善逸が出久の弟としてヒロアカ世界を生き抜く話 (冬のこたつのおとも(みかん))
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リスタート(前編)

ハーメルンにて初投稿です。まだ右も左もわからない身ですので、アドバイス等々ございましたら、お気軽にしていただけるとありがたいです。
追記)投稿時間の修正を致しました。混乱を生じさせてしまったこと、深くお詫び申し上げます。


「目を閉じるな!!ッ絶対助かる!助けるからなっ!!!」

 

今まで聞いた中でも一等悲痛な音が辺りに響き渡っている。それを鳴らしているのが、目の前にいるあの優しい音の彼だなんて、ちょっと信じられないな。伊之助は少し離れたところで、ただじっとこちらを見ていた。もう出会って5年の月日が流れたけれど、あいつが一番人として成長したんじゃない?

 

「たん、じ…ろ」

「無理に喋らなくていいっ!!ッ今は止血することに専念してくれ!!」

 

炭治郎が必死に俺の患部を押さえる。だけど、もう手遅れなことを俺は理解していた。きっと、目の前の彼も頭の中ではわかっていただろう。何故こうなったのかというと、それは数刻前のことだ。

俺たち鬼殺隊は無惨の根城を突き止め、柱を含む上級階級の隊士たちで突撃した。熱戦の末、俺たちはついに無惨を追い詰め、とどめを刺さんとしたとき、無惨が不穏な言葉を発した。

 

「よくも、やってくれたなッ!この異常者共め…、冥土の土産に一人道連れにしてくれるッ!!」

 

その言葉を聞いた瞬間、俺の腹を無惨の腕が貫通していた。

 

「ッガァ!」

「善逸っ!!!」

 

瞬間、日光を浴びた無惨は灰となって消滅した。俺の腹には空洞が開き、俺はその場に倒れた。炭治郎が血相を変えてこちらに近づいてくる。それから必死に俺に呼びかけてくれるが、この怪我では助かる見込みはない。それをこの場にいる俺も炭治郎も伊之助もわかっているのだろう。だって、こんなにも叫び出しそうなほど苦しそうな音が鳴っているのだから。もうすぐ俺は、先に逝ってしまった大好きな爺ちゃんと、クズだけど尊敬していた兄貴の元へ逝ける。

 

「炭、治郎…、伊之助ッ、最後だか、ら聞いて…」

「最後なんてッ言うな!!!」

 

炭治郎の目から伝った涙が俺の顔に落ちる。興奮状態でとても話を聞いてくれそうもない炭治郎に、伊之助が静かに諭した。

 

「炭治郎、ちゃんと聞け。じゃねぇと、後悔するぞ」

「ッ!、…ごめん。聞かせてくれ、善逸。ッお前の言葉が、聞きたい」

 

幾分か炭治郎が落ち着いたおかげで、なんとか俺は彼らに言葉を告げる猶予が与えられた。

 

「あり、がと…。あの、ね、俺お前たちと、一緒にいら、れて、幸せだったよ…。最後に、見る顔が、お前らでっ、よかった。炭治郎、伊之助、月並みな、言葉しか、出てこない、んだけどさ…。俺と、出会ってくれてっ、あり、が…、と」

その言葉を言い切ると、俺は安心したのか、全身から力が抜けていくのを感じる。炭治郎が何か言っているけれど、俺の聴覚はもう上手く機能していなくて、それを聞き取ることはできなかった。

俺は穏やかな気持ちのまま、重くなっていく目蓋を閉じ、それを再び開くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな感じで死んだはずの俺なんだけど、なんの因果かまたこの世に生を受けた。しかも俺の生まれ落ちた世界は、元の時代よりもずっと先の世界。周りには見たこともない物や、聞いたこともない音で溢れ返っていた。だけど、一番驚くべきことはそこじゃなくて、なんとこの世界の総人口の約8割が、なんらかの特異体質を持っているということだ。それは個性と呼ばれていて、だいたい4歳くらいまでに発現するらしい。そしてその個性を悪の道に使うものを敵(ヴィラン)、その敵に対抗し、人々を救うものをヒーローという。ヒーローはとてもカッコいいと思うし、俺は現在3歳なので、個性の発現が少し楽しみだったりする。

俺は両親を知らない。

この世界に生まれ落ちた俺は今世でも捨て子だった。だけど、俺はとある一家の家の前に捨てられていたらしく、その家の人が拾って、施設にやるのはかわいそうだとそのまま俺を養子として育ててくれたらしい。その家の夫妻には俺と同い年の子供が一人いるが、実の子と俺に優劣をつけることなく、一身に愛情を注いでくれた。俺はそんな夫妻と、夫妻の子である、ヒーローに憧れるまっすぐで優しい兄が大好きだ。

 

「善逸ー!一緒にオールマイトの動画みよ!」

 

声をかけられて振り向くと、そこには俺の兄である緑谷出久がいた。ちなみに今世でも俺の名前は善逸だけど、苗字は緑谷だ。

 

「うん!みるー!」

 

出久はヒーロー、特にオールマイトと呼ばれるヒーローが大好きだ。俺としては、ムキムキの筋肉達磨よりも、可愛い女の子の方が好きなんだけどね。

それでも出久の申し出を断らないほどにはオールマイトも好きだけど。

 

『ハーハッハッハー!ハーハッハッハッハ!もう大丈夫、何故って?私が来た!』

「ッ!ちょーかっこいい!僕も個性出たらこんな風になりたいなぁ!」

 

出久はこの動画を見るといつもそう言う。俺は出久に鬼がいないこの時代に危ない職業についてほしくない思いと、出久の夢を応援したい思いで心中複雑だ。でも夢を持つことはとても素敵なことだと思うから、俺は出久の背中を押す言葉を紡ぐ。

 

「出久なら絶対なれるよ!あ、今のうちにサインもらっとこうかなぁ、なーんて!」

「何言ってるの!善逸もなるんだよ!」

「え?」

 

その返しがくるとは予想していなくて、俺は驚きの声を上げた。

 

「僕と善逸二人でヒーローになって、事務所を立ち上げるの!そして兄弟でヒーロー!かっこいいだろ?」

 

彼はこれからも一緒にいられるのが当たり前であるかのように語る。信じて疑っていない、まっすぐとした瞳。

まさかそんなこと言われるとは思っていなくて、感極まってしまったのかもしれない。俺の頬をポロリと一筋の涙が伝った。だって、嬉しくないはずがない。初めて知った、家族という温かい場所。そこに自分も居ていいと認められた気がした。出久は俺の顔を見て慌ててしまっていたけど、俺はどうしても伝えたくて、口を開く。

 

「うん…、すごくかっこいいッ!!」

 

俺の言葉を聞くと、出久は嬉しそうに笑った。そのときリビングから声が聞こえた。

 

「出久ー、善逸ー、ご飯よー」

「「はーい!」」

 

俺たちは引子さん、いや母さんの声に元気よく返事をして、部屋を駆け出した。

 

 

 

 

順風満帆だった新しい暮らし、出久との良好な関係は、4歳の個性発現を機に、破局した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4歳の誕生日を間近に控えた俺についに個性が発現した。俺も出久も発現した個性に興奮が抑えられなかった。

 

「すごいすごい!強化型の個性だぁ、かっこいい!!」

 

出久は俺の個性を手放しに褒めてくれて、なんだか照れ臭くて俺は頬を赤らめた。それから木を登ってみたり、高く飛び上がってみたりいろいろして遊んでいると、ふと自分の容姿の変化が気になった。個性の中には発動すると容姿が変わるものがある。一体どんな風になってるのかワクワクしながら鏡を覗いた俺は、自分の姿を見て固まった。

二本のツノ、口から見え隠れしている牙、伸びた長い爪、開いた瞳孔。その姿はまさに、前世の鬼殺隊が命をかけて狩っていた鬼そのものだった。頭から冷水を浴びせられたような気分だった。前世で俺の腹を貫いた鬼舞辻無惨が、脳内で俺に「忘れるな」と言ったような気がしてゾッとした。俺は静かに個性を解除した。いきなり静かになった俺を出久は不思議そうな顔で見ている。

 

「どうしたの?」

「もう、使わない。…この個性は二度と使わないッ!」

 

かつて沢山の鬼を屠ってきた俺が、兄弟子であるあいつの首さえ斬り落とした俺が、どうしてこの力を享受できようか、いやできるはずがない。あんな姿、二度と見たくない。この世界に存在しちゃいけないものなんだ。

 

「ど、どうして。かっこいいよ…?」

 

出久が不安そうに俺に問いかける。だけど、あの姿をかっこいいと言われて頭に血が上った俺は、そのまま駆け出して別の部屋に篭城した。その後、出久と母さんが心配そうに何度も声をかけてくれたが、その日はずっと扉の前で膝を抱えていた。

 

 

 

それから数日の月日が経ち、出久よりも誕生日の遅い俺に個性が発現したにもかかわらず、出久に個性が発現しないのはおかしいと感じた母さんに出久は病院へ連れて行かれた。

そして、出久が無個性だと診断された。

家に帰ってくるなり出久はずっとパソコンに向かってオールマイトの動画を見ていた。それから出久のすすり泣くような声と母さんの泣きながら謝罪する声を聞いた。どう声掛けをすればいいのかわからなかった俺はただ、部屋の前で立ち尽くしていた。やがて母さんが父さんに伝えてくると電話を持って部屋から出ていくと、立ち尽くしている俺の前に出久が歩いてきた。出久から嫉妬の音がする。

 

「善逸、僕無個性なんだってッ。ヒーローになれないかもしれない。善逸は個性があるのに、どうしてもう使わないとかいうの!?善逸なら、ヒーローになれるかもッしれないのに。…………ほんとはそんなに興味なかったんでしょ。ヒーローになりたいってッ、本気で思ってなかったんでしょっ!!」

 

出久の言葉が酷く心に突き刺さる。確かに、出久の言う通り俺はそれほどヒーローというものに憧れていたわけじゃない。出久に流されたところも多かったしね。でもさ、それでもちゃんと思ってたよ。

出久と一緒にヒーローになりたいって俺も思ってたよ。

 

「…嘘つき」

 

それだけ呟いて、出久は俺の前から立ち去った。

それから、出久とはまともな会話を一度もしていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出久との関係が修復されないまま、俺は小学生となった。しばらくすると出久から嫉妬の音は消えていたけれど、かつての兄弟子のように、また俺が介入することで出久が不幸になるかもしれないと思うと、怖くて声をかけることはできなかった。前世の記憶がひたすらに俺を臆病にする。それから家に居づらくなった俺は、日が落ちるまで公園や広場などで一人で鍛錬することが多くなった。雷の呼吸を今世でも使えるように始めたのだ。そしてその努力は実り、神速と火雷神はまだ体ができていない問題で使えないが、霹靂一閃は8連までできるようになった。今日はどこで鍛錬しようか、そう思案しているときに一つの音を耳が捉えた。

あいつと同じ、『幸せの箱』に穴が開いている音だ。

俺は吸い寄せられるようにその音の方へと向かった。もしかして、って思った。

だけど、そこに居たのはあの兄弟子ではない別の少年だった。片目を覆う広い範囲に包帯が巻かれていて、髪色が左右で赤白なのが特徴的だった。この世界では髪色は個性のせいかいろんなものがあって、そのおかげで今回は生まれつき金髪だったこの髪も悪目立ちすることはなかった。

 

「ねぇ!君…」

「?…何」

「あ、俺はあが、いや緑谷善逸!君は?」

「…轟焦凍」

 

話しかけたはいいものの、なんの算段もなかった俺は慌てて手持ちのものをガサガサ漁ったりして、そこで小腹が空いたときにと母さんに持たされていたクッキーを見つけて、取り出した。

 

「えっと、クッキー食べる?」

 

彼は驚いた顔をしたが、やがてコクンと頷いた。

 

それから黙々と二人でクッキーを食べて。

食べ終わると、誰かに話を聞いてもらいたかったのか、彼はポツポツと話し出した。

父親からの虐待紛いの訓練のこと、話すことを禁止された兄弟のこと、ついに精神を病んだ母親のこと。顔に巻かれた包帯は、母親から熱湯を浴びせられたものによるらしい。彼から語られたものは、幼子に強いるには、あまりに卑劣な境遇だった。可哀想だと思うと同時に、放って置けないと思った。

 

「ねえ!君のお父さんって今…」

「焦凍ーーーーっ!!!」

 

尋ねようとしたその時、後ろから怒号が飛び、俺の声はかき消された。いきなりの大音量に耳が痛い。

 

「お父さん…」

「え!?お父さんって!てことはこの人が…」

 

彼の呟きに俺は驚く。

怒号の主であるこの体の節々から炎が吹き荒れ、何処かで放火が起こったらすぐさま犯人に仕立て上げられそうなこの人が、彼、焦凍くんの父親らしい。この人からは、強い欲望の音がした。まるで焦凍くんのことを道具とでも思っているような傲慢な音だ。

 

「こんなところで何油を売っている!!早く帰るぞ!!」

「っあ」

 

焦凍くんの父親が焦凍くんの腕を強引に掴んで引っ張っていく。焦凍くんが俺の方を振り返った。パチリと目があった瞬間、俺は一歩踏み出して開いている彼の腕を握った。

 

「善逸くん…」

「待ってください、あなたにこのまま焦凍くんを連れて行かせるわけにはいきません」

 

焦凍くんの父親は足を止めて、ギロリと俺を睨んだ。

 

「なんのつもりだ、誰だ君は」

「俺は緑谷善逸。焦凍くんの友達です!」

「…友達だと?」

 

俺の言葉に焦凍くんは驚いた顔をして、彼の父親は気難しい眉間の皺を深くした。

一瞬沈黙して、辺りにピリッとした空気が広がる。まさに一触即発といった雰囲気だ。

そんな空気の中、真っ先に口を開いたのは焦凍くんの父親だった。

 

「どういう事だ焦凍ぉぉぉ!!他の子供はお前とは違う世界だと言っているだろう!!友達なんて下らないものを作るなっ!!!!」

 

先程よりも近くで聞いた怒声に、頭がガンガンする。俺が一歩後ずさると、今までずっと大人しかった焦凍くんが声を上げた。

 

「下らなくなんかない!友達も、鍛え方もっ、お父さんは間違っている!!」

 

震える掌を懸命に握りしめて、緊張の汗を額にかきながらも、焦凍くんは言い切った。こんなにも怯えた音になっているのに、すごく勇気のある子だ。

俺も頑張らないと。

 

「焦凍くんの言う通り、友達は尊いものです。決して下らなくなんかない。厳しすぎる訓練を課したり、兄弟と遊ぶ事を禁止するあなたの教育方針は間違っていると思います!」

「部外者が人様の事情に口を挟むな!」

「部外者じゃありません。焦凍くんの友達です!」

「友達を作ることを許可した覚えはない!」

 

どちらも一歩も譲らない攻防戦、これでは埒が明かない。ふと、俺に一つの案が浮かんだ。けれど、それは今の俺にできるかどうか微妙なところだ。しかし、ここで焦凍くんを連れて行かれてしまっては、彼はまた地獄の日々を過ごすこととなる。それは駄目だ。いつかじゃ駄目なんだ、今やらないと彼を助けられない。俺は覚悟を決めて、一度深く深呼吸してから、口を開いた。

 

「では、こうしましょう。俺があなたに勝つことができたら、焦凍くんへの教育方針を改めてください」

 

俺の言葉を聞くと、彼は好戦的な笑みを浮かべた。

 

「随分と大きくでたな、小僧。まぁいい、_______一撃だ。俺に一撃を入れてみせろ。それができれば、条件をのもう。生憎、君のような子供が万に一つも一撃を与えられる程、俺は弱くないがな」

 

一撃、それなら俺にも勝算がある。

焦凍くんのお父さんからは強者の音がする。おそらくかなり強い。だけど、俺は速さでなら負けないという自負があった。前世の己の唯一の取り柄である足腰だけは、生まれ変わってからもずっと鍛えてきた。それに俺の戦い方は一撃必殺の居合いの技だ。相手は油断しきっているし、あるいは。

 

「ここは人目がある。ついてこい」

 

歩き出した焦凍くんの父親の後をついて歩く。道すがら俺は知らずに顔が強張っていたのか、焦凍くんが不安そうな顔で俺を見つめていた。俺は少しでも彼の不安を取り除いて上げたくて、硬直している頬をなんとか少し上げて微笑んだ。

 

「ここだ」

 

一つの建物の前で立ち止まって、見上げるとそこには、立派な門構えの現世では珍しい古風な家があった。あまりの場違い感に緊張で心臓が口からまろび出そうになったけど、なんとか堪えて敷居を跨ぐ。

 

「ここらでいいだろう」

 

着いた場所は、これまた立派な道場だった。焦凍くんは何か嫌な記憶を思い出したのか、顔を歪めた。もう彼の顔が苦痛に歪むことのないように、ここで俺は勝たなくてはいけない。俺は壁に立て掛けてあった木刀を指差して言った。

 

「あれ、借りてもいいですか?」

「構わん」

 

許可が得られたので、木刀を握って軽く振ってみる。日輪刀に比べるとやっぱり軽い。でも握る部分の太さが近いのか、手によく馴染んだ。

 

「もう始めていいか。早急に終わらせよう、俺は暇ではない」

「わかりました」

 

木刀を腰辺りに左手で固定して、右手を添える。これで抜刀体勢は整った。

 

「いつでもいい。俺からは攻撃しない」

 

全神経を研ぎ澄ませ、目を閉じる。

シィィィィィ。

雷の呼吸特有の音がシンとした辺りにやけに響いて聞こえた。

 

『雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃 八連』

 

先手必勝とはよく言ったもので、俺はすぐさま攻撃を仕掛けた。しかし、

 

ダッ、ダンダンダンダンダンダンダンダンッ!!!

 

全ての攻撃がはじき返されてしまった。

 

「ッグゥ!」

「もう終わりか?」

 

正直想定外だ。これは俺の読みが甘かったとしか言いようがない。俺の体はまだ幼い、いくら足腰を鍛えたとしても圧倒的に筋力不足だ。そのせいで、速さには分があるものの、攻撃が軽すぎるせいで全ていなされてしまう。これでは駄目だ、速さに特化した壱ノ型では、攻撃力が足りない。俺が他に使える型といえば、俺自身で作り上げたあの型しかない。攻撃力に特化した、速くて重い一撃を与える、兄弟子と肩を並べるために作った型。

そして兄弟子の頸を斬った型。

もう体が耐えられないからといって出し惜しみなんてしていられない。

 

「無駄な足掻きはやめろ」

「善逸くん、もういいよ。もう大丈夫だから、無茶しないでっ!」

 

俺には今、為さねばならないことがある。泣きそうに歪んだ焦凍くんに俺は強気な笑みを見せた。

 

「無駄かどうかは、この型を見てから言ってください!!」

 

シィィィィィ。

正真正銘、これがラストチャンス。この型に、今の俺の持てる全てを乗せて!!!

 

『雷の呼吸 漆ノ型 火雷神』

 

刹那、ドォン!!!という落雷のような音が辺りに鳴り響いた。閃光が収まった頃、息を整えながら焦凍くんの父親をみると、彼の服に確かに一太刀の傷がついていた。

 

「当たった…」

「まさか、こんなことが…」

 

焦凍くんは驚きで目を見開いていて、彼の父親は放心していた。焦凍くんの父親はしばらく俯いていたかと思うと、いきなりガッと顔を上げて、ズンズンと俺の方に近づいてきた。俺の目の前まで来ると、その逞しい片腕でガッと俺の肩を掴んだ。

 

「君、一体なんの個性だ!」

 

あぁ、そうか。

この人は俺のさっきの技を個性だと思っているのか。強い個性こそ全てだと信じているから、これが個性ではないとは想像もしないのだろう。

 

「俺は個性は使ってません」

「何…?」

「これは呼吸と呼ばれる特殊な技法です。個性じゃありません。個性というのはあくまで身体機能の一つにすぎないんです。それが全てなわけじゃない。だから、焦凍くんを、貴方の家族を上っ面の個性だけで見るのはやめてください」

 

焦凍くんの父親が中々返事をせずに、沈黙する。まさか子供の戯言と条件を反故にするつもりなのかと不安に思い始めると、やがて彼は口を開いた。

 

「約束は守る。…男に二言はない」

 

その言葉に安心して、一気に全身の力が抜けていくのを感じた。酷使した体がもう限界のようだ。俺はその場に崩れ落ちた。

 

「ッ!小僧!!」

「善逸くん!!」

 

顔を青くして近寄ってくる親子二人を捉えたことを最後に、俺の視界は暗転した。

 

 

 

 

身の丈に合わない力を酷使し、気絶した俺は、日が落ちた頃に目を覚まし、その日はそのまま轟家に泊めてもらうこととなった。焦凍くんの父親改め炎司さんに抗議し一撃を入れたことは、焦凍くんを含む轟家の方から大いに感謝され、彼らは俺にとても良くしてくれた。炎司さんも正式に俺を友達認定してくれたようで、焦凍と呼び捨てにするよう言われた。俺も呼び捨てで良いと伝えると、焦凍はたいそう嬉しそうだった。俺の家の方には轟家の電話を借りて連絡した。友達の家に泊まると言うと、母さんは友達ができたことに歓喜して泣いていた。今世では今まで友達とか出来なかったもんなぁ、とちょっと申し訳ない気持ちになった。

翌日、俺は自分の家に帰宅した。帰る際、轟家の玄関で炎司さんに引き止められて何故か、養子にならないか?と言われたが丁重にお断りした。焦凍とは今度また会う約束を交わした。

 

 

 

 

 

次の日家で見たヒーローニュースで、炎司さんがNo.2ヒーローということを知り、再び気絶した。

 




書き溜めがある内はほぼ毎日18時頃投稿を心がけていきます。書き溜めがなくなり次第投稿ペースは1〜2週間ごとになると思います。


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リスタート(後編)

後編です。最後の部分に軽く設定を書いております。


度々焦凍と共に鍛錬をしたり、普通に遊んだりという日々を繰り返し、俺たちは中学生となった。中学生になると、焦凍は子供らしさがだいぶ抜け、大人びた性格となっていった。年々顔の良さにも磨きがかかり、イケメン滅びろと妬ましくも思ったけど、当の本人が全くそういった浮いた話に興味がないものだから、そのうち気にならなくなった。俺が炎司さんに一撃を入れて以来、彼は約束をちゃんと守って轟家への態度が軟化したらしい。その件に関しては本当に良かったと思う。ただ、たびたび俺を養子に誘うのは何故だろう。

授業が終わり、教室を出ようと思ったところで後ろから声をかけられた。

 

「おい、タンポポ頭」

 

振り返ると、そこには幼馴染みでなにかと出久に突っかかってくる勝己がいた。勝己は個性が発現してから、いつも爆発音が鳴っていて耳がいい俺には辛かったので、自分から話しかけたことは一度もない。

 

「何?」

「これ忘れもんだってデクに渡しとけ」

 

そう言って差し出されたのは、ところどころ煤けたノートだった。表紙には将来のためのヒーロー分析と書かれている。大方、勝己の個性で焼かれたのだろう。勝己は昔からいじめっ子といった感じだったけど、最近は特にそれが顕著だ。しかもそのいじめの矛先が兄である出久に向いているのだから、当然気分は良いものではない。しかし、ただのいじめっ子といじめられっ子という言葉で完結できてしまうほど、この二人の関係が簡単なものではないことをわかっていたので、その日は特に何も言い返さなかった。

 

 

 

 

 

「出久、これ」

 

勝己から受け取ったノートを出久に手渡すと、出久は悔しそうに顔を歪めた。

 

「あ、ありがとう…」

 

それでもお礼を言う辺り、出久は人がいい。次の言葉が出ることはなく、気まずい雰囲気が流れる。あの一件以来、あまり良好とはいえなくなった関係ではどうしても交わす言葉は少なくなる。俺のせいで出久には余計に窮屈な思いをさせてしまっているかもしれない。そう考えて、思わず謝罪が漏れそうになったが、先に謝ったのは出久の方だった。

 

「ごめんね、こんな僕なんかが兄でさ…。学校とかで、その、からかわれたりとか…、してない?」

「してないよ」

「そっか…、ならいいんだけど」

 

出久は自己肯定感が低い。でもそれは今の境遇では仕方のないことなのかもしれない。それでも出久には他の人に勝る正義感と、否定されても進むことをやめない強さがある。俺はそんな兄を尊敬している。その気持ちが少しでも伝わればいいと思って言った。

 

「俺は、出久が俺の兄であることを疎んだことは一度だってないよ」

「え?それってどういう…」

 

ピンポーン。

 

出久の言葉を遮って来客を知らせる軽快な音が鳴った。やがて応対していた母さんが「善逸ー、お友達来たよー!」と言ったので、俺は小走りで玄関に向かった。それから言い忘れないように出久の方を振り返って言った。

 

「それと!出久はちゃんとヒーロー向いてると思うよ!」

 

言い切って満足した俺は玄関へ向かって足を速めた。玄関に着くと、母さんと焦凍が穏やかな雰囲気で話していた。焦凍の音が水面に靡く波のように緩い刺激を受けているようで、過去を懐かしんでいるのかもしれない。入院している母親が恋しいのかな。

 

「いつも善逸と仲良くしてくれありがとうね」

「いえ、こちらこそ仲良くしていただいてます」

「普段の善逸はどんな感じ?この子、あまり自分のことを話さないから」

「善逸は一人で突っ走るところもあるけど、優しくて正義感の強い奴です。俺も善逸のそんなところに何度も救われたことが…」

「焦凍!遅くなってごめんなさいね!さっ、早くいつもの場所にいこうかっ!!」

 

なんだか話の矛先がどんどん恥ずかしいことになっていったので、俺は全力で二人の間に割って入った。母さんと仲睦まじく話していたかと思ったら、急に俺を褒めごろすとか、とんでもねぇ焦凍だ!!!

母さんが苦笑いを浮かべて温かい目でこちらを見ている。

 

「もう、この子ったら。気をつけて行ってきなさいね」

「行ってきます!!」

「行ってきます」

 

焦凍に道すがら「何で慌ててたんだ?」と聞かれた。焦凍は基本クールだけど、たまに天然だと思う。答えずにひたすら足だけを動かすと、何か怒っているのか、とシュンとし出すものだから困ったものだ。俺は焦凍のこの捨てられた子犬のような顔にめっぽう弱い。一度ため息をついて「怒ってないよ。ただちょっと恥ずかしかっただけ」と答えた。

やがていつも二人で鍛錬している公園に着いたので、鍛錬を始める。前はここではなく、焦凍の家の道場で鍛錬をしていたのだが焦凍が左側の個性の失敗で木刀を全て燃やしてからは、この公園が俺たちの練習場所となった。

 

「焦凍はだいぶ左側も調整が利くようになったね」

 

昔は左側の個性を焦凍は忌避していたみたいだけど、炎司さんの態度が変わってから嫌悪感はそれほどなくなったらしい。

焦凍に声をかけると、彼は一度個性を解除して俺の方を向いた。

 

「前から疑問に思ってたんだが、善逸は無個性なのか?」

「いや、無個性じゃないよ」

「じゃあどうして個性使わねぇんだ?」

 

焦凍は悪意なんて全くなくて、純粋な疑問なんだと思う。だけど、だからこそ返答に困るのだけど。俺は個性が発現した日からずっと個性は使っていない。当然だ、あんな個性存在しちゃいけない。前世鬼狩りである俺の個性が鬼化なんて、一体なんの嫌がらせだ。ましてやそれを我が物顔で使えるはずがない。そんなことは前世の仲間を裏切る行為だ。

 

「俺は、俺の個性が大っ嫌いだからだよ」

 

焦凍は一瞬微かに驚きを表情に浮かべた後、何か思い至ったのか「そうか」と小さく呟いた。何か違った方向に理解された感じが否めないけど、別段それをわざわざ正すつもりもなかった。

 

「じゃあそろそろ対人訓練しよっか」

「あぁ」

 

体の成長に伴って霹靂一閃・神速、火雷神も問題なく使えるようになった俺は、焦凍との個性有りきの戦闘では勝率6割、個性なしの組手ではまだ負けたことがなかった。けど、俺は前世できていたことがまたできるようになっただけで技術が成長したわけじゃない。

俺はこの世界にきて、体以外は何一つ成長できていないのかもしれない。

そんなことを思った中学2年の夏。

 

 

 

そして月日は流れ、中学校生活最後の春がやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

3年生になり、出久と勝己と同じクラスになった。無個性に対する周りの態度は厳しく、同じクラスになったことで、よりそれが目につくようになった。今のところ出来る限り口を出さないように努めてはいるが、何かの拍子で爆発しそうだ。今年は受験生というわけで、志望校はもう決まっている。

雄英高校だ。

母経由で出久が雄英高校を受けることを知ってから、ヒーローになることを諦めていないのだと嬉しく思った。だから、もう破談しているような気がするけど、幼き日にした約束がいつかは、なんて願いを馬鹿みたいに持ってしまったのだ。今のところ模試ではB判定だけど、まだ一年あるしこれから追い上げていけば全然間に合うはず。

授業後、職員室に提出物を届けてからさっさと帰ろうと思っていると、教室から声が聞こえた。まだ誰か残ってたのか。荷物が教室内にあるので取りに行かなくてはいけない。なんだか不穏な音が聞こえるけど、俺は一度深呼吸してソッとドアを開いた。

教室にいたのは出久と勝己と、あと勝己の取り巻きが二人(名前は忘れた)いた。また出久にちょっかいかけてたのか。暇人すぎない?受験生。

 

「この教室は吹奏楽部が使うから、君たちもそろそろ出たほうが…」

「そんなにヒーローに就きてぇんなら、効率いい方法あるぜ?」

 

俺があくまで穏便に促そうとすると、聞こえていないのか遮るように勝己が言葉を発した。

 

「来世は個性が宿ると信じて、屋上からのワンチャンダイブ!」

「は?」

 

こいつ今なんて言った?

屋上からのワンチャンダイブ?

なんでそんなふざけたことが言えるの。その言葉はもはや冗談では済まないということが何故わからない?生者だけではなく、死者さえも冒涜するような言葉に、俺はブッチリと何かが切れる音がした。

 

「無個性…?個性なんてものは個人の一部でしかない、そんな偏った観点でしか物事を見られないお前が、勝手に自分の物差しで出久を測るなっ!!人っていうのはな、お前が思ってるよりもずっと簡単に死んじゃうんだッ!積み上げた努力、築き上げた時間なんて考慮されないし争いは平気で人の命を摘んでいく!!お前ヒーロー志望だろ!?先輩方が日々救えなかった命をどれだけ嘆いてると思ってるんだ!!その人達の前でも同じことが言えるのかよ!!?」

 

いきなり俺が現れたことに驚いて固まっている勝己達に俺はまくし立てるように叫んだ。

No.2ヒーローである炎司さんであっても、犠牲者が出た日は苦虫を噛み潰した顔を浮かべている。自分の掌一つで掬えるものなんて、本当に少ない。いつも零れ落ちていってしまう。だからそれを拾い上げてくれる仲間というものを人は貴ぶんだ。その大切さが理解できないのなら、どんどん取りこぼして、最後には絶望しか残りやしない。そうなってからでは、どれほど自分の無力を慟哭しようがもう遅い。

 

「兄弟そろってムカつくなぁ…!説教たれて教師気取りか!?タンポポ頭ぁ!!」

 

勝己が脅しのように個性で掌の爆発を見せつける。大音量に耳が痛いけど、今は弱気になっていられない。これだけは、俺も譲る気は毛頭ない。木刀は持っていないが、壱ノ型の体勢に入る。素手で戦えるだろうか。

いや、やるしかないだろ。相手が暴力に訴えるというのなら、俺は俺の大切なものを守るために、全力で自分の力を振りかざすことを厭わない。

それが、雷の呼吸を継ぐ者である俺の矜持だ。

俺が折れないことに気がついたのか、勝己は舌打ちを一つして手を下ろした。

 

「チッ、…萎えたわ。今問題起こすと受験にも障るしな」

 

そのまま勝己は取り巻き二人を引き連れて去って行った。こういうところで勝己は直情的なようで冷静だ。でも向こうが引いてくれてよかった。今の俺では戦闘になったら加減できる自信がなかった。まだ死闘というもの経験したことのない人間相手だ、大変なことになっていた可能性も十分ある。感情的になりすぎるのは俺の悪い癖だ。俺が一人反省していると、出久がオドオドと話しかけてきた。

 

「す、すごいね。あのかっちゃんを退けちゃうなんて…」

「向こうが引いてくれたんだけどね」

「それでもすごいよ!それに比べて僕は…」

 

出久が悔しそうに唇を噛み締めて俯く。彼の中で羨望の音が強くなる。この音は苦手だ、俺は前世で何度かその音を向けられたことがあるけれど、俺の情けない姿を見るとそれはすぐに落胆に変わった。まぁ、人一倍恥を晒していた自信はあるから仕方ないことだけどね。

 

「人と比べる必要はないよ。出久は出久のやり方で夢を叶えればいい」

 

出久が伏せていた顔を緩々上げた。それから彼はハッとした顔になり、「そういえばノートっ!」と言って慌ただしく走って行ってしまった。

久しぶりのまともな会話だった気がする。といってもものの5分も話してないけど。さっきまで騒がしかった教室が閑散としている様は少しだけ寂しく感じた。

 

「帰るか…」

 

 

 

 

その日はなんとなく鍛錬する気にも、家に早く帰る気にもなれなくて、近場の公園のブランコをギコギコと漕ぎながら、沈んでいく夕日を眺めていた。

ずっと考えていた、俺はこの世界に生まれ落ちて、呪いのような個性を与えられた。

じゃあ他の皆は?

俺に前世の記憶があるのだから、他の鬼殺隊の人たちだって生まれ変わって記憶がある可能性が高い。だけど、この15年間で一度も前世の頃からの知人には会えていない。

炭治郎たちは今どこにいるんだろう。俺が前世で酷い死に方したから、怒ってるのかな。それならさ、俺ちゃんと謝るから、そろそろ俺に会いに来てくれよ。場所さえ教えてくれるなら、俺から会いに行ってもいいし。

炭治郎たちはこの世界にいるはずなんだ。

だってさ、じゃないとおかしいじゃん。俺だけ前世の記憶を持っていて、この世界でただ一人、俺だけが『異端』なんて。

今世でも俺は周りの人にすごく恵まれていると思う。愛情を注いでくれる母に、気弱なところがあるけど優しい心を持っている兄、互いに高め合っていける友人、俺は確かに満たされているんだ。

だけど、ふとした時に感じる疎外感、それを拭い去る術を俺は未だに見つけられずにいる。

 

「何してんだ?」

「…焦凍」

 

不意に声をかけられて顔を上げると、そこには焦凍がいた。夕日に照らされた髪が、白い部分さえも少し赤みがかって見えた。それが炭治郎の赫灼の髪を想起させて少し目尻に涙が浮かんだ。

 

「なんかあったのか」

 

焦凍が心配そうな音をさせて俺の顔を覗き込んでいる。俺は慌てて涙を拭い、「なんでもないよ」と誤魔化した。少し声が震えてしまった時点で、何かあったと言っているようなものだったけど。

 

「言えねぇならいい、俺が話す」

 

案の定焦凍は納得しない。心配の音はそのままに、彼は俺の隣のブランコにストンと腰掛けた。話す内容を頭でまとめているのか、少し間が空いた後に、やがて彼は切り出した。

 

「俺とお前が初めて会った日のこと、覚えてるか」

「…うん」

 

もちろん、覚えてるよ。あんな濃い記憶、忘れるわけないじゃん。今思い出してもあれは無茶したなぁ、って思う。炎司さんがまさかNo.2ヒーローなんてね、知った当時は心臓が口からまろび出そうになったなぁ。それももう8年以上も前のことなのか。

俺は改めて焦凍を見つめた。

ブランコの鎖を握っている掌は俺よりも少し小さかったのに、今となっては全然俺より大きい。前はひっきりなしに変わった表情が、今は少し動くぐらいだ。それでも浮かべる笑みの温度は変わっていない。変わったものと変わってないもの、それは月日の流れを雄弁に語っているようだった。

 

「俺は当時、親父が憎かった。それに伴って、親父の血を色濃く引いている自分の左側が醜く思えた。毎日続く暴虐な訓練、夜に母に泣きつく日々、母が入院させられてからはそんな時間さえなくなっちまったが。それが俺の世界の全てだった。あの日も、そうなるはずだったんだ。そんなときだ、お前が俺の前に現れたのは」

 

何度聞いても痛ましい過去に眉を顰めたが、1トーン明るくなった声を聞いてパチッと目を瞬かせた。

 

「その日から、俺の世界は変わった。善逸が俺がずっと言いたかったこと、全部代弁してくれた。親父の荒んだ根性を叩き直してくれた。善逸と出会ってから、こんなにも俺の世界は息がしやすくなった。俺の今感じてる幸せは、全て善逸のおかげだ。

善逸は、俺にとって、いや俺たちにとってのヒーローだ」

 

焦凍の言葉を聞いて漠然と思った。

 

あぁ、俺ここで生きてるんだ、って。

 

俺は『異端』かもしれない。それでも、ここで過ごした時間は確かなものだ。ちゃんと緑谷善逸としての生を刻んでいる。こんな俺を認めて、受け入れてくれる人たちがいる。

なら、きっともう大丈夫だ。

彼らがいる限り、俺はここでやっていける。俺はいつも過去ばかり振り返っていた。だけどもう少しだけ、今に目を向けてみようと思えた。

 

「ありがとう、焦凍」

「もういいのか」

「うん、もう大丈夫」

 

それから何か話すでもなく、俺たちは帰路についた。

日が暮れて誰もいなくなった公園で、二つのブランコだけがそこに彼らがいたことを証明するように、ギコギコと音を鳴らして揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

簡易的な設定

我妻善逸(緑谷善逸)

出久くんの義理の弟

個性:鬼化

基本戦闘スタイル:雷の呼吸

 

鬼化の個性は身体能力、回復力を飛躍的に上昇させるかなり汎用性も高い、強個性。鬼滅時空の鬼のように藤の花の毒が苦手だったり、日光が苦手だったりはない。ただ、使いすぎると暴走して食人衝動に襲われる。

 




感想、アドバイス等々お気軽に書いてくださるとありがたいです!


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プロミス(前編)

お気に入りや感想等ありがとうございます。今回は実技試験の話です。


俺が今世にも目を向けると心を新たにした日に、出久にも何かきっかけがあったのか、その日を境に出久は体を鍛え始めた。体を鍛えるだけではなく、食事や睡眠時間までも気にしているようで、いきなりの生活の大改新に俺は目を見張った。一体どうしたのかと耳を澄ませると、出久からはしり込みしている音も、迷っているような音ももう聞こえなくて、決意が固まったような音がした。どうやら将来に向けて、本格的な算段ができたようだ。もしかしたら何か特別な出会いでもあったのかもしれない。毎日努力している出久を見ていると、俺も相乗するように頑張らないとという気持ちにさせられる。

ただ、日にちが経つにつれて、出久の筋肉の節々から疲労の音が聞こえ始めて俺は眉を顰めた。鍛錬のやりすぎでこれでは逆効果になってしまう。何か物申すべきかと機会を窺っていると、その音は無くなっていったので解消したのかと胸を撫で下ろした。

そして今日も俺は焦凍と共に常連と化した公園へと向かった。

 

 

鍛錬が終わり、焦凍と帰路を歩いていると、家の近くで細身の金髪の男性と出久が話しているのを見かけた。一瞬不審者に話しかけられたのかと警戒したけど、金髪の男性から鳴っている音がまさに正義!!といった感じの音だったのですぐに知り合いなのか、と思い直した。俺は気まずい雰囲気を隠しきれずに、せめて態度には出さないように出久の横を通り過ぎた。会話は一つも交わさなかった。ただ出久が何か言いたそうにしていた目を一瞥することだけで終わった。

異様な雰囲気を察したのか、焦凍に「知り合いか?」と尋ねられ、それに対して「まぁ、兄貴。…一応」と返した。幼少期からのすれ違いが未だ解消されず、俺はまだ出久を正しく兄とは認識できずにいた。その理由は俺にとって家族の中でも、『兄』というものが一等重大なものであることも起因していた。いつか胸を張って兄弟だと言える日がくればいいだなんて、今まで歩み寄ろうとしなかった俺が思うには虫が良すぎるよね。夕暮れ時で、空では複数の烏がカアカアと合唱のように鳴いている。それが未だに前世に縛られている俺を嘲笑っているかのように聞こえて、この時ばかりは自身の優秀すぎる聴覚が恨めしかった。

俺としてはもう会話は収束したつもりだったけど、焦凍はそうではなかったようで、俺の顔をジーッと見つめていた。向けられる眼力に負けて、どうしたのかと問いかけると、彼は呟くようにぽつりと言葉をこぼした。

 

「意外だ。善逸はしっかりしてるけど、時々甘えたいみたいな雰囲気出してたから、てっきり兄貴と仲良いんだと思ってた」

 

焦凍の言葉を聞いて、視線を下に下げた。自覚はなかったけど、俺は根っからの弱味噌だからそれを無自覚に露呈してたのかもしれない。だけど、今世で兄たるものに甘えた記憶はない。もしそう感じたというのなら、それは前世が関係してるってことだろう。兄弟子…には甘えられなかった。となると、俺を甘やかしてくれた存在といえば炭治郎だ。あいつは大家族の長男だったんだもんなぁ。お兄ちゃん検定とかあるならあいつは間違いなく合格だぜ。伊之助も不器用なくせにたまに甘やかそうとしてくるから、照れ臭いけど嬉しかったな。温かくて、すごく大切な宝物みたいな記憶。

だけど、俺はこの世界にちゃんと目を向けると決めたんだ。

 

「俺、これから仲良くなれるように頑張ってみるよ」

 

俺がそう言うと、焦凍は一瞬面くらったような顔をした後に、フッと笑った。

 

「そうだな。そのほうがお前の性にあってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕には同い歳の弟がいる。しかし血は繋がっていなくて、弟は養子らしい。その詳細はあまり知らされていないけど、そこはそれほど気にならなかった。ただ一つ気になることは、僕と弟が全く似ても似つかないことだ。かたや弟は要領がよくて、僕は鈍臭い。弟はよくいい意味で目立っているけど、僕はいじめの的だ。そしてなにより、弟はヒーロー向きの強個性持ちで僕は無個性。かつての僕たちはそれなりに仲がいい兄弟だった。ただとある日を境にそれは変わってしまった。

きっかけは僕が無個性だと診断されたことだ。

僕より誕生日の遅い弟に個性が出たのに、僕には出なかったのをおかしいと感じた母に病院につれて行かれたところ、僕は無個性だと医者から告げられた。ヒーローになる夢は叶わないのだと言われたようで、目の前が真っ暗になった気がした。そしてそのやさぐれた気持ちの矛先を、僕は強個性を持っていながら、何故か個性を使わないと宣言した弟に向けてしまった。弟の善逸は、その宣言通り今でも個性を全く使わない。きっと彼にとって何かとても大きな理由があるんだと思う。なのに当時の僕は感情のままに善逸を責めたててしまった。それに対して善逸は僕に不満を言うこともなく、それを受け止めてしまった。ここで善逸が怒りの一つでも表に出してくれたなら、何か違っていたのかもしれない。だけど現実はそうではなくて、それ以降僕と善逸の関係はずっと気まずいままだ。これが喧嘩であったなら、仲直りすれば終わりの話だったけど、生憎喧嘩と呼ぶには、あまりに善逸の態度は大人びていた。

善逸は最初からどこか変わった子供だった。

雰囲気というか、放っているオーラというか、それがとにかく浮世離れしている感じがする。そのせいかそこにいるはずなのに、まるでずっと遠くに存在しているような感覚すら覚えてしまう。それでいて曖昧で、触れたら消えてしまう泡沫のはかなさを持ち合わせていたのだ。その雰囲気が、善逸に対しての僕の意思をひたすらに臆病にする。善逸とは家族だし、優秀な点の多い彼を僕はとても尊敬していた。できることなら仲良くしたいとも思っている。だけど善逸を前にすると、何と言えば僕の気持ちがちゃんと伝わるのかが分からなくなってしまう。

結局踏み出すことのできない日が続いていたある日、僕に転機が訪れる。

それは、僕のずっと憧れていたNo.1ヒーロー、オールマイトとの出会いだ。

オールマイトは僕に「君はヒーローになれる」と言ってくれて、個性の譲渡までしてくれると言った。彼の話によると、オールマイトの個性、ワンフォーオールは聖火の如く受け継がれてきた個性らしい。オールマイトの厚意に答えるべく、僕は個性に耐えうる体を仕上げるために毎日体を鍛えた。今日もその帰りで、クタクタになって帰路に就いた。

 

「この調子なら、入試には間に合うからね。くれぐれもまたオーバーワークはしないように」

「はい!もうしません!」

 

僕は以前、人の何倍も頑張らなくてはいけないという気持ちが募り、焦ってオーバーワークをしてしまったことがあった。それは訓練の効率も落ちて、より遠回りになってしまうと気づいたので、以後は気をつけている。

家が見えてきた辺りで、反対側から歩いてくる見慣れた人影を捉えた。善逸と、前に家に来ていた善逸の友達だ。名前は確か、轟くんだったかな。善逸も僕に気がついたようで、目が合った。「おかえり」とか、言ったほうがいいかな。僕は口を開いてみたものの、その口から声が発せられることはなくて、漏れ出るのは息ぐらいだった。そして善逸は特に何か話すこともなく通りすぎて行ってしまった。また僕は話しかける機会を逃してしまった。

 

「…ぁ」

「?、少年どうかしたのか?」

 

僕が落胆していると、その様子を隣で見ていたオールマイトが不思議そうに僕に尋ねた。

 

「今すれ違ったの、弟なんです」

「そうなのか?随分と塩対応なように見えたが…」

「僕が悪いんです。僕が以前、弟に酷いことを言ってしまってからずっと気まずくて…」

 

オールマイトの前ではこんなに素直に話せるのに、善逸と話そうとすると途端に言葉に詰まる僕は兄として情けないと実感している。そんな僕に何を思って善逸は以前、僕はヒーローに向いているなんて言ったんだろう。

オールマイトが少し考えるような素振りをした後に、やがて口を開いた。

 

「人様の家庭事情にあまり口を挟むつもりはないのだけどね、ヒーローたるもの、まずは周りの人を大切にしなければならないと私は思うよ。気まずいならまずは会話するところから、ね。なあに!それで振られちゃったら私が慰めてあげるよ!」

 

ハッハッハ!とオールマイトはマッスルフォームになって快活に笑う。オールマイトの言う通りだ。怖がってばかりではいられない。踏み出すんだ、一歩を。

話し合えばきっと分かり合えるはずだ。だって、僕と善逸は二人きりの兄弟なんだから。

 

「はい!やってみます!」

 

 

 

 

 

 

 

俺は家に着くと部屋に荷物を置いてすぐにまた玄関に戻って出久を待つ。玄関で一人立ち往生している図は中々に滑稽だけど、こうでもしないと俺はまたヘタレ根性で実行を先延ばしにしかねない。何もしないことが必ずしも得策とは限らない。時間が解決してくれる以前に、俺と出久は仲良く過ごした期間が短すぎるのだ。だったら関係修復のためにはこちらが動くほかない。

今日こそは絶対に出久と話すぞ!と息巻いて俺はフンス!と仁王立ちの体勢をした。

それから数分のうちにガチャ、と鍵が開く音がして、ドアが開いた。

 

「ただい…、うわ!?」

「お、おかえり!…えっと」

 

家に入るなり出久は驚きの声を上げて、目をパチパチさせながら俺を見ていた。何か言わなくてはと思うけれど、いざ面と向かって話すとなると言葉は出てこなくて、俺は目を泳がせた。出久は固まっていたが、ハッとしたような顔になって意を決したような音を出して声を発した。

 

「善逸!話がしたいんだけど、いいかな?」

「え?あ…、うん」

 

 

俺は促されるまま、出久の部屋に入った。久しぶりに入る出久の部屋だったけど、幼少期と変わらずオールマイトのグッズで溢れていた。いや、以前よりも多いかもしれない。出久がベッドに腰かけたので、俺は向かいにあった勉強机の椅子に座った。

 

「善逸も雄英目指してるんだよね。その、特訓とかって何やってるの?」

 

予想していなかった言葉に一瞬ポカンとしたけど、とりあえず答えることにした。

 

「俺は友達と一緒に対人訓練とか、かな。出久も最近頑張ってるね、何かきっかけでもあったの?」

 

これは上手く会話できているかもしれない、とちょっと嬉しくなったが、俺が疑問を投げかけた瞬間出久の音が激しくなった。

これはいきなり聞いちゃいけないことを聞いたかもしれない。俺は慌てて付け足す。

 

「いや、無理に言わなくてもいいんだけど!」

「…ごめん」

 

隠し事をしている後ろめたさからか、出久は俯いてしまった。それをみて俺は焦った。せっかく出久が切り出してくれて、上手く話せそうな雰囲気だったのに、失敗してしまった。このままではますます暗い雰囲気になって、また話しづらくなってしまう。出久が母さんに食事内容の改変を頼むときにも微かに罪悪感を感じている音がしていた。何か言えない事があったことは明白だ。それに気づいていたのに、それを聞いちゃうとか馬鹿か俺は。何か言わなくちゃ、そう思うけれど言葉が浮かばず行き場のない視線を手持ち無沙汰にしていると、やがて出久から口を開いた。

 

「ずっと気になっていたんだけど、善逸はどうして僕がヒーローに向いてるなんて思ったの?」

 

出久の言葉に下がり気味だった顔を上げる。

俺からするとむしろ何故そのような疑問がでるのだろうというところだ。だって俺は出久ほどヒーローと呼ぶにふさわしい音をした人は他に見たことがない。ただ、前に出久と共にいた金髪の男性からはそれに近しい音がしたけど。でもこれは俺の聴覚を持ってしてでないとわからないし、感じたことのない感覚を伝えることは難しい。

 

「身体能力云々というよりも、心持ちかな。出久は正義感が強くて、何より困っている人をほっとけない性格だから。それってヒーローやるなかで一番大切なことなんじゃないかな。実力は後からつけることができるけど、心っていうのは一朝一夕で変わるものじゃないからね」

 

特に、細かい感情の音ではないその人固有の音は、生まれ落ちたときから変化することはほぼない。それを俺は体に宿った魂の音だと解釈している。

 

「そっか…。善逸はどうしてヒーローを目指しているの?」

「え?俺?」

「うん。雄英のヒーロー科受けるってこの前母さんと話してたよね?」

 

ヒーローを目指す理由。それは沢山の人を救いたいとか、誰かの役に立ちたいとか、そんな大層なものではない。俺自身、目の前で危険な目に遭ってる人がいたら助けようとするだろうけど、わざわざ自分から首を突っ込んでいくほどお人好しではないつもりだ。自身でできることがいかに少ないかを、俺は前世を通してよく分かっていたから。それでもヒーローになりたいと思った理由はやっぱり、

 

『何言ってるの!善逸もなるんだよ!』

『僕と善逸二人でヒーローになって、事務所を立ち上げるの!そして兄弟でヒーロー!かっこいいだろ?』

 

 

「約束だからかなぁ」

「え?約束?」

「そう、約束」

 

約束を持ちかけた張本人はどうやらピンときていないようだけど、それでも良いと思った。俺はただ、この世界で何者かになりたくて、それを為すためのきっかけが欲しかったにすぎないんだ。

だから、それがたとえ忘れ去られてしまった幼き頃の記憶の一つでも、構わない。

 

それから俺たちはいろんな話をした。受験勉強の進捗だったり、好きなテレビ番組の話だったり、推しているヒーローの話だったり。母さんが夕飯だと呼びに来るまで、今までの空白の時間を取り戻すように、ひたすら話を続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

季節は冬に差し掛かり、いよいよ受験が目前に迫ってきた。あれから出久との会話も増えて、周りの兄弟と遜色ないくらいまで距離を縮められた気がする。受験に向けての準備の方は、焦凍と鍛錬だけでなく、勉強の方も一緒に取り組むことが多くなった。主に俺が教えてもらってるんだけどね。特に俺は理数科目が駄目だ。なんで点は動くの?じっとしてなさいよ、落ち着きなさすぎじゃない??

そして今日は久しぶりに焦凍の家の道場での鍛錬だ。なんとあのエンデヴァーこと炎司さんが直々に俺たちを鍛えてくれるらしい。俺たちの技を見た後に、的確なアドバイスをくれた。

 

「焦凍、お前は攻撃がまだ単調だ。もっと応用した使い方を考えていけ」

「わかった」

「善逸、君は使える手数が少ない。それをカバーするためにも得意の速さと間合いをもっと極めなさい」

「はい!」

 

速さと間合いか、足を鍛える必要があるな。ただ筋肉をつけすぎると重くなって速さが下がるから、瞬発力を上げることに重きを置いていこう。

 

「入試まで残りわずかだ。残りの時間を有意義に使い、仕上げていけ。それと善逸、君にはこれを渡しておく」

「これは…?」

 

炎司さんから差し出されたのは一本の剣だった。受け取って鞘から剣を出すと、よく手入れが施されているのか、刀身はキラリと照明の光を反射する。

どっしりとした重さから、それが真剣であることがわかった。

 

「入試本番に木刀では心許ないだろう。今後はそれを使え」

 

正直一般家庭では武器の入手は困難だ。それも真剣となると相当な値がつくだろう。だから炎司さんからのこの厚意は大変こちらとしても助かる。俺は元気にお礼を言ってありがたく受け取ることにした。

それからの鍛錬はとにかく指摘されたところの強化と、武器に慣れることに費やした。

そして受験当日。焦凍は推薦入試らしいので別日だ。

俺は母さんに見送られながら、朝からどこかに出かけ、時間ギリギリに帰ってきた出久と共に家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

受験会場に着くと緊張しすぎた出久が転びそうになって、そこを他の受験生に助けてもらったり、試験官の説明中にやたらハキハキした子と一悶着あったが(出久のぶつぶつ喋ってるのを指摘した後に、試験官の声がデカすぎて耳が痛かったから耳を塞ぎながら聞いていた俺に、「君は説明中に耳を塞ぐとはどういう了見だ!やる気がないなら即刻帰りたまえ!!」と言った。それに対して「いや、煩かったから…」と返したら試験官の人が「こいつはシビィ!!」と言った後若干声量を下げてくれた。

 

試験官の説明によると入試形式は仮装敵との模擬演習らしい。4種類の仮装敵がいてそれぞれ得点が違うとか。とにかく斬りまくれば問題ないはずだ。演習場所はいくつかあって、友達同士で協力させないためか、近い受験番号の人とは場所が分かれているため、出久と勝己とは別の場所だ。出久はともかく、勝己と同じ演習場所だと、最悪邪魔される可能性があったため、この制度は正直助かる。

 

「はい、スタートー!」

 

受験者が模擬市街地に着くや否や試験官から開始の合図がされたので走り出す。だけど周りが誰も動かないので、首を傾げていると試験官が受験者をせかし始めた。どうやら周りはいきなり賽を投げられたことに対応できていなかったようだ。こればかりは経験が出るので仕方がないことかもしれない。周りより早くスタートを切れた俺は出てくる仮装敵をバンバン霹靂一閃で斬っていく。炎司さんから貰った真剣はとても斬れ味がよくて、木刀に比べると技の威力が全然違う。俺の聴覚は仮装敵の機械音を辿ることができる、だから安定して得点が稼げた。

受験時間が残り5分を切った頃、ゴゴコゴゴという地響きが鳴り始めて、今まで聞いてきた仮装敵の音とは比較にならないほど大きな音が聞こえた。音の発生源に目を向けると、そこには建物から顔を覗かせる巨大仮装敵がいた。おそらく説明にあった0ポイントのお邪魔敵だ。

 

「え、こんなでかいの…?嘘すぎじゃない??」

 

巨大敵に対する反応は様々だった。怯えて逃げる者、恐怖で足が震える者。立ち向かう者は一人もいなかった。

それでも巨大敵が止まることはなく、受験者たちを追い詰めていく。恐怖に震えていた受験者の一人が腰が抜けてしまったようで、巨大敵を前にしても動けずにいた。

 

「ぁ…、誰か、た、助けて…ッ」

「ッ!!」

 

無機物な音が受験者に迫る。俺と巨大敵の距離はまだだいぶ離れている。だけど届く。届かせてみせる。間合いと速さの底上げは、ここ数ヶ月ずっとやってきたことだ。

シィィィィィ。

俺が刀を抜刀するのと、巨大敵の剛腕が受験者を掴むのは同時だった。

 

『雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃 神速』

 

ドォン!!!

 

雷鳴のような音が轟き、閃光が舞った。カチッと音を鳴らして刀身を柄に納める。それと時間差で巨大敵の体は地面に倒れ伏した。

 

「しゅーりょー!!」

 

一息ついていると、辺りに試験官の声が響き渡った。

これで、入試の実技試験が終わった。 

 




次の投稿は1月16日18時を予定しております。読んでくださると嬉しいです!


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プロミス(後編)

傍点というものを初めて使用しました。手違いがあった場合修正します。


入試から数日が経ち、ついに合格発表の日が来た。実技試験の方は問題ないと思う。ただ筆記の方がちょっと心許ない。出久はどうだったのかと隣に目をやると、先程からずっと彼は焼き魚と微笑み合っている。

 

「あのさ、出久はさっきから何をやってるの?死んだ魚の真似?」

「あ、ご、ごめん!」

 

どうやらわが兄は相当に緊張しているらしい。それもそのはずだ、出久にとって雄英高校に通うということはそれほどに大きな意味があるんだから。

 

「い、いいいい出っ、出久!善逸!!来た、来てた!来てたよ!!」

 

母さんが部屋に入ってくると慌てた様子で二枚の封筒を取り出した。

 

雄英高校からの合格通知だ。

 

 

俺と出久は各々の部屋で通知を開封することにした。

悩んでいても仕方がないので、俺は早々に封を開けた、すると謎の丸い機械が机に転がり、起動音が鳴る。

映像が映し出され、そこにはオールマイトが映っていた。

 

「お、オールマイト!?なんで??」

 

思わず驚きの声を上げるが、相手は映像なのでそのまま話し始めた。映像の中のオールマイトの話によると、今年からオールマイトが雄英の講師となるらしい。これは隣で出久も大興奮だろうな。実際ひっきりなしに驚きやら困惑やらの音が鳴っている。

 

『早速、入試の結果に移るね』

 

オールマイトがそう言うと、俺もなんだか緊張してきて、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

『まず筆記、これは合格ラインを少し下回っていた。これだけでは不合格だ』

 

俺はその言葉に肩を落とした、筆記は駄目だったのか。これはギリギリまで勉強を見てくれた焦凍に申し訳が立たない。

 

『しかし!!試験は筆記だけにあらず!本命の実技試験!!合計ポイントはなんと76ポイント!これは実技試験2位の成績だ。二つのテストを統計して、当然合格!!おめでとう!!』

「〜〜〜〜〜〜ッよしっ!!」

 

合格、合格した。

出久はどうだっただろうか、と耳を澄ますと、すすり泣く声と、歓喜の音が聞こえてきたので出久も合格だったのだと察した。

良かったな、出久。

ここからだ、ここがスタートライン。俺たちはこれから数々の受難を乗り越えて、成長していくんだろう。

そしてなるんだ、ヒーローに。

 

 

 

 

 

合格したことを母さんに伝えると、母さんは泣いて喜んだ。あまりの号泣さ加減に出久と二人でオロオロして、泣き止ませるのが大変だったなぁ。焦凍にも伝えたら、焦凍も合格したと教えてくれた。そして春からは同じ学校だな、と笑い合った。炎司さんにも伝えると、彼は大層喜んでくれた。入試は終わったので、真剣は返そうとすると、それはもう君にあげたものだ、と言われたのでそのまま俺が使うことにした。

そして今日は雄英高校の入学式だ。

新しい制服に身を包んで、出久と二人で家をでた。

雄英高校に着いて、やけに広い廊下を歩く。出久と俺は同じクラスだ。

「怖い人たち、クラス違うとありがたい…」と出久が隣で切実に祈ってる中、俺はガラッと音を鳴らして扉を開いた。

 

「机に足をかけるな!」

「あぁん?」

「雄英の先輩方や、机の製作者方に申し訳ないと思わないか!」

「思わねぇよ!テメェどこ中だ、端役が!」

 

怖い人たちがいた。

どうやら出久の願いは全く聞き届けられなかったようだ。出久が若干青い顔をしているので、慰めるように肩をポンと叩く。その間にも二人の会話は進んでいく。どうやらあの勝己と物怖じせずにやたらキビキビと話している眼鏡男子は飯田天哉というらしい。

そこでやっと二人は俺たちのことに気づいたらしく、飯田くんがずんずんとこちらに近づいてきた。

 

「おはよう!俺は私立聡明中学…」

「聞いてたよ!えと…、あ、僕緑谷。よろしく、飯田くん」

「俺は緑谷善逸だよ」

 

飯田くんの勢いに押されてたじたじの出久の自己紹介に便乗するように、俺も自己紹介した。飯田くんは僕たちの名前を聞くと「どっちも緑谷…?君たちはもしかして」と呟いていたので、補足するように言った。

              

「うん、兄弟だよ。出久は俺の()()

「そうだったのか!よろしく頼む、二人とも!」

「善逸」

 

自己紹介が終わり、ホッと一息ついていると、聞き慣れた声がしてそちらに視線を向けた。

 

「焦凍!同じクラスなんだな」

「あぁ、そうみてぇだな」

 

焦凍と同じ学校になったのは高校が初めてで、同じクラスも無論初めてなので、これから一緒にいられる時間が増えるのは嬉しい。焦凍は珍しく口角を上げて、誇らしげな音をさせているので小首を傾げた。

 

「やっぱり、その方が善逸らしいな」

「…あ!」

 

そこまで言われてようやく気づいた。俺、今当然のように出久を兄と称したんだ。そのことに気づいた瞬間、俺の中で温かい温度がじわじわと広がっていくのを感じた。

 

「そっか、俺…」

「お友達ごっこしたいなら他所へいけ。ここはヒーロー科だぞ」

「ゥヒィ!!??」

 

感傷に浸っているとすぐ近くでいきなり知らない男性の声が聞こえて、盛大に素っ頓狂な声が漏れた。恐る恐る下に視線をやると、そこには何故か寝袋にくるまったどことなくくたびれた男性がいた。

 

「……はい、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠けるね。担任の相澤消太だ、よろしくね」

「…ぇえ!?」

「担任…?」

 

男性の登場に一瞬静まり返った教室が、彼の言葉で再びざわざわし始める。雄英の先生となるとどんな濃い性格の人がくるのかと、内心ドキドキしてたけどこのタイプは予想外だった。けど、見た目に反して彼の音には確かな正義の音がする。彼もやはりヒーローなんだ。

 

「早速だが、これ着てグラウンドに出ろ」

 

なんだか、嫌な予感がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「個性把握テストぉ!!?」」」

 

グラウンドに出るなり告げられたのは、個性把握テストをとり行うということだった。中学の頃までの体力テストとは一変して、個性使用可能の体力テストらしい。ヒーロー科なのだから、個性を使うのは当然のことなのかもしれないが、これは俺からしたらだいぶ困る事案だ。

何故なら、俺は金輪際個性を使うつもりはない。

個性が全てじゃない、あんな個性は使うべきじゃない。

だから俺は、個性を使わずしてヒーローにならなくてはいけない。

前世、爺ちゃんが時間を割いて教えてくれた雷の呼吸が、個性に劣っているとは思わないし、思わせない。

俺は人知れずグッと拳に力を入れた。

 

「善逸…」

 

それを見た出久が心配そうに俺を見たので、俺は安心させようと力なく笑った。相澤先生が説明を終えると、周りの生徒は面白そうだとはしゃぎ始めた。

 

「面白そう…、か」

 

それを聞いた相澤先生の音が不穏な音になって肩がビクッと上がる。 これはまずいのでは。

 

「ヒーローになるための三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?

よぅし、8種目トータル成績最下位の者は、見込みなしと判断し、除籍処分としよう」

「「「はぁーー!??」」」

 

さっきまで嬉しそうな音を出していた生徒たちが一瞬で、驚愕と戸惑いの音に変わる。彼らの気持ちはわかる。だって、こんないきなり除籍だなんてあまりに理不尽だ。入試で死人が出ないどころか怪我の治療まで行ってくれるなんて、相当慈悲深い場所だと思っていたけれど、そんなに甘くないみたいだ。

 

「生徒の如何は俺たちの自由。ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ」

 

 

 

俺はどのテストでも平均以上の成績を出して、足を使う競技では1位に追随するほどの記録を出している。あと残りはボール投げと、持久走、上体起こし、長座体前屈、のみだ。このままいけば5位くらいにはなれると思う。ただ、問題は出久だ。彼はまだこれといった記録を出していない、今のところ最下位だ。このままでは除籍されてしまう。入試当日、出久には突然変異で個性が発現したと告げられた。その言葉は半分嘘で、半分本当の音がした。恐らく個性が発現したというのは、本当だ。しかし突然変異ではない、何か別の理由があって個性が発現したんだろう。つまり出久は何かしらの個性をもっているはずだが、今のところこの個性把握テストで使った様子がない。個性というものに人一倍執着していた出久が自分の個性を嫌っているとは考えにくいし、となると別の理由があるのか。使用条件があるとか?それとも使用したときのリスクが高いものなのか。

もしかしたら個性を使う機会を窺っているのかもしれない。そう考えたときに、出久から決心したような音がした。個性を使うのか、と出久の動きに集中していたが、出久の投げたボールは通常と変わらない結果だ。

まさか不発?と一瞬思ったけど違う。これは、

 

「個性を消した」

 

相澤先生の個性だ。

相澤先生から怒りの音が鳴っている。今出久が何をしようとしたのかは俺にはよくわからなかったけど、出久の個性は俺の想像よりもずっと危険を伴うものなのかもしれない。

 

「つくづくあの入試は合理性に欠くよ。お前のようなやつも入学できてしまう。見たところ、個性が制御できないんだろう。また行動不能になって、誰かに助けてもらうつもりだったのか?」

「そ、そんなつもりじゃ、ッ!!」

「ッ出久!」

 

相澤先生の包帯のような物が出久にまとわりついたのを見て、俺は思わず真剣の柄に手をかけた。相澤先生は俺を一瞥しただけに止め、言葉を続けた。

 

「どういうつもりでも、周りはそうせざるを得なくなるって話だ」

 

相澤先生は厳しい言葉を続けて、最後にお前の力ではヒーローになれないと言った。だけどその声には、試すような期待の混じった音がしていたので、俺は傍観に徹することにした。どの道これは出久が乗り越えていかなくてはいけない壁だ。俺にできることなどほとんどない。けれど俺はその点においては全く心配していなかった。

だって出久は、俺の兄貴は俺が知る限り最もヒーローに向いている人物なのだから。

出久がボールを握って腕を振りかざした。刹那、ボールは彼方遠くへと飛んでいく。風を切る音が遅れて聞こえてくる。記録、705.3m。

 

「先生…、まだ、動けますッ!」

「こいつ…ッ!」

 

先生の期待の音が大きくなる。どうやら出久は先生のお眼鏡に適ったようだ。これでもう除籍処分の心配はないだろう。そのとき、勝己から憎悪の音がした。

 

「…どういうことだッ!わけを言えぇ!!デクてめぇ!!!!」

 

個性を出しながら出久に殴りかからん勢いで迫る勝己に、再び真剣の柄を握る。そのとき、相澤先生の包帯が勝己を捕縛した。

 

「何度も個性を使わせるな、俺はドライアイなんだ」

 

相澤先生のおかげでことなきを得たので、ソッと柄から手を離した。煮えたぎる思いを噛み砕くような音を鳴らしている勝己を見やる。

俺は勝己が苦手だ。

今までは音がいつも大きくて耳が痛いせいだと思っていたが、それだけじゃない。

さっきの憎悪の音を聞いて、確信した。

勝己の音はあいつに、獪岳によく似ているんだ。人一倍承認欲求が強くて、何をしていてもいつも満たされず、どこか不満の音を鳴らしてる。ただ一つ、勝己の幸せの箱には穴が開いていないことが唯一の救いだ。ただそれも現状の話であって、これから先どうなっていくかはわからない。

俺はやるせない気持ちを抱きながら、残りのテストをこなした。

 

 

 

全てのテストが終わって、成績が開示された。俺は4位だ。まずまずの成績だと思う。最下位は出久だった。

 

「ちなみに除籍は嘘な。君らの個性を最大限に引き出す合理的虚偽」

「「「はぁ〜〜!!??」」」

 

嘘だ。相澤先生は見込みなしと判断すればすぐさま除籍するつもりだった。出久の行動が彼の前言を撤回させたんだ。俺は心配していないと言っても知らずに息を張り詰めていたようで、ホッと肩を撫で下ろした。

 

「これにて終わりだ。教室にカリキュラム等の書類があるから、戻ったら目を通しておけ。緑谷、保健室でばーさんに治してもらえ。それと緑谷弟、お前は職員室にこい」

 

やっぱり呼び出されるか。俺は個性把握テストで個性を使っていない。大方そのことを咎められるのだろう。

おれは出久に「先に帰ってて」と伝えて相澤先生の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故個性を使わなかった」

 

直接的な質問に対して、おれはどう答えるべきか少し悩んだ。誤魔化してもいいけど、それではその場しのぎにしかならない。ここは素直に答えた方がいいかな。

 

「俺は自分の個性が嫌いです。今後も使うつもりはありません」

「お前…、ヒーロー科なめてんのか」

 

相澤先生の眉間にシワがよる。当然だ、だって俺の言っていることはこれまでヒーロー活動をしてきた先人たちを全否定するようなものだ。

 

「ヒーローという職業は、手を抜いても務まるほど簡単な職業じゃない」

「手を抜いているつもりはありません」

「使える力を使わないのは手を抜くのとどう違う」

「俺は今できる限りの力を使っています」

 

相澤先生は呆れたようにため息をついた。先生が俺のためを思って言ってくれていることはわかっている。だけど、俺はその言葉を受け入れるわけにはいかなかった。

 

「ただでさえ殉職率の高い職業だ。それを個性もなしにこなそうなんて、お前死ぬぞ。わかってんのか」

「…それでも俺は個性を使うつもりはありません」

 

ヒーローの殉職率など、鬼殺隊に比べれば高いうちに入らない。それに本当に俺が恐れていることはそのことじゃない。俺が傷つくかどうかなんて、それこそどうだっていいのだ。だってこれは俺が選んだことだから。

本当に怖いのはそのしわ寄せが他の誰かに向いてしまうこと。

 

「たまにいやがる。お前のように、勇気と無謀を履き違えてる奴がな。俺はお前に見込みがあるかどうかを測りかねている。入試や個性把握テストの成績で安全圏に入れたと思えたのならお生憎、俺はお前を見込みなしと判断したら即刻除籍処分するつもりだ。無精卵の自殺志願者にまで手塩をかけるほど、俺は暇じゃないんでね。そのことを肝に銘じておけ。話は以上だ、教室に戻っていい」

先生は優しいな。自分が相当無茶なことを言ってると自覚している。それでもそんな俺をまだ見放さずにチャンスをくれるんだ。ここから先は俺次第だ。自分の真価は自分で示さないといけない。俺は「失礼します」と言って職員室を後にした。

職員室の扉を開けると、向かいの廊下に焦凍が立っていた。

 

「焦凍…」

「個性のこと言われたのか?」

「うん、まぁ…」

 

焦凍が廊下を歩き出したのを追いかけるように俺も足を動かした。ふと思った。

俺が個性を使わないことを焦凍はどう思っているんだろう。

焦凍の家は特殊だ。個性がしがらみとなって、複雑な思いをしたこともたくさんあっただろう。それでも焦凍は親から受け継いだ個性を認めて、一心に受け止めている。そんな焦凍に、俺はどう映るだろうか。

快く思われていないかもしれない。

それはなんだか嫌だなぁ。

 

「いいんじゃねぇか?」

「え?」

「善逸は善逸の戦い方を確立してんだから、それを他者がとやかく言うのは違ぇと思う。だから、善逸はそのままでいいんじゃねぇか。個性だって無理に使う必要はねぇよ」

「焦凍…、でも焦凍は不快に思わないの?」

 

俺がそう尋ねると、焦凍は心底意味がわからないといった風に首を傾げながら「何がだ?」なんて聞き返してくるものだから、拍子抜けだ。

 

「善逸が何を不安に思ってるのか知らねぇけど、俺は善逸が善逸である限り、お前を嫌いになることはねぇよ」

「!」

 

焦凍の言葉に目を見開く。それと同時に瞳に薄い水膜が張って視界が滲んでいく。

本当は俺の考えが本当に正しいのか、全ての人から否定されるのではないかと、ずっと不安だったんだ。自分の言い分が無茶苦茶なことがわかっているから。それでも誰かに認めてほしかった。肯定してほしかったんだ。

あぁ、俺恵まれてるなぁ。

 

「俺も!焦凍のこと嫌いになることなんて絶対にないからぁッ!!!」

「わかったから、鼻水は付けんな…。ちょっと嫌いになりそうだ」

「えぇ!!??」

「冗談だ」

 

静かで閑散とした廊下に不釣り合いな笑い声が二つ、響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっちはどうだった」

「駄目だ、居ねぇ」

 

とあるビルの二階にて、その会話は繰り広げられていた。珍妙な被り物で容姿を隠している少年の帰還に、赫灼の髪を揺らしてもう一方の少年は走りよった。しかし、求めていた情報を得ることはできず、二人は歯噛みする。

 

「この町の児童養護施設は粗方探したぞ」

 

彼らの目的は人探しであった。荒唐無稽な話だが、彼らは生まれた時からずっと探しているのだ。まだ出会っていない、彼らの欠けた何かを埋める唯一を。

 

「この世界は前世の生い立ちに近い人がほとんどだ。孤児だった彼はきっと児童養護施設にいる。なのに、どうして見つからない…。今、お前は一体どこにいるんだ、_______善逸ッ!」

 

自分たちの旅立ちよりも遥かに早く、彼らの元を去ってしまった、一羽の金糸雀を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

簡易な設定

 

 

我妻善逸(緑谷善逸)

出久くんの義理の弟

個性:鬼化

基本戦闘スタイル:雷の呼吸

 

鬼化の個性は身体能力、回復力を飛躍的に上昇させるかなり汎用性も高い、強個性。鬼滅時空の鬼のように藤の花の毒が苦手だったり、日光が苦手だったりはない。ただ、使いすぎると暴走して食人衝動に襲われる。

 

 

轟焦凍

 

幼少期に善逸に救われてから、善逸に対してかなり好意高め。自分の家族間のことがあった手前、善逸が家族とうまくいっていなかったことは心配していた。原作とは違い、すでに左側の個性も使うし、表情も多少穏やか。

 

 

緑谷出久

 

この度オールマイトからワンフォーオールを受け継いだ。善逸のことはちゃんと家族で兄弟だと思ってる。善逸の雷の呼吸を見るのは初めてだったので、個性把握テスト見て「善逸ってこんなに強かったんだ…」って内心驚いている。




次の更新は1月18日18時を予定しております。読んでくださると嬉しいです!


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シークレット(前編)

第3話の前編です。お気に入りや感想等ありがとうございます!


波乱の入学初日が終わり、今日からは通常授業となった。最高峰の雄英といえど、午前はごく普通の学校といった感じの授業だった。入試のときの試験官だったプレゼントマイク先生の英語は、あの人普通の声量で声出せたのかと驚いたけど、いきなり叫び出したりするから心臓に悪い。

 

昼休みを挟み、午後はいよいよヒーロー科の本命であるヒーロー基礎学の授業だ。チャイムが鳴ったので席に座りながら担当の教師を待つ。

廊下に耳を澄ますと、足音が聞こえてきたのでどうやら先生が来たようだ。

俺は近づくにつれて聞こえやすくなった音にあれ、と首を傾げた。

この人の音、聞いたことがある。

まさに正義!!って感じの独特の音、そう簡単に忘れやしない。

この人は確か、前に出久と一緒にいた細身の金髪の、

 

「私が普通にドアから来たー!!」

「え…、オールマイト…?」

 

オールマイト。No.1ヒーローの登場に周りの生徒は気分の高揚を露わにしていた。けれど、そんな音も聞こえないくらい、俺は混乱していた。

信じられないことに、オールマイトから聞こえる音と、出久とともにいた金髪男性の音が一致している。それはつまり、形容にだいぶ差があるように見えるけど、間違いなくあの二人は同一人物だということだ。となると、出久とオールマイトが共にいたことになる。それは一体どういうことなのだろう。そういえば、個性把握テストで出久が使った個性も、心なしかオールマイトに似ていた気がする。

 

「______逸」

 

以前出久が言っていた個性の発現、突然でないなら何者かの介入があった?

そしてその介入者がオールマイトだとしたら。けれど、その介入方法は一体何だ。

突然変異であると言った出久から聞こえてきた嘘の音。出久の母さんと話すときの罪悪感の音。オールマイトと出久の個性の相似。

そこから導き出される答えは、いや、でもまさか。

 

「善逸!」

「…ッ!あ、え…?何?」

 

かけられた声に奥深くまで沈んでいた思考が持ち上げられる。視線を上げると、目の前で焦凍が俺の顔を心配そうに覗き込んでいた。辺りを見渡すと誰もいなくて、それが知らぬ間に経過した時間を物語っている。

 

「もう皆グラウンドに行っちまったぞ。何度呼びかけても気付かねぇし」

「ごめん…」

 

俺はすぐに椅子を引いて立ち上がった。

全然気づかなかった。それほどまでに思考に没頭するなんて、いつぶりだろう。衝撃的な事実をほのめかされて、動揺してしまったのだろうか。

何か得体の知れないことが身内に起こったのではないかと思うと血の気がひいていく。

そしてその俺の様子がより焦凍の心配を煽ってしまう悪循環だ。

 

「何かあったのか?」

「大丈夫だよ。本当に何もないから!」

 

疑惑でものを言って、出久の隠したがっていることが露呈でもしたら目も当てられない。ここで焦凍に相談するわけにはいかない。俺は誤魔化すように声のトーンを明るくした。けれど取り繕えたのは表面上だけだったようだ。

 

「…それがなんでもねぇ奴の顔かよ」

 

早く行くぞと言葉続けて、焦凍はこちらを振り返ることなく歩き出す。

一見呆れられたのかと勘違いされそうな言葉だけど、その言葉に乗っている音が、教えてもらえない歯痒さからくるものであることを、俺だけが知っている。

今は見ることの叶わない焦凍の表情、そこからしか知ることができないはずの彼の心情を、知ろうとしなくても『聞こえてしまう』俺は、なんだか姑息なことをしているような居たたまれなさがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

口数は減ったものの、俺が全く聞いていなかった授業の概要だけは懇切丁寧に教えてくれた焦凍によると、今日行う授業は、戦闘訓練らしい。

入学前に発注したコスチュームも身にまとうようだ。

俺が発注したコスチュームは、まぁ大体予想がつくだろうけど前世の鬼殺隊のような服装だ。奇抜な服装も増えたこの御時世で、時代錯誤なあの服は目立つだろうし、前世の繋がりを探すには持ってこいだと思った。それと単純に気慣れているからだ。

コスチュームに着替えると、多少使われている素材の違いはあれど、よく体に馴染んだ。

黄色い羽織を靡かせて、俺はもうすでに全員集まっているグラウンドに足を向ける。

 

「あ、善逸やっと来た!おーい!」

 

俺に気付いて一番に声をかけてきたのは出久だった。

全体的に緑色の服装で、オールマイトを意識しているような、触角のようなものを生やしているコスチュームが、とても出久らしかった。

俺のコスチュームを見て、かっこいい!似合ってるね!と笑う出久に、疑惑のことは何も聞かなかった。

前世についてのことを丸ごと隠している俺が、出久の隠し事を詮索するべきではないと思ったから。

 

「皆揃ったみたいだね。さぁ始めようか、有精卵ども!」

 

オールマイトの声掛けに、初のヒーローコスチュームに緩みがちだった生徒の顔がキッと引き締まった。俺も今度は聞き逃さないように、オールマイトの言葉に集中する。

 

「先生!ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか?」

 

白くて、なんだか男心をくすぐりそうなコスチュームに身を包んだ飯田くんがキリッと手を挙げて質問した。

 

「いいや、もう二歩先に踏み込む。敵退治は、主に屋外で見られるが、統計で見れば屋内の方が凶悪敵出現率は高いんだ。このヒーロー飽和社会、真に賢しい敵は闇に潜む」

 

確かに鬼殺隊だった頃にも、鬼は屋外に出るとは限らなかった。あの鬼の根源である鬼舞辻無惨でさえも、自分の根城を構えていたぐらいだ。敵と鬼は別物だけど、暗闇を好むという意味では同じようなものなのかもしれない。尤も敵の目的は鬼とは違い、人間を殺すことに限らないだろうけど。

 

「君らにはこれから、敵組とヒーロー組に分かれて、2対2の屋内戦を行なってもらう」

「基礎訓練無しに?」

「その基礎を知るための実践さ!」

 

オールマイトに質問を投げかけた彼女は確か蛙吹さんだったかな。個性のせいかどことなく蛙っぽい彼女も、飯田くん同様積極的だ。むしろここのヒーロー科に在籍している生徒のほとんどは、最高峰に在学できているとい

う自負も相まって、積極性の高い人が多い。自分に自信が持ちきれない俺が彼らの見習うべき部分はそこかもしれない。

 

「ただし、今度はぶっ壊せばオーケーなロボじゃないのがミソだ」

 

ロボットと人では音もだいぶ違うし、何よりロボットを相手にするように全力で能力を対人に振るっては、場合によっては大惨事になるかもしれない。そういった力加減を身につけるための訓練でもあるのかもしれない。

ヒーローは鬼殺隊とは違い、敵を鬼のように斬ってはいけないだろうし、主に捕縛がメインのようだ。

それからそれぞれが思ったことを述べ始めてオールマイトが困惑していた。そこからカンペを取り出しているところを見ると、やっぱりヒーローとしては一流でも、教師としてはまだまだ新人なのだと思わされる。そうだとしても、このオールマイトを師事したい学生など、この世界には星の数ほどいるのだろう。

 

「いいかい、状況設定は敵がアジトのどこかに核兵器を隠していて、ヒーローはそれを処理しようとしている。ヒーローは時間内に敵を捕まえるか、核兵器を回収すること。敵は制限時間まで核兵器を守るか、ヒーローを捕まえること、それが勝利条件だ」

 

要するに、どちら側であったとしても相手を行動不能にしてしまえば勝利のようだ。そして核兵器というのは衝撃によって爆発する血鬼術と考えればいいか。核兵器を回収するといっているけど、場合によっては核兵器って遠隔操作とかでも爆発させれそうだし、なんの情報もなしに下手に近づくのは危険な気がするけど、今回の訓練においてはそこは加味しなくていいのかな。

 

「コンビ及び対戦相手はくじだ!そして君達の場合、21人だから一人余るね!当たりを引いた人には全ての演習訓練が終わった後、まだ余力の残っている人と対戦してもらうよ!」

 

説明に1段落がつき、生徒たちはオールマイトの持っているくじを順番に引いていく。

俺が引いたくじは当たりだった。

 

「うわ、まじか」

 

いつもの俺ならここで焦凍はなんだったのかと聞きにいっていたかもしれないけど、今はとてもそんなことが聞ける雰囲気ではなかった。焦凍とこんな陰鬱な雰囲気になったのは初めてで、胸がチクチクと痛んだ。

 

「最初の対戦相手はー、こいつらだ!」

 

オールマイトが箱から取り出して掲げた玉には、それぞれA、Dと書かれている。それを見たときに出久と勝己の音が高鳴ったことから、いきなりこの二人の対決なのかと推察する。

 

「Aコンビがヒーロー、Dコンビが敵だ!他の者はモニタールームに向かってくれ」

「「「はい!」」」

 

出久と勝己の様子を横目で観察すると、勝己が出久に対して射殺さんばかりの視線を送っていた。視線で人が殺せるのならば、10回は殺してそうな目つきだ、怖い!

それに対して出久は怯えるかと思ったけど、一瞬悩んだ後に見つめ返した。その姿を見て出久も成長したな、と実感する。

 

「敵チームは先に入ってセッティングを。5分後にヒーローチームが潜入でスタートする!」

 

俺は建物に向かっていく出久の背中に、頑張れ!と心の中で鼓舞した。

 

 

 

 

出久達が見えなくなった後に俺たちもモニタールームへ移動した。

 

「それでは、Aコンビ対Dコンビによる屋内対人戦闘訓練、スタート!!」

 

そして、訓練は始まった。

 

 

 

 

 

 

出久と出久のペアである麗日さんは建物の窓から侵入し、慎重に歩みを進めていった。だけど、問答無用に勝己が二人を奇襲する。

それをモニターで見ていた生徒たちが各々に感想を話している。

俺はその会話には参加せず、静かにモニターを見つめる。

勝己は確かに本能を抑え込む冷静さを持っているけど、出久に対してはそれが当てはまらない時がある。

 

…大事にならないといいけど。

 

そう思ったすぐ後に出久が勢いよく殴りかかる勝己の腕を掴み、一本背負いを決めた。出久にはすごいと思った人をひたすら観察する癖がある。そんな彼からすれば、勝己の行動を読むことはそれほど難しくない。出久だってずっと努力してきたんだ。

俺の心配は杞憂だったのかもしれない。

 

 

出久は勝己の足止めを一人で行い、麗日さんに核の回収を頼む作戦のようだ。勝己の攻撃を受け止めつつ、彼女に何か指示を出している。

出久は時間稼ぎのために勝己から距離を取り始める。鬼殺隊でも、圧倒的実力差で勝てない鬼と対峙したとき、朝日が登る時間を稼ぐことが度々あった。

出久と戦うことに執着している勝己がこの場面で核の方に戻るとは思えないし、この出久の動きは現状最も有効的な手立てだと思う。

出久の行動に音を聞かなくてもわかるほどに勝己は苛ついている。

その形相はもはや、敵のそれと変わらなかった。

横暴で、凶悪で、自分以外の誰かを鑑みたりなんかしない。それが、鬼と成り下がった兄弟子と重なった。そのまま彼から鬼の音が聞こえてくるのではないかと思えて、俺は無性に耳を塞ぎたくなった。

その姿を、焦凍が静かに見ていたことには気づかなかった。

 

 

出久が時間を稼いでいる間に、手筈通り麗日さんが核兵器を見つけたようだ。それと同時刻に勝己が出久を見つけたようで、そこでまた戦闘が始まる。勝己が腕に着けているものに手をかけると、オールマイトが慌てたように制止の声をかけた。

けれど勝己は止まることなく攻撃を放った。

瞬間、辺りの廊下を吹き飛ばすほどの爆発が起こった。

 

「出久!!」

 

届くことはないと頭では理解していても、俺は思わず叫んでしまった。

あんなの、直接くらったら生身の人間では死んでしまう。授業でそれをやるなんて、正気じゃない。

それほどまでに勝己の中にある自尊心を傷つけられた怒りは、根が深いんだ。

それからも戦いは激化していき、出久の防戦一方となっていった。

これ以上続けるのは危険だ。

こんな訓練で取り返しのつかない怪我を負うなんて馬鹿げている。

もう停止の声がかかってもいいはずなのに、オールマイトは動かない。彼からは迷う音がしている。

なんで止めないんだ。何を迷っている。何か、一心上の都合があるのか。だとしたらそれはきっと出久が隠していることで、俺が知るべきじゃないことなのはわかっている。

だけど、このままじゃ出久が。

何もできずにもどかしい気持ちになって、自分の拳をきつく握りしめていると、出久が個性を発動して勝己に立ち向かった。

流石にまずいと思ったのか、オールマイトが中止させようとした瞬間、出久はその個性を勝己にではなく、真上の天井に向かって放った。

窓が全壊して、天井を突き抜ける気流ができた。何度見てもとんでもない力技だ。

その隙に麗日さんが核兵器を回収し、出久の腕以外はなんとか無事に訓練は終了した。

出久の作戦勝ちだ。

俺はホッとして大きく息を吐いた。本当に出久はハラハラさせてくれる。後で一言苦言を漏らすくらいは許してほしい。

それから出久は力尽きて倒れて、担架で保健室に搬送されていった。

それから講評を終えて、次の演習へと移っていく。

次の演習は焦凍たちの演習だった。焦凍は始まってすぐに建物全体を凍らせて、勝利を決めてしまった。

焦凍強すぎじゃない??

 

その後も皆各々の個性の特性を活かした方法で敵やヒーローをこなしていき、やがて全ての演習が終了した。

 

「さて!最後に善逸少年と演習をしたい者はいるかい?」

 

その言葉に一人の生徒が手を挙げた。

手を挙げたのは焦凍だった。焦凍からはいろんな音が入り混じったような音がして、何を考えているのかがよくわからない。

こういうのは勝己も手を挙げるかと思っていたが、まだ出久との対戦でのショックが抜けきっていないようで、どこか呆然とした様子だった。

 

「よし!では1対1の演習で、ルールはさっきと同様。轟少年が敵、善逸少年がヒーローでいこう!」

 

 

 

 

「善逸」

「焦凍、何?」

 

訓練の開始前の移動中に、焦凍から声をかけられた。相変わらず焦凍が何を考えているのかは聞き取れない。

 

「確かに俺は言いたくねぇなら言わなくていいって言ったけどよ、追求しないのと、心配しないのは違ぇよ」

「それってどういうこと…?」

 

俺の質問には答えず、それだけ言って焦凍は建物のセッティングに入った。

焦凍の言葉の意図はわからなかった。

建物に入っていった焦凍の背中が、お前と話すことはもう何もないという拒絶を表しているようで、思わず泣きそうになる。

 

「それでは、スタート!!」

 

オールマイトの声が聞こえると同時に、俺は建物の中へ正面突破した。

建物内全てを凍らせることのできる焦凍相手に、下手な小細工なんか通用しない。

 

これは正真正銘、焦凍と俺の直接対決なんだ。

 




次回の更新は1月19日18時を予定しておりますので、読んでくださると嬉しいです!


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シークレット(後編)

三話目の後編です。善逸と轟くんの決闘の結果はいかに!?


建物に侵入してすぐに氷の音を俺の耳が捉えた。俺は凍らされる瞬間に空中へ素早く回避して、そのまま走り続けた。そして道に迷うことなく突き進む。俺は1分と経たずして焦凍の元へ辿り着いた。焦凍の後ろには模擬核兵器がある。

 

「随分と早い到着じゃねぇか。そういやいつも善逸は俺を見つけるのが上手かったな。そこにも何か秘密があんのか」

 

焦凍が口を開いてくれたことに俺は微かに安堵した。焦凍とは幼かった頃に時折、かくれんぼをして遊んだことがある。でも俺は音で相手の居場所がわかってしまうから、焦凍は毎回すぐに見つかってしまって、それからかくれんぼはやらなくなった。

 

「今回に限ったことじゃねぇ。善逸はいつも隠し事ばかりだ。本当の個性も、それを使わねぇ理由も、お前を苦しめる存在も、何一つ言わない。善逸の抱えてるもの、少しでも一緒に背負ってやりてぇって思うのに、お前はいつも顔面蒼白にしてるくせに「大丈夫」って言って教えてくれねぇ!」

「焦凍…、俺はそんなつもりじゃ」

「じゃあどんなつもりだよ!!なんで何も教えてくれねぇんだ!俺が弱いからか?頼りないからか?なら、俺が強くなったら善逸は全てを話してくれるのか?それとも、そもそもこの世界の誰にも教えるつもりなんかねぇのか…?」

「…ッ!」

 

焦凍の怒涛の勢いの言葉は止まらず、考えたことをそのまま感情のままに吐く姿はどうにも彼らしくなかった。けれど、らしくないことをやらせてしまっているのは、間違いなく俺だ。

 

「誰ならいいんだ?誰なら善逸を救える?どうすれば善逸は抱え込んだしがらみに囚われることなく生きていけるんだ?

なぁ、ッ教えてくれよ!重いもん全部一人で背負って!抱えきれずに押しつぶされそうになっているッ、俺のヒーローは一体どうすれば救われるんだ…ッ?」

 

あぁ、失敗したな。

前世の絡んだ話のことであるならば、焦凍の言う通り誰にも言うつもりはない。

でもそれはすなわち、俺の抱えているものほぼ全てに該当してしまう。

そんなことをすれば、周りから見れば当然、多くの重荷を抱えているように見える。

だから、周りの誰にもそれを感づかれてはいけなかった。

決して表に出してはいけなかったのに。

俺は焦凍が何も言わないでくれることを良いことに、その優しさに甘えたんだ。

その結果焦凍は積み重なる秘事を前に、ついにずっと抑え込んでいた思いが爆発してしまった。

今回のことは全部俺のせいじゃないか。

俺の甘えが、焦凍の顔を苦痛で歪めてしまった。

もう二度と、彼が苦痛で顔を歪めることがないことを願った俺自身が、彼を今その表情にさせている。

 

「…中断して悪かった。訓練、続けようぜ」

 

焦凍はその言葉から一拍置いて、左腕から炎を放つ。俺は身を捩ることで炎を回避するが、追撃するように氷が迫ってきて、避けきれずに足元を凍らされてしまう。

 

「…ッグ!」

「動かねぇ方がいいぞ。足の皮むけたら満足に戦えねぇだろ」

 

それでも、ここで動かないわけにはいかなかった。

何故かはわからないけど、今ここで終わってしまえばもう二度と焦凍との関係は修復されなくなってしまう、そんな気がした。

シィィィィィ。

 

「…ッ!まさか、お前」

 

『雷ノ呼吸 壱ノ型 霹靂一閃 神速』

 

俺は足を固定する氷を木っ端微塵にしつつ、宙高く跳躍した。

そしてそのまま焦凍の後ろにある核兵器に触れる。

こうして演習は終了した。

足の皮がずる抜けて正直めちゃくちゃ痛い。

立っていられなくて俺はその場に座り込んだ。

焦凍がこちらに駆け寄ってくる。

 

「…どうしてそんな無茶するんだ」

「いやぁ、なんとなく」

 

焦凍と仲直りできなくなるような気がしたというのも、完全に直感だったので説明に困る。俺がヘラリと笑うと、焦凍は思い詰めたように眉間に皺を寄せた。

 

「俺はそうやって善逸が無茶ばかりして、いつか居なくなっちまうんじゃないかって、不安でならねぇよ。……悪ぃ、今日の俺は弱音吐いてばっかりだな。八つ当たりみたく言っちまって」

「でもそれはずっと焦凍が思ってたことなんだよね。…ごめんね隠し事ばかりで。重ねてごめん、まだ内容は言えない。でもそれは焦凍が弱いからでも、ましてや頼りないからでもなくて、俺の中でまだ整理がついてないからというか、上手く言えないんだけど、いつかは、きっといつかはちゃんと話すから、それまで待っててほしい」

 

焦凍ならきっと、俺の突拍子もない話でさえ真面目に聞いてくれるんだと思う。それはもうわかってる。それでも今それを言う勇気はなくて、いつかはなんて逃げ方をする俺はやっぱり卑怯かな。けれど存外俺に甘い焦凍はそれで十分だったようで、張り詰めていた表情に少し笑みを浮かべた。

 

「ならいい。言質は取ったからな、今回はそれで勘弁してやる」

「ありがとう。あ、でも一つだけ」

 

焦凍がキョトンと俺を見つめる。

今はまだ前世のことは話せないけれど、この秘密と言うにはだいぶおざなりなこれくらいは、話してもいいよね。

 

「俺人一倍耳がいいんだ。だから、かくれんぼで俺がすぐに焦凍を見つけたのはそういうこと」

 

それを聞いた焦凍は一瞬目を丸くした。そして一つ疑問が解決したようで少しスッキリした顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから俺は保健室で保健医のリカバリーガールの個性によってすぐに怪我が治ったけれど、立て続けに怪我をしている出久はそういうわけにはいかないようで、応急手当と点滴を施されていた。心配だということもあるし、どうせなら起きるまで待っていたかったけれど、早く教室に戻るように言われたので、そのまま保健室を後にした。

教室に戻ると、クラスメイトたちが今日の授業についての反省会をしていたが、俺はなんだかどっと疲れていたのでそのまま帰らせてもらうことにした。それに合わせて焦凍も一緒に帰るらしい。

 

「抜けるタイミング計り兼ねてたから助かった」

「焦凍はたまに妙なところで協調性発揮されるよね」

 

駅に向かう道すがら、焦凍と隣立って歩いていると、不意に懐かしい音が聞こえた。

 

「え…、この音…」

 

泣きたくなるような優しい音。

その音から連想される人物は俺の中ではただ一人だった。

俺はその音を鳴らす人物がいると思われる建物を見上げた。

 

「何してんだ、電車行っちまうぞ?」

「あ、うん!」

 

俺はなんの建物かを見て落胆した。その建物は裏商売とかで使用されそうなどこか危険な雰囲気を醸し出すバーだったからだ。実際中からいくつか怖い音がする。

そんな場所に彼が、炭治郎が居るはずがないから、聞いた音はどうやら聞き間違いだったようだ。ずっと会えないことで感傷的になっているのかもしれない。

早く炭治郎達にまた会いたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは善逸達が駅へ足を早めている時と同時刻、とあるバーの一角で何やら不穏な会話が交わされていた。

 

「見たかこれ、教師だってさ。なぁヒノカミ、どうなると思う?平和の象徴が敵に殺されたら」

 

顔中に手を貼り付けた闇深そうな青年は、ヒノカミと呼ばれた狐の面で顔を覆っている少年に問いを投げかけた。少年は少し考えた後に、憂うように目を伏せて答えた。

 

「そうだな、もしそのようなことが可能なら、世界は平和の象徴を失った動揺から、混沌で満ち溢れるだろう」

 

ヒノカミはまるでその年齢以上の年数を生きてきたように、どこか大人びた少年だった。

その齢は15、奇しくも善逸達と同い年であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

演習を終えた次の日、出久は朝に保健室に寄らないといけないということで先に家を出たため、一人で学校に向かうと、門の前で何故か人だかりができていた。どうやら連日マスコミが押し寄せているようだ。

 

「通れないじゃん…。どうすんのこれ」

「鬱陶しいことになってんな」

「うわ!?…焦凍か、びっくりした」

 

いきなり後ろから声をかけられて勢いよく振り向くと、そこに居たのは焦凍だった。彼は俺の反応に何か返すこともなく、「ちょっと待ってろ」と言って人混みに近づいていった。焦凍に気づいたマスコミは、彼からなんとか情報を得ようと矢継ぎ早に話しかける。

焦凍は彼らの前で立ち止まり、無言で立っていたかと思うと、ギロリと彼らを睨みつけた。

顔が整っている分睨みをきかせると迫力があって、睨まれていない俺まで肩がビクっと上がる。

それを真正面でやられた彼らが平気なわけがなく、あっという間に蜘蛛の子を散らすように道が空いた。それを見て焦凍がこちらを振り向き、なんでもないような顔をして「空いたぞ」と言って進んでいくものだから、急いでその後を追いかける。

 

「さっきのやり方一体どこで覚えてきたの?」

「親父がよくやってる」

「あぁ、なるほど…」

 

炎司さんマスコミ嫌いだからなぁ。

しかしちょっと天然でいたいけな焦凍にそのようなことを教えるのはやめてほしい、切実に。炎司さんの行動を規範にされては、そのうち俺は恐怖で心臓が口からまろび出てしまいそうだ。おかげで難なく学校内に入ることはできたが、それ以上に朝からやけに疲れた感じがする。

相澤先生が教室にやってくると、まず昨日の講評を軽くした後にホームルームへと移っていった。

 

「急で悪いが、今日は君らに学級委員長を決めてもらう」

 

先生の言葉に皆が騒ぎ出して自分が学校委員をやりたいことをそれぞれがアピールして収拾がつかないことになった。俺はその騒音に耐えきれずに耳を塞いだ。

 

「うるさい…」

「静粛にしたまえ!!」 

 

その時、飯田くんのよく通る声が響いて、皆が声を発するのをやめて彼を見た。

 

「他を牽引する責任重大な仕事だぞ。やりたいものがやれるものではないだろう。周囲からの信頼あってこそ務まる聖務!民主主義に則り、真のリーダーを皆で決めると言うのなら、これは投票で決めるべき議案!」

 

それを言った飯田くんも学校委員はやりたいらしく、彼の右腕は震えるほど上に挙がっている。それでもその提案ができる飯田くんこそ学級委員に向いているのでは、と思ったのでその後行われた投票は彼に入れた。

投票の結果委員長は出久、副委員長は八百万さんとなった。

 

 

昼休み。俺は焦凍と共に食堂で昼食を摂っていた。焦凍は蕎麦を食べていて、俺はなんとなくその日の気分で塩ラーメンにした。焦凍はほぼ毎日蕎麦を食べている気がするけど、飽きないのかな。

 

「そういや、学級委員長善逸の兄貴だったな」

「うん。焦凍は立候補しなかったんだね。俺もしなかったけど」

「俺はそういうの柄じゃねぇ」

 

確かに焦凍は俺以外には結構無口だから、それだと副委員長の負担が大きそうだ。

 

「じゃあさ、焦凍は誰が委員長に向いて…」

ジリリリリリリリリ!

 

向いてると思う?と聞こうとした途中で、辺りに警報音が鳴り響いた。

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外に避難してください』

「な、何何何!!??警報!?避難!?」

「落ち着け。とりあえずアナウンスに従って避難を…、善逸!」

「おわ!」

 

取り乱した俺とは違い焦凍は冷静に対処しようとしたが、押し寄せてきた人垣にのまれて俺たちは逸れてしまった。そのまま押しやられるままに進んでいくと、気づくと職員室近くの廊下まで追いやられていた。そこで人垣から離れて、やっと一息つくことができた。

 

「はぁ…。もう一体何なの?」

 

俺はこの騒ぎで教師がいるかわからないけど、とりあえず職員室を目指すことにした。

少し離れたところではまだ阿鼻叫喚の嵐で、耳が痛くなる。朝からマスコミに迫られるし、今日はとんだ厄日だ。

職員室に向かっていくと、懐かしい音が聞こえた。

以前、バーの前で聞き間違えた音。今回は前よりも近くで聞こえた。聞き間違いなんてありえない。

炭治郎だ、炭治郎がいる。

俺は音の所在目掛けて走り出した。

どんどん音が近くなっていく中、角を曲がるとそこには。

 

「炭治郎…!」

「…善逸?」

 

久しぶりに会った炭治郎は狐の面で顔を隠していたけど、昔と変わらない優しい音がした。俺は感動のままに炭治郎に抱きついた。

 

「炭治郎〜〜!!!ほんっとお前!寂しかったし、ずっと会いたかったんだからな!!」

「どうして善逸がここに…!?まさか、善逸は雄英の生徒なのか…?」

「え、そうだけど。再会して最初の言葉それ?もっと再会を喜んでもいいんじゃない?」

 

炭治郎からは困惑と焦りの音がする。まるで俺とここで出会ったことが都合が悪いようだ。俺はこんなに炭治郎と再会できたことが嬉しいのに、炭治郎はそうじゃないのかな。

 

「善逸!とにかくすぐにここから逃げ」

「何してんの?ヒノカミ」

 

炭治郎が必死の形相で俺の肩をガシッと掴んで言葉を発したが、その言葉は第三者の介入により遮られた。後ろから炭治郎に声をかけたのは、手をいっぱい顔に貼り付けた男性だった。彼の音は憎悪の音で溢れている。俺は思わず震え上がった。

あの男性は(ヴィラン)だ。

なんで敵がここに。さっきの警報、敵が侵入したことを知らせていたのか。

 

「お前の知り合いか?」

「…いいや、知らない奴だ。大方誰かと勘違いをしているのだろう」

「そうか、なら口封じでもしとくか?」

「その必要はない。彼は誰にも報告しないだろう」

「へー、そんなこともわかるのかシンパシーってやつは。便利だね、お前の個性」

 

敵と炭治郎が会話をしている。全然意味がわからない。なんであの(ヴィラン)は炭治郎と仲間のように話しているの?それじゃまるで、

 

「炭治郎は、(ヴィラン)なの…?」

 

炭治郎が敵の仲間みたいじゃないか。俺が言葉を発すると男性は心底面白いと言うように、クツクツと笑った。自分の心臓の音が煩くて、彼らの音が聴きれとない。気を抜くと足から力が抜けそうで、立っているのもやっとだった。答えない炭治郎の代わりに、敵が口を開いた。

 

「君が誰と勘違いしてるのか知らないけどさ。こいつは俺たちの団体の新入りさ」

「……は?」

 

敵の団体の新入り。言葉の意味が理解できなかった、いや、理解したくなかった。

彼は敵に促されるままにこの場を去っていった。

彼が後ろを向く時に面の隙間から微かに見えた彼の瞳は、あの時となんら変わらない安心するような、真っ直ぐで赤みがかった瞳だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

簡易な設定

 

 

我妻善逸(緑谷善逸)

出久くんの義理の弟

個性:鬼化

基本戦闘スタイル:雷の呼吸

 

鬼化の個性は身体能力、回復力を飛躍的に上昇させるかなり汎用性も高い、強個性。鬼滅時空の鬼のように藤の花の毒が苦手だったり、日光が苦手だったりはない。ただ、使いすぎると暴走して食人衝動に襲われる。今回炭治郎と再会したが…?

 

 

轟焦凍

 

幼少期に善逸に救われてから、善逸に対してかなり好意高め。原作とは違い、すでに左側の個性も使うし、表情も多少穏やか。いつも隠し事ばかりの善逸の助けになりたいと思っているが、中々うまくいかずにもどかしく思っている。

 

 

緑谷出久

 

この度かっちゃんとの因縁の対決をした。善逸のことはちゃんと家族で兄弟だと思ってる。善逸の雷の呼吸を見るのは初めてだったので、個性把握テスト見て「善逸ってこんなに強かったんだ…」って内心驚いている。

 




次回の更新は1月21日を予定しております。読んでいただけると嬉しいです!


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アイロニー(前編)

今回は炭治郎視点です。


見慣れない町。見知った家族。それらをみて俺は唐突に理解した。

俺は転生したのだと。

俺には前世の記憶というものがある。

かつて鬼殺隊という組織に所属し、鬼になった妹を人間に戻す術を探すために俺は日々奔走していた。

何百年にもわたる戦いの末、俺たち鬼殺隊と鬼の戦争は首魁鬼舞辻無惨を滅殺することで終止符が打たれた。しかし、その戦いにこちらが受けた被害もまた、あまりに甚大だった。

お館様の死。そして無惨を討つため多くの隊士がその尊い命を散らした。その中には、俺の知人も数多く含まれていた。

善逸もまた、その一人だった。

彼は本当に人のいい男で、鬼となってしまった妹にさえまるで普通の女の子と話すように接してくれた。

「可愛いねぇ、きっと素敵なお嫁さんになるんだろうなぁ!」と妹を慈しむ善逸の姿に、俺は何度救われたかわからない。彼の態度が特殊であることは、鬼殺隊の上層部との関わりが強くなるほどに顕著にわかるようになった。

善逸と俺は同期だったこともあり、任務が重なることも多かったので友好を深めるのも早かった。そこへ伊之助も含めて三人一緒くたに扱われることも、少なくはなかった。

そんな彼という存在が、俺の中で小さいものであるはずがない。

俺は彼を失ったことで、心にポッカリと穴が開いてしまったような喪失感を覚えた。それは妹が人間に戻るという悲願を果たした喜びでさえも埋められないほどに大きな穴だった。

その日から俺は虚無感に支配されたように、無機質な日々を送るようになった。睡眠も食事もろくに取らなくなり、何もない空間をボーッと見やることが常となっていた。

今思えば、俺は俺の中にあった善逸に会いたいという気持ちがあまりにも膨張しすぎたせいで、無意識のうちに黄泉の国へと手を伸ばそうとしていたのかもしれない。

そんな俺を普段は気が強いが根が優しい伊之助は放っておかなかった。

ある日突然「猪突猛進!!」と叫びながら、無惨討伐の報酬として賜った俺の屋敷の扉を突き破り、そのままの勢いで俺を張り倒した。その後何をするんだと怒った俺の肩を鷲掴みにして、ガツンと額に頭突きをかました。

俺が痛みに悶えていると、伊之助もやっぱり痛かったのか涙目になりながら言った。

 

「いつまでメソメソしてんだデコっぱち!んなことしたってあいつは戻ってこねぇし喜ばねぇんだよ。俺様は親分だからな!子分が望まねぇことをすすんでしたりしねぇ。お前も紋逸のダチなんだろ?ならうじうじする以外にやるべきことがあるんじゃねぇのか!?」

 

伊之助は激情的ではあるがこういう場面で冷静な男だった。俺たちが沈んでしまっているときに引き上げてくれるのはいつも伊之助で、こういうところはまさに親分だと思う。

彼の言葉で目が覚めた俺は、今までの生活を少しずつ変えていった。

食事と睡眠はしっかり取って、籠もりがちになっていた屋敷を出て気ままに旅なんかをしてみたりもした。旅の途中で甘味処に寄っては、善逸の好きそうな甘味を探してしまう習慣はなかなか抜けなかったが、それもまた彼を忘れるのではなく、懐かしんでいこうという前向きな気持ちにさせてくれた。そのまま穏やかな時を過ごして、25歳となった日に俺は死んだ。

 

これでやっと善逸と再会できるかと思えば、まさか転生するとは。

 

けれど現世でまた再会できる可能性があるのなら、これはこれで好都合だと思い直した。

俺はまた竈門家の長男として生まれ落ちて、かつては死んでしまった弟や妹たちも無事に生まれてきてくれたのだが、その誰もが前世の記憶を持ってはいなかった。よもや自分だけが前世を覚えているのではと不安になっていたところで、小学校に入学し、そこで再会した伊之助が覚えていたことで不安は払拭された。

この頃には、この世界と前世との違いもある程度わかるようになっていた。

まずこの世界には個性と呼ばれる特殊能力が存在する。4歳までに人口の約8割が発現する個性、俺と伊之助もその例外ではなく個性を獲得していた。

そして、この世界には鬼は存在しないが、個性を悪用して犯罪を起こす敵というものがおり、その敵と戦うヒーローという役職があることを知った。

伊之助と再会してから、闇雲に善逸を探し回っていたが、伊之助が今世でも猪に育てられたことを知り、この世界での生まれは前世と酷似しているのではという一つの仮説を立てた。

その考えに沿うと、孤児だった善逸は順当にいけば児童養護施設に入所している可能性が高い。しかし、子供の力では探そうにも限度があり、俺と伊之助は途方に暮れていた。

 

そんな時だった、かつての水柱、義勇さんと再会したのは。

 

 

 

 

 

 

 

俺と伊之助がどのように児童養護施設を回るかの作戦会議をしていると、ふいに見慣れた半々羽織りが目に止まって、その人の後をすぐさま追いかけた。後ろ姿しか確認できなかったけれど、あれは義勇さんだと俺も伊之助も確信していた。

義勇さんは早足で廃工場へと入って行って、出てくるときには一人の男性を担ぎ上げているものだから驚いた。

しかもその男性は数日前に報道されていた刑務所を脱走した敵だったのだから、さらに空いた口が塞がらなかった。

しかし義勇さんが早足で去っていく姿をみて慌てて俺は彼の羽織りの先を掴んで引き留めた。

 

「待ってください!あの、義勇さんですよね?俺です、炭治郎です!」

「…!…炭治郎か、久しいな」

 

義勇さんはわずかに目を見開いて俺を見た。義勇さんから再会を喜んでいるような匂いがしたため俺も嬉しく思っていると、彼は「これを警察に届けてくる。少し待っていろ」と言った。

 

敵を警察に引き渡して戻ってきた義勇さんはこの世界で事務所を創設し、すでにヒーローとしての活動を始めているらしかった。あまりテレビというものに慣れず、頻繁に見ていなかった俺たちがそのことを知るわけがなく、俺と伊之助は声を上げて驚いた。そして俺たちも今までのことや、善逸を探していることを義勇さんに伝えた。すると義勇さんは俺たちにヒーローの仮免許を取るよう言った。

なんでも仮免許を取得すれば、インターンという形で職場体験ができるらしい。そうなれば、ヒーロー事務所の伝手を使って善逸を探すことができるし、各地の児童養護施設を転々と訪ねることへの風当たりも全然違うようだ。

その話を聞いて俺たちは前世を思い出しながら鍛錬を再開した。

呼吸の方は体が覚えていたので、主に鍛錬の内容は個性を使ったものを重視していた。前世ではなかったものなので、その扱いはどうにも難しかった。特に、俺の個性は程度を誤るととんでもない事態となるものだったので、慎重に取り組んでいった。そして妥協せずに鍛錬を重ねた結果、俺と伊之助は中学3年生の時に見事仮免許を取得した。

それから俺たちは高校1年生になってインターン生として義勇さんの事務所を訪れた。義勇さんは名目上はインターン生ではある俺たちを、実質サイドキックと呼ばれるヒーローを補佐する役割と同じ境遇をしいてくれた。

そのため、回ってくる仕事も本格的なもので、俺と伊之助に最初に課せられた任務が『近頃急速に力をつけ始めた敵団体への潜入調査』だった。

嘘がバレやすい俺たちはそれぞれ狐の面やら猪の被り物やらで顔を隠しながら潜入した。伊之助との繋がりを出来る限り勘繰られないよう、潜入時期はずらし、真実と虚偽を混ぜ合わせた情報を教えることである程度信頼も勝ち得た。全ては順風満帆だった。

 

 

 

 

「雄英に忍び込み、カリキュラムを手に入れる」

 

「炭、治郎…?」

 

それがまさか、こんなことになるとは全く予想していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッハァ〜〜〜〜〜〜〜」

 

俺はもう何回目になるかもわからない長いため息をついた。陰鬱な様子の俺を周りは珍しいものでも見るような目線を向けてくるが、あんなことがあれば俺だってため息の一つや二つ、八つや九つ吐きたくもなる。

 

「っあ〜〜〜!!!どうしてなんだ善逸ー!!あの場でなければ今頃再会を喜んでいたというのにっ!!!」

「うるっせー!権八郎!!」

「炭治郎だ!誰なんだそれは!!」

 

そう、俺は数日前に生まれ変わった日からずっと探していた善逸と再会した。それだけであったなら両手を上げて歓喜する案件なのだが、問題は

 

「ぁああ!!絶対勘違いされた!善逸に俺が敵側だと思われた!!」

 

善逸との再会が敵団体への潜入任務中であったことだ。善逸は俺と共にいた人物、死柄木弔を見て顔を青くしていた。彼の音を聞いて彼が敵であることに気付いたのだろう。そして、俺に敵なのかと尋ねた。

俺はにべもなく否定したかったが状況がそれを許さなかった。無言でいては肯定したと取られても仕方がない。

 

「俺たちは任務で敵に成り済ましてんだ、別にやましいことなんかなんもしてねぇだろうが」

「それはそうだが…」

 

伊之助が呆れたように言った。彼の言う通り、実際は敵ではないのだからなんの問題もないはずだ。しかし、俺の憂鬱な気持ちの原因はそこではなかった。

 

「俺を敵だと思ったときの善逸からは深い絶望と仄暗い悲壮の匂いがした。せっかくまた善逸と会えたというのに、俺が善逸を傷つけてしまった…」

 

善逸は雄英高校の生徒だった。それはつまり彼は理由はどうあれヒーローを志しているということなのだろう。そんな彼の前に現れたかつての友が敵側についていると知ってしまった出来事は、一体どれほど彼を苦しめただろうか。できることなら今すぐそれは誤解だと善逸の目の前で叫びたい。

だけど潜入調査中である俺が下手に彼へ接触を図れば、潜入先の敵達に彼が目をつけられるかもしれない。それだけは絶対に避けなくてはいけない。

善逸の身を危険に晒して、もしまたあのようなことが起きてしまったならば

俺は________。

 

「そんなら、さっさとこの任務終わらせて紋逸に会いに行かなきゃいけねぇだろ」

「!」

 

伊之助の言葉に、沈んでいた思考を一度放棄してハッと顔をあげる。

すると彼のまっすぐな瞳と、自分の瞳がパチリとあった。まさに目から鱗だ。

そうだ、そうだった。何もあれが今世の別れじゃない。

だって俺も善逸も今は生きているのだから。

俺たちにはこれからがある。また共に時を刻んでいける。

善逸がいる。善逸が生きている。

今はそれを知れただけで僥倖じゃないか。

潜入任務が終わったら、善逸に会いに行こう。そして前のことを謝って、誤解だと伝えよう。お詫びに甘味なんて持っていったら案外現金な彼のことだ、きっとまた鼈甲飴のような瞳をキラキラさせて、照れたような笑顔を浮かべてくれるはずだ。

 

「そうだな、そうしようッ!」

「よっしゃあ!ならどっかでベソかいてる弱味噌の子分をさっさと迎えに行くために任務に行くぜぃ!!」

「あぁ!」

 

猪の被り物をつけて走り始めた伊之助の後を、狐の面を急いで装着して追いかける。

 

俺たちが沈んだ時、底から引き上げてくれるのはやっぱりこの男だ。

 

 

 

その日敵団体で、雄英高校への奇襲作戦の決行が決定した。

 




次回の更新は1月22日18時を予定しております。読んでいただけると嬉しいです!


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アイロニー(後編)

前回とは打って変わって今回は善逸視点です。


炭治郎との再会以降、どのようにして騒ぎの収まった教室へ戻ったのか、どんな道を辿って家に帰ったのかを何一つ覚えていない。

けれど人の習慣というものは優秀で、何事もなく俺は家に着いていた。自分の部屋のドアを締め切ると、俺はやっと今日あった出来事を反芻し始めた。

 

今世での炭治郎は敵だった。

その衝撃的な事実は俺が全く予想していなかったことだった。

だってあの炭治郎だぜ?

底抜けに優しくて、誰に対しても真摯で嘘がつけない、彼はそんな人物だったはずだ。その炭治郎が一体何を思って悪事に手を貸すというのだろう。

彼は俺と同じ立場の人間だと、信じて疑っていなかった。

 

けれど、そんなものは俺の我欲にすぎなかった。

 

俺が死んだ後や前世と環境が全く異なる現世、考え方を変える機会はたくさんあったはずだ。

なのに炭治郎はかつてと何一つ変わらない等と勝手に思い込んでいた。

それはなんて傲慢なことだろう。

結局俺は学校側に敵の侵入を伝えなかった。炭治郎と対峙したとき、一番近くにあったのは職員室だ。そこに用があったというのなら、恐らくなにか重要な物が盗まれたのだろう。今後それによって雄英高校に通う生徒の身が危険に晒されるかもしれない。

それをわかった上で俺はそれを黙認した。

きっとこの先炭治郎達が何か法に触れるようなことに手を染めたとしても、俺は全て黙認するだろう。

俺は信じたいものを信じるから。信じたい炭治郎たちを心のどこかで信じ続けることをやめられないから。

我ながらなんてひどい裏切り行為だろうか。

ヒーロー候補生でありながら、俺は敵側に加担したんだ。これを裏切りと言わずしてなんと言うのだろう。

俺はこの後ろめたい気持ちを抱えて、これからも出久や焦凍達と共にヒーローを志せるのだろうか。

それほどまでしてヒーローになったとして、裏切り者の俺に為せることは一体なんだろうか。

俺の心持ちは今も昔も鬼殺隊のままだ。

鬼殺隊の本分は人を救うことじゃない。その名の通り鬼を殺す、つまり命を奪うことが主だ。そこがそもそも救うことを生業とするヒーローとの根本的な違いだ。

俺たちは鬼を殺して人を救うと認識されがちだが、その鬼でさえ元は人なんだ。だからその元人にも当然家族がいるわけで、その残された家族からすれば俺たちはまさしく人殺しと相違ない。俺自身、任務後に恨みの音をひっきりなしに奏でる人から罵詈雑言を浴びせられたことだって何回かある。

けれど俺は鬼殺隊を辞めなかった。

何も持たずに生まれた俺には、爺ちゃんから教えてもらった剣しかなかった。

それ以外で生きていく術を知らなかった。

 

 

 

そんな俺がヒーローに向いているはずがなかったんだ。

 

 

 

 

 

次の日学校に行くと、昨日の騒動はマスコミの仕業ということで話がついていた。俺は結局言い出すことが出来ず、顔を俯かせることで心の中の暗い感情を押し殺した。

授業が終わってからも、俺は誰かと一緒にいる気分ではなくて焦凍に断りを入れて先に学校を出た。フラフラと道を歩いていると前に焦凍と共にブランコに座って話し込んだ公園に辿り着いた。あの時焦凍は俺をヒーローだと言ってくれた。そんな焦凍に今の俺は顔向けできないなと惨めな気持ちを抱いた。

あの頃の俺は努力すればヒーローになれると、ただ純粋に信じていたんだ。

俺はあの日を辿るようにブランコに腰を下ろして、ギコギコと揺らし始めた。

一つのブランコからのみ鳴っている音が、今隣に誰もいないことを物語っているようで、なんだか寂しく思うと同時に、こんな自分を誰にも見られていないことに密かに安堵した。

しばらくブランコを漕ぎ続けていると、ポツリと体に冷たい物が当たって空を見上げた。空からは小降りの雨が降っていた。このくらいどうってことないと高を括っていると、やがて雨は本降りとなっていった。それでもまだ家に帰りたくなかった俺は、空洞となっていた滑り台の下へと避難した。子供用に作られている遊具は少し窮屈で、膝を抱えることでなんとか雨を凌ぐ。

この土砂降りの雨を見ていると、前世のことを思い出した。

俺は雷に打たれてから髪の色が変わったこともあって、雷というものがとても怖かった。あの音を聞くたびにまた打たれるのではないか、今度こそ死んでしまうのではないかと足がすくんでろくに動けなくなるんだ。あの日は雷がゴロゴロ轟いていて、俺は拠点としていた蝶屋敷から一歩も出ずに、寝床の毛布に包まってガタガタと震えていた。そんな時に炭治郎がやってきて、震える俺を見ると心配そうに眉を下げて理由を聞いてきた。俺はガチガチ鳴っている歯をなんとか動かして「雷が怖い」と言った。すると炭治郎は俺の耳を塞いでこう言ったんだ。

「もう大丈夫だ、これで何も聞こえないだろう?」って。

 

あぁ、なんでこんなときに思い出すことさえ炭治郎達との思い出なんだろう。

俺の思考を遮るように、ザーッという雨音が聞こえる。そこに塞いでくれる人より少し温かい体温はなくて、いつもより繊細になっている俺はもう駄目だった。

今世では、出来る限り我慢しようとした涙腺があっけなく決壊した。

 

「なんでッお前そっち側なんだよ!炭治郎ッ。再会ぐらい、少しは喜ッんでくれてもいいじゃん!!俺だけ…、俺だけがずっとッ、お前たちのこと、を探してて、俺だけがッお前たちのこと、大好きみたいで、寂しいだろうがッ!…馬鹿ぁッ」

「善逸…?」

 

そのとき不意に聞こえた声にバッと顔を上げた。耳障りな雨音のせいか、近くに人が来たことに全然気づかなかった。

 

「え、た、出久?どうしてここに?」

 

俺の目の前にいたのは出久だった。傘を二本持って、一本をさしながら中腰で滑り台の下を覗き込んでいる。

 

「どうしてここにって、善逸が中々帰って来ないし携帯も繋がらないから探しに来たんだよ!こんなところで一体何してるの?」

「あ…、携帯電源切りっぱなしだった、ごめん」

 

携帯と言われて画面を確認すると、電源が切れていたことに気づいた。試しに電源をいじったことでパッと画面に明かりが止まり、薄暗い滑り台内を照らした。その明かりで俺の顔が照らされたことで、俺が泣いていることに気づいたのか、出久がギョッとした顔をした。そのとき俺はそういえば前に炭治郎以外にも、彼と同じようなことをしてくれたことがあった気がする、誰だったかな、なんてことをぼんやりと考えていた。

 

「善逸、なっ泣いて…!?どうしたの、何かあったの?」

「あ、こっこれは」

ドォーンッ!!

 

出久に問いかけられてやっと現状に目を向けた俺が言葉を発したそのとき、ピカッと空が一瞬光って大きな音が鳴った。

雷が落ちたんだ、それも結構近くに。

俺は驚きのあまり一度思考が止まって、状況を理解すると出久が来たことで一瞬止まっていた涙を再びボロボロと零しながら自分の体を抱きしめてガタガタと震えた。

 

「ヒィィ…ッ」

「善逸、顔色がっ。あ、もしかして雷が怖いの…?」

 

出久の言葉に俺は深く考える余裕もなくて、ブンブンと首を縦に振った。すると出久は少し考えた後にポンっと何か思いついたような音を鳴らした。俺は不思議に思って出久を見上げると、彼は手に持っていた傘を置いて、ソッと俺の耳を塞いだ。

あれ、この光景どこかで________。

 

「大丈夫だよ。これで何も聞こえないでしょ?」

 

あ、思い出した。

炭治郎以外に俺の耳を塞いで、雑音を払ってくれた誰かは出久だったんだ。

あれは確か小学生になったばかりの頃、あの頃の俺たちは個性発現以来の気まずさから、あまり話すことはなかったけれどその日は豪雨で雷が何度も鳴っていて、それに震える俺をその時ばかりは出久は酷く心配そうに俺を見つめていた。そして今と同じように俺の耳を塞いでくれた。

そんな大事な記憶、なんで今まで忘れていたんだろう。

出久の手のひらを伝って彼の体を流れる血流の音が、生命の音が聞こえる。その音に集中すると、あっという間に不穏な雑音は気にならなくなった。

小刻みに震えていた体がどんどん落ち着いていく。

 

「あ、雨が少しおさまったね。雷も鳴らなくなったし。今のうちに帰ろう、善逸!」

 

出久はそっと俺の耳から手を離すと、一度地面に置いていた傘を拾い上げてそのうちの一本を俺に差し出した。流されるままに俺はその傘を受け取ると、出久と二人立ち並んで帰路に就いた。

 

家に着く頃には空に一筋の晴れ間が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見ることになった」

 

相澤先生が気怠さを醸し出しながらそう言った。

その話ぶりからすると、今回のことは特例ということだろう。つまり、雄英高校の教師陣も先日のマスコミ騒動の裏によからぬ輩がいることを察知している。彼らも馬鹿ではないということだ。

俺はそのことに自分の罪が少し緩和されたように感じて、ホッと胸を撫で下ろした。

 

「はい!何するんですか?」

「災害水難なんでもござれ。レスキュー訓練だ」

 

レスキュー訓練、その言葉を聞いてクラスメイトたちはざわざわし始めた。ヒーローの本分である救助演習が出来ることにそれぞれ思うところがあるのだろう。それが収束がつかなくなる前に相澤先生が軽く窘めて、言葉を続けた。

 

「今回コスチュームの着用は、各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるから、バスに乗って行く。以上、準備開始」

 

相澤先生の言葉を皮切りに、クラスメイトたちはそれぞれの行動にとりかかった。

今回、俺はコスチュームの着用はしないことにする。

今あの隊服を身に纏ってしまえば、俺はきっと炭治郎たちに縋ってしまう。

それではいけない、彼らのお荷物になってしまう。対等な立場でなければ、俺の声は彼らには届かないだろう。だから気持ちの整理がつくまで、あの服は着ない。

これは俺なりのけじめだ。

 

 

 

 

 

「善逸も今日は体操服なんだな」

「!焦凍」

 

俺と同じく体操着を着ていた出久と麗日さんの会話を遠目で見ていると、後ろから焦凍に声をかけられた。

 

「別に善逸はコスチューム破損したわけじゃねぇだろ、なんでだ?」

 

焦凍が不思議そうに小首を傾げる。俺はその言葉への返答を自分に言い聞かせるように、戒めるように発した。

 

「そうだね、だけど今の俺はあの服を着るのに相応しくないから」

 

俺の言葉に焦凍が何か返そうと口を開いたとき、辺りにピーッ!という笛のような音が鳴り響いた。そちらを見やるとどこから取り出したのか、飯田くんがホイッスルを咥えて仁王立ちしていた。

 

「1A集合ーーっ!!バスの席順でスムーズにいくよう、番号順に二列で並ぼう!」

 

そう言い切ると再びホイッスルをピーピー吹き鳴らし始めた。

なんというか、飯田くんが今日も飯田くんで思わず笑ってしまった。

 

「あははっ!俺たちも行こっか」

「あぁ。なぁ善逸」

「ん?何?」

 

不意に名前を呼ばれて焦凍の方に視線を向けると、彼は真剣な眼差しで俺を見ていた。

 

「お前はまたどこか力んでるみてぇだが、空回りする前にちゃんと言えよ。こっちいつでも手ぇ貸す準備は出来てんだ」

 

焦凍は言い終わると同時にポンッと優しく俺の背中を叩いた。俺が今焦凍に言えることは限りなく少ない。それを彼はわかっているから追求はしてこなかった。けれど俺が押し潰されないように逃げ道を用意してくれている。

おれはそんな焦凍の気遣いが嬉しくて、冷たいものに苛まれていた心の中にポカポカとした温かいものが広がっていくのを感じた。

 

「焦凍、ありがとう…」

 

俺の声は聞こえるか聞こえないかギリギリな程に消えそうな小さい声だったが、それを聞いた焦凍はフッと笑った。

 

 

ちなみにバスは横に座るタイプで、番号順は全く意味をなさなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

演習場につくと、そこには災害救助で功績高いスペースヒーロー13号がいた。

 

「皆さん待ってましたよ!」

 

彼の声は加工されたようなノイズがかった声だったが、その体に宿る熱を帯びた正義の音が強く鳴っていたので、不快になるほどではなかった。

 

「早速中に入りましょう」

「「「よろしくお願いします!」」」

 

13号の先導に従って、建物内へと足を踏み入れた。ドームの中には森林や山、湖などがあって区域ごとに救助演習が行える仕組みのようだ。

俺自身見事の一言に尽きるし、周りの皆も感嘆の声を漏らしていた。

 

それから演習場の簡単な概要と、13号からのありがたいお話を聞き終えたその時だった。

 

噴水あたりに黒いもやが現れて、その中からいくつもの狂気を孕んだ悪意の音がした。

この音には聞き覚えがある。先日、炭治郎と再会したときに聞いた。

 

これは、敵の音だ。

 

「一塊になって動くな!13号、生徒を守れ」

 

相澤先生が警戒態勢に入って、生徒たちを庇うように前に出た。

その間にも、黒いもやはどんどん広がってそこから何人もの敵が出てきた。

生徒たちも何やら異様な雰囲気を察したのか、不安の音が伝染するように大きくなっていく。相手の次手を警戒して、俺も耳を澄ませて集中する。そうすることで聞こえた憎悪の中で酷く浮いた音。

泣きたくなるような優しい音が聞こえる。

敵たちの中に炭治郎がいる。

炭治郎だけじゃない、目を凝らすとそこには伊之助の姿も確認できた。

 

「炭治郎…ッ、伊之助…!」

 

俺はグッと拳に力を込めた。

出久が雨の中俺を迎えに来てくれたあの日、俺は一つ決意したことがある。

それは俺は俺の出来る最大限のことをするということ。

俺は雄英側の完全な味方にも、炭治郎たちのいる敵側になることもできない、酷く中途半端な奴だ。

けれど俺にだって守りたいものがある。

出久や焦凍、雄英の皆、炭治郎や伊之助、前世での関わりのある人たち、彼らには悲しい思いはしてほしくないし、絶対傷ついてほしくない。

大事な人たちが敵として相見えてしまっていても、双方を守りたいと俺は心の底から思っている。

炭治郎からは、昔と変わらず泣きたくなるような優しい音がする。

伊之助も真っ直ぐで、芯の通った音のままだ。

その音が潰えない限り、俺は彼らを信じる。

たとえ彼らが敵側にいたとしても、そこには俺の納得できる理由があるんだって、信じてる。

だからもしその理由が、お前たちを苦しめるような内容ならば、俺は俺の全てを持ってお前たちを救うよ。

 

これはヒーローにも敵にもなれない俺の、愚かで陳腐な反抗劇だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我妻善逸(緑谷善逸)

出久くんの義理の弟

個性:鬼化

基本戦闘スタイル:雷の呼吸

 

鬼化の個性は身体能力、回復力を飛躍的に上昇させるかなり汎用性も高い、強個性。鬼滅時空の鬼のように藤の花の毒が苦手だったり、日光が苦手だったりはない。ただ、使いすぎると暴走して食人衝動に襲われる。トラウマは雷。

 

 

轟焦凍

 

幼少期に善逸に救われてから、善逸に対してかなり好意高め。原作とは違い、すでに左側の個性も使うし、表情も多少穏やか。いつも隠し事ばかりの善逸の助けになりたいと思っているが、中々うまくいかずにもどかしく思っている。せめて善逸の心を少しでも癒すことができたならいいと思っている。

 

 

緑谷出久

 

善逸のことはちゃんと家族で兄弟だと思ってる。前善逸の耳を塞いだことはそういえばこんなこともあったかなぁくらいにぼんやりと覚えている。最近善逸のどこか浮世離れした不思議な雰囲気が増しているような気がして心配していたが、善逸の泣き顔をみて「あっ、善逸も人間なんだ」って思って実はちょっと安心した。

 

 

 

竈門炭治郎

 

今世でも賑やかな六人兄弟の長男

個性:??

基本戦闘スタイル:??

 

前世で善逸が目の前で死んだことはかなりショックだった。なまじ失うことの多い人生を歩んで来たため、仲間が傷つくことがトラウマとなっている。現在義勇さんの創設した事務所にインターン生として所属しており、敵連合の潜入任務中。潜入任務では顔を隠しており、極力個人情報も伏せているため離脱はわりかししやすい状況。

 




次の更新は1月24日18時を予定しております!読んでいただけると嬉しいです!


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エモーション(前編)

今回は視点の変動が多いので、誰視点かをつけさせてもらいました。







善逸視点

 

相澤先生は生徒たちに素早く指示を出すと、一人で敵の群れに向かっていった。個性と捕縛用の包帯の合わせ技で次々と敵をなぎ倒していく彼は一見優勢に見えるが、その心中は穏やかな音ではない。生徒たちの不安を煽らないように、相当無茶してるんだ。

相澤先生の個性では異形型のものは消せないし、なにより相手の数が多すぎる。長期戦に縺れ込めば、やがて戦況は覆ってしまうだろう。そうなれば後ろで待機している生徒たちも危険に晒されてしまう。

なら、俺がここでとるべき行動はこれしかない。

 

「加勢します!」

「緑谷弟…ッ!余計なことはするな、お前も避難しろ!」

 

俺は階段を飛び降りて刀に手をかけて構える。それに気づいた相澤先生が顔は正面を向けたまま俺に怒声を発した。

けれど、皆を守ると決めた俺はここで引き下がるわけにはいかなかった。

 

シィィィィィ。

 

『雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃』

 

生徒が降りてきたことを好機と思ったのか、俺に迫ってくる敵たちを一直線になぎ払った。一度力を示せば辺りの敵は怯んで、有象無象に群がってくることはなくなった。

納めた柄に再び手をかけて、抜刀態勢に入る。

 

「足手まといにはなりません」

「…チッ、敵にむやみやたらに突っ込むなよ」

 

彼は苦言を漏らしながらも、俺の戦闘を承知してくれた。けれどそのことにホッとしたせいで一瞬気が緩んでしまい、その瞬間の隙を敵は見逃さなかった。

 

「…!あの黒い霧の奴ッ!まずい、皆が」

 

俺と相澤先生に生まれた一瞬の隙に、

黒い霧を身に纏い容貌すら確認できない敵が、俺たちの視界から消えて生徒たちの前に立ちはだかっていた。

あの敵の音は周りの敵とは別格だ。

闇深くて禍々しい、聞いているだけで胸糞悪くなってくる嫌な音。もしかしたら主犯格の一人かもしれない。

俺は生徒たちの方が危ないと判断して、足に力を込めて走る。前世から足の速さにだけは自信のあった俺はすぐに生徒たちに追いついて、敵と対峙する。

 

「初めまして、我々は敵連合。僭越ながらこの度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせていただいたのは平和の象徴、オールマイトに息絶えていただきたいと思ってのことでして」

「…は?」

 

俺の隣で出久が呆けたような声を漏らした。彼からは怒りと錯乱と、心の底から疑問に思っているような音が鳴っている。出久からすれば、オールマイトは絶対的正義で、どうしてそこに反乱分子が生まれるのか、根っからのヒーロー気質の彼では想像もつかないのだろう。

敵はそれにもお構いなしに言葉を続けた。

 

「本来ならば、ここにオールマイトがいらっしゃるはず…。ですが何か変更があったんでしょうか。まぁ、それとは関係なく私の役目はこれ」

 

敵から何か企むような音がして、俺は柄に手をかけて警戒する。13号も個性を使用できるように構えている。しかし、敵が動く前に二つの影が飛び出した。

勝己と切島くんだ。

 

「その前に俺たちにやられることは考えなかったか!」

 

彼らの猛攻によって、砂埃が舞って視界が遮られたが、敵が無傷であることはその強烈な音からわかった。物理攻撃が無効化されるとなると、だいぶ戦いにくい相手だ。しかし敵から微かに焦った音がすることから、完全な無効化ではないんだろう。ある状況下なら無効とか、この部分なら無効とか、何か条件があるはずだ。いろいろと推察するが、なにぶん情報が少なすぎて確証は得られない。

 

「危ない危ない、そう生徒といえど優秀な金の卵」

「駄目だッ、どきなさい二人とも!!」

 

敵の標的が生徒たちに移ったと判断した13号が、勝己と切島くんに呼びかけた。しかし、二人が反応するよりも早く、敵が個性を発動した。

 

「私の役目はあなたたちを散らして、嬲り殺す!」

「ッ!!」

 

敵から出ているもやが生徒たちを囲うように広がっていく。どこからかくる引力にどんどん彼らは飲み込まれていく。かくいう俺もその引力に引きずり込まれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぃぃいいやぁぁぁぁぁッ!!!」

 

次に目を開いた瞬間、俺は絶叫した。

俺の体は空中に投げ出されていて、重力に抗うことなく落下している。空間移動系の個性によってここに飛ばされたみたいだ。

一般人なら死んでしまうぞ、これは。ここまで殺意が高いということは、敵連合の作戦では生徒たちの生死も厭わないということだ。

勢いがありすぎて、綺麗に着地することはできないので、なんとか体を回転させて受け身をとる。

 

「ッゥグ」 

 

一瞬背中を強打して息が詰まったが、飛びかけた意識をなんとかつないで体を起こした。辺りを見渡すとそこには誰もいなかった。いまいちここがどこらへんなのかも把握できない。バラバラに散らされた生徒たちの中で一番近くにいるのは焦凍だと音で判断する。それもそれぞれの区間に数人で飛ばされていることが多いなか、彼は現在一人でいるようだ。いくら焦凍が強いといっても、実戦経験の乏しい学生を一人にしておくのは心許ない。とりあえず焦凍と合流する方向で行動していくことにする。

 

「だけど、まずはこれをなんとかしないとなぁ」

 

あたりに八人ほどの敵の音がする。敵たちの狙いは生徒たちを複数の敵が配置されている区間に散らして、各個撃破することのようだ。

マスコミを使っての撹乱といい、子供だと侮らずに用意周到なところといい、相手の敵連合は相当な慎重派なのかもしれない。

 

「餓鬼が一人か」

「個性を使わせるな、畳み掛けるぞ!」

 

それでもあの相澤先生との戦いっぷりから察するに、それほど統制の取れた団体ではないと見た。

早く敵をやっつけて焦凍と合流しよう。

 

シィィィィィ。

 

『雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃 八連』

 

 

 

 

 

 

 

焦凍視点

 

「散らして殺す、か。言っちゃ悪いがあんたら、どう見ても個性を持て余した輩以上には見受けられねぇよ」

「こっ、こいつ移動してきた途端に…」

「本当に餓鬼かよ…」

 

あの黒いもやみてぇなもんに呑み込まれて、気づいたらこの土砂ゾーンにいた。辺りに敵がいたから、それを凍らせることでこの場を収めた。

オールマイトを殺す、初見じゃ精鋭を揃え数で圧倒するのかと思ったが、蓋を開けてみれば俺たち用の駒、チンピラの寄せ集めじゃねぇか。

俺は凍らせ損ねた敵が殴りかかってくるのを受け止めて、制圧しながら考えた。

見た限りじゃ、本当に危なそうな人間は4、5人程。とすると、本命は数じゃない。あの中の誰かにオールマイトをどうこうできるような個性持ちがいるのか、はたまたまだ姿を見せてねぇやつが他にいるのか。

俺が今とるべき行動は、目の前の敵からそういった情報を聞き出すことだ。

 

「なぁ、このままじゃあんたらじわじわと体が壊死していくわけなんだが俺もヒーロー志望だ、そんな酷ぇことはなるべく避けたい。

…あのオールマイトをやれるっつー根拠、策ってなんだ」

 

俺は言外に場合によってはできるという意味を含めて敵を脅した。寄せ集められた敵全てに高尚な信条があるとは思えねぇ。となると、こいつらの半数以上がおそらくは愉快犯。そういう奴らは目的意識が低い分、少し揺すれば我が身かわいさにすぐ揺らぐ。だからこういった脅し方が最も有効的な手段だ。

このままうまく情報を聞き出せそうだ、そう思った時だった。

 

「そこまでにしておいてくれないか」

「ッ!ここに来て真打登場か…?」

 

声が聞こえてそちらを向くと、俺の方に歩いてくる一人の少年がいた。

腰に刀を差していて、ゆったりとした歩調に合わせるように赤みがかった髪が揺れている。その顔は顔面一帯を覆う奇妙な狐の面で見ることができない。

異様な雰囲気だ。

こいつはさっきまで相手取っていた奴らとは明らかに違ぇ。

年齢は俺とそう変わらねぇように見えるが、得体の知れなさに足が少しすくんじまった、情けねぇ。

 

「これ以上やっては殺してしまうぞ。人を殺すという罪は重い。鉛のように重くて、人を奈落の底へと貶める。そんな重荷を、ヒーロー志望の君が背負うものじゃない」

「…それは経験論か?」

 

随分と朗らかな声色で紡がれたその言葉に、思わず俺は聞き返した。するとそいつは表情は見えねぇが、どこか苦しそうに胸に手を当てて言った。

 

「違う、と思いたいが、あれを人ではないと否定してしまえばそれは俺の妹も人ではなかったと否定してしまうことになる。…そうだな、そうかもしれない。俺のやっていたことは結局人殺しにすぎなかったのかもしれない。けれど、だとしても俺は大切なものを守るためならば、何度だってこの刃を振るうんだろうな」

 

苦しそうに言葉を続けるそいつは、似ても似つかねぇはずなのに何故か、善逸を連想させた。

こんな状況で、善逸は大丈夫だろうか。

あいつはマスコミの一件以来からまた塞ぎこんでたし、今はあまり一人にしたくねぇ。あいつはどこまでも突っ走って、そのままどこかに消えちまいそうで、あの日感じた恐怖が現実になっちまいそうな気がして心底怖ぇ。

だからここで時間取られてるわけにはいかねぇ。

 

「なら、俺だって守りてぇもんがあるんだ」

 

俺は個性を発動させて氷で相手の足場を奪いにいく。それに素早く反応した敵が避けたところに向けて今度は炎を放つが、それすらも避けられてしまった。これは長期戦になるかもしれねぇ。ならばと敵の耳を見た。敵は左耳に何かの小型の機械を装着している。おそらく他の仲間と交信する類のものだ。もしかしたらこちらの音声も全てリアルタイムでどこかへ送られてるかもしれねぇ。

まずは、その仲間との通信手段を断つ。

俺は敵の耳目掛けて炎を放った。

一瞬敵は目を見開いた。

 

ゴォォ!

 

俺の放った炎は見事に敵に命中して、通信機器を破壊した。

 

「熱っ!あぁ、これはもうダメだな完全に壊れている」

 

敵はそう言って機械を外してその場に捨てた。しかしその後にハッとしたように右腕を顎に当てて「いや、これではポイ捨てになるのではないか…?」と言って再び壊れた機械を拾い上げていた。その敵らしからぬ言動に呆けそうになったがなんとか耐える。

 

「これで仲間を呼ぶことはもう出来ねぇぞ」

「そうだな、これは好都合だ。これでやっと善逸を探しにいける」

「…は?」

 

目の前の敵の口から友人の名前が出て、俺は困惑した。

こいつは今なんて言ったんだ。善逸と言ったのか。なんで善逸を知っているんだ。善逸が目的なのか?だが敵連合の目的はオールマイトの筈だ。

まさか目的は一つじゃねぇのか?

 

「なんでお前が善逸のこと知ってんだ…」

「ん?あぁそうか、君は今の善逸の身近な人物なんだな、君からは善逸の匂いがする。なんでって、なんと言えばいいのだろうか…」

 

俺の質問に対して敵は意味不明な言葉を発する。その要領を得ない言葉に俺は苛立ちを募らせる。

なんとかしてこいつらの目的をはっきりする確証的な発言を聞き出したいところだが、敵相手に対話をしても真実を言うかどうかわからねぇ。

それなら、目的と物理的に距離を離す。

 

「善逸の元には行かせねぇ」

「それは困る!俺は折り入って善逸に話さないといけないことがあるんだ」

 

それとさっきから聞いていたが、まともな発言と言葉遣いの敵は少しやりづらいところがある。

目の前の敵の態度はどこか誠実で、一般人だったなら好印象を抱かれそうなやつだ。だからこそ調子が狂う。

けれどこいつは敵で、こいつの目的の一つが善逸だ。善逸に何か良からぬことをしようとしてるのかもしれねぇ。そうだというのなら、野放しになんてできねぇ。

 

こいつをここで足止めする。

 

俺は相手が警戒する前に氷で敵を囲むように個性を放った。

相手の個性がわからない以上、近接戦闘は避けてぇ。今はとにかく時間を稼ぐ。

 

「なるほど、時間稼ぎか。あまりヒーロー志望相手に乱暴なことはしたくなかったがすまない!俺には時間があまりないから少し本気でいかせてもらう」

 

敵はそう言って高く跳躍し、難なく俺の作り出した氷壁を飛び越えた。

強化系の個性か。飯田のような部分的のみの強化か、善逸の兄貴のような全身的な強化かは定かではねぇが、身体強化は間合いに入ると強い。

だが、遠距離戦ならこちらの方が有利。

俺は休むことなく氷で敵を追い詰め、近づけないように氷を配置する。敵はそれを全て避けて何処かの区域から風で流れてきたのか、細めの鉄骨を拾って腰に差している刀の代わりにそれを構えた。

それは俺を殺すつもりはねぇっていう意思表示か、けどそれも近接戦に持ち込まれなきゃ意味がねぇ。

そう考えた次の瞬間だった。

 

ヒュッ。

 

「ッ!!一瞬で近くに…!」

 

気づいたときにはすでに敵は俺の間合いに入っていた。

速い。

全く目で追えなかった。

やられる!!

俺は次に来る衝撃に備えて体を固くした。

その時。

 

ドォォォン!!!

 

目の前を、一閃の雷光が通った。

 




次回の更新は1月25日18時を予定しておりますので、読んでいただけると嬉しいです!


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エモーション(後編)

親分のターンです


出久視点

 

黒いもやに飲み込まれた後、蛙吹さんと峰田くんのおかげでなんとか水難ゾーンにいる敵たちを一掃することができた。左手の親指と中指がとても痛いけど、僕もまだ動ける。今回はだいぶ博打だったけど、これだけの犠牲でここを突破できたことは喜ぶべきだ。初戦闘に勝利できたことに自信がついた僕たちは、すぐに次どうするかという議論になった。

 

「とりあえず助けを呼ぶのが最優先だよ。このまま水辺に沿って、広場を避けて出口に向かうのが最善」

「そうね、広場は相澤先生が大勢敵を引きつけてくれてる」

 

最初のうちは当然、避難しようという方向で話がすすんだが、やっぱり僕たちはヒーロー志望。最終的には苦戦を強いられているであろう相澤先生を助けに行こうということで話がまとまった。早速動き出そうとした時、不意に蛙吹さんが水辺に視線をやった。

 

「蛙吹さん?どうしたの?」

「…ケロ!緑谷ちゃん峰田ちゃん気をつけて、何かくるわ!」

 

何かって?と聞き返そうとしたが、それを遮るようにサバァン!!と水しぶきの音が辺りに響いた。

 

「ワハハハハハハ!!!!!すげーすげー!!なんださっきの!!一瞬で周りの奴らがやられちまった!それにこの面倒くせー機械もぶっ壊しちまった!」

 

水しぶきを上げて外へ飛び出してきたのは、逞しい体に猪の被り物を被った男だった。

しまった、敵を倒しきれていなかったんだ!

でも相手は一人、こちらは三人いるわけだし、まだなんとかなる筈だ。

落ち着け、何か策を練らないと。

 

「蛙吹さん峰田くん!一度敵から離れよう!」

「当然逃げるに決まってるだろ!?」

「そうね、ここは一度態勢を立て直しましょう」

 

数的にはこちらが優勢だし、もしかしたら深追いはしてこないかもしれない。僕たちは素早く後退した。

 

「なんだ追いかけっこか?俺は負けねぇ!!」

「うわっ!!」

 

しかし敵は跳躍してあっという間に僕たちの前に立ちはだかった。彼も強化系の個性なのか、それも相当使いこなしているように見える。あの水中もどうやって突破したのか全然わからなかった。

 

「追いついたぜ!俺の方が早い!つまり俺の方が強い!お前らの方が弱い!」

「ケロ…」

「嘘だろ嘘だろ!?なんなんだよこいつ!」

 

蛙吹さんも峰田くんも焦りだしているこのままではまずい。なにか、策はないのか。僕も内心焦りが募っていて、全然打開策が浮かばない。

それでも圧倒的脅威を前にして、震えているだけでは去年のかっちゃんにいじめられていた頃の僕となにも変わらない。

 

一か八か、やるしかない!!

 

僕は右腕を引いて左足を踏み出した。

そしてそのまま振りかぶった、はずなのに。

 

「やめとけ。無闇やたらに体壊すんじゃねぇ」

「ッな!!」

 

僕の右腕は敵に差し押さえられていた。

あの一瞬でここまで来るなんて、さっきの速さが限界じゃなかったんだ。

迂闊だった。

攻撃される、と思って目をギュッと瞑ったが、一向に衝撃はこなくて、そっと片目を開くと、すでに僕の腕は離されていた。

 

「えっと…?」

 

状況把握が追い付かずに頭にはてなマークを浮かべている僕を敵は一瞥した後に言葉を発した。

 

「そんな戦い方続けてたら、いつかオメェ死ぬぞ。そんでその時悲しむのはオメェの周りの奴らだろーが」

 

敵の言葉に、僕は思わず善逸や母のことを思いだした。僕を見つけると、少し目尻を下げて笑ってくれる善逸、数日前になにか落ち込んでいたようで心配したけど、きっと彼も僕に何かあれば心配する。優しい僕の弟。いつも応援してる、と積極性に言葉にしてくれるだけじゃなくていつも協力してくれる頼もしいお母さん。

かけがえのない、僕の大切な家族。

確かに、僕の今の戦い方は、彼らの思いを蔑ろにしてしまっているかもしれない。

彼の言葉は、敵の世迷言だと切り捨ててしまうには、あまりにも的を射すぎていた。

『正論』というものはときに、ズシンと重く心にのしかかる威力がある。

 

「人は、生き物は必ずいつかは死ぬ。それは自然の摂理だからな、仕方ねぇ。けどよ、それを簡単に割り切れるほど人の心っつーのは強くねぇんだよ。嫌なもん抱えて生きていかなくちゃいけねぇ。押し潰されそうになってもな」

「…君はどうして」

 

どうして敵になったの?

そう聞こうとして、やめた。

彼は人の命の重さ、尊さを、正しく理解している。それなのに、それを奪う側につく理由がわからなかった。目の前の彼が道楽に溺れた異常者には、どうしても見えなかった。

それでも、この質問は不毛だ。

聞いたって状況はなにも変わらないのだから。その理由がいかなる致し方ないことであろうと、彼が罪を犯す限り、彼は敵だ。

 

「緑谷ちゃん、あまり敵の言葉に耳を傾けてはだめよ」

「!うん、そうだね」

 

そうだ、これ以上彼のペースにのまれてはいけない。今やるべきことは対談じゃない、敵の無力化だ。

僕は幾分か冷静になった頭で、卵が爆発しないイメージを浮かべ始めた。

そのとき、いきなり敵がバッと僕から顔を逸らして後ろを振り向いた。

その奇怪な行動に思わず頭が真っ白になってしまった。

 

「あのやべーのもう動いてんじゃねぇか!紋逸も見つかんねーし!…仕方ねぇ、紋逸のことは子分に任せるぜ!!猪突猛進!!」

 

そして僕たちのことは見向きもせずついには走りだした。

一瞬呆けてしまったが、敵が走っていった方向を見てハッとした。敵が駆けて行っている方向の先にあるのは広場だ。ただでさえ無理をしている相澤先生たちの元にあの敵をいかせるのは悪手だ。

 

「追いかけよう、蛙吹さん!峰田くん!」

「ケロ!」

「もうなんなんだよぉー!!」

 

俺たちは離れていく敵の背中を必死に追いかけた。

その背中は敵と呼ぶには、違和感を拭えない程に真っ直ぐな佇まいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

善逸視点

 

今、俺の右には炭治郎、左には焦凍がいる。なんでこんな構図になっているかというと理由は単純で、俺が二人の間に割って入ったからだった。

 

事態は少し遡る。

俺は迫り来る敵たちをできる限り倒しながら焦凍の元へと向かった。そして見つけることができたところまでは良かったんだけど、そこには今俺を悩ませている原因でもある泣きたくなるような優しい音がして、しかも二人が戦っているときた。

それを見て双方出来る限り無傷を目標に掲げている俺が、二人の間に割って入ってしまうことは必然的だ。

いきなり現れた俺に、焦凍からは驚きの音がしている。炭治郎からも驚いている音はしているけど、それ以上に安堵の音が聞こえる。その音の真意はよくわからない。

 

「善逸、どうしてここにいるんだ」

「善逸!よかった、善逸のことを探していたんだ!」

 

両方から同時に言葉を発せられたが、俺の卓越した聴覚は二つとも聞き取ることができた。

焦凍は状況が頭に追いつき始めたのか、バッと俺の手を引いて炭治郎から庇うように俺を背中に隠した。

 

「善逸!とにかく今は逃げろ、こいつの狙いはお前だ!」

「え、狙い?どういうこと??」

 

焦凍からよくわからないことを言われて、俺は状況の理解が遅れた。とりあえず焦凍と炭治郎の仲が良好ではないことは確かだ。

まぁ当然っちゃ当然だけど。だって炭治郎は敵で焦凍はヒーローの卵なんだから。

焦凍には悪いけれど、俺はずっと炭治郎に問いただしたいことがあった。

 

「人聞きの悪いことを言うな!善逸、そのままでもいいから話を聞いてくれ」

「なぁ、炭治郎」

「ッ、なんだ?」

 

炭治郎から焦ったような音が聞こえる。もしかして名前呼んじゃまずかったのかな。けれど今はそれよりもずっと聞きたかったことを聞く方が俺にとっては優先順位は高かった。

 

「炭治郎はどうして敵やってるの?」

「それは…」

 

彼の中で焦る音に困ったような音が混じり始めた。俺が困らせてしまっている。だけど、これだけはどうしても確認しておきたかった。俺がこの疑問を持つのは、何も不思議なことではないと思う。

だってあの炭治郎だよ?

どこまでも誠実で、頑固で、嘘がつけなくて真っ直ぐで優しい炭治郎。

そんな彼にとって、奪い合って貶め合う敵側など、息を吸うのが苦しいぐらい居心地が悪いだろう。

そうまでして彼が敵側に所属する理由は、知っておきたかった。

俺は炭治郎を信じてる。

だからこそ、彼の口から直接聞きたい。

 

これにはのっぴきならない事情があったのだと。

 

けれど、炭治郎から発せられた言葉は俺の期待していたものではなかった。

 

「…すまない善逸。今はそれを説明している時間はないんだ。だからとにかく先に俺の話を聞いてくれ」

 

決っして俺を顧みない言い方をされたわけじゃない。

だけど、なんで教えてくれないの。

 

そのとき俺はふと思った。

俺は何か根本的な勘違いをしていたのかもしれない、と。

再会した日からずっと彼のことを案じていた。

何か辛いことがあるんじゃないか、相談できる相手がいないんじゃないかって。

だから、俺なら力になれると思った。

炭治郎に、俺の言葉はちゃんと届くから、きっと俺にも彼のためにできることがあるんだと、だって俺と炭治郎は友達だから。

けれど、それは俺のただの思い上がりだったんだ。

前世で彼らを置いて逝ってしまった時点で、俺たちの世界はとっくに分かたれてしまった。

もう俺の言葉が炭治郎に届くことはないのかもしれない。

それでも俺は、この湧き上がってくる感情を目の前の彼にぶつけることをやめられなかった。

 

俺は前に立つ焦凍の手をソッと退けて彼の前に出た。焦凍は焦って俺を止めようとしたが、それを気にする余裕も今の俺にはなかった。

 

「善逸!そいつに近づくな!」

 

焦凍の制止を振り切って、俺は炭治郎の前まで歩み寄る。炭治郎の音は、俺の中で鳴っている感情の音がひっきりなしに鳴っているせいで、よく聞こえなかった。

 

「炭治郎や伊之助と会いたくて、ずっと探してた!炭治郎が敵側にいるって知ったときもきっと何か事情があるんだって、それならお前の助けになりたいって思ったよ。俺の中では、今でも炭治郎は一等大切な友達だからな!!でも、お前は俺と会うといつも困ったような音ばかりだ」

「善逸、それは…!」

「お前の音は昔から変わらないよ、聞いているだけで安心できる、炭治郎の音だ。同じはずなのに炭治郎の考えてること、俺にはもう全然わかんないよっ!どうしてッ、どうして知らない人なんて言うの?俺が置いて逝ったから?今でも友達っていうのは違うの?炭治郎の中で、俺はもうただの他人なの…ッ?」

 

俺の言葉を聞き終えると、炭治郎は間髪入れずにすぐに言葉を発した。

 

「それは違うぞ善逸!今でも善逸は俺の友人だ!再会できたこともとても嬉しく思っている。ただ、間が悪かっただけなんだ…」

 

言葉にしたことで少し小さくなった音の隙間を通るようにして、炭治郎の音に耳を澄ます。

嘘の音はしない。だけど、ただただ苦しそうな音がする。その音を聞いていると、俺まで苦しくなってくる。さっきまで熱かった胸のうちが、スーッと冷えていくように感じた。

そして俺はダムが決壊するように、ボロボロと涙を流した。

それを見て、焦凍が怒ったような音を鳴らして炭治郎を睨んでいる。焦凍は俺たちの話は半分もわからなかったと思うのに、俺を思って懸命に怒ってくれているんだ。

 

「善逸…。そんな辛そうな匂いを漂わせながら泣かないでくれ。お前はギャーギャー泣き叫んでいるくらいがちょうどいいんだ。俺はそんな風に善逸を悲しませたいわけじゃない。善逸には、幸せそうに笑って、満たされながら天寿をまっとうしてほしいんだ。ただそれだけなんだ。また、あんなことが起こってしまったらと思うだけで、俺は気が狂いそうになる…」

「炭治郎…」

 

炭治郎の言うあんなことというのは、きっと俺が無惨戦で死んでしまったことだろう。俺はそのあと炭治郎たちがなにを思い、どのように過ごしたのかを知らない。

そこには、俺の知らない炭治郎たちがいるんだろうか。

これはその結果、生まれてしまったすれ違いなのか。

 

「炭治郎、あのさ」

 

俺たち一度話し合うべきだと思うんだ。

そう言い終える前に広場の方から不穏な音がした。

遠くからでもわかるくらい、やばい音だ。

炭治郎も察知したようで、広場を聞き迫る顔で見つめている。

もしかして、これがオールマイトを倒す算段なのか…?

だとしたら、広場で敵を引きつけている相澤先生が危ない。

俺は足に力を込めて駆け出す。けれどそれを炭治郎がガッと俺の肩を掴み止めた。

 

「離して炭治郎」

「だめだ善逸!あれはもう人間の原型を保っていない、オールマイトを倒すために改造されたものなんだ!その強靭な肉体はオールマイトの攻撃にすら耐えうるほどに頑丈だ。だから、たとえ速さで翻弄しても…」

 

速さ重視の俺では分が悪い、炭治郎はそう言っているんだ。

炭治郎の言っていることはきっと正しい。

雷の呼吸は一撃必殺の抜刀術だ。だから、それで倒せない敵への対応性は低い。特に壱ノ型にはそれが顕著に表れている。俺の生み出した漆ノ型も体への負担が大きいから多用はできない。明らかに俺の得意戦法からはかけ離れている。

けれど、そんことは助けに行かない理由にはならない。

 

「それでも俺は行くよ、炭治郎。行かなきゃいけないんだ」

「善逸ッ」

 

俺は呼吸を使いながら足を踏み出し、炭治郎を振り切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

広場に着くと、そこにはムキムキの気持ち悪い奴に地面に押しつけられている相澤先生がいた。ムキムキの敵からは切って貼り合わせたような、つぎはぎでグチャグチャの音がしている。ずっと聞いていると吐き気を催してきそうだ。

とりあえず相手の腕を斬り落とすくらいの気概で、先生の救出に踏み出す。

 

シィィィィィ。

 

『雷ノ呼吸 壱ノ型 霹靂一閃』

 

ドォン!!

 

俺の攻撃は相澤先生を掴んでいる敵の腕に直撃だった。

だけど、敵の腕はびくともしない。

 

「硬…っ!こっちの腕がビリビリしてくるわ!」

「善逸!真っ向から攻撃しても駄目だ!刀で斬り落とせる強度じゃない!!」

 

俺を追いかけてきていた炭治郎たちが追いついたようで、俺に助言する。

このやり方では一撃も与えられない。

ならば、今優先すべきことは相澤先生を敵の手から助け出すことだ。

俺は一度後退して、今度は地面に向かって霹靂一閃を八連撃で繰り出した。

敵の足場が崩れ、バランスを崩したことで緩んだ腕から、相澤先生を奪取する。

そして地面の倒壊の及んでいない場所にソッと彼を下ろした。

それをやったことで、敵の標的が完全に俺に移ったのか、敵の腕が俺目掛けて迫ってくる。

俺はそれをなんとか避けたが、距離を詰められながら何度も殴りかかられ、ついに右足を掴まれてしまった。

 

「ッィ!!」

「善逸!!」

 

俺の名前を呼んだのは、炭治郎か焦凍かよくわからなかった。

敵はすごい握力で、骨から嫌な音が鳴っている。

このまま足粉砕されるんじゃないかと思っていると、急速な三半規管の揺れを感じた。

敵に投げ飛ばされたと少しして理解した。

俺は勢いのままにろくに受け身も取れず、壁に激突した瞬間意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

焦凍視点

 

善逸が一人で広場へと駆けて行った。

俺とともに取り残された敵は呆然としている。こいつと善逸の会話、正直全然わからなかった。

俺は善逸とそれなりに長い時間を過ごし、なんならあいつの家族よりもあいつのことは理解してやれるという自負があった。

けど目の前の敵はその上をいくというのか。

二人が話しているとき、近くにいるはずなのにそこにフィルターが挟んであるように感じた。

善逸が違う世界にいるようでゾッとした。

この今湧き上がってくる感情は恐怖か、悔しさか、よくわかんねぇ。

だからこそ、俺は知りてぇ。

俺の知らない善逸のこと、もっと知りてぇんだ。

 

「お前、善逸の何なんだ」

 

俺は目の前の敵に問いを投げかけた。

敵は俺に視線だけ寄越して、「そういう君はどうなんだ?」と聞き返した。さっきまでの異様な雰囲気はなりを潜め、今はなんだか落ち込んでいるような雰囲気だ。

 

「俺は、…あいつの友達だ」

「俺もそのつもりだ」

 

俺の言葉に賛同するように敵は答えた。こいつは敵だが、善逸に悪意があるようには見えなかった。ここはこいつと争うよりも善逸を追いかけた方が良さそうだ。

 

「俺は善逸を追いかける。向こうにいる敵、相当ヤベェんだろ」

「あぁ、俺も行く。善逸は…絶対に死なせない」

 

その言葉に、目の前のこいつの覚悟が垣間見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

広場に着くと、すでに善逸は敵に斬りかかっていた。けど善逸の剣技を持ってしても、敵はビクともしねぇ。

善逸はなんとか足場を壊すことで相澤先生を救出したが、その後の敵の攻撃をくらってしまった。

 

「善逸!!」

 

俺は善逸の飛ばされた方向へ弾かれたように駆け出し、壁に背中を強打した善逸を支え起こした。

外傷自体は目立ったところはねぇが、すごい勢いで体をぶつけていた。もしかしたら内臓の方に衝撃がいっちまってるかもしれねぇ。それに意識もない。

それでもなお筋肉質の敵は善逸に襲いかかってきた。

俺はそれを氷で防いだが、すごい力で氷壁を殴りつけられている。

これじゃ長くもたねぇ。

何か、策を興じなければ。

必死に脳を回転させていると、不意に氷壁を叩く音は止んだ。

何が起こったのか確認するために前を向くと、敵の両腕が宙を舞っていた。

 

「ッ何が起こって…!?」

 

それだけじゃなくて、気づくと俺の腕が支えていたはずの善逸の体もなくなっていた。

その件の善逸は敵の前に立って刀を振り上げている。

それを見た瞬間、敵の両腕を斬ったのが善逸であることを理解した。

けれど、善逸は意識を失っていたはずだ。

あの一瞬でなんでそんなことができんだ。

 

「何が起こってんだ…」

「善逸が意識を失ったんだ」

 

狐の面の敵が俺の元へ来て言った。意識を失っていたのは知ってる、だが今は立って敵に向かって剣を振るってるじゃねぇか。俺は疑問をぶつけるように狐の面の敵を見た。

 

「善逸は至極特殊な戦い方をする剣士だ。彼には常人離れした聴覚がある。それは寝ている間にされた会話さえも聞き取ってしまう程だ。その結果、善逸の本来の力は、意識のない無意識下の状態のときにこそ発揮されるんだ」

「そんな話、善逸から聞いたことねぇぞ」

「それはそうだろう。だって善逸の中に、この状態のときの記憶は何一つ残らないからな」

 

俺の疑惑の声に、敵は間髪入れずに答えた。

記憶に残らない、それじゃ知らない間に状況が変わっていたり、大切なことが終わっていたりすることがあるってことじゃねぇのか。それは本人からすれば相当な恐怖なんじゃねぇか。そんなの、並の人間じゃ耐えらんねぇ。

今の善逸からは、研ぎ澄まされた剣豪のような気配がした。それは普段の善逸とは似ているようで、かけ離れている雰囲気だ。

善逸が全然知らねぇ奴になっちまったみたいで、背中にゾクッとしたものが通った。

その間にも戦況は動いていて、斬られた両腕を敵は素早く再生し、善逸に攻撃を仕掛けていたが、善逸はそれを全て避けて今度は相手の首目掛けて剣を振るった。

 

「まずい!首はあの敵の中で最も硬い部位なんだ!!そこに刀を振るえばいくら善逸でも…!」

 

隣で狐の面の敵が焦ったように言った。

刹那。

ボキンッ。

鈍い音が辺りに鳴り響いた。

善逸の持っている刀身の先がなくなっている。

敵の首をとらえた刃は、いとも簡単に折れていた。

武器を失った善逸に、強靭な腕が迫る。

 

「善逸ーーーーーっ!!!!!」

 

響き渡る慟哭を聞きながら、俺は圧倒的な狂気を前に、ただ立ち尽くしていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我妻善逸(緑谷善逸)

出久くんの義理の弟

個性:鬼化

基本戦闘スタイル:雷の呼吸

 

鬼化の個性は身体能力、回復力を飛躍的に上昇させるかなり汎用性も高く、強個性。鬼滅時空の鬼のように藤の花の毒が苦手だったり、日光が苦手だったりはない。ただ、使いすぎると暴走して食人衝動に襲われる。トラウマは雷。

 

 

轟焦凍

 

幼少期に善逸に救われてから、善逸に対してかなり好意高め。原作とは違い、すでに左側の個性も使うし、表情も多少穏やか。いつも隠し事ばかりの善逸の助けになりたいと思っているが、中々うまくいかずにもどかしく思っている。せめて善逸の心を少しでも癒すことができたならいいと思っている。

今回善逸の秘密を一つ知ってしまった。

 

 

 

緑谷出久

 

善逸のことはちゃんと家族で兄弟だと思ってる。雨の日の一件以来落ち込んでいる善逸を気にかけている、無謀だけど優しいお兄ちゃん。

 

 

 

竈門炭治郎

 

今世でも賑やかな六人兄弟の長男

個性:??

基本戦闘スタイル:??

 

前世で善逸が目の前で死んだことはかなりショックだった。なまじ失うことの多い人生を歩んで来たため、仲間が傷つくことがトラウマとなっている。現在義勇さんの創設した事務所にインターン生として所属しており、敵連合の潜入任務中。潜入任務では顔を隠しており、極力個人情報も伏せているため離脱はわりかししやすい状況。

 

 

 

 

 

 

 

 

嘴平伊之助

 

全力で周りを振り回す末っ子気質兼、親分

個性??

基本戦闘スタイル??

 

前世での善逸の死はショックではあったが、自然の摂理というものを大切にしている彼は炭治郎ほど引きずってはいない。それでも今世ではばっちり守りきるつもり。

なんていったって俺様は親分だからな!!

 




次回の更新は1月27日18時を予定しておりますので、読んでいただけると嬉しいです!


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リアリティ(前編)

最初は炭治郎視点からです。


あれはとある昼下がり頃のことだったような気がする。

詰め込まれた任務に奔走する日々に、たまの休暇が偶然善逸と同じ日だったため、俺は善逸と共に甘味処巡りをした。その巡った店の一つでお土産として買った団子を頬張りながら、俺と善逸は二人肩を並べて縁側に座った。

これと言った話題もなく、団子も食べ終わり、やることもない。空を眺めて雲の数でも数えていると、おもむろに善逸が言葉を発した。

 

「なぁ、炭治郎。鬼との戦いが終わって今より平和な世界になったらさ、炭治郎は何をしたい?」

 

藪から棒に投げかけられた質問に、俺はキョトンとして善逸に目を向けた。質問の真意を聞きたかったが、善逸はただジッと見つめるだけだった。

俺は質問の答えを自分なりに探したがそのときは皆目見当もつかなかった。だから俺は「善逸はどうなんだ?」と聞き返した。

 

「俺??俺はやっぱり禰豆子ちゃんと結婚かなぁ!あんな可愛い子と毎日一緒にいられたら…、ウィッヒヒ!」

「禰豆子は嫁にやらん!」

 

頬を目一杯緩ませ、奇妙な笑い声を発しながら言った善逸に、俺はムン!と断固拒否した。

それから善逸が食い下がり、俺が拒否するといった応酬がしばらく続き、結局その質問は曖昧になっていってしまった。

善逸が何故突然そのようなことを言い出したのかはよくわからなかったけれど、俺はその日から数日後に自分なりの答えをしっかりと考えてみた。

その末に、

何がしたいかはまだわからないけれど、戦いの終わった世界で誰一人欠けることなく皆と過ごしていければいいな、ということで俺の考えはまとまった。

 

 

鬼のいなくなった世界で、その世界を思い描いていた彼はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辺りに鈍い音が鳴り響き、一本の刀身が宙を舞う。

善逸の刀が折れた。

その瞬間、俺は動くことができなかった。

無慈悲なまでの圧倒的な物理の力。

対オールマイト用の敵が強いことはわかっていたけれど、一度も刀を折ったことのない善逸ならばもしかしたら、と心のどこかで俺は思っていたんだ。

そんなはずがないのに。

だって対オールマイト用の敵は斬って終わりの鬼じゃない、善逸の持っている刀は岩や鬼の首が斬れる日輪刀じゃない。

思えば当然のことじゃないか。

俺の中で後悔が渦巻く。

その間にも時間が止まることなく強靭な腕が善逸に迫る。

それは折れた刀身では到底防げないものだ。

腕が善逸に触れたその時、その腕がかつての善逸の腹を貫いた無惨の腕と重なった。

善逸を絶命させた、あの腕と。

 

間に合わなかった。

彼を死なせてしまった。

また間に合わないのか?

また善逸を喪ってしまうのか?

 

そんなのは嫌だ!!!!!!

 

そんな世界、燃えて灰になってしまえばいい!!

 

俺の思いに呼応するように、全身の血管がドクドクと主張を始める。

瞬間、俺の中で煮えたぎるような言葉にできない感情が轟いて、体内の血流を加速させていくのを感じた。

 

「ぁああああああッ!!!!!!」

 

俺は劈くような咆哮をして敵目掛けて駆け出した。

体が燃えるように熱い。血が温度を増して体内を循環し、酸素を巡らせている。

けれど今はそんなことはどうでもいい。

この熱も、感情も、全てを刃に乗せてしまえ。俺自身を燃やし尽くしてでも、敵を倒す。

 

『ヒノカミ神楽 円舞』

 

俺は辺りを焼き払うかのように刀を振り下ろした。

しかし、俺の刀が敵に当たる前に別の方向から攻撃が入り、敵の腕を切断した。俺の知っている技だった。

その攻撃を見て、俺は咄嗟に攻撃の方向を変えて敵の足を斬り落とす。

そして突然横槍を入れた人物、伊之助をキッと睨んだ。

 

「伊之助!!いきなり入ってきたら危ないじゃないか!!!」

 

俺の抗議の言葉に、彼は激昂している俺よりも幾分か落ち着いた声を発した。

 

「危ねぇのはお前の暴走寸前の『個性』だ。このままじゃお前の全身の血が蒸発するだろーが!」

 

伊之助の言葉を聞いて俺はようやく自分が冷静じゃないことに気がついた。

伊之助の言う通りだ、俺の個性をこのまま使い続けていたら危なかった。

俺の個性、「爆血」は自身の血液の付着している部分を燃やすことのできる個性だ。俺はこの個性鍛錬する中で細かい温度調節を身につけ、体内の血液の温度を上げることで、前世の痣出現時と同等の力を寿命という代償なしで引き出せるようになった。

ただこの有用性の高い個性はそれ相応の危険も伴う。

まずさっきの体内の温度を上げるのは、温度調節を誤れば伊之助の言った通り全身の血が蒸発して俺は死ぬ。

普段使いの個性の場合も、俺の血液の付着した部分に限るため、俺が出血することが前提だ。貧血になるから多用はできない。

俺は今の状況で何をすべきか把握するために、サッと辺りを見渡した。

善逸は完全に気を失っているのか、善逸の知り合いらしき赤髪と白髪で半分に分けられている少年に抱き抱えられていた。そこは敵からも遠く、迫った危険はない。

俺はホッと胸を撫で下ろした。

対オールマイト用の敵を倒すことは難しいけれど、俺と伊之助が共闘すれば時間稼ぎぐらいにはなるはずだ。

俺はそれを目で伊之助に訴えかける。長年共に過ごしたことで、ある程度言葉にしなくともお互いのことを熟知できるようになった彼は、上手く俺の考えを汲み取ってくれたようで型を使える構えをとった。

 

「おい、何のつもりだヒノカミ、山の王」

 

不意に仮の(ヴィラン)ネームを呼ばれて、そちらを見やると、そこには敵連合の主犯格の一人、死柄木弔が怒り狂ったような匂いを発していた。

それを見て、俺は潜入任務の途中だったことを思い出してハッとした。

だが今更誤魔化しは利かない。俺も伊之助も思い切り対オールマイト用兵器、脳無に攻撃してしまっている。俺は開き直って堂々とヒーロー側に味方することにした。

 

「俺は竈門炭治郎!水柱ヒーロー事務所所属のインターン生だ!」

「同じく俺様は嘴平伊之助!子分の落とし前、親分のこの俺が付けさせてもらうぜぇ!!」

 

俺に呼応するように伊之助も言った。俺たちがヒーロー側だと宣言すれば、周りの生徒たちの不安も少しは払拭できるだろうし、善逸を助けに入ったことで善逸との関係を敵側に訝しがられる可能性も減る。

 

「インターン生…?てことは僕たちと同じヒーロー候補生!?」

 

緑がかった髪と、そばかすが特徴の少年が驚いた声を上げた。彼から発せられる匂いも赤髪と白髪の少年と同様、善逸の匂いが強い。彼がこの世界でも人間関係を繋いでいっているということが、彼がここで生きてきた証明のようでなんだか嬉しかった。

 

「やるぞ伊之助!生徒たちを守るんだ!」

「俺も今言おうと思ってたところだ!」

 

いざ行かん、と二人で駆け出したその時だった。

 

バァン!!

 

大きな音と共に、この施設の出入り口となっていた扉が開いた。

そこには今年雄英高校の教師となったことで最近のニュースを騒がせていたNo.1ヒーロー、オールマイトがいた。

その表情は、時折テレビで見るような快活な笑顔ではなく、苦虫を噛み潰したような顔だった。

滲み出るような強者の匂いと、怒りの匂いを漂わせて、彼は言葉を発した。

 

「もう大丈夫、私が来たッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこからは敵とオールマイトによる熾烈な戦いとなり、俺と伊之助ではたまに斬撃を与える援護位しかできることはなかった。

この世界のプロヒーローというものの偉大さを改めて実感した。

時間が経つと他のヒーローたちも続々とやって来て、その応援にやって来たヒーローたちの中には俺たちの雇用者である義勇さんもいた。

 

「義勇さん!」

「半々羽織り!」

「炭治郎、嘴平、よくやった。後は任せろ」

 

義勇さんは短いながらも頼もしい言葉を残して前線へと合流していった。敵たちはヒーローたちに任せて俺たちは生徒達の避難誘導に勤しむことにした。

といっても逃げ遅れた生徒たちも義勇さんの個性、「水流」によってこちらに流されてきたので、俺たちのしたことはせいぜい近くの生徒への呼びかけくらいだったけれど。

義勇さんの個性の「水流」は水を発生させ、その水を自在に操ることができる個性だ。それを刀に纏わせ、水の呼吸の威力をあげたり、さっきのように津波のようにして人や物を流したりもできる。自身の得意の陣形を作りやすい、攻守に長けた個性だ。

そして戦勢は一気にヒーロー側が優勢となり、そのまま敵連合は撤退していった。

敵を圧倒するその強さは、かつての鬼殺隊の柱のようで、俺と伊之助は「もっと強くならないとな」「そうだな」と言葉をこぼした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

微睡みを抜けて意識が浮上すると、頭がボーっとする中で聴覚が音を捉えた。思考がある程度はっきりしてくると、それが会話であることに気付く。

 

「それにしても君たち二人はあのヒーロー水柱のサイドキックだったなんて!」

「いや、まだ俺たちはインターンとして仮所属してるだけで、正式雇用は学校を卒業後だよ」

「それでもすごいよ!!だってあの本人の徹底したメディア嫌いでほとんど情報はないにも関わらず、その実力はヒーローランキング上位層にも匹敵すると言われているあの水柱だよ!!」

 

俺はテレビはあまり見なかったので、ヒーローのことにはあまり詳しくないが、水柱という言葉に聞き覚えがあり声の発生源を見ると、そこには面を外して素顔を見せている炭治郎と伊之助と出久がいた。

 

「え…、炭治郎?伊之助?なんで??」

「あ!起きたのか、善逸!」

 

全く状況が掴めないまま、とりあえず横になっている体を起こす俺の元に、嬉しそうな音を立てて炭治郎が寄ってくる。

なんで炭治郎たちがここにいるのかと考える前に、意識を失うまでの記憶を辿る。

救助訓練の途中で敵の襲撃を受け、皆が散り散りに散らされた。その後焦凍と炭治郎と合流して、その二人が戦っているところの間に入って止めたんだ。それから炭治郎と口論になって、そこで恐ろしい音が聞こえてそっちに向かうと相澤先生が瀕死で、そこにはムキムキの敵がいて、それで…。

そこからの記憶が曖昧だ。俺はまた戦闘中に気を失ったのだろうか。

最近なかったのに、また一人だけ何も出来なかった。

相澤先生のピンチにも生徒たちの危険にも、俺は何も出来なかったんだ。

そのとき不意に、もしも俺に個性が扱えていれば、と思ってしまった。

鬼化の個性、攻撃特化型の個性、忌まわしい個性。

だけどその力があれば、皆を救えたのではないか?と思ってしまった。そこまで考えた後に、俺はすぐに頭を左右に振ってその考えを振り払った。

俺の力不足は俺の努力不足だ、そこに他の理由をつけちゃ駄目だ。俺はこれからも努力して今度こそ皆の役に立たないといけない。

 

「相澤先生や皆はどうなったの?」

 

俺は自分の不甲斐無さに歯がみしそうになったが、まずは現状確認をすることにした。その俺の問いに出久が答えてくれる。

 

「相澤先生も13号先生も命に別状はないって、それにクラスの皆も軽傷だよ」

「そっか、よかった…」

 

俺はとりあえず皆が無事だったことに安堵した。それから俺が覚えていないときの出来事を出久からあらまし聞いた。あの後オールマイトが来て、対オールマイト用の敵と苛烈な戦いになり、炭治郎や伊之助と共にその場にいた生徒たちは援助に回ったらしい。そして他のヒーローたちも続々救援に来て、敵連合を退けたようだ。

やっと状況が頭に追いつき始めた頃、状況説明の間何も言葉を発さなかった炭治郎が急に俺の体を強く抱きしめた。

 

「たっ、炭治郎…?どうしたのいきなり」

「良かった…、本当に無事で良かった善逸…ッ!俺はまた善逸を失ってしまうんじゃないかって怖かったんだ。もう二度とあんな無茶はしないでくれ…ッ」

 

無茶というのが一体なんのことなのか思い浮かばなかったけど、炭治郎が顔を押しつけている俺の肩が濡れていることに気づいた。

炭治郎が泣いている。

いつもの長男の気概さをかなぐり捨てて、迷子の子供のような音を発して俺に縋り付く炭治郎を見たら、もう謝罪の言葉しか俺は紡げなかった。

 

「ごめん、炭治郎…」

 

その言葉を炭治郎がどのように受け取ったのかはわからなかったけれど、彼は俺を抱きしめる力をより強めた。ここまで傍観に徹していた伊之助も「この弱味噌が」といきなり俺を貶した。

俺は突然の罵倒に苦言の一つでも言ってやろうかと思ったけれど、なんで炭治郎と伊之助がここに居るんだという最初の疑問にたどり着いたため、それを聞いた。

 

「あぁ、俺たちは敵じゃないからな」

「えぇ!?」

「俺と伊之助は義勇さんのヒーロー事務所に仮所属しているインターン生だ。そこの任務の一環で敵連合に侵入調査していた」

 

聞いたところによると、炭治郎と伊之助はヒーロー科に通う高校一年生で、昔の縁と実力を認められたこともあり、インターン生としてヒーローネーム水柱こと冨岡義勇によってつくられた水柱ヒーロー事務所に仮所属しているらしい。すでにヒーロー仮免許も取得していて、ヒーロー活動も許されている立場だとか。俺はいろいろとツッコミたいところがあったが、とりあえずこれだけは聞かなくてはいけないと思ったことを聞いた。

 

「家族は?炭治郎たちの家族は無事なの?」

 

俺が炭治郎たちが敵側についてるとしたら家族が関係していると踏んでいたが、そもそも前提が違うのだから大丈夫だとは思うけれど、聞かずにはいられなかった。

 

「あぁ、皆元気に過ごしているぞ。一家でパン屋を営んでいてな、味は保証するからぜひ今度買いにいってやっくれ!禰豆子にも記憶はないが、良ければ会ってやってほしい。伊之助も山で育っていたところを保護されて、今はひささんのところでお世話になっている」

 

俺は炭治郎の言った言葉に嬉しいやら、安心やらの気持ちが混じりあって消化しきれず、その体の内を蠢く感情が涙となって俺の両目から溢れ出した。

 

「〜〜〜〜〜うぅッ、よかったよぉたんじろ〜〜〜〜!!!俺っ、炭治郎たちが、辛い思いしてるんじゃッないかって、本当に心配で…ッ!」

 

炭治郎は朗らかな音を鳴らして俺の頬を伝う涙を拭ってくれる。そこにはさっきの迷子の子供のような炭治郎はもういなくて、いつものように長男感溢れる彼だった。

 

「やっぱり善逸は汚く泣き喚いているのが似合っているな!」

「言い方酷いだろ!!」

 

そしてたまに純粋無垢な目で酷いことを言うが、そこに全く悪意がないから憎めないんだよな。

なんだかいつも通りの雰囲気に、思わず笑いがこみ上げてくる。

 

「俺も混ぜろ子分どもー!」

 

俺たちが笑い合っているのを見て寂しくなってきたのか、伊之助がすごい勢いでこちらに走ってきて乱入する。

その勢いは世界を隔てる壁さえ破壊できそうだ。

俺の感じていた俺たちを分かつ壁も、伊之助の猪突猛進には勝てっこないよね。

 

「伊之助!善逸は怪我をしているんだ、そんなに勢いを付けたら…、あぁ!」

「い…!?ちょっ、重いんだけど猪頭!」

「ガハハハハ!!山の王の降臨だー!!」

 

だから何度世界が変わっても、ちゃんと俺の知ってる炭治郎と伊之助のままだ。

 

 




次回の更新は1月28日18時を予定しておりますので、読んでいただけると嬉しいです!


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リアリティ(後編)

今回他サイトでの折り合いの都合で少し短くなってしまいました。


ヒーローたちがきて、敵連合は撤退していった。

そのあと善逸の知り合いらしき奴らは身元調査のために雄英高校の校長室へと連れていかれた。

俺は他の生徒達と共に教室に戻って、保険室で休んでいる善逸の分の荷物もまとめて保険室へ立ち寄った。

そこには既に身元調査が終わったのか、善逸の知り合いらしき二人と善逸の兄貴がいた。

善逸の知り合いの俺と対峙した方の奴に「君も一緒に善逸が起きるのを待たないか?」と聞かれたが、俺は善逸の荷物だけを置いてその場から立ち去った。

 

俺はこれ以上俺の知らねぇ善逸を見るのが怖かった。

 

敵連合と行動を共にしている奴らと知人のように話すあいつ、対オールマイト用の敵に意識を失くした状態で果敢に挑むあいつ、どれも俺の知らねぇ善逸だった。

俺の知っている善逸は本当に上面でしかないことに、今日気づかされた。

それに気づいて俺の知ってる善逸がどんどん遠くに行っちまうような気がした。

俺の中で、善逸は出会ったあの日からヒーローだった。

けれど、その本人は俺に自分の抱えている悩みや、気持ちは何一つ教えてはくれねぇ。

別に善逸が何者であったとしても関係ねぇんだ。俺にとってはいつまでも善逸はヒーローだからな。

けれど善逸の中での俺が、ただの知り合い程度じゃ我慢ならねぇよ。

なぁ善逸、

 

「お前にとって俺は、一体なんなんだ?」

 

俺の声は放課後の夕日が照らす静かな廊下に木霊して、返事がかえることなく消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝学校に着くと、教室内での会話は昨日の話題で持ちきりだった。

それがなんだか日常に戻ってきたって感じを強く抱かせた。俺は先日先に帰ってしまった焦凍を見つけて声をかけた。

 

「おはよう、焦凍。焦凍は怪我とか大丈夫だった?」

「あぁ、俺はなんともねぇよ」

 

表面上はいつも通りだったが、その心中で鳴っている音は複雑そうで、そういえば俺は焦凍の制止の声を振り切って炭治郎の元へ向かったんだったと思いだした。それを謝ると、彼はより一層複雑な音になって「気にするな」とぽつりとこぼすように返した。

それが追求を嫌がっているように感じたので、会話はそこで終了して俺は席についた。

時計の秒針が8時24分を指すと、飯田くんが皆に席に着くよう呼びかけたけれど、その時席に着いていないのは彼だけだった。

飯田くんは真面目なのはわかるけど、時々ズレてるんだよな。

 

「おはよう」

 

ガラっと教室の扉が開いて、一人の男性が姿を現した。しかしその姿は包帯でグルグル巻きにされていて、俺は思わず叫んだ。

 

「いぃぃぃやぁぁぁぁ!!!!ミイラ男ーーーっ!!!」

「緑谷弟静かにしろ」

 

その俺の叫びに周りの皆はビクッと一瞬肩を震わせて驚いていた。それを見かねたミイラ男に咎められて、やっと彼がこのクラスの担任の相澤先生であることに気がついた。

 

「俺の安否はどうでもいい。何よりまだ、戦いは終わってねぇ」

 

戦いという言葉にクラスの皆の空気がピリッとしたが、先生の次の言葉でそれは霧散して、興奮へと変わった。

 

「雄英体育祭が迫ってる」

「「「くそ学校っぽいのきたー!!!」」」

 

雄英体育祭といえば、数多くのプロヒーローたちもスカウト目的で観覧するという、この雄英高校に在籍している生徒たちからすると一年に一度の一大イベントだ。

しかし、そこで当然の疑問が浮上する。

 

「敵に侵入されたばっかなのに、体育祭なんかやって大丈夫なんですか?」

「また襲撃されたりしたら…」

 

その生徒達の不安に対する返答に、相澤先生は体育祭を開催する理由と、変更点などを述べた。雄英高校側も今回の事件をふまえて、その対処法を考えているらしい。それに対して、生徒たちはまだ完全に不安を取り除けてはいないものの、各々が体育祭を前向きに考え始めていた。

初めて敵という狂気を間近に見たというのに、この切り換えの早さは流石だな、と俺は感心した。

 

「ホームルームは以上だ。それと緑谷弟、後で職員室にこい」

「え…?あ、はい」

 

いきなりの呼び出しに驚いたが、よくよく考えれば俺は前の敵襲撃事件で一人相澤先生の元へ飛び出したり、いろいろやらかしているためそれについての話かな、と見当をつける。

出久に大丈夫?と心配されたへけれど、俺はヘラリと笑ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後になって、俺は職員室を訪ねた。ホームルーム以降も焦凍は表面上いつも通りだったから俺もいつも通りに接することにした。だから焦凍は今日も先生との話が終わるまで教室で待っていてくれている。

出来る限り早く戻ろうと思って俺は足を速めて相澤先生の元へ向かった。

 

「来たか。早速だが、敵と対峙してどう思った?」

「どう、とは?」

 

質問の意図がわからず、俺は聞き返した。俺の反応に彼は合理的じゃないと感じたのか、眉間の皺を少し深めて言った。

 

「個性が扱えていれば、と思わなかったか」

「!!」

 

核心をつく言葉に俺は目を見開いた。

確かに俺は思った。前からわかっていたことだ。けれどそれは俺の努力不足だと納得して、いや誤魔化して考えないようにしていた。

 

「今回の一件で断言できる。今のお前じゃ、万人を救えるヒーローにはなれない。個性を使わずして犠牲が出たとき、お前は必ず後悔する」

 

相澤先生から突きつけられる現実、それは俺が心の何処かでずっと引っかかっていたものと合致している。

もし今回のように、俺が個性を使わないことで、俺が持っている力を行使しないことで、俺のせいで誰かが傷ついてしまったら。

それを考えたことは何度もある。使うべきじゃない力だと思うと同時に、使わないと救えない命があるんじゃないかと、この学校で学ぶ間に思い始めていた。

けれど、俺の体に絡みついた前世の業というものは、そう簡単に切れるようなものではなく、俺を掴んで離さない。

()()()()()()あの日から、ずっと俺に絡みついている業の蔦、硬くて太くてトゲがあるそれは、どんどん俺の体に食い込んで心をズタズタにしていく。

これがお前の罪だ、これがお前の怠慢の結末だ、と突きつける。

俺にその蔦を断ち切る権利は、ない。

 

「俺は…個性を使いません」

「…お前は何かに囚われて雁字搦めになっているように感じる。そんなにそれはお前にとってそれほど大事なものなのか?まぁいい、お前がそのつもりなら此方もやり方を変える」

 

相澤先生が決意したような音を鳴らして俺の目を見た。包帯だらけの中からひっそり窺えるその眼光は義勇の心を宿している、ヒーローの目だった。

 

「今後も個性を使わないつもりならば、次の体育祭で結果を残せ。総合結果3位以内に入り表彰台に上がること、それがお前の有用性を示す条件だ。それを為せたなら、お前のやり方を認めよう。

しかし為せなかったら、

そのときはお前を除籍処分とする」

 

波乱の体育祭が、もうすぐそこまで迫っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

簡易な設定

 

 

我妻善逸(緑谷善逸)

出久くんの義理の弟

個性:鬼化

基本戦闘スタイル:雷の呼吸

 

鬼化の個性は身体能力、回復力を飛躍的に上昇させるかなり汎用性も高い、強個性。鬼滅時空の鬼のように藤の花の毒が苦手だったり、日光が苦手だったりはない。ただ、使いすぎると暴走して食人衝動に襲われる。トラウマは雷。意識を失った時にいつも以上の力が発揮される。

 

 

轟焦凍

 

幼少期に善逸に救われてから、善逸に対してかなり好意高め。原作とは違い、すでに左側の個性も使うし、表情も多少穏やか。いつも隠し事ばかりの善逸の助けになりたいと思っているが、中々うまくいかずにもどかしく思っている。せめて善逸の心を少しでも癒すことができたならいいと思っている。

善逸にとって自分という存在はどうなっているのかを疑問に思い始めた。

 

 

 

緑谷出久

 

善逸のことはちゃんと家族で兄弟だと思ってる。雨の日の一件以来落ち込んでいる善逸を気にかけている、無謀だけど優しいお兄ちゃん。伊之助がヒーロー候補生と知った時の反応は納得した感じだった。

 

 

 

竈門炭治郎

 

今世でも賑やかな六人兄弟の長男

個性:爆血

基本戦闘スタイル:ヒノカミ神楽、水の呼吸

 

前世で善逸が目の前で死んだことはかなりショックだった。なまじ失うことの多い人生を歩んで来たため、仲間が傷つくことがトラウマとなっている。現在義勇さんの創設した事務所にインターン生として所属しており、敵連合の潜入任務中。潜入任務では顔を隠しており、極力個人情報も伏せているため離脱はわりかししやすい状況。父が存命のため、花札柄の耳飾りは受け継いでいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

嘴平伊之助

 

全力で周りを振り回す末っ子気質兼、親分

個性:??

基本戦闘スタイル:??

 

前世での善逸の死はショックではあったが、自然の摂理というものを大切にしている彼は炭治郎ほど引きずってはいない。それでも今世ではばっちり守りきるつもり。

なんていったって俺様は親分だからな!!

 

 

 

 

本文内で触れられなかった設定

 

禰豆子には個性を改変するという個性が宿っていて、それを悪用しようとする輩が度々現れます。全く違う系統の個性には変えられなかったり、一日一回しか使用できなかったり、失敗すると対象者が無個性になったりといろいろ制約のある個性だが、それでもそれを悪用したがる敵は山ほどいる。それを見かねた義勇さんの厚意により、禰豆子及び竈門家には毎日プロヒーローが二人護衛として付いているため基本的に安全。

炭治郎の実家竈門ベーカリーはパンを焼く火加減が絶妙で大繁盛してるとか。

伊之助の育て親のひささんは実は元プロヒーローだとか…?

 




次回の更新は1月30日18時を予定しておりますので、読んでいただけると嬉しいです!


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ロード(前編)

体育祭で3位以内に入れなければ除籍処分。

相澤先生にそう告げられてから数日が経った。俺はこの宣告を受けたことは誰にも告げなかった。当日はライバルとなるクラスメイトたちには当然言えないし、俺の雄英高校入学を心の底から喜んでいた母さんにも除籍されるかもしれないとは言えない。

しかし、言葉にできない思いは体に蓄積され、やがては鉛のような重さへと変えていく。

 

俺は自分の部屋で一人、ずっとグルグルと頭の中で考えていた。

 

俺は本当にこのままでいいのか?

 

俺の個性を使わないという決意は前世から来るものだ。

それは今世の雄英の先生、ヒーロー側からすれば理解できない部分が多いだろう。それでも相澤先生は妥協点を探そうとしてくれている。

なのに、俺はただ自分の気持ちばかりを前に押し出して、このまま進んでいくだけでいいのだろうか。

この世には無数の道があって、その道が混じり合うことでこの世界を構成している。

だけど進んでいる道が最初から間違っていないとは限らない。

もし間違いだったのなら、そのズレがやがて軌道修正できないほどに大きくなったとき、俺は。

その日はそこで考えるのをやめた。

 

それでも一度湧いた疑心が頭から離れる事はなく、寝ても覚めても同じようなことを考えるようになり、俺は日に日に気が滅入っていった。

俺がここまで思い悩むのはきっと気づいた時には前世と同じように、今世もかけがえのないものとなってしまっていたからだろう。

どちらも大事だから、どちらも裏切りたくないし、嫌われたくない。

俺は何年生きても、何回生まれ変わっても、臆病な弱味噌だから。

これ以上一人で考えちゃいけない、今の俺ではろくな答えは出せそうもない。

 

そう考えた俺は気分転換も兼ねて、太陽が沈み始めた夕刻の街に足を踏み出した。

 

街はいろんな『音』で溢れている。

雑談に興じている女子高生の楽しそうな音、必死に何度も原稿を読み直しているサラリーマンの緊迫した音、俺と同じように街並みに沿って歩く猫の和やかな音。

それは綺麗で聞き心地の良い物ばかりではないけれど、改めて耳を澄ますと人好きの俺には感慨深いものがある。

荒んだ俺の心が少し落ち着いた頃に、「まだ限定メロンパンあってよかったね!」という嬉しそうな音を鳴らしながら話す親子を見かけた。

パンという単語を聞いて、そういえば先日再会した炭治郎の実家もパン屋だったっけ、と思いだして上を見上げると、「竈門ベーカリー」と書かれた看板が目に入った。

 

「竈門ベーカリーってまさか、ここが炭治郎の実家ぁ!?」

 

その聞き覚えのある看板に思わず二度見する。

家からここまで徒歩で15分くらいだ。

つまり生活圏もだいぶ重なっているはずなのだが。

こんな近くにいて今まで会えなかったとか嘘すぎじゃない??

灯台下暗しとはまさにこのことだぜ。

俺が呆けて扉の前で佇んでいると、不意にカランカランとドアベルを鳴らして扉が開いて、炭治郎が顔を出した。

 

「あれ?来てくれたのか、善逸!そんなところに立ってないで中に入ってくれ!」

「え、あ。お邪魔します?」

 

疑問符を付けながら俺は促されるまま扉を潜った。店内にはイートインスペースもあるようでまばらに客がいる。先程の親子が話していたであろうメロンパンを美味しそうに頬張っている子供や、ショーケースを覗き込む男子高生など、その空間は外とは切り離されたように、ポカポカとした日向のような温かい音で溢れていた。

そしてレジの方に目を向けると、前世で人に戻った姿はついに拝むことが叶わなかった炭治郎の妹、禰豆子ちゃんがいた。

 

「禰豆子ちゃん?」

「お兄ちゃん!伊之助さんのところに行くんじゃなかったの?…あれ、そちらの人は…?」

 

禰豆子ちゃんは俺と炭治郎の姿を視界に入れると、パッチリと開かれた可愛らしい両目を丸くしながら、不思議そうに尋ねた。その問いに対して、炭治郎は扉の前で硬直して動かなくなった俺を少し前に押し出しながら言った。

 

「あぁ、後で行くつもりだ。彼は俺の友人の善逸、扉の前で会ったから中へ通したんだ!」

「そうだったの!初めまして、妹の禰豆子です。兄がいつもお世話になってます」

 

禰豆子ちゃんは炭治郎の言葉を聞くと、パッと表情を明るくしてこちらに駆け寄った。相手をしっかり立てる健気な姿は控えめに言って天使だ。

 

「初めまして。俺は我妻、いや、緑谷善逸。よろしくね、禰豆子ちゃん」

「よろしくお願いします…?」

 

俺が挨拶を返すと、禰豆子ちゃんは何か引っかかることがあるのか、キョトンと小首を傾げた。しばらく言うか言わないか迷っていて少しの沈黙が訪れたが、やがて言うと決心したのか、彼女は口を開いて控えめに声を発した。

 

「あの…、私貴方と何処かで会ったことありますか?」

「!…いや、無いよ。俺と禰豆子ちゃんは初対面だ」

 

一瞬驚いて思考が停止したものの、なんとか彼女の言葉を否定する。

禰豆子ちゃんに記憶がないことは少し寂しいけれど、あんな殺伐とした記憶はこんな優しい女の子が持っているものじゃない。

俺は今彼女が毎日を幸せに過ごしているだけで嬉しくて、今更記憶なんてどうでもいいと思うんだ。

禰豆子ちゃんは完全には納得していないような音だったけれど、「そうですよね。いきなりこんなこと言ってすみません」と言った。

炭治郎は俺を気遣うような音を鳴らしながら俺を見ていた。

そんな腑に落ちない表情を浮かべる兄妹に、俺はニコッと口角を上げて笑うことで先程までの出来事を曖昧にする。

俺の意図を察したのか、炭治郎が話題を変えるように切り出した。

 

「そうだ善逸、渡したいものがあるから奥へ来てくれないか?」

「渡したい物?」

 

ずんずんと店内を通り過ぎて奥の廊下を進んでいく炭治郎の背中を俺は慌てて追いかける。店を抜けるとそこは一般の部屋の作りとそう変わらなく、炭治郎たち家族が生活するスペースとなっているようだ。炭治郎の部屋は2階にあるようで、そのまま階段を上っていく。

 

「なぁ炭治郎。渡したい物ってなんだよ?」

「見ればわかるさ」

 

やけに勿体振った言い方をする彼に、疑問を募らせながら着いた部屋で彼の行動を目で追うと、炭治郎は一つのクローゼットの引き出しから、布に包まれた細長い何かを取り出した。

それを手渡され、纏っている布を丁寧に解いていくと、その本体は姿を現した。

 

「これって…」

「あぁ、これは善逸が前世で使っていた日輪刀だ」

 

それは前世で幾度となく握り、刀身を振り下ろした俺の刀だった。

俺がこれを手放してから優に100年は経過しているというのに、再び手に収まる日が来るとは思っても見なかった。この御時世に刀など、所有も管理も大変だっただろう。

 

「最終決戦での磨耗が酷くて、刃自体は一度取り替えるしかなかったんだが、他の柄や鞘は前の物をそのままにしてある」

 

前世で一度も刀を折らなかった俺だけど、磨耗ばかりはどうしようもない。刀身は結局消耗品だ。使えばその分だけ強度は落ちていく。手入れを怠れば、それは剣士として致命傷になりかねない。

 

「まだ玉鋼が色を染める前なんだ。是非刀を抜いてみてくれ」

 

善逸の刀身が染まる瞬間を見たいと彼はワクワクさせた音を鳴らしながら俺を凝視した。

かく言う俺も刀身が染まる瞬間は見たかったので、二つ返事で頷いて、スーッと鞘から刀を取り出した。

刀身が外に出きると、紙に墨をポチャンと一滴垂らしたように、黒が広がっていき、やがて刃全体を包み込んだ。そして雷を象徴する一閃の黄金が駆け巡ったような模様が染色されて刀は変化を終えた。

 

「すごく綺麗だ…。見れて良かった」

「うん」

 

そうだよ、すごく綺麗なんだ。 

なんて言ったって雷の呼吸を継承している証で、じいちゃんの教えを受け継いでいる証に等しいものなんだからな。

俺は刀身をソッと鞘に納めて、刀をギュッと抱きしめた。

俺の日輪刀。

これがある限り俺は剣士なのだと、認められた気がした。

 

「あ、そうだ。俺も炭治郎に渡したいものがあったんだよね」

 

そう言うや否や俺はゴソゴソと自分のポケットを探った。そこから今日まで炭治郎たちと再会できるよう願掛けのように持ち歩いていた物を彼の前に差し出した。

 

「これは、花札柄の耳飾りか?」

「うん。炭治郎がつけていた物と全く同じ柄ではないんだけどさ」

 

それは炭治郎たちと再会する前にクラスメイトと買い物に出掛けた際に買った物だった。自分は耳が良いため、耳につける装飾品の類とは縁が無い生活を送っていたが、炭治郎を連想させるその花札模様の耳飾りを見たときばかりは気づくとそれを手に取っていた。結局自分には似合わず、今日までその耳飾りは役目を果たすことなく俺のポケットの中に仕舞われていたわけだけど、炭治郎につけてもらえるのならそれも救われるというものだろう。

 

「貰ってもいいのか?」

「もちろん、付けてみてくれよ」

 

俺が促すと、炭治郎はソッと俺の手から耳飾りを受け取ってそのまま自分の耳につけて見せた。

「どうだ?」と言いながら彼が少し飾りを弄ってみるたびにチリンと鳴る金属音が、なんだか耳飾りが本望だと喜んでいるように聞こえた。

 

「やっぱりお前はそれが似合うよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく炭治郎と前世のことや今世のことを話していると、すでに時刻が7時を回っていることに気がついた。今日はそれほど長い間外に居るつもりはなかったから、母さんや出久に何も告げずに出てきてしまっている。

これ以上遅くなっては夕飯に間に合わず、心配をかけてしまいかねないので俺はここらでお暇することにした。

炭治郎からの見送ろうかという申し出をやんわりと断り、階段を下りていく。

店内に戻ると、店番をしていた禰豆子ちゃんと目があった。

 

「あ!もう帰られるんですか?」

 

それを肯定すると彼女は「ちょっと待っててください!」と言って慌ただしくパンを焼いている厨房と思わしき方へ走って行ってしまった。

待っていてくれと言われて帰るわけにもいかず、手持ち無沙汰にしているとまたパタパタと可愛らしい音を鳴らしながら彼女は一つの紙袋を掴んで戻ってきた。

 

「いつも兄と仲良くしてくださってありがとうございます。これ限定メロンパンです、貰ってください!」

「え!?でもそれ売り物だよね?代金とか…」

 

いきなり差し出されたそれに困惑していると、彼女は紙袋を俺に押し付けながら強い口調で言った。

 

「お代はいりません!!その代わり、また来てくださいね」

 

そして禰豆子ちゃんは炭治郎にそっくりな優しい音を鳴らしてふわりと微笑んだ。

その笑顔を見たとき思った。

あぁ、禰豆子ちゃんは今世では普通の日常を送る女の子なんだなって。

悲痛な運命も、残虐な過去も、痛々しい刀傷も、何一つない。

朝を当たり前に迎えて、大切な家族と毎日を過ごして、最近になっておしゃれとかに興味を持ったりして。

そんな誰もに与えられるはずの幸せを目一杯享受する普通の女の子。

それを思い知った瞬間、俺の内側から何かの感情が迫り上がってくるのがわかった。その感情が瞳から溢れ落ちそうになって俺は慌てて彼女に顔を背けた。

今彼女の陽だまりのような笑顔を歪めさせてしまうのは、あまりに惜しいと思ったから。

 

「ありがとう…ッ、絶対にまた来るね」

 

帰り道に口に含んだメロンパンはちょっぴりしょっぱかったけれど、幸せの味がした。




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ロード(後編)

体育祭まで残り2週間となり、俺は本格的に体育祭に向けてのトレーニングを始めた。久しぶりに握った日輪刀の力を当日最大限に生かすためにはとにかく体に慣れさせるしかない。

今後の方針としては、俺の武器である速さを殺さず、いかに技の威力を上げていくかということを重視することにした。

対オールマイト用敵を相手にした時、俺は早々に意識を失ってしまい、相澤先生は救出できたもののその後すぐに足手まといになってしまったからだ。そして目覚めた時には全てが終わっていて、何故か炎司さんから貰った剣は折られていた。

あの時感じる押しつぶされそうな程の不甲斐なさは筆舌に尽くしがたい。

あの敵のように圧倒的防御力を前にしては、今の俺では無力だと思い知らされた。あれほど強固でなくても、クラスメイトの中には出久や切島くんのように自身を強化する個性の人もいる。そういった相手との対人戦闘となれば、苦戦を強いられることは必至。だからこそ、その硬い壁を破れる特出した攻撃力が必要となってくる。

体育祭が終わるまでは焦凍との鍛錬はお預けだ。ライバルに自分の手の内をひけらかすわけにはいかないからね。

他の生徒たちもそれぞれ敵の襲撃事件から気持ちを切り替えて訓練に勤しんでいるようだ。皆熱量は違えど目指す場所は同じ。

俺も負けるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた体育祭当日。

母さんに見送られて出久と一緒に家を出た。気持ちの逸りからか、いつもより心なしか歩く速さも早い気がする。

 

「体育祭緊張するね」

「そうだね」

 

出久の言葉に相槌を返す。それからいくつかポツポツと話してから、彼はあの話題を切り出した。

 

「体育祭で、その…。個性は、使わないの?」

 

俺は歩みを止めて出久のよもぎ色の瞳を見つめる。竹刀袋で包んだ日輪刀を無意識的にギュッと握りしめた。一度深呼吸した後に俺は無理やり口角を上げて言った。

 

「使わないよ。個性を使わなくたってヒーローはできるってことを、今日証明するんだ」

「善逸…」

 

出久は何か言いたそうに口を開閉させていたが、俺はそれに気付いていないフリをして再び歩き始めた。

今日ばかりは出久の真っ直ぐな音が耳に痛かったけれど、学校までの道のりで一度も俺は出久の方に目を向けなかった。

 

 

 

 

学校に着くとすぐに先生の指示で体操服に着替え、控室へ入った。

そこにはもうクラスの面々は揃っていて、賑やかに談笑している声が響いていた。いつも通りのその風景で一つだけ違うことがあるとすれば、皆の心の音だろう。

覚悟、自信、不安、緊張、羞恥、決意。様々な気持ちがクラスメイトたちの内なる思いとして秘められている。

 

「皆!準備はできてるか?もう(じき)入場だ!」

 

飯田くんの言葉を聞いて、各々がより一層気持ちを高めていたその時、不意に焦凍に声をかけられた。

 

「善逸」

「…何?焦凍」

「正直、俺の実力はまだお前には及ばねぇと思う」

「え?そんなことないだろ」

 

焦凍の雄英に入学してからの飛躍は目覚ましい。このままいけば、俺が負け越すようになる日もそう遠くはないだろう。

だからなんで焦凍がそれほど悲観的になっているのかがよくわからない。

 

「俺は敵襲撃事件で善逸と違って大したことはできなかった。けど、いつまでもそのままでいるつもりはねぇ。今日、お前に勝つ」

 

焦凍の炎が灯ったような瞳が俺を射抜く。いつもよりも好戦的なそれに物怖じしそうになる足をグッと堪えて相手の目を見つめ返した。

 

「俺も負けねぇよ」

 

それを聞いた焦凍はフッと笑ってその場を去っていった。

そういえば焦凍のいう俺のした大した事というのが一体なんのことだったのか、皆目見当もつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘーイ!!刮目せよオーディエンス!群がれマスメディア!今年もお前らの大好きな高校生たちの青春暴れ馬、雄英体育祭が始まりエブリバディ、アーユーレディ?一年ステージ生徒の入場だぁ!!」

 

液晶に映っているプレゼントマイク先生が、大興奮の観客達をさらに煽っている。頭に響く大音量に耳を押さえながら、グラウンドの芝生を一歩一歩と踏みしめた。

 

「雄英体育祭、ヒーローの卵達が我こそはと鎬を削る大バトル!!どうせあれだろこいつらだろ??敵の襲撃を受けたにも関わらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!ヒーロー科、1年A組だろぉ!?」

 

あまりの持ち上げぶりに緊張が8割膝にきそうだけど、なんとか足を前へと踏み出す。

A組に続いてB組、普通科、サポート科、経営科とどんどんグラウンドへ入場していく。そのうちのほとんどがこの大歓声に少なからず萎縮しているようだった。それに比べるとA組の生徒は感情の振れ幅が小さい。敵の強襲を経たことで、精神面の成長が早いのかもしれない。皆からしてもショックな出来事ではあったけれど、怪我の巧名というやつだろう。

 

「選手宣誓!」

 

指令台に上がっているミッドナイト先生の美しい佇まいに鼻の下が伸びそうになるが、俺は禰豆子ちゃん一筋だ!!と自分に言い聞かせてなんとか顔を引き締める。

選手宣誓はヒーロー科の入試結果1位の人がやるのが毎年の恒例らしい。

そしてそれに選ばれたのは勝己だった。勝己がマイクの設置された指令台に向かい始めると何故か周りから敵対するような音が鳴り始めて、何かあったのかと隣にいる出久にこっそり聞いたところ、俺が鍛錬のために早々に帰った日に他のクラスから敵情視察やら戦線布告やらをされて、そこで勝己が何やら相手の怒りを買う発言をしたらしい。

確かに勝己ならやりかねないな、と納得しながら彼の動きを見守る。

台に登り終えた彼が、辺りがシンと静まりかえる中、少し気怠そうに口を開いた。

 

「宣誓、俺が1位になる」

 

瞬間、会場中がブーイングの嵐に包まれる。飯田くんの叱責にも全く耳をかしていないその様が、より周りの怒りを助長させている。

だけど、俺には分かった。

きっと出久も分かったと思う。

これは自信から出る言葉ではなく、自分を追い込んでいるのだと彼の音が言っていた。

この会場でただ、耳のいい俺と、勝己をずっと見てきた出久だけが気づいた勝己の宣誓での言葉の本当の意図。

 

「だからってあんなわざわざ憎まれるようなことしなくていいのにさぁ…」

 

俺は親指を下に振りかざしている彼らの怒りの矛先が自分に向かわないことを心の中で切に祈った。

 

 

そのとき、不意に観客席の方から嫌いだけど特別だった、『あいつ』の音がした気がした。

 

「!?…獪岳?」

 

けれどそちらを振り返っても人だかりばかりで、彼の姿は見受けられなかった。それに聞こえてきた音も一瞬のことで、すぐに喧騒に呑まれてしまった。

俺は気のせいだったと見当をつけて前に向き直った。

あいつがここにいるはずがない。

気を取り直して司会を務める先生の言葉に耳を傾ける。

己の内でバクバクとなっている心臓の音は聞こえていないフリをした。

 

「さぁて、それじゃあ早速始めましょう?第一種目はいわゆる予選よ。毎年ここで多くの者がティアドリンク、運命の第一種目、今年は…これ!!」

 

ミッドナイト先生の言葉に合わせて、前のモニターに文字が表示される。

そこには「障害物競走」と書かれていた。

先生の説明によると、その名の通り様々な障害物の仕掛けられた道を突破し、その順位を競い合う種目らしい。そしてコースさえ守れば、持ち込んだ道具の使用も個性の使用も自由。

 

「さぁ、位置に就きまくりなさい!」

 

それぞれが定位置に就き出して、俺もそこへ並んだ。

緊張感の漂う雰囲気に辺りが支配される。皆真剣なんだ。

各々が望むヒーローとなるために、ここは正しくスタートライン。

俺の望むヒーロー像、それはまだ曖昧で確固としたものではないけれど、誰も悲しませたくない、ただ漠然とそう思った。

実況席をチラッとみやると、普段気だるげな彼の見定めるような目線と目が合った。

証明するんだ、爺ちゃんが俺にかけてくれた時間は無駄なんかじゃなかったって。

 

序盤から波乱な予感がする雄英体育祭が今、

 

「スタート!!」

 

幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合図とともに生徒達が我先にと飛び出す。俺も流れに沿うように走り始めた。人の波に揉みくちゃにされて、押しつぶされそうだがなんとか踏ん張る。

その時足元辺りから冷気が流れたことに気付いてハッとする。

焦凍の個性だ。

ここにいたらまずい。

 

シィィィィィィィ。

 

『雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃 神速』

 

俺は呼吸を使って人垣を越えていく。

刹那、後ろで地面が凍らされていく音がした。

焦凍の個性に巻き込まれた大多数の人たちが足止めされている中、なんとか難を逃れた俺はそのままの勢いで走り続ける。俺以外にも何人か対応できた者たちもいるようで、一位で走っている焦凍に追随している。

コースに沿って進んでいくと、今度は無機質な機械音が聞こえてきた。

入試で使われていた仮想敵だ。これが最初の関門のということか。呼吸を使って突破しようと画策したが、行動は焦凍の方が早かった。

目前に迫る仮想敵があっという間に氷漬けにされる。しかも不安定な状態なのか、敵の体からガガガガと嫌な音が漏れている。

こんな巨大な物が生徒たちの元へ降りかかれば怪我人が出るのは避けられない。

 

『雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃』

 

俺は仮想敵が倒れ込む前に霹靂一閃を打ち込むことで、敵の軌道を生徒達のいない反対方向へと修正した。

他の仮想敵達も倒していくべきかと出久を見ると、思案の音の中に微かに好戦的な音がした。ここで手を貸すのは野暮だと思い、俺は自分のことに集中することにした。

予選といえども俺だって気の抜けない戦いだ。

 

仮想敵の空いた隙間を掻い潜ってトップを走る者たちを追いかける。

そして見えてきた第二関門はロープが足場となっている断崖のようだ。

飛ぶ者、這っていく者、それぞれ個性や身体能力を駆使して関門を突破していく。俺は特にこれといった工作はせず、そのままロープの上を走って渡った。これくらいのことなら前世の柱稽古を乗り越えた隊士達なら難なくこなせるだろう。

そして迎えた第三関門、そこは地面に大量の地雷の埋め込まれた俺の苦手とする爆音の鳴りそうな地形だった。

そこら中で鳴り響く爆発音に、頭がガンガンと殴られているような痛みに苛まれ、思わず耳を塞いだ。

それでも足を止めるわけにはいかず、なんとか地雷を避けながら進んでいく。

その時、一等大きな爆発音が鳴って振り返ると、そこには先ほどの仮想敵の装甲の一部に体を乗せて、空を飛んでいる出久の姿があった。爆風を利用することで飛距離を稼いだんだ。

考えたな出久。こういう地形利用は出久の得意とする分野だ。

地雷原を乗り越えた出久たちが次々とゴールしていき、第一種目のトップは出久、そのあとに焦凍、勝己と続いて俺は4位だった。

最終目標が3位以内とするならばこれは上々な成績だ。俺はひとまずホッと息をついた。

第二種目に進めるものは上位42名に絞られ、本戦へと移行していくことになった。

 

「さぁて、第二種目よ。私はもう知ってるけど、何かしら?何かしらぁ?言ってるそばから…これよ!!」

 

モニターに表示された文字は「騎馬戦」だった。今度の種目は個人戦ではなく団体戦ということらしい。徒党を組んで敵団体を攻め入ることもあるヒーローにおいて、団結力は必要だ。これはそれを見極めるための種目なのだろう。

しかしそれだけではないのがここ自由を謳い文句とした雄英高校というもの。

この騎馬戦はさっきの順位に伴い、各々にポイントが割り振られ、そのポイントの書かれた鉢巻きを奪い合う、いわば争奪戦。俺は4位だから与えられるポイントは195ポイントだ。

騎馬によって開始ポイント数が違うことが勝敗を大きく左右しそうだが、雄英はそれだけでは飽きたらないようだった。

ミッドナイト先生が形の良い口角をニィと上げて言った。

 

「そして1位に与えられるポイントは、1000万!!」

 

彼女の言葉に周りの目線が一斉に出久に向いた。

1000万ポイント、つまり出久の鉢巻きさえとってしまえばたとえ最下位だったとしても1位に躍り出れる、そう思い至ったのか、周りから狙いを定める音がそこら中で鳴っている。

当の出久はあまりの重たいポイント数に顔を青くしている。

先生の説明が終わり、チーム決めの時間となったが案の定、出久は遠巻きにされてしまっていた。

俺の機動力ならある程度出久をカバーできるはずだ、そう考えた俺は出久に声を掛けようとしたが、その前に後ろから誰かに声を掛けられた。

俺は聞いたことのない声に内心首を傾げながら振り向いた。

 

「なぁ、俺と組まないか?」

「え?俺はその…」

 

他に組みたい奴がいるから、そう返そうとしたがそれを言う前に何故かどんどん意識が遠のいていった。

そこで俺の記憶は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「第二種目、スタート!!」

 

開始の合図が高らかに宣言される中、瞳を固く閉ざしている金髪の少年に、「洗脳」という個性を持って生まれた少年が言った。

 

「せめて体のいい当て馬くらいにはなってくれよ?緑谷善逸」

 

雄英体育祭、第二種目が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

簡易な設定

 

 

我妻善逸(緑谷善逸)

出久くんの義理の弟

個性:鬼化

基本戦闘スタイル:雷の呼吸

 

鬼化の個性は身体能力、回復力を飛躍的に上昇させるかなり汎用性も高く、強個性。鬼滅時空の鬼のように藤の花の毒が苦手だったり、日光が苦手だったりはない。ただ、使いすぎると暴走して食人衝動に襲われる。トラウマは雷。意識を失った時にいつも以上の力が発揮される。

 

 

轟焦凍

 

幼少期に善逸に救われてから、善逸に対してかなり好意高め。原作とは違い、すでに左側の個性も使うし、表情も多少穏やか。いつも隠し事ばかりの善逸の助けになりたいと思っているが、中々うまくいかずにもどかしく思っている。せめて善逸の心を少しでも癒すことができたならいいと思っている。

体育祭、今回こそお前に勝つぞ善逸。

まさか善逸が体育祭の結果で除籍宣告されているとは夢にも思っていない。

 

 

 

緑谷出久

 

善逸のことはちゃんと家族で兄弟だと思ってる。雨の日の一件以来落ち込んでいる善逸を気にかけている、無謀だけど優しいお兄ちゃん。使える物は全て使っていく気概をもっている。まさか善逸が体育祭ry((

 

 

 

竈門炭治郎

 

今世でも賑やかな六人兄弟の長男

個性:爆血

基本戦闘スタイル:ヒノカミ神楽、水の呼吸

 

前世で善逸が目の前で死んだことはかなりショックだった。なまじ失うことの多い人生を歩んで来たため、仲間が傷つくことがトラウマとなっている。現在義勇さんの創設した事務所にインターン生として所属しており、敵連合の潜入任務をしていた。父が存命のため、花札柄の耳飾りは受け継いでいないが、善逸からそれに似た柄の耳飾りを貰ってそれをいつも付けるようになる。

善逸が帰宅した後ちゃんと伊之助の元へは行きました。

 

 

 

 

作中に書かれていませんが、原作との辻褄を合わせるため、心操くんと組んでいたA組ではない青髪の子は予選落ちしたということにさせていただきました。




次回の更新は2月2日18時を予定しております!読んでいただけると嬉しいです!


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【番外編】その壱

今回は番外編として、ヒロアカ世界での炭治郎と伊之助の出会い話です。番外編と言いつつ本編で触れられなかった設定などに触れている場面もあるので、出来る限り読んでいただけると嬉しいです!


この世界に生まれ落ちてから早いことに6年の月日が過ぎた。

そして俺は一週間前に小学校に入学した。小さな子供たちに囲まれることは家で慣れていたので、俺はすぐに周りに馴染むことができた。この場所でもうまくやっていけそうだと思っていたが、そこに前世で共にいた二人の友人がいないことに寂しさも感じ初めていた。

今日も家族に見送られて学校へ登校すると、教室の前で揉めている声が聞こえて来て、俺は首を傾げた。

 

「だーかーらー!さっきから何度も言ってるだろうが!!権八郎いるだろこのクラスに!!俺の肌がバチバチッときたんだ!間違いねーぜ!!」

「そんな子知らないってば!何度も言ってるでしょ!?」

 

俺は言い争う二人を仲裁するように歩みよって声をかけた。なんだか既視感のある名前を聞いたが、それよりも今はこの二人を宥めなくては。周りから怯えたような匂いがする。

 

「朝から一体どうしたんだ?二人ともとりあえず落ち着くんだ」

「あ、炭治郎くん!炭治郎くんからも言ってやってよ。このクラスに権八郎くんなんて子いないってさ!」

 

言い争っていたうちの一人は俺の後ろの席の中島優くんだった。普段は比較的落ち着いた子だけど、難癖をつけられては男として言い返さずにはいられなかったのだろう。弟たちに芽生え出した可愛らしい威厳を思い出して俺は微笑ましい気持ちになった。

そこでもう一人は誰かと前を向くと、優くんと激しい口論を展開していたその子とパチッと目があった。

その見覚えのある美少女顔に、俺は声を上げた。

 

「もしかして、いっ伊之助か!?」

「やっぱりいたじゃねーか権八郎!!親分に挨拶に来ねーとはどういうつもりだ!!」

 

フンスと息巻く伊之助を前に俺は目を丸くした。彼は前世で共に戦い抜いた友人のうちの一人だ。まさかここで再会するとは思ってもいなかった。

 

「また会えて嬉しいよ伊之助!それに前世のことも覚えているんだな!」

 

時間を置くと驚きよりも再会できたことへの喜びの感情が勝りだして、俺は声のトーンを上げて言った。そんな俺を見て伊之助は得意げに「子分にできて親分の俺にできないことなんてねーからな!」と言った。

俺は前世の記憶を持って生まれたが、俺の家族たちはその例にはそぐわなかった。そのこともあり、俺はよもや前世の記憶を持って生まれた俺こそが希有な存在であり、他に記憶を所持している人はいないのではないかと不安になっていた。けれど伊之助もまた前世の記憶を持っていたことに俺は安堵した。俺以外にもいたんだ、あの濃厚な日々を、信条を掲げて戦った先人たちを、そして何より強くて優しくて泣き虫な彼を知っている人物が。

そのことが俺は何より嬉しかったんだ。

 

「伊之助、善逸にはこの世界で会ったことあるか?」

 

感動がある程度落ち着くと、俺はもう一人の友人のことを尋ねた。

成長して歩けるようになってから、家の近くを中心に幾度となく探し回ったが、その時には伊之助も善逸にも会うことはできなかった。

だけどもしかしたら伊之助はもうすでに善逸に会えたのではないかというささやかな希望論から出た疑問だったが、現実はそう甘くはなく、伊之助からの返事は否だった。

それから二人で善逸をどう探すかの算段に話が移ったとき、俺のクラスの担任の先生である平塚先生が焦ったような匂いを出して俺たちの元へ来た。

 

「どうしたんですか先生、そんなに慌てて…」

「炭治郎くん!大変よ!よく聞いて。実はさっきお家の人から連絡があって、炭治郎くんの妹の禰豆子ちゃんが個性を悪用しようとする敵に誘拐されたって…!」

「え…」

 

俺は先生から発せられた衝撃の発言に目を見開いた。

 

禰豆子が誘拐された。

 

この世界に鬼は存在しないが決して平和そのものではない。俺はそのことにすでに気がついていた。ここでは個性と呼ばれる超常的な力を誰もが持っていることが常となり、それを悪用する輩が少なからずいる。それらは敵と呼ばれ個性社会で蔑まれている。禰豆子にも先日個性が発現した。現在では無個性は嘲笑の的であるため、そのこと自体は良かったが何如せんその能力が危険なものだった。

禰豆子の個性、それは「再構成」。他者の個性を作り変えるという、この個性社会に置いて非常に敵に利用されやすい個性だった。

 

「今はヒーローたちが敵の立てこもってる建物の前で待機してるんだけどね、その敵の個性が厄介で…。どこからでも爆弾を起動できる個性なの。それで建物に近づいたらすぐに爆発させるって…!それでヒーローたちも近寄れない状況なの。だから炭治郎くんは一度家に帰って…、あっ、ちょっと炭治郎くん!?」

 

俺は先生が言い終わる前に走り出していた。たったの齢5つの妹が、凶悪な敵に拐われて、きっと怯えている。そんな時に無事を祈るだけで何もしないなんてそんなこと出来るはずがない。俺はまだ鍛え始めたばかりでろくに呼吸も使えないが、それでも大人しく待っていられるほど俺の気は長くない。

 

「おい待てよ炭吾郎!」

 

どんどん速さを上げてつっ走る俺を、伊之助がガシッと腕を掴んで止めた。早く妹を助けに行きたいのに、それを邪魔された俺は不機嫌を隠すことなくギッと伊之助を睨んだ。

 

「伊之助、俺は禰豆子を助けに行かないといけないんだ、止めないでくれ!」

「禰豆公助けに行くのは当然だ!けどよ場所はわかってるのか」

「それはわからないが…、とにかく探すしかないだろう!」

 

伊之助の言う通り、場所はわからない。ヒーローたちが待機しているということは、敵の居場所自体は割れているはずだが、それを一介の子供でしかない俺たちに教えるとは思えない。それなら自分たちで探すしかない。とにかく急がなければ禰豆子の身に危険が及んでしまう。なんとか伊之助の手を振り払おうとするが、彼は力を緩めることなく言った。

 

「そんな当てずっぽうに探しても時間を無駄にするだけだろ。それよりも爆弾があるっつーことは火薬の匂いをお前なら辿れるだろうが!」

 

伊之助の言葉に俺は目から鱗が出たような気分だった。

そうだ、火薬の匂い。

あの匂いは強烈で独特だから、距離が離れていても嗅ぎ分けることができる。こんな簡単なことに気がつかないほどに俺は冷静さを欠いていたことに気付かされた。

 

「ありがとう伊之助!俺がすっかり見落としていたことに気付けるなんて伊之助はすごいな!」

「ったりめーだ!俺様は山の王だからな!」

 

伊之助に助言された通り、俺は集中して火薬の匂いを辿る。そして少し街から外れた廃工場にその匂いを見つけた。俺と伊之助はその工場を目指して走り出した。

待っててくれ禰豆子、兄ちゃんが絶対に助けてやるからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廃工場に着くと、先生の言葉通りに何人かのヒーローたちが待機していた。しかし敵の脅しを警戒し、その場で立ち往生してしまっている。その間にも禰豆子は恐ろしい目に遭っているかもしれないのに。俺たちは己の体の小ささを利用して、ヒーローたちに気づかれることなく廃工場へと侵入した。中には住み込みで働けるようにか、人が生活出来そうな部屋もいくつか並んでいた。真っ向から攻め入っては爆弾を起動されかねないので、地下の用水路を通って奥へと進んでいく。

 

「炭治郎」

「どうした?伊之助」

 

この世界では初めて伊之助が言い間違えることなく俺の名前を言えたことに密かに感心しつつ、俺は伊之助の方を振り返った。

 

「ここから先は別行動するぞ。俺は爆弾を処理しにいく。お前は禰豆公探しに行け」

「しかし…」

 

俺が言い淀むと、伊之助は真っ直ぐな瞳で俺を見つめた。

その瞳が「俺を信じろ」、そう訴えかけているようだった。爆弾処理をする方が明らかに危険度が高いと伊之助の提案を受け入れあぐねていたが、任せろと断言する仲間を疑うことはしたくない。俺は彼の提案をのむことにした。

 

「わかった、そのかわり絶対に無茶だけはしないでくれ!伊之助も無事にここから皆で出るんだ!」

 

伊之助は俺の言葉から一拍置いた後に何やらふんわりとした匂いを発して「俺をホワホワさせんじゃねー!」と怒りだしたが、今は一刻を争う事態のため俺は苦笑いを浮かべながら伊之助と分かれて用水路を進む。

コツコツと鳴る足音がやけに響くここに他の音はない。けれど嗅ぎ慣れた禰豆子の匂いを辿ることは、同じ建物内なら容易なことだ。一つのマンホールの下で、俺は足を止める。

 

「…ここか」

 

どうやら敵はちょうどマンホールのある部屋で籠城しているらしくここから外に出ればすぐに敵と対峙できる。これ以上相手に気づかれずに進むことは不可能だ。

俺は伊之助が爆弾の方をうまく処理してくれることを信じてマンホールを蹴り上げた。

まだ幼児と相違ない体で、呼吸も未熟ではあるが鍛錬し続けている俺の脚力は幼児に比べれば桁違いだ。

ガタン!!と大きな音を鳴らして宙に舞うマンホールの蓋を見上げながら俺は用水路から抜け出した。

 

「誰だ!!」

 

部屋には縄で縛られた禰豆子と、そのそばに一人の敵と思わしき男性が立っていた。男性からは警戒の匂いが漂っている。彼から微かに火薬の匂いがすることから、彼が爆弾を起動させる個性であると見当をつける。

 

「お兄ちゃんっ!!」

「俺の妹を取り返しに来た!お前の好きにはさせない、禰豆子は返してもらう!!」

 

禰豆子が涙を浮かべて俺を呼ぶ。すぐに助けてやるから後少し耐えてくれ、禰豆子。敵は俺が子供であることを侮ったのか、フッと鼻で笑って言った。

 

「なんだただの餓鬼か、驚かせやがって。嬢ちゃんは俺が有効利用してやるから安心しな、坊ちゃん」

「ッ!そんなことは許さない!!」

 

俺は武器を所持していないため、素手で相手に殴りかかる。それを防がれたが思いの外強い力だと感じたのか、飄々としていた敵の顔が歪んだ。

 

「この餓鬼ッ!増強型の個性か!」

 

相手は個性を省けばただの一般人だ。これはこのまま力で押し勝てそうだと安堵したその瞬間、激しい衝撃が俺の体を襲った。

 

「ッ!?」

ダアンッ!!

 

気づくと俺は壁に強く体を打ち付けられていた。混乱した頭で自分が押し飛ばされたことをなんとか理解する。しかし一体誰が?あの敵にこれほどの力はないはずだ。

俺はバッと顔を上げて前を見た。するとそこにはさっきまでいなかった強面の男性が敵を庇うように立っていた。

 

「大きな音を聞いて駆けつけてみれば、なんだこの小童は?」

 

どこか古めかしい口調で仰々しく話す様は、彼が強者であることを象徴するようでゾッと背筋に冷たいものが走った。

 

「どうやら小鼠がここに紛れ込んだようでな、邪魔だから排除してくれ」

 

爆弾を起動させる敵の言葉を聞き終える前に、俺は先制攻撃とばかりに駆け出して強面の敵に拳を振り上げる。が、

 

「そうか。ならば我は雇用人に従うのみ」

「ッ!?」

 

その一瞬で強面の敵は姿を消した。どこにいる!?と辺りを見渡した時、後ろからゾクッとする感覚がしてすぐさま後ろを振り返るが、相手の動きに対応できず俺の体はまた突き飛ばされていた。

 

「ッゥグ!!」

 

勢いのままに何度か体が地面で回転しながらしばらくしてやっと止まる。あの一瞬で後ろをとられていた。全く目で追えなかった。どういう個性なのかもよくわからない、瞬間移動かと一瞬考えたが、それではあの俺を突き飛ばすほどの力の理由がわからない。それなら前世で戦ったあの矢印を操る鬼のように力の法則に関する能力なのだろうか。どれも予想の域を出ず、確信を持てない。圧倒的な力を前に打開策が浮かばない。

 

「これ以上やりあうことは無意味だ。貴様はまだ若い。ここで退くというならば今回は見逃してやらんこともない。ここで退け、愚かな者よ」

「お兄ちゃんッ!!…ィアッ!」

「大人しくしていろ餓鬼!」

 

強面の敵が俺に語りかけている後ろで爆弾を起動させる個性の敵が禰豆子の髪を掴み上げている。

 

「禰豆子ぉッ!!」

 

禰豆子が顔を歪め、大きな瞳からポロポロと涙が溢れる。一つの部屋の中だというのに、禰豆子との距離がこんなにも遠い。

この世界で、俺は禰豆子を失ってしまうのか?

『あの日』のようにまた俺は間に合わないのか?

俺の伸ばした腕が空を切る、禰豆子には届かない。

嫌だ、そんなのは嫌だ。

もう、俺は何も失いたくないんだ。

 

「…生殺与奪の権を他人に握らせるな」

 

かつて義勇さんが言っていた言葉を俺は小さく復唱する。弱者は強者に奪われるのみ。惨めに地面を這いつくばって、強者に赦しを乞うても、それでは俺はまた何一つ守れない。

だから、

 

「あくまで抗うというのか、小童」

 

俺はボロボロの自分の体に鞭を打って立ち上がった。体中の血液がその流れを早くしていき、体温が上がっていくのを感じる。

この感覚には覚えがある。

前世で額の痣が濃くなっていくときの感覚だ。それと同時に個性を使っているときの感覚がする。俺の個性「爆血」は自分の体外に排出した血液にのみ作用するものだと思っていたが、こういった応用法があったのか。俺は今どうやら爆血の個性を体内にある血液に作用させることで体温を爆発的に上昇させ、痣が出現した際と同じ体の状態にしているようだ。

けれどこれは諸刃の剣だ。

一歩誤れば体中を燃やし尽くしたり、体内の血液を全て蒸発させてしまう。

長時間は使えない。

短期決戦、俺があの敵に勝つにはそれしかない。

さっきまでの重い体が嘘のように軽く感じる。俺はヒノカミ神楽を思い出しながら駆け出した。

 

もう俺から、何人たりとも奪わせやしない!

 

俺は強面の敵を殴り飛ばした。相手はさっきの俺のようにその身体を床に打ち付ける。

 

「!?どこからそんな力が…ッ」

 

相手が怯んだ隙にかかと落としをして敵の意識を刈り取った。これであとは禰豆子の髪に汚い手で触れたあの敵だけだ。

俺は殺気を放ちながら敵を見やる。

敵はさっきまでの堂々とした態度はなりを潜めて怯えたような匂いを出している。この敵も倒して禰豆子を助けるんだ。俺が走り出そうとしたその時、敵が恐怖と不穏な匂いを周囲に撒き散らしながら叫ぶように言った。

 

「こっ、こうなったらやってやる…、皆まとめて木っ端微塵にしてやるぅっ!!」

「なっ、まさか!?」

 

その言葉に俺は思わず立ち止まった。

敵の発言に俺は最悪の場合を想定する。

恐らく敵は爆弾を起動させるつもりだ。それはまずい。そんなことをされればここにいる敵も俺も禰豆子も無事では済まない。

敵が手を振り上げる。個性を発現させた匂いが辺りに充満した。

 

だめだっ、もう間に合わない!

 

無駄な抵抗ではあるが俺はギュッと体に力を入れて来るだろう衝撃に備えた。しかし衝撃は一向に来ず、時間だけが刻々と過ぎていく。一体どうしたのかと瞑っていた目を片方恐る恐る開いてみると、そのボヤけた視界でやけに焦っている敵の姿が映った。

 

「あ、あれ?なんで起動しないんだ…?おい、どういうことだよ!」

 

そのとき、真っ二つにされた爆弾が部屋に投げ入れられた。俺は宙を舞う壊れた爆弾を視界に入れると目を見開いた。そのあとすぐに爆弾が投げ入れられた廊下へと続く部屋の扉の方に視線を向けると、そこには伊之助が仁王立ちで立っていた。

 

「伊之助!?」

「フハハハハハ!!!爆弾なんてぶった斬っちまえばただの鉄の塊だぜぇ!!」

 

どうやら伊之助が無事爆弾を破壊してくれたようだ。伊之助は爆弾を断裂させるのに使ったであろう長い刃物を掲げてしてやったりといった様子だ。

 

「すごいぞ伊之助!そんな武器一体どこで手に入れたんだ?」

「んぁ?これは落ちてたんじゃねぇ。俺様の個性で作ったんだ!!」

 

伊之助は俺にどうだ!と見せるように刃物を突き出して自身の個性について話し始めた。曰く、伊之助の個性は「剣化」で生物を覗く全ての物を鋭い刃に変えてしまう個性らしい。元からポテンシャルの高い伊之助には使いこなしやすい個性だ。

 

「だから、俺はどんなものだって刃に変えて敵を切り裂き放題ってわけだぜ!!」

 

伊之助は言いながら大きめの石を見繕い、俺と伊之助が会話をしている隙に逃げ出そうとしていた敵目掛けて投擲した。投げられた石は小型のナイフとなって敵の顔の横に突き刺さった。敵はよほどそれが恐ろしかったのか、その場で泡を吹いて気絶した。

こうして二人の敵を倒した俺たちは縄を解いて禰豆子を助け出した。

そのあとすぐに俺は体を酷使した反動から血を吐いて意識を失った。

後に伊之助から聞いた話によると、この後中の異常に気付いたヒーローたちによって俺たちは保護されたようだ。そして俺はそのまま病院で緊急入院となった。名目は個性の暴走ということで処理されたが、呼吸を無理に使ったことで肺もだいぶ損傷していたらしい。幸い後遺症は残らないようだが、無理な訓練はしばらく控えるようにと灸を据えられてしまった。

 

 

俺が意識を取り戻して初めに視界に映ったのは白い天井と泣きはらして眠ってしまった禰豆子の顔だった。俺はもうほとんど乾いてしまった涙を拭うようにそっと禰豆子の頬に手を添えた。

禰豆子は穏やかな寝息をたてて俺が眠っていたベッドに寄りかかっている。涙を拭える距離、何かあった時守ってあげられる距離にいる。

俺は今度は妹を救うことができたんだ。いや、俺一人では到底成すことは出来なかった。伊之助がいてくれたおかげだ。

ふと、俺は敵に捕まって泣きはらしている禰豆子を思い出した。

その姿が今世では一度も見ていないあの泣き虫な彼と重なって見えた。

俺は禰豆子から手を離してその手を宙にかざした。

 

「遠いなぁ」

 

伸ばしたって掴めない。どこにいるかもわからない、遠い遠い俺たちの距離。

一度分かれてしまった俺たちの道が再び交わることは果たしてあるのだろうか。

彼は今もどこかで泣いているのかもしれない。

わんわんと声を上げて、怖い、寂しいと泣いているのかもしれない。

その涙を今は拭ってやることができない。

だけど、いつか必ず。

 

「あの日止まった時間の続きを_____」

 

俺の手が彼に届くその日まで、俺は彼にしか埋められない穴を抱えて生きると、とうの昔に決めたから。




次回の更新は2月3日18時を予定しておりますので、読んでいただけると嬉しいです!


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デタミネーション(前編)

今回は心操くん視点から始まります。


幼い頃から、敵向きの個性だねって間接的によく言われた。俺の個性は『洗脳』。俺も他人が持ってたらまず悪用を思いつく。だからそう言われるのは仕方のないことだ、わかってる。

でもさ、憧れちまったんだよ。

皆を助ける、ヒーローってやつに。

この体育祭、結果によってはヒーロー科移籍も検討してもらえるって話だ。それが普通科であろうとこの雄英高校に進学することを決めた決め手だった。他にもヒーロー科はたくさんある。ここじゃなきゃ俺でも受かったところがあるだろう。それでも、学ぶならやっぱりヒーローの最高峰であるここで学びたい。

俺はもう他の奴らに一歩も二歩も先行かれてんだ、ここで足止めされてるわけにはいかないよな。

たとえ、ヒーローっぽくないといわれても。

第一種目もなんとか潜り抜けた。

第二種目は騎馬戦。

普通科の生徒はほとんど残っておらず、俺の個性は伝えればどうせ一線引かれるに決まってる。

それなら俺がこの種目で勝ち残るにはこれしかねぇんだ、俺はそう自分に言い聞かせて適当に辺りでまだ騎馬戦の組を作っていない人を見繕い、そいつに声をかけた。

皆俺の個性にどんどんかかっていって、順調にチームを作り上げた。

あと一人、一人くらいは寄せ集めではない実力のありそうなのをメンバーに加えたいと思ったとき、太陽の光を反射して輝いて見える派手な金髪頭が目に映った。

こいつは確かヒーロー科の緑谷善逸ってやつだ。個性はよくわかんねぇけど一次予選の順位も悪くなかったはずだ。

よし、最後のメンバーはこいつにしよう。

 

「なぁ、俺と組まないか?」

「え?俺はその…」

 

かかった。

緑谷はそこまで声を発したあと、顔を伏せてピクリとも動かなくなった。

これでいっちょ上がりだ。

 

「じゃあ早速、他の二人と一緒に騎馬を作れ」

「…」

 

俺は緑谷に指示を出した。

しかし、いつまで経っても動き出す気配がない。俺の個性、洗脳は俺の問いかけに返事を返すことを条件に発動する個性だ。

こいつはさっき俺の言葉に反応を示したはずだ。

なのに何故、こいつは動かない?

何か妙だ。

 

「おい、聞いているのか?」

 

俺の意図しないところで、こいつに何かが起こっているような、そんな異様な雰囲気だった。

俺は痺れを切らせて緑谷の肩をガシっと掴んだ。

すると緑谷はやっと電源が入れられた電化製品のようにピクッと体を動かして、伏せ気味だった顔を上げた。

その表情はなぜか、両目が固く閉じられていた。

おかしい、こんな指示は出していないはずだ。

 

「それが君のやり方?どうして普通に誘わないの?」

「は?」

 

緑谷が勝手に話し始めた。こんな事態は初めてで俺は困惑を露わにした。

おそらくこいつには俺の洗脳が作用していない。

 

「それがお前の個性か?」

「なんのこと?」

「とぼけるなよ。俺の個性が全く効いてないじゃないか。お前は個性を消す個性なんだろ?」

「俺は個性を使っていないよ」

 

個性を使っていない。そいつのその言葉に俺は焦りを覚えた。

そんなはずはない、そう思いたいが実際緑谷に俺の個性は効果を発揮してはいない。

それではつまり、まだ俺の知らないこの個性の発動条件があるということになってしまう。

今まで何度も試してきたこの個性、今更違う条件が見つかるなんて冗談じゃない。

 

「じゃあなんで俺の個性はお前に聞かない!あの時、確かにお前は俺の問いに返事を返したはずだ!例外はない!!」

「それは俺にもよくわからないけれど、可能性があるとするなら俺が今眠っているからじゃないかな?」

「はぁ!?」

 

何を言っているんだこいつは。

だって今立って俺と会話してるじゃないか。

それが睡眠状態だと?馬鹿げてる。

個性以外でそんな芸当ができるのか?

そんなの、なんでもありじゃねぇか。

 

俺とお前は、そんなに違ぇってか?

 

「ハハ…。なんだよそれ、強個性持ちは芸当にも優れてるってか?」

 

俺は乾いた笑いを漏らしながら片手で顔を覆い、天を仰いだ。

人は生まれながらに不平等だ。

生まれ持った個性で、今後の人生が大きく左右される。

なりたい職業、叶えたい夢、それを叶えるのはいつだって強い個性を持った奴らだ。

 

「君こそすごくいい個性を持ってるじゃない」

「なんだと?」

 

俺は自身の眉間に皺が寄るのを感じた。緑谷はそんなのお構いなしなのか、目を瞑っているから見えていないのか、気にせず悠々と語り出した。

 

「ヒーローの勝利条件は敵の捕縛、ただそれだけでしょ?でもその裏腹に敵は殺人、監禁、薬なんでもありだ。誰も傷つけることなく敵を捕縛できる君の個性こそ、最も向いている職業だと俺は思うよ」

「!!」

 

ヒーローに向いている。

そんなことを言われたのは生まれて初めてだった。犯罪に使われそうなこの個性を前にして、そのような考え方をできる奴が居るなんて、俺は眼から鱗が落ちたような気分になった。

 

「でも、今回の使い方には俺は賛同できないけどね」

「…」

 

その言葉を聞いて、俺は静かに目を伏せた。

緑谷の言う通りだ。

俺はこのチーム作りの場面で仲間になってくれと頼みもせずに、どうせ俺と組んでくれる奴などいないと決め付けて個性を行使した。

その方が効率がいいからと。

仲間を洗脳するなんて、ヒーローのやることじゃないよな。

 

ビィィィィ!!!!

アラーム音が鳴ってタイマーに目を向けると、それはもう0秒となっていた。

早く騎馬を作らなくてはと、緑谷の方にチラッと視線をやると、既に他の二人と組んで騎馬を作り上げていた。

 

「準備万端じゃねぇか…」

 

俺がそう言うと、緑谷は少し口角を上げて不敵に笑ってみせた。

俺の思考まで先読みされているようで、何を取っても今はこいつには勝てないのだと思い知らされた気がした。

それは個性の差なんかじゃない。

後天的に埋めることのできる差だった。

俺は皮肉を込めて言った。

 

「せめて体のいい当て馬くらいにはなってくれよ?緑谷善逸」

 

いつか必ずお前を追い抜いてやるからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二種目の騎馬戦、そのチーム分けの時間となったが宣戦布告をした手前、善逸と組むわけにはいかず、俺は組む相手を決めあぐねていた。その時、上鳴に声をかけられ、俺はそれに応じることにした。善逸の方をチラッとみると、見かけねぇ奴と会話をしていて、何故個性を知っているクラスメイトと組まないのだろうかと不思議に思ったが、なにか作戦でもあるのだろうとすぐに目を逸らした。

 

第二種目が始まると、俺はすぐに善逸の与する騎馬の元へ向かった。

一体何を思って善逸は見ず知らずの奴と組んだのか、それが知りたかった。

善逸に手があと少しで届きそうな位置まで近づいたとき、背中にゾクッとする感覚が走った。

この感覚には覚えがある。

これは、あの敵襲撃事件のときの雰囲気が急変したときの善逸の気配だ。

 

「下がれ!善逸から距離を取れ!」

「善逸と組んでる奴のポイントを狙うんじゃなかったのかよ!?」

「駄目だ!今近づいたら狩られるぞ」

 

俺の言葉に善逸の異様な様を少し感じたのか、苦言を潜めて後退する上鳴たちに、ホッと張り詰めた息を漏らした。少し近づいただけで、まるで猛獣に睨まれているように全身の肌がピリピリした。

今はまだ、追随どころか、触れることすらままならねぇってことか。

それでも、俺は諦めねぇけどな。

俺は頬に冷えた汗が伝うのを感じながら、無理やり口角を上げた。

お前に勝って、今度こそ言うんだ。

 

お前が抱えてる物、俺にも背負わせてくれ、って。

 

その為に、この場は善逸から踵を返し、緑谷の鉢巻を狙いに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界を割るような歓声に少しずつ意識がはっきりしていって、辺りを見渡すと既に第二種目が終わっていた。

どういうこと????

第二種目の騎馬戦のチーム決めのとき、出久に声をかけようとしたところまでは覚えているけれど、それ以降の記憶がない。

これはまるでかつての任務中に気絶していた頃に似ている。

もしかして俺はまた気絶してしまっていたのだろうか。

それなら当然俺は負けてしまったのだろう。

こんな訳がわからないまま俺は脱落してしまったのか。俺は悔しさからグッと下唇を噛んで肩を落とした。

これでは相澤先生にも、宣戦布告をしてくれた焦凍にも合わせる顔がない。

そのまま他の生徒たちに合わせて観戦席に行こうとした時に、誰かが俺の肩に手を置いた。

 

「善逸、昼飯食いに行こう」

「あっ焦凍…。焦凍は多分勝ったんだよね、」

 

今考えていた人物がいきなり目の前に現れたことで、言葉に詰まった俺を、彼は不思議そうに見つめた。

俺は語尾が弱くなるとともにどんどん顔も下向きになっていった。

 

「なんか落ち込んでるのか?…あぁ、そうか。善逸も三位で第三種目進出だぞ」

「へ?」

 

急に納得したように焦凍から告げられた衝撃的な言葉に、俺は伏せていた顔を上げた。信じがたい事実を噛み砕く前に、焦凍がズンズンと食堂の方へ行ってしまうため、慌てて彼の背中を追いかけた。もっと詳しく事情を聞きたかったけれど、焦凍から鳴る激しい闘志の音が耳にガンガン響いて、それを不思議に思っている間に聞きそびれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休みが終わると早速第三種目の説明がされた。第三種目はトーナメント形式の1対1の戦いらしい。

その組み合わせはクジで公正に決められる。

トーナメント自体はレクリエーションを挟んだ後に始まるらしいが、そのレクリエーションは第三種目に進出した生徒は参加するもしないも自由だそうで、俺は参加しないことにした。

第二種目のこともあって、今はどうしてもレクリエーションに参加する気分にはなれなかった。

今回はまだ体育祭だから良かった。けれど、もしまたあの襲撃事件のときのような大事の時に気を失ってしまったら、俺はまた何もできない足でまといになってしまう。

次に意識が戻った時大切な人たちの誰かが欠けてしまっていたら。

そう思うだけで心が凍えるほど恐怖で頭がいっぱいになる。

でもそれを恐れてただ震えるだけの自分でいたくない。

そのために俺は強くなる。

だからまずは、このトーナメントも勝ち抜いて、相澤先生に認めさせて雄英高校に在籍しなくてはいけない。

今世に於いて、この学校ほど力をつけやすい場所はそうそう無い。俺は学んでいかなくてはいけないことがまだ山ほどある。

俺は拳を強く握って司会役の先生をキッと見上げた。

先生が組み合わせを発表しようとした時、一人の声がそれを遮った。

 

「あの、すいません。俺辞退します」

 

それはクラスメイトの尾白くんだった。その言葉で辺りに動揺が走った。尾白くんの話によると、普通科の人の個性により、騎馬戦の記憶がほとんど残っていないらしい。

俺はそれを聞いてハッとした。

焦凍が昼飯中にぽつりと言った話によると、俺もたしかその人と同じチームということになっていたらしい。もしかしたら今回の俺の状態もその人の個性によるものなのかもしれないと思い至った。今日のは気絶ではなかったのか。

そしてそれを理由に尾白くんは辞退し、俺は居た堪れない気持ちになった。

俺も同じ状態だったかもしれないのに、俺は第三種目に参加する資格があるのかな、と心が揺らいだ。

けれど、ここで辞退すれば俺は除籍処分だ。

俺は心の中で葛藤して肩を震わせていると、小刻みに震えている右手を軽く押さえられてそちらをバッと見た。

そこには焦凍がいて、焦凍は俺の手を押さえてただ俺のことを力強い眼光で睨むように見つめていた。

言葉は発していなかったが、その目が「逃げるな」、と言っているように見えた。

俺はたらりと汗を一つ落としてそっと一度頷いた。

それを見ると満足したのか焦凍は俺の手から自身の手を退けた。

そうだ、俺はこの体育祭で自分の真価を示さなくてはいけないんだ。迷ってなんかいられない。

尾白くんの辞退が認められて、代わりに誰をくり上げるかの話が出た時にまた一人、手を上げた。

 

「俺も辞退する」

 

今度は尾白くんに個性を使用したはずの生徒だった。今更お前は何を言うんだと言うように辺りが目を見開いて彼を見つめたが、彼はそれをものともせずに悠々と俺の方に一直線に近づいてきた。

 

「別にお前に言われたからじゃないからな。ただ俺が今回やったことはヒーローらしくなかったと思っただけだ。俺は俺のやり方でヒーローを目指す」

 

彼にもいろいろあるのはわかったが、なぜそれを俺に言うのかが些かわからない。俺の記憶上では、彼と俺は初対面のはずだ。

 

「君はなんでそれを俺に…?」

「君じゃねえ、心操人使だ。第三種目、勝てよ」

 

心操くんは何故か俺を激励して、背中を向けて片手をヒラヒラさせながら観客席の方へと歩いて行った。言っていることの意味が半分以上わからなかったが、くり上がる人が決まり、トーナメントの組み合わせの発表が始まったため、俺は前を向いて気持ちを切り替えた。

 

「抽選の結果、組はこうなりました!」

 

モニターにトーナメント表が映し出され、そこから自分の名前を探す。

俺の一回戦の相手は出久だ。

そのことに俺は苦い顔をした。

出久の個性は自身を強化するものだ。それは俺の最も苦手とする相手かもしれない。

けれど、対オールマイト用敵のときの二の舞いになるつもりはない。俺だってこの日のために鍛えてきたんだ。それに今日は前世使ってきた日輪刀もある。俺は日輪刀をカチャッと一度鳴らした。

 

「善逸!」

「出久?」

「善逸はレクリエーションって参加する?」

「しないよ」

 

俺は後ろから駆けてきた出久を、目をパチクリさせながら見つめた。出久は少し速くなった息をフーッと深く吐き出しながら整えた。そして彼は何か決意したような音を鳴らしながら口を開いた。

 

「じゃあさ、少し話さない?」

 




次回の更新は2月4日18時を予定しておりますので、読んでいただけると嬉しいです!


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デタミネーション(後編)

促されるままに出久と共に無人だった控え室の椅子に腰掛ける。

さっきまでの騒音は鳴りを潜めてシンとした部屋に、二人の息遣いだけが音を発していた。

何度かの瞬きの後に、やがて意を決したように出久が言葉を紡いだ。

 

「あのさ、今朝のことなんだけど、どうして個性を使わずにヒーローになれることを証明するなんて言ったの?」

「それは…」

 

俺は相澤先生に言われたことを伝えるわけにもいかず、答えあぐねていると、出久は質問を続けた。

 

「そもそもどうして善逸個性を使わないの…?善逸は何か強い信念を持って個性を使ってないのはわかるんだけど、その、やっぱり理由くらいは教えてほしいというか…」

 

出久は俺の機嫌を損ねてしまったのではないかと懸念したのか、あわあわと付け加えるように自身の気持ちを述べた。いつもならなんとか前世にまつわることは誤魔化そうとしてきたが、今日は口を割ることにした。もちろん前世の部分は暈かすけれど、炭治郎たちと再会して、前世が確固たるものになったことで、俺は少し安心したのかもしれない。

あの熱烈な記憶は俺の妄想ではなかった。

それと、ただ誰かに聞いてほしかったのかもしれない。

俺は一拍置いてから口を開いた。

 

「特別なやつがいたんだ。あいつは俺のことを嫌ってたし、俺もあいつが嫌いだった。けれど心から尊敬してたんだ。あいつは努力家でひたむきで、俺はいつもあいつの背中を見てた。あいつはいつも不満の音を鳴らしていた。なのに俺は何もしなかったんだ。いつかは分かり合える、そう思ってた。だけど、そんな日はこなかった」

「善逸…」

 

一度話し始めると止まらなくて、俺はどんどん当時のことを語った。

 

「あいつが俺たちを裏切ったんだッ!そのせいでっ、爺ちゃんは!!…………その時、俺とあいつの道は完全に分かたれた」

「…その後、その人はどうなったの?」

 

一瞬声を荒げてしまったが、一度深く呼吸をしてなんとか平常の声色に戻して言葉を続けた俺に、出久は恐る恐る問いかけた。

その問いに対し俺は自嘲気味に笑った。出久もまた、なにも言葉を続けなかった。

俺が殺したよ。

俺は出久の問いの答えを心の中でのみ返事した。

どういう状況下で獪岳が鬼になったのかはわからない。兄弟子が鬼となり、その責任も取って師範が切腹した。

俺にとってはそれが事実で、全てだった。

もちろん、全て獪岳が悪いなんて思ってない。むしろ事の発端は俺かもしれない。

俺がもっと獪岳とうまくやっていけてたら。

俺がもっと爺ちゃんの手を煩わせない奴だったら。

俺がいなければ、獪岳もあんな風にならなかったかもしれない。

 

「俺の個性とあいつはよく似てる。だから俺は個性を使わない。これはあいつと同じ過ちを犯さないというケジメであり、戒めなんだ」

 

出久はかける言葉が浮かばないのか、口を開いては閉じてを繰り返していた。少し話しすぎてしまったのかもしれない。

そもそも前提が違うんだ。

敵を捕縛することのみが勝利条件のヒーローと、鬼を殺すことが勝利条件の鬼殺隊。

その差異が、彼らにとって俺を異端者たらしめてしまう。

けれど俺もヒーローを目指す以上、ずっと鬼殺隊の気持ちではいられない。

慣れていかなくてはいけない、この世界に。

俺は何も言えずにいる出久に一言「試合前にこんな話してごめんね。気にしないでいいからね」と残してその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レクリエーションが終わり、第一回戦の俺は早々に入場ゲートで控えていた。もう慣れてきたとはいえ、やっぱり待ち時間というのは緊張する。あの歓声の中、出久と1対1で戦わないといけないと思うと、膝がガクガクなりそうだ。緊張を解すには深呼吸をするといいというのをどこかで聞いたような気がして、俺は深く息を吸って吐いた。もうすでに無意識下で行われている全集中の常中を少しだけ意識して行う。

 

 

入場する時間となり、俺と出久はセメントス先生によって作られたフィールドに足を踏み入れた。

出久と向かい合って立ち止まる。

出久は個性の発現が遅く、まだ個性をうまく扱えていない。

ならば開始早々仕掛けて相手に準備する時間を与えない戦法が妥当だ。

 

「第一回戦、緑谷出久対緑谷善逸!スタートォ!!!!」

 

審判が開始と宣言した瞬間、俺は飛び出した。

出久との距離を縮めて、出久の間合いに入った瞬間、それを見計らっていたように出久は自身の右手の中指を犠牲にして個性を使った。

 

「ッ!!」

 

直撃したわけではないが、発生した暴風に場外まで飛ばされそうだ。俺は必死に足に力を込めてなんとか地面にかじりつく。それでも開始位置よりも後ろまで押されてしまった。これでは安易に近づいてはすぐに場外に押し出されてしまう。

俺はまた出久に向かって駆け出して、出久がそれを個性で防いだ。今度は風を凌ぐようにセメントの隙間に日輪刀を突き立てる。そうすることで先ほどよりは押し出されることはなかった。けれど何度も繰り返せば床の方が抜けそうだ。

 

「どうして個性を使わないんだ、善逸」

 

何度か応酬を続けた後、不意に出久に声をかけられて出久の方に視線を向けた。

 

「善逸は速くて剣術も精強だ。けれど速さや技巧だけでは攻撃力の方はどうしても制限されるんだろう。でもそれは善逸の個性を使えば解決できるんじゃないのか」

「出久…。でも俺は、」

「皆本気でやってる。勝って、目標に近づくために。1番になるために。個性を使わずに勝つ?まだ僕は善逸に傷一つつけられちゃいないぞ…!全力でかかってこいッ!!」

 

ドンドンと鳴り響くような怒号の音を発しながら、出久は吠えるように叫んだ。幼少期の喧嘩以来、腫れ物のように避けられていたものをいきなり鷲掴みにするような言葉に、俺は動揺した。

それでも何かしなければと焦りを募らせた俺は迷った気持ちを隠しきれず、鈍った動きで出久に近づいた。結果、もろに個性をくらってしまった。けれどかなり力は抑えられていたようで、受け身を上手く取り、負傷はそれほどではなかった。けれど、それを皮切りに出久の猛攻は加速する。今まで向こうから動いてはこなかった彼が、今度は個性をバンバン使いながら走っていく。自分を壊しながら、痛みに耐えながら、フラフラになっても足を前に踏み出している。

 

「どうして、そこまでッ!」

 

自分を犠牲にして戦う。

その気持ちは民間人を守るためにしのぎを削ることの多かった俺にも理解できる感情ではあるけれど、聞かずにはいられなかった。

 

「期待にッ応えたいんだ。笑って答えられるようなッかっこいい、ヒーローに、なりたいんだぁ!!だからッ!全力でやってんだっ、皆!善逸の過去も、善逸の決心も、僕なんかには計り知れるもんじゃない。でも全力も出さないで証明するなんて、ふざけるなって今は思ってる!」

 

だから僕が勝つ!善逸を超えて!!、そう叫んで出久は拳を振り上げた。俺は咄嗟に急所を避けたが避けきれず、また体は突き飛ばされた。何度か回転して勢いを殺し、地面に足をつける。

身体中を打ち付けて、あちこちが傷んだ。擦れて血が出た部分はなんとか呼吸で修復したが、圧倒的攻撃力を前に、今の俺ではやっぱりただ攻撃を耐えることでやっとだ。

けれど、それでも、

 

「俺は…、鬼の力を…っ」

「善逸のッ、力じゃないか!!!」

 

 

使わない、その言葉を遮るように出久は叫んだ。祈るような、訴えるような、熱のこもった声だった。出久は自分のことのように苦しげで、悲しい音を鳴らしていた。

鬼の力、獪岳と同じ力。違う、俺の力だ。俺の個性なんだ。確かに俺の個性は鬼化だけど、鬼じゃない。似てるようで全くの別物なんだって、そんなのは都合がよすぎるかもしれない。

そう思うのに、どうしてだろう。

今まであんなにも憎い力だったのに、恐ろしい物だったのに、見るのも嫌だったのにさ、なんだろうこの気持ち。

こんなにも真剣に、願われて、焚きつけられて、答えずにはいられない。

 

俺の中で個性を発動する音が鳴った。体がドンドン作り替えられていくのを全身で感じた。その感覚はまだ怖いけれど、今はそれよりもこの力でどれほど俺はやれるのかを試したいという気持ちの方が勝っていた。だけど俺はこの力には溺れてはいけない。線引きを超えない、その理性こそが俺を人間に留めてくれるものだと知っている。

俺は走り出した。呼吸に鬼化した身体能力が乗り、さっきの速さとは比べものにならない速さだ。

 

シィィィィィィ。

 

『雷の呼吸 漆ノ型 火雷神』

 

俺が技を放つと同時に、出久は個性を使った。漆ノ型は前世の生涯をかけて編み出し、洗練した技だ。俺の誇りであり、生きた証。それを今世で身体強化して放った、そう簡単に破られるつもりはない。

双方の力に耐えきれず、辺りに爆風と共にフィールドを構成していたセメントが飛び散った。砂埃が舞い、目の前が一瞬遮られる。それが霧散して良好になった視界で前を見ると、出久が場外の壁に背中を預けていた。

 

「緑谷出久くん、場外。緑谷善逸くん、二回戦進出!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

簡易な設定

 

 

我妻善逸(緑谷善逸)

出久くんの義理の弟

個性:鬼化

基本戦闘スタイル:雷の呼吸

 

鬼化の個性は身体能力、回復力を飛躍的に上昇させるかなり汎用性も高い、強個性。鬼滅時空の鬼のように藤の花の毒が苦手だったり、日光が苦手だったりはない。ただ、使いすぎると暴走して食人衝動に襲われる。トラウマは雷。意識を失った時にいつも以上の力が発揮される。

今回戦闘で初めて個性使用を試みた。まだまだ使い慣れていないため、改良の余地あり。兄弟子のことは爺ちゃんを切腹させたことは恨んでいるけれど、裏切るという行動自体は自分の放置した責任もあると感じている。

 

轟焦凍

 

幼少期に善逸に救われてから、善逸に対してかなり好意高め。原作とは違い、すでに左側の個性も使うし、表情も多少穏やか。いつも隠し事ばかりの善逸の助けになりたいと思っているが、中々うまくいかずにもどかしく思っている。せめて善逸の心を少しでも癒すことができたならいいと思っている。

体育祭、今回こそお前に勝つぞ善逸。

まさか善逸が体育祭の結果で除籍宣告されているとは夢にも思っていない。

 

 

 

緑谷出久

 

善逸のことはちゃんと家族で兄弟だと思ってる。雨の日の一件以来落ち込んでいる善逸を気にかけている、無謀だけど優しいお兄ちゃん。使える物は全て使っていく気概をもっている。まさか善逸が体育祭ry(( 。そして今回壊れ物扱いしていた事案に特攻した。何か悩んでることがあるならお兄ちゃんに相談してねぐらいの心積もりで聞いたら想像以上の重い話に若干気圧されそうになりつつも、なんとか受け入れていこうとしている。

 




次回の更新は2月6日18時を予定してますので、読んでいただけると嬉しいです!


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クリード(前編)

毎回誤字報告などしてくださる方々ありがとうございます!私個人としましても、ニュアンスの違いなどを確認できてとても勉強になりますし、ありがたいことだと実感しております。今後も共に善逸達の活躍を見守っていきたいと思っております!


出久との戦闘、俺は初めて自分の個性を使った。これは鬼の力だ、元鬼殺隊士として、忌むべきこの力を二度とこの世に振りまいてなるものかと意固地になっていた俺に、出久は「善逸の力じゃないか」と言った。

個性は身体機能の一部、昔自分が言ったことのはずなのに、俺はすっかりそのことを失念していた。

鬼と同じ力、だけどそれが俺の個性で、俺の身体の一部。

この力がかつて多くの罪なき人の命を奪ったのならば、俺はこの個性を用いて多く人の命を救えばいい。

あいつが鬼になったあの日まで、俺は鬼をそれほど恨んでいたわけではなかった。

鬼が怖くて、自分に自信がない。そんな俺を、鬼の眼前に動かす力となる源は、崇高な信条や復讐心なんかじゃなかった。

目の前で震えている誰かを救いたい、その一心だった。

土壇場になるまで動けない俺は結局ダメな奴だと思うけどさ。

そんな俺でも、昔に比べたら少しだけ早く足が動くようになったから、俺の個性を使って誰かを助けることができたなら、今世で生まれてからずっと目を逸らしていた、嫌悪していた、この力を持ってしまった俺自身をやっと許せる気がする。

試合が終わってしばらくがたち、大破していたフィールドの修復も終わったようで一時休憩となっていた第三種目も再開していた。

試合はちょうど焦凍が圧倒的力を以て相手を倒したところだった。

彼がきびすを返した際に、観客席にいる俺と一瞬目が合ったが、すぐに逸らされた。

俺はモニターに表示されているトーナメント表を見やる。

次の対戦相手は焦凍だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーー!!!なんでこんな日に限って任務あんだよ!!」

 

人通りの多い交差点に於いても、彼の声はよく通っていた。悔しい気持ちを声に出して発散したくなる気持ちは、俺もまた今日という日を楽しみにしていたためよくわかるのだが、これ以上注目を集めては任務にならないため、俺は前世から付き合いのある彼を宥めることにした。

 

「落ち着くんだ伊之助。体育祭なら録画してあるから、任務が終わった後に一緒に見よう」

「そういう問題じゃねぇだろ権八郎!子分が頑張ってるのを見届けるのは親分の役目なんだよ!」

 

相変わらず名前を間違える彼は、俺の言葉を聞いても気持ちは治まらず、反論を述べた。

しかしここで彼の言葉を肯定するわけにもいかない俺は言葉を続けた。

 

「任務をこなすのがヒーローの役目だ。善逸を応援したい気持ちはわかるが、任務を放棄してはダメだ。義勇さんが言っていただろう、今俺たちが任務地へ向かわなければ犠牲者が出るかもしれないと」

 

俺がそういうと、苦言は申しつつも自身の役割をしっかり把握している彼は口をつぐんだ。

けれど伊之助の匂いが不満だと雄弁に語っていたため、俺は思わず苦笑いを浮かべた。

普段任務となれば猪突猛進とばかりに奮う彼がこうも不服を唱えるのにはある理由があった。

それは今日が善逸の通う雄英高校の体育祭であり、リアルタイムでそれが全国ネットで生放送される日であるからだ。

俺たちはもちろん、それに参加する善逸を画面越しにはなってしまうが全力で応援するつもりではあったのだが、タイミングの悪いことに任務の召集がかかってしまった。

肩を落とす俺といつも以上に食ってかかる伊之助に涼しい顔で義勇さんから告げられた任務は、ヒーロー殺しステインの捜索だった。

俺たちに課せられたのはあくまで捕縛ではなく捜索。戦闘中のプロヒーローの援護に入るのはまだしも、直接戦闘は避けろとのことだった。

何人ものプロヒーローがやられている中、仮免許しか所持していない俺たちでは力不足だというのが上層部の判断のようで、義勇さんは俺たちの実力は確かだと申言はしたのだと不平そうではあったが、それが妥当な判断だと俺は思った。

いくら前世は鬼殺隊士として戦場の最前線にいたと言える俺たちだとしても、今世ではまだ未熟者だ。

前世とは力の使い勝手も、条件も違う。一人前として扱うには、まだ不十分だろう。

人の多い通りをなんとか潜り抜け、目的としている路地裏が近づいてきたとき、鼻につく鉄の匂いに俺は一瞬眉を顰めたあと、ハッとして隣を走る伊之助の方を向いた。

 

「血の匂いがする…!急ごう、伊之助!」

「おう!俺の肌もあの路地裏からヤバイ感じをビンビン感じてるぜ…!」

 

角を曲がった先には、一人の男性が倒れ伏し、その男性に乗りかかるように包帯を体中に巻き付けた男性がいた。

倒れている男性はヒーローコスチュームを身につけており、確かヒーローネームはインゲニウム。

ヒーローは劣勢どころかもはや瀕死の状態。

明らかにまずい状況だ。

 

「伊之助、通りへ出てヒーローに応援要請をしてくれ!」

「権八郎、お前は…。わかった、十人でも二十人でも連れてきてやるよ!」

「頼んだ伊之助!」

 

今日義勇さんにも別件の任務が入っており、助けを求めることはできない。臨戦態勢の敵を前に、けが人を背負っての逃亡は無謀だ。ならば一方が応援要請、もう一方がここで敵の足止めが最善策。そして道が入り組んだ路地裏を抜けた先にある人混みをより早く抜けられるのは、体の柔軟さに自信のある伊之助が適性だ。伊之助もそれを瞬時に理解したのか、何か言いたいことはあっただろうがそれを呑み込んで、俺の指示を肯定した。

 

「餓鬼が二人、ヒーローコスチュームを着ているということはインターン生か。…厄介だな」

 

静かに燃ゆる真紅の双眼が俺たちを値踏みする様に見下ろした。

捕食者のそれに目が合った瞬間背筋に凍るような悪寒が走ったが、なんとかグッと睨み返して、同じく緊張感を放っている伊之助に向かって叫んだ。

 

「行け!!伊之助!!」

「おう!死ぬなよ、炭治郎!!」

 

彼は珍しく俺の名前を間違えることなく呼び、その言葉を皮切りに薄暗い路地裏へ走り出した。咄嗟に伊之助に向かって敵がナイフを放ったが、それを俺は日輪刀を抜刀して防ぐ。防がれた彼は小さく舌打ちをして、刃こぼれのひどい刀を構えた。

ここから後はどれだけ俺が怪我人を庇いつつ立ち回れるかが鍵となる。

 

「俺を殺していいのはあの人だけだ。お前が本物か、偽物か、審査してやる」

「戦っては駄目だッ!奴はもう、何人もヒーローを、殺してるッ!君もッ、さっきの子と一緒に、逃げるんだッ!!

 

ステインがこちらに向かって走り出したと同時に、インゲニウムが俺に逃げろと叫んだ。彼の言う通り、援助すべきヒーローすら倒れ伏してしまっている今、それが最も賢しい行動なのかもしれない。けれど、それはヒーローとしては有り得ない愚行だ。

俺は刀を構えて迎え撃つ準備を整える。

 

『ヒノカミ神楽 飛輪陽炎』

 

相手が俺の間合いに入った瞬間、呼吸を使って刀を振り下ろした。

しかし敵は瞬時にそれに反応して、渾身の一撃のつもりだったが避けられた。予想を遥かに上回るほどに、敵は戦い慣れしているし、強い。できれば諸刃の剣ともなり得る個性を使いたくはなかったが、そうはいかないかもしれない。

 

「重い一撃だ。強いな、当たったらの話だが」

「次は当てる!」

「それはどうかな。言っただろう。お前が本物か偽物か、審査してやると」

 

ステインはニイッと口角を上げ、相手にその剣撃を浴びせようと襲いかかった。その先は俺ではなく、

 

「危ない!インゲニウム!…ゔァッ!!」

 

俺は咄嗟にインゲニウムとステインの間に体を滑り込ませて、その太刀を代わりに受けた。肩を鉄に貫かれた痛みに表情を歪めつつも、なんとか俺も刃を振るって牽制を入れる。ステインが後方に退き、刀についた俺の血液を舐めた瞬間、急に体が硬直したように動かなくなった。

 

「ッ!?何を、した!!」

「あいつの個性だ…ッ。対象の血液を体内にッ取り込むことで、一時的に相手の動きを、止めることができるッ!」

 

俺が視線だけをステインに移すと、彼はニヒルな笑みを浮かべていた。彼は俺に歩み寄り、そのまま俺を素通りしてインゲニウムの前で止まり、刃を下に向けて柄を握り直した。

 

「額に痣のあるあいつは、お前を庇って怪我をした。自己犠牲の精神、そして先程の重い一撃、本物だ。生かす価値がある。だが、お前は違う。偽物は死ね」

「やめろぉ!!!」

 

目の前で刃が振り下ろされる。動けと何度体に鞭を打っても、指先一つ動かせない。こんなに近くにいるのに、手を伸ばせば触れられる距離なのに、届かない。

また見殺しにしてしまうのか、あの日のように。

俺は、また。

 

その刹那、大量の木の根が視界を遮った。

 

「!これは…」

「チッ、増援か。潮時だな」

 

根の出どころに視線をやると、そこにはシンリンカムイを筆頭とし、何人かのヒーロー達がいた。ステインは舌打ちを一つし、刃を振り切ることなく路地の壁を伝い、去って行った。

 

「ガハハハハ!!この山の王に恐れをなしたか敵!!」

「伊之助!」

 

伊之助がヒーローたちを連れて来てくれたんだ。

その後、インゲニウムはすぐに救急車で運ばれ、そのまま入院となった。

入院と言っても、医師の判断では後遺症は残らず、今後のヒーロー活動には全く支障がないそうだ。俺はそれを聞いて胸を撫で下ろした。

俺は肩の傷以外は軽傷だったので、病院で処置してもらい、そのまま帰宅となった。

事務所に戻り、義勇さんに今回のことについて報告すると、彼は俺の肩の傷を一瞥し、少し痛ましそうに眉を顰めた後、「よく戻った」と一言ポツリと溢した。

それを聞いた瞬間、誰も死なせずに済んだのだと実感が湧いて来て、目に涙の膜が張って視界がぼやけて、涙を流すまいと唇を噛み締めた。

何も出来なかった自分に、偶然もたらされた救済に安堵しているだけの自分でいたくない。

もっと強くなろう、強くなって、今度こそ絶対に守り抜いて見せると決意を新たにした。

 

ステインが逃げ仰せたことで、任務も一時的に区切りがついたということで、今日はそのまま事務所のテレビで雄英体育祭を、義勇さんと伊之助と共に見ることになった。録画は家のテレビでしているため、見損ねた部分はまた後日ということになったが、善逸はどうやらまだ勝ち上がっていたようで、今からでも十分応援できる。

今は第三種目で一対一の戦闘で、次はちょうど善逸の出番のようだ。

相手は敵連合の雄英高校襲撃事件の際に、俺が途中で出会った髪色が紅白になっている男の子、たしか今世の善逸の友人だ。

友達同士だとやりにくい部分もあるかもしれないが、どうか二人とも怪我はあまりしないで頑張ってくれ、と心の中で祈った。

 




次回の更新は2月7日18時を予定しております。読んでいただけると嬉しいです!


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クリード(後編)

体育祭編クライマックスです。


試合を直前に控えた控え室で、俺と焦凍は向かい合って椅子に腰掛けていた。

しばらく沈黙が続いていた時、ふいに焦凍が声を発した。

 

「善逸はすげぇな」

「へ?何が?」

 

いきなり始まった焦凍からの賛美に、俺は間の抜けた声を発した。言葉の意図が読み取れず、彼の瞳を見つめていると、やがて彼は言葉を続けた。

 

「初めて出会ったとき、お前は俺の親父の心を変えてくれた。そのおかげで俺は今、家族に辟易していた気持ちを抱くことがなくなった。それと同じように、第二種目で一緒に組んでた奴の気持ちまでお前は変えちまったんだ。善逸、お前はやっぱり凄ぇ奴だ」

「あ、えーと。実は俺第二種目の記憶全然ないんだよね。多分一緒に組んだ子の個性だと思うんだけどさ」

 

記憶にない時の話をされた俺は、気まずくなって目線をサッと横にずらした。俺の知らない俺の話をされることは以前から覚えのあることだ。皆何を勘違いして俺をこうも持ち上げてくれるのかはよくわからないけど、実力に見合わない称賛はどうも居心地が悪い。

 

「それはわかってる。けど言わせてくれ、お前の言葉には、人を変える力がある。かくいう俺もお前と関わって、幾度となく心を揺さぶられ、変えられた。それが良いことなのかはよくわからねぇが、少なくとも俺は善逸に感謝してる。だから、今度は俺が善逸を変えたい」

 

逃さないという意志の感じられる真っ直ぐな目線で射抜かれ、俺は思わず逸らしていた瞳を彼に向けた。

 

「緑谷との試合、個性使ってたな。あれほど忌避する個性っつーとこは、精神操作系のものだと思ってたが、まさか強化系統の物とはな。緑谷の言葉は善逸の心に届いて、善逸の個性を使わないという気持ちを変えた。緑谷に先越されちまったのは少し悔しいが、今度は俺が善逸の全部一人で抱えがちにしちまう癖を変えてやる。次の試合で俺は、お前に勝つ」

 

焦凍は言いたいことを全て言い終えたのか、スッと席を立った。

俺は彼が視界から外れてもなお、目の前の机をただ見つめていた。

変化、それは一見甘美な響きにも聞こえるかもしれないが、同時に憂悶なものでもある。変わるということは、ひとえに良いことというわけではない。前進もあれば後退もある。

当然、変えたくない意志や、思いだって人は一つや二つは持っているものだ。

それでも、彼になら。

焦凍なら、あの血塗られた日々を、悲痛な叫びを、凄惨な過去を、その中で生まれた絆を、一時の平穏なひと時を、全て知った上で俺を受け入れてくれる。

そう思えるほどには俺は目の前の彼に絆されている。

焦凍がドアノブに手をかけたところで、俺はやっと顔を上げてニッと笑った。

 

「何度も言うけど、俺だって負けないからな!」

 

除籍がどうとかではなく、今はただ純粋に彼に勝ちたい、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝ち残った生徒全員の一試合目が終わり、そのまま二試合目へと移行していった。俺は一歩一歩踏みしめるように歩き、フィールドに足を踏み入れた瞬間、室内にいた頃には感じられなかった会場の熱気と、遙か空で照り輝いている太陽の光に目を細めた。

反対側から焦凍も入場してくる。

緊張で少し顔が強張りがちの俺とは裏腹に、彼は涼しげな表情を浮かべている。しかし、その目には絶対に勝つという執念とも言える闘志がしっかりと表れていた。

そんな焦凍と目が合う。

だけど、俺も焦凍も言葉は何も発しなかった。

言いたいことは言ってきた。

ならばもう、後は自分の信念をかけて戦うだけだ。

 

「第二回戦、緑谷善逸対轟焦凍、スタートォ!!」

 

始まりの合図が聞こえた瞬間、俺はグッと膝を曲げた。個性を発動させ、体が作り変えていく音を聞くと同時に、焦凍が氷を出して俺の足場を固めにくる。それを上に跳躍することで避け、飛び出した氷を足場に焦凍との距離を一気に詰める。雷の呼吸と個性で極められた俺の速さは、もはや目で追うことすら難しい速度だ。

しかし中距離攻撃が優秀な個性故に、接近戦を苦手とする彼は、近接戦闘型の俺が距離を詰めてくることは容易に想像がいっていたようで、俺が抜刀する前に俺の服を掴み上げ、そのまま背負い投げした。

 

「ッ!?」

「俺だって体術は散々鍛錬積んで来たんだ。そう簡単に近づけると思うなよ」

 

焦凍の体術の技術が、前回手合わせした時に比べると急激に成長している。予想外の行動の驚き、体制を整えることなく宙を舞う俺に、追撃する様に彼は氷を作り出した。迫る氷を前に、俺は刀の柄に手をかけた。

 

シィィィィィィィィ。

 

『雷ノ呼吸 壱ノ型 霹靂一閃 八連』

 

その氷を俺が連撃で砕いた瞬間、焦凍は今度は左腕から炎を俺目掛けて放った。それを俺は体を捻ることでなんとか避けて地面に着地する。

少し服が焦げてしまったが外傷は負わなかった。しかし右側の氷と左側の炎で温度調節ができる焦凍相手に耐久戦をしては、まだ個性の扱いに慣れていない俺の方が先にガタが来るだろう。かくなる上は、一撃重いものを相手に当てるしかない。

次で決める、そう思いながら俺は左足をグッと後ろに出して、抜刀体制に入った。

それを危惧した焦凍が俺の技を妨害すべく氷を放つ。

それを一度横に避けた後、焦凍が再び氷を放つ前に抜刀体制を作ったその時、あの音が聞こえた。

たくさんの喧騒の中でも、聞き漏らすことのないその音は、かつて散々聞いた音だ。

幸せの箱に穴が空いている音。

もう一度会いたくて、もう二度と会いたくなかった、あいつの音だ。

俺の罪そのものを証明するような音。

俺は視線を上げて、観客席を見てしまった。

大勢の中でも引き寄せられるように、それは目に入ってしまった。

この世の全てが恨めしいとでも言いたいような、深い深い蒼黒の瞳。

観客席に、前世俺が斬った兄弟子がいた。

 

「獪、岳…」

 

 

先ほどまで煩いほどに響き渡っていたはずの喧騒が何故か全く聞こえなくなったように感じた。

そんな静寂の中で、彼が口を開いて、その口から漏れた音だけが、やけに鮮明に聞こえて、頭の中で木霊して、何度も再生された。

 

「なんだ、テメェも俺と一緒じゃねぇか、カス」

 

俺は目を見開いて、自身から鳴っている個性が解除される音を聞きながら、柄に当てていた手をソッと離した。

 

ドンッ!!!

そして、気づくと俺は場外の壁に叩きつけられていた。

 

「緑谷善逸くん場外。轟焦凍くん三回戦進出!!」

 

俺が呆然としていると、焦凍が怒ったような音を鳴らしながら俺に近づいてきて俺の胸ぐらを掴んだ。

 

「どうして個性を解除した!!なんでッ、本気でやってくれねぇんだよ…ッ!俺は、お前にッ」

 

泣きそうな程顔を歪めて苦しそうな表情を焦凍は浮かべていたが、俺が見ていたのは彼の後ろの観客席だった。そこにはもうあいつの姿はなくて、自分勝手にも俺は少しだけ安心してしまった。けれど、責められるような、突きつけられるようなあの言葉が、頭から張り付いて離れない。

獪岳が視界に映らなくなったことで、やっと俺は焦凍に目を向けた。

俺がよほど酷い顔をしていたのか、焦凍の音には怒りの中に心配が混ざり始めていた。

 

「善逸…?…ッ、とにかく今は医務室行くぞ」

 

ポタッという音がして、下を見ると、そこには赤い小さなシミが人工芝に染み付いていた。触れると手に付着したことで、やっとそれが今俺の肩から流れ出た血であることを理解した。

先ほどの氷で切っていたようで、俺の肩からは血が垂れ流れていた。呼吸での止血すら忘れていたことにその時初めて気づいたが、ボーッとして回らない頭では、焦凍に怪我をしていない方の腕を引かれるまま、医務室に向けて足を動かすことで精一杯だった。

 

こうして俺の体育祭は、釈然としないまま呆気なく終わってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

体育祭後、すでに何人かの教師も帰宅してしまったのか、いつもよりも静かな職員室に入り、俺は相澤先生の元へ向かった。

俺は彼の出した条件を突破できなかった。散々な結果だった。

当然、除籍処分だ。

俺は彼に自分の真価を証明することも、結果を残すことも、何一つ為せなかった。

悔しさから涙が滲んできて、日が傾いてきて窓から差し込んでくる光が眩しいことを言い訳に、目を閉じてしまいたかった。

それでも最後にこの学校の景色から目を閉ざすことはなんだかもったいなくて、それはしなかった。

彼の前で立ち止まり、顔を上げることは出来なくて俯いたまま探るように俺は言葉を発した。

 

「あの、先生…。今回結果を残せなくて、でも俺…ッ」

「今回の結果は惜しかったな。まぁ、個性使うの初めてじゃあんなもんだろ。気を抜かず、次に生かせよ」

「へ?」

 

どんな叱責をされるか、はたまたもう何も言わずに見捨てられるのかとドギマギしていたが、存外あっけらかんと言葉を発する彼に、俺はポカンと口を開いた。

 

「あの、俺除籍処分なんですよね?」

「あぁ、そのことか」

 

今度こそ何か言われるのだろうと、グッと肩に力を入れて耐えるように手を強く握り締めていると、相澤先生はポンッと俺の頭に手を置いた。

何故そんなことをするのかと目を丸くしながら彼を見つめると、彼はなんでもないことのように言葉を続けた。

 

「言っただろう。“今後も個性を使わないつもりならば、次の体育祭で結果を残せ”と。だがお前は個性を使った。お前は自分で掲げた『信条』よりも他者を多く救える『可能性』を選んだんだ。どんな心境の変化があったかは知らないが、固めた意志を変えることは一朝一夕でできることじゃない。それこそがまさに自己犠牲、ヒーローをヒーローたらしめるものだ。緑谷弟、お前は昨日誰よりもヒーローしてたよ」

「!」

 

相澤先生は少し乱雑に、クシャッと俺の髪を撫でた。その手つきがなんだか気怠そうで、一見冷めているようだけど温かい目でクラスの皆をいつも見守ってくれている彼らしかった。

彼の手のひらの温度が俺に移っていくように、頬が紅潮していくのを感じた。

ちゃんと見ててくれたんだ。

 

「だが、お前は個性に於いて他のやつより一歩も二歩も出遅れてるんだ。周りの同じ速度で成長してちゃ追いつけないぞ。励めよ、有精卵」

「ッはい!!」

 

彼もまた爺ちゃんと同じように、俺を見捨てたりなんかしない、俺の師範(せんせい)なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先程までいた煩い場所を離れ、不機嫌な心情を隠しもしない一人の青年が、夕暮れの大通りを歩いていた。

青年は考えていた。

やっていることは同じなのに、何故俺は失望され、あいつはあんなにも応援されているのか、と。

あいつも、『鬼』の力を使ったというのに。

だが、かつて鬼を屠っていたあいつの今世の個性が「鬼化」だという皮肉が、あいつを少しでも苦しめていると思うと、それだけが唯一青年の心に悦を感じさせた。

 

「俺を低く評価し認めねぇお前らは、死んで当然なんだよ」

 

仄暗い道へ入っていく青年は、独り言のようにその言葉を呟いた後、目の前のとあるバーの扉に手をかけた。

そしてその扉を勢いよく開けると、そのままズカズカと中へ入って行った。

そのバーの中にいた黒い靄の男と、身体中に手を貼り付けた男は青年を一瞥し、黒い靄の男が青年に問いかけた。

 

「ここに訪れたということは、この前の話を承諾するということでよろしいですね?」

「…俺に力をよこすっつー話は本当だな?」

 

青年の問いに対し、今度は手を身体中に貼り付けた男が、その手のひらの奥から覗く双眼をニィと細めながら答えた。

 

「それはもちろん。お前が望むの力を、先生は与えてくれるさ。ようこそ、敵連合へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

簡易な設定

 

 

我妻善逸(緑谷善逸)

出久くんの義理の弟

個性:鬼化

基本戦闘スタイル:雷の呼吸、個性

 

鬼化の個性は身体能力、回復力を飛躍的に上昇させるかなり凡庸性も高く、強個性。鬼滅時空の鬼のように藤の花の毒が苦手だったり、日光が苦手だったりはない。ただ、使いすぎると暴走して食人衝動に襲われる。トラウマは雷。意識を失った時にいつも以上の力が発揮される。

兄弟子のことは爺ちゃんを切腹させたことは恨んでいるけれど、裏切るという行動自体は自分の放置した責任もあると感じている。今回その件の兄弟子と再会したことで、個性を使うことの罪悪感を刺激されたが、今後はそれでも個性を使っていく所存。だけど今世の兄弟子の状況が気になっているのもまた事実。

 

轟焦凍

 

幼少期に善逸に救われてから、善逸に対してかなり好意高め。原作とは違い、すでに左側の個性も使うし、表情も多少穏やか。いつも隠し事ばかりの善逸の助けになりたいと思っているが、中々うまくいかずにもどかしく思っている。せめて善逸の心を少しでも癒すことができたならいいと思っている。

善逸との戦いで、手を抜かれたのではと憤慨したが、善逸の腕から流れる血液を見て少し冷静になり、彼を医務室へ連れて行った。善逸に言いたいことは五万とあったけれど、まずは手当てが先だと気持ちを抑えた。

 

 

 

 

緑谷出久

 

善逸のことはちゃんと家族で兄弟だと思ってる。雨の日の一件以来落ち込んでいる善逸を気にかけている、無謀だけど優しいお兄ちゃん。善逸との戦闘でだいぶ怪我はしてしまったが、原作ほどではない。けれど原作同様の拳の傷は残っている。

 

 

 

 

 

竈門炭治郎

 

今世でも賑やかな六人兄弟の長男

個性:爆血

基本戦闘スタイル:ヒノカミ神楽、水の呼吸

 

前世で善逸が目の前で死んだことはかなりショックだった。なまじ失うことの多い人生を歩んで来たため、仲間が傷つくことがトラウマとなっている。

インゲニウムの一件で今回そのトラウマが少し刺激された。

現在義勇さんの創設した事務所にインターン生として所属しており、敵連合の潜入任務をしていた。父が存命のため、花札柄の耳飾りは受け継いでいないが善逸から、それに似た柄の耳飾りを貰ってそれをいつも付けるようになる。

 

 

 

 

 

嘴平伊之助

 

全力で周りを振り回す末っ子気質兼、親分

個性:剣化

基本戦闘スタイル:獣の呼吸、個性

 

前世での善逸の死はショックではあったが、自然の摂理というものを大切にしている彼は炭治郎ほど引きずってはいない。それでも今世ではばっちり守りきるつもり。

なんていったって俺様は親分だからな!!

 




次回の更新は2月9日18時に投稿予定です。読んでいただけると嬉しいです!


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ストレンジ(前編)

相澤先生の話が終わり、無事除籍処分を免れた俺は、一人帰路についていた。出久には怪我のこともあったし、疲れもあるだろうからと早めに帰るよう促した。焦凍は職員室を出た時にはすでにいなかったため、先に帰ったのだと思う。

冷静になって考えると、俺は焦凍に対してとても不誠実なことをしてしまったと思う。あんなにも怒りを露わにする焦凍を見たのは久しぶりだった。医務室へ行く道すがらも、彼は一言も言葉を発してはくれなかった。

よもや嫌われてしまったのではと俺の思考は沼に嵌るように、どんどん悪い方向へと落ちていく。

陰鬱な気持ちを吐き出すように、ハァとため息を一つ零すと、不意に後ろから足音が聞こえて振り返った。

 

「うぉ。よぉ、さっきぶりだな」

「心操くん…?」

 

心操くんは俺がいきなり振り返ったことに驚きながら、一瞬上がった心拍数をなだめるように、緩慢な動きで右手を軽く上げた。目の下に隈をこさえた彼と話すのは、体育祭での第三種目のトーナメント発表以来だけど、あの時の彼の言っていたことは、今思い返してもよくわからない。

そういえば焦凍も、俺が心操くんを救ったと言っていたが、それと何か関係があるのかな。そう考えた辺りで、再び憤慨する焦凍を思い出して、また俺の気持ちは沈んでいく。

焦凍のことともう一つ俺には懸念していることがあり、そのせいでどうしても今の俺の心は、手負いの獣のように敏感になっていた。

 

「なんか落ち込んでんのか?確かに随分ド派手な負け方してたしな」

「それもあるけど。獪岳…、あっ、俺の昔の知り合いのことも気になっててさ」

 

俺は心の内を漏らすようにそうぼやいた。普段ならば前世のことをこうもあっさり漏らすことはなかった俺だけど、あまり知らない間柄の人にだからこそ言えることがある。それに対して反応を望んでいたわけではないが、目の前の彼は俺の予想とは裏腹に、意外だとばかりに目を見開いた。

 

「お前も普通科で最近話題になってる噂を知ってたのか」

「噂?」

「さっきお前が言った獪岳のことだよ」

 

彼の口からあいつの名前が出たことで、今度は俺が目を見開いた。

 

「獪岳を、知ってるの…?」 

 

たらりと冷えた汗が背中を伝い、唾を一度飲み込んでから、緊張で少し掠れた声を俺は発した。心操くんは一瞬訝しげな表情を浮かべたが、すぐにいつもの気怠げな顔に戻して口を開いた。

 

「2年前、桑島獪岳という当時一年生だった普通科の生徒が、雄英体育祭でヒーロー科を出し抜き、優勝するという偉業を成したというのが、雄英体育祭前の普通科内で浮上する噂だ。それを部活動中に先輩から聞いた奴がいてな。近年稀に見ない出来事に、マスコミ陣はもちろん、多くのプロヒーローが彼に注目した。当然ヒーロー科移籍なんて話も上がったさ。彼の努力を近くから見守っていたであろう彼の担任も、ヒーロー科への移籍の件を強く推薦していた。けど、ある理由から、それが通ることはなかった。そして雄英体育祭から数日後、彼は行方不明になった。彼と同学年の奴からは絶望のあまり自殺しただとか、敵に転向しただとか、そんな信憑性のない与太話がまことしやかにささやかれてる」

「…移籍が許されなかったある理由って、何?」

 

行方不明になったという話も気になったが、まずはそこが聞きたかった。

あの蒼黒の瞳には、微かに絶望と憎悪の色が滲んでいた。

全てを飲み込むような、淀んだ黒。

その正体につながる手がかりが、そこにはある気がした。心操くんの言葉を一字一句聞き逃すまいと、俺が彼を見つめると、彼はやがて諦めたようにため息を一つ漏らした後、気の毒そうな表情で、目を伏せながら言った。

そのとき発せられた言葉に、俺はこの世界の残酷な事象を叩きつけられたような、そんな感覚に陥った。

 

「それは彼が、桑島獪岳が、無個性だったからだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「善逸くん!少しいいだろうか!」

「飯田くん?どうした?」

 

朝学校に着くと、いつも通りの飯田くんに声をかけられた。彼の快活な声は、体育祭の話題で賑わっている教室内でも問題なく響き渡っていた。

 

「先日の兄の件については知っているだろうか」

「うん。出久から聞いてるよ」 

 

出久からの話によると、彼の兄が体育祭が行われていた時と同時刻に、任務で重傷を負ったということだったから、心配していたけれど特に普段と変わり無いように表面上は見えた。だけど心の中の音は、あまり穏やかではないようだ。尊敬する兄が敵にやられたとあっては、その敵に対して思うところがあるのは仕方ないことかもしれないが、それが積もりに積もって、道理から外れてしまうことにならなければいいけれど。誰よりも道理をわきまえている、真面目な彼だからこそ、一度空回りを始めてしまうと重篤化しそうで怖い。

 

「そのことで君の友人たちにお礼が言いたい!」

「俺の友人?」

「敵連合に潜入捜査していた彼らのことだ」

 

炭治郎たちのことは、敵連合の襲撃事件の際に顔を合わせた生徒も多かったということから、彼らが敵連合に潜入していたヒーロー側の人間であることは、相澤先生がA組の皆に説明していた。そして、彼らと俺が面識があることも周知の事実となっていた。

 

「炭治郎たちがどうかしたの?」

「彼らが兄さんのピンチに駆けつけたらしい。そのおかげで兄さんの怪我は最小限で済んだ。もし彼らがいなければ、兄さんはヒーロー活動を続けられなかったかもしれない。彼らには、感謝してもしきれないよ。もちろんできることなら直接伝えたいが、彼らとの接点が俺にはないからな。君が伝えてはくれないか?」

 

俺が問いかけると飯田くんは、少し晴れやかな音を鳴らしながら言った。

俺自身も、思わぬところで友人達の活躍が聞けて、図らずとも頬が緩んでいくのを感じた。

 

「わかった。次会ったときに必ず伝えとくね」

「ありがとう!頼んだ」

 

俺がそう言うと、飯田くんは満足したのか自分の席の方へ歩いていった。

俺も自分の席に着こうかとしていた時に、タイミングを伺っていたのか、今度は焦凍に声をかけられた。

 

「善逸。昨日のことで、話したい」

「焦凍…。うん、わかった」

 

意図したわけではないけど、焦凍に酷い仕打ちをした自覚はある。膨れ上がる闘志のままに、宣戦布告をしてきた彼を思えば、俺のしたことの不義理さは顕著だ。だから俺は、彼にどのような罵詈雑言を浴びせられたとしても、受け入れる義務があった。

俺は覚悟を決めて、廊下へと足を向けた彼の背中を追った。

 

「昨日のことは、悪かった」

「へ?」

 

第一声目からの謝罪に、俺は出鼻を挫かれたように裏返った声を発した。

昨日の出来事を何度思い返しても、俺は焦凍に恨まれることはあれど、謝られる理由がわからない。俺が彼の行動を理解出来ず目を丸くしていると、彼は言葉を続けた。

 

「昨日帰ってから、頭冷やした後に気づいた。個性を初めて使ったら、誤作動もあるよな。なのに俺は善逸の話も全く聞かずに掴み掛かっちまった、すまねぇ」

「え!?そんなこと全然気にしなくていいよ??それにごめんはむしろ俺のセリフだよ」

 

俺は頭を下げる焦凍に慌てて言葉を返した。

あの時個性が解除されたのは、焦凍の言うように誤作動だったのか、俺の意思によるものだったのか、それは今となっては俺にも判断がつかない。

けれどあの時、獪岳の言葉を聞いたとき、俺の中の戦意が喪失してたのもまた、確かなことだ。

 

「俺の方こそ、本気でやってる焦凍に対して不誠実なことした、ごめん。俺、あの時他のことに気を取られてたんだ」

「確かに善逸は俺を見てなかったな。善逸があの時執拗に見てたやつが、お前が自分の個性を頑なに使わなかった理由か?」

「っ、どうしてそう思ったの?」

 

焦凍からの質問に、一瞬言葉を詰まらせた俺は、卑怯だとわかっていながらも、質問を質問で返した。けれど焦凍はそれを見越していたように、すぐさま質問の理由を言った。

 

「善逸の目が俺の後ろにいる『何か』を捉えた瞬間、善逸は個性を使うのをやめた。それはそこで見たものが少なからず善逸の精神に影響を及ぼすものだったからじゃねぇのか?それだけじゃねぇ、善逸あの時自分がどんな顔してたか知ってるか?亡霊にでも会ったような顔してたぞ」

 

亡霊、焦凍はほとんど何も知らないはずなのに、何故か言い得て妙だった。

かつてあいつの首を切った俺からすれば、あいつとの再会はまさしく亡霊を見たと言っていい。

俺の返答を待つように、ジッと色の違う双眼に見つめられて、いたたまれなくなった俺は観念したように口を開いた。

 

「そうだよ。明確には違うけど、きっかけはあいつだった」

「そうか」

 

俺が自身の個性を毛嫌いしていたのは、元鬼殺隊士としての吟味であったり、鬼に対しての恨みであったりしたが、その恨みの大元自体が、獪岳だった。全てが彼のせいだというわけではないけれど、かつて何も持たずして生まれた俺が、やっと手に入れたものを壊していった彼に対して、恨みの感情を抱かずにはいられなかった。

こんな感情は、何も変えられなかった俺の、ただの八つ当たりにすぎないのかもしれないけれど。

 

「追求しないの?」

「しねぇ。今はまだ、な」

「何か含みのある言い方するな」

 

海の波が静かに靡いているような音を発している彼の心情を探るように、俺が言葉をかけると、彼は微かに口元に笑みを浮かべた。

 

「もう受け身でいるのは辞めたからな。今度こそ、真っ向から善逸に勝って、俺の抱えてるもの一緒に背負ってほしいって、絶対言わせてやる」

 

逃がさないとばかりの眼光だ。

少し見ないうちに一つも二つも頼もしくなった焦凍の言葉に、俺は目をパチクリさせた。出会った当時の、理不尽な親の暴力とも呼べる加虐に耐えるだけだった彼はもういない。若干子供の成長を見守る親の気分になって、胸にツーンとするものを感じながら、俺はこみ上げてくる温かいものに身を委ねて、ふにゃりと不格好に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日のヒーロー情報学はコードネーム、ヒーロー名の考案だ」

 

相澤先生が言い終わるや否や騒ぎ出すクラスメイト達を横目に、俺は急に上がる音量に耐えるために自分の両耳を塞いでいた。あの相澤先生の前振りからのこの展開は、もはや慣れたものだ。そして騒ぎ出した生徒達を相澤先生が睨みつけ、静かになるまでがいつものパターンだ。

 

「というのも、先日話したプロヒーローからのドラフト指名に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積み、即戦力として判断される2、3年から。つまり、今回一年のおまえらにきた指名は、将来性に対する興味に近い。卒業までに、その興味が削がれたら一方的にキャンセルなんてことはよくある。で、その集計結果がこうだ」

 

相澤先生がリモコンを弄ると、設置されていたプロジェクターが起動して、黒板に棒グラフが表示された。俺への指名は196件と、体育祭の順位の割には多い方だった。逆に出久の名前はなかった。あの試合を見て、危険だと判断されたのかもしれない。

 

「この結果を踏まえ、指名の有無に関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう。お前らはUSJの時、一足先に敵との戦闘を経験してしまったが、プロの活動を実際に体験して、より実りある訓練をしようってことだ」

 

なるほど、そこで使用されるのがヒーロー名ということか。

そのあと、相澤先生の話の途中にミッドナイト先生が教室の扉を豪快に開けて入ってきた。これから考案するヒーロー名はまだ仮ではあるが、あまりテキトーなものを付けてしまうと、後々少し困ったことになるらしい。俺もここで黒歴史を生成するのは避けたいので、真面目に考えることにする。

 

「まぁ、そういうことだ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう。俺はそういうのできん。将来自分がどうなるのか、名を付けることでイメージが固まり、そこに近づいていく。それが、名は体を表すってことだ」

 

前から回ってきた色紙を一枚取り、後ろに回した。そこに考えたヒーロー名を書けばいいようだ。配り終えるとすぐに相澤先生は寝袋の中に入り、仮眠の準備に入ってしまった。静かな教室で彼の微かな寝息と、ひたすらペンを擦るような音だけが響いていた。

 

「じゃあそろそろ、出来た人から発表してね」

 

ミッドナイト先生の言葉に促され、最初に教壇に上がったのは青山くんだった。中々個性の強いものが発表されたが、ミッドナイト先生もそこは慣れていたのか、サッと簡単な直しだけを入れて、それは容認された。一人ノリよくヒーロー名を発表したことで、他の生徒も緊張がほぐれたのか、彼に続くようにどんどん皆自身のヒーロー名を発表していった。

 

「ヒーロー名、思ったよりもずっとスムーズに進んでるじゃない。残ってるのは再考の爆豪くんと、飯田くん、そして緑谷兄弟ね」

 

俺もそろそろ発表しないと、そう思ってペンを走らせた。そして書き終えた色紙を持って、教壇を登る。

興味深そうに眺めるクラスメイト達によく見えるように、色紙を支えた。

 

「『(いかづち)』…ね、チャージズマとちょっとかぶってる気もするけど、いいんじゃない!」

 

ミッドナイト先生が楽しそうな音を鳴らしながらそう言った。

最初は今世では使われなくなった苗字にしようかとも考えていた。

けれど、やっぱり俺は爺ちゃんが教えてくれたものを大事にしていきたいから。

この名前を背負える、そんな人間になりたい、そう思った。

 

 

たとえそれが、二度目の兄弟子との対立を招いたとしても。




次回の更新は2月10日18時を予定しております。読んでいただけると嬉しいです!


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ストレンジ(後編)

「さて、全員のヒーロー名が決まったところで、話を職場体験に戻す。期間は一週間。肝心の職場だが、指名のあった者は個別にリストを渡すから、その中から自分で選択しろ。指名のなかった者は、あらかじめこちらからオファーした全国の受け入れ可の事務所40件、この中から選んでもらう。それぞれ活動地域や、得意なジャンルが異なる。よく考えて選べよ」

 

確かに、個性が千差万別なこの世の中、戦闘が得意なヒーローもいれば、サポートに長けたヒーローもいるだろう。俺は前線を張れる戦闘系だ。とは言っても、正直ヒーローの事務所にあんまり詳しくないんだよね。

俺は配られた自分を指名してくれた事務所が連ねられているプリントを流し読みしながらため息を一つついた。

そのとき、一つのヒーロー事務所の名前が目に止まった。

 

「あれ?ここって確か…!」

 

俺は見知った事務所名を見つけた感動を押し殺すことなく、そのままの勢いで事務所名をプリントに記入した。

 

『水柱ヒーロー事務所』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員コスチューム持ったな。本来は公共の場じゃ着用禁止の身だ。落としたりするなよ」

「はぁーい!」

「伸ばすな、「はい」だ、芦戸。くれぐれも体験先のヒーローに失礼のないように。じゃあ行け」

 

元気溌剌と声を上げた芦戸さんを軽く叱りつつ、最終確認を終えた相澤先生は、生徒たちにそれぞれの体験先へ向かうよう指示を出した。

各々が駅に向かって歩き出す中、俺は出久と麗日さんに引き止められている飯田くんの方をチラリと見た。

飯田くんから聞かされていた保須市で起こったとされるヒーロー殺しの事件は、後日テレビで放映されていた。

その一件以来、飯田くんの誠実な音の中に、少しの不協和音が混じり始めたことが気がかりだった。

だけどそれほど親しいわけでもない俺に言えることなどほとんどないだろうと思い、俺は自分の体験先に向けて足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度か電車を乗り換え、俺は水柱ヒーロー事務所へやってきた。

階層の多いこのオフィスビルの2階が、事務所になっているようだ。3階、4階は住宅スペースとなっており、住み込みでの仕事も可能らしい。そのビルの近くの電柱に、身を隠すようにしてビルの窓を見張っている女性がいて、怪訝に思ったが彼女の音を聞いてその正体を察した。

彼女からは真実を暴きたいという音がガンガンなっていたが、そこに悪意の音は混じっていなかった。大方スクープを追うマスコミの人だろう。義勇さんはマスメディアには滅多に姿を現さない謎多き人物として、ヒーロー業界で有名らしい。俺がUSJ事件まで、義勇さん達のことを全く認知できていなかったのもそのためだ。謎が多い分、根も葉もないことを面白おかしく記事にされることもあるらしい。その中でも、芸能人とかによくある熱愛報道をされたこともあるらしいけど、その真実は迷子になった4歳の女の子を保護していただけだった。一体何を勘違いされれば4歳の少女と恋愛しているなどという噂が流れるのかはよくわからないけれど、幸い完全にネタとわかる文章だったため、それは炎上することなく鎮火されたのだと以前炭治郎から聞いた。

 

時計を確認すると、職場体験の開始時刻を回りそうだったため、俺は目の前にそびえ立つビルの自動ドアを潜った。

ビルに入ってすぐに見えたフロントにいる女性に、職場体験で来たことを伝え、二階へ上がるエレベーターまで案内してもらった。

二階に着いて扉を開けると、そこにはインターン生である炭治郎と伊之助と、知らない男性がいた。

 

「善逸!よく来たな!」

「遅っせぇぞ紋逸!」

「時間ピッタリだわ!!えっと、おはようございます。雄英高校ヒーロー科一年の緑谷善逸です。一週間の間、よろしくお願いします」

 

伊之助からの理不尽な言動にツッコミを入れつつ、腕を組んでどっしりと構えて居る、頬に男前な傷があることが特徴的な宍色の髪をした男性に挨拶した。

 

「あぁ!職業体験に来た学生だな?義勇から話は聞いている。俺は水柱のサイドキックの鱗滝錆兎だ!ヒーロー名は『ウォータービースト』。短い間ではあるがよろしく頼む」

「よろしくお願いします。鱗滝さん」

 

鱗滝さんは自己紹介を終えると、快活で人の良さそうな笑みを浮かべた。

水柱ヒーロー事務所で肝心の義勇さんが見当たらないことを疑問に思い聞いてみると、少し前まで炭治郎達が侵入捜査していた敵連合の件で上層部との打ち合わせがあるらしく、今は東京に出張中らしい。

 

「早速だがお前の実力が見たい。こことは別の建物になるが、うちの事務所が所持している訓練施設があるんだ。まずはそこへ移動するぞ。ついて来い」

「はい!」

 

いよいよ職場体験開始だ。俺は意気込みながら、若いのにどこか貫禄のある、逞しい背中を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

たどり着いた建物は、広々とした空間の広がる簡素な訓練場だった。そこは二階建てで、二階にはトレーニング用の器具が一式揃っているらしい。ヒーローコスチュームに着替えた俺は、同じくヒーローコスチュームを着込んだ炭治郎と伊之助と向かいあった。

そこで鱗滝さんが話始める。

 

「ここで緑谷には、炭治郎との模擬戦闘を行なってもらう」

「なんで権八郎だけなんだよ!」

 

鱗滝さんの言葉に、伊之助がすぐさま噛み付いた。俺も疑問に思ったことだったので、鱗滝さんを見つめると、彼はすぐにその答えを返してくれた。

 

「それは炭治郎も緑谷も用途は違えど、同じ身体能力を強化することのできる個性だからだ。雄英体育祭での緑谷の試合は見ていたが、まだ個性が体に馴染んでいないように感じた。訳を深く追求するつもりはないが、なんらかの理由があって、最近まで個性の使用を控えていたんだろう。違うか?」

「…あってます」

 

あの数十分ほどの試合で、それほど見抜けるものなのかと、俺は素直に感心した。炭治郎と伊之助は気づかなかったとばかりに目を見開いて、こちらを見ていた。二人は俺の個性のことは体育祭で見ていたようだが、気遣ってくれたのかそれについて深くは聞いてこなかった。伊之助なんてどんな際どい話でも、遠慮なしに聞いちゃいそうに見えるかもしれないけどさ、あいつあぁ見えて人の機微に敏感なところがあるんだよな。彼のそういうところに、個性に対する心の疲労や不安が、少しだけ軽減された気がする。

 

「個性の使い方っていうのはとにかく慣れが重要だ。そしてその演習には似た個性を持つもの同士でやるのが、最も効率的だろう。納得したなら準備を始めろ!」

「「はい!」」

 

俺と炭治郎は同時に返事をした。伊之助は仲間外れにされたと感じたのか、少しいじけたような音を鳴らしていたが、そこですかさず鱗滝さんがフォローを入れた。

 

「伊之助は二人の戦闘を観察しておけ。お前と緑谷は同学年ではあるが、伊之助は個性を使う先輩として、そしてヒーローの先輩として、後輩である緑谷にしっかりアドバイスしてやれよ」

 

先輩という言葉に耳聡く反応を示した伊之助は、あっという間にいつもの元気さを取り戻して、「フハハハハ!!!まかせろ!この先輩で、親分の伊之助様がしっかり子分にアドバイスしてやる!!」と言った。

伊之助の調子も戻ったところで、鱗滝さんは俺と炭治郎に竹刀を一つずつ投げ渡した。

それを受け取ると、俺は鱗滝さんに指示された配置につき、開始の合図を待つ。

それを見た鱗滝さんが口を開いた。

 

「準備が整ったようだな。それでは、始め!!」

 

最初に動いたのは合図とともに飛び出した炭治郎だった。彼から個性が発動する音が鳴っている。

俺は炭治郎の個性を知らない。

鱗滝さんは炭治郎の個性を身体能力能力を上げる個性だと言っていたが、それはどの程度なのか、またどの部分なのかがまだわからない。

とにかく気を張らないと一瞬でやられかねないと思った俺は、すぐに個性を発動させた。

炭治郎から放たれた剣撃を竹刀で防いだ後、足払いを仕掛けた。

それを素早く察知した炭治郎は上へ跳躍し、そのままかかと落としを繰り出す。俺はそれをバックステップで避けた後、わずかに開いた横腹目掛けて竹刀を振るったが、それを間一髪で防がれてしまう。それでもなんとか攻撃を入れようと押し問答を続けたが、拉致が開かないと察し、互いが同時に後ろへ飛び退く。

それから仕切り直して俺は呼吸と個性で強化された速さで相手の背後へ回り込み、奇襲をかける。

しかし炭治郎はそれを予測していたのか、俺が移動した場所にピンポイントで竹刀を打ち込んだ。

足に意識が向いていたことで反応が遅れた俺はそれをもろにくらってしまい、後ろに吹っ飛ばされた。なんとか受け身を取り、衝撃を緩和したが、俺が立ち上がる前に炭治郎が次の手を仕掛けた。俺はそれをギリギリのところで防ぐ。

そのままどちらにも大きい攻撃が入らないまま均衡を保っていたが、それは長くは続かない。

何度も打ち合ったことで床に垂れていた汗で一瞬、俺の足がもつれてしまった。

その一瞬の浮遊感に意識が向いてしまったところを、この目の前の男は見逃さない。すぐさまその隙をついて竹刀が迫ってくる。

そしてそれは俺の首の近くで寸止めされた。

 

「そこまで!!」

 

鱗滝さんの声で、炭治郎と俺は竹刀を下に下ろした。

戦闘中には気がつかなかったが、今までで一番長く個性を使っていた俺は、思ったよりも消耗していたようで、その場に座り込んだ。

 

「やっぱ炭治郎は強いなぁ」

「善逸こそ強かった!最後汗で足を滑らせていなかったら、負けていたのは俺だったかもしれない」

 

根が優しい炭治郎はそう言っているが、彼は息こそ上がっているものの、まだ余力が残っているように見える。

 

「それじゃあさっきの試合の反省会だ。伊之助、何か気づいたことはあるか?」

「紋逸の動きが硬ぇ」

 

率直に告げられたその講評は、俺にも自覚があったことなので、グサリと心に突き刺さった。まだ個性と呼吸で強化された速さに慣れていないので、どうしてもワンテンポ遅れてしまうところがあるのは否めない。

理由はそれだけではないけれど。

 

「その通りだな。個性を使うことにどこか戸惑いを覚えているように見えた」

 

伊之助の意見を、鱗滝さんも肯定した。もう一つの理由を正確に当てられ、俺は肩を落として視線を下に下げた。

出久の言葉を聞いて、俺はこの個性は自分の力なのだと認めることが出来た。

だけど、まだ受け入れることが出来たわけじゃない。

 

「善逸」

 

不意に声をかけられて、俺は下げていた視線を上げた。そこには真っ直ぐな瞳で俺を射抜く炭治郎の顔があった。

 

「俺たちにはかつての記憶がある。善逸が自分の個性に思うところがあるのも無理はないと思う。だけど昔は個性もヒーローもなかったんだから、そんなに深く考えることはないんじゃないか?個性は体の一部だ。どれだけ切り離そうとしたって切り離せるものじゃない。その力はもうとっくに善逸のものだ。過去の業は囚われるものじゃなくて、噛み締めるもの。善逸の力なんだから、善逸のやりたいように使って、思うままにヒーローを目指せばいい。大切なのはどんな力を持ったかじゃなくて、その力をどのように振るうかだと俺は思う。善逸はその力を正しいことのために振るえるはずだ。大丈夫!善逸ならできるよ。俺は善逸を信じてる」

「炭治郎…」

 

炭治郎は泣きたくなるような優しい音を鳴らして、慈しむように笑みを浮かべた。その笑顔は降り積もった雪を溶かす太陽のように、俺の中に蔓延る罪悪感を消していくようだった。

俺はいつも個性を使う時に、後ろめたさを感じていた。

個性を初めて使った日から、この気持ちを認めて、生涯背負っていくつもりだった。

 

「だからもう、俺の一等優しい友人を責め続けるのはやめてくれ」

「…っ、うんッ」

 

どんどん視界が歪んでいく。堪えきれなくなった雫が、一つ二つと溢れていった。それを人差し指で掬うようにしてくれる炭治郎の顔が完全に長男の顔になっていたので、これは俺を弟と重ねているやつだと察した。

まだ小学生や中学生の子と重ねられていることに、心中は複雑になりながらも、惜しみなく長男力を発揮している炭治郎に、なんだか笑みが溢れてしまった。

炭治郎の言う通り、俺は考えすぎだったのかもしれない。

 

だってこの世界にはもう鬼はいないのだから。

 

この力で誰かを救えるのなら、それで万々歳じゃないか。

俺は今まで個性を使った中で、一番晴れやかな気分だった。

 

「そろそろ昼時だな。事務所に戻って昼食にするぞ。伊之助はもう先に行ってしまったがな」

 

やけに静かだと思ったら、もうすでに伊之助はいなかった。それがこの空気を配慮してだったのか、自分の腹の虫に従ったのかはわからないが、おそらく後者だろう。

 

「俺たちも行こうか、善逸」

「そうだな」

 

俺は炭治郎に手を貸してもらって立ち上がった。

そして二人で前をいく鱗滝さんを追いかけた。

そのとき少し体に違和感を覚えた気がするが、気のせいだろう。

それよりも今はこの『空腹感』の方が断然重要だ。

張り詰めていた感情が一気に霧散したおかげが、いつも以上個性を酷使したせいだろうか。

 

_______なんだかすごくおなかがすいたなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

簡易な設定

 

 

我妻善逸(緑谷善逸)

出久くんの義理の弟

個性:鬼化

基本戦闘スタイル:雷の呼吸、個性

 

鬼化の個性は身体能力、回復力を飛躍的に上昇させるかなり汎用性も高く、強個性。鬼滅時空の鬼のように藤の花の毒が苦手だったり、日光が苦手だったりはない。ただ、使いすぎると暴走して食人衝動に襲われる。トラウマは雷。意識を失った時にいつも以上の力が発揮される。

兄弟子のことは爺ちゃんを切腹させたことは恨んでいるけれど、裏切るという行動自体は自分の放置した責任もあると感じている。今回その件の兄弟子と再会したことで、個性を使うことの罪悪感を刺激されたが、今後はそれでも個性を使っていく所存。その罪悪感も炭治郎のおかげでだいぶ薄れた。兄弟子の今世でのことを聞いてしまい、心中穏やかではない。

個性を酷使した際何か違和感が…?

 

轟焦凍

 

幼少期に善逸に救われてから、善逸に対してかなり好意高め。原作とは違い、すでに左側の個性も使うし、表情も多少穏やか。いつも隠し事ばかりの善逸の助けになりたいと思っているが、中々うまくいかずにもどかしく思っている。せめて善逸の心を少しでも癒すことができたならいいと思っている。

どんどん一人で奔走していく善逸を前に、もう受け身でいるのはやめた。

鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス。

 

 

緑谷出久

 

善逸のことはちゃんと家族で兄弟だと思ってる。雨の日の一件以来落ち込んでいる善逸を気にかけている、無謀だけど優しいお兄ちゃん。

 

 

 

 

竈門炭治郎

 

今世でも賑やかな六人兄弟の長男

個性:爆血

基本戦闘スタイル:ヒノカミ神楽、水の呼吸

 

前世で善逸が目の前で死んだことはかなりショックだった。なまじ失うことの多い人生を歩んで来たため、仲間が傷つくことがトラウマとなっている。

インゲニウムの一件で今回そのトラウマが少し刺激された。

現在義勇さんの創設した事務所にインターン生として所属しており、敵連合の潜入任務をしていた。父が存命のため、花札柄の耳飾りは受け継いでいないが善逸から、それに似た柄の耳飾りを貰ってそれをいつも付けるようになる。雄英体育祭で善逸の個性を知り、実はずっと気にかけていた。今回その気持ちを伝えることができて満足。

 

 

 

 

 

嘴平伊之助

 

全力で周りを振り回す末っ子気質兼、親分

個性:剣化

基本戦闘スタイル:獣の呼吸、個性

 

前世での善逸の死はショックではあったが、自然の摂理というものを大切にしている彼は炭治郎ほど引きずってはいない。それでも今世ではばっちり守りきるつもり。

なんていったって俺様は親分だからな!!

そんでもって先輩だからな!!

 




次回の更新は2月12日18時を予定しております。読んでいただけると嬉しいです!


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ディスタービング(前編)

「うをぉーー!飯だー!!」

 

俺たちを先導する様に伊之助が叫びながらロビーを駆け抜けていく。

水柱ヒーロー事務所へ戻ると、そこは食欲をそそられる美味しそうな匂いが充満していて、一人の女性が食事の用意をしていた。

その女性はこちらに気づくとパッと明るい顔になり、俺たちに笑いかけた。

 

「おかえり!昼食の準備はできてるよ。君は職業体験の子かな?初めまして私は鱗滝真菰、この事務所の職員をしているよ。よろしくね」

「あっ、初めまして!緑谷善逸です。雄英高校からきました」

「知ってるよー。体育祭すごかったね」

 

どこかおっとりとしていて気さくな雰囲気の彼女に、俺は少し上がっていた肩の力を抜いて、彼女の名前で疑問に思ったことを聞いてみた。

 

「あの、鱗滝って…」

「ん?あぁ、私は錆兎の従兄弟だよ。だから錆兎の昔の話もいっぱい知ってるよー。知りたい?」

「っその話はいいだろう!早く席につけ、飯にするぞ」

「えへへ、怒られちゃった」

 

気恥ずかしそうな鱗滝さんが話を締めくくると、真菰さんは悪戯っぽい笑顔を俺に向けた。その笑顔に一瞬ドキッとしたが、俺は邪心を振り払うように禰豆子ちゃんの笑顔を思い浮かべた。

鱗滝さんに促され、席についた俺たちは挨拶をして各々昼食を食べ始めた。

 

「しっかり食え。午後からはパトロールをするからな。ここら辺はヒーロー殺しの一件以来、厳重な警戒体制となっている。気を引き締めておけ」

 

ヒーロー殺し。それは敵(ヴィラン)名ステインと呼ばれる数多くのヒーローたちを再起不能にした凶悪な犯罪者だ。

そんな彼と対峙することなど、まだヒーロー仮免許も取得していない俺では想像もできないことだけど、すでに炭治郎たちは一度交戦しているらしい。

俺は炭治郎たちと自分の差をここに来て初めて強く実感した。それと飯田くんに頼まれたことを思い出し、俺はそれを炭治郎たちに伝えた。

 

「炭治郎たちはヒーロー殺しと一度戦ったことがあるんだろ?クラスメイトにインゲニウムの弟がいるんだけどさ。その子が炭治郎たちに感謝してたよ」

「そうなのか?それはよかったが、俺は自分が感謝されるほどの働きができたとは思えない。だから今度こそは捕まえてみせる!」

「今度は俺にも戦わせろ!!」

 

炭治郎がムン!と息巻きながら宣言し、伊之助が抗議する様に言うと、それを前の席で聞いていた鱗滝さんが呆れるように言った。

 

「駄目だ。ヒーロー殺しとの戦闘は許可しないと義勇も言っていただろう?大体俺は前回の交戦のことも許していないからな」

「すみません!ですがあの時は現場に怪我人がいたため、あれが最善だと判断しました!…きっと同じような状況に出くわせば、俺はまた敵(ヴィラン)に立ち向かっていくと思います」

 

炭治郎の真っ直ぐとした、それでいて包み隠すことのない本音に、鱗滝さんは大きくため息をついて髪を軽く掻き上げた。

二人のやりとりを見ていた真菰さんがフフッと笑って、「錆兎は心配なんだよ。ヒーロー候補生の中にはさ、まだ経験が浅いうちに大きな狂気と対面しちゃって、そのまま立ち直れなくなる子もいるから」と言った。その表情は子供の成長を見守る母親のように温かいものだったが、心の音は少し荒んでいるように聞こえた。鱗滝さんもまた、そんな真菰さんを気にかけているような音を鳴らしていて、その音の理由は聞けないまま、俺は少し冷めてしまった味噌汁を啜った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では早速パトロールについて説明するぞ」

 

全員昼食を食べ終わったのを確認すると、鱗滝さんがそう切り出した。

真菰さんはその間に使った食器を片付けてくれている。

鱗滝さんはここら一体が書かれている地図を取り出して、空いた机に広げた。

 

「途中で事件などに遭遇すれば臨機応変に対応するが、基本の巡回ルートはこの通りだ。頭に入れておけ」

 

鱗滝さんの言葉通り、地図に示された矢印を追うようにしてルートを頭に入れていく。保須市を中心としているルートはその警戒態勢の厳重さを物語っているようだ。

地図をあらかた覚えると、鱗滝さんを筆頭に、炭治郎、伊之助と共にパトロールを開始した。

 

「今日こそつえー奴と戦えるのか!?」

「まだ事件が起きたわけじゃないからそれはわからないよ、伊之助」

「見つけ次第ぶっ飛ばすってことか!?」

「いや、それは状況によると思う!」

 

事務所を出ると同時にテンションが上がっていく伊之助を炭治郎が宥めている。そうやって二人が構成する空気は前世よりも親密なものだ。姿は出会った頃ぐらいのものなのに、その内面はだいぶ変化しているのだと思うと、なんだか感慨深いものがある。

 

「どうしたんだ?善逸」

「へ?なんでもないよ。ちょっと考え事してただけ」

 

会話に入ってこないことを不審に思ったのか、炭治郎が気遣うように俺に声をかけた。俺はそれにいつも通りを心がけて返事を返す。炭治郎は不思議そうな音を鳴らしていたが、深くは追求してこなかった。

 

 

パトロールルートを一周した辺りで、俺たちの前を歩いていた鱗滝さんのスマホが着信を知らせる音を鳴らした。

彼はそれを確認すると一つため息をこぼした。

 

「どうやら義勇が上層部と揉めたらしい。大方また言葉足らずで無用な勘違いを招いたんだろうがな。悪いが俺はその弁明にこれから向かわなくてはいけなくなった。そのあと現地で仕事があるから2、3日帰れないが炭治郎、伊之助、留守を頼めるか?」

「はい!義勇さんによろしくお願いします!」

「任せとけ三郎!この親分が子分の面倒はしっかり見てやるぜ!」

 

炭治郎たちの頼もしい返事を聞いた鱗滝さんは、伊之助のもはや恒例となった名前間違いを訂正しつつ、力なく笑った。

 

「錆兎な。任せたぞお前ら。緑谷も悪いな、面倒みてやれなくて」

「いえ、十分勉強になりました!…その、冨岡さんの弁明とかいろいろ大変そうですけど、頑張ってください」

 

鱗滝さんは俺の言葉に肩を落として「本当にな…」とぼやいた。その姿から彼が相当な苦労人であることが窺える。俺は冨岡さんとの面識はほとんどないが、炭治郎経由でその人となりはなんとなく知っている。その人の音がとても静かで、波のない水面のような穏やかな音だったことが強く印象に残っている。

鱗滝さんが駅の方へ駆け出し、姿が見えなくなると、炭治郎が冨岡さんと鱗滝さんについて付け足すように言った。

 

「義勇さんと錆兎は幼馴染みなんだ。高校も共に雄英高校に進学していて、昔からヒーローになって共に戦おうと約束していたらしい。今でもたまにこれからも共に歩んでいく意志を確認し合っているのを見るよ」

「仲良いんだな、冨岡さんと鱗滝さん。それに今事務所立ち上げてるってことはその夢は叶ったんだろ?」

「あぁ、そうだな。…そのはずだ」

「炭治郎?」

 

どんどん声のトーンが落ちていく炭治郎に俺は首を傾げた。

今の話だと、二人は長年の掲げていた目標を叶え、今も順風満帆にやっているように思える。炭治郎が一体何を思って浮かない表情を浮かべているのか、俺にはよくわからなかった。

 

「あのさ、たんじろ「っそろそろパトロールに戻ろう!小さな悪意も見逃さないようにしなくちゃな!」」

 

俺の言葉を遮るように炭治郎がから元気に言葉を発した。追及されることをわかりやすく避ける彼に、俺は口を閉じざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初日は特に大きな事件に遭遇することなく一日を終えた、二日目も万引き犯を一人捕まえた程度だ。

 

そして迎えた三日目。

 

「今日は午前に鍛錬、午後からはパトロールのスケジュールでいくぞ!」

 

義勇さんの元へ行ってっしまった鱗滝さんの代わりに、この事務所の勝手知ったる炭治郎が今日の所は仕切っていく形となった。伊之助は別の仕事が入ったようで今日は別行動をしている。俺としては友達が指導者だと緊張しなくて済むのだが、職場体験としてはもうどうかと思う状況だ。

それでもこの職業体験で一皮剥ける生徒は必ず出てくるだろう。焦凍も炎司さんの事務所に体験に行っているし、出久も自身の個性について何か新しい道を見つけたようなことを昨日メールで言っていた。

ここで差をつけられたくはない。

俺は個性に於いてだいぶ皆より遅れている。

個性は身体機能の一部、通常なら体を動かすように扱えて当然のもの。

だけど今まで全く扱ってこなかったものを、少し練習したところで一朝一夕で鍛えられるものじゃない。

俺は頑張るのも、継続的に何かをするのも苦手だ。

でもそれを疎かにしたツケはいずれ最悪な形となって露呈するということが分からないほど、俺の生きてきた年数は短くない。

俺は緩み始めた意識をキッと引き締めた。

 

「個性というのは基本使いすぎると様々な形で身体に支障をきたす。いわば力の代償みたいなものだ。善逸の場合はどうなんだ?」

「代償?」

 

炭治郎の言葉に、俺は両目をパチクリさせた。

俺の個性の代償。今まではとにかく使う使わないの話ばかりで、考えたこともなかった。

けど言われてみれば当然だ。

かつて鬼殺隊士は鬼を狩る技術を得るために、普通に暮らしていく平穏な日常を失った。

痣者は強大な力と引き換えにその寿命を失った。

物事には必ず代償が付き纏う。

なら俺の個性の代償はなんだろう。

そもそも俺は個性を限界まで酷使したことがない。

無意識の領域で、それを避けていた。

個性を使い続けたら、俺は一体どうなってしまうんだ?

その時、ふとひとつの見解が思い浮かんでしまった。

もし代償というのが、

 

「善逸!」

「ッ!…何?」

 

俺は炭治郎の声で深く沈んでいた思考を浮かび上がらせ、彼の顔を見た。

炭治郎の真っ直ぐな瞳が俺の動揺で揺れ動く目を心配そうに覗き込んでいる。

 

「特に思い浮かばなかったなら、無理に考えることはないぞ?気づかなかったということはそれほど注意しなくてはいけない代償ではないのかもしれない」

「そっか、そうだよな…。俺の気にしすぎだったみたい」

 

俺は先ほど思い浮かんでしまった恐ろしい想像に蓋をする様に、引きつる頬を無理やり上げて不格好に笑った。

 




次回の更新は2月14日18時を予定しておりますので、読んでいただけると嬉しいです!


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ディスタービング(後編)

 

 

 

昼食後から行っているパトロールは大きな事件に遭うこともなく、もう一周して何も異常がなければ、今日のお勤めは終わりだ。

日が沈み始めて視界に直接入ってくる太陽光が眩しくて、目を細めながらすっかり慣れた道を歩く。

きっと何も起こらないだろうと油断し始めていたその時、事件は起こった。

 

「イヤァーーーーッ!!!」

「!?」

 

劈くような悲鳴が辺りに響き渡り、俺と炭治郎は音の発生源へ同時に走り出した。

その場所に着くと敵連合襲撃事件で散々相澤先生を嬲っていた対オールマイト用改造人間、脳無が一般人の男性を絞め上げていた。

その近くで女性が震えている。

 

「たっ、助けてください!夫が、夫があの化け物に…!」

 

俺と炭治郎がすぐさまアイコンタクトを交わし、炭治郎が飛び出す。

飛び出した勢いのまま、彼は脳無に思い一撃を与えた。俺はその打撃に怯んだ脳無の隙をつき、幾分か力が弱まっていた脳無の腕から男性を救出する。

助け出した男性は2、3度むせていたが、音からして肋骨は無事だったし、意識もはっきりしている。

 

「立てますか?俺たちが時間を稼ぐので、あそこの女性と一緒に逃げてください!」

 

炭治郎が日輪刀を構えながら素早く男性に指示を出し、男性も俺たちがヒーロースーツを身に纏っていることに気がついたのか、反論はせずにその言葉に従い、女性を連れてその場を駆け出した。

脳無は対象に逃げられたことで目的が移ったのか、俺に襲いかかってきた。

 

ドンッ!!

 

「ッ!!」

「ッ善逸!!」

 

俺は殴り飛ばされるも、なんとか受け身をとる。

重い攻撃だった。だけどあの時の脳無ほどじゃない。

こいつ一体なら、俺と炭治郎で十分対処できる。

俺は個性を使って脳無の腕を日輪刀で斬りつけた。

しかしその傷はすぐに塞がってしまう。当たった時の感触にも違和感があった。

 

「炭治郎!この脳無の個性は前と同じ、超回復とショック吸収だ!」

 

ならば回復が追いつかないほどの攻撃を与えるまでというように、俺と炭治郎は個性で身体を強化し、連続的に脳無を斬りつける。

俺たちの猛攻に一歩、また一歩と下がっていく脳無に、このまま競り勝てる、と勝利を確信したその刹那、隣にいたはずの炭治郎が視界から消えた。

 

「ッ!?、たんじろ…!」 

 

衝突音が聞こえて後ろを振り返ると、炭治郎が電柱に叩きつけられていた。一瞬何が起こったのか理解できずに、呆然として前方を見ると、そこにはさっきまで戦っていた脳無とは別に、もう一体脳無が増えていた。

 

「嘘でしょ…?」

 

俺は呆然として言葉を吐いた。

二体の脳無。一体ならまだ二人で対応できた。

だけど二体同時に相手にするなんて、勝率はほぼない。

押し潰されそうなほどの絶望感に、勝てないという言葉が俺の脳裏にチラついた。全く見えない勝ち筋に、膝が笑ってくる。

 

「ぜ、んいつ!」

 

先ほどの衝撃がまだ残っているのか、苦しそうに俺の名前を読んだ炭治郎の方を反射的に見る。炭治郎はもたれかかっていた電柱に片手をつき、体を支えながら立ち上がった。

 

「諦めるな!ッ俺たちで守るんだ、町の皆を!」

 

俺は伏せがちになっていた顔をバッと上げた。

炭治郎の言う通りだ。弱気になっている場合じゃない。今ここで戦えるのは俺たちだけなんだ。

まだ避難できていない人たちが俺たちを不安そうに見ている。

怯えた音を鳴らして、ヒーローが救ってくれることを祈っている。

俺は日輪刀を再び強く握った。

そして個性をさっきよりも強く発動させて鬼化を進める。口からのぞいている牙はより鋭利に尖り、額から飛び出た二本の角の長さが増していく。同時に体内から溢れ出てくる力が強くなっていくのを感じる。

 

シィィィィィィィィ。

 

『雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃 8連』

 

俺は過去最高速で脳無に斬撃を与えていく。その俺を手助けするように態勢を立て直した炭治郎がヒノカミ神楽で重い一撃を入れていき、脳無が怯んだ隙に俺がもう一度霹靂一閃8連を打ち込んだ。

しかし二人で一体の脳無の相手をするのがやっとで、そうなるとどうしてももう一体の脳無は自由となってしまう。

 

「グガァァ!!」

「ッウ!!」

 

もう一体の脳無が雄叫びを上げ、その巨体にものを言わせて俺に体当たりをかまし、俺の体は呆気なく突き飛ばされる。

 

「善逸!…ッグ!」

 

炭治郎も俺の方へ一瞬意識が逸れた隙に脳無の振りかぶられた拳を受けてしまった。

体を起こす前に脳無が俺の前に迫る。

俺の個性はすっかり解けてしまっていた。

これ以上は使ってはいけないと、俺の中で警告音がガンガン鳴り響いている。

この警告を無視して使い続ければ、どうなるのかは予想できない。

俺に向かって腕を伸ばす脳無に、俺はせめてもの抵抗に日輪刀を突き立てる。

脳無は全く動じることなく、伸ばされる腕は止まらない。

その腕はそのままガッと日輪刀を握っている俺の腕を掴む。

 

「ゥガァァッ!!」

 

脳無はその握力のままに俺の腕を握りつぶさんとし、俺はあまりの痛みに絶叫した。

だめだ、折られる。

跡形もなく、腕も、心も、折られてしまう。

激痛と失意に視界が歪んできたその時、激しい洪水が脳無を建物の壁まで押し流した。

一体何が起こったのか、と右腕を押さえながら波の発生源に視線を向けると、不明瞭な視界に一人の男性が映った。

 

「俺たちが来るまでよく耐えた。後は任せろ」

「冨岡、さん…!」

 

そこにいたのはヒーロー水柱こと、冨岡義勇さんだった。

俺は安心感からか目尻に溜まった涙を急いで拭って、炭治郎の方を見た。

 

「遅くなってすまない!ここは俺たちが応戦する。お前たちは一般市民の救護に回れ!」

「錆兎!」

 

炭治郎の方はどうやら鱗滝さんが助太刀に入ってくれたようで、彼も無事だ。冨岡さんと鱗滝さんが脳無たちを足止めしてくれている間に、俺は炭治郎のもとへ駆け出した。

 

「大丈夫か?炭治郎」

「あぁ、錆兎が助けてくれたからなんとか。一般市民の救護を急ごう」

「脳無との戦いに加勢しなくていいのか?」

 

脳無たちは強い。俺と炭治郎でも全く歯が立たなかった。そんな強敵相手に、いくらプロヒーローとはいえ鱗滝さんと冨岡さんの二人だけでは厳しいのではないかと思った。

しかし炭治郎はそんな懸念など微塵も感じていないようで、疑いを少しも含まない瞳で俺を見つけながら言った。

 

「大丈夫。義勇さんと錆兎は共にいれば最強だから!」

「?」

 

炭治郎の言っている意味がわからず、首を傾げているとド派手な衝撃音がなり、そちらを見やるとさっきまで俺たちが苦戦していた脳無たちの地に伏している姿があった。

もちろんそれだけで倒される脳無ではないが、反撃してくる脳無たちを、冨岡さんたちはあっという間に捌き切る。

そして冨岡さんと鱗滝さんが一瞬二人で目を合わせると、右側から冨岡さんが、左側から鱗滝さんが、十字を切るように脳無を斬りつけると、倒れた脳無はついに動かなくなった。

 

「すごい…」

「そうだな!あの人たちはきっと、出会うべくして出会ったんだ」

 

炭治郎の言葉に共感した。

まさに阿吽の呼吸。

それほどまでに彼らの連携は圧巻だった。

炭治郎に一度肩を叩かれ、「俺たちは俺たちのやるべきことをやろう」と言われてやっと止まっていた足を動かした。

しかし一般市民たちの方へ足を踏み出したその時、冨岡さんたちの攻撃が手薄になっていたもう一体の脳無が、俺たちに襲いかかってきた。

咄嗟に日輪刀に手をかけたが、横から脳無に衝突した何かのおかげで、その刀が振るわれることはなかった。

脳無の巨体をなぎ払われたことに唖然としつつ、脳無に衝突した何かに目を向けた。

 

「しっ、獅子ぃ!?」

 

それはあまりに場違いな獅子だった。

鋭い眼光と、百獣を統べる王のような威圧感に物怖じしつつ、その体軀を見上げていると、炭治郎が明るい声色で言った。

 

「あれは錆兎の個性、獅子龍舞だ!錆兎は自分の半径100メートル以内の範囲に獅子を召喚し、自由に使役することができるんだ!最大三体まで使役できるぞ!」

「そういうことだ。驚かせて悪かったな」

 

鱗滝さんは炭治郎の勢いのある解説に苦笑した後に、眉を少し下げてそう言った。鱗滝さんと冨岡さんが残り一体の脳無に向かって駆け出したことで、俺と炭治郎は先程中断された行動を再開した。

 

周りの人々の救護が終わると、被害が拡大しやすい人の多い大通りへ俺たちは向かった。その途中で自分のスマホから通知音が鳴り、一瞬見るかどうか迷ったが、職場体験中にわざわざ連絡してくるということは急を要するものの可能性が高いと判断し、スマホの画面を見た。

画面には出久から一斉送信で送られた地図が表示されていた。

それを見てすぐにわかった。

これは救援要請だ。

道を走りながら炭治郎に声をかけた。

 

「炭治郎!俺行かなくちゃいけない所がある!」

「そうなのか?それなら俺も一緒に」

 

炭治郎が言葉を言い切る前に近くで爆発が起こり、そちらに顔を向けた。

 

「なっ、また脳無!?あいつら何体いるんだよ…!」

 

そこには今日散々見てきた脳無がまたしても現れた。

周りにはいくつもの建物があって人通りもある。ここで脳無を食い止めなければ確実に被害が出る。

今出久は一刻を争う状況かもしれないのに、このままでは出久の元へ向かえない。

 

「ックソ!」

「戦うしかないみたいだぞ、善逸」

 

やむを得ず、俺は刀の柄に手をかけた。

脳無をギリギリまで引き付けて、俺の間合いに入ったところを叩く。

今だ!、そう思って刀を抜こうとした時、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「猪突猛進!猪突猛進!猪突猛ー進!!!」

 

そしてその声の主は勢いよく脳無を二本の刃で斬りつけ、倒壊した壁目掛けて蹴り上げた。

顔を覆い尽くす猪頭を被った彼は、腰に手を当てて得意げに言った。

 

「ワハハハハ!見たか俺の剣技!俺は知ってるぞ!あれは脳無っつーやつだ!」

「伊之助!任務は終わったのか?」

「当然だろ!あんな任務、この山の王の俺にかかれば一瞬だ!」

 

伊之助の姿を見てすかさず炭治郎が質問し、それに力いっぱい伊之助が答えた。

それから炭治郎と伊之助はいくつか言葉を交わすと、炭治郎が俺の方を見て言った。

 

「善逸。ここは俺と伊之助でなんとかするから、善逸は先に行っててくれ。行くべき場所があるんだろう?」

「炭治郎…、ありがとう!」

「あぁ、そのかわり約束してくれ」

 

炭治郎はそこで言葉を一旦止めて、真剣な眼差しで俺を見つめた。

俺も彼に倣うように彼の誠実な瞳と目を合わせる。

炭治郎から、切実に願うような音が聞こえる。その間は一瞬のことだったが、体感ではその何倍もの時間に感じた。

 

「絶対に死なないでくれ」

 

俺は一度大きく頷いて、炭治郎たちに背を向け走り出した。

走りながら、俺は少し過去のことを思い出していた。

雄英高校に入学してまだ間もない頃、雷雨の中出久は俺を探しに来てくれた。

素直で、優しくて、真っ直ぐな、大切な俺の家族。

一瞬、前世での爺ちゃんの訃報を知らせる手紙が脳裏を横切る。

俺は足に力を込めて走る速度を早めた。

 

「絶対間に合わせる…ッ!」

 

もう二度と、俺の家族を奪わせやしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

簡易な設定

 

 

我妻善逸(緑谷善逸)

出久くんの義理の弟

個性:鬼化

基本戦闘スタイル:雷の呼吸、個性

 

鬼化の個性は身体能力、回復力を飛躍的に上昇させるかなり汎用性も高い強個性。鬼滅時空の鬼のように藤の花の毒が苦手だったり、日光が苦手だったりはない。ただ、使いすぎると暴走して食人衝動に襲われる。トラウマは雷。意識を失った時にいつも以上の力が発揮される。

兄弟子のことは爺ちゃんを切腹させたことは恨んでいるけれど、裏切るという行動自体は自分の放置した責任もあると感じている。

今回爺ちゃんと出久を家族という共通点から一瞬重ねてしまい、今度こそ絶対助ける所存。

 

 

轟焦凍

 

幼少期に善逸に救われてから、善逸に対してかなり好意高め。原作とは違い、すでに左側の個性も使うし、表情も多少穏やか。いつも隠し事ばかりの善逸の助けになりたいと思っているが、中々うまくいかずにもどかしく思っている。せめて善逸の心を少しでも癒すことができたならいいと思っている。

どんどん一人で奔走していく善逸を前に、もう受け身でいるのはやめた。

鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス。

 

 

緑谷出久

 

善逸のことはちゃんと家族で兄弟だと思ってる。雨の日の一件以来落ち込んでいる善逸を気にかけている、無謀だけど優しいお兄ちゃん。

 

 

 

 

竈門炭治郎

 

今世でも賑やかな六人兄弟の長男

個性:爆血

基本戦闘スタイル:ヒノカミ神楽、水の呼吸

 

前世で善逸が目の前で死んだことはかなりショックだった。なまじ失うことの多い人生を歩んで来たため、仲間が傷つくことがトラウマとなっている。

現在義勇さんの創設した事務所にインターン生として所属しており、敵連合の潜入任務をしていた。父が存命のため、花札柄の耳飾りは受け継いでいないが善逸から、それに似た柄の耳飾りを貰ってそれをいつも付けるようになる。脳無がそこら中で暴れている中、善逸を一人で行かせることにはだいぶ不安になったが、死なないと約束してくれたので善逸を信じることにした。

 

 

 

 

 

嘴平伊之助

 

全力で周りを振り回す末っ子気質兼、親分

個性:剣化

基本戦闘スタイル:獣の呼吸、個性

 

前世での善逸の死はショックではあったが、自然の摂理というものを大切にしている彼は炭治郎ほど引きずってはいない。それでも今世ではばっちり守りきるつもり。

なんていったって俺様は親分だからな!!

そんでもって先輩だからな!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本文中に書けなかった裏設定ですが、市街地に現れた脳無の数が原作では3体でしたが、6体に変更させていただきました。

その理由としては敵連合に潜入調査した際、炭治郎と伊之助は自分の個性を偽っていました。しかしUSJ事件での戦いで明らかに何か別の力があるのではないかという疑惑が敵連合側で発生しました。

敵連合のボスのオールファーワンは個性を奪うことが出来ますが、逆に言えば個性以外は奪えないので、個性とは異なる未知の身体能力強化方法を身につけている炭治郎たちは、彼からすればまさに天敵とも呼べる異分子だと思います。そして炭治郎たちを警戒した結果、脳無の数が原作より多いという状況になりました。

 




これで書きだめがなくなりましたので、次回の更新は未定です。1〜2週間のペースで更新できるよう努めますので、今後も善逸達の活躍を見守っていただけると嬉しいです!


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【番外編】その弍

今回はA組の皆と過ごす日常回です。オリキャラが登場します。時系列は炭治郎たちとの再会前辺りです。


「ねぇねぇ、緑谷ー!あ、緑谷だとこのクラス二人いるから、善逸でいい?」

「へ!?下の名前呼びなんてそんな大胆…、まさか結婚!?結婚の申し込みなの!!??でも俺にはもう心に決めた人が」

「いや、違うから」

 

授業後の少し閑散とした教室で、よく響く明るい声が聞こえてそちらを振り返ると、そこにはあまり話したことはないクラスメイトの一人の芦戸さんがいた。

久しぶりに話す女子にテンパる俺の言葉をざっくり遮った彼女は、早速本題に入った。

 

「善逸って日曜日暇?今クラスの皆でどっか行きたいねって話してたんだー!親睦会も兼ねてさ、ね!どうかな??」

 

ズイっと前屈みになってキラキラした目で見てくる彼女の言葉に断る理由もなかったので俺は了承することにした。

 

「うん、その日は暇だし、おれも行こうかな」

「善逸が行くなら俺も行く」

 

俺は彼女が言葉を返す前に自然にニュッと会話に入ってくる声にビクっと肩を揺らしながら振り向いた。そこには俺が中々下駄箱にこないから迎えにきたのか、先に外に出ていたはずの焦凍がいた。

何を考えているのかよくわからない彼のエメラルドグリーンの瞳がなんだか少し拗ねているように感じて、俺は小首を傾げた。

 

「ホント!?轟もくるの!?めっずらしー!じゃあ皆にもそう伝えとくねっ!メンバーと場所と時間は後でメールするからアドレス交換しよ!」

 

それから今流行りのチャットツールの交換をして嵐のように芦戸さんは去っていった。

だいぶ流されてしまった感じがするけれど、学校のクラスの人とどこかへ出掛けるといった経験があまりない俺は案外楽しみにしながら当日を待つことにした。

 

出久も誘われていたようで、その日は出久と共に向かうことになった。

そして待ち遠しく思いながらやってきた当日、俺は芦戸さんから指定されたショッピングモールに、集合時間の10分前に出久と共にやって来た。

 

「あ、来た!おーい、ここだよー!」

 

そこにはすでに芦戸さんがいて、他にも耳郎さん、麗日さん、飯田くん、切島くん、上鳴くん、葉隠さん、峰田くん、八百万さんがいた。

焦凍はまだ来ていないみたいだ。

出久はすぐに麗日さんと飯田くんとの会話に混じりに行ってしまって、俺は話す相手もいなく手持ち無沙汰になってしまった。しばらく仲良く談笑しているクラスメイトたちを眺めていると、不意に飯田くんから声をかけられた。

 

「緑谷弟くん!」

「何だよそれ、善逸でいいよ」

「では善逸くん!君もこっちへ来て話さないか?」

 

飯田くんからの申し出にキョトンとしていると、出久が笑って「善逸もこっち来なよ」と言ったので、出久たちの方へ歩み寄った。

 

「善逸くんとは一度話してみたいと思っていたんだが、普段は轟くんといつも一緒にいるからな。話しかけずらかったんだ」

「そうかな?」

「うんうん!なんか二人っていつも一緒で別の世界を作ってるっていうか、あっ、すっごく仲良ってことね!」

 

確かに飯田くんと麗日さんの言う通り、長年一緒にいることでできた空気の中に割って入っていくことは勇気のいることかもしれない。内側で構築してる側は中々気づきにくいところだよね。

それから焦凍との出会い話などの話題に花を咲かせていると、集合時間から5分遅れて焦凍が来た。

 

「わりぃ、遅れた」

「もー!遅刻だよー!って言っても5分だけだけど!」

 

普段集合時間よりもむしろ早く来ることの多い焦凍が遅刻することは珍しい。俺は不思議に思って焦凍に「どうして遅刻したの?」と聞いてみた。

 

「蕎麦打ってたら、思ったより時間かかっちまった」

「遅刻理由が斬新すぎる!!」

 

葉隠さんのツッコミに周りの皆はうんうんと首を縦に振っている。

詳細を聞くと、昼ごはんを蕎麦にしようと決めたが、たまには一風変わった蕎麦が食べたいと思ったので、蕎麦を打つところからやることにしたらしい。

「変わった蕎麦が食べたい」から、「蕎麦を自分で打とう」に話が飛躍するところがなんだか焦凍らしいな、と俺は苦笑いを浮かべた。

 

「じゃあ皆揃ったことだし、早速中に入ろー!」

「おおー!」

 

芦戸さんの言葉を皮切りに、クラスメイトたちは楽しそうに自動ドアを潜って店内へと、足を踏み入れた。

 

「はー、涼しい!」

「春って言ってももう外暑いよね!」

 

春の陽気も一度桜が散れば暑さが目立つ季節だ。清らかな冷風が汗ばんだ体を急速に冷やしていき、軽快な店内BGMに図らずとも気持ちが高揚していくのを感じる。

今日クラスメイトとともにやってきたこのショッピングモールは創立10年を記念してリニューアルオープンしたばかりで、ステージが新しくセットされてライブなども行うことができるらしい。

 

「じゃあどこ行く?」

「私服みたーい!」

「いいですわね、ちょうど秋物のカーディガンが欲しかったところですの」

「女子の下着!?」

「ゲーセンいこうぜゲーセン!」

「お、マ○カーで勝負するか?」

「ヒっ、ヒーローグッズ店とか…」

 

芦戸さん、葉隠さん、八百万さん、峰田くん、上鳴くん、切島くん、出久と各々の行きたい場所がばらけたため、ここからは自由時間となった。

麗日さんと葉隠さんと八百万さんは服屋に、耳郎さんと芦戸さんは楽器店に、上鳴くんと切島くんは女子に紛れて服屋に行こうとする峰田くんを引きずりながらゲームセンターに、飯田くんと出久はヒーローグッズ店へ行くことにしたらしい。

雑貨屋に行きたい、という俺たちはどこに行こうかという俺の問いかけに対する焦凍の言葉に、俺は二つ返事で承諾した。

 

「でもどうして雑貨屋?焦凍って物とかそんなに拘らないよな」

「せっかく新設のショッピングモールに来たから、姉さんに何か買っていってやりてぇんだ」

 

家族へのお土産か。俺も母さんに何か買っていこうかな、そう思ってキーホルダーと睨めっこしている焦凍を横目に、店内を物色した。

 

「あっ、…これ」

 

そこで見覚えのある物と似た柄の物が目に入り、そこで足を止めた。

それは精神的にも物理的にも頭の硬い彼を思い起こさせる花札模様の耳飾りだった。

俺は引き寄せられるようにそれを手に取って、鏡の前で自分の耳に添えてみる。

 

「ははっ、似合わねぇ」

 

そもそもこの特徴的な耳飾りがピッタリハマってしまう彼自体が特殊なのだ。

特徴的な耳飾りが似合う炭治郎もこうやって今どこかで友達と出かけたり、その持ち前の長男力を生かして誰かの世話を焼いたりしてるのかな。そうだといいな。

だけど、

 

「それ、買うのか?」

 

しばらく自分の手のひらに収まる耳飾りを見つめていると、いつのまにか焦凍が不思議そうな目で俺を見ていた。

 

「え、あぁ、買おうかな」

「善逸がつけるのか?」

「いや、つけないけど」

「じゃあなんでだ?」

 

コクンと首を傾げて聞いてくる焦凍の言葉に、俺は口を開こうとして閉じた。

俺は耳飾りを胸あたりでギュッと握り締めて、自分に言い聞かせるように言った。

 

「なんとなく、だよ」

 

こんな行動に意味なんかないんだ、きっと。

だってこれはあくまで似ているだけの、彼と何の繋がりもない物なんだから。

それでもこれが彼との記憶を思い起こす物になればって、あわよくば彼と俺を繋ぐ物になればって、浅はかなことを俺は心のどこかで考えちゃうんだよな。

意味なんかなくても、神様に祈るように、願掛けをする依代がほしい。

ただ、それだけ。

 

「そうか、気に入ったんなら良かったな。俺は他の店探すことにしたから早く会計済ませてこいよ」

「うん」

 

俺はお金を支払って店を出て、焦凍のところへ駆け寄った。

 

「何買うか決まるのいつになるかわかんねぇし、善逸は他の場所行ってきていいぞ」

「え?いいよ別についてくよ」

 

その後、別の場所を回ってくることを提案する焦凍についていく事を伝えたが、頑なに首を縦に振らない焦凍に、結局俺たちは別行動をすることとなった。

特に行きたい場所もなかった俺は一人目的もなくフラフラと歩いていると、設置されたばかりのステージの前で服屋に行っていた耳郎さん達を見つけて、彼女らと合流した。

 

「何してるの?」

「あ!デクくんの弟の、善逸くん!」

「善逸さんお一人ですの?」

「うん、まぁ…」

 

苦笑いを浮かべつつここにいる理由を聞くと、まだインディーズだが実力のあるバンドがここでライブをする予定だが、時間になっても一向にそれが始まらないらしい。

 

「それは変だね、何かトラブルでもあったのかな?」

「そうみたい、あそこで何か揉めとるもん」

 

麗日さんが指を差す方に目を向けるとそこには言い争うバンドメンバーと思わしき集団がいた。

その人達の会話に耳を済ますと、

ボーカルが電車の遅延でまだ到着

していないということがわかった。それで代理を立てようにも、自分たちの演奏する歌はオリジナル曲であるため今からではどうにもならないとか。

 

「電車が遅延しちゃって、まだボーカルが到着してないみたいだよ」

「ええ!?それは大変やん!」

「でもそればっかりは私たちじゃどうしようもないよな…」

「せめて早く電車が動き始めることを祈るしかありませんわ」

 

落胆した音を鳴らしながら女子たちは肩を下げた。

そんな彼女たちを見て、女の子が悲しんでいるのを放っておけない俺はある決意をしてバンドメンバーの元へ足を踏み出すことにした。

 

「善逸くん…?」

 

俺を見上げる麗日さんにニコっと笑いかけてそのまま背を向けた。

そして急な来訪者に怪訝な顔をするバンドメンバーたちに声をかけた。

 

「初めまして、皆さん」

「なんだ君は。申し訳ないがまだライブは始められそうにないんだ」

 

眉を下げるギターを背負った男性に、俺は先ほど思いついた提案をした。

 

「ボーカルの人が不在なんですよね。それならそのボーカル、俺に任せてくれませんか?」

「何?」

 

俺が言葉を発した瞬間、神経質そうなドラムのバチを持っている人が眉をピクッと動かして俺を睨んだ。

 

「お前が何を根拠にそんなこと言ってんか知らねえが、俺たちは本気でプロ目指してんだ!今回のライブで成功したらその道だって開ける筈だった!!」

「おい、やめろって海」

「止めるな光!俺はこういう口ばっかりでなんもできねぇ奴が大嫌いなんだよ!!」

 

激昂する海と呼ばれた男性を宥めながら、メンバー内で一番年長者に見える男性が一歩前に出て言った。

 

「決めつけるのはよくない。だけど俺たちの曲はオリジナル曲なんだ。曲を覚えるところから始めていれば、間に合わないよ」

 

彼の言葉を聞き終えると、その点なら問題ない、そう言うように俺はニッと笑って自分の耳を指差した。

 

「一度聞いた音楽なら完璧に歌いこなせます。俺はちょっとだけ人よりも耳がいいんです」

「耳がいい?そういう個性なのか…?」

 

目を丸くして俺を見つめる年長者の彼に、「まぁそんなところです」と言葉を濁して伝えた。

嘘をつくのは心苦しいけど、実際歌の方はできると思うから問題ないよね。自慢じゃないけど俺は一度聞いた音はそう簡単には忘れない。

 

「…わかった。君に任せよう」

「なっ、斎!正気かよ!」

 

年長者の意思に困惑する男性を横目に、斎と呼ばれた男性は俺に手を差し出した。

 

「頼んだぞ、えっと」

「緑谷善逸です」

「そうかよろしく頼む、善逸」

 

俺は彼の差し出した右手を、俺はギュッと握った。

ドラムパートの男性、海さんはまだ納得がいっていないという態度を前面に出していたが、斎さんがジッと海さんを見つめると、やがて舌打ちを一つして目を逸らした。

 

「斎の個性は相手の言葉の本気度を測る個性だ。あの斎が認めるんだ、お前のこともちったぁ信用してやるよ。ただし、失敗したらただじゃおかねぇからな!」

「もちろん成功させてみせます」

 

悲しんでいた女の子たちのためにもね。

光さんからヘッドホンを受け取って、それを耳に装着する。そこから流れる音楽に聴覚を集中した。

一曲が流れ終わると、閉じていた瞼をそっと開いて、3人のバンドメンバーを見回した。

 

「いけるか?」

「いけます!」

 

光さんの問いかけに元気よく答えた俺は舞台袖で軽くヘアセットや着替えを行い、ステージに上がった。 

そしてライブは始まった。

 

 

最初はまばらだった客席も、音につられるようにどんどん人が増えていき、やがては満席となった。

俺は宣言通り一音も外すことなく歌いきり、ライブは大盛況で幕を閉じた。

ライブメンバーからは目一杯感謝され、打ち上げをしないかと誘われたがそれは丁重に断った。

 

「本当凄かった!凄すぎるよ善逸くん!」

「善逸!あんためっちゃ歌上手いじゃん!」

「お見事でしたわ善逸さん!」

 

女の子たちからの絶賛に顔がニヤケそうになるのを必死に我慢して出来る限りキリッとした顔を作った。

それから集合時間になり、皆で集まって最後にプリクラを撮って解散となった。

 

「焦凍はあれからずっとお土産選んでたの?」

「いや、買った後に上鳴たちと合流してUFOキャッチャーっていうのやってた。あれ難しいな、全然取れねぇ」

「あー…」

 

俺も現世に生まれ落ちから何度かやったことがあるけど一回も取れた試しがないんだよね。

UFOキャッチャー上手そうなのって誰だろう。伊之助、はダメだな、あいつがさつだし。炭治郎もわりと物理に訴えるところあるからなぁ。でもあいつの場合、妹や弟に可愛くお願いされたら意地でもとりそうだけど。

見てみたいなぁ、あいつのそういいところ。

また会いたいなぁ、あいつらに。

 

この空の下のどこかにいると信じている彼らを想って、俺は沈みがかった夕焼けを見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

「そういやこの前行ったショッピングモールの一角で行われたライブを機に、大ブレイクしたバンドのその日限りの幻のボーカリストが、そのライブを見た人たちを中心にファンの間で話題になってるらしいぞ。なんでも躍起になって探されてるとか。

その幻のボーカリストって一体誰のことなんだろうな?」

「え、だっ誰のことだろうね?あはは…」

 



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リグレット(前編)

長らくお待たせしました!


所々で火の手が上がっている街中をかけていると、途中で見慣れた紅白頭が目に入って、声をかけた。

 

「焦凍!」

「!…善逸か。お前も緑谷の元に行くところか?」

「うん。焦凍もあのメッセージは救援要請だって判断したんだね」

 

俺の問いかけに、焦凍は表情を変えることなく頷いた。

 

「あぁ。一括送信で位置情報だけだったから数秒意味を考えたが、緑谷は意味なくそういうことする奴じゃねぇだろ。ピンチだから応援呼べってことだろうと思って、プロにもそこへ向かうよう声かけてきた」

 

プロヒーローへの応援要請まで手を回したという焦凍の判断力に、俺は内心舌を巻いた。俺の場合、早く向かわなくてはという思いばかりで、プロヒーローへ声かけするまで頭が回っていなかった。

出来る限り冷静を保っていたつもりだったけれど、全然保てていなかったのだと反省する。

 

「送られてきた地図だとこの辺りのハズだが…」

 

焦凍と並行して街を駆けていると、近くから出久の叫んでいる声が聞こえて俺と焦凍は速度を上げた。

曲がり角を曲がると、近日ニュースで報道され、炭治郎たちも一戦交えたというヒーロー殺しのステインが飯田くんに向かって刃を振り下ろそうとしているのが目に入り、俺はすぐさま個性を使って加速し、ステインの顔を蹴り飛ばした。

 

「ッ!!」

 

俺に蹴られた後、反射的に俺目掛けてステインが刀を振り上げたが、それを遮るように焦凍が炎を放った。

それを機に俺は敵と距離を取る。

 

「今日はよく邪魔が入る」

「緑谷、こういうのはもっと詳しく書くべきだ。遅くなっちまっただろ」

「と、轟くんと善逸くんまで…」

 

俺と焦凍が現着すると、三者三様に反応する。飯田くんと出久が驚いたような音を鳴らし、ステインは鬱陶しそうに顔を歪めた。

周りが混乱している隙に、焦凍が氷で道に坂を作り、出久と飯田くんと壁に寄りかかっているヒーローらしき男性をステインから遠ざけた。

俺が出久に状況を説明するように言うと、出久はすぐさまそれに返事を返してくれた。

 

「あいつの個性は多分、血の経口摂取で相手の自由を奪うものだ。皆やられた…!」

 

つまり相手は刃物で俺たちを斬りつけ、血を流させることを目的とした近距離型。だけど投げナイフなどを仕込んでいてもおかしくない。

そう思考した途端、焦凍目掛けてステインがナイフを投擲した。

それを頬を掠ったものの咄嗟に避けた焦凍に、ステインが一気に距離を詰めてナイフを横振りする。

それを俺が日輪刀で受け止め、力尽くで相手を後退させる。

下がったステインに焦凍が氷で追撃するが、それは避けられてしまった。

今度は俺が個性で強化した身体能力を使い、ステインに斬りかかるが、刀で防がれる。ステインが刀を持っていない腕でナイフを振るうと、俺は跳躍してそれを避ける。その瞬間にステインはナイフを投擲したが、俺は壁を蹴って方向転換することでそれもなんとか避けた。

 

「…何故。三人とも何故だ…。やめてくれよ…!同い年の彼らだって戦えたんだ!ならせめて兄さんの負わされた怪我の返報は僕がやらなきゃ、そいつは僕が!!」

 

飯田くんが悔しさを滲ませた声を発した。飯田くんの言う彼らとは、おそらく炭治郎と伊之助のことだろう。

あの二人がいなかったら飯田くんのお兄さんはどうなっていたかわからない。それに彼の兄が負わされた怪我は決して軽いものではなかった。

今飯田くんの中では許せないという気持ちがドロドロと膨らんで、周りが何も見えなくなっている。

その姿はかつて爺ちゃんの訃報を知らされ、兄弟子の討伐を決意した俺によく似ていた。

柱稽古の最中、急に雰囲気の変わった俺を炭治郎は酷く心配していた。

だけど当時の俺はそれを気にする余裕はなくて、結局彼に俺の事情は何も話すことなく、俺は兄弟子を討ち取り、その後の無惨戦で命を落とした。

俺は飯田くんの方を振り返りながら言った。

 

「復讐したってきっと気持ちが完全に晴れることなんてないよ。全てを賭してやり遂げたって、その先に残るのは仄暗い達成感と、虚無感だけだ」

 

獪岳を倒したことが間違いだったとは思わない。だけどそれにおいて晴れやかな気分になることは終ぞなかった。

 

「善逸くん…、君は」

 

そんな俺の感情を読み取ったのか、飯田くんが何か言い出そうな表情を浮かべて俺をみた。その彼の酷く頼りない顔は、普段の頼れる委員長とはかけ離れていて、俺は一度眉を下げて笑うと、相対している敵の方へ視線を戻した。

焦凍が氷で時間稼ぎをしてくれていたが、そろそろ限界が近い。

焦凍の腕に目掛けてステインが放ったナイフが焦凍に命中してしまう。

 

「…ッ」

「焦凍!」

 

俺は焦凍とステインの間に入って、ヒーローらしき男性に向かって振り下ろされる刃に対応しようと刀を構えると、先ほどまで動けずにいた出久が突如飛び出し、ステインを壁に押し付ける。

 

「緑谷!」

「なんか普通に動けるようになった!」

「!時間制限か…」

 

驚いたように声を上げた焦凍に、出久が答えた。

その後、ステインの個性に時間制限があることは確実だけど、それは単純に個性をかけられてからの時間ではないということが、ヒーローらしき男性の出久が一番最後に個性をかけられたという発言でわかった。

となると、考えられる条件は三つ。

 

「人数によって効果時間が変わる、もしくは血の摂取量で効果時間に差がある。それとも血液型によって効果に差異が生じるのか?」

 

ステインは俺の言葉を聞くと、出久を突き放し、ニィッと笑った。

 

「血液型、あぁ、正解だ」

 

時間に制限があるとわかっても、十分強力な個性であることは変わりない。

少し戦っただけでもだいぶ戦い慣れしているのは見て取れるし、出久たちも軽傷を負わされている。

 

ほら、あんなにも美味しそうナ血が垂れていル。

 

あれ、俺、今何を思って…?

 

「さっさと二人担いで撤退してぇとこだが、氷も炎も避けられるほどの反応速度だ。そんな隙見せらんねぇ。プロがくるまで近接を避けつつ粘るのが最善だと思う」

「轟くんは血を流し過ぎてる。僕と善逸が奴の気を引きつけるから、後方支援を。善逸もそれでいいよね?…善逸?」

「相当危ねぇ橋だが、そうだな」

 

違う。今日は連戦続きで少し疲れが溜まったいたのかもしれない。だけど今はそんなこと考えてる場合じゃなくて、この状況をなんとかしないといけないんだ。

 

お腹ガすいタ。

 

だからそんなことを思ってる場合じゃないんだ!!

さっきからなんなんだ。

自分の体のはずなのに、ままならない。

戦いに集中できずに、グルグルと考えてしまう。

今までこんなことは一度もなかった。

感じたことのない謎の感情に、思考が何度も途切れてしまう。

ふいに、こみ上げてくるこの感覚が昼間の炭治郎の「個性の代償」という言葉を思い起こさせた。

戦いの場でありながら感じている、この異様な空腹感。

途端、尋常ではない汗が全身から吹き出し、冷えていく体をより冷却していく。

困惑が、恐怖へと変わっていく。

鬼化の個性の代償、まさか。

 

「善逸!!」

「…!あっ、えっと、何?」

「さっきから何度も呼び掛けてるのに反応しないし、酷い顔色だ。やっぱり僕が一人で奴の気を引くから善逸は下がって休んでて!」

 

出久に強く呼び掛けられてハッとした俺を気にする余裕もないというように、出久はそう言い終わると同時に飛び出して行ってしまった。

俺は混乱した頭で状況の整理が追いつかないが、出久を一人で行かせてはまずいことぐらいは理解できた。

俺も出久に続いて前に出ようとすると、焦凍に肩を掴まれて止められる。

 

「お前は今集中を欠いてただろ。生半可な気持ちで接近したらやられるぞ。後は俺らでなんとかするから善逸は緑谷の言う通り休んでろ」

 

焦凍はもう何も言うことはないと言うように、俺から手を離して背を向けた。

俺は呆然と立ち尽くす。

ステインに出久が殴りかかり、それを避けた先を焦凍が炎で攻撃する。

即席で荒削りのチームワークだが、十分機能している。

しかし、それでも真の狂気を知らないヒーロー候補生の彼らでは、本物の殺人者には敵わない。

出久が斬りつけられ再び個性で動きを止められる。

焦凍が一人でなんとか応戦するも、どんどん劣勢を強いられていく。

体と心がチグハグになっている俺の足は、地面に縫い付けられているように動かない。

 

俺はいつもそうだ。

俺は弱くて、ものすごく弱くて、いつも肝心な時に何もできない。

無限列車でも、遊郭でも、俺がもっと何かできていたら、結果は変わっていたかもしれないのに、俺は当時の戦っていた記憶すらない。

きっと何も出来ず一人気を失っていたんだろう。

やっと意識が保ってられるようになったのに、俺はまた何も出来ていない。

こんなにも必死になって戦っている彼らを前にして、俺はまた動けずにいる。

何のための力だ。何のために苦しい鍛錬に耐えてきたんだ。

 

「氷と炎、言われたことはないか?個性にかまけ、挙動が大雑把だと!」

「轟君ッ!!」

 

出久が叫んで、焦凍が目を見開く。

その一瞬の間に、ステインの刃が焦凍の間合いに入る。

 

俺が今世でも剣を握り続ける理由、それは、

 

「やめろぉぉぉぉッ!!!!!」

 




後編は3月3日18時に投稿します。読んでくださると嬉しいです!


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リグレット(後編)

気づくと俺は飛び出していた。

焦凍が目を見開いたのが、視界の端で見えた。

俺は勢いのままにステインを蹴り飛ばす。しかしその際ステインの刃を一太刀肩に受けてしまった。

割と深く斬られてしまったようで、傷の治りが遅い。

ステインはすぐさま体勢を整えて、再び斬りかかってくる。

俺は流れ出る血液を止血する間もなく、利き腕を斬りつけられたことで刀がうまく振るえない。

敵の刃を受け止めきれないと思い、せめて傷を浅くしようと一歩後退したが、焦凍が相手の刃を氷で防いでくれたおかげで俺は傷を負うことなくステインと距離を取ることができた。

そしてその隙に呼吸で止血する。

しかし血を流し過ぎたようで、体が一度ふらつく。

 

「善逸、助かった。だが顔色が本当にやべぇ。もう休んでろ」

「そうはいかないよ。焦凍一人じゃあいつの攻撃を防ぎきれないだろ。それにあいつからは執着と焦りの音がする。なんとかヒーローたちがくる前に飯田くんたちを殺そうと躍起になって焦ってるんだ。そのせいでさっきよりも攻撃が幾分か鋭くなってる」

 

俺が加勢することを渋る焦凍を言いくるめて、俺は刀を構える。

余裕がない時ほど基本を忘れてはいけない。

呼吸を深くして肺にいっぱい空気を取り入れる。

血が流れたおかげか先程のもやが少しだけ晴れた気がする。

俺はまだ、戦える。

 

「邪魔だ!」

 

ステインが辟易したような音を鳴らしながらナイフを俺に向かって投げた。

俺はそれを日輪刀で払おうとするがうまく刀を振るえずそれは俺の足へ命中した。

 

「ッゥ!!」

「善逸!!」

 

焦凍が心配そうな表情を浮かべて、左手の炎で相手を牽制しつつ俺を見ている。俺はナイフを上手く防げなかったことで先程の傷がまだ完治していないことに気づいた。

普段なら個性ですでに治っているはずの傷だ。

個性の効力が明らかに落ちている。

ナイフがもう一本飛んでくる。

今度は払うのではなく、日輪刀をナイフに当てることで上手く防御する。

 

「善逸、もういい下がれ!フラフラじゃねぇか!」

「下がらない!肝心な時何もできない俺でいたくないんだ!」

 

皆が皆、何も奪われることなく生きていけるほど、この世界は優しくないから。

だから俺は、強くなったんだ。

 

「ここでやれなきゃ、何の意味もないんだ」

 

俺は個性をいつもよりずっと強く発動させて、鬼化を進める。

鬼に近づきすぎてしまったせいか、感覚が麻痺しているのか、鬼化を進行させることへの嫌悪感は以前程感じられなかった。

この気持ちが完全になくなっちゃった時、俺は本当に人間じゃなくなっちゃうのかな。

そう考えて、自嘲するような乾いた笑いが少しだけ漏れた。

 

「やめてくれ…。もう、僕はッ」

 

飯田くんが苦しそうなほど悲しい声色で、言葉を発した。その声につられて俺は彼の方を向く。

 

「やめないよ。本音を言うと俺は戦うの怖いし、痛いのも嫌だ」

「ならどうして…ッ!?」

 

飯田くんが泣きそうな顔をしながら俺に問いかけた。

少しの間焦凍に時間稼ぎをさせてしまうのは申し訳なかったけれど、心が折れかかっている音を鳴らしている飯田くんを放っておくこともできず、俺は言葉を続けた。

 

「俺は知ってるからさ、諦めたら何にも残らないんだって。本当に、何にもないの。その方が怖いし、痛いよ。生き物には、過去や未来を変える力なんてないから。どうしようもなくなった現実を前にして、喉の奥から迫り上がってくるような激情と、身を引き裂かれるような痛み。きっと人はそれを後悔と呼ぶんだ」

「…ッ!」

 

俺は刀を持っていない方の拳を無意識に強く握りしめた。

上弦の参を退けた後、煉獄さんは俺たちに思いを繋げた後亡くなった。

遊郭での戦いで、片腕を失った宇髄さんは何事もなかったかのように笑っていた。

喪ったものは戻ってはこない。

どれだけ苦しくても、辛くても、命ある限りは受け継いだ思いを繋げていかなくてはいけない。

もちろん俺だってそういう状況になったら繋いでいくし、俺が志半ばで死ぬときはそれを誰かに託すことになるかもしれない。

だけど、抗わないとは言っていない。

 

「そんな辛い思いはできることならもう二度としたくない。だから、俺は『今』を変えたい。俺は弱味噌だし、実力も努力も全然足りてない。そんな俺が願うにはすごく傲慢な願いだけど、その願いこそが俺が剣を振るう理由だから!」

「善逸くん…」

 

俺はいつも逃げ腰だからさ、なんで今こんな辛い修行してるんだろうとか、何のために剣を振るってるんだろうとか、よく考えちゃうわけよ。

だけどいつも辿りつく理由は複雑なものなんかじゃなくて、単純でありふれたものだ。

誰かを救いたい。

爺ちゃんがかけてくれた時間、柱の人達がつけてくれた修行、炭治郎たちと一緒にやった鍛錬、獪岳に追いつきたくて作った俺だけの型。

その全てが無駄だったなんて思われたくないし、思わせたくない。

 

「飯田くんどうして戦うの?君がヒーローになりたい理由は何?」

「僕が、ヒーローを志した理由…」

 

飯田くんが顔を伏せた。

彼から自分に問いかけるような、それでいてその答えは昔から決まっているような音がする。

きっと、彼はもう大丈夫だ。

飯田くんの指がピクリと動く。

 

「飯田くんにかけられた個性、解けたみたいだね」

 

俺は焦凍の方に視線をやる。焦凍は俺に下がるよう下がるよういた手前、攻撃に転じることはできないものの、ステインを上手くかく乱していた。

しかしステインもただではやられてくれないようで、焦凍に幾つかの生傷が増えており、彼の攻撃も読まれ始めている。

俺は個性を進行させた自分の体を見た。怪我は相変わらず治らないが、動かせる。

 

シィィィィィィィ。

 

俺の呼吸に呼応するように、飯田くんから個性を発動させる音がなる。

それを見かねていたように焦凍が俺たちに道を開けた。

 

『雷ノ呼吸 漆ノ型 火雷神』

『レシプロバースト!!』

 

ドォンッ!!!!

 

俺の刃と共に飯田くんの強烈な一撃が、ステインに炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステインが気絶したのを確認して、俺は張り詰めていた息を吐き出した。

途端に貧血でぼんやりしてくる視界で、敵をどう拘束するかを話し合っている出久と焦凍を見た。

刹那、その感覚はいきなりやってきた。

 

「…ァ?」

 

感じたことのない、圧倒的飢餓感。

それは津波のようで、理性がすごい速さで呑み込まれていくのがわかった。

体がガタガタと震え始める。

だめだ、呑み込まれるな。

俺はその場に座り込んで耐えるように唇を噛んだ。

鋭くなった牙で噛んだ唇から血が流れるのを感じる。

そのせいでより空腹感を助長させ、荒い息が口の隙間から漏れ出る。

 

「フーッ、フゥッ、フーッ!、ッ!!」

「善逸…?」

 

焦凍が俺の異常に気付いたのかこちらに駆け寄ってくる。

焦凍はところどころから血を流しており、それが視界に入るのはもはや飢餓感を増幅させる一助にしかならない。

 

食べたイ。

 

角と牙の鋭利さがどんどん増していく。

個性が制御できない。

先程から何度も個性を解除しようとしているのに、それは弱まるどころか増していっている。

こっちに近づかないで、そう言いたいのに今口を開けばすぐさま食らいついてしまいそうで言葉を発することができない。

 

「相当体調悪ぃのか。大丈夫だ、すぐ救護がくる。なんなら俺が背負って病院まで走るぞ」

 

焦凍が俺に声をかけながら俺の背中を摩る。

それからも何か焦凍が言っているような気がしたが、彼から聞こえる血流の音と、呼吸によって収縮する筋肉の音にばかり気がいってしまい、彼が何を言っているのかわからない。

せめてもの抵抗に目線を下にやると、尋常じゃないほどに爪が伸びきった自身の手が見えた。

 

腹がへっタ。今すぐ血肉を喰らいたイ。

 

___________もう、ガマンデキナイ。

 

煩いほどに主張してくる自分の体から鳴る鬼の音が、プツンと『何か』が切れると、全く聞こえなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒーロー殺しの意識を善逸と飯田の攻撃が刈り取った後、俺と個性が解けて動けるようになった緑谷は、これからどうするかについて話し合った。

まず武器を外して、それから拘束しようとしたとき、荒い息遣いが聞こえてそちらを見ると、善逸が苦しげに座り込んでいた。

 

「フーッ、フゥッ、フーッ!、ッ!!」

「善逸…?」

 

俺は善逸に急いで駆け寄った。

覗き込んだ顔色はもはや青いを通り越して白くなっており、重度の貧血状態に見える。

個性も解除してねぇし、牙や角は伸びきったままで、噛み締めた唇からは血が出ている。

明らかに異常な状態に、俺の背筋に凍るような悪寒が駆け巡った。

 

「相当体調悪ぃのか。大丈夫だ、すぐ救護がくる。なんなら俺が背負って病院まで走るぞ」

 

俺は声をかけながら善逸の背中を摩る。だが、善逸から返事は返ってこねぇ。

さっきの戦い、やっぱり無理してたんじゃねぇか。

背負って走るか、いやあんまり揺らすのは得策じゃねぇか、と思案していると、ヒーロー殺しの拘束が終わったのか、飯田と緑谷もこっちを気にし始める。

そのとき、ピクリと目の前にいた善逸が動いたかと思うと、ガシッと俺の腕を掴んできて驚いた。

 

「善逸?急にどうした」

「…ヴゥゥ!」

「おい、大丈夫か。とりあえず横になった方がいい」

 

善逸は低く唸るばかりで言葉を発さず、それほど苦しいのかと焦りを覚えて、力んでいる背中と肩にそっと手を当てて善逸の体を横にしようと試みると、いきなり善逸は俺の肩に噛み付いた。

 

「ッぅ"あ"あ"!!?」

「轟くん!」

 

鋭い牙に肉を裂かれる激痛に、俺は思わず後ろに飛び退いた。

俺の叫び声に反応して緑谷と飯田がこちらに駆け寄ってくる。

突然の出来事に、何が起こったのか理解できずに、俺は目を白黒させた。

 

「ゥガァァァァ!!!!」

「善逸!!落ち着いて、ねぇ!どうしちゃったの!?」

「轟くん!大丈夫か!?」

 

善逸が苦しそうに叫び、今にも暴れようとしているのを緑谷が必死に取り押さえている。

飯田が慌てた様子で俺に声をかけている。個性が解けて動けるようになったらしいヒーロー殺しと戦っていたヒーローの人も何事かとこちらを見ていた。

しばらく呆然としているとチリッとした痛みが走り、そこを見やるとそこから血が垂れていて、俺はようやく善逸に傷を負わされたのだと自覚した。

 

「一体何がどうなってんだ…!?」

「わからない!善逸くんがいきなり君を襲ったように見えたぞ!どうしてそんな、………まさか、そういうことか!?」

 

様子が急変した善逸に、何か個性でもかけられたのかと、辺りを見回してみるも、それらしき人影は見当たらず、異常の原因に皆目見当もつかないでいると、飯田が何か思いついたように声を大きくした。

 

「緑谷くん!善逸くんは雄英高校に入学するまで一度も個性を使ったことがなかったんだよな!?」

「え、うん。いや、正確には個性が発現した時に一度だけ使ったけど、それ以外は本人も使わないって言ってたし、使ってないと思うッ!」

 

緑谷が善逸を押さえながらも飯田の質問に答える。飯田の質問の意図がわからず、俺は続きを急かすように飯田の瞳を見つめる。

 

「やはり…。善逸くんの急変は恐らく、個性の暴走だ!」

「個性の…暴走?」

 

俺は目を丸くして飯田を見たが、緑谷は何か気づいたのか、ぶつぶつと言葉を発し始めた。

 

「個性の暴走…。そうか、確かに数ヶ月前に個性を使うようになった僕でも何度も力加減に失敗して骨を折ってるんだ。僕よりも個性を使った経験が少ない善逸が個性を暴走させるのは何もおかしいことではないし、むしろ理にかなっている…?それにこの暴走の仕方は場合によっては大惨事になりかねない。それを危惧して今まで善逸は個性を使うことを避けてきたというケースも考えられる。…あ!」

 

緑谷が思考の方に集中し出した隙を見逃さなかった善逸が、緑谷の腕からサッと抜け出し、俺の方へ飛びかかった。

 

「ッ!善逸!やめろ!俺のことがわかんねぇのか!?」

「ガァア"ア"ッ!!!」

 

善逸がすごい力で俺を地面に押しつけてきて、俺はなんとか抵抗しようと押し合いになる。

目の前のこいつは俺の言葉に全く耳をかさないどころか、俺のことすらわかってねぇように見えて、俺はゾッとした。

善逸が何か得体の知れねぇ化け物にでもなっちまったんじゃねぇかって思って、情けねぇことに少し、怖ぇと思っちまった。

 

「善逸!聞いてくれ!頼む!止まってくれ、善逸ーーーーッ!!!!!」

 

俺は届いてくれ、とありったけの思いを込めて叫んだ。

するとほんの一瞬、さっきまで交わらなかった琥珀色の瞳の視線が動揺を見せながら俺の目を捉え、音は出なかったがその唇が「焦凍」と動いた気がして、俺は目を見開いた。

善逸が俺を見た。化け物になんてなってなかった。善逸は善逸だった。

俺はそれが理解できると、さっき感じた恐怖心が霞のように消えていくのを感じた。

 

「ッガ」

「善逸!」

 

俺がもう一度声をかけようとすると、何者かが善逸の首に打撃を加え、善逸は力なく俺の方へもたれかかった。

善逸を攻撃したやつを睨みつけるようにバッと顔をあげると、そこにいたのは親父だった。

 

「親父…?」

「全く、何を騒いでいるのかと思えば。お前たちは一体何をやっている」

 

仁王立ちしながら眉を顰めている親父に、何故ここにいるのか、なんで善逸に攻撃したのかと聞くと、親父は「焦凍がここに来るようプロヒーローたちに要請したのだろう。それと、個性の暴走で精神に変異が見られる場合、対象者の意識を落とすのは基本中の基本だ」と言われ、俺はそのことがすっぽり頭から抜け落ちていたことに気がついた。

俺は自身の腕の中で眠っている善逸を見た。

さっきとは違い、苦しそうな表情を浮かべてねぇことに俺は胸を撫で下ろした。

今回の戦いで見た善逸の中に存在する影。それは体育祭で垣間見えたものと類似していたように感じる。

善逸はいつもそれを巧妙に隠すから、俺も深くは追及せずにここまで来ちまったが、もういいじゃねぇか。

お前はもう、一人で背負わなくていいよ。

俺は十分待ったぞ。

 

なぁ、善逸。目が覚めたら今度こそ、お前の話を聞かせてくれ。

 

 

 

 

 

 

これから精進しろとばかりに頭をガシガシ撫でてくる親父の腕は振り払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

簡易な設定

 

 

我妻善逸(緑谷善逸)

出久くんの義理の弟

個性:鬼化

基本戦闘スタイル:雷の呼吸、個性

 

鬼化の個性は身体能力、回復力を飛躍的に上昇させるかなり汎用性も高い強個性。鬼滅時空の鬼のように藤の花の毒が苦手だったり、日光が苦手だったりはない。ただ、使いすぎると暴走して食人衝動に襲われる。トラウマは雷。意識を失った時にいつも以上の力が発揮される。

兄弟子のことは爺ちゃんを切腹させたことは恨んでいるけれど、裏切るという行動自体は自分の放置した責任もあると感じている。

今回ついに恐れていた事態に。

 

 

 

 

 

 

 

轟焦凍

 

幼少期に善逸に救われてから、善逸に対してかなり好意高め。原作とは違い、すでに左側の個性も使うし、表情も多少穏やか。いつも隠し事ばかりの善逸の助けになりたいと思っているが、中々うまくいかずにもどかしく思っている。せめて善逸の心を少しでも癒すことができたならいいと思っている。

どんどん一人で奔走していく善逸を前に、もう受け身でいるのはやめた。

鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス。

もう十分待ったぞ?そろそろ追及してもいいよな?

 

 

 

 

 

 

 

緑谷出久

 

善逸のことはちゃんと家族で兄弟だと思ってる。雨の日の一件以来落ち込んでいる善逸を気にかけている、無謀だけど優しいお兄ちゃん。

急変した弟にびっくりしたけど、よく考えると理にかなっているのか…?

 



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ギルティ

長らくお待たせしました。今回から前後編を分けずに投稿させていただきます。


目を覚ますと白い天井が目に入り、清潔感のある部屋と横にスライド式のドアを見て、ここが病院であると気づいた。

個性を暴走させたのだから当然といえばそうなのだけど、周りには誰も居らず、一人部屋のようだった。

自分の腕を見ると、見慣れた手が目に入り、その爪は綺麗に切りそろえられていた。

肩に受けたはずの傷はなかった。

それが個性の効力を途中で回復させたおかげだと気づいて虫酸が走り、怪我があったはずの肩を強く握りしめた。

ステインを倒した後の記憶は、所々曖昧だが残っていた。

 

俺が焦凍を喰らおうとしたことも。

 

炭治郎から「個性の代償」を指摘された時点で、予感はあった。

だけど杞憂だ、きっと俺は大丈夫だろう、と心のどこかで慢心していたのかもしれない。

でも実際はどうだ。

 

「鬼の本能に、全く抗えなかった…ッ!」

 

俺は喉から搾り出すような声を吐いた。

俺は自分の欲求のままに、焦凍に喰らい付いた。自我なんて保つ余裕もなかった。

思い通りに体が動かないことがただひたすらに、怖かった。

あの時の俺は、完全に鬼そのものだった。

俺がこの先個性を使う度に、この恐怖は付き纏う。

また暴走してしまうかもしれない。

 

そして今度は俺は、人を殺してしまうかもしれない。

 

あの時焦凍から聞こえた、紛れもない恐怖の音。

今度彼の音を聞いたとき、それは拒絶の音になっているかもしれない。

俺はどんな顔をして焦凍に会えばいいのかわからない。

そもそも焦凍はもう俺の顔なんて見たくないんじゃないかな。

俺の聞こえすぎる耳が今更ながら恨めしく思えた。

飯田君に諭しておいてなんだけど、俺は結局後悔ばかりだ。

前世からずっと、取り返せない過ちの昇華方法を探し続けている。

 

それから医者が来たり警察の人が来たりして、いろんな言葉を聞き流していたが、その内容は何一つ入ってくることはなく、魂が抜けた亡骸のように、ボーッとする頭で自分を責め立てる言葉をコンコンと考えていた。

どんどん闇深く意識が沈んでいきそうになった時、再びドアをノックする音が聞こえて俺はそっと顔を上げた。

 

「しっ、失礼しまーす…?」

「失礼する!」

 

謎の掛け声で恐る恐る扉を引いて入ってきたのは出久で、その後ろにはハキハキとした声を発した飯田君がいた。

そこに焦凍がいないことに一瞬安堵して、やっぱり俺とは会いたくないのだろうかと落ち込んだ。

出久と飯田くんは壁の近くにあったパイプ椅子を俺のベッドに近づけて、それに腰掛けた。

 

「善逸!怪我はもう大丈夫?」

「大丈夫だよ。出久達こそ大丈夫なの?」

「うん、僕たちはそんなに酷い怪我じゃなかったから」

「…焦凍は?」

「え!?いや、轟くんもそんなに酷い怪我じゃなかったよ!今は治療してもらって傷も残らないって言われてるし!」

「…そっか」

 

出久達の怪我の具合を聞いた後、すかさず焦凍のことを聞いた。怪我の具合もそうだが、できれば俺のことで何か言っていなかったかを聞き出したかったけれど、出久に言葉を濁されてしまった。

出久の反応に、不安感が増していく。

焦凍の怪我の具合を聞いてから、一度会話が途切れてやけに緊張感のある沈黙が流れた。

そのいたたまれない間をどうにかしようと、出久は再び口を開き、俺が意識を失った後のことを説明してくれた。それには話を逸らす意図があったことには気がついていたが、それに対して何も言うことなく、俺はその意図に乗ることにした。

あの後、ステインの意識が戻り一悶着あったものの、無事彼を逮捕することができて、それに関わっていた人たちも軽傷で済んだようだ。その出来事に関しては、警察の方たちのおかげで世間に俺たちの名前が発表されることはなく、炎司さんの手柄とすることで個性の無断使用もお咎めなしらしい。

出久たちが学生の内から世間に睨まれるような事態にならず、俺はホッと息を吐いた。

 

「とにかく安心したよ。大事にならなくて良かった」

 

出久が安堵をにじませながら笑った。隣で飯田くんも顔を綻ばせている。

二人から俺に対して恐怖の音はしない。そのことに俺は安心したけど、同時に疑問に思った。

そのとき、出久が確信をつく言葉をぽつりとこぼした。

 

「個性の暴走のこと、気にしてる…?」

「え…?」

「さっきから元気がないというか、何か気にしてる様子だったから、そうなのかなって」

 

出久から気まずげに紡がれる言葉に、俺が詰まっていると、先程はあまり言葉を発していなかった飯田くんが口を開いた。

 

「あれほどのことが起こってしまえば気にしてしまう気持ちはわかるが、あれはただの事故だ。プロであったとしても個性を暴走させてしまうことは稀にあるし、ましてや慣れていない個性なら尚更だろう。それほど珍しいことではない。個性に関してもこれから慣れていって危険性を低めていくことは十分可能だし、それほど気にすることはないと俺は思うぞ」

「…ただの事故、かぁ」

 

飯田くんからは心の底からそう思っているという音がする。

確かにあれが鬼化という個性で、それを長時間行使した結果、一時的に個性が暴走し自我を失ってしまったという状況なら、この世界に於いてそれはただの事故なのだろう。

だけど俺は知っている。

何故鬼が人を襲うのかを。

それは人を喰らうことで栄養を得るため、つまり鬼にとって人を襲う行為は『食事』なんだ。

俺はあの時、あの瞬間、焦凍を、友人を、食べ物として見ていたんだ。

それに俺は当時のことが記憶に残っている。

つまり、自我を失ったというよりも、本能に従ったという方が正しい。

まともな精神状態ではなかったとはいえ、あの行動は俺が選択したんだ。

そこまで考えが至った瞬間、俺は全身の血の気が引いていくのを感じた。

それを目ざとく見かねた出久が俺に声をかけた。

 

「善逸…、顔色が良くないよ。大丈夫…?」

「うん。まだちょっと本調子じゃなかったみたい。もう少しだけ横になってようかな」

 

取り繕う余裕もなかった俺は、力なくそう答えた。チラリと横目で出久の顔をみやると、出久は心配そうに眉を顰めていた。

 

「それがいい。俺たちも配慮に欠けていたな。病み上がりに長話してしまってすまない!」

 

飯田くんがそう告げると、出久と飯田くんはパイプ椅子を元の位置を戻し、「ゆっくり休んでね」と一言残して退室した。

俺はひんやりと冴えた脳で、眠気はしばらくこないだろうと理解していながらも、瞼をソッと閉じた。

 

焦凍を傷つけたことは事故なんかではない。

あれは、自分の限界を軽視し、本能に抗いきれなかった俺の弱い心がもたらした、俺の過失だ。

沈みこむ心を宥めるように、俺はゆっくりと深呼吸した。

 

 

 

その日は結局、焦凍が俺の病室を訪れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、ここは…?」

 

ふと瞼を開けると、そこは真っ暗な空間だった。

辺りを見渡しても人どころか物ひとつ見えやしない。

目の前に壁があるようにも、はたまた果てしなく先が続いているようにも感じる、途方もない闇。

何故自分がこのような場所にいるのか思い当たる記憶を探すべく、俺は少し前のことを思い出していた。

数日間に亘って行われる職業体験、そこで俺は水柱こと冨岡義勇さんの率いるヒーロー事務所でヒーロー活動を体験させてもらっていたはずだ。

その途中、かつて雄英を襲撃してきた敵連合の一味と関連のある脳無と呼ばれる改造人間が町で騒動を起こし、その騒動の鎮圧を手伝っていた際に、出久からの救援要請を受けて俺は駆け出した。そしてヒーロー殺しと世間を騒がせていたステインと遭遇し、激戦の末、なんとかステインを無力化することができた。

そして、それから。

そこで俺は地面に滴る紅と、親友の苦痛に歪む顔を思い出して、叫び出したい衝動をなんとか堪えながら首をブンブンと左右に振った。

俺は一度中断させていた思考を再び巡らせた。

ステインと戦った後、意識を失って病院で目を覚ましたはずだ。

でもこの不穏な空間が、病院内とは思えない。

俺が眠っている間に俺の体が移動されたのか?

だとすればそれは一体誰が、なんの目的を持ってやったことなんだろう。

今はとにかくここから抜け出す方法を探さなければいけない。

一時的な逃避にしかならないけれど、俺はそう自分に言い聞かすと、真っ暗な空間に一歩踏み出した。

一歩進めば奈落の底、なんてことはなくちゃんと道は続いているようで俺は暗闇をズンズンと進んでいった。

幾分か進むと、何もなかった道に明かりのようなものが見えて、足を早めた。

小さく見えた明かりが目の前までくると、それが見慣れた建物であることに気がついた。

そこは前世で俺が鬼殺隊の最終選別を受ける前に暮らしていた爺ちゃんの家だった。

 

どうしてこんなところにあるんだ、と疑問に思う気持ちはあったけれど、それを上回る好奇心に背中を押され、俺はそっと扉に手をかけた。

ガラッという音と共に扉を開けると、そこには悪鬼滅殺と彫られた刀を丁寧に研いでいる爺ちゃんがいた。

 

「爺、ちゃん…」

「ん?善逸か。そんなところで何をやっている。通行の邪魔じゃろう」

「…うん」

 

俺は爺ちゃんの言葉に促されるまま、家の中へ入る。

部屋の中の家具の配置も何一つかつてと変わっていなくて、懐かしくて暖かい雰囲気に、俺は目尻に涙が溜まっていくのを感じた。

前世で切腹してしまい、今世でもまだ再会できていなかった爺ちゃんが目の前にいる。

俺はこの異様な状況を疑うこともなく、爺ちゃんに一歩一歩近づいていく。

 

「爺ちゃん。爺ちゃん、俺頑張ったんだ。爺ちゃんが死んじゃって、爺ちゃんの仇取らなきゃって、俺がやらなきゃって、今までにないくらい、本当に頑張ったの。それでね、爺ちゃんに話したいこととか、いっぱいあって。あのね、俺」

 

触れられる距離まで近づいて、俺は恐る恐る爺ちゃんに向かって手を伸ばした。

俺の指先が爺ちゃんの肩に触れた刹那、

パシン、と乾いた音がやけに生活音のしない部屋に響いた。

一瞬、何が起こったのかわからなかった。

ジンジンと熱を持った手を呆然とする頭を動かして視界に入れると、そこが少し赤くなっているのが見えてようやく、爺ちゃんに叩かれたのだと気がついた。

 

「触るな、穢らわしい」

「…え?」

 

ソッと爺ちゃんの顔を見ると、そこにはいつもの見守るような暖かい目線はなく、射抜くような鋭く冷たい目をした爺ちゃんの顔が見えた。

 

「お前は昔から本当に出来の悪い奴じゃった。ワシの言ったことを全然こなせず、ビービー泣き喚いては逃げ出して、その上今世では鬼なんぞに成り下がりおって。お前にかけた時間は全て無駄じゃった。あれほど手塩をかけて育てたというのに、恩知らずだとは思わんか」

「ま、待ってよ爺ちゃん!確かに俺は駄目な奴だったけどさ、俺は俺なりに精一杯頑張って!」

「言い訳するな!!」

 

爺ちゃんの厳しい怒号に、俺はビクッと肩を揺らして身を竦めた。

それでも爺ちゃんは言葉を止めることなく俺に対しての苦言を言い連ねていく。

爺ちゃんの口から出るきつい叱責に、俺は吐き気すら催した。

爺ちゃんの怒号は、かつて爺ちゃんにぶっ叩かれたどんな時よりも、俺の頭をガンガンと揺らした。

やがて言い終わったのか、爺ちゃんは口を閉じて刀を研いでいた道具を床に置いた。

そして研ぎ澄まされ、照明の光を反射してキラリと鈍く輝く刀を握って、俺の方へ一歩足を踏み出した。

 

「ワシがこの刀で何を斬ってきたか知っているな。醜くて小賢しい鬼を斬ってきたんじゃ、お前のような悪鬼をな」

 

爺ちゃんの刀と鋭い視線が俺を捉えた瞬間、俺は弾かれたように外へと続く扉へと走り出した。

違う、こんなの違う。

今目の前にいるこの人は、俺の知ってる爺ちゃんじゃない。

バタバタを足音を鳴らしながら走って、懸命に扉に手を伸ばした。

その勢いのまま、さっき閉めたばかりの扉を開いて、外へ逃げ出そうとしたその時、俺は何かにぶつかり、後ろへ尻餅をついた。

 

「痛っ!」

「どこに行くんだよ?善逸」

 

聞き覚えのありすぎる声に、俺はぶつかった何かをそっと見上げると、そこには俺を見下し、ニヒルに口角を上げた俺の兄弟子、獪岳がいた。

彼の手には刀が握られている。

 

「かっ、獪岳」

「おっと、逃げようとしたって無駄だぜ?」

「、!」

 

俺が獪岳の登場に呆けていると、彼は俺を拘束するように押し倒し、俺の上半身に自分の体をのしかけた。

そして彼は握っていた刀をやけにゆっくりとした動作で振り上げる。

刀が振り上げられ、照明を目一杯浴びて、刀身がそれを反射した。

墨を直接垂らしたような黒の中に浮かび上がる一閃の黄金。

俺はその刀がかつて共に鬼狩りをした自身の刀であることに気がついた。

 

「悪い鬼は殺さないとな?だから俺が斬ってやるよ、かつてお前が俺の首を切り落としたこの刀でよぉ」

「…ぁ」

 

俺の口から掠れた声を漏れた。

刀身に映った俺の姿は、瞳孔が開き、鋭い爪と牙があり、頭部からは長細いツノが生えていた。

それは前世に俺たちが斬っていた鬼と全く相違ない姿だった。

 

「死ね」

 

獪岳は一言そう告げると、振り上げていた刀を俺の首目掛けて勢いよく振り下ろした。

俺は愕然としていて、全く抵抗を見せなかった。

 

「善逸」

 

刀が俺の首を飛ばす瞬間、獪岳の後ろに一瞬白と赤の髪色をした誰かがいた気がしたが、すぐに視界は真っ赤に染まってしまってその姿を見ることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「________ッ、!!」

 

弾かれたようにバッと起き上がると、そこは先程の場所からは打って変わって、閑散とした病室だった。

汗ばむ手をソッと首筋に当てたが、そこに傷はない。

 

「…ハハッ、ひっでぇ夢」

 

俺は自嘲げに笑い、酷く情けない声を漏らした。

背中が嫌な汗でベタついていて、酷く気分が悪い。

首から離した手を今度は自身の胸に当てた。

そこでは耳を澄ますまでもなく速さの上がった心臓が、ドクドクとその存在を主張している。

心拍数を落ち着けるために、少し上がった息を細く深くを意識してゆっくりと吐き出した。

幾分か経つと、息はなんとか整ったが、気力を大幅に削がれた気がする。

重い頭をノロノロと動かして、俺は無意識に自分の日輪刀を探した。

しかし、どこの世界に凶器を患者の近くに置いておく民間病院が存在するのかと思い直して軽くため息をついた。

ここは蝶屋敷ではないんだ。

俺は落胆するとともに安堵している自分がいることには気づかなかったことにした。

気分と共に視線が下がると、ふと自分が横になっていたベッドの近くに、さっき出久たちが戻していったはずの椅子が一つ出されていることに気がついた。

誰か来ていたのだろうかと考えたが、その人物に心当たりがなく、俺は小首を傾げた。

そのとき、扉を開く音を俺の聴覚が拾い、其方を見るとそこには見慣れた隊服に身を包んだ炭治郎が立っていた。

腰には日輪刀を差していて、かつてからよく見ていた服装であるはずなのに、さっき見た夢のこともあってか、一瞬彼が鎌を構えた死神に見えて、俺は生唾をゴクリと飲み込んだ。

炭治郎の視線が俺を捉えたことで緊張感が立ち上がったが、彼は俺をみた瞬間パッと表情を明るくした。

 

「善逸、なんだ起きてるじゃないか!」

「たっ、炭治郎…」

 

距離を詰めてくる炭治郎に俺はうろたえたが、彼はお構いなしにスタスタとこちらに近寄って、ベッドの近くに置いてあった椅子に腰掛けた。

炭治郎からは安心と心配の音が鳴っている。

 

「善逸、今回はだいぶ無茶したそうだな。心配したぞ」

「ごめん、炭治郎。炭治郎たちの方は大丈夫だった?」

「あぁ、伊之助もいたしな。こっちは目立った怪我をした人はいないよ」

「そっか、よかった」

 

それから一つ二つと世間話を繋げた。

ニコニコと笑顔を浮かべる彼を見つめていた俺はなんだか夢を見ている気分だった。

それはおそらく、まずいの一番に激昂されるだろうと俺が踏んでいた事柄に、彼が全く触れる素振りがないからだ。

しかし、俺の無駄に優秀すぎる耳は、彼の中から鳴る小さい、だけど確かな冷たい怒りと嫌悪の音も捉えていた。

彩る視界と内面との温度差が、現実と夢の境界を酷く曖昧なものにしているような気さえしてくる。

 

「炭治郎、その服は?」

「あぁ、これか?ちょうどこの近くで任務があってな。その帰りにここに寄ったんだ!」

 

炭治郎が確認するように日輪刀の柄を軽く触った。

そのとき鞘と刀身が微かにぶつかり、カチリと小さい音がして、それが聞こえた瞬間、さらに俺の中で緊張感が増した。

その音がまるで、地獄にいる閻魔様が俺の過ちを有罪と判決して打ち鳴らした小槌のように聞こえて、喉の奥から何かが迫り上がってくるような感覚を感じた。

俺のわずかな変化も目の前の彼にはお見通しのようだが、指摘する言葉は彼の口から出てこない。

 

「ねぇ、炭治郎。俺が今回のことで、何をしたか知らないの?」

 

俺は酸素を求めるように開いた口で気づくとそんな言葉を吐いていた。

自分で自分の首を締めるような行いに我ながら呆れを通り越して笑いがこみ上げてくる。

だけど口角をうまく上げることはできなくて、口元を歪めるだけに終わってしまった。

炭治郎は一瞬俺の言葉に驚いたように目を丸くした後、表情を隠すように少し顔を俯かせて口を開いた。

 

「いや、知ってるよ」

「だったら!」

 

だったら、なんでこんな何でもないように俺と会話してるの。

俺は人間として生きていく中で、超えてはいけない線を超えてしまった。

そんな俺をどうするべきか、炭治郎ならわかるでしょ。

俺は、罪を償わないといけない。

兄弟子の不祥事の罪滅ぼしに自害した爺ちゃんのように。

鬼に身を堕として俺に首を斬られた獪岳のように。

声を荒げた後、浮かんできた言葉はいろいろあったが、そのどれもが俺の口から出ることなく俺は口をつぐんだ。

それでも目の前の彼は自慢の鼻で俺の心情を察したらしく、一つ息をついた後に口を開いた。

 

「善逸、ヒーローと鬼殺隊は何が違うと思う?敵(ヴィラン)から人々を守りぬくヒーローと、鬼から人々を守るために必死に戦い続ける鬼殺隊。その本質は一見似通っているように見えるが、その二つには確定的に違う何かがある。俺はそれを「相手を許すことができるかどうか」だと思っている。かつての俺たちは鬼無辻無惨を討ち取ることを目的として、決して鬼たちを許すことはなかった。『地獄の果てまで追いかけてその首に刃を振るう』、それが俺たち鬼殺隊の本質だ。だけど、ヒーローはそうではない。ヒーローは敵(ヴィラン)を捕縛はするけど、殺しはしない。それに捕縛した後の敵(ヴィラン)の管理は全て警察に委ねている。その敵(ヴィラン)達の処遇を決める場面でも、ヒーロー達はその権利の一切を持たない。つまりヒーロー達は、敵(ヴィラン)が自分達があずかり知らぬ現場で、法によって情状酌量の余地を与えられながら裁かれることを許しているんだ。前世では考えられないことだと思わないか?俺も最初は戸惑った。だけど今はそれが正しいと思っている」

 

ヒーローと鬼殺隊の違い、それは俺もこの世界に生まれてから幾度となく感じてきたことだった。

俺は何度も鬼殺隊士の思考に引っ張られがちで、納得のいかないことも多々ある。

それは俺と同じく、かつて鬼殺隊士だった炭治郎だって同じ考えのはずだった。

だというのに炭治郎からヒーローの考え方に全面的に賛同する意見が出たことに俺は驚きを隠せなかった。

ただ彼から聞こえる理解はしているが納得ができないというようなモヤモヤとした音だけが、彼の複雑な心境を物語っていた。

 

「俺が今世目指しているのはヒーローだ。だから、俺も許すことにしたんだ」

「許すって、敵(ヴィラン)をか?それとも、鬼無辻無惨を…?多くの命を奪って、たくさんの人たちの人生をめちゃくちゃにしたあいつを、お前は許せるって言うのかよ!」

「あぁ。だから善逸も、今まで責め立ててきた自分をそろそろ許してやってくれ」

 

俺はまくし立てるように言葉を吐いたが、炭治郎はまともに取り合う気はないようで、それだけ言うと椅子から立ち上がり、扉の前で俺を一瞥すると、扉を開けて退室してしまった。

俺は炭治郎の動きを目で追っていたが、彼の言葉の真偽を確かめるために、彼の音に耳を澄ませる必要はなかった。

会話の途中にあまり目線が合わないことは、炭治郎らしからぬ行動だったけど、その隠そうとした表情は呆れてしまうほど炭治郎らしかった。

 

「炭治郎の嘘つき。自分の表情鏡で確認してこいよ。そんな顔じゃ、誰一人騙せないぜ」

 

炭治郎はもうすでにヒーロー仮免許を取得して、水柱ヒーロー事務所にインターン生として所属している。俺よりもずっと早く、ヒーロー活動に携わっていることもあってヒーローの理念にも多く触れてきたはずだ。

そしてその中でそれを理解した。

だけどその反面、納得することはできなかったのだろう。

炭治郎は鬼無辻無惨に強いられた理不尽な出来事を何一つ許してなどいない。それを許せる日はこの先ずっと来ないかもしれない。

そして、きっとそれは俺も同じことだ。

この先どれだけこの世界に浸って、この世界の常識を学んで、この世界で生きていっても、俺は鬼を斬る元凶となった鬼無辻無惨が許せない。鬼の力を傲慢にも使い続けた結果、大事な友人を傷つけた鬼が許せない。

俺は俺が許せないはずなのに。

炭治郎が病室を出て行く前に、彼の怒りの矛先とそれほど違わない場所にいるはずの俺に向けた気遣うような表情に、酷く胸が痛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋の主が今だ夢の中なこともあり、静まり返った病室で俺は友人、善逸の横になっている寝台の近くのパイプ椅子に座って、目の前の彼の寝顔を眺めていた。

善逸は悪夢でも見ているのか、その顔色は晴れず、表情は歪んでいる。

 

「善逸」

 

思わず彼の名を呼んだが、その表情に変化はなかった。

それが俺の言葉じゃ善逸は救えねぇということをまざまざと見せつけられたようで、それでもって善逸が見せたくねぇ姿を、今無断で見ちまってるんじゃねぇかという気持ちになり、この場所は酷く居心地が悪い。

俺は服の袖で一度善逸の額の汗を拭った後、パイプ椅子はそのままにその部屋を後にした。

 

今度こそ善逸の話を聞き出そうと決意はしたが、どう切り出せばいいのか一日中考えても答えが出なかった。

善逸の顔見てたらそれも浮かぶかと思ったが、うまくいかねぇな。

善逸が目を覚ましてから出直そうかと思い、自分の病室の方向へ歩いていると、曲がり角で見知った人物と鉢合わせた。

 

「あ、君は確か、善逸の…」

「轟焦凍だ」

「そうか、俺は竈門炭治郎だ。水柱ヒーロー事務所でインターンをしている!」

 

その人物は以前善逸と親しくしていた奴で、そういえば自己紹介がまだだったと、名前を告げると、目の前の人物もハキハキと自己紹介を続けた。

竈門炭治郎、俺達よりもヒーローに近い存在で、なにより俺の知らない善逸を知っている。

俺はそのことに少し仄暗い感情を抱き、竈門の顔をジッと見つめた。

 

「善逸とはもう話せたのか?」

「いや、善逸はまだ寝てる」

 

俺が答えると、竈門が合点が行ったように、「善逸は寝つくのが遅い分、朝に弱いところがあるからな」と言葉をこぼした。

またしても俺の知らない部分の善逸を突きつけられて、俺は表情を歪めた。

 

「善逸の過去が知りたいか?」

 

竈門はその俺の行動をどう解釈したのか、俺にそう問いかけた。

俺は確かに善逸の過去を知りたいとは思っているが、それを他者から又聞きするような奴だと思われたことが心外で、眉を顰めた。

 

「本人から聞くからいい」

 

すると竈門は俺がそう答えることがわかっていたのか、まっすぐな瞳で俺を射抜きながら、「そうか、俺もそれがいいと思う」と言った。

どこか試すような態度に俺が不快感を感じ始めると、竈門は幼い子供の癇癪を宥めるような苦笑を浮かべた。

 

「気分を害したならすまない。君に頼みたいことがあるんだ」

 

竈門の発言に俺は一瞬目を丸くしたが、続きを促すように見つめると、彼は右手に持っていた鞘にしっかりと刀身が仕舞われている一つの刀を俺に差し出した。

その刀には見覚えがあって、すぐにそれが善逸のものであることに気がついた。

 

「善逸は水柱ヒーロー事務所に職業体験に来ていたから、善逸が気絶した後、善逸の刀はこっちに届けられたんだ。これを善逸に返しておいてほしい」

「なんでそれを俺に渡すんだよ。竈門が返せばいいんじゃねぇか?」

 

刀を渡す竈門に、俺は困惑したように尋ねた。

すると竈門は俺の顔を一瞥した後に、顔を俯かせて一つため息を吐いた。

その様子がどこか諦めているようにも見える。その表情の真意がわからず、疑問を浮かべると竈門は酷く弱々しく言った。

 

「俺じゃ、駄目なんだ」

 

吐き出された言葉は俺よりも善逸のことを知っているはずの竈門から出るとは思わなかった言葉で、俺が返答を返せずにいると、目の前の彼はそれは期待していなかったかのように言葉を続けた。

 

「善逸をこの世界に引き留めるのは、俺では駄目なんだ。俺では、善逸と共感できることがあまりに多すぎる。かつて一緒にいた時間が長すぎて、再会して過ごした時間があまりに短すぎて、今の俺では善逸に『今』を促すことはできない。だから『今』の善逸と長く同じ時を過ごした君に、これを託したい」

「…今から渡してくればいいのか?」

 

竈門が危惧してることはよくわからねぇが、目の前の彼があまりに必死に言葉を紡ぐから、俺は半分流されるようにそう尋ねると、竈門はソッと首を横に振った。

 

「今すぐはやめてくれ。いつ渡すかは、これから善逸と話して君が決めてくれ」

 

まっすぐに俺を射抜く視線に、緊張感を霧散させるようにゴクリと生唾を一度飲み込んで、何故今渡してはいけないのかと問いかけたが、「会えばわかる」と曖昧な言葉しか返ってこなかった。

俺は、善逸と俺とでは今回の出来事に対する解釈が、あまりにかけ離れているんじゃねぇかと、ことの大きさに気づきはじめていた。

俺が口を閉じると、それを肯定と受け取ったのか、竈門は俺に善逸の刀を手渡した。

 

「わかった」

 

俺がそれを受け取ってそう言うと、竈門は少し安心したのか、強張っていた表情をホッと綻ばせて、善逸の病室の方へ歩いていった。

俺はそのまま当初の目的通り、自身の病室に戻り、竈門から受け取った善逸の刀を、自分の使っているベッドに置き、掛け布団を掛けてそれを隠した。

同室にいる緑谷と飯田はそんな俺の行動に首を傾げていたが、一言二言言葉を交わした後、俺は再び病室を出て、善逸の病室へ向かった。

向かう途中、善逸の病室へ先に向かっていた竈門とすれ違ったが、その表情には陰が差していた。

 

「どうか、頼む」

 

すれ違いざまにそう呟いた竈門の声は酷く震えていた。

俺は竈門の不安をほとんど理解してやれねぇが、それでもそれを少しでも取り去ってやりたくて、「あぁ、まかせろ」と力強く言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

簡易な設定

 

 

我妻善逸(緑谷善逸)

出久くんの義理の弟

個性:鬼化

基本戦闘スタイル:雷の呼吸、個性

 

鬼化の個性は身体能力、回復力を飛躍的に上昇させるかなり汎用性も高い強個性。鬼滅時空の鬼のように藤の花の毒が苦手だったり、日光が苦手だったりはない。ただ、使いすぎると暴走して食人衝動に襲われる。トラウマは雷。意識を失った時にいつも以上の力が発揮される。

兄弟子のことは爺ちゃんを切腹させたことは恨んでいるけれど、裏切るという行動自体は自分の放置した責任もあると感じている。

恐れていた状況に加え、悪夢が重なり、精神的にだいぶ参ってしまっている。

 

 

 

 

 

 

轟焦凍

 

幼少期に善逸に救われてから、善逸に対してかなり好意高め。原作とは違い、すでに左側の個性も使うし、表情も多少穏やか。いつも隠し事ばかりの善逸の助けになりたいと思っているが、中々うまくいかずにもどかしく思っている。せめて善逸の心を少しでも癒すことができたならいいと思っている。

どんどん一人で奔走していく善逸を前に、もう受け身でいるのはやめた。

鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス。どう切り出せばいいかと考えていたら一日経過してしまったというちょっと天然な裏話があったりする。

日輪刀を託されてはみたものの、正直ほとんど話が見えていない。(前世の記憶という大前提が違うため、現段階で焦凍が善逸の気持ちを察することは不可能)

 

 

 

 

 

 

 

竈門炭治郎

 

今世でも賑やかな六人兄弟の長男

個性:爆血

基本戦闘スタイル:ヒノカミ神楽、水の呼吸

 

前世で善逸が目の前で死んだことはかなりショックだった。なまじ失うことの多い人生を歩んで来たため、仲間が傷つくことがトラウマとなっている。

現在義勇さんの創設した事務所にインターン生として所属しており、敵連合の潜入任務をしていた。父が存命のため、花札柄の耳飾りは受け継いでいないが善逸から、それに似た柄の耳飾りを貰ってそれをいつも付けるようになる。善逸の鬼化は個性であると理解はしているが、どうしても前世での経験もあり、暴走してしまった善逸に多少の嫌悪感を抱いてしまっている。それでも善逸には塞ぎ込んでほしくないと思っている。なんとかしたいとは思っているが、今の自分の言葉に説得力がないことにも気付いていたため、善逸の日輪刀を焦凍に託した。

日輪刀を返す瞬間を誤れば、善逸が自刃してしまうのではないかと危惧しており、善逸と話したことで、その考えが当たっていたことを確信する。

 



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