは坂上龍太郎を決して無視しているわけでも、疎外しているわけでもなかった。

むしろ深い友情と信頼を抱いているからこその、きっと大丈夫と思っているからこその、

皮肉な結果だった。

 

だって、あまりにも安心できる存在だったから、身近過ぎる存在だったから……。

だから失念していた、そんなお人好しで雑な男でも人並みに悩むということを。

 

最も付き合いの長い彼らですらそうなのだ。

それゆえに龍太郎が王宮から姿を消したことに心配する者は誰もなく、

数日ほどすれば、どうせいつも通りの笑顔で戻ってくると、クラス全員が信じ切っていた。

だから数日後、やはり姿を消していた近藤たちが青い顔をして戻ってきたことと、

龍太郎の消息を結びつける者もまた、誰もいなかった。

 

 

かくして第二の悲劇は起こってしまったのであった。

 

 




奈落体験ツアー、一名様ご案内。

強くなれる可能性があるなら、誰か一人くらい奈落に向かおうとする、
無茶な奴がいてもおかしくないのではと原作読んでて思ってたんですよね。

で、龍太郎君についてですが、彼は温厚かつ誠実な善人であると同時に、
行動論理がどこまでいっても光輝のためなので、中心メンバーであるにも関わらず、
やや原作etcでも持て余し気味な印象がありました。

本作で、ジータに想いを寄せているという形にしたのは、
光輝以外の判断・行動論理を与えることで、
その動かしにくさを少しは変えることが出来るかなと考えたわけです。

ともかく彼も、ついにありふれの洗礼を受ける時が……。
ですがどちらかといえば、むしろ近藤君の心配をしてあげて欲しいと思います。

というわけで、次回からメルジーネ編です。


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メルジーネ海底遺跡


概ね原作通りではありますが、少しアレンジしています。
で、人間の身体を捨てるってことは、やっぱりそんな軽い事じゃなくって
相応のリスクが伴うと思うんですよ。



 

 

 

「月と証に従えか……」

 

潜水艇の甲板で、潜水服を脱ぎながら呟くハジメ、眼前には水平線に沈む夕日が映っている。

 

ここはエリセンより西北西に約三百キロメートルの海上。

この付近に七大迷宮の一つ【メルジーネ海底遺跡】の存在する場所の筈なのだが……。

 

場所自体はすぐに見つかった、ジータが呼び寄せた海獣たちの力もあったが。

 

「リーマンは義理堅いってミュウが言ってたけど、まさかな」

「こういうのってなんか嬉しいね」

 

そう、フューレンで水族館から買い取り自由の身にしてやった、あのリーマンが、

海獣たちを先導し、ハジメたちを大迷宮の入口へと導いてくれたのだ。

 

しかし、場所が見つかっても肝心の侵入方法が分からなかった。

恐らく入口であろう箇所に錬成を仕掛けてみたが、例によってまるで反応は無く。

そこでミレディに聞いた言葉を思い出し、現在彼らは海上で月が出るまで、

待機しているのであった。

 

脱ぎ終わった潜水服を収納し、ユエが新しく仕立て直した服に袖を通すハジメ。

香織がデザインした今度の服も、基本的には以前のものを踏襲しているが、

戦闘色が強かった前回と比べ、どちらかといえば研究者然とした印象となっている。

ノーネクタイのバンドカラータイプのシャツなどに、その特徴が強く出ているなと、

ハジメが思ってたところに、ジータが香織を伴い甲板へと姿を現す。

その表情は夕日にも負けないくらいに輝いている、俗に言うホクホク顔という奴だ、

久々にガチャの結果が良かったのだろう。

 

「その分じゃ、かなりいい石を引けたみたいだな」

 

と、口にしつつもハジメはジータの傍らの香織の姿に思わず目を引かれてしまう。

今の彼女の姿は、ファンタジー色が強かったこれまでの僧装束から、

スタンダードなナースウェアを基本デザインとしつつも、

かつアレンジングされた赤十字のマークを所々に組み込んだ、

普段の、いや教室でのハジメの知る香織のイメージとはややかけ離れた、

そんな姿となっていたのだから。

 

「どうかな?ハジメくん」

「ああ、なんか、カッコイイな……戦闘用ナースって感じで、それから

俺のもありがとう、車の中でずっとデザインしてくれてたんだよな、ユエと一緒に」

「うん、もう少しデザイン煮詰めたかったんだけどね、ああいうこともあったし

いい機会だなって」

 

そのいい機会というのは自己の変貌も含まれているのだろうか?

口にはしないが、そんな思いをハジメとジータは、ほぼ同時に抱いていた。

 

夕日に照らされる香織の横顔は、白く変貌した肉体以上の魔性を、

二人に感じさせてならなかった上に、香織の服に刻まれた、

本来、人道と奉仕の象徴である筈の赤十字の紋章が、ハジメたちにとっては、

何故か威圧感を感じさせる、鮮血の十字架のように見えて仕方なかったのだから。

 

(……やっぱり止めとくべき、か)

 

香織の様子を見、嘆息するジータ。

どうしても行き詰り、追い詰められたその時はクラスメイト全員に魔物肉を提供し、

強引に能力を底上げさせるという、最後にして非情のプランを、彼女は画策していた。

しかし、個人差もあるのだろうが、僅かではあっても当人の性格・性質にまで、

影響が及ぶ可能性があるというのであれば、このプランは廃棄するしかない。

 

(結果的に、人体実験みたいになっちゃったな……)

 

そんな複雑な想いをジータが抱える一方で、

ハジメはタイトなミニスカートと、サイハイブーツの間に挟まれた、

香織の絶対領域にまずは目が行ってしまいがちだったりしたのは内緒である。

……そしてユエには即座に看破され、向う脛を蹴られたことは言うまでも無かった。

 

そんな一時を過ごしつつ、昇り行く月へとハジメがペンダントを翳した時だった。

 

「わぁ、ランタンに光が溜まっていきますぅ。綺麗ですねぇ」

「ホント……不思議ね、穴が空いているのに……」

 

シアと香織が感嘆の声を上げ、瞳を輝かせる。

彼女達の言葉通り、ペンダントのランタンは、少しずつ月の光を吸収するように、

底の方から光を溜め始めており、それに伴って、穴あき部分が光で塞がっていく。

やがて、ランタンに光を溜めきったペンダントは全体に光を帯びると、

その直後、ランタンから一直線に光を放ち、海面のとある場所を指し示した。

 

「……なかなか粋な演出。ミレディとは大違い」

「そうですぅ!少しは見習えと言ってやりたいですぅ!」

 

未だにライセンで受けた数々の仕打ちを忘れていないのだろう、感慨の中にも、

憤懣が込った声でシアが叫ぶ。

 

ともかくハジメたちは潜水艇に乗り込むと、光を辿り潜航を開始する。

そしてハジメが恐らく入口であろうと推測した地点に到着した時、

光線が当たった箇所の岩壁が扉のように左右に開き出し、ついに大迷宮への入口が、

その姿を現したのであった。

 

「なるほどな……これじゃ入るのも一苦労だ」

「空気と光の確保に加えて」

「水流の操作もかな」

 

実はこの付近は潮の流れがかなり激しい、船外での作業はハジメですら数分が限度だった。

 

「……強力な結界も使えないとダメ」

 

このメルジーネ海底遺跡、本来の攻略順で行けば恐らく序盤の方の筈なのだが、

やはり大迷宮と銘打つだけあって一筋縄ではいかないだろう、事実その証拠に……

 

「でかい渦がくるぞ、全員衝撃に備えろ」

 

ハジメの言葉通り、潜水艇は横殴りの衝撃に木の葉のように舞いながら、

大迷宮の中へと引きずり込まれていった。

渦の中、トビウオのような魔物に魚雷をぶち込みつつも、ハジメらは周囲を慎重に観察する、

どうやら同じ場所を、円環状の洞窟を道なりにぐるぐると周回しているだけではないかと、

気が付いたのだ。

 

そして彼らはその結果、洞窟の壁面にメルジーネの紋章が刻まれていることを発見する。

数は五ヶ所、位置は上から見て五芒星を象っていた、そして奇しくも、

メルジーネの紋章の形も、また五芒星であった。

 

出来すぎだな……と、現代人の感覚を覚えつつ、

ハジメが未だ光を灯したままのペンダントを紋章へと翳してみると、

ペンダントから光が一直線に伸び、その光を受けた紋章が一気に輝き出した。

 

「なんかゲームみたいだね、実際に自分の身体でやると面倒臭いというか……」

 

そんなジータの言葉に、もしかして解放者の中にも、

異世界から連れてこられた奴がいたのかもなと少し考えつつも作業を続行していくハジメ。

ただ少なくとも、魔法のみでここに到達するのは、やはり相当の難易度なのだろうと、

いうことだけは理解出来た。

 

ともかく激流の中、潜水艇の操舵に四苦八苦しつつも、何とか全ての紋章に光を灯し終える、

すると、円環の洞窟の壁が縦真っ二つに別れ、ハジメらは導かれるままに奥へと進む。

 

「この下だな」

 

行き止まりの中に真下に通じる水路がある、しかもソナーの反応を見る限り、

明らかに重力に逆らうような形で、水路の中途で水が留まっているのがわかる。

 

「重力魔法か……皆、落下に備えろよ!」

 

そう注意を促し、ハジメは潜水艇を水路へと進ませるのであった。

 

 

「全部水中じゃなくってよかったね」

「ああ」

 

ユエの"絶禍"で機体をコントロールし、床への軟着陸に成功すると、

船外で一先ず背伸びをするハジメたち。

見上げると大きな穴一面に、海水が揺蕩っている、魚こそいなかったが、

その眺めは、まるで水族館のようだと一同には思えた。

 

「ここからが本番みたいですぅ」

「……海底遺跡っていうより洞窟、んっ」

 

その瞬間、ユエは即座に障壁を展開し、その刹那、頭上からレーザーの如き水流が、

まるで彼らを阻むように襲い掛かる。

しかし、ユエの障壁は、例え即行で張られたものであっても強固極まりなく、

直撃すれば、容易く人体を切り裂くであろう、水流の数々をあっさり防ぎ切る。

 

もちろんユエに限らず、ハジメ以下、ジータやシア、ティオ、メドゥーサらも動揺なく

障壁の傘の下で余裕の表情を見せている。

 

そういえば香織は……と、ジータが視線を巡らせた時だった。

まるで雨の日にはしゃぐような子供のような声が聞こえてくる、障壁の外側で。

 

「この新しい身体凄いよォ!」

 

なんと香織は笑顔で舞うように跳躍し、軽々と水刃の乱舞を回避していく。

まるで、もう自分は足手纏いではないのだと、新しい身体に相応しい、

新しい心を得た自分をアピールするかのように、空中で、地上で身体をくねらせる、

その姿は、やはりジータには蛇のように思えてならなかった。

 

(般若から清姫にレベルアップしてるぅ……)

 

「……勝手な真似を」

 

そんな香織のスタンドプレーを苦々しさの籠った視線で睨むユエ、

もっとも気持ちは理解できるので、口調は弱いが。

 

「叱るのは後じゃ、上を見い」

 

ティオが火炎を繰り出し、天井を焼き払うと、

フジツボのような魔物が黒焦げになって落ちてくる。

どうやらこいつが水の刃を放っていたようだ。

 

「こんだけデカイと、やっぱグロイな」

 

生理的嫌悪感を隠そうともせず、そう吐き捨てると、ハジメもまたティオに続き、

ドンナーを斉射していくのであった。

 

 

その後は散発的な魔物の襲撃を排除しつつ、膝まで浸かりながら、

ざぶざぶと海水を掻き分け先へと進んでいく。

行程そのものは順調なのだが、一行の表情は訝し気だ。

 

「順調すぎない?」

 

ジータの言葉に全員が頷く。

 

そう、このメルジーネ大迷宮にアタックを開始して以来、遭遇する魔物は、

大迷宮の敵としてはあまりにも弱すぎるのだ、

もしかするとオルクス表層レベルの魔物と同等か、それ以下もしれない、

ゆえに、彼らに取ってはとても大迷宮の魔物とは思えず、さらに言うならば、

これから先の、恐らく大迷宮本来の試練の険しさを予感せずにはいられず。

そしてその予感はすぐに的中した。

 

通路の先にある大きな空間へと彼らが足を踏み入れた時だった、

半透明でゼリー状の何かが通路へ続く入口を一瞬で塞いだのだ。

 

「来たか!」

「私がやります! うりゃあ!!」

 

待っていた、そんな響きすら感じさせるハジメの声と同時に、最後尾のシアが

ドリュッケンを振う、だが、表面が飛び散っただけで、ゼリー状の壁自体は壊れず。

さらにゼリーの飛沫がシアの服を溶かし、肌を焼き始める。

 

咄嗟に、ティオが、絶妙な火加減でゼリー状の飛沫だけを焼き尽くしたものの。

強力な溶解作用がある以上、迂闊に殴りかかるわけにはいかなくなった。

 

「離れろ!っ!今度は上だっ!」

 

ハジメの叫びと同時に、今度は頭上から無数の触手が襲いかかった。

先端が槍のように鋭く尖っているが、見た目は出入り口を塞いだゼリーと同じである。

 

「こいつも!お願い!」

 

ジータに言われるまでも無いとユエが障壁を、ティオが炎を繰り出して、触手を焼き払ってゆく。

 

「正直、ユエの防御とティオの攻撃のコンボって、割と反則臭いよな」

 

事実、今のところ彼らは鉄壁の防御に守られながら一方的に攻撃を繰り出し続けている。

それを余裕と見たのか、シアが胸の谷間を殊更強調して、

実にあざとい感じで頬を染めながら上目遣いでハジメへとおねだりを始めた。

 

「あのぉ、ハジメさん、火傷しちゃったので、お薬塗ってもらえませんかぁ」

「……お前、状況わかってんの?」

「いや、ユエさんとティオさんが無双してるので大丈夫かと……それに

こういう細かなところでアピールしないと、私ますます影が薄くなりそうですし……」

 

最後の方はまるで、ここにいない別の存在にも訴えかけているようだった。

(……ごめんな)

 

「天恵」

 

しかし、そうは問屋が卸すまいと、香織がすかさずシアの負傷を治してしまう、極上の笑顔で、

それはこれまでの、嫉妬や憤り混ざりのものとは違う、余裕が含まれた笑顔だった。

 

「む?……ハジメ、このゼリー、魔法も溶かすみたい」

「ふむ、やはりか、先程から妙に炎が勢いを失うと思っておったのじゃ、

どうやら、炎に込められた魔力すらも溶かしているらしいの」

 

恐らくこのゼリーそのものに、魔力に対する強力な抵抗力があるのだろう。

ならば、次に取る手は、と、ふと天井を見上げたハジメだったが、

そこで天井の僅かな亀裂から覗く、魔物の正体をその目についに捉える

 

「……クリオネ?」

 

半透明で触角と、ヒレのような手足を生やし、

宙を泳ぐようにヒレの手足をゆらりゆらりと動かすその姿は、ハジメの言葉通り

まさにクリオネを想い起こさせた、ただし全長は十メートルを超えていたが。

 

(……まさか)

 

最悪の予感に突き動かされるかのように、ハジメはゴーグルのモードを切り替え

周囲をスキャンしていく、そして導き出された結論は。

 

「ここは……あのクリオネ野郎の胃袋の中だ!しかも、奴の身体そのものが、

魔石で出来てやがる!」

「じゃあ一旦逃げるしかないね!メド子ちゃん!」

 

ゼリーを石にしてそこを砕いて脱出する方法をジータは提案するが。

 

「ダメ、こいつ抵抗強すぎて……全然通じないの!」

 

メドゥーサは泣きそうな声で答えを返す、しかし。

 

「だったら、これならどう!新戦力!」

 

ハジメとジータが手を翳すと、そこから魔法陣が展開され、

髭もじゃの雷神トールが姿を現し、魔槌ムジョルニアをクリオネへと振り下ろす。

この槌は、攻撃力もさることながら、最大の特徴として、相手の防御力や抵抗力を、

ほぼ下限まで落とす効果がある。

 

雷神の一撃を受けたクリオネの苦痛によるものか、部屋の中が大きく鳴動する。

しかしそれでも獲物は逃すまいとしているのだろう、

ゼリーの触手はますますのたうつように暴れ出す。

 

「どう!」

「これならっ!」

「戻らなくっていい!一番薄い場所を狙え!」

 

メドゥーサの瞳が光を放ち、ゼリーの幕の一部が石と化す。

その箇所をドンナーで砕き、ハジメを先頭に彼らはなんとかクリオネの胃袋から脱出するが、

しかし、追撃の触手がその背後、さらに上下左右に迫る。

 

「ここっ、この下破れそう!」

 

香織が通路の亀裂の下の渦巻きを発見する。

 

「よし!やるぞ階層破り!」

 

ハジメたちは小型の酸素ボンベを口に咥え、

かつ水中スクーターを取り出し、各自の身体を固定させる。

渦巻く激流の中でも、ある程度ではあるが、制御出来るのは実証済みだ。

 

そして錬成で広げた亀裂から水中へと身体を沈ませ、底へ底へと錬成を繰り返す。

やがて地面が反応しなくなると、"宝物庫"からパイルバンカーを取り出し、

そして、アンカーで水中に固定すると、一気にチャージし。

 

「一気に水が来るぞ!全員捕まってろよ!」

 

そして、階層破りの一撃を放つ引き金を引いた。

 

水中にくぐもった轟音が振動と共に伝播すると同時に、

通した縦穴へ途轍もない勢いで水が流れ込んでいく、

そんな中でハジメは必死で水中スクーターに掴まると、

フルスロットルで渦の中へと飛び込んで行く、置き土産とばかりの

無数の焼夷手榴弾と巨大な岩石を残したままで。

 





ありふれこそこそ噂話。
香織のスカートの下はレオタード構造になっているので、
アクロバティックに動いてもパンチラの心配はありません。


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悲しみの残滓


カリおっさんの次のDLC、ヴィーラだと思ったんですが、
ユエルは少し予想外。


 

 

激しい渦の中をユエの魔法による水流操作と、エンジンフル稼働の水中スクーターで

激流をなんとか掻い潜り先に進んで行くハジメたち。

とはいえど、離れ離れにならないように互いが互いにしがみ付くのがやっとだ。

 

咥えた酸素ボンベは三十分しか持たない、空気が溜まっている場所はないかと、

ハジメたちが目を凝らす中、やがて、激流が弱まると同時に、

上方に光が見えたので、彼らはゆっくりと浮上する。

 

そろそろと水面から顔を覗かせたハジメたちが見た物は、

まるで南国のプライベートビーチを思わせる白い砂浜と、密林だった。

 

ひとまず砂浜に寝転び、激流に揉まれた身体を休めつつ、すぐにハジメは

オルニスを飛ばし、周囲の地形や敵の有無の確認に入る。

 

「これは……船の墓場ってやつか?」

「すごい……帆船なのに、なんて大きさ……」

 

モニターにはおびただしい数の帆船が半ば朽ちた状態で横たわっている様が

映し出されていた、場所は密林を抜けた先の岩石地帯のようだ。

 

「実際見てみないと分からないが、多分どの船も全長百メートルはありそうだな」

「大昔の海戦の痕跡かな?」

 

ここはいわば敵地ではあるが、古代のロマンへのワクワクを抑えきれない、

そんな表情のジータを、仕方ないなといった風にハジメは目を細めて眺める。

 

「じゃ、食事を済ませたら、行ってみるか」

「あ、ジョブチェンジも済ませておくね」

 

 

「やっぱ思ってた通りでかいな」

 

密林を抜けた先の光景に感嘆の声を上げるハジメ。

映像で事前に見ていたとはいえど、生のド迫力さには当然ながら及ばない、

特に一番奥に横たわっている船が凄い、全長三百メートルはありそうだ。

船体に施された装飾が他よりもひと際豪華なところを鑑みるに、

もしかすると客船なのかもしれない。

 

「あれ以外は全部戦艦みたいだね」

 

竪琴を抱え、久々と言わんばかりに白いドレスを翻すジータ。

なんとか蒔いたとはいえど、あのクリオネもどきが、

この先に待ち構えていないとは限らない、従ってジータは、

オールラウンダーともいえるランバージャックよりも、

弱体を中心としたサポートに特化した、エリュシオンを選択したのであった。

 

「大砲と違って、こっちじゃ魔法で撃ち合うんだな」

「ビデオに撮っておくね」

「よし、許可するぞ!」

 

何処まで行っても岩と炎のグリューエンよりは遙かに撮り甲斐がある、

ジータは懐から自らのスマホを取り出し、動画の撮影を始める。

それにいずれは皆に教えねばならないのなら、本物の大迷宮の様子や、

解放者の言葉は自分たちの説明に加え、実際に見て貰う方が早いと踏んだのだ。

 

ちなみに彼らのスマホ含む私物だが、二人が戻って来た時にいつでも返せるように、

香織がホルアドの宿に持ち込んでいたものだ。

……ハジメ関連の物がやけに多いのは置いといて。

 

電波が無い以上、通信機能こそ当然のことながら使えなかったが

その他の録画や録音、再生、その他通信を必要としないアプリなどは、

ハジメが充電器を作成することで、問題なく機能した。

 

彼らは岩間を、船を乗り越えて、ひとまず奥の客船を目指して進んでいく。

スッパリ切断されたマストや、焼け焦げた甲板、石化したロープや網などが、

太古の海戦の模様を後世に残していた。

そんなロマンの残骸を眺めつつ、船の墓場のほぼ中間あたりに差し掛かった時だった。

 

――うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!

――ワァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!

 

「ッ!? なんだ!?」

「ハジメくん! 周りがっ!」

「空間が歪んでく!皆集まって!」

 

突然、大勢の人間の雄叫びが聞こえたかと思うと、周囲の風景がぐにゃりと歪み始めた。

警戒を促すジータの声に従い、風景が歪んでいく中、

ジータを中心にハジメらが集まったところで、歪みが晴れる。

 

「な、なんだこりゃ……」

 

気が付けば、ハジメ達は大海原の上に浮かぶ船の甲板に立っていた。

周囲に視線を巡らせば何百隻という帆船が二組に分かれて相対し、

その上で武器を手に雄叫びを上げる人々の姿があった。

しかもどの人々の目も血走っており、シアとメドゥーサが怯えたようなそぶりで

ハジメに縋るような視線を向ける。

 

「……落ち着いて、多分これは過去の映像だから」

 

墓場の中に、やや特徴的な紋章が描かれた船があったことをユエは覚えていた。

そしてまさに彼らの真正面にその紋を描いた船が、帆先に魔法使いをずらりと並べ、

今まさに吶喊せんとばかりに、帆を広げている様子が見える。

 

そして、開戦を告げる火花が打ち上げられると共に、双方の船団が一斉に突撃を開始し、

無数の魔法が宙を飛び交う。

 

「凄い迫力……」

「戦争はロマンだって言った人がいたけど……分かる気がする」

 

しかし、一大スペクタクルに感心してもいられない、早くここを抜け出す算段をつけないと

と、ハジメが思った時だった、流れ弾の火球が彼めがけ飛来する。

幻影と分かっていても身体は正直に反応する、ハジメは火球を霧散させるべく、

ドンナーで核を撃ち抜くのだったが。

 

「なにぃ!?」

 

確実に核を射抜いた筈の弾丸はそのまま火球をすり抜け、彼方へと消えていき、

そしてハジメの足元に着弾した火球は、確実に熱を感じさせた。

 

「ただの幻影じゃないってことか……」

「今度は私にやらせて」

 

続いて二発三発と続けざまに飛来する火球へと、ならばと今度は香織が障壁を張る、

もちろん万一に備えて距離を置いた上だったが、ハジメらの予想に反し、

香織の障壁はしっかり火球を防いでいた。

 

少し腑に落ちないような表情を浮かべながらも、その後何回か火球を撃ってみたハジメだが、

その何回かで確証を得たのか、軽く頷く。

 

「どうやら、ただの幻覚ってわけでもないが、現実というわけでもないようだ

実体のある攻撃は効かないが」

 

ハジメはドンナーではなく"風爪"で火球を迎撃する、と、

火球は事もなく真っ二つになり霧散する。

 

「つまり、魔力を伴った攻撃は有効らしい、全く、本当にどうなってんだか」

「は……ハジメくん」

 

首を傾げつつも、泡を喰ったような香織の声に振り向くハジメ、聞くところによると

ケガをした兵士に回復魔法をかけたら、その身体が光になって消えてしまったのだという。

 

「俺の考えが正しいなら魔力さえ伴っていれば、魔法の属性や効果は関係ないってことか」

「回復魔法で人が消えたりなんかしないもんね」

 

もしかしたら誤って人を殺してしまったのかもしれないという不安を抱えていたのだろう、

ハジメの説明を聞き、胸を撫でおろす香織。

 

「全ては神の御為にぃ!」

「エヒト様ぁ!万歳ぃ!」

「異教徒めぇ!我が神の為に死ねぇ!」

 

聞くに堪えない狂気に満ちた叫びが耳に届くと共に、魔法に混じって兵士たちまでもが、

ハジメらに殺到してくる、それらを軽くあしらいながら、彼らは物見台へと跳躍する。

 

「まるでゾンビだな」

 

血走った眼でハジメ達を見上げる、狂気に彩られた兵士たちの姿を、

勘弁してくれと言わんばかりに眺めるハジメ。

 

「ゾンビなら、回復魔法効くかもよ」

「じゃあじゃあ私にやらせてよ!」

 

赤い瞳を大きく開いて、回り込むようにジータへと懇願する香織、

その姿はジータに取っては、まるで覚えたての芸を披露する子犬のように思えた。

 

確かに、脱出口が何処にあるのか、脱出方法がいかなるものかは分からないが、

いずれにせよ眼前の戦場を、まずはなんとかしない限り、

それらを落ち着いて探ることは出来そうにない。

 

「じゃあ、供養しちゃって!香織ちゃん」

「任せて!」

 

『聖典』

 

天に翳した香織の杖の先から、眩いばかりの光の波紋が一気に戦場を駆け抜けた。

 

光系最上級回復魔法"聖典"

 

領域内にいる者を全員まとめて回復させる効果を持つ、超広範囲型の回復魔法だ。

その効果範囲は最低でも半径五百メートルにも及ぶという。

もちろん普通は数十人掛りで行使する魔法であり、

長時間の詠唱と馬鹿デカイ魔法陣も必要だ。

しかし、回復魔法に高い適性を持ち、かつ魔物の血肉を取り込み、

魔力の直接操作が可能となっている香織には、それらの下準備は一切必要ない。

 

香織が舞うように杖を閃かせる度に、半径数キロにも及ぶ浄化の光が、

戦場を包み込んでゆき、兵士たちの幻影は光を浴びた途端に霧散していく。

 

「……凄い」

 

その様子を眺めながら素直に賞賛の言葉を口にするユエ。

その声が耳に届いたか届いていないか、輝くような笑みを浮かべる香織。

 

かくして二国の大艦隊は、一人の治癒師によって殲滅されたのだった。

 

 

最後の兵士が霧散すると同時に、再び景色が歪み、それが収まると、

ハジメらは元の場所に戻っていることに気が付く。

 

「終わってみるとあっけなかったのう」

「今のは一体何だったんですか?」

 

口調こそのんびりしていたが、ティオとシアの顔色はやや青く、

そんな内心を流し込まんとばかりに、手にした水筒の水を飲み干していく。

いや、彼女らだけではなく、戦場の只中に放り込まれたという精神的ダメージは、

ここにいる誰もが多かれ少なかれ負っているように見えた。

 

「おそらくだが、昔あった戦争を幻術か何かで再現したんだろうな、ジータ今の撮れてるか?」

 

ハジメに促されてスマホを確認するジータ、だが無言でただ船の墓場のみが映し出される

画面を答えとばかりに一同に示す。

 

「多分だけど、直接魂とかそういうのに働きかけてるんだと思う」

「体感型VRみたいなもんか……まぁ、迷宮の挑戦者を襲うという改良は加えられている様だが

あるいは、これがこの迷宮のコンセプトなのかもしれない」

「そのココロは……狂った神がもたらすものの悲惨さを知れ……かな?」

「ああ、そんな気がするよ」

 

香織がそっと目を伏せ、この地で散っていった全ての者たちへと祈るような仕草を見せる。

 

「昔、じゃないよ、きっと今だって」

「……そうだな」

 

ジータは思う、どれほど時代が文明が進もうとも、戦争の悲惨さは何ら変わりはない筈だと。

エヒトの名を叫び、剣を振り上げる兵士たちの姿をジータは思い起こす。

彼らが全員、最初から狂っていたということはありえないと思いたい……

そう、きっと自ら狂気に染まらねば生き残ることは難しいのだろう。

 

香織も同じ心境なのか、祈りを終えてもまだその場に立ち尽くしたまま、動こうとはしない。

 

(もし……ハジメくんたちが帰ってこなかったら、私たちも)

 

いずれは、あんな場所に送り込まれていたのだろうか?

そして、自分のみならず光輝や雫や龍太郎たちも、狂気に飲み込まれ、

ただ憎しみと恐怖に駆られ、刃を振るっていたのだろうか?

 

「皆で帰ろうね、平和な世界に……私たちの故郷に」

「ああ、そのためには一歩でも先に進まないとな」

 

ハジメの言葉に強く頷く香織だった。

 

そしてついに彼らは巨大客船の元へと辿り着く。

 

「さて、次は何にお目に掛かれるのやら」

 

そこかしこに荘厳な装飾が施された、十階建て構造の巨大船の威容に、

思い思いの感想を浮かべながらも、ハジメたちは"空力"を使い一気に甲板まで跳躍し、

豪華客船の最上部にあるテラスへと降り立った、すると案の定、周囲の空間が歪み始める。

 

「ん?これは」

「パーティー……だよね?」

 

やはり過去の光景であることには、違いは無いのだろうが、

空を見上げるとそこには満月、豪華客船はまさに月光と笑顔に溢れ、

キラキラと輝き、甲板には多くの人々が豪華な料理と音楽とダンスを楽しんでいた。

その人々の中には人間族だけでなく、魔人族や亜人族も多くいる。

その誰もが種族の区別なく笑い、言葉を交わしていた。

 

彼らの背後では船員たちが寛ぎながら、ようやく平和が訪れるなと口にしている。

どうやら、この海上パーティーは、終戦を祝う為のものらしい。

 

「こんな時代があったんだね」

「全てのわだかまりが消えたわけでもないだろうに……あれだけ笑い合えるなんてな……」

 

あの壮絶な海戦の記録を垣間見ただけに、ハジメたちの言葉にも感慨が籠る。

 

「きっと、あそこに居るのは、終戦のために奔走した人達なんじゃないかな?」

 

確かにパーティーの招待客であろう彼らの服装から見るに、

ある一定の身分以上の人々であろうことは察しがついた、

おそらく国政や軍事に直接関われるレベルの。

 

「皆が皆、直ぐに笑い合えるわけじゃないだろうし……」

「そうだな……」

 

確かに彼らの表情や態度は、単に宴を楽しんでいるというよりは、

これまでの苦労を互いに労いあっているようにも見えた。

 

そんな人々の様子をしばらく眺めていると、

甲板に用意されていた壇上に初老の男が登り、周囲に手を振り始めた。

それに気がついた人々が、即座におしゃべりを止めて男に注目する。

彼らの表情には男への大いなる敬意が浮かんでいる、

きっと彼こそがこの和平の中心人物なのだろう。

 

しかし、ジータはその光景に、似つかわしくない存在を見とがめずにはいられなかった。

初老の男と、その側近らしき男の傍に控える、何故かフードをかぶった人物を。

 

所詮、ここで起こっていることは、過ぎ去った過去の話と理解してはいても、

それでもその人おかしいですよと声に出したい、そんな僅かな違和感を感じつつ、

ジータは初老の男の演説に耳を傾ける。

 

「諸君、平和を願い、そのために身命を賭して戦乱を駆け抜けた勇猛なる諸君、

平和の使者達よ。今日、この場所で、一同に会す事が出来たことを誠に嬉しく思う、

この長きに渡る戦争を、私の代で、しかも和平を結ぶという形で終わらせる事が出来たこと、

そして、この夢のような光景を目に出来たこと……私の心は震えるばかりだ」

 

その前置きと共に始まった演説は、和平への険しい道のりを次々と語っていく、

すれ違い、疑心暗鬼、友の死……堂々とした中にどこか郷愁を誘う初老の男の声に、

宴の参加者のみならず、ハジメたちも引き込まれずにはいられない。

 

どうやら初老の男は、人間族のとある国の王らしい。人間族の中でも、

相当初期から和平のために裏で動いていたようだ。人々が敬意を示すのも頷ける。

 

演説も遂に終盤のようだ、どこか熱に浮かされたように弁舌を奮う国王。

それに釣られて聴衆たちの雰囲気も盛り上がっていく、

しかしハジメはそんな国王の表情を何処かで見たことがあるような気がして、

ジータと顔を見合わせる。

 

「これって……」

「イシュタルにそっくりだね」

 

そんな二人の懸念を他所に、暫しの溜めを置いた後。

 

「――こうして和平条約を結び終え、一年経って思うのだ」

 

国王はゆっくりと口を開く。

 

「………………実に、愚かだったと」

 

その言葉に、一瞬、その場にいた人々が明らかに疑念の表情を浮かべ、

隣にいる者同士で顔を見合わせる、しかしその間も、国王の熱に浮かされた演説は続く。

 

「そう、実に愚かだった、獣風情と杯を交わすことも、異教徒共と未来を語ることも、

……愚かの極みだった!わかるかね、諸君!そう、君達のことだ」

「い、一体、何を言っているのだ!アレイストよ!一体、どうしたと言うッ!がはっ!?」

 

国王アレイストの豹変に、一人の魔人族が動揺したような声音で前に進み出たが。

それ以上の言葉を発することは叶わず、哀れ背中から心臓へと刃を突き立てられる、

己が誰に刺されたのかを知り、振り向いたその顔が苦痛以上の驚愕に歪む。

恐らく彼らは親友、もしかするとそれ以上の関係であったのだろう。

 

場が騒然とする中で、アレイストはさらに陶然と言葉を紡ぐ。

 

「さて、諸君、最初に言った通り、私は、諸君が一同に会してくれ本当に嬉しい。

我が神から見放された悪しき種族ごときが国を作り、我ら人間と対等のつもりでいるという

耐え難い状況も、創世神にして唯一神たる"エヒト様"に背を向け、

下らぬ異教の神を崇める愚か者共を放置せねばならん苦痛も、今日この日に終わる!

全てを滅ぼす以外に平和などありえんのだ!それ故に、各国の重鎮を一度に片付けられる、

今日この日が、私は、堪らなく嬉しいのだよ!さぁ、神の忠実な下僕達よ!

獣共と異教徒共に裁きの鉄槌を下せぇ!ああ、エヒト様!見ておられますかぁ!」

 

叫びが終ると同時に、パーティー会場である甲板を完全に包囲する形で、

船員に扮した兵士達が現れ、甲板目掛けて一斉に魔法が撃ち込まれ、

乗客たちは次々と倒れていく。

船内や海に逃れた者もいるようだが、海には舟に乗った船員が無数に控えており、

やはりすぐに殺されて海が鮮血に染まっていく。

 

「なんでよ!なんでコイツら石になんないのよ!」

 

涙を流しながらメドゥーサが兵士たちに向かって、石化の光を放つが、

もちろん幻影ゆえ効果はない。

 

そして狩りでも行う気分なのか、完全武装のアレイスト王が部下を伴い

船内へと入っていく、そこでフードの人物が甲板を振り返る、

その拍子に、フードの裾から月の光を反射してキラキラと光る銀髪が一房、

ハジメには見えた気がした。

 

そしてその映像を最後に、再び景色は歪み、

彼らは朽ち果てた豪華客船のテラスの上に戻っていた。

 

「あれで終わりかな? 私達、何もしてないけど……」

 

その香織の言葉には、これ以上先があってたまるかというニュアンスが多分に含まれていた。

 

「この船の墓場は、ここが終着点だ。結界を超えて海中を探索して行くことは出来るが……

普通に考えれば、深部に進みたければ船内に進めという意味なんじゃないか?

あの光景は、見せることそのものが目的だったのかもな、

神の凄惨さを記憶に焼き付けて、その上でこの船を探索させる……

中々、嫌らしい趣向だよ、特にこの世界の……信仰心の篤い連中にとってはな」

 

信仰心の、神の名のもとに戦う人々が、その信仰心の行き着く果ての惨たらしさを、

見せつけられれば、相当精神を苛むだろう。

そしてこの迷宮は精神状態に作用されやすい魔法の力無くしては攻略できない。

よく考えられたものだと、ハジメたちは思わざるを得なかった。

 

「でもこれで、神がもっとも恐れていることも分かったね」

「団結か」

「そ、ハジメちゃんもバベルの塔の話は知ってるでしょ」

 

バベルの塔、地上全ての人々が団結し、神の住まう天にまで届く塔を建てようとした神話だ。

無論、その目論見は神の雷により粉砕され、それのみならず神は、

人々が永遠に一つになれないように、彼らの言葉を別ったと伝えられている。

 

きっと解放者たちも同じことを考え、計画したに違いない。

そしてその計画は成功寸前まで持っていくことが出来た、だが、しかし……。

 

「きっとあれは、ミレディさんたち解放者が実際に見た光景なのかもしれないね」

 

そんなことを口にしながらも、ハジメたちは船の中の探索を開始する、

一様に重い表情のままで。

 






スマホ録画はやりすぎかもしれなかったなと書いてて思ったりもしましたが
いかがでしょうか?


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裏切りの魔眼姫


ドレッドバラージュですが、結局古戦場と同様に、
ノルマ云々でまた団によっては揉めそうですね。


 

 

「あの、アレイストって王様、イシュタルみたいだったね」

「うんうん、トリップ中のね」

 

自分の背後でそんなことを囁き合うジータと香織の声を聞きながら

ライトを照らし、ハジメは闇に包まれた船内を見回していく、

と、白くヒラヒラしたものが一瞬視界に入る。

 

訝し気な表情でヒラヒラを追うようにライトの光を少しずつ上に上げていくと、

ヒラヒラが全体像を現す、その正体は女の子だった、

白いドレスを着た女の子が、俯いてゆらゆらと揺れながら廊下の先に立っていたのだ。

 

「幽霊?」

 

その女の子の身体の向こう側が少し透けてるように、ジータが思った直後だった。

女の子がペシャと廊下に倒れ込んだかと思うと、手足の関節が裏返ったかのように、

折れ曲がり、ケタケタと笑いながらこちらへと突っ込んでくる。

 

「エクソシスト?古いよ!」

 

もはや古典的ともいえるスパイダーウォークをかます女の子へと、

迎撃の構えを見せるジータだが。

 

「いやぁあああああああああああ!!!!」

「ちょっ、香織ちゃん……落ち着いて」

 

その前に香織が盛大に悲鳴を上げて、ジータにしがみつき、

そのおかげでジータは武器を取り落としてしまう、

足元まで這い寄った少女と香織をしがみ付かせたまま武器を拾おうとしたジータの目が合い、

そして、少女が奇怪な雄叫びを上げ、二人へと飛び掛かろうとしたのだが、

咄嗟に割り込みに入ったハジメのキックを受け、少女は盛大に吹っ飛ばされ消滅する。

 

「も、もう大丈夫だから、ホラ香織ちゃん目を開けて」

 

未だ自分の腕にしがみ付いたまま、身体を震わせる香織の頭をジータは、

あやすように撫でてやる、子供の頃、光輝らとオバケ屋敷に入る度に、

香織が自分や雫にしがみ付き、泣いていた姿を思い出しながら。

 

「ホ、ホントに?」

「……香織ちゃん、怖いの苦手だもんね」

 

涙を浮かべる香織の顔を見ながら、先が思いやられると考えつつも、

少し安堵するジータ、魔物の血肉を取り込み身体は変わっても、

香織の中の根本の心はきっと変わってはいない、いない筈だと。

 

「たく、オバケ屋敷か!ここは!どうせなら大イタチでも出して見やがれ!」

 

ハジメがそう叫ぶと、血糊のついた大きな板が彼らの目前に落ちて来る。

 

「……大板血」

「よく分かってる」

 

その後も数々の悪趣味極まりないギミックに悩まされながら、

ハジメたちは先へと進んでいき、ついに最深部の船倉へと辿り着く。

ちなみにここまで特に目ぼしい発見はなく、

単に驚かされ続けただけだったということについては、

なるべく彼らは考えないようにしていた。

 

重苦しい扉を開き、中に踏み込んでまばらな積荷を眺めながら進むと、

入ってきた扉がバタンッ! と大きな音を立てて勝手に閉ま……らない、

どうせこう来るだろうと、岩を置いてストッパーにしておいたのだ。

 

しかし、その程度でギミックの発動そのものは止められない様だ。

突如、濃霧が彼らの視界を閉ざし始めたと同時に、風切り音が耳に届く。

 

「矢じゃ!」

「ワイヤーですぅ!」

 

意表を突かれたティオとシアの声が重なる。

 

「ここに来て、物理トラップか?ほんとに嫌らしいな!解放者ってのはどいつもこいつも!」

「……んっ、落ち着いて」

 

最後尾にいたユエが防御魔法を発動する。

直後、前方の霧が渦巻いたかと思うと、凄まじい勢いの暴風が彼らへと襲いかかった。

 

「魔法がトリガー?」

 

本当に痛いところを的確に突いてくることに、内心舌を巻くジータ。

この迷宮の主である、メイル・メルジーネはもしかするとミレディ以上に、

一筋縄ではいかない人物だったのかもしれない。

 

(ミレディさんのアルバムの中だと、ほんわかしたお姉さんに見えたけどね)

 

このお姉さんはどんな人なんですか?って聞いた時のミレディの態度で、

察するべきだったと思うジータ。

 

「きゃああああ!」

 

風と霧の中でメドゥーサの悲鳴が響く、ジータは感知系能力を使い、

メドゥーサの居場所を把握しようとしたのだが。

 

「ハジメちゃん!、メド子ちゃんの居場所わかる?」

「いや……多分この霧は【ハルツィナ樹海】のやつと同じ成分だ、感知は役に立たない」

「動いちゃダメだよ!メド子ちゃん!」

 

仕方なく出来る限りの大声でそれだけを叫ぶと、

さらに今度は霧の中から大量の戦士の幻影が襲い掛かってくる。

 

「皆、円陣を組んで!」

 

幻影の戦士たちは達人揃いではあったが、

落ち着いて対処すれば今の自分たちの敵ではない、香織を中心に陣形を組むと、

香織が"聖典"を即時発動する、聖なる光に戦士たちは全て霧散し、霧も晴れ始め、

ようやく安堵の息を漏らしたハジメたちであったが。

 

「危ないっ!」

 

シアの悲鳴に再び身構えるが遅い。

 

『ペトリファクトグランス』

 

完全に不意を突く形で背後から紫がかった無数の光線がハジメたちへと放たれる、

聞き覚えのある叫びと共に。

 

持ち前の身体能力でなんとか光線を掻い潜ったシア、それから、

バジリスクの肉を喰らった効果で石化に強い抵抗を持つハジメとジータこそ

光線を浴びたにも関わらず無事であったが、ユエとティオ、さらに香織が、

石像と化した己の身体をガタガタと震わせている。

 

「メド子ちゃん……どうして?」

「まて、まずは空気穴だ!窒息するぞ!」

 

ハジメが三人の口の周囲の石を砕いていく。

 

「……けほけほ」

「ふ……不覚、しかしこれもなかなかプレイとして」

「うう、暗いよぉ、狭いよぉ、怖いよぉ」

 

ユエの呼吸音と、不穏な言葉を漏らすティオと香織の声を背にハジメはメドゥーサに向き直る。

 

「どういう……つもりだ?」

 

その声には怒気は殆ど籠ってはおらず、むしろ疑問と戸惑いが多分に含まれていた。

メドゥーサという少女が、この状況で裏切ることなど完全に考慮の外であり、

例え裏切るにしても、背後からの不意打ちなどという手は、

決して使わないだろうということを、彼らは知っていたのだから。

 

例えそれが、出会ってからの決して長いとはいえない時間の中であっても。

 

ハジメの声に反応し、魔蛇メドゥシアナに跨り、髪の毛を蛇へと変化させた

やや俯き加減の顔をメドゥーサが上げる、その瞳は涙に濡れ、その表情は怒りに燃えていた。

 

「よくも……よくもハジメたちを!許さないんだからぁ!」

 

叫びと共にまた光線が放たれる。

 

「アンタたちは必ずこのメドゥーサが守ってあげるんだからねっ!」

 

「どういうことだ?あいつ正気か?」

「多分正気だよ、でもね……多分」

 

腑に落ちない表情のハジメとは対照的に、ジータは琴から放つ音の刃で光線を相殺していく。

 

「認識がズラされてる、私たちのことを敵だって思ってるんだよ」

「じゃあメド子の認識をズラしてる原因か、犯人を何とか見つけ出さないとな」

 

その状態は正気と呼べないんじゃないかと思いつつ、ハジメも光線の迎撃に加わる。

 

メドゥーサの光線による石化は無理に砕かずとも、一定時間後に自然解除されるのだが、

石化中はもちろん身動きが取れず、かつ、各ステータスが累積で低下していく。

このまま光線を受け続ければ、石像ごと粉々になってしまう可能性がある。

 

「シア!メド子を操ってる奴を探してくれ」

 

『ソウルピルファー!』

『チャームボイス!』

 

ジータが奏でる琴の音色がより切なさを増し、そして闇に甘く響き渡る、

まるで恋人へのラヴソングの如く、そしてその音色に魅入られたメドゥーサの頬が紅く染まり、

瞳が潤み始める、魅了の魔曲の虜となりつつある証だ。

 

「これで暫くは大丈夫だけど、お願い急いで!」

 

魔曲の支配から逃れようと必死で頭を振るメドゥーサから寸分たりとも目を離さぬまま、

ジータはハジメへと叫ぶ、メドゥーサのステータスは竜化したティオをも凌ぐ、

正直、都合よく防ぎきる余裕はない、急がねば。

ジータに言われるまでもなく、ハジメはゴーグルの機能をフルに活用し、

周辺のスキャンを開始する、そして。

 

「俺たちの正面から見て左十一時の方向に魔力反応!シアっ!」

 

ハジメは明らかに異質な存在を視界に捉えていた。

 

名前を呼ばれたシアは一瞬、ハジメたちの顔を見る、が。

 

「今動けるのはお前だけなんだ、頼む」

 

ハジメの言葉に強く頷くと、ドリュッケンを担ぎ指示された方向へと勢いよく飛び出す。

 

「行かせないっ!」

 

文字通り、脱兎の勢いのシアを追いかける様に光線が疾るが。

 

「メド子!俺はここだぜ!オラァ」

 

シアから、そしてジータたちから引き離すかのように、

ハジメはメドゥーサの左手側に回り込み、威嚇射撃を繰り返す。

強大な力を誇るメドゥーサだが、その反面、短気で散漫なところがあり、

ゆえに囮や陽動は効果覿面である、さらに今回は魔曲で精神をかき乱されているのだ。

 

「ああっ、もうちょこまかと!」

 

メドゥーサの攻撃が闇に、文字通り闇雲に空しく放たれる、

そんな状態で放たれる攻撃など、今の彼らには恐るるに足りない。

軽々と光線を避けながら、シアは今や自分でも感じ取れる、奇妙な気配の方へと、

ドリュッケンを構える、と、彼女の視界に入ったのは。

 

(子供?)

 

そこにいたのは噴水や庭園に飾られる天使の像のような姿をした、

背中に翼を生やした白ずくめの小さな子供だった。

ただし顔には醜い鉄の仮面が装着されており、さらにその手には

頭ほどもある巨大な手斧が握られていた。

 

その異質な外見に、一瞬気を取られたシアの隙を見逃さず、

天使もどき―――正式名称はエグリゴリという、は、信じ難き俊敏さで、

シアめがけ、ハルバードを繰り出していく。

 

「ひゃあ!」

 

奇襲に近い速度、タイミングであったが、辛くも避けるシア。

"未来視"によるビジョンが浮かばなければ、恐らく細切れにされていたであろうと、

風切る刃の音と、耳障りな笑い声を聞き、その背筋が凍ってゆく。

 

何とか攻勢に出ようとするシアだが、仮面に覆われた相手の顔からは、

一切の表情を読み取ることが出来ず、さらにその耳に、

 

(キャハハハ、キィィィー)

(シクシク……シクシク)

 

天使の金切り声に混じり、子供の泣き声までもが流れ出し、

また背後を、ハジメたちの姿を、シアは無意識に探そうとしてしまい、

その隙を突かれ、斧が彼女の肩を掠める。

 

「!」

 

痛みと共に張り裂けそうな不安が襲う。

 

「でも……ここでやらないと、ですぅ!」

 

内心の不安を押し殺し、歯を喰いしばるシア。

自分にはハジメのように何かを造る力もない、ジータのように様々な天職を操る力もない。

ユエや香織のような特別な魔法も扱えない、ティオのような変身する力もない。

あるのは……。

 

「この馬鹿力とスピードだけですぅ!」

 

自分の頭蓋目掛け振り下ろされた斧を、ドリュッケンの胴体で受け止めると、

そのまま床を蹴り、喰い込んだ刃を外そうとするエグリゴリを逃がすまいと、

加速を付けて壁へと叩きつける、もちろん重力魔法が仕込まれた、

ドリュッケンの斥力を増すことも忘れない。

 

力比べではシアが優勢のようだ、相手の肉が骨が軋むような音が耳に届く。

シアは慎重にドリュッケンから片手を離すと、柄の部分の端から杭を取り出し、

そのままエグリゴリの肩口から、壁に縫い付けるかのように、その身体を刺し貫く。

 

「キィィィィー」

 

目の前の敵の声が嘲笑から悲鳴へと変わる。

シアはそのまま、エグリゴリの身体を昆虫採集の如く杭で固定したまま、

ドリュッケンを振りかぶり、その頭を叩き潰した。

 

手に伝わる嫌な感触と共に、頭のみならず全身を潰されたエグリゴリの身体が、

腐った果実のようにペシャンコになる、と、同時に、背後の喧騒が収まっていく、

やはり悪さをしていたのはこいつだったようだ。

 

はぁはぁと呼吸を整えつつ、もう一方の泣き声のする方向へと、シアは顔を向ける、

そこには白いワンピースを来た少女が蹲り、シクシクと顔を両の手で覆い泣いていた。

さっきの天使もどきとは違って身体が透けている、幽霊のようだ。

 

「あ……あの?」

 

シアの呼びかけに気が付いたか、少女は恐る恐る顔を上げ、

そして天使もどきの骸に気が付いたか、安堵の息を漏らす。

 

「おねぇちゃんが……あいつを倒してくれたの?」

「あいつに何かされていたんでしょうか?」

 

少女の話によると、少し脅かすつもりだけだったのが、

あの天使もどきにムリヤリ操られ、手を貸す羽目になったということらしい。

 

「ごめんね……ごめんね、逆らったらみんなあいつの斧で……」

 

泣きじゃくる幽霊少女をシアはぎゅっと抱きしめて……やるつもりが、

相手が幽霊ゆえにその腕は空ぶり、自分で自分を抱く羽目になってしまう、

そんなイマイチ締まらない思いを少し抱えつつ、シアは少女を香織の元へ、

連れていくのであった。

 

 

少女の霊が香織の手により、光の粒子になって消えて行くのを見送った後、

ハジメたちは、また先へと進んでゆく。

 

「か、勘違いしないでよねっ、ねぇ聞いてるのアンタたち~」

 

あっさり操られてしまったというバツの悪さを感じているのか、

メドゥーサの口数がさっきからやけに多い。

だが、彼女の、決して自らは語らない、自分たちへの、仲間への想いを、

聞くことが出来たからか、ハジメらは特にそれを咎めることはなく、

むしろ微笑ましい気分を抱きつつ、歩を進めていく、と、そこでメドゥーサの足が止まる。

 

「堕天司?なんでこんなトコにいんのよ、コイツ」

 

天使もどきのスプラッタな残骸を、さも汚らわしい物を見るかの如く見下ろすメドゥーサ。

 

「知ってるのか?」

「コイツはエグリゴリって言ってまぁザコなんだけどね、でも」

「それは私が説明するわ」

 

どうしてこんなところに、と言いかけたメドゥーサを遮るように、ガブリエルが姿を現す。

 

「ウルの街で幽世の者たちが悪さをして以来……世界の境界が少しずつ綻んで来ているのよ、

私がこうして姿を現せているのがその証拠」

 

確かにこれまでは、自分で、あるいはガブリエルの呼びかけに応じて、

召喚するというパターンだった。

 

「特に、こんな大迷宮を作るに適したような場所なら、尚の事ね、だからこそ、

こういう場所に造ったのかもしれないけど」

 

そして、ガブリエルは優しくメドゥーサの手を握る。

 

「さ、メドゥーサ、あなたはそろそろここを去る時よ」





グラブル分が小数点レベルではありますが、少し増えそうです。
それからシアに多少ではありますが、活躍の場を与えることが出来ました。


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魔眼姫去りて、来たるは……


カリおっさんは天才ではあるけれど、かといって
全てを見通すようなキャラじゃないんだなと、イベント見てて認識。


 

 

「さ、メドゥーサ、あなたはそろそろここを去る時よ」

「……」

 

薄々何かを感じていたのか、いつものように威勢よく言い返すわけでもなく、

メドゥーサは俯き、ただ小声でやっぱり…どうしても?と口にするのみだ。

 

「あなたは正規の手順で召ばれたわけじゃないから……私たちのような力を持っていれば

別だけど、でもあなたの力はそこまで強くないのよ、だからエグリゴリ如きに、

容易く認識を狂わされた」

 

いわゆる"未遂"に終わった日、潜水艇の甲板でメドゥーサの身体が、

一瞬ブレたように見えたのを、ジータは思いだす、思えばあれが兆候だったのかもしれない。

 

 

『ほう、お前たち程度の力があれば、この地に向かっても構わぬということか』

 

 

今、何か声が聞こえたような……首を傾げつつ、ジータはガブリエルに質問する。

 

「メド子ちゃん消えちゃうんですか……このままだと」

「私たち星晶獣は不滅の存在、けど、この世界ではそうとは限らない、

そしてそうなってからだと遅いの、分かるでしょ?」

 

いつもの慈愛の眼差しで、メドゥーサを優しく諭すガブリエル。

 

「今、この時、この場所でなら、あなたはちゃんと帰ることが出来るわ」

「……」

「お別れも言えないまま、いきなり送還されるのってきっと寂しいと思うわ、だから、ね」

 

ガブリエルが指し示す先には、朧気ながら青空の世界が広がっているのが見える。

が、その輝きは余りにか細く、そして少しずつ小さくなっていっているようにも思えた。

恐らくこの機会を逃せば、次はいつ、どこになるのか分からないのだろう。

 

「サテュロスやバアル、それにアテナもあなたを心配してる」

「でも……ハジメたちはこれからもっと悪い奴と……」

「……大丈夫、あなたに代ってハジメくんやジータちゃんの助けになってくれる子は

きっといるわ」

 

 

『ならば、わたちも力を貸してやるぞ』 

 

 

また聞こえる、妙に舌ったらずな、まるでおしゃぶりでも咥えてるような声が……。

ともかく、逡巡するメドゥーサの背中をそっとジータは押してやる。

 

「帰りなよ、メド子ちゃん」

「ジータぁ……」

 

振り向いたメドゥーサの紫の瞳が、今にも泣き出しそうに潤んでいるのが分かる。

このまま泣かれるとまた面倒な、いや、別れが辛くなるとばかりにハジメがフォローを入れる。

 

「別にいらない子とかそういうんじゃなくてだな……やっぱり故郷に戻れるなら

戻った方がいいって、まぁそれだけというか、俺たちだって故郷に、地球に帰る為に

こうして迷宮巡りをしてるんだしな」

 

気恥しさか、それとも喪失感を隠す為か、ポリポリと頬を指で掻きながら、

ハジメは言葉を紡ぎ。

 

「……帰れる場所が、迎えてくれる誰かがいることは、きっとそれだけで幸せ」

 

ユエもまた自身が失った何かを思い起こすように、メドゥーサを諭してゆく。

 

「アタシがいなくなって、寂しくないの?」

「寂しいに決まっているですぅ!」

「そうじゃ!お主ほど騒がしくて生意気な娘はそうそうおらんからの」

 

感極まったシアがメドゥーサを抱きしめ、豊かな胸の谷間に埋まったその頭を、

ティオがくしゃくしゃと撫でる、そしてメドゥーサは、ガブリエルに向かって、

静かに頷くのであった。

 

 

「ミュウとレミアに……これを渡したげて」

 

メドゥーサは自身の髪を梳くと、二房の髪をジータに託す。

 

「お守り、きっと役に立つはずだから」

 

少々過ぎたスキンシップ気味ではあったが、ミュウを可愛がるメドゥーサの姿を

ジータは思い起こす。

 

「分かった、必ず渡すから」

 

ジータが力強く頷くのを見てから、メドゥーサは今度はユエへと向き直る。

 

「ねぇユエ、最後に何か言うことあるんじゃないかなあ」

「……何?」

「大事な六文字、ホラ言いなさい、お・ね・ぇ・ち・ゃ・ん・って」

「……断固拒否」

「アンタねぇ、最後くらいは……」

「言ってやれよ、最後なんだし」

 

ハジメからの思わぬ言葉にハッ!とした表情を浮かべるユエ。

さらに間髪入れず香織が手拍子を始める。

 

「お姉ちゃん」ぱん!「お姉ちゃん」ぱん!「お姉ちゃん」ぱん!

「お姉ちゃん」ぱん!「お姉ちゃん」ぱん!「お姉ちゃん」ぱん!

 

さらにハジメがジータがシアがティオが、さらにはガブリエルまでもが手拍子に加わり、

ユエとメドゥーサの周囲に輪を描いていく。

 

「……お」

 

身体を震わせながらユエは絶え絶えの言葉を口にする、白い顔を真っ赤に染めて。

 

「お……おね……おね……ちゃ……おねしゃ……」

 

そこまでが限界だった、ふしゅーと頭から湯気を出しそうな、そんな感じで、

ユエはふらふらとその場にへたり込み、羞恥に震える小さな身体をハジメが支えてやる。

普段とはまるで違うその姿に、新鮮な気分を覚えながら。

 

仕方ない、けど最後にその顔を見れて満足、そんな表情でハジメたちに手を振ると、

しっかりとした足取りでメドゥーサは世界の境界線へと向かう。

 

「ハールート!マールート!この子を故郷に送って頂戴」

 

ガブリエルが手を叩くと、片や白髪に白翼、片や黒髪と黒翼の双子の天司、

ハールートとマールートが姿を現し、笑顔でメドゥーサの手を取る、

黒髪の方、マールートがジータに何かを言おうとしたが、

ガブリエルの表情を見て口を噤む。

 

そしてもう一度メドゥーサが今にも泣きそうな、それでも満面の笑顔で手を振り、

天司たちが翼を大きく広げると、彼らのその姿は急激に遠ざかり、

青空の彼方へと消えていった。

 

「……行っちゃったね」

「ああ」

 

騒がしくも頼もしかった仲間との別れに、暫し感慨の時を過ごすハジメたち。

とはいえど、大迷宮の探索もまだ途中だ、立ち止まってはいられない。

 

 

『さあ、旅を再開するぞ』

 

 

「うん、そうだね」

 

何気なく言い返してから、ハッと周囲を見渡すジータ、いや、ジータだけではなく、

ここにいる全員がその声を聞いたようだ。

ハジメたちも不審な表情を隠せず、ジータ同様にキョロキョロと視線を巡らせている。

 

「あれを見い!」

 

ティオの声にすでに閉じようとしていた、世界の境界へと全員の視線が集まる。

見ると亀裂を押し広げるかのように内側から褐色の腕が伸び、そして。

 

「通らせて貰うぞ」

 

そんな舌っ足らずでいて、ぶっきらぼうな声と共に、足元まで届く豊かな金髪を靡かせた

黒衣の少女が世界の境界を越えて姿を現した、その口におしゃぶりを咥えて。

 

 

黄金の髪に褐色肌、さらにゆったりとした漆黒のワンピースに、

数々のアクセサリーをじゃらじゃらと揺らす、そんなどこかエキゾチックな印象の美少女は、

閉じつつあった世界の境界線を力技で潜り抜け、澄ました顔でハジメらの前にかしこまる。

 

怜悧と言っていいその端正な外見の割りに、醸し出されるゆるい雰囲気から見て、

どうやら味方らしいので、ハジメたちも驚きこそしたが特に警戒はしない。

 

一先ず名前くらいは先に教えておいて貰おうと、

ガブリエルの方へと顔を向けるジータだったが、ガブリエルの顔は緊張に包まれ、

かつ、その身体と声が小刻みに震えている。

その震えは恐怖ではなく、畏怖と敬意によるものであろうとジータは思った。

 

(この子、ガブリエル様よりも格上?もしかして)

 

「かつての天司長様の対の存在たる貴方様が……このような」

「そういわれても、わたちにはそうだったっけ?程度の記憶しかない、

それに今の天司長はルシフェルではなく、サンダルフォンとかいう小僧と聞いたぞ

だからそういう態度は止めてくれるとありがたい」

「あの~ガブリエル様、この人は?」

「ジータちゃん!」

 

この人、という言葉に反応したガブリエルが窘めるような声を出すが、

褐色の少女が目元を緩めながら制する。

 

「冒険者たちよ、わたちの名はシャレム、気軽に敬意と崇拝を込めて

"シャレム様"と呼んでいいぞ」

 

ぶっきらぼうに名乗りを済ませると、そのままシャレムは自分のことを語っていく、

聞くところによると彼女は古代遺跡の棺の中で、数千年ほど眠りについていたのだそうだ。

 

「目覚めたらこれが博物館の中でな、しかも寝すぎたせいか記憶の大半が欠落しておって」

 

かつて自分がとても偉かったということくらいは覚えていても、

そのとても偉い自分が、どうして遺跡の中で封印されていたのかなど、

重要っぽいことは、すっかり忘却の彼方なのだと説明するシャレム、

もっとも掴みどころのない口調や態度ゆえ、どこまでが本当なのかは分からないが。

 

「お前たち程度の力があれば、世界を越えても問題ないとのことだったのでな、

遠慮なく出向かせて貰ったぞ」

 

チラとガブリエルを見るシャレム。

 

「それに、この地に幽世の蛇どもを、この世界に招く種を撒いたのは、

もしかするとわたちの責任かもしれんからな」

「心当たりがおありで……」

「いや、ない、というか、あったかもしれんが忘れた」

 

とりあえず何となく面白そう、いや違う、昔の自分の責任っぽいなと思えるようなことには、

相応に関与して、記憶を取り戻す糸口にしたいのだとシャレムは語る。

 

「どの道、あの連中は捨て置けば必ず災いを地に撒き散らす、

他の世界に迷惑をかけるわけにもいかん」

 

あの醜悪な斑色の怪物を思い出すジータ。

カリオストロも言っていた、死や絶望、何より嫉妬や傲慢といった、

人々の邪悪な欲望を蛇は好むと、だとすれば、ここトータスは絶好の苗床なのだろう。

 

「それに世界の綻びも放置は出来ん、わたちのような模範的かつ善良な徒ならばともかく」

「……」

「オイ、その沈黙は何だ、蛇どもに誘われた色々と物騒な輩どもが、

この地に目を付けぬとも限らぬからな」

 

そんな会話を交わしている中、倉庫の一番奥で魔法陣が光を放ち出し、

そして一度はこじ開けられた世界の境界線が、また閉じようとしていき、

それに伴い、自力での顕現が出来なくなったか、ガブリエルの姿が薄くなっていく。

 

完全に姿を消す前に、もう一度問いかけるような目をガブリエルはシャレムへと向ける。

 

「数千年眠っていたのだ、わたちにとってはいつの時代、どこの場所でも

夢の続きのようなものだ……だから」

 

シャレムはややダウナーな口調ではあったが、はっきりとハジメたちに宣言する。

 

「わたちも力を貸そう、冒険者たちよ、この"宵の預言者"へレル・ベン・シャレムが」

 

 

魔法陣をくぐると、そこには吹き抜けの神殿のような建造物があった。

神殿の中央の祭壇らしき場所には精緻で複雑な魔法陣が描かれており、

そこから通路が四方に伸び、その先端にも魔法陣が描かれていた。

 

その四方に配置された魔法陣の一つの上に、ハジメたちは立っている。

 

「あれが神代魔法習得の魔法陣?」

「だろうな、もしかすると残り三つの魔法陣についても、

何かしないといけないのかもしれないが」

 

最後にあのクリオネモドキくらいは出てくると覚悟をしていただけに、

少し拍子抜けした感を隠せないハジメ。

 

「ここまで色々体験してるから、そう思えるのであって結構大変だったと思うけど」

「そうだよ、潜水装備無しだと、魔力のみであの海底や海流を突破しないとだし、

それからやっぱり物理が効かない亡霊たちの軍団と戦わなきゃいけないんだよ?」

 

そう言われてみると確かにキツイなと思い直すハジメ。

 

「ここで問われるのは魔力を中心とした戦闘力と」

「狂気に耐えきる精神力、かな」

 

ともかく、試練が不完全ならば弾かれるであろうから、その時、

残り三つの魔法陣の攻略に向かえばいいということで、

ハジメたちは中央の魔法陣へ足を踏み入れる。

 

いつもの通りに脳内を精査され、記憶が読み取られ、そしてどうやら彼らは攻略者として、

認められたようである、ハジメたちの脳内に新たな神代魔法が刻み込まれていった。

 

「ここでこの魔法か……大陸の端と端じゃねぇか、解放者め」

「……見つけた"再生の力"」

 

手に入れた【メルジーネ海底遺跡】の神代魔法が"再生魔法"だったことに、

ハジメが悪態をつく。

【ハルツィナ樹海】の大樹の下にあった石版の文言には、

先に進むには"再生の力"が必要だと書かれていた。

つまり、東の果てにある大迷宮を攻略するには、

西の果てにまで行かなければならなかったということであり、

最初に【ハルツィナ樹海】に訪れた者にとっては面倒極まりない。

 

「まぁまぁ私たちは"逆打ち"で進んでるようなものなんだし」

「本来の攻略順なら、ここはおそらく序盤だしな」

 

地理的、そして何より攻略フラグ的に考えると、

グリューエン→メルジーネ→神山→ライセン→ハルツィナ→オルクスというルートが、

正解のようにハジメには思えた。

 

「ここに氷雪洞窟がどこに入るかだが」

「多分最初じゃないかな、フリードさんでもクリア出来るんだし」

 

かなり失礼かつ辛辣な意見を口にするジータ。

ちなみにそのフリードさんでもクリア出来る氷雪洞窟で、

後に彼らは大苦戦することになるのだが、

それはさておき、これから魔人領に向かうのも手かもしれないと一瞬考えたハジメ、

しかし、カリオストロや愛子らとの合流の約束を思い出す。

 

「ま、推奨ルート通りで行くか……と」

 

そこでハジメたちの前に、床から小さな祭壇のようなものがせり上がって来る。

その祭壇は淡く輝いたかと思うと、次の瞬間には光が形をとり人型となった、

どうやら、オスカー・オルクスと同じくメッセージを残したらしい。

 

「おいジータ、録画しとけよ」

 

ジータがいそいそとスマホを取り出す間にも、光の人型は次第に輪郭をはっきりとさせ、

ジータがアルバムで見た通りの、エメラルドグリーンの長い髪と扇状の耳を持つ、

海人族の女性となり、彼女はオスカーと同じく、メイル・メルジーネと自己紹介した後、

解放者の真実を語っていく。

 

「このエヒトとかいう不愉快な奴が本当に神ならば、随分と下らん神だな

神ならば為すべきことを為した後は、また無から有への創世の旅路に赴けば良いものを、

……時の変遷を受け入れられず」

 

不快感を隠そうともしない呟きをシャレムは漏らす。

 

「……ただ造って壊すを繰り返すのは、子供の砂遊びだ」

 

一方ハジメは、嫌らしい迷宮のギミックとは相反する、憂いを含んだ柔らかな雰囲気を纏う、

メイルの姿に何か不思議な気分を抱いていた。

 

「どっちが本来の姿なんだろうな?」

「オイ、白いの」

「ハジメ……」

「ハジメ、男はこういう女にヘタに見込まれてしまうと大変なことになるぞ」

 

女ってやっぱわからねーといった感のハジメに、シャレムが冗談めかした声を掛ける中、

やがて、オスカーが彼らに告げたのと同じ語りを終えると、最後にメイルは言葉を紡いだ。

 

「……どうか、神に縋らないで、頼らないで。与えられる事に慣れないで、

掴み取る為に足掻いて。己の意志で決めて、己の足で前へ進んで、

どんな難題でも、答えは常に貴方の中にある。貴方の中にしかない、

神が魅せる甘い答えに惑わされないで、自由な意志のもとにこそ、幸福はある、

貴方に、幸福の雨が降り注ぐことを祈っています」

 

そう締め括り、メイル・メルジーネは再び淡い光となって霧散して行った。

 

「録画出来たか?ジータ」

「うん、バッチリ、これで皆に見せることが出来るよ」

 

攻略の証である、紋章が描かれたコインを拾いながら応じるジータ。

 

「これで、樹海の迷宮にも挑戦できます、父様たちはどうしてるでしょう~ホントに」

「ホ、ホントにねぇ……ハハハ」

 

懐かしむようでどこかトゲを感じさせるシアの言葉に、ジータは申し訳なさげに言葉を濁す。

自分の薬物投与と、ハジメによる非人道なスパルタ特訓により、

ヒャッハーを通り越し、刻か何かが見えるようになってしまったハウリア族の姿を、

シアと同様に思いだしてしまったその時。

 

神殿が鳴動を始め、周囲の海水がいきなり水位を上げ始めた。

 

「うおっ!?チッ、強制排出ってかっ!全員、掴み合え!」

 





というわけでシャレム登場です、メドゥーサもそうですが、
どうせ出すなら原作にはいないタイプのキャラにしたいなというのが、
ありまして。

本当は別のキャラの予定だったのですが……
その、おはガチャで引いちゃったので。
それにバブさん好きやねん。

本人は封印中の上、今どきガチで世界征服を企んでるような奴なので、
流石に出せませんが。


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審問者vs悪食

シャレムはアタッカーではなく、どちらかといえばデバッファーな認識。


凄まじい勢いで増加する海水に呼応し、咄嗟に水中スクーターをハジメは展開すると、

ジータたちも酸素ボンベを口に咥えて、それぞれの服を掴み、スクーターへとしがみつく。

 

「潜水艇は……この勢いじゃ間に合わないか」

 

恨めし気に水没していく周囲を眺めるハジメ。

 

「……時間を稼げばいいのか?なら、わたちに任せろ」

 

濡れるのが嫌なのか、ふわりと空中に浮かんだままのシャレムが掌を宙に翳すと、

そこから黒い球体のようなものが現れ、海水を勢いよく吸い込んでいく。

 

「あれは、ユエが使った……絶禍?」

「……んっ、似たようなもの、けど威力はケタ違い」

 

ユエが感嘆と口惜しさの混じった呟きを漏らす、苦心の末に編み出した、

自身のオリジナル魔法である、いや、あった筈の"絶禍"を超える技を、

こうも事も無げに使い熟されては無理もない。

 

「感心してる暇があったら早くしろ、服を濡らしたくない」

 

ともかく、シャレムに促されるままに潜水艇を宝物庫から取り出すハジメ。

彼らが潜水艇に乗り込んだ数瞬後、

天井部分が【グリューエン大火山】のショートカットのように開き、

さらなる勢いで海水が流れ込む。

そしてその水流に一旦吸い込まれたかと思うと、その次の瞬間には噴水に押し出されるように、

猛烈な勢いで上方へと、すなわち海中へと吹き飛ばされた

 

「さっきのとかミレディさんのアルバムとかだと優しそうな人だったのぃ~」

 

おっとりとした外見からは想像も出来ない、乱暴なショートカットに、

ボヤきつつも、ジータの表情は明るい、何はともあれ四つ目の大迷宮クリアである。

が、しかし。

 

「まだ安心するのは……」

 

と、ティオが言いかけた傍から、横殴りの強烈な衝撃が潜水艇を襲う。

 

「この、反応……ヤツだ!」

 

真っ赤に染まったモニターを目にし、顔を顰めるハジメ、

その反応は、あの忌々しい巨大クリオネのそれと一致していた。

 

「触手が来る!避けるぞ」

 

巨大クリオネが射出した無数の触手を、ハジメは操縦桿を操って巧みに避けてゆく。

無論、魚雷を発射し、触手を相殺することも忘れない。

 

「アイツは、てっきりメイルが用意した試練用のラスボスと思ったんだけどな」

 

どうやらいわゆる野生のラスボスだったらしい。

つい先程メルジーネの祭壇で感じた物足りなさを、心の底から呪うハジメ、

やはり迂闊なことは考えるものではない。

 

「とにかく浮上するぞ!海の中じゃ嬲り殺しだ」

 

ハジメは潜水艇から次々と魚雷を射出し、弾幕を張っていく、

例え水中でも全速力で逃げられないですか?とシアが叫ぶ。

 

「……これを見ろ」

 

モニターの索敵範囲を広げるハジメ、映し出される映像に息を呑むシア。

敵を示す赤色は潜水艇の周囲全体に広がっていた。

 

「恐らく分裂して包囲するつもりだ、クソッたれ」

「なら……上も」

「分かってる!」

 

ハジメの言葉通り、浮上する潜水艇の行く手を阻むように、半透明のゼリーの障壁が、

潜水艇ごとハジメたちを飲み込まんとその顎を開く。

だが、そんなことは予測済みとばかりに、ハジメは残り全ての魚雷を、

行く手を塞ぐゼリーの天井一点目掛け、集中砲火した。

 

ゼリーに穴が穿たれ、その向こうに青空が広がる。

ハジメは潜水艇の全ての動力をここぞとばかりにフル稼働させ、

ジータはそっとハッチのハンドルに手を掛け、ハジメと共にカウントを始める。

 

「「さん、にい」」

 

アクセルペダルと操縦桿を固定し、ハジメは操縦席から離れる。

 

「「いち」」

 

そして、すでに閉じようとしているゼリーの穴を最大まで加速された潜水艇は潜り抜る。

 

「「ぜろ」」

 

タイミングがズレることなど、この二人に限ってはありえない、

勢いのまま空中高く舞い上がる潜水艇、それを逃すまいと後を追う無数の触手。

しかしそこで、潜水艇の上空に魔法陣が展開される。

 

『ガルーダ!』

 

「黄金の光!わらわと共にここに有り!スレーンドラジット!」

 

烈風と共に現れた翼を生やした少女、神鳥ガルーダが、やんちゃな叫び声と共に、

潜水艇を幻影で包み、風と幻に惑された触手が右往左往してる間に、

ハジメたちは脱出を開始する。

 

まずティオが先頭となり、空中に身を躍らすとすかさず竜化し、

その背にハジメたちを乗せていく。

しかしそこで幻惑から醒めた触手たちが、ぬらぬらと太陽の光を反射させながら、

ハジメたちを再び包囲し、呑み込もうとする。

 

「ティオ!」

 

承知したとばかりに、翼を広げるとティオは普段の綽綽とした態度からは、

想像も出来ぬほどの高速で触手の波を掻い潜っていく。

 

「くっそ、空も安全じゃないのか」

「あれを見て下さい!」

 

シアが水面を差し示す、そこには水面に映るティオの影に、

ぴったりと重なるように追尾するクリオネの姿があった。

 

「このスピードでもまだ振り切れないのか!」

 

しかも。

 

「なんだあのでかさは」

 

クリオネモドキは分裂させていた自身の分身や、周囲の海水をも取り込んで、

見る見るうちにその姿を巨大化させていく。

そしてそれに伴い、触手の数もそしてその攻撃の激しさも増していく一方だ。

悲鳴のようなティオの声が空に響く。

 

"さすがの妾でもこの速度ではそう長くは持たぬ、はよう何とかしてくれぬと、

ジリ貧じゃぞ!"

 

「……逃げ切れないのか」

 

ここまで来てと歯噛みするハジメ、もちろん諦めたわけではない。

道が塞がれたなら切り開くまで、事実、そうやってここまで生き残って来たのだから。

そして、そんな劣勢の中でも不敵に唇を噛みしめ、その頭脳をフル回転させようとした、

ハジメの背中へとシャレムがぼそりと声を掛ける。

 

「だいたいこの世界の理は把握できた、やはり第七元素は限定的にしか使えんようだな

……後はわたちに任せるんだ」

 

聞きなれない言葉を口にすると、そのままシャレムはティオの背から空中へ身を躍らせ

ふわりと宙を舞う。

 

「!!」

 

ハジメたちが目を見張る中、触手は格好の獲物とばかりにシャレムに殺到するが。

 

「触手プレイはお呼びじゃない、インヴィジブルタッチ」

 

群がった触手はシャレムの身体をすり抜けて行くのみだ。

 

「さっさと沈むんだ……アバカブ」

 

闇色の魔法陣が海面に展開され、クリオネの身体を戒めていく。

が、それでもなお海面はうねり、さらなる攻撃を繰り出そうとしているのは明白だ。

 

「このばかちんが……ロス・エンドス」

 

シャレムがタクトを振るように指先を軽く動かすと、闇を纏った風が自身のみならず

ハジメたちをも保護するように、彼らの姿を囲い込んでいき。

その闇に触れた触手どもは明らかにその動きを、そして精度を欠いていく。

 

「今の内だぞ、さっさと逃げるんだ」

「シャレムさんは!?」

「後で迎えに来い、でないと巻き込んでしまうからな」

 

明確な自信と確信が籠ったシャレムの声にジータは頷くと、ハジメを促し、

散漫で散発的な攻撃を繰り返すのみとなった触手の圏内から脱出していく、

その後ろ姿を見送るシャレムが水面下の標的に、

そしてクリオネが未だ居残ったままの間抜けなエサへと視線を移したのはほぼ同時だった。

 

海面が渦巻き、全長数十メートルにも育ったクリオネモドキがついに姿を現す。

遠目からでも分かる威容に、ジータが悲鳴を漏らす、が。

 

「お前はすでに死んでいるぞ……カルマ」

 

シャレムは掌からクリオネの頭上へと黒い球体を放つ。

それは大迷宮からの脱出時に見せた、あの重力の塊めいた物と同じだった。

もっともあの時のものより、その規模は遙かに大きいが。

そして、クリオネが、その球体を操るシャレムの指に引っ張られるかのように、

空中へと浮かび上がっていく。

 

もちろん、ただでテリトリーから引き摺り出されるわけにはいかぬとばかりに、

触手を、そして溶解液を狂ったように撒き散らすが、それらは全てシャレムの周囲を覆う、

黒風に狙いを逸らされ、掻き消される。

 

「神なる力を」

 

今や、クリオネモドキは完全に空中へと引き摺り出され、その半透明の身体は、

黒い球体に戒められ、触手一本すら動かせぬ状況となっている。

 

そしてシャレムが両腕を頭上へと高く掲げ翳すと、その指先に魔法の光が灯される。

 

「あれは……あの魔法は何だ?」

 

ゴーグル越しに、シャレムの指先に宿った光を見つめるハジメ。

魔法には属性に伴う色が必ずある。それは自分たちが操る物や、

ジータたちが操る物でも変わりはない、しかし、今、シャレムが放とうとしているそれは、

地火風水光闇、どれにも属さぬ異質な色であり、力だった。

 

「分からない、けど、多分……私の蒼竜よりもずっと上」

 

自身の最大にして最強の魔法をも凌ぐ光に、魅せられたかのように呟くユエ。

その声音には口惜しさなど微塵もなく、むしろ敬意と探求心が籠っている。

 

彼らが見つめている間にも、鈍色の光は急速に拡大し、周囲のマナを吸収し、

空間までをも歪ませていく、その様子は何となく元〇玉に似てるなとハジメが思った刹那、

頃合いと見たかシャレムは。

 

「ケイオス・レギオン!」

 

決めゼリフと共に、眼下のクリオネへとその魔力の籠った塊を叩きつける、

クリオネの身体に紋章が刻まれた瞬間、魔法陣が展開され、クリオネの巨体を吸い込み、

消えた……と思った刹那、まるで幾多の複合された魔力が重なりあうかのような、

大爆発が起き、その中心でクリオネの巨体が焼き尽くされていく様が、

閃光の中でドヤ!と勝利を確信するシャレムの背中が、ハジメたちにもはっきりと見て取れた。

 

「凄いというか、派手だなぁ……」

「ちゅどーんとか、どかーんとかそういう効果音がピッタリくるね」

 

半透明だった身体を白く濁らせ、煙を噴いて波間に漂うクリオネの残骸を眺めつつ、

ハジメたちはシャレムを迎えに行くのだが。

 

「ふむ……今のでこれだと、フルパワーだとわたちの力はこの世界では強すぎるようだな」

 

風に乗って聞こえて来たシャレムの言葉に、一同は思わず耳を疑い絶句してしまう。

 

「あの~、今ので……ってことは今のもフルパワーじゃないってことでしょうか?」

「今ので三分の一って感じだな」

 

おずおずと尋ねるシアに、しれっと答えるシャレム。

 

「ま、この世界を構成する元素の関係上、どの道フルパワーは難しい、それに、

お前たちの旅の目的からして、あまり目立つのも避けたいといった感じだろうしな」

「今更って気もしますけどね」

 

正直、いつ本格的に衝突するかという段階に踏み込んでいると思うジータ、

恐らくその日はそう遠くない筈。

 

「……シャレムの今のやつ、異空間から力を引き出していた?もしかして」

 

ほう、気が付いたかと、シャレムはユエの顔を興味深げに眺める。

 

「うむ、ここにはわたちが本来扱いたい第七元素の力が欠けているようだからな、

ゆえに、異界から引き出させて貰った」

「つまり地火風水光闇、そのどれでもない力をあんたは扱えるってことか」

「限定的にだがな、ま、わたちくらいになると、四大元素にエーテル、

どれでも遜色なく使えるが、普段使いの基本は闇だな、さっきのも引き出した力を、

闇属性に変換してぶっ放したわけだしな」

 

それであんな魔法の色をしていたのかと納得するハジメ。

 

「ともかくだな、概念としてすら存在しない世界の理から外れた力を、そのまま使ったとて、

結局、世界に拒絶されるだけだ」

「……」

 

シャレムの言葉に考え込むハジメとユエ、

その沈黙は錬成師と魔術師としての探求心だけが理由ではない。

彼女の言葉には何かこれから先に進む上で、いや進んだ後に何を為すべきかという、

ことについての、重大なヒントが潜んでいるように二人には思えてならなかった。

 

(世界に新たな理を刻む力……)

 

そんな二人の様子を、どこか微笑ましい表情でシャレムは見つめると、

促すかのように、ぽんと手を叩く。

 

「さぁ、旅を再開するぞ」

「あ、待ってその前に」

 

折角スマホが復活したのだから、やって置きたいことが残っている。

ジータは空中に足場を作ると、そこで自撮り棒を取り出す。

 

「みんな行くよ、せーの」

 

カメラに向かい思い思いのポーズを取るハジメたちへと頷くと、

自らも弾けるような笑顔を浮かべ、ジータは拳を空に翳し、シャッターを切る。

 

「メルジーネ海底遺跡攻略完了、この調子!イエーイ!」

 

 

 

そしてその日の夜のことだった。

 

「では教主様、私どもはこれで」

「遅くまでご苦労であった、また明日」

 

ここは神山、配下の司祭たちと挨拶を交わし合うと、

イシュタルはそのまま執務室の隣にある寝所へと向かう。

その胸を高鳴らせながら、何故ならば。

 

「おお……使徒様」

 

歴代教皇のみが使用を許される豪奢な寝台の上には、その背に神聖なる翼を生やした、

銀髪の美女が一糸纏わぬ姿で待ってくれているのだから。

 

 

 




カルマは本来バブさんの技ですが、まぁいいよねってことで、
ブラック・フライやケイオスキャリバーは流石に使えないでしょうが。

次回からまた舞台は王都に。


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伏魔の都

神殿ごと爆死させるには惜しい逸材だと思うんですよね、
イシュタルって。


 

銀髪の美女に跪くイシュタル。

美女はその姿を見下ろし、大儀であるといわんばかりに涼やかに微笑み、

素足をイシュタルの口元へと近づける、そしてイシュタルは躊躇うことなく、

その足に口づけを交わす、あの出会いを、奇跡を思い起こしながら。

 

あの夜も同じだった。

 

「く……来るな、儂は騙されぬぞ……邪悪なる蛇め」

「己の願いに忠実になれば宜しいのに」

 

イシュタルは毎夜来訪する、幽世の徒の誘惑にすんでの所で抗い続けていた。

 

「欲しいのでしょう……若さが、神罰を自らの手で下すための力が」

「あ……」

 

斑色の蛇が身体をくねらせ、目が妖しく輝く。

 

「あんな若者に、任せてもよろしいのですかな?」

 

イシュタルの脳裏に、嫉妬と羨望の源である天之河光輝の顔が浮かび、

そして姿見には老いさらばえた己の顔が映り、思わずイシュタルは目を逸らしてしまう。

 

「さぁ、一言願えば宜しいのです、欲しいと、さすれば」

 

蛇はするりと斑色の手をイシュタルへと伸ばす。

 

「偉大なる神がその願いを叶えて下さる筈、そのために私はここに来たのですから」

 

そして上ずった眼を向けながら、震える指をイシュタルが差し出そうとした時だった。

 

「ぐぶっ」

 

そんなくぐもった声が、蛇の顎から漏れ、その身体が砂へと変じていく。

そして蛇が消え去った跡には。

 

「……おお」

 

歓喜の声を上げるイシュタル、そこには甲冑に身を包んだ銀髪の美女が、

涼やかな笑みを浮かべ、たった今、邪悪なる蛇を斬って捨てたであろう剣を、

構えていた、その姿は代々教会に伝わる、絵巻物に描かれた、

エヒト様の使徒そのものであった。

 

かくしてイシュタルは確信する。

悪魔の誘惑に耐えきった我が身に、日夜敬虔なる信仰を守り通した我が身に、

ついに天使が舞い降りたことを、選ばれるに至ったことを。

 

それからというもの執務も上の空で、イシュタルは焦らすかのように、

時を置いては、寝所に現れる使徒をただ待ち望む日々を過ごしていた。

しかし、不安が無いわけではない。

一糸纏わぬ姿で現れる美しき使徒は、寝所から去る一刻の間、

微笑みと、素足への口づけ以上のことは決して与えず、許してはくれなかったのだから。

 

(儂のこの身体が……信仰ならば誰にも負けぬというのに)

 

確かに、齢八十にも差し掛かろうとしている、老いた己の肉体は、

目の前の使徒の伴侶となるには、余りに醜く思えて仕方がなく。

だからこうして、己の醜さを謝るかのように跪き、己の姿を隠すかのように、

小さく小さく縮こまり、祈りを捧げることしか、今のイシュタルには出来なかった。

 

(若さが……若さが欲しい)

 

自身がまだ何の恐れも陰りも無き、蛮勇が許される若者であったのならば、

一切をかなぐり捨てて目の前の使徒をその胸に掻き抱くことが叶ったというのに!

 

またそこで瞼に浮かぶのは、天之川光輝の若さと力に満ちた肉体だった。

そして彼はつい想像する、いやしてしまった。

麗しの使徒と光輝が抱擁し、あろうことか接吻を交わす姿を。

 

ギリッ!

 

口惜しさに歯が軋み、唇を噛みしめ跪いたまま、イシュタルは誰にも渡さないとばかりに、

使徒の素足に縋りつく、その時であった、使徒がその掌をイシュタルの肩に置いたのは。

突然の、そして何よりその手の感触に、幾数年ぶりに味わう女体の温もりに、

思わず息を呑み、視線を上げたイシュタルへと、使徒は鈴の音が鳴るような美しい声で告げる。

 

「イシュタル・ランゴバウトよ~~良く聞くのです」

 

 

(フム、中々の出来栄え、この世界の神モドキが造ったにしては)

 

愛しの使徒の言葉をついに耳にし、歓喜の涙を流すイシュタルの姿を、

使徒は冷ややかに見つめる、いや……よく見るとその影が不自然に蠢いている、

まるで蛇の如くに。

 

幽世の徒はイシュタルの取り込みにかかったはいいものの、すぐにイシュタルを、

いや、この神山全体を包む異様な雰囲気、いや視線に気が付いた。

そしてその視線の正体である、"使徒"数体に寄生すると、

あえて醜い姿を晒した上で、己を"使徒"に討たせることで、

イシュタルの取り込みに成功したのであった。

 

幽世の徒は個にして全、全にして個、そう、すなわち自作自演である。

 

(所詮は造り物、プログラムされた自我なぞ他愛も無い)

 

深層意識の中に潜んだ幽世の蛇どもの寄生は実に巧みであり、

ゆえに悟られることもなければ、彼女らの本来の目的の邪魔をすることもなく、

要所で彼らは使徒の意識をジャックし、こうしてイシュタルの前に現れていたのであった。

 

(それにあのシミズとかいう少年が使った術、なかなか面白い)

 

使徒の声は奇妙なリズムと韻を踏んでいた。

この世界の魔術に詳しき者ならば、それが闇術独特の詞によるものだということに、

気が付くだろう。

無論、一気に洗脳とまでは行かないまでも、イシュタルの思考に

僅かばかりの揺らぎを乗じさせることは充分可能であり、さらに今のイシュタルは、

完全に使徒の美しさと、そして直々の神託を得たという、幸福感に完全に支配されている。

ゆえにその言葉は蜜の如く、老人の耳を蝕んでゆく。

 

「其方の願いは一つ、御身の力で、地上に神の正義を実現させることではないのですか?」

「そ、その通りにてございます!」

「このまま老いに身を任せ朽ちていかれますか?」

「思い描いた理想を、ただ若いというだけの他者が叶える様をその目で見るのは

耐えがたい、そうではないのでしょうか?」

 

だからイシュタルは気が付かない、使徒の語る言葉が、

かつて己に語った蛇の言葉と、殆ど違わないことにも。

 

「ならば今こそ変革の刻です」

「変革?」

「そう、古き悪しき草は刈り取り、新しき苗を植えるのです」

 

草が何であるのか、そして苗が何を意味するかは、イシュタルにも理解出来た。

 

「神罰を……我が手で代行せよと、そう仰せられるか」

 

流石に震える声で問い返すイシュタル、しかしその震えは畏れ以上の、

歓喜が含まれている様に思えた、自分よりも美しく優れた存在に選ばれるという、

人間誰しもが抱く、原初の欲望が満たされつつあることに。

 

「そう、そして新しき苗とはイシュタル・ランゴバウト、それは其方

真たる信仰の担い手たる其方こそが、最も 我が主エヒトの近くにいた其方が、

始まりの男となるのです」

「儂が……で、ございますか?……しかし」

 

また皴だらけの手が目に入り、口惜しさにイシュタルの両の目から涙が零れ落ちる。

 

「この老いたる我が身に、もはや子種は無く……」

「大丈夫ですよ」

 

使徒は、いや使徒を操る蛇は艶然とした微笑をイシュタルに向ける。

 

「私はエヒト様より其方に秘法を授けるべく、降臨したのですから、

失われし青春の時を取り戻す秘法を」

「!!」

「ただし、問題が……」

 

そこで使徒はイシュタルの視線から逃れるかの如く、顔を伏せ、そして

悲しみに満ちた表情で、その瞳から涙を流す、彼が気が付くようにして……当然、演技である。

 

「し、使徒様……何故そのような悲しき顔をなされるか、どうか涙をお拭いください」

「ありがとう……我が子よ、我が同胞よ」

「我が子……同胞……勿体なきお言葉を」

 

平伏するイシュタル、白い法衣が這いつくばる様は、まるで蛾のようだった。

思わず笑ってしまいたい心情を押さえつつ、蛇は使徒を操り、言葉を紡ぐ。

 

「時を戻すということは自然の摂理に背く大罪、ゆえに犠牲が……必要となるのです

その犠牲とは…この神山にて祈りを捧げる、全ての聖職者の、すなわち

我が子らの魂」

 

ウソ泣きを続けながら、使徒はさらに微かな嗚咽すら交えていく。

 

「いかに、この乱れし現世を蒼き清浄なる大地に戻す為とはいえど……

ああ、我が主エヒトも天の座におきまして、心を乱して……ううっ」

「な、なんと……なんと勿体なきお言葉!」

 

這いつくばりながらスススとイシュタルは、また使徒の足元へと傅く、

今度のその動きは、海底を這いずるイカか何かを思い起こさせて仕方がない。

 

「その涙、そのお言葉を我が麾下何千の司祭、そして信徒らに拝謁させたくございます!

さすれば、彼らは尽く狂喜し、蒼き清浄なる大地への、原初への回帰の為の礎となることは

必定にてございまする!」

 

そしてその清浄なる、一切の罪が存在せぬ原初の地に降り立つは……。

こうしてイシュタル・ランゴバウトは、自身の信仰、いや紛れもない欲望のために、

数千の信徒たちを、いや生きとし生ける者全てを蛇へと売り飛ばした。

 

「新たなる世界を善男善女にて満たしてご覧に差し上げると、エヒト様に

何卒…何卒……」

「ならば……男だけでは子は為せませぬ、始まりの女も用意させて頂きます」

「始まりの……女?」

 

それは貴方ではないのですかと、視線を使徒の顔へと向けるイシュタル。

使徒はそっと掌を翳すと、そこには幾多の天職を操る金髪の美少女、

そう、蒼野ジータの姿が映し出されていた。

 

(特異点……まさか貴方までこの地に流されて来てたとは)

 

実際には特異点の力と姿を得た、極めて類似しているとはいえ、

あくまでも別種の存在ではあることは分かってはいたが、

それでもこの地にて虜にする機会を逃すわけにはいかない。

 

「如何なる手を使ってでも、この地に彼女を招くのです」

「お任せ……お任せ下さい、そしてかのアレイスト王の如く必ずや……」

 

そこで自身を包む急激な眠気に襲われるイシュタル、ま、まだ……、

と、手を伸ばそうとした所で彼の意識は眠りの闇へと誘われていった。

 

「やれやれ」

 

これ以上は、本来動いているこの宿主の計画と齟齬が起きかねず、

それでは体よく便乗することが出来なくなる、だが、仕掛けは終わった、後は……。

 

(全てを焼き尽くす紅蓮の炎とて、最初の火種は必要なのですよ)

 

いわばイシュタルは、彼ら幽世の徒にとっては、点灯管のようなものだった。

即ち、その末路は……。

 

 

そしてさらにその頃……。

 

いつも四人で、いや一人いなくなってからは三人でダベっていた、

訓練場裏の水路跡に近藤礼一は一人佇んでいた。

 

「遅せぇな、あいつら」

 

とはいえ別に待ち合わせているわけでもない、朽ちかけた堤に腰かけ、

残り二人の悪友の到着を待つ近藤。

 

(なんかあいつら、俺と距離取ってる気がするんだよな、けど)

 

夜空を見上げつつ、何やら決意を込めたかのように、近藤は息を大きく吸い込む。

 

「俺だって……いつまでも」

 

夜空の闇に浮かぶハジメの、そして龍太郎の姿、彼らの姿が、

これまでの自身の矮小さを責めているように思えてならない。

事実、あの日以来、彼は罪の意識と、それすら上回る敗北感に苛まれているのだから。

 

そしてそれを払拭するための方法は一つしか思いつかなかった。

そう、彼はこのトータスで自分たちが行ってきたことを、全て然るべき者たちへと、

打ち明け、裁きを受ける決意を固めていた。

 

ただし自身の独断というわけにはいかない、残り二人の悪友を説得し、

出来れば三人全員で、たとえ二人が納得せずとも。

 

(その時は一人で……)

 

そして夜空には、金髪美少女の姿が映る。

もう何度思い出したか分からない、胸の内を言い出せないまま、

ただ見つめる事しか出来なかった想い人、蒼野ジータの姿が。

 

もう、届かない所に行ってしまったことくらいは流石に分かる。

だが、それでも今の自分のままだと、こうして彼女の姿を夜空に思い描く資格すら

無い様に思えて仕方が無かった。

だからこそけじめをつけたい、龍太郎の言う上辺だけの強さに縋った、

これまでの自分から、いや自分たちから決別するために。

例え届かずとも、想うことくらいは許される、そんな自分になるために。

 

「よっ礼一、一人か」

 

そこで背中越しに挨拶の声がかかる。

 

「ああ、信治も良樹もまだ来やがらなくってな、大介」

 

いつも通り、自分たちのリーダー格である少年へと、

振り返ることなく挨拶を交わす近藤……ん?あいつは確か……。

すうっ……と自分の中の熱が冷めていく感覚を覚えながら、ゆっくりと近藤は振り向く、

本能が逃げろと危険信号を送り続けているが、まるで石になったかのように、

下ろした腰は立ち上がろうとはしてくれない、そう、彼の振り向いた先にいたのは……。

 

「久しぶりだなぁ、礼一」

「お……お前、生きて」

 

異形と化した姿と、その姿に相応しい下卑た笑みを晒す、

自分たちの手で私刑の限りを尽くした挙句、最終的に排斥、脱走に追いやり、 

そして今や、全国指名手配犯にまで落ちぶれた、檜山大介、その男だった。

 

 

 




逃げて近藤ーーーーっ!次回はどうなる!


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to the other side of sorrow


……。


 

 

「なぁ、俺たちダチだろ」

 

檜山はその口元を歪ませて、近藤へと、かつての悪友"だった"男へと嘯いていく、

その足元に這いつくばる近藤の全身には、凄まじいまでの暴行の跡が刻まれている。

 

「皆で南雲を殺してまたあの頃のように仲良くやろうじゃねぇか、信治や良樹も入れてよ」

「……」

「聞けやコラ」

 

近藤の喉首をまるでハジメに対して行うかのごとく、檜山は掴んで持ち上げ、

そのサディステッックな快感に酔った顔が近藤の視界に入る。

その歪んだ顔と姿を見て、道理で捕まらないわけだと、近藤は内心で妙な納得をしていた。

何せ今の檜山の姿は、余りにも手配書に記された姿とはかけ離れているのだから。

 

ガリガリにやせ細り白く染まった髪、全身を覆う禍々しい黒鎧、

そして、魔物の物と化したその左腕、どこもかしこも変わり果ててしまっている。

しかしながら教室で、そしてこの地で纏っていた、下卑た雰囲気、

そして歪んだ笑顔だけはまるで変わっていなかった。

 

そしてそれはかつての自分が纏っていた雰囲気であり、浮かべていた笑顔でもあるのだろうと、

今の近藤は思わざるを得ない。

 

「なぁ、水に流してやろうって言ってるんだぜ」

 

近藤の喉を掴んだまま、彼の身体を檜山は石堤にぐいぐいと力任せに押し付けていく、

その態度はどう見ても水に流せる男のそれではないし、事実、

檜山の頭の中にある殺すリストの中でも、近藤はかなり上位に位置している。

しかし、ただ殺すだけでは飽き足りない、謝罪と、何より命乞いを聞いてからではないと、

気が済まない。

 

だが、期待していた謝罪はおろか、命乞いすら未だ聞かれず、

近藤は無言で暴行にただ耐えるのみだ。

それがこの世界で最も憎き奴、南雲ハジメのかつての姿を連想させ、

檜山はさらに苛立ちを加速させる。

 

「かっ……はっ」

 

何か言いたげな雰囲気を察知してか、ようやく檜山は近藤の拘束を解いてやる。

その顔が期待に膨らむ、ようやく聞きたかった言葉を聞けると、

さぁ言え、何でもするから助けて下さいと……殺さないでくれと、しかし。

 

「もう、止めようぜ、こんなこと……俺も悪かったよ」

 

痛みに耐えつつ苦しい息の中、項垂れつつも近藤はたどたどしくもはっきりとした意思を、

檜山へと伝えていく。

 

「俺……ここで南雲やお前にしたこととか、全部打ち明けて、

ちゃんと罰を受けるつもりなんだ……」

 

震えながらも悔恨の言葉を近藤は紡いでいく、

しかし檜山の顔を流石に直視することは出来ない、だから気が付かない。

自分の独白を聞く檜山の顔が、憤怒と憎悪に染まって行く様を。

 

(なに普通のこと言ってるんだ……こいつは……わからねぇ、全然わからねぇ)

 

「だからさ、もう……お前もこれ以上罪を……重ねないでくれよ!」

 

その原因の、決して真っ当な繋がりではなかったとはいえど友人を、

罪人へと追いやった一端は間違いなく自分にもある、

しかしそれを承知で近藤は訴える。

 

「俺のことを……水に流してくれるんだったら……南雲のことだって、

もう……忘れてもいいんじゃないのか?」

 

檜山の肩がピクリと跳ね上がるが、もちろん近藤は気が付かない、

自分が最悪の地雷を踏んだことにも。

 

「それでもお前がここに来たってことだけは誰にも言わねぇ!」

 

檜山の眦が余りにも予想外の展開に吊り上がる。

それで恩を売っているつもりか!そこは何でもするから命だけは助けてくれ!だろうが!

と、言わんばかりに。

 

そこでようやく訴えかける様に、近藤は檜山へと首を上げる、

その目に涙を浮かべながら……しかし。

 

「だから……遠くへ逃……げ」

 

すんなりと分かってくれるとは思ってはいなかった、

しかしそれでも近藤は息を呑まずにはいられなかった。

夜の闇の中でも、そして涙に歪んだ視界の中でもはっきりと分かる程に、

かつての友の……檜山の顔は怒りで満ちていたのだから。

 

「そうかそうか、つまりお前はそんな奴なんだな」

 

まるで国語の教科書の登場人物のような言い回しをしつつ、

舐める様に檜山は近藤の顔を睨みつける。

 

「要は俺を地獄に堕として置いて、自分だけいい子面して逃げようって腹なんだな」

この裏切り者がっ!」

 

近藤の裏切りを、自分だけ足を抜けようとしていることを、自分のことは棚に上げ詰る檜山、

 

「ち…違う……うう」

「第一俺が何悪いことしたってんだ!俺は何も悪くねぇぞ!南雲を殺そうとしただぁ?

いいことじゃねーか!南雲の一匹や二匹ブチ殺したくらいが罪になる筈がねぇ!」

 

血走った目で叫ぶ檜山、その有様と破綻した論理を目の当たりにした近藤の顔が、

理解と、そして哀れみに満ちていく。

こいつは狂ってなどいない、本気でそうだと思っているのだ。

半ば身から出た錆であるにも関わらず、その身に降りかかった全ての不都合を、

南雲ハジメのせいだと本気で信じているのだと。

 

「そんなになってまで……お前はまだ……」

 

己への恐怖ではなく隠し切れない哀れみの籠った近藤の声が、檜山の怒りに火を注ぐ。

 

「なぁ、お前?俺を哀れんでるのか?もしかしてかわいそうとでも思ってんのか?」

 

檜山は土下座のように這いつくる近藤の耳元に顔を近づけ吠え猛る。

 

「罰を受けるつもりだつったな!だったらまずは俺からの罰を受け取れや

ダチを裏切った罰をなぁ~~~っ」

 

歯茎を剥き出しにしたその歪んだ笑顔には、これまでとは違う明確な殺気があった。

 

「あ…わ、うわああああああっ!」

 

あの九十層ですら感じたことがなかった程の生命の危機が迫っていることを、

己の本能が敏感に感じ取る、その生存本能のままに、

近藤は全身の力を振り絞りその場から逃走を開始する、

スピードには自信がある、例え傷ついた身体であっても……しかし。

 

「ばぁっ!」

 

目の前に魔法陣が展開されたかと思うと、そこから嘲りの表情を浮かべた檜山が姿を現し、

近藤の行く手を阻む。

 

「あっ、わっ」

 

突然のありえない状況に思わずたたらを踏んで後退るも、近藤は踵を返し、

また逃げ出そうとする、だが……振り向いたその先には。

 

「へへへへ」

 

また檜山がいた。

 

「~~~~~~ッ!」

 

もう何が何だか分からない、近藤は夜更けの王宮をわぁわぁと泣き叫びながら、

文字通り闇雲に逃げ回る、いつ何処から現れるかも分からぬ檜山の影にも怯えながら、

それでも逃げている内に、少しずつ彼は落ち着きを取り戻していく。

 

ガサッ!

 

が、静まり返った深夜の王宮の中で、葉擦れの音が、石畳に響く自らの足音が、

耳に届くたびに、彼は立ち止まりキョロキョロと周囲を見回さずにはいられない。

とりあえず後を取られないように、壁に背を預けカニのように横ばいになりながら、

ゆっくりと助けの姿を探し始める。

 

「こんな遅くだもんな、そう簡単には見つかるわけねぇよな」

 

娯楽に乏しい中世ファンタジー世界の夜は早い、いや……それでも、

ちと静か過ぎ、寂しすぎはしないか?

いくら王宮の外れ、しかも深夜とはいえど、

巡回の歩哨たちの姿すら影も形も無いのはおかしい。

 

そんな異質な王宮の夜の姿に言い様のない戦慄を覚え、

ひとまず朝まで何処かに隠れてやり過ごそうと、建屋の外へ一旦出る近藤。

そこに足音が聞こえてくる、それも複数の。

 

死の恐怖と逃走の緊張に苛まれた近藤が、その足音の主たちを、

味方だと判断したのは仕方がない事なのかもしれない。

 

助かる……これで助かる……やり直せる、

しかし逸る気持ちとは裏腹に、一度緊張を解いてしまったせいか、身体が上手く動かない。

それでも必死に足を動かし、音の方へと進む近藤、やがて足音に混じり、

鎧がカチャカチャと鳴る音も聞こえてくる。

 

(き…騎士たちだ……助かった)

 

「お~い」

 

声を限りに叫び、近藤は行進を続ける騎士たちの前へ転がるように飛び出していく。

彼にもう少しまともな判断力が残っていれば、なんでここに騎士たちが!と、

疑うことも出来たかもしれないが、それはやはり酷と言うべきだろう。

 

「た、助けっ、助けてぇ」

「うん?近藤君」

 

そこでまた意外な人物、中村恵里の姿を目にする近藤、

この状況、ますます以って怪しいと踏むべきだが、やはり近藤の頭の中は、

助かることで一杯だ。

 

「中村?ちょ、ちょうど良かった実は~」

「もしかして檜山?」

「ああ……え?」

 

そこでようやく近藤の頭がスーッと醒めていく。

なんでここに中村がいるのかもだが、どうしてコイツが檜山の事を知っている!

 

「お……おい、中村」

「あーあ、結局ガマン出来なかったかぁ、ホントにアイツと来たら」

 

その声音はいつもの、光輝や龍太郎の背中に隠れるように付き従っている、

そんな中村恵里のそれとはまるで違っていた。

 

「ま、そういうわけだからさ、運が悪かったと思ってよ」

 

その言葉を聞き終わるか終わらないかの内に、近藤の背中を貫く致命の激痛、

ふと視線を下ろすと、自分の腹から血に染まった剣が生えていた。

 

「こ……こんな、こんなの」

 

背中から串刺しにされてなお、チートのステータスに任せ身をよじり、

近藤はなんとかその場から逃れようとする。

 

「やり…直すんだ……今度こそ、ちゃんと……そしたら」

 

焦がれに焦がれ続けた少女の、ジータの微笑みが近藤の脳裏に浮かぶ、

それは檜山が香織に抱いていたような屈折したものでは決してなく、

ごくありふれた恋慕だった。

ただ彼は彼女が南雲ハジメに向けるおせっかいを、ほんの少しだけでも分けて欲しかった、

それだけだったのだ。

 

「い、嫌だ、死にたく……ねぇ!俺ぁまだ死にたくねぇ!死にたくねぇよ!」

 

そんな叫びを漏らしながら、虚空に向かい腕を躍らす近藤、

それは失われつつある未来へ、そして命へと手を伸ばすかのようだった、

だが、無情にもそんな彼の周囲を騎士たちが取り囲んでいく、

その手に白刃を抜き放って、そして。

 

「みんなーこいつを死ぬまで好きなだけ斬ったり刺したりしていいよー♪」

 

恵里の号令と共に、幾多の刃が無慈悲にも近藤の身体を斬り裂き、刺し貫く。

己の血の海の中にのたうちながらも、それでも近藤は闇に、いや、

手に入れられたかもしれないが、もはや届かない未来に向かって手を伸ばし続ける、

それはあまりにささやかな。

 

 

『近藤くん、そのバンド聴いてるんだ、私もね~』

『新しく出来たラーメン屋さん、美味しいよね、もう食べに行った?』

 

 

ありふれた……そんな、しかしもう手に入らない未来へ。

 

 

「あーあ、ぐちゃぐちゃ、とりあえずトイレにでも捨てといて、

細かく刻んで何箇所かに分けてね」

 

騎士たちにメッタ斬りにされ、只の肉塊と化した近藤の遺体の処理を恵里が命ずると、

言われた通りフラフラと騎士やメイドたちは、

肉塊を切り分け、現場の血痕を隠して行き、そんな彼らの中に、

多少は見知った顔が混じっていることに、思わず檜山は眼を見開いてしまう。

 

「……礼一よぉ、こうなったのも南雲が悪いんだ、だから恨むなら、

俺たちの友情を引き裂いた南雲を恨めよ、必ず仇は取ってやるからよぉ」

 

破綻した論理であったが、檜山はすこぶる真面目である。

そう、ブラジルの蝶の羽ばたきが、テキサスで竜巻を起こすかのごとき論理で、

近藤の思った通り、彼は己の転落を全てハジメのせいにしていた。

 

「たく……大事の前に余計なことはしてもらっちゃ困るよ」

 

路上の血痕を洗い流しながら恵里は檜山へとボヤく。

 

「それから残りの斎藤と中野だけどさ、二人を殺すのはボクの用事がさ

済んでからにして欲しいんだ、あとは……南雲とジータちゃんと香織ちゃんとかは

君が好きにすればいい、けど光輝くんと、雫ちゃんと……

それから鈴ちゃんはボクが貰うよ、じゃ、せいぜい見つからないようにね」

 

「人類の裏切り者で全国指名手配のゴキブ……ああゴメン檜山大介くん、アハハハハ」

 

今すぐ見つかっても別に構わない、そんな嘲り口調で言い捨てると、

また騎士たちを伴い、恵里はいずこかへと踵を返す。

 

 

(……テメェも、もうすぐ殺してやるよ、中村)

 

そんな恵里の後姿を見つめ歯噛みする檜山。

しかし恵里の周りには、どういう手段で仲間にしたのか分からない、

兵士や騎士たちが取り巻いている、何よりも今のところは、

神の手駒という意味での"同志"である。

 

(あの魔法が使えりゃ、テメェなんぞ)

 

そう、空間魔法はある意味、暗殺にもってこいの魔法ではある、

しかし、この魔法、扱いが極めて難しく、

強化された檜山の力でも使用は一日に数回が限度、

それもごく狭い視界の範囲内の空間に干渉するのがやっとだ。

 

ましてや空間魔法について抜群の適性を有していたユエですら、

転移目的の場合、百メートルが限界だと認めているのだから。

 

つまり先程の転移は、別に近藤をいたぶっていただけではない。

あれが、彼にとっての限界だったのだ。

 

そこで不意に眩暈を覚え、檜山は上半身のみならず今や全身を覆いつつある、

黒鎧を揺らしながら、足元をぐらつかせる。

しかし、ここ最近の身体のだるさは何なのか?

"使徒"の手により火傷こそ回復し、ステータスはさらなる伸びを示しているというのに、

己の力の根幹足る黒鎧が、より禍々しくも強靭な形状に変化していくにつれて、

倦怠感を彼は覚えるようになっていった。

 

(まぁいい、次は……)

 

次の復讐対象へと檜山は思いを巡らせる。

もうすぐフリードらが、恵里の手引きによりこの王都に襲撃を掛けてくることは、

すでに承知済みだ、そしてハジメたちが王都の救援へと、駆けつけてくるであろうことも。

 

(……もし来なかったら)

 

不安を押し殺すように、恵里の背中へ檜山は言い訳めいた叫びを放つ。

 

「なぁ?礼一殺したのそいつらだよな?俺は何もしてないよな!

だから俺は悪くないよな!」

 





ついに生徒たちから犠牲者が出ました。

正直、迷ってはいたのですが、原作で流されるように散って行った、
キャラクターたちに、ちゃんと死に場所を与えてあげたいというのも、
本作のコンセプトであり、そこはやはり今更ブレるわけにはいかないなと、
考えた次第です、ご了承下さい。

しかしながらこういうまさに、
未来を掴もうとした矢先の無念の最期というのは、
書いていて心苦しくもありますが、好みでもあります。

というわけで、近藤くんを悼んであげて頂ければ幸いです。


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再びアンカジへ


鬼滅コラボだと!そういえば同じ時期に、
去年はガチャピンとコラボしてたわけで。
もうあの世界なんだか分からないよ。



 

 

エリセンで数日間の休息や装備の補給などを行った後、

ハジメたちは赤銅色の世界に再び足を踏み入れ、アンカジ公国を目指していた。

代り映えのしない砂と岩の光景が続くと、否応なしに口数が多くなるのは仕方がないことか、

ハジメたちはエリセンでの思い出話に花を咲かせていた。

 

「エリセンって浮島だったんだよな、ちょっと驚いたぜ」

「南米の湖に同じような島があるんだけど、あれよりずっと凄かったよね」

「……あの造り直した桟橋、皆喜んでた」

 

ハジメによって修復された桟橋は開閉式となっており、

これで湾内への大型船の出入りや、それに伴う積み荷の上げ下ろしも、

段違いにスムーズなものとなる。

もっとも、建立記念の銅像を、それがダメならせめて記念碑をと食い下がる、

サルゼ隊長の申し出を断るのには一苦労だったなと、苦笑するハジメ。

 

しかし各人、口数こそ多いが、意図的に触れまいとしている話題があった。

 

「なんだお前たち、ロス状態ってやつか?」

 

やや微妙な車内の雰囲気を慮ったのことか、それとも空気が読めてないのか、

いずれにせよ、意図的にミュウたちのことを話題にしようとするシャレム。

 

「そんなだと、折角送り出してくれたあの母子に笑われるぞ」

 

確かにハジメの心中を慮ったこととはいえど、

無理に触れないのは少し不自然だったなと思い直すジータ、何より。

 

「また、一つ約束しちゃったしね」

「ああ、それもとんでもないのをな」

 

笑顔の中に必死で涙を堪え手を振るミュウの顔をハジメは思い起こす。

メドゥーサといい、立て続けに親しき者との別れを経験することで、

この不敵な少年にも何か思う所があったに相違ない。

 

『なら、いってらっしゃいするの、それで、今度は、ミュウがパパを迎えに行くの』

 

何より、あんな顔でそんなことを言われれば、男として何も返さないわけにはいかない。

 

『全部終わらせたら必ず、ミュウのところに戻ってくる、みんなを連れて、

ミュウに会いに来る、約束だ』

 

別れ際の約束、いや誓いをまた思い起こし、決意を新たにするハジメ。

流石に自分の故郷に、日本に連れて行ってやるとまで、口にしてしまったのは、

やりすぎだったかもしれないが、だからといって無しよと言うつもりはない。

むしろ新しい目標、乗り越えるべき壁へと向かい、ハジメは闘志を漲らせていた。

そう、例え世界を隔てても……。

 

「戻るさ……何が何でも、それに」

 

このトータスは、もう自分にとって何の関わりもない場所ではない。

たくさんの出会いが、そうでは無くしてしまった、だから。

 

「……皆の故郷だからな」

 

ハジメが言う、その皆はユエやシアたちだけを意味しているわけでは決してない筈だと、

ジータは確信する。

 

「うん、みんなが生きてる世界だもんね」

 

四輪のハンドルを握るハジメの横顔を見つめるジータ。

確かに少し大きすぎる約束をしてしまった、させてしまったと思う。

だがその約束が、誓いが、きっとハジメの巨大すぎる力を鎮め、

人としての生きる標となってくれるに違いない。

 

そんなどこか充実した気分で、少し眠ろうと目を閉じようとしたところで、

 

「しかし、いいのかそれで?」

 

舌っ足らずなシャレムの言葉が耳に届く。

 

「確かにエヒトなる輩は神を名乗るに烏滸がましいクソ野郎だが、

そのクソ野郎の培った秩序の中で、この世界の人々は生きているように、

わたちには思える、それをいきなり否定したらどうなる?」

 

幾多の出会いの中でずっとハジメたちが抱えて来た命題を突きつけるシャレム。

 

起床時、いわゆる男のメカニズムによって屹立した、ハジメの下半身を、

興味深く見つめるミュウへと、

 

"大丈夫だ、おまえが大きくなったら、

向こうの方からたくさんやってくるから、好きなのを選べばいい"だの。

 

"いいか人間にもおしべとめしべがあってな"だのと、

 

真面目かつ面白半分に、性教育を施そうとしていた、

下ネタ大好き褐色少女の面影は、少なくとも今のシャレムからは感じられなかった。

 

あのメルジーネでの光景を思い出すジータ、

恐らく解放者たちも同じ思いを抱えていたに違いない、

だから人々を一つに結集させようとした、神に依らぬ新たな価値観を与え、生み出す為に。

それこそが神が最も恐れ忌むことだと知っていたから……しかし。

 

「……どうにもならないと思います、だから割り切ることにしました、

私たちの邪魔をしたら速やかにやっつける」

 

事を構えるなら、よそ者のアドバンテージを生かすだけのことだ、

体裁や大義名分などお構いなし、居場所を掴んで殴り込みだ。

いや、よそ者の解決方法としては、むしろ妥当なのかもしれない、

世界の秩序や理は壊さないに越したことはないのだがら。

 

「そうでないなら触らないって」

 

そう口にしつつも、それはもはや望み薄だなと思うジータ、

檜山の件からして、もう邪魔はされているも同然なのだから。

 

「それに、無責任かもしれないけれど、やっぱりこの世界のことは

この世界の人々の選択であって欲しいかなーって」

「お前たちの戦いを、あの解放者たちのように否定されたらどうする?」

「その時は大人しく尻尾巻いて地球に帰るさ、もちろん皆でな」

 

はっきりと宣言し、アクセルを踏みこむハジメ。

赤銅色の景色の流れがまた一段と早くなる、

砂嵐やサンドワームにも今のところ遭遇してない、

この分だと予定よりも早く到着出来そうだなと、ジータはウルでの別れの際、

愛子らと互いに交わした行程表とにらめっこを始める。

 

「グリューエンで少し時間がかかったけど、でも私たちの方が一足先に着くね」

「一足先って?」

「多分三日くらい、うん?香織ちゃん何かあるの?」

「うん、実はね、再生魔法を使ったらオアシスを元に戻せるのかもしれないって思ったの、

だから時間があるなら、試してみたいなって」

 

回復魔法が効かなくとも、あらゆるものをあるべき姿へと復元する再生魔法ならば、

オアシスを元に戻せるはずだと、香織は踏んでいた。

そして太陽が中天に差し掛かる頃、彼らの目にアンカジの門が映り始める。

 

「随分人が多いな」

「うむ、妾たちが戻って来た頃から救援物資が届き始めてきたからの、多分あれは

他所からの隊商なのじゃろう」

「救援部隊に便乗したってところか、で、入国まで随分掛かりそうだが…」

 

荷馬車の列を最後尾から眺めつつ、ハンドルを手放し伸びをするハジメ、

フューレンでの経験から考えるに、この分だと夕方までは掛かりそうだ。

なら、昼食でも先にと思ったところで香織が声を弾ませる。

 

「こんなこともあろうかと手形貰ってるから、正面からじゃなくって東側に回り込んで」

 

香織の指示に従い、ハンドルを握ろうとしたハジメの背中をジータが軽く叩く。

あ……と、肝心なことを忘れてたとばかりに、ハジメは香織へと向き直る。

 

「気が利くな……香織、サンキュな」

「うんっ!こちらこそどーもだよ、ハジメくんっ!」

「でも、中に入る前に香織ちゃん、髪とか染めとかなくっていいの?」

「あ、そっかこれじゃみんな驚くよね」

 

覚えたての力を試したいという気持ちはあっても、急ぐ必要はない、

一旦四輪を止めて貰い、香織は真紅の瞳にハジメに作って貰ったカラコンを入れ、

ジータに手伝って貰いながら、白髪を黒く染め始める。

 

「色が抜けてるから凄く発色いいよ」

「ダブルカラーみたいなものだもんね」

 

香織の髪を染めてやりながら、自分らパーティーの陣容からいって、

次は赤く染めるのなんてどうだろうと、ふと思ってしまうジータ。

 

「天之河くん驚くよ、香織が不良になったって」

「言いそう、でももうすぐ愛子先生たちもやって来るんだよね」

「でも、香織ちゃん大丈夫?」

「へ?何が」

 

ジータのやや唐突な問いかけに、きょとんとした声を上げる香織。

 

「メルジーネから戻った後、少し体調崩してたでしょ?」

「ああ、あれ……うん、ちょっと旅に慣れてなくって疲れが出たみたい

ホラ、砂漠から海……だったから」

「ホントにそれだけ?」

「それだけだよ、ジータちゃんだって私の天職知ってるでしょ」

「……」

 

なんか怪しいと、ジータの勘が告げてはいるが、しかしながら、

治療の専門家たる香織の診立てに、それ以上文句を言える筈もなく、

元より深く追求するようなことでもないので、この話題はここで立ち消えとなる。

 

「医者の不養生だけは止めてよ、シャレにならないから」

 

そんな他愛ない会話を交えつつも、洗髪が終り、

ジータはタオルで香織の髪を拭こうとし、

 

「はい、ジータちゃんタオル」

「もー、持ってるなら自分で拭いてよね」

 

当の香織から手渡されたタオルを、苦笑しつつ本人に突き返すのだが。

 

(あれ?タオル……香織ちゃんの手の届く場所に置いてたっけ?)

 

そんな疑問がふと頭を過ったが、

ともかく、体型こそより女性らしくはなってはいたが、

そこにはカラコンと染髪により、ほぼ教室と変わらぬ姿となった香織がいた。

 

「ね?ハジメくんは……どっちがいいかな」

 

ふぁさと黒髪を靡かせ、試すような笑顔と共に香織はハジメへと向き直り、

 

(また答えにくいことを……)

 

そしてジータはその言葉に苦笑し、ユエはむっと頬を膨らませる。

 

「そりゃ、今の香織に決まってるだろ、色々な経験や選択を繰り返した上での今の、な」

 

(ちょっと……違うかな、その答えは)

 

香織を除く女性陣全員が、少し物足りないといった風な表情となり

代表してジータが、香織の背中越しにハジメへとアイコンタクトを送り、

ああ、今のじゃ足りないかと、ハジメは少し考えてから付け加える。

 

「でも……時々は元の香織の……いや、色々な香織の姿が見たいな」

「うんっ!」

 

色々なという所が特に気に入ったのか、大きく頷く香織と、ほっと一息つくジータ。

 

(ま、いいでしょ、それで)

 

もっとも、そこでもう今は自分と香織は、ハジメを巡るライバルなのだと、

思い直すのではあったが。

 

(それ以前に親友だもんね)

 

 

事前に香織たちが話を付けてくれていたおかげで、アンカジへの入国は

思った以上にスムーズに進んだ。

 

「久しい……というほどでもないか、無事なようで何よりだ、ハジメ殿、

香織殿とティオ殿に静因石を託して戻って来なかった時は本当に心配したぞ、

貴殿は、既に我が公国の救世主なのだからな、礼の一つもしておらんのに、

勝手に死なれては困る」

「まぁ、見ての通りピンピンしてますので、どうかお構いなく」

 

待合室にて自ら出迎えたランズィの姿と言葉に、恐縮したかのような体を見せるハジメ、

それを見て目を細めるランズィだったが、

一行の顔触れや様子が少し違っていることに、目敏く気づくあたりは、

流石といったところか。

 

「おや、お連れ様……メドゥーサ殿?でしたか?見当たらないような

それにこちらの方は」

「ああ……それについては」

 

取り急ぎ、メドゥーサが去ったことや、シャレムの紹介を済ませつつも、

話は続けていく。

 

「それに正門の様子を見る限り、救援も無事に受けられてるみたいだし」

「ああ。備蓄した食料と、ユエ殿が作ってくれた貯水池のおかげで十分に時間を稼げた、

王国から援助の他、商人達のおかげで何とか民を飢えさせずに済んでいる」

 

そう言って、ランズィは穏やかに笑うのだが、その表情にはやはり疲労の色が濃い。

 

「領主様、オアシスの浄化は……」

「使徒殿……いや、香織殿?」

 

そこでまた怪訝な表情を見せるランズィ。

 

「失礼ながら少し雰囲気が変わられたような…あ、いや、申し訳ない、オアシスは相変わらずだ

新鮮な地下水のおかげで、少しずつ自然浄化は出来ているようだが……中々進まん、

このペースだと完全に浄化されるまで少なくとも半年、土壌に染み込んだ分の浄化も考えると、

一年は掛かると計算されておる」

「そこでですね」

 

憂鬱な表情を隠せないランズィへと、香織が今すぐ浄化できる可能性があると伝え、

それを聞いたランズィは、驚愕の表情と共に、香織へと唾を飛ばして確認する。

 

「あくまでも可能性ですから」

 

掴みかからんばかりの勢いのランズィを、笑顔でいなす香織、

その笑顔は、ハジメたちにとってはどこか蠱惑的に見えて仕方なかった。





をや…また香織の様子が?

それはさておき、このあたりの箇所は、
軽く触れる程度にしておいてもと思ったのですが、
多少なりともハジメたちのキャラクター性が変化した以上は、
やはり書いておく必要性があると判断しました。


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異端認定


古戦場本戦も残すところあと数時間、いかがお過ごしでしょうか?
私はフルオートしながらせっせと書いております、
ジータちゃんが被弾しまくる中で避けまくるシスとビカラを眺めつつ、
やっぱりオーキス欲しいなとも思ったりもしています。

しかしヘイムダル君、こっちが闇属性だから何とか殴りあえるのであって、
もし、風や火属性の時の相手なら物凄い難敵になってそう。



 

 

普段は憩いの場所、観光地として大勢の人々で賑わっているであろうオアシスだったが、

今は全くと言っていいほど人気がなく閑散としている。

そんなオアシスの畔に立って香織は再生魔法を行使する、

魔と変じた肉体に詠唱は不要ではあるのだが、人前である、

それっぽい言葉を唱えつつも意識を集中させ、そして一言。

 

「"絶象"」

 

それだけを呟き、杖を水面へと突き出す、すると杖の先端より淡い光の雫が、

オアシスへと零れ落ちる。

すると、オアシス全体が輝きだし、淡い光の粒子が湧き上がって天へと登っていく、

それは、まさしく浄化の、悪しき物が天へと召されていくかのような、

神秘的かつ心に迫る光景、誰もが息を呑みただ見惚れることしか出来ぬほどの、

そんな光景だった。

 

そしてショーは終わり、未だ余韻覚めやらぬそんな表情ながらもランズィは、

部下に命じて水質の調査をさせる。

 

「……戻っています」

「……もう一度言ってくれ」

 

ランズィの再確認の言葉に部下の男は、息を吸って、今度ははっきりと告げた。

 

「オアシスに異常なし!元のオアシスです!完全に浄化されています!」

 

その瞬間、周囲から一斉に歓声が上がり、ランズィもまた深く息を吐きながら、

感じ入ったように目を瞑り天を仰いでいた。

 

「あとは、土壌の再生だな……領主さん、作物は全て廃棄したのか?」

「……いや、一箇所にまとめてあるだけだ。廃棄処理にまわす人手も時間も惜しかったのでな」

 

苦渋の表情のランズィ、棄てるにはあまりに忍びなかったのだろう。

 

「……まさか……それも?」

 

おずおずと尋ねるランズィへと、ユエが香織に負けてなるものかと胸を張る。

 

「ユエと…それからティオも加われば、いけるんじゃないか?どうだ?」

「……ん、問題ない」

「うむ。せっかく丹精込めて作ったのじゃ。全て捨てるのは不憫じゃしの、任せるが良い」

 

ハジメ達の言葉に、本当に土壌も作物も復活するのだと実感し、

ランズィは、胸に手を当てると、人目もはばからずハジメへと跪き、深々と頭を下げた。

 

「お、おい」

 

これは領主がすることではないと直感したハジメはコートを脱いで、

ランズィの姿を周囲から隠すべく被せようとしたが、ランズィは構うことなく、

ますます深く頭を下げ、それに続くかのように周囲の側近たちもまた跪き頭を下げる、

そして、これまで経験したことが無い巨大な感謝の念に戸惑いを隠せない。

そんなハジメの背中をジータが抱きしめた時だった。

 

不意に感じた不穏な気配にジータが踵を返すと、

遠目に何やら殺気立った集団が肩で風を切りながら迫ってくる様子が見える。

 

(あの装備は……)

 

"遠見"で目を凝らしたジータの目に、この国の兵士たちとは明らかに違う装束を

纏った兵士や司祭たちの姿が映る、どうやらこの町の聖教教会関係者と、

神殿騎士の集団のようだった。

ハジメたちの傍までやって来た彼らは、すぐさまハジメらを半円状に包囲し、

そして神殿騎士達の合間から白い豪奢な法衣を来た、初老の男が進み出てきた。

 

物騒な雰囲気の中、ランズィが咄嗟に男とハジメ達の間に割って入る。

 

「ゼンゲン公……こちらへ、彼らは危険だ」

「フォルビン司教、これは一体何事か?彼等が危険?二度に渡り、

我が公国を救った英雄ですぞ?彼等への無礼は、アンカジの領主として見逃せませんな」

「ふん、英雄?言葉を慎みたまえ」

 

フォルビン司教と呼ばれた初老の男は、小馬鹿にしたような態度で、

ランズィの言葉を鼻で笑いながら続ける。

 

「彼らは、既に異端者認定を受けている、不用意な言葉はですな、

貴公自身の首を絞めることになりますぞ」

「異端者認定……だと?馬鹿な、私は何も聞いていない」

 

"異端者認定"という言葉に息を呑むランズィ、

いよいよ来るべき時が来たかーと、平然としているハジメたちと、

実に厭らしい笑みを浮かべているフォルピンの顔を見比べつつ、

何かの間違いでは?と、震える声で言い返す。

 

「ま、信じられぬのも無理はないでしょうな、それもこのタイミングで

異端者の方からやって来るとは……クク、何とも絶妙な、きっと、

神が私に告げておられるのだ、神敵を滅ぼせとな……これで私も中央に……」

 

ニヤニヤと本音と野心を隠すことなく、フォルピンは慇懃な態度でハジメらへと向き直る。

 

「さて、私はこれより君たち神敵を討伐せねばならん、相当凶悪な者たちと聞いてはいるが

果たして神殿騎士百人を相手に、どこまで抗えるものか見ものですな、

さぁゼンゲン公は、私と共にこちらへ」

 

自分は安全な所で高みの見物を決め込むつもりなのだろう、フォルピンはランズィを促しつつ

自身はゆっくりと後ろ去っていく、そしてそれには一切構うことなく瞑目するランズィ。

 

「ああ、忘れてました、かのジータという娘だけは……」

「断る」

「……今、何といった?」

「こ・と・わ・る・と言ったのだ、耳が遠いな」

 

口元に笑みすら浮かべ、そしてその笑み同様の涼やかな威厳を以て、

ランズィはフォルピンへと明確な拒絶の意思を叩きつけた。

信じ難き予想外の言葉を耳にし、間抜け面を晒すフォルビンへとさらにランズィは続ける。

 

「彼らは救国の英雄。例え、聖教教会であろうと彼等に仇なすことは私が許さん」

「なっ、なっ、き、貴様!正気か!教会に逆らう事が、

どういうことか判らんわけではないだろう!異端者の烙印を押されたいのか!」

 

驚愕の余り言葉を詰まらせながら怒声をあげるフォルビン、

片や、それをいなすような笑みを浮かべるランズィ、

共に相応の立場の身でありつつも、その両者の人間の器の差は明白だった。

 

「フォルビン司教、中央は彼らの偉業を知らないのではないか?

彼らは、この猛毒に襲われ滅亡の危機に瀕した公国を救ったのだぞ?

報告によれば勇者一行も、ウルの町も彼に救われているというではないか……

そんな相手に異端者認定?その決定の方が正気とは思えんよ……故に」

 

そこで不敵な笑みを止め、一国の領主としての威厳溢れる表情で

ランズィは高らかに宣言する。

 

「ランズィ・フォウワード・ゼンゲンは、この異端者認定に異議と

アンカジを救ったという新たな事実を加味しての再考を申し立てる!」

「だ、黙れ!決定事項だ!これは神のご意志だ!逆らうことは許されん!

公よ!これ以上その異端者を庇うのであれば貴様も、いやアンカジそのものを!

異端認定することになるぞ!それでもよいのかっ!」

 

実に分かりやすい態度で喚きたてるフォルピン、これこそが中世の聖職者の、

ある意味あるべき姿だなと、妙な所で感心してしまうジータ。

 

「いいのだな?公よ、貴様はここで終わることになるぞ、いや」

 

いつの間にかランズィを守るかのように、彼の配下たちが周囲を固めていた、

どの顔も覚悟を完了させた、決然とした表情を見せて。

 

「貴様だけではない、貴様の部下もそれに与する者も全員終わる、神罰を受け尽く滅びるのだ」

「このアンカジに、自らを救ってくれた英雄を売るような恥知らずはいない、

神罰? 私が信仰する神は、そんな恥知らずをこそ裁くお方だと思っていたのだが?

司教殿の信仰する神とは異なるのかね?」

「……ほう?涜神の言を為すか、これで貴様らの運命は決まったわ!」

 

ランズィの宣戦布告とも受け取れる言葉を、態度で以って応じんとばかりに、

フォルピンは神殿騎士たちに攻撃の合図を送ろうとする、が、その時。

 

一人の神殿騎士のヘルメットにカツンとどこからか飛来した小石がぶつかる。

その音を皮切りに次々と石が飛来し、騎士達の甲冑を打っていく。

 

「ふざけるな!俺達の恩人を殺らせるかよ!」

「教会は何もしてくれなかったじゃない!なのに、助けてくれた使徒様を害そうなんて

正気じゃないわ!」

 

その石を放ったのは神殿騎士たちを包囲するかの如く集結した、

アンカジの住民たちだった、

 

「やめよ!アンカジの民よ!奴らは~~」

 

フォルビンが住民達の誤解を解こうと大声で叫ぼうとするが。

 

「我が愛すべき公国民達よ!聞け!彼らは、たった今、我らのオアシスを浄化してくれた!

我らのオアシスが彼等の尽力で戻ってきたのだ!そして、汚染された土地も!作物も!

全て浄化してくれるという!彼らは、我らのアンカジを取り戻してくれたのだ!

この場で多くは語れん!故に己の心で判断せよ!救国の英雄をこのまま殺させるか、

それとも守るかを!……私は、守ることにした!」

 

それを掻き消すかのようにランズィの言葉が、威厳と共に放たれ。

それに応じるかの如く、おおお!と、住民たちの叫びが唸りをあげ、

投石の雨はますます激しく騎士たちへと降り注いでゆく。

 

「何が異端者だ! お前らの方がよほど異端者だろうが!」

「きっと、異端者認定なんて何かの間違いよ!」

「香織様を守れ!」

「領主様に続け!」

「香織様、貴女にこの身を捧げますぅ!」

「おい、誰かビィズ会長を呼べ! "香織様にご奉仕し隊"を出してもらうんだ!」

 

良く分からない叫びも混じってはいたが、どうやら住民たちはフォルピンの言葉よりも、

目の前のランズィと香織一行を守ることを決意したようだった。

そして事態を知った住民たちが次々と集まっていく、国を、そして恩人たちを、

害さんとする者たちへの怒りを携えて。

 

「司教殿、これがアンカジの意思だ、先程の申し立て……聞いてはもらえませんかな?」

「ぬっ、ぐぅ……ただで済むとは思わないことだっ」

 

歯軋りと共にそう吐き捨てると、フォルピンは教会へと踵を返し、

その後を神殿騎士達が慌てて付いていく、その姿にアンカジの民衆たちは歓声を上げる。

 

「……本当によかったんですか?……別に」

「いやいや、その方が被害が甚大になったのではないかな?主に彼らにとって」

 

すごすごと引き下がる教会勢の背中を見ながら微笑むランズィ。

 

「なにせ君たちときたら、信じられないような魔法をいくつも使い、

未知の化け物をいとも簡単に屠り、大迷宮すらたった数日で攻略して戻ってくる上に、

勇者すら追い詰めた魔物を瞬殺したという報告も入っている、違わないかね?

それに先ほども言ったが、これは我らアンカジの意思だ、

この公国に住む者で貴殿等に感謝していない者などおらんからな」

 

そう言ってまた改めてハジメに頭を下げるランズィ、

照れ隠しで少し所在無げに頬を掻くハジメの手をジータが、そしてユエが握りしめる。

 

「これはね、ハジメちゃんが寂しい生き方を選んでなかったって証なんだよ」

「……んっ、だからハジメはもっと喜んでいい」

「俺は大したことは何もしていない、きっとそれは皆が導いてくれたからだ」

 

本当にそう思う、もしも自分の周りに誰もいなければ、

今、自分に付いてきてくれている彼女らの内の一人でも欠けていれば。

きっとこんな風にはならなかった、こんな風には思えなかった。

 

「じゃあ皆集まって」

 

と、ジータがまたおもむろにスマホと自撮り棒を取り出した時だった。

 

「どうやら俺の出る幕はなかったようだな」

 

ここに本来いる筈もないが、聞き覚えのある懐かしい声に二人は振り向く。

 

「メルドさん!」

「どうしてここに?」

 

そこには馬に跨ったメルドの姿があった、しかしその顔色は青白く、

身体は小刻みに震えている……典型的な熱中症の症状だ。

 

「坊主も嬢ちゃんも……それから香織も……元気で……」

 

精一杯の笑顔をハジメらに見せつつ、かろうじて自ら下馬すると

そのまま地に頽れるメルド。

 

「酷い熱……早く鎧を脱がせてあげて、それから水を!」

 

テキパキと指示を出す香織に言われるままに、ハジメはメルドの鎧を脱がしていく。

 

「ロギンス卿……まさか砂漠を突っ切って来たのか、何と無茶なことをなさる!」

「これは……」

 

ハジメがホルアドでの別れの際、改めて仕立て直した鎧と剣は、

さらなる強度と輝きを増している、こんなことが出来るのはハジメの知る限り一人しかいない。

ハジメの疑問に気が付いたか、香織の魔法により体力を回復させたメルドが、

ゆっくりと口を開く。

 

「良く聞いてくれ……実は」





風雲急を告げつつ、次回はなぜか水着回。


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使徒襲来(温泉編)


水着Verがあるのならば、やっぱりやっとかないと。



 

 

「落ち着きましたか」

「ああ、すまん、ありがとう」

 

香織から渡された浄化されたてのオアシスから汲まれた水を一息に飲み干すメルド、

その水には名産のフルーツの果汁や薬草が加えられており、その仄かな甘みが、

メルドの身体に活力を与えていく。

 

「で、何があったんですか、そもそもどうして」

 

こんな所にと言葉を続けようとしたジータを遮るかのように、

メルドは落ち着けと言わんばかりに、彼女の眼前へと掌を広げる。

 

「順を追って話す、まずは……」

 

と、メルドがハジメたちへと事情を語り始めた時より、遡ること数日。

 

 

「残す訪問地はあと一つだけ……それが終れば」

「ああ、戦いが始まるな」

 

この地に召喚されて以来、欠かすことなく書いている手記に、

ペンを走らせながらも、愛子は感慨深げに呟くが、

気を緩めるなとばかりに、すかさずカリオストロが窘める。

そんな彼女らを乗せた馬車は、快調に街道を飛ばしていた。

 

「ここから先は……砂漠だったか?」

「ええ、次の目的地がちょうど砂漠との境界線上にあるんです」

 

カリオストロの問いにチェイスが応じる。

 

「本来はそこで終わり、だったんですけどね、そこからがスタートになるなんて」

「聞かなければよかった……なんて思ってやしないだろうな?」

 

デビッドの言葉にチェイスはまさかと言わんばかりに肩を竦める。

 

「世界が変わる瞬間に立ち会えるかもしれないんですよ」

「変わるといや、そろそろこの景色も見納めか、おいお前ら」

 

砂漠に入る前に、この緑の風景を焼き付けておけと、

カリオストロは自分の背後に座っている筈の生徒たちへと呼びかけるが。

 

「寝かせといてやりましょう」

「ああ……束の間の休息だ」

 

心からの労わりと、哀れみに満ちた表情を浮かべながら、

デビッドとチェイスも後部座席へと視線を移す。

二人の視線の先にあるのは、優花や淳史たち愛ちゃん護衛隊の面々、

ウルでの出来事以来、カリオストロが面白半分かつ容赦なく課す、非人道な訓練の連続に、

彼らはもはや死屍累々といった有様で、馬車の座席に折り重なるようにして眠っている。

 

「うう……目ェ覚めちまった」

 

そんな中で淳史が身を起こそうとするが、もはやそんな余力も無いのか、

そのまま座席から滑り落ちるように床へとへたり込んでしまう。

 

「もーあっちゃんたらお寝相わるいぞっ!」

「……ちきしょう」

 

淳史とて、もうとっくにカリオストロの本性に気が付いているので、

コビコビの擬態、いや煽りには全くもって振り回されることはなく、

ただ捨て台詞を漏らすのみだ。

そんな淳史の様子にデビッドとチェイスは顔を見合わせ、小声で囁き合う。

 

(なんか、入団したての新人の頃を思い出すな)

(あそこまで酷くはありませんでしたけどね)

 

「まぁ淳史、そうボヤくな、次の宿はな、なんと温泉があるんだぞ」

「温泉かぁ」

 

元気づけるかのようなデビッドの言葉にも、淳史は未だ上の空のままだ。

 

「で、その温泉なんだがな……実は」

 

そこからは小声でデビッドは淳史へと耳打ちする。

 

「えっ!混浴っ!」

「声が大きい、ま、水着着用ではあるけどな」

「ふ~ん、あっちゃんはぁ、そんなにカリオストロのぉ、水着見たいんだぁ」

「うるせえよ……」

 

もはや気を遣う余裕もない淳史、そんな彼へとカリオストロは例の笑みを浮かべ、

無言で馬車の最後尾を見るよう促す。

そこには傍らにライフルを立掛け、背後の警戒にあたるシルヴァの姿があった。

 

「目当てはあっちだろ、ま、オレ様はそっちの需要がある体型じゃないからな、

むしろあると困るというか」

「それじゃ私にも需要が無いってことじゃないですか!」

「いや、先生こそむしろ合法……むぐぐ」

 

最近、体型の話になるとやたらと耳が鋭くなる愛子が、すかさず噛みついて来、

言い返そうとした淳史の口をカリオストロが塞ぐ。

 

「ま、自分で振って置いて何だが、需要とかそういう生々しい話は止めとこう」

「でもでもシルヴァさん……二十七歳でしょう」

 

二十七歳という数字が耳に届いたか、シルヴァの肩がピクリと動く。

 

「私と二つしか年齢変わらないんですよぉ、なのにあの差は一体何なんですか」

 

嘆息する愛子、全身全霊でデキる女を体現しているシルヴァは、

正しく女性にとっての一つの理想像のように愛子には思えてならなかった。

 

しかし、それが却って男性に取っては余りにも高値の花と思え、

ある種、遠くの山を眺めるような態度に終してしまうのは仕方がないことかもしれない。

実際、自身の能力に、日頃から自負を持ってならないデビッドらですら、

シルヴァの隣に立つと、その自信が霞み、気後れを覚えてしまうのだから。

 

「まぁ、アイツもアイツで色々コンプレックスは抱えてるのさ、例えば二十……ぐはっ!」

 

それ以上言わせないとばかりに、何処からか飛んできたゴム弾に眉間を撃たれ、

悶絶するカリオストロ。

痛みに顔を顰めるカリオストロの耳に、もう崖はいやぁ~~~と、

悲鳴のような優花の寝言が聞こえる、ともかく、そんな彼らの道中は概ね順調だった。

そして街に到着した彼らは、街の入口にて意外な人物と遭遇することとなる。

 

「メルドさん!何故ここに」

「おう、その声は先生か、久しぶりだな」

 

そう、こんな国境沿いの街に本来ならいるべきではない、いてはならない。

ハイリヒ王国騎士団長メルド・ロギンスその人の姿がそこにあった。

 

 

「魔人族のさらなる攻勢に備え、各衛星・独立都市との連携・支援について、

団長自ら赴き今一度密にすべし、との有難い仰せでな」

 

優花ら生徒たちに、まずはそれぞれの部屋に入るよう言いつけると、

大人たちはロビーで互いの状況を報告し合う。

 

「国家の軍事のトップたる騎士団長にドサ回りをさせるたぁ、さては何かやらかしたな」

 

意地悪く笑うカリオストロに対して、こちらは苦笑するメルド、

そう、確かにこれは一国の騎士団長のやるべきことではない、むしろ赴くのではなく、

こちらから呼びつけるのが筋なのだから。

 

「心当たりがありすぎてな……ま、名目は立派だが、要は更迭だな、

上に取ってはよほど俺の存在が疎ましいらしい」

「このような重大な時に、国防の重鎮たる騎士団長を辺境へと追いやるとは……やはり」

 

呻くようなデビッドの言葉をメルドは耳聡く聞き逃さない。

 

「そう、それだ、そのやはりの先が聞きたくってこっちに立ち寄ったんだ、

お前たちが俺によこした推薦状だが、危急の何かは伝われど、

核心部分は揃って抜け落ちて、いや隠している、そんな印象があったもんでな」

 

「それは、まだここでは……」

 

デビッドに代わり愛子が答える、やはり自分たちではなく当事者である

ハジメたちに説明して貰った方がいいと考えたのだ。

 

「ですが……メルドさん自身も王都で日々、そんな異変の兆しを、

肌に感じてらっしゃったのではないでしょうか?」

「……」

 

沈黙で応じるメルド、その沈黙には明らかな肯定の意と、そしてそんな中で、

己の本来の責務を半ば投げ出すことになってしまったという口惜しさが、

籠っていると愛子は思った。

そしてそんな渦中の中で不安な日々を過ごしているであろう、教え子たちのことを思うと、

彼女の胸は痛んでならない、まして光輝らが魔人族に敗北し、

あわやの所をハジメたちに救われたという話もすでに届いている。

この身に翼があれば、今すぐ生徒たちの元へ帰れるのにとの思いは日々大きくなるばかりだ。

 

だが、これは自分たちの生存を賭けた戦いである。

戦う力を持たぬ自分の存在がさらなる枷に、足手纏いになってはならない。

木乃伊取りが木乃伊にという言葉もあるのだ、いや……。

 

(やっぱり、私も結局死にたくない、命が惜しいだけなのかもしれません……)

 

「すまん……俺は半端な形でお前の生徒たちを……」

 

あのオルクスでの事だけではない、最後まで守る、決して戦場には送らないと、

己に誓っておきながら……肩を落とすメルド。

そんな彼の肩に愛子はそっと掌を置く、誰もが皆、ままならぬ中で足掻いているのだ、

責められる筈がない。

 

「ま、予算だけはたっぷり頂いて来たからな、こうして……この世界を

旅するのも悪くはない」

 

とはいえ沈んでばかりもいられないと、努めて明るい声を出すメルド。

 

「ところで、この後はどうするんだ?まさかノコノコと王都に戻るって腹積もりでもあるまい」

「このまま砂漠に入りアンカジへ向かいます、そこで」

「坊主や嬢ちゃんと合流ってことか、なら俺も同行させて貰おうかな」

「それは心強い、ですがまずは旅の疲れを癒して下さい」

 

チェイスは湯気が漂う外の様子をメルドへと示す、メルドも内心楽しみにしていたのだろう。

その表情から緊張が解けていくのが分かる。

 

「優花や淳史たちもきっと会えて嬉しいと思いますよ、さ、愛子も」

「わ~~い、おっふろ、おっふろ♪……ってテメェらは?」

 

愛子たちを促しつつも、ロビーから出ようとしないデビッドらを見とがめるカリオストロ。

 

「俺たちは例によって土地の司祭との顔合わせがあるからな」

「こんな時くらい少しはハメ外せよ、お決まりの文句言ってハンコ貰うだけだろ」

「あなたがハジケ過ぎなんですよ……」

 

とはいえどその忠実さ、嫌いじゃないぜとカリオストロはデビッドらに耳打ちする。

 

「愛子は長湯だからな……急がなくても間に合うぜ」

「!!」

「じゃあ待ってるからねっ♪」

 

カリオストロの後ろ姿が階下に消えたのを確認するや、

デビッドら四人はすかさず街の地図を、教会の場所を確認する、ここからこの距離ならば……。

 

「よし!行って戻って十五分で済ませるぞ!全員これより四十秒で支度だ!」

 

 

と、デビッドらが誓いを新たにした頃、露天風呂では。

 

「はーい、男子全員注目!」

 

フリルで飾られたセパレートタイプの水着に身を包んだ優花の声と、

 

「ゆ、優花……その、そんなに盛り上げられると恥ずかしいんだが……」

 

普段の凛々しき立ち振る舞いからは、まるで思いもつかない、

シルヴァのか細い声が脱衣所から聞こえてくる。

 

「ほらっ!覚悟を決めて、ね」

 

優花に手を握られ、そして奈々と妙子に背中を押され、

恥ずかし気ではあったが、それが隠し切れないいつもの凛々しさと相殺され、

なんとも涼やかな表情を浮かべた、水着姿のシルヴァが姿を現す。

 

その水着は、青のビキニと優美な脚線美を却って引き立たせるかのような長めのパレオ、

そして豊かな髪をビーチ帽で纏めている。

もちろんトレードマークの巨大ライフルは、しっかりと右腕に握られているが。

むしろその無骨なフォルムが、シルヴァ本人の女性的な美しさをさらに引き立てている。

 

ちなみにスレンダーな奈々はスポーティーな競泳タイプのワンピース水着で、

妙子はやや太目の体型を気にしてか、ゆったりとした、

身体のラインが隠れるタイプの水着を着用している。

 

「ど……どうかな、君たち?」

 

圧倒的なまでの美に、もはや言葉を失い呆然と立ち尽くす男子トリオへと問いかけるシルヴァ。

 

「す、少し……可愛らしすぎるかなと、思いもしたんだが」

「あ…あああ」

 

ようやく明人が喘ぎのような吐息を漏らす、淳史と昇は情けなくも固まったままだ。

 

「シルヴァさんはいつでも可愛いって、ね」

 

正気を保つのがやっと、そんな男子たちを見かねた優花が助け舟を送る。

 

「き……君たち、あまり私をからかっては…」

 

冷静沈着にして美貌のスナイパーが見せる、普段とは打って変わったその反応に、

優花たちは新鮮さと同時に、さらなる親しみやすさをシルヴァに覚えていた、

人間誰しも、完璧な存在が時折見せる隙のような物に弱いのだ。

事実、男子トリオもようやくいつも通りにシルヴァへと接することが出来そうな

雰囲気になって来ている。

 

が、そこで和らぎ始めたシルヴァの視線が、またいつもの鋭いものへと戻る。

いや、シルヴァだけではなく、優花や淳史たちも一様にその表情を険しい物へと変えている。

 

「優花」

 

シルヴァの問いかけに優花はコクリと頷く。

 

「何か変な気配がする……皆、武器を用意して」

 

そう言い終わるか終わらないかの内に、男性側の脱衣所で轟音が轟いた。

 

 

温泉など、いや、これほど長く王都や最前線から離れる日々が、

若き日の初陣以来あっただろうか?

 

(忙中閑あり、と言うが……)

 

自分では万事適当にやっていたつもりだったが、どうやらメルド・ロギンスという男は、

自分が思う以上に仕事熱心な男だったようだ。

そんなことを考えつつ、衣服を脱ぎながら、すぅと息を吸い込むと、

温泉特有の香りが肺の中を満たしていき、どこかウキウキとした気分も湧き出してくる。

 

(これが旅というやつか……)

 

もちろん任務の途中であることは忘れてはいない、が、

 

(いつか光輝たちにも……)

 

もしも全てを終わらせることが出来たその時には、彼らにも戦いだけではない、

この世界の美しさを見て貰いたい、そんな気分を覚えつつ、彼がパンツを脱衣所の籠に、

ポイと投げた時だった、鏡に映る自分の背後の影を察知したのは……。

 

流石に鎧や長剣を温泉に持ち込むつもりはなかったが、

それでも懐剣程度は持ち合わせてある、メルドはそっと籠を探り、短剣を取り出そうとする、

その時だった、まるで心臓を鷲掴みにされたような静かでいて圧倒的な死の気配が

自分の全身を支配したのは……それでも意識を保ったまま、

振り向くことが出来たのは歴戦の勇士の証か、果たしてそこにいたのは。

 

(天使?)

 

それは、自身に迫る生命の危機すら忘れさせる程の美しい女性の姿をしていた。

その身に鎧を纏い、背中には幾枚かの翼、そして透き通るかのような銀の髪、

しかしその表情は、まるで人形のように造り物めいて見えた。

 

そして死の気配を纏いし天使は、ゆっくりとメルドへと手を伸ばしながら歩み寄る。

一方のメルドの身体は、まるで凍り付いたように動かない、いや動けない。

 

(……ここが、こんなところが年貢の納め時か)

 

心残りは多々あれど、全裸で死ぬのは少し勘弁して貰いたい、と、

逃れえぬ死の予感の中であっても、口惜しさを覚えた時だった。

 

「死ぬのはテメェだぁ!」

 

叫びと共に脱衣所の壁をブチ破り、天使へと飛び蹴りをかますカリオストロ。

もっともその姿はスク水に加え、手にした洗面器にはヒヨコのおもちゃ、

さらにはシャンプーハットまで被った、かなり珍妙ないでたちではあったが。

 

ともかく渾身のキックを受け、盛大に吹っ飛ばされた天使の姿を、

カリオストロは八重歯を剥き出しにし、例の如く凶悪な笑みを浮かべ睨みつける。

 

「ついに尻尾を掴んだぞ、このアバズレストーカー女が、ブッ殺してやる」

 





次回、愛ちゃん護衛隊vs使徒


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愛ちゃん護衛隊vs使徒


但しイージーモードにはしております、
出来るだけ多くのキャラに活躍の機会を与えたいので。


 

カリオストロの空中ヤクザキックを受け、盛大に吹き飛ぶ天使、

しかしその程度で止まる相手ではない、すかさず体勢を立て直し、

無機質な瞳でメルドとカリオストロを見据えて、再び攻撃の機会を伺いだす。

 

「我は"神の使徒"主の盤上より不要な駒はここで排除します」

 

銀髪碧眼にして、その背に翼を広げた使徒は、その冷たい声音に相応しき、

無慈悲な宣告を二人へと送る、が、それが却ってカリオストロの意に沿ったらしい。

その喉からククク……と笑い声が漏れ始める。

ようやく十二分に暴れるに相応しい相手が出てきてくれた、と、言わんばかりの。

 

「わざわざそっちから唄いに訪ねてきてくれるたぁ、手間が省けるってもんだぜ」

「我は"神の使徒"主の盤上より不要な駒はここで排除します」

「……ほう」

 

カリオストロの眉が訝し気に歪む。

 

「ねぇねぇっ、昔々ねぇ、ある所にお爺さんとお婆さんが住んでたのっ、わかるっ♪」

「我は"神の使徒"主の盤上より不要な駒はここで排除します」

「チッ……デク人形が」

 

抑揚はおろか感情すら感じさせず、ただ同じセリフを繰り返すだけの

自我の無い人形を前に、みるみるうちにカリオストロの闘志と興味が萎えてくる、それに……。

 

(思わず食いついちまったが、そもそもあの王宮で感じた気配からして

……こんな小物の筈がねぇ、か)

 

「我は"神の使徒"主の盤上より……」

「それもういいよっ、折角来て貰って悪いんだけどぉ~もうカリオストロぉ、

お姉さんにご用はないからぁ」

 

カリオストロから笑顔が消え、その顔がまるでゴミを見るような不快げな表情へと変わる。

 

「……さっさと死ね」

 

カリオストロが指を鳴らした瞬間、使徒の足元から無数の剣槍が

林の如く生い茂り、瞬時にその身体を串刺しにする。

それはかつて檜山らに披露した物とは、密度も威力もまるで違っていた。

 

(ま、テメェが、オレ様の思った通りの奴ならこの程度じゃあ…止められなかっただろうが)

 

「これが来るって思ってなかったでしょ、えへっ♪……そんな上等なオツムなんざ

持ち合わせてねぇだろうからな」

「わ……は…と、ばん……」

 

刃によって半ば切断された首をぶら下げながら、それでも使徒は繰り返しを止めない、

何が起きたのか理解出来てない、いやもしかすると理解する機能すらないのかもしれない。

そんな使徒の様子にカリオストロは小さく溜息を吐くと、空中から剣を取り出し、

使徒の首を止めとばかりに斬り落とし、そのまま優花たちがいる露天風呂の方へと、

視線を移す、目の前のデク人形とほぼ同じ程度の気配を感じる、

どうやら団体でのお出ましだった様だ。

 

『君は加勢しなくていいのか』

 

シルヴァからの念話がカリオストロの耳へと届く、優花たちのことを言っているのだろう。

 

『お前が見た感じ、どうだ?』

『なかなか良くやっているよ、彼らは、だが』

 

シルヴァが言うなら本当なのだろう、ひとまず胸を撫でおろすカリオストロ。

 

『止めはこちらで刺すべきだな、人の姿をした者を討つのは、まだ彼らには荷が重かろう』

『お前は周囲の警戒を頼む、多分こいつらを操ってる奴がいる筈だ』

『さらに空中に一体、こちらに向かって来てるな』

『かまわん、撃て』

 

 

温泉宿が招かれざる客の乱入によって戦場となろうとしていた頃。

 

まるでダンスのステップのように、横並びでその足をシンクロさせながら、

デビッド、チェイス、クリス、ジェイドの四騎士は、

息を弾ませ目的地である教会へと向かっていた。

 

騎士たるものは、急ぎはしても走らないもの、街中ならば尚更のこと、

もっとも彼らのその頭の中は、

 

(愛子、愛子)(温泉、温泉)(混浴、混浴)(水着、水着)

 

と、言った風に煩悩塗れであったが。

 

「このまま真っすぐ行った突き当りが教会です」

「よし、省略できる文言は全部省くぞ」

 

と、四人が互いの煩悩、いや、思いを一つにした時だった。

頭上で閃光が一瞬走り、そして彼らの行く手を阻むように、

翼を生やした女が路上へと降り立ち……いや、墜落した。

 

「!!」

 

ここ数週間、様々な物を否応なしに(主にカリオストロのせいだが)目にしてしまい、

非現実的な光景には、そろそろ慣れつつあったデビッドらであったが、

それでもこんな派手なシーンが目の前で展開されれば、

煩悩は一気に醒め、現実に戻らざるを得ない。

 

デビッドの無言の目配せで、四人は即座に戦闘態勢へと移行しようとする、

と、その間にも女は手に剣を握りしめ、よろよろと起き上がる。

 

「イ……ラー……排……ギュ………す」

 

美しいがまるで抑揚も感情も無い、そんな無機質な声を放ちながら。

 

そんな中でも、やはり"慣れ"なのか、それではうまくしゃべれまいと、

妙に冷静な感想を頭に浮かべるデビッドら、

何故ならば目の前の女の、残りの箇所を見るに、恐らく美しかったであろうその頭は、

その殆どが吹き飛ばされ、明らかに人間のそれとは違う異様な物体が、

傷口からピクピクと覗いていたのだから、

どうやら人間とは、余りにも理解を越えた存在を目にしてしまうと、

却って醒めてしまう生き物らしい。

 

「……排除とか何とか言ってるように聞こえるな」

 

女の背中の翼と鎧は、神殿に代々伝わる絵巻物で見たエヒト神の使徒にそっくりである。

 

「どうやら我らが"神"が直接罰を下しに来たようですな、不届き者に」

「ということはいよいよ、我ら四人、覚悟を決める時が来たようですね」

「抜かせ!我らが信を捧ぐ女神はただ一人のみ!全員、抜剣せよ!」

 

デビッドの号令と同時に四人は抜剣し、四方向から使徒へと斬りかかる。

 

「イ……ラー……排……ギュ………す」

 

よろよろと、しかし流石は神の使徒である、一度は四人の斬撃を交わし、

反撃の剣を叩き込むが、しかし、ハジメのさらにはカリオストロの手により、

錬成、強化された武具は、その刃を弾き、逆に彼らの返す刃は、その鎧を斬り裂いた。

もっともすでに頭を撃ち抜かれている以上、本来の力ではないのだろうが。

 

ともかく、四人の騎士から、前後左右に致命の一撃を受け、

使徒は全身を血で染め、また地上に倒れ伏す……かに、見えた。

 

「こいつ……動くぞ」

 

人間ならば明らかに致命の斬撃を四発もその身に受けながらも、

使徒は尚も這いずるように、その身をのたつかせている、

 

「ギュ……………ギュ………ギュ……」

 

その壮絶かつ悍ましい姿に、止めを刺すことも忘れ、

デビッドらはただ呆然と立ち尽くすしかなく、そんな彼らが我に返ったのは、

使徒の声と動きが完全に止まった後だった。

 

「……俺たちは、いや、この世界の人々はこんな汚らわしい物を崇めていたのか…」

 

使徒の残骸を見やり、ポツリと呟くデビッド、その腕へとチェイスが手をやる。

促されるまま振り向くと、高台にある温泉宿でも戦火が上がっているのが、

彼らの目にも見て取れる。

 

「……」

「我々では足手纏いにしかなりませんよ、それよりも」

 

そうだ、今やらねばならぬことは、出来ることは……デビッドは剣を天へと掲げて叫ぶ。

 

「今、この時より神殿騎士の権限により、この区画及び、教会を封鎖するっ!

許可あるまでは一切の立ち入り及び、通行は禁止とするっ!」

 

 

そして脱衣所と道路の戦いが一段落し、露天風呂では、

優花たち愛ちゃん護衛隊と使徒との戦いが繰り広げられていた。

 

「こいつ俺たちには構ってないみたいだな」

「狙いは愛ちゃんね、だったら」

「出来る限りここでコイツを足止めするのよ!」

 

しつこく纏わりつくように自身を取り囲んでいく優花たちに焦れた使徒は、

空中へと逃れようとするが。

 

「させないっ!」

 

妙子の鞭がその足を捉えて動きを封じ、さらに優花が投擲した短剣を何本か身体に受け、

身を捩ったまま、お湯の中へと墜落してしまう。

そこに間髪入れず奈々が氷塊を次々と生成しては落とし込んでゆく。

 

「そのままカチンコチンになっちゃいな!」

 

しかしこのまま氷漬けにされるわけにはいかないと、

使徒は氷礫をその身に受けながらも一気に跳躍し、奈々へと剣の切っ先を向けるが。

 

「俺たち男子だっているんだ!」

 

淳史と明人がすかさずカバーに動き、奈々へと振り下ろされようとしていた剣を受け止め、

さらに横合いから昇が援護の魔法を放つ。

 

「やれる……俺たちやれてる、こんな強そうなのとでも戦えてる」

 

充実感に満ちた表情の六人、もちろん彼らの操る武器には、騎士たち同様に、

さらなる強化・改造が施され、かつ現在の彼らの身体には、

カリオストロのバフが掛けられている状態ではある。

しかしそれらを差し引いても、カリオストロの課した地獄の特訓は、

確実に彼らを成長させていた。

 

 

『いいっ、愛ちゃん護衛隊はねぇみんなで一つだよっ、一つ一つのちっちゃな火も

重なりあえば、でっかい炎になるんだよっ、だから……キリキリ気合い入れろよな

ここにいない幸利の分も……ククク』

 

 

とはいえど、いかにカリオストロとて、この短期間に各人の能力を飛躍的に向上させるのは、

不可能だ、何より付け焼き刃では意味がない、従って彼女?は、

徹底的に彼らの連携を鍛え上げたのだった。

 

「……手ごろな崖があると言っては突き落とされたり」

 

思わず涙目になる優花。

 

「毎朝、ウロボロスに追いかけ回されたりは決して無駄じゃなかったんだなぁ」

 

こちらも感慨深げに呟く淳史、それら前近代的にして非人間的な特訓の数々が、

果たして自身らの強化に繋がるのか、若干疑問には感じていたが、

こうして結果が出てしまっている以上、文句を言うのは憚られた。

 

そんな彼らの様子を見つめるメルド、その表情は優花たちとは違い、

僅かではあったが、忸怩たる思いを抱えているようにも見えた。

 

「気にするな、ガキ連中はお前らにとっては"お客様"でもあったわけだからな、

あまり思うようには出来なかったんだろ」

「お客様……か」

 

確かに子供たちの機嫌を損ねるようなことはするなと、王宮や神殿のお偉方に、

暗に言い含められていたのも事実であった。

何よりメルド自身も彼らの顔を見た時、正直困惑したのを思い出す。

まさかあそこまで戦いに無縁な少年少女が召喚されるとは思ってなかったからだ。

 

ゆえに本来施すべき、施したい訓練課程は、上層部への忖度や、

子供たちへの同情により、光輝や雫ら一部を除き、メルドらにしてみれば、

骨抜きとしか思えない内容にせざるを得なかった、

もっとも戦を知らぬ子供たちには、充分厳しい物であったが。

 

その後、様々な出来事を経て、ようやく自身の思い通りの訓練カリキュラム、

より生存、連携を重視した物へとシフト出来る、と、思った矢先の更迭である。

子供たちを残し、王都から離れねばならなかったメルドの心中は、

カリオストロにとっても、察して余りあった。

 

「よし、お前ら上出来だ、あとはオレ様に任せろ」

 

ともあれ、自身が手掛けた愛ちゃん護衛隊の戦果に満足げに頷くと、

カリオストロは目の前の使徒の頭上に、岩石を錬成し始める、

一思いに頭を潰そうということなのだろう。

 

「お前ら怖かったら目ェ閉じとけ、あんまり気分のいいもんじゃないぞ」

 

その言葉に優花が、自身の傍らに立つ愛子の目をそっと掌で塞ぐ。

その時だった。

 

「上ッ!」

 

シルヴァが叫んだ瞬間、使徒の頭蓋が爆ぜ、強烈な閃光が周囲を包んだ。

 

(くっ……スタン攻撃!だがっ!)

 

カリオストロは瞬時に自分たちの周囲に剣の壁を展開する、と、同時に、

恐るべき速度でおそらくは量産型、端末に過ぎない目の前の使徒とは、

段違いの強烈なプレッシャーが迫るのが分かる、それは紛うことなく、

幾度となく王宮で感じていた視線の主が、放っていたものと同じだった。

 

壁が砕かれる音と、そして耳に届く小さな悲鳴、そして急速に遠ざかるプレッシャー。

 

「皆無事かっ!」

 

視界を奪われていたのは僅か数瞬、だがそれは相手にとって充分過ぎる時間の筈。

 

「愛ちゃんと、それから園部さんがっ……」

 

喘ぐような奈々の声、見ると二人を小脇に抱え地上スレスレを飛び、

逃げに徹する使徒の姿が目に入る。

すかさずシルヴァがライフルを構え、カリオストロがウロボロスを追撃に向かわせる。

 

「二人ともすまない、多少のケガは覚悟してくれ」

 

シルヴァの照準が使徒の後頭部を捉え、一切の逡巡なくシルヴァはトリガーを引く、

だが、またしてもカリオストロの言う所の"端末"が、シルヴァの弾道を身体で塞ぎ、

胴に大穴を穿かれその身体を四散させる、しかしそれでも"端末"の身体を貫いた弾丸は、

"本命"の翼を撃ち抜いたかに見えた。

 

「やったん……ですか」

「……いや、一人は捕まったままだ」

 

昇の問いに、柳眉をひそめ肩を落とすシルヴァ。

やがて愛子を口に咥えたウロボロスが戻って来る、しかし助かったと手放しで表現するには、

憚られる程の、悲痛な表情を浮かべる愛子の姿に、

誰もその無事を労う声を掛けることは出来なかった。

 

「園部さんが……私を庇って、しかも二度も」

 

まずは最初、目を塞がれていたがゆえに、閃光を受けずに済んだ愛子は見てしまったのだ、

咄嗟に優花が自分へと覆いかぶさる姿を、そして二度目は空中。

シルヴァの狙撃が至近距離を掠め、体勢をぐらつかせた使徒は一瞬ではあったが、

二人を宙へ手放してしまう。

 

(狙いは愛ちゃん?だったら!)

 

使徒が手を伸ばした瞬間、優花は体勢を入れ替え、

かつ、愛子を使徒の手の届かぬ位置へと、渾身の力でもって蹴り飛ばしたのである。

従って愛子を掴む筈だった使徒の腕は、代わりに優花を掴むことになってしまう。

その結果に一瞬使徒は逡巡するような仕草を見せるが、止むを得ないと納得したか、

優花を抱え、王都の方角へ飛び去って行き、その一部始終を、

愛子はただ見ていることしか出来なかった。

 

「けど……俺たちは愛ちゃん護衛隊、つまり先生を守るために…ここまでやって来たんだ」

「優花ちゃんは、その役目を果たしたのよ、だから先生……」

「仁科君!宮崎さん!二人ともなんてことをっ!」

 

余りに非情に聞こえる二人の物言いに、思わず愛子と言えども声を荒げてしまうが、

彼らだけではなく、妙子や淳史、昇らのj忸怩たる表情を目の当たりにし、

それが己に言い聞かせるための建前であることを察知する。

 

(……ごめんなさい、一番辛いのはむしろ皆さんの筈……)

 

「まーまー建前は置いといてぇ~♪、ダチを攫われといて黙ってそのままにしておく

護衛隊かァ!テメェら!」

「全員で生きて君たちの仲間、清水幸利を迎えに行く、そう君らは誓った筈だ」

 

カリオストロとシルヴァの激に全員が力強く頷く。

 

「皆さん……」

 

僅か短期間で信じられぬほど逞しい姿を見せる様になった教え子たちの姿に、

思わず目頭を拭う愛子、立場上戦いを煽るようなことは口にするまいと心がけてはいるが、

それでもその心は教え子たちと同じである。

 

(神様……いいえ、相手が誰であってもこの子たちを決して渡すわけにはっ)

 

そこに。

 

「い、一大事、一大事ですっ」

 

四騎士の一人、クリスが息せき切って駆け込んできた、

教会から押収した、異端認定の書類を持って。

 

 

「と、いう顛末だ」

 

長い語りを終え、車のシートにもたれ掛かるメルド、話の途中で、

事は一刻を争うと判断したハジメらは、メルドの体力が回復したとみるや、

ランズィへの挨拶もそこそこに、アンカジを出立したのであった。

 

「でも一人でここまで来るなんてムチャし過ぎですよ」

「最初から一人旅だったわけじゃないぞ」

 

メルド曰く、途中まではアンカジに向かうキャラバンと同行していたのだそうだが、

アンカジが近づくにつれ、逸る気持ちを抑えられず。

 

「ああいうことになったと」

「もし香織がいてくれなかったら、今頃俺はまだベッドの上……うん?」

 

そこでメルドは香織の姿を見て、少し小首を傾げる。

ちなみに香織の姿は、カラコンに加えて染髪した状態のままだ。

 

「なんか、雰囲気が変わったというか、そんな肌白かったか?」

「そ、それは追々説明しますから」

 

どの道、この後、愛子たちにも同じことを説明というか、釈明しないとならない。

若干の気の重さを抱えつつも、ここではジータは言葉を濁す。

 

「で、本当にこの方向でいいのか?」

 

彼らは指定された合流地点へ向け、グリューエン砂漠を北へと向かっている、

そこから王都へは遠回りになる筈だと、ハジメは疑問を抱くが。

 

「ああ、主要街道はすでに封鎖されてるとみるべきだ」

 

国防を一手に担う騎士団長の言葉である、充分信用に価するといっていい。

ただ兵の配置から見て、北側の間道を抜ければ、恐らく王都までは、

戦うことなく辿り着けるであろうとも。

 

 





最初は愛ちゃんがさらわれる予定だったのですが
優花ならこうするだろうなと思い、予定変更となりました。


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敵は王都にあり


鬼滅コラボですが、善逸のアビリティ構成はどうなるのか?
三つとも壱の型なのか?それともアビリティ使って寝るのかな?


 

 

 

「で…その、シモン・リベラールって方は信用できるんですか?」

「何年か前にイシュタルと揉めて僻地に飛ばされた、という程度の話だがな」

 

ハジメたちはグリューエン砂漠北部にある小さな街に到着していた。

街といっても今にも崩れ落ちそうな土塀や、すでに枯れているであろう井戸が、

砂漠の熱風に吹きっ晒しとなっており、その風や砂を避けるかのように、

斜面に何軒かの家が申し訳程度に立っているだけの、まさしく僻地である。

 

とてもじゃないが、司祭にまで昇りつめた男の赴任地とは思えない。

 

「これは……恨むよねぇ」

 

ジータとしては敵の敵は味方という論法で、強引に協力を依頼するのはどうだろうかと、

思わざるを得なかったが、この街?の惨状を見る限り、

流石に文句の一つくらいは言いたい筈ではないだろうか。

 

「ホント、今にもストールを巻いた盗賊団でも物陰から現れそう……」

 

と、ジータが冗談めかして言った時だった、

塀の向こうから本当にストールで顔を隠した男が姿を現したのは。

 

「?」

 

ハジメが腑に落ちないような表情を見せつつも、瞬時にドンナーを構える中、

それに気づいた男は驚いたように両手を上げる。

 

「わー待った待った待った、俺、俺俺っ、オレだって」

 

まるでオレオレ詐欺のような言葉を繰り返す男、

ハジメはその声を聞くと、呆れ顔でドンナーを収納する。

 

「お前、バァちゃんから幾ら騙し取るつもりだ」

「俺だよ俺、相川」

 

ストールをずらして素顔を晒し駆け寄る昇、とはいえど

我ながらストールを顔一面に巻きつけ、目だけを覗かせた姿は、

まるで砂漠のゲリラか何かだなと見張りがてら、少し気分を味わっていた矢先のことなので、

その声には、ややバツの悪さが籠っていたが。

 

「で、シモン殿と話は付いたのか?」

 

メルドの問いかけに昇は頷く。

 

「ああ、意外な人が口を利いてくれた、いや下さったかな」

「意外な人?」

 

ジータの言葉に昇は、何かとっておきのドッキリを思いついたような顔を見せる。

 

「ああ、きっと驚くぜ、あ、それはそうと」

 

昇はハジメたちにもストールを手渡す。

 

「お尋ね者だろ、一応な」

 

確かに異端者を匿った、などということが明るみになれば、

この街の人々はタダでは済まなくなるかもしれない、アンカジは特別だったのだ。

致し方ないなと、ハジメらは顔にストールを巻き付けて行くのであった。

 

昇に案内された教会は、朽ちかけた街の物にしては、

そこそこ立派な感じに思えた、ただし近くに寄るにつれ、痛々しいまでの修繕の跡が見えたが。

 

「ゆっくりな」

 

壁のヒビを隠すかのように貼り付けられた、檜山の手配ポスターを見ながら、

ギシギシと軋む祭壇の奥の階段を下り。

 

「先生、みんなを連れて来たよ」

 

ハジメたちは昇に続き地下室へと入る、と、愛子とカリオストロが出迎えてくれる。

やはり顔をストールで隠して。

 

「南雲君、蒼野さんっ、それにユエさんたちも、よく無事で」

「コイツらがそう簡単にくたばるかよ、ククク」

 

ランプに赤々と照らされた地下室は意外と広く、こういう秘密の会議などには

広さ的にも雰囲気的にも、おあつらえ向きと言えた。

壁には本棚が並んでおり、インクの据えた匂いがそこから放たれており、

中央の大机には、地図や書物が所狭しと広げられ、

そんな中を、揃いも揃ってストールで顔を隠した護衛隊の面々は、

正しく砂漠のゲリラか、盗賊団そのものの姿に見えた。

 

(皆浸るなぁ……ううん)

 

そうでもなければ、不埒であってもそんな気分になりきらなければ、やっていけないのだろう。

正直、誰が誰だかなのは少し困りものではあったが……、

そんな中で一人の人物が、息苦しくなったがストールを解き、素顔を見せる。

 

「姫様!」「リリィ!」

「その声はメルドに、そして香織ですね」

 

彼らが何を驚いているのかピンとこなかったジータだが、

徐々に僅かな期間であったが過ごした王宮での日々や、そして出会った人物の姿が甦って来る。

 

「あ!姫様」

 

そう、彼らの目の前の人物こそ。

 

ハイリヒ王国王女リリアーナ・S・B・ハイリヒ、その人だった。

 

「へへーん、驚いたろ?お姫様がシモンさんと知り合いでさ、俺たちの代わりに、

頼んでくれたんだ」

 

少し自慢気に胸を張る昇。

 

「でも、どうしてお姫様がこんなところに?」

「それは……」

 

あの温泉宿での出来事の後、愛子たちはより本格的な砂漠用の装備を揃えるべく、

事前に連絡をつけて置いたキャラバンらへと接触するため、

直接北へは向かわずに、一度南下することにした。

 

「そこで姫様が盗賊に襲われていたのを、俺たちが助けたんだ」

「だよな!淳史」

 

俺たちだって、これくらいやれるようになったんだぜと、

誇らしげに口にする淳史と明人。

 

「何調子こいてやがる、殆どオレ様とシルヴァが片付けたんだろうが」

 

すかさずカリオストロがそんな二人にツッコミを入れるが、

それでもその言葉は決してフカシではないことは、ハジメたちも充分に伝わった。

 

(皆も頑張ってるんだなぁ)

 

そんな思いを抱きつつもジータは、リリアーナへとさらなる質問をぶつけ、

そしてその一つ一つについて、リリアーナは丁寧に答えていく。

彼女の話を要約するとこうだ。

 

光輝が、そしてメルドが王宮を離れて以降、

どことなく感じていた王宮内の空気の違和感が一段と大きくなり、

それと同じくして彼女の父であるエリヒド国王を始めとする、宰相や他の重鎮たちらが

今まで以上に聖教教会に傾倒し、

時折、熱に浮かされたように"エヒト様"を崇めるようになっていった。

 

「それだけなら、まだ納得は出来たんです……ご存知の通り、

私たち王国は魔人族に劣勢を強いられてましたから」

 

劣勢を打開するために、教会との連携を深める、その影響で、

信仰心が高まったのだろうと、しかし、そんな中。

 

「ハジメさんの異端者認定が強引かつ、満場一致で可決されてしまったのです」

 

有り得ない決議に、当然リリアーナは父であるエリヒドに猛抗議をしたが。

 

「何を言っても耳を貸して貰えず……それに私にまで、信仰心が足りないと……」

 

恐怖に頭を抱えるリリアーナ、あの自分を見る父の目は、娘への眼差しではなかった。

そう、まさに敵を見るような目だった。

そんな四面楚歌の状況の中、唯一頼れる人物は……。

 

「それで単身アンカジを目指されたと」

「ええ、そこでメルドを待って、此度の異変について伝えたいと」

「しかし何故わざわざ私めを?アランやホセに充分引き継いで置いた筈ですが」

 

自身が全幅の信頼を置く、腹心らの名前をメルドは出す、

彼らの力量、忠誠が物足りぬとは思えない。

 

「それだけではないのです、メルドが去ってからというもの、

王宮内で妙に覇気や生気を感じられない騎士や兵士たちが日に日に増えていってるのです

アランやホセも姿を見かけなくなって……」

「さぞ……お心細く、お辛い思いをされたのでしょう、姫様、ですが、

今はこのメルドめが、お傍におり申す」

 

自分の体を抱きしめて恐怖に震えるリリアーナ、そんな彼女の前に跪き、

静かに、しかし力強くメルドは宣言する。

自身の配下たちの異変を耳にしていながら、一切の動揺を感じさせることなく、

まず第一に主君を、いや他者を労わる、その姿こそ、

まさに騎士の精神を感じさせた。

 

「私だってついてるから、リリィ」

 

負けじと香織もリリアーナを抱きしめる。

 

「香織……」

 

そこで地下室の扉を足で開きながら、この教会の主、シモン・リベラ―ルが、

姿を見せる、両手に茶道具を持って。

 

「皆様お揃いということで、ひとまずお茶にしませんかな、それとストールは、

そろそろお外しになられては?これでは誰が誰だかまるで分かりませんからな」

 

ともかくグリューエン砂漠北部の小さな教会、

そこは現在異端どものアジトと化しつつあった。

 

 

「……」

 

ハジメたちは今度は包み隠すことなく、映像を交えつつ、

自分たちの掴んだ真実を愛子たちへと伝えた。

 

シモンは歴史にも通じているらしく、メルジーネでの海戦や、

そしてアレイスト王のことも、伝説上の話ではあるが、おそらく真実であろうと、

解説してくれた。

 

「アレイスト王は晩年、狂気に侵されその身に千もの傷を自ら刻み、

命を絶ったと伝えられておるが…」

「用が済んだら正気に戻しやがったんだろうな、ひでぇことしやがるぜ」

 

忌々し気に吐き捨てるカリオストロ。

自らが望み、願った平和を、自らの手で壊してしまった……。

その時の王の気持ちを、己の手で己を罰さずにはいられなかった心境を想像すると、

ジータもまた胸が張り裂けそうな思いと、神への怒りがふつふつと湧いてくる。

 

「多分、その……俺たちがメルジーネで見たようなことが王宮で起きようとしてるんだと思う」

「ああ……お父様」

 

両掌で顔を覆い嘆息するリリアーナ、ハジメに言われずとも理解出来る。

今の父たちの状態は、まさに神に魅入られし者の姿そのものだったからだ。

 

「リリィ……」

 

今にも崩れそうなリリアーナの身体を香織が支える。

正直な話、香織の姿をここで目にした時、リリアーナは、いや、誰もが一瞬戸惑った、

その白く変貌した姿もだが、香織の中に、以前とは違う、

異質な何かが混ざってしまったような感覚を覚えたからだ。

しかし、その腕の中から伝わる温もりは、そして慈しみの微笑は、

間違いなく以前の香織そのものだった。

 

そんな二人の様子を見ながらハジメは改めて思う。

もう、この世界の住人は自分たちにとって関係のない、顔も知らない他人の一言で、

済ませることは出来そうにないと。

 

まして優花が攫われた原因も、またおそらく自分たちにある、

彼女が自分をおびき寄せるための人質であろうことは、容易に推察できた。

 

「どの道神山に乗り込む予定だったんだ、仕事が多少増えたと思えばいい」

「宜しいのですか?」

 

リリアーナの確認に、ハジメに代ってジータが答える。

 

「私たちの友達のためです、王国のためではありません」

 

きっぱりとした口調ではあったが、その友達の中には、

自分の親友である香織の友達であるリリアーナも入っている。

 

「そして、あくまで私たちの最終目的は故郷への帰還です」

 

愛子も頷き、ジータに続く。

 

「必要以上に私たちも、そして生徒たちも、皆さんの世直しに関わるつもりも、

関わらせるつもりはありません」

 

逆にいえば、必要ならば協力は惜しまないということだ。

 

「えーっと、じゃあ玉井くんたちは……」

 

本来の予定ではアンカジに優花たちを預かって貰い、

カリオストロとシルヴァ、そして愛子のみを伴い、王都に、

神山に乗り込むつもりだったのだが……。

しかし鼻息を荒くする彼らの姿を見るに、その答えは聞くまでもなかった。

 

「止めても……退かないよね」

「もうこうなっちゃった以上、多分……この世界で一番安全なのは、

蒼野さんたちの傍だと思う」

 

少し申し訳なさそうな顔を見せる妙子、

教室でも殆ど交流がなかったジータやハジメに頼るのは、

今でもやはり抵抗があるのかもしれない。

 

「それに、俺たちだって園部さんを攫われて、黙って待ってなんかいられないんだ」

「……じゃあ、皆を一人前として扱ってもいいかな?」

 

それは、自分の身は自分で守れということ、

その言葉に六人はそれぞれ多少の間はあったものの、いずれも強くジータへと頷いた。

 

そしてメルドら騎士五人は互いに頷きあうと、改めてリリアーナの前に

その剣を捧げ持って傅く。

 

「姫様、いえ姫殿下にはお覚悟、そしてご決断を」

 

彼らの恭しき態度の中の言外の意味を取り、リリアーナの表情が引き締まる。

そう、事情を知らぬ大半の者に取っては、これから行われることは、

紛れもなく謀反にして簒奪、クーデターにしか映らないであろう。

 

しかし、"真実"を世間に公表して誰が信じるというのか?

いや、信じて貰えない方がまだ若干マシだ、自分たちが背教者の烙印を押されるだけで済む。

下手に受け入れられてしまえば、信じる神に裏切られたという絶望が地を覆い、

自ら人間たちは自壊・滅びの道を歩むだろう。

 

リリアーナは決断を迫る騎士たちの姿を見る、

自分だけが簒奪者の汚名を着るのならばともかく、

この勇敢かつ将来ある五人の騎士たちまでもが、歴史に汚名を刻むことに、

成り兼ねないのだ……しかし、それでも。

 

「皆の命を、名誉を私に下さい、国家が国家としてあるべき姿を取り戻すために」

 

そして、人が神の馘を断ち切るための第一歩を刻むために。

 

その力強い言葉に、五人は剣を収め改めて跪き、

さらにリリアーナは続ける、今度はハジメたち、いやこの場にいる地球人に向けて。

 

「ハイリヒ王国の名において宣言します!此度の件、収拾の暁には、

皆様の王国における行動の自由と、そして帰還のための全面的な援助を約束すると」

 

リリアーナの思い切った言葉に、驚きの表情でハジメとジータは顔を見合わせる。

 

「これは……」

「協力しないわけにはいかないよね」

 

いかに魅力的な報酬であっても、自分たちが一敗地に塗れれば当然話は反古となるのだから。

 

「でしたらば……さらにもう一つお願いしたいことがあります」

 

そこで、さらに愛子が動く。

 

「王国領に於ける全ての亜人たちに、フェアベルゲンへの帰還を許すことと、

この地で暮らすことを望む者には、人間と同等の権利を与えることを約束して下さい」

 

この世界の原理原則や、それに基づく主義主張には思う所があれど、

この世界の住人ではなく、いわば稀人である自分たちは決して口を出さない、

そう自らに課してきた愛子であったが、どうしても奴隷制だけは、

行先の街々で差別を受ける亜人たちの姿には、我慢を押さえることが出来なかったのだ。

 

「……それは」

 

愛子の意外な申し出に少し口籠るリリアーナ。

 

「もちろん、今すぐにとは言いません」

 

亜人たちの中には数世代にも渡って、人間の世界で暮らしている者たちもいる、

そんな彼らに、いきなり森へお帰りと言うわけにもいかない。

だからといって、今日から人間と同じだと権利だけを与えても意味はない、

権利を理解するため、そして奴隷ではなく、一個人として生きる糧を得るための教育と、

なおかつ、彼らが自立するための雇用もまた必要となる。

 

それらが一朝一夕では成し得るものではなく、

数十年単位で地道に築き上げていかねばならぬことは、愛子も理解している。

だが……それでもせめて言質は取っておきたかった。

 

「分かりました、出来うる限り早く、亜人たちの解放が為されるよう約束します」

 

暫しの沈黙の後、微笑みを浮かべ愛子の要求を快諾するリリアーナ、

もしかすると、彼女自身も亜人差別に関しては思う所があったのかもしれない。

 

話が決まれば後は早い、各自テキパキと準備が整えられてゆく。

 

「思った以上に事は一刻を争う、やはり」

 

メルドの指が最短距離で地図を辿っていく。

 

「いや、先に教えて貰った通り、北側から王都に向かおう、それほど時間に差は出ない筈だ」

「……しかし」

「……待ち構えてるのは、あんたたちの……だろ?」

 

遭遇すれば、血が流れることになるのは避けられない、

だが、ハジメたちに取っては行く手を遮る敵でしかないが、

メルドやデビットらにとっては、同僚を相手にすることになるのだ。

 

「すまない」

「避けて通れない戦いがあるなら、避けられる戦いは避けないとな」

 

そう、流れる血は少ないに越したことは無い、

その先に、避けられぬ流血が待ち受けているのなら、尚の事。

 

「テメェの写し身にゃ随分と手を焼かされたぜ」

「わたちとしても、あんなガチムチになってるとは思いもよらなかった」

 

カリオストロとシャレムは知り合いなのか、何やら話し込んでいる。

 

(……そりゃ長く生きてれば知り合いも多くなるよね)

 

そんな二人の様子をやや手持無沙汰な中で眺めるジータへと、シモンが声を掛ける。

 

「待たせたの、神殿の見取り図はこれじゃ」

 

ジータの前に広げられた見取り図だが、案の定空白だらけである。

神殿、そして神山そのものが未だ未踏破、未調査の箇所が多く、

半ばブラックボックスと化しているらしい。

 

(そりゃ大迷宮だってあるんだもの)

 

そこでジータは少し腑に落ちずにいたところを、思い切ってシモンに聞いてみる。

 

「どうして、シモンさんはそんなに私たちに協力してくれるんですか?」

 

最初は左遷の鬱憤を晴らそうとしていると思ってたのだが。

この老人の言動に、そういった負の感情は伝わってこない。

かといってリリアーナや自分たちに、それほど思い入れてる風でもない、

ただただ自然なのだ、まるであらかじめ自分がそうしなければならないかの如くに。

 

「運命、いや…血じゃよ」

 

ただしみじみと、シモンはどこか遠い目をして、ジータにそう答える。

そんな老人の言葉にジータは少し興味が湧いてきたが、

それ以上語らないのに、こちらから聞くのは野暮なように思えた。

 

「ともかくだ、恐らく捕らえられてるとすれば……だな」

 

シモンの指が何か所かの部屋を指す。

 

「この通路みたいのって?」

「それは、換気用の通風口じゃ、各部屋に通じてはおるが、

とてもじゃないが人間では通れんよ」

「じゃあ……鳥だったら、これくらいの」

 

ジータは身振りで鳥のサイズを示す。

 

「それくらいならまぁ通れるじゃろうが、しかし何故?」

「ふふっ」

 

少し悪戯っぽくジータは笑みを浮かべるのであった。

 

 

そして、全ての準備が整い、ハジメたちは地下室を出る。

 

「敵は王都にありっ!」

 

愛らしくも凛々しき声で王都の方角へと剣を指し示すリリアーナ、そしてその言葉を合図に、

ハジメが用意したウニモグ風の大型トレーラーへと、次々と少年たちが乗り込んでゆく、

その様子をただ静かな目で見守るシモン、しかしその心中は興奮と、

そして何より感動に打ち震えていた。

 

(おお……きっと、彼らこそが一族の口伝にある、反逆の子らに違いない)

 

やがてエンジンが唸りを上げ、トレーラーは一路王都へと邁進する。

その姿が砂の彼方に消えるまで、シモン・リブ・グリューエン・リベラ―ルは、

一族の始祖へと祈りを捧げた。





次回からいよいよ王都編です。


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王都
コードネームはヤンバルクイナ



ほぼ見切り発車で始まった本作ですが、
皆様の閲覧、評価、感想、誤字報告etcのお陰で、
なんとかここまで辿り着くことが出来ました。

というわけで、いよいよ王都編開幕です、なのにこんなことしてていいのか?


 

 

「しかしノイント、此度の件、少々派手に動きすぎではないのですか?」

「エーアスト、こちらのことは私に一任するとの取り決めの筈」

 

標高八千メートルを超える、神山のさらなる上空にて下界を眺めるのは、

不気味なほどに瓜二つの二人の使徒だ。

 

動き過ぎを指摘された、人間族担当の使徒ノイントは、

魔人族側の使徒エーアストからの指摘について、暫し考える。

 

確かにシナリオ通りに事は基本的には進んでいる、

しかし、誤差の範疇とはいえ、どうも様相が違うような気がしてならない。

それが、まさか自身が異界の蛇に寄生され、

深層意識をコントロールされているからだとは、夢にも思わない。

 

「概ねシナリオ通りに進んでいることは事実」

 

とりあえずそう言い返すのがやっとである。

しかしながら、あのもう一人のイレギュラーがさらなる異世界から召喚してきた者たちにより、

自らの手足となって動かせる、分身たちの殆どを失ってしまった、

これでは主の怒りは避けられず、ゆえに失敗は許されない、

多少の誤謬を抱えた上でも、計画は実行せねばならない。

 

勇者たちの目の前で魔人族の手により王都を壊滅させ、決定的な憎しみと絶望を、

そして使徒という希望にも似た毒を与え、躍らせるという……。

なおかつ、その過程の中でイレギュラーたちをも、纏めて始末せねばならない、

……でなければ、ノイントは余裕綽綽のエーアストの顔を睨む、

太古の頃からそうだった、こいつはいつも自分の上を行く。

そんな忌々しさを隠すためか、ここでノイントは話題を変える

 

「ところであの被験体はどうなりました?」

「ええ、そろそろ最終段階に入るかと」

 

被験体とはもちろん檜山大介のことだ。

 

魔人領で出土した"魔鎧"、かつて彼女らの主エヒトが戯れに造った、

アーティファクトの一つであり、もちろんそのまま着用しても、

強力な武装ではあるのだが、この鎧のキモは装着者の精神や感情、

そして生命力をエネルギーとすることで、飛躍的な能力向上を可能とするところにある。

 

ただし装着しているだけでも、その肉体には負荷がかかり、

かつ、残念ながら鎧の全能力を解放した場合、装着者の肉体が崩壊し、

死亡するのが難点であり、ゆえに魔人領から出土したにも関わらず、

魔人族の中に、この鎧を着用できる者はいなかった。

 

ともかくエーアストからの依頼により、転移者の中から鎧の適合者を捜していたところ、

たまたま"鎧"との適合率が最も高かったのが、彼、檜山大介だったのだ、

そう、誰でも良かったのだ。

天之河光輝でも南雲ハジメでも白崎香織でも畑山愛子でも仁科明人でも。

黒い鎧を、白や赤に塗り変える程度の工夫は必要だったかもしれないが

 

「被験体はもう王都へと運んでいます、あとはいかようにも」

 

鎧の進化具合から見て、あの少年は早晩保たないだろう、

なかなか数奇な運命を辿ったとはいえるが、

ここがどうやら終着点であることは、間違いないようだ。

 

(しかし早々に朽ち果てるとは思ってましたが、その執着心は見上げたものです)

 

しかし彼女が、ノイントが手駒としたもう一人、

そう、中村恵里の抱える闇と比べれば、檜山のそれは余りに小さく思えてならなかった。

 

「さて、今夜手筈通りに」

「手筈通りに、ごきげんよう」

 

感情の籠らない形ばかりの挨拶を交わすと、

二人の使徒はそれぞれ逆方向へと飛び去って行くのであった。

 

 

そしてそれから数時間後、彼女らの言う下界では。

 

「あの、味付け、もう少し薄くした方が美味しくなると思いますよ」

「……」

 

メイドは無言かつ定型的な一礼を披露すると、優花の前の皿を片付けていく。

 

(てっきり牢屋にでも入れられると思ったけど)

 

その様子を見ながら、優花は不思議な面持ちで、シンプルながらも、

とんでもなくお高いであろう調度品が要所に飾られた部屋を見回していく。

そう、ここは牢獄でも何でもなく、貴賓用の宿泊室だ。

 

夕食の後片付けが終り、メイドが部屋から出ていくのを、

ぼんやりと眺めながら、優花は数日前、

自分が愛子の身代わりとなって攫われてからのことを思い起こしていく。

 

「無礼な真似をして申し訳のうございまする」

 

と、執務室にて、優花へと恭しく礼をするイシュタル、

その傍らには自分を連れ去った例の天使が控えていた。

 

「貴殿は選ばれたのです、この不浄なる世界が青き清浄なる楽園へと生まれ変わる瞬間を

そして我が妻との婚儀の見届け人として、御足労願った次第にてございまする」

「そりゃどーも……勝手に呼びつけるのが随分お好きなんですね」

 

婚儀だとか言ってるが、祝う気になど到底なれない、

真実を知った今となってはこの老人は、敵の首魁の一人と言ってもいいのだから。

 

「そんなじゃ結婚しても奥さんにすぐ振られますよ」

 

どこの誰だかは知らないがお気の毒にと、その奥さんについては思わざるを得ない。

 

「これは、一本取られましたのう」

 

しかし、優花のそんな嫌味もこの怪老人にはまるで通じなかった。

ともかく、優花がこの部屋に軟禁されてから、数日が経過していた。

 

「……こんなの付けたところで、どうせ逃げられやしないのに」

 

魔法封じのブレスレットを撫でまわしつつ、

恨めし気に窓の外を眺める優花、下界は遙かな雲海のさらにその下だ。

こんな状態でさえなければ、素直にいい眺めと口にするところではあるが、

一人囚われの身を鑑みると、余計に孤独感を募ってしまう。

かといって部屋の外には常に見張りの騎士が張り付いていたし、

それも、トイレにまで付いてこないでと文句を言うと、

即座に女性騎士がやって来るという次第。

 

従って彼女はひたすらベッドから天井を眺めるか、絨毯のけばの数を数えるか、

あるいは助けて!と書いた紙飛行機を戯れに外へと飛ばしてみたりという、

不毛な日々を送っていた。

 

(うーん)

 

優花は自分の二の腕の肉をつまむ、少し肉が付いてしまったか?

食事が豪勢なのはいいが、こんな狭い部屋に籠ってばかりだとやはり……。

 

「切り替え!出来ることやんないと」

 

そう自分に言い聞かせるように一声掛け、優花は腕立て伏せを始める。

 

「たく、早く助けに来なさいよね、南雲もジータも……ん?」

 

腕立ての体勢のまま、優花は床下に耳を澄ませる、

何かがカサコソと動いているような音がしたのだ。

腕立てを止め、床に耳を付ける、確かに聞こえる……その音を辿るように、

床を這って行く優花、音はやがて壁に到達し、その壁面を這い上っていく

すでにカサカサ音は耳を済ませずとも、聞こえる様になっていた。

 

そっと身構える優花。

 

そして音が天井から発せられるようになり、さらに何かをコツンコツンと、

嘴のようなもので叩く音が聞こえたかと思うと。

 

バギョ!

 

何かが裂かれるような音が響いたかと思うと、天井の換気口を塞いでいた簾の子が破られ、

そこから一匹の鳥が姿を現す。

 

「鳥?」

 

余りにも意外な音の正体にやや拍子抜けする優花、こんな高い所に住んでる鳥がいるなんて、

やっぱりここは異世界なんだなあ、と妙に感心したのも束の間、

優花の顔が、少しずつ疑問に染まっていく。

 

この鳥は見覚えがある、これは確か地球の、日本に住んでる鳥だ、

確かテレビで見たことがある、天然記念物だったか?と。

 

「ヤンバルクイナ?」

 

そう優花が口にすると同時に、流石に今の物音に気が付いたのか、

見張りの騎士が部屋に駆け込んでくる、

そして訝し気に優花の足元の鳥を見咎めた時だった。

 

鳥は一気に跳躍し、騎士の頭頂部を思いきり蹴りつけ、

さらに嘴が唸りを上げて、騎士の鳩尾をマシンガンのごとくに穿つ、

それは理屈を超えた戦いの本能から繰り出される猛撃であった。

鎧越しであっても、いや鎧越しだからこそか、その衝撃は余すところなく、

騎士の全身に伝わり、くぐもった叫びのようなものを一声漏らすと、

そのまま騎士は失神してしまう。

 

(ええええええええーっ)

 

目の前で展開されたあり得ない光景に絶句し、硬直する優花、

そんな彼女へとヤンバルクイナは机の上のペンを咥え、何かを紙に記していく。

 

『優花ちゃん、大丈夫?わたしだよ、ジータ』

「え!」

『ハジメちゃんも愛ちゃんも、みんな助けに来てるよ』

「え?え?え?え?」

 

目の前の鳥が紙に記す内容に、何よりもその常軌を逸した現象に驚愕し、

目を泳がせながらも、必死でなんとか己の理解の範疇に落とし込もうとする優花、

すはーすはーと、何度かの深呼吸の後。

 

「ねぇ……だったら今から質問するけど、ウチの店のハンバーグ定食って幾ら?」

 

……その他極めてプライベートな内容があったゆえに割愛するが、

とりあえず幾つかの質問の結果、優花は目の前のヤンバルクイナが、

ジータであるという確証を得るに至ったのであった。

 

「……鳥にまでなれるようになったんだ」

カキカキ『わたしもビックリだよ』

 

リズミカルにペンを紙に走らせるヤンバルクイナもといジータ。

どこか得意げなその姿に嘆息する優花、この目の前の少女が、

いわゆる調子乗りだということを、彼女は知っていた。

 

「……あのさ」

カキカキ『何かな?』

「筆談ダルイからさ、もうやめよ?」

 

怒ってるわけではないが、イラついているのは確かなので、

優花の語気はちょっと強めである。

 

『ちょっと元の姿に戻るのに時間がかかるんだけど?』

「大丈夫だよ、交代が来るのは二時間先だから」

 

妙に確信めいた口調の優花、囚われてる中で彼女が非常に不気味に思えたことがある、

何もかもがあまりにも正確すぎるのだ、まるで機械のように。

 

『じゃあ、待ってて』

 

ベッドの中に潜り込むヤンバルクイナ。

寝具の間から淡い光が数十秒ほど漏れて、やがて収まると、

シーツがベッドからずり落ちる、そこには額に鉢金を装着し、

ややボンデージ風なボディスーツに、赤の甲冑を身に着けたジータがいた。

 

今の彼女のジョブは忍者、その名の通り隠密と様々な術を扱い、

搦手から攻めることに長けたジョブである。

 

「お待たせ」

「これでやっとスムーズに話せるわね、で、この後どーすんの?」

「ティオのこと覚えてるかな?そのティオが愛ちゃんと一緒に上で待ってるから」

 

あとはもうどこか適当な場所で、ティオに乗せて貰って地上に降り、

王宮で皆と合流すればいいだけだ。

王宮ではハジメたちとリリアーナが国王や大臣たちを、

メルドやデビットらが騎士や兵士たちを、それぞれ抑え、

そして香織や淳史や奈々らがクラスメイトたちを、王都の外れにある、

現在、光輝が謹慎している兵舎へと誘導するという手筈となっている。

 

多少揉めることはあるかもしれないが、今の自分たちの力なら

さほど苦も無く成功するはずだとジータは確信していた。

何事もなければ。

 

「じゃあ行くよ、屋上まで」

 

優花の手を引いて客室を出るジータ、

そんな彼女らの姿を一匹の斑色の蛇が、物陰で密かに見つめていたことにも気づかずに。

 

 

一方、王都の地下に広がる秘密通路を使い、王宮へと侵入を果たしたハジメたちは、

計画した通りに行動を開始したのだが……。

 

「オイ!王様は一体どこにいるんだ!」

「アラン!ホセ!頼むっ!無事でいてくれ!」

「雫ちゃん!龍太郎くん!どこに行ったの?」

 

彼らの戸惑いの声が、王宮に木霊していた。

何故ならば国王を始めとする主要人物の殆どが、王宮から姿を消していたのだから。

 

「お母様と弟は……ランデルは無事でした」

 

謁見の間で首を傾げる一同ら、

そこに息せき切ったリリアーナとデビットらが戻って来る。

 

「現在お二方は地下の方にご避難されてます、

この王宮そのものが陥ちない限りは、まず安全でしょう」

 

チェイスのその言葉が妙にフラグめいて聞こえたのは、気のせいではない。

 

「ですが……お父様たちは一体」

「もしかすると神山か」

 

天井を睨みつけるハジメ、確かにあり得ない話ではない。

 

「しかしここから向かうとなるとエレベーターが必要になるぞ、

あの竜の戻りを待たないのならな」

 

顔を顰めるメルド、王宮から神殿への移動に使うエレベーターは、

一定の身分以上の神官でなければ、操作出来なかった筈だ。

 

「それについてはカリオストロが今いじってる最中……ん?」

 

シルヴァが何か怪訝な顔を見せた瞬間だった。

衝撃で大気が震えるほどの轟音と破砕音が、王都を貫き、

王宮の窓をガタガタと揺らしてゆく。

 

「そんな……大結界が……砕かれた?」

 

驚愕の表情を見せるリリアーナ、確かに彼女の言う通り、

王都の夜空に魔力の粒子がキラキラと輝き舞い散りながら霧散していくのが

はっきりと見える、そしてさらに閃光と再びの轟音。

 

「第二結界も……どうして……こんなに脆くなっているのです?これでは、すぐに……」

 

軋みながら点滅する、王都を覆う光の膜のようなものを見つめながら呟くリリアーナ。

 

「大結界って確か……」

「王都を外敵から守る、三枚の巨大な魔法障壁です、でもどうして…」

「待て……ティオからだ、何か言ってるぞ」

 

香織とリリアーナを手で制し、ティオからの報告に集中するハジメ。

見る見るその顔が険しくなっていく。

 

「王都の南方一キロの地点に、魔人族と魔物の大軍が出現したそうだ」

 

場に動揺が走る。

「とりあえずジータと園部を回収してこっちに合流……ん!」

 

突如身体に走った強烈な違和感にハジメは床に膝を付いてしまう。

いや、違う……これは喪失感だ。

今まで当たり前のように、南雲ハジメの中にあったものが、

突然抜き取られて行くような、そんな……。

 

(ジータが……俺の中から消えて、いや遠くなっていく)

 

これ以上は決して手放すまい、と、己の身体をハジメは両手で固く抱きしめる、

その顔に焦りと怯えが、そして身体に悪寒が走る。

 

「ジータちゃんに何かあったの!?……もしかして」

「……」

 

香織がそんなハジメの顔を覗き込む。

ハジメは何も答えないが、その沈黙こそが回答だった。

 

そしてその時、最後の結界が砕かれる音が響き。

 

『なんじゃあれは……鳥?』

 

同時に、魔法陣から猛烈な速度で翼長数十メートルにも達する巨鳥が、

複数個所から編隊を組んで王都へと突入し、腹に括り付けられた籠から、

何かを大量に投下すると、そのまま明後日の方向に飛び去っていくのを、

ティオははっきりとその視界に捉えていた。

 

「なにこれ……」

 

王都の住人は投下された粘液状の蠢く何かを、不審げに眺める、

それはスライムだった、その体内に可燃物質を充満させた……次の瞬間、

王都は業火に包まれた。

 

ティオの報告によると魔人族の軍勢は総勢数万、

それらが地上と空に別れて次々と王都へと突入しつつあるとのことだ。

ハジメは窓の外をチラと見る、すでに王都の空は赤く染まり、

炎に追われる人々が、逃げ場所と説明を求め王宮へと殺到しつつある。

 

戦争に必要以上に加担するつもりはない、だが戦争に何ら関係のない人々が、

目の前で戦火に踏みにじられつつあるのならば、

それを救うのはきっと必要なことなのだろう、魔王を免罪符にしないと決めた、

南雲ハジメにとっては。

 

だが、それでも……。

 

王都の背後に聳える神山、その遙か彼方の頂上を仰ぎ見るハジメ、

ジータがもしこの場にいたのならば、自分には構うなと、きっと言うだろう。

……しかし。

 

「……街は私と香織が守る、だからハジメはジータの元へ」

「ユエ……」

 

そこで、愛する少年の迷いを断ち切らんとばかりにユエが力強く胸を張る。

さらにリリアーナが、メルドが、奈々に妙子、シャレムが続く。

 

「ハジメさん、行ってください、あなたの大事な方の元へ」

「坊主、嬢ちゃんはお前さんの特別なんだろ!行くんだ!」

「今度はあたしたちにも頑張らせて!」

「今の南雲君があるのは、蒼野さんのお陰なんじゃないの?」

「あたちだっているぞ」

 

そんな多くの声が、ハジメから迷いを消し去り、決意と勇気を与えていく。

 

「ありがとう」

 

そう一言だけ口にすると、ハジメは勢いよくバルコニーから夜空へと飛び出していく、

そんな彼の背中にリリアーナの声が聞こえた。

 

「王宮の門を開いてください!これより指揮は私が取ります、まずは避難民の収容を!」






なんだかハジメが勇者してます、不思議なことに、
ジータと優花がどうなったのかはまた次回。


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ノイント無残


今回はかなり長めです、それから視点が色々と入れ替わります、ご注意を。

で、鬼滅コラボの話になりますが、義勇さんイベ石としては破格の性能ですね。
普通に鰹剣豪編成に組み込めるのが何とも。



 

 

ハジメが己の身体の異変に気が付く数分前。

 

ジータは優花の手を引き、神殿上層にあるテラス、

いや、場所柄を考えると空中庭園と言うべきか、へと急いでいた。

彼女らの耳にも、魔人族の襲撃の話は届いている、

急ぎハジメらと合流せねば、と、思いを新たにした所で眼前の景色が広がる。

ここが目的地の様だ。

 

そこは何も遮る物なき、百八十度の星空と、

丹念に手入れされた花壇に咲き乱れる花々に飾られた、

まさに楽園のような場所だった。

 

「……きれい」

 

優花が逃走中であることを一瞬忘れ、呟いてしまったのも無理もない。

 

「こんな時じゃ、こんな場所じゃなかったらね」

 

ジータもまた惜しい気分を隠してはなかったが、その前にやらねばならぬことがある。

 

『ティオさん、お願いします、合図を送りますんで』

 

そう念話を送り、二人は庭園の中心へと立ち、照明弾を打ち上げようとした時だった。

 

階下から、歌声と共に不気味な―――少なくともジータにはそうとしか思えない波動が、

庭園を覆ったのは。

 

「くっ」

 

急激に力が抜けていく感覚に膝をつくジータ、心配げにその顔を覗き込む優花。

 

(優花ちゃんは……何ともないの?)

 

疑問に思ったのも束の間、今まで自分の中にずっとあった、

南雲ハジメとの繋がりが急激に遠ざけられ、そして引き離されて行くような、

そんな感触が全身を走る。

 

(嘘……これって)

 

震える手でジータはステータスカードを確認する。

 

(やっぱり……)

 

思った通り、今の自分のステータスは普段よりも大きく下がり、

そして技能の数も同じく減ってしまっている、恐らくこの波動によって遮断されているのだ、

ハジメとの繋がりが……。

 

その時、庭園の奥まった場所にあった、こじんまりとした祭壇から光が放たれ、

その光の中から、一人の老人が、

聖光教会教皇イシュタル・ランゴバルドが姿を現した。

 

 

「……違う」

 

燃えあがる王都を、そして城壁を越え進軍する魔物たちを眺めながら、

自軍の、魔人族の勝利を確信するフリード、だが、それでもその表情は複雑な物がある。

 

「流石は異世界の戦術、あの難攻不落の王都がいとも容易く炎上するとは」

「……」

 

副官の言葉にもフリードは、ただ沈黙で応じるのみだ。

 

巨大な鳥の魔物を造り、そして可燃物を満載させて空からばら撒く。

その話を伝えられた時は、今一つ理解出来なかったが、

まさかここまでの効果があるとは……。

 

(これまでの我々の苦労は、一体何だったのか……だが)

 

やはりこれは何かが違うとフリードには思えてならない。

これは自分の思い描く戦争とは、あまりにもかけ離れている。

自分が、そしてあのエリとかいうもう一人の内通者が……この世界にあってはならない、

何かを持ち込んでしまった、世界の戦の在り方を変えてしまう何かを……。

 

彼もまたこの剣と魔法の世界にありがちな、戦いにおいては誇りと美学を重んじる、

そんな男である、ゆえにその美学から真っ向から反するこの光景に対し、

拒否反応を示すのは仕方がないことなのかもしれない。

 

(戦とは、堂々と進軍し己の手で相手を叩き潰すものだ、これは……やはり)

 

実はあの巨鳥も可燃スライムも、素材の関係上そうそう生産することは出来ないのだが、

そのことに少しばかり彼は安堵を覚えていた。

 

 

その頃ハジメは今や途切れ途切れになりつつあるジータとの繋がりを辿り、

ひたすらに駆けていた。

途中、何体かの魔物が立ち塞がろうとしたが、それはすべて立ちどころに屠られる。

 

そして魔物たちを振り切り、ようやく王都の外、神山の入り口に差し掛かった頃だった。

今度は強烈な光がハジメの行く手を阻む。

 

「くっ!フリードかっ!」

 

一筋縄ではいかぬ難敵の出現の予感に、ハジメは一瞬眦を吊り上げるが、

光線の跡を、光に触れた岩や木々が砂より細かい粒子となっていく様を一瞥し、

その考えを訂正する。

 

「……分解?」

 

しかしハジメが首を傾げたのは僅かの間だけだ、何故ならば己へと全方位から殺到する

銀の魔弾の存在をすでに察知していたからだ、

羽根を形どった魔弾を、一発でもその身に受ければ致命となるであろう弾を、

ハジメは無言で次々と撃ち払い、弾幕を突破していく。

 

しかし相手もそうはさせじと弾幕を展開つつも、その両手に大剣を抜き放ち、

自らハジメへと斬り込んでゆく、月光に照らされたその姿は……、

背中に翼を広げ、ドレスの上に甲冑を纏った、

銀髪碧眼の、まさに戦乙女と形容するのが相応しい絶世の美女であった。

 

回避に専念したいハジメは、目眩しくらいにはなるかと手榴弾を投擲するが、

目の前で切り払われ、その場で分解されてしまう。

 

(固有魔法かっ……)

 

これでは接近戦はムリだ、分が悪過ぎる。

相手もハジメが接近戦を嫌がっているのを理解しているのか、魔弾を撃ち出しつつ、

執拗に追いすがる、そんな二人の様子はまるで小魚の群れに飛び込んだ大魚の様だった。

 

だが、嫌がるばかりでは能がない。

これまでだって虎穴に、火中に飛び込み、虎児を栗を得てきたのだ、まして。

 

「君子ってガラじゃねえよな」

 

ハジメは空力で作った足場を豪脚で蹴り、さらに縮地と瞬光を同時に使用する。

全てが止まったかのような世界の中、距離を取るのではなく、逆に距離を詰めていく。

その意外とも思われる行動に、女の挙動が一瞬遅れる。

そこにハジメは女の身体の正中線めがけ、ドンナーとシュラークを斉射するが、

狙いの正確さが仇となったか、女は大剣をまるで盾のように身体に翳し、

剣の腹で全てを受け止めるが、衝撃までは相殺できず、

大きく背後の夜空へと、その身を後退させる。

 

それを確認してから、ハジメはゆっくりと間合いを取り直す。

追撃をしたいのは山々ではあったが、瞬光をこれ以上使えば、戦闘に支障が出る、

仕留められなかった口惜しさはあるが、引き際を悟り損なえば、

それはすなわち死である。

 

「お見事です、イレギュラー」

 

また月を背景に女が賛辞の言葉を口にするが、

まるで感情の籠ってない冷たい声なので、嬉しくもなんともない。

 

「イレギュラーじゃない、俺の名前は南雲ハジメだ」

「これは失礼、私の名はノイントと申します、ごく短い間ではありますが、

お見知りおきを、イレギュラー」

 

ドレスの裾をつまみ、一礼するノイント、その姿を見るハジメの目が訝しく光る。

おそらくこれがカリオストロから聞いた、例の使徒とかいう奴なのだろう、

意思の疎通が可能である所をみると、こいつがどうやら大本らしい。

 

「そうか、お前が中ボスってことか」

「ボス?……実に汚らわしい言葉です、やはり貴方のような粗野で暴力的かつ、

無教養な存在は、この盤面に相応しくはない」

「……粗野で暴力的ねぇ、昔はむしろ大人しすぎるくらいだったんだが」

 

おそらくこんな異世界に飛ばされることがなければ、

生涯無縁であったろう言葉を口にされ、我ながらやっぱり変わってしまったんだなと、

ハジメは妙な感想を抱いてしまう。

 

「だったらどうするんだ?」

 

ハジメが両の手に握った愛銃を構える。

 

「"神の使徒"として、主の盤上より不要な駒を排除します」

 

ノイントが両の手に大剣を構える、これが宣戦布告ならば応じねばならない。

どの道、こいつを越えてゆかねば、ジータの元へは辿り着けない。

 

「やれるものならやってみろ、デク人形が!…と、言いたい所だが、なぁ?」

 

銃を構えたままで、自身の眼前に銀羽を展開しようとしているノイントへと、

ハジメは話しかける。

 

「一応聞いときたいんだ、後から不意打ちがお前らの作法か?」

「笑止なことを……戦場に礼儀も卑怯もありません、ただそこに存在するのは勝者と敗者のみ、

そして歴史はすべからく勝者によってのみ紡がれるのです」

 

展開された銀羽は幾重にも折り重なりあい、魔法陣を形成しようとしている、

その陣からは膨大な魔力を感じる、どうやら、魔弾だけでなく属性魔法も使えるようだ。

 

「じゃあ、恨みっこ無しだな」

 

ハジメが一歩だけ横へと移動し、ノイントが魔法を発動しようとした瞬間だった。

一条の閃光がノイントの背中から心臓を貫き、彼女の鎧の胸甲が弾け飛んだ。

位置、タイミング、威力、まさしく完璧な狙撃だった、言うまでもなく撃ったのは、

シルヴァである。

 

「空中でペラペラしゃべってるからそうなるんだよ」

 

空に身を隠す場所はない、まさしく今のノイントは格好の的だった。

 

「いつまでも剣と魔法にしがみ付いてるからだ」

 

そしてそれは、正しく剣と魔法の世界の埒の外の攻撃だった、

だからノイントは気が付かなかった、遠距離からの飛び道具の使い手がいること自体は、

彼女とて承知していただろう、実際温泉街で遭遇し、一戦交えているわけなのだから。

 

しかし、遙かな時をただ、トータスというちっぽけな箱庭の管理のみに費やして来た、

彼女の常識は、それに対する有効な対策を何一つ取らせようとしなかった、

取ることが出来なかった、と、言うべきかもしれないが。

……もっとも、対策を取ったとしても、静かに雪辱に燃える狙撃手の弾丸から逃れることは、

叶わなかっただろうが……。

あの後、カリオストロは回収した使徒の身体をくまなく研究・解析し、

その構造、弱点をほぼ把握し、それをハジメたちに伝えていたのだから。

 

こうして、神の使徒ノイントはその実力を殆ど発揮できぬまま敗れ去った、

地に堕ち行くその顔は、まさに"こんなんアリ?"と言いたげな無念さに満ちていた。

 

「……そんな顔も出来んじゃねぇか」

 

 

王宮ではユエを始めとするハジメパーティーのメンバーが魔物たちの迎撃を行い、

そして淳史や奈々たち愛ちゃん護衛隊の面々が被災者の誘導を担当していた。

 

「走らないでくださーい、王宮の中はまだまだ余裕がありまーす!」

「だからといって、止まったりしないで!」

 

声を限りに叫ぶ奈々と妙子、

そして淳史と明人が先頭に立って、被災者を次々と王宮へと導いてゆく。

しかし、やはりというか炎と魔物に追いたてられる人々により、

王宮の周辺はすでに渋滞が発生しつつあった。

 

「人手が足りねぇ!」

 

泣きそうな表情で叫ぶ昇、その肩には迷子の子供を乗せている。

 

「天之河も八重樫もどこ行っちまったんだよ!」

 

一方、その上空では。

 

「……じれったい」

 

ユエは苛立ちを隠さず吐き捨てるように呟く。

攻めて来るのなら、幾らでも返り討ちに出来るものを……。

 

しかし魔人族たちは決して深入りはせず、空中から様子を伺いつつ、

魔物を投下しては去っていく、無理もない、向こうは黙って王都が灰になるのを

待っていればいいだけなのだから。

 

ユエは……じわりじわりと王都の外から浸食せんと広がってゆく敵陣と、

避難民でごったがえす眼下の様子を見比べる、ならば……。

 

ユエは水系魔法を行使し、一帯に雨を降らせて、炎を消し止め、

さらに風を操作し、延焼を食い止めてゆく、

そしてそのまま風雨の源である雲を、王宮の上空に設置しようとしたところで、

 

「シルヴァ、構わない?」

 

ユエはこれから行おうとすることについて、シルヴァに確認を取る。

 

狙撃手とは、一発の弾丸で戦況を覆す力を持つ者たちである。

それはここトータスの地に於いても変わらず、

重力魔法に留まらず、様々な秘術を駆使したであろう、解放者ミレディ・ライセンが、

そしてたった今、正攻法では不落に近い難敵であったであろう神の使徒ノイントが、

この美しき狙撃手の前に、その実力を発揮する暇もなく敗れ去った。

 

しかし、そんな彼らにも弱点はある。

その一つは地形や天候を始めとする、周囲の環境に極めて影響されやすいということだ。

ゆえに彼らは千変万化の状況への対応力と、

いかなる不利な条件下であっても、千載一隅の好機をひたすら待ち続ける、

忍耐力と精神力を同時に必要とする。

 

これから城を、王都を包むであろう風雨は、シルヴァの真骨頂である超長遠距離精密射撃には、

明らかに不向きな環境である、それらは必殺の弾道をいとも容易く狂わせるであろうからだ。

 

「構わん、私の撃つべき相手はもう仕留めた、あとは」

 

降下してきた魔物を間髪入れずシルヴァは撃ち砕く。

 

「露払いのみだ」

 

こうして雨のカーテンが炎を、そして上空の旋風が魔物たちを王宮から遠ざけてゆく、

そして香織が魔法で人々の精神を鎮静させ、これにより人々は落ち着きを取り戻し、

整然と奈々たちの指示に従い王宮へと入ってゆく。

 

この近辺の人々の収容はなんとか一段落しそうだ、だが……、

広がりつつある炎を見つめる香織、あの炎の下では、

きっと王宮に辿りつくことも出来ずに焼かれていく命があるのだ……。

そう思うといても立ってもいられない、

そして雫や光輝、龍太郎らの行方も杳として知れない。

 

「おい、香織、何か心配事があるのか?」

「ひゃあ!」

 

至近距離からシャレムに逆さに顔を覗き込まれ、思わず香織は仰け反ってしまう。

 

「そんな顔をされると気になって仕方がない、さっさと行ってこい」

「でも……」

「ここは暫くは大丈夫だろう、それにオマエの癒しの力は」

 

シャレムはぐいと香織の肩を掴み、所々で炎上する街の様相を改めて香織に見せる。

 

「きっとあの炎の中の人々のためにあるんだ」

 

その言葉に強く頷く香織、その隣ではユエが直接魔力を扱える彼女にしては珍しく、

足元に魔法陣を描いてゆく、描き終ると、そのまま香織を魔法陣の中へと誘いつつ、

片手を差し出し、握るように促す。

 

「香織の力も貸して」

 

二人が掌を合わせ、同時に魔力を開放すると、

ユエと香織、互いの力が合わさりあい、癒しの緑の光の柱が天へと昇り、

そして光は雲となり、王都に癒しの力が込められた雨を降らせ、

そして風が炎を相殺し、さらなる雲を、雨を呼び、火勢が徐々に勢いを無くしていく。

 

香織はドリュッケンで魔物を叩き潰したばかりのシアに呼びかける。

シアもまた待ちの戦いは不本意なのだろう、その表情には焦れが覗いている。

 

「シアちゃん私に付き合ってくれる?

逃げ遅れた、逃げられなかった人たちを助けに行くのを!」

 

返事を待つことなくすでに走り出している香織、

そしてあっという間にシアがその背中に追いつくと、そのまま二人は街の中へと消えていった。

 

「ユエ、オマエも行っていいぞ、ここはわたちが引き受けた」

 

無謀にも至近距離まで近づいた魔人族を、いとも簡単に撃ち落としシャレムは続ける。

 

「オマエの魔法の力なら、街の炎を消し止められるだろう、連中も、

自分たちが立てた作戦が通用しないというなら、また別の手を打って来る筈

そこを……」

 

ユエもまたシャレムの言葉に頷くのであった、ほんの少しだけ疑問を抱えて。

 

(香織……水属性の魔法こんなに得意だった?……)

 

 

王都の外れ、住宅もまばらな丘陵地、そこに現在光輝が謹慎し、

新兵らが過ごす兵舎は存在している。

そこに雫を始めとするクラスメイトたちが、教皇イシュタルの名のもとに、

急遽移動を命じられたのはつい先日の話だ。

 

あまりに急な話に、一部の生徒は説明を求めたが、

彼らが最も頼みとするメルドはすでに王宮になく、

アランやホセに聞いても満足いく返事は帰って来ず、

彼ら全員が、どうにも腑に落ちぬまま、王宮を退去することを余儀なくされた。

 

荷物を纏めるクラスメイトたちの顔は、一様に不安に満ちていたと、

雫は光輝に伝えた、もちろん不安なのは自分たちとて同じだ。

さすがにこの頃になると、龍太郎が修行の旅に出かけたのではなく、

行方不明となったことは、皆気づいていたし、

それに加えて、近藤の姿もここに来て見当たらないのだ。

 

そして今、中庭に集合した彼らは、

宿舎の硬いベッドや、食堂のマズいメシに慣れる間もなく、

ついに自分たちが、戦火に巻き込まれる時が来たのだという恐怖に、

顔面を蒼白にしていた。

 

ある程度平静を保てているのは光輝に雫、それから遠藤くらいのものだ。

クラスメイトたちの目が、自然に光輝と、そしてその背後に控えるジャンヌダルクに集まる、

その視線は縋っているようにも、そして憤っているようにも見えた。

 

自分の身体が小刻みに震えているのを感じる光輝、その背中をジャンヌが押す。

それは自分の役目を果たしなさいという意味だ。

 

(これが重さ……背負うという…)

 

しかし、それは本来あの大聖堂にて感じておかねばならぬ物だ。

今になって、いや今だから分かる、背負うという本当の意味を、

あの時の自分はそれが分かっていなかった、そんな忸怩たる思いを抱えつつも、

すうっと、息を吸い込む光輝、まずは……。

 

「まずはみんな……俺の独断でこんなことに巻き込んでしまって本当にすまない」

 

光輝はそう言って、クラスメイトたちに頭を下げる。

他に道は無かったとしても、先導した者としての責任は取らないとならない。

 

そんな彼の意外な言葉にまずは困惑の空気が広がる、詫びの言葉と共に頭を下げる光輝の姿は、

彼らの知る、天之河光輝とはあまりにもかけ離れて思えたからだ。

それでも……と、光輝は頭を上げて続ける。

 

「多分、王宮や神殿の人たちは……きっと俺たちのことを期待外れだと思ってるに違いない

けど、それでもこうして半年、叩き出すこともなく面倒を見てくれていた、

そのお礼だけは、ちゃんとしておくべきじゃないだろうか」

 

次いで、光輝は赤く染まる空に僅かに見える王宮を視線で示す。

 

「それに、あそこにはもうただの他人で済ませることが出来ない人たちだっている」

 

(ニア……)

 

雫は剣術を通じて仲良くなった侍女のことを思い出す。

永山が拳を固く握りしめる、彼が御付の侍女とすっかり出来ているのは、

もはや周知の事実である、そんな彼の姿を見て、遠藤が溜息をつく。

 

(重吾……お前は騙されているんだぞ)

 

そこで、おおっ、とクラスメイトの中からどよめきが広がる。

王都のあちこちから火の手が上がっているのが、

ここからでもはっきりと見えるようになったからだ。

そんな彼らの動揺を鎮めるかのように、光輝は静かに言葉を続ける。

 

「だから……今は世界とか戦争とかそういうのは考えずに、あそこにいる

人たちを、戦いに巻き込まれようとしている街の人たちを助けに行こう、

せめて、それくらいのことはやろうじゃないか」

 

ここで光輝は初めて笑顔を見せ、さらに雫が助け舟を出す。

 

「それに、香織やジータや南雲、それから愛子先生たちが

帰って来る場所がなかったら困るだろ」

「何より怒られちゃうわよね、ジータに」

 

確かに、このまま手をこまねいて、街が燃えるのをただ見ているだけでした、

などということになれば、あの金髪少女に何を言われるか分かったものではない。

それに何も知らないまま、目の前の男に扇動されるかのように、

渦中に飛び込んだあの時とは状況が違うのだ、多かれ少なかれ皆この世界のことを知り、

そしてこの世界で得、学んだことがあるのだから、ある筈なのだから。

 

「まずは今夜を乗り切って、それから自分たちが出来ること、やるべきことを考えよう、

今度こそちゃんとみんなで」

 

そんな光輝の姿を驚きの目で見る雫、一時の頑なさや焦り、浅慮が影を潜め、

逞しさを増したその姿は、男子三日逢わざれば何とやらという諺の通りだった。

そしてそれはきっとこの少女の……。

黄金の髪に白いドレスの聖少女、ジャンヌダルクを見る雫の視線に、

少しだけ嫉妬の思いが籠っているのは仕方のないことだろう。

 

(少し、悔しいな……)

 

そして、最も光輝のその成長を喜ぶであろう、ここにいない友の名を雫は心の中で呼ぶ。

 

(龍太郎……一体どこにいるの?今、光輝の一番隣にいないといけないのは

一番光輝の力になるべきは、あなたなのよ)

 

「もちろん強制するつもりはないよ」

 

燃える街を眺める光輝、彼自身は炎の街に身を投じることにさほど恐怖を感じてはいない、

だが、自分じゃない誰かのことも、慮らなければならない。

それもこれまでの自分に欠けていたことだと、はっきりと彼は自覚していた。

 

「誰だって……怖いもんな」

 

光輝の言葉に顔を見合わせるクラスメイトたち、自分の命が掛かった状況であっても、

雫や遠藤ら一部を除いて、彼らは結局どうしていいのか分からないのだ。

そこで意外な人物、中村恵里がおずおずと意見を口にすべく挙手をした。

 

「光輝君……あのね」

(困るなぁこれ以上モタモタされちゃうと、ボクの計画が狂うんだよ、タダでさえ

こんな所に移動しろだなんて言われるし、あの爺さんもとっとと殺しておけば良かったな)

 

 

兵舎の入口に集合する光輝たち。

留守番役を買って出た恵里と、そして勇者パーティーの一員である彼女が残ると言ったことで、

気が楽になったのだろう、同じく残ることを選択した何人かのクラスメイトを置いて。

 

「私の言ったこと忘れないでね、光輝君、雫ちゃん」

「分かってる、まずは言われていた集合場所でアランさんたちと合流するんだろ」

「……うん、無茶はしないで」

 

心細げに顔を伏せる恵里、もちろんその仮面の裏側には含み笑いが隠されている。

抜け出す算段は幾らでもある、話もすでに付いている。

もっとも……恵里の視線の先には親友の姿がある、

鈴まで残ることになったのは意外だったが。

 

「いいの……付いていかなくって?」

「鈴、ここは多分、避難してきた人たちで一杯になると思う、俺たちよりも

そんな身を守る術のない人たちを鈴の力で守って欲しい、恵里たち、

残ることを選んだ仲間たちと力を合わせて」

 

やや納得のいかない表情の鈴だったが、光輝の言葉に、そういうことならと、

一応は頷く素振りを見せ、その姿を遠目に見つつ、

恵里はやや複雑な表情を浮かべるのだった。

 

 

「ジャンヌさん、お願いします」

 

ともかく準備は整った、光輝の言葉にジャンヌは頷くと、剣を天に掲げる。

 

「いざ!勇者の御旗に集え!」

 

朗々たるジャンヌの、聖女の叫びが耳に入った途端、

クラスメイトたちの震えが止まった、いや怖れも迷いも全てが消え去ったような、

そんな感覚が、そして怖れが消え去った空白を埋めるかのように、

勇気が全身に広がってゆく、まさしくそれは勇者の、英雄のカリスマだった。

 

「凄い……」

 

己の中から湧きたつ力に、雫は武者震いを隠せず、

そして光輝は憧憬と尊敬に満ちた眼差しをジャンヌへと向ける。

 

(これが本当の勇者の、英雄の力、やっぱりジャンヌさんは、

俺の目指すべき憧れ……目標なんだ)

 

「いざゆかん!勇者に続け!」

 

おおおおおっ!雄叫びと共に光輝と、そしてジャンヌを先頭に彼らは、

死と炎が蔓延しつつある街へと恐れることなく駆け出していく。

 

そして、天之河光輝が正義を失う時はすぐ傍まで迫っていた。






相性もありますけど、基本、味方が増えたら増えた分だけ、攻略は簡単になりますよね。
ということでノイントは瞬殺させて頂きました。


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対〇忍ジータ?

煉獄さん、配布キャラとしてはやはり破格の強さ。
欲を言うなら最初から練気付与状態で使いたかった。
けど、そこまでやっちゃうとリミキャラクラスになってしまうので優遇し過ぎかも。




 

 

「ちょ!イシュタルさん、いいんですかこんなところにいて」

「そうですよ!今、街が魔人族に攻め込まれているんですよ」

 

聖光教会教皇イシュタル・ランゴバルド、名目上はともかく、

この世界における事実上の最高権力者へと、同時に訴えかける優花とジータ。

二人ともイシュタルのことは、これっぽっちも信用はしていない、

とはいえ、少なくとも対魔人族という意味では、同じ人間族として、

一応はまだ協力は出来るという認識は残ってはいた。

 

「おお……」

 

イシュタルは、ヨロヨロと身体を震わせながら歩を進めてゆく。

しかしその震えは、二人の言葉が耳に届いたからだとは思えなかった。

何故ならばその顔は、白髭に包まれていても分るほどに、

興奮と欲望によって彩られていたからだ。

 

「やはり御言葉の通りだ……ああ、儂は間違ってはおらなんだ」

 

喘ぐような言葉と共に、イシュタルはジータへと大仰な仕草で拝礼する。

 

「ようこそおいで下さりました、我が妻よ」

「はぁ!」

 

余りに予想外の言葉に、ジータは耳を疑わずにはいられなかった。

 

「何言ってるんですか、冗談はやめてください……そんなことより、

早く街をなんとかしないと」

「フム……些末事ですな」

 

イシュタルの口から放たれた、さらなる信じ難き言葉に、

またジータが耳を疑った時だった。 

 

神山の異変を見て取ったか、ティオがその背に愛子を乗せて、

テラスへと降り立とうとする、が。

神殿の、テラスの上空でその身体は見えない壁のような物に阻まれ、

それ以上進むことが出来ない。

 

「竜人か……賤らわしい」

 

イシュタルは文字通り汚物を見るように目を細めて、

結界の外でばたつくティオを睨みつける。

 

その侮蔑の視線に触発されたか、ティオの口が開き、ブレスの発射準備が為されていく。

 

「当てちゃダメですよっ」

"わかっておるわっ"

 

言葉こそ激しいが、もちろんジータたちを巻き込まない程度の冷静さはちゃんと残っている。

瞬く間にその口中に光が満ち、ティオは結界の上部目掛けてブレスを発射するが、

僅かに軋んだのみで、やはり結界に傷一つ入れることは出来ない。

 

「ほっほっほっ、邪悪な攻撃は通じないように出来ておるのです」

 

悔し気に上空を旋回するティオを嘲笑うイシュタル、

その姿は、亜人をことさらに蔑み差別する巷の人々とそっくりに思えた。

 

「ティオさんの力でも、ダメなんですか」

"いや……妾たちの力も落ちておる、愛子も自覚があるのではないのか……

おそらく原因は……"

 

神殿の中から聞こえる歌声を避ける様に、ティオはまた少し高度を上げる。

 

"覇堕の聖歌"敵を拘束しつつ、衰弱させていくという魔法であり、

複数の司祭による合唱という形で歌い続ける間だけ発動するという変則的な魔法だ。

それがおそらくこの神殿に仕えているであろう、全ての聖職者たちによって

唄われているのだ、さらにこの神殿の構造そのものが、

魔法や儀式の効果を高めるアーティファクトとなっており、

その効力は高い弱体防御を誇るティオであっても免れない。

 

ただし、その聖歌は蛇どもが神殿のあちらこちらに密かに仕込んだ魔法陣により、

細工が施されているが……。

 

"外にいる妾たちですらそうなのじゃ、恐らく中にいるジータと、優花の力は、

普段の数分の一まで落ち込んでおるじゃろう……"

 

 

「聞こえますかな、この祝福の歌が、まさに今宵生まれ変わる世界の産声のようでは

ありませんか?」

 

イシュタルは歌声に耳を澄ませんとばかりに、うっとりと目を閉じ、

陶酔の表情で両手を広げていく、話が読めないジータと優花は、

ただきょとんと、そんな老人の様子を見つめているのみだ。

 

「あのー、街が、王宮が攻め込まれているんですよ」

「それがどうかしましたかな?」

 

イシュタルは興味なさげに聞き返す。

そう、真の意味で神に選ばれた我が身は、これからエヒト様の真たる使徒となるのだ。

従って、もはや地上の煩わしき何彼に、心を砕く必要はないのだから。

 

(天之河光輝よ……誰が正しいか、誰が真に選ばれし者かを、

その目でとくと見せてやるわ)

 

万が一の邪魔が入らぬよう、他の連中も光輝共々あの街外れの合宿所へと追いやった。

もう、誰も阻むものはいない。

 

「魔人族を放っておくつもりなら、じゃあ私たちこの世界にいる理由ないですよね?

エヒト様に帰してくれるように言ってくれませんか」

「残念ながらそれは叶いませんな、新たなる神託が下ったのですから」

 

優花の言葉を神託の一言で切って捨てる、イシュタルのその態度は、

優花にしてみれば、小馬鹿にされてるように思えてならなかった、

いや、実際小馬鹿にしているのだろう。

 

「そう、我が前に現れし、エヒト様の使徒がおっしゃられた……

私にこうおっしゃられた」

 

恍惚とした表情を浮かべ、あの奇跡の一夜を反芻しながら、

イシュタルは滔々と語る。

 

「複数の天職を操る奇跡の子、蒼野ジータを妻として娶り、

この乱れし地上に我に代わり神罰を執行せよ、

そして青き清浄なる世界の、一切の罪なき世界の原初の男と女となり、

善男善女の楽園の礎となるべしと」

 

「……雷迅!」

 

ジータが印を結ぶと雷が闇を走り、イシュタルの身体を打ち据えた。

こんな妄言を吐く類とマトモに問答などしてはならない。

 

「この老いさらばえた身では不安ですかな、不安でしょう分かります」

 

しかし雷撃に堪えたそぶりもなく、イシュタルはむっくりと起き上がる。

ああ、きっとカエルやモグラと結婚させられそうになった親指姫も、

今の自分と似たような気持ちだったに違いないとジータは思った。

しかし親切なツバメの助けなど待ってはいられない。

 

一応、愛子を乗せたティオが上空を旋回しているのだが、

障壁に阻まれているのか、どうしてもその先に進むことが出来ないようだ。

 

「ですが、ご心配は無用、エヒト様から授かりし御業でもって、

妻よ、其方に相応しき若さと、そして美しさを手に入れて見せましょうぞ、

あの、忌々しき……」

 

イシュタルの口調に嫉妬の念が籠る。

 

「天之河光輝よりもずっと……」

 

そして、テラスが……いや、神殿全体が輝きを増してゆき、

イシュタルの表情もまた、欲望と狂信で満ちてゆき。

そして、光が神殿を伝い天を衝き、夜空が裂けていく

 

「おおお……天もまた喜んでおられる、エヒト様ぁ」

 

自身も光に包まれ、その様に狂喜するイシュタル、これで手に入る。

願って止まなかった、真たる神のエヒト様の剣となるための、

若さが、力が、美しさが……しかし、眼前の光景にイシュタルは言葉を失う。

 

何故ならば、皴だらけの己の掌が若返るどころか、

ドロドロと溶けてゆくのが、はっきりと視界の中に映っていたからだ。

 

「わ、儂ィ……が、からだっ……とけぇ」

 

見る見るうちに肉汁が靴からも溢れ出し、べちゃあとその場に頽れるイシュタル、

その耳に笑い声が聞こえる、そう……あの夜、使徒によって討たれた筈の……。

 

「へ……蛇ィ、生きておったかあぁぁぁぁぁぁ」

「ええ、お陰様で、貴方のご尽力のお陰で帰還の目処が整いましたよ」

 

自身の足元の影から声がする。

 

「真の信仰の為、同胞数千人を贄にするとは、まさしく信徒の鑑、

きっとエヒト様とやらもお喜びになられていることでしょう、ハハハ

騙されてさえなければですが」

 

裂けた夜空から赤みを帯びた荒野が覗き始め、そしてその光を浴びた影から、

斑色の蛇を纏った男が、幽世の徒が抜け出してくる。

 

「だっ……だばまば、ださた…だしたぁ」

 

イシュタルの顔から口髭ごと顎がべちゃりと溶けおち、

それを合図に全身が崩れ落ち、テラスの床に肉汁が染みを作ってゆく。

 

「嘘はついておりませんからご安心を、ちゃんとあなたは若さを手に入れることが出来ますよ、

そう、生まれたての」

 

無惨にも溶解し、死んだと思われたイシュタルの身体が、

じゅるじゅると音を立てながら再構築され、そしてゆらりと立ち上がる。

白い法衣と一体化したその姿は、まるでナメクジとイカが混ざったような印象を、

少女たちに与えた。

 

「魔獣イシュタルとなってね、良くお似合いですよ、あなたのお心の願望、

そのままのお姿、きっとお気に召すことでしょう」

「おっ……おのれっ、よくもだましたアアアア!!だましてくれたなアアアアア!!」

 

まるで奴隷商人にドナドナされる少年のような叫びを放つイシュタル。

 

「だから嘘はついていません、いやぁお若い、それに実に美しい、ハハハ、

それにしても、あの教師の芳醇な魔力が手に入れば、尚のこと良かったのですがね」

 

不安げに上空を旋回するティオと愛子の姿を、幽世の徒はチラと見やるような仕草を見せる。

 

「さすればこの世界と、我が故郷を恒久的に繋げることも適ったかもしれ……」

 

蛇はそれ以上、言葉を続ける事が出来なかった、何故ならジータの放った

手裏剣によって首を刎ねられてしまったからだ。

だが、それでも刎ねられた首が煙を上げつつ、蛇の口は止まらない。

 

「その身体ならば、思うさま欲が果たせますよ、

敬虔な聖職者の仮面の奥底にしまい込んでいた欲をね」

 

その言葉に異様な悪寒をジータと優花は感じてならなかった、

二人は恐る恐る魔獣と化した、イシュタルの姿を確認する。

首と襟元が一体化した箇所に、申し訳程度の人間の顔が張り付いており、

ツルリとした頭頂部の形が、やけに卑猥な印象を与えてならない。

 

そしてゆるりとした法衣の袖から、幾本もの触手が蠢いているのが覗き、

その触手の先端の形状を見て、優花が悲鳴を上げ、

ジータもまた、身体を震わせつつも、妙に感心じみた呟きを漏らす。

 

「六十過ぎたら大妖怪って、ホントだったんだ」

 

そういや、こういうファンタジーにお決まりのセクシャルな魔物って、

これまで遭遇したことがなかったなとも思いつつ、

目を光らせ、ゆらりとこちらに向き直るイシュタルの姿に、

互いの手を握り、震える身体を寄せ合う二人の少女、その震えは恐怖以上の、

生理的な嫌悪感から来るものであることを、彼女らは理解していた。

 

「……さん……さん」

 

少女たちを視界に捉えたイシュタルの顔が憤怒と後悔に歪む、

異形と化してなお分かるほどに。

 

「お主らが、おまえらが、きさまらが……この世界にやってきたからあ!

この罰当たりどもがぁ~~~じごぐへ堕ちろぉ~~~!」

 

つい半年前は、歓迎致しますぞ、などとホクホク顔でホザいていたくせに、

随分と勝手なものだ。

ともかく、そんな叫びと共にイシュタルは少女たちへと触手を繰り出す。

ジータは咄嗟に優花を突き飛ばし、かつ自身も背後へ飛び退き、

触手の群れから逃れようとしたが、弱体化した今の自分では逃れるだけで精一杯だ。

 

「貴様らが儂の信仰をっ!強さがっ、若さがっ、美しさがわじをぐるわぜたあああああ!」

 

触手を床に宙にのた打たせ叫ぶイシュタル、苗床という言葉がジータの脳裏に浮かんだ。

 

「ゆるさんっ、ゆるざぬぞ、でていけぇー今すぐこの世界から出ていけぇ!

かえれーどっどどがえれー」

「それが出来たら、こんな苦労してないよ!」

 

とことんまでに身勝手な叫びを上げ、

イシュタルはオモチャ売り場で喚き散らす子供のように触手を振り回し、ジータへと迫る。

重い身体と、何より自身の心にぽっかりと開いた喪失感を引きずりながら、

なんとかジータは触手から逃れていくが、追いすがる触手を引き離すことは叶わない。

 

「ジータから離れなさいっ、この老害童貞変態セクハラチ〇コジジイ!」

 

そこで女の子にあるまじき言葉を叫びながら、

優花がスイカほどもある石像の頭部を、イシュタルの後頭部へと投げつける。

弱体化してるとはいえチートの膂力に加えて、投術師のスキルが乗ったそれは、

問題なく致命の威力を発揮し直撃したが、イシュタルは虫を追うかのごとく、

ただ小煩げに頭を振っただけだ。

 

「最初から下卑た娘だと思っておったわ、おま……」

 

言葉の途中で、ならばとばかりに再び投げ放たれた、今度は石像の胴体部分が、

カーブがかかった軌道でイシュタルの側頭部に命中する。

これは多少効いたらしく、イシュタルはやや身体をぐらつかせるが、止まらない。

 

「お前は黙ってそこで見ておれい!」

 

そう吐き捨てつつ、イシュタルが呪文を唱えると、優花の足元に魔法陣が広がり、

タダでさえ弱体化し、動きがままならない彼女の身体を戒めてゆき、

さらに。

 

「ついでです、特異点、あなたも私の世界へと御足労頂くことと致しましょうか

近似値に過ぎないとはいえど、その力は利用価値がある」

 

斑色の影がジータの身体を包むように迫り、

 

「帰らぬというのであれば、さぁ、儂に娶られ契りを結び妻となりて、

我が子を孕むのだ、少女よ……それが叶わぬのならば」

 

哀願するような響きの声と共に、さらにスススと、その足元に触手までもが迫る。

 

「後生じゃ……せめて……そのかぐわしき蜜を」

 

(こ……これじゃ対〇忍だよぉ~~)

 

 

「どっ、どどど、どうするんですか!?このままじゃ蒼野さんも園部さんも

お嫁にいけなくなっちゃいますよ!」

 

上空を旋回するティオの背中で愛子は叫ぶ。

 

"な、なんと羨ま……いやいや危険な光景じゃ、あ、愛子背中を叩くな!

今のは冗談じゃ!しかし……"

 

ティオは幾度となく見えない壁へと突撃するが、

その度結界は僅かに軋みの音を立てるが、まるで破れる気配はない。

 

「こんなに傍にいるのに……」

 

悲痛な表情を見せる愛子に、ティオが追い打ちを掛ける。

 

"……しかも今ご主人様がこちらに向かって来ているようなのじゃ"

 

本来なら救援の登場を喜ばなければならないのだが、二人の気分は一層重くなる。

 

"もしもジータたちの惨状を目の当たりにして"

「それで私たちが、ただ手をこまねいて見ているだけだったと分かれば……」

 

愛子の顔色が夜空でもわかる程に青くなっていく。

 

"妾たち、タダでは済むまいて……"

 

そんな呟きを漏らすティオの声音は、愛子には妙に艶っぽく聞こえ、

そしてメルジーネでシアが遭遇したという堕天司が、空の裂け目から大量に現れるのを、

二人は目撃しており、その光景は山々を越え、神殿へと急ぐハジメの目にも当然入っていた。

 

「……」

 

この身は一刻も早くジータの元へと辿り着かねばならないのだ、だが、

太古の生物兵器とカリオストロやガブリエルから聞いたあれが、

もしも王都に到達すれば、その被害は甚大な物となるだろう。

 

もちろん王都にはユエを始めとする、頼もしい仲間たちが控えている。

しかし……空を埋め尽くさんとばかりに降下する異形の群れを一瞥し、

ハジメは小さく頷くと、シュラーゲンを構え、その群れの端から中心へと、

薙ぎ払うように斉射していく。

 

……全てを撃ち落とすことは叶わなくとも、せめてとの思いを乗せて。

 

 




頑張れイシュタル、感度三千倍だ!
ですが次回は王都組の予定。


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変遷するモノたち

総合評価1000pt突破!これも皆さまの応援のお陰です。
ありがとうございます。

王都編では、これまで出番の少なかったキャラが主体になる予定なので、
ハジメパーティーは主役コンビを除いて出番が少なめになります。
ご了承下さい。


王都近郊の宿場町。

 

「清水さん、そろそろ宿に戻りましょう……夜風は身体に触ります」

「ああ、でももう少しだけ……見ておきたいんだ」

 

清水幸利は、友人でもあり自分の身元保証人でもある、

ウィル・クデタへと険しい表情で応じる。

 

ウルの街での騒動から数ヶ月。

冒険者ギルドの庇護の下に進められた、清水への取り調べはほぼ一段落し、

いよいよ彼は王都での最終的な審理へと臨むことになっていた。

 

審理と言っても、清水自身が取り調べに協力的で、数多くの情報を得ることが出来たこと、

かつ、その能力の殆どを喪失したとはいえど、労役代わりとして与えられた、

ギルド内の実務も、異世界人ならではの高いレベルで処理しており、

慣習通りの審理が滞りなく行われれば、それらを考慮し、

晴れて釈放という流れになるだろうとの話だった。

 

しかし、王都の手前まで来て、何故か彼らは、いや彼らだけではなく、

他の商隊や一般の旅人たちまでもが関所にて足止めを食い、

そして現在……。

 

野次馬たちに混ざり高台から炎上する王都を眺め、歯噛みする清水。

その周囲には、かつて自分が集めた魔物たちをも凌駕する軍団が、

次々と王都へと突入していく様も見える。

 

今、自分にあの力があれば……闇術を使えれば、王都の人々に取って、

クラスメイトたちに取って、どれほどの助けになるだろうか?

との思いが頭の中を走る。

 

だが、それでも今の清水は思う、力を失った代償に、誰かを大切に思える心を、

人々の、仲間たちの無事を素直に願える心を得ることが出来たのならば。

きっと、それはそれでいいことなのではないのかと。

 

(もう俺は……持ってない物を妬んだりはしない、だから)

 

だから清水は炎の王都へと力いっぱい叫ぶ。

 

「南雲ぉ!蒼野!お前らいるんだろ!最強を目指すって約束してくれたろ!

だからあんな奴ら全員、俺の代わりにブッ飛ばしちまえ!」

 

 

そして神山上空では。

 

「まぁそうなるわな」

 

表情こそ焦りを浮かべてはいるが、どこか達観した口調で自身に群がり始めた

堕天司へと、ハジメはトリガーを淡々と引いていく。

シュラーゲンを群れに向かい斉射した以上、こうなるのは仕方がない。

それでも、こちらに引きつけることが出来た数はそう多くはないように思える……。

 

ハジメの視線の先には炎上する王都へと降下していく堕天司たちの姿が

はっきりと捉えられていた。

 

「それにしても空爆とはね」

 

あちこちで炎上を続ける都は、まるで戦争映画のような光景だった、

確かにロクな防火設備も、防火建造も為されていないであろう、

この世界に於いては、これ以上はなく有効な手段に違いない。

 

しかし、これは少なくとも自分が調べたところの、これまでの魔人族の戦とは、

やはり大きく異なるように思えてならなかった。

そう、これはまるで……。

 

日本人ならば必ず教えられ、知っておかねばならぬ、

あの歴史の中に刻まれた光景そのもののように、ハジメには思えた。

 

魔人族側も自分たち異世界人を召喚したのだろうか?

檜山か?いや、違う、これほどの有効な作戦を、魔人族側に教えることが出来たならば、

あんなにあっさりと切り捨てられることは、無かった筈だ。

 

「それとも……まさか」

 

その時、自分の背後、そう神殿の方角から激しい閃光が走った。

 

 

そして王都上空では、ユエとフリード自ら率いる魔人族空戦部隊が火花を散らしていた。

 

「お前たちは我々の戦いに加担するつもりはない、そう聞いたはずだが」

「……んっ、だからといって無辜の人々を巻き込むというのならば容赦しない」

 

(……ハジメは、私たちを悲しませないと約束してくれた)

 

ならば、自分たちもハジメを悲しませるようなことはしない。

関係ないの一言で、無力な人々が目の前で焼かれて行くのをむざむざ見過ごせば、

きっとハジメは怒り、悲しむだろうとの思いがユエにはある。

そう、ハジメだけではなく、ユエもまたジータの影響により変わっていったのかもしれない。

 

「ほざけ、異教徒どもに一切の慈悲は無用だ」

 

一方のフリードは魔人族であることに誇りを持っており、例に漏れず、他種族を下に見ている。

魔人族が崇める神に対する敬虔な信者でもあり、価値観の多様性を認めないタイプの男だ。

 

しかし、そう口ではいいつつも、やはり思う所はあるようにユエには見えた。

王都の火勢が弱まったとみるや、自ら押し出して来たのがその証拠だ。

魔人族であることと同じく、一軍の将、そして戦士としての誇りもまた高いのだろう。

こういうタイプは例外なく、自身の手で決着を着けたがるのだ。

 

「ところであのもう一人の金髪の……ジータとかいう娘はどうした?」

「お前には関係ない、なんでそんなことを聞く?」

 

互いに魔法の応酬を続けながら、問答もまた続く。

 

「ふ、中々見どころのある娘と見た、人間族に加担せぬというなら、

我が魔人族の将として迎え入れたいと思ってな、ただしあの白髪の男には、

死んでもらうことになりそうだが」

「お前にハジメは倒せない!」

「ほざけ!」

 

同時に発動したユエの風刃と、フリードの光弾が空中で衝突するが、

やはりユエの風刃の方が威力が高いのか、相殺されきれなかった余波が、

フリードの身体を掠め、さらに追撃の風刃が迫るが、

それを紙一重で避けていくフリード、やはり腐っても大迷宮攻略者である。

 

「無詠唱か……同じ術師として羨ましいぞ」

「……ふっ、けど、あれを全部避けられるとは思わなかった」

 

素直に互いの実力を称え合うフリードとユエ、

そこには憎しみは無く、ただ倒すか倒されるかの純粋な敵としての関係があるだけだ。

ただし、ユエとしては例えばハジメが傷ついた分お前は苦しんで死ねとでも、

目の前の男に言うべきではないかとの思いはある。

 

しかし白竜の光線を受け、傷つくどころか、

あのお尻丸出しの、いわゆる貧ぼっ〇ゃまスタイルとなった、

ハジメの姿を思い出すと、憤りよりも、むしろ笑いが込み上げて来るのだから仕方がない。

 

そんなユエの表情を見て、バカにするなよとでも思ったか、

フリードは自身の上空を旋回する数十匹もの灰竜へと、攻撃指示を下す。

そんな折だった、横殴りの雨に混じって、堕天司の大群が王都へ襲い掛かったのは。

 

「キャハハハ」

 

醜い鉄仮面の下から耳障りな笑いを響かせ、手斧を振り回し、

自分の範囲内全ての存在に無差別攻撃を仕掛ける堕天司―――エグリゴリ。

そいつらは、まずはユエめがけブレスを斉射しようとしていた灰竜たちへと襲い掛かる。

横合いからの奇襲を受け、算を乱した灰竜たちは次々と喉を切り裂かれ、

一気に二十体近くが地へと落ちてゆく。

 

「くっ……これは一体」

 

それでも流石にフリードは狼狽しつつも白竜を操り、

かつ自身の魔法でエグリゴリどもを返り討ちにしてゆき。

ユエもまた雷の竜を召び出し、一気に群れもろとも焼き尽くしていく。

 

しかし続々とエグリゴリたちは王都の上空へ集結しつつある、

まるで死の臭いを嗅ぎつけたかのように。

 

「フリード様!ご無事……ぐわああああ!」

「な……何だこいつらわぁ~」

 

突然の戦況の変化に対処できず、次々とエグリゴリの手に掛かる部下たちの叫びが、

フリードの耳へと届く。

 

そして初撃こそ成功したが、本来接近戦が苦手なユエにとっても、

高速かつ集団で斬りかかるエグリゴリは、あまり相手にはしたくはない類の敵だ、

それに、自分の足下に広がる王都の炎は勢いこそ失ったが、

それでもじわじわと延焼を続けている。

 

仕方ない、聞き入れてくれるかは疑問だが……。

 

「……ここは一時休戦」

「何だと?」

 

意外とも言えるユエの申し出に、怪訝な表情を浮かべるフリード。

そこにさらに彼の部下のものであろう悲鳴が響く。

 

「……いやしくも一軍の将が同胞を見捨てるの?」

 

魔人族は人間族以上に、同胞意識が強いと聞く。

死の淵に於いても、誇らしげにフリードのことを語っていた女魔人族のことを思い出すユエ。

それに、身分なども関係しているのかもしれないが、目の前のこの男は、

少なくとも将として、魔人族の間では多大な尊敬を得ている様だ。

何より将の、戦士の誇りを持つ者ならば、おそらく選りすぐりであろう、

配下たちの想定外の、無駄死にと言ってもいいこの状況は、

決して受け入れられる物ではないだろう。

 

「……私にとっても奴らは敵、それでもどうしても、というなら日を改めて、

全力で挑むがいい、私たちも全力で相手してやる、そしてその時こそ殺してやる」

 

こうしている間にもエグリゴリの斧がユエの服を掠め、肌にかすり傷を与えていく。

その中には、内心冷や汗を覚える物もあったが、それでもユエは動じる素振りを見せない。

ここで弱みを見せてしまえば、全ては水泡だ。

 

その一方、普段ならば一笑に付すであろう、ユエのその申し出を受け逡巡するフリード。

その目の前でまた一人、自身がこの乾坤一擲の聖戦、義挙に抜擢した戦士が、

地に落ちてゆく姿が目に入る。

そして何より目の前の少女も容易ならざる強敵である。

そこでフリードはやや奇妙なことに気が付く、目の前の……ユエのその身の傷が、

傷を受けた端から自動的に治癒していく様子が…いや、この状況では些末事だ。

 

「……くっ!」

 

フリードは苦渋の表情を浮かべながら大声で何やら指示を飛ばすと、

伝令であろう鳥のような魔物が方々へ飛び、そして生き残りの灰竜たちが陣形を整えだす。

 

「……受けるということ?」

「……か、勘違いするなっ、いいか!これはあくまでもお前個人への休戦であり、

私個人の判断だ!魔人族全体の判断ではないっ!人間族への攻撃も継続するっ!

我らが放った魔物どもや、都の炎はお前らで何とかするのだな!出来るものならな!」

 

あくまでも自身の判断、全体での戦闘自体は継続するということか。

 

「それでいい、ただし向かってくる者は殺す、お前もせいぜい死なないようにしろ」

 

妥協も止む無しである、今の状況で堕天司とフリード、

双方を相手にするのは、ユエにとっても避けたかったのだから。

 

ともかく、それだけを口にし、ユエもまた踵を返す、

これはフリードの行うであろう攻撃に巻き込まれないためと同時に、

自身の攻撃にもフリードを巻き込まないという、一種の紳士協定のようなものだ。

 

そして十二分に距離を取ったとユエが判断したと同時に、

自身へと追いすがるエグリゴリの群れへと、氷雪の竜巻が吹き荒れるのであった。

 

 

「ちくしょう……」

 

一方、城下で雨に打たれ、炎と魔物に追われながら逃げ惑うのは檜山大介だ。

 

「聞いてねぇぞ」

 

魔人族が大挙して王都に襲撃を仕掛けることは聞いていたし、

そして自分がその先鋒、案内役を恵里と共に務めるという手筈であったことも、

 

失態を重ね続け、魔人族からも見限られた自分にとって、

これが最後のチャンスだったことは理解できていた。

ここで何らかの結果を出さねば、神はもう自分を生かしておくことはないだろうと。

だが事態は檜山の、彼の想定を超えていた、

恵里に言われた通り、王都の裏路地に潜んでいたらこの始末だ。

 

(あのアマァ、俺を最初から……)

 

魔人族どころか、自分がその神にすら完全に見限られたことは明白だった。

今の彼は、目の前に現れた魔物と迫る炎からただ逃げ惑うだけの、

無力な存在だった。

ここでまたしても全身を襲う悪寒と疼痛に顔をしかめ、檜山はうずくまる。

それでもその目は、生への執着を、そしてハジメたちへの憎悪を失ってはいない。

 

(ここまで……ここまでしたんだからよ)

 

檜山は、さらに禍々しい姿へと変化した黒鎧に手をやる。

この姿、きっと上から見たらゴキブリそのものなのだろうと、我ながら思わずにはいられない。

自嘲気味に独り言ちる檜山、だがそれでも。

 

「まだ死ねねぇ……このまま」

 

自分には何も届かないのか?何の痕も残すことができないまま、

ゴミクズのように、ゴキブリのように扱われたまま、

誰からも顧みられることなく、このまま死ぬのか、御免である。

それは自分の求める死に様ではない、そんな惨めで無残な死をくれてやるのは、

ただ一人、南雲ハジメだけでいい。

 

「どこだ……どこにいるんだ、南雲ォ」

 

己の肉体の不調に耐えながら、炎の中で、ひたすら宿敵の姿を追い求める檜山、

その時であった。

 

「やあっ!ですぅ」

 

可愛らしい気合と共に、魔物たちを薙ぎ払いながら突き進んで行く、

シアの後姿を視界に捉えたのは。

 

(あれはあの時の、ウサギ女……)

 

檜山は思い出す、それはハジメの関係者であり仲間だと、

ならば自分が殺すべき、ハジメの心に痕を残せるに相応しい相手だと。

彼にもっと余裕があれば、その生来の狡猾さを生かし、

十二分に致命の傷を与えられるチャンスを待ったかもしれない、しかし。

もう彼にそんな余裕は、猶予など残っていなかった。

 

それはまさしく通り魔の、いわば誰でもいいからという思考に酷似していた。

 

「南雲ォ、お前が悪いんだからな、大事な大事なウサギから目を離したお前がよ」

 

檜山は繋げたはいいがイマイチ扱い勝手が悪い左手ではなく、

右手に拾った剣を握る、黒鎧の背中の装甲が開き、

そこから透明の翅が振動しながら広がってゆく、その様はまさしく蟲、

ゴキブリそのものだった。

 

そしてシアがおそらく未来視で察知したのだろう、

空中から自身へとやや奇襲めいたタイミングで飛び掛かった魔物を迎撃するため、

ドリュッケンを振りかざした時だった、その無防備な背中へと、

彼女にとって完全に想定外の位置、速度から檜山の凶刃が迫ったのは。

 

それでも辛くも察知したか、シアが振り向くが、遅い。

勝利を確信したような、歪んだ檜山の笑顔と白刃がぐんぐんと迫る、

その時何かが横合からシアを庇うかのように立ちはだかり、

檜山の凶刃をシアに代わり受け止める。

 

「か……おりっ、さん」

 

シアのすぐ横の塀の陰に、たまたま檜山の視界からは隠れるように立っていた香織は、

障壁を展開するのが間に合わない、よしんば展開しても防げない可能性を察知し

自らの身体で、その刃を受け止めることを選択したのであった。

 

あまりのことに言葉も出ないシア。

一方で思わぬ"収穫"に狂喜の表情を見せる檜山。

 

「ひひっ、やっと、やっと手に入った……やっぱり、南雲より俺の方がいいよな?

そうだよな? なぁ……香織ぃ」

 

そんな獣の呟きが耳に届く中、シアは驚きの中にも違和感を覚えていた。

何故ならば、背後から抱きしめられるようにその刃を、

背中から胸へと突き立てられているにも関わらず、

香織が平然と笑みを浮かべているのを。

 

そんなことも露知らずにさらに檜山は得意げに叫ぶ、ついに一矢報いてやれたと。

 

「南雲ォ、奪ってやったぞぉ、テメェの大切な物をよぉ」

 

 

「て、思うよね♪」

 

その、ありえない声に檜山の表情がさらに歪む、喜びから驚愕に。

そこで檜山はようやく気が付く、香織へと突き入れた刃のその手ごたえが、

まるであらかじめ鞘に収まったかのように、スカスカだということ、

そして何より、香織の身体から血が一滴も流れ出ていないということを。

 

檜山に串刺しにされたまま、その檜山へと笑顔で振り向く香織、

明らかに致命の一撃を受けていながらも、まるで何事もなかったかのように。

 

「な……なんで」

「どうしてですかぁ!」

 

ほぼ同時に疑問の声をあげる檜山とシア、無理もない話だ。

 

「えっとねぇ……内緒かな」

 

種明かしはこうだ、あの日、シャレムの一撃を浴び、焼け焦げ白く煙りながら、

波間に沈みゆくクリオネの、後でシーマンに聞いた話だと悪食と言うらしい……の、

その濁った肉を、香織は誰にも見られないよう、咄嗟にポケットの中に忍ばせたのだ。

 

魔物の肉は決して食べるなと、ジータからキツく言いわたされていたが、

それでも香織は躊躇することなく、悪食の肉を口にした。

もちろん皆が寝静まった夜にこっそりとだが、

 

そうすることで愛しい人と、同じ存在になれるのなら、

僅かでも近くに行くことが出来るのなら……。

また肉体が、そして心が造り変えられる歓びを味わえるのなら。

 

流石にシーマンいわく、太古の伝説の魔物だけあって、その効果は劇的だった。

あらゆるステータスがさらに跳ね上がり、かつ光魔法のみならず、

水魔法に関しても適性を得ることができ、そして何よりも固有魔法が極めて強力だった。

 

その固有魔法は、肉体変形[+液状化]、

自身の肉体に魔力を行使することで、その形状を変化させる能力だ。

これにより香織は、檜山の刃を受けた際、

骨や筋肉、神経、臓器などを瞬間的に移動させ、本来ならば

致命の一撃である筈の、檜山の一撃を無傷でやり過ごしたのであった。

 

もっとも肉体の変形・操作には相応の魔力が必要であり、

今の香織の魔力を以てしても、そうそう多用は出来ず、

特に液状化に関して言えば、その効果はわずか数秒間、

さらに言うならば、服まで液状になってくれる筈もなく、

解除し、固体に戻ると常に裸になってしまうという欠点があった。

 

「でもでもホラ!こういうことだって出来るんだよ!」

 

香織の豊かな髪が一瞬広がったかと思うと、意思を持ったように動き出し、

檜山の肉体を拘束し宙吊りにする、

その様はどこぞの海の家で働く、海からやって来た女の子のようだった。

 

檜山の全身が軋み、喉が痙攣し、その口が酸素を求めパクパクと喘ぎだす。

 

「ば……化け物……」

 

苦しい息の中、そう言い返すのがやっとだ。

しかし、その悪態を聞いて、むしろ我が意を得たかのように香織は嗤う。

 

「そうだよぉ、私ハジメくんと同じバケモノになったんだあ!

檜山くん!私の言ってほしかったこと、やっと言ってくれたね!」

「ヒィ!」

 

焦がれて焦がれ続けたその笑顔が、ようやく自分の方へと向いたのに、

肝心の檜山は引き攣った表情で、ガタガタと歯を鳴らしている。

香織の笑顔は、もはや彼にとっては恐怖の象徴以外何物でもなかった。

 

(魔女でも……いや化け物ですらねぇ、この女はもっと悍ましく

汚らわしい何かだ!)

 

しかし香織はそんな檜山の内面には一切忖度することもなく、

眼下に広がる魔物たちと、そして炎の海を、次いで檜山の顔を見る。

 

ハジメたちに苦難の道を歩ませた、いわば元凶といってもいい、

この男の顔を見ても、憎いとも何とも、もはや感じることはなかった。

そう、南雲ハジメだけではなく白崎香織にとっても、

檜山大介とは、やはりその程度の存在でしかなかったのだ。

 

「生き残れるか試してあげる、まぁ檜山くんには無理だろうけどね」

 

香織は檜山を絡み付けたまま、その髪をブンブンと振り回し、

そして遠心力をつけて思い切り振り飛ばした、魔物の群れの中へと。

 

群れの中に落ちながらも、檜山はあがく。

 

「俺は脇役じゃ……ねぇ、俺は、まだ何も……」

 

あらゆる全てに否定されてなお、いや否定されたからこそ、

彼のその目は、その執念は、まだ消えてはいなかった。

 

事が終わり、怯えた目を向けるシアへと、

香織は、やや身体をふらつかせつつも、何事もなかったかのような笑顔で振り向く、

ただし、己の唇にそっと人差し指を添えて……。

 

その笑顔は、私は南雲ハジメのためにここまで出来るのだという優越感に満ち、

そしてお前はどうなのだと、問いかけているようにも思えた。

だから否応なしにシアは頷くより他なかった、その身体を震わせ、目に涙を浮かべて。

 




色々なキャラが原作とは多かれ少なかれ変化していってるんだなと
今回書いていて思いました。
一見変わってなさそうだったユエもジータの影響で、
原作での好戦的で冷酷な部分が薄くなって、よりヒロインらしくなったのかな?と。

ところで悪食の肉を食べた二次作品って、自分の読んだ中ではないんですよね。
だから香織ちゃんに食べて貰いました、固有魔法は勝手に考えました。

で、その香織ちゃんですが、日常や学園を差し引いても、
ちょっと変え過ぎだったかも……。
ですが、それを差し引いてもハジメがユエがいながらどうしてシアに惹かれたのかって、
分かる気がするんですよね。

ハーレムメンバーの中で唯一、普通の感性に近い物を持った女の子って感じなので

次回は対〇忍ごっこの続き。


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崩壊と再会と


王都編になってから一話当たりの文章量が多くなって行くのが、
少々悩みどころではあります、大体5000文字を目標・目安にはしているのですが。
従って、今回も分割すべきか悩みました。


 

 

背後からの閃光、そして轟音。

すわ、新手か?振り向いたハジメの視界に。

 

―――光を放ちながら崩壊していく神殿の姿が入った。

 

「ジータッ!」

 

最悪の予感に、ハジメの胸に一瞬暗雲が漂う、

いや、無事だ……急速に回復していくジータと自身とのリンクを確認し、

ほっと一息つこうとするハジメだが、そこにティオからの念話が届く。

 

『ご、ご主人様よ……そっちはどうじゃ?』

『聞きたいのはこっちだ!一体何があったんだよ!』

『ち、違う!妾たちではないっ!』

『あ、そんなこと最初から言うってことはだな、やっぱり何かやったんだな』

『やった……と、いうか、やろうとしたら、というか……』

 

妙に歯切れの悪い態度に終始するティオ。

 

『ま、魔力の渦で上手く飛べぬ、一旦後退するのでそこで合流じゃ』

 

確かにゴーグルを装着すると、神殿の周囲に黄金色の魔力が唸るように、

渦を巻きながら拡散している様子が目に入る。

そして、その渦の外側に、黒竜姿のティオが背中に愛子を乗せて滞空している姿があった。

 

「……先生、ティオ、二人とも無事みたいだな、で……」

「やってません!やってません!私やってません!」

「ティオ、やっぱりお前か」

"な、何故先に妾の名前を出すのだ、ご主人よ!"

 

ティオの背中で明らかに狼狽している愛子、しかしこの先生が、

何かとあわあわするのは、いつものことなので、

ハジメの矛先は、どうしてもティオに向いてしまう。

 

「ちち、ちなうんです、ティオさんもというか、やっぱり私も……

と、とにかく私たちやってないんです!」

「……水でも飲んで落ち着いて話してくれ」

 

ハジメから受け取った水筒をくぴくぴと飲み干すと、ようやく落ち着いたのか、

愛子は事情を語っていく。

ジータと優花が結界に囚われ、魔獣と化したイシュタルに手籠めにされかけたこと……。

 

「で、それを……まさか」

 

話を黙って聞いていたハジメの周囲の温度が、急激に下がり出した気がしたのは、

決して気のせいではない。

 

"わ……妾は眠くなって来た、愛子、後の説明は頼むぞ"

「わぁ~~ちょっと逃げないで下さい、ティオさん、も、勿論私たちもですね

ただ手をこまねいて、蒼野さんたちの貞操の危機を見ていたわけではなくってですね…」

 

なんとか結界を破壊できるだけの火力を得ることは出来ないか、

そう考えた愛子が思いついたのは、自身の特技である発酵操作を使い、

可燃性ガスを神殿の周囲で使い、結界の内外に充満させ……。

 

「ほう……ジータと園部がいるにも関わらずに、か」

「だからやってないんですぅ!」

"そ、そうじゃ、そんなの危なくてヘタをすれば大爆発で、地形が変わってしまうぞ"

 

そう、この手はいわば人質であるジータと優花がいる限り実行は出来ない。

ならば……どうするか、と、また再び考えを巡らせ始めたあたりで。

 

「勝手に神殿が崩壊したんです」

"こう、パーッとな、光がパーッと"

 

必死で身振りを交え説明しようとするティオだが、竜の姿では何が何だか分からない。

 

「それで私たち吹き飛ばされてしまって……ああっ、蒼野さんと園部さんはっ!」

「あーそれに関しては大丈夫だと思う」

 

ハジメは自分の身体に宿る、ジータとの繋がりをはっきりと自覚していた。

事実、その証拠に、彼らの視線の先には、満月をバックに自転車を漕ぐような仕草で、

宙に落ちていくジータたちの姿があった。

落下速度から見て、重力魔法で制御しているようだ。

 

"なるほど……無事、みたいじゃの"

「……何やってるんだよ」

「いい映画でしたねぇ……あれ」

 

やや場違いな感想を漏らす愛子。

 

まぁ、あっちは追々回収するとして……。

ハジメたちの興味は、自分たちの眼下にて、こちらを真っすぐに見つめる、

白い法衣のようなものを着た禿頭の男へと移っていた。

 

「生き残り……でしょうか?」

「いや、先生、よく見てくれ、身体が透けてる」

「ひっ!」

 

ハジメの指摘の通り、禿頭の男のその体は透けてゆらゆらと揺らいでおり、

それに気が付いた愛子は、両手を合わせて拝む仕草をする。

 

禿頭の男は、ハジメたちが自分を認識したことに察したのか、そのまま無言で踵を返し、

滑るように動いて瓦礫の山の向こう側へと移動し、ハジメたちを促すように振り返る。

 

「……ついて来いってことか?」

"じゃろうな……どうするのじゃ、ご主人様よ"

「元々、ここには神代魔法目当てで来たんですよね?なら……」

 

ティオと愛子の言葉に頷くハジメ。

 

「ああ、もしかしたら何か関係があるのかもしれない、手がかりを逃すわけにはいかないな」

 

そこでカリオストロから念話が届き、

ハジメは神山での出来事をかいつまんで話していく。

 

『ならオレ様もそっちに向かう!エレベーターを修復しろ!』

『エレベーター?でも動くかな……』

 

ハジメの周囲は、見渡す限りの瓦礫の山である。

 

『こっちで調べた限り、まだ生きてるぞ』

 

神殿が崩壊しても、その発着場は何とか破壊を免れたようだ。

ハジメがカリオストロの指示通りに、魔法陣を修正・操作すると、

間もなくエレベーターに乗って、カリオストロがやってくる。

 

「王都の様子はどうなのでしょうか?」

「何とかなってる、だからオレ様もこっちに来れたんだ、とはいえ……さっさと済ませるぞ」

 

ハジメたちは禿頭の男に従い、瓦礫の合間を進んでいく。

途中、瓦礫に混じり散乱している塩の塊に、愛子が手を伸ばそうとするが。

 

「そりゃ人間の絞りカスだぞ」

 

カリオストロの言葉に愛子は慌てて手を引っ込める。

 

「ひでぇことしやがるぜ、命だけじゃなく、肉体の構成要素まで吸い取りやがった」

 

閉じようとしている空の裂け目を見上げながら吐き捨てるカリオストロ。

そして、彼らが五分ほど歩いた頃だろうか?

遂に目的地についたようで、禿頭の男はその場に静かに佇み、

ただ黙って指を差す、その場所へとハジメたちが進むと、

瓦礫がふわりと浮き上がり、その下の地面が淡く輝き、

大迷宮の紋章の一つが浮かび上がった。

 

「あんた……解放っ」

 

ハジメの質問と同時に、魔法陣の輝きが彼らを包み込む。

そして、次の瞬間には、ハジメたちは全く見知らぬ空間に立っていた。

黒で統一された小さな部屋で、中央に魔法陣が描かれており、

その傍には台座があって古びた本が置かれていた。

 

「話によるとコイツが魔法伝授用の魔法陣か?」

「ええ、それに入ると記憶の精査とかが行われて、資格アリと認められると

直接頭に刻まれます」

 

カリオストロに説明しつつ、ハジメとティオは、魔法陣の傍に並び、

そこでチラと周囲を興味津々で見回す愛子へと、どうする?と問うような、

視線を向け、その視線を受けて愛子は小さく頷くと、ハジメたちの隣に並ぶ。

 

「じゃあ、せーの」

 

四人は呼吸を合わせ、掛け声と同時に魔法陣の中へと入る。

と、いつも通り記憶を精査されるのかと思ったら、

もっと深い部分に何かが入り込んでくる感覚がし、うんうんと頷くカリオストロを除く、

三人は思わず呻き声を上げたが、それは一瞬で過ぎ去り、

そして攻略者と認められたのか、頭の中に直接、魔法の知識が刻み込まれる。

 

「……魂魄魔法?」

「う~む、どうやら、魂に干渉できる魔法のようじゃな……」

「ほう、この世界の魂魄は……こういう解釈か、とっくに通り過ぎた道でも、

色々良く見りゃ発見があるもんだな、ククク」

 

各自それぞれ所感を述べつつ、魔法陣から出ると、カリオストロは、

早速、台座の上の手記らしき本を紐解きながら、三日月のような笑顔を浮かべる。

 

「先生、大丈夫か?」

「うぅ、はい。何とか……それにしても、すごい魔法ですね……

確かに、こんなすごい魔法があるなら、日本に帰ることの出来る魔法だって、

あるかもしれませんね」

 

いきなり頭に知識を刻み込まれたショックが未だ醒めないのか、

頭を押さえ蹲る愛子。

 

「無理するな、しばらく休め愛子」

 

カリオストロが労うように愛子の肩に手を置く、今回に限らず、

ここ数日の激動の展開に彼女の精神が疲弊しているのは明らかである。

ならばと、ハジメが念話石を手に取る。

 

「さてと、魔法陣の場所も分ったし、ジータをそろそろこっちに呼び寄せるわ」

 

 

さて、崩壊前の神殿では、ジータとイシュタルの追いかけっこが続いていた。

 

「……美しい、なんと美しい娘なのじゃ、其方は」

「そ、それは分かったからっ!」

 

ジータの足下へ触手を這わせながら、喘ぐような口調でイシュタルは宣うが、

当のジータにとっては、こんな状況では嬉しくもなんともない。

 

「だが、いずれ其方も老いる……惜しい、何よりもその美しさが、

他の若者の物となるのが余りに口惜しい……ゆえに」

 

イシュタルの声が昂るに従い、触手の密度が増してゆく、

その触手の先端の皮が剥け何やら固くなっているのを察し、ジータは思わず視線を逸らすが。

それが却ってツボに入ったか、イシュタルの声がますます熱を帯びてくる。

 

「我に処女を捧ぐのじゃ、そしてその身を剥製とし、新たなる女神として

永遠の美しさを……」

 

そこで何かを思いついたかのように、イシュタルの今や申し訳程度となった顔が、

さらに歓喜に歪み、目が赤く染まっていく。

 

「おお!そうじゃ、其方をエヒト様の供物として捧げよう!さすればまた儂を再び、

元の姿へとお戻しになられる、いや今度こそ求めて止まぬ若さを!

強さを与えてくれるに違いない!あの天之河光輝のごとくに!」

 

また光輝か……どいつもこいつもと、ジータは思いつつも、

この時ばかりは、心から光輝に同情せずにはいられなかった。

 

「ならば試し腹を為さねばなるまい……其方は儂のみならず、

エヒト様の御子を生まねばならぬのだからな」

 

一旦動きが止まっていた触手が、毒蛇のごとく鎌首を上げていき、

ひぃとジータの喉が鳴る。

 

「ちょっとジータ!立派な刀持ってるじゃないの!それでチ〇コなんか

叩き斬っちゃいなさいよ!」

 

ジータが背中に装着している闇属性の刀、普天幻魔に注目し叫ぶ優花だが。

 

「やだよ!汚れる!」

「何雨の日にカサ差さない女の子みたいなこと言ってるのよ!」

 

少女ゆえの嫌悪感を隠さず即答するジータ、そんなこと言ってる場合じゃないだろうと、

ツッコミを入れる優花の身体は、イシュタルの戒めによって、

投球フォームのまま固まってしまっている。

 

そしてその時、ジータの足元が、いやテラスの床全体がひと際強く輝いたかと思うと、

蜘蛛の巣状に亀裂が走り、そして一気に崩壊を始めたのであった。

 

「やはり……これでは、この程度では不足でしたか」

 

妄念を隠そうともしない、イシュタルの姿を楽し気に観察していた幽世の徒が、

不思議気な、いや分かりきっていたとばかりに、

崩れ行く神殿と比例するかのように閉じてゆく空の裂け目へと視線を向ける。

 

蛇たちは、この世界の実質的な最高権力者であるイシュタルに注目すると同時に、

この神殿そのものが、強力な結界を発動させるアーティファクトであることにも、

気が付いていた。

 

ゆえに彼らはイシュタルを篭絡した後、この総本山に集う全ての聖職者たちに、

強力な儀式魔法、すなわち破堕の聖歌を奏でさせることにより、

その魔力を、自分たちが必要とする異界の力へと変換し、

強引に帰還のための門を開こうとしたのだ。

 

しかし魔力変換する際には、無視できぬ程のロスが乗じ、またその魔力を安定供給し、

かつ貯蔵する魔方陣も莫大な規模となる。そこでこの神殿に備わった、結界機能を、

一種の魔方陣と見立て、変換した異界の力を蓄積・供給するという方法をとったのだが。、

だが術を、聖歌を奏でる人間たちの方が、どうやら耐えきれなかったようだ、

 

魔力変換の負荷によるフィードバックが徐々に神殿に蓄積され、

それが限界を越えたと同時に、大聖堂に集った幾千もの聖職者たちが、

全身を塩の柱と化し息絶える、それは使い捨てることは前提でも、

蛇たちに言わせれば、想定を超えたレベルで脆かったと言うべきものであった。

 

ともかく、それにより術がキャンセルされ、その結果、結界が自動的に解除、消滅し、

想定外の異界の力を、それも異世界への門をこじ開ける程の力を浴びた神殿、総本山は、

ついに崩壊したのであった。

 

「いやはや無念、我が故郷への帰還が今度こそ果たせると思ってましたのに」

 

大して無念そうに聞こえない口調が、ジータたちの神経を逆撫でして仕方がない。

本当にどうでもいいのだろう、己自身すら大切に思わない存在だからこそ、

容易く人の心の弱さを嗤い、弄ぶことが出来るのだ。

 

「さて、これにて私は失礼させて頂きましょうか、あの何度も我々の計画を挫いてくれた

憎っくき聖女様にも、ご挨拶をせねばなりませんからね」

 

その言葉を聞いた瞬間、ジータの胸に言いようのしれない暗い何かが一瞬広がる。

あのジャンヌダルクと、この蛇は決して会わせてはならない、

そんな不吉な予感に襲われたのだ。

 

「では、またいず……」

 

蛇は最後まで別れの言葉を言うことなく消える、

また手裏剣でその首を刎ね飛ばされるのはごめんだとばかりに。

 

(力……戻って来てる、それに)

 

ジータは自分の身体に宿る温かい繋がりを、そう、ハジメへの繋がりを確かに認識していた。

 

「もう動けるよね!優花ちゃんっ!逃げるよ!」

 

先程までの触手に追われ逃げ惑う姿とは一変した、疾風の如き速度で、

ジータは優花を抱きかかえる。

 

「ば……ばかな…神山が崩れ……」

「雷迅!」

 

ありえない、自らの人生の象徴ともいえる神山の崩壊に、

明らかに狼狽、動揺を隠さぬイシュタルだが、

その様に忖度し、話に付き合ってやるほどジータは甘くはない、

彼女の指先から迸る、二度目の雷がイシュタルを打つ、今度の威力は掛け値なしの本物であり、

先程とは違い、イシュタルの身体がまさに雷に打たれたかのごとく、大きく揺らぎ、

さらに、その身体が彫像のごとく固まり、動きを封じる。

雷迅、この忍術は連続して使用することで、相手の動きを麻痺させることが出来るのだ。

 

そして神殿の崩壊はさらに進み、イシュタルは逃れることも叶わず、

その身体を硬直させたまま、瓦礫の中に消えていく、

その触手が、一瞬助けを求めるかのように震えたようにも見え……。

異界の蛇に翻弄された哀れな老人への同情が一瞬湧いたが。

 

しかし自分たちもそれどころではなかった。

 

「あらっ……あら、あらら、あらららららら~」

 

崩壊する急角度の屋根を、ジータは優花を抱えたまま、

重力と競争するかの如く一気に駆け下りる。

宙に投げ出されまいと、必死で足を動かすその姿は、

まるで緑ジャケット姿の某怪盗のようにも見えた。

 

(今はこれが精一杯……)

 

だが、無情にも、地面に到達する前に、屋根の方が先に崩壊を始める。

 

「わーーーーーーーーっ!」

 

完全に足場を失う前にと、迷うことなくジータは渾身の力で崩壊する屋根を蹴り、

宙にその身を躍らせる。

 

ぴょ~~~~ん。

 

まさしくそんな効果音に相応しい軌道を描き、夜空に飛翔するジータ。

同じく崩落していくの壁の欠片に一旦伸ばした足が付く、が、そこで勢いは止まらず。

 

さらにぴょ~~~~ん。

 

三段跳びの要領でさらに先へと飛ぶ、いや飛んでしまう。

その先にはしがみ付くべき望楼が、セオリーだと存在している筈なのだが……。

無情にも、彼女らの飛んだ先には夜空と月があるのみだった。

 

「ああああああ~~っ!」

 

満月を背景に、何故か自転車をこぐような仕草を見せるジータ、

自身が空中を移動できるということは、もはや完全に失念しており、

そんな彼女の姿に、優花は呆れ顔でより辛辣なツッコミを入れる。

 

「こんな時までウケ狙わないでなんとかしてよ、私よりずっと強いんでしょう!」

「そ、そんなウケ狙いだなんて、こっちも必死でっ……」

「じゃあなんであんな鳥の姿で潜入したりしたのよ!」

「ただの鳥じゃなくってヤンバルクイナ!」

「なおのこと悪いっ!飛べないじゃないの!」

 

地上への距離が近くなるにつれ、激化して行く言い争い、しかしそんな中、

ふと、自分たちの落下速度がゆるやかになってきているのに、彼女らは気が付く。

 

(重力魔法?でも何で?)

 

覚えのある感覚に首を傾げつつも、ジータはここでようやく、

自分が空中移動できることを思い出すのであった。

 

ふわりと空力と重力魔法の力で瓦礫の山へと降り立つ二人、

そこでハジメから念話が届く。

 

『無事か?ジータ、それから園部も大丈夫か?』

 

無事なことくらい分かるでしょうに、と思いつつ、

それでも労りの言葉に破顔し、ジータはハジメへと念を返していく。

 

『もう、ハジメちゃん遅いよ、あんまり遅いから……二人で先に逃げちゃったよ

それで?まさかそんな確認の為だけに、こんな通信したわけじゃないよね』

 

ジータの顔がいつもの柔和さを保ちつつも、その目は少しずつ鋭くなってゆく。

 

『ああ、大迷宮が見つかったんだ』

『ふーん、それで今から攻略しようってワケ?街がどうなってるか知らないわけじゃないのに?』

『違う、もう攻略は出来てるようなもんなんだ、詳しいことはこっちで話す、来れるか?』

 

一瞬、たじろぐようなハジメの声に、少し微笑ましい気分を覚えるジータ。

 

「優花ちゃん、ハジメちゃんが今からこっちに来れないかって、

ホラ……大迷宮見つかったって、愛ちゃん先生やカリオストロさんもいるから……」 

 

瓦礫にもたれ掛かる優花に向かい手を伸ばすジータだが、しかし、優花の身体が小刻みに震え、

何より月明かりでも分かるほどに青ざめた顔が目に入ると、

そこから先を続けることは出来なかった。

 

「ご……ゴメン、私っ動け……」

 

(無理もないよね)

 

緊張が解けた途端、一気に恐怖が襲い掛かってきたのだろう、自分もそうだった。

と、あの奈落の穴倉での日々をジータは思い出す。

 

『優花ちゃん、ちょっと参っちゃってるみたい』

 

大迷宮も、燃える王都も大事だが、だからといって、

目の前ではぁはぁと息を荒げる優花を放っておくわけにはいかない。

ハジメにまた落ち着いたら合流するとだけ言って、ジータは念話を切る。

 

「ゴメンね、メチャクチャやって…怖かったよね」

「や……やめ、あっ……」

 

優花の身体の震えを止めようと、ジータは軽く優花の身体を抱くが、

優花はそれを反射的に撥ね退けてしまう。

 

「ち……違…ごめん」

「暫く、一人になる?」

 

周囲の様子や気配を確認し、ジータは優花に問いかけ、

それを受けて、優花は俯きながらもコクリと頷く。

 

「じゃ、そこの陰にいるから」

「あっ……あの」

「?」

「ゴメンね助けにっ……来てくれたのに、文句ばっかり言っちゃって」

 

優花のその言葉には、柔らかな微笑みのみで応じ、

ひとまずジータは物陰へと姿を隠す、彼女自身も一難切り抜けた安堵感を覚えながら。

 

しかし彼女は気が付いていなかった、迂闊にも先の結界に囚われた際、

常時発動のスキルがすべてリセットされていたことに。

従って気配察知はまるで為されておらず、ゆえに、優花の足元に、

例の悍ましき触手が忍び寄っていたことに、

気が付く者は誰もいなかった。

 

(ごめん……ジータ)

 

そう心の中で繰り返し謝りながら、優花が瓦礫にもたれ掛かった時だった。

 

「そ、そうじゃ、お前でも……お前でもええんじゃあ~~~」

 

そんな叫びと共に瓦礫を押しのけ、ぬらりと触手をうねらせながら、

全身を己の体液に染めたイシュタルが現れる、その身体には無数の傷が刻まれ、

かつ、何か所かは折れ曲がってはいけないであろう方向に、

折れ曲がってしまっており、例え魔物に変じていても、

生きているのが不思議なほどの致命傷であろうことは明白である。

 

「し、死にとうない、まだ死にとうない」

 

イシュタルもそれが分かっているのだろう、もはや自分の命が尽きようとしていることを、

だから足掻く、最後に残った原初の欲望を果たさんと。

 

「生娘の破瓜の感触を……」

 

触手が力なくだらりと地に揺れる、その様はまさに"もののあはれ"という言葉を、

思い起こさせてならず、だから優花はイシュタルのその姿に恐怖はまるで感じなかった。

 

「生娘の蜜の味を知らぬまま……死にとうはない、後生じゃ……」

 

哀願しつつ、ずりずりと力なく自身に迫るイシュタルを、

優花は醒めた哀れみの籠った眼で、後去りつつもただ見つめるのみだ。

 

「信仰を弄ばれた……哀れな老骨に……情け……を、蜜……を」

「そんなの……」

 

優花の手に愛用の投擲ナイフが握られる。

 

「死んでもゴメンよ、妖怪ジジイ」

 

そう言い捨て、汚れると叫んだジータの気持ちを理解しつつ、

ナイフを構えた時だった。

 

「危ねぇ!」

 

そんな叫びと共に、瓦礫を飛び越えた何者かが、

イシュタルへと、巨体を生かした重量感たっぷりの蹴りを放つ。

 

(ジータ?ううん違う、こんな大きな身体してないし)

 

何よりその声には聞き覚えがあった、そう、何度も教室で聞いた……。

で、その何者かは優花をその背に守るかのように、イシュタルへと立ちはだかるが、

どうやら守る必要はないようだ、イシュタルの頭部?は、

先程の一撃で完全にへしゃげて、目玉が半ば飛び出しており、

そこからさらに脳らしき物が覗いている。

 

「もしかして……坂上……なの?」

 

声もそうだが、自分の知る限り、これほどの体躯の持ち主は一人しかいない、

もっともその全身は、包帯でグルグル巻きとなってはいたが。

 

「ああ、久しぶりだな、園部」

 

振り向いたその顔も半分以上が包帯に覆われている、しかし、

その中でもわずかに覗く半顔は、そして眼差しは教室で見慣れた、

坂上龍太郎のものだった。






次回、龍太郎君の奈落体験レポート。


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敗れし龍


しのぶさんもですが、楓さんも、コッコロも、兵長も、μ's一年生組も、
忘れちゃいけないガチャピンもといい、
風属性の配布キャラは皆優秀ですね……枢木スザク?聞かない名ですね。


 

 

「なんでこんなとこにいんのよ」

「ああ……話すと長くなるというかさ」

 

瓦礫にもたれ掛かり、ゆっくりとではあったが、優花に事情を話していく龍太郎。

その足元には、念のために石で頭を潰したイシュタルだった物の骸がある、

そして彼らの背後には。

 

(どうして私、隠れてしまってるんだろう)

 

気まずさを覚えつつも、二人の会話に耳を傾けるジータの姿があった。

 

(盗み聞きなんて……良くないけど)

 

だが、あのホルアドでのひと悶着の際、自分を納得と悔しさと悲しさが入り混った、

そんな複雑な表情で見つめていた、龍太郎の顔を思い出すと、

どうしても屈託なく、こんなところで何してるの?と声を掛けられない自分がいた。

 

そんなジータの心情は露知らず、龍太郎の話は続く。

 

香織が、ジータが去り、そして光輝もあの日以来、一人で考え込むことが殆どとなり、

雫もまた剣の道にのめり込み始めたこと。

そんな中で自分だけが置いて行かれるような寂しさを覚えていたこと。

 

「それで……どうしたの?」

「俺は強くなりたかった、もっと強く……そうすることで」

「みんなの役に立ちたかったんだ、坂上は」

「そんないいもんじゃねぇよ」

 

夜空を見上げる龍太郎、その夜の色は、あの冬の夜の公園で見上げたそれと同じように思えた。

 

あの夜、どう考えても筋違いの決闘の立ち合いを求められた時には、

流石に彼も困惑したし、実際、自分なりに言葉を尽くして止めるつもりでいた、しかし。

 

『龍太郎、これはお前にしか頼めない、この決闘が公正なものだったという

証をどうか見届けて欲しいんだ、俺の一番の友として』

 

そう自分に懇願する光輝の姿、そして何より、"お前にしか頼めない"

"俺の一番の友"その言葉を耳にしてしまった途端、もう止めるという選択肢は、

龍太郎の中から消え失せてしまっていた、これは違うと分かっていながら……。

 

「結局、俺はアイツの……光輝の親友の立場を、アイツにとっての一番を、

失いたくなかったんだ」

 

ちょっと困った所もあるが、それでも自慢の、最高の親友から頼られるという、

立場を手放したくはなかった、そのことについて言い繕うことはない、

この男はそういうことはしないのである。

 

「アイツがどんどんどんどん先に行っちまって……ハハ、本当ならよ、

よく頑張ったなって、言ってやらなきゃならねぇのに」

 

今度は足下に目をやる龍太郎。

 

「でも、怖かったんだ、いつか俺のことを……もう必要としてくれないんじゃないかって

本当にアイツが、一人で何でもちゃんと出来るようになっちまったら……

俺にもう……頼ってくれないんじゃ……ないかってさ」

 

それはあまりにありふれた、思春期ゆえの誰もが持ち得る焦りだった。

急に自分以外がなんだかとても偉く思えて、そして次々と、

自分を追い越し大人の階段を昇っていく、そんな筈はないと頭では解っていても、

それでも、一人取り残されることに怯えずにはいられない、そんな……。

 

「光輝だけじゃねぇ、香織も雫もジータも……自分の道を見つけていく、けどよ」

 

俺にはこれしかなかったから、と、龍太郎は自嘲気味に笑う、

そう、結局のところ、自分には天之河光輝とその周辺しか無かった、

天之河光輝が光り輝く恒星なら、自分はその傍らに寄りそう衛星でよかった。

しかしその恒星は、いまや彗星となって、自分の前から、

より大きな未来に向い羽ばたこうとしているように思えてならず、

そしてその彗星に追いつく道は、一つしか、今以上これ以上に己を鍛え

強くなる道しか思いつかなかった。

 

龍太郎は自分の目の前で拳を握りしめる。

そうすることで自分から離れて行こうとしている友人たちを、

繋ぎとめることが出来ると思ったから、

自分の道を見つけて行く友人たちに追いつくことが出来ると思ったから。

 

 

あの、一番楽しかった、きっと何だって出来ると思えた、

そんな幼なくとも希望に満ちた日々に、また戻れると思ったから。

 

 

「それで……どうしたの?」

「もう、生半可なやり方じゃ強くなれねぇと思ったんだ、で……俺は」

 

奈落を、その底にあるという、ハジメが言う所の精神と時の部屋を目指し、

途中で怖気づいたが、幸か不幸か、地震に巻き込まれ、

そのまま地の底へと落ちてしまったことなどを、龍太郎は優花に話していく。

 

(精神と時の部屋?誤魔化すにしてももっと言い方があるでしょ、たく)

 

これはあとでハジメにお説教だと思いつつも、ジータは二人の背後で龍太郎の言葉を待つ。

 

「南雲でもあれだけ強くなれるんだからって……南雲でも生き残れるんだからって、

いくらジータが一緒にいたからって……そんな気持ちがなかったわけじゃない」

 

龍太郎は呻くように頭を抱える、そう、例え奈落の底に落ちても、

生き延びることが、辿り着くことさえ出来れば何とかなると、彼は思っていた。

しかし、それは余りに甘い考えだったということを、身を以って彼は思い知ることとなる。

 

「あそこは…地獄だった……あいつらどうやって生き延びたんだよ」

 

身を震わせながら、龍太郎は奈落での出来事を思い起こし、語っていく、

その姿は優花にとってあまりに小さく、弱弱しく見えて仕方が無かった。

 

 

やはりハジメ同様に、龍太郎も水の流れる音と冷え切った身体を撫でる微風に、

身震いする感覚を覚えながら覚醒する。

 

(ハーネスが潰れて……あの後)

 

ブンブンと頭を振って何とか、転落当初の記憶を取り戻そうとするが、

鉄砲水か何かに巻き込まれた先は、どうしても思い出せなかった。

 

「よく思い出せねぇけど、とにかく助かったんだな、っと」

 

ここで龍太郎は、自分が折角準備した荷物の殆どを失ってしまっているのを知る。

 

(荷物はパーか、水はいいとして、食い物が……)

 

それでも、生きているだけめっけものだと、素直に彼はそう思う。

 

「……はっくしょん! 寒みぃな」

 

身に着けた道着は、冷たい地下水を含み、じっとりと濡れて重くなっている。

ただ、せせらぎこそ聞こえるが周囲に水は無く、

その代わりと言っては何だが、自分の今座ってるあたりの砂地がぐっしょりと湿っていた。

 

一先ず火種を起こして、服と身体を温めつつ、龍太郎は周囲の様子を改めて確認する。

そこは明らかに人工物を思わせる、ドーム状の洞穴の中心部だった。

 

「なんか鉱山みてぇだな」

 

ポツリと感想を口にする龍太郎だが、奇しくもその感想は、

当たらずも遠からじ、このオルクス大迷宮は、建造にあたっては、

様々な実験的要素が取り入れられており、

その中には残りの大迷宮の雛型となった物も少なくはない、

ここは構築途中で放棄され、いわば廃坑となった、それらの中の一つである、

 

もちろん彼は、そのことを知る由もなく、

そしてその廃坑は、今や大迷宮を越えた魔境、すなわちさらなる異世界、

空の世界へのリンクが繋がりつつあったことも、当然知る由もなかった。

 

「やるしかねぇな」

 

墜落死を免れ、何とか奈落の底に着いたのだ。

あとは……南雲ハジメが得たという強さの源を、精神と時の部屋を探し求めるのみだ。

とはいえど。

 

「どう食いつないでも……三日、か」

 

唯一残った、腰に結わえ付けていたポーチの中の非常食を地面に並べ、

険しい表情の龍太郎、三日以内に目的地に辿り着くか、

現地補給が出来なければここで日干し、いや陰干しだ。

しかし希望がないわけでもない、ハジメとジータの二人も確か食料は持っていなかった筈、

ということは目指す目的地は、ここからそれほど離れているわけでなく、

遠くても数日内に辿り着ける位置にある筈、あるいは食料の現地補給が可能ということだ。

 

(魔物肉は猛毒だって言ってたな、確か……魚でも獲ってたのかな?)

 

幸い水場はある、ここを拠点に探索を進めていければ……。

 

ともかくポーチの中に溜められるだけ水を汲もうと、闇に慣れた目を凝らし、

龍太郎はせせらぎの聞こえる方向へと足を進ませる、と、せせらぎに混じり、

フゴフゴと何かか鳴るような音も耳に入る、それは生き物の吐息の様だった。

 

(魔物か……)

 

龍太郎は一度後ろを振り向くが、迷いを断ち切るかの如く、頭を僅かに振ると、

両の拳を握りしめる、それにもとより一本道だ、後退はない。

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ずってな」

 

その判断に、あの南雲ハジメでも、極端なまでのステータスの低い生産職だった、

彼であっても生きて戻れたという、僅かながらの油断が、余裕が無かったかといえば、

それは嘘になる。

 

ともかく龍太郎はファイティングポーズの構えを見せたまま、

ゆっくりと坑道の中を進んでいく、と、相手も龍太郎の存在に気が付いたのだろう。

むくりと影が揺れ動く、それは巨大なキノコに、申し訳程度の手足が生えた、

どことなくユーモラスな姿をした魔物だった、

その足元には恐らく捕食したのであろう、バッタのような魔物の残骸がある。

 

ふごふごと、キノコは吐息と共に胞子を撒き散らしながら、

ヨタヨタと龍太郎へと突進していく、だがその動きは極めて遅く、

今の龍太郎の速度ならば、余裕で回避が可能であった。

 

「遅せぇよ」

 

そんな一声と共に、龍太郎はキノコに足払いをかけ、

水場への到着を優先しようとしたのだが。

キノコが地面に叩きつけられた瞬間、その身体から大量の胞子が撒き散らされ、

それを浴びた龍太郎の身体が、炎に包まれた。

 

「ぎゃああああああ!かっ、香織ぃ~~火を……」

 

予想外の攻撃、何より熱さと痛みに耐えかね、地にのたうちながら、

そこまで言いかけてこの地の底で今、自分が一人ぼっちだということを再認識する龍太郎。

 

「おおおっ!」

 

雄叫びを上げながら、地を転がり、必死で身体の炎をなんとか消そうと、

そして魔物から逃れようとする龍太郎。

ここで魔物の追撃を受ければ、ひとたまりもない、しかし。

魔物キノコは龍太郎には、それ以上興味を示すことなく、

そのまま何事もなかったかのように入れ違うように、先へとまたよたよたと進み。

 

そしてその姿がかなり小さくなった頃、

地面が砂地で、かつ大量の水分を含んでいたのも幸いしたのか、

龍太郎の身体の炎もなんとか消しとめることが出来たのであった。

 

「……ひでぇ、姿だ」

 

一難去ったのを確認し、岩肌に片腕をつくと、呼吸を整えながら龍太郎は独り言ちる。

 

身体そのものには重大なダメージは入ってはいない、しかし、

身に纏っていた道着は完全に燃え落ち、今の龍太郎は武器である籠手と靴を除き、

全裸という惨めな姿となっており、かつその皮膚は火傷でただれ、

髪も焦げてチリチリになっているのが、鏡こそないが自分でも理解できる、しかも。

 

「ううっ……みずぅ、くそっ!」

 

火傷の影響か、龍太郎は強烈な喉の渇きを覚え始めていた。

だが、自分の手元に水は無い……これには元来楽観的な性分の彼とはいえど、

暗澹たる想いと焦りを抱えずにはいられない。

駆られるようにせせらぎを求め、龍太郎は幽鬼のようなボロボロの姿で、

ひたすらに坑道の先へと進んで行く。

 

そしてようやく水の匂いが鼻腔に届き始めた頃であった。

 

「!!」

 

水の匂いに混じった、生臭い臭気に龍太郎は我に帰る。

迂闊だった、渇きと痛みに気を取られ、魔物のテリトリーに何時の間にか、

侵入してしまっていたようだ……岩肌に溶け込んでいたかの様な巨体が、

ゆっくりと龍太郎へと向き直る。

 

それは全長数メートルにも達する巨大なカンガルーだった。

ただしその身体は筋骨隆々にして、その目は爛々と光り、

口からは牙が覗いている、そして、それらを差し引いても、

異様なまでに発達した両拳にはバンテージが巻かれており、正直なところ、

巨大カンガルーという一言で表していいのかどうか分からない。

 

だからだろうか?龍太郎は不思議な感覚を覚えていた、先程のキノコもそうだが、

ここの魔物はどうも、これまで自分たちが戦ってきた魔物とは、

いや、それ以前にこの世界の魔物とは何かが違うと。

 

後に龍太郎の感じた疑念は正しかったと証明されるのだが、

しかし、今はそんなことを考えるべき時ではない。

 

全身の痛みを堪えつつも、迎撃の構えを取る龍太郎。

それに応じるかの如く、鼻息も荒くカンガルーは前屈姿勢を取った瞬間、

何かが龍太郎の顔を掠め、そして遅れて聞こえる風切り音と、足下に小さな何かが落ちる感触、

その、ボトリと自分の足下に落ちた何かを凝視する龍太郎……それは自分の耳だった。

 

「うっ……うわああああああっ!」

 

信じられない、あってはならない、自身の常識を超えた未知の一撃に、

恐慌の叫びを上げる龍太郎、しかし、目の前の魔物はそんな彼に忖度することは一切なく、

その巨体からは信じられられないような速度で、そしてその巨体に相応しい重さの、

ラッシュを次々と龍太郎の身体の正中線に叩き込んでゆく、

自身の骨が臓器が砕け潰れる音を、龍太郎は確かに耳にしていた。

 

(何だコイツ……一撃が重すぎる……何より速すぎる)

 

全身の火傷に加え、複数個所の骨折さらに内臓損傷、

普通なら瀕死と言っていい状態ながら、チートの耐久力に任せ、

龍太郎は未だに膝を屈さない。

 

(アバラ……何本か逝ったか)

 

呼吸を行うたびに、鉄臭い味が喉や鼻の奥から口の中に広がる。

だがこれくらいなら……と、頼れる自分の幼馴染である、香織に治療を頼もうとし、

 

ここには自分一人しかいないことを、勇者も剣士も治癒師もいないことを、

改めて認識し、その瞬間自身の背中に言い様の知れない不安と、震えが走る。

 

ひぅと、龍太郎の唇から喘ぐような息が漏れる、

それは明らかに恐怖の色が混じっていたが、それでも龍太郎は退こうとはしない、

いや、出来ない、彼のこれまでが、自身の鍛錬の日々がそれを許さない。

 

カンガルーの背後に薄く光を放つ水面が覗いていることも、龍太郎の焦りに拍車をかける、

早急に水を手に入れられなければ、どの道自分は終わるのだ。

 

よろよろと龍太郎はまた構えを取る、しかしそれはこれまでの構えとは、

自身が得意とする"縮地"を生かし後の先を取る、いわゆるカウンターのそれとは、

いつか天之河光輝に届くために磨いてきた物とは異なり、

自ら攻めに転ずるための構えである。

 

もはやマトモに殴りあっても勝機はない、しかし先へは進まねばならない。

通路を塞ぐかの如きカンガルーの巨体、だが、いかに巨体とはいえ、

その頭上には空間が広がっている。

 

(俺の身体が、手足が無事なうちに……動けるうちに)

 

そこを跳躍し、着地と同時に縮地を使えば水場まで逃げ切れる筈、

それが龍太郎の出した答え、そしてその答えをなぞるかのように、

文字通り最後の力を振り絞り、渾身の力で跳躍する龍太郎……。

 

しかし、焦りゆえに龍太郎は失念していた、相手はカンガルー、

跳躍はお手の物だということを、まさにそれこそが相手の狙い通りであったことを、

すでに跳躍し、ほぼ無防備な状態で、獲物を狙い光る瞳を前にして、

ようやくそのことを彼は察したが、遅い。

 

かくしてまさにあらかじめ読んでいた、としか思えないタイミングで放たれた、

その威力は先程のラッシュの数倍に達するであろう対空アッパーが、

龍太郎の胸部に炸裂、いや突き刺さった。

 

(ぐっ……ふ)

 

"金剛"を以てしても相殺しきれない一撃に、残ったアバラが全て砕け、

それのみならず肺までもが潰されたことを、

激痛と衝撃の中で龍太郎は自覚する、そして地に堕ちた彼の口から、

噴水のように鮮血が噴き出していく。

 

(俺……死ぬのか……)

 

ずりずりと地を這いながら、痛みで鈍った頭でぼんやりと考える龍太郎。

事実、カンガルーは牙のみならず舌までも剥き出し、

自身へと迫る姿が血に染まった視界の中でも確認出来る。

 

(畜生……魔物の……エサか)

 

だが、何かを察知したのか、それともエサとしては好みに合わないのか、

カンガルーはそれ以上は先に進まず、

すでに倒した相手に興味はないとばかりに、踵を返して行く。

 

(た、助かった……のか?)

 

あるいは見逃されたか、しかし今となってはどちらでもいいことだ。

文字通り、まさに転がるように龍太郎は水を求め、先へと進んでいく。

そしてついに眼前に水が、学校のグラウンド程の大きさの地底湖が広がる。

その湖底はうっすらと白く光っており、流れが強いのか、

底の砂地がうねっているのがわかる、その透明度の高さはまさに、

高原の湧き水を思い起こさせた。

 

「み……みずぅ」

 

本来なら水質云々の話になるのだろうが、もう龍太郎にはそんな余裕は一切ない。

ただ水面に顔を浸し、思う様冷たい水を、喉に滑り込ませ渇きを癒そうとする、しかし。

 

「がっ……ガハッ…グッ」

 

そこで顔面を襲った強烈な痛みに、咽かえる龍太郎、水面に自分の顔を映すと、

そこには小さな蛆のような虫が、自分の顔面に喰いつき、

体内への侵入を果たそうとしている姿が映っていた。

 

「おおおおっ!」

 

叫びと共に顔の皮膚ごと蛆を毟り取る龍太郎、しかし蛆は一匹だけではない。

それこそ糸屑のような細かいサイズの蛆から、大きい物ではミミズサイズの線虫が、

水に紛れて龍太郎の身体に纏わりつき始めており。

さらに彼の血の臭いを嗅ぎつけ、湖底からも無数のミミズモドキが、

線虫が彼の身体を喰い尽くさんと浮上し始める、

そう、あれは砂が流れで動いていたのではない、獲物の訪れに蠢く蟲たちの群れだったのだ。

 

「おっ……ほっ…」

 

もう叫ぶ気力も体力もないのか、途中からは龍太郎は無言で線虫を払い落とし、

潰していく、水が無ければ動けないのか、払い落とされた線虫どもは、

地面に触れるとそのまま縮こまり動かなくなり。

そして龍太郎もまた、その場で蹲り、動くことは無くなった。

 

火傷に加え、全身の骨を、臓器を破壊された痛みと、

そして火傷が引き起こす強烈な渇き、

なのに水はすぐそばにあるにも関わらず、飲むことが叶わない。

さらには線虫に自分の身体を喰い尽くされるかもしれないという未知の恐怖。

それらは、彼の心を折るには充分だった。

……しかし、まだ彼は知らない、地獄は始まったばかりに過ぎなかったということを。

 

「……」

「で、でもさ、良かったじゃん……こうして生きて戻ることが出来……」

 

そこで優花は龍太郎の包帯の下の傷が、処置こそされてはいるが、

全く癒えていないことに気が付く、肌は火傷で爛れたまま、

砕けた骨は何か所も皮膚から突き出しており、そして腹部には穴が開いていた。

 

「アンタ……それ」

 

思わず言葉を詰まらせる優花、そして、包帯に包まれていても分かるほどの、

悲痛な表情を浮かべる龍太郎。

 

「ああ…俺は生きてなんかいねぇ、ただ死んでねぇ……だけなんだ!」

 

龍太郎は懐から一枚のカードを―――豪奢な箔に飾られた、

タロットカードを取り出す、星を従えた戦士の絵と共に、

XVII THE STARと記されたカードを。

 

「このカードが……俺を死なせてくれねぇんだ!」





序盤で匂わせておいて、ようやく出せたアーカルムカード。
その犠牲……いやいや契約者は龍太郎君ということに相成りました。
というわけでそんな彼の奈落体験記、ここまでいかがだったでしょうか?
ハジメが落ちた奈落とは正確には違うんですけどね。

キノコについてはオリジナル要素を入れてますが、
カンガルーについてはアーカルム周回でよく出会うアイツです。


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星に願いを、龍に呪いを

ちょっと奥さま、お聞きになりまして?限界超越の要求素材、
ウチの団でもゲボ吐いてる団員多数です、自分も含めて。


あの敗北から三日……。

 

坂上龍太郎は未だ息絶えることなく、命の灯を燻らせ続けていた。

火傷、全身骨折、内臓破裂、どれを取っても致命傷である、

常識的に考えて生きていられる筈がない、だが、タフネスに特化したチートゆえの生命力が、

彼に死を許さなかった。

 

(なぜ俺が苦しまなきゃならない……俺が何をした……)

 

(なぜこんな目にあってる……なにが原因だ……)

 

とは、思わない、自分で望んだ地獄である、ただ想像を超えていただけで。

 

「助けて……くれ、こう……」

 

全身を貫く、気絶すら出来ぬ程の激痛に苛まれながら、友の名を呼ぼうとし、

 

(なさけ……ねぇ)

 

そこから先は口を噤む龍太郎、結局、こんなことになってなお、

親友の影を追わずには、縋らずにはいられない自分を、心底、彼は恥じていた。

そして何より、ただ悲しかった、

鍛え上げた己の肉体が、さらなる強大な何かの前に、

豆腐よりも簡単に破壊されたことが、一人では結局何も出来なかったことが……。

 

「ううう……みずぅ」

 

自分のすぐ傍には清水を湛えた湖が広がっているのである。

だが、その水は飲めない、飲んではならない……だが。

 

(あれを飲んだら……いっそ楽に)

 

ふらふらと、時折誘われるように水面へと顔を近づける龍太郎、しかし。

傷ついた己の顔に混じって、親友たちの姿が浮かび上がると、

その度に龍太郎は正気を取り戻し、また呻くように己の血に染まった地面へと横たわる。

 

(ちくしょう……)

 

その呟きには、ここまで傷つき、もはや生の可能性など皆無に等しいというのに、

まだ生きることを、希望を捨てられない自分への憤りが含まれていた。

何事にも潔さをモットーとしているにも関わらず……どうして自分は、という、

口惜しさと一緒に。

 

そんな折だった、いつの間にか湖の水嵩が上がっているのを、龍太郎は察知する。

 

(水が…増えて……っ、まさか)

 

あのキノコやカンガルーがどうして自分を追わなかったのかを彼は理解した、

奴らは知っていたのだ、ここから先は危険だと。

 

「あ…ああ……」

 

みるみるうちに、湖面の水位は上がっていき、その水面には血の臭いに歓喜し、

うじゅうじゅと大小様々な蛆虫たちが蠢いているのが、

龍太郎の目にもはっきりと見える。

 

こんな地の底で、地の底よりもさらに仄暗い水底で、蛆虫たちに寄生され、

全身を食べつくされる、想像を絶する最悪の死に様、

そしてそんな己の無惨な最期を一瞬頭に思い浮かべた瞬間、

龍太郎の虚飾の鎧は崩れ去った。

 

「いやだ……こんな地の底で、一人で……死にたくない、死にたく……ねぇ」

 

最後の力を振り絞り、龍太郎は叫んだ。

 

「俺が悪かったよぉ、助けに来てくれよぉ!」

「お前はいつも俺のスーパーマンだったじゃないか!」

「こうきぃ……光輝ぃ……ううう!」

 

身を捩り、自身に迫る水から、蟲から、逃れながら龍太郎は叫び、祈った。

 

(会いたい、またもう一度皆と……帰りたい、日本へ、家族の元へ

死にたくない……帰りたい、生きたい)

 

だが、そんな想いも空しく、ついに龍太郎の身体は水に呑み込まれ、

そして蟲たちが、傷ついた彼の身体に群がり、血を啜り、肉を啄み始める。

不思議と苦しくはなかった、そこにはただ恐怖を通り越した安堵だけがあった。

ああ、これで死ねる、眠れると。

 

意識を手放す瞬間、一瞬だけ、湖底で何かが煌めき、翻った気がした。

まるで星のような何かが、そして。

 

「フハハハハ!汝ノ願イ聞キ届ケタ!」

 

そんな声も聞こえた気もした。

 

 

それからどれくらいの時間が過ぎただろうか?

 

龍太郎を屠ったカンガルー、正式名称をバルバルと言う―――は、

相変わらずその口元から牙を覗かせ、唸り声を漏らしながら、

まるで何かを探すかのように、坑道内をのし歩いている。

その様は、堂々としつつも、どこか焦っているようにも、所在無げにも見える、

まるで自分の本来の棲家はここではないのだと言わんばかりに、

そんな時だった。

 

「見つけたぜ……カンガルー野郎」

 

あの時屠った、身の程知らずの人間が再び勝負を挑んできたのは。

 

バルバルの唸り声が大きくなる、まるで小煩げなハエを睨むがごとく……。

 

「へっ、俺なんざ興味ねぇってとこか」

 

その身の程知らずの人間、言わずと知れた坂上龍太郎は、

こちらも馬鹿にするなよとばかりに、彼本来のスタイルである、カウンターの構えを取る。

 

「けどよ、こないだと同じと思うなよ」

「グルルルル」

 

目障りなハエはさっさと潰すに限る、そんな無造作でありながらも、

明白な殺意を含んだ音速のジャブを龍太郎へと放つ。

避けられないのは覚えている、これで……。

 

だが、龍太郎ははバルバルの音速のジャブを掻い潜り、その懐へと潜り込む。

その速度、精度は以前、対峙した時とはまるで違っていた。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!」

 

間髪入れず、怒涛のラッシュを雄叫びと共にバルバルの側面に突き込む龍太郎。

もしも彼を知る者がここにいれば、この荒々しさもまた以前の、

いや坂上龍太郎の格闘スタイルとは、大きく異なるように、見えてならなかったであろう。

 

龍太郎の指先がバルバルの筋肉の下の骨を、肋骨の感触を捉える。

 

「お返しだぜ!」

 

龍太郎は渾身の力で、バルバルの分厚い筋肉へと指を喰い込ませ、

掴んだ肋骨を握り潰し、そのままさらに傷口に拳を突き入れていく。

 

「星の数だけ喰らいやがれッ!オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!」

「グゥゥゥゥゥ!」

 

だが、バルバルも負けてはいない。

やや窮屈そうに腕を折りたたみつつも、その自慢の拳を龍太郎の側頭部へと

打ち下ろすように叩き込む、頭蓋骨が砕ける音が周囲に響くが。

 

「効かねぇよ、一切な」

 

己の頭蓋を打ったバルバルの手首を龍太郎は掴むと、そのまま地を蹴り、

その丸太のような太い腕にしがみ付き、腕十字に固め、一気にへし折りにかかる。

そうはさせじとバルバルも龍太郎を振り払わんと、その身体ごと坑道の壁へと腕を叩きつける。

 

龍太郎の肉が、骨が潰れ砕ける音が何度も無人の坑道に響く。

 

「だから効かねぇつってんだろ!」

 

龍太郎はバルバルの手首を左手で握ったまま腕を両足で抱え込むと、

そのまま伸び切った相手の肘へと、右拳を突き込む、

ぐぎゃりと骨が砕ける音がする、ただし今度は龍太郎の方ではなく、

バルバルの方のだが。

 

「グゥゥゥゥゥ!

 

初めて聞く、相手の悲鳴めいた呻きを半ば無視しつつ、

龍太郎は今度はバルバルの背中をよじ登り、背後から裸絞めの要領でその首を抱え込む、

 

振り払うのが無理と見るや、バルバルは跳躍し、

壁へ床へ天井へと龍太郎の身体を、自身の体重と速度を加えた勢いのままに叩きつける。

 

だが龍太郎は笑う、すでに全身に致命傷を負い、

さらにいわばトラックに撥ねられるのと同等の衝撃が、

その身に加えられているのにも関わらず、まるで何の痛みを感じていないかのごとくに。

塗炭の苦痛さえ戦場では愉悦と叫ばんとばかりに。

 

バルバルの口から、漸く明確な苦痛の呻きが漏れ始める、頸骨の軋みと共に。

 

「柔よく……剛を制すってな」

 

両の腕に一層力を込めつつ呟く龍太郎、

まさか自分が柔の側に入る時が来るとは思わなかったが……。

そして間もなくバルバルの頸骨が砕ける音が、自身の勝利を決定づける音が、

彼の耳に届いたのであった。

 

「借りは……返したぜ」

 

息を整えつつ、バルバルの死体を見下ろす龍太郎。

その心境はあえて挑む必要もない爪熊に挑んだ、かつてのハジメのそれと、

似たようなものであった。

 

それでもかなりこっぴどく……、そこでようやく戦いの高揚感から我に返る龍太郎、

いくら何でもこっぴど過ぎやしないか?やけに自分の左側が暗いなと思いながらも、

恐る恐る薄明かりを放つ石へと、龍太郎はその身を映してみる、

石に映った自分の姿は……。

 

先に受けた傷が治らないのは仕方がないことだと、諦めていた。

生きて戻って香織に治して貰えばいいと、

血も流れず、痛みも感じないのもそういうことだと、勝手に納得していた。

 

しかし、今の自分の姿は……鳩尾には穴が穿かれ、腸がぶら下がり、

そして自分の側頭部は大きくへしゃげ、眼球が飛び出していた。

 

「どうしち……まったんだ、俺の身体は」

 

龍太郎の声が震える、これは痛み以前の問題だ、

いかにチートとて、死んでなければならない傷だ。

 

試しに脇腹から露出した肋骨をグリグリとかき回すように、内側へと押し込んでみる。

本来ならば激痛が走る筈だ、しかし……。

 

「痛くねぇ……全然痛くねぇっ!なんでだ!」

 

そればかりではなかった、龍太郎は気が付く、

あれ程苦しめられた火傷による喉の渇きすらも、自分の中からすっかりと、

消え去っていることを。

 

 

「……」

 

かける言葉が見つからない、龍太郎の語る凄絶な体験に、

ただ無言で優花は俯いたままだ。

 

「失ったのは痛みだけじゃねぇ、あれから腹も減らなきゃ喉も渇かねぇ、

暑さも寒さも感じねぇ、眠くもならねぇ!」

 

龍太郎はカードへと複雑な視線を投げかける。

 

「俺はこのカードに……星に呪われちまったんだ」

 

一度意識を失い、そして目覚めた時、枕元に落ちていたのだそうだ。

 

「捨てても破っても、必ず戻ってくるんだ……俺のところへ、しかも」

 

そこで優花は龍太郎の持つカードが逆さになっているのに気が付く。

タロットの逆位置は総じて縁起が悪い、正位置へと戻そうとする優花だが、

 

「無理なんだ……どんなに直しても、必ずひっくり返ってしまうんだ」

 

悲し気に龍太郎は首を横に振りながら、言葉を続ける。

 

「生きたいと願った代償は、強さを得るための代償は……

生きる為に必要なもの全てだったってわけさ」

 

真相を悟り戦慄を隠せない優花、つまり目の前に立つ級友は、

生きる為に必要な要素、すなわち逆説的に言えば死に至る要素を、

時計を止めたかの如くシャットアウトされているがゆえに、

生きているという事なのか……。

 

それからのことも龍太郎は語っていく、坑道を進んでいる間に、

迷宮とは、地の底とは思えないような所に出たこと。

 

「空が……あるんだ、地の底なのに」

 

その空は、いわばさらなる異世界の浸食の証ではあるのだが、

もちろんその時の彼には知る由もない。

 

「じゃあほんとうにあったんだ、精神と時の部屋」

「探せばあったかもしれねぇな……けどよ、こんな姿で強くなって、

それでどうするんだ……もう……と、思うとな」

 

それでも龍太郎は歩みを止めなかった、痛みを失っても、人でなくなっても、

人恋しさは失わなかった、だからただ会いたかった、誰かに、人間に。

 

「あ、そういえばさ、その包帯とか誰に巻いて貰ったの?」

 

そこでようやく、龍太郎の身体を隈なく覆う包帯の存在について口にする優花。

この男の目を覆うような不器用さは、クラスの周知の事実である、

こんなに丁寧に処置が出来る筈がない。

 

「ああ、それなんだけどさ」

 

そこでハジメたちが空中から自分たちへと近づいて来る姿が彼らの目に入る。

それほど長く話し込んだ気はしないが、

どうやら自分たちを待つより、こちらに来た方が早いと彼らは判断したようだ。

 

ハジメを先頭にティオに愛子にカリオストロと優花にとっては見知ったメンバー、

しかし、その中に一人?異質な存在がいることを彼女は見咎める。

 

(あれって……)

 

「ラーくん、万一に備えて他の迷宮への連絡路を作っておいたのか」

「それであんたがこっちにやって来れたってことか」

「こんなコトにならなきゃ気が付かなかったよ、ホント用心深いなあって、おーい龍くーん」

 

そのニコちゃんバッジ顔の怪しげな何か、いや誰かは、

龍太郎に手を振りながら、ふわりと彼らの前へ舞い降りる。

 

「この人が俺を助けてくれたんだ、紹介するよ…」

「もしかしてミレディさんですか」

「ズコ!」

 

自分で擬音を言ってひっくり返る、ニコちゃん顔の何かことミレディ・ライセン。

 

「どして君は私の名前を知ってるのかな?」

「ジータから聞きましたけど、というかすぐ傍に……」

 

言ってしまってから、しまったという表情になる優花、

龍太郎とジータの関係、そしてこれまでの話の内容からして、

互いに顔を合わせ辛いに違いない、実際、龍太郎もジータの名前を聞くと、

えっ?ジータいるの……じゃあ、と言った風に巨体を縮め、顔色を無くしている。

 

仕方ないと言わんばかりに、背後の瓦礫を示す優花、

それを受けた龍太郎が、恐る恐る瓦礫の陰を覗き込むと―――。

 

そこには一羽のヤンバルクイナがただ佇んでいるのみであった。

 

(あ、便利……)

 

そのヤンバルクイナもといジータは、周囲の困惑も知らず、

いそいそと物陰へと逃げ去って行き、その様子にハジメはやれやれと肩を竦め、

愛子は頭を抱え、優花もまた呆れつつも、少し便利だなと思ってしまうのであった。

 

「これはまた、えらいのと契約を結んだもんだな」

 

その一方で龍太郎が手にしているタロットを、訝し気に見つめるカリオストロ。

 

「知ってるんですか?」

 

カリオストロは龍太郎たちにそれが何なのかを、簡潔にではあるが語って行く。

アーカルムシリーズ、世界に与えられた役割からの逸脱を企て、

逆に自分たちが思うがままの世界の変革を目論む、十一体の星晶獣のことを。

 

「筆頭格がねっ!世界っていうの、誰も見た事ないんだけどぉ~でねっ、それに従うのが」

 

指折り数えるカリオストロ。

 

「正義、刑死者、死神、節制、悪魔、塔、星、月、太陽、審判の十体だよっ」

「だったらコイツはその中の……」

「ああ、もっともそいつは恐らくレプリカ、あるいは未完成品だ、もし本物なら」

 

カリオストロの目が鋭く光る。

 

「生きようとする意志すら失って……死にたいとすら思えなくなっていただろうからな、

まだ運が残ってるぜ、テメェは」

 

そこでジータが息を弾ませてようやく戻って来る、

極めてわざとらしい驚きの仕草を添えて。

 

もしかして……全部聞かれていたのかな?と、思いつつも、

彼女から手渡された神水を受け取る龍太郎。

しかしこの少女がそういうところで尻尾を出さないことは、良く知っている、

ましてや、先程のヤンバルクイナがジータだなどとは露にも思わない。

 

「坂上君の身体、治るんですか?」

 

カリオストロに尋ねる愛子。

龍太郎の身体が神水を服用することにより、みるみる回復していく、

火傷や骨折についてはその影も見えぬほどに、しかし、失った臓器や眼球は戻っては来ず、

喪失した全身の感覚もまた戻ることはなかった。

 

「設備さえありゃ何とかな、出来れば……新しい身体を造りたいところだが」

「新しい身体?」

 

この人は一体何を言っているのか?そんな顔の愛子には構わずカリオストロは続ける。

 

「ああ、身体ごと取り変える方がむしろ楽だ、そうすりゃカードの呪縛も

ちったあマシに出来るかもしれねぇ、ただ時間がそれなりにかかってな、

いずれにせよ、一度魂を何かに移して、それからオーバーホールしないことには

それも出来れば人型がいいんだが……」

 

そんなことを話し合いながらエレベーターを操作し、調査がしたいと言うミレディと、

今はまだ光輝たちに会わせる顔がないと力なく俯く龍太郎を残し、

地上へと戻る一同。

 

王宮に戻ったハジメたちを出迎えたのは青ざめた顔のデビットらだった。

彼らはデビットたちに案内されるまま、裏庭の一角へと向かう。

そこにあった物は……。

 

無造作に掘られた穴の中に、乱雑に土や草を被せられただけの、

国王を初めとする重臣らの遺体だった。

 

「我々はもはや祈るべき神の名を失った……せめて我らの代わりに……」

 

それぞれの信じる宗派、あるいは神の下に黙祷を捧げるハジメたち、

そしてそれを神妙な表情で見つめる騎士たちだが、

彼らは死者への悼みの中で、同時に奇妙な安堵感を覚えていた。

これで自分たちは謀反人にならずに、そして姫には親殺しをさせずに済んだという。

 

「しかし、隠すにしてはえらく雑だな」

 

いや、これは隠すというより、まるで見つけてみろと挑発しているかのように、

ハジメには思えてならなかった。

 

「うっ……」

 

やはり死体を見るのは堪えるのだろう、口元を抑える愛子の背中をジータがさすってやる。

その時、血溜まりに光るある物が目に入った。

 

「これって……」

 

それはこの世界には存在していない筈の、

今やこの世界では無用の長物となっていると言っていい、

スマホのストラップだった……しかも見覚えがある、持ち主は確か。

 

(……恵里ちゃん)

 

光輝が持ってる物と色違いのそれを、大事そうに見つめている姿をジータは思い出す。

但し、それについてはいちいち何かを思うことはない、

光輝に想いを寄せる女子などそうそう珍しくもないからだ。

 

「さて…と」

 

空を眺めるカリオストロ、ユエとシルヴァ、それからシャレムの活躍で、

上空の堕天司たちは、ほぼ掃討されたと言っていい。

王宮の人手も足りているようだ、というより近辺で避難できる人々はすべて収容済みだ、

ならば自分たちが次に動くべきことは。

 

「オレ様は王宮にたどり着けない奴らを助けに行く、ティオ、それから愛子も手を貸せ」

 

カリオストロの言葉に頷く二人。

 

「なら、俺たちは天之河たちと合流するか、行くぞジータ」

 

わざわざ名前を呼んだのは、きっと自分を気遣ってのことなのだろう、

ぞい!と効果音が付きそうなポーズで気合を入れるジータ。

きっとこの空の下、光輝らもそれぞれの責務を果たしているに違いない、

いや、そうであるべきだ、もしもそうでなければ、生涯この件で文句を言ってやる。

 

(みんな……無事でいてね)

 

 

そしてその頃、王都の片隅では。

 

「ちくしょう……このままじゃ……おわらねぇ…ぞ」

 

魔物たちに取り囲まれる中で、苦悶と、それ以上の執念に顔を顰める檜山の姿があった。

 




というわけで龍太郎君の奈落体験記、いかがだったでしょうか?
スターとの契約についての解釈は、とりあえずはこれで行きます。

そして次回、ハイパー檜山大介爆誕。


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ハイパー檜山大介

例年にも増して大盤振る舞い、鬼滅コラボで入った人たちを逃がすまいとする、
強い意思を感じてなりませんね。

しかし巨大エビフライが食用油を撒き散らして放火して回るような世界観に、
果たして皆さん付いていけているのか、少々不安ではあります。


「ちくしょう……まだだ……まだ、おわらねぇ…ぞ」

 

魔物たちに取り囲まれる中で、苦悶と、それ以上の執念に顔を顰める檜山、

その周囲には無数の魔物たちの骸が転がっている、必死の抵抗の証だ。

黒鎧に守られているとはいえど、その鎧の上から魔物たちは容赦なく牙を突き立てていく。

その異様な感触と、自分が生きながら喰われつつある事実に檜山は苦悶していた。

 

(結局……俺は最後まで)

 

散々喰い散らかされて、挙句ゴミクズの様になって終わるのか?

そもそもどうしてこんなことになった……俺は……ただ。

その脳裏に浮かぶ物はただ一つ、いや一人、

本来喰われるべき、餌になるべき男、南雲ハジメの顔だ。

 

(本当なら、お前がこうなってなきゃならねぇはずだろうが!)

 

それを安全な場所から笑いながら楽しむのが、自分の本来の立場だった筈、

しかし、事実はどうだ?

今や餌となりつつあるのは自分であり、奴は強さと女を手に入れて英雄気取りである。

 

(認めねぇ……てめぇを英雄になんぞさせねぇ)

 

大体何だ、谷底に落ちて強くなって戻って来ましただぁ?

そんなもんどうせ運が良かっただけだろうが、お前でもなれるなら、

俺でもなれていい筈だ、不公平じゃないか?

 

檜山は全身に牙を突き立てられながらも、まるでそれらを引き連れているかのように、

地を這いつつも、前へと進んでゆく。

 

「てめぇに……守れる物なんて何もねぇ……そんな物……俺が否定してやる」

 

檜山の執着、いやそれのみならず、この地に満ちる負の感情を受け、

むくむくと黒鎧が胎動を始める。

 

「全部壊してやる……お前のせいだ……お前のせいだ……」

 

急激な倦怠感に膝を衝く檜山、そこにさらなる魔物たちが折り重なっていく。

 

「……俺は死なねぇ、まだだ、まだ……」

 

殺したい奴が、己を地獄へと叩き込んだ全ての元凶が生きている限りは。

 

「な……ぐもっ……なぐ……南雲ォ!」

 

その瞬間黒鎧から伸びた根のような物が地面へと突き刺さり、檜山の身体に群がっていた

魔物たちが一瞬で塵と化す、いや塵となったのは魔物だけではない、

逃げ遅れ、家の中で息を潜めていた人々までもが塵となって行く。

 

それら周囲全ての魔力を、生命をも吸収し、

黒鎧に取り込まれ巨大化した檜山の姿はまさしく蟲そのものと言っても良かった。

だが、その悍ましき姿へと変じたにも関わらず、

檜山は街を見下ろし、まさに充実感に満ちた、いや酔った叫びを上げる。

 

「俺の執念が、欲望が叶ったんだぁ~~~~ついに南雲を……

今度こそブチ殺す力を手に入れたぁ~~~っ」

 

 

ユエが降らせた雨により、火勢は収まる兆しを見せつつあるが、

それでも未だ炎上を続ける王都、その上空をティオの背に乗り、

移動するカリオストロと愛子。

恐らく香織たちだろう、王都の縦横を移動していく癒しの光も上空から見て取れる。

 

「あっち側は任せてもいいな、なら……オレ様たちはこの辺りで」

 

ティオに命じ、地上に降り立つと。

 

「後で国に建て直して貰いな」

 

早速カリオストロは腕の一振りで、周囲の瓦礫を一気に薙ぎ倒し、

更地に戻すと、治療用の寝台や休息用の椅子を次々と作り出していく、

寝台も椅子も、即興で、かつ瓦礫や土で作ったとは思えぬほど柔らかく、

そして堅牢に出来ていた。

 

「オレ様はここで治療を開始する、オマエらは被災者をじゃんじゃん連れてこい、

大人がガキどもに負けちゃらんねぇんだよ、違うか?」

「はいっ!」

「承知したぞ」

 

ティオは愛子を伴い宙へと飛び立っては、人々を背中に満載して戻って来る、

さらに愛子は薬草の種を周囲に蒔くと、作農師の技能を使い、

周囲を災いから守るかの様に、緑の風景へと染めていく、

すくすくと伸びた薬草の花は見る者の心を、青々とした葉から漂う香りは、

傷つき疲れた身体に癒しと活力を与えていく、

まさにその姿は豊穣の女神そのものと言っても良かった。

 

そして何度目かの往復の時だった、ティオらが怪我人を背中から降ろし終わり、

お前らも少し休めとカリオストロが駆け寄ろうとした時だった。

 

彼らの間を分かつかのように、黒い光線が地を抉りながら走り、

一瞬魔法陣の様な物が展開したかと思うと、建物を崩しながら、

黒く禍々しき巨体が彼らの前に姿を現した。

 

全長十数メートルはあるだろうか?

そのフォルムは甲虫と甲殻類を組み合わせたような印象をまずは与えた、

肩や胸には目玉の様な紋様が刻まれており、うっすらと光を放っている、

背中にはチューブのような管が大量に生えており、その先端からも、

やはり光が漏れている。

そしてその頭部に、レリーフの様に嵌め込まれているのは……。

 

「檜山君……」

「生きておったか」

 

ほぼ、同時に驚きの声を漏らす愛子とティオ。

檜山の方も二人に気が付いたか、その口元が歪み、

空気が漏れるような、だらしない笑い声が周囲に響く。

 

「ふっ……へへ……へっへへへ、俺は初めて満たされたぁ~~

テメェらが小さく見えるってこたぁな、俺が強ええってことだぁ!」

 

叫びと共に、檜山の黒鎧の背中のチューブがマングローブの根のごとく地に突き立つと、

燃え残った街路樹が干からび、塵へとなって行く。

地脈からエネルギーを吸収しているのだ。

作農師である愛子は本能的に察知する、このままにしておくと王都の土は尽く枯れ果て、

実りなき不毛の荒野となってしまうということを。

 

それに、吸収しているエネルギーは地脈からのみではないようだ、

愛子が眩暈を覚えたかと思うと、その周囲で被災者たちが苦しみ始める。

チートである自分たちですら眩暈を起こすのである、この世界の住人たちに取っては……。

 

「ティオさんっ!」

「承知じゃ」

 

二人は、ほぼ同時に地に掌を当て魔力を込めていく。

カリオストロが避難所の周囲を囲うように描いた魔法陣、

それが愛子やティオの魔力を変換し、強力な防御結界を展開させ、

檜山の収奪を防ぐ。

 

だが、それでも被災者たちの苦しい息が二人の耳元に届く。

 

「聞いてるかぁ、お前らぁ~お前らがどうしてこんな目に会ってるかというとなあ」

 

エネルギーを充填し、黒鎧に刻まれた目玉がひと際大きく輝き。

 

「それは全部神様にケンカ売った南雲ハジメのせいだあ~~~ハハハハ」

 

そこから放たれた黒光が周囲を貫き、破壊していく。

 

「センセェ~~聞いてくださいよぉ、南雲が生まれたせいで皆迷惑してるんですよぉ~

こんな風にィ、ハハハハハ」

「チッ!あの時のツケが今になって返って来やがったか」

 

ならばいっそひと思いに……という考えが一瞬カリオストロの頭に浮かぶが。

そこで変わり果てた教え子の姿を見て、なおその目を逸らさずにいる愛子の姿が目に入る、

それは過酷な現実に何とか向き合おうとしている証、すなわち成長の証である。

 

「……愛子の前じゃまじぃな」

 

こんな愚物一人のために、その成長を妨げさせてはならない、

愛子もまたある意味では自分の弟子と言ってもいいのだから。

もっとも生け捕りにした所で待っている運命は……。

 

それに生け捕りにするにしても、それはそれで殺す以上に難題だ。

今の檜山はカリオストロが見た所、破裂寸前の風船の様な物である。

そう、言うなれば巨大な魔力爆弾である、

ここままだと周囲一帯は更地どころの話では無くなるだろう。

 

(まずは奴の身体の中の魔力を抜かねばならねぇな……それから打つ手は……)

 

カリオストロはもう一人のバカ弟子こと、自分の子孫である少女、

クラリスの姿を思い出す。

錬金術師としては異端とも言える、"破壊"に特化した力を持つ……。

 

「なぁ愛子」

 

カリオストロは愛子に尋ねる、やや改まった雰囲気を帯びて。

 

「あの姿を見て、あの声を聞いて、それでも檜山はお前の生徒だと今でも言えるか?」

「……私は教師です」

 

ズルい答えだなと、口にしてから愛子は思う。

 

「なら、教師として大人として檜山をどうするべきかも、ちゃんと分かってるよな?」

 

この問いには愛子は無言で頷くのみだ、しかしその顔には確かに覚悟と決意が備わっていた。

あの日、なぁなぁで終わらせてしまったことが、今日の禍根を招いた……ならば。

 

「……だったらお前が檜山を止めろ、オレ様にアイツをブッ殺されたくなけりゃな」

「私が……ですか」

 

この目の前の少女はこれまでも散々無理難題を吹っ掛けて来たが、

決して出来ないことを、不可能を押し付けるような真似はしなかった。

 

(私にも……やれることがあるということですか)

 

腰に結わえ付けたポーチが重みを増したような気がする、

その中には数々の穀物や薬草、そして旅路の中で品種改良した植物の種子が入っている。

 

「さて、状況を説明するぞ、今のアイツは際限なく周囲の魔力や生命力を取り込んで行ってる、

テメェの許容量もロクに知らねぇままにな」

「風船みたいなものかの?」

「いい例えだ、このままでは破裂して周囲は消滅、もちろんオレ様たちもろとも」

 

バン!と何かが爆発するような仕草を見せるカリオストロ。

 

「そのためには魔力を抜いてやらねばならねぇ、でないとオレ様が安全に作業できねぇからな

で、その魔力を抜くタネはだな……」

「あ……」

 

何かに気が付いたような素振りを愛子は見せる。

 

「そういうこった、じゃあよろしく頼むねっ、愛ちゃん先生っ♪」

 

ポンポンと愛子の腰のポーチを叩くと、カリオストロは未だ収奪を続ける檜山へと向き直る。

 

「やほ~~っ、久しぶりっ!大介お兄ちゃんっ」

「ガキィ~~テメェまで居てくれるたぁ、都合がいいぜぇ!今日こそはってヤツだぁ!」

 

歯茎を剥き出しにして凄む檜山、いつぞやの怯えた顔しかほぼ記憶にないカリオストロには、

その表情がやけに新鮮に思えた。

 

「全くハジメといい、テメェといい変わり果てるのが好きな奴らが多いぜ、ここは」

 

ゆるゆるといなすような口調のカリオストロ、もちろん愛子たちの準備が整うまでの

時間稼ぎも兼ねている。

 

(ま、そうそうゆっくりもしてられねぇが)

 

「俺の執念の……憎しみの証だぜぇ、どうだぁ!」

 

叫びと共にまた黒光が放たれる、もっとも狙いなど付けていないに等しいので、

カリオストロに取っては脅威はまるで感じない。

ただし自身の背後の被災者たちには気を配ってはいたが。

 

「ちっちゃいね、お兄ちゃんは」

 

ニコリと上目遣いでカリオストロは、数多くの人々を手玉に取って来た極上の笑顔を見せる。

 

「ちっせぇだあ?」

「ああ、高々一個人への執着、小せぇ、実に小せぇ、紙屑以下だ」

 

極上の笑顔が蔑みの邪笑へと変わる。

 

「どうせなら三千世界全ての森羅万象を掌握する、それくらいの欲がなけりゃな……

このオレ様には到底届かないぜ」

「んだとぉ、ガァキィィィィィ!」

 

相手のボキャブラリーの乏しさに失笑しつつ、カリオストロは続ける。

 

「ハジメを、バカ舎弟をブチ殺したけりゃまずはオレ様を越えて行くんだな」

「上等だコラァ!」

 

黒鎧の背中のチューブが槍状に変化したかと思うと、鞭のようにしなりながら

カリオストロめがけ打ち下ろされる。

 

「こわぁっ」

 

ミニスカートを揺らし、片足をひょいと上げて悠々と槍の雨を避けていくカリオストロ。

言葉とは裏腹に余裕綽綽なのは言うまでもなく、檜山の額に青筋が走る。

 

「飛んでけ!」

 

カリオストロは岩塊を錬成すると、叫びと共に檜山へと撃ち出す、

無論、これは牽制目的でしかないのだが、が、檜山はそれを易々と避ける。

 

「チッ!ご褒美だ!」

 

カリオストロが足元を踏むと、檜山の足下から槍が飛び出すが、

それも檜山は耳障りな笑い声を立てながら回避していく。

 

よく見ると檜山の身体がブレていることに、カリオストロは気が付く。

そう、空間魔法による小刻みな移動を繰り返すことにより、

いわば分身めいた挙動を檜山は可能にしていた。

 

「へへへ……この身体になってから呪文いらなくなっちまった、

だからよお、こんなことも出来るぜ!」

 

檜山はカリオストロを取り囲むように、瞬間移動を繰り返しながら魔法を放っていく。

それはあの日、ハジメを奈落へと落とした因縁の火球である。

 

「舎弟とやらと同じ魔法で地獄に行けや、可哀想になぁ、南雲と関わったばかりによぉ~~」

 

もちろんそれは最終形態となった黒鎧によるいわばゴリ押しであり、

魔法を行使する度に全身に激痛が走るのだが、その痛みよりも、

久方ぶりの蹂躙の快感に檜山は酔いしれていた、

やはり高みから弱者をいたぶるのは最高だ、これが南雲であれば尚の事いい。

 

『どうする?私ならば容易いが』

『よせ……迂闊に手を出せばどうなるか分からん』

 

得意げな檜山の顔に辟易しつつシルヴァからの念話に応じるカリオストロ、

ちなみにそのスカートには焦げ一つ付いてない。

 

『ならば早くするのだな、シャレムとユエが焦れている』

『そいつぁコトだな』

 

あの二人なら愛子の心情などお構いなしに、

檜山をとっとと殺すことは容易に想像出来た、

愛子のことがなければ自分もそうする所ではあるのだが。

 

「舎弟思いの師匠に感謝しろよな」

 

ついついグチを漏らすカリオストロ、どいつもこいつも世話を焼かせやがる、

だからこそ面白れぇと、内心で思いつつ。

 




これから先、愛ちゃんには酷な展開になるかもしれません。
そしてなんだかんだと言いつつも面倒見のいいカリおっさん。


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優しさよりも厳しさを

妄念、ここに潰える。


カリオストロと檜山との戦闘は続いていた。

 

「みんなぁ~~~聞いてくれぇ」

 

檜山の嘲り交じりの叫びと共にまた黒光が街を、建物を貫いてゆく。

 

「南雲ハジメのせいでまた街が壊れていくぞぉ!なんて悪い奴なんだぁ、南雲って奴ぁよぉ」

「お前大丈夫か?」

「ああ、俺がこうなったのは南雲のせいだからな、だから今こういう事になってるのも

当然南雲が悪いに決まっているだろう?……それによ」

 

それは凶行を世間の責任へと転嫁する、犯罪者の心理そのものであり、

さらに檜山が思い出すは、あのグリューエン大火山のでの決闘での光景。、

完膚なきまでに叩きのめされ、地に這う己を冷ややかに見つめる南雲ハジメのその視線、

溶岩の炎の光に照らされたその白い顔……そこから伝わる言外の、

すなわち南雲ハジメから檜山大介への、己へと向けた感情を彼は敏感に感じ取っていた。

 

「アイツは俺を許しやがった!無能のクズの分際でっ!俺をっ!許しやがった!

情けを!哀れみを掛けやがったんだ!こんなことがあっていいとでも思っているのかよ!」

 

プライドを、いやプライドともつかぬ何かを必死で繋ぎ止めんとするかのように、

檜山は吼える。

 

「下等な南雲が俺を許したから今こうなってるんだ!これは当然の結果なんだ!

無能には何も掴めねぇ、守れねぇってことを俺はちゃんと証明しないとならねぇ

それがあるべき正しい形ってやつだからな、先生よぉ!」

 

「檜山君……君がままならぬ色々な何かに憤っていたことは理解できます」

 

剥き出しの憎悪をぶつけられながらも、愛子は何とか言葉を紡いでゆく。

 

「ですが、だからといって、それを誰かを傷つけることで解消したり、

まして……自分の犯した罪から目を背けては……」

「罪だぁ?だから俺は何も悪いことはしていねぇ!南雲をブチ殺すことの何が悪いんだ!」

 

愛子の切々とした言葉は、檜山の怨念の籠った叫びによって掻き消される。

 

「むしろ俺はなぁ感謝されるべき存在なんだよ!あの目障りな南雲を、

始末してやったんだからな、それも後腐れねぇやり方でよぉ!

なんで俺を誰も褒めてくれねぇ!汚れ仕事だけさせやがって、

用が済んだら使い捨てだ!許さねぇ!」

 

そうだ、そもそもバレる筈がなかったのだ、それをあのおせっかい焼きが……。

 

「蒼野の奴さえいなきゃ……俺は今頃ヒーローだ」

 

そうだ、アイツが南雲と一緒に落ちなければ、俺はあんな……

その後の王宮で味わった喰われる側の恐怖を、檜山は思い出す。

あんな目に遭っていいのは、遭うべきは南雲ハジメだけであるべきなのだ。

 

「無能は無能のままで這いつくばる様に生きて行きゃいいんだ!」

 

下を踏みつけることで、自分本来の価値を考えずに済む。

 

「どうせ全部天之河のもんなんだろうが!」

 

上を直視しないことで、努力をせずに済む。

そうやって逃げ続けた先にあったのが、現在の自分の立ち位置だという事に、

当の本人はまるで気が付いていない。

 

「自分の転落を……人のせいにしないで下さい……」

 

声こそ小さいが、その目は溢れんばかりに放たれる憎悪のオーラにも気押されず、

しっかりと檜山を捉えて離さない。

 

「君は結局、変わる事を拒否して、変わっていく何かに目を背けて……

ただ今までに固執しただけです」

 

歩むことを止めてしまえば、後から来るものに追い越される、当たり前の話だ。

そう思いつつも、愛子の声には限りなき悔恨の念が籠っている、

現実から目を背けさせず、変わるべき道へと子供たちを導くことこそ、

教師の、大人の務めだった筈だというのに……。

 

そう、異形と成り果てた檜山の姿は、愛子にとってはいわば罪の証だった。

それでも、いや……だからこそ目は背けない、ここには、この世界には、

都合よく罪を背負ってくれる魔王様はいないのだから。

 

「もう……君を裁くことしか先生には出来ません、

君は余りにも多くの罪を犯し過ぎています」

 

だから……せめてその裁きが救いであって欲しいと思う、

しかしそんな愛子の願いは、檜山の予想外の言葉によって半ば断ち切られる。

 

「テメェだって俺を死刑にしようとしたクセしやがって!」

「おい!愛子はテメェを守ろうとしたんだぞ!」

 

すかさず指摘するカリオストロ。

そう、事実はむしろ逆である、確かに厳罰を主張したのは事実だ。

しかしそれはあくまでも、後に遺恨を残さぬための方策としてである。

死刑など決して望まない。

だからこそ、イシュタルに死刑を仄めかされ、結果、

あの片手落ちの判決を呑まされることとなったのだから。

 

「誰に聞きやがった……」

 

しかしカリオストロの言葉は、黒光の発射音に掻き消される。

しかもどうやら狙いの要領を心得つつあるらしい、一筋の光が王宮へと向かって飛んで行き。

念話石から優花の悲鳴が漏れる。

 

『オイ!無事かっ』

『わ……私たちは大丈夫、けど……』

 

 

放たれた黒光が王宮のバルコニーを掠める、

そこには炎上する街と被災者たちを見下ろす

リリアーナたち、王室の生き残りらの姿があった。

 

「ランデル、怯えてはなりません」

 

将来の国王たる弟の怯えを見て取ったか、リリアーナはすかさず叱責の声を飛ばす。

 

「それが王族たる我らの宿命にして使命」

 

煙が晴れ、バルコニーのリリアーナらが健在であることが分かると、

一瞬静まり返った王宮から人々の歓声が上がる。

 

「私たちは在り続けねばならない、王室、そして人間族健在の証として……さぁ」

 

リリアーナはランデルに民衆たちに手を振る様に耳打ちする。

未だ震えを抑えきれぬ、そんな仕草ではあったが、何とか笑顔を作り手を振ると、

また歓声が一際大きくなる。

そんな民たちの圧に気圧されたか、後退ろうとするランデルの背中を

リリアーナがぐいと押す、下がるなとばかりに。

 

「私たちが逃げるのは……一番最後です、王族たる者、臣民を置いて行くことなど、

決して許されないのですから」

 

この王都が陥ちることなどあり得る筈がない、しかしもしもの時は……。

リリアーナは傍らのメルドへと目配せをする。

 

(王都が灰となった時は、私たちは運命を共にする事で国民への責任を……、

そしてあなたは生き残る事で王室への責任を果たすのです、ランデル)

 

 

一方、リリアーナらの無事を知り、ほっと胸を撫で下ろすカリオストロだったが、

今度はその愛杖が、まるで催促するようにカタカタと震え始める。

 

「落ち着けウロボロス……これは愛子のやるべき事だ、いや、だからこそか」

 

自身の相棒たる機械生命体が、愛子にもよく懐いている事は承知の上で、

カリオストロはウロボロスをあえて抑える。

 

「それに……もう大丈夫だ……オレ様たちの、愛子の勝ちだ」

 

愛子の準備が整ったことをウロボロスに教えてやるカリオストロ。

 

「遠くばかり狙ってぇ、足下がお留守だぞー大介お兄ちゃんっ」

 

檜山は気が付く、愛子の足下から生えた蔦が自分の身体に纏わりつきつつあることを。

その蔦は二種類の植物を掛け合わせている、一つは自然界の魔力を感知し、

その方向へと蔦を伸ばす習性がある植物、そしてもう一種類は、

魔力を吸収することで繁殖力を増す植物である。

 

地球の植物でいう所の竹と葛を加えたような習性を持つに至った植物は

さらに愛子の技能である、"成長促進"によって急速にサイクルを増し、

檜山の身体を覆いつくしていく。

さらに吸収した魔力で以って強靭な地下茎を広げるこの植物は、

カリオストロのバフの効果も相まって、

檜山の動きをも拘束して離さず、ならばと檜山が魔法を使って焼こうとしても、

灰の中から次々と発芽し、瞬く間に青々とした葉を広げていく始末だ。

 

檜山は空間魔法を行使し、生い茂る蔦をなんとか振り払おうとするが、

転移する先々へと蔦は追いすがり、檜山の身体を拘束していく。

 

なら、直接操ってる奴を何とかするのみだ。

 

黒鎧の胸部が光り、黒光が愛子目掛け放たれる、しかし。

 

「来ると分かっていれば防ぐのは容易いわ!」

 

その光線はティオの障壁により防がれ、その背中で息を呑む愛子、

単に戦闘の中での一行為と見るなら、単に檜山の攻撃をティオが間に入って防いだ、

それだけだが、この行為には重大な意味がある、

一切の躊躇なく檜山は愛子を敵と認識し、標的としたという事実が。

 

「……檜山君」

「そこまで堕ちたか……愛子はお主を今も案じておるというのに」

「案ずるだぁ!上から情けを掛けてるの間違いだろうがよぉ!」

 

檜山に取っての人間関係は見上げるか見下すか、どちらかである。

それは近藤ら悪友ら相手でも変わらない、

だから思いやりという感情を理解できない、

彼に取って情けをかける事は侮りであり、情けを受ける事は屈辱でしかないのだ。

 

「殺してやる!俺をバカにして、嘲笑った奴らは全員殺してやる!

南雲だけじゃねぇ!礼一のようにな!」

「今……何と……」

 

信じ難き言葉に愛子は息を詰まらせる、

まさか……ハジメを狙うだけでは飽き足らず、クラスメイトであり友人の一人をも、

この目の前の少年は手に掛けたというのか?

 

「ああ、何度でも言ってやる、近藤礼一は死んだぁ!

殺したのは俺じゃなくって中村だけどな、だから俺は無実だぜ」

「中村さんが何かしたというのですか……まさか……」

 

お前気が付いてなかったのか?と言わんばかりに、

檜山は愛子へと顔を向ける、優越感に満ちた笑顔を添えて。

 

「ああ、色々と俺に教えてくれたぜぇ~お前が俺を死刑にしようとした事とかよ」

「だからそれはっ!」

「それに魔人族だって中村が手引きしたんだぜぇ!その裏にいるのはよ」

 

聞かれても無い事をペラペラと檜山は喋る、だから気が付かなかった。

 

「神様……エヒト様とアルヴ様ってことか」

 

いつの間にか自身の背中に、カリオストロが乗っかっていたことに。

 

「人間チェスなんざ悪趣味の極みだがな、そのチェスの駒に自ら志願するたぁ

悪趣味以下のバカの極みだな」

 

心底呆れた顔を見せつつ、カリオストロが指を鳴らすと、

それだけで檜山を覆う黒鎧の脚部を囲うように魔法陣が展開される。

 

「良くやったぞ愛子にティオ、あとはオレ様の仕事だ」

 

檜山の貯め込んだ魔力はすでに許容量まで下がっている、術の行使に何ら問題はない。

 

「α崩壊レベル上昇、β崩壊レベル上昇……」

 

全身を拘束され、それでもカリオストロを振り落とさんと巨体を捩る檜山、

しかしそれには一切構うことなくカリオストロは術式を超高速で展開してゆく。

 

(見様見真似で上手く行くか……)

 

カリオストロが行使しようとしているのは、錬金術における極致の一つである、

『存在崩壊』文字通り精神や魂すら含む、"存在"を崩壊させ、

自在に再構築させることにより、存在を自在に操る、いや掌握する事が出来る術である。

 

例えるならば、りんごジュースが入ったミックスジュースから、

りんごジュース以外の"存在"を全て崩壊させることで、

りんごジュースに戻すことができる術、といえば多少は納得できるだろうか?

 

もっとも一歩間違えれば、崩壊ならぬ分解の余波によるエネルギーの暴走により、

周囲一帯は文字通り消滅してしまうわけであり、ましてカリオストロ自身、

見様見真似という通り、成功する保証はない……それでも。

 

(なんでオレ様、こんなに懸命にやってるんだろうな……)

 

正直、殺すだけならワケが無いのだ、それにこの男を生かした所で待っている運命は……。

しかしそれでも愛子の顔を見ると、何故か"仕方ない、何とかしてやろう"

という気持ちになってしまうのだ、その理由は分かっている。

 

「……どこか似ているからかも知れねぇな」

 

遙かな昔、全てに見捨てられた地獄の日々、そんな中、たった一人だけ支え、

信じてくれた……もう今は記憶の中にしかいない、大切な……。

 

「止めろおぉぉぉぉぉっ!頼むっ!強いままで死なせてくれぇっ!」

 

カリオストロが何をしようとしているのかを察知した檜山が悲鳴を上げる。

奪われていく、消えていく……自身の力の根源が。

 

「いやだーっ!喰われる側にはもう戻りたくねぇーっ!」

 

そして、光と共に黒鎧が、己の力の象徴がついに砕け散り、

自身も光に呑まれていく感覚を、檜山は覚えていた、

それは彼の妄念もまた、終焉を迎えた証でもあった。

 

(俺の……南雲を殺す力がっ……消え……)

 

 

肉体と一体化していた黒鎧を失った檜山の姿は、傷だらけであることを差し引いても、

余りにも貧弱なように愛子たちには思えた。

 

「さーて、テメェは愛子を悲しませ過ぎた……」

 

檜山のボロボロの白髪を掴み、カリオストロは凄む。

 

「けどな、そんなお前でも愛子が願う以上、死なせるわけにはいかねぇんだ」

 

少なくとも今は……カリオストロは愛子を促す。

 

「檜山君には今度こそ、ちゃんと裁判を受けて貰います

この世界において、この世界の住人に対して行った罪は、

同じくこの世界の住人によって、まずは裁かれるべきです」

 

愛子の口調は、例えそれがどの様な判決であったとしても、

例え、教え子が刑場の露と消えることになったとしても、受け入れる、

いや、受け入れざるを得ないという、強い意思と覚悟に満ちていた……。

もっとも、その結果下された決は、愛子の想像を超える過酷な物となるのだが、

それについてはもちろん今は知る由もない。

 

「……私たちが…どうするのかはそれからの話です」

「しかしの……どうせこやつは……」

「それでもです!」

 

ティオの言葉を掻き消すように愛子は叫ぶ、言わんとしている事など、

百も承知とばかりに。

 

「……せめて糧になるんだな」

 

カリオストロはそれだけを呟くと、檜山の身体にポーションをぶち撒ける。

煙を上げて檜山の身体に刻まれた傷が修復されて行く。

しかし、傷は治っても、失った生命力そのものは補填出来ない。

カリオストロの目には、檜山の命はすでに風前の灯にしか見えなかった。

 

カリオストロの掌が光り、檜山の身体を石像へと固めてゆく。

そして、そんな彼らの視線の先、魔物たちが殺到しつつある城外にて、

巨大な光の柱が立つのであった。

 

 

そこで時間は遡る、カリオストロらと檜山が火花を散らしていた頃。

龍太郎に教えて貰った集合場所に辿り着いたハジメたちが見た物、

そこにあったのは……。

 

「で……一体、どうなってるんだ?」

 




檜山が迎える運命については本章の最後に語られることになるでしょう。

今回思ったのですが、原作におけるハジメの存在ってある意味では必要悪でもあるんですよね
ハジメが泥を被ることで、結果的に他のキャラが嫌な目を見ずに済んでいる側面も
確かにあると思うので。
もっともハジメの判断基準に問題があるといえば、そうなんですが。

そしていよいよ次回から勇者編です。




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裏切りの前哨


ついに100話到達、まさかここまで続けることが出来たなんて、
自分でも思いも寄らなかったです。

で、コミケ→帰省というのが、ここ数年の年末のルーチンでしたが、
どうやら今年は自宅で小説を書きながらの年越しになりそうです。



 

「で……一体、どうなってるんだ?」

 

そんなハジメの言葉をぼんやりと耳にしつつ、雫はこれまでの事を思い出していく。

 

 

あの後、光輝らは恵里に釘を刺された通り、

まずは緊急時に指定されている集合場所へと向かっていた。

とはいえど、人々の救助や魔物の迎撃を優先しつつの行動なので、

その足取りは遅々として進まず。

 

「勇者だな!その命貰い受ける!」

「カトレアの仇ィ!」

 

さらには灰竜に跨った魔人族までもが、時折ではあるが斬り込みを仕掛けてくる。

それに応じ、ジャンヌが剣を構えるが、その前に光輝がずいと身を乗り出して行く。

 

あのオルクスでの、魔人族の女を斬ることに躊躇した光輝の姿が、

一瞬、後に従う者たちの脳裏に甦る、だが、一閃された聖剣の刃は、

まごうことなく魔人族の身体を捉えていた。

灰竜から振り落とされる魔人族の姿を確認しつつ、光輝はやや言い訳めいた口調で、

隣で驚きの表情を見せる雫らへと一言入れる。

 

「峰打ち……みたいなものさ」

 

今までの光輝は八重樫流のベースはあれど、

持ち前の高スペックに任せた戦い方が、ほぼ中心であったと言っても良かった。

だが、あの敗戦、ジャンヌの指導、そして様々な文献に当たることにより、

刃に光の魔力を宿し覆い、相手に致命傷は与えずショックのみを与える技を、

光輝は自ら編み出していた。

 

「今では使う者もない技だって、本には書いてたけど……」

 

無理もない、相手に応じ、常に魔力のオンオフを操作せねばならぬこの技は、

極めて効率が悪く、高い魔力量とそれに準じた操作能力を有する光輝でなければ、

使い熟すことは難しい技である。

 

それに光輝も理解していた、これは一種の逃げに他ならないと、

殺さずに済む技を会得した所で、自身の抱える問題を、

根本から解決出来るものではないのだと。

殺さぬ者と殺せぬ者との隔たりは、海より広く深いのだということを。

 

「光輝!命を奪うことなくとも人を導く術は、道はあります!、だからここは」

「自分が半端なことをしていることは理解しています、けれどっ!」

 

例え半端者の誹りを受けても、それでも先頭に立つべきは、

危険を背負うのは、自らでなければならないと考えているのだろう、

それが級友たちを望まぬ戦いに巻き込んでしまった自分の責務だと、

せめてもの償いだと言わんばかりに。

 

ましてそんな光輝の気持ちを理解出来ぬジャンヌではなく、

だから歴戦の聖女と言えど、それ以上は言葉が続けることが出来ず、

そんな光輝のすぐ後ろで、ただ雫と顔を見合わせた時だった。

 

ドドゥ。

 

そんな地響きと同時に民家の塀を突き破り、

ヘラジカと猪を合わせたような姿をした魔物が鼻息も荒く、

体高数メートルはあろうかという巨体を現し、光輝らの最後尾にいた、

何となくは付いてきたが、戦いにはまだ慣れていない、クラスメイトらから悲鳴が漏れる。

 

猪鹿のその牙はすでに血に塗れ、そして見る者を威嚇するかの如く、

大きく広がった角には、降り重なるように人々の亡骸が突き刺さっており、

その無惨な有様は、これは、ここで今起きていることは、単なる戦いではなく、

戦争なのだということを否応なしに彼らに突きつけるかの様だった。

 

届かない救いを求めながら、魔物の手に掛かり散っていたであろう人々の無念の表情が、

光輝の、いやこの場全ての人々の心を締め付ける。

 

「……光輝、ジャンヌさん、ここは私に任せて」

 

すかさず聖剣を構え直す光輝を制し、今度は雫が前に出る、その手に太刀を、

八命切を握りしめて。

 

太刀を構え、ずいと前に押し出す雫、そんな彼女の姿を猪鹿の方もロックオンしたか、

その鼻息が一層荒くなる、一気に勝負を着けんとばかりに、

鼻息に混じり、後足の蹄が焦れる様に地を蹴る音が響き渡る。

 

「こっちも時間がないの、むしろ急いでくれるなら好都合よ」

 

雫は八名切を鞘から抜くと、そのまま自身の眼前へと刀身を寝かせて、

掲げ持つかの様な構えを見せる。

 

(何だあの構えは?)

 

緊張の中にもやや腑に落ちぬ表情を見せる光輝、今の雫の見せる構えは、

彼女が扱う八重樫流には存在しない構えだからだ。

だが、そんな光輝の疑問には構うことなく猪鹿は地を蹴り、

速度と質量の赴くままの突撃を、雫に対して敢行する。

 

その勢いはまさに暴走トラックのそれを見る者に思い起こさせたが、

雫はただ軽く、とん、と地を蹴り上空へと舞い上がる。

鋭さは一切ない、優雅にふわりと夜空に浮かび上がる姿は、

例えるならば、まさしく胡蝶の舞いを連想させ、

そしてその足下を地響き立てて、猪鹿が通過する。

しかし、その通過の瞬間、雫の手の太刀が閃いたのを光輝の目は見逃さなかった。

 

そして、踵を返そうとした猪鹿の姿が僅かにブレたように見えた数瞬後には、

その巨体はまるで干物の開きのように、真っ二つになっていた。

 

「八重樫流改……ううん雫流、猪鹿蝶、なんてね」

 

会心の一撃に、雫と言えどもつい口が軽くなるのも無理はない。

あの夢の中でオクトーによって手解きを受けた刀術に、

自身の血肉たる八重樫の技を加えたそれは、まさに雫流を銘じるに、

相応しいと、今この瞬間に於いて雫は確信していた。

 

「あんなデカイのが……」

「八重樫さん、凄い」

 

そしてそんな声が自身の背後から聞こえる中、

ただ光輝は言葉もなく、その身を震わせていた。

 

(雫……いつの間に、そこまで)

 

雫の動きは、一切の無駄を省かれ、恐ろしいまでに最適化されていた、

魔力や武器のサポートもあるのかもしれないが、いわばあの魔物は最短距離で放たれた、

いや設置された斬撃の中へと、自分から全力で飛び込んだような物だと光輝は解釈していた。

 

相手の勢いを完全に利用し、必要最小限の力でもって、最大の威力を発揮する。

それは、武術を学ぶ者にとっての到達点の一つと言ってもいい。

その理想を自らの力でこじ開けつつある友の姿を、眩しい思いで見つめる光輝。

だからこそ今ここにいない、自分の一番の親友のことを、彼は思い起こさずには、

いられなかった。

 

(俺も雫もなんとかやってる、だから龍太郎、早く帰って来てくれ、

お前がいてこその俺たちなんだから)

 

こうして、予定から大幅に遅れたものの、

光輝らは何とか緊急時に指定されている集合場所へと辿り着く。

既にそこには多くの兵士と騎士が整然と並び、そして、メルド不在時には、

指揮を引き継ぐこととなっている、ハイリヒ王国騎士団副団長のホセ・ランカイドが、

光輝らを手招きする。

 

「……よく来てくれた、状況は理解しているか?」

「はい、遅れてしまって申し訳ありません、ですが、

メルドさんがいない時に限って……こんなことになるなんて」

 

光輝とホセの会話を聞きながら、雫は兵士たちの中に混じってニアの姿があることを確認し、

一先ず安堵の息を吐くが、しかし、兵士たちの姿にまるで覇気が籠ってないことに、

彼女は僅かな疑問を抱く、確かに王都が奇襲されるという、本来ならばあり得ない事態に、

混乱するのは無理もない話だ、だが、兵隊という物は有事の時に動けてこそではないのか?

 

いや……それ以上に……決定的な違和感がある、何か重要なことを見落としているような。

 

「さぁ、我らの中心へ、諸君らが我らのリーダーなのだから……」

 

ホセに促されるように、光輝らは整列する兵士達の中央へと進み出る。」

やはりおかしい、兵士たち騎士たちはこの期に及んでも、

ホセ以外は無言で、表情もまるで変わらない。

 

雫が光輝へとそっと注意を促そうとした時だった。

 

「失礼……副団長殿、宜しいか」

「……」

 

ジャンヌの凛とした声が人垣の中で響く。

 

「この至急時に於いて、揃いも揃って煤はおろか、泥撥ね一つない、

その小奇麗な鎧の理由についてお聞かせ願いたい」

 

ジャンヌの疑問に、あ……と、雫は小さく声を上げる。

 

確かにそうだ、自分たちの到着が遅れたのは言うまでもなく、

人々の救助と魔物との戦闘に奔走していたからであり、然るに自分も含め、

光輝ら一行の中に、煤と泥で汚れてない者は誰一人としていない。

しかし、本来この場において、まず先頭に立って国民を守るべき騎士や兵士たちには、

全くその形跡がないのだ、まるでただ自分らの到着を呆然と待っていたとしか思えない。

 

「一体あなた方はこれまで何をしていたのです?」

「……」

「ジャンヌさん、ホセさんたちにもきっと事情が……」

 

光輝が窘めるような声を発するが、ジャンヌの舌鋒と眦はますます鋭くなるばかりだ。

 

 

「キミのような勘のいい人は嫌いだな」

 

ちなみにそんな呟きを彼らから少し離れた場所で発した人物がいたのだが、

もちろん気が付く者はいない。

 

 

「……」

「お答えいただけ無いのですか?」

 

自分たちを囲むように兵士が、騎士が、一斉に剣を抜刀し掲げる。

それをジャンヌは回答だと解釈した、すなわち……。

 

「皆、注意をっ!」

 

ジャンヌの叫びと同時に、ホセの手から何かが放たれようとしたが、

その前にジャンヌがホセの手首ごとその何かを斬り落とす、

しかし僅かに遅く、その何かは地表で炸裂し、

ハジメの閃光弾もかくやという強烈な光を周囲へと放った。

 

それでもジャンヌの警告を受け止めていれば、まだ彼らは動けていたかもしれない。

しかし、その叫びに反応出来たのはごく少数だった。

無理もない、まさかつい先日までの味方が、裏切りの牙を剥くことなど、

誰が想像出来ようか。

 

ズブリッ

 

閃光の中で、刃が肉に突き立てられる音が無数に鳴り、

次いであちこちからくぐもった悲鳴と、ドサドサと人が倒れる音が上がった。

 

「くっ……無事ですか、光輝、雫」

「ええ、何とか」

 

そして閃光が収まり、回復しだした視力で周囲を見渡した彼らが見たのは、

自分たちを除く、クラスメイト達が全員、背後から兵士や騎士たちの剣に貫かれた挙句、

地面に組み伏せられている姿だった。

 

「これは……一体」

 

どうやら難を逃れたのは自分ら三人だけのようだ、クラスメイトたちも傷こそ受けたが

まだ全員生きているようだ、しかしそのことに安堵する暇もなく、

騎士たちが次々と光輝らに剣を向けて殺到する。

 

「皆さん、どうしたって言うんですかっ!俺です、光輝ですっ!」

 

自らに向け振るわれる刃を辛うじて避けて行く光輝、しかしながらやはり動揺は隠せず、

その動きには切れがまるでない。

 

「ジャンヌさんっ!」

 

ジャンヌの背中へと突き出された剣先を、叫びと共に光輝は叩き落とすのだが、

そこで光輝は、ジャンヌの身体が小刻みに震えていることに気が付く。

 

「同じだ……あの時と……また……」

「大丈夫です、俺がいます」

 

ジャンヌを庇うように半身の構えを取る光輝、しかし肝心のジャンヌは、

やはりどことなく上の空だ、何よりその表情は、内面の葛藤を、

怖れを隠せないかの如くに険しい。

 

(……いつものジャンヌさんじゃない)

 

そんな中、雫はこの地で出来た、自分の親友をニアの姿を探す。

 

「ニアっ!無事っ?無事なら返事してお願いっ!」

「し……ずく……さま」

 

微かな声が届く、そこには騎士に押し倒され馬乗りの状態から、

今まさに剣を突き立てられようとしているニアの姿があった。

雫は剣撃をかいくぐると、一瞬でニアのもとへ到達し、

彼女に馬乗りになっている騎士に鞘を叩きつけてニアの上から吹き飛ばし、

その腕にニアを掻き抱く。

 

「ニア、無事?」

 

しかしそこで雫は目の前の少女から放たれる違和感に気が付く、その違和感は

兵士や騎士たちから放たれていたのと同じ……。

しかしそれに気が付くよりも僅かに早く、雫の背中に激痛が走った。

 

「あぐっ!?ニ、ニア?ど、どうして……」

「……」

 

地に頽れながら雫はニアの顔を見上げる、しかしニアは、

雫の知る、普段の親しみのこもった眼差しも快活な表情もなく、

ただ無表情に雫を見返すだけだった。

 

そしてほぼ全ての生徒たちに魔力封じの枷を取り付け終わった騎士や兵士たちは、

最後に残った二人、光輝とジャンヌへとその包囲の輪を縮めていく。

 

「ジャンヌさん……しっかり」

「分かってます、光輝」

 

互いの背を預けあう二人だったが、

それ故に光輝はジャンヌの震えだけでなく、不安が籠った荒い息遣いにも気が付いてしまう。

 

(やはり……今のジャンヌさんはどこか変だ)

 

その時、二人の耳に声が届く、それはか細かったが、光輝にとって聞きなれた声だった。

 

「二人とも……ごめん……ね」

 

その声の源へと光輝は眼を向ける……、そこにはアランに小さな身体を抱えられ、

喉元に刃を突きつけられた中村恵里の姿があった。




本編を通じた上での私にとっての天之河光輝のイメージは、
ダメな奴だが悪い奴じゃなく、困った奴だが憎めない(仕方ない)奴という感じです。

身近にいるとちょっとな……と、思うのも事実ではありますけどね。


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サバイバーズ・ギルト

今回の話は、少し詰め込み過ぎた印象もありますが、
引き伸ばすのもどうかなと思い、あえてそのままで投下させて頂きます。

では、よいお年を。



「ア……アランさん……一体何を」

 

メルド同様アランもまた、光輝にとっては兄にも等しい思いを抱く騎士である、

そんな彼が何故……と、信じ難き光景の連続に喘ぐような声を上げる光輝。

 

「多分……もう、無理だと思う」

 

恵理は刃を突きつけられた状態で、光輝らに悲し気に首を振る。

 

「私には分かるの……アランさんもホセさんも、皆もう殺されているんだって」

 

恵里の天職は降霊術師である、それ故に彼女の言葉には説得力があった。

 

「そんなっ…一体……誰がこんなことを」

 

雫の問いかけに、恵里はそっと顔を伏せる、その仕草は悲しみを隠すためではなく、

実は笑いを堪えるためだとは誰も思わない

 

「きっと……南雲くんだよ……私たちを魔人族に売って、それで自分たちだけ

日本に帰ろうとしているんだ、無理もないよね……皆が教室で、そしてここで、

南雲くんや、ジータちゃんのことを、どう思っていたのかを考えたら」

 

進級し、ジータとクラスメイトになる前、

つまり高校一年時のハジメの授業態度は、有体に言えば褒められるような物ではなかった。

 

遅刻寸前にフラフラと登校してきたかと思うと、

そのまま机に突っ伏し、あとは下校時までほぼ高いびきである、

提出物こそ期間内に出してはいたし、試験もそれなりではあったが、

学校に通うということは、それだけで済まされる物では決してない、

ハジメの態度は傍から見ると文字通り学校を、いや社会を舐めているとしか思えなかった。

 

その上、彼の父親は名の通ったゲーム会社の社長であり、母親は有名漫画家と来ている。

つまり、余程のやらかしが無い限り、こんな人生を舐め腐った少年であっても、

その将来は安泰といってもよく、そのことがクラスに知れ渡るにつれ、

ハジメへのさらなるヘイトが蔓延していった。

 

だが、学年が上がり、一人の少女がハジメとクラスメイトになったことで、

その状況は変わり始める、そう、その少女こそ蒼野ジータである。

そのジータがハジメを変えた、いや変えてしまった。

 

雫は新学期早々、屋上へと続く階段で、

ハジメへと泣きながら訴えるジータの姿を思い出す。

 

 

"学校に通わなきゃ学園物のリアリティが出せない?じゃあなろうで書いてる人たちは

みんな異世界行ってるってワケ?ふざけないで!"

 

"お金払ってるから好きにしていいとか思ってないよね?

私たちあと何年かしたら、お金を貰う立場になるんだから……だから、

お願い、ちゃんとして"

 

それ以来、ギリギリに登校することこそ相変わらずだったが、

それでも居眠りはピタリと止まり、成績も向上の一途を辿っていき、

それにより少なくとも檜山ら一部を除き、

表向きハジメを悪ざまに言う者はいなくなった。

 

しかし……水面下ではハジメを取り巻く状況は、さほど変化はしていなかった。

人間、自分より下の存在を探してしまうのは致し方のないこととはいえ、

そこにあったのは、白崎香織との件があるとはいえど、明確に自分より下の、

排斥と迫害が正当化される存在を失ってしまったという鬱憤と、

そして折角の贄に余計なことをしたという、ジータへの鬱屈した思いである。

 

もしもジータが男子であるか、またはごくごくありふれた容姿の少女であれば、

彼女もまた排斥の対象となっていたかもしれない。

だが、幸か不幸かジータは、天使の如き容貌を持つ金髪美少女であり、

同時に、やられたらやりかえす苛烈な精神の持ち主であった。

例え、それがクラスの、いや、学園のアイドル的存在である天之河光輝相手であっても。

 

そんな危うげなバランスの中での異世界召喚。

そしてハジメとジータのステータスを知った時の、彼らの心中は推して知るべしであろう。

 

「裏切られて置いて帰られても……プ、文句は言えないよね、私たち……」

 

恵里が言葉を一瞬詰まらせたのは、沈痛な面持ちのクラスメイトらを見ていると、

思わず笑いが漏れそうになったからだ、

今さら行いを悔やむなら、相応の態度を取っていれば良かったのだ。

ちなみに恵理は少なくともハジメに関しては、それ程の悪感情は持ってはいなかった。

むしろ思ってたのと違うなと、感心すらしていた程だ。

 

「……大結界だってそう」

 

恵理は滔滔と言葉を続ける、まるで予め何度も繰り返して来たかのように。

 

「南雲君は錬成師、アーティファクトの専門家、しかもあんな凄い武器をたくさん

作れるようになっているんだよ、壊すことなんてきっとワケないと思うの」

「じゃあ……アランさんや、ホセさんも……」

「うん、きっと南雲くんが何かで操っているんだと思う、ジータちゃんだってきっと……」

 

そこでチラと光輝へと、まるで救いを求める様な表情を恵理は向ける。

彼女の知る天之河光輝ならばこれで落ちる筈、あとは勇者たちとバケモノども、

互いに殺し合わせるのも一興といったところか。

 

しかし……もう今の天之河光輝は、すでに中村恵里の知る彼ではなかった。

 

「光輝……話が出来すぎではありませんか?」

 

やや落ち着きを取り戻したかに見えるジャンヌが耳打ちする。

 

「分かってます……」

 

そう、確かに納得できる話ではある、以前の敗北と役割を知る前の、

自身の模範たる聖少女と出会う前の、使命感に躍らされ視野狭窄を起こしていた、

かつての光輝ならば、あっさりと信じ込んでいたに違いない程の、

しかし、それがゆえに、光輝は恵里の話に違和感を覚えていた。

 

何より、ハジメたちは自分たちよりもずっと強いのだ。

そんな回りくどい事をしなくても、自分らが憎ければさっさと殺すなり、

あの時見捨てれば済む話なのだから。

 

そんな中で雫もあることに気が付いていた、アランの鎧がホセら同様に、

汚れが一切ないことを、そればかりか恵里のローブにも、焦げはおろか、

泥撥ね一つなく、まるで空でも飛んできたかのような姿をしていることにも。

 

「ねぇ……恵里は、どうして…こんな所にいるの?アランさんに…連れて来られたの?」

 

自身の声が、身体が震えているのを自覚する雫、この震えは傷の痛みだけではない。

 

「うん、お薬を取りに倉庫に入ったらアランさんがいて……そこからここまで」

「だったら……」

 

しかし雫の言葉は予想外の方向から聞こえて来た大声によって掻き消された。

 

「嘘だよっ!」

 

その声の主、谷口鈴の姿を、恵理は驚愕の表情でただ見つめる。

 

「鈴……ちゃん、どうして?」

「……私、見ちゃったんだ、エリリンが魔人族と何か話してて……

それから竜に乗って一緒にどっか行っちゃって……だから、どうしてって」

 

そこまで言い終わると、その場に鈴はへたり込む、彼女の服はあちこちが焼け焦げ、

その身体は傷だらけだ、友を仲間を思い、この炎の中をひたすらに駆けてきたに違いない。

 

「……信じたく……なかったよ、でも……」

「……俺も見た、谷口の言ってることは本当だ」

 

いつの間にか鈴の隣に寄り添うかのように姿を現したのは、遠藤浩介だ。

 

生来の影の薄さゆえに騎士たちの拘束を逃れ、その後は隠形を駆使しつつ、

クラスメイトらの救出の機を伺っていた彼は、

その眼前で、鈴よりもさらに決定的な瞬間を見てしまっていた、

恵里がアランに何事かを命じ、自らを拘束させるところを。

 

沈黙の中、ギリッ!と歯軋りの音が恵里の口元から漏れる。

 

「君たちのような勘のいい連中は嫌いだよ」

 

アランの腕の中で、コキコキと首を鳴らしながら吐き捨てる恵里、

その口調は普段とはまるで異なり、ねっとりとした嘲りに満ちていた。

 

「あーあ、しょうがないか、ちょっとお遊びが過ぎたね」

「え、恵里、何を言って……」

 

目の前の、羽交い絞めにされ刃を突きつけられている、いわば人質で、

何より味方である筈の少女の豹変に、言葉を詰まらせる光輝。

その居直った態度は、この地で遭遇したどんな魔物よりも不気味に思えた。

 

「言葉通り、どうせ誰も助からないんだしね、だったらせめてってね」

「……ねぇ、エリリン……もしかして、誰かに脅されてるの?……そうでしょ?

ねぇ、きっと…何か…そう…じゃないと……」

 

そうであって欲しいという願いとは裏腹に鈴の口調は弱い、その理由は明白だ。

 

「それは君が一番わかってるんじゃないかなー?鈴ちゃん

折角君だけは、もう少しだけ長生きさせてあげようと思っていたのに、

どうして友達の好意を……ムダにするかなあ、せめてものお礼のつもりだったのに……」

「お、お礼?」

「ありがとね♪日本でもこっちでも、光輝くんの傍にいるのに君はとっても便利だったよ」

 

クスクスと嘲笑を浮かべながら恵里は続ける。

 

「参るよね? 光輝くんの傍にいるのは雫と香織って空気が蔓延しちゃってさ

不用意に近づくと、他の女どもに目ェ付けられちゃうし……その上高校に入ると

あの忌々しいジータまでやって来る始末だし」

 

ホントに嫌いだったのだろう、ジータの名前を口にした瞬間、恵里の顔が大きく歪む。

 

「その点、鈴の存在はありがたかったよ、馬鹿丸出しで……」

 

そこで恵里の言葉が一旦詰まり、その表情がやはり一瞬ではあったが、

今度は悲し気な物へと変化する。

 

「ホント……何しても微笑ましく思ってもらえるもんね、だから

光輝くん達の輪に入っても誰も咎めないもの、だから……"谷口鈴の親友"って

いうポジションは、ホントに……便利だったよ、おかげで、

向こうでも自然と光輝くんの傍に居られたし、

異世界に来ても同じパーティーにも入れたし……うん、ほ~んと鈴って便利だった!

だから、ありがと!」

「どうしてっ、どうしてこんな事をするんだ!恵里!」

 

光輝の叫びに、ようやくか?という顔を見せる恵里。

 

「そんなの教えてあげるわけないじゃないか……それに、

もう下の名前で呼ばないでくれるかな?」

 

恵里の表情が一層凄惨な物へと変わっていく。

 

「自分が、自分たちがどうしてこんなことになったのか、分からないまま死んでいきなよ」

 

一方、そんな恵里の嘲り交じりの話を耳にしつつ、

遠藤はそっと袖口に仕込んだナイフの感触を確かめる。

自分のスピードならば、アランを昏倒させ、恵里を確保することも可能かもしれない。

だが……それだけで済まない時は……。

 

(俺に……出来るのか?アランさんを……何より中村を)

 

そのことを考えると、やはり心臓を鷲掴みにされたような感覚が身体を走る。

彼自身、あの日、光輝があの魔人族を殺せなかった事について責めるつもりは、

一切なかった、但し、必要以上に敵に情けをかけた事については、

責めを負うべきだとは思ってはいたが。

 

ともかく恵里の姿をじっと凝視するしかない遠藤、だからいち早く気づけた。

恵里と自分たちとのちょうど中間あたりに、ゆらゆらと陽炎のようなものが、

形を取ろうとしている姿を。

 

(なんだ?)

 

その陽炎は斑色の蛇を纏った男の姿へと変化してゆき、

それと悟った瞬間、ジャンヌの手から力なく剣が落ちる。

 

「ジャンヌさん?」

「どうして……まだ、こんな所にまで……」

 

光輝の傍であるにも関わらず、彼に構うことなく、

その場にへたり込み、まるで寒さに震えるかのように、

自身のその身体を自分で抱きしめるジャンヌ、その顔面は蒼白となっている。

 

「おやおや、別れのご挨拶でもと思ったのですが、随分と楽しいことをなさってらっしゃる」

 

その斑色の蛇を纏った男、言わずと知れた幽世の徒は、

まさに慇懃無礼としか例えられない仕草で、まずは一礼などして見せる。

 

「君は誰だい?」

 

蛇の出現にも一切動じるそぶりも見せない恵里、

もう彼女に取って大半の事象は、もはや些末事なのかもしれない。

 

「申し遅れました、私はほんの少しだけこの世界にご不満をお持ちで、

なおかつそれを変革しようと志される方々を、ささやかながらお手伝いさせて、

頂きたいと願う者であります」

 

その声を聞いた瞬間、ぶわと心がけば立つような感覚を光輝は覚えていた。

間違いない、この存在は悪だと、そして……。

光輝は自分の隣で怯える様に蹲るジャンヌの姿と蛇の姿を交互に眺め、

即座に理解する、彼女と……ジャンヌとあの蛇は決して会わせてはならぬ存在だと。

 

「お手伝い……じゃあ、何をしてくれるのかな?」

「ええ、そこの聖女様のご正体をお教えして差し上げようかと、

騙されているとも知らない、哀れな勇者くんの為にも」

「へぇ、面白いじゃないか……続けなよ」

 

恵里の口角が三日月の様に吊り上がり、

ひぃと怯えるようなジャンヌの喘ぎが耳に入った瞬間、

光輝は蛇へと聖剣を構え叫ぶ。

 

「やめろおおおおっ!」

 

その叫びに応じたか否か、蛇の姿が掻き消え、

そして代わりにその影が地に伸び、触れた者の、すなわちクラスメイトらの脳裏に、

ある光景が映し出される。

 

 

 

(あれは……ジャンヌさん?)

 

「行動にこそ、大いなる存在は応えてくれる!己の信念に従い!皆の者剣を取れ!」

 

晴れ渡った街の広場で、民衆たちに激を飛ばすは、

青の軍服に身を包んだジャンヌダルク、その左手には愛剣カラドボルグが、

そして右腕には、オルレアンの軍旗が掲げられている。

 

「「「「「おおおっ!聖女様!」」」」」

 

ジャンヌの激に応じ、人々がうねりを上げて叫ぶ、その顔も希望と、

そして何よりジャンヌへの信頼に満ちていた。

 

「オルレアンの民たちよ!今こそ正義の下に我らが同胞を救う時だ!」

 

ジャンヌが叫びと共に軍旗をはためかせる、するとまた地響きを立てるような

歓声が広場を埋め尽くし、人々は手にした武器を天高く掲げる。

そのジャンヌの、そして民衆らの姿は、

かつての大聖堂での自分らの姿と同じだと、光輝たちには思えてならなかった。

 

「いざ行かん!私に続け!我らが大義、阻めるものなし!」

 

ジャンヌの言葉と旗振りに応じ、意気揚々と武器を携え戦場へと向かう人々。

だが、光輝はその彼らの姿に不意に悪寒を覚えた、

いや、光輝だけではない、この場のクラスメイトらは、ほぼ全員、

ジャンヌらの姿に言い様の知れぬ不安を抱いていた、かつての自分たちと重ね合わせながら。

 

「だっ……だめだ、ジャンヌさん、行っては……」

 

自分の見ている光景が、すでに過ぎ去った過去、幻であろうことは、

承知出来ている、しかしそれでも光輝は叫ぶ、

そしてその叫びが終るか終わらぬかの内に、また光景が切り替わる。

 

そこは……地獄だった。

案の定、手酷い裏切りに逢ったジャンヌたちの軍は散々に打ち破られ、

ついに敵軍は、彼らの故郷オルレアンにまで攻め込み、街に火を放つ。

 

「ジャンヌお姉ちゃん熱いよー、パパが燃えちゃうよー」

「ジャンヌ様、助けて下さい、死にたくない、死にたくない!」

 

火だるまの少女が悲鳴を上げる、全身に矢が突き立った男が地に倒れ伏す。

 

そんな自らを聖女と慕う人々が次々と焼かれ討たれる中、

ただ呆然と立ち尽くすジャンヌ、もちろんジャンヌの身体もすでに己と敵味方の血で、

赤く染まっている。

 

そして、街の聖堂がついに焼け落ちた時だった。

 

「あああああああああ!」

 

悲鳴と共にジャンヌは戦士の証の愛剣も、将の証である軍旗をも投げ捨てて、

その場から逃走を図る、守るべき民衆を置き去りに、ただ一人で。

 

「せ……聖女様、どうしてですか?」

「お……オレ達を置いて」

 

「いやああぁぁぁぁぁ!もういやぁああああ!」

 

共に戦うべき仲間たちの言葉も、自身が守るべき民たちの言葉もすべて耳を塞ぎ、

ただひたすらに眼前の地獄から、そして望まぬ現実からも逃げだすジャンヌ、

それは光輝らが知る、凛々しく美しき、夢の世界からやって来た、

理想の勇者ジャンヌダルクとは、あまりにもかけ離れた姿だった。

 

そして瀕死の傷を負いながらもジャンヌは、自身が所属する騎空団の元へと辿り着く、

身体以上に傷ついた心を抱えて……。

そんな彼女に蛇の声が届く、お前の罪を償うためには贄を捧げる以外他にない。

その贄は……。

 

言葉もなく目を背ける光輝、しかし幻影はそれを許さない。

 

そして、己が苦しみから逃れんとするために、仲間の枕元に剣を携え忍び込む、

ジャンヌの姿が映しだされ、そこで幻影は終わりを遂げた。

 

 

 

「……君にだけは知られたく……なかった」

「ジャンヌさん……その姿は」

「み……見ないで……」

 

そこには眩いばかりの黄金の髪も、純潔を思わせる純白のドレスもなかった。

煤けた灰髪、死者の如き肌、煽情的と言っていいキャミソールに、

左手には血の色に脈打つ禍々しき形状の剣、

さらに右腕は獣の如き鱗に覆われた鉤爪となっており、

その背には魔を思わせる翼が生えていた。

 

それが、ジャンヌのその姿が全てを物語っていた、たった今垣間見た光景は、

全てかつてあった真実だったのだということを。

 

「これが……託された希望を裏切り、己の責務を捨て、魔に心を委ねた代償です……」

 

「ハハハハ、何が信念、大義ですか、聞いて呆れる、他人に使命を強要し、

自分は恐怖に慄き逃げて、挙句はその罪を他人に転嫁する、

勇者くん、これが貴方の信じ慕う聖女様のご正体ですよ」

「騙されなくって良かったねぇ、光輝くん」

 

蛇が煽り、魔女が嘲る。

 

「そうだ…私は……彼らの言う通り、君が最も嫌う嘘つきの卑怯者だ……

そんな私が、導こうなど……私は……戦いの中の死を恐れたことなどなかった、

己の信念を抱いて死ねるのならば本望だとさえ思ってました……

他の皆もきっとそうだと」

 

それはかつての自分だって似たような物だと、改めて光輝は思う。

 

「やめて……もう、やめて下さい……だって」

「でも、あの日……死が目前に迫って、私は知ってしまった、

自分があんなにも死を恐れていたことに」

 

魔に変じた身体を隠すかのように、項垂れるジャンヌ、

ただ己の唇を噛みしめるのみの光輝、その端から血が流れ出る。

 

「それでも……君を見ていると……放っておくことが出来なかった

だって……君は……」

 

(あまりにも、私によく似ていたから……)

 

「だから私は、宿命に殉ずることの過酷さを、輝きを担う事の残酷さを、

君にはどうしても伝えきることが……出来なかった……だって」

 

(君は私が失ってしまった物を、戦いの中で棄てざるを得なかった物を

未だ、その心に抱き続けていたのだから)

 

それは勇者として、いや現実社会を生きる上であったとしても、

間違いなく枷となってしまう類の物であることは承知していた、

そんな甘ったれた心根で勇者を名乗ろうとは烏滸がましいと思ったこともあった。

だが、それでも。

 

そんな中で光輝は思い出す、ジャンヌの言葉を。

 

"光輝、君の手は暖かいな…生きている者の温度だ"

 

ああ……どんな思いでジャンヌはその言葉を口にしたのだろうか?

そして、その言葉に自分は何と返したのだろうか?

 

(あんな地獄を見て……そしてそんな身体になってまで、それでも未熟な俺を

いや、俺だけじゃなくて、皆を導こうとしてくれた……なのに)

 

「俺はそんなあなたの悲しみを、ただ分かったつもりに、

いいや、分かろうともしなくって……っ」

 

だから、ただ光輝はジャンヌを抱きしめた。

目の前の勇者でも英雄でもない、一人の重すぎる使命に挫け傷ついた女の子を、

己の体温を全て分け与えんとばかりに、堅く強く。

 

「俺は生きています!天之河光輝は確かに生きています!だからジャンヌさんだって!」

「君は……私を、まだ……許して……」

「許すとかっ、許さないじゃ……ないんです」

 

そう、自分にそんな資格はない、それでも今の天之河光輝にはそれしか出来なかった、

言えなかった、いや、今の彼だからこそ出来た事、言えた事なのかもしれない。

何故ならそれは、単なる義務感から来る模範解答や美辞麗句でもなければ、

ごくありふれた社会規範を押し付けているわけでもない、

そう、きっとそれは彼に取って初めて"守護りたい"と、心から願った証であり、

純粋な魂の叫びそのものだったのだから。

 

「ほら……ちゃんと、あなたの身体だって暖かい……」

 

光輝がジャンヌの手を握り、その掌を自らの頬へと宛がおうとした時だった。

 

「ふざけるなあぁぁぁぁぁぁぁ!なんだこの茶番はぁぁぁっ!」

 

恵里の絶叫が戦場に轟いた。

 

「ふざけるなふざけるなふざけるな、今さら今さら今さら何だそれ?ナンダソレ?

君は僕をそこまで晒し者にしたいのか!」

 

それは正しく呪いを破られた魔女の断末魔そのものであり、

勇者がこれより正義を失う事を告げる鐘でもあった。




この天之河光輝を書くにあたって、とにかく違和感を持たせないということを、
第一に考えながらここまで積み重ねて来ました。
本編純正モードの彼ならば、こんなことは恐らく出来ないし、言えないと思うので。

しかし、この状態で年明けとはまた難儀な……。


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天之河光輝が正義を失った夜

あけましておめでとうございます。
いきなりですが今回はブーメランが各人の頭上に飛び交いまくります。

新年早々えらい目に合わせてしまってキャラクターの皆さんには、
申し訳ない限りです。



 

 

「ふざけるなふざけるなふざけるな、今さら今さら今さら何だそれ?ナンダソレ?

君は僕をそこまで晒し者にしたいのか!」

 

天之河光輝は誰も愛さないのではなかったのか?

誰しもに公平であろうとするあまりに、誰もその眼中に収めない、

そんな男ではなかったのか?

だから諦めることが出来た、憎むことが出来た、あれは人ではない、

人の皮を被った、ただプログラムされた正しさのみを実行する、

ロボットのような存在なのだと。

 

だが、天之河光輝は決してそんなロボットのような存在などではなかった。

いや、かつては、あの教室では確かにそうだったのかもしれない、

しかし、この世界での数々の出来事、そして出会いが、彼を人間へと、

特別な誰かを見つけることが、選ぶことが、選んだ特別な誰かを愛し、

慈しむことが出来る、そんな男へと変えていた。

 

そして中村恵里は気が付いた、気が付いてしまった、自分がそのチャンスを、

ほんの少しの勇気があれば、得られたかもしれない未来を、

愛する少年の特別になる機会を、権利を、自らの手で永遠に失ってしまったことを。

 

「裏切ったなぁ!僕の気持ちを裏切ったなぁ!」

 

違う、見誤ったのは自分だ、理想ばかりを追い求めて、

目の前の存在に向かい合おうとしなかった。

諦め半分に、天之河光輝を自分にとって都合のいい偶像に仕立て上げて、

そこから先に、本当の望みに手を伸ばそうとしなかった、

葡萄を酸っぱいと言って、最初から諦める狐のように。

 

あんなに傍にいたのに、あんなに一緒だったのに。

 

「そっか、そうだよね、何言ってるかわかんないよね、そんな急には変われないかぁ」

 

ひとしきり叫んでやや落ち着きを取り戻したのか、恵里は、ハンカチで額の汗を拭いつつ、

荒くなった呼吸を整え始める、その所作はスキだらけと言ってもよかったが、

大人しい図書委員であった筈の少女の豹変の連続に、鈴も遠藤も呆気に取られているのみだ。

 

息を整えながら、恵里は自身を押さえつけているアランに何事かを囁くと、

驚くことに、アランは恵里の言葉に従い刃を収める。

 

「どう、驚いたかな?これが僕の編み出したオリジナル降霊術、

名付けて"縛魂"ってところかな」

 

恵理は得意げに説明を続けていく、

降霊術に、生前の記憶と思考パターンを付加して、ある程度ではあるが、

受け答えが出来るようにしたのだと。

 

「…まさか…っ…大結界が簡単に…破られたのは……」

「アハハ、雫ちゃん気がついた?そう、僕だよ、彼等を使って、

大結界のアーティファクトを壊してもらったんだ、ま、協力者もいてくれたんだけど、

あーあ、もう少しで全部南雲とジータのせいに出来たんだけどな」

 

大仰に両手を広げ、相変わらずの芝居がかった態度を見せ続ける恵里。

 

「ぐぅ…止めるんだ…恵里!これ以上そんな事をすれば……俺は……」

「俺は?」

 

恵里の口調がまた冷気を帯びてくる。

 

「俺は?俺はぁ?俺はあぁぁぁぁ?」

 

光輝の言葉に、フン、と鼻白みつつ、わざとらしく耳に手を当て聞き返す仕草を見せる恵里、

それは今更お前に何が出来る?という侮りと余裕、そしてそれ以上の憎悪に満ちていた。

 

「ボクはね……ずっと好きだったんだよ、光輝くんが、ねぇ憶えてるでしょ?

……あの時の、鉄橋で僕を助けてくれたこと」

「あの時……」

 

忘れる筈がない、それはある意味では、現在の天之河光輝を形作った、

原初の出来事の一つだから。

 

「あの日からずっと、光輝くんはボクの王子様だったんだ……でもね

王子様は特別を作れないんだ、だって、周りに何の価値もないゴミしかいなくても

優しすぎて放っておけないんだ……それでも好きだったんだよ、

でもね、ここに来て分かったんだ」

 

静かに恵里は光輝へと問いかける。

 

「ねぇ、憶えてるかな?オルクスで魔人族の女に襲われた時、

あの女の死体に僕が祈っているのを見て、君は優しいって言ってくれた……けどね」

 

光輝を見つめる恵里の目がより鋭く、そして表情もそれに伴いより凄惨さを増して行く。

 

「あれは祈りを捧げていたわけじゃなかったんだ、魔人族とコンタクトを取るために、

降霊術でね……ちょちょいと操らせて貰ったのさ」

 

彼女は、魔人族の女に降霊術を施し、彼女を探しに来るであろう魔人族へと、

メッセージを残したのである。

あの大火山でミハイルがカトレアの死の真相を知っていたのは、

フリードに絨毯爆撃のアイデアを与えることが出来たのもそういうわけだ。

なお、魔人族からの連絡は、適当な"人間"の死体を利用している。

 

「かなり……あからさまにやったんだけどね、あの時」

 

正直、バレても構わないと思っていた、むしろそうなれば、

これで嘘と奸計に塗れた、どうしようもなく汚れた自身の生から……、

足を洗えると思っていた、他ならぬ愛する少年の手によって……だが。

 

「少しでも僕のことを見ていてくれたなら、きっと気が付いた筈だよ、でも」

 

しかし、天之河光輝はそもそも気づこうともしなかった。

その時の、彼に取っての中村恵理はいつも自分たちの一番後ろに控える、

小さくて大人しくて優しい女の子でしかなかったのだから。

 

「そのお陰でようやく分かったんだ」

 

正確には分かったつもりになっていただけだったが。

 

「君は結局、誰にでも優しい振りして、自分のことしか考えてないってことに

誰かのために優しく出来る自分が、正しい優等生の自分が大好きなだけなんだって」

 

その言葉は、光輝の胸に深く突き刺さった。

 

あの日鉄橋で泣いていた……一人ぼっちで両親にも虐められてて、

行き場を無くして自ら命を絶とうとしていた可哀想な女の子、

だから……守ってあげたいと思った、力になってあげたいと思った。

その気持ちは今でも嘘偽りは一切無いと言える、けれど、それは本当は、

誰のため……だったのか?

 

「ボクの恋した王子様は、そんなデク人形だったのさ、だからさ……

何もかも全部壊してやろうって思って」

 

光輝への口調は、そしてその背に庇われるジャンヌへの視線は、

怨嗟と何より口惜しさに満ちていた。

 

「なのになのになのにっ!どうしてなんだっ!どうして今更人間の振りなんかするんだよ!

……やっと、やっと憎むことが出来たのに……こんなことに、こんな生き地獄に、

叩き込むくらいなら!」

 

恵里の瞳から涙が零れ出す。

 

「あの時見捨てろよ!僕を!返せよ!僕の憎しみを返せよ!

こんな目に会うくらいなら……あの時、死んでいた方が……マシだったよ!」

 

その叫びは、正しく慟哭と言うに相応しい物だった、但し極めて理不尽なものではあったが。

そして不幸にもその対象たる男は、その理不尽を撥ね退ける事ができず、

あろう事か真正面から受け止めてしまう。

 

「ジャンヌさん……俺は……とっくの昔に、勇者の資格を失っていたみたいです……」

 

救った筈、救えた筈の少女から突き付けられた過酷な現実に、

力なく頽れる光輝、その目には闇のような諦観が広がりつつある。

 

「俺は、最初から今まで……救うべきものを何も見ちゃ…いなかった」

 

虚空を眺め、喘ぐような呟きを光輝は続ける、その目に映るは……。

救ったつもりで地獄に導いた少女の姿、あんなに傍にいたのに、

あんなに一緒だったのに……その心の奥底の悲鳴をずっと自分は聞き逃していた、

いや、聞こうとも思わなかった……ジャンヌの言葉が甦る。

 

 

"例えどれほど尊き愛や正義の元に行われた行為でも、その結果、

仲間や人々を地獄に導いたのなら……それはもはや悪だということを"

 

 

「ただ……自分のセコい良心を、人助けを名目に……薄ぺっらい憧れを、

満足させたかった……だけで」

 

だから満足したらそれっきりだった、自分の満足を、欲を満たすための人助けだから、

本当にその人が助かったのかまでは考えもしなかった。

 

「結局、俺は……誰かを救うカッコイイ俺を……俺自身を相手に演じていた……だけで」

「それでもっ!それでも君の行いで救えた人たちだってきっと……」

 

ジャンヌは改めて思う、それこそかつての……救世主気取りの自分の姿ではなかったのかと、

だがジャンヌの言葉は、それに気が付いたがゆえに、か細く小さくて……、

だから憎悪を込めた恵里の叫びによって、容易く掻き消される。

 

「死ねよ、死ねよ、死ね死ね死ね死ね!お前が生きていること自体腹が立つ!

お前と同じ空気を吸ってるだけでも虫唾が走る!」

 

憎悪と後悔が混じった慟哭の叫びはさらに続く。

 

「僕の思った通りじゃないお前なんて!僕を救えないお前なんて!

僕を好きにならないお前なんてっ!デク人形以下だ!生きている必要なんてない!

何が勇者だあぁぁぁぁ!この世界からとっとと消えろっ!クズ之河クソ輝がっ!」

 

次いで恵里はジャンヌへと、王子様を横から奪い取った泥棒猫へと視線を移す、

本物が手に入る筈だったのに……その隣にいるのは自分であるべきだったのに、

王子様の間違いを正すのは、自分の役目である筈だったのに。

 

「僕の光輝くんをっ!僕の王子様を返せ!この売女がぁ!泥棒猫!」

 

恵里がタクトを振るように指を動かすと、傀儡と化した騎士や兵士、その他諸々が、

一斉に白刃を閃かせる、その数は総勢で数百人は超えているようだ、

さらに空中からは恵里の憎悪に引き寄せられたか、堕天司の残党たちまでも、

大斧を構え降下してくる、呆然と蹲ったままの光輝へと標的を定めて……。

 

当の光輝は、己の目前に致命の一撃が迫っていることを知りながらも、

その場から動こうとはしない、いや、動けない……、

絶望と敗北感に身体が、何より心が縛られ動けない、

そんな彼へと何かが覆い被り、その視界が血で染まる。

 

「良かった……光輝、無事で……」

 

血の臭いによって正気に戻った光輝が見たもの、それは。

堕天司の斧に背中を深々と斬り裂かれ、騎士たちの刃に、

その身体を貫かれたジャンヌの姿だった。

 

「それ……痛く……ないんですか?」

 

我ながら間の抜けた事を言っているなと思う光輝、

痛いに決まっている、何故自分はこんな時にこんな事しか言えないのだろうか?

 

「大丈夫…この身体の時は痛みを感じないのです」

 

しかしジャンヌは満身創痍の中でも尚も微笑む、こんな状況であるにも関わらず

その微笑みは本当に美しいと光輝は思い、同時に、嘘だ……とも、光輝は思った。

痛みを感じないんじゃない、きっと身も心もあまりに傷を負い過ぎて、

もうどれがどの痛みなのか、分からないだけなのだと。

 

「さぁ……私たちは私たちの責務を果たすのです、勇者でありたいのならば」

 

ジャンヌは光輝へと手を伸ばす、しかし光輝は自らに差し伸べられたジャンヌのその手を……。

 

―――――――――――――――パシン。

 

振り払ってしまう、無意識の内に。

 

「ち……違うっ…ちが…違うんです……ジャンヌさん……これはっ」

 

自身の無意識の行為に、決してあってはならぬ行為に驚愕する光輝。

だが、ジャンヌはそれでも微笑む、むしろ当然なのだと言わんばかりの慈母の笑みで。

そしてそんな彼女の煤けた白髪、死者の如き肌に流れる鮮血が、

光輝の瞳にまざまざと映り、それが、自己犠牲と献身の果てのその姿が……、

宿命に殉じ、輝きを背負い続けた果てのその姿が、

自分の末路だとついに直感した時だった。

 

―――――――――――――――プツン。

 

その瞬間、天之河光輝が天之河光輝として構成していた根幹の箇所、

すなわちこれまで彼を支えていた、"正義"がついに崩壊した。

 

「うっ、うわあああああああああ!」

 

幼子の如き叫びを上げたかと思うと、光輝はただめちゃくちゃに、

その場の全てから逃れるべく剣を振り回し始める。

その姿はかつてのオルレアンの街で、恐怖にひれ伏し使命を放棄した、

かつてのジャンヌダルクの姿そのものだった。

 

「いやだーもういやだーくるなぁ!おじーちゃーん、たすけてぇーおじいーちゃーん」

 

嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ、こんな酷いことになるなんて、

お祖父さんは何も教えてくれなかったじゃないか。

 

「みんながぼくをいじめるぅ、りゅうたろーしずくぅーかおりぃー、

どこだぁ!どこにいるんだぁ!こあいよーおーちーにかえるー」

 

「ここっ!ここに私はいるわっ!光輝っ!」

 

(ごめんなさい……光輝、こんなになるまで放っておいて)

 

あの別れ際の光輝の言葉を雫は思い出す。

 

"ごめん……何も知らないままで"

 

今更ながらに思う、謝らないといけないのは自分も同じだと、

本当に光輝の、幼馴染のためを思うのならば……どんなことをしてでも、

知らないままで、少し困った奴のまま、なぁなぁで済ませてはいけなかったのだ、

心を鬼にしてでも、ちゃんと教えてやるしかなかったのだ、

カラ回りの善意で、どれ程の迷惑を被る者がいるのかという事を。

 

例えば周囲の大人たちを使って、道場から締め出すこととかも出来たのだ。

香織や龍太郎たちと示し合わせて、反省するまでシカトすることも出来たのだ。

グランに泣きついて制裁を加えて貰うことも出来たのだ。

 

でも出来なかった……嫌われたくなかったという気持ちもあるし、

親切心ゆえの事に、そこまでやるのも可哀想という思いもあった、

何よりこういうことで誰かに頼りたくはなかった、だが……結局は、

きっと……自分自身もまた天之河光輝というスペシャルな存在の近くにいることに、

彼が認めた理想郷の住人であることに、優越感を抱いていたからに他ならなかった、

例えそれが僅かばかりのものであったとしても。

 

"結局、俺は……誰かを救うカッコイイ俺を……俺自身を相手に演じていた……だけで"

 

それもまた、自分たちも同じではないのか?自分たちが望む天之河光輝を、

心の何処かで押し付けていたのではないのか?

そして自分がまずやらなければならなかったことは、頼りにならないと嘆くだけではなく、

頼りにならない男だと頭を叩いてでも目を覚まさせてやることではなかったのか?

内心で呆れつつもその背中を追うことではなく、その手を引いてやることではなかったのか?

 

(ちゃんと叱ってあげられなくって、ちゃんと隣に立ってあげられなくって)

 

雫だけではなく、遠藤や鈴も光輝の狂乱から目を背ける様に顔を伏せる。

 

(……お前も俺たちと同じだったんだな)

 

そう、きっとどこでにもいるありふれた……。

 

嗚咽交じりの声で雫は光輝へと必死で呼びかけ、同時に恵里へと懇願する。

 

「やめてっ!やめなさいっ!やめてあげてっ!恵里」

「やめてあげないよ……それからもう下の名前で呼ばないでくれるかな、八重樫さん」

 

じたばたと必死でその場から逃れようとする光輝、しかしそうはさせじと、

恵理は駄々っ子の様に暴れまわる光輝の動きに辟易しつつ、傀儡を操り、

その退路を塞ごうとする、その目はすでに一時の狂騒から醒めた、

冷たく無機質な物へと変わっていた。

 

そんな恵里の姿を見る雫の奥歯が、怒りのあまりに軋みを上げる、生まれて初めて、

"ぶっ殺す"という言葉が頭の中に浮かび始める。

 

そんな時であった、雫の思いに呼応したか、八命切がカタカタと震えたかと思った刹那、

鞘の中であっても分かるほどの眩い光を発し、雫を戒めていた枷が砕け散り、

のしかかるようにその身体を固めていたニアの姿が後方へと吹き飛ぶ。

 

「あぁああああ!!」

 

その叫びは己を縛る鎖から解き放たれた狼そのものだった、

そして明らかに限界を突破した、と、認識せざるを得ない程の、

蒼を帯びた白銀の牙が傀儡たちを両断しながら、恵里の喉元へと迫る。

 

「やめてえぇぇぇぇぇっ!」

 

しかし鈴の叫びが耳に届いた瞬間、雫は恵里の眼前でその刃を止めてしまう。

いや、例えその叫びが無かったとしても……。

 

(斬れない、斬れるわけがない……わ)

 

いかに裏切者であったとしても、昨日、いやつい先刻までの友を、

どうして斬る事が、殺める事が出来るというのか?

もしも一切の逡巡なく、それが可能な存在がいるとするのならば、

もはやそれは人ではなく、魔と称されるべき存在に他ならないだろう。

 

裏切者を斬れなかった己の弱さと、友を斬らずに済んだ安堵とが、

胸中でない交ぜになり、思わず唇を噛みしめる雫、刃こそ恵里の喉に突きつけたままだが、

その手にはもはや力は籠ってはおらず、背中に死の気配を纏った槍の穂先が迫る。

 

「ぼんやりするなっ!八重樫っ!」

 

その叫びと同時に、横合いから押し倒される雫、自身を刺し貫いていたであろう槍の切っ先が、

代わりにカバーに入った遠藤の背中を斬り裂き、鮮血が飛び散る。

 

「ご……ごめ……ごめん……ううう……」

 

恐らく無意識のことであったのだろう、しかし自分の行動の結果を知り、

その場に泣き崩れる鈴、やはりこちらも後悔と安堵が混じった嗚咽を漏らしながら。

 

「ホント君には助けられるよ、こんな時までね、タ・ニ・グ・チ・サンっ」

 

そんな鈴をすかさず嘲笑する恵里、しかし何故か再びその瞳からまた涙が零れ出す。

 

「ああ……まだ私には、罰が足りない……!」

 

そして一方では悲し気な叫びを漏らしつつ、満身に傷を負いながら

光輝に、そして自身へと迫る傀儡たちを斬っていくジャンヌ。

振り返ると、勇者の象徴たる聖剣を棄て、

泣き叫びながら戦火に燻ぶ街へと消えていく光輝の姿が見える。

 

(……君もまた私と同じ道を……)

 

目の前には、本来彼が救わねばならぬ人々がいる、

だが、自分と同じ過ちを犯した少年を、ジャンヌはどうしても責めることが出来なかった。

だから彼女は祈る……彼が己の宿命から、栄光という名の焔から逃れられることを、

逃げたその先にこそ、天之河光輝にとって本当の地獄が、

本当の試練が待っていることを承知の上で。

 

そしてそんな渦中の中に、ハジメとジータが飛び込んで来たのであった。

 




というわけで、新年早々ショッキングな展開となってしまいました。

壮絶な自爆を遂げた恵里についてですが、悲劇の種を蒔いたのは確かに光輝かもしれませんが、
その種を育て、悪の華を咲かせてしまったのは、彼女本人だと思うんですよね。

で、悲しみの光輝くんですが、
南雲ハジメ以上のキーパーソンとも言える彼について、
ファンにとってもアンチにとっても納得して頂けるようなものを書く、
それもこの作品を書く上のテーマの一つであり目標の一つでした。
ともかく勇者の本当の試練はこの後訪れます、
これに関しては手加減も容赦もしないつもりです。


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断罪の光

まずはこちらを処理、ブーメランはまだまだ飛び交います。
そして可哀想な目にあうキャラが一人。


「ジータちゃん!南雲君、皆を……皆を助けて!」

 

二人の姿を見るや、自身もすでに傷だらけだというのに、鈴は気丈に叫ぶ。

その腕の中には血に濡れたジャンヌの姿がある。

 

「……こう…き、逃げて……どうか……君の…から」

 

とうに息絶えてなければならぬ傷だというのに、まだ息はあるようだ、

か細い呼吸の中に、そんな呟きも漏れ聞こえてくる。

 

(ジャンヌ……さん、その姿は……)

 

しかしジータは、その惨状以上に、ジャンヌの姿に息を詰まらせる、

そう、今のジャンヌの姿はあの日別れた、まさに聖女と呼ぶに相応しき、

美しき金髪と純白のドレス姿などではなく、

血に染まっていても分かるほどに変わり果てた、

まさに魔女、いや堕乙女と呼ぶに相応しい姿となっていたからだ。

 

ジータは、雫たちにポーションを手渡すと、

ジャンヌの口には、神水の瓶をあてがってやる、が、

ジャンヌの口元から神水が漏れていく、それを飲むことを拒絶するかのように……。

 

「どうして?ジャンヌさん飲んでくれないと死んでしまうよ!」

「お願い……ジャンヌさん、生きることを諦めないで、あなたは……、

光輝がきっと初めて心から守りたいと思った人だから……」

 

雫の言葉に、ジャンヌは一瞬迷うような表情を見せたが、

喉を鳴らし神水を飲み込んでゆく、

すると、ジャンヌの姿がまた、傷が回復すると同時に、

ジータの知る、元の美しき聖少女の姿へと戻って行く。

 

光輝の姿はそこには無く、彼の勇者であるところの象徴である聖剣が残されているのみだ。

その聖剣が、まるで墓標のように地に突き立っている様は、

言い様のない不安を二人に感じさせた。

 

「で……だから一体、どうなってるんだ?」

 

ジータたちをその背に守るようにしつつ、ハジメは鈴を問いただす、

渡されたポーションを頭から被りながら、鈴が口を開こうとするが。

 

「それは、そこにいる売女に聞けばいいだろ」

 

嘲り口調で、かつ憎悪と殺意の籠った眼でジャンヌを睨みつける恵里、

その姿は、教室で、そしてこの地に於いても変わることのなかった、

控えめでかつ、大人しい、そんな中村恵里の姿とは大きく異なっていた。

 

「なぁ、中村ってあんな挑戦的な態度取る奴だったか?」

「……香織ちゃんや雫ちゃんの方が詳しいんじゃないかな?」

 

光輝たちと幼馴染といっても、別の学校に通っていたこともあり、

ジータと鈴や恵里は高校に入ってからの付き合いだ。

 

「……それに」

 

ジータは怯えているとも、驚いているともつかぬ鈴の顔をチラと見つめる。

恵里とは自他共に認める親友である彼女ですらそうなのだ、自分に分かる筈がない。

 

「アランさんたち……操られているのかな?」

 

だとすれば厄介極まりないが……しかしジータはハジメの問いに悲し気に首を振る。

 

「セレストが教えてくれた、この人たち……もう、皆死んでいるって」

 

ジータの中に宿る、災厄を司る喪服の貴婦人の姿をハジメは思い出す。

さらに確認の意味を込めてジータは雫と鈴の顔を伺う、二人の顔に答えは描かれていた。

そして傀儡と化した騎士たちを、自らを守らせるように囲ませる恵里。

 

ともかくまずは傷つき拘束されているクラスメイトを何とかしないとならない、

ジータは水属性を思わせる青い水晶玉、ブルースフィアを天へと掲げる。

その姿はいつぞやのオルクスで披露した、愛らしいバニースーツに包まれている。

 

炎の戦場にバニーガール姿は少し浮いてるなと思いつつも、

今は皆との合流よりも人々の救助を優先したいと、そう口にした香織に代わり、

回復役を受け持った以上は仕方がない。

ハジメがいつもこの姿で自分を連れ回しているのではないかと、

誤解されやしないかとは思ったが。

 

(ドクターの方にしておけば良かったかも……)

 

オールポーションをクラスメイトの頭上に投げ、

矢継ぎ早に回復アビリティを行使するのも、あの時と同じ。

 

『ヒールオールⅢ』

『クリアオール』

 

香織には及ばないが、それでも再生魔法をミックスさせたヒールオールや、

クリアオールはクラスメイトらの傷をみるみると癒していく、さらに。

 

『レイジⅢ』

 

ジータの手の水晶が回復の光とはまた違う輝きを放つ。

すると、クラスメイトらの身体に生命力とはまた違う活力が満ちてくる。

そう、身体が燃えるような……。

このアビリティはその場にいる者たちの攻撃力を増す効果があるのだ。

 

ジータのヒールと、そしてバフを受けたクラスメイトらは、

次々と傀儡たちの拘束から逃れてゆく。

 

「みんな、こっちだよっ」

 

鈴が自身の結界の中にクラスメイトらを収容すべく声を上げる。

雫も戦線に復帰し、傀儡兵相手に太刀を振るって行き、

クラスメイトらも、傀儡兵たちの手を逃れ、鈴の作った結界の中へと

何とか逃れようとしている、しかし一部戦い慣れない者がいる上に、

光輝も龍太郎も欠く陣容では戦力不足が否めない、

しかも彼らに剣を向けるは、つい先日までの仲間であるのだ。

 

誰かが間の抜けた悲鳴を上げてへたり込む、そこに傀儡の刃が迫る。

が、次の瞬間、傀儡の腕はハジメの放った弾丸により弾け飛ぶ。

 

「ひぃ」

 

短い悲鳴を上げると、そのまま彼はまた一刻でも早く戦場から遠ざかろうと、

這いずる様にクラスメイトらの方へと向かう。

その悲鳴は傀儡よりも、自分に向けられていたようにハジメには思えた。

 

そんな慌ただしい乱戦の様を横目で見つつ、雫は叫ぶ。

 

「そこっ、フォローお願い……光っ……き」

 

そこで雫は光輝はこの場にはいないということに改めて気が付く、

いや、光輝だけではない、香織も龍太郎も……自分の傍で時に支え、

また支えられて来た友は、今、自分の周りには……。

その事を悟った途端に、己の身体に心細さが覆い被さるような感覚が走り、

その太刀筋が鈍っていく、さらにはそんな自分の姿と、

全ての支えを失い、泣き叫び逃げ惑う先程の光輝の姿が重なる。

 

(私だって……)

 

「雫ちゃん!手がお留守だよっ」

 

そこでジータの叱咤が飛び、危険な思考へと引き摺られつつあった雫の心は、

なんとか現実へと戻る。

 

(そうね……ジータだって私の)

 

「今は余計な事考えちゃダメ……そりゃ私だって心配だよ、けど……」

 

ジータとて光輝の事は心配である、あの天之河光輝が、

自身の正義の象徴たる聖剣を捨てて逃げ出すというのは、

余程の事があったに違いないのだから。

しかし、今は目の前の状況を打開しなければどうにもならない。

 

次いでジータは恵里の方へと顔を向ける。

騎士たちを壁にしているからか、頭頂部がチラと人垣の中から覗くだけの、

その姿からは当然表情は伺い知れない。

 

(……どうして)

 

ジータと恵里は鈴や雫を通じての交流しかなかったが、

それでもそれなりの関係は築けていたと思っていた、だから二人と同様に、

どうして?という思いが胸の奥から湧き上がってくる、だが、それ以上に湧き上がるのは……。

 

ジータはブンブンと頭を振り、迷いを心の中から振り払う。

そして、クラスメイトらが、鈴の展開した結界の中に入ったことを確認すると、

ハジメは宝物庫からメツェライを取り出した。

いきなり虚空から現れた凶悪なフォルムの重兵器に、その場の全員が息を呑む。

が、その銃口は僅かではあったが、震えているかの様に見える。

 

(あの人は……)

 

傀儡と化した騎士たち、兵士たちらの中に自分と見知った顔があることに、

ハジメもまた少なからず衝撃を受けていた。

 

(頼れる人も殆どいなかった中で、工房の使用の許可をメルドさんたちと一緒に、

掛け合ってくれた人、ああ、あの人は工房にやって来ては、

俺たちの世界の技術や文化について、耳を傾けてくれた人……)

 

それら人間であらんとしたが故に、切り捨てずに、切り捨てられずにいた物が、

ハジメの腕をほんの数瞬であったが鈍らせる、だが、この躊躇は、

覚悟と決意を今一度刻むための物だ……悲しみの中であっても。

 

メツェライの銃口の震えが止まる、しかしさらに試練は続く。

今度は銃口の前に巨体が立ち塞がる、ハジメに取ってもよく知る人物の。

 

「そこをどけ、永山」

「た、頼む……この子は、この子だけは……教室での事とか全部謝るから……」

 

永山の腕の中には、その巨体に埋まる様に抱きかかえられてるメイド服の少女がいる。

しかし、その首筋には明らかに致命の傷がある、もう傀儡と化しているのだ。

 

「愛しているんだ……だからっ、ぐふっ!」

 

永山の太腿にメイドの握ったナイフが突き刺さる、激痛に身体をぐらつかせた、

その巨体の鳩尾にもさらに刃が突き立てられる。

未だ人垣の中で姿は見えないが、その中で恵里が笑ったようにハジメには思えた。

 

「せめ……て、撃つなら……俺ごと……」

 

口角から血を、目からは涙を溢れさせながらハジメへと懇願する永山、

堅く閉じられたハジメの口から空気が漏れるような音が発せられたその時だった。

 

文字通り何処からともなく現れた遠藤が永山に足払いを掛け、

転倒したその身体を自分ごとワイヤーで地面に固定する。

それでも巨体を生かしたパワーで拘束を逃れようとする永山だが、

さらに雫が飛び掛かり、上四方にその身体を固める。

 

「撃ちなさい!南雲君っ!お願いっ!」

「撃てぇ、撃ってくれぇ~南雲ォ、頼むっ!」

 

背負わせることしか出来ない自分たちの無力さに悲痛な思いを抱きながら、

それでも二人は叫ぶ。

 

「う」

 

そしてハジメの口から今度は固唾を飲むような音が漏れ……。

 

「うおおおおおおおおおおっ!」

 

独特の回転音と射撃音を響かせながら、破壊の権化がついに咆哮をあげ、

薬莢の雨が雫や遠藤の身体へと降り注いでいき、電磁加速された弾丸が、

傀儡たちを型を留めない、ただの肉塊へと変えていく。

いや、咆哮を上げているのはマシンのみではない、

ハジメの心もまた叫んでいるのをジータははっきりと感じ取っていた。

 

そして破壊の嵐が止み、傀儡たちの残骸の中にポツンと身を隠すことも無く、

一人佇む恵里、その表情に一切の変化はない、まるで自身の生死すらどうでもいいという、

どこか諦めたような雰囲気が身体全体から漂っていた。

 

そんな恵里の元へとハジメを制し、足早に歩み寄るジータ、

その姿を捉えた恵里の目に、また憎悪の光が宿り始める。

 

「よくも……ハジメちゃんに」

 

例え、もうそれが死体であったとしても……、

何ら無意味な破壊をハジメに敢行させたことへの怒りと、

そしてハジメの心の叫びを代弁するかのようなジータの平手が恵里の頬を打つ。

しかし負けじと恵里もまたジータの頬を平手で打ち、さらに血の混じった唾を、

ジータの顔に吐きかける。

 

「よくも?よくも何だい?その姿でさ、どうせ毎晩南雲に可愛がって貰ってるんだろ?」

 

この殺戮の地に於いて、あまりに不釣り合いなジータの姿を恵里は睨みつけつつ、

せせら笑う。

 

「……忘れものだよ、恵里ちゃん」

 

それには一切応じる事なくジータはポツリと呟くと、

血に染まったストラップを恵里の足下へと投げて渡す。

 

「それは捨てたやつさ、落としたわけでも忘れたわけでもないさ、

ホントに君ってば余計なことばかりしてくれるね、いつもいつも……、

煩わしくって仕方がないよ」

 

恵里はストラップを、いや決別した想いの象徴をゴリゴリと足で踏みつぶす、

しかしその仕草は自暴自棄かつ、どこか虚勢を張っているだけのようにも見えた。

だから、その様子を遠目で見ながら雫はつい呟いてしまう。

 

「いくじなし……」

 

人間は永遠に勝利し続けることなど出来ない。

敗けを味わうことで、痛みを知り現実を受け入れて"次こそは"と前に進んで行く、

きっとそんな生き物なのだ。

胸を押さえる雫、去来するはあの冬の日の失恋の痛み。

だが、その痛みがあったから、痛みを覚悟で進んだからこそ、

今の自分があるんだと雫は心からそう思う。

 

「振られるくらい……何よ」

 

そんなに自分たちが頼りなかったのか?支えになるには足りなかったのか?

頼りなかったのだろう、実際光輝を御すことがまるで出来てなかったのだから。

そんな後悔も確かにある、だが、それでも……。

雫にとって恵里は、痛みを恐れるあまりに都合のいい幻へと浸り、

現実から目を背け続けた、そんな人間の末路のように思えた。

 

中村恵里の抱えている事情を、闇を知れば、知っていれば、

雫はまた違う思いを抱いたに違いないのだが、

残念ながら彼女のみならず、この場にいる者は全てを見通す瞳などは持ち合わせてはいない。

 

「銃振り回して、コスプレしてさ、随分と異世界をエンジョイしてるみたいだね、

南雲や可愛いお仲間と一緒にさ」

「おあいにく様、楽しいと思ったことなんて」

 

ねっとりとした口調の恵里へと、苛立ちを隠さず言い返すジータ、

一度もないとは言えないが、しなくてもいい苦労と綱渡りの連続であることは確かだ、

誰が好き好んで戦う道を選ぶというのか?

 

「なぁ……」

 

そこでハジメが口を挟もうとするが。

 

「ハジメちゃんは黙ってて」

「南雲は黙ってろよ」

「……ハイ」

 

二人に言い返されスゴスゴと引き下がる、その傍らで遠藤が溜息を付くが、

もちろん気が付かれることはない。

 

「……どうせ誰も助かりやしないのに……」

 

その諦観が混じった恵里の口調にジータは疑問を抱く、

この世界の裏を、カラクリを知らねば……出て来ないような言葉に思えたからだ。

 

「ねぇ……恵里ちゃん?もしかして……知ってるの?」

 

恵里もまた檜山同様に、神と……エヒトの存在を知り、その走狗となったのか?

いや、考えるまでも無い話だ、でなければ一個人の力で魔人族と取引など出来る筈がない。

 

「だったらさ、わかるだろ?僕たちはゲームの駒なんだよ、

駒が差し手に、ルールに逆らえるわけないだろ?」

 

ゲームの駒?ルール?……そんなクラスメイトらからの囁きを聞き流しつつ、

何をいまさらとばかりに、恵里は心底小馬鹿にしたような顔を見せる。

 

「檜山は神様のご機嫌を取って、自分だけ生き残ろうとしていたみたいだけど」

 

檜山の名が出たことでまたざわめきが大きくなる。

 

「僕は自分の望みをトコトンまでに叶えさせて貰おうと思ったのさ……けど、

全部台無しになっちゃった、だからさ、もう全部壊してしまおうかなってね

ま、それもこれも全部君たちのせいでもあるんだけど」

「……」

「言ってたよね?この世界の住人は、"顔も知らない誰か"なんだろ?」

 

無言のジータに畳みかける恵里。

 

「だったら核ミサイルでも作ってさ、さっさと魔人族を皆殺しにすりゃ良かったんだよ、

顔も知らない誰かが何千何万と死のうが、別に知ったことじゃないんだろう!

そしたらめでたくミッションクリア、それからゆっくりと帰る手段を探しゃ良かったのさ」

「そんなっ……」

 

恵里の口調は、お前たちも自分と同じだと責めているかの様だった。

 

「私たちはただ故郷に帰りたいだけでしょ?それだけの為に……」

 

危害を加えられたわけでも、ましてや敵でもない誰かを一方的に踏みにじる事など出来ない、

それこそが、まさに神の思惑そのものではないか。

 

「じゃあ君たちは今まで何人殺した?一人殺すのも一億人殺すのも、

殺された人間にとっては変わりゃしないさ、むしろ喜ぶんじゃないかなあ、

道連れが増えたって……見なよ、この街の有様を!僕が教えたのさ!

君よりも僕の方がずっと戦争の役に立ってるさ!」

 

その余りにも黒すぎる、まさに死に憑りつかれた思考に息を呑むクラスメイトたち。

 

「人間じゃない……」

 

そんな誰かの呟きが漏れる。

 

「……そんな君たちの半端さが僕や檜山を、そしてこの地獄を産んだのさ」

「御託はそれだけ?」

 

内心の動揺を隠すかのように、あくまでも静かにジータは言い返す、

そういう所に関しては彼女の方が堂に入っている。

 

「どんなに言葉を重ねても、恵里ちゃんのやった事は、ただの人殺しだよ、

誰にも誇れない」

 

殺しが誉れであっていいものか。

 

「そして一切必要のない、ね」

「下の名前で呼ぶなっ!親ガチャに成功したくらいで偉そうにっ!」

 

やや脈絡のない叫びを上げる恵里、結局はそういう所が本音なのかもしれない。

それについて言い返そうとしたジータだったが、上空の気配に気が付き、

クラスメイトらを庇うために一旦後ろへと下がる。

 

「そこまでだ……その娘は我ら陣営への亡命を希望している、手出しは困るな」

 

空から白竜に騎乗したフリードの声がする。

 

「外壁の外には十万の魔物、そしてゲートの向こう側には更に百万の魔物が控えている、

これ以上無辜の民とやらは巻き込みたくはなかろう……大人しくして貰おうか、

お前たちがいかに強くとも、これらの魔物全ては屠れまい」

 

明らかに挑発の気が混じるフリードの言葉に、今度はハジメが反応する。

 

「だったら……試して見るか?」

「ほう?出来るとでもいいたいのか?」

 

女同士の口喧嘩に置いてけぼりを喰った鬱憤を晴らさんとばかりに、

ハジメの目が光る……その言葉聞いたぞと。

無言でハジメは自身のスマートフォンを取り出し、操作を始める。

 

「お……おい、待て……」

 

猛烈に嫌な予感がしたフリードは慌てて制止の声を上げ、

白竜に命じ、極光を放たせようとしたが……遅い。

 

その瞬間、天空から降り注ぎ突き立った光の柱が王都外の魔物たちの

ど真ん中にて炸裂し、その光を浴びた魔物たちは一瞬で蒸発し、

凄絶な衝撃と熱波が周囲に破壊と焼滅を撒き散らす。

 

対大軍用殲滅兵器"ヒュベリオン"簡単に言えば太陽光収束レーザーである。

そのメカニズムは、巨大な機体の中で太陽光をレンズで収束し、

その熱量を設置された"宝物庫"にチャージする。

そして地上に向けて発射する際は、重力魔法が付加された発射口を通して、

再び収束させるという仕組みとなっている。

 

放射時間は僅か数秒、しかしその後には、

破壊力の凄まじさを立証するかの如き、焼き爛れて白煙を上げる大地と、

強大なクレーターが穿かれている。

 

「で、ゲートの向こうに百万……だったか」

 

あくまでも静かな口調でハジメはまたスマホを操作する。

すると空中に映像が……フリードら魔人族の本拠地、

魔国ガーランドの『現在』の様子が映し出される。

 

絶句するフリード、次はあの光を自分たちの母国の頭上に放つ、と、

目の前の白髪の少年は無言の圧を加えているのだ。

 

(ジータの発案で作った情報収集衛星カノープス……こんな所で役に立つとはな)

 

「核ミサイルでも作って、さっさと魔人族を皆殺しにしろ?だっけ」

 

皆殺しというジータの言葉に、フリードの恵里を見る目が険しくなり、

ジータを睨む恵里の口元からギリッ!と歯軋りの音が鳴る。

ハジメはともかく、この女ならやりかねない、やらせかねない。

もしも必要とあれば、本当に核ミサイルでも何でも作って容赦なく撃ち込むに違いない。

恵里は自分が読み間違えていたことを、ここでようやく理解する。

この忌々しい女は、"できない"のではなく、"やらない"のだと。

 

一方のジータもまたフリードと、恵里の出方を慎重に伺う、

一連のこれはもちろんブラフである……ただし。

 

『さっきのはまだ一発しか撃てないんだぞ……』

『だったら撃たずに落とせばいいでしょ、もちろん人のいない所にね』

 

念話に即答するジータ、ここで退くわけにはいかない、もし退いてしまえば……、

いずれ本当に彼らの国へと太陽光レーザーを発射する事にもなり兼ねないのだから、

それはジータに取っても"絶対にやりたくない""絶対にやらせたくない"事なのだから。

 

(お願い……分かって)

 

「いいだろう……」

 

やがて、フリードの口から血を吐くような怨嗟の呻きが漏れる。

それは千歳一隅の機会を失ったという事、乾坤一擲の義挙に敗れたという事を、

認めた証だった。

 

「ただし我らの撤収が終るまで一切の手出しは無用だ、

その約が守れぬのならば、我ら全て死兵となりて貴様らと刺し違えてくれるわ」

 

フリードは震える口調でそれだけを言うと、まずは上空へと光弾を放つ。

おそらくこれが撤退命令なのだろう、そして自身は白竜を地に下ろすと、

恵里に乗るよう目で促す。

 

「このままで済むと思うなよ……もう君たちに取って戦争は他人事じゃ無くなったんだ」

 

クラスメイトらを見回し一言凄むと、恵里はそのままジータへと駆け寄り、

まるで唇と唇が触れ合う程に顔を寄せて囁きかける。

 

「これでもう、すんなりとは帰れなくなっちゃったね」

「ッ!」

 

それだけを口にし、恵里は踵を返すと、もうジータには構うことなく、

フリードの白竜の背に飛び乗る。

そして自分が確認出来うる限りの全ての軍勢が撤収したことを確認し、

最後にフリードがゲートに入る。

 

「……この借りは必ず返すっ……魔人族の栄光!この私のプライド!

この次こそはっ!こうも容易くっ……やらせはせん!やらせはせん!やらせはせんぞ!!」

 

恨み……というよりは口惜しさの混じった捨て台詞を残し、

フリードと恵里はゲートの向こうへと消え、こうして王都の戦いは一先ず終焉を迎える。

しかし、彼らにはまだやるべき事が残っている。

級友の裏切り、勇者の失墜、それらを越えて未だ炎の中に取り残されているであろう、

多くの人々を救うという事が。

 

そしてそんな中、地面にへたり込み、血に濡れたヘッドドレスを握りしめる永山の目が、

ハジメへと煙った光を放つのであった。

 




恵里のジータへの屈折した思いは、最終局面で明かされる予定です、
と、言いましても今からそんな事書いちゃうと鬼が笑いますね。

永山君に関しても少しやって欲しい役目があるので、
申し訳ないのですが、悲しい思いをさせてしまうことになってしまいました。


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Killing Field-勇者からは逃げられない!

いよいよ勇者が試練に直面します。
自分でもちょっとばかり酷な話かなとも思いますが。



天之河光輝は一人闇と赤で彩られた街を駆けていた、拭い難き敗北感と、

そして何より自分自身への絶望を抱いて。

 

逃げたところでどうなるというわけでもない、だが……もう自分はあの場所へは戻れない、

戻る資格を永遠に失った、棄ててしまったのだという自覚はあった。

 

「このまま……誰も知らない何処かに」

 

ふと、そんな考えが頭を過る、どこか遠くの山奥で狩りでもして暮らせば……。

そうすればもう誰にも期待されずに、誰かにも期待を抱かずに済むのではないのかと。

だが、そうなると今度は孤独という、それもまた未体験の恐怖が光輝の心を苛み始める。

 

「うっ……おえっぷ」

 

呻きと共に胃の内容物を全て吐き出してしまう光輝、

息を荒げながらも少しは気分が落ち着いたのか、今、自分が何処にいるのか、

そのことについて頭を巡らせ始める。

 

(そういえばここは……)

 

かつて光輝らも何かの記念行事があると、着飾って街中を行進したり、

休暇を貰った時は、メルドらの許可を得て街に繰り出すこともあった。

決して王宮と迷宮との往復のみを繰り返していたわけではない。

 

光輝は、街に出る際のメルドの言葉を思い出す。

 

(一般市民にお前らをどうこう出来るとは思わないが……

それでもあまり立ち入って欲しくない場所もある、地図で言うとだな……)

 

そんな時だった、不意にその背中に声が掛けられたのは。

 

「ゆ……勇者様?勇者様ではありませんかっ!」

 

のろのろと振り向く光輝、そこにいたのは、

若い、といっても自分よりは年上であろう一人の兵士だった。

 

「ホ……ホラっ、俺ですオレ、三ヶ月前のパレードの時に握手して頂いた……」

 

全く憶えていない。

 

「よ、良かったらこちらに来てくださいっ!み、皆喜ぶと思いますっ!」

「え……ああ」

 

兵士は意気揚々と、まるで宝物でも見つけたかの様な笑顔で光輝の手を握り、

そして引かれるままに、ただフラフラと光輝は兵士に連れられて、いや運ばれて行く。

少し考えれば光輝がもう普通の状態ではないことが分かろう物だが、

若き兵士にそんな意識はない。

だって彼が見ている物は、天之河光輝じゃなく勇者様なのだから。

 

据えたドブの臭いが鼻を衝く中、案内、いや連れてこられたそこは、

誰かを救護する場所とは思えぬほどの、ただのあばら屋だった。

 

そこでようやく光輝は思い出す、この場所こそ、

メルドから立ち入るなと言われていた区画、いわゆる貧民街だということを、

 

「みんなぁーおどろけぇーゆーしゃさまがおいでになってくださったぞぉぉぉぉぉっ!」

 

意気揚々と帰還した兵士は力なく蹲る人々の前で目一杯の声を張り上げる。

ランプで照らされた彼のその装備が、王国の正規兵としては、

あまりにお粗末なのをここで光輝は初めて知る、実際は単なる自警団程度の者なのだろう。

 

ともかく兵士、いや若者の声を耳にした途端に、人々の目に生気が宿り始める。

 

"夢みたいだ"

"こんな所にまでおいで下さるなんて"

"エヒト様の御使いだ"

"勇者様、どうか御手を……"

 

心身共に傷ついた人々は身を起こし、口々にそんな声を上げて光輝へと縋りつこうとする。

 

「あ……ああっ……」

 

誰もが自分を信じ、そして頼ってくれる、かつて夢見たそんな場所に辿り着けたというのに、

光輝の口からは喘ぎが発せられるのみだ。

すると、おそらく長老格なのだろう、白髭を蓄えた老人が恭しく光輝へと礼をする。

 

「こちらへ……勇者様、どうか祈りを捧げて下さらぬか」

 

光輝は直感する、そこから奥はもう救護所ではない、見捨てられ、

死を待つ者が最期の時を過ごす……きっとそんな場所なのだと。

 

自分の身体が震えているのを自覚しながら、老人に従い、光輝は奥へと足を運ぶ。

そこにあったのはまともな治療も施されず、ボロ布に包まれ、

もはや、いかなる癒しも届かぬまでに壊れ果てた、人間の残りカスの群れだった。

 

「ぐっ……」

 

老人に悟られぬよう、咄嗟に口元を押さえる光輝。

 

「まだこの娘は息があり申す、どうか安らかなる死を祈ってやって下さいませぬか

勇者様」

 

それは自分とそれほど年が変わらない少女だった、

しかしその半身は無残にも切り裂かれ、全身には酷い火傷の痕がある。

 

「ゆ……しゃ……さま?」

「そうじゃよ、勇者様が陽の光も届かぬこんな場所にまで来てくださった、

せめてでもと我らが日夜欠かさず行って来た、エヒト様への祈りが通じたのじゃ」

「どこ……どこ……」

 

少女の胸に置かれた手が温もりを救いを求め、僅かに動く。

 

ああ、この子はもう目が……そう思いながら光輝はそっと少女の手を握る、

虚ろな目のままで。

 

「うれしい……っ」

 

少女の絶え絶えの吐息の様な声が光輝の耳に届く。

 

「御使い様に……勇者様に……手を握って貰えたまま、永遠の眠りに……就けるだなんて

おとぎ話のお姫様……みたい」

 

その言葉を最後に、光輝の掌の中から少女の温もりが少しずつ失われていく。

 

「この子はエヒト様の御許へと旅立ちました、勇者様のお陰で歓びを持って」

 

嘘だ、そんなものが歓びであっていい筈がない。

老人の言葉に意を唱えたい気持ちで一杯だが、今の光輝にそんな気力はない。

 

「勇者様?」

 

また声がする、振り返りたくないのにそう呼ばれると振り返ってしまう。

そこにいた、いやあったのは芋虫の如く四肢を全て失った男、

息を呑む光輝、握ってやるその手すら、この男にはもう存在しないのだ。

 

「勇者様、この者にもどうか……御救いを、勇者様?」

 

老人の視線が自身の背中へと突き刺さるのを感じつつ、

光輝はせめてでもと、額に手を当ててやる。

 

「なぁ……母ちゃん、俺みたいなろくでなしでも……勇者様は優しくしてくれるんだ……

俺のこと……褒めてくれ……よ」

 

包帯に包まれたその目から涙が零れ落ち、そしてやはりその瞬間、

光輝の掌の中の温もりが、命が消えていく……もう限界だった。

 

勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様。

勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様。

勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様。

勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様。

勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様。

 

ち、ちがうっ……違うんだ。

俺は逃げ出したんだ、俺は卑怯者なんだ、だから責めてくれ、詰ってくれ……。

俺はもう勇者じゃないんだ!そんな資格はもう無いんだ!なのに……。

 

喉から今にも飛び出しそうな嘆きの叫びを光輝は必死で飲み込む。

 

それはある意味では、彼の求めた理想郷そのものだった、

誰もが自分を褒め称え認めてくれる、誰も叱らず肯定してくれる、

全て望んだままに受け入れてくれる……だが、それは文字通りの地獄だった。

 

勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様。

勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様。

勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様。

勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様。

勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様。

 

いつも教室で浴びていた視線、慣れっこの視線、当然の様に思っていた視線。

だが、もう今の光輝に取ってそれは恐怖の象徴だった。

 

(そんな目で……そんな目で……俺をっ!)

 

いたたまれなくなった光輝は追われるように救護所を飛び出す。

その目に微かな光が入る、かつて見慣れた、何度も助けられた、

遙か彼方に微かに光るあの癒しの光の下には……。

 

光輝は喘ぐような叫びを上げる。

 

「頼む!香織っ!ここに来てくれ、たのむぅ……助けが……」

 

届かないことが分かっていても、叫ばずにはいられない。

それに例え届いたとしても……。

光輝には分かる、香織だってきっと必死なのだ、

今の香織の目の前にはきっと自分と同じ、こんな光景が広がっているに違いないのだから。

いや、香織に限らない、誰もが必死で自分の目の前に広がる何かと、

戦い続けているに違いないのだ、自分だけが特別じゃないのだ。

 

不意にあの日の自分の言葉が甦る、本当に全てを救えると思い込んでいた自分の言葉が。

 

 

『うん、なら大丈夫!俺は戦う!人々を救い、皆が家に帰れるように!

俺が世界も皆も救ってみせる!!』

 

 

ああ、どうしてこんなことにも気が付かなかったのだろう?

全てを救える程の力のある人は、全てを救おうと願う志のある人は、

だからこそ、全てを救うことは決して出来ないことに、

その腕の短さにその掌の小ささに、必ず気が付く筈なのだから。

 

「俺は……俺たちは……人間なんだ……神様じゃ……ないんだ」

 

言葉は発さずとも、口中で呻く光輝、さらに記憶が彼の心を責め苛む。

 

 

『俺は目の前の困難を避けて通る卑怯者にはなりたくない』

 

 

薄っぺらい……プライドと、対抗意識に躍らされて、自分が何をすべきか

全く何も見えてなかった……風車に挑む騎士のように……。

 

全てから逃れる様に、またフラフラと死の蔓延する街を光輝は彷徨い続ける。

 

そして幾つ目かの階段を上っては下り、何度目かの曲がり角を曲がった所で、

不意にそれは現れた、まるでこれこそが"世界"のありふれた日常、

奪う者と奪われる者は、いとも容易く入れ替わるのだと言わんばかりに。

 

光輝の眼前に行く手を遮るかの様に広がる塀、そこに吊るされていたのは、

首を括られ、男性器や乳房を切り落とされた、魔人族たちの遺体だった。

もちろん違うことは、別人なのは分かっている、しかしそれでも、

自分が峰打ちに斬った魔人族たちの姿と、彼らの無残な屍が重なっていく。

 

「うっ……ぐっ…」

 

口元と、すでに胃液すら出なくなった腹を抑え、激痛に苛まれながら、

光輝はようやく理解する、どうして自分がここまで人の命を奪うことを恐れていたのかを。

 

違う……怖かったのは人の命を奪うことじゃない、

汚れるのが怖かった……命を奪うことで、清く正しい存在でなくなることが怖かった。

特別じゃなくなることが……怖かった。

だって自分は特別だから、他の人とは違うから、選ばれた存在なのだから、

勇者なのだから、ただの普通の天之河光輝に価値なんてないから……。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

泣きながら遺体に向かい、謝罪の叫びを漏らす光輝。

 

「俺がっ、俺が……穢れるのを恐れたからっ……」

 

この人たちにいらぬ苦しみと辱めを与えてしまった、

あの人たちに罪を犯させてしまった。

 

その時、吊るされ自分を見下ろす魔人族の目が、僅かに動いたように光輝には見えた。

ああ、まだ生きている。

 

「ジャンヌさん、メルドさん……ごめんなさい」

 

今ならわかる、ジャンヌが自分に本当の意味で願っていたことが、

メルドが怖れを恨みを買うことを覚悟で自分たちに教えたかったことが、それでも……。

例えその願いを、思いを無にしてしまうことになっても……。

 

「それでも……俺は……」

 

光輝は腰に手を伸ばす……そこに聖剣は……自身の力と志の象徴は……無かった。

 

「ハハッ……ハハハハ……ハハハハハ、アハハハハハ」

 

もう動かなくなった魔人族の遺体の前で頽れ、虚ろな目をして、

光輝は嗤う、自分自身を……。

 

「救うことも出来なきゃ、奪うことすら……俺には出来ないのか」

 

ああ、父さん、母さん、美月……ここは地獄だよ。 

 

「人間も魔人もない、善も悪も関係ない、ここにあるのは生きるか死ぬか、

ただそれだけで、死んでいく者たちには神も種族も国家もなくて、

灼熱地獄の底で生きたまま焼かれていく苦痛と恐怖があるだけなんだ……」

 

……その苦痛を。

 

「ただの勇者で……いいや、もう勇者ですらなくなった俺がっ!」

 

嘆きと共に地に拳を叩きつける光輝。

 

「どうやって救ったらいいんだ!」

 

ここまで来てしまって、まだ救うことに拘っている、そんな自分に苦笑する光輝。

そもそも、奪われる者と、奪う者がいとも容易く入れ替わるこんな世界で、

一体何を誰を救おうというのだ。

 

そんな彼の耳に、同時に声が届いた……か細い、それでいて救いを求める声と、

闇に甘く誘うかの様な蛇の声が。

 

 

「オイ!一大事だ、恵里の奴がもしかすると……」

 

愛子とカリオストロがウロボロスに乗り、ハジメらの元へと到着する。

 

「って、どうやらビンゴかよ」

 

少年少女たちの沈痛な面持ちを一瞥するや、事態を察したか、

吐き捨てるカリオストロ、そして暫くして、

ティオの背に乗ってメルドとリリアーナもやって来る。

 

 

「そうか、アランも……ホセも……ダメだったか」

「……アランさんの、確か婚約者がいただろ?」

 

ハジメはアランが剣の柄に付けていた飾り、特徴的な形をしていたので、

屍山血河の中でも見つけることが出来た―――をメルドへと手渡す。

 

「形見になりそうな装備品はなるだけ修復……するからさ……遺族の人たちに渡して貰えれば」

「ありがとう、だがお前たちが気にすることも、そこまですることも無い……むしろ」

 

辛いことを代ってやってくれたと、メルドはハジメへと頭を下げる、

もっともすぐに笑顔と共に、モシャモシャとハジメの髪を掴んで掻き回すのも忘れない。

 

「で、光輝はどうした?」

 

こういう中であっても、一際目立つオーラを持つ少年の姿が見えないことを、

訝しむメルド。

 

「よく聞いてください、メルドさん……実は」

「……待って、それは私から」

 

ジータを制すると、雫はメルドらへと簡潔に事実を伝えて行く。

勇者の敵前逃亡という、あってはならない事実を。

 

「フン!男ってヤツぁな、世界の隅っこで一人で泣いては、その度強くなってくもんだ

放っとけ!ハラが減ったら帰って来るだろ」

「その意見には全面的に賛成だが、しかし軍務を預かる身としては、

放っておくわけにもいかん、これは喧嘩に負けたとか、女に振られたとか、

そういう話ではないからな」

 

傷ついた男にとって半端な優しさほど堪える物はない。

カリオストロの言う通り、一人で気が済むまで泣かせてやりたい気持ちは、

もちろんメルドにもある、だが、状況が状況、立場が立場だ。

さらに付け加えるなら、たまたま全員が無事だったからこそ、こうやって話せるのであって、

もしも一人でも犠牲者が出ていれば……相応の処断について考えねばならなかっただろう。

 

一方、まるで墓標の如く地に突き立つ聖剣を見つめる生徒たち、

それは勇者が使命を……人々を守るという責務を、

そして何より級友たちを守るという"約束"を放棄した証。

 

だが、それでも彼らは光輝を責めるつもりは無かった。

誰もが忸怩たる思いを抱えていた、今まで見誤っていたと、特別だと思い込み過ぎていたと、

顔が良くって、勉強もスポーツも出来て勇者にまで選ばれる、そんな男であったとしても、 

その内面は自分たちとそれ程変わりはしない、クラスメイトの一人だったのだと。

 

「例え、事情がどうであれ……」

 

ここでジャンヌが重い口を開く。

 

「彼は、光輝は……一度請け負った責務を放棄しました、

もしも彼が帰参を望むならば……軍法に照らし合わせての処分は……必要です」

 

軍法、処分……その固く重い響きに生徒らは息を呑む。

 

「……むしろ、光輝自身がそれを強く望む筈です」

 

ジャンヌの言葉には確信めいた響きがあった、まるで今、光輝が直面している事態を、

何もかも見通しているかの様に。

 

「ですが団長殿、此度の件を招いたのは私の監督不行届きです、

どうか光輝に罰を与えるのならば、私にも彼と同じ罰を!」

「ま……まぁ、その件はだな……光輝を何とかしてからだ」

 

言葉を濁らせるメルド、マジメ一徹のジャンヌは彼に取っては苦手な部類に入るらしい。

 

「……皆さん、色々と思う所はあるかもしれません」

 

困惑する生徒たちを前に、今度はリリアーナが話し掛ける。

 

「ですが……彼をどうか許してあげては下さいませんか?

それに、こんな時だからこそ我が国には勇者が必要なのです」

 

口調こそ柔らかいが、その言葉には優しさを越えた、

いわば冷徹な為政者としての判断も加わっているとジータは思った。

 

「私たちも、この世界の現状を正確に伝えていませんでした、

いわば騙していたという負い目はあります」

 

頷くメルド、それは暗にではあるが、心配しているような処分は下さないという意味だ。

 

「それにな、あくまでもこの惨状を生んだのは恵里の……裏切りだ、

最初から裏切りを考慮して戦うことなど誰にもできん」

 

鈴の方を向き、申し訳なさそうにしつつも、メルドはそう口にし、

そしてリリアーナは愛子へ、そしてクラスメイトらに改めて頭を下げる。

 

「虫の良い話だとは思います、ですが愛子先生、それから皆さん、

もう少しだけ皆さんのご友人を私たちにお貸し願いたいのです、お願いします」

 

それが、今の光輝に取ってどれ程辛い思いをさせることになるのかは、

リリアーナとて分からない筈はない。

だがそれでもという強い意思がそこにはあった。

 

リリアーナの言葉に場の雰囲気が少しずつ変わっていく、

恐らく彼らも契機となる言葉を待っていたのだろう、気まずさを払拭してくれる、

そんな言葉を。

 

視線が雫へと集中する、この場に於いて最も天之河光輝を知る者は彼女を置いて他にない。

僅かにたじろぐような仕草を見せる雫だが、ジータがその背中を叩く。

 

「行こう、雫ちゃん、天之河君を探しに、ちゃんとみんな助かったって教えてあげよう」

「……そうね、あのバカにも帰れる場所があるってのをちゃんと教えてやらないと」

 

 




悲しみの渦中にいる光輝くんですが、
果たして雫たちは間に合うのでしょうか?


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天之河光輝の新しい夜明け

昨日で一周年でした、まさかここまで続けることが出来るとは
自分でも思いもよりませんでした、読んでくださる皆様に感謝です。

というわけで、勇者の選択やいかに。


聞こえる……確かに助けを求める誰かの声が……、

駆られるように光輝は周囲を見回し、耳をそばだてる。

 

「あの瓦礫の下……」

 

光輝は喘ぐように呟くと、ふらふらとその場に駆け寄って行く、

そんな彼の頭の中に、蛇の声が響く。 

 

"何故です?何故抗うのでしょうか?"

 

それには構わず、光輝は瓦礫を退け、土を掘っていく。

ちなみにその背中に、ハジメの放った太陽光レーザーによる眩い閃光が走るのだが、

光輝はそれに気が付くことはない。

 

"それだけの悲しみを背負いながら、君に何の得があるのでしょうか?

人間が救済に値しない存在だということくらい、今夜で分かった筈ですよ"

 

「かも……しれないな、けれど俺だってその救うに値しない人間の一人だ」

 

"君のそれは正義ではない、所詮は感傷ですよ、君とよく似た少女へのね"

 

「かも……しれないな」

 

もはやそれ以上は応じる必要はないとばかりに、光輝は一心不乱で土を掘り返す。

これが一種の逃避であることくらいは理解している、

そんな中で微かな息遣いを指の先に確かに感じる……ああ、生きている、この土の下で。

 

そして彼はようやく見つける、恐らく両親なのだろう、

すでに息絶えた男女の身体に庇われた、一人の少年の姿を。

 

「それでも……誰にでも守りたいものが、譲れないものがきっとあるのなら」

 

奪われる者と、奪う者が、すなわち善悪と正邪が容易く逆転するのが、

人の世だというのならば。

 

「俺はこの手が届く限り、この掌に掴める限りのことをやり続ける!

やり続けなければならないんだ!」

 

掘り出した少年の身体を、光輝は固く抱きしめると、

やや驚くような仕草を見せながらも、少年は目を開く。

 

「勇者様?」

 

少年は、まずは自分の間近にある光輝の顔を、憧れ交じりの不思議そうな表情で見つめると、

次いで変わり果てた自分の両親であろう亡骸に目をやる。

少年の目が一瞬潤み始めるが、そこで彼はぐっと唇を噛みしめる。

 

「ぼく、泣かないよ」

 

何故か、その言葉を耳にした途端、光輝の目から涙が溢れ出す。

 

「勇者様泣いてる~~変なの、男なのに」

「いいんだ、いいんだよ……本当に大事な人がいなくなったら……

男でも……勇者でも泣いていいんだ、大事な人たちのためなら幾らでも……」

 

(そうだ……俺には、俺にだって)

 

光輝の脳裏に"大事な人たち"の姿が、単に今まで出会い、そして助け触れあっただけの、

人々とは確かに違う、"大切な人たち"の姿が、声が甦る。

その大事で大切な人たちの為に、まずは自分がすべきことは、すべきだったことは。

 

だが……俺はその大切な誰かを……皆を。

また、暗澹たる思いが光輝の心を蝕ばんでいく、

あの死と裏切りに彩られた空間に耐えきれずに俺は……。

 

自身の愚かさによる結果に……もうこれ以上目を背けるわけにはいかない。

そうは思っていても、余りにも大きすぎる罪を犯したという自覚が、

光輝の心を苛み続けていた。

 

(せめて……皆、生きていてくれ……)

 

虫のいい祈りかもしれないと自分でも思う、しかしせめてそう信じないと、

本当に自分が壊れてしまうから……。

 

 

光輝は少年の手を引き、適当な避難所を探す、

いつしか雨も止み、魔物の姿も見かけなくなっている。

本来、自分が向かわねばならぬ場所は、彼とて勿論分かっている、しかし……。

たかがプレート一枚、剣一本のみに保証されただけのひよっ子勇者に、

そこまで求めるのは酷というものだろう。

 

周囲の風景も破壊の爪痕が大きいとはいえ、

少しずつ光輝に取って見覚えのある物が増えていく。

この先は大通りだった筈……そこからは、もう道なりに進めば王宮だ。

 

ゴクリ……と、息を呑みつつも、光輝は細い路地を抜け、大通りに入る、

と、ほぼ同時だった。

多くの人々がまるで彼を祝福・歓迎するかのように歓声を上げ、集まって来る。

どの顔も明るい、つい先程まで魔物たちに蹂躙されていたとは思えぬ程に。

 

「勇者様、魔物を撃ち払って下さったんですね!」

「あの光、凄かったです!」

 

人々は口々に光輝を讃える言葉を口にする、もっとも当の本人には、

まるで状況が理解出来ない。

 

「あの光?」

 

一体何だ?まるで覚えがない……

 

「勇者様がエヒト様にお祈りになられ、あの断罪の光を現世に顕現させたのですよね?」

「え……あ」

「素晴らしい!流石は勇者様だ!」

「どうかお言葉を、勇者様!お言葉を!手を!」

 

思わず後退る光輝、だが、自分に期待する多くの瞳が囲んで逃がしてくれない。

 

「ち……ちが……うう」

 

喉の奥から掠れるような声が漏れるが、群衆たちにはそんなものは聞こえはしない。

彼らはただ待っているのだ、勇者の口から発られる、自分たちが聞きたい言葉を……。

天之河光輝の言葉などではなく、勇者の言葉を、だから……。

 

(ごめん……御祖父さん)

 

「そうです……俺が、勇者の力で魔物を追い払い……ました」

 

(俺は嘘をつくよ)

 

だって……誰も幸せにならない真実しかないのならば、

きっと美しい嘘の方が……救いになるから。

 

そこで光輝は初めて、いやようやく理解した、

いつも誇らしげだった祖父が自分へと時折向けていた、悲しげな瞳を……。

 

(御祖父さんも……今の俺と、きっと同じだったんだ……)

 

自分の為に、そんな美しい嘘をあえて吐いてくれていたに違いない。

まだ幼い少年の心を守るために。

 

そんな光輝の複雑な内面を一切忖度することなく、ただその言葉を聞くや否や、

群衆たちは大歓声を上げる。

 

 

「勇者様ばんざい!」

「王国ばんざい!」

「エヒト様ばんざい!」

 

(俺がどれだけ悲しもうとも……この人たちには何の関係もない

いや、知る必要なんてない……知って貰う必要もきっとない)

 

そんな思いを抱きつつ、自らを、いや勇者を讃える地鳴りのような歓喜の声を聞きながら、

光輝はふと夜空を見上げる、

すでに雨雲は去り、そこには月が昇っていた。

ああ、この世界の月も俺たちの世界と同じように輝いている……。

 

「またもう一度……求めてみるか、光を」

 

不意にそんな言葉が口を衝いた。

 

 

僧衣を着た男に事情を説明し、少年を預けると、また光輝は一人道を行く。

自らの背負った十字架を……勇者の責務を棄てたという、

裏切りの痕を自身の目で確かめるために。

 

僅かな時間で何があったのかは、何を悟ったのかは分からないが、

今の光輝の瞳には確固たる意思が宿っていた。

 

だからこそ、その場所にどんな悲劇が待っていたとしても、

それを受け入れるという、いや、受け入れなくてはならない。

そうしなければ、自分は後にも先にも進めない、それに……。

 

例え個人がどれほどの悲しみを背負おうとも、それだけでは世界は何も変わらないのだから。

 

だが、そんな光輝の足が突然止まり、その顔がまた怖れと迷いに曇っていく。

視線の先には……手に取れと言わんがばかりに、地に突き立つ、

捨てた筈の聖剣があったのだから。

 

しかし光輝の身体は動こうとはしない、それは背負うことの意味を、

そして背負うべきものを知ってしまったからこそ、そして何より……・

 

(こ……怖い)

 

この剣を手にしなければ此処より先を切り開くことが出来ないと分かってはいても、

あの傷だらけのジャンヌの姿に、宿命に殉ずるという残酷さを、

献身の果てを見たという、本能的な怖れが彼の身体を縛って離さない。

 

何より……あの時とは、勇者だと知らされ、勇者しか使えぬという聖剣に認められ、

はしゃいでいただけの頃とはもう違う、もう棄てることは許されない、

今度こそ自分自身の意思で選ぶのだから、選ばれることの意味を、

願いを託されるという意味を知った上で。

 

「それでも……俺は」

 

光輝は一息に聖剣を掴み、地から引き抜く、

意外なくらい軽く抜けたので、少し拍子抜けしたが、そこでまた声が聞こえる。

自分に取って慣れ親しんだ声が……。

 

「一体どこまで走って行ったのよ!光輝は!」

「確かに聖剣はあっちに飛んで行ったんだよね?」

 

(雫……それにジータっ)

 

「生きていて……くれたんだ」

 

幼馴染たちの声を聞き、緊張が解けたのか、光輝の身体がぐらりと揺れたかと思うと、

彼はその場にへたり込んでしまう。

色々と言わないといけないこと、聞かないといけないことがあるのに、

いざとなるとまるで頭の中から浮かんでこない。

 

それでも必死で何か言うことは?と、ブンブンと頭を振り何とか考えを纏めようとし、

そして身を起こすと……そこには雫の顔があった。

 

「生きていて……くれたんだ」

 

どこか呆けたような口調の光輝、しかしそれには構わず

雫は光輝の顔を平手でぶつ。

 

「何が生きていてくれたんだ……なのよ!このバカ!皆もう少しで……

ひっぐぅ……ううっ……死ぬところだったのよ!バカバカバカぁ!」

 

よく戻ってきてくれた、生きていてくれたと言いたいのは自分も同じだ、

それでも雫は泣きながら何度も何度も光輝の頬を、身体を叩く。

 

「ごめん……みんな……ごめんよぉ~~~っ、しずくぅ」

「あああああ~~うわぁあああん~~」

 

地に突っ伏し嗚咽を漏らす光輝、その隣でやはり泣きじゃくる雫。

 

「メルドさんもジャンヌさんもリリィもみんなカンカンなんだからねぇ~~~

帰ったら御仕置きだって皆言ってるんだからねぇ~~~うううっうわぁぁぁん~」

「じゃ……じゃあ俺はまだ……」

 

帰れる場所があるんだ……。

 

「当たり前でしょう!ちゃんと責任取って貰うんだからね!」

「取るよ……取るよ!何でもするよ!……だからっ……うううっ~あああ~」

 

そんな二人の様子を暫く無言で見ていたハジメとジータだったが、

これ以上は野暮だとばかりに、そっと立ち去ることを彼らは選択する。

 

「……怒って欲しい時に、怒ってくれたり、泣いてくれたり……

そんな人がいてくれるだけで、きっとそれは幸せなこと……なんだよな」

 

ふと遠い目を見せるハジメ、そんな彼の顔を感慨深く見つめるジータではあったが、

そういえば言わなければならないことがあったなと、

その顔が悪戯っぽさを残しつつも、険しくなっていく。

 

「怒るべき時に怒ってくれるのが幸せなこと……なんだっけ?

じゃあさ、何か言うことあるんじゃないかなあ」

「え……な、何?」

 

笑顔ではあるが、上目遣いで自分を覗き込むジータにたじろぐハジメ、

こういう時の彼女は間違いなく怒っている、けど何故?

 

「精神と時の部屋って覚えてる?」

 

そういえばオルクスから外に出る時、メルドにそう言ってごまかした気が……

ハジメの顔色がみるみる青くなっていく。

 

「ごまかすにももっと他に言いようがあるでしょ!ちょっとこっち来なさい!」

「い……いで……いてて」

 

感慨もどこへやら、ジータに耳を摘ままれ、そのまま路地裏へと引っ張られて行くハジメだった。

 

 

「あのね……」

 

泣くだけ泣いて気分がようやく落ち着いたのか、

二人は夜空を見上げ、ポツリポツリと言葉を交わし合う。

 

「光輝が……本気を出した顔初めて見たよ」

「……雫」

「ねぇ?ジャンヌさんのこと……好き?」

 

否定することなくすんなりと光輝は頷き、少しばかりこの野郎と思う雫。

 

「けど……雫の言う好きとは違うんだ……多分

きっと……ジャンヌさんも、そうだと思う」

 

それだけは間違ってないと光輝は思う、今となっては特にそう思う。

あれはまるで鏡に映った……。

 

「二人とも面倒臭い……」

「何か言ったか?」

「ううん……あ、そうだ!龍太郎、帰って来たって」

「本当かっ!」

 

光輝の顔が喜色に満ちるが、また憂いを含んだ表情に戻って行く。

自分の今回の醜態を聞いたら何と思うだろうか?

親友として恥ずかしい思いをさせないだろうか、との思いがそうさせるのだろう。

 

「あなたと同じで酷い目に会ったみたい、まったく世話ばかり焼かせないでよね」

 

そんな光輝の背中を雫はポンと軽く叩く。

 

「さ、帰りましょ、あ、もしかしてお腹空いてる?」

 

雫がバスケットから握り飯を取り出した時だった。

周囲の風景が揺らいだかと思うと、ゆらりと斑色の蛇が姿を現し、

背中に雫を庇いつつ、光輝は聖剣を構える。

 

「ご決断お見事……しかしながら人の業に翻弄されながら、どこまで君は、

その身に願いを受け、光を求め続けることが出来るのでしょうか?」

「行くのか?」

 

蛇の様子からして、どうやら自分から退くようだ、

ここで一戦交えると思っていただけに、光輝は少し拍子抜けした気分を味わっていた。

 

「ええ、今の君は所詮ありふれた一介の勇者、利用価値など無い、あの聖女様や特異点、

それから教皇殿とは違いましてね」

「ありふれた一介の…か……」

 

まさか敵に自分の言って欲しい事を言われるとは思ってなかった。

そんな奇妙な思いを浮かべた光輝へと、

蛇は映画に出て来るような執事の如くに優雅に一礼する。

 

「ですがご安心を、いかなる時代、世界であっても、人の心の本質が邪であり、奸である限り、

人が死を、闇を恐れる限り、我々は何処にでも存在するのです、姿形や呼び名は変わってもね」

「俺は、お前が言う程人間が救いようのない存在だとは思わない、

でも確かに……人間は、俺たちは弱いさ」

 

それは今夜、己が身を以って知ったことだ。

 

「けれど……人はその弱さを知ることで手を携え合い、補い合い、

様々な困難や誤解を抱えながらも発展してきた、少なくとも俺たちの世界ではそうだった」

 

だからこの世界もそうであって欲しい、全て分かり合い、

分かち合うことは出来なくても、認め合い、抱え合うことはきっと出来る。

 

「だが、お前たちは人のその弱きを操り悪を為させる、許すわけにはいかない!」

 

光輝は思う、それこそが自分が生涯をかけて戦わねばならぬ物ではないのかと、

そしてその叫びを受けて蛇は嗤う、まさに我が意を得たりとばかりに。

 

「君は実に面白い、長く付き合うにはもって来いだ、利害抜きでね」

 

蛇の姿が陽炎の如くに周囲の風景に溶けていく、最後の言葉を残して。

 

「また逢いましょう、必ず……必ずね」

 

蛇の姿が完全に夜の闇に消えたのを確認すると、光輝は聖剣を鞘に納める。

 

「行ったのかな……」

「多分、あいつらとは……長い付き合いになる」

 

自分が本当に勇者の宿命を帯びているのであれば。

 

「ねぇ、決断って何?」

「いや……やっぱりさ、選ばないと……いけないんだなって」

 

雫のそれには曖昧な返事に留め、光輝はただ月を見つめる。

 

あれは……あの時抱いた決意は、

全てを失ったと思ったがゆえのことかもしれないと正直思った、

そう、失うべきではない大切な何かを埋め合わせるかのようなものに過ぎないと。

 

だが、その失ってはならないものの象徴の一つとも言える、

雫の声を聞いて、そして顔を見てそれでも揺るがないのなら……。

 

(今なら……はっきりと思える、俺は)

 

全ての闇を、悲しみを憎しみを晴らす太陽にはなれなくても、

太陽の届かぬ闇に標を与える月にはなれるのではないかと。

いや、それこそが自分に取って相応しいような気がする。

 

それに、あの月だって遠くから見れば輝いているが、

その表面はデコボコの傷だらけなのだ、自分のみでは輝けず、

太陽の、誰かの光が無ければ輝けない存在なのだということも知っている。

それもまた何となく、今の自分に似ているなと光輝は素直に思った。

 

なら自分は人々の願いを、望みを受けて輝こう、自ら光輝くのではなく、

誰かの光を集めて輝こう、そして自分もまた光を求め続けよう。

 

(俺自身が選び取った光……存念と、そして人々の願いが一致する限り、俺は勇者を、

天之河光輝を勤め上げてみせる)

 

今夜出会った、様々な名もなき市井の人々の姿を光輝は思い起こす。

 

(みんなのその胸に新しい希望が宿る時まで、俺はその希望を見失わせないための、

悲しみや憎しみにみんなが流されないための標となろう)

 

きっとそれが今、この世界で自分がやらねばならない最初の正義なのだろう。

何よりも、光が届かぬ闇の中でこそ、勇者の存在が必要となる筈なのだから。

 

(俺はもう……表面だけの正義や愛には頼らない、追いかけないし、縋らない)

 

新しい道を歩むのならば、新しい誓いがきっと必要だ。

与えると、守ると決めた存在が、与えられる、守られることを望んではならない。

そういえば弁護士のシンボルは太陽の花、向日葵だったなと思いだす光輝、

だとすれば……。

 

(きっとあなたならもっと上手いやり方を教えてくれるかもしれない、

もしかすると馬鹿なことはやめろって止めるかもしれない、

けど……これは俺が自分で決めて考えるべきことなんだ、だから……、

御祖父さん、もう俺はあなたの影を追うのはこれっきりにする)

 

空はすでに白み始めている中、

一度は躓いたが、それでもまた再び勇者への道を歩み始めた若者は、

過ぎ去りし日の幻影に別れを告げる。

 

(いつか俺がそっちに行った時は、思いっきり俺を叱ってくれ、

でも、俺も言い返すよ、ちゃんとケンカが出来るだけの物を手に入れてみせるよ)

 

そして彼はどうしてあそこまでグランのことを……、

親友でありながらも、反感を抱き続けていたのかをも理解する。

 

(グラン、心の何処かで俺は……お前なら御祖父さんの正義を、

俺よりも正しく為せると思ってた、だから悔しかったんだ、きっと)

 

それでもまだ自分は入り口に立った、いや、入り口に立つ資格を得たかどうかも、

未だ分からないと、光輝は自覚している。

だから、偉大なる祖父へと胸を張って言い返せる、そんな正義を見つけるのは、

これからの話、きっと……生涯を掛けて探し求めて行くのだろう。

だからこそ今、自分に出来ることは……やるべきことは……。

 




勇者はつらいよとも言うべき、一連の展開、いかがだったでしょうか?

こちらが想定していたよりは穏やかな感じになったかなという印象です、
予定ではもっとハードボイルドな、某魔戒騎士みたいな感じになる筈だったのですが。

(正義や愛には頼らないって作中のセリフがその名残だったりします)

明日のパンツがあればいい人にちょっと近くなったかなと思ってます。

ともかく、あんまりこの段階でガン決まりの正義を与えるべきではないのではと、
思ってしまったんですね、勇者である前にまずは人間たれと、
それに仲間見捨てて逃げ出しておいて、俺の正義云々とか、
ノンキに語らせる場合じゃないなということで、
その辺りは次回答え合わせを行う予定です。

ついでに光輝のビジュアルも少し変化します、まぁしくじったわけですし。


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ギスギス学級会

ギスブルっ、はっじまるよ~~、ということで勇者の答えはいかに。


「もう、こんな時間……」

 

破壊された外壁から覗く夕日に向かい、雫は軽く頬の汗を拭う。

魔人族の襲撃、そして裏切りの一夜から数日が経過し、

様々な事実が判明し始めていた。

 

恵里に傀儡兵化されていた騎士や兵士、従者らの合計は仮定ではあるが、

恐らく五百人程だろうという結論となった。

うち三百人程はハジメにミンチにされてしまっているので、

残りの二百人はおそらく、フリードの対軍用ゲートで、

魔人族の領土に行ったのであろうという結論に達した。

 

その対軍用ゲートについてなのだが、

王都の近郊に幾つかの巨大な魔石を起点とした魔法陣が、

地中の浅いところに作られていたということが先頃の調査で判明した。

 

「こんなお膝元に造らせといて、防衛も結界もヘッタクレもねぇな……

要は中の人間がタルんでたってことだ、猛省しやがれ」

 

恐縮するメルドらへと、そう吐き捨てるカリオストロの姿を雫は思い出す。

ちなみに大結界は、すでにそのカリオストロの手により修復済みである。

 

そして王都の被害ではあるが、こちらについてはそうおいそれと修復は出来ない。

爆撃とそれに伴う火災により、その三割が灰燼と化しており、

物的・人的被害は数字が判明するに従い、関係者の心を暗澹たる物へとさせ、

特にここ王都は、人間族の抵抗のシンボルであると同時に、難攻不落を信じられており

それがあわやという所まで追い詰められたことによる、

人心の不安もまた高まりつつあった。

 

それを抑えたのは光輝である、この数日休む間もなく、

勇者としての立場をフル回転させ、慰問に駆け回る日々を過ごしている。

 

そう、今も……雫の視線の先には老若男女に囲まれ、

その一人一人の手を握る光輝の姿がある。

 

「確かに今は苦しい時かもしれません、ですが顔を上げて下さい、

この国はあなたたちの国、この世界はあなたたちの世界です、だからこそ~~」

 

そう人々へと語り掛ける光輝を眺めつつ、雫は傍らのジータへと話し掛ける。

 

「やっぱり……変わったよね」

「うん」

 

確かにこれは認識を改めないといけない。

事前にメルドや龍太郎から、光輝は必死で学び、変わろうとしている、

だから認めてやって欲しい、許してやって欲しいと聞かされた時には、

半信半疑のジータではあったが、ただ静かに人々の言葉に、訴えに耳を傾け続け、

あくまでも控えめにその背中を押して行く、そんな彼の姿は、

確かにこれまでの頑ななまでに、俺が俺がの主義主張をゴリ押ししていた、

かつてのそれとは大きく異なって見えた。

 

「……んっ、あいつ、前とは違って来ている」

「ユエちゃんもそう思う?」

 

ユエに取って、ホルアドでの光輝には幼子じみた浅薄さしか感じなかったが、

成長の階段を急ピッチで昇らんとしている、

今の彼については、とりあえずではあるが認めざるを得ないといった所であろうか。

 

「でも……あまり入れ込んで欲しくないんだよね……正直」

 

そう言うジータとて、ここ数日奔走しっぱなしではあるのだが、

自分たちはあくまでも戻るべき場所が、世界がある存在、

この世界に於いては、稀人にして客人に過ぎない。

その分を越えて介入することが果たして……と、思った所で、

ユエたちの、いや、それだけではなく、ブルック……フューレン、アンカジ、エリセン、

帰還の方法を探る中で巡り合った、様々な人々の顔が浮かび上がる。

 

(今更だな……私も)

 

そこで日没を、昼と夜との境界を告げる鐘が鳴り響く、

非常時ということもあり、一般市民の夜間の外出は一切禁止されている、

人々は名残惜し気に光輝に手を振り、家路に就いて行く。

 

(そういえば変わったといえば……)

 

ジータらが自分を見ていることを知ってか知らずか、

光輝は視界を遮るというもっともらしい理由をつけ、今まで使うことを避けていた、

本来聖鎧とセットである兜を脱ぐ。

 

そこには彼のトレードマークの一つであるサラサラかつ豊かな栗色の髪は無く、

その代わりに昔の中学生の如き坊主頭があった。

そう、彼は反省の意を自ら示すべく、頭を丸めたのであった。

 

「考え方としてはありなんだけどね……」

「どこかズレてしまってるのよね、ホント」

 

そんなことを話し合いながらも、光輝の元へと向かうジータたち。

 

「お疲れ様、光輝」

「ああ、ありがとう……」

 

雫から手渡されたお茶を口にしつつも、光輝は鐘の音の方向をじっと凝視する。

 

「それにしても、教会の人たちは一体何をしているんだ」

「さ……さぁ」

 

目を泳がせるジータ、事情を知る当事者としては言葉を濁すしかない。

 

そう、人々の不安に拍車を掛けているのは、聖教教会からの音沙汰がないことだ。

聖職者というものは、人々の不安を鎮める存在であることは、

どこの世界であっても概ね変わりはない、

それが、この非常時に全く姿を見せないのだから無理もない。

 

かと言って、実は教会関係者は全員、総本山ごと跡形もなく爆殺され、

塩の柱に成り果てました、などと公表するわけにもいかず、

リリアーナを始めとする、難を逃れた王宮の人々が頭を痛めている姿を、

ジータは思い出す。

 

一応、イシュタルに代わる新教皇については、

かのシモン司祭が就任することが、ほぼ確実視されている。

経歴、年功序列から見ても適任者は他にはおらず、

また相手の策略にしてやられ、閑職に追いやられたとはいえど、

かつてのその声望は、むしろイシュタルよりも上だったということもあり、

あとは本人次第とのことだった。

 

それから幸いにして国防の軸たる騎士団については、団長であるメルドが健在であり、

多くの人材を失ったとはいえど、その再建はスムーズに進むであろうとの話だ。

 

「ところで南雲は?」

「カリオストロさんと一緒」

 

早くオスカーとやらのアジトに案内しろ、

錬成の真髄の一つ、人体精製法を一から教えてやるぜ、と、

カリオストロに引っ張られていくハジメの姿を思い出し、クスリと笑うジータ。

 

「そうか、早く謝りたいんだけどな、ホルアドの時のこととかもだけど……ホラ」

 

光輝は薄暮の空を見上げる。

 

「手柄をさ……横取りしてしまった件にもついても…さ」

 

魔人族の大軍を退散せしめた光の柱は、勝利を願う勇者の祈りに、

エヒト様が力をお与え下さったのだという話になっている。

ハジメ自身はいちいち説明するのも面倒ということで、

それはそれで構わないというスタンスを取ってはいるが、

この話のそもそもの発端である光輝としては、どうにも申し訳が立たなくて仕方ないのだ。

 

「まぁ、面倒……じゃない、華のある部分は任せるってハジメちゃん言ってたし」

「……んっ、お前がしっかり役目を果たせば、ハジメも私たちも楽が出来る」

「役目か……」

 

また考え込むような仕草を見せる光輝だったが、息を呑むような仕草を見せた後、

意を決したかのように、今度はジータへと話しかける。

 

「実は……さ、謝らなきゃならないことは……それだけじゃないんだ」

「何かな?」

「君の兄さんの……グランの……ことさ」

 

たどたどしく、時折視線を地に落としつつも光輝は言葉を続けていく。

 

「俺はあいつに嫉妬してた、けれど自分の中のそういう気持ちをさ……

認めたくなくって、それで、裏切ったんだって思い込むしかなかったんだ

……でも、決してそれだけじゃない!俺はっ……本当にあいつのことをっ」

「……もういいよ」

 

本当にもういいと思う、確かにその件で散々迷惑を掛けられたという思いはあるし、

自分自身の蟠りはそう早く雪解けというわけにはいかない、

それでも兄は、グランはそう言って、きっと笑顔で応じるに違いないのだから。

 

「だからそう俺が言ってたって……日本に帰ったら伝えておいてくれないか」

 

それは自分で言ったら?と、口にしようとしたジータだったが。

 

「天之河君、八重樫さん、蒼野さん、ユエさん、お疲れ様です」

 

今度はこちらへと駆け寄る愛子の声によって、その言葉は頭の中で掻き消えてしまった。

それに単に照れ臭いだけだと思っていたのだ……そうこの時はまだ。

 

「先生こそお疲れ様です」

 

本当にお疲れと、見る人全てが言いたくなるような顔色だなぁと、

愛子を一瞥し、そういうことを思うジータ。

 

その疲弊は肉体的な物よりも精神的な物が大きいように思えた。

無理もない、愛子もまた、王国サイドと生徒たちとの橋渡し役として奔走しており、

また先の戦いで心身ともに傷ついた生徒らのケアも受け持っている。

それらの事に加えて、秘密裏に行われている檜山の裁判に関しても、

彼女は出来うる限り立ち合い、いくつかの証言を行っているのだから。

 

ちなみにジータも一度だけ法廷へと足を運んだことがあったのだが、

地下室の扉から漏れ聞こえる。

 

"俺が人殺しなら南雲は死神だ!俺はアイツほど殺しちゃいねぇ!"

"俺をこんな風にしたのはアイツだ!そんなこともわからねぇのか!"

 

などという檜山の叫びが耳に届くにつれ、怒りに支配されていく自身に気が付き、

どうしても扉の先へは進むことは出来なかった。

だからこそ……と、ジータは改めて愛子の心中を思いやらずにはいられない。

そんな剥き出しの憎悪を受け止めざるを得ない、

いや敢えて受け止めるその苦衷はいかばかりであろうかと。

 

 

参考までに近藤の死亡、及び檜山の捕縛・生存は、

現在のところ、ハジメとジータ以外の生徒らには伏せられている。

オープンにしていい事と悪い事がある、致し方ない事だとはジータも思う。

ましてや近藤に関しては、遺体すら見つかっていない状況なのだ。

 

「ところで、今夜皆さんを大食堂に集めては頂けませんか」

「正確にはあそこは食堂じゃないんですけどね……」

 

雫の言う通り、王宮には本来別に会食場があるのだが、

生徒らの全員を収容でき、かつ多目的に使用出来る部屋は限られており、

結果、王宮ではあの大部屋が彼らの拠点となっていた。

 

「と、いうことは……」

 

いよいよ、この世界の真実を皆に公表しなければならない時が来たのかと、

緊張に身を引き締めるジータ、しかし……。

 

「こういうことはいつまでも間を空けてはズルズルと先延ばしになるだけですから……

それに姫……いえ摂政様も今夜なら都合がつくそうです」

 

自身を慮るジータの視線に気が付き、やんわりとだがはっきりと自身の意思を、

愛子はジータへと伝える、それに摂政お出ましとなればこれはもう国事である。

 

「わかりました、ハジメちゃんたちにもそう伝えておきます」

 

 

午後八時、食事や入浴が終り生徒たちが大部屋へと再び集合する、一人を除いて。

 

「龍太郎は?」

「龍太郎君はもう少し時間がかかるって」

「肉体と魂に紐付けられた呪いを軽減しないことにはな、あともう少し時間をくれ」

 

光輝と雫の疑問にはハジメに代わり、香織とカリオストロが答え、

香織がそう言うのならと一旦は引き下がる光輝、

それに、もとより瀕死の重傷と聞かされている。

 

しかし雫は、それらを差し引いても香織の表情がどうも気にかかった……、

こういう顔の時の香織は、大方、ロクでもないことを企んでいるに違いないのだ。

それに雰囲気がホルアドで別れた時と明らかに違っている。

そのことについても後で説明して貰う必要があるだろう。

 

(あー、説明しなきゃならないことが増えるなぁ……ホント)

 

そういうわけで、やはりジータの悩みは尽きない。

この際、香織の身体のことについては、香織自身から雫に説明して貰って、

雫から皆へと言う形を取るのが一番角が立たずに済むやり方かもしれない。

……少しズルい気もするが、こちらとしても色々と山積みなのである。

 

(坂上君の件はどう説明すればいいか……そういえばあの身体になった以上

……君で呼ぶのはちょっと変かな)

 

『頼む!このまま手ぶらでアイツの元には戻れねぇ!

これだけ心配かけちまったんだからよぉ!』

 

そう訴える龍太郎の顔と、その言葉を聞いてクククと笑うカリオストロの顔を思い出し、

ジータはまた頭を抱える、いや、もちろん止めたのだ、しかし……。

 

ジータが恨めし気に香織の顔を見たところで、そこに愛子が、

今や王国摂政であるリリアーナを伴って部屋へと入って来る。

 

「では……南雲君、それから蒼野さんも前へ」

 

愛子の言葉に従い、ハジメとジータは手に数々の資料を持って、

壇上へと上がるのであった。

 

全てを聞き終わり、真っ先に声を張り上げたのはやはり光輝……ではなかった。

 

「なんだよ、それ……」

 

永山重吾が巨体と声を震わせる。

 

「……俺たちは神様の掌の上で踊っていただけだっていうのか?

なら、なんでもっと早く教えてくれなかったんだ!」

 

テーブルへと拳を叩きつける永山、その手には例のメイドのヘッドドレスが握られたままだ。

 

「お前が……もっと早くっ、教えていてくれたなら……あの子をっ…あの子をっ、

助けられたかもしれないんだぞ!」

「そうだそうだ、ふざけんじゃねぇぞコラ!」

「もっと早く教えろや!」

 

さらに小悪党カルテットの残り二人、中野と斎藤もそれに同意の声を上げる。

只でさえ檜山と近藤の件で居心地の悪い思いをしていた上に、

彼らは王都での戦いの際、兵舎に居残り戦いに参加してなかったことも手伝い、

早いとこ、誰かにその責任を転嫁したいという思いがあるのだろう。

 

そして彼らに呼応し、元々ハジメとジータへの反感を燻らせていた一部の生徒らも

また非難の声を上げる、不思議なことにその殆どが、

先の戦いに参加していなかった者たちだったが。

 

「相手の正体も分からないとか、約束を守って貰える確証もないのにとかさ

言っといて、結局、易々と戦いを挑んでんのそっちじゃん!」

「そもそもこんなことになったのは、お前らが神様に逆らったからなんじゃねぇのか!」

「そうよ、とっととミサイルでも撃ち込んで戦争を終わらせれば良かったのよ!

中村さんの言った通りあんたたちは半端者よ!」

 

もしも南雲ハジメが魔王と称されるに相応しい気を纏っていれば、

そんな文句など立ちどころに、それこそ瞬き一つでシャットアウト出来たに違いない。

しかし、この世界の南雲ハジメは魔王ではない、あの教室での柔和な雰囲気を多分に残す、

あくまでも人間としてのメンタリティを未だ保った存在である。

だからそれ故に……彼は格好の怒りのぶつけ処となってしまったし、

そうなることも半ば覚悟していた。

 

「お前は……神と戦えるくらい強いんだろ!だったらあの子を……返してくれよ!」

 

物静かで冷静沈着を地で行く、そんな男の嘆きが食堂に木霊する。

 

(……重吾、まさかお前がハニトラに引っ掛かるとは思わなかったよ)

 

親友の姿を見て居られないとばかりに俯き、遠藤はテーブルの下で拳を握りしめる。

傷つけないようにそれとなく忠告はしていたのだ、しかし。

永山自身が慎重居士を自認するが故に、一度信じてしまえば後はまっしぐらだった。

自分で自分を慎重だと注意深いと思っている人間ほど、一度騙されると泥沼に陥り易いのだ。

 

遠藤はいつぞやの夜の話を思い出す。

永山からもしも日本に帰れることになっても、自分はここに残ろうと思うと、

打ち明けられた時のことを、はにかみながらも決意に満ちた親友の顔を。

お前は騙されている、純情を弄ばれて利用されているだけなんだ、

種馬程度にしか思われていないんだと、その肩を掴み、大声で叫びたかった、しかし。

 

(何も言えなかった……だってあんな顔であんな話をされたんじゃ……)

 

それ以来、自身に課していた情報収集を、いわば人々の闇を覗くことを、

彼は躊躇うようになってしまった、そしてその間隙を……。

 

(中村にまんまと突かれたってことか……)

 

「「「「むっーのーうっー!むっーのーうっー!むっーのーうっー!むっーのーうっー!」」」」

 

中野と斎藤を中心とする、あくまでも一部の生徒たちからではあるが、

それでも強烈なシュプレヒコールが巻き起こり、

ジータもまたわなわなと身体を震わせながらも必死で耐える。

この逃げ場なき状況で誰かの、何かのせいにしたいのは致し方なきこと、

だから事前に何を言われても、納得するまで止めないと示し合わせていたとはいえど、

流石にこれは行き過ぎだ、いや、自分やハジメは構わない……しかし。

 

「……こいつら全員殺したい」

 

ユエの物騒な呟きにギョッとした目を思わずジータは向けてしまう。

 

「けど……ハジメが我慢するなら、ジータが我慢するなら……私も我慢する」

「ごめんね……」

 

そういえば、我らが勇者は一体何を……。

ジータの視線の先には、青い顔でテーブルの下で拳を震わせる光輝の姿があり、

香織と雫がその顔を心配げに見つめている。

 

そしてそんな彼を挟んで、いわゆる居残り組を睨みつけるのは、優花たち護衛隊組の面々だ。

しかし居残り組とて、本気でハジメたちを責めているわけではない、

ただ煽り煽られ、その結果、収めどころが無くなってしまっているだけなのだ。

 

そう、誰もが待っているのだ、この事態を収拾せしめねばならぬ存在の言葉を、勇者の言葉を、

そしてその勇者は、天之河光輝はといえば、

歯を喰いしばりつつも、未だ沈黙を保ったままだ。

 

決して迷いを抱えているわけではない。

いや、もう彼に取って、自分のやるべきことは定まっている、むしろ真実を知り、

その思いはより強固な物となっている、だが……。

 

(怖いな……やっぱり)

 

やはり光輝は、明らかにこの状況に恐怖を覚えていた。

自分の言葉が仲間たちの生命を、運命を明白に左右するであろうということに。

これこそが背負う重みだということに。

 

(これから俺がやろうとしている事は卑怯な事なのかもしれない、

けれど……俺はもうこれ以上誰にも……)

 

意を決し、光輝は立ち上がる、その途端に狂騒は一気に収まり。

その一挙手一投足に、生徒らの注目が集まる。

 

「先生、これを」

 

光輝は懐から紙を取り出し、ただ静かにリリアーナと共に状況を見守っていた愛子へと手渡す。

 

「天之河君……これはっ!」

「見ての通りです……」

 

明らかに狼狽する愛子へと、光輝はさらに念を押すかのように言葉を重ねる。

 

「受け取ってください、これで俺はもう……俺自身の存念の為だけに、

もう誰も巻き添えにせずに……この世界の為に戦う事が、責任を取る事が出来ます」

 

その紙が何なのかを知った生徒らの間に一気に緊張が走る。

そこには―――退学届と書かれていた。

 

「先生、南雲、ジータ……皆を頼む、俺に代わって皆を無事に日本に帰してやってくれ」




そんなに急には変われませんよね、人間って。
だから覚悟と自覚に目覚めたのはいいのですが、
やっぱり突っ走っちゃうんですね。

ということで、一人で戦う事を決意した光輝くんでした。


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Blaze of Glory

ここで実は清水を出すつもりだったのですが……、
色々思う所があってカットすることに。
すまん、せっかく王都の近くまで来てくれたのに、
君の見せ場はまた今度ということで。


「あ…天之河よぉ……」

 

中野が間の抜けた声を上げ、そして口喧しく叫んでいた面々が、

縋る様に光輝の顔を眺める。

光輝がハジメを内心では嫌っているであろうことは、薄々ながらも彼らも承知している。

それだけに敵の敵は味方という論理が、自分らの筋違いの非難は窘めはしても、

きっと自分たちの肩は持ってくれるに相違ないという認識が、

そう、この期に及んでの甘えが心の何処かにあったのだ。

 

それがまさか勇者の手によって梯子を外される、なんてことは思いも寄らなかったらしく、

全員が例外なくどこか呆けた表情を晒している。

 

いや、虚を突かれたのは他の者たちも、ハジメやジータも同じだ。

てっきり、この世界の人々を弄ぶ悪しき神と戦おう!と、

気炎を上げるに違いないと予想していたし、

それに対するカウンターも用意していたのだが……。

 

「雫も、それから香織も二人を助けてやってくれ」

 

そんな人々の戸惑いを他所に、光輝は一人で話を進めていく、

やはりそういう所は、なかなか変わらないらしい。

 

「い…言ったじゃないか、これからどうするか皆で話し合おうって……だったら」

「それは俺抜きでやればいいだろ」

 

泣きつくような声を出す斎藤へと、しれっと言い返す光輝。

 

「ここに来て半年……もう、この世界の事は皆も十分に理解している筈、

もうそれぞれの結論は、用意出来ていて然るべきなんじゃないのか?」

 

光輝のもっともな指摘に頷く者、ただ俯く者、視線を泳がす者、

そんな各人各様の表情を見やりながら、光輝は静かに宣言する。

 

「それで俺は日本に帰る事よりも、ここで戦う事を選んだ、それだけだ」

 

光輝は静かに嗚咽を漏らす永山の肩に手をやる。

 

「永山も、もう南雲を責めないでやってくれ……誰かがやらなきゃいけなかったことなんだ」

 

そう、その誰かとはきっと……。

 

「……ブルって逃げた癖して……」

 

どこかからそんな声が光輝へ向けて放たれた瞬間だった。

ハジメの身体から静かな、それでいて決して逃れられぬ死の気配を纏った、

そんな威圧が放たれ、ようやく彼らは理解する、

もう南雲ハジメはあの教室での南雲ハジメでは、自分たちがどうこうしていい存在では、

もはやなくなっているのだと。

 

「天之河君」

 

そこで漸く事態を飲み込んだ愛子が動く。

 

「君は先程、俺自身の存念の為と言いましたよね、ではお聞きします、

そこまでしなければならない、天之河君の存念とは一体何なのでしょうか?」

 

自分の名を叫ぶ人々の歓喜に満ちた表情を思い浮かべながら、光輝は迷いなく答える。

 

「この世界の人々に希望を与えてしまった責任を取ることです」

「ですが……それは」

 

何も君だけが負う必要はない、そう口にしようとした愛子の声は、

光輝の叫びが重なり掻き消される。

 

「もう誰もこれ以上巻き込みたくないんですっ!」

 

巻き込む以上に知って欲しくはない、見て貰いたくはない……。

 

歓喜と期待の裏側に潜む、死の恐怖から逃れたい一心で自身へと縋る人々の姿、

死して尚、辱めを受ける魔人族の姿。

そんな悲しみと憎しみに塗れた戦いの痛みや苦しみなど、

知らずに済むのならば、誰も知るべきではない。

 

(ジャンヌさん……俺はまたあなたを裏切ってしまっているのかもしれません……

でも、俺はもう知ってしまった)

 

そのジャンヌの姿はここにはない、彼女はメルドの補佐として、

騎士団の再編や訓練の補助を受け持ち、多忙な日々を送っている。

 

「で、オマエのいう責任ってのはどこからどこまでの話なんだ?

この世界から争いを全て無くすとかそういう話か?」

 

どういう仕組みか、おしゃぶりを着けたままでグラスの水を飲みつつも

まずはシャレムが鋭い視線を光輝へと飛ばす。

 

「それは勇者の正義ではなく、神様の正義だとわたちは思うぞ」

 

エキゾチックという言葉が似合う美少女であるにも関わらず、

その舌っ足らずなシャレムの言葉に、やや奇妙な気分を覚えつつ光輝は答える。

 

「少し前までは……あなたの言う神様の正義を、理想を俺は目指してました、

いや、自分ならきっと大丈夫と思っていました」

 

かつての自分は、本当に神様にでもなったつもりだった。

しかしそれは、何も知らなかったからこそ、何も知ろうとしないままの物に過ぎず、

その自分の理想が、ただの夢想、幻想に過ぎないということにも気づかぬままに。

 

だが自分は知ってしまった……現実を、そして神様どころか、勇者である前に、

自分もまた、自分が守るべき、そして倒すべき人間の中の一人だということを。

 

「この世界の行く末を決めるのは、あくまでもこの世界の人間であるべきだと

今の俺は思います……」

 

そう、人間なのだから……その領分を越えた何かを望んでしまえば、

きっと……今度こそ取り返しのつかぬ悲劇を招いてしまう。

 

「でも、その人間の判断そのものを操り、捻じ曲げる存在がいるのならば、俺は……」

 

エヒトの名を呼び歓喜する人々、そして息絶えて行く人々の顔が浮かぶ。

 

「そいつを許すわけには行きません」

「かと言ってオマエに何が出来る?」

「己の為し得る全てをもって為せるものを為す、今言えるのはそれだけです」

 

自分一人で世界に、神に立ち向かう、その結果がどうなるのか……分からぬ筈もない、

それでも光輝はこの世界の人々の為に勇者として何かがしたかった。

それが我儘に過ぎないことも承知している、だから退学届を出した、私事に留めるために。

 

「つまりぃ光輝お兄ちゃんは勇者だからぁ、この世界のぉ、

贄になるのが義務とでも言いたいのかなぁ?」

 

今度はシャレムに代わり、カリオストロが光輝へと詰問する。

 

「風車に挑むバカは大怪我しないとわかりゃしねぇと思って放っておいたが……」

 

その言葉が終るか終わらぬかの内に、カリオストロの拳が光輝の頬へと炸裂した。

 

「のぼせ上がるんじゃねぇぞ!ガキが!お前の勇者の証なんぞ、

たかが板切れ一枚、剣一本だ!天職が何だ!そんなもんで自分の未来を決めつけるな!」

 

恐るべきことにカリオストロはその小さな身体で、仰け反る光輝を抱え上げ、

バックブリーカーに固めていく。

 

「そんなもん忘れて棄てちまえ、それで親父やお袋の待つ家に素直に帰るんだな

待ってる誰かがいるのなら、子供でいられる間はな!……それでも全然構わしねぇんだ」

「あなたのこと……ジャンヌさんに聞きました」

 

自身の背骨が軋みだす音を意識しつつ、苦しい息の中で光輝も言い返す。

 

「自分の身体を造り変えては乗り換えて……何千年も生きている大賢者だって……」

「いいぞ、正解だ、で?」

「なら、あなたもいわばエヒトやアルヴの側に近い存在だ……そんなあなたに、

俺たち人間の気持ちが……っ」

「ほう……」

 

カリオストロの目が剣呑な光を放ち出す。

 

「オレ様が誰かを、そして何をしてきたかを知った上で言ってるのか?

だったら、いい度胸だな……」

「あなたの言う通り、俺はステータスプレートという名の板切れ一枚と、

聖剣という名の剣一本に保証されただけの……名ばかりの勇者です、けれどっ……、

それでもっ……せめてっ!……神の気紛れに、理不尽な運命に抗う心を俺は僅かでも、

この世界に遺したいっ!次の世代のために!」

 

光輝の叫びに息を呑むハジメとジータ、

それこそがまさに解放者の願いそのものではなかったのかと。

そしてカリオストロの口元が僅かに綻ぶ、どの道分かっていたのだ、

光輝の目にもまた、ハジメ同様に地獄を知った者にしか放てない光が宿っている、

そんな男を易々と止めることは出来ないことを。

 

カリオストロは光輝に掛けた技を、不精不精な仕草で解いてやる。

 

「バカは死ななきゃ直らねぇと言うが、こいつは死んでも直らないバカだ!

手を汚すだけ損というもんだな……ククク」

 

と、呆れ口調で呟きながら、またカリオストロは着席する。

オレ様に意見した奴は誰であろうと嬲り殺しにしてやったものを……などと、

やや物騒なボヤキを小声で吐きつつ。

 

よろよろとまた立ち上がろうとする光輝に雫が肩を貸し、

生徒らの視線が今度は雫へと集中する。

 

(光輝が……本気で悩んで考えて、それで決めたことなら……私は)

 

香織の横顔を雫はチラと見る、やはり考えていることは同じなようだ。

 

(ううん、私たちは止められない)

 

いや、もちろん止めたいのだ、一緒に日本に帰ろうと、

その思いは雫にしろ、香織にしろ同じである、それに何より……。

あの絶望の中でのジャンヌの姿を、雫は思い出す。

 

光輝もきっとわかっている筈だ、ジャンヌの本当の願いを……、

勇者の栄光よりも人としての幸福を、使命を忘れ剣を棄て、

ただの平凡なありふれた男として生きて欲しい、という。

 

しかし……あの浮ついた半年前の姿とはまるで違う、

自分たちを巻き込むまいと、神という強大な存在を相手に一人で戦うとまで口にする、

幼馴染の姿を見て、そこまでの決意と覚悟を見せられて、止められるだけの言葉を、

二人は持ち合わせていなかった。

 

何より神を……エヒトを許せないという気持ちについては彼女らもまた、

光輝と同じなのだから。

 

そんな想いを抱えつつも雫はこの場に龍太郎がいないことを心の片隅で感謝していた。

もし彼がいれば、また光輝と共に神と戦うと宣言し、

結果、またいつかの……半年前の光景が繰り返されることとなっていたかもしれないと。

 

(ジータ……あとはあなたたちだけ……お願い)

 

半年前と真逆の構図が展開される中、光輝の訴えにジータもまた固唾を飲んでいた。

目の前にいるのが、かつての……半年前の天之河光輝であれば、

これ幸いとばかりに見捨てたかも……いやいや、見捨てはしなかっただろうが、

塩対応に徹したことは事実だろう。

だが、その胸につい先刻の、夕日の中で光輝が自分に託した言葉が甦る。

 

『だからそう俺が言ってたって……日本に帰ったら伝えておいてくれないか』

 

ああ……きっともう一人で全てを背負い戦うと決めていたのだ、あの時から、

例え相手が何であろうとも。

 

「天之河君は帰りたくないの?」

 

あえてストレートにジータは問う。

 

「帰りたいさ……けど……」

 

言葉を詰まらせ、その身を震わせる光輝の姿は、

あの半年前の虚飾に満ちていたとはいえど、堂々とした態度とは一変しており、

やはりそんな彼を目にして掛ける言葉はジータにもなかった。

 

(どうせ悩むなら半年前に悩んでおきなさいよ)

 

そう、もしも半年前に光輝が同じ姿を見せていたならば、

ジータとて協力することに、やぶさかではなかったに違いない。

皮肉にもここに来て彼がリーダーとして勇者として、

覚醒の兆を見せつつあるがゆえに、その決意をなんとか汲んでやりたい、

無策であっても無私の志で、戦いに身を投じようとしている目の前の男を、

栄光という名の炎に焼かせてはならないという気持ちが、ジータには、

いや彼女に限らず、クラスメイトたちの心の中に芽生えつつあった

 

しかしこれは気持ちの問題で片付けてはならないのだ。

光輝は自分一人が戦えばいいと思ってはいるが、事態はそう単純ではない。

自覚と覚悟が芽生えたことについては確かではあるが、

周りが見えていないのはやはり相変わらずだ、これについてはなかなか直らないのだろう。

 

逆に言えば、周りをちゃんと見てくれる誰かが傍に付いててやればいいのだが、

彼がその人物との出会いを果たすのは、もう少し先の話になる。

 

ともかく、そんなことを考えつつも、自分自身もまた半年前の蒼野ジータではないのだなと、

そういう思いが彼女の頭を過った。

 

ちなみにではあるが、誰もが意図的に恵里の話題には触れない、

ハジメも、愛子も、光輝も、最も彼女について言いたいことがあるであろう鈴ですら……。

もしも彼女の話が僅かでも上がれば、もうそこで話は決まってしまう。

 

あの去り際の恵里の言葉を、笑顔をジータは思い出す。

 

そう、皆分かっているのだ、恵里を……裏切者を放置して、

このまま帰るわけにはいかないということも、

つまり中村恵理は自分を楔とすることで、クラスメイトらを、

この異世界へと縛り付けようとしているのだ、簡単には逃がさない……

一人でも多く道連れを作ると、己を置いて帰れないと知った上で。

それでも、感情では本心では、誰もが皆日本へ、家に帰りたいのだ。

だから恵里については誰もが口を噤む、ズルイと分かっていながら。

 

「なぁ……天之河」

 

ここでようやくハジメが光輝へと静かに語り掛ける。

 

「全てを無かったことには出来ない、けど、それでも俺はここで与えた傷、受けた傷、

全てを受け止めて……ただの南雲ハジメとして、もう一度また生き直したいと思ってる」

 

それは虫のいい話なのかもしれない、

自分たちの様な存在にとって、地球の社会はきっと冷たいであろうことも承知している。

それでもハジメは、地球で、人間の社会で、窮屈な思いと共に、

また人間としてやり直したいと心から思っている。

自分に取って大切な人々と、自分を大切に想ってくれる人々と一緒に。

 

「生き直せると思ってる、ここにいる皆もそうだと思ってる、

だからお前にだってそれは出来る筈だ」

 

ハジメは光輝へと手を差し伸べ、未だ残る厄介事を全てを承知した上で、

それでもあえて呼びかける。

 

「だから一緒に帰ろう、俺たちの故郷へ、俺たちが俺たちらしく、

ありふれた普通を過ごせる世界へ」

 

だが、やはり光輝は首を横に振る、その目に涙を浮かべ……声を詰まらせながら。

 

「無理だ……俺は知ってしまった、与えてしまった……背負ってしまった」

 

人々の希望を、願いを、未来を……。

 

「そして多くの運命を捻じ曲げた……だからもう何も知らない前には戻れない、

戻るわけにはいかないんだ!」

 

その捻じ曲げた運命の中には、檜山や恵里のことも、いやもしかすると

ハジメやジータの事も含まれているのだろう。

 

しかし、光輝の語る"責任"は、一種の狂気を帯びているように、

それこそ神の域には達さずとも、人間の領分は越えてしまっていると、

ハジメには思えてならなかった。

その行きつく先は勇者の正義ではなく、いわば魔王の正義なのかもしれないと。

 

一方の光輝はハジメの周囲に控える美少女たちの姿を、

そして教室の時とは比べ物にならぬ程に変わった、いや成長したハジメの姿を見る。

 

「お前にはきっと……」

 

運という一言で片づけてはならないのだろう、それでもあえてこう思うことにした、

南雲ハジメには運があって自分にはなかった、それだけの話だと、

だから目にした物が、手にした物が違ってしまったのだと。

 

「そうか……」

 

もちろんハジメには考えがある、しかしそれをスムーズに実行に移すには、

どうしても目の前の勇者を納得させなければならない。

 

光輝もまた目の前の錬成師に思う所があるということは理解出来ている、

しかし勇者としてこの世界の人々に殉ずると決めた以上、

その生き方を仲間たちに示さねばならない以上、

ただの言葉や理屈では止まるわけにはいかないのだ。

 

だから、もうこれ以外に方法はない、ただ、己の為し得る全てをもって。

かつて地の底の闇で足掻いた者が納得を与えるために、

過酷な現実の中で足掻く者が納得を得るために。

 

「「だったら、俺と戦ってくれ」」

 




変わったのは光輝だけじゃなく、ハジメについても今回のようなセリフを
違和感なく言えるような存在へと、何とか積み重ねることが出来たかと思います。



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Try to Understand


長くなりそうだったので分割。

まずは話をしないと始まらないですよね、
原作でも今に至るハジメと光輝の確執はそういう部分が、
未だ曖昧なままになってるところもあるのかなと思うわけなので。



 

「……まさかこんな話になってしまうなんてな」

「ああ、とんだタヌキだよ、あの姫さん」

「それもまた、国を……人々を背負うってことなんだろうな」

 

訓練場の片隅で塀にもたれ掛かり、

ハジメと光輝はややボヤキめいた言葉を口にしつつも額の汗を拭う。

二人が思い受かべるのは、あの決闘宣言の直後のことだ。

 

 

「ならば、その勝負、この王国摂政リリアーナ・S・B・ハイリヒに、

預からせて頂いても宜しいでしょうか?」

 

男と男が静かにではあるが視線をぶつけ合う中に割って入る唐突な声に、

ハジメたちのみならず、クラスメイトたちも思わずリリアーナへと、

視線を集中させる。

 

「ハジメさん、如何でしょうか?」

「……俺は別に」

 

やや戸惑いつつも応じるハジメ、問題はむしろコイツだろと、

云わんばかりのその視線の先には、やはり光輝の姿がある。

 

「あ、もちろん勇者様には何の異存も無い筈ですよ、そうですよね!」

「……はい、リリ……いえ、摂政様」

 

予想に反して素直に頷く光輝、彼に取っては、自分が今こうしてここにいること自体が、

様々な人間たちの厚意に基づくものであることを十二分に理解している。

だから、もとより異論など口にしていい立場ではないことくらいは弁えている。

ただどうしてここで口を挟んでくるのかという疑問は、ハジメ共々持ってはいたが。

 

一方のリリアーナではあるが、

彼女とて男と男の戦いに口を挟むべきではないことくらい承知している。

それでも二人は今や王国の、ひいては人間族の貴重な戦力である、

万一のことがあってはならない。

それに彼らが協力者でいてくれる間は、戦力として計算出来る間は、

自身の良心の許す限り使い倒すという、いわば為政者としての考えもそこにはあった。

 

ただしそういう計算高さだけでは決してなく、

名目を、制約を与えれば、この二人も無茶はしないだろうという思いが、

先にあったことも確かである。

 

ともかく、こうして話はとんとん拍子に進み、

互いの決意と覚悟を確かめ合う、そんなささやかな決闘は、

何時の間にやら王国復興と人間族の不屈を示すべく行われる、

壮行試合にして御前試合へとその目的をすり替えられてしまっていたのであった。

 

「さて、また練習するか」

 

休憩を終え、人払いをした訓練場の中央へと戻るハジメと光輝。

自分たちが行うのは、あくまでも内外に王国健在、勇者ありを示すための試合だ、

ゆえに血で穢すことは許されず、どこぞのレスラーとボクサーとの試合の如き、

塩展開も決して許されない。

 

従って彼らが行うことはいわばプロレスであり、

今のところはブックの確認中といったところであろうか?

 

「最終的には引き分けにすりゃいいんだよな」

「すまない、と、いうか、お前もまずは入場の動きくらいは覚えてくれ、

でないと先に進めない」

 

謝意を示しつつも、チクリと反撃を始める光輝。

 

「ええと、まずは……」

「違う、足が先だ」

 

もともと八重樫道場で儀礼的な構えや所作の数々を学んでおり、

そしてこの地に於いても、そういった行事に参加することが多かった光輝とは違い。

実戦叩き上げのハジメには、決まり事や制約の多いこれらの動きは、

窮屈にして面倒くさいの一言に尽きる。

 

それにもとより互いの得物が剣と銃である、噛み合う筈もなく、

メルドらの指導を受けつつも、二人の動きは未だぎくしゃくとしたままであった。

 

しかしそれにしてもメルドもだが、ジータたちは一体何をしているのか?

早く来てくれないとこのままでは間が持たない。

 

ちなみにそのジータと、それから雫だが、

実は案外近くで息を潜め、二人の会話に聞き耳を立てていたりする。

 

 

「いいんですか?二人だけにしておいて」

「いいんだ、あいつらは互いの事を知らなさすぎる」

 

ジータと雫はメルドの言葉を思い出す、彼はあえて二人きりの状況にするように、

心配気なジータと雫に事前に指示を出していたのだった。

 

「何かしこりを抱えているのなら、早めに出し切った方がいい、とは言うけれど」

「しこり……と、言えるほどの関係も無かったと思うんだよね」

 

教室での二人の関係はといえば、例によって勝手な思い込みに躍らされた、

光輝がハジメに喰ってかかっていた程度のもので、それすらも、

自分や香織を介してのものであり、それはここトータスに於いてもほぼ変わることはなく、

だから二人はいわば関係云々以前の問題だと、ジータには思えてならない。

 

「ですが、お二人とも変わられました、ならばきっと新しい関係を築ける筈、

いえ、そうでなくてはならない筈です」

 

リリアーナもメルドの意見に賛成の意を示し、

その言葉にメルドも我が意を得たとばかりに頷いたのをジータたちは思い出す。

 

「お前さんたちも武術を齧っていたのなら、演武の一つもやったことがあるだろう?

心がけるべきものは何だ?」

「それはもちろん互いの呼吸に合わせて……あ!」

 

もしかして唐突に御前試合などと言いだしたのは、

それを期待してのことだったのかもしれないと雫は思った。

 

 

しかしこうして見てる分には、どうにもじれったくてならない。

二人の気分はまるで"はじめてのおつかい"を見守る母親の心境だった。

 

「な…なぁ」

 

ここでようやく光輝が、ハジメへとたどたどしい口調ではあったが話しかける。

光輝にとって友人とは向こうからやって来るものであって、

自分から求めるものではなかった、少なくともこれまでは。

 

「なぁ……南雲が、初めて人を殺したのは、いつだ?」

 

間の保たなさに少し焦れたとはいえ、

本来聞くべきではないことを、ハジメへとストレートに尋ねてしまい、

言ってからしまったという表情を見せる光輝、

やはりそういう気配りが、何処か自分には欠けているようだなと、

つくづくこれからを我ながら思いやらずにはいられず。

それは物陰で聞き耳を立てるジータと雫にとっても同様であった。

 

((いきなりそういうこと聞くんだ……))

 

そんな光輝らの内心を知ってか知らずか、ハジメは淡々と自身が初めて人を撃った日、

大峡谷での帝国兵との一件を語って聞かせる。

 

「そうか、奴隷狩りか……」

 

かつて自分に一杯喰わせた帝国皇帝ガハルドの顔を思い出す光輝、

あの男の麾下ならやりかねないとも。

 

「言い訳をするつもりはない……けど」

「気にするな、そんな連中なら、南雲がどんな宝物を持っていても同じことになってたさ」

 

そう言いつつも、自分ならどうしただろうかと光輝は思う。

 

「後悔しているわけじゃない、あの時は……ああするより他に思いつかなかった」

 

遠い目を見せるハジメ。

確かに戦いはきれいごとではない。

生き残るためならばいかなる汚い手も使うし、事実そうしてきたという自覚もハジメにはある。

だが、それを免罪符として好き勝手に振る舞うのは何か違うし、

そんな生き方が他人から尊敬されるとは思えない、精々が動物園の猛獣扱いが関の山だ。

 

「けど、他にやり方は無かったのか?ってことだけはいつも考えることにはしている」

 

避けられない争いがあるからこそ、避けられる争いは避けねばならない。

救えない命があるからこそ、救える命は救わねばならない。

そのことに依って殊更尊敬されたいとも感謝されたいとも、

英雄や勇者になりたいわけでもない。

だが少なくとも自分を愛し慕ってくれる女の子たちを、

己の行動で恥ずかしい思いをさせたくはない。

そんなささやかな羞恥心を抱き続けることが出来たからこそ、

今の自分があるのだとハジメは思う。

 

「じゃあ、今度は俺が聞く番だ」

 

光輝を見るハジメの瞳がやや意地悪く光る。

 

「結局、どうやって許して貰えたんだ?頭を丸めるだけじゃ済まない話だぞ、本来なら」

 

いかな理由があれど、職場放棄、まして敵前逃亡など以っての他である、

本来ならば重罪の筈だ。

 

「……許して貰えたわけじゃ決してない」

 

確かにメルドらからかなり厳しい叱責を受けたのも事実だし、

あの日以来、顔を合わせ辛く、仕事を理由にジャンヌから逃げ回っているのも、

また事実である。

しかし、むしろ償いはこれからなのだという思いが光輝にはある、

だからこそ個人的な私闘を見世物にされるという違和感を内心抱えつつ、

リリアーナの提案に乗ったのもその一つだ。

 

「……ただ」

「ただ?」

 

光輝はつい先日のリリアーナの言葉を思い出していた。

 

 

「以前のあなたには、まるで人形のような頑なさがありました」

 

ひたすらに平身低頭し許しを乞う光輝へと話しかけるリリアーナ、

王族として幼少時から様々な人物と接して来た彼女にとって、

光輝の笑顔はまるで造り物の様に、最初からそうするように仕組まれた、

浮世離れした舞台の演者のような何かにしか見えなかった。

 

「でも……安心しました、あなたは確かに失敗したのかもしれません」

 

リリアーナは力づけるかのように、項垂れる光輝の肩へと手をやり、言葉を続ける。

 

「ですが、その胸の中には私たちと変わらぬ物が宿っているということを知ることが出来て」

 

勇者ではなく一人の人間として自身を思いやってくれる、リリアーナの、

いや……多くの仲間たちの言葉に、光輝は自身の視界が歪んでいくのを感じていた。

 

「だからこそ、今度こそあなたは答えを示さねばなりません、勇者である前に、

人間としての答えを」

 

 

不思議な物だ、あれほどまでに特別であることを欲していた自分が、

今では普通であることを願い、喜びを感じるようになるとはと、

光輝は思わずにはいられなかった。

 

「ただ何だよ?」

「何でもない……けどお前の話を聞いてて思ったんだ」

 

口籠りつつも光輝はポツリと呟く。

 

「これから俺たちが戦うであろう敵にだってきっと……会いたい家族があって

帰りたい家があるってことは忘れるべきじゃないよな」

 

それでも刃を向け合い血を流し合うのが戦争の罪悪なんだろうなと、

二人は顔を見合わせる。

 

「とっ……ところでだな」

「な、南雲ってマンガとか……詳しいんだよな?」

 

((うーん、そこでそういう話に戻すかなぁ))

 

何とか歩み寄ろうとしている努力は認めるが……。

しかし今の自分たちの姿は、おつかいを見守る母親を通り越し、

何とかお見合いが纏まるようにと願う仲人のようだなと、

ジータたちとしては思わざるを得ない。

 

「い、妹が読んでるマンガで……ウチの道場の女子とかも読んでてて……その、

それでだな、ご…〇等分の花嫁って……知ってるか?」

「……まぁ、読んでるけど」

 

困惑を隠さず言葉を濁すハジメだったが、一応本来の得意分野なので、

先程よりは楽な気分で会話に乗ることが出来る。

 

「主人公の花嫁は誰だと思うってか?もしかして」

「あ……ああ」

 

ハジメが会話に乗って来たことで、光輝も少し気が楽になったのか、

先程よりは声に弾みが出て来ている。

と、未だギクシャクとしつつも、何とか歩み寄ろうとしている、

そんな二人の様子に耳をそばだてつつ、ふと、空を見上げた雫の目に、

何やら黒い点のような物が降り重なるようにこちらに近づく、いや落ちてくるのが映る。

どうやらハジメらもそれに気が付いているようだ。

 

「ねぇ、あれ?」

「な……なにかなぁ?」

 

まだ何も聞かれていないのに口籠るジータ、その態度を受けて、

雫が隣に座るジータの顔を訝し気に覗き込む、

考えてみれば香織共々、先だってからどうも様子がおかしかったのだ。

 

「ねぇ?ジータ……何か知ってるんでしょ?」

「知ってるっていうか……その……ちゃんと止めたんだよ、私」

「止めた?止めたって何よ!答えなさいよ!」

 

聞き捨てならぬ言葉を耳にし、思わず語気を荒くする雫、

その時であった、複数の黒点の中の一つだけが、

地上へと急スピードで迫っている姿を捉えたのは。

 

 

「先に行かせて良かったのかなぁ」

「あのままじゃ何時までたっても顔を合わせようとしねぇからな」

「……あはは」

 

一方、上空でウロボロスに乗り、悲鳴を上げながら落ちていく何かを見下ろすのは、

香織とカリオストロだ。

 

「しかしアイツのあの不器用さは何だ、折角のスペシャルボディが宝の持ち腐れだぞ」

 

 

「おい!」

「ああ……上から何か来るな」

 

頷きあうと互いの得物をその手に握る、ハジメと光輝。

最初は黒い点だったその物体は、今やぐんぐんとその姿を露にしつつ、

地上へと迫って来ていた。

 

「うわああああああっ!光輝ぃ!うっ受け止めてくれぇえええっ!」

 

そんな悲鳴が聞こえたかと思うと、その物体は吸い込まれるように地面に激突する。

そして舞い上がった砂煙が晴れると、そこには美しき銀髪碧眼の美女が、

頭を振りながら立ち上がる姿があった。

 

「てめぇ……」

 

ハジメはすかさず状況が今一つ飲み込めていない光輝へと、警告の叫びを飛ばす。

 

「離れろ天之河!こいつは神の手先だ!」

「なるほど……そうか、お前が」

 

光輝の瞳が鋭さを増していき、その声が怒りに震える。

 

「ま!待ってくれ!お……俺、俺だって!なぁ光輝ぃ!」

「貴様の様な奴に気安く下の名前を呼んでもらいたくはない!

神の走狗め!覚悟しろ!」

「ホ、ホント!ホントに俺だって!なぁ俺!俺だよっ!」

 

必死で泣き叫ぶノイントだったが、

その様はハジメらにとってはまるで詐欺師のようにしか見えず、

怒りに声を震わせながら光輝は聖剣を構え、

ハジメもまたドンナーを銀髪碧眼の美女―――ノイントへと突きつけたその時。

 

「ま、待って!タンマっ、タンマだよ!」

 

息を切らせてジータが彼らの間へと駆け込んで来たのであった。




ノイント……一体何者なんだ。
ちなみに五等分の花嫁はこの世界ではまだ完結していません。



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雨降って……

ラムレッダSSR昇格にも驚きましたが、カリおっさんリミテッドverだと!
と、それはさておき、20万UAプラスお気に入り800件突破、ありがとうございます。


 

 

「ジータどうしてここへ…って、あーもしかして俺たちの話、隠れて聞いてたな」

「そ、そんなのいいからっ、話を聞いて」

 

例によってこの近くにいることは分かってはいたが、

こんな距離にいるとは思ってもみなかった。

不満げな表情を隠そうともせずにジータと、

その背に庇われるようなノイントへと視線を向けるハジメ。

 

「どうしてそいつを庇う!どいてくれジータ!」

 

正眼に剣を構える光輝。

 

「だからっ……その」

「その汚らわしい手でジータに触るんじゃねぇ!」

 

ノイントの眉間に照準を合わせるハジメ。

 

「たたたっ!助けてくれジータ、このままじゃ南雲と光輝に殺されちまうっ!」

「やっぱりジータも香織も何か知ってたのね!」

 

話を聞いてと言ったはいいが、どう説明していいのか未だ答えを考え付いておらず、

言葉を濁すジータの背中にノイントがしがみ付き、さらにハジメと光輝のみならず、

雫までもが険しい視線を投げかけて来る。

 

「そ……そのぉ、これ……坂上君……なの」

 

心から申し訳ない、そんな表情で、かつたどたどしい口調で、

ジータは自身の背中に隠れるノイントの正体をハジメらに伝え。

 

「ホントだよぉ~~俺はれっきとした坂上龍太郎で、生年月日は~~」

 

そして龍太郎を称するノイントは、それを受けて必死になって個人情報を叫び始める、

その悲痛な表情と、何よりジータが嘘を吐いていないことを察知したハジメは、

半ば呆れ顔でドンナーを降ろし。

そして光輝もやはり首を傾げつつではあったが、未だ姿を見せないままの親友の名を呟いてみる。

 

「おまえ……龍太郎?なのか?……もしかして」

「あ、ああ……そうだよ、天之河光輝の親友の坂上龍太郎だよぉ」

 

光輝が自分に気が付いてくれたことが余程嬉しいのか、

ノイントは未だ言葉を詰まらせつつも、その美貌を輝かせながら返事を返す。

だが、当たり前の話ではあるが、それでも光輝は手放しで信用しようとはしない、

瀕死の重傷を負っているという話は聞いていても、

一体、何をどうすればこんな事態になるのかさっぱりわからない。

 

それでも、自分に出来る限りの手段を用い、何とか確認の術を探るのは、

やはり成長の証だろうか?

とりあえず彼は目の前の坂上龍太郎を称する美女へと、

いくつかのデリケートかつ、プライベートな質問をぶつけてみることにした。

 

「だったら……お前が小一の時のこどもの日、俺の家の五月人形を……っと、

すまない南雲、ジータ、少しだけ耳を塞いでいてくれ」

 

 

「龍太郎……本当に龍太郎なんだな」

「ああ、見た目は変わっちまったけど、ちゃんと生きてるぜ、この通りな」

「変わりすぎだろ……心配かけた挙句に……この野郎!」

 

感極まった光輝がノイントもとい龍太郎の身体を抱きしめる。

 

「お前こそえらいドジ踏んだらしいじゃねぇか!

そんでもって今どき丸坊主だなんてどこの中坊だよ!ザマァねぇぞ勇者!」

 

やはり龍太郎も涙を流しながら光輝の身体を強く抱きしめる。

 

しかし、傍から見ると美男と美女が涙を流し抱擁しているのではあるが

美女の中身のことを考えると、ハジメにとってはどうにも割り切れない、

複雑な気持ちを覚えてならなかった。

 

「それで、一体どういうことなんだ?南雲」

「それは……俺も」

 

光輝の問いに首を傾げるハジメ。

龍太郎の新しい身体は別に精製していた筈だ、勿論本人ベースの肉体で、

今のこの状況が誰の差し金かくらいは見当がつくが……と、そこに。

 

「やっほー!お兄ちゃんたちっ!」

 

恐らくこの状況を生み出した張本人、天才美少女錬金術師の元気な声が響くのであった。

 

 

一先ず訓練場のロビーへと説明の場を移し、

カリオストロはベンチにどっかと腰掛け、得意げに講釈を開始する、

ハジメたちのみらず、メルドに雫、香織にジータにリリアーナと言った面々の姿も、

そこにはある。

 

「その、ええと魂魄魔法の力で、龍太郎の魂をその……ノイントの身体に

移し替えたというのは理解出来たけど」

「そうですよ、どうしてこの身体なんですか!」

 

身を乗り出すようにして、カリオストロへと問いかける雫とリリアーナ。

そしてその視線は一緒に居ながら何故こんなと、ジータを責めるような物へとも、

変わりつつあった。

 

「止めたんだよ!私ちゃんと!」

「俺が頼んだんだよ、もっと強い身体になりたいって……」

 

そう、切実に訴える龍太郎の姿が、エリセンでのあの夜、

自身へと涙ながらに強くなりたいと叫んだ香織の姿に重なると、

ジータとしても、どうしても反対しきることが出来なかった。 

ましてや強くなるために、自ら奈落にまで身を投じた男の願いなのである。

そして香織もまた、龍太郎にかつての自分を重ねていたのだろう、

彼の言葉を、決意を聞くや否や賛成したのは言うまでもないことであった。

 

「それにカリオストロさんもミレディさんも賛成してくれた」

 

とはいえど、やはり顔を見合わせるハジメとジータ、その面々の場合は、

賛成と言うより、面白がっていただけではないのかと。

 

「だからって俺に内緒でさ……」

 

ハジメはハジメでカリオストロに与えられた、人体精製諸々の課題に掛かりきりだったのだ。

自分の与り知らぬところでそういう話になっていたのを知ってしまうと、

やはりいい気持ちはしない。

 

「悪ぃ、俺が口止めしたんだ、南雲が聞いたら止めるって思ってさ」

「当たり前だ、TSなんぞ俺の趣味嗜好にはない」

「それによ……」

 

柳眉を歪ませ、ノイントボディの龍太郎が呟く。

その物憂げと言っていい表情は、中身を考慮しなければ実に絵になる姿である。

 

「そうでもしなきゃよ、心配だけ掛けておめおめと戻れねぇじゃねぇか」

「済まない、俺があの帰り道で迂闊なことを言ったばかりに」

「いいんだ、その迂闊な一言に乗っかった俺の方が悪いんだ」

「ま、実務面で言うとだな」

 

そこでまたカリオストロが説明に戻る。

 

「アーカルムカードの力は魂のみならず肉体にも強く紐づけされている、

それを切り離すのはオレ様でも至難の技だ、そこでだ、

性質の異なる肉体に魂を移すことで、その影響力を

何とか薄めることが出来やしないかと、オレ様としては考えたわけだ」

 

そうだ、瀕死となったその身体もだが、

目の前の男は呪いまで抱え込んでしまっていたのだ。

 

「で?効果の程はどうなんだ?」

「ああ……腹も減るし、ちゃんと眠くもなるんだ…………」

 

肝心の痛覚については未だ取り戻せぬままであったが、

それでも……と、涙ぐむ龍太郎。

 

「しかし、コイツはとんでもねぇ不器用だな、オレ様の計算ではその身体なら

ハジメ相手にでも互角で戦えるだけのスペックがあるというのに、

ロクにその力を発揮出来ちゃいねぇ、さっきのザマは何だ、

飛行能力だってちゃんと備えてある筈なんだぞ!」

 

そう、本来ならば飛行能力のみならず、"分解"や双大剣術、銀翼や銀羽といった、

本領を発揮する前に狙撃の憂き目にあったとはいえど、

ハジメを苦しめたノイント固有の能力も扱える筈なのだ。

 

しかし龍太郎本人の資質の問題なのか、それとも魂と肉体とのマッチングに問題があるのか、

それらの能力は未だに扱えぬままである。

それでもその身体能力を生かした格闘術だけでも、

かつての自分を遙かに凌ぐ戦力を得るに至ったのも事実である。

だからこそカリオストロは龍太郎に釘を刺すことを忘れなかった。

 

『カードの呪縛は薄れただけだ、根本の解決は出来ちゃいねぇ、

だから……星の力は決して使うな、使えば使うだけ、お前は人間から遠ざかっていくぞ』

 

ちなみに龍太郎の本来の肉体も、ほぼ元通りに修復され、

保管されていることは言うまでもないことだ。

 

「……なるほどな」

「ごめんね、なんかこういうことになっちゃって」

 

男の親友が女の子になって戻って来る、という普通に生きていれば、

遭遇することはないであろうシチュエーションを味合わせてしまったことについて、

光輝と雫へと頭を下げるジータ。

その視界の端には隠れる様に、ゴメンネと両手を合わせる香織の姿もある。

元々ちゃっかりした部分はあったが、魔物の血肉を取り込んで以降、

そういう所にも、ますます拍車がかかっている様だ。

 

そんな幼馴染たちの様子を苦笑しつつも眺める光輝、

その肩へと何かを促すように雫の手がかかる。

二人は頷きあうとスッと表情を真剣なものに変え、ハジメらの方を向き姿勢を正し、

深々と頭を下げた。

 

「皆、私たちの親友を救ってくれてありがとう」

「借りは増える一方だし、返せるあてもないけれど……

せめてこの恩は一生忘れないことにするよ」

 

素直に感謝の言葉を口にする光輝を見、目を丸くする龍太郎。

 

「お前、ホントに変わったんだな」

「お前ほどじゃないけどな、多分」

「この野郎」

 

軽口を叩きつつもグータッチで応じ合う光輝と龍太郎。

そんな様子を目を細め眺めつつ、メルドがポンと両手を叩く。

 

「さぁ、そろそろ練習を再開するぞ」

 

メルドの言葉に従い、また訓練場へと戻っていくハジメたち、

その背中を見つめながらしみじみとカリオストロは独り言ちる。

 

「雨降って何とやら……か」

「あの……さ」

「全く泣かせやがるぜガキどもめ……って、お前まだいたのか」

 

自分の傍らに居残ったままのノイント、もとい龍太郎へと、

訝し気な目を向けるカリオストロ。

 

「なぁ、ところでセンセェよぉ」

「だからなんだ?」

 

クール系美女がもじもじと恥ずかしがるような仕草は、

見る者に一種のギャップ萌えを喚起させるが、中身を知っているカリオストロには、

一切通じることはない。

 

「トイレ行くとき……俺、どっちの方に入りゃいいんだ?」

 

ああ、そういえばまだ言ってなかったなと、

カリオストロは龍太郎に手短に教える。

 

「今まで通りでいいぜ、流石に慣れねぇ内は抵抗あるだろうからな、

ちゃんと生やしといてやったぞ」

「そりゃどうも……って、あーーーーっ!」

「うるせぇぞ!」

 

急に耳元で叫ばれ、思わず龍太郎へと怒鳴り返すカリオストロ、

何だろうと怒鳴り声を聞きつけたハジメが振り返ろうとするが、

 

「見世物じゃねぇ!お前はお前の仕事をやれl」

 

カリオストロの怒声に、回れ右で訓練場へと戻っていく。

 

「は……は、生えてるって……いいのかよ!」

「いいんだ、一生女のままで過ごす気はないんだろう、

それにな、性器ってのは人体にとって重要なバランサーだぞ、

少しでも元の身体に近い方がいいだろうと思ってだな、オレ様は……」

 

それでも疑念の目を見せる龍太郎であったが、

しかしもとより脳筋の彼が、口でカリオストロに勝てる筈もなく、

そのまま何となく言いくるめられてしまったのは言うまでもなかった。

 

そしてまた時が経過し。

 

王都中央、急場でこしらえられたとは思えぬ威容を見せる多目的ステージにて、

大観衆の中、躍動するハジメと光輝。

 

その観衆の殆どが、先の戦いで傷つき、多くを失った民衆たちであり、

その誰もが思っていた、勇者が、この二人がいればきっとまた王国は、

人間族は立ち上がることが出来ると。

 

しかしそんな喧騒から耳を背けるかの様に佇む、一人の少年の姿があった、

手に失った想い人の形見を握りしめて。

 




後にも先にもノイント龍太郎だなんて真似をしでかすのは、
多分この作品だけかも……。

次回、ハジメvs光輝プラス……。



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What is Your Wish?

決着。


 

大観衆が見守る中、互いの秘術・秘技を惜しみなく披露していく、ハジメと光輝。

二丁拳銃で攻めに攻めるハジメ、そしてそれをも凌ぎ切り、反撃の白刃を閃かせる光輝、

そんな二人の一挙手、一投足に人々は大いに歓声を上げる。

 

しかしそんな喧騒に背を向ける少年、永山重吾は一人寂しげに所在無げな姿を見せていた。

その手にはやはり愛した少女の形見である、ヘッドドレスが握られている。

 

「……いい気なものだな」

 

恨むことは筋違い、そうは思っていても一人になるとどうしても、

そんな負の感情が溢れ出て止まらない。

光輝はこの世界を救うために神に立ち向かうと言った、

ハジメは皆を日本へと無事に帰してやると言った、しかし……。

今の彼にとっては、その言葉はどれも心に響く物ではなかった。

 

「なぁ……見ないのか?」

「とてもそんな気には、なれなくってな」

 

背中に掛けられた親友の声に、振り向くことなく永山は応じる。

一人になると嫌な事ばかり考えてしまうが、かといって大勢もまた辛かった。

下手に構われて腫れ物に触るような扱いもだが……

振り返ると遠目にハジメと光輝に声援を送るクラスメイトらの姿が入り、

その笑顔と、自分の境遇を鑑みてしまうと、誰彼構わず恨んでしまいそうな、

そんな激情をいつか抑えられなくなってしまうのでは……、

との思いが湧き出して止まらなくなり、結果、彼は本来従事せねばならぬ

復興作業についても、何処か上の空の日々を過ごしていた。

 

「……」

 

そんな虚ろな表情を隠さない親友の顔を一瞥する遠藤。

やはり、秘密は秘密のままで留め於いて、自分の胸の中にしまっておく方がいいのでは?

そんな思いが一瞬胸に過るが……。

だが、これは言わねばならない、今は悲しみに立ち止まる暇は無いのだ。

 

遠藤は頭を振り、ごくりと唾を飲み込み、巨漢と言ってもいい永山の体躯と、

そしてその拳を交互に視界に入れながら心の中で独り言ちる。

 

(殴られたら、絶対痛いよな)

 

「やっぱハズレ引いちゃったなぁ、どうせならコウキの担当が良かったのに」

「!」

 

失った想い人の口調や声色までも真似した遠藤の声に絶句する永山、

歪んでいく親友のその表情を認めつつ、遠藤はさらに続けていく。

 

「こんな安物のハデハデしいブローチなんか恥ずかしくて付けられないっての、

国から金貰ってんだからもっといいものくれりゃいいのに」

 

永山の顔が驚愕に大きく歪む。

あの子にブローチを贈ったことは秘密だった筈だ、なのにどうして知っている!

 

(すまない……)

 

遠藤は息を呑み込み、地雷を踏む決意を固め、核心へと踏み込む、

親友が勇気を振り絞って伝えた告白の言葉と、

そしてその告白を、裏で自身の主に伝え、共にせせら笑ったメイドのセリフをも、

彼は一字一句正確に、永山へと伝えたのだった。

 

「これが……真実だ」

「どうして……お前が、そのことを」

 

永山の顔が、羞恥とそして何よりも憤怒で赤くなっていく。

その姿が、それらがすべて実際の行為であったことを物語っていた。

 

「お前は……いつも、そんなことをしていたのか」

 

永山の問いに、沈黙で応じる遠藤。

そしてその瞬間、彼は自分の視界が反転するのを感じていた、

一本背負いを掛けられたのだ。

辛うじて受け身こそ取れたものの、背中から床に叩きつけられ、

肺の中の空気が一気に抜けていく感覚を覚える遠藤、

さらに永山はそんな彼の身体に馬乗りになり、その激情のまま力任せの殴打を加えていく。

 

「ああああっ、謝れっ!謝れっ!謝れよぉ!」

「目を醒ましてくれっ!重吾っ」

 

自身の身体に雨あられと降り注ぐ拳を一切防ぐことなく、遠藤はひたすら友へと訴える。

 

「あの子はスパイだったんだ!だから……例えば天之河が魔人族に情けをかけたこととかも

とっくにイシュタルたちにはバレていたんだ!」

「言うなぁ!それ以上言うなあ!」

 

自らのその叫びが答えだった、永山は理解していた、

遠藤の……親友の言葉が正しいということを、自分は愛した少女に利用され、

騙されていたということを。

 

だがそれでも憤怒の手は止まらない。

ひとしきり殴ると、今度は丸太の様な腕が遠藤の首に絡みつき、

そのまま絞め技へと移行していく、いや、締めなど生易しい、

首の骨をへし折らんとばかりに。

 

「何だよっ!何なんだよ!どうして抵抗しないんだよ!」

 

怒りの叫びは涙声へとすでに変わっていた。

 

「出来るかよ……」

 

苦しい息の中で遠藤は絶え絶えの、それでもはっきりとした声で、

親友へと答える。

 

「お前の方がきっとずっと辛いんだからな……だよな、騙されていたからって

お前の愛が、想いが間違っていたわけじゃない」

 

それでもあえて真実を遠藤は突き付けた、もちろんこんな状況だ、

単純な友情のみで動いたわけでは決してない、

それでもやはり悲しみに沈み、見当違いの恨みを燻らせる親友の姿を、

見るに絶えなかったという理由の方が大きい。

 

(悲しみに埋没するよりは、心を怒りで燃やした方が……きっと)

 

そして遠藤の、親友のその思いは確かに永山へと伝わっていた。

こんな思いをしてまで、きっとこうなると恨まれることを覚悟の上で、

教えてくれたのだ、という……。

いつしか永山の腕から力が抜け、そして静かな嗚咽の声が路地裏から響くのであった。

 

 

「お前に殴りかかったのは謝る、この通りだ」

 

泣いてようやく落ち着いたか、率直に永山は遠藤へと頭を下げる。

 

「……でもな、正直今でも納得できない」

「無理もないさ」

 

その手に少女を抱いた感覚が未だに忘れられないのか、遠い目で掌を眺める永山。

遠藤は思わずにはいられない、きっとあんなことにならなかったら、

例え騙されていたとしても、もう少し甘い夢を見させてやることが出来たのではないかと。

 

「……俺は、これからどうしたらいい」

「何もしないでくれ……」

 

遠藤の意外な言葉に、首を傾げる永山。

 

「誰よりも辛い目にあった筈のお前が、大切を奪われたお前が自重してくれれば、

きっと皆も大人しく引き下がってくれる」

「俺は……この世界が、こんな世界を作った神が許せない、

もちろんあの子が死んだ原因になった中村のことも」

 

だから、ハジメのことも最初は恨んだが、もしも神と戦うというのなら、

喜んで力を貸したい思いが今では強い。

 

「それでも頼む……我慢してくれ、神への恨みは南雲や天之河に託してくれ、

もう嫌なんだっ!生き残りたい、欲しい物を手に入れたい、

そんな我が身可愛さで裏切る奴が出て来るのは!」

 

それは情報収集という名の元に、

闇を覗かざるを得なかった男の心からの叫びだった。

 

「俺は抑え役になればって……ことか」

 

永山の言葉に、遠藤は静かに頷く。

 

「みんなで帰りたいんだ、そのために俺たちがやらないといけないことは

南雲や天之河が後ろを気にせずに戦えるようにすることなんじゃないのか」

 

そこで体勢をぐらつかせる遠藤、気が済むまではと思っていたが、流石に貰い過ぎた、

暫くは寝込むことになりそう……そんな彼の身体を永山は慌てて支えてやる。

 

(こうまでして……俺の為に)

 

「すまない……俺は勘違いをしていた、一番悲しいのは自分なんだって思ってた」

「いいんだ、誰だって好きな子がああなったら……きっと」

 

傷の痛みを押して、永山の背中をポンポンと遠藤は叩いてやる。

 

「でも無茶し過ぎだぞ、一歩間違ったら……もっと上手いやり方があっただろう」

 

親友の口調が、冷静さよりもおっとりとした大人しさを思わせる、

いつもの物に変わりつつあるのを確かめ、何をいまさらと遠藤は笑う。

 

「こんなこと……誰にも相談できるわけないだろ」

 

そんな二人の耳に、最高潮となった観衆たちの声が届く、

いよいよ試合はクライマックスのようだ。

 

 

御前試合は白の勇者と黒の錬成師の秘術を、

(正確には綿密な予行練習を重ねたものではあったが)駆使した、

互いに一歩も引かぬ攻防に大いに湧きかえっていた。

 

「大成功ですな」

 

貴賓席にてメルドは傍らのリリアーナへと話しかける。

 

「ですが大切なのはこれからです、あくまでも私たちの狙いは」

「試合を通じての二人の和解、ですからな」

 

そんな会話を交わす二人だったが、急速に静まり返る観衆の様子を察すると、

その表情が見る間に引き締まっていく。

 

「いよいよ始まりますな」

 

先程とは打って変わって静寂に包まれたステージ、

五メートル程の間合いで、まるで彫像のように微動たりともしないハジメと光輝。

ここからが本当の勝負、クイックアンドドロウの一発勝負。

それが二人が取り決めた決闘の方法だった。

 

受ける者と挑む者、二人の視線が空中で交錯する。

間合いは互いに取ってイーブン、下手な剣士ならば、

その刃が届く前に眉間に風穴を開けられ、下手な銃士ならば、

引金を引く前にその首が宙に飛ぶ、そんな距離だ。

 

しかし二人の表情にはまったく硬さはない、

そう、これから行われることは、決闘であると同時に、

納得を与え、納得を得るための一種の確認作業でもあるのだから。

 

どこからともなく飛んできた一匹の小鳥が、二人の間の床をテケテケと動き回る。

二人の間には緊張はあれど、一切の殺気がない証だ。

そして小鳥が飛び立った瞬間、二人の右手が閃き。

 

光を纏った剣風を紙一重で避けた、ハジメの前髪が僅かに風に散り、

そして光輝の眉間にはドンナーの照準がピタリと合わさり、

ハジメの首筋には聖剣の刃がピタリと添えられていた。

 

恐らく勝負の綾を見切った者は、ほんの数人程度だったであろう。

しかし、この場に居合わせた殆どの者は理解した、

自分たちはとてつもなく凄い物を見ることが出来たのだと。

 

一瞬、時が止まったかのような雰囲気が周囲を支配した後、

噴火のような大歓声が沸き上がる、そんな声を背に、

ハジメと光輝は頷きあうと互いにコーナーへと下がる。

 

「いい勝負でした、よくぞここまでと言いたい、ですが光輝、君の負けです」

「分かってます」

 

まずはジャンヌへと笑顔で頷く光輝。

 

「でも、光輝が欲しかったのは勝ち負けでも決着でもないわよね」

 

雫の言葉にも光輝は笑顔で頷く。

 

「俺……わかったよ、雫」

 

何故結果を知っていながら、雫がグランに告白したのか、

どうしても理解出来なかった、あの冬空の下での、

涙と共に浮かべた爽やかな笑顔の意味を。

 

「負けることに意味なんてないと、今まで思ってた……」

「ん?」

「いや、何でもない」

 

そんな二人の様子を微笑ましく暫し見つめた後、

ジャンヌは光輝へと促すような声をかける。

 

「さぁ、前へ、観客は英雄たちを待ち望んでいます」

 

そして一方のコーナーではやはりハジメが笑顔でジータとユエに話しかけていた。

 

「清水に謝らないとな」

「世界最強は案外短い夢で終わるかもね」

 

今回はこちらの勝ちだった、だが……いずれは、

ハジメとジータにそう思わせるだけの何かを、確かに光輝は届かせていた。

 

「ま、こちとらありふれた職業だし、そういうのはもっともらしい肩書の奴に任せるわ」

「……んっ、でも大丈夫、ハジメはハジメの最強を、最高を目指せばいい」

 

ユエの手がハジメの掌を包み込む。

その手は戦いのためだけにあるのではないと、そう伝えんとするかのように。

そして観衆の声に応えるかのように、ジータはハジメの背中を押す。

 

「ホラ行きなさい、今から仲良くしとかないとね」

 

 

ステージの中央、ごく自然に握手を交わし合う二人に、万雷の拍手が鳴り響く。

 

「で……俺はこれからどうしたらいい?」

「どうもしないさ、好きにしてくれたらいい、俺たちに付いてくるもよし、

ここに残って復興のシンボルになるもよしだ、けど日本に帰る時だけは、

大人しく従ってくれたらいい」

「そうか……」

 

自分たちを囲む観衆たちの視線を感じつつも、

光輝は自身の後ろ髪を引かれるかの如き思いを飲み込む、これもまた現実なのだ、と。

しかし、そんな気分はハジメの次の一言でいとも簡単に吹き飛んでしまう。

 

「身の回りの整理は、帰って一週間あれば足りるか?」

 

何か考えがあるのだろうという事は察してはいた、だが……、

耳を疑いつつも、ハジメへと視線を向ける光輝、その言葉の意味するところは……。

 

「ま……まさか、戻るのか、またここへ」

「神と戦わないなんて、俺は一言も言ってないぜ」

 

リングサイドのジータがほらねと言わんばかりに笑顔を見せ、

やっぱり分かってなかったかと思いつつも、ハジメは話を続けていく。

 

「お前は一人で戦えばいいって思ってるんだろうが、

今のお前を放っとけるわけないだろう、俺たちだけじゃなく、皆も」

 

己が身を捨てた無法は、時として天に通ずる。

無謀ではあったが、それでも無私の覚悟で只一人、

命を賭して世界に、現実に立ち向かおうとする光輝の言葉は、

確かにクラスメイトたちの心を掴んでいたのだ、かつてのまやかしめいた物とは違った意味で。

ただし、それゆえに当の本人の意図とは真逆の効果をもたらしつつあったのは、

皮肉な話ではあるが。

 

「でもな、ここから先は戦いたい奴だけで、平和な日本での暮らしや、

待っててくれてた家族や友達を捨ててでも、この世界の為に命を投げ出せる奴じゃないと、

きっと耐えられない」

 

だから帰る、自分のためだけではなく、戦わぬ者、戦えぬ者のために、

そして戻る、真に戦える者の覚悟を備えた者たちだけで。

 

「……そうか」

 

視線を落とす光輝、やはり自分はまだまだ周りが見えてないようだ。

 

「それに帰ったきりだなんて半端な物作って、あの人が承知するはずないだろう」

 

ハジメの視線の先にはカリオストロが、自身に道を開いてくれた師の姿がある、

それだけではない、きっと家に帰りたいという気持ちだけでは、こうは思えなかっただろう。

 

今の南雲ハジメを突き動かしているものは、望郷の念だけではない。

自分の故郷の世界、地球の外に無限に広がる世界を巡りたい、

そしてそこに在る多くの知識を技術を真理を得たい、という、

望郷の念に等しき、練成に携わる者全てが抱く無限の探求心なのだから。

 

「あ……ありがとう」

「べ、別にお前のためじゃない……」

 

ハジメの目はリングサイドで手を振るユエたちへと注がれる、

そう、この世界は彼女たちの故郷、そして。

 

「お前に取って、ここは第二の故郷なんだな、きっと」

 

そして自分にとってもきっと……そんな光輝の言葉に頷くハジメ。

 

「お互いに怠け者とは言われたくないだろ」

「ああ」

 

頷きあう二人、もうこの世界は自分たちに取って縁も所縁もない世界ではないのだから。

 

「ま、帰ったら」

「五等分の花嫁の答え合わせもだな、俺は五だと思うんだが?」

「いや、三だろ、どう考えても」

「三?マンガに詳しい割には分かってないぞ、南雲」

 

やや脇道に逸れたような言い争いを始める二人、

その声はリングサイドのジータたちにも聞こえてくる。

 

「何話してるんだろ?二人とも」

「んっ、どうせくだらないこと」

「ですが二人はそんなくだらないことを言い合える仲になれた、

それはきっといい事ではありませんか?」

「……だよね」

 

本当にそう思う、そしてそのくだらない事こそが、

きっと彼らを人の領域に留めてくれる鍵の一つになってくれる、

そう願わずにはいられないジータだった。

 

そして本屋さんで結果を知って四かと……二人が思わず口にする、

そんな未来もまた在り得るのかもしれない。

 

 

と、ここでこの話を終えていれば、青春ええやないか的な友情譚として、

幕を閉じる事が出来たのかもしれない、しかし、この世界はそう甘くはないのである。

 

 

未だ御前試合の興奮冷めやらぬ、そんな夜、

リリアーナの命により王宮の一室に集められたのは、

ハジメ、ジータ、光輝、愛子、カリオストロの五人。

 

「お疲れの所、ご足労感謝します」

 

彼らを前にし、まずは頭を下げるリリアーナ、

こういう口調、態度の時の彼女は公務ということ、

自然、襟を正すハジメらへとリリアーナは端的に本題を告げる。

 

「檜山君への判決が下されました」

 

続けざまにリリアーナはつらつらと檜山に課された罪状を読み上げていく。

国家反逆……外患誘致……なんとなく中二心をくすぐられる言葉の数々に、

不謹慎ながらも、少しこそばゆい気分を覚えるジータ。

 

「以上により、被告檜山大介は明日明朝より市中引き回しの上、中央広場にて磔刑、

その屍は見せしめとして十日間晒されます」

「そ……んなっ!」

 

余りにも苛烈な刑に絶句する愛子、もとより極刑は避けられないと覚悟して、

司直の手に檜山を委ねたのは言うまでもないことではあったが、

これは予想外だ、酷すぎる、との思いが胸中に広がっていく。

 

「彼には王国の綱紀粛正の為の贄となって頂きます、これが彼の犯した罪について、

我々ハイリヒ王国が、人間族の代表として下す結論です」

 

そんな愛子の心中を察しつつも、リリアーナは冷徹な口調のまま話を締めくくる。

 

「ここから先に付きましては約束通り、皆様の判断にお任せします、

ただし処刑の開始は明朝八時……それを迎えた時点で彼の身柄は王国の物となります」

 

時計の針は十時を指していた、あと十時間……。

それまでに檜山の処遇について判断を下せということか。

この場の誰もが複雑な表情を隠せぬ中、時計の音だけが部屋に響き……。

 

そして深夜二時、檜山が幽閉されている地下牢へと向かう影があった。




ちょっと距離が近すぎるかもしれませんが、
世の中敵だらけなんだし、せめてクラスメイトとくらい仲良くすべきですよね。

ということで次回は王都編終章、仲良く出来なかった人たちの末路を


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さらば青春の光

リミ版カリオストロ、強いけど連れてく相手がいない。
それはさておき、まずは死刑執行から。

PS 今回は章の締めくくりと言うことで長いです。




地下牢には見張りは誰もおらず、扉の鍵も開いたままだった。

ランプの薄明かりのみを頼りに、その影は足早に向かう、

国事犯のみが収容されるという地下牢のさらに最深部へと、

そして最深部の突き当りの大牢の前に、いよいよ差し掛かった時だった。

 

「やっぱり来たか」

「考えることは同じみたいだね」

 

ハジメとジータの声が、その影の主、天之河光輝の背中へと掛けられる。

 

「お前ら……」

 

そう、彼らは三者三様の思いはあれど、

図らずも朝を待たずに檜山を処断するという結論に達したのだった。

何より、このまま檜山を刑場に送れば、結果的に彼の処刑に、

命を奪うことに関してクラス全員が関与したこととなってしまう。

戦いに関わるべき者は、痛みを知るべき者は、穢れを負うべき者は、

出来る限り少なくなければならない、その思いは三人とも同じなのだから。

 

例えそのことによって、帰還が叶ったとしても、日本での平和な日々を謳歌出来たとしても、

自分たちがそれを心から喜ぶことが叶わなくなったとしても。

 

ともかく二人の姿に一瞬言葉を詰まらせる光輝だが、

すぐにその表情は引き締まった物へと戻る。

 

「待っていてくれたのなら、せめて話だけでも……させて欲しい」

 

少なくとも檜山の監督責任の一端は、自分にもあった筈なのだから、

それに確かめたかった、本当に檜山大介は極刑に相応しき外道へと堕ちてしまっているのかを、

自分自身で、それが……あの日、例えどんな半端な気持ちであったとしても、

多くの運命を背負うことを宣言した者の義務だと光輝は思っていた。

 

「出来るのか?」

 

命を奪うことについて、光輝が未だに強い禁忌を抱いていることはハジメも承知している、

ましてや罪人とはいえ級友の命だ。

万一逃がす……などと口にしようものなら。

 

だが、ハジメの不安など承知の上なのだろう、光輝は案ずるなとばかりに静かに頭を振る。

 

「俺の判断に不満があるならその時は止めてくれて構わない」

 

そして意を決し、光輝は檜山の牢へと足を踏み入れ……眼前の異様な物体を、

目の当たりにすると思わず目を背けてしまう。

そこには幾本もの生命維持装置のチューブに繋がれ、

カプセルの中でごぼごぼと不気味な呼吸音を響かせる檜山の姿があった。

牢内は思った以上に広い、表に出すわけにはいかない極重悪人への、

簡易法廷としての役割もあるのだろう。

 

「よぉ……天之河ぁ」

 

どんな仕組みなのかは分からないが、透明の液体に満たされたカプセルの中で、

檜山は歯茎を剥き出し、光輝へと笑いかける。

その笑顔は人が浮かべていいものではなく、獣の笑みだと光輝は直感した。

 

「助けに来てくれたんだろ、なぁ……俺は無実なんだ、全部南雲のせいなんだ

あんなにたくさん人が死んだのも、無能な南雲が生きているからなんだ、

俺は無能を懲らしめてやりたいだけなんだ、分かるだろ?」

 

気安い口調で呼びかける檜山、彼の中にある光輝はきっとあの教室での姿のままなのだろう。

 

「それにいい事教えてやるぜ、こ、この戦争はなぁ……」

 

口内から気泡を吹き出しつつも、檜山は光輝へと"世界の真実"を捲し立てる。

 

もっともそれは檜山の知る範囲の物でしかなく、

その上過剰なまでの脚色や、自身にとっての言い訳に満ちていた。

もとより光輝にとっても、もう聞いたよという物でしかない、

だが、檜山としても必死なのだ、だから蜘蛛の糸に縋る罪人の如き形相で捲し立てる。

 

「神様に逆らってる南雲を殺したら、きっと皆日本に帰れる、

南雲さえ殺したら皆ハッピーになれるんだ、お前勇者だろう?

勇者なら皆のためになることをしなきゃならねぇよなあ、だから俺と一緒に南雲を殺そう、な

南雲を殺して皆を幸せにしよう、南雲を殺して世界を平和にしよう、

アイツの連れてる女は、全部お前と坂上で半分こしていいからよぉ、お前だって

香織と蒼野を南雲に取られて悔しいんだろう?」

 

現実から目を背け、ただ憎しみに縋る、そんな檜山の姿を、

悲しげな目で見つめつつ、光輝はようやく口を開く。

 

「ああ、それについてなんだが」

「え!南雲を殺してくれるのか?」

 

一瞬、その顔に喜色を浮かべる檜山だが、それには構わず光輝は続ける。

 

「実はさ……お前が殺したがってる南雲が、皆を日本へと連れて帰れる船を造ってくれたんだ」

 

その言葉に牢の外のハジメとジータは互いに顔を見合わせる、

光輝は一体何をしようとしている?

 

「もう、俺たちは戦争に関わることも、神々の争いに巻き込まれることもない、

だから今夜はお別れを言いに……来たんだ、残念だよ……こんなことになってしまって」

 

淡々としているようで、その語尾には光輝の逡巡を現すかのような震えが聞き取れる。

それでも彼は檜山の顔からは視線を逸らさない。

 

「う……うそだ……南雲に」

 

無能にそんなもん作れていい筈がない、嘘だ、お前は嘘を吐いている、

そう言い返そうとした檜山だが、そこに光輝の言葉が重なる。

 

「嘘の筈がないだろう……」

 

上着のポケットに突っ込んだ拳を握りしめつつ、光輝は続ける、

ぬるりとした感触が伝わる、握りしめすぎて掌の皮が破れたようだ。

 

「この俺が、勇者の俺が言うんだから」

 

檜山大介は知っている、目の前の男が、天之河光輝が、

何よりも嘘と卑怯を嫌っているということを、その筈の男が、勇者が放ったその言葉は、

どんな刃や銃弾よりも鋭く、檜山の心を貫き、そしてその心に最後に纏った、

虚勢の鎧を完膚なきまでに打ち砕いた。

 

「あ……あ……あああああ」

 

喘ぐような檜山の声と共に、

ごぼごぼごぼごぼとカプセルの中の気泡の量と音が激しくなっていく、

そしてその目が大きく見開かれ、こうしてついに檜山大介は悟った、

己を支え続けた憎しみが、全て無為な物になってしまったことを、

そして自分が、"無能"以下の"外道"に堕ちてしまったことを。

 

「あ…ああ……ああ……ああっ…いっいやだああああああっ!

死にたくねぇ~~~頼む、助けてくれぇ~~~~俺も連れて帰ってくれえええええっ!」

 

「お……おい!」

 

檜山の絶叫にハジメとジータが牢内に飛び込むが、もう檜山には彼らの姿は映らない。

ただあらん限りの声で泣き叫び続けるのみだ。

 

「オヤジィ、かーちゃーん~~~うわああああああっ~~助けてくれぇ~~~

帰りてぇ~~~家に帰りてぇ~~~わああああああ~~死にたくねぇよぉおおおお

俺が悪かったよぉおおおお!だからよぉ~~~!」

 

そんな檜山の姿を目の当たりにし、流石に堪えきれなくなったか、

俯き視線を床に落とす光輝、その顔は憤怒と悲嘆に満ち、

固く握りしめられた拳からは血が滴り落ちている。

 

「死なせるわけにはいかない!罪を犯すことが当然の魔物として!

罪を顧みる事の出来ない獣として!……死なせたくはなかった」

 

迷いを断ち切るかのように頭を振り、光輝は震えながらも聖剣を抜き放ち、檜山へと構える。

 

「せめて人間らしく、己の罪を悔やみながら死すべきだ!

それがお前が奪った多くの命への償いだから」

 

だが、断罪の刃を握るその手はハジメによって止められる。

 

「これが俺の責務だ、二人とも止めないでくれっ」

「止めても構わないってさっきは言ったくせにっ!」

 

言った傍からと思いつつも、それでもハジメと共にジータも光輝を止めに入る。

 

「こんな奴の命なんぞ、お前に背負わすわけにはいかねぇよ!」

「違う!こんな奴だからこそなんだ!檜山をこんな奴にしてしまったのも

元はといえば優しさと無関心を履き違えた俺の責任なんだっ!」

「そうやって何もかもしょいこむことないから!まったく極端過ぎ……」

 

そこでジータはカプセルの中の檜山が、白目を剥いていることに気が付く、

と、同時に、生命維持装置から警報音がけたたましく鳴り響き出し、

その音を聞きつけたか、カリオストロと愛子が息せき切って牢内に入ってくる。

やけにタイミングがいいなと、ふと思ったハジメたちだったが、

もしかすると、彼女らもすぐ近くにいて様子を伺っていたのかもしれない。

 

ともかく、カリオストロは自身の作った生命維持装置のチェックを行っていたが、

やがて溜息と共にスイッチを落とす。

 

「檜山は……」

 

ジータの問いに無言で首を横に振るカリオストロ。

 

「誰のせいでもねぇよ……平たくいうとな……寿命だ、

朝を待たずに、こいつは勝手にくたばりやがった」

 

寿命、という漠然とした言葉に拍子抜けしつつも、納得のいかない思いを抱える、

ハジメらへとカリオストロは続ける。

 

「元々生きてるのが不思議だったんだ、ここまでよく保ったと言うべきだな」

「ですがっ!」

 

それでも不満気な光輝に向け、愛子は諭すようにその肩にそっと手を置く。

 

「受け入れて下さい……あとはこちらでやって置きます」

 

口調こそ静かではあったが、これ以上は何も聞くなと言う雰囲気に、

大人しく引き下がる三人、その背中を眺めつつ、カリオストロもまた口の中で

静かに呟いた。

 

「背負うのはな……まずは大人の役目、なんだぜ」

 

こうして、小刻みに背中を震わせる愛子の後姿を見やりつつも、

やりきれない徒労感と無常感に支配された身体を引きずるように、

ハジメたちはその場を去るしかなかった、しかしながら……。

いかに外道に堕ちたとはいえ、

級友の命を断たずに済んだという安堵感が無かったかといえば、

嘘になるだろう。

……ただ、どうにも腑に落ちぬ疑問も残ってはいたが。

 

「なぁ……どうしてあいつは……檜山はお前をそこまで憎んでいたんだろうな?」

「「……」」

 

そんな疑問を口にした光輝へと沈黙で応じるハジメとジータ、

本当に彼らにはそれが分からなかった、最後まで。

 

 

こうして檜山の死は、近藤同様に一先ず公式には秘匿されることとなった、

いずれ折を見てもっともらしい理由で公表はされるだろうが。

 

 

それから数日、ハジメたちは旅立ちの準備を終えようとしていた。

 

「食料とか多すぎやしませんかぁ」

「いいんだ、天之河たちの分もあるからな」

 

シアの指摘に、さも当然とばかりに答えるハジメ。

 

「来るの……でしょうか?」

 

大迷宮の過酷さ、危険さは十二分に伝えたという自覚はある、

志だけでは攻略など決してままならぬことも、きっと承知しているだろう。

それでも。

 

「来るさ、必ず」

 

また確信めいた言葉を口にしたハジメの耳に、複数の足音が届く。

言わずもがな、光輝ら勇者パーティ一同とさらに愛子とカリオストロの姿もある。

 

な、と、ハジメはシアに目配せするが、

シアはその中に本来いるべき存在が欠けていることに気が付く。

 

「姫様はどうしたですか?」

「今日は早めに下がられました、明日も早いとのことですから」

 

今回はリリアーナも同行することになっている、といっても、

もちろん大迷宮に連れて行くわけではなく、

先の王都侵攻の見舞いということで、帝国からも使者が出ており、

その返礼としてリリアーナが直接帝国に向かう必要が出て来たため、

ついでという話である。

もっともその帝国もまた魔人族の手により大きな被害を被ったとの話も届いている、

どこもお互い様といったところか。

 

「こんなものまで作れるようになったのか」

「すげぇな、これなら確かに帝国だろうが何処だろうがひとっ飛びだぜ」

 

光輝たちは、ハジメが造り上げた大航海時代の帆船と産業革命期の飛行船を思わせる、

優美にしてクラシカルな外観の飛空艇、いや世界によっては騎空挺と呼ばれる――――の、

威容を一瞥するや、驚きの声を隠そうともともしない。

だが、ハジメに取ってはこれはあくまでも通過点と言う思いがある、

だからまだこの船には名前を付けない、そう、自分が目指すべきは……。

頷きつつも、駆動機関を個人の能力に頼るようじゃまだまだだなと、

神妙にエンジン回りに注目しつつ、辛辣な指摘を口にするカリオストロへと、

ハジメが視線を移したところに光輝の声が届く。

 

「で、ひとっ飛びついでになんだけど……」

 

来たか、最終的には同行を承諾するにしても、多少は勿体ぶった方がいいかなと、

そんな考えが頭に浮かんだハジメだったが、光輝からの申し出はハジメに取っては

やや意外なものだった。

 

「その……ライセン大峡谷は通るのか?」

 

大峡谷は樹海と帝国と王国のちょうど中間にある、むしろ通り道と言った方がいい。

立ち寄ることについても別段問題はない、だが、ということは。

 

「お前……まさか」

「ああ、俺はライセン大迷宮に挑まないとならない」

 

先の言葉通り、光輝らが自分たちの探索に付いてくるであろうことは、

すでに織り込み済みであったし、その準備も整っている、しかし……。

 

「どうしてライセンなんだ?」

 

ハルツィナ樹海に氷雪洞窟、未攻略の大迷宮なら他にもある、

それにライセン大迷宮は光輝のようなタイプを振るい落とすための迷宮だ。

 

「正直に言う、お前とは相性最悪の迷宮だぞ」

「それについても聞いてるさ……本人から」

 

先だって何か生徒たちに一言と愛子に言われ、

質問攻めは苦手なんだと、軽く挨拶だけを澄まして、

そそくさと自分の大迷宮へと帰って行ったミレディの姿をハジメたちは思い出す。

 

「それでも俺はどうしてもかつて神と戦った生き証人の言葉を聞きたい、

そして伝えないと、届けないといけない、俺の意志を……そのためには」

 

その力を示し、攻略者として認められなければならない、しかしそのためには……。

光輝は去り際に交わしたミレディの言葉を思い出す。

 

 

『ライセン大迷宮はね、キミみたいなやる気だけで何でもできるって思ってる

力任せの無策なバカを振るい落とすための迷宮!キミじゃ百万回やっても無理だよ!

キミ一人だけじゃね!これがヒント!』

 

 

自身が向こう見ずで前のめりだということくらい、すでに承知している。

そして今、その欠点を補い、力を与えてくれる存在は、彼の知る限り一人だけだった。

その存在へと、まるで告白でもするかのごとく、光輝は頭を下げる。

 

「お願いします、カリオストロさん、俺と一緒にライセン大迷宮に向かって下さい!

俺に古の賢者の罠を噛み破る知恵を貸して下さい!」

「ほう……口の利き方も、人への頼り方も心得るようになったな」

 

犬歯を剥き出し笑いつつも、カリオストロは我が意を得たりとばかりに頷いた。

 

「ま、オレ様もあいつにゃ色々まだ言い足りないこともあるしな、いいぜ、ということで」

 

少し溜めを作ってそれからカリオストロは勢いよく振り返る。

 

「コースケお兄ちゃんも一緒だよっ!」

「……すいません、俺、ここです」

 

ぶりっ子ポーズを決めるカリオストロとは反対側の位置で、

申し訳さなそうに佇む遠藤、まことに遺憾ではあるが、

これもまたいつもの風景なので、もはや誰も突っ込みは入れない。

ただ、その遠藤の顔に殴られたような跡があることについては、少し気にはなったが。

 

「よし、じゃあ後は俺と雫の五人でかかりゃ……」

「いや、今回は俺とカリオストロさん、そして遠藤の三人で挑む」

 

勢いづく龍太郎だったが、そこで光輝が待ったを掛ける。

 

「え……でも」

 

余りに意外な言葉に目を丸くする雫、そんな彼女を見、

無理も無いかと、光輝は少し気まずそうに坊主頭を掻く。

 

「思ったんだ、俺たちはさ……孤立、いや自立すべきなんだって」

 

余りにも自分たちはこれまで互いに寄りかかり過ぎていた、

そんな思いが今の光輝にはあった。

それが自分の甘えを呼び、そして龍太郎に思わぬ災難を招かせてしまったのだという。

 

「雫も言ってた……だろ?変わらない物なんて無いんだって、

だったら変わるべきはきっと今なんだ」

「光輝……あなたそこまで」

「だから……皆がそう言ってくれるのは嬉しいことだと思うけど、

でも、だからこそ、俺は皆とは一緒に行けない、分かってくれ」

 

親友たちの優しさの傘から一歩を踏み出すために、

そして親友たちに傘を畳ませ、自分の道を歩んで貰うために。

 

そんな決意に満ちた光輝の言葉に、思わず口元を押さえる雫。

その目には光るものが浮かび始め、それを隠すかのように、

雫はただ頷くと、出ていくタイミングを逃したか、

物陰で話を聞いていたジータの元へと静かに後退る。

 

「男の子って急に大きくなるもんなんだって……思うと、少し」

「分かるよ、雫ちゃん」

 

ハジメちゃんもそうだったから……そう思いつつ、

涙ぐむ雫の背中をジータは優しくさすってやる。

そんな彼女の目には、やはり納得いかないのか、

光輝に食い下がる龍太郎の姿が映る。

 

「で、でもよ……」

 

龍太郎が、光輝と、自分の一番の親友と共に轡を並べ戦いたいが故に、

奈落に向かったことをジータは知っている。

だが、それをここで口にするわけにはいかない。

 

「分かってくれ、龍太郎……これは暫しの別れだ、次に会う時は

互いにもっとでっかい男になろうじゃないか」

「う……ううっ」

 

感極まり光輝に抱き着く龍太郎、光輝も親友の熱い思いを応えるかのごとく、

その背に手を回し、強くその身体を抱きしめる。

そう……あくまでもこれは男と男の清き友情の為せる行為である。

しかし片や丸坊主のイケメン、片や絶世の美女(ただし中身は男)という、

極めて異質な図式ゆえに、その抱擁は見る者に複雑な気分を抱かせてしまうのであった。

 

ともかく、そんな複雑な気分を覚えつつもハジメは考えを巡らす。

今の光輝の実力、そしてカリオストロがいれば、

単純な戦闘に関しては、まず苦戦することはないだろうが……。

しかしあそこは普通の迷宮ではない。

とはいえ、幸い攻略経験者にして、心強い助っ人を用意することは出来る。

 

「なぁ、だったらこっちから一人貸すけど、どうする?」

「それなんだけど、シルヴァって人だけは絶対に連れてこないでって……

もし連れてきたらその場で舌を噛み切って死んでやるって」

 

あの身体に舌はあるのかと思いつつも、

散々してやられたのが、よほどトラウマになっているのだろう、

無理もないなと納得するハジメ、

まぁ、ミレディが待つであろう最深部に辿りつくだけならば、

この三人でも問題はないだろう。

 

「ま、そういうことだ、男がいつまでも泣くな」

 

女の外見の龍太郎の背中を、カリオストロがバシと叩く。

 

「それにオレ様が抜ける分、愛子の護衛に人を入れなきゃならねぇ

と、いうことで龍太郎、お前はここでジャンヌや優花たちと協力して愛子と、

そして残りの皆を、この街の人々を守れ」

「うん!それがいいよ」

 

ようやく会話に加わる切っ掛けが出来たと思いつつ、場に姿を見せるジータ、

龍太郎もジータもそう言うならと、少し目を泳がせながらも頷く。

 

「いいか、オレ様たちが戻るまでにせめて空くらいは飛べるようになっておけ!

飛べねぇ龍なんぞオレ様にしてみりゃ只のトカゲだ!だから今のお前は龍太郎じゃねぇ!

トカゲ太郎だ!」

「トカゲってひでーよ、センセェ」

「ぷぷっ」

「ふふふ」

「ああーっ、お前らまで笑うことねーだろ!」

 

トカゲ太郎という響きに、思わず吹き出してしまった光輝と雫に、

頬を膨らませ抗議する龍太郎。

悪い悪いと口元を綻ばせつつも、光輝はハジメとジータへと向き直る。

 

「南雲、ジータ……香織と雫と鈴をよろしく頼む」

「でも……いいの?」

 

魔人族もまた神代魔法を求めている、

従って恵里が自分たちの行く手に立ち塞がることは、ほぼ確実である。

そして彼が向かうライセンは魔人領より最も遠い。

 

「そうだよ……だって、エリリンは……」

 

今にも泣き出しそうな鈴に、皆まで言うなとばかりに、

苦渋と悔恨に満ちた表情で目を向ける光輝。

 

「もしも俺に討たれることを恵里が……いや、中村が望んでいるのなら、

尚のこと、俺は行くわけにはいかない!」

 

それは、個人の願いと勇者の責務を天秤にかけた果てに選び、決断した、

喉の奥から搾り出されるような、まさに悲痛な叫びだった。

 

「それが眼前の小さな悲鳴を聞き逃していた俺への罰、

そして悲鳴が届かないことをいいことに悪の華を咲かせ、

多くの命を奪ったあいつへの……罰だから……」

 

光輝はハジメたちに懇願する、使命にかこつけた体のいい責任逃れと自分でも思いつつ、

それでも蚊の鳴くようなか細い声で……。

 

「だから……あいつを……"救ってくれ"……俺の代わりに」

 

 

 

「以上だ、下がるがいい、フリード」

「はっ」

 

ここは魔国ガーランド、その玉座の間にて、

魔王より労いの言葉を賜ったものの、一礼し踵を返すフリードの表情は暗い。

 

本来の目的こそ達成出来なかったものの、難攻不落、神聖不可侵を誇る王都の何割かを

灰燼に帰しめたことは大きく、これにより人間族全体に動揺が走ることは確実であり、

また魔人軍の戦力の中枢を担う、魔物軍団も健在といってもよく、

これは十分な戦功を挙げたと、評価こそされてはいるのだが、

 

もとより個人的な武勲を求めての作戦ではない。

魔人軍全体を統括する総司令官としては、

あの侵攻作戦は失敗以外の、敗北以外の何物でもなく

何より魔物を率いることが出来る人材の多くを無為に失なわせてしまったという、

事実がフリードの心を深く苛んでいた。

 

もう一つ懸念すべきはあの光だ、一瞬で魔物軍団の何割かを焼き尽くし、そして、

大地に大穴を穿ったあの光、忌々しくも人間どもが断罪の光などと呼ぶ……が、

いつ我が王城に炸裂するのかという不安がある以上、もはや

迂闊な動きは出来ない。

 

そのため今は攻勢よりも再編成を重視し、また機を伺うのがセオリーと言ったところなのだが。

と、思案を巡らせている最中、自分を呼ぶ部下の声にフリードは気が付く。

 

「何だ?」

「はっ、実は"使徒"様がお呼びです」

「……わかった」

 

その声には明確なまでの忌々しさが籠っていた。

 

 

「いいロケーションじゃないか、うんうん打ってつけだよ」

 

採石場めいた周囲の風景に、どういうわけか懐かしがるようなそぶりを見せる恵里、

もちろんフリードにとっては、ただの殺風景な荒野にしか思えない、

これから行うことは外じゃ危ないからと言われ、連れてきてやったのだが。

一体何を……?と、フリードが訝し気に思う中、恵理は自分に伴わせていた、

屍人兵を荒野の中央へと移動させる。

 

「まぁ見てなよ」

 

と、恵里がフリードに促した時だった。

屍人兵はその瞬間、木っ端微塵に爆発した、周囲に大量の炎と爆風を撒き散らしながら。

 

「あのスライムを……死体に仕込んだのか」

「これを人間たちの住んでいる街中でやるんだよ、そしたらどうなるかなあ」

「……」

 

確かに有効な作戦であることは間違いない、自分たちがアンカジで行ったことを鑑みれば、

非道と詰るわけにもいかない、しかし……。

それ以上の得体のしれない闇をフリードは恵里から感じ取っていた。

そう、有用さ以上の危険さを。

 

檜山の顔が頭に浮かぶ、同じ轍を踏む気はない、排除するのならば……。

フリードの手が腰に下げた剣へと伸び。

 

「だからさ、あの可燃性スライムをもっと作って欲しいんだよ、君ならさ出来る筈だろ」

 

満足げに自分へと話しかける恵里の背中へとフリードは刃を突きつける。

 

「何のつもりかな?」

「お前は我ら魔人族を滅びへと導く女だ、ここで死んで貰うぞ」

「……甘く見られたもんだね」

 

恵里の言葉には一切応じず、フリードは剣を握る手に力を込め、

その瞬間、彼の視界が紅く染まる、しかしそれは恵里の血ではなく、

自らの血によって……。

 

「滅ぼすのは魔人族だけじゃない、何もかも全てさ」

 

頸動脈を背後から断たれたにも関わらず、何とか振り向くことが出来たのは、

戦士として、将としての意地か、

そして自分を背後から斬った者の正体を知った時、彼もまた気が付いた、

自分たちが神々の駒に過ぎなかったということを、

 

「……き…さま…」

 

ごぼごぼと口から血泡を溢れさせながら、

フリードは尚も恵里へと刃を向けようとする、が、大量の血を失った身体は、

急速に萎え、彼は自らの血で赤く染まった大地へ頽れてしまう。

それでも視線だけは恵里から、己が民族を内側から食い破らんとしている、

獅子身中の虫から決して離さない。

 

フリードの目から無念の涙が溢れ出す、民族の危機を目の前にしておきながら、

志半ばで斃れる無念さもだが、何よりも口惜しかったのは、

今まで信じ崇めて来た神に駒にすらなれぬとばかりに、

切り捨てられたことと、そしてこれから自分が辿る運命を察知したことだった。

そう、自らの手で魔人族を……同胞を。

 

「大丈夫さ、君は死んでからが本番なんだ」

 

そしてその声と、自らの愛騎たる白竜の視線を遠くに感じたのを最後に、

フリード・バウアーの意識は途切れた。

 

 

「スピーカーは感度の良い方がいいに決まってるよね、

ああこんなこと君に言っても分からないか」

 

傍らの使徒、エーアストへと話しかける恵里、

その傍らには縛魂によって今まさにゆらりと起き上がろうとしている、

フリードの姿がある。

 

「……ちゃんと君が勇者になれるように、今度こそちゃんと僕を憎めるように、

たくさん殺してあげるからさぁ」

 

空を見上げ、ぼんやりと呟く恵里。

この世界がどうなろうとも、そして自分がどうなろうとも、もはや興味など無い。

もう、欲しい物なんてないのだから、いや……望みはある、一つだけ。

 

「だから早く僕を止めに来てよ殺しに来てよ、光輝くぅん、でないと皆死んじゃうよ」

 

 




ということで、ようやく檜山君ともお別れです。
単なる敵キャラではなく、ちょっと探せばいそうなリアルさを感じさせるやな奴なので、
書いていて結構辛いものがありました。
自分の中の嫌な部分と向き合わないといけなかったので……。
恵里くらい突き抜けてくれると、冷静に書けるのですが。

その檜山ですが、当初はドクターマシリトみたいに、ハジメたちに敗れる度に、
どんどん異形の姿へと変じていくという構想があったのですが、
結果的にはしぶとさばかりが目立つ存在としてしか、書けなかった感があります。
フレイザードや尸良のような一流の悪として書いてあげたかったのですが……。

そしてそんな彼に引導を渡すのは光輝ないしは愛子の手でということは、
初期から決めていました。
ハジメやジータの手でそれを行ってしまうと、
結局、復讐じみた私刑に過ぎなくなってしまうのではないかなと思ったのもあって。
あくまでも正当な制裁という形を通すのであれば、
やはりリーダーであり、大人である光輝と愛子を何らかの形で介在させるのが
筋ではないのかなと考えた結果です。

それにハジメ相手だと絶対に反省も後悔もしないと思ったのもあるので。

但し、檜山の死因につきましてはあくまでも病死であり、
それ以上につきましては藪の中とさせて頂きます。
答えは皆様の心の中にということで、ご了承下さい。

結局、檜山にしろ、恵里にせよ、(原作の光輝もですが)
自身が変わることを拒絶し、変わっていく世界や他人にも目を背けた結果、
ああなったのはむべなるかなと思うのです。

それから心身共に原作とは大きく変わったスタンスとなった光輝君についてもですが、
彼は清水同様、自分の中では異世界召喚に翻弄された被害者枠なんですよね。
それにここハーメルンにおいては、色々と酷い目にあってることが多いというのもありまして、
じゃあ…と言った次第。

確かに正義の失墜、勇者の挫折というのは書く側にとっては、
実に書き甲斐があるテーマだと思います。
実際書いてて楽しかったことは否定しません、ですが、失墜を書くのならば、
そこからの再起も書かないとならないのではないかと思うのです。
だからこそ、原作における氷雪洞窟の試練は、しょうがねぇ奴だなと思いつつも、
何とか乗り越えて欲しかったのですが……。

但し自分の初見でも光輝の印象は、
某パーフェクトハーモニーな人や某北の勇者に近いものがあったことは、否定はしません。

今後ですが、本編でも書いた通り彼にはカリオストロと遠藤と共に、
ライセン大迷宮に挑んで貰います。
原作とは違い、人手も増えてることですし、
神と戦うのなら、神と戦った者の言葉をやはり聞かねばならないでしょうと、
それに今の彼ならハルツィナや氷雪洞窟の試練も乗り越えられる筈なので、
ならば別ルートを歩ませるのもまたアリと考えました。
今章において光輝のシーンに多く尺を取ったのも、今後出番が少なくなるのを想定しての事です。
(最終決戦前くらいでしょうか、合流するのは)

とりあえずハジメについては八割、光輝については九割は書けたかなと思っています、
そんな彼らの原作とは一味違う、辛いだけではなく、硬軟織り交ぜたハジメの姿について、
甘えから脱却し、自立した光輝の姿についても、御意見、ご感想を頂ければ幸いです。

ということでしばらくまたお休みを頂くつもりです。
新訳Zならぬ、自分なりの新訳ありふれ、気分だけはそんな風に書いているつもりですので、
どうか今後ともお付き合い頂ければ幸いです。


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帝国~ハルツィナ
Destination



お待たせしました、再開です。
今回はちょっと中の人ネタ多めです。


 

 

心地よい微風にトレードマークのポニーテールを泳がせながら、

雫は自身へと燦々と降り注ぐ陽光に目を細める、ここは飛空艇の甲板の上。

その眼下には、草原や雑木林そして酪農を行う小さな村といった風に、

ファンタジックにして牧歌的な風景が広がっている。

 

先程まではその優雅かつクラシカルな外観からは、想像も出来ない

まさに雲が流れるがごとくの高速で空を駆けていた飛空艇であったが、

現在は遊覧と言ってもいい速度で巡航しており、

したがって、こうして周囲の景色をのんびりと楽しむ余裕もある。

 

「知らなかったな……」

 

思わずそんな言葉が口をついて出る。

この世界がこれほどまでに広く、美しい物であったとは……、

あのままダンジョンと王宮の往復を続けていたままならば、

決して知る事は出来なかっただろう。

 

「なんかソロキャンプとかしたくなっちゃった」

 

現在飛空艇は、やや大回りのルートを取り大峡谷経由で一路樹海、

フェアベルゲンへと向かっている。

それはライセン大迷宮へと光輝らを送り届けるためだけではない、

リリアーナは愛子との約束通り、亜人族解放に向けて着々と準備を整えている。

フェアベルゲンへと船の針路を向けているのも、

帝国に入る前に亜人族の長であるアルフレリックとの交渉を行うためだ。

 

「雫……ここにいたのか」

「光輝……」

 

声の方へと雫が顔を向けると、ハッチから光輝が顔をのぞかせているところだった。

流石に坊主頭だと冷えるのか、今の彼はニット帽を被っている。

光輝はそのまま雫の隣に来ると、手すりに両腕を乗せ遠くの雲を眺め始める。

 

「これ、凄いわね」

「ああ、造っただけでも凄いのに、操縦まで南雲が一人でこなしてるって話だ……たく」

 

素直に感嘆の言葉を口にする光輝だが、語尾にやや口惜しさが籠っていることを、

聞き逃す雫ではない。

 

「やっぱり悔しい?もしかして」

「ああ……けど雫が考えるような意味じゃなくてさ、南雲も、アイツも……

せめてもう少しさ、教室でそういう片鱗を見せてくれていたなら」

 

自分だけではなく、きっと他の皆とも、もっと違った関係にもなれていた筈だと、

言い訳を承知でボヤく光輝。

 

「能ある鷹は何とやら……かしら」

「それにしたって隠し過ぎだ、あれじゃ殆ど誰も気が付かない」

「あら?香織やジータはちゃんと気が付いていたわよ」

「だから殆どって言ってるだろ」

 

ややムスッとした表情を見せる光輝、それは雫の知る、まだ幼かった頃の彼の姿と、

何ら変わりはせず、そういう所はきっといつまでも変わらない、

変わって欲しくないと、雫は思わずにはいられなかった。

これから互いの身に降りかかるであろう、過酷な戦いを経た後であっても……。

 

「悔しいって言えばさ……」

「うん?」

「あ……いや、何でもない」

 

言いかけて口を噤む光輝、確かにこれは雫に言っても仕方のない事だと、

思いながら。

 

「南雲君ばかりモテて羨ましいって?」

「そういうんじゃない」

 

ムッとした口調で言い返す光輝、そういう気持ちもあるにはあるのだろうが、

こういう時の彼は本当の事を言っていると、付き合いの長い雫には分かるので、

だからきっとそうではないのだろう。

 

「南雲君や……龍太郎が落ちた場所、見せて貰いに行ったんですって?」

 

頷く光輝、どうしても知って置く必要があると思ったのだ、二人の地獄を。

 

「……南雲は片腕を斬られて、龍太郎は生きたまま蛆虫に食べられそうになってさ」

 

ここに落ちてたら、俺もジータも……生きちゃいられなかったなと、

蛆虫の湧く泉へと恐る恐る目を向けるハジメの姿や、

あのウサギ、すげぇ蹴りだなと蹴り兎のキックに目を丸くする龍太郎の姿を光輝は思い出す。

 

「それで……光輝はどう思ったの」

「どう思った?って言わなきゃだめか……比べるものじゃないだろ?

あいつらも、そんな中を生き延びたって自信にはなってても、

それを自慢したりなんか一切してないんだから」

 

その言葉が答えを如実に言い表している、そう雫には思えた。

そして二人の会話は、ジータが呼び出した新しい仲間の事にも触れていく。

 

「国庫を解放するってリリィが言った時のジータの顔、見た?」

「ああ……」

 

二人はいっぱいいっぱい回すのぉ~と狂喜するジータの姿と、

天井だの、招待券だの、人権キター!だのといった叫び声を思い出す。

 

「そういや南雲の奴、ホラ新しく入った……かなり面食らってたぞ」

「きっとああいう子とは付き合った事がないのね」

 

と、そこでジータのアナウンスが船内に響き渡る。

 

『ご乗船の皆さま、下をご覧くださいませ、まもなくこの船は

ライセン大峡谷を通過いたします』

 

「ジータったら、まるで修学旅行みたい」

 

ジータの声に合わせるかのように、飛空艇はさらに高度を下げ、

大陸を二つに別つ、広大な峡谷の中へとまるで自ら飲み込まれるかのように、

その船体を沈ませていく。

 

「ええと……この船、神代魔法だっけ?重力か何かので動かして、凄いわよね」

「けど……これほどの力の持ち主たちでも、神には、エヒトには勝てなかった」

 

甲板に描かれた、船出の祝福と旅の無事を祈願した、

級友たちの寄せ書きを見ながら、デッキの手すりを握る手に自然に力が入って行くのを、

光輝は確かに感じていた。

 

(そうだ……これはあくまでも俺の我儘……)

 

もうこれ以上誰も欠ける事なく、級友たちを戦乱の地から、

平和な故郷へと送り届ける事、それがハジメのみならず、

自分が優先せねばならない本来の目的であり

神と戦うというのは、いわば必要ない事なのだ。

 

戦うべきはただいまを言った後、迎えてくれた家族や友の手を振り払い、

行ってきますを、口に出来る者たちだけでいい……。

 

だからその我儘に、危険に、進んで巻き込まれてくれたハジメたちへと、

感謝の気持ちを抱くのと同時に、申し訳なさを光輝は未だに感じ続けていた。

 

「ところで」

 

しかし自分が揺れてしまっては、皆も安心して前に進めない、

どれほど辛くても、勇者は涙を見せず、

常に笑顔であるべき存在でなければならないのだから。

 

と、そんな葛藤を抱えたままの、光輝の耳に雫の問いかけが届く。

 

「リリィと何かあったんじゃないの?」

「え……あ?どうして?」

「ねぇ光輝、話聞いてた?リリィのことよ」

 

この船に乗り込んでからというもの、雫にはリリアーナを見つめる光輝の表情が、

まるで何かを必死で堪えているかのような、悲痛なものに思えて仕方がなかった。

だから思い切って尋ねてみることにしたのだ。

事実、リリアーナの名を聞いた光輝の表情がまた沈んだものへと変わっていく、

やはり二人の間には何かがあったのだろう、力になれることがあるのなら……だが。

 

「リリィが何も言わないのなら……俺が口を出していい事じゃない」

 

声を震わせ、堪え難き何かに必死で抗っているかのような、

光輝の声が耳に入ると、それ以上話を聞くことは雫には出来ず、

そんな彼女の心境を知ってか知らずか、

きっとこれが正しい事なんだ、と自らに言い聞かせるようにも呟く光輝だが、

その声については雫の耳には届くことはなかった。

 

「じゃあ、俺はそろそろ行くよ、降りる準備をしないと」

 

ポン、と雫の肩を叩く光輝、そう、彼の行き先はハジメや雫らとは違うのだ。

その選択は決して後ろ向きな理由ではなく、

より信頼を、友情を深め、これまで以上に成熟した関係となるための別れ、

いや、巣立ちだと雫も理解はしてはいるが、

それでも一抹の寂しさと不安は、彼女に取っても隠し得ない。

 

(でも……私が揺れてちゃダメだよね)

 

「無事でいてね、遠藤君やカリオストロちゃんに迷惑をかけちゃだめよ」

 

努めていつも通りの口調で返す雫、それは光輝に対してよりも、

自分に言い聞かせるかのような響きが含まれていた。

 

「雫こそ俺や龍太郎の分まで皆を頼む……あと……鈴には特に気を配ってくれ

きっと俺よりもずっと辛い筈なんだから」

 

光輝の言葉に雫が頷くと、そこで今度はハジメの声が船内に響く。

 

「ちょっと妙な事が起きた、天之河も八重樫もブリッジに来てくれ」

 

 

二人がブリッジに入ると、中央に置かれている水晶のようなものを

ぐるりと囲む仲間たちの姿がある。

 

「何があったの?」

 

雫の問いに香織が無言で水晶型のモニターを見るように促す、

そこには、数十人の死体が折り重なるように転がっている光景が映し出されていた。

その装備から見るに帝国兵と魔人族だろう。

 

「……酷いな」

 

光輝に言われるまでもなく、その惨状もだが、何より死体の損壊が酷い、

おそらく魔物に襲われたのだろう、薙ぎ倒された木々、焼け焦げた草原、複数の足跡、

かなりの乱戦が展開されたようだ。

 

「互いにやりあってる最中に横槍が入って来たんだろうよ」

「横槍って誰が?」

 

遠藤の問いに、ハジメは峡谷の奥へと向かっている、

いくつかの足跡をモニターへと映し出す、その時であった。

 

「空中に魔物反応!これは……大きいぞ」

 

哨戒を担当していたシルヴァの叫びと同時に警報音がけたたましく船内に鳴り響く。

反応の方向へとカメラを切り替えると、そこに映っていたのは、

複数の灰竜を従えた、エイと人骨を組み合わせたかのような醜悪かつ巨大な魔物だった。

 

「あいつがやったのかなぁ?」

「いや、違うな……たく、もう少し大迷宮寄りの場所に降ろして貰いたかったが……」

 

地上からも、複数の魔物の存在を示す反応が返って来ているのを確認し、

隣の鈴へと、やや不満気な呟きを漏らすカリオストロではあったが、

みるみるとその表情が、むしろいい機会だと云わんばかりの凶悪な笑顔へと変わっていく。

 

「空のデカブツはお前らに任せた!地上の奴らはオレ様たちで引き受ける!

行くぞ!光輝、コースケ!」

 

カリオストロの言葉に待っていたとばかりに光輝はしゃんと立ち上がるのだが、

片や遠藤は、それとは対照的にシア手作りの焼き菓子を、

食べ納めとばかりに、慌てて口一杯に頬張った挙句、げほげほとむせる始末だ。

 

「え、ちょ……俺準備が…まて…水……」

「準備を待ってくれるお優しい敵なんぞ、何処にもいねぇぞ!オイハジメ

ハッチ開け!」

 

遠藤の首根っこを掴み、船尾の格納庫へと引き摺って行くカリオストロ、

そこにはすでに準備万端とばかりに、やや装飾過多のバイク、

いや、バイクにあらずカリオストロ制作のケッタギア、

空の世界に於ける電動、いや魔動自転車式バイクに跨る光輝の姿があった。

 

二人の姿を確認した光輝がケッタギアのペダルを踏み込み始めると、

光輝の魔力を受けた後輪に装備されたリアクターが魔力光を放ち、

竹槍マフラーから駆動音、いやフカシ音が鳴り響き出す。

 

そんなゴテゴテとした後部とは対照的に、車体全部はライトと、

本来装着されている筈のカウルの代わりにチャイルドシートが付いているのみだ、

そのチャイルドシートにカリオストロはどっかと座り込むと、

そのまま後手でハンドルを握る。

 

「操作はオレ様が引き受ける、お前らは迎撃とペダル漕ぎに専念しろ、オイ早く乗れコースケ」

 

え?二人?いや三人乗りするの?と、キョロキョロと遠藤は周囲を見回している。

 

「未知の土地でお前に迷子にでもなられたら困るだろうが」

「全くだ、オルクスでもそうだったが、練習走行で何度お前の姿を見失ったと思ってる」

「俺、隣で一緒に走ってただけなのに……畜生、次に生まれ変わる時はもっとマシな……、

例えば貴族の八男あたりになって、気楽な生涯を過ごしてやるんだ」

 

自身の体質と、背後のけたたましいフカシ音に辟易しつつ、

不精不精、遠藤は光輝の背中にしがみ付く。

 

「うう、どうせならシアさんかティオさんの背中に抱き付きたかった」

「俺だってお前じゃなく、香織や雫を後ろに乗せたかったよ」

「ふぅ~ん、コースケお兄ちゃんはカリオストロちゃんとじゃあ不満なんだぁ、

カリオストロ悲しいなぁ」

「もう今更でしょう……それ」

「チッ、どいつもこいつも可愛げが無くなりやがったな」

 

悪態を吐きつつもどこか懐かし気な表情を見せる、遠藤とカリオストロ。

あの風変わりな出会いを、もしかすると互いに思い出しているのかもしれない。

 

ともかく、三人のスタンバイが完了したのと同時に、

ハジメは飛空艇の高度を地表スレスレへと一気に下げると、

それに誘われるかのように魔物たちが姿を現す。

その魔物たちの姿はどこか不自然な、生物でありつつも人工的なフォルムを、

見る者に感じさせてならなかった。

 

「まずは目指すはブルックとかいう街だ!行くぞ!」

 

光輝の気合いの入った叫びと共に、

勢い良く三人の乗るケッタギアが飛空艇から飛び出し、

同時に光輝の手に握られた聖剣が閃くと、魔物たちが音もなく両断されていく。

 

しかしハジメらにとっては、その勇姿にばかり気を取られるわけにはいかない、

今度は、自身らに迫る頭上の敵へと対処せねばならないのだから。

 

だから彼らは気が付かなかった、光輝らを追うように飛び出していった、

もう一台のケッタギアの存在を。

 

「……今度はこっちの番」

「ハジメちゃんは操縦に専念してて!あっちは私たちが引き受けたから」

 

そんな声を上げるジータの姿は、シャープかつ豪奢な黄金の鎧に包まれている。

しかしながらも鎧の合間のビスチェから覗く胸の谷間や、ミニスカから生えた太腿は

勇猛さに加えて、どこか煽情的なものをも感じさせてならない。

 

彼女の現在のジョブはクリュサオル、

単純な破壊力ではウォーロックをも凌ぐ、超攻撃型のジョブである。

その右手には自身の身長に届こうかという長剣、ヴァッサーシュバイアーが、

そして左手には炎を纏いし刀、極マリシ烈火ノ太刀が握られている。

このクリュサオルは、二刀流を扱うジョブなのである。

 

ブリッジにハジメとリリアーナを残すと、

ジータを先頭に、ユエや雫たちが次々とデッキへと上がり、

迎撃の体勢を整え始める。

 

「少し飛ばすぞ!何とか振り切ってみる!」





次回は空中戦です。


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Defend Order-攻勢防禦-


皆さんガチャピンとスクラッチは順調でしょうか?
私?お前まだおらんかったんかーいなキャラが、
出てきたりとかしてビックリしてます。

後半部分はグラブル関係の話がやや多めです。


 

 

ハジメの掛け声と共に飛空艇は迫りくる巨獣を引き離そうと一気に速度を上げるが、

それでも巨獣はエイのような翼を広げ、飛空艇へと執拗に迫って来る。

 

「私に任せろ!」

 

シルヴァが裂帛の気合いと同時にライフルのトリガーを引く。

だが、放たれた弾丸は巨獣を護衛するかのごとく周囲を固める灰竜たちが盾となり、

標的には届かない。

それはまるで狙撃手への対処法の一つのようにも見えた。

 

「わわわっ」

 

急加速で足をもつれさせ、転びそうになった鈴の手をシアが掴む、

ちなみに甲板には重力魔法が付与されており、

空中での乱戦となっても、振り落とされる心配こそないのだが、

そもそもこれは移動用であって、戦闘を目的とした船ではない。

 

「もう少し武装を増やしておくべきだったか……外観を犠牲にしてでも」

 

灰竜から放たれる光弾を巧みな操舵で避けつつも、

ここは戦乱の地であることを再認識するハジメ。

 

「オイ、逃げてばかりじゃ埒が開かないぞ」

「……逃げきれないなら迎え撃つしかない」

 

シャレムとユエ、パーティメンバーの中でも、ずば抜けて好戦的な二人からの声が、

同時にブリッジに届く。

 

「俺は見ての通りだぞ、お前らだけで何とかしろよな」

「ハジメさん上ですっ」

 

モニターを見つめるリリアーナの声が、ジータらに届くか否かのタイミングで、

彼女らのいる甲板に影が差す。

飛空艇の頭上を取った巨獣が、覆いかぶさるかのように翼を広げたのだ。

さらに護衛の灰竜たちが障壁へと体当たりを仕掛け、その度に飛空艇がグラグラと揺れる。

 

『ミゼラブルミスト!』

『カルマ……さっさと沈め』

 

ジータとシャレムが放った黒霧と重力球が灰竜どもの動きを鈍らせ、

それと同じくしてユエとティオが魔法による射撃を開始する。

その弾幕から逃れ、飛空艇へと迫った一群もいたが、

それらは尽くシアの手により叩き潰されていく。

 

そこで飛空艇の頭上を取ったままの巨獣が鉤爪を一振りすると、

雷撃が幾重にも折り重なって甲板へと走る。

 

「鈴ちゃんも手伝って!」

「うん!カオリン」

 

しかしそれらもまた尽く、鈴と香織の張った障壁によってカバーされる。

 

「じゃあこっちも行くよ雫ちゃん!」

 

ジータが笑顔で傍らの雫へと手を差し出すと、雫も頷きつつ差し出された手をしっかりと握る。

 

「いち、にの」

 

互いの手を握ったまま、タイミングを合わせる二人、

頭上の巨獣の骸骨を模したとした思えない、虚ろな頭部が視界に入る。

 

「さん」

 

"瞬歩"と"縮地"と"空力"を組み合わせ雫の手を引いたまま、宙へと飛びあがるジータ、

もちろんその目は巨獣からは微塵とも離さない。

 

(やっぱり似てる……これって)

 

『アーセガル!』

 

ジータは雫の手を放すと同時に双剣を鞘走らせ、抜き撃ちで衝撃波を放ち、

 

『神斬舞』『煉獄』

 

さらに雫の手の八命切から二つの光が放たれる、一つは巨獣に、

一つは自分の足下で戦う仲間たちに、

この八命切の刃から放たれる光は、相手の魔力を吸収し、

そしてそれを周囲の仲間たちに分配する力を持つのだ。

もっともこの太刀本来の主が使い熟すそれとは、効果量は大きく劣るのも事実ではあるが、

 

そんな彼女らへと、巨獣は小煩げに鉤爪を振るう。

しかしその爪は今の二人に取っては、精度も鋭さも欠いた力任せの一撃でしかない。

 

雫が太刀を一閃すると、まるで根菜を斬るような手応えと同時に、

鉤爪がその中途から切断され、さらに。

 

「雫ちゃん、さっき貰った魔力使わせて貰うよ、デュアルアーツ!」

 

ジータの手の双剣が奥義を放つべく輝き出す。

 

『金碧輝煌!』

 

右手の長剣を剣舞の如く、優雅に振り翳すジータ、

その舞は味方に取っては勝利を、敵に取っては敗北をもたらす舞である。

事実、舞うたびに放たれる無数の剣風が格子状に広がり、

巨獣を斬り刻んで行くのが雫には、いや甲板上のユエや香織たちにもはっきりと見える。

 

ここでそれまで身じろぎもしなかった巨獣の身体が僅かに揺れる、

が、しかしそれだけでは終らない。

 

「今のは右手!次は左だよ!」

 

ジータは左手に握る炎の刀、極マリシ烈火ノ太刀に籠った力を巨獣へと一気に放つ。

 

『秘剣・灼滅閃尽!』

 

先程の剣の舞とは異なり、今度は業火を帯びたシンプルにして力強い斬撃が巨獣の身体に走る。

 

そう、このクリュサオルは二刀流の特性を最大限に活かすことで、

両手それぞれの武器に合わせた奥義を、左右連続で放つことが出来るのだ。

攻撃面に於いては最強のジョブと言われる由縁である。

 

流石にこれは効いたのか、巨獣の身体が明らかに傾く、

しかしそれでも撃破にはまだ遠いようだ。

巨獣の口から悔し気な叫びと共に、毒気を含んだガスが放たれる。

色からしてかなり強力な毒のようだが、

こちらには治療のスペシャリストたる香織がいる、一瞬目の前が暗くはなったが、

香織がノータイムで発動させた治癒魔法により、

毒は仲間たちの身体からみるみるうちに消えていく。

 

しかしその僅かな隙に巨獣は踵を返し、生き残りの灰竜を伴い、逃走を開始する、

 

「敵に背中を向けるとは……遠慮なく射抜かせて貰う、バリー・ブリット!」

 

今度こそとばかりに、シルヴァの放った奥義の力の籠った弾丸が、

まるで巨獣の逃走経路を予測していたとしか思えぬ軌道で、

その急所を寸分たがわず撃ち抜き、そして。

 

『チェインバースト・紅蓮のコラプション!』

 

高密度の連続攻撃により、空間内に充填された力がさらなる炎の嵐を呼び、

巨獣の身体を焼いていく、しかしそれでも巨獣はその炎を振り切るかの様に、

翼をはためかせ空の彼方へ……正確には魔人領の方角へと消えていく。

 

「まだ動けるの……アイツ」

「ケタ外れの耐久力だな」

 

一息入れつつも巨獣の消えた方向からは眼を離さない鈴とシルヴァ、

 

「わたちの見た感じだと、あの悪食とかいう奴よりも固いように思えたな」

「速さも奴の方が上じゃな」

 

恐らく移動力と耐久力に特化しているのだろう、

勿論、毒や雷撃も通常の相手ならば十分すぎる程の威力であったのだが。

 

「……んっ、でも結構削った、何度かやれば倒せる」

 

彼女らがそんなことを輪になって話し合う中、

雫を抱き抱えたジータが、ふわりとその輪の真ん中に降り立ち、

そしてブリッジからハジメとリリアーナも姿を現す。

 

「さっきのあれ……デスゲイズみたいだったね」

 

ハジメの顔を見るなり、戦闘中感じていた疑問を口にするジータ。

ハジメも同じ疑問を抱いていたのか、間髪入れずジータへと頷く。

 

「正確にはあれをモデルにした魔物だな」

 

デスゲイズ、FFシリーズにおけるボスモンスターの一体である、

だが流石にハジメもジータもFFの世界と、トータスが繋がったとまでは思わない。

従って、そこから導き出される最も妥当な結論は。

 

「中村の奴……やっぱり魔人族に手を貸しているんだな」

「それもかなり積極的にね」

 

今のトータスの文明では、空からの攻撃に為すすべもない事は、

先の王都で実証済みである、極端な話になるが、数万の陸上戦力よりも、

僅かであったとしても、先の魔物のような強大な空中戦力を保有する方が、

戦況を有利に進める事が出来る筈……実際自分たちも、こういった形での空中戦は、

ほぼ想定していなかったのだから。

 

もちろん他にも転移者がいる可能性もあるが、

この場合、やはり恵里の指示によって作り出された人造の魔物と考える方が、

自然なように二人には思えた。

 

「さぁ、旅を再開するぞ」

「そうだね、お茶の途中だったし」

 

ともかく今は、それはそれこれはこれだと笑顔でシャレムに応じるジータ、

ただし、魔物の肉片を拝借しようとした香織の手を踏みつけながらであったが……。

その惨い眺めに思わずリリアーナが目を背けるが、それには構わず、

ジータは香織に耳打ちする。

 

「今までについては大目に見てあげる、けど……、

次やったら一生ハジメちゃんと話すの許さないから」

「は……はい」

 

知っていた事とはいえど、シアとはやはり役者が違うようだ、そんな思いを胸に、

ただ頷くことしか出来ない香織であった。

 

「そういやあの二人はどうした?」

 

周囲を見回すハジメへと、ティオが紙のような物を渡す。

 

「机の上に書き置きがあったぞ、あやつら勝手なことを……」

「あー、あっちの方に付いてっちゃったんだ」

 

地上へと目をやるジータ、一方のハジメは何か腑に落ちない……、

そんな顔で小首を傾げていた。

 

「何かあったの?」

「そういえば……天之河たちに大事なことを教えるの忘れていたような……何だろ」

 

その頃ブルックの街では。

 

「何かしら?何だか胸がわくわくどきどきしちゃうの、ヲトメの予感かしら」

 

出会いの予感に、身体をくねらせるクリスタベルさんの姿があった。

 

 

そして降下し、これより別行動を取ることになる光輝たちの元には。

 

「お前らなんでこっちにやって来た?ハジメたちの許可は取ったのか?」

「ちゃんと手紙残してきたっすよ」

「人数が少ない方に加勢すべし、これ、カタリナ中尉殿の教えであります!」

 

ジータがガチャで呼び出した、元エルステ帝国軍コンビにして同期組、

癖のある白髪をショートに切り揃えた、騎士見習いを自称する元気少女のファラと

それとは正反対の実直を絵に描いた様な雰囲気を纏う、少年戦士ユーリの二人がいた。

 

ま、来ちまったもんはしょうがねぇか、と口にしつつも、

カリオストロは二人の装備品、

―――明らかに空の世界のそれとは逸脱した素材で作られている、を、

興味と疑いの籠った目で観察していく。

 

「この鎧……機神の装甲を応用しているな……作ったのはハレゼナ?それともマキラか?」

 

二人を見つめる、カリオストロの目がすうっと細くなる。

 

「帝国軍を抜けた……とは、聞いてはいたが、

おい……お前らまさか本格的に"組織"の犬に成り下がりやがったのか!」

 

侵略者に対抗するという名目で、最終的には空の覇権を握らんとする、

"組織"の考え方は、カリオストロに取って到底許容できるものではない。

ただし……ベリアルの野心を砕くために、一時的に手を結んだのも事実ではあるが。

 

「カリオストロさんが"組織"と関わり合いになりたくないのは分かるっすよ」

「否定であります、自分たちは込み入った事情ゆえに"組織"に協力こそすれ、

その麾下に加わったわけではありません!」

「その込み入った事情ってのは何だ?」

「カシウス……知ってるっすよね、海で会ってると思うっすから」

 

カリオストロは、非合理極まりなき食事だ、そもそもカロリーが……栄養バランスが……と、

ボヤキながらもラーメンをこよなく愛していた、月世界の青年の姿を思い出す。

 

「そのカシウスが……月で酷い目にあってるって聞いて」

「ちょっ……ちょっと待ってくれ、組織とか月とか一体何なんだ!」

 

ここで光輝が、話についていけないとばかりに割って入る。

 

帝国軍のやり方に疑問を感じて脱走し、

今はレジスタンスをやっている云々といった、大まかな自己紹介こそ、

ジータが呼び出した時点で聞いてこそいたが。

二人が抱える背景については、まだ殆ど何も教えて貰ってはいない。

 

ファラとユーリは光輝らにも語っていく。

彼らの友人であるカシウスが故郷である月に帰った事、

しかし彼は、空の世界での環境や情報を月世界にフィードバックするための、

サンプルに過ぎなかったという事。

そして月世界に於いて、カシウスの脳は摘出され、

半ば標本とされてしまっていた事などを……。

 

「なんて奴らだ、人の尊厳を何だと思っているんだ」

 

命を、尊厳を踏みにじる月の世界のやり方に、怒りを露にする光輝。

その隣で遠藤は、話のスケールの大きさに感慨を覚えつつ、ただ空を眺めていた。

ただ巻き込まれているだけの自分に、少しモヤモヤした気持ちを抱きつつも。

 

「自分たちが"組織"と手を結んだのは、友達を助けたい、ただそれだけの理由であります」

「それで月に攻め込んだのか、やるじゃねぇか」

「まぁ……私たちは地上で幽世の連中とやりあってて、それどころじゃなかったっすけどね」

 

幽世という言葉を聞き、光輝の表情がまた鋭くなって行くが、

と、そこでポン!とカリオストロは手を叩く。

 

「ま、この話は今はそこまでだ、オレ様たちの戦いには関係ねぇ……

お前らもこうして行動を共にする以上は、引き摺ったりはしてねぇんだろ」

「もちろんっす、それはそれ、これはこれっすよ」

 

ファラはショートの白髪を揺らしながら、笑顔で即答する。

 

「世界をメチャクチャにしようとしてる悪い神サマと、戦うんすよね」

「何よりも望まぬ戦いに仲間たちを巻き込まないために、故郷に戻る方法を探している、

そういう理由なら、皆さんに手を貸さないわけにはいきません、光輝殿!」

「ありがとう……二人とも」

 

ファラとユーリへと素直に頭を下げる光輝、

以前の自分なら、二人の言葉を聞いても感謝こそすれ、

きっとそれが当然だとしか思えなかっただろう。

 

困難を知りつつ、それでも力を貸してくれる誰かがいる事が、

これほどまでに心強く、そして得難き物だという事にも、気が付かぬままに。

 

「じゃあさ、ありがとうついでにだけど、ユーリ……その"殿"っていうのは、

止めてくれないだろうか?俺たちは今から共に行動する仲間になるんだから、

それに同い年だろ?」

「否定であります、例え年齢・階級は同じであっても、一日でも先に任務に就いた、

同僚がいるのであれば、何事も先任として常に倣い敬するべし、

これはガルストン隊長の教えであります!」

 

後輩口調で砕けた雰囲気のファラとは違い、

全身から軍人らしい雰囲気を漂わせ、直立不動のユーリ、

世が世なら恋愛下手の名門校の生徒会長、声からもそんな生真面目さを感じさせた。

 

「よろしく頼むっすよ、光輝先輩」

「同じく!光輝殿、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく!二人とも」

 

そして、新たな仲間を歓迎しつつも、こんな強烈な個性の持ち主が二人も現れたんじゃ、

俺の立場がますます……と、

 

「ところで浩介殿はどちらに?」

「コースケ先輩ぃ~~どこにいるっすか~~?」

 

……目の前で自分を探して回る二人の声を聞きながら、

危機感を募らせる遠藤君なのであった。

 

「……お前、俺たちにしか見えてない妖精か何かじゃないのか?……本当に」

「帳を下ろしたつもりは……ないんだけどな」

 

そんな彼の背中に、光輝は溜息交じりで手をやるのであった。

 

 

そしてその日の夕方、ハジメたちはフェアベルゲンの領内へと入る。

そこにあったのは……所々に無残な焼け跡を晒し、炎を燻らせる樹海の姿だった。

 

 





いわゆるレイド戦です。
飛空艇でのバトルを一度くらいはやってみたいなと思ってたんです。

恵里が本気で魔人族に手を貸すのなら、
これくらいの事はやって来るんじゃないかなと、多分、予算も人員も青天井でしょうし、
歯止め役であろうフリードは。本作ではああいう事になってしまいましたので。

そして光輝たちとはここで暫くお別れです。
このタイミングで別行動を取らせることは最初から決めてました、
引率者もちゃんといますしね。

新キャラについてですが、ファラはもしもSSR昇格したら出すって決めていたので、
このタイミングで昇格したのはラッキーでした、しかもユーリまで付いて来ましたし。
それに格上ばかりに囲まれてあれこれ言われるのも、
光輝にしてみれば、流石に居心地悪くなるだろうなと。

他候補としてはサーヴァンツとか、レ・フィーエとかどうかなと?
考えていました。


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奴ら再び-Arrivano i Marines-

水着アンチラちゃん実にけしからんですなあ……。
ということでウチの団は、もうリアルマネー突っ込む覚悟の者多数。
さすが七十万円の女と言えよう。
あー自分も、ボーボボが三万くらい石配ってくれたらなー天井するのに。


 

 

 

「こんなの嘘ですぅ……樹海が焼けて」

 

自身の故郷が焼き払われていく、あってはならない光景に身体を震わせるシア、

その肩をジータは優しく抱いてやる。

 

シアのみならず、眼下に広がる灰となった木々と、そしてさらに森を飲み込まんとする炎に

一瞬目を背けるハジメたち、あの王都での炎と死に蝕まれた光景は、

それ程までに彼らの心に深い傷痕を刻んでいた。

 

だが、それでも目を背けてばかりもいられない、

今の自分たちにはやれることがあるのだから。

 

ハジメとジータが視線を交錯させ、そしてその手を重ね合うと、

頭上に魔法陣が展開され、そこから六枚の翼を広げた美しき天司が姿を現す。

召喚に応じ、顕現したガブリエルは樹海に慈愛の雨を降らし、

みるみる内に炎を消し止めて行く。

 

「いつもすいません」

 

ガブリエルへとペコリと頭を下げるジータ。

アンカジのみならず、王都でも例のナース姿で人々の治療に力を貸してくれたことを、

思い出しながら。

 

そんな恐縮気味のジータへと、ガブリエルはいつも通りの笑顔で応じる。

 

「お礼はまだ先、大変なのはこれからだから」

 

火災が鎮火したのを確認すると、ハジメたちは樹海の入り口に戻り、

飛空艇を地上へと降ろす。

 

すると、入り口付近に設営されていたテントから一人の少年が颯爽と駆け寄り、

ハジメの手前でビシッ!と背筋を伸ばすと見事な敬礼をしてみせた。

 

「お久しぶりです、御大将ォ!シアの姐御ォ!再びお会いできる日を心待ちにしておりました!

まさか、このようなものに乗って登場するとは改めて感服致しましたっ!」

「ええと……確かパル?だったか」

 

自身の前で敬礼をする、兎人族の少年の姿を記憶の中から何とか引っ張り出すハジメ。

 

「ですから御大将……パルとは違うのですよ、パルとは、

今の俺は"必滅のバルトフェルド"過去を捨てた男でさぁ」

 

あの時のまるで変わらないニヒルな笑みを浮かべるパル少年、御年十一歳である。

さらにはパルに引き続き、揃いも揃って何故か右肩を赤く塗った軽鎧を装着した、

何人かのウサミミたちがハジメへと駆け寄り一斉に踵を鳴らして足を揃え直し、

名乗りと共にピシリと敬礼を決める。

 

「私は、"空裂のミナステリア"!」

「俺は、"幻武のヤオゼリアス"!」

「僕は、"這斬のヨルガンダル"!」

「ふっ、"霧雨のリキッドブレイク"だ」

 

夕日と相まったそれは、まるで独裁国家のポスターの様な絵面だった。

 

 

「なるほどな……やっぱ魔人族は樹海にも手を出していたか」

 

【ハルツィナ樹海】は大迷宮の一つとして名が通っている、

フリードらが神代魔法の獲得を狙っている以上、侵攻の手を伸ばすのは当たり前だ。

 

「肯定です、樹海の方は強力な魔物の群れにやられました、

先手に尽きましては、あらかじめ作っておいたトラップ地帯に誘導出来たのですが……」

ハジメたちを族長の住まう樹海中央へと案内しつつ、悔し気に薄暮の空を見上げるパル。

 

それでも当初はまだ楽観的な予測の下に、戦いは進められてはいたのだ。

樹海の濃霧は魔人族の感覚を狂わせることは実証済なのだから、

しかし、魔人族はともかく彼らが引き連れた魔物たちは、

予測に反し、樹海の霧を易々と突破し、長老たちの集う中枢へと迫ったのだ。

……多くの戦士たちの命を奪いながら。

 

だが、かつて樹海から追放されたパルたちハウリア族が、

大迷宮を魔人族には渡さないという名目で参戦すると、戦の風向きが変わり出す。

 

「それがフェアベルゲンの武門を受け持つ、我がハウリア族の役割!

まさにあれ以来一日も欠かすことなく、演習を続けて来たわけですからな」

 

あれ以来と言っても一年も経過していない、

そもそもいつから武門を受け持つなんて話になったのか?

それはともかく、彼らは武門の一族をあくまで勝手にではあるが、自称するだけはあり、

巧みな情報操作で以って、魔物たちを各個撃破し、

そして最終的には指揮官の魔人族も、トラップ地帯に誘い出し討ち取ったのだという、

しかし……。

 

「奴らも我々と正面から戦うのは愚策と判断したのでしょう……だからと言って、あんな」

 

指揮官を討たれ、一旦は退いたと思われた魔人族ではあったが、

残存部隊は近郊の森林に潜み、付かず離れずの距離を保っていた。

いっそこちらから撃って出るか……そういう意見がハウリア族の間で出始めた頃。

 

灰竜の大群を引き連れた巨獣や巨鳥が空から炎の雨を降らせ、

樹海を焼き払い始めたのだという。

弓も届かぬ空からの攻撃には、いかにハウリア族ともいえど為す術がなかったそうだ。

 

しかもその間隙を縫い、帝国兵までもが奴隷狩りと、魔人族への報復目的で、

木々を焼かれ、霧の護りを失いつつある樹海への侵攻を開始し、

結果、大峡谷から樹海の入り口近辺は、魔人族とハウリア族を中心とした亜人族、

さらには帝国兵までもが入り乱れる乱戦の地となっていた。

そしてその渦中の中で……兎人族を中心とした多くの亜人たちが、

帝国に連れ去られてしまったのだという。

 

「あの時、地上にいたのは討ち漏らしの魔物か……」

「それで父様は……?」

 

シアの問いにパルが答える。

 

「大佐ですか?大佐は」

「た、大佐?」

「はい、自ら同胞たちを救うべく、帝都へと侵入しました、

ですが……それ以降連絡が……」

 

そこから先は流石に言いづらいのか、パルは年相応の表情でシアから視線を逸らす。

と、森が深くなるに従い、霧がようやく濃くなり、

かつてハジメたちを悩ませた、感覚の違和感が彼らの全身を支配し始め、

メンバーの中ではチートと縁がない、

リリアーナや護衛の騎士や文官たちが口元を抑え、足下をふらつかせ始める。

 

「大丈夫?」

「大丈夫です、これくらいでへこたれるわけにはいきませんから」

 

香織たちに支えて貰いつつも、歩みは止めないリリアーナ、

彼女はこれから亜人族を統括する族長であるアルフレリックと、

亜人解放についての交渉に臨むことになっている。

タフな交渉になるであろうことは覚悟の上、

今からこんなことではという思いがあるのだろう。

 

滞りなく交渉が纏まるには早くとも数日はかかると聞いている、ならばその間に。

 

「なぁ、ラナ?だったか」

 

一見まともそうなウサミミお姉さんに尋ねるハジメ、もちろんその期待は即座に裏切られる。

 

「御大将、どうかこれからは"疾影のラナインフェリナ"と、呼んでください」

 

その言葉にシアがまた悲しそうな顔を見せ、ジータが心から申し訳ないと言った風に、

シアの肩に手をやる。

 

「……ラナインフェリア」

「"疾影の"です」

「ハイハイ、で、今動ける人員はどれくらいいるんだ?」

「はっ!以前より我らと懇意にしていた一族と、バントン族を倒した噂が広まったことで、

訓練志願しに来た奇特な若者達が加わりましたので……実戦可能なのは、

総勢百二十二名になります」

「……パンデミック」

 

ぼそりと呟くジータには構わず、ハジメは続ける。

 

「それくらいなら全員一度に運べるな……帝都に行く奴等を募れ、

俺が全員まとめて送り届けてやる」

「は? はっ! 了解であります!この疾影のラナインフェリナが直ちに!」

 

敬礼の後、勇躍し自分らの根拠地へと駆けていくラナ、もとい疾影のラナインフェリナ、

その背中と、ハジメの顔を交互に眺めるシア。

 

「ハ、ハジメさん……その?」

「心配なんだろ、カムたちのことが」

「……」

 

きっとハジメならば、父親たちの捜索に一肌脱いでくれるであろうことは、

シアとてこの旅路の中で理解はしている。

だが、だからこそ、それを自分の口から言い出すことについてはやはり憚られた。

これはあくまでも私事なのだからという……。

 

「ちゃんと言いたいこと言って、ホラ、いつもは一言多いのにね」

 

そんなシアの気持ちを察したジータが、促すようにシアの背中に手をやり、

その温かい手の感触が、シアの心を解していく。

 

「ううっ……わ、私ぃ」

 

シアの大きな瞳から涙が零れだす。

 

「……私、父様達が心配ですぅ……一目でいいから、無事な姿を見たいですぅ……」

「全く、最初からそう言えばいいんだ今更、遠慮なんてするから何事かと思ったぞ」

 

ただ静かに涙を流すシア、その髪をジータが優しく梳いてやる。

 

「シアちゃんはいつもみたいに、思ったことを思った通りに言えばいいんだよ

初めて会った時みたいにね、第一、シアちゃんが笑ってないと、

みんなの調子が狂っちゃうよ」

「わ、私、そこまで無遠慮じゃないですよ……」

 

と、言いつつ無意識なのか意識的なのか、

いつの間にかハジメの胸の中に顔を埋めようとしているあたり、

この娘やりおるわと思わざるを得なかった、女子一同であった。

 

そして数日後、王国とフェアベルゲンとの交渉が無事妥結したのを受け、

ハジメたちは樹海をひとまず発つ事になる。

詳しい合意内容についての説明は省くが、王国側の誠意という形で、

樹海全体をカバーする対空用の結界アーティファクトを、

ハジメが制作し、フェアベルゲン側に提供したということは記しておく事にする。

 

ハジメの力を外交材料に使ってしまう事について、リリアーナは心から詫びたが、

最もハジメとしても、樹海の惨状を捨て置く気分ではなかったし、

元より、リリアーナの義理堅さと自制心の強さは心得ている。

前例を持ちだし、易々と頼み事をするような人物ではないという事も。

 

「ちょっと技術の安売りだったかもね、ハジメちゃん」

「でも、元々これは先生の頼みだしな」

 

亜人解放の言い出しっぺは愛子である、一応快諾こそしたものの、

王国側としてはいわば余計な仕事である。

だが、リリアーナや、新教皇となったシモンは本気で亜人解放に向けて取り組んでくれている。

なら、それくらいのことは、生徒としてやらないといけないのでは?

との思いがハジメにはあった。

 

―――樹海全体をカバーする結界が、"それくらい"なのかは、微妙なところではあるが。

 

ともかく、ハウリア族の志願者らを加えた飛空艇は一路帝国を目指し、

樹海を飛び立つ、香織の再生魔法の力により、

元の青々とした姿を取り戻そうとしている木々たちに見送られながら。

 

 

そして彼らは現在、ヘルシャー帝国の首都に降り立っていた。

煩雑な街並みと、

 

「ヨォヨォ兄ちゃん、いいスケ共連れてるじゃねーか」

「そこのウサミミ一匹よこせや」

 

実力主義という名目上、野放しになっている粗野な人々に閉口しながら。

 

「ヘルシャー帝国ってのは、確か」

「先の大戦で活躍した傭兵団が設立した新興国だっけ?

本で読んでてもロクな人たちじゃないだろうとは思ってたけど」

 

擦れ違いざまに自分のスカートをめくろうとした不埒者を投げ飛ばしながら、

ハジメへと答えるジータ。

 

「うぅ、話には聞いていましたが……帝国はやっぱり嫌なところですぅ」

「うん、私もあんまり肌に合わないかな……ある意味、召喚された場所が王都でよかったよ」

「まぁ、軍事国家じゃからなぁ、住民の多くが傭兵上がりという話じゃし」

 

無理もない話だが女性陣にとっては、やはり気に入らない国のようだ。

 

「無法の街って結構憧れたりとかしてたんだが……」

 

ゴミ箱に頭から突っ込んだ先程の不埒者が、

みるみる間に身ぐるみ剥がされていく姿を目の当たりにし、げっそりとした顔で呟くハジメ。

 

「見ると住むじゃ大違いだな、たく」

 

そんな中で雫は街中のある一点をじっと見つめていた。

その視線の先には、値札付きの檻に入れられた亜人族の子供たちの姿があった。

 

「……やっぱり許せないな……奴隷なんて」

 

腰の太刀が雫の怒りを現すかのごとくに、チリチリとその身を震わせ出す、

しかし、それを咎めるかの様に、耐えているのは皆同じと、

自身を見つめるジータの目を見て、檻から視線を外す。

 

「……わかってる」

 

雫は内心、ここに光輝がいない事に胸を撫で下ろしていた。

自分ですら何とか我慢しているのだ、正義感の強い彼の事、

この街で展開されている光景は、間違いなく看過出来ない物に違いないのだから。

 

「そういえばさ、雫ちゃん、ここの皇帝陛下に求婚されたんだって?」

「……そんな事もあったわね」

 

思い出したくなかった事を思い出して顔をしかめる雫、

が、何故かその時、不意にリリアーナの姿が頭を過る、帝国に近づくにつれ、

明らかに表情を曇らせ始めたその姿を……後の事を思うと、

それはある意味、女の勘だったのかもしれない。

 

「ま、その皇帝、天之河の言う通り、かなりの食わせ者であることは間違いないな」

 

確かに食わせ者でもなければ、一代で国家など築きようがない。

 

「その食わせ者とリリィは……」

 

交渉という武器なき戦いに単身挑まねばならない親友の身を案じ、

ギュと拳を握りしめる香織。

 

「ま、俺たちは搦手から姫さんを援護できればって……オイ?」

 

ハジメはキョロキョロと周囲を見渡したのち、自分の仲間たちの数を

指折り数える。

 

「シャレムがいないぞ、あいつ何処いった」

「あそこだ、あの屋台」

 

シルヴァの示す先には、屋台の長椅子に腰かけ、

怪しげな色のついた液体を、ちゅるちゅるとストローで喉に流し込む、

シャレムの姿があった。

 

「この飲み物なかなか刺激的だぞ、オマエらも飲め」

 

呆れ顔のハジメらには一切構わず、シャレムはお替りまでも注文してみせる。

ちなみに彼女が飲んでいるのはジュースではなく、調味料である……、

しかも激辛の。

 

「もう一杯くれ、あ、金はアイツらが払う」

 

「……撃て」

 

コクリと頷くシルヴァだった。




この作品のハウリア族は、色々な物が混ざってます。
基本はデ〇ーズ艦隊+ギン〇ナム艦隊ですが。


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救出作戦

ボーボボさん性能が意外とガチでスゲェと思ってしまった。
あと、グラブルワールドに馴染ませるプロのライターさんの力も。


「……南雲君はハウリアの人たちが捕まっていると考えているの?」

 

色々ありつつも、本来の目的地である冒険者ギルドの前へと到着した、

ハジメたちは、暫しの相談タイムを設けていた。

 

「それはわからない。捕まって奴隷に堕とされている可能性もあるし、

何処かに潜伏している可能性もある、何分この警戒態勢だろ?

身動きが取れなくなってるってこともあるだろうしな」

 

街のあちこちで目を光らせていた帝国兵の姿を思い出す雫、

王都同様にここ帝都も魔人族の侵攻により大きな被害を出したと聞いている。

事実、街に入って以来、ひりつくような視線を常に感じる……、

恐らく今の自分たちも監視されているのだろう。

 

「パル君たちも入り込めないって言ってたしね」

「でも、俺の読みでは多分カムたちは捕まってるんじゃないかと思う……」

 

ハジメの意見にジータも同意する。

 

「皆も模擬戦やったから分かるでしょ、ハウリアの人たちの気配操作の凄さ」

 

どうやって日々の糧を得ていたのかはしらないが、毎日軍事演習に明け暮れていた、

ハウリア族の隠密戦闘や、もはやニュータイプレベルにまで達した感知能力は、

雫や鈴たちも舌を巻く程であった。

 

「じゃあ、それでも帰れなかったってことはさ……あ、ゴメン、シアちゃん」

 

一瞬、声を沈ませる鈴だが、自分よりもずっと辛いであろうシアを慮ることも忘れない。

 

「ま、捕まっているなら取り返せばいいだけだ」

 

そう一言口にすると、ハジメは先頭を切ってギルドの扉を開ける、

恐らくまた浴びるであろう、自分の仲間たちへの不躾で下卑た視線を覚悟しながら。

 

 

「お前が聞きたいのは兎人族のことか?」

「……情報があるようだな、詳しく頼む」

 

体質を利用した、ややイカサマめいた手を使い、マスターの信頼を得たハジメは、

早速情報収集に勤しみ始める。

 

「ああ、数日前だが、とんでもなく強い兎人族がいたらしくてな、

百人がかりでようやくとっ捕まえて城に連行したんだそうだ」

「……その城の情報、幾らなら出す?」

「いくら冒険者ギルドが独立機関でも、ここは帝国だぞ……」

 

声を潜めるマスター、自国の、それも本拠地内部の情報を売り渡したと知られれば、

ただで済む道理はない。

だが、彼に取っても何かと難癖を付けては、上納金を巻き上げる、

帝国のやり方は気に喰わなかったし、

何よりハジメの傍らのジータがさりげなく見せた、キャサリンからの紹介状がモノを言った。

 

なので、マスターは代わりにハジメの知りたい情報を知っている人間を教えることにした。

 

「……警邏隊の第四隊にネディルという男がいる、元牢番だ」

「ネディルね、わかった訪ねてみよう、世話になったな、マスター」

 

マスターとしてもこれがギリギリのラインなのだろう、

情報源となる人物を教えてくれただけでも十分だ、後はこちらで動くのみ、

そんな思いを抱いてハジメたちは冒険者ギルドを退出する。

 

そしてその建物が見えなくなったあたりで……。

 

「あ~~怖かったよぉ~~」

 

荒くれ中の荒くれが集う雰囲気に耐えられなかったのか、

気の抜けたような叫びを上げてヘタり込む鈴、見ると鈴だけではなく、

雫もようやく一息つけた、そんな顔を見せている。

 

「それにしても南雲君、よくあんなお酒飲めたわね」

「そうだよ、あんなのお酒じゃないよ、ただのアルコールだよ」

 

二人はマスターの挑発に乗ったハジメが口にした、いかにも粗悪極まりない、

酒の匂いを思い出す、見ると彼女らだけではなく、

あまり酒に強くないシルヴァも口元を押さえている。

 

「ああ……それについては勝算が、いやカラクリがあったんだ」

 

ハジメはそのカラクリについて説明を始める、その答えは"毒耐性"

どうやらアルコールも毒物として認識されるらしく、この技能を得て以来、

全く酔えない身体になってしまった、という事について。

 

「しかし、それは便利なようでいて随分と淋しいな……」

「……ああ」

 

シャレムの言葉に素直に応じるハジメ。

エリセンでの宴で、周囲の大人たちが大いに酔っ払い、無礼講な雰囲気となって行く中、

一人素面で置いて行かれた、その時の気持ちを思い出しながら。

 

「じゃ、早速動くとするか、まずは俺とジータでその牢番から話を聞き出すから、

皆は例の宿で飯でも食べててくれ」

「ほら、シアちゃんも」

 

そこでジータが、雫たちが頷く中で一人、やはり心ここに在らずと言った感のシアの手を引く。

 

「私?一緒に行ってもいいんですか?」

「シアちゃんの家族のことでしょ、まずはシアちゃんが最初に聞かないといけないと思うの」

「但しもしかすると……手荒な手段も使わなきゃならないかもしれない、

それに辛い話を聞くことになってしまうかもしれないが、どうする?」

 

二人の言葉に強く頷き、自分から同行を申し出るシアだった。

 

 

「お待たせ」

 

ハジメたちが拠点に定めた、帝都の一角にある宿屋、

その食堂にハジメとシア、それからロングドレスに竪琴を携えた、

この煩雑とした帝都にはやや不釣り合いな姿をした、ジータの三人が入って来る。

 

「で、どうだったの?」

「ああ、欲しい情報は得られたよ、ジータのお陰で手荒いこともせずに済んだし」

 

「こっちはちょっと手荒い目にあっちゃったけどね」

「……ごめんなさいですぅ」

 

笑顔ではあるが、やや責めるような目でシアを見やるジータ、

その視線を受け、ウササミを垂れさせ、縮こまるシア。

 

場合によっては拷問めいた手も……と、覚悟してネディルの元へと向かった、

ハジメたちだったが、その心配は杞憂に終わった。

 

当初こそ口汚くハジメたちを罵っていたネディルだったが、

ジータの奏でる、魂魄魔法を得たことにより、さらなる力を得た、

魅了の魔曲の前には一切抗えず、メロメロになってしまった挙句、

ジータに誘導されるがままに、全てを洗いざらい話してしまったのである……ただし。

 

隣で聞いていたシアまでもがジータに魅了されてしまい、

 

「だいしゅきですぅ~ジータしゃぁん」

 

と、フルパワーの膂力で、ジータをだいしゅきホールドし、

振りほどくのに、かなりの手間を要してしまったのは計算外であったが。

 

「加減なしだったからな、たく」

「だからごめんなさいです」

 

少し大げさに痛がるそぶりを見せるハジメへと、シアはペコペコと頭を下げ、

その様子を見ながら、どうして南雲君まで痛がるんだろう?

と、少し疑問を覚える鈴。

 

「ま、それはさておいて、早速今晩、カムたちがいる可能性の高い場所に潜入しようと思う

警備は厳重そうだが、カムたちを見つけさえすれば、あとは空間転移で逃げればいいから、

特に難しくはないな」

「潜入するのは私とユエちゃんとシアちゃんね、香織ちゃんたちは、

帝都の外にいるパル君たちのところにいてあげて、直接転移するから」

「俺は一旦は陽動を受け持つから、目処が立ったら連絡してくれ、

ええと……何人か人が欲しいな」

 

 

深夜。

ヘルシャー帝国帝城地下、その奥にある牢獄を目指し、抜き足差し足で進むジータたち。

もっともジータの姿は、潜入にはあまりにも似つかわしくない、

ロングドレス姿のままであったが。

 

「うわぁ悪質なトラップだらけだなぁ、壁の中にまである」

 

スコープ越しに檻の中のあちこちに仕掛けられた魔法陣を見やり、溜息をつくジータ。

 

「……んっ、それに臭いも酷い」

「こんな酷い所にお父様たちは……」

 

通路内にも、もちろんトラップが設置されていたのだが、

それについてはネディルが貢ぎ、いや提供した関係者用のプレートを所持する事によって、

無効化されている。

 

ともかく、その厳重なまでの警備体制を誇ってか、

重要施設である割りに、監視の人員は少ないように思えた。

 

「合理化の闇だね、人が少なくって助かったよ」

 

そう呟くジータの背後には、ジータの奏でた眠りの魔曲によって、

高いびきを掻く看守たちの姿がある。

以前は、成功率の低さゆえに、使用を躊躇われた、

『ひつじのうた』だが、魂魄魔法の効果を乗せることで、

何とか実用に足るものとなっていた。

 

「それでも寝てるだけだから……静かにね」

 

そんなジータたちの耳にどこか余裕有りげな、

自身のケガの深さを自慢しあっているような話し声が届く、

シアのウサミミがピョコンと跳ねる、どうやらビンゴのようだ。

 

「じゃあ、ここから先はっと」

 

ジータが念話を送り、事前に預かっていた鍵型プレートに魔力を込め、

目の前の空間に突き出すと、ドアを開くかのように空間が割れ、

そこからハジメが姿を現す、タキシードにマントを羽織り、

さらにはシルクハットにアイマスクという極めて怪しげないでたちで。

 

「ハウリアの連中は?」

「あっち、思ったよりも元気そう」

 

確かに、"おい、今日は何本逝った?"だの、"指全部と、アバラが二本だな……お前は?"

だの、"へへっ、俺の勝ちだな。指全部とアバラ三本だぜ?"と怪我自慢の声が、

ハジメの耳にもはっきりと届く。

 

さらに一番奥の、一回り大きな部屋の中では。

 

「この深淵蠢動の闇狩鬼、カームバンティス・エルファライト・ローデリア・ハウリアの、

相手をするにはまだ早かったようだな!帝国の連中どもに話す舌は持たん!

帝国という看板がなければ何もできん奴らには、戦う意味さえ解せぬ者にはな!」

 

と、もう置いて帰ろうか?という気持ちにさせてしまうような叫びまで、

聞こえてくる始末である。

 

「すみませんが一応、助けてあげて下さい、自力では出てこられないと思うので……」

 

頬を紅潮させながらもハジメに頼み込むシア、

その赤面の理由は、父親が無事だったという喜びよりも、

身内の恥を晒したくない羞恥の感情が大きいようにハジメには思えた。

 

「たく、ボロボロなくせにはしゃぎやがって、あいつらどんだけタフになってんだよ、

おいジータ」

 

ハジメの合図に、ジータの手の竪琴がまた魔曲を奏で始める。

この状況で、こんなうるさい連中とは付き合いきれない、

だから眠らせて持ち帰ることにしたのだ。

今の自分の変質者めいた姿を、御大将として見せるわけにはいかないという思いもあったが。

ともかく、あっさりと静まり返る牢内、魔力を持たない亜人たちには効果覿面のようだ。

 

ハウリア族たちが眠りに落ちたのを確認すると、

ハジメたちはトラップを解除して牢内に入り、ハウリア族の男たちを、

担ぎ上げ、先の鍵型プレートでゲートを開き、次々とパルや香織たちが待つ、

帝都近郊の岩石地帯へとポイポイと放り込んで行く。

 

「ええと、これで全員か?シア」

「はいですぅ」

「それじゃ後は頼む、俺は陽動の続きやってくるわ」

 

 

そしてその頃、奴隷たちが帝国兵の監視の下に過ごすタコ部屋近辺では、

 

「この服、制限時間が切れると全部脱げちゃうって言ってたよね!」

「と、なると妾たちは往来にて、一指纏わぬ姿を晒すことに……おおう、何じゃ

この背中を走る電流のような感覚は」

「バカ言い合ってないで早く走りなさい!何やってるのよ南雲君」

 

そんな事を言い合う彼女らの姿は、色とりどりにして、

やや露出度の高いセーラー服……有体に云うと、そう、まんまセーラー戦士のものであった。

どうしてこんなことをしているのか?それはその日の夕方まで遡る。

 

 

「それで陽動なんだけど、一応私たち、姫様の護衛と言う名目もあるから、

正体バレは避けたいのよね」

 

一応念の為に陽動も行った方がいいのではという事で、

その手筈を相談していた中、おもむろにジータが、

自身の宝物庫から何着かのコスチュームを取り出す。

 

「これって?」

「コスチュームとウイッグには目撃者の認識を曖昧にする効果がちゃんと付いてるから、

素顔でも正体バレしないよ」

「いやいや……でもこれセーラー戦士の服じゃん、恥ずかしいよ」

 

苦笑しつつツッコミを入れる鈴、その恥ずかしい、という言葉を聞いて、

何故か表情を強張らせる者が若干名いたが、この段階ではまだ気付かれる事はない。

 

「う~~ん、ダメかなぁ、一度皆でコスプレとかしたかったんだけど」

「さりげなく自分の趣味を突っ込むなよ」

「そういうハジメちゃんだって、仮面とスーツ作ってたじゃない、しかも五色の」

 

と、周囲のツッコミを受け、やっぱおふざけが過ぎるよね、と、

机に並べられたコスチュームを片そうとしたジータだが。

 

「「ええっ」」

 

その時おもむろに掛けられた叫びを耳にし、その手が止まり、

一斉に視線が一点に集中する、その叫びを発した意外な人物、シルヴァの顔へと。

 

「いや……その、だな……」

 

怜悧にして静謐、まさにそんな言葉が相応しい美貌を羞恥に染め、

たどたどしく言い訳を始めるシルヴァ。

シルヴァさん可愛いと小声で鈴が呟き、鈴のみならずこの場の全員が、

そのギャップに心を奪われてしまう。

 

「なんか水色のがいいなと少し思ったりしてだな……そうか……いや、いいんだ、

どうせもう私は二十七歳だし、大人にあるまじき振る舞いだったな、すまない」

「そんな事はないですっ!」

 

気恥しさに耐えきれず、視線を落とすシルヴァへと、今度もまた意外な人物、

八重樫雫がシルヴァの弁護を始める。

 

「大人も子供も関係ありません!女の子は可愛いモノが大好きであるべきなんですっ!

幾つになっても!」

 

(雫ちゃんのお部屋、ぬいぐるみで一杯だもんね)

(少女マンガや恋愛マンガも好きだしね)

 

シルヴァへと力説する雫の姿を眺めつつ、頷きあうジータと香織。

だが、雫も幼い頃、自身の趣味について深く悩んでいた事をジータは知っている。

そしてその悩みを解き、最初に受け入れたのは、やはり彼女の兄グランであり、

雫はその事を思い出しながら、シルヴァを勇気づけて行く。

 

「戦いばかりを重ねて来た私だが……今からでも間に合うだろうか?」

 

普段の凛々しさを何処かに置き忘れていったかのようなシルヴァの姿に、

新鮮さを覚えつつ、そういう部分もどこか自分に似ている、

自分の趣味を素直に認める事が出来なかった頃のと、

だからこそ今度は自分がとの思いを抱く雫。

 

一方のシルヴァも雫に確かなシンパシーを感じているようだ。

同じカワイイでも、カリオストロの場合は単に胡散臭いだけなのだが、

雫の言葉には、悩みを乗り越えた者のみが放てる真実味があった。

 

「で、結局雫ちゃんやるの?」

「あ……わ、私は」

「じゃあ、うさぎちゃん役は髪型似てるし、シャレムさ……」

 

無言で思わずセーラームーンのコスチュームを掴む雫、

無意識だったのだろう、その顔がみるみる紅潮していく。

 

「……あ」

 

引っ掛かった、雫へとそんな少し意地悪な笑みを向けるジータ、

そしてその笑顔の矛先は、我関せずのハジメにも当然向けられる。

 

「ハイ、ハジメちゃんはこれね」

 

と、タキシード仮面のコスチュームを笑顔と共に自らに手渡す、

ジータの顔を見ながら、魂魄魔法を付与した素材なんて渡すんじゃなかったと、

自身の迂闊さを悔やむハジメであった。

 

 

こうして深夜、ジータたちが地下牢への侵入を開始しようとしていた頃、

 

中天高く昇った月を背負い、

ズッジャン!ジャジャジャジャジャジャン!

と、ムーンライト伝説を思わせる、そんなイントロを見る者に感じさせるかの如き勇姿で、

帝国兵たちの前に立ちはだかるは雫、ティオ、シルヴァ、鈴の四人。

 

先に記した通り、コスチュームとウイッグには、制限時間こそあるが、

目撃者の認識を曖昧にする効果が付与されている、ゆえに素顔でも正体がバレることはない。

 

「何者だ、貴様ら!帝国に盾突いてただで済むと思っているのか!」

 

「亜人族をいじめるあなたたちは……」

 

金のウイッグを夜風になびかせつつ、ゴクリと唾をのみ込み、

噛みしめる様に溜めながら雫は例のポーズを取り、万感の思いを込め、

あのセリフを高らかに口にする。

 

「月に代わっておしおきよ!」

 

続いて、豊満なボディをはち切れそうなセーラースーツに包んだ、

ティオと、シルヴァ(二十七歳)が決めセリフを叫ぶ。

 

「うむ、お主らはこれよりハイヒールで折檻じゃ!いや、

むしろ妾はするよりもされる方がいいというか……」

「以前から思っていたが君という女は……水でも被って反省するがいいっ!」

「あ!シルヴァさんの声、本物みたい!凄い!」

 

と、鈴が決めセリフを言うのも忘れ、代わりに不穏な感想を漏らす。

 

一方の帝国兵たちは、何が何だか……そんな表情を一様に浮かべてはいるが、

やはり場慣れしている者が多い分、正気に戻るのも早く、

次々と手に武器を抜き放つ姿が、雫たちの目に入る。

 

「じゃあ後は手筈通り、引き付けながら逃げるわよ」

 

こうして彼女らは帝国兵よりも変身、もとい変装の制限時間の方を気にしながら、

街中を駆け抜けていく。

 

そして、そろそろマズイんじゃ……との思いが頭を過り始めた頃、

ようやくタキシード仮面に扮したハジメがその場に登場する、

赤い薔薇を咥え、本人としては颯爽とした気分で登場したのではあるが。

 

「こうしてみると、タキシード仮面って……」

「なんだか妾たちよりも不審者に思えるのう」

「……お前らなぁ、俺だって好きでやってるわけじゃないんだぞ」

 

助けが来てくれた安堵感よりも、微妙さを覚えてしまう雫たち、

もしかするとうさぎちゃんやレイちゃんも、こんな風に思ってたのかもと、

雫はそんな少し夢が壊れてしまった様な気持ちすら抱いてしまい、

鈴に至ってはスマホのシャッターを、笑いを堪えながら切る始末。

 

実際、帝国兵たちからも新手の変態かっ!などという声が上がっており、

流石のハジメもそんな視線と声には、どうにもいたたまれなくなったのか、

憤りの表情を隠しもせずに、即席の錬成で造り出した薔薇の造花を、

これでもかと帝国兵の足下めがけ投げまくり、

そしてその派手な暴れっぷりを見、結局ハジメだけで良かったんじゃないのかと、

思ってしまう雫であった。

 

(子供の頃の夢がかなったからいいけど♪)




というわけで、中の人ネタ再び……
光輝が不在なので、陽動作戦の下りも少しアレンジしました。
で、セーラーマーキュリーかキュアムーンライトかで少し迷いましたが、
雫役の方が今年のプリキュアに出演されてますので、
今思うとプリキュアの方が良かったかもしれませんね。

でもそれだと色が紫でカブっちゃうのが難点。


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ジーク・ハウリアⅡ 兎・戦士編

古戦場ボーダーが凄いことになってて、やや現実逃避気味です。
HELL100からは、水着アンチラちゃんの出番かな。


 

陽動も一段落し、恥ずかしさと憤りに肩を怒らせつつも、

雫らに慰められつつゲートをくぐり、

ハウリアたちが潜んでいる岩石地帯へと転移するハジメ。

 

ゲートをくぐるや否や、熱狂的な歓声がハジメたちの身体を包んでいく。

 

「カムたちは?」

「傷は治したけど、まだ起こさない方がいいかなーって思って」

 

香織の示す先には、敷かれた毛布の上でカーカーと高いびきを掻く、

カムたちの寝姿がある。

どうやら亜人族全般に言える事だが、彼らは総じてバフやデバフの影響を受けやすいようだ。

 

「たく……手間かけさせやがって」

 

先に香織に聞いた通り、傷こそ癒えている、今すぐ叩き起こしても構わないのだが、

やはり獄中で厳しい拷問に日々耐えていたことは間違いないのだ、

だからあと少しくらいは……と、ハジメが思った刹那。

 

「今は耐えるのだッ!生きてこそ得る事の出来る、真の栄光をこの手に掴むその日まで!」

「おおうっ!」

 

目を閉じたままで、いきなり跳ね起き拳を震わせ叫び始めたカムに慄くハジメ。

 

「父様……寝相が悪くって、そういう所はああ、まだ変わってないんですね」

 

在りし頃を思い出し、涙ぐむシア……本来ならば何か言葉を掛けるべきなのだろうが、

しかし彼女の父親含む一族をこんな風にしてしまった責任の一端は、

自分にもあるという自覚がハジメにはあり、だから迂闊に言葉は掛けられない。

 

……しかし、これだけ元気ならもう起こしても問題ない気もするが。

 

「生き恥を晒してでも我々は捲土重来の時を待たねばならんッ!

だが決して屈しはしないッ!」

 

そんなハジメやシアの思いを知ってかと知らずか、寝言を止めないカム、

これでは起きていようが寝ていようが、さしたる違いはないようにハジメには思えた。

 

 

「御大将、先程はお恥ずかしいところを……ん?」

 

表情こそ、若干寝ぼけ眼のままだが、それでもピシ!と、

ハジメの前に直立不動で畏まるカム、

だが……ハジメを見つめるその目が、やや不思議気な物へと変わっていく。

 

「どうした?俺の顔に何か?」

「いえ……御大将も少し御変わりになられたようだと、思いまして」

「変わった?俺が」

「ええ、以前の滲み出るような猛々しさが影を潜めたといいますか……

一言で言えば、落ち着いたといいますか……」

「……」

 

確かにあの奈落から脱出した頃は、解放感も手伝い、

自分の力をとにかく試してみたかった事は否定できない。

だが、それが影を潜めていると言われたことは、

自分が良い方向に向かっている証だと、ハジメは思うことにした。

 

「まぁな」

 

ともかく話を進めていくハジメとカムたち。

 

「まず、何があったのかということですが、簡単に言えば、

我々は少々やり過ぎたようです……」

 

カムの話によると、魔人族と帝国兵、そして自分らを中心とした亜人族、

三つ巴の乱戦が続く中、ハウリア族は暗殺に近い形で、

次々と両者を討ち取っていったのだという。

 

「魔人族と帝国兵が激突し、消耗したところを……と、まぁ、漁夫の利狙いですな」

 

しかし、相手もやられっぱなしではない、ほぼ撤退していた魔人族はともかく、

少なくとも帝国側の方は一計を案じていた、捕獲した亜人を餌に帝都に誘い込むという。

後から思えば、かなりあからさまなやり口ではあったが、

魔人族の爆撃により、森を焼かれていた事や、

看過出来ない程の大量の亜人を捕獲された事による、焦りがあったと振り返るカムたち。

 

「しかし我々を見た時の帝国の連中の顔」

「御大将にもお見せしたかった」

 

無理もないなと思うハジメ、何せ兎人族は基本的には温厚で、

争い事とは無縁の愛玩奴隷というのがこの世界の常識なのだから。

 

「で、それが帝国の上層部の興味を引いたと」

「はい、御大将の言う通り、我等は生け捕りにされ連日、取り調べを受けていたわけです

どうも我々がこういう風になってしまった事については、かなり興味津々だったようで」

 

こういう風という言葉に、自覚あるんだ、と、シアが小声ではあったが、

恨めし気なツッコミを入れる。

 

「ある時など皇帝陛下直々に尋問を見に来てましたからな」

「だがあの男、相当出来るぞ……と、いうことで、つまり我々の今後の方針についてですが」

 

カムの、そして周囲の幹部たちの眼差しが鋭い物へと変わる。

 

「我々ハウリア族は帝国に戦争を仕掛けます」

 

その宣言が放たれると同時に、時が止まったかのような沈黙が、

その場を支配していく、暫しの後、正気か?そう聞き返そうとしたハジメよりも先に、

 

「正気ですかっ!」

 

シアが沈黙を破る。

 

「何を、何を言っているんですか、父様?私の聞き間違いでしょうか?

今、私の家族が帝国と戦争をすると言ったように聞こえたんですが……」

「シア、聞き間違いではない。我らハウリア族は、帝国に戦争を仕掛ける

確かにそう言った……よく聞け」

 

カムの眼差し、そして言葉は伊達や酔狂とは無縁の、そう、明確な覚悟を帯びている。

 

「確かにたった百人とちょっとで帝国と戦争など、血迷ったとしか思えぬだろう、

だが……」

「同族を奪われた恨みで、まともな判断も出来なくなったんですね!?」

 

しかし興奮状態のシアには届いてないようだ。

ドリュッケンを構えると、カムの眼前へと突きつける。

 

「だったら、今すぐ武器を手に取って下さい!帝国の前に私が相手になります、

その伸びきった鼻っ柱を叩き折って……」

「ふうっ!」

 

しかし、その時絶妙のタイミングで、これまで沈黙を保って来たジータが、

シアの耳に吐息を吹きかけ、

 

「はにゃあん~~」

 

さらに尻尾をモフモフと弄ぶ。

 

「だめぇ、しょこはだめですぅ~!ジータしゃん、やめれぇ~」

 

頬を紅潮させ、口から涎を垂らし、シアはドリュッケンを取り落とし、

その場に崩れ落ちる。

瞳を潤ませ、ハァハァと熱い吐息を漏らす姿は実に煽情的だが、

見ちゃダメとばかりに、ユエがハジメの目を両掌で塞ぐ。

 

「シアちゃんは、みんなのことが心配なんだよね」

 

へたり込んだままのシアへと、目線を合わせるかのように屈みこんで、

ジータは優しく諭していく、だが何故かその姿は見る者に威圧感を覚えさせた。

 

「でも、お父さんの話も、ちゃんと最後まで聞いてあげて」

「うっ……そうですね……すいません、ちょっと頭に血が上りました

もう大丈夫です……父様もごめんなさい」

 

項垂れつつも、謝罪の言葉を素直に口にするシア、そんな愛娘の姿に、

そっと目頭を拭うカム。

 

「かつて忌み子と呼ばれたお前が……こんなにたくさんのお友達に囲まれて」

「……父様」

 

感無量といった顔で、カムはハジメの手を握りしめる。

 

「御大将、どうか今後ともシアを、娘を宜しくお願い致します」

「……」

 

任せて欲しいと素直に口にしようとして、一瞬口元を強張らせてしまうハジメ、

ここで迂闊に返事をすると、大変なことになりそうな予感が、

電流の如く、自分の身体を走るのを自覚したからだ。

 

「任せてくださいっ!シアちゃんは私たちの大切な友達、家族ですから」

 

そこで頼れるパートナーが、すかさずハジメに代わってカムに答え、

それを受けたカムがチッ!と、一言小声で漏らしたのを聞き逃さなかった二人。

やはりこの機に乗じて何やら言質を取ろうとしていたのだろう、

父娘共々、油断もスキもない。

 

(貸しだからね)

(分かってるよ)

 

「で、改めて理由を聞こうか」

「先程も言った通り、我ら兎人族は皇帝の興味を引いてしまいました、

帝国皇帝ガハルドは貪欲飽く事なき男です、弱肉強食、実力至上主義を大義名分として掲げ、

この世界の全てを平らげんとする野心に満ちた」

 

まだ皇帝を知らぬ、ハジメとジータにとっては、いささか過剰な表現のように思えたが、

直接顔を合わせたことのある、香織たちは、特に雫はしきりにうんうんと頷いている。

 

「そんな皇帝が、ある日我らに直接言いました、"飼ってやる"

全ての兎人族を捕らえて調教してやると……あの顔は本気でした」

「なるほど……」

 

カムたちの実力から見て、自分ら一族だけが生き残るのは難しくはないだろう、

しかしそれは同族を生贄に差し出しての生である、許容出来る筈がない。

 

「で、どうやって戦う?オマエらは百人ちょいしかいないのだろう?……暗殺か?」

 

何故か手にマイクのような物を持ったシャレムの言葉に頷くカム、

しかしシャレムはそれを見て、あからさまに呆れた表情を見せる。

 

「ばかちんどもが……古来より暗殺によって得られた平和など無いぞ」

「しかしっ!我らにはこれより他に戦う術がないのです!我らに牙を剥けば、

気を抜いた瞬間、闇から刃が翻り首が飛ぶ……昨日、今日、親しくしていた人間が、

一人、また一人と消えていく……それを実践し、奴らに恐怖と危機感を植え付け、

兎人族を明確な脅威として認識させるより他にっ!」

「それがばかちんだと言っている、まぁいい、そこから先はわたちよりこいつに聞け、

準備オッケーだそうだ」

 

シャレムの言葉を受け、ハジメがスマホを操作すると、

その傍らの空間に、リリアーナの姿が映し出され、

未知のテクノロジーを目の当たりにした、ハウリア族たちがおおと感嘆の声を上げる。

 

「ハウリア族の皆さま、改めまして、私がハイリヒ王国第一王女にして摂政

リリアーナ・SH・ハイリヒです」

「……父様」

 

突然のことに、暫し固まった状態のカムの脇腹をシアが肘で衝き、

我に返ったカムも挨拶を返す。

 

「あ……ハウリア族族長、カームバンティス・エルファ……あ、いえ、カムで結構です」

 

最後の方は言葉が小さくなっていた、例えリモートであっても、

成り上がりの皇帝とは物が違う、本物の王族のオーラを受け、

少し恥ずかしかったのだろう。

 

「先程のお話、全て聞かせて頂きました……ですが、非礼を承知で申し上げさせて頂きます、

このままではやはり兎人族、いいえ亜人族に未来はないでしょう」

 

いきなりカムへと厳しい言葉を浴びせかけるリリアーナ。

 

「分の悪い賭けである事は承知しております……」

 

カムの言葉にリリアーナは静かに首を横に振る、賭けにすらならないと言わんばかりに。

 

「もしも、皆さまがその暗殺作戦を実行した場合、帝国だけではなく、

全ての人間族が亜人族そのものを脅威とみなし、根絶やしにすべく、

樹海を焼き払い、絶滅戦争に討って出るはずです」

 

その言葉は衝撃を以って、ハウリア族たちの胸に突き刺さった。

無理もない、人間族最大の版図を誇る王国の、それも政務の中枢を担う摂政の言葉である。

 

「全てを敵に回し……たった百人足らずで同胞を守り切ることが出来ますか?

それとも樹海を捨て、大峡谷で同胞たちと共に隠れ潜むように生きていきますか?」

 

それも手の一つかもしれない、皮肉にも大峡谷の環境は、

兎人族の生態に合っているように、ハジメには思えた。

 

「パルくん、でしたか?」

 

続いてリリアーナはにこやかに、この場で最も年若いハウリアの少年に語り掛ける。

 

「君もいずれは恋をし、親となり、子を育むことでしょう……

ですが、その子供たちに峡谷の奥底に隠れ潜み、細々と生きる、

そんな生を、未来を望むのでしょうか?」

 

そこで焦れたようにカムが叫びを上げる。

 

「我々に……何を望むのですか?さっきから勿体ぶった言い回しで!

はっきりとおっしゃって頂きたいっ!」

「皆さんが求めなければならないのは、単なる一時の勝利であってはならないのです」

 

カムの叫びにも一切動じないリリアーナ、

画面越しであっても格の違いを見せつけていた。

 

「亜人族と人間族が対等の立場として共に、この世界で手を携えあう為の第一歩を、

皆さんは記さねばならないのです、その覚悟がおありでしょうか?」

 

対等の立場?第一歩?何の事だと困惑するハウリア族たちへと、

リリアーナは一枚の書面を見せる、そこには亜人解放に関する盟約と、

そしてアルフレリックとリリアーナの血判が押されていた。

 

王国が俺たちを……亜人を?ハウリア族の間で動揺が走りだす。

 

「ただし、御承知の通り、亜人奴隷の大半は帝国に存在しております、

つまりここに」

 

リリアーナは強調するかのように、書面の一番下の余白を指す。

 

「皇帝の血判を押させない限り、この盟は有名無実と化すことでしょう、

そして勝負は一度だけ、そのたった一度でハウリア族の強さを示し、

皇帝に膝を衝かせ、衆人環視の中で盟約を結ばせる、それ以外に皆さんの……いいえ、

亜人族に生き残る術はありません」

「しかし……我らは」

 

元より追放された身、同族・同胞の為ならばいざ知らず、

今更、フェアベルゲンそのものの為に戦う道理は……

まして亜人族全体の運命を背負うといっても、という、

困惑の空気が今度は広がり始める。

 

それもまた予測の範囲内だったのだろう、

リリアーナは、アルフレリックからの、亜人国フェアベルゲン族長として、

対帝国に関しては、あらゆる全てをハウリア族に託すという全面的な委任状を、

彼らの前に示す。

 

ハウリア族たちの視線がカムの顔へ集まって来る。

 

「族長自らの……たっての頼みならば断るわけにもいかない」

「大佐……」

 

何人かが不満めいた囁きを漏らすが、カムは皆まで言うなとばかりに、

はっきりと宣言する。

 

「亜人族全ての未来という、大儀を生まんとする時に、小事にこだわってはならん

何より我らは義によって立っているのだからな、そして……」

 

カムの目がキュピーンと効果音が出そうな、危険な光を放ち始める。

 

「もはや、我が軍団に躊躇いの吐息を漏らす者はおらんっ!そうだな!」

 

カムの言葉に、残りのハウリア族が一斉に、一糸乱れぬ直立不動の姿勢となる。

 

「も……もう一度言います、勝負は一度きりです、その機会は近く訪れます、

そして、ハウリア族の勝利の暁には、その生き証人となることも約束致します」

 

これには流石に気圧されたか、やや言葉を詰まらせるリリアーナ。

 

「聞いたか、暗殺なんぞ下らん手は使うな、オマエらの流儀で堂々と帝城を制圧し、

直接、皇帝の首にその刃を突き付け、真の弱肉強食を、

奴らが言う実力主義とやらを叩き込んでやれ、天下にハウリアここにありと知らしめてやれ」

 

シャレムの言葉に、ニィと不敵な笑みを浮かべるカム。

目を爛々と光らせているため、かなり怖い、思わずジータの背中に隠れる鈴。

 

「事を成し遂げてこそ、我々の後に続く者が生まれる!

我々は、亜人族の真の解放を掴み取るのだ!

そして古よりの悪しき呪縛を、我らが正義の剣によって断ち切るのだっ!」

 

感極まったカムは、拳を振り上げ感涙に咽びながら咆哮を上げる。

 

「ジィィィィィィク!ハウリアッ!」

 

そして残りのハウリア族たちも、それに呼応し怒涛の如く咆哮する。

やはり歓喜の涙を流しながら。

 

「「「「「ジーク・ハウリア!ジーク・ハウリア!ジーク・ハウリア!」」」」

 

そんな興奮の渦の中にのめり込んでいくハウリア族をげんなりとした目で、

見つめつつ、ジータは雫へとそっと耳打ちする。

 

「ねぇ……香織ちゃんともね、話したんだけど……姫様、やっぱりちょっと変じゃない?」

「うん……」

 

心配げに頷く雫、帝国に近づくにつれ、

それこそ、付き合いの短いジータでも分かるくらいなまでに、

外交交渉のプレッシャーという一言では、済ませるわけにはいかないほどの、

ますます固く憂いを込めた表情を、リリアーナが密かにではあったが、

浮かべるようになっていったのだ。

 

もしも、その原因が帝国にあるというのならば、

今、リリアーナはどれほど心細い思いをしているのだろうか?

 

「光輝が何か知ってたみたいだけど……教えてくれなかったの」




作者の趣味により、どんどんおかしくなっていくハウリア族……。


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君たちは天使か?

概ね原作通りの流れではありますが、
各キャラのスタンスの変化を踏まえた上で読んで頂ければ、と。

ところでいかにセキトバが弱かったとはいえ、古戦場ボーダー上がり過ぎでしょ。
みんな学校とか仕事とかどうしてるんですか。



ハウリア族救出の翌朝、再び帝都にて、

入城検査の順番待ちをしながら、周囲を囲む堀へと、ハジメはふと目を向けてみる。

するとその水面の奥底に潜む魔物と目が合ったような気がして、

慌てて視線を逸らしながら、つい愚痴を漏らしてしまう。

 

「過剰すぎるぜ……どこもかしこも」

 

しかしフューレンやアンカジでも入国待ちはあったが、

ここ、ヘルシャー帝国帝城については、いささか厳重過ぎる気がしてならない。

ともかく、地下牢ならばともかく、正式な賓客であるリリアーナと合流するのに、

不法侵入というわけにはいかない。

 

「入るだけでこれかよ」

「中はもっと凄そうだね」

 

商品一つ一つに至るまできっちり検査されている、業者の姿を眺めながら

そっと耳打ちしあうハジメとジータ。

 

「次ぃ~……見慣れない顔だな……許可証を出してくれ」

 

自分たちを訝し気に眺める、門番の視線を感じつつも、ジータは、

事前に帝国内における数少ない親王国派、すなわち穏健派から、

リリアーナが入手しておいてくれた、入城許可書を門番へと提示する。

 

「姫から詳細は聞いていると思いますが?」

 

ここでペラペラと、自分から事情を話したりしないのがジータ流である。

但し極上の笑顔を添える事は忘れないが。

 

「……暫くこちらでお待ちを」

 

ハジメたちは、やや頬を染めたかに見えた門番の案内を受けて、待合室に通される、

そこで待つこと十五分、責任者らしき大柄な帝国兵が姿を見せる。

 

「こちらに神の使徒ご一行が来ていると聞いたが……貴方たちが?」

「あ、はい、そうです、私たちです」

「何でも道中、魔人族の痕跡を見つけたとの事で、調査に当たって貰ったと、

リリアーナ姫からお聞きしております、我々にも一言言って頂ければ、

援護の人員などを手配出来ましたものを」

 

口裏合わせに齟齬がないことを確認しつつ、

ジータは、そのグリッドと名乗る兵士へと、軽く会釈をする。

 

「帝国も魔人族の襲撃を受け、大変な時と聞いていましたので」

「お心遣い感謝いたします、では早速部下に案内させましょう……ところで?」

 

グリッドの目がシアに注がれる。

 

「その兎人族は?それは奴隷の首輪ではないでしょう?」

 

どうしてそんな事を?と聞き返す間も無く、グリッドはジータへ向けた丁重さとは、

打って変わった侮蔑に満ちた口調で、シアへと詰問する。

 

「よぉ、ウサギの嬢ちゃん。ちょっと聞きてぇんだけどよ?……俺の部下はどうしたんだ?」

「部下?」

 

唐突な質問に、一瞬戸惑ったシアだったが、すぐに意図を察したようで

驚愕に目を見開いた。

 

「……っ…あなたは……」

「おかしいよな?俺の部下は誰一人戻って来なかったってぇのに、

何で、お前は生きていて、こんな場所にいるんだ? あぁ?

 

そう、彼は、かつて樹海から追われたシアたちを襲った部隊の隊長だったのだ。

彼は部下たちに捕獲を任せ、後方に下がったがゆえに、

シアにはグリッドに対する記憶がなかったのだが、グリッドの方は、

珍しい青色がかった白髪の兎人族という珍しさから、

シアの事をしっかり覚えていたようである……そして何より。

 

「部下を全員失ったせいで、俺は出世がパーだ、こんな閑職に追いやられちまってよ

あぁ?どうしてくれんだぁ、コラ」

 

シアを見る視線、そして恫喝する口調は、かつての檜山の姿を、

ジータに思い起こさせた。

 

「反撃されないと思うと……どいつもこいつも……」

 

小声でそんな呟きを漏らすジータ、一方のシアの脳裏には、

嬲るように襲い掛かってくる帝国兵達の表情と、

家族が一人また一人と欠けていくという、あの時の絶望感がフラッシュバックする、

だが……それは一瞬の事ではあったが。

 

もう今の自分は無力と孤独に怯えていた頃の自分でない。

ギュ!と拳を握りしめるシア、そう、今の自分は大迷宮の化け物共すら打ち砕く力を

得ているのだ、それに何より……。

 

シアは自身の背後から感じる、自分を勇気づけるかのような視線に応じるべく、

キッ!と、グリッドを睨みつける、そう、もう自分は一人ではないのだ。

 

「あなたの部下の事なんて知ったことじゃないですよ、頭悪そうな方達でしたし、

何処かの魔物に喰われでもしたんじゃないですか?ともかく、

私のことであなたに答える事なんて何一つありません」

「……随分と調子に乗ったこと言うじゃねぇか、あぁ?

上手い事取り入りやがってこの売女が、舐めた口を利いてんじゃねぇぞ」

 

目の前のバグ兎へと凄むグリッド、この男、よほど怖れを知らないか、鈍いと見える。

 

「というわけで申し訳ありませんがね、この兎人族は二ヶ月ほど前に行方不明になった、

部下達について何か知っているようでして、引渡し願えませんかね?

兎人族の女が必要なら、他を用意させますんで、ここは一つ、ヘヘ」

「それには及びませんよ」

 

振り向いたグリッドの視界に、ニコニコとまるで天使か妖精か、

そんな笑顔のジータの姿が入る。

 

「きっとこの子の言う通り、グリッドさんの部下は魔物にでも食べられてしまったのでしょう」

 

それは何やら因果を含むような口調だった、そしてさらにジータは続ける。

 

「それとも精強を誇る帝国兵士が、まさか兎人族如きに全滅という、

弁解の余地なき恥を晒したと?いえ、失礼しました、決してあり得ない、

あってはならない事とはいえど、今の失言どうかお忘れ下さい」

 

その弁解の余地なき恥を、現在進行形で帝国が晒し続けていることを承知で、

ジータは煽る、輝くばかりの笑顔を添えて。

その背後では、顔を見合わせ溜息を吐くハジメたち、ここの所、大人しくしていたとはいえ、

やはり持ち前の煽り癖、いやいや反骨心が騒いで仕方なかったのだろう。

 

グリッドのこめかみが憤怒と屈辱でピクピクと痙攣しているのが、

はっきりと見て取れるが、賓客相手に狼藉を働こうものなら、

もはや帝国に自分の居場所はないであろう事は、流石に理解している。

 

「失礼を……いたしました……そこの者に案内を申し付けてありますので」

 

歯噛みしつつ、血走った眼でジータを睨むグリッドだが、一切動じることなく、

ペコリと笑顔で頭を下げるジータの笑顔を見ると、何だか自分が試されているような気がして、

強引に作り笑いを浮かべるしかない。

 

ともかく、堀に架けられた巨大な吊り橋を案内役に従って渡るハジメたち。

 

「閑職ぅ?隊長さんよォ、この仕事舐めてませんかねぇ?コラ」

「ま、待てお前ら……その…さっきのはだな……」

「お前らぁ?そういやそろそろ堀の魔物のエサの時間ですなぁ!オイ!」

 

部下である筈の門番たちに取り囲まれ、

必死で弁解するグリッドの上ずった声を聞きながら。

 

(嫌な国だなぁ……)

 

 

リリアーナとはすでにリモートで、殆どの情報交換は済んでいる。

だから特に今更確認しあうこともない、ただしエヒト、すなわち神についての真実は、

未だ伏せてはいるようなので、その辺りについての口裏合わせだけは、

再確認を行い、彼女が滞在している貴賓室で一息ついていると、部屋の扉がノックされる。

いよいよ皇帝との謁見の時が来たようだ。

流石に一同、緊張の面持ちは隠さずに、ガハルドの下へと向かう事となった。

 

 

三十人くらいは座れる縦長のテーブルが置かれた簡素な部屋、

そのテーブルの上座の位置に、二人の護衛を背後に控えさせ、

頬杖をついて不敵な笑みを浮かべる男、ヘルシャー帝国皇帝ガハルド・D・ヘルシャーがいた。

 

凡そ、人を迎える態度ではないなと思いつつ、

ハジメは、そっと傍らのジータと雫へと念話を送る。

 

『まずは壁の裏に二人と……』

『天井裏に四人だね……』

『閉まった扉の外にも二人来たわ』

 

そんな彼らの様子については特に気にするそぶりも見せず、

ガハルドはリリアーナを手で制し、いきなり開口一番。

 

「お前が、南雲ハジメか?そんで横の嬢ちゃんが蒼野ジータか」

 

ハジメをその鋭い眼光で射抜きながら、プレッシャーを叩きつけた。

数十万もの荒くれ者共を力の理で支配する男の威圧、

やはり半端なものではない、事実、鈴とリリアーナが小さな悲鳴を上げ、

雫ですらも後退らずにはいられない。

 

だが、そんな強烈なプレッシャーの中であっても、

ハジメたちは平然としていた、

皇帝の威圧とはいえ、所詮は人の放つ物、

大迷宮攻略者にとってはそよ風同然と言ってもいい。

 

「南雲ハジメです、御目に掛かれて光栄です、皇帝陛下、

国事により遠征中の勇者、天之河光輝の代理を兼ね、此度は参朝致しました」

 

例の御前試合の際、光輝に散々仕込まれた宮廷式の作法をもって、

見事な返礼をして見せるハジメ。

 

「俄か仕込みにしては、そこそこじゃねぇか」

「教師が厳しくてね、随分とやられましたよ、手首の角度が悪い!

膝の位置が違う!視線は相手の足下から顔へと順に上げていく!とか」

「ふふっ」

 

光輝の声真似を交え説明するハジメの姿に、つい笑顔を見せてしまう雫。

ガハルドは一旦ハジメから視線を外し、今度は雫へと目を向ける。

 

「そういえば雫、久しいな、俺の妻になる決心は付いたか」

「前言を撤回する気は全くありません。陛下の申し出はお断りさせて頂きます」

「つれないな、だが、そうでなくては面白くない、元の世界より、

俺がいいと言わせてやろう、その澄まし顔が俺への慕情で赤く染まる日が楽しみだ

何よりその笑顔、やはり諦めるには惜しい」

 

どうやら本当にガハルドは雫を気に入っているようだ。

 

「まぁ、雫についてはこの後ゆっくり口説かせて貰うとして……南雲ハジメ」

 

ガハルドは雫を通じて、ハジメの内面を測り取ろうとしていたようだが、

どうやらその手は通じないと見て、おもむろに本題へと切り込み始める。

皇帝に相応しき、覇気と鋭さを身に纏わせて。

 

「リリアーナ姫からある程度は聞いている。お前が、大迷宮攻略者であり、

そこで得た力でアーティファクトを創り出せると……魔人族の軍を一蹴し、

二ヶ月かかる道程を僅か数日で走破する、そんなアーティファクトを、真か?」

「仰る通りです」

「そして、そのアーティファクトを王国や帝国に供与する意思がないというのも?」

「同じく仰る通りです」

「ふん、一個人が、それだけの力を独占か……そんなことが許されると思っているのか?」

「俺たちにとってここはあくまでも仮初の地、そしてあんたたちに取っては俺たちは稀人、

……だからこそ、この世界の文明を、人の営みを徒に歪めたくはない、

これではいけませんか?」

 

それが今のハジメの偽りない本心だった。

 

「欲しけりゃ自分たちで造り出して頂きたい、何百年かかるかは知りませんが」

「文明、営みか……賢しい口を」

 

ガハルドが目を細めてハジメを睨み、それに呼応し背後の護衛の殺気が濃くなり、

そして周囲に潜む者たちの気配がそれに反比例して薄くなっていく。、

雫と鈴が、リリアーナを守る様に身を寄せ合いつつも、その身体を震わせる。

 

しかし、当のハジメたちは、その殺意をやはり平然と受け流し、

出された紅茶にすら、手を伸ばす余裕を見せていた。

 

「ふふ……ははは」

 

そんなハジメらの姿を見、ガハルドの唇が綻び始める。

 

「オイ!止めだ止め、お前ら下がっていいぞ!ばっちりバレてやがる!」

 

豪快な笑みを浮かべつつ、天井に向かってガハルドが叫ぶと、

潜んでいた者たちが去っていく気配が伝わってくる。

 

「正真正銘の化け物どもめ……今やり合えば皆殺しにされちまうな!」

「誉め言葉と受け取っておくよ、でもなんでそんな楽しそうなんだよ?」

「おいおい、俺は"帝国"の頭だぞ?強い奴を見て、心が踊らなきゃ嘘ってもんだろ?」

「なんか分かりますよ、俺もそういう男を……いや、今は女かな?を知ってますから」

 

龍太郎のことを思い出しながら答えるハジメ。

 

「女と言えば、お前が侍らしている女たちもとんでもないな、おい、どこで見つけてきた?

こんな女どもがいるとわかってりゃあ、俺も大迷宮に行ったってぇのに……一人ぐらい…」

 

そこで何かに気がついたか、ガハルドは少し慌てるような口調で話題を締めくくる。

 

「寄越せといいたいが、命あっての物種だわな、くわばらくわばら……ま、俺としてはだな」

 

ガハルドの視線がシアを捉える。

 

「そちらの兎人族が気になるんだがね、そんな髪色の兎人族など見た事がない上に、

虫を殺せないってことで通っている兎人族の癖に、俺の気を受けてもまるで動じない、

何だか最近捕まえた玩具を思い起こさせるんだが、そこのところどうよ?」

 

玩具という言葉にシアがガハルドを咄嗟に睨みつけようとしたが、

それを察知したユエが、テーブルの下でそっとシアの手を握り、自重を促す。

 

「玩具なんて言われましても……」

「心当たりがないってか?何なら、後で見るか?実は、何匹かまだいてな、

女と子供なんだが、これが中々――」

「そういう野蛮な風習に私たちは一切興味ありません!」

 

カマを掛けていることは百も承知だが、それでもせめてもの反撃か、

野蛮と言う個所に力を入れて、ハジメに代ってジータが言い返す。

 

「野蛮と来たか……お高く止まりやがって、まぁ、まだ続きがあるんだ、

実ァな、そいつらは超一流レベルの特殊なショートソードや装備も持っていたんだが、

それでも興味ないか、錬成師?」」

「申し訳ありません」

「……そうかい、ところで一昨日、地下牢から脱獄した奴等がいるんだが、

この帝城へ易々と侵入し脱出する、そんな真似が出来るアーティファクトや、

特殊な魔法は知らないか?」

「存じないです」

「ほう、なら同じく一昨日、ちょうど脱獄が行われた時間帯に、

復興地域にタキシード姿の変質者が現れたって言うんだが、心当たりはないか」

「……っ!」

 

流石に一瞬言葉を詰まらせるハジメ。

 

「フッ!無いか、無いだろうな、ならば我が帝国国民にそのような痴れ者は、

只の一人として存在しないと断言出来るだけに、一体何者なんだろうな」

「……何者なんでしょうね」

 

それ俺なんです、と、心の中で毒づくハジメ、ともかく、

ガハルドの人の悪さに辟易しつつ、ハジメは淡々と会話に応じて行く。

おそらく自分たちとハウリア族との関係についても、

確証はないまでも察してはいるのだろう。

 

「聞きたい事はこれで最後だ……神についてどう思う?」

「学究の世界に生きる者に神は不要です」

 

カリオストロの、今や自分に取っても座右の銘となりつつある言葉で応じるハジメ、

本当にこのやり取りが最後であってくれと思いながら。

 

「まぁ、最低限、聞きたいことは聞けた……というより分かったからよしとしようか」

 

ガハルドはガハルドで、ハジメの愛想のなさに内心堪えていたようだ。

コキコキと首を鳴らして立ち上がる。

 

「ああ、そうだ、聞いているだろうが、今夜リリアーナ姫の歓迎パーティーを開く、

是非、出席してくれ」

 

招かれざる客たちが、大挙して出席の準備を整えていることも知らずに……

と、内心ほくそ笑んだハジメたちであったが、

そんな気分は、ガハルドの次の言葉で吹き飛んでしまう。

 

「各国・独立都市の大使たちも出席した上での、

姫と息子の婚約パーティーも兼ねているからな、"神の使徒"として、

是非に祝福の言葉を頂きたいものだ……それと」

 

ガハルドは事も無げにサラリと爆弾発言を口にし、

さらにハジメへと向けて、挑発的な笑みを浮かべる。

 

「こいつは皇帝ではなく、同じ男として、人生の先輩としてのアドバイスだ、

そこのジータという女は止めとけ、一生引き摺り回されて、

尻に敷かれる覚悟があるなら別だがな」

 

リリアーナの婚約という爆弾発言に唖然としてたジータたちは、

その言葉で我に返るが、その時にはすでにガハルドは、

颯爽と部屋から出て行った後であった。

 

 

部屋から数歩出た所で、ふぅっと大きく息を吐くガハルド、

やはり彼とて、ハジメ相手の問答は相当堪えたようだ、いや……それにも増して。

あの時、軽く女たちの話題に触れようとした時に受けた、

一瞬のプレッシャーを、それを放った女、ジータの事をガハルドは思い起こす。

 

(あの女、あの化け物の、南雲ハジメの手綱をしっかり握ってやがる……いや)

 

それは流石に、あの二人に失礼な物言いだなと思い直すガハルド。

 

「一蓮托生、比翼連理ってとこか」

 

チームの主将がハジメならば、ジータはきっと司令塔なのだろう。

そんな事を思いつつ、ガハルドの吐息は溜息へと変わっていく、

その脳裏に浮かび始めたのは……武術にこそ長けてはいるが、

皇帝の器とは到底思えぬ不肖の息子、皇太子の姿であった。

 

(せめて……人並みの器量があいつにもあれば)

 

 

そして応接室では。

 

「リリィ!婚約ってどういうこと!一体、何があったの!」

 

リリアーナと最も仲のいい香織が、リリアーナへと詰め寄る。

 

「我が国は王が亡くなり……その後継が未だ十歳と若く、

国の舵取りが十全でない以上、同盟国との関係強化は必要なことです」

「それが、リリィと皇子の結婚ということなのね?」

「はい、お相手は皇太子様です、ずっと以前から皇太子様との婚約の話はありました、

事実上の婚約者でしたが、今回のパーティーで正式なものとするのです」

 

その言葉を聞いて、ジータたちはようやく理解する、

リリアーナが道中浮かべていた、悲痛な表情の理由を。

 

「リリィはその人が……」

 

好きなの?と聞こうとして口を噤む香織、愚問である。

好きな相手とならば、あんなに悲しそうな顔をする筈がないのだから、

元より、国と国との繋がりの為、政略結婚に好きも嫌いもない……それでも。

 

「リリィだって、お姫様だって、女の子でしょう、

ちゃんと好きになった人と結婚したいんじゃないの?」

 

納得出来ない、そんな思いを隠すことなく率直な思いを口にする香織。

人の身体を捨ててでも、愛する少年と共に在りたいと願った彼女にとって、

リリアーナのやろうとしている事は、やはり受け入れ難いのだろう。

 

「光輝には……光輝だけには、その事を伝えたのね?」

 

雫へとリリアーナは静かに頷く。

 

「……それで、何て言ったの……光輝は」

 

リリアーナは顔を伏せつつ、その時の事を思い出す。

背中を向け、肩を震わせ、まさに感情を必死で抑え、絞り出すような光輝の声を……。

 

「ただ一言……どうかお幸せに、と」

 

その時の光輝の心境は雫のみならず、彼をよく知る者に取っては、察するに余りあった。

きっと叫びたかっただろう、止めたかっただろうと、今の香織のように。

だが……それでも、勇者として人の運命を背負う者という自覚が芽生えたが故に、

王族として同じ宿命に生きる者の覚悟を察し、

彼は敢えてリリアーナの背中を押したのだ、儘ならぬ人生への悲しみを、

己の無力への怒りに耐えながら。

 

だが、その覚悟は、決断は、余りにも頑なで、ひたむき過ぎると、

この場にいる者たちは思わずにはいられなかった。

鋭すぎる刃は握る者をも傷つけ、そして容易く折れてしまうのだから。

 

全く、いたらいたで、いなけりゃいないで心配を掛けずにはいられないのか?

あの男は、とジータが思った所で。

 

「でもさ、パーティーはこの後……」

 

ぶち壊しになる筈、と、言いかけた鈴をリリアーナが制する。

 

「それはあくまでも帝国と亜人たちの問題です……むしろ」

「ぶち壊されるからこそ、帝国の面目も考えないといけないってことですか……」

 

ジータの言葉に泣きそうな顔を見せるシア。

確かに弱り目祟り目の相手に対し、それを理由に三行半など叩きつければ、

下手をすれば、追い詰められた帝国の憎悪を王国が一身に背負う事に成り兼ねない。

 

それに……ジータはリリアーナの、この件の裏に潜ませた意図を感じ取りつつあった。

例えば、何故わざわざハウリア族を自らの口で焚きつけるような真似をしたのかを、

そう、見方を変えれば、兎人族に蹂躙されるであろう帝国に対し、

王国は大きな貸しを与える事が出来るのだ、自身が人身御供となることで。

 

確かに、情と信義の人である事には間違いない、

だが同時に、いざとなればあらゆる全てを利用し、自国の利益にせんとする強かさを、

ジータはリリアーナから感じ取っていた。

だが、それをここではもちろん話さない、話した所でどうにもならないし、

むしろ、小賢しさを軽蔑されるに違いないからだ。

 

(転んでもただでは起きない、リリアーナならぬタヌキーナだね、まさに)

 

それだけを心の中で思い浮かべる事くらいは、許されるだろうか?

 

「お父様たちの戦い……きっと上手く行く筈です」

 

そんなジータの内面には一切気付かず、シアの目に浮かぶ涙を拭ってやりながら、

それでは私は衣装合わせがありますので、と、リリアーナは自室へと戻って行く、

その足音が聞こえなくなった頃。

 

「なんか……マンガみたい」

 

まずは鈴がポツリと呟く。

 

「お姫様も勇者様も辛いもんだね」

「じゃあせめてマンガらしいやり方で、何とかしてやろうじゃないか……

俺たちには帝国のメンツもクソも関係ないからな」

 

久々に暴れるのも悪くはない、そんな笑みをジータへと向けるハジメ。

ジータはジータで、このままタヌキ姫の計算通りというのも、

何だか面白くない、そんな気持ちが芽生えてきている。

 

「お姫様を攫うのは魔王様の定番だもんね」

「そこはこう言って貰いたいな」

 

ハジメは両の手を合わせ、そのまま頬に添えて小首を傾げるような仕草で、

高らかに宣言する。

 

「俺たちは天使だっ!ってな」




天使どもの計画は果たして上手く行くのか?


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運が悪けりゃ国交断絶

ミリンときて次はシオンですか、いずれサトーとかショウユウとかも
登場しそう。
で、ナタクよ、君を一体どこに連れてきゃいいんだ……。


応接室を出、各々の部屋へとメイドたちに案内されるハジメたち、

身の周りの世話は何なりと、とお辞儀をするメイドを、丁重に追い返すと、

ハジメは早速、城内に仕掛けられた侵入者用のトラップや、

警備兵の位置や巡回ルートの確認に入る。

 

これはあくまでもハウリア族の、亜人族の戦い、

自身が先頭に立つことはするまいと、心に決めているハジメだが、

道を開いてやるくらいのことはしてやるべきだとの思いもある。

 

「やっぱりトラップは多いのかな?ハジメ君」

「ああ、でも幸いにもパーティーがあるからな、

解除するのは、会場まで滞りなく辿り着けるルートだけでいい」

「……んっ、あんまりやり過ぎるとボロが出ないとも限らない」

 

ハジメの腕には全幅の信頼を置くユエではあるが、今度ばかりは慎重である。

友人の一族の未来が掛かっているのだ、かつて自身も一族の長だっただけに、

今も自分の傍らで不安な面持ちを隠さないシアの気持ちも、

また、ユエに取って察して余りあった。

 

一方、別室では、ジータが王都に残っている愛子へと、定期連絡を行っていた、

光輝らとのやり取りも、愛子を介して行われる事となっている。

そろそろ彼らもブルックに着いた頃だろうか?

 

「そうですか……姫様はそこまでの決意を」

「ええ……でも、同じ女としてどうも……やっぱり納得いかないんですよね」

「面白くない、の間違いでしょう?蒼野さんの場合は」

 

顔を見合わせ苦笑するジータと愛子。

 

「そういえば、そろそろそちらにも例の報告が届く頃だと思います」

 

外交の本拠たる各国の大使館には、冒険者ギルドと同じく、

情報伝達用のアーティファクトが備え付けられている。

伝達速度こそリアルタイムとは行かないが、

数日内には本国に情報を届けることが可能である。

 

「では、シモンさんがついに……」

「ええ、ついにこの世界の歴史が……変わるんですね」

 

愛子の声は喜んでいるようでいて、戸惑いと畏れの響きも多分に含まれていた。

徒にこの世界の営みに、棹を挿して流されてはならないと、

日々口にしていた自分の願いで、世界の情勢が変わってしまうことに。

 

例え世の為、人の為であっても、過ぎてしまえば、自分たちが第二のエヒトに成り下がる、

その事を胸に改めて刻むジータだったが……その時、

机の上の警報機のブザーが、けたたましく鳴り響いた。

 

 

「ほぉ、今夜のドレスか……まぁまぁだな」

「……バイアス様、いきなり淑女の部屋に押し入るというのは感心致しませんわ」

「あぁ?俺は、お前の夫だぞ?何、口答えしてんだ?」

「……」

 

舐めるような、品定めをするような下卑た目で、かつて十にも届かない年齢の頃、

初めて会った時と同じ目で、リリアーナを見下ろす、粗野で横暴な雰囲気を纏う大柄な男、

これが件の婚約者こと、バイアス・D・ヘルシャー君である。

 

「おい、お前ら全員出ていけ、そこのカカシ共もだ!とっとと下がらせろっ!」

 

バイアスの一喝に侍女たちは慌てて部屋を出て行き、近衛の騎士たちこそ

リリアーナを庇うように立ちはだかるが、かつて王国での親善試合の際、

何人もの騎士が、彼の手で再起不能となっている事を知るリリアーナ自らが、

騎士たちに下がる様に命じる。

 

こうして二人きりの密室となったことを確認すると、それをいい事に、

バイアスはリリアーナに向け、さらに嬲るような言葉を吐いていく。

 

「あの時からな、いつか俺のものにしてやろうと思っていたんだ……なんだその目は?」

 

バイアスは、心底楽しげで嫌らしい笑みを浮かべながら、

顔を強ばらせつつも真っ直ぐに自分を見るリリアーナの胸を鷲掴みにした。

 

「っ!?いやぁ!痛っ!」

「まだ十にも届かないガキの分際で、いっちょ前に俺を睨んだ時よりゃ、

それなりに育ってんな、まだまだ足りねぇが、それなりに美味そうだ」

「や、やめっ」

 

苦痛に歪む、リリアーナの表情が、バイアスの欲望を刺激したか、

そのまま彼はリリアーナを床に押し倒した、リリアーナが悲鳴を上げるが、

外の近衛騎士たちには届いていないようだ。

 

「いくらでも泣き叫んでいいぞ?この部屋は特殊な仕掛けがしてあるから、

外には一切、音が漏れない、まぁ、仮に飼い犬共が入ってきても、

皇太子である俺に何が出来るわけでもないからな、

何なら、処女を散らすところ、奴らに見てもらうか? くっ、はははっ」

「無益ですっ!あと少し待てば名実ともに私は貴方の物となるのに」

 

その言葉は、口にしたリリアーナ自身の心をも、深く抉っていた。

この身は全て王国人民の物、故に自分個人の幸福など追求してはならない。

それが王家に生を受けた者の宿命、そう定め生きて来た、

だからこそ、野盗の頭すら務まりそうにない、この粗暴な男にでも

躰を捧ぐことも出来る筈だという覚悟もあった。

 

だからこそハウリア族を焚きつけた、もちろん亜人たちを救いたいという気持ちが

第一にあることは間違いない、だが、それに乗じ、帝国の国力を削ぎ、

先の襲撃で傾いた王国の地位を、僅かでも取り戻すための、

足掛かりにしたいという狙いが潜んでいたのも、また事実である。

 

だが、そんな覚悟や計算も、目の前の獣のような男に、

これからされるであろう事を思うと、生理的な嫌悪感と恐怖感によって、

容易く掻き消されてしまいつつあることを、リリアーナは自覚してしまう。

だからせめてでもとの思いを込めて、彼女は気丈にバイアスを睨む。

 

しかし、怯えを隠せぬ青ざめた顔であっては、却って逆効果だ。

 

「その眼だ、反抗的なその眼を、苦痛に、絶望に、快楽に染め上げてやりたいのさ」

 

舌なめずりをするバイアス、その表情にはある種の慣れを感じさせた。

 

「俺はな、自分に盾突く奴を嬲って屈服させるのが何より好きなんだ、

必死に足掻いていた奴等が、結局何もできなかったと頭を垂れて跪く姿を見ること以上に、

気持ちのいいことなどない……もう病みつきだ」

 

その言葉がリリアーナの予感の正しさを肯定していた。

 

「貴方という人はっ……」

「リリアーナ、初めて会った時、品定めする俺を気丈に睨み返してきた時から、

いつか滅茶苦茶にしてやりたいと思っていたんだ、ようやく夢が叶うぜ……」

 

バイアスはニヤツキを隠さぬまま、リリアーナのドレスを一息に引きちぎり、

リリアーナは肌を隠す振りをしつつ、ネックレスに仕込まれた警報機のスイッチを、

咄嗟に押すのだった。

 

 

「ジータ様!」

「姫様が……どうかお力を!」

「我々ではどうすることも……」

 

警報を聞き、風の様にリリアーナの元へと向かったジータ、

その部屋の前には、歯噛みすることしか出来ない親衛騎士たちの姿があった。

無念の涙に咽ぶ隊長格の男の肩に手をやるジータ、案ずるなと言わんばかりの

力強い笑顔と共に。

 

「暫く向こうに行ってて、あ、私が出て来るまで、

誰も近づけさせないようにしてくれると、嬉しいな」

 

そして部屋の中では、バイアスに押し倒され、

さらに両手を頭の上で押さえつけられ、足の間にも膝を入れられて、

その裸身を隠すことも出来ないリリアーナの姿がある。

 

リリアーナのその目から一筋の涙が零れ落ちる、その涙は、

望んだ通りの結婚なぞ有り得ない、そう覚悟こそしていたが、

本当は、好きな人に身も心も捧げて幸せになりたかった、

そんな普通の女の子の気持ちを抑える事が出来なかったという、ある種の敗北感に満ちていた。

 

(光輝……失態を再三犯した貴方をどうしても責められなかったのは、

貴方にだけはこの婚約の事を打ち明けたのは、こういう事、だったのですね、

私も結局は……貴方と同じ……)

 

「すけて……」

「るせぇよ、大人しく俺様に処女を捧げな」

「助けて……」

「なぁ、リリアーナ、結婚どころか、婚約パーティーの前に純潔を散らしたお前は、

どんな顔でパーティーに出るんだ?股の痛みに耐えながら、どんな表情で奴等の前に立つんだ? 

あぁ、楽しみで仕方がねぇよ」

 

涙声で助けを求めるリリアーナの姿が、余計に興に入ったのか、

サディスティックは表情でさらに嬲りを入れるバイアス。

 

「助けてぇ!メル……」

「いい加減にしろ!」

 

余りに泣き叫ぶリリアーナに焦れたバイアスが、

その頬を殴りつけようとした瞬間だった。

 

ドアが蹴破られ、このあらいを作ったのは誰だあっ!と、

もちろん叫びはしないが、それでもそんな鬼気迫る表情を浮かべたジータの飛び蹴りが、

バイアスの後頭部に炸裂した。

ジータのフルパワーだと、頭が砕けてしまうので流石に加減はしてあるが。

 

蹴り飛ばされ、壁に思いきり顔面を叩きつけるバイアス、

壁紙が血で染まって行く、どうやら鼻の骨でも折れたようだ。

 

「姫様……大丈夫?」

 

何が起こったのか分からぬままに、ぼ~~っとしたままのリリアーナを抱き起すジータ、

傍らのカーテンを裂いて、彼女の裸身に纏わせることも忘れない。

 

「あ、もしかしてハジメちゃんか……それとも天之河君の方がよかったかな」

 

そこでようやく我に返り、状況を理解するリリアーナ。

 

「な……何てことを!ジータさん自分が何をしたのか、分かっているんですかっ!」

 

嬉しくてたまらないのに、どうして自分はこんな事を言ってしまうのだろうか?

ジータを咎めてから、激しく素直になれない自分へと、

自己嫌悪の表情を見せるリリアーナ。

 

「そうだっ!俺を誰だと思ってやがるっ!」

「女の敵」

 

鼻血をダラダラと流しながら、ジータへと向き直るバイアス。

そこにジータからの辛辣な一言が掛けられ、その顔が一瞬激情に歪むが、

ジータの姿を一瞥するや、嫌らしい笑みをまた浮かべ始める、

飛んで火に入る何とやらとか言いだしそうだなあと、ジータが思っていると、

 

「くくく……随分と可愛らしいナイト様のご登場だな、飛んで火に入る何とやらって奴だ」

 

ジータの事を獲物程度にしか思っていないのであろう、ジータの胸に視線を置きつつ、

ぺろりと舌なめずりすらしてみせるバイアス、その顔はジータに取っては、

かつての帝国兵たちの姿と、重なって思えてならなかった。

 

(上が上ならってことね……)

 

「俺はな、不意打ちをするのは大好きだが、されるのは大嫌いなんだ

ま、今ので俺を仕留める事が出来なかったのが運の尽きと思いな、可愛いナイトさんよ!」

 

そう叫ぶなりジータのテンプル目掛け、余裕の表情で拳を放つバイアスだったが、

ジータは体捌きだけで、バイアスの身体のベクトルを変え、

そして彼の拳はあらぬ方向に向かい、大理石の柱を思いきり殴りつけることになってしまう。

鈍い音が聞こえた、拳にヒビでも入ったようだ。

 

「おっ……ごっ……」

 

呻くバイアスには構うどころか、あろうことか背中を向け、

ジータはリリアーナへと何処か痛いとこない?などと気遣う仕草を見せる、

それがさらにバイアスの怒りに火を注ぐ事を、知っていながら。

 

「俺を……無視すんじゃねぇ!」

 

つい先程までの余裕は何処へやら、バイアスの身体が、

その巨体からは想像も出来ぬ程の俊敏さで宙を舞い、三角跳びでお返しとばかりに、

ジータの後頭部を狙うが、それもまたひょいと頭を下げたジータの上を空振りし、

開きっぱなしの衣装タンスの中に突っ込んで行く。

 

中から悲鳴が聞こえる、角に小指でもぶつけたようだ。

 

「いい度胸してやがる、雇われ犬の分際で……」

 

片足飛びでタンスから、ぴょんぴょんと飛び出してくるバイアス。

 

「オイ、リリアーナ、今すぐコイツをクビにしろ!未来の夫の、

ヘルシャー帝国皇太子の命令だぞ!従わない場合は親父……じゃねぇ!陛下にっ……」

「ふ~~~ん、バイアスたんは、そういう時パパにお願いしちゃうんだ♪」

「パッ……」

 

図星を突かれたバイアスの顔が、鼻血と屈辱で真っ赤に染まっていく、

だが、ここまであしらわれて、実力差に気が付かぬ程、愚かではなかったらしい。

 

「月の出ている晩ばかりじゃねぇぜ……必ず犯ってやる!

その前にたっぷりと悲鳴を聞かせて貰ってからなぁ!」

 

野盗そのものの捨て台詞を吐き、バイアスは忌々し気にジータを睨みつける、

どうやらもう、リリアーナは眼中にないようだ。

ひょこひょこと片足のまま部屋を去っていくバイアスの後姿を眺めながら、

もしかすると、小指の骨も折れているかもしれないなと思うジータ。

 

「姫様、もう大丈夫ですよ……これでもうあいつは私を……」

「どうしてっ!どうしてっ!どうしてっ!」

 

ポカポカとジータの胸を殴りつけるリリアーナ、

目に浮かぶ涙は、助けを求めた自分の弱さへの怒りと、

そして実際に助かったことへの、安堵とが入り混じっていた。

 

「これで我が王国と帝国の関係はっ……もう……」

「もういいよ、そういうの」

 

泣きじゃくりながらも未だ体裁を崩そうとしないリリアーナを、

ジータは子供をあやすように抱きしめる。

 

「もう、やっちゃったものは仕方ないしね、で、どうします姫様?」

 

優しく、諭すようにジータはリリアーナへと問いかける。

 

「私をクビにしますか?」

「へ?」

 

きょとんと、ジータの大きな瞳を覗き込むリリアーナ、

ジータも同じくリリアーナの涙に濡れた瞳を覗き返し、

そして暫しの沈黙の後。

 

「ふ……ふふっ……」

「うふふ……あははははっ!」

 

絨毯の上を転り回りながら、大声で笑い合う二人。

 

「見ました!ジータさんあいつの顔!」

「見た見た、帝国皇太子の命令だぞ!って!あはは!ざまぁみろ!」

「もーホントにどうしてくれるんですか、ふふふ」

「大丈夫大丈夫、ああいうタイプって女の子にヒネられたなんて、

恥ずかしくって絶対口に出来ないもの」

 

そして受けた屈辱は決して忘れず、自分の手で落とし前を付けたがるタイプでもある。

 

(だからもう姫様はしばらく大丈夫、狙うなら……私の方だから)

 

これも思うだけで言わない、言えば余計な心配をまたかけてしまう。

 

(折角、こうして笑ってくれているんだから)

 

リリアーナのその柔らかな笑顔は、為政者の、姫君のものではなく、

普通の女の子の、クラスメイトの笑顔そのものだと、ジータには思えた、だから。

 

「これからは香織や雫と同じようにリリィって呼んで下さい、ジータさん」

「じゃあ私もジータでいいよ、リリィ」

 

(やっぱりあんなのに渡せないよ、同じ女の子として)

 

自分の中の、おせっかいの虫が騒ぎ出したのを自覚するジータであった。

 

 




PV見たのですが、あんな姫様を……バイアス許すまじ。

で、色々考えましたが、ストレートに助けに行かせました
ジータも女の子である以上、そうするだろうと思ったので。


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ヘルシャー帝国に栄光あれ

ハウリア・スーパーモード突入


そして、そんなこんながありつつも、時間は経過し、

広大にして豪華絢爛な帝城大広間にて、煌びやかなパーティーは開幕しようとしていた。

 

帝国の貴族・高官ばかりではなく、各国の大使も招かれている様だ。

アンカジ公国の大使と、シンプルなチャイナドレスを纏った香織が、

レセプションで談笑している姿が目に入る。

 

他の女性陣はといえば、シアは、ムーンライト色のミニスカートドレスで、

健康的なお色気をアピールし、対するティオは黒のロングドレス姿で、

大人の魅力を演出しようとしている。

 

だがやはり、人々の目を惹くのは、胸元と背中が大きく開いた青のカクテルドレスを、

身に着けたシルヴァだろう。

 

「……華々しい格好は少し苦手なんだ、狙撃手は目立つべきではないしね、

とはいえ、場に合わせるのも大人の仕事……そう心得ている」

 

「あんな事サラリと言ってますよ、ティオさん聞きました?」

「悔しいが、まったく嫌味に思えんな、ま……世の中にああいう存在はそう多くはいるまい」

 

シルヴァが姿を現すや否や、その一瞬で場の注目を持って行かれた、

シアとティオが、悔し気な表情で囁きあう。

 

「たく、主役はあくまで姫さんと……だってのにな」

 

そんな事をつい口にするハジメの姿は、タキシード……ではなく、

五つ紋の黒紋付羽織袴である。

しかし白髪と相まってその姿は、成人式で騒ぐバカその物にしか見えず、

ハジメ自身も意識しているのか、その表情には忸怩たるものがある。

 

「ニュースでよく見るバカみたい……」

「分かってるよ……けどなぁ、あんな事言われてタキシード着て行けるか!

って撮るな!お前は!七五三みたいな恰好しやがって!」

 

懐からスマホを取り出した鈴を止めつつ、なんか服装に関しての受難が多いぞコラと、

天井に向かって睨みを効かせるハジメだった。

(ごめんな)

 

「まぁまぁ、南雲君が目立ち過ぎないように、私たちも合わせてあげたんだし」

「久々に感じるよ日本を!作ってくれてありがとう」

 

普段のポニテを日本髪に結い、鶴の柄も鮮やかな振袖姿の雫が、

ハジメの肩をポンと叩き、パーティーというよりも、

七五三……いやいや卒業式を思わせる袴姿の鈴が、くるりとその身を翻させる。

 

「デザインしたのはジータだ、お礼はあいつにも言ってやってくれ」

 

そういえばそのジータの姿が見えない、それからユエも、

ユエがまだ姿を見せない理由は、何となく察しはつくが……。

 

「で、入らないのか?オマエは」

「ああ、ジータがまだ準備を終えてないんだ、でももうすぐってさ」

 

テーブルの料理に興味津々のシャレムに向かって、

溜息交じりでクイクイと注射を打つような仕草を見せるハジメ。

それを横目で見ながら、またロクでもない事をしでかしているんだろうなあと、

思わずにはいられない雫だった。

 

 

その頃、西日差す岩石地帯では、

白衣姿の"ドクター"に扮したジータがハウリア族へと"薬"を投与していた。

『アドレナリンラッシュ』『マッドバイタリティ』強烈なバフ効果がある、

これらの薬は、魔力を持たぬ亜人たちには、自分ら人間が使用する以上の劇的な効果を与える。

ただし副作用も強烈なため、こういう正念場でなければ、もちろん投与などする筈もない。

 

(正直、使いたくはないんだけど……)

 

案の定、黒装束を纏ったハウリア族の目が輝き始める、

例によってキュピーン!と、何かを感知しそうな危険な色へ……いや。

 

「燃えあがれ闘志!忌まわしき宿命を越えて!」

 

キュピーンを通り越して、スーパーモードに突入しつつあった。

 

「待ちに待ったときが来たのだ、多くの亜人たちの犠牲が無駄ではなかったことの、

証のために!再びハウリアの理想を掲げるために!我らは一日!一日待ったのだ!

ハウリアの大義の成就のために!帝都よ!我らは帰ってきた!」

「大佐!大佐殿ォ!」

 

カムの演説に感極まったハウリア族たちが感涙にむせぶ、

ちなみに背中に長刀を背負ったカムの黒装束は他の者たちとは異なり、

何故かトレンチコート状になっており、しかも目出し覆面の額の箇所に、

V字状のアンテナめいた飾りを着けていた。

 

そしてカムが俺のこの手が光って唸るとばかりに拳を天高く掲げ、渾身の声で雄叫びを上げる。

 

「帝国に兵無し!見よ!帝城は赤く燃えているぅぅぅぅッ!」

 

確かに西日に照らされた城はそう見えない事もない。

そして族長、いや大佐の激に、ハウリア族全体が帝国倒せと輝き叫ぶ。

 

「「「「「シャアァァイニングッ・ハウリアァァァァッ!!」」」」」

 

「じゃ……じゃあ、私、先に会場行ってるから」

 

冷や汗を掻きながらゲートをくぐるジータ。

彼らハウリア族をこんな風にしてしまった責任は、間違いなく自分にある、

だが、それを棚に上げ、ジータは思わずにはいられなかった。

帝国とハウリア、どっちもどっちだなぁと。

 

 

宴が始まってから、暫く経って後。

 

ジョブチェンジならぬ、お色直しを終えたジータと、

それに合わせて衣装を選んだユエを従えて、ハジメはようやく会場に入る。

 

三人の姿におおと、会場にどよめきが自然と湧く。

 

"勇者"である光輝が不在である以上、ハジメは、"神の使徒"にして、

王都防衛の立役者として扱われる、まして皇帝からの光輝評が未だ、

(笑)の域を出ていない事もあり、早速、武官たちらが中心となって、

ハジメの周囲に人盛りの輪が出来る。

 

もちろん、ハジメばかりが注目されているわけではない。

ハジメにエスコートされる、美しき二輪の華に関しても、彼らは興味津々のようだった。

 

まずはジータだが、まずは豊かな金髪を花とレースでもって纏め上げ、

そして胸元に薄手の生地をあしらい、その谷間を大きくアピールするかのようなデザインの

紫のモダンドレスを身に着けている。

その、やや露出度が高い上半身のデザインと相反するように、

ふわりと翻るスカートは、幾重にも布地が重なっており、

その配色は見る者に紫陽花のイメージを与えた。

 

もちろん、ただドレスで着飾っているだけではない、

今の彼女のジョブは"マスカレード"しなやかなステップで敵を討つ、

連続攻撃に長けたジョブである。

 

そして一方のユエは、なんとウェディングドレスを意識したかのような、

純白のドレスを纏っている、そのデザインもフリルやリボンが、

これでもかとばかりに、ふんだんに飾られた、

やや装飾過多を思わせる物であり、片やシンプル、片や豪奢。

少なくともユエの方は、明らかにジータへの対抗意識が見て取れる。

普段はジータを立てて止まないユエだが、

今夜に関してだけは、いざ尋常にという心境なのかもしれない。

 

そんな二人の視線がハジメを挟んで交錯し、頷きあうと、

彼女らはダンスホールへと向かう、その姿に楽士たちが慌ててスコアの確認を始める。

 

そして多くの人々の注目を集める中、ホールの中心にて、

ユエは古典的かつ優雅な円舞を舞い、ジータは現代的で躍動感あるステップを踏んで行く。

その情熱的な舞踏は、剣なき武闘にも思えた。

 

そしてその勝者に与えられるべきもの、欲するものは……。

 

「全く、果報者だなオマエは」

「……なんて勝手な男なんだって、自分でも思うよ」

 

漆黒のドレス姿のシャレムへと、やや苦い表情で応じるハジメ。

 

「今のオマエにはこっちの方が気楽なようだが」

 

そんなハジメへと、スコスコと右手で何かをしごくような仕草を見せるシャレム。

祝いの席で何て真似をと鼻白むハジメであったが、

と、そこにユエとジータが連れ立って現れ、

そのままハジメの両手を引いてホールへと誘う。

 

「お……俺、ダンスは」

「大丈夫!"プリンシパル・クラシック"!」

 

ぱちんとジータが指を鳴らし、アビリティを発動させると、

ハジメの身体がジータに合わせ、自然とステップを刻みだす。

このアビリティの効果は、自身の後に続く者に、同じ行動を取らせるという物だ。

 

アメリカンスクールのプロムナードの様に、互いにステップを踏みながらも、

念話を交わし合う二人。

 

『どうなの?ハウリアの人たちは』

『ああ、万事順調なようだ』

 

そんなハジメたちの姿を眺めつつも、テーブルの料理に手を伸ばすシャレム。

 

「ばかちんどもが、男という生き物は追わせるのがセオリーだぞ……

たく、追えば追う程、男は逃げるのが常だというのに」

 

おしゃぶりを咥えたまま、エビの揚げ物に齧り付くシャレム、

その様を見ながら、どうやって食べてるんだろうと、

同じく食い気優先の鈴が疑問に思った時だった。

 

会場の入口がにわかに騒がしくなる、

どうやら、主役であるリリアーナ姫とバイアス殿下のご登場らしい。

文官風の男が二人の登場を伝えると同時に、場が一気に静粛なものとなる。

 

大仰に開けられた扉から現れたリリアーナは、

華やかな桃色のドレスに身を包み、かつ、自信たっぷりの表情に満ちていた、

もはや恐れる物など何もないと言わんばかり、ぶっちゃけ居直って開き直っていた、

もうなるようになれと。

 

一方のバイアス君は、それとは正反対の、

明らかにリリアーナに気圧されたかのような、鼻白んだ表情を見せている。

一応ジータにしてやられた傷は、治療済みのようだが、

右腕にだけはギブスを嵌めたままだ。

 

そのアンバランスな図式に、招待客はやや微妙な感じを覚えつつも、

とりあえず二人を拍手で迎え入れ、そしてガハルドのシンプルな言葉が終ると、

リリアーナたちは挨拶回りを始めて行く。

 

「お前、神の使徒の一人だったのか……」

 

ジータを見つけるや否や、つかつかと歩み寄り、憎々し気に睨みつけるバイアス、

どうやら護衛の一人程度にしか思ってなかったのだろう。

 

「先程はどうも」

 

そんな憎悪の籠った視線をやはり平然と受け流し、澄まし顔で挨拶を交わすジータ。

 

「くっ……」

 

ただの護衛ならばも扱いようもあったが、だが……神の使徒ならば賓客である。

つまり手を出せば……その非は自分にある。

悔しさを隠さずにその場を後にするバイアス、それでも薄手の布地が貼り付いた、

ジータのタイトな上半身を、舐める様に一瞥する事は忘れない。

 

「……あの皇子様、ギブスの中に暗器握ってやがる」

 

それが本当ならば、皇族にあるまじき振る舞いである。

ハジメの言葉に、狙い通りとはいえ、随分と恨まれたものだなあと溜息を付くジータ。

 

ハジメはジータを伴うと、一先ず宴の輪からは外れ、広間の壁へともたれ掛かる。

もちろん、ただ単に壁の花になっているわけではない。

二人の耳にはハウリア族からの通信がひっきりなしに届いている。

 

「すでに要所の制圧は終わったようだ」

「もうすぐだね……」

 

ジータはカムとの会話を思い出しながら、遠目にご機嫌なガハルドの姿を捉える。

 

『で、どうなの?勝てそう?皇帝に』

『正直これでも五分五分でしょうな……あれは人間の強さではないので』

 

念のために、王都のメルドにも聞いてみたのだが。

 

『あれは俺でも無理……とは言わんが、進んで戦う気にはなれんな』

 

メルドがそこまでの評価を与えるのならば、やはり只者ではないのだろう。

一応、ハウリア族も手は打ってはいるようだが。

 

「皇帝は皇帝で……ガチガチに魔法陣やアーティファクトで防御を固めてやがるな」

「どうする?」

 

もう一押し、何かゲタを履かせるか……だが、ハジメはジータの言葉に、

首を横に振る。

 

「正直、"薬"の投与もギリギリだと俺は思ってるんだがな、いや……何というか、

この期に及んで綺麗事かもしれないけど、やっぱり俺は見たいんだよ、

出来ればアイツらが、アイツらだけの力で、成し遂げる姿を……」

 

まぁ、万が一の時は助けてやるけどな、と、ハジメが口にしたのと同じくして、

ガハルドが壇上に上り、御来賓の方々は席にお戻り下さいとの声がかかる。

アナウンスに従いいそいそと会場を行き交う人々、こういう立場ある方々は、

手近な空いている席に座るなどという、無作法は決してしないのだ。

 

それはハジメたちに取っても好都合である、この戦いは、

帝国関係者以外にはかすり傷一つ、与えてはならないのだから。

 

全員が着席したのを、壇上から見下ろした後、

ガハルドは、ご満悦な表情でスピーチを始める。

 

「さて、まずは、リリアーナ姫の我が国訪問と、我が息子バイアスとの、

正式な婚約を祝うパーティーに集まってもらった事を感謝させてもらおう、

色々とサプライズがあって、実に面白い催しとなった」

 

ハジメとガハルドの視線が交錯する、それが興に入ったのか、

ふくれっ面のハジメとは対照的に、益々面白げな表情になるガハルド。

 

「パーティーはまだまだ始まったばかりだ、今宵は、大いに食べ、大いに飲み、

大いに踊って心ゆくまで楽しんでくれ、それが、息子と義理の娘の門出に対する、

何よりの祝福となる、さぁ、杯を掲げろ!」

 

ガハルドは会場の全員が杯を掲げるのを確認すると、

自らもワインがなみなみと注がれた杯を掲げ、一呼吸を置いた所で、

リリアーナが来賓席から彼に呼びかける。

 

「ここからは私が音頭を取りたく存じ上げます……陛下、いえ、義父様」

「義父様か……少々気が早いが、その言葉、悪くはないぞ」

「皆様……杯を」

 

リリアーナへと人々の視線が集まる、ハジメたちは頷き合い、備えを始める。

すでにハウリアたちもスタンバイOKの様だ。

作戦開始を告げるコードは、リリアーナの言葉、それは……。

 

「人間族の結束をより強固な物にする為に!この地上に生きる者たちの全ての為に!

我らに栄光を!そして」 

 

一泊置いて、リリアーナは決意と共に、作戦開始のトリガーを引いた。

 

「ヘルシャー帝国に栄光あれ!」

 

その瞬間、全ての光が消え失せ、会場は闇に呑み込まれた。

 




次回、ハウリアファイト・レディーゴー!


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ジーク・ハウリアⅢ なぐりあい帝都

今回初めて歌詞使用してみたのですが、コード登録とかこれで大丈夫でしょうか?
何かミスってましたら、ご一報ください。


「なんだ!?なにが起こった!?」

「いやぁ!なに、なんなのぉ!?」

 

一瞬で視界を闇で閉ざされた帝国貴族たちが、混乱と動揺に声を震わせながら、

怒声を上げる、何人かが魔法で明りを灯そうとしたが、

その直後には悲鳴と共に倒れ込む音が響き、それがまた貴族らの混乱を招く。

 

「落ち着けぇ! 貴様らそれでも帝国の軍人かぁ!」

 

暗闇の中でガハルドは叫ぶが、そんな彼も四方八方から放たれる矢を、

撃ち落とす事に精一杯で、とてもではないが全体の指揮を執る余裕はない。

 

ちなみにではあるが、トラップ解除のついでに会場の床に魔法封じの結界を、

ハジメは密かに仕込んでいた。

もちろん大規模な物を仕込めば、流石にバレるが、発動させれば……。

 

この通り、比較的冷静な者が魔法で明りを灯そうとしたのだが、

その程度の初級魔法なら、即座に無効化されてしまう。

 

泡を喰った誰かが狙いも付けずに、攻撃魔法を放とうとするが。

 

「撃つな!来賓に当たるぞ!」

 

その叫びに詠唱を止めてしまい、次の瞬間、後頭部を殴りつけられ意識を失ってしまう。

 

だが、それでもここに集うのは、かつて武器一本で成り上がった戦闘者たちである。

何とか襲撃を凌いだ者たちが、陣形を組むと天井目掛け火球を造り出す。

 

払われた闇の中にいたのは、黒装束の襲撃者たち、その足下には、

昏倒し、拘束され呻き声を上げている者たちの姿がある。

しかし、何より彼らが驚いたのは、襲撃者たちは例外なく、己を誇示するかの如くに、

ピンと伸ばしたウサミミを、頭から生やしている事だった。

 

ここ最近のハウリア族の跳梁跋扈を知らぬ大半の者は、一瞬意識を奪われる。

兎人族?どうして……?と、それが致命的な隙となる。

 

「呆けるな!コイツらはただのウサギじゃねぇ!」

 

ガハルドは、自身に迫る何十という数の矢を叩き落としながら叫ぶが、

足下に転がる金属塊にまでは、注意が回らなかったようだ。

 

完全に不意を討たれた形で、閃光手榴弾が炸裂し、光と音で、

彼らは視覚と聴覚を失ってしまう。

 

その隙に、ハウリアたちは次々と標的を昏倒させ、ある者には手足に枷を、

そしてある者には麻痺毒を注入し、身体の自由を奪って行く。

そんな大混乱の中でも、ガハルドだけは襲撃者、言わずと知れたハウリア族たちの、

猛攻を凌ぎきっている……。

視覚・聴覚を奪われた中でも、風魔法を駆使し、その肌に触れる風の流れを、

気配探知の代用としている様だ。

 

そして何よりも驚くべきなのは、これだけのハンデを背負っているにも関わらず、

あろうことか、守勢に回る事なく、攻勢にすら出ようとしている事だ。

正しくその威容、気概は、皇帝を名乗るに相応しいと、

ハウリアたちは刃を交えつつも、思わざるを得ず、そしてまたこうも思う、

だからこそ面白い、と。

 

「そうそう当たるもんじゃねぇ!ククク、心地いい殺気を放つじゃねぇか!

なぁ、ハウリアぁ!」

 

だがハウリアたちは、ガハルドの軽口には一切応じず、

貴様と話す舌などもたん!とばかりに無言で斬撃を放つのみである。

しかしその四方八方からの連携攻撃を、正しく闇に生きる忍者を思わせるそれを、

ガハルドは笑みすら漏らし、弾いていく、

メルドをして戦いたくないと言わしめた、我流の剣で。

 

しかしその時、床に撒かれた撒菱がガハルドの足裏を突き差す、

それくらいならばどうということはないが、と、ほぼ、時を同じくして、

自身の身体の自由が奪われていくことに、彼は気が付く。

 

(毒か!神経性の)

 

感覚を失いつつある、自身の足元に一瞬意識を奪われたその時、

ボウガンの矢が、ガハルドの身体に突き刺さる、隠密性と命中率を向上させた分、

殺傷力は低いが、もちろん矢にも、神経性の痺れ薬が塗ってある。

 

それでも只では終わらぬと、道連れ覚悟で魔法を発動しようとしたガハルドだが、

ハウリア族がそれよりも早く、彼が隠し持っていた魔法陣やアーティファクトを、

破壊または弾き飛ばし、その手足に戒めの枷を取り付けていく。

 

その姿に、一部で続いていた抵抗の音も止み、静まり返るパーティー会場。

最強にして、絶対者にして、自分たちが掲げる皇帝……そんな男が、

ついに一敗地に塗れたのだ。

それも、亜人族の中でも取るに足らない存在であった兎人族の手によって。

 

「大事なのはここからです……」

 

ハジメへと小声で呟くリリアーナ、彼らはハウリアたちの邪魔にならないように、

大人しく来賓席に座っていた、もちろん、各国の使者・大使たちが、

巻き添えを喰わぬようにするためでもあるが。

 

「さて、ガハルド・D・ヘルシャーよ」

「ふん、要求があるんだろ?言ってみろ、聞いてやる」

 

痺れる舌の感覚に、顔を顰めつつもカムに応じるガハルド。

 

「慌てるな、その前に周りを見て貰おう、皇帝のみならず、参加者の諸君らも」

 

暫しの困惑の後……ガハルドが、いや全ての参加者が息を呑む、

それは単に、精強を誇る帝国の本拠が、完全に制圧された光景に驚いただけではない。

あれ程の激戦であったにも関わらず、

誰一人として、命を失った者が見当たらないという事に彼らは驚愕していた。

 

「これは我らの善意と受け取って頂きたい」

「善意?」

「そうだ、我らは戦争は決して望まない、ただ望むは平和と安寧……これが証拠だ

この義挙が単なる復讐に非ずという」

 

殺せない者の不殺は単なるお題目、ともすれば怯懦とすら捉えられても仕方がないが、

殺せる者の不殺は、時に殺す以上の絶大な効果を与える事が出来る。

それに今、天下に示さねばならないのは、ハウリア族の強さであり、怖さではない。

 

もちろん、善意と口にこそしつつも、これは決して慈悲ではない、

この場に於いては、殺すよりも殺さぬ事が、戦略上、最も有効な手段と判断したまでの事、

もしも殺戮以外に選択肢が無いと判断したのならば、

彼らは躊躇うことなく、帝城を血の海としていただろう。

 

そしてそれが分からぬ帝国皇帝ではない。

いつでも彼らは自分たちを殺せた、いや殺せるのだという事を、

つまり自分たちは善意と称する情けを掛けられ、見逃されているのだという……。

 

ガハルドはもう一度周囲を見渡していく、居並ぶ貴族・高官らは手傷こそ負わされ、

手足を封じられている者が多いが、確かに、誰も殺されてはいない、

恐らく外の警備兵も拘束こそされてはいるが、命を奪われた者はいないのだろう、

例え……ガハルドの目がハジメを捉える。

奴の手を借りたとしても、ここまでの完封を見せつけられて、

どうして抗弁する事が出来ようか……。

 

(俺は……恥を知っている)

 

「で、要求は何だ……察するに亜人奴隷共の解放か」

「その通りだ、で、単刀直入に聞こう、回答は?」

「逆に聞こう、俺たち帝国がお前ら亜人たちにしてきた事を承知で、

お前たちは俺たちに信義を問うのか?」

 

ガハルド個人としては兜を脱いだ心境だが、

皇帝としては、おいそれと首を縦には振れない。

現実的な話として帝国の産業は、奴隷の労働力に頼っている部分が多く、

それを失えば、屋台骨が一気に揺らぐ危険性がある。

 

「……我らも人、人で在りたいと思っているからな」

「笑わせやがる」

 

そこで扉が開き、ハウリア族に連れられた一人の文官が入って来る。

確か外交部の……どうしてここに連れて来た?と、ガハルドが思うよりも早く、

文官は上ずった声で、報告を読み上げる。

 

「し……新教皇シモン・リベラールがっ……」

 

続けろと、ハウリア族が文官の脇腹を肘で打つ。

 

「今後聖光教会は亜人たちを人間と同等の存在として扱うとし、

そしてこれより、亜人たちへの迫害を公然と行う国家・集団については、

教皇庁による制裁も辞さぬとの声明を発表致しました!」

 

その声に居並ぶ人々からどよめきが起きる。

頑なに盟約を拒んでいた、アルフレリックの首をついに縦に振らせた、

リリアーナの隠し玉、聖光教会教皇直々の亜人解放宣言が、ここで公になったのである。

これで帝国は、いや諸国は奴隷制の大義名分をほぼ失う事になる。

 

ガハルドに神についての真実を伏せていたのはこの為だ。

実際にしゃしゃり出られると迷惑この上無いが、

統治上のシステムとして神の、エヒトの名は絶大な利用価値がある。

つまりゆくゆくは空位となった神の座を、人々は拝み奉ることになるのだろう。

 

「アンカジ公国は、どうやら支持の方向に回る模様!」

 

アンカジ大使が香織へと微笑みかける。

そこでガハルドは、はっ!とした目でリリアーナの顔を見、

そしてリリアーナは、にこやかに応じる。

 

「もちろん、我がハイリヒ王国もです、皇帝陛下」

「は、謀ったな!リリアーナ!」

「貴方の御子息がいけないのです」

 

制裁、すなわち異端認定と言うカードを握られてしまった以上、もはや成す術は無い。

異端国家と国交を結ぶ国など、このトータスには存在せず、

何よりそれを名目とした経済制裁が発動されれば、さしたる産業を持たぬ、

国民皆戦士のヘルシャー帝国は、たちまちにして干上がる事となる、

腹が減っては戦は出来ないのだ。

 

リリアーナは傍らに控える文官に命じ、

亜人解放に関しての盟約が記された紙をガハルドへと示す。

この四面楚歌の状況の中、彼が取れる道は二つ。

帝国の面子を優先し、この場で亜人相手に宣戦を布告すること、

そしてもう一つは……。

 

「いいだろう……俺たちの負けだ」

 

ここで条件を全て飲もう、などと迂闊に口にしないあたり、まだ冷静さが残っているようだ。

ともかく、地獄の底から聞こえてくるかの様な声で、ガハルドは呻き、天を仰ぐ。

 

「聞こえなかったのか!俺の、帝国の負けだ!」

 

ガハルドの宣言に、毒の効果が薄れつつあるのか、

正気ですか?だの、どうかお考え直しを……だのと、貴族たちの声が漏れ聞こえ始める。

 

「見て分からんのか!こいつらは俺が築き上げた天下のヘルシャー帝国帝城を陥しやがった!

しかも誰も殺さずにだ!お前らにそれが出来るか!ここまでの実力を見せつけられて、

諸国の来賓を前に恥を晒して言い訳など出来ん!認めるしかないだろう!

それに我ら帝国は強さこそが至上!ゆえに俺は皇帝として……」

 

流石に言葉を詰まらせながらであったが、ガハルドはカラ元気を振り絞って宣言する。

 

「この盟約に調印する!文句あっか!」

 

いずれにせよ、これだけの衆人環視の中で盟約を結ぶのである、

もしもこの期に及んで約定を破れば、今度こそ帝国の評判は地に堕ち。

帝国人は人間社会に於いて、魔人族以下の……信義を知らぬ獣として扱われる事となるだろう。

それはこのプライド高き皇帝には、亜人の前に屈するよりも、

耐え難き屈辱に思えた。

 

「だが……諸侯及び各国の来賓たちにこれだけは申し置く!」

 

カムを、そして諸国の来賓らをガハルドは睨みつける。

 

「俺はお前たちハウリア族が強さを示したからこそ、帝国の国是に則り!

膝を屈して、盟を受け入れたのだという事を!」

 

帝国はハウリア族に敗れたのであって、お前らに敗れたわけではない、

彼は暗にそう言っているのだ、だから舐めた真似はするなよと。

 

「ほう、流石だな、僅かでも傷を少なくする道を選んだか」

 

王とはそうではなくてはと、頷くシャレム。

 

ガハルドは宰相を呼ぶことをカムに要請し、呼ばれた宰相は刃を突きつけられつつも、

ガハルドに言われた通りに、盟約の各事項を確認する。

 

納得、というよりも書面に嘘が無い事を確認できたのか、

ガハルドは、リリアーナとアルフレリックの名前と血判が押されたすぐ下に、

自身の名を書き、そして指を噛んで血判を押す。

その紙からは、かなりの魔力を感じる、何らかの強制力があるアーティファクトなのだろう。

少なくともこれで、昨日の敵は今日の他人となった、

明日は敵か友かは知らないが、それは明日を生きる者が考えるべき事だ。

 

で、その帝国の明日を担うバイアス君が拘束を解かれるなり、やはり喚き始める。

 

「ざけんじゃねぇ!戦争だ!まずはこの帝国に存在する亜人奴隷どもを、

一匹残らずブチ殺す!そして国民全員に武器を持たせて、樹海に総攻撃だ!特攻だ!」

「お前は……そんなことを本気で考えているのか?」

「親父ィ!勝ち負けの問題じゃねぇだろ!人間としての尊厳の問題だ!」

 

尊厳という言葉も随分軽々しくなったものである。

 

「一人一殺だ!俺たちが全滅する時には亜人共も全滅だぜ!」

 

物騒極まりない言葉だが、ハウリア族は動かない、ここから先は帝国の、

いや、家庭の問題だろと言わんばかりに。

 

「そうか……ならばバイアスよ、まずはお前が先頭に立ち、国民を代表して、

真っ先に死んでくれると言うんだな?」

「え……あ、俺は……その、皇太子だし……親父に万一のことがあるとよ…お、おい

ベスタ!お前親父と付き合い長いだろ、お前行け」

「わ、私は……副官の立場が……あああ、き、君だ、君が行け」

「実は樹海の戦には慣れてはおらず……ここは老将軍に」

「ワシはもう戦列から離れて長く……」

 

責任のなすり合いが始まった挙句、彼らはガハルドへと一斉に頭を下げた。

 

「と、いうことで陛下には国民総特攻の先駆けとなって頂きたく……」

「もういいわ!」

 

ガバルドは眩暈を覚えていた、自身の強さに安住し、

弱肉強食を弱者への蹂躙の口実としてしか、考えていなかった、

考える事が出来なくなっていた、息子や臣下たちの姿に、

そして何よりそれを、何時の間にか当たり前の事としか思えなくなっていた、

自分自身の姿に。

 

『おいおい、俺は"帝国"の頭だぞ?強い奴を見て、心が踊らなきゃ嘘ってもんだろ?』

 

(我ながら呆れて物も言えねぇ……)

 

「なんか可哀想になって来ちゃったね……」

 

しょんぼりと肩を落とすガハルドの姿に、ポツリと呟くジータ、

そうだ、大事な目的を忘れていた……追い討ちをかけるようで何だが。

しかしジータが動く前に、ガハルドが動き、意外な言葉を口にした。

 

「リリアーナ姫……我が息子バイアスとの婚約の件、こちらから辞退させて貰う」

「オイ!親父……!」

「いい加減に察しろ、バイアス」

 

それは皇帝の言葉であると同時に、父の言葉であった。

 

「お前は王の器じゃねぇ、野盗の頭すらも務まらん男という事がはっきり分かった、

……一国の姫を娶らせるわけにはいかん」

 

それにガハルドはリリアーナの強かさに、内心舌を巻いていた。

今は小娘に過ぎないが、長じれば、単に粗暴なだけのバイアスに御せる様な女では、

なくなるだろうと、下手をすると帝国を乗っ取られるとさえも。

 

「認めねぇ……認めねぇぞ、親父ィ!腑抜けに成り下がりやがって!」

 

わなわなと拳を震わせるバイアス、と、そこに、話終わっちゃったと踵を返す、

ジータの姿が目に入る……彼女の名誉の為に書いておく、決して誘ったわけではない、

少なくともジータとしては、だが、バイアスの方は、それを挑発と受け取った。

 

「お前がっ!お前が絵を描いたんだな!この疫病神が!」

 

そう一言吠えるや否や、未だ毒が残る身体であるにも関わらず、

一足飛びで跳躍し、ジータへと襲い掛かる。

賓客に、まして背を向けた相手に殴りかかる、凡そ皇太子の振る舞いではない。

しかも外したギブスの中の右手には、暗器が握られている。

 

顔見たくないから振り向かなくてもいいか、などと、ものぐさな事を思うジータだったが、

ジータが動かないならと、割り込みをかけた香織の右腕が一瞬、

刃のような形になったかと思うと、そのままバイアスの右腕の肘から先が斬り落とされた。

 

飛び散る鮮血、そして悲鳴。

 

「いでぇ!いでぇよぉ!いでででぇ~~」

 

切断面を押さえつけ泣き叫ぶバイアス、その傍らでは暗器の爪が毒煙を噴いており、

その様にガハルドは思わず目を伏せてしまう。

 

「ああああっ!助けてくれぇ~~~」

 

しかし、バイアスのこの痛がり様は尋常ではない。

どうやら香織は悟られぬように、感覚を鋭敏にする魔法を使用したようだ。

 

「婚約、解消してくれるよね?」

「るせ……ぇ」

 

香織は、斬り飛ばしたバイアスの右腕を、これ見よがしに彼の眼前でチラ付かせる。

 

「早くしないとつながんなくなるよーほーらほーら、ほら」

 

その凄惨な光景は、ガハルド始め、歴戦の帝国の面々のみならず、

ハジメたちやハウリア族ですら引いていた……それでも何故かアンカジ公国の大使だけは、

頬を染めていたが。

 

「するっ、するっ、するっ、しましゅ~うっ!ヘルシャー帝国皇太子バイアスは、

リリアーナ姫との婚約の件をっ、辞退いたしましゅ~~っ!

だから早くこの痛みを止めてくれぇええええ~~~」

 

自らの血溜まりの中でのたうち、涙と鼻水に塗れた顔で叫ぶバイアス。

そんな彼に、よくできましたと言わんばかりに笑顔で頷き、

香織はようやくバイアスの腕を繋ぎ、痛みを止めてやる。

 

そしてガハルドは自身の麾下たちを見回しつつ、大音声で宣言する。

 

「諸君!今宵の敗北を機に、もう一度帝国を立て直すぞ!今度は真っ当な国家としてな!

只のお題目の弱肉強食なんぞ捨てて、一から出直しだ!

文句あるなら、何時でも相手になってやる!」

 

そして未だにベソを掻いたままのバイアスにも、ガハルドは話しかける。

 

「……そしてお前にも皇族としての教育を施し直す、手遅れとは……言わせねぇ、

言わせてくれるな」

「お……親父ィ……」

「親父ではなく、公の場では陛下と呼べ……まずはそういう所からだな」

 

ガハルドのその言葉は皇帝ではなく紛れもなく父親としてのそれであり、

そんな二人の姿を、複雑な思いで見やるリリアーナ。

 

これはこの世界に生きる一人の人間としては、喜ぶべきことなのかもしれない。

だが、生まれ変わった帝国は間違いなく、これまで以上の強国となり、

我が王国と凌ぎを削る事となるだろうと考えると、

為政者としては手放しで喜ぶわけにはいかないのが、複雑なところだ。

 

(全く、皆さんは帰る場所があるんでしょうけど……)

 

ハジメらの顔を見、苦笑するリリアーナ、

よくも将来の仕事を増やしてくれたなという気持ちと、

それについて、大いなるやり甲斐を感じている自分を意識しながら。

 

……どうやらこのお姫様、ワーカホリックの気があるようだ。

 

 

そして翌日、ガハルドの命により即時解放された亜人奴隷たちは、

ハジメの飛空艇に取り付けられた、ゴンドラ状の籠に乗り込み、

故郷、フェアベルゲンの帰還をついに果たそうとしていた。

 

「なぁ……シア」

「……なんでしょう?」

 

燃え尽きた遠い目をしてカムは娘へと呟く、

その姿は一言で言えば、まさに"老後"と呼ぶに相応しかった。

 

「時が未来に進むと……誰が決めたんだろうな?」

 

その隣ではパルが、やはり予選で散った高校球児のような目で、

床の模様を見つめている。

 

「……人は悲しみ重ねて大人に……なるんでさぁ……」

 

……薬の副作用で見事に虚脱状態となったハウリア族と共に。

 

 

そして彼らを見送る地上では。

 

「畜生ッ!納得いかねぇ!潔くサインなんかすんじゃなかったぜ!」

 

自身の判断の迂闊さを悔やみ、地団駄を踏むガハルドの姿があった。

(皆もハンコやサインには気を付けようね)

 




ちょっとハウリア族をアレンジし過ぎた感もありますが、
これにて帝国編は終了です。
基本的にハジメたちを無用な血に染めさせない、というのも、
この作品のコンセプトの一つなので、
原作よりもかなりソフトな結末とさせて頂きました。

次回は勇者サイドの予定。


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Cloudy Heart

人気キャラを次々とリミテッド化する方針か、サイゲよ。
とりあえずナルメアお姉ちゃんの次はパーシヴァルと予想。
で、略するとリミパー様か……どっかの遊園地みたいだな。



 

 

 

荘厳にして、悲壮な響きを帯びた鐘が墓地に鳴り響き、

それと同時に、多くの弔問者たちのすすり泣く声が聞こえる。

一人の英雄が……散ったのだ、世界の平和と引き換えに。

 

「ハジメちゃん、こんなのってないよぉ~~」

「……ハジメ、嘘でしょハジメ」

「ハジメさんっ!どうしてですか!」

「妾より先に逝くとは……ご主人様失格……じゃぞ」

「いやだぁ!ハジメくんが死んだなんて嘘よぉ!」

 

悲運の英雄、南雲ハジメの墓標に縋りついて泣き叫ぶのは。

ハジメが愛し、そしてハジメを愛した少女たち、

その姿を沈痛な表情で見つめつつ、勇者は、天之河光輝は叫び。

その頬を涙で濡らしながら、愛子が嗚咽を漏らす。

 

「神と……エヒトと相打ちだっただなんて……」

「南雲……何故死んだ!南雲ッ!お前を愛する者たちを置いて!」

 

愛子の足下で、地を拳で叩き絶叫する龍太郎。

 

「……南雲君、誰よりも日本に帰りたかったあなたが、

あなただけが……帰れなくなるなんて、ううっ」

 

光輝の胸の中で涙を零す雫、そんな彼女を優しく抱き留めつつ、

光輝は未だハジメの墓前から離れようとしない、

少女たちへと言葉を紡いでいく。

 

「皆……もう、いいだろ、これ以上泣いたら……南雲もきっと困る」

「光輝くんはかわいそうとは思わないの!ハジメちゃんが!」

「……ハジメはみんなの為に犠牲になった……そう、お前らが不甲斐ないから

ハジメは死んだ」

「思ってるさ!けれど……アイツが望んだことだ、一人で神の元へと向かって

一騎打ちで決着を着けると」

 

こんなことなら……もっと……そんな級友たちの声が光輝の背中に届き、

涙の如き驟雨が墓地を濡らしていく。

 

「それでも死んだ者は……もう、戻っては来ません、

そして勇者は、生ける者の為に戦うべき存在です……だからせめて」

 

ジャンヌの言葉に光輝は頷きながらマントを脱ぎ、それをそっとジータたちへと被せてやる。

 

「君たちは……俺が必ず幸せにするよ、それが、きっとアイツの、

南雲の願いだから」

 

そして光輝がそっと諸手を開くと、ジータが、ユエが、シアが、ティオが、香織が、

次々とその胸へと飛び込んでくる。

 

しっかりと少女たちを、棚から転がり落ちた世界を救ったご褒美を抱きしめながら、

勇者は空を見上げ呟く。

 

「だから安心して……」

 

 

"やめろぉおおおお!そこから先はもうやめてくれぇええええっ!"

 

 

「安らかに眠ってくれ、なぐ……」

 

 

「うるせぇぞ!バカ野郎ッ!」

 

そんな叫び声と同時に頬に痛みが走り、はっ!とした風に、

光輝が周囲を見渡すと、そこは墓地でもなければ、

自身に縋りつく美少女たちもいやしない、ただ、星空と虫の声が聞こえるだけの、

大自然の、大峡谷の只中だった。

 

「寝る時は、テントから出るなってあれ程言っただろうが!」

 

ああ、そうだ眠れないので、風に当たろうと外に出て、

そのまま寝入ってしまったのだ、と、

自身の眼前で怒声を飛ばすカリオストロの姿に、

ようやく自分が悪夢から―――単に悪夢と呼ぶには余りに甘く悍ましい夢から、

逃れる事が出来たのだと光輝は実感する。

 

「チッ!太古の処刑場なだけあって、うようよいやがるわ、

良くねぇ連中どもが」

 

ひっ!と近くで声はするが姿は見えない、遠藤もどうやら起きていたようだ。

テントからこちらを伺う、ファラとユーリの姿もある。

 

「ああ……すまない、皆を起こしてしまったか」

「で、どんな夢を見たんだ?」

「……それは」

 

口籠る光輝、内容が内容なだけに口にするのは憚られる、しかし。

 

「只事じゃなかったっすよ、もうやめてくれとか、違うとか」

 

ファラの心配げな声に、そこまで聞かれていたら仕方が無いと、

光輝はポツリポツリと夢の内容を口にしていく、

どの道、独りで抱えるには余りにも辛過ぎた。

 

「南雲が死んで……皆が悲しんでいて……英雄だって言ってて……それで、それで……」

「それから……どうした?」

 

口籠る光輝を促すカリオストロ。

 

「ここで溜め込むようなら、蟠りを吐き出せないなら、お前は金輪際一歩も先に進めないぞ」

「……俺の都合に合わせて消えてくれれば、英雄にでも何にでもしてやるってことか」

 

自身への憤怒に満ちた光輝の呟きは、静かな嗚咽へと変わっていく。

 

「俺はまだ……そんな甘い夢を、空から飴玉が降って来るような、

都合のいい何かを……心の中で求めて……」

 

そんな光輝へと、カリオストロはあくまでも優しく諭していく。

 

「人間はな、どこまで行っても人間だ、勇者だろうが魔王だろうが、

お前の中の醜い何かを恥じるお心構えは立派だが、否定する必要はねぇよ、だからぁ」

 

ここでカリオストロはくるりとターンを決めて、ポーズを取る。

 

「そういうモノをねっ、人間誰もが抱えるモノを認めずして、知らずして、

きっと人間は救えないって、カリオストロは思うのっ♪」

「不安を感じるってことはっすね、それだけ光輝先輩が真剣に取り組んでいるって証っすよ」

 

カリオストロの仕草と、ファラの言葉にようやく光輝は笑顔を見せる。

 

「オレ様だってな、世の中全てを憎まずにはいられなかった時があった

今でも夢に見るくらいにな……お前の憧れのジャンヌダルクだってそうだ、

ハジメや龍太郎だってきっとそうだ、見たんだろ?」

 

頷く光輝、自身の抱えた地獄と、他人の味わった地獄、

どちらがより過酷かなどと、優劣を着けるつもりはないが。

 

「ジータに感謝するんだな、戦う術を殆ど持たない奴が、

あんなとこに一人で落ちたんじゃ、生きて戻れたとして誰にもコントロール出来ない、

モノホンの魔王になっちまってただろうからな」

 

見るともう空が白み始めている、黎明の光に向かって、

カリオストロは大きく伸びをする。

 

「ま、男子外に出りゃ七人の敵がいるって諺もあるんだ、

せめて自分位はちゃんと味方に……飼い慣らしておくんだな」

 

光あれば影あり、影あれば光あり、そして敵は己の中にあり、だぜククク……と、

笑みを漏らし、またカリオストロはテントへと戻って行き、

それと入れ替わりにユーリがテントから姿を現す。

 

おはようございますと挨拶を交わしつつも、

オレ様はもう一度おやすみだぜと呟いた、カリオストロの耳に声が届く。

 

「なぁ……天之河の奴、ホントに大丈夫なのかな?」

「問題といえば、問題だな」

 

声の主の姿を追うことなく、カリオストロは遠藤へと答える。

 

「じゃあ……やっぱり、その天之河は……南雲のことを……」

「そいつぁ、ちょっと違うな、夢の中で墓の中に埋まっていたのはな、

ハジメじゃなくって光輝本人だ……」

少し意外そうな雰囲気を感じつつ、カリオストロは説明を続ける。

 

「あいつは心の片隅で、この戦いでくたばる事を望んでやがる……

それで、いっちょ前に責任を取るつもりで、取れると思っていやがるんだ」

「じゃあ……つまりエヒトと相打ちになるのが……天之河に取って、

理想の死に様って……ことなのか」

「そうすることで、そうでもしなきゃ理想の勇者に、英雄にはなれないって思ってるのさ」

「でもそれは……俺たちだって……」

 

俯く遠藤、やはりあの聖堂での自分たちの姿を思い起こしているのだろう。

 

「あいつだけの責任じゃねぇ、けどな……あいつは普通の生き方を、

しくじりを知らないままに、ここまで育っちまった」

「だから……しくじった時にどうしたらいいのかが……結局解らないってことなのか」

「というより一度しくじったら、もう許されないって思ってやがるのさ、

たく、御祖父さんとやらも罪なことをしてくれるぜ」

 

二人の話し声に重なるように、カンカンと金属を打ち鳴らす音も聞こえ始める、

どうやら光輝は、ユーリと早速朝稽古を始めたようだ。

 

「浩介先輩っ、朝ご飯作るの手伝って欲しいっす」

 

そして遠藤もまたファラに引っ張られていく、その様子を見ながら、

 

「どんなに失敗しようが……それでも人は生きて行かなきゃならねぇんだよ」

 

と、カリオストロは独り言ちると、自身は布団に潜り込み二度寝を決め込むのであった。

 

 

すでに闇は空の片隅へと追いやられ、朝の光が大峡谷を照らす中で、

光輝とユーリは、実戦さながらの朝稽古に汗を流していた。

 

「はあああっ!八重樫流刀術の内、霞穿!」

 

身体能力に加え華麗なる技の数々でもって、押して押して押しまくる光輝に対し、

ユーリは防戦一方である、だが……しばらく見ていると、

必ずしもそうではないことに、恐らく多くの者が気が付くだろう。

 

なぜならば、確かにユーリはギリギリのところで光輝の剣を防いでいる、

だが、そこまで押しているのも関わらず、光輝は有効打を一切奪っていないのだから、

ただし数分もの間、攻勢に次ぐ攻勢を繰り出せる光輝の力は本物と言ってもよく、

もちろんそれを凌ぎきるユーリも、また並みの剣士ではない。

 

が、ついに光輝の振るう剣が、ユーリの身体を照準に捉えたまま、

ピタリと止まってしまう、攻め手が無くなったのだ。

 

光輝は、しばらく迷うように剣先を僅かに上下させると、

焦れるような、無意識下では相手を倒す事よりも、状況の打開を狙ったかような一撃が、

ユーリの胸元へと放たれる。

しかしその瞬間、光輝の放った技の剣先は、ユーリの剣によって弾かれ、

光輝は腕ごと体勢を外側へと押し出されるかのように、ぐらつかせ、

そしてその喉元に、ユーリの握る剣の先端がピタリと突き付けられる。

 

「やはり光輝殿は、勝負を急ぎ過ぎる、

いえ、自身で決着を着けたがる傾向があるようですね」

「でもあそこまで粘られると……すまない、言い訳だな」

 

その口調は納得はいくが、やはり腑に落ちない……そんな風にも聞こえた。

正直なところを言えば、ステータスの差こそあれ、ユーリの剣の技は自分と同等か、

僅かではあるが自分の方が上回ってる……そう光輝は共に何度か魔物を倒し、

そしてこうして剣を交えた上で、感じ取っていたのだから。

そしてそれはおそらく真実でもあった。

 

ともかくユーリに手を引いて貰い、起き上がる光輝。

 

「純粋な剣の技量でいえば、光輝殿の方が自分よりも上です、

ですが、こうして結果は逆、その事は重く受け止めねばなりません」

 

まるで自分の心情を見透かしたかのようなユーリの言葉に、

光輝は思わず息を呑み、そして何より気恥しさを覚えていた。

 

「光輝殿の剣は確かに重く、鋭いのであります……ですが、ここに来る、と、

分かっていれば防ぐのは、そう難しい話ではないのであります」

「俺の技は……読まれてたってことか」

 

だが……例えそうだとしても……しかしそんな光輝の思いを、

即座にユーリは看破する。

 

「もしも相手の読みのさらに上をいけばいい、と思われたのなら、

それが光輝殿の一番の欠点、独り善がりと言うところです、

相手を見ずにして、知らずして真の勝利は叶いません、事実、自分も必死でした」

 

日本でも、この地でも少なくとも剣に関してだけは、

修練をきっちりと積んできたという自覚はある、しかし。

自分が必死なのと同様に、相手もまた必死なのだという視点が自分には欠けていた、

光輝はそう痛感せざるを得なかった。

 

これは自分に取って、明確に格上の存在であるメルドやジャンヌ、

相手と言うより友である、雫や龍太郎、

そして、そもそもの戦いのステージが違うハジメ相手では、決して得られぬ物だった。

 

「……俺は、そこまで必死で取り組んでいたのだろうか……」

 

思えば、試合に臨むにあたっても、研究、対策など相手に取って失礼、

試合はいつも一期一会の真剣勝負、自分の力を出し切れば勝てぬ相手など無い、

という信条をもって、自分はいつも竹刀を握っていた。

 

それは得難き美徳である反面、相手を無視した幼稚な考えでもあった。

彼が早くから剣道界に於いて注目されていたにも関わらず、

全国レベルの"強豪"止まりなのは、そういうよく言えば純粋、

悪く言えば馬鹿正直な所もあったのかもしれない。

 

(相手だけじゃない、俺は……己すら知ろうとはしなかった……

いや、本当の自分を知るのが怖かった、だから)

 

未だにあんな夢を見てしまうのだ、と、項垂れる光輝へと、

ユーリは続ける。

 

「何よりも知る事、理解する事で、無駄な戦いを避ける事も出来る筈です、

敵を知り、己を知り、そして知るだけでなく相手に知って貰うことも、

大事なのであります、そして相互理解の究極に位置するものが」

「……活人剣」

 

自然にそんな言葉が光輝の口を衝いて出た。

 

「そう、全ての武人の理想、活人剣の境地です」

 

鞘から刃を抜くことなく、一切の血を流すことなく勝利する。

たしかにそれこそが自分の理想とするところだ、

だが、今の彼らはそれが、今の世界、今の己に取っては、

理想に過ぎないということも理解している、それでも。

 

「俺に……それを目指す資格は……あるのかな?」

「逆にお聞きします、資格がなければ、目指してはならないのでありますか?」

 

誰に対しても、何事に於いても常に真摯かつ率直なユーリの言葉は、

悩める勇者の胸を打つ。

 

「一生かかっても足りないかもしれませんね、お互いに……とりあえず、

技術的な事について、自分が光輝殿に送れるアドバイスがあるとするならば」

 

ユーリは真っ二つになった試斬台へと目を向ける。

 

「剣術は斬術ではないのであります、斬ることに拘り過ぎれば、その本質を見失います

もちろん魔物を相手とする場合は」

 

背後の気配と唸り声に同時に振り向く、光輝とユーリ、

樹々に隠れる様にではあったが、そこに魔物の巨体が見え隠れしているのを、

二人の目は確かに捉えていた。

 

「精度よりもパワー優先でってことだったな!」

「その通りです!自分も加勢しますっ!」

 

同時に魔物へと斬りかかる二人であった。 

 

 

一方、光輝らの戦いの場から少し離れた、ベースキャンプでは、

ファラが遠藤を助手に、朝食の準備を進めていた。

 

「浩介先輩、これ切っといて欲しいっす」

「分かった」

 

ファラに手渡された野菜を、少し危なっかしい手つきではあるが、

それでも何とか刻んでいく遠藤、しかし繊細かつ均一に刻まれた、

ファラのそれと比べると、どうしても見劣りすることは否めない。

 

そう、今遠藤の目の前でリズミカルな手つきで卵を混ぜている、

このファラという少女は、こと料理に関してはプロの料理人顔負けの腕前を誇っているのだ。

溶いた卵を野菜と共に混ぜ、フライパンに流し込むと、

今朝のメイン、地球で言う所の、具だくさんのスペイン風オムレツが出来上がっていき。

隣の鍋ではスープがコトコトを蓋を揺らしている。

 

「未知の食材だらけっすけど、ちゃんと栄養もカロリーも計算出来てるつもりっすよ

先輩っ」

 

フライパンを揺らしながら、遠藤へとファラは顔を向け、

その整った容姿が自分の視界に入ったと同時に、不意にこんな言葉が、

聞くつもりなど無い言葉が、遠藤の口を衝いて出る。

 

「なぁ……ファラは、ユーリとは付きあってるのか?」

「付き合う?冗談じゃないっすよ、あれはただの同期の腐れ縁ってトコっすよ」

 

サラリと言い返すファラ、その言葉に何故か遠藤は安堵感を覚えていた、

いや、覚えてしまっていた、それを誤魔化すかのように、彼はさらに言葉を続ける。

 

「いつも思うんだけど、朝から豪華だなぁ」

 

もとから少食の遠藤は、あまり朝は食べない。

王宮や迷宮での食事も永山や野村に分けてやることが多いくらいだ。

そんなんだから影が薄くなるんだと言われつつも。

 

「だって……その人にも、自分たちに取っても、最後の食事になるかもしれないっすから」

「!」

 

屈託なき笑顔で、遠藤に……いや、平和な世界で生きて来た者にとっては、

余りに重い言葉をファラは意識なく口にする。

 

「だからせめてって思って一生懸命作るんすよ」

 

(そうだよな……二人とも軍人なんだよな、それに……)

 

遠藤は改めて我が身を鑑みながら思う。

 

(天之河も、ユーリやファラだって……自分なりの覚悟を持ってここに立っている、

けれど俺には……)

 

生きて帰る、生き延びるという気持ちだけでは、

そんなあたりまえの何かを抱えているだけでは、どうも見劣りするような……、

そんなモヤモヤが湧き出て来るのを、遠藤は確かに意識していた。

 

が、あれこれ思い悩んでも仕方がない、と、すぐに彼は意識を切り替える、

自分に出来る事を、が、今の自分の、この戦乱を生き抜くためのモットーなのだから。

 

従って、未だ布団の中でカーカーと高いびきを掻く、

カリオストロが異様にムカついて仕方がなかったりもしたのだが。

 

そして彼らは、その日の正午前に、旅の中継地点であるブルックへと到着したのであった。

 




自分にとって光輝と龍太郎の関係って親友というより、舎弟に近い印象なんですよね。
だからより友人チックなキャラも付けてやろうかなと。
で、未だに何処かフッ切れぬ光輝、少し悩ませ過ぎかなと思いましたが、
これまでの人生で多分ロクに悩んでないと思うので、大いに曇らせることにしました。

次回、ブルックで彼らを待つ者は……。


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勇者 in ブルック

マイシェラ、ヘルエス、シルヴァで女神三姉妹PTが組めるぞと
ピックアップ見てて思ってしまった。


 

ケッタギアを宝物庫に収納し、ブルックの門へと向かう光輝ら一行。

門番の姿を遠目にしつつ、光輝は、愛子との定期連絡で交わした話を思い出していた。

 

 

「そうですか、帝国も奴隷を解放することになりましたか」

「はい、これでこの世界は……確実に人々の意思による変革の第一歩を……

神の馘から離れる道を示したことになります」

「それで……ジータや南雲たちは何て?」

「自分たちは大したことはしていない、この世界に住む、

多くの人たちの尽力があったからこそだと、南雲君は言ってました」

「らしくないことを……」

 

愛子の言葉に笑顔ではあるが、少し本音を漏らしてしまう光輝、

もちろん今、この地にいることは自分自身の選択であるが、

それでも勇者として歴史的な瞬間に立ち会えなかったという口惜しさは、

やはり隠せないのか、いや、これは自分の中のそういう心情を、

素直に認めることが出来つつある証と取るべきだろう。

 

そして本来喜ぶべきことであるにも関わらず、愛子の声もまた少し暗い。

奴隷解放、差別撤廃、無論実情が伴うのには長い年月が必要であることは、

承知の上であるし、それは自分たちではなく、この世界の人々が行わねばならぬことで

あることも承知している、しかしそれを差し引いても愛子の声には、

何か怖れのような物が籠っているように、光輝らには聞こえてならなかった。

 

「先生も……怖いんですね」

「……はい」

 

この一連の出来事は愛子の一言から始まっている。

自分の言葉で世界が、しかも本来自分たちに取っては関わり合うべくもないはずの、

世界の流れを変えてしまった、その事実は重荷となって愛子の肩にのしかかっていた。

 

「あまり気に病まないで下さい、確かに先生の懸念していることは……俺にだって分かります、

ですが、それでも先生のお陰で多くの亜人たちが救われたのですから」

「南雲君や蒼野さんにも同じことを言われましたよ」

 

光輝の言葉で少し気が楽になったのか、愛子の声に張りが戻る。

 

「あ、それと蒼野さんから伝言です……ふふ、何だと思います」

「……何ですか?」

 

ハジメら一行と光輝らの一行との間での直接の交信は、

基本行わなず、双方から送られた情報を愛子やメルド、ジャンヌらが把握した上で、

それぞれに伝えていくという形式となっている。

少々回りくどくはあるが、これは愛子が強く望んだことでもある。

自身の管理が行き届かなかったがゆえに、犠牲者や裏切者を出してしまったのだという、

責任感と、教師としての自覚がそうさせているのだろう。

 

「姫様の婚約の件は白紙になったそうです」

「あいつらは一体何をっ!」

 

思わず声を荒げる光輝……何分ジータのやることである。

彼女が時として破天荒な振る舞いを見せる少女だということは、

光輝も承知している、そしてそれがまた結果として上手く嵌ってしまうのが、

かつての自分の苛立ちを誘っていたことも。

 

しかも今のジータの傍には、教室でののらりくらりとした姿とは打って変って、

目的の為ならば荒事も辞さぬようになった、南雲ハジメが付いているのである。

まさか帝国を相手に大立ち回りでも……そんな不安が頭を過りつつも、

それはそれで痛快だな、やっぱり俺もと一瞬思ってしまい、ブンブンと頭を振り、

勇者にあるまじき不埒な考えを頭の中から振り払う。

 

「それがですね、先方の……帝国の方から取り下げてくれたそうです」

「そうですか」

 

愛子の口調からして、きっとその過程の中で何かはあったんだろうなと察する光輝だが、

それ以上を愛子が伝えない以上、自分が根掘り葉掘り聞くべきではないだろうと、

喉から出掛かった言葉を光輝は飲み込んでいく。

 

「でも良かったじゃないか、天之河」

「ああ」

 

横から口を挟んで来た遠藤へと、素直に安堵の声を漏らす光輝だったが、

しかしその後の遠藤の言葉については苦笑しながら否定する。

 

「姫様はお前のことが……さ」

「ああ、いや……リリィが本当に思いを寄せているのはメルドさんだよ」

「「え!」」

 

これには遠藤のみならず、カリオストロも驚きの声を上げるのだが、

当の光輝は、何を今更といった感じで涼しい顔である。

 

「……むしろ分からなかったのか?皆」

「お前時々妙に鋭いな」

 

どこか呆れたように呟くカリオストロ。

勇者という役目柄、二人と接する機会が多かったのもあるのだろうが……。

 

「え、でも……歳とか」

 

リリアーナは確か十四歳、対するメルドは……幾つだったかと、

記憶を探る遠藤で、その一方でやけに楽しそうにファラが大声で叫びを上げる。

 

「歳の差カップル萌えっすよ!」

「南雲君たちも驚いてましたよ、ちなみにあちらで気が付いていたのは、

白崎さんだけだったみたいです、それも薄々程度だったみたいですけど」

 

愛子の笑い声もスピーカーから漏れ聞こえる。

どうやら愛子もまた、リリアーナの想い人については気が付いていたらしい。

が、和やかな雰囲気の中で、カリオストロだけがスピーカーの向こうの愛子へと、

鋭い視線を向ける。

 

「愛子……声に張りがないぞ、ちゃんと寝ているか?」

「……」

 

言葉を詰まらせる愛子、どうやら図星のようだ。

 

「少し休め、上に立つ者が焦っていたんじゃ、皆言いたいことも言えなくなるぞ」

「わかってます、ですが……永山君や坂上君も本当に頑張ってくれていて……」

「重吾にあんまり無理……いや、なんでもありません」

 

親友の気質を熟知しているがゆえに、無理はしないようにとの言葉を、

途中で止めざるを得ない遠藤、そしてそんな彼の心中には構うことなく、

光輝らは、あくまでも事務的に連絡事項の数々を口にしていくのであった。

 

 

「やっぱり……声だけでも見抜きますね、さすが……」

 

連絡を終えると同時に、溜息交じりで机に突っ伏す愛子、

まさにカリオストロの危惧した通り、その顔には疲労の色が濃い。

 

伝えた通り永山が頑張っているのは確かだ、だが元来大人しく口数が少ない彼には、

やはりクラスの纏め役は、荷が重く思えてならない。

その分優花や龍太郎が何とか動いてはいるものの、

龍太郎に関しては、見た目が本来のそれとは完全に変わってしまっているために、

彼を知る者に取っては、どうしても先に違和感を覚えてしまう。

 

それでも今のところ、大きな問題は起こってはおらず、

不穏分子の筆頭格と思われる斎藤と中野の二人も、

今のところは大人しく諸作業に従事はしているようには思える。

 

だが結局、纏まっているように見えるのは、

未だ幾人かに燻る、ハジメやジータへのうまくやりやがって的な反感、

期待を裏切った光輝への失望と、

それでもそんな彼らに自身の運命を託すしかないという罪悪感、

そして親友の裏切りを見抜けなかった鈴や、

未だその死を伏せざるを得ない、檜山と近藤の件といった、

それら諸々の当事者たちが、揃って不在であるがゆえの小康状態に過ぎない。

 

だからといって、生徒一人一人の腹の内まで把握は出来ない。

何より傲慢な考えではないかと思いつつ、

愛子は手帳にぎっしりと記された予定に目をやる……この後もまだ仕事は山積みだ……。

正直な所、かなりしんどい、だが……、と、そこへ奈々と妙子がお茶を持ってやって来る。

 

この時間は皆さん他の作業の筈……と、

尋ねる前に、ついカップのお茶を飲み干す愛子だったが……。

胃の中に液体を流し込んだ刹那、急激な眠気が自身の身体を包んでいく。

 

「み……なさ……ん」

 

心から申し訳なさそうな顔を見せる、奈々と妙子の姿を視界に収めつつも、

生徒にそんな顔をさせるだなんて、やっぱり自分は教師としてまだまだだとの、

思いを抱きながら、愛子の意識は暗転した。

 

「ごめんなさい、愛ちゃん……私たちのために」

「けれど愛ちゃん護衛隊として、今の先生は見てられなかったの……このままじゃ……」

 

奈々と妙子が合図をすると、明人と昇が担架を持って部屋へと現れ、

姿に似合わぬ大いびきを立て始めた愛子の身体を担架へと乗せ、寝室へと運んでいく。

寝室の扉の前にはすでにデビットらが待機していた。

 

「じゃあ……後はお願いします」

 

ベッドに愛子を寝かせ、寝室に鍵を掛けながら妙子はデビットへと頭を下げ、

デビットも我が意を得たりとばかりに頷く。

 

「約束する、明日の朝まで愛子は寝室から出さない、例え何があってもな」

 

 

そしてまた舞台はブルックへと戻り。

 

「オイ、ステータスプレート」

 

カリオストロの指摘に、ああそうだったなと思い出す光輝。

勇者は名目上、魔人族追撃の遠征に出ていることになっている。

つまり自分たちは、こんな田舎町にいてはいけないのである。

光輝は王国から支給された、偽のデータが入ったステータスプレートを各自に渡し、

自身が先頭となって詰所へと向かう。

 

「ふ~~ん、王国の……で、ここへは?」

 

弛緩した雰囲気を漂わせる門番の男へと光輝は如才なく、

つらつらと、あらかじめ用意しておいた文句を口にしていく。

 

「はい、さる貴族の依頼で、この地方の動植物の調査を行っております」

「王都があんな事になったってのに、貴族様っての余裕だねぇ、で、この子が」

 

門番の視線がカリオストロへと向けられる。

 

「その貴族のご令嬢です、そして以下三名は我々の護衛を勤めております」

「三名?二名しかおらんぞ、残りはどうした?」

 

その残り一名が目の前にいるにも関わらず、キョロキョロと周囲を見回す門番。

どうせ俺は……と、その様をまさに目の当たりにしながらも、

一連のやり取りに、なんだかスパイ映画みたいだな、と、

遠藤はこれまでまさにスパイ紛いの行為を、王宮で繰り返していたにも関わらず、

少しワクワクを覚えていた。

 

「よし通っていいぞ、町についての詳しいことは冒険者ギルドで聞け」

 

纏った雰囲気同様の弛緩した声に従い、一礼すると光輝らは、門を潜り街へと入る。

言わずもがな王都や、大迷宮という一種の産業があったホルアドの雰囲気に慣れた、

光輝や遠藤にしてみればこのブルックは、余りにも小じんまりとし過ぎているように思えたが、

それでも露店の呼び込みや、生活の喧騒は、やはり彼らの心を高揚させる。

 

そんな光輝らの気持ちを察したか、先頭を歩いていたカリオストロが、

くるりと彼らへと向き直る。

 

「今日はやることやったら一日自由だ、金はたんまり貰ってるし、

お前ら思いっきり羽を伸ばせ、まぁ、こんな片田舎じゃ、たかが知れてるがな」

「で、ですが……」

 

ここはあくまでも補給で立ち寄っただけ、そんな余裕は……と、

口にしようとした光輝の眼前へと、カリオストロは手を翳して制する。

 

「理想が大きいなら、その分学ばなきゃならねぇことは多くなる、当たり前だな……

世界を、その世界で生きる人々の営みを味合わずにして、何を、誰を救うつもりなんだ?」

 

もっと視野を広げろよと、活気に満ちた街並みを光輝のみならず、

遠藤とユーリにも指し示すカリオストロ、

その隣ではファラがうんうんとしきりに頷いている。

 

「書を捨てよ、街へ出よって奴だ、それにどんなにぃ~~偉い人だってぇ~

三百六十五日二十四時間、常に立派な事を考えてるわけじゃあないと、

カリオストロぉ思うなぁ~~♪」

「どうする?雫、りゅうた……」

 

そこまで口にしておいてから、ここには阿吽の呼吸で動いてくれる幼馴染たちは、

いないことを光輝は思い出す。

そう、ここでは何もかも自分で決断しないとならないのだ、本当の意味で。

 

「じゃ……じゃあ、まずは冒険者ギルドに顔を出してみるか」

「決まりすっね!センパイっ!」

「光輝殿の判断に従います!」

「情報収集は基本だしな」

 

自分に従う新たな仲間たちへと、その笑顔の下に心細さを隠しつつも、

光輝は努めていつも通りの笑顔を見せる。

 

(みんながいないだけで……こんなに不安になるなんてな……)

 

やはり自分は守っているつもりで、守られていたんだなと光輝は再認識し、

そして、その事を理解出来ただけでも大した成長だと、彼の内面を察したか、

クククと含み笑いを漏らすカリオストロ、そして、

自分が思っている程ではなくても、雫や香織、龍太郎たちも、

多少なりとも自分の事を案じてくれていたら嬉しいなと思いながら、

光輝は仲間たちを率い、冒険者ギルドへと向かうのであった。

 

 

「南雲たちもこの街に来たんだったら、もっと色々教えてくれても良かったのにな」

「慌ただしい出発だったからな」

 

やや疲労の色を濃くして、ギルドを後にする光輝たち、

例によって彼らは、キャサリンおばちゃんに気に入られてしまい、

予定を越えて、長居することとなってしまった。

挙句にファラはすっかり意気投合し、お茶して来るっす~~と、

休憩に入ったキャサリンとフードコートに場所を移し、未だ話を止めようとはしない。

そんな彼女らには付き合ってられないと、

光輝らは先に諸々の用事を済ませることにしたのであった。

 

「食料はファラに任せればいいとして……日用品だな」

 

カリオストロはチラと光輝の姿を見る。

 

「お忍び旅なんだから、もう少しマトモな私服はなかったのか?」

「しょうがないでしょう……」

 

聖鎧こそ流石に着用してはいないが、王宮で用意された服は、

いかにもな貴族趣味が、ふんだんに取り入れられており、

こういう田舎町では目立って仕方がない。

 

「ではまずは服ですね……ここから近いのは……」

 

ユーリがキャサリンに貰った地図を広げる。

 

「ここなんかどうだ?冒険者向けでありつつ普段着も取り扱ってるみたいだ」

「俺たちの世界で言うワー〇マンみたいな店かな」

「ほう……子供服、婦人衣類も多数、オーダーメイドも取り扱いってなってるな、

ならここに行ってみるか、と、オレ様は少しつまんでから合流させて貰うぜ」

 

クイと手に杯を造って飲むような仕草を見せ、

カリオストロは雑踏の中へと消えていく。

売ってくれるんですか?と聞いた遠藤へと、オフクロに頼まれたとでも言や、

それで終わると言い残して。

 

そして光輝らは、何ら警戒することなく、その店へと足を運ぶ、

そこに何が待ち受けているかも知らず……。




次回、邂逅。


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カリオストロ流美〇術

逆襲のシャア久々に見たのですが、やはりいいですよねぇ、
人類の命運がかかった戦いを、情けない男どもの痴話喧嘩で締めてしまう富野監督の凄さ。



 

 

「フフッ、可愛い男の子たちねぇ~~いいのかしら?ホイホイ入ってきちゃって、

た~ぷりサービスしちゃうわよぉ~ん」

 

一切警戒することなく、店の門を叩いた光輝らの前に現れたのは、

筋肉ムキムキかつ、弁髪姿の濃ゆい顔に加え、

極めて露出度の高い服……いや布地を身に着け、

自分の筋肉を誇示するかのような、ポージングを恍惚の表情で繰り返す、

今までの戦いで見たどんな魔物よりも、遙かに悍ましい……、

普通に生きていればまず遭遇することはないであろう、まさにそれは。

 

「バケモノ……」

 

後退りつつ喘ぐような遠藤の言葉は、ユーリの叫びによって掻き消される。

 

「おい!店の人たちを何処にやった!変質者め!」

 

オブラートに一切包むことなく、ユーリはそのバケモノ、

言わずと知れたクリスタベルへと剣を構える。

 

「ま、待てユーリ、幾ら何でもそれは……」

 

まるでちょっと前の自分みたいだと思いながら、

とりあえず街中で武器は抜くなと、光輝がユーリを制止にかかるが、

 

「あら……坊やたち、いい度胸してるのね?

おねぇさんちょっと本気出したくなってきちゃったわよ

フフッ……二人がかりでもいいわよ、大歓迎、さ、来なさい、

ファニーフェイスの坊やにスッキリヘアのイケメン君」

 

既に時遅く、クリスタベルのハートはすっかりと燃え上がってしまっていた。

声音こそ冷静を装っていたが、その頬は赤く染まり、そして筋肉の鎧は、

ビキビキと脈打ち、何より興奮を隠しきれない歓喜に満ちた表情で、

さぁ!カモン!と言わんばかりに二人に向かい、

クリスタベルは、ぐっ!と大胸筋をせりださせる。

 

「こ、光輝殿……自分は後から加勢します、一番槍はどうか勇者の手で」

「ま、待ってくれ、そもそも君が発端じゃないか!」

 

発情するバケモノを目の当たりにし、情けなくも互いが互いを盾にしようと、

必死で背中を取りあう光輝とユーリ。

 

「怖がらなくてもいいのよ……教えてあげるわ、新しい世界の扉の開き方を」

 

こちらから来ないのなら、自分から……クリスタベルの瞳が光る。

光輝のみならず、ユーリも美少年と言ってもいいルックスの持ち主である、

そんな存在が二人も現れることなど、この田舎町に於いて何度あるか分からない。

ましてや以前、南雲ハジメという、これまた好みの少年を、

不本意ながら取り逃がしているのである。

 

「今日は忘れられない、君たちにとって人生の一大記念日になるわね」

 

そして、遠藤は、その君たちの中に自分が含まれていないことについて、

光輝たちに申し訳ないと思いつつも、同時に、かつてなく己の体質を感謝していた、

そう、心から。

 

しかし安心してもいられない、王宮や迷宮での諜報活動によって鍛え上げられた、

彼の気配感知は、この事態をますますややこしくするであろう存在の接近を、

察知させていたのだから。

 

 

「……慎みが足りねぇな」

「え!?」

 

遅かったか……おまいうと言った風に、一瞬聞き返えそうとして、

遠藤は慌てて口を噤むが、もう手遅れだぜと手に紙包みを持ったカリオストロの目が光る。

 

「慎み……誰のこと……かし……ら?」

 

クリスタベルの目がカリオストロへと向かい、大きく見開かれる。

何故ならば、カリオストロのその愛らしい外見は、自分がなりたくてなりたくて、

でも叶うことがなかった、理想の姿そのものだったのだから……。

 

だからその姿が擬態であることに、クリスタベルは一切気が付かない。

そしてそんなクリスタベルの内面には一切忖度することなく、

カリオストロの舌峰が鋭く火を吹き始める。

 

「今のお前は只のオカマだ、漢女(オトメ)じゃねぇ!」

「言ってくれるじゃないの」

 

羨望と嫉妬に満ちた視線でカリオストロを睨みつけるクリスタベル。

 

「あなたみたいな生まれつきカワイイ女の子には、きっと私たちの気持ちなんて

分からないのよ!」

「生まれつきか……そうかそうか」

 

くっくっくっと、実に悪い笑顔を浮かべながら、カリオストロの手が腰に伸びる、

遠藤はあの深夜の庭園での出会いを思い出す。

まさか……あれを出すのか、ああ出すぜと一瞬のアイコンタクトの後。

 

「コイツを見てもそう思えるか!」

 

カリオストロはスカートをずり降ろす、瞬時に股間に生やしたごく一部を、

まさに見せつけるかのように……。

 

思わず額に手をやる遠藤と光輝とユーリの三人、

その一方でクリスタベルの身体がわなわなと震え始める、

その震えの源は興奮ではなく、戸惑いと憤りであった。

望んで焦がれて、だが決して届かない存在の筈が、

事もあろうに自分と同じ……。

 

「や……やめて……どうして、どうしてそんなのがぶら下がってるの!」

「真のカワイイにぃ~男も女もないんだよっ!~~だからぁ、つまりぃ」

 

"そんなの"をぶらさげた状態で、ズビシィ!とカリオストロは、

クリスタベルへと指を突きつける。

 

「そのお前の過剰なアピールは、何よりお前が真のカワイイを極めきってない、

信じきっていないというという証!いわばコンプレックスの裏返しだ!」

 

心の闇を突かれ、彫像の如く硬直するクリスタベル、

その傍で、過剰なアピールはカリオストロさんだって同じじゃ……と、遠藤は思ったが、

これ以上言うと、間違いなく殴られるので黙っていた。

 

「み……認めない、認めないわ!あなたのような存在が実在するだなんて!」

 

自分が焦がれて焦がれ続けた、少女の姿をした理想を前にし、

嫉妬にその身を振るわせるクリスタベル、そしてあろうことか、

相手が男ならば、クリスタベル容赦せん!とばかりに、

覆いかぶさるかのように、彼はカリオストロへと襲い掛かる。

いてはならない、あってはならない存在を自身の前から抹消するために。

 

だが、冷静に考えればこの世界の人間?としては規格外でも、

それをさらに上回る規格外の相手ではない。

クリスタベルの突進を軽々といなし、カリオストロはクリスタベルの、

その顔より太い首根っこを掴む。

 

「なりてぇんだろ……可愛く」

 

カリオストロはクリスタベルの巨体を軽々とリフトアップし、

仕立て台の上に乗せると、何処からかともなく現れた鎖がその四肢を固定する。

 

「ククク……オレ様が今から願いを叶えてやる、光栄に思いな」

 

カリオストロはボキボキと指を鳴らして、クリスタベルへと迫り。

 

「ヒィィィィィ!やめてぇ!」

 

美少女の姿をした悠久の時を生きるジジイを前にして、バケモノが悲鳴を上げる。

 

「オイ、お色直しに男は不要だ、とっとと出て行け」

「男って……」

 

だったらアンタはどうなんだと、遠藤たちは思うのだが、

これ以上この件については関わりたくなかったので、これ幸いと通りへと逃れていく、

準備中の札を入り口につけとけという声を聞きながら。

 

ぐわわわわわっー!ぎゃあああああっ!

クリスタベルの生々しい悲鳴と共に、建物がぐわんぐわんと大きく揺れる。

そんな店の様子を呆れ顔で眺めつつも、光輝は頭頂部に手をやり、

じょりじょりと旅の間で伸びた髪を撫でている。

 

「長くかかりそうだし……俺、散髪行って来るよ」

「もういいんじゃないのか?もうお前は十分に……」

 

確かに五厘刈りだったのが、五分刈り程度には伸びてはいるが……。

 

「いや、これは戒めであると同時に誓いなんだ、この戦いが終わるまではって」

「戦いか……」

 

やや俯き加減でポツリと呟く遠藤、決して焦っているわけでも、

劣等感を抱えているわけでもないが、何故かその言葉は胸に刺さった。

しかしそんな遠藤を尻目に、いち早くユーリが動く。

 

「じ、自分もそろそろファラの奴を迎えに行ってくるのであります」

 

しまった、出遅れた……遠藤は諦めの表情を浮かべながら、

未だ鳴動を続ける店と、そして光輝らの顔を交互に見渡す。

 

「じゃあ、俺、ここに残ってなきゃだめか……」

「頼む」「お願いします」

「……わかったよ」

 

 

渋々ながら二人の背中を見送って、どれ程の時間が経過したであろうか、

ようやくカチャリと店のドアが開かれ、オラ!とカリオストロに背中を押され、

そこから現れたのは……。

 

清楚にして清潔感溢れるマリンルックのワンピースに身を包んだ、

黒髪セミロングの美少女であった。

 

野次馬たちの間から、ざわ……ざわ……。という効果音が一瞬流れたような気がして、

思わず遠藤は振り返り、そしてかつてクリスタベルであったであろう、

その謎の美少女の姿を、まざまざと凝視する。

 

ゴツゴツとした見るからに自己主張の強かった濃ゆい顔は、

控えめにして、それでも隠し切れない輝きを放つ、端正な容貌へと整形され。

威圧感溢れる筋肉の鎧は、柔らかかつ、白い肌へと矯正され。

しかも二メートル近い身長までもが、カリオストロと同程度まで

縮小されており、豊かな黒髪の先端に結ばれているリボンが辛うじて、

かつてのクリスタベルの姿を偲ばせていた。

 

「く……くりすぅ……恥ずかしぃ……そんなに見ないでェ」

 

野次馬たちの視線に晒され性格までも変化したのか、ドアの陰へと隠れるクリスタベル、

クセの強い野太い声までもが、鈴が鳴るような可憐な声へと変わっていた。

もはやこれは変身を通り越した変形だった。

 

「オラ!隠れてちゃ意味ねぇだろうが、もっと見て貰え、それが望みだろうが!」

 

一度は店の奥へと隠れようとしたクリスタベル?だが、それを許すカリオストロではなく、

抵抗は無意味とばかりにズズズと、いやいやを続けるクリスタベル?を、

通りへと押し出していく。

 

「い、今のくりすって……ど……どぉかな?皆」

 

クリスタベルを良く知る街の人々が、驚きを通り越し、唖然とした表情を見せる中、

当の本人はもじもじと手を胸の前で組み、頬を染める。

 

「可愛い……」

「うん、よく似合ってる、似合ってるよ」

 

そして、ようやく現実を受け入れた何人かから、素直な感想が漏れ聞こえ始めると、

それはやがて祝福の大きな声へと変わっていく。

 

「夢が叶ったなぁ!クリスタベルさん」

「自分が可愛くなれた気分はどうだい?」

「いつも街の為に色々やってくれてたんだもんな」

 

その声に、ただそっと目頭を拭うクリスタベル。

それはいかに自分が街の皆に愛されていたのかという証でもあった。

 

しかし、ただ単にいい話で済ませるわけにはいかないと思っている、

そんな若干空気の読めない男もいる。

 

「ほ、ほら……錬金術って、等価交換とか質量保存とか色々あって……

無から有を単に生み出すだけじゃないって、俺、マンガで読んだんだけど

あれ、おかしくないですか!?」

 

筋肉骨格はおろか、存在そのものが変化したクリスタベルの姿を目の当たりにし、

遠藤はカリオストロへと捲し立てる。

 

「別に錬金術を使ったわけじゃねぇ、カリオストロ流美容術って奴だ」

「美容術?美妖術じゃなくって?」

 

自身の説明に尚も納得いかないのか、珍しく食い下がる遠藤へと

カリオストロは小煩げに手を振る。

 

「うるせぇな、いい事をしてやったんだから、そこは素直に受け止めろ!……ま」

 

カリオストロの視線の先には、はにかむような笑顔を浮かべ、

ありがとう、ありがとうと呟きながら、街の人々に胴上げされるクリスタベルの

まさしく夢を叶えた姿があった。

 

「いくらオレ様でも、恒久的に他者の肉体を変化させるなんて真似は出来やしねぇよ」

 

 

そしてその日の夜。

宿泊先にて、密かにカリオストロを訪ねて来た者がいる、

もちろん言わずとしれたクリスタベルである。

 

「オイオイ、こんな高そうな服、いいのか?」

「せめてものお礼……お代はいいわ、受け取って」

 

白いエプロンドレスをクリスタベルはカリオストロへと手渡す。

 

「これはね……私がもしも女の子だったらって、そう思ってずっと前に作ってたの

けど、もう願いは叶ったから……」

「やっぱり元の身体がいいか?」

「……うん」

 

クリスタベルの声は覚悟と名残惜しさの間で揺れていた。

 

「それに……解ってるの、筋肉や骨格を強引に変形させてるんですもの……

この姿では長くはいられないって事くらい」

「ああ、長く保っても明日の夕方までだ、街中で元に戻るんじゃねぇぞ」

 

それでも名残惜しさを振り切って、クリスタベルはカリオストロへとペコリと頭を下げる。

 

「一日限りの夢、ありがとう」

「で?どうする……望むなら」

 

本当にお前が望む理想の女の子の身体を造ってやってもいい……。

だが、そんなカリオストロへとクリスタベルは明確な矜持を胸に首を横に振る。

 

「ホントの意味で女の子になれなくっても、やっぱり自分の身体だもん

自分が愛してあげなきゃ……ね」

 

その言葉に我が意を得たりとばかりに、カリオストロはククク……と、笑みを見せる。

 

「かつてオレ様に同じことを言って来た奴がいてな」

「その人も……もしかして?」

「ああ……真のカワイイを求め続ける、父性と母性を併せ持つ理想の漢女だ」

 

イッツア・ラァアアヴ!がモットーの愛の伝道師の巨躯をカリオストロは思い出す。

 

「父性と……母性」

 

自らの胸に刻むかのように、その言葉を何度もクリスタベルは呟く。

 

「で、本題は何だ?お礼を言いにわざわざ来たわけじゃねぇよな」

「私の気持ちはさっき話した通り、けれどね」

 

クリスタベルは、不意に遠くを見るような目を見せつつ、

もう一つの願いをカリオストロへと語って行く。

 

「それでも変わりたいって願う子たちの気持ちを……無視することは出来ないわ

身体が変われば、きっと心も変わる……それで悩める子たちの人生を拓くお手伝いが

出来るのならって、そうずっと考えてたの」

 

クリスタベルの言葉に、我が意を得たりと頷くカリオストロ。

 

「なら、伝授してやるぜ、カリオストロ流美容術をな……アレンジは自由だぜ」

 

かくしてカリオストロがクリスタベルに施し、伝授した、この美妖術、

いや美容術は後に色々と生かされる事になるのだが、

またその事は、誰も知る由もない。

 

そして翌日、滞在先であるマサカの宿を出、彼らはいよいよ大迷宮に臨むこととなる。

もっとも光輝とユーリに取っては。

 

「お願いしますぅ~~せめて連絡先をぉ~~」

 

頬を染め自身らに縋りつくソーナちゃんを振り払うのが先だったが。




そしてアフターでの例の話に繋がるという……。
と、いうことで、またまたやらかしたカリオストロさん。
書いていて若干いいのかなと?思ったりもしましたが。
今回に関しましては松田さんのごとく広い心で、「いんだよ細けぇ事は」と、
流して下されば幸いです。

次回からいよいよハルツィナ攻略編です。


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樹海攻略開始

前説で懐かしのキャラも登場しつつ、ハルツィナ編開幕です。


光輝たちがブルックを出、ライセン大迷宮に向かった頃、中立商業都市フューレンでは。

 

「散々待たせて置いて、結局Uターンか……」

「事情が事情ですからね」

 

検問待ちの人々を眺めながらそんな会話を交わすのは、清水とウィルだ。

 

あの日、本来ならば晴れて名実ともに自由の身となれる、その期待を胸に、

王都で行われる審理へと向かった彼らではあったが、王都を目前にして

そこで彼らが目の当たりにしたのは、魔人族による襲撃によって、

炎上する王都の姿であった。

 

王都の惨状はすでに人々の間でも広まっており、人波へと耳を澄ますと、

復興特需になんとか食い込もうとしている、耳聡い商人たちの話し声が聞こえてくる。

 

勇者の祈りが魔人族を……エヒト様の奇蹟が……。

 

とはいえど、やはり世情が安定しないと金儲けどころではないのだろう。

商人たちの会話の殆どが魔人族を退けた勇者の話で持ちきりである。

 

確かに世間一般では勇者:天之河光輝の祈りによる断罪の一撃により、

魔人族は尻尾を巻いて退散したという事になっている。

だがしかし、真実をある程度察している清水とウィルは顔を見合わせる。

 

(あれはお前らなんだろ、南雲、蒼野)

 

ともかく王都での戦いは人間族の勝利には終わったものの、やはり襲撃の爪痕は色濃く、

まずは復興と新たな体制作りが先決ということとなり、

足止めを食らった挙句、真理は結局延期、フューレンへと逆戻りとなった次第である。

 

罪人の証であるチョーカーを何気なく弄ぶ清水、

すでに彼のその人物については疑いを持つ者は皆無であったが、

それでも立場上、その行動には制限が課せられ、

審理が延期された以上、自分は今後もギルド内で軟禁生活を送ることになる。

 

もちろん、本来ならばこんな程度で済むはずがない、周囲の尽力や理解によって、

この程度で済んでいることは、清水とて十分に弁えてはいる。

だが、それでも……結果的に罪人の立場から解放されず、

級友たちの元へと戻れなかったという事実は、その頭に重くのしかかっていた。

 

それでも忙しい時間を割いて、面会に来てくれた愛子の顔を見た時には、

自分の中でのそういう諸々の蟠りが解けていくような、そんな感覚を覚えてならなかった。

愛子の柔らかい笑顔を思い出しつつも、王都襲撃以来、より厳重となった検問の関係か、

いつもにも増しての長蛇の列を眺める清水、

その様子は何となく同人誌即売会の入場待ちを彼に連想させた。

 

「……ちょっと馬車を止めてくれ」

「何か?」

「あ、いや……ちょっと気になる気配があったんだ」

 

その力の殆どを失ってしまったとはいえど、かつての闇術の勘はまだ残っている。

その勘が人ごみの中に紛れた僅かな違和感を察知させていた。

 

馬車を止めて貰うと、清水は人ごみの中を掻き分けるように、

その違和感を辿って行き、ウィルが慌ててその後を追いかけて行く。

 

(何だこれは……)

 

違和感が少しづつ大きくなっていく、この気配、

いや、魂魄の感覚は……生きている人間の物ではない。

 

清水の目がその違和感の主、虚ろな目をした中年男を視界に入れた瞬間だった。

 

(この人……いや、これって……もう死んでるのか!)

 

「オイ……あんたっ!」

 

清水がその男の正体を察知すると同時に、男の身体が弾け飛ぶ……、

大量の炎を撒き散らしながら、人ごみのど真ん中で。

 

「人間……爆弾」

 

咄嗟に近くを走っていた子供を庇えたのは、まだチートだった頃の名残だろうか?

自身の頭上を熱風が通過した感覚を覚えつつも、

子供にも自身にもさしたる傷がないことを確認し、立ち上がる清水、

そこにウィルが駆け寄って来るのが見える。

 

「幸利さんっ!」

「俺は大丈夫だ……けれど」

 

目を上げるとそこには、炎に追われ逃げ惑う多くの人々の姿がある、

どうやら爆発したのは一人だけではなかったようだ。

 

「愛子……先生に連絡を、多分放っておいたら大変な事になる……」

 

そんな喘ぐような口調で周囲の惨事に目を向ける一方で、

清水はどこか醒めた思いもまた抱えていた。

この惨事を前にし動揺を隠せない自分には、結局英雄にも悪党にもなる事など、

到底無理だったのだと。

 

 

 

そしてその頃、シアを先頭にハジメたちは濃霧の中、

迷うことなく大樹へ向けて、歩みを進めていた。

フェアベルゲンに帰還後、数日して大樹への道が開ける周期が訪れたのである。

樹海の魔物が霧に紛れて奇襲を仕掛けて来るが、もちろんハジメたちの敵ではない、

それでもやはり迷宮とは勝手が違う魔物の動きに加え、

感覚を容易に狂わす霧の影響もあり、雫と鈴の二人はかなり手こずってはいたが。

 

「お~~い、手を貸そうか?」

「いいよ!南雲君たちはそこで見てて!」

「どんなに武器が凄くても……当たらないと、どうってことないわね!ホント」

 

余裕綽々のハジメの声に、苛立った口調で返す鈴と雫、

そんな二人に苦笑しつつも、ハジメは慌ただしかったこの数日間を思い起こす。

 

大いなる歓待を受けたことは言うまでないが、中でも特筆すべき事は、

ハウリア族が今回の功績によって、正式に樹海の守護を担う、

武門の一族として承認される事になったことだろう。

とはいえど、日がな一日軍事演習というわけには行かず、

労働や納税の義務etcを、しっかりと課せられてはいたが。

 

そう、フェアベルゲンもまた、変わろうとしていた。

国を称するだけの、ただの寄り合い所帯ではなく、正式な国家として、

この世界、トータスにただ存在・生息しているだけという扱いから脱却し、

真に住人として認めて貰うために。

 

「とはいえど……」

 

長老会議の決定に、あからさまな不満の表情を見せた、

虎人族と熊人族の長老の顔をハジメは思い出す。

 

「古き因習に囚われた奴らを変えていくのには、時間がかかるだろうな……」

 

もちろん彼ら亜人族は、まだ歩み始めたばかりだ、猶予はある……しかし永遠ではない。

短いとは言えぬ時が経過して尚、亜人たちが、この世界の一員に足るだけの国家、

ないしは集団を形成出来ない、するに足りないと判断された場合、

今度こそ彼らは奴隷へと落ちぶれる事となるだろう。

 

「例え私たちの時代に叶わずとも……耕し、種を蒔く事を怠らなければ」

 

船出の苦難を知りつつも、慈しみの中に力強さを込め、

孫娘であるアルテナの頭を撫でる、アルフレリックの姿をジータは思い出す。

 

「次の世代、そのまた次の世代がきっとやってくれる筈」

 

本当にそうであって欲しい、いや、必ずそうなってくれる筈。

 

そんなことを考えていたジータの目前では、

肩で息をしつつも、奇襲めいた動きを繰り返していた魔物をようやく退けた、

雫と鈴の姿がある、そして。

 

「みなさ~ん、着きましたよぉ~」

 

シアが肩越しに振り返りながら大樹への到着を伝えた、その時だった。

 

「敵……魔人族か」

 

監視衛星からの警報を受信したハジメが、モニターを空中に投影すると、

そこには編隊を組み、樹海へと向かう灰竜や巨鳥の群れ、

そして大峡谷に潜みつつ、戦力の再編を行っていたであろう、

魔人族の部隊も、また地上から樹海に迫りつつある光景が映し出される。

 

「しつこいな、あいつら」

 

選民思想が強い魔人族に取って、亜人族は人間族以上に蔑まれ、

憎悪すら抱かれている存在とは聞いてはいるが、しかし少々しつこ過ぎはしないか?

 

「樹海を焼き払ってから、ゆっくり大迷宮を探そうってことかもな」

「むしろ、大迷宮ごと灰にしてもいいって思ってるのかも」

 

こちらが攻略出来ないのであれば、させない、ということか。

そうすれば自分たちは帰還が叶わなくなり、この世界に縛り付けられる。

確かに恵里ならやりかねない……しかし。

 

「……フリードにしては乱暴」

 

ユエの指摘通り、魔人族側にはフリードを始めとし、

純粋に神代魔法を求める者もいるだろう。

そういった者たちにとっては、こんな荒っぽい作戦は、とてもではないが許容出来まい。

 

それに、彼とて分かっているはずだ、自分たちの喉元に巨大レーザーの照準が、

突き付けられているという事を。

自身の行動一つで多くの同胞が、無辜の民が灰となる可能性があるという事を。

 

そこでユエの頭の中に、恵里の顔が浮かぶ。

 

南雲ハジメは蒼野ジータは、確かにいざとなれば例え血の涙を流しながらでも、

大量殺戮のトリガーを引く事が出来るだろう。

だが、彼の、彼女の周囲にいる者たちはそうではない。

 

天之河光輝が、畑山愛子が、白崎香織が、八重樫雫が、谷口鈴がそうはさせない、

もちろん自分やシアやティオだってそうだろう。

そして彼らの訴えを、懇願を、今の二人が無視することは決して出来ないという事を、

人の優しさを盾にするやり方を、あのメガネ女は……中村恵里は、

心得ているようにユエには思えた。

 

「……小狡い」

 

忌々し気に吐き捨てるユエの声を少し珍し気に耳に入れつつも、

空をチラと見やるハジメ、爆撃の備えこそしてはあるが、

地上戦力に関しては、ハウリア族だけでは荷が重いように思えた。

霧の護りも、魔人族が操る魔物相手では役には立たないことも、すでに承知済みだ。

 

(……戻るか)

 

ハジメの目が険しい光を放つ……。

だが、次に大樹への霧が晴れるのを待つ余裕は幾ら何でもない。

王都、樹海、そして帝都で、必要な事であったとはいえど、

時間をロスしている事は確かなのだから……しかし。

 

(もとより天秤にかけるような事じゃないだろう……南雲ハジメ)

 

小さく頷き、ハジメが大樹から踵を返そうとしたその時、

彼の内心を見透かしたような声が、その背中に掛けられる。

 

「行け……オマエら、ここはわたちが引き受けた」

「……シャレム」

「わたちは神代魔法などというカビ臭いものには興味はない、

それにこういう時くらいは素直に頼れ」

 

豊かな金髪をシャレムは掻き上げる。

 

「この樹海は第七元素の気を感じられる……これなら少しばかりは全盛期の力を

発揮できる筈だ」

 

そういえばシャレムだけは、霧の中でも普通に動けている事に、

ハジメたちは今更ながら気が付く。

 

「シャレムさん……あんまり暴れ過ぎちゃだめですよ」

 

悪食を一撃で焼き尽くした姿を思い出し、一瞬背筋が凍る思いを覚えるジータ。

 

「シルヴァ、オマエはハジメに付いててやれ、この霧ではオマエの銃も本領を発揮出来まい

で、ハジメ……まだ大事な事を言って貰えてないんだが」

 

尊大にして、あからさまな恩着せがましさを感じつつ、

ハジメはシャレムへと感謝の言葉を口にする。

 

「……ありがとう」

「オイ、ございますと、シャレム様を忘れているぞ」

「……ありがとうございます、シャレム様」

「実に敬意と感情が籠っていない事務的な感謝だが、まぁいいだろう」

 

おしゃぶりを咥えている関係上、口元には変化はないが、

それでもシャレムが、よく出来ましたと言わんばかりに微笑んだようにも、

ジータには見えた。

 

「シアちゃんは……?」

 

だが、シアは心配げなジータへと笑って首を横に振る。

 

「……きっと父様たちは、戻って来た事を怒ると……思います……それに」

 

シアは眦を引き締め、はっきりと叫ぶ。

 

「フェアベルゲンは私たちの国です!だから私たち自身が守らないといけないんですっ!」

 

南雲ハジメはいつまでもこの世界にはいない、いてはならない、

そんな意思表示が、はっきりとその声には籠っていた。

 

「ふむ、もう迷うな、オマエらのすべきことは迷宮の攻略だ、

魔人族だの何だのという些末事は、このシャレム様に今は任せろ」

 

その尊大だが、どこかユーモラスな物言いに、ハジメたちは思わず笑い、

笑う事で、心の余裕を取り戻す事が出来た。

意識してかはともかく、彼女はジャンヌや光輝、愛子らとは、

また違ったやり方で、人々を困難に立ち向かわせる事が出来るようだった。

 

「空から森を焼かれる心配はないんだったな」

「ああ、地上のハウリアたちにまずは加勢してくれ」

 

魔人族が率いる魔物のデータも、ある程度は把握出来てはいる。

シャレムの力なら、さして苦戦する事もないだろう。

 

「心得た、さぁ、オマエらは旅を再開しろ」

 

軽く頷くと、ふわりと宙を滑るように、

来た道を戻っていくシャレムの背中を見送るハジメたち。

 

「……気にしちゃダメ、この借りをいつか返すことを考えるならいい」

「何を要求されるか怖いな」

「ホラ、二人ともシャレムさんに作って貰った時間、無駄にしちゃダメだからね」

 

ジータに急かされ、枯れた巨木のたもとへと彼らは向かう、

雫と鈴が、すごいねこの木、アメリカかどっかのよりまだ大きいわねと、

天を仰いでいる姿を横目にしつつ、ハジメは大迷宮の証を一つずつ石板の窪みへと、

嵌め込んでいく。

 

【オルクスの指輪】【ライセンの指輪】【グリューエンのペンダント】【メルジーネのコイン】

 

「まずは"四つの証"だな」

 

一つ嵌め込んでいく度に石版の放つ輝きが大きく強くなっていく、

そして、最後のコインをはめ込んだ直後、石版から光が放たれ、

今度は大樹そのものが眩い光を放ちだす。

 

「……次は、再生の力?」

 

大樹の幹に浮き出た七角形の紋様へと、ユエは手を伸ばし、再生魔法を行使する。

そしてその直後、ユエの手が触れている場所から、

まるで波紋のように何度も光の波が、天辺に向かって走り始め、

そして光を受けた大樹は、まるで根から水を汲み取るように光を隅々まで行き渡らせ、

徐々に瑞々しさを、生命力を取り戻していく。

 

枯れ枝に緑の若葉が芽生えたかと思うと、

大樹は一気に生い茂り、鮮やかな緑を取り戻す、それはまるで或る植物の一生を撮影した、

記録映画の一編のように、ハジメたちには思えた。、

 

そして彼らの眼前には、正面の幹が裂けて出来た洞があった、

数十人が優に入れる程に巨大な。

 

「大丈夫なのかな?」

「ここって南雲君言ってたけど、四つ以上大迷宮を攻略してないと駄目なのよね」

「あー、それに関しては多分問題ないと思うぞ」

 

本来攻略の証が二つ必要だったと、後からミレディに聞いたバーン大迷宮……。

正確には跡地だが……にも、大迷宮攻略に関わっていなかった、

愛子とカリオストロも入ることが出来、神代魔法を習得する事が出来たのだから。

 

「ま、論より証拠だって」

 

ジータが雫たちの背中を押し、洞の中へと入っていく。

問題なく全員が洞の中へ入ることが出来た、どうやら雫たちの心配は杞憂だったようだ。

と、彼らが一息吐く間も無く、洞の入口が逆再生でもしているように閉じ始め、

足下に巨大な魔力を感じ始める。

 

その魔力には独特のクセのような物があった、確かこれは……。

 

「慌てるな!転移系の魔法陣だ!転移先で呆けるなよ!」

 

ハジメの叫びよりもやや早く、足元に大きな魔法陣が出現し、

強烈な光を発ち、その光をマトモに目に入れてしまったジータが、

思わず手で両目を覆ってしまう。

 

そして……光が晴れた後、彼らの目の前にあった物は……。

木々の生い茂る樹海だった。

 

 

「樹海の中にまた樹海?……そういえば」

 

オルクスにも密林の階層があったことを思い出すジータ、

またあのトレント出て来ないかなーと、かつて味わった果実の甘さを思い出しつつも、

周囲の確認は怠らない、

ジータ、ユエ、シア、ティオ、香織、雫、鈴、シルヴァと、どうやら全員揃っているようだ。

が……ジータは、魔眼石スコープを取り出し、おもむろに彼らの身体のスキャンを開始し、

何かを察したか、ジータの瞳が冷たい光を放ち始める。

 

「……ジータ? どうし――」

 

雫が、スコープの底に覗くジータの冷たい眼に声をかけた……その瞬間、

抜き撃たれたジータの短剣が、雫のすぐ隣にいた、

ハジメの肩を刺し貫き、次いで拘束用アーティファクトであるボーラを、

ユエ、シア、ティオ、シルヴァの四人へと投げつける。

 

突然の、なによりあり得ないジータの暴挙とも言える行為に、

唖然とする雫たち、そんな彼女らへとジータは説明を始めて行く。

 

「……本物のハジメちゃんの気配はここよりもっと遠くにある、つまり偽者だよ」

 

目の前のハジメからは、自身とのリンクが全く感じられない事を、

ジータは瞬時に察知していた。

 

「で、偽物がいると分かった時点で、このスコープで全員をスキャンしてみたら、

ユエちゃんたちもそうだったというわけ……で」

 

例の舐めるような上目遣いで、ジータはハジメへと話しかけていく。

 

「ねぇ?……その傷痛くないの?もしかして悲鳴を上げないのは痛覚が無いから?

それともしゃべれないからなのかな?」

 

ジータの詰問に、やはりハジメは答える事も、表情を変える事もない。

しゃべれない相手に、しゃべれないのかと聞く意味は果たしてあったのかと、

妙な疑問を覚えつつ。

 

「皆、見たくないなら目をつぶってていいよ」

 

ジータはもはや躊躇うことなく、ハジメの……、

自身の特別な存在と同じ姿をした少年の頸動脈を、短剣でもって一気に切り裂いた。

 

鮮血とはやや違う色合いの、赤錆色の粘液が周囲に飛び散り、

そして頸部を半ば切断された、ハジメの身体も赤錆色のスライムへと変じ、

そしてそのまま地面へと溶けて行った。

 

「いきなりやってくれるね……流石は大迷宮」

 

紛い物とは言えどパートナーを斬らせた事への怒りも手伝い、

ジータの声には隠し切れない苛立ちが籠っていた。

 

「転移の時、別の場所に飛ばされちゃったんだと思う」

「……確かに、記憶を探られるような感覚がちょっとあったね、他の大迷宮の時みたいに」

 

だとすると、ハジメたちも同じ試練に直面してるのかもしれない。

 

「ハジメくん……私でも、見た瞬間に気づいてくれるかな?」

 

香織がポツリとそう呟いたのが耳に届くが、ハジメちゃんなら大丈夫とか

自分が言うのも妙な気がするので、ひとまず聞こえないふりをするジータだった。

もしもユエがいたなら、ずるいと怒られたかもと思いながら。

 

「でもちょっと妙な形での分断になったわね」

 

ジータ、香織、鈴の三人を見て、そんな事を雫は思ってしまう。

もっともそれはジータたちも同じだったようだ。

 

「なんか教室を……あの頃を思い出すよね」

 




寂しい生き方をしないってことは、人との関わりの中で生きるということなので、
色々と考えるべきことは、そりゃ増えますよね。

ということで、次回はクラス会。


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通常攻撃が全体攻撃で三回攻撃の友達は好きですか?

今回は女子会みたいな話です。
それからジータたちの所持してるスマホの通信機能はオミットされております。


「こっち、こっちからハジメちゃんの気配を感じるよ」

 

リンクを辿り、ハジメたちとの合流を急ぐジータたち一行。

ただ急ぐだけではなく、"追跡"技能で要所にマーキングをしていくことも怠らない。

 

「あっちには回復や防御役がいないから、早く合流しないとね」

 

そしてこっちにはアタッカーがいない、

本来サポートの自分が、先頭に立たねばならぬ状況だ。

 

(せめて……ティオさんか、ユエちゃんがいれば)

 

全体の火力に不安がある現状では、ウォーロックとエリュシオンは、

その真価を十二分に発揮は出来ない。

環境に依存するランバージャックや弱体特化のカオスルーダー、防御特化のスパルタも、

この状況では不向きだ、ならば……。

 

ジータはかつて自分の手には余ると、運用を諦めたジョブをここで敢えて選択する。

自身の火力と仲間へのサポートを両立出来るジョブは、現状、これしか思いつかない。

 

周囲に敵がいないことを、入念に確認すると、

ジータはジョブチェンジを開始する、そして数分後。

全身フリフリふわふわの黒猫スーツに加え、耳付きフードと肉球グローブを装備した、

EXⅡジョブ、黒猫道士の姿となったジータが、光の中から姿を現す。

その手には金色に輝く箒、ルナティックブルームが握られている。

 

「かっ……可愛い~~っ」

 

開口一番、鈴がジータへと抱き着いてくる、

雫も、何かもふもふしたい衝動を抑えているかのような目で、こちらを見ている。

 

(可愛いで済んだらいいんだけど……)

 

このジョブはMPという特殊なリソースを消費する事で、自身や仲間たちに、

攻撃力・防御力の強化や攻撃速度の上昇といった多彩なバフを与えることが出来る。

攻防一体といってもいいジョブなのではあるが、

MPが切れてしまえば、自身のみならず仲間たちへのバフの効果も無効となり、

かつ、反動によって自身は大幅に弱体化してしまうという、

諸刃の剣的な部分も持ち合わせるジョブである。

 

よしよしと鈴の頭を撫でてやりながらも、ま、このジョブを選んだのは、

それだけの理由じゃないけどとジータが思ったところで、

その耳に虫の羽音が届き出す、待っててくれたわけではないだろうが……。

 

「非常時だからOJTは無しだニャ、二人とも」

「ニャ?」

「あ……」

 

語尾だけではなく、手も無意識に爪とぎポーズを取ってしまう。

このジョブの使用をジータが躊躇っていたのは、運用の問題だけではない。

そう、このジョブを使用している間は、見た目だけではなく、

自分の挙動も猫っぽくなってしまうのだ。

 

そして待つこと暫し、人間の幼児程もある、

超巨大なスズメバチがもどきの群れが姿を現す。

 

「キモッ!」

 

黄色と黒の毒々しく攻撃的な色合い、巨大な複眼と顎を一瞥し、

恐怖と嫌悪感を隠せず、ジータの背中へと隠れる鈴。

その顔を見て、何か言いたげな表情を見せるジータだが、

それは後と思い直して、杖を一振りした瞬間、月を象ったかのような光が走り、

スズメバチどもが次々と地に落とされて行く、そしてその中を、

まるで大河を割った太古の偉人のように、進んでいくジータたちだった。

 

(通常攻撃が全体攻撃で三回攻撃まで出来るのよね、このジョブ)

 

ものの数分でスズメバチもどきの掃討は終わり、

またハジメたちへの合流を目指し、足を進めていくジータたち。

そんな中でジータの視線は、自身に並んで歩く鈴へと向けずにはいられない。

 

一見すると、いつもと変わらない様に見える。

だが、どうもここ最近の鈴の元気は、ジータに取ってはカラ元気に思えて仕方が無かった。

鈴もそんなジータの視線に気が付いたのか、何かなと言わんばかりに、

ジータへと視線を返してくる。

 

「ねぇ……鈴ちゃん?」

「うん?」

「……」

 

やっぱり聞くべきではないかと、口籠るジータ、だが。

 

「無理……してるよ」

 

ジータの聞かんとしている事を察したか、鈴は自分からはっきりとそう口にする。

 

「大丈夫な……わけなんかないよ」

 

これまで堪えて来た何かを吐き出すように、鈴は言葉を途切れ途切れではあったが、

ジータたちへと紡いでいく。

無理もない、自他ともに認める親友が、その手を血に染めていたのだから。

整理などそうそうつく話ではない。

だからだろう、率先し、復興活動に従事していた鈴の姿をジータたちは思い起こす。

責任を感じていたのもあるのだろうが、きっと何かをしていなければ、

耐えられる筈も無かったのだと。

 

「辛いなら……戻る?王都に」

 

鈴はジータへと首を横に振る。

 

「正直、堪えてはいるよ……けど、あのまま王都に残ったままなら、

きっと頭がどうにかなりそうだった」

 

自身を苛む"何故?"という罪の意識もそうだったが、

彼女に罪はない事は誰もが理解はしていても、

あいつは裏切者の、殺戮者の親友だという人々の思いは、また別の問題だ。

そしてそんな感情の籠った視線や、声に耐えられる程、谷口鈴は鈍い少女ではない。

 

「恵里に会ったって……何か言えるわけでも、何かが出来るわけも……ないのに」

 

鈴は俯いたままで、自身の心情の吐露を続ける。

 

「……ずっと考えてたんだ、恵里の事……でもね、考えるだけの事を……、

何にも知らなくってさ……ホラ、女子の間でお泊り会……流行った時期あったよね、

鈴、ジータちゃんの家にも行ったよね、奈々ちゃんと二人で」

「あ、ちょっと驚いたんじゃない?二人して」

 

自分の家でもないのに少し自慢げな表情を香織は見せ、確かに……、と。

ジータの……どんな悪い事をすれば、こんな家に住めるんだと、

奈々と一緒に思わずにはいられなかった大邸宅を鈴は思い出す。

ちなみにジータの父はギャラリーを営んでいる……あくまでも表向きは。

で、そんなハイソな蒼野家と南雲家が何故に親戚同然の付き合いが出来ているかというと、

彼らがまだ生まれる以前、ハジメの父親が製作したゲームのOPを、

声楽家であるジータの母親が歌ったことと、そしてハジメの母親の作品の原画展を、

ジータの父のギャラリーで行ったのが始まりである。

 

「でも……恵里だけは、誘っても、そういうお泊りは一度もやらなかったんだよね」

 

とはいえ恵里が一度断れば、それ以上強引に誘うような事は鈴もしなかった。

素直にそういうのが性に合わないだけだと思っていたのだ、

大人しく、遠慮がちなクラスメイト……いや、親友としか思ってなかったし、

そんな事をしなくても、その友情は揺るぎもしないと確信していたのだ、

少なくともあの時までは。

 

「あれって、今思うと、自分も家に泊めないわけにはいかなくなるって事だったんだよね、

だって……私、恵里の家に遊びに行ったことないんだ」

 

彼女と恵里の家は、確か駅から正反対の方向だったとジータは記憶している、

確かに学校帰りに……というわけには行かないのかもしれないが。

もしかすると恵理は、知られる事を恐れていたのかもしれない。

単に家庭環境とかそういうのとは別に、本当の自分を親友に……。

いや、正確には理解される事で、自身の想いが変わってしまう事を……なのかもしれないが。

 

「きっと今の恵里の願いは……光輝くんに殺される事なんだと思う」

 

愛される事が許されないなら、せめて殺されたい、憎んで欲しい、だから罪を犯す。

そうすることで自分の存在を、天之河光輝という少年に永遠に刻ませるために、

そして、自身の罪を清算するため。

 

「でも、光輝くんは……恵里を憎めない……殺せない……、

だから、恵里の願いは叶わない」

 

そんな恵里の願いを承知の上で、自身の思いを殺し、

悲痛な声で勇者として恵里を見捨てる事を宣言し、

その処遇を自分たちに託した光輝の姿は、未だ記憶に新しい。

 

「鈴はやっぱり助けたいんだよね……それでも恵里を」

「助けたいよ……鈴の方が、光輝くんよりもずっと恵里の近くにいたんだから」

 

鈴の声は涙交じりの嗚咽へと変わって行き、

黒焦げになった死体の山に、必死で謝る鈴の姿をジータは思い起こす。

 

「けど、恵里は……神の手先になって、あんなにたくさんの人たちを殺したんだ……

永山くんだってあんなに泣いて……だから、許しちゃいけないんだ……きっと

けど……わからないよ……こんなの」

「わからないなら……わからないでいいニャ」

 

言ってしまってから、慌ててジータは口を塞ぐ、

まただ……これだからこのジョブを使うのはイヤだったのだ。

 

「見てるだけじゃ、傍にいるだけじゃ、そんなことわからないんだニャ」

 

ジータはそっと鈴の身体を抱きしめる。

 

「本当の意味でちゃんとしてる人なんて、きっとそんなにいないし

いたとしたって綱渡りの連続で、心が休まる暇もないと思うニャ」

 

こんな言葉が慰めになるのかはわからないし……、

却って傷を深めてしまう結果になるかもしれないと思いつつも、

ジータは続ける。

 

「きっと恵里ちゃんは、それが人より少し上手かった、それだけなんだニャ」

 

何より自分も知りたかった、香織や鈴ほどではないにしても、

恵里とはそれなりの関係を築けていたと思っていただけに、

あの王都での、自身に向けた憎しみに満ちた眼差しの理由を直接。

 

「だから……わからないってその気持ちを……時には吐き出してくれたら……

鈴ちゃんも少しは楽になれて、わからない何かにも、もしかしたら答えが出るかもしれない

……ににに…ニャア」

 

少しはいい事を言ったつもりなのに、語尾のせいでふざけているようにしか、

聞こえてないのではないか?と、ジータがバツの悪い思いを抱く中。

 

ニッ、と、不意に鈴が笑うと、

 

「ほらほら、ジータにゃん」

 

鈴は猫じゃらしっぽい植物を、おもむろにジータの眼前にちらつかせる。

 

「にゃ……にゃ……」

 

ジータのスーツの耳と尻尾がピンと立つ。

 

「や……やめてぇ、そんなの見せちゃ駄目にゃあ」

「えーお礼だよお礼、話を聞いてくれた……ね」

 

ニコと笑う鈴、もうその笑顔からは先程までの翳りは消えていた、

ホッと内心胸を撫でおろすジータだが、今度は自身のピンチから逃れないとならない。

ジータは必死で身体を捩るが、香織がそうはいかずと後ろからジータを羽交い絞めに固め。

雫までもが、止めてあげなさいと言いつつも、

何処かうっとりとした視線をこちらに向けてくる始末、

 

だが……幸か不幸か彼女らの耳に魔物の咆哮が届き、

香織たちは瞬時に戦闘態勢に移行する、

さしものジータも、この時ばかりは魔物に感謝せずにはいられなかった、。

 

ともかくジータが先頭に立ち、魔物たちを駆逐しながらハジメへのリンクを辿り、

樹海を移動する事、数十分。

彼女らの目の前には、群れを成す猿型の魔物が、ぎゃあぎゃあと吠え猛っている。

たかが猿とはいえど、樹々の間を飛び回りながら放たれる、

四方八方からの投石はなかなか侮れず、しかも棍棒や剣などといった武器まで装備している。

 

「う~ん、流石に数も多いし……ここは手伝って欲しいにゃあ」

 

実際は一人でも余裕なのだが、先程の事を思い出してしまうと、

見物料くらいは働いて貰いたいとの思いが、頭をもたげてきたのだ。

 

そんなジータの気持ちを知るや知らずや、投石の雨に梃子摺りつつも、

彼女の声にどこか和んだ表情を見せる雫らに、微笑みを返すと、

ジータは金色の箒を頭上に掲げる。

 

『ブラックチャーム』

 

先に言った通り、リソースの維持管理に注意を払わねばならないが、

猫を象った紋様が宙に描かれると同時に、

攻撃力、防御力、攻撃速度、弱体耐性を一気に大幅UPさせる破格のバフが、

自身を含む仲間たちの身体を包み、勇躍した雫らが一転攻勢に入る。

 

「でも、これ使うと自分の攻撃が単体攻撃に戻っちゃうのがにゃあ……」

 

折り重なるように自身へと飛び掛かる、猿の身体を数匹纏めて一撃で粉砕するジータ、

全体攻撃ではなくなったが、その分追加ダメージが発生している様だ。

 

「ボス猿は私がやるから、みんなは雑魚を散らしていって欲しいニャ」

 

そう指示を送りつつ、ジータは箒をくるくると月のように眼前で回転させ。

 

『ムーンライト』

 

魔力、この場合は自身の物とは違い、奥義を撃つための武器に籠った魔力だが、を、

リソース用のMPへと変換していくことも忘れない。

 

ともかくジータらが攻勢に転ずるや、みるみる数を減らしていく魔物猿、

そこで魔物猿はまず、最も攻撃力が低いとみた鈴へと狙いを集中させる。

それも倒すのではなく、攫うといった風に……、

どうやら彼女を人質にでも取る作戦なのかもしれない、しかし……。

 

「へっへーん、届かないよーだ」

 

ジータのバフにより大幅強化された鈴の障壁は、魔物猿の爪も牙も通さない。

むしろ集中した分、却っていい的になってしまう始末だ。

 

「いい加減逃げればいいのに……」

 

溜息交じりで魔物猿の群れを睨む雫、ここまで実力差を見せつければ、

地球の猿であればとっとと逃げ出すものを……。

 

「人質を狙う程度の知恵はあるのに……」

 

そう、その中途半端な知恵が、彼らを敗北へと導いてしまう。

彼らは転移陣が読み取ったハジメたちの情報を元に、

自身らの持つ固有魔法"擬態"を使用する、もちろん先のスライムなどとは違い、

魔物猿どもは、半端に知恵が回る。

 

すなわち、どのような人物に擬態して、どのような行動をとれば相手が心を乱すか、

という点を考えることが出来るのである。

だから彼らは単に、最も危険な敵が、最も大切にしている者に擬態した、

まさに浅知恵である。

 

魔物猿は、奥の茂みから擬態した同胞を引きずって来たのだ……。

全身を拘束され、ボロを纏った半裸の傷だらけのハジメの姿を。

 

確かに、ジータたちは傷ついた半裸のハジメの姿を見るなり、

一応は、衝撃を受けたかの如く、固まってしまい……魔物猿どもは、

かかったとばかりに口角を吊り上げる。

さぁ、そこの猫女、お前の一番大切な男を連れてきてやったぞ、さぁ慌てろ、動揺しろと。

……しかし。

 

一瞬驚いた後、ジータたちは輪になりヒソヒソと何やら相談を始める、そして……。

この今となっては貴重な姿を画像に焼き付けんと、

あろうことか一斉にスマホで撮影を始めたのだった。

その理解し難き行動に、こ……これなら?と、

逆に魔物猿の方が動揺しながら、ジータの目の前でハジメ(擬態)を殴りつけ、

殴られたハジメが「……ジータ、助けて」などと言ってしまったものだから大変だ。

 

感極まった香織が、魔物猿どもを弾き飛ばしながら、ハジメ(擬態)の元へ、

駆け寄るや否や。

 

「ねぇ!香織、助けて……って!言って欲しいんだけど!」

 

充血した目をくわと見開いたまま、自身の願望を隠さず叫ぶ香織、

その姿を目の当たりにし、一様に怯えた表情を見せる魔物猿ども。

 

「本物にはこんなこと絶対頼めないし!見せてくれないの!ねぇお願い!」

 

その程度の良識は何とか保っているんだと、

感心していいのか迷いながらも、一応感心するジータたち。

 

「ふふ……本物のハジメちゃんなら、

そこに落ちてる木の実くらい丸呑み出来るんだけどにゃあ?」

 

笑いを堪えながらスイカ程もある木の実を指さすジータ、

それを見て怯えた表情を見せるハジメ(擬態)。

 

「あああ~~、そっ、その顔いいよぉ~グーだよ!ブラボーだよ!ハジメくんっ!」

 

その表情がまたツボに入ったのか、はしたない嬌声を上げる香織。

 

一方の魔物猿どもは、い……いや、我々敵で魔物だし……そんなお願いされても、と、

いった風な、至極まっとうな反応を垣間見せた後、蜘蛛の子を散らす様に逃げていく、

えらい奴らに出会ってしまった、人間怖い、ついて行けないとの思いを共有しながら。

 

そして少し離れた物陰では、ジータたちの姿を見つめる一匹のトカゲめいた……

人間の赤ちゃんサイズのドラゴンと、さらにはゴブリンの姿があった。

小さな翼をパタパタとはためかせつつもドラゴンは、

わなわなと全身から憤怒の気配を漂わせ、

片やゴブリンはそれを宥めるかの様に、ドラゴンの頭を撫でてやっている。

ただし、笑いを堪えてるかのように震えながらではあったが……。

 




一応グラブルクロスなので、今回ハジメはゴブリンではなく
ビィ君スタイルになって貰いました。
(そうでもしないと登場させられないので……)


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困難は魂の修業と心得よ

いよいよ人権石登場、声は速水奨さんで変換お願いします。


 

 

 

「「誠に申し訳ございませんでした」」

 

地面に額をこすりつけんとばかりに土下座するのはジータと香織、

そして彼女らの前には、まさに憤懣やるかたない気配を纏った、

一匹の赤ん坊サイズのドラゴンがいた。

 

赤い肌に大きな瞳をギョロつかせながら、

ドラゴンはジータへと念話を送る。

 

『お前ら、俺が近くにいるの知ってたよな?』

「おっしゃる……通りですニャ」

「でっ……でも、まさか見られてるなんて……そこまでは……

ああでも今のハジメくんもかぁいい……ふぶっ!」

 

ああ、何ということだ、ヒロインたちがドラゴンの魔手に今かかろうとしている。

ハジメはどうした?このピンチに駆け付けずして、何が主人公だ。

それともこの作品は今から、ありふれた赤き龍で世界最強にでもなるというのか?

 

「ホラ、言い訳しないで…明らかに……監督不行届です……にゃあ」

 

頭が高いとばかりに、ジータは不穏な言葉を口走ろうとした香織の頭をさらに地面へと押し付け、

その様にドラゴンは呆れた感情をさらに込めつつ、念話を送る。

 

『何気に香織に全部押し付けてんじゃねぇよ』

「ハイ、ふざけすぎましたニャ」

『さっきからのそのニャアは一体なんだ?お前フザけてんのか?

もしかして俺たちの語尾にもドラとかゴブをつけろとでも内心思ってんのか?あぁ?』

「これはジョブのせいで、決してふざけてるわけじゃない……にゃあ」

 

八つ当たりと分かっていながらも、今の憤りを目の前のジータへと、

ドラゴンは思いっきりぶつけると、少しは気が晴れたのか、

ようやく話は本題へと入っていく。

 

『まぁ、俺も悪かったよ……さっさと出てくりゃ良かったんだが……

この身体じゃ満足に戦えなくってな』

 

そこでもう一匹の魔物―――ゴブリンが、しれっとまるで取りなすかのような仕草を見せるが。

 

『お前も笑ってただろうが!自分だけいい子になるんじゃねぇ!ユエ!』

 

念話で怒声を送られたそのユエと呼ばれたゴブリンは、トテテと雫の背中に隠れる。

 

「でも、まさかそんな姿にされちゃってるなんてね」

『ああ、転移した後、気が付けばって感じだな……その上、

装備も魔法も使えねぇと来たもんだ』

「きっとこれも試練の一つだと思うんだニャ」

 

スタート地点がすでに罠でしたとか、どんなクソゲーだ。

と、ジータは魔物の姿となった、目の前のハジメとユエへと、

半ば呆れたような視線を送らずにはいられない。

 

そう、この二匹の魔物は我らが主人公&ヒロインである、

南雲ハジメとユエであったのであります、と、いうことでご安心ください、

この作品はまだまだ続きます。

 

「じゃあ、再生魔法なら元に戻せるかも?」

 

汚名返上のチャンス!と、ジータの隣で目を輝かせる香織、

だが、ハジメはそれは望み薄だろうなとの見解を示す。

 

『多分……ジータがやってるジョブチェンジと、少し似たような感覚があるんだ

つまりそれそのものに変質・変形しているというか』

 

確かにスコープを使ったスキャンでも、ハジメたちの身体は、

単なる魔物としか検出されなかった。

 

『……んっ、それに再生魔法はこの迷宮に於ける必須条件、考慮してない訳がない』

「確かにあっさり治されたら、試練の意味がないもんね」

 

ユエと鈴の言葉に頷く一同、同時にそれは結局先に進むしかないということでもあるのだが。

 

『シアとティオとシルヴァを探さないとな』

 

ハジメに頷きながらジータはようやく土下座を解く。

攻撃を担当してるメンバーが揃って、機能不全となっているであろう事態に、

頭を悩ませつつも……ただ光明がないわけではない。

 

(召喚はちゃんと使えるみたい)

 

ならば、恐らくあの石に頼る時が来る筈だ。

 

 

『見ろ!これが普通の反応だ!』

『ハジメさぁ~~ん、皆すわ~~ん、無事で良かったですぅ~~~

わだじ気がついたら……ううっ、ごんな姿になっでしまっでで~~っ』

 

よしよしとゴブリン、もといシアの頭をいつも以上に優しく撫でてやるハジメ、

もちろん、ジータたちへの当てつけの意味も込めてではあるが。

 

『分かる、分かるよ!その心細さ、やっぱりお前だけだよ……

今の俺に安らぎを与えてくれるのは、甚だ不本意ではあるけどさ』

『全くだ、ハジメの言うことが本当ならば、

君たちはここが絆を試される迷宮であることを失念しているぞ、嘆かわしい』

 

引率者を思わせる厳しい口調の籠った念話に、思わず首をジータは竦めてしまう。

竦めた先には、その手に愛銃を模しているのか、

自身の身長をゆうに超える長大な木の枝を握ったゴブリン、

すなわちシルヴァの姿があった。

 

「ま、まぁ……ジータもちゃんと南雲君を感じる事が出来たからこその、

と、思って頂ければ……」

 

口籠りつつも、雫はたどたどしく親友のフォローを入れていく。

 

『絆かぁ……』

 

ひとしきりシアへのナデナデを終えて、視線を少し先へと移すハジメ。

そこには寄ってたかって一匹のゴブリンに、殴る蹴るの暴行を加えている、

ゴブリンの集団がいた。

それだけなら、仲間内の序列とかその辺の事情があるのかと思うだけだが、

問題は、そのその暴行を受けているゴブリンが、

ゴブリンであっても分かるほどの、恍惚の表情を浮かべているということであった。

 

「ティオさん……だよね」

 

ドン引きしながら呟く香織、その呟きには、戸惑いの中にも、

自分よりダメなのがいたという安堵が込められているように聞こえた。

 

「誰も気が付かないって思ってるのかもしれないにゃあ」

『それで、自己を解放したということか……』

『それ以前に言いたいのだが……そもそも彼女は自分で仲間を探そうとする気があるのか?』

「シルヴァさん……迷子になったらその場から動くなといいますし、そこは一つ」

 

そんなやり取りを耳にしつつ、遠くを見つめるような目を見せるハジメ。

 

『溜まってたんだな……あいつ』

 

確かにここの所、変態性を表に出すことなく大人しかったのは事実だ、

だが、持って生まれた性(サガ)を完全に抑えきる事は、やはり不可能だったのだろうと、

しみじみと眼前で繰り返される変態じみた光景を眺めるハジメ。

 

『……でも、ティオの性(サガ)を開花させたのはハジメとジータ』

 

そんな心情を見透かしたかのようなユエの念が、ハジメへと届く。

あまり思い出したく無いことを……と、思いつつも、

確かに開花させた責任は、多少なりともちゃんと取らねばならないなと、

もう放っといて先に行こうと思う気持ちを抑え、ティオの元へと向かうハジメであった。

 

 

『妾は決してあらぬ快楽に溺れていたわけではなく……つまり、その……じゃな、

はぐれたらその場で動かずという、いわば鉄則に従ったに過ぎぬのじゃ』

『……などと供述しており……」

『なんじゃ!ユエ!その人を何かの容疑者の様に扱うような口ぶりは!』

 

ティオの抗議には誰も耳を傾ける者はなく、先を急ぐ一行。

 

『ほ、放置プレイかの?……もしかしてこれは……ぐふっ!』

 

最後の悲鳴は妙に真実味があったので、ジータは不精不精ティオの方に目を向けてみる、

するとそこには……頭にたん瘤を作って目を回しているティオがいた。

足下に木の実が転がっている、おそらくゴブリン状態の自分の身体能力を考慮せず、

いつもの調子で避けようとして、失敗したのだろう。

 

「木の実?」

 

どこからこんな?と、自分たちの周囲を見渡す一行、

あたりは開けた草原が広がっており、樹海と言うよりサバンナに近い感じだ、

木の実を付けた樹木など……と、思った矢先、

次々と明らかに攻撃の意思を持った木の実が、自分ら目掛けて飛来して来るのが、

はっきりと彼らの視界に入った。

 

木の実の弾を掻い潜りながら、先へと進むハジメたち。

進むにつれて木の実の威力は増し、いまや砲弾そのものと言ってもいい程になっている、

そして。

 

『なんだこれ……でけぇ』

 

彼らの目の前には、待ちかねたと言わんばかりに、

枝をしならせ、迎撃姿勢を取る巨大トレントの姿があった。

トレントの背後は隙間なき木々の壁である、つまり倒さねば先に進めない。

 

『……俺たちはご覧の有様だ、頼んだぞ』

「うん」

 

ハジメの念に頷くジータ、

厭が負うにも厳しい戦いになることを予感しながら……。

 

 

鞭のようにしなり不規則な軌道を描いて襲い来る巨大な枝、

刃物のように舞い散り飛び交う葉、砲弾のように撃ち込まれる木の実、

突如地面から鋭い切先を向けて飛び出してくる槍のような根、

 

そんな一つ一つが致死の攻撃を凌ぎつつ、反撃の機会を伺うジータたち。

 

攻撃に雫とジータ、回復に香織、防御に鈴、

一応パーティーバランスそのものは取れている。

鈴の障壁に、自身のかけたバフに加え、香織の再生魔法があれば、

守りに関しては、ほぼ問題はない、但し、自分や鈴のリソースが持つ限りだが。

だがやはり如何せん、攻撃力不足は否めない……。

 

とりあえず障壁を前面に押し出し、じりじりとトレントの圏内へと侵入していくジータたち。

そしてそれを阻むかのように、殴りかかる枝、柵の如く生える根、

それはまるで見ている者に、ラグビーのような印象を与えた。

 

ジータと背中あわせの体勢で、枝を打ち、根を払っていく雫の表情は暗い。

 

(南雲君たちは今までこんな相手と戦ってきたの……)

 

自分のこれまでは確実に血肉になっているという自信は、確かに感じていたのだ。

だが、目の前のトレントモドキは、空で戦ったあのデカブツは別格としても、

あのオルクスや王都で魔人族が引き連れていた魔物よりも、明らかに強い。

相手の攻撃の単調さと、鈴と香織の堅実な守りによって、今のところは戦えてはいるが。

 

「あいつ普通に強いから雫ちゃん気にしなくてもいいにゃあ」

 

そうジータはフォローを入れては来るが、自分とは違い涼しい顔で、

相手の猛攻を防いでいく姿を見ると、

やはり、これまで自分たちは何をして来たのだという思いが胸を過る。

 

(あの日……助けられた時と、何も変わってないじゃない)

 

そこで雫の頭上から、手裏剣の葉が舞い落ちるが。

間一髪、鈴の張った障壁によりその攻撃は防がれる。

感謝のジェスチャーを送る雫だが、障壁にしても、展開すればその分、

リソースは確実に削られてしまっていることを思うと、手放しでは喜べない。

 

一方のジータはジータで、トレントモドキの繰り出す攻撃の密度の濃さに、

辟易していた。 

 

(いっそ一足飛びに……)

 

トレントの懐まで単騎で突入するのもありか……そんな考えも浮かぶが、

自分らの後ろにいるのは、戦闘能力を無くしたハジメたちなのだ、その事を考えると、

今は守備的な戦いを選択せざるを得ない。

 

(守りながら戦うって……ホント難しい)

 

幸い切り札はある、この戦いをラグビーに例えるならば、

WTBの役割を果たすであろう、自身の親友の姿をジータがチラと見た時だった。

トレントモドキが淡くその巨木を輝かせると同時に、

根元付近から外へ広がるように、大量の樹々が物凄い勢いで生えてくる。

 

「……固有魔法」

 

鈴が唖然とした風に呟く、その魔法は、どうやら大量の樹々を生み出し、

それを自由に操れるという能力といった所か。

 

行手を阻むかの如く、わさわさと枝をしならせ、葉を揺らす樹々の眺めに生唾を呑みつつ、

自分の自重は正しかったなと、心の中で思うジータ。

もし焦れて勝負を急げば、先に倒すことも出来たかもしれないが……、

逆に、ハジメたちが物量の差で蹂躙されてしまっていた可能性もあった。

 

いつもは近代兵器や魔法による火力・物量で圧倒する自分たちが、

ハンデを背負っているとはいえ、逆に火力と物量で追い詰められつつある……、

その事に若干忸怩たる思いを抱くジータだが……。

それと同時に自身の切り札の準備が整ったことも察知する。

 

「いい……雫ちゃん」

 

ジータは自分の傍らの親友へと話しかける。

 

「私が背中を押したら、あのトレントへと走って、一撃で決めて!

タッチダウンの要領だニャ!」

「え……でも?」

「大丈夫」

 

何とか構えこそ保ってはいるが、絶望的な物量の差を前に言葉は震えている。

無理もないなと思いつつも、ジータはそんな雫へ笑顔を向け、同時に右手を空に翳す。

その背中では、シンクロするかのようにハジメもまた同じく右手を空に翳していた。

 

『シヴァ!』

 

二人の叫びと共に、魔法陣が展開され、炎の使徒にして破壊神シヴァが顕現する。

 

「信徒よ、汝の祈り聞き届けたり」

 

全身に炎を纏いつつも、端正な顔に涼やかな微笑みを浮かべ、

まずは周囲を見回すシヴァ。

 

「ふむ、なかなかやばい……状況ではあるな」

「とりあえず全部焼いちゃって下さいニャ!」

「心得た、劫火でもって一切合切を灰燼と帰さん!そして汝らに火の大いなる加護を与えん!」

 

シヴァが四本の腕を使い、印を結ぶと、その額の第三の目、

チャクラで言うところのアージュニャが開き、破壊と浄化の閃光が走る、

そして、一瞬の間を置いて、文字通り一切合切が灰燼と帰すかの如き劫火が、

魔物たちを焼き尽くしていく。

その様は、まさに"薙ぎ払い"と呼ぶに相応しかった。

 

「行って!」

 

と、同時にジータは雫の背中を押し、それに応じ、雫はトレントへと走る。

その眼前に炎の海が迫るが、不思議なことに何も恐怖を覚えることなく。

躊躇わず彼女は炎の中を突っ切っていく。

実際、驚くべきことに、この炎は他の自然は一切焼くことなく、

魔物だけを焼いて行っている、正しく邪を祓う清めの劫火そのものであり、

これなら遠藤君も巻き込まれても大丈夫ねと、

いつかの大迷宮で繰り返された光景を雫は思い出す。

 

そしてついに雫はトレントモドキの袂に辿り着く。

木っ端みじんになった樹々の残骸が大量に転がり、燻っている。

どうやら寸前で大量の樹々を生み出し盾にしたようだ、だが。

 

雫は八命切を抜き、自身の眼前に横構えで掲げ持つ。

 

「舞えよ胡蝶!刃は踊り、神楽の如く!」

 

誰に教わったわけでもないのに、自然とそんな口上が流れるように浮かぶ。

もしかすると、この刀術本来の使い手が、日々口にしている言葉なのかもしれない、

そんな事も思いながら。

 

「悪ふざけは終わりよ!斬り拓く!」

 

トレントが抵抗するかのように、また幹を揺らそうとするが遅い。

タッチラインに滑り込むラガーマンを思わせる動きで放たれた雫の初撃が、

その衝撃で以ってトレントの幹を半ばまで切断し、

受け口めいた切り込みを幹に走らせる、そして反対側へと回り込んだ雫が、

やはり二撃目を深々と穿つと、十数メートルはあるであろう幹が、

ゆらゆらと揺れ動きながら、根元から両断された。

 

地に倒れ伏した巨木からは、もう気配は感じない。

文字通り一撃で仕留めたようだ。

 

「今の一撃は……一体」

 

確かに自身に力が漲っている意識はあったが……そんな雫へと、

これぞ我が加護の力とシヴァが頷き、ジータも思わず呟いてしまう。

 

「さすが人権……」

 

このシヴァなる召喚石、火属性の攻撃力を約1.5倍に上昇させる加護も破格ではあるが、

その真価は召喚にある、シヴァは召喚される事によって、

リキャスト不可の一度きりではあるが、パーティー全員の攻撃に関する潜在能力を、

大幅に引き上げてくれるのだ。

従って、今の雫の斬撃は召喚効果により、

光輝が使う"神威"による一撃にも届く威力となっていた。

 

「やったニャ」

「ジータちゃんそれフラグ」

 

勝利の安堵感と達成感からか、珍しく迂闊な言葉を口にしたジータに鈴がツッコミを入れると、

やはりというか、その言葉に呼応したわけではないのだろうが、

巨木の切株が急激に幹をまた伸ばし始める。

 

「ホラぁ~~」

「わ、私が言ったから再生してるわけじゃニャいと、思うニャ」

「さっきのビーって奴、また出来ないんですか?」

 

と、香織がシヴァに尋ねるが。

 

「信徒たちよ案ずるな、あれからは邪気は感じん」

 

確かにシヴァの言う通り、再生した巨木からは魔物の気配は感じられず、

暫く待っていると、入り口の大樹の時と同じように、幹の真ん中に洞を作り始めて行く。

 

「中ボスであると同時に、次のステージに行く扉でもあったんだね」

 

納得の言葉を口にすると、そのままジータは今度こそ戦闘終了とばかりに、

その場に座り込む、見ると雫や香織も鈴も同じように座り込み、安堵の息を吐き。

ハジメたちも、そんなジータたちへと歩み寄って来る。

 

『皆、お疲れさん…それから』

「いいわよ、今まで色々助けて貰って来たんだし、これくらいはね」

 

いかにも申し訳ない、と、言った風なハジメの念に雫が答える。

 

そしてその様子を一瞥し、我の役目は終わったとばかりに、

シヴァの姿が風景に溶け込み始める。

 

「また会おう信徒たちよ、但し!困難はこれもまた魂の修行と心得よ!」

「信徒になったつもりはないけど、ありがとうニャ」

 

シヴァを見送った後、水を飲んだり寝転んだりと、各自数十分程休憩を取り。

 

「さぁ、旅を再開するぞ……って、今のちょっと似てたんじゃない?」

 

と、鈴の物真似を契機に、ジータたちは洞の中へと入る。

全員が入ると、やはりあの時と同じように、洞の入口が勝手に閉じていき、

同時に足元が輝きだした。

 

「また転移……」

 

全員が頷きあうと、その場で咄嗟に手を握り合い輪を作る。

これでどうにかなるとは思えないが、それでも出来る事はやって置くべきだろう。

 

そして彼らの姿は、眩い光によって掻き消されて行った。




リセマラで狙うならシヴァ、シェロチケで取るならベリアルというのが、
自分の認識です。神石をサプチケで取得出来る様になったので尚更。


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Old Fashsioned School Story

祝!ミラちゃん先生プレイアブル化、次は魔王コンスタンツィア様の番ですね、サイゲ様!

今回につきましては、大幅に変更しようかなと思ったのですが……、
あくまでも夢の世界ですので、辻褄合わせは置いといて、
少しクラシカルな学園ストーリーを楽しんで頂ければ幸いです。



 

 

チュンチュンと、朝を知らせる鳥のさえずりが、

カーテンの隙間から陽の光と共に薄暗い部屋の中へと侵入するが、

ベッドの主は一向に深い眠りから醒めようとはしない。

 

やがて朝の光は時間と共に増し、窓の外からは行き交う人々の挨拶も聞こえてくるが、

それでもベッドの主は未だに微睡みの中にいる。

すると、一階の玄関が開いたような気配がしたと思うと、階段を駆け上がる音、そして。

 

「いい加減起きなさい!何時だと思ってんのよ!」

 

布団を一息に剥ぎ取られ、晩秋の朝の冷気が途端にベッドの主を、

微睡から一気に現実へと覚醒させる。

 

「あ……あれ?」

 

ベットの主を決め込んでいた少年、南雲ハジメは何が起こったのか分からない風に、

きょろきょろと部屋を見回し、そして自身の眼前に仁王立ちになっている、

金髪ハーフの幼馴染へと、抗議の視線を送る。

 

「いや、まだ早いって……ホラ!」

 

午前五時を表示した目覚まし時計を示すハジメだったが。

すぐに秒針が動いてないことに気が付いてしまう。

 

「あ……電池切れてる」

「ボンヤリしてる間があるなら、早く朝の準備!」

 

腰に手をやりプンプン顔の幼馴染、蒼野ジータに促され、

ハジメはベッドからようやく重い腰を上げる。

現在、南雲家には両親がいない、いわゆる海外赴任というよくあるやつ、

つまり"親は元気で留守がいい"状態である。

 

とはいえ、この広い家に一人暮らしというわけではない。

階段を降りると、キッチンでは、海外からホームステイしているもう一人の住人が、

朝食の準備を整えている。

 

「ユエちゃんも変だと思ったら、起こしてよね」

「……ジータの仕事、取っちゃいけないって思った」

「そういう思いやりはいりません!ハジメちゃんも早く顔洗って!」

 

詳しい事情は知らないが、半ば押しかけ女房同然でやって来た、

南雲家のもう一人の住人、ユエがフライパンに少し危なっかしい手つきで卵を落とす間に、

ハジメは洗面所へと向かうのである、と、そういう訳で、

ジータとユエの二人は、ハジメの両親が留守の間、

その面倒を一手に引き受けているのであった。

 

 

「全く!私たちがいなかったら毎日遅刻だよ、ハジメちゃん」

「……んっ、ハジメは一人で起きられるようになるべき」

「だから、今日は仕方ないっていうかさ」

 

そんな事を言い合いながら通学路を歩く、ハジメたちだったが。

と、その足下に苦無が突き立ち、

さらに風を纏った斬撃が、三人の行く手を阻むかの様に通り過ぎていく。

 

見ると黒づくめの少年と、ポニテ少女が、

チャンチャンバラバラと往来で争う姿が目に入る。

 

「我が遠藤流隠形術と八重樫流剣術は古くからの敵同士!」

「ゆえに例え登校時であっても、相まみえないわけにはいかないのよ!」

「……浩介も雫も朝からご苦労」

「二人とも遅刻しないようにね」

 

遠藤と雫にそれだけを口にし、ハジメたちは先を急ぐ、

そう、これはまるで変わり映えしない朝の日常の一つに過ぎないのだから

 

 

学校に到着したハジメが下駄箱で上履きに履き替えていると、

突如、背中に柔らかな、それでいて男に取っては実に幸せな衝撃が伝わる。

 

「ハジメさ~ん!おはようございますぅ!」

「お、シアおはよう」

 

ハジメは特に動じることもなく、少し惜しいなと思いつつ、

ジアを背中から引っぺがす、これもまた毎朝の光景である。

 

「ジータさんもユエさんも、おはようございます」

「あ、私たちは後回しなんだ、ふ~ん」

 

ジト目でジータは目の前の留学生、 淡い青色がかった白髪にトレードマークである、

カチューシャを身に着け、ブレザーの上からも分かる程の自慢のバストを、

たゆんと揺らすシアを見つめ、私だってと胸を突き出し強調しようとする。

そんな彼らに生徒らの声がかかる。

 

「仲いいなお前ら!」

「全員嫁に貰っちまえ!南雲!」

 

やっかみこそあるが、悪意なき囃し立てに苦笑するハジメだが。

やはりというか鋭い叱責の声も当然のことながら飛ぶ。

 

「校内での不純異性交遊は校則違反だっ!」

 

ハジメらが声の主へと目を向けると、そこには我らが生徒会副会長にして、

風紀委員長を兼務するイケメン、天之河光輝の姿があった。

 

「学園とは神聖な学びの場だ!さぁ南雲!今から道場で共に清き汗を流そうじゃないか!」

 

光輝は間髪入れずにハジメの手を取り、さらに熱弁を振るう。

 

「剣道部はいつでも……あぎゃああああ!」

 

話の途中で悲鳴を上げる光輝、どうやら彼の態度に苛立ちを覚えたか、

ユエが背後から光輝に電撃を喰らわせたのだ、

どうもこの二人、初対面から相性が極めて悪いようだ。

 

「こ……校内での攻撃魔法の使用も校則違反だっ!」

 

ユエの電撃を受け、全身黒こげのアフロ状態になりつつも、

光輝は気丈に職務を果たそうとする、ただし、平常心とまではいかないようだが。

 

「ユエ……君が現れてから南雲はおかしくなった!」

 

光輝は背中の剣を抜き放ち、ユエへと突き付ける、

武器の類は校門で預ける決まりなのだが、

副会長の特例だか何だかで、特別に武装を許可されているらしい。

 

「俺の大切な級友をこれ以上色香で惑わさせるわけには行かないっ!

いざ尋常にっ……ぐふっ!」

 

今度は首筋に手刀を受けて昏倒する光輝、

音もなく武術の達人である彼の背後を取ったのは、

生徒会長にして、学園一の美少女である白崎香織だ。

 

「ハジメくんたちごめんね、光輝がいつも迷惑かけちゃって」

 

四十五度の角度がコツだからね、と周囲に教えつつ、

豊かな黒髪と、憂いを込めたような大きな瞳を揺らしながら、

香織はハジメたちへとペコリと頭を下げる。

 

「で、でも光輝さんも、ハジメさんのことを心配して、

毎朝ああやってるんだと思うんです、ですから……」

「シアちゃんありがとう、光輝もそういってくれると喜ぶと思うわ」

 

だが、何故かシアはそんな香織の姿に恐怖を覚えているようにハジメには見えた。

 

「で、さ……今度ハジメくんの家に……私も行っていいかなぁ」

「え?」

 

「ハジメくんの食べてる弁当見たんだけど、ジータちゃんも、ユエちゃんも

ボリューム中心で、栄養バランスとか二の次っぽいから……」

 

確かにここ最近は揚げ物中心で、弁当箱の色合いが非常によろしくないと、

内心思っていただけに、香織に上手く言い返せないハジメ、

そしてそれを良い事に、香織はグイグイとハジメへとさらなる攻勢をかける。

 

「だから、日々の食生活から見直した方がいいんじゃないかって、うん!

決めた!毎日私がハジメくんの家にお料理作りに行ってあげるよ」

「間に合ってます!」

 

勝手に話を進めてくる香織に、たまらずジータが反駁する。

 

「……うんっ、ハジメは今が成長期、バランスよりもたくさん食べて大きくなるのが先」

「ユエちゃん、そんなこと言ってると、すぐにハジメくん太っちゃうよ」

 

確かに……と、こっそりと脇腹の肉を摘まもうとしたハジメだったが……。

 

「お前ら!もう始業のベルは鳴ってるんだぞ!」

 

不意に掛けられた怒声に振り向くと、そこにはクラスの副担任である愛子先生と、

そして一限目を受け持つカリオストロ先生の姿があった。

 

「文系だからって物理舐めんじゃねぇーぞ!お前ら!とっとと教室に入れ!

おい、お前と光輝は別のクラスだろうが!」

 

しれっとハジメらに続いて、教室に入ろうとした香織はバレたかと舌を出し、

未だ気を失ったままの光輝を引きずって、自分のクラスへと戻っていく、

去り際にジータの耳元に何やら囁いた後に。

 

「……ジータ、香織になんて言われたの?」

「今は預けといてあげる……って」

 

そう、これもまたいつもの日常。

 

 

そして放課後。

 

「保健室行かなくっていいの?」

「いいんだ……」

 

ジータたちへと俯き加減に呟くハジメ。

保険医のティオ先生に用事があったのは確かに事実だが、

悪い予感がしたので、ドアの隙間から様子を伺うと、

そのティオが自分で深爪して、その感触を楽しんでる姿を目の当たりにしてしまい。

用事どころの気分ではなくなってしまったのだ。

 

ちなみにハジメがドアから飛びのいた直後、センセ―湿布お願いしまーすと、

ハジメを押しのけるように、龍太郎が保健室に入っていったのだが、

今頃どんな事になっているのやら。

 

「お兄ちゃん、元気出して」

 

そんなハジメの顔を見上げながら、元気づけるのはミュウ、

ハジメの家の近所の魚屋の娘だ。

母親であるレミアが魚屋を女手一つで切り盛りしている関係上、

幼稚園のお迎えはハジメが行うことになっている。

 

「ミュウは……いいよな」

 

不意に口を衝いて出た言葉に、はっとするハジメ、

目を剥くジータとユエ。

 

「ハジメちゃん……まさか」

「……もしかして、これってチャンス?」

 

若干コンプレックスだった、ジータに比べると明らかに薄い胸に、

希望が灯っていくのをユエは自覚していた。

小さいのが好きならば、勝機は十分にあると。

 

「いや違う!違うんだ!」

 

ジータからは疑惑の、ユエからは期待の籠った、そんな目で見つめられ、

たまらず誤解を何とか解こうと、必死で叫ぶハジメ、

その様をきょとんとした仕草で、やはり見つめるミュウ。

 

「大きいとか小さいとか?何?」

「ミュウ……ミュウはまっすぐちゃんと育ってくれるよな?」

 

思わずミュウを抱きしめるハジメ、少し父親っぽい気分を覚えつつ……。

 

これもまたいつもの日常だった。

 

 

そして夜。

 

夕食を済ませ、リビングで机で輪になり互いに勉強を教え合うハジメたち。

ふと時計を見ると、もう夜の11時だ。

 

「ジータはそろそろ帰らないといけないんじゃないのか?」

 

しかしジータは、ハジメの言葉にはみかみながらも首を横に振る。

 

「今夜は……泊まるって言ってるから」

「と、泊まるって……それは」

 

確かに彼女一家とは親戚同然の付き合いだ、互いの家に泊まりに行ったことも、

一度や二度ではない、だが……今回のそれはいつもと違う響きを含んでいた。

 

ジータのただならぬ雰囲気に、後ずさるハジメだが、それを阻むかのように、

ユエの薄い胸が彼の背中に触れる。

 

「……ちゃんと受け止めてあげて、でないと私、ジータのライバルになれない」

 

泡を喰ったような表情で、ジータとユエの顔を交互に見回すハジメ、

その時であった、けたたましいサイレンと共に、玄関が蹴破られ、

ライフルを構えた美貌の警官が、リビングへと侵入してくる。

 

「南雲ハジメを含む三名!不純異性交遊により確保だ!」

「シ、シルヴァさん……夜勤っすか」

 

近所の派出所で日がな一日お茶を飲んだり、武器の手入れに勤しむ、

果たして仕事熱心と言っていいのかよくわからない、婦警さんの姿が、

何故か救いの神に思えてくるハジメと、片やお邪魔虫にしか思えない、ジータとユエ。

 

「……年増」

 

睦事に入ろうとする度に邪魔をされていることが、ユエの堪忍袋の緒を切れさせたのか、

彼女はとうとう言ってはならない一言を口にしてしまう。

 

「いい度胸をしているな、それは私が二十七歳だからという当てつけか何かか!」

 

シルヴァは明らかに支給品とは程遠い、凶悪なフォルムのライフルをハジメたちへと構える。

 

「私は君の両親から君の生活が乱れていないかを、常時チェックしてくれないかと、

個人的に依頼を受けている、ゆえにいかなる場合でも、令状なしに君を逮捕することができる!

そして!」

 

マトモなようでマトモじゃない理屈を宣うと同時に、

ライフルの銃口がユエの心臓に付きつけられる。

 

「この私に年齢を意識させ、その心を傷つけた罪は特に重い、

……場合によっては抹殺することも許され……るふっ!」

 

シルヴァの背後の窓が蹴破られ、そこから風呂敷包みを担いだ香織が姿を現す。

 

「ハジメくん!もう我慢できないから勝手に押しかけることにしたよ!」

 

突っ伏したシルヴァの後頭部を踏みつけたまま、

堂々と押し掛け女房となることを宣言する香織、さらに天井に穴が開いたかと思うと。

そこから聖剣を構えた光輝が、ハジメを庇うように床へと降り立つ。

 

「南雲!今ならまだ間に合う!誘惑を振り切り共に青春の汗を流そう!」

 

と、こんな風に一日は更けていくのである、

そしてまた明日、何も変わらないいつもの日常が始まるのである。

そう……何もかもいつも通り……。

 

 

「じゃねぇ!」

「じゃない!」

 

 

そんなハジメとジータの一言と同時に、周囲の喧騒は一気に消え。

そして何もない空間が広がっていく。

 

「中々てんこ盛りの理想世界だったじゃないか、もう少しくらい遊んで行っても

良かったんじゃないのかい?」

「練り込みが甘いな……」

 

将来のクリエイターは、どこか不思議な、中性的な響きを感じる声に向かって、

容赦ないダメ出しを送る。

 

「二人分の理想を、ムリヤリ一つに纏めちゃったからね、

生命や魂を共有しあってる存在なんて初めて見たよ……それに」

「今の俺の理想は……」

「こんなもんじゃない、そう言いたいんだろ」

「ああ……ああいうマンガみたいな世界も悪くはなかったけどな」

 

声の主は、今度はジータへと呼びかける、ただしハジメには聞こえないように小声で。

 

「彼の理想は……或る意味ではとても危険な理想になるかもしれないよ」

 

声の問いかけに、ジータは力強く否定の意味を込めて、首を横に振る。

 

「私の理想は殉ずることではないですから、それに今は……私だけではないですから」

 

自分が導くなどと思い上がるわけではないが、

それでも愛する者が誤った理想を抱くのならば、その手を引いて戒めねばならない、

今、ハジメの傍にある皆もそうであって欲しいと、心からジータは願い、

同時に皆もそうであるからこそという確信もまた抱いていた。

 

そして二人の意識はまた霧のような靄に包まれ途切れていく、

その刹那の中で、ハジメは師の言葉と同時に、朧気ではあるが自身の理想を思い描いていた。

 

 

『誰かの背中だけを見ている奴は二流で終わるぞ!オレ様に憧れるのは当然としても、

オレ様を目指すんじゃない、自分の夢を理想を持て、ハジメ』

 

 

(数ある世界の真理を探究し、そしていつの日か、

最強の存在と最強の武器が合わさった姿を……究極の一をこの目に……、

それが俺の……目指す……)

 




ハジメもようやく自分の道を意識し始めました。

どうせならば夢は大きく、目指すはロン・ベルクorドクター・バランシェと言った所でしょうか?
従って戦闘よりも開発や研究に軸足を置くようになります。
で、ロン・ベルク側ならいいのですが、バランシェ側へと進んだ場合、
つまり最強の武器よりも最強の存在を造り出す方向を選んだ場合は、
もしかすると魔王よりヤバいかもなんて……。

ともかく、これにより最終局面におけるエヒトとの問答も、
また原作とは違った物になるかもしれません。


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ズルはだめよ

今回はタイトル通りです、ズルをやっちゃいます。


 

「っ……ここは……」

 

頭を振りながら身を起こそうとするハジメだが、まずは自分の両腕を眼前へと伸ばし、

自分が人間に戻っていることを確認し、まずは胸を撫で下ろし、

それからおもむろに"夜目"を利かして周囲の確認を始める。

 

(カプセル?)

 

ドーム状の空間の中を見渡すと、自分の周囲にずらりとならぶ琥珀色のカプセルが、

まずは眼に入り、その一つが開くと中からジータが姿を現す。

 

「あ、ハジメちゃん、元に戻れたんだニャ」

「お陰様でな」

 

ギュギュと拳をジータの前で握って見せて、ハジメは充実ぶりをアピールする、

やっぱり人間っていいよなと実感しながら。

戻ったのは身体だけではなく、服も装備も全て揃っている、

もしかすると、今までの全ては一種の疑似体験で、

自分たちは最初からここで寝かされていたのでは?と、思うくらいに。

 

「ユエもシアも身体は元に戻ってるな」

「ティオさんとシルヴァさんも……ッ!」

 

カプセルをジータが覗き込むと、突如カプセルが輝き始め、

その光をまたしてもモロに目に入れてしまったジータは、

つんのめった挙句、額を思いきり琥珀へとぶつけてしまう。

 

「状況終了……みんな、大事ないか?」

「大事ありますぅ……にゃ」

 

いつもの凛とした表情で、身を起こしたシルヴァへと。

額を押さえ蹲りながら言い返すジータ、だが、そんな彼女には気が付かないまま、

シルヴァは傍らに安置されていた愛銃に手を伸ばす、

やはり自分にはこれが似合うと言わんばかりに。

 

そんなシルヴァの様子を見ながら、

ハジメとジータもまた夢の世界の事について言葉を交わし合う。

 

「少しは楽しかったんじゃないのかニャ?」

「まぁ、楽しかったさ、けど……全てが終ったら、

きっともっと楽しい事が出来る、みんなで、そう思ったらな」

 

そのみんなには、ここにはいない級友たちの事も、もちろん含まれている。

 

そして、ほぼ時を同じくして、ユエ、シア、ティオ、香織らも、

偽りの理想郷からの帰還を果たす。

 

皆、それぞれの夢の中で、王妃であったり、若奥様であったりと、

なかなか楽しい時間を過ごしてはいたようだ。

 

「分かった事として……理想という物は全て叶うと却って不自然な物に

思えて仕方ないという事だな」

「同感」

「……それもまた人の弱さ」

 

シルヴァの言葉に頷くハジメたち、唯一。

 

「あの様なご主人様など妾は認めんっ!妾のご主人様はもっと容赦なき仕置きを、

妾へと与えてくれるに相違ないというのに!」

「この駄竜が!最近大人しくしてたから見直してやろうと思ってたのに」

「一体、夢の中でハジメちゃんに何をさせてたんだにゃあ!」

「アァアア、これじゃ!これなのじゃ!夢の中ではこれが足りなかったのじゃあ~」

 

と、気持ち悪い叫びを上げるティオを除いて。

 

そこで残る二つのカプセルの一つが輝き始め、雫が大きく息を吹きながら、

その身を起こす。

 

「ほらぁ、ティオさんがうるさいから、雫ちゃん起きちゃったにゃあ」

「何じゃ!そこはむしろ感謝すべきではないのか!

そういう理不尽なのは範囲外じゃぞ、あくまでも妾が求めるのは~」

 

そんな周囲の喧騒を耳に、自身に駆け寄る香織の姿を目にしつつ、

雫もまた帰って来たのだなと言わんばかりの、そんな実感が籠った溜息交じりの苦笑で、

仲間たちへ応じる、その溜息には、少しばかりの未練も感じさせてはいたのだが。

 

そして残るは……。

 

「鈴ちゃんだけ……」

 

琥珀の中で未だに眠りに落ちたままの鈴の顔を、しげしげと眺めるジータたち、

悪いと思ったのか、ハジメだけは視線を逸らしてはいたが。

 

「どうする?」

「……ああいう事があった後だしな」

 

ハジメもまた鈴のカラ元気めいた行動の数々には、気が付いてはいたが、

それは自分がどうこうしていい事ではない、もっとフォローに相応しい者がいると、

あえて気にしない様にしていた、ましてや光輝ですら、

鈴に付いてはどんな言葉を掛けていいのか、手をこまねいている節があったのだ。

いわんや、自分ごときが半端に立ち入っていい筈がない。

 

「少しは……吐き出してくれたんだけどにゃあ」

「そうか」

 

じっと右手を見つめるハジメ、自分ならほぼ瞬時に、

この琥珀の檻を壊すことが出来るのだが。

 

「……目覚めるのが遅くなればなるほど、きっと後で辛くなる」

 

ユエの言葉に迷いつつも、頷くハジメだったが、その手を雫がそっと掴む。

 

「もう少し……待ってあげて」

「私からもお願いするよ、ハジメくん」

 

彼女らもまた恵里の件で、そして鈴の為にさしたる何かもしてやれないことに、

責任を感じているのだろう、だったらせめて待つくらいは……。

 

「分かった、俺も人間に戻ったばかりで、まだ本調子じゃないし、ここで一つメシとするか」

「その言葉、待ってたです!」

 

久しぶりの野営!と腕まくりを始めるシア。

ファラという料理のライバルが現れたことが、彼女のクッキング魂に火を付けているようだ。

手際よく食材を刻み、火を入れていくと周囲に美味しそうな匂いが立ち込めてくる。

 

「匂いで起きて来ないかな?」

 

冗談交じりにそんな事を、ついジータが口にした時だった。

 

琥珀の檻が輝きを放ち、その中から鈴が起き上がる。

その涙で濡れた顔を見て、誰もが理解した。

例え、それが偽りの理想郷であったとしても、

それは今の鈴に取っては、どれ程の救いであったのだろうかと、

そしてその救いを自ら断ち切った、その決意も。

 

「帰りたく……なかったよ、目覚めたく……なかったよ」

 

俯き加減で話す鈴、握りしめた拳に涙がポタポタと落ちていく。

 

「でも……南雲君たちは地の底で駆けまわって、光輝君は皆の希望を背負って、

頑張ってるんだって思ったら……鈴だけ、幸せになんか、無かった事になんか

出来ないって……」

「よく……頑張ったね」

 

未だ嗚咽を漏らす鈴の頭を、ジータは優しく抱いてやる。

と、鈴のお腹が鳴る音が耳に入る。

 

「……あ」

 

赤面する鈴へと、シアは満面の笑顔でスープを手渡し、

そして涙と鼻水混じりの顔のままで、鈴はスープを喉へと流し込む。

 

「しょっぱくって……美味しく、ないよぉ~~」

 

と、その時部屋の中央に魔法陣が出現する。

どうやら全員が琥珀から脱したことで次のステージへ強制的に送られるらしい。

 

「わわっ……まだ途中!」

 

そんなシアの声がハジメの耳に届くか届かないかの間に、

また彼らの姿は、光の中に飲み込まれて行った。

 

 

「森か?」

 

ハジメたちが転移した場所は、最初と同じ樹海の中だった。

 

「今度は全員いるみたいかニャ?」

「待ってろ、今確認すっから」

 

ハジメがゴーグルをセットし、全員の身体をスキャンしていく。

 

「大丈夫みたいだ、機械的なチェックも感覚的なのも含めてな」

「わ、見て下さい、料理が無事です」

 

シアの足下には、あのドームの中で並べたままの手料理や食材の数々が、

そのままの状態で、湯気を出していた。

 

「全く気が利いてるなぁ」

 

そんなことを口にし、周囲の様子も確認するハジメ、

魔物の気配はない、どうやら食事の続きが出来そうだなと思いながら。

 

食事を終え、一息つくとまたハジメたちは探索を開始する。

 

「一番奥に大きな木があるな」

「あれがこの空間のゴールだろうね」

 

白衣をはためかせハジメに応じるジータ。

全員揃ったということで、即座に彼女は黒猫道士からドクターへの、

ジョブチェンジを行ったのであった。

 

もちろん例のにゃあにゃあ言葉から単に解放されたかったという理由のみで、

ジョブチェンジを行ったわけではなく、この大迷宮の特徴として、

精神的なデバフに関する対策が必須と見たのだ。

 

ジータはあらかじめ作成した"ワクチン"をハジメたちへと投与する。

折を見て投与しなおす必要こそあるが、自身と香織の再生魔法があれば、

かなり先まで効果は保つ筈だ。

 

(後は『マッドバイタリティ』と『アドレナリンラッシュ』をセットしてっと……)

 

そして彼らは龍に変じたティオの背に乗り、ゴールへと舞い上がる。

律儀に森を抜けるより、ゴールが分かっているなら、

空を飛ぶ方が早いと判断するのは、ある意味当然の事である。

しかし、やはりここは大迷宮、そんな彼らの目論見は失敗に終わる。

浮かんだのはいいが、ある一定の高度まで上がったり、一定距離を進んだところで、

そこから先に進むことが出来なくなってしまったのだ。

 

どうやら露骨なショートカットは不可能、そう思い直したハジメたちは、

改めて森の中を一歩一歩進んでゆく、偵察に放ったゴーレムの探知網にも、

自身らの気配探知にも、何一つ引っ掛かる事の無い、不気味なくらいに静かな、

そしてその静けさこそが罠の証だと思わせる、そんな森の中を。

 

結論から言えば、この段階でのジータの読みは的中していた。

 

本来ならばかなりの難関であったと思われる、森の闇に紛れ、

催淫効果を帯びた乳白色の粘液を、雨の如く撒き散らしたスライムの群れも、

巨木の洞を抜けた先、恐らく本当のゴールであろう大樹の根元にて、

群れを為して待ち構えていた、ゴキブリの大群も、

ジータの投与したワクチンの効果もあり、彼らに取っては、

ただひたすら不快なだけの通過点に過ぎなかった。

 

「これで……最後か」

 

ぜぇぜぇと息を荒げながら、最後に残ったゴキブリの群れを焼き尽くし、

その破片をサンプルとして採取するハジメ。

ハジメだけではなく、ユエやシアたちも一様に青い顔を見せている。

やっぱりゴキブリって世界共通で不快って思われてるんだなぁと、

妙な感想を抱くジータだったが、その中で、不快さ以上に、

腑に落ちない何かを抱えているような、そんな表情を鈴が浮かべている事に気が付く。

 

「鈴ちゃん?何かあった?」

「うん……いいのかな?って思って」

 

ジータちゃんの作戦にケチを付けるわけじゃないけど、と前置きしてから、

鈴は続ける。

 

「さっきのスライムもだけど、今も戦ってる時に足元が光ったでしょ……多分あれも……

試練の内だったんじゃないかなって?だとしたらさ……」

 

鈴の危惧はジータにもよく理解出来た。

恐らく、自分たちは本来の攻略手順とは違う……もしかするとTASめいた事を、

しているのでは?という気まずさを、彼女自身も感じてはいたからだ。

 

「もしかすると、ズルって思われてるかもね」

 

だからといってやり直すなどゴメンだ、どうか認めて頂けませんかと、

ジータが祈るように大樹を見上げると、果たして祈りが通じたのか、

自分たちを招くかのように、枝と枝が組み合わさった階段が目前に出来上がる。

 

「合格……なのかな?」

 

顔を見合わせるハジメとジータ。

 

「これで終わりって決めつけるなよ、行くぞ」

 

階段を昇りきると、そこにはいつものように洞が出来ており、

これまたいつものように進んでいくと、やはり光と共に、転移陣が起動する。

 

そして光が収まると、ハジメたちはこれまでとは明らかに趣が違う、

庭園のような場所に立っていることに気が付く。

広さは、ちょっとした公園程度はあるだろうか?

 

高層特有の澄んだ空気に、鼻腔をくすぐる水路から漂う水と、

樹々からの緑の香りは、彼らに試練の終了を知らせているかの様だった。

するとティオが、面白い物を見つけたような表情で庭園の端に行き、眼下を覗き込む。

 

「ご主人様よ、どうやらここは大樹の天辺付近みたいじゃぞ?」

 

ティオの言葉に、他のメンバーも庭園の端から下を見やる。

すると、眼下には広大な雲海と見紛う、濃霧の海が広がっていた。

そして目を上げると白亜の庵と瀟洒な庭園、これはもう間違いないと言ってもいい。

 

「これが……ラピュタ」

「ラピュタはホントにあったんだね」

 

ぢゃねえよと、どこかから突っ込みが飛んできそうな感想を、

思わず口にするハジメとジータ。

もっともそれは雫と鈴に取っても同じだったようだ。

 

「さてと……じゃ、早速神代魔法のゲットだ」

 

安堵感からか、その場に座り込む仲間たちを残し、

ハジメはジータと共に、それっぽい場所、水路に囲まれた庭園中央の、

一際大きな木へと歩み寄り、その後ろからシアがぴょんぴょんと着いてくる

 

大木の根元の藪の中を除き込んでみると、案の定石版のような物と、

もう一つ何か金属のような物が見える。

 

もしも南雲ハジメがいわば従来の、戦闘者としての性格が強い男であれば、

ほぼ攻略を確信したこの期に及んでも、万全の注意を払ったに違いない。

しかしこの世界の南雲ハジメは研究者、探求者としての方向に傾きつつある。

だから、警戒よりも、どうしてここにこんな物が?という純粋な興味のみで、

彼はその金属塊に手を伸ばす、余りにも無造作に……。

それが致命的なミスを引き起こすことも知らず。

 

「モニトトニラミ トカチスカ」

「!」

「ハジメさんっ!逃げてっ!」

「ダメよ!ハジメくん逃げなさい!」

「カチスキイカ ハラナミシ」

 

シアとガブリエルの制止の声よりも早く、

その金属塊から射出された幾本もの単分子ワイヤーが、

ハジメの身体を貫き、緑の庭園に鮮血が飛び散る。

そして自身と同じように白衣を血で染め、

倒れ伏すジータの姿を、ハジメははっきりと視界の中に捉えていた。

 

「モラシイ:コイチトカ」

 

眼前で展開された、あってはならない光景に愕然とするシアには構うことなく、

金属塊は藪を払い、戦闘ロボットの形態を取り始める。

幾千の時を超え、自身を目覚めさせた存在、特異点たる少女を、

そのカメラアイに捉えながら。

 

「ンラナ クチヒイ ミラ ソクチミソイ」

 

戦闘ロボ、空の世界で言う機神が、機動音と共に完全にそのシルエットを現すのと、

耳をつんざくかのようなユエの悲鳴が、庭園に響くのは同時だった。

 

「あああああああああああっ!」




この様にしょっぱい真似するとバチが当たるのです。
次回、主人公コンビ戦闘不能。

ところで機神の言語の法則、お分かりになったでしょうか?



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最終試練はドーピングで(前)

ニーアのキャラソンだと!


 

 

機神のレンズがジータに次いでシアを捉える。

だが、シアは未だ絶句し、呆けたように立ち尽くすのみだ。

いや、呆けているのはシアだけではない、ユエも、ティオも、香織も、雫も、鈴も、

ありえない、あってはならぬ光景に絶句したままだ。

 

「カチスキイカ リラソノラミ」

 

無機質な音声と同時に機神の腕の銃口がシアへと向けられる。

だが、それでもシアは動けない……ただ、嘘です、どうしてと……

血の海に沈んだ、愛する少年と親友の姿を、ただぼんやりと見つめながら呟くのみだ。

 

「何をしているッ!」

 

だが、未だ呆けた状態のシアを横からシルヴァが蹴り飛ばす、と、同時に、

さっきまでシアが立っていた足下に弾痕が穿かれる。

その銃声と、シルヴァの鋭い声でようやく彼らは現実へと覚醒する。

 

「は……ハジメさんがっ、ジータさんがっ!」

「慌てるな……慌てればその分勝機は薄くなるぞ」

 

厳しいが、それ以上の温かさが籠ったシルヴァの声に、

シアの瞳に意思の光が戻り始める。

 

「君たちもだ!今ここで奮起せずしてどうする!君たちのこれまでは、

今、この時の為にあったのではないのか!」

 

その声に、ティオが、香織が、雫が、鈴が顔を上げる。

そう、ハジメとジータというパーティーの柱を失ったとはいえど、

彼女らも、また修羅場を潜り抜けては来ているのだ。

それに何より、敵がこちらの事情を忖度してくれる筈など無いのだ。

 

「そうよね、守って貰うために、私たちはここまで来たわけじゃない」

「光輝くんに怒られちゃうよ」

 

まずは雫と鈴が立ち上がる。

 

「お主らには悪いが、妾たちの方が付き合いは長いからの、後ろに下がっておれ」

「でも、私たちだってティオさんの知らない南雲くんとジータちゃんの事知ってるし!」

「ならばおあいこじゃの、行くぞ鈴!」

 

追撃の弾丸が、シアを抱き抱えたまま走るシルヴァを狙うが、

 

「させんっ!ご主人様たちは妾が守るっ」

「妾じゃない!妾たち、だよっ!」

「そうじゃの」

 

竜化したティオがカバーに入り、さらに鈴も障壁でそのフォローに入る。

 

「シルヴァさん、武器っ!」

「分かっている」

 

シルヴァは空中で切り返すような動作を見せると、着地と同時に、

シアの武器、ドリュッケンを回収へと向かう。

先程、機神の弾丸が背中を掠めた際、

ライフルの銃身に看過出来ぬダメージを負ったのを自覚しながら……。

 

「あ、私……もう動けます、シルヴァさんはハジメさんたちを」

「心得た」

 

シアはシルヴァの腕の中から自ら脱し、迷いなく地を駆けていく。

そしてそんな中、ジータは自らの血潮の中から、ようやくよろよろと立ち上がる。

『ライフセービング』、ドクターのサポートアビリティであり、

瀕死状態になった際、自動的に対象を回復させる―――が、発動したのだ。

 

「ハ……ジメちゃん……立てる」

 

だが、返事は微かな息遣いのみだ。

しかし、それでもまだこの時は余裕であった、

例え瀕死であっても、神水さえ飲めば回復出来ると、

ジータはよろよろとハジメの肩を担ぐと、そのまま引き摺る様に後方へと下がっていく。

自身らの迂闊さを呪いながら。

 

大迷宮の最深部には何らかの異変が発生している。

そう事前にガブリエルから聞かされていたにも関わらず……。

 

確かにオルクス大迷宮は、さらなる異世界、アーカルムの地へと繋がっていたし、

メルジーネの深部には堕天司がいた。

だが、まさか戦闘用ロボットの存在は余りにも予想外過ぎた。

 

後方では香織がすでに治療の準備を整えている。

しかし、ユエだけは香織の傍らで未だへたり込み、ふるふると頭を振るのみだった。

 

「嘘……嘘……ハジメ……ジータ」

 

そのユエの様子を見て、香織が何かを言おうとしたが、

それよりもハジメたちの治療が先だと思いなおす。

 

ようやく香織が待つ後方まで下がったジータは、もう案ずるなと、

神水をハジメの口へと流し込む。

 

神水の効果はやはり劇的だ、みるみる間にハジメの傷は塞がり、

それに対応してジータの傷も塞がっていく……だが。

 

傷の回復に従い、全身を包む痛みは収まるどころか、

何故かより強烈な物となって、二人を苛み始める、そして。

 

「ぐわあああああああっ!」

「ぎゃあああああああっ!」

 

傷が全快するのと、ほぼ同時に二人はその身を貫く激痛に悲鳴をあげ、

その絶叫に、ユエが思わず耳を塞ぐ、顔を涙で濡らしながら。

 

「どうして?……傷は塞がった筈なのに」

 

ジータですら悲鳴を上げのたうつ激痛なのだ、今、ハジメは、

果たしてどれ程の苦痛を受けているのか。

香織は砂漠でも使った"浸透看破"で、ハジメの全身をスキャンし、

その結果を自らのステータスプレートに表示する。

 

「血液中に大量の異物あり、異物は患者の身体の活性化に比例し増殖、

それに伴う拒否反応……」

 

原因が血液と分かった時点で、次いで香織はハジメの耳たぶを切り、

そこから流れた血液に、直接回復魔法を行使する。

 

「血液その物から異物を取り除くことは可能……なら」

 

輸血……いや、そんな時間的余裕はない、やるのならば……。

 

「ハジメくん……私の血をあげるね」

 

血液交換……ハジメの血液を自身の身体の中に取り込み、

異物を除去し、再びハジメの体内に戻す、その際に自身の浄化の魔力を込めた、

血液をも流し込む、この方法なら極めて短時間で治療を終える事が出来る筈、

しかし……。

 

「そ……んな、こと……したら」

 

ハジメの血液を取り込んだ香織自身も、激痛に苛まれる事になる、

だが、ジータの危惧にも、香織は身じろぎもしない。

 

「大丈夫、もう、この身体は魔物の身体だから」

 

そして香織は医療器具の準備をしつつ、

未だ自分の傍らで俯いたままのユエへと優しく話しかける。

 

「ユエちゃんも……自分の仕事をしよ」

 

だが……ユエはうううと唸り声を上げ、香織の問いかけにもいやいやと首を振るのみだ。

自分を、あの暗闇から救い出してくれた二人が……大切な家族が、

いや、もはや半身とも言っていい二人が、血の海に沈み、

そして地獄の苦痛に身を焼かれている。

 

そんな今こそ、立ち上がらねばならない時なのは、ユエとて理解している、

だが、自身の思いとは裏腹に、どうしても身体が、心が動いてくれない。

 

(……どうして)

 

そしてユエは気が付いてしまう。

ああ……どうして自分があんなにも強く戦えたのか。

それは二人がいつも傍にいたからなのだ、守ると誓っておきながら、

あの部屋からずっと自分は守られていた、失うことなんて無いと思い込んでいた。

自分とハジメとジータ、この三人ならきっと無敵だと、どんな敵でも倒せると。

そんな自らの甘えを思い知ってしまったことが、ユエの身体を固く縛り付けていた。

 

自身の傍らの香織はすでに治療の準備を整えている。

ティオもシアも雫も、鈴も誰もユエの事は気にも留めていない、

ただ自分のすべき事を懸命に行っている、守るために救うために。

 

「いいの?ユエちゃん……このままで甘えん坊のままで」

 

「治療はどれくらいで終わるのじゃ!」

「三……二分ちょうだい!そしたら……」

「二分か……ぐうっ!」

 

治療に専念するために、ティオらを再生魔法でサポートすることは、

ここから先、暫く不可能になる。

鈴の障壁の効果が切れた途端、機神のワイヤーがティオの、

ハジメの銃弾すら防いだ竜鱗を易々と切り裂き、鮮血が飛び散る。

 

自身の視界を染める朱に鈴は一瞬身じろぐが、それでも気丈に再び障壁を展開する。

もちろん頑張っているのは二人だけではない。

 

「左後方脚部の障壁が薄い!まずはそこを衝け!」

 

シルヴァの鋭い声が飛ぶと、それに従いシアと雫が動く。

例え銃が使えずとも、狙撃手としての観察眼は健在である。

その鷹の如き眼光『アクーメン』が、機神の弱点を看破する。

 

「今、ここでユエちゃんが立ち上がらなかったら、ハジメくんとジータちゃんは……

ううん、シアちゃんもティオさんも、雫ちゃんも鈴ちゃんもシルヴァさんも、私も

多分助からない、また一人ぼっちに戻りたいの?」

 

あくまでも静かに香織はユエに過酷な未来を告げていく、

もちろん、過酷なだけではない、もう一つの未来も。

 

「大丈夫……私がハジメくんとジータちゃんを必ず助けるよ、だから……

ハジメくんたちだけじゃなくって、私たちも信じて欲しい……ううん」

 

香織はトン!とユエの胸を拳で叩く。

 

「ユエちゃんは私に変わる事への勇気を与えてくれた」

 

それが人を捨てるという事に繋がったとしても……。

 

「だから今の私には出来る事がある、ここに立っていられる

だからユエちゃんも、自分の中にある勇気を信じて欲しい」

「ゆう……き」

 

たどたどしい口調ながら、香織の言葉を繰り返すユエ。

それを見て香織は微笑む、これから愛する者を救うため、

命を賭そうとは思えぬ程の爽やかさで……それがその笑顔こそが、

香織の言う勇気なのだと、ユエははっきりと直感する。

 

「私の言葉を少しでも信じられたなら、きっと大丈夫だよ」

 

ほんの数瞬にも満たぬ僅かな逡巡、だが、その数瞬で全てを強引に飲み込み、

涙を拭いてユエは立ち上がる、その瞳にはもう迷いも恐れもなかった。

 

「……この場所は狭い、私の魔法は不向き、今は防御に回る

だから信じさせて、香織」

「そうだよ、それがいつものユエちゃんだよ」

 

そして激痛に堪えながらも、ジータがここで動く。

 

「行くよ……今はこれが精一杯だけど」

 

ジータは手に握った注射器を、仲間たちへと投擲する。

『マッドバイタリティ』投与した者の身体能力を飛躍的に向上させる薬品だ。

 

「おおおおっ、なんじゃ湧き上がるこの力は!」

「凄い…何だか全部止まって見えるよぉ」

「父様たちは、この領域で戦っていたんですね!なんだかみなぎってきましたぁ!」

 

薬の効果はどうやら十二分に発揮出来ている様だ。

但し全員が全員、目がガンギマッてるので、傍から見るとかなり怖いが。

 

「シアさんは脚を狙って!」

「雫さんはどうするですか!」

「私はあの厄介なワイヤーを斬るわ!」

 

攻防一体のあのワイヤーを封じなければ、マトモに本体に近づけない。

雫は身を屈め、地を這うように機神へと接近する。

 

「見えるわ!私にも敵が見える!」

 

極限まで上昇し、研ぎ澄まされた雫の動体視力は、

自身に迫る、肉眼ではほぼ不可視の筈の単分子ワイヤーをはっきりと捉えていた。

単分子ワイヤーの硬度は、並みの金属を遙かに上回る。

しかし、それこそミリ単位の精密な動作を繰り返しながら、

雫が振るう八命切は、火花を散らしながら次々とワイヤーを切断していく。

それは人為的ではあったが、ハジメたちが使う"瞬光"の効果と酷似していた。

 

「守りが薄くなれば此方の物じゃ!」

 

ティオの爪が横殴りで機神を捉えようとするが、

その前に機神は障壁を張り、爪をガードする。

だが、ティオの攻撃はあくまでも誘い、本命は。

 

「貰ったです!」

 

シアのドリュッケンが弱点とされる左脚部を狙う。

だが、機神はその瞬間、四脚をたわませたかと思うと、

そのまま一足飛びで宙を舞い、ティオらを飛び越え、

ハジメらの目前へと着地しようとする。

 

が、ユエの障壁がそれを受け止め、

 

「"絶禍"」

 

さらにカウンターで放たれた重力魔法が機神を拘束し、

庭園の端へと吹き飛ばす。

 

「任せよっ!」

 

身動きが取れない機神へとティオは勝利を確信し、ブレスを放つ。

しかし機神は身じろぎするような動きを見せると、

あろうことがユエの"絶禍"を強引に振り切り、ティオのブレスを回避する、

もっとも無傷とは行かず、ブレスが掠めた箇所が黒く焦げてはいたが。

 

「……"絶禍"を振り切る……凄いパワー」

 

悔し気に呟くユエ、と、そんな彼女の耳に香織の悲鳴が届く、

どうやら治療を開始したようだ。

 

気にはなる……が、振り向かない。

心配するのは、もう自分の仕事ではないのだから。

 

(……香織は香織の、私は私のやるべき事を)

 

ユエの背後ではハジメの血液を浄化すべく、その血を自身に取り込む、

香織の姿があった。

全身を貫く激痛に悲鳴を上げながらも、それでも香織は魔法の行使を止めはしない。

その表情は激痛に対する苦悶のそれではなく、仲間を救える喜びに、

そして何より、愛する者に殉ずる悦びと、

 

(あ……あ、ああああああっ、私の中にハジメくんが入っていくう、私たち一つになって行くぅ)

 

愛する人に"初めて"を捧げる乙女のそれそのものだった。

 

(……私、ハジメくんと同じになれて……バケモノになれて……良かったよ)

 




長くなったので分割しました、後編も出来るだけ早くお届け出来ればと思います。

原作はワンサイドな展開が後半になるほど目立つようになるので、
たまにはハジメたち抜きで頑張って貰おうということで、こういう展開を用意しました。

それから香織の描写が少し際どいですが、そういう房中術めいたことは一切行っておりません。


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最終試練はドーピングで(後)

決着、ということで今から閃ハサ見に行って来ます。



 

 

 

「……ティオ、力比べはダメ」

「分かっておる!」

 

一度は距離を取ったものの、なおもジータを狙う動きを見せる機神に対し、

ティオはユエの指示に従い、付かず離れずで纏わりつくかの如く、

機神の進路を阻んでいく。

 

「あの厄介な糸はもう使えぬようじゃの」

 

メイン武装であろう単分子ワイヤーを失ったとはいえど、

まだまだ装備は豊富なようだ、

流線型の胴体から生えた、四本のマニュピレーターがそれぞれに、

ビームサーベルを抜き放ち。

 

「ニ ソチミ ミラ コイ クチスモイシ」

 

そんな機械音声と共にティオへと斬りかかる。

 

「当たらねばどうということはないわ!」

 

薬によって強化された動体視力が機神のサーベルの見切りを可能にさせ、

かつ、鈴の張った障壁がその軌道をずらす。

 

一撃、二撃、三撃。

 

サーベルはことごとく空を切り、その度、ティオの爪が機神を打つ、

 

「くうっ…硬いのう……効いてはおるようじゃが。ぐはっ!」

 

決して油断したわけではないが、ティオの視界を潜り抜け、鈴の障壁をついに突破した、

四本目のビームサーベルがティオの身体を貫く。

 

「おおおっ……」

 

その吐息のような叫びは、苦悶と快楽が限りなく入り混じっているように聞こえた。

 

「わ……妾に取っては痛みは友達じゃ……怖くなんかないわ」

 

身悶えしつつもティオは、自身の背後で息を呑む鈴へと、

声を振るわせつつ、叱咤を飛ばすことも忘れない。

 

「じゃからお主も動じるな!自分の役目を全うせい!それにの」

 

自身を貫いたままのマニュピレーターを、その掌でティオはしかと握る。

 

「……これで動きは封じたぞ」

 

が、機神は僅かに前屈姿勢をとる。

と、その背中からチューブのような何かが伸び、

その先端がティオを捉え、何やら光を放ち始める。

その輝きの威力は、おそらく自分の使うブレスと同等かそれ以上……

 

「リラソノラミ」

 

幾ら何でもこれの直撃はマズイのではないか……そんな悪寒がティオの背中に走る。

 

「わ……妾は痛いのは好きじゃが……死ぬのは……ゴメンじゃの」

 

それでも決して握った腕は放そうとはしない、

それに戦っているのは自分だけではない。

すでに機神の背後には、音もなく忍び寄っていた雫の姿がある。

 

「俄然として夢から覚むれば、即ち遽々然として周なり」

 

またそんな口上が自然と口を衝いて出るのを意識しながら、

雫が太刀を一閃させると、

今まさにティオへと目掛け発射されようとしていた、光線の光が掻き消える。

 

先程の技、『鏡花水月』は、相手の技の発動を遅らせる効果がある、

しかも、どうやら強化効果も無効化させることができる様だ。

機神を覆う障壁が掻き消えたことを、パーティー全員がはっきりと認識し、

そしてシアが動く、地を這うように振り回したドリュッケンでもって、

遠心力たっぷりの一撃を見舞わんと。

 

かくして、唸りを上げる大槌が、見事に機神の左後方の脚部に、

シルヴァの言うウィークポイントへと命中する。

 

「テチスミニミキ」

 

バランスを崩し、一瞬ではあったが機神が無防備な腹部を晒した時だった、

自分らの周囲に独特の……大魔法特有の魔力の乱れを感知し、

ティオら四人がすかさず飛び退くのと。

 

「"天灼"」

 

かつてヒュドラ戦で見せた、ユエの雷撃が機神のボディを焼いていく。

閃光の中で悲鳴にも似た軋みの音声が緑の庭園に鳴り響き、

そして光が収まった時、そこには装甲をベコベコに凹ませ、

焼け焦げ、ひしゃげた姿を晒す機神の姿があった。

 

「寸でのところで障壁を張りなおしたか、今ので倒せぬと……流石に厳しいの」

 

機神が、未だに活動を停止していないことを察知し、

足元に血溜りを作りながら、ティオは一人ごちる。

 

まだハジメたちの治療は終わらないのかとの焦れた思いも、

同時に湧き上がるが、振り返る余裕もない。

 

「どうやらカウンターでしか、こっちの攻撃は届かないみたいね」

「逆に、向こうがバリアを張っている間はこっちにも攻撃が……」

 

それでも多少は攻略の目処が立った、

そんな気分で顔を見合わせる雫たちだったが……、

その時鈴が、震える指先を機神へと向ける。

そこには、信じられない速度で修復を開始する、機神の姿があった。

ちぎれた脚部は根元から生え、そしてひび割れ焦げた装甲も、

まるで巻き戻すかのように元に戻っていく。

 

「嘘……ですっ」

「勝手に直っていってるよぉ」

 

口元を押さえるシア、泣き言めいた叫びを吐く鈴。

さしものティオも、身体から力が抜けるのを感じていた。

これは決して血を流しすぎただけではないと、自身の中で認識しながら。

 

「……あんな物にどうやって勝てばいいのじゃ」

「そんなもん決まってるぜ」

 

その声に振り向くと同時に、

クロスビットによるバリアが彼女らの周囲に張られ、

そして、ポーションの雨が傷を癒していく。

 

「再生の余地がなくなるまで粉砕するしかないよね!」

「おお……」

 

歓喜にその身を震わせるティオの、いやシアの、雫の、鈴の視界の中には、

ユエとシルヴァに支えられながらも、サムスアップを見せる香織と、

そして完全復活とはいかないまでも、未知の強敵への闘志を漲らせた、

ハジメとジータの姿があった。

 

 

「で、具体的に策はあるのかの?」

 

ティオの言葉に、まぁ待てといわんばかりに、ハジメとジータは、

ほぼ同時に、己の首筋へと注射器を突き立てる。

 

「かぁ~~すっげえぜ、ハウリアの奴らじゃ、これじゃ一溜りもねぇわなぁ~~」

 

ハジメの紅眼がぐりんと云った風に見開いていく。

 

「ユエちゃんはこれね!」

 

やはり瞳を爛々と輝かせたジータが、

自分たちに打ったのとは別の薬品が入った注射器を投げ渡す。

 

「……私はいらんぞ」

「私も……ちょっと」

 

もっともシルヴァと香織は注射器をポケットの中にこそ入れたが、

使用するつもりはないようだ。

 

血に染まった衣服のままで、ガンギマった表情を見せる、

ハジメとジータの姿は正直言ってかなり怖いのだが、

それは多分お互い様なんだろうなと、先程までの自身らの姿を鑑みつつ、

雫もまた渡された注射器を首筋に打つ。

 

「ティオさんと、シアちゃん、鈴ちゃんは消耗が激しそうだから、二本目は無しで」

「ま、論より証拠だ」

 

そう言うなり、ハジメらの姿がティオたちの前から掻き消える。

 

「奴のバリアは厄介だが、それでも攻撃を完全に相殺出来るわけじゃねぇようだ」

「だからまずは!」

 

二人は、カウンターの一撃をセオリーどおりに機神へと叩き込んで行く、

もちろんこれだけでは決定打に欠くのは了解済みだ、そこで。

 

「飽和状態になるまで一方向から攻撃を仕掛け!」

 

ハジメの二丁拳銃が電磁の火花を散らし、機神の展開した障壁を前面へと集中させ。

 

「それから、他方向からの時間差攻撃!行くよ!雫ちゃん!」

 

ジータの言葉にすでに無言で宙を舞う雫、光輝からも聞いてはいたとはいえ、

その手にした太刀、八命切を与えられて以来の、

彼女の戦闘センスの向上ぶりには、舌を巻くばかりだ。

 

「雪華が如く散れ!」

 

口上と共に、ハジメの弾幕に劣らぬ斬撃が雫の手から繰り出され、

それから僅かなタイムラグを置いて。

ジータの両手に握られた、飾り気なき火属性の短刀、

その名もシンプルに"ドス"が、ハジメと雫の猛攻により薄くなった障壁を突破し、

機神の装甲と装甲の継ぎ目に突き立つと、

機械片がまるで血渋きのように飛び散り、それはまるで何かの生物のように、

ジータの服の上で、地面の上でのたうった。

 

さらに黒光りする短剣を、ひび割れた装甲へとジータは突き立て、と、同時に、

ユエが再び雷撃を放つ、その帯電率を限界まで高められた短剣へと

そう、これはミレディゴーレム攻略戦で使用した、

触媒を用いることによる内部への浸透攻撃だ。

 

そして、やはりというかあの時と同じように機神の装甲が弾け飛ぶ、が。

 

「ンラナ テニリリ コイ シイトカスラン」

 

そんな音声と共に、ここで機神は一気に攻勢に出る。

回復よりも攻撃を優先、修復はここにいる全員を文字通り、

"シイトカスラン"してからでも良いと判断したのだろう、

ほぼスケルトン状態になりながらも、

腕部脚部併せて八本のマニュピレーターに、ビームサーベルを生やし、

まさしく荒れ狂うという言葉がふさわしいまでの、

一方的な攻撃を展開しいていく、それこそ薬で強化されたハジメらですら、

回避に専念するしかない程の速度で。

 

そんな乱戦の中でシルヴァは真上へと銃口を向け、一見無造作に引金を引く。

だが落下、いや精密極まりない予測によって放たれた弾丸は、

寸分たがうことなく、機神の頭上からその胴までも貫通する。

 

この好機を逃すまいと、ユエは魔晶石での魔力回復に加え、

先程ジータに渡された『アドレナリンラッシュ』を自身の首筋へと打つ。

この薬品の効果は魔力の充填速度を三倍に高める効果がある。

 

「……くぅ」

 

金髪を掻き上げ、小さく呻きを漏らすユエ、

牙を覗かせたその口元が、人為的な高揚感と充実感に歪んでいるのが、

はっきりと見て取れる。

 

「"絶渦""絶渦""絶渦"」

 

ユエは矢継ぎ早に次々と重力球を重ね掛けし、機神の動きを封じていく。

そして、まるで機神がピン刺しの標本のように、空中に固定されると同時に、

ハジメはパイルバンカーを取り出し、

シアがドリュッケンを構え、ジータが召喚の体制に入る。

 

「なんだかんだで結局力押しか……よっ!」

 

そんなボヤキと同時にハジメは地を駆け、

パイルバンカーのアームを機神へとロックすると、一気にチャージを始め、

ほとばしる紅い魔力光と共にトリガーを引く。

 

『シヴァ!』

 

炎の破壊神の加護をも込めて。

 

キュウウウウウン。

 

これを直撃しては元も子も無いと、

機神は文字通り全エネルギーを注ぎ込んだ障壁を展開し、

断罪の杭をその心臓部の僅か数センチのところで防ぎとめる、が、

さらにシアの振りかぶった大槌が、パイルバンカーへとまるで釘打ちの要領で、

おもいっきり振り下ろされる、しかしそれでも止めを刺すには及ばない。

 

「だめか……」

 

パイルバンカーを義手から切り離し、宙に身を躍らせながらも、

そんな言葉を呟くハジメ、だが、その顔は言葉とは裏腹に勝利を確信していた。

そう、機神が前面への防御に意識を集中させるあまり、

その側面が完全に無防備になっていることを、

ハジメは確かに察知していたのだ、そしてその側面を狙える位置には……。

 

「さっきはよくもやってくれたのう」

「やっちゃえティオさん!」

 

怒りに燃える竜の、ティオの姿があった、

そして荒ぶる竜の放つ、破壊神の加護が乗ったプレスが炸裂し、

ついに文字通り機神を粉々に粉砕したのだった。

 

粉砕された機神は、それでもコアを中心にまた再生を図ろうとするが、

その前にハジメがコアを取り上げ、すかさず"鉱物系鑑定"でもって、

その活動を停止させる。

 

「やっぱりだ……そっちの世界のものだな、これは」

 

コアをジータに投げ渡すと、ジータの身体の中から、

空の世界へのゲートである前世からのスマホが、

魔方陣と共に展開され、その中へとコアが吸い込まれる、そして。

 

『新ジョブ開放、レリックバスターが使用可能となりました』

 

そんなメッセージが表示される。

 

「これで……やっと……終わり」

 

誰かがそんな呟きを漏らした時だった。

 

「合格ですわ、皆さまお疲れ様」

 

そんな声が、石版、いやその傍らの大木から聞こえた。

 

「本当に一時は……どうなるかと、皆さま良かった……」

 

大木から響く声には、そんな風な、限りなき安堵の感情も込められていた。

やはり先程の戦いは、この迷宮の主に取っても想定外の物だったようだ。

 




次回ハルツィナ編完結。


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樹海の女王?

何だか今日は恐ろしいくらい筆が進みました……。

零の設定は、というよりも自分がこの作品を書き始めた、
2020年1月以降にアップデートされた情報については、
基本的には作中には反映しない、そのつもりで書いてきましたが、
リューティリスのキャラが面白かったので、特別に登場させて頂きました。



 

「合格だって……」

「そりゃそうだろ」

 

息を吐くハジメ、これでダメならどれだけの難関なのだと言いたい。

 

「ティオさん酷い怪我……」

「鈴よ、気にするでない……これも役得、いや役目という物じゃ」

 

人間態に戻ったティオが、がくりとその場に腰を落とす。

傷は深いが、何故か気持ちよさそうにしながら。

その表情の理由は、決して難敵を退けたという勝利の余韻だけでは、

なさそうだなとジータが思ったところで、また声が響く。

 

「水路の真ん中の、島までおいでになって下さいまし」

 

声の招きに従い、水路で囲まれた円状の小さな島に、

ハジメたちが、庭園の主の人柄が偲ばれるかのような、

可愛らしくもささやかな造りのアーチを渡って降り立つと、

目の前の石版に絡みついた樹がうねり始め、立ち昇る燐光に照らされながら、

樹はぐねぐねと形を変えていき、そして若い女性の姿となる。

その姿には見覚えがあった、ジータはミレディに見せて貰ったアルバムの写真を思い出す。

確か名前は……。

 

「リューティリス」

「リューでよろしくてよ」

「あ、すいません、いきなり」

 

その女性、リューティリス・ハルツィナは、

やや不躾なジータの言葉に対しても、優しく微笑み返す。

 

「さぁ、皆様、どうか楽になさって、腰でも降ろして下さいまし」

 

主がそう言うならばと、ハジメたちはリューティリスの前で、

各々が楽な体勢で座り込む。

捧げ銃の姿勢を取っていたシルヴァが、最後に腰を下ろしたのを確認すると、

リューティリスは、改めて労いの言葉をハジメたちに掛けていく。

 

「まずはおめでとうと言いたいところだけど……実を言うと私、

少し怒ってましたのよ、お分かりですわね?理由は」

「やっぱズルでしたか、スライムとゴキブリのあれは」

 

ホラぁ、やっぱりと鈴が、気恥し気に頭を掻くジータへと視線を向ける。

 

「正直、もう一度最初からやり直して貰おうかなって思いましたわよ」

 

リューティリスは、人差し指を立てていかにもプンプンといった仕草を見せる。

 

「この私、リューティリス・ハルツィナの考え出した珠玉の嫌がら……

いいえ試練の数々が……コホン」

 

少し本音が漏れてしまったことを自覚しつつも、リューティリスは話を続ける。

 

「ここのコンセプトは、承知している通り、絆、神の誘惑や詐略にも

揺るがぬ絆を確かめる為の、そして盤石に見えた絆も、ふとした契機で

崩れ得るのだという事を、その身で知って貰う為の」

「しかし、御言葉ではありますが、我々の対策が、そちらの想定を凌駕しただけのこと、

例え不本意な形であっても、どうかここは飲み込んで頂きたい」

 

凛とした声で、シルヴァがリューティリスへと反論する。

 

「それに俺たちは俺たちなりのやり方で、確かに絆は示せたと思う、

で、こうして会話が成立してる以上、リュー、今のあんたはミレディと同じく、

魂をその木に宿らせているのか?」

「そうなの……ミレディは、あの子はまだ……」

 

ハジメの問いに、リューティリスは寂しげに目を伏せる。

遙かな時の流れを実感するかの如く。

 

「その答えはYESでありNOかしら、確かにこの私、リューティリス・ハルツィナは

この大樹に魂を宿しましたわ、けれど……私の魂そのものはすでに朽ちてしまっていますの

今、こうして話していられるのは、精神の残り香、残留思念に過ぎませんの、

いいえ……正確に言えば、この大樹がリューティリス・ハルツィナの思考を、

トレースしている、と、言った方が近いかしら、それも」

 

リューティリスは、機神の残骸へと視線を移す。

 

「あの異世界の兵器のお陰かしら……」

「そうだ、ありゃ一体何なんだ、そっちがけしかけたわけでは無いのは分かるが」

「大迷宮は須らく神の目を避けるため、あえて次元的に不安定な場所に建造されているの」

 

かつてガブリエルから聞いた通りの答えを、リューティリスは口にする。

 

「いつの頃だったかしら……荒涼とした砂漠、いえ……もっと冷たい何処かへとの

空間が開いたの、赤い光を帯びた」

「赤き地平……空の底」

 

カリオストロやシャレムが度々口にする、あらゆる次元と繋がった、

空や星に棄てられたモノたちが、最期に沈みゆく混沌の地。

 

「空間が開いたのは、ほんの一瞬……その跡にはあの子が立っていたわ、

今にも崩れ、壊れそうなまでに傷ついた状態でね」

 

機神の残骸から目を離さないリューティリス、

機神へと向けるその視線は、異分子、いわば敵であることを意識しつつも、

どこか愛おし気にも見えた。

 

「このトータスにはあってならぬ、異世界の文明に拠って造られた物だということは、

すぐに分かりましたわ……でも」

 

リューティリスは思い出す、まるで懇願するかのように、

 

「ニ ソチミ トカニリリ」

「ニ ソチミ トカニリリ」

 

もちろん意味など解る筈もない、それでも彼女にとってそのか細き声は。

まるで自分はまだやれると、そんな訴えかけるかの様に聞こえてならなかった。

 

「この子も……例え造られ、与えられたに過ぎない、いわば意思なき存在であっても、

生きたいと願っている……そう思うと」

 

だからリューティリスは、この金属製の稀人を自らの意思が宿る、

大木の傍らで眠ることを許した。

それにどの道、排除する力は、その時の彼女には残っていなかったのもあったが。

 

「そしてこの子の持つ、コアの力と共生することによって、

私はこうして思いを、力を残すことが出来ていたというわけ」

 

決して望んだ共生関係では無かったが。

 

「じゃあ……私たちがあれを倒してしまったら……」

「ええ……今はこうして意思を通わせる事が出来てはいるけど、

そう長くは保たないのは事実ね」

 

こういう時は、一体どういう風に言えばいいのか分からない、

そんなジータの頭をリューティリスは優しく撫でてやる。

 

「でも、それは仕方ない事、何事も自然のままに……それが私たち森人族の掟ですもの、

それに、大半の時は長い長い微睡の中にいるような物だったわ、でもね」

 

ふと、考え込むような仕草を見せるリューティリス。

 

八か月ほど前かしら、急にコアが活性化を始めて、そしてそれに伴い、

私の意識も覚醒の一途を辿ったの。

 

それは、自分がこのトータスに召喚された頃ではないか?

"特異点"と自分の事を呼んだ、あの幽世の存在をジータは思い出す。

 

「ごめんなさい、まさか目覚める、とは思わなかったの、

そしてあんなに苛烈な攻撃を仕掛けて来るとも思いませんでしたの」

 

そう言ってリューティリスは、ハジメたちへと頭を下げる。

 

「でも、結果的には良かったかもしれませんわ、貴方たちの絆の強さを、

危地に於いても己のすべきことを各々が全う出来る、

そんな確かな証を見せて貰いましたもの、それに……」

 

またもう一度、リューティリスは機神へと視線を移す。

 

「戦う事が機械の、武器の目的ならば、あの子も戦うべき相手に巡り合い、

そして本懐を遂げる事が出来たと思いますのよ」

 

その言葉の裏側には、例えゴールまで辿り着けたとしても、

いかに攻略の証を集めていようとも、そこで敗れたのならばそれまで、

という、非情の決意も確かに込められていた。

 

「ああ、それでも貴方たちが私の用意した非情の罠に……快楽に、憎悪に狂う

そんな姿が見れなかったのはざんね……いえ、この迷宮の主としては

遺憾に思えて~」

 

不穏な言葉を放つ、リューティリスの声が心なしか上ずっている様に、

ジータには聞こえていた、樹皮で出来たその身体も、何やら紅潮している様に思えてならない。

 

「ねぇ?ハジメちゃん、この人って……Sなのかな?」

「違うな……これは苦しむ姿を純粋に楽しむタイプではないな」

 

何で私がこんな解説を……と、思いつつもシルヴァは続ける、

自身の観察眼を恨めしく思いつつも。

 

「むしろ、他人の苦しむ姿に己を重ねているタイプに見えてならない」

「と、いう事は……やはり」

 

身悶えするリューティリスに呼応するかの如く、ティオもまたその身を打ち震わせる、

ああ……幾度となくこの大迷宮で感じていた予感は本物であった。

つまり目の前の女性は、自分と同じ……。

 

リューティリスもティオの中の"本質"を見抜いたのか、

ここで言葉を止め、ただ静かにティオの顔を見つめていく。

 

「貴方とはもっと早く……出会いたかった……ですわ」

「妾もじゃ、このような場所に、同志が存在していたとは……」

 

そんな二人の視線が空中で交錯したかと思うと、

彼女らは熱き抱擁を交わしていた。

 

「我が魂が竜人族に引き継がれていたなんて、このリューティリスの目を以てしても

見抜けなかったですわ」

「……そりゃなあ」

 

ボソリと呟くハジメをよそに、二人は悍ましくも切実な、

これまで溜めに溜め込んだ(あくまでも当人の感覚です)

性癖の発露を隠すことなく行っていく。

 

「切り刻まれる貴方の姿を見ていて思いましたの!

ああ……どうして自分じゃないのかと!」

「わ、妾の姿に、それほどまでに……」

 

リューティリスはその身をくねらせ、心の奥底に秘めた願望を口にしていく。

 

「ああ、樹海の女王たるこの私の、こんなはしたない真の姿を知る者はほんの一握りだけ

でも、願わすにはいられませんでしたの、どうかこの卑しい姿を、

全ての愛すべき森の民たちに知って貰いたい、そして自らの築き上げて来た信頼と

秩序が自分の手によって崩壊していく様を、見届けることが許されるのならばと

そして雌豚と詰られ、唾を吐いて貰いたいと」

 

ハジメたちは思わずにはいられなかった。

この女性は、リューティリス・ハルツィナは本物だと……、

ティオ・クラルスなど、所詮は常識の範囲内の存在だったのだと。

 

そしてジータもまた思う、アルバムの中の解放者たち、

オスカー、ナイズ、ラウスといった男性陣が、皆どこか疲れたような、

翳りのある表情を見せていた理由を、そしてある意味では、

人の痛みが分かるというのは、王として相応しい資質なのかもしれない、と。

 

 

「じゃあそろそろ、俺たちが合格と言うのなら、魔法を授けちゃくれまいか」

「ほへ?……あ、ああ、そうね」

 

はぁはぁと口元の涎を拭いながら、リューティリスは静かに瞳を閉じる。

すると若草色の魔力光が水路に迸り、石版が輝き始める。

どうやらこの水路そのものが魔法陣となっているようだ。

 

そして知識を無理やり刻み込まれるいつもの感覚、

初めての体験に、雫と鈴が呻き声を上げる。

 

「これは……この力は」

「昇華魔法、全ての力を最低でも一段進化させ、新しいステージへと導く魔法よ」

「……神代魔法も例外じゃない?もしかして」

 

ユエの言葉にリューティリスは頷く。

 

「生成、重力、魂魄、変成、空間、再生……これらは世界の理の根幹に作用する強大な力

その全てが一段進化し、更に組み合わさることで神代魔法を超える魔法に至る、

神の御業とも言うべき魔法――"概念魔法"に」

「……世界に新たな理を刻む力を得られる、ということか」

 

かつてのシャレムの言葉を思い出しながら、ハジメはリューティリスに問い、

そんなハジメへと、リューティリスは少し驚いたような顔を見せる。

 

「察しがいいですわね、まさにその通り、あらゆる概念をこの世に顕現・作用させる魔法

ただし、容易に発露することは出来ない、文字通り極限の意思が、願望が必要となりますの」

「全ての神代魔法を手に入れろってミレディさんも言ってたよね」

 

神代魔法は、それその物も強大な力を持ってはいる、

しかしその本来の目的は、世界の理にアクセスするための鍵なのだろう。

 

「貴方たちがどんな目的の為に昇華魔法を得ようとしたのかは……、

聞くべきではないのでしょう、それをどう使おうと、それは攻略者の権利ですから」

「それは……」

 

やはり話しておきたい、意思が、心が通じ合えるのならば、

ジータたちは語っていく、これまでの道程をリュ―ティリスへと。

 

「帰りたいのですわね……故郷に」

「ああ、でもそれだけじゃない……必ずここに戻る、

託された物を、自分の意思で受け取った以上は」

 

ハジメは自分の傍らに控える、多くの仲間たち、そしてこの地より遙か彼方で、

やはり同じように大迷宮に挑んでいるであろう者たちへと思いを馳せる。

 

「ならば、相応しい物を貴方たちに渡せると思いますわ」

 

リューティリスがそう言った直後、石版の中央がスライドし、

奥から懐中時計のようなものが出て来る。

裏側にはリューティリス・ハルツィナの紋様が描かれていた。

どうやら攻略の証も兼ねているようだ。

 

「これは時計……いや、羅針盤か」

「ええ、名を"導越の羅針盤"――込められた概念は"望んだ場所を指し示す"」

 

その言葉を聞いた瞬間、ハジメたちは自分の心臓が跳ねる音を確かに聞いた。

"望んだ場所を指し示す"、ならば、それなら。

 

「どこでも、何にでも、望めばその場所へと導いてくれますわ

それが隠されたものでもあっても、あるいは――別の世界であっても、ただし」

「使い熟すには、また極限の意思が、概念魔法が必要ってことですね」

 

ジータへと頷くリューティリス。

 

「そう、確かな意思がありさえすれば、貴方たちは何処へでも行ける筈、

ただし私たち、解放者のメンバーでも七人掛りで何十年かけても、

たった三つの概念魔法しか生み出すことが出来なかった、この事も伝えておきますわ」

「そんな貴重な物を……私たちに」

 

この羅針盤は神のいる場所を探し出すために作り出されたのだろう、

おそらく、オスカー辺りが概念魔法を生成魔法で付与した材料を使って。

 

「そして残りの二つは……神の世界に行く為の概念と、

神を討つための概念……なのですね」

「ええ、残念だけどその内の一つ界越の矢は失われてしまったわ、

残りの一つ、神越の短剣はミレディが持っている筈よ」

 

ミレディが持っているとの言葉に、どうして?という思いと、

自分たちに神殺しを強要したくはなかったのだろうとの思いがない交ぜになり、

少し複雑な表情を見せるハジメたち。

 

「貴方たちは巻き込まれただけの稀人……神殺しは決して望まないわ……だから

ミレディも神越の短剣を貴方たちには託さなかった、そう考えて貰ってもいいですわ

ですから……」

 

この世界には関わらず、故郷で平和に過ごして欲しい……、

そんなリューティリスの思いを察したか、改めてハジメは宣言する。

 

「ここは、トータスはもう俺に取っては第二の故郷みたいなもんだ、

命張るには十分な理由だろ、だから」

 

自身を育み、多くの出会いを与えてくれたこの世界に、トータスに思いを馳せつつ、

ハジメは羅針盤を手に取り、しかと握りしめる。

 

「この羅針盤、改めて受け取らせて貰うよ」

「でもそれだけじゃ悪いですから」

 

いつの間にかティオの背後に回っていたジータが、その肩をリューティリスへと押す。

 

「このティオ・クラルスさんをここに残しておきます、どうか仲良くなさって下さい」

「!」

 

もちろん冗談だ、だが……当の本人たちは本気と受け取った、受け取ってしまった。

 

「こっ……心の、心の友よぉ~~~」

 

リューティリスが喘ぐような叫びを上げると、

大木の枝々が力強くしなったかと思えば、一気に緑が拡がり、

花開いたのだから恐ろしい。

 

「ま、待て……待つのじゃジータよ、ご主人様も何とか言っては……」

「ティオ、ようやく見つかった仲間じゃないか、ここでお別れは俺も寂しいけどさ」

 

必死の形相でハジメらへと訴えかけるティオだが、

その頭上には、しゅるしゅると、大木から触手を思わせる蔦がとぐろを巻いており、

逃すまいとばかりに、ティオを拘束しようとする。

 

「リュ、リューティリスよ……早合点はするでない、のっのっ」

「リューティリスだなんて……もうそんな他人行儀な呼び方はなさらないで、

どうか雌豚とお呼びになって下さいまし!」

「きっ……絆ッ!ここは絆を確かめる迷宮じゃろう~~っ!」

「あああっ、その不安に満ちたお顔も素敵ぃ~~~っ」

 

そんな悲鳴と嬌声が、庭園に重なり合うように木霊するのであった。

 

 

「そ、それじゃ……わ、妾、またついて行ってもよいのかの……」

 

えぐえぐと泣きじゃくりながらも、ジータの脚に縋りつくティオ、

その様子はまるで、母親に〇〇ちゃんちの子になりなさいっ!と、

叱りつけられた子供のようだった。

 

「の、凄いじゃろ……ジータは」

「ええ……まさに、天性のセンスを感じますわ……ああ、ずっととは申しません

ですが、暫くここに滞在なさっては頂けませんの?」

「結構です!」

 

身から出た錆ではあるが……これ以上この場所にいたら、

自分の中の性癖、いや常識が歪んでしまうかもしれない。

いや、自分はまだいいが、雫や鈴に悪影響があろう物なら、

また帰ってから、謝りに行かないといけない家が増えてしまう。

 

「なら、お願いがもう一つだけあるの、聞いてくれるかしら?」

 

もう、その声は変態の声ではなく、解放者が一柱、

リューティリス・ハルツィナの声に戻っていた。

 

「私は先程も言った通り、この大樹と共に朽ち行くのみ、

けれどミレディは、あの子には……きっとまだ未来がありますのよ」

 

その声音は、遙か遠い日々へと呼びかけているかのように聞こえた。

 

「だから、もしも全てが終った時は、あの子を迷宮の奥から連れ出してあげて、

そして願わくば……新しい世界を見せてあげて、きっとそれがオスカーが望むこと、

いいえ、少なくともリューティリス・ハルツィナは、確かにそれを望んでいると、

まだ朽ちるには早いと、そう伝えて欲しいの」

「それについてはもう大丈夫です!」

 

ジータは力強くリューティリスへと応じる。

ライセンには、すでにカリオストロが向かっている、

きっと光輝のお守と同時に、きっちりと片を付けに行ったに違いない。

あの捻くれ者にして、おせっかい焼きがミレディを放っておく筈がないのだから。

 

「じゃあアレやろうか、リューも一緒に」

 

ジータが自撮り棒を取り出すと、

ハジメたちはそれを合図に各々ポーズを取り始める、もちろんリューティリスも一緒に。

 

「みんな行くよ、せーの」

 

弾けるような笑顔と共に、ジータは拳を空に翳し、シャッターを切る。

 

「ハルツィナ樹海攻略完了、この調子!イエーイ!」




原作でのハジメは最後まで火の粉を払う、取られた物を取り返すという、
単純明快な、悪く言えば動物的な感覚でしか戦ってなかったので、
今作ではより戦うべき理由を与えたかったんですね。
もちろん、その行動原理の単純さこそが作品の魅力の一つであることは承知してはおりますので、
以前にも書きましたが、劇場版カミーユくらいの変化に留めておければと考えてます。

ともかく、第二の故郷という戦うべき理由と言葉を違和感なく口にしても構わない、
そんな南雲ハジメを何とかプロデュース出来たかとは、出来つつあるとは思います。

ということでハルツィナ編完結です。
残り二章、そろそろラストに向けて集中していかねば!


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ライセンⅡ~氷雪洞窟
ライセン大迷宮再攻略戦


やけにUAの伸びがお気に入りが……と、調べて見ましたら
6月14日付けの日間ランキング24位!
皆様ありがとうございます。

ということでまずは勇者のターンです。



 

 

ここはライセン大峡谷、かつては不浄の流刑地、処刑場とされ、

好んで分け入る者も無き魔境、それゆえに普段は静寂に包まれ、

せいぜい聞こえるのは風に揺れる樹々の騒めきと、

獣たちの遠吠え程度のものでしかないのだが……。

 

ここ数日は少々趣が違っていた。

 

突如夕日に照らされた赤銅色の岩肌が割れたかと思うと、

そこからまるで滝の如く、大量の水が放出される。

 

「「「「うわああああっ!」」」」」

 

そしてその水音と共に、岩肌から強制排出され泥を撥ねながら、

地面に叩きつけられバウンドする光輝たち。

それは彼らがまた大迷宮攻略に失敗し、振り出しへと戻されたことを、

意味していた。

 

「畜生……これで何度目だ」

「これで合計二十二回目のアタック中、六度目の強制排出だな」

 

ずぶ濡れになった黒衣を両手で絞りながらボヤく遠藤へと、

光輝が冷静な口調で指摘する。

 

「意外と落ち着いてるじゃねぇか」

「ここまでしてやられると流石に慣れてくるといいますか……」

 

そうカリオストロに言い返しつつも、光輝とて、かなり頭に来ているのは事実だ、

実際努めて冷静にあらんとしても、ツボを心得たミレディの挑発に、

何度も頭に血が上っては、子供だましに近いトラップの数々に引っかかり続けているのだ。

 

「南雲の言う通り、俺にとっては相性最悪の迷宮ですよ、それは間違いない…けれど」

「けれど何だ?」

「ミレディさんの……何より解放者の事を思うと、どうにも……」

 

幾千の時を経て、ひたすらに後継者を待ち続けていたミレディの気持ちは、

光輝にも十分に理解出来たし、何より僅かではあるが、王都で直接言葉を交わしてもいる。

それ故に彼は、ここまで散々な目に合わされているにも関わらず、

未だ冷静さを保ち続けてはいた……もっとも主だった理由は他にある。

 

「光輝殿!このままやられっぱなしになってはいけません!」

「そうっすよ!あれだけバカにされて黙ってる手は無いっす!光輝先輩!」

「待て!二人とももう日暮れだ、折角外に出れたんだと思ってだな、ここは」

 

自分の眼前で、ユーリとファラが青筋を立ていきり立ち、

また再び迷宮へと乗り込もうとするのを、制止しようとする光輝。

このかつての自分以上に直情的な二人の面倒を、事実上一人で見なければならないのだ、

自然、慎重にも冷静にもなろうというものだ。

 

「ですがっ……」

「ユーリ、堪えてくれ、勝負を急ぐなと俺に教えてくれたのは君じゃないか」

 

ユーリを宥めつつも、そんな彼の姿に光輝はかつての自分を重ね、

そしてそんな自分を見ていた、雫や龍太郎の心情を思いやらずにはいられなかった。

 

(心配かけてたんだな……やっぱり)

 

「ま、迷宮の中じゃ昼も夜もねぇわな」

 

例のククク笑いを浮かべながら、ここでカリオストロが動く、

どうやら若者たちの奮闘をただ見守るだけというのにも飽きたようだ。

ちなみに風に翻るそのエプロンドレスは、一切濡れてはおらず泥撥ね一つない、

一人だけちゃっかりと難を逃れていたようだ。

 

「お兄ちゃんたちっ!ここからはこのカリオストロちゃんにお任せだよっ!

れっつごうだよっ♪」

 

光輝らを促すかのように、クルリと擬態に満ちたポーズを取りながら、

ここでカリオストロは自ら先頭に立ち、岩壁に偽装された大迷宮の入り口を、

蹴り開けると、意気揚々と乗り込んだ、いや、乗り込もうとしたのだが……。

 

「真の天才の御業ってのを見せて……」

 

その言葉を最後に、カリオストロの姿が光輝らの前から掻き消え、

下から上へと頬を撫で上げる特有の風に気が付いた遠藤が、

慌てて後に続く光輝らを押し止める。

 

「うわ、落とし穴だよ、これ」

 

入口ブロックにぽっかり開いた穴を覗き込む遠藤。

 

「油断大敵を教える為ってのは分かるけどさ……」

「つくづく悪質っすよねぇ」

 

疲れ果てた表情で顔を見合わせる光輝とファラ、そして暫くすると背後に轟音が轟き、

大量の水と共に、カリオストロが迷宮から峡谷へと排出される。

 

「あんのアマァ!オレ様が下手に出ていると思ってナメやがって!」

 

先程までの余裕は何処へやら、血走った目で叫ぶカリオストロ、

ぐしょ濡れになった身体からは、怒りのあまりか湯気が立っているようにすら見える。

光輝らの苦闘については、涼しい顔で見ていた割りに、

我が身に災難が降りかかるとまた別の様だ。

 

「いい度胸だ、逆さ吊りにしてやるぜ」

「ちょ……カリオストロさんが術中に嵌ってどうするんですか」

 

今度は遠藤がカリオストロを止めに入り、そんな二人の姿に、

光輝たちも苦笑しつつ落ち着きを取り戻していく。

 

「いずれにせよ、こんな濡れたまんまじゃ風邪引くっすよね」

「健康管理も戦士の条件の内の一つ、これもガルストン隊長の教えであります」

「それに腹も減ったしな」

 

光輝の言葉を耳にすると同時に、タイミング良くカリオストロのお腹が鳴る。

 

「たく……しまらねぇ、で、どうすんだ?」

 

促すような視線をカリオストロは光輝へと向ける。

数々の助言こそしているものの、大迷宮に挑み始めて以降は、

全ての決定権をカリオストロは光輝に委ねていた。

例え彼本来の頼れる友がいなくとも、

チームのリーダーはお前なのだ、進むも退くもすべてお前次第なのだと。

 

「じゃあ、今日はここまでにして食事にしよう、それでいいな、皆も」

 

光輝の言葉に全員が頷き、こうしてライセン大迷宮へのアタックは、

一先ずお開きとなるのであった。

 

 

「ファラさんの作る食事はやっぱり美味しいな」

「言える、これが今じゃ楽しみだもんな」

 

お風呂に入り、服を着替えて、さっぱりとした気分でファラの作る夕餉に舌鼓を打つ、

光輝たち、やはり気分の切り替えには風呂と食事が一番である。

 

「へへーん、キャサリンさんとただ遊んでいたわけじゃないっすから」

 

どんなもんだいと胸を張るファラ、

彼女はただキャサリンと世間話をしていたわけでは決してなく、

大峡谷内で食用になる動植物の情報や、気候などについても、

ちゃんとリサーチをしていたのだ。

 

和やかな団欒が続く中、日本で食べたらきっと高いだろうなと、

やや小市民な感想を漏らしつつ、香草でソテーした小鳥の肉の味を楽しみながら、

遠藤がふと空を見上げると、日本では……少なくとも自分が住んでいる街では、

決してお目にかかれない、満天の星のカーテンがある。

 

「こんな状況じゃなきゃな……」

 

その呟きには、どこか自分を戒めるかのような響きがあった。

自分たちはキャンプに来てるわけでは決してないと、

そんな遠藤の心境を察したのか、光輝がその横顔に声を掛ける。

 

「全てが終わったら、皆でこの世界をちゃんと巡ろう、

戦いだけじゃない思い出を作るためにも」

 

そんなことを口にしつつも、檜山、近藤、そして恵里、

もうその思い出を作ることが許されない者たちの顔が、

光輝の頭の中に不意に過った。

 

 

そして翌日、鋭気を養った彼らは、またライセン大迷宮へのアタックを開始する。

一晩落ち着いて頭を冷やすことが出来たからか、今度は彼らにも策があった。

 

「浩介殿、大丈夫だと思ったらロープを引っ張ってくださーい」

「思ったらじゃねぇ!確実に大丈夫だと判断してからだ!

罠の傾向はオレ様のメモに書いた通りだ、いいか、お前に掛かってるんだからな」

「へいへい……」

 

ボヤキつつも、そろりそろりと一歩を踏み出していく遠藤、

その腰にはロープが括り付けられており、その先端は、

物陰に潜むカリオストロらの手に握られている。

これまでの失敗例について話し合った結果、彼らはある事に気が付いた、

遠藤だけ、何故か罠を受けたり、発動させた回数が異常に少ないということに。

そう、天之河光輝に取って、ここライセン大迷宮が相性最悪の場所なら、

遠藤浩介に取っては相性最高の場所であった。

 

そうなると話は早い、当人の複雑な思いは半ば無視され、

彼らは殆ど躊躇うことなく、遠藤を先導として大迷宮に挑むことを決定したのであった。

 

「うれしいけど……」

 

大迷宮攻略という大一番で、多少不本意な思いはあれど、

仲間の役に立てるというのは嬉しいことであるが。

 

「やっぱ素直に喜びたくないな」

 

腰のロープを忌々し気に見つめる遠藤、

これではまるで鵜飼いの鵜か、トリュフ探しの豚ではないか。

ましてや、この状況は自分が機械にすら見捨てられつつあるという証でもあるのだから。

 

そんなもやもやを抱えつつも、遠藤は床を這うように視線を凝らし、

罠の痕跡をカリオストロが記したマニュアルを元に探し始める。

 

『罠ってのはな解除されるためにあるんだ、特にこの迷宮の主の性格からして

必ずヒントは隠されている、傾向はメモの通りだ』

 

見つけさえすりゃオレ様が責任をもって解除してやると、

ドン!と薄い胸を自信ありげに叩く、カリオストロの姿を思い起こしながら。

 

(ええと……この場所には無さそうだな)

 

周囲の状況とメモを照らし合わせ、確実ではないにせよ、

ほぼ安全であろうという判断の元、遠藤は腰のロープを引っ張る。

と、物陰からカリオストロがまずは顔を出し、続けて光輝らも姿を現す。

 

「チェックする場所は全部見たんだけど、多分安全だと思う」

 

遠藤の言葉を受け、カリオストロも周囲を一瞥する。

 

「ま、オレ様の見た感じでも大丈夫そうだな、行くぞ」

 

ここからは一団となって進む光輝たち、そしてブロックの半ばまで進んだ時だった。

突如として周囲の光景が歪み始める。

 

「くっ!転移かっ」

 

カリオストロの声と同時に分断を警戒し、素早く一か所に固まる光輝ら、

そして光が一瞬走ったかと思うと、打ちっぱなしコンクリ住宅を思わせる

先程のまでの無機質な光景とは一変し、

まるで王宮を思わせるクラシカルな大広間が彼らの前に広がっていた。

 

「一定以上の人数がブロック内に入ると発動する仕掛け、

いやこれはワープゾーンだったんだな、やってくれるぜ」

 

一筋縄ではいかない厄介さに忌々しさを覚えつつも、どこか楽し気なカリオストロ、

もちろん項垂れる遠藤へのフォローも忘れない。

 

「今のはお前のせいじゃねぇ、オレ様が大丈夫だって言ったんだから、

オレ様のせいだ、そう思えばいい、と」

「どうやら我々は招かれざる客のようですよ」

 

剣を抜き放つユーリ、見ると大広間をずらりと固める騎士鎧が蠢動を始めている。

この大迷宮に挑戦して以来、何度も見慣れたシチュエーションだ。

 

「チッ!招いたのはそっちだろうが」

「ここからは俺たちの出番です」

「やるっすよ!」

 

ユーリに続いて光輝とファラも剣を構える。

 

「ガス欠にはなるなよ」

「分かってます」

 

ここライセン大峡谷、そして大迷宮は魔力の分解が極めて速く、

戦技、魔法の殆どを自身の魔力に依存している、

この世界の人間にとってはまさに忌むべき死地であり、

それが流刑の地と言われる由縁である。

 

事実、無尽蔵と言っていい魔力量を誇るユエですら、

大規模魔法の行使は、ほぼ不可能だったのである。

天翔閃、あるいは神威といった、勇者お得意の自身の大技で道を切り開き、

その後を仲間たちが続くというオルクスで培ったパターンは、

半ば封じられていると言ってもいい。

 

だが、勇者たる者、戦場を選ぶわけにはいかない。

むしろ過酷であればあるほど、不利であればあるほど、

勇者の存在が必要となるのだから。

 

その心意気を感じたか、カリオストロが指を鳴らすと、

光輝らの身体が力強くも淡い光に包まれる。

 

「ありがとうございます」

 

身体に漲る力を感じつつ、お礼の一言と共に、

光輝は先陣を切って突っ込んで来たゴーレム騎士の一団を、

纏めて真っ二つにする、しかしその背後から、今度はボウガンを構えた騎士が、

隊列を組んで一斉射撃を行う、その密度の高さに一瞬声を失う光輝、

避けられたとしても無傷と言うわけには……しかし。

 

「ここはアタシに任せるっす!」

 

ファラの叫びと共に、彼らの眼前に障壁が張られると、

放たれたボウガンの矢が勢いを失い、易々と光輝らの手により切り払われていく。

 

「解ってるとは思うが」

「こいつら再生しますからね……早くここから脱出しないと、頼む遠藤」

 

光輝の指示に応じ、遠藤が脱出口の捜索を開始する。

 

(やるようになったじゃねぇか)

 

そんな彼らの様子を見て、ほくそ笑むカリオストロ、

実はカリオストロに取っては、この大迷宮攻略の道筋は、

ほぼ解明されていると言ってもいい。

だが、あえてカリオストロは自身の役割を、ここまで助言、助攻のみに留めている。

この大迷宮を攻略するのは、自分ではなく、

あくまでも天之河光輝と、その仲間たちでなければ意味はないからだ。

 

(ちったあ試行錯誤してくれんとな)

 

何より相手が仮にも神を称するのであるのならば、

どれ程鍛えても、鍛えすぎるということは無いのだから。

 

もっとも、後にそれがある意味、過大評価であったことを、

カリオストロは知ることになるのだが、それは今のところは、

まだ別の話と言っていいだろう。

 




ハジメの原作中での悪手の一つとして、光輝の同行を許したことというのが、
自分の中ではあるんですよね。
原作の……互いにとかくイニシアチブを取りたがる二人が四六時中顔を合わせれば、
衝突するのは当たり前で、読んでるこちらもイライラしてしまうんですよ……。

ともかく、二人とも原作とはそれなりに違った姿を見せてはおりますが。
そういう思いもあって、今作では別行動を取らせています。


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Rose Queen

グラブルのメインストーリーに関わるキャラを、ここでようやく登場させることが出来ました。




光輝たちとゴーレムが一進一退の攻防を繰り広げる中、

遠藤は脱出口を探して、戦場を奔走していた。

隠形の効果もあったが、剣を構えたゴーレムの前をかなり大胆に突っ切っても、

その刃が自身へと向けられることはなく、

その事実に半ば傷つきつつも、彼は広間の中央で周囲を見渡していく、

 

まずは階段を昇った奥に大扉がある、この部屋のゴーレムの数からいって、

普通に考えればそこがゴールだ、

しかし、ここライセン大迷宮は普通のダンジョンではない。

あの扉は恐らく……いや、間違いなく罠だ。

 

開けばまたスタートに戻される、いや、スタートに戻されればまだマシだ。

吊り天井、濃硫酸……鉄球相手の追いかけっこ……、

ここ数日で体験した致死性に満ちたトラップの数々を、寒気を覚えながら遠藤は思い起こす。

 

(と、見せかけておいてというパターンもあるけどな)

 

ドーム状の天井を見上げると、そこには見事なまでのステンドグラスが描かれている。

 

(太陽?ここは地下深くの筈……それに今は)

 

大広間を照らす光が、これまでの人工的な迷宮内での証明とは違い、

太陽光であることと、そして現時刻が真夜中であることに気が付く遠藤。

相手が空間を操作出来るというのならば、位置はあてにならない、

実際、真のオルクス大迷宮には密林や砂漠があったと聞いている。

 

「上だ!みんな上へ逃げるぞ!」

 

確証は無かったがそれでも直感的に叫ぶ遠藤、

それに呼応し、カリオストロがウロボロスを召喚する。

 

「乗れっ!」

「遠藤はっ?」

「探すにゃ手間だ」

 

光輝らがウロボロスの背に跨ったのを確認すると、

カリオストロは握ったロープを手繰り寄せ、強引にその身体を引き寄せる。

 

「ちょ!俺荷物じゃ……」

「非常時だ、それくらいは我慢しやがれ!」

 

遠藤をぶら下げたままで、上昇するウロボロス、

ゆらゆらと中空に揺れる、遠藤のその姿は、何だか夜店のヨーヨーみたいだと、

光輝は不謹慎ながら思った。

 

カリオストロが剣を飛ばしてステンドグラスを叩き割り、

出来た穴を潜ると、やはり遠藤の予想通り、

遮る物なき青空が彼らの眼前へと広がる。

 

「空?」

「ここって地面の中っすよね?」

 

抜けるような蒼穹に囲まれた中、眼下にはポツンと、

先ほどまで自分たちが戦っていたであろうドーム状の建物が見える。

 

(別空間か……いや)

 

この地特有の魔力分解作用はまだ生きていることを、カリオストロは確かに認識していた。

完全に見知らぬ何処かへと転移させたわけではなく、ここもまた大迷宮の一部なのだろう。

 

「カリオストロさん……」

 

さて……と、思案するカリオストロへと光輝が声を掛ける、

その声には確かな決意と、そして少しの迷いが籠っている。

光輝らとて、自分たちの力で大迷宮を攻略したかった、

だが、ここまで来たらカリオストロにもはや頼るしかない、

しかし真に力を借りるに相応しいだけの自分を示せているのかという、

不安がまだ残っているのは否めなかった。

 

「面倒な奴だな、この期に及んでも」

「それが俺です……どうやったって器用には生きられない」

 

何でも率なくこなせるのが自分だと思っていた、

だからここでもきっと上手くやれると思っていた、

だが実際は、自分の範疇からはみ出してしまうと、ご覧の有様である。

 

だからこそもう彼は言葉で自分を飾るようなことはしない、

ただその背中で、生き様で示すのみ、そんな決意を確かに秘めた光輝の言葉に、

カリオストロは苦笑せざるを得ない。

 

「地道に違和感を探っていたんじゃ何日かかるかわかりゃしねぇ、けどな……」

 

大迷宮の大まかな構造と、その延べ面積はすでにカリオストロの頭の中に入っている。

そこから導き出されるルートは……。

 

カリオストロがウロボロスに何かを命じると、

そのままウロボロスは、光輝らを乗せたまま空の一点目掛け急加速して行く。

カリオストロの背中に、怯えるようなファラの小さな叫びが届く、だが。

 

「構わねぇ!そのまま突き進むぞ!」

 

カリオストロの目は、青空のその一点だけが、巧妙に偽装された、

いわゆる"書き割り"であることを見抜いていた。

 

ベリベリと建材が破れる音を耳にしつつ、

書き割りの中へと突っ込むウロボロス、一瞬の闇が視界を包んだ後、

彼らの前に現れたのは、うず高く積み重ねられた、

あるいは宙に浮かんだ幾多のブロックが、くまなく植物の蔦によって覆われた、

幻想的にして荘厳さを見る者に感じさせ、光輝ら日本人にとっては、

ある名作アニメのそれを思い起こさせずにはいられない、そんな光景だった。

 

「ラピュタみたいだな」

「愛子や優花たちもだが、前にもラピュタラピュタって言ってたような気がするぞ?

そもそも一体なんだそりゃ?」

「カリオストロさんにも、いつか俺たちの世界のアニメやマンガを見せてあげますよ」

「マンガというのがいわゆる絵草子ってのはわかるが、アニメってのは何だ?」

 

遠藤とカリオストロのやり取りを聞きながら、

ああ、そういう文化はそこまで進んでないんだと、心のどこかで安心する光輝、

ちなみに遠藤は未だに吊り下げられたままである。

 

(余談ではあるが、空の世界では同人誌即売会も普通に開催されていたりもする)

 

「バラっすねぇ、この蔦」

「……バラだな」

 

一方、ファラとユーリはブロックに絡まり付いた蔦を眺めながら、

ポツリとそんな呟きを漏らす。

その声音からして、何か思い当たる節があるようだ。

 

「ああ…これは思わぬ奴が紛れ込んで来てるようだな」

 

ちょっと悪い気もしたけど、留守番を引き受けてくれた人がいたから、こっちにやってきたと、

オスカーの工房でミレディが口にしていたのを、思い出すカリオストロ。

確かに留守番を任せるには、過ぎた人材……いや人じゃねぇかと思ったところで、

 

「しかし、自分で帰り方を探そうとは思わねぇのか、あのババァは」

 

そんなボヤキが不意に口を衝いて出る。

 

「失礼よ、私よりあなたのほうが余程年上じゃないの」

「わっ!」

 

彼らの眼前に突如として大輪の薔薇の花が咲くと、そこから女性の声が聞こえ、

その声に、ああやっぱりと顔を見合わせるファラとユーリ。

 

「やっぱりお前かロゼッタ、しかし少々ものぐさが過ぎるぞ」

「あら?迷子になったらその場を動くな、鉄則でしょ?

それにあなたがここに来てるなら尚の事ね」

「まぁ、頼りにされてるって風に受け取ってやるぜ」

 

花弁の向こうから聞こえる、何処か悪戯っぽくも落ち着いた雰囲気を醸し出す女性の声に、

カリオストロはやれやれとばかりに応じてやる。

 

「知り合いですか?」

「ああ、腐れ縁みたいなもんだ」

「やほ~~君が付いていながら、随分と時間かかったじゃない、

天才美少女っても、所詮は噂先行ってとこかなぁ~~」

 

ロゼッタの後からミレディの声が聞こえる。

例え他愛ない一言だと解っていても、そのツボを心得た煽り口調を耳にすると、

人を苛つかせることに関しては、やはり天才的だなと思わざるを得ない。

 

「抜かしやがれ、で、ここで一先ずゴールってことでいいのか?」

「うん、ラストは若干力技だったけど、いいよ認めてあげる」

「そりゃどうも、それとな一言言っておく、オレ様は最後を手伝っただけだ、

この大迷宮の深部に辿り着いたのはな」

 

カリオストロは自身の背後で恐縮している光輝らを指し示し、

笑みを浮かべて、はっきりと口にする。

 

「間違いなく、こいつら天之河光輝と愉快な仲間たちの力だ、

そこんトコは誤解して貰っちゃ困るぜ」

 

そしてそんなカリオストロの言葉に納得したかのように、

ブロックが彼らの前へと、音もなく降りてくる。

 

「やほ~~久しぶりだね、そこの二人は初めましてかな」

 

薔薇をモチーフにしたドレスと数々の小物を身に着けた、

黒髪の美女、ロゼッタの足下で、私だってホントはこれっくらい美人だったんだよと、

言わんばかりに、どこか自慢げなミレディを乗せて。

 

 

「で、わざわざここに挑んでくれたってことは、やっぱ欲しいの?重力魔法」

「それは……けれど決してそれだけが目的で、それさえあれば強くなれるとか

そういう理由じゃありません!」

 

一瞬言葉を濁しつつも、それでも最後ははっきりと語尾を強くし、

ミレディの言葉を光輝は否定する。

 

「ただ、俺は話を聞いて……欲しかった、そのためにはちゃんと……」

 

認めてもらう必要があった、言葉だけではない誠を示す必要があった。

それがかつて神に立ち向かった解放者たちへの、礼儀だと思ったからだ。

ミレディのニコちゃん顔が少しばかり穏やかになったように見える、

そんな光輝の心中を察したのだろう。

 

「ありがとう、この世界に縁も所縁もない君にそう思って貰えるのは素直に嬉しいよ

……たく、君のその言葉、あの二人にも聞かせてあげたいよ」

 

その二人が誰なのかは、今更説明するまでもないだろう。

 

「けれど俺は、正直迷ってました……俺はこの旅で……いえ、ここに来てから、

様々な物を見て来ました」

 

様々な物……それは神も魔もなく、ただひたすらに日々のありふれた暮らしに、

生きてそして死んで行くであろう人々の姿。

 

「俺のやろうとしていることは、もしかすると、そんな人々のありふれた幸せを、

奪う事に繋がるんじゃないかって」

 

きっと神は自分たちではなく、その日々を生きる平凡な人々へと魔手を伸ばすだろう、

己の強大さを、そして人間の無力を思い知らせる為に。

光輝の言葉に頷く遠藤やファラたち、

きっと心の奥底では光輝と同様の思いを抱いているのだろう。

それは奇しくも、かつてハジメやジータが同じく、ここトータスの市井に生きる人々を見、

そして抱いた思いとも同じであった。

 

「迷ってましたってことは、もう今は迷ってないのね?」

 

柔らかな微笑を湛えたロゼッタの問いに、やや間を置いて頷く光輝。

 

「迷っていても時間は止まってくれませんから……それに」

 

もうすでにリリアーナとシモンが中心となって、

亜人解放宣言が為されている、それはこの世界の人々が、

自分たち自身の意思で神の馘からの、支配者からの脱却を目指そうとしている証。

 

「俺たちの存在がそうさせてしまったんです……だから」

「今更ケツまくって逃げるわけにはいかない、と、そう言いたいんだね」

 

ミレディの口から出たケツという言葉に少し笑みを見せつつも、

光輝はさらに言葉を、別れの日に雫に言おうとしたことを……

誰にも吐き出すことが叶わなかった思いを重ねて話していく。

 

「この世界の真実を聞いた時……俺は怒りを感じつつも、

心の何処かで安心してしまったんです、エヒトと言う、神と言う、

全ての不都合を押し付けることが出来る、悪が現れたことに」

 

かつて、あのホルアドでハジメらに向かって吐いた言葉が甦る。

 

『それに……そもそもこんなに長い間戦争が続くこと自体おかしい、いや、きっと、

この戦争を影で操る黒幕がどこかにいるんだ!』

 

それが苦し紛れの、確固たる考えなど微塵も無い単なる妄言に過ぎなかったことは、

今の自分には十分すぎるくらい理解出来る。

もう、自分にとって都合のいい綺麗な物に縋って生きるのは止めにする。

ようやくそう誓う事が出来た矢先に、余りにも自分にとって都合のいい綺麗な真実が、

目の前に現れてしまった。

 

その時の形容し難い、まるで全ての絵の具が入り混じったような、

ドロドロとした何かを無理やり見せつけられているような気分は、

きっと一生忘れることが叶わないだろう。

 

「そんなことを思ってしまった俺に……勇者である資格はあるのかなって」

「それでも賽は投げられてしまったのよね」

 

ロゼッタへと頷く光輝、もうすでに世を変えようという流れはうねりを上げ、

巨大な物へとなりつつある。

その流れを造り出した一端が、自分たちの存在にあるというのならば。

 

「正解なんて何処にもない事なんてわかっています、

だからせめて人々に寄り添い、俺は最後のその時まで戦い抜きたい」

 

例え資格があろうとなかろうと……、

それは鮮烈ではあるが、悲しみを帯びた意思表明だった。

 

(最後のその時かぁ……問題だなぁ……これは)

 

ニコちゃん顔の奥底で溜息を吐くミレディ、

やはり今の光輝の姿はミレディに取っても、あまりに危うげに思えてならなかった。

 

「コイツはな、ここまでさしたる悩みも挫折も抱えることなく、

生きて来れた天然記念物野郎だ、だから」

 

カリオストロはポンと光輝の胸を軽く拳で叩く。

 

「その分悩みに悩んでこそ、今までの釣り合いが取れるってもんだぜ、な」

 

口調こそ冗談めかしているか、やはりカリオストロのその言葉の裏には、

ミレディ同様の不安が籠っていた。

 

(全く、こんな子を連れてきちゃって……)

 

それでも、例え異世界の住人であったとしても、

自分たちの思いを明確に継いでくれようと、言葉で表してくれる誰かが現れたことは、

やはりミレディに取っては嬉しくてならなかった。

 

(手ぶらで返すわけには……いかないよね)

 

何よりハジメとジータには授けておいて、光輝たちには授けないのは不公平である。

 

「いいよ、重力魔法、欲しかったらあげるよ……但し」

 

そこまで口にして肝心な事を思い出す。

 

「……あのゴーレム壊されちゃったんだよね、ジータちゃんたちに」

 

実はリモートコントロールその他諸々の特別製のため、あのゴーレムだけは替えが効かない。

かと言って代わりを寄越せというのも、みみっちく思えたので、

ハジメたちには黙っていたのだが……さて、と、ミレディが思ったところで。

 

「要はこの子たちの力を試せばいいのね?」

 

ロゼッタが身体慣らしをするかのように、軽やかにステップを踏む。

 

「いいのかい?」

「どの道、長逗留のお礼はしなきゃって思ってたもの……それにね」

 

ロゼッタの目が品定めをするように光輝らを捉える。

 

「たまには若い子を可愛がってあげるのも面白いって思って」

 

ロゼッタの視線に気が付いたか、光輝とユーリが頬を染めつつ顔を逸らし、

その仕草がツボに入ったのか、楽し気に頷くロゼッタ。

その一方で、遠藤はそっとファラへと耳打ちする。

 

「強いんですか?あの人」

「そりゃもう強いっすよ」

「だよな…やっぱり」

 

正直生身の人間と戦うことに関しては、遠藤も未だ覚悟を決め切れてはいない、

だが、それでもここ数日間繰り広げられた神経戦よりは、

相手が見えているだけ、ずっと与しやすいと気分を切り替える。

 

「そこの坊やもそれでいいわね?」

「ぼ……俺は坊やではありませんっ!天之河光輝ですっ!」

 

やや顔を赤く染めつつ反駁する光輝、その赤面の理由は、

単にあしらわれた事による怒りだけではないように、周りの者たちには見えた。

そう、後に判明することでもあるが、彼、天之河光輝はこと女性については、

年上好みの傾向があった。

だとすれば、結局、中村に目はなかったんだなと、

遠藤は納得と空しさが入り混じったような思いを抱えてしまう。

 

音もなくブロックを蹴り、光輝の前へとふわりと降り立つロゼッタ、

その身のこなしは、まさしく風に舞う花弁の様だと光輝には思えた。

 

(この人……強い、多分ジャンヌさんよりも)

 

それに恐らく"人"ではないのだろう、光輝の鋭敏な感覚は、

ロゼッタの正体を如実に掴んでいた。

それでも、例え演武・模擬戦と銘打たれるものであったとしても、

自分より遙かに格上の相手と、幾度となく戦いを交えたという自負が今の光輝にはあった。

 

(ここで退いたら……南雲たちに合わせる顔がないな)

 

何より倒さねばならぬというのならば、

敵を選ぶ勇者がいていい筈がない。

 

「あら?私のような美少女JKとは戦えない?もしかして?」

 

そんな光輝の思いを知ってか知らずか、艶然と微笑むロゼッタ、

その笑顔は美少女とは、ましてJKとはかけ離れた、

酸いも甘いも知り抜いた妙齢の美女のそれである。

 

「それは……」

 

JK?誰が?そんな思いを抱きつつも、光輝は言葉を詰まらせる。

男子たる者、誰だって美女には弱い、まして光輝のようなタイプならばなおの事、

そんなことはお見通しとばかりに、ロゼッタは痛いところを衝いていく。

 

「ならエヒトってのが可愛らしい女の子だったりしたら、この世界は終わっちゃうわね」

「ぶ、侮辱ですっ!それは」

 

ロゼッタのその言葉は、狙い通り強烈なまでに光輝の心を抉った、

もしかすると恵里のことも頭に過ったのかもしれない。

 

「いいわ!その顔よ、坊や」

 

だが抜き打ちで放たれた聖剣は、突如床から生えた薔薇の茎によって遮られ、

さらにあろうことか、茎にびっしりと生えたその棘には毒があった。

 

「ぐっ!」

 

掌に棘が刺さった瞬間、自身の身体を貫く痺れに、思わず剣を取り落とす光輝、

ファラとユーリが、その身体を受け止めてやる。

 

「見ての通り一筋縄ではいかない相手です、光輝殿」

「けれど望むところってここは思わないといけないっす、先輩」

「そうだな……」

「お、俺だって少しは頼りにしてくれ」

 

そんな風に口々に叫ぶ子供たちの姿に促されるかのように、

やれやれといった風体で、カリオストロもまた戦列へと加わって行く。

 

「いいんですか?」

「流石にお前らだけで勝てる相手じゃねぇ」

 

その様子に、ようやく役者が揃ったわねと、ロゼッタが指を宙に翳すと、

それだけで大迷宮は見渡す限りの薔薇の園へと変貌を遂げる。

それは美少女JKを自称する、気のいいお姉さんではなく、

幾百の時を生きる星晶獣、ローズクイーンとして受けて立つという証であった。

 

「この薔薇の女王を超えて行くこと、それがこの大迷宮の最終試練よ、

ルーキー勇者さん♪ミレディもそれでいいわね?」

 

やれやれといった風に軽く頷くと、次いでミレディは光輝を見る。

 

「君はとかく言い訳が多いって聞いてるから……」

 

ロゼッタに続き、ミレディもまた片腕を軽く上げると、

床がぼうっと薄く輝きを放ち出し、

光輝と遠藤が大峡谷で常に感じていた、魔力が充填されては身体から抜けていく、

特有の感覚が薄まって行くのを実感する、確かにこれでもう言い訳は出来ない。

 

「さ、全力出してみな」

 




次回 勇者vs薔薇の女王。


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勇者であるために

ベリアルHL、実装直後に不具合が連発したのはやはり狡知ゆえでしょうか?


 

 

「薔薇の香水はお好きかしら!」

 

赤白黒紫、まずはそんなロゼッタの言葉と共に無数の花弁が舞い散り、

鼻腔を擽る芳香が空間を満たしていく。

 

「吸い込むな!毒だぞ!」

 

カリオストロの鋭い声に慌てて距離を取ろうとする光輝たち、

しかしそれを追うかのように、やはり毒棘を生やした蔦が四方から取り囲むように、

彼らへと迫って来るので、距離を取ることもままならないまま、

応戦に追われる一方である。

 

「これでは埒があかないねっ、お兄ちゃんたちっ」

 

蔦を切り払いつつも何処か楽し気な、

いや、これでいいのかお前ら?という含みが込められたカリオストロの声に、

光輝は何とか考えを巡らせ始める。

確かにこの状況では距離を取ることこそ、セオリーのように思える、

しかしそれこそ相手の思惑そのものでは……。

 

(ロゼッタさんは接近戦を嫌がってるのか、だったら)

 

「カリオストロさん、皆を頼みますっ!」

 

そう言うなり、光輝は聖剣の切っ先をロゼッタへと向ける。

 

「天落流雨!」

 

叫びと共に聖剣から放たれた光が拡散し、花弁を次々と焼いていき、

光を帯びた炎が空間の毒気を中和していく。

道が開けたことを確認すると、光輝は自身に続くユーリの気配を背中に感じつつ、

あら?と言った風な表情を浮かべるロゼッタへと斬り込んでいく、が。

 

空中から袈裟懸けに放たれた光輝の一撃を、手にした短剣で軽々とロゼッタは受け止める。

 

「いい一撃だけど、少し迷っちゃったわね」

「……」

 

図星を突かれ、光輝は唇を噛みしめる。

理屈では解っていても、見目麗しき美女へと刃を向けるは忍びないと思うのは、

やはり男の性であろう。

 

しかしそんな無意識化での僅かな手加減があったとはいえ、

易々と自身の一撃を受け止めた目の前の美女が、戦士としても格上であることを痛感する光輝。

だとすれば、自分の行った行為は非礼そのものではないかとの思いも、同時に彼の胸を打つ。

 

「でもお姉さんは手加減なんかしてあげないわよ」

 

そんな光輝の心中を見透かしたかのようなロゼッタその目が、

光輝を捉えたまま妖しく光る。

 

「自分も加勢するッ!行きますよ!」

 

そこでユーリが援護の斬撃を放とうとするが、あろうことかその剣は、

味方である筈の光輝の手によって妨げられる。

 

「ユーリ!ロゼッタさんになんてことをするんだ!」

「光輝殿……まさか魅了を」

 

ユーリの言葉通り、ロゼッタの魅了の魔眼の術中に嵌った光輝は、

タクトを振るうかの如きロゼッタの指先に操られるがままに、

怒りを漲らせた表情でユーリへと聖剣を振りかざす。

 

「見損なったぞ、君とは友達になれたって信じていたのに!」

「光輝殿!正気に戻って下さいッ!」

「俺は十分に正気だ!君こそ正気に戻れ!ロゼッタさんに謝れ!」

 

正気を半ば失っているがゆえに、明らかにリミッターが外れた、

それでいて狙いは正確という、厄介極まりない光輝の斬撃をすんでの所で、

なんとか交わして行くユーリ、だが……。

 

(避けられな……)

 

蔦に足を取られ、一瞬ではあったが僅かに隙を作ってしまう、

そこを逃さぬとばかりに、聖剣が眼前へと迫る、が、ユーリの鼻先数ミリのところで、

聖剣はピタリと動きを止める。

 

「ユーリ……どうした、あ……」

 

そこで自分がロゼッタに操られていたことを思い出し、

怒りと、そして何より戸惑いに満ちた眼差しで光輝はロゼッタを睨む。

 

「ひ、卑怯ですっ!」

「そうよ、敵ってのは大人ってのは卑怯なことをやってくるものなのよ」

 

光輝の非難に、むしろ我が意を得たりと微笑むロゼッタ。

 

「ですがっ……」

「言い訳無用だよ!コーくん」

 

コーくんと呼ばれ、思わずロゼッタの背後のミレディへと視線を移す光輝。

 

「ミレディの言う通りよね、相手に勝手な期待や幻想を抱いちゃダメ、

もちろん、私の美しさになら幾らでも見惚れてくれてもいいんだけど」

 

(この人は……今までの誰とも違う)

 

龍太郎や雫は言わずもがな、この地で出会ったメルド、ジャンヌ、そしてハジメ、

全員が格上でありつつも、こと戦いとなれば、真っ向勝負を好む傾向のある者たちであった。

だが目の前の美女は、そんな真っ向勝負とはかけ離れた、まさに翻弄するかの如くに、

自分たちを揺さぶってくる、こちらが尋常な勝負を求めれば求めるほどに。

 

にも関わらず、ロゼッタの言葉や態度には悪意は一切感じられない、

それはまるで幼子を諭す母親の言葉であり、仕草であるように光輝には思えてならず、

つまり自分は一人前の相手としても認めて貰えていない……。

その事実を光輝は何よりも恥じていた。

 

「このままじゃ……」

 

自分を信じて送り出してくれた仲間たちに、

そして今も付き従ってくれる仲間たちに申し訳が立たない、

脳裏に雫が香織が龍太郎が、そしてジャンヌやメルド、リリアーナ、

もちろんハジメとジータの姿も過る。

何よりこれまで多くの人々に師事しておきながら、

未だそれを生かすことが出来たと言いきれない、自分の情けなさを晴らさねばならない。

 

ロゼッタをそしてミレディを睨みつける光輝、

これまでのどこか遠慮がちな、胸を借りるという甘えは

その眼差しからはすでに消え失せていた。

 

「手ぶらで帰るわけにも、だからといって……」

 

『いいよ、重力魔法、欲しかったらあげるよ』

 

そんなミレディの言葉もまた光輝の頭の中を過る、確かに頑張りを成長を示せば、

例え戦いに敗れても、目の前の解放者は神代魔法を授けてくれるのかもしれない。

だが、それでいいのか?

 

「違う……ここまで来ておいて、ただ施して貰うわけだけじゃだめなんだ!」

 

光輝は吼える、相手がどれほど偉大で、かつ尊敬に値する存在であったとしても、

今は全力で越えねばならぬ、倒さねばならぬ敵なのだと自らに言い聞かせるが如く。

 

「俺は……いや、俺たちはミレディさん、あなたから必ず重力魔法を勝ち取って見せる

そしてロゼッタさん、あなたも必ず超えてみせる!」

 

多くの人々の支えがあったからこそ、今もまだ自分はここに立っていられるのだから、

その支えには応じねばならない。

 

「って、言ってるわよミレディ?どうするのかしら?」

「大きく出たねぇ~~そういう解りやすい男の子は大好物だよ、でもね!」

 

それとこれとは別!と言わんばかりに、ミレディが指を鳴らす仕草を見せると、

その合図に従い、騎士ゴーレムの一団が花園へと姿を現す。

 

「近くしか見えてないのに声ばっかりが遠く届く人間は、こうして痛い目を見るものだよ」

 

美しさの中にも威圧感を感じさせる薔薇の園に加え、

さらに自分たちへと迫る騎士ゴーレムを前にし、流石に狼狽の色を隠せず、

思わず遠藤は光輝へと問いかける。

 

「どうすんだよ、怒らせてしまったぞ」

「遠藤……よく聞いてくれ」

 

乱戦になろうとしている中で、仲間の名を呼ぶ光輝、

もうその姿を目で追う事すらしない、そんな事をしても無意味だし、余裕もない。

ともかく光輝は手短に遠藤へと要件を伝えていく。

 

「頼んだぞ、お前が鍵だ」

「けど……そんなで、本当に」

「やってみなけりゃ答えはゼロだ、それに南雲たちよりも戦力が劣る俺たちに、

考えつく勝ち筋は多分、これくらいだ」

 

(……そうだな)

 

自分のやれることをやる、それはかつて他ならぬ自分が光輝へと言ったことではないか。

 

「分かった、やってみる」

 

そう一言だけ告げると、スゥと見る見る間に、

自身の傍にあった気配が薄くなっていくのを感じる光輝。

 

(見事なもんだな……)

 

当人にしてみれば、複雑な思いも抱えてはいるのだろうが、

今となってはその力に頼るしかない。

 

「何か考えがあるみてぇだな」

「上手くいくかはわかりませんが……」

「ま、何事にも力任せだった頃よりゃマシになったようだな」

 

犬歯を剥き出し頷くと、カリオストロもまたゴーレムを迎え撃って行き、

光輝もまたユーリらと連携し、ゴーレムを自身の射界と誘導していく、

そしてゴーレムの一団とロゼッタとが一直線に並んだ時だった。

 

「神威!」

 

裂帛の気合と共に、光輝は高く掲げた聖剣を力強く振り下ろす。

 

「次は大技ってわけ?けど甘いわね」

 

ゴーレムもろとも、ロゼッタを守るように囲う薔薇の結界を除去すべく、

自身の決め技の一つである神威を放つ光輝、だが聖剣から放たれた白色光線は、

自身の眼前に展開するゴーレムたちこそ粉砕せしめたが、

ロゼッタの展開する茨の結界を突破することは叶わず、

あろうことか逆に光輝の背後に人の顔程もある、大輪の薔薇が花開いたと思った瞬間、

結界が吸収した、自身の攻撃のエネルギーがそのまま光輝本人へと弾き返される。

 

「ここはアタシに任せるっす!」

 

予想外の、しかも技の硬直のため回避も防御も出来ず、息を呑むしかなかった光輝だが、

咄嗟にカバーに入ったファラがそのカウンターの一撃を受け止める。

 

「ファラ、なんてことを!」

「持ちつ持たれつっすよ、一人で戦ってるわけじゃないんすから、先輩」

 

事前に障壁こそ張っていたのだろうが、それでも決して無傷とはいえない様で、

フラフラとファラは立ち上がり、戦列にまた戻ろうとし、少し休んで……、と、

思わす口にしようとした光輝に、今度はユーリの声が飛ぶ。

 

「光輝殿!お気になさらず、ファラは自分の役目を果たしただけです!」

 

ユーリの言葉に、また自分は誤ろうとしていたことを認識する光輝、

仲間を労わるのはもちろん大事なことだが、

それも戦いに勝利するためという大前提があってのこと、

ミレディの言う、声は遠くに届くのに近くしか見ていない……、

今の自分はまさにその通りではないか。

 

「ありがとう、二人とも後ろは任せた」

 

光輝は聖剣を握りなおすと、自らが切り開いた道を辿り、再びロゼッタへと吶喊する、

まるで自分にはこれしかないのだと言わんばかりに。

 

「そうよ、男の子は元気が一番よ!四の五の考えずにそうでなくっちゃ」

「そうやって人をいつまでも子供扱いしないでくれ!

あんたたちにとっては俺たちは相手にもならない、

ちっぽけな未熟者でしかないのかもしれない!けれど……っ!」

 

声を詰まらせ、視界を歪ませながらも、自身に迫る毒棘を生やした蔦を切り払い、

光輝は確実にロゼッタへと肉薄していく。

 

「君の気持ちがわからないわけじゃないのよ」

 

ロゼッタのその声には寂しげな……まるで長い時を生きる中で通り過ぎて行った若者たちを、

偲ぶような響きがあった。

 

「でもね、本気だから、真剣だから……ただそれだけでは届かない物もあるの、

そしてそれを分からせるのが大人の役目なの」

 

ロゼッタが指を鳴らすと、光輝の行く手を阻むように何かが落ちてくる。

そこにあったのは茨の蔦に全身を絡め取られた遠藤の無残な姿だった。

 

「人や機械は欺けても……植物には通用しなかったみたいね、忍者くん」

「くっ……すまねぇ……」

「乱戦に紛れて何か悪さをしようとしてたみたいだけど、残念だったねぇ~~」

 

合わせる顔がないとばかりに俯く遠藤、それとは対照的に、

別に自分が何かをしたわけではないのに、誇らしげに煽るミレディ。

そんな彼女に向って、ぐぬぬと歯噛みする光輝。

遠藤の隠密行動が通じない、それは完全に手詰まりになったことを意味していた。

だが……それでも遠藤の、いや、光輝たちの目は諦めた者のそれではない。

 

「それじゃ終わりにしましょ、おいたが過ぎる子たちにはお仕置きよ」

『アイアン・メイデン』

 

未だ衰えぬ光輝らの闘志、それを察してか、それとも察せざるのか、

ともかくロゼッタの指が優雅なタクトを振るうと、

茨の森が巨大なトラバサミとなって、そのまま光輝らを圧殺しようとする。

が、しかしその寸前、巨大な石壁が床から生えて光輝らを守る壁となる。

 

「そう簡単にやらせるわけにはいかねぇんだよ、引率者としてな」

「意外ね、無頼で知られる貴方がそこまで肩入れするなんて」

「ガキのお守もそれはそれで面白いもんだぜ、特にコイツはな、飽きさせねぇ」

 

光輝へとチラと視線を向け、それから豊かな金髪を掻き上げながら、

ロゼッタへと嘯くカリオストロ、いや、その言葉はロゼッタではなく、

むしろその背後のミレディに向けているかの様に聞こえた。

 

「また!往生際が悪いわね」

 

そんな中、スキを見てまた何かを仕掛けようとしたのか、

またしても茨に捕われ、床へと叩きつけられる遠藤、

茨の棘が全身に突き立ち、その黒装束が鮮血で湿っているのがまざまざと見え、

 

『リアンプルーヴ』

 

慌ててファラが回復アビリティを遠藤へと使用する。

 

「だ、大丈夫っすか?」

「そこは根性っす、だろ……ファラ」

 

俺だって少しはいい格好したいんだとばかりに、強がる遠藤、

まして、自分も召喚されて以来、それなりに酷い目にもあっているんだからと。

 

「よくも遠藤をっ!行くぞユーリ!」

「はい!相手の陣形を崩しますっ!」

 

奇襲が通じないのならば、やはり正面からの正攻法しかない、

そう作戦を切り替えたのか、光輝とユーリは茨とゴーレムが溢れる通路へと剣を構え。

 

「所詮小細工なんぞ、お前らにはどだい無理ってことか、チッ」

 

呆れ顔でカリオストロもまた二人へと続く、その間にも。

 

「いい加減になさい、私はともかくこの子たちを欺くのは並大抵の隠形じゃ無理よ」

 

これで幾度目だろうか?懲りずにまた何かを仕掛けようとしたのか、

茨に絡めとられ、棘に刺され、床に叩きつけられる遠藤、ファラが心配げにその顔を覗き込む。

 

「そんな顔すんなって……つか並大抵の……隠形な」

 

激痛に息を詰まらせ、のたうちながらも、

そんな呟きを漏らす遠藤のその目は、決して諦めた者の瞳ではなかった。




勝利のカギを握るのは?


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例え灰になっても

この一連の展開は早めに畳んだ方がいいかなというのと、
自分なりに迷っていることを確定させるべきかもという思いもありまして、
ペースを上げさせて頂きます。



 

ガシャガシャと大量の金属音がカリオストロの耳へと届く、

恐らく、迷宮内全てのゴーレムをこの部屋に展開させようとしているのだろう。

 

「流石にキリがねぇな」

 

カリオストロの指先一つで錬成された大量の武具が、

宙を飛んでは、その都度ゴーレムをいとも容易く粉砕してはいくのだが、

しかし粉々になったゴーレムも、またその都度魔力光を帯びながら再生し、

何事もなかったかのように、戦列へと復帰していく。

 

「満足に魔力を使えるようになったのは、こっちだけじゃなく、相手にも有利ってことか」

 

いや、相手には、ほぼ無限に行使できる戦力があるのだ、

このままでは文字通りのジリ貧である。

そんな中で、カリオストロはロゼッタの背後のミレディの姿を視界に収める。

性格的にいって何かを仕掛けてくる事は多分に予想していたが、

未だ彼女は動かず、ただゴーレム軍団を展開させたのみだ。

かといってロゼッタに任せきり、という風にも見えない。

 

(ご自慢の神代魔法、何故使わない……いや、使えねぇのか、もしかすると)

 

だとすればもうミレディには、自分が予想している以上に、

残された時間は少ないのだろう。

急がねばならない、ただ自分は光輝らのお守のためだけに、

ここへ来たわけではないのだから。

 

そこで何かに気が付いたのか、ほうと小声でカリオストロは呟く、

結局、考え無しの吶喊かと思いきや、なかなかどうして。

 

「前言撤回だ、バカはバカなりにってことか」

 

そしてカリオストロの言うところのバカ、光輝、ユーリ、ファラの三人は、

生い茂る茨を、行く手を阻むゴーレムを切り払いながら、

何とかロゼッタに、ミレディに肉薄せんと試みている。

そんな彼らの耳にも、当然のことながらゴーレムのさらなる軍団が、

こちらへと向かいつつある音が届いている。

 

このままだと恐らく物量で押し切られることは彼らとて承知している、

何より自分たちが保たない、その前にせめて……。

 

「行ってください」

 

焦りを覚え始めた光輝へと、ユーリが声を掛ける。

 

「余力が残っている間に、我々は勝負をかけねばなりません」

「今がその時っす!」

「分かっている……けど」

 

大技を使って強引に道を拓けば、先程の様にカウンターの餌食である、

かといって確かに小技では埒が開かない。

 

「今は出し惜しんでいる余裕はないっすよ!」

 

ファラの言葉に頷く光輝、確かに届かないまま、

ここで倒れてしまうわけにはいかない、

ましてや、あれだけの大口をすでに叩いてしまっているのだ。

 

カリオストロの推察通り、確かに光輝には考えがある、

だが、そのためには……。

悠然とした表情でこちらを見据えるロゼッタと視線が重なる、

それはまるで光輝へと何かを促しているかのようだった。

 

「二人とも頼む」

 

光輝の言葉に待っていましたとばかりに頷く、ファラとユーリ、

その身体に光の魔力が迸り始める、それは光輝から見て、

自分たちとはまた違う種の魔力のように見えた。

 

「「必殺!」」

 

二人は声を合わせ唱和する。

 

「突!」

 

光の魔力を纏い、ゴーレムを薙ぎ倒しながら突撃するユーリ、

 

「撃!」

 

さらに飛翔し、上空から茨を切り裂く大上段からの一撃を振り下ろすファラ。

茨の壁が切り払われ、ロゼッタを護る結界がついに剥き出しとなる。

 

そして、二人は空中で互いの身体を交差させると、

そのまま同じタイミングで結界の中枢へと、渾身の力で斬り込みをかける。

 

「「双破刃!」」

 

空を切り裂く破裂音と、そして何かがズレるような音が、

立て続けに響き、ついにロゼッタの薔薇の牙城が崩れ落ちる。

しかしその代償は大きい、切り裂かれた茨の蔦がそのまま刃と化して、

ファラとユーリの身体を切り裂き、刺し貫く。

 

「二人ともすまない!だが、俺は俺の役目を果たす!」

 

視界に僅かに飛び散った血の赤を認識しつつも、もう振り返ることなく、

ここまで温存していた"限界突破"を使用する光輝、

いや、それだけでは足りない。

光輝の身体がさらなる魔力の輝きに覆われる。

 

"限界突破"終の派生技能[+覇潰]。

 

"限界突破"の上位技能にして、基本ステータスの五倍の力を得ることが出来る。

文字通り最後の切り札である。

かつてはあのオルクスでの危機の中での感情の昂りにより、

偶発的に一度発動したに過ぎなかったが、あの王都でのジャンヌとの訓練、

そしてハジメとの模擬戦の日々が、彼自身の意思による発動を可能としていた。

 

「骨は拾ってやる……全て出し尽くしてみやがれ、だからぁ」

 

そしてそれに呼応したかのように、カリオストロのエプロンドレスが、

まるで天使の羽根を思わせるかの如くはためき始める、

そしてカリオストロは、そんな天使の姿態でもって、

文字通り悪魔の所業を実行する。

 

「カリオストロのために頑張ってェ♪……エンデュミオン」

 

カリオストロが虚空に指を翳すと、天使の羽根のような何かが光輝らへと舞い降りる。

 

「魔力が……」

 

光輝たちは己の傷ついた身体を魔力が満たしていくのを、

確かに感じていた。

カリオストロの使用したこのアビリティは魔力の完全充填のみならず、

全てのアビリティ、技能の再使用が即座に可能となる。

もっとも属性の縛りがあり、遠藤に関してはその恩恵を今一つ享受することが、

叶わなかったようであったが、それはともかく。

 

「光輝……この期に及んで小細工なんぞ承知しねぇぞ」

「おおおおおっ!」

 

そんなカリオストロの言葉が耳に届いたのか否か、

果たして光輝の身体が叫びと共にさらなる輝きを帯び始める、が。

純白の光に混じり、今度は赤い霧までもが光輝の身体から一気に噴き上がる、

あろうことか彼はただでさえ強烈なデメリットがある"限界突破"を、

そしてさらにその上位技能"覇潰"を重複して使用したのだ。

それが肉体にどういう影響を及ぼすのかは、想像に難くないだろう。

 

自身の視界が深紅に染まり、自分の全身から鉄錆のような臭いが漂いだすのを認識する光輝。

ステータスの急上昇に器である肉体が耐えきれず、崩壊を始めているのだ。

しかし痛みはまるで感じない、それどころか自分の心が小波一つも無く、

ただただ澄み切っていくのを光輝は如実に感じていた。

 

それは正義も悪も神も魔もない、ただ純粋なまでの闘争本能だった、

不意にハジメに案内された、奈落の闇がフラッシュバックする。

ああ……あの地の底でアイツもきっと……。

 

(これが……俺の中に棲まう獣……)

 

かくして、これまで散々口にしてきた小利口な理屈を全てかなぐり捨て、

己の中の衝動を解放し、光輝は猛然とロゼッタへと襲い掛かる。

それはまさしく闘争のための一匹の獣、いや獅子と呼ぶに相応しかった。

 

「やるじゃない、けれど花が最も美しいのはね、散り際なのよ!」

 

ロゼッタの目は今の光輝が文字通り命を燃やしながら、

この場に立っていることを見抜いていた。

しかしそれでも彼女は非情なまでに光輝とマトモに戦おうとはしない、

戦士の誇りなど戦場には無用とばかりに。

 

それはただひたすらに理想を求める子供と、

そんな子供に、ほろ苦い現実を教えようとする大人との戦いでもあった。

 

光輝が死力を尽くせば尽くすほどに、花園を舞うかの如く退いていくロゼッタ。

それは花から花を渡り歩く蝶のようでもあり、一方、ようやく捉えたこの機会を逃すまいと、

自然の流れに、己の心に任せるままに、まさに蝶を追う蟷螂のように剣を振るう光輝。

それは華麗なる勇者の技ではなく、自分が最も慣れ親しんだ八重樫の剣技だった。

 

(結局はここに戻るんだな……)

 

そんな皮肉気な思いを光輝がふと抱いた時だった、

握った聖剣が震えだし、まるで怖れを為すかの如く点滅を始める、

止めろ、これ以上やると死ぬ、と、言わんばかりに。

 

「静まれッ!俺を選んだのなら最後まで付き合え!己の任を全うしろッ!」

 

主の一喝にまた輝きを取り戻す聖剣、が、

ここでぐらりと天地が逆転するかのような眩暈が光輝を襲い、

同時にその口から大量の血が溢れ出し、一瞬ロゼッタの動きが止まる。

しかし……肉体は死に向かっていようが、心は魂はまだ燃え尽きてはいない、

その証に、聖剣の一閃がついにロゼッタのドレスを掠める。

 

「俺はっ……敵に心配される程……まだ堕ちちゃいない!」

「こんなところで朽ち果てるのが坊やの本望ってわけかしら?乳酸菌でも摂ったらどう?」

 

腰の短剣を抜き、切り結びながら呆れ声で問うロゼッタ。

だが、同時にこうも思う、獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすという、

目の前の相手に真剣になれぬ者に、どうして勇者を名乗る資格があろうかと。

しかし、それを抜きにしても、光輝のそれは良く言えば純粋、

悪く言えば極端に過ぎる。

 

(飽きさせない……ね)

 

そう光輝を表したカリオストロの気持ちが少し理解出来た気がした。

 

「そんな生き方を続ければ、いずれ貴方は破滅するわよ、ましてや

こんなところで朽ち果てたら己の身を呪うにも呪えないわよ」

 

いずれどころか、今まさに破滅への階段を昇ろうとしている少年へと、

若干揶揄するかのような口調でロゼッタは問いかける。

 

「例えそうだとしても、代わりはもう見つけている」

 

今ならはっきりとあの夢の意味が分かる、墓に埋まっていたのは、

南雲ハジメではなく、自分自身だったということが。

 

「坊やの後釜だなんて、随分と迷惑な話じゃないの」

「教室で楽をしてた分、勇者の……いや、俺の命、せいぜい高く売りつけてやる、

世界平和じゃ到底足りないくらいの値段でな!」

 

我ながら勝手だなと思うが、今くらいはいいじゃないかとも思っていた。

どうせ向こうも、自分についてロクなことを思ってなかったに違いないのだから。

 

 

そして、その頃……陰に潜んでいたもう一人、遠藤浩介がまた動き始める。

 

(ここまでなら……大丈夫)

 

自身を睨むかのような花々へと、睨み返すかのような視線を返し、

遠藤は呼吸を整える。

 

何度も何度も阻まれた隠形ではあるが、

ただ無意味な失敗を繰り返していたわけではない、

痛みに堪えながらのトライアンドエラーの中で幾つか気が付いたこともある。

 

例えば……あくまでも反応しているのは薔薇の花であって、

ロゼッタ本人、ましてミレディではないということなどだ。

ロゼッタが光輝との戦いに、集中している、集中せざるを得ない今ならば……

 

「俺みたいな奴は……結局こうして地道にやるしかないからな……」

 

だからあえて最初の数回は捕まってみせた、自分の本気を悟らせないために。

 

遠藤は懐から、以前カリオストロに作って貰った、

幾枚かの人型を象どった形代を取り出す、自身の毛髪を組み込んだそれは

いわゆるチャフの役割を十分に果たしてくれる筈だ。

 

頭上を見上げる遠藤、天井までは蔦の上を這えば、それほど難しくなく辿り着ける。

 

(後は……スピード勝負……だな)

 

そして遠藤はこれまで培った本気の隠密術で以って、行動を開始する。

ルートは何度も頭の中で反芻している、目を閉じていても走破出来る、

そして目標は……。

 

まさに忍者の如く天井を駆け、宙へとダイブする遠藤、

しかしそこで花々が遠藤の存在を察知し、まるで剣のような蔦か今度こそ真っ二つにせんと、

空中の遠藤へと斬りかかるが、

彼の放ったチャフにより、蔦の目測はみるみる内に狂い始める、

 

だが、チャフの影響を受けなかった幾本かが、遠藤の身体を捉えようとする、

しかし。

 

「根性っす!」

 

そんな叫びと同時にまたしてもファラが遠藤を庇い、

その身に無数の棘を受け、花園がさらなる血の赤に染まっていく、さらに……。

 

「俺が活路を開く!」

 

いつの間にか接近していたユーリが大上段から剣を振り降ろす、

だが、その目標はロゼッタではない、ユーリが狙ったのは、

小さな身体を震わせながら、戦況を見守っていたミレディだった。

 

「おわっ!こんな形で不意を突くとはね、やるねぇ」

 

しかしユーリの一撃は、ミレディの障壁によって止められる。

 

「ぐっ……」

「痩せても枯れても"解放者"だよん、チミのようなルーキーが不意を討とうったって」

 

確かに痩せても枯れても解放者だ、完全に虚を突いたと確信して振るった、

ユーリの刃を苦も無く受け止めたのだから。

しかし、ミレディはユーリの……その、どこか納得したかのような表情に、

微かな違和感を覚えていた。

 

「悔しく……ないのかい?」

「俺なんてまだまだ修行が足りませんから」

 

ミレディの問いにユーリはただ静かに微笑む、

彼のその笑みの意味を、ミレディが一瞬考えあぐねたその瞬間、

横合いから遠藤が彼女の身体を抱え込み、空中へとかっさらった。

 

「こっちのおばさん!ミレディさんはこの通り!こちらが確保したぞ!」

「おば……っ」

 

ミレディの喉元らしき箇所にナイフを突きつけ、

坊や呼ばわりの仕返しとばかりに叫ぶ遠藤。

 

「何度でもやり直せるなら、傷つく価値もあるってもんだ!」

 

遠藤の声に苦笑するロゼッタ、その笑顔を見て光輝も緊張と共に構えを解いていく。

 

「最初から狙いは私じゃなかったのね」

「ええ、それに言ったじゃないですか、越えて行けって、

……倒せと言われたら困ってましたけど」

 

それでも途中からは作戦の事は半ば頭の中からあえて消していた、

本気でなければ、命を捨てねば、この薔薇の女王を欺くことは出来なかったに、

違いないのだから。

 

「ちょ、ちょっと!何いい雰囲気になってるのさ、試練はこれで終わりじゃないよ!」

 

遠藤に抱きかかえられたまま、異議を唱えるミレディ。

遠藤一人だけならば、振りほどくのも苦はないのだろうが、

生憎とカリオストロがすでに睨みを利かせている。

 

「あら?不満ならもう一度やり直してもいいわよ、けど」

 

ロゼッタはこれ見よがしに光輝へとしなだれかかり、腕を絡める。

 

「その代わり、今度は私こっちに付くわね」

「いやあ!ロゼッタさんのような強くって美しい人が味方になってくれるだなんて!

これはもう勝ったも同然ですね!」

 

これまでの鬱憤を晴らすかのように、あからさまな大声で叫ぶ光輝、

その気になれば、彼もこれくらいの意趣返しは出来るのだ。

 

「ううう……」

 

言葉を詰まらせるミレディ、彼女とて光輝たちの死力を尽くした戦いぶりには、

大いに感じるところがあったのは事実であるのだから……。

 

「ほら、ミレディさんも行ってたっすよね」

「はい、確かに言い訳無用と聞いたのであります!」

 

ファラとユーリの言葉にミレディは観念したかのように軽く頭を振る。

 

「分かったよ、釈然としないけど……負けは負けさ」

「か、勝った……勝ったぞオイ!天之……河」

 

遠藤の歓喜の声と、ミレディの敗北宣言と同時に、"覇潰"の効果が切れたのか、

いや、精神の緊張を解くことで、肉体が限界を思い出したのか……。

全身を朱に染め、ついに光輝は地に膝を衝く。

 

(はは……少しやり過ぎたか)

 

爪から目から耳から、全身の穴と言う穴から出血し、

赤く染まった視界は闇に包まれつつあった。

 

遠藤が、ミレディが何かを叫んでいるようだが、もう今の自分にはどうでもいい。

いや、どうでもいい……というわけにはいかないのだろうが、

今の光輝には不思議な充実感があった。

 

(お祖父さん……やったよ、初めて……)

 

それは、望みは全て叶うと信じきっていた少年が、

初めて心から勝利を渇望し、そして勝利することの尊さを、

望みを叶えるための険しさを知った証だった。

……例えそれが自分の手に拠る物でなかったとしても。

 

むせかえるような自身の血の臭いに混じって、ほのかな薔薇の芳香が鼻腔に届く、

ふと視線を上げると、そこにはロゼッタの笑顔があり、

光輝は満ち足りた表情で、その傷ついた身体をロゼッタの胸の中に預けて行く。

 

「お疲れ様、勇者くん」

 

こんな美しい人の腕の中でなら……勇者冥利に尽きる、と思いながら、

光輝は意識を手放していく、その耳にミレディの絶叫が届いた。

 

「これが……こんなのが勝利だっていうのかい!」

 

絶叫するミレディ、全身から噴水の如く鮮血を溢れさせる光輝のその姿は、

どこから見ても致命の域に達しているとしか彼女には思えず、

何より、そんな光輝の姿を確認して置きながら、平然としているカリオストロらの表情も、

ミレディに取って信じ難き物であった。

 

「目的の為に平然と味方を使い捨てる……こんなやり方……」

 

ミレディの脳裏にかつての……神の名の下に平然と非道を行った、

聖光教会の騎士たちの姿が甦る。

 

「勝ちは勝ちっすよ、ね」

 

さらにそんな自分の嘆きなど、どこ吹く風のファラの口調がミレディの怒りに火を注ぐ。

 

「ふざけるな……ふざけるなよ」

 

ミレディの声に身体に怒気が籠って行く、

その姿こそがミレディ・ライセンがいかなる者かを如実に表していた。

 

「勝てばそれでいいって奴らなんかに、神代魔法を授けたりなんかしてやるもんか!」

 

次いでミレディの視線は今まさに命の灯が消えようとしている、

少なくともミレディの目にはそう見える、光輝へと注がれる。

 

「さぁその子を今すぐ助けろっ!返せよ!戻せよ!産めよ!」

「大丈夫です、ホラ」

 

憤怒で声を荒げるミレディを宥めるかのように、遠藤が声を掛ける。

彼が目で促したその先には、余裕の表情を隠さないカリオストロがいる。

 

「カリオストロさんが、ああいう顔をしている時は」

 

とはいえど、そういう自分も血みどろの光輝の姿に若干焦ったりはしていたが。

ともかく、遠藤の言を受け、やれやれとばかりにカリオストロが口を開く。

 

「こいつの歩もうとしてる道はな、こんな程度で終われるほど楽じゃねぇんだよ、オラ!」

 

ロゼッタの豊かな胸に倒れ込もうとした光輝の首根っこを、

カリオストロは容赦なくぐいと掴んで引き剥がす。

 

「寝るにははぇぇぞ、勇者で在りたいのなら……灰になってなお、

羽ばたき続けなきゃならねぇんだ」

 

と、カリオストロが言い終わるか否かの内に、光輝の傷がみるみる治癒、

いや再生していく、まるで映像の逆回しを思い起こさせるかのように。

 

光輝らに行使したアビリティ『エンデュミオン』のもう一つの効果、

それは瀕死状態に陥った対象を即座に全快状態で蘇生させるという物だった。

 

従って光輝の傷は見る間に塞がり、元の爽やかイケメンに戻るまで、

ほんの数瞬の時間しか必要とはしなかった。

 

「死の手前ってのを知った気分はどうだ?爺ちゃんに会えたか?」

 

やや不穏な言葉を吐くカリオストロへと苦笑で応じる光輝。

 

「ね、ホラ」

「何だコースケ、お前もちょっとはオレ様を疑ってたんじゃねぇのか」

 

何処か得意げな遠藤、その足下には自分が一杯喰わされたことを、

自覚したのか、わなわなと身体を震わせへたり込むミレディの姿がある。

対照的な二人の表情を交互に見やりつつも、

カリオストロはミレディの叫びを思い出していた。

 

(勝てばそれでいいって奴らなんかに、神代魔法を授けたりなんかしてやるもんか!)

 

光輝も恐らくカリオストロと同じようなことを思ったのだろう、

不意に呟きが漏れる。

 

「……そんな人たちだから」

 

神に立ち向かう事を決意し、同時に、その優しさゆえに、

彼らは神に敗れ去ったのだ、と。




というわけで決着です。
早ければ今日中には続きを投下出来るかもしれません。


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Re:START

これで勇者のターンはひとまず幕となります。



「さて」

 

一息ついたところでカリオストロがおもむろに要件を口にする、

ここにやって来たのは、少年少女の保護者としてだけではない。

 

「この大迷宮も異変が起きてるって聞いたが……」

「うん、それなんだけど……見てよこれ」

 

ミレディが何かを操作するような仕草を見せると、

彼らの足下のブロックがせり上がり、天井を越え迷宮の最上部へと運んでいく。

そして幾重にも重なった、荊で縫い付けられたかのようなブロックの封を

ロゼッタが解くと、そこには……。

 

「空だ」

「すげぇ」

 

不意に言葉が光輝と遠藤の口を衝いて出る、ブロックから覗く僅かな裂け目、

そこには何処までも続く、果て無き蒼穹の空に浮かぶ島々があった。

その雄大な眺めに心奪われる間もなく、

次は最新科学とファンタジーが融合したかのような都市が、

そして、空に浮かぶ大陸ほどもある島々を行き交う飛空艇が彼らの前に現れる。

そんな万華鏡のごとく目まぐるしく変わる未知の光景に、夢中になる光輝たち。

 

魅せられるように遠藤は空間の裂け目へと手を伸ばすが、

何かに弾かれ裂け目に触れることは叶わない。

 

「お前らもまた召喚に縛られているからな……ま、そのあたりは、

ハジメに何とかしてもらえ、が、差し当ってはだな」

 

カリオストロが促す様に視線を向けると、ロゼッタがそっと裂け目へと手を伸ばす、

すると遠藤の時とは違い、スススと無抵抗に手は空間の先へと進んでいく。

 

「帰るだけなら帰れたのよ、けれど流石に放っておいて帰れないでしょ、

何処に繋がるかもわからないし」

「誰がやって来るかもわからねぇよな」

 

光輝は堕天司や幽世の徒の姿を思い起こす、

確かにあんな奴らが、またこの世界に大挙して押し寄せれば、

エヒトと戦うどころではない。

 

「なぁ……」

 

何かを問うような遠藤の声が光輝の耳に届く、彼が言わんとしていることは光輝にも分かる。

ロゼッタがもしも自分たちに協力してくれれば、

きっとエヒトとの戦いに於いて、大きな力となってくれるであろうことも、

そして恐らく自分が一声掛ければ、彼女はきっと協力を快諾してくれる筈だということも、

だが、光輝は遠藤へとそっと首を横に振る。

それは決して行ってはならないと、今の光輝はそう己を戒めていた。

 

召喚と言う正規のプロセスを踏んだわけでもなく、

あくまでも心ならず巻き込まれただけのロゼッタに、そこまで求めてはならない、

例え、彼女自身がそれを望んでいたとしても。

 

そんな光輝へと微笑むロゼッタ、その心中も決意もお見通しなのだろう。

 

「不器用ね……つくづくあなたって」

「俺にはこんなやり方しか出来ませんし、するつもりもないですから」

 

思えば、色々ともっともらしい理屈を口にしつつも、

結局のところ何でも当たって砕けろの精神で、ここまでやって来た、

やって来れてしまった。

そしてそれがたまたま今まで成功を収めていたに過ぎないことを、

今の光輝ははっきりと理解していた。

その成功にしても、陰で友人たちが尽力していたであろうということにも。

 

「なら……私も何も言わないわ、きっと私の言うべきことは……」

 

ロゼッタの瞳がミレディを静かに、試す様に射すくめる、

ここから先は任せたと言っているかのように。

 

「たく、本来ならね、私の方が君たちより年上なんだよ、そこんとこ分ってる?」

 

年上の威厳を示さんと、ニコチャン顔を何とかそれっぽく顰めようとするミレディだったが、

却ってユーモラスな仕草となってしまい、威厳も何もあったものではない。

 

「ま、帰れる内に大人しく帰っておけ、喚ばれたオレ様たちとは

そもそものプロセスが違うんだ」

「あら酷いわ、私は蚊帳の外ってわけかしら?」

「お前はメドゥーサよりは強い力があるが、かといってシャレムには及ばねぇ

もしも、機会を見送りズルズル留まりゃ、最悪、何処の世界にも居場所のない、

漂流者のような存在に成り果てるかもしれないからな」

「それは怖いわねぇ、ふふっ」

 

ジャンヌとはまた違う、ロゼッタの蠱惑的な笑みに光輝のみならず、

遠藤もユーリも一瞬見惚れてしまう。

その横でミレディとファラは、たく、これだから……と、呆れ顔である。

 

「と、そろそろ帰らせて貰うわね、ここまで来て長居は野暮の極みだし」

 

濃緑の密林に包まれた島、ロゼッタの故郷であるルーマシー群島の風景が裂け目に映る。

 

「そのまま飛び込んで大丈夫か?」

「ユグドラシルが何とかしてくれると思うわ」

 

島の守護を担う、大地の星晶獣の名をロゼッタは口にする。

 

「お元気で……と、言えるほどの付き合いでもないですが、それでもお元気で」

 

ごく自然にロゼッタに握手を求める光輝、そういう所は何というか心得てるなあと、

その隣で顔を見合わせる遠藤とユーリ。

 

「ファラとユーリも後でお土産話を聞かせてちょうだい」

 

ロゼッタが差し出された光輝の手を、優しく包むように握りつつ、

その仕草同様の柔らかな口調で放った言葉であるにも関わらず、

身の引き締まる思いで頷くファラとユーリ、つまりそれは必ず生き残れと言うことだ。

そしてロゼッタはそっとミレディにも耳打ちする。

 

「いつまで貴方はこんな所に籠ったままでいるのかしら?」

「……」

「感じているのでしょう、新しい風を」

 

ミレディはただ沈黙で応じるのみだ、だが、そんな頑なな態度に見えて、

その内心は揺れていることをロゼッタは見抜いていた。

だが、これ以上はこの世界を去る自分の役目ではない、

ここから先は貴方の仕事よと言わんばかりに、ロゼッタはカリオストロへと視線を投げ、

カリオストロもしっかりとその視線を受け止める。

 

「そんなんだから、そんなになっちゃうのよ」

 

と、それだけを口にし、ロゼッタは最後に遠藤へと顔を向ける。

 

「え……あ?」

 

しかしそこは突然の、しかもこんな美女に顔を向けられる経験など、

ほぼ皆無(カリオストロは除外)の遠藤君である、思わず面食らい後退ってしまう、が、

 

そこで光輝とユーリが遠慮するなよと、その背中を押す、しかし少し強すぎたようだ、

勢い余った遠藤の顔は、なんとすっぽりとロゼッタの胸の谷間へと収まってしまっていた。

しかし、そんなことで動じるロゼッタではない、むしろ大人の貫録と、

包容力をもってして、遠藤を優しく受け止め、包み込んでやる、

よく頑張りましたと言わんばかりに。

 

「君の諦めない実直さが勝利を引き寄せたの、もっと胸を張りなさい」

(む……胸は……もう……)

 

さらに言葉に出来ない何かを堪能するかのように、

身体を震わせる遠藤の頭を、そっとロゼッタは撫でてやるのであった。

 

(若い男の子って可愛いわ、やっぱり)

 

かくしてロゼッタは空の世界へと帰還し、カリオストロが後始末を終えた後、

ミレディは光輝たちに重力魔法を伝授すべく、自身の住居へと彼らを導く。

未だ薔薇の女王の温もり冷めやらぬ……夢見心地の遠藤を残したままで。

 

 

「うんうん、見込んだ通りキミいい線いってるよ」

 

神代魔法習得の儀式を滞りなく終え、

まずは遠藤へと満足げな声でしきりに頷くミレディ、そしてさらに。

 

「それにキミ!キミも凄い!」

 

ミレディは光輝に向かい声を弾ませる。

 

「君は重力魔法を操るために生まれたとしか思えないよ、バッチグーさ」

 

やはり天職"勇者"は伊達ではないなと思いつつ、

光輝を見つめるミレディとカリオストロの視線が交錯する。

巨大な才あれど、それを扱う資質に欠けている……カリオストロのみならず、

やはりミレディの目にも光輝はそう映っていた。

 

ミレディは大迷宮で見せた、全てをかなぐり捨てた光輝の姿を改めて思い起こす。

あんな前のめりな男である、放置しておけばどこまでも突き進んで、

挙句、破滅まっしぐらだ。

当の本人も完全にわかってやっているんだから、なおの事始末に悪い。

そして何よりも怖いのは…

 

「約束は約束、だけどね正直……君に力を授けて良かったのか、今でも迷ってるんだ」

「ミレディさん……」

 

それはどういう?と光輝は続けようとしたが、

ミレディの声……そして何より全身から漂う沈痛な雰囲気に口を噤む。、

 

「君のその歩もうとしている道は……尊いけれど、尊いだけの悲しい道だよ

君を大切に想う人たちを悲しませる道なんだよ」

 

その言葉もまた光輝の胸に深く突き刺さった、

それもまた彼の抱えるジレンマの一つだったからである。

 

困難に手を差し伸べてくれる友の存在に、背中を押され手を引かれ、

何とかここまでやって来た、決してただ一人で辿り着けたわけではないことを、

今の光輝は心得ている、いやようやく気が付いた、だがそれは逆を言えば……。

 

先だっての死闘を、血に塗れ戦う遠藤の、ファラの、ユーリの姿を光輝は思い起こす、

その友たちを死地へと追いやることでもあるのだから。

それを防ぐ道は二つ……だがその内一つは決して選べない、選ぶわけにはいかない。

光輝は腰に携えた聖剣へと視線を落とす、

これは捨てられない、捨ててはならない物なのだから。

 

ならば大切な存在であるがこそ、困難に手を差し伸べてくれる友だからこそあえて遠ざける。

でなければ、純粋な正義を遂行する存在になれない……その覚悟がなかったから、

自分は、自分を慕う少女に拭い難き罪を犯させてしまったのだから。

 

「俺が死ぬときは、誰にも思い出して欲しくない……そして俺も

誰の顔も思い出さずに……」

 

無意識に口を衝いたそれも、また彼の心の奥底の願望であった、

そしてその瞬間、光輝の頬に痛みが走る、ミレディが彼の頬を打ったのだ。

 

「全てを一人で背負い込もうだなんてただの自惚れだ!現実逃避だ!

自己満足だ!未来ある若者が今から楽な生き方を選ぶな!」

 

一人で勝手に抱えて勝手に悩んで勝手に苦しんで、その挙句勝手に死んでいく、

それは苦しいようでいて、その実、自分自身にしか責任を負わずに済む、

身勝手かつ楽な生き方……そうとしかミレディには思えなかった。

 

「なにが誰にも思い出して欲しくないだ!

しがらめっ!しがらんでしがらんでしがらみ抜くんだ!

関わって関わって関わり抜くんだ!」

 

大切な者を悲しませないようにと選んだ道が、

結果としてその大切な人々を悲しませることとなるのならば、

それこそまさに本末転倒である。

 

「君はまだ若いんだ!今からそんなでどうする!

これから先、君は何度もきっと失敗を犯す筈さ、けれどね、

迷って悩んで躓いてでも、それでも君は進まないと行けない、

そしてその度、泣いて起き上がって振り返って省みるんだ!」

 

光輝へと渾身の声で叫ぶミレディ、例え涙は流せずとも、

その姿は泣いているように遠藤には思えた。

 

「そこまで言うのなら、このガキを焚き付けちまった責任を取って貰わねぇとな

なんだかんだっても転ばないに越したことはねぇ」

 

ククク……と、笑みを浮かべるカリオストロ、どうやらここまでの展開、

全てこの自称天才美少女錬金術師の掌の中だったようだ。

 

「オレ様の本当の目的はな、ミレディ……お前をこの穴倉から解放しに来たんだ」

「それは……」

 

俯くミレディ、まんまと上手く乗せられてしまったという思いゆえか、

反論しようにも言葉が何故か出てこない。

 

「お前さんにとってのオスカー・オルクスがどれほどご立派で大切な奴だったかなんて、

オレ様は一切知らねぇが、例えヤツが束縛系のやな野郎だったとしても

数千年縛りゃ満足してるだろうさ」

 

ミレディのオスカーへの想いを承知の上でカリオストロは煽る、

王都に滞在していた僅かな間で、オスカーとミレディの関係を、

カリオストロは察していたのである。

 

「あの工房の設備を見ただけでもオスカー・オルクスが、

大した奴だったことくらいは分かるってもんだ、そんな奴が」

 

あれ程の力を誇る錬成師ならば、いや全ての創造に携わる者ならば、

未知なる真理を解き明かそうとせずにはいられない筈なのだから、

新しい世界へと羽ばたく者をどうして止めようか。

 

「どうせ誰もがいつかはあの世へ行くんだ、

だったら新しい世界ってやつを見届けてからでも遅くはねぇよ、何より」

 

カリオストロは親指で自身の背後に立つ光輝を指し示す。

 

「老いたる者はな、若人の糧にならなきゃな、しかもコイツは知っての通り、

若者長じて馬鹿者に成り兼ねねぇ、いや、すでに片足を突っ込んでいやがる」

 

一切オブラートに包まないその物言いに反論したげな光輝には構わず、

カリオストロはさらに続ける。

 

「何より不公平だろうが、ハジメにはあんだけ沢山付いているんだぞ、それに……」

 

ここから先は声を潜め、そっとカリオストロはミレディへと耳打ちする。

 

「仕返ししたいんだろ?ハジメとジータによ、散々してやられたんだろ?」

 

ギクリとした風に肩をすくめるミレディ、住居を破壊されたのもそうだが、

含み針を使った不意討ちに失敗し、小動物たちの慰み物になってしまった屈辱の記憶が、

まざまざと甦る。

 

「お前がそういうタイプだってのは先刻承知だ、ならなおの事ってやつだ

このバカをけしかけちまえよ、お前が育てた上でな」

「悪い冗談だよ、それは」

 

それでもしてやられたままというのは、やはり解放者の沽券に関わると思ってしまうのも、

また事実である、それに何より。

 

(放っとけないなあ、やっぱり)

 

溜息交じりで光輝を見やるミレディ、ここまで関わっておきながら、

このまま放って置けば必ず転ぶと分かっている者を、

そのままにして置く手は無いように思えた……問題があるとすれば。

 

(私の残り時間で……足りるかな)

 

「ということでぇ、あとは光輝お兄ちゃん次第だよっ♪」

 

口調こそ軽いが、カリオストロが自分を試していることを、光輝は悟っていた。

勇者ならば、目の前の解放者を動かしてみせろと、

この人も通わぬ大峡谷から連れ出してみせろ、それはお前の役目だと。

 

「俺は……あなたの人生に……これまでについて何も語る権利はありません」

 

どんなに言葉を飾っても、たかが自分が、幾千の時を経てなお、

同志たちとの誓いを守り続ける解放者へ語るべき言葉などあっていい筈がない。

それはあまりに烏滸がましいことではないか?

 

だから光輝はただ素直に心情を吐露することにした。

 

「だから……あなたの中に今も住まう、オスカー・オルクスや、ナイズ・グリューエン、

メイル・メルジーネ、ラウス・バーン、リューティリス・ハルツィナ、

ヴァンドゥル・シュネー、彼らの声に、まずは耳を傾けて下さい……、

そしてもしも皆さんが許してくれるというのなら」

 

「俺と共に新しい世界を、未来を歩んで欲しい」

 

言い終えてから自身の言葉を反芻し赤面する光輝、これではまるでプロポーズではないか。

 

「ぷぷぷ……そこで、そういうふーに言う?普通」

 

もちろん光輝が必死になって考えた言葉であることは理解は出来るのだ、

だがそれでも笑いを禁じ得ないミレディ。

 

(素直なのはいいけど……芸が無いのも困りものだなあ)

 

そこは自分が後から仕込んでいけばいいかと思い直す、得意分野だ。

 

「でも、いいのかい?ホントに……私たちはね、エヒトに一度負けたんだよ」

「でも諦めきれなかった、だから大迷宮を作った、違いますか、

それに起き上がって振り返って省みろって、俺に言ってくれたじゃないですか、なら……」

「……オーくんたちには、後で謝ることにするよ」

 

死せる者たちへの誓いを守ることと、今を生きる者たちを導くこと、

どちらが尊いかは、一概に答えを出していい筈がない。

だが、とりあえずは生者と共に止まっていた時間をまた動かす道を、

ミレディは選んだのであった。

 

「けど、こんなユカイな姿を衆目の元に晒すのは……私だってね女の子なんだよ、元は」

 

そこで待ってましたとばかりにカリオストロが高らかに宣言する。

 

「安心しろ!お前の身体も魂もオレ様が完全にオーバーホールしてやる」

 

ミレディの魂魄、そしてその仮初の肉体も明らかにガタが来ている、

このままでは早晩保たないことも、承知の上である。

 

「出来ればお前さんの遺体か遺骨が……いや、せめて遺灰か埋葬した墓土でもありゃ、

ベストなんだが、それと生前の写真も頼む」

 

 

そしてカリオストロに取ってはミレディの新たな肉体の生成、

光輝らに取っては死闘の骨休みということで、彼らはライセンから、

ここオスカーの工房に移動し、数日滞在していたのであった。

 

しかしながら休息もまた戦士に取って必要なこと、そういい聞かされてはいるのだが、

何もしていないというのは正直性に合わない。

それに、ついに待望の神代魔法を得たという充実感に身体が、心が疼くのを、

光輝は自覚していた。

 

徒に敵を求めること、まして力を弄ぶのは勇者にあるまじきこと、

そうは思っても、やはり新しく得た力を早く試したいと思うのは、ごく自然なことだろう。

 

(南雲たちは今はハルツィナだったか?で、次はシュネー雪原……か)

 

客間から複数の気配を感じる、恐らく遠藤たちも目が醒めたのだろう。

あとは……光輝は数日前から固く閉じられた工房の扉を、

少し不安げに見つめたその時であった。

 

「わぁ!」

「ぶっ!」

 

いきなり耳元で叫ばれた大声に仰け反る光輝、慌てて声のした方向、

自身の肩の上へと視線を移すと、

そこにはニコちゃんゴーレムではなく生前の美しき金髪少女の姿を模してはいたものの、

"ぷちりっつ"サイズにまで、スケールダウンされたミレディの姿があった。

 

「やっぱり人間はな、生まれた時の姿が一番なんだよ」

 

我ながら白々しいなと、自分の言葉を皮肉気に思いつつカリオストロが姿を見せる。

 

「ナリはこんなだがな、肉体の強度も魂魄の維持についても、

かなりのレベルの物が出来たとオレ様は自負している、

ま、年齢を考えて動きゃ、長持ちは保証するぜ」

 

「へへ……ねぇ、ところでさっきの驚いた?驚いた?」

「……っ」

 

反論しようとして、そういえばこの人はこういう人だったと思い返す光輝、

こんな人騒がせな人とこれからやっていけるのかと、一瞬不安も過るが。

 

「年齢って……さ、実際の所どれくらい……」

 

ミレディの神妙な声音に、カリオストロはそっと耳打ちする。

 

「そう……それだけあれば、何とかなるかな」

 

ミレディの言葉に身が引き締まる思いを覚える光輝、そう、彼女は、

恐らく残り僅かであろう自身の時間を自分に預けてくれているのだ……だから。

 

「そんな貴重な時間を……俺のために」

「ふうっ」

「わぁ!」

 

今度は耳に息を吹き替えられまたまた仰け反る光輝……まるで台無しだ。

しかしこういうしょうもない悪戯の一つや二つ……気にしてはならない筈だ、

そう、きっと。

 

「ま、いいじゃねぇか、発展途上の未熟者と全力を出せない半端者、

二人合わせて一人前だ、それに人生張りがありゃ、そうそうくたばりゃしねぇよ」

 

カリオストロのその言葉は、二人のこれからを暗示しているかのようでもあった。

 

「それにね、君のそのひたむきさは、一途さは諸刃の剣なんだ、

一歩間違えれば容易く悪に、正確には悪い大人に騙されて利用されかねないんだよ」

 

光輝の長所であると同時に、欠点である一途さ、

悪く言うなら思い込みの激しさについては、恐らく生まれつきの物で、

根本からどうこうするのは難しいと、ミレディは判断せざるを得なかった。

いわゆる"資質に欠ける"とはそういうことなのだ。

だから自分が動く、この巨大な才が人々に災いをもたらさぬ為にも。

 

(そういう私も……君に取っては悪い大人の一人なのかもしれないけど)

 

そう、天之河光輝にとって、いや彼だけではなく、

全ての若者にとってふさわしき道は、ミレディにとって一つだけであり、

その先にあるゴールへと彼を導くことが、自分の使命と彼女は心得ていた。

 

(いつか君をその剣から、勇者の責務から解放してあげるために……、

世界を使命を引き換えにしてでも守りたい、そんな誰かを見つけてあげるために

ありふれた普通の幸せを与えてあげるために)

 

かくして勇者と言う名の諸刃の刃は、解放者と言う鞘の中へと、

一先ず納まることが出来たのであった。




次回からはまたハジメのターンにもどります、
ということで勇者のオーバーホールはこれにて一段落です。

書いていて思ったのは彼はもちろん善人ではあるんですけど、
お祖父さんの善を信奉し、それを実現しようとする純粋(単純)な人という印象が強くなりました。
つまり自分自身の経験により培われた善ではないので、応用が利かないんですね。

何といいますか、導いて貰うことを心の奥底で欲していた男が、
導く側に回ってしまったというのも、原作での不幸の遠因だったと思うのですよ。
そして雫や龍太郎といった周囲の存在も、光輝に導きを求めて期待はしても、
理解してくれているとは、言い難い状況だったわけなので、
これでは上手く行く筈もないんですよね。

その導く存在にしても、どこまで行ってもこの男は、
お祖父さんの言葉にしか耳を貸さないのではないのかな?と、思わざるを得ず。

(光輝がシャアならば、完治お祖父さんはダイクンみたいな物でしょうか
カロッゾとマイッツァーじゃなくって良かったといいますか……
何でもガンダムに例えて申し訳ない)

実際、それで破滅一歩手前まで追い詰められたわけですから、
だからお祖父さんに匹敵する存在を与える必要があると思ったんですね。
メルドさんはあくまでもいい人、兄貴どまりだと思うので。

従ってジャンヌダルクと言う歴史上の偉人の名を冠する自分の鏡とも言える少女を、
ミレディ・ライセンと言う、かつて神に立ち向かった解放者を、
つまりお祖父さんと同等と思ってくれるであろう存在を彼に与えたわけです。

そして言い訳がましくはありますが、そんな男が他者の話を受け入れるための土壌として、
やはり挫折は必須であったかとも思います、少々過酷過ぎたとは思いますが。
純粋さからくるであろう一種の排他性と、濁を一切許せない狭量っぷりを何とかしない限り、
誰の話にも耳を貸さないだろうという思いが拭えなかったわけなのです。

ともかく最終章は彼らの見せ場もちゃんと用意してありますので、
(ハジメたちへの『仕返し』も、二人でちゃんと行う予定)
今暫くハジメたち共々この作品込みで見守って下されば幸いです。

それとタグ追加しました、覚醒という言葉はなんか違う気がしたのと、
時間がかなりかかったこともありますので、覚醒ではなく晩成という言葉を使うことにしました。


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最後の大迷宮へ

まさかのスペシャルゲスト参戦か!


 

 

それは南雲ハジメらがこのトータスへと召喚される以前の話。

 

「タイムスリップかと思ったが……」

 

氷の迷宮、その最深部で溜息を吐く一人の少年。

その姿はよく見ると、いやその必要もなく南雲ハジメに極めて酷似しているのが、

一目瞭然である、しかしこの世界に於ける南雲ハジメと比べると、

その表情は遙かに猛々しく、そしてその右目は眼帯で塞がれていた、

そう、今の彼は魔王と呼ばれ、時に敬われ、時に恐れられる、そんな存在となっていた。

 

「平行世界……ねぇ」

「タイムスリップじゃないってことは、この今のこの世界にも、

いずれは私たちがやってくる可能性があるんだよね?」

 

ポニテ姿のサムライガール、八重樫雫も、やはり思案気な顔を見せる。

 

「ねぇ……だったら……助けないの?私たちのこと」

 

今の自分たちの力なら、戦いの中で散った命も取り戻せるかもしれない。

そもそも召喚される事もなくなるかもしれない。

いや、実際今この場でエヒトの元へと殴り込んでも構わないのだ、

だが……魔王は静かに首を振る。

 

「いや、止そう、俺たちが干渉することで、

この世界があれ以上に大きく変わってしまう可能性もある……」

 

それでも不安げな銀髪の乙女、白崎香織へと金髪の吸血姫、ユエがそっと口添える。

 

「……この世界のハジメでも、きっと大丈夫」

 

その確信を持った言葉に、かなわないなぁといった表情を見せる香織、

いや、香織に限らず、魔王の背後に控える妻にして巫女たちも、

一様に同じような表情を浮かべる。

 

「さぁ、脱出するぞ、後のことは後の俺たちに任せよう……原因も片付けたし」

 

一瞬、あれは何だったのか?そんな思いも頭に過るが、

この南雲ハジメは、あまりそういうことは気には留めない。

 

ともかく魔王たち一行は、後に続く自分たちにこの世界を託し、

自らの世界へと帰還する。

 

しかし……魔王といえども手抜かりはある、この世界に流されることとなった、

そもそもの原因でもある、異空間での戦い、その際、僅かではあったが、

ハジメの身体に付着した敵の欠片が、このトータスの地に残されたままとなっていたのだ。

その銀の欠片は……その魔王の、南雲ハジメの姿を明確に写していた。

 

そして特異点が……蒼野ジータがこの世界にその存在を露にしたその時、

銀片は、記録と改竄を司る星晶獣アーカーシャの欠片は輝きを放ちだすのであった。

 

 

そして時は経過し、太陽の光を浴びてキラキラと光りながら、

雲海の上を滑るように駆ける飛空艇。

 

目指す最後の迷宮がある、シュネー雪原は魔人領である、

目撃されると厄介ということで、ハジメらは彼らの目が届かないであろう高高度から、

魔人領内へと侵入していた。

 

「バレてるだろうけどね……」

 

ハジメに代わり操縦を担当しているジータが外を眺めつつ呟く。

樹海及びその近辺に潜伏していた魔人族は、ハウリア族とシャレムの活躍によって、

殆ど駆逐されたであろうとのことではあるが、

どうあったって討ち漏らしは当然あるだろうと考えるのが自然であるし、

ハウリア族もシャレムも皆殺しを決して望むような者たちではない。

 

「バレるといえばだが」

 

操縦席にお茶を持ってきたシルヴァが、少し天井を、

正確にはその上の空の彼方を気にするような仕草を見せる。

 

「別に神様だからって空の上にいるってわけじゃないと思うし」

 

笑顔で応じつつも、むしろそっちの方が殴り込むには楽でいいかなと、

ふとそんなことを思いつつも、モニターを真下へと向けると、

相も変わらずの厚い雲の絨毯が広がっている。

 

「この雲の下は、ずっと雪と氷で覆われた大地が続いているんだっけ?」

「……ん、シュネー雪原は常に曇天に覆われてる、外は極寒」

 

ジータの隣で操縦の補助を担当しているユエが答える。

そう、【シュネー雪原】とは【ライセン大峡谷】によって南北に分かたれた、

大陸南東部にある一大雪原だ。

ユエの言う通り、年中曇天に覆われ、雪が止むときはあれど、

太陽が覗くことはなく、氷雪で覆われた大地が続いている

 

「そしてその奥にあるのが……」

「……ん、氷雪洞窟、私たちの最後の目的地」

「外気温は推定マイナス数十度……南極並みだね」

 

地形や天候が記された地表用のソナーの画面を見ながら、身体を震わせるジータ、

と、そこに。

 

「ふぅ」

 

今度は作業用の白衣を身に纏ったハジメが操縦席に入って来る。

 

「お疲れ様、ハジメちゃん」

 

ジータの労いの言葉に応じるかのように、

すかさずシルヴァが注ぎたてのお茶をハジメへと手渡す。

熱々のお茶をふーふーと冷ましつつ、ハジメは精密作業用のゴーグルを外し、

先程までの作業の緊張を解くかのように、壁へともたれかかる。

 

「お前らも休憩しないか、あとは真っすぐ進むだけだろ、オートに切り替えりゃいい

あの厄介な鳥やデカブツも、ここまでは飛んでこれねぇだろうし……」

 

ハジメは掌の上の羅針盤―――望んだ場所を指し示すという概念魔法が込められた、

を、宙へと翳す。

 

「こいつも機能しているみたいだからな」

 

 

「で、見て貰いたいものがあるんだ」

 

車座に、いわゆる円卓に座った仲間たちを見回した後、ハジメが指を鳴らすと、

3Dモデルが中空へと投影され、映し出されたその威容に息を呑む一同。

それは空飛ぶクジラ、そんな印象を見る者に与える巨大船、いや戦艦だった。

この飛空艇のゆうに三倍はあるだろうか?

 

「これが日本に帰るための船なの?南雲君」

「ああ、最初はこの飛空艇で何とか事足りゃいいって思ってんだけどな」

 

ハジメは雫にそう答えつつ、フェアベルゲンで調べた地球の座標を、そしてその後に感じた

魔力枯渇による虚脱感を思い起こす、もちろん単に地球の位置のみだけではなく、

その他、様々な比較や検証を繰り返した上で必要と判断されたのが、

この巨大船である。

 

「動力その他を組み込むと、計算上どうしてもこれくらいの大きさになってしまうんだ」

 

事実、その巨大な船体の殆どは、動力部と燃料に占められており、

居住スペースは、この飛空艇とそれほど変わりはなかったりもする。

 

正直、帰還のみを考えるならこの飛空艇でも何とかなるかもしれない、

しかし自分の造り上げねばならぬ物は、単なる帰還のためのものではない、

まずはハジメの目がシアとティオをチラと捉える、

そう、彼女らの為にも往復・往来が可能なものを造らねばならない、

何より自らの第二の故郷を弄ぶ神と決着を着けるためにも。

 

そしてハジメの目は彼女らと同じく、興味深げにモデルを覗き込む、

シルヴァとシャレムにも注がれる、この船は単に帰還のみが目的ではない、

彼女らの故郷、空の世界へと、さらなる未知の世界へと羽搏くための翼なのだから。

 

「まぁ、安定したエネルギーが供給出来れば、この半分まで全長はカット出来るんだがな」

 

戻るためのエネルギーが地球で都合よく確保できるとは限らない、

その事も考慮にいれてのこのサイズ、この船である。

 

「こんな凄いものを……」

 

『俺はお前の一番の幸せは家族と共に、この故郷で暮らすことだと思ってる』

 

かつて自分が、あの何処までも着いていくという決意を伝えた時の、

ハジメの言葉を思い出し、そしてその言葉通りの心遣いを察し、声を詰まらせるシア、

そんなシアのウサ耳をハジメは労わるように撫でて行く。

 

「何度も言ってるだろ、ここはもう俺にとって第二の故郷なんだ、

里帰りはいつでも出来るようにしたい、それだけなんだ」

「はぃい……ぐずっ」

 

鼻声になりながらハジメへと頷きその胸に顔を、いや鼻を埋めようとするシア、

いつかのように服で鼻をかまれたらたまらないと、すかさずジータが鼻紙を手渡してやる。

 

「しかしこれだけの物を作るのじゃからのう……」

「建材やそれに伴う費用もバカにならんと、わたちも思うが?」

「そこは確約済みだからな、心配ない」

 

ティオとシャレムの疑問にニヤリと即答するハジメ。

 

『ハイリヒ王国の名において宣言します!此度の件、収拾の暁には、

皆様の王国における行動の自由と、そして帰還のための全面的な援助を約束すると』

 

ジータも同様にリリアーナの宣言を思い出していた、

同時に、国債がどうのと青い顔で呟く彼女や大臣の姿も思い出し、

少しばかりお気の毒にと、そんな気持ちにもなってしまってはいたが。

 

「ま、実際は現状でどうっていう仮定で考えたものに過ぎないからな」

 

ハジメは雲海の下で吹き荒れているであろう吹雪を、

そしてその先にある大迷宮へと思いを馳せる。

 

「俺たちが全ての神代魔法を、帰還の、そして世界を渡るための、

概念魔法を造り出すことが出来れば、また話は変わって来る筈だ」

「全てはそれから……だね」

 

しかし果たして解放者たちの言う極限の意思が、今の自分たちに備わっているのか?

そんな不安が一瞬ハジメの胸を過る、だが。

 

そんなハジメの不安を癒すかのように、ジータとそしてユエが、

そっとハジメの手を握る、ただ無言で……。

その様子を見、雫と鈴が心配げな表情で香織の顔を覗き込む、

しかし香織は、二人の心配など何処吹く風と言わんばかりに、

ハジメたちの姿をむしろ微笑まし気に眺めている。

 

どうやらあのハルツィナでの機神との一戦以降、

明らかに香織の中でハジメへの想いの何かが変わったのだろう、無論いい意味で。

 

と、その時、ハジメが不意に視線を前方に向けてスっと細め、操縦席へと向かう。

その表情、雰囲気を察したか、リラックスムードは即座に臨戦態勢へとスイッチされる。

 

「……着いた?」

「ああ、雲の下に降りるぞ」

 

その言葉と共にフェルニルが雲海に、そして猛烈なブリザードの中へと突入していく、

外の眺めに身震いを隠せないのは、やはりと言っては失礼ではあるがティオである。

 

「……妾、寒いのは余り得意ではないんじゃがのぅ」

 

そう口にしてから"ああ、そうだろうと思った"と言いたげな周囲の視線に、

妾はトカゲではないぞと、慌てて抗議の表情を見せるティオ。

そんな彼女の様子に苦笑しつつも、

ジータは防寒用アーティファクトを各自へと配布していく。

 

「火山の時は大変だったもんね」

「ああ、これさえあれば常に快適な大迷宮の旅が約束されるってわけさ、

全員絶対無くすなよ、カチンコチンになりたくなけりゃな」

 

 

かくしてハジメたちが最後の大迷宮を目指し、シュネー雪原へと降下した、

その数日前、魔国ガーランドでは、魔人軍総司令官たるフリードの傍らにて、

戦況の報告を聞く中村恵理の姿があった。

 

数度に渡る樹海への攻勢は全て失敗に終わり、多くの魔物のみならず、

兵たちをもが失われた、悲嘆に満ちた声と表情でそんな報告を行いつつも、

フリードの顔を見上げる騎士、こういう時のフリードは敗戦や同胞の死に憤りを隠さず、

かつ労いの言葉も決して忘れない、凡そ彼の知るフリード・バグアーとはそういう男である。

 

だが、フリードは彼の期待に反し、抑揚のない声でただ一言、こう告げるのみであった。

 

「分かった……下がってよい」

「……」

 

何故か顔の上半分を覆う仮面を被ったフリードのくぐもったような冷たい声音に、

明らかに腑に落ちない表情を見せつつも、言われたとおりに騎士は執務室から退出する。

戦況が思わしくないのは確かだ、心を塞がれることもあるだろう、

だが、それでも最近のフリード様はお変わりになられた、

それも……この女がやって来てから、そんな思いを抱きながら。

 

「ふぅ~やっぱ早まったかなぁ」

 

アルヴ神の使徒という立場であっても、先程の自身を見つめる武官の、

いや宮殿内の訝し気な視線には辟易したという、そんな声を上げる恵里、

 

「退屈だなぁ……」

 

長椅子に身体を投げ出しポツリと呟く恵里、この私室を兼ねた執務室は、

一軍の司令官、何より神の使徒に当てがわれたにしては質素な造りに思えてならない。

元々の部屋の主の性格にも拠るのだろうが、

人間領に比べ、魔人領は資源に乏しいことも理由の一つだろう。

 

その上、勇者である天之河光輝の痕跡が全く確認出来ないということも、

彼女の憂鬱な気分に拍車をかけていた。

 

「光輝くんは……」

 

手持ち無沙汰を紛らわせるためか、恵理は花瓶から一本の花を抜き取ると、

そのまま花弁をちぎり花占いを始める。

 

「来る、来ない、来る、来ない、来る、来ない、来る……こな……」

 

花弁はいつの間にか残り一枚となっていた、震える手で恵里は花弁に手を伸ばすが……。

 

「こな……こな……こな……ぃ、があああああっ!」

 

たかが児戯にも等しき占いでも耐えられなくなったか、

恵理は叫びと共に花瓶を床へと叩きつける。

身を焦がす憎悪と、それでも捨てきれぬ恋慕、二つの相反する感情に苛まれ、

どうやら恵里の精神も、また摩耗の一途を辿っているようであった。

 

他……他に何か占いに使えそうな物は……周囲を見渡した後、

仕方なさ気に履いている靴を恵里が蹴り出そうとした時であった。

また部屋をノックする者が現れ、恵理は面倒臭げにフリードの肩を叩き、

それを受けたフリードが騎士を部屋へと通すのであった。

 

騎士の報告は以下の二つであった。

まずは各都市へと放った、人間爆弾の効果が期待できそうであったということ、

そして空を飛ぶ船のようなものが樹海から、我が魔人領の方角へ向かったのを目撃したと。

 

……やはりいかにハジメたちが細心の注意を払っても、

完全にその航跡を隠蔽することは叶わなかったようだ。

 

「やっぱりあの洞窟、氷河の底に砕いて埋めてやれば良かったかなぁ、

そしたら蒼野や南雲はどんな顔をしたんだろう」

 

一先ず騎士を下がらせ独り言ちる恵里。

大迷宮を巡り神代魔法を入手することが、この世界から脱出するために、

神と戦うために必要だというならば、

先に大迷宮を破壊し、攻略そのものを不可能にする、

やはりハジメらの推測通りの手段を彼女は実行しようとしていた。

 

だがシュネー雪原、そしてその最深部にある氷雪洞窟は、先の通り極寒の魔境である、

かつ、魔人族にとっても聖地の一つということもあり、

アルヴ神の使徒という立場上、おいそれと破壊させるというわけにはいかなかった。

もっとも縛魂による上層部の掌握が順調に進めば、その限りではないが。

 

ともかく、魔人族の聖地を事もあろうに人間族が、

それもエヒト神の使徒が踏み込もうとしている、これは十分に軍を動かす名分が立つ。

さらに言うならば、王国、ひいては人間側の最大戦力が出払っているということでもある。

 

感覚としては嫌がらせの当てつけに近いものではあったが、

一応は魔人族に籍を置いている者として、恵里は早速フリードを通して命令を出す、

残存空中戦力の全てを王都に差し向け、

さらにフューレンやアンカジを始めとする衛星都市には人間爆弾を、

そして残り全軍をシュネー雪原へと進軍させよと。

 

そして自らも身支度を整え始める恵里、しかしその姿は出撃というよりも、

デートに赴く恋する少女を思い起こさせてならなかった。

 

「いるかないるかな光輝くん♪きっといるよね♪だって勇者なんだもん♪

勇者は悪い奴を見逃したりなんかしないんだ……一人で泣いてる……

可愛そうな女の子も見捨てたりなんか……きっとしない……筈なんだから」




かまってちゃんは本当にタチが悪いです。
で、光輝がいない+全員の最終試練を書く予定ではない関係上、
内容が薄くなりすぎるかなと思いまして、
対ハジメ用にスペシャルゲストを用意しました。


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コールド・ゲーム

アテナの鎧は銀より赤の方がいいですね、やっぱり。
それから悪のサイレンススズカことエニュオはプレイアブル化はせずに、
マルチのボスキャラで登場しそうですね。
そもそもあんな凶悪な子、おいそれと仲間に出来ない。
(ロベリアやニーアとはまた違うヤバさがあって好きなのですが)

それはさておいて、そろそろ完結を意識して少しペースを上げて見ます。



ハジメたちはビッグフットの群れを退け、ついに氷雪洞窟への侵入を果たしていた。

 

「南雲君の作ってくれたこれ、凄いね」

 

鈴は両手に握ったハジメにより専用武器として貰い受けた二つの鉄扇を、

誇らしげにパラリと開閉させる。

この鉄扇には幾つかの神代魔法と、それに付随した能力、

さらに、血液による認証効果を利用した詠唱省略機能が付与されている。

 

「"聖絶・爆"だっけ?あのカウンター凄かったよ」

 

頭上へと伸し掛かろうとしていたビックフットの巨体を一撃で弾き飛ばした、

鈴の姿を思い出しながら、うんうんと満足げに頷く香織。

その右手には、やはりハジメに作って貰った新たな武器が握られている。

もちろんこの二人だけに限らず、ユエを始めとする彼女らは、

武器に留まらぬ装備品の数々をハジメより提供されこの大迷宮に臨んでいる。

 

例えば全員が装着している戦闘用ゴーグルもその一つだ。

流石に純正の魔晶石ゴーグルを常時装備出来るのは、

ずば抜けて高い魔抵能力を所持するハジメとシャレムしかいないのだが、

長い旅の間に上達した錬成能力と昇華魔法、そしてクラフト技術でもって、

一般人は無理でも、クラスメイトレベルのステータスがあれば装着可能な物を

造り出すことにハジメは成功していた。

もちろんハジメらの使う純正品よりはスペックが落ちるのは致し方ないが。

 

「熱っ!」

「シア、結界から出るなといったろう」

「ううう……なんで迷宮に雪が降ってるですかぁ」

 

そう、この大迷宮、洞窟であるにも関わらず不思議なことに常に雪が舞っているのである。

さらにこの雪はドライアイスのように極めて低い温度で出来ており、

触れると即座に凍傷を起こしてしまうのだ。

 

前方から吹き付ける風に乗って降りかかるので、

鈴が前方に障壁を張って散らしているのだが。

 

「うおっと!」

 

今度はハジメが結界からはみ出しそうになり、

慌てて結界の中へと逆戻りする。

 

「あーくっそ、落ち着かないな、やっぱこの光景」

 

ハジメのボヤキに分かる分かると頷くジータたち。

大迷宮の通路自体は広く、横に十人並んでもまだ余裕がありそうな程なのだが、

しかし、全ての壁がクリスタルのように透明度の高い氷で出来ており、

そのためまるでミラーハウスのように、

周囲の氷の壁に映る自分たちの姿に気を取られては、

結界から出てしまったメンバーが、アチチと凍傷を起こしてしまうというわけであった。

 

「この防寒用アーティファクトがなかったら、どうなってたのかしらね?」

 

雫の言葉に香織が結界の外に魔法で水を飛ばすと、放たれた拳大の水球は、

空中でビキビキッと音を立てて瞬く間に凍てつき、

そのまま地面に氷塊となって落ちてしまう、

 

「これじゃ水筒も役に立たないだろうしね、しかも……」

「その辺の氷を削って溶かそうにも、ここでは炎系の魔法行使が阻害されるようじゃし」

「……ああはなりたくないよね」

 

ジータとティオの視線の先には、眠るように目を閉じたまま、

標本のごとく氷の壁の中に埋まっている男の姿があった、

典型的な遭難、凍死者である。

 

「しかし、おかしいというか、随分綺麗に壁の中に埋まっているな」

「はい、まるで座り込んでいた場所まで氷の壁がせり出てきたか、

座ったままの状態で壁の中に取り込まれたみたいな……」

「……魔力の反応は氷壁でもないし、死体にも見えないね、何だろ?」

 

ゴーグルによるスキャンを終えた鈴が結果を伝える。

 

「どうする?」

「まぁ、念の為、トドメを刺して……いや、壊しておくか」

 

死者に鞭打つ行為を承知で頷き合うハジメとジータ、

屍人兵のことを考えると今更な気もしたが……。

ナムナムと、とりあえずは合掌する鈴、その姿を横目に、

ハジメは昇華魔法により新たに作り直され、スペックが底上げされた、

ドンナーを抜き、死体に向けて引き金を引くのであった。

 

「どうかな?」

「死体にも氷壁にも反応はないね……」

「弾の無駄だったか、行こう」

 

何事もなくほっとしつつも、やや拍子抜けしたような気分で、先へと進むハジメたち。

 

彼らが洞窟の奥へと消えてしばらくの後、

 

「ごぁ、がぁ、グギィ……」

 

氷のひび割れるような音と呻き声が密かに木霊したことにも気が付かず。

 

 

「まともに探索したら結構手間だなあ」

「羅針盤様々だね

 

迷宮は、かなり複雑に枝分かれした迷路となっていたが、

ジータの言葉通り、羅針盤のおかげで深奥への道に迷うことはなかった。

 

「今でどれくらいかなあ?」

「全体の三分の一って感じかなっと、またあったよハジメちゃん」

 

鈴の問いに応じつつ、ジータは通路の先で、

また氷壁に埋め込まれたような死体を発見する、肌と耳に特徴がある、

魔人族の男だ。

 

「これで五十人か……」

「フリードが攻略したことで挑む人数も増えたんじゃないかの?」

「どれだけの人間が……挑んだんだろうね」

 

そっと祈りを捧げながら香織が呟き、シルヴァもまた瞑目する。

 

「攻略情報があれば行けると踏んだのだろうが、この環境ではそう簡単にはいくまい」

「しかし……いいのか?」

「いいって?」

 

シャレムの言葉に振り向くハジメ。

 

「わたちが思うに、恐らく連中は国を挙げて挑んでいたのかもしれん、

そう考えると、フリード以外にも攻略出来た奴がいるかもしれんぞ」

「シャレムさんは王都の、残して来た皆を心配してくれてるんですね」

 

思案を巡らせるジータ、確かに内通者の可能性は徹底的に潰してはいる、

大結界も以前以上に強固になって修復され、それを警備する兵士たちも、

高い危機意識を持って勤務に励んでくれてはいる……。

と、備えは十分には思えるが、相手にはこちらの事情に精通した恵里がいるのだ、

正直な話、何を仕掛けて来るかは予想がつかない。

 

正面から来て貰えれば、龍太郎とジャンヌがいる限り、

戦力的には安心は出来るが……。

 

「天之河たちはまだライセンの攻略にかかりきりだろうしな……

レーザーはあと一発は撃てるから……」

 

歩きながらも考えに没頭し始めるハジメの横顔を、ただ静かに眺めるジータ、

いつか感じた思いがその胸に甦る。

図らずも強大な力を得てしまったハジメを孤独にさせないための、

寂しい生き方をさせないために、自分が心を砕いてきた行為の数々は、

もしかすると自分たちを阻む障害となって、立ちはだかることになるのかもしれないと、

だが、今、目の前の少年はその障害に自ら取り組み、乗り越えようとしている。

 

もちろん何を優先するのかは、ハジメの中では明確に定められているのだろう、

だが、きちんとこの世界のこともハジメの心の天秤にはちゃんと掛かっている。

そのことが今のジータには無性に嬉しくてならなかった。

 

「うん?」

 

自身を見つめる熱い視線に、ようやく気が付いたか、

不思議気にではあったが、ジータへと顔を向けようとするハジメ、

それを察知し慌ててジータは視線を逸らし、ついでに話題も逸らそうとする。

 

「な、何でもないの、あ、次四つ辻みたいだよ」

 

そのわざとらしい様に、幾らなんでもと何人かが顔を見合わせる、

やはりこの二人の関係は、成熟しているようで、どこか初々しさを残したままであった。

 

ともかく、ジータの言った通り、少し歩くと彼らは巨大な四つ辻に出る。

ハジメが再び手元の羅針盤で方角を確かめたようと立ち止まった時、

不意にシアのウサミミが反応した。

 

「ハジメさん……何か来ます」

「魔物か?ようやく出て来たな、どこからだ?」

 

シアの警告に全員が瞬時に戦闘態勢を取る。

 

「……四方向、全部からです」

「なに? 後ろからもか?」

「そんなぁ!ちゃんと確認してたのに」

 

背後からという言葉に、鈴が悲鳴のような声をあげる。

それから数秒後、通路の暗がりの向こう側から何とも怖気と不快感を誘う、

呻き声のようなものが聞こえ始め、

そして、全身を凍てつかせ、瞳を赤黒い色で爛々と輝やかせた、

魔人族の死体が次々と通路の奥から溢れ出す。

 

「チッ!こんなことなら」

 

やはり情けも容赦もなく、片っ端から壊しておけばよかった、

しかも数が多い、見ただけでゆうに百体は超えているだろう。

そして数が揃うや否やフロストゾンビたちは、ハジメたちへと猛然と突進を開始する。

大口を開けて歯を剥き出しにして突進してくるその様は、まんまバイオハザードである。

 

「人海戦術にも程があるぞ!フリードさんよぉ!」

「ボヤいている暇があれば、攻撃しろハジメ」

 

いちはやくライフルを構えるシルヴァに呼応し、

ハジメの二丁拳銃が火を噴き、ユエがティオがシャレムが次々と魔法を放っていく。

絶大な破壊力を秘めたそれらの攻撃は、突進してくるフロストゾンビどもを、

苦も無く粉砕していく。

 

「随分と脆いな……って、再生してやがる」

 

ハジメの目は、撒き散らされた肉体の破片が勝手に動いて集まり、

瞬く間に元の姿を取り戻していく、フロストゾンビ共へと注がれていた。

 

「……ハジメ、こいつら魔石がない」

「ああ、うっすらと魔力を纏っているのはわかるが」

「なるほど、つまりあのクリオネモドキと同じということかの」

「じゃあ、一度に焼き払うか?」

 

ハジメらの会話を聞いたシャレムの目が楽し気に細まって行き、

その表情の意味するところを知ってハジメが悲鳴を上げる。

 

「やめてくれ!あんなもんここで使われたら俺たちもコイツらと同じになっちまう」

 

件のクリオネモドキ、悪食を空中に引き摺り出し、

文字通り一撃で焼き尽くした闇色の光を思い出すハジメたち。

ちなみにその破壊力は樹海でも如何なく発揮されたようで、

何を見たのかは分からないが、彼女の背後にぞろぞろと続きながら、

ユニバースと虚ろ気な目で呟くハウリア族らの顔をも、ハジメは同時に思い出していた。

 

「まぁ、何か仕掛けがあるんだろう」

 

ハジメは引き続きゾンビどもを撃ち払いながら、片手に羅針盤を取り出し、

それらしき物を探し始める、

 

「なるほど……リモートか」

 

結果、羅針盤はそれっぽい物の存在を指し示した、

現在位置から五百メートル以上離れた場所にではあったが。

 

「なるほどって、感心してる場合じゃありませんよハジメさん!」

 

シアの悲鳴通り、先陣を倒している間にも後から後からゾンビどもは湧き出してくる。

既に四辻はぎっしり埋まってしまっている、その背後にも無数に存在している筈だ。

 

「強行突破あるのみだね」

 

ジータの声に頷くと、ハジメは宝物庫からオルカン―――巨大な長方形型の、

ミサイル・ロケットランチャーを取り出しその肩に担ぎ、

 

『タクティカル・シールド』

 

さらにジータが仲間全員へとバリアを張る。

どこか未来的でかつ、メタリックなハイレグスーツを身に纏った、

彼女の今のジョブはレリックバスター、

先の樹海での戦いで取り込んだ機神の力で戦うジョブである。

 

「俺たちが先陣を切る!全員、遅れるなよ!」

 

そう叫ぶなり、ハジメはゾンビの密集地帯へとロケットランチャーをぶっ放す。

凄まじい轟音が通路内に響き、爆砕されていくゾンビども、

その隙にハジメとジータが先陣を切って通路を駆け抜けていき、

そして後に続くユエたちが討ち漏らしを始末していく。

 

だが、撃っても撃ってもゾンビどもは瞬く間に再生し、

後方から呻き声を上げながら迫ってくる。

最後尾を固める鈴がナンマイダナンマイダと両手を合わせつつも、

リアルバイオハザードはやだよぉ~と悲鳴を上げる。

 

腐ってないだけマシなんじゃないかなと思いながら、先を切って走るジータ。

だがある程度距離を取り、一本道に入った所でシャレムが重力球を通路に設置したので、

そこから先は余裕を持って進むことが出来、そんなこんなで五分後、

彼らの前にドーム状の大きな空間が姿を現す。

羅針盤を見る限り、ゾンビたちを動かしているはずの魔石の場所はこの空間にある筈

背後の物音を気にしつつ、ハジメが視線を巡らすと、

対面にある氷壁に、赤黒い拳大の塊が埋まっているのがはっきりと見えた。

 

「見つけたぞ」

 

ハジメは軽く頷くと、宝物庫にオルカンを収納すると、今度はシュラーゲンを取り出す。

当然、シュラーゲンも昇華魔法により強化されており、そのスペックを大幅に上げている

銃口から早くも迸る荷電粒子の光がその証拠だ。

 

しかしハジメが狙撃姿勢に入ろうとした時だった、

 

「……ハジメ!」

「チッ!新手か」

 

ユエの警告と同時に、頭上から翼を広げた大鷲が強襲を仕掛けてきた。

それもただの大鷲ではない、全てが透き通った氷で出来た大鷲――フロストイーグルだ。

しかもそいつは天井の氷壁から次々と生み出されるように出現し、

まるで豪雨のようにハジメらへと降り注いでいく。

さらに周囲の氷壁から咆哮が響くと、今度は二足歩行の狼が大量に生み出されて行く。

こちらはフロストワーウルフといったところか……。

 

空にはフロストイーグルの大群、地にはフロストワーウルフの大群、

一旦通路へと退くハジメたち、それでもフロストゾンビどもが散発的に攻撃を仕掛け、

かつ本隊が重力球の拘束を解いてこちらに向かってくるのも時間の問題の筈。

 

「オマエたち、後は任せたぞ……」

「……まさか」

 

シャレムの手にはすでに第七元素の光が宿りつつあった。

 

「この広さなら問題はあるまい」

 

確かに眼前のドームは、東京ドームと同じくらいの広さはあるが……。

だがそれでも狭いような気が……と、ハジメが思うか思わないかの間に、

すでにシャレムは空中へと身を躍らせていた。

 

『ケイオス・レギオン!』

 

決めゼリフと共に掌サイズに過ぎない魔力塊を中空へと投げ放つシャレム。

中空に紋章が刻まれた瞬間、魔法陣が展開され、

空に地に跋扈する氷の魔物たちが全て魔法陣に吸い込まれ、消えた……と思った刹那。

やはりあの時、悪食を焼き尽くした時と同じく、

まるで幾多の複合された魔力が重なりあうかのような大爆発が起き、

そしてその閃光の中でドヤ!と勝利を確信するシャレムの背中も、またあの時と同じだった。

 

「ユニバース……」

 

呆然と呟くハジメ、それ以外に何と表現すればいいのか?

 

「オイ、わたちの勇姿に関心するのはいいが、どうやら奴が本命のようだぞ」

 

氷が砕けるような音が響くと、魔石があった氷壁が凄まじい勢いでせり出し、

周囲の氷を取り込みながら、一秒ごとにその体積を増やしていく、そして。

 

「クワァアアアアアアアアアアアアアアアン!!」

 

凄まじい衝撃波を伴った咆哮が響き、すかさずユエが空間魔法を応用した障壁を張り、

衝撃波を遮断する。

そしてその障壁の向こう側では、魔石を体内に抱えた魔物が完全な姿を晒す。

それは体長二十メートルはあるだろう、巨大な氷の亀だった。

 

「どうやら、野郎の装甲をぶち抜いて魔石を破壊するのが先か、

魔物の群れに呑まれるのが先か、そういう試練らしいな」

 

しかしこうして自ら姿を晒してくれるなら、望むところ……、

そう思い直してまた再び狙撃姿勢を取るハジメだが、その照準器を掌が塞ぐ。

そう、もう一人の破壊の権化がこのパーティーには存在していた。

 

「ここは私に任せて欲しい、君には悪いが、完璧を期すのならば、な」

 

一瞬、ハジメの目に複雑な光が宿るが、完璧を期すという言葉を、

この美貌の狙撃手が口にしたのならばと、

ただ静かにシルヴァの肩に手をやり、そのまま背後へと向き直る、

その耳にはすでにフロストゾンビの蠢動する音が届き始めていた、もう余裕はないのだ。

 

『バリー・ブリット!』

 

シルヴァはフロストトータスの甲羅の魔石を狙い、愛銃に込められた魔力を全て解放する、

ミレディを、そしてノイントすらをも屠った破壊の光が一直線に氷亀の甲羅を砕いていく。

しかし……。

 

「あっ!でも」

 

銃弾が魔石に届く瞬間、あろうことか魔石は飛び跳ねるように甲羅から抜け出すと、

空中のフロストイーグルがそれをしっかりと爪でキャッチする。

外したか……と、誰もが思った刹那だった。

 

なんと銃弾が魔石の動きをトレースするかのように動き、

そのままフロストイーグルごと、魔石を打ち砕いた。

サポートスキル『正射必中』もはやこの狙撃手からの銃弾は、

通常の手段では逃れることは叶わないのだ。

 

かくして撃ち砕かれ、完全に破壊された魔石の欠片がキラキラと宙に舞い、掻き消えていく、

と、同時におびただしき数の魔物たちも只の氷塊と化していくのであった。

 

そしてその一方でシュラーゲンを腰に構えたまま、

どこか行き場を無くしたような体のハジメの背中へと、

ジータとユエがそっと手をやるのであった。




まさにコールド(Cold?Called?)・ゲーム、今回はそういう話でした。


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What is Your Wish? Part2

ハジメも答えといいますか、戦うべき理由をそろそろ確定させて行きます。
それなりの経過を重ねた感もありますので。



 

ドームを抜けたその先には、大迷宮の中であるにも関わらず、

さらなる大迷路が眼下に広がっていた。

 

壁で区切られ、上が吹き抜けとなっているその構造は、

アスレチックパークなどでよく見る迷路そのままだが、その規模はというと……。

 

「横幅が十キロメートル程あるから……奥行きもそれくらいあるよね、きっと」

 

げんなりとした目で、自分たちのいる通路の出口から階下に伸びる階段、

そしてその先のアーチ状の入口を眺めていたハジメだったが、

そのジータの言葉に、さらに暗澹たる表情を浮かべずにはいられない。

 

「空を飛んで行くわけにはいかぬかの?」

「ハルツィナで試したでしょ、絶対上手く行くわけないよ」

「……やはりそうじゃろうなあ」

 

ティオの言葉に頷く一同。

 

「龍太郎くんがいたら間違いなくやってただろうね」

 

鈴の言葉にも頷く一同、少し懐かし気な笑みを漏らしつつ……。

彼らの頭に浮かぶ龍太郎は、果たして過去と現在どちらの姿なのかは定かではないが。

 

「じゃあ、壁を壊してみるか、ライセンの時はそれでも一応OK貰えたしな」

 

今度こそ撃てるぞと言わんばかりの、少しウキウキした顔で、

ハジメはシュラーゲンを構えると、キィイイイイイ!!とこれ見よがしに

チャージ音を響かせ、迷路外縁部の氷壁に向かって引き金を引いた。

 

少なくとも外観上は砕けない厚さではない筈、その見込み通り、

紅いスパークと共に放たれた閃光は、外縁部の氷壁を穿ち穴を空けることに成功した、

だが、その穴は、瞬く間に周囲の氷が寄り集まり、修復されてしまったのであった。

とてもではないが、通過など望めぬ速度で。

 

やっぱりな、と言わんばかりの、

それでもどこかスッキリした表情でシュラーゲンを収納するハジメ。

単に撃ってみたかっただけだったのかもしれない。

 

「ま、コイツがあれば大丈夫か」

「迷路の中でも正常に機能してくれるかは、分からないけどね」

 

気を取り直し、羅針盤を掌に乗せたジータを先頭に、

迷路の入り口たるアーチを潜るハジメたち、

否が応にも視線が羅針盤へと集まって行くのを感じるジータ、そして。

 

入り口入って早速の、逆T字路の分岐において、

羅針盤の針は薄い輝きと共に、右の通路を指し示すのであった。

 

「ふぅ~何とか行けそうみたい」

「ああ、こいつのおかげで迷路が迷路じゃなくなっちまった」

 

一先ず笑顔を見せるハジメとジータ。

 

「うぅ、これがあればミレディさんなんて目じゃなかったのに」

「……ん、仕方ない、多分、わざとハルツィナに預けてた」

「うむ、迷宮の位置的にもそうだろう」

 

シアの言葉に、ライセン大迷宮での苦闘を思い起こすハジメたち、

だがその表情は皆、どこか明るかった。

 

「随分と苦労したんじゃのう、皆」

 

冒険の思い出を共有出来ないことについての寂しさを隠すことなく、

羨まし気な表情を見せるティオ、

その傍らでは祈る様に、胸の前で手を合わせる香織の姿がある。

 

「光輝くん……大丈夫かな?そんな所に挑んで」

「今の光輝ならきっと大丈夫、それにカリオストロさんがついているんだもの」

 

不安げな表情を浮かべる香織の肩をそっと抱く雫、

その瞳には、だからこそ自分たちもという決意が込められていた。

 

「さぁ、旅を再開す……あ」

 

またシャレムの物真似をしようとして、本人がいることを思い出し、

申し訳なさげな表情を浮かべる鈴だったが、

当のシャレム本人はむしろ面白げに鈴へと目を細めるのであった。

 

「四方十キロメートルってことは、総面積は百キロメートルってことだよね」

「まともになんかやってられないよな、こんな寒いのに」

「それでも暑いよりはマシかもね」

 

先頭でそんな言葉を交わし合うハジメとジータに続く仲間たち。

 

「やっぱり圧迫感があるわね」

「うん、それに今までの壁より姿がよく映るから、ほんとにミラーハウスみたいだよ」

 

 雫が、高さ十メートルはありそうな迷路の氷壁を見上げながら呟くと、

隣の鈴が不安そうに周囲の氷壁に映る自分たちの姿を見ながら言葉を返す。

実際、羅針盤がなければいともたやすく方向感覚を失い、

遭難の憂き目に合っていたに違いない。

 

そんな状況で徒手空拳でこの迷路に挑んだであろう、魔人族の戦士たちに関しては、

素直に敬意と哀悼の意を禁じ得ないハジメ。

 

「フリードって、案外凄かったのかもな」

「私たち、ちょっと甘くみてたね、この大迷宮のこと」

「しかしそれでも嫌らしいギミックはこれまで見受けられないな」

「戦力と装備さえしっかりしてれば正攻法でクリア出来る迷宮って感じね、今のところは」

 

シルヴァと雫の言葉に納得しつつも、

ジータは、かつてのミレディの言葉も同時に気に掛っていた、

最初は氷雪洞窟に挑んで欲しかったという、彼女の本心ともいえる言葉を。

そして次はいよいよオルクスかしら?と尋ねたリューティリスへ、

いえ次は氷雪洞窟ですと答えた時の、何ともいえない表情も。

 

「でも、何かは……あるよ、必ず」

 

恐らく解放者たちが出来れば最初にと用意した試練が必ず。

と、そこでハジメが不意に立ち止まり、

そして視認も難しい速度でドンナーを後ろ向きに抜き撃ちする。

鈴の頭上を掠めた一撃は、壁から音もなく生えてきた鋭い爪を持った腕を粉砕する。

 

「今のは振り向いて撃つ余裕があったぞ、横着をするなハジメ」

 

こと射撃に関しては一切の妥協を許さない師の叱責の言葉に、

身が引き締まる思いを覚えつつ、愛銃を構え振り向くハジメ。

 

「来るよみんな!左右の壁!」

 

続くジータの声に、突然のことに泡を喰っている鈴を除く全員が、

すかさず戦闘態勢に入る、と、左右から五体ずつ、

鋭い爪と一本角を持った筋骨隆々な見た目の氷の彫像、

名づけるならばフロストオーガであろうか?が、咆哮を上げて襲いかかる。

しかし、それはもはや彼らの敵ではなかった。

 

 

その後、突然氷の槍が突き出すトラップや、

氷壁そのものが倒れてくるトラップなど様々な迷宮らしいトラップと、

奇襲をかけてくる魔物共を突破して行くハジメたち。

確かに多少は手こずる箇所もないわけではなかったのだが、

それでも雫の言う戦力と装備さえしっかりしてれば正攻法でクリア出来る迷宮の域を、

未だ出ていないと感じる一行。

 

そして、探索を続けること十数時間。

 

そろそろ休憩でも……と、誰しもが思い始めた頃、

彼らの前に、大きな両開きの扉が立ちはだかったのであった。

 

「これはまた壮観な扉じゃのぉ」

「……ん、綺麗」

 

その巨大な扉は、氷だけで作られているとは思えないほど荘厳で美麗だった。

茨と薔薇のような花の意匠が細やかに彫られており、四つほど大きな円形の穴が空いている。

 

「はぁ、セオリー通りなら、この不自然に空いている窪みに何かをはめれば、

扉は開くってことなんだろうな。全く、面倒な……」

 

開くわけないなと思いつつも、取り敢えずは

その扉の前に立ち渾身の力を込めて押してはみるハジメ、やはりユエたち同様に、

扉に施されたその美麗な細工に目を奪われつつ……。

 

(確かこの迷宮を作った解放者の天職って……)

 

「……ハジメ、取り敢えず」

 

何かを促すユエ、その視線の示す先には雫と鈴の姿がある。

口では大丈夫と言い張りつつも、やはり疲労の色は隠せない。

 

「そうだな、一旦、休憩にしよう」

 

奇襲を受ける可能性が高い壁際は避け、部屋の中央に巨大な天幕を張るハジメ。

本来ならば、その外見は遊牧民族が使用するそれに酷似した物になるようであったが、

奇襲に備え、壁の部分は取り払われている。

それでも、下は床暖房な上に、支柱それぞれを結ぶように、

結界と冷気を遮断する機能が施されている。

 

「外はこんな寒いのに、なんだか不思議な気分だね」

 

そういいつつも、掌を擦り合わせながら早速部屋の中央のコタツへと潜り込む鈴。

 

「何か気が付いた点があるなら、大いに言ってくれ、参考にしたい」

「……南雲君はこれから先を見据えているのね」

「ああ、これは俺たちだけが使うものじゃないからな」

 

戦う意思があれど、戦う力のない者を戦いに駆り出さない、

それはハジメにとっては誓いのようなものである。

ぶっちゃけ、自分たちの後ろでがんばれと旗を振っていて貰うだけでも構わないのだ。

自分で望み、好んで行う戦いである以上は。

 

しかし反面こうも思う、それを許すリリアーナでは、メルドでは、シモンでは、

そしてこの世界の人々では決してないだろうと。

だからこそ、彼らは自らの意思で神の馘から、

神に与えられた価値観からの脱却を図る道を選んだのが何よりの証である。

 

そして相手が本当に"神"に相応しき力を持つのならば、この世界の人々に、

戦士たちに必ず力を貸して貰わねばならぬ時が来る筈。

ならばせめて、この世界の戦士たちが戦場であっても万全の状態でいられるように。

この天幕にはそういう思いも込められていた。

 

ともかくめいめいに寛ぐ仲間たちを眺めつつ、

ハジメとジータはそれぞれのクロスビットを迷宮内へと放つ。

 

「ま、素直に四つの鍵を探して歩き回る必要もないだろ」

「クロスビットに回収させて、私たちはもう少しのんびりしよ」

「でも、悪いよ、だってそれ」

 

確かこの装備は脳波コントロールだと聞いている、自分たちだけ寛いでいいものか?

そんな表情を浮かべる香織へと、ハジメは苦笑しつつ説明する。

 

「この天幕は回復機能やリラックス効果もあるしな、

クロスビット数機を操るくらいどうってことないさ」

「ハルツィナの事を思うと少し気にはなるけど……」

「こいつに頼ってる時点でもう今更だしな」

 

今も光を淡く放つ羅針盤を見つめるハジメ、

その一方で、あの裏技めいた手段でクリアした試練の数々、

そしてその先で自分たちがいかなる目にあったかを思い出すジータ。

 

「でもきっとヴァンドゥルさんがまだ奥で生きてたら、やっぱり怒るかもね

ズルだって」

「いや、ミレディやリューティリスに聞いた性格通りだと、一番後回しにされたことに

腹を立てそうなタイプと俺は見てる」

 

リューティリスが語る、ヴァンドゥル・シュネー評を思い出す二人。

 

『彼の写真は見たかしら?見ての通り独特の美意識があって……

よくオスカーとは喧嘩していましたわね』

 

「ヴァンドゥル・シュネー……か」

 

不意にその名を口に出すハジメ、

その鼻腔にシアが作ってる鍋料理の食欲をそそる香りが、

そしてコタツの上にはコンロが乗せられているのが目に届く。

どれも、自分たちの世界ではありふれた当たり前の物に過ぎない、

だが……この世界では?

 

解放者が生きた時代より数千年。

数千年あれば、この世界の人々はもっと進歩出来た筈なのだ、

自分たちの世界がそうだったように。

だが神の悪戯により未だ彼らは中世の価値観と、剣と魔法の世界に縛られたままだ。

 

(あんたも……そしてオスカーも悔しいだろうな)

 

先人たちの築いた文化を、技術を文明をいとも容易く無に帰すような真似を、

神がするのであるのならば、やはり、技術や創造に携わる者として許すわけにはいかない。

そんな決意を新たにしつつ、今度はかつて牢獄で使った、

空間を繋げる鍵型アーティファクトである"ゲートキー"をハジメは取り出す。

 

「まず……一個」

 

そんな呟きの元、ハジメはおもむろに鍵を探索させているクロスビットとの間に空間を繋ぐ、

おお……そんなどよめきを背中に受けつつも、ハジメは台座の上の宝珠に視線を向ける、

と、その瞬間、凄まじい雄叫びと共に、宝珠の向こう側から鬼の形相で迫ってくる、

体長五メートルはあるフロストオーガの姿も見える。

 

「ふぎゃっ!」

「だ、誰かタオルっ!……早く」

 

何やら悲鳴と慌てる声も聞こえるが、それには構わず、

ハジメはゲートに手を伸ばして黄色の宝珠をひょいと取ると、

プレゼントとばがりに手榴弾を投げ込み、そのまましれっとゲートを閉じる、

ちゃんと戦ってやらんで申し訳ない、と、そんな思いも込めて。

 

そしてその直後、遠くで盛大に爆音が鳴り響いたのを確認すると、

ようやく出来立ての鍋を思いきり床にぶちまけてしまい

ベソを掻くシアを慰めてやるハジメであった。




敵だから殺すという単純明快さもハジメの、
ひいては原作を構成するエッセンスの一つとは思いますが。
それだけじゃちょっとなという思いもありましたので、
今作ではより明確に戦う理由を与えることにしました。


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難しい話はともかく

このあたりから原作で顕著になってくる、ピロートークノリが苦手なので……
少しアレンジしてます。


 

 

「粉はもう少し多い方がいいよ、雫ちゃん」

「少し切り方が雑かのう」

「……ちょっと辛い、かも」

 

キッチンから振り向きざまのフロストオーガに驚いたか、

折角の鍋料理を盛大にブチ撒けてしまったシア。

作り直しますですぅと、涙声でまたキッチンへと向かう彼女へと、

いつもシアにばかり作ってもらって申し訳ないと雫が言い出し、

そしてキッチンには女性陣の輪がすっかりと出来上がっていた。

 

その腕前はといえばジータや香織、雫は言わずもがな、

鈴も彼女らに比べるとやや危なっかしいが、中々の物に思える。

何だかんだで料理とは縁がなさそうなユエやティオもそれなりの腕を披露している

しかし、その一方で。

 

「オマエという男は……野菜の皮一つマトモに剥けんのか?」

「戦いばかりに現を抜かしていいわけではない、時間が取れたらそのことについても

愛子を交えた上で、君と話し合う必要があるようだな」

 

シャレムとシルヴァに囲まれ、その身体を縮こませて野菜クズを量産しているハジメがいた。

 

「大丈夫です」

 

そんなハジメを見かねたか、黙って見ててと言い含まれている筈のシアが助け舟に入る。

 

「皮はこうして優しくムキムキするんですよ、ハジメさんっ」

 

ハジメが手に持つバナナとトウモロコシを足したような野菜へと、

まるで野菜以外の何かを握るかのように優しく手を添え、

言葉通りの仕草を行っていくシア。

 

「お……おい」

 

そのシアの無垢な声は、一切自らの言葉と行為の意味を理解していないのは明白だった。

 

「先っちょが出たら……こうしごくと……」

 

いつの間にか周囲の音が一切聞こえなくなっていることに気が付くハジメだが、

とてもじゃないが恐ろしくて、周囲を確認する気にはなれない。

 

「ホラ……剥けました、こんなに大き……いびびびびびびびっ!」

「ぎゃああ!な……なんで俺まで……」

 

案の定何者かの放った雷撃を受け、昏倒するシアとハジメ。

顔を顰めながら、ジータがそんな二人へと呆れたような声を掛ける。

 

「しっかりしてよ、私まで……たく、痺れちゃったじゃないの」

「……ん、ハジメはお皿並べたらそこで見てるだけでいい」

「ハイ」

 

ユエによる露骨なまでの戦力外通告を受け、寂しげに背中を丸めるハジメであった。

 

そして出来上がった料理の数々は確かに美味しかったが、

ハジメにとっては何処かホロ苦い味がしたのは、言うまでもなく、

後片付けも全て自分一人で引き受けるはめになったことも付け加えて置く。

 

ともかく食事と休憩が終った後、彼らは二手に別れて宝珠の回収へと向かう。

あのままリモートでの回収だと、やはりズル認定されてしまうのではないか?

という不安は、やはりハジメといえど完全に拭い去ることは出来なかったのだ。

 

「っと、向こうは今回収が終わったみたいだ、こっちも急ぐぞ」

 

ジータからの連絡を受け、自身が受け持つ班のメンバー、

雫、鈴、ティオ、シャレムの四人へと、向き直るハジメ。

遠回りのルートを選んだ分、こちらはまだ回収まで時間がかかりそうだ。

 

敵はおろか罠すらない、そんな中で足音だけを響かせ先へと進むハジメたち。

 

「で、結局南雲君はどうするつもりなのかしら?」

 

間が保たなくなったのか、それとも単なる興味か、

雫が唐突にハジメへと問いかける。

 

「どうするって?」

 

こういう表情を彼女が見せるのは珍しいなと、ハジメが思った所で、

雫はいきなり核心を衝いていく。

 

「ジータとユエさん、どっちを選ぶのかってこと」

「……」

 

聞かれて驚かないあたり、やはりハジメの心の片隅には、

常にそのことが留まり続けているのだろう。

 

「香織のことは聞かないのか……」

 

彼女が常に親友のことを気にかけているのは知っている。

その香織のことにしても、当然ハジメも気にはかけてはいる。

もしも過ぎし日の教室で、自分に人の好意を素直に受け止められる強さがあったのならば、

強さを得ようとしていたのならば自分と香織、それぞれに違った"今"があったのかもしれない、

いや、ジータやユエ、シア、ティオについても……。

 

しかし、ハジメは静かに首を振る、そんな自分の逃避にも似た気持ちを打ち消すかのように、

結局、今を受け入れ生きるしかないのならば。

 

「南雲君?」

 

ハジメの沈黙を訝しんだ雫の声が彼の耳に届く。

 

「え……あ、香織のことは聞かないのかって」

「うん、香織はもう自分の中で南雲君への気持ちに、向き合い方に決着が付いたんだと思う」

 

恐らくはハルツィナでの最終試練での死闘で、何かを乗り越えるに至ったのだろう。

ハジメへの香織の態度があの日以来、明確に変化していることに雫は気が付いていた。

もちろんそれは諦めたというわけではなく、

より確固とした何かへといわば昇華したのであろうと雫は解釈していた。

 

―――但しそれを何と呼ぶのかは、未だ形容することが出来なかったが。

 

「でもさ……」

 

そこで今度は鈴が口を挟んでくる。

 

「カオリンとシズシズと光輝くんだって、見てる分にはそんな感じだったよ」

 

ああ、外から見れば俺たちもああいう風に見えてるのかもなと、

妙な既視感を覚えるハジメ。

もちろん当時の彼らにしても三者三様の内面を抱えていた上での話であり、

単純に自分たちのケースに当てはめていいわけではないのは、

雫の今の表情を見れば察しはつく。

 

「だからさ、時間が経てば結局纏まる所に纏まるよ」

 

だったらいいなと思いつつ、

それもまた逃げではないのかと思わずにはいられないハジメへと、

今度はティオがハジメへと話を振る。

 

「うむ、時が許したその結果ずっと一緒というのもまたありじゃろうな、

ところで、妾と交した子種の約束の件はその後どうなっておるのかの?」

「こんな所でそんなこと喋るな、大体約束なんぞ交わした覚えはないぞ」

 

もちろんティオとてそれなりの羞恥心は持ち合わせている、いる筈、いるんじゃないかな?

だが、その竜人族として生まれ育った上での倫理観については、

やはり人間とは何処か違うのだろう。

 

「でも、お前らの一族って、やっぱりブリードってか血統って重要なんじゃないのか?

言って見りゃ、こんな何処の馬の骨とも知れない奴の子種でいいのかよ……それに」

 

口籠るように、ずっと心の奥底にあった戸惑いのような澱みを、

ハジメは言葉へと表していく。

 

「結局の所こんな身体になっちまった以上、真っ当な子供が出来るのか……

そもそも妊娠だって出来るかどうか分からないだろ?ましてや……」

 

母体そのものに影響があるかもしれない。

そう、そしてそれもまたさらなる一歩を踏み出せない理由の一つには間違いないのだろう。

 

実際、オスカーの工房で散々楽しんでいた頃も、そういう所にはちゃんと気を遣っていた。

もちろん、今と違ってそこまで深く考えていたわけではないが、

少なくとも、自分の後ろでお腹を大きくして大迷宮に挑むジータやユエの姿など、

当時も今も悪い冗談以外の何物でもない。

 

「少なくともシモンさんが御墨付きをくれたんだ、亜人も人間も変わらないって、

だからこれからは大手振って、他の生き残りの竜人族を探せるんじゃないのか?」

 

単に種族の命脈を保つためならば、それが最も望ましい道かもしれない。

もちろん他に見つかればの話ではあるが。

 

「確かに生き残りを探すのも重要かもしれぬが……

別に妾は約束とか一族のことを抜きであっても……その、じゃな、ご主人と……」

 

そこでようやく今更ながらにティオは、はにかむような顔を覗かせる。

普段の実に締まりなく、だらしない笑みを見慣れてる一同に取っては、

ギャップ萌え的な印象を与えずにはいられない。

 

「ま、体外受精で良ければ何とかしてやるよ、安全性が確認されてこんな俺ので良ければな」

 

しかしその安全性は誰が、どうやって確認するのか……?

そこでまたジータとユエの顔が思い浮かぶハジメ。

もしかすると華岡青洲もこんな気分を少しは味わっていたのだろうか?などと、

彼は、古の先人へと思いを馳せずにはいられなかった。

 

「体外受精というと、ホラあれか……例の工房で作っている、ホム……ホムラ……」

「ホムンクルス」

「そう、それじゃ、しかしあれでは味気ないというか、正しく単なる交配ではないかの」

「あれとは少し違うけどな、結局胎内に戻して……って形になるだろうし」

 

と、そこでシャレムから念話が届く。

わざわざこの距離で念話を使うのだから、ロクな話じゃないんだろうなと、

思いつつも一応応じてやると、やはりというかロクな話でなかった。

 

『本人がいいと言っているのに何故にオマエは躊躇う』

『あのな』

『あれほどの身体の持ち主はそうはおるまい……』

 

確かにと、ティオの肢体を思い浮かべ、それからブンブンと頭を振るハジメ、

突然のことに目を丸くする雫たち。

 

『一度味わってしまえば、オマエはもうジータやユエでは満足できなくなるかもしれんな』

『そういう話は控えてくれ』

 

と、そんな事を話しつつも、ハジメは何故か五等分の花嫁を、

いや、正確には上杉小太郎のことを思わずにはいられなかった、

マンガの登場人物に答えを求めるなんて、ちょっとないなと思いつつも。

 

(あんたは選ばなかった残りの四人にどんな笑顔を向けるんだろうな?

そして選ばれなかった四人は、あんたにどんな風に笑うんだろうか?)

 

 

大扉の前に集合したハジメたち、それぞれの手から預かった四つの宝珠を、

ハジメはレリーフの窪みに嵌め込んでいく。

 

直後、氷の扉の全面に掘られた茨の細工に光が奔り、

宝珠が一際強く輝くと、両開きの荘厳な扉は、

ハジメたちを迎え入れるかのように音を立てて開いていった。

 

「凄いな、まさにミラーハウスだ」

 

チラリと中を覗いただけでも、氷壁の反射率が高くなっており、

鏡の如く、自分たちの姿が鮮明に映っているのが見て取れる。

 

「ゲームとかだとさ、鏡に写った自分のコピーと戦うことになるってのが多いよな

こういうステージだと」

「南雲君のコピーだなんて、厄介極まりないよ」

「そりゃどういう……」

 

本音をボソッと口にした鈴と、その言葉聞き捨てならぬと振り向くハジメ、

もちろん二人とも笑顔ではあったが。

 

「それじゃ皆行くよ……ユエちゃん?」

 

号令を掛けようとしたジータが、傍らのユエの表情を見て言葉を止める。

 

「……何だか吸い込まれてしまいそう」

 

確かに、まるで合わせ鏡のように無数の己の像が重なり合い、

深奥の闇へと繋がっていく光景は、そう思わせるだけの得体の知れなさに満ちていた。

 

「だとしても、みんなで入れば怖くないよ」

「ああ」

 

不安げなユエの髪を撫でるジータと、その肩を抱いてやるハジメ、

そんな三人の姿にうんうんと頷く、香織を始めとする残りの仲間たち。

そして彼らはスクラムを組むように互いの肩を合わせると、いざ!と、ばかりに、

一斉に扉の向こう側へ飛び込むのであった。

 

しばらくはトラップも魔物の気配もなく、

羅針盤の導きに従って順調に進んでいたハジメたちだが、

不意に全員が立ち止まり、キョロキョロと辺りを見回し始めた。

 

「今の……」

「ああ、もしかして皆も聞こえたのか?」

 

最初は各自が気のせいだと思っていた……しかし。

 

「ハジメちゃんは何て聞こえた?」

「……もっと正直になれって、そういうジータは?」

「私は……それで満足出来るの?って、ねぇ皆は?」

 

二人はその場で聞き取りを始めて行く。

 

「どうやら聞く相手によって言葉は変わるみたいだな」

「それもどこかで聞いたような声みたい」

「……ハルツィナでは擬態能力を持った魔物もいたし、

知っている誰かを真似ているのかもしれないわね、香織も鈴も何かあったら

すぐに言いなさい」

「うん、気を付けるよ、雫ちゃん」

 

―――おあいにく、骨折り損だったね。

 

骨折り損、何が?一瞬言葉の意味を掴み兼ね、

そして次の一瞬で意味を悟った香織の表情が強張って行く。

自身の中で決着が付いた筈の想いが、

再びムクムクと頭をもたげるような感覚を振り払うように、

香織はブンブンと己の頭を左右に振る。

 

「……とにかく進むしかあるまい」

「まぁ、そうだな」

 

シャレムに促され、また先へと向かうハジメたち。

但し、そう言うシャレムの顔も珍しく不快げに歪んではいたが。

 

ともかく彼らは羅針盤の導きに従い、複雑に入り組んだ迷路を迷わず進む、

早くこの場所から抜け出し、この煩わしい囁きから逃れたいとばかりに。

しかし、そんな風に彼らが焦れば焦る程に、囁きはその頻度を増していく。

 

――また裏切られる。

――自分のせいでまた失いますよ。

――受け入れられることなど有りはせん。

 

「一体いつになれば抜け出せるのじゃ!」

「どう急いでも半日はかかる!空を飛べれば別だがな!やってみるか!」

 

忌々し気なティオの叫びに、同じく忌々しくハジメが応じ、

その言い方が気に障ったのか、ティオはあろうことがハジメに向かって反駁する。

 

「何じゃその言い方は!ご主人様と言えども聞き捨てならんぞ!」

「聞き捨てならなきゃどうなんだ!あぁ!」

 

眦を吊り上げ睨み合う二人にジータがすかさず割って入る。

今、この二人に暴れられると文字通りの大惨事なのだから、それに……。

彼女は冷静さを失いつつある仲間たちへと呼びかけていく、

自身の苛立ちを抑えるかのように静かに。

 

「落ち着いて耳を澄ませて……まずはちゃんと聞いて」

 

ジータに従い、彼らは暫しの沈黙し囁きに耳を傾ける、やがて。

 

「……俺の、自分の声だな」

「うん、自分の声って自分で聞くと意外に違和感があるもんだから気がつきにくいけど」

「ああ、俺も親父の手伝いでボイステストで何度も自分の声を聞く機会があってな、

うん、確かにジータの言う通りだ……もっと早く気が付きゃよかった」

 

二人の言葉に、全員が「ああ、そういえば」と得心のいった表情となる。

 

「でも、だとすると、この声が言っていることって……私たちの心の声かも」

「……ですねぇ、心の中を土足で踏み荒らされているみたいで凄く気持ち悪いです」

 

暗澹たる口調で顔を見合わせる、香織とシア。

その一方では、互いに謝罪の言葉を口にするハジメとティオ。

 

「さっきは悪かったな……ティオ」

「それはお互い様じゃ、ご主人様もかなりキツいのであろ」

「でも、こういう時だからこそ、だよな……」

「香織ちゃん、治療で何とか聞こえなくすることって出来るかな?」

 

今更思い出したかのように、ジータは香織へと質問する、が、

香織は申し訳なさそうに首を横に振る。

 

「それなんだけど……いわゆる状態異常ってわけじゃないみたい」

「状態異常……デバフならジータのバリアで防げるしな」

 

考えてみればそれが出来るならさっさと実行してる筈なのだ。

 

「諸君……確かに不愉快だが、だからといって囚われてはならない、自信を持て

君たちは過去を、疵を乗り越えてきたからこそ、今ここに立っていられるのだから」

「シルヴァさんは……大丈夫なのですか?」

 

この揺ぎ無き狙撃手にも疵はあるのだろうか?深く考えることなく、

シアは頭に浮かんだ疑問を口にする。

 

「私にも当然聞こえている―――所詮努力では才能は超えられない、諦めろと、何度もな」

 

その傍で思わず息を呑み込むハジメ、

シルヴァをも超える狙撃の名手が、空の世界にはまだ存在しているのか……。

だがその事実は、彼に畏れ以上の昂りを覚えさせていた。

 

(行きたい……そして知りたい……もっと遠くへ、もっと多くを)

 

ともかくそんなやり取りを交えつつ、彼らはまた先へと進む、

そして先頭を歩むハジメとジータの背中を追うユエの耳に。

 

―――彼も彼女もあなただけの騎士じゃない。

 

その自らの声がまた響いた。




この作品のハジメはこういう面倒くさいことも考えてしまうのです。


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ズルはだめよ Part2

お寿司屋さんジータちゃん、ktkt!



 

 

途中、何度か休憩を挟みつつハジメたちは、

ミラーハウスのような通路をひたすら進み続ける。

 

「頑張れ!直線距離ではもう一キロもないんだ」

 

先頭でハジメが必死に仲間たちに激を飛ばすが、

やはり仲間たちの顔は総じて暗く、きっと自分も似たような顔をしてるのだろうなと、

思えてしまうのはやむを得ないが、それでも自分が前を向かねば始まらない。

 

―――ちょっと前とはえらい違いだね。

 

また雑音交じりの声が聞こえる、どうやらこの雑音は自分にしか聞こえてないようだ。

それが余計にハジメの不安を掻き立てて仕方がない。

正直、声についてはそれほど気にはならない、気にはなるのは、

何故自分だけ雑音が混じっているのかという部分だ。

 

「くそっ」

 

さらに集中力が低下しているここに来て、まるでそれを見越したかのように、

散発的に襲い来るフロストオーガや、嫌がらせのようなトラップの数々が、

じわじわと自分らの精神力を擦り減らしていく。

 

今も奇襲をかけて来たフロストオーガの頭蓋を瞬時に吹き飛ばすハジメ。

 

―――力を奮うのは楽しいだろ。

―――もっと思うがままに曝け出したいだろ。

 

またそういう声が聞こえる、声を振り払うようにハジメが周囲を見渡すと、

重そうな身体を引きずるような仲間たちの姿が目に入る、

何せ仮眠を取ろうとしても、それを妨げるように聞こえてくるのだからたまらない。

特にユエの消耗が酷く思えるのが……またハジメの焦燥を誘って仕方がない。

 

「!」

 

と、その時、ふと見上げた正面の氷壁に映る自分の姿に、

ハジメは違和感を覚え、立ち止まるとゴーグルを使い入念に壁をチェックしていく。

 

「ハジメくん?」

 

やや神経質にも思えるハジメのその態度に、

仲間の中では比較的平静を保てているように思える香織が声を掛ける。

 

「どしたの?」

「いや……うう」

 

どう説明したものかと一瞬考えを巡らすが、

結局気のせいと誤魔化すことを選択し、また先へと進むよう

仲間たちへとハジメは促していく、腑に落ちない顔をしながらも……

 

(確かにあれは……でも何だったんだ)

 

そう、映っていたのは確かに見慣れた自分の顔だ、

しかし一瞬だけその顔がブレるように変化したのだ……何故か眼帯を付けた自分の姿に。

 

そしてそれから小一時間後、彼らはついにこの迷路の終着駅であろう、

巨大な空間、そして巨大な門の手前へと到着した。

門を遠目に捉えた時は、また宝珠か何か探すの!?と、少し足が萎えかけたのだが、

扉の意匠を見る限りどうやらその心配は無さげである。

 

「……反応あった?」

「いや、相変わらずだな」

 

ゴーグルでの周辺のスキャンを終えたハジメがジータに応じる。

 

「ん……なら行くしかない」

 

やはり普段とは違い、苛立ちを隠さないユエの頭を軽く一撫でし、

ハジメはジータと並び部屋へと入って行き、その後にユエたちも続く。

そして部屋の中央に差し掛かった時であった。

 

太陽の如く強烈な光と熱が彼らの身体を包み込む、

そしてその陽光が、空気中の水蒸気の結晶に乱反射し、

キラキラと幻想的な光景をも展開し始める。

 

「……きれい」

 

思わずそんな呟きを雫が漏らすが、

だがハジメは手放しでその光景を楽しむつもりはない。

それにかつてこういう兵器を自身でも考案したことがある……まさか。

 

そうハジメが危惧している間にも、氷片は刻一刻と輝きを強くしている。

 

「くるぞレーザーだ!皆防御を固めろっ!」

 

まさかを確信に変えたハジメが叫びと共にジータへと手を差し伸べ、

それに呼応しジータもまた叫ぶ。

 

「ギルガメッシュ!」

 

二人の求めに拠って降臨した背中に無数の武器を背負った半神の暴君が、

次々とレーザーを切り払っていく。

カンカンカンカンと障壁にレーザーが当たっては弾かれる、そんな音を耳にしながらも、

その雄々しき姿にほえ~~っと、鈴が間の抜けたような感嘆の声を上げる。

 

「お前達は…まだまだ強くなる…!」

「は、はい!」

 

太古の戦士にそう励まされ、やや驚いたようにではあったが鈴は頷く。

 

「霧まで掛かってきやがった、皆扉まで走るぞ!」

 

障壁を展開したままで、彼らは一斉に扉へと駆け出す、

四方から放たれる熱線は、いかに"聖絶"といえども晒され続ければ、

容易く貫通してしまうであろうと思われた。

しかし暴君の刃によるカット効果が加わることにより、

熱線は本来の威力を発揮することなく、乾いた音を残して弾かれて行く。

 

これならば出口まで辿り着ける筈、しかし、やはりと言うべきか、

床に映った巨大な影にハジメが上空に目をやると、

そこから大型自動車くらいの大きさの氷塊が複数落ちて来たのだ。

その中心部には赤黒い結晶がこれ見よがしに輝いている。

 

「本命か……」

 

氷塊は床にクレーターを穿ちながら着地するなり、

大斧と盾を両手に構えた氷の巨人へと変形する。

その数は全部で十体、ちょうど自分たちと同じ……と、それだけを確認すると、

ハジメはやったるでーとばかりにメツェライを取り出し、

ジータがすかさず指示を飛ばすと、残りのメンバーは一か所に固まり、

また障壁を、鈴に代わってユエが"聖絶"を、

そしてジータが『タクティカル・シールド』をそれぞれ展開し備える。

 

(やってやるよ、お望み通り思うがままに、な)

 

満を持して、そしてここまでのフラストレーションを発散するかの如く、

ハジメはメツェライのトリガーを引く。

その時、僅かに囁き声が聞こえて、すぐに掻き消えた。

 

 

「オマエも結構ムチャするな」

 

粉々になったフロストゴーレムの残骸が広がる中、

シャレムが感心しているのか呆れているのか、よくわからない口調でハジメへと話しかける中、

その一方でジータは何か考え深げな表情を見せている。

 

「んー、何かのデバフがハジメちゃんが攻撃した時に発動するようになってたみたい」

 

例の声とは違い、明確な状態異常を引き起こす何かであったのだろう、

だからバリアが反応した。

 

「やっぱりジータちゃんの張ってくれてるバリア凄いね、

デバフまで防いでくれるんだから」

 

本来の防御担当である鈴が感嘆を隠さず声を上げる、

彼女の障壁の強度も目を見張るものがあるが、それでも状態異常までは防げない。

 

(状態異常……あの囁き声……)

 

ジータがもしもいなければどうなっていたのか?それは今更検証不可能なので、

ハジメは考えないことにした、結果オーライなど恥ずべきことと思いながらも。

しかし今に至ってなのだが、確実に背中が凍るような予感を覚えているので、

きっとロクでもないことにはなっていたには違いない。

 

「すまん、もしかすると軽率だったかもしれない」

 

とりあえず予感に従い、仲間たちへとハジメは頭を下げ、

仲間たちも、やはり腑に落ちぬところは感じつつも、それについては笑顔で応じる。

 

「それはいいとしてさ、でも、そのデバフが試練に直結する物だったとしたら……」

 

心配げな鈴の声にはシャレムが応じる。

 

「オマエたちは自分の能力に則ったやり方でここまで来ている、

そう心配することはあるまいと、わたちは思うが」

「ああ、別にカンニングってわけじゃない、それに……」

 

自分の想定した解法じゃないから、正解を認めないというのは、

出題者の傲慢であろうとハジメは思う、同時に出題者の特権でもあるがとも。

 

「それでも私たちのやってることって、試験に辞書や電卓を持ち込んでるような物だしね」

「そもそも異世界の人間が挑むことなど想定してる筈もあるまい」

 

シルヴァの指摘に頷くハジメたち、だが一方でこうも思う、

いつまで経ってもこの迷宮のコンセプトが見えて来ないと。

 

これではやはり雫の言う通り、装備と戦力さえ整えばクリア可能な、

単に難易度が高いだけのダンジョンの範疇だ。

確かに徒手空拳で、半端な覚悟で神に挑むなという、

いわば戦いの厳しさを教えるという意味では、十分に試練の域に達しているとは思うが。

 

しかし太陽やレーザーは消えたものの、肝心の扉は未だ開く気配はない。

審議中……そんな言葉が一行の頭に浮かび、

そしてその視線がやり過ぎたハジメへと集中する、決して責めてるわけではないが、

 

「そんな目で俺の方を見ないでくれ」

 

内心のやっちまった感を誤魔化すように苦笑いするハジメだが。

 

―――いつまで仮面を被る?

 

またそんな声がハジメの耳に届く、雑音交じりで。

と、その時、例の……神代魔法習得の際の、記憶を精査されるような独特の感覚が、

各自の頭を走り、そしてようやく出口となるはずの巨大な門が、

クリアを示すように燦然と輝き出し、開くのではなく光の膜を形成し始めた。

 

「これで終わりかな?」

「いや……」

 

香織の言葉にハジメは首を振る。

 

これで、この程度で終わりなら解放者たちがわざわざ最初にと、

直接自分ら相手に口にする筈がないのだ。

恐らくこの先に待つ物こそが、真の最終試練なのだろう。

 

ともかく、道が拓けたことに安堵しつつ、ハジメは仲間たちと共に、

光の門へと飛び込んで行くのであった。

 

 

視界を染め上げた輝きが収まると、そこでハジメはゆっくりと目を開いた。

 

「……分断されたか。まぁ、予想はしてたがな」

 

一瞬、羅針盤が無くって皆大丈夫か?そんな心配が頭を過ったが、

鏡に囲まれた一本道を眺めつつも、安堵の息を吐き、

ハジメは足音を響かせつつ、ひたすら前進する。

ジータやユエたちも、今同じように一人でこんな寂しげな道を歩いているのだろうか?

そんな思いを巡らしつつも、歩くこと十分。

 

やがてハジメは、中央に天井と地面を結ぶ巨大な氷柱のある大きな部屋に辿り着く。

鏡のような氷壁と同じく、円柱型の氷柱もよく自分の姿を反射している。

 

「あの氷柱か……」

 

もう一度周囲を見渡し、無駄とは知りつつもスキャンも行う、

ハルツィナでの失敗を重ねないように、ましてや今は一人なのだ。

やはりというか目に見える異常は発見できず、

観念したかのようにハジメは氷柱に歩み寄る。

 

まるで鏡の奥の世界からもう一人のハジメがやって来ているかのように、

ハジメが近づくにつれ、その姿が徐々に大きくなっていく。

あの時の……まだ自分が教室にいた頃の姿が。

 

「ようやく分かった、この迷宮のコンセプトが」

 

ハジメの声に、鏡像のハジメが頷く。

 

「ハルツィナが集団としての絆の強さを試す迷宮なら、

ここは個人の心の強さを試す迷宮ってことか」

 

ならば確かに、ミレディがリューティリスが最初に挑んで欲しかったと望むのも頷ける。

心弱き者が力のみを得ればどうなるか……。

 

「そうだよ、この迷宮は自分の心の奥底に仕舞い込んでいた負の部分を否応なく

曝け出し向き合わせる、それこそ……」

 

そこで鏡像のハジメが鏡から抜け出していく、その身体を、髪を、服を、

黒く染めながら。

 

「普通に生きてさえいられれば、生涯気が付くことも無いようなことまでも、だね

「そうでもしなきゃ神には勝てない、いや、戦わせるわけにはいかないってことか」

 

が、一方のハジメは、目の前の現象にも動じることはない。

ただし動じてはいないが、興味深々と言った表情は隠してはいない。

 

「なぁ、なんでお前……姿が時々ブレてるんだ」

 

だからとりあえずは眼に付いた疑問を口にしてみる。

 

「それにあのノイズは何だ?俺にしか聞こえてなかったみたいだぞ」

「そこを気にするんだね……今の君は」

「自分と自分で話が出来る機会なんてそうそう無いからな、

それに正直ここまでカンニングしてるような罪悪感があって、ちょっとキツいんだわ

だからせめて最後くらいはってな」

 

避けられない試練であるのなら、真っ当な試練であるのならば、立ち向かうしかない。

戦いもまた同じだ、避けられないのならばこの手を血に染めねばなるまい、

実際に汚して来たという自覚もある。

 

「戦うのはいつでも出来る、そう言いたいんだよね」

「避ける努力はしてるつもりさ」

 

実際は避けても避けても、難題がやって来るような状況ではあるが、

ともかく黒ハジメは、そんなハジメの返事に苦笑するような仕草を見せるが、

すぐにその表情は真顔に戻る。

 

「残念だけど時間が無いんだ、君の場合は……だから早く確かめないとならない」

 

それがブレる鏡像や、ノイズ交じりの声の理由なのはすぐに推測出来た。

 

とりあえず、どちらかともなく錬成でベンチを作ると、

そこに座る様にやはりどちらかともなく促す。

 

「やっぱり俺は俺、なんだな」

 

ハジメの言葉に黒ハジメは揺らぐ姿であっても、にこやかに頷いた。

 




次回は、この作品におけるハジメの過去話の予定です。


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Otherwise

情報整理回です。
自分なりに、この作品なりのハジメの過去を考えてみました。

それから色々考えたのですが、今回の迷宮の試練につきまして、取り上げるのは、
ハジメ、ジータ、それからユエの三人のみとさせて頂きます、ご了承ください。


「と、じゃあまずは生い立ちから始めようか」

「時間があんまりないんじゃないのか?」

 

ブレる姿、ノイズ混じりの声、やはり自分の姿なだけに、どうしても心配になってしまう。

 

「うん、そうなんだけどね……けれどこれは必要なことなんだ、

僕という過去があるからこそ、君という現在が存在するんだから」

 

その人を舐めてるような態度が少し気に障ったが、

自分に対して腹を立てても仕方ないと思ったので、

とりあえずは黙って話を聞いてみようと、ハジメは三角座りで黒ハジメの言葉を待つ。

 

「ま、履歴書じゃないんだから、飛ばせるところはさっくりで、

子供の頃……小学校低学年くらいかな?

両親の影響こそあれど、君はまだその時はアニメやゲームへの傾倒も、

平凡の域に収まるレベルに過ぎなかった、何よりも子供だったからね」

「……そもそも子供が起きてる時間にアニメやってないもんな」

 

そう、アニメは本来子供のための物なのに、どうして今は深夜にばかりやっているのか?

(全くだ)

 

「でも、どちらかというと君はアニメそのものが好きというわけじゃなかった、

アニメの中のヒーローが好きだったのさ……そして」

 

黒ハジメの指摘に、何故か頬を染めるハジメ、

そう……自分がヒーローになりたかったのは……。

 

「そう、ジータちゃんがいたから、ジータちゃんにかっこいいところを見せたかった

生まれる前から互いの両親が親しかったこともあり、

君たちもまた、物心ついた頃から当然の様に親しい関係を築いていた」

 

確かにとハジメは思う。それにどういうわけか彼女とは、

ジータとは不思議なくらい馬が合った、

かといって決してそれは友情でもなければ恋でもない、

例え精神的に未成熟であったことを差し引いても……そんな奇妙な関係だった。

 

(今思えば……あれも兆候だったんだろうな)

 

ハジメはジータとのリンクを確かめるかのように胸に手をやる。

 

「ちょっと、話の途中」

「悪い」

「たく、それくらい正直になれてたら、もっと楽だったのかもしれないけど

まぁそれも運命のアヤだね」

 

「でも君は……少しずつそれが叶わない夢だということを悟るようになってしまう

何故って?もっと相応しいヒーローがいたからさ、ジータちゃんの傍には」

「グランの……ことか」

 

蒼野ジータの双子の兄、蒼野グラン、天之河光輝にとってのみならず、

南雲ハジメにとっても彼は輝かしく完璧な存在だった。

 

「君はヒーローであらんとジータの前で試みようとすればするほど、

グランとの差を確実に感じるようになってしまった」

「所詮は真似事だもんな……」

 

本物の前では空しくなるばかりである。

 

「そして決定的な出来事が起こった、不良たちに絡まれている……」

「くっ」

 

そこで余裕の態度を見せていたハジメが、ようやくその顔を顰め始める。

だが、ここからが大切だと影はハジメの肩を掴む。

 

「聞くんだ!聞かなきゃだめだ!」

 

その声音は試練と言うより、まるで力付けているかのようにも聞こえた。

 

「そう、あの日……グランが真っすぐにお婆さんを助けに入ったのとは逆に……」

「……逃げ出したんだ、俺は……けどっ……あの時は」

 

まだ自分は無力な子供だった、立ち向かえと言う方が無理がある、

むしろ立ち向かえる方が、どう考えても異常なのである、

実際、周りの大人たちは誰も彼を責めることはなかった、

もちろん見事すぎる機転で以って、不良たちをやり込めたグランも、

けれど……ヒーローならば……こんな時。

 

「そしてその日以来……君はグランのことを直視することは出来なくなっていた、

もちろん出会えばちゃんと挨拶はするし、アニメやゲームの話だってしたし、

勉強だって教えて貰った、けれど、少なくとも君にとってグランは、

酷く遠い存在になってしまった」

 

ちなみにこうしてハジメが蒼野家への出入りを避ける様になって暫く後、

一人の少年とその友人たちがそれと入れ替わる様に、

蒼野兄妹との交流を深めていくことになる。

 

そう、言わずと知れた天之河光輝と、その友人、

坂上龍太郎、白崎香織、八重樫雫の四人である。

 

従ってもしも彼が、南雲ハジメが足繁く蒼野家への出入りを続けていれば、

ともすると剣道少年南雲ハジメが誕生していた可能性もまたあり、

もしもそうなっていれば、彼らの異世界での辿る運命もまた大きく変じていたであろう。

 

ともかく、天之河光輝もまた蒼野グランの、いわば本物の輝きに、

心を奪われその運命を歪ませた者の一人となったのは、何度となく語られた通りである。

輝きばかりを追い、自分の足下を省みなかったのが天之河光輝ならば、

自分の足下しか見ずに、輝きに背を向けたのが南雲ハジメである。

そんな二人が出会ってしまえば、例え己の抱えた見えざる因縁を知ることがなくとも、

衝突するのは自明の理であろう。

 

「そして君は自分の好きな分野に、得意分野に傾倒するようになっていった

どちらかというと、ゲームやアニメにしても、最初のうちは、

いつか両親の仕事を手伝えるようにという目的で、

楽しむというより学んだという印象が強いよね?」

「……」

 

確かにそうだ、あの日以来自身の中の無力感を、敗北感を埋めるように、

プログラムを習い、ひたすらに絵を描いた。

本来向き合わねばならぬ物に、目を背け続けて……、

そうすることで"差"を取り戻せると思ったから。

元々才能もあったのだろう、その甲斐あってか、

ハジメのプログラミングと絵の実力はメキメキと伸びて行った、しかしそれでも……。

 

あの日もそうだった。

母の菫から、グラン君飛び級で海外留学するんですってという話を聞いた時、

心のざわつきをハジメは覚えずにはいられなかった。

もちろんグランと比べているわけでもなければ、悪意などあろう筈もない。

だか、その言葉は彼のコンプレックスを確かに刺激していた。

いてもたまらずに街へと出たハジメ、そこにあの祭りの日と同じように、

不良に絡まれる老婆の姿が目に入った。

 

―――別に何か手があったわけじゃない。

ただただ発作的に、まるでそうすることで……失ったあの日の咎を、

敗北感を取り返せるのではないか、とそう一瞬思えただけに他ならない。

そしてその結果、何も手がなかったから、思いついたことを大声で喚くしかなかった。

 

力の無い自分を呪いながら……不良どもを薙ぎ倒せる力を渇望しながら。

 

「でも彼女は、白崎香織は……そんな君を優しいと言ってくれた

本当は優しさどころか、さしたる考えすらもなかったくせに……」

「強い人が暴力で解決するのは簡単だよね……か、お笑い草だよ、

本当は暴力で薙ぎ倒したかったわけだしな」

 

寂しげに笑うハジメ、こんな表情を浮かべたのはいつ以来だろうかと思いながら。

 

「だから君は彼女が怖かった、いつか彼女が思っている程の、

大した何かを持ち合わせていない自分に気が付き、そして離れてしまうのではないかと」

「それについても認めるよ……俺は、あいつの、香織の好意を悟っていながら、

それを受け止める勇気も、自信もなかったんだ、かといって拒絶するわけでもない、

卑怯者だよ、俺は……」

 

きっとそれは……今も。

 

「そしていよいよ高校入学だ、正直に言わせて貰うと酷かったよね、僕」

「ああ……酷いな」

 

確かに今思うと、もう少し如才なく振舞っても良かったと思う。

 

「無理もないさ、実際に君はお金を稼げていて、将来も安泰と言っても良かったんだ

そりゃ周囲全てが無駄な努力をしていると思っても仕方がない、

それ以前に……君自身が何処かで努力や学業を空しい物だと思っていた」

「別に……そこまでは……」

 

いや、思っていたのだろう……、

実際そうやって高校三年間をただやり過ごせればそれでいい、

中卒は流石に聞こえが悪いが、高卒ならば……。

それに何より自分自身に何処か諦めを抱いていたのもまた事実だった、

所詮、生まれながらの本物には追いつくことなど叶いはしないと。

 

「けれど、君のその目論見は頓挫することになる」

「ジータが……」

 

そう、ジータが本来通っていた筈の幼小中高一貫のお嬢様学校から、

二年次より何故か転入してくるということが明らかになったのだ。

彼女が名門といわれるお嬢様学校から、ハジメらの通う庶民的な学校へと、

どうして転入することになったのか?

時期や枠の問題はさておいて、それは絶大な貸しと引き換えに、

とある不祥事を庇ったからではあるが、そこは本筋と関係がないので省く。

少なくとも南雲ハジメや八重樫雫がいたからとか、そういう理由ではないことは、

付け加えて置く。

 

ともかく表面上は同じ学校に通える様になったってことで、互いを祝福はしたものの。

 

「内心は穏やかじゃなかったよね?」

「何とか繕ってみようとは思ったけどさ……まぁバレバレだったよ」

 

進級初日、いきなり屋上に引き摺るように連れ出され、

泣きながら自らに訴えるジータの顔と声は忘れられない。

 

「ゲームを止めなかったのはせめてもの意地かい?」

「別に……ゲームだけじゃない……てかお前は本当に俺か!知っているんだろうが!」

 

今度は少し照れるように叫ぶハジメ、

子供じみた意地で、ゲームもアニメも一切控えることはなかったが、

眠っていた分を取り戻そうと、深夜まで勉強に励んでいたのも事実である。

その甲斐あってか実際に、ハジメの成績は向上の一途を辿り、

学年でも上位を伺える位置にまで上昇していた。

 

「と、ここまでが君の日本での軌跡さ……どう思う?」

「認めるよ……自分で選んだように見えて、何処かで取り繕ってばっかりだってことを」

 

あのオルクスの橋の上でムチャをしたのも、決してあれは勇気でもなければ、

かといって虚栄心でもない。

 

「そう、そんな君が図らずも得てしまった巨大な力の使い方に、君は未だ迷っている

かといって開き直ることも出来ない、何よりこんな半端な自分が得ていい力ではないと

さえ内心は思っている」

 

黒ハジメはずいと身を乗り出す、心なしか姿のブレが声の歪みが、

さっきよりも顕著になって来たとハジメには思えた。

 

「つまり結局は、自分の未来が怖いんだ、君は……」

 

 

「確かに怖いな」

 

暫しの沈黙の後、ハジメははっきりとそう口にする。

元はといえば生き残るために得た力だ。

最強になりたくって世界を救いたくって望んで得た力では決してない……それでも。

 

「今更そんなつもりじゃなかったとは言えないよな」

 

もう世界は動き始めてしまっている、良くも悪くも南雲ハジメの持つ力の影響によって。

 

「開き直って、徹頭徹尾自分の為だけに思うがままにこの力を振えれば、

きっと楽になれるって……そう思うこともあるさ」

 

その果てにあるのが魔王と呼ばれる未来なのだろう、しかし……。

 

「だからと言って名も知らぬ誰かの為に己の全てを捧げることも、俺にはきっと出来やしない

俺は幸福の王子様になんてなりたくない」

 

力の有無ではなく、それを行える者こそ"勇者"と呼ばれるに相応しいのだろう。

逆に言えば……その覚悟なくしてそれを行えば、その果てに待つ物は魔王となるよりも、

遙かに恐ろしい破綻なのだろうとハジメには思えた。

 

「ただ、はっきりと言えることがあるとするなら……」

 

じゃあ言ってごらんよと、黒ハジメは促す、またその姿のブレが酷くなったかのように、

ハジメには思えた。

 

「俺は……俺一人だけの力でここまで辿り着けたわけじゃない、ジータがいて、

ユエがいて、シアがティオが香織がいた……いいや、それだけじゃない」

 

雫や鈴、愛子や優花、カリオストロやシルヴァやメドゥーサにシャレム、

光輝や清水や遠藤、リリアーナやメルド……、

そんな多くの人々の支えや理解があったからこそ、

今もまだ自分はここに立っていられるのだから、そのことについてだけは応じねばならない。

そして応じたその先にこそ、きっと未来はあるのだろう。

 

「未来なんてものは、きっと自分ただ一人だけで切り開けるものじゃないし、

決まるものでもないだろ……だからさ」

 

今度はハジメの方から黒ハジメへと話しかける。

 

「分からない物は、決まってない物は変えたくても変えられない、

けれど、近くの未来なら何とか努力出来るし、して見せるさ、

蓋を開けてみなきゃ、猫が入ってるかどうかだなんてわからないだろ」

「そこは生きてるか死んでるかの、間違いだね」

 

黒ハジメのツッコミに言ってくれるなと苦笑するハジメ。

 

「それに割とあるだろ、主人公が次回作のラスボスってのもさ」

 

エヒトも実はそうだったのかもな、とハジメはふと思った。

 

「そんな遙か未確定の遠い未来に、新しい主人公が君を倒しにきたらじゃあどうする?」

「まずは倒されるような未来にならないのが一番だよな」

 

自分が南雲ハジメのままでいられる限りは……。

 

「でもまぁ……その時は……I am Your Fatherとでも言ってやるかな」

 

自分を倒しに来るのなら、そういう嫌がらせの一つくらいはしてやらないと割に合わない、

だから絶対言ってやろうと思った。

その一方で自分はベイダー卿って柄じゃないなと思いながらも。

 

「だから……まだ決まってもない何かを俺は殊更に恐れたりはしない

応じられる限りは俺は歩くことを、求めることを考え続けることを止めないさ」

 

例えその結果が魔王と呼ばれる未来であったとしても、後悔しないために。

 

黒ハジメの姿が一層激しくブレ始め、声のノイズもそれに比例し大きくなっていく。

 

「なら……君の家族や君を取り巻く日常が、君とその仲間たちを拒絶したらどうするんだい?

これは確実に訪れるかもしれない近い未来さ、さぁどうする?」

「その時は南雲ハジメとその仲間たちがありふれた存在でいられる、

そんな世界を探す旅にでも出るさ」

 

それについては即答するハジメ、その為の力を求めるのも冒険の理由の一つである。

納得したかのように黒ハジメは頷く、その姿を背景に溶け込ませるかのように薄くしながら。

 

「辿り着けるかも分からない遠い未来は変えられなくても、近くの未来なら変えられる、

変える努力をしてみせる、そう言ったね」

 

すでにハジメの聴力をしても、聞き取れぬ程にか細くなった声で黒ハジメは続ける。

 

「ここから先は君自身の試練さ、迷宮の試練じゃない……だから」

「……ああ、別にこいつを倒してしまってもかまわないよな」

 

影の姿が変わり、そして姿を現したのは。

 

「驚かねぇのか」

「驚いてるよ……十分すぎるくらいにな」

 

直感するハジメ、これが魔王と呼ばれる道を辿った己の姿だと。




次回、激突。


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Run For Your Life

この一連の展開につきましては自分としましてもいいのかな?と、思いながら書いております。
ですが、まずは話し合わないといけませんよね。


改めてハジメは目の前の……恐らくは自身とは違った軌跡を辿ったであろう、

自分の、魔王南雲ハジメの姿を舐める様に眺めて行く。

ただしその視線は怖れよりも、物珍しさに満ちており、

それが魔王に取っては少し勘に触って仕方がない。

 

(服装はそれほど変わりはないな……と)

 

魔王が纏うは、かつて自分が着用していた物とほぼ同様の三つ揃えのダークスーツだ。

 

「その服、やっぱりユエに作ってもらったのか?」

「あぁ!?いくら自分でも勝手にユエって呼ぶんじゃねぇ!」

「だよな、悪ぃ」

 

魔王に一喝され首を竦めるハジメ、

確かに初対面で人の女を呼び捨てにするのは失礼なことである。

 

「お前のその服は俺のとは……違うな」

 

魔王の目が訝し気に細くなる、色合いこそ同じだが、

ハジメの服はより威圧感を抑えたシンプルな構造となっている。

 

「こっちもユエが作ってくれたんだよ」

「だからユエって呼ぶんじゃねぇ!」

「俺のユエだ、お前のユエじゃない、お前こそ失礼だぞ」

 

落ち着け落ち着けと、魔王に手をヒラヒラと翳しながら……

それが魔王相手に取って、いかに気安く、そして危険な行為であるかも知らず、

ハジメは観察を続けて行く。

 

(右目は……神結晶を義眼に改良したのか)

 

何をどうしてそうなったのか?もしかするとこれからの戦いで……

いや、神結晶がそうそう入手出来る筈もない、だとすると。

 

「その目、ヒュドラにでもやられたか」

「ああ……お前はどうやら切り抜ける事が出来たようだが……」

 

ともかく、これは明確な違いの一つであると言っていいだろう。

 

(ま、すでに外見云々の問題では無い気もするんだけどな)

 

何より魔王から放たれるその雰囲気は、自分のそれより遙かに獰猛で、

隻眼であってもその眼差しは猛々しい。

ハジメはカムに言われた言葉を思い出す。

 

『以前の滲み出るような猛々しさが影を潜めたといいますか……』

 

ならば、かつての自分もそのものとまでは思わないが、

あれに近い存在だったのだろう。

 

「なぁ……単刀直入に聞くぞ、お前ら、いや俺たちは……」

 

目の前の存在が自分の未来ならば……だが、魔王はそんなハジメの考えを読み取ったか、

面倒臭げにフンと鼻を鳴らす。

 

「お前に答える義務はないな、それに……」

「ああ、これはそもそも俺の、俺たちの戦いだ、お前のじゃなくな」

 

魔王の声音には明確な侮蔑感が籠っており、確かに無理もないなと

これにはハジメも納得せざるを得ない、だがそのどこか挑戦的にも見える仕草が、

ますます魔王の不興を買っていることには未だ気が付かない。

 

(なんだコイツは……こんな奴が本当に俺なのか?南雲ハジメなのか?)

 

「ま……どうしてもってんなら、聞き出して見ろよ」

 

魔王はあくまでも自然な動作でドンナーを抜き放ち、

そしてハジメは目の前の己に呼応するかのように、やはり反射的にドンナーを抜いてしまう、

……それが魔王に取っていかなる意味を持つかも知らぬままに。

 

「例えお前が俺自身であったとしても、これでお前は俺の敵だ!」

 

乗せられたか……いや、こちらが乗ってしまったのか?

ハジメは内心舌打ちしつつも、魔王が放った弾丸を寸分違わぬ軌道でもって

相殺し、さらに左手に握ったシュラークのトリガーを引くが、

こちらは逆に魔王の左手のシュラークから放たれた弾丸によって相殺される。

 

まるで鏡合わせのような、一連の流れるような挙動の後、

二人は互いの眉間にドンナーを突き付けつつ、どちらかともなく口を開く。

 

「やはり根本的には同じ存在みたいだな、俺たちは」

「ああ、でもお前よりは不毛なことはしたくない方なんでね」

 

それには応じず魔王はハジメの眉間めがけ銃口を向け、

容赦なく急所を狙ってくれるのが、むしろ幸いしたと思いつつも、

ハジメはアザンチウム製の大盾を、魔王の眼前へと展開し弾丸を防ぐ。

もちろんこんな物で魔王の猛攻を凌げるとは思えない、

あくまでもこれは魔王の視界を防ぐためのものだ。

 

「……ヲイヲイ」

 

魔王は唇を僅かに歪めると、無言かつ無造作に大盾を分解する、

が、目の前に開けた光景に彼は一瞬絶句する。

そこにあったものは、南雲ハジメとしては、まさにあり得ない光景だった。

なんとハジメは躊躇うことなく逃走と言う選択肢を選んだのであった。

 

一本道をひたすらに駆け、みるみる小さくなっていくハジメの背中に、

後を追うことも忘れ、魔王は叫ぶ。

 

「何故尻尾を巻いて逃げる!お前は本当に俺か!」

 

 

「魔王に向ける銃口は持ち合わせちゃいないのさ!」

 

と、捨て台詞を吐きつつも、ハジメは次に魔王が打つであろう手を必死で考える。

距離……環境……導き出される一手は……。

そこで自身の周囲に展開させたクロスビットが背後の熱源を感知する。

 

「シュラーゲン!やっぱりそう来るよな、俺!」

 

ハジメは数瞬で弾道を予測すると、

ゼリー状の対衝撃吸収用のクッションを通路に幾重にも展開し、

自身はそのままクロスビットのバリアを最大出力で自身の背中に集中させると。

スライディングで床へと伏せる。

張り巡らせたクッションが一瞬で蒸発・貫通する音がまずは耳に届く。

だがそれでも威力は確実に減衰させ、かつ、弾道を強引に捻じ曲げていく手応えはあった。

そして目論み通り自分の頭上を紅の魔力を迸らせた弾丸が、

轟音と共に通過していく感触をハジメは確かに覚えていた。

 

「まずは命拾いか……」

 

ハジメはこれも計画通りとばかりに、穿かれた壁の大穴から外へと脱出する、

意外にも抜けた先にはまた迷路が広がっており、

迷うことなくハジメは中へと逃げ込んでいく。

流石に一息ついて仕切り直したかったのもあるが、

何よりオープンな環境で撃ち合えば、どちらに転ぶか分からない、

負ける……とは思わずとも、ハジメはそう判断せずにはいられなかった。

 

もしも自分が敗れれば……死ねば……ジータの顔が頭に浮かぶ。

 

「こっちの気も知らねぇで攻撃全振りかよ……流石は魔王」

 

しかしここまで思いきりのいい真似をしてくるとは思わなかった。

この迷宮の試練の特性からいって、恐らくは攻撃的・破壊的な箇所を、

より一層、カリカチュアライズされた存在ではあるのかもしれないが。

 

「逃げてもダメなら……か」

 

自身へと向けられた羅針盤の光を認識し溜息をつくハジメ。

それでも……この苦境に何故か胸中に心躍る物を感じながら。

 

 

 

と、ハジメが己が進む筈であった未来との対峙を始めた頃。

ジータもまた己の影との対峙を続けていた。

 

「随分と楽しんでるみたいじゃない?第二の人生を」

 

そこにいたのはごくありふれた容姿のOLだった、

歳の頃ならば、大卒間もないくらいといった感じか。

ああ……そういえばと、ジータは生前の記憶、

いや、今となってはかつてそうだったという記録を手繰り寄せる。

かつての自分は体重と残業時間を気にする、どこにでもいる会社員だった。

趣味と言えば精々、週末にネット配信のアニメを、

発泡酒を片手にダラダラと視聴したり、たまに友人と飲みに行くことくらいの。

 

「で、わざわざ前の姿で出て来たのはどういうことかな?」

「そんなの決まってるでしょ、あなたが今の生そのものに対して、

根本的な罪悪感を抱いているからよ」

 

影の鋭い指摘にジータの喉の奥からぐっ……という声が漏れる。

確かに今の自分の生は、家族旅行中の爆破テロという不慮の死に対する転生特典であり、

いわば真っ当な形で生まれたわけではないのは事実である。

 

「テロリスト様々ってところね」

 

そう……久々にあの女神の言い草を思い出すジータ、

思えば自分の神様不信はあの時から来ている、だが……。

 

「それは言っちゃダメだよ」

 

やんわりとだが、それでもそこは影へと釘を刺すジータ。

この試練の意味はとうに悟っている、だが、それでも聞き捨てならないことには、

はっきりと異を唱えねばならない。

 

「そりゃ……ラッキーだったとは……思わないわけじゃないよ」

 

罪悪感は確かにある、いかな神様特典とはいえど、

結局は誰かの犯した罪と不幸の上に成り立っている現在なのだから。

 

(さらに言うならば勘違いも含まれてはいるが)

 

「それでも、この姿になっちゃったんだから、それはもう仕方ないよね」

 

過去は……それこそ前世など、どうやったって変えられない、

ならせめて今を、そしてより良い未来を目指すしかないのだから。

 

「随分と前向きね……それもその姿のお陰かしら?」

 

影の言葉には若干の嫉妬が混じっていた、

影もそれなりの容貌ではあるのだが、やはりジータとは比べようもない。

 

「それも否定はしないよ、人は余裕があってこそだもの……そういう意味で言うと、

やっぱりなりたい自分になれたってことなのかもね」

 

サバサバとそれでいて開き直ったような態度でくるりとその場で身を翻すジータ、

こんな媚びた真似も、この姿であってこそだ。

 

「でも、だからって私は自分の幸せを放棄したりなんかしないよ」

 

過去を変えられないのなら、生まれだって選べない、自分の場合はやや特別ではあるが。

 

「私が私であった時だって、だいたい同じような日々だったけど、

それなりに幸せだったしね、でしょ?」

 

フン!と、影が苦笑したか否かの内に、鏡像がまた揺らめき、

影の形が今度こそ現在の、ジータの姿へと変わって行き、

影のジータの持つ剣が一切の躊躇いもなくジータへと振り降ろされる。

 

「随分と攻撃的ね」

「嘘吐きは嫌いなの」

 

土属性の剣、ワールドエンドを互いに構え、

ジータとジータは睨み合う。

 

「嘘吐きってなにが?」

「わからないの?本当にあなたが好きなのは」

 

影の繰り出す突きを交わしながらも、何故かズキンと胸が鳴るのを感じるジータ、

普段の彼女ならば迷うことなくハジメだと即答できる筈なのに、

何故か言葉が出て来ない、それは相手が紛れもなく自分自身であるからだろう。

 

確かにそれは己の胸の中に、封じ込めていた思い、いや、もう忘れた筈の思い、

だが、やはりそれは未だ川の澱みの奥底の泥の様にその胸にこびり付いていたのだ。

そのことをはっきりと自覚するジータ、それに伴い、

己を狙う影の突きの速度が明らかに早まって行くようにも感じられた。

 

そして影はジータの動揺を見透かし、嗤いながら不都合な真実を高らかに口にする。

 

「グラン兄さんなのにね」

「確かに……私は兄さんが好き、恋していた時期もあった……けどっ!」

 

心が、呼吸が、乱れて行くのを自覚した上で、ジータは叫ぶ。

そもそも実の兄妹なのだ、ありえないしあってはならないこと、

それに兄にはすでに……。

 

あの日……自身が転生者である自覚もまだ無かった、そんな幼い頃。

他愛なく兄の背中をこっそりと尾行した先で見た物……。

それは自分らと殆ど歳は変わらないであろう少女の手を、

限りない愛情を込めて固く握りしめる兄の姿。

 

『もう少し大きくなるまで僕らのことは秘密にしないと、皆が驚いてしまう』

 

漏れ聞こえたそんな兄の言葉に、二人はまるで前世からの恋人……と、

そんな直感を覚えたのは、今思うと、自分が転生者だったからだろうか?

ともかく、その瞬間ジータの初恋は脆くも崩れ去ったのである。

 

とはいえど、人は恋を愛を探し求める生き物である。

兄への敬愛はそのままに、ジータもまた新たな想いを預けられるそんな相手を

探し求めるのはまた当然のこと。

だが、完璧な存在がすぐ目の前にいるのである、どうあったって他の男への点数は辛くなる。

それは南雲ハジメに対しても、天之河光輝にしても変わりはなかった。

 

「天之河光輝は見た目だけなら合格点だったけど、余りにも性格に難があり過ぎた

……何より」

 

ぐぐぐ……と、影は鍔迫り合いに持ち込み始める。

その膂力に押され、ジータの顔が歪む。

 

「彼は自分の思いばかりが先に立って、自分への思いに対して無頓着過ぎた……

恵まれているのが当然だと思い込み過ぎていた」

 

体軸をずらすようにして、何とか鍔迫り合いから逃れるも、

影の繰り出すさらなる追撃の刃がジータの肌を掠めていく。

 

「その点、南雲ハジメは良かった、最初から今もあなたに懐いてくれている、

それにしたってカラクリがあったわけだけど……私の言いたいことわかるよね?」

 

舐めるような上目遣いでぐっ……と、身体を迫り出す影ジータ。

一方のジータは、いつもの自分はこんな風だったのかと、

その挑発的な仕草に、改めて我が身を鑑みざるを得ない。

 

「恋した男はすでに運命の相手がいて、ましてや実の兄、

どうやったって結ばれやしない」

 

影は我が意を得たかのように笑うと、唄うように言葉を続けて行く。

 

「かといって他のどんな男も魅力的には思えない、そんな中であなたは見つけたの、

退屈を紛らわせる格好の存在をね」

 

嘲るような影の指摘に、歯を喰いしばるしかないジータ。

 

「つまりあなたはハジメちゃんを、兄さんの代わりにしようとしてるだけなのよ!

代用品、ううん……オモチャにしているだけなのよ、未来を変えるって名目でね!」

「……っ!」

 

確かにそうかもしれない、いや、そうだ。

あくまでも自分にとって南雲ハジメは弟のような存在でしかなかったし、

それは向こうも似たような物だった筈だ。

少なくともこの世界に、トータスにて、己の正体に気が付くまでは、

南雲ハジメとの宿縁めいた関係を知る時までは。

 

「……確かに、以前は……日本にいた時はそうだったかもしれない、けれど」

 

この地に召喚されての日々が出会いが、自分たちを変えた。

今ははっきりとそう思える。

 

「吊り橋だよ、それは」

「かもしれないね」

 

だとすれば随分と大きくてスリリングな吊り橋だろうと思う、

渡らざるを得なかった者全てを、良くも悪くも変えてしまう程に。

逆に言えば……変われなかった、変わることを拒否した者は、

皆、橋から谷底へと落ちる運命を辿ってしまった様にも、ジータには思えた。

 

やや影がたじろいだのを見て、今度はジータが反撃に移る、

だがその刃には殺意はない。

 

「私はハジメちゃんを兄さんに負けないような男にしてみせる!

ハジメちゃんが魔王の未来に抗うというのなら、私も共に抗ってみせ……っ」

 

その時、ジータの身体に痛みが走る、まるで誰かに殴られているような……。

 

(ハジメちゃん!まさか)

 

影も同じく身体を押さえ、痛みを堪えているような仕草を見せている。

そういう所はやはり陰であっても自分なのだ、そう思えると一応敵ではあるが、

どこか親しみを覚えてしまう。

 

「……例えそれが、自分の気持ちが……魂の共有ゆえの自己防衛でしかないとしても?」

 

影はジータを見据え詰問する、何かを確認するかのように。

 

「なかったとしても!私は私の道を、私たちの未来を選んだつもり……それを阻むのなら

誰であろうと私は退かない」

「彼が自分以外の誰かを選んだとしても?」

「それが私たちのより良い未来の一部なら、けれど分かってるでしょ?」

 

ジータもまた影を見据え宣言する、ただし笑顔で。

 

「それは私が認める子が、ハジメちゃんの前に現れてからの話だから」

「随分と高いハードルね」

「それでも易々と乗り越えてしまう子だらけで困っちゃうな」

 

ハジメの周囲の少女たちの姿を思い浮かべるジータ、皆ハイレベルだと、

やはり認めざるを得ない。

 

「それはそうと、どうやら……未来がやって来てるみたいよ」

 

影の姿と声が、少しづつか細くなって行く。

 

「クリアって認めてくれるの?」

「私だって……ハジメちゃんがいなくなったら困るもの、まだ死にたくないしね」

「大丈夫、ハジメちゃんは……ううん、私たちは私たちの未来になんか、負けたりはしない

この私の……蒼野ジータのいなかった未来になんかには」

 

ああ……今ならばはっきりとわかる、自分がこれまでハジメと歩んだ道程は、

自身の存在しない未来への挑戦だったのだと。

 

「さぁ立ち向かいなさい、自分たちのあったかもしれない未来に」

 

その言葉を最後に影は鏡像へと戻り、その声のした場所へとジータは頷くと、

ハジメの元へと迷いなく駆け出していく。

その全身には未だ痛みが走り続けている。

だが、ジータの心には不安はない、何故ならばハジメの心からは、

決して怖れではなく、むしろそれを乗り越えた高揚感が伝わってくるのだから。




次回こそ、ちゃんと戦ってくれるんじゃないかな?

と、原作と本作の違いとしてましては、
色々な存在がハジメに自重を促してます。


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ハジメの軌跡

作中、少し厳しめな言葉も使ってはいますが、優劣や善悪や正否ではなくて、
あくまでも異なる道程を辿った二人の戦い方や考え方の違いを、
自分なりの解釈でもって書くことが出来ればと思ってます。



 

ドンナー、シュラーク、シュラーゲン、オルカン、メツェライetc。

それら自身の主装備を確認し、溜息を吐く魔王。

 

「そういうところはフェアにやれってことか」

 

どうやら自身の装備、いや能力も含めて全てが、

かつてこの氷雪洞窟に挑んだ際のものに、ダウングレードされてしまっているようだ。

 

「しかしアイツは本当に俺かね」

 

魔王は羅針盤の指し示す光に従い、サクサクとうっすらと雪が積もった

回廊を標的目指し進んでいく。

 

「ここにいるってことは、ハルツィナをクリアしてるだろうし、

逃げてもムダだってのが何故分からないのか……オマケに」

 

魔王の足下で微かな光が発せられる。

 

「こんなチャチなもん仕掛けやがって」

 

そう独り言ちる魔王の歩いた後には、何かの機械の残骸がただ残っているのみだった。

 

「解除されたか」

 

一方、迷路の中で壁にもたれ軽く息を吐くハジメ。

チンケなクレイモアもどきの地雷で、自分を、ましてや魔王を倒せるだなんて思ってはいない。

あくまでも解除されること前提で、相手の確実な位置を知るために仕掛けただけだ。

自身に向けられた羅針盤の光は段々と強くなっている。

 

「ま、こっちばっかり気にしてるわけにもいかないよな!」

 

自身の頭上へと迫る存在をハジメは敏感に察知する、しかも複数。

 

「お次は空中戦か!」

 

ハジメは影に呼応するかの如くクロスビットを迎撃に向かわせる、

自身を守る武装がまた一つ減ることを承知の上で。

 

「直すの手間なんだぞ、畜生め」

 

それぞれ単機ではあるが、巧みな連動を見せつつ広角に迫る魔王のクロスビットに対し、

ハジメのクロスビットは編隊を組み、互いの死角をカバーしつつ、迎え撃って行く。

自身の背後でクロスビット同士の空中戦が展開される中、さらなる迷路の奥へと走るハジメ。

その瞳には確信めいた何かが光っていた。

 

 

(迎撃……いや、拘束か……)

 

上空での空中戦は膠着状態に入りつつある、いや、引き摺り込まれたというべきか。

攻勢に出れば退き、だからといって回収に入れば、その瞬間撃墜される、

そんな絶妙な距離感を置いて迎撃してくる相手のクロスビット……。

自分と戦うことの厄介さを、ようやく理解したかのような表情を一瞬垣間見せる魔王、

 

上空では未だ火花を散らし飛び交うクロスビットの乱舞が展開されている。

自身で迎撃・撃墜し、一気にカタを付けることも考えたが、本体を倒す方が早い……、

そう結論付けた魔王は、そのまま壁をドンナ―で粉砕し、迷路の中へと足を踏み入れて行く。

―――小細工など圧倒的な力で粉砕すればいいとばかりに、

やはりこの魔王は何処まで行っても、攻撃的な戦術を選択するのであった。

 

ミラーハウスの如き迷路へと足を踏み入れ、標的へと着実に接近していく魔王、

そんな中、周囲の僅かな違和感に気が付いたのは魔王だからではなく、

むしろ錬成師としての性だろう。

巧みに偽装された偽壁の向こう側……そこには紅い魔力光を放つシュラーゲンの銃口があった。

 

「リモートだと!」

 

避けるよりも先に、魔王は自身を狙うシュラーゲンの銃口に

ドンナーを叩きこむ。

充填されたエネルギーが銃口を破壊されたことで行き場を無くし、

その場で大爆発を起こす。

 

さらにその爆発と呼応するかのように、今度は反対の通路から、

時間差でロケット弾が飛来する。

 

「オルカン!こいつもリモートかっ!」

 

シュラークによる撃墜が間に合わないとみるや、

魔王は上体をそらし、いわゆるマトリックス避けで、

自身へと迫るロケット弾を辛くも回避する。

 

爆炎を背後に従えつつ、己らしからぬ小賢しき戦法を取る自分に対し、

眦を吊り上げる魔王、しかしその反面、かつての自分とは違うやり方に、

彼はどうしても違和感を覚えずにはいられなかった。

 

(違う……俺とは、俺なら……)

 

が、やはり違和感よりも苛立ちが勝るようだ、魔王は正直に迷路を進むなど、

もはやまだるっこしいとばかりに、そのまま鏡壁を粉砕しながら進んでいく。

そしてついにハジメの影を捉え、右手のドンナーを構え、

そのトリガーを引こうとした瞬間。

 

「!」

 

その銃口に僅かに散った紅い火花に慌ててドンナーを収納する魔王。

周囲の空間には可燃粒子が充満している、

この状態で銃器を扱えば、その瞬間火ダルマである。

 

「撃ってみろよ、お前も俺もドカン!だ」

「てめぇ……」

「おっと、錬成なんぞさせやしねぇよ!」

 

ハジメは滑るように魔王へと足払いを仕掛けていく。

 

「さっきから俺にしちゃやることがセコいぞ、何より……」

 

魔王は振り下ろす様にハジメの顔面へと拳を叩きこもうとするが、

すでにハジメは上体のバネを生かすかのように立ち上がった後であり、

さらに魔王の側面に回り込むと、そのまま肘を入れようとするが、

魔王は数歩下がったのみで、ハジメの肘を空かし、

逆に掌底を突き入れるべく、一気に踏み込んでいく。

 

「格闘戦で俺に勝てると思ったか?」

「撃たれるよりは殴られる方がいいんでね!」

 

拳と拳、蹴りと蹴りの応酬が続く中、言葉でも応酬を続ける二人、

だが、やはりではあるがハジメの方が若干ではあるが、息の荒さを感じてならない、

 

(あーやっぱ強いわ、さすが俺)

 

それでも撃たれれば互いにとってそれで終わるが、

殴られるならまだ何発かは耐えられる。

ハジメにとって、自分の命は自分だけのものではないのだから。

 

「お互いに慣れっこだろ……教室で」

 

魔王の顔が一瞬の戸惑いと、そしてそれ以上の怒りと屈辱に彩られていく。

 

「お前も捨てきれてないんだな!結局は」

 

そう吐き捨てるなりハジメが宙を舞うと、無数のナイフがその手の中から、

空間を覆うが如き密度で魔王へと投擲される。

このナイフは相手の魂魄を探知し、何処までも追尾するようになっている。

 

「チッ!」

 

だが、火器が使えないことを失念したか、いや、それよりも、

後に自分が開発するリビングバレットや、この後戦うことになるエヒトの"神剣"にも、

通ずるコンセプトの武器を、目の前の南雲ハジメがこの時点ですでに開発していることに、

驚きを覚える魔王、そしてその分挙動が遅れ、何本かが魔王の身体を掠め、斬って行く。

それでも瞬時に無数の鉄球を錬成し、自身に迫るナイフ全てを叩き落としたのは、

見事の一言に尽きる。

 

「オイ!格闘戦じゃねぇのかよ!」

「答える必要はないな」

 

遠心力をたっぷりと込めた互いの回し蹴りが空中で交錯する。

 

「てめぇはこの俺を激しく苛立たせた、もうお前が何処の誰だろうが、

それこそ俺自身だろうが関係ねぇ、死ね」

 

灼熱の業火の如くに熱く、そして一切の迷いなき魔王の殺意が、

ハジメの全身を射抜いていく、それを受けたハジメの身体が僅かに震える。

だが、その表情には畏れではなく一種の憧憬が籠っている様にも見えた。

 

何故ならばその圧倒的なまでの暴を纏った姿は、

ある種の人間の原初の欲求を刺激されてならないからである。

だからこそハジメは認めざるを得なかった、魔王の威に……己とは違う道程を辿った、

その姿に惹かれる物を感じてしまっていることに。

 

蟲……かつて己の歩む筈の運命を聞かされた時のハジメは自身のことをそう称した。

全ては生存と、そして繁殖の為に特化した存在……。

だが今にして思う、だからこそ人は昆虫の持つ美に魅せられて止まないのだと。

 

(本人の前では失礼かな……この例え)

 

そんなことを思いつつも、ハジメもまた永久凍土の風の如き静かな殺意を放ち、

魔王の殺意を振り払うかのように連打を続けて行く。

 

「死ねと言われてハイそーですかって死ぬバカがどこにいる?お前こそ死ね」

「チッ!」

 

苛立ちを隠さず舌打ちを見せる魔王、いつ以来であろうか?

錬成によって空間内に充満する可燃粒子を除去出来れば、

お得意の火器による制圧攻撃が可能となるのだが、もちろんそうはさせじと、

纏わりつくようなハジメの攻勢がそれを阻んでいく。

 

「最強はな!最強の倒し方をいつも考えてるから最強なんだぜ」

 

もちろんフカシである、ただ少なくとも今を生き延びることが出来れば、

ちゃんと真面目に考えようとは思ってはいるが。

それはともかく、倒し方とまではいかないが、相手の最大のアドバンテージである、

火力に関しては封じることが一応は出来ている、あとは……。

 

「こきやがれっ!紛い物がっ!」

「俺に取ってみりゃお前の方こそ紛い物なんだがな、ここは俺の世界だっての」

 

言葉と拳の応酬の中でもう一つ問わずとも分かったことがある、

それは……目の前の魔王の世界には、蒼野ジータは存在しなかったということだ。

だとするのならば……この目の前のかつて南雲ハジメだった魔王は、

あの奈落の闇の中にただ一人で……。

 

(迷うな、南雲ハジメ!例えそうだとしても今のコイツは倒すべき敵だ)

 

迷いを振り払うように面を上げたハジメと魔王の、

いや魔王に成らざるを得なかった南雲ハジメとの視線が交錯する、

この状況を打破しえる手は一つ……あとはそれをどのタイミングで使うかだ。

限界突破というカードを……。

 

 

魔王とハジメが激しくも静かな格闘戦を展開する数分前、

試練を終えたジータは、影の示唆に従いハジメの救援へと走っていた。

 

(この壁の……向こう)

 

緩いカーブが掛かった一本道、おそらくここは上から見ると円形の体育館のような形状で、

それぞれ中の小部屋で試練を受けているのだろう……。

そんなことを思いつつ、通路の突き当りの厚い氷壁を隔てた先に、

ジータはハジメとのリンクを確かに感じ取っていた。

だが、肝心のその氷壁を突破する手段をジータは持ち合わせてはおらず、

全身を時折走る痛みもあいまって、気持ちばかりが急いてしまっていた。

 

(せめてあと一人……誰かが試練を突破してくれてたら)

 

もどかし気にジータは氷壁をばんばんと叩く、と、背後に気配を感じる、

自分がとてもよく知る者の。

 

「ユエちゃん!」

 

ジータの振りむいた先にはユエがいた、一度は喜色に満ちた表情を浮かべたジータだが、

ユエの姿を改めて見つめ、その顔を一変させる。

何故ならばユエの身体は傷だらけで服はあちこちが焼け焦げていた、

どうやら攻略にかなり手こずったようだ。

 

「ユエちゃん……大丈夫」

 

ジータの声に、ややふらつきつつもユエははっきりと応じる、

その瞳に乗り越えた者の強い意思を込めて。

 

「……大丈夫、私がやるべきことはわかった」

 

身体こそ傷ついてはいるが、ユエのその顔に精気が充実しているのを、

確かに察すると、ジータはユエへと状況を説明していく。

 

「……この先にハジメが?」

「うん……だけど私だけじゃ壁を壊せなくって」

「んっ……任せて」

 

ユエの両の掌に魔力が込められ始める、が、

一まずジータはそれを先んじて制止する。

 

「確実に一回で壊したいの、だから」

 

どうして?と問いかけるような、その上気した頬を見る限り、

やはり急いているのはユエも同じなのだろう、だからこそここは確実に一手で突破したい。

 

「でも、その前に……」

 

ああいつものとそんな表情を見せるユエへと、申し訳なさげな顔を見せると。

ジータは周囲を見張って貰いながら、ジョブチェンジを開始するのであった。

 

そして数分後……ジータはベルセルク、獣の毛皮を身に纏いし狂戦士の姿となって、

光の中から姿を現す。

 

『ウェポンバースト』

 

ジータの行使したアビリティによって、手にした剣、ワールドエンドに魔力が充填されていく。

このアビリティ、ウェポンバーストの効果は奥義の即時発動である。

 

『レイジⅣ』

 

かつて王都で級友らに使用した攻撃バフ、それのさらに上位版を行使し、

『ミゼラブルミスト』『アーマーブレイクⅡ』

防御デバフを重ねて使用し、氷壁の防御力を下限まで下げる。

おそらく本来の半分程度までその強度は下がっている筈……ここまですればと。

 

ジータとユエは剣を、そして掌を同時に振り上げる。

 

『ヴェルヌス』

 

まずはジータが氷壁へと叩きつけるように剣を振り降ろす、

と、紫の魔力の奔流が確実に氷壁を軋ませ始める、

その痕跡はまるで冬を切り裂く春の花の如きであった。

 

「"蒼天"」

 

ユエがタクトを振るうように指を操ると、

かつてサソリモドキの装甲をも溶かした青白い炎が吸い込まれるように

氷壁の中央、もっとも深く穿かれたヒビの中へ入って行く、そして。

音もなく氷壁はその衝撃の全てを吸収しきったかのように崩壊し、

そして彼女らの目の前にはまた広大な迷路が姿を現していた。

 

「行こう、ユエちゃん、私たちは私たちの未来を守らないといけない」

「……ハジメは、ううん……ハジメとジータは私が守る」

 

頬に微かな風を感じながら、ジータとユエは壁の穴を越え、

迷路へと踏み入れて行く。

かくして少女たちは手を繋ぎ合うと、意地と運命の戦いを繰り広げている

二人のハジメの元へと向かうのであった。




しょっぱいと言われれば否定は出来ませんが、
魔王にとって、自分の長所である制圧力を封じられるという経験は、
これまで皆無なんですよね。


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嘘だと言ってよ!魔王様

決着です。


魔王のストレートがハジメの顎を掠める、ここに受ければ意識が飛ぶと、

ハジメは魔王の拳を滑らせるように交わすと、そのまま踏み込んだ右足を軸に一回転し、

構えた裏拳、いわゆるバックハンドブローが、

カウンター気味かつ、したたかに魔王の側頭部を打つ。

 

「この技!坂上の……」

「次はこいつだ!」

 

ハジメは魔王の喉笛めがけ今度は貫手を繰り出していく、

その鋭い突きは、剣と無手の違いはあれど、天之河光輝のそれを彷彿とさせるが、

二度目はないとばかりに、魔王は僅かに身じろぐのみで貫手を回避し、

逆に予備動作を一切感じさせない、手首のスナップのみで打ったワンインチパンチが、

今度はハジメの頬を打つ。

 

己が独力で培った圧倒的な経験を誇る魔王と、多くの導きにより育成された探求者の、

どちらが上か……それは一概には決められない。

ただし、死線を潜り抜けた者のみが待ち得る圧倒的な矜持についてだけは、

両者の瞳にはっきりと宿っていた。

 

だが、どちらかといえば攻勢に出つつも有効打を与えられないハジメよりも、

押している筈の魔王の方にこそ焦れたような表情が覗くのは、気のせいではないだろう。

そんな魔王の顔を見て、ハジメは直感する、自分との決定的な差を。

 

ああ……きっとこいつは、未だにその心をオルクスの闇の中へと彷徨わせているのだ、

どれほどの力をその身に帯びても、未だ奪われる恐怖から逃れることが叶わないのだ。

だからこそ、ユエにあそこまで執着しているのだと。

 

共に奈落を案内した際の、龍太郎の言葉をハジメは思い出していた。

 

『光輝の……香織の、雫の顔を、言葉を思い出せたから何とか耐えられた

きっと……本当の意味で一人だったなら、俺は死ぬか、

生きることしか考えられない獣のような存在になっていただろうな』

 

(俺もきっと……ジータがいなければ)

 

自分は恵まれていたのかもしれない、例えそうせざるを得なかっただけだとしても、

恨むよりも憎むよりも守ることを選ぶことが出来たのだから……。

それでも目の前の魔王が自分より不運だったとは、決して思わない。

それはただ一人で闇を耐え抜き走り抜いた者に対してあまりにも失礼だ。

 

(俺は俺……こいつはこいつだ)

 

「だろ!」

「何の話だ!」

 

魔王のヤクザキックがハジメの鳩尾へとクリーンヒットし、

腹の中の空気を強制排出させられつつ、後ろへと吹き飛ぶハジメ、

その背後は壁、逃しようがないと見た魔王は、

さらに追撃の拳を浴びせかけようとハジメへと迫るが。

壁にぶち当たり跳ね返る筈のハジメの身体が、何故か壁に吸い込まれ……

僅かなタイムラグを置いてから、くるりとUターンして戻って来る。

どんでん返しとなっていた偽壁である。

 

「セコいぞお前!」

「そうでもしなきゃ勝てないと思ったんでな!」

 

言い返しつつハジメは"空力"で慣性を制御するかのように連続で浴びせ蹴りを、

魔王の身体へと叩き込んでいく。

 

(くっ……固てぇ、あのタイミングで"金剛"を発動できるのかよ)

 

それでも攻勢に回っている限りは……、と、そこで魔王の姿がブレるように

ハジメの視界から掻き消える。

 

「ついに抜いたな限界突破!ならっ!」

 

ハジメもまた自身の限界を突破する、

こうして二人の戦いは新たなステージへと入って行くのであった。

 

互いに限界突破という切り札を使用した、魔王南雲ハジメと錬成師南雲ハジメとの

タイマン勝負は佳境に入りつつあった。

未だ錬成師には経験し得ない、戦いの履歴に裏打ちされた、

自己流かつ野生的な挙動を見せる魔王と、

カリオストロ、シルヴァ、メドゥーサ、シャレム……魔王には無かった数々の出会いを糧とし、

より洗練された挙動でそれを迎え撃つハジメ。

 

「斬糸だと!」

 

己の服の袖口が裂けたのを見、それが何によってかを悟り、

一瞬戸惑いの表情を見せる魔王。

その反応から見て、これは相手の知らぬ技であり技術だと確信したハジメは、

魔王言うところの斬糸、すなわち機神戦で回収したワイヤーをさらに縦横に繰り出していく、

もっとも、あまりに精密な操作を必要とするため、限界突破と瞬光を同時使用せねば、

扱うことが出来ない、切り札にはなり得ぬ隠し技であったが。

 

「お前は知りたいとは思わないのか!お前と俺との違いを!

俺は知りたい、お前と俺の辿った軌跡の違いを」

「お前は俺であっても、敵だ!」

 

まるで南雲ハジメは自分だけでいいとばかりに、ハジメの呼び掛けを頑ななまでに拒絶する魔王、

相対する自分自身による予想外の攻撃手段によって、

強化繊維を編み込んだ彼のスーツが千々に破れ、掠めた皮膚から鮮血が飛び散る。

 

「てめぇ……ユエの服をよくも!」

 

(自分が傷ついたことよりも、ユエに作ってもらった服が傷つくことに怒るのか……お前は)

 

確かに目の前の魔王は、魔王のその者ではなく、あくまでも何らかの作用によって、

そういう側面を強調されている存在ではあるのだろう。

だが、それを差し引いても、ユエに対する拘りが余りにも強すぎるように、

ハジメには思えてならなかった。

 

(ユエの身に何かが起こったのか……今、いや、それほど遠くない未来に)

 

そしてまたこうも思う、目の前の魔王は揺れる自分とは違って、

しっかりと最愛を選び取ったのだと……その時はまだ。

 

と、その時であった。ついに魔王のドンナーが火を噴き、

間一髪で弾丸を避けたハジメの頬に赤い筋が走る……どうやら終幕の時が来たようである。

いつの間にか銃器が使用できるまでに薄まった可燃粒子。

あの自分の猛攻を凌ぎ、それだけではなく反撃すら行いながら、

錬成を行い粒子の除去を行っていたとは……、やはり能力そのものは互角でも、

圧倒的なまでの経験差は埋めることは出来なかったことをハジメは痛感していた。

 

「魔王」

 

そんな言葉がハジメの口を衝いて出る、畏怖と、それ以上の強さへの憧れを込めた上で。

 

「今のお前が何を思っていようが、何を抱えていようが」

 

魔王はドンナーの照準をハジメの眉間へと向ける。

 

「この世界がどうなろうと、俺には知ったことじゃない……死ね」

 

ハジメはただ、銃口を睨むことしか出来ない、自身にとっての勝利の女神が、

すぐ傍までやってきていることを知っていながら……。

 

(天之河じゃないが、やっぱ願わずにはいられないな……ご都合主義ってヤツをよ)

 

それでも、時間稼ぎの命乞いも引き伸ばしもしない、自身には逆効果だということを、

痛いほどわかっているからだ、無駄なことよりも残された時間は有益に使わねばならない

だが、それでも。

 

「お前の世界は敵か味方か、ただそれだけでしかないのか?

そんな単純な世界で生きているのか?生き続けることが出来ると思っているのか?」

 

それだけは聞いて置きたいと思った。

 

「お前はお前、俺は俺だ」

 

魔王の、冷厳なまでの回答に首を竦めるハジメ、その心の中に湧き上がるのは、

意外なことに惜しいという気持ちだった。

 

(凄い……俺は、いや俺たちはどこまでバケモノになって行くんだ、

見てみたい!俺たちがどこから来てどこへ行くのかを!)

 

絶対絶命の状況にあって、それでもなお、未知なる何かへと瞳を輝かさずにはいられぬハジメ、

だから、一方の魔王も目の前の……自分とは似ているようでいて異なる、

そんな南雲ハジメの出方を僅かではあったが、この状況で伺っていた、いや、伺ってしまった。

 

その瞬間、二人の間を分かつかのように巨大な雷撃が放たれる。

それは両者に取って、見慣れた魔法の光、

飛び退った二人が光が晴れた後に見た物……それは。

 

まるで自分たちを阻むかのように両手を広げ、一言で表すならばケンカは止めてと、

まさにそんな風に、魔王の銃口に立ち塞がるユエの姿だった。

 

 

「そこをどけッ、ユエ……例えお前でも……俺はッ!」

 

南雲ハジメに、魔王に半ば叛旗を翻したかのようなユエの行動に、

そのあってはならない、ある筈がない事態に、

口調こそ強いが、魔王の叫びは弱々しく聞こえて仕方が無かった。

 

(何を躊躇うッ……コイツは俺のユエじゃない、俺は魔王だ……撃てるッ)

 

だが、魔王の心の叫びとは裏腹にトリガーに掛けた指は、

まるで鉱石にでも変わってしまったかのように動こうとしない。

そして何よりこんな顔の、こんな瞳のユエを見るのは……。

 

(あの時、俺がヒュドラを相手にして動けなかった時の……)

 

だから揺らぐ、魔王の銃口が。

さらに魔王は気が付いてしまっていた、

揺らぎなき瞳は、その小さな背中の先にいる南雲ハジメのみならず、

自分自身にも向けられていることに。

 

一方のユエは魔王の銃口を身じろぎもせずに見据えて離さない、

対峙した自身の影の言葉を思い出しながら……。

 

 

『ハジメを自分だけの騎士に仕立て上げたかった』

『飼い慣らして自分の元から離れられないようにしたかった』

 

だからシアやティオ、香織の同行を許した、

男を飼い慣らすのは、いつの世でも金か女と決まっている、

そういう手管を宮廷での生活の中で、ユエは自然と身に着けている。

 

『でもハジメにはもう別の騎士がジータがぴったりとついていた』

『ジータが自分にも、ともするとハジメ以上に優しくしてくれることが、

貴方には嬉しかった……けれど』

 

それは同時に屈辱だった。

 

『でも、ジータと一緒にハジメの騎士になる自信もなかった』

 

口では守ると言って置きながら、同じ土俵で渡り合う自信がなかったから。

 

『だから貴方は無垢なお姫様のままでいるしかなかった、

そうすれば二人はいつまでも自分の騎士でいてくれるから、でも……』

『貴方がお姫様でいる間に、シアも香織もティオも自分なりのやり方で

ハジメとの関係を成熟させて行った』

 

先のハルツィナでの戦い……自分だけが何も出来なかった、何もしようとしなかった、

お姫様のままでいようとしていた、香織の激を受けるまでは。

 

『貴方だけがあの時と、助けて貰った時と何も変わらない、

家族と言う名の心地よさに、守られる優越感に甘えて一歩も先に進んでいない』

 

 

(私はお姫様じゃない……ハジメもジータも私の騎士なんかじゃない、

私たちは仲間だから友達だから……その証を見せてあげる……私)

 

ユエは自身の影に誓ったままに、魔王の銃口へとその身を晒す。

だから魔王は身じろぐ、自分相手には決して見せない、その瞳に、

自分たちを争わせまいとする、その強き意思に。

 

だから魔王は致命的なミスをついに犯してしまう、

自身に迫るもう一つの影への対処が遅れてしまったのだ。

だが、それでも一種の戦闘機械を思わせるかのように、

迅速かつ正確に魔王は影の方向へと視線を向ける、そこにいたのは……。

 

あれ?こんな奴いたか?

それでもがおーと迫る殺気に呼応するかのように、ハジメはジータへと、

獣の毛皮を頭から被った、ヒロインというより蛮族と呼ぶに相応しい異様な姿の少女へと、

シュラークのトリガーを引く。

 

本来ならば避ける術などない至近距離での銃撃、しかし。

南雲ハジメの、魔王の強さの根幹とも言っても過言ではない技能、"瞬光"を、

使用したジータは電磁加速された弾丸を掻い潜る。

あってはならないこと、いてはならない者の存在に、魔王の表情が驚愕に歪む、さらに。

"限界突破"を使用したジータの身体が魔王の視界から掻き消える、そして、

魔王の側頭部に跳び膝蹴りが、プロレスでいう所のシャイニングウィザードが、

クリーンヒットした、余りの鮮やかさにジータ本人が驚く程に。

 

「ぐっ……」

 

脳を揺らされたダメージも去ることながら、

自身と同等の存在がもう一人いる、しかも頭から毛皮を被った蛮族めいた見たことない女、

このあり得ない状況に混乱する魔王。

しかもその時、折り悪く限界突破がリミットオーバーとなってしまう。

 

「すまん……こんな形で勝ちを拾って」

 

実際は半ば狙っていた形である……ユエの件こそ予想外ではあったが、

それでも謝っておきたかった、立場が逆ならきっと自分も納得出来ないだろうから。

 

ともかく、ぐらりと頽れる魔王の胸元へとハジメは義手を構える。

ライセンで大玉を破壊して以来、これまで使用する機会もなかった、

対象に拳を接触させた瞬間、弾丸による爆発力と"豪腕"技能、

それに加えて魔力を振動させることで、義手自体を振動させ対象を破砕するアームパンチ、

名付けて振動破砕が魔王の身体を貫き、仰け反り宙にぶっ飛ぶ魔王の姿を確認しつつも、

自身もリミットオーバーによる倦怠感で、やはり地に崩れるハジメであった。

 

「死んじゃったの……かな?」

「いや、大丈夫だろ」

 

流石に一応自分自身にフルパワーの打撃を叩きこむことに、

無意識の躊躇いがあったのか、

僅かに入りが甘かったことをハジメは自覚している。

 

ユエが失神している魔王の眼帯を引っ張ると、そのままびよ~~んと伸ばして離す。

べちん!衝撃に僅かに身じろぐ魔王、その様がツボに入ったのか、

二度三度と眼帯をゴムパッチンの要領で伸ばしては離すユエ。

べちん、べちん、べちん、べちん、べちん……。

 

「いてぇだろ!この野郎ッ!」

「あ……起きた」

 

ハジメの左目が見開くと同時に強烈なまでの鬼気が周囲を染めて行く、

この俺にこんな舐めた真似をとばかりに、一瞬激情にその顔を染める魔王だが、

それにはまるで物怖じすることなく、自身の顔を覗き込むユエの顔が目に入ると、

途端に鬼気がみるみる萎み、気まずそうにではあったが、

その激情を何とか納めて行くような雰囲気を醸し出し始める。

 

確かに魔王にこんなことが出来る者は、そしてそれを許される者は、

両の手で足りるくらいの数しか存在しないであろうし、

ユエがその数少ない一人であることは容易に察しはつく、が、しかし。

 

(ユエちゃんに首ったけなんだ……)

 

そう、ユエを見つめる魔王の視線を見、確かにジータは二人の関係を感じ取っていた、

若干の敗北感こそあったが、厨二な外見に加え、魔王と呼ばれる存在であったとしても、

目の前の南雲ハジメは最も大切な誰かを選び愛せる存在なのだと、その時はまだ……。

一方のユエも、魔王と自分の関係を悟ったのだろう、僅かにジータへと勝ち誇った、

少し自慢げな顔を見せる、その時はまだ……。

 

そして魔王の視線は、ジータとユエの先、

まるで守られるかのように蹲るハジメへと向けられる。

 

「こんなんで……女に救って貰うなんてそれでも俺かよ……」

 

憤懣やるかたない魔王へと、ジータとユエがどんなもんだと胸を張りつつ、

悪戯っぽく笑いかける。

 

「私たち女だから、男と男の勝負なんて関係ないから」

「ねー」

「んっ」

 

顔を見合わせ笑い合うジータとユエ、そんな二人へと微笑みつつ、

ハジメは魔王へと答える。

 

「すまんな、この二人は、特にジータは俺にも止められないんだ」

「違うんだな……ここは、本当に俺のいた世界と、そしてお前もまた俺とは同じようで

違う道を歩んでいるんだな」

 

それはきっと目の前の自分、南雲ハジメだけではないのだろう。

全く同じに見えてそれでいて少し違う、ユエの姿を、表情を見て感慨深げに呟く魔王。

 

「なぁ……勝ったんだから二三質問してもいいか?時間のある間に」

 

魔王の姿は薄れて行きつつあった、もしも本当に彼がこの世界を、

トータスを攻略したというのであれば。

 

「どうやってエヒトに勝ったか?教えてなんかやるかよ、テメェで考えやがれ」

「だと言うと思ったよ」

 

機先を制され、苦笑するハジメ。

 

「それに俺の経験がこの世界で通じるとは限らないだろ?

模範解答に囚われていたら、応用問題が解けなくなっちまうぞ」

 

せめてユエのことだけでも伝えておくべきか……一瞬そんな考えが魔王の頭を過るが、

この南雲ハジメがそれを知った上で、僅かな時間で対策を立てられるのかも未知数な上に、

自分がもしも同じ世界に逆行出来たとしても、同じことが起きるとは限らない。

その思いが魔王の口を閉ざしてしまう。

何より、本当にエヒトが、いや、例えエヒトであったとしても、

自分の戦ったエヒトが待ち受けているとも限らないのだから。

 

「ま……それだけじゃこうして出会った意味もないわな

ここまで来たってことは、作ってるんだろ飛空艇」

 

ようやく身体も満足に動くようになったか、軽く伸びをしつつ、

魔王は地面になにやらレシピのような物を刻みつけて行く。

 

「これで飛空艇の性能は数倍に跳ね上がる」

 

だがハジメはそのレシピを一瞥するなり、忌々し気な表情を浮かべ、

靴の裏でレシピを掻き消していく。

 

「こんな古い物使えるか!酸素欠乏性かお前は!階段で転んで頭ぶつけちまえ!」

「ちっ……」

 

舌打ちしつつもその姿をさらに薄らげ、背景に溶け込みつつある魔王、

他に何か聞くべきことは……。

そうだ、この魔王が、身体的には自分とほぼ同一の存在であるのならば……。

ハジメは魔王へとそっと耳打ちする、あまり女性陣には聞かれたくない、

センシティブかつ、切実な質問を。

そんなハジメの言葉を耳にいれた魔王の顔が、なんだそんなことかと、

どことなく呆れたような表情へと変わっていく。

 

「大丈夫だ、母子ともに健康そのものだ、ユエの子も、香織の子もシアの子もティオの子も」

 

うんうん、ユエとちゃんと子供作れるのか、ならジータとでも大丈夫だろうし、

ティオの願いも……と、そう胸を撫でおろしたハジメだが、

続く魔王の言葉にその顔面が蒼白となっていく、おいそこから先は何だ?

香織?……シア?

 

「雫の子も愛子の子も……ああそれからレミアも……とにかく皆元気に育って……」

「……お前」

 

いや、確かにハーレムとかいいかもと思うのは少年の常だ、

自分だってゆらぎ荘を愛読している、

新妹魔王は……読んでるのバレてジータに取り上げられたけど、

でも……嘘だと言ってよ魔王様!

 

そんなコイツやりやがった的な驚愕の表情を浮かべるハジメとは対照的に、

何か俺おかしなこと言った?と、

何ら問題の深刻さを理解していないかのような表情を魔王は浮かべている。

 

「やっぱテメェは蟲だ!昆虫だ!何が魔王だ!交尾ばっかしてんじゃねぇ!」

「なんで怒るんだ!お前だって今頃はもう……」

 

ハジメが魔王の胸倉を掴むか掴まないかの内に、魔王の姿は一枚の銀片となって掻き消える。

それは見る者に勝ち逃げ、という言葉を連想させる程、鮮やかかつ絶妙のタイミングであった。

かくして迷路の中には、狸に化かされたかのように硬直するハジメと、

そんな彼の背中を冷ややかな表情で見つめる、ジータとユエのみが残されるのであった。

 

 

「なぁ」

「知らない!」

「俺だけど俺じゃねぇだろ!アイツは!」

 

一様に冷たい表情を浮かべ、スタスタと先へと進むジータとユエへと、

回り込むようにして何とか足を止めさせようと懇願するハジメなのだが、

やはりというか何というか二人の反応は冷ややかそのものである。

 

「俺が嘘を言ってないことくらいわかるだろ!ジータ!」

「……ハジメの繁殖魔王、種馬」

 

げしげしとユエがハジメの向う脛にトーキックを入れる。

南雲ハジメが自分のみに仕える忠実な騎士であったのならば、

きっと自分は、むしろ進んで受け入れていた……。

忠誠に対しての褒美のような感覚で女たちを与えていたのかもしれないと思いつつも。

 

「ダメだよユエちゃん、直接触ったりしたら妊娠しちゃうよ」

 

憤りのままに冷たい言葉を放つジータ。

確かにハジメを人の輪で包み、孤独な魔王の運命から救い出そうとしたのは事実だ、

今だってそれは続いている、これからだってそうだ、決して見捨てはしないと断言できる。

だが、それとこれとは明らかに別である、幾ら何でも調子に乗り過ぎだ。

 

それに自分の存在が仲間たちに遠慮をさせてしまっているという思いすら、

抱えていたにも関わらず……当の本人ときたら……。

もちろん別の世界、別の運命を辿った南雲ハジメであることは分かってはいるのだ。

しかしそれでも南雲ハジメであることには変わりはない。

 

「香織ちゃんたちに飽き足らず、雫ちゃんや愛ちゃんにレミアさんにまで手を出すなんて、

魔王は魔王でもあっちの方だったんだね!心配して損しちゃった!」

「俺だって悩んで損したって思って……あ」

 

本気で怒っているのは分かっているが、それでも弁明しないことには始まらない。

こっちだって本気で反省……いやいやそもそも俺だけど俺じゃない奴のやらかしに、

どうして何もやってない俺が反省しないといけない?

などと、ぐるぐると余計なことが頭を巡ってしまっているせいで、

自分が言ってはならないことを言ってしまったことには、まるで気が付いていない。

 

「悩んで?損した?……ふ~~ん」

「あ……いや、それは……違」

 

ジータがハジメの感情を察知できるのと同様に、ハジメもまたジータの感情を察知できる、

ゆえにジータの怒りに火を注いでしまったことに気が付き、

ますますその身体を硬直させるハジメ、それとは対照的に、まるで怒ってないよぉ~と、

立ち尽くすハジメを押しのけつつ、心とは裏腹の満面の笑みを見せるジータ。

 

「じゃあね、色欲魔王南雲さん」

「話聞いてくれよぉ~~~」

 

自業自得と呼ぶにはあまりにも理不尽にして惨い、

そんな悲し気なハジメの叫びが、氷の迷宮に木霊し、

もうそろそろ許してあげようかと、微笑みつつも顔を見合わせるジータとユエだったが。

 

『これからを考えるともう少し粘った方がいいわね、油断しちゃだめよ』

「「だよね」」

 

と、ガブリエルの助言に従い、あと暫くは塩対応を続けようと二人は頷きあい。

かくしてこの世界における南雲ハジメのハーレムは、

始まる前から哀れにも霧散し、魔王の被害者が世界にまた一人増えたのであった。

 

(畜生ッ!絶対仕返ししてやるぞ!俺じゃない俺ッ!)




一連の展開ですが、少しおこがましいなと思いつつも、
自分がここまで書いてきた南雲ハジメと、原作の南雲ハジメを遭遇させてみたいという
興味が、ムクムクと込み上げてきたわけなんですね。
(先に書いた通り、優劣や善悪や正邪を決めるためではありません)

ともかく決着です。
深刻な、殺伐とした展開にする予定はないとは先に伝えた通りですが、
ちょっとコミカルに寄せ過ぎてしまった気もしないでもないです。
魔王はユエを、例え自分の世界の存在ではなくとも撃てないであろうということと、
エヒト勢を除いて自身と同等の存在と遭遇したことがないという二つの弱点?を、
あえて突かせて頂きました。

で、ハジメって微妙にディスりにくいキャラなんですよね、
言いたいことや、ダメなところが多々あるにも関わらず。
忌避はすれど否定しきれない、そういう微妙なポジに収まってしまってるといいますか……。

(但し悪目立ちはしてしまってますね、例えば石川賢先生の世界とかなら
あれでも全然いいと思いますが)

いずれにせよ、魔王様や勇者に対してお前はこうだからああだとか、
だからお前はアホなのだとか、主人公たちにそういう大上段から意見したりさせるのは、
最初から避けようとは考えていました。
そういうことを口にしていいだけの何かを、ハジメにせよジータにせよ、
まだ持ち合わせてはいないでしょうから。

それにキャラクターの目と、作者・読者の目は違って然りでもあると思うので。


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Innocent Boy

戦って勝つごとに、考えるべきことも色々と増えていくのは
ある意味当然ではありますが、困りものです。


 

 

ハジメはひんやりとした額の感触と、

そしてそれとは相反する柔らかい温みに誘われるように意識を覚醒させる。

そこには、今一つ見慣れない氷壁と家具がいくつか。

 

(ああ……そういえばここは)

 

見知らぬのは当たり前な天井を眺めつつ、身を起こそうとするハジメだが、

そこで自分の両の耳にかかる、柔らかな吐息に気が付いてしまう。

 

(……まさか)

 

声を潜め、仰向けのままそっと首を横に倒すとそこにはジータの寝顔があった。

 

(!)

 

息を呑みつつ、ハジメはギギギ……と、そんな効果音が似合いそうな、

ぎくしゃくとした動作で寝返りを打つ、と、やはりというかそこにはユエの寝顔もあった。

 

思えばブルックの宿以来、半年以上途絶えていた久々のアプローチに、

愛おしさと懐かしさを覚えつつ……いくら何でも今はマズイと、

二人を起こさないように、そっと何とかベッドから抜け出すべく、

試行錯誤を試みるハジメであったが、

しかしもう彼は蜘蛛の巣にかかった蝶も同然の身であることを、すぐに思い知ることとなる。

 

「ダメだよ……ハジメちゃん」

「……んっ、逃がさない」

 

ジータとユエの細腕がハジメを捉えて離さない。

 

「お……おい、あんなこと聞かされたばかりだろ?その……だな」

 

魔王の乱行を聞いたばかりでこれである、自分が試されている、

そんな気分すら覚えてしまうハジメだが、

そんな心配は無用とばかりに二人の少女は微笑みで応じる。

 

「だからだよ、私たちだって……あんなの聞かされたら平静じゃいられないんだからね」

「……んっ、ハジメに私たちの匂いをしっかり刻み込む、マーキング」

 

ハジメの胸板にすりすりとユエが頬ずりをする、

久しぶりのこそばゆい感触に、ついぞ忘れていたある種の愛しさが込み上げてくるのを、

はっきりと自覚しつつも、それでもハジメはあくまでも拒む、

ここで流されてはならぬとばかりに。

 

「いやいや待てよ……不謹慎だろ!あんな後でさ」

「じゃあ大声出せばいいじゃない」

 

拒んでいるつもりで、叫んでいるつもりで小声になっていたことを指摘され、

そんな自分のお為ごかしを恥じるかのように俯いてしまうハジメ。

 

「でもこんなとこ誰かに……特にシルヴァにでも踏み込まれようものなら……」

「そこはちょっと気を利かせてくれる人がいてね」

「……んっ、もしもバレても三人一緒ならお説教も別に嫌じゃない」

 

ちなみに部屋の外では。

 

「私は年長者として愛子から子供たちの監督を正式に依頼されている、そこをどいて貰おうか」

「年齢を引き合いに出すなら、わたちの方が遙かに上だぞ」

 

シルヴァの猛禽の如き視線を、平然と受け流すシャレム。

そう、いわゆる男女間のセクシャルな行為について理解ある彼女が、言われずとも気を利かせ、

引率者の足止めを買っていてくれているのであった。

 

「だから……ハジメちゃんもちゃんと私たちに証を刻んで欲しいの」

 

求めるような縋るような二人の少女の瞳がハジメを捉えて離さない。

まるでそれは何かの……恋慕に等しい罪悪感から逃れるかのような、

そんな切迫した何かを感じさせずにはいられなかった。

 

(なら……受け止めるしかない)

 

据え膳食わぬは男の恥……、

いや、ここで引き返せば、それこそ女の子の方に恥を掻かせてしまう。

決してこれは自己弁護ではないんだと、心の中で言い訳をしつつ、

ハジメは自身の特別な二人の背中へとそっと手を回し、

ジータとユエもまたそれに応じるかのように、ハジメの胸へと身体を預ける。

そんな肌と肌と肌の温もりに溺れて行きながら、彼らはこれまでのことを思い出していた。

 

 

 

「……きっと私は」

 

魔王との一戦を終え、氷の通路を進むハジメたち三人、

流石にジータとユエの怒りも冷めたようで、三人はまたいつも通りに言葉を交わし始める。

 

「……ハジメの寂しさを埋めたかった、けど自分だけじゃ足りないって思った、だから許した」

 

ただしそれは自分が明確に南雲ハジメの特別で、一番であったならばという後ろ暗さを隠し、

あくまでも穏当な言葉をユエは紡いでいく、どの口がと心の奥底で思っていながらも。

 

ユエの独白を受け、ジータもまた思わざるを得ない。

確かに雫や愛子、レミアは論外としても、

もしも香織が……シアがティオがハジメの身体を求めれば、自分は断り切れるだろうか?

ジータはいつぞやの宿屋での香織の叫びを思い出す。

 

『ハジメちゃんとジータちゃんは、心も痛みも共有しあってる、だったら私だって!』

 

香織の言った通り、自身とハジメとの関係はアドバンテージであると同時に枷でもある。

それを引き合いに出され、もしもハジメとの身体の関係を彼女たちが求めれば……。

いや、彼女たちがそういうやり口を嫌悪こそすれ好まないことは、

この旅路の中で十分に理解している。

それがジータには尚のこと、ある種の罪悪感を覚えさせずにはいられなかった。

 

勿論、自身が南雲ハジメの特別な存在であるという事実は動かないという優越感もあったが。

ともかく、そんな自分がハジメの不実を責められるのか?

増してや自分とは何ら関わりの無い世界の南雲ハジメをと。

 

「しかし七人も子供作るなんてな……」

「やっぱりやるじゃないかって、ちょっとは思ったんじゃないの?」

「俺だって高齢化社会をちょっとは憂いているんだ」

 

反論になってるようでなってない言葉をジータへと返すハジメ。

 

「……でも、喜んでばかりじゃいられない、あっちのハジメが真に魔王と呼ばれる存在なら」

 

ユエは遠い目を見せつつ呟く。

 

「きっと後継者を巡って一悶着ある」

 

確かにそうかもしれないと、ジータは心の中で頷いてしまう。

いかに女たちが南雲ハジメを平等に分かち合うことは出来ていたとしても、

腹を痛めて産んだ我が子はきっと別なのだから、別であるべきなのだから。

それに魔王の娘を娶るということは、魔王の息子に輿入れするということは、

自身とその一族もまた魔王の系譜に連なる者となることを意味する。

 

「色々と面倒だよな」

 

それでも、その面倒を力で捻じ伏せることが出来るからこそ、魔王なのかもしれないし、

自身の周囲の些末事を文句あっかの一言でまかり通ることが可能ならば、

それはどれだけ痛快なことなのだろうかと、その思いに関しては、

ハジメは否定しようがなかった。

 

「ねぇ……ユエちゃん」

 

話の生々しさを払拭すべく、ジータはユエへと水を向ける。

 

「他にもなにか話したいことがあるんじゃないの?」

「……」

 

ユエは促されるままに、影によって知らされた自身の記憶の話を、

二人へと語っていく。

 

叔父の裏切りが単なる野心による裏切りではなく、

自身に関わる深い秘密ゆえではなかったのかと。

 

「……私を封じ込めた時の叔父の顔は……とても悲しそうだった」

「俺たちも少しは疑問に思っていたんだ、王位が欲しいとかなら……

ユエの精神を破壊して傀儡にでもした方が余程楽だろうって」

「まして、魔力が枯渇すれば不死の力もなくなるんでしょ?」

 

ならば、攻撃し続ければいずれは殺せた筈だ。

いや、魔力を枯渇させる手段など攻撃に限らず幾らでもあった筈、

だが……彼らはユエを殺すことなく、封印するに留め置いた、何故か……。

それにユエに絡んだ事柄といえばもう一つ、

あの魔王のユエに対する態度……ユエが自身に立ちはだかった際の狼狽した姿……。

それは単に愛や依存とか執着だとか、そういう一般的な単語で表せる何かを、

明らかに越えているように思えたのだ。

 

(あいつは最後まで教えてはくれなかったが……)

 

恐らくユエの身に何か重大なことが起きるのだろう、それも近いうちに。

 

「改めて調べてみる必要があるね」

「ああ……けれど」

 

それはあくまでも帰還の手段を得てからでも遅くはない、

過去は過去に過ぎない、あくまでもこれはユエの一族に絡む問題であり、

警戒こそすれ神との戦いに絡む物ではないと、ハジメは判断していた、判断してしまった。

それに、この時に限って言うならば時間的な猶予はまだ存在すると思ってはいたのだ。

それを油断と呼ぶのはやはり酷だろう。

 

そんな思いを抱えつつ、先へ進むこと十分。三人はついに終点、

各大迷宮の紋章があしらわれた魔法陣が刻まれた、淡く輝く氷壁の前へと到着する。

自分たちがどうやら最後だったようだ、

安堵の表情を見せる香織、シア、ティオ、雫、鈴、そしてシルヴァとシャレムの姿も当然ある。

 

「来なかったらどうしようかって」

「ここまで全ての神代魔法を覚えてるのは南雲君たちだけなんだからね」

「うむ、肝心のご主人様たちがクリア出来ねば意味はないからの……しかしそれにしても」

 

狼の毛皮を被った蛮族めいたジータの姿を物珍し気に一瞥するティオ。

 

「凄い姿じゃのう、何かに喰われておるぞ」

「なんだかがお~って吠えそう」

 

仲間たちの指摘に、照れ隠しのように頬を染めるジータ。

もしかするとあの奇跡的なクリーンヒットは、魔王に対しての、

セ〇シーコマンドー的な効果もあったのかもしれないなどとも思いつつ。

 

ともかく口々にそんなことを言いつつも、笑顔でハジメらを出迎える香織たち。

だが、香織の治療を受けてはいるのだろうが、表面上は無傷に見えていても、

自分ら同様、かなり手酷い洗礼を受けていたであろうことは、ハジメたちにも察しがついた。

 

鈴が面白そうに輝く氷壁に触れると、水面に石を投げ込んだように波紋が広がる。

やはり転移ゲートのようだ。

ハジメはまずは自身の傍らのジータとユエへと軽く頷くと、

次いで待たせて悪かったとばかりに、残りの仲間たちへも軽く頷く。

そして彼らは、先程と同じようにスクラムを組んで、光の膜へと飛び込んだ。

 

 

「……どうやら、今度は分断されなかったみたいだな」

「……ん、それにあれ」

「ふむ、どうやら、ようやく辿り着いたようじゃの」

「綺麗な神殿ですねぇ」

 

視界を染め上げた光が晴れ、ハジメたちの前に姿を現したのは、

まさしく精妙にして豪華、そんな言葉が相応しい水と氷の庭園であった。

 

「……攻略……したんだ……ぐすっ」

「鈴ちゃん……やったね」

 

感極まったように声を詰まらせ涙目になる鈴、

それだけで彼女がいかに過酷な試練を乗り越えたかは容易に察しがつくというものだ。

もちろん鈴だけではない、香織も、雫も、シアやティオたちも安堵の息と共に、

その瞳を潤ませている。

 

「特別な試練……じゃったからのう」

 

感慨深く呟くティオだが、そこで戒めるかのようにシルヴァが声を上げる。

 

「君たち、まだ試練は終わったわけではないぞ、ハルツィナでのことを忘れたか」

「……ああ、確かに」

 

流石にあれは特別だったのだと思いたいし、もうすでに特別は済ませたという思いもあったが、

それでも何が起こるかは分からない。

ハジメたちは各々周囲への警戒は怠ることなく、氷の足場を使って湖の中央の神殿へと進み、

雪の結晶を模した紋章を記した大扉を、ハジメは力を込めて開け放つ。

 

そこにあった物は、全ての調度品が氷で作られた大広間だった。

 

「わざわざ氷で作ることないのにね」

「確かにな、けどそこが拘りってもんなんだろう」

 

分かるようで分からない、そんな感想を口にしつつ、

ハジメを先頭に彼らは魔法陣を探して奥へと進む、

どうやら一階の正面通路の突き当りの部屋のようだ。

途中の部屋を覗き、氷造りではない普通の家具があるのに少し安心しつつも、

先へと進むハジメたち、そして通路の突き当りにあった重厚な扉を開くと、

そこには継承用の魔法陣が床に刻まれていた。

 

「さて……」

 

先んじて一歩を踏み出そうとしたハジメの足がそこで止まる。

 

いよいよこれで全ての神代魔法が……そして長きに渡る大迷宮を巡る旅路も、

ついに終焉を迎える……その万感の思いが胸に込み上げれば、

さしもの彼とて、と言ったところであろうか。

しかしそんなハジメの心の揺れなど、百も承知とばかりに、

ジータが微かに震える彼のその背中へと、優しく口添える。

 

「これからが始まりなんだよ」

「そうだな……」

 

神代魔法はあくまでも通過点、自分の目指す物はその先にこそある。

当のジータもまた自分と同じく、長き旅路の終焉に大いなる感慨を覚えていることを、

ハジメもまた察しつつ、やはりここは全員でと、

仲間たちと手を繋ぎながら同時に魔法陣へと飛び込んでいく。

 

いつもの如く脳内を精査され、攻略が認められた者の頭に、

直接神代魔法が刻まれる、最後の神代魔法、【変成魔法】が……そして。

 

 

(そこで意識を失っちまったんだよな)

 

あれはいわゆるオーバーヒートだったのだろう、

とある物を強制的に理解させられたがゆえの、そう思い返しながら、

行為の後始末を終えると、ハジメたちは、

仲間たちの待つリビングルームへと向かうのであった。

 

 

「じゃあ準備いいか、皆」

 

車座にソファーに座った仲間たちを見回しつつ、ハジメは説明を開始する。

リビングのカーペットの上には書庫から持ち出して来たのだろう、

いくつかの書物が散乱している。

自分らが眠っている間、彼女らなりに色々と調べようとしてくれたに違いない。

 

「何故、俺たちが気絶したかというとだな……」

「ご主人様たちですら耐えられんほどの負荷というのならば……

概念魔法を直接頭に刻まれたがゆえと言うことではないかな?」

 

ハジメの機先を制するように、まずはティオが口を出し、

話を遮られ、やや不機嫌な表情を浮かべたハジメに代わって、

ジータが説明を続けて行く。

 

「そう、皆と私たちの違いは一つ、私たち三人だけが全ての神代魔法を取得してるの

ホラ、リューさんやミレディさんも言ってたでしょ」

「ああ、願いの為には全ての神代魔法を手に入れる必要があるって言ってたです」

「つまり俺たちは、皆と同じく変成魔法を修得したあと、

更に概念魔法についての知識も刻まれた、ま、ティオの言う通りだ」

 

そこで香織がもっとも気になることをハジメたちへと尋ねる。

 

「概念魔法……それがあれば皆を日本に帰せるんだよね?もしかして、

もう使えるようになったの?」

「いや、まだだ、むしろこれでようやく前提条件が揃ったってところだな

ホラ、リューティリスも言ってただろ、概念魔法とは世界に新たな理を刻む力だって」

 

「……んっ、世界に新しい理を刻むには、世界の理そのものを理解しないと、

どうしようもない」

「じゃあ……それが神代魔法だったっていう訳?」

 

雫の疑問にハジメが説明を補足していく。

 

「例えば、俺たちがさっき取得した変成魔法は有機的な物質に対する干渉魔法だ、

そして生成魔法は無機的な物質に干渉する魔法、

重力魔法は天体のエネルギーに干渉する魔法って言った具合にな」

 

生成・重力・空間・魂魄・再生・昇華・変成、言うまでもなく、

それらは全て人の身にあまる強大な力である。

 

「だから大迷宮を作ったのか、全ての試練を攻略できる存在を、

見出す、あるいは造り出すために」

 

シャレムの言葉に、ここにいる全ての者たちは納得せずにはいられなかった。

きっと解放者も八人目を欲していたのだろう、

自分たちの魔法を十全に使い熟せる、そんな神殺しを託せる存在を。

 

「なるほどね……本当に大きな、それでいて根本的な事柄に干渉できる魔法なのね、

人が触れていい領域を超えているように思えるわ……でも、そうすると、

まだ帰還の為の概念魔法は生み出せそうにないってことかしら?

聞く限り、相当難易度が高いように感じるけれど……」

「うん……雫ちゃんの言う通り確かに難しいよ、

リューさんが極限の意思なんて曖昧な説明をしていたけれど、

実際、そうとしか説明できないよね……ハジメちゃん」

「ああ、簡単に言うと魂魄魔法と昇華魔法で"望み"を概念レベルまで引き上げて

それに魔力を付与して無理矢理事象を現出させる……つまりはそういうことなんだが

普通は昇華魔法を使ったところで成功はしないだろうな」

「それにその説明が正しいなら、概念魔法は一回こっきりの使い捨ての魔法になってしまうな

……と、いうことはつまり」

 

シャレムの目がハジメの掌の中の羅針盤を捉える。

 

「……ん、ハジメの生成魔法で羅針盤みたいに物へ付与しないと」

 

本当にそのあたりは上手く出来ていると思わざるを得ない。

 

「そうだな、ジータの魔力とユエの魔法に対する制御能力と俺の錬成……

三人で息を合わせて世界を越える為の概念を付与したアーティファクトを作る、

つまりそういうことだ」

 

「じゃあ……出来るんだね、南雲君、ジータちゃん……」

「当たり前だろう?何が何でも成功させる、その為にここまで足掻いて来たんだ、

帰還のアーティファクトだけなら直ぐにでも取りかかりたくって腕が疼いてるんだ」

 

ハジメはテーブルの水を飲むと、ジータとユエを従え、おもむろに立ち上がった。

 

「ならば、さっそく挑戦するのかの?」

「ああ、話しているうちに知識の整理も出来たしな、どの道失敗してもリスクはないんだ

試さずにはいられない……何度でも」

 

ハジメの脳裏に甦るのは、あの奈落の底で幾度もの試行錯誤を重ね、

ついに己の牙を造り上げた日々……。

あの頃はただ生き延びる、それだけを考えていただけだったように思えたが、

今考えると、生への欲求以上の……自分だけの何かを造り上げるという充実感を、

もしかすると覚えていたのかもしれない、そんな事をこれまでの道程を踏まえながらも、

ハジメは思い返していた。

 

「ま、それなりに時間は掛かると思うから、各自やりたいように過ごしといてくれ」

何せ帰還の、いや世界を超える大魔法なんだからな……それでも」

 

そこでハジメは改めてジータとユエを見る。

 

「帰りたい、そして何より知りたいという俺の……、

いや、俺たちの願望が極限でないなんて誰にも言わせないからな」

 

そう、今の南雲ハジメは単に望郷というありふれた思いだけで動いているわけではない。

錬金術とは渇望の学問だと、いや、全ての科学は未知を蒙昧を切り開くという、

人が生まれ持った渇望により為されて来たのだと、カリオストロはかつてそう言った。

そして今の彼には力がある、経緯はどうであれ……それを叶えるだけの力が、

その力に相応しいだけの願いがあるのだから。




帰りたいってだけでは、ちょっと足りないって原作読んでいて思ってたんですよね。
ですから、この作品では帰りたいにプラスアルファとして、
知りたいという願望を加えることにしたわけです。


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If I Don't Have You-皆がいないと-

スシ職人ジータちゃんは可愛いというより、凛々しいの一言が似合いますね。
それはさておき迷宮巡りもいよいよフィナーレ、
ということで、後は完結目指しスパートかけて行きます。

今回の推奨BGM   Jason Donovan   If I Don't Have You


ハジメ、ジータ、ユエの三人が颯爽と仲間たちの見送りを受けながら、

重厚な扉の奥へと消えていってから数時間。

 

「大丈夫かなぁ」

 

ソファーに腰掛け、視線を天井に躍らせながら鈴が心配げに呟く。

 

「その大丈夫って、色々な意味があると思うんだけど?何に対してかな」

「うん、カオリンの言う通り……色々かな、これからのことだってそうだし

そもそも……南雲君たちがホントにそう……成功できるのか?とかさ、

あっ、ごめん……信じてないわけじゃないんだよ」

 

そんな少し申し訳なさ気な表情を見せる鈴の肩へと、香織は優しく手を置いてやる。

 

「こうやって待ってるだけだと、色々考えてしまうのは無理ないよ」

「かといって、書物もお堅い物ばかりじゃからのう」

 

パラパラと建築か設計かに関わっているであろう本のページをめくりつつ、

ティオも退屈気にコキコキと首を鳴らしている。

 

飛空艇の中には、いわゆる非電源系のゲームも多数用意されているのだが。

あいにくというか、当たり前だがここには持ち込んではいない。

 

「じゃあ人狼でもやる?」

「あのゲームか……七人じゃちょっと足りない気がするんじゃが、

それにちと不謹慎ではないかの」

 

確かに扉から出て来たハジメたちが、誰を吊るす吊るさないで喧々諤々としている、

自分らの姿を見たらいい気分はしないだろう。

 

「それより君たちは決めたのか?この世界での戦いに今度こそ身を投じるかどうかを」

「一週間……だっけ?」

 

滞りなく日本への帰還が為された後、

一週間の猶予が自分たちには与えられることになっている、身辺の整理を……、

そして自身に取って真に大切なものを定めるための。

その大切な何かを、親や兄弟、友人の手を振り切ってでも、

戦いに身を投じる覚悟が無い者を、連れて行くことは出来ない。

そうでなければ何ら関わりなき世界の為に、生命を賭ける資格はないと。

 

「それは今更ですよ、シルヴァさん」

 

即答する雫、光輝が言う、勇者の存在、いや自分たちの存在が、

人々を戦いに駆り立てたのならば、その責任を取らねばならないというのならば、

せめてその僅かでも肩代わりしたい。

それもまた自分らの、天之河光輝という存在を形作る一因となった、

白崎香織と八重樫雫の責任なのだから……。

 

「私はもちろん、一緒に戻るよ」

 

香織もまた雫に続き、戦う意思を露にする。

 

「私がこの身体になったのは、ハジメ君やジータちゃん……ううん、光輝君や雫ちゃん

ユエちゃんたち、皆の戦いを、運命を見届けるため……でもあったんだって」

 

それは自分に取って後付けの理由に過ぎないのかもしれない、それでも。

 

「今ならそう思えるんだ」

 

己の影との、今のあなたは人魚姫だとそう面罵した、

影への問答を思い出しながら香織ははっきりと口にする。

 

(私は海の泡になって消える程、潔い子じゃないんだ)

 

「鈴だって戻るよ……でもそれは恵里のためだけじゃない

そんな理由だけで、きっと戻っちゃいけない」

 

鈴の悲しみの中にも決意が籠った声に、頷く雫。

無論、友への義理や責任感も戦うには十分な理由となるだろう、しかし、

それだけで神と戦おうとは雫も思わない、でなければ神代魔法など最初から求めない。

それこそ光輝が、ハジメが、ジータが最も望まぬことなのだから。

一週間という期間は、そんなあやふやな思いを抱く者を、

まさに振るい落とすための時間なのだから……。

 

「それで、ユエちゃんは南雲君たちに付いて来るとしても、

シアちゃんやティオさんはどうするの?」

「妾は……残ってご主人様たちの帰りを待とうと思うておる、どの道神と戦うのならば

里に戻って一族の協力を取りつけねばならんからの、シアはどうする?」

「私は……ハジメさんたちに一先ずついて行こうと思います、

皆さんの住んでいた世界を見たいというのもありますし……」

 

口ではそんなことを言いつつも、やや憂いの表情を浮かべるシア、

実際、彼女の中では今一つ、新しく生まれ変わりつつあるフェアベルゲンにて、

自分の為すべきことが掴み切れてはいないのだから。

もちろん一族は自分を暖かく迎えてくれるであろうことは承知している。

それでも、それが本当に自分の存在すべき居場所なのだろうかという不安を、

どうしても拭い切ることが出来ないのだ。

それがかつて忌み子として扱われた過去が関係していないかといえば、嘘になるだろう。

 

「ハジメくんたちも一回で成功するとは考えてないみたいだし、気長に待とうよ」

「お腹が空いたら一先ず戻ってくるですよ」

「うむ、あの三人はこれまでも困難を乗り越えて来ておる、待てば海路の何とやらじゃ」

「その困難なんだけど……」

 

そこでまた申し訳なさ気に鈴が口を開く。

 

「でも……正直知らないんだよね、南雲君とジータちゃんがどんな風に過ごして来たのか

もちろんさ……疑ってるとかそういう理由じゃないんだよ」

 

無理もない話だと雫たちも思う、自分らですらそうなのだ。

あいつに出来て俺たちにと……クラスメイトの間から、

かつて、そういう声があったことも承知している。

 

「でも少なくとも……精神と時の部屋なんてものじゃなかったのは、確かみたいよ」

 

もっとも……そんなかつてのハジメの戯言を半ば本気で信じ、

奈落に挑んでその結果、帰還こそ出来たが、

身体をそっくり取り返えざるを得なかった龍太郎の惨状を見て、

ピタリとそんな声は聞こえなくなったのだが。

 

「けど……今でもさ、時々思うんだ」

 

自身の影の言葉と、そしてあの滑落する瓦礫の中、闇へと消えて行く、

ハジメとジータの姿を、数秒の差で届かなかった闇を思い起こしながら、

香織が重々しく口を開く。

 

「もしも……ジータちゃんの……代わりにって」

 

それだけはどうしても押し殺せない、吹っ切れないことなのだろう、

だが、それは無理もないことでもある、

そんな香織の想いをここにいる誰もが承知しているからこそ、その言葉を咎める者は誰もいない。

 

と、その時であった。

 

絶大な魔力の波動が、まさに衝撃となって邸内を、そして彼女らの身体を通過していく。

その明らかに尋常でない事態に、シアを先頭にハジメらが籠る部屋へと向かう、

香織たち……荒れ狂う魔力の波を掻き分け進んだその先には……。

 

「開けますよ……」

 

シアの声に一同が頷き、シアは意を決し、重厚な扉を押し広げて行く。

と、そこには、紅と蒼と金の魔力が渦を巻く中、互いの手を繋ぎあい、

瞑目するハジメとジータとユエの姿があった。

 

「ふむ……少しばかり焦ったが、どうやら何かを掴んだようにわたちには思えるな」

「だったら、邪魔すべきではないですね」

 

雫の言葉にそっと頷きつつ、ハジメたちの集中を削がないように、

静かに扉を閉めようとしたシアだったが、その瞬間。

彼女らの前に突如として何かの映像が映り始めた、それも洞窟であったり、

工房であったりとまちまちの光景が。

 

「これは……」

「あれってオルクスかなぁ、緑光石あるし」

「でも、こんな場所は……」

「恐らくこれは記憶じゃな、ご主人様たちの辿った……」

 

ティオの言葉に合点のいったような表情を見せると、

香織たちもまた、食い入るようにハジメの道程へと目を凝らしていく。

覗き見をするようなバツの悪さを覚えつつも。

 

まずは工房にて錬成に、そして開発に精を出すハジメの姿が映る、

これはジータの目を通してのものだろう。

 

教室でのイジメはもとより、八重樫道場のシゴキもかくやと雫ですら思わずにはいられない、

そんなカリオストロの苛烈極まりない指導を受けつつも、何かを造り出さんとする、

ハジメの瞳には充足の思いが満ちているように思え、そしてそれを眺める一同は理解する。

これがハジメの言う知りたいと願う心の原点なのだろうと。

 

そして今度は洞窟の……恐らく落ちた先なのだろう、

奈落での出来事が映し出される。

ウサギに熊に蹂躙され、ジータと共に逃げ惑い、穴倉の中でひたすらに生を繋ぎ、

そして生を掴むため、何より守るべきもののために、

勇気を振り絞り立ち上がるその姿が……。

それは見る者に生き残りたいという帰郷の、生への渇望の原点を思わせてならなかった。

 

「ハジメくん……」

 

涙を隠すかのように顔を覆う香織、その肩を雫が優しく抱いてやる。

 

そしてハジメはジータと手を取りあい、ウサギに爪熊にリベンジを果たす、

その手に自身の力と師の教えによって造り出された牙、ドンナーを携えて。

もちろん戦いばかりの記憶では決してない、その後の様々な人々との出会いや

経験もまた映し出されて行き、その中で少しずつ願いが育って行く様子を、

見る者たちは追体験していく、そして……。

そんな記憶の奔流の中で、ハジメ・ジータ・ユエ……三人の想いが、願いが、

少しずつ結実していくのが見て取れる。

 

――知りたい。――生き延びたい。――帰りたい。――傍にいたい。――掴みたい。

 

「あれは、鍵……かな?」

「そうね。水晶で出来たアンティーク調の鍵みたいね」

 

香織の呟きに雫が同調する。

ハジメとジータとユエの間で形作られていくそれは、

持ち手側にいくつかの正十二面体の結晶体を付け、

先端の平面部分に恐ろしく精緻で複雑な魔法陣の描かれた鍵だった。

 

そしてその鍵が完全に形作られた瞬間、三人が目を見開き同時に言葉を紡ぐ。

 

「「「――望んだ場所への扉を開く」」」

 

その瞬間、眩い光の奔流が部屋を白く染め上げて行く、

それこそが新たな概念が、理がこの世界に刻まれた証であった。

 

 

「ハジメさん!ジータさん!ユエさん!大丈夫ですかぁ!」

 

光が晴れると同時に、魔法陣の上に手を繋いだまま倒れ伏す三人の元へと駆けて行くシア、

しかし少々慌て過ぎだ、三人を心配するあまり、足元の鍵を踏んづけそうになり、

たたらを踏んだ挙句、いち早く起き上がろうとしたジータの頭が、

その顔面にスマッシュヒットする。

 

「うぷっ!」

 

まるでいつぞやの出会いを再現するかのように仰け反るシア、

しかし今回は体勢を立て直すことが出来ず、そのまま尻餅をつきそうになってしまう、

……鍵の上に。

 

「鍵ッ!」

 

雫が滑り込むようにして、シアの尻から鍵を守るが、

掴み取るつもりで伸ばした手は、逆に鍵を部屋の外へと弾き飛ばしてしまう。

まるでカーリングの石のように廊下を滑る鍵を追う香織たち。

 

「なんで玄関を開けているんだ!」

「換気が必要だと思ったからじゃ!悪いかの!」

「外の池に落ちちゃったら大変だよぉ!」

 

と、ティオたちが言い争う声を尻目に、鍵は勢いを殺さないままに、

玄関の敷居でバウンドし、そのまま宙へとその身を躍らせるが、

間一髪で鍵を追うような軌道でジャンプした香織がその両手に鍵をしかとキャッチする、

が……彼女が着地すべき地面は、そこにはなかった。

もちろん釣られるようにジャンプした後続の仲間たちに取っても……。

 

ばっしゃぁぁぁぁん!!

 

こうして鍵と引き換えに盛大な音と水飛沫を上げ、

氷の張った池へとダイブしてしまった香織たち、そしてそんな彼女らへと。

 

「何やってるんだ?お前ら」

 

という、こちらの苦労をまるで考慮しないハジメの声が掛けられるのであった。

 

 

と、一騒動あった後、香織たちがお風呂から上がり、またリビングに集うのを待ち、

ハジメは満を持して説明を始めて行く。

 

「加減がよく分からなかったから、取り敢えず全力でやったせいで、

ちょっとぶっ倒れちまった、なんか心配かけたみたいで、その……悪かった」

 

ハジメはまずは仲間たちへと軽く頭を下げるのだが、

ポリポリと頭を掻きながらのその姿は、どこか苛立ったような態度に見えて仕方がなかった。

 

(ついでにあの眼帯魔王に一発くれてやりたいって思ったら、一気に成功しただなんて

まるでアイツに助けられたようじゃねぇか!クソッ!)

 

「……ん、でも魔力の面なら大丈夫、何となくコツは掴んだ、

概念に昇華できるほどの意志を発現できるかは問題だけど」

「まぁ、そんな簡単にポンポンポンポン願いが叶うもんじゃないよね」

 

極限の意思大安売り、そんな言葉がジータの頭の中に浮かんだ。

 

「と……傍から見た感じはまるでマンガの博士キャラが実験に失敗した、

そんなイメージだったと思うけど」

 

ハジメに自嘲めいた言葉に、うんうんと思わず頷いてしまう鈴。

 

「でも、はっきりと言える、こいつは会心の出来だ」

 

手元のクリスタルキーを自慢げに手に持つと、早速羅針盤と組み合わせ、

とある場所の座標を特定すると、キーに魔力を注ぎ、

文字通り扉を、"望んだ場所への扉を開く"イメージで前方へと突き出してみる。

 

空間の中にぐんぐんと魔力が吸い込まれている感触に顔を顰めつつも、

ハジメはそのままクリスタルキーを捻った、すると……。

 

「おじさま……私……もう、自分の気持ちが抑えられない」

「馬鹿をおっしゃる……幾つ年が離れているって思っているのかね!」

 

何やら後暗さを思わせずにはいられない男女の声が聞こえてくる、

とても聞き覚えがある声の……。

 

そして完全に開ききったゲートの奥には……。

 

「私とではいけませんか!」

「私のこの手は血に塗れている、そもそも身分違いだ!君と私とじゃ……」

「どうかその先は……ああ、おっしゃらないでおじさまぁ!」

 

トレンチコートを互いに纏ったカムとアルテナが、

まさに偲び合い、そんなすっかり出来上がった雰囲気でもって、

熱き抱擁を交わし合っている姿があった。

ちなみに何故か天気は晴れなのに、二人の周囲にだけ霧雨が降っている。

 

「お、御大将!? な、なぜこんな場所にっ!」

「……むしろいい機会ですわ」

 

明らかに泡を喰ったような表情のカムとは対照的に、

アルテナは居直った態度でハジメたちへと向き直る。

 

「シア……良く聞いてください、私は貴方のお父様を……愛していますの」

「え……へ?」

 

突然のことに事態を飲み込めずきょろきょろとただ視線を巡らせるだけのシアだが、

それには構わずに、完全に自分に酔っているような口調で、

アルテナはさらなる問題発言を口にしていく。

 

「だから、いずれ私のことをお母様と呼ぶ日も……」

 

そこでゲートが唐突に閉じる、シアの様子を鑑みたジータが、

キーを半ば強引に引き抜いたからであった。

 

そして……いたたまれない空気の中、シアの悲痛な声が部屋に響く。

 

「もうフェアベルゲンに……私の帰る場所は無いんですね」

 

そう思うのも無理はない、よりにもよって実の父親が自分の友人と、

見た感じガチで交際しているのである、どう見ても再婚を前提に入れた感じで。

それだけでもショックだというのに、ましてや同級生の母親など、

マンガやドラマだからこそ笑えるのであって、現実に現れてみれば笑いごとではない。

 

「バジメざぁ~~ん、ジーダざぁん~~~わだぢどおぢだらいいんでずがぁ~~~」

 

行き場を無くした思春期の少女の叫びが木霊し、顔を見合わせるジータとユエ。

これはもう致し方ない……少なくともシアについては、

こちらで何とかしてやる必要があるだろう、しかし同時に雫らの顔を眺めつつこうも思う。

 

これ以上は増やさない、増やしてなるものか……と。

 

一方のハジメはハジメで。

 

「記念すべき初披露がこれか……つくづくしまらないな、だが」

 

と、隠すことなくボヤキを口にするが、それでも想定通りの結果にその口元は綻んでいる。

 

「見ての通り、帰る手段を手に入れたぞ」

 

その言葉を聞いた瞬間、香織が、雫が、鈴が手に手を取り合い、喜びを露にする。

が、それはあくまでも通過点だ、自分たちが真に為さねばならぬことは、

その先にこそあるのだから……。

 

「良かった……よかったよぉ……ハジメくん、あんな目にあったのに……ううっ……

ありがと、ありがとね……ジータちゃん、ハジメくんをずっと守ってくれて」

「もちろん苦労もあったし、死にそうになったことも事実だ……けれどそれだけじゃない」

 

感極まったか、ハジメの胸に飛び込み泣きじゃくる香織の髪を、

ハジメはそっと撫でてやる。

 

「ここまでの全ての道のりが、俺の、俺たちの糧になったんだ……

むしろありがとうを言いたいのは、こっちの方なんだから……」

「でも魔力とか、かなり必要だって前に言ってたけど?大丈夫なの」

 

もっともな鈴の指摘に我が意を得たりと笑うハジメ。

 

「ああ、本来なら俺の総魔力の数倍の出力が必要だ、けどそこはジータのお陰で、

日本に帰って、そしてこっちに戻る分の二回分はすでにチャージ出来ている

後は俺たち自身が万全の状態になれれば、もう遮る物は何もない筈だ」

 

「だったらあと何日かはここで過ごすのよね?

なら、変成魔法で魔物とかを従えさせに行きたいんだけど」

「だったら樹海にでも行けばいい、あそこの魔物はここと違って、

バラエティに富んでいるからな、従えて強化すれば役に立つだろ」

「それじゃ、いつものアレやろうか」

 

ジータが自撮り棒を取り出すと、ハジメたちはそれを合図に各々ポーズを取り始める。

 

「みんな行くよ、せーの」

 

弾けるような笑顔と共に、ジータは拳を空に翳し、シャッターを切る。

 

「氷雪洞窟攻略完了、この調子!イエーイ!」

 

 

 

と、ここで舞台は唐突に変わり、その頃、港町エリセンにて……、

我が子を抱き抱え、怯える海人族の女性。

その足下には喉を掻き切られた警備兵の何人かが転がっている。

 

「貴様ら如き獣のなり損ないなど、すぐに殺してやっても良いのだが……」

 

そんなセリフを吐きつつも、母娘を……レミアとミュウを取り囲む黒づくめの男たち。

表情こそ読み取れないが、それでもマスクや手袋の端々から覗く特徴的な肌の色や、

体型から彼らが何者なのかは彼女らにも判別がついた……。

魔人族だと……おそらくこういう隠密任務に特化した部隊なのだろう。

 

もちろんハジメたちもここエリセンを去る際に、数々の備えを残してはいる。

しかし、あくまでもそれは人身売買組織の残党に対しての物で、

いわゆる本格的な……魔人族の来襲などに対しての備えでは決してなく、

また、ハジメたちと彼女ら母娘の関係をある程度ではあったが知る存在、

中村恵理の裏切りも想定した物でもなかった……。

 

「叫びたいなら好きなだけ叫べばいい……だが」

 

おそらくリーダー格であろう魔人族の男は母娘に睨みを利かせつつ、

血に染まった床を一瞥する。

 

「その分、死体が増えるだけだぞ」

「わ……私たちを……どうするつもりですか?」

「我々についてきて貰おう」

 

魔人族が自分ら亜人をどう思っているかは、レミアらにとっては骨の髄まで叩きこまれている。

そう、死よりも惨い仕打ちを受けるであろうことを……。

 

「ミュウ……」

 

そのような辱めを自身のみならず、我が子までもが受けることになるくらいならば……。

 

「パパァ……」

 

そのパパはどっちの方?と、一瞬思ったが、それでも我が子を強く抱きしめるレミア。

と、その時であった、神棚に飾られていた二房の……お守りと称しメドゥーサが託していった、

銀の髪がさわさわと……まるで母娘の危機に呼応するかのように独りでに動き始める。

そして。

 

二房の銀色の髪の内の一つは、そのまま無数の蛇へと姿を変え、

魔人族に咬みついて行く、と、同時に、魔人族の身体は次々と石へと化して行く。

 

残るもう一房の髪は大蛇へと変じ、

その背にミュウとレミアを乗せて滑るように外へと逃れて行く。

 

ようやく蛇を振り払った魔人族らが見た物は、水中へと身を躍らせる母子の姿であった。

そしてようやく変事を悟ったか、警備兵たちが大挙してこちらに押し寄せる音が、

彼らの耳へと届き舌打ちをしつつも、リーダーの男は、部下たちに無言で撤退の合図を送る。

 

確かに海人族が無数に入り組んだ水路へと逃げ込めば、

もはや彼ら魔人族には手の打ちようがない。

しかしそれでもやけに諦めが早いのは、最近彼らが敬愛する司令官の傍にて我が物顔で振舞う、

いけ好かない女の存在があったことは否定できないだろう。

 

こうしてハジメたちが休息を取っている間に、

世界の片隅にて、一つの奸計が破れたのであった。

 

 

そして数日、ハジメたちは魔力の回復に努め、

そして雫や鈴は捕獲した魔物の強化に時間を費やした後、

ついに彼らは氷雪洞窟を後にすることになる。

 

「龍に乗って脱出なんて気が利いてるね!」

「何かの映画みたいだよ」

「外に着いたら愛ちゃんたちにすぐ連絡しないとね!」

「天之河たちもライセンをクリア出来てる頃だろうしな!」

 

氷竜の背中で各自そんなことを口にしている間にも、

氷竜は高度を下げ、雪原の境界近くへと着地すると、また雪原の奥地へと消えて行く。

その勇姿に手を振りつつも、ハジメらの感覚はすでに境界の外の展開される、

異様な気配を捉えている。

 

「……んっ、凄い数、多分王都の時よりも多い」

 

魔眼石スコープを通して周囲を確認しつつ、ユエが呟く。

 

「それだけではないぞ、幽世の連中の臭いも漂ってくる、不愉快だ、実に不愉快だ」

 

シャレムもまた不愉快そうでいて、何処か面白そうな表情を見せる。

 

「どうする……無視してさっさと戻る?」

 

この場所でならばゲートキーで王都に戻ることも可能だ、

だが……ジータへとハジメは首を横に振る、肩透かしを喰らわせてやるのも、

それはそれで面白そうだと思いつつも。

 

「いや……ここで決着を着けられるならそうした方がいい……」

 

これだけの数が王都や、それに準ずる都市にでも攻め込めば、

備えこそあれ、また甚大な被害が出ることも想定せねばならない、

幸いにしてこの一帯は無人地帯である、従ってこちらも思う存分周囲を気にせず、

暴れることが出来る。

 

「だったらハジメちゃん……ヒュベリオンは?」

「ああ、スタンバイOKだ」

「二人とも早速で悪いけど、これも自分からホイホイついてきた代償だと思ってね」

 

ジョブチェンジを始めるジータの言葉に迷いなく頷く雫と鈴。

そして全員が武器に手を掛けながら、視界を閉ざす吹雪の向こう側へ出た。

そこには……。

 

空と地を埋め尽くす無数の魔物と、

銀翼を生やした同じ顔の女……すなわち真の神の使徒の大軍。

そしてそれらを従え白竜に騎乗する、恐らくフリードであろう仮面を被った男と。

 

「光輝くんはどこだよ!どこに行ったんだよ!どこに隠したんだよ!なんでいないんだよぉ!」

 

灰色の魔力の翼を広げ、例の如く喚き散らす恵里の姿があり、

こち亀の部長みたいだなと、そんな不謹慎な思いをジータは少しだけ抱くのであった。




香織の心境の変化につきましては、ハジメ個人に向けられていた愛(エロス)が、
より大きく広い愛(アガペー)へと昇華したと考えて頂ければと思います。
ちょっと都合よすぎるかもしれませんが。

ミュウたちについてですが、どうやってさらったのか?
そもそもさらうことを思いつくこと自体、なんか無理があるなあって、
読んでいて思ってた箇所なので今作では助けました。

では次回からいよいよ最終章です。


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最終章
王都襲撃 Part2


ランウェイは千雪エンドじゃなく、心エンドだと思うのですが。
それはさておき最終章開幕です。


 

空には使徒、地には魔物と魔人族、そしてそれらを従えるは、

フリード・バグアーと中村恵里だ。

 

「……随分と大仰な歓迎だね」

「お前のために用意したんじゃない!」

 

ジータの減らず口に対し、吐き捨てるかのように叫ぶ恵里。

 

「どこだよ!光輝くんどこだよ!出せよ!」

「光輝はね……」

 

今度は雫が恵里へと言い返す。

 

「もっと広くて大きな物のために戦うって決めたの、だから……」

 

僅かに口籠る雫、その胸に去来するのは教室での他愛なくも、

それでいてもう取り戻すことは叶わないであろう日々の思い出の数々、

だが、それでも郷愁を押し殺し、雫ははっきりと恵里の目を見据えて離さない。

 

「あなたのことなんてもう相手にしている余裕なんてないのよ」

「はぁ!?光輝くんが僕を!こんなに悲しんで苦しんでる女の子を見捨てるなんてこと

あるわけないだろ!お前に何がわかるんだ!ただ傍にいられただけのお前にっ!」

 

その叫びは雫の心の傷を確実に抉り、それを悟ったか勝ち誇ったように恵里はまた叫ぶ。

 

「僕が一番光輝くんのことを分かってるんだ!だから出せよ!隠すなよ!」

 

歯茎を剥き出し、今までの抑圧を全て吐き出すかのような仕草を見せる恵里、

だが、それら全てがジータには……いや、香織、雫、鈴、教室での中村恵理を知る者には、

却って仮面を被っているような不気味さを覚えてならなかった。

 

「で……何しに来たんだお前ら、八重樫の言う通り、天之河はここにはいないぞ」

 

言ってしまってから、ハイそうですかそれじゃバイバイと引き下がられればどうしよう、

藪蛇だったかと一瞬思ってしまうハジメ。

彼の考えとしては、いずれ戦わねばならないのならば、

後腐れなくここで決着を着けたい思いが強い、その為の準備も整っている。

 

そこで今度は仮面の男、フリードが口を開く、傍らの恵里に促されるように。

 

「今日は貴様らと殺し合いに来たわけではない」

「こんな大軍引き連れてか?」

「ギャアギャア煩いな、教室の時みたいに大人しくしてたらどうだい?

ちょっと強くなったくらいで偉そうに」

「お前こそ大人しく図書館にでも座ってたらどうだ?」

「そういう所がむかつくんだよ」

 

言い争うハジメと恵里を横目に、ジータは恐らくフリードであろう仮面の男を、

訝し気に見つめていた。

今一つ抑揚を感じさせない口調もだが、例え誰であっても横から口を挟まれると、

あからさまに不機嫌になるようなタイプと見ていただけに、

今のフリードの態度は彼女には少し意外に思えたのだ。

 

「……寛容なる我が主は、貴様らの厚顔無恥な言動にも目を瞑り、

居城へと招いて下さっている、我らはその迎えだ、異邦人で、何より異教徒でありながら

あの御方に拝謁できるなど有り得ない幸運、感動に打ち震えるがいい」

 

フリードの言葉にそうだそうだ!我らでも拝謁は叶わぬというのに!

と、魔物を引き連れた魔人族の戦士たちから声が上がる。

 

「すまん、話が見えてこないんだが……和平交渉でもしようってのか?」

「ならこんな大軍で脅すような真似はしないよ」

 

ジータの言葉に、だろうなと思いつつも一応は尋ねてはみるハジメ、

どの道アルヴ神がエヒトの眷属ならば、魔人族との和解は難しいだろうと、

覚悟はすでに決めてはいるが。

 

「魔王様はね……フフフ、エヒトとおんなじ神様なんだよ、ホラ!だから僕も

ご褒美にこんなにステキな身体にして貰えたんだ、天使になれたんだ!

あ~あ、光輝くんに最初に見て貰いたかったのにぃ~」

 

天使と言うよりも薄汚れた公園の鳩を思わせる灰色の翼をはためかせ、

自分で自分を抱きしめる恵里。

はらりはらりと舞い散る灰羽は、そのまま地面に落ちると一瞬で触れた部分を分解してしまう。

分解能力、かつて披露する間もなくシルヴァの狙撃の前に散ったノイントと同じ力である。

 

「どう?驚いたかな?鈴」

「……驚いてるよ、さっきからずっとね、だから満足したなら、……ッ、

下の名前で呼ばないでくれる?中村さん」

「ッ!」

 

それは負けてなるのものかという意志を込めた、鈴の精一杯の虚勢であったが、

それでも思わぬ反撃に恵里は眦を吊り上げる。

 

「……ま、南雲たちはオマケに過ぎないんだけどさ」

 

それはどういう……と、言いかけたジータの声を遮るように恵里はさらに言葉を続ける。

 

「これだけじゃ足りないって思って、あのミュウとかいう子も攫ってやろうって

思ったけど失敗しちゃった、仕方ないよね」

 

その言葉を聞いた瞬間、絶対零度のプレッシャーがハジメから、そしてジータから放たれる。

確かに何をして来るかは予想できないとは考えてはいたが、

それでもまさかそこまで堕ちているとは思わなかったのだ

 

「そこまで……堕ちて……」

「あれ?もしかしてそっちの方が有効だった?ハハ、さすがキモオタ

あんな魚モドキの何処がいいんだか……」

 

憤怒の中にも恵里の認識違いに心の中で胸を撫でおろす二人、もしも恵里が本腰を入れ、

ミュウとレミアを拉致しようと、それこそ使徒を使ってでも実行に移せば、

エリセンの街に設置したアーティファクトでは防ぐことは難しかったであろうから。

 

「あの忌々しいカリオストロもだけど、どうやらちっちゃいのが南雲の好みみたいだしね」

 

ハジメを見る恵里の視線が軽蔑に、そしてその顔が憎悪に歪む、

何かトラウマでもあるのかもしれない。

 

「ま、本命はこっちなんだ……」

 

今にも引金を引きそうなハジメらへと慌てるなよと言わんばかりに、

恵里が口元を歪めると、鏡のようなものが空間に発生する、空間魔法の一つである"仙鏡"

遠く離れた場所の光景を空間に投影する魔法だ。

 

―――果たしてそこに映っている物は。

 

 

そこで時間は遡る。

恵里たちが軍勢の展開を終え、そしてハジメらが氷竜の背ではしゃいでいた頃に。

 

 

「魔物……魔物だ」

「また空からやって来たぞ!」

 

再び空中から襲い来る魔物の来襲に、王都に再び緊張が走ったが、

それでも人々にはまだ余裕があった。

何故ならば、王都の守護の要である大結界はさらなる強固さを加えて、

再構築されており、実際魔物らの攻撃を防ぎきっていたのだから……しかし。

 

灰竜らは王都への爆撃が不可能と知るや、周辺の集落や森や畑を焼き払い、

さらに一部の魔物は毒を放射し、土壌や水源を汚染させる作戦に出たのだ。

それらの行動は、あからさまな示威行為として行われているようにも見えた。

まるで特定の存在を誘いだすかのように……。

 

召喚された生徒らの拠点となっている大部屋では、

そんな状況を不安げな面持ちで見守る愛子たちがいた。

 

「先生、皆を連れて来たよ」

 

奈々や淳史の誘導に従い、生徒たちが次々と大部屋へと集まってくる。

後いないのは?残りは坂上だけ……そんな声が聞こえた時だった。

 

「先生……先生……聞こえているか」

 

愛子ら一部の者のみに与えられている通話用アーティファクトから、

何やら呼びかける声が発せられる。

その声の主、坂上龍太郎は現在王都の城壁の上にいた。

視線の先には、無抵抗をいいことに破壊の限りを尽くす魔物らの姿がある。

 

「坂上君……まさかたった一人で……」

「今ここで逃げるわけにはいかねぇ!俺がこの身体を選んだのはこの時の為だ!」

 

この身体―――ノイントの肉体には、やや不釣り合いな荒々しい口調で愛子へと返す龍太郎。

もっとも、本来の艶やかな銀髪は勿体なくもベリーショートに刈り込まれ、

白銀の鎧の代わりに、着慣れた道着を身に纏っているが。

 

「バカ!強い身体になったからってまともに使い熟せやしないんでしょ!

大体アンタ空飛べるようになったの!?」

 

優花は自身の肉体の機能を引き出そうと四苦八苦していた龍太郎の姿を思い出す。

 

「それでも今ここでやらなきゃどうする!俺は龍なんだ……このままじゃ名前負けしちまう」

「坂上君……」

「先生!皆を頼んだ!それから俺に何があっても……光輝や南雲に助けは求めないでくれ!

例え刺し違えてでもあいつらは俺が止めてみせる!だから俺がくたばってもだ!」

 

その声を最後に通信は切れ、何人かの生徒に動揺が走るが。

 

「俺たちに何が出来るんだ……俺たちはあの戦いで思い知ったんじゃないのか?」

 

部屋の最後列に控えていた永山重吾の静かな声が響き、

生徒たちは王都での戦いを否応なしに思い出す、

本当の戦という物を、そして自分たちの力の程を……。

 

「認めよう、俺たちは弱い、これからの戦いにはもうついていく事が出来ないってことを」

 

恐らくこの中で誰よりも神と戦いたいであろう男の言葉に、

例え騙されていたとしても、愛する者を奪われた男の言葉に、静まり返る生徒たち。

 

(これでいいんだろう……浩介)

 

両の拳を握りしめる永山、その手にはヘッドドレスはもう握られてはいなかった。

 

「永山君の……言う通りです」

 

生徒の尻馬に乗るようで、少し心地の悪さを覚えつつも愛子が続ける。

 

「私たちに出来ることは自分の身を守ること、そして南雲君や天之河君、

坂上君たちが心置きなく戦えるようにすることです」

 

自分たちがこれまでの王宮で受けて来た訓練、そして厚遇を鑑みれば、

これは言ってはならないことだ、それこそ龍太郎に続き、

自分たちも出撃するのが本来の筋というものなのだ。

 

だが、それでも愛子は動かない、動かさない。

生徒たちの帰還、生命、そしてその先に待つ神との戦いという大事にとって、

これは小事なのだと自らに言い聞かせながら、

そしてそのことに拭い難い罪悪感を覚えながら……。

 

(薄汚い……大人です、私は)

 

そして何より、南雲ハジメも、天之河光輝も、蒼野ジータも、白崎香織も、

八重樫雫も、谷口鈴も、坂上龍太郎も……自分の生徒であることに間違いないのだ、

にも、関わらずこうして……。

 

いつか分かってくれるだなんて、おこがましいことは思わない。

例えそれがあの場に居合わせただけであっても、

今でもちょっとでも早く教室を出ていれば良かったと思うことがあっても、

ただ一人の大人としての責を業を全て背負う、それが畑山愛子の戦いなのだと……。

 

(それでも卑怯者は……私一人だけで充分です)

 

 

「とは……言ったものの……はぁ」

 

一方、城壁の上では大見得を切った割には、ロクなプランを持ち合わせていないことに、

今更のように気付いてしまった龍太郎の姿があった。

増してや優花の言う通り、自身に備えられた機能の殆どを、

未だ使い熟せていない状態なのだから、無理もないことかもしれない。

 

「なぁ……光」

 

そう言いかけていないんだっけなと、これもまた今更のように思い出す。

そう、ここにはいつも答えを与えてくれる、自分に取って光り輝く者はいない。

何もかも一人で考えなくてはならないのだ。

 

「悩んでもしょうがねぇ……か」

 

元より自分は脳筋である、だったらしおらしくしてても仕方がない。

龍太郎は今度は眼下へと視線を移す、ここは特に城壁が高い箇所にあたる。

数十メートル下の地面を目にすると、さしもの彼も眩暈のようなものを覚えてならない。

しかしそれでも、あの先が見えなかった奈落の闇に比べれば……。

 

(こうなりゃ荒療治しかねぇ)

 

すぅっ……と、一つ深呼吸をすると、

あろうことか龍太郎はそのまま城壁から宙へと身を躍らせた。

こういう所は自分でもちっとも成長してねぇと、自嘲しつつも。

 

「アイキャンフラーーーイ!」

 

ともかく、そんな叫びを上げながら頭から飛び降りてみたのはいいが、

やはりというか、ただただ地表が自分の視界へと迫るのみだ。

 

(畜生……せめて、飛べるように、飛べさえすれば……)

 

思えばハジメや光輝らが去ってここ数週間、ここまで必死に願ったことはあっただろうか?

修行の手を抜いていたわけでは決してない、だが、強靭な肉体を得たことと、

魔力の直接操作が出来るということだけで満足してしまってはいなかったか?

 

(こんなことじゃ……またアイツに……)

 

違う、背中に追いつくというそんな考えがそもそも甘かったのだ。

光輝は何の為に俺たちの元を離れたのだ?俺たちに何を願って離れたのだ?

その思いを汲むためには、何を為さねば、願わねばならない?

 

(そうだ、俺は……俺自身のために……)

 

その時、龍太郎の中で何かがカチリと噛み合ったような感覚が走った、

それは、まるで自転車に初めて一人で乗れた時のような、そんなありふれた、

それでいて強固な感覚だった。

 

その感覚に操られるままに、その身を空に風に預ける龍太郎。

 

「俺……飛べてる、空を……」

 

覚醒したのは飛行能力のみではなかった、まだまだ一部ではあったが、

ノイントにインプットされていた数々の戦闘技能や経験も、

また龍太郎の脳へとフィードバックされていく。

 

「やったぜ!これならやれるぜ!俺」

 

歓喜と闘志の入り混じった叫びと同時に、その両の手に光の刃を発生させると、

龍太郎は勇躍し魔物らの群れへと突入する、目指す標的は、

魔物どもの中でも明らかに大きい……。

 

(あのエイのようなデカブツ、アイツさえ墜とせば……)




無抵抗で攫われてばかりじゃ能がないぜってことで、色々と今回は抵抗します。
それだけの備えも人材も確保してますので。

次回 龍太郎vs魔物軍団


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残りし者たちの奮闘と決断

居残り組もちゃんと頑張ってるところを書きたかったんですね、
とはいえど、このあたりはさっくりと。



 

 

両の拳に光を纏わせ、魔物の群れへと突入する龍太郎。

もちろん魔物どもも黙って見ているわけではなく、軍団の中核を担う灰竜の群れが、

一斉に龍太郎めがけブレスの雨を降らせていく。

が、龍太郎は眼前に光の盾を展開させ、易々とブレスを撥ね退けて行く。

これはノイントの特技の一つ、双大剣術のバリエーションの一つである。

 

不器用かつ、物覚えが悪いがゆえに脳筋の誹りを受けることが多い彼ではあったが、

こと戦闘センスという部分に関していえば、龍太郎のそれは光輝をも凌ぐ。

 

「忘れねぇよ!一度憶えた技はよ」

 

その背に人が乗っていないことに安堵しつつ、

龍太郎は灰竜の首を光を帯びた手刀で次々と刈り取って行く。

 

「雑魚には用はねぇ!」

 

もちろん灰竜は雑魚と呼べるような相手ではないのだが、

それでも自身を鼓舞する意味合いを込めて龍太郎は叫ぶ。

それに自分が真に狩らねばならぬ相手は他に存在している。

 

(見覚えあると思ったら、なんかゲームで見たことあるぞ、こいつ……)

 

そう、あくまでも龍太郎の目標は、骸骨の如き頭部を露にするエイを思わせる巨大な、

恐らくボスであろう魔物のみなのだから。

もっともその巨体は飛空艇での戦いに於けるジータらや、

樹海でのシャレムの攻撃を受けたことにより、

すでにボロボロに傷ついてはいたのではあるが。

それでも、その巨体から繰り出される魔法は、確実に地を焼き、

そして纏い吐き出される瘴気は大地のみならず、大気を水をも汚染していく。

 

「環境汚染してんじゃねぇ!お前の相手は俺だっ」

 

叫んだ瞬間、毒煙をまともに吹きかけられ、咄嗟に口を塞いだものの、

幾ばくかを肺に吸い込んでしまう龍太郎、自身を蝕む呪いにより、

痛みを感じることこそないが、それでも理解できる、

ノイントの強靭な肉体であっても大量に吸い込めば本来ならば危ない。

龍太郎は背後の王都をチラと目に入れる、無防備な人々がこれを吸い込もうものなら……。

 

「行かせねぇよ!」

 

煙を避けるように、エイを思わせる巨獣の腹部へと潜り込んだ龍太郎は、

恐らくジータか雫が刻んだのであろう痕に手刀をねじり込み、

そのまま三枚に下ろすようなイメージで、一気にその肉体を引き裂こうとしたが、

そうはさせじと雷撃を纏った鉤爪が、逆に龍太郎を引き裂かんと迫る、が、

龍太郎はもうそこにはいない。

 

鉤爪から逃れるべく、いち早く背中側へと回った龍太郎は、

焼け爛れた巨獣の背へと拳を叩き込もうとするが、

そのグロテスクな眺めに一瞬目を背けてしまう。

と、そこで龍太郎はあることに気が付く、戦いに夢中になる余り、

本来守らねばならぬ王都から、自身が離れすぎてしまっていることに。

 

そして、その間隙を待っていたかのように、文字通り天から、

自分と同じ姿をした、使徒……ノイントの大軍が王都へと舞い降りて行く。

 

「て……天使様だ」

「エヒト様の御使いだ」

 

その神々しき姿に歓声を送る王都の人々、

美しき姿の中に隠されたその正体が何であるかも知らぬまま……。

 

が、無機質な微笑みを浮かべた使徒らが結界に触れた途端、

その姿が次々と炎に包まれていく。

 

人の形をした者が、増してや今の自分と同じ姿をした者たちが焼けて行くということに、

悪寒を覚えつつも、それでも龍太郎は得意げに叫ぶ。

 

「ざまぁ見ろ!カリオストロ先生はな、テメェらが攻めて来ることなんざ

とっくにお見通しだったんだ!」

 

確かに、もしもこの場にカリオストロがいたならば、会心の笑みと共に、

"こんなこともあろうかと"と宣ったに違いない。

 

ともかくカリオストロが開発していた対使徒用結界によって、

次々と焼き尽くされ、地に落ちて行く使徒たち。

その様は正しく、飛んで火に入る夏の虫そのものであった。

 

ボトボトと汚らしい音と姿を晒しながら王都の地に堕ちる使徒の骸、

その黒焦げになった骸の下に蠢く……生物と機械の融合したような、

異様な物体を目の当たりにした瞬間、人々は悟った。

 

上空に舞う奴らは自分たちを救いに来たわけではない、むしろ……。

 

「終わりだ……世界の終わりだ……」

「エヒト様がお怒りになっていらっしゃる」

 

自分たちを滅ぼしにやって来たのだと。

 

人々の間に恐慌が広がる中、埒が開かぬと見た使徒たちの動きが変化する。

なんと彼女たちはまるで蜜蜂の群れのように一塊になり、

そのまま強引に結界を突破していく、外周に位置する同胞らが灰となるのを承知の上で。

恐らく塊の中心部に存在しているのであろう、自我を持ち、

指揮官的な役割を担う存在さえ、突破させることが出来ればということなのだろう。

 

「先生ヤベェ!天使どもが強引に結界を突破して来やがる!」

 

しかし龍太郎とて手一杯の状態である、とてもではないが援護には向かえない。

そんな時に、彼の耳に声が届いた、自身に生と力と引き換えに呪いを与えた忌まわしき声が。

 

『フハハハ、我ニ頼レ、サァ星ニ願エ』

 

 

一方、大広間では龍太郎の悲鳴にも似た報告を聞き、

愛子が静かに、それでいて明確な覚悟を含んだ表情で立ち上がる。

 

「皆さん、二列に並んで……私の後に着いてきて下さい」

 

非常時とはいえど、いつもとは明らかに違うその愛子の声音に、

生徒らからざわと声が上がる、が。

 

「早くして下さい!」

 

これもいつもとは全く違う、愛子の一喝によってその雰囲気は一変する、

ともかく彼女の指示に従い、列を組んで廊下を進む生徒たち。

途中何人かが足を止めようとするが、最後尾に位置した優花と永山がそれを許さない。

そして、ノブも取っ手も着いてない部屋の扉の前に到着した時だった。

愛子が指輪を翳すと独り手に扉が開く、部屋は先程の大広間よりは狭いが、

それでも生徒ら全員を収容するには十分な広さを備え、

そしてその床には、転移用の魔法陣が描かれていた。

 

『お前らが最も避けなきゃならねぇこと……それはな人質になっちまうってことだ』

 

生徒たちを次々と部屋に送り込みながら、

愛子はカリオストロとメルドの言葉を思い出していた。

 

『その時は見捨てればいい?……そんなことを気安く言うもんじゃない、

見捨てられて死ぬのは一瞬かもしれん、けどな、見捨てた奴の心には一生その傷が残るんだ

光輝やハジメの坊主やジータの嬢ちゃんに……あいつらにどうか……、

そんな決断はさせないでやってくれ』

 

自身らを除く、全ての生徒が部屋に入ったのを、永山らと確認しあうと、

愛子は自身らも滑り込むように部屋へと入り、扉を閉めると同時にまた指輪を翳す、

と、その瞬間周囲の光景が一変し、正しく避難所を思わせる、

どこか無機質な空間が彼らの前に姿を見せる。

やはりというかその床には毛布、そして壁際には水と食料が備え付けられている。

 

この急場凌ぎの避難所は、真のオルクス大迷宮の一角にあった。

神の、使徒の目を眩ますにはこれ以上の場所はない。

 

(あとは……)

 

王族としての、為政者としての責任がそうさせたのだろう、

凛として避難を断ったリリアーナの姿を愛子は思い出す、

どこかの国の政治家たちにも、少しは見習ってほしいと思いながら……。

そしてそんな彼女のことである、もしも敵の手に陥ちる位ならば、

躊躇うことなく死を選ぶであろうことも。

 

「姫様、どうかご無事で……」

 

 

『サァ、我ガ光ヲ讃エヨ、契約者ヨ』

「うるせぇ!」

 

自身の心の奥から響く声を、叫びをもって振り払おうとする龍太郎。

その魂にまで刻まれた契約と言う名の呪縛は、身体を入れ替えてなお、

己に付き纏い続けている。

 

息を整える中で、道着を染める血潮に気が付き、

そこで自分が乱戦の中で傷を負っていたことを、初めて知る龍太郎、

何故ならば、この身体は痛みを感じることがないのだ。

 

「てめぇのせいで戦い方がすっかり雑になっちまっただろうが!」

 

痛みを感じなければ、当然攻撃に対して鈍感になる、

傷の位置から考えても、本来ならば受ける筈もない攻撃だったと、

確かに龍太郎は認識していた。

 

だが、同時にこうも思う、今の自分の力では……。

かなりまばらになって来たととはいえど、未だ自身へと攻撃を続ける魔物、

そしてその中心の巨獣を睨みつける

 

(届かねぇか……けどよ)

 

その時であった、恐らく近隣の村々の者であろうか、

王都へと避難する人々の列を遠目ではあったが、その視界に捉える龍太郎、

魔物たちもそれに気が付いたのだろう、その顎を開き、

ブレスを発射しようとしている姿が見える。

 

(間に合わねぇっ!)

 

それでも見てしまった以上は、何とかしなければならない。

 

「ちっ……ままよ、今回だけだぞ!」

『フハハハハハ、汝ノ願イ、聞キ届ケタリ』

 

今回だけで済む筈がないな、と思いながらも負け惜しみの様に叫ぶ龍太郎、

その叫びが届いたか星が嗤う。

 

『アイル・ベット・マイ・ソウル』

 

そんな言葉が自然と、まるで祝詞のように龍太郎の口を衝いて出る、

と、同時に難民たちへと向け、魔物たちが一斉にブレスを発射する、

どう考えても救いの手が間に合うような状況ではない……しかし。

 

光と土埃が晴れた後、そこにあったのは、魔物の攻撃をその身に全て受け切り、

雄々しく屹立する、龍太郎の姿があった。

 

「て……天使……さま」

「早くその先の森の中に!」

 

難民たちのリーダーであろう男の喘ぐような声に龍太郎が応じると同時に、

ブレスの第二射が、彼らの行く手を阻むかのように放たれる、が。

 

「余さず見極めてやるぜ!」

 

それらの攻撃は全て、龍太郎の光盾によって叩き落され、

さらにカウンターで放たれた光弾によって魔物たちは、次々と頭を撃ち抜かれていく。

 

「アラララララーーーイ!!」

 

そんな雄叫びを自然と叫びながら、再び宙を駆ける龍太郎。

その姿、その声は、"星"のカードの本来の契約者、怒涛の戦車と称され、

あらゆる全てを蹂躙し尽くす無敵の傭兵のそれを思い起こさせた。

 

「星の数だけ喰らいやがれっ!」

 

さらに雷電の如き速度で放たれた強烈な拳打が、生き残りの魔物の頭を叩き潰していく、

今の自分が星の加護を受けていることを差し引いても、

その手応えは余りにも脆いと龍太郎には思えた、おそらく機動力と攻撃力を強化した代償に、

耐久力を犠牲にしているのだろう。

 

ともかく、護衛の魔物の殆どを退け、再び巨獣と対峙する龍太郎、

その骸骨を思わせる醜い頭部から目を逸らしつつも、

それでも彼としては冷静に巨獣のこれまで受けたダメージを鑑み、

相手の残り体力を分析していく。

 

(相手の体力は二割…いや、もしかしたらそれ以下かもしれねぇ、なら……)

 

巨獣の身体が、翼が、確実にヨタってるのを龍太郎は見逃さなかった。

 

「ここでブッ倒す!」

 

それがこのデカブツに立ち向かった、ハジメたちへの答えだと言わんばかりに、

再び咆哮し吶喊する龍太郎、巨獣の腕から口から毒が、雷撃が飛び交うが、

今の彼に取ってそれは物の数ではない。

 

『パンツァーファウスト!オラオラオラオラオラァ!』

 

巨獣の肩口、恐らく最も深いであろう傷痕へと無数の、

まさしく星の数ほどの拳打を次々と叩き込んでいく龍太郎、

相手の体液が、自身の身体に飛び散る度に、その美しい身体が焼け爛れていくが、

それでも龍太郎は一切構おうとしない、いや、そもそも痛みを感じないがゆえに、

気が付いていないのかもしれない。

 

そして巨獣の肩から何かが砕ける音と同時に、片翼がもげ落ち、

その巨躯がついにぐらつき、大きく旋回を始め、

龍太郎の両腕がさらなる光を放ち始める。

その両腕の光は使徒が備え持つそれとは別種の物も宿っていた、

『鉄腕効果』攻撃を行えば行う程に攻撃力が上昇する、星の加護の一つである。

 

「てめぇの星に祈れ」

 

もげた翼の跡から覗く、禍々しい魔物の臓物……その中でも一際大きく脈打つ臓器がある。

おそらく心臓だろう、それを捉えた龍太郎の目が光る。

 

『ハルマステール・フィスト!』

 

身体が、声が自然に動く、拳に込められた自身の本来のそれとは比べ物にならぬ程の、

重厚かつ苛烈な一撃が巨獣の心臓を砕き、そればかりかその身体すらをも貫通する。

勝利を確信しつつ、振り向いた龍太郎の目に、

錐揉みしつつ、力なくついに地に落ちる巨獣の姿が映る。

 

と、その瞬間、少しづつではあるが力が、正確には星の加護が抜けて行くのを感じる龍太郎、

万一のことを考え、カリオストロが事前にその身体に仕込んで置いたリミッターが、

どうやら発動したようである。

 

「危ねぇ……」

 

だが、こうしてムチャを重ねる自分にはちょうどいいのではないかと、少しだけ思う、

このペースで戦いを重ねれば、早晩自分はまた星の呪縛の虜となってしまうであろうから。

 

「もっと……もっと強くならねぇと……」

 

ともかく使徒の技の、身体の扱い方にはある程度目処が立った、

後は、星の加護に頼らずとも戦えるようにならねばならない。

そんなことを考える龍太郎の頭の中には、もう天之河光輝は存在しない。

それは誰かを理由にして強くなるべき段階は、

彼の中では通り過ぎたのだという自覚に目覚めた、つまりは成長の証であった。

 

「アイツのためだけじゃない、何よりも俺の為に」

 

 

そして多くの同胞たちを犠牲にしつつ、強引に結界を突破し、

ついに王都、ひいては王宮への侵入には成功したものの……。

すでにもぬけの殻となった大広間にて僅かにその表情を曇らせる使徒……その名もアハト。

 

「小癪な真似を……」

 

イレギュラーに対する人質の確保、それが自身に課せられた最優先の任務、

それを果たせなかったという屈辱に内心で歯噛みしつつも、

アハトは銀翼を広げ、即座に次の、恵里に教えられた目標へと向かう

 

その次に確保すべき目標……。

すなわちハイリヒ王国第一王女にして王国摂政リリアーナ・SH・ハイリヒは、

やはりというか愛子の予想通り、ただ一人未だ玉座の間に控えていた、

それこそが王族の義務にして矜持と言わんばかりに。

 

身じろぐことなく、舞い降りた闖入者へと視線を向けるリリアーナ。

かつての、数ヶ月前の彼女であれば、神の使徒の顕現に疑う余地もなく、

ただひれ伏すのみであっただろう、だが、真実を知った今となっては、

もはやリリアーナの目には、アハトの姿はただ美しいだけの忌まわしい人形にしか映らない。

 

「何故傅かぬ?我は真なる神の使徒ぞ」

 

リリアーナの瞳に、かつて何度となく相対した"反逆者"と同じ光を覚えながら、

それでも努めて静かにアハトはリリアーナへと詰問する、その手を伸ばしながら。

 

「僭神の手先に下げる頭も、くれてやる身体もありません!」

 

(……さらばです、皆さん)

 

苛烈そのもの答えを叫び、リリアーナが懐剣を喉に押し当てる、

だがそれよりも早くその腕をアハトが掴もうとした瞬間であった。

 

背後から迫った一撃に、アハトは素早く振り返り、

腕に生やした剣でやや押されつつも、その攻撃を受け止める、その攻撃の主は……。

 

「王妃ならびに、殿下の避難は終わった次第にて……」

 

左腕に剣、右腕に軍旗を掲げた、聖乙女ジャンヌダルクがリリアーナをその背に庇い、

神の使徒アハトの前へと立ちはだかるのであった。




次回、ジャンヌダルクvsアハト……そして。


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幸福の勇者

勇者とは何ぞやというのを自分なりに考えた上でこういう話になりました。
ある意味一番書きたかった話かもしれません。


 

ハイリヒ王国、その玉座の間にて剣と剣を交え合う、使徒と聖女。

 

白銀の鎧を纏い大剣を構えるは銀髪の使徒、片や純白のドレスに黄金の髪を靡かせる聖女。

これほど美しく、煌びやかな一騎討ちは、いかに王国が長き歴史を誇っていようと、

そうそう行われたことはないであろう。

 

「私は役目を果たしてみせる!いざ!セイクリッド・リヴァーサル!」

 

高らかに叫ぶと、ジャンヌは左手の剣に力を込め、

愛剣カラドボルグから放たれた光を帯びた風が、使徒の護りを剥がしていく。

今まで受けたことの無い感覚に戸惑うアハトであったが、

だが、今までになかった異界の戦士の技に戸惑う間もなく、

矢継ぎ早に繰り出されるジャンヌの斬撃の前に、彼女は防戦一方に回らざるを得なくなる。

 

しかも、ジャンヌは巧みにリリアーナをその背中に収めるように戦っている。

これでは周辺を巻き込むような大技は使えない。

言うまでもなく、アハトの目的はリリアーナの確保である。

勢い余って殺してしまえば元も子もない、あの看過ならざる力を持つ、

イレギュラーどもを御すことはもはや叶わなくなる。

 

(死を恐れぬ者ほど、度し難く厄介な者はない……)

 

「人間風情が」

 

自身の死をも利用し反逆の烽火にせんとする、そんな小癪極まりない小娘へと、

リリアーナへと、無表情のままではあったがアハトは忌々し気に吐き捨てる。

 

もちろんリリアーナに拘泥せず、他の手を、

もっと融通を利かせろと思う者もいるかもしれない、だが、

例え自我を持とうとも、何処まで行っても彼女らは神の、エヒトの操り人形に過ぎなかった。

 

だからこそ……目の前の敵を討ち、ただただ役目を果たすのみ。

一切の迷いなき殺戮機械の本質を剥き出し、

アハトも反撃の大剣をジャンヌへと振り下ろす、その重さ、速さに眉を潜めつつも、

ジャンヌはアハトから一定の間合いを保って離れない。

 

(下手に防げば……こちらの負け)

 

ジャンヌは目の前の相手が未だ実力を発揮していないということを、理解していた。

こちらが守勢に回ればその実力を発揮する余裕を与えてしまうであろうということも。

 

「君を討って、悪しき神々への勝利への先駆けとなろう!サンクティファイ!」

 

ジャンヌの繰り出す剣の速度がますます速くなり、二撃三撃と確実にその刃が、

アハトへと肉薄していく、そしてついにジャンヌの剣が、アハトを捉え、

その左腕が斬り落とされる、が、しかしその瞬間、切り離されたアハトの左腕が宙を飛び、

そのままジャンヌの喉首へと斬りかかる。

 

もちろんそんな一撃などジャンヌには何の脅威とはならず、

無造作に払いのけるのではあるが、そこに僅かながら隙が生まれ、

それを見逃すアハトではなかった。

 

アハトが銀翼を広げ、回り込むようにジャンヌを避け、リリアーナへとその手を伸ばす。

ジャンヌも右手の旗竿を伸ばし、必死で制しようとするが、あと一歩届かない。

ここで勝利を確信したかのような微笑を始めて漏らすアハトであったが……。

しかし、彼女の身体は横合いから何者かの蹴りを受け、

リリアーナから再び引き離されてしまう、その蹴りを放った者は……。

 

「光輝……光輝ではないですか!」

 

 

やはり使徒の魔手は神山にも伸びていた。

 

アハトの他に結界を突破した使徒の幾体かは、

王宮ではなく神山に向かったのだった、もちろんその目的は……。

 

「かの王と同じく、人々を己から破滅へと導くのです」

「ぐっ……」

 

使徒の重圧に後退るシモン、その足下には息こそあれど叩き伏せられたデビットらの姿がある。

 

「何を恐れるのです、真の神たる教えを遍く全てへと伝える、それが教会の役目」

「儂もつい先日まではそう思ってはおったわ、一応と頭には着けねばならんがの」

 

何とか減らず口を叩いては見るが、語尾が震えては様にならない。

万事飄々と生きて来たこの老人も、流石もはや打つ手がないことを悟っていた。

いや、一つだけある、それは……。

 

(残るは一死のみ……か)

 

やはりリリアーナと同じく、神の傀儡となる道よりも自ら命を断つ道を選ぶシモン。

ただし彼女とは違い、その表情には僅かに躊躇いの色が浮かんでいる。

 

無理もない、新しき……神の名に頼らずとも人々が己の意思で歩んで行ける、

そんな世界が、かつて一族の始祖、ナイズ・グリューエンが望んだ世が、

あと少しで到来しようとしているというのに。

 

(このシモン、未だ悟りきれぬ様だわ……)

 

シモンがそんな心残りごと、舌を噛み切ろうとした時であった、

何処からともなく放たれた岩塊が使徒をシモンの前から吹き飛ばす。

 

「愛子への報告は一仕事終えてからだな」

 

その岩塊を放った主、カリオストロが周囲を見回しつつ、小煩げに呟く。

彼女の背後には、光輝、遠藤、ファラ、ユーリと揃っている。

彼らはオルクスの工房で休息を取った後、ラウス・バーンが密かに遺した、

各迷宮へのショートカットを利用し、神山へと戻ったのであった。

 

「キミの作った結界もアテには出来ないね」

 

光輝の肩に乗ったミレディが、やや挑発するかのような口調で、

カリオストロへと声を掛ける。

 

「どんな手を使ったのやら……たく」

 

不満げに言い返しつつも、周囲の観察は怠らないカリオストロ、

視界の片隅に、シモンを担ぎ物陰へと潜もうとする遠藤の姿が見える。

 

「フン!温泉での連中よりはちったあ脳があるようだな」

 

あのノイントよりは下ではあるが、それでもかつての温泉で相手したタイプよりは、

格上であろうと、カリオストロは使徒の挙動を一瞥しただけで見抜いていた。

同時に、それでも……自分の敵ではないであろうということも。

 

「コースケ!ユーリ!お前らはここでオレ様を手伝え、

そして光輝はファラと一緒に姫様の元へ向かえ!」

 

 

「ああ……いつか願っていたことが現実になった、俺は今あなたを守れている」

 

アハトと対峙しつつ、つい自分の隠し切れない思いが口を衝いてしまう光輝、

こんなことを今話していいわけではないことなど承知している。

それでも光輝は、自分が心から護りたいと願った少女の隣に立てている、

守れているという事実に心湧き立つ物を感じてならなかった。

 

「随分と無様を晒したと聞いておりますが……」

 

そんな光輝を見据えるアハトの目が冷たく光る。

 

「駒としての役割を全うしていれば、何も迷うことも苦しむこともなかったでしょうに

天之河光輝、やはり愚かな男だ」

「そうやって不都合を誰かの責任に押し付けることが出来るのなら、

きっと楽に生きられたんだろう」

 

それはもしかするとまた別の自分が辿った道なのかもしれない。

 

「でも今の俺はそんな人生は嫌だとはっきりと言える、苦悩の味を知ることなく、

何の傷を負わない人生に価値はないってことを俺は……」

 

光輝は改めてジャンヌの顔を見る。

 

「多くの人々に教わることが出来たから」

 

自身にとって大切な誰かを理由に、本当の迷いや苦しみから逃げ続けて来た男は、

噛みしめるように、はっきりと宣言し、改めてジャンヌと共に悪しき神の手先たる使徒、

アハトへと聖剣を構える。

 

「うんうん、やっぱ男の子は美少女を守って立ってナンボなんだよ」

 

さらに光輝の肩口近くから発された声に、驚いた表情を見せるアハト。

 

「その下卑た声は……」

「やぁ~~キジバトかドバトか忘れちゃったけど、その節は色々世話になったねぇ~~」

「ミレディ・ライセン……薄汚き反逆者めが、やはり生きていましたか」

「誉め言葉と受け取っておくよぉ~~」

 

ミレディの挑発を受け、アハトの身体が小刻みに震え始める。

 

「あの……戦うの俺たちなんで、その、口を控えて頂けると……」

 

目の前の敵が明らかに怒っているのを見て取って、声を震わせる光輝。

容易ならざる強敵であることくらい、彼とて承知しているのだ。

だからこそ余計なことは、どうか口走らない様に……と、

光輝がさらに注意を促そうとした時であった。

 

強烈な圧と共に、アハトの周囲に銀羽が展開される。

もうアハトの目にはリリアーナは映ってはいない、その身の確保よりも、

遙かな太古、主に楯突きまんまと逃げおおせた反逆者を討つ方が優先と判断したのだ。

 

「姫様は大丈夫っすよ!後は任せたっす!」

 

そんなファラの声と同時に、ハジメの扱うレールガンの威力をも凌ぐ、

銀羽の弾丸がその場にいる者全員に向かい放たれる。

 

「さぁ!使ってみな、私の授けた力を!」

「―――崩軛ッ!」

 

先読みで詠唱していたのであろう、光輝の声が響くと同時に、

銀羽が勢いを失い、そればかりか明後日の方向へと飛んで行ってしまう。

重力とは引力と遠心力の合力である、つまりそのバランスを崩すことによって、

光輝はアハトの繰り出した飽和攻撃を防いだのである。

 

意外な反撃に眉を僅かに潜めるアハトだが、

間髪入れず斬り込むジャンヌと光輝の姿を見るや否や、即座に背中から銀翼を展開し、

二人の攻撃を防ぐと同時に、その右手に大剣をも発現させる、

その刃は独特の輝きを帯びていた。

 

「切りあっちゃダメだ!分解されるよ!」

 

ミレディの叫びに間一髪で大剣の間合いから飛びのく二人。

確かに大剣が掠めた鎧の一部が細かい粒子のようになって消えて行くのを、

はっきりと見て取る光輝、もしも迂闊にも聖剣で受けていれば……。

 

「しかし切りあえないのでは……」

 

光輝の言う通り避けてばかりでは戦いにならない、

そもそもいつまでも避け続けられるような生優しい攻撃では決してない。

 

「ならばこれは私の役目だ!いざ!リヴァーサル・タイド!」

 

ジャンヌの剣から放たれた光を大剣でもってして難なく受け止めるアハト。

だが、その光を受けた途端、刃から分解の光が消え失せていく。

ジャンヌの使ったこのアビリティは相手の防御力を削るのと同時に、

強化効果をも一つ無効化することが出来るのだ、そしてここが勝負所とばかりに、

ジャンヌは軍旗を翻し、高らかに叫ぶ。

 

「我らが道を切り開かん!そして正義は我らの元に!エターナル・ディバイン!」

 

クリティカル確率、ダメージ上限、そしてそれに伴う攻撃力etc、

ジャンヌの声が耳に届くと同時に、自分のあらゆる全てが湧き上がるかのように、

底上げされていくのを感じる光輝。

 

人々の勇気を奮い起こす者、それが勇者の定義の一つであるのならば、

やはりジャンヌダルクは天之河光輝に取って、理想たる存在なのだろう。

だが、同時に思う、完全無欠な者などいないのだ、

誰もが皆その身に傷を負って生きているのだ、

そのこともジャンヌダルクは身を以って自分に教えてくれた、だからこそ……。

 

「俺は今こそ、あなたに、いや皆に応じる!」

 

ジャンヌのバフに呼応するかのように限界突破を行使し、アハトへと斬りかかる光輝、

人の姿をした存在に刃を剥ける罪悪感、違和感は未だ拭えない。

だが、それにも勝る本質的な嫌悪感を光輝はアハトから確かに感じ取っていた。

 

絶え間なく振るわれる聖剣を右の大剣で受け止めるアハト、

しかし絶妙なタイミングで今度はジャンヌがアハトの左側面から斬りかかる、

自身の右手側には息もつかせず牽制の小技を繰り出す光輝、

左手には急所を狙い必殺の一撃を振るうジャンヌ、

いかに使徒の中でも上位に位置するアハトといえども、

少しずつ少しずつ二人に押されていくのがはっきりと見て取れる。

 

そこでアハトにさらなる凶報、いやテレパシーが届く、

自分と共に結界を突破し、神山に向かった同胞が全て討たれたという……。

こうなるとさしもの彼女といえど、もはや作戦の失敗を認めざるを得なかった。

 

ファラの背に守られるリリアーナを、次いで光輝らを睨みつけるアハト。

だが、自分の主に反逆者の首魁たるミレディの生存を伝えることが出来れば、

それで口実、いや面目は立つと思い直すと、

アハトは床に大剣を突き刺し、自身を中心に雷撃を放ち、

その隙に踵を返し逃れようとする。

 

しかし……。

 

「そこそこ長い付き合いじゃん、もう少し遊んで行きなよ……絶禍」

 

軽口と、そしてゾッとするほど冷たい声音と共にミレディが放った重力球が、

アハトの挙動を僅かながら妨げる、ジャンヌに取っては、その僅かな時間で十分だった。

 

「我らが刃、先駆けとならん!」

 

ジャンヌは右手に握りしめた軍旗を宙に掲げ、

そして裂帛の叫びと左手に握った剣を中空へと投げ放つ。

 

「遍く闇を撃ち滅ぼさん!ソヴァール・ド・ブリエ!」

 

彼方の雲間に剣が消えたかと思った瞬間、

天空からの無数の光の剣の雨がアハトの身体を貫いていく、

その光の一つ一つが、紛い物には決して放つことなど叶わない真の輝きに満ちていた。

 

光の雨が収まった後、そこには全身を穴だらけにし、

まさに無念の表情を浮かべたアハトの亡骸があった。

 

「この姿……オーくんたちに見せたかったよ」

「ミレディさん……」

 

万感の思いを込め、呟くミレディ、戦いはこれからではあるが、

それでもかつて散々苦しめられた相手の死には、やはり感ずる物があるらしい。

ともかく戦いは終わった……僅かずつではあったが緊迫感が薄らいでいく、

そんな最中であった。

 

少し離れた場所で、リリアーナを庇いつつ戦況を見守っていたファラの目が大きく見開かれる。

彼女の瞳に映ったのは、息絶えてならなければおかしい程のダメ―ジを受けていながら、

それでも音もなく大剣を振りかぶるアハトの姿。

 

「逃げ―――」

「!」

 

それは当人ですら理解出来ぬ驚きだった、殺気を察知した刹那、

ごく自然に当たり前のように身体が動くのを光輝は感じていた、

そしてまるであらかじめ定められていたかの様に両手に握られた聖剣がアハトを両断する。

これもまた信じられないまでに自然に……。

 

「光輝……君は」

「自分しか動けない……そう思ったら身体が……勝手に」

 

ぐらりと体勢を崩す光輝、その表情は泣いているかのような、

それでいて何かを乗り越えたような、そんな形容し難きものに満ちており。

そんな彼の身体をジャンヌは優しく支えてやる。

 

かけてやるべき言葉は幾らでもあるのだろう、だがあえてジャンヌはそれを口にはしない。

その厳しさこそが、今の光輝には必要なのだと言わんばかりに。

そんなジャンヌの無言でも伝わる思いやりを感じながら、光輝は外に目を向ける。

王宮前の広場には、大通りには民衆たちが大挙して集まっている、不安を拭うため、

そして何より救いを求めて……そしてその不安を拭い、救いを与えられる存在は、

ただ一人しかいなかった。

 

「行くのですね……」

 

リリアーナの言葉に無言で頷く光輝、その表情こそ涼やかなものではあったが、

内心では恐怖を覚えているであろうことを、リリアーナはすでに見抜いていた。

その証拠に光輝の背中は、その膝はガクガクと今にも頽れんばかりに、

震えているではないか、名も知らぬ者たちの運命を背負い導くという責務の重さに。

だが、それでも……。

 

(許されざることだということは分かっています、ですがそれでも私たちはあなたの、

勇者の存在に縋るより他は無いのです……)

 

「俺は……」

 

そんなリリアーナの逡巡を知ってか知らずか、

勇者だからと口にしようとして止める光輝、それはもはや理由の一つでしかない。

力があるから何かを為さねばならないというのなら、それは単なる呪いだろう、

人はもっと自由に生きても構わない、生きるべきだと思う。

だが、同時に光輝はこうも思う、

世の中一人くらいは呪いをあえて背負う馬鹿がいてもいいのではないかと。

 

そっと目を閉じる光輝、瞼の裏にはもう祖父の顔は浮かんでは来ない。

 

(俺がそうしたいからやるんだ、御祖父さんがどうとか勇者だからとかそれだけじゃない)

 

バルコニーへと進み出、光輝は群衆たちに姿を晒す、

その姿を認めた人々の注目が一身に集まる、すなわち勇者の下へと。

 

そんな自身に縋る視線に身じろぐことなく、光輝はただ何も言わず、

そっと一人一人の顔へと目を凝らし、見つめるのみだ。

もしも自分が、真に人々に取って希望を与えうる存在となっているのならば、

なってしまっているというのであれば……それだけで十分と言わんばかりに。

 

やがて……。

 

「勇者様は……救世主様(メシア)だったんだ」

「そうだ!神様に見捨てられた俺たちを救いに来て下さったんだ!」

 

そんな声がどこからともなく聞こえ始める、それは瞬く間にうねりとなって、

広場を通りを包んでいく。

 

救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!

勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!

救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!

救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!

勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!

救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!

勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!

救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!

 

その歓喜の、決して自分から望んだわけではない声を全て受け止めんとばかりに、

両の手を広げる光輝、その姿にさらに湧きたつ群衆たち。

 

(これが俺の……この世界で課せられし役目、いや、勇者の宿業)

 

人々の悲しみを背負い、新たな希望を束ねる存在、

太陽の光が届かぬ闇に月の如く標を与える存在、それが勇者……いや。

 

(救世主……か)

 

それは勇者以上に己が身には重すぎる称号かもしれない、

だが、それでもその重さに耐えてみせる、選ばれたことの残酷さにも、

きっと打ち勝ってみせる……そして。

 

(ああ、きっとジャンヌ・ダルクも同じ気持ちで……)

 

今ならわかる、きっと彼女は最後まで毅然と胸を張り、

かつて守った民たちの罵声を耳に火刑台へと赴いたに違いないと、

自分で選んだ道なのだという、心からの誇りと満足感を抱きながら。

 

そんな彼の胸の内を全て悟ったかのように、勇者を救世主を讃える声を聞きながら、

リリアーナはそっと膝の上で拳を握りしめる。

 

それはその大衆が求めているのは勇者の、救世主の姿であって声であって、

天之河光輝そのものでは決してないことを知りながら、

その背中を押さざるを得なかった、己たちの無力を恥じる証であり、

何より自分たちが、せめて自分たちだけでも、

天之河光輝としての、ありふれた一人の少年としての彼を、

見失わないようにしなければならないとの決意の証でもあった……しかし。

 

(もしも国民と勇者、どちらかを選ばねばならない時は、私……私は)

 

勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!

救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!

勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!

救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!

救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!

救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!救世主!

勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!勇者様!

 

(勇者様で救世主がまさか反逆者とつるんでいる、そんな事を聞いたら、

みんなひっくり返るかも)

 

群衆の歓喜の声を耳にしつつ、そして自身の過去と今の光景を照らし合わせつつ、

ミレディもまた、ついそんな意地悪なことを思ってしまう。

だからこそ、自分のような存在が必要なのだとの思いもまた新たにして。

 

この少年を単なる器に、人柱に堕しめないこと、邪な願いに躍らさせないこと、

選ばれ続ける残酷さからその心を守ること。

そしていつか平凡でありふれた、そんな幸せを与えてあげられる誰かに、

勇者の使命よりも大切な誰かに巡り合わせること、

つまりは数多の勇者、英雄たちが叶わなかった"勝ち逃げ"をさせること、

それが解放者ミレディ・ライセンの最後の役目なのだと。

 

(でも……この子を越える子を見つけるのは、骨が折れるなあ……)

 

そんなことを思いつつも、祈る様に光輝の姿を真摯に見つめる、

ジャンヌダルクの横顔を眺めるミレディであった。

 

 

(……天之河君、幸福の王子は自らが救った人々の手によって焼かれてしまったのですよ)

 

片やオルクスの地下深くでは、その様子を備え付けのモニターで見つめつつ、

愛子もまたその瞳に強い意思を込める。

それは天之河光輝を勇者ではなく、ただのありふれた少年に、自身の生徒へと戻すこと、

それが大人として、教師として自身がこの地で行わねばならぬ、

最後の仕事なのだという決意を定めた証であった。

 

(君を幸福の王子には……世界の贄にはさせたりはしません、大人として、教師として

何よりも君の仲間として)

 

 

そして魔人領……。

 

"仙鏡"によって映し出された光景は、まさに救世主コールを一身に受ける、

勇者の、天之河光輝の姿であった。

その姿に涙ぐむ香織と雫、それは友の成長に対する嬉し涙だけではない、

光輝の表面の雄々しさの内に孕んだ、悲壮なまでの決意を悟ったがゆえの涙でもある。

そんな二人の震える肩をそっと抱いてやるジータと鈴。

 

「……参ったな、俺にはとても勤まりゃしねぇ」

 

うん、やっぱ苦手だわコイツと素直に兜を脱ぐような素振りを見せるハジメ、

よくぞここまでと、ユエやシアやティオらも一様に頷いている。

 

そして……。

 

「ふざけるなぁ!それが勇者のやることかあぁぁぁっ!そんな奴ら放っておいて、

僕を救えよ!僕を守れよ!僕を愛さないのに、僕を救わないのに、

僕を見てくれないくせにっ!憎んでもくれないくせにっ!

そんな顔も知らないような連中を救うのかあぁぁぁぁっ!」

 

全ての奸計を打ち破られた挙句、

もっとも望まない光景までも見せつけられる羽目となった、

そんな恵里の絶叫が草原に響くのであった。




勇者というものは輝かしいだけのものではなく、
むしろ悲しく残酷な存在だと自分の中では位置付けております。
そして勇者とは単独で何かを為し得る存在ではなく、
誰かの庇護や算段があってこそ、その力を存分に振える存在だと思うんですよね。

(その庇護を失ったらどうなるかは、蜘蛛のシュン君を見れば分かると思います)

つまりは方向性を示してくれる誰かの下で剣を奮う、象徴であると同時に、
決戦兵器としての運用が能力的にも性格的にも一番向いているんですよね。

(それはそれでその判断を他人に丸投げできる器量や、
判断を下してくれる人物の見極めが必要ですが)

ただ、彼の場合は先にも書きましたが、本人の意思の希薄さに加え、
潔癖さと狭量さが相まって、その方向性を示してくれる存在にまで、
刃を向けかねない危うさがあるので、
まずはそういったキャラに纏わる不信感を払拭させないことには、
勇者の仕事を任せることはもとより、読んでる側も納得出来ないのでは?と思ったわけです。

ともかく色々とありましたが、何とか彼も勇者を務め上げることが出来そうで、
書いてる側としてはホッとしてます、少々過酷過ぎとは思いますが。


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殺し合うのが正義でないと、知って戦う戦場だけど

古戦場、三か月も開いちゃうとなんか調子が出ないですね。


 

 

「ふざけるなぁ!それが勇者のやることかあぁぁぁっ!そんな奴ら放っておいて、

僕を救えよ!僕を守れよ!僕を愛さないのに、僕を救わないのに、

僕を見てくれないくせにっ!憎んでもくれないくせにっ!

そんな顔も知らないような連中を救うのかあぁぁぁぁっ!」

 

限りない呪詛と、そして後悔が入り混じった恵里の慟哭が戦場に木霊する。

 

何故ならば、鏡に写る光輝の姿は、かつて、いや今でも憧れて、焦がれて焦がれ続けた、

勇者の、王子様の理想の姿そのものだったのだから。

何処で間違ってしまったのか、僅かの勇気を振り絞り踏み込むことが出来たのならば、

僅かの我慢に耐えることが出来たのならば……いいや、最初から諦めることさえしなければ。

 

―――自分もあの場所に立っていられたかもしれないのに。

 

と、恵里は濁った瞳で地上のジータたちを睨みつつ思わざるを得なかった。

そしてもう一つ悟ったことがある。

もはや中村恵理の居場所は、存在理由は、天之河光輝の敵としてしかありえず、

その天之河光輝の瞳の中には、もう中村恵理は映ってはいないのだと。

 

「分かったでしょ……光輝はね、もっと大きな物を守るために十字架を背負ったのよ」

 

その掌から零れ落ちる小さな物があるということを承知の上で……、

それが自身にとって、どれほど掛け替えなき物であったとしても。

 

「だから僕を無視していいわけがないっ!」

 

声を震わせる雫へと反駁する恵里、そこに鈴が声をかける、雫とは違う理由ではあったが、

やはり声を震わせながら。

 

「恵里っ!鈴はっ……恵里とっ、そのっ、もう一度話したくて!」

「……僕はもう……鈴と話したいことなんてないよ」

「嘘だよ……なら、どうして目を逸らすのさ」

 

心の準備をしてきた鈴とは違い、むしろ恵里の方が突然の遭遇に戸惑っているようだ。

 

「恵里は……悪い神様に操られて、命令されてこんなことしてるんだよね?

あんなことしたんだよね?」

 

王都の惨状を思い浮かべながらも、鈴は訴えるように恵里へと言葉を続けて行く。

 

「大丈夫だよ、その神様は南雲君がやっつけてくれるから」

 

え!そこでそんなこと言う?と、目を剥いたハジメの足をジータが踏む。

 

「だから……だから……」

 

それでもそこから先は言葉が出て来ない、

そもそも恵里にとっての救いはただ一つしかないことを鈴は分かっていたから、

そしてその救い主たる天之河光輝は、恵里の前に姿を現すことはもうないのだということも。

 

「なんだよ、結局思いつかないんじゃん……そんなにさ、また恵里の友達に戻りたいなら

ここに光輝くん……連れて来なよ」

 

内心の動揺を隠すかのように、恵里は無理難題を鈴へと突き付ける。

それは見る者にオモチャ売り場で駄々をこねる子供を思い起こさせた。

恐らく当の本人も承知の上なのだろう。

 

そこで鈴の限界を見て取ったジータがその腕の中に鈴を収める。

自分を避けるかのようなその仕草に、また何かを口にしようとする恵里であったが……。

その瞬間、何かに気が付いたかのように、目を見開きジータの顔を彼女は凝視する。

あった……まだ残っていた、中村恵理が天之河光輝を手に入れる方法がまだ一つだけ、

それは獣の知恵としか思えぬ程の悍ましい思いつきであったが、

まだそれを知る者はここにはいなかった。

 

「いい……もういい……もういいよ」

 

自分の表情を、愛と憎悪が入り混じった自分の感情を隠すかのように、

掌で顔を覆いつつ恵里は叫ぶ。

 

「そこの金髪のガキさえ生きてればそれでいいんだ!」

 

そこの金髪と言われてシャレムが呼んだかとばかりに豊かな黄金の髪を掻き上げる。

もちろん分かった上でわざとである。

 

「お前じゃない!」

「……だろうな」

 

ともかく恵里の叫びと同時に、上空の使徒が、地上の魔物が魔人族が包囲の輪を狭めて行き。

その様子に生唾を飲み込むハジメ、もちろん圧に押されているわけではない。

 

「撃つかい?あのレーザー……」

 

そんなハジメたちの様子を見て取った恵里が上空で煽る。

 

「撃てないよね、撃てるわけないよね、自分たちだって黒焦げだもんね」

 

だったら試してみるかと、喉の奥から出掛かった言葉をハジメは飲み込みつつも、

改めて周囲を、特に魔物たちを率いる魔人族の姿を見やる。

ここで決着を着けるのがベターという思いはあれど、やはり僅かながらの逡巡が頭を過る。

それが今更の迷いなのか、人間らしさという物なのかは、当のハジメにも判断が着かなかった。

 

(避けられない……のか、いや、避けられないからこそ)

 

「不死身なんだろ……キミ、だったら証明してみなよ」

 

恵里の目がユエを捉える、どうしてそれをとユエの眦が僅かに上がる。

そして恵里に促されるままに、フリードが片腕を上げる、恐らくそれが降ろされた時が、

地獄の開宴となるのであろう。

 

(天之河、お前が光を背負うなら……他人の願いの為に自分を捧げるというのなら、

俺たちも背負ってやるよ、闇ってやつを)

 

ヒュベリオンはもう照準済だ……ハジメは後ろ手にタブレットを握りながら、

ジータと視線を交わす、そしてフリードが掲げた腕を振り下ろす。

ハジメたちへと殺到する使徒、魔物、魔人族、

それと同時にハジメはタブレットのキーを押し、ジータと共に上空へと腕を翳し叫ぶ。

 

「「ゴッドガード・ブローディア!」」

 

二人の召喚に応じ顕現するは絶対の守護者たる赤髪の姫騎士にして大地の使徒、ブローディアだ。

 

「我が障壁を以て、汝らを守ろう!抗え!刃鏡展開!」

 

朗々たる声と共に姫騎士が剣を構えると、鏡の如き障壁が大地を砕きながら発現し、

時を同じくしてハジメたちの頭上に放たれた太陽光レーザーを、

すなわち断罪の光を全てシャットアウトしていく。

地下風水光闇、世界の法則に則った物である限り、あらゆる全てのダメージを、

彼女は完全遮断する力を持っているのだ。

 

ハジメたちが姫騎士の障壁に守られる中、

あくまでも撤退を促す牽制目的で放った王都の時とは違い。

まさにフルパワーで放たれた灼熱の輝きが、使徒を、魔物を、そして魔人族を焼滅させていく。

だが、それをハジメとジータは……いや、彼らの仲間たち全てが身じろぐことなく、

固く唇を噛みしめ、瞳を見開くのみだ。

その惨劇を、まさに自身らが造り出した地獄の全てを見届けんとばかりに、

それこそが自分のいや……自分たちの背負うべき業―――カルマなのだと。

 

そして光が晴れたその時、そこにあったのは、

焼け焦げた無数の使徒、魔物、そして魔人族の亡骸であった。

 

「……」

 

ただ無言で自分たちの周囲を除き、焼き爛れて白煙を上げる大地と、

巨大なクレーターを見渡す雫たち、

何人かの生き残りが蜘蛛の子を散らす様に彼方に逃げ去るが、もちろん追い討ちなどしない。

まるで上から見たらドーナツのように見えるんだろうなと、

そんな奇妙な感想を、香織がふと思ったのと同時に彼女らは重大なことに気が付く。

 

ハジメとジータ、そしてユエの姿がどこにもないことに。

 

 

「ここは……」

 

驚きを隠すことなくキョロキョロと周囲を見渡すハジメ、ジータ、ユエの三人。

灼熱の光の中、ユエの足下にゲート状の何かが開いたのを見、咄嗟に二人は飛び込んだのだ。

そしてその先にあったのは、赤い絨毯と豪奢な柱に飾られた、

まさに玉座の間と呼ぶに相応しい荘厳な空間であったのだから。

 

だが、窓を覗いてみるとやはりというか使徒が空を舞っている。

結構な数を焼いたとは思ってはいたが……一体どれ程の数が存在しているのか?

いずれどれ程の数を相手せねばならないのか?

考えただけで頭が痛くなる思いを抱えるハジメたち。

 

「どうする?」

「招待って言ってたから、多分ここが魔人族の本拠地、ガーランドなんだろうけど」

 

クリスタルキーを使えばここから即座には脱出できる、しかし……。

と、三人が顔を見合わせた時であった。

 

「いつの時代もいいものだね、仲間の絆というものは、私にも経験があるから分かるよ、

もっとも」

 

玉座の背後から声が響き、壁がスライドして開く。

そこから姿を現したのは年の頃こそ初老といったところではあったが、

それを見る者に感じさせない金髪に紅眼の美男子だった。

 

どことなくユエに……ユエがもしも男ならこんな風になるのでは?

そんな感想を覚えるハジメとジータ。

 

穏やかに微笑み、マントを翻すその姿は、美しさと力強さと、老練さをも感じさせる。

恐らく彼こそが魔王にして、魔人族の神たるアルヴ様なのだろう。

その見る者を惹きつけて止まないカリスマに抗するべく、目を細めつつも、

まずは詰問すべく口を開こうとしたジータであったが、

傍らの愕然とした声によって、その口を閉じてしまう。

 

「……う、そ……どう、して……」

「ユエちゃん?」

「ユエ?」

 

二人の呼びかけにも応ずることなく、動揺を隠さず震えながら掠れた声を漏らすユエ、

その瞳は金縛りにあったかのように、魔王を捉えて離さない。

一方で魔王とユエ、二人の姿を見比べ、やはりという思いを強くするハジメとジータ。

 

「私の場合、姪と叔父という関係だったけれどね、やぁ、アレーティア、久しぶりだね

相変わらず、君は小さく可愛らしい」

「……叔父、さま……」

 

ユエの掠れた声音が王の間に響く中、魔王は殊更優しく微笑みながら再度、

アレーティア……恐らくはユエが棄てたと言う本名で呼びかけて行く。

 

「そうだ、私だよアレーティア、驚いているようだね……無理もない、

だが、そんな姿も懐かしく愛らしい、三百年前から変わっていないね」

「アルヴ様?」

 

アルヴの傍らに控えていた使徒が訝し気な声を漏らす、と、

金色の閃光が魔王を中心として周囲を覆い、その光が晴れた時には

王の間を固めていた使徒や魔人族がことごとく倒れ伏していた、

さらに魔王は指をパチンと慣らし、何らかの術を発動させた。

 

「結界か?」

「ああ、盗聴と監視を誤魔化すための結界さ、

私が用意した別の声と光景を見せるというものだ、

これで外にいる使徒たちもここで起きていることには気がつかないだろう」

「……なんのつもりだ」

 

これではまるで……そんなハジメたちの疑問に無理はないとばかりに、

魔王は、子供の物事を言い含めるかのような柔らかい微笑みを見せる。

 

「南雲ハジメ君に蒼野ジータ君といったね、君たちの警戒心はもっともだ、

だから、回りくどいのは無しにして、単刀直入に言おう、

私、ガーランド魔王国の現魔王にして、元吸血鬼の国アヴァタール王国の宰相、

――ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタールは……神に反逆する者だ」

 

その言葉にはいかにハジメたちとはいえど、驚愕の余りに息を呑むしかなかった、

まさか、人間族と敵対していた魔人族の王が、神への反逆者だったなどとは……、

いやいやゲームやラノベでは割とある話でもあったが。

 

「うそ……そんなはずはないっ!ディン叔父様は普通の吸血鬼だった!

確かに、突出して強かったけれど、私のような先祖返りじゃなかったっ!

叔父様が、ディンリードが生きているはずがない!」

「アレーティア……動揺しているのだね、それも……当然か、

必要なことだったとは言え、私は君に酷いことをしてしまった、

そんな相手がいきなり目の前に現れれば、動揺しない方がおかしい」

「私をアレーティアと呼ぶなっ!叔父様の振りをするなっ!」

 

激昂するユエに対し、あくまでも魔王は余裕である、

幼子をあやす様な態度を一切崩さぬまま、滔々と事情を説明していく。

 

変成魔法に適性があり、強力な魔物使いであった彼は、

変成魔法を己の肉体に行使し、肉体を強化し、寿命を延ばしたこと、

そしてエヒト神の非道に内心の憤りを覚え反逆の意思を抱いていたアルヴ神に、

自らの肉体を提供し、地上にて反逆の同志を密かに探していたこと、

―――表向きは地上を混乱に陥れる魔王として。

 

「……いつから」

「君が王位につく少し前だね、同時に、

真実を知っていてもどうすることも出来なかった私にも、

できることがあると分かった。使命だと思ったよ」

「……使命」

「そう、神を打倒するという使命だ、エヒト神や使徒達に真意を掴ませないようにするには

大変だったけれどね、おかげで、本意でないことも幾度となくさせられたよ」

 

ユエの心が揺らぐ、目の前の魔王の姿と、自分の記憶の中の心優しき叔父との姿が

重なり始めて行く。

 

「……どうして祖国を裏切ったの、どうして、私を……」

「済まなかった」

「っ……謝罪を聞きたいわけじゃないっ!理由をっ」

 

魔王、ディンリードは沈痛な表情のまま再び説明を続けて行く。

 

幼き頃から天才的な魔法の素養を見せたアレーティア、いやユエが、

イレギュラーとして神に狙われたこと、

エヒト神の信仰から遠ざけようとしたことが仇となり、

神の使徒からの暗殺の対象となってしまったこと。

 

「アルヴを体に宿し使命に目覚めた私は、君という切り札の一つを失うわけにはいかなかった

いつか共に神を打倒するため、かつて外敵と背中合わせで戦ったように」

 

切り札……共に神を打倒……その言葉を聞き、これまで沈黙を保ってきた、

ハジメとジータの肩が僅かであったがピクリと動き。

それを契機と見たかは知らないが、両手を広げ祭壇からゆっくりと降りて行くディンリード。

 

「だから、暗殺が成される前に、死んだことにして君を隠したんだ

いつか反逆の狼煙を上げることができ……」

 

その言葉が言い終わるか終わらないかの間に、ディンリードの身体が大きく吹き飛ぶ、

言うまでもなくハジメがドンナーを抜き撃ったのだ。

 

「何が切り札だ!反逆の狼煙だ!ふざけるのもいい加減にしろ!」

「もう少しで私たちも騙されるところだったよ」




愛することと憎むことは、矛盾しているようでいて、
個人への執着という意味では限りなく等しい感情なのかもしれないと、
恵里を書いていて改めて思いました。


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虚々実々

古戦場ですが編成が縛られるとはいえど、まさかフィオリトがあんなに輝くとは……。
やはり筋肉は正義か。


今回の話につきましては少し解釈の余地があるかなと思います。
ですがハジメたちのみならず、私としてもディンリードがユエを戦力として、
切り札として考えていたとは、どうしても思えないんですね。



 

「何が切り札だ!反逆の狼煙だ!ふざけるのもいい加減にしろ!」

「もう少しで私たちも騙されるところだったよ」

 

ハジメとジータの怒りの声が同時に響き、さらに放たれた紅い閃光が、

ディンリードの手足を打ち砕く、そしてジータは宝物庫からボーラを取り出し

ディンリードへと投げつけるハジメを横目に、

斃れている使徒へと、闇属性の短剣、オールドコルタナを構える。

 

『チョーク』

 

これまで何度も使われた、通常攻撃を全体化するアビリティである。

 

『チェイサー』

 

そして質量を伴う残像攻撃が、倒れ伏す使徒の身体を次々と斬り裂き砕いていく。

 

「……ハジ、メ?……ジータ?」

 

そんな一方的な蹂躙劇の中、目の前で叔父を銃殺されたユエは、

ただただ唖然とした表情を見せるのみである。

 

「すまない、だが……どうしても我慢できなかった」

「ユエちゃんがちゃんと自分で区切りをつけるまではって思って黙って見てたんだけど

ほら……信じちゃいそうだったから」

 

蹂躙劇が一段落し、武器を降ろすと、ハジメとジータは自身らが感じた違和感を、

ユエへと説明していく。

 

木を隠すにはまさに森、恐らく目の前の男が語ったことは九割は真実なのだろう、

だが、僅かだが隙があった。

人と人との情愛という物を理解する術を持ち合わせていなかったという。

 

ユエの封印は厳重極まりないものだった、

それこそ三百年もの年月を愛する姪を孤独地獄に追いやり、

正しく己の死をもって永遠に封印を、秘匿を完璧なものにせんとするほどの……、

確かにあの封印はかつて自分たちが思っていたユエを遠ざける為ではなく、

エヒトの手からユエを守護するための封印だったのだろう、

 

だが、愛する者の存在をそこまでの覚悟でもって秘匿する者が、

いざ時が来れば戦いの尖兵として愛する者を利用する、そんな話がある筈がない。

それは人に対する、ましてや娘とまで称する存在への情愛ではない、兵器への愛だ。

 

ハジメは呆然とするユエへとゴーグルを手渡す、あの男の正体を見て見ろとばかりに、

ゴーグルでディンリードの魂魄をスキャンしたユエは、

驚愕と、そしてそれ以上の怒りに息を詰まらせる。

ゴーグル越しに見える愛する叔父の魂は、

蜘蛛が張り巡らせた巣のように肉体を侵食している

明らかに寄生しているとしか思えない薄汚い物でしかなかったのだから。

 

「けれどアレーティア、いやユエ……お前の叔父さんは確かにお前を心から愛していた、

愛していた筈なんだ……あんな薄汚い神モドキに言われるまでもなく、

だから、そのことは誇りに思っていい、いや思うべきだ」

「全てが終ったらちゃんと真実を探しにいこ」

「……うん」

 

ハジメの力強い言葉に、髪を撫でるジータの温もりに頷くユエ、

その瞳には光るものがあった。

 

と、そのとき、パチパチとまるで揶揄するかのような拍手が響き、

頭部と四肢を穿たれ、ボーラで何重にも拘束されていた筈の

ディンリードが起き上がる。

 

「いや、全く、多少の不自然さがあっても、溺愛する恋人の父親も同然の相手となれば

少しは鈍ると思っていたのだがね、まさか、そんな理由でいきなり攻撃するとは……

人間の矮小さというものを読み違えていたようだ」

「お前は人の心ってのを理解出来てないようだがな」

 

明らかに致命の傷を受けていたにも関わらず、その身体はおろか魔王の衣装に乱れは一切ない。

 

「せっかく、こちら側に傾きかけた精神まで立て直させてしまいよって、

次善策に移らねばならんとは……あの御方に面目が立たないではないか」

「……叔父様じゃない」

「ふん、お前の言う叔父様だとも、但し、この肉体はというべきだがね」

「……それは乗っ取ったということ?」

「口の利き方には気をつけろと何度も教えた筈だが……悪い子だ、アレーティア」

 

アレーティアと呼ばれたことに対し、さも汚らわしい言葉を聞いたかのように、

ユエが右手に蒼炎を浮かべる。

 

「むしろ有効な再利用と言って欲しいものだ、このエヒト様の眷属神たるアルヴが、

死んだ後も肉体を使ってやっているのだ、選ばれたのだぞ?

身に余る栄誉だと感動の一つでもしてはどうかね?しかし全くこの男ときたら、

死ぬ前にお前を隠したときの記憶も神代魔法の知識も消してしまうとは、

肉体以外は使えない男よ、生きていると知っていれば、

なんとしても引きずり出してやったものを」

「……お前が叔父様を殺したの?」

「ふふ、どうだろうな?」

「……答えろ」

 

ユエの掌の上の蒼炎が煌めきを増していく、その炎は魂すらも焼き尽くす

凶悪極まりなき魔法、"神罰之焔"だ。

 

「ほぅ、いいのかね?実は、今の言葉も嘘で、ディンリードは生きているかもしれんぞ?

この身の内の深奥に隠されてな?」

「っ……」

 

魂を焼かれる脅威をまるで感じていないのか、ディンリードの皮を被ったアルヴは

人を喰ったような笑みを浮かべ、ユエが炎を、ハジメが銃弾を放とうとしたその時だった。

その瞬間――天から白銀の光が降り注いだ。

天井を透過した綺麗な四角柱の光は、頭上から真っ直ぐユエへと落ちて来る。

 

「――"堕識ぃ"」

 

さらにそのユエに向かって、いつの間に現れたのだろうか、

恵里の闇系魔法が放たれる。

 

「先程のお返しだ、イレギュラー」

 

アルヴが指を鳴らすと同時に、ハジメ目掛けて特大の魔弾が飛ぶ、

 

「駆逐します」

 

何もない空間が波打ち、にじみ出るように現れた数十体の使徒達が、

一斉に魔弾を、剣を振りかざす。

 

二人は咄嗟に瞬光を発動して刹那を数十秒へと引き伸ばす。

時の流れが緩慢となり色褪せた世界で、ゆっくりと襲い来る数多の攻撃を掻い潜り、

二人は光の柱に飲み込まれようとするユエへと走る、が、その行く手を阻むかのように、

無数の魔力弾がまさに飽和状態、という言葉が相応しいほどの密度で、

彼らの前に立ちはだかったのであった。

 

 

その数刻前、光の洗礼を受けた草原、いや焼け野原では。

 

「これって転移用の……」

 

ハジメらの立っていたであろう足下に広がる虚のような空間を眺めるシアたち。

試しにシアがドリュッケンの柄で、そっと空間の中をつついてみるが……、

案の定というか、バチリと火花を散らし弾かれてしまう。

 

「幽世の奴らだな……余りにも多く紛れていたから却ってわからなかった」

 

口惜し気に呟くシャレム。

 

「でもさ……あの光の中でどうやって」

「奴らは個にして全、全にして個だ、ゆえに目的のためならば、

個体のいかなる犠牲でも払ってのける」

「何とかならないのか?」

 

シルヴァが少しずつ姿を薄らげていくブローディアへと尋ねるが。

 

「……残念ながら、私は魔術には疎くてな」

 

その言葉を力なく残すと、彼女の姿は掻き消えてしまう。

 

「金髪のガキって、ユエちゃんのことだよね……何で狙ってたんだろ?」

「さあな、いずれにせよこの先に向かわねば始まるまい」

 

そしてそれからまるで誘うかのように口を開けているだけの、

転移ゲートの解析に悪戦苦闘する香織たちの姿があった。

 

「私じゃムリだよ……これ」

 

この中で最も魔法に関しての知識が深い香織が頭を抱え、

彼女にしては珍しく泣き言を口にする、ことハジメが絡むこととなれば、

いかなる場合でも諦めることはなかった彼女がそう口にするのだから、

相当のものなのであろう。

 

「香織の知識でもお手上げとなると……あとは」

 

ティオの脳裏に、いやここにいる全ての者がある人物の姿を思い起こす、しかし。

 

「無理だよ、カリオストロさんは王都にいるんだよ……とても、こんな所に」

 

と、鈴が天を仰いだ時であった。

その耳に聞き覚えがある風切り音が届く、確かそれはあの氷竜の……。

そして雪原と草原の際の霧の中から声が聞こえる、彼女らが最も今待ち望んでいた人物の声が。

 

「オイ!ユエの奴が狙われ……って、ハジメは?ジータは?ユエはどこだ?」

 

霧の中からウロボロスに乗って現れたカリオストロは、

残された者たちの表情を一瞥し、

どうやら最悪の事態が起こりつつあることを察知する。

 

かつての檜山、それから清水や恵里の時もそうだ、どうも自分は一歩出遅れてしまう。

何が天才美少女錬金術師だと歯噛みしながらも、カリオストロは早速ゲートの解析を開始する。

つい先程のミレディとの会話を思い出しながら。

 

 

「勇者様!」「救世主様!」

 

王都にて、大歓声を耳にしながらバルコニーの緞帳が下りるのを確認し、

ようやくその身体をぐらつかせへたりこむ光輝、これは限界突破による脱力感だけではない。

その姿にそっと目を伏せるリリアーナ、

やはり余りにも多くの物を背負わせてしまったことへの慚愧の念は隠せないのだろう。

 

「よく……頑張りました」

 

未だ震えが止まらぬ光輝へと労いの言葉をかけ、その背中を抱きしめんとするジャンヌ、

彼の今の心境はやはり聖女として、多くの人々の命運を背負った彼女こそが、

最もよく知るところであろう、だが。

 

光輝はそんな彼女へと気遣い無用とばかりの笑顔で応じるのみだ。

与える側に立つと決めた者が与えられることを、

救うと決めた者が救われることを求めてはならないとの決意を込めて。

 

(それもあなたが教えてくれたことです、ジャンヌさん)

 

一方でミレディと共に、アハトの骸を色々と調べながら独り言ちるカリオストロ。

 

「しかし神って奴は随分と余裕かましてやがるな、こんな回りくどい手を使いやがって」

 

ここまでの手を使うなら、自分で動けばいいものをとの思いを、

恐らく神の正体を知らぬ者ならば当然の如く思うであろう疑問を口にしたカリオストロへと、

ミレディは何の気もなく答える。

 

「ああ、それは仕方ないんだよ、神は現世に干渉出来る、自分の肉体を持っていないのさ、

だから神域って別空間に引きこもって使徒を使って人々を、世界を操って遊んでいるのさ」

「ヲイ……今何つった!神がテメェの肉体を持ってないだと!」

「あ……ああ、神の力を支え切れるだけの肉体をどうやら自力じゃ造り出せないみたいなんだ」

 

カリオストロの大声に耳を塞ぎつつ答えたミレディの……、

まさに何を今更といわんばかりの言葉に思わず手を止め、

カリオストロはわなわなとその身体を震わせる。

自身の読み違えに、そして何より相手の過大評価に。

そればかりではない、かつてあのウルでの水浴びの際、

ユエに関して僅かながらではあったが感じた違和感が、疑問が甦ってくる。

 

自動再生、地の底への封印、神の力を支え切れる肉体……。

 

「……おい、今ハジメたちは氷雪洞窟って言ってたな」

「詳細は愛子かメルドに聞かないと分かりませんが、確か……」

 

リリアーナが少し考え込むような仕草を見せつつ答えるよりも早く、

カリオストロが立ち上がる。

 

「ミレディ、先回りだ、氷雪洞窟にやってくれ、

間に合うかどうかは分からねぇが……このままだとユエが危ねぇ!」

「コーちゃんはどうするの?」

 

コーちゃんと言う呼び名には未だ慣れないのか、少し面喰らった表情を見せながらも、

それでもはっきりと首を横に振る光輝、今の自分が最も必要とされている場所は、

自分の責務を果たすべき場所はここなのだと、

未だ渦巻く人々の不安を鎮めるには、自分の存在が必要なのだという思いを込めて。

 

「ユーリ……行ってくれ、頼む」

 

実直極まりなき剣士が頷くと同時に、横から声が聞こえる。

 

「オレも行くぜ、まだまだ元気が余ってんだよ」

「龍太郎!」

 

懐かしの……と、呼ぶ程離れていたわけではないが、

それでも親友の……かなり変わってしまってはいるが……その姿に、

顔を綻ばせる光輝。

 

「と、その前にセンセー身体直してくれよ」

「抜かせ、傷だらけじゃねぇか、まぁちったあその身体も

使い熟せるようになったみたいだがな」

 

やや呆れつつも、それでも笑顔で龍太郎の身体を修復してやるカリオストロ。

そしてカリオストロ、ミレディ、龍太郎、ユーリの四人で組織された、

救援部隊が神山のショートカットを経由し、氷雪洞窟へと向かったのであった。

 

 

カリオストロがゲートの解析を始めて暫くの後。

光りなき虚のような穴に過ぎなかったゲートが本来の機能を取り戻し始める。

 

と、同時にぱちぱちと、やはり揶揄するかのような拍手が焼け野原に響き渡る。

 

「わざと残してやがったな……このゲート」

「ええ、半端な希望ほど、人を惑わすものはございませんから」

 

斑色の蛇を全身に纏わりつかした怪人、幽世の徒がいつぞやと同じく、

慇懃無礼なまでの礼をして見せる。

 

「この世界でもそうやって多くの人々を惑わしているのか!」

 

剣を構えるユーリへと幽世の徒は、相も変わらずの態度で応じる。

 

「この世界でも?いえいえ、どの世界ででもございます、と、をや……

急いだ方が宜しいのではありませんかな?」

 

蛇が促したその先の、遙か彼方の空に光の柱が立っているのが見える。

まるで地から天へと何かを吸い上げているかのような……。

その様子を眺めながら、雫はあの王都で出会った時の蛇の言葉を思い出す。

 

『いかなる時代、世界であっても、人の心の本質が邪であり、奸である限り、

人が死を、闇を恐れる限り、我々は何処にでも存在するのです、姿形や呼び名は変わってもね』

 

「あなたは……誰の味方なの?何をしたいの?」

 

雫の言葉に蛇は何を今更とばかりな口調で答える。

 

「多くの血を流して頂ける者の味方でございます」

 

そして、ゲートを潜り、カリオストロに率いられたシアたちが玉座の間に辿り着いた時、

そこにあったものは……。

 




カリオストロたちは果たして間に合うのでしょうか?


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奪われた物は-You Could Be Mine

古戦場ボーダー、連休と被った割には大人しかった印象ですね。
ということで、朝もはよからスペシャルバトルついでに投下です。

細かいところも含めて、原作とは少し状況等いじらせて貰っております。


この場のあらゆる全てが自分たちに牙を剥く中、ハジメとジータは必死の勢いで、

光の柱に飲み込まれようとしているユエへと手を伸ばす……だが。

 

(避けられない……あと少しだってのに)

 

使徒の無数の魔弾が剣が、己の身に迫る。

ここまでか……ここで潰えてしまうのか?そんな思いが流石に二人の中に芽生え始める。

だが、その時……。

 

奇跡、というには余りにも不可解かつ陳腐なことが起きた。

 

「フリード!」

「どうして……」

 

そう、この場に於いては間違いなく難敵の一人である筈の魔人軍司令官、

フリード・バグワーがまるで二人を守るかのように、愛騎たる白竜と共に、

使徒の攻撃へと身を挺し立ち塞がったのである。

 

フリードがもうすでに縛魂により、恵里の手に落ちているであろうことは、

二人にも容易に推測出来た。

だが、それでも死してなお、同胞たる魔人族を思う心が、

恐らくは呪縛から魂を解放させたのだろう。

 

二人の盾となり総身に弾を刃を受けながら、その唇から僅かに漏れた言葉は、

果たして彼らに届いたのであろうか?それは……。

 

「た……のむ……我……同胞……を……」

 

こうしてフリードが与えてくれた僅かな時間を利して、ハジメとジータは、

ついにユエの元へと辿り着く、が、三人の伸ばした手がお互いに触れたか触れないかの間に、

次の瞬間、ユエの身体は完全に光の柱へと飲み込まれてしまう。

 

「今出してやるっ!」

 

ハジメは光の柱に必死でしがみ付き、何とかしようとしている。

 

「させんよ!」

 

そこでディンリードからの追撃の魔弾が放たれるが。

 

『カウムディー!』

 

ジータの手の短剣から、かつてオルクスの地下でサソリモドキにとどめを刺した、

闇の烈風が自身らに迫る攻撃を相殺し、かつ使徒たちをも薙ぎ倒していき。

その背後で何やら衝撃音が響き渡る。

 

「ユエちゃん!」

 

その場にへたり込み、息を荒げるハジメに変わりジータが、

纏わりつく不気味な光の粒子を振り払いながら、ユエの元へと駆け寄る。

 

「……ここにいる」

「ユエちゃ……」

 

が、ユエの目を見た瞬間、飛び退くジータ。

それはユエの瞳に明らかに異質な何かが宿っていたのを察知しただけではなく、

とある確信があったからなのだが、それについてはまだこの場では語られない。

 

「ほう?なかなか勘のいい娘だ」

 

ジータの頬に赤い筋が走る、ユエの手刀がその頬を掠めたのだ。

 

「実に素直な娘だ、一切の抵抗なく我を受け入れおったわ

ふふふ、本当にいい気分だよ、イレギュラー、現界したのは一体いつぶりだろうか……」

 

ユエの姿を借りた何かは、艶然と微笑みながら指先にこびり付いた、

ジータの血を口元へと運ぶ、その笑みには見覚えがあった。

そう……この世界に召喚された時の大聖堂で見たエヒトの、

あの胡散臭い微笑みだ。

 

「ほぅ、これが吸血鬼の感じる甘美さというものか、悪くない

どうだ娘よ、お前も我に忠誠を誓うのなら、あの恵里とかいう娘同様、

我が使徒として永遠を与えてやろうではないか」

「お前……お前は……」

 

震えながらもジータはユエへと……いやユエの中の何者かへと、

何とか短剣を構えようとするが。

 

「エヒトの名において命ずる――"動くな"」

「ッ!?」

 

ユエの口からその名が出たことに関しては、それほど驚かなかったジータだが、

その命令によって己の体がなす術なく従ってしまったことについては、

驚きを隠そうとはしない。

 

「ふふふ……抗えまい、これぞ我が"神言"よ」

 

ちなみにハジメはというと、未だ俯きへたり込んだままである。

そんなハジメの様子を何やら怪しいと見て取ったか、

いつの間にかエヒトの傍まで近づいていた恵里が何やら耳打ちをする。

 

ほう……と、エヒトが恵里の言葉に頷き、

どこか優雅さすら感じさせる所作でパチンと指を鳴らすと、

ハジメの指に嵌っていた"宝物庫"の指輪が、エヒトの掌に即座に収まってしまう。

 

流石にこれにはハジメも驚いたのか、僅かにエヒトとその傍らの恵里へと、

視線を巡らせる。

その視線が悦に入ったのか、エヒトは楽し気に、

ドンナー・シュラーク・オルカン・シュラーゲンと

ハジメが手掛けたアーティファクトの数々を自身の周囲の空間に浮かべ弄び始める。

 

「よいアーティファクトだ、この中に収められているアーティファクトの数々も、

中々に興味深いな」

 

しかしその割にはさしたる興味は抱いていないのは明白である、

せいぜいが玩具程度という認識しか抱いていないのであろう。

だが、それでもハジメは動かない、

こと自身の開発した武器の数々が明確に愚弄されているにも関わらずに、である。

 

「イレギュラーの世界はそれなりに愉快な場所のようだな、

ふふ、この世界での戯れにも飽いていたところ、魂だけの存在では

異世界への転移は難行であったが……我の器も手に入れたことであるし

今度は異世界で遊んでみようか」

 

そう言うなり、エヒトは邪悪な笑みを浮かべながら掌の中の"宝物庫"を

躊躇うことなく握りつぶす、もちろんドンナー・シュラークを始め、

他の武器もいわずもがな、である。

 

「エヒト様ァ、あれを忘れちゃダメだよぉ」

 

媚びを売るような恵里の声に、エヒトは勿体ぶったように頷くと、

パチリと軽く指を鳴らす、と、ハジメの義手が先のアーティファクトと同様に砕け散る。

ちなみにハジメの義手には擬似的な神経が通っており、触感も温度も感知でき、

……当然、痛覚もである。

いかに耐性があれど、いきなり左腕を粉砕される激痛はいかばかりの物か……、

しかもその感覚はジータにも伝わるのである。

 

「がぁああああ!!」

「あああああっ!!」

「ふ~~ん、檜山もたまにはホントのこと言ってたんだぁ」

 

激痛にのたうつ二人へと恵里が近づく、わざとらしくスキップをしながら……、

その姿にジータが思わず目を逸らしたのは忌々しさだけではない。

断罪の光の洗礼を受けた恵里のその身が、火傷で惨たらしく焼け爛れていたからである。

 

「ちょっと運が良かっただけでイキってるからこんなコトになるんだよぉ~」

 

のたうつハジメの顔面を思いっきり踏みつける恵里、使徒の肉体で、である。

自身の靴底で何かが砕ける音と、さらなるジータの悲鳴を楽しみながら恵里は続ける。

 

「君は君らしく生涯隅っこで暮らせばいいのさ!世界を救うのは

相応しい誰かがちゃんといるんだ!」

 

無抵抗(実際はそれどころではなかった)のハジメを蹴りつけながら、その様を嘲笑う恵里、

その姿は教室での檜山をまさに彷彿とさせる物があった。

 

「ああ光輝くぅん、君が奈落に落ちて僕を迎えに来てくれたらよかったのにぃ~~」

 

と、嬌声を上げながら恵里が剣を抜いたところで、エヒトが仕草で以って恵里を制する。

もちろん狂態を見るに見兼ねて、というわけでは決してない。

 

「……アルヴヘイト、どうもこの身体違和感が拭えぬ……」

 

エヒトのその言葉にごく僅かの、それこそほんの一瞬であったが、

顔を見合わせるハジメとジータ、ここまでほぼ無表情だったハジメの、ジータの顔が、

何ゆえか焦りに満ちて行く。

 

「ゆえに、我は一度【神域】へ戻る、やはり調整が必要なようだ」

 

その言葉に安堵の表情を見せるハジメとジータ、もちろん今度は気取られぬように、

が……。

 

「しかし我が主……一度帰還されますと」

 

(何言ってやがんだこのイエスマン野郎、ここで粘るんじゃねぇ)

(ハジメちゃん顔に出そうになってるよ)

(……んっ、今はまだ我慢)

 

だが二人?の心の声が作用したのか否か、エヒトは指先でもってアルヴへと否定の意を示す。

 

「次の現界までのエネルギーを充填するまで三日は必要というのであろう、よい

楽しみというものは、多少は先に延びる方が喜びもひとしおと言うもの、

アルヴヘイトよ、後始末は任せる!」

「ははっ」

 

平伏するアルヴを満足げに見つめながら、エヒトは手を頭上に掲げると、

光の粒子が舞い上がり、天空に巨大なゲートを造り出した、

おそらくこれが神域へ行くための門なのだろう。

 

エヒトは宙に浮きながら、ハジメたち二人へと高らかに宣言する。

 

「イレギュラー諸君、我はここで失礼させてもらおう、しかしながら、

このまま去るのも何だ、諸君らのこれまでの健闘に免じ冥土の土産に教えてやろう」

 

この世界にも冥土の土産なんて言葉があるんだ、などと、

やや場違いな感想を心の中でジータは浮かべてしまう。

 

「我は三日後再び【神山】へと現界する、その暁にはこの世界に花を咲かせようと思う

そう、人で作る真っ赤な花だ、それでもって世界を埋め尽くす

最後の遊戯だ、その後は、諸君らの世界を新たな遊戯場にしようと思っている」

 

どうやらエヒトは本気でこの世界を滅ぼし、新天地として地球を選ぶつもりのようだ。

そのタイムリミットは三日……この場合は三日の猶予が出来たというべきか。

 

「もっとも……この場で死ぬお前たちには関係のないことだがね、ではさらばだ

小さき者たちよ」

 

そこでアルヴへと目配せをするエヒト、健闘云々言うなら、

今は見逃して欲しかったのにと、心の底から思うジータ。

 

そこで怯えるような目を向けながら、ハジメがユエへと手を伸ばすが、

(ちなみに非常にわざとらしい仕草に見えたが、誰もその事に気がつくことはなかった)

その手を恵里が踏み躙る、ジータへと当てつけるかのような満面の笑顔で。

 

「そうだよ、それが君に相応しい姿さ!無能には何も掴めやしないのさ!」

 

それだけを言い残し、エヒトに続き恵里も宙へと舞い上がる。

実は魔王城の外においても、おびただしい数の使徒や魔物、

そして魔人族たちが天に輝くゲートへと舞い上がっていた。

 

これがつまりカリオストロらが平原でみた光景だったのだが、

そのことは二人には知る由もない。

 

そしてエヒトはゲートの前で、彼らをを迎え入れるように手を広げた。

それはかつて見た大聖堂の肖像画のようでもあり、

王都の大観衆の前での天之河光輝の姿にも似ていた。

しかし、かの勇者の清廉さと悲しみを帯びたその姿に比べ、

エヒトのそれは、ジータにとっては禍々しさしか感じなかった。

 

そして魔人族の大歓声の、天に迎え入れられるという悦びの声に包まれ、

エヒトはそのまま溶けるように光の中へと消えていく。

 

その様を……叫ぶことすらなく、ハジメとジータはただ黙って見送るしかなかった。

何故ならば、それよりも大事な仕事が彼らにはあったのだ。

だが……それを滞りなく完了させるためには……。

 

 

「ククッ、無様なものだなイレギュラー、エヒト様はあの器に大変満足されたようだ

それもこれも、お前が"あれ"を見つけ出し、力を与えて連れて来てくれたおかげだ

礼を言うぞ?」

 

その場に残された十人程の使徒と、三十体程の魔物を従え、わざとらしく足跡を響かせ

ハジメらの元へと歩み寄るアルヴヘイトを睨みつけるジータ。

 

ハジメはこれ以上は引き伸ばせないとばかりに、全身から紅いオーラを滾らせつつ、

とある作業に入っている。

あと数十秒、何としても時間を稼がねばならない、だが……。

その為の手札がもはや尽きた状態なのだ。

 

「エヒト様は高尚なお方でな、ことさらに弱者をいたぶるような真似は好かぬのだ」

 

嘘だ!と、誰もがツッコミを入れるような妄言を口にするアルヴ、

 

「だが私は別だ、このエヒト様の第一の眷属神たるアルヴヘイト様の美しい身体に

傷をつけたこと、その償いは行って貰うぞ、その身をもってな!」

 

アルヴは真っすぐにハジメの方へと向かう、せめて先にこっちにとは、

ジータは思わない、その道一人が死ねばもう一人も死ぬのだから。

それでもジータは足掻く、自分たちだけではない者を守るために……。

だから叫んだ、自分に残る全てを爆発させるかの様に、願いよ届けとばかりに。

 

【時間停止】(ちょっとタンマーっ!)

 

 

 

 

そしてゲートを潜ったカリオストロらが見た物は……。

 

結晶化した使徒や魔人族に囲まれ、息を荒げるジータ、

そしてどこか呆けたような表情のまま、

床に横たわり天井を見つめるハジメの姿のみであった。

 

「おい!ユエはユエはどうした、オイ!」

「待って!カリオストロさん二人とも酷い傷だよ」

「あ……すまねぇ」

 

香織に窘められ、一旦ハジメから手を放すカリオストロ。

癒しの光が周囲を覆い、二人の目に落ち着きが戻って来る。

 

「で……ユエはどうなったんだ」

 

カリオストロの詰問に、ハジメは俯き加減で答える。

 

「奪われちまったよ……ユエの身体は」

 

そうか……間に合わなかったかと、やはりハジメと同じように俯くカリオストロ、

愛弟子の悲嘆は彼女にとっても察するに余りあった、が、ハジメの声には、

決して落胆だけではない何かが籠っていることも聞き逃すことはなかった。

ユエの身体は……と。

 

「身体はってことは、オイつまり……」

「ああ、ユエはここにいる」

 

ハジメが掌を広げると、そこにはユエがいた、ただしグラフィグ状の姿となって。

 

「え……これユエさんなの!」

 

何故か声を弾ませる雫には構わず、ハジメは話を続けて行く。

 

「ディンリード、いや、アルヴの話がヒントになったんだ」

「肉体を持たない神が地上で十全に活動するには、器となる肉体が必要になるってね」

 

もしも本物のディンリードが、自分たちの思った通りの人物であったのならば、

ユエを封印した理由が、自分たちの思った通りであったのならば。

 

「エヒトは自分の器としてユエを狙っていた筈、そしてここに俺たちを誘い出したのも

その為だろうってな」

「しかし咄嗟のことでよくそこまでやれたな」

「師匠の教えのお陰さ……そして、俺一人の力では成し得なかった」

 

南雲ハジメは生成魔法にこそ絶大な適性を有してはいるが、

その他の神代魔法に関してはからっきしと言ってもいい……。

だが、ハジメにはその欠点を補って余りある存在がすぐそばについていた。

こと物質、素材の生成のみならず魂魄の扱いについても最高の師、

言わずと知れたカリオストロがいたということである。

 

例え適性が無くとも、概略を理解し、知識があれば補うことは可能である。

あの刹那の、フリードが身を呈して作ってくれた僅かな時間の中で、

ハジメとジータはユエの魂のサルページを半ば強引な形ではあったが実行し、

そして成功させたのだ。

 

だが、単なる魂魄魔法の一環としてであれば、

この目論見は成功することはなかったであろう。

それもまた刹那に発動したハジメ・ジータ・ユエの三人の心が合致した上での

概念魔法の一つであったことは言うまでもない。

 

「じゃあエヒトの奴は……」

「ああ、ユエの身体だけで勝ったつもりになって帰って行きやがった、

肝心な物は全て抜き取られた後だってことも知らずにな」

 

固有魔法、ましてエヒトが欲して止まなかった自動再生能力など、

肉体と魂と精神との密接なリンクあってのものである。

肉体だけでは行使など出来よう筈もない。

 

「どれくらいでバレると思う?ハジメちゃん」

「……んっ、残留思念とか、それっぽいものはまだ私の中には残ってる、けど」

「どんなマヌケでも一時間もすりゃバレるだろ、ホント帰ってくれてよかったぜ」

 

本来はサルページ完了後、隙を見てトンズラをかますつもりだったのだ、

だがあの忌々しい神言が予定外だった。

 

「しかし随分と綱渡りの賭けだったな」

「ああ、でもあのまま何も出来ないよりはってね」

 

もちろんサルページに成功したとしても、次に魂を何らかの物体、生命に

格納・定着させねば意味は無い、そしてその憑代を作成する時間は流石のハジメと言えども

捻出できず、従って僅かの時間であったとはいえ、

ユエの魂を自身の身体に格納するしか手はなかったのである。

 

一つの身体に二つの魂、相応の処置なく行えば、

肉体と魂それぞれにとてつもない負荷がかかる、一歩間違えれば互いの魂が交雑しあい、

二度と個人の物として分離することは叶わなくなる所だったのだ。

 

「だから、なるべく動かないように、心に波風を立てないようにしてたんだけど……

エヒトもだけど中村の奴、容赦ねぇな」

「普段からマジメにやってなかったからだよ」

 

確かにエヒトの慢心がなければ、そして魂魄の扱いに長けている恵里が、

火傷で冷静さを失っていなければ、この目論見は成功することはなかっただろう。

自身があの奈落の底と同じく、またしても幸運に恵まれたことを実感するハジメ、

確かに運が良かっただけだと中村が言いたくなる気も分かるなと、心の中で思いながら。

 

「で、こいつは何だ?」

 

結晶体と成り果てた魔人族や使徒の亡骸をコンコンと叩きつつ、

今度はジータへと尋ねるカリオストロ。

 

「それは……そのうユエちゃんの魂を定着させられる器を、

ハジメちゃんが生成している時間を稼ぐためにぃ~~そのぉ~~ちょっとタンマって」

「概念魔法……」

 

ハジメは確かに見ていた、瞬間的にではあったがジータを中心に灰色の何かが拡がり、

それに触れた使徒や魔物を次々と結晶へと変えていく光景を。

 

「触れた者の生体時間を奪い取り、結晶化するって魔法ってところかな、

ちょっとどころか、永久にタンマだよこれ」

 

名づけるならば時の棺とでも言うべきであろうか?

やはり何故か瞳を爛々と輝かせる雫の視線を気にしつつ、

カリオストロの肩の上でミレディが溜息交じりにそんな言葉を口にする。

 

ちなみにミレディの、ぷちりっつともねんどろいどとも取れるその姿に、

ツッコミを入れる者は誰もいない。

そういうことを言ってられる空気ではないのだ。

 

改めて周囲を見渡すジータ、派手な現象の割りには思ったより生き残りは多いように見えた、

それを喜ぶべきかどうかは状況が状況なので判断がつかなかったが。

 

どうやらあの光は自分たちへの敵意や害意により強く反応したのだろう。

結晶と化した者たちは皆手に武器を持ち、その顔はことごとく殺意や害意に満ちており、

実際生き残った者たちは最初から武器を手には帯びてはいなかったり、

異変を察知した際武器を捨てるか逃げ出した者たちであった。

 

それでも……と、ジータは自らが引き起こした惨状に、見ていられないとばかりに、

そっと目を伏せる。

その先には剣を構えた状態で封じられた男に縋りつく女と子供の姿がある、

おそらく家族だったのだろう。

 

「テメェのやらかした事で目ェ伏せんじゃねぇ」

 

そんなジータへとカリオストロの叱咤が飛び、さらに雫や龍太郎たちへも続ける。

 

「お前らもだ、この光景忘れんじゃねぇぞ、これが戦の理不尽だ」

「そしてその理不尽のツケはいつでもただそこにいただけのね……

一番弱い者たちが被らないといけないんだよ」

 

ミレディの悲痛な言葉に頷くより他ない一同、そこに。

 

「で、アルヴってのはどれだ?」

「あれだよ」

 

カリオストロの指摘にハジメの指さした先には、結晶となった膝から下の足があった。

咄嗟に両足を斬り落として脱出したようだ。

這う這うの体で逃げ出したのであろう血痕を辿って行くと、玉座の裏の隠し扉に続いていた。

 

「転移用のゲートだな」

 

そこにあったのは直径数十メートルにも及ぶ巨大な転移用の魔法陣だった。

おそらく緊急脱出用なのだろう、規模からみて片道使い捨てではあろうが、

恐らく……今も空に開いたままのゲートを見上げるハジメたち、

あれを利用すれば神域まで転移可能な物であったのだろう。

 

「いけないなァ、こんなものを残していくなんて」

「ククク、そそるぜ」

 

実に悪い顔をしながらゲートの術式をメモっていくミレディとカリオストロ、

神域に殴り込みをかける際の参考になるとばかりに……。

 

と、一心地ついた所でハジメがポツリと呟く、その視線の先には……。

 

「でも……一番はこいつの、フリードのお陰だよ」

 

愛騎たる白竜と共に、床に倒れ伏すフリードの亡骸へと改めて瞑目するハジメ。

全身を穿かれ、斬られ、無残そのものの遺体であったが、

その顔は満足げであることが救いの様にハジメには思えた。

 

「こいつが時間を作ってくれなかったら、俺たちを庇ってくれなかったら……

だからせめて墓でも作ってやりたいな……」

「でもよ、そいつ確か悪い奴だろ?」

「けど、悪い奴だったけど、いい奴だったかもしれないだろ」

 

彼もまた同胞のため、民族のために戦っていたのは紛れもない事実なのだろうからと、

龍太郎の言葉にハジメはごく自然に言い返しただけのつもりだった。

だが、龍太郎にとってその言葉は、ある種の新鮮な驚きを感じさせる物だったようだ。

 

「なんか今のお前の言葉、光輝みたいだったぞ」

 

不思議と悪い気はしなかった。

 




ハジメを必要以上に丸くはしないつもりで書いてはいましたが……。
なんか自然にこういうことを口にしちゃうキャラになってしまいました。

ジータの発動させた概念魔法はセブンナイツレボリューションより引用しました。
でもこれ敵キャラの使う技なんですよね。

それからユエに関しましては精神および魂の掌握なくして、
乗っ取りは成立しないという解釈で書かせて貰っています。
少々上手く行き過ぎではということにつきましては、否定はしません。


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確率なんてクソ食らえ

水着ポセイドン、果たして需要があるのか?
それ以前に普段からして水着みたいなもんでしょうが……。
でも第三部完!には笑わせて貰いました。



まずは事情聴取とフリードの亡骸を預けるべく、先の平原へと戻るハジメたち。

そこにはすでに戦意を失い、ただぼんやりと自身らの本拠、

魔国ガーランドの方角を眺める魔人軍の生き残りたちがいた。

 

「フリード様!」

「よくもっ」

 

それでもジータの腕に抱えられたフリードの亡骸を目にするや、

途端に彼らの目に再びの戦意が宿り始める。

心から敬愛する将に辱めを与えた者を討たんとばかりに、だが……。

 

「止さぬか」

 

生き残りを纏めていたのであろう、一人の老将がいきり立つ魔人族たちを制していく。

その声、振る舞いには歴戦の気骨が漂っていた、

恐らく軍の中でもかなりの地位にあったのだろう。

 

「フリード様のお顔を見ろ……満ち足りておられる」

「しかし……」

 

尚も不満を漏らす幾人かには構わず、老将軍はジータへと頭を下げる。

 

「どなたが討ったのかはあえて聞き申さぬ、なれど、

我らが将に戦士としての最期を与えて下すったこと、感謝いたす」

 

その言葉振りから見て、おそらく彼もフリードの変化を内心で悟っていたのだろう。

 

「すいませんが、私たち魔人族の弔いのやり方を知らなくって、それで無礼とは思いますが

こういう運び方をさせて頂きました、それから……」

 

ジータの言葉にむしろそこまでと恐縮するような素振りで、

老将軍は改めてジータへと頭を下げる。

 

「ご遺体、下げ渡して頂ければ丁重に葬むる次第にて、どうか」

 

ジータは神妙な表情を見せつつ頷くと、これでまずは一仕事終わりとばかりに、

老将軍に亡骸を手渡しつつ、さらに神域について、

神門についての質問を魔人族らに尋ねていく。

 

「【神域】については、我ら魔人族の楽園ということしか聞いていない

そこに迎え入れられれば、我等はより優れた種族になれるのだそうだ……

それに、新天地でより繁栄できるとか……だが……」

 

そこまで口にしたところで、頭を抱え蹲る魔人族の男。

 

「こうして外からあの光を眺めていればよくわかる、あれはそんなものなんかじゃ……ない」

「じゃあ【神門】って何?」

「それについても分からない、ただ、使徒様ならどうにか出来るのではと思っただけで……」

 

彼らの答えは概ね同じだった、とりあえず魔国には戻らない様にと言い含め、

近くの集落に辿り着けるだけの食料を渡すと、

ハジメらはようやく王都への帰路に就くのであった。

 

 

「というのが、これまでの話です」

 

舞台は王宮へと変わって例の大広間、そこにはハジメやジータ、光輝、愛子らのみならず、

残りの生徒たち、そしてリリアーナ、メルド、ミレディ、シモンら、

この一連の出来事に関わった者たち、ほぼ全員が集まっていた。

 

「エヒトが現れるまで三日の猶予があるというわけか」

「奴らの言葉が正しければ、ですけど」

 

メルドに答えつつ、それについてはきっと正しいのだろうとジータは確信していた、

もしそうでなければ、今頃怒りにその身を震わせ自分たちを皆殺しにせんと、

即座に取って返してるに違いないのだから。

 

「完全に読み違えていたぜ……」

 

怒りに身体を震わせているといえば、カリオストロもそうである、

こちらの場合は自分に対してであったが。

 

「まさか自分の肉体一つ満足に作れない半端者が神を名乗ってただなんてな!

オレ様以下の存在が神だとォ!許し難いにも程があるぜ!」

「カリオストロさんが言うとこっちの常識がワヤになりますから、どうか黙って、ね」

 

私情交じりの鬱憤を隠さないカリオストロについては遠藤に任せつつ、

話を続けようとしたハジメたちであったが、その機先を制するように、

今度は龍太郎が口を開く。

 

「なぁ、俺の時みたいにユエさんの魂をだな……もっとちゃんとした身体に

移植することは出来ないのか?」

 

ハジメの頭の上でカタカタと動く、

まるで市民権を奪われた某三等官の如き姿のユエを注視する一同、

そんな視線を受けても当のユエは沈黙を保ったままである。

もしかすると、自分の現状に何らかの責任を感じているのかもしれない。

 

「魂の扱いはな、本来豆腐のようにデリケートでなけりゃならねぇ、

龍太郎、お前の時もそうだったろ」

 

豆腐の例えに奇妙なものを感じつつ、

ああ……と、カリオストロに言われて自分の移植の例を思いだす龍太郎。

 

「それを強引に引っこ抜いているんだぞ、それにエスペシャルな魂には、

当然エスペシャルな肉体が必要なんだ、このままだとユエの魂も……そう長くはねぇ」

 

そしてユエのコンディションが万全でなければ、帰還のために必要な、

クリスタルキーの再作成は不可能ということも包み隠さずハジメは語っていく。

 

「もしかすると俺がユエの身体を取り戻すことを優先して嘘をついている、

そう思う奴も中にはいるかもしれない、けど、どうか信じて欲しい」

「オレ様の見込み違いもあったんだ、どうかハジメを責めないでくれ」

 

カリオストロの口添えを聞くまでもなく、全てを打ち明け深々と頭を下げるハジメの、

そのかつての教室の頃とは打って変わった真摯な態度と、

その言葉に疑いを抱く者は誰もいなかった。

 

「つまりこっちはユエの身体を取り戻したい、向こうはユエの魂を奪いたいってことだ」

「いずれにせよ激突は避けられないってことかぁ~~」

 

淳史が頭を抱えてボヤく。

 

「それにこっちが滅んだら俺たちの世界の番なんだろ」

「何が何でもここで決着を着けるしかないのか……」

 

同時にそんな声も生徒らの間で漏れ始める。

 

と、そこで今度はリリアーナが発言を求める。

 

「戦いが避けられないということは分かりました、

では具体的にはどう迎え撃つおつもりなのでしょう?

エヒトたちの話の通りであるのならば、始まりは【神山】から、ですよね?」

「具体的にどうするかはまた詰める必要があるんだが、一応俺の計画としては

俺の作成したアーティファクトをだな、一般兵や冒険者、傭兵たち……、

ともかくそういう全ての人々に装備させるってことだ」

「時間あんまりないから皆にも協力して貰うけど、いいかな?」

 

ジータの言葉に多くの生徒たちが力強く頷く。

 

「武器はお前さんに任せるとして、戦力の動員についてはどうするんだ

申し訳ないが、我が騎士団のみではお手上げだぞ」

 

実際現場で戦う者としては当然の不安を口にしたのはメルドである。

 

「動員についてはゲートを利用して貰えればいい」

「慧眼じゃの、羅針盤やら攻略の証やら神水とかについては万一を考え、

宝物庫からオルクスの工房へと転送させておくとは流石じゃ、ご主人様」

「クリスタルキーを手元に残しておいたのは失敗だったけどね」

「だからゲートを使えれば数日で戦力を集めることは可能だろ

交渉については姫様たちに任せるよ、人員とかもそっちで割り振って貰えると助かる」

「そのための資料もちゃんと用意してあるから、いつでも言ってね」

「この際だっ!ミレディちゃん秘蔵のコレクションも大開放しちゃうよっ!

あのクソ神がいかに悪事を重ねてきたか、これを見ればバッチリってくらいのをね!」

 

「俺にも一言いいか?」

 

と、ここで意外な人物、ようやくお咎めなしとなり、

晴れてクラスメイトらと合流かなった清水幸利が挙手し意見を口にしていく。

 

「直接被害を喰らった俺としては、人間爆弾への対処についても聞かせて貰いたいもんだ

こんな時に背後でドカンドカンやられたら準備どころじゃなくなるんじゃないのか?」

「それもちゃんと考えてるよね、ハジメちゃん」

 

確かに、確実に銃後を、人心を脅かすであろう人間爆弾への対処も優先すべきことだ。

 

「清水、確か縛魂により操られている人間の精神には、特有の波長があるんだったよな」

「ああ」

「なら、話は早い、魂魄そのものの探知となるとかなりの骨になったけど

精神の波長を測定する程度の機器なら、それほど時間を掛けずに生産できると思うぞ」

「では、南雲さんが探知機を完成させ次第、それを各都市の冒険者ギルドに配って貰えますか?

清水さん、お願いできますか」

 

横からリリアーナに振られ、少し驚くような仕草を見せる清水だが、

次の瞬間には強い意思をもって頷いていた。

その顔は誰かの役に、誰かの為に動けるのだという充実感に満ちているようにも見えた。

 

ちなみに我らが勇者は、ただ一点のみを見据え沈黙を保つのみだ、

もちろん会議が紛糾すれば、意見の一つも出すつもりではあったが。

それにもう誰も自分の姿や顔色を伺う者はいない。

クラスメイト全員が己の意思で意見を交わし合うその光景は、

天之河光輝が彼らに取っては、特別な存在ではなくなった、

ありふれたクラスメイトの一人となったという証でもあった。

 

(俺や南雲たちだけじゃない……皆だって)

 

成長している、変わろうとしている、そのことを光輝は頼もしく思う反面、

 

「ちょっと寂しいんじゃないの?」

「ちょっとだけ……ですけどね」

 

ついこの間までの、縋り頼られる日々を思い起こしつつも、

ミレディの言葉を否定しない光輝。

 

「でも、今の方がずっと皆との距離を近く感じるんです」

 

ともかく後はとんとん拍子に話が進んでいく、どの道やるしかないのだ。

 

「なぁ……勝てるのかよ、それで」

 

ふと耳に届いたそんな声に光輝とハジメの視線が交錯する、

譲り合うかのような暫しの沈黙の後、仕方ないなとばかりに、

ハジメはあくまでも静かな口調で答えて行く。

 

「俺は錬成師だ……まぁ武器とかそういうのを作る職業だってのは、当然皆知ってるよな

で、その錬成といっても単に金属を捏ね回してるだけじゃない、

頭の中だったり、紙の上であったりとか……とにかくだな計算が不可欠なんだ」

 

少し口籠りつつもハジメは続ける。

 

「その俺が、数字でもって語らねばならないこの俺が、こんなことを言ってしまったら

本来はおかしいのかもしれない……確かに勝てるかどうかを確率だけで語るなら、

恐らく1%もないだろうな……けど」

 

そこでハジメの語気が強くなる、それはかつての自分を戒めるかのようにも見えた。

 

「例え俺たちが負けても諦めたとしても、試合も悲劇も終わってはくれない……

だったら立ち向かう他ないよな、だから……」

 

バンと机を掌で叩き、周囲へそして自身への決意を奮わせるために、

ハジメは静かにではあったが、それでも力強く宣言する。

 

「今さら確率なんてそんなものクソ食らえだろう」

 

 

 

「アルヴヘイト!貴様どういうつもりだあぁぁぁっ!」

「お……お赦しを、お赦し下さいエヒト様ぁ」

 

南雲ハジメが考えるよりは、エヒトはマヌケではなかったようだ。

神域に帰還して数分後には、もう自身がまんまと出し抜かれてしまったことを、

いわば中身を全て抜き取られた宝箱を掴まされてしまったのを悟ったのだから。

とはいえど、もはや後の祭りである。

 

まさに腸が煮えくり返る、そういう憤怒を覚えている最中に、

両足を失い、這う這うの体でアルヴが逃げ戻ってきたのだからたまらない。

その無様を晒す姿を目の当たりにした瞬間、エヒトの堪忍袋の緒は切れてしまい、

かくして現在アルヴは、エヒトの格好の憂さ晴らしの対象となってしまっていた。

パチリとエヒトが指を鳴らすたびに、アルヴの身体が吹き飛んでは壁に叩きつけられる。

 

「イレギュラーにしてやられた上に、無様を!生き恥を晒しおって!」

「ひぃぃぃぃ」

 

エヒトは頭を抱え土下座するアルヴへと、今度は容赦なく魔弾を放って行く。

 

「何故生きて戻ったぁ!何故その場で死ななかったぁっ!」

「お赦しを!どうかお赦しをぉ~~」

 

ひたすら泣き叫び平伏するしかないアルヴ、無理もない。

エヒトの怒りを買うのは半ば覚悟はしていたが、

ここまでの怒りを、罰を受けるとは思いも寄らなかったのだ。

 

「貴様の無様はひいては我の無様!貴様が受けた嘲笑は我への嘲笑だ!」

 

まだ怒りが収まらないのかアルヴへと直接殴打を加えて行くエヒト、

一見すると小娘にしか見えないエヒトが、大の男であるアルヴに折檻を加えるのは、

見る者にとってかなり奇妙な印象を与えた。

 

(ふ~~ん、神様だの何だのって、結局僕らと大差ないんだね)

 

そんな神々の、神々らしくない小物ぶりを冷ややかに、火傷の治療のためだろうか?

仮面越しに見つめる恵里、その髪の色は何故か金色へと変わっていた。

 

そして一頻りの折檻が終り、ようやく溜飲が下がったのか、

えぐえぐと泣きじゃくるアルヴには一切構わず、

恵里と共にその場を去るエヒト、しかしながらその表情には、

怒り以外の……興味めいた何かが宿りつつあった。

 

(フッ、我を出し抜くとは、あのイレギュラー……面白い)

 

「ど……か」

 

去り行くエヒトの背中へと懇願するような声をアルヴはかけるのだが、

一切それには構うことないエヒト、その後ろ姿にアルヴは直感する。

自分は棄てられるのだ、この世界と同じくして……と。

 

と、背後に気配を感じる、振り向くとそこには使徒がいた、手に剣を携えた。

 

「ヒィ!」

 

剣の輝きに慄き後退るアルヴ、だが両足のない身体ではそれもままならない。

そんなアルヴへとつかつかと歩み寄る使徒、思わず目を閉じ、その時を待つ彼であったが、

その耳に届いたのは意外な言葉であった。

 

「このまま、棄てられて終わるのですか?エヒト様の無聊をこれまでお慰めしてきた

貴方の忠誠は、他の誰にも勝るものです」

「!」

 

何故、申し訳程度の自我しか持たぬ使徒がこのような言葉を……?

しかし疑問を感じる間もなく、使徒は矢継ぎ早に言葉を紡いていく。

……まるで祝詞のような独特のリズムで。

 

「しかしどうやらエヒト様のご寵愛はあの恵里とか言う娘に移ってしまったようですね

新天地では今までの貴方の役割を彼女が担うこととなるのでしょう」

「ひ!」

 

目の前が真っ暗になる思いを覚えるアルヴ、

それこそまさに自身の不安への正鵠を射抜いていたからだ。

 

「わ……私はいやだ、棄てられるのは嫌だ」

 

使徒の足下に縋りつくアルヴ、もはや目の前の存在が、本当に自分の知る存在なのか、

はたまた何者なのか?そんな疑問は彼の頭の中からは消え失せていた。

 

「どどど……どうすればっ、どうすれば私っ私はぁ~~」

「簡単ですよ」

 

そこで使徒は微笑みを見せる、楽園のリンゴを食べろと唆す蛇のごとき微笑みを。

 

「受け入れるのです……我を」

 

そこでようやく自分が良くない物に取り込まれようとしていることを、

認識するアルヴであったが……遅い。

もはやその時には無数の斑色の蛇が、言わずと知れた幽世の徒が、

次々とアルヴの肉体を侵食していくのであった。

そして……。

 

「ふふ……ふふふ、ハハハ」

 

全身から今まで以上に禍々しき気を漂わせながらアルヴは立ち上がる、

その胴体からは新しい足が生えている。

 

「素晴らしいぃ、この力があれば、エヒト様はまた私を寵愛して下さるに相違ない!

アアアア、エヒト様ァ!今度こそこのアルヴがイレギュラーどもを!

滅殺してご覧にいれましょうぞぉ~~~ハハハハァ~~」

 

そんなアルヴの叫びをその身体の中で聞き、

溜息交じりの感想を漏らすのは、幽世の蛇たちだ。

 

『愚かな……その力で寝首を掻けばいいものを、この男、どこまでも飼い犬でしかないようだ

ま、地上が長きに渡る戦の怨嗟に満ちるのを暫く待つとしましょうか』

 

そんなことは露知らず、狂喜するアルヴ、今すぐこの新しく得た力をエヒト様へと披露したい、

そんな気持ちに満ちてはいるのだが、残念なことにエヒトは神域のさらなる奥へ、

自身以外の何者をも通さぬ領域に籠っている、邪魔をすれば今度こそ……、

何よりも一度不興を買っているのである、やはりそう気安く顔は合わせられない。

 

だが、あせることはない、三日、三日待てば、

きっと主は驚きと共に素晴らしいご褒美を与えてくれるに違いないのだ。

今からその時が……と、端正な顔を歪めて舌なめずりをするアルヴ。

それはまさに飼い犬の思考そのものであった。




をや?エヒトの様子が。

この作品のハジメは、こういう時は言葉少なめなのです。
従って煽り成分はカリオストロさんで補給して下さい。
思えばジータも当初より随分大人しくなった感があります、
これもキャラの成長と考えるべきでしょうか?


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決戦を前に

ポセイドン、水着どころかリミキャラじゃねぇか!
で、サマーフォーチュンカードはラインナップを見る限り、
絶対当てさせるつもりないだろうというのが透けて見えて……。
スクラッチカムバーーック!



オルクスの工房。

そこではハジメとジータがひたすらアーティファクト作成作業を続けている。

ただし、外側から見るとその動きはまるで十倍速にでもなったかのように、

目まぐるしく映ってならない。

 

もちろんこれにはタネがある、

香織が事前に行使した、再生魔法"刹破"――時間を引き伸ばす魔法により、

工房内での時間はなんと十倍にまで引き伸ばされており、

したがって外での一時間は、工房内では十時間に相当するのであるのだから。

 

「まさに精神と時の部屋だな」

「やりすぎると私たちあっというまに年寄りになっちゃうね」

 

顔を見合わせそんな言葉を交わし合うハジメとジータ、

そしてそんな二人を見守る掌サイズのグラフィグ状となったユエ。

 

「……」

 

今の身体では表情は伺えないが、何かを手伝いたいという気持ちは、

ユエの中から十分に伝わってくる、が……。

 

「ユエちゃんは見てるだけでいいの」

「精神を、魂魄をセーブすることが今のお前の第一の仕事だからな」

「……でも」

 

ユエは消耗を抑えるために諸作業へのタッチを一切禁じられている。

必要なこととはいえど、それが歯がゆくてたまらないのだろう。

ましてこの戦いの一端は自分の存在にあるのだという思いも当然ある。

それにハジメとジータに限らず、恐らく自分の知る全ての者たちが、

仲間たちが世界中を飛び回り、戦いの準備へと明け暮れているのだ、

やはり自分も何か……との思いを抱くのは当然のことである。

 

だが、気にするなよとばかりに二人はそんなユエへと笑顔を送る。

 

「この戦いは俺たちの故郷に帰るための、この世界の守るための戦い、

そしてお前の身体を取り戻す戦いであると同時に、お前の叔父さんの

仇を取るための……お前を守り続けてくれていたことへの、

恩返しの戦いでもあるんだからな」

「だよね、もう退けなくなっちゃったしね」

 

三人で向かった封印部屋での出来事をジータは思い出す、

思い出を語りつつもユエを封じていた封印石の分割、回収を終え、

工房に戻ろうとした所で、封印石が置かれていた場所の床に、

なにやら紋様が刻まれていることに気がついたのだ、

 

「これは?」

「この紋様、ヴァンドゥル・シュネーのものだよね?」

 

紋様の中央にはちょうど何かががはまりそうな小さな穴が空いていた、

そういえば【氷雪洞窟】脳略の証は……と、

ハジメは【氷雪洞窟】攻略の証である水滴型のペンダントを取り出すと、

その窪みへとはめ込む、その直後、床の紋様に光が走ると、

石柱が床から迫り出し、ハジメらの眼前で側面をパカリと開いた。

 

石柱の中には、水晶を思わせる透き通った掌サイズの鉱石が収められていた。

その正体はハジメにはすぐにわかった、映像記録用のアーティファクトだと。

 

「氷雪洞窟クリア後の特典か……」

「言い方少し悪いよ、ま、まずは見て見ないとね」

 

ジータはハジメから鉱石を受け取ると、鉱石に魔力を流し込んでいく、

そこに映し出された物は……。

 

「……おじ、さま?」

 

ハジメの頭の上で息を呑むユエ。

もちろんハジメもジータも驚きを隠せない、そんな三人の前で、

ユエの叔父にして、邪神に身体を奪われた悲運の男、

ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタールが、

ゆっくりと話し始めた。

 

『……アレーティア、久しい、というのは少し違うかな?

君は、きっと私を恨んでいるだろうから。いや、恨むなんて言葉では足りないだろう。

私のしたことは…………あぁ、違う。こんなことを言いたかったわけじゃない。

色々考えてきたというのに、いざ遺言を残すとなると上手く話せない』

 

苦笑いを浮かべるディンリードの姿は実に親しみやすく、

誰からも愛される男と言うのはまさにこうであるべきだとの印象を、

ハジメとジータに与えてならなかった。

 

『そうだ。まずは礼を言おう……アレーティア、きっと、今、君の傍には、

君が心から信頼する誰かがいるはずだ、少なくとも、変成魔法を手に入れることができ、

真のオルクスに挑める強者であって、私の用意したガーディアンから、

君を見捨てず救い出した者が』

 

その言葉に思わず襟を正すハジメ、やや前のめり気味になっていた背中を

しゃんとしなさいとばかりにジータが叩く。

 

『……君、私の愛しい姪に寄り添う君よ、君は男性かな?それとも女性だろうか?

アレーティアにとって、どんな存在なのだろう?恋人だろうか?親友だろうか?

あるいは家族だったり、何かの仲間だったりするのだろうか?

直接会って礼を言えないことは申し訳ないが、どうか言わせて欲しい。

……ありがとう。その子を救ってくれて、寄り添ってくれて、ありがとう。

私の生涯で最大の感謝を捧げる』

 

恋人、親友、家族、仲間……きっとその全部ですとジータは心の中で応じる。

 

『アレーティア、君の胸中は疑問で溢れているだろう

それとも、もう真実を知っているのだろうか?

私が何故、あの日、君を傷つけ、あの暗闇の底へ沈めたのか、

君がどういう存在で、真の敵が誰なのか』

 

そこからの話は概ねハジメたちの推測を離れるものではなかった。

 

エヒトに狙われたユエを守るべく、ディンリードがクーデターとみせかけ、

ユエを奈落に封印したこと、それがいかに苦渋の決断であったかを、

そしていかに自分がユエを、いや、アレーティアを愛していたのかを、

愛する姪を自分の手で守ることが出来ない弱さを、

未来の誰かに託すことしかできなかったその無念を訴えるディンリード。

 

「……おじ、さま、ディン叔父様っ、私はっ、私も……」

 

声を震わせるユエ、だがそれ以上のことは叶わない、

今のこの身体では涙を流すことは叶わないのだ。

だが、ハジメの身体が小刻みに震え、ジータの頬に光るものが流れているのを、

彼らが自分の代わりに涙を流してくれているであろうことを、

確かにユエは感じていた。

 

『もう、私は君の傍にいられないが、たとえこの命が尽きようとも祈り続けよう

アレーティア最愛の娘よ、君の頭上に、無限の幸福が降り注がんことを、

陽の光よりも温かく、月の光よりも優しい、そんな道を歩めますように』

「……お父様っ」

 

その声はユエではなく、アレーティアの声だった。

そしてまさに声が通じたかのようにディンリードの目が細まる、

まるで愛娘が愛し、そしてその傍に寄り添う者を思い浮かべているかのように。

 

『私の最愛に寄り添う君、お願いだ、どんな形でもいい、

その子を、世界で一番幸せな女の子にしてやってくれ、どうか、お願いだ』

 

例え視界が歪んでいても、ディンリードの限りない優しさを秘めた、

遠い眼差しを感じ取れぬ筈がない。

深く、そしてはっきりと頷くハジメ、そしてもちろんジータも。

 

二人が誓いを新たにする中、ディンリードの姿が薄れて行く、

そしてその最後の言葉が響き渡るのであった。

 

 

「……さようなら、アレーティア」

「君を取り巻く世界の全てが幸せでありますように……か」

 

作業の手は休めることなく、深い感慨を込めて呟くハジメたち、

二人は感謝せずには、そして誓いを新たにせずにはいられなかった。

ディンリードは自分たちが思い、そして願った通りの人物であったことに、

そしてその託された希望に、自分たちが応じねばならないということに。

 

「だから、全てが終るまでは大人しくお姫様してていい」

「エヒトをやっつけるために、元気貯めとかなきゃね」

「……んっ」

 

三人がシンクロしたかのように頷いた所で、時計のベルがなる、食事の時間だ。

額の汗を拭いつつジータに軽く指示を残して工房を出、

ハジメが住居へと向かうと。

 

「パパァ!お帰りなさいなの」

「あなた、お帰りなさい、ご飯持ってきましたよ」

 

そこにはミュウとレミアがいた、エリセンに向かったクラスメイトの誰かが、

気を利かせて連れ帰って来てくれたのだ。

確かに二人にも魔人族の魔の手が伸びかかったことを考えると、

手元で保護するのが得策ではある……だが、二人は王宮にいた筈……、

一体誰がとハジメが思った所で、ミュウが誰かに向かい手を振る、

その視線の先には光輝がいた。

 

「二人を連れて来たのはお前か?」

「ああ、会いたがってたみたいだったし」

 

もちろんそれだけのために、光輝がここに来たわけではないことくらいは、

ハジメにも分かる。

 

「少しいいか?」

「食べながらで良ければな」

「いいんだ、俺もそのつもりだし」

 

全員のスケジュールはそれこそ分刻みで決められている、

こうやって休憩が重なること自体稀なのだ。

だから貴重な時間を無駄には出来ない。

 

レミアたちも気を利かせたか、二人だけの食堂にハジメと光輝の声が響く。

 

「ええと、まずはミレディさんからの預かり物だ……神言だったか?

神の言葉を耳に入れると、その通りの行動を取ってしまうっていう、

それの対策に使えるんじゃないかって」

「へぇ……そいつは有難いな」

 

ハジメは魂魄魔法が込められてるであろうビー玉サイズの宝珠を見つめる。

あの【神言】が魂魄魔法の一種であることはすでにハジメも見抜いていた。

このビー玉はその【神言】をブロックする効果があるのだろう。

 

「お前の力ならきっと完璧な物に仕上げられるだろうって」

「色々と改良はしないといけないだろうけど、確かにこれで【神言】対策は

大きく進む、ありがとな天之河」

「お礼は俺じゃなくってミレディさんに言うべきだろう」

「分ってるよ、けど微妙に……な」

 

ハジメの言葉に分かるよと小声であったが呟く光輝、

やはりあのミレディと共に過ごすのは、彼といえどもかなり骨が折れるのだろう。

 

「あ、もちろんお前の装備もちゃんと作ってやるからな、まずは飛行用のだな……」

「ありがとう、けれど俺は……」

 

矢継ぎ早なハジメの言葉に僅かに笑みを漏らしつつも、

光輝は次の瞬間には真剣な表情で、腰のポーチから一本の短剣を取り出しテーブルに置く。

 

「何だこの短剣、凄い力を感じるぞ……これはまさか」

 

そういえばリューティリスが言っていた、かつて解放者が作った概念武装、

神殺の短剣はミレディが持っていると。

 

「神滅の短剣、聞いてるとは思うけど、解放者たちが遺した最後の概念武装さ」

 

それは本来自分がミレディから受け取った物である、

だが同時に光輝はその隠された意図に気が付いていた、

ミレディは自分を試しているのだと、自分で使うのではなく、託してみせろと、

自分が選んだ最も相応しき者の手に、と。

 

「まぁ……作られた経緯についてはここでは言わないけどさ」

 

何か不都合があるのか口籠り出す光輝、多分ロクでもないことを、

ミレディに吹き込まれてしまってるんだろうなと察するハジメ。

 

「とにかく…エ、エ、エヒトを倒すぞっ!って気持ちだけで出来てるから、

ユエさんの身体とかには影響はないだろうって」

「そいつはいいな、ユエの身体に作用しないって所が特に気に入った、

こっちも切り札はいくつか考えてるけど、手札は多いに越したことはないしな」

 

しかし光輝がそれを自分に託すということは……。

 

「お前……」

 

そこでハジメは光輝の、彼の秘めた決意を悟る。

 

「ああ、俺は【神域】には行かない、ここでこの世界の皆と共に戦う」

「それがお前の定めた勇者の道、なんだな」

 

それはハジメにとって、予想外であると同時に、至極納得のいく答えでもあった。

 

「勇者は常に人々と共にその輝きをもって導き、標を与えるのが役目だと俺は思う、

だからその戦場は常に人々の傍でなければならない、だから……後ろは俺に任せて

南雲たちは安心してエヒトと戦ってくれ」

 

やはりどこかでミレディの影響を受けつつあるのだろう、

光輝の、かつての彼らしからぬそんな言葉にも少し目を丸くするハジメ。

 

「お前……変わったな」

「それをお前にだけには言われたくなかったな」

「けど……」

 

中村はどうするんだ?と言いかけ、口を噤むハジメ。

自分の問いたいことなど光輝は百も承知な筈、幾度となく葛藤を重ね、

その上で結論を出しているのだ、今更だろう。

増してや、思い定めればどこまでもという男である。

 

それにハジメは心の中で密かに安堵していた、

今の光輝を恵里に会わせてはならないとの思いが、当然あっただけに……。

 

と、そこで光輝の腕時計のアラームが鳴る、どうやら時間のようだ、

 

「これ、持ってっていいかな?」

「おう、持ってけ持ってけ」

 

食べきれなかった分を慌てて口に頬張り、残りを包みながら席を立つ光輝。

 

「またライセンに戻るのか?」

「ああ、ふぁりほすほろさんも……ぐっ、待たせてるんだ、じゃ……」

 

それだけを口にし、ゲートキーを取り出すと光輝はライセンへと再び戻り、

それを大きく伸びをしながら見送るハジメであった。

 

 

そしてライセンに転移した光輝をミレディが出迎える。

 

「ちゃんと渡したようだね、あの短剣」

「ええ」

「ちょっとはさ、惜しいんじゃないの、やっぱり」

 

ミレディは光輝の肩に飛び乗り、ツンツンと頬を指でつつく。

 

「あったとしてもちょっとだけ、ですよ」

 

ミレディのしつこさに少し辟易しつつも、はっきりと光輝は答える、

一度、自分の戦場を定めた以上、もはやその意志は揺らがないのだと

目の前の解放者に示さんとばかりに。

 

「ま、それだけじゃ何だし、来なよ」

 

クイクイとミレディに促されるままに階段を降りる光輝。

 

ビル数階分ほど降りただろうか、

やがて転移用の魔法陣がある突き当たりへと辿り着く二人。

二人が魔法陣に入ると、大量のゴーレムが並んだ格納庫へと風景が一変する。

 

確かこのゴーレム軍団も出陣させるって言ってたようなと、

光輝は思いつつ、さらに指示に従い先に進むと。

 

「流石に定刻通りだな」

 

そこには様々な工具に囲まれたカリオストロがいた、

そしてその傍らに立つ物を視界に捉えた時、光輝は息を呑まずにはいられなかった。

 

そこにあったのは全高五メートル程の白銀の輝きを放つ巨大なゴーレムであった、

しかもその胸甲部分が開いており、

その中には人一人分が収まる程度のスペースがある。

 

「これは……」

 

これは悪い冗談だ、まさか俺がこんなと思いつつも、

それでも湧き上がる期待に胸躍らせつつ、光輝はカリオストロへと視線を向ける。

 

「ご期待通り、お前の新しい力だ」

 

カリオストロの言葉に応じるかのように、ギラリと輝く巨大ゴーレム、

そのボディには重力魔法が付与された紋様が幾重にも刻まれている。

 

「これはね、神域に殴り込む戦士たちのためにオーくんが作っていたんだ」

「そんな貴重な物を俺に……」

「そりゃ私たち解放者の名代としても戦うんだ、不足と思われちゃ困るんだよ、チミィ」

 

相も変わらずの煽り口調のミレディの言葉であっても、

身の引き締まる思いと、それにも勝る湧き上がる闘志を抑えきれない、

そんな顔を見せる光輝。

何より……きっとミレディ自身が、これを駆って戦場に赴きたかったに違いないのだから。

 

この解放者のゴーレム、後には勇者の甲冑として、多くの世界に於いて、

その伝説と共に、時に燦然と時に畏怖と共に語られることになるのだが、

まだそのことを知る者は誰もいない。

 

「武装も何もかもお前に合わせて調整済みだ、お前の聖剣技も使用出来るようにしておいた」

 

確かに背中の大剣の柄には、聖剣を差し込むスリットが備え付けられている。

 

「光輝、これを」

 

次いでジャンヌが光輝へと跪き、何やら巨大な布のような物をその手へと捧げ渡す。

そんな彼女の恭しき仕草に一瞬面食らい口籠る光輝。

 

「そんな……ジャンヌさん」

「これは私ではなく、君の戦場、君の役目だ、さぁ」

 

ジャンヌに促され、光輝は布を受け取り床へと広げ、

そこであっ……と思わず声を漏らさずにはいられない。

それはゴーレムの手に合わせて仕立てられた大旗であった、そしてその図柄は、

ハイリヒ、ヘルシャー、アンカジ、フューレン、フェアベルゲンetc、

全ての国家都市の紋章が記され、縫い込まれていた。

 

「この旗陥ちる時が勇者が陥ちる時、そしてそれが人類が敗れる時です、

よく心得るのです、光輝」

 

メルドはかつてこう言った"何があっても、光輝だけは連れ帰ってくれ"と、

最初にそのことを聞いた時はどうしてと思ったのだが、今ならその意味が分かる。

 

勇者とは栄光と引き換えに、自身の生死すら選ぶことができない、

過酷な存在なのだと、例え自分の視界尽くが戦友の亡骸で埋め尽くされても、

俯くことも、振り返ることも許されないのだと、勇者であることを選んだ時から、

己の命は己だけの物では無くなってしまったのだと。

 

(そして……その道は時には死を以ってしてでも、生き様を示さねばならない道だよ)

 

ミレディもまた改めて思う、だからこそ目の前の少年を"解放"せねばならないと、

何よりも彼と、その彼の周囲の人々の幸福の為にも。

 

 

「じゃあこれに乗って……乗ってみても、いいですか!」

「当たり前だ、その為に呼んだに決まってるだろ」

 

己を律しつつも、新たな力に興奮を隠せない、

そんないそいそと、それでいて震えるような動きで甲冑へと取り付く光輝、

その背中にカリオストロの声がかかる。

 

「お前にもオレ様にも当然予定が詰まってる、そんなに長いこと慣らしにゃ付き合えねぇ!

気合い入れろよ」

 

 

そしてその日の深夜。

 

「君から呼び出すだなんて、珍しいじゃないか、ジータ」

「ミレディさん、朝までは時間が空いてるって聞いて」

「かといって寝不足はオハダに毒なんだよぉ~~」

 

実に勿体ぶった仕草を見せるミレディ、恵里ほどではないが、

やはりかまってちゃん的な気質が多分にあるのだろう。

 

「それはいいですから、ハルツィナにお願いしていいですか」

「ハルツィナ……あそこには何も……」

 

口調を沈ませるミレディ……彼女が継承の間、いわゆる解放者たちの住居には、

余り近づきたがらないことをジータは知っている。

無理もないと思う、きっと輝ける日々の記憶と、敗れ去った苦渋の記憶とが、

ない交ぜになり、彼女を苛むのだろうと。

 

しかし、少しばかりはサプライズをこちらから仕掛けてもバチは当たらないだろう。

 

ともかく神山の深部に密かに設けられた、

解放者とそれに累する者にしか通れない、秘密の通路を辿り、

二人はハルツィナ樹海へ、そして大樹へと向かう。

 

僅かの時間で大樹の頂上、リューティリス・ハルツィナの住居へと辿り着く二人、

天に近いだけあって月がやけに近く見える。

 

「ね……ホラ何もないでしょ」

 

石版の袂に腰かけ、寂しげに呟くミレディ。

 

「私と月見でもしたかったのかな?ねぇ?この一大事に、そんなくだらないことで

私を連れ出したわけじゃないよね」

 

あのミレディでもこんな声を、こんな表情を見せるのかと、

ジータは少し新鮮な気分を覚えてしまう。

 

「ね、ミレディは少し捻くれてるだけの、寂しがりの普通の女の子なのですわよ」

「うるさいな」

 

頭上からの声にごく自然に言い返すミレディ。

 

「あら?褒めてあげたつもりなのですけど」

「キミに普通って言われたくないの!それに何だい、リュー!

前から思ってたけど、ホントに君は遠慮を知ら……」

 

そこでようやく自分が何と話していたのかに気が付いたのだろう、

これも初めて見る、呆けたような表情で頭上へと視線を向ける。

 

そこには瞳に再会の嬉し涙を浮かべるリューティリス・ハルツィナがいた、

それは例え残留思念とはいえど、映像でも何でもない、本物であるという証であった。

 

「え……あ……ああ」

 

ミレディは困ったようにリューティリスとジータの顔をぐるぐると見回す、そして。

 

「酷い!ホントに酷いよ!ジータ……こんなの……ううっ」

 

余りにも不意打ちのサプライズに泣き笑いの体でジータに叫ぶミレディ、

 

「言ってくれたら……もっともっと……話すことが……でも」

 

そこで涙を拭うミレディ、満面の笑顔で。

 

「きっとどんなに考えても一杯ありすぎて決まらないや!

とりあえずリュー!本当にリューなんだね!」

「ああ、ミレディ!幾千年ぶりかしら!そんなにちっちゃくなってしまいまして!」

「変わったのはお互い様だよ!」

 

幾千の時を経て再び邂逅した同胞は固く抱擁を交わし合う。

その様子を見、そっと背中を向けるジータ。

時を超えた二人の盟友の語らいは、自分の胸の中にだけ

そっと留めておこうと言わんばかりに。

 

「だから内緒だよ」

 

と、唇に指を添え、そっと誰にともなくジータは呟くのであった。




ディンリードのメッセージを事前にユエと共に聞いたり、
光輝の選択や、ミレディとリューティリスとの再会etcなどなど、
最終決戦を前に、これまで割とありそうで見かけなかった、
そんなシーンを色々と書かせて頂きました。

それから光輝の甲冑はソロモン・エクスプレス版ジオをイメージして頂ければと思います。
サイズとしてはAT程度ではありますが。


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審判の日-Come Over to Doomsday

ゲームの周回や書いてる時のBGMとして、プロレス関係の曲を聞くことが多いのですが。
この作品のハジメたちに当てはめるとこんな感じかなと、最近思ったりもしています。

ハジメ Hybrid Conscious
ジータ THE SCORE
ユエ Stylus
シア 100%VOLTAGE
ティオ Subconscious
香織 LOVE&ENERGY
雫 Flame Of Mind
光輝 GRAND SWORD
遠藤 Takeover


それはさておき、皆それぞれにという話です。


 

全ての準備を滞りなく終え、ついに工房から地上へと姿を現したハジメたち、

ゲートを抜けるとそこには……。

 

「おじ様、お願い……どうか必ず帰って来るって約束して!」

「安物だが……妻の形見なんだ、戦場でなくしたら大変だ、預かって置いてくれ」

「待ってます、私、サラダを作って待ってます!」

 

霧雨を纏い、お揃いのトレンチコートを着て、こんな所でも偲び合う、

カムとアルテナの姿がいきなり飛び込んできた。

 

「なんでこんなところにゲートを置いたんだよ……」

「だって作業の邪魔になっちゃう」

 

とりあえず物陰に隠れ、小声で言い争うハジメとジータであったが。

 

「あ、ハジメさんジータさん、ユエさん」

「わぁ!」

「皆さ……うぐぐ」

 

さらに間が悪いことにそこにシアまでもが姿を現したのだからたまらない。

とりあえず、ハジメが目を、ジータが耳を、そしてユエが顔に貼り付き口を塞ぎ。

そのままシアを見ざる言わざる聞かざるの体で引き摺る様にしながら、

その場をそろりと離れるのであった。

 

さて、と、落ち着いた所で改めて周囲を見渡していくハジメたち。

眼前には、土術師である野村健太郎を中心とした、

建造チームによる大要塞が眼前に聳え立っている。

そして王都前の大平原には各国各都市数十万の兵力が野営を行っており、

その威容は照明アーティファクトにより煌々と照らされていた。

 

「ようやく来たわね、みんなが待っているわ、付いて来て」

 

出迎えに来た雫に案内され、要塞内部へと入るハジメたちなのだが、

そこで雫の足音から伝わる苛立ちのような物を察知したか、ジータが雫へと尋ねる。

 

「……ガハルドさん?」

「そうよ、何かと理由を付けては私を傍に置こうとするし、口説いて来るし……」

「ごめんね……」

 

何せ冗談交じりとは言えど、布陣中の間は雫を我が副官にという条件を、

臆面なく出して来たのだから、ガハルドはああ見えて結構本気なのだろう。

 

「一言言ってくれたら良かったのに……」

「でも、やることはちゃんと完璧にこなしてくれてたし、機嫌損ねるとマズイかなって」

「もしかして情が移ったとかそういうの無いよね!」

「まさか!」

 

それについては即座に否定する雫、余りの大声に何人かの兵士たちが振り返り、

その視線にこそばゆい物を感じつつ、ハジメたちは要塞内の会議室へと到着する。

 

テーブルを囲むは、まずはリリアーナやランデル、ガハルド、アルフレリック、

ランズィ、そしてどう先回りしたのか、しれっと席に着いているカムといった、

各国、部族の代表たち、その中には愛子の姿もある。

そして冒険者ギルドからは、イルワ、バルス、キャサリンら……、

おや?キャサリンの隣にいるのは?

 

執事服に身を包んだ筋骨隆々の男を見咎めるハジメ、何処かで会ったような、

でも思い出すと何か不都合があるような……。

と、そこでその執事が巨体を揺らしながらハジメへと歩み寄り、

にこやかに話しかけてくる。

 

「お久しぶりね、ハジメ君にジータちゃん……その頭の上にいるのが、

ユエちゃんね」

 

そこで声と記憶が一致、思わず目を剥くハジメとジータ。

 

「あ……あんた、クリスタベルか!」

「嘘……え、どうして」

 

以前のアピール過多な姿とは一変し、ダンディズムすら感じさせる、

重厚なデザインの執事姿に思わず驚きの声を上げる二人。

 

「イメチェン……したんですね、それも思い切った」

「ええ、これからは母性のみならず、父性をも追求しようと思ってるの……それも

あの人に教えて貰ったお陰」

 

クリスタベルが熱の籠った視線でカリオストロを見つめる中、

まったくあの人は……と、顔を見合わせる二人。

 

ともかくそんな良く言えば余裕、悪く言えば緊張感に欠ける、

そんな雰囲気の中、最終会議の幕が上がる。

会議と言っても、すでに取り決めることなどこの期に及んでは何もなく、

行動方針、指揮系統etcの確認事項の徹底のみに終始したのは言うまでもない。

 

そして、いわゆる異世界組の主戦力となっている面々の割り振りではあるが、

【神域】に乗り込むは、ハジメ、ジータ、ユエ、シア、ティオ、雫、鈴、

カリオストロ、シャレムの九人。

そして地上に残るのは、光輝、龍太郎、香織、遠藤、ミレディ、シルヴァ、ジャンヌダルク、

ファラ、ユーリの九人ということになっている。

 

そういえばティオの姿が……と、かつて交わした約束を今こそ果たす時と、

竜人族の里へと勇んで戻っていた彼女の後姿を思い出しつつ、

ジータが窓の外へと視線を移すのと同時に、伝令が駆けこんで来る。

 

「ひ、広場の転移陣から多数の竜が出現! 助力に来た竜人族とのことです!」

 

頷きあうまでもなく、いち早く外へと飛び出すハジメとジータ、そこへ……。

 

「ご主人様よ! 愛しの下僕が帰って来たのじゃ! さぁ、愛でてたもう!」

 

黒竜姿から一瞬で人型に戻ったティオがハジメの胸元へダイブし、

それに対してジータは反射的に、カウンターのキックを繰り出してしまうのであった。

……ともかく、これですべての準備は整ったのであった。

 

 

「まさか竜化状態で転移して来るなんてね、いいデモンストレーションだよ」

「ふふ、そうじゃろ?五百年も引き篭っておった伝説の種族じゃ、

どうせなら士気に一役買おうと思っての……うむ、度肝を抜けたようで何よりじゃ」

 

周囲が度肝を抜かれているのは、また別の要因があるのだが、

それについては深く考えないことにするジータ、と、

そこでティオが背後に従えていた六体の竜が人身へと変化する。

 

鱗の色が髪の色となるのだろう、

緋色、藍色、琥珀色、紺色、灰色、深緑色と虹の如き髪色の六人の男たち、

その内の緋色の髪をした、一際威厳を放つ初老の男がハジメ達の前に進み出て来た。

 

「ハイリヒ王国リリアーナ・S・B・ハイリヒ殿、ヘルシャー帝国ガハルド・D・ヘルシャー殿、

フェアベルゲンの長老アルフレリック・ハイピスト殿、お初にお目にかかる」

 

その穏やかにして威厳漂う声は、何よりリリアーナら各国の重鎮らを前にしても、

全く気後れする様子が無いところを見ると、彼こそが王なのだろう。

 

「私は竜人族の長、アドゥル・クラルス」

「クラルスって……」

「しっ!」

 

つい口を挟もうとしたハジメの腕をつねるジータ。

 

「此度の危難、我等竜人族も参戦させて頂く、里には未だ同胞が控えており、

ゲートを通じて何時でも召喚可能だ、使徒との戦いでは役に立てるだろう、よろしく頼む」

 

その言葉に兵士たちの間から「おぉ」と叫びがあがる。

物語の中にしか登場しない伝説の種族が、自分たちの味方になってくれるというのだ、

盛り上がらない方が不思議である。

 

リリアーナらの返礼に、鷹揚に頷きつつアドゥルたちは会議室に向かうのであるが、

その際、ハジメたちに、いや正確にはハジメの頭の上のユエへと、

アドゥルの視線が注がれ、何かを口にしたいようなそんな表情へと変わるのだが、

静かに首を横に振ると、会議室へと足早に歩を進めて行く。

 

「さっきの続きだけど」

「クラルスって……言ってたよね」

「そうだ、ティオ姫はアドゥル様の孫にあらせられるお方だ」

 

一人だけ広場に残っていた、藍色の髪の竜人が二人の疑問に答えるかのように、

口を挟んでくる。

 

「姫?」

「そうだ、我ら竜人族が姫と言ったらティオ様のことに決まっているだろう!」

「姫?姫って……」

 

ハジメがジータがユエがシアが香織が雫がシルヴァが光輝が、

ともかくこの場の全員が姫と言う言葉と、

これまでのティオの数々のやらかしめいた姿を思い起こす、そして一斉に。

 

「「「「「「「「ないわ~」」」」」」」」

 

と、声を揃え叫ぶ。

 

「な、何を失礼な!族長の孫である以上は姫とお呼びするのは当然のこと!」

「そ、そうじゃそうじゃ!」

「じゃあこれから姫って呼んであげようか?ティオ姫、ちょっと語呂が悪いけどティオ姫

なかなかいいと思うよティオ姫」

「そうだな、もっと早く教えてくれよティオ姫」

「ぬがー!二人とも止めてたもう~~!ご主君よぉ~~」

 

羞恥で身悶えするティオ、ここまではよくあることなのだが、

聞き捨てならない言葉が混じっていたような?

 

「ご……主君?」

「そうだ、申し遅れました、俺の名はリスタス……姫が主君と定めた相手ならば、

俺にとっても主君も同然、つい言葉を荒げた非礼はどうかお許しあれ」

 

主君……主君……その言葉の意味を図り兼ねていたジータだが、

すぐにはっとした目でティオの顔を見ずにはいられない。

やはりティオも彼女なりの考えを巡らせた上で、

ハジメの傍にいられる方法を模索していたのだと、

ジータは思い知らされずにはいられなかった。

 

ご主人様と言う響きでは、いかがわしい印象を与えてしまうが、

ご主君ならば……聞こえが全然違うし、何よりも拒絶し難い響きが強い。

……例え意味するところが同じであっても。

 

そんな言葉上のレトリックにすっかり騙されたリスタスはその場に跪きつつ、

言葉を続けて行く。

 

「正直、里へと戻った姫様の姿には戸惑いを隠せませんでした、

洗脳でもされたのではないかと……」

 

こんなことを言われるのはお前のせいだと、互いに肘をぶつけ合うハジメとジータ。

 

「しかし、言葉を重ねる内に分かりました……聡明で情に厚いその内面は、

決してお変わりになってはおられないのだと……ううっ、そんな姫様がっ……

お選びに……なられ……」

 

この様子から察するに、リスタスという男、ティオに想いを寄せていたのだろう。

そしてティオもまた開花した変態性を里帰りの際、完璧とは言えないまでも、

同族に対してほぼ隠蔽し、自分たちのことを説明したのであろうと。

 

「よくぞ言うたリスタス……」

「族長」

 

騒ぎを聞きつけ引き返して来たアドゥルがそっとリスタスの肩に手を置き、

それからその視線をハジメたちへと向ける。

 

「初めまして、南雲ハジメ君、蒼野ジータ君、君たちのことはティオから聞いているよ」

「あ、こちらこそ初めましてアドゥルさん!」

 

ハジメよりも先にジータが挨拶を入れる。

 

「……リスタスの言う通り、私も最初はティオの変化に戸惑った」

「まぁ……」

「しかし、あの子は隠れ里での生に飽いていたのを私は察していた、

外へと旅立つことを志願したのも、その渇きを癒すためであろうとも

そしてティオは見つけたのだ、生涯を掛けて忠誠を誓うべき……

君たちという存在を」

 

言ってることは大筋では間違ってはいないのだが、

それゆえに心が痛むのをジータは覚えていた、もちろんハジメも同様に。

 

「ティオのことをお頼み申す、仕えるからには我ら竜人の代表としてその忠義を、

しっかりとお見せするようにと、固く誓わせておりまするゆえに」

 

そしてアドゥルは今度はハジメへと話しかける。

 

「己の信条のために五百年も独り身を貫く頑固者ではあるが、

もしも君がいつか受け入れてくれるつもりがあるのならば……」

 

そこから先はハジメにだけ聞こえるように小声での耳打ちに変わる。

 

「曾孫の顔を見れる時を期待してもいいだろうか?」

 

その不意打ちに苦笑するしかないハジメ、やはり口ではどうのと言ってはいても、

孫の本心など、とうにお見通しのようであり、そしてそれを知ってなお、

自分たちの元に送り出すことを良しとしているのである。

その大らかさに改めてハジメは敬意を払わずにはいられなかった。

 

「アレーティア様、いえ今はユエ様でしたか……」

 

続いてアドゥルはハジメの頭上のユエへと視線を移す。

ちなみに今のユエの姿は戦装束と呼ぶには、やや不自然と言えるまでに、

ドレスアップされており、まるで好事家の間で持て囃されるドールの如き姿となっている。

何か理由でもあるのだろうか?

 

「……私は」

「いえ……覚えていないのも無理もございますまい、私が最後にお会いしたのは

まだ姫様がディンリード様の胸の中に収まる程に小さな頃であらせられましたから」

「……叔父様のことを知っているの?」

「はい、大変によくして頂き申した、あの大迫害があって以降、

どうなされているかは心密かに案じてはおりましたが……まさか……」

 

声を震わすアドゥル、恩人の動向を案じながら隠れ里に籠らねばならぬ日々は、

いかばかりであっただろうか。

 

「つまりこの戦いは我々に取っては、ディンリード様への恩義を返すため

その仇を討つための戦いでもあるのです」

「……ありがとう、叔父様もきっと喜んでくれると思う」

「勿体なきお言葉にて……」

 

と、それだけを言い残し、瞳に光る物を浮かべながら、

アドゥルは力強い足取りと共にリリアーナらの元へと戻って行くのであった。

 

そしてそれから暫くは各人やり残しがないようにと、

ある者は人々にアーティファクトの使用法を教え、

ある者は自身に与えられたアーティファクトの習熟に、

そしてある者は休息にと時間を費やしていく、

そして東の地平線から輝く太陽が顔を覗かせた時だった。

 

世界がまさに魔物の瞳の如く赤黒く染まり、鳴動を始め、

そして【神山】の上空に亀裂が奔り、深淵が顔を覗かせた。

 

「空が……割れる……」

 

 

 




後半部分のユエとアドゥルの会話シーンみたいなのを書きたくって、
ここまで続けて来たのかなと今にして思ってます。



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Just a Heros

原作通り?と思いきや。


「空が……割れる……」

 

誰かがそう呟くと、その空に発生した歪な線は、

まるで人々の恐怖心を煽るように。破砕音を世界に向けて奏でながら

ゆっくりと広がっていく。

 

「そ……」

「総員っ! 戦闘態勢っ!」

 

ガハルドよりも先にメルドが動き、その声に兵士たちが即座に正気を取り戻し、

配置につくことが出来たのは、やはり精鋭の証であろうか。

そしてその最中についに空間が、天が裂け

瘴気の渦の中から、【神山】へと黒い雨のごとくにまずは魔物たちが、

そしてその後を追うように、銀の雨のごとくに使徒たちが降り注いでいく。

その数は合計で幾百、いや幾千万にも及ぶであろう。

 

「魔物に加えて使徒の数も半端ではない……か」

「怖気づきましたかな?陛下」

「抜かせ」

 

メルドの声に鼻白みつつも笑顔を見せるガハルド。

 

「しかしまさか陛下とこうして肩を並べ戦う時が来るとは思いも寄りませんでしたよ」

「ああ、いつか本気で命のやり取りを……とは思っていたがな、

味方同士では拍子抜けだ」

 

そこで連合軍総司令官を勤めるリリアーナから念話が届く

 

『陛下、それからメルド、"女神"と"勇者"が出ます』

 

「総司令官の座をてっきり要求すると思いましたが……」

「俺はせいぜい大将が関の山よ!総司令なんぞ肩書き貰おう物なら重くて動くに動けんわ!」

 

そう豪放磊落に笑うガハルドの視線の先には……、

好き好んで重責を背負った一人の少年の姿があった。

 

「ここまで化けるとはな……」

「光輝……それがお前の答えなんだな……だが……」

 

ガハルドに悟られぬように、メルドはそっと光輝から視線を逸らす。

 

(お前に取って、世界にとってこれが必要なことであっても、

これがお前自身の幸福に繋がることだとは俺にはやはり思えない……それでも)

 

彼が本当に勇者への道を開いたというのであれば、その一端を自分も担えたのだろうという、

誇りにも似た何かが、身体を走るのをメルドは確かに感じ、

そしてその耳に愛子の言葉がまずは届く。

 

「連合軍の皆さんっ!世界の危機に立ち上がった勇気ある戦士の皆さんっ!~~」

 

やや上ずった声で士気高揚の演説を始める愛子、

上手く話せているだろうかという不安がないわけでは決してない。

……それでも、と、愛子の目が光輝の後ろ姿に、

そしてその奥に控えるハジメたちへと注がれる。

そう、これから自分の生徒たちは、戦士としていわば死地へと赴くのだ、

そのことを思えば、その負担を幾ばくかでも……というのが、

女神の、いや教師であり大人の役目ではないのか。

 

「皆さんの自由を見えざる鎖で縛り、弄んできた邪神はっ!」

ついにいまその姿を露にしようとしていますっ!あともう一息、あともう一歩です!

どうか力を、人間の力を意志をっ!」

 

だから愛子は渾身の力で吠える、誰にも教えて貰ったわけではない、

例え拙くとも自分の言葉で。

 

兵士たちの顔から、瞳から怯えが消え、強大なる滅びへと立ち向かわんとする、

確固たる意志が宿っていく。

それは決して女神の言葉だからではなく、

一個のありふれた人間の言葉に胸打たれてのことであるのは明白であった。

 

「「「「そうだ!俺たちは勝つんだ!」」」」

「「「「人間舐めんな!」」」」

「「「「邪神に滅びをっ!我らに自由を!」」」」

 

その歓声を耳にし、僅かに身じろぐ愛子、

これから彼らの何割かは確実に死ぬのだとの思いが、

その何割かの中に生徒たちが、いや自分も含まれるのかもしれないとの思いが、

恐怖が、やはり胸中を巡らずにはいられない、だがそれでも……。

 

「さぁ!勇者よ!今こそその力を人々に示すのですっ!」

 

これは自分たちの未来を掴む戦いでもあるのだからと、

迷いを振り切るかのような愛子の叫びと同時に、光輝が聖剣を神山へと向ける、

と、その瞬間だった。

赤黒い空の一部が一瞬キラリと輝いたかと思えば、

それを皮切りに次々と天から降り注ぐ何かが、神山を覆いつくさんとしていた

幾千万もの魔物を、いや神山そのものを吹き飛ばしていく。

 

さらに光輝は今度は空へと掲げる、と、今度は光の豪雨が使徒たちへと降り注ぎ、

使徒たちが次々と焼き尽くされていく。

 

その勇者の力に、その勇姿に兵士たちは波の如くに歓喜の叫びを上げる。

 

「「「「「「「「勇者様万歳!救世主様万歳!」」」」」」」」

 

もちろんこれにはタネがある。

光輝の陰、兵士たちからは死角となる位置では、

投影したコンソールを操るハジメの姿があったのである。

 

神山を崩したのは成層圏に用意した大質量の金属塊を自由落下させる、

言うなれば、【メテオインパクト】であり、

今まさに使徒たちを焼き尽くさんとしているのは、

さらなる強化・改造がなされた太陽光集束型レーザー、バルスヒュベリオンである。

それも一機だけでなく七機もである、それらが一斉に発射されたのだからたまらない。

 

辛うじて難を逃れた使徒の一団は、なんとか反撃を試みようと上昇していくが。

バルスヒュベリオンに装備されたミラービット、による、

天空の全てを埋め尽くさんとする、拡散反射レーザーにより、

やはり次々と焼滅していく。

 

それらをまるでタクトを奮うかのように優雅でいて、

それでいて淡々と処理していくハジメの姿は、

これらを全て冷徹な計算・設計の元に行っているという証でもある。

その姿は見る者に慄然たる思いを抱かせずにいられなかった。

 

この世界における南雲ハジメは戦闘を主とする者ではない、

開発者にして研究者、そして探求者として生きる道を選ぼうとしている存在である。

しかし魔王にあらずとも、やはり数多の世界同様に破壊者であることも、

停滞した世界にブレイクスルーをもたらす存在であるのも事実なのだと。

 

もしもここで翼を焼かれて堕ちろ木偶どもだの、

たらふく喰わせてやるよ、それこそ全身はち切れるくらいにだのと口にでもすれば、

まだ可愛げはあったのかもしれないが……。

 

『次、右六十度、そこから三秒後に正対して九十度の方向に剣を』

 

ちなみに一方の光輝だが、こっちはこっちでハジメからの指示に合わせ、

次から次へと聖剣の向きを変えねばならないので、それはそれで大変であったりもする。

 

と、使徒たちは一塊になり、銀翼を最大にまで展開しその場で防御に徹し始める。

 

『天之河……三二一で上段から思いっきり聖剣を振り下ろせ、使徒の塊に向けてな』

『三二一だな、分かった、カウントをくれ』

 

『三』『二』『一』

 

光輝がハジメの念話での指示通りに、聖剣を振り下ろす。

と、同時に赤黒い天空に太陽の華が咲いた。

 

ヒュベリオンの動力源でもある、臨界まで太陽エネルギーを内包させた

太陽光集束専用型宝物庫ロゼ・ヘリオス、いわば大型熱量爆弾、

それをハジメは躊躇なく投下したのだ、それも七つ同時に。

 

七つの太陽が同時に生まれたのかと思うような閃光と、そして熱波と衝撃波は、

現在現世に顕現している使徒たちを全て焼き尽くすには十分過ぎる威力であった。

 

「「「「ユニバァァァァァス!」」」」

 

要塞の下のハウリア族の叫びが微かに届く。

自慢げにはしゃぐティオと、それに対し溜息のような答えを返すアドゥルの声も聞こえる。

 

「って!味方まで巻き込むつもり!?」

 

王都から移設した大結界、カリオストロの手によるさらなる改良が加えられた―――により、

要塞とその周辺には一切の影響はないであろうことも承知していたが、

それでもスッ、と一大組曲を演奏し終わった指揮者のように残心するハジメの頭を、

調子に乗るなとばかりに、思わずはたいてしまうジータ。

無論、ハジメが内心で余りの威力にビビってたことは、例によって彼女も悟っており、

それゆえに少し安心したような笑顔を覗かせてはいたが。

 

全てが終り、一度静寂が戻ったのを確認し、人々に軽く手を振ると、

光輝は引き続き言葉を紡いでいく、力強くもあくまでも静かに呼びかけるように。

 

「そして今ここでもう二人、皆さんに紹介したい仲間がいます」

 

あれ?打ち合わせにこんなセリフあったか?

そんなことを考える間もなく、ススと自分の身体が舞台の袖から中央へと、

傍らに立つジータと共に、まるで重力に導かれるように引き寄せられるのを感じるハジメ。

 

「今から悪しき神を討ちに空へと殴り込みを掛けてくれる、

俺が、勇者が認めた最強のコンビです」

「お、おい!」

「ちょっと!」

 

不意打ちに驚く二人を尻目に、ニヤと微笑む光輝、その笑顔は爽やかなようでいて、

何処かわざとらしさが漂っており、誰の影響かなど考えずとも分かろうというものだ。

 

「ここまで見せつけて置いて裏方のままなんて許せるわけないだろう」

 

先の御前試合など表に出る機会はあったにせよ、南雲ハジメと蒼野ジータの存在は、

世界全体ではまだまだ"知る人ぞ知る"という程度である。

 

「影の立役者(フィクサー)気取りだなんて虫が良すぎるよん」

 

ミレディの言葉に、まんまとしてやられたことに気が付く二人。

どうやら最初から自分たちを表舞台に引きずり出すと決めていたのだろう。

ミレディにとってはいつぞやの仕返しも含まれているのかもしれないが……。

流石にこの予定外かつ粋な不意打ちに戸惑いを隠せず、視線を泳がす二人へと、

光輝はそっと耳打ちをする、その顔からはすでに笑顔は消えている。

 

「頼む、約束してくれ、この場で皆に必ず勝つと……いや‥…生きて帰ってきてくれると」

 

それは、自分の思いを押し殺し、人々のためにと、

光を希望を背負うことを決断した男の切なる願いであった。

 

「お前たちの骨を俺たちに拾わせるような真似はしないって、

ここではっきりと誓ってくれ、俺たちだけじゃなく、皆の前で」

「それは勇者としての言葉か?」

「いや、クラスメイトとしてのお願いさ、二人とも肩書で動く気なんてないだろ?」

 

そうまで言われてしまっては心の準備云々だのと言う理由では、

流石に引っ込みがつかないなと、ハジメはジータと二人頷きあう。

 

「わかったよ、必ず帰る、皆で生きて帰る」

「……」

「嘘吐きの卑怯者は嫌いなんだよね」

 

言葉を詰まらす光輝へと軽く頷き、それから笑顔を作りつつ、

ハジメは手渡されたマイクを握りしめる。

 

「ええと……紹介に預かりました、南雲……ハジメです」

 

勇者の言う"最強"とは余りにも似つかわしくない、そんな声音で、

ハジメはただ率直に今の心境を語っていく。

 

「俺は……その、別に勇者でも何でもなくって、その……錬成師なんだ、ありふれた」

 

だからハジメはありふれた一人の存在としての言葉を口にすることにした、

この戦いはありふれた人々が、ありふれた人生を掴むための戦いなのだから。

 

「その俺が……沢山の幸運や、出会いによってなんか最強とか呼ばれるようになって」

 

少し謙遜が過ぎるかなと思いながら、ハジメは言葉を続けていく、

図らずも得てしまった巨大な力と、それに起因する冒険の日々を思い起こしながら。

 

「それでも……人間ってきっとさ、出来ないことを克服しようとするから、

知らない物を知ろうとするからこそ、生きるのが楽しいって思えるようになるんだと思う」

 

それは単に自分のことだけではなく、この場に集う全ての者たちへの呼びかけであった。

 

「つまり……何が言いたいのかっていうとさ、自分の道は自分で決めろってことで

その道を未来を阻む神を、ブチのめしにこれから行ってくるってことで、だから……

俺たちが帰って来れる場所を、皆で守って欲しい」

 

そこから先は、ジータが締めくくる。

 

「私たちも頑張るから、皆も頑張って!そして皆で未来を切り開くために」

 

少し強引な締め方だなと、二人で顔を見合わせつつハジメもまた絞めの言葉を叫ぶ。

 

「さぁ!次は皆の番だ、人の強さを無慈悲な神に見せつける時だ!」

「そしてこの戦いに、長き偽りの歴史に終止符を打とう!みんな!」

「この世界に本当の朝を呼び戻すために!本当の夜明けを皆で迎えるために!」

 

「「「「「我らに夜明けを!勇者と共に夜明けを!最強と共に夜明けを!」」」」」

 

ハジメの、ジータの、光輝の呼びかけの返答は一体となった叫びで返された、

それは興奮が闘志へと転化した証であった。

 

戦士たちの叫びを耳に、甲冑へと乗り込みいざと光輝が大旗を掲げる。

この戦いで散って行くであろう全ての命に、勇者の名の下に意味を与え、

責任を背負うために自分はここに立つのだという悲壮なまでの決意と共に。

 

「よし!ここから先は俺たちが指揮を取る!」

「総員、武器構え!!目標上空!勇者と共に人間の強さを見せつけてやれ!」

 

メルドとガハルドの指揮の下、

兵士たちがそれぞれ役割ごとに支給された重火器を上空へと向ける、

あれだけの数の使徒を焼いたにも関わらず、

空間の裂け目からは新たな使徒達が続々と溢れ出てきている、

まさに無尽蔵と言わんばかりに。

 

しかしそれでも、誰も下を向く者は恐怖に怯える者はいない。

 

「我らが御旗の下にいざ戦わん!」

「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

ジャンヌの激励が戦場へと響く、こうして人類と神との戦争が、

ここに開幕した。

 

「じゃ、俺たちも行くか」

「そうだね」

「……んっ」

 

頷きあうハジメたち、そして愛子らと共に、その背中を見送るのは香織である、

彼女もまた自身の戦場を地上に定めた者の一人であった。

 

香織自らが地上に残ると口にした時はハジメたちも驚いた、

彼女の回復魔法は当然のことながら、戦力の計算に入っていたし、

それにも増して、香織自身がハジメと離れる道を選ぶこと自体が、

ハジメらに、特にジータとユエにとっては予想外に思えてならなかったのだ。

 

だが、そんな彼女らの驚いた顔を尻目に香織は、さも当然とばかりに理由を説明する。

 

「だって私は元々勇者パーティのメンバーだもん、それにいつか言ってたよね、

ユエちゃん、在り方は一つじゃないって」

 

同じ道を共に進むだけが友の、仲間の在り方ではない、

同じ志を持って別々の道を共に歩めてこそ、友達であり仲間なのだと、

香織は一連の冒険の中で答えを得ていた。

 

「だから私は光輝くんや龍太郎くんや先生や皆と一緒に、ハジメくんたちの帰って来る場所を

ううん、それだけじゃない、この戦いに身を投じた皆を一人でも多く守ることにするよ」

 

そう迷うことなくはっきりと口にした香織の姿は、ジータたちに取っても、

とても眩しく見えてならず、特にユエに取っては何か思うところもあったようだ。

 

「回復ならオレ様も得意だぜ、心配すんな」

 

ハジメと香織の背中をバシバシと叩くカリオストロ、

そんないつも通り彼らの姿に微笑みを見せるジータ。

その姿は白を基調としつつも、赤と青の大きなリボンによって彩られており、

戦士の凛々しさと、少女の愛らしさを見事に両立させていた。

ヴァーミリオン、これが最後の戦いに臨むにあたってジータが選んだ戦装束であり。

そしてこの最終決戦に於ける彼女のジョブはカオスルーダー、

弱体と妨害のスペシャリストと言ってもいいジョブである。

 

「じゃあ行ってくるよ」

 

まるで試験の答え合わせをするかのような、そんな気軽な声を残し、

ハジメたちはスカイボードを使い、上空八千メートル目指し一気に上昇する、

途中使徒たちの妨害はあったが、もはやそれらはハジメたちの敵ではない。

ハジメの開発したガトリングパイルバンカーが、

そして地上からの、主にハウリア族による援護射撃が次々と使徒を屠っていく。

 

そしてハジメたちは、ヘドロのようなドス黒い瘴気を吹き出す空間の裂け目に到達した。

裂け目に手を伸ばすと、黒い瘴気がハジメたちを阻む、だがそれも予測済みだ。

 

「はぁ~~い、この天才美少女錬金術師のカリオストロちゃんのぉ出番だよぉ~~♪」

 

カリオストロが避け目に触れると幾重にも重なった魔法陣が展開されていく、

瘴気の中に隠されたゲートを探り当てハッキングを掛けているのだ、

魔王城に隠されていた脱出用ゲートを参考にして。

 

「ここだ!鍵をブッ刺せ!」

 

カリオストロに指示された位置へとハジメは劣化版クリスタルキーを差し込み

渾身の魔力を注ぎ込む。

と、劣化版クリスタルキーの穂先が、ズブリと空間に突き立ち、

ハジメは成功を確信しながらキーを捻った。

 

と、その場所を中心に別空間、すなわち神域への道がついに開く。

 

「みんな行くよ!」

 

ジータの号令に全員が頷くと、一丸となってゲートへと飛び込むハジメたちであった。




ヴァーミリオンスキンは、ほぼ再配布は無いだろうと思われるので、
今思うと無理してでも取っておいて正解でした。

それはさておき、完結がいよいよ見えて来ました。
恐らく残り十話以内で収まるかなと思っております。



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招待-Invitation

夏の生放送、特筆すべき情報は正直……といった感があります。
とりあえず十月のコラボを楽しみに待つとしましょう。
しかし水着ロベリアめ、誘ってやがる……。



 

 

「不思議な空間ですね、距離感が掴めません」

「シアの言う通りだ、落ちたらロクなことにならないだろうからな、全員、気をつけろよ」

 

【神域】に踏み込んだハジメ達の目に最初に飛び込んできた光景、

それは果てという物が認識できない、極彩色に彩られた曖昧模糊とした世界だった。

そんな世界の中にある一本の白亜の通路の上にハジメたちは降り立つと、

そのまま道なりに移動を開始していく。

 

「ハジメちゃん、羅針盤は?」

「ああ、この先に光が伸びている、と、言ってもどの道進まないと仕方ないんだけどな」

「……んっ、でも少しずつだけど光強くなってる」

 

ユエの呟きに全員がホッとしたような表情を見せるのは無理もない。

何せ遠近感が一切掴めないので、実際は同じ場所で延々と足踏みしているのではという、

不安がどうしても否めなかったのである。

 

「しかしの、敵の待ち伏せのど真ん中に出なかっただけでも僥倖と思わねばのう」

 

確かに……と、思う、いきなり大量の使徒や魔物の待ち伏せに出くわす可能性もあったのだから。

 

そんな果ての見えない通路を進むこと数十分……ハジメのゴーグルが異変を捉えると同時に、

シアのウサミミがピンッ!と立ち上がる、未来視が発動したという証である。

 

「来ますっ!砲撃!」

「集まれっ!」

 

ハジメの号令に従い、整然と全員がハジメの傍に身体を寄せ、

ハジメが宝物庫Ⅱに魔力を込めると、そこから複数の巨大盾が自動的に展開し、

それは幾重にも連なりドーム状となって、ハジメたちを覆う、

と、その瞬間全方位からの―――使徒による分解能力を込めた閃光が到達する。

 

「……こんなこともあろうかと、ってな」

 

静かに、しかし絶対の確信をもって呟くハジメ。

 

この複合巨大盾―――アイディオンという、は。

幾枚もの復元石を組み込んだアザンチウム製の複合盾であり、

さらにハジメによる"金剛"による強化もなされている。

 

そのため単純な防御能力もさることながら、さらなるキモとして、

その一枚一枚に、空間魔法、さらに重力魔法を付与しており、

受けた攻撃のベクトルを、そのまま相手へと弾き返す効果がある、

ただし万能というわけでは無く、攻撃反射機能は長時間は行えず、

また、その後クールダウンの時間が必要となるため、

常時展開し、担いで走り回るような真似は出来ない。

 

ちなみに、パルスヒュベリオンによる全方位攻撃も、この技術を利用した、

ミラービットによって行われていることをここに付け加えて置く。

 

ともかく、盾への圧力が消え、盾を収納したハジメたちの前に姿を現したのは、

辛うじて反射を避けられたものの、身体の一部を欠損させた十数体の使徒と、

その数を遙かに上回る極彩色の空間の中に埋まる様にして、

上半身を消失させた数十体の使徒の骸。

無傷なのは明らかに狼狽の表情を見せる数体の、指揮官クラスであろう使徒のみであった。

 

「くっ」

 

指揮官らしき使徒の中の一人が合図を送ると、

極彩色の空間から続々とまた使徒が湧き出していく、

五十を超えたあたりでその数が止まったのを確認するや、

ハジメは宝物庫Ⅱからメツェライを取り出す、ただしそのフォルムは、

従来のそれよりも二回り以上巨大化している。

 

――超大型電磁加速式ガトリング砲 メツェライ・デザストル

 

ウルで、王都で、氷雪洞窟で立ち塞がる物全てを薙ぎ払った殲滅兵器メツェライの、

さらなるバージョンアップ版である、その発射速度は毎分一万二千発から、

七万二千発にまで大幅強化されている。

 

そんなもはや常識を逸脱した巨大兵器の引金を、

ハジメはなんの躊躇いもなく、使徒の群れへと引く。

 

毎分七万二千発の紅い光の濁流が、文字通り天罰の力を帯びた破壊の光となりて、

銀翼による防御をも貫通し、使徒たちは全身を撃たれて次々と地へと落とされていく。

光が晴れた時、そこに残っていたのは先程の合図を入れた使徒一体だけであった。

 

「お前がここのボスか?」

 

ハジメの問いに使徒は、ただ双大剣を展開させることで応じた、

そしてそのまま銀翼をはためかせ、まっしぐらにハジメへと突進する。

ハジメはそんな使徒に対して、やはり無表情で何に誇るわけでもなく、

ドンナーの引金を引く。

 

無造作に放たれたその閃光を切り払わんと、

大剣でもって振り払う動作に移る使徒だったが……。

 

(光が……ブレ…て)

 

充分に切り払えるタイミングであったにも関わらず、剣は空を切り、

そして驚愕の表情を浮かべた使徒の頭を弾丸が吹き飛ばした。

対使徒用にハジメが開発した装備の一つ、変成魔法を付与した特殊弾丸、

リビングバレッドの効果覿面といったところである。

 

「お前らの防御や反応に正面からやりあうだけなのも何だからな、

多少はココを使わせてもらったよ」

 

コンコンとこめかみを指で突く仕草を見せるハジメ、

と、そこにまだ隠れ潜んでいたか、三体の使徒が一斉に大剣を振り下ろすと、

そこから極太レーザーが放射される、だが。

これに対してもハジメは無表情で二枚の円盤のような物を投げて対処するのみだ。

一枚の円盤はハジメたちの眼前で展開し、レーザーを飲み込み、

そして少し離れた場所で展開したもう一枚が、その飲み込んだレーザーを放出する、

放った使徒へとそのままに。

 

恐らく空間魔法を応用したこれも使徒用の装備なのだろう、を、

上半身を消滅させた使徒を確認しつつ、平然と収納しながらハジメは独り言ちる。

 

「少しは俺たちのことを研究しては来てたんだろうが、所詮は木偶だな……

今を必死で掴もうとする者へは追いつける筈もない……って、もう聞こえてないか」

 

その口調には確信めいた響きはあれど、誇らしげな物は含まれてはいない。

メテオインパクト、バルスヒュベリオン、アイディオン、リビングバレッドetc、

確かにこれらの超兵器を造り出したのはハジメである、

 

しかしそれは先人の培った技術、そして多くの夢追い人たちの賜物でもあると、

ハジメは理解している。

だからハジメはまだ誇らない、愛する者の肉体を取り戻し、

何より人の進化を弄び、踏み躙る者をこの手で討つまでは。

 

ともあれこの空間に潜んでいた使徒は全て倒せたようだ。

そのまま先に進むこと暫く。

 

「行き止まりか……」

「これってゲートだね」

 

行く手を阻む極彩色の壁、それもこれだけが他の壁とは違い波打っている、に。

ハジメが手を当ててみると、そのままブリッと向こう側へと沈み込み、

その先は一切見えない。

 

カリオストロが色々と調べるが、すぐに首を横に振る、

このまま身を任せて先に進むより他に無いようだ。

 

一行は頷きあうと、経験上意味はないと分かってはいても、

それでもあの氷雪洞窟と同じようにスクラムを組んで、

一斉に波紋の中へと身を躍らせていくのであった。

 

 

極彩色の空間から出た先は、灰色の荒廃した都市であった。

朽ち果てた高層ビルや、滑落した高架、一見すると映画に出て来るような、

滅んだ近未来の都市そのものである。

 

ともかくそんな周囲と、そして仲間たちの数を確認するジータ、

そして、やはりか……と、いった風に表情を曇らせる。

 

「……ハジメちゃんがいない、ユエちゃんも」

「どこにいるのかは?分かるんでしょ?ジータ」

「分かる、分かるよ、このずっと先……」

 

ジータの視線の先には時計塔があった。

 

「二人とも一緒なのでしょうか?……ジータさん」

「それは間違いないよ、ハジメちゃん落ち着いてるから」

 

ハジメの心の動きは先程と変わらず、静かなものである、

だが静かな中にも強い闘志を抱いていることもまた伝わってくる。

ならばハジメとユエはきっと大丈夫だ、だから今は先を急ごう。

 

「ジータがそう言うんだ、今はハジメのことよりも、ここを切り抜けることを考えるぞ」

 

カリオストロの言葉に頷くと、一行はジータの示した時計塔へと向かい、足を進めて行く。

 

「地球の文字じゃないね……」

 

確かに、建物の壁や看板に薄らと残る文字は地球の物ではない。

 

「これもエヒトが滅ぼした世界の一つなのかも……」

「もしかするとトータスの過去の一つなのかもしれないね」

「記録にも残らない遠い時代の、か」

 

そうシャレムがうんざりとした表情で口にした時だった。

シアのウサミミがまたピクリと動く、未来視のみならず、

気配察知に優れた兎人族の十八番である。

 

「皆さん、囲まれていますよ……」

 

シアがハジメによって与えられた新しき武器、ヴィレドリュッケンを構えながら、

仲間たちへと警戒を促す。

 

「ハジメがいないんじゃしょうがねぇ、オレ様たちも多少は働かねぇとな……ククク」

 

カリオストロがそう犬歯を剥き出したと同時に、ビルの陰から

数百体にも及ぶ、大量の魔物とそして使徒が姿を現す。

魔物に混じる使徒の数が思ったよりも少ないのは、

どうやら大半を地上侵攻に振り分けているからなのだろうか?

 

いずれにせよ魔物相手の方が好都合と、まずはジータが先制のアビリティを発動させる。

 

『アンブレディクト!』

 

ジータの代名詞ともいえる万能デバフ、ミゼラブルミストをも凌ぐ黒霧が魔物を、

そして使徒を覆いつくし、その動きを拘束していく。

しかも効果はそれだけではない。

このアンブレディクト、ミゼラブルミストの上位アビリティなだけあって、

敵全体のへの攻防ダウンのデバフに加えて、さらにランダムで攻撃速度ダウン、

灼熱、睡眠、暗闇、魅了、恐怖、麻痺のどれかを付与発動させる。

ある魔物は身体から火を噴き、ある使徒は身体を麻痺させ墜落し、と、いった具合に。

 

さらに昇華魔法によって、その成功率、効果量は元のスペックよりも一段階上となっており、

まさに半減といっていい自身たちの能力の減少に戸惑う間もなく、

さらなる追い討ちのデバフがカリオストロから放たれる。

 

「オレ様が世界で一番カワイイに決まってんだろ?コラプス」

 

カリオストロの手から放たれた重力球、これも重力魔法により、

さらなる強化が施されてる~――が、放たれ、さらに魔物と使徒の動きが鈍くなる。

こうして黒霧と重力、二つの戒めにより、通常の半分、いやそれ以下の力しか、

発揮できぬまま、シア、ティオ、雫、シャレム、カリオストロらの一斉攻撃により、

魔物、そして使徒までもが櫛の歯が欠けたように一気にその数を減らしていく。

 

しかしそんな中で一行はある奇妙なことに気が付く。

 

「なんかさ、ジータちゃんばかり狙われてない?」

 

そう、鈴の指摘通り、敵の大半がシアやティオを半ば無視して、

ひたすらにジータを狙い動いているのが一行にはありありと見て取れた。

 

確かにハジメとジータ、どちらかが死ねばもう片方も死ぬであろうというのは、

情報共有されてはいるのだろう。

しかしこれは少し露骨すぎはしないだろうか?

まるでジータのみを抹殺せんとばかりに、

使徒が、魔物が次々と彼女へと殺到していくのだから。

 

もちろんそれを察したジータも心得た上で誘導するかのように動くので、

タダでさえ動きの鈍い魔物や使徒のその算を乱した行動は、

シアやティオ、雫らにとっては格好の獲物にしかならなかったのだが。

 

「さてと、そろそろ頃合いか……おいジータ、あの柱の辺りに連中を集めろ、

一気に蹴散らしてやる」

 

カリオストロの指示に従い、自信を追う大量の魔物を誘導、いや牽引していくジータ。

そして、満を持してカリオストロがとっておきを放つ。

 

「これが真理の一撃だ!アルス・マグナ!」

 

カリオストロの声に従い出現した双頭の龍が、

次々と魔物たちをその牙で爪で切り裂き、ブレスでもって焼き尽くす、

かのウルの街での蹂躙劇と同じように、そしてその跡には、

これもウルの街の時と同じく、ブスブスと燻る魔物と使徒の骸のみが残っていた。

 

「あの時も思うたが、弟子が弟子なら師も師じゃのう……では……」

 

妙な感慨と、そして邪な期待が籠った眼を向けるティオには構わず、

無言で先を急ぐよう促すカリオストロ、そういうところじゃ!と、

それが却ってツボに入ったか、一瞬身体をくねらすティオではあったが、

やはり次の瞬間には真顔に戻りその後に続く。

 

途中幾度か、散発的に使徒や魔物の襲撃を受けたが、

やはり今の彼女らの敵ではない。

そしてついに時計塔がその全容を彼女らの前に現わそうとした時であった。

 

先頭を進んでいたジータが突然胸を押さえ、その場へと蹲る。

どうしたのかと雫がジータの顔を覗き込み、思わず絶句する。

何故ならばその顔には見覚えがあったからだ、

それは確かまだ自分たちがここに来て間もない頃の……。

 

『雫ちゃんお願い!ハジメちゃんを探して!ハジメちゃん今酷い目にあってる!』

 

そうだ、あの時……訓練場での、確かあの時は。

 

「ねぇ、南雲君になにかあったの!?」

「……ハジメちゃん、多分今エヒトと戦ってる!」

 

何とか努めて心を落ち着かせようとしてはいるのだろう、

だが、その声には明確な焦りと昂りがあった。




ハジメとユエの身に何が……。


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「この我の物となれ、イレギュラーよ」「断る!」

ご対面。


 

 

「分断されたか、しかも俺とユエだけを」

 

頭上の確かな重みと気配を確かめてから、円柱にもたれ掛かり、忌々し気に呟くハジメ。

ともかく周囲を見渡すと、先程の極彩色の空間と同じように、

今、自分がもたれている円柱を起点にして、白亜の通路が奥へと伸びている、

但し、先程と違うのは周囲の空間の色が、闇色に閉ざされているということだ。

通路の終点は上へと繋がる階段となっている。

その高さはここからでは伺い知ることは出来ない。

 

「一直線か……進むより他ないんだろうな」

 

ここで仲間たちの合流を待つというのは余りに非現実的だ。

通路と階段の距離からいって、ましてお膳立てをしておいて、

ここで仕掛けてくる可能性は薄いだろうが、

時間を徒に費やせば、じれた相手が何を仕掛けてくるか分かったものではない。

 

「……んっ、これはもはや招待」

 

やはりハジメと同じ考えなのだろう、頭上で囁くような声を出すユエ、

しかしハジメは小声の中に籠る、僅かな不安を聞き逃すことはなかった。

 

「不安かユエは?」

「……」

 

ハジメの言葉に沈黙で返すユエ。

 

「……実はいうと、俺もちょっとだけな」

 

だが、ここより遙か遠くに感じるジータの心はいつもの通りである。

彼女も、自分たちが感じているのと同じ程度には不安がっている筈という思いが、

一瞬ハジメの頭を過るが、次の一瞬にはもうその考えは頭の中から消し去っている。

今は目の前に集中するしかない、ここには自分とユエしかいないのだからと。

 

ともかく、そんな素直な心情を吐露しつつも、ハジメは白亜の通路へと足を踏み出していく。

一本道を進むしかない以上、考えても仕方がないことなのだが、

もしも仕掛けて来るなら階段を昇った先だろうと、警戒はもちろん怠らない。

 

不思議なことに、通路の上では足跡も呼吸の音も何も聞こえることはなかった。

まるで全ての音が自分たちの周囲を包む闇へと飲み込まれているかのように。

 

まさに深淵……アビス、まさにそんな言葉がふとハジメの頭の中に浮かんだ。

 

(しかもさっきの柱もだがこの通路も鑑定できない、鉱物じゃないのか?)

 

そんなことを思いながらハジメの足はついに階段に到達する。

その階段は辿り着いてみれば、拍子抜けするほど低く思えた、ただし、

その頂上は淡い光に包まれていたが。

 

その光の先を、その先に待つ物を想像した途端、ドクリ!と胸が高鳴るのを、

ハジメは抑えることが出来なかった、それは恐らくユエも同じなのだろう。

 

(いるな)

(……んっ)

 

少しだけ呼吸を整えると、ハジメは一段一段噛みしめるかのようにゆっくりと

階段を上がって行く、そして光が再び彼らを包む。

 

闇の回廊を抜けたその先は、何処までも白い空間だった、

足下の感覚からして床はあるのだろうが、その床に目をやると、

視界を埋め尽くす白に、認識を狂わされてしまいそうな思いに囚われ、

すぐにハジメが視線を戻したところで声が聞こえた、聞き覚えがある声が。

 

「ようこそ、我が領域、その最奥へ」

 

その声にハジメのみならずユエも眉を顰めるかのような仕草を見せる。

聞き覚えがある筈なのに、どうにも違和感を、いや濁った意志を、

感じてならなかったからだ。

 

そしてその声を皮切りに、ハジメたちの視線の先が揺らめき始め。

そして幕が上がるかのように、空間が晴れて行き、

そこには玉座に腰かけるユエの、いやエヒトの姿があった。

 

「エヒトルジュエの名において命ずる――"平伏せ"」

 

まるで挨拶代わりとばかりに放たれた神言、問答無用で相手を従わせる

神意の発現なのだが、ハジメはただ無言で、

ドンナーの銃口をエヒトルジュエの眉間に構える。

 

「ほう、我が"神言"を封ずるか、やはりな、ならばこれはどうだ」

 

エヒトルジュエは頬杖をつき、足を組んだままで、片手を招くように差し出した。

が、あの魔王城の時とは違い、ハジメの持つアーティファクトの周りの空間が、

僅かに揺らいだのみである。

 

「……なるほど。対策はしてきたというわけか」

「でなきゃ乗り込んだりしねぇよ」

「神言のみならず天在をも防ぐか……」

 

そこでエヒトルジュエは意外な言葉を口にする。

 

「……フフッ、素晴らしい」

 

どうやらここまではエヒトルジュエに取っても想定内、

いや、むしろそうであってくれねばという、一種の期待がその口調からは聞き取れた。

 

「まぁ待て、折角わざわざ招いてやったのだ、少し話でもしないか」

 

ハジメをいなすかのように、相変わらず頬杖を、そして足を組んだままで、

エヒトルジュエは気安く話しかける。

 

「お前にまんまとしてやられた時は、確かにハラワタが煮えくり返ったが……」

 

今だってそうなんじゃないのかとハジメは言いたくなったが、そこは自重する。

わざわざこちらが欲しかった時間を僅かなりとも与えてくれているのだから、

その厚意には甘んじてやるべきだろう。

 

「しかし、よくよく考えてみれば、こうも思えて来たのだよ、見事!と」

 

ハジメを見つめるエヒトルジュエの目が細まっていく、

確かにその言葉に嘘は無いのは、ハジメたちにも感じとることは出来る。

だが己たちを見据えるその目は絶対的強者であることを確信し、

そのことに疑いを一切持たぬ傲慢さにも満ちており、

そんな下卑た目をユエの身体を使って浮かべるエヒトルジュエへと、

ハジメは心からの嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

 

(ユエに……そんな目をさせやがって)

 

そんなハジメの内心など一切忖度せず、エヒトルジュエはさらに滔々とした口調で続けて行く。

 

「先程の手並みといい、そして何よりかの時に於いて我をまんまと出し抜いたお前の実力は、

小賢しくも解放者などと自称していた反逆者どもとは一線を画している」

 

そこでエヒトルジュエは頬杖を外し、口元で両手を組む。

一方のハジメは今は沈黙を保つのみだ。

 

「そう、まさにお前は卓越している、冠絶する人材だ、このまま殺すには惜しいと思ってな」

「何が言いたい?」

 

ハジメの反応が悦に入ったのか、そこでエヒトルジュエは笑う、

ユエが決して見せない質の笑顔で。

 

「この我の物となれ、イレギュラーよ」

「断る!」

 

ああ、やっぱりと内心で思いながらハジメは即答する、と、なると、

次は世界の半分でも与えるとでも言ってくるか……いやいやそれは何でも。

 

「お前の住まう世界の半分を与える、と言えばどうする?」

「それで俺にアルヴの役をやれということか」

「あれは期待外れもいいところであった、醜態をさらしおって……」

 

思い出したくもない汚点だと言わんばかりにエヒトルジュエは顔を顰め、

その態度に、少し溜飲が下がる思いを覚えるハジメ。

 

「あの恵里という娘は二つ返事で我に従うと言ったが……してお前は?」

「だから断ると言ってるだろう、そもそもそんな空手形誰が信じるかよ、

まだ征服以前の問題だってのに、大体俺をモノにしたいなら、もっとバインバインのだな……」

 

ああそれ言っちゃうか、そう思いつつそれについてもハジメは即答する、

即答ついでに、ついうっかり言ってはならぬことも口走ってしまったが。

 

「……やっぱりハジメは」

「いや、違うんだ、まおゆうってのがあってだな……」

 

明らかに怒気を孕んだ頭上の気配に、言い訳がましく弁解するハジメ、

こんな状況でもこうやっていつも通りに話せてるという安心感も覚えながら。

 

「いずれにせよ、"神"が持ち出していい交換条件じゃないな」

 

それは魔王が口にすべきことである。

 

「何より、人の叡智を……夢を愚弄するお前の下にはつけない」

 

ハジメは思い出す、自身の造り出したアーティファクトを、

エヒトルジュエに取っては、明らかに未知の世界の発想が組み込まれていたであろう、

アーティファクトを玩具程度にしか扱わなかった姿を。

 

「それにな……」

 

ここでようやくハジメは語気を強める。

 

「何が卓越だ、冠絶だ!お前のハラワタが今も煮えくり返ってることくらい

こっちは先刻承知なんだよ!下らない余裕をせいぜい見せつけて、

大物ぶりたかったんだろうがな!」

 

そしてトドメとばかりに、嘲り口調で締めくくる。

 

「欲しけりゃ力づくで取ってみな、出来るならな……」

 

そのハジメの言葉に、態度に、まるで興を削がれたとばかりに、

エヒトルジュエの表情から余裕の笑顔が消え、

その身体から白銀の魔力とプレッシャーが放たれ始める。

確かに怒りもあったのかもしれないが、同時にハジメへの興味も確かあったのだろう。

少なくともハジメ本人が思う以上には。

 

「いいだろう、ならば力づくで欲しい物は頂くとしよう……それから、

先程、お前が何を言いたかったかは分かるぞ」

 

噴出した魔力はすでに三重の輪後光となってはいる、その何も知らぬ者が見れば、

神々しいと評するである光の中で、玉座から浮き上がりながら嫌らしく、

エヒトルジュエは自身の胸元をまさぐるような仕草を見せる。

 

「だがそれはお前が握る、この少女の精神と魂を完全に掌握し、

我が物としてからゆっくりと……な」

 

そしてエヒトルジュエがやや勿体ぶった言い回しで片腕を突き出すと同時に、

輪後光から流星が、光の使徒が溢れんばかりに姿を現し、ハジメへと殺到する。

 

「物量作戦で来たか、ならこっちもだ!」

 

ハジメは流星には改良型クロスビット、クロス・ヴェルトをあて、

そして光の使徒には生体ゴーレム軍団、グリムリーパーズを差し向ける。

そんな物量と物量の激突が続く中で。

 

「我が魔法に、物量で拮抗するとは……」

「戦いは数だよ、神様」

「本当に、お前という存在はイレギュラーだ、

フリードの出現でバランスが崩れかけた遊戯を更に愉快なものにする為、

異世界から力ある者を呼び込んだというのに……本命を歯牙にもかけぬ強者になるとはな」

「だったらそのままアルヴに勝たせてやればいいものを」

「主に歯向かう飼犬が許されると思うか?」

「哀れだな奴も、で……何故、今回に限って召喚なんぞしやがった、いや、当ててやるよ」

 

当ててやる、その言葉にエヒトルジュエの目が細くなる。

 

「フン!昔と違って、現代にはフリードに対抗できる人材がいなかったのでな

別の世界から調達した、それだけの話だ」

「いや、違うな……それだけじゃない、アンタは自分の器になり得る存在を探していた

神域の外でも力を発揮できる器をな、そうじゃないのか?」

 

そしてそれが天之河光輝であったのだろうと、

いわば自分たちはその巻き添えになっただけだということも、ハジメは察していた。

 

「そうよ!しかしお前には礼を言わねばならん、イレギュラーよ、

お前が巻き込まれてくれたお陰で、三百年前に失ったと思っていたこの最高の器を

見つけることが出来たのだからな」

「創造神にして支配神だと、この世界の人間は言ってるみたいだが、

それにしては随分とスケールが小さいもんだ」

「我を矮小と言うか」

「ああ、たかだか女の子一人、三百年も見つけられないのがその証拠だ!」

 

そんな舌戦もまたハジメとエヒトルジュエの間で繰り広げられる。

だが、その中でハジメは未だにエヒトルジュエ本人が、

何らの攻撃行動を起こしていないということを見抜いていた。

 

やはり余裕は無かったのだろう、だから興味もあったのあろうが、

怒りを隠して一度は交渉を持ち出した。

それは自身の肉体に一抹の不安を抱えている証だ。

 

「さらに言わせて貰うがな……」

 

それを裏付けるべく、均衡状態の間にと、ゴーグルによるスキャンを、

ハジメが実行しようとした時であった。

エヒトルジュエの頭上に、見覚えのある青白い球体が浮かんだのは。

しかもその球体は蛇のように形を変えていく。

 

「あのーアレってユエさんの魔法っ……スよね」

 

確か蒼龍とか言った筈だ。

 

「……幾ら何でも全部抜き取って逃げたらすぐにバレてた、

だから記憶は残しておいた」

 

十字架と星が、光と鋼人がせめぎ合う戦場を睥睨するハジメ、

これに加えてユエの魔法を十全に使われるとなると……。

 

考えるより先に、アイディオンを展開するハジメ、そしてその表面を撫でるように、

蒼龍が通過していくのが盾の中に衝撃となって伝わってくる。

そして衝撃から想定できるその威力は、ユエが放つそれを凌いでいることもまた伝えていた。

 

「メラゾーマじゃないメラってことかよ」

 

思わずぼやかずにはいられないハジメ、しかしそれでも分かったことはある、

エヒトルジュエも万全ではなく、余裕はないのだということを。

 

「分かったところで今は我慢か……」

 

さらに密度を増す流星、そして神の力で放たれるユエの攻撃魔法。

ハジメの作戦ではユエをエヒトルジュエに接触させる必要がある、

だが……この猛攻では。

 

「先に向こうがガス欠になるか、それとも俺たちが……」

 

そこでふと、ハジメの頭にあのいけ好かないもう一人の自分が、

魔王となった南雲ハジメの姿が浮かぶ。

 

(きっとアイツも……)

 

やはりユエを奪われているのだ、それも身体のみならず精神も魂も、

だが、それでも取り戻した、自分たちよりも遙かに不利な条件の中で……。

 

「……負けちゃだめ、ハジメ」

 

ユエの叱咤が耳に届く、それに誰に負けるなということだろうか?

 

「ああ、あの眼帯魔王に出来て、俺に……俺たちに出来ない筈はねぇ!」

 

 

 

ハジメとエヒトルジュエが一進一退の対峙を続けている頃、

廃墟ではハジメの苦境を察したジータが叫ぶ。

 

「……ハジメちゃん、多分今エヒトと戦ってる!」

「何ィ!」

「それでどうなの……まさか」

「まだ大丈夫、ハジメちゃん今は自重してるみたい」

「だったら焦るな、オマエの焦りはハジメにも伝わる、オマエが平静を保てなくてどうする」

 

口調こそいつもの如くだが、シャレムの鋭い指摘に頷くジータ。

 

「安心しろ!オレ様たちが必ずお前をエヒトの、ハジメとユエの所に連れて行ってやる、

そんでもって袋叩きだ」

 

さらにカリオストロの力強い言葉にも今一度ジータが頷いた時であった。

 

「そうはさせないよ~」

 

嘲るような声と共に、彼女らの頭上から極太レーザーが放たれる。

飛び退きつつ彼女らは声と、レーザーが放たれた方向へと目を向ける。

 

声の主はやはりと言うか、仮面を付けているとはいえ恵里であることは明白であったが、

従えている二体の使徒はこれまで遭遇した者とは格の違いを明確に感じさせた。

まさに大幹部級、例のノイントやアハト、いやそれよりも上のレベルであろうと。

 

「恵里……」

「こんなところまでついにやって来たんだねぇ、鈴、金魚のフンもそこまで来れば

大したもんだよぉ~~」

 

その鈴の呟きが耳に届いたか否か、またしても嘲り口調で返す恵里、

しかしその声音には芝居がかった物を感じさせた。

 

「かもしれない、私は多分この中で一番弱いから、けど……恵里!

恵里を思う気持ちは誰にも負けない、だからそれをっ……」

 

この正念場でこんな月並みな言葉しか口に出来ないのかと、

内心で忸怩たる思いを抱きながら、それでも涙だけは見せる物かと、

鈴はその内心で歯を喰いしばる、が、その耳に意外な言葉が飛び込んでくる。

 

「で、恵里?誰のことを言ってるんだい?ここには恵里なんて子はいないんだけど」

「え……え?だって……」

 

その声音には戸惑う鈴の様子を楽し気に、いやどこか捨て鉢な気持ちで、

観察するような響きがあった。

 

「そもそも中村恵理?……誰だいそれは」

 

そこで仮面の縁から覗く髪の色に気が付く鈴、恵里の髪は黒髪な筈、

だが……そこから覗いている色は……。

 

「だって今の僕は……」

 

満を辞したかのように仮面を外す恵里、その素顔を見た瞬間、

悲鳴を上げる鈴、悲し気に目を伏せる雫、

そして二人とは対照的に、身じろぎもせず睨みつけるジータ。

……何故ならば、その仮面の下の顔は……。

 

「蒼野ジータ、なんだから」

 

自分と同じであったからだ。





ラストバトルにつきましても、色々と考えてはいたのですが、
シンプルに行かせて頂きます。

ちなみにエヒトは割と本気でハジメを勧誘してたりしてます。
ですがとりあえず次回は恵里ちゃんメイン、ジータとの因縁が明かされます。


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無敵の少女中村恵理

恵里ファンの方々に取りましては、少々辛い展開かと思います。


「恵里……あなた、そこまで堕ち……」

「だからもう恵里じゃないんだよ、あんなのもういらないんだよ……」

 

声を詰まらせる雫を上空から眺めながら、ジータの顔の恵里は自身の過去を思い出していた。

 

まずは、もう朧気にしか覚えていないがそれでも優しく、暖かかった父の眼差し、

そして掌を永遠に失うことになった交通事故……。

思えば自分の人生は最初から死に彩られていたのだろうと、

幼き自分の視界を染めた血の赤と、今やそのことについて微塵の悲しみすらも覚えなくなった、

自分へと皮肉気な想いを抱きながらも、恵里は回想を止めようとはしない。

 

次に浮かぶは、父の、夫の死の責任を全て自分に押し付け、

執拗に責め苛む母親の姿と、声だった。

 

『あんたなんか産むんじゃなかった』

『代わりに死ねば良かったのに』

 

それでも、それが父への愛ゆえと思えれば、まだ耐えられた。

しかし……母は何年か経つと、平然と新しい男を家に引っ張り込んできた。

それも父とは似ても似つかぬ粗暴な男を……そしてそいつは自分を……。

 

「……僕はずっと捨て去りたかった、穢れた淫売の血が流れるこの身体をね」

 

そしてある朝、自ら死を選ぼうと鉄橋から川に飛び込もうとした時だった。

自分を無理やり欄干から引き離した、その声、その手の温もり……それはまるで……。

それが天之河光輝との、王子様との運命の出会いだった。

 

そして憚る様にぽつりぽつりと事情を話した自分へと、王子様は確かにこう言ったのだ、

その言葉の重さを知らぬままに。

 

『――もう一人じゃない、俺が恵里を守ってやる』と。

 

表面的な結果からいえば、確かに天之河光輝は中村恵理を守ったといえる。

或る意味死に損なったともいえるその日から、

クラスで孤立していた恵里は光輝の言葉によって動かされた、

クラスの女子たちからも丁重に扱われるようになり、

そして、ほぼ時を同じくして、児童相談所の手が家庭に入ったこともあって、

ようやく、ささやかながら人並みの暮らしを彼女は取り戻すことが出来たのだ。

 

普通ならば、それでめでたしめでたしとなるのであるが、

無粋にもこの話には続きがあった。

 

そう、一人の少女に取って、それはあまりにも劇的過ぎたのだ、

今まさに死を選ぼうとするまでに壊れた心を抱えた少女にとって、

その言葉は、存在は。

だから、恵里はもうそれだけでは満足が出来なかったのだ。

そしてその思いを察するには、天之河光輝もまた余りに幼稚だった。

 

そんな少年の、まるで何かに駆られているかのような、

無分別で無秩序な人助けを眺めている日々の中で、恵里は気が付く。

自分が特別だから、お姫様だから王子様は助けたわけではない、

ただ困っていたから助けただけで、王子様に、光輝にとって、

自分はありふれた同級生に過ぎないのだと、

そして光輝にはもう二人の文字通りの特別な少女が、すでに存在しているということにも。

 

自分がもっと……王子様の特別に、白崎香織と、八重樫雫に負けないくらいの

美しい姿であったならば、お姫様であったのならば……。

だからどんなに焦がれても焦がれても、恵里はただ光輝の姿を見つめていることしか、

出来なかった、彼女がもう少し自分に自信があれば、いや、自信がなくとも勇気があれば、

また彼らの関係は違ったものになっていたかもしれない。

 

そして恵里の目は、ついにジータを捉える。

 

決して忘れやしない、そんな自身を苛み続ける劣等感に苦しんでいた頃……、

ただ天之河光輝の姿を追い、眺める事だけを救いにしていた頃、

映画の悪役が乗るようなクラシカルな高級外車に乗せられて、

八重樫道場にやって来た双子の兄妹の姿を。

 

兄の方にはさしたる興味を抱かなかった恵里ではあったが、

続いて車から降りて来た妹の姿を見た瞬間、恵里は息を呑まずにはいられなかった。

肩の所で清楚に切り揃えられた金髪、大きな瞳……溌溂とした輝き。

まさに、自分が夢見た"お姫様"そのものの姿をした少女が、

言わずと知れた蒼野ジータが、姿を現したのだから。

 

「初めて君を見た時の……僕の気持ち、分かるかな?」

 

ジータの姿を見た途端に恵里は直感した、あれは王子様を自分から奪いに来たのだと。

それはいささか飛躍した幼いがゆえの焦りに過ぎなかったが、

それまで光輝の傍にいた白崎香織と八重樫雫の二人とは確かに違う何かを、

恵里はジータから敏感に感じ取っていた。

 

但し、ジータが当時はいわゆる山の手のお嬢様学校に通っており、

つまり光輝とは道場以外での接点はそれ程無かったことは、恵里に取っては救いではあった。

また、兄の方も中学に上がった頃くらいから、光輝としっくり行ってないように見え、

それに伴い、ジータと光輝の関係は眼に見えて悪化していったことも、好都合ではあった。

 

「君は僕が望んだ幸せの象徴だった」

 

裕福な家庭、心優しい両親、優秀な兄、美しい姿、

中村恵里に取って蒼野ジータは、まさに自分が欲しかった物を、

生まれながらにして手にしていた、理想の存在だった。

 

「だからずっと欲しかった……君のそのキレイな顔が、その強さが」

 

道場で、教室で堂々と光輝に喰ってかかり、渡り合うその姿が。

光輝が自分の"特別"を、理想郷の住人となる資格を与えようとしているのに、

その手を平然と振り払う姿が恨めしく妬ましかった、そして何より眩しかった。

 

「だから……そんな姿になったの?」

「そうさ!僕は君になるのさ!僕のなりたい僕になるのさ!」

 

これが……あの憎しみの眼差しの理由かとようやく合点を得るジータ。

その横で耐えられなくなったのか、シアが口元を抑える。

その背中をさすってやりながら、ジータは自分と同じ顔の恵里を睨む。

 

「ああ!いいよ、その顔だよ!ホントにキレイだ、これがもうすぐ僕の物になるんだあ」

「そうそう上手く行くわけないでしょ……」

「いくさぁ!南雲がエヒト様に、神様に勝てるわけないだろ、

そしてジータ、その時が君の死ぬ時で僕が君になる時なんだ!」

「結局、他力本願なんだね……それじゃ」

 

愛する者を手に入れることなど、何であろうと不可能……、

呆れ顔でそう続けようとしたジータには構わず、恵里は一方的に捲し立てる。

 

「君たちを皆殺しにした後、僕一人だけで戻るのさ、エヒトは倒したけど、

残りは全員死にましたって、それで二人で地球に帰るのさ」

 

そして恐らくはエヒトとともに……その余りに浅ましい考えに、

計画に唖然とするジータたち。

 

「僕の演技を見抜けなかったくせに、君程度幾らでも演じてやるさ!

南雲だってあんなに変わったんだから、多少の変化くらいどうにでもなるさ!」

 

上ずった口調は、いつの間にか素面へと戻りつつあった。

 

「ま、秘密を知ったからには、ここで死んで貰うよ」

「だったら自分からバラさないで欲しかったな」

「一度言ってみたかったのさ、それに大丈夫さジータ、

君の姿も家族もお金も、ぜぇんぶ僕が有効に使ってあげるよ」

「いくら光輝が鈍くても流石に気が付くわよ!」

「そうだねぇ……きっと許さないだろうねぇ~幾ら何でも、そしたら……」

 

雫の指摘に夢見るような表情を浮かべる恵里、その顔を見て一同は悟る。

もう、どちらに転んでも恵里に損はないのだと。

怒りと悲しみに満ちた光輝の手にかかることによって、

自らはその記憶の中で永遠に生き続け、光輝の心を永遠に縛り付ける……

そんな一種の復讐じみた愛を成就させることも、また恵里の望みなのだろうと。

 

そもそも、何もかも捨てた者が失うことなどないのだから……。

 

「光輝君は僕に優しかったんだ……」

「オマエ無敵だな」

 

シャレムの言葉に目を剥き笑う恵里。

自分の顔でそんな表情しないで欲しいなぁと思いつつも、

その何もかも諦めきったようでいて、そのクセ何かを期待している。

恵里のそんな半端な態度が、ジータには無性に気が触ってならなかった。

 

「ああ、そういえばこれも言っとかなくちゃね」

 

そんな苛立ちを覚えるジータをいなすかのように、また別の話題を恵里は持ち出す。

 

「誰か一人だけ助けてもいいって、エヒト様のお赦しを貰ってるんだ」

 

そして恵里は手を差し出す、自身に残った最後の揺らぎを吐き出すかのように。

 

「鈴……これが最後のチャンスだよ」

「……」

「僕はもうそっち側には戻れないけど、君がこっち側に来てくれるなら……」

 

その言葉は、明らかに中村恵理の言葉だろうと、

それもまた最後まで残った願いの一つなのだろうとジータたちには思えた。

 

「大丈夫だよ、ちょっと端っこで見てるだけで全部終わるから……そしたらさ、

全部忘れて普通の女の子に……」

 

その言葉を、願いを受けた鈴の身体が僅かに震える。

 

「鈴は結局……何もわかっていなかった、本当の恵里に気が付いてあげられなかった

ジータちゃんは、見てるだけじゃ、傍にいるだけじゃ分からなくっても仕方ないって

言うけど……それでも鈴だけは気が付いてあげないといけなかったんだ」

 

もしも、恵里の抱く光輝への想いに早く気が付いていればきっと……。

だが、同時にこうも思う、そうはならなかったから今があるのだ、

そこから目を背けてはならないと。

 

「鈴の親友の……恵理が……助けてくれるっていうなら、

鈴はその手を取ったかもしれない、でも……」

 

身体を、言葉を震わせながらも、これが友情への返答なのだと、はっきりと鈴は叫ぶ。

もう一つの心の叫びを、例え姿が変わってもという叫びを、必死で押し殺しながら。

己の迷いを断ち切るかのような、悲痛なまでの決別の叫びを。

 

「今のお前はもう……恵里じゃない!」

 

それは今から起こるであろう最後の死闘を、その結末を全て受け止めるという、

決意表明でもあり、そしてもう一つの決意でもあった。

中村恵理を……自分の親友を取り戻すという。

 

「そう、そうなんだ、光輝くんだけじゃ……ないんだ」

 

だが、そんな鈴の心中を察するべくもなく、

喘ぐような、誰にも聞き取れない小声で視線を上に向けつつ恵里は呟く、

そして灰羽を広げ、手にした剣を手前に掲げる、

と、同時に周囲の廃墟から、先程の魔物とはやはり一線を画す気配を纏う、

紅い瞳が爛々と灯って行くのが見て取れる。

 

「傀儡兵……」

「ああ、それもさらにパワーアップされた特別製だよ」

 

確かにそのフォルムは人間というより、魔物に近い、

恐らく従来の傀儡兵に魔物の肉体を合成したのだろう。

これはもはや傀儡というより、合成生物、屍獣兵と言ってもよい。

 

「第一の使徒エーアスト、 神敵に断罪を」

「第二の使徒ツヴァイト、 神敵に断罪を」

「第三の使徒ドリット、 神敵に断罪を」

「第四の使徒フィーアト、 神敵に断罪を」

「第五の使徒フィンフト、神敵に断罪を」

 

さらに上空には使徒の群れが再び姿を現す。

恵里の左右を固める指揮官級の直属なのだろう、これも強い力を感じてならない。

 

『アンブレディクト』『コラプス』

 

すかさず戦場を掌握すべく、ジータとカリオストロのデバフが飛ぶ、が。

傀儡兵や使徒はともかく、上空の名乗りを上げた五体の使徒には、

思ったよりも効果が薄いように見えてならなかった。

 

「効いて……いますよね?」

「ああ、一応な、けど見て見ろ」

 

使徒の纏う鎧から、淡い光のようなものが瞬いている、どうやら自己バフで、

デバフを相殺しているらしい……本当に取って置きをここで出して来たようだ。

 

「と、いうことはここから本気ですね!」

「うむ、上空は妾に任せよ」

 

シアがハンマーを勢いよく振りかぶり、ティオが竜身へと変化する。

 

「いいか、目的は殲滅じゃねぇ!あくまでも時計塔に、そしてエヒトの元に辿り着くことだ」

 

せめてジータだけでもと、その認識を新たにし、

一行は道を阻む傀儡ども、そして使徒どもへと突撃して行く。

 

「どうせジータに攻撃を集中してくるに決まっている!お前ら心得ろよ!」

 

 

一方、神域最深部、神の間では。

 

「何があったんだ?ジータの奴メッチャ怒ってるぞ」

 

正直、構う余裕はないのだが、それでも魂のリンクが伝えるその劇的な感情の変化は

無視することは出来ない、考えられる要因としては……。

 

「中村か……」

 

ジータにそこまでの怒りを与える存在は、今となっては彼女しか思い浮かばない。

但し怒りこそ伝わるが、不安や恐怖は感じないので、

その傍にはまだ仲間たちが健在なのだろう。

 

そんなハジメの様子を見て取ったか、光に守られたエヒトルジュエが、

煽るかのような笑顔を見せる。

 

「もう一人を、片割れを殺せば、お前も死ぬ……難儀なものよ」

「ジータは俺よりもつええぞ、そう上手くいくかな」

 

もちろんジータには心強い仲間が揃っているし、

ハジメの言う通りジータ自身も、彼にに匹敵する強さを誇っている。

だが、エヒトルジュエに取っても、時間を稼ぐという選択肢が存在しうることになってしまう。

 

「貴様は忌々しき男だが、その有能さが分からぬ程、我は狭量ではないぞ

もう一度聞く、イレギュラーよ、我の物となれ」

「そんな事を言って、隙を作らせるのか!」

「そうでもあるがぁぁぁぁ!!」

 

元より、ユエの身体を取り戻したいハジメと、ユエの魂を奪いたいエヒトルジュエ、

その構図が奇妙な膠着状態を呼んでしまっている。

互いにやり過ぎてしまい、勝つには勝ったが欲しい物を得ることが出来なければ、

元も子もないのだから。




恵里に関しては"悪"というよりも"狂"というイメージが自分に取っては非常に強いです。
そんな彼女の光輝への依存や執着心が、ジータという原作には存在しない異分子が加わることで
どうなるかを自分なりに考えた上で、こういう展開とさせて頂きました。

次回は前半ハジメパート、後半ジータパートです。


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末路

十三日金曜日、一つの決着。


ハジメとエヒトルジュエの戦いは奇妙な膠着状態を迎えていた。

ハジメの繰り出す鋼の軍団と、エヒトルジュエの光の軍団は、

確かに激しい衝突を繰り広げてはいるのだが……。

 

肝心の二人は、今の所は言葉を武器にしての舌戦を主だって展開していた。

 

「そういえば、我を矮小と言ったな?この創造神にして支配神であるこの我を」

「ああ……ユエのこともそうだが、大陸の外に隠れた竜人族を捉えられず、

そして大迷宮もを見つけることが出来なかった、自分が作った世界で、

生命であるにも関わらずな、神を名乗るには力が弱すぎる」

 

もちろん力の多寡だけで判断したわけではないと、ハジメは言葉を続ける。

 

「それに、全ての存在は比較対象があってこそ、己を認識出来る、

唯一にして単独の存在が、どうして自分自身を認識することが出来る?

増してや神であるなどと、従って……」

 

ハジメは導き出した結論をエヒトルジュエへと突き付ける。

 

「お前は神という概念を知っている世界の住人、そう、俺たちとさほど変わらない

単に強大な力を行使出来るだけの人間、いや元人間というべきかな」

 

ハジメの言葉に、エヒトルジュエは頷いた後、わざとらしくパチパチと拍手を始めた。

 

「見事と言っておこうか、確かに我は元々は異世界の人間だった、

ただ魔法の極みに至っただけのな……いい機会だ、少しばかり昔話をしてやろう」

 

エヒトルジュエは、滔々とハジメへと自身の過去を語り始める、

だからといって無論攻撃の手を緩めるわけではなく、その対処に四苦八苦しつつも、

ハジメもまたその話に耳を傾ける。

 

魔法文明を極め、疑似的な不老不死すらも可能となった世界、

そんな世界で研究者として生きていたと、

エヒトルジュエはそんな自身の故郷を、過去をどこか自慢げに、

そして寂しげに語って聞かせる。

 

「だが、発展し過ぎた世界が末期を迎えるというのは自然なこと、

我の世界も、その例に漏れなかった、といっても、資源が尽きたとか、

価値観、あるいは経済的、政治的な思想の相違から発生した終末戦争だとか、

そういうことが原因ではない、もっと、どうしようもない理由だ……」

「発展し過ぎたがゆえに、人々が生きる意欲を無くし、自壊したとかか」

 

ハジメの言葉に少し違うなと、エヒトルジュエは軽く首を振る。

 

「今思えば確かにそれも要因の一つだったのかもしれん、我らが飽いていたのも、

事実であったからな……何せ、世界に満ちる情報そのものに、

物質に、生命に、星に、時に、境界に、干渉できるようにまで魔法技術が発展しておったからな」

 

それがいわゆる神代魔法の基礎ではないのかとハジメは思った。

 

「そうなるとどうなると思う、お前ならば分かる筈だ」

「研究の名目で弄んだんだな、世界の理を……」

「そうだ、研究者とはいつの時代も好奇心を抑えられないものだ、

世界に広がった理への干渉技術は、まさにお前の言う研究という名の建前により、

玩具のように弄り回され……そして世界を壊す原因となったのだ」

 

そのエヒトルジュエの、かつて世界の理に挑んだ研究者の言葉は、

ハジメの胸に深く突き刺さった、その心境を悟ったユエが無言でその髪を撫でる。

 

「つまり世界を壊したお前を含む当の本人たちだけが、生き延びたってことか……

異世界に転移することで」

「そうだ、笑えるだろう、世界を壊した張本人たちだけが、

滅びから逃れることが出来たというのだから」

「で……お前らが辿り着いたのが」

「そうだ、この世界だ、驚いたぞ……何せ、我らの世界とは比べるべくもないほどに、

原始的な世界だったのだからな」

「そしてこの世界に文明を与えたということか」

 

オスカーの工房で、初めてエヒトルジュエの正体を、目的を知った時には、

どこのストラテジーゲームだ、シヴィライゼーションだと、ジータと二人して思ったものだが。

まさか現実であったとは……事実は小説よりも奇なりかと思いながらも、

光の奔流を迎撃していくハジメ。

 

「それから数千年、この世界はよく発展した、だが、反比例するように我々は、

"到達者"達は一人、また一人と生きる気力を失い、死の理を超越していたにもかかわらず、

自らその命を終わらせていった、我には理解できなかったが……、

最後に延命を止めた者は"もう十分だ"と言っていたな……」

 

"到達者"とは恐らく神代魔法、その真髄を個人で扱える者たちのことでもあるのだろう。

 

「そして結局、残った"到達者"は我だけとなった……どれだけの年月が経ったのか

日々、世界中にて、我の元へ訪れては祈りと供物を捧げる人間達を見て、

ある日ふと思ったのだ」

「全部壊してしまおうと……」

 

何故か自然に口を衝いて出たその言葉に、ハジメが驚きの表情を見せるのとは対照的に、

エヒトルジュエは我が意を得たりと笑う。

 

「何千年と守って来た全てを、己の手で蹂躙した時の我が心境が分かるか?

まさに悦楽であったわ、破壊とはこれほどまでに甘美な物であったかと

……ふふふ、破壊者たる我へと救いを求める民の祈りの滑稽たることよ

故に決めたのだ、この世界を我の玩具にしようと」

「……」

 

自嘲に満ちたエヒトの言葉に、ハジメはただ僅かに視線を逸らし、沈黙で返すのみだ。

 

「話を変えよう……今度はこっちの番だ、亜人と魔人についてだ、

あれもお前が産み出したものだろう」

「やはり面白いぞ、イレギュラー……何故気が付いた」

 

仕切り直すかのようなハジメの問いに、今度はエヒトルジュエが僅かに驚きの表情を見せる。

 

「あんたは自分の身体を欲していたんだろ、無ければ作るしかしかない、違うか?」

 

現在の魔物や、恐らく使徒もその副産物なのだろう。

その過程の中でどれほどの生命が失われたのかは、想像に難くはなかった。

 

「そうだ、故に待つしかなかった……この神域にて魂魄のみの姿でな、

そしてついに三百年前見つけたのだ、この身体を!」

 

エヒトルジュエは、歓喜の表情で己の頬を撫でつつ、ハジメへと叫ぶ。

 

「さぁ、そのお前が握るこの娘の魂を寄越せ!ここまで到達したお前ならばっ、

かつての我と似ておるお前ならば分かる筈だ!」

「ああ……よく分かったよ」

 

その"分かった"は、エヒトルジュエの期待するような声音ではなかった、

絶対零度の凍気を帯びたその響きは、絶対的な拒絶の意を孕んでいた。

 

 

「この世界がどうして歪なのかよくわかったよ、結局お前は……

お前の知る限りのことしか、しようとしなかったからだって」

 

しかし口調こそ態度こそ厳しいが、どの口がともハジメは思っていた、

それはスケールこそ違えど自分も同じだったのだから。

やりたいことをやっていると居直って、その実、出来ることにしか目を向けなかった、

かつての自分……その果ての末路に待つ物は……。

 

「新しい何かに手を伸ばそうとはしなかったからだって」

 

それでもハジメは思い起こす、転移の際、一瞬垣間見た神域の断片を、文明の残骸の数々を。

だから神は、エヒトルジュエは、かつて滅ぼした世界の劣化コピーしか、

造り出すことが出来なかったのだと。

 

世界が人々が己の手を離れたのならば、

彼らは、それを受け入れまた別の世界を求めれば良かった、

到達者を自称するのであれば、その方法も力もあった筈なのだから。

確かに、そのことに気が付いた時には手遅れだったのかもしれない、

だが、それでも幾百幾千の時間があった筈だ。

 

「お前に如何なる理由があれど、魔法であれ、科学であれ、人々の発展を妨げ、

その叡智を奪った者を、未知に手を伸ばす者を阻んだ者を、

知性ある者たちを家畜へと貶めた傲慢を俺は許すわけにはいかない」

 

お前もかつて探求する者であったのならば尚更と、ハジメは明確に、

しかし決して敵意だけではない感情を込めて、その寂しさを恐怖を理解した上で、

エヒトルジュエへと叫ぶ。

 

「安心したよ!エヒトルジュエ、お前はまだ人間だよ!神なんかじゃない!

孤独と寂しさで心が歪んでしまっただけのっ!ただの人間だっ!」

「若造の言うことかぁっ!勝てると思うな!小僧ォ!」

 

その言葉にさらなる得心を抱くハジメ、

きっとエヒトルジュエもまた、かつては自分たちとさほど変わらぬ、

ありふれた人間に違いなかったのだと。

 

 

 

そして廃墟では戦いの趨勢が決まりつつあった。

 

自身の数倍はあろうかという、屍獣兵を一刀両断に斬って落とす雫。

その腕は人間の肌の色ではなく、鈍く銀色に光っている。

 

変成魔法"天魔転変"魔石を媒体に自らの肉体を変成させて、

使用した魔石の魔物の特性をその身に宿すという、

変成魔法としては少々特異な魔法である。

 

さらに昇華魔法の力によって、雫はその得た特性を自分の肉体の部位に対して、

自在に使用することが可能となっていた。

 

さらに背後から、まるで空飛ぶ魚に手足を生やしたような、扁平な姿の屍獣兵が鋭く迫るが、

今度は雫の両足が鹿のように変化し、バク宙で頭上を取ると、

そのまま三枚に下ろすかのように斬って捨てる、

と、こうして複数の特性を使用することも、また可能となっている。

流石最後の三日間を、自分の特性に合った魔石の見極めに費やしていただけのことはあった。

 

(光輝が勇者の看板を背負うなら、私は八重樫の看板を背負うッ!)

 

自分に派手なギミックは必要ない、ただ孤剣のみでどこまでやれるのかを確かめる、

八重樫の武を異世界に於いても証明する、

それも今の雫が戦いに身を投じた理由の一つであった。

 

そして空ではシアとティオが中心となって使徒との戦いを繰り広げて……、

いや、それも既に掃討戦の段階に入りつつあった。

使徒の大半はティオとシャレムがすでに駆逐しており。

 

残る五体の指揮官級使徒の内、ツヴァイトはすでに地に落ち、

そしてフィーアトもまた、限界まで肉体を強化した、

シアのヴィレドリュッケンによる一撃を受け、無残にも頭を潰され、

また地へと落ちて行く。

 

と、いった風に、恵里たちは既に時計台の頂上まで追い詰められつつあった。

 

「どうしてっ!どうしてなんだよ!ここまでしたのに……」

 

姿だけではなく、全てが変わり果てたと言ってもいい、己を省み叫ぶ恵里。

その有様を、ただ悲し気な目で見つめるしかないジータ、

彼女とて言いたいことは山ほどあるのだ、だが……それは自分の言うべきことではない。

それを言葉にすべきなのは……。

 

「ねぇ……もう一度ちゃんとさ、お話しよ、鈴と」

「罵倒でもしたいわけ!話すことなんてないって!お前なんか恵里じゃないって!

さっき言ったばかりじゃないか!」

「うん……だから、もう一度恵里に戻ろ、ね」

 

あくまでも静かに、そして優し気に鈴は言葉を続ける。

 

「南雲君とカリオストロさんに頼んで、恵里を元の身体に戻してあげる……そしたら」

「いやだっ!戻ったりなんかするものか!もうあんな惨めな自分になんか戻りたくないっ!

この身体がいいっ、この顔がいいっ!ジータがいいっ!」

 

自分を守るかのように己の身体を抱きしめる恵里。

 

「例え姿が同じでも……恵里とジータは違う人間だよ……だから

鈴が……その弱い恵里を守るよ、そして二人で強くなろう、今度はちゃんと」

 

鈴はそっと恵里へと手を差し伸べる。

 

「馬鹿じゃないの!これだけのことをしておいて……許してくれるわけないじゃないか!」

「エヒトに操られていたってことにすれば何とかなるよ、そんなの」

 

実際は何とかなる筈がないことは、その場しのぎだということは承知の上で、

それでも鈴は恵里へと呼びかける。

どんなに姿形が変わっても、やはり中村恵理は、谷口鈴に取って親友なのだから。

例え、許されざる敵に回ってしまっていたとしても、誰がその死を望むだろうか?

 

だから鈴は必死で訴える、恵里へと。

 

「守るよ、今度こそ、見たでしょ鈴の戦いぶり、恵里とちゃんと話したいから

恵里を守れる強さがあるんだってところを見せたかったから、だから……」

「があああっ!」

 

叫びと共に、恵里から放たれた黒い何かが、鈴の身体を打ち据えるが、

それでも鈴は歩みを止めない。

 

「好きなんだよね、光輝くんのこと……でもそれは恵里が……、

中村恵理だからなんじゃないの?」

 

たどたどしい歩みを見せながら、それでも鈴は笑顔を絶やさず恵里へと手を伸ばす。

それとは対照的に恵里は怯えた表情を見せながら後退るのみだ。

 

「もしも……今のそれで光輝くんを手に入れたとしても、

それはジータちゃんが……光輝くんを手に入れたってことになっちゃうよ」

 

恵里の背中が時計の文字盤に触れる、もう下がれない。

 

「戦おうよ、ちゃんと中村恵理として、鈴も……今度こそちゃんとするからっ!」

「……」

 

恵里の表情は何かを思い定めたかのような物へと変わり、

そして鈴へと何かを口にしようとした時であった。

 

「僕は……すぶちゅ!」

 

……恵里の胸から突如として腕が生えた、

正確には背後から恵里の身体を貫いた何者かの腕が……。

恵里の背後で、斑色の何かが寄り集まり人の形を成していく。

その姿はジータには見覚えがあった……あの日魔王城で逃がした。

 

「アルヴヘイト!」

「いけませんねぇ!私からエヒト様の寵愛を奪うだけでは飽き足らず、

こうして手柄まで奪い取ろうとするだなんて」

 

アルヴヘイトは、恵里に対して憎悪の籠った嘲り口調で吐き捨てる。

その身から放たれる気は、あの日よりも遙かに巨大で禍々しく、

その禍々しさにもジータは覚えがあった。

神山で、イシュタルが纏っていたものと同じだと……。

 

アルヴヘイトは、恵里の胸から腕を引き抜くと、

さらなる手刀でもって、恵里の左肩口から右脇までを両断する、

ずるりとズレるような……まるで失敗したダルマ落としのように、

滑り落ちていく、恵里の上半身。

 

「え……あ……」

 

その余りにも劇的な展開に喘ぎ声しか出せない鈴、いや、鈴だけではない。

ジータも、雫も、シアも、ティオも、カリオストロやシャレムですらも、

金縛りにあったかのように身動きが取れない中、上空から無機質でありつつも、

鋭い声が飛ぶ。

 

「アルヴヘイト、お前にはエヒト様から抹殺指令が出ております」

「生き恥を晒すその姿を発見次第殺せ、イレギュラーよりも優先せよと」

 

ドリットとフィンフトが両の手の大剣を掲げ、アルヴヘイトへと急降下する。

だが、その剣はアルヴヘイトの首には届くことなく、逆に二人の身体は、

アルヴヘイトの身体から染み出した、斑色の影により捕捉され、

その影に触れた途端、二人の瞳が、表情がさらなる無機質な物へと変じて行く、

そして……。

 

ドリットとフィンフトは踵を返すと、

あろうことか同胞である筈のエーアストへと剣の切っ先を向けたのであった。

 

「なッ!何をするのです」

「「……」」

 

ありえない事態に困惑の声を上げるエーアストであったが、

もう二人の耳には届いていないのであろう。

何とか反撃を試みようとするも、やはり自身と同等の存在を二人同時に相手にするのは、

無理があったようだ、僅かな時間の内に見る間に追い詰められ、

 

「……ぐっ」

 

そしてくぐもった悲鳴のような一言を残し、両断されてしまう。

 

「お前……蛇に魂を売りやがったな」

 

そこまでのプロセスを目にしたところで、カリオストロが不快さを隠すことなく、

アルヴヘイトへと吐き捨てる。

 

「それがどうかしたというのですか?私は新たなる力を得たに過ぎません……そう」

 

アルヴヘイトは両手を掲げ、高らかに叫ぶ。

 

「エヒト様の寵を再び得るための力を!」

「影に飲み込まれるな!退け!」

 

カリオストロの鋭い声に、一度時計塔から退くジータたち、

その目に灰色の空が赤く染まっていくのが見え、そして次の瞬間。

巨大な図書館や、天地が反転したかような空間や、白いブロックが無数に浮遊する空間や、

見渡す限りの大海原が映し出され、そしてそこから無数の魔物たちが、

アルヴヘイトの招きに応じるかのように、廃墟へと続々と姿を現していく。

 

「構うな!オレ様たちは先を急ぐぞ」

「そうは行きません、ここであなた方は私の手柄となって頂くのです」

 

優越感に顔を歪ませながら、アルヴヘイトは次の世界への扉となっている、

時計塔を破壊する、その瓦礫に紛れて地に落ちて行く恵里の姿を見、悲鳴を上げる鈴。

その声を聞いたジータの表情で察したか、雫は鈴を抱き抱えると、

そのまま恵里が落ちた方向へと身体を宙に躍らせていく。

 

「無粋な真似しやがって、お前のような奴を場違いって言うんだ」

 

そんなカリオストロの声を聞きながら、雫と鈴の二人は倒壊した時計塔の瓦礫と瓦礫の間から、

何とか恵里の身体を引き摺り出していく……だが、その変わり果てた無残な、

まさに残骸と言ってもいいその身体に、雫は思わず目を逸らしてしまう、

それでも鈴は全てを受け入れんとばかりに、真っすぐに恵里の残りカスから目を離さない。

 

「鈴ちゃん、僕はね……満足……してるんだ……」

「うん……うん」

 

しゃべらないで、とは言わない、その代わり親友の最期の言葉を一字一句聞き逃すまいと、

鈴はひたすらに耳を澄ませていく、涙の中に何とか笑顔を作りつつ……。

 

「僕が……なりたかったものに……なれたから」

 

恵里の身体の断面からは、機械とも生物ともつかぬ、異様な物体が覗いている。

それは先程まで散々戦った使徒の肉体そのものであった。

 

「ね……もう、鈴ちゃんの知ってる中村……恵里っ、じゃないんだよ……だからっ」

 

苦しい息の中で、恵里はこれだけはとばかりに語気を強める、

最後まで自分を見捨てなかった親友を、自分から解放するために。

 

「鈴ちゃんのせいじゃ……ないんだ、全部僕がっ……僕自身で決めた……ことだからっ」

「でもっ……それでも鈴がもっとっ……」

 

声を詰まらせる鈴へと、しょうがないなとそんな笑顔を見せ、恵里は胸元から何かを取り出す。

 

「どうしても……捨てられなかったんだ」

 

それはひしゃげた何処にでも売っているような、ありふれた眼鏡だった。

自身の仮面であったと同時に、中村恵理と谷口鈴の思い出がある意味では詰まった、

そんな眼鏡を恵里は鈴へと手渡す。

 

震える手で自身のメガネを受け取った鈴へと笑顔を見せると、

恵里の瞳が急速にその光を失い始める。

 

「恵里っ!恵里っ!待って、まだ鈴を置いて行かないで!」

 

感極まった鈴の叫びは、もう恵里の耳には届いていないようだった、

遙かな遠くを見るように、そしてそこでようやく何かに気が付いたかのように、

ただ一言、ポツリと恵里は呟いた。

 

「光輝くんは……僕の……おとうさん……に」

「え?」

 

その言葉を最後に、中村恵里はもう動くことは無くなり、

そしてようやく許されたとばかりに、憚ることなく嗚咽を漏らす鈴と、

ただ拳を握りしめ立ち尽くす雫の姿が、その亡骸の傍に佇むのみであり、

そんな二人の悲しみをよそに、彼女らの頭上では再びの戦いが展開しているのであった。




アルヴの役は、途中でリタイヤしなければ本来檜山にやって貰う予定でした。

で、クラスメイトをハジメたちの手に掛けさせない、その手を汚させない、
というのもこの作品を書く上での目的の一つでした。
でないとやっぱり引き摺ると思うんですよ、ハジメは気にはしないんでしょうが……周囲が。
そういう意味でもあの世界はどこかおかしい気がします。
自分がクラスメイトだったとしてハジメに恩義は感じるし、感謝もするでしょう、
ですが、同時に恐怖も感じると思います。
いずれにせよ、わだかまりなくテーブルを囲むには相応の年月が必要でしょう。

恵里に関してはその狂気、執着を書いていきたいと思っておりましたが、
狂気キャラというのは、受け止められる相手がいてこそなんだなと認識する結果に。
普通の女の子に過ぎない鈴ではやはり荷が重すぎた感があります。

それから最期の言葉に関しましては、恵里はやっぱり失った父親の面影を、
どこか光輝に求めていたんじゃないのかな?という解釈で書かせて頂きました。

ちなみに檜山と恵里のカップリングもどうかなと思った時期もありましたが、
「なぁ恵里、俺たちってボニー&クライドみたいだな」
などと口を滑らせた檜山が恵里に殺られてしまうようなオチしか思いつかずボツに。

(檜山が恵里に絆されることはあっても、恵里が檜山に心変わりすることはないと思うんすよ、
個人的な見解ですが)

それから生存ルートも一応考えてはおりました。
ヒントは「冬が来ると訳も無く悲しくなりません?」です。

そして一方でハジメとエヒトのやり取りも、単なる敵同士としての物ではなく、
互いにある種のシンパシーすら抱きつつあります。
これは書いてるこちらとしては、少し予想外だったりしてます。
キャラが動くとはこういうこと?
それでもラストのハジメのセリフについては初期から言わせようと決めてはいましたが。

次回は地上の戦いをお届けする予定です。

それから余談ですが、原作をチェックしてて度々思ったのは
ハジメにしろ、光輝にしろ、香織にしても、
皆、押してはいる癖に、相手の心を開こうとはしていない気がしてなりませんでした。
理解を全て相手任せにしていたら、そりゃ上手く行く筈ありませんよね。


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地上の戦士たち

勇者は名も無き人々の為にこそ。
ということで、頑張っているのはハジメたちだけではありません。



ハジメたちがエヒトと、ジータたちがアルヴと対峙していた頃、

地上でも死闘が展開されていた。

 

ハジメたちイレギュラーの神域侵入を阻止出来なかったとはいえど、

自分らの目的はあくまでも地上の殲滅、そう思い直した使徒どもは、

双大剣を構え、銀翼をはためかせて一斉に降下し始めた。

 

その様は余りにも無造作で無防備に見えたのも無理はない。

多少の抵抗はあったものの、ただの人間が使徒に及ぶ筈もないのだから、

……本来の話では、であったが。

 

「撃てぇ!! 遠慮容赦一切無用だっ! 使い尽くすつもりで撃ちまくれぇ!!」

 

まずはガハルドの号令と共に、連合軍全ての兵士に配備されたライフル銃が、

要塞や塹壕に設置された大型ガトリングレールガンが、

さらには大型ミサイルが一斉に空を閃光で弾幕で埋め尽くし、

完全に虚を突かれた使徒の群れを次々と撃ち落としていく。

 

しかし第一陣が弾丸の雨の中に散っても、後続は次々と弾幕を掻い潜っていく、が。

 

「状況を確認、これより戦闘を開始する」

 

そんな凛々しき声が聞こえたかと思うと、弾幕をやっとの思いで潜り抜けたであろう、

使徒の頭を吹き飛ばす。

シルヴァ率いる狙撃部隊が一斉に改良型シュラーゲンの引金を引いたのだ。

その中には必滅のバルドフェルドこと、パル君の姿もある。

 

「フフ、この風……この肌触りこそ戦でさぁ!」

「……そ、そうか」

 

御年十歳の少年の吐く言葉とは思えぬニヒルさに、少し複雑な思いを抱きつつ、

シルヴァは周囲を督戦しつつも、時には自らが銃を取り、次々と使徒を迎撃していく。

 

ならばとばかりに、今度は遠距離から一斉に銀の砲撃が地上目掛けて降り注ぐのだが、

それもまたカリオストロの手により、さらなる改良を施された大結界によって阻まれる。

しかも要塞の屋上からは、自分たちの行動を阻害する聖歌までもが流れてくる有様だ。

 

使徒たちは誰彼ともなく、黒山のように寄り集まり、

あの時と同じように結界を力づくで突破しようと試み始める。

もちろん迎え撃つ側とて、そう来るのは百も承知とばかりに、

一層激しい銃弾の雨を使徒へとお見舞いしていくが、

的になることも、同胞の犠牲も覚悟の上で、使徒は結界の破壊を優先していく。

 

「ヴォルペン!どれくらい保ちそうですかっ!」

「あと二十秒……でしょうか」

「ならば大結界放棄後、錬成師隊は聖歌隊用の多重結界に集中を!」

「「「「「了解!」」」」」

 

リリアーナの指示を受け、

王国筆頭錬成師ヴォルペン率いる職人軍団の叫びが銃声に負けじと轟く。

 

「いいか!あの天才嬢ちゃんの仕掛けが発動するぞ、巻き込まれるなよ!」

「カウント始め!三、二、一」

 

ゼロの声と共に、神代よりこれまで、多くの危機を救ってきたであろう、

円柱形のアーティファクト、すなわち大結界の発動装置が木っ端微塵に砕け散る。

大結界がいつぞやと同じく、キラキラと破片を撒き散らして霧散していくのを確認し、

勝利を確信する使徒たちであったが、

その瞬間、自身を包む閃光に驚愕の表情を浮かべ銀翼を展開し守りを固めようとするが、

すでに遅い。

 

カリオストロいわく最後っ屁、大結界が破壊された際に、

その与えられた力を全て対象へと弾き返す、が、発動し。

結界に取り付いていた全ての使徒が、一瞬でその身を灰と化していく。

 

「「「「「おおおおおおっ!」」」」」」

 

その姿を見た兵士たちから、一斉に歓声があがるが、すかさずそこでメルドの叱咤が飛ぶ。

 

「戦いはこれからが本番だぞ!俺たち人間の強さを見せつけるのもな!」

 

その声に一時の勝利に気を良くしていた兵士たちは、再び気を引き締め、

空へと視線を移す、遙かな空の亀裂からは、そして神山からは再び使徒が、

魔物が溢れ出ようとしていた。

 

「さすがだなメルド、締めるところは任せたぜ」

「全く……面倒事は私に全て押し付けて好き勝手暴れるおつもりですか」

「後ろは任すと言っているんだ、この俺、ガハルドがな……っと来たぞ」

 

呆れ声のメルドを置いてガハルドが要塞に取り付こうとしている、

使徒の一体へと狙いを定め、

 

「お前らは聖歌隊の護衛に回れ!行けデビット!

神殿騎士団生き残りの意地を見せてやれ!」

「言われずとも!」

 

メルドの叱咤にも似た命令に、デビットら四人を中心とする、

神殿騎士団生き残り部隊が高らかに吼える。

誰よりも信仰に対して敏感でなければならなかったにも関わらず、

内心でその信仰に疑問を感じていたにも関わらず、偽神の教えを惰性で信じていたという、

過去を償わんとばかりに。

 

そしてその隣にはカム率いるハウリア族の部隊がいる。

神殿騎士と亜人族、世が世ならば生涯こうして肩を並べるどころか、

言葉を交わし合うことすらなかったであろう……そんな騎士たちの視線に気が付いたか

カムがニヒルに言い放つ。

 

「人間族だけにいい思いはさせませんよ」

「だがお前たち兎人族は本来戦闘には向かぬと聞くが?」

 

ハウリア族の実力を未だ知らない騎士の一人が不思議気な顔で問いかけ、

苦笑しつつもカムは応じる。

 

「例えそうだとしても……世界が駄目になるかならないか、でしょう?」

「やってみる価値はあるということだな、総員抜剣!」

 

デビットの号令に神殿騎士たちは一斉に剣を抜き放つ。

その唸りをあげ震える剣のみならず、鎧、籠手、兜、

彼らのあらゆる装備が全て最新鋭アーティファクトであることは言うまでもない。

 

「ハウリア族と連携し、司令部を死守する!続けッ!」

 

かくして司令部を、そして多重の結界に守られた聖歌隊を巡る攻防は激化していく。

連合軍が戦力を集中させれば使徒たちもまた、狙い撃ちにされるリスクを冒してでも、

戦力を集中させていく、上空はすでに使徒と、その使徒を撃ち落とさんとする光の雨で、

真昼の如き輝きを見せている。

 

そんな中で、聖歌隊を守る結界に上空に何体かの使徒が辿り着こうとしていたが、

 

「行かせない!」

 

そんな重々しい声が響いたと同時に、聖歌隊を守る結界に取り付こうとした使徒たちが、

そのままバラバラと地面に落とされていき、さらに結界から離れた場所へと、

引き寄せられていく。

 

そこにはパラボラアンテナのような形の背面武装を展開した一体のゴーレムと、

それを従えた柔道着を纏った巨漢、永山重吾の姿があった。

 

基本的に神代魔法を習得している、光輝、香織、遠藤、

そしてボディが特別性の龍太郎を除く生徒たちは、愛子の護衛に回ることになってはいるが。

永山に関しては、ずっと自重を、我慢をしてくれていたということで、

特別に攻撃側に参加することを許可されていた。

 

その我慢を、これまでの鬱憤を晴らさんとばかりに、

永山は地に落ちた使徒をその剛腕でもってちぎっては投げ、ちぎっては投げて行く。

その背後にはさらに六体の生体ゴーレムが控えており、永山のサポートを欠かさない。

 

そして頃合と見たか、リリアーナが光輝へと念話を送る。

 

『お願いします!』

 

光輝は自身の肩の上のミレディと視線を交わし合い、頷くと同時に旗を天高く掲げる。

この戦場の全ての戦士たちに届けとばかりに。

 

「見下ろすことしか知らない人形どもよ!地に生きる者の怒りを今こそ知れ!」

(全グラヴ・ファレンセン起動だよ~~っと)

 

光輝の叫びと同時に、ミレディが戦場の各地に備え付けられていた重力発生装置を

一斉起動させる、その結果、地上から五百メートルほどの位置にいた使徒の群れが、

一斉に地上へと落ちてくる、もっとも叩き落されたわけではなく、

双大剣を構え、むしろ臨むところとばかりにではあったが。

 

「……我らを地に落とそうと、アーティファクトで身を固めようと、所詮はただの人間、

我らに勝てる道理などありはしません、大人しく頭を垂れ、神の断罪を受け入れなさい」

 

そう不敵に宣言した使徒の一人であったが、次の瞬間、

ありえない速度と威力を備えたありえない一撃を受け、胴体を両断されてしまう……、

名も無き一兵士の手によって。

 

「その輝きは……」

 

そういえば、おかしいと上空で思っていたのだ、いかに装備を固めようと、

いかにこちらの行動を阻害されようと、そもそも人間と使徒ではその身体能力に、

雲泥の差がある筈だというのに、何故彼らはこうも互角に戦える?

 

「これは人類の存亡を賭けた戦いだぞ、限界の一つや二つ、

越えられなきゃ嘘ってもんだろう? さて、普通の限界越えにも慣れたころだ、

最強が与えてくれた最高の限界超え、クソ神の手下共にみせてやろうじゃねぇか!」

 

「この場に集う全ての戦士たちの皆さん!今こそ限界を超える時です!人の心の力を

心無き人形どもへと見せつける時です!」

 

光輝の号令に戦士たちが一斉に叫ぶ。

 

「「「「「「「限界突破ッ!」」」」」」」

 

人類総戦力限界突破、ハジメの遺した最後の強化策がここに発動した。

もちろんアーティファクトによる人為的なもののため、

様々なセーフティーは施しているものの、長時間は保たない。

だが、ここで命を惜しんで何になるというのか?

文字通り、世界が駄目になるかならないかの時、今が正念場なのだから。

 

その一方で、連合軍の象徴ともいうべき巨大甲冑に搭乗し、

旌旗を高く掲げる光輝の姿に目を細めるメルドとガハルド。

 

「あいつめ……本当にやるようになりやがった」

「フッ、お陰でこのガハルド、久々に一介の戦士に戻れるというものよ!」

 

ガハルドとて光輝の力そのものは認めてはいた、但し開花するまでには、

時間がかかる、いや、ともすると花開く前に手折られてしまう、

蕾のままで立ち枯れてしまうだろうと。

 

まさによくぞここまでと、男子三日会わざればの諺そのものだと感服せずにはいられない。

だが、同時にこうも思えてならなかった。

この僅かな期間でどれほどの荊の道を歩んだのであろうかと。

 

その光輝がついにここで動く。

 

「この旗ある限りっ!勇者ある限り!人間は不滅ッ!

邪神の走狗どもよ!勇者の前に道を空けよ!」

 

さらにジャンヌダルクも、その清楚な姿に似合わぬ大音声で雄叫びを上げ、

戦場に轟くその言葉もまた強烈なバフとなって、

戦士たちの身体を心を、大いに奮い立たせるのであった。

 

 

要塞を中心とし、死闘は続いていく。

 

使徒の攻撃目標は、どうやら聖歌隊に加え、新たに参戦した勇者へと、

二分されつつある。

 

一人の使徒が双大剣を振りかざし光輝へと襲い掛かる。

 

「そのような鈍重な姿でよくもっ!」

 

それは速度角度共に申し分のない一撃であった、普通ならば避けようのない、

普通ならば……。

だが、大剣が光輝を捉える瞬間、その姿が文字通り使徒の前から消失する。

 

「!!」

 

ありえない俊敏さ、そしてなにより運動の法則を半ば無視した相手の回避を、

疑問に思う間もなく、使徒の身体は袈裟懸けに両断される。

続いて複数の使徒が囲い込むように光輝へと斬りかかるが、やはり結果は同じ、

まるで居を外されるかのように大剣は空を切り、

そして代わりに自身の身体が両断される始末である。

 

「この甲冑……凄い」

 

甲冑の中で嘆息する光輝。

この甲冑、全身に施された重力魔法を付与した紋章により、

文字通り慣性を無視した挙動が可能となる。

つまり圧倒的な重装甲と、圧倒的な高機動という矛盾する二つの要素を、

両立させることが可能となっているのだ。

 

但し、弱点としてはやはり搭乗者には重力魔法への高い適性が必要とされる。

習得者以外が、例え習得こそしていても適性の低い者が動かそうとすれば、

数秒でGに耐えられず失神の憂き目となるであろう。

 

「ほらっ、ボサっとしない!上からまた来るよ!」

「分かってますから耳元で騒がないでくださいっ!」

 

ミレディにボヤキつつも、光輝は口内で聖剣技の詠唱に入る。

複数体の使徒が自身の射線の一直線上に入ったのを見計らい、

光輝は詠唱を完成させる。

 

『神威!』

 

甲冑の右手に握られた大剣から放たれたそれは、従来の神威の数倍の威力をもって。

使徒たちを真っ二つに斬り裂いていく。

 

しかし大技の隙を狙われたか、背後から忍び寄るように一体の使徒が剣を振りかぶる、が、

 

「へっ!天之河光輝の露払いはな、昔からこの坂上龍太郎の役目だって決まってるんだ!」

 

そんな声と同時に光を纏った正拳が使徒の頬を直撃し、そのままその頭を砕く。

 

「後は俺が固めてやる!ひたすら進みやがれ光輝!」

 

それが自分が憧れた天之河光輝なのだから。

 

「へへっ……昔を思い出すな、お前がいて、俺がいて、香織がいて、雫がいて、

グランとジータもさ……」

「ああ、けれどそれは昔の話だ」

「所詮は思い出……だよな」

 

懐かしい目をしつつ、それ以上はきっぱりと否定する二人。

 

より良き未来のために、互いに一人で歩む道を自分たちは選んだのだから

手を組み、肩を並べ合う関係であったとしても、決断を下すのは、

自分一人であるべきなのだから。

 

「それと露払いだなんていうのは止めろ、俺はお前をそんな風に思ったことは

一度だってないんだからな」

 

そんな光輝の言葉に、自分でも信じられないくらいにすんなりと頷くことが、

出来ていることに気が付く龍太郎。

それは長年友情の裏に潜んでいた劣等感が払拭された証でもあった。

 

(俺……やっと本当の意味で、お前のダチになれた気がする)

 

『光輝、右翼が薄くなりつつあります、お願いします』

『了解』

 

リリアーナの念話にあくまでも事務的に応じながら、戦場を移動する光輝たち、

だが、やはりというかその目に映るのは、使徒の前に力尽きて行く兵士たちの姿の方が

圧倒的に多い。

いかに能力の大半を削いていようと、ガハルドやメルド、シルヴァやジャンヌらのように、

個人で使徒と渡り合える者はそうそう多くはないという証である。

 

「「「人間バンザイ!勇者様バンザーイ!」」」

 

そんな恐らくは戦士たちの最期の声が光輝の耳に木霊し、

一瞬悲し気に光輝が目を伏せた時であった。

 

「香織か」

「だな」

 

その瞬間、戦場に癒しの光が駆け巡り、

傷ついた戦士たちが、いやすでに息絶えた戦士たちまでもが、

再び甦り戦列へと復帰していく。

 

だが、それを心強く思うのと同時に、

もう起きないでくれ、これ以上皆が戦わなくてもいいんだ……。

そんな思いもまた、光輝の胸中に広がって行く。

 

そんな彼の胸中を察したか、ミレディもまた静かに目を伏せる。

 

(戦とあらば、勝利のためならば友であっても塵芥の如く、死地へと送り込むべし、

これが今、君が立っている世界、勇者の世界なんだよ……)

 

そしてそれは自分たちがどうしても出来なかったことでもある……と、

過ぎ去った遠い戦いの日々を、彼女がふと思い出した時だった。

周囲から湧き上がるかのような熱烈な歓声があがる、

その歓声はアドゥル率いる竜人族がついに出陣したという証であった。

 

 

聖歌隊を巡る攻防もまた激化の一途を辿っていた。

 

もう何体目であろうか、永山が使徒の顔面を肘で潰したと同時に、

直接戦闘では分が悪いと見た使徒の一団が、永山めがけ水平射撃を実行する。

咄嗟に横っ飛びで回避を試みたものの、間に合わない何発かは……と、思った刹那。

 

「ここはアタシに任せるっす!」

 

そんな叫びと同時に白髪の騎士見習い、ファラが永山のカバーに入る、さらに。

 

「自分も加勢する!」

 

ユーリが裂帛の三連撃で使徒を次々と切り伏せて行く。

 

「二人とも愛ちゃんたちの護衛に……」

「重吾殿、我々二人だけではないのであります」

 

それはどういう?と、首を傾げる永山の前に。

 

「へへ……黙って飛び出してきちゃった」

 

優花、奈々、妙子、淳史、昇、明人の愛ちゃん護衛隊組が姿を現す。

とはいえ、ファラとユーリを後から送り出すあたり、愛子も実際は承知の上であったのだろう。

 

「ところで遠藤君は?」

「あいつなら……」

 

と、言いかけた永山の目の前で、使徒の首がズルリと背後から斬り落とされる。

 

「ま……まぁ、あいつのことだからきっと上手くやってるさ」

 

心の中で泣くんじゃないぞ浩介と詫びる永山君なのであった。




光輝君、そんなに勇者になりたきゃ、俺が勇者にしてやんよ、但し……。
これもこの作品の目的の一つでした。

以前にも書きましたが、彼は原作におけるハジメ以上のキーパーソンだと自分では思ってます。
ぶっちゃけハジメのいないありふれは想像できても、
光輝のいないありふれは想像できないので。

そんな彼の抱える数々の問題点につきましては、今更なのでここでは書きませんが。
一点だけ取り上げるのならば、彼が甘い奴ってのは皆散々指摘してますし、
実際そうだと思いますが、その甘さというのは、
書き方次第では作劇上絶大なアドバンテージになった筈なんですよね。
(例としては嘘喰いの梶ちゃんでしょうか)

そういう美味しい部分を原作では否定されてばかりいたのは、
やはり不憫かつ、勿体ないなと思わずにはいられません。

ただ贔屓の引き倒しのように、将来性や善性ばかりを取り上げるのは、
このキャラの魅力を却って損なうことになると思ったので、
自分がダメだと思った箇所についての矯正は、
一切妥協をしなかったのはここまでお読みになられた方々ならばご存知かと思います。

いずれにせよ、自分の考える勇者像の一つを、彼を通じて体現することが出来、
また、読者の皆様にも受け入れて頂けたのならば、作者としても嬉しい限りです。

と、纏めに入ってしまいましたが、
勿論まだ戦いが終わったわけではありませんので、もう少しお付き合いして頂ければと思います。


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赫奕たる異端-Hybrid Conscious

水着シャレムとシヴァ、二人とも天井で狙うには少し微妙かな……、
かといって季節限定でゾーイやナルメアのような人権級のぶっ壊れが来ても困りますが。

それからグラブルユーザーの皆さん、フォーチュンカードはいかがだったでしょうか?
私?私は……。



「エヒト様ァ!ご覧になっておられますかぁ~~」

 

赤く荒涼とした大地を頭上に掲げ、高らかに叫ぶアルヴヘイト、

その叫びに呼応するかのように雲霞の如く魔物が空から湧き出し始める。

 

「チッ!完全に蛇に取り付かれてやがる」

「どの道倒さねばならん相手だ」

 

明らかに常軌を逸したアルヴヘイトの狂態に辟易しつつ、

顔を見合わせるカリオストロとシャレム、そこにティオが声を掛ける。

 

「まぁ、むしろ余計なことを考えずに済んで良かったのではないかの」

 

その目は黒山の如き魔物の群れをしっかりと捉えている。

 

「ほう、随分とこれはまたやる気になっておるな」

「うむ、鈴のことを思うとな、手加減せぬわけにはの」

 

次いでティオは息絶えた恵里の目を閉じさせている鈴の方へも視線を送る。

ハルツィナでの死闘以来、彼女が鈴のことを妹のごとく目を掛けているのは、

もはや周知の事実である。

 

「だからこそ奴は許せぬ、無粋な真似をしおって」

 

妹分の切なる願いを穢した無粋者、すなわちアルヴヘイトへとまた再び視線を戻すティオ、

その手にはいつのまにか黒光りする鞭が握られている。

 

そしてその鈴は、恵里の見開いたままだった目をそっと閉じてやると、

一度だけ頬を拭い、そのまま力強く立ち上がる。

 

雫が何かを言いたげな表情を見せるが、鈴はただ首を横に振るのみでそれに応じる。

 

「……きっと、光輝くんにその姿、見られたくないよね」

 

そうであって欲しいという願望込みで、鈴はもう一度だけ恵里の方へと振り返る。

 

「さよなら……恵里」

「もういいのね」

「うん、今は……立ち止まるわけにはいかないから」

 

そう力強く鈴の顔はもう、かつての自分たちの後ろをチョコマカとくっついていく、

ちっちゃなムードメイカーのそれではないなと、雫には思えた。

 

光輝が、龍太郎が、香織が、自分が、鈴が、恵里がいた……教室でのありふれた光景が、

一瞬その脳裏に過る、だが、雫は少しだけ寂しげな笑顔を浮かべると、

やはりその首を横に振る、思い出に浸るのは後だ、まだ戦いは続いているのだからと。

それでも敵陣に斬り込みながら、人の運命はボタン一つの掛け違い程度で、

こうも変わってしまうのかとの思いだけは、彼女の頭を離れることはなかった。

 

(光輝や……私もそうなっていたのかも……)

 

そして上空では、刻々と自分たちを包囲するかのように増え続ける魔物を前に、

ティオが興奮と遠慮を隠さずに叫ぶ。

 

「これは手間が省けてよいの、どちらを向いても敵ばかりじゃ!」

 

無数の魔物の壁の奥にて、哄笑を続けるアルヴヘイトに届けとばかりに、

ティオは己の充実ぶりを示すかのように翼を広げ、黒色の魔力を集束すると、

それを一気に解放する。

 

「どうじゃ!圧縮貫通モードじゃ!」

 

槍の如く螺旋を描く一撃は、魔物の波を突っ切り、減衰を感じさせることなく、

アルヴヘイトの手前までは届いたのだが、空間が歪曲したかと思うと、

そこで光線は掻き消えてしまう。

 

「遠距離では無理かの、ならばっ!来よ、我が眷属――"竜軍召喚"!!」

 

ここが勝負所と判断したティオは出し惜しみすることなく、

取って置きを解放することを決意する。

と、いつの間にか戦場にばら撒かれていた"魔宝珠"から、

変成魔法とアーティファクトによって強化された、

百匹あまりの黒竜の軍団が現れ、一斉にブレスを発射する。

 

更にティオは、その手に持った黒い鞭を振るう、

空間魔法が付与されたその鞭先は、触れる者を打ち据えるだけではなく、

次々と切り裂いていく。

 

しかもこの鞭に隠された機能はそれだけでない。

群れのリーダー格であろう灰竜に目をつけたティオが、

その首筋へと鞭を巻き付け、締め上げる。

 

「生誕せよ、産声と共に、――"竜王の権威"!!

 

その高らかなる宣言と同時に、奇怪な叫びを上げながら灰竜の身体が変容を始めて行く。

僅かな時間で、かつてのそれとは正反対の姿に、黒竜へと。

魂魄変成複合魔法"竜王の権威"によって、対象の魔物を強制的に黒竜化させたのだ。

もちろんティオ単独の力ではなく、手にした鞭、攻撃武器であると同時に、

補助デバイスを兼ねた"黒隷鞭"の力の賜物ではあったが。

 

さて、次の標的は……と、視線を巡らすティオの目に、

やはりというかジータに魔物の攻撃が集中していくのが見える。

そのジータだが、何か目指すものがあるのか、時計台の残骸へと真っすぐに向かっている。

 

「ならば、道を開いてやるのが主従というものじゃの」

 

主従という自然と口を衝いて出て来た言葉に、苦笑しつつも、

ティオが軍団たちに新たな命を下すのであった。

 

 

一方、時計塔へと向かうジータとシアにはティオの見た通り、

魔物が集中して襲い掛かっているのだが、二人に取って厄介なのは、

生き残りの使徒を中心とした集団も、やはりというか

再びジータへと狙いを定め直し、攻撃を集中し始めたところであろうか。

 

「「抹殺します」」「「抹殺します」」

 

そう、ドリットとフィンフトが無機質な言葉を繰り返しながら、

双大剣を振りかざす、その目は濁った斑色に染まっている。

 

惜しいな、という思いが一瞬シアの頭に過る。

数々のアーティファクトに加え、自己バフによる身体強化によって、

今のシアのステータスは四万以上の数値を誇るようになっている。

例え敵であっても、その全力を受け止められる、受け止めて貰える存在であった、

五体の使徒にシアは畏敬にも似た思いを微かに抱いていたのだ……それを。

 

「本当のデク人形にしてしまうだなんて!」

 

シアは怒りを込めて、ヴィレドリュッケンをもう一度しっかりと握り絞めた時だった。

この領域に入って以来、さらに冴えわたっている、自身の"未来視"が、

一つの予兆を彼女に垣間見せる。

 

「ジータさん、チャンスは一度です、よく聞いて下さい」

「シアちゃん、未来が見えたのね」

 

ジータに頷くと、シアは瓦礫の中のとある箇所を指で指し示す。

 

「あの崩れた時計台のⅨの文字盤の所にハジメさんの姿が見えました!

そう時間はありません!走って!」

 

返事よりも早くジータはシアに言われた通り、

瓦礫の中に半ば埋もれつつある文字盤へと急ぎ、

それを察知したドリットとフィンフトが、

やはり機械的な挙動で以ってその行く手を阻もうとし、

そうはさせじと割り込みをかけるシアへと、双大剣を今一度構え斬り込んでゆく。

 

傍から見るとそれは脅威に満ちた、鋭き一撃に見えただろう。

しかし歴戦を掻い潜った者たちには、シアに取ってはそれは何の意思も感じさせない、

ただ数値任せの雑な一撃にしか見えなかった。

そして力任せのゴリ押しならば、シアの右に出る者はいない。

 

「力任せの吶喊なら誰にも負けないですぅ!」

 

叫んでから少し空しさを覚えたが、ともかくシアはついに禁断の扉を開ける。

 

「――肉体強化"レベルⅦ"ッッ!!」

 

まさに天井知らず、ついにシアの筋力を初めとした身体系のステータスは、

五万の域を突破し、白金の鎧による自己バフで相殺しているとはいえど、

ジータの黒霧と、カリオストロの重力によって戒められた身体では、

増してや意志を失った身体では、原初の使徒といえどもその相手など務まり様がない。

 

「おおおおおおっ!」

 

ブンブンブンブンとまるでヘリコプターのプロペラのように、

巨大槌ヴィレドリュッケンを振り回すシア、

一見ただ闇雲に力任せに振り回しているようにも見えるが、そうではない。

計っているのだ、二体同時に使徒を潰せる軌道を……。

 

「見えたです!」

 

筋力同様に強化された動体視力が、

ドリットとフィンフトが同一曲線上に並ぶタイミングをキャッチする。

そしてシアはその軌道をトレースするかのように、遠心力をたっぷりと乗せた、

戦槌の一撃を振り下ろす。

 

二体の使徒は僅かに驚いたような表情を僅かに見せたが、遅い。

シアの全力を込めた文字通りの鉄槌によって、纏めて圧縮されるかのように、

全身を叩き潰され大地の染みとなる。

 

その手応えを感じつつも残心するシアの目に、見る見る遠ざかるジータの背中が見える。

 

「後は任せたです、ハジメさんとユエさんの傍へ……」

 

その手に握られた闇属性の剣、虚空の裂剣でもって、

道を阻む魔物を切り伏せながらシアに指示された通りの場所へ、文字盤へと急ぐジータ。

 

魔物どもの能力は、ほぼ半減しており、今のジータの敵ではない、

だがその数の多さと、自身へと集中する攻撃がジータの足をどうしても遅くする。

 

「あと少し……なのにっ!」

 

文字盤からはシアの示唆した通り、ハジメからのリンクが強く伝わってくる、

だが、それが余計に焦りに繋がり、お世辞にもその動きは効果的とはいえなくなっている。

しかもリンクが強まるに従い、自分の身体に走る痛みの数々、

すなわちハジメが受けているであろう傷の痛みも、またジータの心を不安で苛んでいく。

 

「うっ!ま……また……」

 

自分の肌に幾つもの筋が走ったかと思うと、そこから薄くではあるが血が滲み始める、

致命傷ではないとはいえ、ハジメが深手を負ったことは間違いない。

 

(いつもなら……ここまで)

 

最後の戦いにいつも以上に昂っていることもあるのかもしれない、

しかし今、自身が感じている現象や、シアの未来視もそうだが、

どうやらこの領域は魂魄に関わる何かを、より増幅させる効果があるのかもしれない。

 

と、そこに魔物の吐いた火球が迫るが、一瞬回避が遅れてしまう。

 

(間に合わな……)

 

「動きがバラバラよ、ウチの道場で何を教わって来たのかしら?」

 

しかしそこで蒼の光を放つ太刀が、間一髪で火球を両断する。

 

「ステータス任せだからそうなるのよ、また今度道場へいらっしゃい、鍛え直してあげる」

「雫ちゃん」

 

さらに追撃の火球がダース単位で飛んでくるが。

 

「へへーん、鈴を忘れて貰っちゃ困るもんね」

 

その半数は先程と同じく、雫の手により切り払われ、

残りの半数も鈴の障壁により阻まれる。

そしてさらに上空からはティオ率いる黒龍軍団のブレスが、

そして背後では巨大槌を振うシアの姿がある。

 

彼女らの気持ちは全て同じである、一刻も早くジータをハジメたちの元へ、と

 

「ありがとう、みんな」

「お礼は後でいいから、早く南雲君の所に行って!」

 

が、そこに来てハジメとの一旦は強まったリンクがまた遠くなっていく、

空間が閉じようとしているのだ。

 

「間に合うの!間に合わないの!?だったらっ!"聖絶・爆"!」

 

さらに加えてイナバ、―――鈴がオルクスで捕まえ、変成魔法で従えた蹴りウサギが、

タイミングを合わせてジータの背中へ衝撃波を蹴り送る。

"聖絶・爆"に加えて蹴りウサギのパワーが合わさった爆風を背に、

かくしてジータは一気に宙を飛び加速し、その勢いのまま、スポンと文字盤の中へ、

今まさにエヒトと対峙するハジメのいる空間へと吸い込まれていくのであった。

 

 

そして神域最深部では、じりじりと対峙を続けるエヒトルジュエとハジメの姿がある。

片やユエの肉体、片やユエの魂と、互いに迂闊に切れない切り札を握ったままで。

だが、ハジメの表情はどことなく渋く、憂いを浮かべているようにも見える。

何故ならば彼は知ってしまった、神も、かつて自分と同じく世界の真理を求むる者であり、

そしてそれ以前に、ありふれた人間の一人に過ぎなかったということを。

この状況でこんな思いを抱いてしまうあたり、彼も、

南雲ハジメもまた一個の人間であるという証なのかもしれない。

 

だからこそ、そんなハジメの揺れ動く心を察した神は、

エヒトルジュエは、また誘惑の言葉をハジメの心へと打ちこもうとする。

 

「なればこそ我が与えようというのだ、無限なる力を、知識を、

そして伝えようというのだ、幾億の愉悦を……さぁ我と共に世界を巡るのだ

イレギュラーよ、お前にはその権利が、資格がある」

「違う!力も知識も、その先にある叡智も自らの手で得るべきものだ!

かつてのお前もそうだった筈なんじゃないのか!」

 

ハジメの叫びは目の前のかつて人であった神もそうであった筈、

そうであって欲しいという正しく願いの響きを帯びていた。

 

「だからこそ俺は……そんなことすら忘れてしまったお前から学ぶことなど何一つない!」

 

心の揺らぎを振り払うかのようにハジメがさらに言葉を続けようとした刹那であった。

白の世界が僅かではあったが、身じろぐように揺れ動く。

 

「アルヴヘイトか?……これは一体」

 

その瞬間ハジメが一気に動いた。

 

エヒトルジュエはユエの肉体のみしか掌握出来ていないが故に、

本来の身体能力や戦闘技術を、十二分に発揮は出来てはいないのは明白だ。

そしてこちらもユエの魂を握っているからこそ、

リスクを冒すことが出来ずにいたことも事実であり、

それが互いの自重を警戒を生み、奇妙な膠着を生んでいたのも事実である。

 

だが、エヒトルジュエに取ってみれば、ここは本拠地、

守りを固めれば有利なのは、どちらの方なのかは明白だ。

だからこそハジメは待った、外の仲間たちが、

必ず状況を動かしてくれるであろうことを信じ、そしてその賭けにハジメは勝った。

リスクを冒してでも攻めに転じるべき時が来たのだ。

 

そう、ついに状況は動いた、一人の少女を巡る、神なる者の壮大な誘惑と、

人たる者の壮絶なる決意が激突する戦場は、ついに最終局面に入ったのだった。

 

「させぬわ、届きはせん、届かせはせんぞ!」

 

エヒトルジュエは"天在"を―――、どうやら単にアーティファクトを転移させるだけではなく、

術者自身の転移にも使えるらしいを、行使しひたすらに逃げに徹していく。

彼とて分かっているのだ、ハジメの身体から立ち上る紅い魔力を……、

これが最初にして最後の猛攻なのだということを。

 

「ゲートなしで転移!?お前の専売特許だと思うな!」

 

ハジメの声と共にエヒトルジュエは見た、

眼前に浮遊していた一発の弾丸がスッと消えたかと思うと、

刹那、そこにハジメが出現したのを、

そう、まるで弾丸とハジメの位置が入れ替わったかのように。

 

――特殊弾 エグズィス・ブレット。

 

空間・昇華複合錬成による特殊弾で、能力は起点と各弾丸の座標位置の交換。

最終的には転移と転移の追いかけっこになると予測していたハジメが、

事前に戦場に大量にバラ撒いていたものだ。

 

――幻想投影型アーティファクト ノヴム・イドラ。

 

使用者に重ねる形で、微妙に位置をずらした映像・気配・魔力等を纏わせ、

同時に、相手の認識に干渉して偽装を真実と誤認させるアーティファクトである。

原理は子供騙しに近いが、この僅かな一手の差が、

決定的な齟齬に繋がり兼ねないこの状況に於いては、絶大な効果を生む。

 

転移と分身、これらを用い、怒涛の如くエヒトルジュエに何とか肉薄しようと試みるハジメ。

しかし、ここで逃げに徹していたエヒトルジュエが攻勢に出る。

一切の予兆、予備動作なしにエヒトルジュエの周囲の空間が断裂し、

勝負を急ぎ過ぎたハジメの身体を切り裂いていく。

 

「ッッ!?」

「ハジメェッ!」

「驚くことではない、これは"神剣"といって、伸縮自在、空間跳躍攻撃可能な魔法剣よ、

狙いが定まらぬなら、空間そのものを攻撃で飽和させればそれでよいだけ」

「しかも……誘導、防御貫通機能をも備えた……魂魄魔法か?」

 

こんな時であってもつい分析せずにはいられない、そんなハジメの姿に、

エヒトルジュエが僅かに何かを懐かしむような表情を見せる。

 

「ハッ!とんだ隠し玉があったもんだ」

「お前には及ばぬよ、まだまだ手品の種は尽きてないとみた」

 

実際はこの神剣、今のエヒトルジュエに取ってはかなりの負担となるのだが、

それでも、数回は放つだけの余裕はある。

その証拠とばかりに、再びエヒトルジュエが神剣を振るう、と、

生き残りのクロス・ヴェルトとグリムリーパーたちが、

無残にも細切れにされて爆発四散してしまったのだ。

 

「が……ふむ、どうやら種は尽きているようだな……」

 

ここに来て、見下ろすような笑みを見せるエヒトルジュエ、

その声音に一種の諦観が潜んでいたのは、決して気のせいではない様にハジメには思えた。

 

「だが、それでも殺さぬ、お前には特等席でお前の故郷、地球とか言ったな、が、

滅びゆく様を見せてやろう……我にここまで刃向かいし者への礼というものよ」

 

(あと一手……いや……二手あれば)

 

ここまで来て、と、歯噛みするハジメ、あの時……自分たちが救出に向かった時の、

天之河たちもこういう風に思っていたのかもしれないなと、そういう思いが頭を過る。

そういえばちょっと前にもこういうことがあった気が……確かあの時は……。

 

その時、奇跡が起こった。

 

エヒトの頭上の空間が突如として開き、そこからなんと半ば吹っ飛ばされるようにして、

ジータが姿を現したのだ。

 

「わっ……わわっ」

 

泡を喰いつつもバランスをどちらが上か下かも分からない空間の中で立て直し、

何とかジータは着地する、但し……あろうことかエヒトルジュエの頭上に、であったが。

 

(エ……エヒトを踏み台にしたぁ!?)

 

「え……えーっと……」

 

ジータも、ハジメもそしてエヒトルジュエすらも一瞬硬直してしまう、

このありえない事態の中、ただ一人冷静に動ける者がいた。

 

「ハジメッ!」

 

懐の中のユエの鋭い声に、我に返るハジメ、そしてジータ、

一瞬遅れてエヒトルジュエが再び神剣を展開するが。

 

「受けただと!バカなっ!」

 

絶対命中にして防御無効の神剣が、

ハジメの左手のシュラークによって受け止められているという事実に、

驚愕の声を上げるエヒトルジュエ。

 

「いったい、なにを――」

「錬成しただけさ」

 

――魂魄魔法無効化アーティファクト デリスァノース。

 

魂魄魔法による誘導攻撃ならば、

それを誤認させる擬似的な魂魄を付与してやればいい、簡単な話に聞こえるが、

それを即興で行うとなると、話は別である。

 

「こんなこともあろうかと(サナダ・エフェクト)ってヤツだ」

「一度見ただけで対策を立てるか」

「ああ、俺はお前以上の天才に教えを受けているからな」

 

そしてついに有効距離に、エヒトルジュエの圏内に入ったことを確認すると、

大リーグボールもかくやと思わせる程に腕を大きく振りかぶり、

ハジメは渾身の力を込めて、右手に握ったユエをエヒトルジュエへとぶん投げる。

 

「行ってこいユエ!お前の身体はお前自身が取り戻せ!」

 




サナダ・エフェクト
その時必要な物を予め用意していたかの如く、即座に使用可能とする概念魔法。
ただし南雲ハジメが開発・生産可能な物に限る。
と、いうのはあくまでも冗談のはず。

次回いよいよ決着。


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The Right Stuff

クライマックスということで長いです。


錬成によって形作られた急場凌ぎであった筈のユエの身体が、

エヒトルジュエに接近するにつれ、光の球体となって行く。

 

最初はあくまでも急場凌ぎであったことは間違いない、

だが、ミレディに、そして光輝に託された神滅の短剣を参考にデチューンされた、

今のユエの肉体は、不自然なまでに飾り付けられたドレスは、

それら全てが概念魔法によって織られた、強力な対魂魄にして対神兵装である。

 

それにハジメは、あの時ただ光の柱に縋りついていただけではない、

再びの戦いに備え、いわゆる乗っ取りのメカニズムを解析していたのだ。

それらによって導き出された解答が、結論が光の繭となって、

エヒトルジュエ、ひいてはユエの肉体を包み込む。

 

『一度ならずっ、二度までも……だがタダではッ!この身体ッごとッ』

 

そんな明らかにユエの声帯を使った物ではない声が繭の中から響くと同時に、

一瞬、繭が業火に包まれる、奪われるなら自分の手で壊すという寸法か?

しかし。

 

『ディレイⅢ』

 

強力な攻撃遅延効果を発揮するジータのアビリティによって、

業火は瞬く間に消滅していく、そして、実際に聞こえたわけではないが、

ハジメたちは確かに耳にした、何かが引き剥がされるそんな音を。

そして、繭の中から影を振り払うようにして、

紛れもないユエが、まさに蛹が蝶となったかのように、

黄金の髪を靡かせ姿を見せるのであった。

 

「……んっ、ただいまハジメ」

「一応さっきまで一緒にはいたんだけどな、でもおかえりユエ」

 

ハジメの腕の中でギュギュっとぐーぱーをしながら、

数日振りの自分の肉体の感覚を噛みしめるユエ、

その髪をいつの間にか隣に移動していたジータが優しく撫でてやる。

 

過剰な言葉も表現もそこにはない、

そんなものはこの三人には今更必要などないのだから。

 

そんな三人を引き裂かんと凄絶な殺気と共に莫大な光の奔流が襲い掛かるが。

無粋とばかりにユエが手を突き出すと、瞬で張り巡らされる光の障壁が、

それらを全て防ぎきる、それはユエの力が万全であるという証である。

 

その障壁を隔てた先には、光そのもので出来た人型が浮遊している。

 

『やはりお前たちは面白い……』

 

器を再び奪い返されたという屈辱と、口惜しさの中、

その口を衝いて出たのはエヒトルジュエに取っても意外な言葉だった。

 

『だがここは【神域】魂魄だけの身となれど貴様らを圧倒するくらいわけのないことだっ!

ここからが本当の勝負というものよ!見よ!』

 

エヒトルジュエはクロス・ヴェルトとグリムリーパーの残骸をハジメたちへと指し示す。

 

『貴様らは既に矢尽き、盾折れた状態ではないか!』

「何言ってやがるんだ、実質俺一人も圧倒出来なかったくせしやがって

俺たちはな、三人揃ってこそなんだよ!」

 

ハジメがドンナーとシュラークを構え、高らかに吼える。

 

「ハジメちゃんの言う通り、私たちは三人で最強なんだよ」

「……んっ、私たちは無敵」

『神に対して誇るか?ならばその増長、今度こそ砕いてくれるわ!』

 

エヒトルジュエも負けじと言い放ち、神剣を発現させんとするのだが。

 

『アンブレディクト!』

 

すかさず放たれたジータの黒霧がエヒトルジュエの動きを拘束していき、

結果、放たれた神剣は、ハジメらに取っては鈍ら以外の何物にしか感じることはなかった。

いかに神性を持っていようが、剥き出しの魂魄しか持たぬエヒトルジュエに取って、

ジータのデバフはより強く効果を発揮するようであった。

 

『神の行動すらも縛るか……お前こそが本当のイレギュラーだったようだな』

 

ジータへと吐き捨てるように言い放つエヒトルジュエ、その言葉も見誤った悔しさよりも、

興味の方が勝っているような、どこかそんな響きがあり、

それを受けたハジメとユエが"やらんぞ"とばかりに、

ジータの身体にギュッとしがみつき、そしてユエがそっと二人に耳打ちする。

 

「エヒトは……終わりたがってる、心のどこかで」

 

恐らくそれは、南雲ハジメが魔王としてこの場に立っていたのならば、

目の前の存在を単なる敵としてしか見做すことが出来なければ、

エヒトルジュエの中に決して芽生えることも、気が付くこともなかったであろう感情だった。

 

エヒトルジュエはそんな自分の中に、微かに芽生え始めた思いを否定するかのように、

パチンッと指を鳴らし雷の雨をハジメたちめがけ降らせるが、

本来ならば雷神槍とでも呼ぶべき威力を誇っていたであろうそれも、

もはや何ら脅威と感じられぬ、散発的な物に過ぎなくなっていた。

 

ジータのデバフの影響もあるのだろうが、

不完全なユエの身体を行使したがゆえの消耗が影響してないとは、

決して言い切れないだろう……何より、その心の中の思いも。

 

そしてハジメとジータは互いの掌を重ね、天へと腕を掲げ、

互いの口から自然と言葉が紡がれる。

 

「始原の竜」

「闇の炎の子」

 

絶対不可侵を誇る神域が再び鳴動を始め、それが遙かな高次元からの干渉であることを悟った、

エヒトルジュエの身体から、信じられないことに抵抗の意が抜けてゆくのを、

ハジメたちは確かに察していた。

 

何より当のエヒトルジュエ本人ですら驚いているのだ。

それは諦めゆえのことではなく、自分の中に、とうに消え失せた筈の、

未知なる物への興味がまだ残っていたということに……いや。

 

(思い出したということか……我としたことが)

 

昔語りが過ぎたか……いや、それだけでは、と、

ハジメへとエヒトルジュエが視線を向けるのと同じくして。

 

「「汝の名は、バハムート!」」

 

二人の召喚に応じ、神をも凌駕する至高にして最強の竜が、

全ての始まりと全ての終りを司る究極にして絶対の存在がついに顕現し、

人の手では決して産み出すことの叶わない輝きを帯びた、星砕きのブレス、

その名も『完全なる破局』(カタストロフィ・ノヴァ)が、

エヒトルジュエの身体を直撃する。

 

その始原の、純粋なる破壊の光が自らを焼いていくのを感じながらも、

エヒトルジュエは真なる神の、いや神以上の存在の輝きをこの目で焼き付けんとする。

それは卑しくも神を称する者の行うことではなく、探求者の行為だと思いながら。

 

(イレギュラー……いや、ありふれた者よ、我を神の座から降ろしたか)

 

「俺たちはお前を殺さない、その怨念を殺す!」

 

かつては自分たちとそう変わりはなかったであろう、かつて人であった神へと

パイルバンカーを構えるハジメ、その切っ先には破局の光が、

神殺し、いや全てを滅ぼす光が宿っているのは言うまでもない。

 

その光が目に入った途端、何故かエヒトルジュエの動きのみならず、

断続的に繰り返されていた光の奔流が全て止まる。

 

『ならば!我を……神を殺してみせろ!

かつては我と同じであった到達を目指すありふれた者よ!』

 

幾万の時を生きた、かつてのありふれた者が叫ぶ、

お前に、お前たちにだけは許す、何者でもなかった我によく似たお前たちならばと。

"後継者"へとエヒトルジュエはまるで誘うかのような姿を見せ、

そしてハジメがジータがユエが、それに応じるかのようにパイルバンカーに手を携えていく。

 

【我らに未来を!叡智の光を!】(世界に夜明けを!)

 

エヒトルジュエの視線とハジメの視線が交錯し、

その刹那、エヒトルジュエは小声ではあったが、とある言葉をハジメたちへと口にする。

 

「……お前」

(そこまで言うのならば……抗って見せよということだ、"後継者"たちよ)

 

そして深紅の閃光が神の、かつてのありふれた者の胸を貫く、信じられない程に易々と。

胸元にぽっかりと空いた穴にただ手を這わせる、エヒトルジュエの表情は伺い知れない、

だが恐らくは、幾万年ぶりかの充足感を覚えているであろうことは、

ハジメたちにも伝わっていた。

 

『ああ……』

 

足掻くことはまだ可能である、だがエヒトルジュエはそれは止めた。

足掻くよりも……何かを思い出す時間が欲しかったから。

 

(ふふ……解放者とか名乗っておきながら、徒党を組むしか能の無かった、

あの連中どものことを思い出すとはな……)

 

長きに渡り君臨した時間の中で、唯一にして明確に己に牙を剥いた者たちのことを、

エヒトルジュエは思い出していた。

 

(……憎んでも憎み切れぬ神が、我が、こんな最期を迎えたことを知れば……

奴らはどんな顔をするであろうか?)

 

自身の崩壊する仮初の肉体、すなわち何ら防壁を持たぬ魂魄の崩壊、

完全なる存在の消滅を意識しつつも、エヒトルジュエは最後にこう呟いた、

ようやく理解が出来たかのごとく。

 

(もう……充分、か)

 

こうして、エヒトルジュエは虚空に溶け込むようにして消滅する、

それはこのトータスの地を、幾万もの時を統べて来た神の最期としては、

あまりにもあっさりとし過ぎている様に思えた。

 

「あっけなかったね……」

「勝手に満足して、とっととくたばりやがった……」

 

ハジメたちにとっては、どれほど煮えたぎったセリフで飾ろうとも、

所詮は異世界の、自分たちの道を阻む敵に過ぎず、知らされた悪事についても、

いわば記録に過ぎない以上、そこまでの思い入れがあるわけではない。

だが……もしもミレディやリューティリスが、いや彼女らに限らず、

神の気紛れに全てを失った者たちが、この最期を目の当たりにでもすれば、

どう思うだろうか?

 

「せめてもの……ってことかも」

 

でなければこのモヤモヤの説明がつかない、人々を長きにわたって苦しめた分、

お前も苦しんで死ねとは思わないが……。

 

「なら、やっぱり……神じゃないな、何処まで行っても人間の延長にあいつは過ぎなかった」

 

そこで二人はユエへと、文字通り神によって運命を狂わされた少女へと、

どうしても視線を向けざるを得なくなる。

 

「……どうでもいい、勝ちは勝ち」

 

その言葉とは裏腹に、やはり何かは抱えているのだろうと二人には思えた。

 

そんな中で座る者を失った玉座を眺めるハジメ、その瞳に意味深な光を籠らせて。

 

「……まさか」

 

自分を囲むジータとユエの視線が険しくなっていく。

あの時……遺言めいたエヒトルジュエの最期の言葉を彼女らは思い出していた。

 

『我が遺産……全てくれてやるわ、神を討った褒美、我を人に戻した褒美としてな』

 

その遺産とはこの世界、トータス全てを指しているのだろう。

そしてそれを受け継ぐということは……。

 

「心配するなよ、世界だなんて俺のポケットには大きすぎらぁ」

 

二人に笑顔で応じつつも、ハジメは同時にこうも思う、これは挑戦なのだと、

今のお前たちは、南雲ハジメは神を殺したに過ぎないのだと。

 

(お前が諦めた場所へ、到達者を称する者たちが到達しえなかったさらなる地平へ)

 

そこへ辿り着いて初めて、南雲ハジメはエヒトルジュエに勝ったことに、

いや、救ったことになるのだろう。

ハジメはかつて神であったありふれた者の最後の置き土産に、

心躍る物を感じずにはいられなかった、それが危険な夢であることを承知の上で。

 

(けれど……)

 

ハジメは自身の影に語った言葉を思い出す。

未来はきっと自分ただ一人だけで切り開けるものじゃないし、決まるものではないと。

ジータ、ユエ、シア、ティオ、香織……いや、彼女たちだけではない、

南雲ハジメに関わった覚えている限りの全ての存在の姿が、

彼の脳裏に流れるように浮かんでいく、ついでにかつての教室で机に突っ伏す己の姿も。

 

(夢は一人だけで見るものじゃないよな、きっと、それに……)

 

自分が追い付かねば、辿り着かねばならぬ存在はすでに傍にいるのだと、

錬成の何たるかを、そして世界の広さを教えてくれた、

偉大なる錬金術師の姿を思い浮かべるハジメ。

 

それからあのいけ好かない、自分のもう一つの未来である魔王にも、

いずれ一泡吹かせてやらねば気が済まない。

全く勝てば勝つほどに宿題ばかりが増えて行く、"最強"なんて楽じゃない、と、

ハジメがそんな気持ちを抱いたところでジータの声が耳に届く。

 

「どうしたの?」

「……どうしたって、分かってるくせに」

 

互いの思いを確認しあうように、視線を交わし合うハジメとジータ、

そんな何もかもお見通しの二人の姿に、ユエもまた愛おし気な視線を向けたところで、

白い空間がまた揺れ動き始める、今度は静かに……。

 

「崩れて行ってるね……」

 

主を失い、まるで壁紙が剥がれる様に白い空間が崩れる、いや、朽ちてゆく。

まさに一つの時代の終焉を現すかのような光景に、僅かだけではあるが瞑目すると、

ハジメたちはそっと羅針盤に手を携えた。

 

「さぁ、皆を迎えに行こう」

「そして帰ろう、皆のもとへ」

 

(新たなる自分たちの時代を築くために)

 

 

 

それより時は遡って地上では。

 

「くっそ!何匹倒しゃ終わるんだ!」

 

手刀で使徒を両断しながら、光輝の背中で龍太郎がボヤく。

何事にも無謀なまでに前向きなこの男がこんなボヤきを口にするのである、

それほどまでに使徒の戦力はキリがなかった。

 

もしも香織の香織の回復魔法がなければ、とっくに連合軍は瓦解していただろう、

事実、彼らの足元には蘇生が間に合わなかった戦士たちが屍を累々と晒している。

 

その香織もまた、回復を受け持ちつつも、光輝らに次いで使徒の軍勢を引き受け、

戦い続けていた。

 

「我ら使徒は無限にも等しい、どれだけ小細工を弄そうと、どれだけ足掻こうとも、

最後には滅びる運命なのです、それが神の御意志なのですから」

「我慢比べなら負けないよ」

 

使徒の圧に対しても平然と嘯く香織、

それは今よりも、この戦いの後のことを考えての言葉のようにも聞こえる。

 

その時、弾雨を掻い潜ったか、一体の使徒が香織の背中から心臓を刺し貫く。

が、その瞬間、使徒の刃は何の抵抗も受けることなく、香織の身体を素通りし、

まるで水でも斬ったかのように、腑の落ちぬ表情を使徒が一瞬見せた瞬間、

その首は刃と変じた香織の腕によって刎ね落とされる。

 

「その身体……人間ですか?」

「さぁね、もう私には自分が何なのかなんて関係ないよ、全部自分で決めたことだから」

 

ならばと使徒は大剣を香織の首めがけ振り下ろすが、遅い、

それより先に、槍と変じた香織の右手が、使徒の胸を刺し貫いていたのだから。

 

「自分の意思で戦わない者に、操り人形に私たちは負けないよ」

 

そう、自分たちは知っているのだ、生きたい、守りたいという、

ただそれだけの強靭な意思のみを武器とし、今、神の座へと向かおうとしてる少年たちの姿を。

そこでまた再び斬りかかる使徒の刃を受け止めた時であった。

これまでほぼ無表情だった使徒が笑ったのだ、まさに勝利を確信したかのように。

 

「おい!なんだあれ……」

 

それと同じくして【神山】上空を見上げた兵士の一人が叫びを上げる。

崩壊した【神山】の上に滞留したままの瘴気が、

空間の亀裂から地上に伸びていた瘴気と合流し、雪崩のごとく、

一気に要塞へと押し寄せたのだ。

 

その瘴気の中から、次々と赤黒い光が灯ったかと思うと、

咆哮と共に、無数の魔物が姿を現していく。

 

「愛子先生っ!」

 

リリアーナの叫びとほぼ同時に、ヒュベリオンの起動コントローラーを愛子は操作する。

と、灼熱の光の柱が次々と魔物たちを焼き尽くしていく。

薙ぎ払え!そんなセリフが愛子の脳裏で再生される。

 

ともかくヒュベリオンの斉射により、魔物の三割ほどは消滅したかに見えたが、

残りの七割は勢いを止めることなく、要塞めがけての吶喊を止めようとしない。

さらに、空間の亀裂から数千単位の使徒までもが飛び出してくる。

 

「ここに来て戦力増強か!メルドよどうする?」

「使徒は竜人に任せて、我々は魔物の迎撃に全力を注ぐ、それがベストでしょう」

「同意見だ、第一、第二師団は、正面集中!まずは魔物の勢いを削ぐぞ」

 

メルドの指示に従い陣形を組みなおす兵士たち、だが……。

 

(間に合わん、このままでは)

 

ここまでか……一瞬諦めが過ったメルドの前に巨大な甲冑の影が差す。

その主は言うまでもない。

 

「俺に任せて下さい、メルドさん」

「……光輝」

 

その言葉を聞いた、メルドの胸に去来する物は何であったか。

だが、感傷に浸るのは後だと、メルドは静かに一言だけを口にする、

万感の思いを込めて。

 

「頼んだぞ」

「はい」

 

僅かなやり取りに過ぎなかったが、言葉では語り尽くせぬ何かが確かにそこにはあった。

 

「いよぉ~~し、それじゃ行くよ!ここから勇者オンステージ!第二幕のはっじまりぃ♪」

 

本人としては茶目っ気を込めているつもりなのだろうが、

しかし実際は場違いさすら感じさせる、聞く者に苛立ちを覚えさせるミレディの声が、

戦場全体に響き渡る、そう、まるで勇者の存在を殊更にアピールするかのように。

 

「ミ、ミレディさん、ちょっとやり過ぎでは……」

「行くよ、呼吸を合わせて、さん、に……」

「「あ……絶禍」」

 

まずは小手調べとばかりに巨大甲冑の手から放たれた重力球が、

凄まじい勢いで瘴気を、そしてその中に紛れた魔物たちを吸い込んでゆく。

 

さらに甲冑が右手の大剣を掲げると、そこから放たれた、

光を帯びた重力の竜巻が魔物たちを空中に舞い上げ、バラバラに切り裂いていく。

まだ技の名はない、だが聖剣技と重力魔法の融合剣技はこれだけではない。

 

さらに光輝が甲冑を操作し、光を纏ったままの剣を地に突き刺すと、そこを中心に、

半径数十メートルに渡り地割れが出来、その中に魔物たちは封じられ、

次々と押し潰されていく。

 

「す、スゲェ!」

「流石は勇者様だぜ!」

「そうだ、俺たちには勇者も女神も、最強だっているんだ!」

 

勇者の力により万単位の魔物が押し返されて行く、

その事実は前線の兵士たちにとって、どれ程の励みとなるであろう。

 

「ま、実際は、発展途上の未熟者と全力を出せない半端者コンビなんだけどね~」

「それでもマイナスとマイナス、合わさればプラスになるんですよ」

 

そして勇者が甲冑の左手に握りし大旗を天高く掲げた瞬間。

 

「撃てぇ!」

 

それを合図に一斉射撃が魔物たちを薙ぎ倒していく。

これにより地上からの魔物の迎撃については目処が立った、次はと、

光輝が使徒の動きに目を凝らそうとした時であった。

 

要塞から悲鳴があがる、聖歌隊を護る結界がついに破壊されたのだ。

そして全能力を取り戻した使徒の大軍は空の一点に向かい、再び一塊となり、

さらに自身らの持つ銀の魔力をやはり一点へと集束し始める。

 

その太陽にも等しき輝きが空を満たしていく、これが放たれ炸裂した瞬間、

この場に存在する全てが消滅することは明白である。

 

「させないっ、絶対にっ!」

 

香織は最後の奥の手を使う、――大規模守護結界石 シュッツエンゲル。

自身専用に造り出された、結界魔法補助用のアーティファクトだ、

その効果、強度、範囲は大結界をも凌ぐ。

 

「滅びなさい」

「――"不抜の聖絶"ッッ!!」

 

銀の太陽と、超大規模障壁が正面からぶつかり合う。

 

『総員、障壁を展開しろ! 彼女にだけ背負わせるなっ!』

 

アドゥルに従い、香織の背後に集まった竜人達が、

それぞれ香織の障壁に重ねるようにして障壁を張っていく。

 

「重力で光線の焦点をずらすことが出来れば……」

 

光輝も重力球を放ち、光線の威力を僅かでも弱めようとする。

もちろん動いたのは彼らだけではない、リリアーナを始めとする、

結界系の魔法を使える者たちや、生徒たちも一人残らず飛び出して香織の援護に回る。

 

だが……香織だけが気が付いていた、恐らく保たないと……。

しかしそれでも。

 

「一秒でもいい、一秒でも長く!」

 

と、その時であった。

銀の光が霧散し、そして使徒の群れが一斉にその力を失い、

バラバラと雨のように地に落ちて来たのは。

 

そして、空間の亀裂は急速に閉じ、少しずつ剥がれるかように、

赤黒い空は、青空を取り戻していく。

 

「か……勝った」

 

兵士の誰かが呟いたのを皮切りに、勝利の歓声は津波の如く唸りをあげ広がって行く。

 

「勝った、俺たちは勝ったんだ!」

「人間バンザイ!勇者バンザイ!女神バンザイ!最強バンザーイ!」

 

王国、帝国、独立都市、亜人族、軍人、騎士、傭兵、冒険者、

全ての国と全ての人種、全ての職業の者たちが肩を組み勝利を讃え、

軍楽隊がマーチを高らかに奏で始め、勝利の凱歌が響き渡る。

だから気がつくのに遅れてしまった。

 

いつの間にか勇者の、天之河光輝の姿が何処にもないということに。

 

「勇者様がいないぞ……」

「さっきまであそこにいた筈なのに」

 

勝利の歓喜は冷め、代わりにそんな戸惑いが兵士たちの間で渦を巻いていく、

そしてそこにシモンの静かな、それでいて厳かな声が響いた。

 

「うろたえてはならぬ、勇者はお役目を終え、お帰りになられたのだ」

 

シモンは瞑目し、そっと天を指し示す。

 

「だからこそ、我々は一人一人が自覚を持って、新しき世を築かねばならぬ

我々一人一人が勇者の精神を、生まれながらに与えられた正しき資質を胸に抱いて」

 

誰かがやってくれるのを待つのではなく、自分たちの世界は自分たちの手で守り、

造り上げなければならない。

シモンはそう諭すようにではあるが、はっきりと訴えかけて行く。

もう責任を押し付けるべき神も、責任を背負ってくれる勇者もいないのだと。

 

「事実、諸君らは守れたではないか、悪神の手からこの世界を」

 

シモンの言葉を受け、兵士たちが口々に叫ぶ。

 

「そうだ、いつまでも勇者様に頼ってはいられない」

「俺たちの世界は、俺たちで守らねばならないんだ」

 

そんな兵士たちへと向け、シモンは高らかに宣言する。

 

「なればこそ証明しなければならない、我々が勇者に守られたこと、

そしてこの世界に生きるに相応しい存在であるということを、我々の手で」

 

そんな声を耳にしながら、

愛子はこの地における教師としての最後の仕事のことを思い出していた、

それはすなわち。

 

『この戦いの如何に関わらず、もう天之河君を……勇者から、

この世界から解放しては下さいませんか?』

 

愛子の切なる声に、リリアーナは即答した。

 

『幕を上げ、望まむ舞台へ皆さんを上げることになったのは私たちの責任、

なればこそ幕を下ろし、皆さんを舞台から降ろすのも私たちの役目です』

 

そして確かにリリアーナは愛子との約束を守り、

光輝を勇者の責務から解放したのであった。

 

「お疲れさま」

 

要塞を遠目に臨む草原にて、ミレディにそう声を掛けられながら、

そっと一杯の水を口に含む光輝、自身をそして勝利を讃える歓声を聞きながら。

 

かくしてこの瞬間、勇者天之河光輝は、少年天之河光輝へと戻ったのであった。

 

 

そしてハジメらが向かった廃都市では。

 

「これはこれは、ハハ、随分と予想外のことが……」

 

突如自身の喉から出て来た、予測しえぬ言葉に驚愕の表情を浮かべるアルヴヘイト。

と、同時に廃都市を覆うかのごとき、灰色の空が少しずつではあったが、

荒涼さを思わせる赤へと染まっていき。

そして自分の周囲を固める、もはや僅か数体となった使徒が、瞳の色を失い、

次々と地へと落ちて行く、そして何よりも自分の身体を襲う違和感。

 

「バッ……馬鹿なッ!エヒト様が滅び……あり得な」

「事実です、受け入れて下さい」

 

またしても自分の声帯を借りた何者かの声におののくアルヴヘイト。

 

「ああ……そろそろこうやって話すのも手間ですね」

 

ずるりと何かが自分の中から抜け落ちた、そんな感触が身体を走ったと同時に、

浮力を失い、使徒同様に地に落ちるアルヴヘイト、

それは今までの自分を支えて来た力そのものの喪失を意味していた。

 

「あ……ああっ」

 

喘ぎ声と共に周囲を見渡すアルヴヘイト、その視界の中には、

もう地にも空にも、自分を守る物は何一つとして存在してはいなかった……さらに。

 

「アルヴヘイト、まだお前が残っていたか」

 

空間が開き、ハジメたちが姿を現す、そのハジメの傍らに従う、

小さき少女、すなわち器であった治癒の少女の姿を認めた時。

アルヴヘイトはついに悟らざるを得なかった、我が主は滅んだのだと。

 

「ハジメさん!」

「ご主人さ……ご主君たちよ!あっぱれじゃ」

 

まずは感極まったシアとティオがハジメたち三人へと抱きつき。

 

「やったわね!南雲君、ジータ!」

「うんうん!凄いよ」

 

雫と鈴も笑顔でハジメたちを出迎える。

鈴に関しては目に涙を浮かている、恵里のことも同時に思い出しているのだろう。

 

「調子に乗るんじゃねぇ!たかだかこの程度通過点と思え!」

 

カリオストロの叱咤にも似た、鋭い声も飛ぶ、ただしこちらも満面の笑みで。

そしてシャレムは、ゆらりとアルヴヘイトの身体から抜け出した、

斑の存在、すなわち幽世の徒へと目を光らせる。

 

「……オマエらにしてやられたようで、わたちとしては素直に喜べず、不愉快極まりないぞ

どうしてくれる?」

「ええ、手間が省けましたよ、宵の明星」

 

幽世の徒は慇懃な態度でシャレムに応じる。

 

「これで我らの宿願たる帰還が今度こそ叶うというもの」

 

空に浮かぶ、赤き荒野、すなわち空の底たる赤き地平を指し示し嘯く蛇。

 

「わ、私を利用したのかっ」

「何を今更、あなたとて我らの力なくして戦うことなど叶わなかったではありませんか、

持ちつ持たれつ、ですよ」

 

実際は使い捨てるつもりであったことなど明白にも関わらず、

恩着せがましく、持ちつ持たれつなどと口にする蛇。

 

「それに飽きたらポイを繰り返すあんな偽神が君臨していては、同胞たちも

この世界に根を張ることは難しいというもの、しかし……それも」

 

何かに、恐らくは地上の様子に気が付いた幽世の徒は、やれやれといった風な仕草を見せる。

瘴気に包まれたその表情は伺い知ることは出来ないが、

悔し気ではあるものの、それでいてどこか楽し気な表情を浮かべているかのように見えた。

 

「こんなに鮮やかに事が収まってしまうと当分の間は難しいようだ、

ククッ……やはりあなた方は面白い」

 

そして蛇は今度はジータへと目を細める。

 

「特異点の力を持ちし少女よ、いずれ必ずお迎えに……」

 

斑の蛇が戯言を口にした瞬間、ハジメのドンナーが火を吹き、

蛇たちをミンチに変えて行くが、蛇は哄笑と共にまたゆらりとその場に甦って行く。

 

「実体はあって無きがごとく、いや……魂魄すらも……」

 

ハジメは理解する、この蛇は、人の世に溢れる悪意を象った、

一種の象徴のような存在なのだろうと、ならば……。

 

「あれは触れては、手を出してはならない力、存在だ……構うんじゃねぇ」

「うむ、殺した所で何度でも蔓延る……防ぐこと、蔓延らせないことが肝要だ」

 

カリオストロとシャレムの言葉に頷くハジメ、

その為には……世界が希望に満ちてなければならないのだろう、

希望よりも邪や奸が、そんなありふれた悪意が世に満ちた時こそ……と。

 

「いずれにせよ、我らが計画の半分は成功した、それで良しといたしましょう」

 

また少しずつ遠ざかっていく赤き空へと吸い込まれるように舞い上がる幽世の、蛇の大群たち。

 

「残り半分は、またいずれということで」

 

その残り半分が何を差すかは、誰もが分かっていたが、言い返す者はいない。

それを防ぐのは自分たちの役目ではない、自分たちが去った後、

この世界の住人が行うべきことなのだからと。

 

そして、蛇が去りし後、一同の目はアルヴヘイトへと注がれる。

 

「ヒイッ……あああっ」

 

神性こそ多少は保っているようだが、それでもその姿は、ただ死体に寄生してるだけの魂魄、

いわば死霊のようなものにしかハジメたちには思えなかった。

 

「あああ…あっ、オッ思い出したッ!」

 

死への恐怖が、そんな彼を最悪と言ってもいい愚行へと誘って行く。

 

「わ、私だよディンリードだよ、アレーティア!エヒトが死んだことで、

私の戒めが、とっ、解けたんだッ」

 

真のディンリードなら、ディンリードを理解しているのならば、

決して口にしないであろう言葉で、必死に命乞いを行うアルヴヘイト。

やはり主への忠誠よりも、命の方が大事なのだろう。

 

「たっ、頼む……私も被害者なんだッ!だからッ……」

「止めてッ!」

 

もうこれ以上は聞くに耐えないと叫ぶユエの目には光るものがあった。

 

「もうそれ以上……私の叔父様を穢さないで」

 

そんなユエの肩に手を置き、ハジメも続ける。

 

「お前も神の眷属なんだろう、ならせめて最後はこの神域と運命を共にしろ

矜持を備えているというのならな」

 

眷属、矜持……そんな単語を聞かされたアルヴヘイトが無言で俯いたのを見、

ハジメたちは脱出の準備に取り掛かる。

 

「なるだけ空間が安定している場所を探せ、キーが壊れりゃ面倒だ」

 

その様子をぼんやりと眺めるアルヴヘイトであったが、

心の奥底から今まで感じたことのない何かが、頭をもたげてくるのも感じていた。

これは……ここを凌ぎさえすれば、いずれは自分が主に成り替わってこの世界を、

トータスを支配することが叶うということではないのか?

 

アルヴヘイトの目が光る、今更ではあったが……。

彼がもっと早くその野心に目覚めていれば、また一連の展開は変わっていたのかもしれない。

 

まだ余力はある、神域の一部を留め置く程度の力はまだ、

そしてその中で力を回復させることが出来ればいずれ……。

 

再びアルヴヘイトはハジメらの姿を見る、

連中は脱出場所を探すのに必死だ、ここで芽を、邪魔者さえ摘んでしまえば。

と、彼が密かではあったが、明らかに害意の籠った魔力をその手に込めた瞬間であった。

 

「……期待を裏切らないな、お前は」

「ッ!」

 

そんなハジメの言葉と同時に額に神珠を撃ち込まれ、全身を痙攣させるアルヴヘイト。

すかさずジータがユエへと神滅の短剣を手渡し、

受け取ったユエは一瞬戸惑うような顔を見せるが、二人が頷いたのを見ると、

短剣を強く握りしめ腰だめに構え、アルヴヘイトへと駆ける。

 

「叔父様のっ!かたきッ!」

 

ユエは迷うことなくアルヴヘイトの心臓へと、神滅の短剣を突き刺した。

悲鳴を上げることも叶わぬままに、アルヴヘイトの魂が滅びて行くのを、

その手の中で実感するユエであったが……。

 

その時、不思議なことが起こった。

 

もはやただの亡骸に過ぎぬ筈の、アルヴヘイト、いやディンリードの身体が

僅かではあったが、まるでユエの肩を抱きしめるかのように動き、そして微笑んだのだ。

しかもその笑顔は、確かにその笑顔は……あの映像の中で見た、

ディンリードの物であることは間違いなかった。

 

「おじ……さま」

「嘘だろ……あり得ない、魂なんて欠片も……」

「人の心と魂の織り成す奇跡だけは、誰にも解き明かせはしねぇよ」

 

ここまで来て無粋なことは言うなとばかりに、驚くハジメへとカリオストロが捕足を入れる。

 

そしてディンリードはユエを、いや全てを慈しむかのように、

そっと周囲を、ハジメたちを見回すとゆっくりとその瞳を閉じ、

身体ごと塵となって消えていき、

それがこの後に神話大戦と呼ばれる戦いのフィナーレとなったのである。

 




ハジメが変わったのならば、エヒトも変わるだろうとは思いましたが、
まさかこんな形で決着が着くとは、
エヒトをある意味では救ってしまうとは思いも寄りませんでした。
それからユエに叔父さんの仇を直接討たせることが出来たのにも、
展開の妙を感じてしまったりもしました。
と、まぁラストは少し出来すぎかもしれませんが、これくらいは。

続いてそんな南雲ハジメ君についてですが。
変えはするけど変え過ぎない、やり過ぎないけどやらな過ぎない、
そんな感じに仕上がればいいかなと思ってましたが。
劇場版カミーユを通り越して、
最終的には大長編のジャイアンレベルまで変わってしまった感がありますが。
その甲斐あってか否か、原作で悪手だと感じたことの殆どを回避させられたとは考えています。

特に女魔人族、カトレア殺しは後々の事を考えると最悪手そのものなんですよね、
得られた物はクラスメイトに恐怖(それも戦争ではなく自身への)を与えた程度で、
その結果、光輝がハジメへの敵愾心(対抗心でもありますが)を漲らせるようになり、
その狭量さに拍車を掛け、自滅への道を辿った挙句、
読者のヘイトをも買ってしまうことになったわけですから。

(ただ敵対したとはいえクラスメイトの清水を殺しておいて、
明確な敵であるカトレアを打算で救ったら、とんでもないダブスタですけど)

そういう原作では後の祭りとなってしまったシーンについても、
リカバリできるのが二次創作の良いところだと思います。

但し、ハジメが手を汚さないことによって、
他のキャラクターが手を汚す羽目になってしまったことも、幾つかはありますが、
(本来、彼らがやらねばならなかったことでもありますが)
それもまた作品の抱える歪みゆえでしょうか?

ともかく、原作の彼が持つ、怖さや尖った個所を残しつつも、
より一般的な主人公ナイズドされた存在に仕上げることが出来たと思ってます。
(それが正しいことかどうかはさておいて、ですが)

次回からエピローグです。


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エピローグ
As Time Goes By-いつか想い出に


情報量が思った以上に多くなりましたので、分割します。
しかし、いよいよ……と、思いますと、やっぱり来る物がこう……ありますね。



「そうですか、いよいよご帰還の時が来たということですね」

「はい、いずれ愛子先生を含めた全員で改めて挨拶に参りますので」

 

一先ずの報告を終え、リリアーナへとペコリと頭を下げるジータ。

その隣にはもちろんハジメの姿もある。

 

世界の命運を賭けたあの戦い……人呼んで神話大戦から数ヶ月。

ハジメたちに限らず、様々なことが急ピッチで進められていたのは言うまでもない。

 

人々の信仰心を守るために、敵はエヒトルジュエの名を語る邪神であり、

本来の神の名は、エヒクリベレイであったという話が出来たり、

長き歴史の中で反逆者の汚名を着せられていた、解放者たちも、

かつて世界を救おうとした偉大なる七賢人として、

今後は扱われることとなったりという風に。

 

ちなみに解放者唯一の生き残りであるのをいいことに、

ミレディが悪乗りの限りを尽くし、とにかく色々とゴネたので、

あわや彼女抜きの六賢人にされかけたことは、

本人の名誉のために黙っておくべきだろうか?

 

神山のあった場所も整備され、麓に関しては戦勝記念公園として、

一般公開されることとなっており。

その象徴として、世界中の錬成師が総出で造り上げた勇者の像が、

人々を見守るかのように、すでにその姿を明らかにしている。

全高数十メートルにして完全武装の威容は、自由の女神か、

はたまたコルコバードのキリスト像の印象を、ハジメたちに思わせた。

 

「お二人にもぜひ見て頂きたい物があるんですよ」

 

リリアーナに促されるまま、記念公園へと向かうハジメたち、

復興の槌打つ響き、市場の喧騒……、

すなわち新たなる時代へと確実に歩を進める人々の営みの音が、二人のその耳に届いていく。

 

だがもちろん、光あれば影も当然ある、魔人族がその際たるものだ。

【神域】に招き入れられた彼らについては、くまなく調査・捜索をしたにも関わらず、

その消息は未だに掴めてはいない。

そんな彼らがどうなったのか、凡そ想像はついてはいたが……、

二人に取ってはそれを断定する気には、とてもではないが思えなかった。

 

件の勇者像の中身は記念博物館となる予定だと聞いてはいるがと、

思いつつも、足下を潜るような感覚でその像の中に入ると。

 

そこには太陽か何かに向かい、いかにもな笑顔を浮かべながら指を指し示すハジメと、

その傍らでやはり笑顔でどこか追従するようなポーズのジータとユエ、

そしてその姿に感涙にむせぶ人々という、まるで独裁国家の首領一族と、

その国民たちという図式にしか見えない壁画が描かれていた……でかでかと。

 

「あ……あの、これは、どなたがデザインを……」

「はい!ミレディさんです」

 

またしてもと頭を抱える二人、やはりこういう細かい嫌がらせについては、

到底自分たちは彼女に及ぶところではない。

しかし誰も止めようとはしなかったのか?と二人が疑問に思ったところで。

 

「我が王宮お抱えの画家たちの自信作です!お二人ともいかがでしょう!」

 

瞳を輝かせ、自信満々のリリアーナの顔と声が、二人の目と耳に飛び込んでくる、

それは本気でこの壁画が素晴らしい物だと信じ切ってる証であった。

 

ともかく、これは本人の美意識の問題なのか?

それともこれがこの世界の標準的な美意識なのか?と、

そんな判断に苦しむ中で引き攣った笑顔で応じるしかない二人であった。

 

「あーもう、参ったな」

「私、恥ずかしくってもうあそこに行けないよ」

 

リリアーナと別れてから、ようやく本音を口にするハジメたち、

その耳に今度は子供たちの声が届く。

 

「バーン!バキューン!僕は勇者だぞお」

「ダダダダダダダーン!」

「うわぁやられたぁ~~っ」

 

木の棒を銃に見立てた神話大戦ごっこといったところだろう、

それ自体は、ハジメたちにとってはありふれた戦争ごっこに過ぎない。

だが……。

 

「いいの?」

 

ジータが少し不安げな表情を覗かせる、

自分たちの技術は、本来この世界にはあってはならぬ物と、

ハジメ自身が再三口にしているのである。

 

大戦で使用したアーティファクトについても、ハジメとカリオストロが、

その場で責任をもって全て破壊した。

ガハルドあたりが何かを隠匿している可能性もあったが、

それについても回収用アーティファクトを作っているので、取りこぼしは無い筈である。

 

「いいんだ、そうやって世界は発展して行くもんだろ」

 

何かを欲する心は、知りたいと願う心は、誰にも阻まれてはならない。

その為に自分たちは神と戦ったのだから。

 

どれ程の時間がかかるのかはわからないが、

いずれはこの世界も地球に追いつく時が、そして南雲ハジメに追いつく時が、

きっと訪れる筈、そしていつかは……。

自分を超える存在も、きっと現れることになるのだろう。

 

そんなことを考えつつ、未来を担うであろう子供たちへとハジメはそっと微笑みかける、

俺たちもまだまだ子供なのになとも思いながら。

 

 

そんなハジメたちから少し離れた、一連の戦役での戦没者を祀る慰霊塔の前には光輝がいた。

もう自分はこの世界には存在しないことになっているので、

認識阻害効果が付与された巡礼者のフードで身を隠してはいたが。

 

この慰霊塔には確認された戦没者全ての名が刻まれることになっている、

檜山大介と近藤礼一の名もすでに刻まれている……そして。

 

(中村恵理)

 

その名が刻まれた箇所を指で辿りながら、

あの日、戦いが終わった日の夜を光輝は思い出していた。

誰もがさすがに戦勝気分を隠さない中、そっと鈴に袖を引かれ、

人気のない場所へと連れ出された時のことを。

 

「恵里のだよ」

 

人目をはばかる様に、鈴は親友の形見を光輝へと手渡す。

そのひしゃげた眼鏡が、恵里の辿ったであろう運命を物語っていた。

 

「じゃあ……鈴は行くから」

 

それだけを言い残し、また宴の会場へと戻って行こうとする鈴、

だが光輝は、まるで金縛りにあったかのように、呼び止めることも出来ず、

立ち尽くすのみだ。

 

聞かねばならぬことが、言わねばならぬことが山ほどある筈なのに……と、

だが、それは……許されることではないとの思いが、光輝の身体を縛って離さない。

自分は友を救うことよりも、勇者の責務を優先したのだから、

これは眼前の小さな悲鳴を聞き逃し続けた、自分への罰でもあるのだから、

そんな自分が今更どうしてと、光輝が思った時であった。

と、そこで激しい痛みと衝撃がその身体に走る、ミレディが思いきり彼の頬を殴ったのだ。

 

「何我慢してるのさ……」

「俺はっ……」

「俺は?何なんだよ、俺は何なんだよ!その先を言ってみなよ!」

 

重力を操り、ギリギリと光輝の身体を締め上げるミレディ。

 

「分からないなら教えてあげるよ!今の君はもう勇者じゃない!

ただの天之河光輝だっ!……だから、もう思いっきり泣いてもいいんだ!

正直になっていいんだ!」

 

ミレディの叫びが解放者の叫びが、光輝をまさに勇者という名の戒めから解放していく。

光輝の目から涙が止めどもなく溢れ、そしてその顔が歪み始めたのが、

その証拠である。

 

「う……ううっ……ひっく……ああああああ~~」

 

地に伏せ、眼鏡を握りしめ光輝はついに慟哭する、

これまで封じ込めていた思い全てを吐き出すがごとくに。

 

「恵里ぃ……うあああっ、ぐずっ…恵里ぃ、ごめん、ごめんよぉ~~~あああああ~~」

 

そしてその様子を物陰で見守っていたジャンヌも、静かに頷くと、

そっとこの場を離れて行く、自分の心残りはきっと、

あのミレディが何とかしてくれると確信しながら。

 

 

「じゃあ……行くよ、恵里」

 

光輝は、そっと目頭を拭い、もう一度だけ刻まれた名に指を這わせると、

もう振り向くことなく慰霊塔を後にする、小声でそっとさよならと口にしながら。

 

そしてミレディであるが、こちらはかつて神山であった山の中腹に設けられた、

こじんまりとした祠の前にいた。

祠に刻まれていたのはかつての神聖教会の紋章、

すなわちこれが現世に於けるエヒトの墓標だった。

 

「聞いたよ、アンタの最期……あの子たちにさ…アンタは、その……感謝しないとね、

燃え尽きることが出来たんだから」

 

祠を前に語り掛けるミレディ、その口調は静かではあったが、

内心を抑えきれぬ震えもまた感じられた。

実際、ハジメたちにエヒトは全てに満足し、安らかに笑って死んだと聞かされた時には。

 

『ふざけるな!あのクソ野郎にそんな安らかな最期が許される筈がない!』

『そうですわ!醜く足掻かせて苦しませてそれから殺してやるべきだったんですわ!』

 

と、リューティリスと二人して大いに荒れ狂ったわけなのだから。

 

「けど……思ったんだ」

 

そっと紋章に手をやりながらミレディは続ける。

 

「アンタがどんなクソ野郎でも生まれた時からクソだったわけないよね?」

 

運命だの宿命だのそんな軽々しい言葉で人の意志や選択が片付けられていい筈がない。

それが他人から見てどれほど愚劣で滑稽なものであったとしても。

 

「一人ぼっちは寂しいよね、例え神であってもさ、想い出だけじゃ生きてけないよね

アンタもかつて人間だったのなら尚のことさ」

 

孤独は当人も気が付かぬ間に静かにそして確実に人を蝕み狂わせる毒だ、と、

つくづくミレディは思う。

もしもあのまま大迷宮で同志たちとの誓いを果たせぬまま、虚しく燻り続けていたら……。

 

「私もきっと恨んだよ、人間を、自分の選択を…だから」

 

そこまで言ったところでミレディは一度言葉を止め、迷うような表情を浮かべた後

まずは小声で皆ごめんと口にし、そして祠の奥に届くかのようにはっきりと宣言する。

 

「許してやるよ、アンタをさ……私たちだけいつまでも恨んでても仕方ないしさ」

 

どうせ自分の死に様を聞いたら悔しがるだろうとエヒトは思っていたに違いない。

だからもうその手には乗らないことにする。

それに今となっては互いに人間止めているので或る意味おあいこである。

正直勝ち逃げされたという憤りは未だに胸の中に残ってはいるが。

 

「それに私にはやらなきゃいけないことがあるんだ」

 

今の自分には見届けたい者がいる、そして解き放ちたい者がいる。

先に進むべき者が終わったことに心を配る暇はないのだ。

 

「アンタはそこで今度こそ黙って人間が自分たちの選択によって

造り出される新しい世を眺めてればいい」

 

そして人々がかつての自分が与えた以上の何かを産み出せたのならば

せいぜい悔しがるがいい、

もしも人間元来の愚かさ故に滅んだのならばそら見たことかと笑えばそれでいい。

 

「でも……さ」

 

ミレディは同志たちがいるであろう天へと手を伸ばす。

 

「ちょっと違うよね?やっぱりこんなの……でも皆らしいと言って笑ってくれるかな?ともかく」

 

何かを振り払ったような笑顔でミレディは続ける。

 

「勝手に幕を下ろしてゴメン」

 

と、いささか地味ではあったが、こうして千年に及ぶ神と解放者との長き戦いは終焉を迎える。

そしてミレディ・ライセンはまだ見ぬ未来へと軽やかにその足を踏み出していく。

錬成師が造り出すであろう世界を見届け、そして勇者を過酷な道程から解放するために……。

 

そんな彼女は後に勇者一族の小姑として長きに渡り世を騒がすことになるのだが、

それはまた別の話。

 

そんな日々を過ごしつつもついに帰還の時がやって来た。

リリアーナ、メルド、カム、クリスタベル、ガハルドらが、それぞれの言葉で一時の別れを告げ、

レミアとミュウも手を振るその傍らには、ユエの姿もあった。

 

(ユエ……)

 

控えめにではあったが、そっと手を振るユエの姿を見ながら、

ハジメたちは、ユエがこの世界に残りたいと口にした時のことを思い出す。

 

「私はもっとこの世界を知らないといけない、何よりも叔父様が守ろうとした物を」

「でもそれは……」

 

私たちとじゃダメなのと、そう言おうとしたジータを遮るように、

自身の決意を示すかのように、ユエは言葉を続けて行く。

 

「それは、ハジメたちの手を借りずに、自分の力でやらないといけないことだから」

 

ユエもまた、自立した存在としてハジメたちと向き合おうとしていた。

だが、そのためには自身の、一族の過去を清算せねばならないと。

 

「私は吸血族最後の女王にして、ディンリードの姪、アレーティア、その過去は変えられない

そしてその過去への決着は私だけで着けないといけないから、だから……その時までは

ハジメたちの傍に、ユエに戻るわけにはいかない」

 

一度は捨てたと言い放った過去をもう一度拾い直そうとする覚悟に、"お姫様"の面影はなく、

ハジメとジータは、頷くより他はなかった……頼もしさと、一抹の寂しさを覚えながら。

 

ちなみにそんなユエの腕にはブレスレットが装着されている。

羅針盤を応用してハジメが作った、世界間連絡用のアーティファクトである。

 

「連絡するよ、毎日」

「……んっ、必ず連絡して」

 

当たり前のようにそう約束したハジメだったが、

彼はまだ知らなかった……遠距離恋愛の何たるかを。

 

 

「一度神域を通過する、慣れてない奴は眩暈がするから気を付けろよ」

 

神域については、最初は自然に崩壊するに任せるつもりではあったのだが、

その後の調査により、各世界を接続するトラフィックゲートとして、

非常に有用であるということが判明したのだ。

何せ、この神域を一度通過することによって、クリスタルキーの消耗は、

直接世界間移動を行う時と比べ、数分の一にまで減少するのだから。

 

敵の本拠地を使うのはどうかとも思えたが、それでもメリットが美味しすぎる以上、

これを利用しない手はない、それにエヒト本人がそれを今際の際に認めているのだから。

と、本来一ヶ月で済ませる筈の帰還への行程が、

さらに数ヶ月伸びたのは、神域を管理できるレベルまで縮小することと、

その安定化に取り組んでいたからでもある。

 

 

そしてハジメはクラスメイトに加え、

シアとティオとミレディらが加わっていることも確認しながら、

ゆっくりとクリスタルキーに力を込める、その刹那、ミレディがここより遙か彼方、

ハルツィナ樹海の方角へとそっと視線を移す。

 

(リュー……)

 

ちなみにではあるが、クリスタルキーの再作成に関しては神結晶を使用している、

今後のことを考えるとそれが最適であると、ハジメは判断したのだ。

 

と、いっても世界のどこかにあるかもしれない物を探したり、

膨大な時間を掛けて作成するわけにもいかない。

そこで重力魔法と空間魔法を使い、

さらにハジメを筆頭に異世界チート組が毎日魔力を注ぎ込むことにより、

幾千の時が必要とされる神結晶を、僅か数ヶ月で精製することに成功したのだった。

 

そしてキーを作成した後の神結晶の残りは、ハルツィナ樹海の最深部、

リューティリスの思念が宿る大木の根元に埋められている。

解放者の一人として、この世界の行方を見届けたいと願う、彼女の言葉を受けて。

 

『だってミレディだけ外の世界に旅立てるだなんて不公平じゃない』

『あのね、私に新しい世界を見て欲しいって言ったのはキミじゃないか』

『だから私はここで、神の手から解放された人々がどんな世界を造り上げるのかを、

眺めることにしたいの、これでおあいこでしょ』

 

七大迷宮もまた、封印などはせず、来るもの拒まずで残されることとなった。

だからいつの時代か、己が野心の赴くままに七大迷宮を踏破し、

トータスの支配者たらんとする存在も現れるのかもしれない、だがそれでいいと思う。

それこそが、人の世の営みの一つであろうから。

 

(じゃあ皆……行ってくるよ、まだそっちに行くわけにはいかないけどさ、

お土産話はたくさん仕入れて来るから、待ってて)

 

そんな万感の思いを胸に抱くミレディの耳に光輝の声が届く。

 

「ミレディさん、ホームシックにはまだ早いですよ」

 

勇者としてはやや辛辣とも言えるその言葉に、相変わらずの軽口でミレディは応じる。

 

「ヒキコモリだったからねぇ~~でも、キミも言うようになったじゃん」

「誰の影響でしょうか?」

 

そんなことを口にしつつ、二人もまたハジメに、クラスメイトらに続き、

神域へと入って行くのであった。

 

そして彼らはついにほぼ一年ぶりに、日本への帰還を果たす。

夜半過ぎではあったが、見慣れた屋上の景色に一先ず歓声を上げはしたものの、

だが、彼らに安堵はあっても、喜びの表情を見せる者はまだいない。

何故ならば、ここでまた別れが訪れることを皆知っているのだから。

 

「あーやっぱりか、こうなるとは思っていたんだ」

 

カリオストロらの身体が光を帯び始める。

 

だが、クラスメイトたちの間に名残を惜しむ空気はあっても、驚きはない、

事前にこうなるであろうことは聞かされていたからだ。

 

『お前らの身体を調べた時から分かってたんだ、お前らの身体の構成要素と、

オレ様たちの身体の構成要素……内臓とか血液とかそういう話じゃねぇぞ、

もっと根本的な……とどのはつまりは、だ』

 

その時のカリオストロの、いつも通りの傲慢でありながらも、

どこか寂しげなその笑顔は、きっと生涯忘れることは出来ないだろうと、

ハジメには思えた。

 

『お前らの故郷、地球だとオレ様たちは存在を維持できねぇ、強制排出ってやつだ』

 

青い光に包まれていくカリオストロらの姿を見ながら、ジータも改めて思う、

恐らく召喚された当初からカリオストロは分かっていたのだろう、

自分たちの故郷への帰還は、そのまま自分らの帰還にも、

そして別れにも繋がるということを。

 

ジータの身体から、空の世界へのゲートである前世のスマホが自動的に出現する。

いよいよお別れの時が来たのだ。

それに合わせてカリオストロらの姿も青の輝きが強くなっていく、

もう十分に別れは済ませている筈なのに、

それでも流石に感極まった何人かの鼻をすするような音が漏れ聞こえ始める。

 

「バカ野郎、オレ様たちに取ってもようやくのご帰還なんだぞ、引き留めるんじゃねぇよ」

 

カリオストロがいつも通りの笑顔を見せたところで、清水が感極まった声を上げる。

 

「カッ!カリオストロさんっ!やっぱ俺っ、俺っ!」

「こんな中身おっさんにホレるんじゃねぇよ、ゆっきぃにはぁ~

ぜぇ~~ったいステキな出会いが待ってるんだから」

 

最後のサービスとばかりに、カリオストロは一瞬、媚び媚びの擬態に満ちた、

極上の笑顔を見せたかと思うと、そしてすぐさまいつもの不敵な笑顔を浮かべ、

しっかりとハジメの肩を掴み将来の課題を言い渡す。

 

「南雲ハジメの造り出した物を自分一人だけの宝箱になんぞ仕舞い込むな、

発明や発見はな、世に受け入れられて初めてモノになったって言えるんだ

どのカードを出すのかは慎重かつ有効であるべきだが……

ケチくさい出し惜しみなんぞすんじゃねぇぞ」

 

開祖と呼ばれる錬金術師の言葉は、新しき物を生み出す以上に、

世に受け入れられる努力を決して惜しむなと、

ありふれた暮らしを送りたいのならば、それが己とそれに関わる人々を守る、

最善手だと、そう諭しているようにも聞こえた。

 

「ま、大切なのは何が出来るかやりたいかじゃなくて、何を為すべきかだ

それさえ肝に銘じてりゃ」

 

カリオストロはドン!とハジメの胸を叩く。

 

「オレ様よりはきっと世の中に寄り添って生きて行くことが出来るさ、そして」

「いつか、いや必ず来い!俺たちの世界へ、宿題だぞ!」

 

ハジメが無言でしっかりと頷いたのを、しかとその目に焼き付けたカリオストロは、

別れの言葉を口にし、青き光へと変じて行く。

 

「チャンスを出会いを生かすも殺すもお前ら次第だぜ、と、じゃあねぇ~~♪」

 

カリオストロの次はシルヴァである。

 

「机に齧りつくばかりではなく、たまには銃を撃つことも忘れるな、ハジメ」

 

そのやや物騒な言葉には、ハジメではなく愛子が反応する。

 

「いえ、私たちの世界、というか国では銃は基本ご法度といいますか……」

「何だと、それは随分とつまらな……いや、失礼」

 

最後にそんな本音をついつい漏らしつつ、シルヴァも青い光となって、

スマホの中へと吸い込まれる。

 

そして光輝とジャンヌダルクにも別れの時が迫っていた。

 

「ジャンヌさん、あなたが俺を変えてくれた、あなたが俺に教えてくれた」

 

そう、正義とは決して煌びやかなだけの物ではなく、むしろ残酷で険しき物だということを、

輝き以上の闇を背負い、それでもなお輝かんとする意志と、

そして憧れと願いを託す者たちの傷や悲しみに向き合う覚悟を持つ者だけが、

勇者と呼ばれる資格を得るのだということを。

 

「ありがとう光輝……だが、出来れば君には、戦いの日々ではなく、

ありふれた平和な日々を、人生を送って欲しい」

 

自身と同じ宿命を帯びているのならば、それは叶わぬことだと察しながらも、

あえてジャンヌは切なる願いを言葉にせずにはいられない。

 

「大丈夫さ、このミレディちゃんが付いているんだから!」

 

そこでミレディが、この少年を戦いの宿命から解放することこそ、

自らの新たな役目と心得るかつての解放者が、

どんとこいと光輝の肩の上で薄い胸を叩き、それを見て安心したとばかりに、

ジャンヌもまた微笑む。

 

(あなたなら……私よりもきっと)

 

こうして鏡合わせの二人も、また別離の道を歩むこととなる。

ジャンヌを見送った光輝の目に光る物があるのを見た、ミレディが、

誰にも聞かれないようにと、そっと彼に耳打ちをする。

 

「初恋はさ、実らないって思った方がいいよ」

「そんなじゃ……ないです」

 

口ではそういいつつも、きっとそうなんだろうと思う光輝だった。

 

ファラとユーリもまた別れの挨拶を交わしていく。

 

「彼女、大切にするっすよ、コースケ先輩っ!」

 

そんなことをストレートに叫ばれ、赤面する遠藤、

彼が最後の戦いの際に助けた、ハウリア族の少女といい仲になりつつあるのは、

周知の事実である。

 

「光輝殿も浩介殿もハジメ殿もジータ殿も、その他皆さんもお元気で!」

 

普段の実直さをそのままにシンプルな言葉を残し、

光に包まれながら、笑顔で手を振るユーリ、

こうしてジータがトータスへと呼び寄せた空の世界の者たちもまた、

全て帰還を果たしたこととなった、いや……そういえば誰か忘れてる気が……。

 

「オイ、あの店は何だ?前を飛んでいたら寿司が回っていたぞ」

「あ、あのお店安くて美味しいんですよ」

「ふむ、ではそこに早速わたちを案内しろ、この世界の味を早く知りたい」

「……」

 

ハジメとジータは、ギギギとまるで油を差し忘れた工業用ロボットのような動きで、

声の方へと振り返る、そこには……案の定、金の髪を足元まで垂らした褐色少女が、

ふわりと宙に浮いていた。

 

「シャ!シャレムさん!」

「なんでアンタまだ残ってるんだ!」

「何故と言われても、残ってしまったものは仕方ないだろう」

 

そういえばシャレムは世界の壁をこじ開けて自分でやって来たんだっけと、

その出会いを思い出すジータ。

 

「どうやらあの時、世界の理からある意味外れてしまったようだな」

 

しれっと何やら重要なことを口にするシャレム。

 

「じゃあ……帰るには」

「オマエが頑張るしかないな、期待してるぞハジメ」

 

相変わらずのその尊大な口調に、顔を見合わせげんなりとするハジメとジータ、

そしてそんな二人には一切構うことなく、

シャレムは急かすかのように物珍し気に夜空を舞うのであった。

 

「わたちが残ってくれて嬉しいのは言わずとも承知している、従って、

ちゃんと感謝と歓迎の意を込めて、あの回る寿司をとっととわたちにご馳走しろ」

「……安上がりなこって」

「何か言ったか?」

 

と、色々とあった物の、ともかく帰還を果たした彼ら。

そこからさらなる色々を経て、半年の時間が経過し、

ようやく彼らがかつての日常を取り戻した頃であった。

 

月曜日、それは一週間の内で最も憂鬱な始まりの日、

大多数の人々が、これからの一週間に溜息を吐き、

前日までの天国を思ってしまう、そんな日。

 

ハジメは徹夜でふらつく体でなんとか踏ん張り教室の扉を開けるのであった。




次回、ついに最終回です。


グラブルキャラについては一人くらいは残って置いた方が、
寂しくなくっていいかなと思いまして、やっぱり全員帰っちゃうのもね。


それからユエに関しては、なんかこうなっちゃいました。
ハジメの変化を受けて、ユエもまた変化したと思って頂ければ。
彼女はメインヒロインではあるんでしょうけど、
原作を読んだ印象としては、マスコットに近い感じを受けていました、実は。

(ハジメとユエの関係は互いに取って刷り込みに近いんじゃないかなとも)

ただ、主張の激しい連中の中では、なんだかんだで控えめなので、
書いていてある種の扱いやすさはありましたね。

この作品では、ジータという存在があったこともあり、
それなりに自己主張するヒロインへと変化することとなりました。
(せざるを得なかったというべきかも)
その結果、ちょっと暴力路線に入ってしまいましたが。

で、そのもう一人の主人公でもあるジータについては、
コンセプトは以前活動報告に書いた通りですが、
今はどうかは置いといて、この作品を始めた当初は、
こういうタイプのオリ主はいなかったと記憶してます。

それでも序盤はありふれ二次のセオリーに少々引っ張られ過ぎたのと、
いわゆる暴言ジータちゃん的な気性の荒さが前面に出過ぎているのは、
反省すべき点ではありますが。

(序盤の光輝らへの対応につきましても、ムカついてはいるけど、
同時に心配もしているという部分をもっとちゃんと書ければなと、今では思ってます)

ともかく、南雲ハジメのプロデューサー、そしてストッパー&ツッコミ役を、
なんとか最後まで勤め上げさせることが出来たかと考えております。


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Out Of Orbit-新たな地平へ

最終回!


徹夜でふらつく体でなんとか踏ん張り教室の扉を開けるハジメ。

その瞬間、教室の生徒の大半から、気の毒に、いたたまれない……そんな視線が、

土気色となったハジメの顔へと注がれる。

 

「なぁ……今日もユエさんは」

 

中野の問いに無言で首を振るハジメ。

 

「……そうか」

 

男子生徒全員がとても見ちゃいられないとばかりに、悲し気に顔を伏せる。

 

ハジメとユエが、世界を隔てた遠距離恋愛中なのは、先に述べた通りだが、

ユエが連絡に指定した時間は、時差の都合上、ここ日本では深夜三時に相当し、

さらに世界間通信に必要な魔力は、全てハジメが賄うことになっている。

いかに膨大な魔力量を誇るハジメとあっても、その負担は尋常ではない。

 

それに加えて本来の学業と、そして自身の研究、

さらに遅れを取り戻すとばかりに、意地になってゲームもアニメも控えないものだから、

半ば自業自得とはいえ、疲労困憊となるのは必定である。

 

だが、それだけならばここまでのことにはならない。

ハジメの、そして周囲の悲嘆の原因、それはここ一週間、

そのユエとぷっつり連絡が取れなくなってしまっていることと、

さらにもう一つ、ハジメの隣の席の女子、すなわちジータもまた、

ここ一週間連絡も無しに学校を欠席しているということが重なり、

まさにハジメは煩悶地獄に片足を突っ込んでいた。

 

「そりゃキミ、フラれちゃったんだよ」

「ぐはっ!

 

光輝の肩の上から放たれた、ミレディのクリティカルな暴言を受け、

その場でのけぞるハジメ。

 

「ミレディさん、それはいくら何でも」

 

ミレディを窘める光輝だが、その表情には微妙な何かが籠ってるようにも見える。

とはいえど、もちろん他人の不幸を喜んでるわけでは決してなく、

それは彼が飾り気無き、一人のありふれた少年になりつつあることの証である。

 

「だってディンリードさんだもんね、ユエちゃんの男の原点って」

 

映像の中の金髪イケメンと、目の前の白髪の少年をまるで比べるような目で見つめる優花。

ハジメもそのことは痛いほど心得ているのだろう、丸まった背中がさらに縮こまる。

 

「そうそう、それに蒼野さんの男の原点はお兄さんだしね」

「それに異常な状況で結ばれた男女は長続きしないって、よく言われるし」

 

奈々と妙子も面白半分、溜息半分で優花に同意する。

ちなみにもう一人の遠距離恋愛者である遠藤浩介もまた、胸を押さえ蹲っているのだが、

そのことに気が付く者は、例によって誰もいない。

 

しかし言葉こそ厳しいが、それでもハジメを見るクラスメイトらの視線は優しく温かい。

皆、知っているのだ、こうして自分らが平穏な生活を送れているのも、

表は光輝や愛子の、そして裏ではハジメたちの尽力あっての物だということを。

 

『全てを救うことも出来なきゃ、全てを守ることだってきっと出来ない……だったら

多少の窮屈や不自由は受け入れるさ』

 

そんなハジメの言葉を思い出しつつ、スマホの画面に目を移す鈴、

そこにはリニア開発大きく前進!だの、海底資源採掘に目処だのという、

ネットニュースの見出しが表示されている。

 

そう、幾つかの技術供与と引き換えに、

ハジメは自分たちの安全と自由を政府に保証させたのであった。

もちろんその中には報道管制も含まれている、鈴が窓の外に目を移すと、

自分らの教室の様子をドローンで撮影しようとした不届きな何者かが、

黒い服の人々によって何処かへ連行されていく様子が、その視界に入り、

懲りもせずにと鈴は視線を外から教室に戻す、と、今度は視界の中に三つの空席が映る。

 

(恵里……近藤くん、檜山くん……)

 

彼ら三人の席は、卒業までそのままにしておくことになっている。

あの異世界からの帰還を、単なるめでたしめでたしで終わらせないために、

何より自分たちの現在が、犠牲の上に成り立ってるということを心に刻みつけるために。

 

帰還が叶わなかった彼ら家族への報告、交渉も、光輝と愛子が主に行った。

最も難航すると思われた檜山の家族に関しては、彼の友人であった中野や斎藤らの証言や、

同じく死亡した近藤と恵里が遺体すら残ってない中で、

遺体を引き渡すことが出来たことなども幸いし、最終的には納得を得ることが出来たと聞く。

 

それにしてもと、恵里が死んだと聞かされた時の恵里の母親の、

悲しんでるとも喜んでるともつかぬ表情が一瞬浮かび、

それを鈴が頭の中から追い出そうとした時だった。

 

「お前らぁ~~いい加減にしろっ!」

 

イジリに耐えかね、ついに抜き放ったドンナーの銃口を天井へと向けるハジメだったが、

肝心の身体がついて来れず、その場にへなへなと頽れてしまう、

日常生活には不要と、普段は能力の大半をあえてセーブしているとはいえど、

その様は山王との試合の後の湘北か、はたまた頭が濡れて力が出ないアンパンマンか。

 

「嘘のようにボロ負けで、う~~力が出ないよ~~」

 

何処で覚えたのか、またまたハジメへとピンポイントにして、

クリティカルな煽りを入れるミレディ、それは流石に聞き捨てならんと、

シュラークの照準をミレディに合わせるハジメだったが、

狡猾にも、すかさず光輝の背中へサササと彼女は身を隠していく。

 

「お前ら教育番組のお兄さんと人形みたいだな……」

「……俺も常々そう思ってるよ、と、ジータとはリンクがあるんだろ?だったらさ」

 

見かねた光輝がハジメへと魔力を与えてやりつつ質問するのだが、

その問いにも、ハジメは悲し気に首を振る。

 

「そのリンクが繋がりにくくってさ……多分ガブリエルが邪魔しているんだ……、

かと言ってLINEや電話も素っ気ないしさ、シアやティオに聞いても分からないって言うし、

……シャレムに至っては煽ってくる始末だし、やってられねぇよ」

「あんまり気にせずにさ、リラックスした方がいいよ、ハジメくん」

 

光輝に続いて香織もフォローを入れつつ、自身の魔力をハジメへと分けてやる。

 

だが、それを傍で聞いていた雫は香織の態度にどこか違和感を抱いていた、

こういう時の香織は、ハジメを放置するジータやユエへの憤りを隠さないか、

ここぞとばかりにハジメに猛アタックを掛けるかのどちらかだろうと思うがゆえに。

 

ともかく魔力を充填出来たことにより、顔色は良くはなったが、

今度は眠気が襲ってきたようだ、ハジメの瞼が明らかに重くなって行くのが見て取れる。

 

「一時間目は自習だ、少しは寝ろ」

 

自分の身体のメンテをハジメが行っている関係上、慮るような言葉を口にする龍太郎、

ちなみに制服こそ男子の物であったが、その姿は今もノイントのままだったりする。

なんでも家族の意向なのだそうだ。

 

(親父とお袋さ……このまま女の子のままでいいって、

姉貴までいっそ妹になっちまいなとかそんなこと言うんだ……)

 

と、その時、そんな坂上家の家庭の事情には一切忖度することなく、

教室の扉が開き、そこから愛子が姿を見せる。

 

「先生、今日は自習じゃ?」

 

優花の言葉に愛子は微笑みで返すと、そのまま話を始めて行く。

 

「今日は皆さんに転校生を紹介します」

 

その言葉を聞いた清水が、いや教室内のほぼ全員が、

色めき立ちつつ、まさかそんなベタなと教卓へと視線を集中させると、

案の定、ジータに付き添われた制服姿のユエが教室へとその姿を現わすのであった。

 

「え!あ、嘘っ!ユエさん!」

「なんで、どって?」

 

優花と鈴の驚きの声にも動じず、ユエはしれっと答える。

 

「……ハジメを愛し求める私の心が新たな概念を……世界を越えさせた」

「あ……さいですか」

 

もちろんこれにはタネがある、神域の改良管理についてはユエが中心となって行っていた、

その時、いずれ自力で世界を、ハジメの元へ向かう為の仕込みを密かに行っていたのである。

さらに吸血族の足跡を辿る中で入手した、幾つかの秘奥も、

世界を越えるための助けとなったことは言うまでもない。

 

ともかく、概念舐めんなと思いつつも、

それでもそう口にされると納得するしかないわねと苦笑する雫、

香織の態度が余裕だったのも、これで合点が行った、

要はハジメを驚かせるために皆で口裏を合わせていたのだ。

しかし、少々溜めすぎではないか、これでは……。

 

(思ったよりも時間かかっちゃったなあ)

 

ハジメに申し訳ないと思いながらも、ジータはここ数日の奔走を思い起こす、

家の力を借りつつも、色々煩雑な手続きをハジメにバレないように、

かつ、滞りなく行わねばならなかったからだ。

ちなみに羅針盤を使えばすぐにユエがこっちに来ていることは判明したのだが、

ハジメといえども、その考えには思い至らなかったようだ。

 

ともかく、少し寂しい思いをハジメにはさせてしまったが、これからは違う、

今までよりももっと楽しい日々が……と、そこでジータがハジメへと視線を向けた時、

彼女は信じられない物を見てしまった。

 

この感動的なシーンとなるべき時に、まさにフィナーレを飾るに相応しき時に、

なんとハジメは机に突っ伏し寝落ちしていたのである。

 

ジータと同時にユエもハジメが寝ているのに気が付いたのだろう。

豊かな金の髪を逆立て、その身体から怒りの静電気を発しつつ、静かにハジメへと歩み寄り、

クラスメイトたちが素早くハジメの周囲から席ごと離れる。

 

そしてゴチバトルの会計のごとく、ポンと突っ伏すハジメの肩に手を置き、

ユエは目覚ましとばかりに電撃を炸裂させる、もちろん手加減無しのフルパワーで。

 

「あばばばばばばばばばっ!」

「ユエちゃ……私までっででででででっ!」

 

と、これからの騒がしくも楽しい新たな物語の開幕を告げるベルと、

一つの物語の終幕を示すファンファーレを兼ねたかのような、

主人公コンビの悲鳴が教室に響き渡り、かくして一先ず冒険の幕は下りたのであった。




新訳というコンセプトで書いてきたこの作品も、これにて完結です。
世界を救ったにしては、やや冴えない終わり方ですが、
原作ではお目にかかれないであろうこんなシーンで〆るのも、
またありと思って頂ければ幸いです。

本当にここまで応援ありがとうございました。

完結に寄せて、他にも書きたいことは幾つかありますが、
ここで長々と書くのも、と、思いまして、
それらにつきましては活動報告の方へと記させて頂きます。


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Neue Welt
The Successor


久しぶりだなとんでもない奴ということで
グラブルリリンクが出たのと、何より劇場版ガンダムSEEDを見てちと刺激されてしまい
やっぱりこいつらのその後というのも構想した以上は、形にしとくべきかもと思いまして
久々に筆を取ってみました。

初めての方へ
この作品における南雲ハジメやユエ、天之河光輝etcといった原作由来の登場人物は、
その在り方が大きく変化していたりもします。
ですがあくまでもありふれた錬成師と空の少女で世界最強という拙作においての
各キャラクターの歩みの結果であるとご了承の程、どうかお願い致します。

でも新訳Zのつもりが冒険王版ガンダムくらいまで変わってしまった感も我ながらあります。
ええい!このスイッチだ!


 

 

『知れば誰もが望むだろう! お前の様になりたい!なれた筈だと、なれる筈だと

ただ運に恵まれただけで世界を統べる力を、最強の力を得られたのだからな!』

 

確かにそれは否定できないとハジメは黙って声に耳を傾ける。

 

『確かに今、君は多くの友に恵まれてはいる、それらも所詮は羨望あっての物だ!

信頼によって得た物ではない!』

 

「違う!確かにそういう奴もいるかもしれないが……」

 

ここで初めて声を荒げるハジメ、その発言が自分ではなく、

自分をまかりなりにも信じてくれているであろう者たちへの侮辱であると受け取ったが故に、

だが……。

 

『信頼?君にその言葉を口にする資格があるとでもいうのか?」

 

声はより辛辣さを、鋭利さを増していく。

 

『何より君自身が自分を信頼してはいないのだろう?力だけが自分の全てではないとは心から

信じることが出来ているとでもいうのか?』

 

『己を信じられぬ者がどうして他者を信じ得ることが出来ようか、

そうだ!誰もがただ惑わされて誘われているだけだ、羽虫の如く君の持つ強大な力に知恵に!

例えそうではなかったとして、誰も分ろうとはしないだろう!誰にも!』

 

 

 

「はっ!」

 

思わず周囲を見回すハジメ、途端にいつもの軽い、目を閉じてブランコに乗った時のような、

特有の眩暈がハジメの身体を包む。

 

「今のが現状の俺が抱える闇ってことか……」

 

かつては図らずも得た強大な力を抱えたが故の未来への不安が自身の闇だった。

そして抱えた力と伴う未来を受け入れれば今度は……。

 

「たく」

 

ボヤキ交じりの溜息をつくハジメ、結局、奈落を抜けようが迷宮を踏破しようが、神を倒そうが、

勝てば勝つ程により困難な壁が試練が姿を現わすだけだということであり、

それが即ち"生きる"ということなのだろう。

 

しかし全くもって未だにここでは不思議な事が起きる、まぁ無理もないか……と、

ハジメは自身の周囲に展開する不可思議な光景を改めて見回す。

 

ここは神域の最深部にして、かつて神であった者エヒトルジュエの本当の意味での、

(プライベートな空間……そう考えるとなんか申し訳ないな)

確かに自分が死んだ後、さして縁なき他人が自室に踏み込むのを思うと、

あまりいい気分がしないのは事実だ。

そもそもは日記でもないかと興味本位で漁り始めたのが契機である。

今思うと私室に踏み込むどころか故人のパソコンのHDDを覗くレベルの、

下世話な行為ではあったとは思う。

 

実際にあくまでも調査という名目ではあったが。

 

(何もそこまでしなくても、止めなさいよ)

(……んっ、静かに眠らせてやる、それが敬意)

 

と、ジータたちが反対の声を上げたのも確かではあったのだが、

愛する少女たちよりも興味の方が勝ってしまった。

隠してたエロ本の何冊かでも見つけて悔しがらせたいと言って調査に同行した、

ミレディらは置いといて……

 

しかして彼らは発見したのである、エヒトルジュエが最も大切にし、

そしてある意味では最も敬遠していた物であろう物を、それは……。

 

「思い出」

 

かつてエヒトも使っていたであろう寝台にごろりと寝ころび、

ポツリとそんな言葉を漏らすハジメ。

彼が今"思い出"と称した物……それはすなわち到達者たちが遺した、到達に至るまでの道程と、

そしてこの地に降り立ってからの遥かな年月を詳細に記した数々の記録であった。

 

それを見つけた時、心の何処かで安心したのをハジメは思い出す。

やっぱりお前も人であった頃を、その証を最後まで捨てられなかったありふれた男だったという、

確たる物を見つけることが出来たという安堵を、

君もやっぱり普通の……ありふれた奴だったんだねと瞑目しながら小さく呟いたミレディと共に。

 

ともかくこの場所はエヒトルジュエの終の棲家であると同時に書庫でもあったのだろう。

この部屋には先も記した通り到達者の文字通りの遺産と言っても良いほどの

膨大な資料が遺されており、その解読が目下のハジメの日課の一つであった、それはすなわち。

 

己のみならずいずれ必ず人類全てを到達の域に、

そして彼らがついに辿り着けなかったさらなる域へと。 

 

(それがこの故郷へ、地球へと帰還した俺が自分に課した命題)

 

確かに自分はエヒトに勝ったのかもしれない、だがそれは半ば譲られた勝利だったと、

ハジメは認識している。

あの時、パイルバンカーが己の心臓を貫いたその時のエヒトの笑顔は、

確かに余力を残していたという証だと、勝利を……座を譲った証だとハジメは確信していた。

 

「とんでもない物まで譲ってくれたもんだ」

 

所詮はただ生き残りたかっただけの自分が、最強など望みもしなかった自分がと、

改めてハジメは思い返す。

しかしながら勝利を譲られたのならば、譲った者の遺志を僅かながらであっても叶えるのが、

筋という物、と、いささかお人好しだなと自覚しつつ、

この世界の南雲ハジメとしては考えるのである。

 

だから自分は征かねばならない、彼らが目指し諦めた先へ。

それを為したその時こそ、南雲ハジメは真の意味でエヒトルジュエに勝利し、

到達者たちの業績を無為な物にすることなく、彼らのその存在を救ったことになるのだろう。

 

だがそれには遥かな時間が必要なこともまたハジメは理解している、

己の残り生涯全てを費やしてもきっと足りる筈もない程の悠久かつ膨大な時が……。

それはそれで構わないとハジメは思う、切り拓く者と耕す者、育む者、実りを享受する者が、

それぞれ同じである必要はないのだから。

 

その切り拓く者を自認するハジメとしては、

託せる所まではなんとかやってみせたいという思いはある、

次の世代は次の世代のやり方でということで、

そしてその実りを享受する存在が到達者と称されるのならば。

 

(もしかすると到達者って)

 

遥かな未来の、それこそ地球という言葉すら忘れ去った地球人の姿だったのかもなと、

ハジメはふと思う、だとすれば今こうしていることも予め何かによって定められた―――。

そこまで考えた所で、よくある話すぎてちょっと出来すぎだなとクリエイターの卵はそう思う。

 

(未来かぁ……)

 

ハジメは……自分に未来を教えてくれた偉大なる師のことも思い起こす。

 

 

『ま、オレ様は誰かの為、ましてや世界の為だなんて寸分たりとも思ってなかったがな』

 

天上天下唯我独尊にして徹頭徹尾己の利益と快楽の為、気まぐれめいた善行は

単に優秀さを世間に誇示せんが為、それがかつてのカリオストロの日常だった。

 

『その結果世界を敵に回してほとぼりが冷めるまで千年だ、

で、ようやくお天道様の下に出てみりゃ』

『オレ様の産み出したる錬金術は物好き共の学問に成り下がって

かつてのオレ様の1/10の領域にも及んじゃいねぇ、むしろ退化すらしてやがる、千年もあってだ』

 

その嘆きは人々の本来歩むべき未来を自分の愚行のせいで閉ざしてしまったという後悔が、

確かに含まれていた。

 

『おかげで本来なら化石か干物同然の扱いをされてなけりゃならねえオレ様にだな

開祖だの何だのと未だに能無しの情けねぇ奴らが大量に群がってくる始末だ』

 

まさかこの天才美少女錬金術師のカリオストロ様が、

こんなジジィめいた繰り言をホザくようになるとはな

などと口にしつつ、取り繕ったかのように彼女(彼?)はいつもの擬態を始める。

 

『つまりぃ~カリオストロちゃんとしてはぁ~』

 

声色こそ美少女のそれだが、無造作に尻をボリボリ掻く仕草で台無しである。

 

『オレ様の足下にも及ばねぇバカとはいえど舎弟のお前にそんな風になって欲しくはねぇ、

例え世界を統べ従える力があってもだ』

 

 

エヒトら到達者の犯した失策の中で最も重い物、

それは後継者を作り得なかったことだとハジメは考えている。

人間であれ国家であれ単一の強大な存在に依存する世界は必ず綻びる、

不変の生命はあるかもしれないが、不変の精神や不滅の国家など決して存在はしない、

事実ハジメはエヒトが最初からエヒトではなかったことを知っている、それこそが証ではないか?

 

何より唯一最強の存在が世界を統べることを是とすれば、新たなる最強の手によって

最悪それまで積み重ねた全てが覆されてしまう可能性すらあるのだから。

単に強さのみを基準にしてしまえば、それ以上の強者が現れた時の抑止が利かなくなってしまう。

世界を巡る最強と最強の椅子取りゲームなど不毛なだけだ。

 

「ってことをわかってんのかね?アイツは」

 

そのアイツが誰なのかは言わずもがなである、かつて氷雪洞窟にて相まみえることとなった。

己のもう一つの可能性、魔王南雲ハジメ、この世界のハジメのこの一連の取り組みは、

その魔王への挑戦も含まれている、何せ何とか退けたものの、

勝利と引き換えにときメモの爆弾レベルのとんでもない置き土産を頂く羽目になったのだ。

いずれ一泡吹かせなければ腹の虫が収まらない。

 

(絶対仕返ししてやる……)

 

しかしながら魔王への対抗心もまたこの道を取らせた要素の一つだとすると……。

 

(やっぱり俺は俺なのかもしれないな、とはいえ、俺にもまだ未来はある、ある筈……だよな)

 

今の己の肉体は魔物の血肉を取り込んだ、

いわば人のそれとは大きく異なる要素が多分に含まれている。

勿論ある程度の保証はあるが、それでも前例無き物である以上、

いつどうなるのか?という確証は持てない。

少なくとも南雲ハジメ一個人としては今ここで心臓が止まっても、

魔物になってもそれはもう仕方がない。

悲しいけどこれ……という話で終わらせるだけだ、あくまでも一個人としては、しかし。

 

(ジータを巻き込むわけにはいかない、絶対に)

 

そう、この世界の南雲ハジメに一個人という言葉は当てはまらない。

何故ならば自分と生命と魂を共有する掛け替えなき対の少女が、

命に替えて守りたい少女がこの世界には存在しているのだから。

その少女が……もしもジータがいなければ、奈落の底でずっと傍にいてくれなければ……

励ましてくれなければ、共に最後まで戦ってくれなければ。

 

(俺は強さと引き換えに失う不安と奪われる恐怖に苛まれながら

生きて行くことになってたかもしれない…一人で生き抜いた自信ばかりが肥大して

傲慢に他人を虐げるような存在になっていたのかもしれない)

 

俺じゃないあいつがそうであるとは思いたくないが……だがしかし、

ハジメにとって魔王は原初の憧憬を抱かせると同時に、

酷く何かに怯えている小さな存在にも思えてならなかった。

それは鋭利な牙と炎の息を備えさらに雄大な翼と堅牢な鱗をも持ちながら

洞窟の奥でひたすら宝物を貯め込み続けるドラゴンにも思えた。

 

(だからこそ、俺はジータを転生させたという神様の元へ必ず辿り着く)

 

その神は恐らくエヒトとは全く異なる文字通り高次元の存在なのだろう、

例えその思考は人のそれと変わりなくとも。

 

(そしてジータを普通の身体に戻して貰う)

 

到達だの未来だのとさんざ口にしようとも、

結局これこそが自分が目指す本来の目的と言ってもいい。

しかしながら、その原動力となっている感情が何なのかは一言で説明できるが、

それを口にできる勇気は残念ながら今のハジメには無かった、何よりも確証が持てない、

今の自分のこの感情が単に生存本能から来る生理現象に過ぎないかもしれないのだから。

そしてもしも……。

 

自由を取り戻したジータが自分以外を選んだら?自由を取り戻した自分が……。

 

「くっ!」

 

怖い……分からないということが、無知という物がこんなに恐ろしいことだなんて、

かつての自分には全く想像もつかなかった、だがそれでも。

 

「恐れていても……先には進めない」

 

その精神あったればこそ生き抜き、帰還が叶ったのだ。ならばこそ初心に……。

と、そんな時であった。

 

ハジメの瞳から不意に涙が零れ始める。

 

「あ……あれ?」

 

あまりにも唐突でかつ予想外な自身の変化に驚きつつ、頬を拭うハジメ

しかし涙はとめどなく流れ続ける……そればかりか胸の奥から

心地よい昂ぶりまでも湧き上がってくる。

これは……いや違う、これは……。

 

自分由来の感情ではない……だとすれば。

 

「あんにゃろめ」

 

今の自分の現状を察知したハジメはクリスタルキーを取り出す、目指すは……。

 

 

神域から出るなりそのままハジメはジータの下へと直行する。

あらハジメくんどうしたの?なんてジータの母の声を聞き流し。

勝手知ったる他人の家とばかりに、このあらいを作ったのは誰だあっ!と、

まさにそんな感じでもってしてジータの部屋のドアを乱暴に開け放つ。

 

―――――そこにはコタツで丸まり海外ドラマを見ながら涙するジータたちの姿があった。

 

「ジータっ!コラこの野郎が!」

「ちょっと画面見えないよハジメくん!それに今日は女子会の日だよ」

「……んっ、女の子にこの野郎はちょっと違う」

 

コタツに包まる香織とユエの抗議の声は無視して、ハジメはそのままジータへと怒声を上げる。

 

「あそこに入る時は感情がダイレクトに伝わりやすいから

大人しくしとけって言ってるだろうがーっ」

「だ、だって、ハジメちゃん…やっと、やっと二人が結ばれようとしてるんだよぉ~」

 

そう口では言い返すジータであったが、涙を浮かべたその瞳は画面に釘付けである。

 

「籠るの一時間が限度なんだぞ!貴重な時間をだなあ」

「今いいところなんだから変に怒ったりなんかしないでよぉ~」

 

互いに涙をボロボロ流しながら怒ってるのか泣いているのかよくわからない態で、

口論を始めるハジメとジータ、生命や魂のみならず、かつては伝わる程度であった感情すらも、

二人は共有しつつあった。

 

 

「たく……」

 

神域から離れたことでようやく防壁が作用してきたのか、

感情のシンクロが通常レベルまで落ち着いたのを確認し、

やっと一息入れられるぞとハジメはどっかと胡坐を掻く。

 

「南雲君、お行儀が悪いわよ、他人の家で」

「ああ、八重樫も来てたのか」

 

行儀云々と言いながらも自身はコタツで仰向けになったまま雫はハジメの無作法を指摘する。

 

「ここはもう戦場でもなければトータスでもないのよ、ジータにも言われてるんでしょう?」

「まあ、な、それに関しては自分でも何とかしなきゃなって思っちゃいるんだ」

 

確かにあの奈落での豹変は自身の様々な何かを変えてしまったのは確かであるが、その一方で、

実際には自分を盛り上げ奮い立たせるための一種のロールプレイ的な感もあったのも事実だ。

だが、トータスでの戦いの日々によっていつの間にかこっちの方が馴染んでしまい

今では最初からそうだったのでは?とさえ自分で思えてしまう。

 

「ちゃんと言ってるんだけどね、こんなんじゃ魔王様になっちゃうよって」

「おい!」

 

いかにいけ好かないとはいえど、自分である、

そういう風に扱われると流石に腹が立つのかジータに抗議の声を上げるハジメ。

 

「魔王になったハジメ君かぁ~私も会いたかったなぁ」

「んっ、実はあっちの方がちょっとかっこよかったりする」

「え…ちょ…おい」

 

香織はともかくとして思わぬユエの言葉に今度は声を詰まらせるハジメ、

当のユエはそんな彼の様子を楽しみつつ、気付かれないようにんべーと舌を出したりする。

 

 

(よく八人も抱えて、しかも子供までこさえられたもんだよ、俺じゃない俺)

 

こっちは振り回されっぱなしだというのにと、

そこんとこはハジメとしても評価するのはやぶさかではない。

それはジータにとっても同じである、少なくとも自分が危惧していた魔王の姿ではなく、

まかりなりにも誰かを愛し愛される存在としての魔王南雲ハジメであったことに、

密かに安堵したのだから。

但し流石にそれぞれ母親が違う子供をしかも八人もこさえるのは論外としか言いようがなく、

何より雫や愛子と顔を合わせると、別に自分は関係ないのに、

何故か監督不行届という言葉が浮かんで若干の気まずさが先に立つようになってしまった。

 

(でも流石にさ)

(ミュウちゃんにまで手を出してたり……しないよね)

 

もしもそこまでの域に至っているのなら、二人としては怒りというより、

むしろ謝りたい気分になってしまう。

したがって打倒魔王南雲ハジメはハジメのみならずジータや、

それからユエに取っても他人事ではなく、

むしろ積極的に協力するのが当たり前という物であり。

 

(安心出来なくなったんだから責任取って貰わないと)

(んっ)

 

と、いつもの通りアイコンタクトを取り合う二人なのであった。

 

 

「で、ハジメちゃん食べてくんでしょお夕飯」

 

そういえば今夜は鍋するからと誘われていたのをハジメは思い出す。

 

「光輝とミレディさんも帰ってくるんでしょ?」

 

コタツで寝ころんだままでハジメへと尋ねる雫。

 

「ああ、もう他に勇者がいるから早く帰してくれって」

 

勇者召喚の際、狙った個人のみならずたまたま似ている資質を持つ者まで、

世界を跨いで引っ張られてしまうことがある。

流れ弾召喚と自分たちは読んでいるが、今回の光輝の場合はそれである。

すでに準備は整えているので今頃もう神域に設けたゲートに帰還できた頃だろうか?

本来ならその出迎えも兼ねて神域にいたのであるが、そこはシャレムに頼むとして。

ハジメが俺もとばかりにコタツに入ろうとした時だった。

 

お鍋の白菜が足りないので買ってきて欲しいとそんなジータの母親の声が階下から届く。

 

白菜?買ってきて?誰か?いや誰が?そんな微妙な空気が一瞬部屋に流れる。

季節は冬真っ盛りで外は薄曇り、その上夕闇が迫りつつある。

 

「じゃあハジメちゃんお願いね」

「へ?なんで俺が?別に……」

「だってコタツに入ってないのハジメちゃんだけじゃない」

「……んっ、私もコタツから出たくない」

 

ハジメの問いににべもなくジータが言い放つと、ユエもまた顔を見合わせ同意する。

 

「ねー」

「んっ」

 

さらにその言葉尻に乗るかのように香織がまた妙なことを口走る。

 

「私ハジメくんの買ってきた白菜食べたいな!きっと絶対美味しいよ!」

 

誰が育てたとか作ったとかじゃなく誰が買う買わないで味は変わる筈がないだろうと、

ハジメのみならず香織以外の全員が思ったが、勿論思うだけで口にはしない。

ともかくこいつらではだめだと、

ダメ元でティオへ救いを求めるかのような視線を向けるハジメであったが。

 

「ご主人よ、妾は竜、いわば爬虫類じゃ変温動物ゆえにの寒さはちと遠慮じゃ」

 

普段トカゲ扱いすると怒るくせにこういう時だけ調子がいい。

じゃあと今度は雫、しかし。

 

「あら、南雲君?私にお買い物行かせる気?

私は光輝とミレディさんを迎えに来ただけで今日はお客さんよ」

 

部外者に頼るなとばかりに、あっさり機先を制されてしまう。

 

「じゃあ、いつものアレで決めよっか」

「え、あれかよ……」

 

いつもの、とジータの言葉に縮こまるハジメ、これは寒さのせいではない。

 

「俺、アレで勝てた試しないんだけどな」

 

そんなハジメのボヤキは半ば無視してジータはとっとと話を進めて行く。

 

「南雲ハジメ君に白菜を買ってきて貰うのがいいって思う人!」

「「「「「はーい」」」」」

 

ジータ、ユエ、ティオ、香織、雫……。

それぞれの関わり方や距離は違うとはいえ、自身に関わる女どもが高々と掲げた手は、

それはまるでジェリコの壁の如くハジメには映った。

 

(ちくしょう……いつもどうして多数決じゃ勝てないんだ)

 

この世界の南雲ハジメ(ちなみに天之河光輝もだが)は、

多数決(もとい女の友情)に弱いのであった。

というよりこの決定方法の致命的欠陥について二人とも未だに気が付いていなかった……。

信じられぬことに。

―――誰にでも欠点盲点は存在する証である。

 

「それでは五対一を持ちまして本件は可決となりまァす」

「……ハイ」

 

憤懣やるかたないハジメへと容赦なくジータは買い物袋を押し付ける。

 

「買うのは高架渡った駅のトコのにしてね」

「え?そこ遠……」

 

本来の最寄駅からは逆方向である。

 

「し・て・ね」

 

ジータの圧にたじろぐハジメ、だがこういう時の彼女は何か思う所があるのを、

ハジメも当然勘づいている、

何の意味も無くこんなことを言ったりさせるような少女ではないことを。

 

こうして彼はスーパーへと渋々ながら向かうこととなる。

男にとって厄介極まりない女の友情や結束について何とかしてくれる存在がいるのならば、

いつでも最強を明け渡して構わない、そんな風に今この時だけは思いながら。




改めましてお久しぶりです、ハジメが最強であることくらいわかりきったことなので
ハジメに限らずその内面を表面的な強さ以外の何かを
自分なりに解釈して書いていったのが本作であります。
最初はこんなん大丈夫かなと思ってはいたのですが、
完結後数年経過しても評価やお気に入りが増えているのは嬉しい限りです。

とりあえずはこの作品の南雲ハジメと女の子たちはこういう関係なのです。
え?一人いない?それは次回にて



ちなみにですが劇場版SEEDどうなることかと思ってましたが
蓋を開けるとキラとラクスの愛の物語でしたねぇ
ラクスって周囲から見たら聡明かつ毅然過ぎて、かつ普段から人を試すようなことばかりの
男の子に取っては一瞬たりとも気が抜けない怖い女の子だと思うのですが
そんな怖い子がキラにだけはちゃんと恋する女の子の姿をこれでもかと見せてくるのは
ちょっとズルいなって思いました。

……でもね…見終わって友人らと語ったのは殆どアスランの事ばっかで
見た人わかりますよね?一体何なのアイツ。


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GirlFriends

数日遅れですが季節ネタ。
平和なら平和なりにやること考えることがあるのです。




 

 

夕闇迫る寒空の下、買い物に向かうハジメを見送ったヒロイン一同たち。

ハジメの実に渋々とした仕草が少し気になったというか、仕方ないことなのだが、

こちらも不精なことにコタツから一歩も出ることなくのお見送りなのでお互い様なのだろう。

 

海外ドラマはすでに終わっており、先程とは逆に妙な静寂が部屋を包み始める。

こうなると何をしてよいか話してよいかがわからなくなる、

かといって眠りに落ちてしまうのは勿体ない。

せめてとばかりに雫がゲームソフトを棚から取り出そうとコタツから手を伸ばすが、

届かないのを悟ると諦めてまたコタツへと潜り込む。

全く以って今の自分たちの姿はまるでコタツと一体化したかのようだ。

コード抜いたら私たちそのまま止まってしまうのではないかとさえジータは思う。

 

だがこれが普通なのかもしれない。

毎回毎回"エミヤ"や"ストッパー"がBGMに流れるような話ばかりでは身が持たないではないか。

 

「トイレ行きたくなっちゃった、ティオさん代わりに行ってよ」

「何をバカなことを言うておる」

 

そんな下らない香織とティオのやりとりを聞きながら、ジータはぼんやりと天井を眺める。

 

(でもね……ハジメちゃんが頑張ってるのは自分と戦う為や人類の進化とかだけじゃないよね?

知ってるよ、ハジメちゃんが私を転生させた神様の所へ行こうとしていること)

(そして私を普通の身体に戻して貰おうとしていることも)

 

自身の影と対峙したあの氷雪洞窟の試練、

あなたの想いは所詮は生存本能から来る生理現象に過ぎないと、

ただ生きて居たいから生きる為に必要だから愛しているに過ぎないのだと、

影の自分から言い放たれたことをジータは思い出す。

そしてハジメもまた自分の想いに関して微かではあるが同じ疑念を抱いているということも。

 

だがジータにとってみれば"だからどうした"程度の話である。

 

運命だの宿命だのは確かにあるのかもしれない、いや、あって然るべきなのだろう。

だが、運命を宿命を偶然を必然たらしめるのは過程であり、

蓄積され育まれた想いなのだとジータは思う。

 

それはすなわちあの奈落の底から始まり共に傍に、共に励まし合い、

共に最後まで戦い駆け抜けた日々。

あの冒険の日々がなければ例え互いの身体が魂が共有されていたとしても、

仲のいい親戚同然の幼馴染で終わっていただろうとジータは確信している。

 

(だからね、何も案じなくてもいいんだよ、ハジメちゃん)

 

必要だから愛するなんて話はない、

それは人をただの道具へと貶める恥ずべき思想だとジータは思う。

愛しているからこそ誰かは誰かを必要とする筈なのだから。

 

(選ぶ未来が望む道が何処へ続いていても共に生きるから)

 

それが私だけじゃなく私たち、いやもっと多くの人々とならきっといいなと思いつつ、

でも、コタツに籠ってこんなこと考えるのは様にはなってないなとも思うジータであった。

 

 

「雪降るんじゃねぇの、これ」

 

冬とはいえど日没にはまだ早い、にも関わらず重い雲に覆われ始めた空を眺めて

ハジメは溜息をつく

ジータが指定した駅前のスーパーはここから歩いて二十分程の道程である。

 

幸いここから駅までは商店街のアーケードがある。

シャッター街とまでは思わないが、以前異世界に旅立つ前は辛気臭さしか感じず、

何となく足を避けていたのだが……。

 

「あれ?」

 

そんな商店街はハジメの知る以前とは全く異なった様相を呈していた。

駅へと続いているにも関わらず、人もまばらでさびれる一途であった街は

見事な再生を遂げており道行く人々でごった返していた。

 

(あ、これ俺が……)

 

アーケードの天井を飾る独特の光を放つ照明パネルを見て、

それが自分が提供した技術によって作られた物だと理解するハジメ。

 

ハジメがはじめまして世界と挨拶代わりその他諸々の意味で世に提供した技術のいくばくかも、

すでに医療や資源を中心とした分野で実用化に入っていると聞く。

 

(ついでに言えばハジメも特許料及びロイヤリティetcで莫大な富を得ていたりする)

 

だがこれはトータスにいた頃からすでに構想していたことでもある。

何故ならばカリオストロと出会って数日後にはすでに内緒だぞと耳打ちされていたからだ。

この異世界、トータスで得た自分たちの力が。

 

―――地球に戻ってからでも行使できるという可能性があることを。

 

『噺半分と前置きはしたが恐らく間違いねぇ、何故ならオレ様がそう思えば正解だからだ』

 

その余りにも自信満々な言葉に首を傾げたのをハジメは苦笑いと共に思い出す。

出会った当初だから加減してくれていたのだろう、

もし今そういう態度を見せようものなら間違いなく拳が飛んできたであろうから。

 

『お前の住んでるのは戦のない平和な国なんだろ、だからぁ~』

 

カリオストロはクルリとその場でスカートを翻しターンを決める。

 

『戦うことしかできない天之河のお兄ちゃんたちよりぃ~

ハジメお兄ちゃんの方がずうっと世の中の役に立てる筈なのぉ』

 

今思えば不自然極まりない美少女ムーブに当初は騙されっぱなしだったなと回想するハジメ、

もちろん見とれたその直後に髪をぐいと掴まれ凄みを入れられたことも決して忘れない。 

 

『だから絶対に気ィ抜くな、オレ様の言葉から動作から何から何まで絶対に見逃すな

それが完璧に出来てようやくオレ様の1/1000人前くらいにはなれるぜ』

 

当時は機械の修理とか色々出来るようになれば精々いいな程度だったのだが、

思えば遠くに来てしまったもんだとつくづく思う。

ともかく自分が与えた物が少しは世の中の役には立っているのなら、

これがきっとカリオストロの言う世に寄り添う生き方であり、

この星に生まれたこと、この世界で生き続けることなのだろう。

 

と、そこまでハジメが考えたところで人気アイドルのPOPが目に入り、

ああそんな頃かとハジメは腕時計のカレンダーをチラ見する。

 

(バレンタインかぁ)

 

何故か溜息をつくハジメ、貰えない、とは流石に思わないが、

しかし今回は貰う貰わない以上の悩むべき問題がある。

 

(ホワイトデー……どうすりゃいいんだ)

 

これまでのハジメにとってバレンタインは母親からチョコを貰う日であり、

女の子からチョコを貰う日では決して無く、

したがってホワイトデーなど彼にとっては無縁の行事に過ぎなかったのではあるが……。

 

ちなみにそういうのに慣れてそうな光輝に相談をしてみたのだが、

全員クッキー一包みずつじゃダメなのか?という余りにらしくてしょっぱい答えに、

教室が一気に微妙な空気となり、そんなんだからキミはっ!と、そんなんだから恵里がっ!と、

ミレディと鈴が光輝へと説教を始め、さらに続けるのならば説教が終った後、

じゃあ今年はちゃんとしたの雫に贈るよなんて余計なことを言うもんだから、

お前そういうところだぞ!と、今度は清水が光輝へと詰め寄る顛末となってしまった。

 

いずれにせよ全員クッキーだのキャンディだの、

増してや渡さないなどと横着をしてはならないのは事実なのだろう、

かといって明確に差をつければそれはそれでブーイング物である。

実際に差は明確に存在している自覚はあるだけに、それが余計にハジメの悩みを深くしてしまう。

 

「お決まりでしょうか?」

「あ…え、あ、いえ出ます」

 

知らず知らずに店の中に入り込んでいたらしい、慌てて外に出ようとして、

入ろうとしていた客と肩が触れ合う。

 

「あ、すいませ……」

「いえ、こちらこそって、あれ?清水」

 

クラスメイトとの意外な場所での遭遇に、ハジメは少し驚いた風な表情を見せる。

 

「なんでこんなとこいるんだよ?」

「いや、チョコどんなのあるかなって?」

 

清水はハジメほどは驚いてはいないようだ、

というより他に考えることで頭が一杯といった様相である。

 

「チョコぉ?」

「友チョコってホラ、あるじゃないか、だからそれ、俺っさ…愛ちゃんに渡そうってさ」

 

ハジメに背を向けたままで清水はショーウィンドウの中のショコラに視線を注ぐ……。

"友"に贈るにしては結構値が張る、脈無しなら間違いなく持て余すレベルの。

自分が貰えないかもならこっちからということか、これに関してはなかなかだと思うハジメ。

 

「お前攻めるようになったな」

「一度死んだ身だからな」

 

開き直りのようにも思えるが、清水のその言葉の響きには確かに決意があった。

 

(今の俺はどうなんだろう?)

 

結局のところ、決めてしまうことがただ怖いだけであって、それは迷う以前の問題ではないのか?

決めてしまう、これまで定まってなかった物が定まってしまうことが怖いのか、いや……。

 

「はぁ……」

 

何が最強だ、未来だ、世界だ……と思う、たかが女の子の気持ちにこうも揺れてばかりで。

 

(大体何だよ、マシュマロなんて別れたいって意味かと思えば、

一緒にいたいって意味もあったりで正反対じゃねぇか)

 

 

 

「なんかハジメちゃんまた悩んでるっぽい」

「バレンタイン、ううん察するに」

 

卓上カレンダーにチラと目をやっただけで香織は皮を剥いたみかんを丸ごと口に含む。

 

「ひょはいほへーろろろふゃな?」

(うわぁ)

 

何気ない仕草ではあったが、ジータにとって今の香織の行動は、

どこか蛇を連想させてしまってならず、直接目の当たりにしてしまうとやはり考えざるを得ない。

ハジメの態度の変化は本人のいうロールプレイが染みついたのもあるのかもしれないが、

結局のところはやはり魔物肉が影響しているのではないか?と。

 

実際香織がいい例ではないか?バイアスの片手を切断し恫喝したことは元より、

後に生きたまま檜山を魔物の大群の中へと笑いながら投げ落としたと聞いた時には、

ハジメ共々背筋が凍る思いがした。

しかしこれは当の檜山本人の裁判での発言であり、

従ってかなりの誇張が入っている可能性もある…だよね?そーだよね?と一縷の望みを託し、

当時香織と同行していた筈のシアにそれとなく尋ねてみたのだが……。

 

(檜山はすでに鬼籍に入っており確認は不可能となっていた)

 

その時の様子を聞かれたシアはただ涙ぐみ、震えながら首を横に振るのみであり、

その怯えた姿こそが話の真偽を物語っていた。

 

 

(興味のある方は第94話を読んで下さい、檜山の最期は111話です)

 

 

もちろん普段の香織は今も以前の快活で心優しい姿のままだ。

むしろ優しさについてはハジメ一人に向けられていた情愛をより多くの人々へと、

広くそれでいて深く注ぐようになったとさえ思える。

 

だがその陰で今でも時折であるが、教室で不意に遠い目をして溜息をついたり、

まるで猫のように何もない部屋の角を凝視しながら濡れた瞳で微笑んだりと、

妖しげな姿態を垣間見せているのをジータは見逃してはいない。

 

檜山は香織のことを魔女ですらバケモノですらない悍ましい何かだと称していたそうだが、

ジータとしては堕天使というのが今の香織には相応しいのでは……と思えてならない。

堕落の快楽を知り、博愛と同時に魔性を併せ持ってしまった。

 

ともかく魔物肉によって本来覚醒させてはならない何かを目覚めさせてしまったのならば、

やはり一時の情に絆されてやるべきことではなかったとの思いや後悔は当然ある。

だが香織が言い出したら聞かない強情さを備えた少女であることを、

逃げ出すよりも進むことを選ぶ少女であることを長い付き合いの中でジータは把握している。

だから拒んで事態をより拗れさせるよりは、

ああいう形にしておけてよかったのかもしれないと思うことにはしている。

……責任逃れ感を抱えつつも。

 

それはともかくとして、バレンタイン、それに伴ってのホワイトデーについては、

弛緩した空気が部屋に漂う辺り、どうやら彼女らにとっては何を今更な話なのだろう。

 

「……いっそあげない、それでハジメの慌てる所を見たい、どう?」

「ユエさん、それはちょっと」

 

ユエの冗談とはいえ辛辣な言葉を窘める雫、私もそれ見たいけどねと思ったのは内緒である。

とりあえず雫に言わせると貰える貰えないやお返しどうしようと悩んでくれる存在には、

むしろ新鮮さを感じてならない。

何せ彼女に取ってのバレンタインとは、貰って当然といわんばかりにいつも通りな

光輝の姿なのである。

今思うとあーハイハイと渡すくらいならば、

一度くらい殴るなり無視するなりしてやれば良かったのではないか?

 

そう、思えばそういう惰性的ともいえる関係が互いの甘えを呼び、

光輝の内心の歪みに気が付いていながら半ば放置を許し、

そのくせ龍太郎の心の奥底の蟠りにはまるで気が付かぬままで、

思わぬ苦難を味わせてしまったことを雫は忘れてはいない。

 

しかし幸いにもこの世界では光輝自身がその慣れや甘えを自ら振り払い、

痛みを伴うことを覚悟の上で自立の道を選んでくれた。

いや、その道を示し選ばせてくれたのが……。

天之河光輝がきっと初めて心から"護りたい"と願った少女。

 

(ジャンヌさん)

 

他にも様々な要因があったのかもしれない、しかし自分たちには出来なかった、

いや、やろうとも思わなかった、輝きに、その才に惑わされることなく、

天之河光輝という少年のその心の岩戸を開き導いた、

伝説の戦乙女と同じ名を冠す聖少女に雫は限りない感謝と尊敬と、そして敗北感を覚えていた。

 

(本当ならそれは私たちがやらなきゃいけないことだったから)

 

だが、ジャンヌダルクとの邂逅が、それからの二人の重ねた想いと時間が、

光輝にとって勇者という運命を宿命を必然たらしめることとなったとするのならば、

それはとても皮肉なことではないのだろうか?

 

『君には戦いの日々ではなく、ありふれた平和な日々を、人生を送って欲しい』

 

そう、ジャンヌダルクの光輝への願いはその別れの言葉通り、

煌びやかな活躍とは例え無縁であっても、

ありふれた平穏な人生を送ってもらうことに他ならないのだから。

そしてジャンヌのその言葉を聞いた時、雫は直感した。

自分には出来ない、いや、ジャンヌの願うありふれた平穏な人生を光輝に与える、

その資格はもはや自分にはないのだと。

 

(でも今の光輝には)

 

ミレディ・ライセンがついていてくれている。

あのお節介焼きを自称する彼女ならばきっと探し出し、巡り合わせてくれる。

ジャンヌダルクに代わって光輝がいつかその胸に秘めた刃が鎖を断ち切るまで、

ずっと共に闘うと言ってくれる女の子を必ず、但し。

 

―――探し巡り合わせた後の手腕については極めて不安を感じずにはいられないが。

 

(そこからは結局私が何とかするしかないのね)

 

全くどう転ぼうともあの幼馴染は心配を掛けさせずにはいられないのかと、

つくづく思えてならない雫であるが、ふといつもの疑問が浮かぶ。

 

(もしもジャンヌさんがいなかったら?)

 

その結果、何も変えようとせずいつまでも光輝が心地良さに縋る道を選んでいたとしたら……。

勿論それだけで決定的な別離や破綻を招く程ヤワな仲だとは思わないが、

それでもきっと今の自分たちの関係は大きく異なるものになっていたのかもしれない。

 

(そういえば南雲君が魔王の世界の私ってどうしてるのかしら?)

 

一度ならず尋ねてみたことがあるのだがハジメは躍起になって聞くなと否定し、

ジータとユエも白を切るような態度ばかりである。

それが余計に雫にとってはある種の怪しさを抱かせてならない。

 

(もしかして私が南雲君と?とか?ありえないわね)

 

ちなみに龍太郎についてもう一つ触れるのなら、とある事情によって、

外見が大きく変化したこともあり、せめて気分だけでもと男子の切なる要望に応えて、

希望者全員にチョコを渡す羽目になってしまったことを付け加えて置く。

本人は園部たちに作り方教わるんだぜと割と乗り気ではあったが。

 

いずれにせよハジメの切実な悩みが杞憂に終わるのは確定済みである。

抜け駆けを防ぐのとハジメを悩ませないように全員で一つのチョコを作って贈るということで、

すでに話はついているのだから。

 

「ま、抜け駆けをしそうな子は一人いるけど」

 

えへんと胸を張るジータ、抜け駆けしそうなこの場にいない誰かさんのことを、

同時に思い出しながら、だがそれも対策済みである。

 

(貸しだからね、シアちゃん)

 

 

「やっぱ降って来たじゃねぇか、たく」

 

アーケードを抜けると案の定雪が降り始めた、道行く用意のよかった幾人かが傘を開き始める。

こいつだけは遙かな未来であろうともこの形のままなんだろうな、と、

傘を眺めながらふと思った時。

 

「あっ、ハジメさん迎えに来てくれたんですかぁ~~」

 

覚えのある声に顔を向けるとそこにはコートを来たシアの姿があった。

前にもこんなことが何度かあったような、ああ……。

 

「別にお前の為じゃなくって白菜の為だけど、でも本当に漁夫の利ってのが多いなお前」

「何のことですか?」

 

それともシアのためにって所かもなと、いってらっしゃいと手を振るジータたちの

先程の姿を思い浮かべるハジメ、そして当のシアは雪ですよ雪!

だなんてはしゃぎ始めている、さらには。

 

「大切な人といる時の雪って特別な気分に浸れて私好きなんですよ」

 

などと口走り出す始末であり。

 

「あんま調子のんな」

 

そんな浮かれたシアの頭をハジメは思わずはたいてしまうのであった。




ハジメが得ている莫大な収入の使い道については?
とりあえず次回はシアと街歩き、光輝たちも出せたらいいな。

参考までに作者が一番好きなガンダムソングはGの閃光で、その次が君を見つめてです。
皆さんはどうでしょうか?
但しBeyond The Timeは別格ということで。


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Star Seeker

正直こんな話を書く必要ってないんですよ。
別に宇宙人や妖怪や異世界人を社会が普通に受け入れてる作品ってたくさんあるので……。
とりあえずミレディ書くのムズいです、もっとウザさを出したいのですが
自分で書いていてイヤなキャラは書きたくなくって。

2/26
なんかやけにUAやお気に入りとか増えてるなと思ったら日間27位ありがとうございます!


 

 

 

「電車から降りると寒いですねぇ」

 

シアはミトンの手袋越しに掌をこすり合わせてはぁはぁと息を白くする。

暖冬ではあるが、温暖な樹海育ちのシアにとってはやはり堪えるらしく、

普段のプロポーション抜群の姿は、丸々と着ぶくれしている。

スカートこそミニであったが、残念なことに下からはズボンが生えている。

 

そんなタケノコか土偶かといったスタイルのシアを一瞥し、

こっちは暑くなりそうだ、と思ったハジメの視界に大きなトートバッグが入る。

その中には―――大量の参考書やノートが収められていた。

 

「シア、勉強は楽しいか?」

 

なんだか父親みたいな風だなと思いながらハジメはついこの前の出来事を思い出していた。

 

それはユエがこの地球へと帰還?し、そしてハジメたちと同じ学校に通い始めてから

暫く過ぎた頃のこと、突如としてシアも学校に行きたいと言い出したのだ。

その言葉を聞いた時にはユエへの対抗意識かと、ジータ共々思ったものだが、

だがシアが誰かに対抗してとかそういう理由で、

何か行動を起こすような娘では決して無いということも二人は知っていた。

 

どうしてと理由を問うた二人へとシアは決意を込めて語った。

この世界で得て学んだことをフェアベルゲンへと伝えたい、そしていつか、

この国のような自由で豊かな国にしたいと。

 

それを聞いた時、シアも自分の星を見つけ出したのだという喜びと同時に、

名状出来ない一抹の何かが己の胸を走ったこともハジメは覚えている。

 

ともかくユエが学校に通っているのは、この世界でハジメたちと共に生きるため、

シアが学ぶのはこの世界で得たことを己の故郷たるフェアベルゲンに持ち帰るため、

ならば学ぶべき物、教えを受けるべき存在も大きく異なる。

ということでシアは現在彼女の要望を受け、ハジメが手配した講師らに、

地元の大学で政治や経済、そして歴史を中心とした講義を受けているのであった。

 

「はい!楽しいです!」

 

力強くハジメへと即答するシア、その瞳は表情は自分の歩むべき未来を見つけたという、

確信と喜びに満ちており、そんな彼女の顔を目の当たりにしたハジメの胸に、

何故かまた安堵と同時にやはり一抹の……今なら理解できる、

これは寂しさなのだと、が走る。

 

「お父様は度々言ってました、御大、いえ……その、ハジメさんはいつまでもこの世界に

いてはならない存在なのだと」

 

ハジメの揺れを知ってか知らずか、まるで自分にも言い聞かせるかのようにシアは続ける。

 

「だとすれば、シア=ハウリアもきっといつまでもここに留まっていてはいけないんだって」

 

やはりハジメとしては寂しさを覚えずにはいられない、が、

シアはそこで改めてハジメの手を両の手で力強く握りしめる。

 

「前に言ったじゃないですか、私たちは家族だって、多分、ううんきっと…

家族って離れていても繋がっているから家族なんです」

 

(お見通しか、いや……)

 

単に天然ゆえになのかもしれないなと、シアの目を正面から捉えながらハジメは思う。

 

「でもお前の目指すそれは長くて険しい道だぞ」

 

シアが故郷に持ち込もうとしている物は、

自分らの世界でも数百年かかってようやく根付いた思想・制度だ、

ならば同じかそれ以上の時間が必要な筈。

しかしそれについても大丈夫です!とシアは胸を張る。

 

「私だけでは無理でも、でもきっと次のハウリアがそれでも無理ならまた次のハウリアが

きっとやってくれる筈です」

 

(星は目指すべき物、辿り着けるか掴めるかは問題じゃない……ってことか)

 

確かになと、自分もまた星を目指す者としてハジメは頷くと、

 

「シアは本当に偉いなあ、あいつらに分けてやりたいくらいだよ」

 

こたつむりと化した不届きな女子どもを思い出しながら、

ハジメは帽子越しではあるがシアの頭を撫でてやる、

全く漁夫の利を得るのが本当に上手いなとも思いながら。

 

「お父様にもこないだ同じように褒められちゃいました」

「そういや手紙も貰ってたよな、一体なんて書いてたんだ?」

「止まるんじゃねぇぞって一言だけ」

「……」

 

本当にいずれ故郷に帰していいのかと一瞬迷うハジメであった。

 

 

頼まれてた白菜をカゴに入れるとハジメらは手早くレジの列へと並ぶ。

 

(このスーパーも前は薄暗くって苦手だったんだよな)

 

だが、今は照明が煌々とフロアを照らし、

生鮮食品の瑞々しさをこれでもかとアピールしている。

ハジメの提供した技術により、インフラ関連の料金が安くなったことも関係しているのだろう。

 

通りすがりのハジメの顔を知っている何人かがペコリと頭を下げる。

唯一の大人、まして教師であったというだけで必然的に矢面に立たざるを得ない愛子と、

そんな彼女を支えるべく、いや彼女のためだけではなく。

 

『あの時俺は世界も皆も俺が守ってやるって確かに誓った、それは今でも続いているんだ』

 

と、自分からわざわざ表舞台に出ることを買って出た光輝程ではないが、

ハジメも多少は顔を知られた存在となっている。

 

今度は列の後ろでまーまーうさぎさんーと母親に抱っこされた子供が、

帽子から覗くシアの耳へと手を伸ばす。

 

「ほーらほらーウサギさんだぞお」

 

すいませんと恐縮気味の母親に会釈し、

ハジメが子供の手をシアの耳へと導いてやろうとした時であった。

 

「オイ!南雲ハジメだな」

「本当はあのキラキラ野郎よりお前の方が強ええんだろ!」

「俺たちと勝負しろや」

 

そんな、ハジメたちにというより周囲にわざと注目を集めるかのようなそぶりで、

三人の男が大声を発しながらレジ横からずいと進み出る。

 

「ハジメさん……これって」

「ああ」

 

勝負だの何だのと吠えてはいるが、その割に全然強そうに見えない三人の男を見ながら、

ハジメは小声でシアと言葉を交わす。

こんな人ごみの中で騒ぎを起こすか?

いや、こんな人ごみだからこそ騒ぎを起こすのだろう、何故ならば彼らの…

と、周囲をチラリと見渡すと、案の定不自然に鞄をこちら側に向けている男がいる。

ならば、連中の目的は恐らくと……ハジメがそこまで思ったところで。

 

「ハイ!そこまでです」

「御同行願えますか」

 

いつの間にか彼らの背後に回っていた国から派遣されている護衛役らが、

一瞬で彼らを確保し連行していく。

と、同時に着信、護衛のリーダーからのようだ。

 

『最近とある市民団体の動きが活発になってます』

『我々も対策を取りますが、挑発に乗らないようにと皆さんにお伝えください』

 

最初から覚悟・想定していたことではあるが、

どれだけ愛子と光輝らが真摯に取材に応じようが、

ハジメがどれほど科学力で世界に貢献しようが、

やはり自分らを異分子と見做しこの世界から排除したいと思う輩は一定数存在している。

 

たった今のにしても、恐らくこちらが挑発に乗り反撃した所を映像に収め、

危険人物としてアピールする……正直陳腐さが否めないが、

そういう算段だったように思える。

こんな稚拙な手段に打って出るあたりは所詮は末端の奴らに過ぎないのだろうとも。

 

(実際マトモに遣りあったらこんなもんじゃなかっただろうからな)

 

確かにハジメは己の培った技術を世界に提供・公開することで自分らの保護を約束させている。

だがそれだけでは足りない、この平穏は得られない、だから。

ハジメは自身の研究、技術で得た莫大な富を、

各機関・団体etcへの工作・懐柔の資金として大量にバラ撒いているのだ。

 

暴力武力だけが力ではない、知力、魅力、理解力、説得力、包容力etc

力とは決して画一的な物ではない、従って財力で戦って何が悪いとハジメは思う。

それに暴力で殴れば相手は痛がるだけだが、財力で殴れば場合にもよるが相手は喜ぶ。

誰だって殴られるより金が欲しいのだ。

 

もちろん金と力はあれども一高校生たるハジメ個人にそんな伝手がある筈もないのだが、

そこはジータの父親が真に仕える存在、国内外、表裏に絶大な権力を有す、

何でもお屋形様と呼称される……が指揮している、

内閣直属で諜報・謀略を主とする機関があるらしい―――から、

派遣・紹介された人材を駆使、いや、力を貸してもらってるのはこちらであって、

そういう言い方は良くないなとハジメは心の中で言い方を変える。

手伝って貰った上で行っている。

 

但し、ハジメ自身もそういうやり方に思う所がないわけではない。

実際自分と自分の家族・仲間たちに関してなら、策など弄さず、

暴力のみで守り切れる自信はある。

だが、他の級友やその家族・友人らはどうなのだ?

自分らを嫌い、この世界から排除したいと思う奴らが、

南雲ハジメや天之河光輝らただ数人だけを律義に的にかけ続けるとは思えない。

 

もしかすると何ら関わりなき一般人にまで手を出し、その上で声高に叫ぶのだ。

あいつらがいたからこうなった、と。

 

とはいえど、もちろんこの国には言論・結社の自由という物がある以上、

単に嫌っている嫌われているというだけで人を罰することは出来ないのだが、

いざ、そういう渦中の当事者となってしまうと、

まったく人間社会というのは悪神以上に形の無い厄介な何かだと思わざるを得ない。

 

しかしながら国家のトップや科学の最先端を担う人々はやはり違ったなとも、

ハジメは思う。

 

幾度かの面会、会合を経て彼らはすぐに理解した、言い方こそ悪いが、

南雲ハジメはいわば金の卵を産む鶏なのだと。

そんな希少で貴重な存在が、平穏な生活というありふれた物しか望んでいないのである。

さらに言うのならばその鶏は世界を相手に出来る獰猛な爪と嘴、

そして世界を渡る翼すら備えている。

わざわざその機嫌を損ねたり、増してや腹を裂こうとするなど愚の骨頂というものだろう。

 

それはそれで今度は国家権力と結託し、奴らはこの国を、

ひいては世界を牛耳ろうとしていると思われるんだろうなと、

そんな風に考えるとうんざりとした気分になってしまうのだが……。

 

(ま、いざとなりゃ皆と一緒にこの世界からオサラバするしかないけどな)

 

幸い自分たちにはそれが可能なだけの力がある。

言われなくてもとまで諦めがいいわけではないが、言われたらスタコラサッサということで、

でもその前にと、ハジメはレジの会計を済ませるべく財布を取り出すのであった。

 

 

 

そしてその頃、奇しくもスーパーの屋上では。

 

「すまんな、わたちとしたことが少し座標がズレた」

「どうせならもっと家の近所に戻して欲しかったよ」

「文句ならハジメに言え、本来はアイツの役目だ」

 

神域のトラフィックゲートは神域の継承者たるハジメとジータ、

保守管理を担当するユエ、それから彼らに匹敵する魔力を持つシャレムにしか操作できない。

が、まだまだ神域を経由した転移に関しては不安定な要素も多く、

今回に関しては神域から地球への帰還の際に問題が起きたようだ。

 

帰還が叶ったにも関わらず、帰還した場所に不満があるのかミレディの鼻息は荒い、

いや、彼女の機嫌が悪いのはどうやら他の理由のようだ。

 

「たく、全くお人好しが過ぎるよ」

 

ミレディは光輝の肩から床へと飛び降り、そのまま彼を睨みつける。

 

「あの巫女様、キミがあと二押しくらいしたら落ちてたよ」

「今回は他に相手がいたわけですから」

「本当かい?でもどうもさ、キミは積極性に欠ける気がするんだよ

……今回だって、わざわざキューピット役まで買って出る必要ないじゃないか」

 

ミレディ・ライセン、解放者唯一の生き残りである彼女は、

カリオストロ謹製のぷちりっつか、はたまたねんどろいどかと思わせる、

生前の姿を模した小さなボディへと魂を移し替え、

現在は勇者天之河光輝のお目付け役兼仲人として、

彼の新たなる恋を探すべく奔走しているのであった。

 

(それとも……)

 

キミはまだあの子のことを、ジャンヌダルクを追い求めているのかい?

と、改めて、まるで検分するかのようにミレディはまた光輝の顔を見る。

 

男子にとって初恋は生涯忘れじの聖域だと聞く。

もしかすると目の前の少年は、ジャンヌとの鮮烈なる日々を生涯ただ一度の恋とし、

その想いを永遠の物とすることを定めてしまっているのでは?

だとすればあまりに不器用でひたむき過ぎると思わざるを得ない。

 

「この前もそうだよ……モアナ王女さ、キミの好みにドンピシャだったんだろ」

 

年上にして豊満、さらに聡明と、図星を突かれたかそこで光輝の表情が僅かに変わる。

 

「そりゃ大切なのは心さ、けどね……入り口は」

 

尚も光輝の奥手さに愚痴をこぼさんとするミレディであったが、

そこでようやく光輝がやんわりと言い返していく。

 

「まぁまぁミレディさん、モアナさんに関しては別にまた会えないわけじゃないんですから」

「うーん」

 

でも恋は急がずとも言うので、今はこういう感じでも致し方ないと、

ミレディが思い直した所でシャレムが思わぬ言葉を口にする。

 

「なるほど、つまりオマエは現地妻方式でやっていくということか」

「げ…ち!」

 

余りに生々しい現地妻なる言葉に凍り付く光輝、さらに間髪入れずにミレディが動く。

 

「そうか……そうだったのかい!つまりキミは船乗り気取りで港ごとに女を作っては

立ち寄る度に俺の船が帰る港はお前だけだなんて甘い言葉を囁いては……

何て汚らわしい魂胆を抱いていたんだキミは!

こうちゃんっ!お母さんに謝らないといけないことあるでしょ!ええ!」

「何がお母さんですか!」

 

ノリノリでウソ泣きまで始めたミレディを、

光輝はもう慣れたよといった体であしらっていく。

彼女と組むようになって以来、いつもこうだと思いながら……。

何せミレディ・ライセンとはその全身を嘘、大袈裟、紛らわしいで、

構成されてるような存在なのだから。

 

だが、それでもと光輝は同時に思い出す。

キミの家に引き取られてようやく家族という物を知ることが出来たんだよと、

しみじみと語るミレディの姿を、

ドラマやアニメの何でもない団欒シーンで涙を零す姿を……。

孤独を抱えて生きて来たが故の、その道化の仮面の下にある拭い難き悲しみを……。

 

そんな彼女の、ミレディの失われた時間を僅かでも取り戻す救いになれるというのならば、

それもまた勇者の役目だろう、だから多少の……多少かな?迷惑なんて……。

だが、それでも断固阻止したいこともある。

 

「お願いですからこうちゃん呼びだけは止めて下さい、せめて光ちゃんで」

「音は同じじゃないか」

「活字にすると違うでしょう、印象が」

 

などと口にしつつも屋上から店舗に降りると、過去のニュース映像ではあるが、

電化製品コーナーのテレビの中に自分らの姿が映っていた。

 

(あの頃は……大変だったな)

 

唯一の大人、まして教師であったというだけで必然的に矢面に立たざるを得ない愛子と、

そんな彼女を支えるべく、いや彼女のためだけではなく。

 

『あの時俺は世界も皆も俺が守ってやるって確かに誓った、それは今でも続いているんだ』

 

と、自分からわざわざ表舞台に出ることを買って出て以来、全てを飲み込み、

バラエティ番組でやりたくもない聖剣技のポーズを決めたり、

トーク番組で困惑しながら愛想笑いをしたかと思えば、

CMでスポーツドリンクを飲んだりもした。

 

尊敬して止まぬ祖父についての様々がスキャンダラスに報じられた時には、

流石に感情を抑えることが出来なかったが……。

 

しかし、そんな狂騒の日々はやや唐突に終焉を迎えることとなる。

ある時期を境に自分たちに関する報道や、

それに伴う出演依頼が目に見えて少なくなり始めたのである。

自分らよりも年がずっと若く、ずっと重い責任を負わされ、

見知らぬ世界で悪戦苦闘した子供たちを晒し物にするのは明らかに間違っているという、

世論を伴った上で。

 

(やってくれたか南雲)

 

それは裏で動いていたハジメの工作が成功したという証でもあった。

そして同時に光輝はこうも思った、この世界の住人たちも捨てた物ではない、

わずかながらであっても善意や想像力を働かせてくれたのだろうと。

 

世論がそういう方向に固まり始めると後は早かった。

興味本位であったり、はたまた弱みを握ろうと色々とうろつき回る輩は後を絶たないが、

それでもかつてに比べると遙かに落ち着いた普段通りの生活を送れるまでに

自分らの日常は恢復を遂げていた。

 

(けれどあいつが……南雲がもしもいないままこの世界に帰還していれば)

 

異世界で得た自分らの力が地球でも使えると聞いた時には級友共々大いに湧いたが、

その後襲ってきたのは強烈な不安だった。

 

いかに超常の力を持っていても戦うことしか出来ない自分たちの居場所や扱いなど、

限られているのではないのか?

そしてこの世界には魔物も怪人も存在していないのだ。

 

だからと言って力を一生封印して生きることが出来るのか?

それが出来たとして、力を封じて生きることを自分以外の皆が納得してくれるのか?

周囲はそれを……本当に信じてくれるのか?

 

(そして俺自身が皆を……信じることができるのか?)

 

世界を救った俺が……神の使徒として下にも置かぬ扱いを受けた、

俺たちが普通の暮らしに戻れるのか?

普通の人たちに頭を下げて学んだり、働いたり怒られたりが出来るのか?

そして生涯を今以上の奇異の目に晒され続け、

最悪、戦争の道具・尖兵として平和維持の名の下で……。

 

自身がそんな悩みを抱える中で南雲ハジメが、この世界で為すべきことを、

自分の目指す星をとっとと見つけていたのは本当にちゃっかりしてると思ったものだ。

そしてその夢の成果によって自分らはこうして暮らせている。

 

(結局守られてばかりだな)

 

「何やらまたつまらんことを考えているようだが、それは違うとわたちは思うぞ」

 

そこで光輝の思いを察知したかのようにシャレムが声をかける。

 

「確かにハジメの働きも大きいだろうが、オマエと愛子が喧しい連中ども相手でも

クソ真面目に付き合い続けたからこその今だ、それを怠ったままだとしたら」

 

シャレムは賑わいを見せるフロアを一瞥する。

 

「所詮は疑念と畏怖と引き換えの平穏に過ぎなかっただろうな」

「そう言って頂けると……」

 

確かにシャレムの言葉は光輝にとっては救いであった。

だが、それでもどうせならあいつにもっと多くを望んではいけないのだろうか?

(あいつが、南雲が"起つ"とただ一言言ってくれさえすれば、俺は……)

この世界を、いやそれだけでなく全てを統べることを、

あいつに望んではいけないのだろうか?

光輝はあの最終決戦でハジメが披露した衛星レーザー砲の閃光を思う。

もしも俺にあの力があったのならば……きっと、もっと……。

 

「酷いこと考えるねキミは、勇者のくせに」

 

今度はミレディが光輝を窘める。

 

「そんなことになったらきっと皆悲しむよ、もちろん他の誰かにそれを望んでもいけない」

「お見通しでしたか」

「キミは顔に出るからね」

 

ミレディの言葉を受け、今の悪い考えは忘れてしまえとばかりに軽く頭を振る光輝。

それでも誰を悲しませても為さねばならぬ時がいずれは訪れるかもしれない。

自分が勇者である限りは、との思いは消えることはないのだろうと考えたところで。

 

「だが、オマエのそれは杞憂という物だな」

 

シャレムに促されるままに光輝が視線を移すと、そこには白菜以外にも何か頼まれたか、

百均コーナーへと向かうハジメとシアの姿があった。

 

「集団の最小単位である家族すら御せぬ者に世界など背負える筈もない

オマエの考えてることはただ友人を不幸にするだけだ」

「たく……あいつは」

 

それはそれで光輝としては別種の心配が芽生えてくる、実際偉いのだから、

もう少し偉そうに出来ない物なのか……。

 

「やはりミレディの言う通りお人好しだな、オマエは」

「俺は俺よりも凄い奴が過小評価されるのが気に入らないだけです」

「それをお人好しって言うのさ」

 

二人に応じつつもハジメに声を掛けようとした時、

目の前のテレビの画面がまた愛子の姿へと切り替わる。

 

と、その時実は先程から少し気になっていた、やけに画面を……いや、

正確には愛子を凝視していた二十代半ばであろうマスクにニット帽姿の青年が、

何か怯えたようにその場から足早に立ち去ろうとして、

足元しか見てなかったのか、シアのトートバックに自分のリュックを接触させてしまう。

 

「あ……すいません」

「いえ」

 

バラバラにぶち負けられたノートや教科書を拾い集めながら青年は詫びるが。

しかし何故か光輝とハジメ、そしてシアらの姿を認めるなり。

 

「……」

 

俯き無言でシアの荷物を纏めてやると、また一声スンマセンといい捨てるように

そのまま外へと去ってしまうのであった。

 

「何だあれ?」

「さぁ?って天之河、なんでこんなとこにいるんだ」

「何でというか、キミが本来手筈を整える筈だったんだろ?

直接家に送ってくれるんじゃなかったのかい」

「どうもオマエの家から東方向だと著しく座標がズレるな、問題点はメモしておいたぞ」

 

光輝の返事の代わりにミレディとシャレムからの抗議を聞き、首を竦めるしかないハジメ、

そういえばシアは?

 

「おい?シア」

「あ…ハイ、すいませんハジメさん」

 

どこか呆けたような表情でへたり込んだままのシアへと声をかける。

 

「どっか打ったか?」

「いえ……そういうわけでは……」

 

口籠りながらシアはハジメと光輝を交互に見比べるような仕草を見せ、

それからようやく立ち上がるのであった。

 

その後光輝らと他愛ない会話を交わし、帰路につくハジメたち。

だが、シアの表情は何故か冴えない。

 

(あれは……)

 

ハジメと光輝が隣りあった刹那、シアの持つ固有能力、未来視が一瞬垣間見せた……。

南雲ハジメと天之河光輝の可能性の一つ。

その光景は全てが死に絶えたかのような荒野、そこに対峙するは、

年頃として青年から中年へと差し掛かろうとしているような二人の男、すなわち。

 

 

『悲劇の度に人は繰り返す、もう二度とこんなことはしないと、こんな世界にはしないと!

だが人はすぐに忘れそして繰り返す、過ちを……それをわかるんだよ!南雲っ!』

 

涙ながらに訴える光輝と。

 

『俺はお前の抱える地獄も絶望も分からない、それでもひとりの人間として

人の心の持つ可能性を俺は否定させるわけにはいかない!』

 

悲痛な表情で叫ぶハジメの姿。

 

 

(悪しき未来もまたゼロではないんですよね、お二人が……)

 

ハジメと光輝、かつては色々あったらしいが、

今では共に困難を乗り越えた友人としての関係を築けていると確かに思える。

だが、もしも……と、さらに暗澹たる気分に陥りそうになった所で。

 

「未来は変えられる、オマエの口癖ではないか」

「わっ!」

 

ふわりと宙を舞いながらシャレムがシアの耳元で囁く。

 

「だからオマエ自身の未来も変わった、そうじゃないのか」

「……あ」

 

考えてみればそうだ、忌子の自分が今では故郷の未来を担おうとしているのだ。

かつてを思えば信じられない未来ではないか。

 

「案ずる時は案じればいい、だが動くべきと思わば動け、ただし闇雲にでは逆効果だぞ、

そこを銘じておけ」

「はい!」

 

勢いよく返事するシア、但し声が少し大きすぎて、

先に歩いていたハジメが思わず振り返ってしまう。

その何が何だかの表情に、人の心配も知らないでと少し頬を膨らませるシアであった。

 




今回に関してはなんか原作の尻拭いをやってる気分がしました、正直。
光輝パートは書いていて楽しかったですが。

ともかくこれにて1stピリオド終了です。
あくまでもオマケなので、今後の更新はしばらく先になると思います。
本編よりも後日談の方が多い作品もあるそうですが。
ま、まぁ夏までにはお届けできればと……ルリドラゴンも復活することですし。

次回はアフターを読んでいて最初に待てよと思った話か
光輝のお祖父さん絡みの話になるかと思います。
ちなみに逃げた青年は誰かお分かりでしょうか?
多分これに関しては原作よりも酷い話になる可能性が……。

そして明らかになるジータの父親の真の職業とは立〇人だったのであります。
(本筋には一切関係しませんのであしからず)


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SELF PORTRAIT

近所の古本屋で聖エルザクルセイダーズを入手したのですが。
初版が昭和63年ってなってるので、もう40年近く前の作品であるにも関わらず
後のライトノベルの基礎が全て詰まっているといいますか
さすが伝説の作品として絶えず語り継がれているだけのことはあるなと読んで実感。
多少プレミアはついているようですが
入手困難というわけではなさそうなので機会があれば是非。

話は変わって今回の古戦場ボスにつきましては
去年はマーズとかワムマツとかひどいのが多かったので
それに比べると随分与しやすかったかと、極星器も2本落としてくれましたし
何かやる度いちいちカウンターかましてくるのでテンポは悪かったですが。
とりあえずMVPは文句なしでサハル、次点でイルノートでしょうか。



 

 

「そろそろ時間じゃないのか?」

「もう一手組む時間はないわけじゃないが……」

「いや、いい今日はこの辺にしとこう」

 

西日差す道場にて対峙する二つの影。

一方はいわずと知れた白髪の少年、南雲ハジメ、

もう一方はベリーショートに銀髪を刈り込んだ美女である、が。

 

緊張を解くと同時に、美女の方は何ともはしたなく両足を床に投げ出し。

さらに傍らの袋から饅頭を取り出し頬張り始める。

そう、こちらは止むを得ぬ状況とはいえ、

アーカルムカードと契約を交わしてしまったが故の呪いに侵され、

自分の魂を使徒の肉体へと移殖する羽目になってしまった、坂上龍太郎君なのであった。

 

「毎回すまないな、けどお前以外には適任者がいなくって」

 

ハジメの謝意にいいってことよとばかりに龍太郎はハジメへと饅頭を差し出す。

 

(多分アイツは自身のガンカタスタイルに八重樫流を加えた戦闘術を駆使する筈)

 

それが魔王と相まみえ、そしてその周囲の関係を知った際のハジメの推測であり

その対策としては八重樫流を学びかつ使徒の肉体を得、

自身に届く身体能力を得ている龍太郎以外にはなく、

その為、暇を見つけては彼に手合わせを頼んでいるのであった。

 

「けど仮想敵っても役に立てるか微妙だぞ、正直俺弱くなってるからな」

「弱い?どこがだ?」

「肉体的にはそりゃ強くなったぜ、それは認めるけど……技の方がな

こんな身体じゃ技もヘッタクレも正直無ぇ」

 

格闘でもスポーツでも肉体を駆使するということは、

ミリ単位あるいはコンマ単位で記録を地道に伸ばしていく物である、

結果はともかくとしてそのための修練については誰にも負けないとさえ龍太郎は思っていた。

だが、これほど規格外の肉体を入手してしまえば修練もヘチマもない。

しかも呪いの影響で痛覚がないのでどうしても防御が甘くなる。

 

「このままじゃ本当の自分の強みがどんどん消えて行くような気がしてならねぇんだ」

 

事実、本来回避カウンター型だった自分が、

耐久と痛覚喪失に物を言わせた被弾カウンター型になってしまっている、

まるで正反対の格闘スタイルではないか。

 

「俺も思うよ、正直どこからどこまでが本来の自分の力で、

最終的に自分は何になってたんだろうか?ってな」

 

龍太郎の不満に頷くハジメ。

 

「お前はまだいいだろ、いきなりじゃなくって段階踏んでんだからよ」

 

双大剣術、分解etc確かに人の身体では決して得られぬ戦闘能力を自分は得ている。

それによって命を永らえ仲間を人々を救えたことも事実だ。

しかし、それらの力を振う度に龍太郎としては思い知らされるのだ。

今の自分の強さは自分が学び積み重ねた物ではなく、所詮は後付けの強さだと。

 

「とにかく難しい話なのはわかるがなんとかしてくれ、でないと光輝に挑めねぇ……」

「それがお前の目指す…だが元の身体に戻らないとフェアじゃないって理由なら

勇者を舐め過ぎだな」

「随分と評価してくれてるじゃねぇか、あいつのダチとして嬉しくなっちまう」

「世界も皆も守ってくれるって今でも言ってる以上は頼らせてもらうってだけだ

強いこと、そうあってくれることに越したことはない」

 

但し、今俺の言っていることはただの機嫌取りかもしれないぞ、

とニヤリと付け加えるハジメへと龍太郎は同じくニヤリで応じる。

 

「いいじゃねぇか、そういう機嫌取りなら大歓迎だ、ま、俺のは原点回帰ってヤツだな、

もともとあいつに勝ちたくって道場に通うようになったんだからよ」

 

それがいつの間にか……と、追い越すことではなく追いかけることが、

ただ共に傍にいることだけが、いつまでもそのままでいることに心地よさを覚えてしまい、

そしてそれが当然となり疑いすら持たなくなってしまっていた。

情けないなと……ポツリと呟く龍太郎。

 

だからこそ、挑むのならば共に歩んで行くのならばこの仮初の肉体ではなく、

己自身の身体でこそだ、強さだけが力だけが友としての自分の価値では無いと、

証明しなければならない。

届かないならもうそれまでだ、力を尽くしてそれでもついて行けないのならば、

諦めるしかない、かつて肩を並べた自分を置き去りにした親友の背中を見送るのも、

そう悪くはないだろう。

 

「で、お前の方こそ勝算はあるのかよ?所詮俺のはツレ同士のケンカだ、

勝ち負けはさして問題じゃねぇ、けどお前はそうも言ってられねぇだろ」

「勝てるさ」

 

即答するハジメ、その為のカードもすでにいくつか用意している。

 

「何より論より証拠だ、見せてやったろこないだ」

「ああ……」

 

対魔王戦用のカードの一つ、今はまだ詳細は伏せるが―――を、

目の当たりにした時のことを龍太郎は思い出す。

しかもあれでまだ未完成なのだと聞いて驚愕したことも。

 

「だからあいつが俺の思う以上の存在でない限りは必ず……」

 

足りないのは明確に本物を知った上での確証だけだ。

 

「データとそれに基づく研究って奴か?けどそりゃやられ役のするこったぞ」

 

確かになと思うハジメ、そういうせせこましいデータだの研究だのと口にする奴が、

勝てた話はあまり聞かない。

 

「データはデータだ、俺が知りたいのは過去じゃない、戦う瞬間の現在の魔王なんだ」

 

データは所詮は過去の物、現在の相手を無視して過去の相手を絶対視すれば負けるのは当然だ。

参考以上には頼れない。

 

「まぁ、前の光輝みたいに何も対策しないのもどうかと思うがな」

 

全力を出し切れば為せぬ物などない!と力説していたかつての光輝をハジメは思い出す。

 

「あいつは相手をまるで見ない出たとこ勝負で、しかもそれが礼儀だと勘違いしててよ……」

 

龍太郎の光輝評が事実ならば、雫と共に学生剣道界屈指の強豪と称されながらも、

堂々たる戦績の彼女とは違い、"強豪"止まりだったのも無理は無い。

結局は自分の思い込みと戦ってたような物なのだから。

 

「グランと出会ってからますますあいつは自分のやり方に拘るようになっちまってさ

それでも人の話を聞かねぇくせに、並みの奴以上の成果をいつも出しやがる……」

 

それで人並み以上どころか頂上近辺まではいつも辿り着くあたり、

人を魅了せずにはいられぬ才の持ち主であることは確かなのだろう。

まったくもって勇者の天職を得るに相応しいとしか言い様がない。

 

「そんなあいつだから……俺は、本当なら止めなきゃいけなかったのによ」

 

実際、かつての光輝を語る龍太郎のその口調には困惑と、

それと同じくらいの憧れが籠っているようにハジメには聞こえた。

 

「ま、俺は予想を裏切ってくれた方が、というか俺が魔王が

そんなつまらない奴であって欲しくない、一泡吹かすには楽でいいけどな」

「一泡か……でも俺はよ、そんなことのためにお前に協力したくねぇんだ、確かに」

 

お前はお前じゃない別の世界のお前と色々あったのかもしれない、

それに対してお前がムカつくのもわかる、けどよと龍太郎は続ける。

 

「魔王になったお前ってのは結局幻みたいなもんで、

お前が本人にどうこうされたわけじゃないだろ?」

「俺も反対だ」

 

龍太郎に同意する遠藤の声が響く、いつからいたのか?

もしかすると案外前からいたのかもしれないが、

例によってそれについては考えないようにする二人、当然その姿をわざわざ探すこともしない。

 

「一方的な感情をただただ押し付けられる、例え檜山や中村にはその理由があったとしてもだ

その恐ろしさをお前や天之河も身を以って味わったんじゃないのか?」

「……」

「さっきの南雲の話じゃないけど、結局あいつらも過去のお前や天之河しか

認めようとしなかった……大切なのは目の前の今なのにな」

 

その話をしてた時からここにいてたのか、気が付かず申し訳ない。

そう心の中で詫びつつ、ハジメは思い出す。

小悪党カルテット、かつて自分がそう呼んでいた四人組、その内二人、

檜山と近藤が鬼籍に入りいまやコンビと化した斉藤と中野に尋ねてみたことを。

 

 

『檜山がどうしてお前を殺そうとしたかって……そりゃ』

 

そこから先が続かない二人、彼らにとっても疑問だった、

何故殺したいとさえ思うほどに檜山がハジメを憎んでいたのかについては。

 

『ただ分かってることがあるとすんならよ』

『多分あいつはお前のことだけをずっと思っていた、毎日毎秒な

なのにお前は大介のことなんか何も考えてなかったんじゃないのか?』

 

傍らで話を聞いていた光輝が少し表情を歪めたのもついでにハジメは思い出す、

恵理のことが頭を過ったのかもしれない。

愛することも憎むことも個への執着というマクロな観点で見れば同義なのだろう。

もっとも檜山のそれは憎み続けるための執着だったのだろうなとハジメは思ったが。

 

ともかく決して届かぬ想いを抱いて燻り続ける者が、

そして想った者が自分を置いて先へと進む姿を見たのならば……。

 

『そんな奴に救われてもきっとあいつは満足しなかった』

『ああ、まして感謝なんてな、もっての他だったんじゃねぇかな』

 

だからお前も気にするなといいたいのだろうか?

だとすればそれが彼らなりの自分への気遣いだったのだろうとハジメは思うことにした。

 

 

「だな、相手にとって覚えがないなら手を出すのは正直な」

「でも俺は知りたい、せめて魔王と呼ばれる俺がどんな世界を築いているのかくらいは」

 

それにお節介に過ぎないのかもしれないが、恐怖に基づく虚勢に囚われた、

そんな姿の自分を放っておくわけにはいかないとの思いもある。

 

「知りたいのは結構だけどよ、藪をつつきゃ蛇だって出るんだぜ」

 

くわばらくわばらといった風の龍太郎へと笑みを向けるハジメ。

 

「好奇心は猫を殺すってヤツか」

 

だが、好奇心は猫を殺す、その言葉をまさに実感するようなシャレにならない、

クリティカルなやらかしを、ハジメは魔王に対してしでかしてしまい、

その結果一泡どころではない、まさに極限の事態へと追い込まれてしまうことになる。

そしてその日は刻一刻と近づいていたのであった。

 

 

そしてその頃、帰還者と称される集団の一人である、

園部優花の家が経営する洋食レストランの駐車場では。

 

「こっちで用意する分はこれで全部?」

「テーブルとかは向こうが準備してくれるんだよね?」

 

ケースに満載された機材食材の数々をシートと照らし合わせチェックするジータと優花。

 

「うん、けどああ、キッチンとかこっち側の料理道具とかは」

「そっちはハジメちゃんが持ってきてくれるって」

「悪いね、ウチの厨房の設備丸ごと再現して持ってきてくれるなんて」

 

ジータへと拝むように両手を合わせる優花、

その背後にはいそいそと小物類を積み込む永山の姿がある。

集合時間にはまだまだ余裕がある、相変わらず律義な物だ、

光輝でさえまだ到着してないというのに。

もっとも……と、ジータはトータスでの彼の受難を思うにそれも無理もないと納得する。

こうやって動いてなければ気もそぞろなのだろう。

 

そんな彼の姿を眺めているうちに、今度は玉井、相川らといった

護衛隊組が連れ立ってやって来、それから少し遅れて清水が到着する。

 

「なぁ、南雲はまだ来てないのか?」

「今日は坂上君と一緒に来るんじゃないかな、ハジメちゃんになんか用?」

「いや……ちょっと」

 

ジータの視線から顔を逸らしつつ、

蒼野にはどの道バレ……いやそれでもなどと、口の中でごにょごにょと唱える清水であったが、

すぐに踵を返しそのまま手伝いの輪の中に入り、その様子を妙な感慨をもって見守るジータ。

 

その後も幾人かのクラスメイトが続けざまにやって来る。

その表情には若干の戸惑いがどうしても透けてしまってはいるが、

それでも一同の顔は総じて明るいようにもジータには見えた。

これは心の奥底で誰しもが望んでいたことなのだから。

 

クラスメイト全員によるトータス訪問という宴の開催を。

 

 

戦乱のしかも異世界への転移という本来あり得ぬ経験の中で、

文字通り超常の力や愛する者を得たり、或いは己の生き様を掴むと云った風に、

成長を遂げた者らも確かにいる、だがそれは所詮は一握りの者たちだけであり。

実際はごく特定の武器や属性に限られた戦闘力や魔法だのといった、

凡そ実生活には役立たぬ何かしか得られぬ者の方が遙かに多く。

公言こそしないが、こんなニッチな天職でこの先何しろってんだよと、

密かにボヤいたり、それだけではまだしも下手に常人を越える力を得てしまったために、

却って将来に葛藤を覚える者もいると聞く。

 

ましてその中で犠牲者が出たことは決して忘れてはならない。

例え彼らが自分らにとって良好な関係だったとは言えぬ存在であり、

死に値する罪を犯した者たちであったとしても。

 

だが戦い終えて半年経過しての帰還、そこからさらにそれなりの時間が過ぎた。

未だ素直には喜べないが、一度くらいは羽目を外して、

生存の帰還の喜びを全員で祝うのもいいのでは?と、

ジータは一度ハジメに提案したことがある、だが彼の答えはNOであった。

 

「俺は確かに強くなれたし、世界だって救えた、信じることの何たるかも

少しは知ることが出来たんだろうと思う……でもそうじゃない、ただ失っただけの

未だに傷を背負っている奴もこの教室の中にいる、そう思うとな……」

 

むしろそれでいい、それでこそ、それでよかったとジータは思う。

 

檜山・近藤・そして恵里。

 

彼らが己が務めを全うした、全うしようとした上での死ならば、

まだ救いもあったのかもしれない。

名誉の死であり殉難だと、そんな言葉だけは美しい口実を使うことも出来たのかもしれない。

だが、彼らの死は異世界転移という非日常に乗じた裏切りを発端とした、

憎悪と狂気に満ちた後ろ暗き物であり、そして直接手を下したわけではないが、

彼らの最期に自分らが大きく関わっているのも事実だ。

 

もしも、もしも例えばの話ではあるが、それらをすべて踏まえた上で。

 

"悪くない""本心からそう思う"などと。

 

もし幾多の犠牲の上にそんな言葉を平然と口にできるのならば、それを認めるのならば、

それは自分の利益しか考えぬ者、他者を糧と見做す者の言葉であり、

そんな世界に住まう者たちの集いではないだろうか?

 

さらに言わせて貰うのならば、その言葉を口にした者が同胞たるクラスメイトを、

直接手に掛けていたとすれば……そしてそれが……。

 

そんなことはある筈がない、決してあってはならないと、

ジータはあり得ない筈の妄想を必死で振り払う。

 

もとより心から帰還を喜ぶことが叶わなくなってもとの思いを抱いていたのは事実であり

清水の時や檜山の時のようにあわやといったこともあった。

だがそんな綱渡りの中でどうにか己たちの手を同胞の血で汚さずに済んだことについて、

ジータは胸を撫で下ろさずにはいられず、

それによってもういいのでは?という気持ちが芽生えているのも確かだ。

忘れることはあってはならないが、それでも自分らを許すことは必要だろう。

傷を罪を抱えていても、笑うことや喜ぶことが許されない筈もない。

そして何より生きることは決して罪ではない筈、

それは生者のみならず死者への冒涜にも繋がることではないか。

 

だから己の生を祝うためだけではなく、過去にケジメを付け未来へ進むため、

自分の生を罪にせぬための儀式としての宴ならば。

 

(それに私たちが本来負う筈だった罪や咎を背負ってくれた誰かもいるかもしれない

だからこそ……感謝しないと)

 

あとは契機次第だと思うジータ、そして数日後、奇しくも絶好の契機が訪れたのだ。

ハイリヒ王国摂政にして第一王女リリアーナと王国騎士団長メルド・ロギンスが、

この度婚約を結んだという絶好の機会が。

 




前回で言及したアフターで最初に待てよというか気持ち悪いと感じた話がこれなんです。
以前の後書きでも書きましたが、普通の神経をしていたら例え裏切者であっても
これ見よがしにクラスメイトを手に掛けた人殺しなんかと食事なんて怖くって出来ません。
どれほどの恩義があろうと、感謝を抱いていようともそれとこれとは別です。
大体にして俺たちは戦うってことの意味を知っているとか言われましても
戦ってたの殆どお前らだけだろ?と読んでて思いましたし
多分あの場にいても白けてしまうことでしょう。
ましてやハジメだけが喜ぶのなら個人の問題で済むのですが
それを同じように周囲の人々も祝っている、何なんですか?

あそこまで来ると全てが空々しいといいますか
もう外から眺めた他人事って感じが強くて
ありふれた職業で世界最強(トータス編)をクリアしたプレイヤーが
自分の育成したプレイヤーキャラである南雲ハジメのステータスや、
攻略したヒロインキャラのイベントスチルを眺めながら
祝杯あげてるような感覚を覚えてしまいます。

そして本気の魔王ハジメ戦への布石もまずはチラリ
こちらに関してはもし本格的に書くのならばチラシの裏でやります
原作批判がかなり強めになると思いますので。

次回はチラ見せしてた幼馴染も登場予定。


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